第313回 京の中心 朱雀大路~千本通南から北~その1

[千本通] ブログ村キーワード
今回は、今年(2015年)2回目の写真の無い回です。
つまり、今回からまた新しい道を紹介します。

今回から紹介するのは、千本通です。

大宮通と西大路通との間にある道ですね。
詳しくは、ここをクリックしてください。

京都市内でも屈指の長い道で、ゆっくり取材するつもりですので
恐らくウチのブログでも一番長いシリーズになると思います。
元々は第297回ブログの続き回として書くつもりでした。
(次回は、梅小路公園の北側から始まります)
ただ、時期的に桜散策や「春祭り」に時期的に重なったために
このタイミングで始めて行きます。
当初は、今年年末の「紅葉散策」直前まで続けるつもりでした。
ですから、もしかしたら来年(2016年)になっても
まだ終わらないかもしれません。

羅城門と平安宮を結ぶ朱雀大路
この千本通は、平安京遷都当時から存在していました。
ただ、名称は「千本通」ではなく「朱雀大路」と言い
平安京の中央を南北に貫く通りでした。
平安京はこの朱雀大路から線対称に造営されており、
またこの道自体も、幅100m以上の
当時としては世界有数の広い道でした。

千本通より約100m西に、「新千本通」があります。
正確には、千本通とこの道の間が朱雀大路でした。

ただ平安時代も後期になると、
歴代天皇が平安宮以外に住まう「外御所」を好むようになり、
(現在の京都御所も、元々は外御所です)
その中心も現在のようにだんだんと東に寄っていきました。

そして、14世紀の南北朝の騒乱で全焼した後は
平安宮は再建されませんでした。
そのことによって、この千本通周辺は
もはや「都市部」ですらなくなっていきました。
江戸時代末期に新撰組が壬生に拠点を持ったとき
この辺一帯は広大な水田だったそうです。

京の五大花街「島原」
多くの京都市街地の通りがそうであるように、
この千本通もJR京都線の線路で寸断されています。
とりあえず、このブログではJRの線路より北側を取材します。
北側の千本通は、梅小路公園の北側七条通から始まります。
そこからJR嵯峨野線の線路沿いに千本通も並走します。

JRの線路と千本通の左(西)側は京都中央卸売市場で、
右(東)側は「島原」という昔の花街です。
島原は、江戸時代には祇園・上七軒・先斗町・宮川町と並ぶ
「京都五大花街」の一つでした。
幕末には長州藩士や新撰組の隊士が多く訪れた場所でしたが、
他の花街とは異なり現在はほとんど花街としては機能していません。
(太夫さんが一人いらっしゃいます。
法住寺の節分行事に参加されていましたね)
ただ、この辺りは昔のままの街並みやお店がたくさん残っています。
このブログでは、そちらに訪れます。

新撰組の拠点壬生
五条通付近にあった「京の七口」の一つ丹波口を通り過ぎ、
北上するとすぐに壬生に入ります。
(まぁ、壬生自体とてつもなく広大なのですが)
ウチのブログでも何度か新撰組関連で登場した場所ですが、
壬生寺の西側が、この千本通です。

もう一つの繁華街
三条通より北に進むと、千本通は急に幅が広い大通りになります。
(多くの方は、大宮通と勘違いされるようですが……)
三条会商店街から丸太町通も越えて一条商店街の辺りまで
とても賑やかな場所になります。
この辺りは戦前は河原町付近と並ぶ京都の最大級の繁華街でした。
当時はおしゃれな感じの河原町に対して、
より庶民的な繁華街だったそうです。
それも、1970年代にはだいぶ小さくなっていました。
ただ、今から20年くらい前からでしょうか、
地域の方々の努力によって
往時の勢いをだいぶ取り戻してきています。

大昔の墓地蓮台野
今出川通から北側の千本通は、
船岡山を避けるように北西に曲がります。
ここには地獄信仰(天台宗)などの寺院が集中します。
「かつてはこの辺りに、千本卒塔婆が立っていた」
というのが千本通の由来という説もあります。
ただ、これを否定する説もあってはっきりしません。
とは言え、こういう説が出るくらい
当時はえんえんとお墓が続いていたと考えられます。

厳密には、蓮台野は今宮通以北にある
京都市北区紫野東蓮台野町と京都市北区紫野西蓮台野町を指します。
ですから、千本釈迦堂・釘抜き地蔵・千本ゑんま堂の位置は
正確には蓮台野ではありません。
ただ、ここは京都市街地から蓮台野に向かう道中で、
それら寺院はその墓地に向かう道に作られました。

また、蓮台野内部にも西向寺があります。
この寺院と近くの大徳寺・今宮神社にも寄ります。

そして、鷹峯へ
北大路を越え、北山通まで進むと
そこで道が終わるように見えますが、
実はさらに北西に道が続きます。
そして、そこを進むと程なく千本通が突き当ります。
その辺りが鷹峯で、突き当りは源光庵になります。


JR以南の千本通
もちろん千本通はJR京都線の線路より南にも続きます。
西寺や羅城門跡より南は住宅地が続き、
そのうち桂川沿岸に出て最終的に淀の方で突き当ります。
ただ、こちらの方は道が長い割に単調なので、
また別の機会に取材します。

では、次回から千本通編の本編を進めます。
先ずは、島原からですね。

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第314回 島原散策 前編~千本通南から北~その2

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京都駅北側市バスターミナルから、
金閣寺道行き205系市バスに乗って約10分。
こちらは、西行きの「梅小路公園前」バス停です。
このバス停のある七条通から、千本通が始まります。
今回はここから千本通を北上し、
京都五大花街の一つ「島原」を目指します。
撮影日は、2015年5月21日木曜日午後2時。
30℃近い高温の完全な「夏日」です。


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そのバス停の前で、南を向きました。
ここから、梅小路公園に入ることができます。
第297回ブログでは、ここから出て、このバス停から帰りました。


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少しだけ、梅小路公園の中に入ってみます。
この日(2015年5月21日)は夏日でした。
ですから、この木陰で一休みして
一日読書とかで過ごしたら、それなりに楽しめたでしょうね。
ただ、今回の目的は「島原」なので先を急ぎます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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今度は、同じ位置で西を向きました。
JR嵯峨野線の高架の手前に「七条千本」交差点があって、
ここから北に、千本通が伸びています。


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「七条千本」交差点から、南を向きました。
JR嵯峨野線の高架の下に道が続いていて、
そちらを進むと梅小路蒸気機関車館脇の
バスターミナルで突き当ります。
ですから、七条通以南は千本通ではありません。
(千本通はJR京都線の線路以南から、また南に伸びています)


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千本通から、七条通を西に向きました。
向こうに横断歩道が見えますが、そちらが新千本通です。
つまり、この位置から向こうの横断歩道の辺りまでが
平安時代の朱雀大路でした。
その新千本通沿いに京都中央卸売市場があって、
この辺りはその関連施設が並びます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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七条通から、千本通を北に向いています。
では、この七条通の横断歩道を北に渡ります。


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「七条千本」交差点北東角に、京果ビルがあります。
こちらの1Fに、梅小路公園の来場者目当ての飲食店が並びます。
そのうちの1軒「ハンバーグ&ステーキ听(ポンド)」に入ります。


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お店の方に許可を取って、店内を撮影しました。
こちらは、夷川通烏丸西入ルに本店があるステーキ屋さんです。
ただ、この梅小路店のみハンバーガーを食べられます。
そこで、このハンバーガーとジンジャーエールを注文しました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、そのハンバーガーです。
パテは1週間ほどかけて熟成した牛肉が使われており、
とろけるような食感が特徴です。
さらに、アボガドとソースを絡ませて甘さを引き出しています。
撮影を快く引き受けていただいただけでなく、
先日葉書きまで頂いたので、
ちょっと張り切ってこの辺りを書いています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「听」を出て、七条通を西に向いています。
結局ゆっくりしすぎて、午後3時になってしまいました。
では、目の前の千本通を北に進んでいきます。


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七条通から、千本通を北に向いています。
「听」の北側に、石窯焼ピッツァ専門店があります。
ただ、こちらはランチタイムが終了して閉店していました。
では、ここを北に進んでいます。


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千本通の西側には、JR嵯峨野線の高架が走っています。
この辺りの高架下は、駐車場になっていますね。


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そして、千本通の東側は様々なお店が家屋が並んでいます。
ここは京都中央卸売市場と花街「島原」との境目なので、
その両方に関連する建物が並んでいますね。
七条通から約100m北に、北小路とのT字路が見えます。


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千本通から北小路を東に向いています。
耳を澄ますと三味線の音色が聞こえるのは、
島原が近いからでしょうか?
ここを進むと京町家が建ち並び、
約100m先の坊城通に「豆の子地蔵」がいらっしゃいます。
ただ、そちらまで行くと写真が足りなくなくなるので、
今回はここまでにします。
(そのうち、島原だけの特集記事を書こうと思います)


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北小路から、千本通を北に向いています。
この辺りの高架下は、空き地になっていますね。
北小路以北も味のある民家が並んでいるのですが、
ずっと向こうに茂みが見えます。
次は、そこを目指します。


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北小路から、千本通を北に進んでいます。
こちらは、築年数が経ったアパートですね。
京町家とはまた違った建築様式ですが、
この辺りには味のある古い民家が並びます。
北小路から千本通を北に約100m進むとまたT字路になっていて、
その辺りに茂みが見えます。


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そのT字路で、千本通から東を向きました。
こちらは、正面通です。
途中西本願寺や東本願寺渉成園で途切れながらも、
豊国神社まで伸びています。


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千本通と正面通が交わるT字路の北東角に、
「西新屋敷児童公園」があります。
こちらが、先程から茂みに見えていたものの正体です。


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こちらが、その児童公園の内部です。
北端にすべり台などの遊具が少々並んでいますが、
面積の大半が様々な植物に覆われています。
特に、ベンチの上の藤棚が立派ですね。


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そして公園内を見渡すと、やはりツツジが咲いていました。
京都市街地で一番多い花が、ツツジではないでしょうか?
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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梅小路公園同様ここの木陰も快かったのですが、
時間をかけ過ぎられませんので、そろそろ出発します。


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正面通から、千本通を北に向いています。
千本通は、JR嵯峨野線と「西新屋敷児童公園」に囲まれています。
では、ここを進んでいきます。


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正面通から千本通を北に約50m進むと、
右(東)側が児童公園から古い家屋の土塀に変わります。
この土塀は、角屋の裏側に当たります。
つまり、ここは既に京都五大花街の一つ「島原」の最西端です。


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角屋を通り過ぎると、千本通の右(東)側は雑居ビルがあります。
向こうにフォークリフトが入っているように、
この辺りは京都中央卸売市場の関連施設が並びます。


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先ほど写っていた京都中央信用金庫の北側に、
東に抜ける石畳の道があります。
こちらがかつて島原の西門があった所です。
かつての花街は塀で囲まれており、
ここと反対(東)側の大門からのみ中に入れました。


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その西門脇に、島原住吉神社がいらっしゃいます。
元々は島原の商人住吉屋太兵衛が自宅で信仰していた住吉社が、
大きな社を持ってここに鎮座したものです。
一時はとても大きな神社だったのですが、
明治時代の神仏分離令の際にいったん廃社になりました。
(神仏分離令では、「社格」が低い神社を廃社しました)
1903年に丹波高地にある小さな稲荷神社の社株を譲り受ける形で、
この神社は復活しました。
ただ、境内の面積は往時の半分以下になってしまいました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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島原住吉神社の境内に、
「幸天満宮」(さいわいてんまんぐう)がいらっしゃいます。
元々は揚屋町(要するに島原)の会所に祀られていた天神さんでした。
それが1734年に、この島原住吉神社の境内に移転されました。
明治時代になって島原住吉神社と共に廃れましたが、
島原住吉神社復活と共に再興されました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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島原住吉神社の前で、東を向きました。
この道は10mほどで突き当りますが、
そこから南に道が続いています。


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島原住吉神社から東に10mほど進み、
突き当りから右(南)に向きました。
この道も、約50mで突き当ります。


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先ほどの位置から南に約50m進んで、突き当りました。
こちらに、「重要文化財 角屋」と書かれた看板があります。
つまり、ここは角屋の北側に位置します。

また、右の電柱の陰に
「鴻臚館跡」書かれた石碑があります。
ここが花街になる前の平安時代、
この辺り一帯が鴻臚館(要するに大使館)でした。
そのころの中国は唐が滅亡して宋が建国されていなかったので、
(「白村江の戦い」以来、朝鮮半島の新羅とは国交断絶中。
新羅滅亡後、高麗と国交が復活)
中国の東北地方(満州地方)にあった渤海国の使節団のために
建てられた建物だったようです。
とは言え、その痕跡はこの看板以外は何も残っていません。


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先ほどの位置で、東を向きました。
ここから東に、花屋町通が伸びています。
この道は、島原の北側を貫いています。
右(南)側に角屋の塀が見えますが、
この辺りから京町家が並ぶ独特の雰囲気になります。


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先ほどの位置から花屋町通を東へ約40m進み、南に向きました。
右(西)側が角屋なのですが、左(東)側も角屋の一部です。
この辺りは京町家の形式を残す家屋が並んでいます。



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先ほどの月から南に約50m南に下がってきました。
こちらから、角屋に入れます。
角屋は、江戸時代末期には島原最大の揚屋になっていました。
当時は、長州藩士久坂玄瑞の隠れ家でした。
(第186回ブログで出てきた上禅寺が菩提寺です)
さらに、新撰組の芹沢鴨もここの常連でした。
ただ、芹沢鴨はかなりの乱暴者であったらしく、
いろいろな蛮勇が伝わっています。
(この店の帳場に押し込んで暴れたり、
吉田屋で島原の芸妓を縛り上げ日本刀で髪を切ったりとか)


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先ほどの場所から約50m北に進み、花屋町通に戻ってきました。
東を向きと、ずっと向こうに小さく「島原大門」が見えますね。
では、ここを進んでいきます。


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先ほどの辻から、花屋町通を東に進んでいます。
この辺りは、京町家と普通の家屋が半々に並んでいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。



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こちらも、元々は揚屋だったようです。
それが、今は喫茶店になっています。
この辺りの古い民家は、
そのような形で残されているところが多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その喫茶店の前から、花屋町通を東に向いています。
向こうに「誠の湯」と書かれた看板がありますが、
こちらはホテルとスーパー銭湯を兼ねた施設です。
だんだん島原大門がはっきりと見えるようになってきました。


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こちらが、重要文化財の島原大門です。
江戸時代は、ここからこっち(西)が花街「島原」でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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島原大門より東の花屋町通を見ています。
花屋町通はここをずっと進めば西本願寺と東本願寺の北端を通り、
最終的に第110回ブログの雅松公園で突き当ります。

ここからもう一度島原大門を通り抜け、
この「島原」を細かく回りたいのですが、
だいぶ写真を貼りつけたので、今回ここまでとします。

~次回は、島原から丹波口に向かいます~

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第315回 島原散策 後編~千本通南から北~その3

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前回ブログの最後の写真から、反対(西)に向きました。
大門通から花屋町通を西に向いたところに、
京都市指定有形文化財「島原大門」があります。
今回はここを西に進み花街「島原」を散策した後、
千本通経由でJR嵯峨野線「丹波口」駅を目指します。
撮影日は、2015年5月21日木曜日午後4時。
ちなみに、この写真はクリックすれば拡大されます。


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「島原大門」をくぐり、花屋町通から西を向いています。
石畳の道が整然と並んでいますが、
もう「島原」は花街としては機能していません。
ただ、様々な史蹟がたくさん残っており、
さらに多くの置屋や揚屋も外観を残して商店になっており、
京都の中でも屈指の散策ポイントと言えます。
今回は、前回ブログで回りきれなかったところを散策します。


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「島原大門」から花屋町通を西に、約30m進みました。
ここは、坊城通との辻です。
その辻の南東角の京町家に、大工さんが入っています。
外観を残して、中を飲食店などにするようです。
京都市街地全般でよく見かけるのですが、
この島原で特に多く見かける光景です。


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花屋町通から、坊城通を北に向いています。
ここをずっと進むと、(京都産業大学付属高校を回り込めば)
約700m先に壬生寺があります。
ここから電柱の3本先(約100m先)に日蓮宗法華寺があって、
その向かいにかつての島原歌舞練場跡があります。
稲荷神社のある大楠も健在でしたが、今回は寄りませんでした。


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こちらは、先ほどの写真でも写っていた
「坊城通花屋町上がる」にある京町家です。
「輪違屋」という島原屈指の置屋です。
太夫や芸妓さんの派遣会社ですね。
(舞妓さん・芸妓さん・太夫さんは、皆「置屋」に所属します)
ちなみに、現在この置屋に所属する太夫さんは4人です。
京都市有形文化財に指定されていますが、非公開です。
この写真はクリックすると拡大されます。


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坊城通から、花屋町通を西に向いています。
この辺りから、この花屋町通にも京町家が建ち並びます。


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坊城通の西側に、「誠の湯」があります。
こちらは「松栄」というホテルなのですが、
施設の一部をスーパー銭湯として開放しています。


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「誠の湯」西側は駐車場で、さらに西側は四辻です。
その辻の南西角に、古い京町家が見えますね。


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こちらがその京町家です。
どうも旅館だったようで、「錦清」と看板も出ていました。
ただ、目の前の黒板に「cafe&bar Kinse」とも書いてあります。
ちょっとこちらに寄ってみました。

扉を開けると中は暗く、一見すると閉店しているように見えます。
それを無理やり入ると、中に人がいて実は開店していました。
(閉まっていると思っても、中に入る方がいいようです)
中が暗いのはここがバーだからですが、
紅茶やケーキなどの喫茶メニューも充実しています。
洋酒がしっかり効いたシフォンケーキが絶品でした。
その器も、切子細工のガラス皿を使用していました。
内装も恐らく大正時代くらいのままで、
窓にはステンドグラスが貼られており、
閑院宮載仁親王の書画も飾ってありました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「誠の湯」の駐車場と「kinse」にはさまれた短い道には
特に名称はありません。
花屋町通から、その道を北に向いています。
その向こうに、銭湯が見えますね。


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こちらがその銭湯「島原温泉」です。
花街の銭湯は「当たり」が多いので、ちょっと寄ってみました。
(さすがに、中の写真はありません)
浴室は基本的にタイル地ですが、所々に岩を配し
特に男湯と女湯の仕切りの上部は屋根瓦で装飾されていました。
脱衣所の壁一面に貼られた芸妓さんの団扇が
如何にも「花街の銭湯」という感じです。
規模は小さいですが、船岡温泉とイメージが似ています。


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島原温泉から出て、南に向いています。
花屋町通に戻るまでに、京町家があります。
この日(2015年5月21日木曜日)は定休日でしたが、
2015年5月31日日曜日に再訪したときは開いていました。
こちらは、「Hygge」という町家カフェです。
「町家カフェ」とは京町家を利用した喫茶店のことです。
前述の「kinse」は旅館を基にしていましたが、
こちらは京町家の民家を改装しています。
手前の土間に調理場と客席が置かれる構造で、
そこは第247回ブログのplangipaniと同じ内装です。
「島原温泉」の帰りに寄るのにちょうどいいので、
これからもたびたび利用しようと思います。
紅茶も充実していましたが、ここでは凍頂烏龍茶を頂きました。
最近京都で中国茶を出すお店が激減しているので、
個人的には大助かりです。
ただ、ウバ茶のミルクティーも一度試してみたいですね。

~2015年8月2日追記~
2015年8月24日午後7時から午後9時まで
「Hygge」で、島原の置屋輪違屋の桜木大夫がイベントを行います。
島原の大夫が旦那さんに行う「かしの式」を行ったり、
直接太夫さんとお話ができたりします。
詳細は、この後の追記を参照。


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また花屋町通に戻り、西を向きました。
「kinse」の向い(北)側に、白い家屋があります。
こちらは製本所です。


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その製本所の前に、こちらがありました。
ここで和紙を売っているようです。
na-ohさんのブログでも出てきましたね。


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「kinse」と製本所の前から、花屋町通を西に向いています。
この辺りから京町家の割合が増えてきます。
それらは民家も多いのですが、
旅館を経営しているところも多くなります。
花屋町通は、約100m先でいったん突き当ります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先ほどの場所から約100m西に進み、南を向きました。
右(西)側の建物が、角屋です。
ここは今は歴史博物館になっているのですが、
この時点で午後5時、前回ブログで立ち寄ったのも午後3時半。
閉館時間近くだったので、今回ブログでは寄りませんでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先程と同じ地点で、花屋町通を西に向きました。
角屋の屋根の上から見えるJR嵯峨野線の高架辺りに、
千本通が並行しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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花屋町通を西に突き当りました。
花屋町通は、ここでいったん途切れて新千本通で復活します。
写真は、「東鴻臚館」跡の石碑です。
前回ブログでも、登場しました。


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「東鴻臚館」跡石碑の前で、北を向きました。
千本通に戻るには、こちらの道を進まなければなりません。


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先ほどの場所から、北に約50m進みました。
ここで西に道があって、約10m先の千本通に突き当ります。
左(西)側に小さな神社が見えますが、
そちらが前回ブログで立ち寄った島原住吉神社です。


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先ほどの道から約20m西に進み、千本通で北を向きました。
右(東)側に、島原住吉神社が見えますね。
左(西)側にJR嵯峨野線の高架が見えますが、
ちょうど京都行きの電車が通り過ぎていきました。


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島原住吉神社の鳥居前から、北に約50m進みました。
こちらは京都でも古参のちゃんこ料理屋ですが、
撮影日(2015年5月21日木曜日)は定休日でした。
そのちゃんこ屋さんの向こう(東)側に、大きな銀杏が見えますね。


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こちらが、その大銀杏の根許です。
この木までが江戸時代は島原住吉神社でしたが、
小さくなったために神社の境外になってしましました。


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大銀杏の根許は、今では独立した神社になっています。
こちらは、その神社の末社に当たる祠です。
どちらの神様が祀られているかは、分かりません。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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そして、こちらが大銀杏根許にいらっしゃった弁財天です。
小さいながらも、本殿ということになりますね。
こちらも、クリックすれば拡大されます。


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その境内に、こちらのネズミがいました。
小さくてかわいいのですが、やせ細ってたぶん失明していました。
まぁ賛否あるでしょうが、
食べ物だけ置いてここを立ち去りました。


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大銀杏の前から、西を向いています。
では、JR嵯峨野線高架下を並走している千本通に向かいます。


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千本通に戻り、北を向きました。
ここからは、千本通の右(東)側も京都中央卸売市場の施設です。


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先ほどの写真で、トラックが出てきた所を撮りました。
こちらは、京都中央卸売市場青果1号棟です。
野菜とかの卸売りが行われるところですね。
この時点で午後5時半ですから、
中に人がいらっしゃる形跡はありません。
12時間ほどしたら、状況は一変するのでしょうね。


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京都中央卸売市場青果1号棟の前から、西を向いています。
JR嵯峨野線の高架下から、
京都中央卸売市場3号棟越しに新千本通が見えます。
ただ規制線が張られており、関係車両以外は通り抜けできません。


315-32.jpg
この辺りに、こちらの看板が立て掛けられていました。
もう、卸売市場の中ですね。


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千本通をさらに北に進んでいます。
千本通の両側に京都中央卸売市場の施設が並んでいます。


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大銀杏の前から千本通を北に約200m進み、
中堂寺通を東を向きました。
右(南側の建物が京都中央卸売市場青果3号棟で、
奥の茂みが中堂寺児童公園です。
本当は児童がたくさんいたのですが、その写真はありません。


315-36.jpg
中堂寺通から、千本通を北に向いています。
右(東)に、京都中央卸売市場の駐車場が見えます。
左(西)側のJR嵯峨野線の上に、「丹波口」駅のホームが見えます。
約70m先に赤いマンションが見えますが、
その向こうが五条通ですね。


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先ほどの地点から約70m進み、五条通に着きました。
京都市街地でも一番広い道幅の通りですね。


315-38.jpg
千本通から、五条通を東に向きました。
堀川通より西は、五条通もオフィスビル街ではなくなります。
そう言えばこの自転車屋さんですが、
この間まで本屋さんだったような気がするのですが……


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五条通から、千本通を北に向きました。
ここからまた北に進む予定ですが、それは次回以降にします。


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そして、千本通から五条通を西に向きました。
交差点の横断歩道を渡ったところに、
JR嵯峨野線「丹波口」駅があります。
五条通は京都中央卸売市場最北端の通りでもあり、
この駅も卸売市場や島原からの乗車が多いようです。
では、今回はここから京都駅に戻ります。

~次回は、壬生に向かいます~

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第316回 光徳児童公園~千本通南から北~その4

[光徳公園] ブログ村キーワード
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京都駅から、JR嵯峨野線に乗って1駅。
こちらは、「丹波口」駅です。
今回は、ここから千本通を北上し「光徳公園」を訪れます。
撮影日は、2015年6月2日火曜日午後3時。
京都は、この日まで「夏日」の快晴でした。


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JR嵯峨野線「丹波口」駅のホームから、南西を見ています。
「京果」と書かれたビルは、京都中央卸売市場の施設です。
(青果の卸売りをしている場所でしょうね)
その向こう(西)に、新千本通が南北に走っています。
ここは、京都中央卸売市場の関係者が多く利用する駅です。


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今度は、西側のホームを覗いています。
ちょうど京都駅行の電車が入って来るので、
たくさんの方々が待っています。
ここの下に千本通が並行していて、
さらにその左(東)に京都中央卸売市場の施設があります。
京都五大花街の一つ「島原」は、その南側にあります。
(この辺りは、前回ブログで訪れました)


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JR嵯峨野線「丹波口」駅ホームから、下へと続く階段があります。
この駅は高架の上にあるので、
改札口へはここから下りなければなりません。


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その階段をおりると、コンコース階があります。
この周囲にベンチがあって、そこで休憩ができます。
では、さらに階段を下りて向こうに見える改札口を通り抜けます。


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JR嵯峨野線「丹波口」駅改札口を通り抜けました。
この駅は東側が千本通、北側が五条通に接しています。


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JR「丹波口」駅を出て、北を向いています。
ここはJR嵯峨野線の高架の真下ですが、
目の前の横断歩道は「五条千本」交差点のものです。
五条通以北のJR高架下が、駐輪場になっています。
この辺には少ないので、結構利用させてもらいます。


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五条通を北に渡り、そこから西を向きました。
ここから西に進むと国道9号線となり、
そのまま亀岡市経由で丹波高地へと進みます。
ですから、この辺りが京の七口の一つ丹波口と思いきや、
本当の丹波口は第314回ブログの最初に出てきた
七条千本交差点の西側にあったそうです。


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JR嵯峨野線の高架下で、今度は東を向きました。
ここは「五条千本」交差点です。
五条通は、京都市街で最も幅の広い道です。
この辺りは寂しい感じですが、
堀川通以東はオフィスビル街になります。


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五条通から、千本通を北に向いています。
左(交差点北西角)に、下京消防署中堂寺派出所が見えます。
では、ここを北上していきます。


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五条通から、千本通を北に進んでいます。
右(東)側に、「マツモト」という地域スーパーが見えます。
ここの折り込み広告は、いつも魚がおいしそうです。

実はこの取材の帰り道、軽い熱中症になりまして
(体温が下がらず、軽く脱水気味)
ここで涼んで休憩しました。
ついでに、カツオのたたきを買って帰りました。


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その「マツモト」の向い(西)側には、こちらの薬局があります。
この角度からは見にくいのですが、
そのドラッグストアのさらに西にJR嵯峨野線の高架が走っています。


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五条通から、千本通を北に約130m進みました。
ここで、千本通は万寿寺通と交差します。


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千本通から、万寿寺通を東に向いています。
右(南)側に、地域スーパー「マツモト」が見えますね。

万寿寺通は、ここからだんだん細くなって
大宮通の手前でいったん途切れます。
堀川通以東でさらに復活して、河原町通まで伸びています。
(第155回ブログを参照)
さらに川端通以東でまた復活して、六波羅蜜寺の南側を通り抜け
最終的に路地の石段になって東大路まで伸びています。
(第151回ブログを参照。六波羅裏門通のことです)


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今度は、千本通から万寿寺通を西に向いています。
万寿寺通は、目の前のJR嵯峨野線の高架でいったん途切れます。
(この辺の東西の道の約半分は、この高架でいったん途切れます)
さらにこの万寿寺通は何度か途切れて復活して
最終的に西小路から桂川東岸に至ります。
(松原通東から西EXのルートです)


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「万寿寺千本」交差点北東角に、こちらが見えます。
小鳥の像が乗った車止めを越えると、公園の中に入れるようです。


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では、こちらの「光徳公園」の中に入っていきます。
今回ブログのメインですね。


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車止めを越えて、光徳公園の中に入ってきました。
この北東に伸びる幅の広い道が、ここのメインストリートです。
両脇の木々は、百日紅(さるすべり)でしょうか?
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先ほどの地点で、右(東)を向いています。
公園の向こうに、「マツモト」が見えますね。
こちらの道は遊歩道になっていて、
公園の周囲をゆっくりと回れるように作られています。


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先ほどの道を回ると、1周してこちらに戻ってきます。
時間帯のせいか、人間の代わりに
鳩のカップルが散策を楽しんでいました。


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では、メインストリートを歩いていきます。
車止めから5m進むと、桜並木が続くようになります。
実は、ここは毎年春になると絶景に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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桜の代わりに、この日(2015年6月2日)は光徳公園で
このような花が咲いていました。
周囲の葉の形状がクローバーなので、
これはクローバーの花ということなのでしょうね。
6月なら、開花時期と合っていますし……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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桜の木の根許にも、鳩が群れていました。
この公園には、本当に鳩がたくさんいますね。


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桜の木々は、光徳公園の北西側にも点在しています。
また、こちらには児童公園の遊具がたくさん並んでいます。
ただ、小学校から児童が自宅に帰るにはまだ早い時間なので、
誰も遊んでいません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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一方、光徳公園の東側にはこちらの枝垂桜の下に
ベンチがいくつか並んでいいました。
では、こちらで少し休んでいきます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのベンチに座って、さらに東側を見ています。
こちらは割と大きなグランドで、野球ができるくらいの広さです。


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そのベンチに座ったまま、光徳公園の東隣りを見ています。
こちらは、京都産業大学付属中高です。
先程から時折制服姿の方々が写っているのは、
こちらの生徒が帰宅されている様子でした。


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光徳公園のメインストリートは約100m続き、
この円形劇場で突き当ります。
こちらの劇場は半径20mほどで、その周囲はベンチが囲んでいます。
背後に大きなマンションが見えますが、
最近千本通周辺の松原通~高辻通間に高層住宅が次々建設され、
京都市街地でもこの辺りは人口増加率が高い地域となりました。
(このマンションは、第29回ブログでも出てきました)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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円形劇場から東を向きました。
向こうに、京都産業大学付属中高が見えますね。
では、ここで先ほど紹介した遊歩道を通って元の位置に戻ります。


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遊歩道をゆっくりと歩いています。
道の周囲に、桜・銀杏・楓など様々な木々が並んでいます。
こちらのベンチには何人かが方が座っていて、
談笑されているいる風景が続いていました。


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遊歩道には、こちらの花も咲いていました。
こちらは……モルダナでしょうか?よく分かりません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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遊歩道は円形なので、この角度の東西南北はよく分かりません。
向こうのベンチで、腕立て伏せ中の方がいらっしゃいました。
近付いて撮ると失礼なので、この辺りから撮っています。


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実は、この遊歩道の周辺にはこのような器具が並んでいます。
左の看板に、こう書いてありました。
「この鉄棒で、懸垂(けんすい)や大車輪をしよう」
遊歩道にはこのようなものが6カ所あって、
それぞれこのような指示が書いてあります。
つまり、先ほどの「腕立て伏せ」もこの一環のようです。


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遊歩道を歩いていると、本当に鳩とよく出会います。
平日の昼下がりだと、人影はだいぶ少なくなりますね。


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光徳公園の木々で一番多いのは桜ですが、銀杏も結構の割合です。
その中でも、こちらは特に立派な大銀杏です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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鳩が散策する遊歩道も、だいぶ歩いてきました。
向こうで、先ほどのメインストリートと交差しています。


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遊歩道とメインストリートが交差する地点まで来ました。
これで、遊歩道を半周したことになります。


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メインストリートに出て、南西に向きました。
光徳公園には、ここから入ってきました。
では、ここから光徳公園を出ます。


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光徳公園を出て、万寿寺通から千本通を北に向いています。
ここからまた千本通を北上するのですが、
それはまた次回とします。

~次回は、ここを北上して、壬生に入っていきます~

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第317回 千佛延命地蔵尊~千本通南から北~その5

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万寿寺通から、千本通を北に向いています。
右(東)に見えるのは、前回ブログに出てきた光徳公園です。
今回は、ここを北上して壬生に入っていきます。
撮影日は、2015年6月2日火曜日午後3時半。
梅雨前の暑い「夏日」でした。


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万寿寺通から、千本通を北に約100m進みました。
光徳公園の北西角に派出所が見えますね。


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先ほどの地点から、千本通をさらに20m北に進みました。
ここで千本通は、松原通と交差します。


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千本通から、松原通を東に向いています。
右(南)側が光徳公園で、ここからも敷地内に入れます。
向こうに、前回ブログで出てきた高層マンションが見えます。


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今度は千本通から松原通を西に向いています。
ここを進むと、第29回ブログで歩いたルートになります。
JR嵯峨野線の高架の手前に、
壬生温泉「はなの湯」の駐車場に行く入り口があります。
(第29回ブログ取材当時は「やまとの湯 壬生店」だったのですが、
やまとの湯本社が倒産してそこから独立する形で存続しました。
まぁ、この店自体は常時満員ですし……


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「松原千本」交差点で南西角を見ています。
こちらに大香園という焼肉屋があったのですが、
いつの間にか別の建物になろうとしています。
東寺道の「水月亭 九条店」、
近鉄「東寺」駅前の「はやし 東寺店」と並ぶ
個人的に選んだ「京都3大焼肉店」の1軒だったのですが……

~2015年9月19日訂正~
大香園は、潰れたのではありませんでした。
先ほどの写真は、改装工事の様子でした。
そして、2015年7月に新装オープンしました。
この下が、その様子を写した写真です。
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そして、こちらが2015年9月17日に自分が注文した
大香園のメニューです。
ドジョウ汁も焼肉も、健在でした。


317-7.jpg
松原通から、千本通を北に向いています。
左(西)側に見えるお寿司屋さんは約3年前から健在です。
ちなみに、この松原通を境にして「京都市下京区 中堂寺」から
「京都市中京区 壬生」になります。
では、ここを北上していよいよ壬生に入っていきます。


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壬生に入り、千本通を北上しています。
松原通以北になると、道幅がまた1車線に戻ります。
右(東)側は「新東捺染」という工場で、
この辺りは高層マンションの間に町工場が点在します。
左(西)側には、「壬生温泉 はなの湯」の駐車場があります。


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町工場以北は、千本通の右(東)側に
漬物屋や電器店などの以前から残る商店が続きます。
左(西)側のテナントには銭湯の施設内にあって、
「壬生温泉 はなの湯」駐車場からも入れます。


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そのテナントの北側からも、「壬生温泉 はなの湯」に入れます。
右(北)側に見える黄色い建物が銭湯そのものです。
駐車場の向こう(西)にJR嵯峨野線の高架が見えますが、
この銭湯はその高架と千本通にはさまれた
細長い構造になっています。


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ほぼ同じ地点で、千本通から東を向きました。
路地の向こうに、赤い高層マンションが見えます。
前回ブログにも出てきましたが、
こうして見ると相当大きいことが分かります。


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そして、その地点で今度は北を向きました。
約120m先で、千本通は高辻通と交差します。


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先ほどの地点から、千本通を約100m北に進みました。
お地蔵さんの背後に、「はなの湯」の給水タンクが見えますね。


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そのお地蔵さんの前で北を向きました。
こちらが「高辻千本」交差点です。


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「高辻千本」交差点北東角にある「千高ビル」B棟の東端に、
こちらの学習塾があります。
実は、数年前まではここはお寿司屋さんでした。
知る人ぞ知る名店で、春限定の「ホタルイカの握り」を楽しみに
一年を過ごしていたのですが……


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千本通から、高辻通を東に向いています。
高辻通は桂川の上野橋と高瀬川を結ぶ道で、ほぼこの道幅です。
この辺りは、マンションと町工場が交互に並んでいますね。


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今度は、千本通から高辻通を西に向いています。
JR嵯峨野線の高架以西は、御前通までの約500mだけ
1車線の道幅になります。
ちなみに、この高辻通からは「はなの湯」には入れません。


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「高辻千本」交差点北東角に、この標識がありました。
この周辺が壬生だと分かりますね。


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高辻通から、千本通を北に向いています。
左(西)側に、「冷やしあめ」のペナントが下がっています。
では、こちらの坂上正香園にお邪魔します。


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株式会社坂上正香園は冷やしあめの小売店で、
ここでの店頭販売もしています。
ビール大ジョッキ1杯で、200円でした。
気温が30℃を越えていたので、おいしくいただきました。


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坂上正香園の前で、千本通を北に向いています。
ここから北はマンションや町工場が姿を消し、
昔ながらの京町家が残る町並みになります。


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先ほどの写真で写っていた電器店の北側に、
こちらの住宅があります。
犬矢来がありませんが、こちらも京町家です。
最近は、犬矢来が取り払われた町家をよく見ます。


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その町家の北側に、屋根の付いた路地があります。
京都市街地では、バブル期(1990年前後)までは
このような路地がたくさんありました。
奥に平屋が何軒か並んでいて、
炊事場が共用で水道(または井戸)があって
子供の頃そこに上がって遊んでいたらよく怒られました。
(ウチの近所の路地は、バブル期に取り壊されて
今は大きなホテルの一部になっています)


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その路地の向かい(西)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
京都市街地には各町内にお地蔵さんがいらっしゃいますが、
こちらのは特に立派ですね。
上の方に、「千佛延命地蔵尊」という標札が付いています。
こちらが、今回ブログのメインです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「千佛延命地蔵尊」の祠はとても大きく、
中で休憩や雨宿りができるようになっています。
どうやら町内の集会所でもあるらしく、
京都市の掲示板も掲げられています。


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祠の南側も、撮りました。
こちらには、市民運動会の表彰状などが掲げられています。
結構な枚数があるので、相当強い町内なのでしょうね。
ウチの町内は、約40年前に1度だけ学区内1位になっただけです。


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そして、こちらがご本尊の延命地蔵尊です。
「千佛」とは千本通とこの北側にある仏光寺通を指し、
その辻近くにいらっしゃるお地蔵さんという意味とのことです。
こちらは、今から100年ほど前の大正時代に建立されたそうで、
京都市街地のお地蔵さんとしては平均的な古さです。
(ちなみに、ウチの町内のお地蔵さんは昭和時代初期建立です)
この写真は、クリックすると拡大されます。

京都市街地では、毎年8月下旬に「地蔵盆」が開かれます。
お坊さんのお参りもありますが、
町衆総出で町内の子供を遊ばせるというものです。
高辻通以南の高層マンション近くは何人も子供がいて、
地蔵盆もかなり賑やかで華やかだそうなのですが、
こちらは子供が2人だけで
古い街並み特有の現象が起こっているそうです。
ウチの町内同様に、老人会がメインになりつつあるようです。


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こちらは、「千佛延命地蔵尊」の北隣の民家です。
この辺は、このような京町家が多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「千佛延命地蔵尊」の前で、千本通を北に向きました。
京町家以外にも古い民家が立ち並び、
ある意味典型的な「京都市街地」の街並みです。


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千本通の民家と民家の間から、西を向きました。
この辺りも、約70m西にJR嵯峨野線の高架が並走しています。


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その東側には、こちらの民家がありました。
こちらも多少改装されていますが、京町家です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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向い(西)側の民家の2Fに、こちらの表札がありました。
ブリキ製で「下京区」と書いてあるので、
70年以上前のものでしょう。
(この辺りは、戦前は下京区でした)
この写真を撮ろうそすると屋内から人が出てきたので、
撮影許可を求めると「いいですよ」と
笑いながら同意していただきました。


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千本通と仏光寺通との辻に、こちらのお店があります。
「ラムネ」というのぼりが立っていたので、
壬生寺に寄った後ここで1本飲みました。
中から気さくなおじさんが出てこられて、
この近所のことをいろいろ教えてもらいました。
(千佛延命地蔵尊のことは、この方から聞きました)

こちらは「豊田食料品店」で、魚やお惣菜のほかに
ジュースやお菓子・インスタントラーメンなどが
店頭に並んでいました。
ここの店主は町内の名物おじさんらしく
商店街の紹介記事に何度か写真付きで載られたそうです。
(仏光寺通沿いに「壬生繁栄会」という商店街が形成されています)
このブログの話をして、
記事に名前を出すことにも許可をいただきました。


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千本通から、仏光寺通を西に向いています。
ちょうどJR嵯峨野線の電車が高架の上を走っています。
その高架の向こうに商店が何軒か並んでいて、
さらに向こうにアーケードがあるのですが、
ここからではよく見えませんね。


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今度は、千本通から、仏光寺通を東に向いています。
アジサイがきれいです。この写真もクリックすると拡大されます。

左(北)側のビルの隙間から、ストゥーパ(仏塔の先頭)が見えます。
その辺りが、壬生寺です。
ここから壬生寺に向かいますが、それは次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、壬生寺を訪れます~

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第318回 炎天下の壬生寺~千本通南から北~その6

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千本通から、仏光寺通を東に向いています。
道端に咲くアジサイがきれいですね。
今回は、この先にある壬生寺を参拝します。
毎年節分に訪れましたが、今年は平常運転の
「夏の壬生寺」を紹介します。
撮影日は、2015年6月2日火曜日午後4時。
そろそろ寺院が閉まる時間です。


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こちらは、「仏光寺千本」の辻の北東角にありました。
かつては測量機の小売店だったようですが、
今は営業されていないようです。
京町家ではありませんが、こういう家屋も大好きなので
写真を一枚撮らせていただきました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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千本通から、仏光寺通を東に進んでいます。
こちらに、おいしそうな蕎麦屋さんがあります。
入りたいのですが、予算の都合であきらめました……


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その蕎麦屋さんの東隣に、こちらがあります。
表札には、「壬生寺霊園」とあります。
要するに、こちらは壬生寺所有の墓地です。
八木邸内で暗殺された新撰組隊士
芹沢鴨平山五郎のお墓は、元々こちらにありました。


318-5.jpg
壬生寺霊園の向い(北)側に、壬生寺会館別館という建物があります。
こちらも壬生寺の施設とは思うのですが、
入ったことがないので詳細は分かりません。


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壬生寺会館の前で、仏光寺通を東に向きました。
左(北)側の土塀は、壬生寺のものです。
この辺りは寺院や旧宅が並んでいて、
独特の街並みを形成しています。


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その辺りで、仏光寺通から左(北)を見上げました。
ここから、壬生寺の千体仏塔が見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


318-8.jpg
千本通(今回ブログ最初の地点)から、
仏光寺通を東に約70m進みました。
では、この南門から壬生寺に入っていきます。


318-9.jpg
壬生寺南門から入ってすぐのところに、
千体仏塔がいらっしゃいます。
東南アジアのパゴダ(仏塔)をモデルに造られた供養塔ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千体仏塔の右(北)側に、壬生寺の本堂があります。
節分のときは炮烙焼の小屋が立ち、
この辺り一帯がとても賑やかになります。


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こちらが、律宗壬生寺の本堂です。
ご本尊は延命地蔵菩薩です。
ただ1962年本堂焼失の際にご本尊も焼失し、
現在のご本尊は1970年に総本山の唐招提寺から
譲り受けたものです。
元々は、平安時代中期に快賢僧都が建立した天台宗寺院でした。
こちらも、節分のときとは全然違いますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


318-12.jpg
本堂のさらに北側にも、小さめのパゴタ(仏塔)がいらっしゃいます。
どちらも、お地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、壬生寺最北端の建物です。
1Fは幼稚園ですが、もう園児たちは帰って誰もいません。
(この時点で、午後4時半)
2Fは講堂ですが、その奥が念仏堂で
年に数回そこで壬生狂言が行われます。


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千体仏塔の向かい(東)側に、鐘楼があります。
節分の際は、露店や小屋で目立ちませんが……


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鐘楼の北向かいに、こちらの水掛地蔵尊がいらっしゃいます。
お祈りするときに、柄杓で水をかけます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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鐘楼の東側に、末寺の一つ中院があります。
こちらのご本尊は、十一面観音です。
節分の際は、ここでも炮烙焼が売られます。


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水掛地蔵尊の東隣に、弁財天がいらっしゃいます。
こちらは秘仏ですが、節分の際は公開されます。


318-18.jpg
その弁財天の東隣りに、こちらの阿弥陀堂があります。
第27回ブログ第188回ブログの2回ともここを訪れました。
人によっては、ここがメインになります。


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阿弥陀堂の阿弥陀如来にお参りした後、
100円払って池の小島に入ってきました。
(ここには、阿弥陀堂からしか入れません)
こちらは「壬生塚」といって
壬生寺関係者や新撰組隊士のお墓があります。

実は前回来たときと比べて、
「あゝ 新撰組」の歌碑が立派になっていました。
(コインを入れると三橋美智也さんの裏声が流れます)
さらに、地面が石畳になっていました!
壬生塚がだんだん豪華になっているような気がします。


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壬生寺に入ってすぐに、歴代住職のお墓があります。
こちらは「官寺」なので、歴代住職は朝廷の位を持っていました。


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こちらにも、歴代住職のお墓があります。
壬生塚は、新撰組関連だけなくこのようなお墓もいらっしゃいます。


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こちらは、新撰組隊長近藤勇の胸像です。
(お墓は、京都市内にはありません)
こちらは、40年ほど前に映画関係者によって立てられました。


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その北隣に、新撰組隊士河合耆三郎のお墓です。
こちらは戦死ではなく、規約違反で粛清対象となり、
実家がお金を工面するのが遅れたために切腹させられました。
わずか数日の遅れも認めない新撰組の態度に腹を立てた
河合耆三郎の父親が当てつけの意味を込めて、
このような立派なお墓を壬生寺に建てたそうです。
(光縁寺の住職がおっしゃったことを書いています)


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こちらが、壬生塚一番奥の新撰組隊士のお墓です。
左が先述の芹沢鴨・平山五郎のお墓です。
(詳細は、第188回ブログ参照)
右がその他さまざまな隊士のお墓ですが、
よく見ると野口健二の墓碑銘がありますね。
ちなみに、河合耆三郎・野口健二など切腹した隊士の遺体は、
壬生寺ではなくここから北東にある光縁寺に埋葬されています。


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近藤勇の胸像の脇に、新撰組の慰霊碑があります。
こちらは、近藤勇の胸像よりも前からありました。


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では、この橋を渡って壬生塚から阿弥陀堂に戻ります。
ちなみに、この日も壬生塚に数人の方が来られていました。
そのときの流れで芹沢鴨のお墓にイタズラされた経緯を話すと、
(京都では、30年くらい前まで新撰組が嫌われていた話です)
だいぶ驚いておられました。


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阿弥陀堂を出ました。
ちょうど向い(南側)に、先述の中院が見えますね。


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中院の右(東)隣りに、老人ホームがあります。
こちらも、幼稚園同様壬生寺が経営しています。


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阿弥陀堂の東端に、「夜泣き地蔵」がいらっしゃいます。
赤ちゃんの夜泣きに御利益があるのですが、
その由来は諸説あってはっきりしません。


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夜泣き地蔵の道(東)に、枝垂桜の木があります。
春になると、ここも見事な光景になります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その枝垂桜の右(東)に、一夜天神堂がいらっしゃいます。
こちらも、壬生寺の末社の1柱です。


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一夜天神堂の右(東)側に、壬生寺の表門があります。
このブログでは、いつもここを利用しています。
ここを出たら坊城通ですが、
そろそろ午後5時を回り周辺施設も閉まってきました。
ですから、ここから先は日を改めてまたこの壬生寺に来ます。

今回は、ここまでです。

~次回は、この近辺の新撰組関連施設を回ります~

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第319回 小雨の壬生散策 前編~千本通南から北~その7

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前回ブログから16日後の壬生寺表門を内から外へ見ています。
炎天下の夏日から一転、完全に梅雨の小雨模様になりました。
門の外側は坊城通ですが、今回はここを北上し
新撰組施設関連を中心に壬生を歩き回ります。
撮影日は2015年6月16日木曜日午後2時。
昨年と比べて、今年の梅雨はしっかり雨が降りますね。


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壬生寺を出ました。
壬生寺から見て、坊城通の斜め向かいに京町家がありました。
ちょっと、そちらに寄ってみます。


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その京町家を表から撮りました。
こちらは、1820年に神先家のために建てられた京町家です。
(京都市指定有形文化財です)
現在は清宗根付館という印籠などに付ける「根付」の博物館です。
根付があちこち展示されていましたが、
この建造物自体がほぼ完全な形の京町家で、
ここまで残っているのは京都でも逆に珍しいです。


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清宗根付館の前で、坊城通を北に向いています。
では、壬生寺の前を通ってここを北上します。


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壬生寺表門のほぼ向かいに、新徳禅寺があります。
今は非公開ですが、節分時にはここでも炮烙焼が売られます。
ここは、新撰組発祥の地です。(第28回ブログ参照)


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新徳禅寺の前で、坊城通を北に向いています。
壬生寺の北隣に、「鶴屋」という和菓子屋さんがあります。
こちらの和菓子屋さんに、修学旅行生を初め
多くの方々が訪れているようです。


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この日(2015年6月18日)家を出るときに壬生に行くと告げたところ
「じゃあ、『鶴屋』で何か買ってきて」と言われたので、
とりあえずこれを人数分買いました。


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自分の分だけ、写真を撮りました。
ここの名物の一つが鮎焼きだそうです。
表の看板にもなっていて、他の方も買われていました。
最中は餡がくどくない甘さでそこかおいしいのですが、
このカエデの文様はどこかの家紋でしょうか?


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「鶴屋」の店舗の奥に、京町家の武家屋敷が残っています。
こちらは「八木邸」で、幕末には新撰組の屯所でした。
近藤勇や土方歳三などが暮らしていた別邸は、
取り壊されて今は和菓子屋の店舗になっています。
ここでは、八木家の方々と芹沢一派が暮らしていました。
つまり、ここが芹沢鴨・平山五郎暗殺現場です。
(前回ブログにお墓が出てきました)


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「鶴屋」(八木邸)で1,000円払うと、
こちらのパンフレットをもらった上で邸内を拝観できます。
自分は都合3回目の拝観でしたが、
中を案内される学芸員が毎回違う方で
その度に話される内容が全然違うのが面白いです。


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先ほどの写真に写っていた半券を使うと、
拝観後に抹茶と和菓子がいただけます。
(これらの料金は、拝観料に含まれます)


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和菓子は、牛皮の中に餡が入っていました。
抹茶は冷水で点てられていて、そのため泡がすぐ消えます。


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「鶴屋」の前で、坊城通を北に向いています。
右(東)側の塀は、旧前川邸のものです。
この先に、綾小路との辻が見えます。


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坊城通から、綾小路を西に向いています。
一里塚に「右 二条城」と書いてありますが、
よく考えたら二条城はここから北ではなく、北東にあります。
写真の「幸福餅」はヨモギ餅の店ですが、
ここの名物は「金つば」です。


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今度は、坊城通から綾小路を西に向きました。
南東角に、「玉野製袋所」がありますね。


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綾小路側に、「玉野製袋所」の入り口があります。
この日(2015年6月18日)は木曜日なので非公開ですが、
週末にはここの内部を拝観できます。
ここは元々「旧前川邸」で、新撰組の屯所の一つでした。
長州藩士を拷問して池田屋事件の計略を看破したり、
山南敬助野口健司が切腹したりした場所です。


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旧前川邸の前で、綾小路を東に向いています。
次は、ここから先に進みます。


319-18.jpg
綾小路を東に進んでいます。
この辺りは、細い道に古い家屋が続いています。
あちこちに、京町家が並んでいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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京町家以外にも、このような民家も並んでいます。
このお地蔵さんがいらっしゃる民家は、
ここへ来る度に撮っている自分のお気に入りです。


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その民家の向かいに、こちらの酒屋さんがあります。
近藤勇や土方歳三の名前とイラスト入りのお酒を売っている店です。
その東側に、壬生川通との交差点がありますね。


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綾小路から、壬生川通を北を向いています。
この渋滞は、四条通から続いています。
その手前に、嵐電の線路があります。


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壬生川通から、綾小路を東に向いています。
京町家はほぼ姿を消しますが、
ここからは味のある民家が並んでいます。


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壬生川通から、綾小路を東に約70m進みました。
この辺りから、綾小路の南側は
「京都市中京区壬生」から「京都市下京区」になります。
そして、ここから東に浄土宗寺院が並びます。


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こちらは、先ほどの写真にも写っていました。
浄土宗上宮王院聖徳寺です。
寺名から聖徳太子関連と分かりますが、
ここの沿革はよく分かりません。

~2015年6月30日追記~
第320回ブログに出てくる浄土宗帰命院を調べていたら、
この聖徳寺の沿革が分かりました。
こちらは、建立から1000年くらいの寺院です。
元々は天台宗でしたが、のちに浄土宗に改宗しています。
ご本尊は阿弥陀如来で、聖徳太子作だそうです。
(それが、この寺院の名称の由来です)
こちらの大桜がなかなかの名木で、
下京区が「区民の誇りの桜」に指定しています。


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門の東側に、「庚申堂」がありました。
実は、庚申堂は京都にはあまりありません。
(昔はたくさんあったのかもしれませんが、よく分かりません)


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聖徳寺の前から、綾小路を東に向いています。
次は、左(北)側の寺院に向かいます。


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この寺院から、綾小路北側も京都市下京区になります。
こちらは、浄土宗光縁寺です。
新撰組隊士山南敬助と当時の住職が懇意で、
そのため多くの新撰組隊士の遺体がここに埋葬されました。


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光縁寺には、100円払うと中で参拝できます。
本堂の中には入れませんが、
本堂の北側にある墓地には入ることができます。
自分も、線香を買って(追加料金50円)そちらに向かいます。


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本堂の北側に回り込みました。
住宅街の一角が、墓地になっています。
ですから、大声を出したりするのは厳禁です。


319-30.jpg
墓地の北西端に来ました。
トタン板の向こうに、嵐電が走っています。
実は、山南敬助ほか新撰組隊士のご遺体は
このトタン板の向こう(つまり線路の下)に眠っています。

左側は、沖田聡司と同居していた女性のお墓です。


319-31.jpg
その左(南)側に、新撰組隊士合同のお墓が3基あります。
先述の通り、この下にはご遺体は埋まっていません。
「この面積に数十人の遺体を埋めるのは困難」
とは、ここの住職の弁です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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墓地から戻ろうとすると、
本堂の真裏にこちらの鬼瓦がいらっしゃいます。
全長1mありますので、結構な迫力です。
たぶん、魔除けなのでしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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光縁寺の前から、綾小路を東に向いています。
では、ここを大宮通まで進んでいきます。


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こちらは、浄土宗光林寺です。
ここの沿革も分かりませんが、様々な碑が立っていました。
ここは幼稚園でもあるので、とても賑やかです。


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光林寺の前から、綾小路を東に向いています。
もう目の前に、大宮通が見えます。


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そして、「綾小路大宮」交差点に出ました。
京都の繁華街の一つ「四条大宮」が近いため、商店舗が並びます。


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綾小路から、大宮通を北に向きました。
約100m先に、「四条大宮」交差点があります。
阪急電車と京福電車(嵐電)の駅があって、
京都市バスのターミナルもあります。
そのため、京都でも屈指の繁華街になります。

目の前に、四川料理店があります。
こちらは、京都で初めて本格的な担担麺を出したところです。


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大宮通から、綾小路を東に向いています。
綾小路はこのまま東に伸びて、寺町通京都大神宮で突き当ります。


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今度は綾小路から大宮通を南に向きました。
大宮通は本当に雑居ビルが多いですね。
次はここを南下するのですが、だいぶ写真を貼りつけたので
今回はここまでです。

~次回は、ここから仏光寺通を通って壬生寺付近に戻ります~

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第320回 小雨の壬生散策 後編~千本通南から北~その8

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綾小路から、大宮通を北に向いています。
大通りということもあって、大宮通は雑居ビルが建ち並んでいます。
今回は大宮通を南下して仏光寺通で西進し、千本通を目指します。
撮影日は、2015年6月18日木曜日午後4時。
雨の日は西日が邪魔しないので、撮影が楽ですね。


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先ほどの写真に写っていたコンビニエンスストアの南隣に、
京都市立洛友中学校があります。
自分が中学生の頃は、「京都市立郁文中学校」でした。


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京都市立洛友中学校校門前で、大宮通を南に向いています。
では、向こうに見える仏光寺通との交差点に向かいます。


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綾小路から、大宮通を南に約100m進みました。
ここで、仏光寺通との交差点に出ました。


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大宮通から、仏光寺通を東に向いています。
ここから、約1km先に浄土真宗本山の一つ仏光寺があります。
この仏光寺通は寺町通で筋違いになった後、
河原町通で突き当ります。


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仏光寺通から、大宮通を南に向いています。
こちらに向かってくる206系市バスは、
東大路と大宮通(千本通)を結ぶ循環路線です。
ここから約200m先に松原通があって、
「松原大宮」交差点から第26回ブログが始まります。


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大宮通から、仏光寺通を西に向いています。
この辺りの仏光寺通は、乗用車が1台通れる幅しかありません。
綾小路同様に、仏光寺通も寺院が並びます。


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先ほどの写真に美容院が写っていましたが、
その西隣にこちらの洋品店がありました。
この辺は、こういう商店舗がまだまだ元気ですね。


320-9.jpg
その洋品店の向かいに、こちらの標札がありました。
下京区の「区」が新字であること(「區」ではない)と
スポンサーが「アリナミンA」であることから、
「森下仁丹」のものよりは新しいものと思われます。


320-10.jpg
「アリナミンA」の標札は、こちらのお堂に付いていました。
お堂の中を覗いてみたのですが、
お地蔵さんがいらっしゃると思いきや
阿弥陀仏がいらっしゃいました。
この写真は、クリックすると拡大します。


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お堂は、こちらの寺院にありました。
こちらは、浄土宗帰命院です。


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こちらが、浄土宗帰命院の本堂です。
境内がけっこう広いのですが、月極駐車場になっていて
乗用車が何台も並んでいました。
この写真は、クリックすると拡大されます。

浄土宗帰命院は、1600年ごろ(安土桃山時代)に建立されました。
開基は、雄蓮社文譽(ゆうれんしゃもんよし)上人です。
浄土宗なので、ご本尊は阿弥陀仏です。
文人画家の鳥羽石隠森徹山のお墓があるそうですが、
それがどこかは分かりませんでした。


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帰命院の門の前から、仏光寺通を西を向きました。
右(北)側は帰命院の塀ですが、
コンクリートなので寺院とは思えません……


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帰命院の西隣に、浄土宗月輪寺です。
九条兼実の別荘「月輪殿」が、兼実の死後寺院化したのもです。
「月輪」は、京都市東山区の東福寺から泉涌寺にかけての地名です。
(泉涌寺開基の僧月輪が地名の由来です)
ですから、この寺院ももともとそちらにあったようですが
いつごろこちらに移転したかはよく分かっていません。


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月輪寺の前で、仏光寺通を西に向いています。
右(北)側に、月輪寺の月極駐車場が見えます。
では、ここを西へ進み千本通を目指します。


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月輪寺の前から、仏光寺通を西に約50m進みました。
この辺りは、1車線の道の両脇に古い民家が並びます。
時折、このような京町家が見受けられます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


320-17.jpg
先ほどの京町家から、仏光寺通を西に約100m進みました。
こういう平屋も、京町家の典型ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その平屋の前で、仏光寺通を西に向きました。
目の前で、仏光寺通は壬生川通と交差していますね。


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仏光寺通から、壬生川通を北に向いています。
約100m先に、前回ブログで通った綾小路があります。


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今度は、仏光寺通から壬生川通を南に向きました。
約500m先の五条通を越えると、
壬生川通は島原を縦断していきます。


320-21.jpg
「仏光寺壬生川」交差点南西角に、
大韓民国居留民団の中京支部会館があります。
京都市は、日本有数の在日韓国朝鮮人が居住する都市です。


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その施設の脇に、こちらの石碑が立っていました。
どうやら、この辺りに肥後藩邸があったようです。


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壬生川通から、仏光寺通を西に向いています。
この辺りから、仏光寺通の右(北)側が
「京都市下京区」から「京都市中京区壬生」になります。
ちなみに左(南)側にあった在日韓国居留民団中京支部会館は、
中京区ではなく下京区にあります。


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仏光寺通北側に、このような民家がありました。
改装されて新しくなっていますが、こちらも京町家ですね。


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壬生川通から、仏光寺通を西に約50m進みました。
この辺りから、仏光寺通の左(南)側も「京都市中京区壬生」です。


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仏光寺通の南側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
そう言えば、この辺の綾小路や松原通と比べて
この仏光寺通はお地蔵さんがあまりいらっしゃいませんね。
お地蔵さんのいらっしゃる京町家の脇から、細い路地が見えます。
その代わり、この壬生にはこういう路地がたくさんあります。
第317回ブログ参照


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その路地の前から、仏光寺通を西に向いています。
右(北)側に、前回ブログにも登場した
清宗根付館(神先家)の塀が見えます。


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壬生川通から、仏光寺通を西に約150m進みました。
ようやく坊城通との辻に来ました。
手前(東)側の塀が清宗根付館で、奥(西)側が壬生寺のものです。


320-29.jpg
「仏光寺坊城」の辻の北西角に、
「壬生寺」と書かれた小さな碑が立っています。
ここに来るのも、3年半ぶりです。
(最近は四条通から壬生寺に来ていたので、ここを通りませんでした)


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仏光寺から、坊城通を北に向いています。
右(東)側の塀が清宗根付館(神先家)で、左(西)側が壬生寺です。
向こうに見える横断歩道の辺りから、前回ブログが始まります。


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今度は、仏光寺通から坊城通を南に向きました。
ここを進めば、第28回ブログの最後の方と同じルートになります。
ここから約200m南に京都産業大学付属中高があるのですが、
向こうから歩いてくるのは京都市立松原中学校の生徒でしょうね。


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坊城通から、仏光寺通を西に向いています。
右(北)側の塀の向こうに見えるコンクリート製の施設は
壬生寺が経営する老人ホームですね。
では、ここをさらに西に進んでいきます。


320-33.jpg
坊城通から、仏光寺通を西に歩いています。
京町家の一角に、たくさんの植木が並んでいます。
こちらは、どうも苔玉を売っているようです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


320-34.jpg
坊城通から、仏光寺通を西に約70m進みました。
こちらは、壬生寺の南門です。
第318回ブログでは、ここから壬生寺に入りました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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壬生寺南門の前から、仏光寺通を南に向きました。
約10m先に土蔵があって、ここにも大きな京町家の邸宅があります。


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こちらが、その土蔵がある京町家です。
壬生寺北隣の新鮮組屯所「八木邸」と同じ八木家の所有地です。
向こうの「八木邸」と比較して、「八木邸(南)」と呼ばれています。
こちらも京都市指定有形文化財ですが、残念ながら非公開です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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壬生寺南門の前で、仏光寺通を西に向いています。
壬生寺の向こう(西)側に見えるビルは、
第318回ブログに出てきた壬生寺会館別館です。


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壬生寺会館別館の向かい(南)に、壬生寺霊園が見えます。
その西隣に、丸福食堂があります。
この辺も、第318回ブログ以来です。
ただ、丸福食堂はこの日は閉まっていました。
木曜日は、定休日でしょうか?


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壬生寺南門から、仏光寺通を西に約70m進みました。
ここで、仏光寺通は千本通と交差します。
向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。


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仏光寺通から、千本通を北に向いています。
(やっと、千本通に戻ってきました)
ここからまた千本通を北上するわけですが、
今回はだいぶ写真を貼りつけたので
ここからは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、元梛神社の夏越の茅の輪くぐりに出かけます~

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第321回 元梛神社で夏越の祓い~千本通南から北~その9

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仏光寺通から、千本通を北に向いています。
右(東)の家屋の向こうが、第318回ブログで取材した壬生寺です。
ただ、今回はそちらへは向かわず千本通を北上し
「壬生寺道」交差点「(四条坊城」交差点)にいらっしゃる
元祇園梛神社で茅の輪くぐりをします。
撮影日は、2015年6月30日夏越の火曜日午後1時。
取材直後に、大雨が降りました。

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千本通を北上しようとしたところ、
仏光寺通にある「丸福」がこの日は開いていました。
(前回ブログ取材時は閉まっていました)
という訳で、予定を変更してここで昼食を摂ります。


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こちらが、店内の様子です。無人なので、撮りました。
午後1時を回ったところで自分が入ったので、
他の方々は自分と入れ替わりに全員帰っていきました。
壁のメニューが、なかなか味のあるお店ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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ものの10分で、こちらが出てきました。
第318回ブログのコメントで
ぽんさんが勧められていた700円の冷麺です。
(関西では、「冷やし中華」とは呼ばずに「冷麺」と呼びます)
素のラーメンに酢醤油ダレが掛かっています。
トッピングにゆで卵、蒸したエビ、キュウリ、焼豚、クラゲです。
トッピングの量が多く、別々に味が付いている丁寧な作りです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「丸福」には、約30分いました。
女将さんに撮影とブログ掲載の許可を取ったところ、
結構話込んでしまいこの時間になりました。
では、仏光寺通を少しだけ西に進み千本通に戻ります。


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再び仏光寺通から、千本通を北に向いています。
こちらのアジサイは、第318回ブログにも出てきましたね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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仏光寺通から、千本通を北に5mだけ進みました。
こちらはお寿司屋さんで、この時間も営業していました。
この自動車も、お客さんのものです。


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そのお寿司屋さんの前から、千本通を北に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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仏光寺通から、千本通を北に約100m進みました。
千本通の左(西)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
その向こう、住宅の上にJR嵯峨野線の高架が見えます。


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その向かい(東)側に、壬生寺が経営する
老人ホームへの入り口があります。
ここからでも壬生寺に入れるのですが、
一見するとそうは見えませんね。


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さらに、千本通を北に約30m進みました。
ここで、千本通は綾小路と交差します。


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千本通から、綾小路を東に向いています。
右(南)側の土塀は、壬生寺のものです。
壬生寺の北東角に、「壬生寺」と書かれた表札があります。
そう言えば、南東角にも同じものがありました。


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千本通から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらは、壬生寺の北門です。
この門をくぐると、壬生狂言の舞台近くに出ます。


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この辺りの綾小路は、南側が壬生寺の土塀で
北側は京町家が続きます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


321-15.jpg
千本通から、綾小路を東に約150m進みました。
綾小路は、目の前の坊城通でいったん突き当ります。
和菓子屋さんの「鶴屋」が右(南)側にあるのですが、
どうやら改装中です。(八木邸を含めて開いていました)
突き当りに見えるのは、第319回ブログで取材した旧前川邸です。


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綾小路から、坊城通を南に向いています。
右(西)側に「鶴屋」がありますが、八木邸にはここから入ります。
そのさらに南側が、壬生寺です。
左(東)側が旧前川邸で、さらに南が新徳禅寺です。
(新撰組発祥の地ですね)
全て第319回ブログで散策した場所です。


321-17.jpg
綾小路から、坊城通を北に向きました。
フレームから外れていますが、左(西)は「幸福堂」のお店です。
次は、ここを進んでいきます。


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綾小路から、坊城通を北に約50m進みました。
こちらは、京福電車(嵐電)の踏切です。
ウチのブログの常連で、サイドバーにサイトを貼り付けています。
さらに50m先に四条通との交差点が見えます。


321-19.jpg
京福電車(嵐電)の踏切を越えて、北上しました。
四条通に出る前に、神社の石製鳥居が見えます。
では、そちらに向かいます。


321-20.jpg
こちらが、元祇園梛神社(もとぎおんなぎじんじゃ)です。
鳥居の向こうに、くぐるための茅の輪が見えますね。
こちらが、今回ブログのメインです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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茅の輪の横に、このような解説が書いてありました。
色の付いた矢印の通りに、ここをくぐり抜けました。
その下には、この神社の主神の祇園神(牛頭天王または素戔嗚尊)と
茅の輪くぐりとの関連性が書いてあります。
このままでは文字が読みにくいので、
もし読まれる場合は写真をクリックして拡大してください。


321-22.jpg
こちらが、元梛神社の茅の輪です。
先ほどの写真の矢印のように、くるくる回って通り抜けました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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くぐり抜けた茅の輪の先に、元梛神社の本殿がいらっしゃいます。
元梛神社は、この「夏越の祓い」の日(毎年6月30日)と
節分会が一番賑やかになります。
特に節分には、ここと壬生寺で聖護院の修験者が祈祷されます。
(第186回ブログ参照)
御祭神は牛頭天王(天然痘をまき散らす厄病神)ですが、
多くの「八坂神社」「祇園社」の例にもれず
素戔嗚尊(スサノオノミコト)と同一視されています。

祇園祭は、863年に当時流行していた天然痘を鎮まるために、
神泉苑の神木を1本切り倒し
現在の三条黒門まで神輿を運んだのが始まりです。
その後、八坂神社はこの地を経由して
16世紀には現在の地に移動していきました。
この神社の「元祇園」とは、
元々ここに八坂神社があったことの名残です。


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元梛神社の脇に、ろうそくを灯すところがあります。
左上の1本は、自分が奉げたものです。


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元梛神社の隣に、式内隼神社の本殿がいらっしゃいます。
御祭神は、建甕鎚神(タケミカヅチノカミ)です。
この場所は、二つの神社が同居しています。
こちらは元々蛸薬師坊城付近にいらしたのですが、
1918年にここに移転してきました。


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隼神社本殿の前から、北を向きました。
ここから、四条通に出られます。
目の前に27系市バスが停まっていますが、
その辺りに「壬生寺道」バス停がある場所があります。


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こちらは末社の1柱ですが、お祭りしている神様が分かりません。
節分会の際はこの前で護摩が焚かれるので、
この辺りには入れません。


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その脇にも、末社がいらっしゃいます。
こちらは、形式から稲荷社でしょうね。


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社務所前に、このように茅の草が並んでいます。
多くの方々が社務所の縁側に座り込んで、
茅の輪を編んでいました。
自分も挑戦してみましたが……上手く結べません。
結局、古い茅の輪が納められるところに
自分の失敗作も入れておきました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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社務所に、こちらの茅の輪が売られていました。
(つまり、上手く作ればこうなるようです)
自分の小手先では、絶対無理です……
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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社務所脇に、アジサイが咲いていました。
この辺りは座れるようになっていて、
この花を見ながら休憩できます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、初めにくぐった鳥居です。
では、ここから元梛神社から出ていきます。


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元梛神社の前から、坊城通を北に向きました。
目の前に、四条通が見えます。
ただあくまで「千本通編」の連載中なので、
綾小路経由で千本通から四条通を越えていきます。


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今度は、同じ地点で坊城通を南に向きました。
では嵐電の踏切を越え、ここから綾小路に戻っていきます。


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元梛神社の前から、坊城通を約70m進みました。
こちらが、「綾小路坊城」の辻です。
「幸福堂」と旧前川邸が見えますね。


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坊城通から、綾小路を東に向いています。
目の前に旧前川邸があって、ずっと進めば光縁寺に至ります。
この辺は、全て第319回ブログのルートですね。


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こちらは、「幸福堂」という和菓子屋さんです。
(先ほどから見える「誠」の幟が立っているお店です)
昨年の節分では、ここで名物の金つばを買いました。


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ただ、今回は6月30日ですし「水無月」を買いました。
白蜜と黒蜜それぞれ一つ140円でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、「水無月」自体をアップで撮りました。
こちらも、クリックすれば拡大されます。

旧暦6月30日は季節の変わり目で、体調を崩しやすい時期でした。
ですから、京都では無病息災を願って「夏越の祓い」を行いました。
具体的には、茅の輪をくぐったり氷を食べたりしました。
ただ、夏に氷を食べられるのは一部の有力者だけした。
そのため、庶民は氷に似せた和菓子を食べるようになりました。
それが、水無月の始まりです。

水無月は、製法も味も名古屋のういろうに似ています。
違いは唯一で、上部に蒸した小豆がトッピングされているだけです。
直角二等辺三角形なのは、氷に似せようとした名残です。

ですから「夏越の祓い」のために、
茅の輪くぐりの帰りにはこの水無月を買って帰りました。


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坊城通から、綾小路を西に向いています。
ここは、「幸福堂」「鶴屋」という
2軒の和菓子屋さんに囲まれています。
「鶴屋」さんの北側は改装中で、
大工さんがこの細い道をずっと往復されていました。
ではここから千本通に向かい三条通を目指すのですが、
それは次回以降とします。

~次回は、千本通から三条通を目指します~

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第322回 京町家が並ぶ風景~千本通南から北~その10

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坊城通から、綾小路を西に向いています。
右(北)側が和菓子屋の「幸福堂」で、
左(南)側が同じく和菓子屋の「鶴屋」(八木邸)です。
今回はいったん千本通まで西進した後、
北上して四条通を越えていきます。
撮影日は、2015年7月5日木曜日午後3時半。
曇っている割には、日差しが強めでした。


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「綾小路坊城」の辻の南西角は「鶴屋」(八木邸)なのですが、
その一角が駐車場になっています。
1年半前にここに来たときは違ったような気がします……


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坊城通から、綾小路を西に進んでいます。
左(南)側の和菓子屋「鶴屋」は、現在改装中です。


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さらに綾小路を西に進んでいます。
この辺りは、古い京町家が並んでいますね。
綾小路は、京都市街地でも屈指の京町家が多い通りです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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この辺りで、南を向きました。
「鶴屋」(八木邸)の北側は、
「アネックスYAGI」というアパートです。
まぁ、元々八木家はこの辺一帯の大地主ですしね……


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そのアパートの前から、綾小路を西に向いています。
向こうに、壬生寺北門が見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、その壬生寺北門です。
(壬生寺には、第318回で訪れました)
前回ブログでも書きましたが、
節分の壬生狂言にはここから入ると便利です。


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壬生寺北門の前で、西を向きました。
綾小路は約50m先で、いったん千本通で突き当ります。


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この辺りの綾小路を歩いている途中で、北を向きました。
向こうの線路の上に、京福電車(嵐電)が通過しました。


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坊城通から、綾小路を西に約150m進みました。
ここで綾小路は、いったん突き当ります。


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綾小路から、千本通を南に向いています。
前回ブログでは、向こうからこちらに来ました。


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綾小路から、千本通を北に向いています。
約5m先に、西に向かう道があります。
ここより西の綾小路は、そちらになります。


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千本通から、綾小路を西に向いています。
綾小路はJR嵯峨野線の高架を越えた後、何度も筋違いして
最終的には天神川を約150m西に行ったところで突き当ります。
(そこを南下すると、第32回ブログの西京極陸上競技場前に出ます)


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同じ地点で、千本通を北に向いています。
すぐ先に京福電車(嵐電)の高架が見えますが、
遠くからだと道の上に鉄骨が横たわっているようですね。


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さらに、千本通を北上しました。
この距離だと、ここがさすがに高架だと分かります。


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そうこうしているうちに、京福電車(嵐電)の車両が来ました。
また井筒八ッ橋の「夕子」バージョンです。
(嵐電は、広告を貼りつけたラッピング車両が主流です)
個人的には、「右京警察」バージョンが一番好きです。
この写真は、クリックすると拡大されます。

ちなみに京福電車(嵐電)の車両見物には、
「山ノ内」駅周辺が一番です。


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では、この高架をくぐります。
レンガ造の柱の隙間から、雑草が生えています。
個人的には、それなりにきれいと思うのですが……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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京福電車(嵐電)の高架を背に、千本通を北に向いています。
目の前に、四条通が見えますね。


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「四条千本」交差点南東角に、お好み焼き屋さんがあります。
店構えからしておいしそうなのですが、
時間帯の関係か閉まっていました……


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千本通から、四条通を西に向いています。
向こうに見えるJR嵯峨野線の高架を越えると、
日本写真印刷の大きな工場があったりして、
西院(「四条西大路」交差点)までは
夜などはかなり寂しい場所になります。
(その分、「西院」は京都でもかなり賑やかな繁華街ですが)
ただ、「千本四条」交差点南西角は
ラーメン屋さん初めおいしい飲食店が割と並んでいます。


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今度は、千本通から四条通を東に向きました。
ここから約150m先に、前回ブログで茅の輪くぐりを行った
元祇園梛神社がいらっしゃいます。
さらに300mほど東に進めば、京都屈指の繁華街「四条大宮」です。
(阪急電車と京福電車(嵐電)の駅と、市バスターミナルがあります)


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四条通から、千本通を北に向いています。
左(西)側に京都調理師専門学校が、
右(東)側にパチンコ店が見えますね。
では、ここを北上していきます。


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四条通から、千本通を北に歩いています。
右(東)側のパチンコ店は結構大きくて、
この写真撮影の途中にも、
オートバイクや自動車が何台か入っていきました。
(店内に、大きな駐車場があります)


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さらに、千本通を50mほど北上しています。
右(東)側は、先ほどのパチンコ屋さんの駐車場の入り口です。
ここから見ると、3F建ての立体駐車場です。
ただ、このパチンコ屋さんより北はまた風景が一変します。


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そのパチンコ屋さんより北には、真新しい住宅もありますが
このような京町家も多く並びます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その京町家から、千本通を北に向きました。
こうして見ると、真新しい住宅と京町家が半々といったところです。
昔はもっと町家の数も多かったのですが、
ここ20年でこの辺の様子も一変しました。


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とは言え、まだまだ半分は京町家が残っています。
このような「森下仁丹」の看板も、相当数健在です。
「下京區壬生」と書いてあるので、だいぶ古いものです。
(この辺が下京区なのは、1945年以前です)


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千本通の左(西)側に、結構広い抜け道が見えました。
住宅の向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。


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そして、その辺りの千本通の右(東)側にはこちらの町家です。
本当に、この辺りは新しい住宅と町家が交互に並んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その町家の前から、千本通を北を向いています。
だいぶ歩いたように見えますが、
四条通からはまだ150mほどしか歩いていません。
目の前に、西へ抜ける道があります。
中心街なら錦小路が通る辺りなのですが、
この道には名前がありません。


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千本通から、その名前がない道を西に向いています。
約30先に、小さな橋が見えます。
ちょっとそちらにお邪魔します。


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こちらが、その小さな橋です。
この道は、約30m先のJR嵯峨野線の高架で突き当ります。


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その橋の上から、南を向いています。
先ほど見えていた脇道の辺りに、立派な桜の木が見えますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。

ちなみに、この橋は「西高瀬川」に架かっています。
第56回ブログの後半で三条通から南下して、
このように千本通の西側を貫いていきます。
その後この西高瀬川は四条通の北側で西に進路をとり、
御前通で再び南下して
第29回ブログの最後で松原通と交差します。


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その小さな橋で、東を向きました。
では、この突き当りに見える千本通に戻ります。


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千本通に戻って、北を向きました。
この辺りから、千本通は東北東に蛇行し始めます。
この辺りから古い材木問屋が点在し始めるのですが、
もうだいぶ写真を貼りつけたので、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は「式内隼神社」跡に寄った後、三条通を目指します~

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第323回 京都の材木問屋街~千本通南から北~その11

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千本通を四条通から、約150m北に進みました。
この辺りから、千本通は東北東に少し蛇行します。
今回は蛸薬師通で寄り道をした後、三条通まで北上します。
その辺りは古くからの材木問屋街で、
京町家がまだまだ残っている地域です。
撮影日は、2015年7月5日日曜日午後4時。
曇っていますが、雨が降る気配はありません。


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少しだけ千本通を北に進み、西を向きました。
大きな駐車場の向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。
手前に豹柄の建物がありますが、どうやら喫茶店のようです。


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その豹柄の建物の北隣に、こちらの京町家があります。
こちらは民家ではなく、何かの問屋さんです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その町家の前で、千本通を東北東に向いています。
この千本通の東北東への蛇行は、約100mで終わります。
(この写真の左端に写っている町屋は、
今回ブログ最初の写真でも写っていました)


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その町家の間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにお参りして、先を進みます。


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そのお地蔵さんの向かいに、こちらの京町家が並んでいました。
家屋の中央に、町名を書いた森下仁丹の標札があるのは珍しいです。
(通常は、端の柱に付いています)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今回ブログ最初の写真から、千本通を約100m進みました。
向こうに見える椿油のお店の辺りで、千本通はまた北に向きます。
その辺りで、千本通は蛸薬師通と交差します。


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「蛸薬師千本」の辻の北東角に、こちらのお店がありました。
木製の看板には、「西新大銘木店」と書かれています。
要するに、材木問屋ですね。
この辻を起点に、北と東に京都の材木問屋が集中しています。


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千本通から、蛸薬師通を東に向いています。
左(北)側の町家が、先ほどの「西新大銘木店」です。
ずっと向こうに、UR都市機構の高層住宅が見えます。
その向こうが、後院通という大通りです。
では、少し寄り道をしてここを進みます。


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千本通から、蛸薬師通を東に約50m進みました。
この辺りは少し広くなっていて、
周辺に材木問屋が何軒か並んでいます。
その大半が黒塗りの京町家で、
この辺一帯は独特の世界を作っています。


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その広場で、南を向きました。
両脇に、古い京町家の民家が軒を並べています。
向こうのお地蔵さんにお参りするためにここを歩いてみたのですが、
なかなか風情のある通りです。


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広場より東の蛸薬師通は、急にせまくなります。
ここにも新しい民家もあるものの、黒塗りの京町家が続きます。


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広場から、蛸薬師通を東に約100m進みました。
ここで蛸薬師通は、坊城通と交差します。


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蛸薬師通から、坊城通を北に向いています。
約100m先で後院通と交差して
(後院通は北西~南東に伸びています)
さらに100m先の「三条会商店街」まで続いています。


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坊城通から、蛸薬師通を東に向いています。
約50m先にあるUR都市機構の高層住宅で、
蛸薬師通はいったん突き当ります。
その東側の後院通からまた東に伸びていて、
新京極で突き当たった後
少し南に筋違いして高瀬川の辺りで突き当ります。

また、目の前に「たから餅老舗」という和菓子屋さんがあります。
こちらの主人から、いろいろお話を聞きました。
今回ブログ記事の内容の一部は、
こちらの主人の話をそのまま書いています。
(一応、主人に許可は取ってあります)


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こちらが、その「たから餅老舗」で買った和菓子です。
まぁ、この時期に京菓子と言えば「水無月」ですね。
こちらは、家に帰ってから自分の分だけ撮りました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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買ってきた水無月は、左は普通の「ういろう」タイプなのですが
右は吉野葛を使った珍しいものです。
まぁ、これはこれで独特の食感を楽しめました。
ここの主人は「アイデア好き」と言いますか、
いろいろ新製品を開発されることで有名です。
そう言えば、店内にもいろいろな賞状が飾ってありました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「たから餅老舗」の主人とは、30分以上立ち話をしました。
壬生や三条会商店街の歴史を
かなり細かいところまで教えていただきました。
その後「坊城蛸薬師」の辻の南西角の空き地のことを教えていただき
そちらに向かいました。


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「式内隼神社 奮蹟」と書かれた石碑が空き地にありますね。
第321回ブログで出てきた「式内隼神社」は
明治時代までこちらにいらっしゃいました。
(今は元祇園梛神社の隣に鎮座されています)
今でも、毎年5月の例祭では四条通の神社からここまで
新撰組隊士に扮装した方々がここまで行進されるそうです。
「たから餅老舗」の主人のお話によると、
近年までこちらにも祠がいらしたそうなのですが、
今はこちらにはそのような祠はいらっしゃいませんでした。


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坊城通から、蛸薬師通を西に向いています。
では、ここを通って千本通に戻ります。


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坊城通から、蛸薬師通を西に歩いています。
こちらは新しいですが、黒塗りの京町家です。
先述の通り、この辺りに多い家屋ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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坊城通から、蛸薬師通を約100m西に進みました。
こちらは、広場になっている所の北側です。
材木問屋の倉庫のようなので、
たぶん中には何本もの材木が並んでいるのでしょうね。
目の前にトラックがありますが、
この狭い道をどうにか通ってきたのでしょうか?


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倉庫の南側は、おそらく同じ材木問屋の店舗と土蔵です。
この辺の例にもれず、黒塗りの京町家ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その材木問屋の前で、蛸薬師通を西に向きました。
右(北)側に、材木問屋の「西新大銘木店」が見えますね。
蛸薬師通は、50m先の千本通でいったん突き当ります。


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蛸薬師通から、千本通を北に向いています。
右(東)側に、材木問屋の「西新大銘木店」が見えます。
約50m先に、「千本銘木商会」というこちらも材木問屋が見えます。
蛸薬師通は、そこから再び西に伸びています。

このようにこの辺りの千本通周辺は材木問屋が軒を並べますが、
20年くらい前はこの周辺一帯が材木問屋街でした。
それが1991年のバブル崩壊以降、
少しずつこの辺の材木問屋が倒産していきました。
そのことが2000年以降に壬生の個人経営の小売店舗が
次々閉鎖していった最大の理由だそうです。
「たから餅老舗」の主人も、
第321回ブログに出てこられた「丸福」の女将も、
同じことをおっしゃっていました。


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先ほどの地点から約50m進み、西を向きました。
ちょうど千本通から、蛸薬師通を西に向いたことになります。
左(南)側に、先ほどの材木問屋「千本銘木商会」が見えます。
蛸薬師通はJR嵯峨野線の高架をくぐり
七本松通以降は何度も筋違いを繰り返して、
最終的に、佐井西通の50m先で突き当ります。
(そう言えば、佐井西通で突き当たる道が多いですね)


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先程と同じ地点で、千本通を北に向きました。
ここからは京町家が完全に姿を消し、
新しい民家がすっと続いていきます。


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少し千本通を北に進んだ時点で、西を向きました。
JR嵯峨野線の高架の向こうに、高層マンションが見えます。
あちらは、第56回ブログの最後の方で出てきた大きな団地です。


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さらに、千本通を北に進んでいます。
左(西)側の犬矢来がある建物は、マンションです。
一瞬京町家に見えたので、ちょっとびっくりしました。


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そのマンションの南側で、千本通から西を向きました。
JR嵯峨野線の電車が嵯峨野嵐山方面に、走っていきました。
向こう側の大きなマンションは、三条通まで続いています。


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同じ地点で、今度は東を向きました。
塀の向こうには、京都市立朱雀第1小学校が見えます。
校門は後院通にあるので、こちらからは入れません。


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とりあえず、塀の端までやって来ました。
満開のアジサイの脇に、お地蔵さんがいらっしゃいますね。


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蛸薬師通から、千本通を北に約100m進みました。
こちらが、千本通最北端の材木問屋です。


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さらに、千本通を北に約100m進みました。
だんだん三条通との交差点が近付いてきました。


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先ほどの写真の位置で、右(東)を向きました。
京都中央信用金庫の駐車場の向こう約20m先に、後院通が見えます。
後院通は「四条大宮」交差点と「三条千本」交差点を結んでおり、
京都に不慣れな方が自動車で通ると、
大宮通がいつの間にか千本通に変身したみたいに見えます。


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いよいよ千本通が、三条通と交差します。
三条通以北の千本通は4車線となり、
京都を代表するメインストリートになります。
そう言えば、第56回ブログでは、
反対側の三条通から千本通を見ていました。


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千本通から、三条通を西に向いています。
JR嵯峨野線の高架をくぐれば、
約400m先の御前通に「天狗堂」海野製パン所があります。
(自分が個人的に選んだ「京都3大パン屋」の1軒です)


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今度は、千本通から三条通を東に向きました。
ここが、第57回ブログで紹介した三条会商店街です。
京都でも、最大規模の商店街ですね。


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「三条千本」交差点で、南東を向きました。
こちらは後院通で、「四条大宮」交差点とここを結んでいます。
京都市バスでも「ドル箱路線」の206系の循環系路は、
この後院通経由で大宮通と千本通を通ります。
(その後、北大路→東大路→七条通→京都駅と続きます)


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三条通から、千本通北に向いています。
左(西)側に、立命館大学と仏教大学の校舎が見えます。
ここからJR嵯峨野線「二条」駅にかけてが、
東側の「三条会商店街」を含めて京都屈指の繁華街になります。
ここから北の千本通はこれまでとは全然違う印象なのですが、
それはまた別の回に紹介します。

今回は、ここまでです。

第317回ブログから7回続いた千本通の「壬生編」も
これでようやく終わります~

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第333回 JR二条駅前の賑わい~千本通南から北~その12

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祇園祭特集もようやく終わり、
約3週間ぶりに「三条千本」交差点に戻って来ました。
千本通は三条通以南が「京都市中京区壬生」でしたが、
三条通以北が「京都市中京区西ノ京」となります。

いま三条通から、千本通を北を向いています。
今回は、ここからJR「二条」駅にかけての様子を書きます。
今までの昔ながらの京町家が並ぶ街並みから、
京都屈指の繁華街へと入っていきます。
撮影日は、2015年8月13日木曜日午前11時。
晴れたり曇ったり夕立が来たりと、はっきりしない日でした。


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三条通から、千本通を南に向いています。
第323回ブログまでの11回かけて、歩いてきた道ですね。
ここまでの千本通は、京町家が並ぶこのくらいの道幅の通りでした。


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千本通から、三条通を西に向いています。
JR嵯峨野線の高架を、列車が通り過ぎていきます。
ここは第56回ブログで通った道です。
この高架の約400m西に、天狗堂 海野製パン所があります。
(個人的には食パンが京都で一番おいしいと思っています)


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今度は千本通から、三条通を東に向きました。
「三条千本」交差点南東角から、別の道が伸びています。
この交差点は、十字ではなく五叉路です。
では、目の前の横断歩道を渡り千本通東側歩道に向かいます。


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横断歩道を渡っている途中で、南東に向いて撮りました。
こちらは、後院通という4車線の道です。
約1km先の「四条大宮」交差点で、この道は終わります。
ただ四条通以南の大宮通や三条通以北の千本通と同じ道幅なので、
京都に初めて自動車に来られた方にはこちらが千本通に見えて
「いつの間にか千本通が大宮通になった」
という錯覚を覚えます。
京都随一のドル箱路線206系市バスも、ここを通りますしね。


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後院通の横断歩道を渡りました。
すると、目の前に大きな肉屋さんが現れます。
(看板を見ていると、まるで弁当屋さんですが)
この肉屋さんは、2軒東に「弘」という焼肉屋を経営しています。
そう言えば、京都駅前にも支店を出していましたね。


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千本通から、三条通を東を向いています。
ここは、三条会商店街のアーケードの下にあたります。
ちなみに、ここを進むと第57回ブログと同じ道になります。


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三条通から、千本通を北に向いています。
「三条千本」交差点北東角にパチンコ屋があるのですが、
この写真のフレームからは外れています。
ここからの千本通は、左(西)側は京都の有名私立大学が並び
右(東)側は卸売問屋などの大きな店舗が並びます。


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そのパチンコ屋の北隣は、このお店です。
こちらは、京都では割と有名な洋服の寸法直しのチェーン店です。
他にも、大石橋(「九条竹田街道」交差点)などに支店があります。


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その北隣にはこちらの卸売り問屋ですが、どうやら休業です。
この日(2015年8月13日)くらいから、お盆休みが目立ち始めます。


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その辺りで、千本通の向かい(西)側歩道を見ました。
こちらは、立命館大学千本学舎です。
立命館大学は、衣笠山南麓の他に
このように京都市内に何か所か点在します。


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こちらは、玩具・駄菓子の卸売り問屋「にこにこや」です。
今回ブログでは前を通っていませんが、
ここから南に約200mの後院通沿いにも、
玩具・駄菓子の卸売り問屋があります。
この周辺にはそのようなお店が何軒かありますが、
コンビニエンスストアの進出などで駄菓子屋さんの需要が減り、
京都市内では玩具・駄菓子の卸売り問屋は激減しています。
(地蔵盆のときとか、割と困っています)


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「ニコニコや」の前から、千本通を北に向きました。
目の前に、姉小路との交差点があります。


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千本通から、姉小路を西に向きました。
この姉小路を境に、南が立命館大学、北が仏教大学となります。
ここからでも、JR嵯峨野線の高架が見えますね。


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今度は、千本通から姉小路を東に向きました。
ここから約1km先に室町通との辻があって、
そこに役行者山が立ちます。


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「姉小路千本」交差点南西角に、
佛教大学二条キャンパスがあります。
まぁ、本当は二条通はまだまだ北の方なのですが……


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姉小路から、千本通を北に向いています。
左(西)側に、JR「二条」駅前を表す看板が見えてきました。


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姉小路から、千本通を北に約100m進みました。
御池通との交差点近くに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにお賽銭を入れて、お参りします。


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そのお地蔵さんを背に、西を向きました。
こちらは、「御池千本」交差点です。
向こうに見えるのが、JR嵯峨野線「二条」駅です。


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御池通から、千本通を北に向いています。
ビルの1Fに「コメダコーヒー」が入っていますが、
この辺は本当に飲食店が集中します。
では、この御池通を渡っていきます。


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御池通を渡りながら、東を向きました。
京都市役所前ではかなり広い道幅ですが、
この辺りになると2車線の道幅になります。


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その「コメダコーヒー」の前から、千本通を北に向いています。
向こうに、206系市バスの「二条駅前」バス停が見えますね。
約20m先のビルの1Fに、「亀屋権八」という居酒屋があります。
ちょっと、その前まで行ってみます。


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「亀屋権八」の前には青いテントが立っていて、
そこで京野菜が店頭販売されていました。
この奥にある「亀屋権八」は、
京都でも屈指の唐揚げがおいしいお店です。
実は何度か真似て作ってみたのですが、
香ばしい皮や肉のジューシーさとか、
なかなかここのようにはなりませんでした。


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「御池千本」交差点に戻って、西を向いています。
では、JR「二条」駅に向けて千本通を西に渡ります。


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JR「二条」駅前の千本通(東)側は、大きなロータリーです。
この辺の街路樹の大半は百日紅(サルスベリ)で、
8月がちょうど花の盛りになります。
ですから、ウチの近所の豊国神社前も今が見頃ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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百日紅の街路樹付近を撮りました。
タクシーの乗降は、通常こちらで行います。
また、その周囲には大きな駐輪場があって
さらにその外側には「モスバーガー」などのテナントが並びます。
では、JR「二条」駅へと向かいます。


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こちらが、JR「二条」駅です。
とは言えホームが高架の上にあるので、駅の西側が丸見えです。
ある意味、ここは御池通の道路上に当たります。

1990年ごろまで、この辺りは高架ではありませんでした。
そのため、この千本通を境に線路で交通が遮断されていたのですが、
ここを高架にしたために踏切もなくなり渋滞などの解消されました。
ただ、元々ここにあった「二条」駅は国宝に指定されるくらい
見事な建物だったのですが、撤去されてしまいました。
現在その旧「二条」駅舎は、梅小路公園内にあります。


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JR「二条」駅の真下に来ました。こちらに切符売り場があります。
その向こうに改札があって、その先の階段からホームに向かいます。


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JR「二条」駅目の西側に出ました。
地下鉄東西線「二条」駅には、こちらから向かいます。


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JR「二条」駅前西側にも、大きなロータリーと駐輪場があります。
ただ、この「BIVI二条」があるように、
駅西側の方が繁華街という気がします。


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こちらは、「BIVI二条」の入り口です。
この建物は、東宝系列の映画館です。
映画館の部分は3Fのみで、2Fがゲームセンター、
1Fが飲食店を中心としたテナントが入っています。
入り口付近にチラシが並んでおり、
こちらで今上映している映画の宣伝をしています。


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「BIVI二条」に入ってきました。
2Fに上がるエスカレーターの手前に、
ケンタッキーフライドチキンのカーネルおじさんがいます。
京都サンガの紫のユニフォームを着ています。
実は、京都市内のカーネルおじさんの何体かはこの姿です。
最近は京都市内の商店街の多くは、
チャンピオンの位置に近いBJリーグの京都ハンナリーズや
女子プロ野球の京都フローラとかの横断幕が張れていて、
J1リーグチャンピオンどころかJ3リーグ降格寸前の
京都サンガの横断幕は激減しています……
そう言えば、先ほどの三条会商店街も
京都フローラの横断幕しかありませんでした。
ちょっとうれしいので、この写真はクリックすれば拡大されます。


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ケンタッキーフライドチキンの脇から、
「BIVI二条」の奥(南)の方に向かいます。
昼食時間が近くなり、飲食店の大半はもう満員です。


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「BIVI二条」の一番奥(南西端)に、
「李朝園」という韓国料理店があります。
では、今からここで昼食を摂ります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「李朝園」に入ると、すぐにこちらの棚があります。
韓国製のお菓子とかがメインですね。
全てハングル表記ですが、
よく見ると全商品に日本語のシールが貼ってあります。


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その奥には、こちらの冷蔵庫が並んでいます。
この日(2015年8月13日)はいつもよりキムチの量が少ないですね。


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さらにその奥は、テーブルやいすが並んでいて
韓国料理を食べられる食堂になっています。
とりあえず、ここだけ空いていました。


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注文と撮影とブログ掲載の許可を取り、撮影を続行します。
左の湯呑には「トウモロコシ茶」が入っていました。
(日本の麦茶みたいなものです)
壺の中のキムチは食べ放題で、壺自体おかわり自由です。
そうこうしているうちに、1品目の「海苔巻き」が来ました。
日本の巻き寿司とは違い、海苔自体にも味が付いています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「海苔巻き」を食べ終える前に、今度は「にらチジミ」が来ました。
こちらはランチメニューのサービス品で、これで150円です。


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さらに、「石焼ピビンバプ」が来ました。
これはハーフサイズで、キムチとコチュジャンは後で足しました。
また同行の母が頼んでものは、この2倍の大きさでした。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、こちらはランチメニューの冷麺です。
麺にはそば粉や小麦粉だけでなく団栗の粉も入っていて、
しっかりとコシがあるのが特徴です。
またこういう冷麺は後から酢を入れるのが普通ですが、
あまりたくさん入れると水キムチ独特の風味がなくなります。
さらに、撮影後にキムチを大量にトッピングしてみました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

これだけ食べて1,800円でした。
つまり、一人当たり1,000円を切ります!


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「李朝園」を出ました。
では、ここを真っ直ぐ北に進み「BIVI二条」を出ます。


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「BIVI二条」を出て、御池通を西に向きました。
向こうに「くら寿司」という回転寿司のチェーン店が見えますが、
この辺は大型の飲食店が建ち並んでいます。
ここから約1km進むと西大路との交差点で、
中高一貫校の「西京学園」があります。


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同じ場所で、御池通を東に向きました。
では、ここからJR「二条」駅に戻ります。


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JR「二条」駅に戻りました。
では、ここから電車に乗って帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、JR「二条」駅から二条城を目指します~

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第334回 二条駅から神泉苑へ~千本通南から北~その13

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京都駅から、JR嵯峨野線を2駅進みました。
こちらは、JR「二条」駅です。
前回ブログで駅前の繁華街を散策しましたが、
ここから御池通を東に進み二条城を目指します。
ただ、今回はその途中の神泉苑まで進みます。
撮影日は、2015年8月13日木曜日午後正午。
曇り空の一日でした。


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自分が今まで乗っていたJR嵯峨野線が、
嵯峨野嵐山方面に去っていきます。
JR嵯峨野線は、「二条」駅の北側で西に曲がり
そのまま円町→花園→太秦→嵯峨野嵐山に向かいます。


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JR「二条」駅のホームから、西を向いています。
前回ブログでも出てきた「くら寿司」の先は、御池通です。
ここは駅名は「二条」駅ですが、御池通上にあります。
(二条通は、御池通よりも約200m北の通りです)
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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今度はJR[二条」駅ホームから、東に向きました。
御池通が、千本通の先にも伸びています。
ここから二条城に向かいますが、
まずはこの道を進むことになります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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JR「二条」駅ホームの中央に、
下に降りるエスカレーターと階段があります。
では、こちらから地上階の改札口に向かいます。


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JR「二条」駅ホームから、階段を下りています。
一番下に降りて、左に曲がると改札口です。


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JR嵯峨野線「二条」駅ホームの下に、改札口があります。
次はここを通って、駅を出ます。


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JR嵯峨野線「二条」駅改札の向かい(南)側に、
こちらのコンビニエンスストアがあります。
時期が時期だけに、熱中症対策に「ソルティライチ」を買いました。


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JR[二条」駅改札から、東を向きました。
タクシーのロータリーの向こうに桜並木があって、
その先に御池通が伸びています。


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JR[二条」駅から、御池通を東に歩いています。
目の前の百日紅(さるすべり)は、前回ブログでも出てきました。


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JR「二条」駅から、御池通を東に約50mすすみました。
「二条駅前」(「御池千本」)交差点を東に向いてます。
では、目の前の横断歩道から千本通を東に渡ります。


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千本通を渡る途中で、横断歩道から南を向きました。
この千本通東側歩道を北上する形で、前回ブログは進みました、
交差点の南東角にイタリア料理店が見えます。
この辺りは、京都でも屈指の飲食店が多い地域です。


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千本通から、御池通を東を向いています。
では、ここをさらに東に進んでいきます。


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千本通から、御池通を東に約10m進みました。
こちらには、スペイン料理店が見えます。
この辺りには、こういうお店が数多くあります。


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その向かい(北)側歩道には、こちらの店舗がありました。
木炭や練炭などの燃料が売られています。


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こちらがその燃料屋さんの倉庫です、
中にはたくさんの木炭や練炭が収められているのでしょうね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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千本通から、御池通を東に歩いています。
御池通は6車線の大通りというイメージがありますが、
千本通~堀川通間は京町屋が立ち並ぶ2車線の通りです。


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御池通の北側歩道に、こちらの建物がありました。
表札には、京都市公衆浴場協同組合と書いてありました。
うちのブログでもたびたび銭湯を紹介しますが、
その組合がこちらです。


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さらに御池通を東に進んでいます。
こちらは、京都西ノ京職司郵便局です。
この日(2015年8月13日)お盆前でしたが、平日でした。
ですから、中から人が働かれている音がしました。


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さらにさらに御池通を東に歩いています。
時折このような京町屋に出会います。
この写真も、クックすれば拡大されます。


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その町屋のさらに東に約5m先に、こちらの町屋が建っていました。
堀川通を境にして、御池通は本当に風景が変わります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千本通から御池通を約350m東に進み、南を向きました。
この狭い通りの先に、三条会商店街のアーケードが見えます。
御池通沿いに骨董屋さんが見えます。
こちらは江戸時代に小浜藩の藩邸でした。


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その東隣は、赤尾屋という漬物屋さんです。
お土産などを前提にした割と高級なお店です。
お盆休みのようで、この店も閉まっていました。


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千本通から、御池通を東に約400m進みました。
この位置で、神泉苑通と交差します。


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御池通から、神泉苑通を北に向きます。
約100m先に、二条城の堀が見えます。
ただ、この城には堀川通側からしか入れません。


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今度は、御池通から神泉苑通を南に向きました、
ここから約200m進むと、第58回ブログの最初の地点です。


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神泉苑通から、御池通を東に向いています。
右(北)に見えるのは、神泉苑の社務所ですね。
要するに、この石塀の向こうが神泉苑です。


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神泉苑通から、御池通を東に約50m進むと鳥居があります。
神泉苑には、こちらから入ります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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鳥居の前から、北を向いています。
この日(2015年8月13日)は数人の参拝者がいらして、
日本人と中国人が半々といったところでした。
この写真ではわかりにくいですが、ここは大きな池の小島です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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鳥居の前から、東を向きました。
向こうの鉄門扉の先に狂言堂があって、
年に何回かここで神泉苑狂言が演じられます。
では、ここから末社回りをします。


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鳥居の前から少し東にずれて、北を向きました。
神泉苑の敷地の大半が、この池です。
そして、この池自体がご神体です。
もともと神泉苑はこの10倍ほどの大きさで、
(千本通~三条通~堀川通~丸太町通の区画でした)
京都の繁栄を願って平安京遷都と同時に造営されました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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では鳥居から東に回り、洛中天満宮にお参りします。
脇に「放生供養」の石碑がありますが、
たぶん別の場所で捕らえた魚などをここで放流しているのでしょう。


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さらにその東側に、地主弁財天がいらっしゃいます。
「地主」いうことは、ここの土地神様ですね。


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さらにその東側にも、弁財天のお堂があります。
池の周りだけに、水神様が多くいらっしゃいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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弁財天道の東側には、池沿いの道が続きます。
その先に、赤い鳥居が見えます。
ではそちらに向かいます。


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池沿いの道は、こちらの鎮守稲荷神社で突き当ります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。
では、こちらにお参りして元の鳥居に向かいます。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、この神泉苑から二条城に向かいます~

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第335回 神泉苑から二条城へ~千本通南から北~その14

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御池通から神泉苑の鳥居をくぐって、北を向きました。
分かりにくいですが、
池に浮かぶ小島の上に善女竜王社(本殿)があります。
今回は神泉苑を北に抜け、二条城の南側の押小路を東に進みます。
撮影日は、2015年8月13日木曜日午後1時。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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写真だと本殿が目の前にあるように見えるのですが、
実は本殿は大きな池に浮かぶ小島の上にいらっしゃいます。
ですから、本殿に向かうにはこちらの橋を渡ります。


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橋の上に立って、西を向きました。池の西岸に本堂が見えます。
ここは神社ですが、仏教寺院でもあります。
手前に咲いている百日紅(さるすべり)は、今が盛りですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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橋を渡っていると、鯉が何匹も水面で口を開けていました。
餌を求めているようにも見えますが、
水中の酸素濃度が低くて呼吸をしているようにも見えます。
(池の面積に対して、鯉の数が多すぎます)


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本堂北側に目をやると、こちらには大きな赤い橋が見えます。
こちらは、この後渡ります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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小さな橋を渡り、本殿がいらっしゃる小島に来ました。
本殿の東側に、歳徳神の祠がいらっしゃいます。
こちらは恵方の神様で、毎年陰陽道で方角を変えています。


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歳徳神の祠の向かい(西側)には、手水舎があります。
その脇には法成橋があって、本堂のほうに迎えます。


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こちらが、善女竜王社(本殿)です。
毎年5月3日にこちらの例祭が行われます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。

神泉苑は昔は平安宮の中央を貫く朱雀大路(千本通)に接していて、
一条通(丸太町通)~東堀川通(今の堀川通)~三条通に囲まれた
今の10倍以上の広い池でした。
平安京を守護する善女竜王という女神が住まう聖地で、
「江戸時代に徳川家康が二条城を造営したのは、
神泉苑を縮小させることで京都を衰退させて
その分江戸(東京)を発展させるため」
ということを京都人は今でも割と本気で信じています。
まぁかつての神泉苑の大半は、今は二条城になっています。


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善女竜王社から、西を向きました。
では、この法成橋を渡っていきます。
向こうで、母子連れが鯉に餌をあげています。


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法成橋の上から、池の水面を見ています。
パンくずの餌に、鯉が群がっています。
それにしても、ものすごい数ですね。
ここは殺生禁止なので、鯉を釣ってはいけません。


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すると、池の北側から鴨がやってきました。
こちらも、パンくずがお目当てのようです。


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法成橋から、北を向いています。
善女竜王社の背後(北側)は池がかなり広くなり、
向こうに豪奢な船が浮かんでいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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法成橋を西側に渡りました。
本堂の前に、2基のお墓が並んでいます。
左が「鯉塚」で、右が「亀塚」ですね。
どちらも、この神泉苑で亡くなった動物のお墓です。
ここは聖地なので、そこに住む動物も神聖視されます。


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そして、その「鯉塚」「亀塚」の向かい(西側)に、
神泉苑の本堂があります。
こちらは成り立ちから考えると神社なのですが、
阿弥陀仏を祀る本堂も擁します。
それぞれが独立しているのではなく、
どちらも「神泉苑」の中心です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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本堂と法成橋の前で、北を向きました。
池の西岸に、細く伸びる道があります。
では、こちらから押小路に抜けたいと思います。


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細い道を通り、池の西岸を北に向かっています。
左(西)側の赤い建物は地図上は「平安殿」と書かれていますが、
実態は神泉苑 平八という料亭です。


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その辺りで右(ひがし)を向き、神泉苑の池を見ます。
この辺りには百日紅に混じって、桜の木も多く見かけます。
神泉苑は夏は百日紅が有名ですが、
春の桜もよく知られていますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに細い道を約20m進みました。
先ほど法成橋から見えた赤い豪奢な舟には、ここから乗ります。
この船は「神泉苑 平八」が所有しており、
一定金額を払えばこの上で食事ができるそうです。


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同じ地点で、西を向きました。
「神泉苑 平八」には、こちらから入ります。
ここもおいしそうではあるのですが、
何しろ1食酒代税金込みで10,000円くらいします……
まぁ、「料亭」ですからね。


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その「神泉苑 平八」の前で、北を向きました。
では、この小さな橋を越えてさらに北に向かいます。


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その辺りで、また池のほうを見ました。
百日紅の木に、柳の枝がもたれかかっていますね。
こういうのが、自分が持つ神泉苑のイメージです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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池の西岸に続く細い道も、約100mも進みました。
石畳の道の先に、押小路が見えてきました。


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こちらが、神泉苑の池の最北端です。
この塀の向こうは、押小路です。
やはり、この時期の百日紅は見事ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、神泉苑の北門です。
では、ここから神泉苑を出て押小路に向かいます。


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神泉苑を出て、北を向いています。
向こうに、二条城の堀が見えますね。
こちらは御池通より1本北に伸びる押小路です。
このあたりの押小路は、4車線の広い道です。


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神泉苑の北門で、押小路を東に向きました。
左(北)側が二条城の堀で、右(南)側が神泉苑の塀です。


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神泉苑の北門から、押小路を東に約100m進みました。
こちらは、「押小路大宮」交差点です。
大宮通は四条通で細い道になっても北上し、
この二条城で突き当たります。
そして、二条城の北側からまた北に伸びていきます。


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押小路から、大宮通を南に約10m進みました。
こちらは、駄菓子屋さんの「格子屋」です。
昔ながらの駄菓子を製造販売しています。
約10年ぶりになるのですが、ちょっと寄ってみます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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10年という歳月は長いようで、
こちらは店内でかき氷を食べられるようになっていました。
そういうお客さんもいらして、店内の撮影はしていません。
ここの名物は、黒糖菓子の「どろぼう」です。(写真左下)
あとは砂糖菓子の「梅鉢」(写真右下)と
堅焼きせんべい(写真上)を買いました。
個人的には、黒糖独特の風味を持つ「どろぼう」が一番好きです。
ここの味は、ちょっと仙台菓子に似ています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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大宮通から、押小路を東に向いています。
左(北)に二条城の堀を見ながら、ここを進みます。


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大宮通から、押小路を東に約50m進みました。
こちらは、猪熊通との交差点です。
目の前に、地下鉄東西線「二条城前」駅3番出口が見えますね。


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押小路から、猪熊通を南に向きました。
ここを約300m進めば、第58回ブログの三条会商店街内にいらした
八坂神社 御供社の前に出ます。
(祇園祭発祥の神社です)
目の前に、「キムチのミズノ」というお店が見えます。
こちらは京都でも屈指のキムチの名店なのですが、
これから二条城に行くのにお荷物になるので、
この日(2015年8月13日)は素通りしました。


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黒門通から、押小路を東に向きました。
向こうを見ると、
だんだん堀川通が近づいていることがわかります。


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この辺りで、押小路を北に向いてみました。
二条城の堀の向こうに、東南隅櫓が見えます。
もしもの時には、砦にもなる隅櫓(すみやぐら)です。
二条城はお城ですから、このような防衛施設も持っています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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黒門通から、押小路を約50m東に進みました。
こちらは、猪熊通との交差点です。
目の前の地下鉄「二条城前」駅1番出口が、
二条城の東大手門に一番近くになります。


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ようやく「押小路堀川」交差点に辿り着きました。
押小路はここで突き当たるように見えますが、
いったん「御池堀川」交差点に回り込めば、
さらに東にも伸びています。
ちなみに押小路をさらに東に進めば、
第161回ブログに出てきた京都市役所の北側に出られます。


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こちらは、「押小路堀川」交差点南西角にあったお店です。
刀剣専門の骨董屋さんですね。
なぜか日本人よりも白人男性のほうが興味があるようでした。
何人もの白人男性がここで立ち止まり、
ほかの同行者に先を促されていました。


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押小路から、堀川通を北に向いています。
堀川通の西側車道が、まるまる駐車場になっています。
桜や紅葉シーズンになると、ここに観光バスが数百台停まります。


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信号が変わりました。
では、ここから押小路を渡り堀川通を北上します。


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押小路から、堀川通を北に進んでいます。
この日(2015年8月13日)は桜や紅葉シーズンでもなく、
修学旅行シーズンでもないため、
周囲にはさまざまな国の言語が飛び交っています。
このまま北に進み東大手門から二条城に入るのですが、
今回はもうだいぶ写真を貼り付けました。
この続きは、次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、二条城二の丸を散策します~

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第336回 二条城 二の丸御殿~千本通南から北~その15

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押小路から、堀川通を北上しています。
右(東)側を見ると、大きな駐車場が広がります。
今回は、いよいよ左(西)側の生垣の向こうに見える
二条城の中に入っていきます。
撮影日は、2015年8月13日木曜日午後2時。
さらに雨雲が厚くなってきました。


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堀川通を西に向いています。
この辺りの堀川通は手前の西側2車線が駐車場で、
東側4車線のみが自動車で通行できます。
さらにその東側に「堀川」という小川が流れていて、
そのまた東側が東堀川通です。
向こうに信号が見えますが、あちらが二条通との交差点です。
二条通は、二条城の東大手門に一番近い道です。


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堀川通沿いの駐車場の一角に、二条城の切符売り場があります。
自分と、母の分の2枚買いました。


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こちらが、入城券です。一人600円です。
そういえば、このブログで世界遺産を訪れるのは
昨年秋に訪れた大覚寺以来です。


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では、こちらの重要文化財東大手門から二条城に入っていきます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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……と言いたいところですが、本当はこちらの門から入ります。
先ほどの門は、左側に描いてあるただのイラストです。
現在二条城は、修復の真っ最中です。


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東大手門をくぐり、南を向きました。
こちらに、小さな堀が続きます。
押小路沿いのものと比べて、半分の幅もありませんね。
前回ブログで書いた通り、
これらの堀は徳川家康が神泉苑の大半を潰して造りました。


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東大手門から、二条城内部(西側)を見ています。
約50m先の塀の向こうが、今回ブログのメイン「二の丸御殿」です。


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東大手門の脇に、このような看板が立っていました。
現在行われている二条城の本格大修理のために、
寄付金を募っているようです。
寄付をした人の中から、抽選で「一日城主」として
二条城の特別拝観ができる方が選ばれます。
詳細は、こちらをクリックしてください。


336-10.jpg
その看板の向かい(北)側に、番屋跡があります。
江戸時代は、ここが受け付け兼守衛所でした。


336-11.jpg
東大手門から西に約50m進み、塀に突き当たりました。
そこから南を向くと、さらに進む道があります。
その向こうの藪の裏手には大きな堀があって、
さらにその向こうが押小路です。


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二の丸御殿の塀を南に移動中に、こちらの地図を見つけました。
こちらが、二条城の見取り図です。
ちなみに上が千本通(旧朱雀大路)方面の西で、右が北です。
(現在地は、この地図の左下)
今回ブログで地図の下のほうにある二の丸を散策し、
次回ブログで上のほうの本丸に向かいます。
つまり多少蛇行しますが、基本的には西へ西へと向かいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


336-13.jpg
二の丸御殿沿いの塀を南端まで移動しました。
そして、そこで右(西)に向きました。
左(南)側の藪の向こうは、大きな堀と押小路です。
つまり、二条城最南端の道を西に向いていることになります。
そして、次回ブログで本丸散策後この道からここに戻ってきます。
では、ここで目の前の唐門に向かいます。


336-14.jpg
先ほどの地点で、右(北)を向きました。
こちらが、重要文化財の唐門です。
この向こうに、国宝「二の丸御殿」があります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


336-15.jpg
唐門をアップで撮りました。こちらは、見事な鶴の彫刻ですね。
その脇には三つ葉葵(江戸幕府の家紋)ではなく、
天皇家を表す「菊花紋」が飾ってあります。
唐門の写真は、すべてクリックすれば拡大されます。


336-16.jpg
鶴の脇には、青龍と虎の彫刻が彫られています。
「青龍」でも、とくに「東」を表しているわけではいなさそうです。


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さらに、左端には牡丹と青い唐獅子の彫刻です。
まるで、唐獅子が花に見とれているようですね。


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そして、唐門の右端にも「牡丹と赤い唐獅子」の彫刻です。
こちらは、牡丹にそっぽを向いています。
この対が、面白いですね。


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唐門をくぐり、西を向きました。
すると、門の脇に御所桜の大きな木がありました。
二条城は、京都屈指の桜の名所でもあります。


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唐門をくぐり北を向くと、目の前に
国宝二条城二の丸御殿車寄があります。
ここから二の丸御殿内部に入れますが、撮影が不可になります。
この写真まで、連続でクリックすれば拡大されます。


336-21.jpg
二の丸御殿は、それぞれ国宝の車寄・遠侍・式台・大広間・
黒書院・白書院の計6棟で構成されています。
将軍の邸宅である本丸に対して、
二の丸は将軍の執務室としての役割を果たします。
ですから、1867年の大政奉還は
二条城二の丸御殿の大広間で行われました。


336-22.jpg
二の丸御殿内部を散策してきました。
(中から外への撮影は、問題ないそうです)
こちらには、1時間以上いました。
順路の距離が見た目以上に長いこともありますが、
自分は絵画をゆっくり見るのが好きなので、
1点1点板の間に胡坐をかいて眺めていたら、
そんな時間になりました。
修復中で残念な面もありますが、
逆に考えれば「修復中の二条城」なんて
100年に一度見られるかどうかですから、
そういう意味では幸運なのでしょうね。


336-23.jpg
「二の丸御殿」を出て、西を向きました。
次は向こうの門をくぐり、
「二の丸御殿」を囲む「二の丸庭園」に入っていきます。


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その門の脇に、こちらの鐘が並んでいました。
中央に謂れが書いてある立札があったのですが、
メモを忘れたので由来は結局よくわかりません。


336-25.jpg
では、こちらから二の丸庭園に入っていきます。
江戸幕府最後の将軍徳川慶喜の治世には
ここもだいぶ荒れていましたが、
宮内省や京都市がたびたび改修を繰り返す中、
今では見事な池泉式回遊庭園になりました。


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二の丸庭園の門をくぐると、最初に松林があります。
そこを抜けると、こちらの風景が目に飛び込んできます。
こちらの建物は、国宝二の丸御殿のうちの1棟「大広間」です。
つまり、1867年に大政奉還が行われた場所ですね。


336-27.jpg
同じ場所で、右(北)を向きました。
左が先ほどの「大広間」で、右が「式台」です。
残念ながら、この障子から出入りすることはできません。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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大広間の西側で、二の丸庭園を北に向いています。
向こうに、大広間に隣接する黒書院が見えますね。
この辺りがこの庭園の絶景ポイントなので、
たくさんの方がいらっしゃいます。
撮影日(2015年8月13日)はお盆前とはいえ平日ですので、
英語と中国語がかなり飛び交っていました。
(英語は、訛りと話題からアメリカ人と思います)
そう言えば、いつの間にか晴れてきましたね。


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「大広間」の前から「黒書院」を見ています。
庭園に並ぶ棕櫚(しゅろ)の木が立派ですね。
棕櫚は蛇の皮に形状が似ていることから
「永遠の再生」を表し、とても縁起が良いので
神社仏閣によく植えられます。


336-30.jpg
大広間の前で、西を向きました。
こちらが、二条城二の丸庭園の中央部です。
かつてはこの角度から本丸の天守閣が見え、
二条城一番の絶景ポイントでした。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


336-31.jpg
黒書院の前に、たくさんの方がいらっしゃいます。
よく見ると、白人が多いですね。
会話内容から、おそらくアメリカ人でしょうね。
皆さん、記念撮影に勤しんでおられます。


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今度は黒書院前で、南を向いています。
同じ庭園でも、角度が変わると違う庭園になりますね。
それが、池泉式回遊庭園の最大の醍醐味です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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黒書院から、北を向いています。
ここからは、北西に蛇行して進んでいきます。


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黒書院の犬矢来の向こうは、公園のようになっています。
目の前の方々は、順路通りに移動されています。
と言うことで、自分も同じ道を進みます。


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その順路通り進んでいます。
蛇行しつつ西に進んでいるのですが、
向こうに本丸の櫓門が見えます。


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さらにこの道を進んでいます。
竹垣の向こうは二の丸庭園を出て、本丸です。


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生垣を越えて、二の丸の西側に来ました。
竹垣の西側は、本丸の櫓門です。


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二条城本丸の内堀脇に、こちらの地図がありました。
(現在地は、この地図の中央)
こうして見ると、二の丸に対して
本丸は堀もついていて、かなり厳重に防御されていますね。


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二の丸と本丸との間で、北を向きました。
向こうに見える鳴子門の先には、清流園という大庭園があります。


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子などは同じ場所で、南を向きました。
桃山門の向こうには、先ほど出てきた二条城最南端の道があります。


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さらに同じ場所で西を向きました。
内堀の向こうに、本丸櫓門が見えます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。
次はいよいよ本丸の散策ですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、
この続きは次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、二条城の本丸を散策します~

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第337回 二条城 本丸散策~千本通南から北~その16

336-41.jpg
今、二条城本丸櫓門の前に立っています。
今回は、橋を渡って門をくぐり本丸の中に入っていきます。
撮影日は、2015年8月13日木曜日午後3時半。
まただんだん雲行きが怪しくなっていきます……


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本丸に続く橋の上で、南を向きました。
ここは、二条城の内堀、つまり本丸を囲む堀です。
心なしか外堀よりも鯉が多いように思うのですが、
写真ではわかりません。


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では、西を向いてこの橋を渡ります。
この本丸櫓門は、金属でできています。
その様子から、大砲の砲撃を想定していますね。
政務を執る二の丸に対して、本丸は将軍の邸宅です。
そして、有事の際には大きな砦になります。


337-4.jpg
櫓門をくぐり、脇を見ました。
こちらに梯子があって、さらに上部に上れます。
外側から見ると櫓門の上部に窓は見えませんでしたが、
有事の際にはどこかに穴が開くのでしょうか?


337-5.jpg
と言いますのも、櫓門の周囲には
このようにたくさんの狭間があったからです。
形状から見て、こちらは鉄砲を撃つためのものですね。
(矢を撃つためものは、三角形が多いです)
ですから、姫路城や彦根城のように「隠し狭間」が
櫓門の上部についているのではないか、と思った訳です。
つまり、櫓門上部は内側の壁を壊すと
狭間ができるように作られているのではないか、
そう思ったわけですね。


337-6.jpg
本丸櫓門をくぐります。
その先は曲がりくねっていて、さらに急な石段です。
これにも、理由があります。


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反対側から、本丸櫓門方向を撮りました。
たとえ本丸櫓門を突破されても、次はこちらが控えています。
攻め込んできた敵方の武将は、
曲がりくねった進路と急な石段を前に
ここで身動きが取れなくなります。
その一瞬を衝いて、ここで一斉射撃をすれば
相当数の敵方武将を討ち取れます。
しかも、残った敵方武将も討ち取られた武将の死体が邪魔で
なかなか前進ができません。

このようによく考えられた設計ですが、
これは日本の多くの城で採用されています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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急な石段を上り、左(南)を向きました。
では、この道を進んでいきます。


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そして、この道は西へと曲がっていきます。
すると、急に周囲が開けて芝生が敷かれた庭園になります。
向こうに見える樹木の配置が、見事ですね。


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しばらく西へ進んでると、三叉路に出ました。
ここでは、順路通り左(南東)に進みます。


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三叉路付近で、右(北東)を向きました。
芝生の向こうに見えるのは、本丸御殿です。
征夷大将軍の邸宅ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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三叉路を南東へ進んでいくと、本丸の南東端に来ました。
目の前に、かなり急な石段が見えますね。


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その急な石段を上っています。
こちらには、特に人が集中していて
日本をはじめ様々な国の方々がいらっしゃいました。


337-14.jpg
石段を上りきると、小さな公園がありました。
こちらは、かつての二条城天守閣跡です。
徳川家から明治政府に明け渡されてから、
天守閣は廃されました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


337-15.jpg
では、鉄柵越しに遠くを見てみます。
絶景であるからでしょうか、
たくさんの方が鉄柵に張り付いていました。


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二条城天守閣跡で、南端から東を向いています。
二の丸御殿はもう少し左(北)ですが、
白い幕が張ってある修復中の東大手門が見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


337-17.jpg
今度は、南側に張り付いて撮っています。
この木々の向こうに、外堀と押小路があります。
とはいえ、ここからはこの木々しか見えません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


337-18.jpg
南側を見ていて、目線を下に落としていきます。
内堀の石垣の上に、1羽の白鷺がいました。
魚を狙っているのでしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その内堀の南側です。
堀沿いに松並木がありますが、その向こうは桜並木のようですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


337-20.jpg
鉄柵の場所から、後ろを振り返りました。
正方形の空間にベンチがあって、
たくさんの方が寛いでいます。
実は、大半の方が日本語を話していません。
家族連れの白人が、一番多かったですね。
この写真まで、クリックすれば拡大されます。


337-21.jpg
では、急な石段を下りていきます。
今度は、先ほど進まなかった道を進みます。


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石段を下りて、北西に向かっています。
中国人の家族連れの向こうに、先ほどの三叉路があります。


337-23.jpg
こちらが、その三叉路です。
ここを右に進むと、今回ブログ最初の櫓門に辿り着きます。
次は、左(北)へと進みます。


337-24.jpg
三叉路から、北に進むとすぐにこちらの門があります。
本丸の庭園は、ここまでです。


337-25.jpg
門をくぐると、また広い空間になります。
ここは二条城のかなり西のほうで、
向こうの石段の上は、城壁の先端です。
(危険ですので、上れないようになっています)
写真の手前にに、帽子が放置してあります。
忘れ物でしょうか?


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この辺りが、本丸の北西端になります。
右手(北)に、大きな建物が見えてきました。


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こちらが、その大きな建物です。重要文化財の二条城本丸御殿です。
二条城に住んだ歴代征夷大将軍は、ここで暮らしました。
ここは、二の丸御殿とは違い非公開です。
(毎年夏に公開されますが、2015年は公開されませんでした)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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本丸御殿の脇に、こちらが置いてありました。
消火用の手動ポンプ車ですね。
消防車が来るまでは、こちらが活躍するわけですね。


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二条城本丸御殿の前で、北を向いています。
向こうの塀が、二条城本丸最北端です。
では、順路に沿ってここを出ていきます。


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順路は、急な下り坂になります。
二条城本丸の石垣をかき分けるように進みます。


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さらに順路を進んでいくと、二条城本丸の内堀に出会います。
そこから、さらに西側に向けて橋が架かっています。
ただ、もうだいぶ写真を貼りましたので
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、二条城東大手門まで散策します~

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第338回 二条城の葉桜並木~千本通南から北~その17

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二条城本丸を出て、最西端の内堀に来ました。
今回はこちらの橋を渡り、南周りで二条城を出ます。
この辺りは、京都でも屈指の桜の名所でもあります。
撮影日は、2015年8月13日木曜日午後4時。
どんどん雲行きが怪しくなってきました。


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こちらが、二条城内堀の西側に架かる橋です。
では、ここを渡って向こうに見える枝垂桜並木を目指します。


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その橋の上で、北を向きました。
向こうに見える藪の向こうに、外堀と竹屋町通があります。
手前に見えるのは、西北土蔵です。
内堀の周囲に、このような建物がいくつかあります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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今度は、橋の上で南を向きました。
左手に、前回ブログで立ち寄った天守閣跡が見えます。
今回ブログでは、この辺りを散策します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


338-5.jpg
内堀の上に架かる橋を渡り、二条城最西端に来ました。
ここから道が左(南)右(北)に分かれますが、
目の前の枝垂桜の裏に先に行きます。


338-6.jpg
枝垂桜の裏(西)には、こちらの休憩所があります。
ちなみにこの左に、二条城では数少ない公衆便所もあります。
こちらには、日本人はほとんどいらっしゃいませんでした。
日本人は、皆ここを素通りされます。


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ですから、休憩所では英語が飛び交っていました。
(ほかに中国語・韓国語・スペイン語を話される方も多かったです)
休憩所の北側は、桜の木々が並んでいます。
この周囲一帯が大きな桜並木で、春になると絶景に変えてくれます。
二条城は、京都を代表する桜の名所でもあります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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休憩所から、東に向いています。
だいぶ足も休めたので、そろそろ出発します。


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内堀に架かる橋の手前で、南を向きました。
では、こちらの道を進みます。


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二条城最西端の道を、南に進んでいます。
左(東)にソメイヨシノ、右(西)に枝垂桜が並んでいます。
先述の通り、この辺りが京都でも屈指の桜の名所になります。


338-11.jpg
ただ、よく見ると桜以外にも
このようにカエデなど他の木々もたくさん並んでいます。
ですから、春以外に二条城に来ても
季節ごとに楽しみがあります。


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内堀に架かる橋から、南へ約100m進みました。
内堀沿いに、西南土蔵が見えます。
この辺りでこの道は突き当り、次は東へ進路を変えます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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二条城の南西端の辺りの地面に、こちらが埋め込まれていました。
こちらは……いったい何でしょうね?


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二条城南西端で、東を向いています。
この辺りも、桜並木が続きます。では、次はここを進みます。


338-15.jpg
こちらの桜並木も、100mほどで土手に突き当たります。
ただ、こちらの大きな桜は立派ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


338-16.jpg
そして、この辺りの地面もこちらが埋め込まれていました。
しかも、今度は数か所並んで埋めてありました。
本当に、いったい何でしょうね。


338-17.jpg
だんだん土手が近づいてきました。
このように道を途中で寸断するのは、軍事的事情からでしょうね。
その証拠に、土手の脇に仕切り門がありました。


338-18.jpg
土手の一部が石垣になっていて、その部分に南中仕切門があります。
実は二条城の北側も同じ構造で、そちらには北中仕切門があります。
では、この門をくぐりさらに東側に進みます。


338-19.jpg
南中仕切門をくぐり、東を向いています。
ずっと向こうに見えるのは、二の丸庭園の塀です。
右(南)側には、また桜の木々が並んでいます。


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その辺りで、北を向きました。
こちらに、二条城本丸の内堀が見えます。
この辺りは、松並木ですね。


338-21.jpg
南中仕切門から、二条城南端の道を東に進んでいます。
この辺りの桜は大きなものが多く、
道の途中まで枝が張り出してきます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


338-22.jpg
大枝のある桜から、南を見ました。
この辺りは庭園になっていて、辺り一面桜並木です。
大きな桜にも圧倒されますが、
このように本数が多くても圧倒されます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


338-24.jpg
南中仕切門から、だいぶ東に歩いていきました。
北を見ると、内堀の東端に近づいてきました。
前回ブログでは、向こうに見える橋を渡り
櫓門から本丸に入っていきました。
さらにこの写真も、クリックすれば拡大されます。


338-23.jpg
南中仕切門から、二条城南端の道を東に約100m進みました。
この道は、二の丸庭園の白壁でいったん突き当たります。


338-25.jpg
その突き当りで、左(北)を向きました。
目の前に桃山門があり、ずっと向こうに鳴子門があります。
二の丸庭園を抜けると、この二つの門の中間で
この道を横切り、そのまま本丸へと向かう順路です。
(第336回ブログ参照)


338-26.jpg
今度は同じ地点で、右(南)を向きました。
約50m先で白壁が終わっており、
そこからさらに東(出口方向)に向かう道があります。
では、そちらの方に進んでいきます。


338-27.jpg
先述の通り二の丸庭園の白壁に沿って進み、
最南端で東を向きました。
また東に伸びる真っ直ぐな道が見えてきました。


338-28.jpg
先ほどの地点から、約100m東に進みました。
こちらの門は、第336回ブログにも出てきました。
目の前の方が右(南)の方を撮影されていますが、
あちらに二条城の南門があります。
(自分は、撮影しませんでした)


338-29.jpg
門をくぐり、東を見ています。
第336回ブログでは左(北)側の唐門から二の丸御殿に入りました。


338-30.jpg
こちらが、その重要文化財二条城二の丸御殿の唐門です。
もう午後4時を回りましたので、
この日ここから入城することはもうできません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


338-31.jpg
二条城二の丸の唐門の前で、東を向いています。
向こうに、修復中の東大手門が見えます。
では、そちらに向かいます。


338-32.jpg
二条城の南東端で、北を向いています。
ちょうど第336回ブログの道順を逆進しています。
角の番屋も、その回に出てきましたね。


338-33.jpg
こちらが、その番屋です。当時は、受付と守衛を兼ねていました。
中に人形がいて、当時の様子がわかります。


338-34.jpg
その番屋の前で、東を向きました。
では、修復中の東大手門から二条城を出ます。


338-35.jpg
ところが、東大手門の下はたくさんの方々がいらっしゃいました。
実はこの時点で夕立が始まり、結構な大雨になりました。
この曇り空ですから、自分は一応傘を持ってきていました。


338-36.jpg
東大手門を出て、堀川通を東に向いています。
東堀川通沿いに、全日空が経営するホテルが見えますね。
御池通以北の東堀川通は、ホテルが何軒か並んでいます。
堀川通の西側は、二条城の城壁ですし……
要するに、この辺には土産物屋さんとか飲食店は
ほとんどありません。

……しかし、タクシーの運転手さんはこの雨で外に出ています。
大丈夫でしょうか?


338-37.jpg
二条城東大手門の前で、堀川通を南に向いています。
堀川通西側の駐車場にも、ほとんど何も停まっていません。
まぁ、もう入城時間も過ぎていますし……
(この時点で、午後4時半)
では、ここを南に進んでいきます。


338-38.jpg
東大手門から堀川通を南下していると、こちらの犬に出会いました。
明らかに飼い犬なのですが、飼い主が見当たりません。
どこにいらしたのでしょうか?


338-39.jpg
東大手門から、堀川通を南に約100m進みました。
こちらは、「押小路堀川」交差点です。
横断歩道の先に、地下鉄東西線「二条城前」駅が見えます。
当初はここから西に進み千本通に戻る予定だったのですが、
この大雨では厳しくなりました。
ですから、この日はここから京都駅に戻りました。

今回は、ここまでです。

~次回はここから押小路を西に進み、
二条城外堀の南側を散策します~

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第339回 「二条城前」駅前散策~千本通南から北~その18

339-1.jpg
約3週間ぶりの地下鉄東西線「二条城前」駅です。
夕立のため、前回ブログはこの駅で終わりました。
今回はここから押小路を西に進んでいきます。
「千本通編」なのに、千本通が全然出てきません……
撮影日は、2015年9月3日木曜日午後2時半。
この日も、また雨模様です。


339-2.jpg
分かりにくいですが、地下鉄東西線の車両が
「二条城前」駅のホームを出ます。
地下鉄東西線には、安全のため
車両以外にも駅ホームに扉があります。


339-3.jpg
地下鉄東西線「二条城前」駅のホームを見渡しています。
では、こちらの階段を上ってきます。


339-4.jpg
階段を上ると、こちらに出ます。
次は目の前の改札口から、この駅を出ます。


339-5.jpg
地下鉄東西線「二条城前」駅の改札口から出て、
右(西)を向きました。
では、この通路を端まで歩いていきます。


339-6.jpg
地下鉄東西線「二条城前」駅の地下通路の西端まで来ました。
次は矢印の通り、3番出口に向かいます。


339-7.jpg
再び階段を上り、地上に出ました。
ここは、地下鉄東西線「二条城前」駅3番出口です。
「押小路と黒門通との交差点の南東角」と表示されています。
……しかし、自動車が跳ねる水からもこの日の雨量が分かりますね。


339-8.jpg
地下鉄東西線「二条城前」駅3番出口の前で、西を向きました。
目の前で、押小路が黒門通と交差しています。


339-9.jpg
押小路から、黒門通を南に向いています。
こちらは、第335回ブログと同じ構図です。
(そのとき同様に、百日紅の花も健在です)
向こうに、キムチのミズノが見えますね。


339-10.jpg
こちらが、その「キムチのミズノ」です。
設立当初は何度か来ていたのですが、ここ数年ご無沙汰でした。
第335回ブログではその後二条城に行ったために
ここには寄りませんでした。
ですが、今回はそういう用事もないのでここに寄ります。


339-11.jpg
こちらが、キムチのミズノの店内の様子です。
冷蔵庫の中に、キムチが何種類も並んでいます。
白菜やキュウリ・大根といった定番のものから、
イカスルメ・チャンジャなどの海産物のキムチも並んでいますね。
キムチ以外にもナムルも冷蔵庫に入っており、
手前のかごにはチジミが入っていました。


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こちらが、そのチジミです。ここで買って、家で撮影しました。
日が替わってから食べたのですが、
冷めてもモチモチとした食感がおいしかったですね。


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そして、これがここで買った白菜キムチです。
ある意味、今回ブログのお目当てです。
しっかりと乳酸発酵しているので、
辛さの中に甘みと酸っぱさがありました。


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そのキムチを使って、この日の晩御飯はピビンバブにしました。
そのキムチと茹でもやしを2杯酢で味付けたもの、小松菜のお浸し、
タイとハマチの刺身をコチュジャンベースのソースで和えたものが、
ごはんの上に載っています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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数年ぶりに「キムチのミズノ」に来てみると、
店内でも食事ができるようになっていました。
(キムチを使った家庭料理とビールがありました)

「ここでは食事ができないのか」
そう言う話をお客さんがよくされるそうです。
そういえば、第335回ブログに出てきた格子屋も
最近はかき氷やお茶を出すようになりました。
逆に考えれば、それくらい二条城付近には
飲食店がが少ないですよね。


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キムチのミズノを出ました。
黒門通を挟んだ向かい側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
では、こちらにお参りして先を急ぎます。


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キムチのミズノの前で、黒門通を北に向いています。
黒門通は、押小路にある二条城南門で突き当たります。


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黒門通を北上し、押小路に戻ってきました。
東を向くと、地下鉄東西線「二条城前」駅3番出口があります。
今回ブログの出発点ですね。


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黒門通から、押小路を東に約100m進みました。
堀川通との交差点に、
地下鉄東西線「二条城前」駅1番出口が見えます。


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押小路を東に進み、「押小路堀川」交差点南西角に来ました。
こちらは、第335回ブログでも出てきた刀剣専門の骨董屋さんです。
この日も、中を覗くと白人男性の二人組がいらっしゃいました。


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押小路から、堀川通を南に向いています。
約100m先に、御池通が見えます。
御池通は堀川通以東が6車線、以西が2車線になります。
また、御池通以北から堀川通の東側に「堀川」が流れるため、
東端部分が「東堀川通」に分岐します。


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「押小路堀川」交差点で、東を見ています。
分かりにくいですが、堀川通以東にも
押小路が細長く続いています。
第204回ブログの「京都国際マンガミュージアム」や
第161回ブログの京都市役所北側に接します)
この辺の東堀川通はホテルがずっと続いており、
向こうには全日空が経営するホテルが並んでいます。


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では信号が変わりましたので、堀川通で押小路を北に渡ります。
松の木越しに、二条城の東南隅櫓が見えますね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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押小路から、堀川通を北に向いています。
この日(2015年9月3日)は観光バスもあまり停まっていませんね。
このまま進めば、第335回ブログと同じルートになります。


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今度は少し西にズレて押小路から堀川通を北に向ています。
二条城の外堀は、東大手門の辺りは暗渠になっていますね。


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そして、堀川通から、押小路を西に向きました。
目の前に、大きく東南隅櫓が見えますね。
こうしてみると、南側の方が外堀の幅が広いことが分かります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに少し南にズレて、堀川通から押小路を西に向きました。
雨のせいか、普段より交通量は少なめです。
では、この道をずっと進んでいきます。


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堀川通から、押小路を西に進んでいます。
右(北)側の生垣と松並木の向こうは、二条城の外堀です。


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堀川通から押小路を西に約100m進み、北を向きました。
こちらが、黒門通との突き当りある二条城南門です。
もしかすると、「黒門」通の由来はこの門かもしれませんね。
ただ、この門には舟がないと外堀からは入れません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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黒門通で、押小路を西に向きました。
向こうに見える信号は、大宮通のものです。
また、左(南)側に見える繁みは、神泉苑のものです。


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その辺りで、二条城の外堀の石垣を見ました。
石と石との隙間に、いろいろ植物が生えています。
ちょうど花の盛りなのですが、何の花かは分かりませんでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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黒門通から、押小路を西に約100m進みました。
こちらは、大宮通との交差点です。


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押小路から、大宮通を南に向きました。
ほぼ向かいに、第335回ブログで紹介した格子屋が見えます。


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今度は、押小路から大宮通を北に向いています。
……と言いましても、石垣に道が突き当たっています。
大宮通は二条城南側の押小路で突き当たった後、
二条城の北側の竹屋町通で復活し
最終的に、御薗橋より北の「西賀茂」で突き当たります。


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押小路の大宮通より西側に、このようなものが立っていました。
ここが、平安時代の神泉苑の東端のようです。
これは、地下鉄東西線の工事の際の発掘調査で分かったそうです。

……つまり、二条城の東西の幅よりも
神泉苑の幅は小さかったのですね。
「二条城建設のために、徳川家康が神泉苑を破壊した」
この通説は、必ずしも正しくないことが分かります。
(かつての神泉苑は今の二条城の位置と重ならない部分も多く、
さらに神泉苑縮小の原因は平安京全体の衰退にあるようです)


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大宮通より西の押小路の南側は、このように白い塀が続きます。
第335回ブログは、ここを東へ歩いていきました。


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白い塀は、こちらの門まで続きます。
ここは第335回ブログで通った神泉苑の北門ですが、
こうして見るとまるで神泉苑 平八という料亭の入り口ですね。
(まぁ、ここからその料亭に行けるのですが……)


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その辺りで、押小路を北に向きました。
向こうで、二条城外堀が筋違いになっていますが、
そこの北側に前回ブログで出てきた二条城南中仕切門があります。


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その辺りで、押小路を東に向きました。
二条城外堀が筋違いになっている辺りで、道幅も少し広がります。
二条城外堀沿いもあと少しなのですが、
そろそろ写真もだいぶ貼り付けました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、さらに押小路を西に進み、
「二条」駅前に戻っていきます~

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第340回 中京中学の葉桜並木~千本通南から北~その19

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神泉苑の西側を通る神泉苑通から、押小路を西に向いています。
右(北)側の生垣の向こうは、二条城の外堀です。
今回は押小路をさらに西に進み、「二条」駅を目指します。
撮影日は、2015年9月3日木曜日午後3時。
最近、雨の日が多いですね。


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その辺りで北を向きました。神泉苑通は押小路で突き当たります。
こちらは二条城の外堀なのですが、そこにこんなものがありました。
外堀の水が、こちら(南)側に流れ込んでいます。
雨のせいで、水量が増していますね。
ここから暗渠を通って、この水は神泉苑に流れ込みます。


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今度は、押小路から神泉苑通を南に向きました。
神泉苑通は約100m先の御池通で突き当たりますが、
少し西で筋違いになっており、そこから蛸薬師通まで続きます。


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また、二条城の外堀沿いにはこちらがありました。
この辺には飲食店が多くないので、
公衆トイレの位置は正確に覚えておくことが必要です。


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公衆トイレの前から、押小路を西に向きました。
では、ここを進み千本通を目指します。


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その前に、こちらに注目です。
この碑によると、神泉苑は
初めから神泉苑通~大宮通間にあったようです。
つまり、現在とほぼ同じ大きさだったようです。
(「徳川家康が神泉苑を縮小した」説の更なる反証です)
ただ、その周囲の原生林はもっと広大で、
三条黒門の八坂神社 御供社はもともとその原生林の一部でした。
(第58回ブログ参照)


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神泉苑通から、押小路を西に約100m進みました。
右(北)側に、二条城外堀南西端近くにある西南隅櫓が見えます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その辺りで、押小路を西に向きました。
ここで、二条城西側を貫く美福通と交差します。


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押小路から、美福通を北に向いています。
西南隅櫓の西側にも、二条城の外堀が続いています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに西にズレて、押小路から美福通を北に向きました。
美福通は二条城の西側を貫き、丸太町通で突き当たります。


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今度は押小路から、美福通を南に向きました。
ここを進むと御池通で郵便局の脇を通り、
三条会商店街で突き当たります。


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「押小路美福」交差点南西角に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
ただ、お地蔵さんの前に行くには横断歩道を渡り
押小路南側歩道に行かなければならないので、
少し遠いですがここからお参りします。


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では、押小路北側歩道で美福通を西に渡ります。
ここで二条城外堀と別れて、京都市立中京中学校の南側を通ります。


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「押小路美福」交差点北西角に、こちらの碑が立っています。
現在の京都市立中京中学校の位置に、
「二条城撮影所」という映画会社があったそうです。
大正時代初期に創業して、昭和の初めに廃業したようです。
京都だけに時代劇がメインで、「忠臣蔵」などを上映したそうです。


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美福通から、押小路を西に向いています。
京都市立中京中学校の桜とと街路樹の枝が重なり、
まるでドームのようになっています。
おそらく、春になると絶景なのでしょうね。
ちょっと、塩小路の桜の小径に似ています。
(第298回ブログを参照)


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こちらは、その辺りの押小路南側歩道です。
京町屋ではありませんが、古い家並みが続きますね。


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一方、こちらは押小路北側歩道です。
右(北)側の京都市立中京中学校から延びる桜の枝が、
とても低くて頭に当たりそうです。
ただ、その枝が面白くも荘厳な風景を作り出します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに押小路を西に進み、南側歩道を見ました。
この辺りは、京町屋が並んでいますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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また、京都市立中京中学校脇の並木道です。
雨ということもあって、この辺りは少し暗くなっていて、
ピントが少しボケてしまいました。
すると、こんな変な写真になりました……
ちょっと面白いので、載せますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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この辺りの京都市立中京中学校の脇に、
簡単なベンチが作られていました。
ここに腰掛けることもできるようです。


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京都市立中京中学校脇の並木道は、約150m続きます。
その並木道の向こうに、千本通が見えてきました。
(「千本通編」なのに、全然登場していませんでした)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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並木道の西端に、京都市立中京中学校の校門が見えました。
下校時間がまだまだ先なので、生徒の姿は見えません、
それだけに、遠慮なく撮ることができます。


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京都市立中京中学校の校門前から、押小路を西に向きました。
約50m先に、「押小路千本」交差点が見えます。
右(北)側に、大文字などの壁画が見えますね。
こちらは、京都市立中京中学校の生徒たちによる作品のようです。
「鞍馬口通編」の取材に、206系市バスでここをよく北上しました。
その時、いつもこの絵がバスの車窓から見えていました。


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押小路から、千本通を南に向いています。
約100m先が「御池千本」交差点で、
そのすぐ西にJR嵯峨野線「二条」駅があります。


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今度は押小路から、千本通を北に向きました。
この少し先で、「京都市中京区」から「京都市上京区」になります。


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では、信号が変わりましたので
千本通を渡り押小路をさらに西に進みます。


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横断歩道をわたっている途中で、千本通を北に向きました。
真っ直ぐな道にビルが並んでいる様子が分かります。
千本通は、三条通~鞍馬口通間に商店街や繁華街が続きます。


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千本通を渡り、「押小路千本」交差点北西角に来ました。
向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。
目の前に、地下鉄東西線「二条」駅1番出口が見えます。
本当はここで終わってもいいのですが、
諸事情でもう少し今回ブログは続きます。


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押小路から、千本通を南に向ています。
ここから、あと100mほどでJR「二条」駅ですね。
次は、ここを渡ります。


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「押小路千本」交差点を南に渡り、ほぼ西を向ています。
ちょうどJR嵯峨野線の列車が、「二条」駅に入ってきました。
押小路はここから南西に曲がり、約300m先で御池通と合流します。
と言いますか、この辺りから押小路は「御池通」と改名します。


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「押小路千本」交差点から、
御池通(押小路)を南西に約70m進みました。
JR嵯峨野線の高架で南を向きました。
すると、向こうにJR「二条」駅のホームが見えました。


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JR嵯峨野線の高架の下で、
御池通(押小路)を南西に向ています。
手前に地下鉄東西線「二条」駅2番出口がありますが、
よく見るとその手前に、南に抜ける道があります。


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同じ地点で、南を向きました。
地下鉄東西線「二条」駅2番出口以南の道は、
JR嵯峨野線の高架とマンションに挟まれています。


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先ほどの地点から、約50m南に下がりました。
ここは、JR「二条」駅前西側広場になります。
第333回ブログ以来ですね)


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JR「二条」駅前の西側広場のロータリーを歩いています。
向こう(南)側に見えるのは、VIVI二条ですね。
東宝シネマライズ二条や飲食店などのテナントが入っています。
第333回ブログで紹介した李朝園もここにあります)


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その辺りで、北に振り返りました。
JR「二条」駅前西側広場に、
地下鉄東西線「二条」駅への連絡通路がありました。
では、ここから地下に降りて今回は帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、ちょっと違うところに寄り道します。
「千本通編」は、1回お休みです~

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第342回 二条駅の北側~千本通南から北~その20

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前回ブログで出てきた「蹴上」駅から「二条」駅まで、
地下鉄東西線を西に進んできました。
今回はここから千本通へ進み、北上します。
撮影日は、2015年9月17日木曜日午後4時。
やっと千本通を北上できます。


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「蹴上」駅からずっと乗ってきた太秦天神川行きの
地下鉄東西線の車両が「二条」駅を出ます。
東西線は、車両とホームの両方に扉があります。


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ここが、地下鉄東西線「二条」駅ホームです。
では、エスカレーターに乗って改札口に向かいます。


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エスカレーターを上がり、コンコース階に来ました。
次は、こちらの改札口から地下鉄東西線「二条」駅を出ます。


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地下鉄東西線「二条」駅改札口で、右(南西)を向きました。
こちらに、自動販売機が並んでいます。


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そのうちの1機に、このようなものがありました。
こちらは、ビニール傘の自動販売機です。
地下鉄の駅では、珍しいですね。


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その隣には、アイスクリームとお菓子の自動販売機です。
京阪電鉄「五条」駅のように
脇にベンチがあって休憩所になっているならわかるのですが、
ここで買ったらどう考えても「立ち食い」になります。


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とか言いながら、結局ミントチョコアイスを買い
その場で立ち食いしました。
朝から、ほとんど何も食べていなかったもので……


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そのミントチョコアイスを食べながら、南西を向いています。
この真上が、押小路(数m先から御池通)です。
ここをずっと進むと2番出口や3番出口ですが、
その手前で右(南)に曲がると
JR「二条」駅への連絡通路があります。


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こちらが、その連絡通路です。
たぶんですが、地下鉄から降りられた方の大半がここを利用します。
ここから南に約50m先で、JR「二条」駅の前に出ます。


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地下通路から階段を上って、地上に上がりました。
ここは、JR「二条」駅前西側広場です。
ちょうど雨が降ってきました。
前回ブログの大寧軒では小雨が時折降る程度でしたが、
ここではしっかりと降っています。


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JR「二条」駅前西側広場から、西を向いています。
目の前のロータリーの先から、また御池通が始まります。
御池通は、天神川通の先で三条通との交差点で突き当ります。


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JR「二条」駅前西側広場の南側に、BIVI二条があります。
東宝シネマライズ二条や
第333回ブログに出てきた李朝園が入っています。


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同じ場所で、東を向きました。こちらが、JR「二条」駅です。
と言ってもここは通り抜け可能で、
JR「二条」駅前東側広場へここから向かえます。


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JR「二条」駅の下から、東を向いています。
この真上が、JR「二条」駅のホームです。
では、ここを通り抜けて東側にある千本通の方に向かいます。


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JR「二条」駅東側広場のロータリーの北側を回っています。
第333回ブログで出てきた百日紅(さるすべり)の脇に、
テナントが並んでいます。
モスバーガーはウチの近所にはないので、
もし食べたいならここまで来なければなりません。


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そのモスバーガーの前で、東を向きました。
目の前に、「御池千本」(JR「二条」駅前)交差点があります。


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御池通から、千本通を南に向きました。
第333回ブログで進んできた道ですね。
目の前に、仏教大学二条キャンパスが見えます。


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今度は、御池通から千本通を北に向きました。
ここから千本通は、商業ビルやマンションが立ち並びます。


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そろそろ信号が青くなりました。では、千本通を東に渡ります。
ここから、しばらく千本通は東側歩道を進みます。


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千本通から、御池通を東に向きました。
ここを進むと、第334回ブログで進んだ道になります。


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今度は、御池通から千本通を北に向きました。
向こうに、206系市バス「二条駅前」バス停が見えます。
ただ、今停まっているのはJRバスです。


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御池通から、千本通を北に約20m進みました。
東側歩道に、居酒屋の「亀屋権八」があります。
京都屈指の唐揚げで有名なお店です。
本当はこの後に寄ったのですが、
今改装中で開店時間がいつもより遅めでした。
そういう訳で、この日も入れませんでした。


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「亀屋権八」の前で北を向いています。この先に交差点が見えます。
第340回ブログで通った押小路との交差点です。


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千本通から、押小路を東に向きました。
左(北)側歩道の並木道が、第340回ブログに出てきた
京都市立中京中学校の桜並木です。


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今度は、千本通で押小路を西に向きました。
押小路の上にあるJR嵯峨野線の高架に、
よく見ると「二条」駅と書かれた看板があります。
JR「二条」駅ホームが、ここまで伸びています。


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信号が青に変わりました。押小路を北に渡ります。
向こうに中京中学校の卒業生によるタイル画が見えます。
(五山の送り火を描いています)


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中京中学校の塀には、他にもこのようなタイル画があります。
こちらは、京都の季節ごとの様子を描いています。


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押小路から、千本通を北に向きました。
では。ここを進んでいきます。


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「押小路千本」交差点北東角に、こちらの碑がありました。
京都市立中京中学校の位置に、
江戸時代は西町奉行所がありました。
京都と大阪は、江戸時代は東町と西町に分かれていました。
(江戸は、北町と南町)


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押小路から、千本通を北に約50m進みました。
ラーメン店「天下一品」のある角辺りから、
千本通の道幅が狭くなります。


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その角から、東に向きました。
約200m先の美福通で、この道は突き当たります。
その先が、二条城の外堀です。


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その辺りで、千本通を西に向きました。
「押小路千本」交差点北西角から続いていた
地域スーパー「ライフ」の北端が見えてきました。
そこから西に、道が伸びています。
たぶん、これが二条通ですね。


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「天下一品」の前で、千本通を北に向いています。
ここから、千本通の道幅が狭くなります。
人通りや交通量は駅前と変わらないので、
ごちゃごちゃしたイメージがあります。


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「天下一品」の前から、千本通を北に約30m進みました。
平安時代の二条大路は、この辺りにあったと考えられます。
ですから、この位置にこの碑が立っています。
朱雀大路(千本通)と二条大路の辻に、
平安宮の朱雀門(正門)がありました。
つまり平安時代は、ここから北が平安宮でした。
ですから、ここから今出川通くらいまで平安宮の遺跡が続きます。


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その日の北隣に、「本家八つ橋」が立っていました。
こちらも、京町屋ですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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さらに北隣が、こちらの店舗になります。
「八つ橋」と言えば最近は「生」八つ橋が普通のようですが、
こちらは「焼いた」八つ橋も売っています。
と言いますか、もともとはそちらが普通でした。


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その「本家八つ橋」の前で、千本通を北に向いています。
ここから北に進むと、だんだん「京都市中京区西ノ京」から
「京都市上京区聚楽町」に変わります。
そして、平安宮史跡がだんだん増えていきます。
ただ、だいぶ写真も張りましたのでこの続きは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、千本通を丸太町通まで北上します~

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第343回 大宮姫稲荷大神~千本通南から北~その21

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「本家八つ橋」の前で、千本通を北に向いています。
今回はここを北上し、大宮姫稲荷神社に寄って
丸太町通を目指します。
撮影日は、2015年9月17日木曜日午後4時半。
……そういえば、今年は木曜日は雨模様です。


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先ほどと同じ場所で、西を向きました。
千本通の西側歩道を見ています。
商業ビルの隙間から、JR嵯峨野線の高架が見えますね。


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先ほどの商業ビルの脇に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
ちょっと遠いですが、ここからお参りします。


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「本家八つ橋」の前から千本通を約100m進み、東を向きました。
ここは位置的には夷川通なのですが、たぶん名前のない通りです。
約200m先に、二条城の外堀が見えますね、
ここから千本通東側歩道は、
「京都市中京区西ノ京」から「京都市上京区聚楽町」になります。


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先ほどの写真の位置から、千本通を北に約70m進みました。
ここは、千本通と太子道との交差点です。
この「千本旧二条」バス停前に以前は出世稲荷がいらしたのですが、
今はこのようにマンションになっています。
(現在は、大原にいらっしゃいます)


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千本通から、太子道を西に向いています。
向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。
ただ、よく見るとこれまでよりも少し遠くに見えます。
JR嵯峨野線の高架はここで大きく西にカーブし、
丸太町通の南側を通り千本通とは別れを告げます。
そして、そのまま円町→太秦→嵯峨野へ進み
小倉山のトンネルから京都府亀岡市に向かいます。


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太子道から、千本通を北に向いています。
「太子」道は、京都市市街地から
聖徳「太子」が建立した広隆寺への参道です。
途中「蚕ノ社」木嶋神社にも寄ったりするので、
来年あたりにこの道の特集も考えています。


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太子道から、千本通を北上しています。
この辺りから、さらに雨脚が強くなりました。
また、周囲には飲食店などが増えてきています。


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この辺りの雑居ビルに、こちらの碑が立っていました。
1914年に高野山・大峰山登山パーティの方々32人が遭難し
亡くなった慰霊碑のようです。


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太子道から、千本通を約50m進みました。
ここで、千本通は竹屋町通と交差します。


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千本通から、竹屋町通を東に向きました。
この辺りの竹屋町通は道幅が広いですね。
約100m先に、大きな木が見えます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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千本通から竹屋町通を約100m進みました。
その大きな木の下に、石製の鳥居があります。
こちらが、今回ブログのメイン大宮姫稲荷大神です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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鳥居をくぐる前に、神社の北側(竹屋町通沿い)に回りました。
こちらに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
小さな神社には、お地蔵さんが近くによくいらっしゃいますね。


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鳥居の下で、東を向きました。
ここが大宮姫稲荷大神の境内のはずなのですが……
どう見ても駐車場ですね。


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大宮姫稲荷大神境内を南側に回り、北を向きました。
これが、大宮姫稲荷神社の境内全図です。
境内の南半分が駐車場で、
北半分が本殿の祠と末社の稲荷社です。
北半分は第49回ブログに出てきた神ノ木弁財天に似ていて
なかなか雰囲気があるのですが……


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境内北側の東側に、小さな祠がいらっしゃいます。
キツネの陶製人形があることから、稲荷社であることが分かります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらの祠が、大宮姫稲荷大神の本殿です。
前述の通り、自分の特にお気に入りの神ノ木弁財天と似ています。

御祭神は、大宮姫命です。
あまり馴染みのない神様ですが、
太玉命(ふとだまのみこと)の子で、「稲荷三座」の1柱です。
通常は宇迦御霊大神や猿田彦大神と合祀されるのですが、
こちらでは単独で祀られています。
ここには平安時代からいらっしゃいました。

つまり創建当初は平安宮の太政官脇にいらっしゃいました。
初めからこのくらいの大きさの境内だったようで、
「貧乏稲荷」という別名もあります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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大宮姫稲荷神社本殿をお参りしました。
とても小さい神社なのですが、
最近こちらの写真をアップしたツイッターをよく見ます。
大半が英語なので、アメリカ人かオーストラリア人が
書いているのでしょうね。
(イギリス人かもしれませんが……)
では、この大宮姫稲荷大神から北に出ます。


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大宮姫稲荷大神境内からは、北側からも出られます。
そちら側から出ると、目の前に京都市児童福祉センターがあります。


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京都市児童福祉センターの前から、竹屋町通を東に向いています。
約100m先に桜並木が見えますが、あちらは「二条公園」です。
その北側に鵺神社もいらっしゃるのですが、
今回はここから千本通に引き返します。


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今度は京都市児童福祉センターの前から、
竹屋町通を西に向きました。
では、ここから千本通に戻ります。


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その京都市児童福祉センターの前に、
このような看板が出ていました。
平安時代、朱雀門から大極殿にかけて
朱雀大路(千本通)の東側には太政官の役所がありました。
つまり、この辺りから東側が太政官でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先ほどの地点から、竹屋町通を西に約100m進みました。
また、千本通に戻ってきました。


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千本通から、竹屋町通を西にアップで撮りました。
(そうすると、雨粒が鮮明になりました)
竹屋町通は、千本通から西に約30mの地点で突き当たります。
ただ、よく見ると上の方にJR嵯峨野線の高架がありません。
「千本通編」では、もうJR嵯峨野線の高架は出てきません。


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竹屋町通から、千本通を北に向いています。
では、ここから再び千本通を北上します。


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竹屋町通から、千本通を北に約30m進みました。
こちらは、京都聚楽郵便局です。
「聚楽」と言いますと「聚楽第」を想像しますが、
それはもっと北の方にありました。
(「中立売千本」交差点付近です)


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その京都聚楽郵便局の前から、千本通を北に向いています。
そろそろ丸太町通が、視界に入ってきました。


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京都聚楽郵便局から、千本通を北に約150m進みました。
こちらが「丸太町千本」交差点です。平安時代の一条大路ですね。
つまり、平安時代はここから北に大極殿がありました。
ここから北に平安宮の意向が続きますが、
それはまた次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、「丸太町千本」交差点付近を散策します~

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ジャンル : 地域情報

第344回 大極殿跡公園~千本通南から北~その22

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千本通から北に向き、「丸太町千本」交差点を見ています。
今回はこの交差点付近を散策するのですが……
なぜかブログ写真撮影日の毎週木曜日のみ雨が降ります。
撮影日は、2015年10月1日木曜日午後1時半。
この前日と翌日は、快晴でした……


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「丸太町千本」交差点南東角に、こちらの看板がありました。
ここは、平安時代朝堂院でした。
天皇や貴族が、ここで政治をしていました。


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「丸太町千本」交差点南東角から、西を向いています。
向こう側は、「京都市上京区」から「京都市中京区」に戻ります。
では、千本通を西側に渡ります。


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「丸太町千本」交差点の南西角に移ってきました。
先ほどの写真にも写っていましたが、
こちらは手打ちそばのお店です。
店構えからおいしそうな予感がしたので、入ってみます。


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店内は、カウンターが数席のみでした。
ランチタイム終了間際だったので、
すぐに食べられそうな盛り蕎麦を注文しました。
嬉しいのは、白ネギを菜切り包丁で切ってあることです。
こういうのは、汁に入れてはいけません。
そばを食べる合間に、一つまみ食べます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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こちらが蕎麦です。しっかりと立っています。
ちなみに汁は醤油がしっかり効いていましたが、
みりんは入っていませんでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、〆は蕎麦湯です。
先ずは汁の上から入れて、次はそのまま飲みました。
(この時に、七味を入れます)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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結局30分近く、ここにいました。
最後にブログ掲載の許可を求めたところ、
御主人はこうおっしゃいました。
「ウチは取材を基本的にお断りしています。
ただ、きちんと筋を通して正直に話してくれたので、
今回は例外とします」
ということで、渋々ですが許可をいただきました。

蕎麦屋を出て、「千本丸太町」交差点南西角から北を向きました。
では、今度は丸太町通を北に渡ります。


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「丸太町千本」交差点北西角に来ました。
こちらの看板によると、平安時代この辺りに大極殿がありました。
朝堂院北端の天皇が鎮座した場所ですね。


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千本通から、丸太町通を西に向いています。
目の前に、老舗和菓子屋の「若菜屋」の支店があります。
ちょっと、丸太町通を250mほど西に進みます。


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その「若菜屋」の裏手に、北に伸びる小径があります。
そこを北に向いています。
約30m先に、児童公園があります。


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その小径の前で、丸太町通を西に向いています。
では、さらにここを進みます。


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その小径から、丸太町通を西に約70m進みました。
お花屋さんとお持ち帰り専門の寿司屋さんが並んでますが、
この辺りは商店街で、このようなお店がずっと並んでいます。
その向こうは、六軒町通との辻です。


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六軒町通から、丸太町通を西に向いています。
こちらはお米屋さんですが、灯油なども売っているようです。
シャッターが閉まっていますが、お店は開いています。


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六軒町通から、丸太町通を西に約50m進みました。
こちらは、建材一式を売っているお店です。
建築業者を対象としたお店ですね。


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そのお店から、丸太町通を西に約30m進みました。
こちらに、「丸太町七本松」バス停があります。


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その「丸太町七本松」バス停から、丸太町通を西に向いています。
こちらは、「丸太町七本松」交差点です。
向こうに見える病院の先に、京都市立中央図書館があります。
学生時代(今から約25年前)に、
大学の卒業論文を書くためにここの図書館によく来ました。
ですから、この辺は懐かしいです。


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バス停の前に、こちらのお店がありました。
この「CC's」は、自分が学生時代によく立ち寄ったお店です。
せっかく前に来たので、ちょっと寄っていきます。


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こちらが、「CC’s」の店内です。
ちょっと「かさぎ屋」などの茶店に似ています。
ただ、こちらは京都では珍しいアメリカスタイルの喫茶店です。
自分が学生だったころ、図書館目当ての方でいっぱいでした。
「知る人ぞ知る」名店ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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自分は、いつも窓際に座っていました。
久しぶりに来たこの日も、当時と同じ場所に座りました。


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こちらの名物はアイスクリームだったのですが、
近年機械が壊れて販売中止になっていました。
個人的にはいつもパンプキンパイかピーカンパイでしたが、
それもこの日(2015年10月1日)は売り切れでした。
そのため、このチョコレートチーズケーキを頼みました。
実はチーズの味があまりしなかったのですが、
代わりにキャラメルの味と香りを楽しみました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こういうときにはいつも紅茶を頼むのですが、
「チーズケーキ」にはコーヒーです。
こちらのカップもおしゃれですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「CC’s」には、約30分いました。
ブログ掲載の許可を求めたところ、
こちらの方はブログにはかなり消極的でした。
と言いますのも、こちらは1年以内に閉めるそうです。
とは言え明確に拒否されることはなく、
一応の許可はいただきました。
そのため、こちらに載せさせていただきます。

「CC’s」の前で、丸太町通を東に向いています。
では、千本通の方に戻ります。


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「CC’s」の前から、丸太町通を東に約100m進みました。
こちらは、米屋さんのある六軒町通との辻ですね。


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さらに丸太町通を東に約70m進みました。
この銀行の先に、先ほどの児童公園への小径があります。


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ようやく「丸太町千本」交差点に戻ってきました。
千本通から、丸太町通を東に向いています。
このまま東に進むと、1300m先に「丸太町烏丸」交差点があります。
(第201回ブログ周辺のことです)


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丸太町通から、千本通を北に向いています。
ここで千本通は道幅が狭くなりますが、
さらに辺りは賑やかになってきます。
ここから、「京都市中京区」から「京都市上京区」に戻ります。
では、ここを北上します。


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丸太町通から、千本通を北上しています。
交差点から約50m先に、「千本丸太町」バス停があります。
ちょうど206系市バスが停車していました。


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バス停の脇から、西の方に小径が続いています。
こちらに、「大極殿遺址道」と書かれています。
次は、こちらに寄ります。


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千本通から小径を約30m西に進むと、
先ほど丸太町通から見えていた児童公園に出ます。
周囲に桜並木があるので、春になると絶景でしょうね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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写真に写っていたすべり台の裏手に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
提灯から、「延命地蔵尊」と分かります。


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そのお地蔵さんの西側から、また「京都市中京区」になります。
(公園内に、区境があります)
公園は「字型で、角の部分にこちらの碑があります。
あちこちの資料で「大極殿跡」と書かれているのが、こちらです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その碑の前で、東を向きました。ここを進み千本通に戻ります。
(また「京都市上京区」に戻ります)


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児童公園を出て、千本通を北を向いています。
この辺りから「千本商店街」で、さらに賑やかになります。
ここから少しずつ上り坂になります。
京都市街地はすり鉢状になっていて、
中央が平坦で、周辺に行くほど標高が高くなります。


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丸太町通から、千本通を約100m北上しました。
こちらは、下立売通との交差点です。


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千本通から、下立売通を西に向いています。
目の前に、京町屋のコーヒー店があります。


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京町屋が並んだ一角に、こちらのお店があります。
「太洋堂珈琲」と書かれていますね。
こちらは喫茶店ではなく、コーヒー豆の販売店です。
せっかくなので、100gだけ買っていきました。
中のご主人はとても親切で、こちらの希望を聞いた後
自分の好みに合ったコーヒー豆をブレンドして挽いてくれました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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「太洋堂珈琲」の前から、下立売通を西に向きました。
ここを進めば弘誓寺や浄圓寺がありますが、ここまでとします。


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今度は同じ場所で、下立売通を東に向きました。
次は千本通を越えて東側に回りますが、
だいぶ写真を貼り付けたので次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、千本通以東の下立売通を散策します~

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第345回 山中油店の胡麻油~千本通南から北~その23

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下立売通から、千本通のある東の方を見ています。
今回はこのまま千本通を東に渡り、智恵光院通付近まで行きます。
撮影日は、2015年10月1日木曜日午後3時。
だんだん雨がやんできました。


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「下立売千本」交差点南西角に、こちらのお店がありました。
こちらは、銃砲火薬店です。京都は勿論、日本では珍しいお店です。
(日本では銃火器の需要がかなり少ないので、
小売店舗もほとんどありません)


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千本通から、下立売通を東に向いています。
では、ここから東に進んでいきます。


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千本通から、下立売通を約20m進みました。
こちらは酒屋さんのはずなのですが、店舗には見えません。
卸売問屋でしょうか?
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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そのお店の向かい(北)に、朝顔の花が咲いていました。
こちらもきれいなので、撮らせていただきました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千本通から、下立売通を東に約50m進みました。
左(北)側の自動車が停まっているところに、
「サウナ」「露天風呂」の看板が見えます。


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こちらが、その看板があったところです。
「笠の湯」という銭湯ですね。
多少雨に濡れたので入りたいところですが、
この日は都合により急ぎます。


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「笠の湯」の向かいは、こちらのお地蔵さんです。
お参りした後よく見ると、この周囲が平安宮の史跡です。


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お地蔵さんの周囲は、コンクリートで固められています。
史跡を地中に保存するときに、よく使われる手法です。
(こうすると空気に触れないので、遺構の酸化を防ぎます)
平安時代、こちに内裏内郭回廊がありました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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内裏内郭回廊跡の西側は、土屋通との辻です。
この表札は、その辻の南東角にありました。


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土屋通から、下立売通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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この辻の北東角に、八百屋さんがありました。
野菜よりもカキなどの果物が、多く売られていました。


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さらに少し東に進んだところに蕎麦屋さんがあったのですが、
そちらにこの看板が出ていました。
この辺りは、平安時代に蔵人がいたところです。
藤原冬嗣が810年薬子の変で活躍した役職ですね。


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その蕎麦屋さんの前から、さらに東に向きました。
では、さらにここを進んでいきます。


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土屋通から、下立売通を東に約50m進みました。
こちらの町屋も、酒屋さんのようです。
「メルシャンワイン」の看板が、「昔ながら」ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その酒屋さんの向かい(南)側に、こちらの看板がありました。
平安時代にこの位置に承明門があって、
ここからこちら(北)側が内裏でした。


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その東に約20m先に、浄福寺通との辻があります。
こちらにも、ブリキ製の表札があります。


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下立売通から、浄福寺通を北に向いています。
ここは上り下りの小さな坂道を繰り返し、
浄福寺経由で第250回ブログに出てきた健勲神社に至ります。


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浄福寺通から、下立売通を東を向きました。
手前(右側)に、木賊が並んで生えているのが見えますね。


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浄福寺通から下立売通を東に進むと、こちらが見えます。
この「徳雲寺」ですが、それがどこにあるかが分かりません。
もしかして、ここがその寺院そのものでしょうか?


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その地点から、下立売通を東に向きました。
向こうに、赤いのぼりが立っている京町屋がありますね。


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こちらが、その京町屋です。
平屋の商家は、今となっては京都でも珍しいですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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先ほどの写真より少し東に進むと、
このように暖簾が飾ってありました。
こちらは、山中油店という江戸時代後期から続く油問屋です。
食用油・工業用油の卸売がメインですが、
後にも書いたように500円くらいの小売販売もしています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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山中油店の柱にも、ブリキ製の表札が付いていました。
智恵光院通は、この東側を南北に貫いています。


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山中油店の前で、下立売通を東に向きました。
この先に信号が見えてその辺りからワゴン車が曲がってきますが、
その辺りが智恵光院通です。
下立売通はこのまま真っ直ぐ伸びており、
第200回ブログで平安女学院や京都御苑の辺りで突き当たります。


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山中油店の東側は、下立売通沿いに庭があります。
水車の下には池があって、鯉が泳いでいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その庭の前から、下立売通を西に向いています。
下立売通を東に進むのはここまでとして、千本通に戻ります。
ただ、その前に赤いのぼりが立っているお店の方にお邪魔します。


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山中油店の店内にはブログ撮影の許可で入りましたが、
その際にウチの胡麻油が切れていることを思い出しました。
(この日の晩御飯は、キムチ鍋でした。胡麻油でキムチを炒めます)
ただ、前回ブログで盛り蕎麦とチーズケーキを食べていたので
500円くらいしか残っていませんでした。
お店の方に撮影許可を取った後そのことを話すと、
この油を勧められました。
これで、500円くらいの商品です。
その場で、「試食」させていただいたのですが、
まさに「ゴマ」そのものの味がして
香りの強さと味の濃さが今までに経験のないものでした。
もう今まで食してきたものは「胡麻油」と思えなくなりました。
こちらで炒め物をしたり、キムチを炒めたりもしますが、
毎日食パンに塗って食べています。
オリーブオイルでよくこのようなことをしますが、
これくらいおいしければ胡麻油でも可能です。


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山中油店の前で、下立売通を西に向いています。
では、ここを進み千本通に戻ります。


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山中油店の前から、下立売通を西に約100m進みました。
浄福寺通から、下立売通を西に向いています。
こっちから見ると、「メルシャンワイン」の看板も大きく見えます。


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その酒屋さんの向かい(南)側に、こちらの看板がありました。
平安時代はここ(下立売通)から北が内裏でしたが、
この辺りは特に紫宸殿でした。
今も、京都御所の南側は紫宸殿ですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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浄福寺通から、下立売通を西に向いています。
ずっと向こうに、千本通の信号が見えます。


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浄福寺通から、下立売通を西に約100m進みました。
八百屋さんの向こうに土屋通が伸びており、
その向こうが平安宮内裏内郭回廊跡ですね。


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さらに、下立売通を西に約100m進みました。
こちらが、千本通との交差点です。
ここで下立売通と別れて千本通をまた北上するのですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けたので
続きはまた次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、千本通周辺の出水通を散策します~

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第346回 出水七不思議 前編~千本通南から北~その24

[出水七不思議] ブログ村キーワード
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下立売通を西に向き、千本通を見ています。
(前回ブログに出てきた銃砲店と
第344回ブログに出てきたコーヒー豆の店が見えますね)
今回は、もう1本北にある出水通周辺を散策します。
撮影日は、2015年10月18日木曜日午後0時半。
久しぶりに、快晴の木曜日です。


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下立売通で千本通を渡り、北を向きました。
(つまり、下立売通から千本通を北に向いています)
この辺りは、緩やかな上り坂が続きます。


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こちらの幟にもあるように、
丸太町通~上長者町通間の千本通は千本商店街です。
この辺りは、戦前京極と並ぶ京都を代表する繁華街でした。
今でも、そこそこ賑やかな場所ですね。


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下立売通から、千本通を北に約50m進みました。
こちらに、大きな蕎麦屋さんがあります。


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こちらがその蕎麦屋大膳です。
YAHOO知恵袋で、よく質問を受ける店です。
では、ちょっと寄ってみます。
この写真からしばらく、クリックすれば拡大されます。


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ちょうど昼食時間とあって、こちらの店はかなりの満員でした。
テーブル席の大半は修学旅行生で埋まっていて、
様々な制服を着た中高生の男女が何人もいらっしゃいました。
店内は様々な日本画や書画が掛かっていて、
それ以外にも陶器人形も並んでいます。


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店内が満員だったので、
注文したものが出てくるまで約30分かかりました。
まぁ、自分は待つのに耐性があるのであまり気にしていませんが……
そして、こちらが30分待ってやってきた天ざるです。
(初めて入った蕎麦屋では、とりあえずこちらを注文します)
真昼間ですが、自分は休日だったのでビールも頼みました。
(自分の職場は、毎週木曜日が定休日なので……)


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天ざるをアップにして撮りました。
そばつゆにはみりんが入っておらず、
砂糖と醤油を煮たものにカツオ出汁を合わせたものと思います。
(一番メジャーなそばつゆです)
天ぷらはエビ以外に南瓜・ナス・赤カブも入っていました。
ここまでが、クリックすれば拡大される写真です。


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結局、「大膳」には午後1時半までいました。
レジの段階でブログ掲載の許可を求めたところ、
快く引き受けてくださいました。
こちらは、店先にいらしたお地蔵さんです。
ここにお参りをして、先を急ぎます。


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「大膳」の前で、千本通を北に向いています。
向かい側に、206系市バスが見えますね。
では、千本通の上り坂を北に進みます。


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「大膳」の北側は、新出水通です。
その角に、こちらのブリキ製の表札が出ていました。
この辺りは、数字が付く町名が多いですね。


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その表札の前で、千本通を北に向いています。
ここに、「千本出水」という看板が出ています。
出水通まで、あと70mです。


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「出水千本」交差点に来ました。
出水通から、千本通を北に向いています。
「千本出水」バス停に、何台かバスが停まっています。


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千本通から、出水通を西に向いています。
駐車場の西に、寺院が見えます。
千本通~七本松通間の出水通と
出水通~下立売通間の七本松通に、小さな寺院が集中します。
江戸時代初期に多くの寺院が移転してきたためですが、
これはたまたまそうなったようです。
(特定の宗派や権力者の都合ではありません)
かつての京都市街地の東端部分に
豊臣秀吉の政策で寺院が集中した寺町通がありますが、
それに対してこの辺りを「西寺町」と呼ぶ人もいるようです。


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こちらが、先ほどの写真にも写っていた長遠禅寺です。
幕末に活躍した人見勝太郎の菩提寺なのですが、
どの資料もそれ以外書いていないので宗派もよく分かりません。


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長遠禅寺の前から、出水通を西に向いています。
ここから突き当りの七本松通までこの道の両脇に寺院が並びます。
ただ、この道を往復するつもりなので、
西に進むときは北側の寺院を、
東に進むときは南側の寺院を紹介していきます。


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長遠禅寺から、出水通を西に約50m進みました。
こちらは、真言宗善通寺派福勝寺です。
かつて豊臣秀吉がこちらに千成瓢箪を寄進したことから、
「ひょうたん寺」の別名もあります。
節分には瓢箪型のお守りがもらえますが、普段は非公開です。
また、こちらに新撰組に拷問の末
池田屋での長州藩の密会を自白した古高俊太郎の遺髪もあります。


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福勝寺の西側は、六軒町通との辻です。
ここから見ると、突き当りの七本松通まで
寺院が並んでいる様子がよくわかりますね。
幕末から明治時代にかけて、
この辺りは寺院と果樹園しかありませんでした。
そのため、夜はとても寂しい場所で
怪談などの幽霊譚に事欠かない場所でした。
そのため、この辺り一帯の奇妙な話を集めた
「出水七不思議」も生まれました。


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六軒町通の西側に、日蓮宗華光寺があります。
こちらは、中に入れそうです。
この写真から、またクリックすれば拡大されます。


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華光寺境内に入ってきました。
手水舎周辺は池になっていて、中で鯉が泳いでいます。


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その池と本堂や寺務所の間に、日本庭園があります。
もう少し紅葉に染まると、さらに絶景になるでしょうね。


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毘沙門天と稲荷大明神に挟まれて、華光寺本堂があります。
こちらの毘沙門天像は平安時代後期の作ですが、
華光寺自体は天正年間(安土桃山時代)の建立です。
豊臣秀吉など多くの人物が帰依していて、
「鬼平犯科帳」のモデル長谷川平蔵は京都西町奉行時代に
この寺院で父親の葬式を行っています。


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華光寺境内の東側に、鎌倉時代後期の作になる鐘があります。
その下の部分に、枯れた松の株があるのが見えるでしょうか?
元々こちらの松は豊臣秀吉手植えの「時雨松」で、
どんなに晴れていても必ず幹が雨で濡れているという
「出水七不思議」の一つでした。
さらにこの寺院には、
春になると五色の花弁をつけた「五色椿」もあって、
こちらも「出水七不思議」の一つでしたが、すでに枯れています。
クリックすれば拡大できる写真は、ここまでです。


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華光寺の前で、出水通を西に向いています。
左(南)側の光清寺は、次回ブログで訪問します。
だんだん突き当りの七本松通が、はっきり見えてきました。


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華光寺の西隣は、こちらも日蓮宗の本昌寺です。
江戸時代初期に建てられた寺院ですが、
現在の本堂は1982年に再建されました。


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さらに西隣に、曹洞宗福聚山慈眼寺があります。
ちょっと中を覗きます。


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慈眼寺に入ると、すぐにこちらの藤棚が見えます。
この写真から、またクリックすれば拡大されます。


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こちらの境内は、藤棚以外にも枝垂桜など様々な木々があります。
その奥に、お地蔵さんの祠がいらっいます。
では、そちらにもお参りします。
クリックすれば拡大される写真は、ここまでです。


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祠の奥(北側)は細い道が続き、さらに奥が墓地です。
ですから、ここで戻ります。


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こちらの先に、曹洞宗福聚山慈眼寺の本堂があります。
(本堂などは、非公開です)
慈眼寺は、1588年に建立された鷹司家の菩提寺です。
御本尊の観世音菩薩のほか、歴代鷹司氏のお墓もあります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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では、慈眼寺を出ます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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慈眼寺から、出水通を西に向いています。
出水通は目の前の七本松通で突き当り、
そちらに、福寿院と観音寺が見えますね。


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出水通から、七本松通を北に向いています。
ここから約300m先に日蓮宗の立本寺があり、
さらに200mほど進むと京都北野商店街があります。


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今度は、出水通から七本松通を南に向きました。
七本松通の右(西)側に、たくさんの寺院が続きますね。


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七本松通の寺院を北から順に見ていきます。
先ずこちらは、福寿院です。
ただ、こちらの資料が見つからず宗派もよくわかりません。


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その南隣は、浄土宗慈眼山観音寺です。
実は、こちらはたびたび火災にあっており寺史が不明です。
こちらの門の脇の潜り戸は楠の一枚板でできており、
元は伏見城の牢獄のものだったそうです。
そして、この潜り戸が風で開くとき
伏見城牢獄の受刑者による泣き声が聞こえるという
そんな怪談が伝わっています。
こちらも、「出水七不思議」の一つです。


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観音寺境内の北側に、祠が並んでします。
少し、こちらにお邪魔します。


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そして、こちらの祠に「夜泣き地蔵」がいらっしゃいます。
お参りすると、赤ん坊の夜泣きにご利益があるそうです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに、「夜泣き地蔵」の向かいにも祠がいらっしゃいます。
足が疲れてきたのでべんつるさんの足を撫でてからお参りしました。
手前には、酔芙蓉の花が盛りです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、この観音寺から出ます。
次はさらに南隣の極楽寺に向かいますが、
(こちらにも、「出水七不思議」があります)
もうだいぶ写真を貼り付けたので、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は残りの「出水七不思議」に向かった後、
千本通以東の出水通を散策します~

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第347回 出水七不思議 後編~千本通南から北~その25

[出水七不思議] ブログ村キーワード
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出水通から七本松通を南に進むと、小さな寺院が順に並んでいます。
北から順に福寿院・観音寺と前回ブログで進みましたが、
今回は観音寺の南隣の浄土宗金谷山極楽寺から続けます。
山門脇の小袖門が両側にあるのは大変珍しく、
これを「出水七不思議」の一つに数えることもあります。
また、こちらの井戸水で茶を飲むと勝負ごとに必勝となるという
そんな伝説を「出水七不思議」に含めることもあります。
(そのため、豊臣秀吉がここによく通っていました)
撮影日は、2015年10月22日木曜日午後4時半。
では、残りの七不思議を進んだ後、千本通より東に向かいます。


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七本松通から、出水通を東に向いています。
左(北)側に、前回ブログに出てきた慈眼寺が見えますね。
では、ここを東に進んでいきます。
この写真から、また2015年10月15日午後2時の撮影となります。


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七本松通から、出水通を進んでいます。
右(南)側に、京町屋が並んでいます。
前回ブログでは出水通の北側を取材しましたので、
今回は出水通の南側を中心に書いていきます。


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先ほどの写真にも写っていましたが、
京町屋の東側に浄土宗知恩院派五劫院があります。
この門の上にある框に、涅槃図に見える木目があるそうです。
(お釈迦さんが亡くなられる様子を表しています)
こちらも、「出水七不思議」の一つですね。


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さらに五劫院の東隣りに、臨済宗建仁寺派光清寺があります。
ちょっとこちらの境内に入っていきます。


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門から入り、東を向きました。
こちらに、弁天堂がいらっしゃいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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弁天堂の上部に、一枚の絵馬が飾ってあります。
その絵馬には、白黒の猫の絵が描いてあります。
こちらも、「出水七不思議」の一つです。

このような言い伝えが残っています。
この辺りの北側にある五番町から聞こえる三味線の音色に魅かれ
絵の中の猫が飛び出して女性に化けて踊りだしたそうです。
それを見たこの寺院の住職が、その化け猫を封印したそうです。
すると、住職の夢枕に一人の武人が立ち、
「私は絵馬の猫である。もう外には出ないので封印を解いてほしい」
そう懇願するので、住職は封印を解いたそうです。
以後、こちらの絵馬は「三味線の守り神」として信仰を集めました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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光清寺境内の中央に、枯山水の庭園があります。
こちらは、東福寺方丈庭園などを手掛けた重森三玲の作です。
臨済宗建仁寺派清光寺は、
1669年伏見宮貞致が母親を弔うために建てた寺院です。
御本尊は、観世音菩薩です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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清光寺の前で、出水通を東に向きました。
左(北)側に、前回ブログに出てきた華光寺が見えますね。
では、ここを進んでいきます。


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光清寺の前から、出水通を約50m進みました。
こちらで出水通は、六軒町通と交差します。
青いベンチの辺りに、宴の松原の碑が立っています。
人食い鬼が出たり、藤原道長が兄たちと肝試しをしたり、
そんな伝説もありますが「出水七不思議」には入りません。


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「出水六軒町」辻の南東角に、臨済宗妙心寺派玉蔵院があります。
こちらは、1634年仏頂による開山です。
こちらにも、「出水七不思議」がありました。
寺宝の掛け軸が円山応挙の作だったのですが、
その女性像がやせ細っていてまるで幽霊のようだったそうです。
ただ、この絵はいつの間にか消失していて
数年前にまったく違う寺院(建仁寺の接頭大統院)から出てきました。


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玉蔵院の前から、出水通を東に向いています。
左(北)側に、前回ブログに出てきた福勝寺が見えます。
そろそろ千本通がよく見えるようになりました。


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玉蔵院の前から、出水通を東に約100m進みました。
目の前に、千本通との交差点が見えます。
左(北)側に前回ブログで出てきた長遠禅寺があり、
右(南)側にも浄土宗善福寺があります。
この善福寺も「出水七不思議」があったそうで、
(以前は、こちらの本堂が山門よりせり出していたそうです)
このブログで紹介した「出水『七』不思議」は
すでに十を越えていますが……


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その善福寺の脇に、こちらのお堂がありました。
中には、如意輪観音像がいらっしゃいます。
平安時代の作だそうですが、京都府の丹後半島で
江戸時代に網にかかって曳き上げられたそうです。


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如意輪観音像のお堂の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
では、こちらにもお参りして向こうの千本通にある信号を渡ります。
ここからは、千本通より東側の出水通に進みます。


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交差点の信号を渡り、千本通から出水通を東に向いています。
こちら側の出水通は寺院もなく、住宅が並びます。
目の前に、赤い鳥居が見えますね。


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こちらがその桜宮神社です。では、こちらに寄っていきます。
この写真から何枚か、クリックすれば拡大されます。


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鳥居をくぐって右(西)側に、手水舎がありました。
先ずはこちらで手を清めます。


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手水舎の右(北)側に、末社の祠がいらっしゃいます。
入り口の表札によると、鳥居に「大弁財天」と書かれていますが、
宗像三神を祀った神社ということらしいです。


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「大弁財天」の祠の前で、さらに奥(南)を向きました。
境内中に、桜の木々が並んでいます。
春には、かなりの絶景になりますね。


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その先に、桜宮神社の本殿がいらっしゃいます。
(なぜか左脇に、金毘羅宮の石碑が立っています)
御祭神は、天照大神他多数です。
こちらは、もともと北野にいらっしゃいました。
(この辺りから、北西に隣接した地区です)
平安時代の半ばに、その地区にあった大桜の木が
紫雲越しに太陽のように光輝くことがあり、
それからその場所に太陽神でもある
天照大神(アマテラスオオミカミ)の祠が立てられました。
その後まもなくこの地に移転したのですが、
正確な時期は分かりませんでした。


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桜宮神社本殿から、北を向きました。
では、出水通に戻ります。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


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桜宮神社の前から、出水通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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千本通から、出水通東に約100m進みました。
ここで出水通は、土屋通と交差します。


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土屋通から、出水通をさらに約70m東に進みました。
今度は、浄福寺通との辻です。


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出水通から、浄福寺通を南に向きました。
蛇行しながらここの坂道を下り上ると、
第345回ブログの途中に出ます。
この辺りが坂になっている理由は、後述します。


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浄福寺通から、出水通を東に約80m進みました。
ここで、裏門通と交差します。
ちなみに、出水通はいったん京都府庁で突き当たった後
京都御苑「出水御門」で途切れます。


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出水通から、裏門通を南に向きました。
約30m先に寺院が見えますが、そこでこの通りは突き当たります。
では、この下り坂を進み寺院に向かいます。


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こちらが、その寺院浄土宗鎮西派松林寺です。
20世紀末の火災で焼失後、本堂は近年再建されました。
ただ、この寺院の開基は江戸時代初期です。
御本尊は薬師如来で、そのためか20世紀半ばまで
この寺院では漢方の丸薬が売られていました。

山門から本堂にかけて深く掘り下げられていますが、
これは聚楽第の外堀跡です。
(つまり、ここより北がかつての聚楽第)
豊臣秀次のクーデター失敗以降豊臣秀吉による事後処理の際、
聚楽第は徹底的に破壊されました。
ですから、聚楽第の遺構はほとんど残っていません。
また、ここは幕末の京都見回り組佐々木只三郎の寓居でした。


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松林寺の東隣に昌福寺がありますが、
途中の道が工事中なのでそちらには向かいませんでした。
出水通まで戻り、裏門通から東を向いています。
では、ここから千本通に戻ります。


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裏門通から、出水通を西に約80m進みました。
浄福寺通との辻に、こちらの表札がありました。


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さらに、浄福寺通から出水通を西に約70m進みました。
土屋通の辻にも、ブリキ製の表札があります。


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浄福寺通より西の出水通沿いに、
こちらが何枚も張り付けてありました。
今年(2015年)は桜宮神社の例祭が11月8日にあるようです。


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桜宮神社の前に戻ってきました。先ほどの張り紙が、また見えます。
千本通も、もう目の前ですね。


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「出水千本」交差点まで戻ってきました。
目の前に、先ほど立ち寄った善福寺や長遠禅寺が見えますね。


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再び信号を渡り、千本通の西側歩道に来ました。
出水通から、千本通を北に向いています。
では、ここから千本通を北上していきます。


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出水通から、千本通を北に約50m進みました。
千本通歩道の両脇に、「千本出水」バス停が立っています。


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「千本出水」バス停の前から、千本通を北に向ています。
この辺は緩やかな上り坂で、千本商店街の只中です。
理髪店や銭湯など、地域住民と密着したお店が続きます。


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こちらが、その銭湯です。
一度入ってみたいのですが、夕方にならないと開いていません。


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その銭湯の前から、千本通を北に向いています。
目の前に、下長者町通との辻がありますね。
ただもうだいぶ写真を貼り付けたので、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、五番町を抜けて立本寺に向かいます~

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第348回 立本寺の葉桜並木~千本通南から北~その26

[立本寺] ブログ村キーワード
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七条通から千本通を北上して5か月で、
ようやく下長者町通と交差するところまで来ました。
今回は、この少し北にある仁和寺街道から西進し
五番町を抜けて日蓮宗本山立本寺に向かいます。
撮影日は2015年10月15日午後2時半。
ポカポカ陽気を暢気に散策します。


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下長者町通から、千本通を北に向いています。
右(東)側歩道に、「スギ薬局」の大きな店舗があります。
その脇にある看板が気になるので、反対側歩道に渡ってみます。
(この辺りに信号がないので、いったん出水通に戻って渡りました)


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こちらが、その「スギ薬局」脇の看板です。
この辺りの千本商店街全店舗が書いてあります。
その下には、前回ブログで出てきた
「出町七不思議」の寺院も書いてあります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その看板の前から、千本通を北に向いています。
こうしてみると、この辺りが緩やかな上り坂と分かりますね。
その先に見える信号は、上長者町通との交差点のものです。


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上長者町通との交差点まで来ました。
約50m先は、仁和寺街道との交差点です。
ここを東に進むと、烏丸通沿いの京都御苑に突き当たります。
その辺りが地方局のKBS京都本社です。


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千本通から、上長者町通を西に向いています。
交差点の南西角に、だし巻き卵屋さんの「西尾」があります。
このお店が、千本通商店街の最北端です。
ここで横断歩道を渡って、だし巻き卵を1本購入しました。
(それは、後で登場します)
上長者町通は、あと50mほどで突き当たります。
そちらには、「千本日活」という映画館があります。
今ではポルノ映画専門館ですが、
映画全盛期の20世紀半ばには相当賑わいました。

ここ数回書いてきたように、
千本通がかつては京極と並ぶ京都でも最大規模の繁華街でした。
当時のこの辺りには20を超える映画館がありましたが、
今ではここ1館だけになりました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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上長者町通~今出川通間の千本通は、西陣千本商店街です。
こちらの商店街には、このように1本1本
道の由来を書いた標識が掛かっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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上長者町通から千本通を約50m進み、西に向きました。
つまり、千本通から仁和寺街道を西に向いています。


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そして、こちらが仁和寺街道の標識です。
要するに、京都市街地から御室の仁和寺に至る参詣道ですね。
では、千本通からここを西に進んでいきます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千本通から仁和寺街道を西に進むと、
すぐにこちらの消火器がありました。
京都市街地の各町内には消火器の設置が義務付けられていますが、
こちらは五番町のものです。
この辺りは、かつては京都最大の遊郭でした。
1958年の売春防止法完全施行後に衰退し、
今ではこの辺りはマンションが建ち並ぶ地域になりました。
水上勉の代表作「五番町夕霧楼」はこの辺りを描いたものです。


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その消火器の向かい(北)側に、こちらの山門があります。
こちらは浄土宗長徳院という寺院なのですが、
境内(?)はどう見てもマンションです。
どうやら屋内にご本尊がいらっしゃるようですが、
外観は「寺院」の面影がほとんどありません。


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長徳院の前から、仁和寺街道を西に向いています。
先述の通り、今の五番町はマンションが立ち並ぶ住宅街です。


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長徳院から西に約50mに、浄土宗国生寺があります。
阿弥陀如来のほかに千手観音などもいらっしゃるのですが、
入り口が閉まっていて中には入れません。


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国生寺の前から、仁和寺街道を西に向いています。
マンションを中心に新しい建物が立ち並び、
京町屋などの古い家屋は皆無ですね。


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とは言え、そのマンションの脇にはお地蔵さんがいらっいます。
まぁ、ここは京都ですから新興住宅地でもそれは同じです。


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千本通から、仁和寺街道を西に約100m進みました。
六軒町通との辻に、報土寺があります。
こちらはもともと平安時代前期に建立された真言宗の寺院でしたが、
応仁の乱で荒廃した後浄土宗知恩院派の寺院として再興しました。
ご本尊の阿弥陀如来が重要文化財なのですが、
非公開なので中には入れません。


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こちらは、報土寺の向かい(南)側にあった自動販売機です。
これすべて、100円で売っています。
こちらで緑茶を買って、先を進みます。


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報土寺の前から、仁和寺街道を約100m進みました。
ここに、七本松通との交差点があります。


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「仁和寺街道七本松」交差点北西角に、
日蓮宗本山立本寺(りゅうほんじ)があります。
もっとも、墨染寺本能寺さらには宝塔寺本満寺など
京都市街地の日蓮宗の寺院はすべて対等の本山です。
この写真以降暫くは、クリックすれば拡大されます。


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立本寺の山門をくぐると、一面の桜並木となります。
こちらは、桜で知られた寺院です。
墨染寺や本満寺など、日蓮宗の寺院は桜で有名なものが多いですね。


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先述の写真にもある通り、立本寺境内には児童公園があります。
公園内の中央に藤棚があって、その脇にベンチがあります。


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児童公園内のベンチに座って、こちらをカバンから出します。
先ほどの自動販売機で買ったお茶のペットボトルと
「西尾」で買っただし巻き卵です。
第346回ブログの「大膳」で食事してから、約2時間経ちました。
そろそろ小腹も空く頃です。


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こちらが、その「西尾」のだし巻き卵です。
こちらは、食べ歩き用に切ってもらえます。
同じだし巻き卵でも第305回ブログの鳥三」とは違い、
だしにしっかりと甘い味が付いています。
(「鳥三」は、もっと卵の味を前面に出していました)


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だし巻き卵を食べながら、あたりを眺めています。
遊具の向こうを見るとわかるように、
この児童公園は桜並木に囲まれています。
春には、相当の絶景になるでしょうね。


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だし巻き卵を食べ終わり、石畳の道に戻りました。
この辺りの桜の枝は、1mより低いところからも伸びています。
この枝をくぐりつつ、先を進みます。


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では、立本寺境内を散策します。
児童公園の脇には、刹堂がありました。
こちらには多くの日蓮寺院同様、
鬼子母神と十羅刹女が祀られています。
また毎月8日には、鬼子母神祭が行われています。


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刹堂の北隣に、こちらのお堂がりました。
こちらのお堂については、自分が調べた限り
何というかは分かりませんでした。


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児童公園の北側にまで来ました。
こちらは少し広くなっていて、その北側に本堂があります。
この辺りには、枝垂桜が多いですね。


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そして、こちらが日蓮宗具足山立本寺です。
1941年以降、日蓮宗の寺院は本末の区別がなくなりました。
よって、京都にある日蓮宗の大きな寺院は全て対等な本山です。
立本寺の開基は、宝塔寺や妙顕寺を建立した日像です。
室町時代に日蓮宗が京都で商人を中心に隆盛したのですが、
その度に天台宗の延暦寺の僧兵と対立し
妙顕寺など多くの日蓮宗寺院が焼き討ちされました。
(これは、高校の日本史の教科書にも載ってますね)
この立本寺は、焼き討ちされた妙顕寺の後継寺院として
その跡地に建立されました。
ただ、この立本寺も何度か延暦寺の僧兵に焼き討ちされ、
その度に規模を小さくして再建されました。
後に豊臣秀吉の政策で寺町通に強制移転させられ、
さらに江戸時代の大火で焼失して今の位置に移転しました。
ちなみに、この寺院は仁和寺街道沿いにあるので
高校生くらいまで自分はここが仁和寺だと思っていました。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


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立本寺本堂の脇には、小さな寺院が並んでいます。
これらはもう末寺ではないので、「旧末寺」と呼ばれています。


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石畳の道を戻り、立本寺の山門に進みます。
この日は、ここが避難場所として大丈夫かどうか
消防署員や建設作業員らが確認されていました。
(彼らの話している言葉が漏れてきて、そう判断しました)


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立本寺山門に戻ってきました。
では、立本寺を出て七本松通に出ます。


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七本松通から、仁和寺街道を西に向いています。
西大路を通り過ぎてここをまっすぐ進むと、妙心寺に突き当ります。
仁和寺に行くのは北にある一条通の方なので、
昔はどこかで曲がっていたのでしょうか?


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今度は七本松通から、仁和寺街道を東に向きました。
では、ここを通って千本通に戻ります。


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七本松通から、仁和寺街道を東に進んでいます。
マンションなどの建物に混じって、いろいろな店舗もありますね。


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さらに仁和寺街道を東に進み、報土寺の前に来ました。
この先に、六軒町通との辻も見えますね。


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さらにさらに仁和寺街道を東に約50m進みました。
左(北)側に先ほどの国生寺があって、
その前から右(南)に道が伸びています。
その道を南に約50m進むと、先述の「千本日活」の前に出ます。


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そしてまた仁和寺街道を東に50m進み、千本通に戻ってきました。
この仁和寺街道は、約200m先の浄福寺通で突き当たります。


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仁和寺街道から、千本通を北に向いています。
では、またここを北上していきます。


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仁和寺街道から、千本通を北に約80m進みました。
こちらは、「中立売千本」交差点です。
かつては、「四条河原町」と並ぶ繁華街の中心でした。
ここからこの交差点周辺を散策したいのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
この先は、また別の回に書きます。

今回は、ここまでです。

~次回は……
京都北野商店街に行く前に、ちょっと寄り道をします。
つまり、「千本通編」はお休みです~

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第350回 京都北野商店街~千本通南から北~その27

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第348回ブログ以来の「中立売千本」交差点です。
(写真の標識は、「千本中立売」ですが……)
今から50年ほど前は、
「四条河原町」交差点と並ぶ京都で最も賑やかな場所でした。
今回は、ここから北野天満宮まで進みます。
撮影日は、2015年11月5日木曜日午後3時。
そういえば、最近千本通そのものはほとんど進んでいません。


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千本通から、中立売通を西に向いています。
ここから西に京都北野商店街が続いています。
牛丼屋「すき家」屋上の時計が、午後3時を指しています。


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千本通から、中立売通を西に進んでいます。
ここに、明治時代から昭和時代にかけて
日本初の市電(路面電車)が走っていました。
それが、中立売通が下立売通出水通よりも道幅が広い理由です。
ここから北野天満宮に向かい、
その後この商店街経由で「下立売千本」交差点に戻ってきます。
ですから、行きも帰りも左(今回は南)側歩道中心に取材します。


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千本通から、中立売通を西に10mほど進みました。
こちらは、エビフライ専門店です。
お肉屋さんがカツやフライを売っていることはあっても、
こういう専門店は珍しいですね。


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面白そうなので、ちょっと寄ってみました。
エビフライだけではなく、
カキフライやとんかつ・コロッケなども売っていました。
とは言えせっかくなので、ここはエビフライを買いました。
ただ……1尾380円とは言え大きいですね。
「1尾500円したの?もっと高かった?」
帰ったら母が、そう聞いてきました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


350-6.jpg
エビフライ専門店「かどわき」の西側に、
こちらのパン屋さんがあります。
京都市街地には手作りのパン屋さんがかなり多いのですが、
この商店街にはここの他にはありません。
さらに、このパン屋さんの西は閉まっている店舗が増えます。
実は、この商店街の大半の店舗は木曜日が定休日でした……


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千本通から、中立売通を西に約100m進みました。
六軒町通との交差点で、中立売通は南西に進路を変えます。
この中立売通は「今出川御前」交差点北野天満宮に向かって
蛇行していきます。


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こちらが、六軒町通との交差点です。
手前の洋品店は開いていますが、その西側は閉まっていますね。
やはり、木曜日に来たためでしょうか?


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中立売通から、六軒町通を南に向いています。
ここを約100m南に進むと、
第348回ブログに出てきた報土寺があります。


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今度は、中立売通から六軒町通を北に向きました。
この六軒町通は今出川通も通り抜け、
最終的には千本釈迦堂の東側で途切れます。


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六軒町通から、中立売通を北西に約80m進みました。
こちらは、公設市場の「メッサ北野」です。
(第291回ブログに出てきたエビスクと同じ経営形態です)
たくさんのお店が、この中に入っています。


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「メッサ北野」の北西側に、こちらのお店がありました。
みたらし団子がお目当ての一つだったのですが、定休日でした……
気を取り直して、先に進みます。


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商店街の歩道に、こちらのタイルが埋められていました。
この市電(路面電車)が、この商店街の象徴ですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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六軒町通との交差点から、中立売通を北西に約200m進みました。
今度はこちらで、七本松通と交差します。


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中立売通から、七本松通を南に向いています。
この交差点から約100m先に、
第348回ブログに出てきた日蓮宗立本寺の看板が出ています。


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今度は、中立売通から七本松通を北に向きました。
約300m先に、今出川通との「上七軒」交差点があります。
今出川通以北は、祇園宮川町島原と並び称される
京都を代表する花街の一つ上七軒が広がります。


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「中立売七本松」交差点の西側に、こちらの中央分離帯があります。
左(西)側に木が1本立っていますが、
かつてはここに松の木が7本立っていました。
それが、「七本松」通の由来です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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中立売通は、七本松通より西で大きく左折し
また真西に進路が変わります。
そして、ここで中立売通は一条通と合流します。
ここから西に150mほど、中立売通でもあり一条通でもあります。
(その先は、再び別々の道になります)


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この辺りの歩道にも、市電(路面電車)のイラスト入りタイルです。
ただよく見ると、先ほどと電車の向きが違いますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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中立売通と一条通の合流点から、西を向いています。
目の前に乾物屋さんがあります。
身欠き鰊とか心惹かれますが、予算もないので先に進みます。


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その乾物屋さんから、西に約50m進みました。
こちらは、京都こども文化会館です。
子供向けの映画上映や、発表会に使われる一種の公民館ですね。
その向こう(西)の3F建ての建物は、別の施設です。


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こちらが、その寺院「本門佛立宗本山宥清寺」です。
本門佛立宗は、明治時代初期に日蓮宗から分裂した宗派ですね。
今回は素通りしますが、別の回に覗きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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宥清寺の前で、一条通(中立売通)を西に向きました。
ここで一条通が狭くなり、
また中立売通はここから北北西に伸びて別の道になります。
「京都北野商店街」は、ここが最西端です。


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中立売通から、一条通を西に向いています。
目の前に「妖怪ストリート」ののぼりが立っていますが、
ここから西大路までの約500mが「一条商店街」です。
一条通はこのまま進むと妙心寺の北側を西進し、
その後北西に進路をとって仁和寺の前きぬかけの道と合流します。


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今度は一条通から、中立売通を北に向きました。
ここから中立売通は、北野天満宮に向かって直進します。
目の前に、七味唐辛子のお店があります。
ウチの山椒が切れていたので、ここで10g買いました。
(ウチでは、山椒を焼き肉や麻婆豆腐によく入れます)


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その七味唐辛子屋さんの前から、中立売通を北北西に向いています。
八百屋さんの向こうに藪が見えますが、その辺りが警察署です。


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こちらが、その上京警察署です。
よくテレビドラマで出てくる「京都の警察署」は、
この警察署をロケに使っています。
この角度から見るとそうでもないのですが、
個人的には日本有数の外観がきれいな警察署と思います。
自分が一番好きな外観は七条署なのですが、
2年前(2013年)に無くなりました。


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その上京警察署の前で、中立売通は突き当ります。
ここは、「北野天満宮前」交差点(「今出川御前」交差点)です。
つまり、中立売通は千本通以西は北野天満宮への参道です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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中立売通から、今出川通を北東に向いています。
ここから約250m先に、「上七軒」交差点があります。


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今度は中立売通から、今出川通を南西に向きました。
目の前に、御前通が見えます。
ここ「北野天満宮前」交差点は、五叉路になっています。


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「北野天満宮前」交差点から、御前通を南に向いています。
左(東)側は上京警察署ですが、右(西)側は飲食店が並んでいます。
ここは、北野天満宮の門前町です。


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今度は「北野天満宮前」交差点から、御前通を北に向きました。
御前通は北野天満宮の東側を貫いています。
また御前通より東が、先述の上七軒です。


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御前通から、今出川通を南西に向いています。
目の前にとようけ茶屋があって
バス停前に粟餅の澤屋があります。
ただ、どちらも木曜日は定休日でした。
(普段の様子は、第112回ブログを参照してください)


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では、この横断歩道を使って今出川通を北に渡ります。
ここからは、第112回ブログと同じ道を辿ります。


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こちらが、北野天満宮一の鳥居です。
11月と言えば、時期的に七五三と紅葉ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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北野天満宮一の鳥居をくぐり、境内に入ってきました。
石畳の参道は、少しずつ真北に進路を変えていきます。


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「天満宮」の境内には、お約束の牛の像です。
ここのものを撫でてもご利益があるでしょうが、
この奥にはまだまだたくさんいます。


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参道の東側は駐車場ですが、手前の木々は紅葉に染まっています。
北野天満宮は紅梅・白梅で有名ですが、紅葉もなかなかです。


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参道の西側に、こちらの寺院がありました。
こちらは、宮寺の一つ東向観音寺です。
今回は素通りでしたが、第112回ブログでは中を参拝しています。


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一の鳥居を抜けてすぐに、北野天満宮二の鳥居があります。
ここをくぐると、すぐに北野天満宮三光門です。
ただもうだいぶ写真も張り付けたので、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、北野天満宮に参拝します~

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第351回 北野天満宮のもみじ宛~千本通南から北~その28

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北野天満宮の参道を北上し、二の鳥居をくぐりました。
目の前にあるのは、三の鳥居ですね。
今回はこのまま北野天満宮に参拝し、
その後もみじ宛に行きます。
撮影日は、2015年11月5日木曜日午後3時半。
「千本通編」なのに、今回も千本通が登場しません!


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三の鳥居付近に、こちらの神社がいらっしゃいました。
こちらは、伴氏社です。菅原道真公の母君が御祭神です。


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北野天満宮三の鳥居をくぐりました。
すると、その先が開けて北野天満宮楼門が見えました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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三の鳥居をくぐったところで、左(西)側を向きました。
牛の銅像の向こうに、梅の木々が見えます。
こちらが、北野天満宮の象徴でもある梅園です。
毎年2月~3月、ここが紅梅白梅で染まります。


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北野天満宮楼門前に来ました。
では、石段を上り境内に入っていきます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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楼門をくぐり、北野天満宮境内に入ってきました。
いつもなら、ここを進んで紅梅・白梅見物と洒落込むのですが
11月では、ただの枯れ枝ですね。


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先ほどの写真と同じ場所で、右(東)を向きました。
こちらが、北野天満宮の手水舎です。
中央に牛の像があるのが「天神さん」らしいですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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北野天満宮楼門から、本殿東側を北に見ています。
いつもならここで本殿の周囲を1周するのですが、
今回のメインは本殿の西側ですので、そちらの方へ行ってみます。


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さらに同じ場所で、左(西)を向きました。
約20m先に、北へと延びる道が見えます。次は、そちらに進みます。


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楼門の前から西に約20m進み、北を向きました。
こちらは、本殿へと続く北野天満宮三光門です。
見事な彫刻を施した権現造で、重要文化財です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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三光門をくぐると、その中に社務所と本殿があります。
こちらは、本殿前の灯籠です。(奥に社務所が見えます)
この神社のご加護で鬼女「茨木童子」退治を成功させた
渡辺綱が寄進したと伝えられています。


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本殿の前に、こちらの菊が奉納されていました。
その奥には、伏見の清酒も奉納されていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、こちらが国宝北野天満宮本殿です。
日光東照宮などと並ぶ、日本を代表する権現造の神社ですね。
通常は本殿前に「左近の桜 右近の橘」なのですが、
この神社は「左近の梅 右近の松」ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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本殿の西側にも、出入り口があります。
今回は、ここから出てさらに神社の西側に向かいます。


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北野天満宮本殿の西側に回り、北を向いています。
本来ならこの辺の梅林が見事なのですが、
11月ではただの枯れ枝ですね。


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その同じ場所で、さらに西を向きました。
入苑料700円を支払えば、ここから御土居後に行けます。
実は、ここが今回ブログ最大のお目当てです!


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入苑料を支払い、鉄門扉をくぐります。
こちらの石段の上が、御土居の頂上になります。


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こちらが、その御土居の頂上です。
第349回ブログで登場した渉成園の築島など、
御土居の切れ端は京都市街地のあちこちに現存します。
ただ、この北野天満宮の御土居跡は
そんな中でも最大規模のものです。
豊臣秀吉存命中から御土居周辺には
さまざまな植物が植えられていました。


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その御土居のさらに西側には、紙屋川が流れています。
(「鞍馬口通編」の第252回ブログにも出てきました)
この御土居と紙屋川周辺には、カエデがたくさん植えられています。
この時点(2015年11月5日)時点ではまだまだ青葉ですが、
もう2週間もするとこの辺りは一面の紅に変わります。
北野天満宮は紅梅・白梅が有名ですが、
京都を代表する紅葉の名所でもあります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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石段を下りて、御土居の頂上から紙屋川のほとりに降りてきました。
ここに朱塗りの「鶯橋(うぐいすばし)」があるのですが、
その袂に寒椿が咲いていました。
紅葉シーズンが盛りの花ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、その「鶯橋」です。
2月になると、ここで本当にウグイスが鳴きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

ここを撮ろうとしたら、中国人の若い女性グループが
モデルとカメラマンに分かれてずっと「撮影会」をされていました。
こちらが写真を撮れなかったので、そのようにこちらが言うと
「すいません」と一言謝られて場所を譲っていただきました。
自分の経験上、中国の方々は割とはしゃいで撮影されるのですが
こうやって口に出すとむしろ日本人以上に素直に動いてくれます。


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「鶯橋」を渡り、紙屋川西岸で南を向きました。
こちらは、ずっとカエデ並木が続きます。
では、ここを進んでいきます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「鶯橋」から、紙屋川畔を南下しています。
辺りにはカエデ並木が続き、公園のようになっています。
入苑料がもう少し安いともっと来れるのですが……
ただ11月下旬になれば、ここは一面深紅の絶景に変わります。
それと後の茶店を考えれば十分に安いのですが……


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暫く紙屋川沿いを南下すると、こちらの三又のカエデが現れました。
こちらがここで一番見事な木なのですが、
大きすぎて幹しかフレームに入りません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

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紙屋川西岸から、東岸にある御土居を見ています。
よく見ると、日に当たっている部分は少しずつ紅く染まっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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紙屋川のカエデ並木は、約100mで終わります。
そのカエデ並木の最南端に、小さな橋が架かっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、その橋です。
橋に張り付くようにプラスチック製の塀があって、
そこより南には行けないようになっています。
(と言いますか、南側からここに入れないようになっています)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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橋を渡って紙屋川東岸に移り、北を向きました。
ここから北は、紅梅・白梅並木が続きます。
この「もみじ宛」は、春になると「梅園」になります。
(第113回ブログでも紹介しました)


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橋から、紙屋川東岸を約50m北上しました。
また、御土居の頂上に上る石段が見えてきました。


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その石段を上っていきます。この先が、御土居の頂上です。
標高は、だいたい10mくらいでしょうか。


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石段を上り切りました。
よく見ると、地面に竹の形をした灯りが置いてあります。
おそらく、11月下旬になるとライトアップが始まるのでしょうね。


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ここで「もみじ宛」は一通り見たのですが、もう少し寄り道します。
こちらには、「茶店」と書かれた看板があります。


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その鉄門扉をくぐりしばらく歩くと、この茶店に出ます。
(第112回ブログでも出てきました)
では、ちょっとここに寄っていきます。
(ここから暫く、写真をクリックすると拡大されます)


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こちらが、その茶店のお品書きです。
ここの名物は「七軒だんご」と書かれていますが、
要するにみたらし団子です。
ただ、下にある券を使えばこちらで茶菓子がもらえます。
(茶菓子代は、入苑料の700円に含まれます)


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こちらが、その茶菓子です。お茶は番茶で、セルフサービスです。
では、菓子の袋を破って中を食べます。


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その茶菓子を袋から出しました。
こちらは、見たままの三笠饅頭です。
卵がたくさん入っていて、皮がフワフワでした。


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こういう場所で、茶菓子をいただきました。
周囲は梅園で、第112回ブログに訪れたときは絶景だったのですが、
今は改装中で梅園の奥は閉鎖されていました。
写真をクリックすれば拡大されるのは、ここまでです。


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ゆっくりくつろいだ後、茶店を出ました。
では、また散策を続けます。


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再び鉄門扉をくぐり、御土居に戻ってきました。
茶店へ続く鉄門扉の北側に、別の鉄門扉があります。
(最初にここに入ってきた鉄門扉よりは南にあります)


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では、こちらから北野天満宮「もみじ宛」」を出ます。
ここから北野天満宮を出て京都北野商店街経由で
千本通に戻りますが、
もうだいぶ写真を貼りましたので、
今回ブログはここまでとします。

~次回は、本門佛立宗宥清寺に向かいます~

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第352回 宥清寺に寄り道~千本通南から北~その29

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北尾天満宮の御土居跡「もみじ宛」から東を向いています。
今回はここから北野天満宮境内を通り抜け、
本門仏立宗宥清寺経由で「中立売千本」交差点を目指します。
撮影日は、2015年11月5日木曜日午後4時半。
秋の陽は、本当に「つるべ落とし」ですね。


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御土居跡「もみじ宛」から、北野天満宮境内に戻ってきました。
すると、黒い猫が1匹目の前を横切りました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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自分はどうも猫を撮るのが苦手でして……
あれこれカメラをいじっているうちに、
だいぶ遠くに行ってしまいました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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実は、この辺りは末社が並んでいます。
ただ、どうも修復中だったらしく
辺りは垂れ幕に包まれてお参りできなくなっていました。
では、この鳥居をくぐり東に進みます。


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先ほどの鳥居をくぐると、こちらの絵馬殿の前に出ます。
小倉百人一首の絵馬が、奉納されていますね。


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絵馬殿の前から、北を向いています。
ここを北に進むと、また北野天満宮本殿に着いてしまいます。


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絵馬殿から東に進むと、すぐに楼門前です。
では、ここから北野天満宮境内を出ます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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北野天満宮楼門をくぐりました。
次は石段を下りて、ここから参道を南下します。


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……とその前に、楼門の石段を下りたところで
左(東)を向きました。
駐車場の向こう(東)に御前通があって、
その先に「京都五大花街」の一つ上七軒があります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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北野天満宮参道を南下しています。
三の鳥居をくぐると、その先の二の鳥居も見えます。


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二の鳥居のすぐ先に、北野天満宮一の鳥居があります。
目の前の大通りは今出川通で、
ここから南東に中立売通が始まります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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北野天満宮一の鳥居をくぐると、
目の前に「北野天満宮前」交差点が広がります。
今出川通・御前通・中立売通が交差する五叉路ですね。
南西角に、「上京警察署」が見えます。
京都市の中でも一番きれいなロケーションを持つ警察署で、
恐らくこの角度がベストショットです。
京都関連のドラマで出てくる警察署の大半が、
この警察署の外観を使っています。


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先ほどの写真の地点で、東を向きました。
先ずは、ここ御前通を渡ります。


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御前通を渡って、南を向きました。次はこの今出川通を渡ります。
目の前に、滋賀銀行と上京警察署が見えます。


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「北野天満宮前」交差点から、今出川通を渡り東を見ています。
向こうに、比叡山が見えますね。
11月に入って、日が沈むのが本当に早くなりましたね。


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今出川通から、中立売通を南東に向いています。
今度は、こちら側の歩道を通って中立売通を歩いていきます。


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滋賀銀行の前に、こちらの碑が立っていました。
かつての市電北野線は、ちょうどこの辺りに終着駅がありました。
(京都駅~北野天満宮間を結んでいました)


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滋賀銀行前を通り過ぎ、中立売通を南東に向きました。
京都町屋の脇に咲いているのは、バラでした。
その向こうに見える塀は、宥清寺のものです。


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「北野天満宮前」交差点から中立売通を南東に約200m進みました。
中立売通は、ここ一条通でいったん突き当たります。
この交差点から、右(西)は一条通商店街で
左(東)は京都北野商店街です。


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中立売通が一条通を交差しているところで、左(東)を向きました。
ここから暫く、ここは中立売通でもあり一条通でもあります。
交差点に、大きな寺院が見えます。


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こちらが、その大きな寺院本門仏立宗宥清寺です。
では、こちらに寄っていきます。
この寺院の境内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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山門に入ってすぐ左(西)に、こちらの六角堂が見えます。
その脇は、鬼瓦でしょうか?


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六角堂の北側に、日扇の立像がいらっしゃいました。
日蓮宗の寺院にはよく日蓮の立像がいらっしゃいますが、
ここ本門仏立宗も日蓮宗の分派なので、
似たことをするのでしょうか?


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そして、宥清寺境内の脇に大きな枝垂桜の木が立っていました。
第348回ブログに出てきた立本寺など、
この辺りには桜の名所が多いですね。


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こちらが、本門佛立宗本山宥清寺の本堂です。
この寺院は1308年藤原定家の孫が日蓮宗に帰依した後、
その藤原定家の旧宅を改築して建立されました。
ご本尊は、十界大曼荼羅図です。
江戸時代末期にいったん廃寺寸前になったのですが、
明治時代初期に日扇によって再興されました。
日扇は日蓮宗から分派して、本門仏立宗を起こしました。
ですから、ここがその宗派の本山となります。


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では、宥清寺を出ます。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


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宥清寺の前から、東を向いています。
宥清寺の東隣は、京都子ども文化館です。
ここにも、見事な枝垂桜があります。
(第350回ブログにも出てきました)
この辺りは中立売通であると同時に、一条通でもあります。


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ただこの辺りにも商店が並んでおり、
ここも中立売通沿いの京都北野商店街の一部です。
目の前の自転車屋さんに「修理承ります」と書いてあったので、
次に取材に来たときはタイヤを交換してもらいます。
さらに東を見ると、七本松通の安全地帯が見えました。


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七本松通の安全地帯の北側に、こちらのお店がありました。
のれんを見ると、生麩・生湯葉を売っているようです。
寄っていこうとも思いましたが、
この日(2015年111月5日)の夕食はエビフライなので
立ち寄るのはまた別の機会にします。


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七本松通から、中立売通を南東に向いています。
ここで中立売通は、一条通と分岐します。
ここは第350回ブログでも通った道です。
その回では右(南)側を通ったので、今回は左(北)側を東に進みます。


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七本松通から、中立売通を南東に進んでいます。
交差点からすぐに、こちらのたこ焼き屋さんがありました。
結構の方々が店内に入っていかれましたが、
誰も写らないタイミングでこちらを撮りました。


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そのたこ焼き屋さんの向かいにも、たこ焼き屋さんがあります。
と言いますか、この近辺にはたこ焼き屋さんがたくさんあります。
この商店街全体に、たこ焼き屋さんが点在しています。


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そのたこ焼き屋さんから、さらに中立売通を南東に進みます。
こちらは、京もなか 美福軒という和菓子屋さんです。
そういえば、この商店街は和菓子屋さんも多いですね。


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「京もなか 美福軒」に立ち寄って、豆大福を買いました。
(緑色なのは、ヨモギが入っています)
餅の部分もおいしかったのですが、
餡の滑らかな食感が気に入ったので、またこちらに立ち寄ります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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七本松通から、中立売通を南東に約200m進みました。
六軒町通との交差点で、中立売通は真東に曲がります。


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六軒町通から、中立売通を東に向いています。
木曜日は大半のお店が定休日なので、
まるでシャッター商店街ですね。


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六軒町通から、中立売通を東に進んでいます。
木曜日でも、こちらのお店が開いていました。
ソシアルダンスのための衣装や小道具を売っているお店のようです。


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さらに中立売通を東に進んでいます。
この辺りは商店だけでなく、このような京町屋も並んでいます。


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六軒町通から、中立売通を東に約100m進みました。
こちらに、千本中立売交番があります。
その東隣は、日蓮宗愛染寺です。
なかなか由緒がある寺院なのですが、
非公開なのでここは通過します。


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日蓮宗愛染寺の前から、中立売通を東に向きました。
もう目の前に、「中立売千本」交差点があります。
といいますか、やっと千本通に戻ってきました。
またここから千本通を北に向かうのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、
ここから先は次回とします。

~次回は、浄福寺や智恵光院に向かいます~

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第353回 紅葉の浄福寺~千本通南から北~その30

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快晴から一転、曇り空の「中立売千本」交差点です。
京都北野商店街は、ここが最東端です。
ここからまた千本通を北上……と行きたいところですが、
今回もまた違う道に逸れて、浄土宗浄福寺を訪れます。
撮影日は、2015年11月19日木曜日午後3時半。
前回ブログ撮影日以降、京都はずっと曇っています。
(時々雨が降ります)


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中立売通から、千本通を南に向いています。
このブログで、いままで進んできた道です。
また第348回ブログ以来の千本西陣商店街に戻ってきました。


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今度は中立売通から、千本通を北に向きました。
右(北)側のパチンコ屋など「繁華街」をイメージする店と
左(西)側のガス器具店といった
地域住民密着のお店とが混在しており、
それがこの商店街の最大の特徴ですね。


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中立売通から、千本通を北に進んでいます。
千本西陣商店街では、道の由来の看板があります。
中立売通は、もともとは「正親町通」だったのですね。
(この近辺に、「正親」という地名が多く残っています)
その後ろに、立ち飲み屋さんの「神馬」が見えます。
こちらは、たびたびTVに出ていますね。


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こちらは、その「神馬」のほぼ向かい(東)側です。
スーパーのイズミヤの脇に西陣京極商店街と書かれた
看板が掲げられた路地が東に伸びています。

「西陣京極」とは、かつてこの辺りにあった繁華街のことです。
1977年の市電廃止後に衰退しましたが、
21世紀に入ってまた復活しつつあります。
「千本中立売」交差点周辺には
かつて映画館が10館ありましたが、
今は第348回ブログに出てきた「千本日活」のみとなっています。


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「神馬」の前で、千本通を北に向いています。
こちらには、「朱雀大路」(今の千本通)の看板がありますね。
「千本中立売」バス停の前に、50系市バスが停まっています。
西側歩道にある時計屋さんの先に、またパチンコ屋さんがあります。


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「千本中立売」バス停の前から、千本通を北に向いています。
ここからだと、パチンコ屋さんがよく見えますね。
そのパチンコ屋さんの北側に、信号が見えます。
そちらが、一条通との交差点です。


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千本通から、一条通を西を向いています。
パチンコ屋さんと、京町屋が並ぶ不思議な世界ですね。


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今度は、千本通から一条通を東に向きました。
いつもより遅い時間帯で、しかも曇っているので
辺りはだいぶ暗くなっています。
では、ここを渡ってしばらく一条通を進みます。


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「一条千本」交差点南東角は、
そのパチンコ屋さんの駐車場です。
この狭い道に駐車場の自動車も合流するので、
この道は結構な渋滞になります。


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ただ、パチンコ屋さんの駐車場より東は渋滞もなくなります。
交差点の渋滞は、信号待ちの自動車と駐車場の自動車が
同時に一条通に集合したときのみに起こります。


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さらに一条通を東に進んでいます。
この京町屋は、1F部分がガレージになっています。
第345回に出てきた下立売通にもありましたが、
この辺りでよく見かけますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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千本通から、一条通を約100m東に進みました。
ここから南に、土屋町通が伸びています。
つまり、一条通は土屋町通の最北端です。


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一条通から、土屋町通を南に向いています。
こちらに、「西陣京極商店街」の看板が出ています。
かつてはここから中立売通との間に5館ほど映画館がありましたが、
今は赤ちょうちんが並ぶ「飲み屋街」です。


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今度は、土屋町通から一条通を東に向きました。
ブリキ製の表札の向こうに、一条通から北に行く道が見えます。


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こちらが、その北に伸びる道です。
道の先に寺院の山門が見え、
その脇に「浄福寺参道」と書かれた碑が立っています。
次は、こちらに向かいます。


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その道を一条通から約50m進み、黒門前に来ました。
では、浄土宗浄福寺に入っていきます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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浄福寺の黒門をくぐると、すぐ西側に末社の鳥居がありました。
先ずは、こちらの弁財天にお参りします。


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こちらは弁財天がいらっしゃるのですが、
提灯には「天満宮」「稲荷大明神」の銘もあります。
大蛇の絵柄が描いてあるのは、弁財天ならではでしょうか?
この写真も、クリックすると拡大されます。


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提灯がぶら下がっている拝殿の後ろに、
弁財天の本殿がいらっしゃいます。
そして、その右(北)脇に天満宮の祠もいらっしゃいます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、弁財天の本殿の左(南)脇には稲荷大明神です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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さらにその北側には、地蔵堂がいらっしゃいました。
さらにその北側から、墓地に入れるようです。


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最初の山門から真っ直ぐ北に進むと、浄福寺本堂に出ます。
こちらには阿弥陀如来がいらっしゃいますが、
普段は非公開で拝観できません。

浄土宗浄福寺は平安時代初期の800年ごろ建立されましたが、
たびたびの火災で細かい沿革がよく分かっていません。
室町時代に浄土宗となり、
今の位置には江戸時代半ばに移転してきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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浄福寺本殿の右(東)側に釈迦堂がいらして、
そちらに向けて石畳の道が伸びています。
では、そちらに向けて歩いていきます。


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本殿の東側のカエデも、そろそろ紅葉に染まってきました。
ここは桜で有名ですが、紅葉もなかなかですね。


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その紅葉を背に、こちらの休憩所があります。
この辺りにはさまざまな桜の木が並んでいるのですが、
季節ではないので写真は撮っていません。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その休憩所から、東を向きました。
石畳の道がずっと続き、その両脇に小さな寺院が続いています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


353-28.jpg
では、その石畳の道沿いの寺院やお堂を西から東に回ります。
最西端は、釈迦堂です。こちらに釈迦如来像がいらっしゃいます。
こちらはもともと平安宮の鬼門封じの寺院で、
浄土宗になる以前は、こちらの釈迦如来が御本尊でした。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その釈迦堂の向かい(南)に、浄福寺幼稚園があります。
何か催し物をされているようでしたが、
ちょっと入り辛いので素通りです。


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こちらは、釈迦堂の東隣の薬師堂です。
右(東)側の祠の中に、千体薬師如来と
日光菩薩・月光菩薩がいらっしゃいます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その東隣には、末寺の松聲寺があります。
こちらのお堂が面白いので、撮りました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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さらにその東には、御法大権現がいらっしゃいます。
こちらにも、お参りしました。


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御法大権現の前から、石畳の道を東に向きました。
そして、こちらが浄福寺の東側にある赤門です。


353-34.jpg
浄福寺通から、浄土宗浄福寺赤門を見ています。
実は、こちらが正門だったりします。
まぁ、この赤門が浄福寺の象徴ですしね。
今度は向かい(東)隣の日蓮宗慧光寺に寄った後、
智恵光院に向かうのですが、
それはまた次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、慧光寺や智恵光院に立ち寄ります~

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生まれたときから50数年
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「京都駅前散策」
京都駅から
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あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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