第306回 松尾祭 神輿巡行

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西京極でのJリーグ観戦直後、七条通まで南下して東に進みました。
こちらは、「七条御前」交差点で東を向いた写真です。
商店街に、「松尾祭」の幟(のぼり)が立っていますね。
今回は、この近くにある松尾大社西七条御旅所まで進む
神輿巡行を取材しました。
撮影日は、2015年4月26日日曜日午後5時。
今月一番の快晴でした。


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七条通から、御前通を南に向きました。
前回ブログとは違い、道沿いに露店が並んでいますね。


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七条通から、御前通を南に約50m進みました。
こちらは、時宗松尾山西蓮寺です。
京都で時宗の寺院は珍しく、このブログでも2軒目です。
こちらは、浄土信仰の空也上人が開祖の寺院です。


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その南隣は、武御前神社です。
前回ブログとは、また違った雰囲気になっています。


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さらにその南隣に、松尾大社西七条御旅所がいらっしゃいます。
普段は閑静な神社ですが、この日は賑やかですね。


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一の鳥居から、西に約20m進んだところが本殿です。
先ずはここにお参りですが、この日は扉が開いていました。
(理由は、この後でわかります)


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本殿前に灯籠が2本立っていますが、そのうち1本がこちらです。
「正徳二年」と言えば、江戸時代の新井白石が政治をした頃ですね。


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本殿の前で、北を向きました。
今露店が並んでいる方から、外に出られます。


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松尾大社西七条御旅所から北に出て、東を向きました。
実は露店が出ているのはかなり狭い範囲だけなのですが、
地元民中心にたくさんの方々で賑わっていました。


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先ほどの道を東に進み、御前通で北を向きました。
では、ここからまた「七条御前」交差点に戻ります。


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西京極で屋台の弁当やたこ焼きを食べたので、結構満腹でした。
ただ何か1品くらいはと思い、みたらし団子を露店で買いました。
団子のしっかりしたモチモチ感は、
下鴨神社の「賀茂みたらし茶屋」とはまた違った食感です。


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再び「七条御前」交差点まで来ました。
左(西)側のテントは、「肉の大川」というお肉屋さんです。
こちらの「揚げ物」も、この辺の名物です。


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七条通に出て、お肉屋さんの西隣はお酒屋さんです。
立ち飲みのお店でもあって、
半被を着た氏子さんがたくさん飲んでおられました。
(……ということは、もう少し時間がかかりそうです)


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予定より40分遅れて午後5時40分ごろ。
ようやくお祭りの行列が、「七条御前」交差点にやって来ました。


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銭湯は、軽トラックに乗った榊(さかき)です。
旗には、「下嵯峨」と書かれていますね。


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その次は、お稚児さんです。
伴を引き連れていますが、徒歩なのですね。


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さらに、「月読神社」と書かれた旗と唐櫃がやって来ました。
この中に、ご神体がいらっしゃるのでしょうね。


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そして、ここから御神輿の登場です。
先ずは、「四之社」と書かれた旗が現れます。
そして神輿の登場ですが、ここでいったん休憩です。


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この日(2015年4月26日)は晴れているせいか気温も高く、
担ぎ手の氏子さんもだいぶ疲れておられました。
そのため小刻みに休憩が入るのですが、
その間に市バスが何台も通過していきました。


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市バスが通り過ぎた後、担ぎの方々が神輿の下に入られます。
そして掛け声の下、一斉に全身を始めました。


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「ほいっと、ほいっと」の掛け声の中、
神輿が「七条御前」交差点に入ってきました。


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「七条御前」交差点で、神輿が静止しました。
すると、担ぎ手全員で神輿を持ち上げられました。


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そして神輿を元の高さまで戻すと、
今度は御前通を南下し松尾大社西七条御旅所に向かいます。


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七条通から、御前通を南下中です。
たくさんの方が、神輿を追いかけていきます。


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神輿は休憩することなく、御前通を約100m南下し続けています。
お疲れなのか、だんだん神輿の左側が下がってきましたね。


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とは言え、その神輿も御旅所の中に入っていきました。
自分も、その後をついていきます。


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御旅所境内に、お神輿が入ってきました。
神輿巡行も、もう少しですね。


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境内北側に、神輿を普段入れてある倉庫があります。
神輿は、ここで下されます。


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神輿が下ろされると、本殿の方から神官二人が来られました。
神事が行われる間、担ぎ手の氏子さんは頭を垂れています。


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神官の一人が神輿の中に手を入れ、中から箱を取り出しました。
こちらに、ご神体がいらっしゃいます。


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ご神体を取り出した神官が振り返りました。
そして、ご神体をもう一人の神官に手渡します。


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ご神体を抱えた二人の神官は、無言で走り出しました。
そして、本殿の中へ消えていかれました。
(これが、本殿が開いていた理由ですね)


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ご神体が本殿にいらした後、
残った氏子さんが手拍子と「ほいっと」の掛け声をあげて、
この場は解散となりました。

一見すると、これで終わりなのですが……


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……こちらは、午後6時を回った「七条御前」交差点です。
実は、松尾大社から来られる神輿は計4基です。
残りの3基が、ようやく到着しました。


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先頭(正確には2基目)の「宗像社」の神輿は、
こちら(南)側歩道の前で、巡行していきます。
目の前で進まれると、結構迫力がありますね。


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宗像社の神輿の後ろから、櫟谷社の神輿が迫ってきます。
こちらは、一回り小さな御輿ですね。
北側歩道の前を通過しますので、ほぼ並行して進みます。
宗像社の後ろには、大宮社の神輿が迫ってきました。
3基同時に動くと、なかなか壮観ですね。


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ただ、さすがに「七条御前」交差点には1基づつ入っていきます。
宗像社の神輿は高く持ち上げられてから、御前通を南下しました。


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一回り小さな櫟谷社の神輿は、
いったん東の方(七本松通付近)に移動してから
再び「七条御前」交差点に入ってきました。
そして、御前通を南下していきます。


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ところが、ここでまた30分以上の中断がありました。
1基づつ御旅所で神事を終えてから次の神輿が進むのですが、
ようやく最後の大宮社動き出したのですが、
この時点で午後7時を回ってしまいました。
もう完全に日が暮れて、ウチのカメラではこれが限界です。
(フラッシュが弱いのです)
ですから、御旅所の様子は写していません。

では、これで2015年松尾大社神幸祭を終えます。

今回は、ここまでです。

~次回は、この御旅所から西塩小路を突き当ります~

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第308回 藤森祭の藤森太鼓

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京都駅からJR奈良線を3駅進み、「JR藤森」駅に着きました。
毎年5月3日~5月5日は近くの藤森神社で藤森祭が行われます。
今回は、そのお祭りの神事の一つ藤森太鼓の奉納を見に行きます。
撮影日は、2015年5月3日憲法記念の日の日曜日午後2時半。
天気予報は雨でしたが、蒸し暑い晴れの日でした。


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エスカレーターでホームに上がり、駅の改札口まで来ました。
「JR藤森」駅のホームは、この真下になります。
そのため駅ホームはとても暗く、
そこでの写真も暗くなってしまいました。
ですから、駅ホームの写真はありません。


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「JR藤森」駅を出て、右(西)を向きました。
この道を約600m進んだところに、本町通とのT字路があって、
その手前の京都市立藤森小学校の向いから
藤森神社に入っていきます。


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「JR藤森」駅から、西に約100m進みました。
向こうの茂みは、京都教育大学です。
ただその前に、手前の大きなスペースに立ち寄ります。


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その大きなスペースは、浄土宗西福寺です。
結構大きな寺院で、境内の一部が幼稚園になっています。
(浄土宗には、西福寺という寺院が多くありますね)
こちらは14世紀半ば(南北朝時代)に、
北朝の光厳天皇が建立しました。
元々はもっと南にありましたが、
伏見城築城の際に豊臣秀吉がこの地に移転させました。
(要するに、元々伏見城の辺りにありました)
大正時代から昭和時代に活躍した歌人田中常憲の菩提寺でもあり、
境内には常憲の歌碑も立っています。


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西福寺の西隣に、京都教育大学のキャンパスがあります。
遠くから見ると茂みに見えましたが、
ここにはたくさんの植物が植えてあって、
今の時期はツツジが満開です。


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京都教育大学の前から、西を向いています。
急な下り坂がまだまだ続きますが、ここを進んでいきます。
大学の向い(南)側にパン屋さんがありますが、
日曜日なので閉まっていました。


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この辺りは、古くて大きな民家が並んでいます。
(京都市街地ではないので、京町家とは別の建築様式です)
この土蔵はかなり立派なので、一枚撮りました。


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京都教育大学の前から、西に約150m進みました。
(あと150mで、本町通とのT字路です)
北(京都市立藤森小学校の向かい)側を向くと、
藤森神社の一の鳥居が見えます。
では、ここから北上して藤森神社の拝殿に向かいます。


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鳥居をくぐり、藤森神社の境内を北上しています。
この辺りは4車線くらいの幅が続きます。
実は、この位置で毎年5月5日の駆馬神事が行われています。


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藤森神社一の鳥居から拝殿までの道は、約300m続いています。
その周囲に、たくさんの露店が並んでいました。


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その道の途中(東側)に、宝物館があります。
ここ藤森神社は軍神ですが、軍馬や競馬の神様でもあります。
ですから、ここには古い武具や馬具が収められています。
また競馬の神様ということで、
武豊ほか多くのジョッキーのサイン色紙なども展示されています。
(さらに、古地図が多く展示されていました)


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その向かい(南)側には、絵馬殿があります。
結構立派なのですが、この日は参拝者の休憩所になっていました。


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藤森神社一の鳥居から約300m北上して、拝殿の前に来ました。
ここで午後3時から「藤森太鼓」の奉納が行われますが、
まだ10分ほど時間があります。
先に本殿などに参拝します。


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拝殿の裏(北)側に、藤森神社本殿があります。
ここの御祭神や沿革は、第124回ブログを参考にしてください。
実は藤森神社は元々伏見稲荷大社の位置にいらして、
伏見稲荷大社はこの神社の末社のうちの1柱でした。
それが中世に入って稲荷信仰がさかんになるにつれ、
伏見稲荷大社に追い出される形でここに移転しました。
この辺にも、「諸行無常の響き」がありますね。


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こちらは、藤森神社本殿から北東の位置になります。
この辺り一面に、アジサイが植えてあります。
藤森神社は藤やアジサイで有名な神社で、
毎年6月になると、ここが絶景仁あります。


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藤森神社本殿の裏(北)側に、たくさんの末社が並んでいます。
そちらを東から西へと拝んでいきます。
先ず八幡社です。室町時代の建立で重要文化財です。
(松でよく見えませんが……)


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その西隣は、祖霊社です。
歴代神主さんの霊を御祭神とします。


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その西側には、小さな祠が並んでいます。
住吉社や厳島社など、日本全国の神様が勧進されています。


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さらに西側に、重要文化財の大将軍社がいらっしゃいます。
こちらは、室町幕府6代将軍足利義教が建立しました。


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こちらは、一番西の天満宮です。末社参りは一通り済ませました。
そろそろ午後3時なので、拝殿の南側に向かいます。


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藤森神社拝殿南側に戻ってきました。(つまり、今北を向いています)
10分前と異なり、こちらに太鼓が並んでいます。
いよいよ「藤森太鼓」の演奏が始まるようです。


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ちょうど午後3時になって、太鼓の奏者が並びました。
(こういう神事で、時間通りは珍しいですね)
奏者の皆さんがバチを構えて、藤森太鼓の演奏が始まりました。


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最初の曲は、大小の和太鼓によるものです。
何度か和太鼓の演奏を聞いたことがあるのですが、
この藤森太鼓も同じ系譜なのだろうと思います。

演奏中に、拝殿に目が行きました。
「深草郷」とは、伏見区北部一帯を指します。
伏見稲荷大社が今いらっしゃる地域にこの神社がいらしたため、
伏見稲荷大社周辺は今も藤森神社の氏子地域になります。


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拝殿の左(西)側の神輿は、瀧尾神社東福寺の幟が立っています。
藤森神社の氏子地域は本町通沿いに細長く続き、
JRの高架辺りまで伸びています。
(その北側が、伏見稲荷大社や豊国神社の氏子地域です)


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そうこうしているうちに、1曲目が終わりました。
ここで、奏者や太鼓が入れ替わります。
その間、横笛の奏者が乱入してきて独りで一曲披露してくれました。


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太鼓が並んでも、さらに横笛の演奏は続きます。
そのうち横笛奏者が4人となり、
端にはパーカッションの奏者まで増えました。


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横笛の演奏が終わると、太鼓の演奏が始まります。
今度の太鼓奏者は、全員女性です。
横笛奏者は最初後ろで座っているだけでしたが、
そのうち演奏に加わってきました。


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そして、2曲目も演奏が終わりました。
この時点で、午後3時15分です。
この後の予定を考えるなら、
午後3時半にはここを出ないといけません。
だんだん時間がなくなってきています。


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2曲目が終わると、
女性太鼓奏者のうちの一人がMCを始められました。
どうやらあと2曲あるのですが、
時間的にあと1曲しか聞けないようです。


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背後から一人の男性奏者が法螺貝を吹かれて登場されました。
修験者が号令や合図で吹かれているのを見たことがあるのですが、
このように楽器として演奏されるのをほぼ見たことがありません。


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法螺貝奏者が、拝殿の方にまで来られました。
その間に、太鼓と奏者がまた入れ替わります。


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そして、3曲目が始まりました。
衣装が替わっていますが、奏者は先ほど2曲と同じ方々です。
MCされていた女性奏者も、演奏に加わっておられました。


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3曲目が終わりました。この時点で午後3時半です。
もう1曲あるのですが、
午後4時には伏見稲荷大社にいないといけません。
ですから、残念ではあるのですがここで藤森神社から離れます。


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4曲目が始まる中、拝殿から背後(南)を向きました。
いろいろ名残惜しいのですが、ここでもと来た道を進みます。
続きは、また今度ということで……


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藤森神社の拝殿から、南に進んでいます。
この辺りの土がほんのり濡れていましたが、
氏子さんが丁寧に水をまかれていました。
2日後の駆馬の馬場を整えているのでしょうね。


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藤森神社一の鳥居に戻ってきました。
では、ここから藤森神社を出ます。


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藤森神社の前から、東を向きました。
次は、ここを進んでいきます。


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藤森神社から、東に約500m進みました。
ようやく「JR藤森」駅に戻ってきました。


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では、「JR藤森」駅から次の目的地に向かいます。
実は、この日(5月3日)は伏見稲荷大社の例祭の日でもあります。
次は、そちらに向かいます。
ただ、それが次回ということで……

今回は、ここまでです。

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第309回 稲荷祭の神輿巡行

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前回ブログに出てきた「JR藤森」駅から一駅京都方面に戻り、
「稲荷」駅にやって来ました。
GW半ばということで結構の人出なのですが、
この日が伏見稲荷大社の年に一度の例祭であることを
大半の方はご存じないようです。
今回は、こちらの神輿巡行を見に来ました。
撮影日は、2015年5月3日憲法記念の日の日曜日午後3時50分。
神輿巡行には、何とか間に合いました……


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こちらが、自分が乗ってきた「JR藤森」駅15:46発
京都行JR奈良線の車両です。
JR奈良線は伏見稲荷大社以外にも東福寺や宇治間を
京都駅と直接結んでいるので、
観光シーズンになるといつも満員になります。


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陸橋を渡って、東側のホームにやって来ました。
では、こちらから改札口を出ます。


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JR奈良線「稲荷」駅から、東を向きました。
本町通を渡ると、伏見稲荷大社の一の鳥居です。


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伏見稲荷大社一の鳥居から、東を向きました。
ここ表参道を進むと、楼門の先に拝殿と本殿があります。
本日は例祭なので、ここに露店は並びません。


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伏見稲荷大社一の鳥居から、表参道を東に約100m進みました。
北を向くと、末社が3柱いらっしゃいます。
左(西)から、熊野社・藤尾社・霊祖社です。
先に、こちらをお参りします。


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末社の前で、表参道を東に向きました。
楼門の辺りが通行止めされていて、
そこに神官や観光客が並んでいます。


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午後4時になって、神輿行列が戻ってきました。
(こちらも、時間通りですね)
先頭の車両が、表参道を通ります。


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先頭は軽トラックで、後続以降は大型トラックです。
「稲荷祭の神輿巡行」は、基本的に「トラック巡行」です。


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「稲荷祭」のために垂れ幕で着飾った大型トラックが、
何台も通り過ぎていきます。


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大型トラックの荷台には、稲荷祭の神事で使うものが並んでいます。
また、行列に参加された方々もトラックの荷台に乗っておられます。


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こちらの荷台では、雅楽が演奏されていました。
時速30㎞で通り抜けるので、聞こえたのは一瞬でした。


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その次は、斎王さんでしょうか?
葵祭では、牛車に乗られていましたね。


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その後には、唐櫃が載せられていました。
どこからの末社がいらっしゃるのでしょうか?
ウチの近所も含めて、伏見稲荷大社の氏子地域はここから遠いので、
大半は近くに境外末社ががいらっしゃいます。
各末社のご神体が、神輿などに乗ってこの日に巡行しました。


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巡行を終えたトラックは、右(南)側の駐車場に向かいます。
そして、そこから降りられた方々はその足で本殿に向かわれます。


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少し途切れていたトラックの行列が、また再開しました。
今度は、神輿を載せたトラックが通り過ぎます。


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神輿を載せた先頭車両が入ってきました。
先頭は、「田中社」のようです。


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こちらが、田中社の神輿です。
田中社自体は、第140回ブログに出てきた
十条本町交差点近くの神社です。


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その次は、上之社の神輿です。
こちらも、時速30㎞で通り過ぎました。


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さらに、下之社の神輿が続きます。
沿道の方々も、神輿が通るときが一番盛り上がります。


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その後に、中之社の神輿が通り過ぎます。
こちらが、一番大きな御輿ですね。


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そして、四之社の神輿がやって来ました。
これで、神輿自体の巡行は最後です。


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神輿の後は、木造の馬の像が通り過ぎました。
こちらは、第179回ブログに出てきた馬殿にいらっしゃる像ですね。


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その後から、「稚児」とかかれたトラックが通り過ぎます。
荷台に、小学生男子と思われる方々が10名ほど乗っておられました。


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そして、こちらが稲荷祭神輿巡行の最後尾車両です。
表参道も、通行止めが取り払われます。


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こちらが、通行止めの規制が解除になった瞬間です。
表参道が、たくさんの方々で再びごった返します。
最後尾車両も、右(南)側の駐車場に向かっています。


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ちょっと駐車場を覗いてみました。
既に垂れ幕は取り払われ、普通の大型トラックになっていますね。


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表参道から、楼門を見ています。
普通ならこのまま石段を上がるのですが、
この日はここから規制線が張られてここからは進めません。


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そこで、楼門の北側から拝殿の方に回りました。
こちらに、先ほど神輿が順番待ちをしています。
本当なら「春旅」の企画で向こうの荷田春満邸に入れるのですが、
この状態では無理ですね。


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拝殿の東側本殿では、稲荷祭の神事が続いています。
田中社の神輿から、ご神体が本殿に向かわれます。


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本殿前を拡大して、撮影しました。
次は、上之社のご神体が本殿に向かわれます。


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上之社のご神体が、本殿奥に向かわれます。
神官は全て、拝礼されておられます。


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そして、役割を終えた大型トラックが去っていきます。
この後も、下之社・中之社・四之社と同じことが続きます。
ところが、ここで警備員に叱られました。
「これ以上撮らないように」
そう言われたので、ここで退散します。


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同じ場所で。北西を向きました。
向こうに見える鳥居をくぐって、御幸通(裏参道)から帰ります。


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では、御幸通を北西に進みます。
この日は祝日ですが、平日でも最近はこのくらいの人出です。
(ここ2年で、伏見稲荷大社の参拝者が急増しています)


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御幸通は、石製の鳥居をくぐると西に進路を変えます。
本町通の手前に、「紅ずわいがに」と書かれた露店があります。
ちょっとここに寄ってみます。


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そして、こちらがその「紅ずわいがに」です。
まぁ「カニかまぼこ」なのですが、
しっかりずわいがにのカニ身も入っています。
カニの濃厚な甘さが、クセになりそうです。


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「紅ずわいがに」の露店の前から、御幸通を西に向きました。
では、目の前の鳥居をくぐって本町通に出ます。


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本町通から、御幸通を西に向いています。
交差点の南西角に、いつも寄っている「ねざめ家」があります。
この日も、寄り道しました。


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この時期の「ねざめ家」は午後5時がラストオーダーで、
午後5時半に閉店です。
この時点で、午後4時50分です。そこで急いで注文しました。

同行していたウチの母は親子どんぶりを注文し、
自分はきつねうどんと鯖寿司を食べました。
ここはスズメの焼き鳥で有名ですが、
この時期はウズラしかなくて食べられませんでした。
他には、ウナギや京寿司(箱寿司や稲荷寿司)が名物です。


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ねざめ家」の西側に、ここの持ち帰り専門の寿司屋があります。
毎年5月3日はウチの風習で自家製ちらしずしを食べるのですが、
そこを曲げてここのお寿司を食べることにしました。
(まぁ、同じ「お寿司」なので風習は守ったということで……)
自家製ちらしずしは、翌日5月4日に食べました。


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こちらが、「ねざめ家」の持ち帰り用の「京寿司」です。
稲荷寿司と鯖寿司を持ち帰れます。
(店では「巻き寿司」も食べられるのですが……)


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こちらが、「ねざめ家」の稲荷寿司です。
薄揚げはきちんと出汁で煮てあり、
寿司飯には芥子の実が入っています。
(個人的には、芥子の実は稲荷寿司の必需品と思っています)


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そして、こちらが鯖寿司です。
鯖は青身の部分しかないのが、特徴ですね。
青身は適度に脂がのっていて、それが独特の甘みを出しています。


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ねざめ家」を出て、御幸通を西を向いています。
先ほどの大型トラックが、JR奈良線の線路を越えて行きます。
京阪電鉄の線路も越えて、師団街道に向かっているのでしょう。


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今度は「ねざめ家」の前で、東を向きました。
大型トラックが、次々通り過ぎていきます。


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御幸通から、本町通を南に向いています。
大型トラックがたくさん通り過ぎた余波で、渋滞になっています。
よく見ると周囲には「藤森祭」の幟が立っていて、
「稲荷祭」のものはありません。
前回ブログでも書きましたが、この辺りは藤森神社の氏子地域で
伏見稲荷大社のものはもっと北になります。
(下京区や南区・東山区の辺りです)
そのため、この辺りも「藤森祭」の神輿巡行のコースになります。


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初詣の際にはここで唐揚げを売っていましたが、実は肉屋さんです。
(地域住民と観光客の両方が買いに来ます)
ただ、この日(5月3日)は例祭なのでお休みでした。


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御幸通から、本町通を南に約100m進みました。
東側に、伏見稲荷大社一の鳥居が見えます。
これで、ここを一周したことになります。


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伏見稲荷大社一の鳥居の前から、南を向きました。
こちらに、コンビニストアがあります。
(「トラック巡行」の際に、時々見えていました)
ここに寄ったのですが、この時間でも豆大福が売れ残っていました。
(いつもなら、お昼過ぎには売り切れてしまします)


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こちらが、その豆大福です。白餅とヨモギ餅です。
こちらはここの主人のお手製で、伏見稲荷大社の隠れた名物です。


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ここで本町通を渡ると、JR奈良線「稲荷」駅に着きます。
では、ここから家に帰ります。

今回は、ここまでです。

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第310回 新日吉神宮 神幸祭

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京都駅北側市バスターミナルから、206系市バスに乗って約10分。
こちらは、「東山七条」バス停です。
(智積院に訪れたときの208系市バスとは違う位置にあります)
今回はこの位置から新日吉神宮の神輿巡行を見た後、
その新日吉神宮(いまひえじんぐう)自体に向かいます。
撮影日は、2015年5月10日日曜日午後0時50分。
GW以降は、ずっと快晴の夏日です。


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バス停から、南を向きました。
右(西)側の鉄柵の向こうは、京都国立博物館です。
このバス停は、「東山七条」交差点から約50m北にあります。


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その「東山七条」交差点で、東を向きました。
(七条通は、もう50m先から西に伸びています)
ここからこの山道を上ろうとしたのですが、
新日吉神宮神輿巡行の行列がもうここまで来ています。
(巡行開始予定の午後1時には、まだ5分以上あるのですが)
という訳で、ここから神輿巡行を見ようと思います。
(まぁ、予定していた場所よりここの方が良い写真が撮れます)


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約3分して、巡行の行列が交差点にかかってきました。
先頭に、獅子舞がいらっしゃいます。
こちらも、噛まれると無病息災のご利益があります。


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警官が交通規制を終えると、いよいよ交差点を渡ります。
この太鼓の音が、巡行の目印になります。


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次は、神輿が登場します。
こちらは担ぐのではなく、曳いていきます。


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その後に、唐櫃が通り過ぎます。
神輿の方が先なのは、ちょっと変わっています。


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さらに、榊の枝に細く切った紙がくくりつけてある山車が通ります。
上手く方向転換できないのか、
他のものより引手がたくさんいらっしゃいます。


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その後からお稚児さん(保護者同伴)が現れて、
歩道まで入ってきて粽を配っておられました。
自分の脇にいらした白人男性は粽が何か分からず、
「What is this?」
を周囲の方に連発されておられました。


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行列の最後尾は武具を持った若武者と
笠の付いた籠(たぶん中に御神体)、人力車が続きます。


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神輿巡行の行列は、東大路を北上していきます。
第7回ブログで訪れた馬町交差点の方に向かいます。


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神輿巡行が通り過ぎ、また静かになった「東山七条」交差点です。
右(南)側の白壁が智積院のもので、
左(北)側の土塀は妙法院門跡のものです。
では、こちらから東に進み新日吉神宮に向かいます。


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「東山七条」交差点から、東に約50m進みました。
ここは、東山の一つ阿弥陀ヶ峰(鳥辺山)山中です。
智積院北門の東隣に、
イルパッパラルドというイタリア料理屋さんがあります。
「京都で一番おいしい」
と言われている石窯ピッツァが名物で、
ランチタイムでもこのように行列ができます。
(ディナーは、予約しないと満員で入れません)


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イルパッパラルドの前から、山道を上っています。
向こうの方にある喫茶「坂」の傾き加減で、
ここがどれだけ急な坂道かが分かりますね。


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さらに山道を上ります。沿道のカエデの青葉がきれいですね。
この赤いバスは、京都駅と京都女子学園を往復するものです。
この日(2015年5月10日)は日曜日でしたが、
いつもならこの坂道は京都女子学園に通う
女子学生(小学生~大学生)であふれていて、
「乙女坂」とか「女坂」とか呼ばれています。


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東大路から、この山道を東に約200m進みました。
こちらが、新日吉神宮一の鳥居です。
東大路から見上げるとここで突き当りのようでしたが、
実際には少し北にずれて道は続いています。
ちなみに、この道は「豊国廟」(豊臣秀吉のお墓)まで続きます。


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さらに約50m進みました。ここは、京都女子高校の校門前です。
この日は休日でしたが、「母の日」でもありました。
そこで京都女子小学校は保護者参観日だったようで、
親子連れがあちこちいらっしゃいました。
……とは言え、学校の方にはカメラを向けられません。
(警備員が飛んできます)
実は、平日ならこの辺りでカメラを持っているだけで
自分のような「オヤジ」は職務質問を受けてしまします。
(それくらい、この辺はガードが固いです)


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その校門前で南を向きました。
新日吉神宮は一の鳥居前が封鎖されていたので、
こちらの駐車場経由で境内に向かいます。


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新日吉神宮駐車場で、さらに南を向いています。
ここを抜けると、すぐに神社の楼門があります。


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ただ、駐車場を抜けるとすぐにこちらの前に出ます。
こちらは、山口稲荷神社です。
ここにお参りをして、先に進みます。


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山口稲荷神社の脇から南を向いています。
ここから、新日吉神宮の楼門が見えてきました。


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そして、こちらが新日吉神宮の楼門です。
では、ここをくぐって境内に入っていきます。


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楼門をくぐり、すぐ左(北)側に手水舎があります。
(「バイト募集」の貼り紙がありますね)
その右(東)側に見えるのは、時砲台の跡です。
ウチの母が小学生のころまでは、(約60年前?)
毎日正午になるとここで空砲が発射されて
その音で京都市民は時間を知ったそうです。
(昔そんな話を聞いたことがありました)
その向こうは倉庫ですが、この日は開いていますね。
(神輿などの神具が収められていました)


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左近の桜、右近の橘の向こうに、新日吉神宮の拝殿があります。
この日は例祭なので、装飾がしてあってお神酒が供えられています。


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こちらが、新日吉神宮の本殿です。
御祭神は、大山咋命(オオヤマクイノミコト)など日吉山王七神です。
元々は法住寺殿(現在の三十三間堂回り)の鎮守社でした。
ですから、後白河上皇による建立です。
あちこちに引っ越しを続けて、
今の位置に落ち着いたのは明治時代に入ってからです。
よく考えたらこの瞬間は神輿巡行中のため
ご神体がここにいらっしゃらないのですが、
一応お参りは済ませます。


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本殿の左(北)側に、末社の天満宮がいらっしゃいました。
次は、こちらにお参りです。


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本殿の右(南)側にも、こちらの末社がいらっしゃいます。
左(北)側が豊国社で、豊臣秀吉が御祭神です。
右(南)側は、秋葉社と愛宕社が合祀されています。
(どちらも、「火災除けの神様」ですね)


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本殿の周りを一通りお参りして、拝殿に戻ってきました。
先程と反対側に回ると、このような提灯が下がっていました。
それぞれ京都市下京区と東山区の小学校の学区です。
旧崇仁小学校は第298回ブログの「桜の小径」の横にあります。
旧菊浜小学校(現在の「ひとまち館」)は、
第114回ブログに出てきた正面児童公園の近くにあります。
同じく第114回ブログの最初の方に旧貞教小学校が出てきますし、
旧修道小学校は第7回ブログの馬町交差点付近にありました。
ただ、これらの学区の一部は伏見稲荷大社の氏子だったりと
かなり入り組んだ状態になっています。


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拝殿を通り過ぎて、楼門の前に出ました。
では、ここから新日吉神宮を出ます。


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新日吉神宮楼門をくぐり、西を向いています。
目の前の石製鳥居を抜けたら、先ほどの山道に戻ります。
この周囲に、京都女子大学の施設が並んでいます。
この神社は、京都女子学園の施設に囲まれる形になっています。


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先ほどの山道に戻り、西を向きました。
ここから、京都市街地が一望できますね。
まぁ、それだけ標高が高いところに来ています。
では、ここを突き当りの京都国立博物館まで進みます。


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先ほどの場所から約200m西に進み、南を向きました。
右(西)側の鉄柵は京都国立博物館のものです。
ではここから約50m南に進み、七条通に出ます。


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先ほどの地点から、南へ約50m進みました。
この智積院勅使門前から東に、七条通が伸びています。


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東大路から、七条通を西に向いています。
まだまだ急な下り坂が続きます。次は、ここを進んでいきます。


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東大路から、七条通を西に約100m進みました。
こちらは、京都国立博物館の駐車場です。
京都のこういう施設としては珍しく、広大な駐車場を持っています。


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さらに七条通を西に約100m進みました。
こちらは、「三十三間堂前」交差点です。


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同じ地点で北を向きました。
京都国立博物館へは、こちらから入ります。
2015年5月17日まで、「狩野派展」が開かれています。


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さらに今度は南を向きました。
三十三間堂へは、こちらから入ります。
ずっと向こうには、三十三間堂の南大門が見えていますね。


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さらにさらに七条通を西に進んでいます。
最近改装されましたが、京都国立博物館と言えば
自分はずっと赤レンガだと思っていました。


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「三十三間堂前」交差点から、西に約100m進みました。
こちらは、「七条大和大路」交差点です。
今度は大和大路を北上して豊国神社に向かうのですが、
その理由は次回に書きます。

今回は、ここでまでです。

~次回は、豊国神社の周辺散策です~

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第311回 「豊国さん」の縁日と神輿巡行

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「七条大和大路」交差点北東角にある道標を見ています。
石垣の上にある「大仏前交番」の脇には、ツツジが咲いていますね。
今回は、道標の←(北)へ進み、豊国神社に向かいます。
撮影日は、2015年5月10日日曜日午後2時。
午後になって、さらに気温が上がってきました。


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七条通から、大和大路を北に向いています。
ここは、京都国立博物館の西側の通りになります。
では、こちらを進みます。


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七条通から、大和大路を北に約100m進みました。
こちらは、京都国立博物館の出口です。
以前は閉まっていましたが、昨年(2014年)に改装されたときから
この門も利用されるようになりました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その出口の前から、大和大路を北に向いています。
目の前にそびえる巨大な石垣は、
かつて豊臣秀吉がここに建立した「大仏殿」の跡です。
ここから北が、豊国神社ですね。
では、さらに北に進みます。


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その辺りで、西側歩道を見ています。
豊国神社周辺は百日紅(さるすべり)で有名ですが、
この時期は木に葉も付いていません。
代わりに、ツツジが満開でした。


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京都国立博物館の出口から、大和大路を北に約150m進みました。
東に向くと、(京都国立博物館の北隣)豊国神社がいらっしゃいます。
先ほどの石垣は、現在はこの神社の基礎部分になっています。


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豊国神社の前で、西を向きました。
ここから西に正面通が伸びており、
鴨川を越えて正面児童公園渉成園で突き当り、
さらにその西側から伸びて東本願寺まで続きます。
ただ、この日(2015年5月10日)は
この豊国神社前が歩行者天国になり露店が道沿いに並びます。
ここだけ見ると、まるで豊国神社の例祭みたいなのですが……


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とりあえず、東を向いて豊国神社入っていきます。
ただ、こちらは全然「お祭り仕様」ではありません。


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「正面大和大路」交差点から石段を上ると、手水舎があります。
なぜか、「米を洗わないでください」と書かれていました。


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こちらが、豊国神社(とよくにじんじゃ)の本殿です。
御祭神は、豊國大明神(豊臣秀吉)です。
……とは言え、やはりこの辺りは「お祭仕様」ではありません。
神社の中と外で、テンションが違うのが面白いです。


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豊国神社本殿から、南を向きました。
松林の向こうに、社務所があります。
ここで、宮司さんにお話を聞きました。
境外の露店は、前回ブログの新日吉神宮の例祭のものです。
つまり、この日は豊国神社は「通常モード」です。


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豊国神社社務所前から、北を向きました。
では、ここから豊国神社の北側に向かいます。


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こちらは、豊国神社北側です。
末社の稲荷大明神の北側に、方広寺があります。
ここから見えるのが、国家安康の鐘です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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次は方広寺に向かおうとしたのですが、
「ドンドン」と太鼓の音がしてきました。
急いで鳥居を抜けて、「正面大和大路」交差点に向かいます。


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鳥居を抜けて、「正面大和大路」交差点に戻ってきました。
すると周囲に氏子さんがいらして、
大和大路の北側から新日吉神宮の神輿巡行が南下してきました。


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豊国神社の鳥居前に、新日吉神宮の神輿巡行がやって来ました。
前回ブログの「東山七条」交差点から、
「馬町」交差点経由でここに来ました。


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行列の先頭にいらした二人が、長い矛を立てられました。
この矛が揺れると、とてもきれいな音色が響きます。


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矛先を拡大してみました。
柄を揺らされると、矛先が大きく曲がります。
ただ、この音源は矛先に付いている鈴です。


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矛の演舞が終わると、豊国神社鳥居前に神輿が入ってきました。
こうして見ると、まるで豊国神社のお祭りですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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神輿巡行に加わった獅子舞が、周囲の子供の頭を齧ります。
昔は正月によく見られた光景でしたが、
今はほとんど見かけなくなりました。
ただ、子供の大半は怖がって大声で泣き叫んでいました。
……これも、「お約束」ですね。


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獅子舞に多くの方々が群がっているのでお気づきでしょうが、
ここの神輿巡行は沿道の方々が行列に触れるくらい近づけます。
山車に細い紙を括り付けた榊が乗っているのですが、
これを氏子さんがハサミで切り刻んで沿道に配り始めました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、神輿が耳塚公園の前を通り過ぎます。
この距離で撮れるのも、このお祭り独特ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、神輿巡行の最後尾が通り過ぎていきました。
沿道の方の中には、
そのまま行列についていかれる方もいらっしゃいました。


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神輿巡行の行列は本町通まで西に進むと、右(北)に曲がりました。
後述しますが、この行列はあちこちうろちょろします。


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「正面大和大路」交差点南西角の耳塚公園から、
沿道の露店を撮っています。
近所の子供は露店でお小遣いを使った後、
公園に集まって遊んでいました。
自分が小学生だった40年くらい前と同じ風景です。
(ただし、昔はもっと露店も多く賑やかでしたが)


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耳塚公園の西隣耳塚を撮りました。
こちらの周囲にも、露店が並びます。


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甘春堂東店の前も、露店が並んでいます。
和菓子の老舗の前にチョコバナナの露店というのも、
なかなかシュールですね。


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専定寺(烏寺)の前にも、タコ焼きの露店が並んでいます。
もう昼過ぎなので、ちょっとここに寄ります。


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こちらが、その露店のタコ焼きとラムネです。
(これで、700円です)
外はカリカリですが、中は半生なのがおいしいです。

実は、自分が生まれて初めて訪れた露店が
この新日吉神社の縁日でした。(今から45年くらい前のことです)
ただ、自分はこれを豊国神社の例祭と思い込んでいて、
「豊国さん」と呼んでいました。
とは言え、ここの氏子さんもその言葉を否定されませんでしたし、
ウチの母や祖父も(つまり、何世代にもわたって)
これを豊国神社の例祭と思っていました。
まぁ「隣の氏神様の祭り」なんて、そんなものです。


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タコ焼きを食べていたら、目の前をまた神輿巡行が通り過ぎました。
また大和大路から南下してきて、正面通を西に進んできました。
慌てて写真を構えようとしたのですが、
どんどん通り過ぎてしましました。


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耳塚の前を神輿が通り過ぎていきます。
結構絵になるので、一枚撮りました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、行列の後ろの方の武器を持った若武者が通り過ぎました。
こちらも、耳塚近くで撮りました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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また、神輿巡行の行列が正面通を西に進みます。
今度は鴨川を越えて、下京区に入っていきます。


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正面通から、大黒町通を北に向いています。
左(西)に専定寺、右(東)にタコ焼きの露店があります。
ここを進むと、第153回ブログの日蓮宗寿延寺に着きます。
(ここの大黒天が、この道の由来です)


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今度は正面通から大黒町通を南に向きました。
では、耳塚の脇からここを進みかえります。


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正面通から、大黒町通を南に進んでいます。
この辺は、京町家と新しい建物が混在しています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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正面通から大黒町通を南に約250m進みました。
この大黒通は、七条通で突き当ります。


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大黒町通から、七条通を西に向いています。
ちょうど「ココイチ」の前になります。
では、ここを進んでいきます。


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大黒通から七条通を西に約50m進み、南を向いています。
こちらは、本町通との交差点です。
次は、ここを渡ります。


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本町通から、七条通南側歩道を西に向いています。
ここから約50m先にあるコンビニエンスストアの前から、
206系市バスに乗れます。
では、そこから京都駅に向かいます。

今回は、ここまでです。

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第312回 橋を見上げる葵祭

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今年(2015年)も5月半ばになり、葵祭の季節になりました。
今回は、ここ京阪電鉄「出町柳」駅から巡行の見物に向かいます。
撮影日は、2015年5月15日金曜日午前11時30分。
今年は晴れましたが、熱中症になりそうな夏日でした。


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では、駅ホームから地上を目指します。
この日はいつもよりもたくさんの方々がいらっしゃいます。


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京阪電鉄「出町柳」駅から改札を通り、4番出口で地上に出ました。
ここは、出町通沿いの川端通と高野川との間になります。
(叡山電鉄「出町柳」駅斜め向かいです)


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その4番出口を出て、川端通を北に向いています。
この左(西)側が河合橋で
通常はそこから下鴨神社に向かうのですが、
この日は葵祭巡行のために通行止めになっていました。


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先ほどの写真と同じ間じ場所で、南を向きました。
約150m先に、今出川通に架かる「賀茂大橋」が見えます。
その手前の高野川の川面に、石が直線状に並んでいますね。
そこを何人かの方が歩いておられます。


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4番出口から、川端通を南に約10m進みました。
どうやらここから高野川の川原に下りられそうです。


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高野川の川原に下りてきました。
向こうに見える直線状の石は「亀石」と呼ばれており、
よく見ると亀の形に彫られているものもあります。
この石の上を歩いて渡れるようになっていり、
「けいおん!」をはじめ多くのアニメの舞台になりました。
では、その石の上を歩いて「鴨川デルタ」に進みます。


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その石の上を歩いて、「鴨川デルタ」まで来ました。
「鴨川デルタ」とは、出町通から賀茂川と高野川の合流点までの
「三角形」の公園のことです。
この後ろ下流(南)で、2本の川は合流して鴨川になります。
ここにはたくさんの方がいらっしゃいますが、
大半の方は葵祭の巡行がお目当てです。
葵祭の巡行は、目の前の出町橋を渡った後
第242回ブログのコースを辿り、下鴨神社に向かいます。


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自分がこの位置に着いたのは、午前11時50分でした。
ちょうどそのとき、葵祭巡行の先頭が出町橋を渡り始めました。


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続いて、束帯と烏帽子姿の方が騎乗されて歩いてきます。
昨年(2014年)の葵祭は大雨の中でしたが、今年は一転炎天下でした。


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その後も、騎乗した貴族装束の方が続きます。
出町橋の欄干が邪魔で徒歩の方が上手く写らないので、
今年(2015年)は馬上の方中心に写していきます。


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その直後に、笠を持たれた方が通り過ぎました。
基本的に、昨年と同じ順番で行進されています。


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出町橋をズームせずに撮りました。
端を見上げる自分の周囲は、こんな感じです。
こちらの方々は日本人が一番多いのですが、
3割くらいは中国語を話されておりました。
他には、ロシア語・ドイツ語・英語もちらほら聞こえてきました。


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さらに、巡行の行列は続きます。
こちらの騎乗の方は、青い束帯の背に矢筒を携帯されていますね。


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さらに、藤が垂れ下がった御所車が牛に曳かれて現れました。
このような牛車が、行列の中に何台か混じっています。


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牛に曳かれた御所車が、目の前を通り過ぎます。
藤の花が、なかなか華やかですね。
こちらに斎王代が乗られていると思われた方も多かったのですが、
斎王代は、もっと後ろの輿に乗っておられます。


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御所車の後に、予備の牛が曳かれていきます。
周囲におられた中国人のうち、日本語が分からない方々を中心に
相当数の方がこれで満足して帰られてしまいました。
せっかく日本にまで来てこれで帰るのは、勿体ないことです。
徒然草の「仁和寺にある法師」を思い出します。


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案の定、その後からも行列は続きます。
ズームして撮ると、頭に葵の葉を付けておられるのが見えます。


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そして、ここでいったん行列が途切れます。
出町橋の向こう(西)を見ると、
河原町通沿いに出町枡形商店街のアーケードが見えます。
(第175回ブログにも登場しましたね)


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5分ほどして、行列は再開です。
紅白の花が付いた笠が現れました。


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紅白の笠が、こちらの方まで来ました。
笠を持たれた方が1歩1歩歩かれるたび、
笠が上下に揺れるのが見ていてきれいでした。


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その後ろにも、騎乗の貴族装束の方がいらっしゃいました。
この方も、頭に葵の葉をつけておられました。


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すると、次は黄色い花が付いた笠の登場です。
この花の形状は、ツツジでしょうか?
紅白のものよりも軽いようで、
先ほどよりも早いテンポで歩かれていました。


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ここで再び行列が途切れました。
周囲を見ると、先ほどより人数が減っています。
日本人の中には、飽きてしまわれた方もいらっしゃるようです。
(周囲の方々の会話から判断しています)
先ほどの中国人よりも、もっと勿体ないことです。


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さらに5分して、また行列が見えてきました。
こちらは「笠」というよりは「傘」ですね。
(昨年は、本当に雨傘になっていました)
その下には、女房装束の女性がいらっしゃいます。


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女房装束の方が、こちらに近づいてこられました。
「傘」の上の花が、こちらも華やかです。


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そして、その後ろから斎王代の輿が現れました。
実はそれほど大きくないのですが、こちらがこの巡行のメインです。


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だんだん出町橋を渡って、斎王代の輿が近付いてきました。
こうして見ると、牛ではなく人が曳いているのが分かりますね。


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斎王代の後ろから、騎乗の女房装束の女性が現れました。
こちらは、昨年と同じ順番ですね。


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「昨年と」ということは、あの大雨の中
この状態で行列に加わっておられました。
「雨に濡れたので、十二単を廃棄した」
報道で、そんな記事が載っていました。


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その後も、女房装束の女性が続きます。
今年(2015年)は晴れましたが、風が強いですね。


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そして、また藤の花をつけた御所車の登場です。
こちらが、巡行の最後尾になります。


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その御所車が、こちらに近づいてきました。
これで今年の葵祭巡行も、無事下鴨神社に到着しました。


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出町通も巡行が終わり、自動車が行き来し始めました。
この辺りに座り込んでいた方々も、一斉に立ち上がりました。


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京都御所を出発した葵祭巡行は、正午前後に下鴨神社に到着します。
そして、午後2時ごろから再び巡行が始まり、
今度は下鴨本通から出て、上賀茂神社に向きます。
相当数の方々がこの辺で休憩した後そちらに向かいますが、
これで帰られる方も相当数いらっしゃいます。
今出川通に架かる賀茂大橋も、人であふれています。
自分も仕事があるので、これで帰ります。


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高野川を渡る「亀石」は、この鴨川沿いにも並んでいます。
賀茂大橋が人でいっぱいのせいか、
こちらを渡る方も相当数になります。


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ですから、鴨川を渡る「亀石」の方もこのような渋滞になります。
両方に向かう方々がいらっしゃるので、
その部分でつっかえてしまうようです。
まぁ、右側通行とか左側通行とか決まっていませんですし……


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高野川を渡る「亀石」は、さらに渋滞していました。
白人のカップルと中国人の若い女性が面白がって、
「亀石」の上で写真を撮られていました。
(自分は、それを遠くから撮っています)


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とは言え、午後0時半くらいになると人も少なくなりました。
自分も「亀石」の上を渡ります。
そこから見上げると、加茂大橋の東詰めに
京阪電鉄「出町柳」駅がある地下に向かう階段がありました。
では、そこから職場に向かいます。

今回は、ここまでです。

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第394回 城南宮 曲水の宴

[曲水の宴] ブログ村キーワード
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地下鉄烏丸線の終点「竹田」駅です。
「地下」鉄の駅なのに地上にあるのは、近鉄の駅でもあるからです。
今回は、ここから城南宮に向かいます。
撮影日は、2016年4月29日昭和の日の金曜日午後1時半。
午後4時から大阪でサッカー観戦の予定なので、急ぎます。


394-2.jpg
「竹田」駅のホームで、北を向きました。
左(西)側2番ホームに地下鉄が乗り入れ、
右(東)側1番ホームに近鉄が乗り入れています。
取りあえず階段を上り、「竹田」駅改札に向かいます。


394-3.jpg
改札を出たら西に向かい、階段を下りました。
この日(2016年4月29日)は時折太陽が見えるのに
なぜか雨が時々降っていました。
目の前に、市バスターミナルがあります。
ここは、京都市伏見区内の交通の要衝です。


394-4.jpg
「竹田」駅前の市バスターミナルから、西を向きました。
左(南)側に、名神高速道路の高架が並走します。
先ずは、ここを進んでいきます。


394-5.jpg
「竹田」駅前市バスターミナルから、西に約300m進みました。
ここで、阪神高速沿いに伸びる油小路と交差します。
このまま西に進むと、この道は右にカーブして北上し
最終的に大宮通になります。


394-6.jpg
油小路と交差する名神高速道路の高架を南にくぐり、
その場で西を向きました。
城南宮へは、こちら側の道を進みます。


394-7.jpg
油小路から、府道68号線を西南西に約400m進みました。
名神高速道路の高架の一部が
だんだん南に折れて低くなってきています。
この辺りが名神高速道路の「京都南インターチェンジ」です。


394-8.jpg
「京都南インターチェンジ」を出た自動車は、
その辺りで南北を貫く国道1号線に辿り着きます。
そして、その地点で府道68号線も南に折れ曲がり、
この国道1号線に吸収されます。


394-9.jpg
つまり府道68号線を進んでいくと、
いつの間にか国道1号線を歩いていくことになります。
名神高速道路「京都南インターチェンジ」の横から
国道1号線を南を向くと、城南宮の森林が見えます。


394-10.jpg
先ほどの地点から、国道1号線をさらに南に進みました。
新城南宮道を越えると、すぐに城南宮の入り口です。
「竹田」駅前から、約1200mの距離でした。


394-11.jpg
先ほどの地点から東を向きました。こちらが城南宮の一の鳥居です。
では、ここをくぐって城南宮の境内に進みます。
ここから城南宮の写真は、クリックすればすべて拡大されます。


394-12.jpg
城南宮の境内を東に向かっています。
この辺りはカエデ並木で秋には絶景になるのでしょうが、
この時点で曲水の宴開始時間の午後2時を回っています。
散策はそこそこに、先を急ぎます。


394-13.jpg
一の鳥居から城南宮境内を約100m東に進み、
鳥居の向こうに拝殿が見え、その奥が城南宮の本殿です。
この時間帯は晴れていましたが、傘を差している方がいますね。


394-14.jpg
……ただ時間がおしているので、本殿は後回しです。
拝殿の西側から、城南宮の庭園に入ります。
普段は有料ですが、この日(2016年4月29日)は無料でした。


394-15.jpg
城南宮の庭園は、本殿の北側を
西から東に回るように造られています。
「春」→「夏」→「秋」→」「冬」と
季節をテーマにした庭園を順に回るようにできていますが、
早く一番奥の池泉式庭園に向かわなければなりません。
「夏」をテーマにした見事な竹林は、また今度ゆっくり観ます。


394-16.jpg
向こうの看板の辺りで右(南)に進むと、この庭園を出られます。
ただそちらに進まずに奥に進むと、
「曲水の宴」が行われる池泉式庭園に出られます。


394-17.jpg
その池泉式庭園に進めるはずが、途中に人だかりができています。
どうも、これ以上進めません……


394-18.jpg
こちら全て「京水の宴」を見に来た方々です……
全員で、100人位でしょうか?
「曲水の宴」は、この人混みのさらに向こうで行われます。
ただ、ちょっと開始が遅れています。
おかげで「曲水の宴」に間に合いましたが、
これでは全く見えません……


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ただ、そうこうしているうちに本殿の方から行列がやって来ました。
午後2時15分ごろ、いよいよ「曲水の宴」が始まります。


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先頭は、笙や篳篥(ひちりき)・竜笛といった楽器を持つ方々です。
雅楽を演奏しながら、こちらに向かってこられます。


394-21.jpg
その後に、束帯姿の男性や十二単の女性が続きます。
こちらの方々が短歌を詠まれるようです。


394-22.jpg
行列の最後は、白装束の神職さんたちです。
行列は別の神職さんたちがかき分けた人混みの脇を通り抜け、
向こうの池泉式庭園に消えていきました。


394-23.jpg
まぁこの人混みですから雅楽の音色が聞こえてきても、
一体何が行われているのかが全く分かりません。

自分は、諦めきれずに人混みの最後尾で頭の上にカメラをかざして
位置や角度を変えて、いろいろ撮影に挑戦しました。
すると、面白いもので10分もすれば自分には見えなくても
だいたいの勘でまぁまぁの写真が撮れるようになりました!
紺白の垂れ幕の前に立たれた方々の演奏がもう終わります。
少し間をおいて、また演奏が始まると今度は白拍子が始まります。


394-24.jpg
白拍子は、藤棚の前の舞台の上で行われました。
その舞台はかなりこちら側に近く、肉眼で自分も確認できました。
白拍子といえば、平清盛の愛妾だった祇王仏御前とか
源義経に嫁いだ静御前が有名ですね。


394-25.jpg
白拍子はゆっくりと長く舞われていたので、結構写真が撮れました。
「曲水の宴」の手順は後鳥羽上皇がこの地で実際に行ったものを
再現したものです。
雅楽の演奏後に白拍子が入るのも、
後鳥羽上皇がこの白拍子というものを好きだったからでしょうね。


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白拍子が終わると、歌人の皆さんが所定の位置に就きました。
ここからでは分かりにくいですが、あちらには小川が流れていて
そこに約30㎝の鴛鴦(おしどり)型小舟を浮かべます。
小舟の上には盃が乗っていて、
短歌を詠み終えた方から順に盃のお酒が飲めます。


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ちょうど歌人のお一人が、小川から杯を取られています。
どうも全員が詠み終わって、盃が回るようにできているようです。
「曲水の宴」は平安時代から鎌倉時代にかけて、
貴族がよく行った遊びの一つです。
日本全国のあちこちで当時を再現したものが行われていますが、
城南宮のものは後鳥羽上皇が好んで行ったものを再現してます。


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歌人の皆さん全員が盃のお酒を飲まれたのを確認すると、
その短歌が書かれた短冊をお稚児さんが回収されます。


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回収された短冊をお稚児さんが、舞台の方に持っていきます。
こちらには、マイク片手に「曲水の宴」の実況解説を行っていた
白装束の神職さんの一人がその短冊を受け取られました。


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その神職さんは、短冊に短歌を全て読み上げられました。
どうも歌に優劣は付けられず、そのまま読み上げられました。
すると、他の神職さんが
同じ短歌をその場でメロディーを付けて歌われました。
(それが、和歌や短歌の元来の姿です)

短歌は、全部で10首ほど歌われました。
全て歌われるのに、20分以上かかっておられました。
途中で飽きて帰られる方々もいらして、
ここから撮影が急に楽になりました。
ただ、その分時間が掛かっています。
現在午後3時を回りました。
この後午後4時から始まる「J2関西ダービー」を観に、
大阪市の長居まで行くつもりですが、
もう前半の観戦は無理ですね。


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午後3時15分を回って、短歌を全て歌い終わられました。
すると、神職の方々が奥の方に去られていきました。


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神職の方々が立ち去られた次は、
束帯姿や十二単の歌人の皆さんが立ち去られました。


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この後は、「流し雛」に移行します。
このカウンターで300円ほど払えば、誰でも参加できるそうです。


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ただ、その「流し雛」に参加されない方はもう帰られます。
自分も、時間がないので同じ道を辿ります。


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先ほどの池泉式庭園の脇から、すぐに本殿前に出られます。
ここで、本殿にお参りします。


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本殿に背を向け、南を向きました。
では、この朱色の鳥居を抜けます。


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朱色の鳥居から、西に約200m進みました。
歌人の皆さんが、社務所に向かわれています。
参拝者の方々と、談笑されているようですね。
では、今度はここから城南宮を出ます。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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城南宮から、西を向いています。
ここから東に、城南宮道が伸びています。
次は、その城南宮道を進んでいきます。


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城南宮から、城南宮道を東に約600m進みました。
目の前に、近鉄の線路が見えます。
この踏切を渡らず、左(北)に向かいます。


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その踏切の前から、北に約400m進みました。
こちらは、「竹田」駅の南側の入り口です。
では、ここから大阪市の長居にある金鳥スタジアムを目指します。

今回は、ここまでです。

~次回から、新しい道を進んでいきます~

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第397回 葵祭の車争い

2016年5月15日日曜日は京都では一日快晴となったわけですが、
毎年5月15日に行われる葵祭に
毎年5月第3日曜日に行われるお祭りが加わり、
京都市内のあちこちで大小のお祭りが同時に行われました。

ですから、午前中に葵祭を見て午後は別の場所に向かいます。
(それでも、2ヶ所しか回れません)
先ずは、朝から京都御苑に向かいます。


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朝早くに起きて地下鉄に飛び乗り、
地下鉄烏丸線「丸太町」駅に着きました。
今回はこの横にある京都御苑に行き、
葵祭巡幸の出発の模様を取材します。
撮影日は、2016年5月15日日曜日午前10時。
朝から熱中症になりそうな日でした……


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地下鉄烏丸線「京都」駅付近からそうだったのですが、
午前9時からずっと時間が経っているのにこの人混みです。
しかも、その大半がこの「丸太町」駅で降ります。
……全員、目的は同じですね。


397-3.jpg
人混みは、コンコースに上がっても変わりません。
ここから改札口が見えません……


397-4.jpg
何とか改札口を出たのですが……地下道にこの行列です。
全く動かないので、最寄りの1番出口には向かえません。
そういう訳で、烏丸通西側歩道にある3番出口に向かいます。


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地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口から、南を向きました。
向こうに、「丸太町烏丸」交差点が見えます。
では、向こうの横断歩道から烏丸通を東に渡ります。


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横断歩道を渡り、「丸太町烏丸」交差点北東角で東に向いています。
人混みを嫌って遠回りしましたが、
結局ここでその1番出口からで来られた大勢の方々と混じります。


397-7.jpg
大勢の人混みの方々と一緒に、丸太町通を東に歩いています。
烏丸通から約100m東に、東洞院通の最北端がありました。
その向こうの信号が、間之町通の最北端です。
さらに東に、高倉通・堺町通と最北端が続きます。
ですから、この辺りが現在連載中の「高倉通編」の最終回地点です。


397-8.jpg
さらに東に進み、間之町通の最北端に来ました。
こちらが「間之口門」で、間之町通の由来となった場所です。
では、この「間之口門」から京都御苑内部に入っていきます。


397-9.jpg
間之口門から、京都御苑を北上しています。
この道は、約50m先の宗像神社で突き当たります。
(この辺りには、第201回ブログで一度訪れています)
ただ、ここに来られた方々は皆右(東)の方に折れていきます。


397-10.jpg
宗像神社の前から、京都御苑を東北東に進んでいます。
宗像神社の前から約100m先に、たくさんの人混みが見えます。


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その人混みに向かう途中で、南を向きました。
この繁みの向こうに大きな池があって、
その中央に厳島神社がいらっしゃいます。
「蚕ノ社」木嶋神社と並ぶ「京都3珍鳥居」がある神社です。
(詳細は、第201回ブログで


397-12.jpg
宗像神社の前から、京都御苑を東北東に約100m進みました。
ここから約500m先に、建礼門があります。
そこが京都御苑のメインストリートで、幅約50mの広い道です。
有料観覧席に就かないなら、この辺りで葵祭を見ることになります。
道の西側にテントが張ってあって、そこで露店が出ていました。
左(南)側が製茶メーカーの伊藤園で、
右(北)側が京都の老舗洋菓子店のマールブランシュです。
すでに気温が上がっていて、
伊藤園のペットボトルのお茶はもう売り切れていました。
(慌てて補充されていました)


397-13.jpg
露店からさらに東に行き、そこで北を向きました。
ここから建礼門が見えるはずですが……
この人垣では何も見えません.。


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そこから、南を向きました。
九条邸へと続く橋の上に、たくさんの方々が集まっておられます。
太鼓橋ですので、少しでもよく見えると思われたのでしょうね。

葵祭でいい場所を取ろうとあちこち奔走するお話が、
1,000年以上前から様々な書物に載っています。
その大半が笑い話の説話ですが、
「源氏物語」の「車争い」のように悲惨な話がもあります。
(光源氏の愛妾六条御息所の下人と正妻の葵の上の下人が
葵祭の場所取りからケンカになって
勝利した葵の上の下人が
六条御息所に暴言を吐きながら牛車を壊しました。
六条御息所はそのことを思い悩むうちに生霊になり、
葵の上に憑依して殺してしまいます)
まぁそこまで激しいことはありませんが、
今も昔も葵祭では良い場所を狙って押し合いへし合いしています。


397-15.jpg
取りあえず自分は人混みの後方から、
適当に手を挙げながら適当に写真を撮りました。
100枚以上写真は無駄になりますが、第394回ブログのように
たくさん撮ればそれなりにいいものも出てきます。

この時点で午前10時半ですが、まだ巡行は始まりません。
2騎だけこの辺りでうろうろしていました。
この写真以降、クリックすると拡大されます。


397-16.jpg
最大望遠で、建礼門を撮っています。
巡行の開始とともに門が開くと思っていたのですが、
どうもそういうことはないようです。


397-17.jpg
そうこうしているうちに、午前10時40分ごろ
建礼門がある北の方から、巡行の行列が始まりました。
先ずは2騎の束帯姿の男性が、こちらに来られました。

ちなみに行列の後ろから適当に手を挙げて撮っていますので、
これから暫く写真の下の方にいろいろな方の頭が写ります。


397-18.jpg
さらにその後ろから、1騎の束帯姿の男性が来られました。
この人混みですから、徒歩の方を撮るのは
かなり困難になってきました……


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ただ、あれこれ挙げた手の角度を変えて頑張ってみると、
何とかこちらの方を撮ることができました。
馬上の方が数騎通り過ぎると、
弓を携えた束帯姿の男性が来られました。


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その次は、岡持ちを持たれた方が通り過ぎます。
この間何人かが徒歩で通り過ぎましたが、
上手く撮れませんでした。


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その後から、また馬上の束帯姿の方が来られました。
馬上の方は背が高くなるので、だいぶ撮りやすいです。


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そして、こちらの牛車が現れました。
藤とツツジの造花がすだれになっていて、とてもきれいですね。


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その牛車を何人もの方が押しています。
よく見ると、先頭に牛がつながれていません。
多分、堺町御門の辺りで牛が繋がれるのでしょうね。


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こちらの馬は手綱を馬上の方ではなく、
徒歩の方に引かれています。
どちらの方も、頭上に葵の葉を飾られています。


397-25.jpg
ただ、こちらの馬には誰も乗っておられません。
乗り換え用の予備の馬なのでしょうか?


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そして、紅白の花を付けた笠がやって来ました。
花が揺れて綺麗なのも、昨年と同じですね。


397-27.jpg
また、馬に乗った束帯姿の男性が通り過ぎます。
この辺りの馬上の方は、従者を連れています。


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従者を従えた馬上の束帯姿の男性が、また通り過ぎます。
こちらの方々も、頭に葵の葉を差しています。


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その後に、ツツジの造花を差した笠が通り過ぎます。
黄色い花が、この日差しによく映えますね。


397-30.jpg
さらに、十二単姿の女性が通り過ぎます。
彼女らは皆、日傘を差した白装束の男性を従えています。


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そして、いよいよこちらの輿が登場です。
輿の上には、今年の斎王代が座っておられますね。


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斎王代の後は、馬上にいらっしゃる十二単の女性が通り過ぎました。
馬上でこの装束は晴れの日はいいのですが、雨の日は悲惨です。


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こちらも、馬上に十二単姿の女性ですね。
馬が白いので、よく目立ちます。


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さらに、紅白の花が付いた傘で日差しをよけている
十二単姿の女性が続きます。


397-35.jpg
最後に、また牛車がやって来ました。
こちらも牛ではなく、人が押しています。


397-36.jpg
厳密には牛車の後には、軽トラックが通り過ぎました。
よく見ると、牛が牛車の後ろから付いています。
葵祭の行列はこの後東側の堺町御門から丸太町通に出て、
下鴨神社に立ち寄ってさらに上賀茂神社に向かいます。

クリックすると写真が拡大できるのは、ここまでです。


397-37.jpg
葵祭の巡航行列を見ていた一から、西を向きました。
今まで一緒に観覧していた人たちが、一斉に動き出します。
このまま下鴨神社に向かわれる方も多いようですが、
そうでない方も多いようです。
(自分は、他のところに行きます)


397-38.jpg
先ほどの場所から、京都御苑を西南西に約100m進みました。
あちらに閑院宮邸の門が見えますね。


397-39.jpg
閑院宮邸の前から(宗像神社の前でもあります)、
京都御苑で南を向きました。
目の前に、間之口門があります。
ここから丸太町通に出て西に向かい、
「丸太町烏丸」交差点から地下に潜って、地下鉄に乗りました。
では、この日(2016年5月15日)の午後のお祭りに向かいます。

今回は、ここまでです。

~次回は、嵐山に向かいます~

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第398回 三船祭の舟遊び

398-1.jpg
葵祭巡行の始まり京都御苑最寄り駅地下鉄烏丸線「丸太町」駅から
「烏丸御池」駅で地下鉄東西線に乗り換え、
終点の「太秦天神川」駅から京福電車(嵐電)に再び乗り換えました。
こちらは、その終点「嵐山」駅です。
今回は、近くにある車折神社嵐山屯宮のお祭り三船祭を取材します。
撮影日は、2016年5月15日午後0時20分。
いろいろあって、ここで少しフラフラになりました……


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同じ場所で、反対(西)側を向きました。
ここは京福電車(嵐電)「嵐山」駅校内の駅ビルです。
1Fにテナントが入っていて、たくさんの方々がいらっしゃいます。


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京福電車(嵐電)「嵐山」駅を出て、長辻通を北に向きました。
目の前に、天龍寺の山門が見えます。
時期的にツツジが満開なのですが、(天龍寺に一番多い花です)
この日(2016年5月15日)は時間がありませんでしたので、
今回ブログでは天龍寺には寄っていません。
(天龍寺のツツジは、第44回ブログに詳しく載っています)


398-5.jpg
今度は京福電車(嵐電)「嵐山」駅前から、長辻通を南に向きました。
この辺りから約150m南にある渡月橋まで、
清水寺門前と双璧を為す「土産物屋街」を形成しています。


398-6.jpg
京福電車(嵐電)「嵐山」駅前から、長辻通を約150m南下しました。
ここで、三条通と交差する「渡月橋」交差点に出ます。


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「渡月橋」交差点で、三条通を南に渡りました。
次は、大堰川(桂川)に架かるこの渡月橋を南に渡ります。


398-8.jpg
渡月橋を南に渡っています。
大堰川(桂川)は約150mの川幅で、
そこから南に中ノ島(要するに川の中州)があります。
その中ノ島にある嵐山公園に、赤い傘の行列が待機しています。
今は、そちらに向かって歩いています。


398-9.jpg
渡月橋を南に歩きながら、西を向いています。
向こうに見える山が、「嵐山」です。
この橋は、西側の方が絶景ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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渡月橋をだいぶ歩きてきました。
もうそろそろ渡月橋南詰に到着です。


398-11.jpg
渡月橋を南に渡り、中ノ島にある嵐山公園に辿り着きました。
この中州の大半が嵐山公園で、
ここは東西に長い約400mほどの長さがあります。
嵐山公園にはベンチや桜並木があって飲食店もたくさんあります。


398-12.jpg
長辻通から、嵐山公園を南に見ています。
青い幟旗の後に、
赤い傘と平安時代の貴族の装束をした行列が並んでいます。
現在2016年5月15日午後0時半。
そろそろこちらの三船祭の巡行行列が、出発します。
ここから、行列の写真はクリックすると全て拡大されます。


398-13.jpg
そして、同日午後0時35分。
紙垂を持った車折神社の神職さんが先頭となり、
三船祭巡行行列が始まりました。


398-14.jpg
神職さんの後には、雅楽演奏者が並びます。
歩きながら、笙や竜笛などを演奏されています。

後で知ったのですが、こちらは嵯峨野嵐山ではなく
市比売神社で活動されている方々だそうです。
市比売神社は、京都市街地の東側にいらっしゃいます。
ずいぶん遠くの神社とのつながりがあるのですね。


398-15.jpg
雅楽奏者に続いて、こちらの輿が現れます。
前回ブログの葵祭なら斎王代と言ったところですが、このお祭りでは
車折神社に所縁のある清少納言に見立てられています。
そもそもこちらは、車折神社嵐山屯宮のお祭りですし……
(車折神社と清少納言の関係は第48回ブログ第49回ブログを参照)


398-16.jpg
その後に、三船祭保存会会長さんと今様のお稚児さんが続きます。
こちらは、後で踊られます。


398-17.jpg
最後に、白拍子と政治家・市や府の職員が歩いていきます。
皆さん、束帯などの平安時代の装束を着られています。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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三船祭の巡行行列は、このまま渡月橋を北に進んでいきます。
自分が進んできた道の反対ですね。


398-19.jpg
三船祭の巡行行列と一緒に、渡月橋を北に渡っています。
よく見ると交通規制などはなく、行列も歩道を進んでいます。
自分も、その後をついていっています。


398-20.jpg
渡月橋で少し立ち止まって、巡行行列をここから撮ります。
巡行行列は「渡月橋」交差点で左折し、三条通を西に進みます。


398-21.jpg
渡月橋の上から望遠で、三船祭巡行行列を撮っています。
三条通をどんどん西に進んでおられるのですが……
車折神社嵐山屯宮の前を通り過ぎていきます!
確かこのお祭りは、この神社の祭祀のはずなのですが……
この写真は、クリックすると拡大されます。


398-22.jpg
三船祭の巡行行列が、さらに三条通を西に進みます。
そのまま三条通最西端までこの行列が進みました。
この写真も、クリックすると拡大されます。
では、自分も三条通最西端に進みます。


398-23.jpg
自分も「渡月橋」交差点から三条通を西に進み、
嵐山吉兆の前で大堰川の土手側の道を進みました。
こちらに、船着き場があります。
ここから貸しボートに乗れるのですが、
この日(2016年5月15日)は、とても賑わっていました。


398-24.jpg
大堰川土手の道をさらに西へ進むと、
人混みで行き止まりになりました。
たくさんの方々がいらっしゃいますが、
前回ブログの葵祭に比べれば、まだ多くありません。
では、自分もこの人混みに混じります。


398-25.jpg
その人混みの中で、大堰川(南)側を向きました。
屋形船の船着き場に赤い絨毯が敷かれています。
屋形船もいろいろ「お化粧」をしています。
大堰川の川原には、車折神社の神職さんや
三船祭保存会の方々や「清少納言」役がいらっしゃいます。
現在2016年5月15日午後1時。
ここから約1時間かけて、船渡御前の神事を行いました。
車折神社の神主さんが祝詞を述べたり、
市会議員や役所の方々が挨拶をしたりと続いたのですが、
その辺は割愛しています。
これ以降、クリックすればすべての写真は拡大されます。


398-26.jpg
舟の方をアップにしました。御座船と龍頭船が、並んでいますね。
フレームの外には、鷁頭船もあります。
龍頭船には、雅楽奏者がもう乗っています。


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午後1時50分となり、神事も終わりに近づきました。
車折神社の神主さんが、紙垂を持って舟を浄められています。


398-28.jpg
龍頭船をアップにしています。
すると、先ほど出てきた貸しボートがこの周囲に集まりました。


398-29.jpg
次は、清酒の鏡割りです。
車折神社神主さんや保存会会長さんや市会議員さんたちが
木槌片手に酒樽を割ります。

今から15年前(2001年)に京都サンガがJ1に昇格したときにも
西京極陸上競技場で鏡割りを見ましたが、
その時は周囲の人にもお酒が振る舞われました。
今回は、どうでしょうか?


398-30.jpg
鏡割りが終わると、一斉に皆さんが船に乗り込みます。
すると、さらに貸しボートや屋形船が周囲から集まってきました。


398-31.jpg
最後に、「清宗納言」役の方が乗り込まれます。
長い十二単の裾を持つ方を二人従えておられますね。


398-32.jpg
そうこうして、「清少納言」役の方が御座船に乗り込まれました。
現在午後2時を回りました。
いよいよこちらの舟も、川原から大堰川の流れの中に進みます。


398-33.jpg
御座船の船頭さんが櫂を操作して、岸から離れています。
ようやくここから「舟遊び」が始まります。


398-34.jpg
御座船は、右(西)の方に向かいます。
三船祭の舟は、この辺りを反時計回りで進みます。


398-35.jpg
その時点で樽の中のお酒がプラスチックのコップに注がれて、
周囲の方々に振る舞われました。


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一緒に見ていた方々が多かったので、
自分の分までお酒は無いと思っていましたが、
お酒を求める方が意外と少なくて、自分の分まで回ってきました。
こういう時のお酒は甘いものが多いのですが、
今回の「神聖」はだいぶ辛かったですね。
ただ、これはこれでなかなか美味です。

船渡御全体を撮りたいので、
ここから渡月橋へと急ぎました。
ただ炎天下で小1時間立っていたままで、お酒も飲んでいます。
多少フラフラだったこともあり、歩道の段差に足をとられて
道端で転倒してしましました!
その時のねん挫で、今も左足首が痛いです……


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渡月橋の上から、最大望遠で撮っています。
鷁頭船が、大堰川南岸沿いを進んでいます。
舟の上で白拍子が演じられていて、
その周囲にたくさんの貸しボートが付いていっています。


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その後から、御座船と龍頭船が続きます。
こちらには、屋形船とさらに多くの貸しボートが付いています。


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御座船が向きを変え、大堰川を北に横断しています。
こうして見ると、大堰川南岸にたくさんの方々がいらっしゃいます。


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大堰川の流れの中にいらっしゃる鷁頭船の白拍子がよく見えます。
ただ、鷁頭船と渡月橋の間に、大きな堰があります。
この堰のために、三船祭の舟は渡月橋近くには来られません。


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今回ブログは、40枚以上の写真を貼ります。
御座船や龍頭船・鷁頭船が反時計回りで周遊している周囲を
大小の舟が行き来しています。
平安時代の舟とは違う型ですが、
今も昔も「舟遊び」はこういう感じなのでしょうね。


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その様子を拡大せずに撮りました。
この角度でこうやって撮ると、嵐山や岩田山が借景になります。
これが撮りたくて、渡月橋に移動してきました。
これが、今回ブログ一番のお気に入りの写真です。


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渡月橋から三条通を西に戻り、三船祭斎場付近から撮っています。
龍頭船が、だんだんこちらに近づいています。
雅楽に合わせて、今様のお稚児さんたちが踊っておられますね。


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龍頭船のお稚児さんをアップで撮りました。
確か藤原頼道も夏になると、
宇治殿(今の平等院)の池の上で「舟遊び」をしたそうです。
ですから、当時頼通が見たものこんな感じだったのでしょうね。


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今度は、御座船が通り過ぎました。
舟の上部に、扇が取り付けてあります。
大堰川のあちこちで、この扇を撒かれます。
それを追従する大小の舟の上の人が拾っていきます。
これが、三船祭のメインイベントです。


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その御座船が、岸に着きました。
ここで一般参賀者も、この御座船に乗れるようになります。
「おいくら、かかりますか?」
そうおっしゃった方に、保存会の方がこうおっしゃいました。
「いえいえ、タダですよ」
それで何人かの方々が、御座船に乗り込まれました。
(先頭には、「清少納言」役の方がまだ乗っていらっしゃいます)


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鷁頭船の方も近づいてきました。
こちらには白拍子の踊り子さんが、数人乗っていらっしゃいます。
こちらは、歌いながら踊っていらっしゃいます。


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三船祭の舟遊びは、午後2時から始まって午後3時に終わりました。
この時間からではどのお祭りも間に合いませんが、
実はこの後もう1カ所取材をしたのですが、
そこへは電車を何台も乗り継いで、次回とします。

今回はここまでです……とその前に、ここにお参りします。
「渡月橋」交差点横にいらっしゃる車折神社嵐山屯宮ですね。
三船祭はここの祭祀なのですが、
この扉も閉まったまま開きませんでした。

~次回は、夕方から別のところを取材します~

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第412回 下鴨神社 御手洗祭

[御手洗祭] ブログ村キーワード

7月23日と言えば祇園祭後祭宵山なのですが、
2016年7月23日土曜日はそちらに行く前に
下鴨神社にも寄らせていただきました。
この日はちょうど土用の入りの日で、
この日前後にこの下鴨神社では夏越のお祭りが営まれました。


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また七条通から、自転車で川端通まで出て北上しました。
叡山電鉄「出町柳」駅前で出町通を西に折れ、
高野川を渡り賀茂川を渡る直前で下鴨西通を北北西に進みました。
「葵橋東詰」交差点で下鴨本通に道をとり、約200m進みました。
こちらは、下鴨本通が御蔭通と交差している地点です。
今回はここから糺の森経由で下鴨神社に入り、
御手洗祭に参加していきます。
今回ブログは全てクリックすると写真が拡大されます。
撮影日は、2016年7月23日土曜日土用の入りの日の午前11時半。
猛暑の快晴で、熱中症との戦いの一日でした。


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下鴨本通から、御蔭通を東に向いています。
御蔭通は下鴨本通が最西端で、
ここから約2㎞先の志賀街道で突き当たります。
(志賀街道は、比叡山を越えて琵琶湖に至る道です)


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下鴨本通より東、御蔭通より北に糺の森が広がります。
ただ、その下鴨本通から糺の森に入る場所に赤い鳥居が見えます。
ここから、河合神社に入れます。


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河合神社の赤い鳥居に近づいてきました。
周囲に、いつも以上に警備員の方々がいらっしゃいます。
祭事のため、いつも以上に来られる方々が多いからだそうです。
(警備員の方々に、直接尋ねました)


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赤い鳥居をくぐると、すぐに河合神社の手水舎があります。
ちょっと洒落た形をしています。


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手水舎の奥に、重要文化財「三井社」がいらっしゃいます。
文字通り3柱の祠が並んでいます。
御祭神は、左から玉依姫、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)
伊賀古夜比売(いがこやひめ)です。
玉依姫とその両親ですね。
ちなみに、賀茂建角身命は下鴨神社の御祭神です。


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三井社に背を向け、北に向きました。
では、ここから河合神社に入って行きます。


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こちらは、拝殿越しの国宝河合神社本殿です。
御祭神は、神武天皇(日本の初代天皇)の母玉依姫です。
下鴨神社同様に、相当古くからこちらにいらっしゃいます。
(弥生時代にこの神社の原形が存在したという説もあります)
鴨長明が、一時期ここの神主をしていました。
玉依姫が「神道で最も美しい女神」とされており、
そのためそういう関連グッズが社務所で売られています。
(まぁ「木之花開耶比売のほうが美しい」とか、
どの女神がいちばん美しいかは諸説いろいろです)


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河合神社から出て、東を向きました。
次はここを出て、糺の森に入って行きます。


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河合神社の東側から、糺の森を見ています。
糺の森の西側に駐車場があって、
そちらの交通整理に警備員の方々がいらっしゃいます。
では、さらに東に進み「瀬見の小川」に架かる橋を渡ります。


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「瀬見の小川」を渡ると、すぐにこの道は突き当たります。
ここは、糺の森のほぼ最南端です。


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同じ位置で、北を向きました。
では、ここから糺の森を抜けて下鴨神社に向かいます。


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先程の位置から、約300m北に進みました。
だんだんと下鴨神社の赤い鳥居が見えてきました。
糺の森は結構楽しく散策できたのですが、
写真の枚数の関係で割愛しています。
糺の森の様子は、こちらをご覧ください。
2014年の8月に糺の森を散策した様子です。


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赤い鳥居をくぐると、こちらのテントが並んでいます。
こちらで、周辺の商店舗の蚤の市が行われていました。
いちばん手前の「加茂みたらし茶屋」のみたらし団子と、
奥の酒造メーカー「丹山」がよく売れていました。


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その北側に、下鴨神社の楼門があります。
では、ここをくぐり下鴨神社境内に入って行きます。


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楼門をくぐり、下鴨神社境内に入ってきました。
御手洗祭のため、規制線が張ってあります。
では、指示された順路に従ってここを進んでいきます。


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本殿近くの方にテントが張ってあり、工事中のようです。
現在、本殿の周辺が修復中です。


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とは言え、先に本殿の参拝を済ませます。
ただ現在(2016年7月23日)「夏の京の旅」の企画のため、
中の撮影が一切不可になっています。


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下鴨神社境内の最東端に来ました。
ここで受付をして、祈祷とろうそく代300円を支払います。
中のテントで靴の靴下を脱ぎ、ズボンをめくり上げます。
ろうそくを受付でもらって、先に進みます。


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テントを出ると、御手洗川に架かる太鼓橋の袂に進みます。
(尾形光琳の「洛中紅白梅図屏風」が描かれた場所です)
ここから、御手洗川の中に入って行きます。
(太鼓橋が、まるでトンネルのようです)


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太鼓橋をくぐると、そのまま御手洗川の中を歩いていきます。
御手洗川(みたらしがわ)は、そこそこ水深があります。
限界までズボンをめくり上げましたが、膝より上に水面が来ます。
まぁこの猛暑ですから、ここから出たらすぐに乾くでしょう。


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御手洗川の太鼓橋の上流(東)側に、小さな祠があります。
その中に、大きなろうそくがあります。
こちらが、各自のろうそくの種火になります。


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分かりにくいですが、ろうそくに火が付いています。
これを川の向かい岸に持っていきます。
……のはずが、途中で火が消えてしまいます。
何度か繰り返しましたが、結局ダメでした……


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最終的に、ろうそくはこちらに並べます。
自分のろうそくも火が付いていますが、
それは隣の方のろうそくから火を拝借しました。
(たぶん、自分のものは無効ですね)
こうすることで、1年の無病息災することを祈願します。


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御手洗川の斎場を大写ししました。
御手洗川の上流(東)に、小さな社がいらっしゃいます。
こちらが御手洗社で、御手洗川水源の泉をご神体としています。
その御手洗の泉の上に、御手洗社が建っています。
この日(2016年7月23日)は、梅雨明け直後の猛暑日でした。
熱中症が心配なくらいでしたが、
御手洗川の水はとても冷たく体温を下げるのに役立ちました。
親子連れが多いこともあって、
神事というよりもまるで水遊びのようでした。


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御手洗川には、約15分浸かっていました。
神事も一通り済ませたので、ここから上がります。


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上がった先にもテントがあって、そこで靴を履きました。
ただ足がびしょびしょなので、靴下は30分ほど履きませんでした。
その奥で、足形のお札が売られていました。


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そして、ここで水が参拝者全員に配られていました。
御手洗の泉から湧き出た天然水ですね。盃1杯分を頂きます。


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その脇に、こちらが掲示されていました。
この水が、売られていました。
そう言えば、清水寺でも音羽の滝の水が売られていました。


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では、ここから御手洗社の方に向かいます。
ただ、この人数ではなかなか進めません。


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御手洗社の脇に、こちらがありました。
先ほど出てきた足形のお札は、ここで水に浸けます。


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こちらが、御手洗社です。
多くの方々が、お参りされています。


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御手洗社の前を通り抜け、御手洗社の南側に来ました。
では、こちらからいったん糺の森に入って
また下鴨神社楼門から再び境内に戻ります。


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また、下鴨神社本殿がいらっしゃる中門前に戻って来られました。
実は、ここから鞍馬口通が始まります。
では、その鞍馬口通を西に進みます。


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先程の場所から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
この赤い鳥居をくぐると、下鴨神社境内を出ます。


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その鳥居から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
向こうで、糺の森から京都市街地に入ります。


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京都市街地に入ると、すぐに鞍馬口通は下鴨本通と交差します。
では、ここから次の目的地役行者町に向かいます。
ただ、現在2016年7月23日午後1時です。
河合神社前に停めた自転車を取りに行く時間を考慮すると、
急がないと午後2時に役行者町に間に合いません。
とにかく急ぎます。

今回は、ここまでです。

~次回は、役行者山の護摩焚きを取材します~

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第479回 堺町御門前の葵祭巡幸 前編

[葵祭り] ブログ村キーワード
前回ブログまでかけて上立売通を進んできましたが、
毎年5月15日は葵祭巡幸の日です。
そこでいったん「上立売通」編は休載して、
2017年も葵祭巡幸の様子を掲載します。
また今回は写真が多く撮れましたので、2回にわたり連載します。
なお、今回の写真はクリックすると全て拡大されます。


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電車を乗り継ぎ地下鉄東西線「京都市役所前」駅で降り、
地下街ZEST経由で京都市役所の玄関前で地上に出ました。
京都市役所前から寺町通を約500m北上して、
そこから竹屋町通を西に約300m進みました。
京都市立御所南小学校と京都地方裁判所との間の
葉桜並木を通り過ぎ、柳馬場通で北を向きました。
右(東)側に、京都地裁の枝垂れ葉桜並木が続いていますね。
今回は、この少し先の今出川通で葵祭巡幸を眺めます。
撮影日は、2017年5月15日月曜日午前10時。
自宅を出たときは曇っていましたが、だんだん晴れてきました。


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竹屋町通から約100m北上すると、
柳馬場通は丸太町通(京都御苑)で突き当たります。
「丸太町柳馬場」交差点で、丸太町通を西に向いています。
この辺りの丸太町通が、規制線により南北に分かれています。
左(南)側は通行用なのですが、右(北)側は葵祭巡幸の見物客用です。
葵祭巡幸見物は京都御苑鴨川デルタ下鴨神社前が有名ですが、
巡行路であればどこでも見物することができます。
その中でも丸太町通沿いは、比較的多くの方々が見物されます。


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柳馬場通から、丸太町通を西に約50m進みました。
堺町通との交差点近くで、こちらのツツジが真っ盛りでした。
では、こちらのツツジの左(西)側に立ちます。


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その位置から、北を向いています。
こちらが、京都御苑堺町御門ですね。
1864年の禁門の変直後の大火どんどん焼けの火元です。
(おかげで祇園祭の山鉾の大半が焼失し、
大船鉾に至っては復興に約150年掛かりました)
そして、葵祭巡幸の行列はここから京都市街地に出ます。
ですから、この御門を背景にすれば絶景になるのではと思い、
2017年はここに陣取ることにしました。


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先程と同じ場所で、西に向いています。
そちらの方では巡行行列が見えないので、見物客はいません。
この辺りの丸太町通沿いは、歩道にツツジが並びます。
約50m先の高倉通も、ここで突き当たります。
(第434回ブログを参照)


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午前10時20分になり、再び堺町御門前を撮りました。
先程は青い先導車だけでしたが、
それ以外に京都府警のパトカーと市役所の公用車が並びます。


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葵祭巡幸の行列が京都御所の建礼門を出るのが午前10時半の予定で、
建礼門前からこの堺御門までが、徒歩で5分少々です。
ところが、午前10時半段階で丸太町通の交通規制はまだでした。
「予定通り」ちょっと遅れていますね。
それが午前10時35分になると、京都府警の警官の皆さんが
丸太町通の車道上にコーンを立てていかれました。


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堺町御門より西側の丸太町通を写しました。
この辺りに、葵祭の巡行行列は通りませんので、
自分がいる堺町通以西に見物人は誰もいません。
赤いコーンより向こう(北)側の烏丸通以東が、通行止めです。
そして、青いコーンには「中央線」と書かれています。
つまり、葵祭の巡行中は丸太町通などの車道が2車線になります。
お祭りの巡行中も、幹線道路を通行止めにしない工夫でしょうね。
(祇園祭の巡行中は、河原町通も御池通も完全に封鎖されます)


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午前10時42分ごろの堺町御門前です。
先程まで門前に並んでいたパトカーも寺町通方面に移動し、
先導の騎馬2騎も堺町御門の向こうに待機しています。
いよいよ巡行がこちらを通るようです。
10分未満の遅れは、こういう祭事では「時間通り」の範疇です。
ところが、この時点で堺町御門を横切る通行人がいらっしゃいます。
その方のお仕事の都合とかもあるでしょうが、
結構ギリギリまで通行が認められていました。


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「葵祭巡幸が、この辺りを通過します」
そういうことをアナウンスしながら、青い先導車が出発しました。
すると、束帯姿の方が騎乗する2騎の騎馬がその後に続きます。
ただ今5月15日午前10時45分。
2017年の葵祭巡幸の行列が、いよいよ堺町御門を通り過ぎます。


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束帯姿の騎馬の後を市役所の公用車が続きます。
その後に赤橙の束帯姿の騎馬が続き、
いよいよ本格的に葵祭巡幸の行列が始まります。


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さらにその後から、騎馬が数騎続きます。
騎馬の方々は堺町御門を過ぎても南進し、
丸太町通の中央分離帯の手前で直角に左折されます。
巡行行列は、そのまま右(東)の方に進んでいかれます。


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騎馬の間を白装束の方々が歩いていかれます。
こちらの方々は馬の轡を握っておられたり、
様々なものをも運ばれたり、いろいろな仕事をされています。


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騎馬の後は、徒歩の束帯姿の方々が続きます。
白装束の方々が、堺町通以東に規制線を張られました。
ただ、京都府警の方々がすでに規制されているので
改めてこちらを張るのは無駄のように思います。


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規制線は、白装束の方々3人が張られています。
徒歩姿の束帯姿と騎馬が、交互に通り過ぎて行かれますね。


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徒歩の束帯姿の方が、竹製の長い棒きれを持たれています。
初めは弓と思っていたのですが、よく見ると形状が違います。


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その方が、丸太町通まで出てこられて東へ進まれています。
こうして見ると釣り竿のようですが、う~ん何でしょうね。


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続いて白装束の方々が運ばれておられるのは、槍ですね。
その脇に、座椅子を運ばれておられる方もいらっしゃいます。
今年(2017年)は、人が邪魔にならない場所で撮影ができました。
(ほどんど見えなかった第397回ブログ参照)
そのため、巡行行列のかなり細かい部分まで写せました。
それが、2017年度はブログが前後編に分かれた理由です。


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さらに徒歩の束帯姿の方々が続きます。
今度の方も、変わった棒きれを持たれています。


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その方をアップで撮りました。
七支刀に形状が似ていますが、おそらく武器を模した神具でしょう。


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その後を槍や岡持ちを持たれた徒歩の白装束の方々が、
続いていかれますね。


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槍や岡持ちを持って歩かれる白装束の方々の後に、
また束帯姿の騎馬が続きます。


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ただよく見ると、徒歩の束帯姿の方々が
白装束と騎馬の間にいらっしゃいます。
こちらの方々が持たれているのは、楽器でしょうか?


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騎馬の後に、徒歩の方々が続きます。
ここで、大きな傘が見えてきました。


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その傘をアップにしました。
平安時代に貴族の女性が歩くとき、従者が後ろから差したものです。
その脇には、お稚児さんと虎の皮を持たれた方が並んでおられます。


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その後から、白装束の方々が神具を持って続きます。
手前の葛籠は、形状から……ご神体でしょうか?


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その後から、また葛籠を持たれた白装束の方々が続きます。
葛籠には、注連縄(しめなわ)と葵の葉が付いています。


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さらに葛籠を持たれた方々が続きます。
その後を神具を持たれた白装束の方々が続きます。
下鴨神社の2柱のご祭神と(賀茂建角身命と玉依姫)
上賀茂神社のご祭神加茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)で
葛籠とご祭神の数が一致しますね。


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その後を束帯姿の騎馬が続きます。
こちらの馬は誰も乗られていませんが、結構荒れています。
大きく体を揺すったり大きく鳴いたりしています。
人が多いので、興奮しているようですね。


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その後を徒歩の束帯姿の方々やお稚児さんが続きます。
こちらの束帯姿の方は、弓を持たれています。
多分検非違使なのでしょうね。


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そして、その後から牛と牛車が現れました。
庇に付けた藤の造花が、煌びやかですね。
「(巡行行列が)男ばっかりで、楽しくないぞ」
という言葉を吐かれていた自分と同年代の男性見物人も、
この時ばかりは息を呑まれていました。


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……ところがその時ちょうど市バスの乗降に時間がかかり、
(この西側に、「裁判所前」バス停があります)
丸太町通は結構長い渋滞になりました。
……まぁ別に京都ハンナリーズは悪くないのですが、
たまたま牛車の前にこの自動車が塞ぐ形になったので、
見物人からハンナリーズの車両がブーイングを受けていました。


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約2分して市バスが出発すると、渋滞は解消されました。
ただ、そうなると牛車はもう堺町御門を通り過ぎています。
取りあえず、この位置から牛車をアップで撮りました。


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堺町御門では、槍や岡持ちを持った白装束の方々や
束帯姿の騎馬が続きます。


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ところが、巡行行列の方々が急に立ち止まられました。
どうやら、巡行行列も渋滞になったようです。


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……ならばと、東を向いてみると
やはりまだ牛車が見える範囲にいらっしゃいました。
そこで、またこちらを撮りました。


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渋滞は、約5分で解消されました。
すると、この辺りで白装束の方々が規制線を撤収され始めました。
巡行行列は、まだ半分も終わていないのですが……


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もちろん、巡行行列はまだまだ続きます。
こちらの馬は少し興奮していて、
騎乗の束帯姿の方も一苦労されていました。
「馬が興奮します。カメラのフラッシュは遠慮してください」
京都府警の警官が、何度かそう叫ばれておられました。


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その後にこちらの騎馬が続きます。
束帯の模様が深い紫色で、馬も額に金細工を付けています。
一際豪奢なお姿ですね。


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その後に、徒歩の束帯姿の方々がしばらく続きます。
これで、巡行行列の4割が通り過ぎました。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回は葵祭巡幸の続きを掲載します~

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第480回 堺町御門前の葵祭巡幸 後編

[葵祭り] ブログ村キーワード
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京都地方裁判所脇の「丸太町柳馬場」交差点から約50m西の
京都御苑堺町御門の前で葵祭の巡行行列を見ています。
前回ブログまでで、葵祭の巡行行列の約4割が通り過ぎました。
今回は、残りの巡行行列の様子を掲載します。
撮影日は、2017年5月15日午前11時15分。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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黄浅緑色と浅葱色の束帯姿の方々が、
交互に通り過ぎて行かれます。
黄浅緑色の束帯姿の方が持っておられるのは、ヒョウの毛皮ですね。


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お稚児さんの後に、浅緋色の束帯姿の方が続きます。
前回ブログでも書きましたが、ここまで巡行は全員男性ですね。


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浅緋色の束帯の方が、また毛皮を持って登場です。
その模様から、シカでしょうか?
その後から、また大きな傘が現れました。
こちらの上部には、ツツジの造花があしらわれています。


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その後は槍や岡持ちを持った白装束の方々が続き、
その後に騎馬が続きます。


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そして、その後をまた白装束の方々が通り過ぎます。
やはり、槍や岡持ちを持たれていますね。


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さらにその後を、束帯姿の方を騎乗させた白馬が通り過ぎます。
……と言いたいところですが、
この馬だけ丸太町通を西に向かおうとしています。


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……と言いますか、白馬がむずがって荒れています。
御者がさらに一人加わり轡を引きますが、
言うことを全然聞きません。
また、京都府警からのアナウンスが聞こえてきました。
「カメラのフラッシュを焚かないでください。
馬が興奮してしまいます」


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何とか白馬が寺町通方面に通り過ぎた後、
白装束の方々や騎乗の束帯姿の方も通り過ぎて行かれます。


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さらにその後を黄浅緑色の束帯姿の方が通り過ぎます。
手に持たれているのは……シカの毛皮ですね。


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そして、またまた大きな傘が登場です。
この黄色は……山吹の造花ですね。
そう言えば、松尾神社ではまだ山吹が咲いているのでしょうか?


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ここで、葵祭の巡行行列がいったん途切れます。
これで、半分が終わりました。


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葵祭の巡行行列が途切れていたのは、約5分です。
ここから、いよいよ巡行行列の後半ですね。


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後半の最初に、十二単姿の女房が花傘を伴い現れました。
前半と打って変わって、後半の列は女性が中心になります。


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また十二単姿の女房が、通り過ぎて行かれます。
そう言えば、平安時代の貴族は傘を持つ従者をよく伴いましたが、
その傘にもこのように花が添えられていたのでしょうか?
それとも、この花は普段と違う「お祭り仕様」なのでしょうか?
ちょっと、気になります。


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十二単姿の女房は、まだまだ続かれます。
ただ、よく見ると女房の間に束帯姿の方がいらっしゃいます。


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その直後に、こちらの輿が現れました。
葵祭巡幸のメイン斎王代の登場です。


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斎王代をアップで撮りました。
輿をも担がれている方々の烏帽子に葵の葉が付いていますね。


480-19.jpg
斎王代の輿が、寺町通方面に去っていきます。
よく見ると、こちらの輿は担がれているのではなく
輿の下に車が付いているので「押して」おられるようですね。


480-20.jpg
さらにその後にも、女房が続きます。
こちらは、騎乗されておられます。


480-21.jpg
騎乗姿の女房をアップで撮りました。
確か2014年は大雨で十二単が全部だめになって、
2015年に全て新調したと聞きました。


480-22.jpg
そして、槍や岡持ちを持った白装束の方々や
騎乗姿の女房が交互に通り過ぎて行かれました。


480-23.jpg
さらに騎乗姿の女房が通り過ぎて行かれた後、
ちょっと間が空いて誰も通られない瞬間がありました。


480-24.jpg
暫くして、槍や岡持ちを持った白装束の方々が
堺町御門の前を通り過ぎて行かれました。
その後、また少し間が空きます。


480-25.jpg
だんだん行列の間隔が空いて来ているのは、
この行列が終わりに近づいているからです。
ここで花傘を伴い、十二単姿の方が現れました。
その後の女房は傘を差されておられないので、
午後からは(下鴨神社~上賀茂神社の巡行)相当暑かったでしょうね。


480-26.jpg
そして、その後を白装束の方が通り過ぎて行かれます。
……のですが、こちらはキャリーバッグを曳かれています。
時代考証が、グダグダですね、
こちらには、ビニールの雨傘が入っているようです。
突然雨が降ったら、こちらを差されるのでしょうね。


480-27.jpg
さらにその後を、花傘を伴い十二単姿の方が続かれます。
その後の女房は、こちらの方のお伴なのでしょうね。


480-28.jpg
その女房の後は……白拍子でしょうか?
舞踊を舞われたり、歌われたりする方々の衣装ですね。


480-29.jpg
短冊を手にされている方もいらっしゃいますが、
その後に続かれる臙脂色の束帯姿の方々の大半は、
太鼓や笙などの楽器を持たれています。


480-30.jpg
臙脂色の束帯姿の方々の最後尾は、こちらの大太鼓です。
これらの楽器を合わせると、雅楽を演奏できますね。


480-31.jpg
さらにその後から、牛車が登場しました。
こちらも前回ブログ同様に、庇を藤の造花で飾ってありますね。


480-32.jpg
その牛車をアップで撮りました。
今度は通過車両に邪魔されずに、確実に写せました。
(何のことだか分からない方は、前回ブログ参照)


480-33.jpg
牛車の後を別の牛が続きます。
こちらは、途中で交代するのでしょうね。


480-34.jpg
そして、その後を軽トラックと小型の消防車が続きます。
こちらが、葵祭巡行行列の最後尾です。


480-35.jpg
今まで立っていた「丸太町堺町」交差点南西角から、
丸太町通を東に向いています。
先程の牛車は、柳馬場通から寺町通へと向かっています。
葵祭の巡行行列は寺町通を東に通り過ぎた後河原町通で北上し、
今出川通より1本北の出町通で東に曲がります。
出町橋で鴨川を渡り、(第312回ブログ参照)
下鴨東通からまた北上して糺の森を抜けて下鴨神社に至ります。


480-36.jpg
巡行行列が去った後の京都御苑堺町御門です。
だんだんとこちらから出てこられる方々で、
丸太町通がいっぱいになってきました。


480-37.jpg
先程の写真から、約1分後です。
堺町御門から出てこられる方々が多くて、
丸太町通の車道にまで溢れてきています。
前回ブログの追記にも書きましたが、
この日(毎年5月15日)はなるべく堺町御門よりも
西側の間之口門か東側の富小路口のどちらかを利用すべきです。


480-38.jpg
こちら側の丸太町通南側歩道も、だいぶ三々五々散り始めています。
では、自分も地下鉄「京都市役所前」駅目指して歩いていきます。

これで、2017年の葵祭巡行行列の取材を終えます。

~次回は、また上立売通に戻ります~

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「松原通東から西」
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京都盆地を輪切りにして、
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「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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