第395回 京町屋と小寺院の通り~高倉通南から北~その1

[高倉通] ブログ村キーワード

今回は、約1年ぶりの写真のない回です。
桜の季節も終わったので、そろそろ新しい道を書いていきます。
長い長い「千本通編」も第387回ブログで終了して、
次はちょっと短い道にしようと思いました。

今回から書き始めるのは、高倉通です。
河原町通と烏丸通との中間に伸びる南北の道で、
いくつかの繁華街を通り抜ける5mほどの道幅の道です。
今回この道を選んだのは、次の理由からです。

☆ 市街地の中心を通っている。

☆ それほど広い道ではなく、京町屋が多い。

☆ 繁華街の近くも通り、ある意味典型的な「京都の小路」。

平安京遷都からある高倉小路
高倉通は、794年の平安京造営時からある道です。
位置も今と同じで、東洞院大路より1本東の道でした。
「高倉」の由来は、この道沿いに
「高倉殿」という藤原氏の邸宅があったことによります。
この「高倉殿」の正確な位置は分かっていませんが、
三条通との辻近くには貴族の邸宅が建ち並んでいたようで、
以仁王の邸宅もこの辺りにあったようです。
当時の京都市街地最東端の道は東京極大路(今の寺町通)ですが、
応仁の乱で京都市街地が荒廃した際には
一時期この高倉通が市街地最東端だったことありました。
そして豊臣秀吉が京都市街地を再興した後、
江戸時代初期に京都市街地の中心街が東に移ったときに、
(御土居の撤去・河原町通の造営・祇園など鴨川以東の発達)
今の高倉通となりました。

東九条の宇賀神社
現在の高倉通最南端は、十条通です。
こちらから北上すると、しばらく住宅街が続きます。
十条通と九条通との間に、札ノ辻通があります。
その辺りに、京都では珍しい宇賀神社がいらっしゃいます。
(京都市内では、たぶんここだけだと思います)
そして、その辺りから商店舗が立ち並びだします。
九条通と八条通の間にある東寺道沿いには、
個人的に京都でいちばんおいしい焼肉屋と思っている
「水月亭」があります。
そして八条通で、JRの線路に突き当たります。

「たかばし」のラーメン店
京都駅東側の「八条竹田街道」交差点から北に進むと、
すぐに東に折れてJRの線路に架かる陸橋が現れます。
この陸橋の手前から再び高倉通が北に伸びています。
そのためこの陸橋を「高倉跨線橋」(通称:「たかばし」)と呼び、
ここからJRの線路以北に進めます。
「たかばし」の北詰には桜並木が続き、
さらにこの陸橋から北に約100m進むと、
「第一旭総本店」と「新福菜館本店」という
京都を代表するラーメン店が並んでいます。

渉成園で突き当たり
ここからさらに北上すると、塩小路・七条通と大通りを通り抜け
七条通の1本北にある下珠数屋町通で突き当たります。
ここから北が、渉成園です。
渉成園の南北の幅は約200mで、
北側の上珠数屋町通から再び高倉通は北に伸びます。
この辺りから、京町屋が集中します。

佛光寺で突き当たり
五条通以北にも、京町屋が立ち並びます。
五条通から約400m北上すると、高辻通で突き当たります。
そこから仏光寺通まで、浄土宗佛光寺派本山佛光寺になります。
仏光寺通以北は繁華街が近くになり、飲食店の数が多くなります。

長刀鉾の脇を通り抜ける
四条通から三条通を通り抜け、御池通までは
京都有数の繁華街である「四条烏丸」「寺町京極」「四条河原町」
三条河原町」の近くを北上します。
大手百貨店の大丸京都店のある「四条高倉」交差点の西側に
祇園祭の際長刀鉾が立つ場所があります。
ここを中心に、高倉通は特に賑やかになります。
四条通の1本北が錦小路で、高倉通が錦市場の最西端です。

家具の街 夷川通
御池通を北上すると、また京町屋が建ち並びだします。
特に集中するのは夷川通で、ここには古い家具屋さんがたくさん建ち並んでいます。
そして、その夷川通から約250m先に丸太町通があって、
そこでこの高倉通は突き当たります。
丸太町通以北は、京都御苑ですね。
ここから北は、今の京都御苑が造営された際に削られました。
その削られた部分は、鴨川以東三条通以北に移設されました。
ですから、その辺りに「新」高倉通が現存します。

では、次回から高倉通を取材します。
……と言いたいところですが、2016年5月15日に
京都ではいろいろお祭りが満載です。
ですから、次回ブログ内容は現時点で未定です。

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第396回 札ノ辻の宇賀神社~高倉通南から北~その2

[宇賀神社] ブログ村キーワード
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ウチのブログでは、初登場の地下鉄烏丸線「十条」駅です。
今回は高倉通に移動してから北上し、宇賀神社に参拝します。
撮影日は、2016年5月14日木曜日午後2時。
京都では、GW以来の晴れた夏日でした。


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竹田行の地下鉄が、「十条」駅から出発します。
いつもこの時間帯の乗降者はそれ程多くないのですが、
この日(2016年5月14日)はたくさんの方々が降りられました。
では、エスカレーターからコンコース階に上がります。


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エスカレーターを上がると、すぐに改札口があります。
次は、ここを右(北)に進みます。


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地下鉄烏丸線「十条」駅改札口を出て、北を向きました。
今度は、ここを突き当りまで進みます。


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北向の地下通路は、約30mで突き当たります。
ここでは、右(東)側の1番出口に進みます。


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地下鉄烏丸線「十条」駅1番出口の前で、烏丸通を北に向きました。
約10m先に、第219回ブログ以来の「十条烏丸」交差点があります。
ずっと向こうに京都タワーが見えるので、烏丸通と分かります。
地下鉄に乗っておられたのは、大半がリクルートスーツ姿の方です。
この近くには交通関係の本社ビルが多いので、
多分就職活動なのでしょうね。
では、ここで烏丸通を北上して十条通を渡ります。


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「十条烏丸」交差点を渡り、烏丸通から十条通を東に向きました。
向こうに、「十条ビル」(京都信用金庫十条支店)が見えます。
この辺りは、京都でも屈指の「町工場」が集中している地区です。


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烏丸通から、十条通を東に約100m進みました。
目の前に、84系市バスの「十条竹田街道」バス停があります。
バス停から約50m先には、竹田街道との交差点があります。


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十条通から、竹田街道を南に向いています。
竹田街道は阪神高速の高架をくぐると、
すぐに勧進橋があって鴨川を渡ります。
そこからさらに南下すると、
最終的には第121回ブログで出てきた近鉄「伏見」駅前に出ます。


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今度は、十条通から竹田街道を北に向きました。
終戦(1945年)直後にはここから約150m先に映画館があって、
その周辺に小さな繁華街を形成していました。
それが、ここから北に今も飲食店が多い理由です。


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そうしているうちに、信号が青になりました。
では、竹田街道を東に渡って十条通を進みます。
右(南)に見える高架は、阪神高速のジャンクションです。


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竹田街道から、十条通を東に見ています。
約150m先から北に、河原町通が伸びています。
十条通は、河原町通より約500m東にある本町通で突き当ります。
ここから左(北)側に
赤茶色の鉄骨で骨組みをした白い建物が目に入りますが、
そちらは自分が高校生のころからあるパチンコ屋さんです。


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竹田街道から、十条通を約70m進みました。
向こうに見える「はやし」という焼肉屋さんは、
自分が大学生のころ(約30年前)は居酒屋さんでした。
(自分が元常連だったお店です)
十条通沿いのパチンコ屋さんの東側に、北に伸びる道があります。
こちらの道が、高倉通です。つまり、ここが高倉通最南端です。


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十条通から、高倉通を北に向いています。
左(西)に、先ほどのパチンコ屋さんが見えます。
(駐輪場がある建物ですね)
では、いよいよ高倉通を北上していきます。


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十条通から、高倉通を北に進んでいます。
左(西)側は、パチンコ屋さんの立体駐車場が見えます。
右(東)側には表具屋さんが見えますが、基本的には住宅街です。
ただ、この辺りには京町屋はありません。


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この辺りに京町屋はほとんどありませんが、
このような味のある古い民家はたくさん並んでいます。
民家の壁には京都市広報の掲示板があって、
その脇に町名が書いてある消火器が入った赤い箱と
だいぶ錆びていますが「京都市南区東九条柳下町」と書かれた
ブリキの表札もあります。
実はこの西側にお地蔵さんもいらして、
こういうところは、きちんと「京都の小路」らしいですね。


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その民家の前で、高倉通を北に向きました。
十条通からは、80mほど高倉通を北上したことになります。
パチンコ屋さんを通り過ぎ、左(西)側にも住宅が続きます。
ところで、左(西)側のコンクリート製の入れ物は何でしょうね?


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先ほどの民家から、高倉通を約30m北上しました。
高倉通から東に、路地が伸びています。
第317回ブログでも書きましたが、かつての京都市街地では
よく小路からさらに狭い路地が迷路状に伸びていて
その路地沿いにたくさんの小さな民家が建ち並んでいました。
それが、この辺りにはまだ残っていますね。


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その路地から、高倉通を約30m北に進みました。
高倉通の左(西)側に、地蔵院という寺院がありました。
浄土宗西山禅林派なので、京都市内で最も多い宗派ですね。
いろいろ調べましたが、こちらの沿革は不明です。
ただ、小野篁が彫ったとされる子育て地蔵尊をご本尊としています。
この写真は、クリックすると拡大されます。

この寺院の北側に、西側の竹田街道に抜ける道があります。
その道と竹田街道との角に、先述の映画館があったようです。
その映画館はその後公設市場になり、
さらに「餃子の王将 札ノ辻店」になった後、
現在は空きビルになったようです。


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その地蔵院の斜め向かいに、長谷川家邸宅があります。
長谷川家はこの東九条の郷士で、この辺り一帯の畑の所有者でした。
京野菜の一種「九条ネギ」などを栽培していたようです。
この邸宅は文化庁指定有形文化財に指定されていて、
土日は有料で拝観ができるようです。


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長谷川家邸宅の前で、高倉通を北に向きました。
約100m先に見える横断歩道の辺りで、札ノ辻通と交差します。


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高倉通から、札ノ辻通を東に向いています。
第219回ブログ烏丸通から見たときも感じたのですが、
札ノ辻通東端の河原町通にある「松ノ木団地」が
まるで壁のように見えます。


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高倉通から、札ノ辻通を東に約50m進みました。
近づくほどに、「松ノ木団地」が迫ってくる感じがします。
ただ、ここで札ノ辻通から北に伸びる道が見えます。


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札ノ辻通から、その道を北に向きました。
約20m先に石製鳥居があって、
右(東)側に「宇賀神社」という碑が立っています。
では、この神社に入っていきます。
ここから宇賀神社の写真は、全てクリックすると拡大されます。


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石製鳥居をくぐると、右(東)側に手水舎がありました。
ただ鍵付きの覆いがあるので、中の水は使えません。


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宇賀神社本殿前に、狛犬がいらっしゃいます。
こちらは、「阿」行ですね。


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その向かいには、「吽」行の狛犬です。
なかなか古くて立派な石造です。


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そして、こちらが拝殿越しの宇賀神社本殿です。
いろいろ調べたのですが、こちらは「宇賀神社」ですが
御祭神は宇迦御霊神(稲荷神)と天照大神で
蛇神でもある宇賀神ではありません。
いずれにしても、この東九条の産土神(土地神)です。

奈良時代の書物である「山城国風土記」にも、
この神社(当時は「宇賀塚」)の記録が出てきます。
ですから、松尾大社「蚕ノ社」木嶋神社藤森神社などと同様に、
京都市内でも最古の神社の1柱でもあります。


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宇賀神社本殿の北東に、こちらの椋木があります。
こちらは樹齢500年以上で、京都市の指定樹木でもあります。


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椋木の南側にも、こちらの大銀杏があります。
第354回ブログに出てきた慧光寺のものと同じくらい大きいですね。


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宇賀神社の境内の周囲には、桜の木々が植えられています。
約6週間前には、この辺も絶景でした。


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宇賀神社境内には、自分以外にもう一方男性がいらっしゃいました。
ただ社務所は閉まっていて、他には誰もいらっしゃいませんでした。
では、この宇賀神社から出ます。


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宇賀神社の鳥居から南を向くと、
約30m先の札ノ辻通に立派なお屋敷が見えます。
家屋の形から、元はこの辺の名主か土豪の家でしょうね。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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宇賀神社から札ノ辻通に戻り、西を向きました。
ずっと向こうに竹田街道の信号が見えますが、
その手前の高倉通(赤いポストがあるところ)まで戻ります。


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札ノ辻通から、高倉通を北に向いています。
では、次はここを進んでいきます。


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札ノ辻通から高倉通を北に約50m進み、東を向きました。
向こうに、宇賀神社の境内が見えます。
こうしてみると、椋木と大銀杏は本当に大きいですね。


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札ノ辻通から、高倉通を北に約100m進みました。
もともとこの辺りには商店舗が並んでいたのですが、
そのうちの何軒かはもう閉店していました。
この辺でまだ開いているのは、目の前の美容院と
その角を左(西)に曲がったところにある花屋だけです。
年々確実に、こういう小売店舗が減っていますね。


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さらに約100m、高倉通を北に進みました。
こちらに正善寺という日蓮宗の寺院があります。
ただ、ここは「陶化幼稚園」でもあります。
小さな寺院が幼稚園を経営するのは、京都ではよくあります。


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さらに、高倉通を北に約100m進みました。
こちらは、京都市立陶化小学校の校門前です。


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京都市立陶化小学校校門前から、高倉通を北に約100m進みました。
ここで、高倉通は九条通と交差します。
一見高倉通は九条通で突き当たっているように見えますが、
目の前の歩道橋の先でまた北に伸びています。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けたので今回はここまでです。

~次回は、5月15日の春祭り取材です~

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第399回 東九条の焼肉屋水月亭~高倉通南から北~その3

[水月亭] ブログ村キーワード
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高倉通から北を向き、九条通を見ています。
高倉通はここでいったん突き当たりますが、
脇に見える歩道橋を渡るとまた高倉通が北に伸びます。
今回はさらに北上し、焼肉屋の名店「水月亭」に立ち寄ります。
(個人的に選んだ「京都3大焼肉店」の筆頭です)
撮影日は、2016年5月15日日曜日午後4時半。
その前に、近くの神社に参拝します。


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高倉通から、九条通を東に向いています。
約80m先に河原町通との交差点があり、
その先から東の九条通は大きな橋になります。


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高倉通から九条通を東に約50m進み、南を向きました。
河原町通へ行く手前に、こちらの碑があります。
ここから九条通を南に進むと、新宮神社がいらっしゃいます。
先ずは、そちらに進みます。


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九条通から、南に約30m進みました。
小さな赤い鳥居に混まれた場所が、その新宮神社です。
この路地の中は、写真をクリックすると拡大されます。


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新宮神社は、路地の民家が密集している中にいらっしゃいます。
いくつも紹介してきましたが、典型的な京都市街地の神社ですね。
では、こちらの境内に入っていきます。


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本堂の右(北)側に、狛犬像がいらっしゃいます。
口から、「阿形」と分かります。


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そして、こちらが左(南)側の狛犬です。
口が閉じているので、「吽形」ですね。


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こちらが、新宮神社の本殿です。
写真には上手く写っていませんが、格子戸の向こうには狐の像と
「新宮神社」と書かれた提灯が飾ってあります。
そうなると、御祭神は宇迦御霊神ということになるのですが……
こちらは春日大明神・八幡大菩薩・稲荷大明神・速玉大明神が
合祀されています。
速玉大明神は和歌山県の熊野三山の1柱で、
九条兼実が平安時代末期に熊野神社をこの地に勧請したのが
この神社の始まりと言われています。
(必ずしも定説ではありません)
また、こちらは家出人が家に帰ってくるという御利益があり
その信仰は今も続いています。

旧東九条村には、この新宮神社以外にも
第396回ブログの宇賀神社と薬院神社がいらっしゃいました。
ところが、1879年(明治12年)当時の槇村京都府知事が
「一つの村に、神社は1柱のみ」
という条例を出したため、宇賀神社以外の2柱
つまり薬院神社と新宮神社の廃止が決まりました。
ただ、実際には廃されずに
薬院神社は第218回ブログに出てきた城興寺境内の
茶枳尼天堂と合祀されて薬院稲荷神社となりました。
新宮神社は、九条家邸宅跡のこの地に移転しました。
(元は、河原町通以東にいらっしゃいました)


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新宮神社の本殿に背を向け、東に向いています。
では、この新宮神社を出ます。


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新宮神社の向かい(東)に、こちらの京町屋が並んでいます。
京町屋は、この辺りから北に点在しだします。


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新宮神社から、北を向いています。
ここから、向こうに見える九条通に戻ります。


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新宮神社から約30m北に進み、九条通に戻ってきました。
クリック写真が拡大されるのは、ここまでです。


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その場で、九条通を西に向きました。
次は、高倉通の向こうにある歩道橋を渡り北上します。


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こちらが、その歩道橋です。
では、ここを渡り九条通の北側に移動します。


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歩道橋の階段を登り切りました。
ここから、九条通の北側に渡っていきます。


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その歩道橋の上から、九条通を東に向いています。
九条通は目の前の河原町通との交差点から上り坂になっていますが、
ここから約500mに渡る長い「九条橋」があります。
この橋は高瀬川→鴨川→師団街道→琵琶湖疎水→本町通に架かり、
東詰めの「東福寺」交差点で九条通が突き当たります。
そこから北に東大路が伸びており、
その東側から東福寺に入ることができます。
(詳細は、第2回ブログで
この写真も、クリックすると拡大されます。


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歩道橋の北端まで進み、西を向きました。
約100m先に、「大石橋」交差点が見えますね。
(九条通と竹田街道との交差点です)
歩道橋の階段を下りたところから、高倉通が北に伸びています。


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九条通から、高倉通を北に向いています。
では、ここを北上しています。


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九条通から、高倉通を北に約50m進みました。
分かりにくいですが、ここは筋違いの四辻です。


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筋違いの四辻で、東を向きました。
こちらに地元民用のカラオケバーがあって、
ハングルで「シゴル」と書いてあります。(「田舎」という意味)
第219回ブログでも書きましたが、
この辺りには結構ハングルで書かれた看板があります。
それが、京都市南区の特徴の一つですね。


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今度は、その辻の南西角です。
こちらは、九品寺(くぼんじ)という浄土宗の寺院です。
この規模でwikiに載っているのはかなり珍しいのですが、
元は後鳥羽上皇が居住していた鳥羽殿にあったようです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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九品寺の右(北)側に、こちらの畠があります。
いろいろ野菜が栽培されていますが、九条ネギが一番多いようです。
九条ネギは京野菜の一種で、地面より上の青い部分を食べます。
(下仁田ネギなどに多い白い部分が、ほとんどありません)
その名の通り、今も九条通沿いで多く栽培されています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そのネギ畠の北隣も、また小さな寺院です。
こちらは、日蓮正宗の「九條住本寺」です。
京都には「住本寺」という日蓮宗寺院がとても多いのですが、
それぞれに関係があるのでしょうか?
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その九條住本寺の北側にまた東西の道があって、
この高倉通との四辻になっています。
その位置で、高倉通からその道を西に向いています。
こちらは西洞院通~高瀬川間の約1㎞の短い道で、
この辺のメインストリートの割には特に名前がありません。
向こうに大きな建物が見えます。
元々はスーパーマーケットのジャスコ 九条店でしたが、
専門学校になった後今は廃ビルになりました。
そのジャスコを中心に喫茶店などの飲食店や
キムチ屋さんなどの商店舗が並んでいましたが、
大半がもう潰れてしまいました。
自分もよく来た場所だけに、とても寂しいですね。


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その辻で、高倉通で北を向きました。
では、またここを進んでいきます。


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高倉通を北上しています。
高倉通沿いに、こちらの京町屋が並んでいました。
家の前の鉢植えは、今が旬のようです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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九条通から、高倉通を北に約250m進みました。
ここで、東寺道と交差します。


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高倉通から、東寺道を西に向いています。
東寺道はその名の通り、東寺まで続いています。
途中イオンモールや近鉄高架下の焼き肉屋「はやし」を経由します。
(自分が個人的に選んだ「京都3大焼肉屋」の1軒です)
その辺りの東寺道は結構広い道なのですが、
ここから竹田街道まではこのように狭い道です。
ただ、ここには銭湯や八百屋などいろいろなお店が並んでいます。


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今度は、高倉通から東寺道を東に向きました。
この辺りだけ、少し道幅が広くなります。
ここの左(北)側は大きなマンションですが、
右(南)側は手前から寿司屋さん・酒屋さん・キムチ屋さんです。
では、ここから東寺道を東に進みます。


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高倉通から、東寺道を約60m進みました。
河原町通に行くまでに、こちらの焼肉屋さんがあります。
こちらが、今回のメイン「水月亭」です。
自分が個人的に選んだ「京都3大焼肉屋さん」の筆頭です。
(つまり、3軒の中でも一番おいしいお店)
現在2016年5月15日午後5時。
開店時間を回っていますので、中に入ります。


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自分はここの30年来の常連なのですが、
改めてこの店のブログ取材許可を取りました。
ちなみに、ここは店内ブログ掲載禁止です。
ただお料理の撮影はOKで、
その際にテーブルが写ってしまうのも撮影OKです。

いろいろ注文したのですが、量が多いので順番に出てきます。
先ずは、蒸し豚とマッコリが出てきました。
蒸し豚はある程度ゆでた後に、蒸してあります。
「皮つき」なので、その部分がコリコリしていて面白いですね。
こちらは、このお店オリジナルのタレで食べます。
そうこうしているうちに、ハラミが鉄板の上に置かれました。
この店オリジナルの漬けタレで仕込んだものを
蒸し豚と同じタレで食べます。
ここから料理の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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うっかりしていたのですが、ハラミの焼けた写真を撮り忘れました。
ハラミは自分で焼くのですが、
ここのお肉は弱火で時間をかけると中の肉汁が残っておいしいです。

マッコリを飲みながら、蒸し豚とハラミを完食しました。
まだマッコリが残っていたので、こちらを頼みました。
「キムチ鍋」と書かれていますが、要するにキムチチゲです。
先ほどの蒸し豚を煮込んで、キムチなどで味付けています。
ポイントは玉ねぎが入っていて、そのことでスープに甘味が出ます。
また大きめの豆腐が入っていて、煮込みすぎる前に食べます。
個人的には、チゲ鍋は豆腐料理と思っています。


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「キムチ鍋」を食べていると、マッコリを全部飲んでしまいました。
そこで、ご飯を1膳頼みました。次に鍋の中の具をすべて出します。


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その後、そのご飯を鍋の中に入れます。
汁を飛ばすまで煮込んで、茶碗に戻して食べます。
こうすると、キムチ鍋のスープを余すところなく食べられます。
ちなみにここのキムチは自家製で、
単に辛いだけでなくしっかりと白菜本来の甘味もあります。
こういう料理は、辛味の中の甘味を味わうのが醍醐味です。
この店は一品一品丁寧に作られるので、
そう言う部分をしっかり味わえます。

ちなみに、これら全てでだいたい2,000円でした。
蒸し豚の代わりにネギチジミを頼むこともあるのですが、
それだとだいたい1,700円くらいになります。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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「水月亭」を出ると、午後6時を回っていました。
冬なら完全に夜ですが、5月末ならこの明るさですね。
「水月亭」から東寺道を高倉通に戻って、北を向きました。
では、この高倉通をまた北上します。


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東寺道から、高倉通を北に約100m進みました。
こちらは、針小路との四辻です。


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高倉通から、針小路を西に向いています。
左(南)側が2014年まで京都市立山王小学校でしたが、
現在は廃校されています。
右(北)側も、電柱より向こうは京都市水道局です。
ずっと先に白いビルが見えますが、その辺りが竹田街道です。
そして、その北側に京都駅前ビルのAVANTIがあります。


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針小路から、高倉通を北上しています。
この辺は30年くらい前まで住宅地でしたが、
今はあちこちホテルができてきています。
高倉通は、針小路から約150m北の八条通で突き当たります。
突き当りにあるビルの脇に、新幹線が見えます。
つまりビルの裏手(北側)に、JRの線路が並びます。
京都市街地の通りの大半が、この線路で途切れます。


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高倉通を北上し、八条通で突き当たりました。
八条通から北は、「京都市南区東九条」から
「京都市下京区」に変わります。
ここで西を向き、もう少しだけ進みます。


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高倉通から、八条通を西に約150m進みました。
ここが「八条竹田街道」交差点で、ここより西が京都駅八条口です。
また、この交差点から北に進むとまた高倉通が復活します。
とは言え写真をだいぶ貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は高倉跨線橋から北上し、
「たかばし」のラーメン店と猿寺正行院の前を通ります~

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第400回 たかばし第一旭総本店~高倉通南から北~その4

[第一旭] ブログ村キーワード

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今回は、京都駅から始まります。
まぁどのホームでも良かったのですが、とりあえず2番ホームです。
ここから八条通に出て、高倉跨線橋(たかばし)経由で
「たかばしラーメン」のうちの1軒第一旭総本店に向かいます。
撮影日は、2016年6月1日水曜日午後1時50分。
梅雨前の良く晴れた真夏日でした。


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京都駅2番ホームで、西を向いています。
目の前の階段(またはエスカレーター)を上ると、
連絡橋に京都駅の改札口があります。
その改札口を抜けると、JR京都伊勢丹SUVACOに行けます。


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今度は、同じ場所から東を向きました。
では、ここから階段を下りて地下通路に向かいます。


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地下通路で、左(北)を向いています。
そのまま進むと地下に改札口があって、
その先が京都駅前地下街PORTAです。
(第217回ブログを参照)


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その場所から、地下通路を南に約100m進みました。
ここを右(西)の階段を上ると、奈良線の8番ホームに出ます。
またここの右端のエスカレーターは延々伸びていて
2Fの新幹線への改札口まで続いています。
自分は、目の前の階段を上がっていきます。


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階段を上がったところに、JR「京都」駅八条東改札口があります。
ここを抜けた先に、マクドナルドの支店が見えますね。


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このマクドナルドは、京都駅八条駅舎の最東端に位置します。
京都駅八条駅舎はこの辺りから油小路まで伸びる駅ビルで、
飲食店を中心に様々な店舗が入っています。
では、目の前のガラス扉を開けて屋外に出ます。


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そのガラス扉を開けて、八条通を東に向きました。
ここは屋外ですが、屋根がついています。
厳密には、新幹線の高架下ですね。
次に、ここを東に進んでいきます。


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その屋根より南側に出て、八条通を東に進んでいます。
こうしてみると、京都駅八条駅舎は
新幹線の高架下にあることが分かります。
だんだん「八条竹田街道」交差点が近づいてきました。
(前回ブログ最後の地点です)


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竹田街道から、八条通を東に向いています。
約150m先にあるT字路から南に、高倉通が伸びています。
前回ブログでは、そこからこちらの方に来ました。


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今度は八条通から、竹田街道を南に向きました。
この辺りにはホテルなどの大きなビルが並んでいます。
約500m南の「大石橋」交差点付近には飲食店が建ち並び、
さらに600m南下すれば第396回ブログ地点に出ます。


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そして八条通から、竹田街道を北に向きました。
では、こちらに進み新幹線の高架をくぐります。


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八条通から、竹田街道を北に進んでいます。
新幹線の高架下をくぐればすぐにJR在来線に突き当たり、
そこから竹田街道は右(東)に折れます。


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同じ場所から、JR在来線の線路を見ています。
8番ホームと9番ホームに、JR奈良線の車両が停まっています。
京都駅のホームの向こう(北)側に、JR伊勢丹の駅ビルが見えます。


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竹田街道を東に向かっています。
向こうに、鉄道警察隊の詰め所が見えますね。
左(北)側にJR在来線が、右(南)側に新幹線の高架が見えます。
急な坂を上って、高倉跨線橋(たかばし)を目指します。


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鉄道警察隊詰め所を越えて、竹田街道をさらに東に進んでいます。
だんだん坂を上り、新幹線の高架と同じ高さになりつつあります。
竹田街道は八条通から約150m東に進んだ後、
高倉跨線橋(たかばし)で高倉通になり、また北上します。


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先ほどの写真にも写っていますが、
高倉跨線橋(たかばし)の下にお地蔵さんがいらっしゃいます。
自分が生まれる前からここにいらっしゃいますが、
こんな場所で地蔵盆が行われるとは思えません。
おそらくですが、鉄道事故かこの橋などの工事で
亡くなった方々の霊を弔うための石仏なのでしょう。


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だんだん高倉跨線橋(たかばし)が、近づいてきました。
ちょうど橋の下を滋賀県の「草津」駅から
草津線(三重県の柘植行き)に切り替わる電車が通り過ぎていきます。
橋の北詰に葉桜並木がありますが、
ここは4月になると絶景に変わります。


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その辺りで、今まで歩いてきた竹田街道を振り返りました。
こうしてみると、先ほどくぐった高架の真上が
東海道新幹線の「京都」駅のホームだと分かります。


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そうして、この陸橋の南詰まで来ました。
欄干に、「高倉跨線橋」(たかくらこせんきょう)と書いてあります。
つまり、ここから先は竹田街道から高倉通になります。


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高倉跨線橋(たかばし)を少し北に進み、南に振り返りました。
走行中の新幹線の向こう(南)に、大きなビルが見えます。
前回ブログで、このビルの反対(南)側で高倉通が突き当りました。
JRの線路を避けたりするために今はこうして蛇行していますが、
高倉通自体は直線的に南北を貫いています。


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高倉跨線橋(たかばし)を北に渡っています。
JR在来線の線路は、合わせて100mほどの幅があります。
ですから、そこを渡るこの橋は鴨川に架かる
七条大橋や塩小路橋と同じくらいの長さがあります。


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ここから西を向き、京都駅を見ています。
いくつもあるホームやJR伊勢丹・八条駅舎・
それらを繋ぐ連絡橋が見えてそれなりに絶景ですが、
安全のために金網が張ってあり、写真ではちょっと残念になります。


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高倉跨線橋(たかばし)を北側へと渡り切りました。
鬱蒼とした葉桜が、この時期は映えますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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高倉跨線橋(たかばし)を渡り切り、高倉通を北に向いています。
「塩小路高倉」バス停の向こうは急な下り坂で、
この橋から約120m北に京都を代表するラーメン店が並んでいます。


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高倉通を北上して、そのラーメン屋さんの前に来ました。
坂道をだいぶ下りました。
そのうちの1軒「第一旭総本店」の前に行列ができています。
昼食時を過ぎて、この人数の行列なら「やや多い」くらいです。
10分もすれば、中に入れそうです。


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こう書くとその直後に入店したみたいですが、
実際はこれより約4時間後の午後6時に入店しました。
この北にある渉成園の入苑終了時間が迫っていたからです。

ラーメンがやって来るまでの間、こちらを頂きます。
キムチを肴に、瓶ビール(小)ですね。
こちらのキムチは自家製で、辛味の中にしっかり甘味があります。
(前回ブログの「水月亭」と同じですね)
これ以降、料理の写真はクリックすると拡大されます。


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そうこうしている間に、「麺固め・もやし多め」のラーメンと
ごはん大盛りもやって来ました。
ちなみに、このご飯についている沢庵は
「常識の範囲内で」食べ放題です。


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ラーメンの上に乗っていた大量のもやしは、
ビールの肴やご飯のおかずにして先に食べました。
こうすると、叉焼と麺が姿を現します。
ここは他店と比較しても、叉焼の枚数が多いですね。
普段は白(叉焼は脂身だけ)を注文するのですが、
この日(2016年6月1日)は普通の叉焼にしました。
(第289回ブログでは、脂身だけのものを頼みました)


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叉焼と麺をすべて食べた後、ラーメンスープをご飯にかけました。
多少汚い食べ方ですが、家ではよくこうして食べます。
自分が生まれる前から、今は亡き祖母が調理が面倒になると
ここに鍋を持ってきてラーメンを持って帰っていました。
今でも自分が調理が面倒になると、鍋片手にここに来ます。
クリックすると拡大されるのは、この写真までです。


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「第一旭総本店」の南隣に、この辺のもう1軒のラーメンの名店
「新福菜館」本店があります。
この日(2016年6月1日)は、
その分「第一旭総本店」の行列が長くなります。
ただ、こちらは取材日の水曜日は定休日でした。
(「第一旭総本店」は、毎週木曜日が定休日です)


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高倉通から、新福菜館の南側の道を西に向きました。
では、ここに寄り道します。


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高倉通から、新福菜館南側の道を西に進んでいます。
この辺は京町屋ではありませんが、味のある平屋が並んでいます。
では、お地蔵さんにお参りして先に進みます。
この小路にいる間、写真をクリックすると全て拡大されます。


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その小路を高倉通から約50m東に進みました。
こちらは、浄土宗捨世派正行院(通称:猿寺)です。
1538年に、円誉道阿によって開山されました。
縁起がかなり面白いのですが、とても長いので省略します。
(ちょっとした日本昔ばなしです)
本堂は伏見城の遺構をこちらに移したもので、
中にはさまざまな猿の木像が安置されています。
とても面白い寺院ですが、通常非公開です。


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正行院本堂の西側には、地蔵堂があります。
こちらの電球に、お布施をした方々の名前が書いてあります。
左から2番目に「第一旭総本店」と書かれていますね。
さらに3つ右が「新福菜館」、右隣りが「飯村」と書いてあります。
(「飯村」は、「烏丸七条」交差点近くの割烹料理屋です)
写真をクリックすると、拡大されて文字が読みやすくなります。


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その地蔵堂には、正行院の西側からお参りできます。
こちらには、「輪形地蔵」と呼ばれています。
輪形(わがた)とは荷車の車輪に噛ませて進み易くする石のことで、
その輪形の一つが地蔵尊のように見えたので、
ここでお参りされるようになりました。
確かこういう自然石や木片を仏さまとすることを
「ゑびす」と呼ぶのですが、お地蔵さんにはこのゑびすが多いです。
(実は、ウチの町内のお地蔵さんもこのゑびすです)


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地蔵堂の脇に、このような看板がありました。
「お猿さん」のイラスト入り看板が、この辺にはいくつかあります。


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正行院地蔵堂の前から、東を向きました。
では、ここを通って高倉通に戻ります。
写真をクリックすると拡大されるのは、ここまでです。


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正行院の前から、新福菜館の前に戻ってきました。
ここから、また高倉通を進みます。


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新福菜館の前で、高倉通を北に向きました。
目の前に、「塩小路高倉」交差点があります。
ここからまた高倉通を北上していくのですが、
そろそろだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでとします。

~次回は、渉成園へと向かいます~

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第401回 梅雨前の渉成園 前編~高倉通南から北~その5

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2軒ある「たかばし」ラーメン店前で、高倉通を北に向いています。
目の前にある「塩小路高倉」交差点まで下り坂で、
そこから高倉通がさらに北に伸びていますね。
今回はこのまま高倉通をいったん突き当たって、
その向こうにある渉成園に向かいます。
撮影日は、2016年6月1日午後2時40分。
梅雨直前の真夏日でした。


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高倉通から、塩小路を東に向きました。
ずっと向こうに、中国1級料理人(中国政府認定)が
経営する「中光園」が見えます。
さらに進むと河原町通の先に桜のこみちがあり、
鴨川も越えると塩小路は三十三間堂に達します。
(第298回ブログを参照してください)


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今度は高倉通から、塩小路を西に向きました。
約300m先に、京都駅があります。
向こうに京都タワーが見えますが、
ここからそちらに向かうと第290回ブログと同じルートを辿ります。


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そうこうしているうちに、信号が青に変わりました。
では、塩小路を北に渡って高倉通を北上します。


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「塩小路高倉」交差点の北東角に、
こちらの神輿がいらっしゃいます。
この辺りは「京都市下京区小稲荷町」なのですが、
もともとこの辺りに稲荷社がいらしたのだと思います。
こちらの神輿は毎年4月最終日曜日にこの辺を巡行して、
5月3日の稲荷祭神輿巡行にも加わります。


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塩小路から、高倉通を北に向いています。
ここは2車線の道ですが、自動車の交通量は多くありません。


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塩小路から高倉通を北に約20m進み、西を向きました。
向こうに、京都タワーが見えます。
ここはおそらく木津屋橋通の東端ですが、
私道なので一般の自動車は入れません。
(歩行者や自転車は、割と通り抜けています)
ここから東洞院通との間に京都ホワイトホテルがあります。
京都駅から近くて宿泊料が安いので、
YAHOO知恵袋で自分がよくお勧めしています。


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塩小路から、高倉通を北に約100m進みました。
右(東)側に、脇道が見えます。
もともとこの脇道沿いに小さなお肉屋さんが並んでいたのですが、
今は高倉通沿いのこの1軒だけになりました。
その後ろのビルは……浄土真宗大谷派願教寺という寺院です。
小さいですが、近代日本史を学ぶ上でとても重要な寺院です。
(特に大正デモクラシー)
ただ、それを書くとその分量が多くなる上に
別のブログになってしまうので、ここでは割愛します。


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その辺りで、高倉通から西を向きました。
ところどころビルやマンションが建っているものの、
約150m先の東洞院通まで駐車場や空き地が続きます。
もともとこの辺りは住宅地だったのですが、
京都駅に近いこの辺りは1990年前後の「バブル景気」の際
格好の「地上げ」の対象になりました。
そのとき多くの方々がここを引き払われたのですが、
大きなビルなどが建つ前に「バブル崩壊」となり、
この辺りはいまだに駐車場や空き地だらけです。


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ビルとビルの隙間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
隙間が狭いので、高倉通からお参りしました。


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塩小路から、高倉通を北に約200m進みました。
目の前に、「七条高倉」交差点があります。
コンビニエンスストアで高倉通が突き当たるように見えますが、
その左(西)側から、高倉通はまだ北に伸びています。


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「七条高倉」交差点南東角に、少し大きめの民家があります。
こちらは個人宅なのですが、平安時代から江戸時代までは
この位置に七条仏所がありました。
要するに、慶派の活動拠点ですね。
ここから七条通を東に約700m進むと、三十三間堂があります。
慶派のひとり湛慶が、この寺院のご本尊千手観音像像を彫りました。
その南隣には、高倉通沿いにお肉屋さんがあります。
水曜日でも開いていますね。(お肉屋さんは水曜定休が多い)


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高倉通から、七条通を西に向きました。
約70m先に、間之町通とのT字路があります。
そこから北に進むと、約200m先に渉成園への入り口があります。
渉成園に向かうには、そちらが通常ルートです。
(詳しくは、第349回ブログを参照してください。
帰還ルートがそうなっています)
ただ今回は「高倉通編」なので、このまま北上します。


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信号が青になったので、七条通を渡り高倉通を北上します。
横断歩道の先に、ガソリンスタンドがあります。
その北側に見えるのは、京都市立下京渉成小学校の校舎です。


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七条通から、高倉通を北に向いています。
では、左(西)側のガソリンスタンドと
右(東)側のコンビニエンスストアの間を北上していきます。
突き当りに土塀が見えますが、あちらは渉成園のものです。


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七条通から、高倉通を北に進んでいます。
東側のコンビニエンスストアが入っているマンションの北隣は、
NTT西日本京都支局七条ビルです。
NTTの京都の施設は、三条烏丸にもあります。


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NTT七条ビルの沿道には、アジサイが咲いていました。
6月に入って、京都市街地に咲く花の主流も
ツツジからアジサイに変わりつつあります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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七条通から高倉通を約100m北上しました。
左(西)側に京都市立下京渉成小学校が、
右(東)側にNTT七条ビルが見えます。
高倉通は、渉成園南側の下珠数屋町通で突き当たります。
ここで高倉通が途切れるように見えますが、
ここから約200m北側の渉成園北端から再び北に伸びています。


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高倉通から、下珠数屋町通を東に向いています。
左(北)側に渉成園の土塀が見えて、
右(南)側にNTT七条ビルが見えます。
下珠数屋町通は河原町通よりさらに東側まで伸び、
ここから約200m先の土手町通で突き当たります。
土手町通は徳川家康が「付け替え」する以前の高瀬川跡で、
その名残で10年くらい前までは大屋根の下に
高瀬舟を止める係柱の付いた京町屋もありました。
(2016年現在土手町通の京町屋は、ほぼ消滅しています)


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今度は高倉通から、下珠数屋町通を西に向きました。
左(南)側に京都市立下京渉成小学校が見え、
右(北)側に渉成園の白壁が見えます。
では、ここを進んでいきます。


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「下数珠屋町高倉」交差点南西角に、ツツジが咲いていました。
こちらは、京都市立下京渉成小学校の敷地です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉鳥から少し西に進むと、
下珠数屋町通沿いに渉成園の入り口があります。
ただし、こちらは現在閉鎖されていて今は別のところから入ります。
とは言え、自分が子供のころはここから入っていました。
さらにこの写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、下珠数屋町通を西に約70m進みました。
ここは、「下珠数屋町間之町」交差点です。
下珠数屋町通はここから道幅が狭くなり、
約200m先にある東本願寺阿弥陀門で突き当たります。


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下珠数屋町通から、間之町通を南に向いています。
左(東)側に、京都市立下京渉成小学校があります。
間之町通は、ここから約100m先の七条通で突き当たります。
そこから西へ約200m進むと「七条烏丸」交差点があって、
京都駅へと続く地下道に下りられます。
京都駅から渉成園へ行くときは、通常このルートです。


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今度は下珠数屋町通から、間之町通を北に向きました。
交差点の北東角に、下京年金事務所があります。
では、この道を進んでいきます。


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下珠数屋町通から間之町通を北に進み、
下京年金事務所北側の駐車場で東を向きました。
年金事務所の裏側に、渉成園の土塀が見えます。
その土塀も道沿いよりボロボロですが、
自分が子供のころの渉成園一帯の土塀は、こんな感じでした。
では、お地蔵さんにお参りしてさらに北に向かいます。


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お地蔵さんより北側の間之町通沿いの渉成園は、
白壁と石垣に囲まれます。
下珠数屋町通から約100m北に、正面通とのT字路が見えます。


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間之町通から、正面通で東に向いています。
では、ここから渉成園に入ります。
ここから最後まで、クリックした写真は全て拡大されます。


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渉成園に入ってすぐに、寺務所で拝観料300円を志納します。
(すると、渉成園の拝観用パンフレットをもらえます)
この時点で2016年6月1日午後2時45分。
拝観受付終了時間の午後3時に間に合ったと思ったのですが、
「夏場は午後5時まで入苑ができます」
そう渉成園の職員さんに言われてしまいました……
つまり前回ブログの第一旭総本店にその時点で立ち寄っていても、
ここの入苑時間に間に合っていたようです。
京都駅八条口からここまで、炎天下の中どこにも寄らなかったので
熱中症対策で渉成園の入り口北側に立ち寄ります。


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渉成園の入り口北側に、こちらの休憩所があります。
アジサイがきれいですね。ここの縁台に座って、少し休みます。


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その休憩所に、こちらの自動販売機がありました。
「東本願寺の水」と「東本願寺のお茶」が売られていました。
ちなみに渉成園は、東本願寺の庭園です。
第13回ブログで訪れた知恩院でも、お茶が売られていました。


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「東本願寺の茶」は1本をその場で飲んだのですが、
もう1本買って持って帰りました。
飲んだ感想は……まぁ「お茶」です。
多分境内の休憩所のものと同じでしょうね。


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屋根付きの休憩所で腰を下ろし、この風景を眺めて休憩です。
緑と青のコントラストがとてもきれいですが、
色鮮やかな分「炎天下」であることも分かります……


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渉成園休憩所から南を向き、寺務所の方を見ています。
10分ほど休憩した後、渉成園庭園の散策を開始します。


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この辺りの生垣は、枳殻(からたち)でできています。
ですから、ここは「枳殻邸」(きこくてい)とも呼ばれています。
(ウチの近所の方々は、むしろ「枳殻邸」と呼ぶ方が普通です)
枳殻の花のシーズンは真冬ですので、今は青葉のみ付いています。


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では、渉成園の内部に入っていきます。
先ずこちらは、入り口付近の枝垂桜です。
枳殻の生垣と並ぶ、ここの象徴ですね。


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では、枝垂桜の東側から石垣の脇を北に進みます。
こちらが、パンフレットに書かれた道順です。


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渉成園境内の石垣脇の道を北に約50m進み、東に向きました。
道を邪魔する桜の向こうから、渉成園庭園内部に入っていきます。
ただ、今回はもうだいぶ写真を貼り付けたので、続きは次回です。

今回は、ここまでです。

~次回は、渉成園内部を散策します~

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第402回 梅雨前の渉成園 後編~高倉通南から北~その6

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渉成園庭園の入り口前で、東を向いています。
今回はここを通り抜け、いよいよ渉成園を散策します。
撮影日は、2016年6月1日午後2時50分。
今回は全ての写真が、クリックすれば拡大されます。


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門の部分で、右(南)を向きました。
先ほどの写真では塀に見えましたが、ここは渡り廊下です。
第349回ブログでは、園林堂からここに戻ってきました。


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門を抜けたら、最初はすぐ北側の臨池亭に向かいます。
第349回ブログではここで抹茶を頂きましたが、
普段はこのように中には入れません。


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臨池亭から、東に向きました。
ここから先は、桜並木が続きますね。


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臨池亭から印月池という大きな池に向かって、
渉成園庭園内に小川が流れています。
新年から初春にかけては水量がとても少ないのですが、
初夏を過ぎると元の水量に戻ります。


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では、その小川に沿って庭園内を南へと進みます。
この辺りは、春になるときれいな桜並木になります。


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ただ、まだ印月池には向かいません。
その途中に、こちらの茶室「傍花閣」があります。


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こちらが、その「傍華閣」という茶室です。
ちょっと第11回ブログに出てきた高台寺の時雨亭に似ていますね。


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「傍花閣」の裏(東)側に、さらに道が伸びています。
ここから印月池の方ではなく、この小径を進みます。


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「傍花閣」から東へ折れ、真っすぐ進んでいます。
この辺りも、桜並木が続きます。
一度、桜の季節にここを取材したいですね。


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桜並木を抜けると、大きな印月池の東側に出ます。
ここからは、池の東側を進みます。


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印月池沿いの小径をさらに東に進みます。
すると、だんだん池に架かる橋が見えてきました。


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渉成園庭園のほぼ最東端まで来ました。
この辺りから見える塀の向こうは、河原町通です。
(時折、自動車が行き交う騒音が聞こえてきます)
その辺りに、こちらの句碑が立っています。
高浜虚子川東碧梧桐、23代東本願寺法主大谷句佛のものです。


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渉成園庭園の最東端に来ました。
ここから、印月池に架かる「回棹廊」という橋を渡ります。


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回棹廊を北から南へ渡っています。
橋の中央に一休みできるところがあって、
そこから印月池を眺めることができます。


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回棹廊の上から、東を向いています。
「紫藤岸」という天然の藤棚の向こうは、河原町通です。


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今度は、回棹廊で西を向きました。
印月池はこの辺は川のように細長いですが、
侵雪橋の先はとても大きな池になります。


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回棹廊を渡り、南側の浮島に向かいます。
この浮島は大きいので、人が散策することができます。


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浮島の中央が小山になっていて、頂上に茶室があります。
こちらは「縮遠亭」といいますが、
渉成園庭園にはこのような茶室が多くあります。


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印月池沿いに、浮島を西に進んでいます。
この細長い道を抜けたら、急に開けてきます。


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浮島の最西端まで来ました。
侵雪橋の横から、京都タワーが見えます。
ここ渉成園庭園は、外の高層ビルが借景になるのが面白いです。


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浮島の南側を東に向いています。
あちらから、印月池の中央を眺めることができます。


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浮島南東端から、印月池の東部を見ています。
この辺り一面に、ハスの葉が浮かんでいますね。


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浮島の向こうにも、小さな浮島が並んでいます。
その周辺には、クロサギが何羽かいました。


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この藪の向こうに塀があって、その先が河原町通です。
藪の木々に、たくさんのクロサギが止まっています。
クロサギは、この辺に集中しています。
多分、餌が豊富なのでしょうね。(カエルとか、コイとか)


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さらに、同じ場所から印月池を西に向きました。
夏の間中、印月池一面にハスが浮かんでいます。
ずっと向こうに、閬風亭(ろうふうてい)が見えます。


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浮島の最南端に戻ってきました。
では、この侵雪橋から南に渡ります。


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侵雪橋の上から、南西を向いています。
この日(2016年6月1日)は穏やかな晴れの日でした。


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侵雪橋を渡り、南西に進んでいます。
では、このまま閬風亭に向かいます。


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桜並木の小径を抜けると、閬風亭が見えます。
渉成園の本堂のようなものです。
第349回ブログでは、ここで「親鸞展」を開催していました。


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閬風亭から、先ほどの浮島を眺めています。
本当に長閑な風景なので、
閬風亭の手前の芝生に座って休憩します。

向こうに点在する浮島は、元々御土居でした。
その御土居の東側が、徳川家康によって壊された後
御土居の一部がこちらの浮島に再利用されました。
御土居が壊されたことで京都市街地が東に膨らみ、
その一環で河原町通と土手町通が造営されました。
(当時の東本願寺は今より大きく、
この渉成園も東本願寺境内でした)


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閬風亭前の芝生から、南を向きました。
印月池南西端に、「漱枕居」(そうちんきょ)という庵が見えます。
その脇を通って、渉成園庭園の南端に向かいます。


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渉成園庭園の最南端で、西を向きました。
では、ここからさらに西に進みます。


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先ほどの門をくぐると、すぐ右(北)側に閬風亭の入り口が見えます。
第349回ブログではここから閬風亭内部に入りましたが、
普段はここにから入れません。


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閬風亭入り口の向かい(南)側に、こちらの門があります。
ここが、かつての渉成園の正門です。
前回ブログでは、反対側の下珠数屋町通側から同じ門を見ています。


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同じ場所で、西を向きました。
向こうに見える土塀の反対側を前回ブログで見ました。
次は、あの土塀の辺りまで進みます。


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渉成園庭園の南西端まで進み、北を向きました。
向こうに見える土塀が切れるとこまで進むと、
この渉成園庭園をちょうど一周したことになります。


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その土塀が切れた辺りで、西を向きました。
枝垂桜の向こうに寺務所があって、その先に渉成園の門があります。
門を出ると南北を貫く間之町通があって、
(前回ブログではその道からここに来ました)
門から西に正面通が伸びています。
その正面通は、約200m先の東本願寺御影門で突き当たります。
高倉通から少し離れますが、
せっかくここまで来たなら東本願寺まで行こうと思います。

ただ今回はもうだいぶ写真を貼り付けたので、続きは次回ですね。
今回は、ここまでです。

~次回は、修復が完成した東本願寺に向かいます~

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第403回 修復した東本願寺~高倉通北から南~その7

[東本願寺] ブログ村キーワード
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前回ブログで訪問した渉成園を背に、
間之町通から正面通を西に向いています。
今回は、この突き当りに見える東本願寺を訪れます。
撮影日は、2016年6月1日木曜日午後3時半。
だんだん高倉通から離れていきます……


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正面通から、間之町通を南に向いています。
向こうに信号が見えますが、あの辺りが下珠数屋町通です。
第401回ブログで高倉通を北上して突き当たった後、
この下珠数屋町通と間之町通経由でここまで来ました。


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今度は正面通から、間之町通を北に向きました。
間之町通は、約100m先の上珠数屋町通との交差点付近で
1車線と狭い道幅になります。
そして、その辺りに文子天満宮がいらっしゃいます。
ただ、そちらには次回ブログでお邪魔します。


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間之町通から、正面通を西に向いています。
左(南)側に東本願寺職員住宅が、右(北)側に表具屋さんが見えます。


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間之町通から、正面通を西に約50m進みました。
こちらは、東洞院通との辻です。


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正面通から、東洞院通を北に向いています。
すぐ目の前に、郵便局が見えますね。
その先に、「並河」さんという美味しい豆腐屋さんがあります。


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今度は、東洞院通から正面通を西に向いています。
左(南)に、「法蔵閣」という仏教書専門店があります。
ここは、浄土真宗大谷派以外の宗派のものも充実しています。
その向かい(北)側に数珠屋さんが見えますが、
東本願寺の門前だけあって、この辺には仏具屋さんが多いです。
ここから約50m前で、正面通は突き当たります。


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正面通から、烏丸通を北に向いています。
約100m先に見える桜並木は、
自分が勝手選んだ京都桜100選にも掲載されています。
ここ以降東本願寺周辺の写真は、クリックすれば全て拡大されます。


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今度は、正面通から烏丸通を南に向きました。
では、この横断歩道を西に渡ります。


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その横断歩道から西を向くと、東本願寺御影門があります。
第107回ブログ第214回ブログでこちらに訪問したときは、
どちらのときも修復中でした。
それが2016年3月にようやく修復が完成しました!
こうしてみると、とても大きな門ですね。


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この辺りの烏丸通は約50mの道幅があるのですが、
その半分くらいはこちらの中央分離帯です。
こちらは、1977年まで市電(路面電車)の停留所でした。


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では、その中央分離帯も西に横断して行きます。
その先の東本願寺御影門に向かいます。


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横断歩道を渡り、烏丸通西側歩道に来ました。
では、東本願寺御影門をくぐり東本願寺境内に入っていきます。


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東本願寺御影門をくぐり、東本願寺境内で西に向きました。
向こうに、東本願寺の本堂の一つ御影堂が見えます。


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同じ場所から、東本願寺境内を北に向きました。
次は、向こうの「参拝接待所」に向かいます。


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「参拝接待所」の西側に、泰山木(たいざんぼく)が並んでいます。
こちらは、この東本願寺を象徴する木々ですね。


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その泰山木の枝の部分をアップにしました。
この日(2016年6月1日)は、ちょうどこの花の盛りでした。
この木の花はとても大きく、直径が50㎝以上あります。


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では、東本願寺の「参拝接待所」に上がります。
左(西)側の屋根は、修復前の阿弥陀堂の一部です。


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東本願寺「参拝接待所」の縁側に、こちらの標識がありました。
では、途中までそちらに向かいます。


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東本願寺「参拝接待所」の西側から、渡り廊下が伸びています。
その中間に、「お手洗い」と書かれた標識があります。
そちらに向かうと、トイレと視聴覚室やギャラリーがあります。
ただ、今回はそちらには向かわずこのまま西に直進します。
(ギャラリーなどは、どうも撮影をしないほうが良いようなので)


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先程の渡り廊下を突き当ると、今度は南にまた廊下が伸びています。
そして、ここから少しずつ上り坂になります。


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その突き当りで、また西に廊下が続きます。
ここも、だんだん上り坂になっています。
この廊下の壁面は、様々な方々の書画が展示されています。
(大半が、東本願寺の歴代僧侶の作品)
まぁ著作権とかもあるので、そこが写らないように撮りました。
左(南)側に、いよいよ御影堂が見えてきました。


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そして、また廊下は南に向きます。
だいぶ廊下を上ってきたので、これで2F分の高さです。
では、向こうに見える御影堂に向かいます。


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ようやく東本願寺御影堂に辿り着きました。
向こうに、先ほど入ってきた御影門が見えますね。
ここ(北側)からではなく、東側から御影堂に入ります。


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東本願寺御影堂北東端まで移動して、南を向きました。
東本願寺御影堂の縁側が廊下のように続き、
個人的には自分の大好きな構図です。
では、こちら側からこの御影堂に入ります。
ただし、この中は撮影不可です。

たいていの浄土真宗系の本山は、
阿弥陀堂と御影堂の二つの本堂を有します。
もちろん浄土真宗大谷派本山の東本願寺も
他の本山同様二つの本堂を有しています。
そのうち、御影堂は宗祖の親鸞の像がいらっしゃいます。。
内部の扁額「見真」とは、親鸞の別名「見真大師」のことです。
先ずは、こちらにお参りしました。
ただ、もう午後4時を回ったので
御簾が降りて親鸞像は拝めませんでした。


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東本願寺御影堂を出て、東を向いています。
向こう側に、先ほどの御影門が見えます。
こうしてみると、本当に御影門は大きいですね。


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同じ場所から、御影堂で南を向いています。
では、ここからさらに南に向かいます。


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御影堂から南に、渡り廊下があります。
こちらから、この廊下経由で阿弥陀堂に向かえます。
第107回ブログ第214回ブログで東本願寺に訪れたときは、
こちらは修復中でした。


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そして、こちらが東本願寺のもう一つの本堂「阿弥陀堂」です。
2016年3月に修復が完成したところなので、
まだまだ真新しいですね。


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今度もまた阿弥陀堂の北東端に立って、南を向いています。
見た目は、ちょっとだけ御影堂に似ていますね。
では、こちらから阿弥陀堂に入っていきます。
とは言え、ここも内部の撮影が不可です。
こちらには、ご本尊の阿弥陀仏がいらっしゃいます。
そちらにもお参りして、ここを出ます。


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阿弥陀堂の前から、東本願寺境内を南東に向いています。
鐘楼の手前に小さな建物がりますが、
こちらは修学旅行生用の案内所です。


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今度は、同じ場所で南南東に向きました。
土塀の向こう(南)側は七条通で、その南側が京都駅前です。
ですから、その辺りから高層建築物が目立ちます。


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さらに同じ場所で、東に向いています。
向こうに、阿弥陀門が見えます。
その向こうは、東の方に下珠数屋町通が伸びています。


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ただ、今回は阿弥陀門からは出ません。
北東に向き、最初に来た御影門から東本願寺の外に出ます。


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御影門をくぐり、烏丸通西側歩道で東を向いています。
では、この横断歩道を渡っていきます。
クリックしたら写真が拡大するのは、ここまでです。


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横断歩道を渡り、烏丸通東側歩道に来て北を向きました。
目の前から、正面通が西に伸びています。


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烏丸通から、正面通を東に向いています。
ずっと向こうの突き当りに、渉成園の門が見えます。
では、約50m先の東洞院通との辻に向かいます。
看板にある文子天満宮へは、次回ブログで向かいます。


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正面通から、東洞院通を南に向いてます。
向こうに、第400回ブログに出てきた新幹線の高架が見えます。


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東洞院通から、正面通を東に向いています。
この先に、渉成園の門が見えますね。


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東洞院通から、正面通を東に約50m進みました。
今回ブログの最初の地点渉成園の門の前に戻ってきました。
ここから約100m北の上珠数屋町通から、また高倉通が復活します。
ただ、だいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回は文子天満宮に寄って、また高倉通を北上します~

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第404回 文子天満宮に寄り道~高倉通南から北~その8

[文子天満宮] ブログ村キーワード
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間之町通で、正面通を東に向いています。
目の前に、第402回ブログで訪れた渉成園が見えますね。
今回はここから約150m北にいらっしゃる文子天満宮に立ち寄り、
その後高倉通を北上します。
撮影日は、2016年6月1日木曜日午後4時半。
やっと高倉通に戻ってきました。


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正面通から、間之町通を南に向いています。
第401回ブログでは、この道を通ってここまで来ました。


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今度は、正面通から間之町通を北に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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正面通から、間之町通を北に向かっています。
右(東)側は暫く渉成園の土塀が続いていたのですが、
約30m進むと小さな寺院が姿を現します。
こちらは、浄土真宗大谷派仏願寺です。
元々こちらに時宗の歓喜光寺があって、
そちらが「六条道場」と呼ばれていたようです。


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その仏願寺の前から、間之町通を北に見ています。
約50m先に、上珠数屋町通との交差点があります……
のですが、写真がボケてしまいました……
なぜかこの交差点を撮ると、よくボケてしまいます。


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間之町通から、上珠数屋町通を西に向きました。
約150m先で東本願寺に突き当たるまで、
上珠数屋町通には京町屋が建ち並びます。
ただ、今回はそちらには向かいません。


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上珠数屋町通から、間之町通を北に向いています。
約40m先に、「文子天満宮」と書かれた看板が見えます。
では、この文子天満宮に向かいます。


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文子天満宮の境内に入ってきました。
鳥居の南側に、こちらの手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。
ここから文子天満宮境内の写真は、
クリックすると全て拡大されます。


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文子天満宮の北側に、末社が並んでいらっしゃいます。
順に、多治比文子像・老松社・福部社・白太夫社・
白滝稲荷社がいらっしゃいます。
どちらも、北野天満宮境内にいらっしゃる神社ですね。


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社務所の脇に、こちらの文子殿がいらっしゃいます。
御祭神は、多治比文子(たじひのあやこ)です。
多治比文子が神託を受け、この地に菅原道真の祠を祀ったのが
この神社の起こりです。
問題は、この多治比文子が何者かということです。
自分は菅原道真の乳母を思っていたのですが、
菅原道真とは人間関係のない
この辺に住んでいた幼い巫女という説もあります。
さらに、菅原道真の乳母の多治比文子の
孫娘の奇子(あやこ)という説もあります。
ただ、これ以外の説もあちこちに書かれていて、
正直よくわからないのが本当です。


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境内の中央に、文子天満宮の本殿がいらっしゃいます。
御祭神は、菅原道真です。
詳しい沿革は、第110回ブログを参照してください。
北野天満宮が、元々はこの位置にいらっしゃいました。


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では、文子天満宮を出ます。
間之町通の向こう(東)側に、浄土真宗大谷派西宗寺が見えます。
写真をクリックすると拡大されるのは、ここまでです。


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文子天満宮の前で、間之町通を南に向いています。
次は、いったんここを戻ります。


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文子天満宮の前から間之町通を南に約50m進み、
上珠数屋町通との交差点に戻ってきました。
間之町通は、この上珠数屋町通以南で道幅が急に広くなります。


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今度は間之町通から、上珠数屋町通を東に向きました。
上珠数屋町通も、この間之町通から河原町通までの約200mだけ
歩道が付いた2車線の道になります。
今から約150年前の明治時代、日本で初めて
京都に市電(路面電車)が走るようになりました。
その際、市電は「七条河原町」交差点を避けて
京都駅から間之町通を北上し、この上珠数屋町通で西に折れて
河原町通からまた北上して五条通や四条通に向かいました。
この道幅は、その当時の名残です。


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間之町通から、上珠数屋町通を東に約50m進みました。
右(南)側に、第402回ブログで訪れた渉成園の石塀が見えます。
また、ここから左(北)に高倉通が再び伸びるようになります。


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上珠数屋町通から、高倉通を北に向いています。
第401回ブログで渉成園の土塀で、突き当たって以来ですね。
では、ここを北上していきます。


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上珠数屋町通から、高倉通を北に進んでいます。
左(西)側に浄土真宗大谷派憶念寺があります。
東本願寺の近くなので、
この辺りの寺院の大半が浄土真宗大谷派です。
一方、右(東)側は京都市立下京渉成小学校の運動場です。
かつての京都市立六条院小学校(さらにその前は雅松小学校)ですね。
上珠数屋町通から約80m北に、花屋町通との辻があります。


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上珠数屋町通から、高倉通を約80m北上しました。
花屋町通との辻の北東角に、こちらの京町屋があります。
2Fの高さに、森下仁丹のブリキの表札が見えます。
第110回ブログでこの辻を訪れたときと比べて、
京町屋が減って更地が増えています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、花屋町通を東に向いています。
約50m先の富小路で、花屋町通は突き当たります。
右(南)側は「雅松児童公園」なのですが、
小学生がたくさん遊んでいるので中は撮りません。
自分が小学生だったころ、「花屋町富小路」のT字路から
富小路を少し北に行ったところに駄菓子屋さんがありました。
(萬年寺の南隣です)
ウチからここは遠いので毎日ではありませんが、
たまにそこまで買いに来ていました。


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同じ「花屋町高倉」の辻の北西角にも、
「森下仁丹のブリキ製表札」があります。
こちらは、自分の目線の高さなので大きく撮りました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「森下仁丹のブリキ製表札」の西側に、京町屋が並んでいます。
何軒か解体されましたが、それでもこの辺りは
京都市街地でも特に京町屋の割合が多い地区ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その向かい(南)側にも、京町屋のお米屋さんがあります。
第110回ブログで訪れたときにはあった
「プラッシー」というジュースの看板が、もうありませんね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお米屋さんの前で、花屋町通を東に向きました。
この辺りは、京町屋が密集していて独特の雰囲気を作っています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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花屋町通を東に進み、高倉通まで戻ってきました。
「花屋町高倉」の辻で、北を向いています。
では、ここを進んでいきます。


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花屋町通から、高倉通を北上しています。
こちらに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
お参りをしてから、先に進みます。


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花屋町通から、高倉通を北に約50m進みました。
ここで、六条通と交差します。


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高倉通から、六条通を東に向いています。
目の前の建物は、「六條名酒館 タキモト」です。
京都でも屈指の老舗酒類販売店で、
ビンテージ・ワインと日本酒が特に充実しています。
約50m先の富小路沿いに、長講堂が見えます。
六条院の関連寺院ですね。(詳細は、第109回ブログ参照)


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六条通から、高倉通を北に向いています。
先に進む前に、向こうの「赤い」場所を覗きます。


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こちらは、荒熊大明神・高市大明神・梅春大明神です。
要するに3柱を祀る神社ですが、沿革などは不明です。
とても小さな神社ですが、元々こちらにいらしたようです。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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六条通から、高倉通を北に約20m進みました。
東西を貫く短い路地があって、
その北側に「高倉会館」と書かれた建物があります。


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向こうに見える瓦屋根の建物が、その「高倉会館」です。
中はお堂になっていて、ご本尊の阿弥陀仏がいらっしゃいます。
つまり、ここは浄土真宗大谷派の寺院です。
実はここは「高倉幼稚園」で、
自分は40年以上前にここに通っていました。
それが、ここの中を自分が知っている理由です。


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さらに高倉通を北上しています。
右(東)側に、高倉幼稚園の運動場が見えます。
左(西)側に、また児童公園が見えてきました。


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高倉幼稚園の北側に、マンションが1棟あります。
こちらは、東本願寺の社宅です。
つまり、ここには東本願寺の僧侶とその家族が住んでいます。


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東本願寺の社宅の向かい(西)側に、児童公園があります。
こちらは、「六条院児童公園」ですね。
平安時代に、この辺り一帯に広がっていた六条院(河原院)は
今もこの辺りの地名として残っています。
(六条院関連施設は、第109回ブログを参照)


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六条院児童公園にもたくさんの幼児や児童がいらして、
すべり台などの遊具付近は撮っていません。
こちらは公園の北側ですが、空き地なので誰もいません。
今から40年ほど前まで、ここには50mプールがありました。
自分が小学生の頃は、京都市立小学校には
まだプールが完備されていませんでした。
ですから、このような児童公園にあるプールに
夏場の体育の授業のたびに来ていました。


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六条院児童公園から、東を向いています。
高倉通沿いに、曹洞宗宗仙寺が見えます。
京都市内では、曹洞宗寺院は珍しいです。
ウチのブログでも、数回しか出てきていません。


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六条院児童公園と宗仙寺の前で、高倉通を北に向いています。
五条通との交差点が、もう目の前ですね。


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高倉通以西に伸びる楊梅通を、さらに北上しました。
高倉通沿いに、またお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにもお参りして、先に進みます。


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そのお地蔵さんの前で、高倉通を北に向ています。
もう目の前に、五条通が見えます。
京都市街地で、一番道幅が広い大路ですね。
次はここを渡って高倉通を北上したいところですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回もちょっと寄り道して、命婦稲荷神社に向かいます。
「丑三つ参り」発祥の地ですね~

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第405回 「鉄輪」命婦稲荷神社~高倉通南から北~その9

[命婦稲荷神社] ブログ村キーワード
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高倉通を北に向き、五条通を見ています。
五条通以北の高倉通周辺には前回ブログ以上に京町家が建ち並び、
その脇に何本も路地が伸びています。
今回はそのうちの1本にお邪魔して、命婦稲荷神社にお参りします。
謡曲「鉄輪(かなわ)」の舞台で、丑三つ参り発祥関連神社ですね。
撮影日は、2016年6月30日木曜日午後3時半。
梅雨真っ盛りでしたが、この日は珍しく雨が降りませんでした。


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五条通に向かう前に、高倉通を東に向きます。
こちらは、浄運院という寺院です。
安土桃山時代に、光誉尊浄によって建立されました。
江戸時代に東本願寺の学寮だったのですが、
現在は浄土宗の寺院です。
境内は広く弁財天堂もいらっしゃいますが、
今回はこちらには立ち寄りません。


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再び高倉通から北を向き、五条通を見ています。
では、その五条通に向かいます。


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高倉通から、五条通南側歩道を東に向いています。
目の前に、石製鳥居がありますね。


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こちらが、その石製鳥居です。
鳥居の扁額には、「千喜万悦天満宮」と書かれています。
こちらの祠がその天満宮で、まずはこちらにお参りです。
その祠の南側から奥に入ることができ、
そちらは第108回ブログでも訪問した西念寺です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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鳥居の前の駐車場に、こちらの看板がいらっしゃいました。
今年(2016年)に入ってこの駐車場付近にカフェができ、
そことの絡みで作られたのでしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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西念寺は東西に細長い寺院で、向こうの竹垣の辺りまで続きます。
その向こう(東)側は「和食さと」というファミリーレストランで、
さらに向こう側に焼肉屋の「じゅうじゅうカルビ」が隣接します。
さて、目の前に歩道橋があります。
高倉通にも横断歩道がありますが、今回はこちらを渡ります。


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歩道橋に上り、五条通の南側を見ています。
竹垣越し(南側)に、西念寺の墓地が見えますね。
そのさらに南側は、浄運院の墓地も見えます。
その東側も「和食さと」と「じゅうじゅうカルビ」の店舗越しに、
墓地が延々と続いています。
(「和食さと」の建物で、ここからは見えません)
オフィスビルや看板・塀で五条通からは直接見えませんが、
高倉通~河原町通間の五条通以南には墓地が延々と続きます。
……こう書くと蓮台野六原といった霊場か何かのようですが、
そんな深い理由があるわけではありません。
寺町通が五条通で途切れてしまうので、
五条通以南はこの辺りに小さな寺院が集中します。
(第109回ブログも参照してください)
ここは、それらの寺院の墓地が広がっているだけです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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歩道橋の上から、五条通を西に向いています。
五条通は、京都ではいちばん広い6車線の道です。
しかも、中央に大きな緑地帯まであります。
また東山~堀川通間の五条通は、国道1号線の一部です。
ここを約350m進むと、「五条烏丸」交差点です。
(第212回ブログを参照)


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今度は、同じ場所で五条通を西に向きました。
こちら側から見ても、五条通は広いですね。
五条通は東大路まで伸びていて、
そこから東は「乙羽トンネル」となって山科方面に抜けます。
(国道1号線の道順です)
写真の中央に赤い寺院があるのですが、よく見えませんね。
(レンズ越しではなく肉眼なら、はっきりと見えます)


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そこで、カメラをズームしてみました。
こちらの赤い建物は、清水寺の多宝塔です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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歩道橋で、北側を見ています。
では、ここから五条通北側歩道に向かいます。


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歩道橋で五条通を渡って、東を向いています。
ここから北に、堺町通が伸びています。
今回ブログのメイン命婦稲荷神社はこの道沿いなのですが、
「高倉通編」の途中なのでここを通りません。


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今度は、五条通北側歩道で西を向きました。
目の前に、高倉通との交差点があります。
堺町通側よりも、賑やかですね。


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歩道橋を下りると、目の前が「五条高倉」交差点です。
交差点の北東角には100円ショップがあって、
北西角にはドラッグストアがあります。
さらにドラッグストアの西隣は、フレスコ五条店です。
(自転車が、たくさん駐輪している辺りです)
24時間営業の地域スーパーですね。
自分も、会社からの帰りに時々立ち寄ります。
(京都駅から、真夜中に自転車で遠回りします)
これらの店舗があるので、この交差点はとても賑やかです。


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五条通から、高倉通を北に向いています。
では、ここを北上していきます。


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五条通から、高倉通を北上しています。
左(西)側に、旅館と民家が並んでいます。
どちらも古い京町家ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その向かい(東)側も、京町屋が並んでいます。
先述の通り、この辺りは特に京町屋が集中する地域の一つです。
町屋の1F部分の扉の向こうに、路地が続いています。
おそらくその奥にも、小さな京町屋が並んでいます。
これが、自分が小さいころに京都市街地中で見た光景です。
この辺は、それがまだ残っていますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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さらに5mほど北に進んでも、西側にまた京町屋が並んでいます。
こちらの町屋にも、路地が付いていますね。
やはり、奥にまた町家が並んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その辺りで、高倉通を北に向いています。
この辺りは、道の両側に京町屋が林立しています。
この先(五条通から北に約120m先)に、東西に伸びる道があります。
あちらが、万寿寺通です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、万寿寺通を東に向いてます。
万寿寺通は、ここから約400m先の
「寺町河原町」交差点まで伸びています。
(写真で見える突き当りにあるビル周辺が、河原町通です)
第396回ブログ地点では、
高倉通と河原町通は100mも離れていなかったのですが……
では、ここから東に進みます。


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高倉通から、万寿寺通を東に約25m進みました。
北側に、こちらの居酒屋さんがありました。
だんだん四条の繁華街が近づいて、飲食店の割合も増えてきました。
こちらのお地蔵さんにもお参りして、先に進みます。


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高倉通から、万寿寺通を東に約50m進みました。
ここで、万寿寺通は堺町通と交差します。
現在の万寿寺通は「寺町河原町」交差点付近で突き当たりますが、
中世のころはさらに東に伸びており、鴨川に橋も架かっていました。
そこから東に現在は六波羅裏門通が伸びていますが、
そこも中世は万寿寺通でした。


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万寿寺通から、堺町通を北に向いています。
辻の北西角にも、京町屋があります。
軒先のアジサイが、見事ですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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万寿寺通から、堺町通を北に進んでいます。
右(東)側に、こちらの京町屋の民家が見えます。
その右(南)側に門が見えますが、
こちらは浄土真宗大谷派大念寺という小さな寺院です。


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万寿寺通から、堺町通を北に約50m進みました。
左(西)側に、「林亀商店」があります。
こちらは、タオルや手拭い・布巾の卸問屋です。
少し北にある松原通周辺は、問屋街になっています。
(第24回ブログ参照)


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その「林亀商店」の南側に、路地への入り口があります。
この扉は夜間は閉まってしまいますが、昼間は中に入れます。
この奥に、今回ブログのメイン命婦稲荷神社がいらっしゃいます。
路地裏の神社は、第72回ブログに出てきた合槌稲荷大明神以来です。


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扉をかけて、西を向いています。
路地は西に約20m伸びていて、そこから少し南に折れています。
そして、この路地のあちこちに町屋の入り口が並んでいます。
お気づきの方も多いでしょうが、ここは私有地です。
路地内の住民のご厚意で、お参りが許されている場所です。
ですから、他の神社以上に常識とマナーが必要になります。


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堺町通から、路地を西に約15m進みました。
すると、右(北)側に、赤い鳥居が見えてきました。
こちらが、命婦稲荷神社です。


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命婦稲荷神社は、路地内の6畳ほどの広場にいらっしゃいます。
鳥居をくぐり左(西)側に、こちらの手水舎があります。
後ろの表札で、この水を飲むことと持ち帰ることを禁じています。
これは、後述のご利益のためです。
ここ以降、神社境内の写真はクリックすると拡大されます。


405-31.jpg
鳥居の右(東)側には、井戸があります。
こちらが、「鉄輪(かなわ)の井戸」です。
「悪縁を断ち切る縁切りの井戸水」と言われて、
一時期多くの参拝者がいらっしゃいましたが、
現在は枯れていて井戸水はありません。
(これが、先述の手水舎の表札の理由です)

昔ながらの京都の路地には、このような広場に井戸があります。
自分も子供のころは、近所の路地に入り込んでよく遊びました。
その時点ですでに井戸は使われていませんでしたが、
1980年代の「バブル景気」以前は
まだこのような井戸も路地も残っていました。
それが今では大半が取り壊されて、ホテルやマンションです。


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「鉄輪の井戸」の北側に、「鉄輪神社」がいらっしゃいます。
こちらは命婦稲荷神社のご神体の石碑発見現場です。

謡曲「鉄輪」は、先妻が疎遠になった夫と後妻を
丑三つ参りで呪い殺そうとするお話です。
謡曲では陰陽師安倍晴明と鉄輪の女(先妻)が対決して
女の呪いを晴明が退けて終わります。
ただ、この辺りの伝承では続きがあって
その後ここで女の死体が発見されます。
井戸の中に身を投げていたという説と
井戸端(まさにここです)で
血を吐いて死んでいたという説があります。
その女のために「鉄輪塚」が建てられたのですが、
1864年のどんどん焼けで焼失しました。
(祇園祭の山鉾と同じですね)
1935年に、ここに「鉄輪塚」があったことを指す石碑が発掘され、
そのことでここに「鉄輪社」が建ちました。


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そして、その奥(北)に命婦稲荷神社がいらっしゃいます。
御祭神は、稲荷大明神です。
江戸時代初期に、鉄輪塚の脇に伏見稲荷大社から勧請されました。
元々はこの辺りの氏神様でしたが、
どんどん焼けで焼失後明治時代初期に廃社となりました。
(明治維新で、町の小さな祠は大半が壊されました)
昭和時代初期にこちらが再建されましたが、
その際に「鉄輪社」の位置で発掘された石碑をご神体としました。
(ここに鉄輪塚がいらしたことを表す石碑でした)
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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命婦稲荷神社の前で、路地を東に向いています。
では、ここから路地を出ます。


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路地を出て、堺町通で北を向いています。
約50m先に、第24回ブログで散策した松原通があります。


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「松原堺町」の辻に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらは、第24回ブログでも紹介しました。
自分が昔読んだ本に「鉄輪」の後日譚が載っていました。
(民俗学の本で、「鬼」について書かれてものです)
その本によると、「鉄輪の女」は死後鬼女となり
「五条堺町」辻のお地蔵さんの前で人を襲って食べていたそうです。
それを渡辺綱が退治したというお話です。
当時の五条通は今の松原通なので、
当時の「五条堺町」の辻は今のこの位置に当たります。
ただ、その本以外にはその記述はどこにもなく
「後世の人々が、適当に作ったお話」
というのが本当のところでしょうね。
その証拠に、この近所にはそのような話は伝わっていません。


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命婦稲荷神社の前で、堺町通を南に向きました。
では、ここを進みます。


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命婦稲荷神社の前から、堺町通を南に約50m進みました。
ここで、万寿寺通と交差します。


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堺町通から、万寿寺通を西に向いています。
先程から、町屋の軒先に咲くアジサイがきれいですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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堺町通から、万寿寺通を西へ約50m進みました。
「万寿寺高倉」の辻に、再び戻ってきました。
ここからまた高倉通を北上するわけですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、ここから仏光寺通まで進みます~

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第406回 町の洋食屋「ますや」~高倉通南から北~その10

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万寿寺通から、高倉通を北に向いています。
ここから先にも、小さな神社や寺院、京町家が建ち並びます。
撮影日は、2016年6月30日木曜日午後4時。
曇ってはいましたが、この日は最後まで雨が降りませんでした。


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「万寿寺高倉」の辻北西角に、こちらの石塔が立っていました。
だいたい高さが、50cmくらいでしょうか?
ここから西に、今から約600年前に臨済宗の万寿寺がありました。
(万寿寺通の由来になった寺院ですね)
建仁寺東福寺天龍寺相国寺と合わせて
室町時代の臨済宗本山「京都五山」の1寺でした。
(この場合、南禅寺は別格で筆頭になります)
室町時代半ばの1434年に火災により焼失し、その後衰退しました。
(1467年の応仁の乱より前です)
その後安土桃山時代の16世紀末(天正年間)に、
現在の「東福寺」交差点に移転しました。
現在も万寿寺はこの位置にあり、東福寺の塔頭となっています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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万寿寺通から、高倉通を北上しています。
左(東)側に、京町屋の商店舗が見えます。
こちらは、寸法直し業も兼ねた洋品店です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その町屋の向かい(西)側に、こちらの銭湯があります。
個人的にこういう建築物も大好物なのですが、
最近ここが開いているところを見たことがありません。
もう経営していないのなら、とても残念です……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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銭湯の南側から、西に路地が伸びています。
自動車で見えにくいですが、突き当りに赤い鳥居が見えます。
ちょっと寄り道してみましょう。


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路地は、高倉通から約100m続きます。
だんだんはっきりと、赤い鳥居と祠が見えてきました。


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路地の突き当りに、末広大明神がいらっしゃいました。
こちらは、鳥居や祠の形状から稲荷神社ですね。
実際いろいろなサイトでも、「末広稲荷神社」と書かれています。
この路地周辺の鎮守社で多くの方々の信仰を集めていますが、
沿革や来歴はよくわかっていません。
高倉通沿いには、そういう神社がたくさんいらっしゃいますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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末広大明神の前で、南を向きました。
約20m先に、万寿寺通が見えます。
この辺りには間之町通がありませんので、
「東洞院東入」と書かれていますね。


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末広大明神に背を向け、路地を東に向いています。
では、高倉通に戻ります。


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路地から高倉通に戻り、北を向きました。
では、ここから高倉通をまた北上していきます。


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路地から、高倉通を約30m進みました。
左(西)側の京町家と京町家の間に、
広場になっているところがあります。
自動車に停まっているので、駐車場に見えますが……


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こちらに、そこそこ大きな寺院があります。
門の脇に、「浄土宗常照山長香寺」と書かれています。
ここから、長香寺境内の写真はクリックすると拡大されます。


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長香寺の門をくぐりました。
門から西に約50m進むと、庫裏や本堂があるようです。


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長香寺の門から約50m進み、庫裏の前に来ました。
こちらに句碑が立っていますが、後半部分がよく読めません……


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句碑の前で、右(北)を向きました。
長香寺境内に、小さな稲荷神社がいらっしゃいます。


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こちらが、その福増稲荷神社の祠です。
脇にいらっしゃる神使の狛狐が、とても可愛いですね。
こちらにお参りして、先に進みます。


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福増稲荷神社に背を向け、長香寺境内で南を向いています。
手前の庫裏の向こうに本堂があって、いちばん奥は鐘楼ですね。


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句碑の真下に苔が生えていて、そこにキノコも生えていました。
少しヒラタケに似ていますが、食べられるでしょうか?


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長香寺境内の最南端に来ました。
こちらには、小さな鐘楼があります。


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鐘楼の許には、こちらおの地蔵さんと墓石が並んでいます。
その背後の白い塀の向こうは、墓地です。
その墓地が、長香寺全面積の約40%を占めます。


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墓地を背に、長香寺境内で西を向きました。
こちらが、浄土宗常照山長香寺の本堂です。
ご本尊は、伝定朝作とされる阿弥陀仏です。
長香寺の由来は、徳川家康の側室於古知也(おこちや)の法号(戒名)
「長香院」からと考えられています。
こちらは於古知也の本願で創建が始まりました。
現在は知恩院の塔頭寺院ですが、
江戸時代はもっと大きな寺院だったようで
長香寺自体がこの近くに塔頭寺院を2寺ほど有していたそうです。


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では、この長香寺を出ます。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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長香寺の前から、高倉通を北に向いています。
ここから約50m先に、松原通との辻があります。


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高倉通から、松原通を西に向いています。
この辺りに、京都の繊維関係の問屋が集中します。
ここを直進すると、第24回ブログの後半部分を進むことになります。


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今度は高倉通から、松原通を東に向きました。
第24回ブログ取材時には、歯医者さんの東隣に
地域スーパーがありましたが、今はなくなっています。


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松原通から、高倉通を北に向いています。
駐車場の先に「手作りお弁当」の看板が見えますが、
あちらは有名な洋食店です。


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こちらが、その洋食屋「ますや」です。
自分が子供のころからあるお店で、
自分が中学生時代たまにお邪魔しました。
店の前を通り過ぎようとすると、パタパタと
ハンバーグの生地から空気を抜く音がしました。
その音に誘われて、ここに入ります。
「ますや」店内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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「ますや」の店内はとても狭く、6人入れば満員です。
全てカウンター席で、それは昔から変わりません。
店内には店を切り盛りされているご夫婦と
自分より10歳ほど若い男性のお客さんがいらっしゃいました。
自分がここの取材を申し込んだところ、
「ネガティヴな記事を書かないなら」
とおっしゃって、ブログに書くことを快諾されました。

さて、ここで何を食べるかということですが、
自分がここに誘われたのはハンバーグを作る音でした。
というわけで、600円のAランチを注文しました。


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ここはナイフとフォークではなく、割りばしで食べます。
こちらは、Aランチのおかずの方の皿です。
後ろは左からスパゲッティナポリタン・コールスロー・
焼きリンゴ・ポテトサラダです。
前には左からハンバーグ!・ハム・魚のフライです。
ちなみに700円のBランチは、魚のフライがエビフライになります。


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初見では1品1品が小さく見えたのですが、
実際に食べてみるとかなりの量でした。
少々の大食漢でも、満腹になるでしょうね。
(自分は、時間をかけてゆっくり完食しました)
ハンバーグには御手製のデミグラスソースが掛かっています。
ハンバーグをご飯に載せて食べると、
ご飯にそのソースが付いて、その部分がまた格別ですね。
(相変わらず、意地汚い食べ方をします)


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そのハンバーグを箸で切り、断面を載せています。
中には、牛ミンチ肉と玉ねぎのみじん切りが見えます。
皿に置いておくと、透明な肉の油が浸み出してきました。
ここはフライパンで焼くだけで加熱しているので、
しっかりと硬い食感がします。
最近は柔らかいハンバーグが全盛ですが、
これはこれでしっかりと「肉」を食べている感じがします。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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「ますや」の前で、高倉通を北に向いています。
ずっと先に、佛光寺の白壁が見えますね。


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この辺りも、京町屋が集中します。
ただ看板によると、この町家は解体・取り壊しが確定しています。
かなり良い状態で残っているだけに、勿体ないですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先程の町家の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
お参りをして横に回ったところ、こんなものが書いてありました。
どうやら「おみくじ」みたいですが、どうやって引くのでしょうね?


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そのお地蔵さんの前で、高倉通を北に向きました。
目の前の高辻通で、高倉通は佛光寺に突き当たります。


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高倉通から、高辻通を西に向いています。
右(北)側に、浄土真宗佛光寺派本山佛光寺が見えます。
さらにその先(西)に、日航プリンセスホテルが見えます。
この辺りは、第388回ブログで通った道ですね。


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今度は、高倉通から高辻通を東に向きました。
目の前に、交差点の信号があります。次は、そちらに向かいます。


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高辻通の信号で、北を向きました。
佛光寺の東側にも、北に道が伸びています。
ここは、佛光寺の関係で筋違いになった高倉通です。


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高辻通から、筋違いの高倉通を北に向いています。
目の前に、佛光寺の阿弥陀門が見えますね。
ただ、この時点で2016年6月30日午後4時半を回りました。
すると、さらに北側の御影門が閉まってしまいました。
もう閉山時間のようです。
では、ここから先は別の日に回ります。

今回は、ここまでです。

~「高倉通編」は、ここから暫く休載します。
次回以降は、いよいよ「祇園祭特集」を連載していきます~

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第424回 曇り空の佛光寺~高倉通南から北~その11

[佛光寺] ブログ村キーワード

祇園祭太秦散策も、ようやく連載が終わりました。
……というわけで、約2か月ぶりの高倉通です。
ここから、「高倉通編」の連載を再開します。


424-1.jpg
高辻通から、高倉通を北に向いています。
左(西)側の土塀は、佛光寺のものです。
今回は、こちらの浄土真宗佛光寺派本山佛光寺にお邪魔します。
撮影日は、2016年9月8日木曜日午後3時半。
今回は、全ての写真がクリックすると拡大されます。


424-2.jpg
「高辻高倉」交差点の北東角に、神具屋さんがあります。
佛光寺の前に神具屋さんとは、変わっていますね。
ショウウィンドウには、獅子舞の頭とお神酒用の盃がありました。
その脇の朝顔の花も盛りですね。


424-3.jpg
同じ場所で、南を向きました。
高倉通は筋違いのため、ここで突き当たっています。
ここより南の高倉通は、約30m西に伸びています。
(第406回ブログまで、歩いた道です)
ちなみに、こちらのピッツァ屋さんは
自分がインターネットでよく宅配注文するお店です。
(今、そのピッツァを食べながら書いています)


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高辻通から、高倉通を約20m北上しました。
左(西)側に、佛光寺の阿弥陀門が見えます。
東本願寺同様、浄土真宗の本山は二つの正門を持っています。


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佛光寺阿弥陀門の前から、高倉通を北に向きました。
約30m先に、佛光寺のもう一つの正門御影門が見えます。


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その御影門から、佛光寺に入ります。桜の季節以来ですね。
正面に見えるのが、本堂の一つ御影堂です。
右(北)側に、佛光寺の寺務所があります。


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佛光寺御影門の前から、南を向きました。
こちらの大きな桜の木を今年(2016年)に取材しました。


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こちらが、佛光寺の境内最北端にある寺務所です。
立派な建物なので、初めて来たときに本堂と間違えて入りました……


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寺務所の南西に、佛光寺の本堂の一つ御影堂があります。
東本願寺同様、御影堂は親鸞像をお祀りしています。
ただし、こちらも東本願寺同様に堂内撮影不可です。
ですから、撮影せずにお参りだけしました。
ちなみに、扁額には親鸞の別名「見真」と書かれていました。

写真は、御影堂からちょうど出てきたところです。
向こう(東)側に、御影門と大桜の木が見えますね。


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先程と同じ場所から、南を向きました。
こういう黒光りした廊下がとても荘厳で、
これが仏教寺院の一番の見どころですね。
向こうに、佛光寺のもう一つの本堂阿弥陀堂が見えます。


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御影堂の最南端から、阿弥陀堂へと続く渡り廊下があります。
こういうところも、東本願寺と同じ構造です。


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その渡り廊下の途中で、東を向きました。
渡り廊下沿いに、3本の枝垂桜が並んでいます。
こちらは秩父宮・高円宮・三笠宮の3宮家からの寄進で、
この佛光寺の象徴でもあります。
ただ、枝垂桜はソメイヨシノとは開花時期が違います。
今年(2016年)ここを訪れたとき大桜は満開でしたが、
こちらの枝垂桜はまだまだつぼみが硬かったですね。


424-13.jpg
渡り廊下の最南端に、阿弥陀堂があります。
こちらも、堂内撮影不可です。
ですから撮影せずに、ご本尊の阿弥陀如来像を拝んできました。
確か阿弥陀堂内には重要文化財の
聖徳太子像もいらっしゃるはずなのですが、
秘仏なのかどちらにいらっしゃるかは分かりませんでした。


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では、阿弥陀堂の階段を下りて佛光寺境内の散策に移ります。
ちなみに、向こうに見えるのは自分の靴です。

こちらの写真で妙に端だけを撮っているのは、
この右(南)側に10歳くらいの女の子が数人いらっしゃるからです。
時間的に小学校も放課後で(午後3時半)、
佛光寺の北隣に京都市立洛央小学校があるので、
この時間帯はここが小学生児童の遊び場になっています。


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佛光寺阿弥陀堂前で、南を向いています。
ここから、直接高辻通に出ることができます。
半年前にここに来たときは、こちらから外に出ました。


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今度は阿弥陀堂の前で、東を向きました。
ずっと向こうに、先ほども出てきた佛光寺阿弥陀門が見えます。
阿弥陀堂-阿弥陀門と御影堂-御影門と対になっているのも、
東本願寺など他の浄土真宗の本山と同じです。


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佛光寺境内の東側に、佛光寺の茶所があります。
元来はここで参拝された門徒のために茶を出すところでしたが、
今はD食堂という仏間カフェ(?)です。


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こちらが、そのD食堂の入り口です。
手前に茶釜が残っているのは、茶所の名残でしょうか?
では、また今回もこちらにお邪魔します。


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また店員さんに許可を得て、こちらを掲載しています。
仏間カフェ(?)だけあって店内は総畳張りで、
阿弥陀仏がいらっしゃる仏壇に手を合わせました。
北側の窓から大桜が見えて、半年前はなかなか絶景でした。
窓の上には、この寺院所縁の聖徳太子像が飾ってあります。


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半年前は抹茶を注文しましたが、
今回は「雲露」という水出し煎茶を頼みました。
どちらもここが提携している一保堂で売られている銘柄です。
ちなみに、この「雲露」は
自分が一保堂を訪れたときに実際に買ったものと同じお茶です。
今でも家で飲んでいますが、
それよりもこちらの方がおいしかったのに驚きました。
実はこのコップがとても薄く、それが味に影響しているようでした。


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では、こちらのお店を出ます。
お客さんがいらっしゃらない一瞬を写したので、
店内の写真がブレてしまいました……
会計のときに、コップについて店員さんに訊きました。
どうも、こちらのコップは特注品だそうです。
限界まで薄く作った手作りの品だそうです。
D食堂の南側に(鐘楼の脇の建物です)
D食堂と同じ経営者の雑貨屋さんがあるのですが、
そちらでは売られていませんでした。


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そのD食堂の前で、百日紅の花が咲いています。
こちらの花も、そろそろ終わりですね。


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その百日紅の木の前から、北東を見ています。
では、こちらの御影門から佛光寺を出ます。


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佛光寺の御影門から、東を向いています。
ここ(高倉通)から約80m先の柳馬場通まで、
こちらの小路が伸びています。
その両脇に、佛光寺の塔頭寺院が並んでいます。
ちょっと、宝塔寺に似ていますね。
次は、こちらに寄り道していきます。


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その小路の途中に、こちらの看板がありました。
なんだか、興味が湧いてきました。


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高倉通から、佛光寺の前の小路を東に向かっています。
小路の両脇に、小さな寺院が続きます。
そのうちの一つ長性院から、大きな松が見えますね。


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長さが100mに満たない小路ですから、すぐに東端まで来ます。
こちらに、先ほど看板があった「おてらハウス」があります。


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こちらが、その「おてらハウス」です。
その1Fに、和香という飲食店があります。


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和香の店先に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
「せんそうこじぞう」と書かれていますが、
それだけでどういうお地蔵さんかよく分かりますね。


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和香の方にも、お邪魔しました。
看板の精進ランチも気になりますが、
この日(2016年9月8日)は何軒かこういうお店を回るので、
ここではケーキセットを頼みました。
この位置なら、佛光寺の塔頭寺院大善院の庭園を借景にできます。


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セットのケーキは、日替わりのようです。
この日(2016年9月8日)は、シフォンケーキが出てきました。
クロテッドクリームとマーマレードを付けて食べます。


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おてらハウスを出て、東を向きました。
この道は、目の前の柳馬場通で突き当たります。


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この小路から、柳馬場通を南に向いています。
柳馬場通は五条通~京都御苑を結ぶ小路で、
高倉通より2本東の通りです。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
柳馬場通~高倉通間に堺町通が並行するはずなのですが、
高辻通~仏光寺通間は筋違いの高倉通に吸収されます。


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今度は柳馬場通から、この小路を西に向きました。
ここから佛光寺に続く道が、自分のお気に入りです。
では、ここから高倉通に戻るわけですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は、ここから四条通まで北上します。
佛光寺周辺の町屋を眺めていきます~

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第425回 佛光寺門前の飲食店街~高倉通南から北~その12

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柳馬場通から西を向き、突き当りの佛光寺を見ています。
狭い小路の両脇に、佛光寺の塔頭寺院が並びます。
この様子が、深草の宝塔寺にそっくりです。
今回はここから向こう(西)の突き当り佛光寺前まで進み、
そこから北上して四条通に向かいます。
撮影日は2016年9月8日木曜日午後3時50分。
この瞬間は、小雨が降っていました。


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前回ブログで訪れた「おてらハウス」の向かい(北)側に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにも手を合わせて、先に進みました。
佛光寺門前の小路の写真は、全てクリックすると拡大されます。


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前回ブログでは小路の南側の塔頭寺院を撮りましたので、
今回ブログでは北側の寺院を撮りました。
こちらは、塔頭寺院の一つ昌蔵院と思います。
(隣の寺院かもしれません)
この日(2016年9月8日)くらいまでは
まだ百日紅も咲いていました。


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この小路を西に約80m進みました。
目の前に、佛光寺の御影門があります。
佛光寺は前回ブログで訪れたので、今回は通り過ぎていきます。


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佛光寺御影門の前で、北を向きました。
門前を南北に、高倉通が貫いていますね。
左(西)側が佛光寺の土塀で、右(東)側が教音院です。
春になると、この道の両脇が桜で絶景になります。
では、ここを進んでいきます。


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佛光寺御影門から、高倉通を約50m北上しました。
高倉通は、仏光寺通で突き当たります。
その突き当りに、佛光寺塔頭寺院の大行寺があります。
こちらの詳しい沿革は、第210回ブログを参照してください。


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高倉通(大行院の前)から、仏光寺通を東に向いています。
仏光寺通を約350m進むと、寺町通の空也寺で突き当たります。
約20m先に横断歩道がありますが、
ここから北に堺町通が復活します。
(堺町通は、高辻通でいったん突き当たります)
また、その横断歩道付近に京町家が並んでいます。
これらは元々は民家でしたが、今はどちらも飲食店です。


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同じ場所で、仏光寺通を西に向きました。
左(南)側に仏光寺交番があって、その先は佛光寺の白壁です。
右(北)側の大行寺の西隣にも、京町屋があります。
こちらも民家ではなく、「cafe marble」という町屋カフェです。


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こちらが、「cafe marble」の玄関です。
前を通り過ぎようとしたとき、急にカレーの香りがしました。
その香りに誘われて、ちょっとこちらにお邪魔します。


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こちらが、「cafe marble」の店内です。
店内は土足で移動しますが、店の奥にはお洒落な坪庭があります。
カフェだけにコーヒーや紅茶がメインのお店ですが、
入店した理由が理由なのでカレーを注文しました。
(前回ブログから散財を続けていたので、他は注文しません)


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こちらが、そのカレーです。
町屋カフェのカレーですが、こちらはインド風ですね。
ですから、第423回ブログに出てきたarrowsよりも、
第384回ブログに出てきたJUNAYNAのカレーに近い味ですね。
辛味以外にも、酸っぱさや甘味がある複雑な風味です。


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「cafe marble」から出ました。
午後4時半になると、急に空が晴れてきました。
ここに入る直前まで、小雨が降っていたのが嘘のようです。
右(北)側に見える細い道が、高倉通です。


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高倉通から、仏光寺通を西に向きました。
今まで佛光寺に来たときは、全てここを通ってきました。
向こうに見える京都市立洛央小学校は、
春になると桜で絶景に変わります。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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仏光寺通から、高倉通を北に向いています。
ここから四条通まで、高倉通は本当に狭い小路ですね。
では、こちらを北上していきます。


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仏光寺通から、高倉通を北上しています。
この狭い小路に、京町家と雑居ビルが密集しています。
そして、その大半が飲食店です。
この辺りは「四条烏丸」「京極」「四条河原町」といった
京都随一の繁華街に囲まれた地域で、
そのためこの辺りの高倉通と綾小路には
新旧入り混じった飲食店が濫立します。


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もちろん京町家の何割かは、今も民家です。
また、このように町家から路地も続いています。
その先に、小さな町家が並んでいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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さらにその先に、こちらの京町屋がありました。
こちらは、「京禅車」という飲食店です。
昨年(2015年)きょうもいろいろというブログで紹介されていました。
なかなかおいしそうなので一度入りたいのですが、
ちょっと自分の予算より高めの設定です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その北隣に、いづ源という寿司屋さんがあります。
さらに寿司屋さんの北隣に、昔ながらのタバコ屋さんがあります。


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こちらは、そのお寿司屋さんの玄関の上部です。
祇園祭山鉾の粽と、比叡山延暦寺のお札が貼ってありました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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お寿司屋さんの前で、高倉通を北に向いています。
約50m先に、綾小路との辻が見えます。


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先程の写真に写っていた薬局の北隣に、
こちらのブリキ製の標識がありました。
下の方の広告に、「八瀬 ヘルスセンター」と書いてあります。
これって、かつての八瀬遊園のことでしょうか?
この写真も、クリックすると拡大されます。


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仏光寺通から、高倉通を約100m北上しました。
ここで、綾小路と交差します。
その先に、四条通にある大丸百貨店が見えますね。


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高倉通から、綾小路を東に向いています。
この綾小路も、高倉通同様に飲食店が多い通りですね。
綾小路は、約400m先の寺町通沿いの京都大神宮で突き当たります。


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今度は、高倉通から綾小路を西に向きました。
ここから約400m東に進むと、
祇園祭前祭の綾傘鉾会所大原神社がいらっしゃいます。


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この日(2016年9月8日)は、高倉通以西の綾小路に行っていません。
(うっかり忘れていました)
ですから、綾小路の写真は2016年9月19日に撮り直した分です。
高倉通から、綾小路を西に約100m進みました。
台湾料理店と割烹料理店の間に、神明式円柱鳥居が立っています。
では、こちらの神明神社を訪れます。
神明神社境内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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神明神社のを入ってすぐ右(東)に、手水舎がありました。
先ずは、こちらで手を浄めます。


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神明式の鳥居から約5m先に神明神社の拝殿があり、
その奥に本殿がいらっしゃいます。
本殿の前には行けないので、拝殿前からお参りします。

神明神社の御祭神は、天照大神です。
確かに日本全国の「神明神社」は江戸時代の新田開発で広がった
天照大神信仰の神社です。
ただ、戦後(1945年以降)に近所の文子天満宮を合祀したので、
菅原道真もこちらの御祭神です。
こちらは少なくとも平安時代には、ここにいらしたようです。
平安時代後期、この辺りは藤原忠通邸でした。
また、藤原忠通の娘婿近衛天皇がこの地を気に入って
この辺りをよく外御所にしていました。
この神社は、そのお屋敷の鎮守社でした。

そう言えば、近衛天皇といえば「鵺」のお話が有名です。
近衛天皇に憑りついた鵺(ぬえ)という妖怪を
源頼光が退治したのが、この地です。


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神明神社の本殿から背を向き、ここから綾小路に出ます。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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神明神社の前で、綾小路を東に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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神明神社から、綾小路を東に約100m進みました。
また高倉通との辻に戻ってきました。
ですから2016年9月19日撮影分は、この写真までです。


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ここから、また2016年9月8日撮影分の写真に戻ります。
「綾小路高倉」の辻北西角に、こちらのお店がありました。
屋号は八百屋さんなのですが、
果実ばかり売っているので果物屋さんですね。
アメリカ産のオレンジと国産のマスカットが並んでいました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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八百屋さん(?)の北隣に、こちらのお店があります。
こちらは、「ハナビ」という居酒屋さんです。
結構有名店なのですが、今は昼間なので開いていません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「ハナビ」の前で、高倉通を北に向いています。
だんだん四条通のアーケードが、はっきりと見えてきました。


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綾小路から、高倉通を約50m北上しました。
こちらに、京人形の老舗島津の本店があります。
その北側に、なかなか味のある京町屋が並んでいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その向かい(西)側に、西湖堂という
パン屋さんみたいな名前の印刷会社があります。
こちらの建物も、なかなかきれいですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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島津さんの北隣にあった町家の前で、高倉通を北を向きました。
信号の付いたアーケードの位置が、四条通です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、四条通を東に向いています。
ずっと向こうに、東山が見えますね。
ここから約300m先に「四条寺町」交差点(京極)があり、
さらに200m進むと「四条河原町」交差点です。


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今度は高倉通から、四条通を西に向きました。
右(北)側に大丸百貨店があって、
そのさらに西側に祇園祭前祭期間中長刀鉾が立ちます。
また、ここから約250m先に「四条烏丸」交差点があります。
そして、目の前に阪急電車「烏丸」駅15番入口があります。
(地下鉄「四条」駅にtも通じています)
では、こちらから地下鉄に乗って家に帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、錦市場を訪れます~

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第426回 錦市場散策~高倉通南から北~その13

[錦市場] ブログ村キーワード
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祇園祭以来の地下鉄烏丸線「四条」駅です。
今回はここから東に進み、錦市場を散策します。
撮影日は、2016年9月19日月曜日敬老の日の午後2時。
台風が近づいていましたが、撮影中は晴れていました。


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京都駅から乗ってきた国際会館行きの地下鉄が、
「烏丸御池」駅方面に去っていきました。
では向こうのエスカレーターから、コンコースに上がります。


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結構長いエスカレーターを上ると、コンコースに着きます。
次は向こうの改札口から、地下鉄烏丸線「四条」駅を出ます。


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地下鉄烏丸線「四条」駅の改札口を出て、北を向いています。
1980年に地下鉄ができたとき、ここはただの通路でした。
だんだんと地下鉄利用者が増えるとともに、
この辺りはテナントが増えて、
今では「コトチカ」という地下街を形成しています。


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「コトチカ」の北側に、階段があります。
この階段を上がると「四条烏丸」交差点の真下に来るのですが、
ちょっと雰囲気が変わります。


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「四条烏丸」交差点の真下に来ました。
北側に切符売り場があって、
東側に阪急電車「烏丸」駅の改札口があります。
この辺りは、1960年ごろに完成した地下道です。
ですから、先ほどの市営地下鉄側とは雰囲気がだいぶ違います。


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「四条烏丸」交差点の真下から、約50m東に進みました。
この地下道は、室町通高瀬川間の四条通の地下を
約1㎞の長さで貫いています。
雨のとき濡れないので、地元民は四条通路通るとき
地上よりもむしろこの地下道を利用しています。
この右(北)側に、20番出口が見えます。
2014年の祇園祭前祭宵山散策は、ここから地上に上がりました。
この真上に、長刀鉾が立ちます。


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20番出口の約50m東は、四条通と東洞院通との交差点の真下です。
そこから高倉通の地下まで、狭くて急な坂道に変わります。


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狭くて急な坂道は、初めが上りですぐに下りになります。
そして約100m先でまた元の道幅になると、また平坦に戻ります。


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道幅が急に広くなった場所で、北を向きました。
こちらが、大丸京都店地下入口です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その大丸京都店地下入口で、四条通地下道を東に向きました。
では、この15番出口から地上に出ます。


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15番出口の階段を上っています。
向こうに、大丸京都店の看板が見えますね。
ここを上がると、前回ブログ最終地点「四条高倉」交差点です。


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15番出口から、地上に出ました。ここは、「四条高倉」交差点です。
台風が九州を直撃中なのですが、京都は雨が降っていません。
前回ブログでは、佛光寺の前から四条通まで高倉通を北上しました。


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高倉通から、四条通を西に向いています。
大丸京都店に日ノ丸が掲げられているのは、
この日(2016年9月19日)が祝日だからです。


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今度は、高倉通から四条通を東に向きました。
地下道の東端高瀬川は、まだまだ視界には入りません。
京都を代表する繁華街京極は(「四条寺町」交差点)
約300m先なので、ここからは見えません。


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四条通から、高倉通を北に向いています。
左(西)側は、大丸京都店です。
約50m先の右(東)側に和菓子屋の「大極殿本舗」が見えますが、
その辺りで「京都市下京区」から「京都市中京区」に変わります。
(つまり大丸京都店の南半分が「京都市下京区」で、
北半分が「京都市中京区」です)


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「大極殿本舗」の北隣は、大丸京都店の駐車場です。
(「駐車場」といっても、屋内に蕎麦屋や寿司屋があります)
その前に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
お参りしていると、スズメのつがいが1組戯れてきました。


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そのお地蔵さんの前で、高倉通を北に向いています。
大丸京都店より北は、老舗蕎麦屋などの飲食店と
100円ショップや免税店などのお店がごちゃごちゃあります。


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こちらは、その中の1軒です。
カウンターだけの立ち食い寿司屋さんですね。
この辺りには、こういうお店がいくつかあります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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四条通から、高倉通を約100m北上しました。
ここで高倉通は、錦小路と交差します。


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高倉通から、錦小路を東に向いています。
ここから錦小路は、最東端の新京極通まで錦市場が続きます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、錦市場に一歩入りました。
錦市場は、一見すると観光客向けの商店街です。
ただ、本当はここの大半は「小売も行う卸売業」で
小売店や祇園などの料亭に商品を売っています。
自分も、菓子材料はこの錦市場で買っています。
(桜餅を巻く桜の葉とか、浮粉や水あめとか)

2016年は、伊藤若冲の生誕300年です。
実は、この伊藤若冲は日本画家以外にも商人としての側面もあり
当時の錦市場でリーダー的な位置にいました。
(伊藤家は、代々錦市場の町年寄でした)
その際、京都町奉行との10年もの争いの末に
この錦市場の存続を江戸幕府に認めさせた功労者でもあります。
(その10年間、若冲は絵画制作を中断させています)
ただ、晩年の伊藤若冲は伏見区深草の石峰寺で暮らしました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、錦市場を東に約50m進みました。
ここで、錦小路は堺町通と交差します。


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錦小路から、堺町通を北に向いています。
この辻の約30m北にオ・グルニエドールがあります。
京都を代表する洋菓子店ですね。


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堺町通から、錦市場を東に向いています。
こちらに魚屋さんがありますが、
地元民にとっての錦市場は、「魚屋」のイメージが強いです。
室町時代以降の京都は、西陣織の室町と
魚の流通で栄えた錦が町衆の中心でした。
祇園祭では宵山は室町が中心ですが、
神輿渡御はこの錦市場と三条会商店街(三若会)が中心となります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その魚屋さんの向かいは、乾物の魚屋さんです。
魚の干物やを売っており、身欠き鰊が並んでいました。
ニシンは日本では北海道近海でしか獲れませんが、
ハモと並んで京都では特に好まれる魚です。
自分も、身欠き鰊と茄子の煮物やニシンそばが大好物です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その乾物の魚屋さんの向かい(南)側に、
イタリア料理店の「錦 まつむら」があります。
京都随一の老舗店で有数の高級店ですが、
自分は柳馬場通から入店していました。
(といっても、自分も1回しか入店したことがありません。
そこで、人生唯一のフォアグラを体験しました)


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「錦 まつむら」の店頭から、錦市場を東に向いています。
すぐ目の前に、柳馬場通との辻がありますね。
(日ノ丸が掲げられている辺りです)
左(北)側のお店はシャッターが閉まっていますが、
こちらは「小売を行わない卸売店」というだけで
別にこの店が潰れてしまったわけではありません。
逆に夜中と言いますか、早朝になると開店します。
だいぶ観光地化されていますが、
錦市場は今でも卸売市場として機能しています。


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錦小路から、柳馬場通を南に向いています。
約100m先に、四条通のアーケードがぼんやり見えます。


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「錦柳馬場」の辻の北東角で、浮世絵の葉書が売られていました。
今年(2016年)の錦市場は伊藤若冲一色ですが、
若冲は浮世絵を描いていなかったような……
ともかく、この写真もクリックすると拡大されます。


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そのお店の東隣に、花屋さんがあります。
そう言えば、この錦市場には意外に花屋さんが多いですね。
その向かい(南)側は、乾物の魚屋さんです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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柳馬場通から、錦市場を東に約30m進みました。
こちらは海の魚屋さんと焼き魚の総菜屋さんが並んでいます。
その向かい(南)側は、京漬物のお店です。
漬物屋さんも、錦市場に多いですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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さらに錦市場を東に約50m進み、富小路との辻に来ました。
辻の北西角に、鶏肉屋さんがありますね。


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錦小路から、富小路を南に向いています。
ここから約50m南に「ト一食堂」という格安の店があったのですが、
2016年3月を以って閉店となりました。
自分が学生時代は、結構食費を助けて頂きました。


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今度は、富小路から錦市場を東に向きました。
右(南)側に八百屋さんがありますが、
その東隣は淡水魚専門の魚屋さんです。
(ウナギやコイなどを扱います)
京都には、海水魚専門の魚屋さんと同じくらいの店舗数があります。
ここから約200m先で錦小路は突き当たり、
その辺りに錦天満宮があります。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでとします。

~次回は、錦小路最東端の錦天満宮に参拝します~

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第427回 錦天満宮に参拝~高倉通南から北~その14

[錦市場] ブログ村キーワード
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富小路から、錦市場を東に向いています。
今回は、ここから約200m先にある錦天満宮にお参りします。
この錦市場が発祥したきっかけの神社ですね。
撮影日は、2016年9月19日敬老の日の月曜日午後3時。
台風の影響は、日が暮れてからでした。


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富小路から、錦市場を東に歩いています。
こちらは豆腐屋さんですが、生麩・生湯葉も売っています。
錦市場は魚屋のイメージが強いですが、豆腐も昔からの名物です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その豆腐屋さんの3軒東隣に、川魚屋さんがありました。
川魚屋さんは淡水魚専門の魚屋さんで、
錦市場に限らず京都市内にたくさんあります。
主にウナギやアユ・スッポン・川エビを販売しています。

また、こちらの川魚屋さんは店頭で
商品を安く切り売りしています。
これらは、錦市場名物の食べ歩き用ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに川魚屋さんから、錦市場を東に約30m進みました。
こちらは、和菓子屋さんです。
そう言えば、錦市場には和菓子屋さんが多くありません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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富小路から、錦市場を東に約50m進みました。
ここで、錦小路は麩屋町通と交差します。


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錦小路から、麩屋町通を北に向いています。
ここから約500m先に、京都随一の老舗蕎麦屋さん
晦日庵 河道屋があります。


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麩屋町通から、錦市場を東に向いています。
では、ここを進んでいきます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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麩屋町通から、錦市場を東に約30m進みました。
こちらは、京扇子のお店です。
店頭で、タペストリーも売られていました。
その東隣は、宇治茶のお店ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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麩屋町通から、錦市場を東に約50m進みました。
綾小路との辻に、日の丸が飾ってあります。
(この日は、祝日でした)


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錦小路から、綾小路を南に向いています。
目の前にネパール国旗がありますが、
こちらは京都でも老舗のネパール料理店です。
(実は、かなりの有名店です)


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綾小路から、錦市場を東に向いています。
ここから約40m先で寺町通と交差していますが、
その東側に石製鳥居が見えます。
あの先が、今回ブログの目的地錦天満宮です。


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綾小路から錦市場を東に約40m進み、寺町通を南に向きました。
ここは、京都随一の繁華街「寺町京極」のただ中ですね。


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寺町通から、錦小路を東に向いています。
目の前に、錦天満宮の一の鳥居があります。
よく見ると、なかなか奇妙な鳥居です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「錦寺町」の辻にファーストフード店があるのですが、
こちらはその2F部分です。
鳥居の貫が、ファーストフード店の壁にめり込んでいます。
ここは貫が切り取られているのではなく、
ファーストフード店内に、抜きの先端が飛び出ています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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寺町通から、錦小路を東に向いています。
ここで、錦小路は新京極通とT字路で交差します。
錦小路は、目の前の錦天満宮で突き当たります。


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錦小路から、新京極通を南に向いています。
この約130m先の四条通に、八坂神社の御旅所があります。
祇園祭の神輿渡御の後、そちらに7日間神輿が祀られます。

新京極通は、三条通~四条通の短い道です。
また全域が「新京極」という繁華街で、「寺町京極」と合わせて
京都最大の繁華街「京極」を形成しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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では、ここから錦天満宮に入って行きます。
ここから錦天満宮境内の写真は、クリックすれば全て拡大されます。


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入り口脇にいらっしゃる青銅製の「阿形」狛犬です。
普通イメージするものよりもだいぶ小さめです。


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そして、こちらが「吽形」の青銅製狛犬です。
天頂部は「角」ではなく、「鬣」(たてがみ)の一部のようです。


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錦天満宮境内に入ると、すぐに真鍮製の牛がいらっしゃいます。
他の天満宮同様触れば頭が良くなるご利益があるので、
だいぶメッキが剥がれてきていますね。

その後ろに手水舎があります。
京都の手水舎は井戸水を利用することが多く、
その中の幾つかは「名水」と呼ばれる美味な水です。
そして、こちらの「錦の水」は京都を代表する名水です。
京都市水道局が時折ここの審査を繰り返しており、
こちらの井戸水は飲料水として利用されています。
そもそもここの井戸水は大昔から利用されており、
この水を求めて魚や豆腐屋・八百屋が集まり、
錦市場が形成されていきました。


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錦天満宮の本殿は入り口から入ってすぐなのですが、
先に本殿北側の末社・摂社の方に回ります。


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では、錦天満宮北側の末社・摂社を西から順に回ります。
先ずはいちばん西側の塩竃神社です。


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塩竃神社の東隣には、こちらの稲荷社です。
次は、こちらにお参りします。


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さらに、その稲荷社から東を向きました。
隣には、白太夫神社がいらっしゃいます。
さらにその東には、熱田社や厳島社など
日本中の神社が勧請された小さな祠が並んでいらっしゃいます。


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その祠の前から、西を向きました。
ではここを進み、本殿前に戻ります。


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北側の末社・摂社にお参りして、錦天満宮本殿に戻ってきました。
では、こちらにお参りします。
こちらの沿革は、第158回ブログを参考にしてください。
この日(2016年9月19日)が祝日ということもあって、
前回取材のときよりも立て込んでいました。


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錦天満宮本殿に背を向け、西に向いています。
ここから西に、後院通まで錦小路が伸びています。
では、こちらを進んでいきます。


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錦天満宮の前(新京極通)から、錦小路を西に向いています。
先程の一の鳥居を反対側から見ています。
その先で、錦小路は寺町通と交差しています。


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「錦寺町」の辻の中央で、真下を見ました。
第158回ブログでも紹介しましたが、
「寺町京極」の辻全てにこのようなプレートが埋められています。
写真をクリックすれば拡大するのは、ここまでです。


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錦小路から、「寺町京極」を北に向いています。
もしここを進めば、第158回ブログのルートを進むことになります。


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寺町通から、錦小路を西に向いています。
ここから高倉通まで、錦市場が続いています。
ここからまた錦市場を高倉通まで戻っていくのですが、
今度は「食べ歩き」をしながら進んでいきます。
ただ、今回ブログはもうだいぶ写真を貼り付けていますので、
今回はここまでとします。

~次回は、錦市場のあちこちのお店にお邪魔します~

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第428回 錦市場で食べ歩き~高倉通南から北~その15

[錦市場] ブログ村キーワード
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寺町通から、錦小路を西に向いています。
ここから高倉通までの錦小路が錦市場です。
今回は錦市場を東端から西端まで進み、
あちこちの店に立ち寄って食べ歩きをします。
その関係で、今回は全ての写真がクリックすると拡大されます。
撮影日は、2016年9月19日敬老の日の月曜日午後3時半。
ここで、やっとお昼御飯です。


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錦市場は、高倉通~寺町通間の錦小路約350mの商店街です。
安土桃山時代くらいに形成された卸売市場で、
今も小売店を兼ねているものの大半が卸売店です。
ただ、そのうちの何軒かはこのような飲食店です。

錦市場を寺町通から西に約20m進むと、
こちらの飲食店に辿り着きます。
こちらは、カウンター形式の立ち食い寿司屋さんです。
立ち食い寿司屋は東京ではときどき見かけますが、
京都にはこの辺に数軒しかありません。
では、この「英」(ひで)という立ち食い寿司屋に寄ります。


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こちらは、その「英」の1,000円のセットです。
寿司5品に(鯖寿司は2片に切ってあります)赤だしが付いていて、
コップに入った冷酒は別料金です。
立ち食い寿司屋ということで江戸前寿司を想像していたのですが、
必ずしもそうではないようです。


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こちらは、そのお寿司のアップです。
奥左からトロ・タイ・ハモ、
手前左から焼きアナゴ・バッテラ(鯖寿司)2片です。
バッテラには、香付けの細切りの柚子皮が載っています。
個人的には京都独特のハモとバッテラが好みです。
特にハモは見た目が美しく、歯ごたえと甘味が絶品でした。
おかげで、ハモをさらに2品追加してしまいました。


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立ち食い寿司屋さんの「英」の西隣に、
揚げ物屋さんの花よりキヨエがあります。
「キヨエ」というオリーブオイルで、コロッケなどを揚げています。
ちょっと、こちらも立ち寄ります。


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こちらには食事スペースがあって、店内で飲食ができます。
(ビールなども、注文できます)
それとは別に、外で食べ歩き用にも販売してもらえます。
こちらは、100円の「湯葉クリームコロッケ」です。
まぁ外にこのようにテーブルがあるので、
歩きながら食べる必要はないのですが……


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こちらは、その「湯葉クリームコロッケ」の断面です。
クリームコロッケを食べていると、
口の中に生湯葉の香りが広がります。


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「花からキヨエ」の前で、錦市場を西に向いています。
この店は、「錦御幸町」の辻の北東角にあります。
ですから、目の前で御幸町通(ごこまちどおり)が交差します。


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「錦御幸町」の辻の北西角は、八百屋さんの四寅です
京野菜がかなり豊富で、自分は秋になると銀杏や鹿ケ谷カボチャ・
丹波栗などをよく買いに来ます。


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四寅から、錦市場を西に約15m進みました。
こちらは、川魚屋さん(淡水魚専門の魚屋)ののとよです。
「お茶漬けうなぎ」とはウナギの佃煮のことで、
ここ以外にも桂離宮脇の中村軒でも売っていました。
(中村軒は、和菓子以外にもいろいろ名物があります)
個人的にはエビ豆(川エビと大豆の煮もの)に興味がありますが、
アユや貝類も売られていました。
カウンターの下に様々な樽や桶が並んでいますが、
そこにはナマズやスッポンが生きたまま並んでいます。


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のとよでは、いろいろなものを串刺しにして売っています。
その中から、こちらのタニシの串焼きを買いました。
個人的にはこういう貝類の肝が大好物です。
これで、200円くらいだったでしょうか?


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のとよから、錦市場を西に約15m進みました。
こちらには、宇治茶販売店の「一葉」があります。
お茶屋さんの東側で、抹茶スイーツの屋台も出しています。


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「英」で飲んだ冷酒のために、実は結構酔っ払っていました。
(お酒は大好きですが、かなり弱いもので)
それで肴になるものをずっと食べていたのですが、
そろそろ喉も乾いてきたので抹茶を屋台で頼みました。
適度に甘くて苦くて、酔っ払いにはおいしいです。
まだ半分も回っていないのですが、だいぶ満腹になってきました。


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一葉の向かい(北)側に、魚屋さんの枽藤があります。
もう満腹なのですが、このハモのウニ焼がおいしそうなので
思わず350円払って買いました。


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魚屋さんの桒藤の前で、錦市場を西を向きました。
目の前で、錦小路は麩屋町通と交差します。


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麩屋町通から、錦市場を西に歩いています。
この先も、だいぶ賑やかですね。


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麩屋町通から、錦市場を西に約30m進みました。
こちらは、乾物専門の魚屋さん不二食品です。
棒鱈・身欠き鰊など、京都人が好物な総菜の材料を売っています。
もうニシンそばに入れられる状態の身欠き鰊の煮ものもありますね。
(これで、ナスや海老芋の煮ものの出汁を取ります)
さらにゴマメや昆布巻きは、おせち料理の定番ですね。


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不二食品から10mほど西に、こちらのお店があります。
川魚問屋の山元 馬場商店です。
淡水魚以外にも、総菜に力を入れているお店です。


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山元 馬場商店の店頭は、たくさんの惣菜が並びます。
だし巻きなどの販売もさかんで、130円の「う巻き」を買いました。
(う巻きとは、ウナギの蒲焼が入った「だし巻き卵焼き」のことです)
満腹でしたが、まぁ、これ1片なら大丈夫と思い食べました。


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山元 馬場商店の前で、錦市場を西に向いています。
この先で、富小路と交差しています。


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富小路から、錦市場を西に進んでいます。
だし巻きで有名な三木鶏卵の向かい側に、大島履物店があります。
多くはないですが、こういう食べ物以外のお店もここにはあります。


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大島履物店の前で、錦市場を西に向いています。
こちらは、焼き魚専門店の魚力です。
祝い鯛など大きな焼き魚の専門店ですが、
食べ歩き用のハモの照り焼きがよく売れていました。


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魚力の前から、錦市場を西に向いています。
もう少し先に、柳馬場通との辻があります。


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その辺りに、先ほどの川魚屋さん「のとよ」の支店があります。
こちらでは、スズメの焼き鳥が売られていました。
伏見稲荷大社参道以外で、初めて見ました。


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こちらは、その「のとよ 西店」の西隣です。
この魚重さんは、琵琶湖の魚専門の川魚店です。
瀬田川のシジミを初め、コイやモロコなど
京都人は昔から隣県滋賀県の琵琶湖産のものを常食していました。


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本当はエビ豆を見ていたのですが、
ショウウィンドウを見ていた自分を店主が中に招き入れて
いろいろセールストークを始められました。
まぁ、元々こういうお寿司も好きなので
ちょうどいい機会と思って鮒寿司を買いました。
雄で卵を持っていませんが、本物の琵琶湖産仁吾郎鮒です。
結構高級魚なのですが、小さめとは言え1,200円でした。


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鮒寿司を切って、家で食べました。
ウチの母曰く「本当はもっと臭うはずなのにあまり匂いがない。
これは、まだそれほど年数が経っていないかも」
お店の店主は「発酵年数2年未満」とおっしゃっていたので、
あと3年ほど放置すると独特の臭いがするのでしょうね。
これでちょうど2人前の分量で、
ウチの母と晩酌の肴にしました。
頭までいただきましたが、発酵した米が残りました。
勿体ないのでいろいろ考えたのですが、
野菜を漬けておけば漬物にならないでしょうか?


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その「魚重」の前で、錦市場を西に向いています。
ここで、柳馬場通と交差します。


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柳馬場通から、錦市場を西に向いてます。
第426回ブログに出てきた「錦 まつむら」の提灯が見えますね。
この日(2016年9月19日)は祝日だったので、
かなりの人混みになっています。


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柳馬場通から、錦市場を西に歩いています。
こちらは、京こんぶ 千波の店頭です。
山椒と縮緬雑魚や蜆などを煮て作った佃煮がメインの商品です。
そう言えば、ちりめん山椒を暫く食べていません。


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柳馬場通から、錦市場から西に約50m進みました。
ここで、錦小路は堺町通を交差します。


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錦小路から、堺町通を南に向きました。
こちらは、銭湯の「錦湯」です。
この時間帯は(午後4時前)閉まっていますが、
この後通常通り営業を開始していました。
ここはオフィスビル街に近いので、
銀行などに勤めている方々が多く入りに来ます。


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堺町通から、錦市場を西に向いています。
約50m先でアーケードが途切れていますが、
高倉通で錦市場が終わります。


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錦市場最西端に、豆腐屋さんの錦 そやがあります。
そして、その脇に看板があるように
ここが伊藤若冲の生家跡です。
もともと伊藤家は枡屋という八百屋で、
この錦市場を仕切る「町年寄」を歴任する名家でした。
伊藤若冲の死後も伊藤家は枡屋を経営し続けましたが、
1867年に没落して家財一切を売り渡し大阪に移住しました。


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錦市場最先端の高倉通から、錦小路を西に見ています。
ここから先の錦小路は小さな飲食店がたくさん並んでいて、
夜中でも賑やかな場所になります。
約200m先に烏丸通との交差点があって、
そこに祇園祭宵山中は、孟宗山が立ちます。


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錦小路から、高倉通を北に向いています。
では三条通の方に高倉通を北上していきますが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、三条通沿いの京都文化博物館を目指します~

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第429回 秋の六角堂~高倉通南から北~その16

[六角堂] ブログ村キーワード
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ここは、錦市場の最西端です。
錦小路から、高倉通を北に向いています。
今回は、この高倉通を北上していきます。
前回ブログではここから京都文化博物館に向かうと予告しましたが
その前に1本南の六角通沿いの六角堂に立ち寄ります。
撮影日は、2016年10月13日木曜日午後3時。
久しぶりの晴れた1日でした。


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錦小路から、高倉通を約50m北上しました。
高倉通は烏丸通と河原町通のほぼ中間にある道なので、
この辺りは京都屈指の繁華街のちょうど中間点です。
ですから、この辺りは京都市街地で最も飲食店が多い場所なのですが
京町家やこのような古いタバコ屋さんもまだまだ多く残っています。


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京町家には、三色旗や赤提灯が覗いているものもあります。
これらはイタリアレストランであったり、
和食のレストランであったりします。
まだまだ民家の京町家もありますが、この辺は
内装を飲食店に改装したものがまだ半分くらいあります。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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とは言え、やはり繁華街のただ中ですから
雑居ビルもたくさん建っています。
それは、高倉通以外のこの辺の道は大体同じです。


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そういう建物が多く集まる中、こういう赤レンガの建物もあります。
こちらは、北隣の土蔵と合わせて雑貨屋を営んでおります。
その北隣が駐車場ですが、そこで高倉通は蛸薬師通と交差します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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錦小路から、高倉通を約100m北上しました。
ここで高倉通は、蛸薬師通と交差します。


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高倉通から、蛸薬師通を西に向いています。
ここから約300m進むと、烏丸通を越えて
京都市中京区橋弁慶町に至ります。
そこには、祇園祭後祭橋弁慶山が立ちます。


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今度は、高倉通から蛸薬師通を東に向きました。
ここからはほとんど見えませんが、
約400m先に新京極のアーケードがあり、永福寺で突き当たります。
この永福寺は、蛸薬師堂のことです。


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蛸薬師通から、高倉通を北に向いています。
右(東)側にイタリアレストランが見えますが、
左(西)側には和菓子屋の「亀廣永」が見えます。
祇園祭の際には特別の和菓子「したたり」が売られます。


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「亀廣永」の北隣には、京都市立高倉小学校があります。
まだまだ3時半には早く、運動場では体育の授業中でした。
(その写真は、ありません)


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蛸薬師通から、高倉通を約120m北上しました。
高倉通はここ六角通で突き当たっているように見えますが、
実際はさらに北に伸びています。


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「六角高倉」の辻に来ました。
ここから見ると、六角通以北の高倉通は
少しだけ西にズレて続いていることが分かりますね。


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高倉通から、六角通を東に向いています。
約350m先に寺町京極のアーケードが見えますが、
そこに三角形の六角公園誓願寺があります。
右(東)側に、ケーキ工房 ケテルがあります。
今はイノダコーヒー傘下ですが、元々はドイツ料理店でした。
ですから、今も他のイノダコーヒーの店とはメニューが異なります。


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六角通から、高倉通を北に向いています。
約100m先に、京都文化博物館の赤レンガが見えます。
ただ今回ブログでは先に六角堂を訪れるので、
今回はこれ以上高倉通を北上しません。


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高倉通から、六角通を西に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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高倉通から、六角通を西に歩いています。
京町家の間に小さな門があって、そこから路地が伸びています。
この辺は、高倉通と同じですね。


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高倉通から、六角通を西に約50m進みました。
こちらの京町屋は、大塚という呉服問屋です。
烏丸通以西には西陣織の呉服問屋が多いのですが、
東側のこちらにはそれほど多くありません。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その大塚さんの前で、六角通を西に向いています。
右(北)側に、八百一があります。観光客向けの地域スーパーですね。
その先で、六角通は東洞院通と交差します。


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高倉通から、六角通を西に約100m進みました。
ここで六角通は、東洞院通と交差します。
烏丸通が近づくにつれ、自動車量も増えていきます。


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六角通から、東洞院通を北に向いています。
約100m先に、第66回ブログに出てきた京都中京郵便局が見えます。


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東洞院通から、六角通を西に向いています。
向こうの白壁が、もう六角堂の土塀です。


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東洞院通から六角通を西に歩いていくと、
程なく六角堂の山門の前に出ます。
そのすぐ先には、烏丸通との交差点が見えますね。
この写真から最後まで、クリックすると拡大されます。


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こちらが、紫雲山頂法寺の山門です。
本堂が六角形であることから、「六角堂」と呼ばれています。


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頂法寺の山門をくぐりました。
すると、すぐに頂法寺の六角形の本堂が見えます。
右(東)側に、大きな柳の木があります。
こちらは「ロッカクヤナギ」という固有種で、
嵯峨天皇と壇林皇后との恋愛譚から
「縁結び」のご利益があるとされています。


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本堂の右(東)側に、手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。


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お賽銭を払うと、こちらでろうそくと線香を購入できます。
この日(2016年10月13日)は平日でしたが、
白人の老カップルや中国人のカップルが数組いらして、
そこそこ賑やかでした。
そうそう、ここはハトもたくさんいますね。


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六角堂のご本尊如意輪観音像の手前に、
こちらの香炉が置いてあります。
先程の線香は、こちらに立てます。


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こちらが、頂法寺の本堂である六角堂です。
こちらが六角形であることが、その名の由来です。
頂法寺の沿革は、第206回ブログを参照にしてください。
寺伝では、聖徳太子が開基です。
では、こちらのご本尊如意輪観音像にお参りします。


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六角堂の前で、西を向いています。
向こうに建っているビルは、この頂法寺が経営しています。
烏丸通沿いに建っていて、最上階からここを見下ろせます。


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そのビルの北側に、生け花の「池坊」の本部があります。
この頂法寺は、池坊流生け花発祥の地です。


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六角堂の東側には、「へそ石」が置いてあります。
平安時代に作られた平安京の中心点です。
詳細は、第207回ブログを参照してください。


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「へそ石」の南側には納経所といいますか、茶所があります。
この辺りに、たくさんのハトがいます。
実は茶所に「ハト豆」が売られているのですが、
もしここでそれをばら撒いたら、とんでもないことになります。
(ヒッチコックのの気分を味わえます)


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先程の建物の中に入りました。
こちらは東半分が納経所で、西半分が茶所です。
茶所では、お土産の販売と茶店の接待があります。


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こちらで抹茶を注文すると、名物「へそ餅」がついてきます。
「へそ餅」は、先ほどの「へそ石」を模した牛皮餅です。
濃い抹茶に、よく合います。


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では一通り回りましたので、頂法寺を出ます。
山門の先が、六角通です。


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頂法寺の山門前で、六角通を東に向いています。
ここから高倉通に戻って、京都文化博物館に向かいます。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回こそ、京都文化博物館に向かいます~

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第430回 京都文化博物館~高倉通南から北~その17

[京都文化博物館] ブログ村キーワード
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前回ブログで訪れた六角堂の前で、六角通を東に向いています。
今回はここから高倉通まで移動してから北上し、
京都文化博物館を目指します。
撮影日は、2016年10月13日木曜日午後4時。
気温が急に下がり、すっかり秋らしくなってきました。


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六角堂の前から、六角通を東に歩いています。
こちらの京町家は「おかき」(あられ)のお店です。


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六角堂の前から、六角通を東に約70m進みました。
六角通は、ここで東洞院通と交差します。


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六角通から、東洞院通を北に向いています。
約120m先に、第66回ブログにも出てきた中京郵便局が見えます。


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東洞院通から、六角通を東に向いています。
北東角にある京町屋は自転車屋さんで、
いろいろな人が覗いていました。


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東洞院通から、六角通を東に歩いています。
フレームから外れていますが、
この左(北)側に八百一という地域スーパーがあります。
この後博物館の取材を終えた後、
こちらで買い物をしてから帰りました。
(ツバスの刺身と緑豆春雨を買いました)


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東洞院通から、六角通を東に約100m進みました。
ここで六角通は、高倉通と交差します。
前回ブログでは、右(南)側からここに来ました。


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その辻の北東角に、こちらがありました。
この辺はブリキ製の表札がない代わりに、こちらの地図があります。
ただ、だいぶ削れていてよく読めません。


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六角通から、高倉通を北に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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六角通から、高倉通を北に歩いています。
この辺りの京町家は、様々なお店になっています。
ギャラリー遊は、この時期日本画が飾ってありました。
その左(北)隣は、京人形の老舗店です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その向かい(西)の京町屋は、「千切屋」という呉服問屋です。
創業は享保年間ですから、徳川吉宗の治世ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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千切屋さんの前で、高倉通を北に向きました。
目の前で、高倉通は三条通と交差します。
この辺りの三条通は、1車線の狭い小路です。


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「三条高倉」交差点の北西角に、赤レンガの建築物があります。
この辺りの三条通は、赤レンガの歴史的建築物が多いですね。
(詳細は、第66回ブログ参照)
こちらが、今回のお目当て「京都文化博物館」です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「三条高倉」交差点北西角に、京都文化博物館の看板があります。
この日(2016年10月13日)は、エジプト展を開催していました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、三条通を西に約20m進むと、
京都文化博物館の入り口があります。
では、こちらから京都文化博物館にお邪魔します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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……と思っていたのですが、こちらは別館です。
こちらの内部は、このようにほぼ空洞になっています。
ただ、この天井の様子とか柱の張り具合とか、
(あと、写っていませんがシャンデリアの豪華さとか)
個人的には大好物な建物です。
資料によると、元々は日本銀行京都支店だったようです。
ここから本館に回れますが、
その間が撮影不可の場所なのでここを出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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京都文化博物館別館入口の前で、三条通を東に向いています。
ここをこのまま東に進めば、第66回ブログと同じルートです。


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「三条高倉」交差点に立っているエジプト展の看板の脇に、
この辺の三条通の地図があります。
この辺りは京都で最も洋館が多い地区で、
その大半が京都市指定有形文化財です。
(一部、重要文化財も含みます)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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三条通から、高倉通を北に向いています。
左(西)側にある赤レンガの京都文化博物館別館を眺めつつ、
ここを北上します。


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三条通から、高倉通を北に歩いています。
京都文化博物館の向かい(東)側に、京町屋が並んでいます。
北側の3軒は民家ですが、手前の2軒はバーのようです。
この辺も、京町家の飲食店率が高いですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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京都文化博物館別館の北側に、一転近代的な建物があります。
こちらがエジプト展が展示されている京都文化博物館本館です。
では、今度こそ博物館の展示を拝観します。
ここから京都文化博物館の取材写真は、
全てクリックすれば拡大されます。


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まぁ当然と言えば当然なのですが、
京都文化博物館内は一切の撮影が不可です。
ですから、代わりにこちらのチケットを撮影しました。
(博物館職員さんに訊いたところ、
パンフレットなどの撮影とブログ掲載は問題ないとのことです)
京都文化博物館は、1Fが受付とテナントで
2Fが常設館、3Fと4Fが特別展示室です。
エジプト展は、3Fと4Fで展示されていました。

エジプト展はエジプト政府の全面協力の下、
日本では通常見られない発掘品や遺物が展示されていました。
(大英博物館にも展示されていない貴重な展示物ばかりでした)
またこの日(2016年10月13日)は平日だったので
それほど混んでおらず、ゆっくり回れました。
自分の周囲には中国人が多く、わざわざ日本に来て
「エジプト展」もないだろうと思っていたのですが、
よく考えたら中国ではこれを見られないのですから、
もしかしたらこれ目当てで来日された方も
いらっしゃったのかもしれません。


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京都文化博物館は、まずエレベーターに乗って最上階に行きます。
そして、4Fから順に降りて拝観していきます。
黄金マスクや棺などの展示物は、4Fに集中します。
3Fにも展示はありますが、短編映画の上映と売店がメインでした。
売店の脇に、「ガチャ」のコーナーがあります。
全て、このエジプト展関連商品が出てくるものでした。


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まぁ冷やかし半分で、300円払って1回ガチャをしました。
エジプトの神様だそうで、このエジプト展のゆるキャラのようです。
(売店では、所狭しと関連グッズが並んでいました)
こちらをかわいいと感じるのは、意見の割れるところでしょうね。
(自分は、「かわいい」に一票です)


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京都文化博物館には、閉館時間時間までいました。
午後7時を回っており、完全に日が沈んでいました。
このカメラは夜間の屋外での撮影ができないので、
ここから先は4時半ごろに、先に撮影しています。

京都文化博物館本館には、北側にも入り口があります。
こちらは、テナントの飲食店用の出入り口です。
ここを入ると、有喜屋などの老舗飲食店が並んでいます。


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京都文化博物館本館前で、高倉通を北に向いています。
目の前で、高倉通が姉小路と交差しています。
ただ、今回はここならキリがいいので、ここまでとします。

~次回は、晦日庵河道屋にお邪魔します~

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第431回 晦日庵河道屋の天ざる~高倉通南から北~その18

[晦日庵河道屋] ブログ村キーワード
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京都文化博物館の前で、高倉通を北に向いています。
目の前で、姉小路が交差しています。
今回はこの姉小路を東に進み、晦日庵河道屋に立ち寄ります。
撮影日は、2016年10月21日金曜日午後1時半。
ここは木曜日が定休日なので、金曜日の昼に強硬撮影です。


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高倉通から、姉小路を東に向いています。
この辺りの姉小路は、本当に交通量が多いですね。
では、今回は、ここを進んでいきます。


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高倉通から、姉小路を東に歩いています。
高倉通同様、この辺りは姉小路も京町家が多いですね。
姉小路は高倉通から東に約50m進むと、堺町通と交差します。


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姉小路から、堺町通を北に向いています。
分かりにくいですが、約50m先で大通りの御池通と交差しています。


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堺町通から、姉小路を東に向いています。
約50m先に、もう次の柳馬場通が見えています。


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その柳馬場通から、姉小路を東に向いています。
理髪店の向かい(南)側は、油問屋さんです。
手前のシャッターが開いているところから、
食用油の1斗缶が積み上げてあるのが見えました。


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理髪店の数軒先(東)に、こちらの路地がありました。
第405回ブログに出てきた命婦稲荷神社の周辺同様、
この奥に小さな町屋が何軒か並んでいるようです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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柳馬場通から、姉小路を東に約80m進みました。
ここで、富小路と交差します。


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富小路から、姉小路を東に向いています。
左(北)側に、老舗の商店が並んでいますね。
では、ここを進んでいきます。


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富小路から姉小路を約50m東に進むと、
この通りは麩屋町通を交差します。
約100m先にアーケードが見えますが、
あの辺りが第160回ブログで出てきた寺町専門店商店街です。
そちらが、この辺りの繁華街の最北端に当たります。
ちなみに、そのアーケードの下が鳩居堂本店です。


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姉小路から、麩屋町を南に向いています。
この辻のほぼ南西角に、晦日庵河道屋があります。
京都随一の老舗蕎麦屋さんですね。では、ここにお邪魔します。
ここから河道屋店内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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五分五分と思っていたのですが、
ブログ撮影と掲載を快諾して頂けました。
ここから、晦日庵河道屋店内の取材です。

こちらの店舗も、京町家造の構造です。
ですから、玄関を入ってすぐに細長い土間があって
(その脇に細長い座敷席が10人分ほど)
その奥にこちらの小さな座敷があります。
さらに2Fに団体客用の部屋がありますが、
自分の目当てはこちらの1F奥の座敷席です。


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その理由は、このロケーションです。
坪庭を背に席に就くと、小さな床の間と
今入ってきた細長い土間が見えます。
典型的な京町家造ですね。


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そして、こちらの坪庭がまた絶景です。
この時期分かりにくいのですが、
写真中央に1本の細長いカエデが生えています。
こちらが、約1カ月後にこの庭を紅く染め上げます。
今から10年ほど前なのですが、
偶然紅葉シーズンにこちらで食事をしました。
ちょうど日が沈む時刻で、夕日とカエデの紅と
松などの葉の翠がここを別世界に変えていきました。
それ以来、紅葉シーズンの夕刻に
なるべくこちらを訪れるようにしています。


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さて、いつもならざるそば1枚だけいただくのですが、
ブログ取材中はちょっと奮発しています。
とは言え、この後仕事なのでビールのつもりで烏龍茶です。
先ずは煎茶を飲みつつ、注文した品物が来るのを待ちます。


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そうこうしているうちに、刺身湯葉(800円)が来ました。
一口サイズに切った生湯葉をワサビ醤油で頂きます。
ワサビの辛味が、大豆の甘味を引き立てますね。


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では、こちらを肴に、烏龍茶(ビールのつもり)を飲んでいきます。
京都の蕎麦屋さんの何軒かは、
京料理の惣菜を出してくれる店もあります。
(こちらでも、他にニシンの棒煮や鶏肉の山椒焼などがあります)
ですから、京都で安く京料理を頂くなら蕎麦屋がいいと思います。


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刺身湯葉を完食したころに、こちらがやって来ました。
今日のメインの天ざる(1,700円)です。


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こちらが、この店の蕎麦です。
こういうお店の中では、量が多い方ですね。
こちらの蕎麦は、香りとのど越しがしっかりしています。
ちなみに、蕎麦汁はみりんが入っていないので
醤油の香りと味が前面に出てきます。


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こちらが、天ざるの天ぷらです。
車エビ2尾と紫蘇の青葉1枚に獅子唐が一つです。
車エビは、サクサクした食感と
エビ本来の甘味がよく出ていました。
時々蕎麦がおいしくても天ぷらがイマイチなお店もありますが、
こちらは、蕎麦も天ぷらも十分に堪能できました。


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そばを食べ終わった直後に、こちらの蕎麦湯が来ました。
先ずは、蕎麦汁に入れて頂きます。


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蕎麦汁入りを全て飲み干しても、少し蕎麦湯が残りました。
そこで、今度は蕎麦湯だけのものを飲んでいきます。
本当は、自分は蕎麦湯はこちらの方が好きです。
蕎麦湯を全て飲み干すと、猪口の底の文字が見えてきました。
「川道老屋」と書いてありました。
クリックすると写真がクリックするのは、ここまでです。


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晦日庵河道屋を出ました。
店の前から、麩屋町通を北に向いています。
目の前に、姉小路との辻が見えますね。


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「姉小路麩屋町」の辻の北西角に、
「平野とうふ」という老舗豆腐屋さんがあります。
とてもおいしそうなのですが……この後の職場に持っていけません。
今回は諦めて、先に進みます。


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麩屋町通から、姉小路を西に向いています。
ここからまた高倉通に戻っていきますが、
ちょうどこの辺りがキリがいいので、今回はここまでとします。

~次回は、八幡神社の定期市を取材します~

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第432回 御所八幡宮の定期市~高倉通南から北~その19

[御所八幡宮] ブログ村キーワード
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麩屋町通から、姉小路を西に向いています。
今回はここから高倉通まで進み、そこから北上します。
撮影日は、2016年10月21日金曜日午後3時。
例年よりも涼しい10月ですね。


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姉小路沿いに、こちらのお店がありました。
看板には味噌と醤油の文字がありますが、こちらは酒屋さんです。
この看板から察するに、かなりの老舗のようです。


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その酒屋さんの前から、姉小路を西に向いています。
この先で、姉小路は富小路と交差しています。


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姉小路から、富小路を南に向いています。
ここを約500m進むと、第428回ブログに出てきた錦市場です。


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富小路から、姉小路を西に向いています。
約70m先の柳馬場通に、北上する自動車が見えますね。


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この辺りの姉小路には、京町家が並んでいます。
こちらの町家は、改築直後のようですね。
ただ2Fの森下仁丹のブリキ製の表札から、
元々は古い家屋だったと考えられます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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富小路から、姉小路を西に約80m進みました。
シャッターの店は油問屋で、開いている向こう側から
何人もの方々が出入りされています。
大半は運送屋さんで、1斗缶を運び出されていました。
(誰も写らないタイミングで、急いで撮りました)
その向こうで、柳馬場通が交差していますね。


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姉小路から、柳馬場通を北に向いています。
トラックの向こうに赤信号が見えますが、
ここから約60m先に、御池通との交差点があります。


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柳馬場通から、姉小路を西に向いています。
京町家を中心に、民家が建ち並んでいます。


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こちらは、「姉小路柳馬場」の辻の南西角の京町家です。
この辺りの民家の半分以上が、京町家ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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柳馬場通から、姉小路を西に約50m進みました。
ここで姉小路は、堺町通と交差します。


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姉小路から、堺町通を南に向いています。
約500m南に第428回ブログに歩いた錦市場があるのですが、
ここからはそのアーケードがほとんど見えませんね。


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堺町通から、姉小路を西に向いています。
前回ブログでも書きましたが、
この辺りは自動車の交通量が多いので気を付けないといけません。


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堺町通から、姉小路を西に歩いています。
京都市の町内用掲示板をはさんで、
左(西)側にお地蔵さんがいらして、右(東)側に京町家があります。
こういう街並みが、この辺の典型です。


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堺町通から、姉小路を約50m進みました。
ここで姉小路は、高倉通と交差します。
その姉小路は約250m先で烏丸通と交差しており、
その辺りが第407回ブログ最初の地点です。
フレームから外れていますが、この左(南)側に
かつお節の問屋さんがあります。
また「姉小路高倉」の辻の南西角に、
第430回ブログに出てきた京都文化博物館があります。


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姉小路から、高倉通を北に向いています。
では、ここを北上していきます。
……やっと高倉通に戻ってきました。


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姉小路から、高倉通を北に歩いています。
この辺りも、高倉通沿いは京町家が建ち並んでいます。
一番手前が畳屋さんで、民家や飲食店や商店が並んでいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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京町家の商店の北隣に、赤い囲いと松並木が見えます。
そちらが、今回ブログのメイン御所八幡宮です。


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姉小路を北上すると、程なく大通りの御池通です。
京都市街地では、五条通の次に広い道です。
御所八幡宮は、「御池高倉」交差点南東角にいらっしゃいます。


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高倉通から、御池通を東に向いています。
オフィスビル街に、小さな神社が馴染んでいますね。
御所八幡宮の写真は、全てクリックすれば拡大されます。


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では、御池通側から御所八幡宮にお邪魔します。
この日(2016年10月21日)の八幡宮境内では、
定期市が開かれていました。
ここ御所八幡宮では、毎週金曜日に定期市が行われています。


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「高井戸せんべい」と書かれた露店が鳥居本にありましたが、
そちらの方と暫く立ち話をしました。
(定期市の情報は、こちらの方に聞きました)
こちらの露店は東京の高井戸で作られた
煎餅やおかき(あられ)を販売しています。
試食したところ抹茶味のおかきが一番おいしかったのですが、
結局定番の「豆おかき」を購入しました。
醤油味の塩辛いものを想像していたのですが、
(もちろん醤油味なのですが)予想より甘味がありました。
多分、みりんも入っているのでしょうね。
個人的にはこのフワフワした食感が気に入りました。


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定期市には、このほかカキなどの果実を売る露店や
陶磁器などを販売する露店などもありました。
それらをかき分けて、
境内端にあるこちらの手水舎に向かいました。


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御所八幡宮境内の最南端に、末社が並んでいます。
朱色の鳥居の向こうには、小さな稲荷社が並んでいます。


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稲荷社の東隣にも、小さな祠がいらっしゃいます。
真鍮製の牛がいらっしゃるので、こちらは天神社ですね。


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そして、こちらが御所八幡宮本殿です。
御祭神は、応神天皇と神功皇后です。(多くの八幡宮と同じです)
元は約50m東の「御池堺町」交差点にいらっしゃいました。
(御池通拡張工事により、ここに移転しました)
神社名の由来は、後宇多天皇の外御所の鎮守社だったことからです。
後宇多天皇はすぐに大覚寺に外御所を移されましたが、
足利尊氏がその地(高倉通~堺町通間の御池上がる)で
室町幕府を開きました。
ですから、こちらは室町幕府関連施設でもあります。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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御所八幡宮で、御池通を西に向いています。
先述の通り御池通は京都市街地屈指の大通りですが、
他の大通り同様この辺りはオフィスビル街です。
では横断歩道を渡り、御池通を西に進みます。


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高倉通から、御池通を西に向いています。
約50m先に、間之町通との交差点が見えます。
この御池通は大通りですが、歩道の面積も広めにとっています。
その分街路樹などがきれいに並んでいて、
御池通以北の寺町通と並んで、
この辺りの御池通は京都市街地屈指のおしゃれな通りです。


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御池通から、間之町通を南に向いています。
間之町通は約70m先の姉小路で突き当たり、
そこから約70m南の仏光寺通から、また南に伸びます。


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間之町通から、御池通を西に向いています。
この辺りの街路樹は桜やカエデもあるので、
もう少し経つと紅葉を楽しめますね。


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間之町通から、御池通を西に約50m進みました。
ここで、御池通は東洞院通と交差します。


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御池通から、東洞院通を南に向いています。
ここから約1㎞南の仏光寺通くらいまで、
この通り沿いには飲食店が並びます。
三条通の中京郵便局の赤レンガは、
他の建物で見えなくなっていますね。


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東洞院通から、御池通を西に向いています。
約50m先の車屋町通の先に、地下鉄「烏丸御池」駅が見えます。
では、ここから地下鉄烏丸線に乗って
京都駅から職場に向かいます。

今回は、ここまでです。

~次回は、夷川通の家具屋街に向かいます~

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第433回 御池通のオフィス街~高倉通南から北~その20

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今年何度目かの登場の地下鉄「烏丸御池」駅です。
京都駅からの地下鉄に乗ってきたので、ここは烏丸線です。
今回はここから御池通を東に進み、高倉通で北上します。
撮影日は、2016年10月27日木曜日午後3時。
穏やかな秋晴れの一日でした。


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では、烏丸線国際会館行きのホームから
コンコース階に向かいます。


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京都市営地下鉄「烏丸御池」駅のホームから、
階段でコンコース階に上がってきました。
南側のコンコースは改札口があるだけですが、
こちらの北側はコンコース内にカフェや書店が並んでいます。


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まだコンコース階です。
改札口の反対側(つまり、コンコース内)に
大手パン屋チェーン店の「志津屋」の支店があります。
こちらは、パンの購入だけでなくカフェもあります。
改札を出ると、志津屋の上に見える踊り場に出ます。
そこが、「御池烏丸」交差点の真下になります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その踊り場から、地上に出る階段に向かいます。
ここを上がれば、前回ブログの最後の場面
「御池烏丸」交差点南東角に出ます。


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地下鉄「烏丸御池」駅から地上に出ました。
烏丸通から、御池通を東に向いています。
前回ブログは、この道をこちらに向かって歩いてきました。
1週間経って、街路樹のカエデもだんだん色づいてきました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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第205回ブログ以来の「御池烏丸」交差点です。
どちらの道も、京都で屈指オフィスビル街を形成しています。
では、御池通を渡って北上します。


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御池通から、烏丸通を北に向いています。
約100m先に、京都国際マンガミュージアムが見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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烏丸通から、御池通北側歩道で東を向いています。
御池通では、交差する道の大きな標識が出ますね。
この辺りから御池通の写真は、クリックすれば拡大されます。


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その標識の根本には、こちらの標識が立っています。
先程のものは車道用で、こちらは歩道用です。
歩道用のこちらには、各国の言語で書かれた文字と
その道の謂れが書かれています。


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車屋町通から、御池通を東に向いています。
オフィスビルが立ち並ぶ中、京町屋と土蔵があります。
こちらは、老舗の呉服問屋です。
御池通はオフィスビル街ですが、このように京町家も建っています。


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車屋町通から、御池通北側歩道を約60m進みました。
土蔵の東側は、東洞院通との交差点です。
では、ここをさらに進んでいきます。


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東洞院通から、約50m東に間之町通があります。
その間之町通から、御池通北側歩道を東に向いています。
間之町通~高倉通間の御池通は、歩道が狭くなります。
ここから東の御池通の地下に、京都最大の市営駐車場があります。
歩道が狭い分街路樹も小振りですが、
こちらのカエデのように結構いい枝振りが多いです。
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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その街路樹の脇に、ジュバンセル 御池店があります。
和菓子の材料である小豆や抹茶を使った京風洋菓子のお店です。
JR伊勢丹の地下にあるお店は、相当流行っていますね。
ただ、店内飲食ができるのは
八坂神社南楼門から南に約100mにある本店のみです。


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間之町通から、御池通北側歩道を約50m東に進みました。
ここで御池通は、高倉通と交差します。
ここからの写真も、クリックすればまた暫く拡大します。


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御池通北側歩道から、高倉通を南に向きました。
広い広い御池通の向かい(南)側に、
前回ブログでお参りした御所八幡宮が見えますね。


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先程の「高倉通」の表札を反対側から見ています。
「高倉通」という文字の下に、小さく周辺地図が書いてありますね。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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御池通から、高倉通を北に向いています。
では、ここを進んでいきます。高倉通北端まで、あと約700mです。


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御池通から、高倉通を北に歩いています。
こちらはマンションや飲食店ではなく、雑居ビルの1Fです。
大きな水槽に、大きな淡水魚が泳いでいました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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水槽のあるビルの斜め向かい(北西)に、こちらの町家があります。
こちらは、串カツ専門の居酒屋さんです。
こういうお店が並ぶところが、高倉通らしいですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その串カツやさんの斜め向かい(北東)に、保事協会館があります。
「保事協」とは、京都保険事業協同組合のことです。
その建物の前に、1本の石碑が立っています。
14世紀前半、こちらに足利尊氏の邸宅がありました。
つまり、室町幕府はここで発祥しました。
尤も足利尊氏邸宅は広大だったので、御池通周辺も邸宅の一部です。
室町幕府は足利尊氏の死後、
第195回ブログに出てきた大聖寺の辺りに移転しました。
そのためここは等持寺という寺院に変わりましたが、
応仁の乱で焼失した後は衰退し、等持院に吸収されてしまいました。


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御池通から、高倉通を約100m北上しました。
こちらで、高倉通は押小路と交差します。


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高倉通から、押小路を西に向いています。
「押小路高倉」の辻の南西角に、「初音湯」という銭湯があります。
ちょうど今(午後3時半)、営業中です。
……高倉通は、他の通りと比べて銭湯が少ないですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、高倉通から押小路を東を向きました。
ここから東に約400m先に、
第161回ブログに出てきた京都市役所北側に辿り着きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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押小路から、高倉通を北に向いています。
では、ここを北上します。


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先程の写真でも写っていましたが、
こちらの土蔵のような建物は、浄土真宗雒陽山浄光寺です。
ただ、こちらの沿革は全く分かりません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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押小路から、高倉通を北に約120m進みました。
ここで高倉通は、二条通と交差します。


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高倉通から、二条通を東に向いています。
ここから約400m先の寺町通沿いは、
第161回ブログに出てきたお洒落な銀杏並木が続きます。


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今度は高倉通から、二条通を西に進みました。
ここから約250m先で、烏丸通と交差します。
(第203回ブログを参照)


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二条通から、高倉通を北に向いています。
もう向こうに、高倉通の突き当りにある京都御苑が見えます。
ただ既にだいぶ写真を貼り付けたので、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回で、「高倉通編」が終わります~

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第434回 夷川豆政の五色豆~高倉通南から北~その21

[豆政] ブログ村キーワード
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二条通から、高倉通を北に向いています。
この先に、高倉通の突き当り京都御苑の森林が見えますね。
今回は、夷川通でうろうろしてからその突き当りまで進みます。
撮影日は、2016年10月27日木曜日午後3時半。
今回で、「高倉通編」が終わります。


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二条通より北に進むと、高倉通には途端に京町家が激減します。
代わりに駐車場とマンションが増えていきますが、
お地蔵さんだけはこんな風に昔と変わらずいらっしゃいます。


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さらに、この辺りでは空き地も見受けられるようになりました。
だんだんと確実に京町家が減ってきている京都市街地の現実が、
こういうところからでも分かります。


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ただこのように、この辺りでも何軒かは京町家が残っています。
こちらは外国人向けの宿泊施設です。
この写真は、クリックすれば拡大します。


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二条通から、高倉通を約100m北上しました。
高倉通は、ここで夷川通と交差します。


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高倉通から、夷川通を東に向いています。
烏丸通~寺町通間の夷川通は、京都屈指の家具屋街です。
(詳細は、第202回ブログ第203回ブログを参照)


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この辺りは幕末の1864年禁門の変の後に起こったどんどん焼け
最も大きな被害が出た場所です。
京都は江戸時代の末期から明治時代初めまで
復興のためにこの辺りに家具屋や左官屋が集中しました。
それが夷川通の「家具屋街」の原型となりました。
今では真新しいインテリア家具を売るビルも増えましたが、
こちらの「万市」さんのように京町家の昔ながらの店もあります。


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「万市」さんには、第202回ブログでもお邪魔しました。
やはりこちらに来たら、高く積み上げた火鉢が目に入ります。
いつもより火鉢の量が少なめなのは、
気温が下がっていくつか売れたからでしょうね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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「万市」さんといいますか、高倉通から夷川通を東に向いています。
左(北)に見えるのは家具屋さんの「宮崎平安堂」で、
右(南)も1Fは「宮崎平安堂」ですが、その上はマンションです。
この「家具屋街」も、だんだん家具屋さんよりも
マンションが目立つようになってきました。


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高倉通から夷川通を東に進み、堺町通で北を向きました。
約250m先に、京都御苑の堺町御門が見えます。
毎年5月15日に開かれる葵祭では、
この門から巡行行列が京都市街地へと出て行きます。
そして、先述のどんどん焼けではこの堺町御門付近が火元でした。
そのどんどん焼けでは、京都市街地の中心部が全焼しました。
祇園祭の山鉾の大半が、いったんこの時点でほぼ焼失しました。
さらに、これが首都が京都から東京に移転した一因でもあります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「夷川堺町」の辻の南東角にある家具屋さんに、
大きなショウウィンドウがあります。
そちらには商品の家具ではなく、
小学生が描いた絵画などが展示されています。
この写真も、クリックしたら拡大されます。


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堺町通から、夷川通を東に向いています。
約50m先に、柳馬場通が見えます。
ただ、その手前に大きな京町家が見えますね。


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こちらが、その京町家です。京菓子の老舗「豆政」の本店です。
最近はいろいろ京名物が増えましたが、
そういうものの最初の1軒ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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豆政で、こちらのお菓子を買いました。
左が、ここの名物「五色豆」です。
エンドウ豆に、色のついた砂糖が掛かっています。
実は、それぞれの色で味が微妙に違います。
特に茶色のものはニッキ(シナモン)味で、
自分はこれが一番のお気に入りです。
右は、エンドウ豆が入ったあられ以外にも
煮干しや小さなせんべいが入っています。
こちらの創業は明治時代の半ばですが、
それ以来八つ橋と並ぶ京名物と呼ばれてきました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「豆政」の前で、夷川通を東に向いています。
この先の富小路から、また家具屋が建ち並ぶようになります。
柳馬場通を通り過ぎると、約300m先の寺町通で
いったん夷川通は突き当たります。
(詳細は、第161回ブログ参照)


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今度は、「豆政」から夷川通を西に向きました。
では、こちらから高倉通に戻ります。


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再び「夷川高倉」の辻に戻ってきました。
辻の北西角は先述の「宮崎平安堂」ですが、
北東角の京町家はお惣菜やお弁当のお店です。
(一見、パン屋に見えますね)
この近くにオフィスが多く(京都地方裁判所も近くです)
お昼時には結構流行っています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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堺町通から、夷川通を西に向いています。
夷川通の両脇が、家具屋さんの「宮崎平安堂」ですね。
では、さらにここを進んでいきます。


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先程の「万市」さんの前まで戻ってきました。
「万市」さんの左(西)側に、高倉通が伸びています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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夷川通から、高倉通を北に向いています。
では、この突き当りまで歩いていきます。


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夷川通から、高倉通を北上しています。
夷川通より北に進むと、またぽつぽつと京町家が復活します。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その京町家の向かいに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにもお参りしてから、先に進みます。


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夷川通から、高倉通を約100m北上しました。
辻の北西角に、京都竹屋町高倉郵便局があります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、竹屋町通を東に向いています。
約350m先の寺町通でいったん突き当たり、そこに革堂があります。
そこから約50m北に下御霊神社がいらして、
その辺りからさらに東に竹屋町通が土手町通まで伸びています。
(詳しくは、第162回ブログ参照)


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今度は、高倉通から竹屋町通を西に向きました。
約250m先に、烏丸通との交差点があります。
(詳しくは、第202回ブログ参照)


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竹屋町通から、高倉通を北に向いています。
では、この突き当りに向かって進みます。


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竹屋町通から、高倉通を約100m北上しました。
高倉通は京都御苑で突き当たるので、
この先は京都御苑南端の丸太町通とのT字路です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、丸太町通を東に向いています。
ちょっとわかりにくいですが、
約50m先の標識の辺りが先述の堺町御門です。


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今度は、高倉通から丸太町通を西に向きました。
ずっと向こうに見える白壁の建物の辺りが、
地下鉄「丸太町」駅がある「丸太町烏丸」交差点です。


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高倉通から、丸太町通を西に約50m進みました。
ここから南に、間之町通(あいのまちどおり)が伸びています。
この道の突き当りに京都御苑への入り口の一つ
間之口門(まのくちもん)があるのが、その由来です。


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丸太町通は高倉通とのT字路には横断歩道がないのですが、
間之口門前に位置する間之町通との交差点にはあります。
では、ここを渡っていきます。


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丸太町通は京都市中京区と京都市上京区の区境なのですが、
京都御苑に入るまでは京都市中京区です。
間之口門から約50m西に進むと、丸太町通は東洞院通と交差します。

~うっかりミスで消去してしまったので、
この写真は2016年11月10日に撮影し直しました~


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京都御苑南端、または丸太町通から東洞院通を南に向いています。
ここを約3500m進むと、京都駅前に到達します。


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その辺りに大きな木があって、その根元にこちらのネコがいました。
ちょっと寒くなってきましたが、日向ぼっこをして居眠りですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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自分は動物を取るのが苦手でして、
いつもシャッターを押す最中に逃げられてしまいます。
(ウチのカメラは、一瞬でシャッターを押せません)
しかしながら、このように居眠り中は少々のことでは逃げません!
つまり、今このネコは撮り放題です!!
ですから、このように角度を変えて何枚も撮りました……
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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東洞院通から、丸太町通を西に約50m進みました。
車屋町通を通り過ぎた辺りに、
地下鉄「丸太町」駅1番入口があります。
では、ここから地下鉄に乗って帰宅します。

これで、「高倉通編」を終了します。

~次回は、ここから京都御苑にお邪魔します。
禁門の変の史跡中心に回ります~

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第435回 九条池に架かる橋~京都御苑秋散策~その1

前回ブログ「高倉通編」は終わりましたが、
ここから「高倉通編」は延長編に入ります。
といいますのも、京都御苑内の高倉通がある位置にも道があり、
そこから京都御所の建礼門まで続いているからです。
今回から、暫く建礼門の南側に伸びる建礼門前通を北上します。
11月に入ってカエデはまだまだ紅葉していませんが、
それ以外の木々はちょうど見頃でした。


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京都駅から市営地下鉄烏丸線に乗り、「丸太町」駅で降りました。
そして、自分を乗せていた車両が「今出川」駅方面に出発します。
今回は丸太町通を西進し、堺町御門から京都御苑に入ります。
撮影日は、2016年11月10日木曜日午後2時。
日が経つにつれ、紅葉が進んできています。


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地下鉄烏丸線「丸太町」駅のホームからエスカレーターに乗り、
駅のコンコースに着きました。
改札の先に、コンビニエンスストアがあります。
今年(2016年)の葵祭ではこの辺りはものすごい人出で、
先に進めずに左(北)側の3番出口から地上に出ました。
今回は、コンビニエンスストア東側の1番出口から
地上に向かっていきます。


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先程のコンビニエンスストアの前からそのまま進み、
地下鉄「丸太町」駅1番出口から地上に出ました。
「丸太町烏丸」交差点北東角で東を向いていて、
ちょうど前回ブログ最後の写真と反対を向いています。
「烏丸丸太町」バス停に、ちょうど市バスがやって来ました。


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烏丸通から、丸太町北側歩道を東に歩いています。
この道より右(南)は普通の市街地なのですが、
左(北)側の京都御苑で南北に伸びる道は全て突き当たります。
元々京都御苑はもっと西にあって、(第344回ブログ参照)
安土桃山時代(今から約420年前)にここに造営されました。
そのため、それ以前にこの地に住んでいた方々は
今の京阪電鉄「三条」駅の東に強制的に移住させられました。
そのため、その辺りに「新」高倉通などがあります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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市営地下鉄「丸太町」駅1番出口から、
丸太町通北側歩道を東に約100m進みました。
ここ間之町通に横断歩道があって、南に渡れます。
(前回ブログでは高倉通から移動して、ここを渡りました)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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間之町通の突き当りから、このように京都御苑内に入れます。
こちらが、間之口門(まのくちもん)です。
第397回ブログでは、ここから中に入りました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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間之町通から、丸太町通北側歩道を東に向いています。
約50m先に、前回ブログまで北上し続けた高倉通が見えますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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丸太町通から、高倉通を南に向いています。
第395回ブログから約半年かけて、この道を北上し続けていました。
(ただし、第407回ブログから第423回ブログまでの約2か月間
祇園祭や太秦を特集していました)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、丸太町通北側歩道を東に向いています。
約50m先に、また京都御苑内に入れる門が見えます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、丸太町通北側歩道を東に約50m進みました。
堺町通の突き当りに、堺町御門があります。
葵祭の巡行行列は京都御所を出発して、
京都御苑内の建礼門大通南下しこの門から京都市街地に出ます。
また、1864年の禁門の変後のどんどん焼けはこの辺りが火元でした。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門(堺町通)から、丸太町通北側歩道を東に向ています。
京都御苑は、ここから約350m先の寺町通まで続きます。
また、ここから約50m先に「丸太町柳馬場」交差点があります。
その交差点の南東角に、白くて大きな建物が見えます。
そちらが京都地方裁判所で、
この辺りには法曹関係の施設が集中しています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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では、こちらの堺町御門から京都御苑内に入っていきます。
京都御苑の敷地に入ると、
京都市中京区から京都市上京区に変わります。
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堺町御門から、京都御苑内に入ってきました。
堺町御門は、京都御苑南端のほぼ中央にあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門から北に約30m進み、東を向きました。
今年(2016年)は気温が低いのでそろそろ紅葉かと思ったのですが、
カエデはまだ染まりだした直後ですね。
ここから約200m先の富小路にも御門があって、
その辺りに野球場やグランドがあります。
……自分の京都御苑のイメージは、
小中学生が野球やサッカーをしに来るところです。
(京都市街地では、そういう遊びができませんし)
この写真もクロックすると拡大されます。


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同じ場所で、今度は西を向きました。
約50m先から右(北)に、建礼門前大通が伸びています。
葵祭では巡行行列はその建礼門大通からこちらに向かい、
この後方(南)にある堺町御門から京都市街地に出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の場所から堺町御門の前に戻り、西に向きました。
藪で見えにくいですが、写真の右側に大きな台があります。
かつて後西天皇の仙洞御所(天皇引退後の邸宅)にあった
鉄製の大きな燈籠がこちらに移動して残っていたのですが、
1938年以降の戦時体制中に供出されてしまいました。
そのため、今はこの台だけが残っています。
では、この小路を西に進みます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門の前から、狭い小路を西に進んでいます。
丸太町通から見えていた藪の中に入った格好ですね。
左側の木々の向こうに、
先ほど歩いていた丸太町通北側歩道があります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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藪の中を西に歩きながら、右(北)側を見ました。
こちらは、九条池ですね。
かつての九条邸にあった庭園の一部です。
九条氏は藤原氏本家が改姓した一族で、
鎌倉時代以降は左大臣や右大臣などを歴任しました。
江戸時代、京都御苑には公家(貴族)の邸宅が並んでいました。
こちらは、その邸宅跡の一つです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そんな薮の中に、このようなものがありました。
公衆便所とも思ったのですが、鍵が掛かっています。
そもそもこんな分かりにくい場所に便所を作っても、
だれも利用しませんよね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門から、藪の中を西に約50m進みました。
小路は多少くねくねしていますが、ここでT字路にぶつかります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そのT字路で、南を向きました。
木々で分かりにくいですが、この向こうが高倉通です。
つまり、ここから北上すると「高倉通編」の続きになります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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同じ場所で、北を向きました。
この辺りが九条池の中央で、大きな太鼓橋が架かっています。
ですから、高倉通をずっと延長すると
この九条池に架かる橋に出ることが分かります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の場所から北上し、九条池に架かる太鼓橋の上に来ました。
橋の上から、九条池の東側を見ています。
この辺りのカエデは日が照る場所は紅く染まっていますが、
それ以外の場所はまだまだ碧いままですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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今度は、九条池の西側を見ています。
程よく紅く染まった桜の脇に、拾翠亭が見えますね。
先述の通り、この池はかつての九条家邸宅の庭園の一部です。
ですから、こちらは元々九条邸内の茶室でした。
この橋へは第201回ブログ以来約2年半ぶりの訪問ですが、
この拾翠亭には自分は訪れたことがありません……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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九条池の北側には、厳島神社がいらっしゃいます。
こちらの神社にも、第201回ブログ以来約2年半ぶりです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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厳島神社の社前の石製鳥居をアップにしました。
こちらは、第419回ブログに出てきた
「蚕ノ社」木嶋神社の三柱鳥居と並ぶ京都三珍鳥居の一つです。
(残りの一つは、北野天満宮の末社「伴氏社」の鳥居)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その厳島神社の右(南)側を見ています。
池に何羽か鴨が泳いでいます。
この九条池には、様々な水鳥がやって来ていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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太鼓橋の上で、北を向きました。では、九条池の北側に出ます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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九条池に架かる橋の北側で、西を向きました。
木々の向こうに見えるのは、堺町休憩所です。
葵祭では、この辺りに露店が並びました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、同じ場所で東を向きました。
第397回ブログでは、ここで葵祭の巡行行列を見ていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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九条池北側から、京都御苑内で北を向いています。
ここから北に建礼門前大通が伸びていて、
ずっと先に京都御所の建礼門が見えています。
では、ここからこの建礼門前大通を北上するのですが
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、ここからこの道を北上し白雲神社に訪れます~

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第436回 白雲神社の御火焚祭~京都御苑秋散策~その2

[白雲神社] ブログ村キーワード
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京都御苑の南端九条池の北側から始まる建礼門前大通の南端から、
北を向いています。
今回はここからそのままこの通りを北上して、
京都御苑内の紅葉を散策します。
撮影日は、2016年11月10日木曜日午後2時半。
今回の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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建礼門前大通の北端にある京都御所の建礼門が
ずっと向こうに小さく見えますね。
この道は京都御苑の中央を南北に貫いており、
また京都御苑でいちばん広い道(道幅約100m)でもあります。
つまり、ここが京都御苑のメインストリートですね。


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同じ場所で、建礼門大通西側を撮りました。
先程の右(東)側の沿道には松木並木が続いていましたが、
左(西)側は様々な木々が並んでいます。
この日(2016年11月10日)はカエデの紅葉はまだまだでしたが、
桜や他の木々の紅葉は、ちょうど見頃でした。


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前回ブログで出てきた堺町休憩所の脇に、このカエデがありました。
このように周囲に木々がないカエデは日によく当たるので
元来なら一番紅葉が進むのですが、
それでもまだまだ碧の部分が残っていますね。
たまに黒く見える木もありましたが、
それは紅と碧が半々だと混ざった色に見えるからです。


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九条池の前から、建礼門前大通を北上しています。
左(西)側の沿道には芝生があって、
曇り空で多少雨が降りそうなのですが、
あちこちに休憩されておられる方々がいらっしゃいます。
芝生より西に様々な木々が並んでいるのですが、
そちらはだいぶ紅葉に染まっていました。


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先述の通り、カエデ以外の木々はすっかり紅葉が進んでいます。
芝生の西側の百日紅(さるすべり)も、完全に葉が染まっています。


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芝生をさらに西に進んでいます。
カエデは上の方が紅いのですが、下の方は碧混じりです。
さらに後方(西)の桜は、完全に紅く染まっています。


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同じ場所で、東を向きました。
芝生の上に、可愛らしい小犬が走っています。
建礼門院前大通沿いの芝生には、この時間帯に
犬の散歩で来られている方がだいぶいらっしゃいました。


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建礼門前大通沿いの東側の芝生は松木並木が中心なのですが、
1本だけカエデが生えています。
こちらのカエデの紅葉も、もう少し先のようですね。


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九条池から、建礼門前大通を約250m北上しました。
京都御所の建礼門が、だいぶ近くなってきました。
ここで、建礼門前大通は東西に伸びる広い道と交差します。


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建礼門前大通から、その大通りを東に向いています。
約100m先に、仙洞御所の入り口が見えますね。


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今度は、建礼門前大通から大通りを西に向きました。
約200m先の出水御門越しに、京都御苑外の烏丸通が見えますね。


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その辺りを歩いていたとき、突然神楽の音色が聞こえてきました。
最寄りの神社は……白雲神社ですね。
では建礼門前大通から西に折れ、約50m進みます。
大きなポプラの木を目印にして北に折れると、
すぐ白雲神社に辿り着けます。


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そのポプラの木の角で、北を向きました。
ここから見ても、白雲神社に人だかりができています。


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先程の場所から、約50m北上しました。
第200回ブログ以来の白雲神社です。


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白雲神社の北側で、煙がモクモクと立ち上っています。
こちらにも、後で覗きに行きます。


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神社の入り口に、このような張り紙がありました。
先程の煙は、この護摩を焚いたためだったのですね。


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白雲神社境内に入ってきました。
……ただ、ここに自分が入った途端神楽が途切れました。
どうやら、たった今(午後3時)祭事が終わったようです。
神主さんの周囲に皆さんが集まって、
順番に玉串をもらっていました。
自分もいただいて、今はその玉串はウチの軒先に刺さっています。


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こちらが、白雲神社の本殿です。
こちらの沿革は、第200回ブログに書きました。
本殿の周囲には約50人くらいいらして、
大半が修学旅行生と外国人(意外と白人が多いです)でした。
まぁ、平日の午後ですからね。


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白雲神社本殿の北東部に、福寿稲荷社がいらっしゃいます。
先程の玉串を奉納されておられる方もいらっしゃるようです。
こちらの手前で先ほどの護摩焚きをされていて、
それで暖を摂られている方もいらっしゃいました。
(この日も、結構冷えました)


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白雲神社境内から、南を向きました。
では、ここから元の道に戻ります。


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白雲神社から、南に約50m進みました。
先程の大きなポプラの根本が見えますね。


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そのポプラの根本で東を向きました。
次は、仙洞御所手前に見える建礼門前大通まで戻ります。


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先程の地点まで戻り、建礼門前大通を北に向いています。
京都御所の正門である建礼門まで、あと約200mですね。


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その交差点から、建礼門前大通を約50m北上しました。
こちらは、後西天皇の仙洞御所跡です。
前回ブログに出てきた大きな燈籠台は、元々こちらにありました。


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先程の交差点から、建礼門前大通を約150m北上しました。
建礼門まで、あと約50mですね。


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この場所も、大きな交差点です。
東を向くと、約150m先に大宮御所の入り口が見えます。


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この周辺を見渡しています。この辺りは、桜並木が続きます。
カエデはまだまだですが、桜の葉はちょうど紅葉が見ごろですね。


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建礼門前大通を北上し、建礼門前に辿り着きました。
葵祭の巡行行列は、ここから出発します。
ここから北は京都御所で、その北側にも狭い道があります。
さらに、京都御苑北側は同志社大学と相国寺です。
まぁ道がだらだら続くのですが、
高倉通を追いかけるのはここでいったん打ち切ります。
(京都御苑以北と「新」高倉通は、別の機会に書きます)
次回は禁門の変の古戦場を回った後、旧近衛邸を訪れます。

今回は、ここまでです。

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第437回 蛤御門と旧近衛邸~京都御苑秋散策~その3

[禁門の変] ブログ村キーワード
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高倉通の延長線上にある京都御苑内の建礼門前大通を北上し、
京都御所南側の正門「建礼門」の前に来ました。
今回はここから京都御所西側を北上し、乾御門から帰宅します。
撮影日は、2016年11月10日木曜日午後3時15分。
今回も、全ての写真がクリックすれば拡大されます。


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建礼門前大通最北端にある建礼門の前で、西を向きました。
右(北)側に、京都御所の土塀が見えますね。
では、こちらを進んでいきます。


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建礼門から西に約200m進みました。こちらが蛤御門です。
江戸時代は通常閉じられていて、「なかなか開かない」という意味で
蛤(はまぐり)にこの門が例えられていました。

この門が歴史上に登場するのは、1864年の禁門の変です。
徐々に勢力を奪われていた長州藩が起死回生を狙い
当時在位していた孝明天皇(明治天皇の父)を長州に連れ去るべく、
嵯峨野嵐山の天龍寺に陣取った後京都御苑に攻め込みました。
長州藩は最初会津藩が守護するこの蛤御門を突破し、
京都御苑内への侵入を成功させました。
そして、そのまま約200m先にある先述の建礼門から
天皇の邸宅でもある京都御所に入ろうとしました。
ところが、乾御門を守護していた薩摩藩が反転し
長州藩の軍勢を側面攻撃した辺りから形勢が逆転しました。


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建礼門と蛤御門との中間に、こちらの椋が生えています。
ちょうど京都御所の南西角に当たります。
この木が、京都御苑で最大で最長寿です。

そして、この木の根本が禁門の変の最終局面の地です。
会津藩と薩摩藩の軍勢に囲まれた長州藩軍は、
この木の根本で壊滅しました。
木嶋又兵衛も、ここで討ち死にしました。
その後会津藩や薩摩藩・新撰組は
長州藩残党を追い打ちするため天龍寺を焼き払い、
第435回ブログに出て来た堺町御門付近に放火しました。
これが、第434回ブログでも出てきた「どんどん焼け」です。
結局京都の中心街はその大半が焼失し、
祇園祭の山鉾も大半が無くなってしまいました。
(当時焼失分は、2014年に全て再興しました)
また、これが京都から東京に首都が移転した一因です。


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その椋の根本で、北を向きました。
この道は、京都御苑以南の東洞院通の位置にあります。
また、この道は京都御所の西側を貫いています。


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その道を北上し、京都御所の西側を歩いています。
京都御所の向かい(西)側には、様々な木々が並んでいます。
こちらは大桜でしょうか?紅葉は今(2016年11月10日)見頃です。
カエデの紅葉は、もう少し先のようですね。


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さらにその北側です。
この辺りは、桜並木が続いています。
結構密集しているせいか、一部紅葉していないところもあります。


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先程の椋の大木から、約200m北上しました。
ここで、西側に伸びる道が現れます。


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そのT字路で、西を向きました。
約100m先に、中立売御門が見えます。
タクシーとの比較でもわかる通りここが最大の門で、
観光バスはこの門の南側にある京都御苑最大の駐車場に停まります。
ですから、多くの方がここが正門と考えておられるようですが、
別にそういう訳ではありません。
(詳細は、第197回ブログ参照)


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こちらの桜の低木が、「御所車返しの桜」です。
後水尾天皇がこの桜のことを気に召したらしく
この桜を見るためにわざわざここまで御所車を戻されたそうです。
桜の見ごろは逃しましたが、
紅葉の見ごろは上手く見ることができました。


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「御所車返しの桜」の前で、北を向きました。
約50m先から、京都御所を訪れた方が出てこられています。
一般の方々は、あちらから京都御所に出入りしているようですね。


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京都御所の出入り口の向かい(西)側に
栴檀(せんだん)の大木がありましたが、これはその木の瘤でした。
木の内部に細菌が侵入したためにできました。
要するにこれは病気なので、樹医によって取り除かれました。


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その辺りで、北を向きました。
この辺りは、左(西)に桜並木が続いています。


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ただ、中にはこのようにカエデも並んでいます。
こちらも、まだ紅く染まり切っていませんね。


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椋の大木から、約500m北上しました。
この辺りが、京都御所の最北端です。


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その辺りで、東を向きました。
右(南)側に、京都御所の北壁が続いています。
約500m先に第166回ブログに出てきた石薬師御門があり、
そこを抜けるとすぐ寺町通に出ます。


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京都御所の西側の道を北上していくと、
京都御所の北端から急に道が狭くなります。
実は、こちらの先が今回の次の目的地です。


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その道は、約20mで突き当たります。
その先は、大きな児童公園です。
周囲に桜やカエデ並木が続いていて、なかなかの絶景です。
とは言え、今回の目的地はここではなく右(東)の方にあります。


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先程の場所で、東を向きました。
この辺りは、江戸時代まで
九条家同様分裂した藤原氏本家の一つ近衛家の邸宅がありました。
(子孫に、近衛文麿がいます)
ですから、この辺りが旧近衛邸跡です。


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先程の児童公園の東隣に、大きな枝垂桜が並んでいます。
残念ながら、どちらも葉が落ちてしまっています。
その東側に大きなカエデが並んでいるのですが、
こちらはまだまだ葉が碧いままです……
いろいろ残念なのですが、とりあえず向こうのベンチに座ります。


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そしてベンチに座ると、バックパックからこちらを取り出しました。
実は地下鉄に乗った際、「烏丸御池」駅で途中下車しました。
そして第433回ブログに出てきた「エキナカ」の志津屋に立ち寄り、
こちらのパンと缶入りカフェオレを買いました。
前回ブログで白雲神社から頂いた玉串も一緒に写り込みます。


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自分が高校生だったころ、
第24回ブログに出てきた「松原寺町」交差点にも
志津屋の支店(地域スーパーも兼ねていました)がありました。
当時を思い出して、その頃よく買っていたものを買いました。
先ずこちらは、ペッパーカルネです。
生玉葱とハムをはさみ、胡椒入りマヨネーズで味付けしています。
この店の象徴的なパンですね。


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こちらが、ジャンボハムというサンドイッチです。
バケットの切れ端に、チーズとハムとレタスがはさんであります。
類似品にポテトサラダをはさんだジャンボポテトがありますが、
自分はこの2品を交互に買っていました。


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この2品で満腹になったので、残りのブドウ入りパンは
家に帰ってからコーヒーと一緒に頂きました。
個人的にはブドウ入りパンはバターを塗ると甘味が増すと思います。


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ベンチに座りながら、東側の景色を眺めていました。
紅葉がもっと進むとここは相当絶景になりますが……
まだ先のことのようです……
(結構楽しみにしていました……)
ただ、ブログ更新日の2016年11月22日なら
もう十分見ごろでしょうね。


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本当は、桜も紅葉もこの旧近衛家邸宅跡が
京都御苑随一の名所なのですが、
どうも毎回時機を逸してしまいます。
ではパンを食べ終えたので、このまま西に進みます。


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ベンチから西に約100m進むと、京都御所西側の道に戻ります。
旧近衛家邸宅跡はかなりの絶景ポイントなのですが、
実はあまり人が入ってきません。


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京都御所北側の道に出て、西に向きました。
では、ここから京都御苑から出ます。


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先程の地点から、西に約100m進みました。
こちらに、乾御門が見えます。(「乾」とは、北西のことです)
では、ここから京都御苑を出ます。


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乾御門から、京都御苑を出ました。
では、京都御苑西側の烏丸通を西に渡ります。


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信号を渡って、烏丸通を北に向きました。
では、ここを北上していきます。


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その横断歩道から、約150m北上しました。
こちらは、「今出川烏丸」交差点南西角です。
では地下鉄「今出川」駅6番口から地下に入り、帰宅します。

今回は、ここまでです。

~次回から、月輪(つきのわ)で紅葉散策をします。
月輪とは、泉涌寺や東福寺がある地域のことです~

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第459回 相国寺への道~続・高倉通南から北~その1

[相国寺] ブログ村キーワード
2017年も節分の連載が終わり、通常営業に戻ります。
とは言え、現在連載中の道もなく
ここから先は新連載のはずなのですが……
新しい道を書き始める前に、「高倉通編」の続きを書きます。
と言いますのも、地図をよく見ると
京都御所の北端から真っすぐにまだまだ道が伸びており、
それが高倉通の位置に相対することが分かりました。
道の名称は不明ですが、高倉通に相対する道がある以上
ここの取材を優先的にするべきだと思いまして、
ここから何回かに渡ってその道を連載します。
なお、この道の名称はよくわからないのですが、
便宜上このブログでは「高倉通」と呼称します。


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というわけで、約3カ月ぶりの地下鉄烏丸線「今出川」駅です。
(駅の表札が斜めなのは、ご愛嬌ということで……)
今回は、また乾御門から京都御苑に入り
今出川御門経由で「高倉通」を北上します。
撮影日は、2017年2月16日木曜日午後3時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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自分が京都駅から乗ってきた国際会館行きの地下鉄が発車します。
ただ、よく見るとこの車両は近鉄のものですね。
多分「竹田」駅から、地下鉄に乗り入れたのでしょうね。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅のホームを南下します。
そして、こちらの南改札口に上がれるエスカレーターに乗りました。


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エスカレーターを上がると、南改札口のあるコンコースに出ます。
この辺りが、ちょうど「烏丸今出川」交差点の真下に当たります。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅の南改札口を出て、約20m南下しました。
そこから階段を上り、6番出口から地上に出ました。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅6番出口から、北東を向いています。
手前の藪が京都御苑のもので、その先の赤レンガが同志社大学です。
目の前の横断歩道は、「烏丸今出川」交差点ですね。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅6番出口から、烏丸通を南に向きました。
左(東)に見えるのが、京都御苑ですね。
では、ここを南下していきます。
今回ブログは、途中まで第196回ブログと同じルートです。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅6番出口から、
烏丸通を約50m南下しました。
ここで、烏丸通は武者小路と交差します。
こちらの喫茶店と郵便ポストも、第196回ブログに出てきましたね。


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武者小路から、烏丸通をさらに約50m南下しました。
ここで、烏丸通上に押しボタン式信号の横断歩道が現れます。
時間帯のせいでしょうか、小学生と未就学の子供が多いですね。


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では、自分もその横断歩道を渡ります。
その先に見えるのは、京都御苑の乾御門です。
「乾」(いぬい)の方角(北西)の門ですから、この名前ですね。
先程の小学生や未就学の子供も、この門をくぐっていきました。
ここで、自分も烏丸通からこちらの門をくぐっていきます。


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京都御苑乾御門をくぐり、京都御苑北西端で東を向いています。
第196回ブログでは、この左(北)側にある児童公園に向かいました。
京都御苑の中にはいくつか児童公園があるのですが、
こちらは特に広くて遊具も充実しているので、
その中でもいちばん人気があります。
実は、先ほどの小学生や未就学の子供も
そちらに向かっていました。


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京都御苑乾御門から、京都御苑内を東に約100m進みました。
こちらが、京都御所の北西端です。
第437回ブログではこちらのポプラの木も、
きれいに染まっていましたが今は完全に枯れ枝です。
また春になると、葉が付きだすのでしょうね。


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同じ場所で、南を向いています。
こちらの道が、京都御所の西端に当たります。
約300m先の中立売御門から京都御苑を東に進むと、
京都御所の清所門があります。
一般の方々は、ここから京都御所に入れます。


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さらに同じ場所で、北を向きました。
第437回ブログではこの枯れ枝の道を進みました。
今はこんな感じですが、春になると一面の桜並木になります。
(第196回ブログを参照)
ちなみにこの先を左(西)に向かうと先程の児童公園があって、
右(東)に向かうと旧近衛邸があります。


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そして、同じ場所から東を向きました。
こちらは、京都御所の北端に当たります。
では、この道を進んでいきます。


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先程の場所から、京都御所北端の道を東に約50m進みました。
北を向くと枝垂桜並木が見えますが、こちらが旧近衛邸の南端です。
この北側に池があって、その周りの枝垂桜並木が
京都御苑屈指の絶景に変わります。


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京都御所最北端の道をさらに東に約50m進みました。
こちらが京都御所北側の朔平門です。
こちらは、通常閉鎖されています。


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京都御所朔平門の前から、京都御苑を東に向いています。
このまま約350m東に進むと、
第166回ブログに出てきた石薬師門に辿り着きます。
(京都御苑東側の寺町通側に出ます)


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今度は、京都御所朔平門の前で北を向きました。
この左(西)側が、先ほどから出てきている旧近衛邸です。
こちらの道は、京都御所南側まで続いた建礼門前通の
ちょうど真北に当たります。
(京都御苑内の建礼門前通は、京都市街地の高倉通の
ちょうど真北に当たります)
ですから、当ブログではこの道を「高倉通」と表記します。
では、この「高倉通」をここから北上します。


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京都御所朔平門の前から、「高倉通」を約50m北上しました。
東側に門があって、「桂宮邸跡」という碑が立っています。
つまり、幕末までこちらに桂宮家の邸宅がりました。


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桂宮邸跡の門の前で、「高倉通」を北に向きました。
向こうに、京都御苑北端の今出川御門が見えます。
その門をくぐると、京都御苑の北側の今出川通に出ます。


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今出川御門をくぐり、京都御苑を出ました。
その位置で、今出川通を東に向いています。
左(北)側に、同志社大学と同志社女子大学が見えます。
右(南)側の白い塀の向こうが、前述の京都御苑です。


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今出川御門の北側で、今出川通を西に向きました。
ここから約250m先に、先述の「烏丸今出川」交差点があります。


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さらに、今出川御門の前で北を向いています。
同志社大学のキャンパスの間に、「高倉通」が伸びています。
では、横断歩道を渡ってここを北上します。


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今出川通から、「高倉通」を北に向いています。
同志社大学今出川キャンパスは赤レンガの洋館で統一されており、
それが独特の「味」を出しています。
この約150m先に、臨済宗相国寺派本山相国寺の門が見えます。


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今出川通から、「高倉通」を北上しています。
こちらから、同志社大学のアーモスト館が見えます。
同志社大学の校舎は赤レンガで統一されていますが、
その多くがヴォーリズの建築物です。
こちらの建物は、国指定の有形文化財に指定されています。


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今出川通から、「高倉通」を約150m北上しました。
ここから北は、臨済宗相国寺派本山相国寺です。


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相国寺の門をくぐり、北を向いています。
相国寺の境内にも、「高倉通」が続いています。


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相国寺の門をくぐり、「高倉通」を北上しています。
西を向くと、大きな池がありました。


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池には、水鳥が何羽か泳いでいました。
そのうち鴨が一羽近づいてきたので、写真を撮りました。


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その池の前で、「高倉通」を北に向いています。
「高倉通」は相国寺方状の前で突き当たっているのですが、
そこまでまだ約200mあります。
次はそこまで向かうのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので今回はここまでとします。

~次回は、相国寺の承天閣美術館に向かいます~

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第460回 相国寺承天閣美術館~続高倉通南から北~その2

[相国寺承天閣美術館] ブログ村キーワード
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今出川通から、「高倉通」を約200m北上しました。
この辺りの「高倉通」は、
臨済宗相国寺派本山相国寺の境内を貫いています。
今回はこのまま突き当りの相国寺方丈まで北上し、
そこから相国寺の塔頭である承天閣美術館を訪れます。
撮影日は、2017年2月16日木曜日午後3時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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今回ブログの最初の位置で、右(東)を向きました。
こちらは、相国寺の塔頭寺院の光源院です。
前回ブログのようにここの左(西)側は大きな池なのですが、
「高倉通」の東側はこのような塔頭寺院が並んでいます。


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今出川通から「高倉通」を約150m北上すると相国寺境内に入り、
さらに約100m北上しました。
相国寺方丈がだんだん近づいてきましたが、
目の前に東西の道が姿を現します。
こちらは上立売通で、相国寺境内で交差しています。


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「高倉通」から、上立売通を東に向いています。
この辺りの上立売通も、相国寺の塔頭寺院が並びます。
この約150m先で相国寺の門を出て、京都市街地に出ます。
(第176回ブログの参照)


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今度は「高倉通」から、上立売通を西に向いています。
ここから約200m先に烏丸通があって、
第194回ブログではそちらから相国寺境内に入りました。
この辺りで寺町通から烏丸通に抜けるのはここしかないので、
相国寺境内を自転車で通り抜ける方々も多いですね。


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「上立売高倉」の辻の北東角に、相国寺の鐘楼があります。
その手前の白梅は、今が盛りですね。


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「高倉通」から上立売通を西に約50mずれました。
そこから北を向くと、大きなお堂が見えます。
こちらのお堂が、臨済宗相国寺派本山相国寺法堂(本堂)です。
堂内には、ご本尊の釈迦如来がいらっしゃいます。
(重要文化財に指定されています)

臨済宗萬年山相国承天禅寺(相国寺)は、臨済宗相国寺派本山です。
こちらは、室町時代初期に3代将軍足利義満が建立しました。
この西側の室町通沿いに「花の御所」があって、
そちらに隣接するようにこちらが建立されました。
一時期はかなりの隆盛を極めましたが、
この北側の上御霊神社からこの辺りが
応仁の乱の最初の戦いの地で激戦地であったことから
(「御霊合戦」のことです)
この辺りは全焼してしまいました。
こちらは、その約100年後(安土桃山時代)に再建されたものです。
(詳細は、第194回ブログ第195回ブログを参照)


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上立売通から、「高倉通」を北に向いています。
右(東)側に見える祠は、弁財天です。
そのさらに右(東)には、宗旦狐がいらっしゃいます。
だんだん相国寺の方丈が近づいてきましたね。


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上立売通から、「高倉通」を約100m北上しました。
ここで「高倉通」は突き当たり、相国寺方丈の前に出ます。


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こちらが、相国寺方丈です。
大徳寺同様普段は非公開なのですが、年に数回特別公開します。
写真がちょっと斜めになっているのは、またご愛嬌ということで……


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相国寺方丈の前で、右(東)に向きました。
こちらは、相国寺の塔頭承天閣です。
こちらの寺院内に承天閣美術館が併設されています。
では、こちらの門をくぐります。


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承天閣美術館の門をくぐると、すぐに石畳の道が続きます。
その両側がちょっとした庭園になっていて、
この時期は紅梅がきれいになります。


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石畳の道は何度か折れ曲がって、最終的に北上します。
その先に、承天閣のお堂が見えてきます。
そして、このお堂自体が承天閣美術館です。
両脇の枯れ枝並木は秋には絶景になりますが、
自分が来る時期はいつもこんな感じです。


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承天閣美術館に到着しました。
この日(2017年2月16日)は、伊藤若冲展が開催されていました。
昨年(2016年)が伊藤若冲生誕300年で、
いろいろな催し物が行われましたが、
こちらは円山応挙と伊藤若冲の展覧会を交互に行っています。
要するに、その2名の画家の絵画を大量に所蔵されているわけです。


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承天閣美術館は常設館と特別館に分かれますが、
どちらにも伊藤若冲の作品が並んでいました。
当然ですが、美術館の作品は撮影不可です。
ですから、チラシを撮影しています。
この絵画は本邦初公開だそうですが、
実はほかにも何枚か本邦初公開がありました。
約300年前の画家の作品で本邦初公開ということは、
「今までの展覧会では公開しきれないほど、
こちらの寺院が伊藤若冲の作品を所蔵している」
ということになります。
それが、こちらの底力ということなのでしょうね。


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常設館を出て、南を向いています。
こちらの美術館は常設館と特別館の美術作品以外は撮影可能です。
ではこちらの廊下を歩いて、特別館に向かいます。


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その廊下を歩いている途中に、こちらの坪庭が見えました。
こうして石庭を見ると、やはりここは禅寺であることが分かります。
左(北)側が常設館で、その向こう(東)側が特別館です。


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先程の廊下の南端で東に折れると、こちらの休憩所が広がります。
普段はそこそこの人がいらっしゃるのですが、
たまたま誰もいらっしゃらないタイミングで撮影しました。


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こちらは、その休憩所から見える「十牛の庭」です。
苔がきれいな日本庭園なのですが、
この日(2017年2月16日)は日差しがとても強く、
ガラス窓が鏡のように室内を写しています。
それでは、この庭を堪能できません……


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その「十牛の庭」の東側を少しズームして撮っています。
よく見ると、「大文字」がしっかり見えますね。


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こちらが、その休憩所の東端です。
では、こちらから第二展示室(特別館)に向かいます。


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その展示室も、伊藤若冲の絵画のオンパレードでした。
しかも、こちらにも「本邦初公開」の作品が何点か並んでいました。
やはり、こちらの底力を感じます。

最後に売店に回って、こちらを購入しました。
薄い板に、伊藤若冲の作品がプリントされています。


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その板の裏側はこうなっています。要するに絵葉書ですね。
郵政事業法に則った形式なので、切手を貼って
郵便ポストに入れると本当に届けてもらえるようです。


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第二展示室(特別館)を出て、すぐにこちらの前に出ます。
先程の坪庭のちょうど反対側ですね。
個人的には、こちらからの眺めの方がきれいに思います。


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相国寺承天閣美術館を一通り見て回りました。
では、この美術館の入り口から南に進みます。


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石畳の道を蛇行しながら、最終的に西に向かっています。
そして、ようやく相国寺方丈の前に出ました。


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再び相国寺方丈前に戻ってきました。
ここより北は方丈の建物があるので、「高倉通」は突き当たります。


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こちらで「高倉通」は突き当たりますが、
実はこの方丈の裏手から、さらに北に「高倉通」は伸びています。
ですから、まずはここから西に向かいそちらから北上します。


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相国寺方丈から、西に約50m進みました。
こちらに、相国寺境内の最西端の道があります。
次は、この道を北上して相国寺の北に抜けます。
ちなみに、目の前の施設は公衆便所ですね。


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同じ場所で、北を向きました。
ここを北上すれば相国寺方丈の北側に回り込めますが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、ここから上御霊神社に向かいます~

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第461回 4度目の上御霊神社~続高倉通南から北~その3

[上御霊神社] ブログ村キーワード
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臨済宗相国寺派本山相国寺境内最西端の道を北上しています。
今回はこのまま北上して、「高倉通」を上御霊神社まで進みます。
撮影日は2017年2月16日木曜日午後4時。
まだまだ肌寒い日でした。


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こちらは、相国寺方丈の前まで続いた「高倉通」より
約50m西で南北に伸びた道です。
この道も両脇に相国寺の塔頭寺院が続きます。
相国寺方状の前から約100m北上すると
こちらの道が突き当り、相国寺の外に出ます。
この写真まで、クリックすると拡大されます。


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先程の道を北上して、突き当たりました。
その突き当りで、西を向いています。
第193回ブログでは、約200m先の烏丸通からここまで来ました。
この位置から約100m西に、
相国寺塔頭寺院の慈照院と慈雲院があります。
皇族のお墓などがいらして結構見どころが多いのですが、
時間がないのでそちらには向かいません。


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同じ場所で、東を向きました。
こちらに、京都府立鴨沂高校があります。
元々第163回ブログの京都御苑寺町御門前にあったのですが、
そちらの校舎が改築されている間こちらに移転しています。


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相国寺から北上して突き当たった場所から、東に歩いています。
右(南)側が、京都府立鴨沂高校です。
先程の地点から約50m東にその鴨沂高校の校門がありますが、
そこから北にまた「高倉通」が北に伸びています。


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京都府立鴨沂高校は下校時間だったようで、
たくさんの生徒が校門を通っていきました。
そのため校門前には、男性教師が立っていらっしゃいました。
さすがにこの状態で、高校の校門は撮れません……
こちらはその校門に背を向け、北を向いた写真です。
(高校と反対側を撮る分には、先生方も気にされないようでした)
こちらから、また「高倉通」が北に伸びます。


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京都府立鴨沂高校校門前から、「高倉通」を約30m北上しました。
こちらで交差する東西の道は、特に名前はありません。
こちらの辻の北西角に大衆食堂があったのですが、
準備中か開店中かよくわからなかったので中を覗きませんでした。


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その辻で、また北を向いています。
約100m先に、また突き当りが見えますね。


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先程の辻から、「高倉通」を約100m北上しました。
ここで「高倉通」は、上御霊前通と交差します。
この辺りの上御霊前通は、4車線の道幅です。
上御霊前通は約100m東で寺町通と交差し、
さらに約200m東の加茂街道で突き当たります。


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今度は同じ場所で、西を向きました。
上御霊前通はその名前のように、上御霊神社の前を通ります。
向こうに見れる薮が、その上御霊神社です。
では、ここからその神社に向かいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「高倉通」から、上御霊前通を約100m西に進みました。
こちらに、上御霊前通を北に渡る横断歩道があります。


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その横断歩道の位置で、北を向きました。
こちらが、上御霊神社の南門です。
では、横断歩道を渡って境内に入っていきます。
ここから、上御霊神社境内はクリックすれば写真が拡大されます。


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上御霊神社に入ってすぐに、こちらの手水舎があります。
先ずは、ここで手を浄めます。


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上御霊神社南門から北西の方に、絵馬殿があります。
こちらにはベンチとテーブルがあるので、
第192回ブログではここでお昼ご飯を食べました。


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今度は南門から、東の方を向いています。
向こうに見えるのは、第177回ブログで訪れた福寿稲荷ですね。
小さな丘(塚?)の上に、祠がいらっしゃいます。
江戸時代以降ここにいらっしゃいますが、
実は御祭神とかよくわかっていません。


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上御霊神社南門から真っ直ぐ北に進むと、
こちらの拝殿に辿り着きます。
こちらが、この神社のちょうど中央に建っています。
酒樽と生け花が、いつも飾ってありますね。


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その拝殿の東側に、上御霊神社本殿がいらっしゃいます。
早良親王橘逸勢といった政争に巻き込まれて不遇の死を遂げた
八所御霊を御祭神とします。
また1467年にここから相国寺にかけての地域で御霊合戦が起こり、
それを契機に応仁の乱が起こりました。


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上御霊神社本殿を背に、拝殿のある西を向いています。
先述の通り、拝殿の東端と西端に生け花が置いてあります。


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上御霊神社拝殿の東側から、境内を西に向いています。
では、目の前の楼門からこの神社を出ます。


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上御霊神社楼門の前から、上御霊前通を西に向いています。
目の前の「からいた」の看板は、和菓子店のものです。
「からいた」は第192回ブログの最後に出てきます。
ただ、店先に「しばらく休業します」と書いてありました。
本当は「からいた煎餅」を買って帰ろうと思ったのですが、
仕方がないのでこのまま帰ります……
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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その和菓子店の前で、上御霊前通を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


461-22.jpg
上御霊神社楼門から、上御霊前通を西に約70m進みました。
こちらに、猿田彦神社がいらっしゃいます。
よく見ると、こちらの鳥居は神明式ですね。


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こちらが、猿田彦神社本殿です。
もう何度も、お参りに来ていますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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猿田彦神社の前から、上御霊前通を西に向いています。
この道は目の前の烏丸通で突き当たっているように見えますが、
烏丸通の約30m南に、さらに西に進む道があります。
ちなみに、上御霊前通は堀川通との交差点周辺に日蓮宗寺院が多く、
その辺りに桜の名所が集中しています。


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上御霊前通から、烏丸通を北に向いています。
では、ここを北上します。


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上御霊前通から、烏丸通を約50m北上しました。
こちらに、地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅への階段があります。
では、ここから地下に下りて地下鉄に乗って帰宅します。
今回はここまでです。

~次回は、上御霊神社から「高倉通」をさらに北上します~

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第462回 上御霊神社でお惣菜~続高倉通南から北~その4

[上御霊神社] ブログ村キーワード
上御霊前通で突き当たったので
初めはここが「高倉通」の最北端と思っていたのですが、
家に帰ってから地図を確認すると
もう少し北まで続いていることが分かりました。
そこで、地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅周辺を散策します。


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もう何度目か分からない地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅です。
……という訳で、また駅近辺をうろうろします。
今回は駅近くで買い物をして、上御霊神社境内で昼食を摂ります。
撮影日は、2017年3月2日木曜日午後2時55分。
自分が上御霊神社に行くと、なぜか曇り空になります。


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地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅コンコース階に上がってきました。
この駅の改札口は、ここ一つしかありません。
こちらは、乗降者が多い割には小さな駅です。


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地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅改札口を出て、南を向きました。
ここから地上に出ればすぐに上御霊神社に向かえますが、
今回は別のルートで進みます。


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今度は、同じ場所で北を向きました。
こちらを進むと、紫明通と鞍馬口通との中間に出ます。
今回は、こちらを進みます。


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地下道の掲示板に、こちらが貼ってありました。
2017年J2リーグは、2月26日に開幕しました。
今シーズンの我らが京都サンガには、闘莉王選手など
かなり実力のある選手が移籍してきました。
ただ、開幕の山形戦は選手たちがバラバラだった気がします。
まぁ、昨年と同じメンバーは数人だけで、
あとはすべて新加入ですから
今シーズンの京都がチームとして機能するのは
もう少し時間がかかるでしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。



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先程の場所から約100m北上し、階段を上りました。
では、2番出口から地上に出ます。


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地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅から、烏丸通を北に向いています。
約150m北に見える白い建物は、京都鞍馬口医療センターです。
かつての鞍馬口病院ですね。
その辺りに、「紫明烏丸」交差点があります。
そこからさらに350m北上すると、「北大路烏丸」交差点です。


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同じ場所で、今度は烏丸通を南に向きました。
約50m先に、「鞍馬口烏丸」交差点が見えますね。


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烏丸通から、鞍馬口通を東に向いています。
ここから約350m先で寺町通と交差し、
その辺に上善寺やカレー屋さんのフェルメール、鞍馬湯があります。
(第184回ブログを参照)


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今度は烏丸通から、鞍馬口通を西に向きました。
左(南)側は鞍楽(クララ)HOWDYという地域スーパーで、
この辺に来た帰りに食品を買うときによく利用しています。
その向かい(北)側には、様々な飲食店や小売店舗が並んでいます。
ちなみに、このスーパーの西隣はprangipaniという町屋カフェで
そこから少し南に行けば餃子の王将烏丸鞍馬口店があります。
(第247回ブログを参照)


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「烏丸鞍馬口」交差点南西角「鞍楽(クララ)HOWDY」の店先に、
古本屋や刃物屋さんが露店を出していました。
いつもこの辺りは、にぎやかですね。


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鞍馬口通から、烏丸通を南に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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鞍馬口通から、烏丸通を50mほど南下しました。
こちらに、「にんじんと豆の木」というお店があります。
有機栽培の京野菜を使ったお総菜屋さんです。
注文すれば、お弁当も作ってくれます。
こういうお店にありがちな濃い味付けではないので、
自分は相当気に入っています。
自分がこの辺りに来たときはよく寄っているのですが、
今回も立ち寄りました。
(今回は、店主の許可を取ってブログに掲載しています)
さて、何を買ったかは後述します。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その「にんじんと豆の木」から、烏丸通を南に向いています。
約50m先に、また信号が見えます。
あの辺りで、烏丸通は上御霊前通と交差します。


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烏丸通を上御霊前通まで南下して、東を向きました。
向こうに、上御霊神社の鳥居が見えますね。
では烏丸通を渡り、この上御霊前通を東に進みます。
ここから上御霊神社境内まで、クリックした写真は拡大されます。


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烏丸通から、上御霊前通を東に約20m進みました。
こちらに、猿田彦神社がいらっしゃいます。
上御霊神社の末社で、こちらにもよくお参りしますね。
(前回ブログでも、参拝しました)


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猿田彦神社の前から、上御霊前通を東に向いています。
上御霊神社は、もう目の前ですね。


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猿田彦神社の前から、上御霊前通を東に約100m進みました。
今回も、上御霊神社にお参りします。


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上御霊神社楼門右(南)側には左大臣がいらっしゃいます。
手前の狛犬は、阿形ですね。


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一方、左(北)側の楼門には右大臣がいらっしゃいます。
手前の狛犬は、角の生えた吽形です。


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上御霊神社楼門をくぐり、東を向いています。
では、上御霊神社境内を散策します。


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楼門から、東に進み拝殿を回りこみました。
こちらは、ウチのブログ2回連続登場の上御霊神社本殿です。
ご祭神や沿革は、第177回ブログ前回ブログに書きました。
こちらに参拝した後、こちらの境内の散策を続けます。


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こちらは、上御霊神社の拝殿と本殿の間です。
枝垂桜が植えてありますが、この神社も京都有数の桜の名所です。


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上御霊神社拝殿から、境内を南に向いています。
向こうに見えるのがこの神社の南門で、
前回ブログではこちらからこの神社に入ってきました。


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この神社の南西側に、絵馬殿があります。
京都市街地の神社の中でも、屈指の大きさです。
この下にはベンチとテーブルが並んでいて、
この直後にも小学生の女の子とお爺さんが休まれていました。


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絵馬殿の上部は、こうなっています。
結構大きな羽子板状のものがあったり、
大きな板絵が並んでいたり……
絵馬殿自体が大きいせいか、どの絵馬も大振りですね。


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テーブルに、「にんじんと豆の木」で買った総菜を並べます。
実は、これがこの日最初の食事です。
ちなみに、ペットボトルのお茶は
「上御霊前烏丸」交差点のコンビニエンスストアで買いました。


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こちらは、梅スパゲティです。
いろいろ野菜が満載でイカも入っていますが、やはり梅味でした。
もう冷めていますが、それでもおいしくいただきました。


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こちらは、「豆サラダ」だそうです。
様々な豆の茹でたものに、卯の花(おから)が和えてあります。
自分は豆が大好物なので、いちばんの楽しみでした。


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もう一つは、マカロニサラダです。
マヨネーズ味のマカロニとニンジンとキュウリが入っています。
こちらを約30分かけて、絵馬殿の下でいただきました。


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絵馬殿の下には、約30分いました。結構ここは寛げます。
上御霊神社絵馬殿の北西側に、先ほどの楼門があります。
では、ここから上御霊神社を出ます。


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上御霊神社楼門の真下で、上御霊前通を西に向いています。
ここをまっすぐ進むと、今来た道を戻ることになります。
目の前の「からいた煎餅」の和菓子店は、
この日(2017年3月2日)も閉まっていました。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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上御霊神社楼門の前で、北を向いています。
右(東)側の白壁は、上御霊神社の塀です。
確かこの道には、名前がなかったように思います。


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今度は、同じ場所で南を向きました。
左(東)側の柵も、上御霊神社のものです。
ややこしいのですが、ここから南のこの道は上御霊前通です。
上御霊前通は上御霊神社の南側から東側に回り込んだ後、
上御霊神社楼門前から真西に伸びています。
その後、上御霊前通は智恵光院通付近で途切れます。


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この時間帯(午後3時半ごろ)は
京都府立鴨沂高校の生徒がよく通るので、
通り過ぎるまで撮影を中止することがよくありました。
その際上御霊神社境内を覗くと、
雄花を付けた杉の木が並んでいました……
だいぶ花粉を飛ばしそうですね。


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上御霊神社楼門前から、上御霊前通を約100m南下しました。
ここから上御霊前通は、約90°折れ曲がって東に伸びます。
(上御霊神社南側ですね)
では、ここを東に進んでいます。


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先程の場所から、上御霊前通を約50m東に進みました。
こちらが、外側から見た上御霊神社南門です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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上御霊神社南門の前から、上御霊前通を東を向いています。
前回ブログでは、この道を東から西に進みました。
(つまり、今回ブログの逆行ですね)
今回ブログでは、ここを東に進みます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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上御霊前通を東に進んでいます。
上御霊神社の東隣は、庭に柑橘類が植えてある民家です。
その向こう(東)側に赤レンガの民家がありますが、
そこが前回ブログで「高倉通」を北上し突き当たった場所です。


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その赤レンガの民家と柑橘類が植えてある民家の間に、
約5mの道場ががある小路が北に伸びています。
こちらがお目当ての筋違いになった「高倉通」です。
ここからこの通りを北上しようと思いますが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。
……お目当ての道まで来た途端に、
今回ブログが終わってしまいました。

~次回は、上善寺を訪れます~

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第463回 桜開花直前の上善寺~続高倉通南から北~その5

[上善寺] ブログ村キーワード
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上御霊前通から、「高倉通」を北に向いています。
上御霊神社から、約100m東の地点です。
今回はここから、上善寺に向かいます。
撮影日は、2017年3月2日木曜日午後3時45分。
曇り空から、少しずつ晴れてきました。


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上御霊前通から、「高倉通」を約100m北上しました。
この道はここで突き当たっているように見えますが、
少し東にずれてまた北に伸びています。
この突き当りに見える辺りまでが、京都市上京区です。


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東にずれて、「高倉通」がさらに北に伸びます。
この辺りから、京都市北区に変わります。


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京都市北区に入って、約30m北上しました。
ここで「高倉通」は、東西の道と交差します。


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その辻で、東を向きました。
この東西の道は、約50m先で寺町通と突き当たります。
その突き当りには、天寧寺の白壁が見えます。


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今度は同じ場所で、「高倉通」を北を向きました。
もう向こうに、突き当りの鞍馬口通がはっきり見えてきました。


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この辺りの「高倉通」には、真新しい建物が建ち並びます。
こちらは、日本キリスト教団洛北教会です。
ちなみに、京都中心街より北を「洛北」と言います。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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境界の北隣にアパートがあって、
その1Fに京都出雲路郵便局が入っています。
(第246回ブログにも出てきました)
この「出雲」とは島根県のことではなくて、
この辺り(北大路以南の加茂川西岸一帯)の地名です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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京都出雲路郵便局の前から、「高倉通」を北に向いています。
「高倉通」は、目の前の鞍馬口通で突き当たります。


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「高倉通」から、鞍馬口通を東に向いています。
……のですが、トラックが邪魔で全体像がよく分かりません。
トラックの隙間から見える松の木々は、
この後訪問する上善寺のものです。
鞍馬口通のはるか先に見えるのは、比叡山ですね。


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「高倉通」から、鞍馬口通を東に約30m進みました。
ここで鞍馬口通は、寺町通と交差します。
ここを右(南)に約100m進むと、先述の天寧寺山門に出ます。
(第246回ブログを参照)
写真手前の青いベンチは、鞍馬湯という銭湯のものです。
こちらには時々立ち寄るのですが、今回は素通りします。
向こうの赤いビルの1Fには、
「フェルメール」という喫茶店があります。
ここのカレーライスが絶品なのですが、
前回ブログに上御霊神社で昼食を摂ったので、ここも素通りです。
この辺りから、上善寺周辺の写真はクリックすれば拡大されます。


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「鞍馬口寺町」の辻の北東角に、浄土宗千松山上善寺があります。
いろいろな側面を持つ面白い寺院ですが、
このブログには4回目の登場です。
では、こちらに参拝します。


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上善寺境内に、入ってきました。
先ずは、こちらの天道大日如来にお参りします。
こちらはかなり大きな石仏で、人間の身長くらいの体長があります。


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天道大日如来像の前で、東を向きました。
あちらに、お地蔵さんなどの石仏群がいらっしゃいます。
その奥の塀の向こうが、そこそこ大きな墓地です。
左(北)側のお堂は、地蔵堂です。
元々は深泥池付近にいらしたのですが、
廃仏毀釈の影響でこちらに移転してきました。
そのせいか、自分には
こちらは「地蔵盆の総本山」というイメージが強いですね。


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こちらのお堂は、自分が初めてこちらに来たときは
建っていませんでした。
ですから、壁も柱も真新しいですね。


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こちらが浄土宗千松山上善寺本堂です。ご本尊は阿弥陀仏です。
こちらは平安時代初期の863年に最澄の弟子の円仁が建立しました。
浄土宗に改宗後(天台宗→浄土宗はよくあります)、
江戸時代には越前藩(松平氏)の菩提寺となりました。
そして、第16代越前藩主松平春嶽は禁門の変で勝利した後
敗死した長州藩士のお墓をこの寺院に立てました。
(第437回ブログを参照)


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上善寺本堂の西側に、桜の木が立っています。
鞍馬口通は、この辺を中心に桜の名所があちこちあります。


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上善寺本堂前から、南に向きました。
では、ここから出て鞍馬口通に戻ります。


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上善寺を散策し終えて、外に出ました。
目の前に、先述の「フェルメール」があります。


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その「フェルメール」の前で、鞍馬口通を西に向いています。
寺町通の向こうに、これまた先述の鞍馬湯がありますね。
写真をクリックすると拡大されるのは、ここまでです。


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寺町通から、鞍馬口通を西に約30m進みました。
この漬物屋さんの角が、先ほどまで北上していた「高倉通」です。


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「高倉通」から、鞍馬口通を西に向いています。
右(北)側に、閑臥庵が見えます。
こちらの詳細は、第184回ブログに掲載されています。


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閑臥庵の前から、鞍馬口通の西に向ています。
この辺りの鞍馬口通はなかなか味のあるお店が並んでいましたが、
店頭にトラックが停まっているお店は
どうやら閉店して解体工事が行われているようです。


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「高倉通」から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
このお肉屋さんの角から、また北に伸びる道があります。
ここも「高倉通」の可能性もあるのですが、
この辺りの寺町通がだんだん北西にずれていることもあり、
その辺が不鮮明になってきています。
ですから、「高倉通編」はもう北上しません。


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お肉屋さんの前で、鞍馬口通を西に向ています。
左(南)側の雑貨屋さんは以前から健在ですし、
そのさらに西側にある京町家も以前と変わりません。
ただ、右(北)側は新しくマンションが建ち並んでいますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その京町家のいちばん西側が、和菓子店の幸楽屋です。
夏季限定の「金魚鉢」が有名な葛菓子でよく知られるお店です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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前述のようにこちらは葛菓子で有名なお店ですが、
上用まんじゅうなどの京菓子もなかなか絶品です。
写真は、家に帰ってからこちらで買ったものを撮影しました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その京菓子をズームして撮りました。
左側は、薄い皮の下には緑色のうぐいす餡が入っています。
砂糖より、うぐいす豆の味が前面に来ます。
右側はきんつばの一種なのでしょうが、
自分は食べていないのでよくわかりません。
(こちらは、母が食べました)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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幸楽屋の前から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
こちらの酒屋さんの看板も、このブログにはよく登場します。
この辻を左(南)に進むと、約150m先に
前回ブログで登場した上御霊神社がいらっしゃいます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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酒屋さんから、鞍馬口通を西に約50m進みました。
右(北)側に浄土真宗大谷派明光寺がありますが、
非公開なので境内には入れません。


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明光寺から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
こちらで、鞍馬口通は烏丸通と交差します。


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鞍馬口通から、烏丸通を南に向いています。
この約50m先に、前回ブログに出てきた
総菜屋さんニンジンと豆の木があります。
烏丸通のずっと先に、よく見ると京都タワーが見えます。


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烏丸通から、鞍馬口通を西に向いています。
前回ブログでは、反対側から撮影しました。


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烏丸通を西側歩道に渡り、
鞍馬口通から烏丸通を北に向きました。
約50m先に、市営地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅2番出口があります。
これで、前回ブログから約1時間で
駅の東側を1周したことになります。
では、こちらから地下に下りて地下鉄に乗って帰ります。

今回は、ここまでです。

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第464回 「新」高倉通の寺院

2017年3月16日木曜日に光徳公園を覗いたのですが、
桜の開花状況が「イマイチ」だったので、
先に「高倉通編」を完遂します。
安土桃山時代に京都御苑を現在の位置に造営した際、
元々その位置に住んでいた人々を
現在の京阪電鉄「三条」駅より北東に強制移住させました。
ですから、現在の丸太町通以北の
高倉通沿いの住民が移住した辺りを「新」高倉通といいます。



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予定よりも遅れていることもあり、
京都駅には寄らずに自宅から直接「東山七条」バス停に向かい、
そちらから203系市バスに乗って北上しました。
こちらは、「東山三条」バス停です。
もう京都は観光シーズンに入っているので、
バス待ちの乗客がいつもよりも多めです。
撮影日は、2017年3月19日日曜日午後1時。
今年一番の花粉でした……


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「東山三条」バス停から、東大路を北に向いています。
向こう(北)側に見えている藪は、満足稲荷神社の鎮守の森です。
「三条通編」の途中、第71回ブログで出てきた神社ですね。


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今度は同じ場所で、南を向きました。
約20m先に、「東山三条」交差点が見えます。
東大路と三条通との交差点ですね。
(第71回ブログ参照)
その西側に、地下鉄東西線「東山」駅があります。
手前の東西の道は、孫橋通です。
この辺りは、この通り以北が京都市左京区で、
以南が京都市東山区です。
今回ブログは、全編京都市左京区での取材です。


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東大路から、孫橋通を西に向いています。
左(南)側の京都市東山区はマンションが建ち並んでいますが、
右(北)側の京都市左京区は古いブロック塀や土塀が続きます。
ここから狭い小路の間は、今回ブログは
クリックすれば写真が拡大されます。


464-5.jpg
東大路から孫橋通を約50m進み、南を向いています。
約20m先で、三条通と交差しています。
左(東)側に松並木が続いていますが、ここは本山要法寺の参道です。


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同じ場所で、北を向きました。
こちらは、日蓮宗系の本門宗本山要法寺の表門です。
1724年に伏見城のものを移築しました。
では、こちらからこの寺院に入ります。


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表門をくぐり、要法寺境内に入ってきました。
正面に鐘楼が見えますが、その奥に本堂と開山堂が見えます。


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要法寺鐘楼の西側に、長方形の清涼池があります。
緑色に濁った水の中には、たくさんのコイが泳いでいます。
また番の鴨もいたのですが、撮影に失敗しました……
鐘楼の背後には、境内寺院の本行院が見えます。


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清涼池に架かる橋の北側に、要法寺の本堂があります。
本門宗多宝富士山要法寺は、鎌倉時代後期の14世紀初めに
日蓮宗の僧侶日尊が建立しました。
元々は別の場所に建っていましたが、
室町時代に延暦寺僧兵による襲撃を受けたり、
戦乱や江戸時代の大火などを受けたりして、
所在地を転々としました。
そして、1925年に日蓮宗から独立して
日蓮本宗(本門宗)本山となりました。


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要法寺本堂の西側に、開山堂があります。
「開山」堂なのですが、本堂より新しい1830年に建ちました。
手前に枝垂桜がありますが、開花までは時間がありそうです。


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要法寺本堂から、南東を向いています。
では清涼池に架かる橋を渡り、表門へと向かいます。


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要法寺表門の前から、孫橋通を西に向いています。
右(北)側の土塀は、要法寺のものです。
次は、ここを進んでいきます。


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要法寺表門の前から、孫橋通を西に歩いています。
左(南)側の京都市東山区側に駐車場があって、
その約20m先に三条通が見えます。
老舗の製酢メーカーの「千鳥」が見えますね。
その脇の交差点を南下すると、大将軍神社がいらっしゃいます。
(第70回ブログで訪れた場所ですね)


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要法寺表門の前から、孫橋通を西に約50m進みました。
ここで孫橋通は突き当たりますが、
北に折れ曲がってまたここから西に伸びています。
塀の向こうの建物は、金台寺の本堂です。


464-15.jpg
同じ場所で北を向きました。この道も孫橋通です。
左(西)側は金台寺、右(東)側は要法寺のものです。
約30m先で突き当たっているように見えますが、
自動車が見えているようにまだ西に伸びる道があります。


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孫橋通を約30m北上して、西を向きました。
孫橋通はここから西に筋違いを繰り返し、
約400m先の川端通(琵琶湖疎水)で突き当たります。
手前の錆びたブリキ製の表札には、こう書いてあります。
「京都市左京区新高倉通孫橋上ル和国町」
ですから、ここから南北に伸びる道が「新」高倉通です。
また孫橋通を西に約60m進むと新堺町通に出て、
そこから西に新柳馬場通・新富小路・新麩屋町通・
新丸太町通と続いていきます。


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さらに同じ場所で、東を向きました。
こちらは、要法寺の西門です。こちらも、伏見城からの移築です。
こう見ると、要法寺は相当大きな境内であることが分かります。


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孫橋通から、新高倉通を北に向いています。
よく見ると、ずっと向こうに突き当りが見えます。
この通りは、約200mの長さのとても短い道です。


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新高倉通から、要法寺を見ています。
駐車場の向こうに、開山堂と本堂が見えますね。


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孫橋通から、新高倉通を約100m北上しました。
この辺りの新高倉通は、古い京町家と小さな寺院が並びます。


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孫橋通から、新高倉通を約150m北上しました。
こちらは浄土宗の生蓮寺です。詳しい沿革は不明です。


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こちらは相当小さな寺院ですが、本堂前に石庭があります。
立派な松木の下にある砂の波が、とてもきれいです。


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生蓮寺の向かい(西)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにお参りして、先に進みます。


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生蓮寺の前から、新高倉通を北に向いています。
突き当りにある仁王門通が、だいぶ近くなりましたね。


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生蓮寺の北隣に、浄土宗正行寺があります。
この辺りは、小さな寺院がたくさんあります。


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正行寺の本堂前にも、石庭があります。
本堂には入れませんが、
この辺りの寺院は庭だけでも十分楽しめます。


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正行寺の前で、新高倉通を北に向いています。
新高倉通は、仁王門通で突き当たります。


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新高倉通から、仁王門通を西に向いています。
この先に何ヵ所か辻がありますが、
この道から北側で南北に伸びる道の名称が変わります。
(新堺町通→新間之町通・新柳馬場通→新東洞院通という感じです)


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今度は新高倉通から、仁王門通を東を向いています。
この辺りの仁王門通はこのくらいの道幅ですが、
150m東に進むと、(東大路以東)4車線の道になります。


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仁王門通沿いにも、お地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りします。


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新高倉通から、仁王門通を西に約30m進みました。
ここから左(北)に、西寺町通が伸びています。
ここだけ「『新』寺町通」ではないのですね。


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その西寺町通から、仁王門通を西に約30m進みました。
こちらも日蓮宗系の顕本法華宗本山の寂光寺です。
今度は、こちらにお邪魔します。


464-33.jpg
寂光寺境内に入って、すぐにこちらが立っていました。
碑銘から、本因坊算砂(初代本因坊)のお墓と分かります。
この寺院の僧侶だった日海は織田信長などに囲碁を教えた人物で、
ここの塔頭本因坊に住んだため「本因坊算砂」と名乗りました。
これ以降、「本因坊」の称号は襲名継承されるようになり、
後にプロの囲碁棋士のタイトルの一つになりました。


464-34.jpg
こちらが、顕本法華宗本山寂光寺の本堂です。
こちらは、室町時代末期の1778年に日淵によって建立されました。
初めは室町近衛(今出川通の南)に建っていたのですが、
豊臣秀吉によって二条寺町に移転させられました。
そして、江戸時代の宝永の大火で焼失後ここに移転しました。
京都の日蓮宗系の寺院の多くに見られるように、
こちらも桜がきれいなようですね。


464-35.jpg
寺務所の脇に、こちらの庭があります。
この日(2017年3月20日)は、紅白の梅がきれいでした。


464-36.jpg
寂光寺の向かい(北)側に、浄土宗の大光寺があります。
こちらには、境内にも入れませんでした。


464-37.jpg
大光寺の脇に、こちらの看板がありました。
北は二条通、南は三条通、東は東大路、西は川端通の長方形に、
小規模の寺院が何軒も並んでいますね。


464-38.jpg
大光寺の前から、仁王門通を西に約50m進みました。
ここで仁王門通は、東大路と交差します。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


464-39.jpg
東大路から、仁王門通を西に向いています。
急に仁王門通の道幅が、4車線になります。
ここから西に進むと、仁王門通は岡崎公園の最南端の道になります。
さらに西に進むと、約1㎞先の「蹴上」交差点で
この仁王門通は三条通に吸収されます。
(第72回ブログ参照)


464-40.jpg
仁王門通から、東大路を南に向いています。
ここを約200m進めば、今回ブログ最初の位置に戻ります。
さらに南に進み今度は東側車線の「東山三条」バス停から、
206系市バスに乗って帰宅しました。

今回は、ここまでです。

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生まれたときから50数年
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「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
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「松原通東から西」
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松原通を東から西へと
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京都盆地を輪切りにして、
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「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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