第73回 金地院の亀~蹴上散策~その1

三条通をずっと東に進み、とうとう蹴上まで来ました。
ここまで来たならと、南禅寺や無鄰菴に寄ることにしたのですが……
この辺は見所がありすぎて、とても一回では収まり切りません。
ですから、ここから数回は「蹴上散策」として
三条通編の番外編にしようと思います。
……何しろ、今回は駅から徒歩5分の
南禅寺の門までたどり着いていません。


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地下鉄東西線の「蹴上」駅です。
東西線のホームはこのように線路と遮断されており、
まるで細長い部屋のようです。
撮影日は2012年9月9日日曜日午後1時。
取材中は、ずっと曇り空でした。(その後、夕立が降りました)


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地下鉄がホームに停車すると、
前の写真の青い扉が地下鉄の扉と連動して開きます。
これで事故を防いでいます。


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「蹴上」駅のホームから改札へと向かうエスカレーターです。
左側は普通のエスカレーターですが、
右側の下りエスカレーターは直接ホームに続いているため、
地面の奥底に向かうと思うほど、とても長くなります。


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約10日ぶりの地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口です。
この日は日曜日ということもあって、
たくさんの方が乗降されていました。


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地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、
三条通を北西に向きました。「蹴上」交差点方向です。
今からここを進みます。前回ブログの道を少し逆行します。


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この辺りの三条通は、インクラインに沿うように進みます。
地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、約100m進みました。
まだ「蹴上」交差点には、たどり着いていません。
ここは、「ねじりんぼ」というレンガ製のトンネルです。
ここから、インクラインの下をくぐれるようになっています。

頭上には、「雄観奇想」と書かれた看板があります。
これは、琵琶湖疏水を企画した北垣国道京都府知事の言葉で
「優れた眺めと素晴らしい考え」という意味です。


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ここは、「ねじりんぼ」の中です。
アーチ状のトンネルの中は、レンガが敷き詰められています。
ここから三条通を外れて、「ねじりんぼ」を通り抜けます。


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「ねじりんぼ」の向こう側は、このようになっています。
ここで「東山区粟田口」から「左京区南禅寺」になります。
北東に自動車がやっと一台通れる道が続いています。
周囲は、明治時代初期から政財界の別荘地となっています。
今からこの道を進みます。


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「ねじりんぼ」から60mほど進みました。
ここは、「智水庵」という別荘です。
ここには琵琶湖疏水から引いた水を利用した
近代を代表する日本庭園があるのですが、残念ながら非公開です。
まぁ、個人宅ですからねぇ。


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「智水庵」の向かいにある別荘には、百日紅の大きな木がありました。
ちょうど白い花をつけていました。
この写真はクリックすると、拡大されます。


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百日紅のある別荘は、生け垣の向こうからカエデの木も伸びています。
11月には、さぞかし絶景になるでしょう。
ただ、この辺りは9月上旬でも葉が染まっています。


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「ねじりんぼ」から続く道の突き当りに、
百日紅やカエデの木がある別荘の入り口がありました。
ここは、「何有荘」(かいうそう)という別荘です。
個人宅なので、ここも非公開です。

実は、「智水庵」と「何有荘」はどちらも小川治兵衛の代表作です。
小川治兵衛は、近代以降屈指の庭師です。
平安神宮と円山公園の造営が有名です。
また琵琶湖疏水を利用して、この辺の別荘の多くを造営しました。
中でも、山県有朋の別荘である「無鄰菴」が最も有名です。


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「何有荘」の入り口から、この道は真北に伸びています。
今度は、ここを進みます。


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「何有荘」から北に約20m進みました。
ここも別荘の一つ「大寧軒」です。やはり、非公開です。


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さらに20mほど北に進みました。
ここは、東照宮の山門です。金地院の末社の一つです。
(金地院自体、南禅寺の末寺なのですが)
ここにも寄る予定ですが、ここからは入れません。
金地院の方から回ります。
この写真はクリックすると、拡大されます。


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これは、金地院の土塀の上にある瓦です。
金地院は江戸時代初期に徳川氏の庇護を受け、
絶大な権力を握りました。
そのこともあって、一瞬徳川家の「三つ葉葵」に見えたのですが、
この家紋は微妙に違うようです。


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「何有荘」の角から、約100m北に進みました。
西側に、金地院の門が見えます。

もともと金地院は、足利義持の命で北山に建てられました。
(足利義持は室町幕府4代将軍で、足利義満の息子です)
安土桃山時代に南禅寺の末寺となり、ここに移ってきました。
江戸時代初期に、ここの住職の崇伝が幕府の参謀となり、
「寺大名」と呼ばれるほどの絶大な権力を握りました。
(金地院崇伝は、1615年に武家諸法度を作成した人物です)

では、今からここに入っていきます。


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門を入ったところで、パンフレットとチケットを買いました。
長谷川等伯の襖絵を見ると1100円しますが、
今回は庭園だけ見るので500円だけ払いました。


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では、こちらから庭園に入っていきます。
東照宮も、この庭園の端にあります。


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庭園に入ると、大きなハスの池がありました。
その周囲には、カエデの木々が並んでいます。
ただ、9月上旬はハスの花は終わっていて、
カエデに時期には早すぎます……
この写真は、クリックすると拡大されます。


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池を眺めていると、
大きな鯉と小さな亀が口を開けてやって来ました。
どうやら餌を欲しがっているようです。


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その様子を大きな亀が眺めています。
甲羅干しているようにも見えます。


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池の周りを東照宮の方に向かって歩いています。
池の周りには、カエデ以外にも松などが植えられています。
その下にスギゴケが生えています。
禅寺独特のこの雰囲気が好きです。


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金地院の庭の端まで来ました。
目の前に東照宮の門が見えてきました。
先ほどのちょうど裏側になります。先に、東照宮の方を回ります。


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門の横に、手水舎がありました。こちらで、手を清めます。


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ここを右折して(ほぼ西に向かいます)少し坂を上ります。
鳥居をくぐり、神社の中に入っていきます。


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いよいよ東照宮に入っていきます。
ここは小規模ですが、日光と同じ「権現造」です。


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東照宮の本殿です。徳川家康の遺髪と念持仏がご神体です。
ここは徳川家康の遺言によって、金地院崇伝が建立しました。
中に見えるのは、三十六歌仙の歌がかかれた絵ですね。
ここも、写真をクリックすれば拡大できます。


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本殿の脇にこのようなものがありました。
徳川家康が子孫にあてた遺言というか、家訓のようなものです。


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では、東照宮を出て金地院の庭園に戻ります。


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東照宮の参道に、白い花が咲いていました。
葉の形や大きさから萩だと思います。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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金地院の庭園に戻ってきました。
池の反対側は、このようになっています。
土塀の向こうは、先ほど歩いてきた道になります。


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金地院の庭園の入り口まで戻っていました。
ここを右に曲がれば、外に出られます。
その前にここを直進し、目の前の方丈に向かいます。


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方丈の中には入れるのですが、撮影不可なので写真はありません。
(庫裏まで行くと、長谷川等伯の襖絵が見られます)
方丈の縁側に腰掛けて、枯山水の庭園を写しました。
右側の巨石は鶴島と呼ばれています。
本当は左側にも亀島があるのですが、フレームから外れています。
この写真もクリックすると、拡大できます。


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また、庭園の入り口に戻ってきました。
このまま直進すると、東照宮にたどり着きます。
今度は左に曲がり、外に出ます。


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金地院から外に出ました。「何有荘」から続く北に伸びる道です。
金地院から北を向くと、三門が見えます。今からここをくぐります。


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山門をくぐり反対側を振り返りました。ここは金地院の三門でした。
三門の向こうの道を南から来たことになります。
ここで東を向くと……


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目の前に、南禅寺の通用門が見えます。
やっとここまで来ましたが、この先は次回とします。

~次回は南禅寺の山門に上った後、水路閣周辺に行きます~

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第74回 深緑の南禅寺 前編~蹴上散策~その2

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地下鉄東西線「蹴上」駅から徒歩5分の南禅寺通用門です。
ここまで来るのに、前回ブログ一回分を消費しました。
今回は、やっとここから南禅寺に入っていきます。
撮影日は、2012年9月9日日曜日午後2時。
この時点では、曇り空でした。


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通用門をくぐる前に、北側の勅使門に寄ります。
昔は、ここが正門でした。
ですから、多くの禅寺で勅使門→三門→法堂が一直線に並びます。


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通用門に戻って、くぐり抜けました。
このまま東に進むと、
右(南)側の末寺を見ながら方丈にたどり着きます。
ただ、今回はここから北を向きます。


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前の写真から、左(北)を向きました。
目の前に見えるのは、勅使門の裏側です。
ここをずっと進むと、
永観堂禅林寺や哲学の道を通って銀閣に至ります。
永観堂禅林寺の手前に、東山高校があります。
平日は「蹴上」駅からこの辺りまでが通学路になり、
朝夕は多くの生徒であふれます。


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勅使門から東を向きました。目の前に、三門が見えます。
(重要文化財です)
東福寺や建仁寺では、三門越しに法堂が見えて
これがなかなかの絶景なのですが、
南禅寺は山門が大きすぎて向こうが見えません。
目の前が一面のカエデなので、
11月になるとかなりの絶景になるでしょう。


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三門に近づいてきました。やはり大きいですね。
見上げると、迫力があります。
この写真もクリックすると、拡大されます。
上の方に昇っておられる方も多いようです。
自分も、そちらに向かいます。


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三門の南側に回って、チケットを買いました。
500円しましたが、それだけの値打ちはありました。


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かなり急な階段を上って、三門の上にまで来ました。
ここの裏側は楼上の内陣があり、仏様がたくさんいらっしゃいました。
楼上は周辺のカエデや松よりも高く、しかも標高も高いので
「楼上三五桐」の石川五右衛門のように
「絶景かな 絶景かな」
そう言いたい気分でした。
……絶景なのですが、実はここは平坦ではなく
外に向けて斜めに傾いています。
ですからこの写真を撮るときように下を向いて立っていると、
だんだん足が外へ外へと滑っていきます。
欄干がありますが、高所恐怖症の方はかなり厳しいでしょう。

この写真も、クリックすると拡大されます。


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三門の楼上から、京都市街地を見ています。
中央の高いビルは、京都ホテルオークラです。
その左(南)側に、68回ブログの本能寺があります。
右(北)には、岡崎公園の南端にある平安神宮の大鳥居が見えます。
(第71回ブログの粟田神社からも見えましたね)


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先ほどの写真から左(南)を向くと、
第72回ブログ以来のウェスティン都ホテル京都が見えます。
先ほどの写真と比べて建物全体が見えるのは、
それだけ都ホテルの標高が高いからです。
では、三門を下りて南禅寺参拝を続けます。


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三門をくぐり、カエデ並木の先にある法堂に向かいます。
やはり、ここは11月が絶景ですね。


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三門をくぐり抜けると、法堂までは少し上り坂になっています。
カエデの木のもとに、カマキリがいました。
本当は撮りたかったのですが、
左側のカップルが熱心に撮られていたので、
邪魔するのも悪いと思い、撮影をあきらめました。


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三門から約50m進むと、法堂に近づいてきました。
辺り一面カエデ並木ですね。


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南禅寺のカエデは、枝が横に伸びています。
木自体は低いのですが、葉が重なって色合いが濃くなります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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いよいよ南禅寺の法堂(本堂)に来ました。
お布施を払って、目の前の香炉に線香を奉げます。


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香炉越しの南禅寺法堂(本堂)です。
南禅寺は、鎌倉時代後期の1292年(元寇の直後)に
亀山上皇の命で建立された臨済宗の寺院です。
その後室町時代には、臨済宗の京都五山(東福寺や建仁寺など)・
鎌倉五山(円覚寺や建長寺など)を統括する総本山になりました。


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法堂を参拝した後は、右(南)側の道に移動します。
(通用門から伸びる道ですね)
この辺もカエデ並木が続きます。


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通用門から伸びる道に着くと、
さらに右(南)に赤レンガの建造物が見えます。
次は、そちらに行ってみます。


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これは、「水路閣」と呼ばれる明治時代に作られた水道橋です。
インクラインの手前から北に分岐した琵琶湖疏水の支流です。
南禅寺の境内の南端にあるため、
カエデ並木や寺院と西洋建築物が同居する独特の風景が生まれます。
この写真も、クリックすると拡大できます。


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水路閣の南に末寺の一つ南禅院へと続く石段があります。
今からそちらに向かいます。


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石段を上りました。ここから見ると、水路閣はこうなります。
このまま右(東)に進むと南禅院に行きます。
ただ、そちらには後から行くとして、今は左(西)へ行く道をとります。


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先ほどの写真から左(西)を向きました。
さらに上に行けるようになっています。
では、さらに上に向かいましょう。


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石段の途中に、このようなものがありました。
亀山天皇は、南禅寺を建立した人物ですね。


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石段を上り切りました。ちょうど水路閣の真上に出ます。
赤レンガの水道橋を上から見ると、このようになっています。
この水は、今も京都市民が水道水として利用しています。
琵琶湖疏水関連施設の大半は、
明治時代から100年以上たった今も現役です。


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水路閣の反対側は、このように上を歩けるようになっています。
先まで行ったことはありませんが、
たぶんインクラインより上流の三条通に出ると思います。


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水路閣から見上げると、大きな鐘楼が見えました。
鐘楼へと続く石段があったので、そちらに向かいます。


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水路閣からさらに上に昇り、鐘楼まで来ました。
位置関係から、南禅院のものと思われます。
この脇に細い道がありました。今度は、そちらに向かいます。


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細い脇道は、完全に山道です。
向こうに小さな鳥居が見え、そこでこの道は終わっています。


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脇道の突き当りから、望遠で撮りました。
こちらは、嵯峨天皇の皇后の御陵です。
実は、東山山中は天皇陵が数多くあります。


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では、脇道から南禅院の前まで戻ります。
……この写真、完全にブレていますね。
この辺りの写真はこれしかないので、これを掲載します。


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南禅院の辺りにまで戻ってきました。
この左側に、赤レンガの水路閣があります。
この道の先にある南禅院に入っていくわけですが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、南禅院と南禅寺方丈の庭園を見に行きます。
抹茶を飲んで休憩して、南禅寺を出ます~

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第75回 深緑の南禅寺 後編~蹴上散策~その3

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前回ブログの最後の写真南禅寺の末寺の一つ南禅院の横です。
右(南)側の白い土塀が南禅院で、
左(北)側の5m先には水路閣の水道橋があります。
今回は、南禅院と南禅寺の方丈庭園を見ます。
あとは、あちこち寄って休憩します。
撮影日は2012年9月9日午後2時半。
曇り空ですが、雨が降るのはもう少し先でした。


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先ほどの写真から5mほど(東に)直進しました。
ここでチケットを買って、南禅院の庭園に入ります。


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こちらが、その南禅院の庭園のチケットです。
ここも500円しました。


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入り口から入って、西を向きました。
左(南)側の方丈に沿うように順路が続いています。


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南禅院の西側の方丈庭園です。
細長い池の向こうには、カエデの木が並んでいます。
やはり、ここも11月以降が絶景ですね。
右側の木々の隙間から、前回ブログで紹介した鐘楼が見えます。
そして、よく見ると上の方に
嵯峨天皇の皇后の御陵に続く山道もあります。
また、この写真をクリックすると、拡大されます。


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角を曲がって、方丈の正面と言える南側に進みます。
こちらからも、庭園を眺めます。


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そして、こちらが南禅院の方丈の南側庭園です。
(方丈庭園のメインですね)
小島の向こうに小さな泉があって、そのさらに向こうに
こちらから回って行けるようになっています。
今からそちらに行くために、左(東)に進みます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先ほどの写真から東側から、
庭園の裏側に行ける細い道が伸びています。
その途中に、亀山天皇の墓所があります。
こちらは御陵ではなく、分骨されているだけのようです。


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その隣には、この寺院の関係者らしき方の墓所です。
ここを通って、さらに先に進みます。


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その先にあった泉です。
どうやら山の中から水が湧いているようです。

……実はこの辺りで突然蛇が一匹山の上から下りてきました。
その直後に小さなカエルが、かなり大きなジャンプをして
向こうの池の中に飛び込んでいきました。
ただ、カエルに逃げられた蛇は気が立っていて、
鎌首を上げて周囲を見回していました。
マムシだったら危険だったのですが、
そういう毒を持った蛇ではなさそうでした。

では、南禅院から出ていきます。


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南禅院の通用門を出たところです。
向こうに、前回ブログでも紹介した水路閣の水道橋が見えます。
では、左(西)に少し行ったところにある石段に向かいます。


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その石段です。
ここを下りて、向こうに見える道へと進みます。


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石段を下りて、10mほど進みました。
向こうに見えるのは、前回ブログで紹介した南禅寺の法堂です。
この先の道で右折し、南禅寺の方丈に向かいます。


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先の道で右(東)を向くと、カエデ並木で覆われます。
まるでカエデのドームです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
そして今から、この先の南禅寺本坊から方丈に入ります。


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これが、南禅寺方丈に入るチケットです。
中には、一休さんの逸話で有名なトラの襖絵や
さまざまの水墨画などが飾ってありました。
ただ、ここは屋内撮影禁止なので写していません。
その代わり、庭園を撮影しました。


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南禅寺の方丈庭園です。砂の海の向こうに、苔の島があります。
土塀の向こうの瓦屋根や東山が、借景に一役買っています。
(ここも、紅葉シーズンが最高でしょうね)
この写真もクリックすると、拡大されます。


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ここは、方状とその奥にある龍渕閣を結ぶ渡り廊下に囲まれて
六道庭という庭園です。
苔が敷き詰められた庭に石が並んでいます。
その中心で、百日紅(さるすべり)の花が満開でした。


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今度は、角度を変えて撮りました。
向こうの廊下から方丈の方に戻れます。
では、本坊に戻ってお茶をいただきます。


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本坊に戻って、お茶をいただきました。
本当は抹茶をいただいたのですが、本坊は撮影禁止でした。
本坊の中の茶房脇に庭があって、そこから湧水が出ていました。
その水が使われているのかは分かりませんでしたが、
なかなかおいしいお茶でした。
この写真は、干菓子だけ持って帰って撮影しました。
(お茶はウチの麦茶ですが)
よく見ると、この菓子には「南禅寺」の銘が書いてあります。


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では、本坊を出ます。このまま真っ直ぐ西に進み、
通用門から南禅寺を出ます。


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本坊の前から、約50m西に進みました。
法堂と三門の間に、百日紅が咲いていました。
百日紅も、そろそろ終わりですね。


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こちらは、南禅寺の末寺の一つ天授庵です。
ここに限らず、この辺りの寺院の庭園はなかなか見事なのですが、
時間がないので先に急ぎます。
(そろそろ他のところを回る時間がなくなってきました)


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そして、通用門まで来ました。
ここから南禅寺を出て、このまま西に進みます。


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南禅寺の通用門を抜けました。ここから真西に道が続いています。
右(北)側に駐車場があって、何台も自動車が停まっています。


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南禅寺の通用門から西に約50m進みました。
ここは、金地院の山門の前です。
ここを左(南)に進むと、第73回ブログの道に戻ります。
今回は、このまま西に進みます。


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金地院の山門の向かいに池があり、
ちょうどハスの花が咲いていました。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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池の中に小島があって、鳥居と祠がありました。
そこまでどう行ったらいいのか分からないので、
ここから参拝しました。


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金地院の山門とハスの池から、約100m西に進みました。
右(北)側に、湯豆腐の順正が見えてきました。
南禅寺名物は湯豆腐ですが、大体この辺りに店舗が集中しています。
順正では豆腐も販売していました。


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この道の途中に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
このブログの象徴なので、また撮らせていただきました。


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順正から西に約100m進みました。
湯豆腐屋さんの西隣に喫茶店があります。
そして、その西側に細い道が北に伸びています。


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その北に伸びる道です。
時間がないのですが、ちょっとこの道に立ち寄ります。


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この細い道は、約50mで突き当ります。
突き当りにある西福寺は、
自分の大好きな上田秋成(特に「春雨物語」)のお墓があるのですが、
非公開なのでそちらには行きません。
その中間に、「一休亭」という蕎麦屋さんがありました。
お昼ご飯を抜いてきたので、ここに寄ります。


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自分が初めて南禅寺に来た中学2年生のときから、
この辺に来たら必ずこの「一休亭」に寄ります。
いつも冬に来るので、ここでは「たぬきうどん」を頼みます。
この日はまだまだ残暑が厳しかったのですが、
悩んだ挙句「たぬきうどん」を頼みました。


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先の写真を見て腑に落ちない方も多いでしょうが、
京都では、「たぬきうどん」とは
「餡かけきつねうどん」のことです。
いつも通り、おいしくいただきました。


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今まで特に触れていませんでしたが、
実はこの日の取材はウチの母が同行していました。
そして、ウチの母はざるそばを頼みました。
そばつゆは、味りんの入った少し甘めだったと聞きました。
ウチの母は、気に入っていました。


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一休亭の店の前から北を向いています。
ここからまた元の道に戻ります。


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南禅寺参道の西の端に、大きなお地蔵さんがいらっしゃいました。
いつもはこのブログの逆のコースで回っているので、
よくこのお地蔵さんにお参りをしてから南禅寺を参拝していました。


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南禅寺の参道の西端まで来ました。ここは「南禅寺前」の交差点です。
目の前の東西の道は、仁王門通です。
このまま右(西)に行けば、動物園など岡崎公園になります。
仁王門通の南向かいに見える茂みは、無鄰菴のものです。
ここからそちらに向かいますが、それは次回とします。

~次回は、無鄰菴とインクラインなど琵琶湖疏水関連施設を回ります~

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第76回 無鄰菴とインクライン~蹴上散策~その4

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南禅寺にだいぶ長い間いたせいで、もう午後4時です。
今からこの先にある無鄰菴に行った後
インクラインなど琵琶湖疏水関連施設に行こうと思うのですが、
時間的に間に合うかどうか……
撮影日は、2012年9月9日日曜日。
とりあえず、無鄰菴に向かいます。


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南禅寺前交差点に来ました。
この道以外に、仁王門通が交差し白川通がここから伸びています。
今から仁王門通を西に折れますが、
その前に琵琶湖疏水の橋を渡ります。


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南禅寺前交差点の橋から琵琶湖疏水を見下ろしています。
……とはいっても、この辺りの琵琶湖疏水には水が流れておらず、
代わりにレールが敷いてあります。
桜並木が続いているので、春には絶景になります。
ここはインクラインの西の端なのですが、後からもう一度来ます。


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橋を渡ると、目の前に南禅寺交番が見えます。
今からここを右(西)に折れます。


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さらに5mほど進みました。
目の前の茂みが無鄰菴なのですが、
入り口に行くには、ここを半周しないといけません。


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仁王門通を西に進んでいます。
ここをずっと進むと、岡崎公園に着きます。
右(北)側は、琵琶湖疏水が流れています。
左(南)側は、無鄰菴の土塀が続きます。


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南禅寺交差点から仁王門通を西に約100m進みました。
無鄰菴の土塀にこのようなものが書いてありました。
この矢印の通りに進みます。


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先ほどの看板のあるところから南に向きました。
左(東)側は、無鄰菴の土塀です。
右(西)側は、瓢亭です。京都でも有数の料亭ですね。
では、ここを進みます。


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先ほどの場所から約10m南に移動しました。
いよいよ無鄰菴の入り口です。
ここ無鄰菴は、山県有朋元首相の別荘でした。
山県有朋の死後、遺族が京都市に寄贈し
現在は京都市が管理する庭園になっています。


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無鄰菴のチケットです。400円払って、中に入ります。


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無鄰菴の中に入ってきました。ここから左回りに見ていきます。


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入り口から左を向くと、母屋があります。
滞在時に、山県有朋はここで寝起きしたのでしょうか?
この写真をクリックすると、拡大されます。


76-13.jpg
母屋から、無鄰菴庭園を眺めています。
この庭園も、小川治兵衛の代表作です。
平安神宮や円山公園を造営した庭師で、
第73回ブログで出てきた智水庵や何有荘を造営した人物でもあります。
この庭園は、中を散策する道が続いています。
今から、そちらに向かいます。
なお、この写真もクリックすると拡大されます。


76-14.jpg
無鄰菴の庭園の小道は、奥の茂みへと続いています。
ここから茂みの陰に入ります。
この奥は琵琶湖疏水からの水が湧き出ています。
そちらにも行ったのですが、
写真はここから左回りで元の場所に帰ります。


76-15.jpg
無鄰菴の庭を母屋の方に戻っています。
同じ庭でも日向と日陰では景色が変わります。


76-16.jpg
無鄰菴の庭の日影に、キノコが生えていました。
本当にこの庭は、いくつもの顔を持っています。


76-17.jpg
キノコが生えていた辺りから、さらに西の方を見ています。
向こうに、茶室が見えます。
自分は山県有朋はもっと無骨な人と思っていたのですが、
茶道もたしなむ風流な方だったようです。


76-18.jpg
茶室の前からさらに西に向いています。
茶室の向こうに、洋館が見えます。
日本史の教科書にもある「無鄰菴会議」が行われたところですね。


76-19.jpg
洋館の中は、土足と撮影厳禁です。
ですから、この先の写真はありません。
ここの2Fで、無鄰菴会議が行われました。

無鄰菴会議は、1903年(日露戦争の前年)
山県有朋と伊藤博文(どちらも明治政府の中心人物)それに
当時の内閣総理大臣の桂太郎、外務大臣の小村寿太郎が、
日露戦争の在り方について話し合った会議です。
大日本帝国憲法や内閣、帝国議会を作り上げた伊藤博文に対して、
山県有朋は陸・海の大日本帝国軍を作り上げました。


76-20.jpg
母屋の横にある出入り口です。これで、無鄰菴を一周してきました。
時間がないのでここを出て、次に行きます。


76-21.jpg
無鄰菴を出ました。仁王門通の方を向いています。
こちらの方に、向かいます。


76-22.jpg
無鄰菴入口から約30m北に進み、仁王門通に出ました。
今は仁王門通を東に向いています。
右(南)側に見えるのは、無鄰菴の土塀です。
これから、この先の並木越しに見える白い建物に行こうと思います。


76-23.jpg
車道を渡って、北側歩道に着きました。
フェンスと桜の木の向こうは、琵琶湖疏水です。
左側の噴水の向こうは、京都市立動物園です。
岡崎公園最東端ですね。
左側の男の人が立っている辺りから
琵琶湖疏水の方に降りられます。
時間がないので、こちらから近道をします。


76-24.jpg
この写真は、後から南禅寺前交差点の橋の上から撮りました。
噴水の向こうに、京都市立動物園が見えます。
目的地の閉館時間が午後4時半で、
あと数分という状態でした。
(写真をゆっくり撮っている場合ではなかったのです)
ここはインクラインの西端で、
水が来ていないので歩いて渡れるようになっています。
ここを走って、左(南)から右(北)へと渡りました。


76-25.jpg
ここは、琵琶湖疏水記念館です。
左右に蹴上発電所で使われていたタービンが飾ってあります。
現時点で、午後4時28分。
ここに入ってすぐに、この入口が閉じてしまいました。

中は、琵琶湖疏水の歴史や遺構が飾ってありました。
(北垣国道知事の写真とかがありました)
特にお勧めは1Fの蹴上周辺の模型で、
琵琶湖疏水関連施設の位置や役割が分かりやすく解説してあります。

では、ここを出ます。この出入り口は閉ざされたので、
北側から出てまた南禅寺前交差点の方に向かいます。


76-26.jpg
また南禅寺前交差点に戻ってきました。
南東(地下鉄東西線「蹴上」駅方面)を向いています。
今から、駅へ戻る途中にある琵琶湖疏水関連施設を回ります。


76-27.jpg
南禅寺前交差点の南禅寺交番の東隣りに、
京都市国際交流会館があります。
時間が遅く、もう閉まっていました。
建物はもう少し右側にあって、
正面に見えるのはウェスティン都ホテル京都です。


76-28.jpg
さらに京都市国際交流会館の東隣りに、蹴上発電所がありました。
琵琶湖疏水の水を利用した水力発電所です。
現在は関西電力が所有し、今も発電が行われています。


76-29.jpg
蹴上発電所は立ち入り禁止なので、仁王門通から撮影します。
左側の赤レンガの建物が第二発電所で、昭和初期まで動いていました。
右側のコンクリート製の建物は第三発電所で、今も動いています。
ちなみに、第一発電所は第三発電所建設のさいに取り壊されました。
(第三発電所の位置に、第一発電所がありました)


76-30.jpg
仁王門通の北側歩道に移動しました。
桜並木が続いていて、春には絶景になります。
ここから、地下鉄東西線「蹴上」駅に向かいます。


76-31.jpg
仁王門通を南東に進んでいます。
柵の隙間から琵琶湖疏水が見えます。
ただ、この辺りの琵琶湖疏水は水が流れておらず、
代わりにレールが敷かれています。


76-32.jpg
琵琶湖疏水のレールはだんだん高くなり、
ついに仁王門通より上に来ます。
その途中に、仁王門通からそちらに入れる場所があります。
では、そちらに入ってみます。


76-33.jpg
琵琶湖疏水のレールの上に立っています。
ここに立つと、かなり急な坂道であると分かります。
ここはインクラインと呼ばれる場所で、
明治時代はここをトロッコに乗った輸送船が通っていました。


76-34.jpg
今度は同じ場所から望遠で撮りました。
桜並木の向こうに、南禅寺前交差点の橋が見えます。
その向こうは、京都市立動物園がかすかに見えます。


76-35.jpg
インクラインの北側の端に、小さな溝がありました。
この辺の琵琶湖疏水の水は、ここを流れています。


76-36.jpg
仁王門通と接するような位置に、
一台だけ輸送船を乗せたトロッコが残っています。
(動かないように、柵で固定されています)

琵琶湖疏水は滋賀県から京都への水運にも利用されたのですが、
蹴上周辺は高低差があって、船で移動することができません。
そのため、急な坂道の部分は
このようにトロッコで船を運んでいました。
それを「インクライン」と呼んでいました。
明治時代はここも賑やかだったのですが、
鉄道が整備されると内陸の水運は廃れて、
1948年に完全に廃止されました。


76-37.jpg
では、インクラインから再び仁王門通に降ります。
ここから南東に進んで、地下鉄東西線「蹴上」駅に向かいます。


76-38.jpg
先ほどの地点から約100m南東に進みました。
ここは、第72回ブログ以来の「蹴上」交差点です。
ここで仁王門通が終わり、三条通に合流します。
この辺りで、「左京区 南禅寺」から
「東山区 粟田口」に戻ってきました。


76-39.jpg
蹴上交差点から、約100m南東に進みました。
左側に、第73回ブログで出てきた
「ねじりんぼ」が見えてきました。
ここの通り抜けると、また金地院に行くことができますが、
もう遅いので地下鉄の駅に戻ります。


76-40.jpg
「ねじりんぼ」からさらに100m三条通を南東に進みました。
やっと地下鉄東西線「蹴上」駅に着きました。
もう午後5時半を回っています。
ここから家に帰って、蹴上散策を終わります。

~次回は、蹴上から東山を越えていきます。
三条通編はまだまだ続きます~

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生まれたときから50数年
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「松尾散策」
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「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
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あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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