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第685回 高瀬川沿いの商店街~正面通東から西~その6

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川端通を背に、正面通を西に向いています。
こちらは、鴨川に架かる正面大橋の東詰めです。
今回はこちらを渡って、下京区側の正面通を西に進みます。
撮影日は、2019年8月27日火曜日午後4時半。
ここに来て、また雨が降り出しました。


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正面大橋を西に渡りながら、南を向いています。
東西両岸に見える繁みは、全て桜並木です。
ですから毎年春になると、この辺は絶景ですね。
ずっと向こうに、七条大橋が見えます。
(第614回ブログの冒頭と第647回ブログの最後に出てきました)


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今度は、正面大橋で鴨川を北に向きました。
こちら側から見ても、桜並木が続いています。
こちら側から見えるのは、五条大橋です。
(第155回ブログを参照)


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その辺りで、正面大橋を振り返り東側を見ています。
右(南)側に、出てきた甘春堂本店が見えますね。
第114回ブログではこの橋から清水寺多宝塔が見えたのですが、
これだけ曇って雨まで降ると全然見えません……


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今度は鴨川に架かる正面大橋の上で、西を向きました。
ではこちらの橋を西に渡り切り、
「京都市東山区」から「京都市下京区」に移ります。


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正面大橋を渡り、橋の西詰まで来ました。
その位置で、正面通から北を向いています。
ここから約5m先で、2019年の大文字を眺めました。


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こちらは、2019年9月8日日曜日に撮った写真です。
(晴れの日に再訪しました)
先程の位置から約5m北上し、鴨川を眺めています。
いちばん左(北)の山が比叡山で、その右(南)隣が大文字山です。


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大文字山を大写しにしました。
北に向けての「大」の文字の一部が、見えますね。
全ての大文字を制覇するなら出町柳に行くべきですが、
1文字だけでいいなら京都市街地の川や大通り沿いなら
どれかが見えてきます。
(自分は、こんな感じで大文字を眺めています)
2019年9月8日の写真は、ここまでです。


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ここから、2019年8月27日分の写真に戻ります。
正面橋西詰から、正面通を西に向いています。
ここから京都下京区ですが、
東山区側とは別に商店街を形成しています。
こちらは全盛期の半分くらいの商店舗しか残っていませんが、
左(南)側の仏具店とあられ屋さんはこの瞬間も開店しています。
また、その奥(西)の看板が見える時計屋さんと洋品店も開店中です。
右(北)側も美容院が開いています。
(電柱で隠れて、この写真には写っていません)


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正面大橋西詰から、正面通を西に約30m進みました。
先程触れた美容院から左(南)に、二ノ宮通が伸びています。
二ノ宮通は正面通をさらに西に約5m進むと、
筋違いで正面通から北にも伸びています。


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正面通から、二ノ宮通を南に向ています。
約50m先の庇が広い部分は、1990年ごろまで銭湯でした。
その北隣には、当時理髪店がありました。
どちらも、正面通の商店街に属していたはずです。
ですから、この辺は当時は結構賑やかな場所でした。


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「正面二ノ宮」の辻北西角に、こちらの大きな洋館があります。
南北に細長い建物で、二ノ宮通はこの洋館北端で突き当たります。


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その大きな洋館の入り口を撮りました。
こちらに、ブロンズ製の看板が付いています。
「トランプ・かるた・山内任天堂」は、
ファミコンを開発したニンテンドーと同一企業です。
元々任天堂はカードゲームの会社で、
そこからゲームつながりでTVゲームに参画してきました。
事実ウチのトランプはもちろん花札小倉百人一首は、
自分が幼少時より任天堂のものを使っていましたし、
中学生時にゲームセンターに行ったときも
筐体の約半分が任天堂のものでした。


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山之内任天堂の前で、正面通を西に向いています。
ちょっと雨足が強くなってきて、
カメラのレンズに雨粒が付いてきました。


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山之内任天堂の向かい(南)に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
祠の下に、お賽銭の投入口があるのが面白いですね。
では、こちらにお賽銭を収めてお参りします。


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そのお地蔵さんの北隣の洋品店の向かい(北)側と言いますか、
山之内任天堂の北隣に、眼科・外科医療器具歴史博物館があります。
こちらは元々「奥澤眼科」だった場所で、
江戸時代からこの位置で開業されていました。
自分も幼稚園児だったころから、こちらで治療してもらいました。
おそらく受付とか待合室とか治療室とかは、当時のままでしょうね。
「奥澤眼科」は現在代替わりされて、
京都市東山区本町七条下るで開業されています。
(第145回ブログを参照)


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眼科・外科・医療器具歴史博物館の前で、
正面通を西に向いています。
ここで正面通は、三ノ宮通と交差します。


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正面通から、三ノ宮通を南に向いています。
左(東)側に、京都米浜郵便局が見えますね。
三ノ宮通は約230m南下すると七条通と交差し、
そこより南は須原通と名称が変わります。


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今度は、正面通から三ノ宮通を北に向きました。
眼科・外科医療器具歴史博物館の西側の塀が見えますね。
実は、この道がウチからサウナの梅湯に向かう近道です。


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三ノ宮通から、正面通を西に向いています。
左(南)側の青いテントの下はシャッターが閉まっていますが、
文房具店と言いますか、紙屋さんがこの瞬間も開いています。
右(北)側に赤い自動販売機がありますが、
その辺りにあった米屋さんは現在は閉められています。
三ノ宮通から約30m西に高瀬川が流れており、
その川沿いに木屋町通が伸びています。


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正面通から、木屋町通を南に向いています。
約230m先の七条通まで、この周囲には桜を中心に
さまざまな樹木が植えられており、なかなかの絶景になります。


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今度は、正面通から木屋町通を北に向きました。
雨のせいで、高瀬川の流れが速いですね。
約150m先に、サウナの梅湯があります。


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高瀬川を渡り、正面通から西木屋町通を南に向きました。
こちらに「mur mur coffee」があります。
ウチのブログでも何度か紹介しています。
今回もここにお邪魔したかったのですが、
こちらは午後5時で閉店なのでこちらには入れませんでした……
ちなみに第614回ブログでは、蜂蜜のトーストを頼みました。


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高瀬川に架かる正面小橋の上で、正面通を北西に向きました。
この先に、正面児童公園が見えますね。
この辺りは、高瀬川沿いでも屈指の桜の名所です。
(第647回ブログを参照)


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正面通から、西木屋町通を北に向いています。
この辺りの道幅が広いのは、かつての定期市の名残です。
1980年ごろまで、正面児童公園の周囲と正面通、土手町通に
毎月5日と10日と26日に定期市が開かれていました。
確かこの公園の前でたこ焼きが売られていて、
それがとても美味しくて定期市のたびに買っていました。


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2019年9月8日日曜日晴れの日に、
この辺りの西木屋町通を撮りました。
正面児童公園の北側の高瀬川沿いの百日紅がきれいですね。


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こちらが、正面児童公園です。
こちらは京都市街地でも屈指の桜の名所ですが、
8月ともなればその桜も青葉の木で、
しかも結構強い雨足なので誰もいませんでした。


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こちらも、2019年9月8日日曜日の写真です。
正面児童公園を晴れの日に撮り直しました。
夕方だったのですが、誰もいらっしゃいません。
普段は結構賑やかなので、たまたまでしょうか?


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正面児童公園の南側の正面通沿いに、
公衆電話と赤い郵便ポストが立っています。
先ほど出てきた京都米浜郵便局は、
元々正面児童公園の南向かいの正面通沿いに建っていました。
おそらくこのポストは、その名残です。


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正面児童公園の南側から、正面通を西に向いています。
約70m先で、正面通突き当たっているのが分かりますね。


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正面児童公園の前から、正面通を西に約40m進みました。
ここで正面通は、土手町通と交差します。
左(南)側の薬局は1990年ごろ閉じられて、
以来ずっとシャッターは開きません。


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「正面土手町」の辻に、こちらの石が置かれています。
こちらはまだ自動車が普及していなかった昭和時代初期に、
荷車の方向転換のために使われていました。
こちらの石に荷車の車輪を押し当て、
「てこ」の応用で荷車を回転させます。
自動車が今のように普及した後はほとんどが撤去されましたので、
こちらのもの以外は京都市街地にはあと数個しか残っていません。


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正面通から、土手町通を南に向いています。
約230m先の七条通で、この道は突き当たります。
自分が生まれたころは京町家が建ち並んでいましたが、
現在も残っている京町家はわずかに数軒のみしか残っていません。
豊臣秀吉の都市計画では河原町通上に御土居が伸びており、
その東側の土手町通には高瀬川が流れていました。
(五条通以南の当時の高瀬川は、現在よりも西に流れていました)


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今度は正面通から、土手町通を北に見きました。
こちら側も土手町通は、約100m先の上ノ口通で突き当たります。
突き当りの洋館は自分の生まれたころより建っていますが、
中身はだいぶ違います。
1990年ごろまでこちらは熱帯魚屋さんでしたが、
現在は飲食店に変わっています。


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さらに、土手町通から正面通を西に向いています。
約30m先で、正面通は渉成園の塀で突き当たります。


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土手町通から、正面通を西に約30m進みました。
正面通は、ここで渉成園の塀で突き当たります。
ただ、ここが正面通最西端という訳ではありません。
渉成園の西側から、さらに西に正面通が伸びています。
とは言え、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回がここまでです。

~次回は渉成園の西側に回り込み、途中文子天満宮に立ち寄ります~

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第684回 正面通の百日紅~正面通東から西~その5

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前回ブログで参拝した豊国神社を背にして、
大和大路から正面通を西に向いています。
こちらが、正面通最東端です。
今回はここから正面通を西に進み、鴨川を目指します。
撮影日は、2019年8月27日火曜日午後4時15分。
豪雨直後の分厚い曇り空が広がります。


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横断歩道を渡り、正面通を西に進みました。
「正面大和大路」交差点南西角に、「耳塚公園」があります。
遊具付近は撮影できませんので、周囲だけ撮影します。
(小学生児童が数人、遊んでいらっしゃいました)


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先ほどの地点から約5m北上して、正面通を西に向いています。
耳塚公園内の白い花は、百日紅(さるすべり)です。
百日紅は通常紅い花を咲かせますが、
この辺りは約半分が白い百日紅です。
右(北)側に見える正面通の中央分離帯に、
百日紅並木が続いています。
毎年7月~9月になると、
この辺りは百日紅の紅白の花が咲き乱れますね。


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先ほどの位置から、正面通を西に約20m進みました。
ちょうど耳塚公園の中間点ですので、この辺りからでも入れます。
目の前の樹木は薄紫の花を付けていますが、
あちらは槿(むくげ)でしょうか?芙蓉(ふよう)でしょうか?
その陰に藤棚があって、その下の遊具で
たくさんの児童が遊んでいらっしゃいます。


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その辺りで、正面通を北に向きました。
百日紅の咲く中央分離帯の向こうに、町家が建っています。
こちらは、甘春堂東店です。
第150回ブログ葛切りを注文したのと、
第615回ブログ抹茶と茶菓子を注文しました。
今回は、諸事情で素通りします。


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さらに正面通を約10m西に進みました。
あちらの出入り口の先で、耳塚公園の最西端となります。
右(北)側の週央分離帯には、相変わらず百日紅並木が続きます。


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耳塚公園の北西端に、こちらの石碑が立っています。
実は、耳塚公園の歴史が文語体で書かれています。
明治時代初期、まだ明治天皇が京都に住まわれていた頃です。
明治天皇とこの辺りまで馬車で来られた昭憲皇太后が
「疲れたので、休憩したい」
そうおっしゃられたので、この場所で休憩されました。
その後このご休憩跡地に小学校が建てられたりしたのですが、
その小学校移転後にこちらは児童公園になりました。
(意外なことに、「耳塚」とは直接関係ありませんでした)


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耳塚公園の西隣に、耳塚が建っています。
こちらは、この辺りが大仏殿関連施設だった名残です。
(大仏殿については、前回ブログ参照)
文禄の役の際、日本の武将の中には朝鮮軍兵士の死体から
耳や鼻をそぎ落として持ち帰った者がいました。
その数を自分の手柄として、褒章を求めたからです。
そういう耳や鼻(塩漬けにしてあります)を豊臣秀吉は
こちらに埋葬してお墓を建てました。
それが、こちらの耳塚です。
日本側にとって耳塚は戦勝記念碑ですが、
韓国側にとっては耳塚は戦没者への慰霊碑であり、お墓です。
ですから金大中氏など訪日された韓国大統領には、
こちらに参拝された方もいます。


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耳塚の前で、正面通の北側に向きました。
満開の百日紅越しに京町家が建っていますが、
軽トラックが邪魔ではっきり見えません。
こちらは扇屋さんの老舗ですが、今回は素通りします。


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耳塚の前で、正面通を西に向いています。
目の前で、正面通は大黒町通と交差しています。


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正面通から、大黒町通を南に向いています。
耳塚の形に蛇行しているのが、面白いですね。


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今度は正面通から、大黒町通を北に向きました。
五条通付近は東山郵便局の西側の道なのですが、
そのまま北上すると、日蓮宗壽延寺沿いの道となります。
(壽延寺には大黒天がいらっしゃり、それがこの道の由来です。
詳細は、第153回ブログを参照)


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「正面大黒町」交差点北西角に、
浄土宗西山壇林派専定寺(烏寺)が建っています。
天台宗方広寺とは宗派が異なりますが、近くに位置するため
「大仏殿」(方広寺)関連寺院と考えられています。
もっとも、「烏寺」の由来は鎌倉時代の話です。
ご本尊は阿弥陀如来像ですが、
それ以外にもこちらには蕎麦喰い地蔵がいらして、
こちらが江戸時代の「大仏殿7不思議」の
一つに数えられています。
(詳細は、第149回ブログ参照)


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大黒町通から、正面通を西に向いています。
この辺りは、緩やかな下り坂ですね。
この辺の百日紅並木は、特に高い木が多いですね。


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その辺りの正面通に、こちらに地図がありました。
こちらは正面通の南側歩道に貼られていますが、
実は左右真逆に描かれています。
(北側歩道だと、問題ないのですが……)
実際の正面通の進行方向は左から右ですが、
地図上は右から左に移動することになります。


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その地図の前で、正面通を西に向いています。
向こうで、正面通は本町通と交差します。
その本町通で百日紅並木が終わり、
正面通は道幅が半分くらいになります。


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正面通から、本町通を南に向いています。
本町通はとても長い道ですが、
七条通以北は京町家が多くなります。
(第149回ブログを参照)


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今度は正面通から、本町通を北に向きました。
ここをまっすぐ北上すると、第150回ブログ後半のルートです)


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本町通から、正面通を西に向いています。
ここから西の正面通には歩道が無くなり、道幅も半分になります。


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本町通から、正面通を約10m西に進みました。
こちらに川魚屋さんがあるのですが……
この日(2019年8月27日)は火曜日ですが、
シャッターが閉められています。
定休日なのでしょうか?


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川魚屋さんの前で、正面通を西に向いています。
この辺りは「正面通商店街」に属しており、
たくさんの商店舖が並んでいます。
全盛期の8割くらいに商店舗も減っていますが、
京都市街地の商店街でも元気な方に属しています。


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本町通から、正面通を西に約50m進みました。
ここで正面通は、鞘町通と交差します。


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「正面鞘町」の辻の南東角に、道楽という料亭があります。
ポツンとあるお店ですが、結構な老舗です。
鴨川が近いこともあって、川魚中心のお店です。
(ウナギとか、アユとか、コイとか)


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正面通から、鞘町通を南に向いています。
左(東)側は先程の料亭「道楽」で、
右(西)側はかつての京都市立貞教小学校で、
現在の京都芸術工芸大学です。


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その「道楽」の壁に、小さな祠がいらっしゃいます。
よく見ると、全て稲荷社ですね。
こちらは、さすがに「商売繁盛」の意味合いでしょうね。


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今度は正面通から、鞘町通を北に向きました。
こちら側は、両脇とも小店舗を閉じられています。
特に右(東)側のタバコ屋さんだったところは、完全に廃墟ですね。


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鞘町通から、正面通を西に向いています。
右(北)側に見える「正面湯」という銭湯は、
2010年ごろに閉められてしまいました。
実は、かつて自分が常連だった銭湯でした。
まるで今も開いているように見えるのは、
今も中に人が住まわれているからでしょうか?


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とは言え、「正面湯」の西隣の家電の店は開店していました。
自分の印象では、結構流行っています。
(ウチもお世話になっています)
さらに西隣は一見工場ですが、自転車のお店です。
しかも、自転車を部品単位で売ってくれます。
自分も、自転車の籠やベル、ハンドル、
さらにペダルを単品で買ったこともあります。
(しかも頼めば、その部品を取り付けてもらえます)
また店頭には、50円硬貨1枚で3分自転車のタイヤに
空気を入れられるチューブが置かれています。
(自動的に空気が出るので、とても楽です)
ちなみに、さらに西隣のオレンジ色のテントも
この自転車屋さんの一部です。


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その家電屋さんと自転車屋さんの向かい(南)に、
手作りパン屋さんの「チロル」があります。
ウチの母が取りあえずの食事を食べるときは、
相当お世話になっています。
個人的には、魚のフライが入ったサンドイッチが好物です。


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その「チロル」の前で、正面通を西に向いています。
すぐ前に、右(北)に伸びる道が見えますね。
ここで正面通は問屋町通とT字路を形成します。


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正面通から、問屋町通を北に向いています。
この位置が、問屋町通最南端です。


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正面通から、問屋町通を約10m北上しました。
こちらの地域スーパーはだいぶ前に閉店したのですが、
こちらの掲示板は近隣住民がよく見に来ます。
この掲示板から問屋町通を約400m北上すれば、
半兵衛麩本店が建っています。


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問屋町通から、正面通を西に向いています。
「正面川端」交差点の信号機が、そろそろはっきり見えてきました。


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問屋町通から、正面通を約30m西に進みました。
「正面川端」交差点南東角に、
和菓子屋さんの甘春堂本店が建っていますね。
この先の鴨川に架かる正面大橋からでも、よく見えます。


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甘春堂本店は、先程の東店と異なり茶店がありません。
ですから、店頭でお菓子を買って持って帰る専門のお店です。
自分は、ここでは必ずこちらの有平糖を買っています。
こちらは帰宅後、普洱茶(プーアル茶)とともに頂きました。


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こちらが、有平糖です。
安土桃山時代に、南蛮から渡来した砂糖菓子です。
通常は茶会などで、抹茶と共に戴きます。
優しい甘さと季節ごとの精緻な細工が、特徴ですね。


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甘春堂本店の入り口から、そのまま北向いています。
目の前に小路が伸びているように見えますが、こちらも川端通です。
と言いますか、1990年くらいまでは
4車線の川端通が琵琶湖疎水の川面で
この小路のみを川端通と呼んでいました。
(今の琵琶湖疎水は暗渠化しています)
左(西)側には、その1990年ごろまで「正面公設市場」がありました。
(1990年ごろとは、バブル景気を指します)


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今度は同じ位置で、川端通で南を向きました。
こちらの歩道の幅が広くなっていますが、
歩道部分が昔からの川端通で、車道がかつての琵琶湖疎水でした。
左(東)側に、京都芸術工芸大学が見えます。


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正面通から、川端通の車道を北に向いています。
(かつての琵琶湖疎水跡です)
約450m先で五条通と交差するので時折渋滞しますが、
今は自動車が全然見えません。


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では横断歩道を渡り、川端通から正面通を西に進みます。
ただ、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、これ以降は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、木屋町通の正面児童公園付近を散策します~

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サウナの梅湯~サンクロレラの湯とコラボ企画~

「桜の名所」木屋町通沿いの銭湯
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高瀬川沿いの木屋町通は、京都市街地の中でも
特に「桜の名所」として有名ですが、
情報誌などでよく知られている五条通以北よりも
個人的には五条通以南の桜並木の方がお気に入りです。
五条通以南は七条通に至るまで、北から順に
六軒橋、上ノ口橋、正面小橋、昭和橋と小路の橋が
桜の絶景ポイントとなりこの辺りの風物詩となっています。

そのうち、五条通より約400m南の上ノ口橋の袂に
老舗銭湯の「サウナの梅湯」が建っています。
こちらも、京都市街地屈指の「桜の名所」です。
現在こちらは2Fが開放されているので、
毎年春になると花見がてら休憩できます。


深夜まで開いている老舗の銭湯
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筆者である現在50代の自分が生まれる前には、
「サウナの梅湯」はこの地で銭湯を経営していました。
おそらく、少なくとも1950年にはこの地に建っていました。

1975年この辺りで最古のサウナ風呂を導入した銭湯で、
それ以来こちらの屋号も「サウナの梅湯」と変わりました。
さらに2015年にこちらの経営者が現在の方に代わられて以降、
こちらは深夜2時までの営業となり、
自分のような近隣住民のみならず
近所の「ゲストハウス」に宿泊される方々も多く利用されています。


京都から発信されるサンクロレラサンクロレラ-1
株式会社サンクロレラは2019年12月で創業50年を迎える
京都市下京区五条烏丸に本社がある企業です。
健康食品の「サンクロレラA」を初め、
多くの健康用品を創業以来販売してきました。
さらに、入浴剤として「サンクロレラの湯」も販売しており、
京都市内でも薬湯として使用されている銭湯もあります。


サウナの梅湯とサンクロレラがコラボ企画サンクロレラ-3
「京都市内の銭湯文化と健康文化を継承する」という考えの下、
サウナの梅湯・株式会社サンクロレラがコラボ企画を行います。
こちらの記事にもあるように、京都市内の4ヵ所の銭湯が
順次「サンクロレラの湯」を開催いたします。
このうち「サウナの梅湯」は4番目の
2019年12月9日月曜日~2019年12月15日日曜日に開催されます。
(ただし、2019年12月12日木曜日は定休日です)


当日は、梅湯全体が「サンクロレラの湯」にサンクロレラ-4
株式会社サンクロレラのサイト上によると、
各銭湯で「サンクロレラの湯」に入浴可能になる以外に、
様々な企画が動く模様です。
例えば、風呂桶以外にも上記写真のような場所にも
「サンクロレラの湯」のロゴが入ります。
さらに、抽選で限定品の「サンクロレラの湯」ロゴ入り
タオルが当たるチャンスもあるそうです。

興味がありましたら、またご近所の方々は
「サウナの梅湯」にお越しください。サンクロレラ-6

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第683回 豊国神社散策~正面通東から西~その4

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第681回ブログから2回分を使って京都国立博物館を散策し、
正門を出たところで西を向いています。
目の前で、4車線の大和大路が南北に伸びています。
今回は、博物館の北隣にいらっしゃる豊国神社にお邪魔します。
撮影日は、2019年8月27日火曜日午後3時45分。
今シリーズのメイン正面通がやっと登場します。


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京都国立博物館正門の前で、大和大路を南に向いています。
約100m先で、七条通と交差しています。
七条通沿いをたくさんの方々が散策されていますね。


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その辺りの大和大路の向かい(西)側を見ています。
この辺りの大和大路と正面通には百日紅並木が、続きます。
時節柄、百日紅(さるすべり)がちょうど満開ですね。
手前の百日紅が白い花を付けていますが、
紅い花が多いので珍しいですね。


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同じ位置で、さらに北を向きました。
こちらにも、百日紅並木が続いていますね。
右(東)側に石垣が並んでいますが、
こちらは元々大仏殿のために築かれたものです。
この石垣は北半分は豊国神社のものですが、
南側は京都国立博物館のものです。


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京都国立博物館正門から、大和大路を約100m北上しました。
ここで大和大路は、正面通と交差します。


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大和大路から、正面通を東に向いています。
正面通はここが最東端で、この辺りでT字路を形成しています。
そして正面通より東に、豊国神社がいらっしゃいます。
こちらには約9ヵ月ぶりで、このブログ5回目の訪問です。


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前述の写真中央の石段を上り豊国神社一の鳥居をくぐり、
豊国神社境内で東を向いています。
では、この先に見える豊国神社唐門(重要文化財)に向かいます。


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豊国神社唐門に向かう前に、先ほどの写真にも写っていた
手水舎に向かい、自分の手を浄めます。
第149回ブログに掲載した手水舎と様子が違いますね。


683-9.jpg
豊国神社手水舎には、こちらの紙が貼られていました。
第149回ブログに写した張り紙といつの間にか入れ替わっています。


683-10.jpg
ようやく豊国神社の手水鉢で、自分の手を浄めます。
こちらの周囲は変わりましたが、
手水舎に設置された手水鉢は自分が幼いころと同じですね。


683-11.jpg
豊国神社手水舎の前で、東を向きました。
では、こちらから豊国神社唐門に向かいます。


683-12.jpg
豊国神社唐門の手前(西側)に、こちらの像がいらっしゃいました。
豊国神社のご祭神豊国大明神と言いますか豊臣秀吉の銅像ですが、
前回訪問した9カ月前には明らかにいらっしゃいませんでした。


683-13.jpg
豊国神社唐門の袂に、こちらの木製「千成瓢箪」が飾られています。
豊臣秀吉が戦で勝つたびに飾った馬印ですね。


683-14.jpg
豊国神社唐門の真下から、境内を東に向いています。
向こうに拝殿が見えて、さらに約50m先に本殿がいらっしゃいます。
こちらの本殿より東に約100m先に、
安土桃山時代の16世紀末大仏殿が建っていました。
(詳細は、第616回ブログ参照)
さらにそちらより1500m東南東の阿弥陀ヶ峰(日吉ヶ丘)山中に、
豊国廟(豊臣秀吉のお墓)がいらっしゃいます。
ちなみに阿弥陀ヶ峰とは、中世の鳥辺山のことです。

豊国神社は、明治時代に建立されました。
ご祭神は、豊国大明神(豊臣秀吉のこと)です。
16世紀末正面通より北に伸びる渋谷街道から塩小路にかけて、
豊臣秀吉はこの辺り一帯を自分のための一大宗教施設にしました。
この位置は中でも中心施設であった大仏殿境内だったのですが、
17世紀初頭に権力を奪った徳川家康は
京都をさらに開発する過程でこれら施設の解体を図りました。
三十三間堂は独立した寺院となり、(以後、蓮華法院と称します)
周辺地域に新たに智積院などの寺院を建立しました。
この大仏殿周辺は江戸時代を通して完全に放置され、
その間火災などに合いこの辺りは荒廃の一途を辿りました。
それが明治時代に入るとこの辺の再開発が繰り返され、
この辺りも北から順に天台宗方広寺(この後に立ち寄ります)、
豊国神社、京都国立博物館、三十三間堂と生まれ変わりました。


683-15.jpg
豊国神社唐門前から、境内を南に向きました。
手前に豊国神社宝物殿への入り口がありますが、
時間の関係でそちらは割愛させていただきます。
(宝物殿の詳細は、第149回ブログ参照)
さらにその右(西)側には、こちらの社務所があります。
そして社務所とこちらとの間にある砂利が敷き詰められた場所が、
月極の駐車場です。
自分は自動車を所有していませんが、
今は亡き父がここの駐車場を利用していて、
その関係で自分は幼いころこの辺りでよく遊んでいました。


683-16.jpg
今度は豊国神社唐門の前で、境内を北を向きました。
次は、そちらに向かいます。
つい約30分前まで豪雨でしたので、(前回ブログ参照)
雨が止んでも石畳の道の周囲の砂利が水浸しですね。


683-17.jpg
豊国神社本殿北側に、こちらの神社が隣接しています。
朱い鳥居が並んでいるので、こちらが稲荷社と分かります。
ただ本殿を参拝させて頂くと、「槇村大明神」と書かれていました。
もしかすると、「槇村さん」のお墓の址なのでしょうか?
(小さな稲荷社の大半は、元々お墓か死体発見現場です)


683-18.jpg
朱い鳥居の前で、北を向きました。
目の前の車止めを越えて北上すると、
豊国神社から天台宗の方広寺に移り変わります。


683-19.jpg
先ほどの位置から北上し、車止めを越えて時点で東を向きました。
ここを東に進むと、方広寺の駐車場の脇を抜ける小径に出ます。
さらにその駐車場を東に抜けると、
先述の大仏殿址公園や馬町に抜ける路地に出ます。
(第616回ブログを参照)


683-20.jpg
同じ位置で、方広寺境内で北を向いています。
では、目の前の「国家安康の鐘」の鐘楼に向かいます。


683-21.jpg
こちらが、1614年~1615年の大坂の陣の端緒となった
「方広寺鍾銘事件」の原因となった「国家安康の鐘」の現物です。
(コピーなどではありません。当時鋳造された現物です)
現在の方広寺の僧侶が、
こちらの文字に白墨で印を付けられています。
こちらは、臨済宗大徳寺の塔頭総見院の僧侶古渓宗陳作です。
とても長い漢詩が描かれているのですが、
その中に「国家安康」「君臣豊楽」と書かれていました。
(左下が「国家安康」、右上が「君臣豊楽」)
「国家安康」のうち「家」と「康」を切り離すことで
徳川家康の首を刎ねる呪いをかけたなどと主張して、
方広寺を建立した豊臣氏に対して疑念を持った徳川家康が、
大坂の陣で豊臣氏を滅亡させました。
酷い言い掛かりのようですが、
作者の古渓宗陳が反徳川家康の急先鋒だったことや、
(古渓宗陳はこちらを書いた直後に処刑)
そのような呪いは当時なら日常的に行われていたことから、
あながち冤罪とは言い切れません。


683-22.jpg
こちらは、「国家安康の鐘」が安置されている鐘楼の天井部です。
少し擦れていますが、飛天を描いた天井画が見事ですね。


683-23.jpg
飛天を描いた天井画を大写しにしました。
自分は幼いころからこの天井画が大好きで、
何やかんや理由を付けてよくこちらを見に来ていました。


683-24.jpg
方広寺の「国家安康」の鐘楼から、東を向きました。
この先に、大きな駐車場が見えます。
江戸時代後期、有志の寄付金でここに大仏が再建されていました。
かつてのものよりだいぶ小規模でしたが、
こちらも1973年に漏電が原因で焼失してしまいました。
当時幼稚園児だった自分が、亡き祖父に連れられて
ここまで野次馬で火災の様子を眺めていた記憶があります。


683-25.jpg
鐘楼の北側に、天台宗方広寺本殿が建っています。
ご本尊は廬舎那仏ですが、(奈良の大仏と同一です)
大仏殿焼失のため足首より下だけになっておられます。
(尤も、別に廬舎那仏がご本尊としていらっしゃいますが……)

こちらは豊臣秀吉による大仏殿の後継寺院で、
江戸幕府は放置し続けましたが、
京都市街の庶民の信仰は集めており、
そのため公式記録では存在しないものの
こちらの寺院自体は小規模ながら存在し続けました。
ただ、いつから大仏殿から方広寺に名称変更になったかは不明です。


683-26.jpg
その場所で、方広寺境内を西に向きました。
この先に、大和大路が見えますね。
この時点で、また雨が降り出しました。
(先程の写真にも、雨粒が写っていましたね)
ここからでも外に出られますが、(第149回ブログと同じルートです)
あくまで「正面通編」ですので、元の位置に戻ります。


683-27.jpg
今度は同じ位置で、方広寺境内を北に向きました。
では、方広寺から豊国神社に戻ります。


683-28.jpg
方広寺から豊国神社に戻ってきて、南に向いています。
ずっと向こうに、豊国神社の社務所が見えますね。
雨が降り出して僅か数分でしたが、もう止んでいますね。


683-29.jpg
豊国神社手水舎脇まで南下して、西を向きました。
目の前に、先程の豊国神社一の鳥居が建っていますね。


683-30.jpg
豊国神社一の鳥居の真下で、西を向いています。
こうして見ると、豊国神社から西に
正面通が伸びているのが分かりますね。


683-31.jpg
豊国神社一の鳥居の真下から石段を下りて、
大和大路から正面通を西に向いています。
つまり、この位置が正面通の最東端です。
では、ここからようやく正面通を西に進むのですが
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、この地点から正面通を西に進む、予定です~

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テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第682回 京都国立博物館 後編~正面通東から西~その3

682-1.jpg
前回ブログで、京都国立博物館の北半分を散策し、
最終的に入り口付近に戻ってきて北を向いています。
今回は目の前の平成知新館(現本館)に立ち寄った後、
京都国立博物館の南半分を散策します。
撮影日は、2019年8月27日火曜日午後2時半。
豪雨が続きますが、この日は最後まで警報が出ませんでした。


682-2.jpg
七条通側の京都国立博物館入り口から、約50m北上しました。
ではさらに約50m北上し、目の前の平成知新館に入ります。


682-3.jpg
この日(2019年8月27日)は大雨でしたので、床が雨粒でぬれていて
それを気にされた博物館の職員の方々が多くいらっしゃいました。
……で、その中の一人に写真撮影の限界をお聞きしました。
以外にも、館内の一部が撮影可能でした。
基本的に撮影可能なのは1Fの一部だけで、展示物が無い場所です。


682-4.jpg
先ほどの位置から、平成知新館内部を西に向きました。
はっきり言って何もないスペースなので、撮影可能です。
ですが、こちらは意外と休憩に最適です。
広いスペースにベンチがあるだけですので、
とても静かで落ち着くことができます。


682-5.jpg
今度は、同じ場所で東を向きました。
手前はグッズショップなのですが、奥はレストランです。
だんだん雨足が強くなっていく中で、
多くの方々がこちらに集まっています。


682-6.jpg
先ほどの部屋の北隣は、東西に伸びる長い廊下です。
その位置で、東を向いています。
手前からトイレ、視聴覚室、イベントホールが並んでいます。


682-7.jpg
その廊下を約50m東に進み、南を向きました。
この辺りはガラス張りなので、外の様子がよく見えます。
先ほどのレストランにオープンカフェが設置されているのですが、
この大雨の中ではそちらには誰もいません。
この位置ですと、明治古都館の全景がよく見えますね。


682-8.jpg
一方、こちらの西側は長い廊下がない代わりに展示会場があって
そこから先が撮影不可の場所となります。
順路としては最初に目の前に行くのではなく、
手前の左(南)側にエレベーターがあって、
そちらから3Fに移動します。
そして、3Fから徐々に下りっていって
最終的に目の前の場所から出て行きます。
(こちらは、どの催し物でも同じ順路です)


682-9.jpg
この日(2019年8月27日)は、こちらでは
この催し物が行われていました。
2019年9月1日から9月7日まで、
ICOM(国際博物館会議)の京都大会が行われます。
そのことを受けて、こちらの京都国立博物館や京都文化博物館
海外の方々に日本文化を紹介する催し物が開かれています。

こちらに書かれている「寄託」とは、
各箇所の所有権はそのままにして
現物の文化財を保存するために京都国立博物館などの
公共施設に保管してもらうことです。
臨済宗建仁寺派本山建仁寺などが典型例ですね。

今回の催し物では3Fは小物類(土器や金属製の道具)、
2Fは掛け軸や屏風、障壁画などの絵画、
1Fは仏像や書簡、衣類・織物が展示されていました。
その多くが国宝・重要文化財で、
日本人が見ていても迫力があるのですが、
海外から来られた方々に日本文化を誇るような
そんな目的があるような気がしました。
個人的には3Fの金属製の経箱(お経を入れる箱)が
素晴らしいと思いましたが、
閲覧されていた方々の多くは2Fの建仁寺所蔵の
「風神雷神図屏風」(俵屋宗達作)「雲竜図」(海北友松作)に
特に注目されていました。
まぁ建仁寺常時展示のものはコピーですが、
こちらのものは本物ですから、迫力が違います。


682-10.jpg
こちらの催し物は約30分くらいで回ろうと思っていましたが、
特に3Fで時間がかかってしまい1時間くらい眺めていました。
現時点で、2019年8月27日火曜日午後3時半。
ようやく1F催し物会場から出て、元の位置に戻ってきました。


682-11.jpg
催し物会場で、南を向きました。
ではこちらを移動し、京都国立博物館の平成知新館を出ます。


682-12.jpg
平成知新館を出て、京都国立博物館の敷地内にいます。
傘立ての都合で、真南を向くことが出しません。
南東に向くと、この位置から明治古都館がよく見えますね。
そう言えば、自分が平成知新館を閲覧している間に
豪雨がすっかり止んでました。


682-13.jpg
同じ位置で、真西を向きました。
こちら側の池と噴水は、屋内から見ると結構きれいに見えます。
池の水面を見ると、噴水によるもの以外に波紋がありません。
そう言うことからも、雨が止んだことが分かりますね。


682-14.jpg
平成知新館の前で、京都国立博物館の広場を南に向いています。
目の前の小径を約100m進むと、七条通側入り口に辿り着きます。
取りあえず、こちらを約50m南下します。


682-15.jpg
平成知新館から京都国立博物館の広場を約50m南下し、
東を向きました。
こちらは、重要文化財の明治古都館(旧本館)です。
現在は修復中のため、中には入れません。
前回ブログでは全体を写したので、
今回は入り口付近をアップにしました。


682-16.jpg
同じ位置で、今度は西に向きました。
ずっと奥に見えるのは、大和大路側の京都国立博物館正門です。
その手前に大きな噴水があって、
さらに手前に大きな彫刻の背中とお尻が見えます。


682-17.jpg
その大きな彫刻の正面に回り込んできました。
土台と男性像合わせて、約4mといったところでしょうか?
こちらは「考える人」(ロダン作)です。
コピーではなく本物ではありますが、
ロダンは自分でいくつも同じ作品を作っています。
こちらは、そのうちの1品であります。


682-18.jpg
その「考える人」の前で、西を向きました。
ここから、噴水と正門がよく見えます。
時間的に、ちょうど噴水が吹き上がるタイミングでした。


682-19.jpg
噴水の周囲を時計回りに移動しています。
実は、京都国立博物館広場の南側にも散策ルートがあります。


682-20.jpg
噴水の周囲を時計回りにほぼ半周して、西を向いています。
京都国立博物館正門脇に、左(南)に進む小径が伸びています。


682-21.jpg
噴水と正門の間で、南を向きました。
では、この桜並木が続く小径を南へ移動します。


682-22.jpg
その小径を南下しつつ、西を向きました。
こちらに石灯籠が、並んでいますね。


682-23.jpg
この辺りが、京都国立博物館の南西端です。
小径が、ゆっくりと左(東)へ曲がっていきます。
この辺りの比較的高い木々は桜ですが、
低木はツツジが多いですね。
どちらも開花時期になりますと、なかなかの絶景になります。


682-24.jpg
小径は曲がり角から、蛇行しながら東に進みます。
目の前の百日紅(さるすべり)が、満開ですね。
雨上がりなので、花の香りが強くなります。


682-25.jpg
小径を東に移動し続けると、こちらに出ます。
手前に雨除け付きのベンチがあり、その奥が公衆トイレです。
この左(東)側に、七条通側の入り口があります。
(今回ブログの冒頭場面ですね)


682-26.jpg
公衆トイレの前で、小径を北に向きました。
左(西)側に金属製燈籠があっていますが、
こちらは元々奈良市内の東大寺にありました。
右(東)側のベンチでゆっくり眺められます。


682-27.jpg
金属製燈籠の前で、小径を北に向きました。
ずっと向こう(北側)に、先程の平成知新館が見えますね。
よく見ると、突き当りの植え込みの先に
先述の「考える人」が立っています。


682-28.jpg
京都国立博物館南西側の散策用小径を抜け、西を向いています。
次は、噴水の西端まで歩いて行きます。


682-29.jpg
京都国立博物館の噴水西端から、さらに西を向いています。
すぐ先に、京都国立博物館正門が見えます。
こちらも、重要文化財に指定されています。
では、こちらから京都国立博物館を出ます。


682-30.jpg
正門から京都国立博物館を出て、東に振り返りました。
正門から噴水越しに明治古都館(旧本館)を見るこの構図が、
京都国立博物館のベストショットです。
ただし正門とは言え周囲でチケット販売が行われていませんので、
こちらは出口専用です。(つまり、ここから博物館には入れません)

京都国立博物館正門は、1897年この博物館創業以来ここにあります。
明治古都館同様、片山東熊による設計でともに重要文化財です。
この赤レンガ製フランス式建造物は、
ルーブル美術館を意識したものと聞いたことがあります。


682-31.jpg
京都国立博物館正門を背にして、西を向いています。
この先の大和大路に続く百日紅並木が、ちょうど満開です。
ここから北上して正面通を目指すのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、北隣の豊国神社にお邪魔します~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

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いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
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「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
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実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
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バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
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「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
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いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
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こちらも許可をいただいて
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「京都に夢中!
古都・京都
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「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
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「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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