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第617回 紅葉の大谷本廟

[大谷本廟] ブログ村キーワード

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前回ブログで豊国神社の裏(東)に抜けて、東大路を北上しました。
そして、今いるのは「東山(東大路)五条」交差点南西角です。
今回はこの東側の大谷本廟から、その墓地を東に抜けていきます。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後1時。
信号が青くなりましたので、横断歩道を北に渡ります。


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五条通の長い横断歩道を渡り、東大路を北上しています。
国道1号線の高架をくぐり、6車線の五条通を渡り切りました。
ここから、五条通北側歩道に移ります。


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五条通を横断歩道で北側歩道に渡り、西を向きました。
ここから約400m先に伸びる大和大路以東からこの辺りまで、
大小の清水焼小売店が何軒も並びます。(第239回ブログ参照)


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同じ位置で、東を向きました。
では、歩道沿いに五条通から東大路を東から北へ移動します。


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その途中で、向こう(東)側の東大路を撮りました。
そちらに、今回ブログのメイン大谷本廟があります。
では、こちらから向こうに横断歩道を渡っていきます。


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2018年11月15日では紅葉が全然染まっていませんでしたから、
2018年12月2日日曜日に、この大谷本廟に再訪しました。
桜は落葉が済んで枯れ木でしたが、カエデとイチョウは見頃でした。


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先程の位置から北に回り、東大路の横断歩道を東に向きました。
「五条坂」バス停から市バスを降りて来られた方々で、
この日(2018年11月15日)は平日でも人でいっぱいでした。
そのため、この辺りには飲食店や土産物屋さんが並んでいます。


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先程の横断歩道を東に渡り、南に向きました。
今度は、この横断歩道を南下します。


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横断歩道を渡る途中で、東を向きました。
東大路から東に、2本の道が伸びていますね。
左側の道は五条坂で、大和大路から五条通経由でここまで来て
北東にさらに約400m伸びています。
清水寺への参道では唯一観光バスなど大型車が通行可能な道です。
右側は大谷本廟の墓地へと続く道で、
約45年前にウチの祖父とよく墓参りに利用しました。


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東大路東側歩道で横断歩道を南下して、ここに来ました。
向こう(南)側に、国道1号線の高架が見えますね。
では、約30m先の多くの人々が出入りしている場所に向かいます。


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先程の位置から約30m南下して、東を向きました。
太鼓橋の先の石段を上ると、大谷本廟に入れます。


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同じ位置を2018年12月2日に撮りました。
この大谷本廟の池付近が、紅葉の名所です。
12月2日にも、たくさんの観光客が来られていました。


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20118年11月15日に、太鼓橋を渡っている途中で北を向きました。
この辺りが、大谷本廟でいちばん紅葉がきれいな場所です。


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2018年に再訪したときに、同じ位置で写真を撮りました。
すっかり紅葉すると、このようになります。


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太鼓橋を渡って、東を向いています。
約30m石畳の道を上り、その先の石段を上って大谷本廟に入ります。


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2018年12月2日に、同じ場所で撮りました。
だいぶ紅葉に染まると、この道もなかなかの絶景になります。


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ここからは、また2018年11月15日撮影分です。
大谷本廟の総門をくぐり、境内を南に向きました。
こちらに、本廟会館があります。
この下に、(地下ではありません。ここは山の斜面なので)
駐車場があり、この先には飲食スペースやトイレがあります。
五条坂の陶器祭でトイレに困って、ここに立ち寄りました。


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大谷本廟総門の真東に、仏殿(本堂)があります。
中には、ご本尊の阿弥陀如来像がいらっしゃいます。


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この辺りの石畳の道を大写ししました。
あちこちの木々から、団栗が落ちてきていました。


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その石畳の道の先は、仏殿の北側に回り込みさらに東に進みます。
そしてこの二天門をくぐり、その東に行きます。


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二天門をくぐり、東を向きました。こちらに、明著堂があります。
西本願寺の歴代宗主とお裏方様(宗主の奥方)の墓所ですね。
その右(南)側に、納骨堂があります。
中には浄土真宗本願寺派の寺院ごとに仏壇があって、
そちらに門徒の遺骨が納められています。
お墓を建てられない方々の中には、
こちらで済まされる場合もあるようです。


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二天門から、左(北)を向きました。
こちらに北門があって、ここから大谷本廟の外に出られます。
北門の外に、花屋さんが見られます。
大谷本廟の場所が近いので、こちらで仏花以外にも
線香やお供え物を買うことができます。


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大谷本廟を北門から出て、東を向いています。
右(南)側は大谷本廟ですが、
左(北)側はその大谷本廟の墓所が続きます。


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大谷本廟北門から東に約70m進み、北に向きました。
ここから直線距離で約50m先に、(蛇行するのでもう少し先に)
親鸞のご遺体を火葬された場所があります。
ちなみに、この辺はかつて豅(おおたに)と呼ばれていました。
浄土真宗関連の方の姓が大谷さんが多かったり、
施設の名称に「大谷」や「龍谷」が付くのも、その辺が理由です。


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同じ場所で、東を向きました。
ここから、右(南)側にもお墓が並ぶことになります。
道が分岐しますが、左側の急な上り坂を進んでいきます。


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先程の分岐点から、急な上り坂を進んでいます。
その分岐点から、東北東に進路が変わります。
右側の墓所に、時折細長い墓石が見受けられます。
それらはすべて、過去の戦争で亡くなった方々のお墓です。


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先程の分岐点から、東北東に約20m進みました。
上り坂の途中で左を向くと、小さなの寺院があります。
こちらは、日蓮宗鳥辺山帝釈天王通妙寺です。
東京の柴又帝釈天を江戸時代に勧進しました。
この辺りは浄土真宗本願寺派の墓所ですが、
元々この鳥辺山(音羽山)は平安京遷都以来の墓所です。
ですから、この周辺にはさまざまな寺院や墓所があります。


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通妙寺の門前で、東を向きました。
では、この上り坂をどんどん上っていきます。
その進路も、東北東から真東に変わっていきますね。


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通妙寺門前から約50mかけて、急な上り坂を上りきりました。
ずっと先に朱い塔が見えますが、あちらは清水寺多宝塔です。
第615回ブログでは鴨川に架かる正面大橋の上から、
こちらが見えていました。
この道は、この辺りにいくつかある清水寺参道の一つでもあります。


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急な上り坂を上りきった時点で、左を向きました。
こちらは、日蓮宗鳥辺山本壽寺です。
日蓮の弟子の一人日親が開基の寺院です。
こちらに、その日親のお墓もあります。


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本壽寺門前から、平坦な道となり真東に進みます。
本壽寺門前から東に約50m進むと、また花屋さんがあります。
こちらでは、仏花や線香の購入以外にバケツも水も借りられます。
今は亡き祖父とこちらに墓参りに来たときは、
こちらでお花と線香を買って、バケツを借りました。
その水道に、「清水寺まで3分」と看板が出ていますね。


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その花屋さんの前で、南を向きました。
お墓とお墓の間が路地になっていて、そちらから各お墓に進めます。


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お墓のいちばん端まで来て、南東を向きました。
お墓の端は崖になっていて、その下も墓地が続きます。
向こうに国道1号線の高架が見えますが、
その辺りまで墓地が続きます。
とは言え、これでこの墓地のほんの一部です。
この音羽山は鳥辺山でもあって、
南隣の阿弥陀ヶ峰、稲荷山も合わせて
平安時代~室町時代は「鳥辺野」と呼ばれる墓所でした。
(この位置は、六原の東隣に位置します)
ですからここは浄土真宗本願寺派の墓所ですが、
この近くに別の宗派の墓所もたくさんありますし、
さらに東(清水寺より東)に市営の火葬場もあります。


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先程の花屋さんまで戻って、東に進みました。
その花屋さんの東隣に、こちらの鳥居が見えます。
こちらは、妙見宮ですね。日蓮宗寺院によくいらっしゃいますね。
(第469回ブログの本満寺を参照)


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妙見宮の前で、東を向きました。平坦な道が続きますね。
向こうの花屋さんの先で、左側にも墓地が続くようになります。


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その花屋さんの東側で、左側にも墓地が見えてきました。
この墓所は多少迷路状なのですが、
このアスファルトの道を進む限り道に迷うことはありません。


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大谷本廟の墓所を歩いていると、戦没者のお墓をよく目にします。
明治38年ということは1905年ですから、
こちらは日露戦争で亡くなられた方ですね。
通妙寺から蛇行しながら約200m東に進んでいたのですが、
この辺りからアスファルトの道が北東に進路が変わります。


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その辺りから今度は右側の墓地が消えて、崖が広がります。
その崖の下には、比較的新しいお墓が建ち並びます。
個人的には、お墓が並ぶ景色を「美しい」と思います。


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その位置で、北東に向きました。
この先に、崖下に降りるスロープが見えます。


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大谷本廟の墓所を貫くアスファルトの道が、石段に変わります。
ここで、大谷本廟の墓所の突き当りに来ました。
では、この石段を上ってこの墓所の北東側にある場所に進みます。


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石段を上ると、こちらの茶店があります。
今は亡き祖父と約45年前に大谷本廟の墓所に来たとき、
墓参りの後にこちらの茶店に連れて来られました。
ここでうどんを食べてその後この周囲の散策をして、
最後は「祇園」交差点から市電に乗って帰宅しました。
その茶店がまだ残っているのが、とてもうれしいです。


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2018年11月15日はウチの母がこの脇の公衆トイレに行ったため、
その間ちょっと時間ができました。
そのため、こちらでジュース買って飲んでいました。
2018年12月2日に再訪したときは、こちらを注文しました。


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こちらが、2018年12月2日に注文した甘酒です。
京都では甘酒は酒粕からは作りません。必ず米麹を原料にします。
そのため、ノンアルコール飲料です。
木匙が付いているのは、底に溜まった米麹を食べるためです。


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その茶店の縁台に座って、甘酒を飲みながら見た風景です。
向こうの朱い塔は、清水寺の多宝塔です。
つまり、もう既に清水寺境内に入っています。


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2018年12月2日に、再訪した際の写真です。
桜の木は、紅葉から落葉が終わって枯れ枝でした。
ただ、この日がこの清水寺のカエデの盛りでした。

ではここから清水寺散策なのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、清水寺を散策します~

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第616回 豊国神社 大仏殿跡緑地公園

[豊国神社] ブログ村キーワード

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前回ブログから正面通を東に歩き続けて、最東端まで来ました。
正面通は、こちらの豊国神社で突き当たります。
今回はこの豊国神社を通り抜け、さらに北東に進みます。
撮影日は、2015年11月15日午後0時半。
だんだんと2018年紅葉散策のメインに近付いてきました。


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先程と同じ位置で、南を向きました。
豊国神社正面であるこの位置は、
正面通と大和大路とのT字路でもあります。
この位置から、豊国神社南隣の京都国立博物館が見えますね。
ここから約200m先に七条通が伸びていて、
その七条通沿いに三十三間堂があります。
さらに三十三間堂の東に、智積院ですね。
これらの施設以外に、新日吉神宮・京都女子学園・豊国廟を含めた
東山の一つ阿弥陀ヶ峰(日吉ヶ丘)西麓を
豊臣秀吉が広大な宗教施設にしようとしていました。
それが江戸時代に入り徳川家康がこれらをそれぞれ別施設として、
現在に至っています。
(ちなみに三十三間堂は後白河上皇が建立したもので、
豊臣秀吉は自分が作ろうとしたその宗教施設に融合させました。)
これらの位置関係は、第223回ブログを参照してください。


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今度は、正面通から大和大路を北に向きました。
このまま大和大路を北上すると、六原(六波羅)や祇園に至ります。
(第224回ブログを参照)


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大和大路の横断歩道を渡り、正面通最東端まで来ました。
では石段を上り、豊国神社「一の鳥居」をくぐります。


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その鳥居をくぐってすぐに、こちらの手水舎があります。
「ここで米を洗わないでください」と書かれた看板が
近年までありましたが、今は無くなっています。


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こちらは、豊国神社境内の南側です。
南端にある社務所との間の砂利が敷き詰められている場所が、
駐車場として利用されています。
実はウチの亡くなった父が、この駐車場を利用していました。
その縁で、約45年前自分はここで「七五三」を行いました。
(妹は、確か八坂神社でしたが……)


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先程の鳥居からそのまま東に進むと、
豊国神社本殿がいらっしゃいます。
ご祭神は、豊国大明神(豊臣秀吉)です。
元々この位置には、豊臣秀吉が建立した大仏殿がありました。
江戸時代に入りその大仏殿は放置されましたが、
江戸時代半ばに落雷により焼失しました。
この神社は、元々はその大仏殿の鎮守社でした。
現在の豊国神社は、明治時代に入って再建されたものです。


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豊国神社本殿前で、北を向きました。
こちらに、北に隣接する寺院へ続く石畳の道が伸びています。
次は、こちらを進みました。


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その石畳の道の途中に、こちらの神社がいらっしゃいます。
豊国神社の末社である稲荷社ですね。
ちょっとこちらにお邪魔して、お参りしました。


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その稲荷社の北隣の仕切り以北が、こちらの寺院です。
大仏殿の後継寺院である方広寺です。
先ずは、目の前の鐘楼に向かいます。


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こちらは、方広寺の鐘楼です。
こちらの鐘が1614年に完成し、
その後の大坂冬の陣の端緒となった「国家安康の鐘」です。


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その「国家安康の鐘」の一部を大写ししました。
後の方広寺の僧侶がこちらをチョークで囲まれたようです。
「国家安康」が徳川家康の死を願う呪いと疑われ、
「君臣豊楽」がその後の豊臣氏の平安を願ったものとされ、
徳川家康はこれを作った豊臣氏を滅亡させました。


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こちらは、方広寺鐘楼の天井部分です。
このように、飛天が描かれています。


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方広寺鐘楼の北側に、方広寺本堂があります。
中を拝観すると、大仏の焼け残りの足の部分などが拝観できます。
江戸時代半ばに、いったんその大仏が再建されて
(だいぶ小さな「大仏」でしたが)
自分もそちらを拝観したことがありましたが、
今から50年ほど前1970年ごろに火事で焼失しました。


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こちらは、豊国神社末社の稲荷社と方広寺鐘楼の間です。
狭い路地に見えますが、
こちらから豊国神社の裏(東)側に通り抜けできます。


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方広寺鐘楼の脇を通り抜けました。
方広寺所有の駐車場と豊国神社との間に、
まだ東に抜ける路地が伸びています。
では、こちらを通って豊国神社と方広寺境内を出ます。


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先程の位置から、約100m東に進みました。
ここで豊国神社と方広寺境内を通り抜け、住宅地に出ます。


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住宅地に出ても、そのまま東に進みます。
あちこちの街路樹が、落葉していますね。


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豊国神社の裏(東)側に、こちらの公園があります。
入り口の表札には、「大仏殿緑地」と書かれています。
では、こちらにお邪魔します。


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公園内に入ってきました。
あちこちに、ベンチ(石製の椅子)などもあります。
現在のこちらは、散歩などにちょうど良い緑地公園です。


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緑地公園の真東から、西を向きました。
豊国神社本殿のちょうど真裏(東)に位置していることが分かります。
目の前の膨らんでいる地面は、かつて大仏がいらした位置です。


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撮影日の218年11月15日木曜日は、紅葉がまだまだでした。
そのため、2018年12月2日日曜日に再訪し撮影しました。
結局2018年の紅葉具合は、例年通りでした。


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2018年12月2日の写真をもう1枚貼り付けます。
紅葉以外にも、様々な植物が植わっています。
時期的には、コスモスがきれいですね。


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写真は、2018年11月15日撮影分に戻ります。
では、緑地公園を出て住宅地に進みます。


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緑地公園を出て、東を向きました。
左(北)側は住宅地ですが、右(南)側は緑地公園です。
取りあえず、こちらを突き当りまで進みます。


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先程の道を突き当りまで約50m進み、左(北)を向きました。
次は、こちらを突き当りまで進みます。


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先程の位置から約20m北上して、西を向きました。
約100m先に、方広寺の駐車場が見えます。
豊国神社や方広寺から、もうこれだけ移動しています。


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同じ位置で、東を向きました。
次は、このままこの上り坂を進みます。


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先程の位置から、約70m東に進みました。
先程の上り坂の先で、この道は東大路と交差します。


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先程の道から、東大路を南に向きました。
約200m先の七条通沿いに、智積院があります。


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同じ位置で、東大路を北に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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先程の位置から、東大路を約50m北上しました。
こちらは、東大路と渋谷街道が交差する「馬町」交差点です。


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「馬町」交差点で、渋谷街道を東に見ています。
渋谷街道は東山を途中国道1号線と絡みながら、
京都市街地から京都市山科区の中心街に抜ける道です。
いずれ、このブログでも特集しようと思っています。


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東大路は、「馬町」交差点より先は北北東に進路が変わります。
では、こちらの道を進んでいきます。


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「馬町」交差点から、東大路を北北東に約100m進みました。
ここで東大路(東山通)が五条通と交差するので、
「東山五条」交差点と呼ばれています。
目の前の高架が、国道1号線です。


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東大路から、五条通を西に向いています。
国道1号線の高架はだんだん低くなって、
約200m先でこの道と合流します。
ちなみに、こちらは8月の陶器市の南半分に当たります。


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今度は東大路から、五条通を東に向きました。
五条通の上に国道1号線の高架が通っているように見えますが、
ここから東の五条通は、すぐに高架上に吸収されます。


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五条通から、東大路を北に見ています。
そうこうしているうちに、こちらの信号が青くなりました。
ではこちらの横断歩道を渡っていきますが、
さすがにもうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

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テーマ : 京都道案内
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第615回 鴨川越えて、正面通を東へ

[正面通] ブログ村キーワード

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第613回ブログの最後、河原町通と正面通とのT字路です。
右(西)側に、渉成園の塀が見えますね。
今回はこのまま正面通を東に進み、豊国神社の前まで進みます。
第6回ブログ以来の6年ぶりの道でもあります。
撮影日は、2018年11月15日木曜日正午。
だんだん2018年紅葉散策のメインに近付いてきました。


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河原町通から、正面通を東に向きました。
では、この正面通を今回は東端まで進みます。


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河原町通から、正面通を東に約30m進みました。
ここで正面通は、土手町通と交差します。


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正面通から、土手町通を南に向いています。
安土桃山時代、この土手町通に高瀬川が流れていました。
そして、この右(西)側の河原町通が御土居でした。
左(東)側には当時から家屋が並んでいて、
この辺の古い家屋には舟を停めるための船泊の跡が、
つい最近まで残っていた場合もありました。
(現在はその家屋は全て壊されたので、現存していません)
江戸時代にこの辺りの御土居が壊されると、
河原町通ができて高瀬川ももっと左(東)に付け替えられました。
そして、河原町通から鴨川にかけてが繁華街になりました。


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正面通と土手町通との辻に、こちらの石が残っています。
まだ日本で自動車がほとんど普及していなかった頃、
都市部の運搬は荷車を利用していました。
その荷車が通りの辻で方向転換する際、
荷車の車輪をこの石に当てていました。
(この石を支点に、てこの原理で方向転換します。
もう亡くなった自分の祖父が教えてくれました)
このような石も、京都市街地では
自分の知る限り、あと2カ所だけしか残っていません。


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土手町通から、正面通を東に向いています。
もう30mほどで、正面通は急に道幅が広くなります。


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土手町通から、正面通を約30m東に進みました。
左(北)側に、前回ブログでもお邪魔した正面児童公園があります。
京都でも屈指の桜がきれいな児童公園で、
このブログでも特集を組みました。


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正面児童公園の右(東)側に、西木屋町通が伸びています。
そのさらに右(東)側の高瀬川と相まって、
毎年春になるとこの辺りは桜並木で絶景に変わります。


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正面通から、西木屋町通を南に向きました。
文字通り、「西」木屋町通は高瀬川西岸の道です。
こちらの辻に、最近Mur mur cafeができました。


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今回ブログでは先を急ぐので素通りしましたが、
前回ブログではこちらに寄りましたので、
その際に注文したハニートーストスープ&コーヒーセットを
今回ブログにも載せます。
こちらの店はオリジナルブレンドのコーヒーがメインで、
自分は深煎り苦味重視の「菊浜ブレンド」を頼みました。
トーストは蜂蜜が塗ってあって、結構甘かったですね。


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西木屋町通から、正面通を東に向いています。
こちらは、高瀬川に架かる正面小橋ですね。
この写真は前回ブログの10日前(2018年11月15日)なので、
11月23日~11月25日に行われたライトアップの片鱗はありません。


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正面小橋から、高瀬川を南に向いています。
この辺りは川の両側から桜並木が押し寄せて、
春になると川に桜のドームが掛かります。


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そのとき、ちょうど1羽の鳩が高瀬川を歩いていました。
高瀬川はとても浅い川なので、
水面がハトの足首の高さまでしかありません。


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高瀬川東岸に、木屋町通が伸びています。
この写真は、正面通から木屋町通を北に向いています。
こちらは、前回ブログでも通りました。
約150m先に、銭湯の梅湯があります。


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木屋町通から、正面通を東に向いています。
約40m先で、三ノ宮通と交差していますね。
では、この正面通を進んでいきます。


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正面通から、三ノ宮通を南に向いています。
すぐ先に京都米浜郵便局がありますが、
元々こちらの郵便局は正面児童公園前にありました。
この三ノ宮通は約200m先の七条通以南で、
須原通と名称が変更されます。


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三ノ宮通から、正面通を東に向いています。
左(北)側は元々奥沢眼科という眼科医でしたが、
代替わりして約400m南東の本町通沿いで開業されています。
現在こちらは、医療用品の博物館です。
また、右(南)側の洋品店「大吉」さんと時計屋の「ヤマゲン」さんは
この日(2018年11月15日)この時間帯は開店中でした。


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三ノ宮通から約20m東に、二ノ宮通が伸びています。
二ノ宮通は、正面通~七条通間の短い道です。
正面通と二ノ宮通の辻に、ブリキ製の看板がありました。


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二ノ宮通から、正面通を約20m東に進みました。
ここで正面通は、鴨川に架かる正面大橋に出ます。
では、こちらを渡りさらに東に進みます。


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先程の写真の中央をアップで大写ししました。
こちらは、清水寺の三重塔です。
清水寺は東山の一つ音羽山の中腹にあるので、
「五条高倉」交差点の歩道橋からもよく見えます。
(第405回ブログを参照)


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正面大橋を渡っている途中で、鴨川を北に向きました。
約400m先に、五条大橋が伸びています。
正面通は、五条通と七条通との中間に位置します。


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この辺りの鴨川は区境なので、正面大橋を渡っているうちに
「京都市下京区」から「京都市東山区に移ってきました。
鴨川東岸は、川端通が伸びています。
そうこうしてうちに、「正面川端」交差点の信号が青くなりました。
では、川端通の横断歩道を東に渡ります。


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「正面川端」交差点の北東角に、藤棚があります。
こちらの位置に、元々「正面公設市場」がありました。
「公設市場」は京都市が運営する商業施設で、
ウチのブログで出て来たエビスクメッサ北野の前身でもあります。
藤棚の東側の道が、元々の川端通です。
今の川端通は、元々琵琶湖疎水でした。
(現在、琵琶湖疎水は暗渠となっています)


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川端通から、正面通を東に向いています。
東山区の正面通も商店街を形成していますので、
ここからも様々な商店が並びます。


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川端通から、正面通を約10m東に進みました。
ここにT字路がありますが、
この問屋町通は約400m先の五条通まで続きます。
そして、その五条通付近に半兵衛麩本店があります。
向こうに見える青いテントの店は電器店で、
その先の赤いテントは自転車屋さんです。
こちらは自転車の販売もされていますが、
自転車修理もしてくれます。
ペダルや荷台など、自転車の部品を売ってくれたりもします。
どちらも、ウチの馴染みの店です。


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その位置から、正面通を東に約40m進みました。
ここで、正面通は鞘町通と交差します。


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正面通から、鞘町通を南に向いています。
右(西)側に見えるのは、旧京都市立貞教小学校ですが、
現在は、京都芸術工芸大学の京都東山キャンパスです。
前回ブログの「菊浜高瀬川せせらぎナイト」の主催者ですね。
ここから約200m先の七条通に、第149回ブログでも出て来た
喫茶店アマゾンがあります。


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鞘町通から、正面通を東に向いています。
右(南)側に道楽という料亭があって、
たまに祇園などから芸妓さんが来られています。
この辺りから、東に進むと上り坂になります。


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先程の写真ではトラックに隠れていましたが、
その東側に川魚屋さんの「大国」があります。
ウチは、ウナギとかこちらで買ったりします。
その東側に、本町通が伸びています。


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正面通から、本町通を南を向いています。
第149回ブログでは七条通から本町通を北上し、ここまで来ました。


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今度は、正面通から本町通を北に向きました。
ここを進むと、第150回ブログのルートになります。


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本町通から、正面通を東に向いています。
ここから東端の豊国神社まで、正面通は4車線に広がります。


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本町通から、正面通を約50m東を進みました。
左(北)側に、浄土宗西山壇林派熊谷山専定寺があります。
京都の地元民は、「烏寺」(からすでら)と呼んでいます。
こちらの沿革は、第149回ブログの追記に載っています。


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「烏寺」の東側に、大黒通が伸びています。
大黒通を北上すると、約700m先の松原通まで続きます。
(第153回ブログを参照)


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今度は、正面通から大黒通を南を向きました。
こちらは耳塚です。豊臣秀吉関連遺跡の一つですね。
その脇に、大黒通が伸びています。
大黒通は、南側は約200m先の七条通で突き当たります。


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耳塚の向かい(北)側に、こちらのお店があります。
こちらは、甘春堂の東店です。
本店は、川端通との交差点の正面通沿いにありましたね。


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では、ちょっとこちらに寄ってみます。
2Fの方は修学旅行生の予約があったらしく、
(そちらで和菓子作成教室が開かれます)
1Fの椅子席でこちらを頂きました。


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ウチの母は、こちらの善哉を頂きました。
小豆の皮が全然破れていないのは、こちらの店の技ですね。


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自分は、抹茶と茶菓子を注文しました。
茶菓子は、「練り切り」と干菓子です。
「練り切り」とは様々な彩色をした餡を皮にした饅頭で、
色や形は作られた方のセンスが窺えます。
またこちらの店は干菓子が美味しくて、
こちらでよく買って帰ります。


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この後、本当に持ち帰りの和菓子を買いました。
そちらを帰宅後抹茶で頂きました。


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こちらが、その持ち帰った和菓子です。
左側は、有平糖(ありへいとう)です。
一種の飴細工で、優しい甘味が特徴です。
ただ結構手間がかかるので、この店でしか売られていません。
干菓子も、秋らしいデザインのものが売られていました。


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甘春堂東店を出て、正面通を東を向きました。
この先の大和大路で正面通が突き当たり、
そちらに、豊国神社があります。


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正面通と大和大路との交差点の北西角に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらに来るたびに撮らせていただいていますので、
今回も写真を載せてみました。

ここから豊国神社に参拝するのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回で豊国神社に参拝し、
2018年紅葉散策のメインに近付いていきます~

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第614回 菊浜高瀬川せせらぎナイト

[菊浜高瀬川せせらぎナイト] ブログ村キーワード

今回は、「2018年紅葉散策」をお休みします。
2018年11月23日金曜日に近所の銭湯に行ったところ、
旧菊浜学区でライトアップする旨の広告が出ていました。
そこで、2018年11月25日日曜日にそちらに出かけてみました。


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京阪電鉄「七条」駅を出て七条通を西に進み、
鴨川を東山区から下京区側に渡っています……
という「設定」で書いていますが、
本当は自宅から七条通まで歩いてその後西に数分歩きました。
まぁ七条大橋を西に渡っているのは、間違いありません。
今回はここから高瀬川沿いに進み、そこから北上します。
撮影日は、2018年11月25日日曜日午後5時05分。
暗くても、意外と写るものですね。


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七条大橋を渡り、七条通の南側歩道を見ています。
向こうに、松明殿稲荷神社がいらっしゃいます。
こちらの沿革は、第115回ブログを参照してください。


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七条大橋から、七条通北側歩道を西に進んでいます。
この日(2018年11月25日)の日没は、午後5時10分ごろでした。
日が沈んだら、一気に辺りが暗くなってきました。


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七条大橋から、七条通を西に約50m進みました。
こちらに、少し大きな交差点があります。

目の前の提灯は、焼肉屋さんです。
高瀬川~鴨川間の七条通の飲食店には
あまり流行らないジンクスがありますが、
こちらと鴨川沿いのタイ料理屋はいつも賑わっています。


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七条通から、その交差点を南に向いています。
ここから南に、須原通が伸びていますね。

交差点の南西角に、11月28日水曜日から
コンビニエンスストアが開店するそうです。
何かいかにも開店準備中の店構えですね。


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今度は七条通から、その交差点を北に向きました。
七条通以北のこの道は、三ノ宮通です。
須原通ではないので、ちょっとややこしいです。


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その交差点から、七条通を西に向いています。
すぐ先に高瀬川が南北に流れているのですが、
その橋の上にたくさんの方々がいらっしゃいます。


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その高瀬川に架かる七条小橋の上から、高瀬川を北に向きました。
水底の浅い高瀬川上に、燈籠が並んでいます。
こちらは2018年11月23日金曜日~11月25日日曜日の間、
京都市下京区の菊屋町~米浜間の高瀬川に、燈籠が並びました。
この周囲の散策が、今回ブログのメインです。


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七条通から、高瀬川東岸の木屋町通を北に向いています。
では高瀬川沿いに北上し、この燈籠を眺めつつ散策します。


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木屋町通を北上しつつ、高瀬川の燈籠を大写ししました。
鮮やかな赤が印象的ですね。
実はこちらの燈籠は、一つ一つ違う絵が描かれています。


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その燈籠の横側には、菊浜高瀬川せせらぎナイトと書かれています。
こちらは、京都美術工芸大学と
菊浜地区住民とのコラボ企画となっています。
「菊浜」とは、五条通以南の高瀬川沿いの菊屋町と
正面通付近の高瀬川沿いの米浜(よねはま)を合体させた地名で、
1867年に京都市立菊浜小学校が開校された際に付けられました。
上ノ口通~七条通間の高瀬川沿いに、
このように燈籠を並べてライトアップするのが、今回の企画です。


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日没後は暗く写るのですが、街灯が明るいとよく写ります。
向こうは即現寺という寺院ですが、保育園でもあります。


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七条通から、木屋町通を約100m北上しました。
ここで、高瀬川に昭和橋が架かります。


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昭和橋から高瀬川を北に向いています。燈籠が綺麗に並んでいます。
ではこのまま橋を西に渡って、高瀬川西岸の西木屋町通に移ります。


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西木屋町通から、高瀬川越しに木屋町通沿いの旅館を撮りました。
この辺りは街灯が明るいので、しっかり撮れます。


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昭和橋から、西木屋町通を約100m北上しました。
ここで西木屋町通は、正面通と交差します。

「正面西木屋町」交差点南西角に、
「灰孝」というセメント屋さんがあります。
その1Fに「Mur mur cafe」というカフェがあります。
普段は午後5時で閉店のお店ですが、
この期間中だけ午後5時以降も開いていました。
……ということで、ちょっとお邪魔します。


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Mur mur cafeが開店時間延長しているのは、
この「菊浜高瀬川せせらぎナイト」の企画に乗っているためです。
2018年11月23日金曜日には、ここで演奏会が行われたようです。

取りあえず、ここに入りこちらを注文しました。
ハニートーストのスープ&コーヒーセットで、1,000円しました。


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セットの珈琲は「菊浜ブレンド」を注文しました。
この店は、ブレンドコーヒーしかありません。
ただお客さんのお好みに合わせて、3種類から選べます。
こちらは、深煎りの苦味重視のものです。
ブレンドコーヒーはどれも、こだわりの逸品のようです。


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そして、セットの残りです。
スープはコーンポタージュで、
サニーレタスとミニトマトのサラダが付きます。
スープは、トウモロコシの甘味が前面に出ていました。
ハニートーストなのでパンには蜂蜜が塗られていて、
その上の糸状のものはバターですね。
蜂蜜が塗られているので、相当甘かったですね。

ちょっと気に入ったので、
また来たときもこれを注文しようと思います。


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西木屋町通から、正面通を東を向いています。
約100m先に前回ブログでお邪魔した渉成園の塀が見えます。
その塀が見える河原町通が、前回ブログの最後の地点です。
ですから、次回ブログは向こうからここを通り過ぎ
正面通最東端に向かいます。


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正面通から、西木屋町通を北に向いています。
正面通以北の西木屋町通は、約100mに渡って大通りになります。
そして「正面西木屋町」交差点北西角に、正面児童公園があります。


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正面児童公園に入ってきました。
こちらは、京都市街地でも屈指の桜の名所です。
桜並木が、遊具を取り囲んでいますね。
(第114回ブログを参照)


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今度は西木屋町通から、正面通を西に向きました。
こちらから、高瀬川に架かる正面小橋が見えます。
欄干の上にも、燈籠が見えますね。


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正面小橋から、高瀬川を北に向いています。
こちらからでも、燈籠がずっと続いているのが分かりますね。


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正面小橋を東に渡り、木屋町通を北に向きました。
では、こちらを北上します。


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正面通から木屋町通を北上しつつ、西に向きました。
こちらから正面児童公園を見ると、こんな感じになります。


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さらに、木屋町通上を北上しています。
向こうに信号が見えますが、「上珠数屋町河原町」交差点ですね。
間はずっと駐車場なので、こんな風にしっかり見えます。


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正面通から、木屋町通を約100m北上しました。
木屋町通は、ここで上ノ口通と交差します。


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木屋町通と上ノ口通との辻に、こちらの銭湯があります。
この梅湯はいったん潰れたのですが、近年再開されました。
深夜まで営業されているので、会社での勤務後によく入ります。
実は最近ウチの近所の桜湯が潰れまして、
京阪電鉄「七条」駅近くの大黒湯も閉店時間が早くて困っていたら、
その大黒湯の主人にここを紹介されました。
最近の自分は、大黒湯とこの梅湯をメインの銭湯にしています。
ちなみに、先程の「近所の銭湯」とはこの梅湯のことです。


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梅湯の前から、上ノ口通を西に向いています。
梅湯の前は桜並木が続いて、そこそこの絶景になります。
これが春になると、お風呂帰りにその桜の花を見られます。
木屋町通も西木屋町通も、高瀬川沿いは桜の名所ですね。


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上ノ口通の高瀬川に架かる橋を西に渡りました。
上ノ口通と西木屋町通との辻に、「キコク食堂」があります。
「キコク」は渉成園の別称「枳殻邸」(きこくてい)に由来します。
この辺の地名によく使われていますね。

こちらは洋食店と言いますか大衆食堂ですが、
京都のそういうお店にはいろいろ名物がある場合が多いですね。
(例えば、ますやのハンバーグのことです)
こちらは串カツなどのフライ物が名物で、
「食事」よりもお酒の飲むのに特化した店でもあります。


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上ノ口通から、西木屋町通を北に向いています。
左(西)側に、ひと・まち交流館があります。
かつての京都市立菊浜小学校ですね。
河原町通同様に、この辺りから西木屋町通も高瀬川も
北北東に曲がっています。


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上ノ口通から、西木屋町通を約30m北上しました。
高瀬川に向けて、石碑が立っています。
この辺りに、高瀬舟の船着き場がありました。
その名残を偲ぶため、この石碑が立ちました。


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ひと・まち交流館の最北端の塀を撮りました。
ただ、元々は菊浜小学校の校門がここにありました。


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その真横を撮っています。
こちらに鉄製の橋が架かっています。
では、またここを渡っています。


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その橋の上で、高瀬川を北北東に向きました。
この先に、燈籠がありません。
つまり、この位置が燈籠の最北端です。
では木屋町通に進み、梅湯に入ってから帰宅します。

~次回は、また「2018年紅葉散策」に戻ります。
河原町通から、正面通最東端まで進みます~

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第613回 渉成園から文子天満宮へ

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東本願寺庭園である渉成園のほぼ中央にある侵雪橋の上にいます。
ここから、印月池に浮かぶ小島に進みます。
今回は、渉成園散策の後半と北隣の文子天満宮の様子を載せます。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午前11時半。
少し曇ってきますが、全般としては快晴でした。


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侵雪橋の上から、印月池の東側を見ています。
印月池に架かるもう一つの橋である回棹廊は、修復中です。
前回ブログでも書きましたが、
2018年は京都市街地に台風がいくつか直撃したこともあって、
あちこちの文化財が現在修復中です。
こちらのその一つですね。

回棹廊の周囲にカエデ並木があるのですが、
この日(2018年11月15日)は完全に青葉でした。
2018年は、紅葉が例年より遅いですね。


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侵雪橋から、大きい方の浮島に着きました。
では、浮島の南側から東へ進みます。


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その浮島の最南端から、さらに南を見ています。
印月池にはいくつか浮島が並んでいますが、
人が入れるのは一番大きなこの島だけです。
この辺りが印月池が広いので、絶景になりますね。


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さらにその浮島の最東端に回り、さらに東を見ています。
この塀の向こうは河原町通で、外のマンションも見えます。
渉成園自体は静かですが周囲が京都市街地の中心部で、
高層ビルが借景となるのがこちらの最大の特徴です。


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その辺りで、この浮島を見上げてみました。
築山の頂上に、縮遠亭という茶室があります。
普段は非公開なので、ここから見るだけにします。


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浮島の侵雪橋の袂に戻ってきました。
では、こちらを渡り渉成園の残りの部分を回ります。


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侵雪橋を渡り、西を向いています。
前回ブログは右(北)側から来たので、今回は左(南)側を進みます。


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先程の位置から南西に進むと、閬風亭(ろうふうてい)の前に出ます。
よく見ると、この写真は京都タワーが借景になっています。
実は京都タワーが一番きれいに写るのは、この渉成園内です。


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閬風亭の東側は大きな広場になっているのですが、
この日(2018年11月15日)は縁台がいくつも用意されていました。
どうやらお汁粉のサービスがあったようなのですが、
自分と母は先を急ぎますのでここでは待ちません。


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その縁台にちょっと座って、印月池の浮島を見ています。
こちらの浮島は直線状にきれいに並んでいますが、
元々は豊臣秀吉が建設した御土居でした。
御土居の東側は現在の河原町通の真上に造られていました。
河原町通は五条通~上珠数屋町通間で南南西に曲がりますが、
それはその東を流れる鴨川に沿って造られたからです。
上珠数屋町通以南の河原町通はまた鴨川沿いに真南に伸びますが、
安土桃山時代の御土居はその先も南南西に伸びていました。
こちらの浮島は、その名残です。

ちなみに、江戸時代に入り徳川家康は
この辺り(東側)の御土居をほぼ破壊しました。
(西側や北側は、割とそのまま残しました)
そして渉成園を造営し河原町通や土手町通を作った際、
御土居の一部をこのように浮島として利用しました。


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同じ位置で、南西を向きました。
では、そろそろ先に進みます。


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閬風亭の南側にある門をくぐると、こちらに出ます。
こちらは渉成園の大玄関で、中で閬風亭とつながっています。
(第349回ブログを参照)
また、左(西)側の建物が自分の知らない間に売店になっていました。
土産物と何故かソフトクリームが売られていました。


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その売店の左(西)側が、渉成園の最西端です。
今度は、こちらを北上します。


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先程の位置から約50m北上し、西を向きました。
向こうに渉成園の入り口が見えます。
これで、前回ブログと合わせて渉成園を一周したことになります。
では渉成園を出て、間之町通に戻ります。


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渉成園を出て、間之町通から正面通を西に向いています。
約200m先に、東本願寺御影門が見えますね。
前回ブログではその東本願寺御影門から、この位置まで来ました。


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同じ位置で、間之町通を北に向きました。
右(東)側に、渉成園の塀が続きますね。
では、こちらを北上していきます。


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渉成園の入り口から、間之町通を約100m北上しました。
ここで間之町通は、上珠数屋町通と交差します。

向こうに厚い雲が見えますが、これは一時的なものでした。
この日(2018年11月15日)は、一日を通して快晴でした。


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間之町通から、上珠数屋町通を東に向いています。
この辺りは東本願寺門前町なので、京町家と仏具店が並んでいます。


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今度は上珠数屋町通から、間之町通を北に向きました。
間之町通は、上珠数屋町以北でこの道幅に変わります。
では、約40m先の「文子天満宮」と書かれた看板の許に向かいます。


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上珠数屋町通から、間之町通を約40m北上しました。
では、こちらから文子天満宮にお参りします。


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先程の石製鳥居の左(南)側に、こちらの手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。


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こちらは、文子天満宮境内の北側です。
さまざまな末社が祀られていますね。
左(西)から順に、多治比文子像、老松社福部社(これで1社です)、
白太夫社、白滝稲荷社ですね。


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先程の石製鳥居を真っすぐ西に進むと、
こちらの文子天満宮本殿に向かいます。

平安時代半ばの903年に菅原道真が亡くなりましたが、
その直後から政敵の藤原氏の人々が次々病死し、
さらに京都市街地で天然痘の大流行で多くの方々が亡くなりました。
当時の京都人は「菅原道真の祟り」と恐れたのですが、
その頃にここに住んでいた多治比文子という女性が
「ここに神社を建て、菅原道真を祀るように」と神託を受けました。
当時貧しかった多治比文子は自宅に祠を作り、
それがこの文子天満宮の発祥です。
そして、これが日本全国の「天神信仰」の発祥とされています。
ですから、こちらのご祭神は菅原道真です。


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文子天満宮本殿の南隣に、文子殿がいらっしゃいます。
ご祭神は、多治比文子(たじひのあやこ)です。

さて、問題はその多治比文子自身です。
彼女は、いったい何者でしょうか?
菅原道真の乳母という説がかなり有力なのですが、
菅原道真とは縁も所縁も何も無かった占い師という説も有力です。
菅原道真の乳母ならここを建立したときは老婆だったでしょうが、
占い師説なら10歳くらいの童女ということだそうです。
実は当時の年齢すら、よく分かっていません。


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文子天満宮本殿に背を向け、東を向いています。
では、ここを出て間之町通に戻ります。


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文子天満宮を出て、間之町通を南に向きました。
では、ここを南下して上珠数屋町まで戻ります。


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間之町通から、上珠数屋町通を東に向いています。
この道は、京都市街地としては大通りです。
(平均的な京都市街地の道幅は、文子天満宮前の間之町通くらいです)
渉成園を囲む道は東側の河原町通はもちろん、
北側の上珠数屋町通、南側の下珠数屋町通、
西側の間之町通が全て大通りなのは、理由があります。
実は、明治時代の半ばまでここに市電が通っていました。
当時人通りの多かった「七条河原町」交差点や
「七条烏丸」交差点を避けるためだったようです。
(まぁ路面電車ですから、繁華街のど真ん中を避けたかったようです)
では、この上珠数屋町通を東に進みます。


613-29.jpg
間之町通から、上珠数屋町を約50m東に進みました。
右(南)側は、渉成園の塀ですね。
こちらから、横断歩道が左(北)に伸びています。


613-30.jpg
その辺りで、北に向きました。
ここから高倉通が北に伸びていますね。(404回ブログ参照)


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高倉通から、上珠数屋町通を東に約50m進みました。
右(南)側に渉成園の塀がまだまだ続きますが、
左(北)側から、富小路が伸びています。
つまり、こちらが富小路最南端です。


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富小路から、上珠数屋町通を約80m東に進みました。
ここで上珠数屋町通は、河原町通と交差します。


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「上珠数屋町河原町」交差点にまで来ました。
上珠数屋町通は、約30m先の土手町通まで続きます。
そろそろ信号が青くなったので、横断歩道を渡ります。


613-34.jpg
横断歩道を渡って、上珠数屋町通から河原町通を北に向いています。
こうして見ると、この上珠数屋町通以北の河原町通が
北北東に曲がっていることが分かりますね。


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上珠数屋町通から、河原町通を南に向いています。
左(東)側は商店や住宅が続きますが、
右(西)側は渉成園の塀が続きます。
では、こちらを南下していきます。


613-36.jpg
上珠数屋町通から、河原町通を約50m南下しました。
右(西)側は渉成園の塀が続きますが、
左(東)側はここから東に正面通が復活します。
ちなみに、この正面通は先程の正面通を
そのまま東に伸ばした場所から伸びています。
ここからはこの正面通をどんどん東に進んでいくのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は……この近所を載せますが、「紅葉特集」ではありません。
1回分だけ、別の内容を載せます~

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ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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新たに撮ったものを加え
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少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
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実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
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ご家族のことを書かれた
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許可をいただいて
リンクさせて
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「アマランサス☆
だいあり~」
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こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。 「錦小路東から西」 四条通の1本北に伸びる 錦小路を東から西に 進みます。 錦市場から祇園祭鉾町へ 最終的に住宅街に 移動していきます。
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