第120回 旧伏見街道を行く~本町通り南から北~その1

今回は、久しぶりに写真のない回です。
(2012年5月24日更新 第46回ブログ以来です)
そのため、通常の3割程度の長さになります。

このブログでは、一本の道にこだわって
その道の端から端までをえんえん連載していくのが基本スタイルです。
前回連載の三条通があまりにも長くて、(約半年続きました)
ここ半年ほどは休んでいましたが……
松原通編」(その後松尾まで行く「松原通の続編」)
三条通編」でも初めに行っていたように
道の解説をこの回のメインにします。

今回から紹介するのは、本町通です。

京都市東部を南北に連なる通りで、
伏見から京都市内の中心部に向かって伸びています。
そのため、昔は「伏見街道」と呼ばれていました。
この道を取材しようと思った理由は、いくつかあります。

☆ 自動車が一方しか通行できない程度の道幅しかない。

☆ 観光地と市民の生活スペースが混在している。

☆ 昔の京都らしい町並みが残っている。

ただ、松原通や三条通と比べると、
大きな神社仏閣の前をあまり通っていません……

墨染から藤森神社へ
本町通の最南端は、かつての伏見街道の宿場町墨染です。
(明智光秀が打ち取られた土地という方が有名でしょうか?)
ここから北に進むと、程なく藤森神社に行き当たります。
ここは地元以外の方にはマイナーですが、
京都でも屈指の古い神社です。
GW中を利用して行われる例祭では、
毎年5月5日に「流鏑馬」を行います。
(流鏑馬は下鴨神社が有名ですが、
この藤森神社の方が古くからおこなわれていました)
できれば、これに合わせて取材に行きたいと思っています。

伏見稲荷大社
このブログでも、よく登場するウチの氏神様です。
境内の大半が山なのですが、
この神社の最西端が本町通沿いになります。
この辺りは初夏は初夏の良さがあるので、
その辺を取材しようと思っています。

東福寺
このブログで一番登場している寺院です。
(ちなみに、自分のアバターも「臥雲橋から見た東福寺」です)
自分にとっては一番身近な寺院なのですが、
青葉の東福寺もまた格別です。

そして、六波羅へ
本町通は五条通を越え、松原通の手前で終わってしまします。
その辺りは「六波羅」と呼ばれていて、
(歴史に出てきた「六波羅探題」があったところです。
第19回ブログでも紹介しました)
平安時代には、京都にいくつかあった墓場の一つです。
また、平安時代末期には平氏の拠点となりました。
最後に少しずれますが六波羅蜜寺に寄りたいと思っています。

では、次回から本町通を写真付きで紹介しようと思ったのですが、
どうも本町通最南端周辺取材だけで終わってしまいそうです……
スポンサーサイト

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第121回 「伏見」駅前散策~本町通南から北へ~その2

さて、ここから本町通を進んでいって……
のはずが今回はまだ本町通に入りません。

実は、本町通の最南端にはランドマークになるものがありません。
そのため、最寄りのランドマークになりそうなところから
本町通の最南端まで進むのに、ブログ1回分を使うことにしました。
(そうしないと、
「何だかよく分からない所」から突然始めることになります)
久しぶりに神社仏閣が全く出てこない回になってしましました……

先ずは、近鉄電車京都線「伏見」駅から始まります。
一見何もない所ですが、それなりに面白い写真は撮れました。


121-1.jpg
京都駅から近鉄京都線に乗って5駅目「伏見」駅に着きました。
一駅手前の「竹田」駅は地下鉄と
一駅先の「丹波橋」駅は京阪電鉄との乗換駅で賑やかなのですが、
この駅は特にそういうものもなく、普通しか停まりません。
今回は、ここから本町通の最南端まで歩きます。
撮影日は、2013年4月18日木曜日午後3時半。
4月の割には、肌寒い日でした。


121-2.jpg
では、この階段から下に降ります。
「この駅は、伏見稲荷大社の最寄駅ではありません」
階段のところに、そう書いてあります。
初詣の際に、よく間違われると聞きました。
伏見稲荷大社にもこのブログで寄る予定ですが、
あと6回くらい先になるでしょう。
(1回で、約1km進んでいます)


121-3.jpg
階段を降りると、改札口がありました。
では、ここから駅の外に出ます。


121-4.jpg
近鉄電車「伏見」駅前で、東を向いています。
ここは、京都駅前から奈良市内に通じている国道24号線上です。
(国道24号線は、この近くの深草柴田屋敷町交差点までは
南北に伸びる「竹田街道」という道でした)
目の前に歩道橋がありますが、今からここを渡ります。


121-5.jpg
近鉄電車「伏見」駅前の歩道橋から東を向きました。
「伏見」駅の下の部分がテナントになっていて、
居酒屋さんなどが何軒か並んでいます。
今回のブログでは、国道24号線を東にずっと進んでいきます。


121-6.jpg
歩道橋を降り、国道24号線の北側歩道に出ました。
左(北)側に、金網越しに児童公園があります。
先ずは、ここに寄ります。


121-7.jpg
児童公園の北側に回り込みました。
こちらから、児童公園に入ります。


121-8.jpg
こちらは、児童公園の入り口にあった看板です。
ここが「深草柴田屋敷町」とわかります。
そう言えば、もうすぐ藤森祭ですね。


121-9.jpg
公園内に、深草柴田屋敷町のお地蔵さんがいらっしゃいます。
恐らくこの公園自体に垂れ幕を張って、
そのまま地蔵盆の会場にしているのでしょう。


121-10.jpg
お地蔵さんの前から東を向きました。
砂場や遊具の向こうに、電車が置いてあります。
これは、自分が小学生の頃まで京都市内を走っていた「市電」です。
(京都市営の路面電車ですね)
ちなみに、京都市バスの205系や206系などの路線は、
もともとこの「市電」の路線でした。


121-11.jpg
その「市電」のアップです。外は鉄製ですが、中は木製です。
昔の「市電」のままですね。
入り口の所に、「集会所」と書いてあります。
この公園自体が、柴田屋敷町の重要な施設なのでしょう。
(お地蔵さんも、いらっしゃいますし)


121-12.jpg
児童公園から国道24号線に出ました。
(この左に、「市電」があります)
ここから東の方に、京都信用金庫北伏見支店があります。
今からその前を通り過ぎます。


121-13.jpg
京都信用金庫北伏見支店の東側に、ミスタードーナッツがあります。
この店も、自分が中学生のころからあります。


121-14.jpg
そして、京都信用金庫とミスタードーナッツとの間に、
スーパーマーケットへの通路があります。
この店も何十年も前からありますね。
実はこのスーパーの向こう側は高層マンションが林立しており、
この辺りは京都市内でも屈指の人口密度が高い地域です。
ですから、この辺りにはいくつかの大規模小売店があります。


121-15.jpg
スーパーマーケットの駐車場の前から、
国道24号線を東に向いています。
向こうに高層マンションが見えますが、
その手前に大きな川が流れています。
国道を南側に渡って、そちらに向かいます。


121-16.jpg
一見すると橋の上から撮っているように見えますが、
実はここの反対(北)側には川は流れていません。
ここまでは、国道24号線の道の下を流れていました。
この川は、第119回ブログまで紹介していた琵琶湖疏水です。
(つまり、人口の運河です)
この琵琶湖疏水は、ここから南にある中書島辺りまで流れていき
そこで宇治川と合流します。

ちょうど近鉄特急が「伏見」駅方面に向かっています。
マンションの手前の桜並木は、完全に葉桜になってしまいました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


121-17.jpg
その高層マンションの前から、国道24号線を北に向いています。
ここは、伏見郵便局です。伏見区の中央郵便局ですね。
第66回ブログに出てきた中京郵便局と同じようなものです。


121-18.jpg
伏見郵便局の前にまた歩道橋があります。
再びここを渡って、国道24号線の北側歩道へ向かいます。


121-19.jpg
伏見郵便局の前にある歩道橋の上から、
国道24号線を東に向いています。
約100m先に交差点があり、その辺りから急な上り坂になっています。
ここをずっと進んでいきます。


121-20.jpg
横断歩道を渡り、国道24号線の北側歩道を歩いています。
(この右に、伏見郵便局があります)
では、向こうの交差点まで進みます。


121-21.jpg
途中にこのようなお店がありました。
どうやらラーメン店のようです。
面白そうなので入ろうと思いましたが、まだ準備中でした。
(この時点で、午後4時くらいです)


121-22.jpg
歩道橋から、国道24号線を約100m東に向かいました。
ここは、師団街道との交差点です。
この道沿いに(ずっと北ですが)日本陸軍第16師団が置かれていたので、
この名前が付きました。


121-23.jpg
国道24号線から、師団街道を北に向きました。
師団街道は琵琶湖疏水の西側を並走しており、
すっと進むと「川端通」と名称が変わります。
つまり、この道を北に進めば第114回ブログの桜並木の前に出ます。


121-24.jpg
今度は、師団街道を南に向きました。
ここをずっと南に進めば、
京阪電鉄の「丹波橋」駅や「伏見桃山」駅にたどり着きます。
(伏見区最大の繁華街「大手筋商店街」にも行けます)


121-25.jpg
交差点の北東角に、京都市伏見浄水場があります。
ここで琵琶湖疏水の水を処理して、
この水を伏見区民に提供しています。
(他の地域の水道水は、蹴上の方で浄水しています)
ただ、ここから東に北側歩道はありません。


121-26.jpg
そのため、ここからは南側に渡ってからさらに進みます。
写真を見ればわかるように、ここから東は急な上り坂です。


121-27.jpg
師団街道から、国道24号線を東に向かっています。
歩道のコンクリートを突き破って、タンポポが咲いています。
桜はもう終わりましたが、タンポポはまだまだシーズン真っ盛りです。


121-28.jpg
タンポポが咲いていた辺りから、国道24号線を北に向きました。
この辺りからでも、浄水場の施設がよく見えます。


121-29.jpg
更に国道24号線を東に進んでいます。
今度は、木蓮の花が咲き誇っています。
第67回ブログでは、自分はこれと
百日紅(さるすべり)と勘違いしていました。


121-30.jpg
木蓮の花が咲いている辺りで、国道24号線を北に向いてみました。
ここから見ると、ここは橋のようです。
この川も、琵琶湖疏水です。
琵琶湖疏水はここまで南に流れてきて、
国道24号線の下を流れていきます。
そして、約300m西で再び地上に姿を現します。
(つまり、それが先ほどの写真の琵琶湖疏水です)
本当は浄水場の桜並木もなかなか絶景だったのですが、
こちらももう完全に葉桜になっています。


121-31.jpg
先ほどの写真の地点で、東を向きました。
いつの間にか、高架の上に立っていることが分かります。
写真の右(南)側に、お城が小さく写っています。
これは「伏見桃山城」です。
「桃山城」は、豊臣秀吉が築城した伏見一帯の城の総称ですが、
(他に「淀城」などがあります)
この城は近年建てられた鉄筋コンクリート製の城です。
つい最近まで遊園地の一部だったのですが、
近年閉園となり今はただの廃墟となっています。


121-32.jpg
先ほどの地点から、国道24号線を東に約100m進みました。
この高架の下に、京阪電鉄が通っています。
(「墨染」駅と「丹波橋」駅の中間点になります)
ちょうど電車が来たので、写真を撮ります。


121-33.jpg
先ほどの写真の地点から、国道24号線を東に向いています。
南側の歩道もここで終わり、
この先はこの階段を降りないといけません。
ちなみに、ここからでも伏見桃山城が見えますね。


121-34.jpg
階段を降りました。
ここから国道24号線の高架に沿って歩いていきますが、
その高架も南に折れながら少しずつ地上に下りてきます。


121-35.jpg
国道24号線は、完全に南を向くと地上に下りてきました。
このまま国道24号線を進むと、
伏見を越え宇治を通り過ぎ、最終的に奈良市内へと向かいます。


121-36.jpg
そして、国道24号線を今度は北に向いています。
(つまり先ほどの写真とは逆向きになりました)
高架より左側の道から来たわけですが、
高架の右(東)側にも南北に伸びる道があります。
これが本町通です。
つまり、ここが本町通の最南端になります。

これでようやく本町通散策となるわけですが、
続きは次回とします。

~次回は、ここから京阪電鉄「墨染」駅へと向かいます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第122回 墨染 花の散歩道~本町通南から北~その3

122-1.jpg
ここは、前回のブログの最後の地点です。
国道24号線の高架から下りたところで、
ここの右(東)側から本町通が分岐しています。
今回はここから本町通を北上し、京阪電鉄「墨染」駅を目指します。
もう葉桜ですが、春はまだまだきれいな花が咲いています。
撮影日は、2013年4月22日月曜日午後2時半。
久しぶりのぽかぽか陽気です。


122-2.jpg
国道24号線と比べて、本町通は一方通行の細い道です。
(ここから南は、本町通は国道24号線に吸収されてしまいます)
とは言え、本町通はこの辺の主要道路のうちの1本です。
まぁ、京都の道は基本細いですから。
(自動車ができる以前からある道ですし)


122-3.jpg
本町通の最南端から、北に5mだけ進みました。
右(東)側に、寺院が見えてきました。
先ずは、こちらに寄ります。


122-4.jpg
ここは、曹洞宗の栄春寺です。
一見、閉まっているように見えますが……


122-5.jpg
門の左(北)側から中に入れます。
では、ちょっと散策します。


122-6.jpg
栄春寺境内に入っていきます。
右側の桜は、完全に葉桜になってしまいました。
(ここの桜も結構きれいです)
正面奥のカエデも、まだ青葉です。
(まぁ、今は春ですし……)


122-7.jpg
ここは、境内北側の休憩所です。
ここにもカエデの木があり、秋には絶景になるでしょう。
その下には、ツツジが咲いています。


122-8.jpg
では、その休憩所から東に進んで本堂の方に向かいます。
この周辺には、桜とカエデがたくさん植えてあります。


122-9.jpg
ここが、曹洞宗泰澄山栄春寺の本堂です。
栄春寺は江戸時代前期の元禄年間に開かれた
京都最古の曹洞宗の寺院です。
また、1868年の鳥羽伏見の戦いで戦死した
会津藩の軍師長沼宗敬澹斎のお墓があります。


122-10.jpg
では、栄春寺の境内から外に出ます。


122-11.jpg
栄春寺の門から西を向いています。
本町通越しに、国道24号線の高架が見えます。


122-12.jpg
栄春寺の前から、本町通を北に向いています。
この辺りは、本町通は国道24号線とまだ並走しています。


122-13.jpg
本町通最南端から、本町通を約10m進みました。
ここで国道24号線と別れ、このままずっと北に進んでいきます。


122-14.jpg
先ほどの地点から。、本町通を約50m進みました。
向こうの民家の庭は、まだ少し桜の花が残ってます。
この右(西)側の道と交差した辺りから
本町通はずっと北側一方通行になります。


122-15.jpg
先ほどのT字路から約10m北に進みました。
こちらに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
いつものように、撮影させていただきました。


122-16.jpg
お地蔵さんから、本町通を北に約10m進みました。
住宅街の中に、和菓子屋さんが一軒ぽつんとありました。
生菓子だけでなく、あられとかも売っているようです。


122-17.jpg
さらに約100mほど本町通を北に進みました。
西を向くと緩やかな下り坂で、その先に京阪電鉄の踏切があります。
分かりにくいですが、さらにその先に琵琶湖疏水が流れています。
この辺は本町通と師団街道が南北に走っており、
その間に京阪電鉄の路線と琵琶湖疏水も並走しています。


122-18.jpg
さらに本町通を北に約100m進みました。
この辺も住宅街でがあるのですが、
少しずつ目の前の酒屋のような古い商店が並ぶようになってきました。


122-19.jpg
先ほどの写真の左側に写っていたお地蔵さんです。
(今度は、正面を向きました)
第4回ブログでも書きましたが、
本町通は本当にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。


122-20.jpg
こちらは、お地蔵さんの北側の民家です。
ちょうど藤が咲いています。今年は、早いですね。
ということは、第36回ブログの安井金比羅宮や
第114回の正面公園の藤棚も今が盛りでしょう。


122-21.jpg
藤が咲く民家の前から、本町通を北に向きました。
駐車場の向こうにも、野草の花が咲いています。


122-22.jpg
小さくかわいらしい青い花ですね。
ただ、何の花かはっきりしません。
スミレの仲間なのは確実なのですが……


122-23.jpg
そして、野草が咲いている本町通の向かい側には、
民家の庭にツツジが咲いていました。
桜の後は、ツツジの季節ですね。


122-24.jpg
ツツジの民家の前から、本町通を北に向きました。
これで本町通を300mほど歩いたことになります。
ずっと向こうに墨染の交差点があるのですが、
この写真ではわかりにくいですね。


122-25.jpg
さらに本町通を北に100mほど進みました。
民家の壁に、このような表札が掛かっていました。
「深草」というのは、伏見区北部一帯を指す地名です。
元々深草は、独立した集落でした。
確か鎌倉時代に、深草村と伏見村が
草木灰を巡って戦をしたという記録が残っています。
(室町時代の「惣村」成立過程に生じた事件です)


122-26.jpg
そして、その表札の前で本町通を北に向きました。
ここは本町通と墨染通が交差する墨染交差点です。
だんだん京阪電鉄「墨染」駅に近づいていることもあり、
賑やかな商店街の中に入っていきます。


122-27.jpg
墨染交差点で、今度は左(西)を向きました。
標識に「直違橋通」(すじちがいばしどおり)と書いてありますが、
本町通はこの辺りではそのように呼ばれています。
(「旧伏見街道」「大和街道」などの名前で呼ぶときもあります)


122-28.jpg
墨染交差点から、墨染通を西に約50m進みました。
京阪電鉄「墨染」駅前まで来ましたが、
踏切の遮断機が上がらずに、なかなか先に進めません。
とは言え、今回はここから京阪電鉄に乗ってい帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は墨染寺を経由して、藤森神社に向かいます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第123回 墨染寺の名残桜~本町通南から北~その4

123-1.jpg
こちらは、京阪電鉄「墨染」駅です。
普通しか停まらないのですが、本数が多いのですぐに着きました。
今回は、いったん墨染寺に寄った後藤森神社の鳥居前まで行きます。
撮影日は2013年4月25日木曜日午後1時半。
ぽかぽか陽気を通り越し、少し暑い日でした。


123-2.jpg
こちらが「墨染」駅のホームです。
ちょうど反対側ホームに出町柳行普通電車が入ってきました。
では、ここから改札口に向かいます。


123-3.jpg
「墨染」駅の改札口を抜けました。
目の前に、東西に伸びる墨染通が見えます。
この突き当りに京料理の仕出し屋さんが見えますが、
前回ブログの最後はちょうどあの店の前から撮りました。


123-4.jpg
その仕出し屋さんの前から、墨染通を西に向きました。
前回ブログ最後の写真と同じ構図です。
今回は本町通にすぐには戻らずに、
このまま師団街道のある西の方に向かっていきます。


123-5.jpg
ここは、京阪電鉄「墨染」駅前にある駄菓子屋さんです。
約40年前に何回かここに来て、
飴やらノシイカやら買って食べた記憶があるのですが、
残念ながらもう辞めてしまっているみたいですね。


123-6.jpg
その駄菓子屋だったところから、墨染通を西に向いています。
目の前に、琵琶湖疏水の橋が架かっています。


123-7.jpg
墨染橋の上から、琵琶湖疏水を南に向いています。
ずっと向こうに、第121回ブログで紹介した浄水場と桜が見えます。


123-8.jpg
墨染橋の上から、墨染通を西に向きました。
駅前なので飲食店や商店が多いのですが、
その一方で約200m先の師団街道まで急な下り坂になっています。
ここをもう少しだけ進みます。


123-9.jpg
墨染橋から、墨染通を西に約100m進みました。
飲食店に挟まれるような感じで、墨染寺があります。


123-10.jpg
こちらが、日蓮宗深草山墨染寺です。
今から、こちらに入っていきます。
……しかし、道を見るとここの急勾配がよく分かります。


123-11.jpg
墨染寺の門をくぐりました。
すると、急に風景が鬱蒼とした木々に囲まれます。
この辺りはもう葉桜なので、この日は特に強くそう感じました。


123-12.jpg
実は、門を入るとすぐにこちらの柴犬がいて、写真を撮ろうとすると
ちゃんとこちらを向いてポーズをとってくれました。
あんまり可愛いので抱きつきにいったのですが、
すると大声で鳴かれて奥からお坊さんが出てきてしまいました……
嫌われてしまったようです。


123-13.jpg
気を取り直して、寺院の奥に向かいます。
こちらがこの寺院の象徴ともいえる「墨染桜」です。
もうほとんど葉桜ですね。
上野岑朝臣がこの地に葬られた藤原基経を悼み
「深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け」
と詠み、この桜の木の花が墨色に変わったされる故事が
この辺りの地名「墨染」の由来になっています。
(この歌は、「古今和歌集」に収められています)


123-14.jpg
その墨染桜をアップで撮りました。
よく見ると、まだまだ花が咲いているところがあります。
少し萎びていますが、華やかというより力強い気がします。


123-15.jpg
墨染桜から少しずれて撮りました。
こちらの木瓜と(ボケ)と小さいながらも椿(ツバキ)の花は、
まだまだ盛りのようです。
実は、少し離れたところのツツジももう咲き始めていました。
ゆっくりですが、次の季節に移ってきています。


123-16.jpg
せっかくの日蓮上人像が桜の枝で隠れていますが、
こちらが墨染寺の本堂です。
よく見ると、こちらの桜の木も花が残っています。
ご本尊の鬼子母神像は、この日は公開されていませんでした。
墨染寺は、平安時代初期にはもう建立されていました。
時代が下がってくると一旦荒廃しますが、
関白の最初である藤原基経の墓所だったこともあって、
関白太政大臣であった豊臣秀吉の庇護を受けて再興しました。
その際に、日蓮宗に改宗したようです。


123-17.jpg
では、墨染寺を出て先を進みます。
……しかし、ここから見ても道が斜めに傾いています。


123-18.jpg
墨染寺から、墨染通を東に向いています。
今から、ここを東に進み本町通に戻ります。


123-19.jpg
墨染寺から、墨染通を東に約100m進みました。
右(南)側に八百屋さんがあって、その向こうに先ほどの墨染橋、
さらに向こうに京阪電鉄の踏切が見えます。
ずっと向こうに小さく信号が見えますが、
それがこの墨染通と本町通との交差点です。


123-20.jpg
墨染橋の上から、今度は墨染通を東に向いています。
左(北)側に先ほどの駄菓子屋だったところがあり、
その向こうが今回の最初の地点京阪電鉄「墨染」駅です。
さらに東へ50mほど先に、本町通との交差点があります。
今から本町通まで進み、そこから北に向かいます。


123-21.jpg
こちらは、墨染通と本町通との交差点の北西角にある
「ムーラン」というパン屋さんです。
伏見区内に何店舗かあるのですが、
京阪電鉄「伏見稲荷」駅前の支店には時々行きます。
こちらの支店には久しぶりなので、寄ることにしました。


123-22.jpg
「ムーラン」では、こちらのパンを買いました。
これは帰宅後に家で撮りました。
バケットの方は、中にハムとチーズが挟んでありました。
(カスクートですね)
ブールの方は、表面に蜂蜜がたっぷり塗ってありました。
(菓子パンの一種です)
どちらも、自分の大好物です。
後ろのイギリス食パンは、翌日以降にサンドイッチにして
何日かに分けて食べました。


123-23.jpg
墨染通から、本町通を北に向いています。
前回ブログよりもここからの本町通は道幅が広いですが、
やはり北向き一歩通行が続いています。
この辺りも駅前ということで賑やかですね。
今度は本町通を北に向かいます。


123-24.jpg
墨染通から、本町通を北に約50m進みました。
こちらは、地元密着型のスーパーです。
その北隣に木蓮の木があり、今が盛りと花が咲いています。


123-25.jpg
そのスーパーの西向かいに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
本当に、本町通はお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。


123-26.jpg
そのお地蔵さんの前から、本町通を北に向きました。
こちらの宇治茶のお店は、抹茶スイーツを出すカフェもあります。
街灯で見えにくいですが、その向こうに京都銀行墨染支店があります。


123-27.jpg
京都銀行墨染支店から、本町通を北に約50m進みました。
ここでT字型の交差点にぶつかりました。


123-28.jpg
交差点付近に古い酒屋さんがあり、その南隣に寿司屋さんがあります。
この交差点周辺は飲食店が多く、また細かい路地がたくさんあります。


123-29.jpg
交差点の北東角に、銭湯がありました。
まだ昼下がりなので、今は閉まっています。
藤森神社への順路が書いてありますが、
神社には本町通から入る予定です。
ちょっと喉が渇いたので、この自動販売機の前で休憩しました。


123-30.jpg
銭湯の前から、東を向きました。
この道をずっと東に進めば、京都教育大学を通り過ぎ
約500m先にJR奈良線の「藤森」駅があります。
向こうに見えるのは、京都市立藤森小学校です。
第121回ブログでも紹介したとおり
本町通の少し西に(師団街道周辺)高層マンション群があるので、
ここは京都市内屈指のマンモス校です。


123-31.jpg
T字型交差点から、本町通を北に向きました。
この辺りは閑静な感じですが、
藤森祭があるGW後半には、この辺の風景が一変します。


123-32.jpg
T字型交差点から、本町通を北に約80m進みました。
こちらは、米蔵と昔ながらの米屋さんです。
ただ、いつ来てもここは閉まっています。
もう辞めてしまったのでしょうか?


123-33.jpg
そのお米屋さんの北隣にお地蔵さんの祠が2体並んでおられて、
さらにその北側に小さな門があります。
今度は、こちらの栄真寺に入っていきます。


123-34.jpg
寺院の中に入ろうとしたら、一匹の猫に出会いました。
カメラを向けると、きちんとこちらを向いてくれました。
もう子猫ではないですが、まだ成猫になりきっていません。
ただ、こちらも近づこうとすると走って逃げられてしまいました。
この日は犬だけではなく、猫にも嫌われてしましました。


123-35.jpg
栄真寺の門の前で、ツツジが咲き始めていました。
京都でツツジといえば嵯峨野の天龍寺が有名ですが、
最近は京都市内のあちこちで見かけるようになりました。


123-36.jpg
栄真寺の境内に入ってきました。こちらは、無縁仏のようです。
実は、こういう場合京都ではお地蔵さんにすることが通例なので、
(それが京都にお地蔵さんが多い理由)
こういう明確な墓石の形をとるのは珍しいですね。


123-37.jpg
そして、こちらが栄真寺の本堂です。
(プライベートスペースでもあるようです)
ここより先には、入れません。
いろいろ調べたのですが、
栄真寺の沿革どころか宗派すらもわかりませんでした……
とりあえず、ここを出ます。


123-38.jpg
栄真寺の前から、本町通を北に向いています。
向こうに見える古い民家は製麺所で、
うどんやラーメンの麺などを製造しているようです。
(そういう看板が出ていました)


123-39.jpg
製麺所の前から、本町通を北に向いています。
ずっと向こうに「藤森神社」という看板が見えます。
そちらの方に向かいます。


123-40.jpg
先ほどの製麺所から、本町通を北に約100m進みました。
先ほど見えた看板はフレームの外になってしましましたが、
こちらが藤森神社の鳥居前です。
京都でも屈指の古い神社で、この辺の土地神様でもあります。
ただ、この中に入るのはまた別の日とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、いよいよ藤森祭の取材です~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第124回 藤森神社の春祭り~本町通南から北~その5

124-1.jpg
本町通から東を向いて、藤森神社の西門を撮っています。
5月3日から5月5日は藤森祭の期間中です。
今回は、藤森神社の例祭の様子を散策します。
撮影日は、2013年5月3日金曜日憲法記念の日の午後0時半。
最近雨の日が多いのですが、なぜか撮影日はよく晴れます。


124-2.jpg
先ほどの鳥居の真下から、東を向いています。
ただでさえ狭い参道が、
密集した露店のためにさらに狭くなっています。
ここをさらに東に進み、境内に入っていきます。


124-3.jpg
この日はお祭りということもあってそこそこの人出なのですが、
参拝者の大半が地元の方のようです。
(漏れ聞こえる会話の内容から、そう判断しています)
そう言えば本町通で中国人男性二人組に遭遇したのですが、
その方々は結局中に入らずに本町通を北に行かれました。
(伏見稲荷大社の方角ですね)


124-4.jpg
本町通から、藤森神社境内を東に約50m進みました。
向こうに、藤森神社の拝殿が見えてきました。
本当はこの右手に手水舎があるのですが、
そこの前に大きな露店があるので諦めました。


124-5.jpg
南へと迂回して、拝殿の正面へ向かいます。
実は、先ほど写っていたのは拝殿の左側でした。


124-6.jpg
藤森神社の拝殿の前で南を向いています。
(つまり、この背後に拝殿と本殿があります)
お気づきの方も多いでしょうが、
本当はこちら側が藤森神社の表側の参道です。
JR奈良線「藤森」駅や京阪電鉄「墨染」駅からなら、
こちらから来た方が近くなります。
(第123回ブログで紹介した29枚目の写真の標識通りに進むと、
この道から藤森神社に入ることになります)


124-7.jpg
藤森神社の拝殿前から南に約30m進みました。
この道は舗装されておらず、中央部がこのように区切られています。
ここは、駆馬のためのスペースです。
毎年5月5日にここで駆馬神事が行われます。
駆馬は上賀茂神社のものが有名ですが、
実はこちらの方がずっと古くから行われてきました。
詳しくは、ここをクリックしてください。


124-8.jpg
先ほどの写真から、右(西)を向きました。
こちらは、藤森神社の絵馬殿です。
これまで取材したどの神社よりも、ここは立派です。
やはり、ここは馬(軍馬)の神様だからでしょう。


124-9.jpg
今度は、左(北)を向きました。こちらは、宝物殿です。
寸志を払えば、だれでも拝観できます。
自分も入ってきたのですが、
参拝された競馬の騎手のサインや(馬の神様ですから)
馬の人形や馬具・鎧兜などが展示されていました。


124-10.jpg
さらに北側を向いて、藤森神社拝殿を正面から見ます。
この写真を撮ってから約40分後に(午後1時半から)
ここで神楽の演奏が始まるようでしたが、
撮影は不可なので先を急ぎました。


124-11.jpg
拝殿の右(東)側には、社務所がありました。
中を覗くと、とても忙しそうでした。


124-12.jpg
拝殿の東側に回り込んできました。
今度はこちらから、本殿のある北の方に向かいます。


124-13.jpg
そして、拝殿の北側にまで回り込んできました。
ようやく、藤森神社本殿を参拝します。


124-14.jpg
こちらが、藤森神社本殿です。(実は、重要文化財です)
御祭神はスサノオノミコト他たくさんいらっしゃいますが、
もともとはこの辺の土地神様でした。
(遅くとも、平安時代時代以前の創建です)
早良親王(桓武天皇の弟)が蝦夷の反乱平定を祈願したことや
平安京の南の守護神としての役割を持ったことから
平安時代以降は「軍神」としての性格を色濃くしました。
(さらに「軍馬」の神様としての性格も、ですね)
実は、元々は現在の伏見稲荷大社の辺りにあって、
そのころの伏見稲荷大社は藤森神社の境内にあった末社でした。


124-15.jpg
本殿を参拝した後は、末社参りです。
先ずは、本殿の東側に回ります。
こちらは、「藤森稲荷神社」です。
やはり「お稲荷さん」とは関係が深いようです。


124-16.jpg
さらに、「藤森稲荷神社」の北側にお地蔵さんがいらっしゃいました。
このように集中して神社にいらっしゃるのは
京都では第54回ブログで紹介した猿田彦神社くらいでしょうか?


124-17.jpg
お地蔵さんの西隣には、七福神の像がいらっしゃいました。
藤森祭では、江戸時代前期の元禄年間以来
武者行列(毎年5月5日に行われます)に七福神の仮装も加わります。
たぶん、こちらの像はその関連で置かれているのでしょう。


124-18.jpg
さらに本殿の東側を回ろうと思ったのですが、
ここでTV中継の撮影が始まったのでいくつか省くことにします。


124-19.jpg
TV撮影の外側で、さらに何か所か回ります。
こちらは、「不二の水」です。要するに、神社内に湧き出る泉ですね。
持ち帰るために、ペットボトル持参の方もいらっしゃいます。


124-20.jpg
不二の水の北側に、神鎧像がいらっしゃいました。
元々五月人形は、
藤森神社の神様を各家庭で祭っていたものが発展したものです。
ですから、ここが端午の節句の五月人形発祥の地となります。
(5月5日にここで例祭を行うのは、偶然ではありません)
ちなみに、この辺の名物は柏餅です。


124-21.jpg
本殿の北側にやって来ました。
こちらも末社がたくさんいらっしゃいます。


124-22.jpg
では、東から西へと順に参拝させていただきます。
こちらは八幡社です。こちらも重要文化財になります。


124-23.jpg
その西隣には、「祖霊社」です。
こちらは、神社関係者が祀られています。


124-24.jpg
ちょうど中央に、「七宮社」がいらっしゃいます。
7柱の様々な神様が祀られています。


124-25.jpg
その西隣は、「大将軍神社」です。岩長比売を主神とします。
小さいながらも、
第70回ブログで紹介した大将軍神社とセットになっています。
この社殿は室町幕府6代将軍足利義教の寄進に寄るもので、
こちらも重要文化財となっています。


124-26.jpg
そして、こちらが一番西の端にいらっしゃる天満宮です。
これで末社は一通り回りました。


124-27.jpg
天満宮の前で、南を向きました。
こちらから、本殿の正面に戻ります。


124-28.jpg
本殿の正面に戻ってきました。
これで、藤森神社の境内を軽く一周したことになります。


124-29.jpg
藤森神社本殿の正面から、南を向きました。
目の前に、拝殿が見えます。
ここから、右(西)に向かい西門へと進みます。


124-30.jpg
拝殿の西側に戻ってきました。
今から、この右(西)側の参道を進みます。


124-31.jpg
こちらは、本町通沿いの藤森神社西門へと通じる参道です。
(このブログの最初に通った道ですね)
昼下がりとなり、さらに人出が増えてきました。


124-32.jpg
西門に通じる参道の途中に、このような露店が出ていました。
おでんと串カツのお店です。(中でお酒も飲めそうです)
気になったのですが、時間がなかったので撮影だけで我慢しました。


124-33.jpg
先ほどの露店を通り過ぎ、西門へと向かっています。
だんだん半被姿の男性が目立つようになりました。
もうすぐ御神輿担ぎがあるようです。
ですから、この方々はこの神社の氏子さんなのでしょう。
実は、伏見区深草一帯がこの藤森神社の氏子になります。
(ですから、伏見稲荷大社周辺も藤森神社の氏子です)


124-34.jpg
ようやく藤森神社西門までたどり着きました。
この鳥居の向こうが本町通です。
このブログはここから本町通をさらに北に進みますが、
それは次回以降とします。

今回はここまでです。

~次回は、ここから京阪電鉄「藤森」駅まで進みます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第125回 初夏の七瀬川~本町通南から北~その6

125-1.jpg
4日ぶりの藤森神社です。(5月3日と同じ構図です)
春の例祭も終わって、通常営業に戻っています。
今回はここから約300m北にある七瀬川の岸辺を散策します。
桜や椿の季節は終わりましたが、ツツジがちょうど見ごろです。
撮影日は、2013年5月9日木曜日午後3時半。
撮影日だけは、いつも晴れます。


125-2.jpg
藤森神社の西門から、本町通を北に向きました。
向こうにお地蔵さんの祠がありますね。
(また、お参りしておきました)
この日は平日でしたが、相変わらず交通量が多いですね。
今から、ここを北に向かいます。


125-3.jpg
本町通東側歩道に、白い花が咲いていました。
これは、たぶんマーガレットですね。
(もしかしたら、春菊かもしれませんが)
自生しているのではなく、きちんと手入れされています。


125-4.jpg
藤森神社西門から、本町通を北に約80m進みました。
T字路の北東角にタバコ屋さんがありますが、
どうやらもう潰れてしまっています。


125-5.jpg
そのT字路で、東を向きました。
向こうに大きなクスノキが見えますが、
そこが藤森神社の北辺になります。
ちょうど藤森神社の裏口になりますので、
ここから入ればお祭りのときも混雑に巻き込まれません。


125-6.jpg
今度はT字路で北を向きました。
よく見ると、「深草商店街」の看板が出ています。
ここからずっと北の方まで、商店が点在していきます。


125-7.jpg
先ほどの写真にも写っていた
「ふしぎどう」という雑貨屋さんの前で西を向きました。
雑貨屋さんの南側に細い脇道があり、
よく見るとその先に橋が架かっています。
実は、この辺りは本町通より約50m西に琵琶湖疏水が流れています。


125-8.jpg
「ふしぎどう」さんの向かい(東側)を向きました。
正面に、洋菓子店があります。
こういう店構えは絶対おいしいのですが、
予算の関係で泣く泣くスルーします。
その北側には、京都藤森郵便局がありますね。


125-9.jpg
郵便局の前から、本町通を北に向いています。
古い民家の北隣の米屋さんは、この日も営業中でした。
さらにその北隣は、オートバイの販売店です。


125-10.jpg
オートバイ販売店の前から、本町通を北に向いています。
駐車場をはさみますが、
理髪店の北側の地域スーパーはお祭りのとき柏餅を売っていました。
(この辺の名物です)
見えにくいですが、さらにその北側には酒屋さんがあります。
コンクリート製の建物ですが、きちんと「杉の玉」が飾ってあります。


125-11.jpg
その酒屋さんの前から、本町通を北に向いています。
ここで左にカーブして、真北に向かいます。
(ここまでの本町通は、正確には北北東に進んでいました)
約100m先に直違橋1丁目交差点があり、
そのせいで渋滞が小さな橋の上まで伸びています。


125-12.jpg
その橋のたもとまで来ました。
ここは、七瀬川に架かる「旧伏見街道第4橋」です。
「本町通(旧伏見街道)に架かる北から数えて4番目の橋」
という意味で、「旧伏見街道第3橋」は第84回ブログに出てきました。
ちなみに、橋の北詰にあるとんがり屋根の家は花屋さんです。


125-13.jpg
こちらは、旧伏見街道第4橋南詰で東を向いています。
約50m先に、了峰寺という曹洞宗の寺院があります。


125-14.jpg
ただ、旧伏見街道第4橋南詰から
七瀬川南岸に下りる道が東に伸びています。
先ずは、そちらを散策します。


125-15.jpg
本町通から、七瀬川南岸に下りてきました。
七瀬川は細い小川ですが、
両側に古い民家や寺院があってなかなか情緒があります。
そして葉の形状からわかるように、この辺りはカエデ並木が続きます。


125-16.jpg
七瀬川南岸の道は、約50mほどで終わります。
南へ大きくカーブしたこの道は、藤森神社北門まで続きます。
七瀬川は、ここから南東にある水源から
京都国立病院の横を通ってここに流れてきました。


125-17.jpg
七瀬川南岸の道から、西側の旧伏見第4橋(本町通)の方を向きました。
フレームから一部切れてしまっていますが、
北(右)岸に大きなカエデの木が2本あって、
それが南(左)岸の小さなカエデ並木と相まって、
ここは知る人ぞ知る京都屈指の紅葉絶景ポイントになっています。


125-18.jpg
では、七瀬川南岸の道から上がって
いったん本町通に戻ります。


125-19.jpg
本町通に架かる旧伏見街道第4橋南詰から、東を向きました。
いよいよ了峰寺の方に向かいます。
こちらの道には様々な花が植えてありますね。


125-20.jpg
この時期は、ちょうどツツジが見頃でした。
そのツツジをアップで撮ると、ミツバチが花の中に入っていきました。


125-21.jpg
こちらは、ツツジ越しの曹洞宗了峰寺です。
非公開なので、中には入れません。
また、調べたのですが沿革もわかりませんでした。
江戸時代以前に建立されたのは間違いないのですが……


125-22.jpg
了峰寺の南側に、さらに東に向かう道があります。
今度は、そちらに向かいます。
ちなみに、その向こうに見える建物は
伏見区深草総合庁舎です。


125-23.jpg
了峰寺を左(北)に見ながら、東に向かっています。
了峰寺の周辺は、ツツジがたくさん咲いています。
ここは普通の道に見えますが、実は了峰寺の敷地内です。
奥の駐車場の手前に、鉄筋コンクリート製の小さなお堂があります。


125-24.jpg
駐車場とお堂との間に細い道があって、その先が墓地になっています。
この駐車場は、お墓の参拝者用なのでしょう。


125-25.jpg
今度は、お堂の前で西を向きました。
向こうに、花屋さんが入る建物が見えます。
ここから、そちらに戻ります。


125-26.jpg
了峰寺の門の前から、西を向きました。
では、本町通の方に戻ります。


125-27.jpg
また、本町通まで戻ってきました。
今度は、旧伏見街道第4橋を南に向いています。
橋の北詰に、お地蔵さんの祠があってその先に寺院があります。


125-28-a.jpg
実は旧伏見第4橋から西を見た光景もなかなかきれいなのですが、
(特に、秋の紅葉が最高です)
この看板で台無しになっています。
とは言え、
この看板が必要なくらい川にごみを捨てる人が多いのも事実です。
この日も、ペットボトルが1本川底にありました……
(以前よりだいぶきれいになってきていますが)


125-29.jpg
そして、こちらが浄土宗誠心寺です。やはり、ツツジが盛りですね。
今度は、こちらに向かいます。


125-30.jpg
誠心寺の門をすぐってすぐに、小さな阿弥陀堂がありました。
中には、阿弥陀如来像がいらっしゃいました。
南側に建っているので、背後に七瀬川が流れています。


125-31.jpg
阿弥陀堂と門との間に、写経塔が立っています。
(一見、お墓に見えます)
その左(東)側にカエデの大きな木が2本生えていて、
七瀬川を絶景に変えています。
さらにその左(東)には、椿の木です。
実は、ここ誠心寺は椿がきれいな寺院です。


125-32.jpg
椿の木をアップにしました。
もう盛りを過ぎましたが、(椿の盛りは桜とほぼ同じ)
まだ1輪だけ残っていました。


125-33.jpg
先に、本堂の裏に回ります。
こちらには、お地蔵さんや石仏が積み上げてありました。
こういう仏様は、無縁仏が多いですね。


125-34.jpg
そして、こちらが浄土宗誠心寺の本堂です。
これだけいろいろあるのですが、
実は調べても沿革はよく分かりませんでした。
ちなみに、椿の木の前の大きな石に見えるのは井戸です。


125-35.jpg
それでは、誠心寺から出ます。
ちょうど正面に、花屋さんが見えますね。


125-36.jpg
誠心寺の前で、本町通を北に向きました。
(この辺りから、本町通は真北に進路をとります)
もう100mほどで、直違橋1丁目の交差点です。
そこから京阪電鉄「藤森」駅前になるので、
急に商店の数が増えてきます。
ただ、そちらに向かうのは次回とします。

今回は、ここまでです。

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第126回 商店街の西岸寺~本町通南から北~その7

125-36.jpg
前回最後の写真誠心寺の前から、本町通を北に向いています。
今回は、ここから深草商店街の中を通って西岸寺に向かいます。
撮影日は、2013年5月9日木曜日午後4時半。
そろそろ日が傾いてきました。


126-2.jpg
先ほどの写真から、本町通を北に約100m進みました。
ここは、直違橋1丁目の交差点です。
本町通と大岩街道との交差点ですね。


126-3.jpg
直違橋1丁目交差点から、大岩街道を東に向いています。
向こうの藪になっているあたりに、京都国立病院があります。
京都で最も大きな病院の一つです。
この道をずっと東に進むと、
東山を抜けて山科区に入り、勧修寺や随心院の前に出ます。
ウチの家から、随心院霊園に向かうときはこの道を利用します。
大岩街道は、伏見区深草と山科区小野を結びます。


126-4.jpg
今度は、大岩街道を西に向きました。
ここから大きな橋が始まり、
琵琶湖疏水と京阪電鉄の線路を越えていきます。
これは、かつてこの辺りに駐留していた日本陸軍第16師団
「ここに踏切があっては、練兵に支障が出る」
と主張したため、このようになりました。
ちなみに、この直違橋1丁目~深草飯食町交差点間を
「第3軍道」といいます。


126-5.jpg
直違橋1丁目交差点から、本町通を北に向いています。
ずっと先に、名神高速道路の高架が見えます。
さらに、京阪電鉄「藤森」駅が近いので、
飲食店や小売店が密度を増します。


126-6.jpg
直違橋1丁目交差点から北に約50m進み、
T字路で東を向きました。
ここを約200m進むと、京都国立病院の前に出ます。
そのため、この通りには薬局などが並んでいます。


126-7.jpg
今度は、T字路で西を向きました。突き当りに小さな寺院があります。
今からこの浄土真宗西岸寺に入っていきます。


126-8.jpg
西岸寺の門をくぐりました。
左(南)手に、手水舎がありました。


126-9.jpg
手水舎の西側に、親鸞上人像と本堂があります。
浄土真宗本願寺派西岸寺は、第84回ブログでも紹介した
法性寺の小御堂として平安時代後期に建立されました。
鎌倉時代初期に親鸞の夫人玉日姫(九条兼実の娘)のお墓が建てられ、
浄土真宗に宗旨替えしました。


126-10.jpg
そして、ここが玉日姫のお墓です。
奥にあるのは、元は玉日姫の木像だったそうです。
(だいぶ、風化していますが)


126-11.jpg
では、西岸寺を出ます。
ここもツツジがちょうど見ごろでした。


126-12.jpg
では、T字路から本町通を北に進みます。
おいしそうな飲食店もありましたが、
他にもいろいろな小売店もありました。


126-13.jpg
T字路から、本町通を北に約50m進みました。
こちらは一見洋菓子店ですが、実は和菓子も売っています。
(元々は、和菓子店でした)
お墓のお供え物も、この店でよく買います。
表札に「かしわ餅」と書いてありますが、
これがこの辺の名物です。
(この辺りでは、「深草餅」と呼ぶときがあります)
やはり、藤森祭の日が一番売れるようです。


126-14.jpg
「アデリーヌ」の北隣は、銭湯です。
午後4時半を回って、開店のようです。


126-15.jpg
銭湯の向かいには、「はやし」という焼き芋屋さんです。
自分が知る限り、釜を使う焼き芋屋さんは
ここを含めて京都市内では4軒だけです。
(うち2軒が本町通沿い)
ただ、こちらは午後4時半を回って閉店してしまいました……


126-16.jpg
その「はやし」の向かいは、八百屋さんです。
この辺の住民は、野菜は八百屋で買い
肉は肉屋で魚は魚屋で買います。
昔の当り前が、今の贅沢です。


126-17.jpg
西岸寺のあるT字路から、本町通を北に約50m進みました。
名神高速道路の高架が、かなりはっきり見えます。
今度は西に脇道があるT字路が現れました。


126-18.jpg
そのT字路の南西角に、「京おもと」という和菓子屋があります。
焼き芋が買えなかったので、予算が余りました。
せっかく深草に来たので、ここでかしわ餅を買います。


126-19.jpg
この写真は、家に帰ってから撮りました。
「京おもと」のかしわ餅です。
この状態ではわかりにくいですが、中はこし餡とみそ餡です。
どちらも、甘くて柏のほのかな香りがしました。
ちなみに、一つ210円でした。


126-20.jpg
T字路の東端には、京都府警深草交番があります。
ここの警察官は、結構親切に道案内をしてくれます。
その北隣には、京都市立深草小学校があります。


126-21.jpg
深草交番の前で、西を向きました。(この背後に交番があります)
ここでいったん本町通から、こちらに曲がります。


126-22.jpg
T字路から、約30m進みました。
こちらは、浄土宗極楽山西休寺です。
ただ、こちらの沿革はよく分かりません。
いろいろお稽古事をされているようですね。


126-23.jpg
本町通のT字路から、西に約80m進みました。
琵琶湖疏水に「極楽橋」という橋が架かっています。
先ほどの西休寺と関連があるのでしょうか?
橋を渡りきったところに踏切があり、
ちょうど京阪電鉄の普通車両が入ってきました。


126-24.jpg
「極楽橋」の上から、北を向いています。
大きな桜の木の向こうには、名神高速道路の高架が見えます。


126-25.jpg
極楽橋を渡り切りました。
京阪電鉄の踏切を越えると、急な下り坂になります。
ここから師団街道まで下り坂が続き、
その先は名神高速道路の南側を並走する道になります。
ちなみにここを約300m進むと、
京都市青少年科学センターがあります。
(プラネタリウムが格安価格で見られます)
さらに100m進むと、京都市立藤森中学校の前に出ます。


126-26.jpg
京阪電鉄の踏切の前で、北を向きました。
名神高速津路の高架下に、京阪電鉄「藤森」駅があります。
今回は、ここから帰ります。

~次回は、十二帝陵や真宗院など、この辺りを散策します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第127回 十二帝陵に向かう道~本町通南から北~その8

実は、稲荷山から南には様々な神社仏閣が集中しています。
十二帝陵・真宗院・嘉祥寺・宝塔院・石峰寺・ぬりこべ地蔵……
他の地方の方には知られていませんが、
かなりの絶景ポイントが目白押しです。
そこで、本町通に絡めながら少しずつ紹介していきます。
今回は、十二帝陵から始めます。
では、始まり、始まり。


127-1.jpg
京阪電鉄「藤森」駅です。
これで、ようやく京阪電鉄で一駅分本町通を進みました。
今回は、東の方に寄り道をして十二帝陵に向かいます。
撮影日は、2013年5月16日木曜日午後3時。
晴れたり曇ったりの一日でした。


127-2.jpg
「藤森」駅に、ちょうど普通電車が入ってきました。
こうして見ると、
ここが名神高速道路の高架下であることがよく分かります。
では、改札口に向かいます。


127-3.jpg
京阪電鉄「藤森」駅の南改札口です。
正面のコンクリート柱は、名神高速道路の支柱です。


127-4.jpg
改札口を抜けました。
ここは、名神高速道路のちょうど高架下に当たります。
また、琵琶湖疏水端でもあります。
この先に、前回ブログでも渡った極楽橋が見えます。
今から、そちらに向かいます。


127-5.jpg
京阪電鉄「藤森」駅改札口から、南に約100m進みました。
この極楽橋から、琵琶湖疏水を渡って東に進みます。
極楽橋のたもとに仁明天皇陵と十二帝陵への道標があります。
この十二帝陵に今から向かいます。
本当は仁明天皇陵にも行きたかったのですが、
そうすると本町通からだいぶ離れるので諦めました……


127-6.jpg
極楽橋の上から、東を向いています。
約50mでこの道は突き当り、(深草交番の辺りです)
南北を貫く本町通とのT字路になります。


127-7.jpg
極楽橋から、東に約50m進みました。ここは、本町通のとT字路です。
右(南)側に、前回ブログで柏餅を買った「京おもと」があります。
前回ブログでは、右(南)から来て京阪電鉄「藤森」駅に向かいました。


127-8.jpg
そのT字路で、本町通を北に向きました。
すぐ近くを名神高速道路が交差しています。
この右(東)側に京都市立深草小学校があって、
児童がたくさん下校していきます。
また、駅前ということもあって居酒屋さんも並んでいます。


127-9.jpg
本町通沿いの名神高速道路高架下で左(西)を向きました。
この先に京阪電鉄「藤森」駅が見えますが、
途中に琵琶湖疏水があるので真っ直ぐ進めません。
右(北)側に「左馬」という喫茶店があるのですが、
もう閉店してしまっています。
実は向かいにも美容院やCD屋さんがあったのですが、
そこも閉めています。


127-10.jpg
今度は、右(東)を向きました。
ここから名神高速道路高架下の東側は、駐車場になります。
約100m先に見えるコンクリート塀は、
京都市立深草中学校のものです。


127-11.jpg
名神高速道路高架下から、本町通を北に向いています。
下校時間と重なり、深草小学校の児童の姿が見えます。
ここからは小売店や飲食店、古い民家が雑多に並んでいて、
それがこの辺りの独特の雰囲気を作っています。


127-12.jpg
名神高速道路から、本町通を北に約5m進みました。
お地蔵さんの北隣に古い金物屋さんがあります。
いろいろ並んでいますが、品数は多いのです。


127-13.jpg
金物屋さんから、本町通を北に約30m進みました。
ここは古い民家を改装した喫茶店です。
ただ、店ができてから間もないので、自分は入ったことはありません。


127-14.jpg
先ほどの喫茶店から、本町通を北に約100m進みました。
古い民家をはさんで、
左(南)に仕出し屋、右(北)にクリーニング屋があります。
仕出し屋とは、食事スペースのない飲食店です。
個人宅や料亭に食事を届けてくれます。
(料亭は食事スペースであって、料理は別に注文するのが通常です。
ただ、最近は料亭が自分で料理を作るところも出てきました)


127-15.jpg
クリーニング屋さんの前から、本町通を北に向いています。
この辺は、古い民家の割合が高いですね。
個人的には、こういう街並みがとてもきれいで大好きです。


127-16.jpg
この辺りで、左(西)を向きました。
ここにもお地蔵さんがいらっしゃいます。
本町通は特にお地蔵さんが多い通りです。
(実は、何体か省略して載せていません)
駐車場の向こうに琵琶湖疏水が見えて、
時折その先に京阪電鉄の車両が見えます。


127-17.jpg
名神高速道路の高架から、本町通を約200m進みました。
左(西)側に、「深草郵便局」が見えてきました。


127-18.jpg
そして、郵便局の向かいに赤レンガの建物と鉄門扉が現れます。
こちらは、京都聖母女学院の校舎です。
ノートルダム女学院・同志社女子と並ぶ
京都屈指の「ミッション系お嬢様学校」ですね。
ただ、戦前はここが日本陸軍第16師団の司令部庁舎でした。
練兵所跡は、ここから真西の師団街道沿いになります。
(現在の龍谷大学や青少年科学センターなどの辺り)


127-19.jpg
京都聖母女学院の北隣には、教会があります。
学校の方は非公開で関係者以外入れませんが、
こちらの教会は割と簡単に入れます。
(まぁ、教会ですしね)


127-20.jpg
その教会の前から、本町通を北に向きました。
目の前のT字路は、第2軍道との交差点です。


127-21.jpg
本町通から西を向き、第2軍道を見ています。
「京阪電鉄の踏切が、練兵の支障になる」
とのことで、琵琶湖疏水と京阪電鉄の線路をまたぐ
高架がここに付設されました。


127-22.jpg
第2軍道から、本町通を北に向いています。
この辺りから、なかなか雰囲気のある小売店が並びます。
約50m先に、今度は東に伸びる道のT字路が見えます。


127-23.jpg
本町通から東に伸びる道を見ています。
木造のオートバイ販売店の脇に、
十二帝陵と真宗院の道標があります。
ここから本町通をそれて、この道を東に進みます。


127-24.jpg
本町通から東に伸びる道を約100m進みました。
右(南)側が藪に見えますが、
その向こうに京都聖母女学院の校舎があります。
幼稚園から短期大学まで併設されているので、
なかなか広い敷地になります。


127-25.jpg
さらに、東に約100m進みました。
こちらは、京都聖母女学院に併設されている「愛徳修道院」です。
シスターさんたちが修行される場ですね。


127-26.jpg
修道院の脇に、お地蔵さんが何体もいらっしゃいました。
チャペルの十字架とお地蔵さんが一枚の写真に写っているのも、
これはこれで味わいがあります。


127-27.jpg
さらに東に100mほど進むと、バス停がありました。
ただし、こちらは地下鉄「竹田」駅との循環バスで
京都駅の方とは別路線です。
この先を見ると、道が細くなって突き当りに藪が見えます。
それが今回の目的地である十二帝陵です。


127-28.jpg
バス停から東に、約50m進みました。
右(南)側に、深草保育園が見えてきました。
ここは、児童館も併設されています。


127-29.jpg
保育園から約50mで、この道は突き当たってしまいます。
その先の十二帝陵に行くには、少しここから蛇行します。


127-30.jpg
突き当りで、右(南)を向きました。
向こうに緑色のテントの付いた理髪店がありますが、
その手前の左(東)に抜ける道のある角まで進みます。


127-31.jpg
先ほどの角から約50m南に進み、今度は東に向きました。
目の前のJR奈良線の踏切を越えていきます。


127-32.jpg
JR奈良線の踏切を越えて、今度は左(北)を向きました。
ここが十二帝陵の入り口です。


127-33.jpg
こちらが、十二帝陵です。文字通り12人の天皇が埋葬されています。
天皇陵は神式が多いのですが、ここは珍しい仏式です。
宮内庁管轄ということもあって、ここから先は非公開になります。
ですから、ここで参拝しました。


127-34.jpg
では、十二帝陵を出ます。
そして、もう少しこの辺りを散策します。


127-35.jpg
十二帝陵の前で、左(東)を向きました。
(背後に、JR奈良線の踏切があります)
この少し先の土塀の突き当りまで進みます。


127-36.jpg
約70m進み、突き当りまで来ました。
ここを左(北)に曲がります。


127-37.jpg
先ほどの角で、北を向きました。
約50m先に、寺院の山門が見えます。
そちらの方に向かいます。


127-38.jpg
歩いている途中で、左(西)を向きました。
駐車場の向こうに、十二帝陵が見えます。


127-39.jpg
寺院の山門前まで来ました。
こちらは、浄土宗西山深草派真宗院です。
ここのカエデがなかなか絶景なのですが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、真宗院と嘉祥寺を散策します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第128回 深緑の真宗院 嘉祥寺~本町通南から北~その9

127-39.jpg
こちらは、浄土宗西山深草派真宗院の総門です。
ここのカエデ並木は、二尊院に似ています。
今回は真宗院と嘉祥寺を回って、本町通に戻ります。
撮影日は、2013年5月16日木曜日午後4時。
少し曇り空の日でした。


128-2.jpg
真宗院の総門をくぐりました。
門からは東に向かって、細い道が続きます。
左(北)側の植え込みに、ツツジが咲いていました。


128-3.jpg
細い道は、約30m続きます。
突き当りを左(北)を向くと、中門があります。
ここをくぐると……


128-4.jpg
このように、カエデ並木が続きます。
枝が頭上に来るので、まるでカエデのドームになっています。
自分は深緑のカエデが好きなのですが、
秋の紅葉もまた格別でしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


128-5.jpg
ドーム状のカエデを過ぎても、20mほどカエデ並木が続きます。
ここのカエデは背が低くて、
歩いていると葉がちょうど目の高さにきます。
そこが二尊院との共通点です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


128-6.jpg
カエデ並木を通り過ぎると、広く見渡せるようになります。
本堂に行く前に、あちこち回ります。


128-7.jpg
境内に入ると、まずはこの小さな石仏が目に入ります。
涅槃でしょうか、とても穏やかな表情をされています。


128-8.jpg
境内の中央に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
横に謂れが書いてあったのですが、
どうやら水子地蔵尊のような方のようです。


128-9.jpg
境内の東側に、比較的新しい石仏がいらっしゃいます。
こちらは、観世音菩薩のようです。


128-10.jpg
観世音菩薩の北側には、
小さな庭園の脇に薬師如来がいらっしゃいました。


128-11.jpg
薬師如来の北側に鐘楼があり、そのさらに北側に石段があります。
その上は、墓地になっています。
実は家に帰ってから知ったのですが、
そこに山脇東洋のお墓もあったそうです。
「解体新書」の著者杉田玄白に影響を与えた人ですね。


128-12.jpg
そして、こちらは方丈です。
実は、寺務所とくっついています。


128-13.jpg
こちらが、真宗院の本堂です。
ご本尊は阿弥陀如来ですが、中には入れません。
浄土宗西山深草派真宗院は、後深草天皇の勅願により
1248年円空立信が開山しました。
その後応仁の乱などで焼失して荒廃しましたが、
江戸時代に再興しました。
方丈や総門、中門は江戸時代に堺の商人の寄進で再建され、
本堂はたびたび焼失した後、1935年に再建されました。
後嵯峨天皇や山脇東洋の一族や堺の豪商雑賀氏の帰依を受けました。


128-14.jpg
本堂を背に、南を向いています。
では、カエデ並木を抜けて中門を出ます。


128-15.jpg
中門を通り抜け、西を向きました。約30m先に総門があります。
門自体は閉まっていますが、脇の小さな門から外に出ます。


128-16.jpg
真宗院の総門を背に、西を向いています。
住宅の向こうに、前回ブログで紹介した十二帝陵があります。


128-17.jpg
ここは、先ほどの写真に写っていた住宅の北隣です。
(真宗院の北西斜め向かいに当たります)
細い道の先に見える藪も、十二帝陵のものです。
「歓喜天」と大きく書かれた石碑が見えます。
こちらは、「深草聖天」の名で親しまれている嘉祥寺です。
(第117回ブログでも紹介した「山科聖天」雙林寺同様、
聖天が祀られた寺院ですね)
ちなみに、「歓喜天」とは「聖天」の別称です。


128-18.jpg
先ほどの細い道を突き当り、右(北)を向きました。
ここから、「深草聖天」天台宗嘉祥寺に入っていきます。


128-19.jpg
門を入ってすぐに、手水舎があります。
こちらは口に含んではいけないそうなので、手だけ清めました。


128-20.jpg
手水舎の西側に、歴代和尚のお墓がありました。
先ずは、こちらにお参りします。


128-21.jpg
お墓の右(北)隣りには、小さな祠がありました。
その右(北)側に、立派なカエデが伸びています。
こちらも、秋には紅葉が楽しめる寺院です。
ちなみに、向こうに見えるのは十二帝陵です。


128-22.jpg
さらに北隣にも、法華塔とカエデの木がありました。
こちらのカエデも、見事な枝ぶりです。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


128-23.jpg
法華塔の向かい(東)側に寺務所がありましたが、
だいぶ遅い時間(この時点で午後4時半)のせいか、
中にはだれもいらっしゃいません。

ショウウィンドウには、人形型の土鈴が売られていました。
「土鈴」ということは、伏見人形の可能性が高いです。


128-24.jpg
そして、こちらが「深草聖天」嘉祥寺の本堂です。
聖天(歓喜天)は、密教(真言宗や天台宗)では
「護法の仏様」(仏教の戒律を守る仏様)
として信仰を集めています。
元々ヒンドゥー教のガネーシャが仏教にとりいれられたために、
象の頭を持つ姿をしておられます。
ちなみに、ここ嘉祥寺が日本の聖天信仰発祥の地とされています。


128-25.jpg
では、嘉祥寺の門を出ます。
細い道が続いているように見えますが、
ここで左(東)にいったん折れないと先に進めません。


128-26.jpg
嘉祥寺の門の前から、左(東)を向きました。
向こうに見える藪は、真宗院のものです。
とりあえず、向こうの太い道に出ます。


128-27.jpg
太い道に出て、右(南)を向きました。
左(東)手に、真宗院の総門が見えます。
真宗院の前を通り過ぎ、南へと進みます。


128-28.jpg
先ほどの写真から南に約100m進み、右(西)を向きました。
(前回ブログに出てきた土塀を背にしています)
向こうに見えるJR奈良線の踏切に向かって進みます。


128-29.jpg
先ほどの地点から、西に約50m進みました。
住宅地と十二帝陵との間のフェンスにカラスが一匹とまっていました。
くちばしが細いので、日本に昔からいる種でしょうね。


128-30.jpg
カラスのいたフェンスから、約50m西に進みました。
この右(北)に、十二帝陵があります。
ちょうど踏切の辺りに来たときに、
JR奈良線の奈良行電車が入ってきました。


128-31.jpg
電車が行ったので、踏切を渡ります。
ここから、さらに西に進みます。


128-32.jpg
踏切から約50m西に進み、道が突き当りました。
本町通へは右(北)に進むのが正解なのですが、
ここはいったん左(南)に曲がります。


128-33.jpg
突き当りで、左(南)を向きました。
緑のテントの理髪店の向かいに、小さな寺院があります。


128-34.jpg
ここは浄土宗西山深草派地福寺です。
同じ宗派なのでピンと来られた方もいるでしょうが、
ここは真宗院の末寺に当たります。
1287年に真宗院第2代住職真空如円が隠居した際に
終の棲家として建てたのが始まりです。
残念ながら、ここも中には入れません。


128-35.jpg
地福寺の前から、北を向いています。
約50m先にある東に伸びる道のT字路からここに来ました。
次は、さらに50mほど先にある西に伸びるT字路まで進みます。
(今、白い自動車が曲がってきている辺りです)


128-36.jpg
その西に伸びる道とのT字路まで進み、そこで西を向いています。
後ろに、JR奈良線の線路と十二帝陵を背負っています。
ここから急な下り坂になっているのが分かります。
少し先に深草保育園があり、突き当りは本町通と交差します。
では、この道を進み本町通を目指します。


128-37.jpg
約100m西に進み、バス停の前まで戻ってきました。
この辺りでまた道幅が広がります。
左(南)側に、愛徳修道院と京都聖母女学院の校舎が見えます。


128-38.jpg
さらに約100m西に進みました。
左(南)側に、京都聖母学院の校舎がはっきりと見えます。
そろそろ突き当りの本町通が見えてきました。


128-39.jpg
なおも西に100m進むと、この道も突き当ります。
ようやく本町通とのT字路に到着しました。
右(北)側に、前回ブログでも登場した
木造のオートバイ販売店があります。


128-40.jpg
T字路から、本町通を北に向いています。
ここからやっと本町通をまた北上するわけですが、
これ以降は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回も本町通を北上すると見せかけて、
途中でまた東に曲がっていって瑞光寺・宝塔寺を回ります~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第129回 小雨降る瑞光寺~本町通南から北~その10

伏見稲荷大社から南に抜けたこの辺りは、
カエデのきれいな寺院が多くあります。
今回訪れた瑞光寺は、茅葺屋根の庵のような小さな寺院です。
(滝口寺や祇王寺に雰囲気が似ています)
秋の紅葉もいいですが、小雨の青葉もなかなかですね。


129-1.jpg
前回最後の写真と同じ構図です。
京阪電鉄「藤森」駅と「深草」駅との中間地点
直違橋6丁目のT字路から本町通を北に向いています。
今回は約200m先で東にそれ、瑞光寺を目指します。
撮影日は2013年5月30日木曜日午後2時。
この前の日に、梅雨入りしました。


129-2.jpg
先ほどのT字路から約10m北に進みました。
ここは道澄寺という寺院です。
917年に藤原道明と橘澄明が建立したため
二人の名前をとって「道澄寺」(どうちょうじ)といいます。
当時はかなり大きかったそうですが、
応仁の乱などで衰退して今はこの大きさになりました。
本堂になっているここも、当時は地蔵堂だったそうです。
(つまり、寺院の一部しか現存していません)


129-3.jpg
道澄寺の天井に、燕の巣がありました。
ここからは、雛が3羽見えます。
この辺りには、何か所かこのような巣があります。
(多くは、古い民家の軒先です)
そう言えば、天龍寺にも燕の巣がありましたね。


129-4.jpg
道澄寺の前から、本町通を北に向きました。
本町通は北向き一方通行の細い道ですが、
この辺りの幹線道路なので交通量が多いです。


129-5.jpg
直違橋6丁目のT字路から、本町通を北に約50m進みました。
西側に、またこのような路地がありました。
右(北)側に、「深草直違橋七丁目」の看板があります。


129-6.jpg
さらに、50m本町通を北に進みました。
左(西)側に、またお地蔵さんがいらっしゃいます。
(ここもお参りしました)
小林歯科医院の向かいに、雰囲気の良い民家が並んでいます。


129-7.jpg
こちらがその民家です。典型的な京町家ですね。
その北隣に、「大鶴」という食堂があります。
小さいころから前は通るのですが、
中に入ったことがありませんでした。
そう言えば朝から何も食べていなかったので、
試しにちょっと入ってみます。


129-8.jpg
中に入ると、老夫婦が二人で切り盛りしておられました。
うどん・そば・丼物がメインですが、
京都独自の昔ながらのうどんメニューがありました。
(餡かけたぬきうどんや、しっぽくうどんです)
自分は、衣笠うどんを頼みました。
お揚げの入った卵とじうどんです。


129-9.jpg
うどんを箸で持ち上げてみました。
刻んだお揚げが入っている「衣笠うどん」は少し珍しいです。
(普通は大きな一枚のお揚げが入っています)


129-10.jpg
「大鶴」食堂から出ました。
(結局、約30分いました。この時点で、午後2時半です)
北西斜め向かいにお米屋さんがあります。
お米屋さんから約50m先に、また東に抜けるT字路が姿を表します。


129-11.jpg
「大鶴」食堂から、本町通を北に約50m進みました。
ここは直違橋7丁目のT字路を東に向いています。
今からこちらに向かい、瑞光寺を目指します。


129-12.jpg
直違橋7丁目T字路から本町通を東にそれ、約50m進みました。
本町通より少し太い道が、蛇行しながら続いています。
住宅地にも見えますが、結構飲食店なども並んでいます。


129-13.jpg
先ほどの写真から、さらに50mほど進みました。
古い民家の1Fに、いろいろ食べ物を売っているお店があります。
その約10m東に「京料理」と書いた飲食店があるのですが、
なぜかそこは「カラオケハウス」とも書いてありました……


129-14.jpg
先ほどのお店から、さらに50m東に進みました。
このずっと先に見える看板は、
この右(南)側に「雀食堂」という小さな飲食店です。
では、ここから東に約100m先に停まっている
トラックの辺りに向かいます。


129-15.jpg
そのトラックの辺りに来ました。
どうやら生協か何かの集配のようです。
その先に黄色いタイヤが入口にある児童公園があります。
次は、そちらに向かいます。


129-16.jpg
黄色いタイヤにまたがって、児童公園で東を向いています。
ブロック塀の向こうに、JR奈良線の線路があります。
ジャングルジムの向こうに、
「元政上人廟→」と書かれた看板があります。
ブロック塀沿いに右(南)に進むと、
約10m先に瑞光寺の墓地があり、
そこに元政上人のお墓があります。
(竹が3本生えているのが、お墓です)
ただ、「関係者以外立ち入り禁止」と書いてあるので、
入るのは諦めました。
看板の左(北)側に、線路の東側に向かう地下道があります。
今から、そこを通っていきます。


129-17.jpg
地下道をくぐり、線路の東側に出ました。
目の前の自動車は、道端に駐車してありました。
この自動車の向こう側に進みます。


129-18.jpg
自動車を迂回すると、約30m先に十字路があります。
そして、その十字路の南西角に……


129-19.jpg
茅葺屋根の門が見えます。ここが日蓮宗瑞光寺です。
今から、ここに入っていきます。


129-20.jpg
石段を上りました。
茅葺屋根の下に、「瑞光寺」と書かれた看板がかかっています。
こういう寺院は、日差しの強い晴れよりも
この日のような小雨が似合いますね。


129-21.jpg
門をくぐると、中には誰もいらっしゃいませんでした。
(一人占めして、何か得した気分でした)
門の右(西)側に、帝釈天の小さな祠がありました。
先ずはここからお参りです。


129-22-b.jpg
帝釈天の西隣には、末社の小さな祠は並んでいました。
少し暗かったので、写真がぼけてしましました……
左(南)側は「白龍弁財天」でしたが、
右(北)側は、どちらか分かりません……
(メモを取っていないので、忘れてしまいました)


129-23.jpg
「白龍弁財天」の祠の前で、左(西)を向きました。
本堂に向かう途中に、鐘楼がありました。


129-24.jpg
鐘楼の角で、左(東)に曲がりました。
すると、ここから本堂前までカエデ並木が続きます。
なかなかの枝ぶりで、秋の紅葉もいいですが
小雨に濡れた青葉も情緒があります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


129-25.jpg
カエデ並木を本堂に向かって歩いています。
途中に池があって、水面に大きな鯉が何匹も姿を表していました。


129-26.jpg
池を越えると、両脇にツツジが咲いていました。
少しずつ散り始めています。もう今年はツツジも終わりですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


129-27.jpg
この茅葺屋根の庵が、瑞光寺の本堂です。
瑞光寺が建っているこの辺りは、
もともと藤原基経が平安時代に建立した極楽寺がありました。

~2013年6月8日訂正~
藤原基経の死後、極楽寺は衰退の一途をたどりました。
寺領もだいぶ小さくなりましたが、
この瑞光寺の北側にある「宝塔寺」がその後継寺院です。
瑞光寺自体は、江戸時代初期に歌人としても有名だった
日蓮宗の僧侶元政が極楽寺の地蔵堂跡に庵を建てたのが始まりです。
ですから、別名「元政庵」とも言います。

大般若経などの重要文化財が安置されていますが、
残念ながら本堂の中には入れません。


129-28.jpg
瑞光寺の本堂を背に西を向きました。
では、こちらを進んでいきます。


129-29.jpg
突き当り(鐘楼のある角)で、北を向きました。
次に、この瑞光寺を出ます。


129-30.jpg
瑞光寺の茅葺屋根の門をくぐりました。
今から、この石段を降ります。
ここから見ると、右(東)側が墓地であることが分かります。


129-31.jpg
瑞光寺の石段を降り、十字路に出ました。
南を向くと、そこに小さな道標があります。


129-32.jpg
その道標をアップで撮りました。
左(南)に行くと、「嘉祥寺」と書いてあります。
実は、この道を約200m南へ進むと前回ブログの
「嘉祥寺」や「真宗院」の前に出ます。



129-33.jpg
今度は十字路で、北を向きました。
右(東)側に「霊光寺」と書いてありますが、
残念ながらここには入れません。
今から、ここを進みます。


129-34.jpg
十字路から、北に約100m進みました。
この辺は住宅地ですが、向こうに茂みが見えます。
では、そちらに向かいます。


129-35.jpg
さらに100m進み、その茂みの辺りに来ました。
ここはなかなか大きな寺院です。
正面(東)を向くと……


129-36.jpg
重要文化財宝塔寺の四脚門の前になります。
これからここに入っていくのですが、
それは次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、宝塔寺の石段を上り京都市内を一望します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第130回 梅雨空の宝塔寺~本町通南から北~その11

129-36.jpg
ここは、日蓮宗深草山宝塔寺の四脚門前です。
(重要文化財です)
今回はこの宝塔寺を回った後、
本町通の直違橋7丁目T字路に戻ります。
撮影日は、2013年5月30日木曜日午後2時50分。
小雨は止みましたが、曇り空は続きます。


130-2.jpg
四脚門を入ってすぐにコンクリート製の大きな鉢があり、
ハスの花が浮かんでいました。
よく見ると、鯉や金魚が泳いでいます。


130-3.jpg
四脚門をくぐり、東に向いています。
石段と仁王門へと続く道の途中に、
たくさんの末寺が並んでいます。
その一つ円妙院から女性が出てこられて、
この辺りの掃除を始められました。


130-4.jpg
では、末寺を一つ一つ回っていきます。
先ずは大雲寺から回ります。


130-5.jpg
こちらは、門を入ってところにある祠です。
「深草七面山」とは、この宝塔寺がある山です。
この山の頂上に、七福神の神社があります。
こちらは、そちらの分社です。


130-6.jpg
では、この奥に進み大雲寺の境内に入ります。


130-7.jpg
ここが大雲寺の境内です。
元々は、宝塔寺の仮本堂でした。
日蓮の孫弟子日像が菩薩として祀られています。
石燈籠の前にはカエデの木が並んでいて、
秋には紅葉が見事でしょうね。


130-8.jpg
こちらは、「三十番神」の祠です。
「三十番神」とは、日本全国の主な神社の主神30柱を
神仏習合にて30体の仏とした神様です。
日像が日蓮宗を京都に布教するための方便として広めたものです。


130-9.jpg
では、大雲寺を出ます。次は、向いの円妙院です。
先ほど女性が出てこられた寺院ですね。


130-10.jpg
円妙院の門をくぐると、中央に石塔がある庭があります。
なかなか見事な庭ですが、この寺院の沿革は分かりませんでした。


130-11.jpg
円妙院を出ました。
次は、大雲寺の東隣り直勝寺です。


130-12.jpg
直勝寺は、中に入ることができませんでした。
ただ、ここの庭園はツツジなどいろいろな花が咲き誇っていました。
ここからでも、十分に堪能できますね。
この写真は、クリックすれば拡大できます。


130-13.jpg
四脚門から、石畳の道を東に約50m進みました。
ここからは仁王門まで急な石段を上ることになります。


130-14.jpg
石段の途中に、日像の荼毘所がありました。
日像は、日蓮の弟子日郎の弟子にあたります。
(つまり、日蓮の孫弟子ですね)
鎌倉時代後期から、日蓮の遺言に従い
京都に日蓮宗を広めることに一生を捧げましたが、
たびたび他宗派から攻撃を受け、
遂に京都市街地から追放されてしましました。
その後、日像は乙訓(今の向日市・長岡京市など)や
この深草で布教活動をした後、
朝廷に許され京都市上京区に妙顕寺を建立しました。


130-15.jpg
日像の荼毘所の向かいに、霊光寺があります。
この名前は、前回ブログにも出てきました。
(瑞光寺の斜め向かいの寺院です)
実は、この二つは同じ寺院です。
(つまり、前回は霊光寺の裏側でした)
ここには、江戸時代の日蓮宗の僧侶日審のお墓があります。


130-16.jpg
石段を上り、朱色の宝塔寺仁王門に着きました。
こちらも、重要文化財です。手前のカエデの木が見事ですね。


130-17.jpg
仁王門の右側「阿形」の仁王さんです。
普通は、門の中央を向いているのですが、(つまり、斜め左)
こちらは、正面を向いています。
こういう仁王像は、ここくらいです。


130-18.jpg
そして、こちらは「吽形」の仁王像です。
やはり、正面を向いています。


130-19.jpg
では、仁王門をくぐり宝塔寺境内に入ります。
先ずは、正面の本堂に行きます。


130-20.jpg
こちらが、重要文化財宝塔寺本堂です。
この宝塔寺は、平安時代初期に藤原基経が建立した
極楽寺の後継寺院に当たります。
鎌倉時代後期に、ここの住持が
京都に日蓮宗を布教しに来た日像に帰依し、
ここを日蓮宗に改宗させました。(もともとは、真言宗)
先ほど紹介した日像の荼毘所に
日蓮・日郎・日像を祀った宝塔を建てたことから、
後に宝塔寺に改名しました。
本堂の中には、本尊の釈迦如来像の両脇に
日蓮・日像の木像が並んでいます。


130-21.jpg
こちらは、本堂の右(南)側です。
大きな木の下に、宝塔寺歴代住持のお墓があります。


130-22.jpg
その左(東)側に、多宝塔がありました。
こちらも、重要文化財です。


130-23.jpg
宝塔寺本堂前から、西を向きました。
七面山をだいぶ上ってきたので、
仁王門の脇から京都市街地が一望できます。


130-24.jpg
宝塔寺仁王門の東側で、右(北)を向きました。
ここを進むとさらに東に進む道があって、
宝塔寺のさらに奥や七面山頂上の「七面宮」に行けます。
ただしそちらに向かうと、さらにあと数回分のブログを消費し、
もはや「本町通編」とは言えなくなってしまいます。
そこで宝塔寺はこのくらいにして、ここを後にします。
(秋に再訪しますので、続きはその時にします)


130-25.jpg
そういう訳で、宝塔寺仁王門をくぐり外に出ます。
門の外には、大きな桜の木があります。
(春ごろも、ここは絶景になります)


130-26.jpg
仁王門から石段を降り、霊光寺の前あたりで西を向いています。
この辺りからでも、京都市街地が一望できます。
晴れていればもっとよく見えるのでしょうが、
梅雨空ではこれが限界です。
それでも西山の稜線くらいは、はっきり見えます。


130-27.jpg
石段を降り、石畳の道を約50m進みました。
では、四脚門をくぐり宝塔寺を出ます。
ちなみに、向こうに走っているのは奈良方面行きのJR奈良線です。


130-28.jpg
宝塔寺四脚門をくぐりました。
このまま西に進み、JR奈良線の踏切を越えると
約200mほどで京阪電鉄「深草」駅です。
(JR奈良線「稲荷」駅は北北西に約500m)
ただ、今回は本町通の元の所に帰りたいため、
ここを左(南)に進みます。


130-29.jpg
宝塔寺四脚門の斜め向かいに、このような看板が出ていました。
「極楽寺」は、今ではこのように町名でしか残っていません。


130-30.jpg
宝塔寺四脚門の前から、南を向きました。
ずっと向こうに見える茂みは、前回ブログで紹介した瑞光寺ですね。
では、そちらの方に向かいます。


130-31.jpg
宝塔寺四脚門から、南に約100m進みました。
ここからでも、瑞光寺本堂の茅葺屋根が見えます。
左(東)側に、先ほども出てきた霊光寺の裏側が見えます。


130-32.jpg
瑞光寺と霊光寺のある十字路で、西を向いています。
ちょうど、JR奈良線の電車が通っています。
突き当りに、線路の向こう(西)側に行ける地下通路があります。
今から、そこを通ります。


130-33.jpg
地下通路を通って、JR奈良線の西側に出てきました。
目の前に、前回ブログでも紹介した児童公園があります。


130-34.jpg
その児童公園の真ん中に立っています。
ここから蛇行しながら西に進む緩やかな下り坂が続きます。
ここを通って、本町通まで向かいます。


130-35.jpg
児童公園から西に、約100m進みました。
ここは前回ブログでも少しだけ紹介した雀食堂です。
ここから、さらに西に向かいます。


130-36.jpg
雀食堂から、さらに西に100mほど進みました。
こちらは、前回ブログでも出てきた京料理のお店です。
なぜか同じ店にカラオケハウスという看板もあります。


130-37.jpg
こちらは、その京料理のお店の向かいの民家です。
なかなか味のある家ですが、
玄関先に祇園祭の(長刀鉾の)粽が貼り付いています。
YAHOO知恵袋でよく「粽はどうしたらいいのか」
という質問を受けますが、このようにすればいい訳です。


130-38.jpg
さらに50mほど西に進みました。
だんだんと本町通とのT字路が見えてきました。


130-39.jpg
ようやく、直違橋7丁目のT字路に行き着きました。
前回ブログでは、ここから瑞光寺に向かいました。


130-40.jpg
直違橋7丁目T字路から、本町通を北に向いています。
ここを北に少し進むと京阪電鉄「深草」駅近くに出るのですが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、またもや本町通から東にそれ石峰寺に向かいます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第131回 花盛りの石峯寺 前編~本町通南から北~その12

伏見稲荷大社の南側に並ぶ寺院のうち、
最北端が今回の黄檗宗石峯寺になります。
伊藤若冲の菩提寺でもあり、若冲が製作した石仏群で有名な寺院です。
というわけで、また本町通を東にそれて山の方に入って行きます。


131-1.jpg
こちらは、前回最後の写真と同じで
直違橋7丁目T字路から、本町通を北に向いています。
今回はここを北に進んだ後、京阪電鉄「深草」駅前で東にそれ、
黄檗宗石峯寺まで行きます。
撮影日は、2013年6月6日木曜日午後2時。
今年も、6月に入って晴れの日が続きます。


131-2.jpg
こちらは、直違橋7丁目T字路にある
「栄泉堂」という和菓子屋さんです。
その辺にある普通の和菓子屋のような店構えですが、
実は京都でも屈指の名店です。


131-3.jpg
「栄泉堂」の店先をアップにします。
花が飾ってありますが、
これらはすべて小豆餡など和菓子の材料で作られています。
こちらの主人は、こういうもののコンクールで
よく表彰されているそうです。


131-4.jpg
「栄泉堂」では、季節がら水無月を買って帰りました。
(本当は、6月30日の大祓に食べるお菓子です)
簡単に言うと、上に小豆の粒が乗った「ういろう」です。
三角形なのは、氷を模しているからです。
写真のように白砂糖から作ったものと
黒砂糖から作ったものがありますが、
自分は黒砂糖で作ったものの方が好きです。
こちらは、黒砂糖の味がかなり前面に押し出されていました。
個人的には、水無月はここが一番おいしいと思っています。


131-5.jpg
直違橋7丁目T字路から、本町通を北に約100m進みました。
西川歯科医院の向かいに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
祠の下に、「八丁目」と書いてあります。
つまり、ここはもう直違橋8丁目です。
脇に家庭ごみが積み上げてありますが、
こちらは撮影と同時に収集車が持っていきました。


131-6.jpg
西川歯科医院から、本町通を北に約40m進みました。
こちらは、近善というスッポンや川魚をメインにした料亭です。
いつも近くは通るのですが、高価で中には入れません。


131-7.jpg
直違橋7丁目T字路から、本町通を北に約200m進みました。
いよいよ第1軍道との交差点にやって来ました。


131-8.jpg
本町通と第1軍道との交差点に、「西垣菓子舗」があります。
40年くらい前までよくあったパン屋も兼ねた駄菓子屋さんです。


131-9.jpg
西垣菓子舗では、こちらを買いました。
普通の袋菓子もたくさん売っています。
あとは、パンやインスタントラーメンなどを売っています。


131-10.jpg
本町通から、第1軍道を西に向いています。
目の前の橋は、琵琶湖疏水と京阪電鉄の線路を越えます。
日本陸軍第16師団の練兵に京阪電鉄の線路が邪魔になる」
という理由で、ここが高架になりました。
第1軍道はこのまま西に進むと、龍谷大学や竹田久保町交差点を過ぎ、
地下鉄「くいな橋」駅や鴨川を越え、最終的には油小路まで続きます。
本町通から師団街道までの第2軍道や第3軍道よりも、長い道です。


131-11.jpg
本町通から第1軍道が高架になる辺りに、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらには「9丁目」と書いてあるものの、祠がありません。
ちょうど南向かいに、祠の中の9丁目のお地蔵さんが
別にいらっしゃいます。
恐らく、こちらは事故や行き倒れで亡くなった方の墓石なのでしょう。


131-12.jpg
今度は東を向きました。
標識にあるように、前回ブログに出てきた宝塔寺への参道です。
つまり、京阪電鉄やJRで宝塔寺に向かうなら、
ここを通ることになります。
また、ここは立命館高校への通学路でもあります。


131-13.jpg
第1軍道から、本町通を北に向いています。
理髪店の時計が、午後2時10分を差しています。
撮影を始めて、約10分がたちました。


131-14.jpg
理髪店から3軒北隣に、この八百屋さんがありました。
また京阪電鉄「深草」駅やJR奈良線「稲荷」駅が近づいてきて、
商店の割合が高くなってきました。


131-15.jpg
八百屋の斜め向かいに、北野豆腐店があります。
平日の午後に閉まっていると潰れたように見えますが、
いつもはこの時間帯は普通に開いています。
普段自分が食べている店はもっと北にあるので、
ここの豆腐の味は分かりません。


131-16.jpg
こちらは、北野豆腐店の斜め向かいです。
普通の民家にこのようなスペースがありました。
「250」と書かれた籠の中の物は、
250円払うと持って帰ることができます。


131-17.jpg
そして、これがその籠の中身です。
梅干しの新作は毎年7月上旬くらいでしょうから、
これは昨年漬けたものでしょうね。
これは、毎日おにぎりに入れています。


131-18.jpg
さらに約20m本町通を北に進みました。
はんこ屋さんと、杉ノ下医院が並んでいます。
その向こうにも、いろいろな商店が隣接し始めました。


131-19.jpg
こちらは、杉ノ下医院の向かいにある森田米穀店です。
この辺の米屋さんは、大きな京町家を伴うことが多いようです。


131-20.jpg
森田米穀店の2軒北隣に、このような花が咲いていました。
多分、アジサイでしょう。(葉の形状から)
別の植物のつるも混じって、判別しにくいですが……
この写真は、クリックすると拡大されます。


131-21.jpg
第1軍道から、本町通を北に約150m進みました。
直違橋10丁目の十字路に来ました。


131-22.jpg
直違橋10丁目の十字路から、西を向きました。
ここから約50m先に、琵琶湖疏水を渡る橋が架かっています。
その先の突き当りが、京阪電鉄「深草」駅です。


131-23.jpg
今度は東を向きました。少し先に、JR奈良線の踏切があります。
ここから本町通をそれて、石峯寺に向かいます。


131-24.jpg
直違橋10丁目の十字路から、約50m東に進みました。
ここで、もうJR奈良線の踏切です。


131-25.jpg
JR奈良線の踏切を渡ったところに、
このような標識がありました。
どの神社仏閣も、ここ最近のブログで紹介したところです。


131-26.jpg
JR奈良線の踏切付近で、東を向きました。
Y字路で左に進むと、200mで石峯寺に着きます。
右の道は程なく右(南)に大きくカーブして、
宝塔寺や瑞光寺、真宗院・嘉祥寺の前を通る道になります。


131-27.jpg
Y字路から約10mで、またY字路に当たります。
今度は右(東)の道を進みます。


131-28.jpg
二つ目のY字路で右を向きました。
ここから細い路地が真東に伸びています。
この突き当りが、石峯寺になります。
そして、真正面に見える山が「石峰寺山」です。
(東山36峰の中で、稲荷山の南隣に当たります)


131-29.jpg
先ほどのY字路から、東に約50m進みました。
古い錆びた表札には、「伏見区 深草野手町」と書いてあります。
その下はだいぶ消えかけていますが、
四条寺町の百貨店「藤井大丸」のロゴが広告で入っています。
(地下の食品売り場が、京都一の品ぞろえの百貨店ですね)
左(東)側の民家には、木製の牛乳受けがあります。
ウチも、約30年前まではあったのですが……


131-30.jpg
Y字路から、東に約100m進みました。
だんだんと石峰寺山の輪郭がはっきりしてきました。
ここに駐車場があるのですが、
こんな細い道を自動車が行き来しているのでしょうか?


131-31.jpg
さらに、50m東に進みました。
今度は、石峯寺へ向かう石段がはっきり見えてきました。
ここで道が広くなったのですが、
左(北)側で住宅を建築されていて、
クレーンで持ち上げた鉄骨が揺れていたので、結構怖かったです。


131-32.jpg
建築中の住宅の東隣りに、道1本隔てて児童公園がありました。
まだ小学校が終わっていない時刻のせいか、公園は無人でした。
(この辺なら、深草小学区と稲荷小学区の間くらいです)
建築中の住宅と公園の間にある道を北に約150m進むと、
古い墓地の中に「ぬりこべ地蔵」がいらっしゃいます。


131-33.jpg
児童公園の前で、東を向きました。石峯寺の石段まで、もうすぐです。
左(北)に行く道を進むと、「深草墓園」という墓地に出ます。
稲荷山を含めて、この辺は古代の共同墓地でした。


131-34.jpg
Y字路から約200mで、この東に伸びる直線の細い道は終わります。
ここから石段を上って、石峯寺の境内に入ります。
左側に、「石像五百羅漢」と書いた石碑があります。
これは、石峰寺山中にいらっしゃる
伊藤若冲が製作した500体の石仏のことを指しています。


131-35.jpg
10mほど石段を上ると、少し南にずれて
今度は少し長くて急な石段が続きます。
この石段の先に、石峯寺の山門があります。


131-36.jpg
長い石段を半分くらい上りました。
この辺りから、カエデの低木が並び始めます。
以前も書きましたが、自分はカエデは青葉が好きなので
思わず撮影してしまいました。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


131-37.jpg
さらに、10mほど石段を上りました。
実は、石段の途中にかなり立派な構えの民家が並んでいます。
同じ石段を上るにしても、
前回ブログで紹介した宝塔寺とはだいぶ違います。


131-38.jpg
石段を上り、ようやく石峯寺山門に着きました。
黄檗宗だけあって、本山の京都府宇治市にある万福寺同様
中国の寺院と見間違えるような朱い土塀の門です。
これから中に入っていくわけですが、
もうだいぶ写真を張り付けたのでここからは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、石峯寺境内から京都市内を一望します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第132回 花盛りの石峯寺  後編~本町通南から北~13

131-38.jpg
こちらは、石峯寺の山門です。伊藤若冲の菩提寺ですね。
黄檗宗の寺院なので、中国の寺院と間違えるような朱い門です。
今回はこの境内を散策した後、本町通に戻ります。
撮影日は、2013年6月6日木曜日午後2時半。
雲一つない快晴でした。


132-2.jpg
石峯寺の山門をくぐりました。中は鬱蒼とした森のようです。
正面の本堂に行く前に、周囲を散策します。


132-3.jpg
山門の左(南)側は、アジサイが咲いていました。
実は、ここから左一面に咲いていました。
撮影日の2013年6月6日段階では、つぼみも多かったですが
6月半ばに入って、満開になってきています。


132-4.jpg
こちらは、アジサイの東側です。
桜の木の下に、このような句碑がありました。
この石峯寺を歌ったもののようですが、
「鈴鹿野風呂」という俳人を自分はよく知りません。


132-5.jpg
鈴鹿野風呂の句碑から、北側を向きました。
こちらは開けていて、いろいろな花が咲いています。
黄色いのは、ブタナでしょうか?
白いのは、白花と思うのですが……
野草関係は、よく分かりません……


132-6.jpg
少し北にずれました。ここに、藤棚があります。
ただこちらは藤ではなく、ヘチマのようです。
左隅に赤い花が咲いていますが、
これも何の花かよく分かりませんでした。


132-7.jpg
藤棚の北隣に、亀石と石碑がありました。
亀石は甲羅の部分がくり抜かれていて、
中に水を入れられます。


132-8.jpg
さらに北側は急に開けて、墓地になっています。
その先が崖になっていて、京都市街地を一望できます。


132-9.jpg
墓地の端まで来て、西を向きました。
ここから、京都市街地が一望できました。
横一直線に、阪神高速の高架が走っています。
ただこの辺は京都市の南端なので、
主な観光地はここからは見えません。
この写真はクリックすると、拡大されます。


132-10.jpg
今度は北北西に向いて、限界までアップにしました。
右(北)側に、教王護国寺(東寺)の五重塔が写っています。
ただ、この東寺周辺が「北北西」に当たるというのが、
石峯寺が京都市街地でもかなり南にあることを証明しています。


132-11.jpg
今度は、反対(南)側を向きました。
では、墓地を出て参道を石峯寺の参道を進みます。


132-12.jpg
墓地を出ようとしたら、
ブタナのめしべにモンシロチョウが止まっていました。
可愛いので、思わず撮りました。


132-13.jpg
今度は参道の砂利道に出ようとしたところに、
こんな虫と出会いました。
これから進もうとする場所に必ず現れるので
一瞬ハンミョウと思ったのですが、
よく見るとこれはコオロギでしょうか。


132-14.jpg
参道に戻っていきました。今は、東を向いています。
白花が咲いている辺りを通り過ぎ、
本堂手前で右(南)に曲がると宝塔寺の石仏群(五百羅漢)に向かいます。
ただ、その前に左(北)側の事務所で拝観料を支払います。


132-15.jpg
では、拝観料300円を払って石仏群を見に行きます。
拝観料を払うと、この団扇を貸してもらえます。
(あとで返却しなければなりません)
途中やぶ蚊がひどいので、虫よけに使います。
(虫の羽音がしたら、団扇で仰ぎます)
また、帰って来たらここでキンカンが塗り放題でした。


132-16.jpg
ここから先は、撮影不可になります。
よって、こちらは寺務所周辺にあった写真をかき集めました。
(この写真は、寺院の方に許可を取って撮りました)
ここからも分かるように、五百羅漢は石峰寺山中に点在しています。
それをすべて見るためには、この石峰寺山を登山することになります。
(ほとんど稲荷山登山と変わりません)
途中に墓地があったのですが、
そこでこの五百羅漢を製作した伊藤若冲のお墓にお参りしました。

伊藤若冲は、江戸時代中期の「天明の大火」で
京都市街地にあった家を焼かれた後、
晩年をこの寺院で過ごしました。
その間に、この石仏群を製作したようです。


132-17.jpg
一通り回った後、本堂前に戻ってきました。
江戸時代中期に、黄檗宗万福寺の千呆(せんがい)が
禅堂として建立しましたが、
明治時代に入って廃仏毀釈や放火などで破壊の限りをつくしました。
元々は、伊藤若冲の天井画などもあったのですが、
今はすべて他の場所に移されてしましました。
現在の本堂は、1985年に再建されたものです。
本尊は、釈迦如来像です。


132-18.jpg
本堂を背に、西を向きました。
こうして見ると、白花が満開なのが分かります。
では、石峯寺を出ていきます。


132-19.jpg
左側のアジサイを見ながら、石峯寺の赤い門を出ます。
ここからでも、京都市街地がよく見えます。


132-20.jpg
石峯寺の門を出ました。
石段を降りながら、京都市街地が眺めることができます。
向こうに見える赤い建物は、龍谷大学深草学舎ですね。
この写真はクリックすると、拡大されます。


132-21.jpg
石峯寺の石段を降りている途中です。
この周辺にはカエデの木が多いので、
秋もかなりの絶景になるでしょうね。


132-22.jpg
石峯寺の石段を降りてきました。
向こうの住宅建築は、まだ続いています。
今から、目の前の西に向かう直進道路を進みます。


132-23.jpg
石峯寺の石段から、西に約50m進みました。
前回ブログで紹介したクレーン車と道の関係は、
このようになっていました。


132-24.jpg
石峯寺石段から、西に約200m進みました。
この突き当りを、左に曲がります。


132-25.jpg
分岐点から約5mで、また分岐点が現れます。
今度は、JR奈良線踏切の方に向かいます。


132-26.jpg
こちらが、JR奈良線踏切です。
ここを渡って、この先に見える本町通へと向かいます。


132-27.jpg
JR奈良線踏切から、西に約50m進みました。
ここはT字路に見えますが、実は変則十字路です。


132-28.jpg
直違橋10丁目十字路で、本町通を北に向きました。
この左(西)に、京阪電鉄「深草」駅があります。
ここから本町通を北上し、
JR奈良線「稲荷」駅に向かうわけですが、
それは次回とさせていただきます。

今回は、ここまでです。

~次回は、ぬりこべ地蔵を参拝します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第133回 ぬりこべ地蔵 前編~本町通南から北~その14

本町通をだいぶ北上してきて、もう200mで伏見稲荷大社です。
ただ、今回も途中で東に曲がるので
伏見稲荷大社へはまだまだ先の回になります……
今回紹介するぬりこべ地蔵は、古い墓地の中にポツンとあります。
実は、このお地蔵さん自体が元々墓石だったりするのですが、
地元民の厚い信仰の対象になっています。


133-1.jpg
前回最後の写真、伏見区深草直違橋10丁目の十字路なのですが……
1週間たって、風景が一変しました!
強い日差しのために、影が色濃く出ています。
今回も約100m先で東にそれ、ぬりこべ地蔵へと向かいます。
撮影日は、2013年6月13日木曜日午後1時半。
まるで、8月半ばです。


133-2.jpg
直違橋10丁目の十字路で西を向きました。
このまま琵琶湖疏水を渡ると、
その先に京阪電鉄「深草」駅があります。


133-3.jpg
今度は、東を向きました。
前回は、ここを通って石峯寺に向かいました。
ただ、その道に「ぬりこべ地蔵↑」という道標があります。
まぁ、ここからでも行けますが、
今回ブログの道順が一番わかりやすいはずです。


133-4.jpg
直違橋10丁目十字路から、本町通を北に約10m進みました。
こちらは、京都で展開している24時間営業のスーパーです。
ただ、こちらの支店は夜中は閉まっていしまします。


133-5.jpg
こちらは、スーパーの向かいです。
この仏具屋さんをはさんで、診療所や薬局が軒を並べています。


133-7.jpg
その薬局の看板の裏側です。
日陰のせいか、満開のアジサイも元気いっぱいです。


133-8.jpg
直違橋10丁目十字路から、本町通を北に約100m進みました。
京町家が並んでいる一角から、魚が焼けた良い香りがしてきました。
こちらは仕出し屋さんで、惣菜を売っています。
特に焼き魚が多く並んでいて、鰆の西京焼きがおいしそうでした。


133-9.jpg
その仕出し屋さんの前で、本町通を北を向きました。
約50m先に、JR奈良線の踏切が見えます。


133-10.jpg
本町通を横断するJR奈良線の踏切に来ました。
右(東)側に、小さな寺院があります。


133-11.jpg
JR奈良線の踏切から、西を向きました。
ここを進むと、琵琶湖疏水を渡って
京阪電鉄「深草」駅と「伏見稲荷」駅の中間になります。


133-12.jpg
JR奈良線の踏切から、北北西に向きました。
向こうに見えるのは、JR奈良線「稲荷」駅のホームです。
伏見稲荷大社まで、あとほんの少しです。


133-13.jpg
JR奈良線の踏切で、東を向きました。
こちらは、光明山攝取院(せっしゅいん)です。
では、ここにお参りします。


133-14.jpg
攝取院の本堂脇に祀られているお地蔵さんです。
先ずは、こちらにお参りです。


133-15.jpg
そして、こちらが攝取院本尊の腹帯地蔵尊です。
ここは、屋外からお参りできるようになっています。
寺伝によれば、このお地蔵さんは比叡山の雲母坂(きららざか)付近で
地中から掘り出されたそうです。
夢のお告げで掘り出したのが伏見稲荷大社付近に住む僧侶だったので、
この地にお地蔵さんを持ち帰り、攝取院を建立したそうです。
(明治時代、JR奈良線敷設の際に多少移動しました)

「腹帯」地蔵尊というだけあって、こちらは子宝にご利益があります。
江戸時代には大名家や将軍家さらには天皇家が帰依して、
子宝が授かるたびに寄進を受けて繁栄しました。
今でも、そのご利益を授かろうとお参りに来られる方が多いそうです。


133-16.jpg
攝取院の北側に、本町通から東に伸びる脇道があります。
また、ここから本町通を東にそれていきます。


133-17.jpg
本町通から、攝取院北側の道を約10m進みました。
かなり細い道ですが、たまに自動車が通ります。
こちらにも、お米屋さんがあります。
ただ、こちらのお米屋さんはいろいろなものを売っている
雑貨屋さんでもあるようです。


133-18.jpg
先ほどのお米屋さんから、東に約100m進みました。
少しずつ緩やかな上り坂になってきました。
細い道の周囲には、昔ながらの民家が並んでいます。
こちらはツツジが咲いています。
日差しが強いと、赤い色が鮮やかに見えます。


133-19.jpg
ツツジが咲いていた民家から、さらに30m東に進みました。
攝取院からずっと真っ直ぐに東に進んでいます。
実は、この辺はかなりの迷路です。
たくさん脇道がありますが、
土地勘がない人がそちらにそれると道に迷ってしまいます。

向こうから、自動車がやって来ました。
何とかよけて、先に進みます。


133-20.jpg
先ほどの写真から、さらに50mほど東に進みました。
カーブミラーがあるのは、ここが十字路だからです。


133-21.jpg
十字路で右(南)を向きました。
左側の石碑に、「豊光大神」など3柱の銘があります。
稲荷山山中の荷田社に合祀されている方ですね。
ただ、こちらの方を探したのですが、
神社や祠のようなものはありませんでした。

ちなみに、こちらの脇道の方に進むと
土地勘のない方は絶対に道に迷いますので
気を付けてください。


133-22.jpg
今度は左(北)を向きました。
伏見稲荷大社本殿脇の東丸神社と神楽殿の間の道を南に進むと、
この十字路に出ます。
ちなみに、右側のブロック塀の向こうは伏見稲荷大社の敷地です。
そして、左側に見える屋根は東丸神社のものです。


133-23.jpg
十字路から、約20m東に進みました。
攝取院からずっと真っ直ぐ進んでいます。
この道の突き当りが見えてきました。
その先に見えるのが、稲荷山です。


133-24.jpg
伏見稲荷大社のブロック塀の上に、
「ぬりこべ地蔵 石峯寺 →」と書かれた標識がありました。
ぬりこべ地蔵を通り抜けると、そのまま石峯寺の前に出ます。
もし本町通にこだっわっていなかったら、
ここから十二帝陵までは、800mほどしか離れていません。


133-25.jpg
攝取院から続いていた道も約300mで突き当り、
ここでT字路になります。


133-26.jpg
T字路で左(北)を向きました。
ここから伏見稲荷大社へ道が伸びていますが、
途中に鉄門扉があるので、ここからは入れません。


133-27.jpg
今度は、右(南)を向きました。
住宅地に囲まれて、古い墓地があります。
今回の目的地でもあります。


133-28.jpg
いよいよ墓地の中に入っていきます。
古い墓石の向こう側は小山になっていて、
その上も墓地になっています。
この写真は、クリックすれば拡大できます。


133-29.jpg
古い墓石の中に、お地蔵さんなどの石仏が並んでいます。
こうして見ると、大昔はお地蔵さんが
墓石として使われていたことが分かります。


133-30.jpg
先ほどのT字路から、そのまま南に進んで
墓地の中を進んでいきます。
ここは「墓地」と言っても、住宅地に近いので
寂しい雰囲気はありません。
実際、この道は近隣住民の生活道路でもあります。


133-31.jpg
墓地の中に、このような看板がありました。
これを見ると、ここが攝取院のお墓であることが分かります。
残念なのは、不法投棄される方がいるから
このような看板が必要になっているということです。


133-32.jpg
T字路から、南に約50m進みました。
小屋の向こう側に、お地蔵さんの祠が見えてきました。


133-33.jpg
こちらが、「ぬりこべ地蔵」の祠です。
元々はここから約1km西の
伏見区深草西浦町の京都警察学校敷地内にありました。
明治時代に、日本陸軍第16師団練兵所を作る際に、
こちらに移転してきました。
ですから、ぬりこべ地蔵は元々攝取院関連施設ではありませんでした。
それどころか、このお地蔵さんの出自や名称の由来は不明です。
(名称の由来は、大きく二説あります)
虫歯や歯の健康にご利益があるとされ、
江戸時代には多くの信者を集めましたが、
その時点で既に出自は分からなくなっていました。
江戸時代の古地図には、「ぬりこべ墓」と書かれています。
ですから、元々は誰かのお墓であったことだけは確かです。


133-34.jpg
お地蔵さんの脇にあった小屋に管理人のおばあさんがいらして、
その方に500円払ってお札を買いました。
これを痛いところに貼ると、ご利益があるそうです。


133-35.jpg
そして、500円払ってシキビを買いました。
さらに100円払って、蝋燭と線香を買いました。
それぞれお供えして、ぬりこべ地蔵さんにお参りしました。


133-36.jpg
今度は南側から北に向かって、ぬりこべ地蔵を撮りました。
ここから見ると、
本当に墓地の中にいらっしゃることが分かります。
屋外にいらっしゃるので24時間参拝が可能ですが、
小屋の中に管理人さんがいらっしゃるのは、午後3時までです。
もう少しここの墓地を散策しますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、この墓地で荷田春満のお墓を参ります~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第134回 ぬりこべ地蔵 後編~本町通南から北~その15

134-1.jpg
ここは、攝取院の外部墓地のほぼ中心です。
ぬりこべ地蔵尊の前で、南を向いています。
今回は同じ墓地内にある荷田春満のお墓参りをした後、
JR奈良線「稲荷」駅まで進みます。
(お墓の位置は、ぬりこべ地蔵尊の管理人さんが教えてくれました)
撮影日は、2013年6月13日木曜日午後2時。
この時点で、すでに熱中症一歩手前でした……


134-2.jpg
ぬりこべ地蔵尊から、南に約15m進みました。
ここは、攝取院外部墓地の南端になります。
このままこの道を南に進むと、
約150mで第131回ブログで紹介した石峯寺前の公園に出ます。
今回は、管理人さんの指示通りここを左(東)に曲がります。


134-3.jpg
墓地の最南端で東を向きました。
次は、ここを住宅地の手前まで進みます。


134-4.jpg
墓地の南側入口にいらっしゃるお地蔵さんです。
全部で6体いらっしゃいます。
よく見ると、皆さん表情が違います。


134-5.jpg
では、墓地の南端を東に進みます。
右(南)側は、丘陵地になっています。
左(北)側は、まだまだ墓地ですね。
この辺りから急な上り坂になって、完全に山道になります。
ちなみに、この道はやがて分岐して
稲荷山か石峯寺山の中に入っていきます。


134-6.jpg
墓地南端のお地蔵さんの前から、約50m東に進みました。
ここで墓地が終わり、ここより東は住宅地になります。
この向こうに、
赤い百日紅(サルスベリ)の花がもう咲いています。
お盆前後に咲くイメージがあるのですが、
それだけ今年の6月は暑いのでしょうか?


134-7.jpg
先ほどの写真の地点で、左(北)を向きました。
ここは、攝取院外部墓地の最東端になります。
向こうに、唯一「銘」のない墓石があります。
それが、荷田春満(かだのあずままろ)のお墓です。
(伏見稲荷大社本殿脇の東丸神社のご祭神です)

荷田春満は、江戸時代の国学者で賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤と並ぶ
「国学の四大人」の一人です。(賀茂真淵の師匠でもあります)
まぁ、自分は「連歌師」としてのイメージが強いのですが……


134-8.jpg
荷田春満のお墓の手前に、このような墓碑がありました。
荷田氏自体は、おそらく弥生時代くらいから
この深草一帯を支配していた豪族でした。
(文字のない時代なので、推測の部分もありますが。
ただ、鴨川から深草ススハキ町~深草西浦町一帯に、
「深草遺跡」という広大な弥生遺跡があります)
時代が下ると、荷田氏は伏見稲荷大社の神官職となり、
都の神祇官の要職を任されるようにもなりました。
荷田春満の邸宅が伏見稲荷大社の敷地内にあったのも、
そのような事情からです。


134-9.jpg
荷田春満のお墓参りを済ませて、墓地南端の道に戻ってきました。
今度は西を向いているので、右に墓地が見えます。
(この背後に住宅があります)
ここからでも、京都市街地が一望できますね。
では、この急な坂道を下って西に進みます。


134-10.jpg
住宅地から約50m西に進み、十字路に戻ってきました。
ここを左(南)に進めば石峯寺に、
右(北)に進めばぬりこべ地蔵尊に着きます。
(真っ直ぐ進むと迷路状になっていて、
土地勘のない方は道に迷います)


134-11.jpg
十字路で北に向きました。
右側に、先ほどのお地蔵さんがいらっしゃいます。
では、向こうに見えるぬりこべ地蔵尊を通り抜け、
この墓地から本町通に戻ります。


134-12.jpg
先ほどの十字路から、北に約15m進みました。
ここは、今回ブログ最初の地点です。
(向いている方向は、逆ですが……)
ちなみに、この左(西)にぬりこべ地蔵尊の祠があります。
次はここをまっすぐ進み、また細い道に入っていきます。


134-13.jpg
攝取院外部墓地の最北端に来ました。
さらに北に進むと、前回ブログにも出てきたT字路があります。
またそちらに向かいます。


134-14.jpg
T字路で、西を向きました。
この少し緩やかな下り坂を直進し、本町通へと向かいます。


134-15.jpg
T字路から、この細い道を約100m進みました。
ここで十字路になります。
右(北)に進むと伏見稲荷大社本殿前に出ますが、
ここは本町通を目指し、直進します。
(左に進むと、土地勘のない人は道に迷います)


134-16.jpg
先ほどの十字路から、約100m西に進みました。
この細い道はまだ続きますが、だいぶ坂を下ってきました。


134-17.jpg
下り坂の細い道の途中で、民家が野菜を売っていました。
玉ねぎとかおいしそうですが、
この日は暑くて重いものを持つ木になられず結局買いませんでした。


134-18.jpg
さらに約10mほど西に進みました。
この道は自動車がやっと一台通れるほどなのですが、
それでもここに駐車場があります。
向こうに見えるのは、伏見稲荷大社の宿泊施設です。
確か格安で泊めてくれます。


134-19.jpg
攝取院外部墓地脇のT字路から西に約300m進むと、
この細い下り坂も本町通で突き当ります。
踏切の所に、ちょうどJR奈良線の電車が入ってきました。


134-20.jpg
ここでようやく本町通とのT字路です。
左(南)側は、前回ブログで訪問した攝取院とその駐車場です。
右(北)に進めば、程なく伏見稲荷大社です。


134-21.jpg
攝取院の前のT字路で、本町通を北に向いています。
左(西)側は、JR奈良線の線路になっています。


134-22.jpg
攝取院から、本町通を北に約10m進みました。
少し先に、JR奈良線「稲荷」駅が見えます。
線路側にアジサイが咲いていましたが、
この暑さで干からびていました……


134-23.jpg
こちらは、アジサイの向かい側にあった画材屋さんです。
ここは結構な老舗で、アクリル絵の具などもきちんとそろっています。


134-24.jpg
さらに10mほど、本町通を北に向かいました。
ここは、JR「稲荷」駅のランプ小屋です。
1879年に旧東海道線開通時に作られたランプを納める小屋です。
旧国鉄の現存する最古の施設で、準鉄道記念物です。


134-26.jpg
ランプ小屋の北隣はJR奈良線「稲荷」駅なのですが、
さらに北側にあるこのコンビニエンスストアに寄ります。
実は、この店はこの辺の名物店だったりします。


134-27.jpg
コンビニエンスストア入り口付近にガチャの機械が並んでいますが、
そのいちばん左端がおみくじだったりします。
おみくじのガチャは、いくら京都でもそんなにはありません。


134-28.jpg
そして、もう一つの名物がこの豆大福です。
この大福は外部発注ではなく、
この店の経営者が自分で作っているそうです。
(ですから、この支店のオリジナルです)
12個限定品なので、午後3時で3個買えたのは
かなりラッキーでした。
(通常は、2日前に予約したりします)


134-29.jpg
そのコンビニエンスストアから、南を向きました。
目の前に、JR奈良線「稲荷」駅が見えます。
(この左が伏見稲荷大社です)
では、今回はここまでとします。

~次回は、またまた伏見稲荷大社境内を散策します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第135回 大祓前日の伏見稲荷~本町通南から北~その16

135-1.jpg
ここは、JR奈良線「稲荷」駅のホームです。
京都駅、「東福寺」駅の次の駅ですね。
今回は、ここ伏見稲荷大社にこのブログ何度目かの参拝をします。
大祓前日というのに、完全に通常モードでした……
撮影日は、2013年6月29日土曜日午後1時。
前日の雨がウソのような熱中症になりそうな日でした。


135-2.jpg
JR奈良線「稲荷」駅のホームから、改札口に向かいます。
修学旅行生が多いのか、制服姿が目立ちます。


135-3.jpg
JR奈良線「稲荷」駅を出て、東を向いています。
本町通越しに、赤くて大きな鳥居が姿を表します。
ここから、伏見稲荷大社になります。


135-4.jpg
本町通を越え、赤い鳥居をくぐり、
石畳の上り坂を本殿のある東に進んでいます。
この石畳の両脇は、カエデ並木になっています。
秋には壮観な眺めになります。
今年(2013年)の秋に、この辺の紅葉特集をする予定です。
そのときに、再訪しようと思っています。


135-5.jpg
本町通から、石畳の参道を東に約100m進みました。
右(北)側に、末社の3柱がいらっしゃる祠が並んでいます。
右から、霊魂社(物故した歴代神官を祀る)
藤尾社(祭神:舎人親王)、熊野社(祭神:伊邪那美大神)が
いらっしゃいます。

135-6.jpg
末社の祠の向かい(南)側に、駐車場と駐輪場が見えます。
自動車で来られる方は、ここを利用します。
その向こうは「参集殿」で、
参拝者のための食事と宿泊のための施設です。
(前回ブログでも出てきました)


135-7.jpg
本町通から東へ、石畳の上り坂を約150m進みました。
いよいよ伏見稲荷大社の楼門前に来ました。


135-8.jpg
楼門をくぐる前に、手水舎に寄ります。
先ずは、手と口の中を清めます。


135-9.jpg
では、楼門をくぐって中に入っていきます。
この日は、日本語以外もいろいろ飛び交っていました。
楼門付近では、韓国語が多かったように思います。
(自分に通じたので、韓国語です)


135-10.jpg
楼門をくぐり、東を向いています。
骨組みだけで、大祓の「茅の輪」はできていません。
拝殿越しに本殿が見えます。右(南)の方から本殿の方に回り込みます。


135-11.jpg
こちらは、拝殿の南側です。
右側のお屋敷は、荷田春満の邸宅跡です。
荷田氏は代々伏見稲荷大社の神官職を務めていた関係で、
ここに邸宅があったのでしょう。


135-12.jpg
荷田春満の東隣りに、「東丸神社」があります。
荷田春満は、晩年「東丸」(あずままろ)と改名しました。
つまり、ここの祭神は荷田春満です。
京都では「受験の神様」として、
北野天満宮と並んで親しまれています。


135-13.jpg
東丸神社の東隣りに、南へ通じる細い道が続いています。
「荷田東丸大人墓道」と書いてあります。
ここを真っ直ぐ進むと、
少し蛇行した後前回ブログのカーブミラーのある十字路に出ます。
そこから、ぬりこべ地蔵尊や荷田春満のお墓がある墓地に行けます。


135-14.jpg
拝殿を回り込み、本殿の前に来ました。
いよいよ本殿に参拝しますが、本殿そのものは撮影不可です。
ここから先は、カメラをしまいます。


135-15.jpg
カメラを片付ける前に、これだけは撮りました。
先ほどの骨組みとこの立札以外
大祓を連想させるものはここにはありません。


135-16.jpg
こちらは、本殿の真裏からさらに東を向いています。
賽銭箱などがありますが、ご神体を祀る祠や社がありません。
それは、ここのご神体が稲荷山そのものだからです。


135-17.jpg
本殿の北側に、大きな社務所があります。
赤い提灯がぶら下げてあり、
もう次の「本宮祭」の準備が始まっています。


135-18.jpg
その社務所と講務本庁との間に、
さらに東に進むための石段があります。
両脇のカエデ並木がきれいですね。


135-19.jpg
この石段は、玉山稲荷の祠の前で終わります。
ただ、そこから少し南に折れると
さらに東へ進む石段が姿を現します。


135-21.jpg
そしてその石段の突き当りに、稲荷山への登山口があります。
鳥居がたくさん並んでいるのが、目印です。


135-22.jpg
いよいよ稲荷山に足を踏み入れました。
この日は本当なら熱中症になりそうなくらい暑い日でしたが、
この辺りはとても涼しく過ごしやすかったですね。

少し先に石製の鳥居があります。
そこを左(北)に折れると祭場に出ますが、
公開していないので誰も向かいません。


135-23.jpg
稲荷山を登り始めてから、約100m東に進みました。
いろいろなところで紹介されている千本鳥居の分かれ道ですね。
別にどちらから行ってもいいのですが、
自分はいつも長くて起伏のある左側の道を進んでいます。
今回も、そちらに進みます。


135-24.jpg
千本鳥居の左側の道を約50m進みました。
ここは赤い鳥居のトンネル状になっていますが、
その上もたくさんの樹木に囲まれており、
それが直射日光を抑えてくれています。


135-25.jpg
急に鳥居の密度が濃くなり、隙間がほとんどなくなってきました。
そのため、この辺りだけまるで夕方のように暗くなります。
その先が急に広くなります。奥社に着きました。


135-26.jpg
広場の中央に、奥社の社があります。
元々稲荷山自体が古代の共同墓地で、
今も「霊山」としての役割があります。
稲荷山登山は、「お山巡り」と言って
途中にある社や塚・お墓などをお参りする巡礼でもあります。


135-27.jpg
こちらは、奥社の手水舎です……
目の前の方が、自分の手足にここの水をかけていらっしゃいました。
多分マレー系の方と思うのですが、
この手水舎が宗教施設とは理解されていないようでした。
明らかに悪意などはなくて、
単に暑いからこのようなことをされているのでしょうが……


135-28.jpg
奥社の社に、このようなことが書いてありました。
せっかくここまで来たので、ここにも寄ってみます。


135-29.jpg
千本鳥居の分かれ道を背に、東を向いています。
この左側に、奥社の社があります。
奥に石灯籠が二つありますが、あれが「おもかる石」です。


135-30.jpg
「おもかる石」をアップにしました。
厳密には、石燈籠の上に置いてあるまるい石が「おもかる石」です。
この二つの石を持ち上げてみて、思ったより軽かったら
願い事がかなうという言い伝えがあります。
自分は持ち上げてみて、予想よりはるかに重かったです……
まぁ、かなわないことこそ「願い事」と思うようにします。


135-31.jpg
今度は、奥社の前で西を向きました。
千本鳥居の脇に、茶店があります。
「冷やしあめ」とのれんに書いてあるので、
そちらに寄ります。


135-32.jpg
諸事情で、「冷やしあめ」の写真はありません。
(単に、撮り忘れただけなのですが)
代わりに、こちらの写真を掲載します。
縁側に座って「冷やしあめ」を飲んでいる間、
この桔梗を見ていました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


135-33.jpg
こちらは、奥社の北側です。
ここから北に進むと、熊鷹社・三辻経由で
四辻の展望台に行くことができます。
ただ時間がないので、今回はここで引き返します。


135-34.jpg
では、千本鳥居を通って元の場所に戻ります。
今度は左の道を進みます。


135-35.jpg
こちらの道は、右側の道の半分くらいの長さしかありません。
また平坦なので、すぐに合流点に着きました。


135-36.jpg
千本鳥居の合流点から、西に約100m進みました。
この辺りで、稲荷山の登山が終わります。


135-37.jpg
稲荷山の登山口から西を向いています。
ここから、伏見稲荷大社本殿辺りに向かいます。


135-38.jpg
石段を西の方へ、ずっと降りてきました。
ここは、講務本庁と社務所との間です。
(さらに左に、本殿があります)
ここを、突き当りまで西に進みます。


135-39.jpg
拝殿の北側を西に歩いています。
右(北)側は一見土産物屋さんですが、
神具と伏見人形を売っているお店です。


135-40.jpg
稲荷山登山口脇の石段から続いた道も、ここで突き当りです。
この左(南)側に、先ほどの手水舎と楼門があります。
次は、楼門前から西に伸びる石畳の道を
JR奈良線「稲荷」駅に向かいます。


135-41.jpg
伏見稲荷大社楼門前から、JR奈良線「稲荷」駅へと向かっています。
カエデ並木の向こうに本町通が見え、
その向こうに豆大福がおいしいコンビニエンスストアがあります。


135-42.jpg
伏見稲荷大社から西に約150m進み、本町通まで来ました。
残念ながら、コンビニエンスストアの豆大福は売り切れていました。
仕方がないので、今日は南隣の「稲荷」駅から帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、伏見稲荷大社の門前町を紹介します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第136回 猛暑の稲荷繁栄会~本町通南から北~その17

136-1.jpg
一週間ぶりのJR奈良線「稲荷」駅です。
前回はここから伏見稲荷大社を参拝しましたが、
今回はここから本町通を北上します。
(第4回ブログとは逆の道順になります)
この辺りの本町通は「稲荷繁栄会」という商店街なのですが、
伏見稲荷大社参拝に来られた方を対象にしているお店と
地域住民を対象にしているお店が仲良く並んでいます。
それが、本町通最大の特徴ですね。
撮影日は2013年7月6日土曜日午後2時。
日差しの強いとにかく暑い一日でした。


136-2.jpg
今まで乗っていたJR奈良線の車両が、南の方に向かいます。
車両で見えませんが、このすぐ先に攝取院がある踏切があります。


136-3.jpg
では、ホームから改札口を通ります。


136-4.jpg
その改札口の前から、東を向いています。
本町通越しに、伏見稲荷大社の赤い鳥居が見えます。
この日は日差しが強かったので暗くなってしましましたが、
駅舎内部は木造で、それなりに雰囲気のあるところです。


136-5.jpg
JR奈良線「稲荷」駅の前で、本町通を南に向きました。
ここは、前々回ブログで通った道です。
この少し先に、攝取院があります。


136-6.jpg
JR奈良線「稲荷」駅から東を向きました。
本町通越しに、伏見稲荷大社の赤い鳥居があります。
(前回ブログでは、ここを進みました)
駅舎内で、インド人女性(民族衣装から)にこう質問されました。
伏見稲荷大社にはどのように行けばいいですか?」
無言でここを指さすと、駅からあまりに近いので驚かれていました。


136-7.jpg
そして、JR奈良線「稲荷」駅前で本町通を北に向きました。
今回ブログは、ここを進みます。


136-8.jpg
ここはJR奈良線「稲荷」駅の北隣にあるコンビニエンスストアです。
この日も寄ってみたのですが、豆大福は売り切れていました。


136-9.jpg
そのコンビニエンスストアの前あたりから、
本町通を北に向いています。
この辺りの商店街「稲荷繁栄会」は、
参拝者と地域住民を対象にしたお店が混在しています。


136-10.jpg
さらに、30mほど本町通を北に来ました。
ここは肉屋さんで、この日は焼き肉用和牛が安くなっていたそうです。
(店内に、そう書いてありました)
ただ、ここは参拝者に向けて唐揚げなども売っています。
(ヨーロッパ系の方が、割と買われていきます)


136-11.jpg
JR奈良線「稲荷」駅から、本町通を北に約50m進みました。
ここは、稲荷新道との交差点です。
この辺で、一番賑やかな場所です。


136-12.jpg
本町通から、稲荷新道を東に向きました。
ここは、伏見稲荷大社の裏参道で御幸通とも言います。
初詣のときは、帰り道の一方通行になります。


136-13.jpg
今度は、本町通から稲荷新道を西に向きました。
ここをまっすぐ進むと、
約100m先に京阪電鉄「伏見稲荷」駅があります。
左手(交差点の南西角)に、「ねざめ家」という茶店があります。
(このブログの常連のお店です)
せっかく来たので、またここに寄ります。


136-14.jpg
ここは、ねざめ家の店内です。昼過ぎなので、結構空いています。
この日は猛暑だったので、テーブルに一つ団扇が用意されていました。
壁際には、伏見人形が並んでいます。


136-15.jpg
この日は、この1200円のセットを注文しました。
(名物スズメの焼き鳥は、冬しかありません)


136-16.jpg
こちらは、京寿司のセットです。
稲荷寿司・巻き寿司・鯖寿司です。
最近は京都でも握りずしが増えましたが、
自分は「寿司」といえば、こういうものを思い浮かべます。


136-17.jpg
そして、こちらがウナギです。
元々この「ねざめ家」は、ウナギ専門店でした。
(今は、スズメの焼き鳥の方が有名ですが)
このウナギには、山椒を大量にかけていただきました。
(七味も、この辺りの名物です)


136-18.jpg
食事がすんで、ねざめ家を出ました。
今、稲荷新道から本町通を北に向いています。
では、ここを進んでいきます。


136-19.jpg
稲荷新道の交差点から、本町通を約30m進みました。
京都銀行稲荷支店の北側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
(第4回ブログでも紹介しました)


136-20.jpg
そして、こちらはそのお地蔵さんの向かいです。
「いなり ふたば」も、出町柳のお店同様豆大福のお店です。


136-21.jpg
そこで豆大福を買おうとしたのですが……
売り切れていました。
午後2時半段階で売れ残っていることの方が珍しいのでしょうが……


136-22.jpg
豆大福がありませんでしたので、水無月を買いました。
もう大祓は終わりましたが、
京都は水無月が夏の間中売られています。
やはり、冷茶が合いますね。


136-23.jpg
「ふしみ ふたば」の前から、本町通を北に向いています。
この日は土曜日ということもあって、
閉まっているお店もありました。


136-24.jpg
「ふしみ ふたば」から、本町通を2軒北に進みました。
こちらは「伏見稲荷郵便局」ですが、
土曜日なので閉まっていました。


136-25.jpg
郵便局から、本町通を約50m進みました。
こちらは、「こにしいも」という焼き芋屋さんです。
釜を使って芋を焼くお店は、ここ以外なら
京都では寺町松原の店と藤森の店くらいしかありません。


136-26.jpg
そして、こちらが500円払って買った焼き芋です。
なかなか甘くてホクホクしていました。


136-27.jpg
「こにしいも」さんから、本町通を北に向いています。
約20m北で、京都中央信用金庫と京都信用金庫が向かい合っています。


136-28.jpg
京都信用金庫稲荷支店の前で、東を向いています。
児湯と中央信用金庫の北隣に、京都市立稲荷小学校があります。
いつもは小学校を写す時は気を使うのですが、
土曜日だとだれもいないので遠慮なく撮れます。


136-29.jpg
京都市立稲荷小学校から、本町通を北に約100m進みました。
看板にローマ字で「Inari haneikai」と書いてありますが、
このT字路が「稲荷繁栄会」の最北端になります。
(向こうに見える理髪店は、稲荷繁栄会ではありません)


136-30.jpg
そのT字路で西を向きました。
ここをまっすぐ進むと、JR奈良線の踏切と琵琶湖疏水の橋があって、
さらに進むと京阪電鉄の踏切を越えて師団街道の前に出ます。
(確かコロッケがおいしい「岡田さん」という肉屋があったはずです)
一見すると普通の路地ですが、
実はここが京都市伏見区と京都市東山区の区境です。
(左が伏見区で、右が東山区)
伏見区まではいろいろな商店が並んでいましたが、
東山区に入るとまた違う風景に変わります。
その様子は、また次回に書きます。

今回は、ここまでです。

~次回は、ここから京阪電鉄「鳥羽街道」駅に向かいます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第137回 真夏の本町通~本町通南から北~その18

136-30.jpg
この路地が「稲荷繁栄会」の最北端で、
京都市伏見区と京都市東山区との区境です。
左(南)側が伏見区で、右(北)側の理髪店から東山区です。
今回はここから東山区に入り、
京阪電鉄「鳥羽街道」駅を目指します。
撮影日は、2013年7月13日土曜日午後3時。
梅雨が明けたら、連日の炎天下です。


137-2.jpg
先ほどと同じ地点で、本町通を北に向きました。
東山区に入った途端、商店がそれほど見られなくなります。


137-3.jpg
先ほどのT字路から、約10m北に進みました。
いつもは、ここに赤い鳥居が積み上げられています。
どうやらここは、稲荷山の千本鳥居の工房のようです。

ちなみに、稲荷山の千本鳥居は木製ということもあって
10年そこそこで破損してしまいます。
実は、かなり早いサイクルで鳥居は入れ替わっています。


137-4.jpg
ここは、その工房の向かいです。
ねざめ家にも置いてあった伏見人形の老舗です。
そう言えば第4回ブログでも紹介しましたね。


137-5.jpg
伏見人形のお店の北隣は、久野病院です。
この辺では一番大きな病院で、自分も何度か治療してもらいました。


137-6.jpg
久野病院の前から、本町通を北に向いています。
病院の向かいに、薬局、理髪店、飲食店が並んでいます。
これらのお店は、
病院の職員や患者、見舞いに来られた方などが利用します。


137-7.jpg
久野病院から、本町通を北に約30m進みました。
こちらは、極楽寺という寺院です。
ただ、こちらの沿革はよく分かりませんでした。


137-8.jpg
極楽寺から、本町通を北に約100m進みました。
オーガニック食材のお店、薬局、洋菓子店が並んでします。
もう少し北に行くと「第二久野病院」があって、
この辺りはその関連のお店が多くあります。


137-9.jpg
この辺りで、本町通から西を向きました。
お地蔵さんの背後にある塀の向こうに、
JR奈良線の線路があります。
実は、この線路より向こう(西)は再び伏見区になります。


137-10.jpg
そして、今度は東を向きました。
すぐ先で道が途切れていますが、
その辺りから向こうが伏見区です。
お気づきでしょうが、
この本町通だけ東山区の部分が南に張り出しているのです。


137-11.jpg
さらに、約30m本町通を北に進みました。
西側にまた大きな病院が姿を現しました。
ここが、「第二久野病院」です。
先ほどのものと同系列の病院ですね。


137-12.jpg
こちらは、第二久野病院の北隣です。
京都鳥羽郵便局は、土曜日なので閉まっていました。
「鳥羽」とは、ここよりもう少し西の方の地名です。
(京都市南区~京都市伏見区になります)
ここより西の方で1868年に「鳥羽伏見の戦い」がありました。
(戊辰戦争のうち、京都が戦場になった部分です)


137-13.jpg
京都鳥羽郵便局から、本町通を約50m北に進みました。
いよいよ本町十条のT字路です。


137-14.jpg
本町十条の交差点から、十条通を西に向きました。
ここ本町通が、十条通の最東端になります。
標識を見ると、
ここが伏見稲荷大社と東福寺の中間点であることが分かります。


137-15.jpg
ここは第4回ブログでも紹介しましたが、
本町十条の南側は更地になっています。
ここに阪神高速が通る予定です。
元々ここには商店がたくさん並んでいました。
(京阪電鉄「鳥羽街道」駅が近いせいです)


137-16.jpg
本町十条から、今度は本町通を北に向きました。
少し先に田中神社があって、さらに進むと東福寺です。
こちらの道は近日紹介しますが、
今回はここから十条通を西に進みます。


137-17.jpg
本町十条のT字路から、十条通を西に向きました。
今から、ここを進みます。


137-18.jpg
本町通から、十条通を約10m進みました。
住宅の切れ目から、「任天堂」の本社が見えます。
任天堂のことを隠語で「東福寺」と呼ぶ方がいらっしゃいますが、
京都人の感覚では、「十条」または「鳥羽街道」です。


137-19.jpg
十条通をさらに約10m西に進みました。
手前の文房具屋さんはまだまだ頑張っていらっしゃいますが、
向こうの大衆食堂はもう閉めていました。

また、ここはJR奈良線と京阪電鉄の踏切が並んでいます。
どちらも電車の待ち時間が長いので、
ここは「開かずの踏切」と言われています。
ただ安全面の結果なので、
自分は今のままで構わないと思うのですが……


137-20.jpg
JR奈良線の踏切で、南を向きました。
ここは「稲荷」駅と「東福寺」駅の中間点に当たります。


137-21.jpg
今度は、北を向きました。
ずっと向こうに陸橋が架かっていますが、
この上を京阪電鉄が通っています。


137-22.jpg
今度は、京阪電鉄の踏切です。
こちらは電車の本数が多いので、
踏切の上で立ち止まることができません。


137-23.jpg
今度は京阪電鉄の踏切から、十条通を西を向きました。
約100m先に琵琶湖疏水があって、
さらに100m先に阪神高速道路のジャンクションがあります。
阪神高速はここから山科の方に伸びる予定で、
本町十条のT字路で更地が多かったのは、これが原因です。


137-24.jpg
京阪電鉄の踏切を渡ったところで、十条通を北に向きました。
ここは、京阪電鉄「鳥羽街道」駅です。
鳥羽街道とは、十条通の別名ですね。
この駅の近くに任天堂の本社があり、住宅地ということもあって
普通しか停まらない割には乗降者が多い駅です。
また、一駅先の「東福寺」駅でJR奈良線にも乗り換えられます。
今回は、ここから電車に乗って帰ります。

~次回は、いったん「本町通」編をお休みします。
祇園祭が近づいたので、そちらにお邪魔します。
昨年全山鉾を制覇しましたが、
一つだけイベントに参加していなかったので……~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第140回 芬陀院で一休み~本町通南から北~その19

祇園祭も終わったので、今回からまた本町通を北上します。
次の目標は東福寺ですが、今回はその手前にある芬陀院に向かいます。
紅葉シーズンには超満員になるこれらの寺院ですが、
夏場なので結構空いていて庭園を独占できました。


140-1.jpg
久しぶりの京阪電鉄「鳥羽街道」駅です。
とは言え、本当は祇園祭を見に行く前に撮影したのですが……
先ずは、ここから本町通に向かいます。
撮影日は、2013年7月14日日曜日午後1時。
この時点では炎天下の猛暑でしたが、
やがて激しい夕立が降りました。


140-2.jpg
先ほどまで乗っていた普通電車が、大阪の方に向かっていきます。
駅のホームを南下して、出口に向かいます。


140-3.jpg
京阪電鉄「鳥羽街道」駅には、
大阪方面のホームに改札口がありません。
この先に地下への階段があり、そこから反対側ホームに移動します。

大阪方面のホームを歩いていると、
JR奈良線の電車が通り抜けていきました。
この辺は二つの路線が並走しています。


140-4.jpg
駅のホームの南端から、地下道を通りました。
反対側ホームに出て、目の前の改札口から
京阪電鉄「鳥羽街道」駅を出ていきます。


140-5.jpg
京阪電鉄「鳥羽街道」駅の前から、十条通を東に向きました。
目の前の京阪電鉄の踏切で、遮断機が降りてきました。
よく見ると、向こうのJR奈良線の踏切も、遮断機が降りています。
ここは並走する二つの路線の踏切が交互に下りるので、
「開かずの踏切」と言われています。
第137回ブログでも書きましたが、
安全面を考えた結果なので個人的には問題ないと思っています。


140-6.jpg
ようやく踏切の遮断機が上がりました。
ここから線路を越えて、十条通を東に向かいます。



140-7.jpg
京阪電鉄「鳥羽街道」駅から、十条通を東に約50m進みました。
ここで十条通は突き当りになり、本町通と交差します。
第137回ブログでは、右(南)からここに来ました。

140-8.jpg
十条通東端に喫茶店があったのですが、
その正面にこのような張り紙がありました。
この辺は、こういう看板が多くあります。


140-9.jpg
十条通を突き当り、本町通を北に向きました。
では、ここからはこの本町通を東福寺へ目指して北に進みます。


140-10.jpg
十条通から、本町通を北に約50m進みました。
西側に、小さな神社があります。
こちらの「田中神社」に入っていきます。


140-11.jpg
では、「田中神社」の中に入っていきます。
境内に入ってすぐに、手水舎はありました。
ただ、水が入っていないので素通りします。


140-12.jpg
こちらが、「田中神社」の本殿です。
ここは伏見稲荷大社の境外末社です。
この神社の沿革の詳細はもうわかりませんが、
「古今著聞集」などの記述によると
平安時代にはここよりもっと西にあったそうです。
(洪水で流されて、ここに移転しました)


140-13.jpg
では、「田中神社」を出ます。
目の前のお地蔵さんにお参りした後、
左(北)の方に進んでいきます。


140-14.jpg
田中神社の前から、本町通を北に向いています。
またこの辺りから、雰囲気のあるお店や町家が並びだします。


140-15.jpg
田中神社から、本町通を約30m進みました。
この「スーパースマイル」というお店は、
京都には多い地域スーパーの1軒です。
自分が高校生のころにはなかったのですが、
10年くらい前にはありました。
(いつできたのか、よく覚えていません)


140-16.jpg
その地域スーパーから、本町通を2軒北に進みました。
ここは、仕出し屋さんです。
この辺の仕出し屋さんは、店頭で焼き魚などの惣菜を売っています。
(第133回ブログの仕出し屋さんも、そうでしたね)


140-17.jpg
仕出し屋さんの前から、本町通を北に向いています。
ここから東に伸びる道が伸びていて、T字路になってます。
そう言えば、第4回ブログでもこの構図から写真を撮っています。

この写真の左(北)側に、「並河豆腐店」が写っています。
ここが、ウチでよく買う豆腐屋さんです。
ここの豆腐は、大豆の甘さがよく出ています。
残念ながら、日曜日だったので閉まっていました。
(ちなみに、デパートやスーパーでも売られています)


140-18.jpg
本町通から、T字路を東に向いています。
(左側のお地蔵さんで、先ほどの写真との位置関係を確かめてください)
この道をずっと東に進むと、東福寺の末寺がたくさんあります。
実はかなり面白い所なのですが、もうかなり寄り道をしているので
今度東福寺を特集するときに立ち寄りたいと思います。


140-19.jpg
今度は、T字路で本町通を北に向いています。
この辺りから少し上り坂になります。


140-20.jpg
T字路から、本町通を北に約20m進みました。
この古い民家は、酒屋さんです。屋根に樽があるのが面白いですね。
ここはお酒以外に醤油とかも売っていますが、
日曜日なのでこの日は閉まっています。


140-21.jpg
さらに本町通を北に約50m進みました。
西側を向いて、民家と民家の間を覗いてみました。
ちょうど京阪電鉄が通っています。
その先に見えるのは、任天堂の本社です。
以前も書きましたが任天堂は東福寺ではなく、
「鳥羽街道」駅前にあります。


140-22.jpg
さらにさらに本町通を北に約50m進みました。
ここは、浄土宗念佛寺です。
非公開ということもあるのですが、沿革もよく分かりません。
撮影日が、2013年7月13日ということもあって
参議院議員選挙のポスターが貼ってあります。


140-23.jpg
念佛寺から、本町通を北に約70m進みました。
また、東に道が伸びるT字路になります。


140-24.jpg
本町通から、T字路を東に向きました。
約50m先に、東福寺南門があります。ここが、東福寺最南端の道です。
ずっと先に見えるのが、東福寺勅使門です。
(禅寺の正門ですが、通常は閉まっています)

ちなみに、第4回ブログではこの南門を出て本町通を今回とは逆走し、
伏見稲荷大社まで進みました。


140-25.jpg
先ほどの写真と同じ地点で、西を向きました。
ここにも、このような看板があります。
これは、第4回ブログでも紹介しましたね。


140-26.jpg
T字路から、本町通を北に向いています。
東福寺への取材は都合4回目なのですが、
ここから北だけは一度も取材したことがなく、空白でした。
目の前のお地蔵さんにお参りした後、こちらに進みます。


140-27.jpg
ところが、何も取材するネタがないままに
本町通を北に約100m進みました。
三度、本町通から東に伸びるT字路が現れました。
(ここから北は、何度か取材しています)


140-28.jpg
本町通から、T字路を東に向いています。
約30m先に、東福寺中門があります。
ここから東に進むと、東福寺の中心に進むことになります。
では、東福寺からいったん離れこの道を東に進みます。


140-29.jpg
東福寺中門を通り抜けました。
すると風景が一変して、市街地から寺院の境内へと変わります。
秋には赤く染まる木々も、この時期はまだまだ緑一色ですね。
ずっと向こうに、東福寺日下門が見えます。


140-30.jpg
中門をくぐった時点で、左(北)を向きまいた。
お地蔵さんの脇に、消防団の倉庫があります。
「月輪」(つきのわ)は、東福寺や泉涌寺がある地域の名称です。


140-31.jpg
中門から東に約100m進みました。
東福寺日下門もだいぶ近づいてきましたが、
ここでちょっと寄り道をします。


140-32.jpg
先ほどの地点で、右(南)を向きました。
ここは、東福寺の末寺の一つ芬陀院(ふんだいん)です。
雪舟が組み上げた庭石で有名な禅寺です。


140-33.jpg
芬陀院の詳しい沿革は、第84回ブログで紹介しています。
門をくぐり、こちらから9ヶ月ぶりに芬陀院の中に入っていきます。


140-34.jpg
拝観料を払うと、このパンフレットをもらいます。
ただ、拝観料はいつもより安めの200円でした。
その代わり、この日は抹茶を飲ませてもらえませんでした。
(茶菓子は、夏場日持ちしないのが理由だそうです)


140-35.jpg
こちらが、夏場の芬陀院の中の様子です。
相変わらず、写真映えのする寺院です。


140-36.jpg
紅葉シーズンを外れると、この辺りはそれほど多くの人が訪れません。
この瞬間芬陀院にいた参拝者は、自分一人でした。
床の間に座って、しばし庭を眺めていました。


140-37.jpg
各部屋には扇風機が置いてあって、
こういうところはそれだけで十分涼しくなります。
他に誰もいないと、少し大胆になります。
カバンを部屋に置いたまま、少し寺院の内部を散策しました。
それから本尊の阿弥陀如来にお参りをして、縁側に出ました。
縁側にも蚊取り線香が焚いてありました。
こういうちょっとした気遣いがうれしいですね。


140-38.jpg
そして、縁側に座って今度はこの「亀石」を眺めていました。
禅寺の庭園は、眺めることで「無」の境地になるためにあるのですが、
座禅を組まない自分には、ぼ~っとするのに最適な場所なのです。
ですから、夏の庭園は大好きです。
涼しい風に吹かれながら、少しずつ流れる時間を楽しむのです。
ちなみに、この写真はクリックすると拡大されます。

寺院の方に聞いたのですが、
夏場の苔が枯れたり焼けたりしていることに
クレームを訴える方がいるそうです。
枯れた苔こそが夏場の醍醐味なのですが、
それに不満を持つのはもったいないことです。
(そういう部分を維持管理したら、日本庭園ではなくなります)


140-39.jpg
縁側に約15分座っていたら、
だんだん日差しがなくなって雲が厚くなりました。
これは1時間以内に激しい雨が降りそうです。

少し頭にひらめいたことがあるので、
名残惜しいのですが床の間に戻ってカバンを取り、
芬陀院を出ることにしました。
すると、参拝者が数人入れ違いに入ってこられました。
(ひらめいたことは、次々回のブログに出てきます)


140-40.jpg
では、ここから芬陀院を出て
東に約100m先にある東福寺日下門を目指します。
ただ、そろそろだいぶ写真を貼り付けましたので、
この続きは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、東福寺の通天橋から開山堂に向かいます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第141回 深緑の通天橋~本町通南から北~その20

141-1.jpg
芬陀院の前で、東を向いています。
東福寺日下門まで、もう100mもありません。
今回は、東福寺の境内の北側を散策します。
紅葉シーズンは満員で入れませんでしたが、
この時期は結構空いていました。
撮影日は、2013年7月14日日曜日午後2時。
少しずつ雲が暑くなってきました。


141-2.jpg
芬陀院の向かいに、このような花が咲いていました。
一瞬オシロイバナと思ったのですが、
オシロイバナはこんな枝ではありません。
(そもそも樹木ではありません)
結局、何の花か分かりませんでした。


141-3.jpg
芬陀院の門から東に約50m進みました。
末寺の一つ天得院の塀に、まだ若いカエデの木がありました。
そして青葉のカエデの脇で、アジサイが咲いています。
この時期の東福寺は、いろいろな花が咲いています。


141-4.jpg
そして、ようやく東福寺日下門です。
ここから、東福寺境内に入れます。

141-5.jpg
東福寺日下門の前で、南を向きました。
まるでカエデ並木がドーム状に続いています。
ここはあまり人通りがない所なのですが、
実は東福寺屈指の絶景ポイントなのです。
この写真は、クリックすれば、拡大されます。


141-6.jpg
今度は北を見来ました。
こちらを進むと、臥雲橋に着きます。


141-7.jpg
では、日下門をくぐり東福寺に入っていきます。
紅葉シーズンではありませんが、日曜日だったこともあり
この時期としてはそこそこの人出でした。


141-8.jpg
日下門をくぐり、東福寺境内に入ってきました。
目の前の大きな建物は、法堂(本堂)です。
ただ、ここはいつも通り北側から時計回りに回ります。


141-9.jpg
日下門から、東福寺境内を東に約20m進みました。
ここで北を向くと、先の方に通天橋への入り口があります。
紅葉シーズンではないので、切符売り場も1か所だけです。
空を見上げると、だいぶ雲が厚くなってきました。
これは、だいぶ大きな雨が来そうです。


141-10.jpg
500円払って、このチケットをもらいました。
では、これを持って、通天橋の方に向かいます。


141-11.jpg
チケットを買って中に入ると、
そこは法堂と開山堂との通路になります。
通天橋は、この途中にあります。


141-12.jpg
その通路で西を向きました。
ここはカエデの木々が生い茂っています。
もちろんすべて青葉ですが、自分はこれはこれで大好きです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


141-13.jpg
カエデの幹の下に、アジサイが咲いていました。
時期的にもう終わりでしょうが、
東福寺は紫陽花もなかなかきれいです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


141-14.jpg
そして、ここから通天橋になります。
通天橋は、東福寺境内を貫く三ノ瀬川に架かる橋です。


141-15.jpg
通天橋の途中で、東を向きました。こちらは、三ノ瀬川の上流側です。
(三ノ瀬川は、この崖の下を流れています)
右に見えるのは、東福寺方丈の展望台です。
(この通天橋を見るための施設です)
そのさらに上流には、「偃月橋」(えんげつきょう)が架かっています。


141-16.jpg
今度は、西を向きました。三ノ瀬川の下流側ですね。
ここからなら、崖の下の三ノ瀬川の周囲が見えます。
(この横から下りられます)
向こうに見えるのは、「臥雲橋」です。
一見下の石段から上がれるように見えますが、
臥雲橋は東福寺の外にかかっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

ちなみに、上流から「偃月橋」「通天橋」「臥雲橋」が
三ノ瀬川に架かる「東福寺三橋」と言われています。


141-17.jpg
そして、少し北に移動してからもう一度臥雲橋を撮りました。
多分、この構図が先ほどのパンフレットの写真と同じです。
この写真も、クリックしたら拡大されます。

本当は通天橋から臥雲橋を見るよりも、
臥雲橋から通天橋を見る方が絶景です。


141-18.jpg
通天橋を渡り切りました。まだまだ北に進みます。


141-19.jpg
通天橋を渡りきったところで、西を向きました。
ここから石段を下りて、三ノ瀬川流域に行くことができます。
(第85回ブログ参照)
ただ、今回は時間の都合上ここには下りません。
(代わりに、開山堂に行きます)


141-20.jpg
通天橋から北に約50m進みました。
ここで通路は右(東)に折れ曲がります。


141-21.jpg
通路の突き当りに来ました。
右(東)に伸びる道は、ずっと上り坂ですね。


141-22.jpg
東への坂道は、すぐに北に曲がり開山堂へと続きます。
そう言えば、この開山堂はウチのブログでは出てきませんでしたね。


141-23.jpg
では、いよいよ開山堂の中に入っていきます。


141-24.jpg
開山堂に入って、右(東)を向きました。
大きな築山があって、その上に小さな祠があります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


141-25.jpg
門から約30mで、開山堂が立っています。
こちらに、東福寺の設立者円爾弁円が祀られています。
臨済宗の開祖栄西の孫弟子にあたります。


141-26.jpg
開山堂の西側にある普門院に腰掛けて、東を見ています。
(この左手に、開山堂があります)
砂が流れる庭の向こうに先ほど通った道があって、
さらに向こうに先ほどの写真に写っていた築山があります。
この築山は、この砂の庭と合わせてみるとさらに綺麗になります。
この写真も、クリックすると拡大されます。

ここでずっと眺めているのもいいのですが、
とうとう雨粒が降ってきました。
小さな野望を完遂するため、先を急ぎます。


141-27.jpg
では、開山堂を出て通天橋の方に向かいます。


141-28.jpg
開山堂を出て、石段を降りています。
周囲の地面がだんだん濡れてきているのが分かりますね。


141-29.jpg
石段を降りて、通天橋のある通路で南を向きました。
ここを抜けて、外に出ます。


141-30.jpg
通天橋を渡り、切符売り場の辺りまで戻ってきました。
急いで東福寺北エリアを出ます。


141-31.jpg
東福寺北エリアから出た辺りで、東を向きました。
向こうに見える大きな建物が庫裏で、
方丈と隣接しています。
大雨になる前に、あちらに行きたいと思います。
ただ、ここの様子は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、大雨の中方丈で雨宿りをします~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第142回 東福寺方丈で雨宿り~本町通北から南~その21

141-31.jpg
東福寺通天橋から南に移動してきました。
法堂には向かわずに東を向くと、向こうに庫裏が見えます。
今回は庫裏に隣接する方丈庭園を見た後、
東福寺境内をうろうろします。
撮影日は2013年7月14日日曜日午後2時半。
この時点では、まだ小雨でした。


142-2.jpg
庫裏に入って、拝観料をまた払います。
(通天橋と方丈は、別料金です)
500円払い、このパフレットをもらいました。


142-3.jpg
庫裏を通り抜けて、方丈に向かいます。
(庫裏内部は、撮影不可)
庫裏と方丈を結ぶ渡り廊下の上から、東を向きました。
ここは南側方丈庭園の狭い方(東側)です。
この渡り廊下が、砂の海に架かる橋に思えてきます。


142-4.jpg
先ほどと同じ場所で、今度は西側を向きました。
こちらが南側方丈庭園の広い方です。
この方丈庭園のメインになります。


142-5.jpg
東福寺方丈の南側に張り出した縁側の上に腰を下ろしました。
そこから、庫裏の方を向いています。
自分の周囲には十数人くらいが同じように腰を下ろして、
この眺めを楽しんでおられました。
この写真はクリックすれば、拡大できます。


142-6.jpg
先ほどと同じ角度で、もう一枚撮りました。
雨はだんだん激しくなってきます。
先ほどの写真と比べて
庫裏の屋根が濡れていることが分かるでしょうか?
ここでぼ~っとすることが東福寺での一番の楽しみなのですが、
今回は少し違う理由でここへ急ぎました。


142-7.jpg
更に雨粒が大きくなってきました。
もう写真でも確認できるほどになってきました。
屋根や砂を打つ雨の音色も、だんだん大きくなってきました。
自分が芬陀院庭園を眺めていたとき感じた予感が、
確信に変わっていきます。
「いつもの方丈」が、だんだん別の顔を見せていきます。


142-8.jpg
雨は、さらにさらに激しくなっていきます。
まだ日が高いうちなので、雨粒が光を反射します。
激しい雨が石に当たって光り、砂の模様を変えていきます。
今までゆっくり流れていた方丈庭園の時間が、
急に速く激しく流れていきます。
この写真も、クリックすれば、拡大できます。


142-9.jpg
今度は少し西にずれて撮っています。
南側の法堂を借景に眺めています。


142-10.jpg
今度は、法堂の屋根をアップにしてみました。
大きな雨粒が、法堂の屋根に当たると1m以上跳ね上がります。


142-11.jpg
いつの間にか、自分の周囲に人がたくさん集まっていました。
皆、手にカメラを持ち一心不乱にこの辺りを撮影されていました。
確かに、方丈はこの日が今までで一番「絶景」だったのですが。


142-12.jpg
雨が降り始めて約30分がたちました。
だんだん雨粒が小さくなってきて、
このパノラマも終わりに近づいてきました。
始めのころと、砂の波の線がだいぶ違うものになっていますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


142-13.jpg
そして、雨がやみました。
砂の上には水たまりができて、石や塀を写し込んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


142-14.jpg
雨が止んで、心なしか雲が薄くなったように思えます。
すると、周囲にいらした方々が一斉に立ち上がり
ここから出て行かれました。
これで、またいつものゆっくりと時が流れる方丈庭園に戻ります。


142-15.jpg
では、自分もここから移動します。
ただし、ここから出る前に他の方丈庭園を眺めていきます。


142-16.jpg
東福寺方丈庭園の西側に回ってきました。
三ノ瀬川の向い岸に、前回ブログで訪れた開山堂が見えます。
では、この先の北西角にある展望台に向かいます。


142-17.jpg
西側の東福寺方丈庭園と展望台との間で立ち止まりました。
通天橋の向こうに、京都タワーが見えますね。


142-18.jpg
東福寺方丈の北西角にある展望台から、西を向きました。
ここから見る通天橋もなかなか絶景です。
その向こうには、臥雲橋も見えますね。
ちなみに、この下に三ノ瀬川が流れています。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


142-19.jpg
展望台から、北側の方丈庭園に回ってきました。
ここは、石の配置が変わっていますね。


142-20.jpg
東福寺方丈庭園の北東角から、さらに東を見ています。
この先に偃月橋があるのですが、
いろいろあってよく見えません……


142-21.jpg
東福寺方丈庭園を一周しました。
では、この渡り廊下を通り抜けて庫裏へと進みます。


142-22.jpg
東福寺庫裏を出て、南を向きました。
向こうに見えるのは、法堂ですね。
その手前に、大きな水たまりができていました。
先ほどの豪雨を物語っています。


142-23.jpg
東福寺庫裏の南側から、東を向いています。
ここをずっと進めば偃月橋を通り抜けて、
即宗院龍吟庵にたどり着きます。
ただ時間がないので、今回は諦めます。


142-24.jpg
東福寺法堂の東側を南に歩いています。
紅葉シーズンはここに茶店が建ちますが、
普段はこんな様子です。


142-25.jpg
更にここを南へと進みます。
東側に山の方に登るカエデ並木道があって、
その先に最勝金剛院があります。
ただ、今回もこちらには向かいません。
(一度も行ったことがないので、次回は寄りたいと思います)


142-26.jpg
さらに南に行くと、五社成就宮へと通じる石段があります。
途中に重要文化財指定の石塔があるのですが、
今回は時間の関係で寄りません。


142-27.jpg
東福寺境内の南東端まで来ました。
ここは浴室です。(たぶん、今は使っていないと思います)
ここのカエデはいつでも赤く染まっています。


142-28.jpg
東福寺境内の南端を西に移動しています。
右(北)側に大きな池があって、その向こうに勅使門があります。
どこの寺院も、勅使門は普段閉めています。(建仁寺は例外)


142-29.jpg
池の中に、大きな鳥が一羽羽を休めていました。
これは、鷺(さぎ)でしょうか?
鴨川でよく見かけますね。


142-30.jpg
そしてこちらが、その池の向こうにある三門越しの法堂です。
禅寺の絶景ポイントの一つですね。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


142-31.jpg
今度は東福寺境内の西側に回ってきました。
(この左側に、六波羅門があります)
今から、ここを北上します。
(右側に見えるのは、三門です)


142-32.jpg
東福寺境内の西側を北上しています。
だんだん法堂が大きく見えてきました。


142-33.jpg
こちらが東福寺法堂です。要するに、本堂ですね。
ここの天井画の雲竜はなかなか見事なのですが、
今回は先を急ぎます。


142-34.jpg
法堂から西を向きました。こちらが、東福寺僧堂です。
こちらも、山門や法堂、通天橋・開山堂同様に国宝です。


142-35.jpg
さらに北に進むと、通天橋へ向かうためのチケット売り場があります。
ですから、これで東福寺境内を一折見て回ったことになります。


142-36.jpg
先ほどの写真の地点で、西を向きました。
こちらが、東福寺日下門です。
ここから東福寺を出て京阪電鉄「東福寺」駅へ向かいますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、臥雲橋に寄った後本町通を北上し
「東福寺」駅を目指します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第143回 三ノ瀬川に架かる橋~本町通南から北~その22

142-36.jpg
こちらは、東福寺の日下門です。まだ先ほどの雨の跡が残っています。
前回ブログで東福寺を散策しましたので、
今回はここを出て本町通を北上します。
途中に、東福寺の外にある臥雲橋にも寄ってみます。
撮影日は、2013年7月14日日曜日午後3時半。
まだまだ雨雲が厚いですね。


143-2.jpg
東福寺日下門を出て、北を向きました。
右(東)側が東福寺の塀で、左(西)側が末寺の天得院のものです。
この辺りの木々は、大半がカエデです。
個人的には、この時期の青葉が大好きです。


143-3.jpg
日下門から、北に約100m進みました。
三ノ瀬川の上に屋根の付いた橋が架かっています。
ここは東福寺の外側で市民が利用する一般道路でもありますが、
この橋は「東福寺三橋」の一つ「臥雲橋」です。
(重要文化財です)


143-4.jpg
臥雲橋を北に渡っています。三ノ瀬川沿いは一面のカエデ並木です。
こちらは下流(西)側で、本町通と交差した後、
200mほどで三ノ瀬川は琵琶湖疏水に流れ込みます。

今から数十年前、(まだ東福寺が全国区ではなかった頃)
当時この近所の高校に通っていた自分は、この橋が大好きで
わざわざ遠回りしてここを自転車で通っていました。


143-5.jpg
そして、こちらが上流(東)側の風景です。
「臥雲橋から見た通天橋」ですね。
個人的には、これが京都一の絶景だと思っています。
毎日、少しずつ違う顔を見せてくれます。
この日は、雨露に光る青葉がきれいですね。
この写真は、クリックすれば拡大できます。

実は友人たちもここが大好きで、
ずっと立ち話をしていたのが思い出です。


143-6.jpg
臥雲橋の上から、三ノ瀬川の岸辺を撮っています。
よく見ると、カエデ並木の間で
アジサイがあちこちに咲いています。
夏場は観光シーズンではないのですが、
東福寺はアジサイもなかなかきれいなところです。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


143-7.jpg
臥雲橋を渡り切りました。
まだ先ほどの雨の影響で、地面に水たまりができています。
ここをまっすぐ行けば「東福寺」駅まですぐなのですが、
今回は本町通がメインなので、
ここから南に進み東福寺日下門まで戻ります。


143-8.jpg
臥雲橋から南に約100m進み、東福寺日下門まで戻ってきました。
今回ブログの最初の地点ですね。
ちなみに、観光シーズンでなければ
東福寺境内にタクシーなどが乗り入れすることが可能です。


143-9.jpg
東福寺日下門から、西を向いています。
ここをまっすぐ進むと、
第140回ブログで出てきた芬陀院・東福寺中門経由で、
本町通に至ります。
では、今回はここを進んでいきます。


143-10.jpg
東福寺日下門から芬陀院を通り過ぎ、西に約150m進みました。
こちらが東福寺中門です。(重要文化財です)
ここから撮ると、第140回ブログで出てきた
門とお地蔵さんや月輪消防団の施設との位置関係が分かります。


143-11.jpg
東福寺中門をくぐると、この道は本町通で突き当ります。
目の前に食堂があって、周囲に「東福寺」駅や伏見稲荷大社への
道標がたくさんついてきます。


143-12.jpg
その食堂の前で、本町通を北に向きました。
次は、ここを進んでいきます。

目の前に、小さな橋があります。
本町通は、ここで三ノ瀬川と交差します。


143-13.jpg
三ノ瀬川に架かる橋の欄干に、
「旧伏見街道 第三橋」
このように書かれています。
ここは、本町通に架かる北から数えて3番目の橋です。
ちなみに、「旧伏見街道 第四橋」は第125回ブログに出てきた
七瀬川に架かる「直違橋」のことです。


143-14.jpg
「旧伏見街道 第三橋」から三ノ瀬川を東に向いてみました。
(こちらが上流です)
ここから北東に約200m先に、先ほどの臥雲橋があります。


143-15.jpg
三ノ瀬川に架かる「旧伏見街道 第三橋」から、
本町通を北に向きました。
ここからは、味のある古い民家が並び始めます。


143-16.jpg
三ノ瀬川から、本町通を北に約50m進みました。
こちらは、このブログで何度か出てきた仕出し屋さんです。
紅葉シーズンになると、ここで行楽弁当などが買えます。
この日は雨の日曜日ということもあって、閉まっています。


143-17.jpg
さらに本町通を北に約20m進みました。
なかなか味のある町屋さんなので、写真を撮りました。


143-18.jpg
ここは、その町屋さんのほぼ西向かいになります。
マンションの駐車場の向こうに見える電線は、京阪電鉄のものです。
(つまり、あの辺りに京阪電鉄の線路があります)
左側に藪が見えますが、その辺りに京阪電鉄所有の変電所があります。


143-19.jpg
さらに本町通を北に約20m進みました。
ここは、京都市立月輪小学校です。
平日の小学校はいろいろ遠慮があって撮りにくいのですが、
この日は休日でだれもいないのでしっかり撮りました。


143-20.jpg
京都市立月輪小学校の前から、本町通を北に向きました。
今は寂しい道ですが、
紅葉シーズンにはこの道いっぱいに参拝者であふれます。


143-21.jpg
京都市立月輪小学校から、本町通を北に約80m進みました。
こちらは「東山本町陵墓参考地」です。
(ウチのブログでも時々出てきます)
要するに、皇族の陵墓の可能性があるので
宮内庁が買い取った土地です。


143-22.jpg
さらに約20mほど、本町通を北に進みました。
古い町家ですが、ここは酒屋です。
(伏見のお酒を中心に売っています)
店頭に「伏見街道」と書いてありますが、
これがここの屋号のようです。
(本町通の別名でもあるのですが……)


143-23.jpg
さらに50mほど、本町通を北に進みました。
蕎麦屋さんの北側から、急に西側の住宅が消えて
京阪電鉄の線路が姿を見せます。
京阪電鉄の線路がJR奈良線の線路を乗り越えるため
陸橋がこの近くにあって、
それでこのようになっているのです。


143-24.jpg
先ほどの蕎麦屋さんから、本町通を約30m北に進みました。
京阪電鉄の線路の向かいに、法性寺が見えてきました。
毎年11月に公開されますが、普段は非公開です。

925年に藤原忠時が建立した浄土宗西山禅林寺派の寺院で、
元はこの辺り一帯を寺領とした京都随一の寺院でした。
ところが、平安時代後半に摂関政治が衰退するともに
この寺院も勢力を失い、
遂に東福寺に寺領の大半を吸収されて現在に至ります。
(この辺は、第130回ブログで紹介した極楽寺と似ています)
本尊は千手観音で、洛陽三十三所観音霊場の第二十一番札所です。


143-25.jpg
法性寺の前から、本町通を北に向いています。
法性寺の北隣にある赤いテントは、
自分が高校時代はお好み焼き屋さんでした。
当時はよく食べに来ましたが、今は閉店しています。


143-26.jpg
法性寺の前から、本町通を北に約50m進みました。
この辺りから、また左(西)側も線路から住宅に変わります。
ずっと向こうに、九条通の高架が見えます。
右(東)側の建物は、「東福寺交番」です。


143-27.jpg
「東福寺交番」の北側で、東を向きました。
約30m先に、「東福寺北門」があります。
もし臥雲橋からまっすぐ北に進んでいたら、
100mを歩かないうちにここに着いていました。


143-28.jpg
東福寺北門前から、本町通を北に約70m進みました。
目の前に、九条通の高架が見えます。
(高架の上も下も、九条通です)
この高架の東端が九条通の東端でもあり、
東大路通の南端でもあります。
(自動車に乗っていると、
いつの間にか九条通から東大路通になっています)


143-29.jpg
本町通から、九条通南側で東に向いています。
(この辺りも、ウチのブログでは何回も出てきています)
この急な上り坂の先には、「京都第一日赤病院」があります。
病院の前あたりが2本の幹線道路の「角」になっていて、
そこより西が九条通、北が東大路通となっています。
高架もこの辺りから始まっており、
本町通→京阪電鉄→JR奈良線→琵琶湖疏水→
師団街道→鴨川→高瀬川の上を通り過ぎ、
河原町通の手前で地上と合流します。


143-30.jpg
ここは、九条通の高架下です。
本町通の東側歩道に、このようなものがありました。
これは、「旧伏見街道第二橋」の欄干跡です。
河川が埋め立てられたため、橋の欄干のみが残されました。
本町通に架かる四本の橋のうち、
現存するのはこのブログで出てきた「第三橋」と
七瀬川沿いの「第四橋」だけになっています。


143-31.jpg
九条通の高架の北側に回って、本町通から西に向きました。
ここが高架と並走する地上の九条通です。
すぐ先に、京阪電鉄とJR奈良線の踏切があります。
このすぐ北に、「東福寺」駅があります。
(京阪電鉄とJR奈良線と同じ駅舎です)


143-32.jpg
九条通から、本町通を北に向いています。
少し先に、「東福寺」駅の看板が見えます。
この辺りは駅前で観光地ということもあって、かなり賑やかです。

ここより約100m東(つまり、高架の東端)から、
北へ4車線の東大路通が伸びています。
つまり、ここから北は幹線道路の役割が
本町通からより太い東大路通に移ります。


143-33.jpg
九条通から、本町通を北に約20m進みました。
この辺りは駅前商店街で、レコード屋さんや靴屋さんなどに囲まれて
参拝者目当ての飲食店などが軒を並べます。
自分のお目当ては、この「いづ松」という寿司屋さんです。
東福寺名物の京寿司のお店です。



143-34.jpg
「いづ松」店内に、入ってきました。
壁の団扇は、舞妓さんや芸妓さんの名刺代わりです。
(祇園・宮川町・先斗町の順に多かったです)
つまり、それだけ多くの舞妓さんや芸妓さんが
ここを利用しているということですね。


143-35.jpg
そして、こちらが「いづ松」の京寿司セットです。
夏なので、涼しげな器ですね。


143-36.jpg
先ずは、赤出汁の椀のふたを取ります。
湯葉と紅葉麩となめこが入っていました。
香りづけに、分葱が浮いていました。


143-37.jpg
そして、こちらが京寿司です。
握り寿司よりも古い形の寿司です。
前列は海苔やとろろ昆布の巻きずし、
二列目が鯖寿司と稲荷寿司(もちろん芥子の実が入っています)、
後列が木箱で押し固めて作る「箱寿司」です。
(箱寿司は、大阪の方がさかんなので、
「大阪寿司」とも言われています)


143-38.jpg
「いづ松」を出ると、午後4時を回っていました。
(都合約30分いたことになります)
いつの間にか、また雨が降っていました。
傘を持っていないので、向かいのパン屋さんの軒下に急ぎます。


143-39.jpg
パン屋の軒下から、本町通を北に向いています。
本町通はまだまだ続きますが、目の前の「東福寺」駅に向かいます。


143-40.jpg
そしてこちらが、「東福寺」駅です。
京阪電鉄とJR奈良線とが同じ駅舎になります。
今回はこちらに向かい、ここまでとします。

~次回はここから本町通を北上し、七条通を目指します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第144回 瀧尾神社の雲竜像~本町通南から北~その23

144-1.jpg
約4週間ぶりの、JR奈良線「東福寺」駅のホームです。
前回のように雨は降りませんでしたが、ここのところ曇り空ですね。
今回はここから本町通を北上し、
お目当ての瀧尾神社や「旧伏見街道 第一橋」跡を目指します。
撮影日は、2013年8月8日木曜日午後2時40分。
昨年同様、京都は毎日35℃を越えます。


144-2.jpg
電車を降りて、ホームを歩いています。
(今まで乗っていた電車が、奈良方面に去っていきます)
JR奈良線の改札口は、向こうの陸橋の上です。
先ずは、そこを目指します。


144-3.jpg
JR奈良線「東福寺」駅のホームを南に進んでいます。
途中で、左(東)側を向きました。
塀の向こうは、京阪電鉄「東福寺」駅のホームです。
10年くらい前まではここに塀はなく、改札口も同一でした。


144-4.jpg
JR奈良線「東福寺」駅ホームの南端まで来ました。
ここから、「稲荷」駅までJR奈良線の線路は南へ直進します。
ずっと先で、京阪電鉄と陸橋で交差しているのが分かります。
(第137回ブログの最後の方で、この陸橋の反対側から撮りました)
では、この石段を上り真上にある改札口に向かいます。


144-5.jpg
階段を上りきり、改札口にたどり着きました。
次は矢印の通り進んで、地上に下ります。


144-6.jpg
駅の東端まで来て、階段で地上に下りました。
ちょうど目の前が、京阪電鉄「東福寺」駅改札口前です。
ここから、本町通に向かいます。


144-7.jpg
東福寺」駅前から、東を向いています。
突き当りが本町通で、この辺りは観光客や学生で賑わいます。
(近くに、自分の出身校と大谷高校があります)
右(南)に進むと九条通を越えて東福寺に行けます。
ただ、今回は左に進み本町通を北上します。


144-8.jpg
「東福寺」駅前で、本町通を北に向きました。
このコンビニエンスストアは、自分が高校時代駄菓子屋でした。
学校帰りに、よくここで買い食いしました。
この辺はいつも学生であふれているのですが、
この時期は夏休みなので制服姿を見ることができません。


144-9.jpg
「東福寺」駅前から、本町通を北に約20m進みました。
先ほどの写真でも写っていましたが、
この右(東)側で道路工事が行われています。
本当はこの辺りは飲食店が多く建ち並ぶ賑やかなところなのですが、
工事の関係で道がせまくなって交通量が増えてきました。
そのため、その辺は割愛して先に急ぎます。


144-10.jpg
先ほどの地点から、本町通を約100m進みました。
右(東)側に「エ・マーサ」という貸衣装屋さんがありますが、
そこより北は商店の数が急に少なくなり、上り坂になります。
さらに北に約30m先に、小さな神社が見えます。
今から、そちらに向かいます。


144-11.jpg
こちらがその「小さな神社」瀧尾神社です。
今回の目的地の一つです。では、ここに入っていきます。


144-12.jpg
石製の鳥居をくぐって左(北)側に、手水舎があります。
手と口を清めようとしたのですが、水が枯れていたので諦めました。


144-13.jpg
石製鳥居の正面(東側)に、拝殿があります。
(その向こうに、「瀧尾会館」という建物があります)
この拝殿は、土足でなければ上がることができます。



144-14.jpg
拝殿に上がり、寝転がって天井を見ています。
雲竜像が天井一面に、勢いよく広がっています。
こちらは、江戸後期の九山新太郎の作です。
「雲竜図」なら珍しくないのですが、
彫刻なので立体的にこちらに迫ってきます。


144-15.jpg
今度は、頭部だけアップで撮りました。
頭部だけで、約1mの長さがあります。
全長は、8m以上あります。天井が低いので、迫力がありますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


144-16.jpg
拝殿の北側に、瀧尾神社の本殿があります。
瀧尾神社の御祭神は大己貴命(オオナムチノミコト)です。
素戔嗚尊(スサノオノミコト)の息子ですね。
創建を含めた沿革は不明ですが、1586年に
豊臣秀吉が第7回ブログで出てきた豊国神社と方広寺創建の際に、
この神社をこの地に移転させました。
(つまり、元々は豊国神社の辺りにあったわけです)
江戸時代に入りこの辺りの有力者によって保護されて、
拝殿・本殿に彫刻を持つ京都では珍しい神社になりました。
(ちなみに、京都市文化財に指定されています)


144-17.jpg
瀧尾神社を出て、本町通を北に向きました。
まだまだ上り坂が続きます。
今度は左(西)側に、小さな寺院が見えます。
次は、そこに向かいます。


144-18.jpg
非公開なので、ここから撮影します。
こちらは浄土宗西山禅林寺派宝樹寺です。
京阪電鉄「七条」駅~「東福寺」駅間の車窓から
お墓が見えますが、それがこの寺院です。
1159年の平治の乱の後、平清盛から逃れようとした
常盤御前(源義朝の妻。源義経の母)が
ここに潜んでいたことがあったそうで、
常盤御前や牛若丸(源義経)関連のものが多く残っています。


144-19.jpg
そして、ここは宝樹寺北側角です。
「伏見街道一橋跡」と書かれた石碑が立っています。
つまりこれが、「旧伏見街道 第一橋」跡です。
実は、ここが周囲で一番高くなっています。
そのことからも、ここが橋の跡とわかります。
確か滝野川という川が流れていたのですが、
恐らくこの道がその滝野川の跡でしょう。

本町通(旧伏見街道)には、北から順に四本の橋が架かっていました。
この「第一橋」から始まり、九条通高架下に跡が残る「第二橋」
今も三ノ瀬川に架かる「第三橋」
そして第125回ブログに登場した七瀬川に架かる「第四橋」
平安時代からあった橋のようです。


144-20.jpg
今度は、同じ地点で東を向きました。
お地蔵さんの脇に、「泉湯」という銭湯があります。
(入ったことがないので、どういうところか分かりません)
右側は、おそらくかつて滝野川が流れていた道です。
(こちらが上流だったのでしょうね)


144-21.jpg
宝樹寺や泉湯の前から、本町通を北に約50m進みました。
こちらは、本町通と泉涌寺道との交差点です。
本町通はここで完全に幹線道路の役割を終え、
ここから北はただの「京都市街地を通る細い道の1本」になります。


144-22.jpg
本町通から、泉涌寺道を東に向いています。
泉涌寺道は、その名の通りこの突き当りに泉涌寺があります。
右(南)側に、京都本町郵便局があります。
ずっと向こうにグランドが見えますが、
あの辺りに大谷高校があります。


144-23.jpg
今度は、本町通から泉涌寺道を西に向きました。
ここはずっと西に続いているのではなく、
程なく北に進路を曲げます。
とは言え、こちらの方が本町通より太いので
自動車の大半はここから本町通を避け、
こちらの方を進むようになります。
こちらから、師団街道(川端通)や京都駅前に行くことができます。

左側(緑のテントの隣)に、
鉄製テーブルの上に焼き魚を並べる店があります。
ここは、自分が高校生のころから開いている魚屋さんです。
以前からここに入りたいと思っていたのですが、
ちょうどいい機会なので寄ってみます。


144-24.jpg
中に入ると、焼き魚がメインではあっても
他のものも売っている仕出し屋さんでした。
(だし巻きや、独活の漬物も売っていました)
イトヨリがおいしそうだったのですが、
予算の関係で鯖になりました。
(これは、家に帰ってから撮りました)
上手に塩が振ってあって何も付けなくてもおいしかったですが、
この特製ポン酢でもおいしかったです。


144-25.jpg
泉涌寺道から、本町通を北に向いています。
ここでさらに道幅が細くなって、急に寂しくなります。
右(東)側は、旧京都市立一橋小学校です。
「一橋」はこの辺の地名ですが、
これは先ほどの「旧伏見街道 第一橋」に由来します。
とは言え、現在は川端正面下るに移転しました。
今の一橋小学校は、
第114回ブログの川端通沿い桜並木の間に登場します。


144-26.jpg
泉涌寺道から、本町通を北に約50m進みました。
こちらは、閻魔山浄心寺です。
名前から想像もつかないのですが、
ここも浄土宗西山禅林寺派の寺院です。
この辺にこの宗派が多いのも、法性寺の影響下だからでしょうね。
こちらも、詳しい沿革は調べましたが分かりません。


144-27.jpg
さらに、本町通を北上します。
この辺の町家の大半は、家が黒く着色しています。
実はこれ、柱や壁をいったん焼いて造ります。
昔ながらの火事防止策ですね。


144-28.jpg
浄心寺から約50m、本町通を北上しました。
ここは「千代菓子店」でしたが、今は閉鎖してあります。
高校時代、ここにもよく寄りました。


144-29.jpg
千代菓子店の前から、本町通を北に向いています。
約50m先が突き当りになっていて、
その先に走行中の新幹線が見えます。


144-30.jpg
近くに鉄製の看板がありました。
「東山区 本町通七条下がる四丁目 本町九丁目」
このように書いてあります。
七条通は、約500m北にある東西の大通りです。


144-31.jpg
本町通と醍醐道の辻まで来ました。
醍醐道は東西の通りで、ずっと東に進むと東山を越え
さらに進むと醍醐に至ります。
ここで本町通はJRの線路に突き当りますが、
こちらの陸橋を使えばここから北側の本町通に行けます。
実は、この辺は新幹線を撮影するのに
絶好のポイントだったりするのですが、
それは次回のこととします。

今回は、ここまでです。

~次回は、ここで新幹線をいろいろな角度から撮影した後、
七条通に向かいます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第145回 京都で新幹線撮るなら~本町通南から北~その24

144-31.jpg
ここは、本町通がJRの線路に突き当たったところです。
東西の細い道は「醍醐道」で、
東に進むと東山を越えて山科や醍醐の方に伸びています。

本町通を北上するにはこの階段を上り陸橋を渡るのですが、
京都で鉄道写真を撮るならベストスポットの一つがここになります。
この日はいらっしゃいませんでしたが、
たまにここで「鉄男」君の撮影に遭遇します。
そういう訳で、この日は自分も新幹線の撮影に挑戦してみました。
その後で、七条通に向かいます。
撮影日は、2013年8月8日木曜日午後3時。
そろそろ気温が、体温を越えはじめました……


145-2.jpg
陸橋の階段を踊り場まで上りました。
そこから、西を向いています。
醍醐道は、西に100mほどで京阪電鉄の線路に突き当たります。
ずっと見上げて約1km先に大きな建物が見えますが、
それが京都駅の駅舎になります。
その右(北)側約100mに、京都タワーが見えます。


145-3.jpg
陸橋の踊り場で、北を向きました。
では、この陸橋の頂上に上ります。


145-4.jpg
階段を上っている途中で、京都駅方面に新幹線が来ました。
そこで慌てて撮ったのですが、
車両の中間部分になってしまいました……
実は、この辺りで新幹線を10枚以上撮ったのですが、
ボケていない写真は、これを合わせて2枚だけでした……
もっと練習が必要ですね。
一応、この写真をクリックすると拡大されます。


145-5.jpg
陸橋を頂上まで登ったところで、東京行の新幹線が向かってきました。
シャッターを押した時点では上手く撮ったつもりだったのですが、
どうもピントが金網に合ってしまっていました。
(昼間の屋外では確認の画面が光って、細かいところが分かりません)


145-6.jpg
今度は、陸橋の上で東に向きました。
こちらも、ピントが金網に合ってしまいました。
新幹線は、ここより約100m先の大和大路の下でトンネルに入り
そのまま東山山中を東へ進みます。
(つまり、大和大路は在来線の分しか陸橋がありません)
大和大路以東で醍醐道は、湾曲して広くなっています。
トンネルの真上にグランドが見えますが、これは大谷高校のものです。


145-7.jpg
では、今度は北側の在来線(琵琶湖線)の線路の上に向かいます。
こちらには、金網が付いていません。


145-8.jpg
在来線の線路上に来たとき、また新幹線がやって来ました。
車両の中間しか撮れていませんが、
これがもう一枚のボケていない写真です。
線路の右(北)側に見える大きな建物が、JR京都伊勢丹です。
こうして見ると、京都駅は線路をはさみ南北で別の建物に見えます。


145-9.jpg
今度は、在来線もこちらに来ました。
こちらは、琵琶湖線の223系新快速電車です。
(確か結構人気のあるデザインの車両です)
ただ、近くまで引き寄せて撮ると、
やはり近くの手すりにピントが合ってしましました。


145-10.jpg
そして、今度は東側を向きました。
先ほどの新快速は大和大路の陸橋を通り過ぎた後、
東大路の高架(ここは自動車が通れる幅です)をくぐり、
今熊野の辺りで東山のトンネルに入ります。


145-11.jpg
本町通に架かる陸橋の北の端まで来ました。
では、ここか陸橋を下ります。


145-12.jpg
陸橋を下りました。今は、西を向いています。
約50m先に京阪電鉄の線路がありますが、
この少し北でここも地面に潜ります。
(そこより北は、京阪電鉄が地下鉄になります)
その辺りも、京阪電鉄を撮影するベストポジションになります。


145-13.jpg
陸橋の北側から、本町通を北に見ています。
では、この道を進んでいきます。


145-14.jpg
JRの陸橋から、本町通を北に約30m進みました。
民家のプランターに、黄色い花が咲いていました。
多分、女郎花(おみなえし)と思うのですが、
違うかもしれません。


145-15.jpg
さらに20mほど本町通を北に進みました。
こちらの路地の先に、昔ながらの民家があります。
(昔ここに友人が住んでいたので、何度か入ったことがあります)
当時と同じなら大昔の長屋のように、
何軒か家があってポンプ式の井戸があるはずです。
(文字通り、「井戸端会議」ができます)
ただ、さすがにもう友人も引っ越しましたし、
この中に入るのは遠慮してしまいます。


145-16.jpg
先ほどの路地から、本町通を北に約100m進みました。
(ほぼ塩小路通との交差点です)
駐車場の脇に、本町8丁目のお地蔵さんがいらっしゃいます。
その左(北)側に注意して避けようとしたのですが、
女性の裸のポスターが入ってしまいました。
ここは、「本町会館」という映画館です。
今はポルノ映画専門ですが、
ウチの母が若かった頃は
石原裕次郎や小林旭が主役の映画を上映していたそうです。


145-17.jpg
その本町会館の前で、本町通を北に向きました。
ここは、塩小路本町の交差点です。



145-18.jpg
「交差点」と書くと十字路を想像されるかもしれませんが、
ここは五叉路の交差点です。
本町通と塩小路の他に、南西からこの道が伸びています。
前回ブログで泉涌寺道との交差点で本町通と分岐した
京阪電鉄の線路沿いの道が、ここで合流しました。
ただ、本町通を通ってきた自動車の大半は途中の脇道で西にそれ、
川端通や京都駅方面に移動していきます。
ですから、泉涌寺道以北の本町通は
ここも含めて自動車はそれほど通行しません。


145-19.jpg
本町通から、塩小路通を西に向きました。
北西角にある「桜湯」は、自分が普段行く銭湯です。
ここの主人は犬や猫をよく拾ってくるので、
脱衣所には猫が何匹か走り回っています。
(まぁ、半ばそれが目当てでここに通っています)

その向こうの信号は、師団街道のものです。
ちなみに、この塩小路を境にこの道は
南を「師団街道」北を「川端通」と名前を変えます。
(鴨川東岸の通りですね)
ずっと向こうに京都タワーが見えますが、
ここから約1km西に京都駅があります。


145-20.jpg
今度は、塩小路通を東に向きました。
ここから本町通は、さらに半分くらいの道幅になり
西への一方通行になります。
右(南)側の建物が本町会館ですが、
1Fは在宅介護サービスのNPO法人です。
(映画館へは、脇の階段から2Fに上がります)
左(北)側は、地域スーパー「やまやす」です。
実は営業中で、塩小路通沿いから入ることができます。
塩小路通のさらに東に、小さな寺院が見えます。
今から、そちらに向かいます。


145-21.jpg
こちらは、その「小さな寺院」浄土宗西山禅林寺派専称寺です。
(法性寺以北は、同じ宗派の寺院が続いていますね)
こちらの本尊は馬頭観世音菩薩で、
元は醍醐三宝院を建立した聖宝(理源大師)の念持仏でした。
ただ、この寺院の創建は江戸時代初期です。


145-22.jpg
専称寺の前から、塩小路通を西に向いています。
では、この先の横断歩道が見える本町通に向かいます。


145-23.jpg
塩小路通から、本町通を北に向いています。
この辺りは、飲食店が点在していますね。
次は、ここを進んでいきます。


145-24.jpg
塩小路通から、本町通を北に約50m進みました。
金光教の教会の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
この辺りも、本町通にはお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。


145-25.jpg
さらに、70m本町通を北に移動しました。
この「奥澤眼科」は、毎年春に花粉症になった自分が通うところです。
(代々続く名医さんです)
自分が幼児のころから通っているせいか、
たまに50歳前の自分が子供のように叱られるときがあります。
(「目を指でゴシゴシするな。症状が悪化する」とか)
ただ、そのころはここではなく三宮正面の角にありました。
(第114回ブログに出てきました)


145-26.jpg
「奥澤眼科」の約30m北に本町教会があります。
キリスト教の教会は、本町通沿いには
第127回ブログに出てきた京都聖母女学園の北隣にあったものと
この教会の2軒だけです。


145-27.jpg
本町通をさらに約50m北に進みました。
これは、普通の民家のプランターです。
いろいろ花が咲いていて、きれいだったので写真を撮りました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


145-28.jpg
さらにさらに、本町通を北に約100m進みました。
ようやく七条通との交差点まで来ました。


145-29.jpg
七条通から、本町通を北に向いています。
左(西)側の和菓子屋さんは、甘春堂の支店です。
こちらの店は、七条通と正面通に何軒も支店が並んでいます。
(このブログでも、何回か出てきています)
本町通は、七条通以北は普通の京都市街地の道になっていきます。
ただ、今回はこれ以上北には進みません。


145-30.jpg
本町通から、七条通を東に向きました。
ここから先には、三十三間堂京都国立博物館智積院
豊国廟新日吉神社妙法院門跡など神社仏閣のラッシュなのですが、
こちらの方に進むのもまた今度とします。


145-31.jpg
そして、本町通から七条通を西に向きました。
今回は、こちらを進んでいきます。


145-32.jpg
本町通から、七条通を西に約50m進みました。
七条鞘町交差点の北東角に「アマゾン」という喫茶店があります。
コーヒーとかサンドイッチとかおいしいのですが、
お客さんが少なかったのかまだ午後4時前なのに閉まっています。


145-33.jpg
鞘町通から、七条通を西に向いています。
左(南)にあるのは「タツノ建材」で、
ネジとかナットとかたまに買いに来ます。
西隣の「萬三」は居酒屋でもあるうどん屋ですが、
実はだし巻き卵がおいしいです。
さらに西隣は、貸衣装屋さんの「エ・マーサ」本店です。


145-34.jpg
「エ・マーサ」の前から、七条通を西に向いています。
もうすぐ川端通ですね。鴨川の柳の木も、見えてきました。
マクドナルドの手前にインド料理屋さんがあります。
ここは安くておいしいので、
土曜日や日曜日などは近所の学生とかで一杯になります。
(ここは、京都女子学園の通学路です)


145-35.jpg
七条川端の交差点で、南を向きました。
(ここは、鴨川東岸でもあります)
京阪電鉄「七条」駅への階段が見えてきました。
(「七条」駅以北の京阪電鉄は、地下鉄になります)
今回は、ここまでとします。

~次回は、いったん「本町通」編を休みます。
せっかく七条通に来たので、この辺を散策してみます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第146回 三十三間堂の門前~七条通散策~その1

伏見から本町通を北上して、七条通まで来ました。
(本町通最北端まで、あと2kmくらいです)
今回は、七条通沿いの三十三間堂に行きます。
これまでもいろいろ寄り道しましたが、
ここから暫らく七条通ばかり歩いていくので、
今回から「本町通編」を休ませて、「七条通編」を書いていきます。


146-1.jpg
約4か月ぶりの京阪電鉄「七条」駅です。
今回はここから七条通沿いに東に進み、
三十三間堂に向かいます。
撮影日は、2013年8月13日火曜日午後1時半。
京都は、連日炎天下の猛暑です。


146-2.jpg
京阪電鉄「七条」駅のホームです。
特急電車が、大阪方面に走っていきます。
ここから約200m先で、京阪電鉄の路線は地上に出ます。
(線路が地上に出るあたりは、前回ブログに出てきます)


146-3.jpg
京阪電鉄「七条」駅の改札口を出ました。
次は、この階段から地上に向かっていきます。


146-4.jpg
階段を上がって、踊り場まで来ました。
この辺りから、強い日差しを感じるようになります。


146-5.jpg
京阪電鉄「七条」駅から、地上に出ました。
ここは、七条川端交差点の南東角です。

本当に、この時期の京都は青空の色が違います。
とにかく空の「青」が濃くて、まるで南欧ですね。
昨年撮影したときも、強く感じたことですが。


146-6.jpg
七条川端交差点から、七条通を西に向きました。
柳の向こうには、鴨川が流れています。
その向こうに行くと、京都駅や東本願寺の方に行けます。
(ここは、第115回ブログでも紹介しました)


146-7.jpg
七条川端交差点から、七条通を今度は東に向きました。
今回ブログでは、こちらに進んでいきます。


146-8.jpg
七条川端交差点南東角にあるマクドナルドの東隣りに、
インド料理屋の「RAJU」があります。
そう言えば、第83回ブログでも同じ名前の店があったのですが、
チェーン店か何かでしょうか?今回は、ここに入ってみます。


146-9.jpg
近年、京都では安くておいしいインド料理屋さんが増えてきました。
ここもそのうちの一軒です。(近所では、かなりの人気店です)
本当は、1200円のタンドリーチキンセットが食べたかったのですが、
どうやら昼間はチキンを焼く窯を休めているようです。
そこで、サモサと〈コロッケみたいなものです〉
チーズとほうれん草のカレー(ナンが付いてきます)
ビールを頼みました。(全部で、1500円くらい)
サモサはケチャップ味で、ビールに合いました。
ちなみに、ここのカレーはこれが一番おいしいです。
(チーズが豆腐みたいで、食感がいいのです〉


146-10.jpg
食後はチャイを頼むつもりでした。
ここのチャイは、様々な香辛料を入れた本格派なのですが、
「今日はありません」と言われました。
(要するに、自分はここの常連だったりします)
そこで、このマンゴラッシを注文しました。
マンゴの果汁とヨーグルトが、
とても甘くカレーの辛味の後には最高でした。


146-11.jpg
「RAJU」を出て、七条通を東へ約100m進みました。
今はコンビニエンスストアですが、元々は酒屋さんでした。
そのため、今でもここはお酒に特化したお店になっています。
(アルコール類は、ここで一番多く買います)
その東隣りは、「INOUE」というパン屋さんで
手作りサンドイッチがメインのお店です。


146-12.jpg
こちらが、その「INOUE」で買ったパンです。
これで600円しません。
帰ってから、ウチの母と食べました。
(だから、コーヒーカップが二つあります)
中央の唐揚げサンドと後ろのバナナケーキは、半分づつ食べました。
母はハム卵サンドを、自分はカツサンドをいただきました。
とても丁寧に作られていて、「手作り感」がうれしいですね。


146-13.jpg
さらに、七条通を東に約50m進みました。
「義定」という刃物屋さんの向こうに、本町通との交差点があります。
前回ブログでは、ここを北上して七条通まで来ました。
今回は、このまま素通りします。


146-14.jpg
本町通よりも東は、七条通は急な上り坂になります。
少しづつ東山に近づいているのが分かりますね。


146-15.jpg
本町通から、七条通を東に約30m進みました。
ここはもとは「かわぐち」という地域スーパーでした。
ウチからも近くてけっこう便利だったのですが、
数か月前に突然閉店してしまいました。


146-16.jpg
さらに七条通を約100m東に進みました。
こちらは、「つるき餅本舗」という和菓子屋さんです。
席は少ないですが、中で食べることもできます。


146-17.jpg
こちらが、その「つるき餅本舗」で買った和菓子です。
手前がわらび餅で、奥がはぎ餅です。
こちらは、サンドイッチの後に頂きました。


146-18.jpg
さらに20mほど七条通を東に進みました。
こちらのうどん屋さんは、自分が子供のころからあります。
その向こうに、七条大和大路の交差点があります。


146-19.jpg
七条通から、大和大路を北に向いています。
ここから約300mだけ大和大路は4車線になります。
右(東)に見えるのは、京都国立博物館です。
その北隣が第7回ブログで出てきた豊国神社と方広寺です。


146-20.jpg
今度は七条通から、大和大路を南に向きました。
一部を除けば、大和大路はこのくらいの道幅です。
左(東)に見えるのが、三十三間堂の塀です。
この大和大路は、次の次に特集する道です。
(先に、寺町通を特集します)


146-21.jpg
さらに、大和大路から、七条通を東に向きました。
ずっと先に、七条通の最東端智積院が見えます。
ここに三十三間堂の入り口が見えますが、
徒歩用の入り口はもう少し東の方です。


146-22.jpg
三十三間堂の北向かいは、京都国立博物館です。
こちらは、パリのルーブル美術館を意識して
このような赤レンガの塀を造りました。


146-23.jpg
大和大路から七条通を東に約50m進むと、
「三十三間堂・博物館前」という長い名前のバス停があります。
この日はお盆前ということもあり、
たくさんのバス待ちの方がいらっしゃいました。


146-24.jpg
バス停から、七条通を東に約50m進みました。
この横断歩道がある辺りで、南に折れます。


146-25.jpg
先ほどの角で、七条通を南に折れました。
ずっと向こう(塩小路通沿い)にも山門が見えますが、
この土塀で囲まれた一帯が、元は後白河上皇の離宮でした。
つまり、三十三間堂は元々後白河上皇の離宮の一部でした。
現在この辺りには三十三間堂以外にも
様々な寺院と病院やホテルが建っています。


146-26.jpg
その角から南に約50m進みました。
左(東)側に、赤十字病院京都支部があります。
京都の赤十字病院は、ここ以外に
第88回ブログに出てきた第一日赤病院と
京都府庁横の第二日赤病院の二か所あります。


146-27.jpg
赤十字病院京都支部の前で東を向き、三十三間堂の門をくぐりました。
大きな駐車場の左(南)側に、切符売り場があります。


146-28.jpg
600円払うと、このチケットとパンフレットがもらえます。
パフレットには、28部衆の風神・雷神が写っていますね。


146-29.jpg
チケットを提示すると、三十三間堂の境内に入れます。
いよいよこちらから三十三間堂の本堂に入っていくのですが……


146-30.jpg
ここから先は、撮影禁止です……(パンフレットで代用します)
三十三間堂は、文字通り三十三間(約121m)の長さを持つお堂です。
正式には、「蓮華法院」と言います。
堂内には、1001体の千手観音がいらっしゃいます。
こちらの観世音菩薩は後白河上皇の命で
平安時代末期に作られたものですが、
戦災でたびたび何体が焼かれていくうちに、
各時代の名だたる仏師たちが追加で製作していきました。
(湛慶など慶派が多いですね)
中でも中央の本尊は、巨大であるにもかかわらず
威圧感がない優しい顔立ちをしておられます。


146-31.jpg
本尊がいらっしゃる中央付近の東側に出入り口があって、
そこからこの踊り場に出られます。
ここでは、たくさんの方が休憩されていました。


146-32.jpg
その踊り場の上から、三十三間堂東側の庭園を眺めています。
柳の木のそばに、手水舎があります。
本当ならこちらの方にも散策していくのですが、
この日差しと気温では熱中症になってしまいます。


146-33.jpg
では、こちらからまた本堂に入っていきます。
実は、冷房がなくても本堂は涼しかったです。


146-34.jpg
再び三十三間堂の中に入ってきました。
1001体の千手観音の手前に、28部衆が並んでいらっしゃいます。
28部衆とは、ヒンドゥー教などの神様28体を仏教で祭ったものです。
(多神教である仏教には、他宗教の神様がよく「仏」として登場します)
シヴァ・ブラフマン・帝釈天のようなヒンドゥー教三大神や
ガルーダ・阿修羅・キンナラのような神様もいらっしゃいましたが、
自分のお気に入りは婆籔(ばす)仙人です。
なかなか写実的な老人の像です。


146-35.jpg
三十三間堂を出て、赤十字病院京都支部の前まで戻ってきました。
七条通の向こうに、京都国立博物館の正門があります。
ちょうど現在開催中の催し物の看板が見えます。


146-36.jpg
三十三間堂から七条通に戻ってきて、東を向きました。
七条通最東端智積院の山門がだいぶ近くになってきました。
では、さらに東に向かっていきます。


146-37.jpg
三十三間堂前交差点から、七条通を東に約100m進みました。
こちらは、ハイアットリージェンシー京都というホテルです。
以前こちらでいただいたコーヒーとチーズケーキが
かなりおいしかったことを覚えています。
(某企業の説明会で、サービスとして出されたものです)


146-38.jpg
「三十三間堂・博物館前」バス停から
まだ150mほどしか東に移動していないのですが、
もう次の「東山七条」バス停が見えてきました。
もうすぐ七条通の最東端になります。


146-39.jpg
そして、七条東大路の交差点に着きました。
ここは、4車線同士のT字路です。
(七条通はここで終わりですが、東大路通はまだまだ続きます)
次の目的地智積院の山門も近づいてきました。


146-40.jpg
そして、こちらが七条通の最東端智積院の山門です。
とは言え、ここはいつも閉まっていて
普段の出入り口はもう少し南の方になります。
ここからそちらに向かいましたが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、智積院の境内を散策します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第147回 暑い日の智積院~七条通散策~その2

146-40.jpg
こちらは七条通最東端にある真言宗智山派総本山智積院です。
今回は、ここを散策します。
ただ出入り口はここではなく、もう少し南の方にあります。
撮影日は、2013年8月13日火曜日午後3時。
まだまだ炎天下が続きます。


147-2.jpg
智積院の総門から後ろを振り返りました。
ここから西に、七条通が伸びています。


147-3.jpg
七条通最東端から、東大路通を南に向いています。
東大路通は、九条通以北の京都市街最東端の幹線道路です。
(九条通以南は、本町通が最東端の幹線道路になります)


147-4.jpg
七条通から、東大路通を約50m南に進みました。
智積院には、こちらから入っていきます。


147-5.jpg
先ほどの門をくぐると、カエデ並木をどんどん奥に入っていきます。
(秋には、この辺は絶景になります)
沿道には、キキョウが植えてあります。


147-6.jpg
東大路通から東に約100m進むと、智積院金堂(本堂)が見えてきます。
ただ、そちらに行く前に先に左折します。


147-7.jpg
先ほどの地点で、左(北)を向きました。
こちらは、智積院の講堂(方丈)と大書院庭園です。
ただそちらに向かう前に、手前の宝物殿に入ります。


147-8.jpg
拝観料を支払い、このチケットをもらいました。
ここ智積院の障壁画が、長谷川等伯と長谷川久蔵父子の代表作です。


147-9.jpg
先に、庭園の前にある宝物殿に寄ります。
こちらには、大書院にあった
長谷川等伯・長谷川久蔵父子の障壁画が
保存目的で移されていました。


147-10.jpg
宝物殿から出ました。中は冷房が効いていました。
これは拝観者のためというよりは、絵画の保存目的でしょう。


147-11.jpg
では、こちらの庭園に入っていきます。
先ずは、ここの講堂の前を通ります。


147-12.jpg
門をくぐると、講堂の正面が見えます。
こちらの本尊周辺の障壁画が素晴らしいのですが、
残念ながら撮影不可です。


147-13.jpg
門の脇に、このような句碑があります。
こちらは高浜虚子がここを訪れて歌ったもので、
「ひらひらと つくもをぬひて 落花かな」
というような俳句です。
では講堂を回り込んで、庭園の方に向かいます。


147-14.jpg
講堂の北側に大書院があります。
次は、大書院に併設されている「利休好みの庭」に向かいます。


147-15.jpg
大書院は、土足禁止です。
ここで靴を脱いで上に上がります。


147-16.jpg
靴を脱いで、すぐに庭園の方に向かいます。
この部屋中に、長谷川等伯の障壁画のレプリカが貼られていました。
(元々、長谷川等伯の障壁画はこの部屋を飾っていました)
部屋の縁側で、数名の男子学生が座り込んでいます。
あの辺りが絶景ポイントなのですが、先を越されてしまいました……


147-17.jpg
縁側の先は、池が広がっています。
さらにその向い岸に、大きな築山があります。
これが、ここの風景の大きなアクセントになっています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


147-18.jpg
こちらは、縁側の真下です。
この建物は寝殿造のように縁の下にも水が張ってあります。
(放射冷却で、この部屋を涼しくしています)
大きな鯉が何尾もいて、人を見ると大きな口を開けています。
(餌が欲しいのでしょうか?)


147-19.jpg
築山の北側を見ています。
この辺りはカエデがたくさん植わっています。
サイトには、「5~6月が絶景」とありましたが、
多分11月がここの見頃でしょうね。
この写真もクリックすると拡大できます。


147-20.jpg
庭園を眺めていると、白人の中年女性がやって来ました。
(遅れて彼女の子供らしき小学生二人も来ました)
席を譲るべきかと思い、庭園を立ち去りました。

こちらは、大書院の反対側の庭園です。
一転して、枯山水の石庭です。


147-21.jpg
その石庭の北側に、大書院から講堂に向かう渡り廊下があります。
ここを西に進み、講堂に向かいます。


147-22.jpg
講堂内は、撮影不可になっています。
ご本尊の他に、障壁画が見事でした。
こちらは長谷川等伯など歴史上の人物ではなく、
田渕俊夫画伯が数年前に描いたものですが、
四季を墨の濃淡だけで表した水墨画でした。
このような作品が、数百年後に「歴史」になるのでしょうね。

こちらの写真は、総門越しに講堂の西側から七条通を見た構図です。
今回ブログの最初の写真の真裏になります。


147-23.jpg
こちらは、講堂の西側庭園です。
カエデが多いので、ここも秋には絶景になるでしょうね。


147-24.jpg
講堂と大書院を一通り回りました。
では、ここを出て次に進みます。


147-25.jpg
そして、ここを出ます。
先ほどの学生さんはここから出た後帰ってしまわれましたが、
自分にはもう一ヶ所目的地があります。


147-26.jpg
それが、こちらの金堂(本堂)です。
せっかくなので、中に入ろうと思います。


147-27.jpg
東大路通から金堂に向かう道沿いには、キキョウが植えられています。
今がちょうど花の盛りですね。もちろん、それには訳があります。


147-28.jpg
遂に、智積院金堂に着きました。
両脇に、キキョウの紋章が付いています。
要するに、キキョウは智積院の象徴なのです。
実は他にも5名ほど参拝者がいらっしゃたのですが、
自分以外は遠慮されて中に入られませんでした。
というのも、ちょうど午後4時になって
堂内で読経が始まったからです。
普段から声を出される方は、きれいな声をしています。


147-29.jpg
読経の声を背景にして、金堂を後にしました。
ここを100mも進めば、東大路に行き当たります。


147-31.jpg
先ほどの道をまっすぐに進み、智積院の入り口付近に戻ってきました。
ここの前の通りが、東大路通です。
では、ここ智積院を出て東大路を北上します。


147-32.jpg
東大路通を北上しています。
東大路は、九条通以北の京都市街地最東端です。
ですから、この通りの東側に大谷本廟八坂神社知恩院などがあり、
観光シーズンともなるとここはかなりの渋滞になります。


147-33.jpg
東大路通を約50m進み、七条東大路のT字路に戻ってきました。
(今回ブログ最初の地点ですね)
右(東)側に見えるのは、智積院の石垣です。
実は、智積院の周辺にはたくさんの神社仏閣があるのですが、
この時点で午後4時15分です。
もうこれ以上回るのは、限界のようです。
とは言え、もう写真をだいぶ貼り付けましたし
ここから先は次回とします。

~次回は、この辺りをうろうろします~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第148回 西日の七条通~七条散策~その3

147-33.jpg
智積院の前で、七条東大路の交差点で北を向いています。
この辺には他にも妙法院や豊国廟などあるのですが、
そろそろ日が西に傾いてきました。
撮影日は2013年8月13日火曜日午後4時20分。
この日は終日暑かったです……


148-2.jpg
東大路通をさらに50mほど北に進みました。
智積院の最北端の北側から、さらに東に進む道が続いています。
そのさらに北側に見えるのは、智積院と同じ天台宗の妙法院門跡です。
三十三間堂を管理している寺院ですね。
なかなか見事な寺院ですが、普段は非公開です。
(紅葉シーズンに、公開)


148-3.jpg
先ほど紹介した東へ伸びる道の方に向いています。
石碑に、「新日吉神宮」(いまひえじんぐう)と書かれています。
ここから500mほど東にある神社ですが、
もうこの時間なので今回は参拝を諦めます。


148-4.jpg
東大路通から、先ほどの道を東に向いています。
ずっと向こうに、「新日吉神宮」の鳥居が見えます。
手前の右(南)側は、イルパッパラルドという石窯ピッツァの店ですね。
人気があるので、ランチでも予約しないと入れません。

実は、この道は「女坂」とか「乙女坂」と呼ばれています。
と言いますのも、石製鳥居付近に「京都女子学園」があり
普段は幼稚園児から大学生まで女子学生であふれます。
(撮影日前後は、夏休みです。
普段は監視員がいて、カメラを持っていたら不審者扱いされます)


148-5.jpg
「女坂」を北に渡り切り、西を向きました。
この東大路七条交差点の北側横断歩道を渡ります。
向こう側は、京都国立博物館ですね。


148-6.jpg
これは、東大路七条交差点北西角にある標識です。
ここから南に行けば三十三間堂、北に行けば清水寺(徒歩約20分)、
西に行けば京阪電鉄「七条」駅です。


148-7.jpg
東大路通から、七条通を西を向いています。
ここから見ると、この辺りが割と急な坂道だと分かります。
(実は、本町通以東は上り坂です)
右(南)側の鉄柵の先に、京都国立博物館があります。


148-9.jpg
東大路から、七条通を約50m進みました。
駐車場がある辺りで鉄柵がなくなったので、右(北)を向きました。
こちらが、京都国立博物館本館です。
パリのルーブル美術館をモデルに建てられたので、
このような赤レンガになりました。


148-10.jpg
さらに100mほど七条通を西に進みました。
こちらは、京都国立博物館入り口です。
この期間は、夏休み用の面白そうなものを開催していました。
(写真にある通り、更新日には終わっています)


148-11.jpg
京都国立博物館入り口から、南を向きました。
向こうに見えるのは、三十三間堂への入り口です。
第146回ブログでここを通りました。


148-12.jpg
京都国立博物館入り口から、七条通を西に向いています。
赤レンガの塀が残っているのは、もうこの辺りだけになりました。
ここは、自分のお気に入りの場所の一つです。


148-13.jpg
赤レンガの塀は、約100m続きます。
京都国立博物館の南西角に、「大仏前交番」があります。
ちなみに、この近くに「大仏前郵便局」もあります。
さて、この「大仏」とは何を指すでしょうか?
答えは、次回ブログに書きます。


148-14.jpg
「大仏交番」の前から、七条通を西に向いています。
ここは、七条大和大路の交差点です。
大和大路通は、三十三間堂と京都国立博物館最西端の道です。


148-15.jpg
七条通から、大和大路通を北に向いています。
ちょうど百日紅(さるすべり)が見頃ですね。
実は、この辺りはずっと百日紅並木が続くのですが、
それは次回ブログで特集します。


148-16.jpg
大和大路を渡り、七条通を西に進みます。
交差点の北西角に、甘春堂 七条本店があります。
ここは和菓子販売だけでなく、中で食事もできます。


148-17.jpg
大和大路通から、七条通を約100m西に進みました。
八つ橋屋さんとカレー店が並んでいます。
このカレー店は、10年ほど前までは「8番らーめん」でした。
野菜がたくさん入っていて、結構通っていたのですが……


148-18.jpg
さらに七条通を50mほど西に進みました。
ここが本町通との交差点です。
ここのところ本町通をずっと特集してきましたが、
次回ブログからまたここを北に進みます。


148-19.jpg
本町通から、七条通を西に約30m進みました。
こちらは、「大黒湯」という銭湯です。
ここはお婆さんが一人で切り盛りされていて、
「桜湯」が休みの日は自分はこちらに入ります。


148-20.jpg
「大黒湯」の中を覗くと、お地蔵さんがいらっしゃいます。
ちょっと入ってみましょう。


148-21.jpg
こちらは、「大黒湯」内にいらっしゃる「空豆地蔵」です。
左の器には空豆のお菓子が入っていて、
自由に持って帰っていいのですが、
この日は全てなくなっていました。


148-22.jpg
「大黒湯」から七条通を西に向きました。
約30m先に、鞘町通との交差点があります。


148-23.jpg
その七条鞘町交差点の北東角に、喫茶店「Amazon」があります。
コーヒーとサンドイッチがおいしいお店なのですが、
この日は寄りませんでした。
第146回ブログ散策中に買ったサンドイッチと和菓子を
これから帰って食べるつもりなので。


148-24.jpg
鞘町通から、七条通を西に向いています。
京阪電鉄「七条」駅も、もうすぐです。


148-25.jpg
京阪電鉄「七条」駅の手前に、小さな本屋さんがあります。
もちろん本も買えますが、ここで切手やはがきも買えますし
さらに京都国立博物館のチケットや前売券も買えます。


148-26.jpg
そして、川端通(鴨川東岸)まで来ました。
七条川端交差点の四隅に、京阪電鉄「七条」駅への階段があります。
では、ここから帰ろうと思います。
今回は、ここまでです。

~次回は、豊国神社と方広寺に行きます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第149回 百日紅咲く豊国神社~本町通南から北~その25

149-1.jpg
七条通を一通り散策した後は、また「本町通編」に戻ります。
今回は、ここ京阪電鉄「七条」駅から出発して豊国神社を目指します。
撮影日は、8月27日火曜日午後1時。
数日前の雨以来、多少は涼しくなりました。
(35℃越えは、なくなりました)


149-2.jpg
京阪電鉄「七条」駅改札口を出て、南側を向きました。
(第146回ブログとは反対の方角になります)
駅の切符売り場の向こうに、地上に上がる階段があります。


149-3.jpg
階段を上り、地上に近づいてきました。
この日は晴れていたので、まだ少し暑かったです。


149-4.jpg
階段を上りきると、七条川端交差点北東角に出ます。
川端通は鴨川と接していて、すぐそこに七条大橋が見えます。
「七条通編」を撮った2週間前と比べて、空の青が濃くありませんね。
その分、雲の量が増えてきました。


149-5.jpg
川端通から、七条通を東に向いています。
左(北)側の青いテントは、
京都国立博物館のチケットも売っている本屋さんです。
七条通を走っている赤いバスは、京都女子学園の送迎バスです。
(料金を払えば、一般客も乗れます)
そう言えば、2学期も始まったようですね。


149-6.jpg
川端通から、七条通を約30m東に進みました。
鞘町通との交差点に、喫茶店「Amazon」があります。
今回は、ここに寄ってみます。


149-7.jpg
この「Amazon」には、中学生のころから通っています。
コーヒーとサンドイッチがおいしいお店ですが、
今回はワッフルとブレンドコーヒーを頼みました。


149-8.jpg
ワッフルをアップにしました。
やはりワッフルには、メープルシロップですね。
少し時間がたって、しっかり浸み込んだところをいただきました。


149-9.jpg
「Amazon」の前から、七条通を東に向いています。
約50m先に、本町通が見えます。とりあえず、そちらに向かいます。


149-10.jpg
本町通に向かう途中に、「大黒湯」の前に来ました。
ここが開くまで、あと2時間くらいあります。
ですから、前回ブログで参拝した空豆地蔵にも会えません。


149-11.jpg
さらに七条通を東に進み、本町通との交差点に来ました。
左(北)側に甘春堂七条店がありますが、この日は定休日のようです。
(店舗によって、定休日が異なるようです)


149-12.jpg
七条通から、本町通を北に向いています。
この辺りも、古い町家が続く味のある道になります。
ただ、この辺りの町家は民家ではなく
店舗だったり職人さんの工房だったりします。


149-13.jpg
七条通から、本町通を北に約50m進みました。
こちらは倉庫のようなのですが、
上の方に伏見の清酒メーカーの看板が出ています。
どうも、お酒を保存しておく所のようです。


149-14.jpg
さらに本町通を20mほど北に進みました。
こちらは、養泉寺です。
沿革がよく分からないので、宗派なども分かりません。


149-15.jpg
養泉寺から、本町通を北に約100m進みました。
駐車場の一角に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
(たぶん本町5丁目のお地蔵さんです)
こちらにも、お参りしました。


149-16.jpg
お地蔵さんから本町通を北に約100m進みました。
ようやく正面通との交差点にたどり着きました。
第6回ブログでも出てきたところです。


149-17.jpg
本町通から、正面通を西に向いています。
この辺りは「正面商盛会」という商店街です。
閉まっている店もありますが、左側の淡水魚の魚屋のように
(白い自動車で見えにくいですが)
繁盛している店もあります。

ちなみに、ここを西に進むと
約150m先に川端通と鴨川があって
さらに200m進むと桜や藤がきれいな正面公園があります。
(第114回ブログで紹介しました)


149-18.jpg
今度は本町通から、正面通を東に向いています。
正面通は約150m先の大和大路で突き当たるのですが、
その間だけ、ここは4車線になります。
道路の中央に百日紅(さるすべり)並木が続いています。
ちょうど花が見頃ですね。
ここからは、この正面通を進んでいきます。
(第6回ブログの最後の部分と同じ道です)


149-19.jpg
正面通の百日紅並木を約30m東に進みました。
こちらは、浄土宗西山禅林寺派熊谷山専定寺です。
京都人は、「烏寺」と呼んでいます。
豊国神社の末寺のように見えますが、
ここは鎌倉時代から続く由緒あるお寺です。
沿革などは長くなるので、追記にの方に書きます。

ちなみに、ここは「方広寺の七不思議」の一つでもあります。


149-21.jpg
専定寺の向かい(南側)に、耳塚があります。
要するに、豊臣秀吉の朝鮮侵略(1592年・1597年)の際の
朝鮮側戦死者の供養塔です。
正確には、朝鮮人戦死者の耳を切り落として塩漬けしたものを
日本に持ち帰った後に埋葬した所です。
豊臣秀吉の家臣たちが、自分が何人敵兵士を殺したかを証明するために
このようなことをしました。
江戸時代に一旦荒廃しましたが、
明治時代に入って自由民権運動家(川上音二郎など)が再興し、
近年日本政府と韓国政府がここを改修しました。

ここも、「方広寺七不思議」の一つです。


149-20.jpg
耳塚から正面通東に向いています。
専定寺の東側に、甘春堂東店があります。
こちらは、カフェがメインです。
先ほど「Amazon」に寄ったところなので、
ここには次回に寄ります。


149-22.jpg
こちらは耳塚の東隣りで、児童公園になっています。
ここも正面公園同様に、桜と藤棚がきれいなところです。
ちなみに、左側の青いネットの中は家庭ごみです。
この3分後に、ゴミ収集車が持っていきました。


149-23.jpg
児童公園内に、このような石碑がありました。
碑文を要約すると、こうなります。
明治天皇御一行がこの辺りに行幸されたとき
皇后が「疲れた、休みたい」とおっしゃられて
ここでしばらく休まれました。
そのままここは「空地」になったのですが、
後に「第27小学校」がここに開校されたそうです。


149-24.jpg
正面通を東に進み、大和大路とのT字路に来ました。
(正面通は、ここで終わります)
ここからは、第7回ブログで紹介した内容と重なります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


149-25.jpg
正面通から、大和大路を北に向いています。
向こうに見えるのは、方広寺の石垣ですね。
このお地蔵さんも、第7回ブログに出てきました。


149-26.jpg
今度は、正面通から大和大路を南に向きました。
ずっと向こうに京都国立博物館が見えます。
こちらも、七条通まで百日紅並木が続いています。
前回ブログでも出てきましたね。


149-27.jpg
では、鳥居をくぐり豊国神社に入っていきます。
(右側は、駐車場になっています)


149-28.jpg
鳥居をくぐると、手水舎があります。
こちらの鉢には、「五七の桐」紋が彫ってあります。
(豊臣家の家紋です)


149-29.jpg
手水舎に、このような紙が貼ってありました。
わざわざ貼ってあるということは、
誰かがこのようなことをするからでしょうが、
一体何の目的でしょうか?


149-30.jpg
こちらは、本殿の右(南)側です。
宝物殿(左側入り口の中)に行くために、社務所に向かいます。


149-31.jpg
こちらは、豊国神社社務所にあったおみくじです。
自分の干支に合わせたフィギュアのおみくじを引くそうです。


149-32.jpg
300円払って、宝物殿の入り口を通り過ぎました。
向こうの小さな建物が宝物殿です。
撮影制限を聞いたところ、巫女さんがこうおっしゃられました。
「制限?いえ、特にそのようなものはありません」


149-33.jpg
宝物殿には、伏見城の遺構や豊臣秀吉の日時用品が多くありました。
また、洛中洛外屏風が何枚かありました。
一番の宝物は、こちらでしょう。
豊臣秀吉の肖像画です。歴史の教科書によく出てきます。


149-34.jpg
宝物殿を出て、本殿に参拝します。
目の前の老夫婦が、豊国神社の沿革を話しておられました。
「豊臣秀吉の死後、妻のねねが建立したんだ」
……いえいえ、それは事実ではありません。

豊国神社(とよくにじんじゃ)は、
1599年豊臣秀吉の死後に秀吉を神格化すべく
息子の豊臣秀頼(事実上淀君)が建てた神社です。
当時は東大路の方にあったとても大きな神社でした。
京都女子学園裏手の豊国廟も、この神社の一部だったようです。
1615年に豊臣氏を滅ぼした徳川家康によって破壊されましたが、
明治天皇の詔で、再興しました。


149-35.jpg
豊国神社本殿の両脇に、絵馬がつるされていました。
豊臣秀吉の馬印をかたどった「千成瓢箪」を表していますね。


149-36.jpg
本殿の北側から、豊国神社を出ます。
その前に、赤い鳥居の方に向かいます。


149-37.jpg
豊国神社境内に、ハトが何羽もいました。
この辺でハトがいるのは、東本願寺・西本願寺くらいででしょうか?


149-38.jpg
豊国神社本殿北側に、赤い鳥居が並んでいます。
こちらは末社の稲荷神社です。


149-39.jpg
赤い鳥居は、東に約10m続いています。こちらが本殿になります。
小さいながらも、味のある神社です。


149-40.jpg
稲荷神社の北側から、豊国神社を出ました。
すると、目の前に大きな鐘楼が見えます。
ここは豊国神社に隣接する方広寺です。
この時点でまだ午後2時半ということもあり、
多くの人がこの鐘を見に来られていました。


149-41.jpg
鐘楼には、午後4時までなら寸志を払って中に入れます。
こちらは、重要文化財「国家安康の鐘」です。
東福寺末寺天得院の文英清韓による碑文をアップにしました。
白く塗られているのは、右から
「国家安康」「君臣豊楽」と書いてあります。
「これは、徳川家康を呪い殺し、豊臣氏の繁栄を願った呪術である」
そう主張した徳川家康によって、
1615年豊臣氏は大坂の陣で滅ぼされました。
つまりこの鐘が、豊臣氏滅亡の原因でした。
これも、「方広寺七不思議」の一つです。


149-42.jpg
こちらは、鐘楼の天井部分です。9人の飛天が描かれていますね。
この絵が小学生の頃から自分のお気に入りでした。
この写真は、クリックすると拡大されます。


149-43.jpg
こちらが天台宗方広寺の本堂です。
ここは、元々南側の豊国神社・京都国立博物館を合わせた広さでした。
(豊国神社は、もっと東にありました)
室町時代末期に松永久秀が奈良の東大寺を焼き討ちしたため、
その後継寺院として1595年ここに大仏殿が建てられました。
それが、この寺院の発祥です。
今でも本尊は、東大寺と同じ廬舎那仏です。
これがこの辺の地名「大仏前」の由来です。
(前回ブログのクイズの答えです)
ちなみに、1588年の豊臣秀吉による刀狩は
この大仏建立のために出された側面もあります。
また、高瀬川も方広寺や豊国神社建立資材を運搬するために
角倉了以が造営しました。
豊臣秀吉関連寺院だったので江戸時代には荒廃しましたが、
明治時代に再興されました。


149-44.jpg
方広寺本堂東側に、大きな駐車場があります。
こちらに4代目の大仏殿があったのですが、
1978年の火災で焼失してしましました。
(子供のころに、火災現場を見物した記憶があります)
お気づきでしょうが、「方広寺の大仏」は現存していません。


149-45.jpg
方向に境内で西を向きました。
ここから大和大路通に出られるのですが、少し待ちます。
目の前を修学旅行生が通り過ぎるまでの辛抱ですね。

今回は、ここまでとします。

~次回は、本町通を北上して五条通を越えます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第150回 五条を越えて六原へ~本町通南から北~その26

150-1.jpg
約1週間で、空模様が一変しました。雨が降ったりやんだりします。
気温も一気に下がり、最高気温が30℃に達さない日もあります。
ここは方広寺の入り口で、西側の大和大路の方を向いています。
今回は、ここから本町通を北上し六原(六波羅)に向かいます。
撮影日は、2013年9月1日日曜日午後2時。
今回で、本町通最北端に到達します。


150-2.jpg
方広寺の前で大和大路通を南に向いています。
この左(東)側に、方広寺があります。
約50m先に正面通とのT字路があります。
(その東側は、豊国神社です)

150-3-1.jpg
大和大路通から、正面通を西を向きました。
(豊国神社を背にしています)
ずっと向こうに、「耳塚」が見えますね。
ここからは、正面通を西に進みます。
画像が多少汚いのは、ご愛嬌ということで……


150-4.jpg
第7回ブログ前回ブログで登場されたお地蔵さんです。
また前を通ったので、撮らせていただきました。


150-5.jpg
大和大路通から、正面通を西に向かっています。
百日紅は9月に入っても、まだ咲いています。
少し先に、甘春堂東店があります。今から、そちらに向かいます。


150-6.jpg
店舗の軒先に、このような道標がありました。
方広寺は、今回ブログが始まった所です。
三十三間堂は、大和大路通を南に約200m行くとあります。


150-7.jpg
では、甘春堂東店にお邪魔します。
こちらは和菓子屋さんですが、2Fの喫茶室に向かいます。


150-8.jpg
いろいろ迷ったのですが、結局「葛切り」を注文しました。
すると、黒蜜に浸かったこのようなものが出てきました。
食べてみると、葛のかたまりを切ったというより
「ところてん」に近い食感でした。
(ちなみに、京都人はところてんを食べる習慣がありません)
黒蜜は、かなり濃厚で黒砂糖独特の風味が残っていました。
横の干菓子は、最後のデザートですね。


150-9.jpg
帰りに、ここでいくつか菓子を買いました。
面白いので、家に帰ってから菊と芒(ススキ)の絵柄の盆に
ウサギの干菓子と月型の麩菓子を並べてみました。
中央の「しめじ」は、有平糖と呼ばれる飴細工です。


150-10.jpg
甘春堂東店の前で、向かい(南)を見ています。
前回ブログでも出てきた児童公園と「耳塚」ですね。


150-11.jpg
今度は、甘春堂東店の前で、正面通を西に向きました。
手前の大黒寺通の角には、前回ブログで紹介した専称寺があります。
今回は、その先をどんどん進んでいきます。


150-12.jpg
正面本町の交差点まで来ました。
正面通がここで突き当たっているように見えますが、
半分の道幅になって、ずっと東に伸びています。


150-13.jpg
正面通から、本町通を北に向いています。
(やっと、本町通に戻ってきました)
もう少しだけ、ここを北上していきます。
向こうに見えるのは、「大仏前郵便局」です。
この「大仏」とは、焼失した方広寺の大仏を指します。
(詳しくは、前回ブログを参考にしてください)


150-14.jpg
正面通から、本町通を約130m北に進みました。
民家と民家の間に、児童公園が見えてきました。


150-15.jpg
こちらは、「本町公園」の南側入り口です。
南側に、貞教消防団の施設があります。
この近くにある一橋小学校には、元々貞教小学校がありました。
元々の一橋小学校は、第144回ブログで出てきた
「旧伏見街道第一橋」付近にありました。


150-16.jpg
こちらが、「本町公園」の様子です。
この日は日曜日でしたが、雨が降っていたので誰も遊んでいません。
ここも、自分が子供のころはよく遊びに来ました。


150-17.jpg
そしてこちらが「本町公園」の北側入り口です。
脇に、お地蔵さんが何体もいらっしゃいます。


150-18.jpg
「本町公園」前から、西を向きました。
この太い道は、鴨川沿いの川端通で突き当ります。
ですから、この辺りの本町通は
川端通の「渋滞除け」によく利用されます。


150-19.jpg
「本町公園」から、本町通を北に約100m進みました。
この辺りは、このような味のある民家が続きます。


150-20.jpg
さらに本町通を北に進み、五条通が近くなってきました。
西側にも、味のある民家が並んでいます。
酒屋さんの木彫りの看板が面白いですね。


150-21.jpg
その酒屋さんのほぼ向かいに、このように寺院の入り口がありました。
では、こちらの浄土宗浄雲寺に入っていきます。
ただ、その前に……


150-22.jpg
浄雲寺の鬼瓦の横に、このような看板がありました。
この辺りが本町通の起点になっているので、
「本町1丁目」と書いてあります。


150-23.jpg
浄雲寺の入り口を入ると、しばらく細い道が続きます。
まるで「うなぎの寝床」(京町家の典型)ですね。
こちらの植木は、この近所の方のものです。
実はこの横にも、ご近所の家の出入り口があります。
つまりここは、公道でもあります。


150-24.jpg
本町通から、入り口を通ってまっすぐ東に来ました。
右手は、近所の方の民家です。さらに進み、本堂に向かいます。


150-25.jpg
こちらが、浄土宗浄雲寺の本堂です。
(これ以上中には入れません)
いろいろ調べたのですが、詳しい沿革は分かりませんでした。
個人的には、ここは伏見街道(本町通)の起点なので
その関連があると思っています。


150-26.jpg
本堂の手前(西)に、「亀翁弁財天」がいらっしゃいました。
見たところ、かなり古い祠です。こちらにも、お参りしました。


150-27.jpg
本堂前の庭に、手水舎がありました。
こちらは、手動式ポンプを使うのですね。


150-28.jpg
では、この浄雲寺を出ます。
また、本町通に戻ります。


150-29.jpg
浄雲寺の前から、本町通を北に向きました。
目の前の大通りが五条通で、
この辺りが「本町通1丁目交差点」になります。
つまり、ここが本町通最北端になります。


150-30.jpg
本町1丁目交差点から、五条通を東に向いています。
約150m先の大和大路通沿いに見える大きな建物は、東山郵便局です。
さらに500mほど先で東大路通と交差して、
その辺りから清水寺に行ける五条坂があります。


150-31.jpg
今度は逆に五条通を西を向きました。
約150m先に、京阪電鉄「清水五条」駅があります。
その向こうは鴨川で、さらに向こうに高瀬川が流れています。


150-32.jpg
本町通はここで終わりなのですが、
道自体はもう少し北の方に伸びています。
せっかくですので、この道の最北端まで進みます。


150-33.jpg
五条通から北は、「森下町通」と名前を変えます。
本町1丁目交差点から、森下町通を北に向いています。
すぐそこで、北東方向に道が曲がり出しました。


150-34.jpg
古い民家が様々なお店を開いています。
五条以北のこの辺りを「六波羅」と言います。
結構面白いので、写真に撮りました。


150-35.jpg
森下町通を五条から約50m進むと、北東方向に道が落ち着きます。
ずっと先に、この道の突き当りが見えます。


150-36.jpg
こちらは、「和風堂」書店という古書店です。
御簾に架かる芒(ススキ)がとてもきれいですね。
ただ、(本能寺前のように)古書専門家と思っていたのですが
最近発売された文庫本もありました。


150-37.jpg
こちらは、東山区森下町の延命地蔵尊です。
京都のお地蔵さんは、延命地蔵尊と大日如来が多いですね。


150-38.jpg
そのお地蔵さんの前から、森下町通を北に向きました。
六波羅裏門通とのT字路で、森下町通が突き当ります。
(今度こそ完全に突き当りです)
本町通はいくつか名前を変えて、
伏見区の墨染南部から延々続いていましたが、
東山区六原で本町通も完全に終わりました。
半年近く続いた「本町通編」も、ここで終了となります。

今回は、ここまでです。

~次回から、何回かに分けて六原を散策します。
実は、六波羅蜜寺はこの横にあります~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第151回 路地裏の六波羅蜜寺~六原散策~その1

151-1.jpg
3日ぶりの森下町通(本町通)最北端です。
せっかくこの六原に来たので、
今回から数回にわたってこの辺りの「お寺巡り」をします。
先ずは、ここのすぐ東にある六波羅蜜寺に向かいます。
撮影日は、2013年9月5日木曜日午後2時。
ここ数日雨模様でしたが、この日だけは晴れました。


151-2.jpg
森下町通(本町通)最北端から、六波羅裏門通を西に向きました。
ここは2車線の通りですが、すぐ先の川端通で突き当ります。
そのため、川端通から自動車がたくさん流れてきます。


151-3.jpg
今度は、六波羅裏門通を東に向きました。
車道上ではちょうど下水道工事をしていました。
角にある八百屋さんは、スイカなどいろいろな果物が並んでいました。


151-4.jpg
森下町通から、六波羅裏門通を東に約50m進みました。
大黒町通との角に、銭湯がありました。
ただ、この時間帯ではまだ開いていません。


151-5.jpg
大黒町通との南東角に、近所の時計屋さんの古い看板がります。
その横に、住所を表す細長い看板もあります。
だいぶ読みにくくなっていますが、
「東山区 大黒町通松原1丁下る大黒町」
と書いてあります。


151-6.jpg
大黒町通から、六波羅裏門通を東に向いています。
すぐ先に見えるのは、大和大路通です。
豊国神社や方広寺・建仁寺・ゑびす神社などがあった通りです。


151-7.jpg
大和大路通へ行く途中に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらには、「天道大日如来」と書いてあります。


151-8.jpg
大和大路との北西角に、このような標識が出ていました。
六波羅蜜寺まで、もうすぐです。


151-9.jpg
大和大路通から、六波羅裏門通を東に向いています。
この辺りから、この道は蛇行し上り坂になります。
石垣の上の建設中の施設は、六波羅蜜寺の南隣になります。


151-10.jpg
その石垣の下まで来ました。
こちらは、その辺りの民家の植木です。
小さいながらも、見事なカエデです。
秋になると、きれいな紅葉になるのでしょうね。


151-11.jpg
その植木とは、道路を挟んで南向かいになります。
こちらは、近くにあった京都市立六原小学校の
補導委員会による標語です。
下半分が、近所の商店の宣伝になっているのが面白いですね。


151-12.jpg
その標語の辺りで、六波羅裏門通はまた真東に伸びていきます。
すぐ先で、六波羅裏門通が突き当たっているように見えますが、
実は道幅が半分になってまだまだ続いています。
とりあえず、その突き当りに見える辺りまで進みます。


151-13.jpg
一見突き当りに見える辺りまで来ました。
ここで細い南北の道と交差しているのですが、
その左(北)側に、六波羅蜜寺の看板が見えます。


151-14.jpg
六波羅裏門通は、このように細くなってまだまだ東に伸びています。
右(南)側に見えるのは、京都市立開睛中学校です。
元は、京都市立洛東中学校と言いました。
(元広島東洋カープの衣笠祥雄氏の出身校です)


151-15.jpg
先ほどの地点で、南を向きました。
こちらが、京都市立開睛中学校の校舎です。
まだ授業中のようでだれも出てきません。
実は、近年京都市立六原小学校がなくなって
ここに併合されています。


151-16.jpg
また同じ地点で、今度は北を向きました。
すぐ先にのぼりが見えますが、その辺りから六波羅蜜寺です。


151-17.jpg
先ほどの地点から北に30mほど進んで、西に向きました。
ここから六波羅蜜寺に入っていきます。
先ずは、目の前の弁財天の祠にお参りです。


151-18.jpg
弁財天の祠の南側に寺務所があって、600円払って中に入ります。
宝物殿に入らない限り、拝観料は発生しません。
ただ、ここの宝物殿は三十三間堂と並ぶ
木製彫刻のまさに「宝庫」です。
自分は、知人にお勧め寺院を聞かれた際は
いつでも三十三間堂とここを推薦しています。


151-19.jpg
では、六波羅蜜寺境内に入っていきます。
その前に、十一面観世音の横にあるマニ車を3回回しましょう。


151-20.jpg
こちらは、マニ車の横にある手水舎です。
左側の白い石はカエルの石像で、
拝むと「無事帰る」功徳があるそうです。
鉄柵の向こうは、先ほどの道です。
ここは、外からでもよく見えます。


151-21.jpg
手水舎のすぐ北側に、このような碑が立っていました。
この辺りは、平安時代末期には平氏の邸宅がたくさんありました。
鎌倉時代にそれらは取り壊され、
跡地には鎌倉幕府が「六波羅探題」を建て朝廷を監視しました。


151-22.jpg
さらに北にずれていきます。本堂とは反対の方を向いています。
松が見事ですね。ここは小さいながらも庭園です。


151-23.jpg
六波羅蜜寺の最北端に、小さなお堂があります。
(これ以上近づくと、撮影不可になります)
中には水掛不動や水掛地蔵、水掛観音などがいらっしゃいます。


151-24.jpg
こちらが、六波羅蜜寺の本堂です。
30円払うと、ここに線香を立てられます。

六波羅蜜寺は、現在は真言宗智山派の寺院です。
(本山は、智積院です)
本尊は、十一面観世音です。(ちなみに、国宝です)
ただ、開山当初の951年は浄土教の寺院でした。
(浄土宗とは別宗派です。平等院などが有名です)
最も栄えたのは平安時代で、空也上人がいたころです。
その後何度か焼失しましたが、
中の仏像などはここの僧侶が身を挺して守り続けたため、
大半が現存します。


151-25.jpg
本堂の裏手に、宝物殿があります。
撮影不可なので、表にあるパネルを撮りました。
宝物殿自体は10畳ほどしかないのですが、
そこに仏像や木像が所狭しと並んでいます。
特に人物彫刻が秀逸で、この寺院所縁の空也上人のほか
平清盛・運慶・湛慶(三十三間堂千体観音像復興の責任者)は、
中学校や高校の教科者にそのまま載っています。
これらの像は、全て寄木造で水晶による「玉眼」という
まさに「慶派の世界」です。(運慶・快慶・湛慶などの流派)
特に平清盛像はまるで本物の人間と思うような精巧な作りで、
個人的にはこれが木像の世界最高傑作と思っています。


151-26.jpg
では本堂を出て、マニ車の横を通り抜けます。
外に出る前に、本堂と弁財天の祠の間に行きます。


151-27.jpg
こちらは、阿古屋と平重盛の塚です。
阿古屋は源頼朝暗殺計画を企てた悪七郎景清の愛人ですが、
幕府の責めを受けた後、何も知らないことが証明されて
無罪放免になった方です。
平重盛の塚があるのは、この辺りが平氏関連の地だからでしょう。


151-28.jpg
こちらは、塚の脇にいらしたお地蔵さんです。
このほかにも、信者さんだけが入れる施設には
歓喜天がいらしたりします。


151-29.jpg
では、六波羅蜜寺を出ます。
この日は平日でしたが、たくさんの方がいらしていました。


151-30.jpg
六波羅蜜寺を出て、南を向きました。
また、六波羅裏門通に向かいます。


151-31.jpg
また六波羅裏門通に戻ってきました。
今度はさらに東に向かおうとしましたが、
ちょうど小学校の方が下校時間になりました。
また、児童をあまり写さないように苦労します。


151-32.jpg
六波羅裏門通を、さらに東に進んでいきます。
右(南)に見えるのは、京都市立開睛中学校です。
左(北)側はいろいろ飲食店が建ち並んでいます。


151-33.jpg
六波羅蜜寺の前の通りから、六波羅裏門通を東に約100m進みました。
このパン屋さんはスルーしましたが、結構売れていたようです。
実はここは結構自動車が通ってきて、撮影がたびたび中断されました。
自動車が通り過ぎてからシャッターを押すので、
まるで自動車が通っていないように見えますが……


151-34.jpg
更に50mほど東に進みました。
そろそろ京都市立開睛中学校ともお別れです。
左(北)側に、お地蔵さんと古い町家があります。
ここは昔ながらの旅館です。


151-35.jpg
六波羅裏門通を、さらにさらに東に進みました。
すぐ先に突き当りになっているように見えますが、
六波羅裏門通はもっと細くなり石段の先の東大路通で突き当たります。
(東山区役所の辺りに出ます)


151-36.jpg
その突き当りに見えるあたりで、南を向きました。
この道は、蛇行しながら五条坂交差点の前に出ます。
(大谷本廟の前に出ます)


151-37.jpg
今度は、同じ場所で北を向きました。
ここは少し道が太くなります。
自動車は、大半がここから流れてきました。


151-38.jpg
六条裏門通から、北に約50mほど進みました。
こちらの民家は、鍼灸院のようです。
植木がきれいですね。


151-39.jpg
鍼灸院から北に約50mで、この道も突き当ります。
ここは、松原通とのT字路です。
ここに来るのは、一昨年の12月に取材した第19回ブログ以来です。
あの時は冬の日曜日だったので、今とは全然風景が違います。
小さな地域スーパーの西隣に、赤い色の建物があります。


151-40.jpg
こちらはその「赤い建物」六道珍皇寺です。
六波羅蜜寺と並ぶ六原を代表する寺院ですね。
次はこちらに参拝しますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は六道珍皇寺から「六道の辻」辺りを散策します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

検索フォーム
プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
ブログの訪問者数
 
現在の訪問者数
現在の閲覧者数:
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ランキング参加バナー
ブログ村ポイント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: