第220回 三十三間堂から祇園~大和大路南から北~その1

今回は、約4か月ぶりの写真のない回です。
(第189回ブログ以来ですね)

今回から取材するのは、大和大路です。
前回ブログまでかかった「烏丸通編」の後は、
この時期から祇園祭の宵山までに書き終わるものをと考えました。
また2014年6月はワールドカップ期間中で遠出が厳しいこともあり
(自分は、毎回必ず全試合見ます)
ウチの家から近くて短い道にしようと思いました。
そのすべての条件が合うのが、この大和大路です。
(そもそも、2013年春から企画自体はあったので……)

大和大路の位置
大和大路は、京都市東山区内だけを通る南北の道です。
鴨川と東大路通(京都市街地最東端の道)間にあります。
以前取材した本町通から約100m東に当たります。
(詳しくは、巻末の追記で)

元々は、大和街道
大和大路は、平安時代から京都にある道です。
元々は、平安京と平城京を結ぶ大和街道の一部でした。
ここまで書いて気付いた方もいらっしゃるでしょうが、
大和街道は今の本町通に当たります。
ただいつの時代も同じ場所にあったわけではなくて、
街道の一部が今の大和大路になっていった個所もありました。

泉涌寺道で本町通から分岐
大和大路は、最南端が泉涌寺道です。
ただその辺りに来ると分かるのですが、
ほとんど本町通の東側から
まるで分岐するようにこの大和大路が始まります。
この辺は、どちらも旧大和街道であることの名残でしょう。

三十三間堂の西端
大和「大路」と言いますが、最初はかなり細い道から始まります。
(自動車が通れないほどの道幅です)
北に進むにつれだんだん広くなって、
やがて三十三間堂の西側に出ます。
そのまま七条通に出ると、京都国立博物館や豊国神社など
辺り一帯が観光地になります。

建仁寺の西端
豊国神社以南の大和大路は自動車も通れない路地になったり
4車線の大通りになったりしますが、
豊国神社以北は本町通くらいの道に幅になって
古い町家が軒を並べるようになります。
さらに五条通以北の本町通は森下通となりすぐに途切れますが、
大和大路はまだまだ北の方に伸びていきます。
松原通以北から、再び観光地になっていきます。
ここより東は六原地区で、六波羅蜜寺や六道珍皇寺があります。
(今回は、取材しません)
また、大和大路以西の松原通は、宮川町に入ってきます。
(祇園、先斗町、上七軒と並ぶ舞妓さんがいらっしゃる地区です)
松原通以北には、建仁寺とゑびす神社があります。
そして、この辺りから大和大路も祇園に入っていきます。

縄手通の飲食店街
四条通以北の大和大路は、縄手通と改称します。
この辺りは、高級クラブやキャバクラなど
そういう呑み屋さんが軒を並べます。
(観光客用の「祇園」は、花見小路などもう少し東の方になります)
ただ、途中の白川沿いは雰囲気が一変し
よくポスターなどに写っている「祇園」の風景は、
この白川沿いの縄手通(大和大路)であることが多いです。

三条京阪で突き当り
四条通から約1km北にある三条通で、大和大路は突き当ります。
この辺りには、京阪電鉄「三条」駅があります。
そこまで行ったら、ついでに壇王法林寺にも寄っていきます。

次回は、「東福寺」駅(京阪電鉄・JR共用駅舎)から北上します。
前半は本町通で、後半から大和大路に入っていきます。

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第221回 瀧尾神社の龍神~大和大路南から北~その2

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さて、今回から実際に大和大路を北上していくわけですが、
いきなり大和大路最南端の泉涌寺道からではなく、
先ずは最寄駅の「東福寺」駅から始めます。
(写真は、京阪電鉄の方の「東福寺」駅です)
今回はここから本町通を北上し、瀧尾神社の木彫りの龍を見た後
泉涌寺道から大和大路に入ります。
途中まで、第144回ブログと同じ道をたどります。
撮影日は、2014年6月12日木曜日午後2時。
曇り空でしたが、また雨が降りませんでした。


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今まで乗っていた京阪電鉄の車両が、大阪方面に向かいます。
目の前の陸橋内部に、JR「東福寺」駅の改札があります。


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そのホームの中央に、東への抜け道があります。
すぐ先に改札口があります。では、ここから駅を出ます。


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京阪電鉄「東福寺」駅から出て、東を向いています。
隣接するJR「東福寺」駅から東福寺に向かう場合でも、
この場所に出ます。
目の前にある南北の道は、本町通です。


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「東福寺」駅前から、本町通を南に向いています。
東福寺へ行くなら、こちらのルートになります。
(さらに、自分の母校の通学路でもあります)
今は観光シーズンではないので閑散としていますが、
11月ともなると自動車が通れないくらい混み合います。
ただ、今回は大和大路を目指すのでこちらには向かいません。


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今度は、同じ場所で本町通を南に向きました。
この辺りに飲食店がたくさんありますが、
東福寺が流行り出したここ数年突然増えました。
こちら側は、朝夕に大谷高校の生徒でごった返します。
その大谷高校が大和大路沿いにあるので、
今回ブログの前半はその大谷高校の通学路を進みます。


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「東福寺」駅前から、本町通を北に約100m進みました。
貸衣装屋さん「エ・マーサ」の北隣に石製鳥居があります。
先ずは、そちらに向かいます。


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そして、こちらがその石製鳥居がある瀧尾神社です。
境内には、数人の写真を撮られる方がいらっしゃいました。
約1年前に来たときより、拝観される方が多少増えた気がします。


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鳥居の左(北)側に、手水舎があります。
水は、相変わらず枯れていますが……


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そして、鳥居の右(南)側は、絵馬殿です。
古いながらも立派な絵馬が、たくさん掲げられています。


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こちらは、拝殿越しに本殿を見ています。
通常は本殿がメインになるのですが、
この神社だけはこの拝殿目当てで来られる方が大半です。
靴を脱いで、この拝殿に上がります。


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その拝殿で寝転がると、天井がよく見えます。
雲竜図はよくあるのですが、こちらは龍の木像が貼り付けてあります。
(たぶん、この構図で上下が合っているはずです)
全長は8mを越え、頭部だけで1mを越えます。
こちらは、京都のものとしては比較的新しい江戸時代後期の作品です。
天保年間の彫刻家九山新太郎の代表作になります。


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その龍の彫刻の東部です。先述のとおり、ここだけで約1mあります。
よく見ると、目の部分に青い塗料が塗られています。
ですから、元々はもっと鮮やかな色彩だったのでしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その拝殿に腰掛けながら、こちらの本殿を撮りました。
瀧尾神社は少なくとも平安時代末期にはあったのですが、
設立時の沿革は今となっては分かっていません。
(実は、京都の神社にはそういうことが多いようです)
御祭神は、大己貴命(オオナムチノミコト)と
素戔嗚尊(スサノオノミコト)です。
元々は今の豊国神社の辺りにありましたが、
豊臣秀吉によってここに移されました。


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瀧尾神社の本殿を格子越しに見ています。
本殿の周囲に2匹の猿がいますね。
実は、この神社にある九山新太郎の作品は他にもあります。
(手水社周辺や拝殿・絵馬殿の柱などです)


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瀧尾神社の前から、本町通を北に向きました。
約20m先(瀧尾神社の斜め向かい)に、小さな寺院が見えますね。


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こちらは、浄土宗西山禅林派宝樹寺です。
京阪電鉄の車窓越しに見える墓地がある寺院です。
1159年(平安時代末期)源義朝が平清盛に敗死したとき、
源義朝の妻である常盤御前が
息子の牛若丸(後の源義経)とともに隠れ潜んだ寺院です。


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宝樹寺の前から、本町通を北に向いています。
この辺りは少し地面が高くなっていますが、
ここにかつて「旧伏見街道第1橋」が架かっていました。
(つまり現在交差する東西の道が、かつては川でした)
それがこの辺の地名「一橋」(いちはし)の由来です。
また、ここが奈良街道(大和街道)の起点だった時代もあり、
常盤御前がここに逃れてきた理由もその辺にあります。


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さらに、本町通を北に約50m進みました。
いよいよ泉涌寺道との交差点です。


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本町通から、泉涌寺道を西に向いています。
厳密には西北西を向いているので、ここから京都タワーが見えます。
手前のテーブルが出ている魚屋さんは第144回ブログで寄りました。
(いつも焼き魚がおいしそうです)
この道は、京阪電鉄の線路に沿って北に方向を変えます。


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今度は本町通から、泉涌寺道を東に向いています。
ここから約50m先に、大和大路の最南端が見えます。
左(北)側の小中高は第144回ブログでは建設中でしたが、
京都市立一橋小学校ではなく別の小中一貫校になったみたいです。


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本町通から、泉涌寺道を東に約50m進みました。
このT字路から北に、大和大路が伸びています。


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大和大路から、泉涌寺道を東に向いています。
このくねくねした道は、この先で少しずつ南東に進路をとります。
そして、ここから約1km先の泉涌寺で突き当ります。


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泉涌寺道から、大和大路を北に向いています。
右(東)側の運動場では、ちょうど小学生が体育の授業中でした。
では、ここから大和大路を最北端まで進みます。


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その学校の運動場に、こちらがあります。
これは、先ほどの宝樹寺の前にあった
「旧伏見街道第1橋」を模った記念碑です。


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その橋の記念碑がある辺りで、大和大路を北に向きました。
この辺りの大和大路は、自動車がやっと1台通れるほどの細い道です。
この辺りは学校が集中するので、高い塀が続きます。


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泉涌寺道から、大和大路を北に約100m進みました。
右(東)側に、大谷中高の校門があります。
つまり、このブログの最初からここまでが
大谷中高の通学路ということになります。


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大谷中高の校門の前から、大和大路を北に向いています。
ただ、この辺りの大和大路は多少蛇行しています。
右(東)側は大谷中高の塀が続き、
左(西)側は大谷高校の学生寮やアパート、民家が並んでいます。
どちらの軒先にも花が咲いたプランターがあり、とてもきれいでした。


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その辺りに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
大和大路も、本町通同様にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
お地蔵さんの前に咲いているスズランが、とてもきれいでした。


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そのお地蔵さんの前で、大和大路を北に向いています。
ここから短くて急な坂道あり、
その先で大和大路は醍醐道と交差しています。


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その坂道を上り、醍醐道との交差点に出ました。
左(西)側に、大きな鉄柵があります。ここから下を覗いてみます。


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鉄柵越しに下を覗きました。
すると、東京に向かう新幹線がこちらにやって来るところでした。
本町通側からこの大和大路側を見ると、
ここがトンネルの頂上部だと分かります。
新幹線は、ここからそのまま山科盆地まで長いトンネルに入ります。


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その鉄柵を背に、東を向きました。
この醍醐道は、その名の通りこのまま東山を越えて醍醐に至ります。
右(南)側の柵の向こうは大谷中高の運動場ですが、
時間帯の関係か誰もいませんでした。
大和大路はこの横断歩道を渡って、
左(北)にある小さな階段に続いていきます。


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その階段を上ると、JRの在来線の線路をまたぐ陸橋になります。
(向こうに見えるのは、本町通の陸橋です)
ちょうど今滋賀県大津市から、京都駅に普通電車が入ってきました。
こうして見ると、京都駅と京都タワーが離れていることが分かります。


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次は、大和大路の陸橋から東を向きました。
東大路の陸橋を過ぎると、
在来線も東山のトンネルの中に入っていきます。


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大和大路の陸橋を北に渡り切り、この階段を下ります。
大和大路は本町通より坂の上なので、階段の数がずっと少ないです。


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大和大路の陸橋を北渡り切り、東を向きました。
ここから約250m先の東大路で、この道は突き当ります。


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その陸橋から、大和大路を北に向いています。
ここからの大和大路は、
自動車がやっと1台通れるほどの細い道になります。


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この辺りの大和大路は、細い道ですが飲食店が並んでいます。
(和菓子店とか、お好み焼き屋さんとか)
こちらは、駐車場脇の延命地蔵尊です。
多分風で煽られて茶わんが落ちて砕けているのですが、
なぜか放置されています。
何か意味があるのでしょうか?


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JR線路上の陸橋から、大和大路を北に約100m進みました。
こちらは、塩小路との辻です。
(塩小路は、第215回ブログの京都駅前の通りですね)
この先に見える土塀は、三十三間堂のものですね。
ここからその三十三間堂に向かうわけですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、三十三間堂と周辺寺院を拝観します~

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第222回 三十三間堂回り~大和大路南から北~その3

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大和大路を北上して、塩小路との辻にやって来ました。
目の前に、三十三間堂の土塀が見えますね。
今回は、この三十三間堂とその周辺寺院を散策します。
撮影日は、2014年6月12日木曜日午後3時。
ちなみに、この地域を合わせて「三十三間堂回り」と言います。


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大和大路から、塩小路を西に向いてます。
この坂道の先に本町通があって、その辺りから少しずつ道幅が広がり
約800m先で京都駅に至ります。


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今度は、大和大路から塩小路を東に向きました。
この上り坂は、東大路で突き当ります。
その辺りに智積院があって、そちらへの近道になります。
約100m先に三十三間堂の南大門が見えます。
今回は、そちらの方に向かいます。


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大和大路から、塩小路を東に約100m進みました。
こちらが、三十三間堂の南大門です。今からここに入っていきます。


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三十三間堂の南大門をくぐりました。
とは言え、ここは三十三間堂の境内ではありません。
三十三間堂は左(西)側だけで、右(東)側はそれぞれ別の寺院です。
三十三間堂の周辺なので、「三十三間堂回り」と呼ばれています。
また、平安時代はこの辺一帯が法住寺の境内でした。
そのため、この辺りを「法住寺殿跡」とも言います。


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こちらは、南大門の右(東)脇です。
この門をくぐってすぐに、こちらのアパートが目に入ります。
南大門をくぐっても、こういうふうに民家や病院が並んでいます。

……そう言えば、以前は一般車両が普通にこの門を通っていました。
数十年前にこの門に大型トラックが衝突して、
それ以来大型車両の通過が禁止されました。


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そのアパートの北隣に、こちらの門があります。
中国風の門ですが、こちらは黄檗宗の寺院ではありません。
「旧御陵正門」と書かれた石碑がありますが、
この裏に後白河天皇陵があります。


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中国風の竜宮門を抜けて、天台宗 法住寺境内に入ってきました。
北側の枝垂桜が目立ちますが、この日は赤いツツジがきれいですね。
現在の境内はこのくらいの大きさですが、
元々は西隣の三十三間堂もこの法住寺の一部でした。


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竜宮門の北側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りです。


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竜宮門から入ってすぐ前に、法住寺本堂があります。
988年(藤原氏の摂関政治全盛期)に、藤原為光がここを建立しました。
「法住寺殿跡」の名の通り、当時はこの辺一帯が法住寺境内でした。
三十三間堂だけでなく、新日吉神社(いまひえじんじゃ)や、
新今熊野神社や、さらに豊国神社までもこの法住寺の一部でした。
最盛期は平安時代末期で、後白河上皇がこの寺院に帰依し
この寺院に住み、ここで院政を行ったときです。
この後白河上皇のお墓がこの寺院の裏手に作られて、
それ以降は「天皇陵を守る寺院」として、勢力を保ちました。
ただ、明治時代以降の「神仏分離政策」の一環で
天皇陵を守る役割が終了しました。


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ではこの竜宮門をくぐって、いったん法住寺を出ます。
三十三間堂南大門からの道を、また北上します。


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竜宮門から北に約10m進みました。
実は、こちらが天台宗法住寺の正門です。


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その正門から、再び法住寺境内に入ってきました。
まぁ、先ほどと同じ場所になります。
先ほどは枝垂桜が北側に見えましたが、今は同じ木が南側に見えます。


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法住寺の北側に、こちらの末社があります。
こちらは、たぶん吉祥天と弁財天を祀っています。
(メモを残さなかったので、忘れてしましました……)
では、こちらにお参りしてこの法住寺を出ます。


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法住寺の北側に、このような抜け道があります。
右(南)側の土塀が法住寺のもので、左(北)側が養源院のものです。
ちなみに、ここは平日の昼間だけ開いていて
日祝日はこのように門は閉じています。
では、ちょっとここに立ち寄ってみます。


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抜け道を東に少し蛇行して約80m進みました。
先ほどの法住寺の裏手で、この道は突き当ります。
そのカエデに囲まれたきれいな場所に、後白河天皇陵があります。
平安時代末期に上皇になった後院政を行い、
平清盛と協調と対立を繰り返し、
ある意味鎌倉幕府を開くきっかけを与えた人物ですね。

ここにお参りをした後、先ほどの道に戻ります。


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三十三間堂南大門から北に伸びる道に戻ってきました。
6月ということもあるのでしょうか、観光タクシーがたくさん並び
そこから修学旅行生が何人も降りてこられます。
(ここは、京都の中でも人気がある場所ですからね)


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先ほどの場所から、北に約30m進みました。
西側はずっと三十三間堂ですが、
東側にはこちらの養源院が見えてきます。
次は、こちらに入っていきます。


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門をくぐってすぐ右(南)側に、こちらの末社がいらっしゃいます。
こちらは、「白衣弁財天」です。
「白蛇」ならともかく、「白衣」は初めてお会いしました。


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そちらから約10m東に進むと、北側にこちらのお堂があります。
こちらには、毘沙門天がいらっしゃいます。
北方の守護神ですね。


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その毘沙門天のお堂の前から、東を向きました。
ここから上り坂になっていて、約50m先に養源院の本堂があります。
右脇に「大聖歓喜天」とありますが、
こちらに豊臣秀吉由来の歓喜天(聖天)がいらっしゃいます。


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その坂道を上ってきました。
この辺りはカエデ並木が見事で、秋には絶景になります。
この先が養源院の本堂なのですが、
その辺りは修学旅行生やタクシードライバーがたくさんいらして、
ここに載せられる写真が撮れません。

養源院は元々天台宗なのですが、数十年前に浄土真宗に改宗しました。
ここは、1594年に豊臣秀吉の側室淀君が
父親である浅井長政の菩提を弔うために建てました。
ここの襖絵は俵屋宗達筆で、鴬張廊下は左甚五郎の手によるものです。
また、1600年の伏見城の闘いで自刃した鳥居元忠などの鎮魂のため、
切腹した場所の廊下をそのままここの天井に使っています。
(これが、「血天井」と呼ばれるものです)
そのようなことで、近年ここは人気の観光地になってきました。


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本堂の南側に歓喜天堂がありますが、ここから先は侵入不可です。
通常どこの歓喜天も秘仏なので、公開されてはいないのですが……


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そして、歓喜天堂からさらに南に進むと
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
もしかすると、お地蔵さんではなく石仏(古いお墓)かもしれません。
ともかく、こちらにもお参りします。


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今度は本堂の前を通り過ぎ、養源院の最北端に来ました。
どうやらコケモモの木自体がご神体のようで、
注連縄と鳥居がこちらにありました。


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養源院の法堂を背に、西を向いています。
では、この坂道を下り養源院から出ます。


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石畳の下り坂の右(北)側は、このように広場になっています。
そして、その中央にこちらの桜の木があります。
こちらも、春になるとなかなか見事な花を咲かせます。
こういうのも、ここの人気が高い理由なのでしょうね。


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養源院の門前で、三十三間堂南大門から続く道を北に向きました。
だいぶ北上したので、七条通がはっきり見えるようになってきました。
突き当りに見えるのは、京都国立博物館ですね。


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さらにこの道を北上します。もう七条通も目の前ですね。
右(東)側に、日本赤十字社京都支部が見えます。
先述の通り、この辺には寺院以外にもいろいろなものが建っています。
左(西)側に、三十三間堂の入り口が見えてきました。


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ほとんど七条通沿いに、三十三間堂の入り口があります。
では、こちらから中に入っていきます。


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中に入ると観光バスが何台も停まれる大きな駐車場があり、
その南側に受付があります。
では、こちらで600円払って中に入っていきます。


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このブログでは、約1年ぶりに三十三間堂に入ってきました。
その日は炎天下で正直熱中症も心配だったので外は回りませんでした。
この日は曇りで気温もそこまで高くなかったので、境内を散策します。
(それでも30℃近いのですが……)


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三十三間堂の外側を北から南に撮りました。
ここは細長いので、面白く撮れました。(一回やってみたかったのです)
約40年前の映画「宮本武蔵」の決闘場面で、結構有名になりました。
(まぁ、今の方はほとんど知らないのでしょうが……)
毎年1月の「成人の日」に通し矢が行われるのも、
この細長さが理由の一つでしょうね。


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では、三十三間堂東側の庭園を散策します。
やや北寄りの場所に、大きな池があります。
池の上には大量のアメンボが浮かんでいたのですが、
上手く撮れなかったので写真はありません。
背後の赤い柱と浮島の緑が対照的で、
隣に偶然いらした中国人の若い女性グループが
「きれい。きれい」
とおっしゃって、はしゃいでおられました。


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その池から南に約50m進みました。こちらが三十三間堂の正面です。
(前回来たときの写真は、内側から撮ったものです)
この奥に、一番大きな千手観音がいらっしゃいます。

ここは本当は「蓮華法院」と言い、「三十三間堂」は通称です。
後白河上皇のために、平清盛が法住寺南側に建てたお堂が始まりです。
白河上皇と対立した木曽義仲による放火などたびたび焼失しましたが、
その度に再興されて現在に至ります。
特に鎌倉時代初期の修復が有名で、
その際に観音像を作り直したのは湛慶です。(運慶の子です)
京都の彫像の最高傑作は三十三間堂と六波羅蜜寺が双璧ですが、
どちらも「慶派」(運慶の一派)の手によるものです。


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では、こちらから三十三間堂内部を拝観してきます。
実はここには約1時間いましたが、撮影不可なので写真はありません。
もちろん自分のお気に入りの婆籔仙人も堪能させていただきました。
(二十八部衆の一体です)
徹底した写実主義が、「まさに慶派」と言えますね。
本当は千手観音にろうそくの寄進とかもしたかったのですが、
お金がなくて十円の賽銭を数回にわたって納めるだけになりました。


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三十三間堂を一通り見まわって帰ろうとしたとき、
中に売店ができているのを見つけました。
(昨年8月には、そんなものはありませんでした)
祇園の亀屋清長が経営しているお店で、
名物の清浄歓喜団は売っていませんでしたが、
この落雁を売っていました。
こちらは家に帰ってから、抹茶を点ててそのお菓子を撮りました。
ちなみに、茶わんは夷川の家具屋街で先日買いました。


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落雁をアップにして撮りました。
色とりどりですが、こちらは三十三間堂の紋を模っています。


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三十三間堂を出て、北を向いています。目の前に七条通がありますね。
この道の突き当りが、京都国立博物館の正面入り口になります。


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ただ、今回は「大和大路編」の一環なので、
ここからいったん南大門を抜けて塩小路に戻ります。
そこからまた北上して、大和大路最北端を目指します。

とは言え、そろそろ写真もたくさんはったので今回はここまでです。

~次回は、塩小路から大和大路を北上し、豊国神社を目指します~

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第223回 梅雨晴れの豊国神社~大和大路南から北~その4

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三十三間堂南大門の前から、塩小路を西に向いています。
ここを進めば、京都タワーの下辺りに京都駅があります。
梅雨とは思えないほどの青空ですね。
今回はここから大和大路に出て、
そこから北上して豊国神社を目指します。
撮影日は、2014年6月15日日曜日午後1時。
日本がコートジボアールに負けた約1時間後です。


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塩小路を西に約100m進みました。こちらは、大和大路との辻です。
この下り坂は、約100m先の本町通まで続きます。


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塩小路から、大和大路を南に向いています。
第221回ブログでは、ここから塩小路にやって来ました。
つい数年前まで、ここにパン屋兼駄菓子屋さんがあって
大谷高校の生徒とかがよく買いに来たのですが、
今は潰れてしまっています。
自分が小さいころから通い詰めた店なので、とても残念です。


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今度は、塩小路から、大和大路を北に向きました。
右(東)側の土塀は、前回ブログで訪れた三十三間堂です。
では、ここを北上していきます。


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塩小路から、大和大路を約50m北に進みました。
マンション1Fのテナントに、こちらのお店が入っています。
実はここは鋳物屋さんで、ヤカンとか調理器具とかが売られています。


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さらに、大和大路を約20m北に進みました。
ブリキ製の表札に、住所が書いてあります。
「東山区 大和大路通七条下がる二丁目西入ル 辰巳町」
この辺りには名前のない通りがあるので、
「二丁目」(道2本分)という表現が混じります。


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さらにさらに、大和大路を20mほど北に進みます。
京町家を利用して、こちらのお店が開かれていました。
一見骨董屋さんに見えますが、こちらは竹細工のお店です。
店内には、箸や耳かきなど様々な細工物が売られていました。


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その竹細工のお店から、大和大路を北に向いています。
七条通より南に約50m手前に、こちらの病院があります。
昔はここは「大和病院」だったのですが、
そのころは病気のたびに、ここのお世話になりました。
(今は、京都駅前の武田病院に行くことが多いです)


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原田病院の北側に、お地蔵さん(大日如来)がいらっしゃいます。
大和大路は、本町通同様にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいますね。


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その原田病院から、大和大路を北に約50m進みました。
こちらは、七条通との交差点です。


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大和大路から、七条通を西に向いています。
約100m先が本町通で、さらに100m先が京阪電鉄「七条」駅です。
さらにさらに約1kmには、七条烏丸交差点があります。


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今度は、大和大路から七条通を東に向きました。
目の前に三十三間堂の大型車両用の出口があって、
向い(北)側歩道には京都国立博物館の赤レンガが見えます。
三十三間堂を通り過ぎると、
約250m先の突き当りに智積院があります。
(昨年8月に散策した七条散策コースですね)


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こちらは、七条大和大路交差点北東角です。
京都国立博物館の南西端に、こちらの交番があります。
「大仏前交番」とありますが、
それは約400年前豊臣秀吉が建立した大仏殿がここにあったからです。


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七条通から、大和大路を北に向いています。
この辺の大和大路と正面通には、
百日紅(さるすべり)並木が合わせて400mほど続いています。
ですから、この辺りは毎年8月になるときれいな花を咲かせます。


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七条通から大和大路を北に約100m進み、西側歩道を見ています。
こちらは、京都国立博物館のかつての正門です。
ここから見ると、この博物館の外観が
フランスのパリにあるルーブル美術館を模していることが分かります。
左(北)側の常設館の辺りから、基礎部分が石垣になっています。
これは、かつての大仏殿のものをそのまま使っているからです。


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さらに大和大路を北上し、正面通が近づいてきました。
この百日紅並木は正面通から西に折れ、
約100m先の本町通まで続きます。


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正面大和大路交差点南西角に、「耳塚公園」があります。
藤棚や桜の木があって、季節毎にきれいな花がいろいろ見られます。


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「耳塚公園」のすべり台の脇から、さらに西側を撮っています。
こちらは、「耳塚」です。
1592年と1597年の2回(文禄の役と慶長の役)
豊臣秀吉の命によって日本が朝鮮半島に攻め込んだ際、
撃ち取った朝鮮軍兵士の死体から耳を削ぎ、
日本に持ち帰った後ここに墓を立てました。
暫らく荒廃していたのですが、
明治時代初期に日本人有志が、(大半が歌舞伎や舞台の俳優です)
さらに平成に入って日韓両政府が、ここを修復しました。


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その耳塚から、正面通の北側歩道を見ています。
百日紅の木の向こうに、甘春堂東店があります。
和菓子屋さんですが、東店は茶店でもあります。
店の前に、大型バスが停まっていますね。


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その大型バスは、和菓子教室の生徒さんを乗せたものでした。
ですから2Fの茶店は満員で、そのため1Fのこちらに通されました。
しかし、2Fよりもこちらの方が絶景です!
坪庭もきれいで、却って得した気分です。


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いろいろ迷ったのですが、
やはり和菓子屋さんなら小豆がおいしいと思いぜんざいを頼みました。
脇に、塩昆布があるのがいいですね。


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お椀の蓋を取ると、こうなります。
ぜんざいは如何に小豆を潰さずに炊くかがポイントですが、
ここのものは一粒一粒小豆の形が整っています。
自分には、絶対に無理な芸当です。


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最後に会計をしていて後ろを振り返ると、
床の間にここの商品が飾ってありました。
きれいに並んでいたので、許可を取って撮らせていただきました。


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甘春堂東店の前から、正面通を東に向いています。
ここから約50m先の正面通の突き当りに、
豊国神社(とよくにじんじゃ)があります。
では、大和大路を渡って神社に入っていきます。


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正面大和大路交差点の北西角に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
また、こちらにもお参ります。


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大和大路を渡って石段を上り、豊国神社の境内に入ってきました。
では、まずは目の前の本殿に向かいます。


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境内の左(北)側に、手水舎があります。
とりあえず、手を清めます。
ちなみに、さらに左(北)に方広寺の鐘楼が見えます。


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ちょっとボケましたが、豊国神社の本殿です。
晴れの日は、滅多にこんなことはないのですが……
(他に撮っていないので、この写真で強行します)

この神社の御祭神は、豊國大明神、つまり豊臣秀吉です。
元々ここには、豊臣秀吉が建てた大仏殿がありました。
(その前は浄土真宗の仏光寺がありましたが、
豊臣秀吉が今の位置に移転させました)
奈良東大寺の大仏殿は松永弾正に焼き討ちされて、
16世紀末には存在しませんでした。
(17世紀半ばに徳川家光が東大寺を再建して、現在に至ります)
豊臣秀吉は東大寺の大仏殿を再建する代わりに、
ここに大仏殿を建てたのです。
七条通以北のこの辺りからずっと東山の上の方まで
(現在の京都女子学園の裏手にある)
豊国廟(豊臣秀吉のお墓)までの広大な土地が
当時の大仏殿と考えられます。
江戸時代に入って豊臣氏が滅亡すると、
江戸幕府は大仏殿の規模を縮小して荒廃に任せました。
明治時代以降に大仏殿跡が整備され、豊国神社ができました。


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豊国神社南側に駐車場があって、その先に社務所と宝物殿があります。
社務所で拝観料を支払って、宝物殿に向かいます。


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どんどん南に進んで、こちらの宝物殿に入ります。
大半は、豊臣秀吉の私物が展示されています。


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実はここは撮影可能なのですが、
何回かこのブログに載せているので今回は省略します。
その宝物殿から、北を向いています。
では、ここを出ていきます。


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宝物殿から、豊国神社境内に戻ってきました。
この右(東)側に、豊国神社の本殿があります。
今度はここを真っ直ぐ北に進んでいきます。


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豊国神社の境内に、ハトが何羽もいました。
こちらが近づいてもおとなしいのですが、よく見ると食事中でした。
誰かがパンで餌付けされているようです。


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豊国神社本殿北側に、末社の稲荷神社があります。
ただ、何度の取材しているので今回はとばします。
さらに北側に柵が見えますが、
そこを越えると豊国神社から方広寺に入ってきます。


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方広寺に入ると、まず目に付くのがこの鐘楼です。
こちらは、中学校や高校の社会科の教科書に載っていますね。


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鐘楼の鐘の一部をアップにしました。
この白く囲まれた部分が、1514年の「大坂冬の陣」の原因です。
(この後徳川家康は、豊臣氏を滅ぼしました)
右下が「国家安康」、左上が「君臣豊楽」と書かれています。


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鐘楼の北側に、天台宗方広寺の本堂があります。
ここは、豊臣秀吉による大仏殿の後継寺院になります。
先述のとおり江戸時代を通じてこの辺りは荒廃に任せていましたが、
周辺の住民有志がこの辺りを整備し、
天保年間には木像で規模も小さいながら
町内の方々が大仏が再建されました。
ただ、その大仏も1973年に火災にあって焼失しました。
(自分はその時野次馬になっていたので、よく覚えています)
ちなみに、「方広寺」とここが名乗るのは明治時代以降です。


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では、ここから方広寺を出て大和大路に戻ります。
ここから見える石垣は、大仏殿のものをそのまま利用しています。


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方広寺の前から、大和大路を南に向いています。
約50m先に、正面大和大路交差点にある豊国神社が見えますね。


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今度は、大和大路を北に向きました。
右(東)側の石垣は、豊臣秀吉の大仏殿のものの流用です。
ここから北に行くと五条通があって、
さらに進むと建仁寺やゑびす神社があります。
ただ、そろそろ紙面が尽きたので今回はここまでとします。

~次回は、建仁寺接頭の禅居庵に向かいます~

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第224回 六原から祇園へ~大和大路南から北~その5

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天台宗方広寺の前から、大和大路を北に向いています。
正面通周辺は大和大路の道幅が広いですが、
すぐにまた自動車1台分の道幅になります。
今回はここから大和大路を北上し、
六原を通り抜け祇園にある建仁寺の末寺禅居庵に向かいます。
撮影日は、2014年6月15日午後3時。
梅雨真っ最中ですが、だんだん日差しが強くなってきました。


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方広寺の前から大和大路を北に進むと、
旧大仏殿の石垣がなくなった辺りから、急に道幅が狭くなります。
歩道がなくなって、2車線から北側一方通行の1車線になります。


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大和大路が狭くなると、まるで約100m西にある本町通のようですね。
目の前に「亀廣光」という和菓子屋さんがありますが、
京都では大きな神社仏閣の近くには必ず和菓子屋さんが並びます。


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方広寺の前から、大和大路を北に約200m進みました。
右(東)側の「音羽屋」は、東山区に多い和菓子チェーン店です。
左(西)側には、春日湯という銭湯があります。
(自分は、数回だけ入ったことがあります)
その先に、渋谷街道(府道116号線)との辻があります。


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大和大路から、渋谷街道を西に向いています。
このまま下っていくと、本町通で突き当ります。


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今度は大和大路から、渋谷街道を東に向いていました。
この急な上り坂の約300m先に、(南東に蛇行します)
東大路との馬町交差点があります。
この渋谷街道は山科に抜ける古代からある道で、
一部国道1号線に混じりながら
山科区の地下鉄「東野」駅前に辿り着きます。


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渋谷街道から、大和大路を北に向いています。
約100m先に、かすかに五条通が見えていますね。


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渋谷街道から、大和大路を北に約50m進みました。
こちらの理髪店には、今までに数回だけ通いました。
(ここは、ウチより少しだけ遠いので)
その時店内に、京都府知事による「老舗認定証」が飾ってありました。
これは創業100年を超えたお店を表彰するものなので、
ここは少なくとも大正時代には営業していたのでしょうね。


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その理髪店の前から、大和大路を北に向きました。
目の前に、五条通との交差点が見えてきました。
交差点の南西角に、京都東山郵便局があります。
中京郵便局や下京区の京都中央郵便局同様に、区の中央郵便局です。


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大和大路から、五条通を西に向いています。京都で一番広い道です。
目の前に、東山郵便局が見えますね。
ずっと先にの鴨川を越えた辺りから、オフィスビル街になっています。
(第115回ブログ参照)


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今度は、大和大路から五条通を東を向きました。
ここから東に五条通の中央が高架になっていき、
そのまま東山の乙羽トンネルをくぐり、山科に至ります。
このルートは、大阪~東京間の国道1号線の一部です。
名神高速道路から京都市街地に向かうメインストリートなので、
真夜中でもかなりの交通量です。


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長い横断歩道を渡りながら、
大和大路から五条通北側歩道を見ています。
この辺りの町家もビルも、大半が清水焼の販売店です。
京都で焼き物を求めるときは、たいていはここになります。


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こちらは、五条大和大路交差点北東角です。
毎年8月上旬に近くの若宮八幡宮社の例祭があって、
その時にはこの周辺一帯に陶磁器の露店が並びます。


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五条通から、大和大路を北に向いています。
この辺りから北が、六原になります。
では、ここを進んでいきます。


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五条通から、大和大路を北に約70m進みました。
右(東)に見えるのは、扇の製造販売店です。
その先から東に伸びる道があり、T字路になっています。


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そのT字路から、大和大路を北に約5m進みました。
こちらのタイル張りの建物は、内科の医院です。
見ていて、「昔ながらのお医者さん」という感じがします。


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そこから、大和大路をさらに100m北に進みました。
こちらは、六条裏門通との交差点です。


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大和大路から、六波羅裏門通を西に向いています。
この道は川端通で突き当りますが、
鴨川を越えた辺りでまた同じ位置に通りが復活します。
実は、この道は元々は万寿寺通の一部でした。


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今度は大和大路から、六波羅裏門通を東に向きました。
ここを約150m進むと、六波羅蜜寺に到達します。
ただ、今回はそちらには寄りません。


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六波羅裏門通から、大和大路を北に向いています。
この辺りから「建松商店街」になっていきますので、
商店が少しずつ増えていきます。


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六波羅裏門通から、大和大路を北に約70m進みました。
左(西)側に、京都大和大路郵便局が見えてきました。
小さいですが、周辺の商店が利用しています。


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その郵便局から、大和大路を北に向いています。
約50m先に、松原通との辻が見えます。
この辺りから、さらに商店が増えてきます。


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そして、ここが松原大和大路の辻です。
「建松商店街」の中心なので小売店が並んで賑やかなのですが、
この日は休日なので大半のお店は閉まっています。


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大和大路通から、松原通を東に向いています。
ここから約200m先が「六道の辻」で
幽霊子育て飴のお店や西福寺があります。
さらに東に進むと六道珍皇寺があって、
東大路より東に行くと清水寺で突き当ります。
(第18回ブログ第19回ブログ参照)


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今度は大和大路から、松原通を西に向きました。
ここを真っ直ぐ進んだのが第21回ブログです。
辻の北西角にあった淡水魚専門の魚屋さんが更地になっています。
その更地の前から南に伸びる大黒通が始まります。
ここを進むと、第153回ブログの寿延寺へと進みます。


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松原通から、大和大路を北に向いています。
ここから北に向かうと、十日ゑびす参拝のコースです。
毎年1月10日前後は、この辺りはこのようになります。


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松原通から、大和大路を北に約50m進みました。
ここでT字路になって、ここから東に八坂通が伸びています。


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大和大路から、八坂通を東に向いています。
ここから東大路を越えて、二年坂や産寧坂に至ります。
ちなみに、この辺りから北が祇園です。
この少し先に禅居庵摩利支天堂があり、
そのさらに先に臨済宗建仁寺勅使門があります。
今回は、その禅居庵に向かいます。


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大和大路から、八坂通を東に約50m進みました。
では、こちらから禅居庵摩利支天堂に入っていきます。


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禅居庵摩利支天堂の境内に入ってきました。
門の右(東)側に、狛犬の代わりに猪像がいます。
摩利支天の「お遣い」ですね。
こちらは口が開いているので、「阿形」です。


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一方、左(西)側も猪です。
こちらは口が閉じているので、「吽形」です。


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境内の北側に、手水舎があります。
やはり、猪を模っていますね。
さらに北側に入り口がありますが、
こちらから禅居庵の本堂や建仁寺境内に向かえます。
(ただ、今回はそちらには向かいません)


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摩利支天堂の前に、線香が並んでいます。
こちらに寸志を払えば、ここに線香を立てることができます。


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こちらが、禅居庵摩利支天堂です。
禅居庵は建仁寺の末寺ですので、
元来は建仁寺境内から入っていきます。
ただ、この摩利支天堂だけは外側から入れるようになっています。
(ちなみに、禅居庵本堂は、原則非公開です)
この中には、体長50㎝ほどの小さな摩利支天像がいらっしゃいます。


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摩利支天堂の前から、西を向いています。
ここから、大和大路に抜けられます。
向こうに見えるのは、京都市立新道小学校です。


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大和大路側の禅居庵摩利支天堂の入り口の前から、
北を向いています。
この先に、ゑびす神社が見えますね。
ただ、そろそろだいぶ写真を貼りつけたので、
この続きは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回はゑびす神社に参拝した後、建仁寺にも参拝します~

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第225回 雨模様のゑびす神社~大和大路南から北~その6

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前回ブログ最後の写真と同じ禅居庵摩利支天堂の前から、
大和大路を北に向いています。
前回撮影日から約3週間たって、この日は結構な雨量です。
今回は、この北にあるゑびす神社に寄った後、
(ここからでも神社の青い看板が見えますね)
さらに北の門がある建仁寺の中に入っていきます。
撮影日は、2014年7月3日木曜日午後1時半。
ワールドカップ決勝トーナメント中の試合のない日でした。


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禅居庵摩利支天堂の向かい(西)側に、京都市立新道小学校があります。
ただ、入り口に「児童館」と書かれているので
もしかすると小学校ではなくなっているかもしれません。
その校舎の脇に、アジサイが咲いていました。
梅雨の雨の中で、とても映えますね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その京都市立新道小学校の北隣に、石製鳥居が見えます。
「ゑびす神社」と書かれた青い看板も見えますね。


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約半年ぶりのゑびす神社です。(宵ゑびす以来です)
そのときは賑やかでしたが、通常営業のときは割と閑散としています。


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鳥居をくぐって左(南)側に、こちらの手水舎があります。
先ずは、こちらで手を清めます。


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こちらは、鳥居の右(北)側です。
神像の奥に末社の祠がいらっしゃって、
その奥に「財布塚」と「カード塚」があります。
この辺りは、十日ゑびすの際は露店があってお参りできません。


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先ほどの神像の左(北)側に、ゑびす神像がいらっしゃいます。
こちらも、十日ゑびすの際は露店で隠れてしまいます。


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この辺りから雨足が強くなって、
写真にもはっきり写るようになってきました。
こちらは、ゑびす神社「二の鳥居」の額束です。
宝船の帆にゑびす神のお顔があって、手前に熊手が付いています。
こちらにお賽銭を投げ入れられるようになっているのですが、
これがなかなか入りません。
10回以上失敗して、ようやく入れることができました。
他の参拝者に当たらないかと気にしながらでしたが、
(実は、周囲には10人前後いらっしゃいました)
十日ゑびすの際は、ここは覆いで隠されています。


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本殿にお参りする前に、先に末社にお参りします。
天神さんに白大夫神社、八幡さんに猿田彦神社がいらっしゃいます。


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こちらが、ゑびす神社の本殿です。
お参りしようとすると、さらに雨足が強くなりました。
今年の梅雨一番の雨ですね。
お参りをしている間中、十人ほどの参拝者がいらっしゃいました。


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本殿の脇に、このような表札があります。
指示通りに回ってみますと……


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本殿南側に木板があって、そちらを叩きながらお参りをします。
その先に裏口があってここを真っ直ぐ進むと、
京都が花街の一つ宮川町に通じています。
(この神社自体は、祇園にあります)


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では、ゑびす神社から出ていきます。
また大和大路を北上します。


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ゑびす神社から、大和大路を北に向いています。
この辺りは、昔ながらの商店が並んでいますね。


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こちらは、ゑびす神社の北隣です。清酒の卸問屋ですね。
十日ゑびすの際は、こちらで紙コップ入りのお酒を販売しています。
京町家を基にした立派な建物ですが、
こちらは「歴史的建築物」の指定を京都市から受けています。


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その酒問屋の北隣のビルの北側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにも、お参りしました。
大和大路は北側一方通行なのですが、
禅居庵の前から北に200mほど2車線両側通行になります。


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この辺りの大和大路は完全に祇園の中なのですが、
飲食店よりもこのような商店が多く並んでいます。
一番右(南)側が桶屋さんで、どうもこの店の中で製造もされています。
煙草屋さんの左(北)隣りが、額縁屋さんです。
さらに左(北)隣り(軽トラックが停まっている店です)は畳屋さんで、
十日ゑびすの際には中敷きがイグサでできた草履を売り出します。
どちらも、古くから続くお店ですね。


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こちらは、その畳屋さんの北隣です。
臨済宗発祥の寺院でもある建仁寺は、こちらから入ります。


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建仁寺の門から入ってすぐに、お地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにもお参りしますが、その脇に立派なカエデがあります。
秋になると、ここも絶景になるでしょうね。
この辺は、「さすが禅寺」ということでしょうか?


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門をくぐった後、建仁寺境内を東に進んでいます。
左(北)側の白い土塀は、建仁寺方丈のものです。
その奥に、法堂の屋根が見えますね。


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門から建仁寺境内を東に約70m進みました。
こちらに、このような紙が貼ってあります。
禅居庵は、正門がこの建仁寺境内にあります。
(そもそも禅居庵は、建仁寺の末寺ですしね)


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その張り紙の位置で、右(南)を向きました。
境内の東西の端に、末寺が並んでいます。
手前が久昌院で、奥が禅居庵です。
ただ、摩利支天堂と異なり禅居庵本堂は非公開です。


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同じ位置で、東を向きました。
目の前に、建仁寺方丈と法堂をつなぐ渡り廊下があります。
ただ、ここは外側からでも歩いて越えられます。


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先ほどの位置から、東に約50m進みました。
北を向くと、方状の入り口が見えます。
(ただし、ここからは入れません)
「最初禅堂」と書かれていますが、栄西はここで臨済宗を開きました。


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その位置で東を向きました。
このまま進むと、東側の門に出ます。
そこから北に進むと、祇園の花見小路です。
(舞妓さんが普通に歩いている世界です)
今回はそちらに向かわずに、手前の十字路で左(北)を向きます。


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こちらは、臨済宗建仁寺の僧堂です。
建仁寺の方丈やその他さまざまな施設へは、こちらから入ります。
ただ、この辺が区切りがいいので、今回はここまでとします。

~次回は、建仁寺方丈と法堂に参拝します~

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第226回 梅雨の建仁寺~大和大路南から北~その7

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大和大路の門から建仁寺に入って、東に約100m進み北に向きました。
こちらは、臨済宗建仁寺の本坊です。
建仁寺の方状や法堂へは、すべてここから入ることになります。
今回は法堂の双龍図を見たり、方丈周辺でゆったりしたりします。
禅寺の庭園は、疲れた心を休ませるのに最適です。
撮影日は、2014年7月3日木曜日午後2時。
雨宿りのつもりが、2時間以上いてしましました。


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では、本坊に入って早速拝観料を支払います。
ここ建仁寺の文化財の大半がレプリカなので、
(本物は、宝物庫や博物館で厳重に管理)
施設内もすべて撮影が可能です。
とは言え、さすがに受付の方は写せませんので、
下駄箱の前の書画を撮影しました。
きれいな字だと思う反面「哉」の字が違うように感じるのは、
自分の心がまだまだ悟っていないからでしょうか?


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その書画の西側に、こちらの部屋があります。
中に、「風神雷神」と書かれた書画が見えます。


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その部屋の奥に、俵屋宗達筆国宝「風神雷神図屏風」があります。
……と言っても、これはレプリカです。
本物は、第223回ブログで登場した京都国立博物館が
建仁寺に委託されて維持管理をしています。
まぁ、日本画史上最高傑作のうちの一幅ですから、
レプリカでも相当な迫力があります。


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「風神雷神」の部屋から、西を向いています。
右(北)側が売店で、お茶が売られています。
突き当りが方丈で、そこを南に進むと双龍図のある法堂です。
本当の順路はそちらに向かうのですが、
「勝手知ったる」場所ですので自分の好きな順路で回ります。


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ほぼ同じ場所で、北を向きました。
右(東)側の壁が「風神雷神」の部屋のもので、
左(西)側の壁が売店の壁です。
その間の廊下がずっと北に伸びています。
先ずは、手前に見える坪庭に向かます。


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売店と小書院との間に、こちらの坪庭があります。
「○△□の庭」と呼ばれていて、
ここを目当てに来られる方も多いようです。
「どこが〇で、△、□か?」
とあれこれ言って眺めるのが面白いのですが、
自分は単純にきれいな庭だと思います。


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同じ場所で、北を向いています。
では、小書院の脇を通り抜けてさらに北に向かいます。


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小書院と大書院、さらに渡り廊下で区切られた空間に、
この「潮音庭」があります。
ここが建仁寺では、自分の一番のお気に入りです。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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では、渡り廊下から本坊最北端の大書院に向かいます。
潮音庭見物は、もう少し後です。


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大書院の中に入ってきました。正面に十六羅漢がいらっしゃいます。
自分の記憶が確かなら、以前はこちらに
「風神雷神図屏風」があったように思います。


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大書院の東側に、このような掛軸がありました。
書画に詳しくないので、これは読めません……


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大書院は西側にも床の間があって、
こちらには達磨大師の掛け軸が掛けてあります。
両側に床の間があるのが、面白いですね。


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大書院の中から、潮音庭を眺めています。
ここは春は桜、秋は紅葉がきれいなところです。
ただ、雨に濡れる深緑もそれらに負けていません。
そして、こういう庭は一人でぼんやりするもよし、
親しい人と周囲に迷惑が掛からない程度のおしゃべりをするもよし、
ゆっくりと自分がくつろげるスタイルで眺めるのが一番です。


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では、大書院から南に向かいます。
今度は、この西側の渡り廊下を使います。


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その渡り廊下から、西を向いています。潮音庭の西隣の庭ですね。
苔とカエデの木の先に見えるのは、東陽坊という茶室です。
今回はこの廊下を南下して終わるので、そちらには向かいません。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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同じ渡り廊下から、小書院を見ています。
ちょっと、あちらの縁側で休憩したいと思います。


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小書院の縁側から北を向き、潮音庭を再び眺めています。
実は、この角度が自分の一番のお気に入りです。
写真にはっきりと写っていませんが、まだまだ雨は降っています。
大書院の方は、相変わらずたくさんの方々が休憩しています。
そして、自分の右側(写真には写っていません)では
自分のよく知らない60歳くらいの男性がいびきをかいて寝ています。
左側のカップルは、ずっと小声で何か話し合っています。
そんな中でこの庭を眺めているうち、急ぐのが馬鹿馬鹿しくなってきて
本当は三条通までこの日中に撮影しようと思っていたのですが、
この日はここ建仁寺で一日過ごすことにしました。
人生、気楽に過ごすのが一番ですね。


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小書院の縁側で、約30分ぼ~っと過ごしました。
先ほどの渡り廊下に戻って、撮影再開です。


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小書院の西向かいに、こちらの「唐子の間」があります。
小さな部屋の襖の中で、中国人の子供が遊んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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「唐子の間」の南側にこのような縁側があって、腰かけられますね。
そこから方丈の北側が見えます。


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今回ブログでは、方丈にはこの渡り廊下沿いの東側しか行きません。
こちらは、海北友松筆「雲竜図」のレプリカです。
こちらも、本物は京都国立博物館に維持管理を委託しています。
ここを含めた方丈の襖絵が、海北友松の最高傑作と言われています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その「雲竜図」の部屋の南側に、方丈庭園があります。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、建仁寺の方丈庭園になります。
方丈庭園と言えば禅寺の顔ですが、ここ建仁寺に関しては
「○△□の庭」や「潮音庭」のほうが有名のような気がします。
ちなみに、ここは法堂を借景に眺めるのが一番きれいですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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方丈の東側から、法堂に向かう廊下が伸びています。
実は、この廊下は大書院から伸びる
先ほどから歩いてきた渡り廊下の延長です。
しかし、アップで撮るとしっかり雨粒が写りますね。
(それくらい強い雨が降っていました)


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法堂に向かうには、方丈の東側で
スリッパに履き替えなければなりません。
そして、カギを自分で開けていったん外に出て方丈側に向かいます。
前回ブログで通った大和大路から本坊への道が
この廊下と交差しているからです。


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カギを開けていったん外に出た後、
またカギを開けて法堂側に入ってきました。
向こうに見える「入り口」の看板の辺りから法堂内部に入ります。


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「すべて撮影可能」とはいえ、
さすがにご本尊のお釈迦様は撮影を控えました。
こちらは、天井図の小泉淳作筆「双龍図」です。
完成は2002年と、かなり新しいものです。
(建仁寺自体は鎌倉時代初期に臨済宗開祖の栄西が建立しました)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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法堂の中から、山門を見ています。向こうに小さく勅使門も見えます。
禅寺の一番の顔は、勅使門から三門越しに見える法堂ですが、
ここ建仁寺は東に桜、西に松が並んでいて、春には絶景になります。


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では、法堂を出ます。
ここからいったん本坊に戻ってここから出ようと思います。


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法堂の東側から、北に廊下が伸びています。
ここからまたカギを開けて、方状の前に戻ります。


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方丈庭園の東側に戻ってきました。
向こうの下駄箱の前でスリッパを脱いで、方状内に入っていきます。


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下駄箱から上がって、すぐに東を向きました。
この背後に、方状があります。
左(北)側にお茶を売っている売店があり、
その先が「風神雷神」の部屋です。
では、ここを東に進み本坊の出口に向かいます。


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先ほどの場所から、東に突き当りまで歩きました。
今回ブログの最初にあった書画は、この背後にあります。
では、この下駄箱から建仁寺本坊から出ます。


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建仁寺本坊を出ました。右(東)端に、法堂が写っていますね。
目の前の石畳を左(東)に進めば祇園花見小路に、
右(西)に進めば大和大路に出ます。
ただ今回は、少し東にずれた後南へと進みます。


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建仁寺境内を本坊から、南東に約100m進みました。
こちらは、建仁寺の末寺の一つ両足院です。
この日(2014年7月3日)は特別公開が実施されていました。
そこでここにも寄ってみたのですが、
だいぶ写真を貼りつけたので、今回はここまでとします。

~次回は、半夏生の両足院に立ち寄ります~

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第227回 半夏生の両足院~大和大路南から北~その8

夏至から11日後のことを「半夏生」(はんげしょう)と言います。
72候の一つで、この日の前後は大雨が多く
いろいろな「厄払い」をする日でもあります。
(京都では、タコを食べる日ですね)
また、「ハンゲショウ」という植物が見頃になる時期で、
普段は非公開のここ両足院が期間限定で公開される時期でもあります。
そういう訳で、この日に合わせてこちらに寄らせていただきました。


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建仁寺本坊から、建仁寺境内を南東に約100m進みました。
こちらは、建仁寺の末寺の一つ両足院の前です。
向こうに、「半夏生特別公開」と書かれた看板が立てられています。
今回は、こちらに寄った後大和大路に戻ります。
撮影日は、2014年7月3日木曜日午後3時半ちょっと前。
本当は、「半夏生」(7月2日)の翌日なんですけどね。


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では、両足院に入っていきます。
平日で雨の日でしたが、割と多くの方が来られていました。


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階段を上り入口に入ると、
すぐ北側にこちらの毘沙門天堂がいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参ります。
……ただ、この辺りからさらに雨足が強くなってきました。


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こちらの狛犬は……どう見ても虎ですね。
その辺の謂れは、よく分かりません。
毘沙門天と言えば、ムカデなのですがね。


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そして、こちらの虎は口を閉じています。
ちゃんと「阿形」「吽形」になっていますね。


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毘沙門天堂の向かい(南)側にテントがあって、
こちらで500円払って両足院の中に入っていきます。


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テントを抜けるとその奥に売店と写経所があって、
さらに奥の下駄箱の前から中に入っていきます。


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下駄箱の前から、南を向いています。
ここのすぐ左(東)にハンゲショウの庭園がありますが、
順路では先に南側の方丈に回るようになっています。
今回は順路通りに、そちらに向かいます。


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順路通南に進んでいきますと、こちらの坪庭に出ます。
白砂の海と苔の島のコントラストがきれいですね。


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その坪庭の前で、南を向きました。この右側が、方状です。
この先の突き当りを左(東)に曲がり、方状の南側に回ります。


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こちらが、方状の南側です。
北に向くとご本尊の阿弥陀如来像がいらっしゃいますが、
そちらは撮影不可です。
その南側にこちらのテーブルが並んでいて、
ここで料金を払うと茶席へ行くことができます。
せっかくなので、そちらに向かいます。


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その茶席は、庭園の離れにあります。
そのため、ここで草履をはいて傘を差してここを進みます。
(草履も傘も貸してもらえます)


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先ほどの道順では屋根がありましたが、
途中から完全に屋外を進んでいくことになります。
では、傘を差してここを進みます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その庭を進むと、こちらの石段が姿を現します。
ここを少し上り地面を見ると……


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ここに上がって、さらに進んでいきます。
雨が降っているので、道はぬかるんでいました。


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そのぬかるんだ道を歩いています。
普段なら野趣あふれる道なのでしょうが、雨ではいろいろ厳しいです。


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先ほどの写真の場所で、西を向きました。
ちょうどここの庭園を見下ろす形になります。
池の周りに白い花が咲いているように見えるのが、
「ハンゲショウ」という植物です。
きれいな花に見えますが、実は葉の一部が白くなったものです。
この日は、ハンゲショウのまさに見頃でした。
この写真はクリックすると、拡大されます。


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さらにぬかるんだ道を進みます。
だんだん下り坂になって、池の北端にある茶室が近づいてきました。


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そして、こちらが池の北端にある茶室です。
先に来られている方がいらっしゃいますね。


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ようやく茶室に辿り着きました。
では、ここで一服します。


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茶室は2畳ほどの建物です。まぁ、茶室は狭いものですが……
書画も花もきれいなのですが、写真がちょっとボケてしまいました。


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茶室の縁側に腰掛けてしばらくすると、こちらの饅頭が出てきました。
「半夏生」用に太陽と月の文様が入っています。


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饅頭の中は、緑の餡です。
「緑の餡に白い皮」は、まさに「ハンゲショウ」を表しています。
こちらの餡はウグイス豆を使っているのではなく、
白餡を緑に着色しているそうです。


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こちらは、自分がお茶と菓子をいただきながら見た風景です。
雨が方丈とハンゲショウを濡らし、雨粒が池に波紋を作っています。
やはり、禅寺の庭は雨に限ります。
恐らく庭自体の風景は、ここがベストポジションです。
前回ブログの雨の潮音庭もかなりの絶景でしたが、
茶わん片手にこれを見るのもなかなかの極楽ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


227-25.jpg
庭園の東側を撮っています。
こちらの池の畔にも、ハンゲショウが生い茂っていますね。
土手のようになった上の方に道が見えますが、
こちらの道からこの茶室に来ました。
さて、ここから方丈に戻るには
あの上の道を通っていかなければなりません。
かなり気が重いですが、元気も出たのでそちらに向かいます。


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ようやく方丈に戻っていました。
今度は、こちら側からハンゲショウの池に向かいます。


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両足院方丈の周囲にある渡り廊下をずっと進んできました。
ここを真っ直ぐ進むと、先ほどの下駄箱の前に出ます。
ただ、今回は先に右(北)手にある建物に入ります。


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その建物の中には、数十人の方がいらっしゃいました。
その建物から、先ほどの茶室を見ています。
ここからは、ハンゲショウの様子がしっかり見えますね。
この日は雨だったので、水を含んだ頭の部分が少し下に向いています。
それが逆に風情を出していますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、苔と一緒にハンゲショウを撮りました。
この時期にしては、ここの苔は焼けていませんね。
多分丹念に整備されているのでしょう。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先ほどの建物のすぐ右手が、こちらの下駄箱です。
では、ここから靴を履いて外に出ます。


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再び傘を貸し、毘沙門堂の前から撮っています。
では、ここ両足院から出ます。


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今回ブログの最初の位置から、北を向いています。
右(東)に見える石垣は、両足院のものです。
では、ここを突き当りまで進みます。


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その突き当りまで来ました。
この少し左(西)が、前回ブログの最初の地点建仁寺本坊の前です。
こちらの右(東)側にも、建仁寺の入り口があります。


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こちらが、その入り口です。
ここから北に、祇園花見小路が伸びています。
(舞妓さんが普通にいる世界ですね)
ただ、今回はそちらには向かわずあくまで大和大路から進みます。
尚、写真が傾いているのはご愛嬌ということで……


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同じ地点で、西を向きました。
この少し先に建仁寺本坊があって、
その先に法堂とつながっている渡り廊下が見えますね。


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さらに建仁寺境内を西に向かっています。
目の前の交差する石畳を右(南)に進むと、大昌院と禅居庵に出ます。


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その道の北側は、こうなっています。
ここを進んでも、様々な末寺に行き当たります。


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さらに進むと、こちらの門に出ます。
この外が、大和大路です。


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建仁寺の入り口の前から、大和大路を北に向いています。
ここから道幅が急にせまくなって、飲食店が目に付くようになります。
特に、バーやキャバクラの割合が増えていきます。
ただ、もう時間も遅くなったので、この日の撮影はここで終わりです。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、白川沿いの祇園に向かいます~

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第228回 建仁寺の北側~大和大路南から北~その9

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建仁寺の門の前から、大和大路を北に向いています。
四条通との交差点まで、あと約300mです。
今回は、この辺りの寺社を回りながら大和大路を北上します。
祇園の西側を散策することになりますね。
撮影日は、2014年7月10日木曜日午後1時半。
台風接近で、昨日から雨が降っています。


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先ほどの場所から約50m北に進みました。ここで団栗通と交差します。
この辺りも十日ゑびすのときは、四条通以南の大和大路沿いにも
露店が立ち並びます。


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こちらは、この交差点の南東角のお店です。
そう言えば、ここは十日ゑびすのときも開いていましたね。


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大和大路から、団栗通をを西に向いています。
ここは西は鴨川に架かる団栗橋、(信号の先に見えています)
東は花見小路までの短い道です。(祇園歌舞練場の横に出ます)
今年の十日ゑびすでは、ここから約50m西でこの団栗通に出て
そこから西に進み京阪電鉄「祇園四条」駅に行きました。
(途中に、自分がたまに行くジンギスカン屋さんがあります)


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今度は大和大路から、団栗通を東に向きました。
ここが、建仁寺の北端になります。
では、こちらに進み建仁寺の末社や末寺に寄ります。


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大和大路から、団栗通を東に約50m進みました。
ここは建仁寺の鎮守社豊川稲荷陀枳尼尊天(だきにそんてん)です。
先ずは、こちらに立ち寄ります。


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豊川稲荷陀枳尼尊天の門をくぐりました。
この右(西)側が、康雲庵になります。


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先ほどの写真の参道を南に突き当たると、
こちらの陀枳尼尊天堂に行き当たります。
古事記や日本書紀では
「稲荷神」は「宇迦御魂神」(うかみたまのかみ)とされていますが、
民間信仰の中には「稲荷神」を「陀枳尼尊天」とするものもあります。
要するに、ヒンドゥー教の鬼女ダーキニーですね。


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陀枳尼尊天堂の裏に、こちらの看板があります。
横にアジサイが咲いていますが、だいぶ枯れてきていますね。


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その看板の脇に、こちらの手水舎がありました。
蛇口がついているのは珍しいですが、
近くの墓地にお参りするときのお水にも用いられているのでしょう。


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本殿脇の祠です。
とりあえずお参りしましたが、どちらが祀られているかは不明です。


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こちらが、豊川稲荷陀枳尼尊天の本殿です。
カエデ並木は、秋には絶景になります。
こちらは、江戸時代に建仁寺で活躍した僧侶三江紹益禅師の
父母が信仰した霊神を祀ったのが始まりです。
現在は、建仁寺の鎮守社という位置付けになります。
何でも最近ここで不審火があったらしく、
線香やろうそく使用が一切できなくなっていました。


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では、この石畳の道を進みます。
この先の団栗通に戻ります。


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豊川稲荷陀枳尼尊天の前から、団栗通を東に向いています。
では、もう少しこちらを進みます。


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豊川稲荷陀枳尼尊天の東側に、
南へ建仁寺境内に伸びる道がありました。
ここを約300m数進むと、建仁寺の方丈の横に出ます。


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建仁寺境内に通じる道から、団栗通を東に約50m進みました。
このような看板があるので、ここから北に進みます。


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その看板がある角で、団栗通から北を向いています。
約50m先に、左(西)側の寺院への入り口があります。
次はそちらに向かいます。


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こちらは、建仁寺の末寺の一つ臨済宗正伝永源院です。
ここには元々永源院という寺院があったのですが、
明治時代に入るとすぐに廃寺となりました。
そのため、近くの正伝院と合併して今に至っています。
ここは織田信長の弟で茶人の織田有楽斎(長益)に所縁がある寺院で、
有楽斎による茶室「如庵」は元々ここにありました。
(今は、愛知県犬山市に移転。1995年にこの地に新たに再建)
また、有楽斎自信と彼の家族の墓もここにあります。
……実はいろいろ見所がある寺院なのですが、残念ながら非公開です。


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正伝永源院の前で、南を向いています。
では、突き当りの団栗通まで戻ります。


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そして、突き当たった時点で団栗通を東に向いています。
右(南)側の土塀は建仁寺のものです。
この突き当りが花見小路で、ちょうど祇園歌舞練場の辺りになります。


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今度は、団栗通を西に向きました。
では、ここから大和大路の方に戻ります。


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豊川稲荷陀枳尼尊天の西側に、こちらのお店があります。
だいぶ年季が入っているようですが、この瞬間も普通に営業中です。


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そして、大和大路に戻ってきました。
またここから北上していきます。


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団栗通から、大和大路を北に向いています。
四条通が近いので、交通量が多いですね。


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団栗大和大路の北西角に、こちらの楽器店があります。
箏と三味線に特化したお店とは、祇園ならではですね。


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楽器店から約100m進むと、こちらのお店があります。
草履や下駄が並んでいますね。ここも祇園ならではです。


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さらに大和大路を100mほど進むと、美容院がありました。
ただ、ウィンドウを見る限り日本髪も結ってくれます。
こういうのも祇園ならではですね。


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四条通が近付いて、大和大路に信号待ちの自動車が並びだしました。
周囲を見ると雑居ビルが並んでいて、
その中にいろいろな飲食店が入っています。


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また、時折このような路地があり
その奥にも居酒屋さんを中心にいろいろな飲食店が並んでいます。
この辺りの祇園は、「呑み屋さん街」という側面もあります。


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団栗通から大和大路を約200m進み、四条通との交差点に出ました。
十日ゑびすのときは、ここからゑびす神社まで露店が並びます。


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大和大路から、四条通を西に向いています。
約60m先に川端通との交差点があって、
そこから西に鴨川に架かる四条大橋があります。
(さらに100mほど西に、四条河原町交差点があります)
その四条川端交差点の南東角に南座という劇場があって、
(出雲阿国が歌舞伎を始めたのが、この辺りです)
その辺りの地下に京阪電鉄「祇園四条」駅があります。


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今度は大和大路から、四条通を東に向きました。
京阪電鉄から下りて祇園を観光される方は、
先ずはここを通っていきます。
祇園のお店は高い店が多いのですが、
この四条通近辺は安い店も多くここが祇園で一番賑やかなところです。


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四条大和大路の交差点から東に約5m進んだところに
こちらの仲源寺があります。(第35回ブログで紹介しました)
今回も、こちらにお邪魔します。


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狭い境内には、たくさんの小さなお地蔵さんがいらっしゃいます。
その中で、こちらは水子地蔵さんです。
先ずは、こちらにお参りです。


228-35.jpg
そして、こちらが仲源寺のご本尊目疾地蔵(めやみじぞう)です。
こちらの詳しい沿革は、第35回ブログを参考にしてください。
ちなみに、ここに重要文化財の千手観音もいらっしゃるのですが、
そちらの撮影は遠慮しました。


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仲源寺の前から、四条通を東に向いています。
京都随一の観光地ですから、平日でもこの人混みです。
ここをこのまま東に進むと、
花見小路を通り過ぎて八坂神社で突き当ります。


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今度は同じ場所で四条通を西に向きました。
この横断歩道を渡ってまた大和大路を北上したいのですが、
もうだいぶ写真を貼りつけました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回こそ、白川沿いの祇園に寄った後、
大和大路最北端に辿り着きます。
「大和大路編」も、次回で最終回です~

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第229回 祇園縄手通~大和大路南から北~その10

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四条通から、大和大路を北に向いています。
ここから北の大和大路は、「縄手通」とも呼ばれています。
(このブログでは、便宜上「大和大路」で呼称を統一します)
この辺りの祇園はクラブやキャバクラなどが並んでいる地域と
京都の観光用写真に出てきそうな地域が混在しています。
今回はここから三条通まで進み、「壇王」宝林寺に向かいます。
撮影日は、2014年7月10日木曜日午後2時。
台風は南に反れたので、だんだん晴れてきました。


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四条大和大路交差点の北東角に派出所がありますが、
その北隣がこちらの「一銭洋食」のお店です。
ちょっと、こちらに寄ってみます。


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店内は、こんな感じです。
お客さんがいないこの一角だけ許可をもらって撮りました。
(この時点で店内には、10人前後のお客さんがいらっしゃいました)
このお店は自分が生まれる前から営業されていて、
(つまり、少なくとも創業50年以上なのは確かです)
なぜか店内には1970年代の特撮・アニメの主題歌が流れていました。


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約10分待っていると、こちらがやって来ました。
(この時点でさらに混みだして、満員でした)
一銭洋食とは、お好み焼きの原型に当たる食べ物です。
いろいろお好み焼きと似ていますが、
お肉の代わりにコンニャクのみじん切りが入っていて、
キャベツの代わりに青ネギのみじん切りが入っています。
生地を焼く過程で新たに卵を入れるので、
オムレツのようなふわふわした食感を保っています。
自分が子供のころは近所の駄菓子屋さんでよく食べたのですが、
成人してからは専ら「ビール」のつまみとして食べています。


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居心地がよかったこともあり、一銭洋食のお店には約30分いました。
店を出ると雨が止んでいて、だんだん日が差すようになってきました。
では、ここからまた大和大路を北上していきます。


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一銭洋食屋さんから大和大路を北に約50m進むと、
こちらの花屋さんがあります。
普通の花束よりも、店に飾る豪華なお花がメインのようです。


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その花屋さんのほぼ北隣に、こちらの郵便局があります。
「祇園」にあることを意識しているのか、なかなかきれいな外観です。


229-8.jpg
ただ、先ほどの一銭洋食屋さんを境にして
そこより北の大和大路はあまり観光で来る雰囲気ではなくなります。
こちらは雑居ビルに入っているクラブですが、
このようなお店が軒を並べるようになります。


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そして、路地に入るとパブやクラブが入る雑居ビルが並びます。
四条通から北に100mほどの間の大和大路は
昼間はそうでもないですが、夜になるとだいぶ雰囲気が変わります。


229-10.jpg
四条通から、大和大路を約100m進みました。
目の前に、白川に架かる「大和橋」があります。
この橋から北に進むと、急に周囲の雰囲気が変わります。


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大和橋の上で西を向きました。
向こうに川端通とさらにその先の鴨川がありますが、
目の前の桜の大きな枝がそれらを隠しています。
ここは春になると、桜の花で絶景になります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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今度は、大和橋で東を向きました。
石畳の道が伸びているので、少しそちらに寄ってみます。
こちらの写真も、クリックすると拡大されます。


229-13.jpg
大和大路から、白川沿いに少し西へ歩きました。
白川の南岸に料理旅館や高級料亭が並んでおり、
こちらの道からそちらへはこのような小さな橋を渡って向かいます。
川岸は桜を中心にカエデや柳が並木道を作り、
毎年春と秋になるとこの辺りは絶景に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


229-14.jpg
白川沿いの道の北側も、このような街並みになります。
こちらは柳並木がずっと続いていますね。
この辺りにカメラを持った方がいらっしゃいましたが、
「祇園」の観光用ポスターは通常この辺りを撮ったものです。


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大和橋に戻って、大和大路を北に向いています。
ここから北にもキャバクラなどが入った雑居ビルが少しはありますが、
町並みの大半が高級料理店になってきます。


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大和橋から約40m北に、こちらのコンビニエンスストアがあります。
祇園のコンビニエンスストアは周囲の色に溶け込むように
イメージカラーを封印しているところが多いです。
(祇園交差点のローソンが一番有名ですね)


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そのコンビニエンスストアから東に、この新橋通が伸びています。
こちらも、石畳の道に黒い町家が続くきれいな街並みですね。
約100m先に柳並木が見えますが、
そこで先ほどの白川沿いの道と合流します。
新橋通はさらに東に伸びていて、最終的に知恩院の三門の前に出ます。


229-18.jpg
新橋通から、大和大路を北に向いています。
通りの両端に、料理旅館や高級料理店が並んでいます。
既に日が差し始めているのに、傘を差している方がいらっしゃいます。


229-19.jpg
新橋通から大和大路を約70m進みました。新門前通との辻に出ました。
横断歩道はないですが、比較的広い道ですね。


229-20.jpg
大和大路から、新門前通を西に向きました。
この道は、約30m先の川端通(鴨川沿い)で突き当ります。
この辺りは桜並木が続いており、春になるとここも絶景になります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


229-21.jpg
新門前通から、大和大路を北に向いています。
そろそろ大和大路最北端が、視認できるようになってきました。
この辺りもまだまだ祇園なのですが、
キャバクラも高級料理店もほぼ姿を消します。


229-22.jpg
その代わりに、このようなお店が軒を並べるようになります。
左(南)から順に、古着屋さん、古美術店、古銭屋さんです。
要するに、骨董関係のお店がこの辺りの大半を占めます。


229-23.jpg
向こうの信号付近にある若松通で、大和大路は突き当ります。
ここで大和大路は終わりますが、もう少し北の方まで進みます。
はるか向こうに、京阪電鉄「三条」駅の駅ビルが見えますね。


229-24.jpg
大和大路から、若松通を西に向いています。
約20m先が川端通で、その付近に「京阪三条」バス停があります。
ここからでも、鴨川の向こう(西側)岸が見えますね。


229-25.jpg
今度は、大和大路から若松通を東に向きました。
この辺りから、大将軍神社付近まで市営の集合住宅が続きます。


229-26.jpg
では、大和大路から若松通を北に渡っていきます。
大和大路の突き当りは、かつての京阪電鉄「三条」駅です。
今は「KYOUEN」と呼ばれる飲食店が集合した地区になっています。
その周辺が市バスターミナルになっていて、
路線ごとにいくつもバス停があります。


229-27.jpg
では、KYOUENの中に入っていきます。
本当はここで食事しようと思ったのですが、
冒頭の一銭洋食が腹持ちいいので今回は通り抜けだけにします。


229-28.jpg
KYOUENの中央は、このように庭園になっています。
桜やカエデが植えてあり、白砂にきれいな波紋が描かれています。


229-29.jpg
そして、竹林の横にこちらのスペイン料理店があります。
満腹でなければ、ここに寄るつもりでした。


229-30.jpg
そのスペイン料理店から北を向いています。
向こうに見えるのが三条通で、
突き当りに京阪電鉄「三条」駅の駅ビルが見えます。


229-31.jpg
KYOUENを通り抜けて、三条通に出ました。
西を向くとクスノキの下に高山彦九郎像があって、
その先に鴨川に架かる三条大橋があります。
東海道の起点ですね。


229-32.jpg
京阪電鉄「三条」駅の駅ビルの西隣、三条通北側歩道に
こちらの浄土宗「壇王」法林寺があります。
今年も、門前の禊萩がきれいですね。
「大和大路編」の最後に、こちらに寄りたいと思います。


229-33.jpg
法輪寺の門をくぐると、すぐにこちらの「鳥之供養塔」があります。
第70回ブログ同様に、この謂れはよく分かりません。


229-34.jpg
では、こちらの山門をくぐって法輪寺の境内に入っていきます。
この辺りから、日が強く差してきました。


229-35.jpg
山門をくぐると、すぐにこちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
この後ろは保育園で、境内全体が児童公園になっています。
東側には子供用の図書館や児童館があって、
こちらはそういう施設がたくさん集まっています。


229-36.jpg
本堂脇の灯籠近くに、こちらの花が咲いていました。
こちらは……芙蓉でしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


229-37.jpg
そして、こちらが浄土宗「壇王」法林寺の本殿です。
正式には浄土宗朝陽山栴壇王院無常法林寺と、とても長い名前です。
この寺院の詳しい沿革は、こちらをクリックしてください。


229-38.jpg
では、こちらを出て三条通に向かいます。
ここを出た先も市バスターミナルで、バスが何台も停まっていました。


229-39.jpg
「壇王」法林寺から三条通を西に見ています。
では、ここから川端通(鴨川沿いの道)に向かいます。


229-40.jpg
「壇王」法林寺の前から、三条通を西に約50m進みました。
こちらは、京阪電鉄「三条」駅の駅ビルです。
このエスカレーターを下りれば、京阪電鉄「三条」駅と
地下鉄「京阪三条」駅のコンコースに出ます。
では、ここから地下に下りて今回は帰ります。
「大和大路編」は、これで終わりです。

~次回は、祇園祭の鉾町を散策します。
今年から祇園祭は分裂しますが、
ウチのブログでは今年は前祭を取材します~

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生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
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「京都駅前散策」
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あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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