第241回 下鴨神社から金閣へ~鞍馬口通東から西~その1

約2カ月ぶりの写真のない回になります。
本町通以降、寺町通、烏丸通、大和大路と南北の道が続いたので、
今回は、三条通以来の東西の道にします。

今回から、紹介するのは鞍馬口通です。

地下鉄烏丸線は大半が東西の道の名前が駅名なのですが、
その中で唯一最初から最後まで細いままの道ですね。
京都はある程度細い道の方が面白いのですが、
この通りもいろいろ見どころが多いですね。

鞍馬口通の位置
先ずは、こちらをクリックしてください。
こちらは、地下鉄「鞍馬口」駅周辺の地図です。
北大路と今出川通という大きな道にはさまれた
比較的狭い通りだと分かりますね。
現在京都市街地の最北端は北大路とされていますが、
中世はこの鞍馬口通が京都市街地の最北端でした。

16世紀末に豊臣秀吉が京都に御土居を建設して
最北端は紫竹通までとしましたが、
当時の町衆はこの鞍馬口通までを京都市街地と考えていたようです。

最東端は、下鴨神社
鞍馬口通の最東端は、下鴨本通との交差点です。
下鴨本通とは、葵橋以北の河原町通の呼び名です。
また、この交差点の東側には下鴨神社があります。
そして、この交差点周辺にはおいしい飲食店が集中しています。

鞍馬街道の出発点
下鴨本通から鞍馬口通を西に進むと、賀茂川にぶつかります。
そして、この賀茂川の西岸から北に
鞍馬寺へと通じる鞍馬街道が始まります。
古代からこの街道の出発点を「鞍馬口」と呼んでいました。
(京の七口の一つです)

寺町通付近の寺院
鴨川から少し西に行くと、寺町通との辻に出会います。
その周辺には上禅寺・天寧寺などの寺院が集中します。
京都でも有数の和菓子屋「幸楽屋」の前を通って、
地下鉄「鞍馬口」駅へと進みます。

紫明通と合流
烏丸通にある地下鉄の駅を通り過ぎると、
堀川通で南に曲がってきた紫明通と合流します。

船岡山の南側
船岡山は、京都市街地にあるとても低い山です。
鞍馬口通は、その南側を通ります。
こちらには建勲神社がいらっしゃって、
その周辺にも神社仏閣が並びます。

そして、金閣で突き当り
千本通の引接寺(千本ゑんま堂)を通り過ぎると、
程なく金閣で突き当ります。
そこから南に移動すると、きぬかけの道が続いています。
ここをさらに西へ移動すると、北嵯峨に至ります。
まぁ、そこがこのブログの今年の紅葉ポイントになります。

では、次回から鞍馬口通を進みます……と言いたいのですが、
実はまだまだ鞍馬口通には至りません……
下鴨神社にはコース取りにこだわりがありまして……
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第242回 糺の森の河合神社~鞍馬口通東から西~その2

では、今回から鞍馬口通を進みます……
そう言いたいところですが、その東の起点下鴨神社までが遠いです。
京都駅から205系市バスに乗って、
「下鴨神社前」バス停で降りたらすぐですが、
やはり下鴨神社は糺の森を通り抜けないとですね。


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京阪電鉄本線の京都側終点「出町柳」駅です。
駅の北側から叡山電鉄に乗り換えられ、
南側は京都御苑や京都大学のある今出川通に面しています。
今回は駅北側から高野川を渡って、
下鴨神社南側の糺の森に向かいます。
撮影日は、2014年8月17日日曜日午後2時。
豪雨の「五山の送り火」の次の日は、一転して快晴でした。


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京阪電鉄の駅は、「七条」駅以北は地下にあります。
(第238回ブログで出てきた「清水五条」駅も、地下にありました)
ですから、この「出町柳」駅もホームは地下にあります。
地上へは、このエスカレーターを使います。


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エスカレータを使って、改札口まで来ました。
ここを出て右(南)に曲がると、今出川通に出ます。
ただ、今回は左(北)の方に曲がります。


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京阪電鉄「出町柳」駅改札口を出て、北を向きました。
夏休み休日とあって、けっこうの人出でした。
では、約30m先に見えるエスカレーターで地上に出ます。


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そのエスカレーターで上ってくると、こちらが目に入ります。
これは、葵祭の様子を描いています。下鴨神社の例祭ですね。


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先ほどと同じ地点から、東を向きました。
エスカレータと階段の先に、地上が見えます。


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そして地上に出たところに、叡山電鉄「出町柳」駅があります。
アニメ「けいおん!」でよく出てきた駅です。
叡山電鉄は、ここから八瀬(比叡山のふもと)や
鞍馬寺・貴船神社に向かいます。


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「出町柳」駅を南側に出て、東を向きました。
ここはあまり知られていませんが、出町通と言います。
このまま進むと、出町通はすぐに南東に進路を変えて
約500m先で百万遍(今出川東大路)交差点に出ます。


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今度は、同じ地点で西を向きました。
目の前に、川端通との交差点があります。
その先が高野川で、この通りは約250m先の河原町通を通り過ぎた後
出町升形商店街が約100m続いて、寺町通で突き当ります。
(第175回ブログに出てきます)


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出町通を川端通まで進み、北を向きました。
こちらが、叡山電鉄「出町柳」駅の正面です。
手前が市バスターミナルになっていて、
中にロッテリアのテナントが見えますね。


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川端通から、出町通を西に向いています。
向かい側歩道の先は、高野川に架かる河合橋です。
横断歩道の先に「下鴨神社」の看板が見えます。
今回は、この矢印に従って進んでいきます。


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川端通の横断歩道を渡り、
高野川に架かる河合橋の上から北を向いています。
撮影日の前日には、「五山の送り火」のうち「妙法」の2山が
ちょうどこの先に見えました。
この辺りは「五山の送り火」のベストポジションの一つで、
毎年8月16日なると露店が立ち、たくさんの人で賑わいます。


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河合橋の上から高野川を眺めていると、
シラサギが悠然とたたずんでいました。
この時期の京都では、よく見られる光景です。


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今度は、河合橋から南を向きました。
100m先に今出川通に当たる賀茂大橋があり、
その中間で高野川は賀茂川と合流して鴨川になります。
(賀茂川も鴨川も「かもがわ」と発音するのでややこしいですね)
この写真の先にある合流地点を鴨川デルタと言い、
アニメ好きな方を中心に人気の観光スポットになっています。
この辺りを舞台にした「四畳半神話体系」という作品が
かなり影響を与えていると思います。


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では、この河合橋を渡り切ります。
渡った先の出町通より南が、先述の鴨川デルタです。
また、そのすぐ先に賀茂川に架かる出町橋がありますが、
今回はそのどちらにも向かいません。


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河合橋を渡りました。ここより左(南)が鴨川デルタです。
河合橋と出町橋との中間から、北に伸びる下鴨東通が始まります。
今回ブログでは、こちらを北上していきます。


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出町通から、下鴨東通を北に向いています。
約100m先に大きな鳥居があって、その脇に碑が立っています。
「賀茂御祖神社」(かもみおやじじんじゃ)
そのように書かれていますが、これは下鴨神社の正式な名称です。


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出町通と下鴨東通との角に、こちらの公園があります。
こちらも、下鴨神社の施設になります。
ここには、見事な枝ぶりの桜が何本も植わっています。
実は、下鴨神社は桜も紅葉も絶景になります。


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出町通から、下鴨東通を北に約100m進みました。
こちらは、下鴨神社の一の鳥居です。
ここから北が、下鴨神社の敷地内です。
この道は鳥居の前も後も真っ直ぐ北に伸びていますが、
ここで下鴨東通は大きく東にそれていきます。
(つまり、ここから北は下鴨東通ではありません)


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下鴨神社の一の鳥居の下から、北を向いています。
左(西)側は下鴨神社の関連施設ですが、
右(東)側は普通に民家が続いています。
ただ「下鴨」の民家ですから、一軒一軒はとても立派です。
(「下鴨」は京都随一の高級住宅地です)


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一の鳥居から、北に約150m進みました。
右(東)側の家屋はまるで神社のようですが、一般の方の民家です。
そして、ここから北が鬱蒼とした森になります。
この写真は、クリックすれば拡大できます。


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ただ、この鬱蒼とした森は約80mほどで終わり、
その最北端に御蔭通(みかげどおり)が姿を現します。
そして、ここから北が世界遺産糺の森になります。


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糺の森に向かおうとした途端、
一羽のハトが自分の周りをうろつき始めました。
ちょうどいいので、ここで撮らせていただきました。


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糺の森の入り口の辺りで、御蔭通を西に向いています。
御蔭通は、約100m先で下鴨本通に突き当ります。
下鴨本通は河原町通と同じ通りで、
この近くにある葵橋を境に名称が変わったものです。


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今度は同じ場所から、御蔭通を東に向きました。
約100m先の下鴨東通との交差点に、
京都でも有数の高級料亭下鴨茶寮があります。


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糺の森の入り口に、こちらの白石が積み上げられていました。
これは、式年遷宮の祭事に使うものです。
詳しくは、ここをクリックして下さい。


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糺の森に入ってきました。
ここをずっと進むと、下鴨神社境内に辿り着きます。
しっかりと区切られて道が作られていますが、
これらの木々は全て原生林です。
下鴨神社に付属する聖地ですね。


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御蔭通から糺の森に入って北に約50m進み、西を向きました。
先ほどの写真にあった看板通り、こちらに小さな神社があります。
次は、こちらの河合神社に向かいます。


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河合神社の鳥居をくぐりすぐ南側に、こちらの手水舎がありました。
こちらで手を洗って、神社の中に入っていきます。


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その手水舎の隣に、こちらの三井社がいらっしゃいます。
(重要文化財です)
文字通り3柱が祀られており、左から順に
東社:玉依姫命(たまよりひめのみこと:神武天皇の母)、
中社:加茂建角身命(かもたけつぬみのみこと;玉依姫命の父)
西社:伊賀古夜比売命(いかこやひめのみこと;玉依姫命の母)
となっています。
ちなみに、3柱は下鴨神社の御祭神でもあります。
下鴨神社は山城国の愛宕(祇園や清水寺付近)や
葛野(山ノ内や太秦辺り)を領有していましたが、領地没収の後
そちらにいらした下鴨神社の分社がこちらに移られました。


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三井社を背に、北を向いています。
では、いよいよ河合神社に入っていきます。


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新門をくぐってすぐ目の前に拝殿があるのですが、
その東側にこちらの方丈があります。
こちらは、鴨長明が晩年に暮らし、
「方丈記」を書いたとされる方丈のレプリカです。
実在の「方丈」は、京都府内の丹波高地の奥にありました。
こちらは鴨長明がこの神社と関わりがあることから、
ずっと後になって作られたものです。


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神門の西側には社務所があるのですが、
そちらが茶店も兼ねています。
こちらの主神である玉依姫命が絶世の美人の女神ということで
化粧水が売られていたり、
柑橘系のシロップを水で溶いたジュースを売っていたりして、
けっこう賑わっていました。


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社務所の北側に、六社という祠が並んでいました。
(こちらも、重要文化財です)
諏訪社、稲荷社など、日本各地の神様の分社です。


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さらに北側に、任部社があります。
こちらの御祭神は、八咫烏(やたがらす)です。


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任部社には、京都サンガの公式球が
サイン入りでたくさん奉納されています。
日本サッカー協会の紋章がここの御祭神の八咫烏なので、
ここは近年「サッカーの守り神」としての信仰も集めています。


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任部社の東隣は、貴布禰社(要するに、貴船社)がいらっしゃいます。
こちらは、賀茂川の源流が神格化した貴船神社の分社です。


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そして、こちらが河合神社の本殿です。
御祭神は、玉依姫命です。神武天皇のお母さんですね。
こちらの神社の成立年代は、よく分かっていません。
奈良時代中期(8世紀半ば)の歴史書「続日本紀」には登場するので、
それよりは古い時代の成立です。
(日本で文字が書かれる以前から存在した可能性もあります)
一応下鴨神社の末社ではあるのですが、
歴史的に見て、他の末社と比べても独立性を保っていたようです。
(つまり、河合神社自体が一定の権力を有していたようです)


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河合神社を神門から出て、三井社の前から西側を撮っています。
このすぐ先に下鴨本通が見えますが、
今回ブログではそちらへは向かいません。


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河合神社の三井社の前から、東を向きました。
先ほど使わせていただいた手水舎を別の方が使われていますね。
ここから糺の森に戻って下鴨神社を目指しますが、
そろそろ写真がいっぱいになりました。

今回は、ここまでです。

~次回は、下鴨神社の境内に入っていきます……
鞍馬口通に辿り着くのは、まだまだ先になります~

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第243回 下鴨神社の特別公開~鞍馬口通東から西~その3

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御蔭通(みかげどおり)から、約50m糺の森を北上しました。
この左(西)側に、前回ブログで紹介した河合神社があります。
今回は糺の森をこのまま北上し、下鴨神社を参拝します。
撮影日は、2014年8月17日日曜日午後2時半。
休日の穏やかな午後です。


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糺の森を北上しながら、右(東)を向いています。
木々に隠れて見えないですが、この向こうに高野川が流れています。
糺の森は、原始時代から現代まで手付かずの原生林です。
ですから、様々な木々が折り重なって生えています。


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糺の森を北上しています。
この辺りはカエデは生えていて、秋には絶景になります。
「五山の送り火」の次の日とは言え、晴天の休日です。
たくさんの方々が、辺りを散策されています。
見たところ、大半が地元民ですね。


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今度は、左(西)の方に向きました。こちらは、瀬見の小川と言います。
糺の森には、北から南へ何本か小川が流れています。
下鴨神社境内に「御手洗(みたらし)の泉」があって、
そこから賀茂川に向かって流れ込んでいます。


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今回ブログ最初の地点から、糺の森を約200m北上しました。
写真の左端に、絵を描かれている方がいらっしゃいます。
この日は休日ということもあって、
あちこちで画用紙を広げている方を見かけました。
(時期的に、大半が小学生でした)


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その方が描かれていたのが、こちらの大木です。立派な椋の木ですね。
かなりの老木で中が洞になっていて、支えがないと倒れてしまいます。


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その椋の木の北側に、ベンチが並んでいました。
この道の右(東)側にも泉川という小川が流れていて、
そちらに向いて設置されているようです。


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椋の木から、糺の森をさらに約100m北上しました。
この写真では見えませんが、
このカエデの枝の向こうに下鴨神社の二の鳥居があります。
瀬見の小川に入って涼んでおられる方々がいらっしゃいます。
休日なので、ご近所の方が遊びに来られているのでしょうね。


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さらに約50mほど進みました。下鴨神社の二の鳥居が見えますね。
目の前に東から西へ流れる小川があります。
こちらは奈良の小川で、先述の瀬見の小川の上流にあたります。


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実は奈良の小川沿いに遊歩道があるのですが、
時間がないのでそちらには向かいません。
また、この小川はこのように下に降りられるようになっています。


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では、奈良の小川を渡って下鴨神社二の鳥居に向かいます。
この辺りは少し広間になっていて、たくさんの方がいらっしゃいます。


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広間の左(西)側にこちらの茶店があって、かなり繁盛しています。
こちらの名物「中餅」にも魅かれますが、
この先に「お楽しみ」があるのでここは我慢です。


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広間の右(東)側には、手水舎があります。
次は、こちらで手を清めます。


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では、下鴨神社二の鳥居を通り抜けます。
いよいよ下鴨神社の楼門が見えてきました。


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下鴨神社二の鳥居の北側に、こちらの岩が置かれています。
こちらが、「細石」(さざれいし)です。
「君が代」の歌詞にある「細石の巌(いわお)となりて」のことです。


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細石の北側に、「連理の賢木」(れんりのさかき)があります。
二本の木が上の方でつながって、1本の木になっています。


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そして、この木自体がご神体になっています。
「二つが一つ」ということで、縁結びや恋愛成就のご利益があります。


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連理の賢木の北側に、こちらの相生社がいらっしゃいます。
こちらも、縁結びの神様です。


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相生社の北側に、下鴨神社楼門があります。
では、ここを通り抜けて境内に入っていきます。


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こちらは、楼門に立てかけてあった看板です。
今年は、こちらも「夏の特別公開」を行っています。
このブログでも、昨年の六道珍皇寺には訪れました。


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下鴨神社楼門をくぐり、北を向いています。
目の前の舞殿の向こうに中門があって、その先に本殿があります。


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舞殿の右(東)側に橋殿や細殿があるのですが、
その間に御手洗川(みたらしがわ)という小川が流れています。
先ほどの瀬見の小川や泉川の上流ですね。
目の前に太鼓橋がありますが、
その橋の袂が尾形光琳の「紅白梅図屏風」のモデルです。


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その太鼓橋から、さらに東に進みます。
北を向くと、向こうに祠が見えます。次は、そちらに向かいます。


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その祠の前が水が溜まっていて、何人かの方が涼を楽しんでいます。
こちらが「御手洗の池」で、この辺りの小川の源流です。
葵祭の斎王が、毎年祭の前にこちらで禊(みそぎ)をします。


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「御手洗の池」の東側に、こちらの祠がいらっしゃいます。
こちらは御手洗社(みたらししゃ)で、
この祠の下の泉が、「御手洗の泉」です。
この泉に湧く水泡が、「みたらし団子」の元になっています。
(つまり、ここが「みたらし団子」発祥の地です)


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御手洗社の前から、御手洗池を見ています。
次は、御手洗川の北側を西に進みます。


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御手洗の池の北側から、西へ歩いていきます。
太鼓橋の向こうに、先ほどの楼門が見えます。


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その太鼓橋の前で、西を向きました。この先に中門が見えます。
そこをくぐると、様々な祠と本殿があります。


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では、中門をくぐります。
いよいよ下鴨神社の本殿へと向かいます。


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中門をくぐってすぐ前に、たくさんの祠が並んでいます。
こちらは「言社」(ことしゃ)で、自分の干支をお参りする祠です。
自分も、午(うま)の祠にお参りします。


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その祠の南西に、こちらの建物があります。
こちらは重要文化財ですが、結婚式場でもあります。
(現在も、使われています)


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「言社」の北側にあるこのすだれの向こうが、下鴨神社の本殿です。
(国宝です)
すだれで分かりにくいのですが、
ここの本殿は東西に2柱いらっしゃいます。
東殿の御祭神が、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)で、
西殿の御祭神が、玉依姫命です。(河合神社の御祭神でもあります)
賀茂建角身命の娘で、神武天皇の母ですね。

前回ブログの河合神社同様、下鴨神社も成立年代が不明です。
「続日本紀」(日本書紀の続編)には、
西暦700年前後にこの辺りで葵祭を行っていた記録が残っています。
ですから、少なくとも飛鳥時代よりは古い時代からあったようです。
ここは弥生時代からこの地を支配していた賀茂氏(鴨氏)だけでなく、
飛鳥時代から京都盆地西側を支配していた秦氏との関連もあります。
秦氏と言えば第41回ブログで紹介した松尾大社も、
平安時代以前からいらした「古い形の神道」を残す神社です。
そして、この2社が平安時代では「別格」の神社でした。


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下鴨神社本殿の西側は普段は入れないのですが、
今の期間だけ600円払えば中を拝観できます。
(先ほどの看板の「特別拝観」のことです)
ここを通ると、すぐ西側にいらっしゃる三井社に参拝しました。
(前回ブログの河合神社にもいらっしゃいましたね)
さらに西側にある大炊殿(おおいどの)は、供物を調理する施設です。
その脇に井戸があって、周囲にはたくさんの薬草が生えています。
その辺りは一部撮影不可で、ややこしいので一切写真はありません。


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「特別拝観」の終了地点はもっと西側になります。
ですが、ややこしいのでいったん本殿前に戻って撮影再開です。
では、またこの中門をくぐって外に出ます。


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中門から出て、西を向いています。
白黒の垂れ幕がかかっているのは神服殿で、
ここも「特別拝観」の対象でした。
今上天皇がこちらに御幸された際、ここで休まれました。
白くの垂れ幕は葬式をイメージしますが、
古代では最も神聖な色とされたためここでも使われています。
(紫を神聖視するのは、中国の影響です)


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神服殿の前から、西を向きました。
右(北)側に社が見えますが、ここが先述の三井社です。


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先ほどの地点から約10m西に進み、三井社の前で北を向きました。
普段なら、ここからお参りをします。
ただ、今はこの先にもたくさんの参拝者がいらっしゃいます。
(自分も、先ほどまでそちらにいました)


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三井社から西に進み、下鴨神社の西側鳥居を通り抜けました。
右(北)側に注連縄付きの門がありますが、こちらが大炊殿です。
特別拝観をする人はいったんここから出て、神服殿に向かいます。


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先ほどの写真に写っていた門を出て、西を向いています。
ここは下鴨神社の西側参道なのですが、
鞍馬口通は事実上ここから西に伸びています。
ようやく今回の主題である鞍馬口通に辿り着きましたが、
だいぶ写真を貼りつけました。

今回は、ここまでです。

~次回は下鴨本通を通り抜け、
京の七口の一つ「鞍馬口」を目指します~

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第244回 下鴨神社の門前~鞍馬口通東から西~その4

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下鴨神社の中門や三井社の前を西に進み、西門から西を見ています。
この辺りは「西側参道」と呼ばれていますが、
そのままつながっていることからここから事実上の「鞍馬口通」です。
今回は下鴨本通を散策した後、賀茂川に架かる出雲路橋を目指します。
撮影日は、2014年8月17日日曜日午後4時。
結局「鞍馬口」まで辿り着きませんでした……


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下鴨神社西側の「西側参道」には、幾柱かの末社がいらっしゃいます。
こちらは印納社で、かつての賀茂斎院御所(斎王が暮らした場所)です。
御祭神は印壐大神(おしでのおおかみ)と
倉稲魂神(くらいなたまのかみ)の2柱です。


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印納社の向い(南)側に、2基の祠が並んでおられてます。
西側が稲荷社(宇迦御魂神が御祭神)で、
東側が愛宕社(火産霊神が御祭神)です。
どちらも加茂斎院御書やその関連施設の守護神でした。
その賀茂斎院御所と関連施設は、
1467年~1477年の応仁の乱で焼失後廃されました。


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下鴨神社の西側参道は、約70mで終わります。
見た目は突き当りですが、ここから本格的に鞍馬口通が始まります。


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突き当りの建物の北側から、さらに鞍馬口通が西に伸びています。
10mほど先に、鞍馬口下鴨本通の交差点があります。


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こちらが、鞍馬口下鴨本通交差点です。
葵祭のときは神社からここまで通った巡礼の列が
この交差点で下鴨本通を北上し上賀茂神社を目指します。


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鞍馬口通から、下鴨本通を南に向いています。
下鴨本通は、約600m南にある葵橋以南で河原町通になります。
目の前に、205系市バスの「下鴨神社」バス停があります。
ここから下鴨神社まで、100mもありません。


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鞍馬口下鴨本通交差点南西角に、コンビニエンスストアがあります。
葵祭のときは、この店が露店を出しています。


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下鴨本通の横断歩道を渡って、鞍馬口通を西に進んでます。
交差点の北西側に、喫茶店「カフェ・ウッディタウン」があります。
ちょっと、こちらに寄ってみます。


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こちらには、2014年の5月15日に雨宿りがてらに寄りました。
そのとき結構おいしかったので、今回も寄りました。
前回同様に、今回もワッフルとコーヒーを頼みました。


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今度は、ワッフルをアップにしました。
こちらは、メープルシロップをかけていただきます。
このワッフルは、一枚一枚ここのマスターが焼いています。
丁寧に作られているのが、特徴ですね。


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「カフェ・ウッディタウン」の前で、下鴨本通を北に向いています。
少し先に「氷」の垂れ幕が見えます。今からそちらに向かいます。


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その垂れ幕は、「賀茂みたらし茶屋」の前で揺れていました。
元々下鴨神社の供物だったみたらし団子を
日本で初めて売り物として出した茶店です。
(つまり、事実上みたらし団子発祥のお店です)
葵祭の日ほどではありませんが、それでもそこそこ満員でした。


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ワッフルを食べたところなので、
ここでは食べずにみたらし団子を家に持って帰りました。
ここのみたらし団子は、1串に5個刺さっています。
これは、「人体」を表しています。


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「賀茂みたらし茶屋」のほぼ店先で、下鴨本通の車道を見ています。
実は2014年5月15日に、ここで葵祭の巡行を見ていました。


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「賀茂みたらし茶屋」から約100m南に進みました。
また、鞍馬口下鴨本通交差点に戻ってきました。


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下鴨本通から、鞍馬口通を西に向いています。
第241回ブログで書いたとおり鞍馬口通は中世の幹線道路でしたが、
現在はそれほど広い道幅にはなりません。


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下鴨本通から、鞍馬口通を西に約70m進みました。
ここで、また突き当りに出会います。
ここの写真は西日で真っ白になっているか
傾いているかのどちらかしか撮れなかったのですが、
「究極の選択」でこちらを載せました。


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その「突き当り」の場所まで来ました。
実は、ここはこのように筋違いの辻になっています。
この辺りで鞍馬口通と交差しているのは、下鴨中通です。


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下鴨中通から、鞍馬口通を西に向いています。
この辺りの鞍馬口通は、多少蛇行しています。
寺町通よりも東は、京都市街地でも「碁盤の目」にはなっていません。


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下鴨中通から、鞍馬口通を約20m進みました。
なかなか味のある京町家の西隣に、
「賀茂みたらし茶屋」の製造所があります。
みたらし団子は、ここで作られています。


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その地点から、約20m西に進みました。
この米屋さんの角で、鞍馬口通は西から西南西に進路を変えます。


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その米屋さんがある角で、鞍馬口通から北を向いています。
この道には、おそらく名前がありません。
この道は、約600m先の北大路で突き当ります。


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今度は米屋さんの前で、鞍馬口通を西南西に向きました。
もう少し先に賀茂川に架かる出雲橋がある都合で、
この辺りだけ例外的に鞍馬口通は道幅が広くなります。


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米屋さんの前から、鞍馬口通を約50m進みました。
コインランドリーの向こうに、銭湯が見えます。
京都でも少しずつ銭湯が姿を消し始めていますが、
この鞍馬口通は特に銭湯が多く残っている通りです。


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その銭湯の前から、鞍馬口通を西南西に向いています。
この写真では何も写っていませんが、
自動車がよく通るので撮影がよく中断されました。
また、時間帯の関係で西日が強くて上手く撮れません。


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銭湯の前から、鞍馬口通を西南西に約50m進みました。
こちらにも、お地蔵さんの祠がいらっしゃいます。
いつも通り、撮らせていただきます。


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そのお地蔵さんの少し先に、下鴨西通との交差点があります。
もうほとんど賀茂川沿いと言っていい場所ですね。


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鞍馬口通から、下鴨西通を南に向いています。
賀茂川沿いの道であるため、道幅以上に交通量が多い通りです。
このまま進むと、葵橋付近で下鴨本通(河原町通)と合流します。


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今度は、下鴨西通を北に向きました。
ずっと先に丹波高地が見えていますが、
この道はその丹波高地山中の雲ケ畑まで続いています。


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鞍馬口下鴨西通交差点から西を向くと、
賀茂川に架かる出雲路橋になります。
ここを渡ったところが京都七口の一つ「鞍馬口」なのですが、
そろそろ写真をだいぶ貼り付けたので、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、「鞍馬口」を通り抜けて上禅寺を目指します~

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第245回 鞍馬街道の起点~鞍馬口通東から西~その5

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下鴨神社から、鞍馬口通を西に約400m進みました。
ここは、賀茂川に架かる出雲路橋です。
今回はこの橋の西詰めにある京の七口の一つ鞍馬口を見て回り、
さらに西側のかつて御土居があった場所を通り抜けます。
撮影日は、8月17日日曜日午後4時半。
さらに西日が撮影の邪魔になってきました。


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出雲路橋を西に向かって歩いています。
賀茂川の中間点で、「京都市左京区下鴨」から
「京都市北区出雲路」に替わってきます。


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出雲路橋の上で、東側を振り返りました。
家並みの上に、大文字山が見えます。
第242回ブログで出てきた出町柳からこの辺りにかけてが、
「五山の送り火」の絶景ポイントになります。


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出雲路橋の上から、賀茂川の北(上流)側を向いています。
この日(2014年8月17日)は快晴でしたが、
「五山の送り火」が行われた前日(2014年8月16日)は
記録的な豪雨が降りました。
そのため、川の水量がいつもの何倍にもなっています。


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出雲路橋から、賀茂川西岸を見ています。
丸太町通より上流は、このようにずっと公園になっています。
時折グランドがあって、野球やサッカーの練習風景が見られます。


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では、出雲路橋を渡ります。賀茂川西岸に、加茂街道が走っています。
この辺りが、中世(室町時代)の関所の一つ「鞍馬口」になります。


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賀茂川を渡って出雲橋西詰めに来ました。
鞍馬口通の両側で、百日紅(さるすべり)が満開でした。
百日紅と言えば京都では豊国神社が有名ですが、
他にも何か所かきれいなところもあります。


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鞍馬口通の南側に公衆トイレがあって、(百日紅並木の西側です)
そのさらに西側つまり加茂街道沿いに、こちらの碑が立っていました。
「下鴨神社」を「下賀茂社」と書いていますね。


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その石碑で、東に向きました。つまり、加茂街道から見ています。
「賀茂御祖神社」(かもみおやじじんじゃ)は下鴨神社の正式名称です。
まぁこの道の突き当りに下鴨神社があるので、
ここにこの石碑があるのはそのためでしょうね。


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加茂街道から、鞍馬口通を東に向いています。
(つまり、今まで歩いてきた道を見ています)
出雲路橋のずっと向こうに、ひときわ高い山が見えます。
あちらが比叡山で、頂上から滋賀県側に下りたところに
天台宗本山の延暦寺があります。
そして、ここが京の七口の一つ「鞍馬口」です。
(「鞍馬口」を起点とする鞍馬街道は、ここから東に伸びていました)


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加茂街道と賀茂川との間に、このような石碑が立っていました。
(「下鴨神社」の碑の北側です)
鞍馬口について書いてあると思いきや、
「志波の桜碑」と書いてありました。
こちらは、1905年に日露戦争の戦勝記念のために植えられた
桜並木の記念碑です。
ですから、この辺りは春になると絶景になります。


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その記念碑の裏側に、こちらがいらっしゃいました。
多分、アブラゼミですね。


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さらに、その記念碑から賀茂川西岸の公園に入ったところに
こちらの碑がありました。
「出雲路」とは、「鞍馬街道」の別称です。
つまり、ここから東に鞍馬街道が伸びており、
ここから西が京都市街地になりました。


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鞍馬口通から、加茂街道を北に向いています。
この道は賀茂川沿いをずっと北上して、
前回ブログに出てきた下鴨西通と合流後京都市北区雲ケ畑に至ります。
ちなみに、葵祭巡行のとき北大路~御薗橋間でこの道を通ります。


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今度は鞍馬口通から、加茂街道を南に向きました。
この道は賀茂川沿いに南東に伸びていて、
葵橋西詰めにある出町升形商店街の前で河原町通と合流します。
加茂街道はこの辺りの幹線道路なので、
かなり交通量が多いですね。


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加茂街道から、鞍馬口通を西に向いています。
そして、この辺りから「京都市北区出雲路」となります。
豊臣秀吉は鴨川西岸沿いに御土居を建設していましたが、
この「鞍馬口」はその御土居が切れていて、
京都市街地に入れるようになっていました。
次は「鞍馬口」を後にして、ここを西に向かいます。


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加茂街道から、鞍馬口通を西に約10m進みました。
実は前回ブログ米屋さんの前から、
鞍馬口通はこの辺りまで西南西に伸びていました。
それが、この辺りから真西に進む道になります。
地図を見ると「京都市北区出雲路」は、
寺町通と賀茂川にはさまれた細長い地域とわかります。
つまり、この「京都市北区出雲路」こそが
豊臣秀吉が建設した御土居の跡地の一部なのです。


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加茂街道から鞍馬口通を西に約70m進み、南を向きました。
では、この浄土宗西光寺に入っていきます。


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西光寺に入る前に、先ほどの写真に写っていた地蔵堂にお参りします。
お堂の中には白塗りの大地蔵菩薩像がいらっしゃるのですが、
さすがに直接の撮影は遠慮しました。


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では、この細い参道を南に進み西光寺の境内に入ってきました。
ここは参道は狭いですが、中は割と広くなっています。


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西光寺の参道の途中で、西を向きました。
この寺院の境内は、半分くらいが駐車場になっています。
その先に塀がありますが、その向こうは墓地のようですね。


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駐車場の南側に、弁財天堂と
末社の祠(たぶん稲荷社)がいらっしゃいます。
本来ならそちらにお参りするのですが、
今回はちょっと遠慮しておきます。


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と言いますのも、弁財天堂の前でこちらがお休みされていたからです。
気持ちよく眠っているのを無理に起こすのも気の毒なので、
今回はそちらには近づかないことにしました。


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弁財天堂の東側に、浄土宗西光寺の本堂があります。
調べたのですが、この寺院の詳しい沿革は分かりませんでした。
実は、この寺院は第183回ブログで紹介した天寧寺の東隣にあります。
(ただし、入り口が全然違う場所なので直接移動はできません)
もしかすると、関連した寺院かもしれません。
(ただ、宗派は全然違います)

先述のとおり、この辺りは豊臣秀吉が建造した御土居の中になります。
御土居が取り払われた江戸時代の古地図を見ると、
住居を持たない方々がこの辺りに集まって集落を作っていました。
その方々との関連は多分あるでしょう。

また、街道の起点や川沿いには
無縁仏を祀る寺院が作られることが多いです。
(ここは、賀茂川沿いの「鞍馬口」の横ですし)
その関連も考えられますが、実のところはよく分かりません。


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西光寺の本堂を背にして、北を向いています。
では、ここから鞍馬口通に戻ります。


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西光寺の前で、鞍馬口通を西に向いています。
この辺りは、まだまだ安土桃山時代には御土居だった所です。
(当時は、この両脇に10mほどの高さの土手がありました)
また、当時はこの鞍馬口通が京都市街地の最北端でした。


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西光寺の前から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
南に向くと、鞍馬口通沿いの駐車場の向こうに天寧寺が見えます。
ただし天寧寺の入り口は寺町通沿いなので、ここからは入れません。
この天寧寺は御土居に隣接した寺院でしたので、
「御土居跡」を完全に通り抜けたことになります。


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その駐車場から、鞍馬口通をさらに西に約50m進みました。
加茂街道から烏丸通にかけて「鞍馬口商店街」となっていて、
この辺にもいくつか商店が並んでいます。
ただ、この日は休日なので大半が閉まっていました。


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さらにさらに、鞍馬口通を西に約50m進みました。
コインランドリーの西隣に、また寺院が見えてきました。


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ここが第184回ブログでも紹介した浄土宗千松山遍照院上善寺です。
他の京都の多くの寺院同様寺町通沿いにあるのですが、
このように「鞍馬口」から歩いてくるとまた印象が違ってきています。


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上善寺の門から境内に入ってきました。
すると正面に、大きな祭壇が現れました。
撮影日の1週間後の2014年8月24日日曜日に、
京都市内では各町内で「地蔵盆」が行われました。
この寺院では、毎年その「地蔵盆」を盛大に行います。
こちらは、そのための施設です。


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門から入ったところに、こちらの天道大日如来がいらっしゃいます。
(大日如来も、お地蔵さんの一種と考えられます)
元々は、もっと大きな石仏だったと考えられています。


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上善寺境内の東側に、こちらのお地蔵さん(石仏群)と
地蔵堂がいらっしゃいます。
地蔵堂の大地蔵菩薩は元々深泥池畔にいらして、
「深泥地蔵」と呼ばれています。(「京の六地蔵」の1体です)


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地蔵堂に、こちらの呪符が付けられていました。
こういうのも、「地蔵盆」仕様なのでしょうね。


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こちらが、上善寺の本堂です。この日も、中には入れません。
こちらの詳しい沿革は、第184回ブログを参照にしてください。
実はかなり由緒のある寺院なのですが、
地蔵盆以外にはあまり参拝者が来られません。
京都には、そういう寺院がまだまだたくさんあります。


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では、上善寺を出ます。
そう言えば、だいぶ歩いて少し疲れました。


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そして、上善寺の門から南を向いています。
目の前に、第183回ブログで立ち寄った「フェルメール」があります。
今回も、ここに寄ります。


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こちらが、「フェルメール」の店内の様子です。
何枚かの絵画に囲まれて、上禅寺の土塀を見ながらの食事になります。
こちらは、カレーがおいしい店です。
この日も、夏野菜カレーとイチゴオーレのセットを頼みました。


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こちらが、夏野菜カレーのアップです。
こちらのカレーはやや辛めで、第54回ブログに出てきた
arrowsのカレーと味が似ています。


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「フェルメール」を出て、鞍馬口通を西に向いています。
目の前の銭湯の手前から南に、寺町通が伸びています。
烏丸通に進む前に寺町通を少しだけ南下するつもりだったのですが、
午後5時をだいぶ回って西日のせいで撮影が厳しくなってきました。
そのため、この日の撮影はここまでとします。

今回は、ここまでです。

~次回は天寧寺に寄った後、烏丸通を目指します~

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第246回 天寧寺の借景~鞍馬口通東から西~その6

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寺町通から、鞍馬口通を西に向いています。
あと300mほどで、烏丸通にある地下鉄の駅ですね。
今回はこの南にある天寧寺に寄った後、
地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅まで進みます。
撮影日は、2014年9月2日火曜日午後3時。
今回は、第183回ブログとほぼ同じ道をたどります。


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鞍馬口通から、寺町通を南に向いています。
左(東)側に前回ブログで立ち寄った「フェルメール」があって、
右(西)側に、「鞍馬湯」という銭湯があります。
次はここから寺町通を南に進み、天寧寺を目指します。


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鞍馬口通から、寺町通を南に約100m進みました。
この辺りの寺町通は、2車線と比較的広くなっています。
左(東)側に、白い土塀の寺院がありますね。ここが曹洞宗天寧寺です。


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そして、こちらが曹洞宗天寧寺の三門です。
両脇の生け垣は柚子ですが、この季節は葉が生い茂っています。
(果実が生るのは、12月頃です)


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天寧寺の境内に入る前に、三門の前で撮りました。
こうして見ると、門が額縁になってまるで一幅の絵画です。
境内の庭園だけでなく、比叡山が借景となってそれが見事です。
ここは「額縁の比叡山」と呼ばれていて、有名な絶景ポイントです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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三門をくぐって左(北)側に、こちらのお堂があります。
ここには後水尾天皇夫妻の持念仏であった観音像がいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りです。


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次は、三門の右(南)側の末社にお参りです。
こちらは「まんじ稲荷」社ですが、沿革はよく分かりません。


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観音堂の右(東)側に萱(かや)の木が生えていて、
その背後にこの天寧寺の本堂があります。
こちらの詳しい沿革は、第183回ブログを参考にしていください。
京都では珍しい曹洞宗の寺院ですが、
福島県会津若松市から当時の大名が移転させたものです。
江戸時代初期からここにありますが、
17世紀半ばの天明の大火で一度全焼しています。


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本堂よりさらに左(東)に、こちらの建物があります。
ここは、この寺院のプライベートスペースです。
毎年春になるとこの辺りの枝垂桜が咲き誇って、
なかなかの絶景になります。


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天寧寺の本堂の前から、西を向いています。
では、ここから寺町通に出ます。


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天寧寺の前から、寺町通を南に向いています。
この天寧寺以南が、京都市上京区になります。
(天寧寺は、「京都市北区 出雲路」にあります)
天寧寺より約100m南に白い土塀が見えますが、
そちらが浄土宗西園寺です。
とは言え、ここから南に行くともう「鞍馬口通編」ではなくなります。
ですから、ここで鞍馬口通に戻ろうと思います。
(西園寺は、第182回ブログを参照)


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今度は天寧寺の前から、寺町通を北に向きました。
では、ここから鞍馬口通に戻ります。


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寺町通を北上して、鞍馬口通との辻に来ました。
目の前の土塀が前回ブログで立ち寄った上禅寺です。
その左(西)隣が、上禅寺の駐車場です。
さらに右(東)側の赤い建物が、前回立ち寄った「フェルメール」です。


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そして、上禅寺の駐車場の西側にさらに北に進む細い道があります。
(駐車場とアパートとの間です)
ここを進むと、すぐに寺町通が復活します。
(第185回ブログの道順です)


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鞍馬口寺町南西角に、こちらの銭湯「鞍馬湯」があります。
ウチからはだいぶ遠いのですが、以前から時々入りに来ています。
かなり古い形を残していて、割とお気に入りの銭湯です。
いつも人のよさそうなお婆さんが番台に座っていて、
こちらの話をニコニコして聞いてくれます。
この日もここに入っていきましたが、(午後3時から開いています)
何分「お風呂」ですので写真とかは一切ありません。


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鞍馬湯の前から、鞍馬口通を西に向いています。
では、ここから烏丸通を目指します。


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鞍馬湯から約50m西に進むと漬物屋さんがあって、
その西側に南に伸びる道があります。
(上御霊神社の東側に面した通りです)
ここから約20m南に、「京都出雲路郵便局」があります。


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その漬物屋さんの前から、鞍馬口通を西に向きました。
第184回ブログでも紹介した閑臥庵(かんがあん)がありますね。


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こちらが、その閑臥庵です。黄檗宗みたいな中国風の門ですね。
(ここは黄檗宗ではありません)
この寺院の沿革は、第184回ブログを参照してください。
精進料理を食べさせてくれる寺院は時々ありますが、
こちらにはバーもあって、お酒を飲むような夜間しか開いていません。
寺院の中でも、かなり変り種です。


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閑臥庵の前から、鞍馬口通を西に向いています。
では、またここから西に進んでいきます。


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閑臥庵から、鞍馬口通を西に約40m進みました。
こちらは日用品を売っている雑貨屋さんですが、
「水卒塔婆」とかも売っているのは地域性でしょうか?
看板の「丸に鞍の文字」は、この辺の商店街のエンブレムですね。


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その雑貨屋さんの3軒西が、「幸楽屋」という創作和菓子屋さんです。
個人的には、ここは京都でも屈指の名店と思っています。


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「幸楽屋」と言えば、名物は「金魚鉢」です。
金魚鉢型の葛菓子ですが、
中に小豆餡で作った金魚と水藻が細かい細工で入っています。
ただ、それは夏季限定のお菓子で9月は販売していません。
そこで、こちらを買いました。
常用饅頭は、時期的にうさぎを模っています。
赤い道明寺餅は、甘さ控えめで上品な味でした。
(緑のきんとんは、ウチの母が食べたのでよく分かりません)


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創作和菓子屋の「幸楽屋」の前で、鞍馬口通を西に向きました。
では、和菓子を片手にここを進んでいきます。


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「幸楽屋」の前から、鞍馬口通を約70m進みました。
こちらの酒屋さんも味があるので、
何度もうちのブログで紹介させていただいています。


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その酒屋さんの前で、鞍馬口通を西に向きました。
右(北)側に赤茶けた土塀が見えます。あちらも浄土真宗の寺院です。


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この右(北)側が、その浄土真宗大谷派明光寺です。
完全非公開のため、沿革は全く分かりません。
この寺院より西は烏丸通が近いせいか、飲食店が急に増えてきます。


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明光寺から、鞍馬口通を約50m進みました。
飲食店が何軒も並んでいますね。
いよいよ烏丸通との交差点に近づいてきました。


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鞍馬口通から、烏丸通を北に向いています。
京都銀行の近くに、地下鉄のへと降りる階段があります。
この辺りは駅前ということもあって、比較的賑やかです。


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今度は鞍馬口通から、烏丸通を南に向いています。
西側歩道に、大きな商店が見えますね。
あちらは、地域スーパーの「鞍楽HOWDY」(クララハウディ)です。
この店の周囲にも、たくさんの商店が並んでいます。


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鞍馬口通から、烏丸通を約100m下りました。
この東側歩道にも、地下鉄「鞍馬口」駅への階段が見えてきました。


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こちらが、その地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅への階段です。
では、今回はここから帰宅します。

今回は、ここまでです。

~次回は、鞍馬口通を烏丸通から堀川通まで進みます~

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第247回 お地蔵さんが並ぶ道~鞍馬口通東から西~その7

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今年何度目の登場でしょうか?地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅です。
ただ今回は上御霊神社には寄らず、このまま鞍馬口通を西に進みます。
たぶんこの辺りが鞍馬口通で一番賑やかですね。
撮影日は、2014年9月8日月曜日午後3時。
気温も下がり、穏やかな秋晴れの日でした。


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何度も撮影しているので、駅構内の細かい様子はとばします。
とりあえずホームから階段を上がってコンコースにやって来ました。
そして、こちらの改札口から駅の外に出ます。


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地下鉄「鞍馬口」駅の改札を出て、右(南)を向きました。
ここは鞍馬口烏丸交差点のちょうど真下ですが、
地上に出るにはここから北か南に約100m移動しなければいけません。


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そして、地下鉄「鞍馬口」駅から地上に出ました。
(前回ブログの最後の地点ですね)
北を向くと、約100m先に鞍馬口烏丸交差点があります。


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ただ、今回は南側にある上御霊前通から烏丸通を渡ります。
これには小さな理由がありまして……


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烏丸通西側歩道の上御霊前通を少し北に上がったところに、
洋菓子店と「にんじんと豆の木」という惣菜屋さんがあります。
お目当ては、こちらの惣菜屋さんです。


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上御霊前通から横断歩道を渡り、烏丸通西側歩道を北上しました。
では、こちらの「にんじんと豆の木」店内に入っていきます。
こちらは、京野菜と有機野菜をメインにしたお店です。


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こちらが、「にんじんと豆の木」で買った惣菜です。
左側は焼き野菜で、一見シイタケなのは賀茂ナスです。
他にかぼちゃとサツマイモも入っています。
右側は、鶏の甘酢あんかけでした。
中央のキムチは、その日の晩のお鍋に使いました。


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さらに北上して、鞍馬口烏丸交差点に戻ってきました。
ここからまた、西へ西へと進みます。


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鞍馬口烏丸交差点南西角に、こちらの地域スーパーがあります。
この「鞍楽HOWDY」(クララハウディー)は、
肉野菜はもちろんお惣菜が充実しています。
ただ、さっき惣菜(自分の昼食)を買ったところなので先を急ぎます。


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烏丸通から、鞍馬口通を西に向いています。
左(南)側は先ほどの「鞍楽HOWDY」なのですが、
対して右(北)側は様々な商店が並んでいます。
今からここを進みますが、ここから西はこのブログで初めてです。
(実は、よく通る道なのですが)


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「鞍楽HOWDY」の西端まで来ました。周囲には商店が多くあります。
その地域スーパーの駐車場に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
鞍馬口通も、辻ごとにお地蔵さんがたくさんいらっしゃいますね。


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そのお地蔵さんの前で、鞍馬口通を西に向いています。
向こうに見える軽自動車の裏側から、室町通が南に伸びています。
室町通は鞍馬口通でつき当たるのではなく、
少し西にずれてまた筋違いに北に伸びています。


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鞍馬口通から、室町通を南に向いています。
ここから約3㎞南に進むと、祇園祭の役行者山に辿り着きます。
南東角に京町家を改装した喫茶店があります。
では、ちょっとここに寄り道します。


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こちらは、plangipaniというお店です。
入り口を入るとすぐに土間で、そこにテーブルと調理場があります。
この写真はすぐ奥にある座敷で、ここも入ることができます。
(自分は、土間のテーブル席に就きました)
その奥を見ると、坪庭があって脇に手洗があります。
京町家内部の典型例の一つですね。


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先ほどの写真は暗く写りましたが、この写真は明るく写りました。
自分は土間のテーブル席で、チーズケーキとニルギリを頼みました。
こちらのチーズケーキは、それほどチーズが濃厚ではありません。
ですから、コーヒーより繊細な紅茶が合います。


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「plangipani」の前(室町通)から、鞍馬口通を西に向いています。
この辺りからだんだん商店の数がまばらになってきますね。


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先ほどの地点から、鞍馬口通を西に約70m進みました。
マンションの片隅に、小さなお地蔵さんがいらっしゃいました。
お花の白と黄色が鮮やかできれいですね。
たぶん毎日替えている方がいらっしゃるのでしょう。


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先ほどのお地蔵さんを背に、北を向きました。
ここから北に、室町通がまた伸びています。
こちら側の辻にも、お地蔵さんがいらっしゃいます。
両方に、お参りを済ませました。


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北に伸びる方の室町通の前から、鞍馬口通を西に向きました。
この辺りは、アパートと京町家が混在する状態です。
その町家の何割かは、中を改装して飲食店になっています。


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先ほどの地点から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
北側に、赤レンガの駐車場が見えてきました。
上を屋根で覆う形式の駐車場は治安上よくないのかもしれませんが、
こういう建物は個人的に好きなので
いつまでも残っていてほしいですね。


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その「鞍馬口ガレージ」の前から、鞍馬口通を西に向いています。
すぐ先に、大きな敷地が見えます。ちょっとそちらを覗いてみます。


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こちらは、「擁翠園」(ようすいえん)という庭園です。
元々は、室町幕府管領の細川満元が
金閣建築の際の余材で建立した邸宅がありました。
満元の死後いったん寺院となりますが、
徳川家康がその寺院を南禅寺の末寺とした上に移築し、
後藤長乗という彫金師にこの地を下げ渡しました。
長乗は加賀前田藩などの支援を受け、ここに大庭園を造営しました。
ここには琵琶湖を模した池や様々な趣向を凝らした施設がありますが、
現在ここは化学系企業の研究施設になっていて非公開です。
(ここのガードマンの許可を取って写真を撮らせていただきました)


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「擁翠円」の西隣は、看板が出ていませんが自転車屋さんです。
ウチの自転車も古くなってきたので、
こういうお店をたくさん知っておかないといざというときに困ります。


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その自転車屋さんの前から、鞍馬口通を西に向きました。
すぐ先が、新町通との辻になっています。


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鞍馬口通から、新町通を南に向いています。
ここから約1km南に進むと同志社大学があって、
さらに2kmほど南に進むと祇園祭の鉾町に出ます。


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今度は鞍馬口通から、新町通を北に向きました。
すぐ先で突き当たっているように見えますが、本当は左(西)にずれて
京都教育大学付属学校の間を通ってさらに北に伸びていきます。


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こちらは、先ほどの写真にも写っていた
鞍馬口通から新町通を北に
約10m進んだところにいらっしゃるお地蔵さんです。
こちらにもお参りして、また鞍馬口通に戻ります。


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新町通から、鞍馬口通を西に向いています。
約30m先から、進路が真西から西北西に曲がっています。


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新町通から鞍馬口通を西に約30m進み、西北西に曲がりました。
約20m先に郵便局と酒屋さんがあって、その辺りは少し賑やかです。


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こちらがその「京都小山中溝郵便局」です。
まだ4時前なので、中には人がいらっしゃるようです。


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京都小山中溝郵便局の前から、鞍馬口通を西北西に向きました。
ここから紫明通と交差する辺りまで、商店などは一切ありません。



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さらに鞍馬口通を西に進んでいます。
向こうに大通りが見えますが、
それは堀川通ではなく元来はここと平行に伸びる紫明通です。


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京都小山中溝郵便局の前から、鞍馬口通を西北西に約50m進みました。
北側に空き地があって、そのすぐ向こうは紫明通です。
(街路樹の向こうには、京都教育大学付属小学校の運動場が見えます)
鞍馬口通は西北西に、紫明通は西南西に伸びるので、
この二つの道がだんだん近づいているのが分かります。


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今度は同じ場所で南を向きました。
この路地のずっと奥に、お地蔵さんが見えます。
こちらもお参りしたのですが、さらにその向こうに瓦屋根が見えます。
実は、この南に妙覚寺という大きな寺院があります。
恐らくこの屋根はその末寺の善明院でしょうね。
ただそちらに行くと鞍馬口通から外れてしましますので、
今回はそちらには参りません。


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お地蔵さんが見える路地の前で、鞍馬口通を西に向きました。
もう紫明通がだいぶ近くに見えるようになりました。


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その路地から鞍馬口通を西に約30m進みました。
こちらにも、お地蔵さんがいらっしゃいます。
よく考えると、今回6体目の登場です。
実は、ウチのブログのお地蔵さん登場回数の新記録です。


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そのお地蔵さんから、鞍馬口通を西に約30m進みました。
ここで、鞍馬口通は紫明通にいったん吸収されます。


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その地点に、地域スーパーの「生鮮館 なかむら紫明」があります。
2F以上は雑居ビルになっていて、飲食店などが入っています。


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その紫明通に鞍馬口通が吸収された辺りで、西を向きました。
ここはまだ堀川通に至っておらず、1本東の小川通との交差点です。
ここから西を見ると、紫明堀川交差点より西に道が伸びています。
ここは紫明通ではなく、鞍馬口通です。
ですからまた西へと進んでいくのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、船岡山より東にある大宮通付近の神社をいくつか回ります~

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第248回 北を守る玄武神社~鞍馬口通東から西~その8

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小川通から、鞍馬口通を西に向いています。
ここで鞍馬口通はいったん紫明通に吸収されますが、
すぐ西の堀川通でまた鞍馬口通は復活します。
今回は、大宮通経由で玄武神社に向かいます。
撮影日は、2014年9月11日木曜日午後4時。
また西日を気にしながらの撮影です。


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鞍馬口通から、油小路を北に向きました。
すぐ目の前に大通りの紫明通があって、その先にずっと伸びています。


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油小路が突き当たる「生鮮館 なかむら紫明」の雑居ビルには、
たくさんの飲食店が入ってます。
そして、そのビルの西側から南に小川通が伸びています。


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鞍馬口通から、小川通を南に向いています。
ここを南に約200m進んだところにある上御霊前通に
妙覚寺という大きな寺院があります。
また、ここから少し南にブロック塀が見えますが、
その辺りがその妙覚寺の墓地になります。


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小川通より西は、鞍馬口通は完全に紫明通に吸収されます。
紫明通は目の前の堀川通で突き当り、
そこから西はまた鞍馬口通になります。


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先ほどの写真で分かるように、ここから一直線に西には進めません。
ですから、堀川通沿いに一旦南に向かいます。
左(南東)を向くとお墓が見えます。これが先述した妙覚寺の墓地です。


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紫明通から、堀川通を南に向いています。
向こうに横断歩道が見えますが、あの辺りが上御霊前通です。
その辺りに日蓮宗の大本山妙蓮寺があって、
その周囲にも妙覚寺・本法寺などの大きな寺院や
水火天満宮などの神社もあります。


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今度は、紫明通から堀川通を北に向きました。
交差点に向かう前に、大きな安全地帯があります。
これが第191回ブログで紹介した「紫明せせらぎ公園」の最西端です。


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こちらが、その「紫明せせらぎ公園」の最西端部です。
比叡山を借景になかなかの眺望です。


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こちらは、先ほどの写真にも写っていた百日紅(さるすべり)の花です。
これをベンチに座って眺めるのは結構楽しめたのですが、
時間もおしているので先に進みます。


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その公園の西側から、堀川通を渡る横断歩道が伸びています。
その先から、鞍馬口通が復活します。


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堀川通から、鞍馬口通を西に向いています。
ここの右(北)側に、(写真には写っていませんが)
「牛京」(ごきょう)という焼肉屋があります。
その看板に、「西陣本店」と書いてあります。
この辺りから、「北区紫野」から「上京区西陣」になります。
「西陣」とは西陣織の製造地で、応仁の乱の激戦地です。


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堀川通から、鞍馬口通を約70m進みました。
こちらは、猪熊通との辻です。



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鞍馬口通から、猪熊通を南に向いています。
ここからも見えるように約150m先で突き当たっていますが、
その少し先で堀川通に吸収されます。
(堀川通は、この辺りで大きく湾曲しています)
その約200m先で猪熊通は復活し、西本願寺で再び突き当ります。
猪熊通はさらに南の七条通から伏見区の第一軍道まで続きます。


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今度は鞍馬口通から、猪熊通を北に向きました。
この辺りから、猪熊通は北西に進路を変えます。
猪熊通は、その辺りで区境になります。
(「上京区西陣」と「北区紫野」との境になります)
実はここを約100m進めば今回の目的地玄武神社なのですが、
今は「鞍馬口通編」なのでこのまま鞍口通を進み遠回りします。


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猪熊通から、鞍馬口通を西に向いています。
この辺は、民家が多く並んでいます。


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猪熊通から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
右(北)を向くと、路地にお地蔵さんがいらっしゃいました。
この鞍馬口通も、お地蔵さんが多い通りですね。


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同じ場所で、今度は南を向きました。
こちらにも、お地蔵さんがいらっしゃいますね。
その向こうに、寺院らしき屋根瓦が見えます。


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先ほどの地点から、鞍馬口通を西に約30m進みました。
こちらは超勝院という寺院ですが、非公開なので入れません。
(おそらく、先ほどの瓦屋根がこの寺院のものです)
どうやら保育所を兼ねていますが、京都ではよくあることです。


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超勝院の前から、鞍馬口通を西に約70m進みました。
目の前に少し広い道が横切ります。
この大宮通周辺は、また少し賑やかになります。


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鞍馬口通から、大宮通を南に向いています。
ここは道が広くなった分、自動車の交通量も増えます。
大宮通はここから南に約2kmで二条城に突き当りますが、
その城の南側から復活します。
そして、西本願寺や東寺の脇を通り抜け
最終的に鴨川で東に曲がって地下鉄「竹田」駅で突き当ります。


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今度は、鞍馬口通から大宮通を北に向きました。
この辺りは商店街のど真ん中なので、人通りも商店も多いですね。
では、ここから北に進路を変えます。


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こちらは、鞍馬口大宮交差点北西角にあるお店です。
「ボタン穴」専門のお店とは珍しいですね。
(昔はたくさんあったのでしょうが、今はあまり需要はなさそうですし)
北隣の小物屋さんも、味があって良い店構えですね。


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鞍馬口通から、大宮通を北に約30m進みました。
こちらのお店では、反物がショウウィンドウを飾っています。


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呉服屋さんから、大宮通を北に約40m進みました。
松が見事な京町家の北隣に、「京都大宮鞍馬口郵便局」があります。


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その郵便局の前で、大宮通を北に向きました。
こちらは、建勲通との交差点です。


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大宮通から、建勲通を東に向いています。
交差点の北東角に今宮神社御旅所の鳥居が見えますが、
そちらには次回ブログで回ります。
今回は、この建勲通を東に進みます。


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大宮通から、建勲通を東に進んでいます。
建勲通は、大宮通から100m東の猪熊通で突き当ります。


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建勲通を東に進み、猪熊通で突き当りました。
北を向くと、今回の目的地玄武神社がいらっしゃいました。
ちなみにここは猪熊通の北東側なので、また「北区紫野」になります。


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では、玄武神社に入っていきます。
入り口付近に、きれいな花が咲いています。
これは……藤袴でしょうか?(だとしたら、絶滅危惧種ですが)


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石製鳥居の右(東)側に、手水舎があります。
先ずはこちらで手を清めます。


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こちらが、手水舎の水が出る部分です。
「玄武」だけに、亀を模っていますね。
学生時代に、当時自分が習っていた網干教授が
「『武』とは防御を表す。よって、『武』とは亀を表す」
というようなことを授業中におっしゃっていましたが、
どうなんでしょうね……


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手水舎の前から、西を向きました。
本殿・末社の向こうに見えるのは、今宮神社御旅所です。


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玄武神社本殿脇に、末社が2柱いらっしゃいます。
こちらは、そのうちの三輪神社です。
玄武神社の御祭神が皇族というのが、
こちらが祀られている理由でしょうか?


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こちらがその脇にいらっしゃる玄武稲荷神社です。
「稲荷神社」なので、赤い鳥居がいくつも並んでいます。


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そして、こちらが玄武神社の本殿です。
ここは、平安時代初期の9世紀末に建立されました。
御祭神は、惟喬親王(これたかしんのう)です。
藤原氏の陰謀で京都を追放された皇族の一人です。
「同じような境遇の菅原道真のように、怨霊になってもおかしくない」
そう考えらていた方々のうちの一人です。
そのような方々の「祟り」(自然災害や疫病)を恐れて、
京都には御霊を鎮める神社が多く建てられました。
こちらも、そのうちの一つです。
また、京都市街地の北に位置するため
今では京都市街地の北の守護神として信仰を集めています。
(「玄武」は北を守護する聖獣ですね)


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では、この玄武神社を出ます。
そこから、「京都市上京区西陣」に戻ります。


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玄武神社の前で、建勲通を西に向いています。
では、ここを進んで大宮通に戻ります。


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猪熊通から、建勲通を進んでいます。
右(北)側のブロック塀の向こうは、今宮神社御旅所です。
目の前に、紫色の花は散っています。
ただ、この花は散ったこの姿の方がきれいですね。


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建勲通から、大宮通を北に向いています。
この辺りにはまだまだ神社があって
ここからそれらにお参りするのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回はこの辺の神社を回った後、鞍馬口通をまた西に進みます~

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第249回 若宮神社から船岡山へ~鞍馬口通東から西その9

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玄武神社から西へ進み、建勲通から大宮通を北に向いています。
前回ブログでここに来たときは日差しが強かったのですが、
この日は一日曇り空でした。
今回はこの辺りの神社を回った後、鞍馬口通を西に進みます。
撮影日は2014年9月15日敬老の日の月曜日午後4時。
祝日なので、この辺りの大半の商店が閉まっていました……


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建勲鞍馬口交差点の北東角に、こちらの鳥居があります。
……ただ、朱色が剥げて木地が丸見えですね。


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その鳥居をくぐりました。ここは今宮神社の御旅所です。
毎年春の例祭の際には、今宮神社とここを神輿が往復します。
……のはずなのですが、ここはどう見ても駐車場です。
実際、ここには賽銭箱も本殿もありません。
カギがかかっていて入れない社が、1棟あるだけです。
向こうに見える社は、前回ブログの玄武神社のものです。
何もないので、お参りせずにここを出ます。


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駐車場の入り口に、この看板がありました。
さすがに、「今宮祭」のときはここは祭一色になるようですね。


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今宮神社御旅所を出て、大宮通の向かい(西)側を見ました。
交差点の北西角に、こちらのお肉屋さんがあります。
ただ、今(2014年9月15日)はここでお肉を売っていません。
冷凍庫が故障して、一時的にお肉の販売を中止しているそうです。


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ただ、揚げ物はしっかり売っていました。
そこで、コーンクリーミーコロッケとソーセージカツを買いました。
こちらは、その日の晩御飯になりました。
「衣がサクサクしていておいしかった」
というのが、ウチの母の意見です。


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朱塗りが剥げた鳥居の北隣に、こちらの中華料理屋さんがありました。
本当はこちらに寄ろうとしたのですが、
この日はまだ開いていませんでしたので、ここには寄りませんでした。


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その中華料理屋さんから、大宮通を北に向きました。
一見突き当りに見えるのが北大路で、
本当は御園橋(上賀茂神社の近く)の手前まで続きます。
約30m先に、また鳥居が見えます。
あの辺りから、また「北区紫野」になります。


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こちらが、その石製鳥居がある神社です。
では、この若宮八幡宮にお参りします。


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若宮八幡神社に、こちらの提灯が飾ってあります。
番い(つがい)のハトですね。ハトは、「八幡さん」の象徴です。


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鳥居をくぐって、若宮八幡宮の境内に入って来ました。
この日は例祭があったのか、社務所には大きな神楽太鼓があって
たくさんの方々が中で談笑していました。
(そちら方面は、一切写していません)


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境内中央に、手水舎がありました。
ただ、水が枯れていたので素通りしました。


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若宮八幡宮の左(南)側に、末社の稲荷神社がいらっしゃいます。
他の所同様に、赤い鳥居が重なっています。


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そして、こちらがその「稲荷神社」のご神体の石碑(墓石?)です。
様々な神様の名前が彫られていますが、
稲荷神である「宇迦御魂神」「茶枳尼天」の名がありません。
提灯には「稲荷神社」と書いてありますが、
ここは正式には「明神社」という神社です。


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こちらが若宮八幡宮の本殿で、扁額に「八幡宮」と書いてあります。
「八幡さん」は元々御祭神が応神天皇ですが、
清和源氏(鎌倉幕府の始祖)がこちらを厚く信仰していたことから、
鎌倉の「鶴岡八幡宮」などから「若宮」を勧請した神社が
日本中に今も残っています。
それが日本中に「若宮八幡神社」が存在する理由で、
第239回ブログの若宮八幡宮など
京都にも多くの「若宮八幡」がいらっしゃいます。
ちなみに、ここは平安時代の源頼光の邸宅跡とも言われています。


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では、この「若宮八幡宮」を出ます。
目の前に大きな桜の木がありますが、ここは春には絶景となります。


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「若宮八幡宮」の前から、大宮通を北に向いています。
北大路まであと約150mと言ったところでしょうか。


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今度は神社の前から、大宮通を南に向きました。
目の前に、「御旅飯店」と御旅所の駐車場が見えますね。
では、ここを南に進み鞍馬口通を目指します。


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神社から、大宮通を約30m進み建勲通との交差点に来ました。
(今回ブログ最初の地点です)
そうそう、この「喜楽亭」で買ったカツを回収しないといけません。
クリーミーコロッケは揚げるのに時間がかかるので、
先に神社にお参りに行っていました。


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大宮通から、建勲通を西に向いています。
(揚げ物を買った「喜楽亭」も写っていますね)
建勲通はここから約100m先で西南西に進路を変え、
結局船岡山にある建勲神社の赤い鳥居の前で突き当ります。
「建勲通」は、この建勲神社への参道です。


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建勲通から、大宮通を南に向いています。
この辺りは商店街のど真ん中で、
前回ブログで紹介した通り普段は賑やかなのですが、
この日(2014年9月15日)は祝日で大半の商店が閉まっています……
こういう道は、平日に回らないといけませんね。


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そのため、約100m分の写真をとばし一気に鞍馬口通まで来ました。
この時点では、大宮通から鞍馬口通を西に向いています。
では、ここからまた西に進んでいきます。


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大宮通から、鞍馬口通を西へ約70m進みました。
近くの標札には「大宮裏門通」と書いてあります。
ただ北大路より北なると、「大徳寺通」と呼ばれます。


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鞍馬口通から、「大宮裏門通」を北に向いています。
この辺りは「上京区西陣」なだけに、西陣織の製作所が見えます。
約60m先に、浄徳寺の大きな屋根が見えます。
ただ、ここも完全非公開なので宗派すらわかりません。


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「大宮裏門通」から、鞍馬口通を西に向いています。
約30m先で鞍馬口通が西南西に進路を変えます。
その辺りから、また「北区紫野」に戻ります。


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先ほどの場所から約30m進み、鞍馬口通を西南西に向いています。
ここから、古い民家や凝った飲食店が続くようになります。


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「北区紫野」に入ってから、鞍馬口通を西南西に約30m進みました。
10年くらい前まで、ここに「わらび餅」専門の老舗がありました。
TVとかによく取り上げられて、特に夏場には
朝9時までに並ばないと買えなかったお店でした。
ところが、ある番組でそのわらび餅を批判する内容を放送したら
突然客足が途絶え、それから1年もしない間に
その老舗がなくなってしまいました。
まぁ違う理由で閉店したのかもしれませんが、
いろいろ考えさせられる話です。


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その「元わらび餅屋さん」の西隣には、こちらのお店があります。
ここは昔銭湯だったのが、今は喫茶店になっています。
「ザッハトルテ」の文字に誘われますが、この日は先を急ぎました。


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その西隣はガラス細工のお店です。店頭にトンボ玉を並べていますね。
さらに、その西隣は蕎麦屋さんです。
手打ちのお店で、本日は売り切れで閉店だそうです。


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その蕎麦屋さんの前で、鬼灯(ほおずき)が今が盛りに実っていました。
その西側に、智恵光院通との辻があります。


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鞍馬口通から、智恵光院通を南に向いています。
寺之内通で筋違いになった後は、
丸太町通で京都市立図書館の前に出ます。


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こちらは、その蕎麦屋さんの2Fに貼り付けられた表札です。
「上京区 紫野東藤ノ森町」と書いてありますね。
戦前の京都市は、上京区と下京区の2区しかありませんでした。
これはその名残ですね。


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今度は鞍馬口通から、智恵光院通を北に向きました。
ここは、約300m先の北大路(というより、大徳寺)で突き当ります。


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智恵光院通から、鞍馬口通を西南西に向きました。
ここは普段はなかなか活気があるのですが、
やはり休日とあってあちこちシャッターが閉まっていました。
大宮通同様に、今日は寂しいですね。


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この辺りは、細い路地があちこちに伸びています。
その先になかなか味のある町屋が続くのですが、
手前にこちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。


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智恵光院通から、鞍馬口通を西南西に約100m進みました。
だんだんこの辺りから飲食店の割合が高くなってきますが、
まだまだそういうお店が開く時間帯ではないので
やはりシャッターが並ぶことになります。


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さらに約50m西南西に、鞍馬口通を進みました。
目の前にコンビニエンスストアがありますが、
ここから北に船岡東通が伸びています。


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鞍馬口通から、船岡東通を北に向いています。
「今宮神社参道」という碑が立っていますが、
ここを真っ直ぐ進むと北大路通沿いに大徳寺があって、
さらに進むと今宮神社に突き当ります。
ここから約150m先に、木々が並ぶなだらかな斜面が見えます。
それが船岡山で、平安京の風水上大事な拠点でした。
(詳細は、次回です)
ここからこの船岡山にある建勲神社への参拝となりますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、建勲神社に参拝します~

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第250回 船岡山 建勲神社~鞍馬口通東から西~その10

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鞍馬口通から、船岡東通を北に向いています。
今回は、この少し先に見える船岡山の建勲神社に向かいます。
撮影日は、2014年9月8日木曜日午後3時。
晴れてはいるのですが、日差しがフレームに全く入りませんでした。


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鞍馬口通から、船岡東通を約10m進みました。
こちらの建物には、木賊(とくさ)が植えてあります。


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船岡東通をさらに北に約50m進みました。
こちらにも、お地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにお参りして、先を急ぎます。


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さらに船岡東通を北に約100m進みました。
建勲通の突き当りに、建勲神社の入り口が見えます。
ちなみにこの船岡東通を北に約300m進むと、
北大路に出て北側に大徳寺があって
そこから少し西に折れてから北上すると今宮神社で突き当ります。


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船岡東通から、建勲通を東に向きました。
建勲通の突き当りに、建勲神社があります。


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鳥居をくぐって、建勲神社に入ってきました。
右に見える鳥居の先に見える石段を上ると、
末社の義照稲荷社がいらっしゃるのですが、
そちらは工事中なので少し遠回ります。


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その場に、大きな看板がありました。
ここに建勲神社の沿革と見取り図が書いてあります。
要するに、今からこの道順のとおり山を登ります。


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先ほどの鳥居から南に向きました。この先に幅の広い石段が見えます。
こちらから、船岡山を登ります。


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では、こちらの石段から船岡山を登ります。
両脇の桜は、春になるときれいでしょうね。


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石段を西に10mほど上りました。
突き当りに「大平和敬神」の石碑が立っています。


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その石碑の右(北)側に、鳥居が見えますね。
次は、そちらに向かいます。


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先ほどの石碑から、北に進みました。
こちらに、末社の義照稲荷社がいらっしゃいます。
最初の石段を上っていたら、ここに着きます。


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こちらが、末社の義照稲荷社が見えます。
こちらは、奈良時代に秦氏が建立した神社です。
建勲神社は19世紀末に建立されましたので、本社より古い神社です。


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義照稲荷社の左(西)に、一回り小さな祠が見えます。
こちらは、命婦稲荷社です。
義照稲荷社に従う狐を祀っているそうですが、
「命婦稲荷」ということは新町五条上がるの「鉄輪の井戸」と
同じ名前の神社です。
また、背後に小さな祠やお墓が並んでいます。
大昔は、こういうものが多かったかもしれません。


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義照稲荷社を背に、南に向いてます。先程の石碑も見えますね。
今度は石碑の北側に向かいます。


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その石碑の前で、南を向いています。ここから石段が続いています。
次はこの標識通りに進みます。


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では、ここから石段を上ります。
一見延々続くように見えますが、距離的にはそれほどでもありません。
実際、神社の標高は80mしかありません。


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石段を40mほど上ると、いったん踊り場に出ます。
そこからまた石段が伸びています。


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急な石段は、約30mで船岡山の頂上です。
建勲神社は、この横にいらっしゃいます。


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石段を上りきったところで、西を向きました。
こちらから、建勲神社境内に入っていきます。


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その脇に、こちらの歌碑が立っています。
桶狭間の戦いで、織田信長が歌って舞った曲ですね。


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建勲神社の境内に入ってきました。
周囲はカエデや桜の木々が建ち並び、春や秋には絶景になります。


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建勲神社境内に、こちらの花が咲いていました。
第248回ブログにも同じ花が出てきましたね。


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境内の奥に、手水舎がありました。
では、こちらで手を清めてお参りします。


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次は、この石段を上ります。
建勲神社の本殿は、この上にいらっしゃいます。


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石段を上りきると、こちらが立っています。
こちらは、拝殿越しの建勲神社(たていさおじんじゃ)本殿です。

こちらの御祭神は、織田信長です。
豊臣秀吉が明智光秀を撃破した後、
ここより北にある大徳寺で大規模な織田信長の大法要をしました。
その後船岡山に寺院を建立しようとしましたが、直後に中断しました。
それが1869年に明治天皇による詔によって、
この建勲神社が建立されました。


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その拝殿を背に、東を向きました。
確かに船岡山はそれほど高い山ではありませんが、
よく考えたら京都タワー展望台と同じ高さです。
(京都盆地の標高は、意外に南北差があります)


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建勲神社の東の端まで来ました。
目の前に石段があって、そこから下山できます。
ここからでも、見晴らしがいいですね。


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建勲神社東端から、左(北)を向きました。
こちらからも石段を下りられますが、
船岡山西半分を占める「船岡山公園」へと続いています。
(船岡山は、東西に長い山です)


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こちらは、その反対(南)側の石段です。
ここを下りて、今回ブログ最初の地点を目指します。


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石段を下りながら、東を向きました。
ここから第248回ブログに出てくる玄武神社を見ようとしたのですが、
木々が邪魔で見えませんでした。


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石段をほぼ下りてきました。
木々の向こうに、船岡東通が見えますね。


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石段を下りて、「大平和敬神」の石碑の脇まで来ました。
では、ここからさらに石段を下りていきます。


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「大平和敬神」の石碑を背に、東を向いています。
この最後の石段を下りて、建勲神社を出ようと思います。


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石段を下りきって、北を向きました。
この神社の社務所は、ここにありました。


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大きな鳥居をくぐって、船岡東通から建勲通を東に向いています。
この突き当りが、第248回ブログに出てきた玄武神社です。


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建勲通から、船岡東通を南に向きました。
自分の建勲神社に対するイメージは「桜並木」なのですが、
ここもそういう感じになっています。
では、ここを南に進んで鞍馬口通を目指します。


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建勲通から、船岡東通を南に約150m進みました。
船岡東通は、この鞍馬口通で突き当ります。


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船岡東通から、鞍馬口通を西に向きました。
またここから鞍馬口通を進むのですが、
今回はもうだいぶ写真を貼りつけました。

今回は、ここまでです。

~次回は、登録有形文化財の「船岡温泉」に立ち寄ります~

続きを読む

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第251回 史蹟 船岡温泉~鞍馬口通東から西~その11

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船岡東通から、鞍馬口通を西南西に向いています。
今回はここから千本通まで鞍馬口通を歩くのですが、
その前に船岡温泉に寄っていきます。
撮影日は、2014年9月18日木曜日午後4時。
北西角のお店が気になりますが、今は先に進みます。


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船岡東通から、鞍馬口通を約20m進みました。
この辺りには様々な商店が並んでいて、賑やかになっています。
古い美容院の西隣に、「船岡温泉」と書かれた看板が掛かっています。
先ずは、こちらに寄ります。


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こちらが、船岡温泉の入り口です。見たとおりの銭湯ですね。
関西圏では、時々銭湯が「温泉」と名乗っています。
実は、男湯と女湯が日替わりで入れ替わります。


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その西側にここの勝手口があり、小さな日本庭園も見えます。
ここは大正時代に建てられた料理旅館だったのですが、
戦後に銭湯となりました。(料金は、京都市条例価格です)
そのため、彫刻が見事な脱衣場と浴室が
2003年に文化庁指定有形文化財に登録されました。


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……で、その船岡温泉に入りました。
とは言え、例え男湯でも脱衣場や浴室を撮影することはできません。
ただ、このブログのことをここの主人に話したところ
(番台にいらしたので、ブログ掲載の許可を取ろうとしました)
番台の周辺は、撮影をしてもいいことになりました。
(番台は、脱衣場から独立しています)
こちらは、番台と向かい合っている神棚です。


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番台から脱衣場の天井を見ました。
脱衣場には様々な透かし彫りがあって、それが見事です。
ただモチーフが変わっていて、
大日本帝国軍の行進の様子や戦艦・ゼロ戦が描かれています。
一番見事なのは、この天井の天狗の彫刻です。
ただ、ここからだとはっきりとは分かりません。


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こちらは、番台の上部にある透かし彫りです。
(脱衣場は、全体がこういうもので囲まれています)
この銭湯は脱衣場の先に池があって、
「菊水橋」という橋を渡って浴室に向かいます。
(「橋」と言っても屋内なので、歩いていて気が付きませんが)
西側の浴室なら、露店の檜風呂から池の鯉が見られます。
(たくさんの鯉が泳いでいます)

ここの入浴客は、地元民と観光客が半々です。
ただ、この近所の方はこの「船岡温泉」を大切にしているようです。
自分が入浴を終えて脱衣場で服を着ていると、
幼稚園児くらいの女の子と小学生低学年の男の子が(たぶん兄妹)
「ここは一味違うよね」 「うん、他とは違うよね」
などと語り合いながら菊水橋を渡っていき、
それを聞きながら父親らしき男性が苦笑して後を付いていきました。


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船岡温泉を出て、鞍馬口通を東北東に向きました。
向こうに見える横断歩道の辺りから、
今回ブログ最初の写真を撮りました。


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船岡温泉で一風呂浴びて、
今回ブログ最初の地点鞍馬口船岡東のT字路に戻ってきました。
こちらは、今回ブログ最初の写真に写っていた飲食店です。
次は、こちらに寄ります。


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ここは「月光荘」という旅館の1F部分にある
「八雲食堂」という沖縄料理店です。
「船岡温泉」の後は、自分はいつもここに寄ります。
「沖縄」ということで、オリオンビールを頼みました。
右の小鉢は冷奴で、奥の皿は締め鯖を炙ったものです。
自分のここでのお気に入りは、左の「イリチー」です。
豚肉とゴボウ・豆腐を甘辛く炊いたもので、
酒の肴だけではなく、ごはんのおかずにもなります。

自分がここで食事をしていたとき、
隣の白人男性が玄米にお味噌汁、焼き魚を食べておられました。
(おそらく、菜っ葉の炊いたんもありました)
この辺は京町家も多く残っており、
京都に憧れている方も多く引っ越されてきています。
ですから、標札がカタカナの町屋もこの辺には多いのです。


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八雲食堂の前(船岡東通)から、鞍馬口通を西南西に向きました。
では、ここから船岡温泉を通り過ぎ西南西に向かいます。


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船岡温泉の前で、鞍馬口通を西南西に向いています。
少し先に辻が見えます。


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さらに鞍馬口通を西南西に進んで、その辻に来ました。
鞍馬口通から、その通りを北に向いています。
左に「建勲神社」と書いた碑が立っていますが、
こちらからも船岡山に登ることができます。
(ただ、前回ブログのものとは別ルートになります)


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その辻から、鞍馬口通を西南西に向きました。
この辺りから、古い商店が何軒か並び始めます。


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先ほどの辻から、鞍馬口通を西南西に約10m進みました。
こちらは閉まっているようですが、実は営業中です。
木炭や練炭・灯油などを売っているお店ですね。


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その燃料店から、鞍馬口通を西南西に約50m進みました。
こちらは、地域スーパーの「フードショップ エムジー」です。
その隣には、集合住宅も並んでいます。
京町家などが並ぶ中、こういう建物も並んでいます。


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その地域スーパーの前で、北を向きました。
ずっと向こうに、船岡山が見えています。
建勲神社は、船岡山の東側にいらっしゃいます。
船岡山の西半部は、公園になっています。
そして、こちらの道を進むとその船岡山公園に辿り着きます。


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先ほどの道から、鞍馬口通を西南西に約50m進みました。
こちらの豆腐屋さんがおいしそうだったのですが、
この時はお留守にされていて買えませんでした。
(午後5時くらいに帰られると、メモが入り口に貼ってありました)


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こちらは、その豆腐屋さんの向いです。
昔ながらの酒屋さんですが、看板の錆び方が渋いですね。


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その酒屋さんの前から、鞍馬口通を西南西に向きました。
そろそろ千本通との交差点が見えてきましたね。


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その酒屋さんから、鞍馬口通を西南西に約50m進みました。
鞍馬口通に、またお地蔵さんが見えてきました。
たぶん、200mに1体はいらっしゃいますね。


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そのお地蔵さんの前から、鞍馬口通を西南西に向きました。
だんだん千本通が近付いてきて、自動車の交通量が増えてきました。


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その辺りで鞍馬口通を北に向きました。この先にも船岡山が見えます。
船岡山は東西に長い山で、船岡東通から千本通の間に広がります。


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先ほどの場所から、鞍馬口通を西南西に約80m進みました。
ようやく千本通との交差点に辿り着きました。


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鞍馬口通から、千本通を北に向いています。
こちらは、急な上り坂ですね。
向こうに市バスが停まっていますが、
あちらは206系市バス路線の「千本鞍馬口」バス停です。


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鞍馬口通から、千本通を南に向きました。
急な下り坂になっています。
ここから南に大きな商店街があって、だいぶ賑やかになります。
第247回ブログの追記に出てきた「大福」という和菓子屋さんも、
この商店街の一角にありました。


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では、横断歩道を渡り千本通西側歩道に向かいます。
ここから、千本通を少し散策します。


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鞍馬口通から、千本通を南に向いています。
ここを進んでいくと、「京都市北区紫野」から
「京都市上京区閻魔前町」になります。


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こちらは、千本鞍馬口交差点南西角にあったショウウィンドウです。
京都市街地では珍しい農機具のお店なのですが、
いろいろな道具が売られているようですね。


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鞍馬口通から、千本通を南に約50m下ってきました。
こちらは廬山寺通との交差点です。ここから南が千本通商店街です。


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廬山寺通から、千本通を南に約20m進みました。
カラメルポップコーンの店と小物屋さんの先に、ポストが見えます。
では、そのポストの前で西を向いてみます。


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西を向くと、こちらの寺院が見えました。
ここは、引接寺(いんじょうじ)通称「千本ゑんま堂」です。
18か月ぶりのゑんま堂ですが、もうだいぶ写真を貼りつけました。
ですから、これ以降は次回です。

今回は、ここまでです。

~次回は、この「千本ゑんま堂」に向かいます。
次回で、「鞍馬口通編」の本編が終了します~

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第252回 平日の千本ゑんま堂~鞍馬口通東から西~その12

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鞍馬口通から、千本通を約100m南にある引接寺(いんじょうじ)です。
通称「千本ゑんま堂」ですね。
今回はこの引接寺に参拝した後、鞍馬口通最西端西大路まで進みます。
撮影日は、2014年9月18日午後4時半。
要するに、金閣の手前まで行きます。


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約18カ月前の節分に来たときは気づかなかったのですが、
境内の北側に「道祖神」がいらっしゃいます。
節分のときは、横断幕に隠れていらっしゃいました。


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引接寺の境内から、西を向きました。
次は、こちらの本堂に入っていきます。


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本堂に入るとすぐに、こちらの線香とろうそくが目に入ります。
こちらに130円を納めて、これらを頂きます。
その向こうに「弁鶴さん」がいらっしゃるのですが、
うっかり写すのを忘れてしまいました。
(一通り撫でさせていただきました)


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線香は、こちらの香炉に置きます。
下の方に梵字が書かれていますが、
これは「マン」と読んで文殊観音を表します。


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そして、こちらの燭台にろうそくを立てます。
この日は、自分以外のろうそくは1本だけでした。


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そして、こちらがご本尊の閻魔大王です。
元々は平安時代に小野篁が彫ったものだったのですが、
応仁の乱で焼失後再建されたものです。
ちなみに、節分のときはこの扉が開帳され
閻魔大王の御姿を眺めることができます。

引接寺より少し北をかつては「蓮台野」と呼んでいました。
その辺りは六原やその先の鳥辺野と同様に、平安時代から中世にかけて
都で出た死者を弔ったり葬ったりする場所でした。
千本通とは、その辺りに立っていた千本以上の卒塔婆に由来します。
(異説あり)
そこに向かう弔いの行列が立ち寄るこの寺院に
閻魔大王がいらっしゃるのも、その辺が理由のようです。
つまり、この辺りも六原同様かつては「墓場の街」だったわけです。


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では、引接寺の本堂を出ます。
実はこの撮影中、常に10人前後の方々がいらっしゃいました。


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こちらは、引接寺境内の北側です。
南北朝時代に建てられた鐘楼の向こうには、
普賢象桜の木が並んでいますね。


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では、引接寺を出ていきます。
また鞍馬口通に戻って、西に進んでいきます。


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引接寺の前で、千本通を南に向きました。
このまま30m南下すると、第247回ブログの追記で出てきた
「大福」という和菓子屋さんに行き当たります。
横断歩道を渡ってから南下すると、
200mほどで第106回ブログにに出てきた釘抜き地蔵に着きます。


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今度は引接寺の前で、千本通を北に向きました。
では、鞍馬口通へと戻っていきます。


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こちらは、引接寺の北隣のお店です。
トイレットペーパーやティッシュぺーパーが売られていますね。
その右(北)隣は、カラメルポップコーン専門店です。


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引接寺から、千本通を北に約50m進みました。
鞍馬口千本交差点に戻ってきました。

実は、ここから北の方が「蓮台野」になります。
第241回ブログでの指摘通り、鞍馬口通が昔の京都市街地最北端です。
ですから、この鞍馬口通を最南端として
東が船岡山、西は紙屋川で囲まれた地を「蓮台野」と呼びました。
約300m先に「上品蓮台寺」があるのですが、今回は先を急ぎます。
(その辺りは、いづれ書く予定の「千本通編」で触れます)


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千本通から、鞍馬口通を西に向いています。
ここから鞍馬口通は西北西に大きく曲がります。
そして「上京区閻魔前町」から、また「北区紫野」に入ってきます。


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鞍馬口通は西北西に大きく曲がった後、直進します。
こちらは、この辺りの標札です。
「上京区紫野」とあるのは、この表札が古いからですね。
(北区は1960年代に上京区から分裂)


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千本通以西の鞍馬口通も、また古い町家が並ぶようになります。
格子の窓も、京町家の典型ですね。


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その京町家の並びに、こちらの和菓子屋さんがありました。
こちらは、大正時代から続いている老舗です。


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……で、こちらを買って帰りました。栗入りの水無月とは珍しいです。
ちなみに、「水無月」とは上に小豆を乗っけた外郎(ういろう)で
京都では6月30日に食べる習慣があります。


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その和菓子屋さんの前から、鞍馬口通を西北西に向きました。
古い町家が続く一方で、
そのうちの何軒かが新しい家に改築されています。
ずっと向こうに「京都市立柏野小学校」があって、
その辺りでまた鞍馬口通がカーブしています。


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その辺りの町家の2Fに、こちらの表札が貼り付けてありました。
こういう古い町並みには、このようなものが多いですね。


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道の途中に、このような路地がありました。
きれいな花が咲いていて、その下にお地蔵さんがいらっしゃいます。


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和菓子屋さんの前から、鞍馬口通を西北西に約200m進みました。
「京都市立柏野小学校」の前で、鞍馬口通は北西に進路を変えます。


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こちらが、「京都市立柏野小学校」の校門です。
午後5時を回って完全下校後なのでしょうか、人の気配がありません。


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「京都市立柏野小学校」の前から、鞍馬口通を北西に向きました。
小学校の向いには味のある町屋が並び、
その先に大きな木が生えていますね。


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その大きな木の許に、小さな公園がありました。
いろいろ調べたのですが、この公園の名前が分かりませんでした。


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その公園では、彼岸花が満開でした。
一輪だけ白い花があるのが面白いですね。
この写真はクリックすると、拡大されます。


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彼岸花の脇にベンチがあって、そこに座って公園の全図を写しました。
向こうにお地蔵さんがいらっしゃいますが、
京都では辻の次に公園に多くいらっしゃいます。
(地蔵盆に便利ですしね)


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その公園の前から、鞍馬口通を北西に向きました。
約200m先で、また鞍馬口通はカーブします。


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公園から、鞍馬口通を北西に約200m進みました。
すると小さな川があって、そこに橋が架かっていました。


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こちらが、その橋です。紙屋川に架かる金閣寺橋です。
そう言えば、金閣寺まであと300mです。


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金閣寺橋から、北を向きました。
先述のとおり、今まで歩いてきた右(東)側がかつての「蓮台野」です。
そして、この左(西)側から「北区 衣笠」になります。


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今度は、金閣寺橋で南を向きました。
高いところから小川を見下ろすこの感じは、
京都ではかなり珍しい風景です。(東京の下町とかのイメージです)
紙屋川は、ここから南に下って北野天満宮の境内を通っていきます。
ですから、第113回ブログで出てきた御土居沿いの梅園を貫く川が、
この紙屋川だったのです。


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金閣寺橋から、鞍馬口通は西に進路が変わります。
ずっと先に信号が小さく見えますが、
そこが鞍馬口通最西端の西大路でその先に金閣寺があります。


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「北区 衣笠」に入ってから、周囲は真新しい家々に替わります。
(町屋は、完全に姿を消します)
こちらは、そういう民家のうちの一軒にいらしたお地蔵さんです。
こちらにもお参りして、先を進みます。


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金閣寺橋から、鞍馬口通を西に約150m進みました。
もう目の前に、西大路との交差点が見えてきました。


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先ほどの地点で、鞍馬口通を北に向きました。
こちらのお蕎麦屋さんは結構名店なのですが、
金閣寺周辺にはここくらいしか飲食店がありません。
自分が、YAHOO知恵袋でよく書いている蕎麦屋がここです。


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そして、こちらが鞍馬口西大路の「金閣寺前交差点」です。
正面に見える並木道を約100m進むと、金閣寺の山門があります。
つまり、鞍馬口通もあと100mほどで突き当ります。

ただ写真もだいぶ貼り付けたので、今回はここまでにします。

~次回は、金閣寺を散策します~

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第253回 深緑の金閣寺 前編~鞍馬口通東から西~その13

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鞍馬口通を東端の下鴨神社から歩き始めて、
西端の「金閣寺前」交差点にまで辿り着きました。
「鞍馬口通編」の最後は、この金閣寺を散策します。
特に何があるわけでもない平日なのですが、
とてもそうとは思えないくらいの大混雑ぶりでした。
ここは、もしかしたら京都で一番混み合う場所かもしれません。
撮影日は、2014年9月30日火曜日午後1時。
彼岸も過ぎて、秋晴れの過ごしやすい一日でした。


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鞍馬口通から、西大路を北に向いています。
西大路はあと100mで、北大路となって大きく右折します。
市バスが停まっているのは、「金閣寺道」バス停です。
金閣寺には「金閣寺前」バス停の方が近いのですが、
こちらのバス停からでも100mで金閣寺に着きます。
たぶん京都駅から来られるのなら、このバス停の方が便利です。
バス停の背後に「大」の文字が見える山が見えます。
こちらは「左大文字山」で、金閣寺の北隣の山になります。


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今度は鞍馬口通から、西大路を南に向きました。
こちらは、南行きの「金閣寺道」バス停が見えますね。
ここから、京都駅まで205系市バスなどが直通です。


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では、西大路を渡り鞍馬口通をさらに西に進みます。
交差点の南西角に「よ~じや」が見えますね。


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西大路から、鞍馬口通を西に向いています。
この辺りに数軒、土産物屋さんが並んでいます。
見たところかなりの人出ですが、日本人がほぼいらっしゃいません。
(東洋系の方々は、大半が中国人です)
まぁ、平日ですからそうなりますよね。


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西大路から、鞍馬口通を西に約100m進みました。
鞍馬口通は、ここ鏡石通とのT字路で突き当ります。
この横断歩道を渡ると、いよいよ金閣寺に境内に入っていきます。
この辺りに来ると、修学旅行の小中学生がいらっしゃいました。
時折その小中学生に声をかける外国人がいらっしゃるのですが、
その小中学生も陽気に外国人に話しかけられていました。


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鞍馬口通から、鏡石通を北に向いています。
金閣寺の北側に、京都の観光地としては最大規模の駐車場があります。
そのさらに北側に、「左大文字山」が見えます。
こうして見るとかなり低い山に見えますが、
実は、金閣寺周辺もけっこう標高が高いのです。


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鏡石通の横断歩道を渡り、鞍馬口通の突き当りにまで来ました。
では、ここから金閣寺に入っていきます。


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金閣寺の黒門から、西へ約50m進みました。
周囲はカエデ並木が見事ですね。実は、金閣寺は紅葉もきれいです。
右(北)側に脇道がありますが、
順路では最後にここから出てくるようになります。


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さらにカエデ並木を西に50m進みました。
こちらが、金閣寺の総門です。


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総門の前に、こちらの案内図がありました。
予定では金閣が浮かぶ池を散策した後、北側へ回っていくつもりです。


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総門の向かい(南)側には、休憩所があります。
今、方丈の特別公開をしているようですね。


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こちらが、その金閣寺総門です。
では、こちらから中に入っていきます。


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総門をくぐっても、金閣寺境内はカエデ並木が続いています。
左(南)側に、鐘楼が見えますね。


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総門から約50mで、金閣寺のカエデ並木は突き当ります。
ここから1000円を払うと、方丈の方に入れます。
(庭園とは、別料金になります)


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料金を払って、金閣寺方丈に入ってきました。
金閣寺の場合、ここが事実上の本堂になります。
(金閣寺には、法堂がありません)
ここは撮影不可なのですが、
中から外に向かっての撮影は許可を頂きました。
(この写真も、きちんと許可を頂いています)


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実は2年前(2012年)の冬にこちらに来たときも
この方丈は特別公開中でした。
(ブログ取材は、していません)
そのときと比べて、杉戸絵が全面的に描きかえられていました。
「新しい杉戸絵」は生まれて初めて見ました。
それだけでも、ここに入った価値はありました。

こちらは、南側の方丈庭園です。
方丈庭園の中でも、メインとなる場所ですね。
やはり、禅寺はこの石庭ですよね。
(まぁ、散策できる金閣周辺の池もいいのですが……)
「庭の砂が白いのは、昼間に明り取りの役割も果たしていました」
ここを案内されていた学芸員の方に、教えて頂きました。
この写真は、クリックすれば拡大できます。


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こちらは、方丈の西側庭園です。
確か2年前にここから見たときは
借景となった金閣が見事だったと記憶しているのですが、
今こうしてみると松の木々に邪魔されて全然見えません……


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こちらは、方丈の北側に植えてある「陸舟の松」です。
西方浄土に向かう船の形をしています。
「京都三大美松」のうちの1本ですね。
元々は、足利義満が熱心に世話をしていた盆栽だったそうです。
それをここに植え替えたところ、こんなに大きくなりました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして方丈の北側には、こちらの坪庭がありました。
苔が陽光に照らされて、緑が映えます。


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方丈を出て、入り口で右(南)を向きました。
今度はこちらの切符売り場に並び、庭園にはいていきます。


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こちらが拝観用のチケットなのですが……どう見ても「お札」です。
ここに何度も来ると、その分だけ家に何枚も残ることになります。
何枚かは貼るのですが、残りは抽斗の中で眠っています……


253-23.jpg
切符売り場の左(南)隣に、金閣寺唐門があります。
こちらから入っていくのですが、
手前の看板は日本語以外に英語と中国語が書いてあります。
これは自分の感触ですが、ここ金閣寺に来られる外国人は
アメリカ人→中国人→オーストラリア人の順に多いと思います。
(周囲の会話の内容から判断しました)


253-24.jpg
では、唐門をくぐって金閣寺庭園に入っていきます。
ここもカエデに囲まれたきれいな門です。


253-25.jpg
金閣寺唐門をくぐると、こちらの細い道に通じています。
そして、この先の角を曲がると……


253-26.jpg
このような景色に替わります。
目の前に、鹿苑寺舎利殿(通所「金閣」)の威容が姿を現します。


253-27.jpg
池の端まで来て、鹿苑寺舎利殿を撮りました。
金箔で覆われているので、通称「金閣」です。
残念ながら、池に写る金閣を上手く撮れませんでした。
ちなみにここは「世界遺産」ですが、この「金閣」はその対象外です。
(「世界遺産」なのは、周囲の庭園だけです)
この写真は、クリックすると拡大されます。

ここには鎌倉時代までは西園寺がありました。
それが、その西園寺氏がこの地を将軍の足利義満に寄進したため
ここに足利義満の邸宅が建てられました。
(藤原公経が西園寺を相続した際に「西園寺」と姓を変えました)
足利義満の死後、遺言によりこの邸宅跡を
足利義満を開基とし夢窓疎石を開山として鹿苑寺としました。
「金閣」とは厳密にはこの舎利殿のことを指し、
その舎利殿のある鹿苑寺の通称も「金閣寺」となりました。


253-28.jpg
先ほどの写真から、後ろに少し下がって撮りました。
実際はこんな人混みの中にいます。


253-29.jpg
金閣のある池の周囲には、こちらの「お札入れ」があります。
仏教徒ではない外国人などが、
お札をその辺に捨てておられるのを以前見たことがあったので、
その辺が理由なのでしょうね。


253-30.jpg
では、金閣を見ながら池の周囲を巡ります。
ここも、「池泉式回遊庭園」になっています。


253-31.jpg
池の周りを歩きながら、金閣を眺めています。
金閣は池の北岸にポツンと建っています。
金閣が浮かぶ池自体もとても大きく、
足利義満はここに舟を浮かべて遊んでいたそうです。
池にはたくさんの浮島があって、それが景色を少しずつ変えています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


253-32.jpg
池の東側を反時計回りに、北にある金閣に向かって歩いています。
この右(東)側に先ほどの方丈があるのですが、
周辺の方々がここから写真をバシバシ撮っています。
これでは、「方丈内撮影不可」のルールが有名無実化してしまいます。


253-33.jpg
また歩きながら、金閣を撮りました。また、景色が変わっていきます。
こちらもクックすると、拡大されます。


253-34.jpg
池の北側にまで歩いてきました。
向こうに観光客が特に集中している場所があります。


253-35.jpg
こちらが、その観光客が集中している場所です。
ここが金閣に最も近づける場所で、そのため人が集中します。


253-36.jpg
池の北側にまで来ました。
では、今度はここを西に進んでいきます。


253-37.jpg
池の北側を西に向かって歩いています。
こちら側からは、金閣の裏側が見えます。


253-38.jpg
こちらが、その金閣の裏側です。
金箔の上部に対して、下の方は白壁になります。


253-39.jpg
池の北側を歩き、道の西端まで来ました。
ここに船着き場があるのですが、
昔はここから船を浮かべたのでしょうね。


253-40.jpg
先ほどの写真から北を向き、池に背を向けました。
ここは「金閣」だけではありません。それ以外にもいろいろあります。
ただ、だいぶ写真を貼りつけたので続きは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、金閣寺の北側を回ります~

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第254回 深緑の金閣寺 後編~鞍馬口通東から西~その14

254-1.jpg
前回ブログで散策した金閣が浮かぶ池を背に、
金閣寺境内で北を向いています。
(つまり、この背後に金閣の威容があります)
今回はこの金閣寺(鹿苑寺)の北側を散策します。
撮影日は、2014年9月30日火曜日午後1時半。
今回が、「鞍馬口通編」の最終回です。


254-2.jpg
金閣が浮かぶ池から北に進むと、おみくじを売っていたり
御朱印を押せる場所があります。(先ほどの写真の建物です)
その裏(北)側に、こちらの祠がいらっしゃいます。
少し遠いですが、ここからお参りします。


254-3.jpg
その祠から南に進むと、水が湧いているところがありました。
足利義満はここの水を飲んでいたようです。


254-4.jpg
ここは、先ほどの湧水から東に10mほど進んだところです。
足利義満はここに便所を建てていたそうです。


254-5.jpg
さらに10mほど東に進むと、こちらの「龍門滝」があります。
中央の岩を鯉に見立てて、「鯉魚石」と呼んでいます。
鯉が滝を上り龍に成長するという「登竜門」の故事に倣っています。


254-6.jpg
さらにさらに10mほど進んだところに、こちらの石仏群があります。
中央に、小銭を投げ入れてお参りするようです。


254-7.jpg
その石仏群の右(東)脇から、北の方に登る石段が姿を現します。
こちらが「金閣寺垣」で、ちょっと急な上り坂になります。


254-8.jpg
「金閣寺垣」を約10m上りました。
突き当りに、また石仏群がいらっしゃいます。
その背後に「安民沢」という池があります。(韓国人の名前みたいです)


254-9.jpg
その「安民沢」の中央に小島があって、白い五輪の塔があります。
こちらは「白蛇塚」で、元々は西園寺家の鎮守社でした。
たぶん、鎌倉時代はこの辺りに西園寺氏の邸宅があったのでしょうね。


254-10.jpg
石仏群の辺りから、「安民沢」沿いに東に進みます。
たくさんの方々の波に乗っていきます。


254-11.jpg
移動しながら「安民沢」を眺めています。
この角度の方が、先ほどよりもきれいですね。


254-12.jpg
さらに東に進むと、突き当りになります。
この辺りに、たくさん方々が集まっていますね。


254-13.jpg
その方々は、こちらを眺めておられていました。
ここからなら、金閣を見下ろすことができます。


254-14.jpg
では、順路に沿ってさらに北に進みます。
この辺りは秋が深まると、見事な紅葉に染まるでしょうね。


254-15.jpg
そして、そこから少し北に進むとまた石段が姿を現します。
ただ、この石段はそれほど長くはありません。


254-16.jpg
石段を上りきると、「夕佳亭」という茶室が見えます。
この辺りが、金閣寺境内で一番標高が高い場所です。


254-17.jpg
「夕佳亭」の左(西)側に、こちらの建物がありました。
こちらでもおみくじやお守りを売っており、御朱印も押せます。


254-18.jpg
「夕佳亭」から石段を5mほど北に進むと、この門が見えます。
この門をくぐり、先に進みます。


254-19.jpg
門をくぐると、緩やかな下り坂が右(東)に大きくカーブしています。
左側のテントで、様々な土産物が売られていました。
右側は茂みに見えますが、その向こうに野点の茶席があります。


254-20.jpg
先ほどの門から、緩やかな下り坂を約30m進みました。
こちらから、茶席に入っていきます。
以前入ったこともあるのですが、実は今回の楽しみの一つでした。


254-21.jpg
お金を払うと、ここで抹茶が飲めます。
この日が暑かったので、水出しの抹茶にしました。
お茶を頼むと、こちらの干菓子もいただけます。
餡や皮に、ほんの少量塩が入っているのがいいですね。


254-22.jpg
茶店の東側に、こちらのお不動さんがいらっしゃいます。
こちらは、伝空海作の石不動がご本尊です。
こちらは金閣寺とは独立しており、節分にご本尊御開帳が行われます。


254-23.jpg
お不動さんの東側は、土産物屋さんがたくさん建ち並んでいます。
金閣寺でお土産を買うなら、この辺りがいいでしょうね。


254-24.jpg
土産物屋さんの東端に、
こちらの「陀枳尼尊天」(だきにそんてん)がいらっしゃいます。
宇迦御魂神(うかみたまのかみ)同様に、「お稲荷さん」のことです。
(稲荷神は、宇迦御魂神と陀枳尼尊天が習合した神様です)
こちらにも、お参りしました。


254-25.jpg
その陀枳尼尊天の祠の東側に、こちらの門があります。
では、こちらをくぐってまた外に出ます。


254-26.jpg
門を過ぐると、急な石段を南東に下ります。
話される言葉から、周囲の方々が中国人と分かります。
ただ、自分もここ10年ほど使っていないので
「没有」「〇〇嗎」くらいしかわかりません……


254-27.jpg
石段を下りて、石畳の道を南東に進みました。
この辺りも、土産物屋さんの屋台が並んでいます。


254-28.jpg
さらに50mほど進むと、自動販売機と茶店が並んでいました。
茶店の売り子さんは「パートのおばちゃん」だと思うのですが、
日本語が通じないと、すぐに他の言語を話されていました。
この切り替えは見事ですね。


254-29.jpg
その茶店から20mほどで、この道も突き当ります。
その地点で、左(東)を向きました。
ここは前回ブログでも通ったY字路です。
この約50m先に、黒門が見えます。そこから、金閣寺を出ます。


254-30.jpg
金閣寺の黒門を出て、鞍馬口鏡石交差点を南に向いています。
この辺りを南北に鏡石通が貫いているのですが、
この金閣寺黒門から南を「きぬかけの道」とも呼びます。
この「きぬかけの道」は、ここ金閣寺から衣笠山を通り抜け
龍安寺や御室仁和寺経由で北嵯峨の清凉寺まで続いています。
(第96回ブログでで訪れた寺院ですね)
ここからそちらに向かう予定ですが、それは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回から、「きぬかけの道編」が始まります~

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
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京都盆地を輪切りにして、
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「三条通西から東」
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京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

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平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

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京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
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