FC2ブログ

第324回 長刀鉾 辻回し~暴風雨の山鉾巡行~その1

2015年7月16日夜に高知県に上陸した台風11号は、
7月17日午前の段階で中国山地に中心があって、
その東側に位置する近畿地方はその間暴風雨が吹き荒れました。
しかし、台風が来ようが警報が発令されようが
祇園祭山鉾巡行は強行されます。
極端な話、1864年のどんどん焼けの2年後には再開されています。
(例え祇園祭の山鉾の大半が焼失しても、再開したのです)
まぁ京都人にとっては、それくらい大切なお祭りということです。


324-1.jpg
地下鉄東西線「京都市役所前」駅のホームにいます。
山鉾巡行見物には何か所か撮影ポイントがあるのですが、
自分の好みは「京都市役所前」(「御池河原町」交差点)です。
辻回しを見るには交差点である必要がありますが、
「四条河原町」交差点はあちこち移動しながらの撮影が無理です。
すると、選択肢が一つだけになるのです。
では、ここから地上に出て交差点に向かいます。
撮影日は2015年7月17日金曜日午前9時50分。
夜に入って、JR京都駅線が全面運休になりました!


324-2.jpg
地下鉄「京都市役所前」駅のホームを上がり、改札の前に出ました。
では、ここを通って目的地に向かいます。


324-3.jpg
地下鉄「京都市役所」駅を出て、西を向きました。
向こうの広場が、「御池河原町」交差点の真下に当たります。


324-4.jpg
地下鉄「京都市役所前」駅の改札から、西に約10m進みました。
ここから西が、ZEST 御池という地下街です。
(第161回ブログでも出てきましたね)
ここは、午前6時から開いています。
「御池河原町」交差点下の広場ではよくイベントが開かれますが、
この日は「京都物産展」が開かれていました。
たぶん、地方からの観光客ねらいですね。


324-5.jpg
その広場で、右(北)を向きました。
ここから京都ホテルオークラに入れますが、
地下鉄の3番出口もこちらにあります。


324-6.jpg
京都ホテルオークラの地下入口の手前に階段があり、
そこを上って地上に出ました。
ここが、地下鉄「京都市役所前」駅3番出口です。


324-7.jpg
さらに車道に向かって前に出ました。
この辺りが、「京都市役所前」(「御池河原町」交差点)北東角です。


324-8.jpg
御池通から、河原町通を南に向いています。
ずっと向こうに、「三条河原町」交差点が見えますね。
(第69回ブログにも、出てきましたね)
現在2015年7月17日午前10時ですが、
その三条通以南にも巡行の先頭が見えません。


324-9.jpg
今度は、河原町通の北側を見ました。
左(西)側に京都市役所が見えて、その北隣に島津製作所も見えます。
「御池河原町」交差点北約100mに、規制線が張られました。


324-10.jpg
規制線が完成すると、報道関係者がそちらに向かいました。
「こちらの方が、撮影には向いていますよ」
京都府警警察官の一言で、さらに多くの方々が移動しました。
確かに「辻回し」はそこがベストポジションですが、
撮影位置が固定されて他の場所に移動できなくなります。
ですから、もう暫らくここで撮影します。


324-11.jpg
10時を回りましたが、巡行の行列はまだまだ来ません。
「御池河原町」交差点北西角に電光掲示板があって、
そこには「現在京都府南部 大雨警報」と書かれていました。


324-12.jpg
午前10時10分になると、突然交差点の信号が消えました。
いよいよ巡行の行列が近付いてきたようですね。


324-13.jpg
そして、京都府警警察官も騒がしくなってきました。
昨年の葵祭のときとは違い、みなさん合羽を着られていますね。
山鉾巡行の行列も、もうすぐですね。


324-14.jpg
その直後に、三条通近辺に先導のパトカーが現れました。
午前10時15分になって、
「御池河原町」交差点でも山鉾巡行が始まりました。


324-15.jpg
パトカーの背後から、幟を持った男性が行進されています。
「祇園会」という文字が見えますね。


324-16.jpg
そして、その後ろから祇園祭「鉾1番」長刀鉾が姿を現しました。
すると、先頭の氏子さんが
竹の切れ端を何本か持って先を急ぎました。


324-17.jpg
そして、その竹の切れ端を交差点の中央に並べ始めました。
これが、「辻回し」の下準備です。


324-18.jpg
そうこうしているうちに、長刀鉾が交差点内に入ってきました。
すると、「祇園囃」のテンポが急に速くなりました。


324-19.jpg
長刀鉾はそのまま北上し続けますので、
自分が撮影している目の前まで、曳き手が来られました。
交差点の中央で長刀鉾を止めた途端、
「さぁ、次は『辻回し』や」
曳き手の先頭の氏子さんはそうおっしゃれて、
交差点の西側へと走り去られました。


324-20.jpg
竹の切れ端を並べている間、長刀鉾は全く動きません。
その間に、長刀鉾をアップにしました。
こちらは、祇園祭唯一の「生き稚児」さんが活躍します。
この写真以降、他の写真もすべてクリックすれば拡大されます。


324-21.jpg
曳き手の皆さんは、御池通の方に移動されました。
(鉾に対して、約90°の位置ですね)
この時点で、先ほどの竹の切れ端が鉾の車の下に噛ませてあります。
この辺りの写真は、全てクリックすると拡大されます。
(以降は書きませんが、すべでの写真が拡大可能です)


324-22.jpg
こうして、「辻回し」の準備ができました。
すると、鉾の前に立たれた4人が団扇を掲げて
掛け声を挙げられました。


324-23.jpg
「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
曳き手の皆さんが真横から鉾を曳かれます。
すると竹の上の車輪が横滑りして、長刀鉾は左折しました。
これが、「辻回し」の手順です。


324-24.jpg
長刀鉾は、約60°西に傾きました。
そこで、また最初から同じ手順を繰り返します。
1回の「辻回し」に約5分かかるので、
交差点を抜けるのに約15分~20分かかります。
これが、山鉾巡行に時間がかかる最大の理由です。

もちろん車輪を工夫すれば、
「辻回し」無しですぐに左折できます。
ただ、それでは面白味がありません。
敢えて「辻回し」で曲がることに意義があるのです。


324-25.jpg
そうこうしているうちに、後続の山鉾が来ました。
こちらは、「山1番」の孟宗山ですね。


324-26.jpg
ようやくこの交差点での2度目の「辻回し」の準備が整いました。
先導の4人が、また団扇を掲げて掛け声を挙げます。


324-27.jpg
再び「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
横から鉾が曳かれ30°ほど西に左折しました。
これで、合計90°に左折しました。
普段ならもっと「辻回し」を繰り返すのですが、(4回くらい)
竹が濡れているので今年(2015年)は滑りがいいですね。
(普段は、水をまいてわざわざ竹を濡らします)


324-28.jpg
長刀鉾の下の方をアップで撮りました。
「辻回し」が終わり、
ここに竹の切れ端などの用具を入れていきます。


324-29.jpg
交差点に散らかっていた「辻回し」のための用具を
すべて鉾の下に収めると、
いよいよ御池通に向かって長刀鉾が進みます。
先導の4人が団扇を掲げて、前進の合図を送ります。


324-30.jpg
「エイヤラヤ~」の掛け声で、長刀鉾は御池通を西に進みます。
すると、長刀鉾の「祇園囃」がまたゆっくりとした曲に戻りました。
今年の長刀鉾の「辻回し」は、約15分でした。
たぶん、これは例年よりもずっと早いと思います。
先述の通り、雨天(暴風雨)は車輪の滑りがいいようです。


324-31.jpg
長刀鉾が御池通を西に進み、京都市役所前を通り過ぎます。
次は、孟宗山の「辻回し」ですね。
これで、前祭23基のうち1基だけが「辻回し」を終えました。
これからまだまだ山鉾巡行は続くのですが、
写真をだいぶ貼り付けたので
続きは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

続きを読む

スポンサーサイト

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第325回 函谷鉾 月鉾辻回し~暴風雨の山鉾巡行~その2

324-31.jpg
「鉾1番」長刀鉾が辻回しを終え、御池通を西に進んでいきます。
祇園祭前祭参加の23基の山鉾のうち、
一つだけが辻回しを終えました。
ここから、どんどん山鉾が「京都市役所前」交差点にやって来ます。
今回は、そのうち「鉾4番」月鉾までの様子を書いていきます。
(まぁ、全体の1/3ですね)
撮影日は、2015年7月17日金曜日午前10時半。
この日京都を襲った台風11号の影響は、数日続きました。


325-2.jpg
長刀鉾が御池通を西に去った後、
次々と後続の山鉾が河原町通を北上してきます。
こちらは、今年(2015年)の「山1番」孟宗山ですね。

孟宗が母親のために筍を取りに雪山を彷徨う姿を描きます。
まぁ、中国で孟宗と言えば「親孝行の鑑」ですからね。
ちなみに、孟宗は陸遜などに仕えた「三国志」呉の文官です。


325-3.jpg
孟宗山が、「京都市役所前」交差点に入ってきました。
すると、担ぎ手の方々が立ち止まり両手に力を込められます。


325-4.jpg
そして、担ぎ手の方々が孟宗山自体を持ち上げます。
車輪が宙に浮くので、これで方向転換ができます。


325-5.jpg
孟宗山が西に90°左折すると、担ぎ手は山を下します。
この間、15秒でした。(前回ブログの長刀鉾は、約15分かかりました)


325-6.jpg
孟宗山が御池通に去っていくと、
今度は「山2番」芦刈山が続きます。
「親孝行」の次は、「夫婦円満」を描いた山です。


325-7.jpg
芦刈山も、「京都市役所前」交差点に入ると
担ぎ手が山を持ち上げられて方向転換しました。
この写真は、クリックすると拡大されます。
ここまでは、先ほどと同じなのですが……


325-8.jpg
そのまま着地することなく、
担ぎ手の方々が芦刈山をくるくると回転させました。
突然のパフォーマンスに、沿道の方々は拍手喝采です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


325-9.jpg
回転は、約30秒続きました。
そして、芦刈山が着地すると御池通へと去っていきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


325-10.jpg
芦刈山の直後に、荷茶屋(にないじゃや)の担ぎ手が現れました。
こちらも、くるくると回転されていました。
もちろん、沿道の方々は拍手喝采です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-11.jpg
その次に現れたのは、「山3番」伯牙山です。
中国の箏の名手伯牙が、
友人の死を悼み愛用の箏を斧で叩き割る姿を描いています。
また、こちらの会所は市指定文化財「杉本家」ですね。


325-12.jpg
伯牙山の「辻回し」は派手なパフォーマンスもなく、
約15秒で左折しました。


325-13.jpg
伯牙山が、御池通に消えていきます。
こちらの見送りは見事なのですが、
ズームが間に合わず中途半端になりました。


325-14.jpg
こちらは、御池通を約100m北上した河原町通です。
長刀鉾が行ってしまうと、
規制線付近のカメラマンもだいぶ数が減ります。
山鉾巡行はまだまだ続きますが、
ここで自分も規制線を回り込んで御池通西側に向かいます。


325-15.jpg
河原町通西側歩道に移動した辺りで、南を向きました。
次の「鉾2番」くじ取らず(順番が固定されています)の
「函谷鉾」が見えてきました。


325-16.jpg
河原町通から、御池通を西に進んでいます。
市役所南側広場で、熱中症予防キャンペーンが行われていました。
まぁ、この豪雨で熱中症と言われても……


325-17.jpg
そうこうしているうちに、函谷鉾の辻回しが始まりました。
まだ次の所定位置には着いていなかったので、
中途半端な写真になります。


325-18.jpg
函谷鉾の囃手をアップで撮りました。
こうして撮ると、雨粒がはっきり見えます。
この日(2015年7月17日)は、
台風11号襲来でこの時点で大雨警報発令中です。


325-19.jpg
函谷鉾の1度目の「辻回し」が終わりました。
人混みで、なかなか目的地に着けません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-20.jpg
河原町通から、御池通を西へ約100m進み寺町通に来ました。
この辺りが、次の撮影ポイントです。


325-21.jpg
寺町通から、御池通を西に向いています。
函谷鉾が、2回目の「辻回し」を終えました。
個人的には、東山を背景にしたこの角度が
一番鉾がきれいに見えると思います。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-22.jpg
御池通の桟敷席前に、函谷鉾の隊列が入ってきました。
函谷鉾は、中国の長安と洛陽の中間にある
「函谷関」という関所に由来します。
「史記」にここを強行突破する劉邦軍の話があります。


325-23.jpg
函谷鉾が、御池通の桟敷席前を通り過ぎます。
左右に揺れながら勇壮な姿を見せますね。


325-24.jpg
今度は、反対側の囃手をアップにしました。
函谷鉾の囃手は宵山になると四条通や烏丸通を練り歩かれるので、
祇園囃の中では一番耳に残っています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-25.jpg
函谷鉾も、御池通を西に進んでいきました。
この函谷鉾の辻回しも、約15分かかりました。


325-26.jpg
その次は、「山4番」の油天神山です。
油小路綾小路下るの火尊天神の祠を乗せた山です。


325-27.jpg
こちらが、油天神山です。
黒塗の胴掛が雨に映えますが、
豪雨の中では祠も黒い布に巻かれた状態でした。


325-28.jpg
さらに、「傘鉾1番」の四条傘鉾が続きます。
この辺りに来たのは、こちらが目当ての一つでした。


325-29.jpg
こちらが、四条傘鉾です。
「鉾」と言いながら、実は「山」よりも小さいです。
ただ最近は寄付もだいぶ集まってきましたので、
この部分を乗せて、大きな鉾にする計画が上がっています。
(応仁の乱以前の姿に戻るわけですね)


325-30.jpg
四条傘鉾には、こちらの「棒振り踊り」の小学生が随行します。
こちらは「くじ改め」の際行われる踊りで、
以前はこちらの桟敷席前でも行われていたのですが、
今年(2015年)は特に何もなく素通りでした。


325-31.jpg
さらに、「山5番」の占出山が続きます。
昨年(2014年)の「山1番」です。
「山1番」は縁起がいいので、どの山も狙っています。
(順番は、くじで毎年変わります)
この山は、神功皇后が朝鮮出兵の戦果を鮎で占ったことを描きます。


325-32.jpg
占出山の水引は小倉百人一首が書かれていて、
宵山の際にはそれが人気を呼んでいます。
見送りも鮮やかなのですが、
この豪雨ではビニールシートの中ですね。


325-33.jpg
その後ろから、「鉾3番」月鉾が姿を現しました。
「辻回し」を撮ろうとしたのですが、
なぜか周囲の方々が傘を高く掲げられて
上手く写真が撮れません……


325-34.jpg
残念ですが、月鉾の辻回しの写真はこれ以上ありません……
月鉾の隊列が、御池通に入ってきました。
月鉾は、文字通り月の神様である月読命を祀っています。


325-35.jpg
月鉾が、「辻回し」を終えました。
個人的には、一番美しい鉾だと思います。


325-36.jpg
月鉾の天頂部分を撮りました。
鉾先が、三日月の形状をしています。


325-37.jpg
「辻回し」の後始末も終え、曳き手の方々も所定位置に就きました。
先導役による扇子の合図と「エイヤラヤ~」の掛け声と共に、
月鉾が御池通を西に進み始めました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-38.jpg
勇壮な月鉾が、御池通を西に進んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

これで、約1/3くらいの山鉾巡行が終わりました。
まだまだ続くのですが、
だいぶ写真を貼りつけたので続きは次回にします。

今回は、ここまでです。

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第326回 雨傘の海を渡る船鉾~暴風雨の山鉾巡行~その3

326-1.jpg
御池通での祇園祭山鉾巡行見物も、半ばに差し掛かってきました。
月鉾の後から現れたのは、「山6番」蟷螂山です。
大きなカマキリのからくり人形が人気の山ですね。
今回は、この蟷螂山から最後の船鉾まで一気に紹介します。
撮影日は、2015年7月17日金曜日午前11時15分。
台風の影響は、むしろ夕方から夜にかけてが大きかったですね。


326-2.jpg
こちらが、蟷螂山です。
いつもなら山に乗る牛車の上に
大きなカマキリがいらっしゃるのですが……
この日(2015年7月17日)の巡行には、いらっしゃいません!
まぁ、大雨警報発令中ですしね。
頭・前足・両羽が動くかなり精巧なからくり人形ですから、
この暴風雨では壊れてしまいますし……


326-3.jpg
その次は、「山7番」木賊山です。
子供をさらわれた木賊刈りの老人を描いた山ですね。
木賊(とくさ)とは漢方薬にも使うシダ類ですが、
実は京都市街地のあちこちに生えています。
自生しているのではなく、ビルなどの緑地に植えられています。


326-4.jpg
さらに、「山8番」山伏山が続きます。
平安時代に有名だった修験者(山伏)浄蔵貴所を祀っています。
法観寺の八坂の塔が傾いたのを法力で直すなど、
いろいろな伝説が残っています。


326-5.jpg
山伏山の胴掛と見送りをアップで撮りました。
ただビニールシートで覆ってあるので、
本来の鮮やかさは分かりません。


326-6.jpg
その後に、辻回しを終えた「鉾4番」菊水鉾がやって来ました。
町内にある「菊水の井戸」がその名前の由来です。


326-7.jpg
菊水鉾の見送りを撮りました。立派な鯉の滝登りですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


326-8.jpg
その後は、「山9番」郭巨山が来ました、
2年前、3年前「山1番」くじを引いた山ですね。
毎年、ウチで粽を買っている山でもあります。


326-9.jpg
こちらが、郭巨山です。
貧困が原因で郭巨という中国人が自分の子を捨てようとしたところ、
そこから金が出てきたという故事に基づいています。
「金運」と「親孝行」を描いた山ですね。


326-10.jpg
続いては、「傘鉾2番」綾傘鉾です。
綾小路沿いに会所があるほうの傘鉾ですね。
(会所は、普段は大原神社の京都出張所です)


326-11.jpg
幟に続いて、綾傘鉾の登場です。
手前に、「棒振り踊り」の囃子手と踊り手が随行します。
暴風雨のせいか、こちらの傘鉾も
御池通では「棒振り踊り」をしません。
(今回の巡行の楽しみの一つでしたので、残念です)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-12.jpg
さらに「山10番」太子山が続きます。
通常、山の天頂部は松の木が立てられるのですが、
こちらは杉の木を立てます。
山鉾の中では数少ない「受験の神様」で、
会所前には合格祈願の絵馬が林立します。


326-13.jpg
そして河原町通の方角(東)を振り返れば、
「鉾5番」鶏鉾が辻回しを終えたところでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-14.jpg
鶏鉾が、御池通を西に進みます。
そう言えば、この鶏鉾だけは名称の由来がよく分かりません。
ご神体は、「住吉さん」ですし……
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-15.jpg
鶏鉾が、寺町通の向こう(西)に、去っていきます。
胴掛や見送りに付けられた絨毯が見事ですが、
こちらもビニールシートの中です。
(まぁ、それだけ豪雨の中での巡行だったのです)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-16.jpg
その後を「山11番」白楽天山が続きます。
白楽天とは、唐の3大詩人の一人白居易のことです。
(後の2人は、杜甫と李白)
そう言えば、この白楽天は文官としても有能でしたが、
明らかに後世の創作であるものも含めて
様々な伝説が付いて回る人です。
ある意味、中国版の小野篁ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


326-17.jpg
続いては、「山12番」保昌山の登場です。
藤原保昌が恋人の和泉式部のために紫宸殿の梅を折ろうとした
そのエピソードをモチーフにしています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-18.jpg
保昌山が、御池通を西に進んでいきます。
恋愛成就が御利益なので、会所はいつもたくさんの方で賑わいます。
背を向けているのは藤原保昌の人形ですが、
こちら側から撮ると、ほとんど裏側になってしまいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-19.jpg
さらに、「山13番」霰天神山(あられてんじんやま)の登場です。
町内の天神さんの祠がご神体です。
そう言えば、ここの会所の西隣にある中華料理屋の
浸みだれ肉まんがおいしいですね。
自分の祇園祭の楽しみの一つです。


326-20.jpg
霰天神山が、御池通を西に進んでいきます。
こちらは「天神さん」なのに、「火災除け」のご利益があります。
前回ブログ紹介の油天神山と同じですね。


326-21.jpg
いよいよ巡行する山鉾も、あと3基となりました。
ここからは、全て「くじ取らず」(順番が固定)です。
「鉾6番」放下鉾が、辻回しを終えました。
室町時代の芸能集団「放下僧」が、名称の由来です。
(僧の姿をして、大道芸を行った人々です)
この写真から船鉾までは、全てクリックすれば拡大されます。


326-22.jpg
放下鉾が、御池通を西に進んでいます。
元来は稚児姿のからくり人形三光丸が同乗しているのですが、
この暴風雨では姿も見えません。
こうして見ると、からくり人形は1体も巡行しませんでした。
他にも装飾品の簡略化が多かったように思います。


326-23.jpg
放下鉾が、寺町通よりも西に去っていきます。
随行する氏子さんも、この日ばかりは合羽姿ですね。
(写真ではわかりにくいですが、さらに大雨になってきました)


326-24.jpg
その次は、「山14番」岩戸山が辻回しをしています。
こちらは「鉾」と同じくらい大きいのですが、
あくまで「山」ですので、天頂部は矛ではなくて松の木です。
このような「曳山」は、北観音山・南観音山など
後祭のほうに多く見られます。
そう言えば、いつの間にか東山の稜線が見えなくなりました。
(それくらい、雨が強くなってきました)


326-25.jpg
辻回しを終えた岩戸山が、御池通を西に進んでいます。
「曳山」は天頂部以外は「鉾」と同じなので、
辻回しには「鉾」同様に時間がかかります。
その背後(河原町通付近)をよく見ると、
最後尾の船鉾が辻回しに入ろうとしていますね。


326-26.jpg
岩戸山が、御池通の桟敷席前を通り過ぎます。
この山は、もちろん「記紀」の岩戸山伝説を題材にしています。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴を恐れた
姉で伊勢神宮の御祭神の天照大神(あまてらすおおみかみ)が
天岩戸(あまのいわと)の中に逃げ隠れたお話ですね。
天宇受売(あめのうずめ)の機転と田力男(たじからお)の怪力で
天照大神を天岩戸から出した後
天照大神は素戔嗚尊を出雲(島根県)に追放しました。

つまり、これは天然痘など疫病の神である素戔嗚尊(牛頭天王)を
追放するお話です。
天然痘を鎮めるためのお祭りに、このような山があること自体
とても呪術的な意味を感じます。


326-27.jpg
いよいよ最後尾の船鉾が、辻回しを終えました。
神功皇后が朝鮮半島に出兵した際に乗った
天鳥船(あまのとりふね)をモデルにしています。
前祭の最後尾「船鉾」は、出発を表しています。
(後祭の最後尾「大船鉾」は、帰還を表しています)


326-28.jpg
船鉾が、御池通を西に進んでいます。
この豪雨の中では、雨傘が欠かせません。
ですから、今回の巡行を撮影する際には
この雨傘が必ず写り込んでしまします。
「雨傘が、フレームに入ってくる」「もう、雨傘が邪魔」
自分の周囲にいらした方々も(ついでに自分も)
その雨傘をかなり面倒に感じていました。
ただ、こうして見るとたくさんの雨傘が暴風雨の荒波にも見えます。
その雨傘の波間を船鉾が通り過ぎていくのも、
かなり幻想的な光景です。
こういう時は、「大雨でよかった」と思ってしまします。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


326-29.jpg
船鉾の後を、パトカーが続きます。
桟敷席の方々も、一斉に帰り始めました。


326-30.jpg
パトカーが通り過ぎると、
「京都市役所前」(「御池河原町」)交差点に信号が灯りました。
すると、その背後から一般車両が入ってきました。
もう日常に戻りつつあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


326-31.jpg
撮影位置から、北を向きました。
京都市役所の前に、
地下鉄東西線「京都市役所前」駅の14番出口がありました。
では、ここから京都駅を目指して職場に戻ります。

今回は、ここまでです。

~次回から、後祭の宵山散策を始めます。
祇園祭は、まだまだ続きます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第408回 祇園祭前祭山鉾巡行 2016 前編

[山鉾巡行] ブログ村キーワード

408-1.jpg
2016年は、7月17日が久しぶりに日曜日でした。
ですから、余裕をもって祇園祭前祭山鉾巡行に向かえます。
午前9時15分に家を出て、自転車で七条通から川端通に出て
京阪電鉄「七条」駅前のマクドナルドに寄りました。
この写真は、その2Fから撮りました。
(個人的に、全国のマクドナルド屈指のロケーションと思っています)
ここを午前9時45分に出て、川端通を北上しました。


408-2.jpg
川端通を七条通から自転車で御池通に向かい、
そこから御池通を西に進みました。
川端通から御池通を西に約200m進むと、
駐輪場のある「御池河原町」交差点に辿り着きました。
ここに自転車を停めて、この交差点で山鉾巡行を見ます。


408-3.jpg
「御池河原町」交差点南東角から、北東角を見ています。
向こうが自分が選ぶベストポイントなのですが、
昨年(2015年)よりゆっくり来たので、
(マクドに行っている場合じゃなかった?)
もう撮影ポイントが他の方に占拠されています。


408-4.jpg
人混みに紛れて、何とか撮影ポイントに着きました。
この時点で、午前10時でした。
ですから、もう「御池河原町」交差点の信号も消えています。


408-5.jpg
「御池河原町」交差点から約100m北に、規制線が張られました。
昨年(2015年)はここから北側が報道カメラマンのスペースで、
自分たちのような一般人もそこに入れました。
今年(2016年)は単に規制線を張るだけで、
一般人だけでなく報道カメラマンも車道に入ることは禁止です。


408-6.jpg
こちらは、「御池河原町交差点」近くの本能寺会館の屋上です。
見物人が、鈴なり状態ですね。


408-7.jpg
そうこうしているうちに、もう「祇園会」の幟がやって来ています。
ちなみに交差点南西角に「スギ薬局」の看板が見えますが、
あちらに焦点を合わせていくと辻回しが上手く撮れます。


408-8.jpg
その直後に、長刀鉾が河原町通からやって来ました。
よく考えたら、昨年(2015年)よりも約10m北側で撮っています。
この辺りは車道が膨らんで、歩道がその分狭くなっています。
ですから、街路樹の銀杏が邪魔で上手く撮れません。
この辺りから暫く、クリックした写真は拡大されます。


408-9.jpg
長刀鉾の櫓の部分をアップにしました。
生稚児さん3人が、写っています。
ただ、カメラは手前の銀杏の葉に焦点が合ってしまいます……


408-10.jpg
長刀鉾が、「御池河原町」交差点に入ってきました。
曳き手の皆さんはこちらに向かわず、御池通の西側に並ばれました。
長刀鉾の車輪に竹を噛ませます。いよいよ辻回しが始まります。


408-11.jpg
ものの数分で車輪に竹を噛ませると、
先導の方々が両手の扇子を振り上げます。
何となく、年々辻回しの要領が良くなっている気がします。


408-12.jpg
「エイヤラヤ~」との先導の掛け声で、長刀鉾が約60°回りました。
そして、これをもう一度繰り返します。


408-13.jpg
今度も、すぐに車輪に竹を噛ませました。
「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、長刀鉾が約30°回りました。


408-14.jpg
これで、合計ほぼ90°回転しました。
すると、祇園囃の曲調がまた緩やかなものに変わりました。


408-15.jpg
長刀鉾の曳き手の皆さんが再び整列すると、
先導の方々が「エイヤラヤ~」と声を掛けました。


408-16.jpg
これで、長刀鉾の辻回しが終わりました。
すると、長刀鉾は御池通を西に進み交差点を立ち去りました。


408-17.jpg
次に、今年(2016年)「山1番」のくじを引き当てた山伏山が
「御池河原町」交差点に入ってきました。
浄蔵貴所という平安時代の山伏を模した山で、
いつの間にか「天災除け」があるとされています。
そのため、東日本大震災や熊本大地震の被災地とも
こちらの山町がつながりを持つようになりました。


408-18.jpg
こういう山は小さいので、辻回しの必要はありません。
担ぎ手の方々がそのまま持ち上げて、
方向転換すれば良いだけのはずなのですが……


408-19.jpg
突然、山伏山が右回りに回転し始めました。
本来はものの数秒で交差点を通り抜けるのですが、
いくつかの山は、沿道にこういうサービスをします。


408-20.jpg
山伏山は3回転した後、御池通を西に向けて去りました。
とは言え、この間2分もありませんでした。


408-21.jpg
次は、「山2番」の白楽天山です。
白居易(白楽天)は、杜甫・李白と並ぶ「中国3大詩人」の一人です。
その一方、白楽天は中国では巫覡(中国版陰陽道)の使い手として
多くの物語や伝説に出てきます。
要するに、日本の小野篁(おののたかむら)と似た人物像ですね。
この山は、その白居易が道林禅師と禅問答をした故事にちなみます。


408-22.jpg
白楽天山も、「御池河原町」交差点でくるくる回ります。
沿道からは、また拍手が沸き起こりました。


408-23.jpg
「山3番」孟宗山が、「御池河原町」交差点に入ってきました。
昨年(2015年)は、こちらが「山1番」でした。
孟宗は、「三国志演義」で呉の陸遜に使える文官として出てきます。
とても親孝行で、病気の母親の死後
皇帝の孫権の法令に逆らって母親の喪に服し続けました。
普通なら死罪ですが、陸遜の仲介で無罪となり
孟宗は後に呉の重臣になります。
中国では、「親孝行と言えば孟宗」と言われるくらいの方です。


408-24.jpg
孟宗山は特にくるくる回ることなく、そのまま西に向かいました。
そう言えば、孟宗山は昨年(2015年)もここを素通りしました。


408-25.jpg
次は、くじ取らずの「鉾2番」函谷鉾です。
こちらも、中国の洛陽と長安の間にある函谷関を模しています。
ただし「三国志演義」ではなく、「史記」を模しています。
写真をクリックすれば拡大されるのは、ここまでです。


408-26.jpg
函谷鉾の辻回しのうちに、場所を移動します。
辻回しがよく見えるのは「御池河原町」交差点北東角ですが、
山鉾そのものを見るには「御池寺町」交差点です。
横断歩道は「二条河原町」交差点までないので、
「御池河原町」交差点の下にある地下道に向かいます。


408-27.jpg
この辺りの地下は、ZEST御池という地下街です。
交差点の真下(地下)にコンビニエンスストアがあって、
そこでスポーツドリンクを買いました。
(曇っていましたが、暑くて熱中症になりそうです)
そして、さらに西に進み地上に上がりました。


408-28.jpg
京都市役所の西端、「御池寺町」交差点に来ました。
そこから東の河原町通付近を見ました。
函谷鉾は、まだ辻回しの途中です。
……と言いますか、テントが邪魔で上手く撮れません。
個人的には、ここから東山を借景に撮ると
山鉾がいちばん美しく見えると思うのですが、
テントが昨年(2015年)と向きが違うのが残念です。
ここから最後まで、クリックすれば写真が拡大されます。


408-29.jpg
御池通から、寺町通を南に向いています。
繁華街のアーケードの手前に、孟宗山が止まっています。
函谷鉾の辻回しが終わるまで、待っているようです。


408-30.jpg
函谷鉾が辻回しを終えて、ようやく寺町通の方にやって来ました。
長刀鉾の辻回しは10分と少々でしたが、
函谷鉾は20分弱かかったようです。


408-31.jpg
函谷鉾が、寺町通に入ってきました。
こちらも、立派な鉾が付いています。


408-32.jpg
函谷鉾の櫓では、町衆の方々が祇園囃を演奏中です。
函谷鉾の囃手は宵山の深夜に四条通を練り歩いて演奏されるので、
自分の耳には、こちらの祇園囃が一番印象に残っています。


408-33.jpg
函谷鉾が、去っています。
こちらの見送りは、真新しいですね。


408-34.jpg
その次は、「山4番」太子山です。
台風直撃だった昨年(2015年)と、何もかも違いますね。


408-35.jpg
続いて、「傘鉾1番」四条傘鉾です。
先ずは、アスファルトの道に鉄杖を引きずった先導の登場です。


408-36.jpg
その後ろに、木製の棒を持ち踊る少年が現れます。
さらに後ろの囃手も、小学生の男の子たちですね。
その囃手の演奏に合わせて、「棒振り踊り」が始まります。


408-37.jpg
こちらが、四条傘鉾です。
本来はこの下に櫓と車輪が付くのですが、現在復元中です。


408-38.jpg
四条傘鉾の最後列は、こちらの荷車が続きます。
この中には粽が入っていいて、沿道の方々に配られていました。


408-39.jpg
さらに、「山5番」(一昨年の山1番)占出山が続きます。
古墳時代に朝鮮半島に攻め込む前に、
アユ釣りで占いをした神功皇后を模しています。
神功皇后を模した山鉾は3基あるのですが、
こちらはそのうちの1基です。

ここで、約半分が終わりました。
続きは、次回とします。
今回はここまでです。

~次回は、月鉾~船鉾の巡行を取材します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第409回 祇園祭前祭山鉾巡行 2016 後編

[山鉾巡行] ブログ村キーワード
409-1.jpg
2016年の祇園祭前祭山鉾巡行も、半分が過ぎました。
前回ブログの占出山の次は、「鉾3番」月鉾です。
今回は、ここから最後の船鉾まで一気に掲載します。
また今回の写真は、クリックすると全て拡大されます。
撮影日は、2016年7月17日日曜日午前11時半。
この辺りから、少しずつ小雨がぱらつきました。


409-2.jpg
月鉾が、「寺町御池」交差点に近づいてきました。
櫓から、囃手さんが演奏される祇園囃が聞こえてきます。


409-3.jpg
ここで、空を見上げました。
曇り空に、三日月形の鉾先が映えますね。


409-4.jpg
月鉾が、寺町通を通り過ぎていきます。
鉾の中でも、長刀鉾と並び大きいですね。


409-5.jpg
続いては、「山6番」芦刈山です。
こちらの山の詳細は、第62回ブログに掲載されています。
一度離縁した夫婦が、年老いてから復縁するお話ですね。
第407回ブログに出てきた獅子の前掛けが立派です。


409-6.jpg
続いて、「山7番」蟷螂山です。
こちらは人気の山なので、沿道からも拍手が起こります。
台風が直撃した昨年(2015年)とは異なり、
牛車の上に蟷螂が載っています。


409-7.jpg
蟷螂山は、牛車の上に蟷螂(かまきり)を載せた山です。
カマキリの鎌は、「魔(縁起の悪いもの)を絶つ」とされ
とても縁起の良い山でもあります。
このカマキリはからくり人形で今は羽を広げていますが、
他にも頭と前足の鎌が動きます。
その証拠に、自分の後ろにいらした小父さんが
突然大きな声でこうおっしゃったときです。
「いよっ。カマキリ、格好いいね」


409-8.jpg
突然カマキリの頭がこちらを向き、右の前足が左右に揺れました。
まるで、こちらに手を振っているようです。
「こういう風に声を掛けると、こんなことしてくれはるで」
先程の小父さんが、そんなことをおっしゃいました。


409-9.jpg
さらに、「山8番」保昌山が続きます。
平井保昌が折ろうとした内裏内の梅の木がありますね。
とは言え、ここまでしたにも拘らず
平井保昌は和泉式部とは結婚できなかったのですよね。


409-10.jpg
その後は、「鉾4番」鶏鉾です。
「鶏」という名前ですが、特にその絵柄があるわけではありません。
(鶏の胴掛は、函谷鉾ですね)


409-35.jpg
鶏鉾が、近づいてきました。
それと同時に、こちらの祇園囃の音色が大きくなってきました。


409-11.jpg
鶏鉾が、さらに近づいてきました。
櫓には囃手さん以外にも、稚児さんがいらっしゃいます。
ただし、こちらの稚児さんは人形です。
(人間が稚児をする「生稚児」は、長刀鉾のみ)


409-12.jpg
鶏鉾が、寺町通を通り過ぎていきます。
見送りは、鯉山と同じ18世紀ベルギー製のタペストリーです。


409-13.jpg
続いて、「山9番」の伯牙山です。
中国の箏の名手伯牙を題材にしています。
第235回ブログでも紹介したように、
こちらの会所は重要文化財の京町家杉本家邸宅です。


409-14.jpg
そして、「傘鉾2番」綾傘鉾が続きます。
暴風雨だった昨年(2015年)とは異なり、
今年(2016年)は仮面を付けた踊り手が
「棒振り踊り」を披露してくれました。


409-15.jpg
その後に、綾傘鉾が2基続きます。(綾小路の傘鉾ですね)
こちらも四条傘鉾同様、櫓と車輪を復元しようとしています。
こちらの会所は、大原神社の境内にあります。
こちらの本社は、京都府福知山市にいらっしゃるのですが、
江戸時代に京都市内に出張所を作られました。
そのため、綾傘鉾の「棒振り踊り」が
福知山の大原神社に出向くこともあります。


409-16.jpg
さらに、「山10番」霰天神山(あられてんじんやま)が続きます。
確か天明の大火のときだったと思うのですが、(違ったらすみません)
こちらの天神さんの境内周辺だけ霰が降ったために
焼失を免れたことがありました。
そのため、こちらは天神さんでも「火除け」の神様です。


409-17.jpg
そして、こちらが霰天神山の見送りです。
第407回ブログにも出てきましたね。
2014年に修復したところなので、まだまだ真新しいですね。


409-18.jpg
続いて、「鉾5番」菊水鉾です。前掛けと胴掛が鮮やかですね。
こちらの町衆は、水色の法被を身に着けておられます。


409-19.jpg
ここで空を見上げると、菊水鉾の鉾先が見えます。
「菊水」だけに、菊花の形をしています。


409-20.jpg
こちらは、菊水鉾の櫓です。屋根の裏も、色鮮やかです。
櫓の中は、囃手の皆さんで溢れていますね。


409-24.jpg
その後は、「山11番」木賊山(とくさやま)です。
薬草の木賊を採る老人の人形がご神体ですね。


409-21.jpg
こちらが、その木賊山です。
こちらも、前掛け・胴掛・見送りを2014年に修復しました。


409-22.jpg
続いて、郭巨山が「寺町御池」交差点に入ってきました。
自分が、毎年粽を買っている山ですね。


409-23.jpg
郭巨山をアップにしました。
中国人の郭巨とその子供の像がご神体です。
この後ここから金を掘り当てる故事なので、
こちらの山は金運のご利益があります。
粽には、紙製の小判が付いています。


409-25.jpg
そして、担ぎ山の最後を飾る油天神山です。
ご神体は、火尊天満宮の祠です。
今は天神さんですが、元々こちらには愛宕神社がいらしたので
こちらも天神さんなのに「火除け」のご利益があります。


409-26.jpg
油天神山が、寺町通を通り過ぎていきます。
見送りの富士山が、とても鮮やかです。


409-27.jpg
ここから後は曳山と鉾だけなので、全て辻回しがあります。
そのため、ここからちょっとだけ停滞しました。
おまけに雨脚が少し強くなったので、帰られる方も出てきました。
(まだ傘無しでも、大丈夫なのですが)
その間隙に、油天神山の町衆さんが
小さな子供に粽を配っておられました。
ウチの母が、こんな話をしてくれました。
「昔は粽は買わずに、山鉾巡行でばら撒かれたものを拾っていた。
ただ、そうすると山鉾の隙間に沿道の方々が割り込んで危険なので、
今はこのように配ったり、会所で売ったりするようになった」


409-28.jpg
ようやく、くじ取らずの「鉾6番」放下鉾がやって来ました。
「南京玉すだれ」などの芸をする放下僧の像がご神体です。


409-29.jpg
放下鉾の稚児さんも、人形です。
こちらの人形の後ろに立つ町衆が、手を取って舞を舞わせています。


409-30.jpg
放下鉾が、寺町通を通り過ぎます。
見送りのミミズクの絵が、勇壮ですね。


409-31.jpg
次も、くじ取らずの岩戸山です。祇園祭前祭唯一の曳山ですね。
鉾のように大きいですが、「山」なので松の木が立っています。


409-32.jpg
岩戸山の屋根の上に、神像が安置されています。
こちらは岩戸山ですから、田力男(たぢからお)でしょうか?


409-33.jpg
こちらは、岩戸山の屋根の後部です。
見事な彫物ですが、日光東照宮のような「権現造」にも見えます。


409-34.jpg
岩戸山が、寺町通を通り過ぎていきます。
こちらの見送りは2種類あるのですが、
ベネチアを描いた方は使われませんでした。


409-36.jpg
そして、最後の船鉾が「御池寺町」交差点に入ってきました。
こちらは神功皇后がアマノトリフネに乗って、
朝鮮半島に攻め込む様子を描いています。


409-37.jpg
こちらが、船鉾の櫓です。
他の鉾と異なり鉾先は付いていませんが、
祇園囃を演奏する囃手さんたちが乗られております。


409-38.jpg
船鉾が、寺町通を通り過ぎます。
背後についている漆黒の舵が、この鉾の象徴ですね。


409-39.jpg
これで、山鉾のすべてが寺町通を通り過ぎました。
その後にパトロールカーと信号機器を直すクレーン車が続きます。


409-40.jpg
その直後に、信号が付いて規制線が取り除かれました。
自分も「御池河原町」交差点に戻り、
自転車に乗っていったん帰宅します。
その前に、マクドナルドに忘れた雨傘を取りにいかないと……

今回は、ここまでです。

~次回も、まだ祇園祭前祭の取材が続きます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第588回北観音山辻回し~祇園祭後祭山鉾巡行2018~前編

[北観音山] ブログ村キーワード

588-1.jpg
前回ブログの翌日、午前9時には自転車で家を出ました。
そして鴨川東岸沿いの川端通を北上し、御池通で西に折れました。
さらに川端通から御池通を約200m進むと、
「御池河原町」交差点南東角に出ます。
その辺りの駐輪場に自転車を停めて、
そのまま「御池河原町」交差点南東角に陣取ります。
前祭は反時計回りですが、
祇園祭後祭山鉾巡行は時計回りですので、この位置がベストです。
では、先ずは場所取りから始めます。
撮影日は、2018年7月24日火曜日午前10時。
もうちょっと、ゆっくり来ても良かったようでした……


588-2.jpg
「御池河原町」交差点南東角に、
地下鉄東西線「京都市役所前」駅へ下る階段があります。
(地下街のZest御池への階段でもあります)
また、左側に現在は更地の京都信用金庫河原町支店跡があります。
(現在は改築中です。仮店舗が麩屋町通沿いにあります)


588-3.jpg
現在2018年7月24日火曜日午前10時05分です。
まだ自動車は、河原町通を往来しています。
場所取りに勝つために、早い目に撮影ポイントに付きました。
「御池河原町」交差点南東角から対角線上の北西角を撮っています。
こちらの建物が、京都市役所です。
手前の交差点上に、テレビカメラのための鉄塔が作られていますね。
撮影は、地元TV局のKBS京都が行っているのでしょうか?


588-4.jpg
自分が付いた撮影ポイントから、真北を向きました。
向こうに、「御池河原町」交差点北東角にある
京都ホテルオークラが見えます。
御池通は、午前10時前から自動車は通行止めになっていました。


588-5.jpg
京都信用金庫河原町支店跡の前で、AEDを担がれた消防士と
夏服姿の男性が、話されています。
多分、山鉾巡行のこまごました話をされているのでしょうね。


588-6.jpg
すると京都信用金庫河原町支店跡の鉄扉が開いて、
中から桶を片手に夏服姿の男性が、10人前後出て来られました。
彼らは、皆「御池河原町」交差点に集結されました。


588-8.jpg
一方、その頃(午前10時15分頃)の「御池河原町」交差点です。
そろそろ自動車が通行止めのようです。
ただ、まだ歩行者は交差点をうろうろされていました。


588-7.jpg
こちらが、自分の撮影ポイントの北東側です。
交通警官の後ろに、規制線が張られています。
多分その後方も撮影用の場所になるのでしょうが、
今はこの場所を動かないようにしています。


588-9.jpg
先程の京都信用金庫河原町支店跡から、ホースが出てきました。
こちらは、このまま「御池河原町」交差点中央まで伸びます。


588-10.jpg
京都信用金庫河原町支店の行員さんたちが、
ホースを「御池河原町」交差点まで引っ張っていかれます。
交差点で桶を持って待たれておられる行員さんに
こうして水を運ばれます。


588-11.jpg
この時点(10時半)で、御池通を西に向きました。
寺町通付近でしょうか、北観音山が待機していますね。


588-12.jpg
さらに10分後、撮影ポイントから背後(東側)を撮りました。
規制線の背後に、プロとアマチュアのカメラマンが集結しています。
だんだん山鉾巡行らしくなってきました。


588-13.jpg
そして10時50分頃、交通警官が目の前に規制線を張られました。
実はこの辺りの方々が車道にはみ出て、再三警告を受けていました。
この辺りは山鉾の曳き手さんが通られるので、
車道にはみ出ていると山鉾巡行に巻き込まれてしまいます。


588-14.jpg
そうこうして、2018年7月24日午前11時ごろ。
祇園祭後祭山鉾巡行先頭が「御池河原町」交差点に入ってきました。


588-15.jpg
山鉾巡行の先頭は、「祇園会」と書かれた幟(のぼり)です。
祇園会(ぎおんえ)とは、祇園祭の別称です。


588-16.jpg
ここまで東進した「祇園会」の幟が、交差点中央で南に折れます。
そして、このまま河原町通を四条通まで南下します。


588-17.jpg
いよいよ後祭の山鉾が、入ってきました。
後祭山鉾巡行の先頭は、くじ取らずの橋弁慶山です。
武蔵坊弁慶牛若丸による五条橋の決闘を表しています。


588-18.jpg
橋弁慶山が、「御池河原町」交差点中央まで来ました。
ここで、担ぎ手の方々が橋弁慶山を自分の頭まで掲げ上げました。


588-19.jpg
橋弁慶山の担ぎ手さんは、掲げ揚げたまま90°南に折れました。
そして、その位置で橋弁慶山を下ろされました。
これが、担ぎ山の「辻回し」です。
鉾や曳山より小規模の担ぎ山の辻回しは、30秒ほどで終わります。


588-20.jpg
そして、橋弁慶山が河原町通を南下していきます。
黒い肌の武蔵坊弁慶と牛若丸の雄姿が、よく分かりますね。
この橋弁慶山も、四条通まで南に進みます。


588-21.jpg
橋弁慶山の後を山鉾町の町衆の方々が、続いて歩かれていかれます。
祇園祭山鉾巡行では、前祭でもよくある光景ですね。


588-22.jpg
橋弁慶山の続いて、北観音山の登場です。
こちらもくじ取らずなので、最初から順番が決まっています。


588-23.jpg
こちらが、北観音山です。
松が中央に立つ「山」ですが、
高くて大きいので鉾のように曳き手がいらっしゃいます。
山の底から竹を出し、町衆の方々が抱えておられますね。


588-24.jpg
北観音山の曳き手の皆さんが、
その竹を交差点の路上に並べていかれます。
そして、京都信用金庫河原町支店の行員さんが用意された桶の水を
山の滑りをよくするためにその竹の上に撒かれます。


588-25.jpg
一方、北観音山の曳き手の皆さんが
「御池河原町」交差点を通り過ぎても東に進まれて
自分の目の前を通り過ぎていかれます。
ですから、交差点前にいらしたプロのカメラマンが
慌ててその場から撤収されています。


588-26.jpg
北観音山の曳き手の皆さんが、
自分の背後の規制線の手前まで来られました。
こうすることで、北観音山が交差点の中央までやって来ました。
ちょうど並べられた竹の前で、北観音山が停止しました。


588-27.jpg
北観音山町衆の皆さんが、車輪の南側に竹を並べていかれます。
それが1本並べ終わる度に、車輪の滑りをよくするために
先程の桶の水をさらに大量に撒かれます。
桶の水がなくなるたびに、京都信用金庫河原町支店の行員さんが
新たに水を満たした桶を町衆の許へ運ばれていきます。


588-28.jpg
辻回しのために竹を並べられるのは、1回に約10分掛かります。
その間、北観音山の囃手さんは勇壮な曲を演奏されます。
祇園囃は山鉾ごとに異なりますが、
このような辻回しの際にも別の曲を演奏されます。


588-29.jpg
竹を並べ終わると、曳き手の皆さんが河原町通に移動されます。
さて、いよいよ辻回しが始まります。
扇を持たれた山の先頭に立たれた4人の町衆が掛け声を発します。


588-30.jpg
同じ位置から、少し引いた写真です。
曳き手の皆さんが、90°南に折れた位置で引っ張ることで
強引な方向転換を図ります。
このことを祇園祭では「辻回し」と言います。


588-31.jpg
扇を持たれた町衆が、扇を左側に傾けておられます。
ここで、辻回し独特の掛け声「エイヤラヤ~」と
その町衆が大声で叫ばれます。


588-32.jpg
その町衆が掛け声とともに、扇を前に差し出しました。
それを合図に曳き手の皆さんが、北観音山を90°南から曳きました。
すると、北観音山がズルズルと南へ曲がりだしました。


588-33.jpg
北観音山の車輪が、竹の上を滑っていきます。
北観音山は、そのまま南へ60°曲がったところで停止しました。
実は一気に90°曲がると転倒の危険があるので、
通常この辺りで停止します。


588-34.jpg
北観音山が停止すると、町衆の皆さんが竹の位置を直されます。
もちろんまた大量の水が必要となるので、
京都信用金庫河原町支店の行員さんが忙しく桶を運ばれていました。
よく見ると、後方に次に巡行される黒主山が並んでいます。


588-35.jpg
竹を再び並び終えると、扇片手の町衆が
「エイヤラヤ~」とまた大声で叫ばれました。
するとまた北観音山が回りだし、南を向いた時点で停止しました。


588-36.jpg
これで、北観音山の辻回しが終了しました。
ここで使われた竹は、北観音山の底部に収められます。


588-37.jpg
北観音山底部に竹が収められると、
祇園囃の曲調が落ち着いたものに変わります。
その直後に扇を持たれた町衆が「エイヤラヤ~」と声を掛けると、
北観音山が河原町通を南下し始めました。


588-38.jpg
北観音山が、「御池河原町」交差点から去っていきます。
次は1番くじを引いた黒主山が入ってくるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、後祭天鉾巡行の残りを紹介します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第589回鯉山も回ります~祇園祭後祭山鉾巡行2018~中編

588-38.jpg
2018年祇園祭後祭山鉾巡行も、北観音山の辻回しが終わりました。
今までは「くじ取らず」の山ばかりでしたが、
ここからはくじを取った(毎年順番が変わる)山が並びます。
撮影日は、2018年7月24日火曜日午前11時半。
2018年は、7月いっぱい体温(37℃)以上の気温でした。


589-2.jpg
前回ブログの北観音山に続いて、後祭山3番黒主山が
「御池河原町」交差点に入ってきました。
くじを引いた中では、こちらが1番です。
謡曲「志賀」に取材した桜を見上げる大友黒主がご神体です。


589-3.jpg
黒主山が、「御池河原町」交差点に入ってきました。
中央まで来ると、担ぎ手の皆さんが黒主山を持ち上げました。


589-4.jpg
そして、このまま黒主山を担ぎ手の皆さんが南に向かせます。
大きな曳山と異なり、小さな担ぎ山は派手な辻回しはありません。
と思っていたのですが……


589-5.jpg
黒主山の担ぎ差の皆さんは、そのまま回りだしました。
この位置からでも、真後ろの見送りがよく見えます。


589-6.jpg
そして、黒主山が1周回ります。
担ぎ山のいくつかは、このようにアドリブで回転します。


589-7.jpg
黒主山はさらに回転して、真正面を向きました。
桜の造花と大友黒主像が、よく見えますね。


589-8.jpg
さらに、黒主山が回り続けていきます。見送りがよく見えますね。
黒主山は、このまま合計3周回りました。


589-9.jpg
そして、黒主山が3周回り南に向くと、
担ぎ手さんたちは黒主山を地面に下ろしました。
ここから黒主山は南進し、「御池河原町」交差点から去ります。


589-10.jpg
続いて、鯉山が登場します。
登龍門(鯉が滝上りして、龍となる故事)が元になった山です。


589-11.jpg
鯉山が、「御池河原町」交差点中央に入ってきました。
こちらも、担ぎ手さんたちが鯉山を持ち上げます。


589-12.jpg
鯉山を担ぎ手さんたちが持ち上げて、南へと向きを変えました。
ここで鯉山を下ろすと思いきや、またも……


589-13.jpg
黒主山に続いて、鯉山も回転し始めました!
イーリアス」を描いたベルギー製のタペストリーを
箟(のみ)で切り裂いて製作した見送り(山鉾後部の垂れ幕)は、
胴掛と共に重要文化財に指定されています。


589-14.jpg
鯉山は、さらに回転し続けます。
この角度だと、ご神体の左甚五郎作鯉像がよく見えます。
こちらも、重要文化財に指定されています。
鯉山はこの二つの重要文化財見たさに、
宵山などにはたくさんの人だかりができています。


589-15.jpg
鯉山は、まだまだ回り続けています。
ちょうど正面が、こちらを向いています。
鯉山の胴掛もその上に掛かる水引も、
「イーリアス」のタペストリーの残りの部分から作られています。
こちらも、先ほどの見送りとセットで重要文化財です。


589-16.jpg
鯉山も、3周回りました。
その後鯉山が南に向いた際に、担ぎ手さんたちが下ろしました。
そして、鯉山はそのまま河原町通を南下していきました。


589-17.jpg
鯉山の直後を荷茶屋(にないちゃや)が通り過ぎます。
要するに、鯉山の担ぎ手さんたちの道具などを運んでいます。
こちらのものは下に車が付いているので、持ち上げません。


589-18.jpg
続いて、鈴鹿山の登場です。
ご神体は、戦女神の鈴鹿権現を祀っています。
滋賀県と三重県の県境にある鈴鹿山脈の所以でもあります。


589-19.jpg
鈴鹿山が、「御池河原町」交差点の中央に入ってきました。
やはり担ぎの皆さんが、鈴鹿山を持ち上げます。


589-20.jpg
鈴鹿山の担ぎ手さんたちは南に向くと、
回転することなくそのまま鈴鹿山を地面に下ろされました。
そして、そのまま河原町通を南下していきました。


589-21.jpg
鈴鹿山の後を鈴鹿山の荷茶屋が続きます。
こちらも、大きくて車が付いています。


589-22.jpg
そして、鈴鹿山の後ろから一際大きな曳山が現れました。
こちらは、山6番くじ取らずの南観音山ですね。


589-23.jpg
南観音山が、「御池河原町」交差点に近づいてきました。
すると、先に町衆が竹を持って交差点に入って来られました。
辻回しの下準備が始まるようです。


589-24.jpg
一方、南観音山は「御池河原町」交差点に入ってきました。
曳き手の皆さんが交差点を越えて、自分の前も越えていきます。


589-25.jpg
そうして、南観音山が「御池河原町」交差点中央に来ました。
その位置で、南観音山が一旦停止します。


589-26.jpg
その南観音山の車輪横に、竹が敷き詰められていきます。
また、南観音山の曳き手の皆さんは河原町通に移動されました。


589-27.jpg
南観音山の辻回しの準備の間、その上部を撮りました。
囃手さんが、祇園囃を奏でていますね。
飛天を描いた紅い水引が、お昼前の日光に映えます。


589-28.jpg
南観音山車輪脇の竹が敷き詰められたようです。
音頭取り(山の先頭に乗って、方向指示を行う方々)が
扇子を横に振り上げ、いよいよ辻回しが始まります。


589-29.jpg
音頭取りの「エイヤラヤ~」という掛け声とともに、
南観音山が車輪脇の竹の上を滑っていきます。
約60°ほど南に曲がった地点で、1回目の辻回しが終わりました。


589-30.jpg
南観音山車輪脇の竹が、また敷き詰め直されていきます。
京都信用金庫河原町支店の行員さんが汲み上げた桶の水が、
滑りをよくするために竹の上に何度も撒かれていきます。


589-31.jpg
南観音山車輪脇の竹が敷き詰め直されて、
「御池河原町」交差点2回目の辻回しが始まります。
音頭取りが掛け声を掛ける前に、扇子を振り上げられます。


589-32.jpg
南観音山の音頭取りが、扇子を構えられました。
そして、「エイヤラヤ~」と掛け声が響きます。


589-33.jpg
掛け声と同時に、音頭取りが扇子を前に付きだされました。
それに合わせて、曳き手の皆さんが河原町通側から
南観音山を一斉に引っ張られました。


589-34.jpg
南観音山は竹の上を滑り、河原町通に向いた時点で停止しました。
南観音山の辻回しは、2回で90°曲がり切りました。
御池通の西側を見ると、次の役行者山が順番待ちをしています。


589-35.jpg
南観音山の裾幕に、竹が仕舞われていきます。
これを片付けたら、南観音山の辻回しは完全に終了です。


589-36.jpg
辻回しが終わると、南観音山囃手が演奏される曲調が変わります。
音頭取りが山の前で、前後に揺れながら扇子を振り上げられます。


589-37.jpg
「エイヤラヤ~」という掛け声とともに、
南観音山の音頭取りが扇子を前に付きだされました。
すると、南観音山がゆっくりと南下し始めました。


589-38.jpg
南観音山が、「御池河原町」交差点を去っていきます。
もう次の役行者山が見えていますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。
……って、2回で山鉾巡行が書けませんでした!

~次回は、残りの山鉾全て載せます~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第590回 人の波渡る大船鉾~祇園祭後祭山鉾巡行~後編

589-38.jpg
祇園祭後祭山鉾巡行も、佳境に入ってきました。
山6番くじ取らずの南観音山が「御池河原町」交差点を去り、
代わりに次の役行者山の姿が見えます。
今回は、残りの後祭山鉾巡行全てを載せます。
撮影日は、2018年7月24日火曜日正午。
今回で、やっと2018年祇園祭の記事の全てが終了します。


590-2.jpg
こちらが、山7番役行者山です。
ご神体は、葛城神・役小角・一言主です。
日本の密教や山岳信仰・修験道など神仏習合と関わりのある山です。


590-3.jpg
役行者山の幟と山の間で聖護院の修験者が参列されています。
役行者山と聖護院の修験者の御縁は深く、
山鉾巡行の前日の宵山(7月23日)午後2時から、
毎年京都市中京区役行者山町で、
聖護院の修験者が祈祷されます。
その際、聖護院の修験者は般若心経の読経と共に
「南無 祇園牛頭天王」  「南無 神変大菩薩」
と唱えられます。(第139回ブログ参照)
牛頭天王は祇園祭の主神で、素戔嗚尊とよく同一視されます。
一方、神変大菩薩は役小角の仏としての名前です。
このような文言が残っていることからも、
祇園祭と聖護院の修験者の関わりの深さが窺い知れます。


590-4.jpg
そして、役行者山が「御池河原町」交差点に入ってきました。
役行者山が交差点中央に入ってくると、
担ぎ手の皆さんは役行者山を持ち上げられました。


590-5.jpg
役行者山が、南に向きました……
と思ったら、こちらに来られたいくつかの山同様に
交差点の中央でまたまた回転しだしました。


590-6.jpg
役行者山が回転して、真後ろを向きました。
こちらから見ると、見送りがはっきり見えますね。


590-7.jpg
さらに、役行者山が北を向きました。
役行者山は、まだまだ回転し続けます。


590-8.jpg
役行者山が、こちらを正面に向きました。
この角度だと、役小角像初めご神体がよく見えます。


590-9.jpg
そして、役行者山が南を向きました。
すると、担ぎ手の皆さんが役行者山を地面に下ろされました。


590-10.jpg
「御池河原町」交差点から、役行者山が南下します。
その後から、荷茶屋(にないちゃや)が通り過ぎました。
要するに、荷物が入った容れ物ですね。
その後から、浄妙山が続きます。


590-11.jpg
こちらは、浄妙山の上の方です。
浄妙山は、宇治川の戦いで一番名乗りをしようとした浄妙が
一来法師に頭を越されて、一番名乗りを逃した様子を表しています。
(かつて日本の戦では、最初に名乗りを上げた者は褒美が貰えました)
浄妙の頭の上に、一来法師が乗っかる変わったご神体です。


590-12.jpg
浄妙山が、「御池河原町」交差点の中央に入ってきました。
すると、担ぎ手の皆さんが浄妙山を担ぎ上げました。


590-13.jpg
そして浄妙山が南を向くと、
担ぎ手の皆さんは浄妙山をそのまま地面に下ろされました。
どうやら、この山は回転されないみたいです。
……と言いますか、この山が回転したら
一来法師像の腕が折れてしまいそうな気がします。


590-14.jpg
浄妙山の後は、山9番八幡山の登場です。
京都市中京区三条町に祀られる八幡神社の祠が、ご神体です。


590-15.jpg
八幡山が、交差点の中央に入ってきました。
すると、担ぎ手の皆さんが八幡山を持ち上げました。


590-16.jpg
八幡山も南を向くと、そのまま地面に下ろされました。
大きな山鉾が辻回しする直前の小さな山は、
このように回転されない場合が多いですね。


590-17.jpg
そして八幡山の後は、山10番くじ取らずの大船鉾です。
前祭の山鉾巡行の最後尾は船鉾なのですが、
この後祭の最後尾は大船鉾です。
どちらもアマノトリフネを表していますが、
大船鉾は日本への帰還を表しています。


590-18.jpg
大船鉾の曳き手の皆さんが「御池河原町」交差点を通り過ぎ、
こちらの方に来られました。
大船鉾の船首は毎年交互に取り付けられるのですが、
今年は龍神のようです。
(昨年は、紙垂が取り付けられていました)


590-19.jpg
「御池河原町」交差点に、大船鉾が入ってきました。
交差点の中央近くに入ってきて、大船鉾が停止しました。
京都市下京区四条町を表す「四」の紋が見えますね。


590-20.jpg
大船鉾曳き手の皆さんが、御池通から河原町通に向かいました。
大船鉾の車輪脇に竹を敷き詰められ、辻回しの準備が終わりました。


590-21.jpg
いよいよ大船鉾の辻回しが始まります。
音頭取りの方々が、扇を振り上げられます。


590-22.jpg
音頭取りの方々が、「エイヤラヤ~」と声を掛けられます。
そして、扇を前に突き出されました。


590-23.jpg
その掛け声を合図に、曳き手の皆さんが南側から大船鉾を曳きます。
すると大船鉾は竹の上を滑り、30°ほど南に曲がりました。


590-24.jpg
大船鉾は、ここからまた辻回しの準備に入ります。
車輪脇に新たに竹が敷き詰められていきます。
そして、滑りをよくするために竹に水が撒かれています。


590-25.jpg
再び音頭取りの方々が、「エイヤラヤ~」と叫ばれます。
すると、また曳き手の皆さんが南側から大船鉾を曳かれます。


590-26.jpg
そして、大船鉾がさらに30°ほど南にズレました。
大船鉾はここで停止しました。あともう1回辻回しが必要ですね。


590-27.jpg
更に大船鉾は、辻回しの準備に入ります。
車輪脇の竹が敷き詰め直されて、その上に水が撒かれます。


590-28.jpg
そして3度「エイヤラヤ~」の掛け声が響きます。
すると、曳き手の皆さんが南側から大船鉾を曳かれました。


590-29.jpg
そうして大船鉾が竹の上を滑っていき、真南で停止しました。
こうして、大船鉾が約90°曲がりました。


590-30.jpg
大船鉾の辻回しが終わりました。
辻回しで使われた竹が裾幕内に仕舞われた後、前進するため
音頭取りの方々が、「エイヤラヤ~」と掛け声を発せられました。


590-31.jpg
大船鉾が河原町通を南下し、「御池河原町」交差点を去ります。
これで2018年の祇園祭後祭山鉾巡行が
全て「御池河原町」交差点を通り過ぎました。
その後から御池通を一般車両がやって来ました。


590-32.jpg
急いで「御池河原町」交差点が、撤収作業に入ります。
京都信用金庫河原町支店の行員さんが、
水の入った桶や長いホースを片付けていかれます。


590-33.jpg
撮影ポイントから、御池通を東に向きました。
規制線が外されて、撮影されていた方々がもういません。
一般車両が、御池通を通行できるようになってきました。


590-34.jpg
すると、「御池河原町」交差点の信号が復活しました。
先ずは歩行者が交差点を行き来します。


590-35.jpg
一方、自分は「御池河原町」交差点の駐輪場に向かいます。
そして、寺町通経由で帰宅しました。

これで、2018年祇園祭後祭山鉾巡行の連載を終えます。

~次回から、夏休み中の京都市内散策を載せます。
2018年は京都駅前から島原に向かいました~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

検索フォーム
プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。 「錦小路東から西」 四条通の1本北に伸びる 錦小路を東から西に 進みます。 錦市場から祇園祭鉾町へ 最終的に住宅街に 移動していきます。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
ブログの訪問者数
 
現在の訪問者数
現在の閲覧者数:
カレンダー
09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ランキング参加バナー
ブログ村ポイント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: