第154回 昔の東端は今の中心?~寺町通南から北~その1

今回から、また新しい道をずっとたどっていきます。
(とはいえ、ここ最近たどっていた本町通~六原の続きです)
新しい道を紹介するときは最初に写真のない回を書いていましたが、
今回も第120回ブログ以来写真がありません。
(都合5回目ですね)


今回から紹介する道は、寺町通です。
もちろん、敢えてこの道を選んだのには訳があります。

この間まで進んでいた本町通は、
京都市街地のほぼ南端から京都市内の中心部へと北上する道でした。
ですから、次に進む道はそこからさらに北上して
京都市内の中心部からさらに北に進む道にしようと思っていました。

寺町通は本町通最北端の五条通から北に伸びています。
さらに、寺町通最南端は本町通最北端と徒歩約5分と近くにあります。
そういう訳で、本町通の続きとして寺町通は説明しやすいのです。


寺町通の位置
先ずは、ここをクリックしてください。
寺町通の位置を表す地図が出ます。
本町通が鴨川の東側なのに対して、
この寺町通は鴨川の西側に位置します。
更に京都随一の繁華街「河原町」と隣接しており、
この寺町通自体も繁華街を形成しています。


寺町通の歴史
平安京遷都当時、寺町通はありませんでした。
ただこの辺りには、「最東端」を表す「東京極通」がありました。
その東京極通がなくなったのは、
応仁の乱(1467年~1677年)以来100年続いた京都の荒廃と、
その後の豊臣秀吉による京都の区画整理のためです。

豊臣秀吉は、自分の政策に合うように
京都市街地を大幅に変えました。
自分を祀る豊国神社に通じる六条通を「五条通」と変更したり、
京都市街地を「御土居」と呼ばれる土塀で囲みました。

その際、豊臣秀吉は「御土居」の東端に貼り付けるように
京都中の寺院を強制的に移住させました。
(寺院勢力の弱体化を狙ったようです)
そして、それらの寺院の前の通りを「寺町通」と改名しました。
これが寺町通の始まりです。

江戸時代になって、豊臣秀吉が作ったものは次々破壊されました。
「御土居」も取り壊され、そこに河原町通と土手町通が作られました。
すると京都市街地も一気に東に移っていき、
鴨川東岸の祇園や河原町と並んでこの寺町も繁華街化していきました。
(これらの繁華街は、今も健在です)


電気屋街「寺町」
五条通から北上すると、すぐに河原町通と交差します。
松原通(旧五条通)、高辻通を越えたら、
北は四条通まで家電量販店が建ち並びます。
ただ近年は、郊外型の家電量販店に圧されて店舗数が激減しています。
(大半が、大阪「日本橋」の支店でした)
その代わり、近年台頭しているのがアニメショップやゲーム専門店、
漫画に特化した本屋さんなど、「オタクビジネス」の店舗です。
その辺は、東京の「秋葉原」大阪の「日本橋」と
同じ経緯をたどっています。


京都で一番の繁華街
四条通から北上して三条通までが
京都一の繁華街「寺町京極」「新京極」(合わせて「京極」)です。
この「京極」という名称も、ここがかつて京都最東端だった名残です。
様々の飲食店や商店舗が並んでいますが、
錦天神・蛸薬師・誓願寺などの寺院も並んでいます。


おしゃれな二条界隈
三条通以北には、矢田寺、天性寺、本能寺と続きます。
(第67回ブログ参照)
御池通を渡り京都市役所を通り過ぎると、
二条通~丸太町通間は急に街灯の付いたおしゃれな街並みになります。
パン屋の進々堂本店や宇治茶の一保堂本店がここにあります。


京都御苑を越えて
丸太町通以北の寺町通は、京都御苑の最東端になります。
途中に梨木神社などもあります。
さらに今出川通よりも北側は、道が急に細くなります。
そしていくつかの寺院の前を通り過ぎた後、
北大路通の手前の紫明通で寺町通は突き当ります。

~次回は、京阪電鉄「清水五条」駅から始まります。
鴨川・高瀬川を渡って、寺町通を北上します~

……ただ、紅葉シーズンが近づいてきています。
11月に入ると、一時的に別コースに移ると思います。
(紅葉回は、下手したら年内いっぱい続きます。
寺町通は、その後から再開予定です)
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第155回 鴨川 高瀬川を越えて~寺町通北から南~その2

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では、今回から写真入りで寺町通を北上します。
……とはいえ、初めはここ京阪電鉄「清水五条」駅からです。
一応、本町通から引き継いで北上する形式をとっていますので、
二つの道の中間点から始まります。
今回はここから西へ進み鴨川と高瀬川を越えた後、
寺町通最南端から北上します。
撮影日は2013年9月26日木曜日午後4時。
撮影を始めたあたりから、晴れてきました。


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京阪電鉄「清水五条」駅のホームです。
今「七条」駅(南)側を向いています。
では、ここから地上に上がっていきます。


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駅コンコースの南側に、このような空間があります。
自動販売機でジュースやお菓子が買え、
手前の椅子に座ってくつろげるようになっています。
京阪電鉄でこのような設備があるのは、ここだけです。


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では、改札口から外に出ます。
ここから、五条川端交差点の北西角に向かいます。


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らせん状の階段を上り、地上に出ます。
先ほどまで曇っていたのですが、だんだん晴れてきました。


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階段を上り、地上に上がってきました。
京都タワーの手前に、五条大橋が見えます。
この辺りの京阪電鉄は、鴨川の東岸を走っています。


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五条川端交差点北西角に出て、北を向きました。
右(東)側に、先ほど上ってきた階段が見えます。
目の前に柳の木がありますが、
近年はだんだん桜の木の方が多くなっています。
(ここも、春には絶景になります)


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今度は五条川端交差点北西角から、五条通を東に向きました。
第153回ブログは、この道をこちらに進んできました。
ここを真っ直ぐ約700m進むと、五条通は突き当ります。
更に大谷本廟の北側を東に約700m進むと、清水寺にたどり着きます。


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そして、五条川端交差点北西角を西に向きました。
ここから鴨川に架かる「五条大橋」を渡ります。


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五条大橋から、鴨川を北に向いています。
向こうに見えるのは、「松原橋」です。
「京の五条の橋の上」で牛若丸と弁慶が闘ったのは、
この「五条大橋」ではなく向こうの「松原橋」の方です。
(元々は、向こうが「五条大橋」でこちらが「六条大橋」でした)


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さらに、五条大橋から今度は鴨川西岸を見ています。
この辺りから、「京都市東山区」から「京都市下京区」になります。
大きな木の下に、川原に下りられる石段があります。
こういう石段は割と最近できたものが多いのですが、
ここは自分が小学生の頃からありました。
大きな木の北側に公園がありますが、
その向こうの料理旅館「鶴勢」はまだ川床をやっているようです。


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五条大橋を渡り切りました。
大きな木と石段との間に、「扇塚」があります。
「塚」と言っても、誰かのお墓というわけではありません。
平安時代初期にこの辺りで初めて扇が作られたことを記念して、
1960年に建てられました。


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五条通から、木屋町通を北に向いています。
鴨川西岸は、建物一つ分をはさんで木屋町通沿いになります。
右(東)側に見える公衆便所は、先ほどの公園のものです。
約100m先に、まだ川床がある「鶴勢」の看板が見えます。


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五条木屋町の角から、南を向きました。
向こうに見える木屋町通の並木は、高瀬川沿いになります。
元々木屋町通は高瀬川東岸の道なのですが、
五条通付近は鴨川と高瀬川がかなり接近しているので、
木屋町通が鴨川西岸の道にもなっています。


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ですから、木屋町通の西側は高瀬川になり
ここは五条小橋ということになります。
ただ、五条小橋の北側はこのように約30m北に伸びていて、
「牛若ひろば」という公園になっています。


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こちらは、「牛若ひろば」の中にある歌碑です。
大田垣蓮月という幕末の歌人が歌った和歌で、
「あすも来て みんと思えば 家づ途に 手折るもをしき 山桜花」
と書いてあります。
どうやらこの辺りで詠んだらしいです。


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「牛若ひろば」の中は見事な桜並木がありますが、遊具はありません。
そのようなものは、木屋町通の東側にある児童公園にあります。


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「牛若ひろば」の北側に来ました。
さらに北に向くと、ここが高瀬川の橋の上だと分かります。
目の前の桜の木が立派ですね。
ここは春になると、高瀬川屈指の絶景ポイントになります。
左(西)側に、「KANO」というお店があります。
西洋アンティークを扱う雑貨屋さんですが、
喫茶室で紅茶とケーキをいただくことができます。


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「KANO」にお邪魔しました。
時間的にティータイムということで、
イチゴショートケーキとアールグレイを頼みました。
窓ガラス越しに、先ほどの桜の木が見えます。
この席は、春には特等席になります。


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約30分ほどで、「KANO」を出ました。
今「KANO」から、「牛若ひろば」の西側の道を見ています。
今度は、この細道を進みます。


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「KANO」から約20m進みました。
五条通に戻る途中に、お地蔵さんの祠がありました。
こちらには、「不思議地蔵尊」と「延命地蔵尊」の
2体いらっしゃいます。


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「牛若ひろば」の脇を通って、五条通に戻ってきました。
この辺の五条通は、京都市街地で一番広い道です。
6車線と車道自体も広いのですが、
中央分離帯のところが公園のようになっています。
その辺りに、このようなものがありました。
五条大橋が近いので、牛若丸と弁慶の石像ですね。
まぁ、本当は「松原橋」で決闘したのですが……


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五条通に戻った時点で、西を向きました。
少し先に、河原町通と交差点があります。
そして、目の前の横断歩道が寺町通です。
つまり、ここが寺町通の最南端になります。


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同じ地点で、今度は南に向きました。
目の前の京栄ビルの右(東)側の道が、
今まで歩いてきた「牛若ひろば」西側の通りです。
そして、左(西)側の道が寺町通です。
では、今からこの寺町通を北上していきます。


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五条通から、寺町通を北に約10m進みました。
建設中のマンションが見えますが、
この辺りもだんだん京町家が減ってきました。


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五条通から、寺町通を北に約70m進みました。
マンションのテナントに、このような古書店が入っていました。
第67回ブログでも書きましたが、
寺町通は仏具店・骨董屋・古書店が多いです。


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こちらは、先ほどの古書店の北隣です。
ここは「苔屋」という骨董屋さんです。
こういうお店が並んでいるのが、自分の寺町通のイメージです。


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「苔屋」の前から、寺町通を北に向きました。
電気工事の向こう側に車道が見えますが、
あちらは河原町通になります。


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五条通から寺町通を約100m北に上り、寺町河原町交差点に来ました。
元来どちらも南北に走る道なので交差することはないのですが、
四条通~六条通間の河原町通が北東~南西方向に傾いているので、
このように交差点になります。
では、目の前の横断歩道を渡って先に進みます。


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河原町通の横断歩道を西に渡った地点で、西を向きました。
この地点を起点に、万寿寺通が西に伸びています。
古いお店や京町家が延々続く味のある道ですが、
今回はそちらには向かいません。


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そして、同じ地点から今度は北を向きました。
こうして見ると、右(東)側の河原町通から
左(西)側の寺町通が分岐しているように見えます。
しかし、実際は寺町通がきれいに南北に走っているのに対して、
河原町通が横から交差してきています。


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河原町通から、寺町通を北に向いています。
だんだん繁華街が近づいていますが、
それでも仏具店など寺町通独特の店が並んでいます。


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河原町通から、寺町通を北に約10m進みました。
雑居ビルの間に、月極め駐車場があります。
ただ、そちらを見ると向こう側はもう河原町通です。


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寺町通を駐車場から約20m北に進みました。
こちらは、「三里舞味」という中華料理店の寺町側入り口です。
「中華料理店」ですが、中国というよりは
アメリカのニューヨーク辺りにあるイメージの店です。
実は、この辺りのお店は河原町通と寺町通両方に入り口があります。


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「三里舞味」の向かいに、「乾大仏堂」があります。
古書店・骨董屋さんと並んで、仏具屋さんもこの道の象徴です。


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さらに寺町通を30mほど北に進みました。
こちらは、「小阪刃物店」です。
四条寺町近辺には、刃物店が多いですね。
店先に、お地蔵さんもいらっしゃいます。


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「小阪刃物店」から、寺町通を北に向いています。
「鳥井金網工芸」の北隣に、「メガネ福本」があります。
眼鏡店ですが、時計も売っています。


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「メガネ福本」の向かいに、「ますや」という履物の店があります。
婦人物の草履がメインのお店です。
松原通が近づいてきて、このようなお店も増えてきました。


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松原寺町の南西角に、「寺町松原郵便局」があります。
この辺(松原通)は問屋が多いので、ここの利用者も多いです。


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そして、松原寺町の角まで来ました。
ここから北に向かうとだんだん繁華街になっていきますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、寺町の電気屋街に入っていきます~

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第156回 電気屋街「寺町」前編~寺町通南から北~その3

東京の「秋葉原」、大阪の「日本橋」のように、
京都の家電量販店が集中する地区を「寺町」と言います。
これは、高辻通~四条通間の寺町通沿いを指します。
ただ近年は郊外型の家電量販店に圧されて
「寺町」は家電量販店の大半が姿を消しました。
この辺も、「秋葉原」「日本橋」と似た経緯をたどっています。


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約5日ぶりの松原寺町です。
今回は、この松原通から高辻通を通り過ぎ、仏光寺通を目指します。
撮影日は、2013年10月1日午後1時半。
この時間くらいから、だんだん晴れてきました。


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寺町通から、松原通を東に向きました。
約30m先に、河原町通が見えます。
その河原町通との角に、和菓子屋さんの「幸福堂」があります。
第24回ブログでも紹介しましたね。


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幸福堂は、江戸時代から続く和菓子屋さんです。
「義士最中」が有名ですが、女将さんが勧められたのは栗大福でした。
「これからは、栗がおいしくなりますよ」
とのことでした。


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今度は、寺町通から松原通を西に向きました。
このまま松原通を進めば、第24回ブログの道順になります。
寺町松原の北西角に駐車場がありますが、
ここは10年くらい前まで「志津屋」というパン屋さんがありました。
中高生のころ、よくここに買いに来ました。
寺町松原郵便局の西隣に、「はやし」という焼き芋屋さんがあります。
第126回ブログの「はやし」、第136回ブログの「こにしいも」同様、
きちんと窯で焼いた焼き芋を売っています。


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こちらが、その「はやし」の焼き芋です。
徳島産の金時イモを窯でじっくり焼いています。
これで500円くらいでした。
ホクホクしたイモもおいしいですが、自分は皮も好物です。


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松原通から、寺町通を北に向いています。
繁華街が近づいて、自動車量が増えてきています。
少し先に右(東)側に見える駐車場のようなところは、
「京都西川」という布団メーカーのトラックのターミナルです。


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その「京都西川」の壁に張り付いていた表札です。
「京極町」(「京都の端」という意味)という地名は、この寺町通が
「東京極通」(ひがしきょうごくどおり)だった名残でしょうか?


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松原通から、寺町通を約50m進みました。
また仏具屋さんの老舗がありました。
その北側に、「AJANTA」というインド料理店があります。
ちょっとここに寄ってみます。


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寺町通に用事があるときは、なるべくここに寄るようにしています。
ここのランチは、価格の割には充実しています。
今回は、1100円くらいの「Bランチ」を頼みました。
先ずは、前菜です。サラダとスープです。
銀製のポットの中にスープが入っていて、
一テーブルに一つ付きます。
(つまり、一人で行くとおかわりできます)


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そして、こちらがメインです。
カレー二種(羊肉のカレー・じゃがいもとほうれん草のカレー)に
タンドリーチキン・サフランライス・ナンが付いています。


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30分ほどして、「AJANTA」から出ました。
高辻寺町交差点が目の前ですが、
ここから2軒北に小さな寺院があります。


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こちらがその「小さな寺院」浄土宗蓮池山浄国寺です。
元は五条西洞院(この「五条」は今の松原通)にありました。
(「五条天神」の近くですね)
それが豊臣秀吉の政策の一環でここに移転しました。
(この辺の大半の寺院と同じです)
ここは、「罪人受戒の寺」で有名でした。
江戸時代、処刑される人はここでいったん受戒を受けて
鴨川の川原や粟田口に向かったそうです。


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移動しようとすると、
高辻通からこちらに一匹の猫がやって来ました。
その猫は塀を上ると、そのまま浄国寺の境内に消えていきました。
たぶん、この寺院で飼われているのでしょう。


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そして、高辻寺町交差点です。日陰に入ると、途端に暗く写ります。
左(西)側の店は、「井上文鴻堂」という本屋です。


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寺町通から、高辻通を西に向きました。
高辻通は西端の梅津までずっとこの幅を保ちます。
(番外4では、この高辻通を自転車で移動しました)


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今度は、高辻通を東に向きました。
河原町通が、もう100mくらい離れています。
ここから北は、だいたいこのくらいの距離を保って
両方の道が伸びています。


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高辻通から、寺町通を北に向いています。
ここから北に四条通までの約400mが、
「寺町の電気屋街」と呼ばれた場所です。


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先ほどの写真に写っているお寿司屋さんの南隣に、
浄土宗称明山永養寺があります。
元は今の京都市下京区永養寺町にありました。
(高辻通沿いの西洞院通より西。鉾町の岩戸山町と隣接)
それが豊臣秀吉の政策でここに移転してきたのは、
この辺の寺院の大半と同じ事情です。
ここはいろいろな花が綺麗なのですが、
残念ながら非公開です。
ちなみに、ここは住友銀行創業者の菩提寺でもあります。


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永養寺から寺町通を北に向いています。
ここから「フレスコ」や「TSUTAYA」が見えますが、
数年前までこれらはすべて家電量販店でした。
繁華街に近いこともあって、家電量販店がなくなっても
すぐに他の店が入ってきます。


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先ほど写っていた地域スーパー「フレスコ」の2軒北に、
茶道具の老舗があります。
次々と建物が変わっていく中で、
こういう老舗が何軒か残っているのも寺町通の特徴です。


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茶道具屋さんの向かい(東)側に、浄土宗乗願寺があります。
ここは門が開いているので、お邪魔します。


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こちらが乗願寺の本堂です。多くの寺院同様、棕櫚の木があります。
こちらも元は仏光寺の北側にありましたが、
豊臣秀吉の政策でここに移転しました。
本当はもっと大きかったのですが、
大火や明治政府による寺領没収でこの大きさになりました。
加藤清正の家臣で「加藤家三傑」と呼ばれた
森本一久の菩提寺でもあります。


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乗願寺から、寺町通を北に向いています。
今「業務スーパー」になっているところは、
数年前まで「中川ムセン」という家電量販店でした。
その向こうに、仏具屋の老舗とパソコンショップが
仲良く並んでいます。
それがこの寺町通の特徴ですね。


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乗願寺から、寺町通を北に約20m進みました。
家具がメインのアンティークショップの隣に、
ゲーム屋さんがあります。
家電量販店が次々消えていく中、
パソコンショップとゲーム屋さんはまだまだ元気です。
「YAHOO知恵袋」でゲーム屋さんを聞かれたら、
自分はこの辺を勧めています。


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さらに10mほど北に進みました。
今度は古書店とパソコンショップです。
昭和初期、この辺りは古書店が建ち並ぶ地区でした。
今も古書店が数軒残っています。


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その古書店の前で、寺町通を北に向きました。
もうすぐ仏光寺通との角になります。
ただ古書店から10mほど北に寺院があります。
(写真のすぐ右なのですが、フレームから外れています)


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こちらがその寺院浄土宗空也寺です。
では、こちらにも寄っていきます。


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空也寺の境内に入ってきました。
お地蔵さんにはさまれて布袋さんの像があります。
布袋さんの中央に穴がありますが、
七五三のときにここを幼児に通り抜けさせると
御利益があるそうです。
(小学生児童は大きさ的に厳しいでしょうね)


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布袋さんの右(南)側に、お墓が並んでします。
多分ここの檀家さんのお墓でしょうね。


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こちらが、浄土宗光勝山空也寺の本堂です。
浄土宗なので阿弥陀如来が本尊ですが、空也上人像もあります。
開基は空也自身で、元は錦小路西洞院にあった天台宗の寺院でした。
(移転の理由は、他の寺院と同じ)
何度も火災にあって、その度に再興してきました。
(その際に浄土宗に改宗)
空也自身が開基ということで、
第151回ブログの六波羅蜜寺とも深い関係にあります。


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空也寺の前から寺町通を見ています。
「西村彌兵衛」と屋号がありますが、こちらは刷毛の老舗です。
そこから西に仏光寺通が伸びています。
この辺で、電気屋街「寺町」の半分くらい来ました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は電気屋街「寺町」の北半分を進みます。
四条通まで進むことになります~

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第157回 電気屋街「寺町」後編~寺町通南から北~その4

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空也寺から、寺町通に出てきました。
向こうに、仏光寺通が西に伸びているのが見えます。
今回はここから寺町通を北上し、四条通に向かいます。
撮影日は、2013年10月1日火曜日午後2時半。
だんだん繁華街に近づいてきています。


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寺町通から、仏光寺通を西に向きました。
ここを西に進むと、浄土真宗仏光寺派本山仏光寺の北辺に出ます。
さらに西に進み烏丸通を越えると、祇園祭の鉾町に出ます。
(室町通に船鉾と岩戸山、新町通に船鉾と岩戸山、
油小路通に油天神山・太子山・木賊山があります)


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仏光寺通から、寺町通を北に向きました。
小さな電気屋さんやパソコンショップの間に
仏具屋の老舗が並んでいます。
約50m北に、「国友銃砲火薬店」があります。
滋賀県水口町の「国友銃」と関連がある店なのでしょう。
その店の北側から、仏光寺通が東に伸びています。


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先ほどの地点から、北に約20m進みました。
ビルとビルの間に、「寺町変電所」があります。


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さらに30mほど、寺町通を北に進みました。
寺町通から、仏光寺通を東に向いています。
右(南)側に見える建物は、先ほどの「国友銃砲火薬店」です。
(つまり、この寺町通を境に仏光寺通は筋違いになっています)
多少折れ曲がっていますが、この200m先に河原町通があります。


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「その」仏光寺通から、寺町通を北に向いています。
だんだん四条通のアーケードが見えてきました。
(あの辺りから、京都随一の繁華街になります)
右(東)側に、また寺院が見えます。


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こちらがその寺院浄土宗錦綾山聖光寺です。
ここは中に入れそうです。


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聖光寺の境内に入ってきました。
先ずは、目の前のお堂にお参りします。


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お堂の中には、お地蔵さんがいらっしゃいました。
提灯には「開運地蔵尊」とありますが、
こちらは「幸福地蔵尊」と呼ばれています。


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さらに境内の奥に入っていくと、お墓がこのようにありました。
「忠臣蔵」に出てくる天野屋利平のモデルとなったとされる
綿屋禅右衛門のお墓かと思い撮ったのですが、
それはもっと奥にある別のお墓だそうです。
(さすがに奥は非公開です)


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庫裏の手前に、このような歌碑がありました。
どうもこの寺院を詠んだものですが、
達筆すぎて読めません……


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こちらが、浄土宗錦綾山聖光寺の本堂です。
ここは浄土宗の開祖法然の弟子のひとり
鎮西上人聖光(弁長)所縁の寺院です。
この近辺にある他の寺院とは違い、
建立時である鎌倉時代からここにありました。

また、ここは天野屋利平のモデルとされる綿屋禅右衛門と
大石内蔵助の母のお墓があることで有名です。
(天野屋利平については諸説あって、
他にもモデルがいるという説もあります)


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では、この聖光寺を出ます。
また、寺町通を北上していきます。


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聖光寺から、寺町通を北に向いています。
聖光寺の北隣に、和菓子屋さんの「仙太郎」本店があります。
さらに二軒北に小さな寺院がまたあります。


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こちらが、その寺院浄土宗透玄寺です。
壁の色から、「あかかべ寺」と呼ばれています。


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こちらが、透玄寺の境内です。
中に入れませんので、門から撮っています。
こちらの本尊は阿弥陀如来なのですが、
代々伝わっている「安産背競地蔵尊」で有名です。
この寺院の開祖は賢公が開祖ですが、
(室町幕府9代将軍足利義尚の甥です)
この地蔵尊自体は源信が彫ったものと伝えられています。
(平安時代に、空也と並んで浄土信仰を広めた僧)
文字通り安産のご利益があるそうです。


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透玄寺から、寺町通を北に向きました。
目の前の「船はしや」は、昔ながらのお菓子を売っている
京都でも残り少なくなった駄菓子屋さんです。
(どちらかというと、観光客がメインのお店です)
その北隣には「信長書店」があります。
こちらは漫画やDVDなどをメインにした本屋さんです。
ただこの店がある場所も、数年前までは
「ヒエン堂」という家電量販店がありました。
その「信長書店」とコンビニエンスストアとの間に、
細い道がこの寺町通から西に伸びています。
こちらが、綾小路通になります。


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寺町通から、綾小路通を西に向いています。
ここをずっと西に進むと、
烏丸通を越えて西洞院通も越えた辺りに祇園祭の鉾町が集中します。
(第62回ブログの芦刈山・油天神山などです)
さらに大宮通も越えると、
第28回ブログの壬生周辺の寺院光縁寺や壬生寺に行けます。


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そして、綾小路通の東側突き当りはこのように神社になっています。
では、今からこの京都大神宮に入っていきます。


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門を入ってすぐ右手に、手水舎がありました。
先ずはこちらで手を清めます。


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本殿の脇に、このような機械がありました。
おみくじを引くためのものらしいのですが、
ガチャポンを利用しているのが「寺町」らしいですね。


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こちらが、京都大神宮の本殿です。
摂関家の一つ一条家の邸宅を移築して改築したものです。
この神社の創建は1873年とかなり新しいです。
(明治時代初期、地租改正や徴兵令が布告された年です)
伊勢神宮の内宮と外宮の勧進を受けており、
そのため御祭神は天照大神(アマテラスオオミカミ)と
豊受大神(トヨウケノオオミカミ)になります。
当初は明治天皇の親王や内親王の帰依を受けて隆盛しましたが、
戦後(1945年以後)はだいぶ廃れました。

ちなみに、ここは「神前結婚」を考案した神社として知られています。
(厳密には、東京大神宮と協力して考案)


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京都大神宮を出て、綾小路から寺町通を北に向いています。
目の前の「エディオン」が
この辺で唯一残っている大型家電量販店です。
とは言え、この「エディオン」も数年前に操業しています。
元は「タニヤマムセン」という別の家電量販店でした。
つまり、10年以上続く大型の家電量販店は
「寺町」には残っていません。
(小さい店は、まだ何軒か残っています)


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「エディオン」の向かい(東側)に、小さなビルがあります。
この「神宮会館」には、自分が高校時代にライブハウスがありました。
よく友人が出演していて、チケットを何度か買わされました。


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「神宮会館」の北隣にも、また寺院がありました。
ここは浄土宗多門山浄教寺です。
ここは元々東山区の六原にありました。
というのも、ここは元々平清盛の嫡男平重盛が建立した
「灯篭堂」の後継寺院です。
源平の合戦で焼失後町衆の手によって、
下京区灯篭町に再興されましたが、
(祇園祭の鉾町の一つです。「保昌山」を出しています)
豊臣秀吉の政策で他の寺院とともにここに移転してきました。
ここには平重盛関連の遺構がたくさん残されていますが、
残念ながら非公開です。


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浄教寺の北側においしそうなカフェが並んでいます。
家電量販店が減少して、代わりにこういうお店が増えています。
「オタクビジネス」のお店も四条通以北に移転していっているので、
数年後にはこの辺はこのようなカフェで一杯になるでしょうね。


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「エディオン」の北隣は、「フジイ大丸」という百貨店です。
(日本全国に展開する「大丸百貨店」とは別の店です)
ここの「デパ地下」は「TAVELT」といって、
品質と品ぞろえが京都随一と言われています。


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その「フジイ大丸」の向かい(東)側です。
この道を進むと、「高島屋百貨店」京都店の駐車場にたどり着きます。
(突き当りの白い建物が、「高島屋百貨店」京都店です)
つまり自動車で「高島屋百貨店」を訪れるときは、ここから入ります。
歩いて入るときは、四条河原町からですね。


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その「高島屋百貨店京都店」の北側のビルが神社になっています。
こちらにも立ち寄ります。


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そのビルに、このような看板が出ていました。
ここにあった「とらのあな」という書店が、
ここから約700mほど北に移転するようです。
この辺りよりも、そちらの方が
「オタクビジネスの街」になっていきそうです。


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そのビルの脇から、「火除天満宮」の境内に入っていきます。
ビルの隙間を通るとても細長い神社です。



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こちらは、お地蔵さんの祠です。先ずはそちらにお参りします。
向こうに社務所があります。


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境内の一番奥が、少し広くなっています。
「天神さん」だけに、牛の像があります。


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こちらが、「火除天満宮」の本殿です。
御祭神は、菅公(菅原道真)です。
元は六条(要するに今の五条)にありましたが、
豊臣秀吉が大雲院をここに移転させた際、
鎮守社としてここに一緒に移転してきました。
1864年の禁門の変(蛤御門の変)の際、
ここだけ類焼を免れたので、
「火除け」の御利益があると言われています。
では、この「火除天満宮」を出て、寺町通を北に進みます。


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こちらは、「火除け天満宮」があるビルの北隣です。
浄土宗松林山春長寺です。(残念ながら、境内は非公開)
織田信長に仕えた村井貞勝が創建しました。
貞勝は隠居して村井春長軒と名乗りましたが、
本能寺の変に織田信長の下に向かい明智光秀と戦い、
最後は討死しました。
その後、この位置に村井貞勝を弔うために移転しました。


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その春長寺から、寺町通を北に向きました。
もう目の前に、四条通があります。
左(西)側に、「フジイ大丸」があります。
ここから、寺町通は繁華街になります。
通りの様子も一変しますが、それはまた次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、「寺町京極」を中心に進みます。
こちらにも、錦天満宮や蛸薬師などいろいろあります~

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第158回 錦天神から蛸薬師へ~寺町通南から北~その5

京都の繁華街を「河原町」と呼ぶのは、大阪人の言い方です。
阪急電車「河原町」駅の影響でしょうか?
(最近は、京都人も「河原町」と呼ぶときが多いですが)
少なくとも自分の周囲の人は「四条」と呼ぶときもありますが、
一番多いのは「京極」です。
厳密にはそれぞれ別の場所を指すのですが、
隣接していますのでまとめて呼ぶの普通ですね。
そして今回ブログから、
その狭い意味での「京極」を進んでいきます。


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10日ぶりの四条寺町交差点です。
寺町通は、ここから御池通くらいまでが繁華街になります。
ただ「寺町通」というだけあって
この辺も神社仏閣がたくさん並んでいます。
今回は、ここから「寺町京極商店街」を北上し、
錦天満宮や蛸薬師に向かいます。
撮影日は、2013年10月10日木曜日午後3時。
10月でも30℃を越えてきました。


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寺町通から、四条通を西に向きました。
フジイ大丸の向こうには飲食店などもありますが、
銀行や証券会社などの金融機関が多く並んでいます。
さらに烏丸通を越えると、祇園祭の鉾町に入ります。
目の前の3系市バスは、四条通を突き当りまで進みます。
(突き当りには松尾橋があって、桂川を渡ると松尾大社があります)


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今度は、四条通を東に向きました。
目の前の横断歩道の辺りに、八坂神社の御旅所(冠者殿社)があります。
祇園祭の山鉾巡行のときは、ここで「クジ改め」が行われます。
さらに200mほど進むと四条河原町交差点で、
高島屋や京都マルイ・OPAなどの大型店舗があります。
四条河原町からさらに東に500m先は、祇園になります。
(ここから祇園まで、徒歩約5分です)


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さらに、四条通から寺町通を北に向きました。
目の前のアーケードが「寺町京極商店街」ですが、
東側の横断歩道のさらに30mほど東側に、
「新京極」と書かれたアーケードも見えます。
せまい意味では、この2本の道が「京極」になります。


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では、横断歩道を渡って「寺町京極商店街」に入っていきます。
ここから、「京都市下京区」から「京都市中京区」に入っていきます。
平日の昼下がりに撮ったのですが、かなりの人出です。
ここは10時くらいから24時まで
自動車はもちろん自動二輪車や自転車も通行禁止になります。


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アーケードの南端に、このようなものが地面に埋めてありました。
今ちょうど北を向いています。
では、ここから「寺町京極」の中に入っていきます。


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「寺町京極」の中に入ってきました。平日でもこの人出です。
一応商店街ではあるのですが、日常雑貨や食料を販売する店は少なく
飲食店や遊戯施設など繁華街独特の店舗が続きます。
目の前に、パチンコ屋さんがあります。
この上がゲームセンターになっており、
どちらもかなりの人が入っています。


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ただ、そういう店が並んでいる中でこのようにお茶の老舗もあります。
新しいお店と老舗がごちゃ混ぜになっているのが、
この辺りの特徴ですね。
また、その右(北)隣の建物の階段を上ると、
「Bの階段」という喫茶店にたどり着きます。
京都では珍しい「明石焼き」を出す店です。


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四条通から寺町通を約100m進み、東を向きました。
約30m先に「新京極」のアーケードが並走しています。
「新京極」の角に「ケンタッキーフライドチキン」があったのですが、
自分の知らないうちになくなっていますね。
この道は、約100m先の裏寺町通まで(浄心寺の前まで)続きます。


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先ほどの地点で、今度は寺町通を北に向きました。
ここからは分かりにくいですが、
靴屋さんとファッションビルとの間に、細い道があります。
左上の看板に、「錦通」(にしきどおり)と書いてあります。
ここが、錦小路(にしきこうじ)のほぼ東端になります。


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寺町通から、錦小路を西に向きました。
かなり細い道に、たくさんの店がひしめき合っています。
この「錦市場」は、ここから西に高倉通まで続いています。
「錦市場」は近年観光地として有名ですが、
実は今でも卸売市場としても機能しており
(メインは京都中央卸売市場ですが)
特に魚屋さんは京都の料亭に卸売りを続けています。


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今度は寺町通から、錦小路を東に向きました。
石製の鳥居の向こうに小さな神社があります。
あれが錦市場を守護する「錦天満宮」です。
ちょっとこちらに寄ってみます。


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鳥居の上部をアップにしました。
鳥居の笠木(石製なので、そう言うか疑問ですが)と貫が
家屋に接しているように見えますが、
実は、それらが家屋の中にめり込んでいます。
家屋の中に入ると、1mほど壁から鳥居の先端が突き出ています。


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寺町通から錦小路を30mほど東に進みました。
「新京極」との突き当りに、錦天満宮があります。
では、こちらに参拝します。


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錦天満宮の境内に入ってきました。
「天神さん」だけに、入ったところに牛の銅像があります。
その向こうにあるのはただの「手水舎」に見えますが、
実は京都の中でも名水の一つ「錦の御神水」です。
地下からの湧水で、飲むこともできます。
(しかも、かなりの美味です)
この湧水は昔から使われていて、
この地に「錦市場」が作られたのもこの水があったればこそでした。


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本殿の脇に、このようなものがありました。
簡単に言えば「おみくじの自動販売機」なのですが、
お金を入れるとおみくじが出るまでの間
この獅子が舞い踊る「からくりみくじ」となっています。


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「からくりみくじ」の左(北)側から、神社の裏側に回れます。
どうやら末社があるようです。


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では、先に末社の方にお参りします。
こちらはほぼ中央にいらっしゃった稲荷神社です。


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稲荷神社の右(東)側には、白大夫社がいらっしゃいます。
(「天神さん」によくいらっしゃる神社です)
その向こうには、いろいろな神様がいらっしゃる祠があります。


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末社と本殿との間に、梅の木が植わっています。
「成願梅の木」か書かれた札が付いています。
10月に梅の実が実っていますが、実はこれは木でできたお守りです。


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本殿の前に戻ってきました。
「錦天満宮」は、元々菅原道真の父菅原是義邸跡に建てられた
「歓喜寺」の鎮守社でした。(今の六条河原町付近にありました)
ここに移転したのは、他の寺院同様豊臣秀吉の政策です。
(寺院と一緒に移転しました)
明治時代に歓喜寺が移転して、この神社だけがここに残りました。
錦市場を守護し、学問以外にも商売繁盛のご利益があります。


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本殿を背に、西を向いています。
では、この「錦天満宮」から出ます。


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「錦天満宮」を出て、すぐに南を向きました。
ここは、「新京極」になります。
寺町通よりも道幅が狭い分、人口密度が高くなります。


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今度は、「新京極」を北に向きました。
こちらは、あまり老舗がない代わりに新しいお店が多いですね。
その分、目まぐるしくお店が変わっています。


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では、石製鳥居をくぐりまた寺町通に戻っていきます。



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錦小路から、寺町通を北に向いています。
つまり、この左(西)に錦市場、この右(東)に錦天満宮があります。
では、今からこの寺町通を北上します。


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錦寺町の角に、このようなプレートが埋め込まれていました。
今、北を向いています。つまり、この方向に進んでいきます。


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錦小路から、寺町通を約50m進みました。
寺町通の東側に、このような店がありました。
スーパーマリオの人形があるのでゲームショップと思ったのですが、
この「B-SIDE LABEL」は
オリジナルイラストのステッカーや缶バッジのお店です。
商品が商品だけに、高くても1000円もしません。
「ブログに載せます」
そう店員さんに行ったところ
「宣伝しておいてください」と言われてしまいました。


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「B-SIDE LABEL」の向かい(西)側に
ファッションビルがありますが、
その2Fにゲームショップがあります。
最近、四条通以南に多かった「オタクビジネス」のお店は
だんだんこちらの繁華街に移ってきました。
ちなみにその北隣は「ノムラテーラー」という老舗の洋品店です。


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さらに2軒北に、「大書堂」があります。
古書がメインの古本屋さんの老舗です。
また、浮世絵などの扱っています。


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「大書堂」の前から、寺町通を北に向きました。
すぐ先の左(東)に伸びる細い道が蛸薬師通です。
この道はここが最西端ですが、
もう少し北に西に伸びる別の「蛸薬師通」があります。
要するに、この蛸薬師通も寺町通で筋違いになっています。


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寺町通から、南の蛸薬師通を東に向いています。
この蛸薬師通は、「新京極」より西に行くと一気に広くなります。
河原町通の交差点より東はまた狭い道になり、
高瀬川を越え木屋町通で突き当ります。


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南の蛸薬師通の突き当りには、「小野数珠店」があります。
ここは数珠屋の老舗ですね。
北隣の「喜久屋書店」は漫画やアニメのDVDなどを売る
「オタクビジネス」の店舗ですが、
こちらは自分が学生のころからあります。


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「喜久屋書店」の北隣の店は、北の蛸薬師通との角にあります。
ちょうど三条と四条の中間点になります。


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蛸薬師寺町の角にも、またこのプレートが埋め込んであります。



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寺町通から、蛸薬師通を西に向きました。
アーケードはありませんが、
ここも繁華街なので飲食店などいろいろな店舗が並んでいます。
烏丸通を越えると、祇園祭の鉾町に入っていきます。
(橋弁慶山や、休み山の布袋山があります)


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今度は、蛸薬師通を西に向きました。
北の蛸薬師通は、このすぐ先の「新京極」で突き当ります。
「新京極」に提灯が並んでいるところが浄土宗西山派永福寺です。
京都人は、「蛸薬師堂」と呼んでいます。
元は二条室町にありましたが、豊臣秀吉の政策でここに移転しました。

本当は境内を撮った写真もあったのですが、
「ここは撮影禁止です」と叱られました。
さらにここの僧侶との話し合いの結果、
ここを撮った分は全消去することになりました。


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そういう訳で蛸薬師堂は早々に出て、また寺町通に戻ってきました。
ここからまた寺町通を北上しますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は誓願寺に寄って、三条通まで進みます~

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第159回 誓願寺から三条通へ~寺町通南から北~その6

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蛸薬師通から、寺町通を北に向いています。
京都随一の繁華街「京極」のど真ん中です。
今回は誓願寺に寄った後、三条通まで進みます。
撮影日は、2013年10月10日木曜日午後3時半。
先に進む前に、上にある看板が気になりますね。


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その看板を拡大してみました。
小さな男の子が、こちらにお尻を向けているイラストです。
確かに、御所がここから真北約2km先にありますが……


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反対(南)側に、回って撮りました。
「てらぼん」は、この寺町京極商店街の「ゆるキャラ」のようです。


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その看板の近く(西側)にあった表札です。
「寺町通蛸薬師上がる」とは、
「蛸薬師通から北に行った寺町通沿い」という意味ですね。


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蛸薬師通から、寺町通を約20m進みました。
写真中央をよく見ると、
このアーケードの最北端三条通が見えます。
左(西)側に針金製のゴリラが看板の上に乗っています。
こちらの喫茶店は、かなり以前からあるお店ですね。


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さらに寺町通を北に10mほど上がりました。
右(東)側のテナントビルの2階に、中古レコード屋さんがあります。
その北側の落書きがあるシャッターの店も、レコード屋さんです。
様々な歌手のポスターが貼られていて、
修学旅行生がよく来店しています。
(この日は閉まっていましたが、通常は営業されています)
この二つの建物の間の道を東に進むと、西光寺があります。
和泉式部のお墓もあるのですが、諸事情により割愛します。


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さらに寺町通を100mほど北に進みました。
こちらは古い町家を改装して、洋服を売っているようです。
ちょっと面白いので、撮ってみました。


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蛸薬師通から、寺町通を約150m進みました。
今度は六角通との角になります。


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寺町通から、六角通を西に向いています。
ここを約1km進むと、烏丸通付近に六角堂があります。
約1000年前に藤原道長が建てたものですが、
幕末(1863年)の禁門の変などでたびたび焼失しました。


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今度は六角通を東に向きました。
左(北)側の建物は、「グルメシティー」です。
元々は、「サカエ」というスーパーでした。
昔も今も、食料品がなかなか充実しています。
その前は分かりにくいですが、有料の駐輪場です。
実はこの辺の撮影の際、いつもここに自転車を停めています。


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「グルメシティー」と駐輪場の南側は、「六角公園」になります。
六角通にあるからこの名前ですが、実は三角形の公園です。
(ややこしいですね)
中央に石製の椅子があって、結構くつろげます。

数年前に京都市街地をモデルした
「けいおん!!」というアニメの第13話でここが出てきました。
(確か主人公の妹さんが、福引のバイトをする場面です)


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六角公園の東端は、「新京極」になります。
その「新京極」の東側に、浄土宗西山深草派誓願寺があります。
「西山深草派」ということは、
第128回ブログに出てきた真宗院と同じ宗派ですね。
(こちらの誓願寺が本山になります)


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では、誓願寺の中に入っていきます。
こういう寺院には、変わった書割が置いてあります。


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誓願寺の境内に入って、すぐ左(北)側にあった手水舎です。
先ずは、ここで手を清めます。


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こちらは、おみくじですね。恋愛に特化したもののようです。
そう言えば、第32回ブログに出てきた人形浄瑠璃「桂川連理柵」
モデルとなったお半のお墓がここにあるはずです。
(第32回に出てきたのは、心中現場にあった供養塔です)


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こちらは、境内の南側にいらしたお地蔵さんです。
方角から「北向地蔵尊」とあります。


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境内の北側に、鐘楼がありました。
この辺の除夜の鐘は、ここの鐘になります。
背後に松竹のロゴがありますが、
あの辺りに「MOVIX」というシネコンがあります。


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こちらは、扇塚です。古い扇を供養する塚です。
世阿弥が誓願寺縁起から謡曲「誓願寺」を書いて、
その中で和泉式部が舞踊の菩薩として描きました。
それが江戸時代の舞踊家による「和泉式部信仰」を生み出しました。
当時の舞踊家は、ここによく参拝したようです。


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こちらは、芸の上達を祈願して奉納された扇です。
本堂脇にあるのですが、
ここは本堂を写すとご本尊まで写ってしまいます。
そういう訳で、本堂の写真は載せませんでした。

誓願寺は、飛鳥時代(667年)に天智天皇の誓願で
今の奈良県に建てられました。
鎌倉時代初期に法然上人に譲られて浄土宗となり、
今の京都市上京区元西岸寺通小川西入ルに移転しました。
この位置には、やはり豊臣秀吉の政策で移転しました。


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では、誓願寺を出ます。
ここからでも、六角公園と駐輪場が見えます。


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誓願寺の前で、「新京極」を北に向きました。
この「グルメシティー」の上の階は、
数年前まで「松竹ピカデリー」という映画館でした。
(かつて「新京極」と言えば、京都で一番映画館が集中した通りでした)
今は京都にあった松竹系の映画館は、
すべてこの約50m北にある「MOVIX」に集約されています。


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では、「グルメシティー」と駐輪場の間を通って
「新京極」から寺町通に戻ります。
修学旅行生が囲んでいる「グルメシティー」のクレープ屋さんは、
ここが「サカエ」だったころから人気店でした。


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寺町通に戻ってきました。
この時点で、六角通から寺町通を北に向いていることになります。
では、三条通に見える「かに道楽」の看板に向かって歩いていきます。


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六角寺町の角の中央にこのようなものが埋まっていました。
これを見ると、いま北を向いていることが分かります。


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六角寺町の角から、約20m進みました。
まだ昼間ですが、多少太陽光が遮断されるとこんなに暗くなります。
ジープと迷彩色のシャツがあるとミリタリーショップに見えますが、
ここは普通の洋服屋さんです。


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同じ場所でも、北を向くとこれだけ明るくなります。
(左側に、かすかに先ほどのお店が写っています)
ここから右(東)側に、六角通が伸びています。
六角通も、寺町通で筋違いになっています。



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寺町通から、東に伸びる北側の六角通を見ています。
すぐ東(北)側にある建物は「桜湯」という銭湯だったのですが、
数年前に閉鎖されてしまいました。
「新京極」付近は、松竹系のシネコン「MOVIX」南端になります。
さらに東に進むと、河原町通付近に
「ミーナ京都」というファッションビルがあります。


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東に伸びる北側の六角通から、寺町通を北に向いています。
「桜湯」が閉鎖していることもあるのでしょうか、
ここから三条通前の寺町通は多少寂しい気がします。


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どうもこの辺のお店は、暗く写ってしまします。
(この日は、燦々と晴れていました)
こちらの書店も、「オタクビジネス」を前面に出した本屋さんです。
その階下の「スギ薬局」は、数年前までコンビニエンスストアでした。


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その「Mellon books 京都店」前から、
寺町通を北に向いています。
少し先の寿司屋「金扇」など繁盛している店もありますが、
全体的にこの辺りは閉鎖されている店が多いですね。


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そんな中、建設中のビルの一角にこのような看板がありました。
第157回ブログで火除天神の脇にあった「とらのあな」が
ここに引っ越してきます。
今潰れている店舗がこの辺に多い中、数年後にはこの辺りが
「オタクビジネス街」になっていそうな気がします。


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「金銭」の北隣のバーと肉屋さんの「三島亭」との間の道を
寺町通から覗いています。
この道は「新京極」で突き当たっていますが、
そこに「MOVIX 京都」というシネコンがあります。
京都で映画を見るなら、ここか第57回ブログで出てきた
東宝系の「二条シネマライズ」になります。
他には、四条烏丸の「京都シネマ」(だいぶマニアな映画になります)
京都駅八条口の「JOY・T京都」(イオンモール最上階)ですね。

ちなみにアニメの「けいおん!!」第13話でも、
この映画館がモデルになっていました。
(映画館から見たこちら側の風景も出てきていましたね)


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先ほどの地点から、寺町通を北に向きました。
右(東)側にあるお肉屋さんの「三嶋亭」は
確か「すき焼き」発祥の店ですが、
高価すぎて自分は入ったことがありません。
(ここですき焼きを食べたら、一人軽く10000円を越えます)
この寺町通は目の前の「かに道楽」の看板前で突き当りに見えますが、
実はそこから少し東にずれてまだまだ北に伸びています。
(第67回ブログでそこを進みました)

一応繁華街としての寺町通は御池通まで続きますが、
「寺町京極」としてはここで終わりになります。

よって、今回はここまでとします。

~次回は三条通をさらに北上し、
矢田寺・天性寺・本能寺に向かいます~

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第160回 矢田寺から本能寺へ~寺町通南から北~その7

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約1週間ぶりの三条寺町です。
このブログでは、都合6回目の登場ですね。
「かに道楽」で突き当りに見えますが、
少し東にずれて道はまだまだ北に伸びています。
今回はここから寺町通を北上し、御池通を目指します。
途中、矢田寺・天性寺・本能寺に寄ります。
寺町の繁華街最北端ですね。
(第67回ブログと同じ道をたどります)
撮影日は、2013年10月18日木曜日午後2時15分。
体育の日を過ぎて、急に気温が下がってきました。(10℃くらい?)


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昨年の夏ここに来たときは「かに」のからくりは止まっていました。
今回はだいぶ気温が下がってきていて、「元気に」動いていました。
先述のとおり、寺町通はここから東にずれて北に伸びています。
繁華街はまだもう少し続きますが、
「寺町京極商店街」は三条通で終わります。


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こちらは、三条寺町の南東角です。
右側は、肉屋さんの「三嶋亭」です。すき焼き発祥の店ですね。
左側は、「西春」という浮世絵屋さんです。
この瞬間は閉まっていましたが、取材が終わった帰り道に寄ると
しっかり開いていました。


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寺町通から、三条通を東に向きました。
ここは、明治時代前後に建てられた歴史的建造物が
烏丸通周辺まで並んだなかなかおしゃれな通りです。
(第66回ブログで回ったところですね)


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今度は、寺町通から三条通を西に向きました。
こちらも「三条名店街」という繁華街になります。
(アニメの「けいおん!」で出てくる「繁華街」のモデルです)
こちらは、第69回ブログで回りました。


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では、三条通から寺町通を北上します。
ここから御池通までが、「寺町専門店会商店街」です。
昨年夏と違って曇り空なので、アーケードの中もしっかり写ります。


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三条寺町北東角に、「ファーストキッチン」があります。
その北隣に派出所があって、さらに北隣がこの小さな寺院です。
ここは、矢田寺です。奈良県の矢田寺の分院ですが、
そことは宗派が異なり「地獄信仰」の寺院です。
第105回ブログで紹介した引接寺(いんじょうじ)、
第152回ブログの六道珍皇寺、第153回の西福寺など
京都には「地獄信仰」の寺院が多いです。


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この寺院は「矢田地蔵」とも言いますが、
ここにはお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
ちなみにここの本尊は、「代受地蔵尊」(だいうけじぞうそん)です。


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お地蔵さんの脇にかかっていた絵馬です。
こちらの絵は、地獄の釜から亡者を引き上げています。
本尊の「代受」とは、
亡者の代わりにお地蔵さんが罪を引き受けるという意味です。


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こちらが矢田寺の鐘で、「送り鐘」と言います。
第152回ブログで紹介した六道珍皇寺の「迎え鐘」と対ですね。
盂蘭盆会の初めに「迎え鐘」、終わりに「送り鐘」を鳴らします。
それが京都の風習です。


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「送り鐘」の脇に、べんつるさんがいらっしゃいます。
最近は歯が痛いので、頬を撫でさせていただきました。


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100円を賽銭箱に入れると、線香と蝋燭を奉げることができます。
ご本尊を載せられませんので、これで本堂の代わりにします。
この寺院の由来などは、第67回ブログを参考にしてください。
元は壬生の方にありましたが、
やはり豊臣秀吉の政策でここに移転してきました。
では、矢田寺を出て寺町通を北に進みます。


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矢田寺の前から、寺町通を北に向いています。
もう「寺町専門店会商店街」の中です。
ここも繁華街ですが、「京極」ほど人はいません。


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矢田寺の北隣が「常盤」という大衆食堂で、
その北隣がここ「とり市老舗」です。
春は筍を売っていますが、今は秋なので松茸を売っています。
丹波産のものが中心なので、かなり高価です。


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「とり市老舗」の2軒北に、また寺院があります。
今度は、矢田寺の倍以上の広さです。
今からここ浄土宗天性寺に入っていきます。


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天性寺の境内に入ってきました。
先ずは、このまま東に進んで奥の鳥居に向かいます。
向こうの方に、中年の白人男性が
自転車に乗って中を見て回られていました。


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門から境内を約30m東に進みました。
こちらは、天性寺の末社「天川弁財天」のものです。
右側に、相変わらず大きな百日紅(さるすべり)の木があります。
第149回ブログで紹介した豊国神社と並び、
ここは京都を代表する百日紅の絶景ポイントです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらが、天川弁財天です。
詳しくは第69回ブログに書いてありますが、
要するにここは奈良県の天川弁財天の分社です。


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実は天川弁財天の左(北)側は、墓地になっています。
その周辺の木蓮が有名なのですが、この時期ではよく分かりません。
代わりに、墓地の手前に立派なカエデがありました。
もう1カ月もすればかなり見頃でしょうね。
ここもクリックすれば、拡大されます。


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カエデの木の脇に(墓地の横に)大きな祠があって、
中にお地蔵さんがいらっしゃいました。


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で、カエデの木と大きな祠の間に、大きな塚がありました。
立派な塚で恐らく誰かのお墓でしょうが、
詳しいことは分かりません。


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天川弁財天の横にある本堂前に戻ってきました。
浄土宗天性寺の沿革は、第69回ブログを読んでください。
なお本堂は非公開なので、ご本尊を見ることはできません。


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本堂から、西を向きました。向こうに門が見えます。
では、天性寺から寺町通に戻ります。


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天性寺の前から、寺町通を北に向いています。
では、ここから北に進んでいきます。


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天性寺から、寺町通を約20m進みました。
こちらは、喫茶店の「smart」です。
開店した大正時代の雰囲気を残すお店で、
ここのフレンチトーストは自分の大好物なのですが、
店の前に行列ができるくらいの込み具合でした……
諦めて、先に進みます。


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喫茶店「smart」の前から、寺町通を北に向きました。
約10m先に、姉小路通が東に伸びています。
三条通から姉小路にかけての寺町通には、
画廊と画材店が集中します。(あと、額縁のお店も)
それがなぜなのかは、自分は知りません……


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寺町通から、姉小路通を東に向きました。
手前に公衆便所がありますが、
その向こうに見える土塀は天性寺のものです。
さらに河原町通まで行くと、カトリックの大きな教会があります。


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先ほどの地点から、寺町通を約10m進みました。
こちらの「文栄堂」は、仏教書専門の古書店です。
姉小路から御池通にかけての寺町通は、特に古書店が集中しています。
(江戸時代以前の書物や絵画が売られています)


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「文栄堂」の前から、寺町通を北に向きました。
約10m先に、姉小路通が今度は西に伸びています。
その北西角に、鳩居堂の本店があります。
和紙による和装雑貨のお店ですね。


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寺町通から、姉小路通を西に向きました。右(北)は、鳩居堂本店です。
約1kmに烏丸通があって、そこを越えると祇園祭の鉾町になります。
烏丸通に鈴鹿山、さらにその西の室町通に役行者山が立ちます。


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鳩居堂本店の前から、寺町通を北に向いています。
向こうに見える御池通で、このアーケードも終わります。
つまり、あの御池通が京都の繁華街最北端になります。


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御池寺町交差点の手前で東を向きました。
ここは、日蓮宗本能寺です。1582年に織田信長が暗殺されたときは、
ここよりもっと南西の方にありました。
(これも、豊臣秀吉の政策です)


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門の脇にある日蓮の銅像です。日蓮宗の寺院では、よく見かけます。
第123回ブログに出てきた墨染寺もそうでしたね。


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本能寺の門をくぐると、すぐに宝物殿があります。
有料で、寺宝や催し物が拝観できます。
今は、狩野派関連の宝物が見られるようです。


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門から宝物殿の前の道を通り過ぎると、そのまま本堂に出ます。
第68回ブログでも紹介しましたが、
安土桃山時代の日蓮宗信徒は種子島銃の市場を握っていたため、
織田信長との結びつきが強くなりました。
そのため、織田信長は京都でも居城を築城せずに
この本能寺に逗留しました。
織田信長が本能寺で暗殺されたというのは、
そういう経緯があったからです。


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本堂の南側に、東の方に抜ける道があります。
では、そちらの方に寄ります。


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本堂の裏に、この「信長公廟」があります。
要するに、織田信長のお墓です。
豊臣秀吉は、織田氏と本能寺に対してここに移転することを条件に
このお墓を建てることを認めました。
ちなみに、信長公廟の裏に向かう方々がいらっしゃいますが、
こちらを進むと河原町通に出ます。


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「信長公廟」の前で西を向きました。
では、本堂の前に戻ります。


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本堂の前で西を向きました。
では、本能寺を出ていきます。


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本能寺の前で、寺町通を北に向きました。
目の前にある大通りは、御池通です。
その向こうに、京都市役所が見えます。
繁華街はここで終わりですが、寺町通はまだまだ続きます。
ただ、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は二条通を越えて、寺町通のいろいろなお店を見て回ります~

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第161回 銀杏並木の二条界隈~寺町通南から北~その8

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本能寺の前から、寺町通を北に向いています。
目の前にあるのが御池通で、
東西の道では第155回ブログに出てきた五条通に次ぐ広い道です。
寺町通は御池通以南がアーケードのある繁華街で、
ここより北は街路樹の銀杏並木が続き様々なお店が並びます。
今回は、このまま寺町通を北上して二条通や夷川通に向かいます。
撮影日は、2013年10月28日月曜日午前10時半。
久しぶりの快晴でした。


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寺町通から、御池通を西に向きました。
この辺の御池通は、車道だけではなく歩道も広いですね。
また、この辺りはオフィスビルが建ち並び烏丸通と似た印象です。
ちなみにここをそのまま進むと、
約3km先に神泉苑という大きな池に出ます。
(それが「御池通」の由来です)
さらにこの道は、「祇園祭山鉾巡行北側の道」として知られています。
その際の桟敷席は、通常この道沿いに作られます。


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今度は、寺町通から御池通を東に向きました。
すぐ東に見えるのは、「本能寺会館」です。
本能寺が運営する建物で、
宿泊施設やテナントのお店などが入ってます。
歩道に地下へと入る階段がありますが、
御池通の地下は、地下鉄東西線「京都市役所前」駅と
地下街「ZEST」があります。
ここの本屋は京都で一番広いので、
本を探すときはここに来るようにしています。


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では、信号が変わりましたので御池通を北に渡ります。
右(東)側に見えるのは、京都市役所です。


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今度は御池通の北側歩道で、東を向きました。
この辺りは京都市役所の正面玄関前で
またすぐ先に河原町通があるので、とても賑わっています。
向こうに、御池河原町交差点にある京都ホテルが見えます。
京都で一番高い高層ビルですね。

また、御池通と交わる通りの名称と由来が書かれた看板があります。
御池通を歩くときの楽しみの一つですね。


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御池寺町の交差点から、京都市役所庁舎を望遠で撮っています。
庁舎の西側にある桜の葉が、色づいてきました。
ただ京都のカエデが色づくのは、あと1か月くらいかかりそうです。
(今年は例年より遅いです。10月半ばまで最高気温が30℃でしたし)

この写真は、クリックすると拡大されます。


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市庁舎の前は様々な植物が植えられており、
ちょっとした公園のようになっています。
この日も写生に来られた方が、何人かいらっしゃいました。
寺町通は、京都市役所最西端の道になります。
では、その道を北に進んでいきます。


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御池寺町交差点から、寺町通を北に約50m進みました。
市役所庁舎に蔦が絡まって、いい味を出しています。
西側は雑居ビルが多いのですが、実は老舗の店舗でもあります。
(銀杏並木はここより200m北から始まります)


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さらに寺町通を北に進んでいきます。
左(西)側に、「上海人人飯店」という中華料理屋があります。
今は午前中なので閉まっていますが、
以前(20年以上前です)一度だけ入って
かなりおいしかったのを覚えています。


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もう少しだけ寺町通を北に進みました。
目の前に現れたのは、押小路通です。


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寺町通から、押小路通を西に向きました。
ここをずっと進むと、二条城南端の道になります。
目の前に、京都屈指の「出石そば」専門店がありますが、
先の食事を済ませているのでここには寄りません。
(詳細は、次回ブログで)


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今度は寺町通から、押小路通を東に向きました。
この押小路通は京都市役所最北端の道ですが、
河原町通を越えると京都ホテル最北端の道にもなります。
ちなみに、この押小路通は約300m先の木屋町通で突き当ります。


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さらに、押小路通から寺町通を北に向きました。
右(東)側の鉄格子の向こうは、市営の駐輪場です。
24時間停めていても、150円なのはうれしいですね。
(この日は自分の自転車も停まっています)
ちなみに、この駐輪場は間部詮勝の邸宅跡でもあります。
幕末の老中で福井鯖江藩主でもあり、
安政の大獄では「井伊の赤鬼 間部の青鬼」と恐れられましたが、
井伊直弼ほどは虐殺の限りを尽くしたわけではないそうです。


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その旧間部詮勝宅でもある駐輪場の向かい(西側)に、
このような骨董屋が建ていました。
この辺の街並みに、よく似合っています。


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こちらは、骨董屋さんの2階にかかっていた表札です。
「中京区寺町通押小路上る 妙満寺前町」と書いてあります。
つまり「押小路通より北側の寺町通沿い」という意味ですね。


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そして、こちらは先ほどの骨董屋さんの北側の竹細工のお店です。
中では、筆や箸などを売っていました。


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さらに寺町通を北に進むと、「清課堂」という店が見えてきます。
こちらは錫製品の店で、茶筒や食器などを売っています。


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「清課堂」の向かい(東側)に、ブリキ製の豚さんがいます。
なかなか可愛いですが、ここは「岡田商会」という肉屋さんです。
ここから寺町通を北に向くと、約50m先に青葉の銀杏並木が見えます。
あの辺りが、二条通との交差点になります。


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二条寺町交差点の南東角に、「八百卯」という八百屋がありました。
梶井基次郎の小説に「檸檬」がありますが、
小説の中でレモンを買った店がここになります。
(梶井基次郎は、学生時代この辺に住んでいたようです)
ただ、この店は2009年に閉店してしまいました。


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寺町通から、二条通を東に向いています。
(二条通は、いったん寺町通で突き当ります)
約1km先の岡崎公園(平安神宮周辺)までこの銀杏並木は続き、
周辺は多少高級な飲食店が並んでいます。

……しかし、銀杏の葉はまだまだ青々しています。
今年の紅葉は、例年より遅れています。


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今度は二条通から寺町通を北に向きました。
二条通の4車線の道は、ここで90°折れて寺町通に吸収されます。
二条通はここから約50m先でまた西に伸びていますが、
4車線の道も銀杏並木も、この寺町通が引き継ぎます。


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二条寺町交差点の北東角に、「石田ミシン店」があります。
ここは裁縫用のミシンの販売だけでなく、修理もします。
こういう「昔ながらの店」も、この界隈にたくさんあります。


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先ほどの地点から、寺町通を約50m北に進みました。
今度は西に伸びる二条通との交差点です。


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寺町通から、二条通を西に向きました。
ここから二条通はこのくらいの道幅になります。
商店街があったり「白みそラーメン」の店があったりしますが、
当面ここの取材予定はありません。
このまま二条通を進むと、約2km先で二条城で突き当ります。


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二条寺町交差点から、少しずつ北に移動しています。
「石田ミシン店」の北隣に喫茶店があって、
その隣が「山中履物店」、さらに北隣が「二条若狭屋」です。
こちらもなかなかの名店なのですが、
他にもいろいろ回ったので今回は入りません。


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「二条若狭屋」から、約20m北に進みました。
右(南)側は骨董屋さんで、その北隣が「村上開新堂」です。
外見からは分かりにくいですが、西洋菓子店です。
と言っても、ケーキなどの「生菓子」ではなく
クッキーや「ロシアケーキ」の「焼き菓子」専門店です。


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「村上開新堂」の店内も、外見同様まるで明治時代のお店でした。
クッキーの缶入りが一つ5000円でしたが、
「ロシアケーキ」はバラ売りもありました。(一つ200円前後)

そして、これがその「ロシアケーキ」です。
要するに、レーズンなどを練り込んだクッキーや
ジャムやマーマレードをクッキーでサンドしたものの総称のようです。
(自分は、今までこういうものをランドグシャと言っていました)


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こちらは、「村上開新堂」の向かい(西側)です。
左(南)側の店が、「船はしや」です。五色豆のお店ですね。
YAHOO知恵袋などで、自分がよく勧めているお店の1軒です。
右(北)側の店は本屋ですが、古書は扱っていません。


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村上開新堂から、2軒北に西洋アンティーク店があります。
その北隣が昔ながらの牛乳屋さんです。
目の前の自動車が、面白い絵柄だったのでちょっと撮ってみました。


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牛乳屋さんの向かい(西側歩道)に、このような碑が立っていました。
「藤原定家京極邸跡」と書いてあります。
鎌倉時代初期に、ここに藤原定家邸があったようです。


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牛乳屋さんから、寺町通を約50m北に進みました。
夷川通との南東角に、「一保堂」があります。宇治茶の老舗ですね。
久しぶりに来たので、店内に入ってみます。


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「一保堂」の一番の魅力は、対面販売です。
自分の好みや用途に応じて、店員さんに相談できます。
この日は、「雲露」という煎茶を買い求めました。
店内で水出し冷茶にされていたので、
そのコツとかを店員さんに教えていただきました。


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それで家に帰ってからその「雲露」を
村上開新堂の「ロシアケーキ」と一緒にいただこうと思ったのですが、
家に以前買った「正池の尾」という煎茶が残っていました。
そのため、ここに写っているのは「正池の尾」の方です。
茶菓子が強い味なので、湯の温度を上げて濃くしました。
母と一緒にいただいたので、2人分です。


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「一保堂」の北側は、夷川通が東に伸びています。
二条通など他の道同様、寺町通で筋違いになっています。
(この西側は、突き当りです)
ちなみに、この夷川通は河原町通を越え鴨川で突き当ります。


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これは、「一保堂」の2階にあった表札です。
「上京区 寺町通夷川下ル 常盤木町」と書いてあります。
元々京都市は、四条通以北はすべて「上京区」でした。
(当時は、「下京区」と2区しかありませんでした)
今は、丸太町通~四条通間は「中京区」に分かれています。


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「一保堂」から、寺町通を約30m北に進みました。
今度は、ここから西に夷川通が伸びています。

京都人にとっての「夷川」は、「家具専門店街」です。
1864年の禁門の変で京都市街地がほぼ全焼した後、
京都を復興していく過程で大量の家具が必要になりました。
そのための家具屋さんが、
明治時代の初期頃からここに集中したのです。
家電量販店同様、家具屋さんも郊外型量販店が勢力を伸ばしています。
ただ、この「夷川」はまだまだ京都市内で幅を利かせています。


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夷川通から、寺町通を北に向いています。
あと約250mで丸太町通なのですが、
そろそろ写真も40枚近くになりました。
この続きは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回はこのまま寺町通を北上し、行願寺や下御霊神社を訪れます~

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第162回 京都御苑の南側~寺町通南から北~その9

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夷川通から、寺町通を北に向いています。
二条~丸太町間の「寺町の銀杏並木」の中間地点です。
今回は、ここから寺町通を京都御苑南端の丸太町通まで進みます。
かつての平安京の北東端にあたる場所ですね。
撮影日は、2013年10月28日月曜日午前11時。
秋晴れの心地よい日でした。


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夷川通から、寺町通を20mほど進みました。
ここは、「芸林荘」という古書店です。


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「芸林荘」の店頭をアップにしました。
錦絵(色付きの浮世絵)が売られています。
手前の絵は、「富嶽三十六景」でしょうね。


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「芸林荘」から、寺町通を北に約20mほど進みました。
ここは「豊松堂」という飴屋さんの老舗です。
自分もここで結構買ったりするのですが、
この日はいろいろ「物入り」だったので素通りします。


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「豊松堂」から、寺町通を北にさらに20mほど進みました。
ここは、進々堂本店です。
松原通大宮東入るのまるき製パン所(第25回ブログで紹介)、
三条御前交差点南東角の天狗堂 海野製パン所(第56回ブログで紹介)
ここを合わせた3軒を「京都3大パン屋」と
個人的に(要するに勝手に)呼んでいます。


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進々堂はバケットが特においしい店ですが、
寺町通の本店は喫茶室も有名です。
実はどうしてもモーニングサービスを撮りたくて、
ここだけ先に撮影しました。(午前9時半ごろの撮影です)
この店とイノダコーヒーのモーニングサービスは、
「京都名物」と思っています。


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ここのモーニングサービスは何種類かありますが、
スクランブルエッグを頼みました。
ここは鉄板グリルで焼くので、
特にベーコンがカリカリになっておいしいです。
(本当は、ベーコンエッグもおいしいです)
パンも何種類かから選べるのですが、
イギリス風の山型食パンにしました。


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進々堂の前から、寺町通を北に向きました。
向こうに見えるのは、竹屋町通の交差点の信号です。
先ずはその辺りまで進みます。


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竹屋町通は、寺町通を起点に西に伸びています。
(ここより東に伸びる竹屋町通は、もう少し北になります)
自動車で見えにくいですが、
竹屋町通の突き当りに寺院の山門が見えます。


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こちらは、天台宗行願寺です。
一般的には、「革堂」(こうどう)と呼ばれています。
では、こちらにお参りしてきます。


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門から入ってすぐ左手に、手水舎があります。
その左脇に、天道大日如来と延命大地蔵菩薩がいらっしゃいます。


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こちらは本堂の右(南)側の金木犀です。ちょうど満開ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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本堂の左(北)側は、このようになっています。
では、先にこちらを覗きに行きます。


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こちらが本堂のすぐ左にいらした碑です。
この寺院の開祖行円が、彫られています。
ですから、事実上の仏像ですね。


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「碑」の向かい側には、愛染明王と寿老人の祠があります。
この寺院は、「都七福神」のうちの一つになります。
(他は、第151回ブログの六波羅蜜寺の弁財天などです)


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行願寺の一番北側にやって来ました。
目の前に鐘楼があって、
その右(西)側にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
これだけあるので、1体1体お墓の役割もあったのでしょう。


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そのお地蔵さんとの間に、こちらがいらっしゃいます。
こちらは「加茂大明神」で、室町時代に作られました。
「加茂大明神」ということは、
第130回ブログで紹介した宝塔寺の末寺大雲寺にも祀られていた
三十番神の十二番目ですね。
ただ、ここを見る限り上賀茂神社・下鴨神社というよりは
お墓か何かが元になっているような気がします。


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こちらが、天台宗行願寺の本堂です。
土足のまま上がり、線香とろうそくをあげました。
この行願寺は、平安時代半ば(1004年)に行円が建立しました。
本尊は、千手観音です。
元々は一条小川交差点付近にありましたが、
ここも豊臣秀吉の政策で移転してきました。

行円は浄土信仰の僧侶で、「市の聖」と呼ばれていた空也に対して
「革の聖」と呼ばれていました。
そのため、ここの別名が「革堂」となりました。


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では、行願寺を出ます。
門の向こうに、竹屋町通が見えますね。


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竹屋町寺町交差点の北西角に、八百屋さんがありました。
(緑のテントの店です)
万願寺唐辛子と伏見唐辛子が安く売られていました。


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竹屋町通から、寺町通を北に向きました。
約100m先に、丸太町通の信号が見えます。
さらにその先の木々は、京都御苑のものです。


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竹屋町寺町交差点から、約50m進みました。
左(西)側歩道に、「丸竹」という居酒屋さんがあります。
たぶんここが丸太町通と竹屋町通との間だからでしょうね。


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その「丸竹」の前から、寺町通の東側歩道を見ています。
ここから東に、竹屋町通が伸びています。
(竹屋町通も、筋違いになっています)
その北側に、神社が見えます。今度は、そちらに向かいます。


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こちらは、下御霊神社です。この辺の産土神ですね。
今から、ここをくぐります。


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鳥居の左手に、手水舎があります。
周囲にペットボトルが並んでいますが、
たくさんの方がここの水を汲みに来られていました。
(フレームの外に、何人もの人がいらっしゃいます)
ここは「感応の水」と呼ばれて、1770年の干ばつの際に
当時の神主が夢のお告げで掘り当てたそうです。
京都市街地にはおいしい水が湧く井戸が何か所かありますが、
ここもその一つです。
(他に、第64回ブログで紹介した烏丸錦上るにある「御手洗井」、
第158回ブログで紹介した錦天神境内の「錦の御神水」があります)


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「感応の水」の右(北)側に、猿田彦神社と稲荷神社がありました。
どちらも、ここの末社ですね。


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こちらが、拝殿越しの下御霊神社本殿です。
御祭神は、八人の御霊(みたま)です。
いづれも早良親王など無実の罪で処刑された人々です。
平安時代は、御霊信仰がさかんでした。
非業の死を遂げた人は、この世に強い怨念を持ち
人々に疫病をばら撒くと考えられていました。
ただし、その怨霊のために祠を建てると
御利益のある神様に転嫁すると考えられていました。
そのための神社が「御霊神社」です。
京都には、そのような神社がいくつかあります。
元々はもっと北の方にありましたが、(上御霊神社の南隣)
安土桃山時代にここに移転してきました。
江戸時代以降は、この辺りの土地神様としての信仰も集めました。


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では、下御霊神社を出ます。また、寺町通を北上します。
丸太町通まで、あと少しです。


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下御霊神社を出た所で、寺町通の西側歩道を見ています。
路地が見えますが、つい最近までこの路地の奥に銭湯がありました。


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下御霊神社の前で、寺町通を北に向いています。
丸太町通まで、あと50mもありません。


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丸太町通へ向かう途中に、このような碑が立っていました。
横井小楠は維新十傑の一人でしたが、1869年に暗殺されました。


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そして、丸太町寺町の交差点まで来ました。
道の向こう側に、京都御苑が見えます。
寺町通の銀杏並木も、ここで終わります。
ここから北の寺町通は、「京都御苑の東端」という特徴になります。
ただ、その辺りは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、このまま寺町通を北上します~

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第163回 御所の東の清荒神さん~寺町通南から北~その10

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約1週間ぶりの丸太町寺町交差点です。
目の前に、御所(京都御苑)の茂みが見えます。
今回もここから寺町通を北上して、荒神口通まで進みます。
御所の東側を散策しながら、「清荒神さん」を目指します。
撮影日は、2013年11月4日振替休日の月曜日午後2時。
この日は一転曇り空です。


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寺町通から、丸太町通を西に向いています。
右(北)側に広がる京都御苑の手前に、
「御幸町通」や「麩屋町通」の標識が見えます。
ここより西の道は、すべて丸太町通が最北端になります。
この丸太町通がかつての「一条通」に当たり、
旧平安京では、ここが最北端でした。


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今度は寺町通から、丸太町通を西に向いています。
約150m先に河原町通がありますが、
ここをずっと進むと鴨川を越えて平安神宮最北端になります。
ちなみに、この辺りは毎年行われる駅伝のコースになっています。


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では、丸太町通を渡り寺町通を北上します。
ここで、「京都市中京区」から「京都市上京区」になります。
この日は休日なので、かなりの人出でした。


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丸太町通の横断歩道を渡り切りました。
ここからの寺町通は、京都御苑最東端の道になります。


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丸太町通から、寺町通を北に約20m進みました。
左(西)側に、細長い駐車場があります。
また、右(西)側に白い教会のチャペルがあります。
次は、そちらに向かいます。


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さらに寺町通を北に約50m進みました。
こちらは、「京都キリスト教団洛陽教会」です。
植木がきれいな教会ですね。


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洛陽教会の北隣に、たくさんの方々がいらっしゃいました。
こちらは、「新島襄記念館」つまり新島襄の終の棲家で
同志社発祥の地です。
今年のNHKのドラマ「八重の桜」のおかげで、
たくさんの方が訪れています。
おかげで、中を見るには予約が必要となりました。
自分は予約していないので、先を急ぎます。


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「新島襄記念館」の北側に、このような表札がありました。
「下切通し通」は、寺町通から東にたった50mだけの道です。


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下切通し通から、寺町通を北に向いています。
約30m先に、「京都市歴史資料館」の看板があります。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、「京都市歴史資料館」です。この日は閉館していました。
中はあまり広くなくて、展示場もそれほど大きくありません。
ただ、京都の歴史に関する膨大な資料を所蔵しています。
自分も、ここに京都府内の「発掘調査報告書」をよく読みに来ました。
特に、南山城地方の弥生遺跡に関する資料がたくさんあります。


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「京都市歴史資料館」の前から、寺町通を北に向いています。
左(西)側の植え込みの向こうは、駐車場になっています。
先ほども書きましたが、自動車も歩行者もいつもより多めですね。


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「京都市歴史資料館」から、寺町通を北に約100m進みました。
左(西)側に、京都御苑への入り口が見えます。


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こちらは、寺町通沿いの三つの門の最南端「寺町御門」です。
では、御門周辺の京都御苑を散策します。


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「寺町御門」をくぐり、京都御苑に入ってきました。
右(北)側に見えるのは、仙洞御所の塀です。
京都御苑はいくつかの施設に分かれていて、
それらが広い道に区切られています。
あまり奥まで行くと寺町通から離れてしまいますので、
この周辺だけ散策します。


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「寺町御門」から南を向きました。南南西に道が伸びています。
少しそちらに向かいます。


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「寺町御門」より南側は「富小路広場グランド」になっていて、
ここで草野球が行われていました。
周囲には、マツ以外にもカエデもたくさん植わっています。
ただ、この辺りのカエデはまだ完全な深緑でした。
紅葉まで、あと3週間はかかるでしょうか?
この写真は、クリックすれば拡大できます。


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先ほどの地点から、北に向きました。向こうは、仙洞御所の塀ですね。
では、「寺町御門」に戻ります。


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「寺町御門」に戻ってきました。
では、またここを再びくぐります。


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「寺町御門」をくぐると、
京都御苑に沿って細い道が北に伸びるようになります。
ここから寺町通と京都御苑との間に、細長い藪が続くようになります。
そのため、京都御苑沿いに別の道が伸びるようになります。


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寺町通に戻ってきました。また、ここから北上します。
右(東)側に見えるのは、京都府立鴨沂高校ですね。


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「寺町御門」前あたりで、寺町通を北に向いています。
左(西)側の藪の向こうに、京都御苑があります。
では、右(東)側の京都府立鴨沂高校に沿って歩いていきます。


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「寺町御門」から、寺町通を北に約70m進みました。
こちらが、京都府立鴨沂高校正門です。
今は男女共学の府立高校ですが、
元々は1872年(明治維新で学制発布の年)に創立された
日本初の女学校でした。(旧名称は、「京都第一女学校」)
この日は休日のせいか、誰もいないようです。


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さらに寺町通を北上します。
こちらから見ると、京都府立鴨沂高校の塀はなかなか味があります。
高校の正門から北に約60m先に、荒神口通との角が見えます。


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寺町通を北上して、荒神口通との角に来ましました。
ここから東に、荒神口通が伸びています。


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寺町通から、荒神口通を東に向きました。
この荒神口通はここから東に伸びていて、
河原町通を越えて鴨川東岸の川端通まで続いています。
ここから見ると、右(南)側にある鴨沂高校の桜の葉が
だいぶ色づいていきました。
今から、ここを進んでいきます。


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寺町通から、荒神口通を東に約100m進みました。
こちらは、清荒神護浄院です。
京都人は、「清荒神さん」と呼んでいます。
この「荒神口通」の語源になった寺院ですね。
では、こちらに入っていきます。


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「清荒神さん」の門に、このようなものが貼られていました。
ここは密教系(天台宗)の寺院なので、護摩焚などがさかんなようです。


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門を入ってすぐ右手「清荒神」の壁に、
このような大きな絵馬が掛かっていました。
絵には、「荒神」が描かれています。
自伝によると、772年に開成皇子(桓武天皇の弟)が修行中に
この荒神に感得されてこの寺院を建てたそうです。


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門の左手には、延命地蔵尊がたくさんいらっしゃいました。
こちらにたくさんの方がお参りした跡があります。


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先に境内北側の「清荒神」にお参りします。
ここの側面に、先ほどの絵馬が掛かっていました。


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護浄院の本堂は、このように西側に細長く続きます。
左(北)から順に、弁財天、寿老人、准胝観世音菩薩、
不動明王(ご本尊)、歓喜天、薬師如来を祀っています。
元々は大阪府勝尾山にあったのですが、
室町時代に下京区高辻醒ヶ井に移転しました。
今の位置には1600年に移転しましたが、
これは豊臣秀吉の政策とは関係ありません。


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本堂の前に、このような塚がありました。
ここには、1772年生誕の光格天皇の胞衣が埋まっています。
(明治天皇の曽祖父です)


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その塚の北側には、道祖神がいらっしゃいます。
夫婦神で表されていますので、「夫婦円満」の御利益もあるそうです。


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では、「清荒神さん」を出ます。
また、寺町通を目指します。


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「清荒神さん」から、荒神口通を東に向いています。
このすぐ先に河原町通があって、そこが「荒神口」交差点です。
今回は寺町通から来ましたが、
普通はバス停経由で河原町通から参拝者は来られます。


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今度は、荒神口通を西に向きました。
先ほどの「鴨沂高校の桜」の約100m向こうに、寺町通があります。
では、今度はこちらに向かいます。


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「荒神さん」から寺町通に戻る途中に、このような看板がありました。
平安時代中期に、藤原氏が建てた浄土信仰の寺院は
「法〇〇寺」という名称になることが多いですね。


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荒神口通から、寺町通を北に向いています。
またここから北に向かいますが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
この続きは、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、梨木神社にお参りします~

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第164回 梨木神社でお茶会~寺町通南から北その11~

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荒神口通から、寺町通を北に向いています。
左(西)側の藪の向こうに、京都御苑があります。
今回はここからすぐ北にある梨木神社に行きます。
撮影日は、2013年11月4日振替休日月曜日の午後3時。
ここのところ曇り空が続き、気温もどんどん下がっています。


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荒神口通から、寺町通を北に約70m進みました。
右(東)側に民家が並び始めました。
前回ブログでも書きましたが、
この日は休日だったので人出が多かったです。


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その民家の様子です。
左手の土塀も寺院の物ではなく、普通の民家です。
右手の民家も空家に見えますが、
電気が付いていたので生活されているのでしょう。


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今回ブログ最初の地点から、北に約200m進みました。
左(西)側の藪が途切れて、大きな鳥居が見えます。


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鳥居に近づいていくと、京都御苑に入る門が見えてきます。
こちらは、寺町通二つ目の清和院御門ですね。
その右(北)に見えるのは、梨木神社の鳥居です。


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寺町通を西に渡りました。
左(西)側に清和院御門が見えますが、
先に右(北)側の梨木神社に入っていきます。


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梨木神社の位置の鳥居をくぐって、北に進んでいます。
一の鳥居から二の鳥居までは約100mあって、
大きな木々が生い茂っています。
(下の方が駐車場なので、「鎮守の森」という気がしませんが)


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ここはまだ一の鳥居と二の鳥居の間です。
ここの木々は大きなクスノキが多いのですが、
中にはこのようにカエデもけっこう混じっています。
もう少しするとここも紅葉できれいになるのでしょうね。
(撮影日の2013年11月4日段階では、まだまだ青葉です)


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一の鳥居からもうすぐ二の鳥居なのですが、
地面に目を向けると自動車の間に小さな木が生えていました。
上を見ると、大きなクスノキの枝があります。
恐らくそこから種が落ちて、このように生えてきたのでしょう。
この木も、あと50年すれば立派なクスノキになるのでしょうね。


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そして、梨木神社の二の鳥居をくぐります。
この日は上京区婦人会のイベントが開かれていて、
かなりの人手になっていました。


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梨木神社の二の鳥居をくぐると、
左(西)側に萩の木々が生い茂っているのが見えます。
ここは、萩で有名な神社です。毎年9月に萩まつりが行われています。
この写真は、クリックすれば拡大できます。


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萩が生い茂るところを通り過ぎ、
梨木神社境内をさらに北に進んでいます。
社務所から本殿の間には、参道の両側にカエデが生い茂っています。
今年(2013年)の見ごろは、12月初旬でしょうね。
そのころには、ここは絶景に変わっているでしょう。


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本殿の右(東)側に、紫色の花が咲いていました。
こちらも萩?それともホトトギス?
花の名前は知らないものも多いので、よく分かりません……


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二の鳥居からだいぶ歩いて、本殿に近づいてきました。
この辺りは左右のカエデが上の方で重なり合って、
まるでドームのようになっています。
ここもあと数週間で絶景ですね。
ここもクリックすれば、拡大できます。


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いよいよ梨木神社本殿の前にやって来ました。
ただ、参拝の前に……


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本殿左(西)側の手水舎に寄ります。
こちらは井戸水で、飲むこともできます。
実はこの水は「京都山名水」の一つ「染井の水」です。
この周囲には、たくさんの方々がいらっしゃって
ペットボトルでこの水を持って帰られていました。
(一人5ℓまでだそうです)


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こちらが梨木神社の本殿です。
カエデに囲まれて、紅葉になると幻想的になるでしょうね。

梨木神社は、明治時代初期に公家屋敷跡に建てられました。
(この辺りが旧梨木町だったのが名称の由来です)
御祭神は、三条実萬・三条実美父子です。
幕末に討幕運動を行った勤王の志士のリーダー格ですね。
三条実萬は、右大臣で国学者としても有名でした。
三条実美は、1885年内閣制度が成立するまで太政大臣でした。
彼らが公家の立場から長州藩などと協力して
江戸幕府を滅亡させていきました。


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参拝を終えて、本殿に背を向けています。
では、こちらを南に進み社務所の方に戻ります。


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二の鳥居の手前まで戻ってきました。
ここも萩とカエデが生い茂っています。
この写真も、クリックすれば拡大できます。

たくさんの方がくつろいでいますが、
この日は京都市上京区の婦人会が主催して、
ここで抹茶を飲めるようになっていました。
自分も、会費500円を払って参集殿の方に行きました。


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参集殿に入るとなぜか畳の上にイスとテーブルが並んでいて、
そこに何人かの方が座っていました。
そこには臨時の茶席が設けられていて、
和服姿の男性と女性が茶をたてていました。
自分も案内された席についてしばらく待っていると、
このようなお茶と菓子がやって来ました。

室内はさすがに遠慮があるのですが、
許可をもらったのでお茶と菓子だけ撮りました。
菓子の饅頭は、中に柑橘系の果肉が練り込んでありました。
(たぶん柚餡です)
抹茶はかなり濃い茶だったのですが、
苦味よりも甘みが先にくるようになっていました。
立てる人次第でここまでおいしくなるのかと実感しました。


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この茶会は、毎年11月に開かれるそうです。
「来年もお越しください」
とおっしゃっていました。

二の鳥居から南を向いて、一の鳥居を見ています。
では、ここから一の鳥居まで歩いていきます。


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先ほどの写真から100mほど南に進み、一の鳥居をくぐり抜けました。
そこから西を向くと、京都御苑の清和院御門が見えます。
今度はここから少し京都御苑の中に入ってみます。


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清和院御門から、京都御苑の中に入ってきました。
右(北)側の桜が見事ですね。
左(南)側の塀は、大宮御所のものです。
後水尾天皇の御殿であった仙洞御所と隣接しているのは、
この大宮御所が元々後水尾天皇妃の御殿だったからです。
(仙洞御所は、前回ブログに出てきました)


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先ほどの桜の木の脇に、公衆便所があります。
その公衆便所の横から、北に伸びる細い道がありました。
ここを進むと、京都御苑の主だった木々が見られるそうです。
(一種の植物園のようになっています)


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さらにその公衆便所から西に約50m進み、今度は北向きました。
突き当りに、京都迎賓館の門が見えます。
世界各国の王族や政治家が京都に訪れたとき、
ここに宿泊できるようになっています。


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では、そろそろ清和院御門に戻って
また寺町通を北上していきます。


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清和院御門をくぐって、西を向いています。
左(北)側に、先ほど訪れた梨木神社の一の鳥居が見えますね。
大きな木々と重なるように映っている鳥居が大好きなので、
実はけっこうこの写真は気に入っています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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前回ブログにも出てきた寺町御門からずっと北に伸びる梨木通です。
この道は、京都御苑の東側に沿って伸びています。
今はジョギングコースとして利用されますが、
昔はお公家さんが多く散策された道だったそうです。


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梨木神社の南側を横切り、ようやく寺町通に戻ってきました。
ここから、また北上します。


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清和院御門から寺町通まで戻って、北を向きました。
ここはちょうどT字路になっています。


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そのT字路の南東角に、このような表札がありました。
「上京区広小路通寺町東入」
そう書かれています。
広小路通は、ここから約100m先の河原町通までの短い道です。


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寺町通から、広小路通を東に向いています。
突き当りの河原町通にある大きな建物は、京都府立医科大学病院です。
その近くには、京都市バス「府医大前」バス停があります。


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今度は広小路通から、寺町通を北に向いています。
左(西)に見えるのは、梨木神社の社務所です。
今回ブログで先ほど立ち寄ってところですね。


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広小路通から、寺町通を北に約100m進みました。
恐らく左(西)側は、梨木神社の本殿の辺りです。
少し先に、廬山寺の塀が見えてきました。
次はその廬山寺に向かうわけですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、廬山寺などいろいろ周辺寺院を回ります~

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第165回 廬山寺は紅葉の始まり~寺町通南から北~その12

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寺町通をずっと北上して、天台圓浄宗廬山寺にやって来ました。
この辺りは京都御苑を初め紅葉の名所が多いのですが、
ここもその一つです。
11月に入って気温が下がって、だんだん紅葉に染まってきました。
今回は、それをご覧ください。
撮影日は、2013年11月12日火曜日午後2時。
急に雨が降り出してきました。


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門をくぐると、すぐに手水舎がありました。
先ずは、手を清めます。


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実は、この後に門を入ったところにある
大師堂の写真を載せるはずだったのですが、
うっかり撮るのを忘れてしましました……
こちらは、その脇にいらした「べんつる」さんです。
最近歯が痛いので、頬を撫でさせていただきました。


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本堂の南側から、裏手に回ります。
ここ数日気温が下がったために、カエデも急に赤くなってきました。


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こちらは、廬山寺の鐘楼です。
その横にあるカエデの枝ぶりが見事ですね。


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こちらは、庫裏の手前のカエデです。
こちらの木が、一番色づきがよかったですね。
多分、紅葉は日差しがどれだけあたるかが
色づきのきれいさを決めるみたいですね。


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こちらは、「筆塚」です。
実は、この地は平安時代は紫式部邸でした。
源氏物語の大部分は、ここで書かれたようです。
(滋賀県大津市の石山寺などでも書いていたようですが)


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拝観料500円を払えば、庫裏から廬山寺の中に入れます。
中の庭園目当てに、ちょっとここも寄っていきます。


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拝観料を払って中に入り、右(東)を向きました。
こちらに、このような石庭があります。


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本堂内部は、ご本尊の阿弥陀如来像と紫式部関連品が並んでいました。
さらに江戸時代にここは皇室のための寺院だったので、
光格天皇初めたくさんの皇室関連品も展示されていました。

ご本尊の阿弥陀如来の前に、このような席が設けられています。
ここの角度からが、この石庭のベストポジションです。


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その席に座って、源氏庭を見ています。
この季節は、紅葉だけでなく苔もきれいな色になります。

この背中に、ご本尊の阿弥陀如来がいらっしゃいます。
この寺院は、天台宗や浄土宗など
様々な宗派が合祀されて「天台圓浄宗」となっています。
鎌倉時代にたくさんの寺院を管理されていた僧侶がいて、
その方が全てを合祀させたようです。
元々船岡山の方にありましたが、
豊臣秀吉の政策によりここに移転しました。
(寺町通のほかの寺院と同じです)

江戸時代には皇室の深い信仰を集めて栄えましたが、
明時代初期の廃仏毀釈により
いったん天台宗の預かりとなった後、
明治天皇の勅書で再興されました。


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左(東)側にある御尊牌殿の脇に、見事なカエデの木がありました。
この写真はクリックすれば、拡大できます。


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本堂と大師堂との間に、このような坪庭がありました。
ここのカエデはまだまだ青いですが、
桜はしっかり色づいています。
屋根の上にある落葉に、風情がありますね。


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廬山寺を一通り見て回りました。
では、ここから出て寺町通を北に向かおうと思います。


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廬山寺を出ると、寺町通の向かいに梨木神社が見えました。
あの位置から北を向くと、本殿が見られます。
(前回ブログで紹介しました)


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廬山寺から、寺町通を北に向いています。
では、ここからまた北に進んでいきます。


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廬山寺から、寺町通を北に約70m進みました。
梨木神社の北側は、細い道を隔ててマンションが建っています。
そして、廬山寺の北隣はまた寺院になります。
(ここのところ、寺院が建ち並んでいます)


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梨木神社とマンションの間にある細い道を撮りました。
向こうに、京都御苑が見えます。
突き当りにある梨木通は、
この辺りになると自動車が通れる太さになります。


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今度は反対(東)側を向きました。こちらは、浄土宗の清浄華院です。
次は、こちらに入っていきます。


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清浄華院の門をくぐりました。
こちらの境内は広いのですが、中は駐車場にもなっています。
比較的新しい建物が多い寺院です。


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こちらは門を入ってすぐの手水舎です。
「再建」と書かれていますが、だいぶ新しいもののようです。


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手水舎の東側に、鐘楼がありました。
こちらもだいぶ新しいものです。


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こちらは、天明の大火で亡くなった方への供養塔です。
この大火では、この寺院初め寺町通の多くの寺院も焼失しました。


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その供養塔の後ろに、清浄華院の本堂があります。
ご本尊は、阿弥陀如来です。
この寺院の沿革は諸説ありますが、
鎌倉時代中期には皇室とのつながりを持ち
浄土宗ではむしろ知恩院よりも大きな勢力を持っていたようです。
それが応仁の乱以降に衰退し、江戸時代には
知恩院が浄土宗の本山としての役割を果たすようになりました。
ただ、江戸時代以降も皇室との関係が深く
様々な方のお墓がこちらにあります。


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本堂脇に、春光院の供養塔がありました。
(供養塔なので、遺骨は入っていません)
薩摩藩主島津重豪の側室で、
江戸幕府第13代将軍徳川家定の正室「篤姫」の曾祖母です。


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こちらが、たぶん阿弥陀堂です。(詳しい地図が手元にないので……)
末寺の一つ松林院のかつての本堂です。
こちらに、幕末に京都守護の松平容保が逗留していました。
(新撰組の直属の上司ですね)


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では、清浄華院を出ます。
こうして見ると、だいぶ紅葉に染まってきましたね。


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清浄華院の前で、寺町通を北に向いています。
では、またここを北に進みます。


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清浄華院のから寺町通を北上すると、北隣に本禅寺があります。
次はそちらに向かうのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、本禅寺と京都御苑の北側を散策します~

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第166回 京都御苑の北側~寺町通南から北~その13

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京都御苑の東側を貫く寺町通を北上しています。
清浄華院を通り過ぎ、今出川通までもうすぐです。
今回はここから本禅寺や石薬師門周辺の京都御苑を散策します。
撮影日は、2013年11月14日木曜日午後3時。
そろそろ雨も上がってきました。


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末寺などをはさんで清浄華院の北隣に、
日蓮宗陣門流本山本禅寺があります。


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本禅寺の門をくぐりました。
すぐ左(北)側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
先ずは、こちらにお参りします。


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こちらが本禅寺の境内になります……
と言いますか、いくつかの施設は残っているものの
自動車が停まっている所の方がずっと広いですね。


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次に、本禅寺南側の末寺です。
こちらに至っては全面的にアスファルトが敷かれ、
自動車一台分の白い線が引かれています。
もう完全に「駐車場」ですね。
(ちなみに、この東側のもう一つの末寺は
本堂もあって普通の寺院でした)


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こちらは、本禅寺の釈迦堂でしょうか?
金銅釈迦如来立像が安置されていて年二回(4月と10月)開帳されます。


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こちらが、日蓮宗陣門流本山本禅寺の本堂です。
ここは、この寺院の開祖日伝によって1406年に建立されました。
日伝は、元々本圀寺(第119回ブログで紹介しました)にいましたが、
兄弟子と宗旨問答で対立し独立して陣門流を開きました。
この寺院は初めもっと北の方にあったようなのですが、
豊臣秀吉の政策でここに移転してきました。
(この辺のほかの寺院と同じ経緯です)
江戸時代は大久保彦左衛門の帰依を受け、
小田原藩とも深い関係にありました。


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では、本禅寺を出ます。
門の向こうは、寺町通です。


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本禅寺から、寺町通を北に向きました。
左(西)側に見えるのは、同志社大学の施設です。
(今出川通に、同志社大学の施設が集中します)
右(東)側が本禅寺の土塀なのですが、
そこには「月極め駐車場」という看板がありました。
やはりここは、「寺院」というよりも
「駐車場」として機能しているようですね。


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本禅寺の門から、寺町通を北に約70m進みました。
本禅寺を通り過ぎると、右(東)側も民家や雑居ビルが並びます。
左(西)側に樹木が並んでいますが、
その向こうに京都市立京極小学校の校舎があります。


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こちらが、京都市立京極小学校の正門です。
この校名も、この寺町通が
かつて「東京極通」(ひがしきょうごくどおり)だった名残でしょうね。


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本禅寺の前から、寺町通を約150m北に向かいました。
京都市立京極小学校の北側から、西に進む道があります。
今から、そちらに向かいます。


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こちらは、その道との南西角です。
ここに、上京消防団京極分隊の詰め所がありました。


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寺町通から、先ほどの道を東に向きました。
ずっと先に進むと、河原町通に出られます。


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今度は、西を向きました。
手前のショウウィンドウの店はここで洋服を売っています。
ここには、高級料亭も隣接しています。
この道は、京都御苑の門で突き当たっています。
今から、ここを歩いていきます。


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寺町通から、西へと約70m進みました。
では、今からこの石薬師門をくぐって京都御苑に入っていきます。


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京都御苑の石薬師門をくぐりました。
ここは、京都御苑のほぼ北東端になります。
門をくぐると、いきなり大きな桜の木が現れます。
この木の葉は、もう落ち始めています。
枝ぶりが見事なので、クリックすれば拡大できるようにしました。


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石薬師門をくぐり、すぐに左(南)を向きました。
ここから南に進むと、京都迎賓館の東側を通って
第164回ブログに出てきた京都御苑のあらゆる樹木がみられる道に
進むことができます。


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石薬師門から西に進む道は、
両脇に松が並んでいるものの桜並木も続いています。


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石薬師門から右(北)側は、野球ができるグランドになっています。
(同じ京都御苑内の「富小路公園」の半分以下の広さですが)
とは言え自分が小学生のころは、野球をするといえば
京都女子学園のグランドかここでした。


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松や桜に混じって、カエデもたくさん並んでいます。
ようやくカエデも色づいて、きれいになりました。
平日ということもあって、
落ち葉の処理をされる作業員がいらっしゃいました。


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辺り一面で鳴き声が聞こえてきましたが、
周囲を見るとカラスが一羽道の中央に歩いてきました。


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そして上を見上げると、木の上にもカラスがいました。
こちらも、大声で鳴いていました。


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では、そろそろ石薬師門に戻ります。
だんだんとですが、晴れてきました。


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石薬師門の脇に、ネコがいました。
野良猫でしょうか、それとも飼い猫でしょうか?


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奥に行くと、さらに二匹出てきました。
どうやら、野良猫が仲良くここに住んでいるようです。


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石薬師門をくぐり、京都御苑を出ました。
目の前のとおりは、梨木通です。
この辺りになると、もう完全に普通の道です。


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石薬師門から、梨木通を南に向きました。
右(西)側は京都御苑の生け垣で、
左(東)側は京都市立京極小学校の校舎です。


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今度は北を向きました。
左(西)側が、京都御苑の生け垣になります。
寺町御門付近ではジョギングコース程度だったものが、
もう2車線の道幅になっています。


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石薬師門から、東に約70m進みました。
突き当りが、寺町通になります。
(東へは、少し南にずれます)


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寺町通に戻って、北を向きました。
左(西)に見えるのは、高級料亭です。
そろそろ向こうを見ると、今出川通が見え始めました。


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こちらは、近くのマンションの入り口です。
石燈籠が面白かったので、撮りました。


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そして、いよいよ今出川通との交差点にまで来ました。
この今出川通が、京都御苑最北端の道になります。
平安京の北端はとうに過ぎましたが、
豊臣秀吉による京都市街地は、もう少し北まで伸びていました。
寺町通はもう少しだけ北の方に続いていますが、
それはまた別の機会に書きます。

今回は、ここまでです。

~次回は、伏見稲荷大社に紅葉見物です~

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第175回 本満寺の名残紅葉~寺町通南から北~その14

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さて、今年の紅葉散策は割と早めに連載が終わってしまいました。
そこで、ここからまた「寺町通編」を再開します。
ここは第166回ブログの最後の場所今出川寺町交差点です。
今回は日蓮宗本満寺に寄りましたが、まだ紅葉が残っていました。
撮影日は、2013年12月12日木曜日午後3時半。
先に伏見区の真宗院に寄ったので、この時間になりました。


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寺町通から、今出川通を西に向きでました。
この通りが、京都御苑最北端になります。
左(南)側のわずかに見える茂みが京都御苑です。
右(北)側の茂みは、同志社女子高校ですね。
(今出川烏丸交差点を中心に、同志社系列の学校が集中しています)


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今度は、寺町通から今出川通を東に向きました。
すぐ先が、今出川河原町の交差点です。
さらに今出川通を東に進むと、鴨川の加茂大橋を渡り、
更に百万遍交差点(京都大学付近)から銀閣の方に行けます。


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では今出川通から、寺町通を北上します。
ここからは、観光地から商店街に変わっていきます。


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こちらは、今出川寺町交差点の北東角です。
この石碑は、「大原口」の道標です。
「大原口」とは「京の七口」の一つで、
京都から発する様々な街道の出発点です。
豊臣秀吉は京都を再開発する際、市街地の周囲を土塁で固めました。
これを「御土居」と言います。
この「御土居」も、さすがに「京の七口」の部分は切れていて、
そこから「御土居」の中に入ることができました。
「御土居」が切れているために京都市街地に入れるところを
「出町」と呼び、特にこの近くを「出町柳」と呼ぶようになりました。


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今出川通から、寺町通を北に向きました。
今出川通以南より、寺町通が細くなりました。
左(西)側の理髪店(時計が3時半を指しています)の向こうには、
銭湯がありましたがこの時間は閉まっていました。


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今出川通から、寺町通を北に約50m進みました。
こちらは小間物屋さんですね。
昔はこういうお店もたくさんあったのですが、
今は京都でも珍しくなりつつあります。


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今出川通から、寺町通を北に約100m進みました。
寺町通東側から河原町通にかけての間に、出町桝形商店街があります。
河原町通側(鴨川付近)の「出町柳」が鯖街道の終点になります。
約1年前に「たまこまーけっと」というアニメの舞台にもなりました。
その「主人公の家」にもなっていた「ふたば」という豆餅のお店は、
反対側の河原町通沿いにあります。


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先ほどの写真と同じ地点で、左(西)を向きました。
出町桝形商店街のアーケードの突き当りに、洋菓子店がありました。
おいしそうですが、給料日前なのであきらめて先を急ぎます……


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出町桝形商店街のアーケードから、寺町通を北に約10m進みました。
こちらは、鉄道模型屋さんです。
ショウウィンドウを見ると、列車の備品なども売っているようです。
この辺りの寺町通は、出町桝形商店街とともに
「出町商店街」という大きな商店街を形成しています。


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こちらは、鉄道模型屋さんの北隣です。
テナントビルの正面に、「幸神社」と刻まれた石碑があります。
このビルの裏に回っていろいろ調べたのですが、
この辺に神社の社や祠はありません。
帰宅後に地図を調べると、西の方に約100m先に神社がありました。


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その「幸神社」の石碑前から、寺町通を北に向きました。
少し先で、寺町通が北西に折れ曲がっています。
これは、賀茂川とほぼ同じ角度です。
豊臣秀吉が築いた御土居も賀茂川と平行していたので、
その御土居沿いに作られたこの寺町通も、同じように曲がります。


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寺町通が折れ曲がったところまで来ました。
商店街が終わって商店舗が少なくなりますが、
この辺りから道幅が急に太くなります。



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その辺りで、左(西)を向きました。
「上京区 寺町通今出川上がる 立本寺前町」
そう書かれていますね。
文字通りここは今出川通以北の寺町通沿いですが、
立本寺という寺院はこの辺りに現存しません。


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寺町通が北西に折れ曲がってから、約100m進みました。
こちらは、日蓮宗本満寺です。少し立ち寄ってみます。


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本満寺に一歩入ったところに、桜並木が現れます。
実は、この本満寺は京都屈指の桜の名所です。


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こちらは、本満寺境内の一番手前にいらっしゃる妙見宮の祠です。
先ずは、ここにお参りします。


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妙見宮の祠から戻ってくると、このネコと目が合ってしまいました。
慌ててカメラを構えようとすると、逃げられてしまいました。
ちょっと意地になって追いかけて、やっとこれだけ撮れました。


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では、こちらの門から本満寺の中に入っていきます。
観光シーズンも終わり、中にはほとんど誰もいませんでした。


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門をくぐってすぐに、寺務所前にこちらの枝垂桜があります。
第111回ブログの渉成園や第117回ブログの山科毘沙門堂にも
匹敵する見事な枝ぶりですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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寺務所の向かい側に、手水舎があります。
隣に、観音像やお地蔵さんなど石仏がいらっしゃいます。


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寺務所と手水舎の間に、七面宮(弁財天)がいらっしゃいます。
元々は、ここと同じ日蓮宗の宝塔寺の鎮守社です。


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七面宮の東側に、こちらの供養塔があります。
1788年の「天明の大火」でここも全焼したので、
多分その関連だと思います。


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供養塔の東隣に、本満寺の本堂があります。
本満寺境内の大半は桜の木なのですが、
本堂周辺だけはカエデが植えてあります。
また、2013年12月12日段階では、
この辺りの紅葉はまだ残っていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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日蓮宗本満寺の本堂前に回ってきました。
ここは、室町時代前半に本圀寺から分裂しました。
元々はここから真西約1kmにありましたが、
やはり豊臣秀吉の政策で安土桃山時代にここに移転してきました。
1788年の「天明の大火」などでたびたび焼失し、
現在の本堂は1927年に再建されたものです。


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こちらは、本満寺本堂の東側です。
末寺がいくつか並んでいます。


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本満寺本堂から、西を向いています。
では、元来た門に向かいます。


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こちらが、その門です。
では、寺町通に戻って先に進みます。


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本満寺の門の前から、寺町通を北西に向いています。
向こうに横断歩道が見えますが、そこが上立売通との交差点です。
そこからずっと西進めば、
第106回ブログに出てきた釘抜き地蔵の前に出ます。
上立売通以北の寺町通は、自動車が南行きもできるようになります。

ここから何軒か寺院が続くのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回も、この辺りの寺院を散策します~

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第176回 もう一つの信長公廟~寺町通南から北~その15

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こちらは、前回ブログの最後の地点日蓮宗本満寺の前です。
今回は、ここからまた寺町通を北上します。
寺町通は、この辺りもたくさんの寺院が並んでいますね。
撮影日は、2013年12月20日木曜日午後3時半。
ゆっくりしていたら、結局この時間になってしまいました……


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先ほどの地点から、左(西)を向きました。
こちらのお地蔵さんには、このように彫られています。
「皇紀二千六百年記念 武運長久 家内安全 本満寺前町」
作られた1940年当時のご時世でしょうが、
いろいろなものが混ざっています。


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寺町通を約50m進み、今回ブログの最初の写真に写っていた
横断歩道の辺りに来て左(西)を向きました。
こちらは、上立売通(かみだちゅうりどおり)です。
少し、こちらの方に寄ってみます。


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寺町通から、上立売通を西に約100m進みました。
寺町通より少し広い道に、住宅が並んでいますね。
では、もう少し西の方に向かってみます。


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さらに上立売通を西に約20m進みました。
こちらは、浄土宗法輪寺です。
同じ名前の寺院が嵐山にありますが、
そちらは天台宗なのでまったくの偶然でしょうね。


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法輪寺の前から上立売通を西に向いています。
では、さらに西に進みます。


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法輪寺から、寺町通を西に約100m進みました。
こちらは、京都市立京極幼稚園です。
12月下旬になりましたが、こちらの紅葉は今が盛りですね。


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京都市立京極幼稚園の前から、上立売通を西に向いています。
ここで上立売通はいったん途切れて、
烏丸通からまた上立売通は復活します。
上立売通が途切れたところに、臨済宗相国寺があります。
ここから訪れてみるのも一つですが、
時間が遅いこととこの後の「烏丸通編」で紹介するつもりですので、
今回は寄らないこととします。


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今度は京都市立京極幼稚園の前で、東を向きました。
ここからは上立売通を東に進み、寺町通に戻ります。


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京都市立京極幼稚園の前から、上立売通を東に約120m進みました。
法輪寺より少し東に行ったところに、花屋さんがありました。


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その花屋さんの向かいに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りをしました。


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お地蔵さんの前から、上立売通を東に約50m進みました。
また、寺町通との角に戻ってきました。


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寺町通から、上立売通を東に向きました。
厳密には上立売通は寺町通までで、ここから先は細い路地になります。
この路地はこの先の少し高くなったところで終わります。
そこは豊臣秀吉が造営した御土居の名残で、
そこから先が京都市北区になります。


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上立売通から、寺町通を北西に向いています。
少し先に、寺院が並んでいます。では、そちらに向かいます。


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上立売通から、寺町通を北西に約20m進みました。
こちらは、西山浄土宗仏陀寺です。
952年に村上天皇が兄の朱雀天皇を弔うために建てました。
中世頃はもっと南西にあったのですが、
豊臣秀吉の政策でここに移転してきました。
(寺町通にある他の寺院と同じです)
ご本尊の阿弥陀如来像は、定朝作で重要文化財です。
門が閉まっているように見えますが、
実は中に自由に入れたそうです。(後で知りました)


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仏陀寺の門の前に王城地祭地蔵尊の祠があります。
こちらは江戸中期の作で、朱雀天皇の守護仏が祀られています。


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仏陀寺の前で、寺町通を北西に向きました。
理髪店の時計が、午後3時40分を差していますね。
では、次は隣の寺院に向かいます。


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こちらは、西山浄土宗十念寺です。
1431年室町幕府6代将軍足利義教が建立しました。
元は第159回ブログに登場した誓願寺の末寺でした。
天正年間に焼失後、豊臣秀吉の政策でここに移転しました。


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こちらは、十念寺の境内です。
1993年に再建されたものなので、とても新しいですね。


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十念寺の前で、寺町通をさらに北西に向いています。
では、さらに隣の寺院に向かいます。


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こちらがその隣の寺院浄土宗阿弥陀寺です。
1550年ごろ、織田信長と親交のあった清玉が建立しました。
元々は今出川大宮にありましたが、
豊臣秀吉の政策でここに移転しました。
「織田信長本廟」の碑があるように、ここに織田信長の墓があります。
では、こちらに寄っていきます。


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阿弥陀寺の門をくぐってすぐに、北を向きました。
こちらに末社の小さな祠が並んでいました。
奥のクスノキが、見事ですね。


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こちらは、門をくぐってすぐ正面の手水舎です。
お地蔵さんの背後に、桜の木が並んでいます。
ここは春になると、見事な桜に囲まれます。


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阿弥陀寺の境内に、カエデの木がありました。
12月下旬ですが、紅葉が見事ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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境内の南端に、鐘楼がありました。
寺院の規模にしては、小さな鐘ですね。


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境内の北側(先ほどの祠の東側)に、寺務所と方丈が並んでいます。
年末が近づいて、植木屋さんなどが入られているようです。
軽トラックが何台か停まっていました。


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寺務所や方丈の前で、東を向いています。
本堂との間に、桜の木々が並んでいます。
今は枯れ木ですが、この辺も春になるときれいになります。


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こちらは、本堂と方丈とをつなぐ渡り廊下です。
では、ここをさらに東に進みます。


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境内の東端から、ここに入れます。
こちらはこの阿弥陀寺の墓地です。


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阿弥陀寺の墓地に入ってきました。
すると、真正面にこちらが出迎えてくれます。
石仏は古代や中世の墓石ですから、無縁仏になった方々でしょうね。


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墓地の門からまっすぐ東に約10m進むと、
このお墓に行き当たります。
こちらが、「織田信長本廟」になります。
1582年の本能寺の変で死亡した織田信長の遺体は、
その後しばらく所在不明でした。
(ですから、本能寺の「信長公廟」には
織田信長の遺体が納められていません)
数年後、豊臣秀吉が調べて今出川大宮にあったこの寺院で
織田信長と家臣のお墓が発見されました。
この寺院の僧侶清玉が、戦いの最中に信長や家臣の遺体を
この寺院に持ち込んだようでした。
そして、この寺院がここに移転した際にこのお墓も移転してきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「信長本廟」を背にして、西を向いています。
目の前に桜の木々が並んでいますが、
この寺院では多分この角度が一番桜が綺麗に見えます。
つまり、この織田信長の墓石は
「花見の特等席」にいらっしゃるわけですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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浄土宗阿弥陀寺の本堂に戻ってきました。
人影がかなりあったので普通に中に入ったのですが、
通常は本堂内部は非公開でした。(関係者に謝罪して、外に出ました)
こちらのご本尊は、阿弥陀如来です。
また、本堂には織田信長・信忠親子の木像が安置されてます。

実は、2014年にこの本堂を一般公開するそうです。
詳しくは、今回ブログの追記をご覧ください。


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阿弥陀寺の本堂を背にして、境内で西に向いています。
桜の木の向こうに、お地蔵さんと手水舎が見えます。
では、さらに向こうの門からこの阿弥陀寺を出ます。


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阿弥陀寺の前から、寺町通を北西に向いています。
まだまだ隣接する寺院は並んでいるのですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
続きは、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、上御霊神社にお参りします~

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第177回 雨の上御霊神社~寺町通南から北~その16

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こちらは前回ブログ最後の地点阿弥陀寺の前から
寺町通を北に向いています。
約1週間ぶりに来ると、大きな雨粒が降っていました。
今回は、ここからさらに北西に進み上御霊神社を目指します。
撮影日は、2013年12月26日木曜日午後3時45分。
今回が、今年最後の取材です。


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阿弥陀寺の北隣に、こちらの光明寺があります。
同じ名前の寺院が京都のあちこちにありますが、
こちらの光明寺は細かいことは分かりませんでした。


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光明寺の境内に入ってきました。
こちらに鐘楼とお地蔵さんがいらっしゃいますが、
細かいことは分かりませんでした。


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さらに、こちらは光明寺の本堂です。
ここを撮影中、中からここの住職さんと思しき方が出てこられました。
この方に聞けば詳しい話が分かったのでしょうが、
多少遠慮があるので結局聞かずじまいでした。


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こちらは光明寺の北隣にある慈福寺です。ここは、境内も非公開です。
こちらも調べたのですが、よく分かりませんでした。
この辺りで雨足が強くなってきて、
写真にもはっきり映るようになってきました。


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慈福寺と道一本をはさんで、この鶴山児童公園があります。
冬休みの午後ですが、この日は雨が強いので誰もいませんでした。


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鶴山児童公園に入ってみました。
京都市内のほかの児童公園がそうであるように、
ここも時期を選んでくると、紅葉がきれいになります。
(第114回の正面公園は、桜がきれいでした)
だいぶ年末になりましたが、まだ少しここには紅葉が残っています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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鶴山児童公園の前から、寺町通を北西に向きました。
この少し先に、分かりにくいのですが小さな寺院があります。


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こちらがその小さな寺院大歓喜寺です。
名前からここが天台宗でご本尊が歓喜天であるのは分かるのですが、
これ以上中に入れないので詳細は不明です。
ただ北隣の建物もこの寺院の施設で、何かの研究所のようでした。


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大歓喜寺の前から、寺町通北西に向きました。
ここから先は、寺院が途切れます。
では、この天の住宅地の中を先に進んでいきます。


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先ほどの写真の北隣に、このタバコ屋さんがありました。
ただ、もう経営はしていないようですね。


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さらに、雨の寺町通を北西に進みます。
右(東)側はマンションが並び、左(西)側は古い住宅が並びます。


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大歓喜寺から、寺町通を北西に約200m進みました。
こちらは浄土真宗大谷派長休寺です。
この寺院も詳しいことは分かりませんが、
寺町通の西側に寺院があるのは珍しいです。


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長休寺の前から、寺町通を北西に向きました。
目の前を上御霊前通が交差しています。


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寺町通から、上御霊前通を東に向いています。
雨模様で分かりにくいですが、
ここから約200m先の賀茂川でこの道は途切れます。
(出町柳以北は、鴨川は賀茂川と表記します)


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今度は寺町通から、上御霊前通を西に向きました。
目の前に、「御霊神社」(上御霊神社)の石碑が立っています。


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更に角度を変えて、この石碑を撮りました。
こちらは「囀り市」という定期市の宣伝のようです。
(今風にいうと、「フリマ」ですね)


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その石碑の前から、上御霊前通を西に向きました。
少し先で道が広くなり、その先に茂みが見えます。
そこが今回の目的地上御霊神社です。


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上御霊前通の幅が広くなった辺りに、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りしてから先に進みます。


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そのお地蔵さんの前から、上御霊前通を西に向きました。
だんだん上御霊神社が近づいてきました。
第162回ブログに登場した「下御霊神社」は
もともと「上御霊神社の南側」にあったそうですが、
それはこの通りの左側のマンションの辺りでしょうか?


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だいぶ上御霊神社に近づいてきました。
ここは、住宅街の中にポツンとある気がします。
土塀が古くて立派なので、
ここに初めて来たときは神社ではなく寺院と思ってしましました。


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上御霊神社の門の前に来ました。
初めてここに来たときに寺院だと思ったのは、
鳥居がなくてこの瓦屋根の門があったからかもしれません。


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門をくぐると、すぐにこの手水舎がありました。
先ずは、こちらで手を清めます。


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手水舎の左(西)側に、こちらがありました。
多分絵馬殿と思うのですが、よく分かりません。


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門の西側に、立派な桜の木がありました。
この上御霊神社は、桜がきれいな神社です。


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桜の西側に、今度は藤棚もありました。
その季節に来たことはありませんが、
きっときれいなのでしょうね。


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次は、手水舎の東側を向きました。
こちらには、このような銅像がありました。
たくさんの子供が遊んでいるようですね。


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さらにその奥に、このような鳥居が並んでいました。
こちらは、末社の「福寿稲荷」です。


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鳥居は約10m続いています。
そのいちばん奥に、こちらの祠がいらっしゃいました。
とりあえず、この祠にお参りです。


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「福寿稲荷」に背を向け、本殿の南側で西を向いています。
では、いよいよ本殿にお参りです。


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こちらが、上御霊神社の本殿です。
主神は、早良親王や橘逸勢など
政争に巻き込まれて殺された方々です。
平安時代初期から彼らの御霊を祀る民間信仰があり、
元々は別の神社や祠だったのですが、
やがてこの地に合祀されるようになりました。
実は、ここの例祭は京都で最も古いお祭りの一つです。


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本殿に背を向け、拝殿を見ています。
こちらに、このような花が生けてありました。


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拝殿の横には、この枝垂桜の木がありました。
枝ぶりから、春にはかなりきれいに咲くでしょうね。


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枝垂桜の西側に、カエデの木もありました。
12月下旬なのですが、まだまだ紅葉の盛りですね。


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実は、上御霊神社にはたくさんの歌碑があります。
こちらは、「広辞苑」を初めて編集された方の歌だそうです。


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その隣にも、このように歌碑が並んでいます。
こちらは自分はよく知らない方でした。


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本殿から約30mで、こちらの門にたどり着きます。
実は、こちらが正面になります。


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正面の門をくぐりました。
さすがに、こちらには石製の鳥居があります。
その向こうに見えるのは、烏丸通です。
烏丸通に出たら、その北側に地下鉄「鞍馬口」駅があります。
今回は、こちらから帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、2014年の初詣です~

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第180回 上御霊神社に正月詣~寺町通南から北~その17

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地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅にやって来ました。
今回は、「寺町通編」で昨年紹介した上御霊神社に正月詣します。
本当は上御霊神社から寺町通に戻る予定でしたが、
いろいろ取材したら神社そのものの記事でいっぱいになりました。
撮影日は、2014年1月3日金曜日午後3時。
昨年とうって変わっての快晴でした。


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こちらが地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅ホームです。
今まで乗っていた国際会館行きの電車が出発します。


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階段を上がって、コンコースにまで来ました。
この改札を通って外に出ます。


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改札を出たら、右(南)を向いていきます。
切符売り場の前に、このような看板がありました。
ここから地上に上がって、上御霊神社を目指します。


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地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅1番出口から、地上に出ました。
ここは、烏丸通の東側歩道になります。
約100m先に、鞍馬口通との交差点が見えます。


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同じ地点から、今度は烏丸通を南に向きました。
向こうの信号が上御霊前通で、そちらに向かって歩いていきます。


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地下鉄「鞍馬口」駅1番入口から、烏丸通を南に歩いています。
向いの西側歩道に、飲食店やパン屋があります。
鞍馬口烏丸交差点付近は商店街があったりたくさんの店舗があったりと
かなり賑やかなのですが、正月三が日はどこも閉まっています。
(パン屋さんは、開いている模様ですが……)


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地下鉄「鞍馬口」駅から、烏丸通を南に約100m進みました。
こちらは、上御霊前通とこ交差点です。こちらを左(東)に曲がります。


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烏丸通から、上御霊前通を東に向いています。
向こうに見えるのが、上御霊神社です。
では、そちらに向かって歩いていきます。


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烏丸通から、上御霊前通を東に約20m進みました。
南側に、小さな神社があります。
この「猿田彦神社」に寄っていきます。


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「鈴の緒」の向こうに、猿田彦神社の祠がいらっしゃいます。
御祭神はもちろん猿田彦(とアメノウズメノミコト)で、
元々はこの辺の土地神様です。
ここ以外にも、地下鉄「太秦天神川」駅付近に
猿田彦神社がいらっしゃいます。


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祠の脇に、消火器が置いてありました。
赤い鉄製の箱の上に、しめ飾りが置いてあります。
たまたまなのでしょうか?
何かの宗教的な意味があるのでしょうか?


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猿田彦神社の前から、上御霊前通を東に向いています。
いよいよこの先の上御霊神社に向かいます。


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では、こちらの鳥居をくぐって上御霊神社に入っていきます。
前に来たときも思ったのですが、ここの門は寺院のようです。


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こちらが、左側の阿形の狛犬です。
表情が他の神社と微妙に違いますね。


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そして、こちらが吽形の狛犬です。
頭に角が生えているのが独特です。


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門をくぐり、中に入ってきました。
昨年(約1週間前ですが)ここに来たときは
ほぼ無人で雨が降っていました。
この日はそこそこの人出で快晴だったので、
だいぶ雰囲気が違います。


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門をくぐり、石畳の道をまっすぐ東に進んでいます。
ここが正面の道で、この先に拝殿と本殿があります。


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この上御霊神社は、とても歌碑の多い所です。
こちらの句碑は第177回ブログでは紹介しましたが、
実は松尾芭蕉の俳諧がここに書いてありました。
(第177回には、「誰のものか分からない」と書きました)


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こちらの歌碑は、京都御苑の普請をされた方のものです。
工事がうまくいかないことを嘆いた内容だそうです。
ただ、摩耗が激しいので自分にはよく読めません。


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こちらが、上御霊神社の拝殿です。
こちらには、鏡餅が供えられていますね。


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同じ地点で、左(北)を向きました。
社務所の前のカエデは第177回ブログでも紹介しましたが、
年が明けてもまだ紅葉が色づいていますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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カエデの木の東側には、枝垂桜があります。
第177回ブログでも紹介しましたが、
ここ上御霊神社は桜がとてもきれいな神社です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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枝垂桜の先(北)に、こちらの社がいらっしゃいました。
こちらは、上御霊神社の末社の1柱八幡宮です。


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八幡宮の前で、右(東)を向きました。
こちらは、本殿の北側に当たります。
こちらに末社がたくさんいらっしゃいますので、
先にそちらを参拝します。


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八幡宮の東隣りの社には、たくさんの祠がいらっしゃいます。
京都に限らず、日本中の様々な神様がいらっしゃいます。


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先ほどの社の東側にも、たくさんの祠が並んでいらっしゃいます。
ただ、こちらには表札のようなものもなく
どういう神様かは分かりませんでした。


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さらに、北東端には厳島神社の分社がいらっしゃいました。
こちらはそれまでの神様より少し立派な作りの社です。


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厳島社の南隣には、神明神社がいらっしゃいます。
鳥居も、「神明式」ですね。


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こちらが、神明神社の社です。横から見ていないのですが、
小さいながらも「神明造」で建てられているはずです。

「神明神社」は、伊勢信仰の神社です。
ですから、ここには天照大神が祀られています。
江戸時代には農耕信仰と結びついて、
新田開発の際によく社が作られました。


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神明神社から、本殿の裏手を南に向いています。
本殿の真裏は、桜並木が並んでいます。
ここを歩いて、向こうに見える赤い鳥居の方に向かいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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上御霊神社境内の南東端まで来ました。
では、こちらの福寿稲荷社に参拝します。
……しかし、ここは末社の鳥居の方が多いですね。


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赤い鳥居は、約10m続きました。こちらが、福寿稲荷社の祠です。
今回は晴れていて、周囲に人出もそこそこあります。
雨が降っていて誰もいなかった第177回ブログのときとは、
だいぶ雰囲気が違います。

ここ、福寿稲荷社は遅くとも江戸時代中期にはいらしたそうです。
ただ、記録がないために出自はよく分かっていません。
(稲荷信仰=宇迦御魂神とは言い切れないので)


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福寿稲荷社の鳥居の前から、北西を見ています。
では、向こうに見える本殿にようやく参拝します。


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いよいよ上御霊神社の本殿に参拝します。
伏見稲荷大社の1万分の1くらいの人出ですが、
それでも数十人の方々がいらっしゃいました。
こういう「初詣」もいいですね。

上御霊神社は本当は「御霊神社」なのですが、
第34回ブログで紹介した上桂の「御霊神社」や
第162回ブログで紹介した「下」御霊神社と混乱するので、
自分はあくまで「上」御霊神社と呼んでいます。
この神社の沿革と「御霊信仰」の出自は、第177回ブログ参照です。


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本殿前から、南西方向に向いています。
次は、向こうの絵馬殿に向かいます。


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絵馬殿の下にはベンチが並んでいて、
近所の方が何人か休憩されていました。
上を見上げると、古い絵馬仮名たくさん吊ってありました。
中には、羽子板の形をしたものもありました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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拝殿と絵馬殿の間に、南へ外へ出る道があります。
このまま寺町通に向かうので、今度はここから外に出ます。


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上御霊神社を南側の門から出て、上御霊前通を東に向きました。
ここを約200m進むと、寺町通に戻ってまた北に進んでいきます。
ただ、それはもう少し後にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、ゑびす神社に参拝します~

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第182回 冬の西園寺~寺町通南から北~その18

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約2週間ぶりの上御霊神社です。
今は南側の門の前から、東を向いています。
今回はここから東に進んで、また寺町通を北上します。
先ずは、角にある西園寺に寄ります。
撮影日は、2014年1月16日木曜日午後3時。
今にも雨が降りそうな曇り空でした。


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神社の南門から、上御霊通を東に進んでいます。
約100mほどで、上御霊神社の最東端に来ました。
(この真横に、福寿稲荷社の祠があります)
こちらに南天が、赤い実をつけていますね。
真冬と言えば、この実ですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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南天の木から、上御霊通をさらに東に約50m進みました。
こちらは、第177回ブログでも掲載したお地蔵さんです。
またこちらにお参りして、先に進みます。


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そのお地蔵さんの前から、上御霊通を東に向いています。
この辺りで上御霊通は道幅が細くなって、
約50m先で寺町通と交差します。


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上御霊通と寺町通が交差する所まで来ました。
このまま東に進めば、約200mで賀茂川の河岸に出ます。


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上御霊通から、寺町通を北西に向いています。
約3週間ぶりに、この寺町通に戻ってきました。
では、またここから寺町通を進みます。


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上御霊通から、寺町通を北西に約50m進みました。
こちらはクリーニング屋さんですが、
「染み抜き 不入流」
という看板もあります。


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そのクリーニング屋さんの門の上に、こちらがいらっしゃいます。
こちらは、鐘馗さんですね。
京都では、鬼瓦の代わりに鐘馗さんを置くことがあります。


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そのクリーニング屋さんの向かい(東)側に、こちらの寺院があります。
では、この浄土宗西園寺に寄っていきます。


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西園寺の門をくぐって、北を向きました。
末社の稲荷社の脇に、こちらの地蔵堂があります。
こちらには大地蔵菩薩がいらっしゃいますが、
その周囲には地獄絵図壁画が描かれています。
源信(恵心僧都)の「往生要集」に書かれた世界ですね。
江戸時代後期の作ですが、
この寺院に来られる方の大半がこちらを目当てにしています。


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こちらは、地蔵堂の向かい(南)側です。
石製の多宝塔と鐘楼が並んでいます。


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本堂に参拝する前に、先に裏側に回ります。
手前に法然の銅像があります。(浄土宗ですからね)
その向こうには弁財天の末社がいらっしゃって、
一番奥にお地蔵さんがいらっしゃいます。
さらにその向こうは墓地ですが、さすがにそちらまでは行きません。


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そして、本堂に参拝します。(中には入れません)
こちらの本尊は、阿弥陀如来です。(浄土宗ですからね)
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
こちらの寺院は「西園寺家」と所縁があります。
摂関家(藤原氏)は、鎌倉時代に
いくつかの姓に分かれて名乗るようになりました。
この西園寺の寺領を有していた「藤原氏」が
「西園寺氏」と名乗りました。
(一条氏・三条氏・鷹司氏・近衛氏などと同じです)
ちなみに四国の戦国大名西園寺氏は「自称」なので、
この「西園寺氏」とは血縁関係にありません。
「西園寺氏」で一番の有名人は
明治時代末期に内閣総理大臣だった西園寺公望ですが、
こちらの寺院にも彼の遺品がたくさん残っています。

また、この寺院は元々鞍馬口西大路にありました。
ただ、そちらから室町時代に足利義満の命令で
ここに移転しました。
元々この西園寺があったところは、
現在金閣が建っています。


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では、この西園寺を出ます。
さらに寺町通を北上していきたいと思います。


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西園寺の前で、寺町通を北西に向いています。
では、この寺町通をさらに進んでいきます。


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西園寺の前から、寺町通を約50m北西に進みました。
この辺りで「京都市上京区」に別れを告げ、
「京都市北区」に入ってきます。


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先ほどの地点で、寺町通を東に向きました。
西園寺とは「区」が違いますが、実は西園寺の北隣の寺院です。
次はこの曹洞宗萬松山天寧寺に立ち寄りますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回はこの天寧寺に寄った後、鞍馬口通を散策します~

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第183回 天寧寺から鞍馬口通へ~寺町通南から北~その19

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こちらは、寺町通鞍馬口下るにある曹洞宗天寧寺です。
比叡山の借景と枝垂桜がきれいな禅寺ですね。
今回はこちらに寄った後、鞍馬口通を散策します。
撮影日は2014年1月16日木曜日午後3時半。
曇っていた空が、少しずつ晴れてきました。


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天寧寺山門の両脇には、大きな棘の付いた低木の生け垣があります。
棘の形状と黄色い柑橘系の果実から、これはたぶん柚です。
食用に育てられていないので、
この実は食べてもおいしくないでしょうが……
この写真をクリックすると、拡大されます。


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山門をくぐり天寧寺境内に入っていくと、
大きな松の木がありその奥に枝垂桜が出迎えてくれます。
そして、その向こうに見えるのが比叡山です。
(比叡山は、このブログ冒頭の写真の方がきれいに映っていますね)
今は大寒間近の真冬ですが、春になるとここは絶景になります。
この近辺の寺町通には、桜の名所がたくさんありますね。


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三門の左(北)側に、こちらの観音堂があります。
ここには、後水尾天皇夫妻の念持仏である観音像が
それぞれいらっしゃいます。


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大きな松の木と観音堂にはさまれて、
こちらのお地蔵さんの祠があります。
脇には、南天の木が赤い実をつけていますね。


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三門の南側には、「まんじ稲荷社」がいらっしゃいます。
こちらにも、お参りをしました。


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「まんじ稲荷社」の東側には、こちらの鐘楼です。
実は、この間にはいくつかのお墓が並んでいました。
檀家さんのものでしょうか?


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その鐘楼の前から、北側を向いています。
こちら側には、枝垂桜の木があります。
この天寧寺も、桜の名所の一つですね。


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その枝垂桜周辺を大きく撮りました。
ここから先は庫裏などもありますが、
ここに住んでおられる方々のプライベートスペースなので
これ以上は進めません。


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観音堂と枝垂桜の間に萱の木があって、
その背後に本堂があります。
ご本尊は、釈迦牟尼(要するに、お釈迦さん)像です。
ここ天寧寺は、元々福島県会津若松市にありました。
それが、安土桃山時代にここに移転してきました。
(当時の大名の意向だそうです)
今の本堂は、江戸時代中期の天明の大火で焼けたものを
その直後に再建したものです。


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では、この天寧寺を出ます。
また、寺町通を北上していきます。


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天寧寺の前から、寺町通を北に向いています。
この辺りからなら、鞍馬口通との角まで見えますね。


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天寧寺の前から、寺町通を北西に約70m進みました。
ここは鞍馬口通とのT字路です。
この寺町通は、鞍馬口通で突き当たります。
では、ここでこの「寺町通編」が終了するかと言えば、
そうでもありません。
実は、もう100mほど北からまた復活しています。


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寺町通自体は、この上善寺で突き当ります。
この寺院には、次回ブログで訪問します。


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寺町通から、鞍馬口通を東に向いています。
ここを約200m進めば鴨川に架かる「出雲路橋」に出て、
さらに進むと下鴨神社の本殿前で突き当ります。
寺町通と鞍馬口通との南東角に、こちらのお店があります。
では、ちょっとこちらに寄っていきます。


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「フェルメール」というお店の中に入りました。
店名がオランダの画家だけに、あちこちに油絵が飾ってあります。
窓の外には、向かいの上善寺が見えます。
サンドイッチがメインのお店らしいのですが、
カレーライスのセット(サラダ付き)を食べました。
……朝から何も食べていなくて、空腹でしたので。
ちょっと辛めなので、
第54回ブログに出てきた「arrows」と似た味でした。


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更に食べ終わった後に、カフェオレを飲みました。
こちらもカレーのセットに付いています。


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「フェルメール」を出て、鞍馬口通を西に向いています。
寺町通との南西角に「鞍馬湯」があります。
とても小さな銭湯ですが、この近所の方々がよく利用されています。


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寺町通から、鞍馬口通を西に約30m進みました。
こちらは老舗の漬物屋さんですが、この日は閉まっていました。
角から南に約20m先に赤いポストが見えますが、
その辺りに京都出雲路郵便局があります。


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先ほどの漬物屋さんから、鞍馬口通を西に約30m進みました。
こちらは、閑臥庵という寺院です。黄檗宗だけに、山門が独特ですね。


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閑臥庵の山門をくぐると、枝垂桜が出迎えてくれます。
この辺りは駐車場で、境内はその奥ですね。


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枝垂桜の向かい(東)側には、こちらの羅漢像がいらっしゃいます。
要するに、お釈迦さんと仏弟子たちですね。
そう言えば、伊藤若冲の羅漢像がいらした石峯寺も黄檗宗でしたね。


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そして閑臥庵境内に入ろうとしたのですが、
どうやら閉まっているようです。


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境内から反対側を向きました。
仕方がないので、この日は先を進みます。


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閑臥庵の前で、鞍馬口通を西に向きました。
住宅地も多いのですが、目の前にはまた喫茶店があります。
この辺りから、商店街の中に入ります。


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閑臥庵から、鞍馬口通を西に約30m進みました。
ここから北側に、この道が伸びています。
最初はここが寺町通の続きと思い写真を撮ったのですが、
後で調べたら全然違ったようです。


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先ほどの角の近くに、このような雑貨屋さんがありました。
京都ではこういうお店も減ってきたのですが、
この辺りにはまだまだ何軒かあります。


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こちらは、先ほどの雑貨屋さんの3軒西にあるお店です。
ここは、和菓子匠の「幸楽屋」です。
「金魚鉢」という夏の葛菓子を売り出して、
全国的に有名になったお店です。
一時は予約しないと買えなかったのですが、
ようやく店頭でも買えるようになってきています。


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「金魚鉢」は夏限定の葛菓子なので、今は売られていません。
(そもそも葛菓子自体、夏限定です)
とりあえず、この4品を買いました。
第161回ブログで購入した「一保堂」の「雲露」も入れてみました。
手前の2品は、甘さが強くないのが特徴です。
(奥の2品は、ウチの母が食べました)
まぁ、こちらは第131回ブログに出てきた「栄泉堂」や
桂離宮南側にある「中村軒」と並ぶ京都でおいしい和菓子屋さんと
個人的には思っています。


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「幸楽屋」の前で、鞍馬口通を西に向きました。
また、ここを進んでいきます。


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「幸楽屋」から、鞍馬口通を西に約70m進みました。
なかなか雰囲気のある酒屋さんがありました。


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さらに鞍馬口通を西に約30m進みました。
手前に、土塀のある建物がありますね。


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その土塀のある建物は、こちらの浄土真宗大谷派明光寺です。
いろいろ調べたのですが、詳しい沿革は不明でした。


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明光寺から、鞍馬口通を西に約70m進みました。
ここで、鞍馬口通は烏丸通と交差します。


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鞍馬口烏丸の交差点で、烏丸通を南に向いています。
この辺りは商店街で飲食店も多く、
だいぶ賑やかになっています。


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鞍馬口通から、烏丸通を南に約100m進みました。
こちらに、地下鉄「鞍馬口」駅があります。
では、今回はこちらから帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は鞍馬口通を散策した後、寺町通の最北端を目指します~

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第184回 上善寺の地蔵堂~寺町通南から北~その20

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地下鉄「鞍馬口」駅の南側出口の前で、烏丸通を北に向いています。
約70m先に、鞍馬口通との交差点があります。
今回は烏丸通から鞍馬口通を東に進み、上禅寺を目指します。
撮影日は、2014年1月23日木曜日午後3時。
曇り空から、晴れてきました。


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先ほどの地点から烏丸通を約70m北に進み、
鞍馬口烏丸の交差点に来ました。
左(西)側に地域スーパーが見えます。
他にも多くの商店が見られ、この辺が賑やかなことが分かります。


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烏丸通から、鞍馬口通を東に向きました。
1車線の一方通行の道が、ずっと東の下鴨神社まで続いています。
豊臣秀吉による御土居はここより北側にも伸びていましたが、
当時の地元民にはここが「京都最北端」と認識されていたようです。


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烏丸通から、鞍馬口通を東に約70m進みました。
この土塀の建築物は、前回ブログにも出てきた真宗大谷派明光寺です。
では、こちらを通り過ぎて先に進みます。


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明光寺の前から、鞍馬口通を約50m東に進みました。
こちらも前回ブログに出てきた酒屋さんです。
ここから、さらに東に向かいます。


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さらに鞍馬口通を東に約50m進みました。
こちらも、前回ブログで紹介した和菓子の「幸楽屋」さんです。
前を通ったときはなるべく寄るようにしているのですが、
前回ブログでたくさん買ったので、今回は素通りします。


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「幸楽屋」さんから、鞍馬口通を東に約50m進みました。
左(北)側に、閑臥庵が見えてきました。今回も、ここに寄ります。


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こちらが、閑臥庵の三門です。黄檗宗だけに、門も中国風ですね。
第170回ブログに出てきた石峯寺の門とよく似ています。


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閑臥庵の門をくぐりました。
枝垂桜と羅漢像の向こうに、閑臥庵の境内があります。


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前回ブログでは閉まっていたのでここで引き返したのですが、
今回はこの中に入っていきます。


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入ってすぐ右(東)側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
先ずは、こちらにお参りします。


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山門から入って正面に、こちらの鎮宅霊符神堂があります。
鎮宅霊符神とは、道教の神様で陰陽道の最高神です。
こちらの寺院は、江戸時代初期に後水尾天皇が夢枕に従い
鎮宅霊符神を貴船神社奥の院より移したのが始まりです。

写真の左側に「関係者以外の立ち入りを禁じます」とあります。
実は、この寺院は普茶料理屋だけでなく、
夜間はお酒を出すバーにもなります。
この看板は、その関係でしょうか?

黄檗宗の寺院のいくつかは精進料理屋にもなるのですが、
夜間にお酒を出す店になるのはかなり珍しいです。


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これ以上本堂の方には行けないようですので、
鞍馬口通に先に進んでいきます。
(予算的に普茶料理は厳しく、バーは夜から開きます)


184-14.jpg
閑臥庵から、鞍馬口通を東に向いています。
寺町通とのT字路まで、あと70mほどですね。


184-15.jpg
そして、こちらが寺町通とのT字路です。
南西角が「鞍馬湯」という銭湯、
南東角が「フェルメール」という喫茶店です。
(こちらには前回ブログで寄り、カレーライスをいただきました)


184-16.jpg
その寺町通は、この浄土宗上善寺で付き当たります。
今回は、こちらの中に入っていきます。


184-17.jpg
上善寺山門をくぐりました。
境内のそれぞれの場所に石畳が放射状にのびているのが
この寺院独特で面白いですね。


184-18.jpg
こちらは、山門付近にいらっしゃる天道大日如来です。
1m以上もある大型の石仏で、
少なくとも鎌倉時代以前のものだそうです。


184-19.jpg
天道大日如来の東側に手水舎があるのですが、
塀で閉鎖されて入れません。
その東側に屋根つきの休憩所があります。


184-20.jpg
さらに境内の東端に、こちらのお地蔵さんたちがいらっしゃいます。
恐らくは、大半がかつてのお墓でしょうね。
ちなみに、ここは江戸時代に越前松平藩の菩提寺でしたので、
歴代大名のお墓もあります。
さらに、禁門の変に敗戦したために自刃した
入江九一のお墓もここにあります。


184-21.jpg
お地蔵さんの左(北)側に、こちらの地蔵堂があります。
恐らくここに参拝される方の大半は、ここがお目当てです。
こちらのお地蔵さんは元々深泥池にいらっしゃいましたが、
廃仏毀釈でこちらに移ってきました。
こちらの「深泥地蔵」は、小野篁作と伝えられています。
第19回ブログで紹介した六道珍皇寺や
第105回ブログで紹介した引接寺の閻魔大王像を彫った人ですね。
ですから、ここも地獄信仰ということになります。
普段はとても静かなところですが、
毎年8月22日と23日の例祭には多くの人が集まります。
(要するに、地蔵盆ってことですね)


184-22.jpg
境内の北東端に、庫裏などのプライベートスペースがあります。
きれいな庭園がありますが、これ以上は入れません。


184-23.jpg
上善寺境内の枝垂桜です。
寺町鞍馬口周辺の寺院には、桜のきれいな寺院が多いですね。


184-24.jpg
その左(西)側に、浄土宗千松山遍照院定善寺の本堂があります。
ここは、平安時代初期に最澄の弟子のひとり円仁が開いた道場が
その始まりでした。
元々は千本今出川にありましたが、
豊臣秀吉の政策でここに移転し、その際浄土宗の寺院になりました。
現在の境内は、明治時代後期に
元長州藩士の有志らによって整備されたものです。


184-25.jpg
境内を一通り見たので、上善寺を出ます。
また、鞍馬口通に戻ります。


184-26.jpg
上禅寺の前から、鞍馬口通を西に向いています。
寺町通はここで突き当たっていますが、
実は上善寺の北側からさらに北に伸びています。
ここからさらに北に伸びて寺町通の最北端に向かいますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、ここから北に進み
ショッピングモールのVIVRE周辺に向かいます~

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第185回 北大路を越えて~寺町通南から北~その21

184-26.jpg
前回ブログで回った上善寺の前から、鞍馬口通を西に向いています。
10mほど先に、寺町通とのT字路が見えます。
(実は、この直後に目の前の「フェルメール」に寄って
ハンバーガーを食べたのですが、今回は写真なしです)
寺町通はここで突き当たっているように見えますが、
上禅寺の裏手で復活して北大路通を越えて今宮通に至ります。
(今回は、久しぶりに神社仏閣が一切出てきません)
撮影日は、2014年1月23日木曜日午後3時半。
今回で、「寺町通編」が終わります。


185-2.jpg
「フェルメール」と「鞍馬湯」との間に入って、(寺町通です)
北北西を向いています。
上禅寺の西側は寺院の駐車場で、
さらに西側に鞍馬口通より北に伸びる道があります。


185-4.jpg
鞍馬湯の前に立ち、鞍馬口通から北を向きました。
右(東)側のブロック塀の向こう側が、上善寺の駐車場です。
とりあえず、この細い道を北に進みます。


185-5.jpg
鞍馬口通から、約150m北に進みました。
右(東)側の上善寺駐車場のブロック塀が、ここで終わります。
完全な住宅街の中に入っていきますね。
辺りを見ると、だんだん晴れていることが分かります。


185-6.jpg
さらに50mほど北に進みました。ここで四辻に出ます。
この道はまだまだ先がありますが、ここで左(西)に曲がります。


185-7.jpg
その四辻で、西を向きました。
ここを真っ直ぐ進むと烏丸通に出ますが、
今回はこの約20m先でまた右(北)を向きます。


185-8.jpg
そして、ここがその北を向いたところです。
一見平凡な道ですが、ここが復活した寺町通になります。
今回ブログは、ここを突き当りまで進みます。


185-9.jpg
先ほどのT字路から寺町通を北に約50m進みました。
実はこの辺りには住所を示す表札がないので、
この通り沿いに住んでいる方以外は
近所の方もここが寺町通と知らないかもしれません。


185-10.jpg
さらに寺町通を北に約100m進みました。
右手の庭の南天が、花のような赤い実をつけています。
50mほど先で、桜並木と車道にぶつかりますね。


185-11.jpg
そして50mほど寺町通を北に進み、紫明通との交差点に出ました。
紫明通は、加茂街道から堀川通までくねくね曲がりながら続きます。


185-12.jpg
寺町通から、紫明通を西に向きました。
くねくね曲がっているのでわかりにくいですが、
約250m先に烏丸通との交差点があります。


185-13.jpg
今度は、寺町通から紫明通を東に向いています。
紫明通は、約100m先で加茂街道に突き当ります。
その先は、賀茂川の川原になります。


185-14.jpg
では、紫明通を越えて寺町通を北に向かいます。
紫明通の中央分離帯が、桜並木になっています。


185-15.jpg
紫明通を越えると、多少くねくねした後北西にまた針路を変えます。
「北西」というのは、賀茂川の流れと平行になります。
これは、賀茂川の西側にあった御土居と
さらに西側にあった寺町通が並走していた名残です。


185-16.jpg
紫明通から約50m進み、寺町通を東に向きました。
こうやって見ると、賀茂川の川原までかなり近いことが分かります。


185-17.jpg
先ほどの写真と同じ地点から、寺町通を北西に向きました。
ずっと(200mほど)先に、北大路通のアーケードが小さく見えます。


185-18.jpg
先ほどの写真から、寺町通を北西に約150m進みました。
北大路通のアーケードが、だいぶ近づいてきました。


185-19.jpg
先ほどの写真の辺りで、寺町通を西に向きました。
駐車場の向こうに、上総幼児園があります。
ここから多少離れているのですが、
それでも園児たちの賑やかな声はここまで響いてきました。


185-20.jpg
そして、北大路通まで来ました。
賀茂川から烏丸通周辺までが、商店街になっています。


185-21.jpg
寺町通から、北大路通を東に向きました。
約150m先の賀茂川に架かる北大路橋を渡れば、
そこから北約100m先に、京都府立植物園があります。


185-22.jpg
今度は、寺町通から北大路通を西に向きました。
ここから、西約70m先に烏丸通との交差点が見えます。
寺町通が西に西に傾いていたために、だいぶ近くなりました。


185-23.jpg
寺町通には北大路通を渡る横断歩道がないため、
いったん烏丸通に移動してそこから寺町通に戻ってきました。
では、ここからさらに寺町通を北西に進みます。


185-24.jpg
北大路通から、寺町通を北西に約70m進みました。
さらに70mほど先に、大きな建物が見えます。
次は、そちらを目指します。


185-25.jpg
さらに寺町通を北西に約50m進みました。
あと20mほど先で、烏丸通と交差します。


185-26.jpg
寺町通が西へ西へ傾いていったために、遂に烏丸通と交差しました。
目の前の大きな建物は、警察病院です。
玄関先にはたくさんの方がいらっしゃったので、撮影を遠慮しました。


185-27.jpg
警察病院の北側に、お地蔵さんの祠がいらっしゃいました。
また、こちらにもお参りました。


185-28.jpg
そのお地蔵さんの前で、北を向きました。
右(東)側が烏丸通で、左(西)側が寺町通です。
この構図は、第155回ブログの
河原町通と寺町通が交差するところとよく似ていますね。


185-29.jpg
烏丸通から、寺町通を北西に向いています。
ここから約50m先に大きな建物があり、そこで寺町通が終わります。
では、そちらに向かいます。


185-30.jpg
寺町通は、ショッピングモール北大路VIVREで突き当たります。
寺町通が突き当たったところから、北に向きました。
約50m先に、今宮通があります。
この道を西にずっと進むと、今宮神社に着きます。


185-31.jpg
寺町通最北端に、このような看板がありました。
VIVREの北半分は、京都市北区の公民館になっています。


185-32.jpg
その看板から、南を向きました。
ここに、地下鉄「北大路」駅1番出口があります。
では、ここから地下鉄に乗って帰ります。

これで、「寺町編」を終えます。

~次回は、「節分」に出ていきます~

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生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
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「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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