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第354回 慧光寺の大銀杏~千本通南から北~その31

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浄土宗浄福寺赤門の前から、浄福寺通を北に向きました。
左(東)に浄福寺末社の御法大権現への入り口が
右(西)に日蓮宗慧光寺の山門が見えます。
今回は慧光寺に立ち寄った後、
智恵光院経由で「一条千本」交差点に戻ります。
撮影日は、2015年11月19日木曜日午後4時。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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浄福寺の末社「御法大権現」の入り口から、また中に入りました。
「御法大権現」の本殿は、前回ブログで参拝しましたので、
今回はその脇にいらしたこちらの祠にお参りします。
こちらには、弁財天がいらっしゃいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「御法大権現」の入り口から、浄福寺通を見ています。
では、ここから外に出ます。


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「御法大権現」の入り口を出て、東を向いています。
向かい側に、日蓮宗慧光寺の山門があります。
この寺院の写真は、全てクリックすると拡大されます。


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慧光寺の山門脇にお堂があって、そこに桜の木があります。
この辺りは、きれいな桜が本当にたくさんありますね。



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山門から東を向いて、日蓮宗慧光寺境内を眺めています。
本堂はこの突き当りを左(北)にあって、
突き当りには末社の七面宮がいらっしゃいます。
第171回ブログに出てきた宝塔寺山頂上にもいらっしゃいました。
日蓮宗寺院に、よくいらっしゃいますね。
そして、右(南)側には大銀杏が立っています。
ちょうどこの時期が、一番の見ごろですね。


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大銀杏の向かい(北)側に、日蓮宗智照山慧光寺本堂です。
ご本尊は、三方尊です。
こちらは、16世紀後半に野本輝久の菩提寺として建てられました。
野本輝久は室町幕府13代将軍足利義輝の家臣でしたが、
松永久秀が足利義輝を暗殺した際主君と共に討ち死にしました。
その後、野本輝久の正室伊佐がこの寺院を建てました。

この寺院の大銀杏は昔から有名で、
江戸時代の京都観光案内本にも掲載されています。


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慧光寺境内の七面宮前から、西を向いています。
では、ここから向こうの山門をくぐり慧光寺を出ます。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


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日蓮宗慧光寺の前から、浄福寺通を北を向いています。
右(東)の土塀は、慧光寺のものです。
では、ここを北上していきます。


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慧光寺の前から、浄福寺通を北に約50m進みました。
この辺りは、京町屋が軒を並べています。
左(西)側の町屋では、屋根の葺き替えが行われていました。
こちらで、笹屋町通と交差します。


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浄福寺通から、笹屋町通を東に向いています。
この辺りも、京町屋が並んでいますね。
では、ここから東に進んでいきます。


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浄福寺通から、笹屋町通を東に進んでいます。
こちらのような京町屋が、この辺りに点在しています。
ちなみに地面が斜めになっていますが、
それはここが緩い坂道だからです。
では、お地蔵さんにお参りしてから先を進みます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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浄福寺通から、笹屋町通を東に約50m進みました。
智恵光院通の手前に左(北)に小さな寺院が、
右(南)に大きな児童公園があります。



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こちらが、その小さな寺院浄土真宗本願寺派長圓寺です。
こちらの詳しい沿革は、見つけられませんでした。
ただ、こちらの過去帳には新撰組隊士島田魁が載っています。


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そして、こちらが南側の「橘児童公園」です。
遊具はほとんどないのですが、
その分面積が広くボール遊びには最適です。
時間帯の関係で、小中学生がたくさん遊んでいました。


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智恵光院通から、笹屋町通を東に向いています。
この笹屋町通は、約150m先の大宮通で突き当たります。


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笹屋町通から、智恵光院通を南に向いています。
智恵光院通はちょうど道路工事中で1車線になっていて、
アスファルトの貼り替えをされていました。
右(西)側の「橘児童公園」の入り口には
たくさんの自転車が停まっていますが、それを見るだけで
如何にたくさんの小中学生がここにいるか分かります。


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事実上駐輪場になっていた「橘児童公園」入り口付近に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにもお参りして、先を進みます。


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さらに智恵光院通を南に進んでいます。
「橘児童公園」の南側は
ビルなどの建物が並んでいるように見えますが、
目の前のブロック塀の向こうに
大きな寺院に向かって伸びる参道があります。


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智恵光院通から、こちらの寺院を見ています。
こちらは、浄土宗智恵光院平等寺です。
智恵光院通の由来となった寺院です。
鎌倉時代後期の1294年鷹司兼平が建立しました。
たびたびの焼失の後、江戸時代末期にこちらに移転してきました。
ご本尊の阿弥陀如来像は快慶作と伝えられ、
小野篁作と伝えられている六臂地蔵尊像もいらっしゃいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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智恵光院の鉄門扉の脇に、こちらの看板がありました。
こちらは単に非公開というだけでなく、
観光による参拝を拒絶しています。
実は意外に京都ではそういう寺院が多くあります。
(二尊院の北隣にある日蓮宗久遠寺などもそうですね)


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智恵光院の前で、智恵光院通を南に向きました。
もう目の前に、一条通が見えますね。


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一条通から、智恵光院通を南に向いています。
約700m先に第345回ブログに出てきた山中油店があります。
その店から南にさらに約200m進むと、
丸太町通で智恵光院通は突き当たります。


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智恵光院通から、一条通を東に向いています。
ここから東に約400m進むと晴明神社と一条戻り橋があって、
さらに600mほど進むと第196回ブログに出てきた京都御苑の乾門や
和菓子屋さんの虎屋がある烏丸通で突き当たります。


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今度は、智恵光院通から一条通を西に向きました。
では、ここから千本通に向かって進みます。


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智恵光院通から、一条通を西に進んでいます。
住宅地の一角に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
千本通が広くなった三条通以北では
お地蔵さんがあまりいらっしゃいませんでしたが、
今回ブログでは何体かに出会っています。
ここよりずっと北の鞍馬口通にはたくさんいらっしゃるのですが……


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そのお地蔵さんの前で、一条通を西に向いています。
この道から左(南)に、裏門通が伸びています。
この道は、約600m先の松林寺で突き当ります。
ところで、この「裏門」って何を指すのでしょうか?


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「一条裏門」の辻に、こちらの表札がありました。
千本通周辺には、これらの看板が特に多いですね。


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裏門通より西は、一条通沿いにまた京町屋が並びます。
裏門通より約50m西に、浄福寺通との辻があります。


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一条通から、浄福寺通を北に向いています。
ここから約100m先に、浄土宗浄福寺赤門があります。
つまり、今回ブログ最初の地点ですね。


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浄福寺通から、一条通を西に向いています。
だんだん京町屋の密度が濃くなってきました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その建ち並ぶ京町屋の一角に、こちらの店がありました。
では、この「カフェ1001」に立ち寄ります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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お店の方に許可をもらって、店内を撮影しています。
こちらは、洛中に増えつつある「京町屋カフェ」です。
お店の手前が土間で、奥が座敷です。
さらに奥には、坪庭も見えますね。
(典型的な京町屋です)
他のお客さんがいらっしゃらないのをいいことに、
座敷を独り占めにして撮影しています。
床の間には1980年前後に出版されたマンガが多数並んでいました。
よく調べると、宮崎駿氏のマンガシュナの旅がありました!
この写真も、クリックすると拡大されます。


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ここの紅茶はストレートとミルクティーしかありませんが、
(つまり、茶葉の選択肢はなし)
茶葉をしっかり開けた丁寧なお茶でした。
こういうものは、砂糖をたくさん入れて甘くして飲みます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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さらに、こちらは柚子風味のガトーショコラです。
単に甘いだけではなく、柚子の香りがこの時期には合いますね。
お皿の猫足模様は、チョコレートで描かれていました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「カフェ1001」の前で、一条通を西に向いています。
結局寛いでいたため、ここを出たら午後5時を回っていました。
もうすぐ日が暮れそうです。


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浄福寺通から、一条通を約100m進みました。
この右(北)側に、前回ブログでも浄福寺黒門があります。
この先のT字路以南に、西陣京極商店が続いています。
そして、ここから1300mほど先の竹屋町通まで
土屋町通が続きます。
(第343回ブログの大宮姫稲荷大神付近です)
ただ、これくらい暗くなるとどうしても写真がボケてしまします。


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一条通を西に進み、とうとう千本通に戻ってきました。
もう午後5時を回り、日も暮れてしまいました。
これ以上先には進めませんね。
この後は第350回ブログに出てきたカドワキに寄って、
エビフライとカキフライを買って帰りました。

今回は、ここまでです。

~次回から年末まで、また紅葉散策の特別編成になります~

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第375回 千本今出川の上善寺~千本通南から北~その32

蹴上・哲学の道紅葉散策の後初詣ついでの稲荷山散策した関係で、
約2か月ぶりの千本通です。
2016年の節分特集はこの「千本通編」の中で行いますので、
(2015年の節分特集も、「塩小路編」の中で済ませましたが)
ここから最北端の鷹峯までは
ほかの場所には寄らないつもりです。



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一条通から、西をいています。目の前にあるのは、千本通です。
今回は千本通を北上し、今出川通との交差点まで進みます。
撮影日は、2016年1月28日木曜日午後3時。
ここ数日、曇り空が続きます。


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千本通を西に渡り、一条通を西に向いています。
この辺りの一条通は、京町屋が建ち並んでいます。
(この場所は、第353回ブログにも出てきます)


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一条通から、千本通を南に向きました。
ここは、パチンコ屋さんや商店舗が混在して建ち並ぶ
西陣千本商店街の只中です。
七条通から、2015年5月より半年かけてここまで来ました。


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今度は一条通から、千本通を北に向きました。
ここは、緩やかな上り坂です。では、ここを北に進みます。


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一条通から、千本通を北に約50m進みました。
こちらは、西陣千本商店街振興会の事務所のようです。
外から覗くと、ここで
レンタルサイクル屋さんもされていることが分かります。


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千本通をさらに10m北に進みました。
こちらに用品店がありますが、
一条通以北は南側よりも商店舗の数が少なくなります。
(西陣千本商店街自体は、今出川通まで続きます)


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街頭の看板に、このようなことが書いてありました。
そう言えば、昔はこの辺りに映画館が並んでいたようです。
(今は、ポルノ映画専門の「千本日活」のみになりました)
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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さらにさらに、約50m千本通を北に進みました。
こちらは、阪本漢方薬局です。
昔は、新京極最南端にも支店がありました。


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阪本漢方薬局の2F部分を大写ししました。
そうそう阪本漢方薬局と言えば、この看板ですよね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに、千本通を北に向かっています。
千本通の西側歩道沿いには
このようにまだ何軒か小売店舗があるのですが、
東側歩道沿いはだんだんマンションなどが主流になります。


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一条通から、千本通を北に約150m進みました。
ここで、笹屋町通との交差点になります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千本通から、笹屋町通を東に向いています。
この辺りは、千本通東側歩道沿いも商店舗が並びます。
ここを約200m東に進むと、浄福寺通と交差します。
(第354回ブログで訪れた辺りです)


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笹屋町通から、千本通を北に向きました。
向こうに見える信号は、今出川通との交差点のものです。
つまり、あの辺りが西陣千本商店街の最北端です。


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笹屋町通から、千本通を北に約50m進みました。
こちらで、元誓願寺通と交差します。


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まだ西陣千本商店街の中なので、こちらの看板もあります。
現在新京極六角にある誓願寺は、もともとこの道沿いにありました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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元誓願寺通から、千本通を北に向いています。
あと70mほどで、今出川通との交差点です。


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さらに千本通を北上して、今出川通との交差点まで来ました。
西陣千本商店街は、ここまでです。
交差点の四隅に、大桜が植えてあります。
春になると、ここも絶景ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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千本通から、今出川通を西に向いています。
目の前のお店は潰れていますが、
そこから西に何軒か飲食店が続きます。
ちょっとここで、今出川通に寄り道します。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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千本通から、今出川通を西に約50m進みました。
何軒か並ぶ飲食店より西に、「千本今出川」バス停があります。


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「千本今出川」バス停前で、南を向きました。
こちらは、浄土宗天照山護念寺です。
では、ここに寄っていきます。
ここから暫く、護念寺境内の写真は
クリックすると全て拡大されます。


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こちらは、護念寺境内です。
地蔵堂の手前に、平和観音がいらっしゃます。
京都市は1945年のアメリカ軍による大規模空襲を受けていませんが、
大規模な火災を伴わない小規模な空襲は何か所か受けました。
この辺りの空襲では、だいたい50名の死者を出しました。
こちらの観音像は、その菩提を弔うためにいらっしゃいます。


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地蔵堂の西側に、浄土宗天照山護念寺本堂があります。
本堂は非公開ですが、おそらくご本尊は阿弥陀如来です。
(まぁ、浄土宗ですからね)
ただ、こちらの寺院の沿革などはよくわかりません。
こちらは非公開と言うよりも、単にサイトや表札がないだけです。
結構人の出入りがある寺院なので、
そういうものがあってもいいように思うのですが……


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護念寺の本堂に背を向けました。
墓地の手前に、桜の木があります。
ここも春になると、絶景になるのでしょうね。


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護念寺境内から、今出川通の方(北)を向きました。
ちょうど「千本今出川」バス停に、京都市バスがやって来ました。
では、ここ護念寺を出ます。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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護念寺の前から、今出川通を西に向きました。
目の前に、六軒町通との交差点があります。
ここを約150m西に進むと、「上七軒」交差点です。
(京都を代表する花街ですね)
そこから今出川通は南西に折れ、
さらにその「上七軒」交差点から西に300m進むと
第350回ブログに出てきた「北野天満宮前」交差点です。


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今出川通から、六軒町通を北に向いています。
目の前に北野天満宮の駐車場がありますが、
北野天満宮は西に約500m先です。
六軒町通はこのまま北に進むと、
大法恩寺(千本釈迦堂)の東端を通って
だんだんと千本通に吸収されます。
では、ここで今出川通を北に渡ります。


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交差点を北に渡り、六軒町通から今出川通を東に向いています。
次は、ここからまた千本通に戻ります。


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六軒町通から、今出川通北側を東に約50m進みました。
こちらは、浄土宗浄土院です。
豊臣秀吉によって、「湯沢山ちゃくれん寺」と命名されています。
(「白湯はたくさんくれるが、お茶はくれない寺院」と言う意味です)
囲いがあるので非公開と思っていましたが、
事前予約すれば公開されているそうです。
詳しくは、こちらをクリックしてください。


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浄土院の前に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
では、こちらにお参りして先に進みます。


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浄土院の前で、今出川通を東に向きました。
千本通がもう目の前ですが、その前に手前の寺院に寄ります。


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こちらは、天台宗上善寺です。
「鞍馬口寺町」の北東角にも同じ名前の寺院があって、
そちらには、第184回ブログ初め何度かお邪魔しています。
実は、そちらの寺院とこちらは元は一つの寺院でした。
上善寺境内の写真も、クリックすれば全て拡大されます。


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上善寺境内に入ってすぐに、こちらの大師堂があります。
ここに安置されている大黒天像は、最澄の作と伝えられています。


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境内には、末社の稲荷社もいらっしゃいます。
次は、こちらにお参りです。


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稲荷社の北隣に、こちらの建物があります。
一見土蔵に見えるのですが、
こちらには日除地蔵尊がいらっしゃいます。
さらに北側には、結構大きな墓地がありました。


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稲荷社の東側に、上善寺本堂があります。
こちらは、平安時代初期の863年に建立されました。
当時は末寺をいくつも抱える大寺院だったのですが、
後の戦乱などでたびたび焼失して一旦荒廃しました。
1483年に盛信の手で再興されましたが、
1594年「鞍馬口寺町」に移転させられました。
(これが、先述の上善寺)
ですから、一旦ここには何もなくなるのですが、
この辺りが荒廃したので
同じ名前の寺院がここにまた建てられました。
それが、この上善寺です。


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上善寺本堂に背を向けて、南を向きました。
では、上善寺を出て今出川通に戻ります。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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上善寺の前で、東を向きました。
目の前に、「今出川千本」交差点があります。


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千本通から、今出川通を東に向いています。
ここから約800m先に白峯神社があって、
さらに500m東に京都御苑があります。
(第196回ブログの周辺ですね)


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こちらは、「今出川千本」交差点北西角です。
この辺は、お茶屋さんが多いですね。
ここから千本通は北西に少し折れ曲がります。
このまま北上すると、
ずっと北にある船岡山にぶつかるからです。


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今出川通から、千本通を北西を向いています。
約50m先にも、「千本今出川」バス停が見えます。
そこが、大法恩寺(千本釈迦堂)最寄りバス停です。
ただ、そろそろだいぶ写真を貼り付けたので、
今回はこの辺りまでとします。

今回は、ここまでです。

~次回は、節分の「千本釈迦堂」です~

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第376回 節分の千本釈迦堂~千本通南から北~その33

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今出川通から、千本通を約50m北西に進みました。
こちらが、「千本今出川」バス停です。
今回はこのすぐ先の五辻通で西に折れ、
大法恩寺(千本釈迦堂)を目指します。
撮影日は、2016年2月3日節分の水曜日午前9時半。
晴れたり曇ったり、よく天候が変わりました。


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「千本今出川」バス停から、千本通を北西に向いています。
今出川通以北の千本通は、もう繁華街ではありません。
大規模な商店舗が姿を消す代わりに、
様々な寺院が軒を並べるようになります。


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「千本今出川」バス停から、千本通を北西に約50m進みました。
ここで、千本通は五辻通と交差します。
交差点の南西角にある老舗のおもちゃ屋さんは、
午前10時前なので開店していません。


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千本通から、五辻通を東に向きました。
五辻通はこのまま東へ伸びて、大宮通で突き当たります。


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今度は千本通から、五辻通を西に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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千本通から、五辻通を西に約70m進みました。
ここで、五辻通は六軒町通と交差します。
六軒町通はこのまま北に進むと、
約150m先の上立売通で突き当たります。


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その角に、ブリキ製の表札が出ていました。
かなり上の方に貼り付けてありました。


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六軒町通から、千本通を西に約30m進みました。
こちらの京町屋の中では、甘味の飲食ができます。
(町屋カフェというよりは、茶店ですね)
とは言えまだ午前10時前ですから、お店は開店していません。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その京町屋から、五辻通を西に約100m進みました。
こちらに、組み紐屋さんがありますね。
そう言えば、この近くに和服のシミ取り屋さんもありました。
ここから南西に約50m先が、上七軒です。
このようなお店が多いのは、そのことが関係しているのでしょうか?


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組み紐屋さんから五辻通を西に約20m進み、北をました。
こちらが、浄土宗千本釈迦堂大報恩寺です。
「国宝」とあるのは、本堂などの建築物のことです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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千本釈迦堂の石畳の道を北上しています。
右(東)に、桜並木があります。この寺院は、桜で有名ですね。


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一方左(西)側には、公衆便所がありました。
公衆便所はそう多くないので、場所を覚えておく必要があります。


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では石畳の道を北上して、この寺院の境内に入っていきます。
この日は節分ということで、いつもよりお化粧をしていました。


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境内に入ってすぐ左(西)に、こちらの稲荷社がいらっしゃいました。
先ずは、こちらにお参りです。


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その稲荷社の鳥居脇に、こちらの花が咲いていました。
自分は椿と思うのですが、ウチの母はバラだと言っていました。
この写真も、クリックすると拡大されます。

~2016年2月6日午後2時半訂正~
このブログを読んだウチの母は、
「バラとは言っていない。花弁がバラに似た椿だと言った」
と言ってきました。


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では、「千本釈迦堂」の提灯をくぐり
さらに境内の奥に向かいます。


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稲荷社の北側にあるお堂の前にテントが張られ、
中で、いろいろ準備が始まっています。
そのため、これ以上お堂には近付けません。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そのテントの中には、おかめ人形が並んでいました。
ここは、「おかめ信仰」の寺院でもあります。
……ただ、まだテント内は準備中です。
まぁ、朝ですからね。


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石畳の道を北上して突き当りまで行くと、
国宝の浄土宗千本釈迦堂大報恩寺本堂に辿り着きます。
ご本尊は、寺名にもあるように釈迦如来坐像(秘仏)です。
また、こちらの本堂は1467年の応仁の乱の際も戦災を逃れ、
京都市内でも数少ない鎌倉時代の建築物です。
この写真も、クリックすると拡大されます。

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大報恩寺本堂の右(東)側に、大きな枝垂桜があります。
こちらは阿亀桜(おかめざくら)という品種で、
ここのもっとも代表的な桜です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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阿亀桜の東側に、阿亀塚(おかめづか)があります。
おかめさんのお墓ですね。
その隣には、おかめさんの銅像も立っています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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大報恩寺境内北東角に、こちらの布袋さんがいらっしゃいました。
こちらにお参りした後は、境内の西側を回ります。


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石畳近くの灯籠に、こちらの名前が彫られていました。
今(2016年)から3代前の京都府知事ですね。


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さらにその西側に、普賢象桜の木がありました。
(さらにさらにその西側は、新七本松通への出口です)
こちらのテントでは、もう甘酒が売られていました。
午前10時段階で他のテントは、まだまだ準備中でしたが……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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本堂の西側に、こちらの観音様がいらっしゃいました。
「ボケ封じ」の観音様なので、
両膝には高齢者が縋り付いています。


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さらにその西側から、拝観料を支払えば
本堂内部と霊宝殿に入れます。
一人600円でしたが、節分は午前中のみ拝観可能でした。


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こちらが、拝観のチケットとパンフレットです。
霊宝殿は、国宝や重要文化財が並んでいました。
(ここまで並んでいるのは、太秦の広隆寺以来です)
こちらは慶派と縁深く、快慶や定慶の仏像が多く並んでいました。
本堂に入りましたが、
ご本尊は秘仏なので直接は見られませんでした。


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これで、一通り千本釈迦堂にも参拝しました。
(節分イベントは、全て午後からです)
では、ここから出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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門を出て、南を向いています。
ここから南に約150m進むと、今出川通に出ます。
そこが、「上七軒」交差点です。
その交差点から南に、七本松通が伸びます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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千本釈迦堂大報恩寺の前で、五辻通を西に向きました。
五辻通はここから約150m先で御前通と交差して、
そこで北野天満宮に突き当たります。


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今度は大報恩寺の前で、五辻通を東を向きました。
ここから千本通に戻って他の寺院に向かうのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、
今回はここまでとします。

~次回は、くぎ抜き地蔵に向かいます~

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第377回 くぎ抜き地蔵~千本通南から北~その34

[石像寺] ブログ村キーワード
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「千本釈迦堂」大報恩寺の前で、五辻通を東に向いています。
節分の「千本釈迦堂」に参拝した後、千本通に戻り
今回は「くぎ抜き地蔵」石像寺(しゃくぞうじ)に向かいます。
撮影日は、2016年2月3日節分の水曜日午前10時半。
今回回った中で、ここが一番混んでいました。


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「千本釈迦堂」から、五辻通を東に約50m進みました。
左(北)側に、京町屋を改装した茶店があります。
前回ブログでは閉まっていましたが、
この時間帯ではもう開店しているようです。


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その茶店から、五辻通をさらに東に約50m進みました。
ここは六軒町通との辻です。では、ここをさらに東に進みます。


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六軒町通から、五辻通をさらに東に50m進みました。
京町屋の先に、千本通との交差点が見えますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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さらに五辻通を東に約20m進みました。
こちらが、千本通との交差点です。
前回ブログでは閉まっていた老舗のおもちゃ屋さんも、
午前10時を回り開店しています。


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「五辻千本」交差点北東角に、こちらのお店がありました。
「五辻の昆布」は京都では割と有名ですが、ここに本店があります。


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五辻通から、千本通西側歩道で北西を向いています。
標識にある「千本釈迦堂」は、前回ブログで回りました。
「石像寺(くぎ抜き地蔵)」へは、今回ブログで回ります。
その下の「千本ゑんま堂」へは、次回ブログで回ります。


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では、五辻通から千本通西側歩道を北西に進みます。
目の前にある老舗の漬物屋さんは、
漬物の販売だけでなくここで飲食もできます。


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五辻通から、千本通西側歩道を北西に約100m進みました。
千本通沿いに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
三条通以北は、千本通沿いのお地蔵さんの数が減っていますね。


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そのお地蔵さんの北側に、こちらのお店がありました。
酒屋さんなのですが、白菜なども売られています。


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その酒屋さんの2軒北側に、こちらの魚屋さんがあります。
こちらの「おぜき」さんは、淡水魚専門の川魚屋さんです。
(京都には、川魚屋さんがたくさんあります)
普段はアユやウナギを扱っているのですが、
この日は節分なので海魚のイワシを売っています。
2013年にもここに寄り、イワシの炭火焼きを買いました。
ただ、この時間帯ではまだ焼けていません。
ちょうど炭に火を起こしている途中でした。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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川魚屋さんの「おぜき」の前で、千本通を北西に向きました。
目の前に、上立売通との交差点が見えます。


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千本通から、上立売通を東に向いています。
上立売通は、ずっと東に伸びて
烏丸通以東は相国寺境内を貫いて最終的には寺町通で突き当ります。

ここから西の上立売通は、すぐに六軒町通で途切れてしまします。
その西側の新七本松通で復活し、西大路以西にまで伸びます。


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上立売通で千本通東側歩道に渡り、北西に向きました。
ここからでは見えにくいですが、
よく見ると向こうに寺院の山門が見えます。


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こちらが、その山門です。
こちらが、浄土宗家隆山光明遍照院石像寺です。
通称「くぎ抜き地蔵」ですね。
では、こちらに入っていきます。
この写真以降、石像寺境内はクリックすれば全て拡大されます。


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石像寺山門を東にくぐると、10mだけ参道があります。
その先に、提灯で装飾された門があります。
節分の間は、この参道に露店が立ち並びます。


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石像寺境内に入り、左(北)を向きました。
手水舎の向こうには、大師堂があります。
ここは今は浄土宗ですが、もともとは真言宗でした。


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大師堂の東側に、小さな絵馬殿があります。
そこで、節分になるとここで昆布茶が供されます。


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こちらが、その昆布茶です。
節分になると京都の神社仏閣のあちこちで
昆布茶が供されるのですが、
その中でもこちらのものは格別においしいですね。


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すると、ちょうど昆布茶の昆布の交換時期と鉢合わせました。
「ブログの撮影です」と言うと、
あちらの方が機転を利かして静止してくださいました。
ここの昆布茶は粉末ではなく、水から昆布を煮だたしています。
出がらしの昆布は廃棄するのではなく、
きちんとこの町内の方々が佃煮などにして食べるそうです。


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石像寺の門から東を向くと、地蔵堂がすぐ目に入ります。
先ずは、こちらに参拝ですね。


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石像寺地蔵堂前に大きな釘抜きがあり、
多くの方がそちらを撫でながら参拝されていました。
以前彫刻家でもある堂本印象画伯の目録を調べていたら、
こちらの大きなくぎ抜きが載っていました。
本当に、あちこちの寺院に堂本画伯の作品がありますね。


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こちらが、浄土宗家隆山光明遍照院石像寺の地蔵堂です。
(事実上の本堂です)
こちらの沿革は、第106回ブログを参考にしてください。
こちらに線香とろうそくを立てるのですが、
実はこの東側にたくさんお地蔵さんがいらっしゃるので、
その方々の分も考慮するとそれぞれ10本近く必要です。
地蔵堂の北側で、線香とろうそくがセット販売されていて
そちらを買ってお参りしました。


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こちらは、地蔵堂北側にいらっしゃる「べんつるさん」です。
大昔から何度も撫でられて、だいぶ擦り切れておられます。


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では、地蔵堂の北側から、裏(東)に抜けます。
実は、ここからがここの参拝の本番です。


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地蔵堂の壁面は、一面の釘抜きです。
ここでの願い事がかなうと、このように釘抜きを寄贈します。
こちらは、その願いがかなった方々のものです。


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地蔵堂の裏(東)側の一番北側に、
「くぎ抜き地蔵尊」がいらっしゃいます。
「くぎ抜き」は「苦抜き」に通じ、
長患いによる苦痛の緩和というご利益があります。
こちらは、日本全国から大勢の方々の信仰を集めています。


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こちらは、以前お参りに来たときはありませんでした。
マニ車ではなさそうですし、いったい何でしょうね?


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地蔵堂の真裏(東側)に、伝空海作の地蔵像がいらっしゃいます。
こちらは3体とも、重要文化財です。


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そのお地蔵さんの南側にも、地蔵像と稲荷社がいらっしゃいます。
こちらにも、お参りしました。


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こちらは、地蔵堂の南側です。
菩薩さんの石像が並んでいて、そちらにもお参りしました。


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地蔵堂の周りを一周して、地蔵堂正面に戻ってきました。
絵馬殿(先ほど昆布茶をいただいたところ)の南側で、
このように焚き火を焚いていらっしゃいました。
実はこの辺りで晴れ間が見えたのですが、
その直前にはちらちら小雪が舞っていました。


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これで、ここ石像寺を一通りお参りしました。
では、ここを出ます。


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こちらは、石像寺参道の露店べっこう飴屋さんの陰です。
こちらに、大きな釘抜きとマニ車がありました。
とりあえず、このマニ車を回します。


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ここの露店のたこ焼き屋さんはおいしいのですが、
(2013年にここで食べました)
次があるので先を急ぎこの山門を出ます。


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石像寺の山門の前で、千本通を南東に向きました。
では、ちょっと用事がるので元来た道を少し戻ります。


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こちらは、「上立売千本」交差点です。
では、ここを渡って千本通西側歩道に戻ります。


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上立売通から、千本通を南東に向いていまかあす。
薬局の南隣に、先ほどの川魚屋さん「おぜき」があります。
もう午前11時もだいぶ回ったので、
もう先ほどのイワシも焼き上がっているでしょうね。


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こちらが、そのイワシです。1尾につき、300円しました。
体長30㎝を越えていて時間をかけてじっくり炭火で焼いているので、
これでも安いと思います。
この日(2016年2月3日)は、恵方巻とこのイワシが晩御飯でした。
残念ながら帰り道で何度かあちこちぶつけてしまい、
表皮も破れてしまいましたが、
買ったときはもっとおいしそうでした。


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上立売通から、千本通西側歩道を北西に向いています。
ここを北西に約250m進めば、「千本ゑんま堂」引接寺です。
次はそちらに向かいますが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、節分の「千本ゑんま堂」に向かいます~

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第378回 千本ゑんま堂 引接寺~千本通南から北~その35

[千本ゑんま堂] ブログ村キーワード
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こちらは、千本通西側歩道の「千本上立売」バス停です。
今回はここを北上し、節分の「千本ゑんま堂」引接寺経由で
「千本鞍馬口」バス停まで進みます。
撮影日は、2016年2月3日節分の水曜日午前11時半。
この時点では晴れていましたが、後からだんだん曇ってきます。


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そのバス停から、千本通を北西に約30m進みました。
こちらは、浄土宗鎮西派瑞雲院です。
2013年はここを素通りしましたので、今回はちょっと寄り道します。
この寺院の写真は、クリックすると全て拡大します。


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瑞雲院の山門をくぐり、西に向いています。
ここをまっすぐ進むと、この寺院の本堂があります。
沿革はよく分かりませんが、(webとかには載っていませんでした)
こちらの本堂は18世紀半ばの明和年間には建っていました。
(江戸時代半ばのことです)
おそらく寺院の建立はさらに古いのでしょうが、
その辺はよく分かりません。


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石畳の道は途中で分岐しており、
本堂の南側には荒神さんのお堂があります。
こちらの方には寺務所もあって、
節分ということもあって賑わっていました。
(よく考えれば、ここで沿革を聞けばよかったのです)


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先ほどの位置で振り返り、東を向いています。
よく見ると、この先に山門越しに前回ブログで立ち寄った
「くぎ抜き地蔵」石像寺が見えますね。
では、この瑞雲院を出ます。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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瑞雲院の前から、千本通を北西に向いています。
この辺りは普段は静かなのですが、
毎年節分になると急に賑やかになります。
では、ここを進んでいきます。


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瑞雲院から千本通を北西に約50m進みました。
こちらの京町屋は材木屋さんです。
三条通以南の千本通には材木屋さんが多いのですが、
この辺りには珍しいですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。



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その北隣に、京都千本寺之内郵便局があります。
節分でも平日の昼間ですから、営業中でした。


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その郵便局の前から、千本通を北西に向きました。
ちょっと先から、アーケードが千本通西側歩道上に伸びています。
ここから北西に、「上千本商店街」が始まります。


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そのアーケードの下に入り、千本通東側歩道を見ました。
あちらが、京都市立乾隆小学校です。


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そして、京都市立乾隆小学校の向かい(千本通東側)に
「乾隆校前」バス停があります。
「千本ゑんま堂」引接寺への最寄りバス停ですね。


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「乾隆校」バス停から、千本通を北西に向きました。
この先に、寺之内通との交差点があります。
寺之内通の東端は同志社大学(烏丸通)で、
このまま西に進むとすぐに蘆山寺通と合流します。


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寺之内通から、千本通を北西に向きました。
目の前の「大福餅店」は、2014年の中秋の名月に
月見団子を買ったお店です。
(第247回ブログの追記にも出てきました)


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その和菓子店から、千本通を北西に約70m進みました。
地域スーパーの向こうで、商店街のアーケードが途切れています。


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こちらが、そのアーケードが途切れた地点です。
「千本ゑんま堂」という看板が見えますね。
ここから、またクリックすると全ての写真が拡大されます。


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その看板の前で、西を向きました。
こちらは、「千本ゑんま堂」引接寺(いんじょうじ)です。
実は、どの宗派にも属していません。
では、ここから境内に入っていきます。


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境内には「千本ゑんま堂会館」という宿坊があり、
閻魔大王のレプリカが飾ってあるのですが、
上手く撮れなかったので割愛します。
(第105回ブログでは上手く撮れました)
では、このお堂の中に入っていきます。


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こちらが、ゑんま堂の内部です。正面が、ご本尊の閻魔大王です。
左に大王の家臣である司録尊が、右に司命尊がいらっしゃいます。
いつもはここに大きな扉があって、こちらのご尊顔を拝めません。
この日は節分ということもあって、僧侶による読経が始まりました。
2013年節分に確認したのですが、全て撮影してもいいそうです。


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こちらが、節分仕様の閻魔大王です。(いつもは、こんな感じです)
この写真をクリックして拡大してみると、かなりの迫力です。
建立当初の平安時代に小野篁が彫ったご本尊は、
応仁の乱で焼失してしまいました。
こちらは、1488年に定勢という仏師が彫ったものです。


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ゑんま堂内は暗くて、司命尊の撮影に失敗してしまいました……
ですから、こちらの司録尊の写真のみ貼り付けます。
ゑんま堂内は、ちょうど地獄での裁判の様子を表しています。


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ゑんま堂の南側から、外に出られます。
そちらには寺務所があり、その脇にこちらの人形があります。
鬼と子供が遊んでいる姿ですね。
……よく見ると、うっかりこの写真に自分が写っています。
(厳密には、指とカメラが写っています)


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事務所でちょっとおトイレを借りて、ゑんま堂内に戻ってきました。
一人400円を払って、こちらを買い求めました。
こちらの名物こんにゃく炊きは、ゑんま堂内で頂きます。
(つまり、この真横にご本尊の閻魔大王がいらっしゃいます)
2人前あるのは、ウチの母の分もあるからです。
ここのは昆布だしが利いていて、
それが上手くこんにゃくに浸み込んでいます。
こちらの昆布茶は、粉末のもののようです。
(前回ブログの「くぎ抜き地蔵」とは味が違います)


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ゑんま堂を出ました。今度は、北側の境内を回ります。
こちらにも、いろいろあります。


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引接寺北側境内の一番西に回ってきました。
こちらに石塔があって、その周囲に普賢象桜並木があります。
この引接寺は、京都屈指の桜の名所でもあります。


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普賢象桜並木の東側に、引接寺の鐘楼があります。
こちらは南北朝時代に作られたもので、
京都でも屈指の古いものです。


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鐘楼の前から、東を向きました。
では、この「千本ゑんま堂」引接寺から出ます。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


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「千本ゑんま堂」引接寺の前で、千本通を北西に向きました。
目の前にある金物屋「えんまや」は閉まっています。
さらにその北隣のポップコーン専門店も閉まっています。
実はここのポップコーンを買って帰ろうとしたのですが、
閉まっているのなら仕方ありません。


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こちらは、そのポップコーン専門店の北側です。
ポップコーンの代わりに、こちらのコロッケを買って帰ります。
(こちらのコロッケも、この辺の名物です)


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こちらが、そのコロッケです。1個80円くらいだったと思います。
(100円よりは安かったのは、確かです)
最近のコロッケは塩味がしっかり付いているものが多いのですが、
こちらには塩などの味がほとんど付いていません。
その分、ジャガイモのホクホクした味が前面に出ています。


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そのコロッケ専門店の前から、千本通を北西に向いています。
「上千本商店街」のアーケードは、ここ蘆山寺通で終わります。
その向こうに見えるのは、鞍馬口通との交差点です。


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蘆山寺通から、千本通を北西に約50m進みました。
約1年半ぶりの「鞍馬口千本」交差点です。
(2014年には鞍馬口通を散々歩き回りました)
ここを西に進むと、紙屋川を越えて約700m先の金閣寺に至ります。
また、この鞍馬口通を境に「京都市上京区西陣」から
「京都市北区紫野」に変わります。


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「鞍馬口千本」交差点で東を向き、千本通を東に渡ります。
もしこのまま鞍馬口通を東に進むと、
第251回ブログのルートを逆行することになります。


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千本通を東側に渡り、鞍馬口通で北西に向きました。
乗ろうとしていた京都駅行206系市バスが、出発します。
間に合いそうにも、ありません……


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鞍馬口通から、千本通を北西に約50m進みました。
こちらが、「千本鞍馬口」バス停です。
この時間帯(平日の0時半)は、
15分に1本の割合で市バスが来ます。
……というわけで、約15分待ちました。
では、ここから帰宅します。

今回は、ここまでです。

~次回は、上品蓮台寺に向かいます~

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第379回 十二坊 上品蓮台寺~千本通南から北~その36

[上品蓮台寺] ブログ村キーワード
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京都市バス他、多くの路線バス共用の「千本鞍馬口」バス停です。
(他の京都市バスのバス停とは、多少形状が違いますね)
今まで乗っていた206系市バスが、もう遠くに行きました。
今回は上品蓮台寺に寄ってから、北大路を目指します。
撮影日は、2016年2月16日火曜日午後2時半。
また寒波が来て、気温も低めです。


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同じ場所から、千本通の東側歩道を見ています。
あちらが、前回ブログの最後に出てきた「千本鞍馬口」バス停です。
京都駅へ向かうならあちら(東)側なのですが、
京都駅から来たならこちら(西)側のバス停になります。
ちなみに、トラックの運転席で見えなくなっていますが、
その陰に「歯形地蔵」がいらっしゃいます。


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また、元の位置からバス停を写真を撮りました。
では、ここから千本通を北西に向かいます。


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バス停から、千本通を北西に約50m進みました。
第344回ブログの丸太町通以北から、千本通はずっと上り坂です。
そして、この鞍馬口通以北になってさらに急な坂道になりました。
この辺りで鞍馬口通はカーブして、北北西に進路をとります。


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この辺りで、千本通の西側歩道を眺めます。
鞍馬口通以北になると急に千本通沿いは商店舗が姿を消しますが、
その分このような古い民家が並ぶようになります。
こちらは京町屋ではありませんが、なかなか味のある街並みですね。


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その民家の向かいに、墓地がありました。
こちらは、上品蓮台寺の末寺大慈院のものです。
この中には、後藤祐乗富士谷成章のお墓があります。
この辺りは「京都市北区紫野十二坊町」なのですが、
それは千本通を境にそれぞれ東西に6寺、
上品蓮台寺の末寺が合わせて12寺あったことに由来します。
「十二坊」には多くの文化人が住んでいたそうなので、
これらのお墓はその影響なのでしょうね。
「12寺のうち現存するのは大慈院・宝泉院・真言院の3寺のみ」
そう多くの書物に記録されていますが、
大慈院は墓地内のお堂が残るのみとなりました。



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千本通西側の古い民家の町並みは、約100mで終わります。
コンビニエンスストアがあって、その先がT字路になっています。
その道を西に進めば先述の「十二坊」の1寺宝泉院があるのですが、
今は廃れて駐車場が残るのみになっています。


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そのコンビニエンスストアの前で、千本通を北北西に向いています。
横断歩道の向こうに「十二坊交番」があって、
その先に生垣がずっと続いています。


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今度はその「十二坊交番」の前から、千本通を北北西に向きました。
土塀の先は、延々と生垣が続きます。


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その生垣の脇を歩いている途中で、千本通を東に向きました。
民家越しに、船岡山の低い稜線が見えます。
かつてはここに上品蓮台寺の末寺が並んでいたようなので、
葬送の地であった「蓮台野」はさらに北側ということになります。


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今度は、千本通を西に向きました。
生垣の向こうは、真言宗智山派上品蓮台寺です。
ただしここは鉄門扉が閉まっていて、境内には入れません。


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上品蓮台寺の門の前で、北北西を向きました。
この先に、また上品蓮台寺の門があります。


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先ほどの門から北北西に約50m先のこちらは、
昼間はずっと開いているようです。
では、ここから上品蓮台寺に入っていきます。
この写真を含めて上品蓮台寺境内は、
ずべてクリックすると拡大されます。


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上品蓮台寺の門をくぐると、枝垂桜が出迎えてくれます。
京都人にとって、ここは「桜の名所」ですね。


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先ほどの写真に写っていた太子堂に近づいてきました。
すると、こんな張り紙がありました。
ここには聖徳太子像がいらっしゃるはずなのですが、
中に入って確認することはできません。
2016年2月18日に再訪した際に寺務所に寄り、
詳しい話を聞いたのですが、
中を覗かずに境内を撮影する分には構わないそうです。
(大慈院の正確な位置を確認するために、ここに訪れました)
拝観の基準は、京都の寺院の大半と同じですね。


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上品蓮台寺の中央で、南を向きました。
ここは、南北に長い寺院ですね。


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上品蓮台寺境内の南側を移動していくと、
こちらの銅像に出会います。
こちらは、空海ではなくその母「阿刀」(あとし)のものです。


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こちらは、その南隣のお堂です。
どのようなお堂かは分かりませんが、
春になると枝垂桜の枝がかかってきてなかなかの絶景になります。


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そのお堂から、上品蓮台寺の南側に進みます。
本当はここから西へ曲がり裏手に回ると墓地があって、
こちらに定朝のお墓もあります。


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こちらが、上品蓮台寺の本堂です。
真言宗智山派蓮華金宝山上品蓮台寺は、
寺伝によると聖徳太子が開基となっています。
少なくとも平安時代半ばにはこの位置にあったと考えられ、
宇多天皇の勅願で再興後、960年に宇多天皇の仏弟子の寛空が
上品蓮台寺と名乗らせたようです。
一時は千本通沿いの鞍馬口通~北大路間に
広大な寺域を持ったのですが、
1467年から始まる応仁の乱で全焼しました。
安土桃山時代になって豊臣秀吉の援助を受け、
性盛(しょうせい)によって再び再興されました。

こちらのご本尊は延命地蔵尊で、
第377回ブログの「くぎ抜き地蔵」、さらに先述の「歯形地蔵」と
合わせて順にお参りする信仰が江戸時代にはあったようです。


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本堂の東向かいに、こちらの鐘楼があります。
生垣の向こうに信号が見えますが、
その下辺りが先述の「十二坊交番」です。


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本堂と鐘楼の前から、北を向いています。
では、ここを進み元の位置に戻ります。


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元の位置に戻ってきました。(この左が、太子堂です)
今度は、桜並木を北に向かいます。
向こうに見えるのが、寺務所です。
2016年2月18日に再訪したときには、あちらでお話を聞きました。

注意!
自分が寺務所でお話を聞けたのは、
「十二坊交番」のお巡りさんから紹介をもらえたことと、
(もともと大慈院の位置は、交番で尋ねていました)
たまたまお寺の方のお時間が空いていらしたからです。
こちらの勝手な事情で中を見させようとしたり、
この地域の歴史を長時間にわたって聞きに行くというのは、
この寺院のご迷惑になりますのでご配慮ください。
(何事も、常識の範囲内ということで)


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桜並木の途中に、墓地がありました。
意外と思われるかもしれませんが、
お墓を背景にした桜は結構絶景だったりします。


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墓地のさらに北側には、こちらの赤い鳥居があります。
ただ、こちらはもうこの先には行けなくなっていました。
ですから、源頼光の塚や土蜘蛛塚には行けなくなっています。
(要するに、真言院方面には行けなくなっています)


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赤い鳥居の前で、南を向いています。
では、今度こそ上品蓮台寺の門の方に戻ります。


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上品蓮台寺の門の前まで戻ってきました。
では、門をくぐって上品蓮台寺を出ます。


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上品蓮台寺の門から、千本通を見ています。
この辺りの千本通の東側は、京町屋が並んでいますね。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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上品蓮台寺の前から、千本通を北北西に向いています。
次は、ここを進んでいきます。


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その辺りの千本通から、また東側を見ています。
この道の約70m先に西船岡通と交差していて、
その先の石段から船岡山に登ることができます。
(船岡山には、第250回ブログで登りました)


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上品蓮台寺の門から、千本通を北北西に約70m進みました。
こちらは、上品蓮台寺の末寺真言院です。
ただ、ここから見たら分かるように
本堂やご本尊が撤去済みで、規制線が張られています。

これも上品蓮台寺で聞いた話なのですが、
こちらは完全な廃寺になったわけではないそうです。
実は再興に向けて、具体的な動きがあるそうです。
……そうでないと、源頼光の塚や「土蜘蛛塚」に入れません。


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上品蓮台寺の生垣は、約70m続きます。
ここで、上品蓮台寺が終わります。
また上品蓮台寺の北側にもT字路があって、
その北側は京都ライトハウスという社会福祉法人です。
ちなみに、手前のバス停も「ライトハウス前」です。
(「北大路千本」交差点と100mしか離れていないのですが……)


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その位置で、東を向きました。
横断歩道の先には、京都市立楽只(らくし)小学校があります。
ここからは横断歩道を渡り、千本通東側歩道を進みます。


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京都市立楽只小学校の前で、
千本通東側歩道から北北西に向きました。
もう向こうに、北大路との交差点が見えますね。


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その辺りで、また西側歩道に向きました。
こちらが、「京都ライトハウス」です。
確か図書館とかも併設されているので、結構大きな建物です。
写真が斜めなのは、それだけこの辺りの坂道が急だからです。


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京都市立楽只小学校の前から、北北西に約50m進みました。
今度は、東に脇道が伸びるT字路が現れます。


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その辺りで、千本通から東に向きました。
地図で見るとこの先にも船岡山の稜線が少し見えるはずですが、
もうだいぶ標高が低いので(ほぼこの辺りと同じ高さ)、
ただの公園のように見えます。


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そのT字路北東角に、こちらの「パン工房 たまや」があります。
隣のネパール料理屋さんも気になりますが、
このパン屋さんに立ち寄ります。


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お店の主人にこのブログに載せることを告げると、
快く許可をいただきました。
初めてのお店なので、とりあえずの山食パンを買いました。
帰宅後頂いたのですが、食感と柔らかさが最高でした。
これは、第56回ブログに出てきた天狗堂海野製パン所に
通じるおいしさがありますね。


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「パン工房 たまや」さんの前で、千本通を北北西に向きました。
目の前に、北大路との交差点があります。
この北大路を越えると千本通の風景もまた一変するのですが、
それはまた今度とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、大徳寺に向かいます~

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第380回 大徳寺本坊 特別公開~千本通南から北~その37

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千本通で北を向き、北大路との交差点を見ています。
今回はこのまま楽只(らくし)地区を通り抜け、大徳寺に行きます。
撮影日は、2016年2月18日木曜日午後2時半。
ここのところ、撮影日は快晴が続きます。


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千本通から、北大路を東に向いています。
ここから約1500m先に、第191回ブログに出てきた
地下鉄「北大路」駅や北大路VIVREがあります。
ずっと向こうに、比叡山が見えますね。


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今度は、千本通から北大路を西に向きました。
約300m先の西大路で突き当たり、
そこを南に約100m進めば「金閣寺前」交差点です。
実は、鞍馬口通からよりも
こちらからの方が金閣寺までの近道です。


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信号が、青になりました。
では横断歩道を渡り、「北大路千本」交差点よりも北に向かいます。


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「北大路千本」交差点北東角に、こちらがあります。
ここは宮内庁管理の土地で、後冷泉天皇の火葬場です。
確かこの天皇が早世したために、
藤原氏と姻戚関係が薄い後三条天皇が即位しました。
(摂関政治の事実上の終焉ですね)


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北大路から、千本通を北に向いています。
右(東)に見えるのは、楽只(らくし)児童館の壁です。
たくさんの児童が描いた絵がありますね。


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児童館の北側には市営住宅があって、
その西側には公園があります。
こちらは、その公園の中央にいらしたお地蔵さんです。


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その公園の前で、千本通を北に向いています。
この辺りも、どんどん上り坂が急になっています。
向こうに、千本通西側歩道に渡る地下道が見えます。


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その地下道の脇に、銭湯があります。
もう2時間くらいしないと、開店しないようです。
(この時点で、午後2時半)


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その銭湯の向かい(西)側に、浄土真宗大谷派正覚寺があります。
非公開で、沿革もよく分かりません。


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銭湯から約70m北に進むと、ガードレールで遮られてしまいます。
フレームから外れていますが、この右(東)に横断歩道があって
そこを渡ってさらに北に進みます。(向こう側の歩道に移動します)
この先の東側歩道に、「天下一品」仏大前店が見えます。
自分の学生時代に(約35年前)、わざわざここまで来て
真夜中に何度かラーメンを食べました。
当時はなぜかここを本店と思っていたのですが、
本当はもっと東の方に本店があります。


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同じ場所で千本通西側歩道を見ました。こちらが佛教大学です。
ここ以外にも、第333回ブログのJR「二条」駅前に
キャンパスがあります。
ですから、この辺りは「学生街」のイメージがあります。


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「天下一品」仏大前店の前から、千本通を北に向いています。
佛教大学の向かい側は、このように飲食店が並びます。
「天下一品」の3軒北に居酒屋さんがあって、
その北側に東へ抜ける脇道があります。


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こちらが、居酒屋さんの北側から東に伸びる道です。
では、ここから千本通をそれて突き当りまで進みます。


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千本通から、東にそれた道を進んでいます。
この道は最初の30mが普通の住宅街なのですが、
そこから急に石畳の道になり、雰囲気が一変します。


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石畳の道をさらにさらに東に進んでいます。
この辺りから下り坂になり、右(東)側に寺院が見えます。
もうこの辺りは、大徳寺境内です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その右(南)側に、臨済宗大徳寺派孤篷庵があります。
国宝の井戸茶碗を有し方丈が重要文化財なのですが、非公開です。


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孤篷庵の西側に南北を貫く道があって、
その角にこちらの碑があります。
この写真では読みにくいですが、「紫野高校」と書いてあります。
ウチの母校も東福寺や泉涌寺と隣接していますが、
ここは完全に大徳寺の境内にありますね。


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その角から、東を見ています。
右(南)側の石垣の向こうは京都市立紫野高校の校舎があって、
左(北)側の石垣の向こうは運動場があります。
では、この急な下り坂を進んでいきます。
この写真以降は、クリックすると拡大されます。


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京都市立紫野高校の間にある石畳の下り坂を東に進んでいます。
この道は、千本通から約300mで今宮門前通と交差します。


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石畳の道から、今宮門前通を北に向ています。
約150m先に、今宮神社がいらっしゃいます。
今回はこのまま東に進みますが、帰り道は寄っていきます。


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今度は、今宮門前通を南に向きました。
約250m先に、今宮神社一の鳥居が見えます。
そこが北大路との「今宮前」交差点で、
その辺りに205系市バスの「健勲神社前」バス停があります。
そのバス停が、今宮神社・大徳寺・健勲神社の最寄りです。


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今宮門前通から、石畳の道を東に向いています。
ここから先は、道の両側に大徳寺の塔頭が並びます。
では、ここを東に進みます。


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石畳の道をさらに東に進んでいます。
少し道幅が狭くなったせいか、木々が生い茂っているせいか、
写真を撮ろうとすると光量が少なくて苦労します。
(実際は、写真で見るよりここは暗い場所です)
右(南)側の竹やぶは、大徳寺の塔頭の高桐院のものです。
今回の目的地の一つですが、
石畳の道をそのまま直進してしまいました。
この時点では気付いていなかったのですが、
大徳寺境内で道に迷ってしまいました。


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こちらは、石畳の道の左(北)側の寺院です。
臨済宗大徳寺派龍翔寺です。
撮影中に、若い僧侶がどんどん中に入っていかれました。
こちらは、大徳寺の修行のための道場のようです。
もちろん、そういう寺院は非公開です。


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龍翔寺の東側が、十字路になっています。
ここを右(南)に曲がると、すぐに高桐院の山門です。
ただ、この時は気付かずにそのまま直進してしまいました。


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その十字路で、北に向きました。
ここは船岡東通で、この大徳寺境内を貫いています。


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船岡東通から、石畳の道を東を向きました。
この辺りから道幅が広くなるので、辺りも明るくなります。


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船岡東通から、石畳の道を東に約100m進みました。
こちらに、大きな鐘楼があります。
おそらく、大徳寺の塔頭総見院のものでしょうね。


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その鐘楼の前で、石畳の道を東に向いています。
向こうに見える大徳寺法堂の前で、この石畳の道が突き当たります。
この辺りで、高桐院を通り過ぎたことに気づきました。
とは言え、どの道を曲がればいいかが分からなくなっていました。
全ては、地図を家に忘れてきたのが原因です。


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大徳寺法堂の手前に、塔頭の聚光院があります。
戦国大名の三好義継が建立した寺院で、
茶の湯を始めた千利休やぞれぞれの千家のお墓があります。
ただ、こちらの寺院も非公開です。


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聚光院の前で、東を向きました。
目の前が大徳寺法堂ですが、こちらからは入れません。
もっと南の方から入ります。


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大徳寺法堂の向かい(北)側に、大徳寺の宗務本庁があります。
要するに、本坊ですね。
普段はここも非公開なのですが、
この日(2016年2月18日)は公開されていました。
京都市観光局主催の「京の冬の旅」による特別公開ですね。
(本当に、いつもお世話になっています)


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大徳寺宗務本庁には、自分は生まれて初めて入りました。
入ってすぐに、こちらがあります。
方丈に入る前の待合所のようですね。


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その待合所の向かい側に、大徳寺の本坊があります。
こちらから入り、600円払って中を参拝してきました。
ただし、屋内は完全に撮影禁止なので写真はありません。

本坊内の方丈の襖絵は狩野探幽作なのですが、
残念ながら大半は日焼けしてだいぶ墨が落ちていました。
また、方丈庭園は南側と東側のものが凝っていて
特に東側庭園は故意に縁側を歪めることで、
遠近法を活かした独特の眺めを楽しめるようになっていました。


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では、大徳寺の方丈(宗務本庁)を出ます。
なかなか良かったので、終了までにもう何回か見に来たいですね。


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先ほどの門をくぐって、南を向きました。
フレームから外れますが、右(西)側の道からここに来ました。
左(東)側に、法堂が見えますね。


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方丈から、約100m南に下がりました。
今度は左(東)側に、山門が見えます。
法堂と山門の配置は、多くの禅寺に見られる風景です。


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大覚寺方丈から南に続く道は、約100mで終わります。
ここを左(東)に進むと、勅使門前経由で大覚寺の外に出ます。
右(西)に曲がると、瑞鳳院経由で大慈院に行けます。
(前回ブログに出てきた大慈院とは別の寺院です)


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先ほどの道を右(西)に曲がり、興臨院の前で南を向きました。
すぐ先に瑞峯院があり、突き当りが大慈院です。
ここからそれらの寺院をめぐりますが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、「泉仙」大慈院店で昼食を摂ります~

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第381回 泉仙大慈院店で昼食~千本通南から北~その38

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大徳寺本坊の前の道を南に約150m進みました。
大徳寺の塔頭興臨院の前で、南を向いています。
今回はこの南にある大慈院内の泉仙で精進料理をいただきました。
撮影日は、2016年2月18日木曜日午後3時半。
今回の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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興臨院の前から、南に約30m進みました。
こちらは、臨済宗大徳寺派瑞峯院です。
戦国大名大友宗麟所縁の寺院ですね。
ここは、大徳寺塔頭で数少ない公開寺院です。


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瑞鳳院の境内に入ってきました。
ここには大友宗麟のお墓があるのですが、
その場所が分からず撮影していません。


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ここは瑞峯院内部です。撮影は全地域可能です。
そういうのは、入る前に尋ねることにしています。


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こちらは、瑞鳳院方丈庭園「独坐庭」です。
蓬莱山に、波が押し寄せている様子を表しているそうです。
ただ、時間帯のせいで西日がフレームに入ってきます。


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方丈の西側を歩いています。
茶室の脇の庭なので、「茶庭」と言います。


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方丈の北側には、閑眠庭があります。
大友宗麟を偲んでこの石が十字状に並んでいるそうですが、
この角度からではよく分かりません。
(大友宗麟は、キリシタン大名ですからね)


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では、方丈から書院に戻ります。
この先から、外に出ます。


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瑞峯院の表門に戻ってきました。
実は、この門も重要文化財です。


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瑞峯院の前で、右(南)を向きました。
この突き当りに、泉仙が入っている大慈院があります。
(第379回ブログで出てきた上品蓮台寺の末寺とは異なります)


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瑞峯院から南に約20m進み、西に向きました。
こちらが、臨済宗大徳寺派大慈院です。
そして、こちらの境内に泉仙の支店があります。


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大慈院の境内に入ってきました。
大慈院の方丈はこちらなのですが、これ以上は進めません。
時々こちらで法話をされるのですが、それ以外は非公開です。


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その向かい側に、こちらの道が続いています。
泉仙に向かう場合は、こちらに向かいます。


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先ほどの場所から、西に進んでいます。
この狭い道を通り抜けると、少しだけ開けた場所に出ます。


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その開けた場所に、泉仙大慈院店の入り口があります。
泉仙は第108回ブログ本店前を通り、
第274回ブログ嵯峨野店の前を通り過ぎましたが、
泉仙の店内取材は今回が初めてです。
(ちなみに本店は仕出し屋なので、そこでの飲食はできません)
また西側で写真を撮ると、日光が強くなります。


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午後3時過ぎということもあって、お客さんは自分一人だけでした。
そういう訳で、この大きめのお座敷に案内されました。


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ですから床の間に座っても良かったのですが、
庭がよく見えるこちら側に座りました。
仲居さんが注文を聞きに来られた際、ブログの許可を求めました。
すると、かなり積極的に快諾されました。
よって、ここからは遠慮なく撮りまくります!


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禅宗寺院の境内のせいか、こちらは基本的に精進料理です。
(動物性の肉や魚は、一切入っていません)
そこで、鉄鉢料理の「あやめ」コース(3,240円)を頂きます。
先ずは、わらび餅と抹茶です。
こちらを飲食しながら、料理を待ちます。


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お茶を飲みながらゆっくり待っていると、先付が来ました。
左から、かぶらの西京味噌かけ、白和え、菜の花の浸しです。
菜の花の下に敷かれているタケノコの皮は食べられません。
全体的に薄味ですが、塩や醤油の味が濃い料理が苦手なので
自分にはとてもおいしく感じられました。


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続いては、八寸が来ました。
手前から高野豆腐、豆腐の木の芽田楽、蕗を生湯葉で巻いたもの、
蒸したご飯を押し固めたもの、ゼンマイが入っています。
先ほどから、料理が漆塗りの木椀に入ってきますが、
僧侶が持つ托鉢用の鉄の鉢を模していて「鉄鉢料理」と呼びます。


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さらに、こちらの蓋つきの小鉢と椀が出てきました。
ここら辺りで本当はお酒がほしいところですが、
「精進」なのでそこは我慢しています。


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蓋を取ると小鉢からは蒸し寿司が、
椀からは胡麻豆腐が出てきました。


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最後に、強肴(飛竜頭・南瓜・麩・オランダ豆の炊き合わせ)、
油もの(素麺・茄子・ピーマンの天ぷら)、
椀もの(お吸い物)、青菜のご飯、香の物(漬物)が出ました。
後ろの木製櫃には御代わりのご飯が入っています。
おかずがそこそこ多いので、ご飯は全部頂きました。
(ご飯は、計3杯頂きました)
今出ている分だけでも、一食分として十分な量でした。
個人的には、特に炊き合わせが好みです。
1品1品丁寧に炊いて、最後に一緒に盛り付けています。


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多少時間はかかりましたが、全部頂きました。
では、仕上げにこれを片付けます。


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そして、食べた後の鉄鉢(木椀)を一つにまとめました。
残さず全て食べると、こちらのようになります。


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泉仙大慈院店には、約30分いました。
会計を済ませて外に出ると、こちらの祠がいらっしゃいました。
周囲に立っているのぼりから、
弁財天と福禄寿が合祀されているのが分かります。


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大慈院内の先ほどの道を進み、今回ブログ最初の場所に戻ります。
季節柄、南天の実が生っていますね。


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泉仙大慈院店から東へ進み、大慈院の門前に戻ってきました。
では、ここから大慈院を出ます。


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大慈院の門の前から、大徳寺境内を北に向いています。
向こうの梅が盛りですが、あの辺りがかつての金龍院です。
今は龍源院に合併されていますが、旧金龍院付近は非公開です。
(龍源院自体は、公開されています)


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大慈院の門前から、北に約50m進みました。
今回ブログの最初の地点で、反対(北)側を向いています。
向こうに見えるのは、大徳寺の山門ですね。
(千利休切腹の原因の一つと言われる利休の木像がいらっしゃいます)


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同じ場所で、東を向きました。
では、勅使門の前を通り過ぎていきます。


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こちらが、大徳寺の勅使門です。
他の臨済宗寺院と同様に、勅使門→山門→法堂が
きれいに一列に並んでいます。


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勅使門の前から、さらに東を見ています。
南へ伸びる道の向こうから、大徳寺の外に出られます。
本来は大徳寺には、あちらから入ります。


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外に出られる門の手前で、南に伸びる道を見ています。
ここを150mほど進むと、大徳寺を出て北大路沿いに行けます。


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先ほどの場所から約30m南に進み、西に向きました。
こちらが、龍源院です。
能登(石川県)の戦国大名畠山氏や、
山口の大内氏などの庇護を受けました。


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こちらも、瑞峯院と並び大覚寺塔頭では数少ない公開寺院です。
ですから、ここも中に入ります。先ずは、書院の床の間です。
達磨大師の掛け軸が掛けてありますね。


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続いて、方丈に入ってきました。
こちらは、方丈南側庭園の一枝坦(いっしだん)です。
石庭の中央に円形の杉苔というのも、
変わっているというか、シュールというか……


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方丈の西側に、開祖堂があります。
開祖の東渓禅師の塔所ですが、
建物自体は完成から50年ほどしかたっていません。


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こちらが、方丈北側庭園の龍吟庭です。
石が端に並び、手前が杉苔というここもかなり変わったものですね。


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方丈と書院との間に、滹陀庭(こだてい)という坪庭があります。
白砂の波と石を巧みに合わせた小さいながらも、きれいな庭です。
ちょっと途切れ途切れですが、龍源院はこのくらいで出ました。

……この時点で、午後5時を回っています!
もう他は閉まっていて、これ以上回れません。
仕方がないので、ここから先は日を改めて撮影です。

今回は、ここまでです。

~次回は、大徳寺境内の北側寺院を回ります~

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第382回 芳春院 特別公開~千本通南から北~その39

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大徳寺塔頭龍源院境内から、外を見ています。
前回ブログ散策中に、閉山時間が来たので、
1週間置いてまた散策を再開します。
今回はこの広い大徳寺境内の北側に戻り、
芳春院などの塔頭を回ります。
撮影日は、2016年2月25日木曜日午後3時。
今回も、全ての写真をクリックすると拡大されます。


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龍源院の前から、大徳寺境内を南に向いています。
道の両側に、大徳寺の塔頭が約150m先の北大路まで並びます。
(その辺りに、「大徳寺前」バス停があります)
大徳寺塔頭は大半が非公開ですが、
その塔頭を含めた大徳寺境内の広さは京都で一番です。


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今度は、龍源院の前で北を向きました。
この道は、約30m先で交差する東西の道で突き当ります。


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こちらが、その突き当りです。
松並木の背後には、朱塗りの大徳寺山門が見えますね。


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同じ場所で東を向きました。こちらに大徳寺の門があります。
その門を出たところで、大徳寺通に出ます。
この道は大徳寺東端を走り、
そのまま北に進むと新興住宅地の西賀茂まで行けます。


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今度は、同じ場所で西を向きました。
この先に、勅使門が見えますね。


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前回ブログに続いての大徳寺勅使門です。
気のせいか、1週間前(2016年2月18日)より参拝者が多いですね。


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大徳寺勅使門から、西を向ています。
左(南)に見えるのは、平康頼の塚です。
ご遺体がこの下にいらっしゃるかは、分かりません。


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大徳寺勅使門の北側に、朱塗りの大きな門が見えます。
こちらが、大徳寺山門です。
応仁の乱で焼失後、16世紀末に再建されました。
この辺りの大半は豊臣秀吉とその家臣の庇護で再建されましたが、
特に千利休の援助を受けました。
このことから、この山門の上階に利休の木像があります。
ところが、そのために秀吉がここに訪れる際に
利休の木像の下をくぐることとなり
それを屈辱と感じた秀吉が利休に切腹を命じたという説があります。
(千利休切腹の理由は、実はよく分かっていません)


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平康頼の塚の北側に、北に伸びる道があります。
この左(西)側に、前回ブログで訪れた瑞峯院と
精進料理を頂いた「泉仙」大慈院店があります。
ここをまっすぐ進むと、勅使門や山門、法堂の脇を通り抜けます。


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しばらく、北に伸びる道を進みます。
左(西)側に、こちらのポスターが貼ってありました。
2016年度の「京都冬の旅」特別公開には
大徳寺本坊と芳春院が対象になっています。
(大徳寺本坊には、第380回ブログで訪れました)


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平康頼の塚の北側から、北に約50m進みました。
目の前に、十字路があります。
左(西)に進めば大徳寺塔頭の正受院で、
右(東)に行くと大徳寺法堂です。


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こちらは、その臨済宗大徳寺派本山大徳寺法堂(本堂)です。
こちらのご本尊は、釈迦如来像です。
大徳寺は、鎌倉時代の半ばに建立された臨済宗の寺院です。
ただ、室町時代は後醍醐天皇支持派に回ったため冷遇され、
「京都五山」からも外されました。
(臨済宗の大寺院。建仁寺・天龍寺・東福寺・万寿寺・相国寺。
南禅寺は別格で、京都五山と鎌倉五山の筆頭)
それから応仁の乱の戦災後に、一休が復興しました。
今の大徳寺は豊臣秀吉が16世紀末に本坊や法堂を復興した後に、
大名がこぞって周囲に塔頭を建立したことに始まります。
おかげで、京都最大の境内を誇ります。
また千利休との縁が特に深く、
山門の木像を初め遺構もたくさん残っています。


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大徳寺法堂に参拝した後、また北に伸びる道に戻ってきました。
では、ここをまた北上します。


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その道の途中に、大徳寺塔頭の三玄院があります。
建立した石田三成のお墓もありますが、非公開です。


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平康頼の塚の北側から伸びる道は、約150mで突き当たります。
そこには、大徳寺の本坊があります。
普段は非公開なのですが、2016年3月18日まで
京都市観光局主催の京の冬の旅の企画で特別公開されています。
(第380回ブログで拝観しています)


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大徳寺本坊と第380回ブログで紹介した聚光院との間に
細く北に伸びる道があります。
次は、ここを突き当りの門まで進みます。


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先ほどの場所から、約70m北に進みました。
ここから東に進めば、大徳寺塔頭の大仙院です。
東福寺塔頭の龍吟庵と並ぶ現存する日本最古の方丈があります。
常時公開寺院なのですが、時間が無くなって行けませんでした。
(その理由は、のちほど)
では、ここをまっすぐ北上して芳春院に向かいます。


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北に伸びる道の突き当りで、芳春院の山門をくぐりました。
さらに、この北上する桜並木の道を進みます。


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桜並木の道は、約100m続きます。
この芳春院は普段は非公開なのですが、
この時期限定で方丈庭園を拝観できます。
その先の門から、拝観料600円を払って芳春院に入ります。


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その門をくぐると、こちらの庭に出ます。
紅白の梅が見事でした。
料金を払うとき、ここにブログ取材で来たことと
どこまで写真撮影が可能かを聞きました。
この庭園の向こうに見える唐門より先が見えない範囲のみ
撮影の許可を頂きました。
(つまり、ここが許可を頂いた撮影の限界です)

向こうの唐門を越えると、方丈南側庭園が見えます。
白砂の波がきれいな石庭で、
岩山と白砂の海が対照的で見事です。

方丈には、ご本尊の釈迦三尊像の脇に前田利家の正室まつの木像や
加賀(石川県)前田家の歴代大名や住職の位牌が並んでいました。
こちらは、江戸時代最大の領土を誇った
加賀前田家の菩提寺です。
そもそも「芳春院」とはまつの法名で、
こちらはそのまつが建立しました。

一方、方丈北側庭園は池泉式のまた別の趣のある庭園です。
錦鯉が泳ぐ大きな池には橋が架かっており、
その先に「呑湖閣」という大きな楼閣が建っていました。
さらに、ここは近衛家とも縁が深く
元首相の近衛文麿が学生時代にここに下宿していました。


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芳春院には、1時間弱いました。
学芸員さんの話が面白くてついつい長居してしまい、
気付いたらもう午後4時です。
急がないと、他の寺院がまた閉まってしまいます。
芳春院から出て、急いで南下しています。


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芳春院の前から南に伸びる道を南下しています。
この左(東)に、先ほど紹介した大仙院があります。
ただ、今ここに入ると
楽しみにしてた高桐院の閉山時間が過ぎてしまいます。
ですから、泣く泣く大仙院は諦めました。


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芳春院から南に伸びる道は、約70mで突き当ります。
その突き当りから、西を向きました。
この右(北)側には聚光院があって、
その東側に大徳寺本坊があります。
では、この道を西に進んでいきます。


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先ほどの地点から、西に約100m進みました。
こちらの総見院の鐘楼は、第380回ブログにも出てきましたね。


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この大徳寺境内の道は、蛇行しながら西に進みます。
急がないと、高桐院が閉まってしまいます。


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総見院の鐘楼から、大徳寺境内を約50m西に進みました。
この道は、ここで船岡東通と交差します。


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船岡東通との辻で、南に向きました。
この船岡東通を南に約200m下ると、前回ブログに出てきた
「泉仙」大寺院店の前に出ます。
さらに150m南に進むと北大路と交差し、
さらにさらに400mほど南に下がると
鞍馬口通と交差します。
(第250回ブログ第251回ブログの冒頭に出ます)


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先ほどの辻から、船岡東通を南に約50m進みました。
こちらが、臨済宗大徳寺派高桐院です。


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高桐院の山門前に来ました。まだ開門時間です。
今からここに入るわけですが、もうだいぶ写真を貼りつけたので、
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、この高桐院を散策します~

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第383回 早春の高桐院~千本通南から北~その40

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こちらは、臨済宗大徳寺派高桐院です。
大徳寺塔頭の中では珍しい公開寺院ですね。
今回は、この寺院の中を散策します。
撮影日は、2016年2月25日木曜日午後3時45分。
今回も、クリックすれば全て写真が拡大されます。


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高桐院の門をくぐると、長い道が続きます。
その周囲には、竹林が広がります。


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細くて長い道は南→西→北→西と蛇行して、
こちらの門に至ります。


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先ほどの門をくぐると、すぐにこちらに出ます。
向こうで500円払って、屋内に入っていきます。
こちらは、全て撮影可です。


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お金を支払ったところからそのまま西に出ると、
こちらの中庭が見えます。
季節柄、まだまだ枯れ枝ですね。
右(北)側に見える西の方に伸びるのは、書院です。


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では、右(北)を向きます。
初めに、先ほどの書院を拝観しましょう。


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高桐院北側の書院に入ってきました。
今は西を向いているのですが、
左(南)側から陽光が入ってきていますね。


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書院の縁側に座って、しばらく中庭を眺めていました。
木々の配置から、多分こちらを正面に作庭されているのでしょう。


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同じ場所で、北を向きました。
こちらの書院は意北軒と言って、千利休の旧宅を移築したものです。
南側以外は光が入ってこないので、
写真で見るよりも実際はかなり暗い部屋でした。


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書院の西端まで来ました。今度は北側に廊下が伸びています。
このまま書院を出て西に向かうと墓地があって
細川ガラシャのお墓と伝わる灯籠もあります。
ただ、今回はそちらには向かいません。
(取材時に、どこにお墓があるか分からなかったからです)


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先ほどの写真に写っていた廊下を北に行くと、
こちらに突き当たります。
高桐院書院の北西端は、松向軒という茶室です。
千利休の弟子で豊臣秀吉の家臣でもあった
細川忠興による自分好みの茶室です。
この寺院は、細川氏の菩提寺でもあります。


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また書院の南西端に戻って、東を向きました。
(この右手が中庭です)
では、ここを東に進み拝観料を支払った地点に向かいます。


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書院の最東端に来て、南に向きました。
この右(西)側が、中庭です。
ここ書院の南隣の部屋に、拝観料を支払うところがあります。
では、この廊下を一気に南端まで進み高桐院の本堂に向かいます。


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廊下の南端まで進む途中に、こちらの部屋がありました。
洋間ではないのですが、イスとテーブルがあります。
確か拝観料と別料金を支払うとここでも抹茶が頂けるのですが、
多分それはここなのでしょうね。


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その廊下は南端まで進むと、少し東に進んだ後また南進します。
このように蛇行しながら、高桐院の南端部に向かいます。


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こちらが、臨済宗大徳寺派高桐院の本堂です。
本堂の東端から西を向いていますので、ご本尊などは見えません。
(そういう風に撮っています)
この寺院は、千利休の弟子のひとりで
豊臣秀吉や徳川家康に仕えた細川忠興が建立しました。
ここは、細川氏の菩提寺でもあります。
書院である意北軒が元々は千利休の旧宅だったのも、
そのような理由からです。
明治時代の廃仏毀釈でかなり荒廃しましたが、
細川護立侯爵の寄進により、後に再興しました。


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本堂の南側には、苔生した庭園が広がります。
この庭園が、高桐院の象徴ですね。
参拝者の大半が、書院には寄らずにこの本堂だけ拝観されます。
(ちょっと勿体ない気がします)


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高桐院の庭園には、苔の上にカエデが数本植えてあります。
その背後の竹林が、この木々を際立たせます。
そして中央の灯籠があって、それでこの庭にあるものの全てです。
何とも簡素で大胆な庭ですが、紅葉染まる秋になれば
ここは今以上の絶景に変わります。
(本当は初夏の青葉の頃も、なかなかの絶景です)


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本堂の南西端に、こちらが吊るされています。
多分ですが、これは飾りで中に蝋燭は入っていません。
(この中の蝋燭に火を点けたら、文化財保護法違反です)


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高桐院本堂から、東を向いています。
ここから下に下りるとトイレに行けますが、
その中間に「鳳来」という茶室があります。
そちらには、行きませんでした。


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では、高桐院本堂から先ほどの廊下伝いに北上します。
要するに、元来た道を戻ります。


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高桐院の本堂と書院との間に戻ってきました。
左(西)側が書院の南側の中庭で、
右(東)側の手前がイスとテーブルのある部屋で、
奥がここの出入り口です。
突き当りが、書院である意北軒です。


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その出入り口で、外(東)を向いています。
向こうに、自分の靴が放置されていますね。
ここに来られる男女比は、圧倒的に女性が多いです。


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また、高桐院の細くて長い道に戻ってきました。
よく見ると、竹林の手前にカエデ並木が伸びています。


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高桐院の山門に戻ってきました。
……ところが、もう門は閉まっていました。
午後4時を回って、もう入門できなくなりました。
(拝観自体は、午後5時までできます)


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高桐院の山門から、東を向いています。
次は、目の前の船岡東通に出ます。


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高桐院山門前から、船岡東通を南に向きました。
この道は、約700m先の鞍馬口通で突き当ります。
文字通り、この道は船岡山の東側を通ります。


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今度は、高桐院山門前から船岡東通を北に向きました。
では、ここを進み向こうに見える突き当りを目指します。


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船岡東通は筋違いになってさらに北に伸びていて、
新興住宅地の西賀茂まで行けます。
この写真は、船岡東通から大徳寺境内の道を西に向いたものです。
この背後(東)を進むと前回ブログの大覚寺境内の中心部に至ります。
ここから西は急に日が当たらなくなり、暗くなります。
と言うのも、左(南)側にある高桐院の鬱蒼とした竹林が原因です。


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先ほどの地点から、高桐院北側の薄暗い道を約150m進みました。
目の前の今宮門前通より西に、
京都市立紫野高校のテニスコートが見えます。
その先の急な上り坂を進むと千本通に至るのですが、
それは次回ブログで進みます。


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先ほどの場所から、今宮門前通を南に向いています。
約200m先の今宮神社一の鳥居の先に、北大路が伸びています。


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同じ地点で、今宮門前通を北に向きました。
約120m先に、今宮神社がいらっしゃいます。
次は、その今宮神社に向かいます。


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京都市立紫野高校に北接して、臨済宗大徳寺派来光寺があります。
沿革などは不明ですが、清浄宗渭(せいじょうそうい)禅師が
室町時代に中興したことで知られています。
残念ながら、非公開です。


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高桐院北側の道から、今宮門前通を北に約120m進みました。
今宮門前通の突き当りに、今宮神社がいらっしゃいます。


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今宮神社の南側に、今宮通が伸びています。
こちらは、今宮門前通から今宮通を東に向いたものです。
ずっと向こうに、比叡山が見えますね。
ここから約1,200m先が、寺町通烏丸通の最北端に当たります。
そして、その地点がこのブログで行った場所の最北端です。
つまり今宮神社に入った瞬間、それがこのブログの最北端更新です。


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今度は今宮門前通から、今宮通を西に向きました。
急な上り坂の約300m先に、千本通と北山通との交差点があります。


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では、今宮神社に入っていきます。
これで、このブログ最北端更新ですね。


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今宮神社楼門をくぐって、境内に入ってきました。
今は北を向いていて、拝殿の向こうに本殿がいらっしゃいます。


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次は、境内を東を向きました。
神橋の向こうに、東門があります。


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今宮神社東門から、外を見ています。
ここから約50mだけ、茶店が並ぶ独特の街並みになります。
ここの茶店の「炙り餅」がかなり有名ですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、今宮神社参拝後に千本通に戻ります~

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第384回 桜直前の今宮神社~千本通南から北~その41

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「今宮船岡東」交差点から、
今宮通より1本北の通りを西に向いています。
今宮神社東門からこの辺りは僅か50mほどですが、
独特の雰囲気がある石畳の道です。
よく2時間サスペンスなどのロケ地に使われますね。
今回は今宮神社を参拝した後、ようやく千本通に戻ります。
撮影日は、2016年2月25日木曜日午後4時半。
今宮神社周辺のみ、クリックすれば写真が拡大されます。


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「今宮船岡東」交差点から、石畳の道を西に進んでいます。
道の両側に「炙り餅」の茶店があって、それがこの辺りの名物です。
南北に茶店が2軒ありますが、
それぞれ別の屋号を持つ別のお店です。
自分は、いつも右(北)側のほうの茶店「一和」に入っています。
(どちらも同じ製法なので、味に違いはないそうですが)


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同じような店が向かい合っていると「ライバル店」に見えますが、
回覧板を交換したり、互いの店員同士が話し合っていたり、
そういう様子が見えることから、店同士は仲がいいのでしょうね。
炙り餅は奥の座敷でも頂けるのですが、
撮影しやすい(他の人が写り込まない)表の縁台で頂きます。
まだまだ気温が低いので、縁台に小さな火鉢がありますね。


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混雑時には30分くらい待ったこともあったのですが、
閉店(午後5時)間近ということもあって、約5分で来ました。
こちらが、今宮神社名物「炙り餅」です。
炭火で炙った小さな餅を麹を発酵させた白味噌だれで頂きます。
(甘いのに、砂糖が一切入っていません)
ですから、北嵯峨の清凉寺とはまた違った炙り餅です。


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「炙り餅」を頂いて茶店を出ると、午後4時50分でした。
この日(2016年2月25日)はまだまだ枯れ枝でしたが、
秋になるとこの辺りは紅葉に染まります。
では、この東門から今宮神社境内に入っていきます。


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今宮神社の境内に入ってきました。
僅か数mの川の上に、神橋が架かっています。
ここを渡って、境内の中央に向かいます。


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その神橋を渡ったところに、手水舎があります。
先ずは、ここで手を清めます。
背後には、正門である楼門が見えますね。


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手水舎の前で、西を向いています。
左(南)側に楼門があって、右(北)側には本殿があります。


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今宮神社の中央で、北を向きました。
こちらは、拝殿越しに本殿が見えます。


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境内の北側に、今宮神社本殿がいらっしゃいます。
御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)・事代主(ことしろぬし)・
奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)の3柱です。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の妻子と考えられている神々で、
その素戔嗚尊同様、疫病退散のご利益があります。
元々こちらには疫社がいらして、平安時代に疫病が流行った際
こちらの2柱を2基の神輿に担ぎ、
船岡山頂上にこちらの2柱をお祀りしました。
それから約5年後の1001年にその2柱をこちらに戻しました。
それが、この神社の起源です。


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今宮神社本殿から、西に向かっています。
途中に窓があって、その向こうを見ています。
こちらが、本殿の西御座奇稲田姫命の祠です。
こちらにも、お参りします。


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今宮神社本殿から西を向くと、向こうにも社が見えます。
そちらは、「疫神社」(えきじんじゃ)です。
御祭神は素戔嗚尊で、疫病除けのご利益があります。
さらに、こちらにもお参りします。


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その疫神社から、拝殿の方を向きました。
いまは完全な枯れ枝ですが、こちらは桜並木です。
この今宮神社は、京都では「桜の神社」として知られています。
あと数週間もすると、ここもたくさんの方々がいらっしゃいます。


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今宮神社境内の西側には、たくさんの末社がいらっしゃいます。
ここからは、そちらにお参りしていきます。


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先ずは、一番北(北西角)の織姫社です。
御祭神は、𣑥幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)です。
織物の祖神なので、西陣織の神様と言われています。


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織姫社の前から、今宮神社境内を南に向いています。
松の木の向こうに、阿保賢(あほかし)さんの祠がいらっしゃいます。
祠にはご神体の奇石がいらして、
もし石を持ったときに軽かったら願いが叶い、
重かったら願いが叶わないという伝説があります。
(伏見稲荷大社にらっしゃるおもかる石みたいですね)
また、病気がある個所をこの石で撫でると治るとも言われています。


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「阿保賢さん」の西向かいには、八社の祠がいらっしゃいます。
日本全国の様々な神社の神様が、こちらにもいらっしゃいます。


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「阿保賢さん」の南隣に、小高い場所があります。
こちらには、「紫野稲荷」と「織田稲荷」がいらっしゃいます。
「紫野稲荷」の御祭神は宇迦御霊神(うかみたまのかみ)で、
「織田稲荷」の御祭神は織田信長です。
「織田稲荷」は、元々織田信長の墓所である
阿弥陀寺跡地にいらっしゃいました。
阿弥陀寺が上立売寺町に移転後も、
跡地である京都市上京区元伊佐町に鎮座されましたが、
1987年にこちらに移転されました。


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「紫野稲荷」「織田稲荷」の南側に、こちらの舞台があります。
その西向かいに八幡社がいらして、
さらにその南側に西へと上る石段があります。


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その西への石段の先には、「月読社」がいらっしゃいます。
御祭神は月読命(つくよみのみこと)で、月を司る神様ですね。
(京都には、松尾にも月読神社がいらっしゃいます)
実は今宮神社の西側は旭丘という丘で、その丘一帯が
「京都市北区紫野西蓮台野町」「京都市北区紫野東蓮台野町」です。
そちらとの関連はあるのでしょうか?


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その石段の中腹に、こちらの地主稲荷社がいらっしゃいます。
「地主」ということは、この辺りの土地神様ですね。
御祭神は、宇迦御霊神と猿田彦命です。


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月読社から石段を下りて、南東を向きました。
では、向こうに見える楼門から今宮神社を出ます。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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今宮神社楼門をくぐり、今宮通を東に向いています。
約50m先の看板のある辺りを北に曲がると、今宮神社東門です。


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今度は、今宮通を西に向きました。
ここから西は旭丘になるので、急な上り坂です。
そして、こちら側の今宮通以北が「蓮台野」ですね。


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今宮神社楼門から、南を向きました。
ここから北大路まで、今宮門前通が伸びます。
次は、この通りを南下します。


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今宮神社楼門から、今宮門前通を南へ約30m進みました。
西側の道沿いに臨済宗大徳寺派来光寺が見えます。
(前回ブログにも出てきました)
その来光寺の向かいに、見事な枝垂梅も見えますね。


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その来光寺から、今宮門前通を南に約120m進みました。
ここで、今宮門前通は東西の通りと交差します。
ここを左(東)に進むと、前回ブログの高桐院など
臨済宗大徳寺境内に入っていきます。


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今宮門前通から、先ほどの道を西に向きました。
第380回ブログで東(この背後)に進み、
約300m先の突き当りにある大徳寺本坊に向かいました。
この道の両脇が、京都市立紫野高校です。
では、こちらの道から千本通を目指します。


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京都市立紫野高校の敷地内に、このような碑が立っています。
江戸時代には今宮門前通以西も大徳寺の塔頭が並んでいましたが、
明治時代以降大半が廃寺になり
残った寺院も今宮門前通以東に移転しました。


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今宮門前通から、石畳の道を西に進んでいます。
100mほど、急な坂道を上りました。
向こうに、この道の突き当りにある佛教大学が見ます。
ちょうど午後5時を回ったころ、
京都市立紫野高校の校門から数人の高校生が出てきました。
多分、クラブ活動が終わっての帰りでしょうね。

……そう言えば、元日のころ午後5時を回った途端
急に辺りが暗くなりました。
この日(2016年2月25日)の日暮れは、
さらに40分ほど遅かったように覚えています。


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先ほどの場所から、石畳の上り坂をさらに80m西に進みました。
この辺りで、急な上り坂が平坦になります。
左(南)側の自動車が停まっている辺りが、
第380回ブログで紹介した臨済宗大徳寺派孤篷庵です。
今宮門前通以西に現存する大徳寺塔頭は、
先述の来光寺とこちらの孤篷庵のみとなりました。


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孤篷庵の門前から、石畳の道を西に約100m進みました。
ここでこの道の石畳が終わり、アスファルトの道になります。
約30m先の佛教大学でこの道は突き当り、千本通と交差します。


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先ほどの道から、千本通を南に向きました。
第380回ブログでは北大路から北上して、
この楽只(らくし)地区を通ってきました。
また佛教大学の前ということもあって、
「天下一品」仏大前店を初め多くの飲食店が軒を並べます。


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こちらは、その飲食店のうちの1軒です。
「JUNAYNA」(ジュナイナ)というカレー店です。
店頭の様子からなかなかおいしそうだったので、
ちょっと寄り道してみます。


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ここはアメリカのニューヨーク辺りにありそうな内装なのですが、
出されたのは完全なインド風のカレーでした。
ここは、キーマカレー(ひき肉カレー)の専門店です。
香りがとても強いのですが、実はそれほど辛くありません。
地下鉄東西線「太秦天神川」駅近くのarrowsや
鞍馬口寺町角の上善寺向かいのフェルメールとは一線を画します。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「JUNAYNA」には、約30分いました。
午後5時半を回っているのですが、まだまだ明るいですね。
右(東)に伸びる道から、ここまでやって来ました。
左(西)側に見える建物は、全て佛教大学の校舎です。
では、千本通を北上していきます。


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「JUNAYNA」の前から、千本通を北に約50m進みました。
右(東)側に、京都府立盲学校があります。
こちらには、幼稚園と小学校・中学校があります。


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京都府立盲学校の前から、千本通を北に向いています。
丸太町通以北の千本通はずっと上り坂なのですが、
だんだん急になって自転車ではもう限界の角度です。
(実は、鷹峯以北はさらに急な上り坂になります)
向こうに見えるのは、「佛教大学前」バス停ですね。


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「佛教大学前」バス停の前から、千本通を北に向きました。
約50m先に交差点がありますが、十字路ではありません。
そこから東に今宮通が伸びており、
約300m先に先ほどの今宮神社があります。
そして、この交差点から北が古代の墓所「蓮台野」です。
また、その交差点を起点に北山通が北東に伸びていて、
「蓮台野」のど真ん中を貫いています。
さらに、北北西に千本通が約900mだけ残っており、
そちらに行けば「鷹峯」地区に入れます。
そちらに向かえばまた千本通の風景が一変するのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでとします。

~次回は鷹峯に行く前に、蓮台野を散策します~

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第385回 蓮台野 西向寺~千本通南から北~その42

[蓮台野] ブログ村キーワード
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千本通を北上し、とうとう今宮通や北山通との交差点まで来ました。
今宮通以北は蓮台野で、古代や中世の墓所でした。
今回はその蓮台野を散策し、その中央にある西向寺に向かいます。
撮影日は、2016年3月17日木曜日午後2時50分。
この日は麗らかな快晴で、おかげで花粉も絶好調でした。


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千本通はここで突き当たっているように見えますが、
よく見ると北西にまだまだ伸びています。
こちらはかなり急な上り坂で、この先が鷹峰地区です。


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この交差点から北東に、北山通が始まります。
この北山通が、東蓮台野町と西蓮台野町に分けています。


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その北山通の手前に、今宮通があります。
この横断歩道を渡ると、蓮台野地区に入ります。


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千本通から、今宮通を東に向きました。
右(南)側に、前回ブログに出てきた京都府立盲学校が見えます。
では今宮通を東に進み、この急な坂を下ります。


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千本通から、今宮通の坂道を東に約100m下りました。
この辺りが蓮台野地区の最南端ですが、現在は普通の住宅地です。
ここを約200m東に進むと、前回ブログの今宮神社楼門があります。
目の前に、左(北)に折れる道があります。


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今宮通から、その道を北に向きました。
約30m先に、そこそこ大きな寺院が見えます。


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今宮通からその道を北に折れ、約30m進みました。
では、この浄土宗西向寺に入っていきます。
ここから西向寺境内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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西向寺の門の両脇に、大桜の木があります。
この時点(2016年3月14日)ではまだまだ蕾も硬いようですが、
もう2週間もすれば、この辺りも絶景になりますね。


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では、こちらの門をくぐります。
……よく考えたら、南向きなのに「西向寺」なのですね。


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西向寺の門をくぐり、すぐに右(東)を向きました。
鐘楼の手前に、お地蔵さんが何体かいらっしゃいます。
そのお地蔵さんが、この寺院の特徴でもあります。


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その鐘楼の北側には、こちらの板碑があります。
西向寺は「爪彫地蔵」の板碑で有名ですが、
それはこちらではありません。
さらにその北側に、桜を見物できそうな休憩所があります。


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その休憩所から西を向くと、こちらの景色になります。
「南無阿弥陀仏」の石塔を囲むのは、
お地蔵さんというより石仏群(つまり古代・中世の墓石)です。
京都で石仏群と言えば、六原六道珍皇寺西福寺
化野念仏寺を連想します。
そして、ここ蓮台野はその六原や化野と並ぶ
古代から中世にかけての墓所でした。
六原同様ここ蓮台野も今では完全に住宅街で、
(化野は、京都を代表する観光地鳥居本地区の只中です)
その名残はこのような石仏群のみとなりました。


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その石仏群の西側にも、墓地が広がっています。
ただし古いものではなく、全てここ数百年のものばかりです。
そもそもこの西向寺も、江戸時代初期(17世紀初め)の建立です。
その頃には、ここ蓮台野も墓所としての役割を終えていました。
(江戸時代に入り、2代将軍徳川秀忠が制定した法律により
六原や化野などと共に蓮台野での風葬が禁じられました)


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一方で、その休憩所からもう少し北を向いています。
向こうには、本堂が見えますね。


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こちらが、浄土宗知恩院派幸阿弥谷西向寺の本堂です。
本堂と庭園との間がせまいので、こんな写真になりました。
ご本尊は、阿弥陀如来二十五菩薩像です。
こちらは安土桃山時代(16世紀末)に作られたものですが、
元々は上賀茂にあった西念寺のものでした。
江戸時代初期に(17世紀初め)、浄土宗の僧侶清誉浄顕が
念仏道場「西向庵」をこの地に建立しました。
それが、この寺院の始まりまりです。
明治時代に入り廃仏毀釈により上賀茂の西念寺が廃寺となり、
その際知恩院から「西向寺」の寺号をもらい、
西念寺の本尊と「爪彫地蔵」の板碑がこの寺院に移りました。
そして、現在に至っています。
ですから境内に古代や中世の石仏が残されているものの、
この西向寺は必ずしも「蓮台野」関連寺院という訳ではありません。


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本堂の上部に、「龍」の透かし彫りがあります。
髭の部分が青く染まっていたので、
おそらく元々はもっと色彩豊かだったのでしょうね。


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本堂の前から東を向きました。こちらが西向寺の庭園です。
比叡山を借景に、なかなかの絶景です。


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本堂の北側は寺務所で、突き当りです。
その東に地蔵堂があって、さらに東に行けるようになっています。


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地蔵堂の前に、「水子地蔵尊」の道標があります。
ただ、こちらは地蔵堂とは別の場所にいらっしゃいます。
浄土宗の寺院の割にはお地蔵さんがたくさんいらっしゃるのも、
この地が元々蓮台野であったことと関連しているのでしょう。


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梅の木の背後に、鎮守社の祠と地蔵堂の土蔵が見えます。
こちらには、人間ほどの大きさの大地蔵菩薩がいらっしゃいます。


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地蔵堂の東側は、このようになっています。
少し離れたところに、先ほどの道標に書いてあった
水子地蔵尊がいらっしゃいます。


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その水子地蔵尊の東隣に、こちらの祠がいらっしゃいます。
祠の中には細長い板碑(石板)があって、
ここに描かれているお地蔵さんの絵が、かの「爪彫地蔵」です。
水子地蔵尊や爪彫地蔵の周囲は、椿に覆われています。
角度的にあまり写っていませんが、この時期が花の盛りでした。


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爪彫地蔵の東側に、門があります。
この外側を、ちょっと覗いてみます。


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ここは、西向寺境内の東側です。
向こうに京都市立旭丘中学校が見えますが、
その手前は広大な墓地です。
西側にも墓地があることを考えると、
西向寺境内は半分以上が墓地であることが分かります。
……とは言え、先述の通り墓石の形状から
全て江戸時代以降のものと分かります。
(つまり、蓮台野が墓所だった当時の墓石は
この辺りには残されていません)


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この墓地はさらに東に50mほどで突き当たり、
そこから西向寺の外に出られます。
ただ、今回は元来た道を進み山門の方に戻ります。


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西向寺東側墓地で、西を向きました。
では、この門をくぐり元来た道を進みます。


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門をくぐり、西向寺境内で西を向ています。
次は地蔵堂の前を通り過ぎ、寺務所前に進みます。


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今度は、事務所の前で南を向きました。
では、本堂や石仏群の前を通り過ぎ山門を出ます。


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西向寺山門から、南を向いています。
突き当りに見えるのが今宮通ですが、
今回は石畳の道の先まで進みます。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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西向寺の前から、東を向きました。
この細い道はすぐに北向きになって、先ほどの墓地の脇に至ります。


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今度は、西を向きました。次は、ここを進んでいきます。
右(北)側の白壁の向こうが、西向寺の西側の墓地です。


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西向寺の前の通りを西に進んでいます。
北側の西向寺を除けばこの辺りは閑静な住宅街で、
古代や中世の墓所だった名残はほとんど残されていません。


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西向寺の前から、西に約80m進みました。
ここで、北山通に突き当たります。


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北山通に出て、北東に向きました。
北山通は、バブル期に「京都の青山通」という
微妙な二つ名を持っていました。
賀茂川以東は高級なお店が並ぶ場所で、
マールブランシュの本店などが並んでいます。
最西端であるこの辺りも、その街並みに片鱗があります。
また、この道より右側が東蓮台野町で左側が西蓮台野町です。


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今度は、同じ場所で南西を向きました。
あと50mほどで、北山通が終わります。
向こうに見える大きな建物は、佛教大学です。


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北山通を南西に進み、今宮通や千本通との交差点に戻ってきました。
向こうに見えるのは、京都府立盲学校ですね。
今宮通の横断歩道を渡ると、今回ブログ最初の地点に戻ります。


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今宮通を南に渡り、西を向きました。
佛教大学の校舎の手前に、「ここから千本通」との標識があります。
まるでここから千本通が始まるようですが、
本当は北西にあと900mほど千本通は続きます。


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千本通の横断歩道が、青信号に変わりました。
では、ここを渡り千本通西側歩道に移っていきます。


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横断歩道を渡り、千本通を北に向きました。
ここから北西に、だいぶ道幅が狭くなった千本通が続きます。
だいぶ上り坂も急になり、もう自転車を扱ぐことができません。
そして、ここから先が鷹峯地区なのですが
もうだいぶ写真を貼り付けたので、
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、鷹峯を散策します~

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第386回 鷹峯散策 前編~千本通南から北~その43

386-1.jpg
今宮通と北山通との交差点から、千本通を北に向いています。
ここで千本通は半分の道幅になり、900mほど北西に続いています。
今回と次回ブログでそこを進み、千本通の突き当りを目指します。
撮影日は、2016年3月17日木曜日午後3時10分。
舗装されていますが、ここから先は完全に山道になります。


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同じ場所から、千本通を南に向いています。
この300m先に、北大路との交差点があります。
昨年(2015年)の5月に七条通を出発して以来、
約10カ月かけてここまで来ました。


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千本通から北東を向いて、北山通を見ています。
北山通はやがて真東に伸び、白川通で突き当たります。
地下鉄烏丸線「北山」駅近くの街並みが有名な通りです。


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同じ場所で、真東を向きました。
千本通からこちらに、今宮通が伸びています。
約400m先に今宮神社の楼門があって、
さらに東に進むと烏丸通の最北端に辿り着きます。


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その交差点で、千本通を北西に向きました。
ここから、千本通は京都市北区鷹峯に入ります。
この辺りで千本通は半分の道幅になって、
かなり急な上り坂になります。
もう自転車を扱いで進むことができません。


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交差点の西側佛教大学の北隣に、こちらの地図があります。
今から「現在位置」から北西に伸びる千本通を進み、
源光庵や光悦寺に至ります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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地図の向かい(東)側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
京都市北区鷹峯に入り、お地蔵さんが増えていきます。


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この辺りの千本通はアパートや住宅街が続くのですが、
だんだんと京町屋の割合が増えていきます。
多分その大半が、何代も前からこちらに住んでいるのでしょうね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今回ブログ最初の地点から、千本通を北西に約150m進みました。
こちらは、材木店のようです。
この辺りから西は北山杉の産地で、(要するに北山山中)
その分材木店も多くなります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その材木店から、さらに千本通を北西に進みます。
このような京町屋が、さらに増えていきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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木材店から、千本通を北西に約50m進みました。
こちらに、「北木ノ畑町」バス停があります。
この辺りは、約200mごとにバス停があります。


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バス停の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
この辺りは、お地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。


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その辺りで、西を向きました。
すぐ先が谷になっていて、その底に紙屋川が流れています。
(北野天満宮境内を流れて、天神川に合流する川ですね)
その向こうに見える山が低いように見えますが、
これはこの場所の標高がかなり高いからです。
(丸太町通以北の千本通は、ずっと上り坂でした)


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バス停のすぐ先に、こちらの「万湯葉」があります。
生湯葉の名店ですね。


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「万湯葉」で、こちらの汲み上げ湯葉を買いました。
汲み上げ湯葉はワサビ醤油で食べるのが一般的ですが、
自分は醤油以外何も掛けずに食べます。
(「その方が湯葉の香りを楽しめる」と
祇園にあったおでん屋「道楽」の女将さんがおっしゃっていました)


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湯葉万の向かい(東)に、こちらの公園があります。
では、この鷹峯児童公園にお邪魔します。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらの公園は南側が広大な運動場で、
北側が遊具のあるスペースです。
この時点で、午後3時半です。
運動場では20人ほどの中学生がサッカーをしていましたし、
遊具のあるスペースでは小学生が数人いらっしゃいました。
とりあえず彼らが写らない角度で撮ったので、
誰もいない写真になっています。


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鷹峯児童公園の東側に、こちらの施設がありました。
こちらは錦綾幼稚園ですね。
幼稚園と児童公園が並んでいます。


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鷹峯児童公園の南側に出て、東を向きました。
はるか向こうに、比叡山が見えますね。
この公園の外縁部には、桜並木が続きます。
このブログの更新日には、だいぶ綺麗になっているでしょうね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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鷹峯児童公園の西側に出て、千本通を北西に向いています。
右(東)側の枯れ枝が、今回ブログ更新時期には
だいぶつぼみを膨らませているのでしょうね。
では、ここからまた千本通を北西に進みます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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鷹峯児童公園から先は、京町屋や商店舗が並んでいます。
児童公園の約50m先に、コンビニエンスストアの看板が見えます。


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ちょうどその辺りに、こちらの京町屋がありました。
その脇に、自動販売機があります。


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こちらが、その自動販売機です。
漬物のスグキが、格安で売られています。
ただ100円硬貨しか受け付けないようで、
その時点の自分の手持ちでは買えませんでした。
(100円硬貨4枚必要です)


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その自動販売機の向かい(西)側に、
こちらの石碑が立っていました。
江戸時代、この辺一帯が幕府所有の薬草園でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その石碑は、こちらのコンビニエンスストアに立っていました。
コンビニエンスストアに駐車場があるのは、
京都市内ではかなり珍しいです。
まぁ、それだけこの辺りは公共の交通機関が少ないのでしょうね。


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コンビニエンスストアの北隣は、老舗漬物屋「長八」です。
本当はここにも寄ろうとしたのですが、
毎週木曜日は定休日のようです。
(2016年3月17日は、木曜日でした)


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千本通から、「長八」の北側の道を東に向きました。
はるか向こうに大原の山々が見えますが、
手前は急な下り坂です。
ここから真東に進み、紫竹西通以東が
「紫竹」「大宮」「西賀茂」地区です。
その辺りは標高もかなり低くなり、新興住宅地です。


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その角に、またお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りします。


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少し南東に下がって、コンビニエンスストアの駐車場の前から
「長八」北側の角を写しました。
こちらに、「鷹峯上ノ町」バス停があります。
この辺りは、約200mごとにバス停があります。


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そうこうしているうちに、市バスがやって来ました。
お気づきかもしれませんが、
バス停は全て西側にしかありません。
千本通自体は一方通行ではないのですが、
市バスは北西方向にしか進みません。


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「鷹峯上ノ町」バス停前から、千本通を北西に向きました。
ここから突き当りの「鷹峯」交差点まであと600mですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、ここから「鷹峯」交差点まで目指します。
長い長い「千本通編」が、いよいよ終わります~

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第387回 鷹峯散策 後編~千本通南から北~その44

386-31.jpg
「鷹峯上ノ町」バス停から、千本通を北西に向いています。
この辺りから上り坂が緩やかになり、商店舗の割合が増えます。
今回はこのまま千本通を北西に進み、「鷹峯」交差点に至ります。
撮影日は、2016年3月17日木曜日午後3時半。
今回で、長い長い「千本通編」が終了します。


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「鷹峯上ノ町」バス停から、千本通を北西に約50m進みました。
こちらに、京都中央信用金庫鷹峯支店があります。
ただもう3時を回っていますので、窓口は閉まっています。


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京都中央信用鷹峯支店の手前で、千本通から北東を向いています。
約20m先に、京都鷹峯郵便局があります。
金融機関が多いのも、この辺りが
京都市北区鷹峯の一番賑やかな場所だからでしょうね。


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京都中央信用金庫鷹峯支店の前から、千本通を北西に向いています。
この辺りから、ずっと向こうに千本通の突き当り
源光庵の白壁が見え始めます。
また市バスが「鷹峯」交差点方面に向かっていきます。
この辺は四条大宮やJR[二条」駅経由の6系市バスと、
地下鉄烏丸線「北大路」駅経由の北1系市バスに大別されます。


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京都中央信用金庫鷹峯支店から千本通を北西に約100m進みました。
この辺りで、千本通はいったん平坦になります。
目の前に、「光悦堂」という和菓子屋さんがあります。


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「光悦堂」の名物は
先ほどの看板にもあったように「御土居餅」なのですが、
今回は「光悦饅頭」を買いました。
こちらは昨年(2016年)琳派400周年を記念して、創作されました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「光悦堂」の向かい(西)側に、こちらの石碑と盛り土があります。
石碑には「史蹟 御土居跡」とあり、ここは御土居の史跡公園です。


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日が西に傾いてきたために、少し西日が入ってしまいました。
今は盛り土となったかつての御土居に、桜の木々が生えています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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御土居公園の前から、千本通を北西に向いています。
ここから信号が見える約200m先まで平坦ですが、
そこからまた急な上り坂になります。
では、はるか先に見える源光庵の白壁を目標に先を進みます。


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その辺りに、この石碑がありました。
「本阿弥光甫奮屋敷」と書かれています。
江戸時代初期の鷹峯は琳派の芸術家が多く住み、
ちょっとした「芸術家村」のようでした。
本阿弥光甫は本阿弥光悦の孫で、信楽焼を得意とした陶芸家でした。


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その石碑の向かいに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
背後の町屋にある白壁の窓も、面白いですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


387-12.jpg
そして、こちらはその北西隣の京町屋です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


387-13.jpg
その京町屋の向かい(西)側に、こちらが見えます。
この広場の奥に、
「東急ハーヴェストクラブ京都鷹峯」というホテルがあります。


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そのホテルから、千本通を北西に向いています。
ホテルの前に、「鷹峯土天井町」バス停があります。
その先に、信号のある交差点があります。
こちらを右(北東)に曲がると約250m先に「玄琢」バス停があって、
その近くに八坂神社があります。
その交差点の角に、土蔵があります。
こちらは、松井醤油という醤油屋さんです。


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千本通から、交差点で左(南西)を向きました。
レンガ造りの煙突とプラスチックのケースが、
いかにも醤油屋さんという感じですね。
その脇の桜並木と相まって、もうすぐここは絶景になります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


387-16.jpg
その交差点の北角に、「鷹峯交番」があります。
交番は、千本通では第379回ブログ以来ですね。


387-17.jpg
「鷹峯交番」の前で、千本通を北西に向きました。
松井醤油や交番の前の交差点を越えると、
千本通はまた急な上り坂に戻ります。


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先ほどの交差点から、千本通を北西に約50m進みました。
こちらの京町屋は、町内の集会所のようです。
何枚か表彰状が貼られていました。
(第317回ブログに出てきた千佛延命地蔵尊の祠に似ています)
この写真も、クリックすると拡大されます。


387-19.jpg
さらに千本通を北西に約50m進みました。
こちらは、日蓮宗放光山瑞光寺です。残念ながら、非公開です。
徳川家康に鷹峯一帯の所領を許された琳派の創始者本阿弥光悦は
熱心な日蓮宗の信者でした。
そのため、その弟子や子孫にも日蓮宗信者が多く、
この鷹峯には琳派の芸術家の屋敷跡と共に、
日蓮宗寺院も多く残されています。
石碑に書いてある「知足庵」とは、法華経の合唱道場のことで
本阿弥光悦の孫本阿弥光伝の寄進によるものです。


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瑞光寺の前から、千本通を北西に向きました。
突き当りの光悦寺の白壁が、だんだん大きくなってきました。


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瑞光寺の前から、千本通を北西に約50m進みました。
T字路の西角に、鷹峯保育園があります。
ここも、もうすぐ桜が咲きそうですね。


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鷹峯保育園の前で、千本通を北西に向きました。
千本通の突き当り源光庵の白壁まで、あと200mほどです。


387-23.jpg
近くの「京都市北区鷹峯南鷹峯町」のお地蔵さんを撮りました。
だいぶ近くなったので、お地蔵さんを撮っても
源光庵の白壁が写り込んでしまいます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


387-25.jpg
その辺りで、千本通から左(西)を向きました。
鏡石通や紙屋川の向こうの山が見えますね。
千本通はアスファルトの道ですが、ちょっと離れると
この辺りはすぐに山間部に入ります。


387-26.jpg
千本通の突き当り源光庵の白壁まで、50mをきりました。
この辺りから、さらに上り坂が急になります。


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源光庵の白壁まで来ました。
このT字路が「鷹峯」交差点で、ここが千本通の最北端です。


387-28.jpg
源光庵の白壁に背を向け、千本通を振り返っています。
ただ千本通は真っ直ぐな道ではないので、
「千本通編」の今まで通ったところはここから見えません。
この写真も、クリックすると拡大されます。


387-29.jpg
そういう訳で、先の方を限界まで拡大してみました。
第379回ブログでは見上げていた船岡山頂上も、
「鷹峯」交差点からは遙か下の方です。
南東に向いているので、向こうの山は清水寺付近のはずです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


387-30.jpg
「鷹峯」交差点から、西を向きました。
このすぐ先に源光庵の門があって、
さらに進むと遣迎院や光悦寺があります。


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今度は、「鷹峯」交差点から北東に向きました。
向こうに、「鷹峯源光庵」バス停が見えます。


387-32.jpg
「鷹峯源光庵」バス停に、北1系市バスがやって来ました。
このまま玄琢経由で紫竹西通を経て、北山通へ向かいます。
では、こちらに乗って地下鉄「北大路」駅に向かい、
そこから京都駅に向かいます。

これで、このブログ最長の「千本通編」が終わります。

~次回は、あちこち桜を散策します~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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味わってください。

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いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
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京都市内の今の天気と
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「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
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「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
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いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
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不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
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「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
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「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
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そのまま相互リンク
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京都の東山周辺です。
京都観光の
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これから京都観光を
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ここをご覧ください。

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毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

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花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
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毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
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京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

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松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

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五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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