第255回 山越越えて山越えて~きぬかけの路散策~その1

また1カ月半ぶりの写真の無い回です。
(要するに、新しい道の最初の回ですね)
金閣寺からそのまま西に進むので、
正直「鞍馬口通編」の続きの感覚で見られます。

今回から紹介するのは「きぬかけの路」です。
厳密には京都市道183号線のことです。
(市道183号線は宇多野まで。観光用の「きぬかけの路」はさらに短い)
金閣寺の前から始まって、嵯峨野の大覚寺前まで続きます。
(紅葉シーズンに、そちらに間に合えばと思っています)

きぬかけの路への位置
きぬかけの路は、東西に伸びる道です。
京都市街地北西端にある金閣寺が最東端で、
北側の北山山間部と南側の京都市街地にはさまれて
そのまま西に伸びて最終的に大覚寺の南側に通じており、
最西端近くには清凉寺などがある清滝道や
JR「嵯峨嵐山」駅などがあります。

きぬかけの路の歴史
実は、きぬかけの路は1963年に開通したかなり新しい道です。
京都観光がさかんになっていく過程で作られた
京都市街地から嵯峨野嵐山へ抜ける観光用の「抜け道」です。
(それまでは、丸太町通1本しかありませんでした)
「きぬかけの路」という名称も、後の公募によって決まったものです。

金閣寺から衣笠山へ
きぬかけの路は、金閣寺黒門の前から始まります。
初めは鏡石通なのですが、すぐに木辻通に移ります。
その後木辻馬代交差点から西は、すぐに衣笠山山中に入っていきます。
金閣寺周辺はしばらく飲食店や土産物屋さんが続きますが、
すぐに立命館大学が南側に見えるようになります。
その辺りは賑やかですが、
堂本印象美術館以西は完全な山道になります。

龍安寺と仁和寺
衣笠山山中を越えたら、すぐに龍安寺が見えます。
石庭の有名な禅寺ですね。
そして、再び山道を越えたら今度は仁和寺に至ります。
こちらは、山桜で有名ですが今回は秋の訪問となります。
ただ、さすがにここから西は市街地になっていきます。
そして、この辺りから一条通と合流します。
観光コースとしての「きぬかけの路」はここまでなのですが、
このブログでは、さらに西に進みます。

宇多野・山越を越えて
仁和寺の西隣から、宇多野になります。
宇多野には福王子神社などもありますが、
この辺りは急な坂道が多い住宅地が続きます。
そして、市道183号線もここまでなのですが、
(ここからは、市道29号線)
このブログはこの先も書いてきます。

絶景の広沢池
山越通を越えると、広沢池が目の前に広がります。
(この辺りから、嵯峨野ですね)
この池は平安時代から有名な景勝地で、
「きぬかけの路」はその池の南端を通り抜けます。
児神社周辺に、新旧の遍照寺があります。
特に、旧遍照寺跡は池の突き出た部分にあって
そこが京都屈指の絶景ポイントです。

そして、大覚寺へ
広沢の池の西側に「大覚寺前」交差点があって、
そこから北に約1kmに大覚寺があります。

では、次回からこのきぬかけの路を進みます。
先ずは、金閣寺黒門からわら天神に向かいます。

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第256回 わら天神に寄り道~きぬかけの路散策~その2

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金閣寺黒門前(鞍馬口鏡石交差点)から、鏡石通を南に向いています。
約50m先に、「金閣寺前」バス停が見えますね。
(第254回ブログの最後の地点です)
ここから「きぬかけの路」が始まります。
そのせいか、ここから龍安寺や仁和寺まで歩いていかれる方も
修学旅行生や外国人を中心に増えてきました。
今回は途中「わら天神」に寄り道した後、
立命館大学前の木辻馬代交差点まで進みます。
撮影日は2014年10月2日木曜日午後1時。
天気予報は快晴でしたが、一日中曇っていました。


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先ほどの写真に写っている横断歩道を東に渡りました。
すると、その横断歩道脇にこちらの祠がありました。
では、こちらのお地蔵さんにお参りして先に進みます。


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お地蔵さんの祠から、南に約50m進みました。
こちらに、市バスの「金閣寺前」バス停があります。
ちょうど12系市バスが停まっています。
バス停の上を見ると、
ここから「きぬかけの路」が始まっていることを示す看板があります。


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バス停を越えると、この道は南西に曲がります。
この辺りは金閣寺の門前町で、土産物屋さんや飲食店が並んでいます。
右側の茂みは、金閣寺の境内になります。
バス停から50m先、左(東)に脇道が伸びています。
同じ道に見えますが、ここでこの道は鏡石通から木辻通になります。
そして、鏡石通はこの左に伸びる脇道になります。


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鏡石通から、木辻通を南西に向いています。
修学旅行生などの観光客が、この辺りを何人も歩いています。
ここから龍安寺や仁和寺まで歩かれる方も、多いようです。
この先に「錦鶴」(きんかく)という飲食店があります。
ちょっとここに寄ってみます。


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ここは、バイキング形式の和食のお店です。
1時間1800円食べ放題なのですが、
ドリンクバーをつけるとさらに200円かかります。
適当に選んで並べてみました。
ここの目玉は天ぷらと湯豆腐らしいのですが、
他の方が取られるのですぐなくなっていします。
その辺のファミリーレストランくらいのお味かと思っていたのですが、
一つ一つが丁寧に作られていて、自分は結構気に入りました。
特に、湯豆腐・おぼろ豆腐・ゴマ豆腐がおいしかったですね。


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せっかくなのでデザートも食べたのですが……
こちらを目当てに次回も来ようかと思うくらいのお味でした。
奥にあるわらび餅や汁粉もいいのですが、
手前のみつ豆の右にあるイタリアンデザートが和食に意外と合います。
(パンナコッタとティラミスです)


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では、「錦鶴」を出て木辻通を南西に進みます。
この辺りから、だんだんと住宅街に替わっていきます。


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「錦鶴」から木辻通を南西に約100m進みました。
目の前に、「衣笠馬場町」交差点が現れます。


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「衣笠馬場町交差点」から、氷室通を東に向きました。
ここを真っ直ぐ東に進むと、西大路を通り過ぎて
やがて第252回ブログで出てくる鞍馬口通に合流します。
(京都市立柏野小学校付近です)


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氷室通から、木辻通を南西に向いています。
だんだんと観光地の雰囲気ではなくなっていきます。
では、ここを進んでいきます。


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氷室通から、木辻通を南西に約70m進みました。
ここに、「わら」と書いた小さな看板があります。
これは近くの飲食店の看板ですが、わら天神への近道の目印です。


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先ほどの脇道を右(南東)に曲がり、約30m進みました。
秋も深まり目の前の百日紅(さるすべり)の花も、もう終わりですね。
その少し先に佐井通(春日通)との辻が見えます。
第30回ブログの松原通や第55回ブログの三条通でも出てきた道です。


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佐井通から南東に約30mで、この道も突き当ります。
この突き当たった道に、特に名前はありません。
(佐井東通の真北にある道です)
ここを左(北東)に進んでいきます。


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先ほどの地点で、北東を向きました。
この道は、約50m先で真東に曲がります。


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その道でカーブして、東に向いた地点です。
この先に、先ほど出てきた鏡石通との辻があります。


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こちらは、鏡石通との辻の南西角にあった民家です。
金木犀の木の脇に、標札が出ています。
「衣笠総門町」と書いてあるのですが、何区かはっきりと読めません。


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鏡石通から、東を向いています。
右(南)側に塀がありますが、その向こうが「わら天神」です。


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先ほどの写真で、自動車が出ていた所まで来ました。
こちらが、「わら天神」の北門(裏門)です。
では、こちらから入っていきます。


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北門から、「わら天神」境内に入ってきました。
右側の車止めの向こうに摂社の六勝神社が見えますが、
先に真っ直ぐ南に進みます。


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真っ直ぐ南に進むと、神主さんのプライベートスペースに出ます。
その脇から参道に出ると、南側に社務所があります。
その向こうには「二の鳥居」があって、
さらに向こうには西大路から表参道が続いています。


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「二の鳥居」の北側まで移動しました。(背後に社務所があります)
先ずは、こちらの手水舎で手を洗います。


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「二の鳥居」の前から、「わら天神」境内を北に向いています。
左(西)側に手水舎、右(東)側に社務所があります。
正面に見えるのが摂社の六勝神社で、左(西)側に本殿が見えますね。


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では、まずは正面の六勝神社にお参りします。
「伊勢神宮」「石清水八幡宮」「上賀茂下鴨神社」「松尾大社」
「伏見稲荷大社」「春日大社」の6社を合祀しています。
六勝神社という名称は「難しいことに勝つ」に通じるとされ、
「勝負ごとに勝つ」というご利益があるようになりました。
特に近年は、受験の神様として信仰を集めています。

ちなみに、右(東)側の祠は末社の八幡宮です。
こちらにも、お参りしました。


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六勝神社の左(西)側に、「わら天神」の本殿がいらっしゃいます。
「わら天神」は、正確には「敷地神社」と言います。
御祭神は木之花開耶比売など3柱で、安産のご利益があります。
こちらは平安時代以前からある
北山を神格化した神様を祀った神社でした。
(要するに、ここの「土地神様」です)
元々は今の北区衣笠氷室町の方にいらしたのですが、
金閣寺建立後はそちらにお参りしにくくなったので、
この場所に移転しました。
そのころから「天神さん」とは呼ばれていますが、
菅原道真とは無関係の神社です。


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次は本殿左(西)側の末社にお参りします。
先ずは、こちらの「綾杉明神」です。
こちらは、杉の切り株自体がご神体です。
樹齢数千年の杉で応仁の乱の際にも焼かれずに残ったのですが、
20年ほど前に落雷によって切り株以外が焼け落ちてしまいました。
その後、このように切株が神格化されたものです。


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「綾杉明神」の北側に、こちらの祠がいらっしゃいます。
こちらは、木之花開耶比売の父大山祇神が祀られています。


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その祠から、わら天神本殿の北側を東に進みました。
車止めの先に、わら天神の北門が見えます。
では、ここからわら天神を出ます。


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わら天神北門から東を向きました。すぐ先、西大路が見えますね。
実は、わら天神は通常この西大路から入ります。


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今度は、同じ場所で西を向きました。
次はここを進み、木辻通に戻っていきます。


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鏡石通を通り過ぎ、
先ほどの道を西に突き当りまで約60m進みました。
ここから、この道は南西にカーブします。


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先ほどの地点から南西に約50m進み、北西に向きました。
佐井通の向こうに、木辻通が見えますね。


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先ほどの地点から、北西に約50m進みました。
佐井通を通り過ぎた辺りに、こちらの掲示板がありました。
衣笠総門町の掲示板で、京都市広報のポスターが貼られています。
その脇に、時代祭のポスターが貼られていますね。
創建100年ほどしかない平安神宮には氏子がいないので、
京都市中の町内がこのように持ち回りで時代祭に参加しています。
(ウチの町内も、約30年前に参加しました)


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そのポスターの前で北西を向きました。目の前に木辻通があります。
では、こちらを南西に向かい「きぬかけの路」をまた進んでいきます。


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木辻通に出て、北西に向きました。
龍安寺への標識がありますが、ここから徒歩で15分くらいかかります。


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先ほどの地点から、木辻通を北西に約100m進みました。
住宅街の中ではあるのですが、このように飲食店が何軒かあります。
右側に、「権太呂」という蕎麦屋が見えますね。


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こちらは「権太呂」の西隣です。京都市立金閣小学校が見えます。
「錦鶴」でかなり長い時間いたので、もう午後3時です。
ですから、児童が出てこないうちにさっさと撮りました。


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京都市立金閣小学校の西隣には、画廊がありました。
このギャラリー雅堂は、木版画家の井堂雅夫直営の画廊です。
中を見たところ、京都の風景画を中心とした木版画がありました。
暫らく見学させていただいた後、さらに南西へと進みました。


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ギャラリー雅堂の前で、木辻通を南西に向いています。
約100m先に、廬山寺通との交差点が見えますね。


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廬山寺木辻交差点から、木辻通を南西に向いています。
約50m先に木辻馬代交差点があり、
その辺りでこの「きぬかけの路」の進路は真西に変わります。


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木辻馬代交差点まで来ました。
「きぬかけの路」が木辻通を通るのは、ここまでです。
「RITSUMEIKAN」の看板がありますが、
この周辺に立命館大学のキャンパスが広がります。
ここから少し西に進むといよいよ衣笠山越えになります。
ただ、そろそろだいぶ写真を貼りつけたので
これ以降は次回とします。

~次回は衣笠山を越えて、龍安寺を目指します~

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第257回 衣笠山を越えて~きぬかけの路散策~その3

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木辻馬代交差点で、きぬかけの路を西に向いています。
金閣寺と龍安寺とのちょうど中間地点になります。
今回は、この先に見える衣笠山を越えて龍安寺を目指します。
撮影日は、2014年10月10日木曜日午後2時。
晴れている割には、雲が多い日でした。


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木辻馬代交差点から、馬代通を南に向いています。
ここから住宅地が続きますが、
右(西)側には立命館大学の施設が見えます。
木辻通もこの交差点で終わりますが、
ここから南西に約500m先にある等持院脇から南に伸びています。


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今度は木辻馬代交差点から、馬代通を北に向きました。
このまま馬代通は北に蛇行して、
衣笠山の北側にある衣笠氷室町の方に辿り着きます。


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木辻馬代交差点から、きぬかけの路を西に進んでいます。
向こうに、「立命館大学前」バス停が見えますね。
標識によれば龍安寺まであと700mなのですが、
そこに行くには目の前の衣笠山の先に行かなければなりません。


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「立命館大学前」バス停の北側に、堂本印象美術館があります。
本当は今回ブログのメインにするはずだったのですが、
この日(2014年10月10日)は、休館日でした……
木曜日は開館日のはずなのですが、
中の展示物を入れ替えのため、この日は臨時休館でした。
ここの取材は、別の日にします。


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堂本印象美術館の向かい(南)側に、立命館大学正門があります。
第157回ブログに出てきた同志社大学と同様に、
京都を代表する私立大学ですね。
明治時代の内閣総理大臣西園寺公望が設立した「私塾立命館」廃校後、
西園寺氏の家臣中川小十郎が「京都法政学校」として再興しました。
その後西園寺公望の許可を得て、「立命館大学」と改称しました。
西園寺公望がかなりの援助をしていたことは、
西園寺氏の所領地であった衣笠にあることからも分かります。
(ちなみに、この西園寺公望は東京の明治大学の設立者でもあります)


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堂本印象美術館の前から、きぬかけの路を西に向きました。
ここから一転して、市街地から衣笠山山中に入ることが分かりますね。
(ここから一転して、上り坂にもなります)


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きぬかけの路を西に進み、いよいよ衣笠山に入ってきました。
自転車でここを越えたときは結構キツかったのですが、
今回歩いてみると思ったより高低差を感じません。
金閣寺~龍安寺間を歩かれる方も、思ったよりも多いようです。
ヨーロッパ系の白人と、何度もすれ違いました。


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先ほどの地点から、きぬかけの路は
少しずつ左(南)にカーブしていきます。
緩やかに上っていますが、頂上まで行くわけではないので
歩いていてそれほど負担には感じません。
右側に大きな建物が見えますが、
あの辺りに立命館大学衣笠キャンパスの一部が見えます。


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堂本印象美術館から、きぬかけの路を西に約50m進みました。
右側は、衣笠山頂上方面です。(約250m先が頂上です)
この上に見えるのは、堂本印象美術館の駐輪所です。


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こちらは、衣笠山の一部が削られて、地層がむき出しになっています。
ここを見ると、衣笠山が隆起してできていることが分かりますね。


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堂本印象美術館から、きぬかけの路を南西に約200m進みました。
この辺りで上り坂が終わり、下り坂に転じます。


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きぬかけの路が下り坂に転じると、少しずつ真西に進路を変えます。
向こうに大きな建物が見えますが、あちらも立命館大学の施設です。
つまり、この間右側は衣笠山が見えていたのですが、
左側は立命館大学衣笠キャンパスが続いていたのです。


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さらに100mほど進み、きぬかけの路の急な坂を下っています。
そして、衣笠山を越えると「北区衣笠」から
「右京区龍安寺」に入っていきます。
ずっと先に市バスが停まっていますが、
あの辺りが59系市バスの「龍安寺」バス停となります。
龍安寺まで、もうすぐですね。


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きぬかけの路をさらに100m西に進み、衣笠山を完全に超えました。
「龍安寺」バス停は、大型車両が邪魔でよく見えません。
途中の北側にある金網の先を覗きます。


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こちらが、その金網の向こう側です。
最初寺院かとも思ったのですが、どうやら石材店のようです。


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石材店の向い(南)側は、まだ立命館大学衣笠キャンパスが続きます。
西側に、市バスの「龍安寺前」バス停が見えてきました。
もう龍安寺は目の前ですね。


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バス停から、きぬかけの路を西に約50m進みました。
立派なカエデの木の下に、駐車場の看板があります。
この右(北)側に大きな駐車場があり、そこから龍安寺境内に入れます。


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その立派なカエデの下から、きぬかけの路をさらに西に向いています。
向い(南)側の歩道を見ると、
そろそろ立命館大学衣笠キャンパスともお別れするようですね。
ここから、向かい側は龍安寺の門前町になります。


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カエデから、きぬかけの路を西に約150m進みました。
こちらは、「龍安寺前」交差点です。
向かい(南)側に、土産物屋さんや茶店が見えます。
もし京福電車(嵐電)北野線「龍安寺」駅から来られたなら、
この交差点を北上することになります。


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きぬかけの路から、龍安寺参道を北に向きました。
ここは、すでに龍安寺の境内です。
きぬかけの路は龍安寺境内の南端を貫く形で作られたので、
龍安寺の門はこの背後(南側)にあります。


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きぬかけの路から龍安寺参道を北上すると、
すぐに左(西)に蛇行し始めて右(東)側からの脇道と合流します。
こちらの方に進むと、先ほどの駐車場に辿り着きます。
その道だと、100mほどショートカットできました。


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きぬかけの路から、龍安寺参道を北西に約30m進みました。
こちらに、また龍安寺の山門が姿を現します。
左(西)側の受付で500円支払って、ここから方丈に向かいます。


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龍安寺の山門をくぐり、北を向いています。
このまままっすぐ北に進み、左(西)の道へと戻ってくる順路です。


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龍安寺の山門から参道を北上しています。
辺り一面カエデ並木で、その枝が重なりドーム状になっています。
龍安寺は世界遺産の方丈庭園(石庭)を有しますが、
京都屈指の紅葉の名所でもあります。
来月末になると、この辺りは一面の紅に染まります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その参道の左(西)側に、「鏡容池」と呼ばれる大きな池があります。
ここは平安時代は貴族の徳大寺家の所領だったのですが、
当時からこの池に舟を浮かべて貴族たちが遊んだそうです。
ですから、この龍安寺も池泉式回遊庭園を有します。


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龍安寺の参道を北に進んでいます。
この辺りも、カエデ並木が続きますね。
修学旅行生などの日本人もいらっしゃいますが、
中国人やフランス人の姿をよく見ました。


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龍安寺参道をさらに北に進みます。ここもカエデ並木が続きます。
1ヵ月半したら、ここも絶景になります。


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この参道と鏡容池との間に、こちらの井戸がありました。
よく見ると涸れているようです。


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さらに龍安寺参道を北に進みました。
立派な枝垂桜がある辺りから、急に道がせまくなります。


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その枝垂桜の北側に、こちらの石仏がいらっしゃいました。
ここにお参りをして、先を急ぎます。


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その石仏の北側に、こちらの石段があります。
ここは、特にカエデ並木が濃密ですね。


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こちらは、その石段を上りきったところです。
目の前に龍安寺の庫裏があります。
ここから中に入ると、すぐに方丈庭園(石庭)があります。
ただ、そちらには次回ブログで進みます。

今回は、ここまでです。

~次回は、龍安寺石庭を拝観します~

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第258回 龍安寺 石庭~きぬかけの路散策~その4

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龍安寺境内の最北端庫裏の前にいます。こちらから方丈に入れます。
今回はここから方丈庭園(世界遺産の「石庭」です)を拝観した後、
南側の池泉の周りを散策して、きぬかけの路に戻ります。
撮影日は、2014年10月10日金曜日午後3時。
昼下がりの穏やかな秋晴れでした。


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建仁寺や東福寺ではこの庫裏で拝観料を払うのですが、
龍安寺は山門で払うのでここは素通りします。
庫裏に入るとすぐに靴を脱ぐのですが、
こちらはその辺りに立てかけてあった屏風に描かれた書画です。
龍安寺は庫裏も方丈も仏像がないので、
屋内も撮影が可能になっています。


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先ほどの写真と同じ場所で、西を向きました。
この隣の建物が、「石庭」を有する方丈です。


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それでは、ここをくぐって方丈に入っていきます。
手前の敷居が、庫裏と方丈の境目になっています。


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先ほどの敷居をまたいで方丈に一歩踏み出すと、
全くの別世界に入っていきます。
こちらが世界遺産龍安寺方丈庭園(通称「石庭」)です。
平日にも拘らず結構の人出ですが、やはり日本人はほとんどいません。
金閣寺はアメリカ人が多かったのですが、
この龍安寺は圧倒的にフランス人が多かったですね。


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こちらは、庫裏に設置されている視覚障害者用の「石庭」の模型です。
実はこの「石庭」は東西に広く、
ウチのカメラでは大きくフレームからはみ出してしまいます。
そこで、全体像を雰囲気だけでも知っていただこうと思い撮りました。


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そして、こちらが実物の「石庭」です。
よく見ると、この石庭は左右で少し違う世界を描いています。
そこで、このように半分に切って撮影しました。
この写真は、クリックすると拡大されます。

先ずは、東半分の「石庭」です。
白砂や岩の向こうには枯れた土塀と枝垂桜が見えます。
個人的には後ろの様子も合わせてこその「石庭」と思っています。


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そして、こちらが西半分の「石庭」です。
こちら側は、土塀の上にカエデの枝が張り出しています。
自分は、この「両方の」石庭を交互に眺めていました。
こちらの写真も、クリックすると拡大されます。

ちょうど「こちら側の」石庭を眺めていると、
一人のフランス人男性がマイク片手に現れてガイドを始めました。
自分はフランス語はほぼわからないのですが、周囲のフランス人は
石庭の方のじっと見て聞き入っておられました。
そのうち放送が終わると、
思い思いのスタイルでこちらをずっと眺めておられました。
中にはいきなり座禅を組まれる方もいらして、
気候も過ごし易いこともあって穏やかな時間でした。


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この「石庭」には、自分は約1時間いました。
先ほどの庭の北側にある方丈内部にはご本尊はおられず、
このようになっています。
襖絵は「梅龍図」と書かれていますが、
開け放たれた左右の襖に大きな龍がいました。

臨済宗妙心寺派大雲山龍安寺は、文字通り妙心寺の接頭の一つで
妙心寺北側に広がる接頭群の最北端に位置します。
龍安寺は、室町時代中期に細川勝元によって建立されました。
(応仁の乱の東軍大将です。管領でもありました)
故事によると、細川家の守護神石清水八幡宮から神龍が飛び出し
こちらで安じた(休んだ)ために「龍安寺」と命名されたそうです。


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では、龍安寺方丈の周囲を回ります。
こちらは「石庭」の次に現れる方丈西側庭園です。
こちらは一転カエデの木々の間に一面の苔です。
「石庭」とは対照的な庭園で、こちらもなかなかのものです。
ただ、こちらの庭園には中国人が集まっておられました。
やはり、国によって好みが変わるのでしょうか?


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方丈西側庭園の北側に通路があるのですが、
立ち入り禁止になっていました。
確か20年前に来たときは、先に進めたような記憶があるのですが……


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さらに、龍安寺方丈の北側に回ってきました。
こちら側は、スペースの関係で庭園はありません。
ただ、あちらに人がいらして写真を撮られています。


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その方は、こちらを撮られていました。
この手水鉢は、中央の正方形と周囲の部首の漢字で囲まれています。
「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る)そのように書かれています。
こちらは、徳川光圀(水戸黄門)の寄進によるものと伝えられています。


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さらに、龍安寺方丈の東側に回ってきました。
ここを突き当れば、龍安寺方丈を一周したことになります。


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龍安寺方丈東側から、方丈内部を覗いています。
ここからなら、龍の襖絵もよく見えますね。


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龍安寺方丈から庫裏に戻ってきました。
右(南)側に、先ほど写した「石庭」の模型が開見えます。
左(北)側には、パンフレットや記念品を扱う売店があります。
では、この突き当りにある玄関からここを出ます。


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龍安寺庫裏から、龍安寺境内に出てきました。
では順路に従い、これから辺りを散策していきます。


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先ずは、この石段を下ります。
ここは前回ブログで通ったところではありません。
そこより西に20mほどずれたところにあるものです。


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先ほどの石段を下りて、右(西)を向きました。次はこちらに進みます。
この辺りもカエデの枝が、この道を両側から包み込んでいます。
ここも「紅葉シーズン」には、「紅葉ドーム」となります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先ほどの地点から、西に約20m進み北を向きました。
こちらが、龍安寺の勅使門です。
この向こうが先ほどの「石庭」になります。


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龍安寺勅使門前から、西約70m進みました。
突き当りに石段が見えますので、そちらに向かいます。


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その石段を上がると、すぐにこちらが見えます。
こちらは、東南アジアなどに多い「パゴダ」です。
太平洋戦争の戦死者を弔うものなので、
このように「東南アジア風」になっています。


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「パゴダ」の脇には、こちらの「納骨堂」があります。
こちらには、信者さんの遺骨を納めます。


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「パゴダ」や納骨堂につながる石段を下り、南を向きました。
この辺りは苔生す台地からたくさんのカエデが生えています。
次は、そちらに向かいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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龍安寺境内を南下しながら、辺りを見ています。
この辺りは苔の緑とカエデの深緑が、
日に当たってきれいな世界を作っています。
これがもう50日ほどで、
「赤と緑のコントラスト」を楽しめるようになります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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納骨堂から、約100m南に下がってきました。
カエデ並木が途絶えて、代わりに藤棚が姿を現しました。


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藤棚下のベンチから、東を向きました。
こちらから、前回ブログでも登場した鏡容池が見えます。
ここから、この池の西岸を歩いていきます。


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では、池の周りをゆっくりと歩いていきます。
こちらは祠と鳥居なのですが、池の中にあるので
こちらに向かうには舟に乗らなければなりません。


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こちら側から見た鏡容池の様子です。
少しずつですが、向こうの木々が上の方から赤く染まり始めています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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池の周りを眺めながら歩いていると、偶然船着き場を見つけました。
今も、船に乗っている方々がいらっしゃるのでしょうね。


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鏡容池を歩く道は、程なく南から東に進路を変えてこちらに出ます。
この石段を下りたら、前回ブログにも出てきた山門の前になります。


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石段を下り、山門の前に出ました。
誰もいないように見えますが、この背後に
イタリア人の団体が10人ほど撮影が終わるのを待っています。
急いで撮って、先に進みます。


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龍安寺山門をくぐり、南を向いています。
このまま南下するとすぐに「きぬかけの路」に着きますが、
その前に左(東)側に寄ります。


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龍安寺山門から、南に約10m進んで左(東)に向きました。
ここと駐車場との間に、こちらの飲食店があります。
ちょっとこちらに寄ってみます。


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こちらのお店は外のベンチと屋内とあるのですが、
外は既に先客で埋まっていました。そこで屋内の席に座りました。
メニューは意外に充実していました。
いろいろ悩んだのですが、寺院の境内なので精進にします。


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先ほどの写真に写っていたもののフタを撮りました。
味噌汁と湯葉どんぶりです。湯葉を煮込んだ後、葛で綴じています。
湯葉以外にも、紅ショウガや三つ葉が乗っています。
結構気に入りましたので、次にここに来たときもこれを注文します。


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湯葉どんぶりを食べ終わりました。
では、ここを左(南)に曲がり右にある「きぬかけの路」に向かいます。


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そのY字路で南を向きました。
目の前に、きぬかけの路が見えます。


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龍安寺から、「きぬかけの路」に向いています。
ここからまた西に旅立つのですが、
そろそろ写真もだいぶ貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、住吉山を抜けて、仁和寺に向かいます~

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第259回 住吉大伴神社~きぬかけの路散策~その5

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龍安寺山門前から、南を向いています。
目の前に「きぬかけの路」があって、その先に龍安寺の門が見えます。
(龍安寺境内をきぬかけの路が分断しているのが、よく分かりますね)
今回はここからきぬかけの路を西に向かい、
住吉大伴神社を経由して御室の仁和寺に向かいます。
撮影日は、2014年10月18日木曜日午後3時。
ゆっくりしていたら、西日が気になる時間になってきました……


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とりあえず、この「龍安寺前交差点」で横断歩道を南に渡ります。
すると、ちょうど59系市バスが停留所に入ってきました。
「仁和寺までは遠いし、バスに乗ろうよ」
自分のちょうど後ろを歩いていた中年カップルが、
そんなことを話し合ってこのバスに乗っていきました。
金閣寺から龍安寺を経由して、仁和寺まで歩くのは大変ですし……


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その横断歩道を渡って、きぬかけの路を西に向きました。
先述の通り、ここから先も歩いていかれる方は
衣笠山を歩かれた方の半分もいらっしゃいません。
と言いますのも、仁和寺に行くには
さらに向こうに見える住吉山を越えなければなりません。


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「龍安寺前交差点」から、きぬかけの路を西に約10m進みました。
ここで南を向くと、竹林の中に飲食店が見えます。
この辺りには、観光客用に様々なお店が並んでいます。


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とは言え、その飲食店も竹林の周辺だけで
西に進むとすぐに住宅がまばらに点在する程度になります。
ちなみにこの左(南)側は、一軒の大きな豪邸です。
ここの塀は、100m以上続きます。


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先ほどの地点から、きぬかけの路を西に約120m進みました。
先ほどの豪邸を通り抜けると、完全に山道に入ります。
ただこの写真では分かりにくいのですが、
目の前の電柱付近は橋になっています。


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こちらが、その橋から下流(南)側を向いたものです。
前回ブログに出てきた鏡容池から流れてきた小川で宇多川と言います。
この川はこのまま南に流れて行って、天神川と合流します。


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その小川を越えて西に向かうと、住吉山山中に入ります。
住吉山に入ると、急に道が左にカーブします。
ただ、山の中でも平坦で上り坂になりません。
実は、龍安寺自体かなり標高が高い位置にあります。


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さらに、きぬかけの路を進みます。
だんだんカーブしていき、進路も西向きから南向きになります。


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さらにきぬかけの路は、左にカーブします。
完全に南向きになった途端、急な下り坂に転じます。
こちら側の歩道に、石製鳥居が見えます。
また、向こう側歩道には石碑が見えますね。


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こちらが、先ほどの写真でも見えた石碑です。
この「きぬかけの路」に関するものです。
その右側に細い道が見えますが、
ここを上ると突き当りに「住吉山墓地」があります。


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その石碑から、きぬかけの路の向い側を見ています。
石製鳥居のある神社が見えますが、こちらが大伴住吉神社です。
きぬかけの路に面しているこちら側が正面に見えますが、
実は右側にある細い道の先に正面があります。


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その細い道を進みます。
向こうに男性が歩いておられますが、その辺りが神社の正面です。


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その男性がいらした地点まで歩いて、振り返りました。
脇のお地蔵さんにお参りした後に、「大伴住吉神社」に向かいます。


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石製鳥居をくぐって、大伴住吉神社境内に入ってきました。
では、男性がお参りされている本殿に進む前に
手前の手水舎で手を清めます。


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こちらが、大伴住吉神社の本殿です。
御祭神は、大伴氏の祖霊神である天忍日命(アマノオシヒノミコト)と
さらに住吉三神です。
正確な建立年月日は分かっていませんが、
平安京遷都(794年)の際に有力貴族の大伴氏も京都に移住して、
その際に祖霊神をこちらに祀ったのが、この神社の始まりです。
ただ、大伴氏は奈良時代の時点ですでに藤原氏の後塵を拝しており、
さらに平安時代に入って866年の応天門の変による伴善男失脚後は、
大伴氏は完全に没落してこの神社も徳大寺氏に奪われました。
(徳大寺氏は藤原氏の分家で、龍安寺の鏡容池を造営しました)
徳大寺氏はこの神社を「住吉神社」と改めたのですが、
1947年に再び天忍日命を合祀して、今の形になりました。


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本殿の左側に、さらに左に抜ける道があります。
では、そちらも覗いてみましょう。


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本殿の左側は少し広くなっており、そちらに末社の祠があります。
その先の石製鳥居の向こう側が、先ほどの「きぬかけの路」です。


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こちらが、その末社である小松尾神社の祠です。
御祭神は、天照大神(アマテラスオオミカミ)と
大己貴命(オオナムチノミコト)です。
賽銭箱には「十禅師権現」と書かれています。
こちらは、元々この横にいらした末社のことです。
(今は廃社になっています)


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目の前の赤い社が、この神社の本殿です。
次は、この本殿の前から正面に戻ります。


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本殿の正面に戻って、本殿を背に境内を見下ろしています。
では、ここを通り抜けてこの神社を出ます。


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住吉大伴神社を出て、北西を向いています。
次はここを約20m進み、突き当りのきぬかけの路に出ます。


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住吉大伴神社の「きぬかけの路」沿いの鳥居の前で、南を向きました。
ここから、かなり急な下り坂ですね。
きぬかけの路の左(東)側は住宅地に変わりますが、
右(西)側は住吉山山中となります。


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住吉大伴神社から、きぬかけの路を南に約100m進みました。
ここで、交差点になります。


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その交差点で、右(東)を向きました。
もう住吉山を越えて、両側が住宅地ですね。
この奥の突き当り(仁和寺の塀)を右(北)に進むと轉法輪寺に、
左(南)に進むと五智山蓮華寺に行けますが、
そこまで進むと11月下旬に北嵯峨に辿り着けないので、
その辺りは今回ブログでは見送ります。


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その交差点を通り過ぎて、さらにきぬかけの路を南下しています。
急な下り坂が続きますが、よく見るとずっと向こう(南)にある
京都市街地(おそらく花園方面)をここから見下ろせます。
(写真では、上手く写りませんが)


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きぬかけの路は住吉大伴神社から南下して、
約250mで下り坂が平坦になり右(西)にカーブします。
右に見える駐車場の上に小さく墓地が見えますが、
その辺りが五智山蓮華寺になります。


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先ほどの場所から、きぬかけの路をさらに100m進みました。
右へとカーブしたきぬかけの路は、真西に向いてまた直進します。


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きぬかけの路が真西に向いた辺りに、「御室」バス停があります。
今ちょうど59系市バスが停まっています。


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そのバス停前で、右(北)を向きました。
この向こうに仁和寺のかなり大きな駐車場があるのですが、
手前に桜並木がずっと続いています。
桜は、この仁和寺の象徴ですね。


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「御室」バス停から、西に約50m進みました。
ここは、「仁和寺前」交差点です。
実は「仁和寺前」交差点は二つあるのですが、ここは東の方です。
ちょうど仁和寺の南東端で、五叉路の交差点です。


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「仁和寺前」交差点に、こちらの標識がありました。
ここ「仁和寺前」交差点で、「きぬかけの路」が終了します。
ここから西は、一条通です。(妙心寺方面から伸びています)
ただ、ここから西に道は続いていますので、
ウチのブログの「きぬかけの路編」自体はまだまだ続きます。


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東側の「仁和寺前」交差点から一条通を西に約150m進むと、
西側の「仁和寺前」交差点に出ます。
その辺りに大きな建物が見えますが、それが仁和寺の二王門です。


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市バスの「御室仁和寺」バス停の背後に、茶店がありました。
ただ、ここは毎週木曜日が定休日です。(撮影日も、木曜日です)


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そして、こちらが世界遺産の天台宗御室派総本山仁和寺二王門です。
手前に自動車が走っていますが、一条通沿いにこちらの門があります。
本来ならこのまま進むのですが、もう4時を回ってしまいました。
5時に閉まってしまうので、この日はもうこれ以上進めません。


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その仁和寺仁王門か前から、南を向きました。
この先に見える小さな山が、双ヶ岡(ならびがおか)です。
双ヶ岡の南側に丸太町通が通っており、
その辺りにJR嵯峨野線「花園」駅があります。
約100m先でこの道は突き当りますが、
そこに京福電車(嵐電)北野線「御室仁和寺」駅があります。
では、今回はそこから帰ることにします。

今回は、ここまでです。

~次回は、仁和寺の庭園を散策します~

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第260回 御室仁和寺の庭園~きぬかけの路散策~その6

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こちらは、京福電車(嵐電)北野線「御室仁和寺」駅です。
「嵐電」としてはそこそこ大きな駅ですが、駅員がいない無人駅です。
(「嵐電」は、終点しか駅員がいません)
今回は駅から北上して、一条通沿いにある仁和寺を訪れます。
撮影日は、2014年10月23日木曜日午後0時半。
秋晴れの行楽日和の一日でした。


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「御室仁和寺」駅から、帷子ノ辻行の電車が出発します。
駅員がいらっしゃらないので、電車の中で運賃を払います。
205系市バス「北野白梅町」駅前から4駅先なので、
だいたい10分少々で到着します。


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京福電車(嵐電)北野線「御室仁和寺」駅を出て、南を向いています。
ただ、額には「御室驛(駅)」と書いてあります。
元々はそういう駅名だったのでしょうね。


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京福電車(嵐電)北野線「御室仁和寺」駅前で、北を向きました。
約150m先の一条通の向こうにある仁和寺の二王門が見えます。
では、そちらへ向かう前に……


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駅前に、何軒か飲食店が並んでいます。
実は朝から何も食べていなかったので、ここで昼食です。
写真には2軒並んでいますが、手前の方に入りました。
この「ファミリーキッチンPu」は、
この辺の名物になりつつあるカレーライス専門店です。


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店内は、このようになっています。
カウンター席と2人掛けテーブル席のほかに、団体席もあります。
お店の方がお勧めということで、こちらのセットにしました。
サラダドレッシングはオリジナルで、酸っぱくて甘い独特の味でした。


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こちらが、その「お薦めの」カレーです。
秋ナスとほうれん草の入ったひき肉カレーです。
「食べログ」にも書いてありますが、ここはあまり辛くありません。
またサフランライスもちゃんとインディカ米で、ルーによく絡みます。


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「ファミリーキッチンPu」には、約30分いました。
そこを出て、京福電車(嵐電)「御室仁和寺」駅前から
北に約150m進みました。
一条通の向こうに、天台宗御室派大内山仁和寺の二王門が見えます。
この写真は、クリックすると拡大されます。

10月下旬となって、この辺も少しずつ紅葉に染まってきました。
今年は、早いですね。(昨年より2週間くらい早いです)


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門をくぐる前にこちらを見ます。二王門の「阿形」の仁王様ですね。
門が大きいだけに、仁王様も迫力があります。


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そして、こちらが「吽形」の仁王様です。
ここの仁王様は、東大寺南大門の金剛力士像くらいの大きさです。
もしかしたら、京都では最大かもしれません。


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では仁王門をくぐって、仁和寺境内に入っていきます。
ここからまっすぐ北に100mほど先に、中門が見えます。
ただ、その前に手前を散策します。

先ほどの仁王様と一緒に表札が写っていましたが、
この日は前門跡の追悼法要が行われていました。
そのため、辺りに喪服姿の僧侶がちらほらいらっしゃいました。


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二王門の脇に受付があって、ここで拝観料を支払います。
拝観料が発生するのは本坊と霊宝館で、
中門より北は無料で拝観できます。
(つまり、金堂や多宝塔は拝観無料です)
本坊と宝物館それぞれ500円で拝観ができますが、
両方拝観すると800円と割引されます。


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その受付の北側に、仁和寺本坊への表門があります。
平日ですが、結構の人出でした。


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表門をくぐると、Y字路になります。
庭園や御殿を拝観するには、右の道を進みます。
左の道を進むと、寺務所に出ます。
喪服姿の方々は、そちらの方に向かわれました。


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御殿の中に入ると、先ずこちらの書画と生け花が出迎えてくれます。
ここに何人かがいらして、チケットの半券を切っておられます。
では、この生け花の前で靴を脱いで、中に入っていきます。


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生け花の前で、右(北)を向きました。
ここから渡り廊下で、御殿内のほかの建物とつながっています。
ちなみに、手前の賞状はUNESCOによる「世界遺産」の登録証です。


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渡り廊下を北に向かい、白書院に向かっています。
そのような建物を結ぶ渡り廊下で囲まれた場所に、
坪庭が何か所かに分かれて点在していました。


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渡り廊下を北に進み、白書院に近付いてきました。
白書院東側に広がる南庭は白砂の枯山水庭園なのですが、
端の方は苔が生えていて何か所かにキノコが生えていました。


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その辺りの渡り廊下に、紅葉が落ちていました。
今年は9月以降の気温が昨年よりも低く晴れの日も多いので、
京都の紅葉は今年は早いでしょうね。


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とは言え、まだまだこの日も穏やかな晴れの日でした。
ですから、虫たちもまだまだ元気ですね。
こちらは、渡り廊下の上を歩いていた昆虫です。


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渡り廊下を進み、白書院の東側にある縁側に出ました。
カエデ越しに、白砂の枯山水庭園が姿を現します。
仁和寺は桜で有名ですが、この辺りはカエデが周囲を固めます。
ここも、もう1ヵ月したら絶景に変わります。
この写真は、クリックしたら拡大されます。


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そして白書院には、このような扁額が掛かっていました。
創建当時のものではないでしょうが、相当に古いものでしょうね。


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その扁額に背を向けて、南庭を見ています。
白砂の波の向こうに見えるのは、勅使門ですね。


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白書院を通り抜け、さらに渡り廊下を北に進んでいます。
突き当りを左(西)に進むと黒書院、右(東)に進むと宸殿になります。
今回は、先に宸殿に進みます。


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先ほどの突き当りを東に進んでいます。
この先の杉戸の向こうが、宸殿になります。


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宸殿の南側から、南庭を見ています。
「南庭」は宸殿の南側にあるので、この名前です。
つまり、この宸殿がこの辺りの御殿の中心になります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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宸殿の南側で、東を向いています。
拝観者は宸殿の中には入れないので、縁側を歩くことになります。
その縁側の東端で、北を向くと……


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今度は多宝塔を借景にした池泉式庭園に変わります。
枯山水の質素な「南庭」に対して、
この「北庭」は小川治兵衛による華やかな庭園です。
(南禅寺庭園無鄰菴円山公園平安ホテルなどを造営)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、宸殿北側の杉戸絵です。
杉戸は、年月とともに絵が浮き上がってきますね。


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宸殿北側を西に進みながら、「北庭」を眺めています。
移動することで拝観者の見ている風景が変わるのは、
小川治兵衛の得意とするところですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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宸殿北側の縁側は、このようになっています。
宸殿内部を覗くと、金屏風や華やかな障壁画で囲まれていました。
ただ、そういうのは自分の好みではないので写真は撮っていません。


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「北庭」の西端に、こちらの霊明殿があります。
こちらは、仁和寺の院家に伝わる本尊薬師如来を祀っています。
松でここから見えませんが、扁額は近衛文麿によるものです。


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霊明殿の前から東を向き、「北庭」を見ています。
こちらのカエデも、だんだん染まり出しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先程とは逆に、霊明殿から宸殿を見ています。
霊明殿内部は、さすがに撮影不可になっています。


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霊明殿から、真南を向いています。
左(東)が宸殿、右(西)が黒書院で、奥が初めに訪れた白書院です。
次は、黒書院に向かいます。


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霊明殿から渡り廊下を南下して、黒書院に来ました。
南側の縁側から、こちらの坪庭を見ることができます。
ここも、カエデが見事です。
仁和寺と言えば桜の名所ですが、紅葉も結構見所は多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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実は、この黒書院だけは他の御殿と違って中に入れます。
この坪庭は、屋内から見るとまた違った風景になります。
渡り廊下の先(南)は売店になっていて、
お守りなどを買うことができます。


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売店を南に抜けて、東を向きました。
売店は白書院内にあって、その向こうに「南庭」が見えます。


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では、この渡り廊下を南に進みます。
そうすると、初めの生け花があった部屋に辿り着きます。


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生け花の部屋を通り過ぎ、靴の履いて外に出ました。
では、目の前の本坊表門をくぐって仁王門前に出ます。
次はそこから北上して仁和寺境内を散策するのですが、
写真もだいぶ貼りましたので、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、仁和寺境内を散策します~

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第261回 紅葉初めの仁和寺~きぬかけの路散策~その7

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前回ブログで散策した仁和寺本坊表門の前で、北を向いています。
この背後(南)に二王門があって、約100m先に中門が見えます。
今回はその中門をくぐって、御室仁和寺の境内を散策します。
まだ10月ですが、今年はもう紅葉が始まっていました。
撮影日は、2014年10月23日木曜日午後2時。
穏やかな秋晴れの午後です。


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先ほどの写真の地点から、北に約20m進みました。
左(西)側に、この勅使門があります。
この向こう側が、前回ブログにも出てきた南庭です。


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勅使門から、北に約30m進みました。
この辺りから、右(東)に伸びる脇道があります。
ここを真っ直ぐ進むと東側の門から外に出られます。
(五智山蓮華寺の前に出ます)


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その脇道を東に約10m進み、北を向きました。
こちらは、金剛華菩薩像です。
建立されたのは、1981年と比較的最近です。


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さらに脇道を東に約30m進みました。
こちらが、仁和寺の宝物や仏像が保管されている霊宝館です。
ここも拝観料は500円なのですが、
前回ブログの御殿や庭園とセットで合わせて800円で見られます。
ここに入るのは約10年ぶりですが、
愛染明王像が入り口で出迎えてくださったのは当時のままです。
ただ、当時はいらっしゃった孔雀明王がいらっしゃいませんでした。
係りの方にお話を聞くと、東京の方に出張されているそうです。
(博物館で提示されているとのことでした)


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霊宝館の前で、西を向きました。向こうに勅使門が見えますね。
では、先ほどの道に戻ります。


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脇道を西に突き当りまで進んで、北を向きました。
すぐ前に、仁和寺の中門が見えます。
この辺りは、低木の山桜並木が続いています。
こちらの方は、もう完全に紅葉に染まっていますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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仁和寺は中門にも守護神がいらっしゃいますが、
よくよく見ると仁王様ではありません。
仁和寺のHPには「東方天」と書いてありますから、
要するに「持国天」なのでしょうね。


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そしてこちらが「西方天」、つまり「広目天」です。
「持国天」が阿形で、「広目天」が吽形になっています。


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仁和寺の中門をくぐると、左(西)側に山桜の低木が一面に広がります。
今は閉鎖されていますが、春になるとここは開放されて
シートなどを敷いて花見ができるようになります。
自分も、約10年前に一度だけここで花見をしました。
まぁ、寺院の境内なので「馬鹿騒ぎ」は厳禁ですが……


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一方、中門の右(東)側は休憩所とトイレがあります。
この日は平日なのですが、結構な方がここにいらっしゃいました。


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仁和寺中門前から、北を向いています。
山桜は完全に染まっていますが、
その間にあるカエデはやっと染まり出した感じですね。
このまま真っ直ぐ進むと金堂(本堂)ですが、
その前に東へのわき道に外れます。


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その脇道の地点で、東を向きました。
こちらが、重要文化財の五重塔(多宝塔)です。
この寺院の象徴ともいえる建物ですね。


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その五重塔に近づいてみます。
よく見ると、梵字の扁額が掛かっています。
こちらは、勢至菩薩(または干支の「午」)を表しているのでしょうか?


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五重の塔の北東に、また別の施設があります。
次は、こちらに向かいます。


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こちらが、その施設です。
こちらは重要文化財「九品明神」で、仁和寺の末社です。
(黒い建物も赤い建物も両方です)
京都市街地や周辺の様々な神社の分社です。


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九品明神の灯籠は珍しい織部型石灯籠で、
十字架に見立てた「キリシタン灯籠」でもあります。
では、ここから北西に向かいます。


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ここからは、舗装されていない道がないところを歩きます。
この辺りにはカエデの木が群生しているのですが、
ようやく赤くなりだしたところですね。


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そのカエデが群生している道の先に、こちらの建物があります。
こちらには、何人かの方々がいらっしゃいます。


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こちらが、その建物重要文化財の経蔵です。
要するに、様々なお経が納められた蔵です。
ここが仁和寺境内の北東端になります。


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経蔵の西隣に、国宝仁和寺金堂(本堂)があります。
本当ならここに参拝するのですが、前回ブログでも書いたとおり
この日は仁和寺前門跡の法要が行われていました。
ですから、これ以上中には入れませんでした。

天台宗御室派総本山大内山仁和寺は、
父光孝天皇の遺志を引き継いだ宇多天皇が
平安時代前半の888年(仁和4年)に建立しました。
その後宇多天皇はここに移り住まれたので、
ここを「御室御所」とも呼ぶようになりました。
こちらの門跡はそれ以降皇族が務めるようになり、
(明治維新でその制度も廃止)
その意味でも天皇家とも結びつきが濃い寺院の一つです。
応仁の乱で全焼しましたが、
江戸時代に再興して現在に至ります。
また1994年に、この仁和寺も世界遺産に登録されました。


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金堂からさらに西に進みました。こちらも重要文化財の「鐘楼」です。
この周辺のカエデは、だいぶ紅葉に染まっていますね。
さらに西に進むと仁和寺の境内から出て、
「御室八十八カ所巡礼」に出ることができます。


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金堂を背に、南を向きました。
では、ここから目の前の中門を目指します。


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だんだん中門に近づいてきました。
右(西)側に、山桜並木が見えますね。


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中門をくぐり、南を向いています。
次は、約100m先の二王門に向かいます。


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これが、裏(南)から見た二王門です。
では、ここをくぐって先を急ぎます。


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二王門をくぐり、仁和寺境内から外に出ました。
西側の方の「仁和寺前」交差点で、南を向いていることになります。
一条通から約150m先に京福電車(嵐電)「御室仁和寺」駅があります。
さらにその南には、双ヶ丘が見えますね。


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仁和寺の二王門の石段を下り、一条通を西に向きました。
目の前に、「御室仁和寺」バス停があります。
ここから、河原町通や京都駅に向かう市バスが出ています。
ただ、このブログではさらに西に進んでいきます。


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仁和寺二王門から、一条通を西に進んでいます。
右(北)側に見える仁和寺の土塀がきれいですね。
そして、仁和寺の敷地内に山桜並木が見えます。
これが、多くの人が思い浮かべる仁和寺のイメージですね。


261-30.jpg
その地点で、南を向きました。
一条通の向かいに空き地がありますが、その先も双ヶ丘が見えます。
双ヶ丘は、実際に登るより遠くから見る方がきれいです。


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仁和寺二王門から、一条通を西に約100m進みました。
ここで、仁和寺ともお別れです。
一条通はいったん北西に曲がった後、また西に向かって進みます。
この先に大きなコンビニエンスストアがありますが、
そこでトイレ休憩をします。
実は、ここから西には飲食店や公衆トイレは一切ありません。


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こちらは、仁和寺の西隣のお店です。
木で作ったものを売る雑貨屋さんですが、
すべてここで作られたものを売っています。


261-33.jpg
そのお店の近くに、このような標識がありました。
きぬかけの路から一条通に至るこの道は、市道183号線です。
ただ、この183号線は宇多野「福王子」交差点で終わり
そこから一条通は市道29号線に替わります。


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先ほど出てきたコンビニエンスストアの向かいに、
京都信用金庫宇多野支店がありました。
この辺りから、「右京区御室」から「右京区宇多野」になります。


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その信用金庫の辺りから、一条通は、また西に進路をとります。
約200m先の二つ先の信号が、「福王子」交差点です。


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その信用金庫から、一条通に西に約100m進みました。
南側歩道に、大きな大きなお地蔵さんの祠がいらっしゃいます。
確か延命地蔵菩薩だったように思います。
とりあえず、こちらにお参りしました。


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延命地蔵菩薩の脇にも、お地蔵さんがいらっしゃいます。
さらに、こちらにもお参りしました。


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延命地蔵菩薩がいらっしゃる辺りで、一条通を西に向きました。
あと100mほどで、宇多野「福王子」交差点ですね。


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先ほどの地点から、一条通を西に約50m進みました。
こちらは、市バスの「福王子」バス停です。
その周辺は商店が並んで、だいぶ賑やかになります。


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「福王子」バス停から、一条通を西に約50m進みました。
こちらが、「福王子」交差点です。
金閣寺前から続いてきた市道183号線が、ここで終わります。
ここから西は市道29号線に替わりますが、
そのまま西に進んで最終的には宝筺院に辿り着きます。
ただ、今回はだいぶ写真を貼ったので、ここまでとします。

~次回は福王子神社や了徳寺など、宇多野を散策します~

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第262回 福王子神社と了徳寺~きぬかけの路散策~その8

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御室仁和寺から、一条通を西に約300m進みました。
宇多野「福王子」交差点北東角に、こちらの神社がいらっしゃいます。
今回はこの福王子神社に参拝した後、
毎年12月の「大根炊き」で有名な了徳寺に参ります。
撮影日は、2014年10月23日木曜日午後3時。
だんだん予定より遅くなってきました。


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「福王子」交差点から石段を上り、福王子神社の鳥居をくぐりました。
拝殿の北側に、本殿が見えます。
ただ、本殿にお参りする前に境内を散策します。


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福王子神社の境内に、小さいながらも庭園がありました。
その向こうに、「福王子」交差点が見えますね。


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その庭園の西端に、こちらの碑が立っていました。
どうやら、重要文化財になってときに建てられたもののようです。


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境内の北西端に、手水舎がありました。
先ずは、ここで手を清めます。


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手水舎の右(東)側に、末社の夫荒社(ふこうしゃ)がいらっしゃいます。
御祭神は松尾大明神ですが、
事故死した氷室からの人夫の御霊も祀っています。
ここ「福王子」交差点は、京都盆地の北側丹波高地への街道筋です。
ただ、平安時代はこの場所に「深川神社」があったとされており、
「ふこう」の音は「ふかがわ」が訛ったものという説もあります。


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さらに、東隣に福王子神社の本殿(重要文化財)がいらっしゃいます。
宇多天皇(前回ブログに出てきた仁和寺を建立した天皇です)の母
班子皇后が御祭神です。(この辺りに、御陵があったようです)
先述の通り平安時代ここは「深川神社」だったのですが、
近くの仁和寺同様ここも応仁の乱で全焼しました。
その荒廃しましたが、江戸時代に班子皇后を御祭神とする
福王子神社として復活しました。


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福王子神社本殿に背を向けて、拝殿越しに鳥居を見ています。
では、ここから出て「福王子」交差点に戻ります。


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鳥居をくぐり、福王子神社の石段を下りています。
この石段を下りたところに、信号と横断歩道があります。
一条通の向い(南)側歩道に薬局があるのですが、
そちらに「ぢのくすり」と書かれた碑が立っています。


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「福王子」交差点は五叉路で、ここは交差点から真北に伸びる道です。
右(東)側の茂みが先ほどの福王子神社で、
左(西)側の手前の2階建て家屋が「福王子交番」です。
ここは、あと400m先の京都市立宇多野小学校で突き当ります。


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「福王子交番」の左(西)側にも、北西に伸びる道があります。
こちらは周山街道(市道162号線)で、
丹波高地内の高雄や氷室へと通じています。


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今度は「福王子」交差点を南に向きました。ここも市道162号線です。
約200m先に、京福電車(嵐電)北野線「宇多野」駅があります。
ここをずっと進み、丸太町通以南は天神川通となります。
南西角にも薬局があります。この辺りは薬局が多いですね。


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さらに、「福王子」交差点を西に向きました。
金閣寺前からここまでが市道183号線だったのですが、
ここからが市道29号線になります。(まぁ、一条通のままなのですが)
このブログではこちらの道を西に進み、嵯峨野を目指します。


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「福王子」交差点から、一条通を西に約10m進みました。
こちらに、「船屋秋月」という和菓子屋があります。
ちょっとこちらにも寄ります。


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こちらに初めて寄らせていただいたのですが、
どうやらここは結構有名なお店のようです。
様々な和菓子コンクールの賞状が、いくつか並んでいました。
ここの名物は「わらしべ長者」というきな粉まみれの牛皮で、
写真の左側に並んでいる方です。(包装されているものが上です)
さらに、栗大福も買いました。(女将さんのお勧めでした)


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「船屋秋月」の前で、一条通を西を向いています。
この辺りは嵯峨野への抜け道ですので、けっこうの交通量です。
「船屋秋月」の女将さんに道を聞いたら、
ここから次の目標了徳寺までもうすぐだそうです。


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「船屋秋月」の前から、一条通を西に約100m進みました。
ここまで急な下り坂だったのですが、ここから少し平坦になります。
マイクロバスが横断歩道上で通過していますが、
その辺りに南北を貫く細い道があります。


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その横断歩道上で、一条通から北を向いています。
では、この細い道を進んでいきます。


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先ほどの場所から、北に約50m進みました。
先ほどの写真では突き当りのように見えましたが、
ここから左(西)に少しずれた場所からさらに北に進めます。


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先ほどの地点から、さらに北に50mほど進みました。
こちらは、先ほどの写真に写っていた祠です。
では、この「鳴滝延命地蔵尊」にお参りをします。
実は、この辺りはもう「右京区宇多野」の西隣の
「右京区鳴滝」に入ってきています。


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「鳴滝延命地蔵尊」の脇から、北を向いています。
電柱の向こうに一見町家に見えるのが、了徳寺です。


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「鳴滝延命地蔵尊」から、北に約50m進み西に向きました。
こちらが、浄土真宗大谷派法輪山了徳寺です。
石碑の「大根炊き寺」は、この寺院の別称です。
では、こちらに入っていきます。


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了徳寺の境内に入ってきました。
前庭に親鸞上人像がいらっしゃって、その奥にすすき塚があります。


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親鸞上人像の向かいに、こちらの水道と竈が並んでいます。
毎年12月9日と10日に行われる「大根炊き」はここで行われます。


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こちらは、了徳寺の本堂です。
実は、この写真の脇にこの寺院の方がいらっしゃって、
この後許可を取って中のご本尊阿弥陀如来にお参りさせて戴きました。

浄土真宗大谷派法輪山了徳寺は、鎌倉時代に正西法師が建立しました。
ここに親鸞聖人が説法しに来た折、周辺の農民が大根炊きをふるまい
そのお礼に親鸞聖人がここにすすき塚を作りました。
それが、この寺院の縁起です。
それ以来、ここでは報恩講のたびに大根炊きを振る舞うようになり、
今では日本全国から参拝者が来るようになりました。


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では、了徳寺を出ます。
また150mほど南の一条通に戻ります。


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了徳寺の向かい(東)側に、浄土宗西山禅林寺派専念寺があります。
こちらも古そうな寺院ですが、閉まっているので詳細は不明です。


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了徳寺の前で、南を向きました。
約50m先に先ほどの「鳴滝延命地蔵尊」の祠が見えますが、
そのさらに約100m先に一条通があります。


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了徳寺の前から、細い道を南へと進んでいます。
途中にこのような看板がありました。
この辺りは鳴滝なのですが、京都市立宇多野小学校の校区のようです。


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了徳寺の前から細い道を約150m南に進み、西を向きました。
ここから暫らく平坦な道が続きますが、
御室川を越えて、私立鳴滝総合学校付近でまた上り坂になります。
ただ、もうだいぶ写真を貼りつけたので今回はここまでとします。

~次回は、ここから「一条山越」交差点を目指します~

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第263回 山越 印空寺~きぬかけの路散策~その9

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「福王子」交差点から、一条通を西に約100m進みました。
この北約150mに「大根炊き」の了徳寺があります。
今回はこのまま一条通を西に進み、山越通を越えていき
印空寺を参拝します。
撮影日は10月23日木曜日午後3時半。
少しずつ西日が気になるようになってきました。


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先ほどの地点から、一条通を西に約100m進みました。
ここに、南北に流れる川が流れています。
橋には、「御室川」と書かれています。


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その「鳴滝橋」から、御室川を南に見ています。
この川は双ヶ岡南端で宇多川や西ノ川と合流して天神川となります。
(宇多川は、第259回ブログに出てきました)

第52回ブログで「御室川は、今はもうなくなった」と書きましたが、
それは誤表記ということになります。
恐らく、「地図から読む歴史」(足利健亮著:講談社学術文庫)に
書かれていた御室川は、天神川との混同でしょう。
(ですから、平安時代の天神川はもう少し西を流れていたのでしょうね)


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その「鳴滝橋」の上で、一条通を西に向きました。
ここまでは平坦でしたが、
向こうに見える「鳴滝本町」バス停付近からまた上り坂になります。


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そのバス停付近に来ました。この辺りから急な上り坂になります。
左(西)側に、居酒屋など何軒かの飲食店が並んでいます。


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その上り坂が始まった辺りから西は、一条通が蛇行しています。
そして、約100m上るとまた平坦になります。
右(東)側に高い塀と門が見えますが、
そちらが京都市立鳴滝支援学校になります。


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京都市立鳴滝支援学校を通り過ぎても、
一条通はまだまだ蛇行し続けます。
また、支援学校を通り過ぎたら宇多野病院の表札が見えてきました。
(向こうに、「宇多野病院前」バス停がありますね)


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こちらは、その辺りにいらしたお地蔵さんです。
もうこの辺りは京都市街地かどうか微妙なところなので、
お地蔵さんは珍しくなってきています。


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そのお地蔵さんの前で、一条通を西に向きました。
右(東)が宇多野病院で、左(西)が薬局ですね。
ただ、この辺りはもう宇多野ではなく「右京区鳴滝」なのですが……
また、この辺りから急な下り坂になります。


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先ほどの地点からの下り坂は、だんだん左(南西)にカーブします。
約200m進むと一条通は真西に進路を変え、また平坦になります。
この先に清掃車があって、そこで職員さんが道路清掃をされています。


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その清掃車付近で、北を向きました。
ここは児童公園です。とは言え、平日なので誰もいません。
実は、こういう児童公園は桜や紅葉がきれいなものなのですが、
ここは特にきれいなようです。


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その児童公園は、「ユースホステル前」バス停の前にあります。
宇多野ユースホステルは、この右(北)に約200m先にあります。
西日がフレームに入らないようにしたら、暗くなってしましました。
(この時点で、午後3時半です)


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先ほどの写真から、一条通を西に約100m進みました。
西日がフレームに入らないようになって、明るさも元に戻ります。
右側の竹藪は、宇多野ユースホステルの敷地内です。


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先ほどの写真の地点から、一条通は北西にカーブしていきます。
この辺りの一条通は平坦なのですが、周囲は完全に山道です。
ずっと先(約200m先)に、青い看板が小さく見えますね。


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こちらが、その青い看板です。
この市道183号線からこの市道29号線にかけてが、
金閣寺(京都市街地)から嵯峨野嵐山に抜ける道になります。
(要するに、このブログの「きぬかけの路編」を指します)


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「ユースホステル前」バス停から一条通を北西に約300m進みました。
道の左(南)側に、釣り堀があります。ここは何十年も前からあります。
後述(追記)にある地図に見える池のようなものがこれに当たります。


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釣り堀付近で、一条通はまた真西に進路を変えます。
そこから約100m西に進むと、目の前に「山越」バス停が見えます。
(第255回ブログで、「ウチからは、かなり遠い」と書いた場所です)
その向こうに、「一条山越」交差点が見えます。


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一条通から、山越通を南に向いています。
山越通は南は丸太町通から北に伸びていて、
住宅街を通り過ぎここに出ます。
ちなみに、26系市バスは(京都駅から来る方)ここから南下します。


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今度は、一条通から山越通を北に向きました。
山越通をこのまま北に進むと、梅ヶ畑で
前回ブログの「福王子」交差点を起点とする周山街道と合流して
高雄や氷室などの丹波高地に続きます。


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山越通から、一条通を西に向いています。
では、この横断歩道を渡って西に進みます。


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「一条山越」交差点南西角に、こちらの碑が立っていました。
この碑によると、この辺りは「千代の古道」ということになります。


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山越通を西に越えると、一条通は西北西に進路をとります。
嵯峨野の広沢池まであと300mというところですが、
その前にこの交差点付近にある寺院に寄ります。


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こちらが、「一条山越」交差点付近にある寺院
西山浄土宗月江山印空寺です。
門の脇の碑に「旧御室御所茶所」「了海上人遺跡」とあります。


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印空寺の門をくぐって左(西)側に井戸があって、
そこに枝垂桜が茂っています。
実は、この寺院は「隠れた」絶景ポイントです。


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井戸の前から、印空寺境内を東に向いてます。
この辺りには、桜並木が見えます。
ですから、春になるとここも絶景になります。


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また、小規模ながら境内には石庭もあります。
この寺院は1990年に再興されたものなので、
庭園の形式もまだまだ新しいものです。


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石庭の北側に、西山浄土宗月江山印空寺の法堂があります。
こちらは境内は自由に入れますが、本堂は非公開です。

印空寺は、江戸時代の17世紀後半に、
印空上人によって建立されました。
ご本尊は、阿弥陀如来です。
明治時代初期の廃仏毀釈によって荒廃しましたが、
1990年に再興されました。


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本堂の東側に、樹齢300年の多羅葉(たらよう)の木があります。
平安時代にこの木の葉の裏に字を書いて手紙としたことから、
「はがき」の語源となった木ですね。


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では、この印空寺を出ます。
この先に、一条通が見えますね。


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印空寺の前で、一条通を西南西に向きました。
では、ここを真っ直ぐ進み広沢池を目指します。


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印空寺の前から、一条通を西南西に約300m進みました。
ここで、また右にカーブして真西に進路を変えます。


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一条通が真西に進路をとった辺りから、広沢池が見えてきます。
この辺りから、「右京区山越」から「右京区嵯峨野」に変わります。
「観月の池」とも呼ばれている絶景ポイントですが、
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、広沢池を見ながら遍照寺に向かいます~

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第264回 広沢池から遍照寺~きぬかけの路散策~その10

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山越通から、一条通を西へ約300m進みました。
このあたりから、「右京区 嵯峨野」になります。
今回は通りの向こうに見えている広沢池を眺めつつ、
現在の遍照寺に向かいます。
撮影日は、2014年10月23日木曜日午後4時。
さらに日が傾き、そろそろ夕焼けになりそうです。


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広沢池の南東端一条通の南側に、こちらの茶店があります。
この「池の茶屋」は第261回ブログの仁和寺の前以来、
約2kmぶりの飲食店です。
ただ、この日(10月23日)は微妙に観光シーズンを外しており、
また平日だったこともあって中は空席が目立っていました。


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「池の茶屋」の西側に日本庭園があって、
こちらでも食事ができるようになっています。
ただ、10月23日時点でまだこの木は紅葉に染まってません。
また、この辺りが賑やかなのは春から夏にかけてです。


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池の茶屋の北向かい、つまり広沢池の東岸に
こちらの「聴松亭」があります。
元々は徳川氏所有の茶室でした。
広沢池を借景になかなかの絶景ポイントなのですが、
もう4時なので閉館時間となってしまいました……


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その「聴松亭」から、たくさんの方々が出てこられました。
その方々は広沢池の前から一条通を渡って、南側に向かわれました。


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そして、その方々は一条通から
「池の茶屋」の西側にあるこの道をさらに南下されていきます。
確かにJR「嵯峨嵐山」駅がこの方向にありますが、
そこまでは約2kmもあります。


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その道のさらに西側は、こちらの児童公園になっています。
公園内には枝垂桜が並んでいます。ここも春になると絶景になります。


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その児童公園は東西に細長く、一条通を歩いている間中
桜並木が歩いている人の目を楽しませてくれます。
誰もいないように見えますが、本当は小学生が何人かいます。
(故意に小学生が写らないように、写真を撮りました)


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その辺りで、一条通を西に向きました。
公園の北側に歩道があって、歩道と車道との間にも桜並木が続きます。
そして車道の北側は、広沢池です。


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そして、こちらが広沢池東岸です。
広沢の池の北側は小さな山が並び、もうすぐここが紅葉に染まります。
広沢池周辺は桜並木やコスモス畑が続き、
さらに平安時代は「月見の名所」として貴族がここに通いました。
つまり、ここは昔から「京都随一の絶景ポイント」として有名でした。
この写真は、クリックすると拡大されます。


264-11.jpg
一条通歩道から北を向いて、広沢池を見ています。
こちらにも桜が並んでいて、広沢池を囲んでいます。
はるか向こうには、京都府最高峰の愛宕山が見えます。


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北側に広がる広沢池を眺めながら、一条通を西に進んでいます。
桜は春の花だけでなく、秋の紅葉も楽しませてくれますね。
湖畔を見ると、小型ボートが何艘か並んでいるのが見えます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


264-13.jpg
その一方で、一条通を西に向くとこのような光景になります。
柵の下は先ほどの児童公園で、歩道や湖畔にも桜並木が続きます。
本当に、この辺りは桜一色ですね。


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広沢池東端から、一条通を西へ約100m進みました。
こちらは、貸しボート屋さんです。
春~夏なら開店しているのですが、
秋も深まる10月ともなるともう開いていないようですね。


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その貸しボート屋さんの前から、一条通を西に100mほど進みました。
池に向かって、熱心に写真を撮られている方がいらっしゃいます。
どうやら、池でエサを食べるクロサギを撮られているようです。
この広沢池には魚などもたくさん生息しているので、
様々な水鳥たちも集まります。


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その辺りで、西を向きました。
だんだんと夕方になりつつあるので、日がだいぶ傾いてきました。
自動車が通らないタイミングで撮っていますが、
本当はここはかなり交通量が多い道です。
(しつこいようですが、京都市街地と嵯峨野を結ぶのは
丸太町通とこの道くらいしかありません)


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広沢池沿いの一条通は、約300m続きます。
そのほぼ西端部分に、こちらの歌碑が立っていました。
この松本章男という方は、歌人というよりも
京都の地誌を調べたり道を紹介したりしている方です。
さらに、随筆などでいろいろ文学賞なども獲られていますね。


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さらに、その歌碑の脇にこちらの立札がありました。
先述の松本章男氏が撰ばれた広沢の池に関する和歌のようです。
古代から「月見の名所」だっただけに、
広沢池と月とを絡めた歌が多いですね。


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今回ブログの最初の地点から、一条通を約300m進みました。
広沢池もここで終わり、池の西岸を通る道と交差しています。
向こうに見える藪のようなところは児神社(ちごじんじゃ)ですが、
そちらには次回ブログで寄ります。
その手前に、「遍照寺」という看板が見えます。
今回は、先にそちらに寄ります。


264-20.jpg
一条通から、その広沢池西岸を貫いていた道を南に向きました。
こちら側にも、「遍照寺」という看板があります。
その看板の指示通りに進み、遍照寺を目指します。


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一条通から、その広沢池西岸から続く道を南に約50m進みました。
左(東)に運動場が見えますが、
確か京都府立堀川高校の施設だったと思います。
右(西)は、佛教大学の付属博物館です。


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先ほどの地点から、南にさらに100mほど進みました。
ここで突き当たっているように見えますが、
実は少し左(東)に筋違いになってこの道はまだ続きます。
ちなみに、目の前の小山は横穴石室の古墳(円墳)です。


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その突き当りを少し東にずれて、南を向きました、
鉄門扉に「遍照寺北門」と書かれた看板がありますが、
ここからは入れません。
「もっと南から入るといいですよ」
通りすがりの近所の方から、そう教えていただきました。


264-24.jpg
ただ、その遍照寺に向かう前に
先ほどの写真にも写っていたこの神社に立ち寄ります。
実はここは先述の円墳なのですが、
鳥居の扁額には「富岡大明神」と書かれています。
ただ、この上り坂に赤い鳥居が並ぶ様子からも
ここが「稲荷神社」であることが分かります。


264-25.jpg
赤い鳥居に沿って、円墳の上に登っていきます。
5mほどの頂上に、こちらの祠がいらっしゃいました。
中にキツネの伏見人形が飾ってあるいことからも、
こちらが稲荷神社であることは間違いありません。
以前からたびたびこのブログでも書いていますが、
稲荷神(宇迦御魂神・陀枳尼尊天)は
今では豊穣神(農耕神・商売の神様)ですが、
元々は根の国(死後の世界)を司る神様でした。
ですから、古墳や塚の脇にはよく稲荷神がいらっしゃいます。


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「富岡大明神」にお参りして、祠に背を向けました。
では、ここを下りて遍照寺に向かいます。


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「富岡大明神」の石段を下り、南を向きました。
右(西)側の茂みが、遍照寺です。
ただ、入り口が南側のためこの住宅地をさらに進みます。


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「富岡大明神」から、南へ約100m進みました。
遍照寺の南端に来ました。この辺りから入れます。


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遍照寺の南東端で、北に振り返りました。
では、こちらの門から境内に入っていきます。


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遍照寺の門をくぐりました。
こちらの紅葉は、10月下旬段階で半ば染まり出したくらいでした。
実は、この寺院も紅葉の名所です。


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こちらは遍照寺の門の右(東)側にいらした祠です。
先ずは、こちらにお参りします。


264-32.jpg
祠の向かい(西)側には、こちらのお墓がありました。
歴代住職さんとかのものでしょうか?


264-33.jpg
こちらが、真言宗御室派広沢山遍照寺の本堂です。
ご本尊は、十一面観音像(重要文化財)です。

こちらは、989年に寛朝僧正によって建立されました。
平安時代は広沢池西岸から北岸にかけてに広がった
多宝塔なども持つかなり大きな寺院でした。
(たぶん仁和寺くらいの大きさは、あったのでしょうね)
それが1467年の応仁の乱などの戦乱で荒廃して、
廃寺同然だったのが江戸時代後半に今の地に再興されました。
まぁ、京都の寺院にはよくあるパターンなのですが……


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遍照寺本堂から、左(西)を向きました。
多宝塔はもうないですが、代わりに石塔が見えますね。
確かあの辺りが、この寺院の墓地だったと思います。


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遍照寺本堂前から、南を向いています。
門付近の紅葉は、今回ブログ更新ごろ(11月10日)には
だいぶ見頃になっているでしょうね。
では、ここを出てまた広沢池に戻ろうと思います。
ただ、今回はだいぶ写真を貼りつけたので、
この続きは次回ブログとします。

~次回は児神社に寄った後、
広沢池西岸の旧遍照寺跡にも行きます~

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第265回 広沢池のコスモス畑~きぬかけの路散策~その11

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前回ブログで立ち寄った遍照寺の前で、北を向いています。
今回は、この脇道を北上して児神社に寄った後広沢池に戻ります。
その前に、目の前のパン屋さん(黄色いテントの店)に寄ります。
撮影日は、2014年10月23日木曜日午後4時20分。
もう夕方ですが、広沢池で一人茶会をします。


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その「パンの森 ぐぅぐぅ」で菓子パンを3個買いました。
(そのパンは、あとで出てきます)
そのパン屋さんから北に約100mすると、
こちらも前回ブログで出てきた「富岡大明神」の前に来ました。
ここでY字路になりますが、そのまま北に進みます。


265-3.jpg
「富岡大明神」がいらっしゃる円墳を背に、北を向いています。
右(東)側が京都府立堀川高校のグランドで、左(西)側は住宅地です。
ここをさらに北上します。


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先ほどの地点から、さらに100m北上しました。
右(東)側はまだ堀川高校のグランドですが、
左(西)側は佛教大学の付属博物館になります。
もうすぐ広沢池最南端の一条通です。


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ようやく一条通に戻ってきました。また、広沢池南西端でもあります。
もう4時半近くになって、だんだんと夕焼けに染まり出しました。


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広沢池南西端の西隣にある藪は、児神社(ちごじんじゃ)です。
一条通側からも、入ることができます。


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一条通を北に渡り、広沢池との間の道から
児神社境内に入ることができます。
先ずは、この一の鳥居をくぐり境内に入ります。


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一の鳥居から、児神社境内を西に約10m進みました。
こちらに井戸がありますが、どうやら水が涸れているようです。


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手水社の向いに社務所があるのですが、誰もいらっしゃいません。
ここは、かなりひっそりとした神社です。


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社務所の前から、境内を西に向きました。
目の前に拝殿があって、その先に児神社本殿があります。

元々この辺一帯は前回ブログでも出てきた遍照寺でした。
その開祖寛朝僧正が998年(平安時代初期)に亡くなると
その僧正に仕えていた児子の一人がその悲しみのあまり
広沢池に身を投げてしましました。
その児子の霊を弔うために建てられたのが、この児神社です。
子供が御祭神なので、安産のご利益があります。


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本殿の北側に、こちらの石製椅子があります。
平安時代当時、御祭神となられた児子がよく座られていたそうです。


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児神社拝殿に背を向け、東を向きました。
では、この児神社を出ます。


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児神社を出て、広沢池西側の道で北を向きました。
この背(南)の方に、一条通があります。
右(東)側が広沢池で、左(西)側が児神社です。
では、この広沢池西側の道を北に向かいます。


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一条通から広沢池西側の道を北に約50m進むと、
左(西)側は児神社から田園風景に変わります。
そして、この道沿いにコスモスが並んで咲いています。


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このコスモス畑は、この日(10月23日)が盛りでした。
ただ、この後2014年11月6日木曜日に
鳥居本への事前調査の帰りにここに寄ったのですが、
そのときもコスモスはまだまだ盛りでした。
たぶん更新日の2014年11月14日現在も咲いているでしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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コスモスの向こうには田園と点在する民家や山があり、
「里山風景」が垣間見えます。
どこかのブログに「京都らしくない風景」と書かれていましたが、
嵯峨野北部はどこもこんな感じです。
個人的には、この風景を結構気に入っています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


265-17.jpg
広沢池西側は、ずっとコスモス畑が続きます。
……と言いますか、北嵯峨の田園は
稲刈り以降このようにコスモスでいっぱいになります。
たぶん何か理由があるのでしょうが、広沢池のコスモス畑は
紅葉前の京都観光の名物の一つのなってきています。


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コスモス畑の東側はこの道1本を隔てて広沢池なのですが、
その間に桜並木が続きます。(一条通沿いと同じです)
この道は広沢池北端から約500m先で突き当り、(後宇多天皇陵付近)
さらに西に500mほど進むと直指庵があります。
ただ、そこまで行くと一条通から外れてしまうので
今回はこれ以上北上しません。


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一条通から、広沢池西側の道を約200m北上しました。
桜並木がこの辺りだけ途切れて
池の方に入ることができるようになっています。


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小さな丸木の柵を越えると小さな橋があって、
その先に広沢池の浮かぶ小島があります。
では、この橋を渡って旧遍照寺跡に向かいます。


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小さな橋の上から、旧遍照寺跡境内を見ています。
ここのカエデは、この10月23日段階ではまだまだ青いままでした。
境内には、石仏や祠が並んでいますね。


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こちらは、ここのご本尊千手観音の石仏です。
そう言えば、前回ブログ登場の今の遍照寺も千手観音がご本尊です。
この日は平日でもう夕方なので周囲には誰もいませんが、
普段は常に何人かの参拝者がいらっしゃいます。


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この小島の東端に突き出たところがあって、
そこに弁財天の祠がいらっしゃいます。
ここが突き出ているのは、こちらが広沢池の守護神だからでしょうか?
広沢池の対岸に見えるのは、
前回ブログで少しだけ触れた茶室「聴松亭」です。


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小島の東側には、広沢池に向けてベンチが並んでいます。
では、そのうちの1脚に座ります。


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ベンチに座って、お茶と先程「ぐぅぐぅ」で買ったパンを出します。
奥の左側はパイ生地に生クリームが挟んであります。
右側はハムと玉ねぎのサンドイッチで、手前はクロアッサンです。
お茶は第161回ブログで買った雲露を入れました。


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お茶を飲みながら、この風景を見ています。
北側に見える弁財天の祠の向こうには、遍照寺山が見えます。

旧遍照寺はこの小島だけではなく、
先ほどのコスモス畑一帯からあの遍照寺山のふもと周辺が寺域でした。
第261回ブログの御室仁和寺と同じくらいの広さがあったそうです。
寛朝上人がここに遍照寺を建てた最大の理由は
広沢池の絶景に惚れ込んだからなのですが、
ここを見ていればそれも頷けますね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


265-28.jpg
パンを食べ終わって、次は家で作ってきた抹茶タルトを頂きます。
タルト生地の中に、抹茶プリンが入っています。
……のはずなのですが、タルトがだいぶ壊れています。
ここまで運ぶ途中で、あちこちぶつかったようです。
食べていると、ボロボロ崩れてしまいました。
第260回ブログで0時半ごろ「ファミリーキッチンPu」で食べた
カレー以来4時間ぶりの食事でした。


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今度は池の向い(東)岸の茶室「聴松亭」を見ています。
2014年10月19日日曜日正午ごろ、勤務中に窓の外の青空を見て
このピクニックを思いつきました。
青空の下で行うはずが、夕焼けの下で行うようになりましたが……
まぁ、これはこれでいいものです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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では、この橋を渡って旧遍照寺跡を出ます。
西を見ると、夕焼けから日の入りが始まろうとしています。


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小さな橋から池を見下ろすと、この看板がありました。
ここは、釣りなどをしてはいけないようです。


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小さな橋を渡り、広沢池西側の道に戻り南を向きました。
枯れ枝の桜並木の向こうに見える白い壁は、
先ほど立ち寄った児神社のものです。


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先ほどの地点から、南に約100m進みました。
コスモス畑の先に児神社があって、その先に一条通が見えます。


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旧遍照寺跡から南に約200m進みました。この先に一条通が見えます。
ここで、広沢池とお別れします。


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広沢池西側の道から、一条通を西に向いています。
右(北)側に、児神社が見えます。
だんだんと小倉山に夕日が沈もうとしていますね。


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先ほどの地点から一条通を西に約50m進み、南に向きました。
ここは佛教大学の付属博物館なのですが、そこにバス停があります。
この59系市バスの「広沢池・佛大広沢校前」バス停が、
一条通最先端になります。
(59系市バスは、ここでUターンして「山越中町」バス停で終点)
一条通はここからまだ1kmほど続きますが、
ここから西は一切の交通機関が通らない道になります。
まぁここからラストスパートですが、それは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は宝筺院前まで進み、「きぬかけの路編」を終わらせます~

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第266回 そして、宝筺院へ~きぬかけの路散策~その12

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広沢池の西側にいらっしゃる児神社から、一条通をはさんで南側に
この「広沢池・佛大広沢校」バス停があります。
今回は、ここから一条通を西に進み突き当りの宝筺院に向かいます。
撮影日は、2014年10月23日木曜日午後4時40分。
今回で、「きぬかけの路編」が最終回になります。


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そのバス停の前から、一条通を西を向きました。
ただ、このすぐ先で折れ曲がって西南西に進路を変えます。


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一条通が折れ曲がり、西南西を向いています。
一条通は、ここから暫らく直線になります。
ずっと向こうを見ると、小倉山に日が沈もうとしています。


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先ほどの写真にも写っていたのですが、
一条通の北側に広がる水田地帯に、こちらの案山子が並んでいます。
ウチのブログと相互リンクされている写真缶さんでも
以前取り上げられておられた様々な格好をした「仮装案山子」です。


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その案山子をアップで撮りました。
広沢池からここまでの一条通以北は、長閑な田園風景が続きます。
稲刈り後の嵯峨野はこの田園がコスモス畑に変わるものなのですが、
(前回ブログ参照)
この辺りはちょっと違う風景になります。


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「広沢池・佛大広沢校」バス停から一条通を西南西に約200m進むと、
田園地帯から住宅街に変わっていきます。
しかし、この辺りの住宅は京都市街地よりも大きな邸宅ばかりですね。


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先ほどの地点から、一条通を西北西に約50m進みました。
こちらに、京都工芸繊維大学嵯峨キャンパスがあります。


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こちらが、京都工芸繊維大学嵯峨キャンパスの校門です。
京都にいくつかある国立大学ですね。


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京都工芸繊維大学嵯峨キャンパス校門の前から、西南西を向きました。
ここから、また暫らく直線になります。


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京都工芸繊維大学嵯峨キャンパス校門前から、
西南西に約100m進みました。
こちらは、有栖川の上に架かっている一本木人道橋です。
有栖川は、かつて伊勢神宮斎宮になる前の皇女が禊をした川ですね。
(第49回ブログに出てきた斎宮神社付近で禊が行われました)


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一本木人道橋の上で、北西に向いています。
約100m先に、京都府立北嵯峨高校が見えますね。
今から約30年前に、硬式野球部が時々甲子園に出ていました。


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一本木人道橋から、一条通を西南西に約10m進みました。
左(南)側に、白菜畑が広がります。
この辺は水田も多いですが、野菜畑もけっこうあります。


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その白菜畑の向こう(南)側に、コスモス畑が広がっています。
前回ブログで広沢池西側に広がるコスモス畑を紹介しましたが、
先述の通り嵯峨野一帯の田園がこの時期はコスモス畑になっています。


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一本木人道橋から、一条通を西南西に約200m進みました。
まだまだ住宅地が続きます。ここで、一条通は真西に進路をとります。


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一条通が真西に進路をとって、約50m進みました。
ここが、「大覚寺門前」交差点になります。


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「大覚寺門前」交差点で、北を向きました。
文字通り、ここを北に約1km進むと大覚寺があります。
ただ、大覚寺は次の「北嵯峨紅葉散策編」で行くつもりなので、
今回は行きません。


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「大覚寺門前」交差点西側に、こちらがありました。
こちらに、「六道の辻」と書かれていますが
ここには平安時代に福正寺という寺院があったそうです。


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その福正寺跡で、北を向きました。
この先に大地蔵菩薩がいらして、手前に井戸があります。
こちらは、第152回ブログに出てきた
六道珍皇寺の黄泉返りの井戸と対になります。
六道珍皇寺の井戸が小野篁が冥土に向かった井戸なら、
こちらは冥土から帰ってきた井戸になります。
(近年六道珍皇寺の北隣からも同じような井戸が見つかりました。
まぁ、こういう混乱はよくあることです)


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そして、こちらに賽の河原と三途の川を模した庭園があります。
実は、ここはつい最近まで更地だったそうです。


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「大覚寺門前」交差点で南西を向きました。
この交差点は、変形の四叉路です。
南に向かう道がない代わりに、北西の道があります。
では、ここからはこの南西の道を進みます。


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「大覚寺門前」交差点から、一条通を南西に約50m進みました。
民家の敷地内に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
さらに、「愛宕山」と書かれた石灯籠がありますね。


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さらに一条通を南西に約50m進みました。
クリーニング屋さんと「ガチャ」の自動販売機がありますが、
ここを南に曲がると約500m先にJR「嵯峨嵐山」駅があります。


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さらに、一条通を約50m進みました。
この辺りの一条通は、だんだん細くなるうえに蛇行しています。


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先ほどの地点から、一条通をさらに西に約100m進みました。
ここで一条通は、清滝道と交差します。
散髪屋さんの時計が、もう午後5時を過ぎたことを知らせていますね。


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その辺りで、東に振り返りました。
ここにも、「愛宕山」と書かれた石灯籠がありますね。


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こちらが、「一条清滝道」交差点です。
甘春堂はウチの近所京阪電鉄「七条」駅周辺に支店が多いのですが、
この辺りにも支店を出していたのですね。


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「一条清滝道」交差点北東角は町内の集会所になっていて、
このようにお地蔵さんもいらっしゃいます。
また、児童公園にもなっていてブランコなどの遊具もあります。


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そのブランコの西に、こちらの桜があります。
この嵯峨嵐山は紅葉の名所であると同時に、桜の名所でもあります。
実はこの横でブランコに乗っていた小学生が、
「上手にブランコをこぐから、ボクを撮って」
と叫んでいました。
でも、まさかその子をブログで公開するわけにはいきませんし……
結局写真撮影は断りました。


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一条通から、清滝道を北に向いています。
清滝道はこのまま愛宕山中に向かい、
愛宕念仏寺付近で「鳥居本」辺りから続く道と合流します。


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さらに、一条通から清滝道を南に向きました。
ここを真っ直ぐ進むと、約300m先で丸太町通と交差します。
JR「嵯峨嵐山」駅から嵯峨野方面に向かうときは、
通常この道を通ります。


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清滝道から、一条通を西に向いています。
さらに細くなりますが、一条通(市道29号線)はもう少し続きます。


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先ほどの写真の橋の上から、一条通を西に向いています。
ここから西は、嵯峨野の観光地に完全に入ります。
ですから、ここから急に飲食店などが増加します。
約200m先に宝筺院の門が見えて、そこで一条通は突き当ります。


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先ほどの場所から、一条通を西に約50m進みました。
日が暮れて灯りがついているのが、嵯峨豆腐で有名な「森嘉」です。
店は半ば閉まっているのですが、
この時点で売れ残った商品を売り切ってから店が閉まります。
この日は、ここで飛龍頭と厚揚げを買いました。
その後「おでん」にしたのですが、その写真はありません。


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一条通をさらに50m西に進みました。
こちらは「千本釈迦堂」清凉寺です。
2年前に第96回ブログでここに入りました。
ただ、もう午後5時を越えているのでこの日(2014年10月23日)は
もう入れませんでした。


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清凉寺の前で、南を向いています。
市道29号線は一条通とここで分岐し、こちらを進みます。
ちなみに、この先に見える茂みは愛宕神社の御旅所です。


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清凉寺の前で、今度は一条通を西に向きました。
あと200mで、金閣寺前からずっと続いていたこの道も突き当ります。


266-38.jpg
そして、とうとう宝筺院の前まで来ました。
金閣寺の前から続けた「きぬかけの路編」も、これで突き当りました。
残念ながら午後5時を回って宝筺院の中には入れませんが、
それは次の「北嵯峨紅葉散策編」で寄っていきたいと思っています。

では、これを以って「きぬかけの道」編は終了します。

~次回から、「北嵯峨紅葉散策編」になります。
この辺りの清路湯寺や宝筺院から始まり、
化野や鳥居本を目指していきます~

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第283回 堂本印象美術館~きぬかけの路東から西~EX

[堂本印象美術館] ブログ村キーワード283-1.jpg
第257回ブログ以来約3カ月ぶりの「立命館大学前」バス停です。
ここは、金閣寺龍安寺との中間点になります。
今回は、この向かい側にある堂本印象美術館にお邪魔します。
第257回ブログでは閉館日で入れませんでした。
今回は、そのために再訪しました。
撮影日は、2015年1月15日木曜日午後3時半。
朝からの雨が、ようやく止んできました。


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今まで乗っていた59系市バスが西に向かいます。
この衣笠山を越えれば、その先に龍安寺があります。
(第257回ブログの道順ですね)


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「立命館大学前」バス停から、きぬかけの路を西に約5m進みました。
こちらが、立命館大学衣笠キャンパスの正門です。


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立命館大学正門の前から、きぬかけの路を西に向いています。
枝垂桜の木が立派ですが、冬の間は枝しかありません。


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その枝垂桜の枝の下に、横断歩道があります。
とりあえず、ここを渡ります。


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では、その横断歩道を渡ります。
この時間帯は、立命館大学の学生でこの辺りはごった返します。


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横断歩道を渡り、きぬかけの路を東に向きました。
立命館大学の学生は東向きの「立命館大学」バス停から
市バスに乗るのが目的のようですが、
自分はその前に建っている物がお目当てです。


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こちらが、その建物京都府立堂本印象美術館です。
画家堂本印象の作品を中心に展示する公立の美術館です。


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では、堂本印象美術館に入っていきます。
この期間は、堂本印象の作品展が実施されていました。


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堂本印象美術館に入ってきました。
入り口付近に守衛さんがいらっしゃいますが、
チケットなどはそこでは発行されていません。
ここを素通りして中に入っていきます。


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こちらが、正面から見た堂本印象美術館の全景です。
この建物のデザインも、堂本印象自身の手によるものです。
つまりこの建物も、堂本印象の作品です。


283-12.jpg
では、こちらから堂本印象美術館の内部に入っていきます。
チケットは、このガラス戸をくぐった先で買い求めます。
(大人は一人500円です)


283-13.jpg
堂本印象美術館の屋内は、すべて撮影不可です。
そこで、ここからはパンフレットで代用します。
美術館内は、手前の本館と奥の別館に分かれます。
本館は、1Fはエントランスの広間だけです。
奥の別館は、1Fしかありません。
そこでは京都市立芸術高校卒業生による作品展が開かれていました。
(日吉ヶ丘高校や銅駝高校の卒業生のことです)


283-14.jpg
本館は、らせん状のスロープを上っていきます。
その壁に、堂本印象の初期作品から順に並んでいました。
堂本印象は、日本画から洋画・抽象画・工芸品など
その作品は多岐にわたっています。
チケットに描かれているのは、
初期の代表作「木之花開耶比売」(このはなさくやひめ)です。
まぁ、個人的には洋画の影響を受ける前の日本画が好きです。
桜や牡丹の絵が、写実的できれいです。


283-15.jpg
一方で、堂本印象は寺院の障壁画を多く書いています。
東福寺仏殿の天井画(天龍図)や
石像寺(釘抜き地蔵)大きな釘抜きなど本当に多岐にわたります。
だからでしょうか、障壁画のいくつかは抽象画になっています。
特に、この法然院の障壁画は
抽象画でありながら仏間にも合う見事な一幅です。


283-16.jpg
美術館内には、約1時間いました。
(そのうち約20分は、最上階で美術館製作のビデオを見ていました)
エントランスから外に出たら普通は帰るだけなのですが、
ちょっとこの辺を撮影していきます。
この柱も含めて、これらすべて堂本印象の作品ですので。


283-17.jpg
この柱は、エントランスの前に4本並んでいます。
触ってみるとブロンズ製で、上部はコンクリート製です。


283-18.jpg
その脇に、通用門と窓があります。
このちょっとしたデザインも、堂本印象によるものです。


283-19.jpg
美術館の屋外は西側が衣笠山に接していて、
東側は小さいですが休憩スペースがあります。
こちらに枝垂桜の木があるのですが、その下にベンチがあります。
「美術品」として眺めるより、春になったらここで寛ぎたいものです。


283-20.jpg
美術館の西側にも、同じデザインのベンチがあります。
この後ろは、衣笠山の山間部になっています。


283-21.jpg
ここは水飲み場です。今も使えるかは試していないので分かりません。
こういう抽象的なオブジェも、堂本印象が多く手掛けているようです。


283-22.jpg
美術館を先ほどとは違う角度から撮りました。
コンクリート製の建物に、彫刻が貼られているようにも見えます。


283-23.jpg
……で、よく見ると中央に人物の顔が彫られているのが分かります。
ちょっと奇妙なので、アップにして撮りました。


283-24.jpg
では、屋外も一通り撮りましたのでここを出ます。
もう閉館時間の午後5時です。


283-25.jpg
美術館の前に、「立命館大学前」バス停があります。
では、ここから59系市バスに乗って
終点の「京阪三条」バス停を目指します。
そこから京阪電鉄に乗って帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回から、また新しい道を取材します~

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

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サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
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