第186回 節分の隼神社 梛神社~壬生散策~その1

今年も、節分の季節になりました。
今回も、一昨年に続いて壬生を散策します。
ここは第27回ブログで一度紹介しているのですが、
観光コースとして完結した形で紹介したいと思い、再度記事にします。
節分行事以外にも「新撰組」関連施設にも立ち寄っていますので、
「壬生散策」のモデルケースとして利用していただければと思います。


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地下鉄「四条」駅で阪急電車「烏丸」駅に乗り換え、
一駅先の阪急電車「大宮」駅まで来ました。
今回はここから四条通を西に進み、隼神社・梛神社に向かいます。
撮影日は、2月2日日曜日午後1時。
朝からの雨は、昼には止みました。


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阪急電車「大宮」駅のホームで、東を向いています。
次は、ここから東改札口を目指します。


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阪急電車「大宮」駅の東改札口です。
では、ここから阪急電車「大宮」駅を出ます。


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阪急電車「大宮」駅東改札口を出て右折します。
この通路を南に進み、四条通に出ます。


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阪急電車「大宮」駅東改札口から南に伸びる地下通路は、
約20mで突き当ります。
左側も、右側も、どちら側もバス停の前に出ます。
「四条大宮」は、京都駅と同様に各社バスのターミナルです。


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先ほどの分岐点で、右(西)側の階段で地上に出ました。
ここだと、ちょうど四条大宮の交差点に出ます。


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四条大宮交差点に花壇があり、そこにハトが1羽いました。
エサをついばんでいるようでしたが、虫か何かがいたのでしょうか?


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ここは、四条大宮交差点の南東角です。
ちょうど京都駅に向かう206系市バスが停まっています。
では、ここを西側に渡っていきます。


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大宮通を渡り、四条大宮交差点の南西角に来ました。
ここに、京福電車(嵐電)「四条大宮」駅があります。
ここから嵐山まで、10分間隔で電車が出ています。


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大宮通から、四条通を西に向いています。
左(南)に見えるのが、京福電車(嵐電)「四条大宮」駅舎です。
ここから西一帯が、京都市中京区壬生になります。
では、ここを西に進んでいきます。


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大宮通から、四条通を西に約250m進みました。
ここは、四条壬生川の交差点です。


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四条通から、壬生川通を南を向きました。
少し先に京福電車(嵐電)の踏切が見え、
その向こうに、後から通る綾小路との交差点が見えます。


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今度は四条通から、壬生川通を北に向きました。
少し先で右(東)に曲がり、後院通で突き当ります。
その辺りに、市バスの「壬生操車場」があります。


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壬生川通から四条通を西に約150m進みました。
ここは、坊城通との交差点です。
ここのバス停が壬生寺に一番近いので、
この日はたくさんの方が降りてきます。


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四条坊城交差点の南西角に、小さな神社がありました。
「式内 隼神社」 「元祇園 梛神社」
そういう石碑が立っています。
こちらは、一つで二つの神社になります。


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四条通から、神社の境内に入ってきました。
普段はほぼ無人なのですが、毎年節分になるとこの人出になります。


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神社の東側で、火を焚いておられます。
古いお札を焼いておられるようでした。


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こちらが、この神社の本殿です。
右(北)側が隼神社で、左(南)側が、梛神社です。
隼神社は約300m北にある蛸薬師通沿いにありましたが、
1918年にここに移転しました。
この地には、元々八坂神社がありました。
八坂神社が祇園に移った後は小さな祠が残ったのですが、
明治時代に社が建てられ「梛神社」と呼ばれるようになりました。


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本殿の前で、ろうそくが売られていました。
せっかくなので、自分も買います。


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買ったろうそくは、こちらに立てます。
こちらは、二つの本殿の真ん中にありました。


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お参りを終えた直後に警察官がいらして、交通整理をされました。
そして本殿前を開けると、そこにお稚児さんと
修験者10名ほどが本殿前に陣取りました。


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修験者は一斉に法螺貝を吹かれた後、般若心経を唱えられました。
どうやら、祈祷が始まったようです。


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こちらは、修験者のうちの一人のお尻です。
粋な印籠を下げておられるので、撮らせていただきました。


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修験者は般若心経を唱え終えると、また法螺貝を吹かれました。
どうやら、祈祷が終わったようです。


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祈祷が終わると、お稚児さんと修験者は四条通へと退場されました。
警察官も、彼らを引率してここを去っていきました。


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では、自分もここから退場します。
こちらは、四条通から坊城通を南に向いています。
ただでさえ狭い道なのですが、
この日は露店と人混みでさらに狭くなっています。


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四条通から、坊城通を5m南に進みました。
こちらからにも、神社の出入り口があります。


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さらに坊城通を南に進みます。
「ここ数年、人出が増えているような気がする」
そんなことを母が言っていました。


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四条通から、坊城通を南に約50m進みました。
京福(嵐電)の踏切があるので、渡っていきます。


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踏切の上で、東を向きました。
この曲がり角の先に終点の「四条大宮」駅があります。


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踏切の上で、今度は坊城通を南に向きました。
いつもならここから壬生寺の門が見えるのですが、
露店とこの人出でまったく見えません……


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踏切から坊城通を約50m進み、綾小路との角に来ました。
右(西)に金つばの「幸福堂」、左(東)に旧前川邸が見えます。


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綾小路から、坊城通を南に向きました。
左(東)の土塀は、旧前川邸のものです。
約30m先に、「鶴屋」という和菓子屋さんがあります。
こちらは元々八木邸で、新撰組の屯所があった所です。


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綾小路から、坊城通を南に約50m進みました。
旧前川邸の南隣に、新徳禅寺があります。
こちらが、新撰組発祥の地となります。
(詳しくは、第28回ブログ参照)
ただ、こちらは非公開になります。


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そして、新徳禅寺の向かいに壬生寺の門があります。
いつもは静かな寺院なのですが、節分はこの賑わいです。
ここから壬生寺に入ってく訳ですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、壬生寺を参拝します~

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第187回 壬生寺の護摩焚~壬生散策~その2

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いよいよ壬生寺の門前にやって来ました。
普段もそこそこ参拝があるのですが、節分は特に多いですね。
今回は、こちらに参拝します。
撮影日は、2014年2月3日日曜日午後1時半。
この日から、数日寒い日が続いています。


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壬生寺の門をくぐり、西へと進んでいます。
約70m先正面に、壬生寺の本堂があります。
本当はこの周囲に末寺や末社がたくさんいらっしゃいますが、
この日は露店があるのでそちらへは向かえません。


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こちらは、壬生寺の本堂へと向かう参道の左(南)側です。
テントがあって、その中で炮烙焼の皿が売られていました。
こちらに文字を書いた後、壬生寺に奉納します。
その炮烙焼は、そこで祈祷を受けた後壬生狂言で叩き割られます。


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そのテントの西側に老人ホームの入り口があって、
さらにその西側にこの中院があります。
こちらの十一面観音にお参りした後、さらに先に進みます。


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中院の前で、西を向きました。
次は壬生寺の本堂前の広場に出ます。


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壬生寺の本堂前広場に出ました。
本堂にお参りする前に、先に南側に回ります。
本堂の南隣に、日本では珍しい形の仏塔(ストゥーパ)があります。


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その仏塔をアップで撮りました。東南アジアに多い形態ですね。
この「千体仏塔」には、多くのお地蔵さんや石仏が並んでいます。
こちらは、壬生寺の象徴とも呼べますね。
この写真はクリックすると、拡大されます。


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「千体仏塔」の前で、右(北)を向きました。
いよいよ壬生寺の本堂に向かいます。


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こちらの石段を上って、壬生寺の本堂に向かいます。
ご本尊は、重要文化財の延命地蔵尊です。
(京都市街地で、町内ごとに祠の中にいらっしゃいますね)


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さすがに本堂内部を撮るわけにはいかないので、
香炉の前から撮ります。(寸志を払えば、線香を立てられます)
壬生寺は、991年に三井寺の僧侶によって創建された律宗の寺院です。
(奈良県の唐招提寺と同じ宗派です)
また、1330年ごろから円覚によって壬生狂言が始められました。


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壬生寺の本堂前から、反対(東)側を向きました。
参道の左(北)側に護摩壇が組み上げられており、
そちらに多数の修験者が向かっていらっしゃいます。


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こちらの修験者は、前回ブログで祈祷されていた方々です。
よくよく見ると、第139回ブログの祇園祭役行者山で
護摩焚祈祷をされていた聖護院の方々です。

こちらは、護摩焚の前に矢を射かけておられます。
確か、射る方角で矢尻の色が違うはずです。


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次は、斧を持った修験者が四方に回って振り下ろされています。
こうすることで、護摩壇を清められています。


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そして、袈裟姿の僧侶が祈祷をされます。
これで、護摩壇のお浄めが終わります。


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そしていよいよ護摩壇に火が付きます。
先ずは、竹製の松明の先に点火されます。


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ただ、すぐには護摩壇に点火せずに松明の前で祈祷が始まります。
なかなか護摩焚きが始まりませんが、
第139回ブログの役行者山のときと同じ手順です。


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そして、竹槍のように松明を護摩壇に突き刺します。
こうして、護摩壇が点火されました。


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点火してすぐに、白い煙が立ち込めます。
松葉による護摩壇なので、初めから火柱が上がることはありません。
これも、役行者山のときと同じです。
ただ、だんだんこちらが風下になってきました。
半年前の経験から、とても嫌な予感がします……


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思った通り、煙に囲まれてまるで霧の中です。
ただ、こちらの正体は煙なので時折煤が降ってきます。
この日は黒っぽい服を着てきたのですが、
周囲の人たち同様に白くなってしまいました。


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この煙まみれの状況は、
修験者が護摩壇に水をかけることで治まりました。
続いて先ほど祈祷をされていた修験者が前に出てきました。
右手の小刀で、左手の護摩木の封印を切られました。


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そして、左手の護摩木を火の中に投じられました。
これを三回繰り返されました。


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そして、木製の扇で火を仰がれました。
この辺りから日が落ち着いて、こちらに煙は来なくなりました。


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煙が落ち着くと、修験者一同による祈祷が始まりました。
役行者山のときと同様に、般若心経が繰り返されていました。


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般若心経は、約30分続きました。
松の葉がほぼ燃焼したのか、
白い煙からだんだん赤い炎に変わってきました。
この辺りから、周囲の気温が上がってきました。
今年一番の底冷えの日でしたが、火の回りはかなり高温でした。


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祈祷はまだまだ続いているのですが、
また護摩木が火の中に投じられていきます。


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護摩木は、また3回投じられました。
その直後に般若心経が終わり、
修験者が今度は護摩壇に水をかけて火や煙を調整していきます。


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それが終わると、今度は修験者がバケツリレーの要領で
護摩木を次々と火の中にくべていきました。
ベンチの上に相当数の護摩木があったのですが、
見る見るうちになくなっていきました。


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さらに向こう側のベンチの護摩木も、火の中に投じられていきます。
護摩焚らしくなってきましたが、煤の量が多くなってきました。


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そして、先ほどの僧侶共々修験者の祈祷が始まります。
また、般若心経を唱えられておりました。


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般若心経が終わると、修験者の何人かが法螺貝を吹きだしました。
だんだん護摩焚祈祷も、終わりが近づいてきました。
そう言えば、護摩檀の木枠も燃焼し始めました。


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法螺貝の演奏が終わりました。
すると、修験者全員が立ち上がりました。


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そして、僧侶と修験者全員が護摩壇の前から退場しました。
これで護摩焚供養が終わりました。


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……と思ったら、修験者の皆さんが氏子を引き連れて戻ってきました。
やはり、火が付いた護摩壇を放置しておくのはダメなようです。
消火器をかけないものの、護摩壇は解体されました。


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こちらは、折り紙でできた「しめ飾り」です。
祈祷が終わった後、こちらは早い者勝ちで持って帰れます。
……なのですが、ここの「しめ飾り」は約2mの高さです。
手が届きません……
ちなみにこちらは、修験者が手に取って高齢者に配られました。


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そこで、こちらに目を付けました。
こちらは、修験者が座布団代わりに使われていた松葉です。


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その松葉を持って、護摩焚供養の火まで進みます。
しめ縄が取り払われているので、もう入ってもよくなりました。


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そして、護摩焚供養の火にその松葉を投じます。
これが厄払いになります。


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壬生寺保育園の前に、壬生狂言の舞台があります。
護摩焚供養も終わったのでそちらに向かおうとしたのですが、
列が長くなっていて次の午後3時公演分が既に満席です。
結局、今年も観劇は諦めます。
(まぁ、何度か見ているのでどういうものかは知っているのですが)


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壬生寺本堂前から、西を向いて門を見ています。
これで帰ってもいいのですが、
せっかくなので新撰組関連施設の壬生塚の方に回ります。
ただ、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、壬生周辺の新撰組関連施設を回ります~

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第188回 新撰組が闊歩した壬生~壬生散策~その3

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壬生寺本堂前から、門のある東を向いています。
壬生寺の節分行事も一通り見たのでもう帰ってもいいのですが、
せっかくなので新撰組関連施設を回りたいと思います。
撮影日は、2014年2月3日日曜日午後3時。
久しぶりに写真が40枚を越えました。


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先ほどの写真の左(北)側が、こちらに抜けるようになっています。
では、こちらの方に入っていきます。


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入ってすぐの正面に、水掛地蔵尊がいらっしゃいます。
こちらにも、たくさんの方がお参りしています。


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水掛地蔵尊の右(東)側に、こちらの灯明があります。
50円払って、こちらにろうそくを立てました。


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水掛地蔵尊の右(東)側に、弁財天の祠があります。
こちらは秘仏ですが、この時期は特別に御開帳されています。
近寄って祠を覗くと、小さな弁財天がいらっしゃいます。


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弁財天のさらに右(東)に、こちらの阿弥陀堂があります。
中には阿弥陀如来がいらっしゃいます。(撮影不可です)
さらに、このお堂はもう一つの顔があります。


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阿弥陀堂から、北側に抜けることができます。
ここからは、有料になります。(100円です)
つまり阿弥陀堂は、ここから先の拝観料を払うところでもあります。


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橋を渡ると、小さな池の上にある小島にたどり着きます。
こちらは「壬生塚」と呼ばれる壬生寺の新撰組関連施設です。
歴代住職や新撰組隊員のお墓があります。
(新選組隊士の遺体は、別の所に埋葬されています)


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壬生塚に入ってすぐに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
池の向こうに、阿弥陀堂が見えますね。
阿弥陀堂は比較的新しい建物で、
地下には、新撰組関連の博物館があります。
(節分以外なら、拝観料を払えば見ることができます)


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お地蔵さんの東側に、新撰組隊士の慰霊塔があります。
こちらは、近年建てられました。


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こちらは柿本人麻呂のお墓で、「人丸塚」と呼ばれています。
このお墓は見た所古くて数百年というところですが、
柿本人麻呂は1200年以上前の歌人です。
どう考えても、偽物ですね。


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壬生塚の一番東側に、近藤勇の銅像が立っています。
近藤勇のお墓は、愛知県や東京都、福島県会津若松市などにあります。
こちらの銅像は、映画会社の関係者が戦後に建てられたものです。


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壬生塚の一番奥に(写真左)、芹沢鴨と平山五郎のお墓があります。
どちらも新撰組隊員でしたが、近藤勇らによって殺されました。
(要するに、派閥争いです)
2年前にここを訪れた第27回ブログとお墓の形状が違いますが、
昨年このお墓に直されました。(初めのお墓と同じ形状だそうです)
最初のお墓は、イタズラによって破壊されました。
(今回の追記参照)


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芹沢鴨のお墓の右(南)側にも、新撰組隊員のお墓があります。
河合耆三郎のお墓がひときわ立派ですが、
これは、河合耆三郎の父親が
(兵庫県南西部で、米屋を経営していた大金持ちです)
河合耆三郎が新撰組の規約違反で切腹させられたことへの抗議として
このような立派なお墓を作ったそうです。
(河合耆三郎は、新撰組の経理担当者でした)


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では、壬生塚を出ます。
またいったん阿弥陀堂の中に入っていきます。


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阿弥陀堂を出て、参道に戻ってきました。
東側にある門をくぐり、壬生寺を出ます。


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壬生寺を出て、坊城通で北を向きました。
右(東)側は、新徳禅寺です。
第186回ブログでも紹介した新撰組の事実上発祥の地です。
普段は非公開なのですが、この日は境内で炮烙焼を売っていました。


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壬生寺門の前から、坊城通を北に約100m進みました。
壬生寺の北隣に、「鶴屋」という和菓子屋さんがあります。
ここの経営者八木家の屋敷に、
新撰組が2年間ほど屯所を設けていました。
つまりここが、「新撰組屯所」八木邸です。


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拝観料の1,000円(後の抹茶と菓子代込)払い、中庭を通り抜けました。
ここから先は、江戸時代末期当時のままになっています。
ここ八木邸は、京都市内で残り少なくなった武家屋敷です。
(八木氏は戦国大名朝倉氏の末裔で、京都府八木町の豪農でした)

中に入ると、大きな座敷があります。
そこが先ほど紹介した芹沢鴨と平山五郎暗殺現場です。
そこには学芸員がおられて、この建物の解説をしてくれます。
ここは1Fの座敷と奥の部屋のみ公開されています。
(そこから見える庭も公開されています)


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座敷を抜けて、「たたき」に出ると
壬生狂言の笛や太鼓が聞こえてきました。
角度によっては、ここから狂言が少し見えました。

次に、中庭に出ました。
引換券を渡すと、こちらの抹茶と大福がもらえます。
和菓子屋さんだけあって、なかなかのお味でした。
この日は、今年一番の冷え込みでした。
ですから、このような小さな火鉢が置かれていました。


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八木邸(鶴屋)の前で、坊城通を北に向きました。
右(東)の塀は、旧前川邸ですね。
ここから約50m先の綾小路を目指します。


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綾小路坊城の北西角に、道標がありました。
「左 壬生寺」はいいのですが、
「右 二条城」は徒歩で行ったら1時間くらいかかります……


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その綾小路坊城北西角にある「幸福堂」です。
金つばの専門店ですが、節分ということでかなりの人出でした。


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こちらが、その金つばです。
甘みが弱く、却ってそれが上品な味を出しています。
家に帰ってからいただきました。


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「幸福堂」を出た所で、こちらの犬に出会いました。
慌ててカメラを取り出そうとしたのですが、
間に合わずに後姿だけ撮ることにしました。


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坊城通から、綾小路を東に向いています。
坊城綾小路南東角に、旧前川邸があります。
新撰組隊士が増えすぎて八木邸に入りきらなくなって、
後にこちらにも新撰組隊士が住むようになりました。


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こちらが、旧前川邸の入り口です。
平日は非公開なのですが日曜日のみ公開されています。


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実は、ここに入るのは初めてで
どこまで公開されているのかよく分かりませんでした。
後で調べたところ、土蔵は公開されていて
「池田屋事件」の発端となった長州浪士を拷問した部屋や
山南敬助や野口健二らが切腹した部屋も公開されていたそうです。
ただこの日お邪魔したのは、結局グッズショップだけでした。
模造刀や新撰組グッズが置かれていました。


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では、旧前川邸を出ます。
ここからは、来たときと違い綾小路から帰ります。


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旧前川邸の前で、綾小路を東に向いています。
右(南)側の塀は、旧前川邸のものです。
では、ここを東に進んで大宮通を目指します。


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旧前川邸から、綾小路を東に約100m進みました。
こちらの酒屋さんは、以前通ったとき
「近藤勇 土方歳三 沖田総司」という
銘柄のお酒を売っていました。
その向こうに見えるのは、壬生川通です。


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そのお酒屋さんの向かいにいらしたお地蔵さんです。
2年前にここに来たときも、寄らせていただきました。


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綾小路から、壬生川通を北に向いています。
向こうに京福電車(嵐電)の線路があり、
その先に第186回ブログで紹介した四条通が見えます。


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今度は、綾小路から壬生川通を南に向きました。
約1km先にある五条通を越えると、かつての花街「島原」に出ます。
(芹沢鴨がよく遊びに行ったところですね)
また、「島原」より東には
壬生の後に新撰組屯所があった西本願寺があります。


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壬生川通から、綾小路を東に向いています。
さすがにここから先は、人出がだいぶ減ります。


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壬生川通から、綾小路を20mほど東に進みました。
自動車がやっと1台通れるくらいの細い道に、
古い民家や飲食店などが並んでいます。
実はこの辺りが、京都市内で自分が一番好きな街並みです。
古い民家が何軒も並んでいるこの感じがいいですね。


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壬生川通から、綾小路を東に150mほど進みました。
この辺りから、「京都中京区」から「京都市下京区」になります。
こちらは、浄土宗光縁寺です。
江戸時代末期ここの住職と新撰組隊士山南敬助が親しくなり、
その縁でここに新撰組隊士が埋葬されるようになりました。


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この入口から、中に入ることができます。
本堂には入れませんが、100円払うと
境内北側にある墓地に参ることができます。


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さすがに中を直接撮るのははばかれるので、
ここのパンフレットを撮った写真を貼り付けます。
右側は、過去帳の写しです。
自分が知っているのは、
1.野口建司(写真から外れています)  3.山南敬助  
7.松原忠治  10.河合耆三郎  27.伊東甲子太郎
このくらいでしょうか。
いずれも、切腹した人か暗殺された人です。

門の中に入るとたまたま住職さんと鉢合わせして、
暫らくいろいろお話を聞かせていただきました。
わずか3基のお墓に28人も入っているので、
墓の下に彼らが埋まっているわけではないそうです。
寺院の北側の当時の空き地(現在は京福電車の線路)の下に
埋まっているそうです。


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光縁寺の前から、綾小路を東に向いています。
この辺りから、両脇に小さな寺院が軒を並べます。


188-42.jpg
光縁寺から、綾小路を東に約100m進みました。
ようやく大宮通との交差点にでました。
綾小路はもう少し東に伸び、寺町通の京都大神宮で突き当ります。
(第157回ブログ参照)


188-43.jpg
綾小路から、大宮通を北に向いています。
北西角にあるこの中華料理屋さんは、京都でも屈指の四川料理店です。
(担担麺がおいしいです)


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綾小路から、大宮通を北に歩いています。約100mで四条通です。
そこからまた阪急電車に乗って、(地下鉄です)家に帰ります。

今回はここまでです。

~次回からまた新しい道を歩いていきます~

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

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サイドバーの説明をします。
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「京の天気」
京都市内の今の天気と
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「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
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