第284回 京都駅北側の通り~塩小路東から西~その1

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初詣やゑびす祭と言った新年の行事も終わり、
このブログもまた平常運転に戻ります。
今回も、約3カ月ぶりの写真の無いブログとなります。

ここから紹介するのは、塩小路です。
京都駅北側の通り

と書けば、ご理解いただけるでしょうか?
京都市街地のメインストリートの1本ですが、
実はそれほど長い道ではありません。

塩小路の歴史
塩小路自体は平安京造営時(8世紀末)からありましたが、
第215回ブログに出てくる木津屋橋通が当時の塩小路でした。
(ヨドバシカメラと京都タワーの間の道です)
今の塩小路は江戸時代まで
「三哲通」と呼ばれていました。

(wiki塩小路参照)
ただ、童歌の「丸竹夷」では別の解釈になります。
六条三哲通り過ぎ
七条越えれば八九条
十条東寺で突き当り

要するに、三哲通は七条より北に歌われてます。

応仁の乱で京都市街地が焼失した後、
豊臣秀吉は七条通以北までしか再開発できておらず、
塩小路が今の状態になったのは、
明治時代に鉄道が敷設され「京都駅」が開業してからのことでした。
ですから、この歌は「五条以南はでたらめ」という学者もいますが、
個人的にはこの歌は明治時代以降に成立したと思っていますので、
それほどでたらめとは思えません……
(この歌の成立時、すでに塩小路は再開発されていたはずです)
いづれにしても、この辺の明確な答えはありません。

智積院から三十三間堂へ
塩小路最東端は、東大路です。
七条通~塩小路間に智積院があって、
また三十三間堂の南端に塩小路が通っています。
この辺りは平安時代末期に後白河上皇が「外御所」を造営したり、
豊臣秀吉が「豊国廟」を造営したりと
様々な寺院が建ち並ぶきっかけになりました。

鴨川を渡って
三十三間堂の西側が大和大路で、
さらに西へ進むと本町通と交差します。
さらに鴨川を越えると、河原町通とも交差します。

京都駅の北側
河原町通付近から、塩小路は4車線の大通りになります。
交通量も多くなり、だんだんメインストリートのようになります。
そして、京都タワーと京都駅の間を通り抜けていきます。

梅小路公園へ
京都駅の西側には、京都中央郵便局と武田病院が並んでいます。
そして、その付近で居酒屋を中心に飲食店が並びます。
堀川通との大きな交差点より西は、急にまた狭い道に戻ります。
さらに大宮通から、梅小路公園に吸収されます。
最終的には、京都市水族館付近で突き当ります。

西塩小路通
実は七本松通からまた塩小路通は復活し、西小路で突き当ります。
そちらも塩小路の延長ではあるのですが、
(「西塩小路」と言います)
いずれはそちらにも向かうつもりですが、
今回シリーズでは京都市水族館で突き当りとします。

では、次回から塩小路を西に進みます。

今回は、ここまでです。

~次回は、東大路の智積院を参拝します~

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第285回 智積院の特別公開~塩小路東から西~その2

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京都駅から208系市バスに乗って、約10分。
「東山七条」バス停で降りました。
塩小路は、このバス停から東大路を南に約150m先にあります。
ただ、今回はその前にこの近くにある智積院に訪れます。
第147回ブログ以来1年半ぶりの智積院ですが、
真夏に訪れた前回とは風景が全く違っていました。
撮影日は、2015年1月22日木曜日午後3時半。
最近、撮影日は大半が雨模様です。


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「東山七条」バス停から、東大路を南に向きました。
今まで乗ってきた208系市バスが去っていきます。
この路線は、このまま南下して東福寺や東寺に向かいます。


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東大路の歩道に目を向けると、
すぐ目の前に智積院へ入る入り口が見えます。


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東大路にある「東山七条」バス停から、東を向きました。
こちらに、真言宗智山派総本山智積院と書かれた碑が立っています。


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東大路から、智積院境内を約50m東に進みました。
この総門をくぐって、智積院の中に入っていきます。


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智積院総門の脇に、こちらの看板が置いてありました。
今年(2015年)の「京都冬の旅」は智積院の宸殿も含まれます。
その背後に桜並木が見えますが、春にはここは絶景になります。


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その桜並木を東に約10m進みました。
この桜並木は、あと100mほど続きます。
その突き当りに、智積院の金堂(本堂)が見えますね。


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その地点で、北を向きました。
こちらの拝観受付所で800円払い、
収蔵庫や名勝庭園・宸殿などを拝観します。


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収蔵庫には、長谷川等伯長谷川久蔵の障壁画が展示されています。
この智積院の障壁画や庭園は長谷川等伯の代表作で、
障壁画が1968年に国宝に指定されたときに
障壁画の全てがこの収蔵庫に保管されることになりました。
中は撮影不可なのでパンフレットの写真を直接撮ったのですが、
なぜかこんな形でしか貼り付けられませんでした。
(90°傾いています)


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収蔵庫を出て、すぐに写真を撮りました。(西を向いています)
次は、右(北)側の講堂の方に入っていきます。


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では、こちらの門をくぐり名勝庭園に向かいます。
「京都冬の旅」期間中ということもあり、
平日でもたくさんの方がいらっしゃいました。


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門をくぐると、すぐに講堂が目に入ります。
ここの障壁画は結構お気に入りなのですが、
この幕の向こうは撮影不可になります。


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講堂の前で、右(北)を向きました。
第147回にも出てきた高浜虚子の歌碑が見えます。
では、この行動を回り込むように進み名勝庭園に向かいます。


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先ほどの地点を突き当りまで東に進み、北を向きました。
この突き当りの先が、名勝庭園(通称:「利休好みの庭」)です。


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その突き当りから、西を向きました。
この先に傘立てがありますが、
その辺りから靴を脱いで書院に上がれます。


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書院には、こちらから上がります。
ここで靴を脱いで、すぐ向こうの名勝庭園の許に向かいます。


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靴を脱いで、すぐ先に名勝庭園のはずが……
一昨年の夏とはだいぶ違う眺めになっています。
数年に一度行われる池の底の掃除と
書院や築山の補強を行っている最中だそうです。
2015年の3月中旬まで、こんな感じだそうです。


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という訳で、いつもは見られない池の底です。
ほぼ同じ所を撮った一昨年の写真とはだいぶ違います。


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名勝庭園(通称:「利休好みの庭」)に背を向け、
書院の内部を撮りました。
収蔵庫に飾ってある長谷川派の障壁画は、元々ここにありました。
今もレプリカがあるので、当時の情景は分かりますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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では、書院から北に向かい奥に進みます。
「京都冬の旅」企画で、今回はこの奥の宸殿にも入れます。


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宸殿とは、名勝庭園の北側にある来賓のための建物です。
普段は参拝者は入れないのですが、
「京都冬の旅」企画で特別公開となっています。


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ここから先は、一切撮影不可になります。
今回の企画の一番の目玉は、この襖絵です。
こちらは、堂本印象によるものです。
しかも、この絵と対を為す襖絵は抽象画を襖絵にしています。
堂本印象の見事なところは、それらの絵が変な主張をせずに
この宸殿の仏間と妙なバランスが取れていることです。
個人的には、これが堂本印象の真骨頂と思っています。
一見奇抜に見えますが、しっかりした信仰心と神仏への敬意が
堂本印象の根底にあります。


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堂本印象の襖絵を眺めていると、
「ここは、午後4時半で閉まります。早く出てください」
と言われてしまいました。
ここが閉まるのは午後5時と思っていたのですが、
日が早く傾く冬季は閉山時間も早くなっているのでした。
仕方ないので、近日中の再訪を心に決めて先を急ぎます。

こちらは、書院裏の坪庭です。
お気に入りの場所ですが、ここもさっさと通り過ぎます……


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書院・宸殿と回って、こちらは講堂の縁側です。
中は撮影禁止なので、外側だけ撮りました。


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自分がこの智積院に来た楽しみの一つが
講堂の田渕俊夫画伯の障壁画なのですが、
もう時間がないので素通りです。
とりあえず、書院の下駄箱の辺りに向かいます。


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先ほど通った講堂脇の道を先ほどとは逆に進んでいます。
次は、ここの入り口を目指します。


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智積院の講堂に背に、南を向いています。
では、ここを出ます。


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講堂前の門をくぐり、南を向いています。
先程数名いらした拝観受付所は、もう閉まっています。
そう言えば、先ほどは無かった鉄柵が並んでいます。


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講堂前の門からそのまま南に約10m進み、左(東)に向きました。
次は、桜並木の突き当りの智積院金堂(本堂)に向かいます。
両脇に、寺紋であるキキョウが見えますね。

真言宗智山派智積院は、
和歌山県根来山にあった真言宗の根本道場でした。
それが16世紀末に豊臣秀吉と対立し、
根来山の道場は豊臣軍によって焼失しました。

一方、この地は豊臣秀吉の子である「鶴松」の菩提寺がありました。
(この近くに、豊国神社があるのは偶然ではありません)
江戸時代になってその寺院は廃した後、
ここに根来山の根本道場が再建されました。
それがこの智積院の興りです。


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智積院金堂から南を向きました。向こうに見えるのは、明王殿です。
金堂のご本尊が大日如来であるのに対し、
向こうは不動明王が安置されています。
ちょうど勤行が始まったところで、
僧侶の歌声にも似た読経が響いていました。


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金堂を背に、西を向いています。
向こうに傘を差す方がいらっしゃいますが、
雨がだんだん強くなってきました。
では、ここから総門を目指します。


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金堂から西に約100m進み、総門前に来ました。
では、ここから智積院を出ます。


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智積院を出て、東大路通にまで辿り着きました。
目の前は、三十三間堂回り内にある
「ハイアットリージェンシー京都」というホテルです。


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智積院の前から、東大路を北に向きました。
今回ブログ最初の地点「東山七条」バス停と
「東山七条」交差点が見えますね。


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今度は、同じ地点で南を向きました。
東大路は約800m先の東福寺で西に進路を変え、九条通になります。


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智積院の南側から、東大路沿いに商店が並びだします。
この辺りから、東福寺近くまで商店街が続きます。


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智積院の前から、東大路を南に約100m進みました。
この辺りは地域住民のための商店が並び、
もう観光地の様子はありません。


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さらに東大路を約50m進みました。
この押しボタン式信号の辺りが、塩小路の最東端です。


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その押しボタン式信号から、東大路を南に向いています。
向こうの信号の辺りは陸橋になっていて、
その下をJRの線路が通っています。
その南側に大谷高校があって、
さらに向こうの茂みは今熊野神社となっています。


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その押しボタン信号の替えから西側を見ました。
ここから塩小路が始まっています。
ようやく今回の主役登場ですが、写真をだいぶ貼り付けたので
今回はここまでとします。

~次回は、三十三間堂回りを参拝します~

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第286回 法住寺と養源院~塩小路東から西~その3

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東大路から、塩小路を西に向いています。
ここから、塩小路が始まっています。
今回はここから西に進み三十三間堂を目指すのですが、
諸事情により、途中までしか進めませんでした……
撮影日は、2015年1月29日木曜日午後3時半。
晴れていたはずが、撮影を始めた瞬間曇り出しました……


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先ずは押しボタン式の横断歩道を渡って、東大路を西に渡ります。
南側にある床屋さんは、古くて良い雰囲気がありますね。


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北西角には、「清水一芳園」というお茶屋さんがあります。
こちらは、お茶の販売だけでなく
抹茶スイーツを楽しむ喫茶室もあります。


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東大路の西側歩道から、塩小路を西に向いています。
では、ここから塩小路を西に進んでいきます。
この道は狭くて西行き一方通行の割に自動車がよく通り、
この少し先で急な下り坂になります。


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塩小路の急な下り坂を西に進んでいます。
両脇にはたまに商店があるものの、
基本的には古い民家が並んでいます。
向こうに京都タワーが見えますが、第284回ブログで書いたとおり、
塩小路は京都駅と京都タワーの間を貫く通りでもあります。


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東大路から、塩小路を西約100m進みました。
塩小路の北側にこれから行く法住寺の駐車場があり、
そこにこのような碑が立っていました。
どうやら、この辺りに一時期坂本龍馬らが住んでいたようです。


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さらに、塩小路を西に約50m進みました。
すると北側に大きな門が見えます。こちらが三十三間堂の三門です。


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重要文化財の三十三間堂三門を正面に、北を向いています。
この大きな門の下は自動車が通れそうですが、
実は小型車以外は通行禁止です。
理由は……第222回ブログを参考にしてください。


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三十三間堂南大門をくぐると、広い道が北に伸びており
この道は約250m先の七条通まで続いています。
この辺りは、「三十三間堂回り」と呼ばれています。
左(西)側の赤い土塀が三十三間堂ですが、
右(東)側は小さな寺院のほかアパートや病院が続きます。


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「三十三間堂回り」の右(東)側は、
最南端がアパートですがその北隣が法住寺です。
こちらからも入れますが、北側の門から入ります。


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こちらが、その法住寺の北側の門です。
では、ここから法住寺に入っていきます。


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その門に、こちらの紋が刻まれていました。
こちらが寺紋なのでしょうか?
その沿革から、藤原氏か天皇家の紋が入ると思っていました。


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門から、法住寺境内に入ってきました。
それなりの大きさの寺院ですが、
元々は三十三間堂や智積院・豊国神社など
この辺の全てが法住寺の土地でした。


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北側の紋の南側に、こちらの施設がありました。
昨年夏の第222回ブログ取材時にはありませんでした。
節分のときに振る舞われる甘酒ためのものでしょうか?


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法住寺の北側に、こちらの祠がいらっしゃいます。
第222回ブログ取材時で分からなくなりましたが、
今回はきちんと覚えてきました。
左(西)側が厳島社で、右(東)側が豊川茶枳尼天(稲荷)です。
どちらも女神様なのは、第222回ブログで書いたとおりです。


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2柱の祠のに背を向け、法住寺北側から南を見ています。
目の前の松林の向こうに、本堂が見えます。


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本堂前に、このようなものがありました。
白砂に「鬼」と書かれていますね。
多分もうすぐ節分だからでしょうね。


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「鬼」の砂文字の前で、東を向きました。
明治時代の神仏分離令までは、ここから後白河天皇陵に行けました。


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同じ地点で、西を向きました。
たくさんのお地蔵さんがいらっしゃいますね。
こちらも、お参りしました。


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こちらが、天台宗法住寺の本堂です。
詳しい沿革は、第222回ブログを参考にしていください。
元々ここは、後白河上上皇が院政を行っていた場所です。
三十三間堂も、元々はこの法住寺の施設の一つでした。


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本堂中に入ってお参りできるのですが、
撮影不可のため写真はありません。
こちらは中で求めた線香です。こちらは外に刺します。


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こちらには、ろうそくも立てました。
その脇には、お賽銭も入れました。


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法住寺最南端にある本堂から、北を向きました。
今度は、ここから北側の門を向かいます。


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法住寺境内を北に進み、また門の前まで来ました。
では、ここから法住寺を出ます。


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「三十三間堂周り」の道で、法住寺の前から北に向いています。
法住寺の北隣が養源院なのですが、その間に細い道があります。


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その細い道を東に向かって進んでいます。
ここは日祝日は閉まっていますが、平日の昼間は進入可能です。


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その細い道の先に、こちらがあります。
こちらは、後白河天皇のお墓です。
後白河天皇は、この辺一帯を特に気に入っていました。


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後白河天皇陵から、「三十三間堂回り」の道に戻ってきました。
西側に赤い大きな門がりますが、これは三十三間堂の勅使門です。
手前に柵があるように、普段は決して開かない門です。


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後白河天皇陵の北側に、こちらの養源院があります。
では、こちらにも寄っていきます。


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養源院の門を入ってすぐに、白衣弁財天の祠がいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りです。


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さらに、こちらの毘沙門天堂もお参りします。
こちらも、第222回ブログでお参りしました。


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毘沙門天堂の前から、東を向きました。
では、この上り坂を進み養源院の本堂に入ります。


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では、500円を払って養源院内を拝観します。
まぁ当然ですが、ここからは撮影不可です。


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撮影不可なので、俵屋宗達筆の杉戸絵を模した絵葉書を撮りました。
この養源院は、俵屋宗達の襖絵・杉戸絵が相当数残っています。
他に狩野山楽の障壁画などもあります。
こちらは、淀君が開祖ですが、
彼女の死後妹の江君が完成させた彼女らの父浅井長政の菩提寺です。
美術品がものすごいので、照明などはほとんど点けずに
暗い部屋の中で延々カセットテープの解説を聞きます。
(CDでないところがミソです)
貴重な美術品のオンパレードは、少なからずインパクトがあります。
ただ……こちらの天井は伏見城のものを流用しており、
関ヶ原の戦い(1600年)の前に行われた合戦に敗れた
徳川家康の忠臣300余名が切腹した際の返り血が今も残っています。
しかもよく見ると、手足の跡とかも残っていて……
自分ですら少し退いたので、
あまりこういうことは強調しないほうがいいですね。


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結局ここには、40分くらいいました。では、ここを下っていきます。
お気づきでしょうが、ここは桜並木が続きます。
ここは、京都でも屈指の桜の絶海ポイントです。


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午後4時を回り、もう門は閉まっています。
こちらのご住職さんの指示通り、脇の引き戸から外に出ます。


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養源院を出て、北を向きました。
もう塩小路よりも、七条通のほうが近いようになってきました。


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養源院の北側は、日本赤十字社の京都支部です。
こちらに、京都中の輸血用血液が集中しています。
その先は七条通で、その向こうには京都国立博物館が見えますね。


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そしていよいよ三十三間堂に来たわけですが……
午後3時半で閉まってしまうようです。
京都の神社仏閣は、冬季になるとかなり早く閉まります。
仕方ないので、ここから先には節分にもう一度来ます。
……これ以上摂っていないので、今回はここまでです。

~次回は、三十三間堂と節分の法住寺を取材します~

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第287回 三十三間堂の庭園~塩小路東から西~その4

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5日ぶりの三十三間堂です。
前回ブログでは午後4時を回っていて閉まっていましたが、
今回はこのようにしっかり開いています。
このブログではもう3回目の三十三間堂なので、
今回はお堂の中よりもその周辺の境内を中心に散策します。
撮影日は、2015年2月3日火曜日節分の午前10時半。
「塩小路編」なのに、今回は塩小路が出てきません。


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三十三間堂に入ろうとしたところ、
法螺貝の音色と共に修験者と鬼の行進が始まりました。
こちらは、前回ブログでも出てきた法住寺の節分行事です。


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鬼のうちの一人が、だいぶ遅れてこられました。
どうも草鞋が上手く履けていないようです。


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修験者と鬼の行進は、七条通まで北上して
そこから西に曲がっていかれました。


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三十三間堂門前から、北を向きました。
すぐ先に七条通があって、その北側は京都国立博物館です。


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三十三間堂の門をくぐりました。
目の前が大きな駐車場になっていて、
修学旅行生を乗せた観光バスが何台も停まっています。


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外側から見えるお堂で、ペンキが塗られていました。
どうも、三十三間堂も修復中のようです。
そう言えば、七条通側の土塀も青いシートが掛かっていました。


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では、600円払って、三十三間堂の境内に入っていきます。
いつもならこの看板の通り右(西)に向かいお堂の中に入るのですが、
今回は反対(東)側に向かい三十三間堂の庭園を散策します。


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では、今回は、この石畳の道に沿ってここから南進します。
この辺りは、後白河上皇が法住寺を広げた際の庭園跡です。
(元々、三十三間堂は法住寺の一部でした)


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その石畳の道を歩き出してすぐに、小さな池が見えます。
ちょっとこちらに寄ってみます。


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こちらが、その池です。
第285回ブログの智積院「利休好みの庭」ほど大きくありませんが、
それでも築山を背景にしたこの池はなかなかに見事です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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では、この石畳の道を南に進みます。
ここは、三十三間堂の東側に沿って進むことになります。


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小さな池の南隣に、大きな供養塔があります。
こちらは、妙法院門跡の写経供養塔です。
現在この三十三間堂は、
北東に約300mにある妙法院門跡の管理下にあります。

また、その右(南)にお墓のようなものがありますが、
こちらは法然による念仏の「記念碑」です。
後白河上皇13回忌に、
この地(厳密には法住寺)で法然が念仏を唱えたのを記念しています。


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さらに南には、こちらの手水舎とお地蔵さんがいらっしゃいます。
たくさんの方が、このお地蔵さんにお参りされていました。


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手水舎の南側に、三十三間堂の勅使門があります。
つまり、この向こう側に前回ブログに出てきた養源院があります。


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その勅使門から、西を向きました。
目の前に見える障子の向こうに、
湛慶作国宝千手観音像がいらっしゃいます。
(偶然ですが、wikiの記事で最初に掲載されている写真の仏像です)
障子の前がテラスになっていて、
第146回ブログで写っているように、
夏の暑い日はそこで涼めるようになっています。
ただ、この後確認したのですが、、冬の間は障子は施錠されていて
テラスに出られないようになっています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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勅使門の南側も、また池があります。
こちらの池にも、立ち寄りました。


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こちらが、その南側の池です。
北側の池と違い築山がない代わりに、枝垂桜に囲まれています。
実は三十三間堂は桜の名所で、春にはこの辺りは絶景になります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その池の南側のお堂は、シートで覆われて中に入れません。
第285回ブログの智積院「利休好みの庭」同様、
春の観光シーズンに向けて絶賛修理中ですね。


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お堂の南側は、三十三間堂庭園の最南端です。
ここから、前回ブログでくぐった三十三間堂南大門が見えますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらが、三十三間堂南側の土塀です。
この向こうが、今回シリーズの主役塩小路になります。
この南側の土塀は「太閤塀」と呼ばれていて、
他の土塀と比べて極端に古いものです。
元々、先ほどの南大門とこの土塀は
安土桃山時代の豊臣秀吉による大仏殿のためのものでした。
この辺りは、平安時代は法住寺、安土桃山時代は大仏殿でした。
(三十三間堂は、所属寺院が何回も変わっていきました)


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では、「太閤塀」沿いに三十三間堂南側を西に進みます。
この辺りは、桜などの木々に囲まれています。


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その南側から北を向き、三十三間堂を見ています。
三十三間堂は南北に細長い建物で、こう撮るとそれが分かりますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、この三十三間堂西側で毎年1月の「通し矢」が行われます。
こうして見ると、本当に遠く見えますね。


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では、三十三間堂西側庭園を北上します。
先ずは、この稲荷神社にお参りです。
そう言えば、この辺りから石畳はアスファルトに代わります。


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三十三間堂西側庭園を北上しています。
この辺りも、結構の方が歩いていらっしゃいました。


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三十三間堂西側庭園の西側は藪になっていて、
土塀の向こうが大和大路になります。
その藪の中に、こちらのテーブルとベンチが並んでいました。
どうやら陶製のようです。


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その北側に……これは供養塔でしょうか?お墓でしょうか?
碑文が削れていて、読めませんでした。


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その供養塔(?)の前で、北を向きました。
ここで、三十三間堂庭園の遊歩道が終わります。
この先の鉄門扉の手前で右(東)に向かえば、
そこから三十三間堂の内部に入れます。


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鉄門扉の前で左(西)を向くと、山門がありました。
ちょっと、こちらに寄ってみます。


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とは言え、やはりここから外には出られません。
ベンチが置いてあるということは、ここで休憩がとれるようです。
ちなみに、この先は大和大路になります。


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では、この門をくぐって元の位置に戻ります。
その先に修学旅行生が見えますが、
三十三間堂の建物内部にはあの地点から入ることになります。
つまり、これで三十三間堂の周囲を1周したことになります。

三十三間堂内部は、相変わらずと言いますか……
大きさに圧倒され、写実主義が横行する独特な様子は、
正に慶派の世界でした。
湛慶作国宝千手観音像の迫力、28部衆の写実的な造形は
この三十三間堂でしか味わえません。
自分のお気に入り、婆素仙人もしっかりお参りしてきました。


287-34.jpg
三十三間堂内部も参拝したので、(写真はありません)
ここから外に出ていきます。


287-35.jpg
三十三間堂の駐車場の前に戻ってきました。
先程ならんでいた修学旅行生を乗せた観光バスは、
先に出発しています。
たぶん、自分がゆっくり過ぎるのでしょうね。


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三十三間堂の門から出て、三十三間堂回りを南に向いています。
(この背後に、七条通があります)
ずっと向こうに、三十三間堂南大門が見えますね。
ここから塩小路に向かう前に節分行事中の法住寺に寄りますが、
そろそろ写真をだいぶ貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、節分の法住寺に寄ります~

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第288回 節分の法住寺~塩小路東から西~その5

287-36.jpg
三十三間堂入り口から、三十三間堂回りの道を南に向いています。
今回は向こうに見える三十三間堂南大門をくぐり塩小路に戻る前に、
手前の法住寺にまたまた訪問します。
撮影日は、2015年2月3日節分の火曜日正午。
法住寺は節分行事の真っ最中でした。


288-2.jpg
三十三間堂回りの道を南下中です。南大門が近づいてきました。
青紫の幟にある「身代不動尊」は、法住寺のご本尊のことですね。


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三十三間堂入口から、三十三間堂回りを南に約100m進みました。
東側に、第286回ブログで紹介した養源院が見えます。
5日前の2015年1月29日に訪れたので、ここは素通りします。


288-4.jpg
養源院と法住寺の間に、細い道が東に伸びています。
こちらを進むと後白河天皇陵に行けますが、
ここも第286回ブログで訪れているので素通りします。


288-5.jpg
さらに南隣が、天台宗法住寺です。
第286回ブログで訪れた5日前と異なり、
完全に「節分モード」になっています。


288-6.jpg
法住寺の門をくぐりました。
すると、ちょうど中からこちらの方が出てこられました。
島原の大夫さんが毎年参加されているようです。
歴史的にも、この寺院は島原と関わりがあるそうです。


288-7.jpg
法住寺の紋の南側に、こちらの釜が並んでいました。
5日前は炉が並んでいるだけでしたが、この日は様変わりですね。


288-8.jpg
4つの釜のうち、手前の2つは甘酒を炊いておられました。
こちらは、参拝者に志納で配られていました。
午前10時から配られていましたが、
正午段階でもまだまだ残っていました。
しっかり米と麹の感触が残っているのが、おいしいですね。


288-9.jpg
法住寺本殿前の5日前に「鬼」と書かれた砂文字の上に、
こちらの護摩壇が置かれています。
実は、午後2時から豆まきの後に護摩焚きがあります。
ただ、そこまでここに残ると会社に遅刻してしまいますので、
その辺の取材は今年はありません。


288-10.jpg
そうこうするうちに、正午を少し回りました。
すると、本堂前で近所の町衆さんが餅を搗き出しました。
そう言えば、「節分」は旧暦の「大晦日」のことですよね。


288-11.jpg
町衆さんが何回か餅を搗かれて、
出来上がった餅が向こうに運ばれていきました。
その後、参拝者の中の希望者が餅を搗き出しました。


288-12.jpg
結局、参拝者の中から5名ほどが餅搗きに参加されました。
たいていは、「疲れたら交替」という感じで続いていきました。
そう言えば、30年くらい前までは
ウチの近所でも餅つきはよくありましたが、
ここ最近はとんと見なくなりました。


288-13.jpg
搗かれた餅は、本堂東側にいらっしゃる大夫さんの許に運ばれます。
ここで、島原の大夫さんの手ずから餅を丸めていきます。
次々と餅が搗きあがるので、大夫さんも隣のお稚児さんも大変です。
まぁ、間に合わないので
町衆さんも動員して作業が進められていましたが……


288-14.jpg
こちらが、その丸められた餅です。
これらの餅は、先ほどの釜の方に運ばれていきます。


288-15.jpg
4つある釜のうち2つは甘酒用なのですが、
残りの2つには小豆を煮込んだ善哉が入っています。
そしてこの椀の中にその善哉を張って、参拝者に配られます。


288-16.jpg
こちらは、その善哉を求める参拝者の行列です。
長いようにも見えますが、100人もいないので
動き出したらすぐに自分の順番が来ました。
(伏見稲荷大社の初詣に比べたら、一瞬ですね)


288-17.jpg
こちらが約5分待って頂いた善哉です。
中に生の丸い餅が一つ入っています。
自分には搗きたての軟らかい餅を生で食べる習慣があるので、
「懐かしい味」がしました。
京都には「お盆」には「お華足さん」(おけそくさん)という
生の丸餅を仏壇に供える風習があり、
それに近い味がしました。
(いつも、固くなる前に食べてしまいます)


288-18.jpg
善哉は、すぐに「売り切れ」てしまいました。
次の行事は午後2時からの豆まきですが、
そこまでここにいたら会社に遅刻してしまいます。
(午後3時には、滋賀県大津市にいないといけません)
そこで、慌てて本堂にお参りしてここを出ることにしました。
急いで本堂に上がって、「身代不動尊」にお参りしました。


288-19.jpg
では、名残惜しいですが(時間がないので)この法住寺から出ます。
この続きは、また別の年に再訪して取材します。



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法住寺の前から、三十三間堂回りの道を南に向いています。
では、この三十三間堂南大門をくぐって塩小路に戻ります。


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三十三間堂南大門をくぐると、
その南側向いにこちらの喫茶店「舞坂」があります。
では、ちょっとこちらに寄っていきます。


288-22.jpg
中に入ってブログ取材の許可を求めると、
「こんな何もないお店なのに、わざわざ取材されるのですか?」
そう女将さんに言われてしまいました。
いえいえ、ここはなかなかのお店なのです。
ブレンドコーヒーを頼んで北向きのテーブルに就きました。


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こちらが、その北側テーブルから見た風景です。
三十三間堂を南大門越しに眺めながらのコーヒーは、
この店でないと味わえません。
時間がないのですが、しばしの憩いの時間を楽しみました。


288-24.jpg
三十三間堂南大門と喫茶店「舞阪」の前から、
塩小路を西に向いています。
この細い道のずっと先に京都タワーが見えますが、
これはこの道の先に京都駅があることを示唆していますね。
(その辺は、烏丸通と同じです)


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こちらは、前回ブログでも紹介した「太閤塀」です。
やはり、この塩小路側の塀が極端に古いことが分かりますね。
ちなみに、南大門同様この「太閤塀」も重要文化財です。


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三十三間堂南大門から、塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、大和大路との辻になります。


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塩小路から、大和大路を南に向いています。
第221回では、ここを通ってこの塩小路に辿り着きました。
右(西)側は、自分が昔よく通っていたパン屋さんの跡です。


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今度は塩小路から、大和大路を北に向きました。
右(東)側が、三十三間堂です。
第223回ブログではここを通って七条通も北上し、
約500m先の豊国神社へと向かいました。


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では、大和大路から塩小路を西に進みます。
東大路から始まる急な下り坂も、まだまだ続きます。


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塩小路大和大路の辻に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
京都市街地ですから、お地蔵さんも辻ごとにいらっしゃいます。


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大和大路から、塩小路を西へ約70m進みました。
ここは第145回ブログでも紹介した浄土宗西山檀林派専称寺です。
非公開の小さな寺院ですが、ここのご本尊は珍しい馬頭観音ですね。


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専称寺の前から、塩小路を西に向いています。
東大路から続く急な下り坂も、この先の本町通で平坦に変わります。


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その塩小路本町の北東角にある地域スーパーに、
こちらの貼り紙がしてありました。
そう言えば、節分にはよくイワシの塩焼きを食べますね。


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専称寺から、塩小路を西に約50m進みました。
こちらは、本町通との交差点です。


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塩小路から、本町通を南に向いています。
左(東)側の建物は、デイケアサービスのNPO法人のものです。
前の階段を上ると、「本町会館」という映画館になります。
今はポルノ映画専門ですが、ウチの母が子供のころは
石原裕次郎や小林旭主演の映画を上映していました。
ここから約120m南の突き当りは、JRの線路です。
そこから歩道橋を渡ると、また本町通が続きます。
(詳しくは、第145回ブログ参照)


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今度は、塩小路から本町通を北を向きました。
第145回ブログでは、ここを北上しました。


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では、本町通を通り過ぎ塩小路を西に進みます。
この辺は、飲食店が集中しますね。


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塩小路本町交差点北西角のマンションは、
1Fが「さくら湯」という銭湯です。
第145回ブログにも出てきましたが、
猫を何匹も飼っているのが特徴のお風呂屋さんです。
実は、自分が一番よく行く銭湯でもあります。


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本町通から、塩小路を西に約50m進みました。
こちらは、鞘町通との辻です。
ここさらに西に進みましたが、ここから先は次回とします。

~次回は、ここからそのまま京都駅を目指します~

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第289回 小さなお稲荷さん~塩小路東から西~その6

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鞘町通から、塩小路を西に向いています。
この鞘町通は、北に進むと七条通に第149回ブログに出てきた
「アマゾン」という喫茶店があって、
五条通以北は宮川町になります。
今回はこの塩小路を西に進み京都駅近くまで行きます。
撮影日は、2015年2月3日節分の火曜日午後1時。
実は、自分の通勤ルートだったりします。


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鞘町通を少しだけ南にずれて、塩小路の下を撮りました。
この塩小路以北から、京阪電鉄は地下に潜ります。
つまり、このトンネルの真上に塩小路が通っています。


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塩小路から北を向き、鞘町通の西隣にある公園を撮りました。
この公園は細長く、蛇行して川端通に吸収されます。
お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、
この公園はかつて京阪電鉄が地上を通っていた線路の跡です。
ちなみに、当時の京阪電鉄の線路(「三条」駅~「七条」駅間)は
鴨川と琵琶湖疏水(現在の川端通)の間を通っていました。


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その辺りで、塩小路から南を向きました。
かつての線路脇に小さな神社が見えます。先ずはそこに参拝です。


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では、こちらの八王稲荷大明神に参拝します。
「お稲荷さん」だけに、赤い鳥居が並んでいますね。


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鳥居をくぐって南側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにお参りして、境内に入っていきます。


289-7.jpg
「境内」と言いましても、せいぜい10㎡しかありません……
お地蔵さんのほかには、拝殿とこちらの石碑くらいしかありません。
「発起人」ということらしいですが、
「当事者」の丸尾野家の名前がありませんね。


289-8.jpg
そして、境内の大部分がこちらの拝殿です。
そして、こちらの中にご神体が安置される祠があります。

「八王稲荷大明神」は、1915年に建立されました。
当時、丸尾野家など多くの家屋が火災に合いました。
新今熊野神社の御神託で
ここに住むタヌキの御霊が憑いていることになり、
その鎮魂のためにこちらの神社が建てられました。
ですから、ここは「お稲荷さん」ですが
「八王」というタヌキを祀っています。
「稲荷信仰」は「御霊信仰」なので、矛盾はないのですが……


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「八王稲荷大明神」から塩小路に戻って、西を向きました。
すぐ先に、「塩小路橋」(塩小路川端)交差点が見えますね。


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塩小路から、川端通を北に向いています。
道のど真ん中で撮っているように見えますが、
川端通は塩小路で終わります。
元々は川端通は右(東)側1車線しかありませんでした。
実は、この道の下に琵琶湖疏水が流れていて、
疎水を暗渠にすることで、道を拡張することができました。


289-11.jpg
先程と同じ地点から、南を向きました。
ここで、琵琶湖疏水は暗渠から地上に出ます。
(第121回ブログの国道24号線辺りまで南へと流れていきます)
その右(西)側から、師団街道が始まります。


289-12.jpg
さらに同じ地点で西を向きました。
この塩小路以北が川端通で、以南が師団街道です。
では、その道を通り過ぎ鴨川に架かる塩小路橋を渡ります。


289-13.jpg
塩小路橋を渡り出してすぐに南を向きました。
左(東)側が師団街道で、右(西)側が鴨川です。
向こうの線路がJRの在来線のもので、
一段高くなっている高架が新幹線のものです。

実は、1945年前後この辺りに闇市が立ちました。
(正確には、須原通~高倉通の塩小路周辺です)
これはウチの母から聞いた話なのですが、
当時は京都駅に入ってくる全車両に検閲が入ったそうです。
そこで、関東や北陸から来た列車に乗っていた闇市の業者は
駅に着く直前にこの鴨川に闇米(政府が統制していない米)を投棄し
橋げたの周辺で待ち構えた仲間がそれをここで引き揚げて
そのまま闇市に持って行ったそうです。

ウチの母は子供の頃この鴨川で遊んでいたら、
何回か業者が米袋を集団で引き揚げる場面を目撃したそうです。


289-14.jpg
今度は塩小路橋で北を向きました。ずっと先に七条大橋が見えます。
七条大橋の左(西)側に赤い小さな建物が見えますが、
そちらは第115回ブログで紹介した松明殿稲荷神社です。
(今回は、七条通までは行きません)
そう言えば、この塩小路橋を渡れば
京都市東山区から京都市下京区に移動します。


289-15.jpg
塩小路橋を渡り、京都市下京区に入ってきました。
この辺は鴨川沿いに桜並木が続きます。
ちなみに、この道を進めば松明殿稲荷神社の前に出ます。


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塩小路橋より西の塩小路の南側は、旧京都市立崇仁小学校です。
ここは下京区としては生徒数が多い方でしたが、
数年前に第111回ブログにちょっとだけ出てきた
京都市立渉成小学校に統廃合されました。
確かここは、今は児童館になっているはずです。


289-17.jpg
塩小路橋から、塩小路を西に約80m進みました。
こちらは、塩小路須原交差点です。


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塩小路から、須原通を北に向いています。
手前のアパートの1Fは中華料理屋さんですが、
自分が幼いころから営業されていました。
(今でも、たまに行きます)
ちょっと今から、ここを北上します。


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塩小路から、須原通を北に約150m進みました。
こちらは、第115回ブログでも紹介した「三ツ梅稲荷神社」です。
その回でも書きましたが、調べてもこちらの沿革は不明です。
自分が小学1年生の頃は、
ここから松明殿稲荷神社までが大きな薮でした。


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須原通を南下して、塩小路まで戻ってきました。
ちなみにあの高架下から南は、京都市南区になります。
つまり、この辺りは京都市下京区の南東端になります。


289-21.jpg
須原通から、塩小路を西に向いています。
この「かどや」は大きな駄菓子屋さんで結構繁盛していたのですが、
今ではもう閉まってしまいました。
この辺で駄菓子屋さんは、ほぼ絶滅していると思います。
では、ここから塩小路をさらに西に進みます。

~2015年3月31日訂正~
実は、こちらの「かどや」は潰れていません。
この時間帯は、たまたま閉まっていいただけのようです。
もっと早い時間帯には、しっかり開いていました。


289-22.jpg
須原通から、塩小路を西に約50m進みました。
ここで、今度は高瀬川と交差します。


289-23.jpg
塩小路から、高瀬川を北に向いています。
この高瀬川は、七条通以南はかなり複雑に蛇行します。
ただ、この高瀬川は21世紀に入って
七条以南の流れるルートを大幅に変更しています。
元々塩小路には、もっと西で交差していました。
(第6回ブログ参照)


289-24.jpg
高瀬川から、塩小路を約30m進みました。
こちらは、下京消防署塩小路出張所です。
それを証明するように、あちらの扉の向こうに消防車が見えます。


289-25.jpg
下京消防署塩小路出張所から西を向くと、
すぐ目の前に塩小路河原町交差点があります。
この塩小路は河原町通より西で急に幅が広くなり、
京都駅北側では京都市街地屈指のメインストリートになります。


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塩小路から、河原町通を南に向いています。
こちらも第6回ブログで紹介した塩小路交番です。
河原町通はJRの高架をくぐった後、十条通で突き当ります。


289-27.jpg
今度は塩小路から、河原町通を北に向きました。
ずっと先(七条通以北)に、小さく見える緑地が
このブログで時々出てくる渉成園ですね。
(東本願寺の庭園です)


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河原町通を渡り、塩小路をまた西に向いています。
これだけ近付くと、逆に京都タワーは
他の建物に邪魔されて見えなくなります。
目の前の中華料理屋さんは、ここ数年よく行くようになりました。
ここはセットメニュー中心ですが、お勧めは酢豚と炒飯です。


289-29.jpg
その中華料理屋さん周辺は、住宅のモデルルームです。
「京町家風建築」と書いてありますが、
「京町家」とは多少違う建物が並んでいます。


289-30.jpg
そのモデルルームの南側は、こうなっています。
ここに、かつて高瀬川が流れていました。
脇の廃墟は、かつての塩小路交番です。
今から10年くらい前に、現在地に移転しました。


289-31.jpg
河原町通から、塩小路を約100m西に進みました。
いよいよ高倉通との交差点が近付いてきました。


289-32.jpg
市小路高倉交差点北東角に、こちらが安置されていました。
毎年5月3日に行われる「稲荷祭」のときに使われるお神輿です。
だいぶ距離が離れていますが、
この辺一帯が伏見稲荷大社の氏子になります。


289-33.jpg
塩小路から、高倉通を北に向いています。
ここから約200m先に七条通があって、
さらに100m先にある渉成園で一旦高倉通は突き当ります。


289-34.jpg
今度は塩小路から、高倉通を南に向きました。
この少し先に京都でも特に有名なラーメン屋さんがあります。
(「新福菜館」と「第一旭総本店」です)
どちらも、この辺に闇市があったころから営業していました。
では、そちらの方に向かいます。


289-35.jpg
この日は、奥(南)側にある「第一旭総本店」にお邪魔しました。
実は、自分が生まれる前からウチの晩御飯に
よくここのラーメンを持ち帰っていたそうです。
(大鍋を持ってきて、そこに完成したラーメンを入れてもらいます)
ただ、最近はお客さんの量が物凄くて、なかなか入れません。
この時間帯なら、数分待ちで入れます。
(ここは、夜になると特に混みます)


289-36.jpg
順番待ちをしている間に、高倉通の南側を撮りました。
ラーメン店の辺りから高倉通は登り坂になり、陸橋となります。
陸橋の手前に桜の木があって、
毎年春になるとここも絶景になります。
その陸橋の下をJRの在来線が通っていて、
高倉通のこの陸橋を「たかばし」(高倉陸橋の略称)と呼びます。
その「たかばし」以南は高倉通から竹田街道(国道24号線)になって、
奈良方面まで続いています。
(国道24号線は、第121回ブログで出てきました)


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10分ほどで、順番が来て中に入りました。
さらに10分待つと、こちらが出来上がってきました。
こちらのラーメンとご飯(大)を注文しました。
この沢庵は、ご飯を頼むと付いてきます。


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ラーメンをアップにしました。
「麺固め・もやし多め・白」というのが、自分のいつもの注文です。
「白」というのは、「焼き豚は脂身のみ」ということです。
自分は豚の脂身が大好物なので、こんな注文をします。
ただ……この「白」は人を選びます。
会社の後輩3人に、この「白」を勧めたのですが……
「自分には、口に合いません」
「これは、『なし』です」
「最後まで食べられませんでした」
と返事が返ってきました。
スープをなるべく浸み込ませるようにして食べると、
スープの醤油味と脂身の甘みが混ざっておいしいのですが……


289-39.jpg
自分は、最初に焼き豚ともやしをおかずにご飯を食べて、
その後に麺を食べます。
そして残ったスープをご飯にかけて、〆にします。
……あまり上品な食べ方ではありませんね。


289-40.jpg
第一旭総本店の前から、高倉通を北に向いています。
その少し先の塩小路を西に進むと、すぐに京都駅です。
この時点で午後2時10分。何とか、時間内に会社に着けそうです。
ただ、ちょっと急ぐのでここで写真撮影は終わりにします。

今回は、ここまでです。

~次回は、京都タワーに昇ります~

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第290回 京都タワーからの遠景~塩小路東から西~その7

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高倉通から、塩小路を西に向いています。
京都駅前まで、あと100mくらいですね。
今回は塩小路烏丸交差点を越えて、京都タワーに上ります。
撮影日は、2015年2月11日建国記念日の水曜日午後1時。
ここ最近の撮影日は、必ずと言っていいほど晴れませんね。


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高倉通から、塩小路を約50m西に進みました。
南側に、「フレスコ」という洋風居酒屋があります。
第一旭総本店と並びこの辺では極端に閉店時間が遅いので、
京都駅から終電に乗り遅れた方がよく時間つぶしに入られます。
また、この階上が「東湯」という銭湯です。
ビルの中にあるので、脱衣場と湯船が別の階にあります。


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先程と同じ地点で、塩小路を西に向きました。
コンビニエンスストアの前に、「塩小路高倉」バス停がありますね。


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その「塩小路高倉」バス停の前で、塩小路を西に向きました。
目の前に、「塩小路東洞院」交差点があります。
ここから西が、「京都駅前」ということになります。


290-5.jpg
塩小路から、東洞院通を南に向いています。
約150m先の「京都駅遺失物管理センター」で突き当ります。
その短い間に、何軒かホテルが並んでいますね。


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今度は塩小路から、東洞院通を北に向きました。
ここから約50m先に、ホテル「佐野家」と「丸福食堂」があります。
「食堂」と名乗っていますが、
ご主人の手打ちそばは京都市内屈指のおいしさです。
さらに700m先に六条通がありますが、
そこから北は第108回ブログで訪れています。


290-7.jpg
「塩小路東洞院」交差点から、南西を向きました。
ここから、京都駅の東半分がはっきりと見えます。
この辺りは「スクランブル交差点」なので、
一度赤信号になるとなかなか渡れません。


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ようやく青信号になりました。では東洞院通を西に渡ります。
もう完全に「京都駅前」です。


290-9.jpg
東洞院通を渡った直後に、塩小路を東に振り返りました。
今年(2015年)の元旦に大雪が降りましたが、
初詣の帰りにこの場所を撮りました。
1月3日にもう一度積雪した後、京都市街地では積雪していません。


290-10.jpg
先程と同じ地点で、塩小路を西に向き直りました。
この辺りは、ずっと飲食店やオフィスビルが並んでいます。
街路樹は枝垂桜に統一されていますが、
実はそうなったのはここ数年のことです。


290-11.jpg
東洞院通から約100m西に、「塩小路烏丸」交差点があります。
(第216回ブログ以来ですね)
一般に「京都駅前」と言えば、ここを指します。
烏丸通はいったんここ京都駅で突き当たった後、
駅南側の八条通からまた南に伸びていきます。

ちなみに、ここは10年くらい前まで京都市市街地でも
屈指の死亡事故が多い交差点でした。
それがスクランブル交差点にしたところ事故が激減して、
以来京都市内にスクランブル交差点が増えていきました。


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「塩小路烏丸」交差点から、京都タワーを見上げています。
この京都タワーは、
交差点北西角の「京都タワーホテル」屋上から上がれます。


290-13.jpg
塩小路から、烏丸通を北に向いています。
左(西)側の建物は、京都タワーホテルです。
(3F~地下は、京都タワー観光デパートになります)
その北側に、木津屋橋通をはさんでヨドバシカメラビルがあります。
(この辺の様子は、第215回ブログを見てください)


290-14.jpg
では、こちらも青信号になりましたので烏丸通を渡ります。
このまま目の前の入り口から、京都タワー観光デパートに入ります。


290-15.jpg
京都タワー観光デパートに入ってきました。
ここは、京都に来られた観光客のための土産物専門の百貨店です。
お菓子のようなものから工芸品のようなものまで揃っています。
元々観光デパートは京都駅構内にもありましたが、
伊勢丹ができた際になくなりました。
当時入っていたそちらのテナントは、
京都駅地下にある「CUBE」にすべて移転しました。


290-16.jpg
京都タワー観光デパートに入ってすぐに、矢印などがあります。
ここからいくつかある矢印を追いかけていくと、
すぐに京都タワーへの道が分かるようになっています。


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では、それらの矢印をたどっていきます。
すると、エスカレーターの裏側に
京都タワーのチケット売り場があります。


290-18.jpg
こちらが、その京都タワーのチケットです。(1枚770円)
2枚あるのは、この日も母と来たからです。
ちなみに、このチケットはこの建物の地下3Fにある
銭湯の割引券にもなっています。
(750円が、700円になります。……高いですね)


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チケット売り場の奥に、
京都タワーに向かうエレベーターがあります。
ここからこの建物の11Fまで登ります。
ただし、エレベーターの中には
ホテル専用の10Fまでしか行かないものもあるので、
注意しておかないといけません。


290-20.jpg
エレベーターで、ホテルの部分をすっ飛ばして
一気に11Fにある京都タワーの受付まで来ました。
向こうの受付でチケットを提示して、
あちらのエレベーターから京都タワーに上ります。


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京都タワーのエレベーターに乗り込みました。
タワーの細い部分が円柱なので、
このエレベーターも不定形になります。
目の前のパネルで、今いる位置を教えてくれます。


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エレベーターが、京都タワー最上階まで来ました。
ここから京都タワー展望台に向かいます。


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ここは、京都タワーの楕円形の展望台の上半分になります。
エレベーターから出ると、ちょうど塩小路の西側がよく見えました。
写真中央下から塩小路が伸びています。
向こうの緑地が梅小路公園で、今回シリーズの終点になります。


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こちらが、京都タワー展望台内部の様子です。
前回来たときは平日で、英語や中国語が飛び交っていたのですが
今回は休日なので大半が日本人でした。


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京都タワー展望台では、双眼鏡であちこちを眺められます。
(双眼鏡自体は、無料で使い放題です)
ただ、自分はカメラがあるのでそのレンズ越しに覗いていました。

京都駅西側にある京都中央郵便局をアップにしました。
この裏に、伊勢丹があります。


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京都駅を上の方から見下ろしています。
こうして見ると、屋上部分にヘリポートがあるのが分かりますね。


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ちょうど南側を向いています。こちらは、烏丸通の南側です。
第219回ブログで紹介した九条通以南の烏丸通がよく見えます。
その向こうには、最近できた阪神高速の高架が見えます。


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同じ地点で東を向きました。こちらは塩小路の東側です。
ずっと向こうに見える細長い建物は、三十三間堂です。
さらにその東に智積院講堂が見えます。


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さらに東山を北に目線を写すと、祇園界隈が見えてきます。
写真の中央は、法観寺八坂の塔で、
その脇には霊山観音がいらっしゃいます。
その北側には、八坂神社が見えます。


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この日は曇りだったので、北側はよく見えませんでした。
こちらは、京都タワーの北西部を撮ったものです。
この写真の左(西)側に写っている二つの山は、双ヶ丘です。
ということは、その向こう側に御室仁和寺があることになります。


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これで、京都タワー展望台を一周しました。
次はこの階段を下りて、この下の向かいます。
ここからは、東本願寺がよく見えます。


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こちらが、京都タワー展望台の下半分になります。
遠くへの見晴らしは上の方がいいので、
こちらにはそれほど人がいらっしゃいません。
主に通路として使われています。


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ただ、真下や近景はこの下半分の方がよく見えます。
東寺も、下半分から見たほうが絶景ですね。


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では、こちらのエレベーターを使います。
下りるときは、観覧者一人一人の手動でエレベーターを操作します。


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エレベーターで、下へと降りています。
こちらのエレベーターも、現在位置を灯りで知らせてくれます。


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エレベーターで、下に下りてきました。
ただ、順路ではこの階を一周します。
外の人工芝の辺りで、夏季になるとビアガーデンが開かれます。


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京都タワーの受付がいらっしゃる階を一周しました。
では、人形の向こうにあるエレベーターで地上階に下ります。


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さらにエレベーターに乗って、地上階に下りてきました。
向こうに、京都タワー展望台のチケット売り場が見えます。


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京都タワー観光デパートを通り抜けました。
では、ここから外に出ます。


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京都タワー観光デパートから出ると、
目の前が「塩小路烏丸」交差点(つまり、京都駅前)です。
ここからさら西に進み京都駅周辺を見て回りますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、京都駅前の北西部を回ります~

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第291回 京都駅の西側~塩小路東から西~その8

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烏丸通から、塩小路を西に向いています。
右(北)側は京都タワー観光デパート(のテナントの銀行)で、
左(南)側は塩小路越しに京都駅があります。
今回は、このまま塩小路を西に進み京都駅前を散策します。
撮影日は、2015年2月11日建国記念日の水曜日午後2時。
撮影日は、いつも曇り空です。


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烏丸通から、塩小路を西に進んでいます。
銀行の前を通り過ぎると、こちらの入り口があります。
京都タワーホテルへの入り口ですね。
ここから入るとフロントがあって、
その先のエレベーターで希望階に上がります。
(ホテルは、5F~9Fです)


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この辺りで、南を向きました。
塩小路の向こうに京都駅北側市バスターミナルがあって、
(今停車しているのは、私鉄バスの「京阪バス」ですが)
さらに向こうに京都駅の駅舎が見えます。


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京都タワーホテルの西側には、
「大将軍」という焼肉屋とパチンコ屋さんがあります。
その西隣にある「ホテル法華倶楽部」に向かいます。


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そのホテルの1Fのテナントに、
小川珈琲の京都駅中央口店があります。
自分が学生時代に常連だったお店です。ちょっとこちらに寄ります。


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こちらは、店内の様子です。
格子状の壁に置かれているのは、清水焼のカップです。
以前はその清水焼のカップでコーヒーを頂けたのですが、
今はこうして陳列しているだけです。


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10分ほど待つと、注文していたものが来ました。
こちらは、同行していた母の分です。
ブレンドコーヒーとピザトーストです。


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自分の分は、ブレンドコーヒーと京ろーるのセットです。
中には、様々な果実が詰まっています。
この日は寝坊したので、これが朝食になります。


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小川珈琲には、約30分いました。
店から出て、塩小路を西に向いています。
では、ここをまた進んでいきます。


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小川珈琲京都中央口店から、塩小路を西に約50m進みました。
こちらは松本旅館なのですが、(修学旅行生がよく泊っておられます)
1Fテナントに、抹茶スイーツのお店が入っていました。
京都駅前は、ここ数年飲食店が急に増えています。


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この辺りで、塩小路から路地を北に向いています。
ずっと向こうに、修復中の東本願寺阿弥陀堂が見えます。
この辺りは多少複雑ですが、そこに飲食店などが密集しています。
この道はヨドバシカメラの駐輪場や
エビスク(京都公設市場)に行くのに便利ですね。


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松本旅館から、さらに塩小路を西に約20m進みました。
こちらは、新阪急ホテルです。
「高い食材を使ったディナーバイキングを出すレストランがある」
というのが、地元民が持つイメージです。
(地元局のKBS京都でよくCMを流しています)


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その辺りで、また南を向きました。
向こうに見えるビルが京都中央郵便局で、
その裏手が「JR京都伊勢丹」ですね。
この辺りが、京都駅前の最西端になります。


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新阪急ホテルの西隣が、関西電力京都ビルです。
その先の新町通との交差点で、「京都駅前」は終わります。


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塩小路新町交差点にまで来ました。
ここもスクランブル交差点です。


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塩小路から、新町通を北に向いています。
ここを約100m北上すると、先述のエビスクに行くことができます。
ちなみに、ここをずっと北上すると祇園祭の鉾町に行けます。


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今度は塩小路から新町通を南に向きました……
と言いたいところですが、新町通はここで突き当ります。
ここは、京都中央郵便局の車両用出入り口です。
ただ、新町通は京都駅より南の八条通で復活して、
久世橋通まで伸びています。(烏丸通最南端と同じです)


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スクランブル交差点が青信号になったので、
横断歩道を南西に渡ります。
ここからは、塩小路南側歩道を西に進みます。


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新町通から、塩小路を西に進みました。
京都中央郵便局の西隣は武田病院で、
(自分が一番よく行く病院です)
その前に、「下京区総合庁舎前」バス停があります。


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そのバス停から、北を向きました。
こちらは下京区総合庁舎の一部なのですが、
向こうに何台も京都市バスが見えます。
要するに、京都市バスの車庫になっています。


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その西隣に、下京区役所があります。
そして、こちらは塩小路西洞院交差点の北東角になります。


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こちらは、塩小路西洞院交差点北西角にある
串カツとおでんの店「戸張屋」です。
串カツ屋さんは最近京都市内でも増えてきましたが、
おでん屋さんは祇園を除けばそれほど多くありません。
京都駅前でおでん屋は、ここくらいしかありません。


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塩小路から、西洞院通を北に向いています。
右(東)に見える建物が下京区役所です。
左(西)側は飲食店が軒を並べますが、
七条西洞院交差点からこの辺りにかけてが、
京都でも特においしい「呑み屋さん」が集中します。


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では、西洞院通を渡り塩小路をさらに西に進みます。
この西洞院通は京都駅前からの自動車の迂回路なので、
そこそこ混み合った道になります。


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塩小路西洞院交差点南西角に、ホテルハトヤ瑞鳳閣があります。
その一角に、こちらの石碑があります。

この辺り一帯が、新撰組の最大で最後の屯所でした。
池田屋事件以降隊士が増大し続けた新撰組は、
とうとう西本願寺でも入りきれないほどの規模になりました。
そこで、江戸幕府の予算が下りてこの辺りに大邸宅を建築しました。
ところがその屯所建設が時間をかけた大事業であったため、
ここが完成する前に鳥羽伏見の戦いで敗戦した新撰組は
京都から逃れるように江戸に落ち延びました。
結局ここはだれも住まないうちに「謎の」放火に合い
さらに後に鉄道の敷設や京都駅の建設などもあって、
跡形もなくなってしまいました。
ですから、正確な位置は分かっていません。
(実は、ここ以外にも何か所か同じような碑があります)


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ホテルハトヤ瑞鳳閣の西隣に、オムロン本社ビルがあります。
そちらから、塩小路を西に向いています。
目の前の堀川通以西で塩小路もまた狭くなるのですが、
その前に手前の油小路に向かいます。


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塩小路から、油小路を北に向いています。
この少し先に人だかりができていますが、
あの辺りが油小路の変の伊東甲子太郎殺害現場です。
いろいろな書物に「七条油小路交差点」と書かれていますが、
本当はそこより約100m南になります。


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今度は塩小路から、油小路を南に向きました。
向こうに茂みが見えますが、そちらに向かいます。


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塩小路から、油小路を約20m南下しました。
こちらは、道祖神社です。では、ちょっとお参りしていきます。


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鳥居の脇に、こちらの石像がいらっしゃいました。
夫婦神の石像で、天宇受売(あめのうずめ)と猿田彦が
仲良く抱き合っています。
こちらのような「道祖神」の神像が、何柱かいらっしゃいました。


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鳥居をくぐると、末社の祠が並んでおられました。
先ずは、ここからお参りです。


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その右(西)隣りに、こちらの祠がいらっしゃいました。
確か稲荷社だったの思うのですが、曖昧です。


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さらにその右(西)隣りが、書聖天満宮です。
石段のせいで手が届きませんが、牛の石像を伴われています。


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そして、こちらが道祖神社の本殿です。
夫婦神ですので、夫婦円満と交通安全のご利益があります。
では、こちらにお参りして脇の寺院にも行きます。


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道祖神社の南隣に、こちらの不動道明王院があります。
こちらは、元々東寺建立時に「鬼門除け」として建てられました。
たびたび戦災にあって被災しましたが、その度に再建されました。
こちらの提灯にも新撰組の紋が入っていますが、
それは前述の「幻の屯所」の関連です。
ご本尊の不動明王の石像は石棺に収められて
しかも地中に埋められているため直接拝顔することはできません。


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不動堂の上の方に、大きな絵馬が2枚安置されていました。
ただ、だいぶ剥げ落ちていてよく分からなくなっていました。


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不動堂の向かいに、こちらの酒屋さんがあります。
そう言えば、酒屋さんは京町家の形式を残している店が多いですね。
こちらでは「まぼろしの屯所」という清酒が売られていたはずです。
壬生で近藤勇とか沖田聡司とかいう清酒を売っているわけですから、
まぁそういうのもありでしょうね。


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不動堂や酒屋さんの前で、油小路を南に向きました。
先にあるJRの高架をくぐると、この油小路は堀川通と合流します。
一見大通りの堀川通が油小路を吸収するように見えますが、
逆にこの油小路が堀川通を吸収します。


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同じ地点で、今度は油小路を北に向きました。
では、ここから塩小路に戻ります。


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油小路から、塩小路を西に向いています。
塩小路はここで突き当たっているように見えますが、
目の前の横断歩道を渡ったところで
さらにもう少しだけ西に伸びています。
ここからさらに西に進むわけですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので今回はここまでです。

~次回は塩小路西端の大宮通まで進みます~

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第292回 人形の寺 粟嶋堂~塩小路東から西~その9

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堀川通から、塩小路を西に向いています。
塩小路はここで突き当たっているように見えますが、
実はあともう300mほど西に伸びています。
今回は粟嶋堂に寄った後、大宮通に向かいます。
撮影日は2015年2月11日建国記念日の水曜日午後2時半。
今回で塩小路は突き当ります。


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塩小路から、堀川通を南に向いています。
堀川通は京都市街地でも屈指の広い道なので、
横断歩道の代わりに歩道橋で渡ることが多くなります。
JRの高架の向こうに新幹線の高架がありますが、
その辺りで油小路と合流し、
それより南はこの大通りを「油小路」と呼びます。


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今度は塩小路から、堀川通を北に向きました。
向こうにも歩道橋が見えますが、
この辺りは横断歩道がないため歩道橋が交差点を囲んでいます。
ずっと向こうに茂みが見えますが、あの辺りが西本願寺です。


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堀川通を西に渡り切りました。
では、この歩道橋を下りていきます。


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歩道橋を下りてきました。
すると、堀川通の西側からだいぶ狭くなった塩小路が見えてきます。
次は、こちらを進んでいきます。


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堀川通から、塩小路を西に向いています。
前回ブログと比べて、だいぶ狭い道ですね。
左(南)側はホテルリーガロイヤル京都ですが、
右(北)側は建設中のビルです。マンションでも建つのでしょうか?


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同じ地点で、塩小路から南に向きました。
こちらは、ホテルリーガロイヤル京都です。
……そう言えば、30年ほど前
ここの地下にある中華料理屋さんに行きました。
今まで食べた中華料理屋さんで、ここか一番だと思っています。


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ホテルリーガロイヤル京都の西隣は、タキイ種苗の本社です。
矢印の方向に進むと、直営の花屋さんに行くことができます。


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ホテルリーガロイヤル京都とタキイ種苗本社ビルの間に
このような道がありますが、
全長300mもないので名前がありません。
北に向くと、約200m先の七条通で突き当ります。
向こうに言える大きな寺院は興正寺です。
西本願寺ではありませんので、ご注意ください。


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その道の前から、塩小路を西に向いています。
約50m先の岩上通との辻に、寺院が見えます。
次は、こちらの浄土宗西山禅林派宗徳寺粟嶋堂に向かいます。


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門をくぐり、宗徳寺粟嶋堂境内に入ってきました。
門から想像していたものよりも、割と広いですね。


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門の脇に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
先ずは、こちらにお参りです。


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さらにその北側には、こちらの人形が並んでいます。
市松人形・ビスクドール・ビニール製の人形もあります。
この粟嶋堂は、人形供養で有名な寺院です。


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さらに境内の北側に、こちらの句碑がありました。
「粟嶋へ はだしまいりや 春の雨」  与謝蕪村

こちらは与謝蕪村が自分の娘の病気平癒のために詠んだ句です。
この寺院には、女人守護のご利益があります。


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さらにさらに北側にも、このように人形が並んでいます。
よく見ると、羽子板もありますね。
人形供養で持ち込まれたものは、このように陳列されるようです。


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こちらは、境内の西側です。
厳密にはこちらが粟嶋堂で、粟嶋大明神を祀る神社です。
粟嶋大明神のご神体は虚空蔵菩薩像で
神仏ゴチャゴチャの気がする方もいらっしゃるかもしれませんが、
むしろこれが江戸時代以前の日本では普通でした。
(正確には、「神仏分離令」施行以前です)
その脇の赤い神社は、確か弁天さんだったように覚えています。


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粟嶋堂の北側に、宗徳寺の本堂があります。
浄土宗西山禅林派宗徳寺は、室町時代初期に
行阿上人がこちらに開山しました。
ご本尊は、阿弥陀如来と水子地蔵です。

この寺院は江戸時代に隆盛し、孝明天皇や光格天皇は
皇后を伴われてこちらに足しげく通われたそうです。
今も女人守護の寺院として信仰を集めていますが、
やはりここは人形供養の寺としての方が有名です。
(京都では、他に宝鏡寺なども人形供養の寺院として知られています)


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こちらは、本堂脇にいらした弁鶴さんです。
自分はもう花粉症が始まっていますので、
鼻と目を丁寧に擦らせていただきました。


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では、門から宗徳寺粟嶋堂を出ます。
背後に見えるのは、ホテルリーガロイヤル京都ですね。


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宗徳寺の門の前から、塩小路を西に向いています。
この辺りから、またさらに道幅が狭くなります。


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宗徳寺粟嶋堂前から、塩小路を西に進んでいます。
この辺りに、京町家が並びだします。


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宗徳寺粟嶋堂の前から、塩小路を約50m西に進みました。
ここで、猪熊通と交差します。


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塩小路から、猪熊通を南に向いています。
この日は建国記念日(2月11日)だったので、
日の丸が掲げられていますね。
この道は、JRの高架をくぐると
さらに十条通辺りまで続きます。
ですから、道幅が狭い割には自動車の交通量が多い通りです。


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今度は、塩小路から猪熊通を北に向きました。
ここを約200m進むと七条通沿いに龍谷大学大宮学舎があります。
そこはもう西本願寺境内の一部で、
守衛詰所といくつかの校舎が重要文化財に指定されています。
さらに北の花屋町通以北で猪熊通は復活し、
いったん堀川通に吸収された後、
鞍馬口通付近でまた復活します。


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猪熊通から、塩小路を西に向いています。
突き当りの大宮通の高架も見えてきました。


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猪熊通から、塩小路を西に約50m進みました。
こちらは、浄土宗龍岸寺です。
宗派からご本尊は阿弥陀如来像と思うのですが、
詳しい沿革は不明です。
ただ、こちらのお寺は精力的に「勉強会」などをされています。
定員は20名なのですぐいっぱいになるでしょうが、
インド仏教の勉強会は面白そうですね。
(2015年3月7日の午後は、自分は仕事中なんで行けませんが……)
参加ご希望の方は、ここをクリックしてください。


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龍岸寺の前で、塩小路の南側を見ました。
こちらは、京都市立梅逕小学校です。
入り口は、大宮通側になります。


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龍岸寺の前で、塩小路を西に向きました。
目の前に高架のある大宮通に来ました。
塩小路は、ここで突き当ります。


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塩小路から、大宮通を北に向いています。
約100m先の木津屋橋通辺りから、この高架が始まっています。


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今度は、塩小路から大宮通を南に向きました。
木津屋橋通~東寺道間の大宮通は、
高架の両側1車線分だけ下にも道が通ります。
こちらの高架は大型車両のためのものです。
JRの高架下をくぐるには、大型車両には無理があります。
つまり、猪熊通や堀川通などこの辺りの南に抜ける道は
全て3m前後の車両高さ制限があります。
そこでここを高架にすることで、高さ制限がなくなりました。
そして、この高架は
東京~大阪間を通る国道1号線の一部になっています。


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塩小路から高架をくぐって、大宮通を渡ります。
そして、この高架をくぐったところで塩小路は突き当ります。
ですから、ここで「塩小路編」はいったん終了となります。
ちなみに、この向こうは梅小路公園となります。
この公園の西端からまた「西塩小路」が始まりますが、
それは別の道を取材した後から再開しようと思います。

今回は、ここまでです。

~次回は梅小路公園を散策した後、「京都水族館」に向かいます。

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第305回 松尾神社御旅所~西塩小路東から西~その1

桜のシーズンも過ぎ、また通常版の再開です。
新しい道へ行くこともありなのですが、5月に新企画があるので
先に「塩小路編」の続きである西塩小路を最後まで進みます。
西塩小路は梅小路公園の西から始まり、西大路の西側で終わります。


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京都駅から西向き205系市バスに乗って、約10分。
こちらは、「七条千本」バス停です。
(「七条千本」交差点自体は、
1つ手前の「梅小路公園」バス停の横なのですが)
西塩小路は、ここより西の七本松通から始まります。
今回は七条通から西塩小路を西進し、
松尾神社西七条御旅所まで移動します。
撮影日は、2015年4月23日木曜日午後4時。
もたもたしていたら205系市バスが立ち去ったので、
代わりに208系市バスを撮りました。


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「七条千本」バス停の南側に、こちらの神社があります。
先ずは、ここ松尾神社朱雀御旅所にお参ります。


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石製の鳥居をくぐると、手水舎がありました。
ただ、こちらの水は枯れていました。


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カエデの向こうに、こちらの本殿がいらっしゃいます。
毎年4月~5月の松尾祭では、
お神輿が第41回ブログで出てきた松尾神社から桂川経由で
第32回ブログで出てきた衣手神社・西七条御旅所に運ばれます。
ただ、こちらには5月にならないとお神輿は来ません。

~2015年4月26日訂正~
松尾神社のサイトから神輿の移動先が違うことに気づき、
この上の記事を書き直しました。


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松尾神社朱雀御旅所の前から、七条通を東に向きました。
七条通左(北)側の大きな建物は、京都中央卸売市場の一部です。
その辺りが「七条新千本」交差点で、
JR嵯峨野線の高架の向こうに千本通や梅小路公園があります。


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今度は、御旅所の前から七条通を西を向きました。
京都中央卸売市場から西大路にかけて、
ずっと食料品の商店街が続きます。
実はここはひとつの商店街ではなくて、
たくさんの商店街の集合体です。
京都中央卸売市場が近いことから、地元民は
「新鮮なもの売っている商店街」というイメージを持っています。


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先ほどの写真から、七条通を約70m西に進みました。
この辺りは、時折路地の中や角に小さなお店が並んでいます。
ですから、こちらは屋台ではありません。
この「鳥三」さんは、文字通り鶏専門店です。
唐揚げや鶏モツ煮込みとかもあるのですが、
ここの名物はだし巻き卵です。
と言いますか、京都でだし巻き卵と言えばここのことです。


305-8.jpg
この辺りは西京極陸上競技場で
京都サンガの試合を見に行く通り道なので、
この辺りを通るたびに自分はだし巻きを買っていました。
1本500円とはっきり言って高いのですが、
それを払ってでも買いたくなる一品です。


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だし巻き卵を切って、晩御飯のおかずにしました。
ここのはしっかり出汁か効いているので、このまま食べます。
卵の濃厚さと出汁の加減がここの特徴です。


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鳥三さんの前で、七条通を西を向いています。
このお店は、七条七本末交差点の南東角にあります。
ここから七条通は左(南)側は商店街が続き、
右(北)側は様々な飲食店が並びます。
(結構有名なお店も多いのですが、それはまた別の機会で……)


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今度は、七条通から七本松通を北に向きました。
七本松通はここから松原通まで4車線の道ですが、
大半は狭い道がずっと続きます。
この通りは、時折途切れながらも「千本釈迦堂」の前まで続きます。


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さらに七条通から、七本松通を南に向きました。
七本松通は、自動車がやっと1台通れるかどうかの道幅ですね。
では、ここを進んでいきます。


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七本松通の途中に、京都市広報の看板がありました。
市民税のポスターに、京都サンガの選手が写っています。
長崎戦の大敗以降、バタバタしていますね。
選手の自信がなくなっていくのが、気になります。


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七条通から、七本松通を南に約50m進みました。
左(東)側の土塀は、権現寺のものです。
(この寺院には、七条通から入ります)
この辺りは、古くて味のある民家が並んでいますね。


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こちらは、その民家のうちの1軒で飼われているネコです。
自分がカメラを向けると、目を細めました。
まるでにっこり笑っているみたいです。


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その猫のいる民家の前から、七本松通を南を向いています。
約50m先に、木津屋橋通との辻があります。


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七本松通から、木津屋橋通を東に向きました。
この通りは、約200m先でJR嵯峨野線の高架で途切れます。
(梅小路公園の東で復活します)


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今度は七本松通から、木津屋橋通を西に向きました。
西側は、約250m先の松尾神社西七条御旅所の前で突き当ります。


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木津屋橋七本松の南東角に、大きなマンションがあります。
その一角に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。


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木津屋橋通から、七本松通を南に向いています。
この辺りから、大きなマンションや小さな工場に囲まれます。


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木津屋橋通から、七本松通から約100m南に進みました。
こちらにも大きなマンションがあって、ツツジが咲いていました。
桜の後は、ツツジの季節ですね。


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そのツツジが咲いているマンションの前で、南を向きました。
七本松通は、約100m先のJR嵯峨野線の線路で突き当ります。
マンションの前から、西に狭い道が伸びています。
それが、西塩小路通です。


305-23.jpg
七本松通から、西塩小路で西に向きました。
では、ここを進んでいきます。


305-24.jpg
七本松通から、西塩小路を西に約20m進みました。
京町家の壁に、この表札がありました。
この辺りは、「下京区西七条」になります。


305-25.jpg
では、西塩小路を西に進んでいきます。
大半が京町家や民家なのですが、床屋さんもありますね。


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その床屋さんに、こちらの張り紙がありました。
ここでは、このレコードが聞けるようですね。


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七本松通から西塩小路を西に約50m進み、南を向きました。
松尾祭が近付き、松尾神社の門が入った提灯が吊ってあります。


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西塩小路に戻って、また西を向きました。
約100m先に、木々で囲まれた広場がありました。
では、そちらに向かいます。


305-29.jpg
木々に囲まれた広場は、児童公園です。
時間帯のせいか、小学生がたくさん遊んでいました。


305-30.jpg
児童公園の向かい(南)側には、児童館があります。
児童公園と児童館に囲まれていれば、
辺り一面の小学生にも納得がいきます。
そう言えば、児童公園では職員の方々が一緒に遊んでいました。


305-31.jpg
児童公園の前から、西塩小路を西に向きました。
本当は相当数の小学生がいましたが、彼らを避けて写しています。
約70m先の信号の辺りが、御前通との交差点です。


305-32.jpg
西塩小路から、御前通を南に向いています。
この辺りは小売店舗が並び、少し賑やかです。
この250m先で、この通りは八条通と交差します。


305-33.jpg
今度は西塩小路から、御前通を北に向きました。
御前通はこのままずっと北に伸びていて、北野天満宮まで続きます。


305-34.jpg
次は、この御前通を北に進みます。
西塩小路から約150m先に、松尾神社西七条御旅所があります。


305-35.jpg
西塩小路から、御前通を約100m進みました。
こちらに、大きなお地蔵さんがいらっします。
先ずは、こちらにお参りです。


305-36.jpg
お地蔵さんの北隣には、西山浄土宗安養寺があります。
沿革は分かりませんが、おそらく松尾神社御旅所の宮寺です。


305-37.jpg
安養寺の北隣に松尾神社西七条御旅所があるのですが、
こちらはその北隣の武御前神社(たけごぜんじんじゃ)です。
御祭神は、武甕鎚神(たけみかづちのかみ)です。
こちらは、御旅所の末社です。


305-38.jpg
そして、こちらが松尾神社西七条御旅所です。
松尾祭が近いので、もう祭り仕様になっています。


305-39.jpg
鳥居をくぐれば、すぐ本殿です。
松尾祭では松尾神社からこちらへ御神輿がやってきて、
約1カ月ここに鎮座します。
この松尾祭は、平安時代の初期から続いています。
松尾神社は、下鴨神社と並ぶ
平安時代初期の京都を代表する神社です。


305-40.jpg
境内に、こちらの表札が立っていました。
今年(2015年)の松尾祭は、4月26日と5月17日です。
そちらの取材は、また今度とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、松尾祭の日にここに来ます~

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第307回 清盛所縁の若一神社~西塩小路東から西~その2

607-1.jpg
松尾祭神幸祭から4日たちました。
第305回ブログ最後と同じ松尾神社西七条御旅所本殿前です。
還幸祭まで日があるものの、一応の落ち着きを取り戻しています。
今回はここから西塩小路を西に進み、
若一神社経由で佐井西通(西塩小路最西端)まで進みます。
撮影日は、2015年4月30日木曜日午後4時。
今回で「塩小路編」が完全に終わります。


607-2.jpg
本殿の北東側に、こちらの蔵があります。
普段はシャッターが閉まっているのですが、
5月17日の還幸祭まではこちらにご神体がいらっしゃる関係で
このように神輿が展示されています。
左が大宮社のもので、右が櫟谷社のものです。
(前回ブログ参照)
本殿の次は、こちらにお参りしました。


607-3.jpg
こちらは、先ほどの写真のさらに右(東)側です。
左が宗像社のもので、右が四之社のものです。
先ほどのものより一回り大きな御輿ですね。


607-4.jpg
神輿の収まる蔵の東に、小さな祠が見えます。
そちらが、たびたびこのブログに出てくる武御前神社です。
その南側に、手水舎がありますね。


607-5.jpg
こちらがその手水舎です。
松尾大社同様に、亀が模られていますね。


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4月も末になり完全に葉桜になりましたが、
境内にはその分ツツジが咲き誇っています。
では、こちらから松尾神社西七条御旅所を出ます。


607-7.jpg
松尾神社西七条御旅所の前から、御前通を南に向きました。
では、ここから西塩小路向けて歩いていきます。


607-8.jpg
松尾神社西七条御旅所前から、御前通を南に約200m進みました。
(今回は、安養寺や七条小学校などをとばしました)
向こうに見える信号が、西塩小路との交差点です。


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西塩小路から、御前通を南に向いています。
約250m先にJR京都線の線路が見えますが、
御前通はその下をトンネル状になって続きます。


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御前通から、西塩小路を西に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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御前通から、西塩小路を西に約50m進みました。
こちらは、真言宗塩通山医王院(通称:水薬師寺)です。
平安時代前期の902年に、醍醐天皇の命で建立されました。
とても由緒のある寺院ですが、
毎年1月8日の御開帳日以外は非公開です。
また、ここは「七条幼稚園」でもあります。
この写真は、保育士さんの許可で得た範囲のみで撮りました。


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水薬師寺の前で、西塩小路を西に向きました。
では、ここをさらに進みます。


607-13.jpg
水薬師寺から、西塩小路を西に約100m進みました。
この辺りは、古くて大きな民家と新しい民家が混在しています。
こちらの壁に、先ほど出てきた神輿の1基「四之社」に
お神酒を寄進した証が貼られていますね。
(ウチの家には、現在伏見稲荷大社のものが貼られています)


607-14.jpg
こちらの家には松尾大社の紋が入った提灯が下がっています。
また、「四之社」の神輿の担ぎ手を募集した貼り紙もあります。
(一番大きな御輿ですから、前回ブログでは大変そうでした)


607-15.jpg
張り紙のあった民家から、西塩小路を西に約100m進みました。
ツツジの向こうに、西土居通との辻が見えますね。


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西塩小路から、西土居通を北に向いています。
ここを約1500m進むと、
第30回ブログに出てきた松原通との辻に出ます。


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西土居通から、西塩小路を西に向いています。
約50m先に、西大路との交差点が見えますね。


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西塩小路から、西大路を南に向いています。
ここから約300m先に街路樹とは違う茂みが見えます。
では、そちらに寄り道します。


607-19.jpg
西塩小路西大路交差点南東角に、大きなビルが建っています。
かつては「日栄」という金融業者の本社だったのですが、
いまは「ヴォークス」という模型販売会社が所有しています。
1FはNゲージ鉄道モデルやプラレールの売店で、
2Fはラジコンの飛行機やドローンなどを売っていて、
他にアニメのキャラクターの人形や関連グッズも売っていました。
ちなみに、YAHOOの地図では「造形村」と書かれています。


607-20.jpg
その「ヴォークス」の前から、西大路を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。


607-21.jpg
「ヴォークス」から、西大路を南に約300m進みました。
この茂み全体が、若一神社です。
境内の一部が西大路の歩道内にあるのが面白いですね。


607-22.jpg
こちらは、西大路歩道上の若一神社境内です。
こちらの巨大なクスノキ自体がご神体です。
社殿では、平清盛自身が植えた木だそうです。
この辺りは元々平清盛の別邸「西八条殿」で、
若一神社はその平清盛が建立しました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


607-23.jpg
車道近くに、石をご神体とする末社がいらっしゃいました。
細石と思っていたのですが、違うようでした。


607-24.jpg
では、西大路の歩道を通り抜けて本殿側に進みます。
実は、こちらにも巨大なクスノキが伸びています。


607-25.jpg
鳥居をくぐってすぐに、手水舎があります。
先ずは、ここで手を清めます。


607-26.jpg
手水舎の向かい(北)側に、こちらの末社がいらっしゃいます。
左(西)側が祖霊社で、右(東)側が稲荷社です。
そちらにも、お参りしました。


607-27.jpg
こちらが、本殿側の若一神社境内です。
木賊(とくさ)の向こうに湧水があって、
祇王の歌碑が掲げられています。
祇王は「西八条殿」を追い出された後、
現在の祇王寺に移住して、家族や仏御前と暮らしました。
また、北側には弁財天と寿命社の末社がいらっしゃいます。
寿命社はもうすぐ「ヨモギ祭」がありますが、
なぜか手前のカエデはこの時期に紅葉していました。


607-28.jpg
先ほどの写真で、北を向きました。
巨大なクスノキを背景に、若一神社本殿があります。
先述の通り、こちらには平清盛の「西八条殿」がありました。
若一王子の御神託通りにここに神社を建てたところ、
平清盛が出世をしたため、清盛自身が熱心な信者となりました。
御祭神は若一王子で、自動車の厄払いなどもしています。


607-29.jpg
若一神社本殿から、西を向きました。
では、この若一神社を出ます。


607-30.jpg
若一神社の前で、西大路を南に向いています。
(若一神社は、「八条西大路」交差点北東角にいらっしゃいます)
約250m先にJR京都線の高架がありますが、
その辺りが「西大路」駅になります。


607-31.jpg
今度は若一神社の前から、西大路を北に向きました。
では、ここを進み西塩小路に戻ります。


607-32.jpg
若一神社から、西大路を北に約300m進みました。
ようやく、西塩小路に戻ってきました。


607-33.jpg
「西塩小路西大路」交差点から、西を向いています。
では、この西大路を渡ります。


607-34.jpg
西大路から、西塩小路を西に向きました。
ちょっと西日が逆光になってきました。
とりあえず、急いでここを進みます。


607-35.jpg
西大路から、西塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、佐井東通との辻です。
この辺りは、マンションと古い民家の混在地ですね。


607-36.jpg
佐井東通から、西塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、佐井(春日)通との交差点です。
北東角に「七栄鮨」の支店があります。
本店は、「七条御前」交差点から東に約100mにあります。


607-37.jpg
佐井通から、西塩小路を西に約150m進みました。
ここに西高瀬川が流れていて、
「むかし橋」を渡ったところで佐井西通とのT字路になります。
西塩小路は、ここで突き当ります。


607-38.jpg
西塩小路から、佐井西通を北に向いています。
佐井西通は京都市立西大路小学校と西高瀬川にはさまれています。
次は、ここを北上します。


607-39.jpg
西塩小路から、佐井西通を北に約100m進みました。
小さな児童公園の前で、佐井西通と西高瀬川が分岐します。


607-40.jpg
先ほどの地点から、佐井西通を北に約150m進みました。
七条通に出て、佐井西通は西高瀬川の西岸沿いの道になります。
この七条通上の月読橋に、「月読橋」バス停があります。
では、33系市バスに乗って京都駅に戻ります。

これで、「塩小路編」は完全に終わります。

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
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少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
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実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
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路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
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市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
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こちらも
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「アマランサス☆
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「写真缶」
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こちらも、
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こちらは、
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連載されています。
こちらも、
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初詣など
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京都観光の
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これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

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花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
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八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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