第105回 節分の千本ゑんま堂

何日かたってしまいましたが、節分です。
毎年違うところに行こうと思うのですが、
今年は千本通をウロウロしました。
二か所回りましたが、今回は千本ゑんま堂の記事を書きます。


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京都駅から水族館方面の206系市バスに乗って、
「乾隆校」バス停に着きました。
ここから北上して、「千本ゑんま堂」を目指します。
撮影日は、2013年2月3日日曜日午後3時半。
小春日和の一日でした。


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バス停を少し北に行くと、称福寺がありました。
浄土宗の寺院らしいのですが、詳細は分かりません。


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称福寺は、千本寺之内交差点の南西角にあります。
この辺りの千本通は、
西側歩道がアーケードのある商店街になっています。


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千本通から寺内通を西に向いています。
この道は、蛇行しながらこの先で廬山寺通と合流します。
ちなみに、東に進むと相国寺の門の前に出ます。


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千本寺之内の交差点から、千本通を北に少し進みました。
この餅屋さんは、文字通り「大福」といいます。
千本通は今は京都の西の方にある通りですが、
平安京のころは「朱雀大路」といい、
ここが京都の中央の通りでした。
(つまり、平安時代より京都は東にずれています)


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この辺りの千本通は、少し西にカーブしています。
この辺りだけ見ると上千本商店街はシャッター商店街ですが、
平日はもっと賑やかなところです。
(日曜日は、普通の商店は閉まってしまいます)


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さらに北にある商店が入っている商業ビルも閉まっていましたが、
この洋菓子店はこの日も開いていました。
時期的に、バレンタイン一色ですね。


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その洋菓子店が入っている商業ビルの北隣が、
引接寺(いんじょうじ)、通称「千本ゑんま堂」です。
「乾隆校」バス停から、北に約100mといったところです。


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引接寺の入り口を入ったところに、
「千本ゑんま堂会館」があります。


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「千本ゑんま堂会館」の上に、閻魔大王の像がありました。
やはり、ここの象徴ですね。


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その西側に、引接寺の本堂があります。
撮影許可をいただいて、今からここに入っていきます。


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本堂の入り口に、このようなお地蔵さんがいらっしゃいました。
北側は、頭にこぶを作って笑っておられます。


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本堂の入り口の南側にも、お地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらの方は、こぶを作って泣いておられます。


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笑っておられるお地蔵さんの脇に大きな釜があって、
その中でコンニャクを炊いていました。
このコンニャクは縁起物なので、後でいただきます。


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本堂の中に入ると、正面に大きな香炉がありました。
中央に、梵字か書かれています。
これは「マン」と読み、文殊観音を意味します。


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その香炉の上部です。
こちらにはお金を払うと線香をあげられるので、
自分もここに線香をあげました。


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ついでにさらにお金を払って、(どちらも50円です)
蝋燭もあげました。


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香炉の向こうに、「べんつるさん」がいらっしゃいました。
こちらにもお参りして、とりあえず足をさすりました。


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「べんつるさん」の向こうに、ご本尊の閻魔大王がいらっしゃいます。
地獄で死者を極楽か地獄かどちらに行くか決める方ですね。
この日は節分なので、たくさんの僧侶が祈祷をされています。
また、参拝者も多くいらっしゃいました。
引接寺は、小野篁(おののたかむら)が開山したと伝えられています。
小野篁は、六原の「六道珍皇寺」を建立した人でもあります。
引接寺周辺は平安時代に「蓮台野」と呼ばれていて、
六原同様「野辺送り」(葬式)や埋葬が行われたところでした。
小野篁は、地獄とこの世を行き来したと言われる伝説のある人で、
この人が建立した寺院はいずれも「地獄信仰」が信じられています。
(善い行いをしないと地獄に落ちると教え、死後の安寧を祈る宗派)


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閻魔大王をアップにしました。
もともとは小野篁製作の像が安置されていたそうですが、
応仁の乱で焼失して、今の像は1488年に製作されたものです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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北側の壁に、地獄絵図と思われる物が掛けてありました。
法話などの際に使われるのでしょうか?


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閻魔大王の北側には、「司命尊」がいらっしゃいました。
死者の生前の記録を付け、それを閻魔大王に報告します。


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南側には、「司録尊」がいらっしゃいます。
閻魔大王の裁判の記録を付ける方ですね。


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「司録尊」のさらに南側に行ってみます。本堂から少し出ます。
寺務所があり、いろいろなものを売っていました。


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本堂の脇に、このようなものがありました。
地獄の鬼と子供が一緒に遊んでいる彫刻です。


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左端をアップにしてみました。
一番端にいらっしゃるのは、おそらく大地蔵菩薩ですね。
それでは、本堂に戻ってコンニャクをいただきます。


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400円払って、コンニャクを本堂の中でいただきます。
(本堂の参拝者とコンニャクを食べる人とでごった返しています)
これは痛風封じの縁起物で、昆布出汁で煮込んであります。
かなりの薄味ですが、自分はこのくらいの塩加減が好きです。
これも縁起物の昆布茶と一緒に頂きます。
なかなかおいしかったので、家族の土産用も買いました。
(こちらは、500円でした)


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では、本堂から外に出ます。


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本堂の北側に、鐘楼があります。
盂蘭盆会や除夜の鐘に使われます。
南北朝時代にできたものを今も使っています。


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鐘楼の西側に、「普賢象桜」の木があります。
染井吉野ではありませんので、開花時期は4月半ばくらいになります。
その向こうの石塔は、「紫式部の供養塔」です。
その周辺は、墓地になっています。


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鐘楼の前は駐車場になっています。
ここから見ていると、次々と参拝者が来られるのが分かります。
では、ここを出て千本通に戻ります。


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引接寺の前から、千本通を南に向いています。
今から、ここを南に進みます。


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先ほどの洋菓子店の前に、横断歩道があります。
今度はここを渡って、千本通の東側を通ります。


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その横断歩道を渡ったすぐ先に、「乾隆校前」バス停があります。
ちょうどバスが停まっています。
ただ、今回はまだまだ帰らずにもう少しこの辺りを散策します。
しかし、それは次回とします。

~次回は、釘抜き地蔵の節分会に行きます~

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第106回 節分の釘抜き地蔵

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前回同様「乾隆校前」バス停です。
この辺りには、千本ゑんま堂以外にも節分会を行うところがあります。
しかも、ここからわずか100m南に行ったところなので
その釘抜き地蔵にも寄りました。
撮影日は2013年2月3日日曜日午後4時。
そろそろ日が傾いてきました。


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千本通の東側歩道に移ってきました。(先ほどのバス停の向かいです)
ここは、京都市立乾隆小学校の通用門です。
「乾隆校前」バス停の由来になったところですね。


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京都市立乾隆小学校の前から南を向きました。
(すぐ横の診療所の看板ばかりが目立ちますが……)
今からこの千本通を進みます。


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京都市立乾隆小学校の通用門から南に約50m進みました。
千本通の西側歩道沿いに、「京都千本寺之内郵便局」がありました。
この日は日曜日だったので、中には人の気配はありませんでした。


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こちらは、千本通の西側歩道です。
赤い鉄板製の箱に入っているのは、消火器です。
京都市では、どの町内にも設置が義務付けられています。
ちなみに、ウチの町内にもあります。


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赤い消火器から、さらに50mほど南に進みました。
歩道の東側に、人がどんどん入っていくところがあります。
今度は、そちらに向かいます。


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こちらは、家隆山光明遍照院石像寺です。
通称「釘抜き地蔵」ですね。
小さいながらも参拝者の多い寺院です。
ここも、節分会を行っています。


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石像寺の門をくぐり、東に向かっています。
短い参道に、何軒か露店が出ています。
人でよく見えませんが、
右側で近所の寿司屋が「恵方巻き」を売っていました。
目の前のたこ焼きもおいしそうですが、先に参拝を済ませます。


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短い参道は、約10mで終わります。
石像寺の山門には、
大きく「釘抜き地蔵尊」と書かれた提灯が下がっています。


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門を入ってすぐに、手水舎がありました。
ここには「弘法三井」(こうぼうさんせい)の一つと
呼ばれる井戸があるのですが、
それはもっと境内の奥にあります。


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手水舎の右(東)に、藤掛観音の祠があります。
こちらは空海に関連した祠です。
ちなみに、ここを開いたのは空海です。


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石像寺の境内中央に、大きな釘抜きが飾ってあります。
やはり、「釘抜き地蔵」ということなのでしょうか?


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石像寺の本堂です。
もともとは「苦抜き地蔵」(くぬきじぞう)と呼ばれていましたが、
それが訛って「釘抜き地蔵」なったそうです。
(ただ、これには異説があります)
石像寺は、平安時代初期に空海が開きました。
一時荒廃しますが、鎌倉時代に再興して
その際に真言宗から浄土宗に変わりました。


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本堂の左(北)側に、「べんつるさん」がいらっしゃいます。
いろいろ落ちていらっしゃいますが、
それだけ多くの方が撫でられたのでしょう。
(それだけ多くの方の信仰を感じます)
自分も、撫でさせていただきました。


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本堂の右(南)側から、裏側に回ります。
こちらには、たくさんの祠がいらっしゃいます。


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本堂の南側には、
地蔵菩薩や十一面観音がいらっしゃいます。


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さらに東隣りには、
不動明王とお釈迦様(?)がいらっしゃいます。


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今度は、本堂の東側(真裏)です。
こちらは確か「玉姫稲荷」だったと思います。
とりあえず、賽銭を奉げました。


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ここは本堂のちょうど真裏になります。
この地蔵堂の石造りの大地蔵菩薩は、寺伝で空海作となっています。
(重要文化財です)


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さらに北隣にも、お地蔵さんの祠がいらっしゃいます。
こちらにも、お祈りしてきました。


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その祠の前から、西を向いています。
右(北)側に本堂が、左(南)側に寺務所があります。
向こうに、絵馬堂が見えます。
普段もここでお茶のサービスがあるのですが、
この日は節分ということもあり昆布茶が飲めました。
ただ、昆布を粉末にしたものを湯に溶く普通の昆布茶ではなく
大きな昆布を煎じて飲む「昆布出し茶」でした。
普通の昆布茶より塩気がないのですが、
自分はこちらの方が好みです。


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では、石像寺の門を出ます。


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石像寺の山門を出た所の短い参道です。
先ほどの「恵方巻き」の露店は、もう撤去されています。
(売り切れたのでしょうか?)
目の前に「べっこう飴」の店がありますが、
お目当てはその向こうのタコ焼きです。
(ちょっと空腹です)


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その露店で買ったタコ焼きです。9個で300円でした。
横のベンチでいただきます。
中にはしっかりタコが入っていて、
しかもちゃんと出汁で粉を溶いています。


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では、石像寺の門を出て千本通に戻ります。


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千本通に出ました。
石像寺の向かいに、瑞雲院という寺院があります。


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千本通を南に約5m進みました。
外側から、石像寺を見ています。
中にいると気づきませんでしたが、柑橘類がなっている木があります。


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石像寺から千本通を南に約50m進みました。
「乾隆校前」バス停よりこちらの方が近いので、
石像寺に参拝された大半の方は南に向かいます。


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石像寺から千本通を約100m進みました。
ここは、千本上立売の交差点です。
この辺りの上立売通は、だいぶ細くなっています。


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千本上立売の交差点を少し下がった(南に行った)ところに、
淡水魚専門の魚屋さんがありました。
ただ、この日は節分ということもあって
「イワシ」を店頭で炭火焼きしていました。
太くて大きくて、一瞬サバに見えたほどでした。
あまりにおいしそうだったので、
横断歩道を渡って買いに行きました。
(イワシの写真を撮り忘れました……)
1尾300円しましたが、
それでも安く感じるほどの大きさでした。


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そして、「千本上立売」バス停に着きました。
日も暮れてきたので、ここから帰ります。

2013年の「節分編」は、ここまでです。

~次回は、京都駅周辺を散策します~

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第186回 節分の隼神社 梛神社~壬生散策~その1

今年も、節分の季節になりました。
今回も、一昨年に続いて壬生を散策します。
ここは第27回ブログで一度紹介しているのですが、
観光コースとして完結した形で紹介したいと思い、再度記事にします。
節分行事以外にも「新撰組」関連施設にも立ち寄っていますので、
「壬生散策」のモデルケースとして利用していただければと思います。


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地下鉄「四条」駅で阪急電車「烏丸」駅に乗り換え、
一駅先の阪急電車「大宮」駅まで来ました。
今回はここから四条通を西に進み、隼神社・梛神社に向かいます。
撮影日は、2月2日日曜日午後1時。
朝からの雨は、昼には止みました。


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阪急電車「大宮」駅のホームで、東を向いています。
次は、ここから東改札口を目指します。


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阪急電車「大宮」駅の東改札口です。
では、ここから阪急電車「大宮」駅を出ます。


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阪急電車「大宮」駅東改札口を出て右折します。
この通路を南に進み、四条通に出ます。


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阪急電車「大宮」駅東改札口から南に伸びる地下通路は、
約20mで突き当ります。
左側も、右側も、どちら側もバス停の前に出ます。
「四条大宮」は、京都駅と同様に各社バスのターミナルです。


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先ほどの分岐点で、右(西)側の階段で地上に出ました。
ここだと、ちょうど四条大宮の交差点に出ます。


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四条大宮交差点に花壇があり、そこにハトが1羽いました。
エサをついばんでいるようでしたが、虫か何かがいたのでしょうか?


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ここは、四条大宮交差点の南東角です。
ちょうど京都駅に向かう206系市バスが停まっています。
では、ここを西側に渡っていきます。


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大宮通を渡り、四条大宮交差点の南西角に来ました。
ここに、京福電車(嵐電)「四条大宮」駅があります。
ここから嵐山まで、10分間隔で電車が出ています。


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大宮通から、四条通を西に向いています。
左(南)に見えるのが、京福電車(嵐電)「四条大宮」駅舎です。
ここから西一帯が、京都市中京区壬生になります。
では、ここを西に進んでいきます。


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大宮通から、四条通を西に約250m進みました。
ここは、四条壬生川の交差点です。


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四条通から、壬生川通を南を向きました。
少し先に京福電車(嵐電)の踏切が見え、
その向こうに、後から通る綾小路との交差点が見えます。


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今度は四条通から、壬生川通を北に向きました。
少し先で右(東)に曲がり、後院通で突き当ります。
その辺りに、市バスの「壬生操車場」があります。


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壬生川通から四条通を西に約150m進みました。
ここは、坊城通との交差点です。
ここのバス停が壬生寺に一番近いので、
この日はたくさんの方が降りてきます。


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四条坊城交差点の南西角に、小さな神社がありました。
「式内 隼神社」 「元祇園 梛神社」
そういう石碑が立っています。
こちらは、一つで二つの神社になります。


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四条通から、神社の境内に入ってきました。
普段はほぼ無人なのですが、毎年節分になるとこの人出になります。


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神社の東側で、火を焚いておられます。
古いお札を焼いておられるようでした。


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こちらが、この神社の本殿です。
右(北)側が隼神社で、左(南)側が、梛神社です。
隼神社は約300m北にある蛸薬師通沿いにありましたが、
1918年にここに移転しました。
この地には、元々八坂神社がありました。
八坂神社が祇園に移った後は小さな祠が残ったのですが、
明治時代に社が建てられ「梛神社」と呼ばれるようになりました。


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本殿の前で、ろうそくが売られていました。
せっかくなので、自分も買います。


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買ったろうそくは、こちらに立てます。
こちらは、二つの本殿の真ん中にありました。


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お参りを終えた直後に警察官がいらして、交通整理をされました。
そして本殿前を開けると、そこにお稚児さんと
修験者10名ほどが本殿前に陣取りました。


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修験者は一斉に法螺貝を吹かれた後、般若心経を唱えられました。
どうやら、祈祷が始まったようです。


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こちらは、修験者のうちの一人のお尻です。
粋な印籠を下げておられるので、撮らせていただきました。


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修験者は般若心経を唱え終えると、また法螺貝を吹かれました。
どうやら、祈祷が終わったようです。


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祈祷が終わると、お稚児さんと修験者は四条通へと退場されました。
警察官も、彼らを引率してここを去っていきました。


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では、自分もここから退場します。
こちらは、四条通から坊城通を南に向いています。
ただでさえ狭い道なのですが、
この日は露店と人混みでさらに狭くなっています。


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四条通から、坊城通を5m南に進みました。
こちらからにも、神社の出入り口があります。


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さらに坊城通を南に進みます。
「ここ数年、人出が増えているような気がする」
そんなことを母が言っていました。


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四条通から、坊城通を南に約50m進みました。
京福(嵐電)の踏切があるので、渡っていきます。


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踏切の上で、東を向きました。
この曲がり角の先に終点の「四条大宮」駅があります。


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踏切の上で、今度は坊城通を南に向きました。
いつもならここから壬生寺の門が見えるのですが、
露店とこの人出でまったく見えません……


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踏切から坊城通を約50m進み、綾小路との角に来ました。
右(西)に金つばの「幸福堂」、左(東)に旧前川邸が見えます。


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綾小路から、坊城通を南に向きました。
左(東)の土塀は、旧前川邸のものです。
約30m先に、「鶴屋」という和菓子屋さんがあります。
こちらは元々八木邸で、新撰組の屯所があった所です。


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綾小路から、坊城通を南に約50m進みました。
旧前川邸の南隣に、新徳禅寺があります。
こちらが、新撰組発祥の地となります。
(詳しくは、第28回ブログ参照)
ただ、こちらは非公開になります。


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そして、新徳禅寺の向かいに壬生寺の門があります。
いつもは静かな寺院なのですが、節分はこの賑わいです。
ここから壬生寺に入ってく訳ですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、壬生寺を参拝します~

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第187回 壬生寺の護摩焚~壬生散策~その2

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いよいよ壬生寺の門前にやって来ました。
普段もそこそこ参拝があるのですが、節分は特に多いですね。
今回は、こちらに参拝します。
撮影日は、2014年2月3日日曜日午後1時半。
この日から、数日寒い日が続いています。


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壬生寺の門をくぐり、西へと進んでいます。
約70m先正面に、壬生寺の本堂があります。
本当はこの周囲に末寺や末社がたくさんいらっしゃいますが、
この日は露店があるのでそちらへは向かえません。


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こちらは、壬生寺の本堂へと向かう参道の左(南)側です。
テントがあって、その中で炮烙焼の皿が売られていました。
こちらに文字を書いた後、壬生寺に奉納します。
その炮烙焼は、そこで祈祷を受けた後壬生狂言で叩き割られます。


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そのテントの西側に老人ホームの入り口があって、
さらにその西側にこの中院があります。
こちらの十一面観音にお参りした後、さらに先に進みます。


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中院の前で、西を向きました。
次は壬生寺の本堂前の広場に出ます。


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壬生寺の本堂前広場に出ました。
本堂にお参りする前に、先に南側に回ります。
本堂の南隣に、日本では珍しい形の仏塔(ストゥーパ)があります。


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その仏塔をアップで撮りました。東南アジアに多い形態ですね。
この「千体仏塔」には、多くのお地蔵さんや石仏が並んでいます。
こちらは、壬生寺の象徴とも呼べますね。
この写真はクリックすると、拡大されます。


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「千体仏塔」の前で、右(北)を向きました。
いよいよ壬生寺の本堂に向かいます。


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こちらの石段を上って、壬生寺の本堂に向かいます。
ご本尊は、重要文化財の延命地蔵尊です。
(京都市街地で、町内ごとに祠の中にいらっしゃいますね)


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さすがに本堂内部を撮るわけにはいかないので、
香炉の前から撮ります。(寸志を払えば、線香を立てられます)
壬生寺は、991年に三井寺の僧侶によって創建された律宗の寺院です。
(奈良県の唐招提寺と同じ宗派です)
また、1330年ごろから円覚によって壬生狂言が始められました。


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壬生寺の本堂前から、反対(東)側を向きました。
参道の左(北)側に護摩壇が組み上げられており、
そちらに多数の修験者が向かっていらっしゃいます。


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こちらの修験者は、前回ブログで祈祷されていた方々です。
よくよく見ると、第139回ブログの祇園祭役行者山で
護摩焚祈祷をされていた聖護院の方々です。

こちらは、護摩焚の前に矢を射かけておられます。
確か、射る方角で矢尻の色が違うはずです。


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次は、斧を持った修験者が四方に回って振り下ろされています。
こうすることで、護摩壇を清められています。


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そして、袈裟姿の僧侶が祈祷をされます。
これで、護摩壇のお浄めが終わります。


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そしていよいよ護摩壇に火が付きます。
先ずは、竹製の松明の先に点火されます。


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ただ、すぐには護摩壇に点火せずに松明の前で祈祷が始まります。
なかなか護摩焚きが始まりませんが、
第139回ブログの役行者山のときと同じ手順です。


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そして、竹槍のように松明を護摩壇に突き刺します。
こうして、護摩壇が点火されました。


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点火してすぐに、白い煙が立ち込めます。
松葉による護摩壇なので、初めから火柱が上がることはありません。
これも、役行者山のときと同じです。
ただ、だんだんこちらが風下になってきました。
半年前の経験から、とても嫌な予感がします……


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思った通り、煙に囲まれてまるで霧の中です。
ただ、こちらの正体は煙なので時折煤が降ってきます。
この日は黒っぽい服を着てきたのですが、
周囲の人たち同様に白くなってしまいました。


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この煙まみれの状況は、
修験者が護摩壇に水をかけることで治まりました。
続いて先ほど祈祷をされていた修験者が前に出てきました。
右手の小刀で、左手の護摩木の封印を切られました。


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そして、左手の護摩木を火の中に投じられました。
これを三回繰り返されました。


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そして、木製の扇で火を仰がれました。
この辺りから日が落ち着いて、こちらに煙は来なくなりました。


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煙が落ち着くと、修験者一同による祈祷が始まりました。
役行者山のときと同様に、般若心経が繰り返されていました。


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般若心経は、約30分続きました。
松の葉がほぼ燃焼したのか、
白い煙からだんだん赤い炎に変わってきました。
この辺りから、周囲の気温が上がってきました。
今年一番の底冷えの日でしたが、火の回りはかなり高温でした。


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祈祷はまだまだ続いているのですが、
また護摩木が火の中に投じられていきます。


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護摩木は、また3回投じられました。
その直後に般若心経が終わり、
修験者が今度は護摩壇に水をかけて火や煙を調整していきます。


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それが終わると、今度は修験者がバケツリレーの要領で
護摩木を次々と火の中にくべていきました。
ベンチの上に相当数の護摩木があったのですが、
見る見るうちになくなっていきました。


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さらに向こう側のベンチの護摩木も、火の中に投じられていきます。
護摩焚らしくなってきましたが、煤の量が多くなってきました。


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そして、先ほどの僧侶共々修験者の祈祷が始まります。
また、般若心経を唱えられておりました。


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般若心経が終わると、修験者の何人かが法螺貝を吹きだしました。
だんだん護摩焚祈祷も、終わりが近づいてきました。
そう言えば、護摩檀の木枠も燃焼し始めました。


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法螺貝の演奏が終わりました。
すると、修験者全員が立ち上がりました。


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そして、僧侶と修験者全員が護摩壇の前から退場しました。
これで護摩焚供養が終わりました。


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……と思ったら、修験者の皆さんが氏子を引き連れて戻ってきました。
やはり、火が付いた護摩壇を放置しておくのはダメなようです。
消火器をかけないものの、護摩壇は解体されました。


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こちらは、折り紙でできた「しめ飾り」です。
祈祷が終わった後、こちらは早い者勝ちで持って帰れます。
……なのですが、ここの「しめ飾り」は約2mの高さです。
手が届きません……
ちなみにこちらは、修験者が手に取って高齢者に配られました。


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そこで、こちらに目を付けました。
こちらは、修験者が座布団代わりに使われていた松葉です。


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その松葉を持って、護摩焚供養の火まで進みます。
しめ縄が取り払われているので、もう入ってもよくなりました。


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そして、護摩焚供養の火にその松葉を投じます。
これが厄払いになります。


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壬生寺保育園の前に、壬生狂言の舞台があります。
護摩焚供養も終わったのでそちらに向かおうとしたのですが、
列が長くなっていて次の午後3時公演分が既に満席です。
結局、今年も観劇は諦めます。
(まぁ、何度か見ているのでどういうものかは知っているのですが)


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壬生寺本堂前から、西を向いて門を見ています。
これで帰ってもいいのですが、
せっかくなので新撰組関連施設の壬生塚の方に回ります。
ただ、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、壬生周辺の新撰組関連施設を回ります~

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第188回 新撰組が闊歩した壬生~壬生散策~その3

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壬生寺本堂前から、門のある東を向いています。
壬生寺の節分行事も一通り見たのでもう帰ってもいいのですが、
せっかくなので新撰組関連施設を回りたいと思います。
撮影日は、2014年2月3日日曜日午後3時。
久しぶりに写真が40枚を越えました。


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先ほどの写真の左(北)側が、こちらに抜けるようになっています。
では、こちらの方に入っていきます。


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入ってすぐの正面に、水掛地蔵尊がいらっしゃいます。
こちらにも、たくさんの方がお参りしています。


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水掛地蔵尊の右(東)側に、こちらの灯明があります。
50円払って、こちらにろうそくを立てました。


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水掛地蔵尊の右(東)側に、弁財天の祠があります。
こちらは秘仏ですが、この時期は特別に御開帳されています。
近寄って祠を覗くと、小さな弁財天がいらっしゃいます。


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弁財天のさらに右(東)に、こちらの阿弥陀堂があります。
中には阿弥陀如来がいらっしゃいます。(撮影不可です)
さらに、このお堂はもう一つの顔があります。


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阿弥陀堂から、北側に抜けることができます。
ここからは、有料になります。(100円です)
つまり阿弥陀堂は、ここから先の拝観料を払うところでもあります。


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橋を渡ると、小さな池の上にある小島にたどり着きます。
こちらは「壬生塚」と呼ばれる壬生寺の新撰組関連施設です。
歴代住職や新撰組隊員のお墓があります。
(新選組隊士の遺体は、別の所に埋葬されています)


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壬生塚に入ってすぐに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
池の向こうに、阿弥陀堂が見えますね。
阿弥陀堂は比較的新しい建物で、
地下には、新撰組関連の博物館があります。
(節分以外なら、拝観料を払えば見ることができます)


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お地蔵さんの東側に、新撰組隊士の慰霊塔があります。
こちらは、近年建てられました。


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こちらは柿本人麻呂のお墓で、「人丸塚」と呼ばれています。
このお墓は見た所古くて数百年というところですが、
柿本人麻呂は1200年以上前の歌人です。
どう考えても、偽物ですね。


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壬生塚の一番東側に、近藤勇の銅像が立っています。
近藤勇のお墓は、愛知県や東京都、福島県会津若松市などにあります。
こちらの銅像は、映画会社の関係者が戦後に建てられたものです。


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壬生塚の一番奥に(写真左)、芹沢鴨と平山五郎のお墓があります。
どちらも新撰組隊員でしたが、近藤勇らによって殺されました。
(要するに、派閥争いです)
2年前にここを訪れた第27回ブログとお墓の形状が違いますが、
昨年このお墓に直されました。(初めのお墓と同じ形状だそうです)
最初のお墓は、イタズラによって破壊されました。
(今回の追記参照)


188-14.jpg
芹沢鴨のお墓の右(南)側にも、新撰組隊員のお墓があります。
河合耆三郎のお墓がひときわ立派ですが、
これは、河合耆三郎の父親が
(兵庫県南西部で、米屋を経営していた大金持ちです)
河合耆三郎が新撰組の規約違反で切腹させられたことへの抗議として
このような立派なお墓を作ったそうです。
(河合耆三郎は、新撰組の経理担当者でした)


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では、壬生塚を出ます。
またいったん阿弥陀堂の中に入っていきます。


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阿弥陀堂を出て、参道に戻ってきました。
東側にある門をくぐり、壬生寺を出ます。


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壬生寺を出て、坊城通で北を向きました。
右(東)側は、新徳禅寺です。
第186回ブログでも紹介した新撰組の事実上発祥の地です。
普段は非公開なのですが、この日は境内で炮烙焼を売っていました。


188-18.jpg
壬生寺門の前から、坊城通を北に約100m進みました。
壬生寺の北隣に、「鶴屋」という和菓子屋さんがあります。
ここの経営者八木家の屋敷に、
新撰組が2年間ほど屯所を設けていました。
つまりここが、「新撰組屯所」八木邸です。


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拝観料の1,000円(後の抹茶と菓子代込)払い、中庭を通り抜けました。
ここから先は、江戸時代末期当時のままになっています。
ここ八木邸は、京都市内で残り少なくなった武家屋敷です。
(八木氏は戦国大名朝倉氏の末裔で、京都府八木町の豪農でした)

中に入ると、大きな座敷があります。
そこが先ほど紹介した芹沢鴨と平山五郎暗殺現場です。
そこには学芸員がおられて、この建物の解説をしてくれます。
ここは1Fの座敷と奥の部屋のみ公開されています。
(そこから見える庭も公開されています)


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座敷を抜けて、「たたき」に出ると
壬生狂言の笛や太鼓が聞こえてきました。
角度によっては、ここから狂言が少し見えました。

次に、中庭に出ました。
引換券を渡すと、こちらの抹茶と大福がもらえます。
和菓子屋さんだけあって、なかなかのお味でした。
この日は、今年一番の冷え込みでした。
ですから、このような小さな火鉢が置かれていました。


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八木邸(鶴屋)の前で、坊城通を北に向きました。
右(東)の塀は、旧前川邸ですね。
ここから約50m先の綾小路を目指します。


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綾小路坊城の北西角に、道標がありました。
「左 壬生寺」はいいのですが、
「右 二条城」は徒歩で行ったら1時間くらいかかります……


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その綾小路坊城北西角にある「幸福堂」です。
金つばの専門店ですが、節分ということでかなりの人出でした。


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こちらが、その金つばです。
甘みが弱く、却ってそれが上品な味を出しています。
家に帰ってからいただきました。


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「幸福堂」を出た所で、こちらの犬に出会いました。
慌ててカメラを取り出そうとしたのですが、
間に合わずに後姿だけ撮ることにしました。


188-27.jpg
坊城通から、綾小路を東に向いています。
坊城綾小路南東角に、旧前川邸があります。
新撰組隊士が増えすぎて八木邸に入りきらなくなって、
後にこちらにも新撰組隊士が住むようになりました。


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こちらが、旧前川邸の入り口です。
平日は非公開なのですが日曜日のみ公開されています。


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実は、ここに入るのは初めてで
どこまで公開されているのかよく分かりませんでした。
後で調べたところ、土蔵は公開されていて
「池田屋事件」の発端となった長州浪士を拷問した部屋や
山南敬助や野口健二らが切腹した部屋も公開されていたそうです。
ただこの日お邪魔したのは、結局グッズショップだけでした。
模造刀や新撰組グッズが置かれていました。


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では、旧前川邸を出ます。
ここからは、来たときと違い綾小路から帰ります。


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旧前川邸の前で、綾小路を東に向いています。
右(南)側の塀は、旧前川邸のものです。
では、ここを東に進んで大宮通を目指します。


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旧前川邸から、綾小路を東に約100m進みました。
こちらの酒屋さんは、以前通ったとき
「近藤勇 土方歳三 沖田総司」という
銘柄のお酒を売っていました。
その向こうに見えるのは、壬生川通です。


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そのお酒屋さんの向かいにいらしたお地蔵さんです。
2年前にここに来たときも、寄らせていただきました。


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綾小路から、壬生川通を北に向いています。
向こうに京福電車(嵐電)の線路があり、
その先に第186回ブログで紹介した四条通が見えます。


188-35.jpg
今度は、綾小路から壬生川通を南に向きました。
約1km先にある五条通を越えると、かつての花街「島原」に出ます。
(芹沢鴨がよく遊びに行ったところですね)
また、「島原」より東には
壬生の後に新撰組屯所があった西本願寺があります。


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壬生川通から、綾小路を東に向いています。
さすがにここから先は、人出がだいぶ減ります。


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壬生川通から、綾小路を20mほど東に進みました。
自動車がやっと1台通れるくらいの細い道に、
古い民家や飲食店などが並んでいます。
実はこの辺りが、京都市内で自分が一番好きな街並みです。
古い民家が何軒も並んでいるこの感じがいいですね。


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壬生川通から、綾小路を東に150mほど進みました。
この辺りから、「京都中京区」から「京都市下京区」になります。
こちらは、浄土宗光縁寺です。
江戸時代末期ここの住職と新撰組隊士山南敬助が親しくなり、
その縁でここに新撰組隊士が埋葬されるようになりました。


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この入口から、中に入ることができます。
本堂には入れませんが、100円払うと
境内北側にある墓地に参ることができます。


188-40.jpg
さすがに中を直接撮るのははばかれるので、
ここのパンフレットを撮った写真を貼り付けます。
右側は、過去帳の写しです。
自分が知っているのは、
1.野口建司(写真から外れています)  3.山南敬助  
7.松原忠治  10.河合耆三郎  27.伊東甲子太郎
このくらいでしょうか。
いずれも、切腹した人か暗殺された人です。

門の中に入るとたまたま住職さんと鉢合わせして、
暫らくいろいろお話を聞かせていただきました。
わずか3基のお墓に28人も入っているので、
墓の下に彼らが埋まっているわけではないそうです。
寺院の北側の当時の空き地(現在は京福電車の線路)の下に
埋まっているそうです。


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光縁寺の前から、綾小路を東に向いています。
この辺りから、両脇に小さな寺院が軒を並べます。


188-42.jpg
光縁寺から、綾小路を東に約100m進みました。
ようやく大宮通との交差点にでました。
綾小路はもう少し東に伸び、寺町通の京都大神宮で突き当ります。
(第157回ブログ参照)


188-43.jpg
綾小路から、大宮通を北に向いています。
北西角にあるこの中華料理屋さんは、京都でも屈指の四川料理店です。
(担担麺がおいしいです)


188-44.jpg
綾小路から、大宮通を北に歩いています。約100mで四条通です。
そこからまた阪急電車に乗って、(地下鉄です)家に帰ります。

今回はここまでです。

~次回からまた新しい道を歩いていきます~

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第455回 八坂神社の豆まき~祇園節分散策~その1

[八坂神社] ブログ村キーワード
2017年も2月に入ってきました。
自分の仕事は、いつも正月明けから暇になるのですが……
今年はまだ忙しい日々が続いています。
そんな間隙を縫って、2017年の節分記事を何とか取材しました。
本当は2017年2月3日が節分なのですが、
その仕事の都合で1日前の2月2日に祇園を散策しました。


455-1.jpg
前回ブログ最後に訪れた京阪電鉄「祇園四条」駅の改札を出て、
「四条川端」交差点の真下で北を向いています。
(この辺の京阪電鉄は、地下鉄です)
今回はここから四条通を真東に進み、八坂神社に向かいます。
撮影日は、2017年2月2日節分前日の木曜日午後0時40分。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


455-2.jpg
京阪電鉄「祇園四条」駅改札口から、真北を向いています。
以前からあの辺りに切符売り場がありましたが、
周辺がだいぶ改装されています。
5年前に初めてここを取材したときには、
「鉄道案内所」のようなものはありませんでした。


455-3.jpg
同じ場所で、東を向きました。
こちらの地下道は、ちょうど四条通沿いに伸びています。
では、こちらを進んでいきます。


455-4.jpg
京阪電鉄「祇園四条」駅改札前から、東に約20m進みました。
今までならこちらの6番出口から南座脇に出ていたのですが、
南座が今耐震工事中なのでこの先が閉鎖されています。
テナントの蕎麦屋「松葉」などは開いているのですが、
これ以上は地下からは進めません。


455-5.jpg
その位置で、北を向きました。
向こうにも、地上に上がる階段が見えます。
ちょっとだけ遠回り(約5mくらい?)ですが、
向こうの階段を利用したいと思います。


455-6.jpg
先程の通路の突き当りに、
京阪電鉄「祇園四条」駅7番出口への階段があります。
では、こちらから地上に出ます。


455-7.jpg
正直こちらの階段は時計回りに螺旋状に上るので、
少々目が回ります。
(自分は、遊園地のコーヒーカップでもフラフラになります)
……やっと地上が見えました。
向かい(南)側に見えるのが、歌舞伎の顔見世興行で有名な南座です。
(先述の通り、現在耐震工事中で、テナント以外は閉鎖中です)


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京阪電鉄「祇園四条」駅7番出口で、四条通を東に向いています。
この約20m西が、「四条川端」交差点です。
その辺りから東が、「京都市東山区祇園」です。
目の前に、「四条京阪前」バス停があります。
この日(2017年2月2日)は平日(木曜日)でしたが、
相当の観光客がいらっしゃいます。
よく考えたら、「節分」は中国では祝日です。
その関係で、この人出なのでしょうね。


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京阪電鉄「祇園四条」駅7番出口から、
四条通を東に約30m進みました。
こちらで、四条通は大和大路と交差します。


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四条通から、大和大路を北に向いています。
ここから北の様子は、第229回ブログに載っています。
(向こうの、「一銭洋食屋」も載っています)


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今度は、四条通から大和大路を南に向きました。
四条通からゑびす神社に行くには、ここを進みます。
(第23回ブログ参照)


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大和大路から、四条通を東に歩いていきます。
この辺りの四条通は、土産物屋さんが多いですね。
向こうに、四条通東端で今回ブログの目的地でもある
八坂神社の楼門が見えますね。


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京阪電鉄「祇園四条」駅7番出口から、
四条通を東に約250m進みました。
ここで、四条通は花見小路と交差します。


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四条通から、花見小路を北に向いています。
この辺りも、大和大路同様にクラブやパブが並びます。
まぁ、日が明るいうちは人通りはまばらです。


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今度は四条通から、花見小路を南に向いています。
石畳の道沿いに出会い茶屋や置屋などが並び、
日常的に舞妓さんや芸妓さんが徘徊される場所です。
多くの人がイメージする「祇園」は、ここから南の風景です。
(第35回ブログ参照)


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花見小路の横断歩道で、四条通の南側歩道に渡りました。
そこで東を向いています。八坂神社がもう目の前ですね。


455-17.jpg
花見小路から、四条通を東に約100m進みました。
こちらは、四条通西行の「祇園」バス停前です。
46系市バスは、「四条大宮」バス停で北に折れていく路線です。
節分のこの日は、乗降者がいつもより多めです。


455-18.jpg
そのバス停の南側に、漢字博物館があります。
こちらは、元々京都市立弥栄(やさか)小学校でした。
廃校になった小学校がこういう施設になることは、
京都ではよくあります。


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京阪電鉄「祇園四条」駅7番出口から約400m東に進み、
四条通最東端の「祇園」交差点に着きました。


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この「祇園」交差点は、四条通と東大路との交差点です。
(東大路は、京都市街で一番渋滞する道です)
では、ここを東に渡り八坂神社に向かいます。


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八坂神社の楼門脇に、このような看板が立ててありました。
現在2017年2月2日午後0時50分。
午後1時には、まだ10分あります。


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こちらが、八坂神社楼門です。
ではここをくぐって、八坂神社境内に入っていきます。


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八坂神社楼門をくぐり、八坂神社境内に入ってきました。
ここはいつ来ても賑やかですが、
いつもより参拝者が5割増しです。


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先ずは、楼門北側の手水舎に向かいます。
こちらで手を浄めて、先に進みます。


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八坂神社楼門をくぐった地点で、南を向きました。
この辺の露店や末社が気になりますが、
先ずは本殿前の舞殿(拝殿)に向かいます。


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八坂神社境内を約30m南下した後、東に進みます。
少し石段を上ったら、目の前に八坂神社舞殿が見えます。
この辺りから、また日が強く差すようになりました。


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2016年の祇園祭以来の八坂神社舞殿です。
約半年前には、あちらに3基の神輿が並んでいました。
では、こちらの前で豆まきが始まるまで待機します。


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午後1時になりました。
すると、舞殿に舞妓さんが上がられました。
舞妓さんも、まずは本殿に向かって正座です。
ただ、こちらは祇園ではなく先斗町の舞妓さんです。
祇園の舞妓さんは、翌日(2017年2月3日)登場します。


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八坂神社の神主さんのお払いの後、
芸妓さんと舞妓さんがこの体勢を取られました。
そして、三味線と歌が始まります。


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三味線に合わせて、先斗町の舞妓さんが舞われます。
三味線や歌は、舞妓さんより年嵩の方々が演じられます。
日本人よりも周囲の中国人や韓国人(話される言葉から判断)が、
とても喜んでおられました。


455-32.jpg
そしてこの体勢を取られると、三味線と歌が終わりました。
先斗町の舞妓さんの舞は、だいたい5分くらいでした。


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すると、豆を乗せたお膳を持った方々が舞殿に入って来られました。
先斗町の舞妓さんは……自分のいる反対側にいかれました。


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そして、一斉に豆まきが始まりました。
もちろん豆自体をばら撒くのではなく、
豆の入った袋を撒かれています。


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とは言え、豆を取りやすい場所とそうでない場所があります。
この日(2017年2月2日)は相当風が強く、
豆が入った袋が遠くに飛びません。
ですから、一人で3袋手に入れた方もいらっしゃいましたが
自分のように最後まで1袋も手に入れられない人もいました。
その中で、こちらの方々の撒き方はとても上手でした。
豆の袋を高く放り投げたり低空飛行を狙ったりと、
工夫をされて自分のいる位置よりも後方まで飛ばしておられました。


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豆まきも、約5分で終わりました。
舞殿におられた方々が舞台から下りられますが、
周辺にいらした参拝者も三々五々帰られます。


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そして、少し遅れて先斗町の舞妓さんも舞台から下りられます。
目の前に、空になった御膳が積み上げられています。


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豆まきをされた方々が、舞殿からこちらに来られました。
そして、そのまま南側の社務所に進まれました。


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一方で、先斗町の舞妓さんは向こうの斎館に進まれました。
たくさんの方々が舞妓さんの周りに群がっていたので、
こちら側に来られたら相当のパニックが起きていたでしょうね。


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八坂神社舞殿から、西を向いています。
ここから次の豆まきまで、約1時間あります。
そこまで時間があるので、ここから八坂神社境内を散策します。

とは言え、もうだいぶ写真を貼り付けたので
今回はここまでとします。

~次回は、この後の八坂神社の豆まきを載せます~

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第456回 続けて八坂神社の豆まき~祇園節分散策~その2

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456-1.jpg
前回ブログで八坂神社の豆まきを取材しましたが、
こちらの節分の豆まきは1日に何回も行います。
この時点で、2017年2月2日午後1時10分。
この後の午後2時の豆まきまで、少し時間があります。
そこであちこち見て回って、時間を潰します。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


456-2.jpg
こちらが、八坂神社本殿です。
前回ブログでは参拝していませんでしたので、ここでお参りします。

八坂神社の御祭神は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)です。
ただ、明治時代の神仏分離令以前の御祭神は祇園牛頭天王でした。
(神社の御祭神変更は、割とよくあることです)
牛頭天王(ごずてんのう)と素戔嗚尊との関係は深く、
「素戔嗚尊が中国に渡ると、祇園牛頭天王と改名される」
というようなことが、日本中の祇園社や八坂社に伝わっています。
どちらも疫病の神様で、特に天然痘除けのご利益があります。


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八坂神社本殿の南側に、舞殿があります。
こちらで、前回ブログ以降節分の豆まきが行われます。
この南側には南楼門があって、
祇園祭の神輿渡御では、その門から
祇園祭の3基の神輿が「祇園」交差点に出立します。


456-4.jpg
八坂神社本殿の南側に、こちらの施設があります。
実は、この神社の豆まきには福引が付いています。
液晶テレビなどの電化製品も当たるそうで、
ハズレくじがないそうです。
……とは言え、その「豆」を手に入れること自体が
相当の至難の業なのですが。


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舞殿の南西部にテントが組まれて、
八坂神社婦人会による茶店が立っていました。
饅頭などの和菓子も出されるのですが、
そこは節分ですから甘酒がメインになります。


456-6.jpg
そう言えば、法住寺でも甘酒を頂きました。
くぎ抜き地蔵千本ゑんま堂では昆布茶が主流でしたが、
個人的には節分は甘酒とぜんざいのイメージです。
(まぁ、昔の大晦日ですし)

自分がこちらを頂いている10分ほどの間、
真横で舞妓さんと芸妓さんも甘酒を飲まれていました。
ゆっくり寛がれていたので、自分は写真を撮っていません。
ただ、自分の周りにいらした方々(主に白人の男性)が
集団でその舞妓さんや芸妓さんを店の外から撮影されていました。
そして年上の芸妓さんが舞妓さんを庇うように店を出られると、
そのカメラを持った方々も芸妓さんと舞妓さんを半包囲しながら
追跡を開始されました。
舞妓さんに明らかに恐怖の表情があったので、
これって完全に「ストーカー行為」と思うのですが……


456-7.jpg
甘酒の茶店には、約10分いました。
そのお店を出ても、次の豆まきにはまだ30分以上あります。
実は朝から何も食べていませんでしたので、
ここから暫く「露店めぐり」をします。


456-8.jpg
露店は、前回ブログで移動中に横目でチェック済みでした。
先ずは、八坂神社最西端の楼門前に戻ります。
手水舎の脇に、「蟹肉棒」の露店がありました。


456-9.jpg
こちらは中国人に大人気で、結局10分待ちでした。
店主は中国語を一切話せないのですが、
その辺は英語でうまく乗り切っておられました。

この「蟹肉棒」は、ウチのブログでは数回登場しています。
(自分の好物の一つです)
基本的には「焼いた蟹蒲鉾」なのですが、
タラバガニの身も多少入っているので、
見た目以上に蟹の味がします。


456-10.jpg
「蟹肉棒」の露店の東隣に、「疫神社」がいらっしゃいます。
こちらも、病除けの神社です。


456-11.jpg
「疫神社」の南隣は、「白髭社」と「田中社」が合祀されています。
こちらの前に若い女性2人(たぶん中国人)が
ずっと立っていらして、しかも参拝の気配がないので
訳を言って移動してもらい、撮影しました。


456-12.jpg
「白髭社」「田中社」の南脇に、こちらの露店が立っていました。
もはや露店の看板が、中国語です。
(「清蒸牡蠣」とは、「蒸したカキ」という意味です)
露店の脇では中国語のDVDが再生されていて、
宮城県沖で実際にこちらのカキを収獲している様子が
映し出されていました。


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500円払って、こちらを頂きました。
向こうに見える竹串を1本取って、それに刺して食べます。
自分は貝類から出てくる汁が好物なのですが、
貝殻付きだとそれを余すところなく味わえます。
ポン酢やレモン汁もあるのですが、
何もつけずに食べるのがお勧めです。


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「清蒸牡蠣」の露店の東隣に、こちらの社がいらっしゃいます。
こちらは、「北向蛭子社」です。文字通り北を向いた神社です。


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「北向蛭子社」の東脇に、こちらの銅像がいらっしゃいます。
「祇園のえべっさん」と書かれていますが、
第454回ブログのゑびす神社も、「祇園のえべっさん」ですよね。


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「北向蛭子社」の向かい(北)側に、たこ焼きの露店がありました。
今まで海産物を食べてきたのですが、
まだまだ満腹ではないのでこちらを頂きました。


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こちらが、そのたこ焼きです。
実は海産物も含めて一品一品すべて500円だったのですが、
これが一番お腹がふくれました。


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ベンチに座りながら、たこ焼きを食べています。
こちらは、その最中に見ていた風景です。
吽形の狛犬の脇に、燈明があります。
こちらの柱に、ジュバンセルの文字があります。
この位置から南に約100m先に、ジュバンセルの本店があります。


456-19.jpg
その脇に、柊(ヒイラギ)が生えていました。
西洋でもそうですが、日本神道でも魔除けの木ですね。


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たこ焼きの露店の東脇に、こちらの社がいらっしゃいます。
こちらは、大国主命・事代主・大己貴命などを祀っています。
いずれも、素戔嗚尊の家族の神々ですね。


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その社の前で、東を向きました。
この石段を上ると、八坂神社本殿前の舞殿に戻ります。


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八坂神社舞殿の前に戻ると、ほぼ午後2時でした。
では、ここから八坂神社の神楽が始まります。


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暫く八坂神社舞殿の前で待っていると、
雅楽奏者が舞殿に上がって来られました。
少し上を見ると、提灯が相当揺れています。
この日(2017年2月2日)は、京都でも珍しい強風でした。
(まぁ、冬の京都なら「比叡おろし」という強い北風がありますが、
それとは違う風向きでした)


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雅楽奏者の方々は、八坂神社舞殿の舞台の周辺に座られます。
舞殿のこちら(西)側には竜笛奏者がいらっしゃり、
向こう(東)側には笙の奏者がいらっしゃいます。


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最後にいらした八坂神社の神主さんが、
本殿に目がけて紙垂を振られます。
先ずは、お祓いですね。


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続いて、神楽の踊り手が4人舞殿に入って来られました。
その4人が所定の位置に就くと、いよいよ神楽が始まります。


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神楽の音楽は、多くの方イメージする雅楽と同じです。
先ず笙のゆっくりとした音色の後に、太鼓が続きます。
神楽の踊り手も、ゆっくりとした所作で舞われます。


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神楽も半ばに差し掛かると、今度は竜笛の音色が加わります。
雅楽はそれ程速いテンポの曲ではないのですが、
それが格調高いこの舞に似合いますね。


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そして雅楽の音色が止むと、神楽が終わりました。
前回ブログの先斗町舞妓さんの踊りより約10分長い15分ほどでした。


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直後に、八坂神社の神職さんが何人か舞殿に上がって来られました。
神職さんは、豆が載った膳を
神楽の舞手や雅楽奏者に渡されていました。
続いて、舞手と雅楽奏者による豆まきが始まります。


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豆まきは、前回ブログ同様約5分掛かりました。
約1時間前の豆まきより風がさらに強くなっており、
豆の入った紙製の袋は、いくら遠くに投げられても
すぐに地面に落ちてしまい、自分たちがいる位置まで届きません……
その結果、最前列の中国人の若い女性のグループは
(会話の言語から判断)
それぞれ3~5袋手に入れておられましたが、
その2列後ろは誰も手に入れていませんでした。


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豆まきが終わり、舞殿から舞手と雅楽奏者が降りてこられました。
結局豆を手に入れられなかった方々が、三々五々帰られます。
ところが、先述の女性グループが
ご高齢の男性に豆の袋を差し出されたの契機に、
複数袋手に入れた方々が豆を手に入れられなかった方々に
豆の袋を配り出されました。
……考えようによっては、これも「豆まき」ですよね。


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今回の豆まきは、2017年2月2日午後2時20分ごろ終わりました。
ここからまた露店巡りをしたのですが、
それは写真に撮っていません。
取りあえず午後3時までブラブラして、
その後宮川町舞妓さんよる踊りと豆まきも取材しました。

こちらの看板は、中国語で書かれています。
「請」(英語のpleaseに当たります)と書かれているものの、
結構強い口調で三脚と自撮り棒を禁止しています。

ここまでだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回も、この八坂神社の豆まきを取材します~

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第457回 さらに八坂神社の豆まき~祇園節分散策~その3

[八坂神社] ブログ村キーワード
456-33.jpg
3回続けて、八坂神社本殿東側の舞殿に張り付いています。
前回ブログで豆まきの間の様子を取材しましたが、
今回はその間の写真はこの中国語の看板だけにします。
そして、そろそろ宮川町の舞妓さんによる豆まきが始まります。
撮影日は、2017年2月2日節分前日の木曜日午後3時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


457-2.jpg
八坂神社舞殿上部の提灯を眺めています。
時間経過とともに、ますます強風になってきました。
かなり大きく揺れていますが、
提灯が吊るされたステンレス製の棒も蝶番で舞殿に付いているので、
提灯が落ちるなどの危険はありません。
(大きく揺らすことで、落ちにくくしているのでしょうね)


457-3.jpg
午後3時からは、宮川町の舞妓さんが踊られます。
(祇園の舞妓さんは、翌日の2月3日に踊られました)
先ずは、小唄を歌われる芸妓さんと三味線の演奏される芸妓さんが
舞殿の舞台に上がって来られました。


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続いて黒い振り袖姿の舞妓さんが上がって来られます。
この日(2017年2月2日)のTVやWEBで
八坂神社の豆まきの様子が映し出されていましたが、
この振袖から第455回ブログの先斗町の舞妓さんではなく、
こちらの宮川町の舞妓さんが放映されていたと分かりますね。


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先程の舞妓さんに続いて、さらに舞妓さんが上がって来られました。
今回は、合計5名の舞妓さんが参加されるようです。


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舞台に上がられた舞妓さんの5人が、本殿に向かって正座されます。
先ずは、八坂神社本殿へ舞殿上からお参りされていました。


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そして、芸妓さんの三味線に乗せた小唄が始まります。
それに合わせて、舞妓さんによる正座の姿勢から
右手の扇を掲げての踊りも始まります。


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小唄が進むうち、5人の舞妓さんが立ち上がりました。
だんだんと舞が大きくなります。


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続いて、掲げられた扇を下の方に下げられます。
この舞は時々動作が止まるので、
自分のような動くものを撮影するのが苦手な人にも
結構簡単に撮影できます。


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宮川町の舞妓さんの舞は、5秒動いて5秒静止されるので
本当に写真撮影しやすいです。
今度は後ろを振り返った姿勢で静止されています。


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ただ小唄も後半になると、5人の舞妓さんは
左手に扇、右手に鈴を持たれます。
すると舞のテンポが速くなり、静止される瞬間がなくなります。


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5人の舞妓さんが右手に鈴を掲げ、激しく揺らされています。
「凛」とした独特の音色が、一定のリズムで続きます。


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そして小唄が止むと、5人の舞妓さんの動きも止まります。
これで、宮川町の舞妓さんの舞が終了しました。
前回ブログの神楽と同じ10分くらいだったと思います。


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すると、宮川町の5人の舞妓さんが舞台の端に立たれました。
これから、2017年2月2日3回目の八坂神社の豆まきが始まります。


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さらにたくさんの方々が、豆まきのために舞台に上がられました。
また5人の舞妓さんは、
自分のいる場所とは反対側に行かれました……


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続いて八坂神社の神職さんが、豆袋が載った膳を運ばれています。
こちらが全員に行き渡ったら、この時間の豆まきが始まります。


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この時間帯の豆まきが始まりました。
八坂神社舞殿のこちら側は、
商業演劇の装束をされた方々が豆を撒いておられます。
ただこちらはプロの役者さんではなく、
こういうコスチュームに仮装されている方々のようです。


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豆まきが続いております。
やはりこの日(2017年2月2日)はかなりの強風で、
とにかく豆の袋が遠くに飛びません。
しかも時間と共にさらに強くなってきており、
この時間帯ではもう前3列までしか届きません。
自分の周囲の方々も必死に手を伸ばされているのですが、
もうこの辺りまで豆が飛んでくることはありません。


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豆まきが、終わりました。
結局、今回も豆袋を手に入れることができませんでした。


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豆まきが終わり、宮川町の舞妓さんら
豆まきに参加された方々が、舞殿の舞台から下りていかれます。


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これで、宮川町の舞妓さんによる豆まきが終了しました。
祇園(甲部・東部)の舞妓さんによる豆まきは、
この翌日(2017年2月3日)の節分に行われました。
この日(2017年2月2日)もあと1回豆まきが行われますが、
そちらは取材しません。
(最後の豆まきは、この辺の商店街の方々が行われます)
ウチのカメラは夜間の撮影に不向きで、
さらに1時間遅らすと途中で撮影ができなくなるからです。


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八坂神社本殿の南側に舞殿があるのですが、
さらに南側に南楼門があります。昨年(2016年)の7月以来ですね。
そのとき同様この日も(2017年2月2日)まだ修復工事中ですが、
桜のシーズン前には完成する予定です。


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ではその南楼門から、八坂神社の境内を出ます。
修復中で幅が狭くなっており、かなりの人混みになっています。


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八坂神社境内から南に進み、南楼門をくぐりました。
この南に見える石製鳥居は、第410回ブログの最初に登場しました。
(ただし、反対側から見た様子でしたが……)


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八坂神社南櫓門を南にくぐり、北を向きました。
ここはまだ八坂神社境内なのですが、茶店と高級料亭が見えます。
こちらが、中村楼です。
室町時代創建の祇園「最高級」料亭の1軒ですね。


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では、こちらの石製鳥居を南に抜けます。
この鳥居より南は、もう八坂神社境内ではありません。


457-27.jpg
八坂神社南櫓門前の石製鳥居の前で、北を向いています。
左(北)側に見える臙脂色の壁は、先述の中村楼のものです。
第410回ブログでは、
ここから円山公園経由で北東門から八坂神社に入りました。
いつもと違ってタクシーが並んでいますが、
それにはいろいろ理由があります。


457-28.jpg
今度は、同じ場所で西を向きました。
このまま急な坂を約100m進むと、東大路に出ます。
そしてそのまま約100m北上すると、「祇園」交差点に出ます。
(八坂神社の楼門前です)


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八坂神社南楼門前から、東を向いています。
こちらにも、たくさんタクシーが停まっています。
自分がこの後もこの辺りをウロウロしていると、
宮川町の芸妓さんや舞妓さんなど
先程まで豆まきをされていた方々が、
これらのタクシーに分乗されていきました。

さて、この先は京阪電鉄「祇園四条」駅まで戻るのですが
せっかくなので祇園の街並みをうろうろしたいと思います。
とは言え、もうだいぶ今回は写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、昼間の祇園花街をうろうろします~

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第458回 祇園の町並みをうろうろ~祇園節分散策~その4

[祇園] ブログ村キーワード
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八坂神社南楼門の前で、南を向いています。
八坂神社の豆まきを一通り見物してそろそろ帰宅するのですが、
せっかくここまで来たので京阪電鉄「祇園四条」駅まで
いろいろ寄り道をしてこの辺りの町並みを楽しんでいきます。
撮影日は、2017年2月2日節分前日の木曜日午後3時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


458-2.jpg
八坂神社南楼門から、約100m南下しました。
こちらの緑色の暖簾の先にエレベーターがあって、
そこを上がるとジュバンセルの本店があります。
自分はJR京都伊勢丹の地下1Fのお店をよく利用しますが、
こちらにはたまにお茶を飲みに来ます。
ただ、この日(2017年2月2日)は超満員でしたので、
諦めて先に進みます……

またここの北向かいには、曹洞宗秋葉山東景寺があります。
仏教寺院ではありますが、ご本尊は秋葉大権現という「神様」です。
秋葉大権現は静岡県の山岳信仰が発祥ですが、
火除けの神様として江戸時代に江戸で多くの信仰を集めました。
(要するに、東京の「秋葉原」の語源です)

東景寺の山門を撮ろうとしたのですが、
こちらのご住職さんがたまたま外に出てこられて、
「山門も含めて、一切の撮影は不可」
そうおっしゃったので、写真は一切ありません。
その代わり参拝は可能で、ご本尊の秋葉権現や
末社のお稲荷さんや弁天様にお参りができました。
また、そのご住職にこの寺院の沿革や秋葉信仰について
いろいろ教えていただきました。


458-3.jpg
ジュバンセル本店と東景寺の前で、南を向いています。
この辺りは東山の中なので、坂道の起伏が大きくなっています。
また、この辺りは祇園の一部なので京町家が並びますが、
(その多くが飲食店や土産物屋さん)
レンガ造りの洋館(ほとんどがマンション)も並びます。


458-4.jpg
その辺りで、東を向きました。
先述の通りこの辺りは東山山中なので、坂道が急になります。
広い道には洋館などもあったりするのですが、
このような小路の両側は京町家が並びます。
この辺りから南に約350m先の八坂の塔の辺りが、
TVドラマに出てくる「京都の町並み」でよく使われています。


458-5.jpg
八坂神社南楼門から、南下する道を歩いています。
最近この辺りに飲食店を営業する京町家が増えていますが、
そのうちの1軒の脇にこちらの祠がありました。
一瞬手を合わせかけたのですが、
中にお地蔵さんはいらっしゃいません……


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さらにその約50m南に、
また京町家に囲まれたお地蔵さんがいらっしゃいます。
今度こそ手を合わせて、先に進みます。


458-7.jpg
八坂神社南楼門から、約200m南下しました。
ここからさらに約150m南に、八坂の塔が見えます。
向こうに見える八坂の塔の辺りで、この道は突き当たります。
そして、目の前に安井通とのT字路が現れます。


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そのT字路で西を向きました。ここから安井通が始まっています。
安井通は、約350m先の建仁寺北門(花見小路最南端)まで続きます。
次は、この安井通の坂道を下っていきます。


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八坂神社南楼門から続く道から、安井通を約70m西に進みました。
ここで安井通は、東大路と交差します。
この脇に、獣医さんが見えますね。
昔うちのネコを飼ってたときに、相当お世話になりました。


458-10.jpg
「東山安井」交差点から、安井通を西に向いています。
第36回ブログでは、建仁寺からこの交差点に向かって進みました。
(その辺りが、祇園屈指の桜の名所です)
ではそのまま横断歩道を渡り、東大路西側歩道に移ります。


458-11.jpg
「東山安井」交差点から、東大路を北に向いています。
約300m北に四条通と交差する「祇園」交差点がありますが、
そこまでの道は多少蛇行します。


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安井通から、東大路を約200m北上しました。
「祇園」交差点まで、あと約100mです。
ここは横断歩道はありませんが、
東大路と東西に交差する道があります。


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安井通から、その道を西に向きました。
この道は蛇行しながら花見小路に向かっていますが、
ちょっとこちらの脇道に寄ってみます。


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東大路から、その道を西に約50m進みました。
右(北)側の塀の向こうは、変電所ですね。
東大路近くはアスファルトの道でしたが、
この先から石畳の道に変わります。


458-15.jpg
こちらが、そのT字路です。
あと100m西に進めば花見小路なのですが、
この辺をあちこち散策しようと思います。
(せっかくのウロウロ散策なので、真っすぐには進みません)


458-16.jpg
先程の写真に写っていたT字路を左(南)に折れました。
この辺りも、京町家がずっと向こうまで並んでいます。
この辺りの町家は飲食店以外にも
芸妓さんや舞妓さんの置屋や出会い茶屋が並んでいます。
今は昼間なので人通りも少ないですが、
日が暮れると芸妓さんや舞妓さんが普通に行き来する場所です。
この辺りが、「祇園」の花街のただ中になります。


458-17.jpg
先程の場所から、南に約50m進みました。
このままあと150mさらに南下すると、
この道は先述の安井通で突き当たります。
(安井金毘羅宮の近くですね)
ただ、今回ブログではこの辺りでさらにT字路で折れます。


458-18.jpg
そのT字路で、西を向きました。
この辺りには、「高級」料亭などの飲食店が並びます。
(上手く探すと、安くておいしいお店もあるのですが)
日が暮れたら芸妓さんや舞妓さんが行き来されますが、
昼間は外国人観光客が時折通り過ぎます。


458-19.jpg
飲食店の脇に、こちらがいらっしゃいました。
この辺りも「京都」ですから、お地蔵さんは健在です。
おそらく他の町内同様、8月下旬には地蔵盆も行われるはずです。


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先程のT字路から、西に約50m進みました。
左(南)側のコンクリート製の建物は、バーか何かのようです。
右(北)側の京町家も、この辺は全て飲食店ですね。


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その辺りで、北を向きました。
すると、少し先に朱い建物が見えます。


458-22.jpg
赤い建物は、やはり稲荷神社でした。
先程の写真に写っていた若い中国人女性グループに
訳を言ってどいてもらって、お参りした後撮影しました。
(和装ではありますが、日本語は通じませんでした)


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稲荷神社から南下して、先程の写真に写っていた
「鳥居本」という看板のバーの前で西を向きました。
では、ここをそのまま西に進みます。


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また適当なところで、北を向きました。
よく見ると、飲食店に混じって旅館とかもあるようですね。


458-25.jpg
稲荷神社以降、ずっと西に向かって歩いています。
右(北)側の飲食店は、この時間帯(午後4時ごろ)でも開いています。
店頭に置かれた価格の一覧表を見ていると、
まぁ一時期(バブル期)言われたほどではありませんが……
それでも自分には絶対手が出ない金額が延々書いてありました。
(一番安いもので、1食1万円くらいでした)


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稲荷神社がいらしたT字路から、西に約100m進みました。
目の前の花見小路で、この道は突き当たります。


458-27.jpg
花見小路に出たT字路で、北を向きました。
ここから約130m先に、四条通との交差点があります。
この辺りは日が暮れると芸妓さんや舞妓さんが
普通に往来される世界になりますが、
日が明るいうちには外国人観光客で溢れ返っています。
多くの方々がイメージする「祇園」は、この辺りのことですね。


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同じ場所で、花見小路から南を向いています。
この時間帯の花見小路は、軽トラックが時折通ります。
どちらも食材店のロゴが入っているので、
おそらく今のうちに料亭などの飲食店に運んでいるのでしょうね。


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先程の場所から、花見小路を約150m南下しました。
こちらから、「弥栄会館」(やさかかいかん)に入れます。
祇園甲部の芸妓さんや舞妓さんの舞踊の発表会が、行われます。
日本の伝統芸能をいろいろ同時に見られるという
「離れ業」が行われる場所ですが、
外国人観光客や修学旅行生がたくさん来られています。


458-30.jpg
「弥栄会館」の前で、花見小路を南に向いています。
花見小路は、約80m先の建仁寺北門で突き当たります。
この辺りは、祇園でも桜並木が特にきれいですね。
ちなみにその門の左(東)から、先述の安井通が伸びています。
その約50m手前に、T字路が見えます。


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花見小路から、そのT字路で西を向きました。
ここから西に、団栗通が伸びています。
では、ここからこの団栗通を西に進みます。


458-32.jpg
花見小路から、団栗通を西に約50m進みました。
左(南)側の塀は、建仁寺のものです。
(この辺りが、建仁寺最北端に当たります)
目の前に、右(北)側に小路が伸びるT字路があります。
その先に、正伝永源院の山門があります。
こちらの沿革は、第228回ブログを参照してください。


458-33.jpg
先程のT字路から、団栗通を西に約50m進みました。
南を向くと、ここから建仁寺境内に入れるようになっています。
ここから約70m南下すると、建仁寺方状の西側に出ます。


458-34.jpg
建仁寺境内に入れる道の西隣に、こちらの神社がいらっしゃいます。
こちらは豊川稲荷社が勧請されたものなので、
御祭神は宇迦御霊神(うかみたまのかみ)ではなく
陀枳尼尊天(だきにそんてん。要するに、ダーキニー)です。
こちらも、第228回ブログに詳細が載っています。


458-35.jpg
花見小路から、団栗通を西に約150m進みました。
団栗通は、ここで大和大路と交差します。


458-36.jpg
団栗通から、大和大路を北に向いています。
あと約200mで、大和大路は四条通と交差します。
「四条大和大路」交差点の左(西)に南座があり、
右(東)に「目病み地蔵」(重要文化財)の仲源寺があります。
(第455回ブログの冒頭ですね)


458-37.jpg
大和大路から、団栗通を西に向いています。
ここから団栗通は、道幅が約2倍になります。
この辻から約200m南に、ゑびす神社がいらっしゃいます。
(10日ゑびすで何度か取材しています)
ですから、ここから先は第454回ブログ終盤と同じルートです。


458-38.jpg
大和大路から、団栗通を西に約50m進みました。
たびたびうちのブログに登場しているジンギスカン屋
「錦 キムラ」が見えてきました。
まだギリギリ午後5時前なので、開店していません。
この店の脇から南に伸びる道がありますが、
この辺りから団栗通以南が祇園とはまた別の花街宮川町です。


458-39.jpg
「錦 キムラ」の前から、団栗通を西に約30m進みました。
ここで、団栗通は鴨川東岸の川端通と交差します。
団栗通はこの交差点の西側から伸びる「団栗橋」で鴨川を渡り、
直後の高瀬川東岸の木屋町通で突き当たります。


458-40.jpg
「団栗川端」交差点南東角に、
京阪電鉄「祇園四条」駅への入り口があります。
(この辺りの京阪電鉄は、地下鉄です)
では、第454回ブログ同様ここから電車に乗って帰宅します。

これで、「2017年節分編」の連載は終了です。

~次回は、「高倉通編」の番外編を掲載します~

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ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
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実際に回るときの
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貼り付けてあります。
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そのまま貼り付けました。
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沿線の観光情報が
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ここと同じ
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個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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