第466回 桜の名所が続く道~上立売通東から西~その1

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今回は、約11カ月ぶりの写真がない回です。
最初はすぐ終わると思っていた高倉通が実は奥が深くて、
1年弱にわたる長期連載になってしまいました……

今回ブログ更新日である2017年4月2日は
京都の「桜観光シーズン」真っ盛りです。
普通なら特定の道は「桜散策」の後に行うのですが、
今回紹介する道は桜の名所が多く、
どうせなら「桜散策」も兼ねてみようという次第になりました。

今回から連載するのは、上立売通です。
下立売通・中立売通より北に位置し、
今出川通よりも1本北の道になります。

この道を選んだ理由はいくつもあります。
1.東端から西端まで、せまい小路が続いている。
(大路より小路の方が面白味があります)

2.京町家が残っているところも多く、
神社仏閣もたくさん


3.桜の名所がたくさんある

まぁ他にも理由はあるのですが、
高倉通同様典型的な京都の小路の一つです。

行商人による市が由来
上立売通(かみだちうりどおり)の「立売」とは、
店を持たず立って売る商人つまり行商人のことを指します。
今の「上立売室町」付近で行商人による大きな市が立っており、
それがこの通りの名称の由来です。
今でも、その辺りのことを京都市上京区上立売町といいます。
ただ、この辺りは応仁の乱の激戦地であり、
また江戸時代のたびたびの大火により
何度も被災した場所でもあります。

寺町通から相国寺
上立売通の最東端は、寺町通です。
この辺りには、本満寺や阿弥陀寺など桜の名所が何ヵ所かあります。
その辺りからほどなく、上立売通は臨済宗相国寺境内に入ります。
上立売通は相国寺境内をそのまま貫いており、
そこを抜けたら烏丸通と交差しています。

小さな寺院が続く道
烏丸通からすぐに、上立売通は室町通と交差します。
それが先述の京都市上京区上立売町です。
さらに西に進むと、堀川通の周辺に小さな寺院がたくさん並びます。
その一方で大宮通周辺は商店街で、
昔ながらの商店舗が並んでいます。

くぎ抜き地蔵と千本釈迦堂
上立売通は、やがて千本通と交差します。
そこから千本通を約50m北上すると、石像寺があります。
節分にこのブログでもよく訪れるくぎ抜き地蔵のことです。
ただ、上立売通は千本通を西に向かった直後にいったん途切れます。
と言いますのも、ここから西に大報恩寺が陣取るからです。
こちらの寺院は、
節分にこのブログで訪れたことのある千本釈迦堂のことです。
こちらも、おかめ桜の名所ですね。
この寺院の西側にある七本松通から、
また上立売通が西に伸びています。
そして、この辺りが「京都五大花街」の一つ上七軒です。

上七軒から平野神社へ
上七軒を西に進むと、北野天満宮最北端に到達します。
そこから紙屋川を越えたら、すぐに平野神社です。
「京都で桜」と言えば、ここですね。
この神社の西側で、上立売通は西大路と交差します。

立命館大学と等持院で突き当たり
西大路を西に進むと、すぐに馬代通で上立売通は突き当たります。
そこからさらに西に進むと、立命館大学衣笠キャンパスがあります。
そして、その南隣が等持院です。
そう言えば、等持院はこのブログでは初めての訪問ですね。

では、次回から上立売通を進みます。
……と言いたいところですが
せっかくですのでちょっと寄り道して、「桜散策」を拡大します。
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第467回 乾公園でお花見~上立売通東から西~その2

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約1カ月半ぶりの京都市営地下鉄烏丸線「今出川」駅です。
上立売通最東端の寺町通の最寄り駅ですね。
そちらまで今出川通経由で行ったほうが早いのですが、
せっかくの「桜シーズン」です。
ですから、京都御苑の北辺を散策しつつ寺町通を目指します。
先ずは、京都御苑北西部の「乾公園」ですね。
撮影日は、2017年4月2日日曜日正午。
今回のクリックした写真は、全て拡大します。


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今まで乗ってきた国際会館行きの烏丸線の車両が、
「今出川」駅を出ようとしています。
休日とは言え、この人出になっています。
4月最初の日曜日であるこの日は、
例年ならその年いちばんの桜の見ごろになります。


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では、「今出川」駅ホームからエスカレーターに乗って
駅の南側コンコースに上がります。


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「今出川」駅の南側コンコースに上がってきました。
この先が、「今出川烏丸」交差点の真下です。


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「今出川烏丸」交差点の真下から、南を向いています。
では、この地下道の先にある階段から地上に上がります。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅6番出口から、北東を向いています。
向こうに、「今出川烏丸」交差点が見えますね。
交差点の向こう(北)側の赤レンガの建物が同志社大学で、
手前(南)側の繁みが京都御苑です。
ポカポカ陽気の休日なのですが……
何だかものすごい人出になってきています。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅6番出口で、烏丸通を南に向いています。
この辺りの烏丸通は、京都御苑西端の道になります。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅6番出口から、
烏丸通を約100m南下しました。
こちらに、烏丸通を渡る横断歩道が見えます。
自分の周囲にいらしたほかの観光客も、
この横断歩道を目指しておられます。


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その横断歩道で、烏丸通の向かい(東)側を見ました。
横断歩道の先に、京都御苑の乾御門が見えます。
京都御苑の乾(北西)の方角にある門です。
では、この横断歩道を渡って乾御門から京都御苑に入ります。


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約1か月半ぶりに乾御門をくぐり、東を向いています。
このまま進むと、この道は京都御所北辺を通り過ぎ
さらに東に進むと石薬師門から京都御苑を出ます。
そのときはまだまだ肌寒く閑散としていましたが、
この日(2017年4月2日)はポカポカ陽気でこの人出です。


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乾御門をくぐり、京都御苑で南を向いています。
中立売通から北に、大きな駐車場や売店・事務所があります。
この辺りが、その施設の最北端に当たります。


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同じ場所で北を向きました。こちらに狭い道があります。
今回ブログでは、第459回ブログで通った京都御所北辺の道ではなく
第196回ブログで通ったこの道を進みます。


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先程の位置から、京都御苑を北東に向かって進んでいます。
生垣に囲まれたこの道の周囲には、
スギなどの針葉樹以外にも桜の木々が並んでいるのですが、
4月に入っているのにその大半が開花前のつぼみでした。


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この北東に伸びる道は、約100m続きます。
自転車が1台通り過ぎていきましたが、
先程から家族連れの自転車がこの道をよく通ります。
では、向こうに見える公衆トイレの辺りまで進みます。


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生垣の道を突き当りまで進みました。
公衆トイレの脇に、子供用の自転車が何台も並んでいます。
そこから桜並木が続いているのですが、こちらも開花前です。


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公衆トイレの北側を撮りました。
向こうに、ブランコやすべり台が見えますね。
乾御門周辺のこの児童公園を「乾公園」と言います。
遊具のある児童公園としては大規模なので、
平日でも昼下がりには近隣の児童や幼児がここに遊びに来ます。
家族連れも多いので、近隣住民の憩いの場となっています。


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ポカポカ雪の休日とあって、乾公園は近隣住民でいっぱいでした。
(そこは撮影していません)
この公園の周囲を桜並木が広がるのですが、
どちらも満開どころか開花前でした。
ただ、その乾公園の東側に色とりどりの花が見えます。
では、そちらに行ってみます。


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まだまだ蕾の桜並木の向こう(東)に、紅白の花が鮮やかに見えます。
ただ、こちらは桜ではなく梅の花のようですね。


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梅の木々の北側に、桜の花が咲いていました。
ただ、明らかにソメイヨシノとは違う種ですね。
乾公園の橋の芝生の上に
シートを敷かれている方々がいらっしゃいます。
こちらは……花見をされているようです。


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紅白の梅をアップで撮りました。
とても鮮やかで、この日(2017年4月2日)が見ごろでした。
ただよく考えると……以前春の彼岸ごろに来たときと
同じような開花状況です。


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その梅の周りで、たくさんの方々が記念撮影をされていました。
ソメイヨシノはまだまだでしたが、きれいに咲き誇る花も多く
それはそれで楽しんでおられるようでした。


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紅白の梅の辺りで南を向きました。
ここまっすぐ進むと、京都御所西端の道があります。
第437回ブログでは、その京都御所西端の道からここに来ました。


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先程の地点から生垣を越えて、すぐに東を向きました。
向こうに大きな桜の木とたくさんの人がいらっしゃいます。
では、乾公園を抜けてあちら(東)側に向かいます。


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生垣の道を東に歩きながら、南を向いています。
京都御所北辺の道との間に芝生が生えているのですが、
そこに何組かの方々がシートを敷き、
お弁当を食べていらっしゃいました。
近所の方々の多くが、この辺りでお花見を楽しんでおられました。


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生垣の道を東に約50m進むと、大きな枝垂桜で突き当たります。
この辺りの枝垂桜はいずれも早咲きなので、もう満開でした。
乾公園の東側は、旧近衛邸跡です。
江戸時代に歴代天皇がいらした京都御所の外側は、
天皇に仕えた公家の邸宅が並んだ京都御苑です。
(つまり、この辺りのことです)
そのうち、この位置は五摂家の一つ近衛家の邸宅跡です。


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旧近衛邸跡の枝垂桜は、東西に何本か並んでいます。
「近衛桜」という名前を持つどれも同じ種なのですが、
日の当たり具合で開花状況が微妙に違っています。
とは言え、多くの木々がこの日が見ごろで
本当にたくさんの方々が集まっておられました。
本当はここでお弁当を広げて昼食を摂ろうとしたのですが、
立錐の余地のないこの状況では絶対に無理です。
(結局そのお弁当は、帰宅後自宅で食べました)


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乾公園は相当の人出と思っていたのですが、
この旧近衛邸跡はここまでの人出と思っていませんでした。
この日(2017年4月2日)京都御苑でいちばん鮮やかな桜は
おそらくここだったので、そのせいかもしれませんね。


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旧近衛邸最東端の枝垂桜は、東半分が小さな池に掛かります。
そして、その辺りがここ一番の絶景ポイントになります。
個人的には、ここが京都御苑で一番好きな場所です。


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枝垂桜の枝の先をアップにして撮りました。
水面に写る枝垂桜の花が、幻想的ですね。
実は、これが撮りたかったのがここに来た一因です。


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池の南岸に椿が咲いていました。こちらも見頃ですね。
向こう岸にも山桜の木があるのですが、
つぼみもまだなので撮っていません。


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池の南側にも、桜並木が続きます。
ただ、こちらはすべて完全に開花前ですね。


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旧近衛邸の南側にも、枝垂桜が並びます。
日の当たるこの辺りも、すっかり満開ですね。


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その中に、まだ開花していない枝垂桜がありました。
渉成園の枝垂桜など、ソメイヨシノより遅いものもありますし
こちらもそういう品種でしょうか?


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旧近衛邸から京都御所北辺の道に出ようとしましたが、
枝垂桜の前にたくさんの方々がいらっしゃいます。
ここは通れないので、芝生を抜けてそちらに出ました。


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京都御苑北辺の道から、旧近衛邸を見ています。
こちら側にもベンチがあって、寛げるようになっています。


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同じ場所で、京都御所北辺の道を西に向いています。
約150m先に、京都御苑の乾御門が見えます。
つまり、今回ブログで京都御苑をこれだけ歩きました。


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さらに、同じ場所で京都御所北辺の道を東に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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こちらは、京都御所の北門である朔平門です。
第459回ブログでも、この前を通りました。


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その朔平門の前で、北を向きました。
ここから「高倉通」が北に伸びています。
この道の左(西)側が今までいた旧近衛邸で、右(東)側は桂宮邸です。
ここを約100m北上すると今出川御門で、今出川通に出られます。
第459回ブログ以降、ここから鞍馬口通まで北上していきました。


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「高倉通」から、京都御所北辺の道を東に向いています。
ここから約350m先に石薬師門があって、
さらに約70m東に進むと京都御苑を出て寺町通で突き当たります。
そこからさらに北上してメインの上立売通まで行くのですが、
もう写真をだいぶ貼り付けてしまいました。
上立売通はまだまだ先ですが、今回はここまでです。

~次回は京都御苑北東部を散策します。
上立売通は、まだまだずっと先の登場になりそうです~

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第468回 猿が辻から寺町通へ~上立売通東から西~その3

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京都御所の北門「朔平門」前から、京都御苑を東に向いています。
今回はこのまま京都御所北辺の道を東進した後、
寺町通を北上して出町柳枡形商店街に至ります。
(つまり、まだ上立売通に到達しません……)
撮影日は、2017年4月2日日曜日午後0時半。
今回も、クリックすれば全ての写真が拡大されます。


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朔平門から北に「高倉通」が伸びていて、
今出川御門を越えて北上すると同志社大学や相国寺に至ります。
(第459回ブログを参照)
「高倉通」以西の乾公園や旧近衛邸の枝垂桜は見事でしたが、
(前回ブログ参照)
「高倉通」以東の桂宮邸はソメイヨシノ中心に植えられています。
ですから、この日(2017年4月2日)の桜はほぼ開花前でした。
この辺の桜は、2017年4月10日前後に満開でしょうね。


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朔平門から、京都御所北辺の道を東進しています。
この辺りの京都御苑は全て砂利の道なのですが、
このように1本だけ轍(わだち。車輪が通った跡)があります。
この辺りは原則自動車も自動二輪も入れないので、
こちらは自転車が通った跡でしょうね。
京都御苑ほど広い公園になりますと、
ここを生活道路の一部に利用されている方も多く、
自転車が日常的にこの辺りを通っています。
自転車が通ってないときは、歩行者も利用します。
歩行時の疲労度が、全然違います。


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朔平門から、京都御所北辺の道を約100m東進しました。
ここで、京都御所北東端のT字路に出ます。
こちらが、世に有名な「猿が辻」です。


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猿が辻から、京都御苑を南に向いています。
右(西)側に見えるのは、京都御所の東側の塀です。

猿が辻は、要するに「鬼門封じ」の場所です。
陰陽道関係の場所なので、いろいろと「伝説」が多いですね。
ただ自分の印象にあるのは、猿が辻の変の事件現場としてです。


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猿が辻から、京都御苑内を東に向いています。
目の前の桜の木も、やはり「開花前」ですね。


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同じ場所で、少し北に視線をずらしました。
少し筋違いで、この道はまだ東に伸びていますね。
ここから、京都御苑の東端までこの道は続いています。


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その辺りで北を向きました。この鉄柵の向こうが旧中山邸です。
公家の一つ中山家の邸宅跡で、ここが明治天皇の生誕の地です。


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旧中山邸の向かい(南)側にも、桜並木が続きます。
ただ、こちらもソメイヨシノ中心なのでまだまだ「開花前」です。


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旧中山邸の前から、京都御苑を東に向いています。
目の前に、大きな辻がありますね。


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その辻で、北を向いています。
約100m先から京都御苑の外に出られます。
ここからでも、今出川通の先に同志社女子高校が見えます。
今出川通と接しているので、ここを「今出川口」と言います。
(「今出川御門」は、この西にある別の出入り口です)


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同じ場所から、京都御苑内を東に向いています。
ずっと向こうに、京都御苑の東側に出られる石薬師門が見えます。
第166回ブログでは、この辺だけを散策しました。
当時(2013年11月14日)は紅葉シーズン前で人も少なかったですが、
ポカポカ陽気で春の昼下がりのこの日(2017年4月2日)は
あちこち散策する人やその辺のベンチで休まれる方など
多くの方々がくつろいでいらっしゃいます。


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先程の地点から、京都御苑石薬師門に向かって歩いています。
左(北)の木々の向こうから小学生の歓声が聞こえてきました。


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木々の向こうの生垣が見えます。その先にグランドが見えました。
こちらで、小学生が草野球をしています。
こちらは「今出川グランド」で、京都御苑内の球戯場の一つです。
京都御苑には、もっと大きな球場もあって地元民にとって京都御苑は
「野球やサッカーをするところ」
そういうイメージもあります。


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今出川グランドの脇に、公衆トイレがあります。
その脇には、ユキヤナギが咲いていました。
京都御苑には、比較的多い草花ですね。


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京都御苑石薬師門から京都御苑に入ったところに、
大桜の木が1本あります。
こちらも、京都御苑屈指の「桜の名所」なのですが……
残念ながらいいところ3分咲きですね。


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こちらは、京都御苑石薬師門です。
では、こちらをくぐって京都御苑を出ます。


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京都御苑石薬師門をくぐり、北を向いています。
ここは梨木(なしのき)通です。
上立売通から、京都御苑の寺町御門の前まで続きます。


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京都御苑石薬師門の前から、東に向いています。
右(南)側に京都市立京極小学校があり、
先程の野球をしていた小学生はここを出入りしていました。
では、ここをそのまま進んでいきます。


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京都御苑石薬師門から、東に約50m進みました。
ここでこの道は、寺町通で突き当たります。


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そのT字路で、寺町通を南に向きました。
右(西)側に、京都市立京極小学校の校舎が見えます。
ずっと先に、日蓮宗本禅寺の土塀が見えます。


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今度は同じ場所で、寺町通を北に向きました。
約100m先で、寺町通は今出川通と交差します。
では、ここを北上し上立売通の最東端を目指します。


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先程の地点から、寺町通を北上しています。
この辺の寺町通にはいろいろな飲食店が並んでいて、
まだまだお昼時で(午後1時)、
たくさんの方々がそちらに入っていかれました。
こちらはその中の1軒で、店先の植木の桜が見事ですね。


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京都御苑石薬師門から東に伸びていた道から、
寺町通を約100m北上しました。
ここで、寺町通は今出川通と交差します。


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寺町通から、今出川通を西に向いています。
左(南)の繁みは京都御苑で、右(北)の繁みは同志社大学ですね。
この辺りは、同志社の学生目当ての「学生街」を形成しています。


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今度は寺町通から、今出川通を東に向きました。
今出川通は約100m先で河原町通と交差し、
さらに約100m先の加茂大橋で鴨川を渡ります。


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寺町通の東側歩道に渡り、今出川通を北に向きました。
今からここを渡り、今出川通北側歩道に向かいます。


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「今出川寺町」交差点北東角に、こちらの石碑があります。
寺町通編でも紹介しましたが、
豊臣秀吉は京都を改造し寺町通の東側に寺院を並ばせて
京都市街地を御土居という土塁で囲みました。
そして、京の七口から御土居の外に出られるようにしました。
ここはその一つ「大原口」で、こちらは当時からある道標です。
ちなみに、大原口と鴨川の向かい(東)側と合わせて
この辺りを「出町柳」(でまちやなぎ)と言います。


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その石碑の前で、西を向きました。
では目の前の角を右折し、寺町通を北上します。


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今出川通から、寺町通を北に向いています。
この辺りの寺町通は、古い小売店舗と新しい住宅が混在します。
では、ここを北上します。


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今出川通から、寺町通を北上しています。
目の前の「改進亭」は、京都でも屈指の老舗肉屋です。
(祇園にも、支店がありましたね)
看板を見ていると、まだボタン肉(イノシシ)を売っているようです。
(基本的に、「ボタン肉は冬」というイメージが強いので……)


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今出川通から、寺町通を約100m北上しました。
ここで、寺町通上を横断歩道がまたがります。


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その横断歩道の辺りで、東を向きました。
看板から、ここが出町桝形商店街と分かります。
第175回ブログでは、目の前を通ったにも拘らず
この商店街を素通りしてしまいました。
ですから、今回ブログはこの商店街にお邪魔します。
……まぁこういうことをしているから、
なかなか上立売通に到達しないのですが。


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寺町通から、出町枡形商店街を東に向いています。
目の前の八百屋さんは、自分たち(母も同行していました)に
しきりにミカンを勧めてきました。
ただ、この間京都駅前の行商人から奄美大島のミカンを買った直後で
(しかも段ボール買い)
家に大量にミカンがあるので素通りしました。


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商店街のアーケードの上部に、こちらのポスターがありました。
出町柳桝形商店街は、いろいろなアニメの舞台になっています。
特に京都アニメーション制作のたまこまーけっとでは、
こちらの商店舗を1軒1軒再現していて
放送終了から4年たった今でもタイアップが続いています。


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出町枡形商店街をさらに、東に進んでいます。
確か、この脇に見える花屋さんも
そのアニメに出てきていたように思います。


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さらに商店街を東に進んでいます。
すると、この書き割りに出会いました。
使用目的がよく分からないのですが、面白いので撮りました。


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その東隣のお店は、この日(2017年4月2日)が日曜日のせいか
シャッターが下りて閉まっていました。
ただ、このシャッターの絵が面白いですね。


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出町枡形商店街の地面は、石畳でできています。
その途中に、このようなイラストが何ヵ所か貼り付けてありました。
一見小学生の写生ですが、グジ(甘鯛)はよく特徴をとらえています。


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寺町通から、出町枡形商店街を東に約100m進みました。
この先の河原町通で、この商店街は終わります。
(ただ、河原町通沿いもこの商店街は続きます)
ここからまた寺町通に戻ってまた北上するのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、本満寺の枝垂桜を見に行きます~

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第469回 本満寺の枝垂桜~上立売通東から西~その4

[本満寺] ブログ村キーワード
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河原町通から、出町通を西に向いています。
この辺りの河原町通西側歩道と、
ここから西の出町通が出町柳桝形商店街です。
この南側にある「ふたば」で豆大福を買おうとしたのですが、
人でいっぱいで買えませんでした。
今回はここから寺町通まで戻り、そこから本満寺に向かいます。
撮影日は、2017年4月2日日曜日午後1時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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河原町通から出町通を西に入ったところに、洋品店があります。
その西隣に、和菓子屋さんがあります。
すると、同行していた母がそちらに向かいました。


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こちらは、和菓子屋さんの「おた福屋」さんです。
いろいろな和菓子が売られていますが、
餅粉を使ったものがメインのようです。


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「おた福屋」さんの許可を取って、この辺りを書いています。
ウチの母は桜餅、小豆餡のはぎ餅、豆餅を買いました。
どちらも、「餅」ですね。
はぎ餅の優しい甘さが、個人的には一番お気に入りです。


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豆餅は棒状のものが、切り餅になっています。
家のコンロで焼いたら、少し焦げました。
豆餅独特の塩加減があるので、醤油なしで頂きます。


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「おた福屋」さんのほぼ南向かいに、ドーナツのお店がありました。
こちらもおいしそうですが、
今「餅」を買ったところなので素通りします。


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その辺りの地面に、このような絵付きのタイルが貼られていました。
前回ブログで出てきたタイルと絵柄が全然違いますね。


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もう少し出町通を西に進みました。
こちらに黒板とキーボードが置いてあります。
その後ろの人形やフィギュアは売り物でしょうか?
多分ここで何かのイベントを行っているのでしょうね。


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その黒板の前で、出町通を西に向いています。
では、ここをさらに進んでいきます。


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こちらは玩具店のようですが、閉まっています。
ただシャッターが可愛らしいので、こちらも撮りました。


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出町通の道のど真ん中に、大きなサバの人形が吊ってありました。
今回ブログ最初の地点の背後(東向かい)に、
賀茂川に架かる出町橋があります。
この橋が、鯖街道の京都側の終点に当たります。
(反対側の終点は、福井県小浜市)
この辺りは、かつて今の福井県から運ばれたサバの集積所でした。


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サバの人形の真下から、出町通を西に向いています。
前回ブログでも紹介した八百屋さんが、
今度はいろいろな春野菜を勧めてこられました。
その八百屋さんの西でこの商店街と出町通が突き当たり、
寺町通と交差します。
出町通は、この寺町通から東に商店街を通り過ぎると、
京阪電鉄「出町柳」駅前経由で東大路に至ります。


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前回ブログにも出てきたアーケード最西端で、真下を撮りました。
こちらに、この辺りの簡単な地図が書かれています。


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同じ場所で、寺町通を北に向いてます。
次は、ここを北上します。


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出町通から、寺町通を約30m北上しました。
こちらに、「幸神社」と書かれた石碑が立っています。


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その石碑の前で、寺町通から西を向いています。
ここから約100m先に、出雲路幸神社がいらっしゃいます。
本来ならそちらに向かうのですが、
あちこち寄り道しすぎて時間が経っています。
今回も、泣く泣く素通りしました。


469-17.jpg
その石碑の前で、寺町通を北に向いています。
約80m先で、寺町通が北西に曲がり出します。


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先程の写真から、寺町通を約80m北上しました。
ここから寺町通は、北西に曲がります。
この先に見える土塀が、今回ブログのメイン日蓮宗本満寺です。


469-19.jpg
その辺りで、寺町通を西に向きました。
京町家の柱に、ブリキの表札が貼り付けてあります。
「京都市上京区 寺町通今出川上ル 立本寺前町」
表札には、そう書かれています。
仁和寺街道と七本松通が交差する辺りにある立本寺は、
安土桃山時代から江戸時代中期にかけて、この辺りにありました。
(豊臣秀吉は、京都の寺院の大半を寺町通沿いに強制移転させました)


469-20.jpg
寺町通が北西に曲がり出した直後に、
寺町通の中央に白線が引かれるようになりました。
この辺りから、寺町通は両側通行になります。
(ここまでは、寺町通は北側一方通行でした)


469-21.jpg
寺町通を北西に、約50m進みました。
すると、こちらが見えてきます。
こちらが、今回ブログのメイン日蓮宗本山本満寺です。
(日蓮宗には、本山がたくさんあります)


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寺町通から北東に、本満寺の石畳を進みます。
入ってすぐに、妙見宮がいらっしゃいます。
(日蓮宗寺院に、よく祀られている神社です)
この日は、2017年4月2日です。
こちらのソメイヨシノは、全く開花していませんでした。


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とは言え、先ずはこちら妙見宮にお参りです。
こちらには妙見菩薩が祀られています。
仏教の仏様が、神社に祀られているのは典型的な神仏習合ですね。


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妙見宮の北東脇に、本満寺の門があります。
では、こちらから本満寺境内に入ります。


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本満寺の門のほぼ北に、本満寺の寺務所があります。
そして、その前に大きな枝垂桜が1本立っています。
こちらがこの寺院の象徴で、今回ブログのタイトルになった木です。
この日(2017年4月2日)の枝垂桜はまだまだ7分咲きですが、
それでもたくさんの方々がこちらに来られていました。


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~2017年4月7日撮影~
母とこの辺りを回った4日後に、また本満寺を訪れました。
こちらの枝垂桜は、この日が満開でした。
そのせいか、平日でもかなりの人出でした。


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~2017年4月7日撮影~
ちょっと角度を変えて、同じ木を撮りました。
この桜の花は、この角度が一番濃いですね。


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枝垂桜の北東隣りに、七面宮の社がいらっしゃいます。
七面宮も日蓮宗寺院に多い神社で、
宝塔寺では裏山の頂上にいらっしゃいましたね。


469-27.jpg
七面宮から、本満寺境内で南東に向いています。
こちらに手水舎があって、
その周囲に鐘楼とお地蔵さんがいらっしゃいます。
この辺りはソメイヨシノ中心だったので、開花前でした。


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~2017年4月7日撮影~
この日も本満寺のソメイヨシノは満開までまだ先だったのですが、
この木だけはほぼ満開でした。
日の辺りが良いと、満開に早くなります。


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七面宮の前で、本満寺境内を北東に向きました。
この日(2017年4月2日)のソメイヨシノは、まだまだ開花前です。


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その辺りで、北西を向きました。
こちらに、一見お墓にも見える石碑が立っています。
こちらは、天明の大火で亡くなった方への供養塔です。
そう言えば、本満寺から約700m南にある清浄華院にも
この大火の供養塔が立っています。
(第165回ブログを参照)


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その北東隣りに、日蓮宗本山本満寺の本堂があります。
この日(2017年4月2日)は法要があって、
本堂の外(つまり、自分たちがいる場所)まで
ご住職の法話を放送されていました。
自分がこの辺りにいたときは、ちょうどこちらの沿革の説明でした。
(沿革は、第175回ブログを参照してください)


469-31.jpg
本満寺本堂の前で、北東を向きました。
この石畳の道は、すぐ先で突き当たります。


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その突き当りで、北西を向きました。
この先に、本満寺の墓地が見えますね。
その周囲の桜の木々は、枝垂桜もソメイヨシノも開花前です。


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今度は同じ場所で、南東を向きました。
この先に、本満寺の南門が見えます。


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さらに同じ場所で、南西を向きました。
では、この石畳の道を通って寺町通に向かいます。


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石畳の道を南西に進み、本満寺の門の前に来ました。
では、ここから本満寺の境内を出ます。


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本満寺の前で、寺町通を北西に向いています。
この先に、やっと上立売通が見えてきました。
……のですが、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
上立売通を目の前に、今回ブログはここまでです。

~次回は、阿弥陀寺の信長本廟に向かいます~

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第470回 織田信長公が見る桜~上立売通東から西~その5

[織田信長公] ブログ村キーワード
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日蓮宗本山本満寺の前から、寺町通を北西に向いてます。
目の前に上立売通の最東端が見えますが、
今回はこの寺町通をさらに進み、
信長本廟がいらっしゃる阿弥陀寺に向かいます。
撮影日は、2017年4月2日午後2時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


470-2.jpg
本満寺のほぼ向かい(南東)側に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
皇紀2600年とは西暦1940年つまり太平等戦争開戦1年前です。
そのせいか「家内安全」と同次元で「武運長久」と彫られています。
(この時代には、「八紘一宇」と書かれたものも多いですね)


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そのお地蔵さんの前で、寺町通を北西に向きました。
こちらが、「上立売通寺町」交差点です。
第467回ブログから、やっと主題の道に辿り着きました。


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寺町通から、上立売通を北東に向きました。
本来ならこの道も取材すべきなのですが、
この辺りは私有地の可能性が高く、勝手に入りにくいので
寺町通から望遠で撮るだけにします。
ちなみに向こうの繁みの辺りはかつての御土居跡で、
あの辺りだけ「京都市北区出雲路」です。


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寺町通から、上立売通を南西に向いています。
上立売通は全体的に小路なのですが、
最東端であるこの辺りと最西端の部分だけこの道幅になります。


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上立売通から、寺町通を北西に向いています。
この連載記事は「上立売通編」なので
このまま西に進むべきなのですが、
上立売通以北にも、桜がきれいな寺院が続きます。
ですから、今回ブログはまだ寺町通を北上します。


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上立売通から、寺町通を北西に約50m進みました。
こちらは、西山浄土宗大蔵院仏陀寺です。
(第176回ブログでもお邪魔しました)
2013年に訪れたときは境内に入れませんでしたが、
この日(2017年4月2日)は門が開いていました。


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仏陀寺境内はそれほど大きくありません。すぐに本堂の前に出ます。
本堂前のソメイヨシノは、2017年4月2日段階で5分咲きでした。

西山浄土宗大蔵山仏陀寺は、952年に村上天皇が建立しました。
こちらは、村上天皇が兄朱雀天皇のために建てました。


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仏陀寺本堂の前に、小さな庭園があります。
こちらには、さまざまな色の花が咲いていました。


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こちらは、さすがに本堂の中には入れません。
ですから、ここから寺町通に戻ります。


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仏陀寺の入り口付近に、王城地際地蔵尊がいらっしゃいます。
要するに、朱雀天皇の持念仏が祀られています。
こちらにも、第176回ブログで訪れました。


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仏陀寺の前で、寺町通を北西に向いています。
この寺院の隣も、同じ規模の寺院が並びます。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、その寺院西山浄土宗華宮山十念寺です。
いつもは閉まっているのですが、
この日(2017年4月2日)は開いていたので中に入ります。


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十念寺境内の北側に、こちらの神社がいらっしゃいました。
形状から、たぶん稲荷社です。


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十念寺境内の真正面に、本堂が建ってます。
1993年に建設されたこともあり、なかなか斬新です。
また本堂の右(南)側に大きな枝垂桜の木があったのですが、
この日(2017年4月2日)はまだまだ開花前でした。

西山浄土宗華宮山十念寺は、足利義教が1431年に建立しました。
足利義教や海北友雪の墓所でもあります。
誓願寺の塔頭寺院でしたが、豊臣秀吉の政策でここに移転しました。


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十念寺の前で、寺町通を北西に向いています。
さらに、ここを進んでいきます。


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十念寺の前から、寺町通を北西に約100m進みました。
すると、こちらにまた寺院が並んでいます。


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こちらが、その寺院浄土宗蓮台山阿弥陀寺です。
第176回ブログ以来の訪問ですね。
こちらには、本能寺とは別に織田信長のお墓があります。


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~2017年4月13日撮影~
11日後に再訪した阿弥陀寺です。
この寺院は、京都でも屈指の「桜の名所」でもあります。


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十念寺同様、阿弥陀寺境内の北側にも稲荷社がいらっしゃいます。
祠の前にベンチがあって、少し休憩できます。


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~2017年4月13日撮影~
こちらの稲荷社前も、ソメイヨシノがきれいですね。


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阿弥陀寺の門から入ってすぐに、本堂があります。
堂内にはご本尊の大きな阿弥陀仏がいらっしゃるのですが、
本堂の内部は通常非公開です。(特別拝観がたびたびあります)

浄土宗蓮台山阿弥陀寺は、1555年に
浄土宗の僧侶玉誉清玉によって建立されました。
もともと「今出川大宮」交差点付近に建っていたのですが、
豊臣秀吉の政策によりここに移転しました。


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本堂の左(北)側に、さらに左に行ける渡り廊下があります。
その先には寺務所や住職の住居があります。


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~2017年4月13日撮影~
こちらの方にも、ソメイヨシノがたくさん並んでいます。
この寺院のソメイヨシノは、この辺が一番濃いです。


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その渡り廊下付近にソメイヨシノ並木が続くのですが……
残念ながら2017年の場合は4月2日は開花前でした。


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~2017年4月5日撮影~
本満寺の追加撮影の後、ここのソメイヨシノを撮りました。
この辺りのソメイヨシノは、この日で7分咲きでした。


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その渡り廊下の脇に、こちらの看板がありました。
では、この渡り廊下をくぐりさらに東に向かいます。


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その渡り廊下をくぐり抜けると、この小径に出ます。
小径は約10mで突き当たり、さらにその先(東)に向かいます。


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その先は、浄土宗蓮台山阿弥陀寺の墓地ですね。
寺院の規模の割には、相当広大です。


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阿弥陀寺墓地の入ったところに、古い墓石が配列されています。
おそらく、無縁仏ですね。


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~2017年4月13日撮影~
無縁仏の真上に、大桜が数本並んでいます。
4月2日以降何度か確認しましたが、
この日(4月13日)にやっと7分咲きになりました。


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墓地の入り口から、約20m東に進みました。
こちらの手水舎で、まず手を浄めます。


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お墓の途中に、こちらのネコが2匹いました。
カメラをそちらに向けても、全然動じません。


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とは言え、さすがに近付きすぎると逃げられてしまいます。
そこで、ここから望遠で撮りました。


470-30.jpg
墓地の入り口から、そのまま東に約50m進みました。
墓地の突き当りに、こちらのお墓がいらっしゃいます。
こちらが、織田信長とその息子の織田信忠のお墓です。
織田信長のお墓は、こちら以外にも
ここから約2㎞南の本能寺信長公廟などたくさん現存します。
その中でも、織田信長の遺骨が納められているのがこちらです。

この寺院の開基である玉誉清玉と織田信長は、もともと懇意でした。
1585年に本能寺の変が起こると、この寺院から玉誉清玉は駆け出し、
混乱の中本能寺に侵入し、自刃した織田信長の遺体を担いで
当時「今出川大宮」交差点付近にあったこの寺院に戻りました。
翌日焼け落ちた二条御所に赴き、織田信忠の遺体を発見しました。
玉誉清玉は2人の遺体を火葬にした後、この寺院に墓を建てました。
数年後豊臣秀吉もこの織田信長のお墓の存在を知りましたが、
正式な墓とは認定せず(本能寺の信長公廟を正式なものと認定)
さらにこの地への強制移転を命じました。
豊臣秀吉って、織田信長の子孫や墓所には冷淡な印象があります。


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織田信長のお墓の周囲にも、古いお墓が並んでします。
こちらは、森蘭丸など本能寺の変で織田信長と共に討ち死にした
織田信長の忠臣の供養塔です。
玉誉清玉もそちらの遺体を運び出すことは無理だったようで、
こちらには遺骨は納められていません。


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織田信長のお墓の前で、南に向きました。
次は、こちらを進んでいきます。


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織田信長のお墓から、墓地内を南に約100m進みました。
こちらが、この阿弥陀寺の開基である玉誉清玉のお墓です。
こちらにも、お参りしました。


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玉誉清玉のお墓の前で、北を向きました。
では、この道を戻ります。


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玉誉清玉のお墓の前から、約100m北上しました。
この右(東)側が、織田信長のお墓です。
ここで左(西)を向くと……


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先程の無縁仏の上にある大桜の木々が並んでいます。
もし織田信長がお墓の中から外を見られるなら、
この風景をずっと見ていることになります。
2017年の桜の開花状況は遅いので全然開いていませんが、
ここは満開になると絶景に変わります。
つまり、この大桜並木が「信長公が見る桜」ですね。


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~2017年4月13日撮影~
その「信長公が見る桜」が、ようやく7分咲きになりました。
もし織田信長が墓石から外を見られるなら、
毎年春に眺めている絶景ですね。


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~2017年4月13日撮影~
あまりにも大桜並木が大きいので、その一部だけ撮りました。
少し南の本満寺の1割も人がいらっしゃらないので、
ここの風景は独占できます。


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阿弥陀寺の墓地を西に進み、この小径に戻ってきました。
ここから渡り廊下をくぐり、さらに西に進みます。


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石畳の道を西に進んで、本堂脇に戻ってきました。
では、ここから寺町通に出ます。


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阿弥陀寺の前で、寺町通を北西に向いています。
ここから約300m先に上御霊前通があって、
その周辺からまた神社仏閣が建ち並ぶようになります。


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今度は阿弥陀寺の前で、南東を向きました。
では、ここを進んで上立売通に戻ります。

……とは言え、もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回から、やっと上立売通を西に進みます~

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第471回 相国寺を通り抜け~上立売通東から西~その6

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前回ブログで立ち寄った西山浄土宗蓮台山阿弥陀寺から、
寺町通を南東に歩いています。
今回は、さすがに上立売通を西に進みます。
その途中で、臨済宗本山相国寺の境内を通り抜けます。
撮影日は、2017年4月2日日曜日午後2時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


471-2.jpg
阿弥陀寺から十念寺や仏陀寺の前を通り過ぎ、
寺町通を南東に約200m進みました。
ここで寺町通は、上立売通と交差します。
つまり、ここが上立売通最東端です。
寺町通をこのまま進むと、第469回ブログの本満寺と
第468回ブログ出町桝形商店街の前に出ます。
ただ、今回はここを右折して上立売通を西に進みます。
連載6回目にして、やっと上立売通を西に進みます……


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寺町通から、上立売通を西南西に向いています。
では、ここから上立売通を西に進んでいきます。


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寺町通から、上立売通を西南西に約50m進みました。
ここで上立売通は少し折れ曲がって、真西に進路をとります。
ずっと向こうに、相国寺の繁みが見えますね。


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その辺りで、上立売通を北に向きました。
民家の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
取りあえずお参りして、先を進みます。


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そのお地蔵さんの向かい(南)側を向いています。
こちらは、「法輪寺」という寺院です。
第176回ブログでも紹介した浄土宗の寺院です。
嵐山にも同じ名前の寺院がありますが、
そちらは天台宗なので関係ないと思います。


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その法輪寺の前で、上立売通を西に向いています。
だんだん相国寺の繁みが近づいています。


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上立売通を西に進む途中で、北を向きました。
民家の庭木の桜が満開ですね。
最近京都市街地の庭木に、桜の割合が増えてきました。


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寺町通から、上立売通を西に約250m進みました。
こちらは、京都市立京極幼稚園ですね。
(第176回ブログでも、出てきました)
こちらの庭木はこの日(2017年4月2日)が満開でしたが、
よく見ると桜ではなくて梅ですね。


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幼稚園の西隣に、こちらが立っていました。
こちらは、戊辰戦争の薩摩藩戦死者の慰霊碑です。
ここの南西部に薩摩藩の京都の藩邸があったので、
(今の同志社大学今出川キャンパスです)
その関係でしょうね。


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寺町通から、上立売通を西に約250m進みました。
目の前に、臨済宗本山相国寺の東門が見えます。
ただし、上立売通はこの門の先にも続いています。


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東門から相国寺境内に入り、そのまま西に向かっています。
石畳の道の両側に塔頭寺院が並んでいますが、ここも上立売通です。


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相国寺東門から上立売通を西に歩いて、南に向きました。
こちらは、相国寺の塔頭寺院の一つ臨済宗林光寺です。
入り口を覗くとなかなかの絶景庭園なのですが、
相国時塔頭寺院の大半が非公開なので中に入れません。


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相国寺東門から、上立売通を約70m西に進みました。
ここで、少し風景が開けます。


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少し開けた場所で、上立売通から北を向きました。
右(東)側にも塔頭寺院が並んでいますが、
そこを通り過ぎその奥(北)に進んでいきます。


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その奥(北)に、小さな祠がいらっしゃいます。
こちらは、宗旦稲荷社です。
千宗旦に化けたとされるキツネが祀られています。
この宗旦狐は伝説では茶道の所作が千宗旦にも劣らぬほど見事で、
千家の門人も正体を知っている上で
宗旦狐が開いた茶会に加わったとされています。


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宗旦稲荷社から南に進み、上立売通に戻ってきました。
では、またここを西に進んでいきます。


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先程の場所から、上立売通を西に約30m進みました。
ここで上立売通は、「高倉通」と交差します。
相国寺境内には、京都市街地の小路が何本か入り込んでいます。


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上立売通から、「高倉通」を南に向いています。
第467回ブログで出てきた京都御所の朔平門から北上すると、
今出川御門経由で相国寺境内に入りここに至ります。
(第459回ブログを参照)


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上立売通から、「高倉通」を北に向いています。
ずっと先に、相国寺の方丈が見えますね。


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上立売通から、「高倉通」を約100m北上しました。
目の前に、相国寺方状がありますね。
普段は非公開なのですが、
この日(2017年4月2日)は法堂と合わせて特別公開されていました。
ただ今回は同行者の母が午後4時から用事なので、
そちらには向かいません……
相国寺方状前で「高倉通」はいったん突き当たりますが、
この北側からまた北に伸びていきます。
(第461回ブログを参照)


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相国寺方状前で、右(東)を向きました。
今回も、こちらの承天閣美術館に向かいます。


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承天閣美術館の門をくぐり、東に向いています。
ただ、この道はすぐに北に曲がります。


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その角で、北を向きました。
第460回ブログでは満開だった紅白の梅も、完全に散っています。


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この道を北上すると、そのまま承天閣美術館に入れます。
左右のカエデ並木は、この時期はただの枯れ枝ですね。


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この日(2017年4月2日)も、第460回ブログ同様
承天閣美術館では伊藤若冲展が開催されていました。
実は、今回こちらに来たのは
同行者の母にこの美術館を見せようと思ったのも一因でした。
こういう美術館と寺院が合体した空間を
ウチの母も気に入るかもと思いまして……


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当たり前ですが、中の様子は2カ月前と同じでした。
こちらの美術館はそれほど大きくないので、30分で回れました。
では、ここを南に進み元の上立売通に戻ります。


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承天閣美術館の前から南下し、西に向きました。
では、承天閣美術館を出ます。


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承天閣美術館を出ると、目の前に相国寺の方丈が見えます。
ここから中に入ると方丈と法堂の特別拝観が可能ですが、
先述の通り制限時間が近いので通り過ぎます。


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相国寺方状の前で、西を向きました。
法堂の北側からさらに西側に抜けられます。
第460回ブログではこのルートを進みました。


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相国寺方状の前で、「高倉通」を南に向きました。
では、ここを進み上立売通に戻ります。


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先程の写真に写っていた回廊から、「高倉通」を南に向いています。
左(東)側の祠は、相国寺の末社の1柱弁財天です。
その祠の南側で、「高倉通」は上立売通と交差します。


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「高倉通」から、上立売通を西に向いています。
では、ここをさらに進んでいきます。


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「高倉通」から上立売通を約10m西に進み、北に向きました。
この先に、臨済宗相国寺派本山相国寺法堂(本堂)があります。
こちらの沿革は、第460回ブログを参照してください。


471-35.jpg
先程の写真の位置で、上立売通を西に向きました。
ここは相国寺境内ですが、近所の住民の生活道路でもあります。
歩行者や自転車が、何人も通り過ぎていかれますね。
では、さらにここを西に進みます。


471-36.jpg
先程の写真に写っていた鐘楼の前で、上立売通を西に向いています。
左(南)側に、同志社大学今出川キャンパスが見えますね。
この辺りは杉林なので、花粉症の自分には辛いです……


471-37.jpg
先程の場所から、上立売通を西に約100m進みました。
こちらは、臨済宗相国寺派瑞春院です。
(詳しい沿革は、第194回ブログ参照)
水上勉の小説「雁の寺」の舞台ですね。
ただ、今はいろいろあって非公開寺院です。


471-38.jpg
瑞春院を通り過ぎると、相国寺境内を通り抜けてします。
右(北)側に見える赤い建物は、「Papa Jon's」というお店です。
京都随一のチーズケーキ専門店ですね。
ただ、この時点で午後3時です。
ウチの母の用事に間に合わせるべく、ここは素通りしました。


471-39.jpg
相国寺の西門から、上立売通を西に約50m進みました。
ここで、上立売通は烏丸通と交差します。
烏丸通以西の上立売通はこのくらいの道幅になりますが、
実は上立売通の道幅はその大半がこのくらいの広さです。


471-40.jpg
上立売通から、烏丸通を南に向きました。
約70m先に、同志社大学今出川キャンパス正門が見えます。
さらにその正門から30mほど南下すると、
地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出入り口があります。
そこから地下に下りて地下鉄に乗って、
京都駅方面に戻りました。

今回は、ここまでです。

~次回も、まだ少し「桜散策」を行います。
次は上立売通の西の方にとびます~

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第472回 千本釈迦堂 阿亀桜~雨の上七軒桜散策~その1

[千本釈迦堂] ブログ村キーワード
前回ブログまでで、上立売通を
東端の寺町通から烏丸通まで進みました。
普通ならそこから西に進んでいくのですが、
今回は同じ上立売通周辺でも西の方から始めます。
と言いますのも、このまま進んでいくと
その辺りに着いた頃には桜のシーズンが終わっていて、
せっかくの「桜の名所が続く道」が堪能できなくなるからです。
まぁ、この上立売通には他にも桜の名所が多くあるのですが、
そちらの桜散策はそのうちということで……
なお、ここからは「上立売通編」本編ではないので、
必ずしも上立売通を通るわけではありません。
(事実、今回ブログには上立売通は登場しません)


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京都駅北側市バスターミナルから千本通経由の206系市バスに乗り、
約30分かけて「千本今出川」バス停で下りました。
「今出川千本」交差点で千本通を約50m北上した地点ですね。
今回は、ここから五辻通経由で大報恩寺(千本釈迦堂)を目指します。
(第376回ブログとほぼ同じルートです)
撮影日は、2017年4月8日土曜日午後1時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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市バスの「千本今出川」停留所から、千本通を約50m北上しました。
ここで、千本通は五辻通と交差します。


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五辻通から、千本通を北に向いています。
ここから約150m先で上立売通と交差し、
さらに50m北上すると石像寺(くぎ抜き地蔵)があります。
(第377回ブログを参照)
ただ今回は厳密には「上立売通編」本編ではありませんので、
そちらの方には向かいません。


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千本通から、五辻通を西に向いています。
目の前の老舗玩具店はシャッターが下りていますが、
実はこの瞬間も営業中でした。
では、ここから大報恩寺(千本釈迦堂)を目指します。
(今回ブログは、ほぼ第376回ブログと同じルートです)


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千本通から、五辻通を西に歩いています。
この辺りは上七軒の近くということで、
なかなか味のある京町家が並ぶ一方、
西陣ということで小さな工場や工房も並んでいます。
こちらの民家のソメイヨシノは、そろそろ満開ですね。
前回ブログでも書きましたが、最近京都では桜の庭木が増えました。


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千本通から、五辻通を約80m西に進みました。
五辻通は、ここで六軒町通と交差します。
上立売通は千本通を西に約50m進むと、
この六軒町通でいったん突き当たります。
ですから、「上立売通編」本編でもその場所で六軒町通を南下し、
この辻で、この五辻通を西に進むコースを辿ります。


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六軒町通から、五辻通を西に約30m進みました。
ここで、五辻通から北側に伸びる路地があります。
看板のあるお好み焼き屋さんの先の路地は
大報恩寺の東側に出ますが、そちら側から入る門はありません。
ですから、東側から大報恩寺に入るには
この五辻通を通らないといけません。

そうそう、この目の前の京町家に看板が出ていて、
近日中に旅館になると書かれていました。
この風情のある建物も、取り壊されてしまうのでしょうか?


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その京町家から、五辻通を西に約50m進みました。
ここに組み紐屋さんがありますが、
そういうところも花街上七軒に近いからでしょうか?
そして、ここから約50m先に大報恩寺(千本釈迦堂)があります。
(たくさんの方が集まっておられる辺りです)


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組み紐屋さんの前から五辻通を西に約50m進み、北を向きました。
こちらが、天台宗智山派大報恩寺(千本釈迦堂)です。


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五辻通から、大報恩寺(千本釈迦堂)参道を約30m北上しました。
すると、右(東)側に大きなソメイヨシノが立っています。
2017年京都市街地のソメイヨシノは、
この日(2017年4月8日)が満開でした。


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そのソメイヨシノの北側に、白椿が咲いていました。
こちらは盛りが過ぎて、花弁が地面に落ちていました。


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では、その白椿の脇から大報恩寺(千本釈迦堂)に入ります。
こちらには、昨年(2016年)の節分以来です。


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門をくぐり、大報恩寺(千本釈迦堂)境内を北に向いています。
突き当りにお釈迦様がいらっしゃる本堂(国宝)がありますが、
その手前に大きな枝垂桜が見えます。
あちらが、阿亀桜(おかめざくら)ですね。


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同じ場所で、西を向きました。
こちらに、末社の稲荷神社がいらっしゃいます。
こちらの周辺のソメイヨシノは、まだまだでした。


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その稲荷社の北隣に、こちらが建っています。
こちらは、塔頭寺院の北野経王堂願成就寺です。
1392年室町幕府3代将軍足利義満によって建立されました。
元々はもっと北野天満宮に近いところに建っていたようですが、
戦乱を避けるように移転を繰り返して、今はここに建っています。


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そのお堂の前に、こちらのお墓が立っています。
こちらは、1391年明徳の乱で戦死した山名氏清のものです。
この戦で勝利した足利義満は、敗死した山名氏清のために
北野経王堂願成就寺を建てて、供養のために経を唱えさせました。


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北野経王堂願成就寺の南側で稲荷社との間に、
こちらの白椿の木がありました。
こちらも、もう盛りが過ぎていました。


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北野経王堂願成就寺の東側に、不動明王堂がいらっしゃいます。
この辺りは、節分の際にはいろいろテントがあって近付けません。
(第376回ブログを参照)


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その不動明王堂の前で、北を向きました。
こちらが、この寺院の象徴阿亀桜(おかめざくら)です。


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阿亀桜の根本を撮りました。
そろそろ少しずつ花が散り出しています。
こうしてそれを撮ると、雪が舞っているようですね。


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阿亀桜の東側に、大きな阿亀(おかめ)さんの銅像が立っています。
ちょっとそちらの方に向かいます。


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こちらが、その阿亀像と阿亀塚(阿亀さんのお墓)が並んでいます。
阿亀さんはお面の「おかめ」のモデルになった方ですが、
この寺院の沿革に深く関わった方でもあります。
この寺院では、こちらの阿亀さん自身も信仰の対象です。
そのため、毎年節分には阿亀さんのお面と人形が売られます。
(詳細は、第376回ブログ参照)


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阿亀桜の北側に、大報恩寺(千本釈迦堂)本堂があります。
その名の通り、こちらのご本尊は釈迦如来像(秘仏)です。
天台宗智山派大報恩寺は、鎌倉時代初期にこの地に建立されました。
応仁の乱などの戦災を受けなかった京都でも数少ない寺院で、
本堂自体は国宝・ご本尊は重要文化財に指定されています。


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大報恩寺(千本釈迦堂)の前で、左(西)に向きました。
寺務所の向こうに、駐車場が見えます。
その向こうがそこそこ大通の七本松通で、
その先から西にまた上立売通が伸びています。
ですから「上立売通編」本編ではそちらを進みますが、
今回は五辻通をそのまま進みます。


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大報恩寺(千本釈迦堂)本堂の前で、南を向きました。
では、石畳の道を進んであちらの門を目指します。


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大報恩寺(千本釈迦堂)の門まで戻ってきました。
では、ここをくぐり外に出ます。


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大報恩寺(千本釈迦堂)の門をくぐり、南に向きました。
先程眺めたソメイヨシノが、左(東)側に見えます。
では、五辻通に戻ります。


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五辻通から大報恩寺(千本釈迦堂)の前で、南に向いています。
この道は約150m先で七本松通に吸収され、今出川通と交差します。
そこが「上七軒」交差点で、交差点から西北西に
「上七軒」の花街が続きます。
ですから、そちらの方に向かえばよかったのですが
この時は何も考えずに自分がいつも通る五辻通を進みました。
(上七軒の花街に行けばよかったことは、今気づきました)


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大報恩寺(千本釈迦堂)の前で、五辻通を西に向きました。
ですから、この日(2017年4月8日)はこちらを進みました。


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大報恩寺(千本釈迦堂)の前から、五辻通を約70m進みました。
ここで、五辻通は七本松通と交差します。
ここから西に約20m進み北野天満宮を通り抜け、
上立売通から平野神社に向かったのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、北野天満宮の通り抜けます。
紅梅・白梅で有名な神社ですが、少しだけ桜の木もあります~

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第473回 北野天満を通り抜け~雨の上七軒桜散策~その2

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前回ブログで、千本通から五辻通を大報恩寺(千本釈迦堂)経由で
約300m西に進み七本松通まで来ました。
今回はこのまま西にある北野天満宮を通り抜け、
神社北側の上立売通から平野神社を目指します。
撮影日は、2017年4月8日土曜日午後1時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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五辻通から、七本松通を北に向いています。
約150m先の右(東)側に大報恩寺(千本釈迦堂)の門があって、
さらに左(西)側から上立売通が復活します。
ただ、今回は子の五辻通をこのまま西に進みます。


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「五辻七本松」交差点北西角に、児童公園があります。
こちらは「翔鸞児童公園」です。では、ちょっと中を覗いてみます。


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翔鸞児童公園に入ってきました。
週末の昼下がりなのですが、先ほどまで雨が降っていて
公園には子供はもちろん誰もいらっしゃいません。
こちらの大桜はソメイヨシノよりも開花時期が遅いので、
まだ開花前のようです。


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その翔鸞児童公園の中央で、西を向きました。
こちらのソメイヨシノは満開ですが、
よく見るとこちらの児童公園の塀の外側ですね。


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翔鸞児童公園を五辻通側に出て、西を向きました。
よく見ると、児童公園の西側は小学校ですね。


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こちらが、その京都市立翔鸞小学校です。
とは言え、週末の雨の昼下がりですから校門は閉まっています。
まぁ、おかげで桜は撮り放題でした。


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京都市立翔鸞小学校の前から、五辻通を西に向いています。
では、ここを進みます。


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さらに、五辻通を西に歩いています。
この辺りは京町家が多いのですが、何年か経つうち
ちょっとずつ別の建物や駐車場に変わってますね。


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七本松通から、五辻通を西に約200m進みました。
ここで五辻通は石畳になって、南側の道と合流します。


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Y字路で、五辻通の南側を通りを南東に向きました。
こちらが、「上七軒」の花街です。
前回ブログで書いた「ここを通ればよかった道」というのが、
こちらの道ですね。


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同じ場所で、西に向いています。
上七軒の花街の通りと五辻通が合流して、御前通で突き当たります。
その先に見えるのが、北野天満宮の東門ですね。


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「五辻御前」交差点の北東角に、こちらの碑が立っています。
北野天満宮の東側を上七軒と言います。


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では、こちらから北野天満宮に入っていきます。
こちらの神社の訪問はこのブログで3回目ですが、
今出川通側から入らないのは今回が初めてです。


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東門から、北野天満宮境内に入ってきました。
目の前に、北野天満宮本殿が見えますね。
こちらは紅白梅で有名なのですが、
もうこの日(2017年4月8日)はだいぶ散っていました。


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もう散ってしまった梅の木の脇に、こちらの碑が立っています。
こちらが、和魂漢才の碑ですね。


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北野天満宮本殿近くに、大桜の木が立っています。
こちらは、まだ5分咲きと言ったところでしょうか?
実は、北野天満宮にも数本だけ桜が植えられています。


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その辺りで、南を向きました。
右(西)側に、北野天満宮本殿が見えます。
その約100m先に、北野天満宮楼門が見えます。
第112回ブログ第351回ブログでは
今出川経由でこの門から入ってきました。


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では、こちらから北野天満宮本殿に向かいます。
梅のシーズンはもう終わっていますが、
この日(2017年4月8日)もたくさんの参拝者がいらっしゃいました。


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こちらが、北野天満宮本殿です。
詳しい沿革は、第113回ブログを参照してください。
この日(2017年4月8日)は小雨の休日でしたが、
周囲に桜の名所が多いこともあって相当の人出でした。


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同じ場所で、南を向きました。
こちらの唐門は、二条城二の丸御殿と同じ構造ですね。


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北野天満宮本殿前で、西を向きました。
こちらの梅の木も、もう散っていますね。
では、その先からここを出ます。


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北野天満宮本殿前の西の門を出て西を向いています。
(つまり、ここが神社境内の最西端です)
向こうの階段を上がった先に御土居跡があって、
そのさらに西側に紙屋川が流れています。
そしてその周囲一帯が公園になっていて、
早春には紅白梅、秋には紅葉が楽しめます。


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同じ場所で北を向きました。右(東)側に北野天満宮本殿が見えます。
では、こちらを突き当りまで進みます。


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その突き当りまで北上して、東を向きました。
この辺りが、北野天満宮境内の北西端ですね。
次は、ここを進んでいきます。


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北野天満宮境内北端の道を東に突き当たり、北を向きました。
(こちらは、北野天満宮楼門から北上する道です)
こちらから北野天満宮から出られますが、
その脇にも神社のお社がいらっしゃいます。


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こちらが、その文子天満宮(あやこてんまんぐう)です。
文子天満宮は京都駅近くにもいらっしゃいますね。


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文子天満宮の西側に、北に進む脇道があります。
次は、そちらに進みます。


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文子天満宮から北に約50m進むと、こちらの門があります。
では、ここから北野天満宮を出ます。


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その門から、北を向いています。
ここで、上立売通沿いに出ます。
目の前の石碑は、西陣織の発展に尽くした伊達弥助の記念碑です。

5世伊達弥助は明治時代の西陣織の職人で、
西陣織を美術品へと昇華させた人物でした。


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北野天満宮の前で、上立売通を東に向きました。
この辺りは2車線ですが、
御前通より東は自動車通れないほどのあまり広くない道幅です。


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北野天満宮の向かい(北)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにお参りして、上立売通を西に進みます。


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北野天満宮の前で、上立売通を西に向いています。
約150m先の突き当りに桜並木が見えていますが、
あちらが次の目標平野神社です。


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先程の場所から、上立売通を西に約50m進みました。
ここで、上立売通は紙屋川と交差します。
そして、この辺りで「京都市上京区西陣」から
「京都市北区平野」に移ります。


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上立売通で紙屋川に架かる橋の上で、南を向きました。
紙屋川は、この橋のはるか下を流れています。
この橋から南の紙屋川沿岸は、北野天満宮の所有地です。
(梅や紅葉がきれいな公園ですね)


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同じ場所で、紙屋川を北に見ています。
アパートの下を細い川が流れているのは、京都では珍しいですね。
この風景は、このまま約700m北の鞍馬口通周辺まで続きます。


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さらに紙屋川に架かる橋の上で、上立売通を西に向きました。
だんだん平野神社の桜並木が近づいてきましたね。


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紙屋川に架かる橋の上から、上立売通を西に約100m進みました。
ようやく平野神社の前に来ました。


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同じ場所で南を向きました。平野神社沿いに桜並木が続きます。
ここから約100m先から、また西に上立売通が伸びています。


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同じ場所で、北を向きました。
この道は、約700m先の金閣寺前まで続いています。


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同じ場所で、西を向きました。
ここから平野神社に入っていくわけですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、平野神社の桜を堪能します~

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第474回 平野神社は桜ドーム~雨の上七軒桜散策~その3

[平野神社] ブログ村キーワード
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北野天満宮の北門から上立売通を約150m西に進み、
平野神社の一の鳥居の前に来ました。
「京都で桜」と言えば、先ずはこの神社ですね。
今回は、こちらの桜並木を堪能してから帰宅します。
撮影日は、2017年4月8日土曜日午後2時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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平野神社一の鳥居の脇に、大きな枝垂桜が立っていました。
手前に藤棚がありますが、そちらはまだまだ先ですね。


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一の鳥居をくぐり、平野神社境内に入ります。
北側に小さな鳥居が並ぶ参道があって、
その奥に末社の出世稲荷社と猿田彦社がいらっしゃいます。
通常なら最初にお参りするのですが、この人出です。
こちらのお参りは、諦めました……


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平野神社一の鳥居付近の桜の根本を撮りました。
その根元には、こちらのユキヤナギが咲いていました。


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その辺りで、平野神社境内を南に向きました。
こちらに、茶店が建っています。「桜湯」と書いてありますね。


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では茶店の中に、入っていきます。
桜の塩漬けを湯に浮かべた桜湯と、こちらの茶菓子を頂きました。


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茶菓子は2種類のうち、こちらを頂きました。
きな粉が付いた牛皮ですね。


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茶店の前に、手水舎があります。
こちらで手を浄めて、境内の奥に入っていきます。


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いよいよ平野神社の楼門に入ってきます。
この辺りから小雨からだんだん雨粒が大きくなって、
次第にこの写真にも写るほどになってきましたね。


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平野神社楼門をくぐりました。
するとその西側に拝殿が見え、さらに奥に本殿がいらっしゃいます。


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拝殿の向こうに平野神社本殿がいらっしゃるのですが、
参拝待ちの方々が作った行列が平野神社境内を蛇行しています。
いつもなら待つのですが、この日(2017年4月8日)は
午後5時までに自分は職場に戻らないといけませんでした。
ですから、今回も本殿参拝は諦めました。
(実は、2016年も本殿参拝を同じ理由で諦めています)


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平野神社拝殿の内部を撮りました。
天井部分に、三十六歌仙の姿絵が並んでいますね。


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平野神社拝殿や本殿の周辺にも、枝垂桜並木が続きます。
この辺りに、写真を撮る方々が人だかりを作られていました。


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平野神社本殿前から、南を向きました。
大桜の木々はまだまだ咲いていませんが、
さらに向こうのソメイヨシノは濃厚に咲き誇っています。
そちらには、この後向かいます。


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その辺りの写真をもう一枚撮りました。
テントが並んでいますが、そちらに露店が立っています。


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平野神社拝殿前で、東を向きました。
では、こちらの平野神社楼門を出ます。


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平野神社楼門をくぐり、東を向いています。
向こうに平野神社一の鳥居が見えますので、
このまま進むと今回ブログ最初の場所から外に出られます。


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とは言え、平野神社の桜はここからがメインディッシュです。
先程立ち寄った茶店の裏(南)側から、こちらの庭園に入れます。
平野神社のソメイヨシノは、ここから先に集中します。


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先程の場所から、こちらの庭園に入ってきました。
3mほどの幅の道が、庭園内部に張り巡らされていますね。


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庭園内部の小径を南に進んでいます。
道の両脇にソメイヨシノ並木が延々続き、
塩小路橋西詰の桜のこみちに似た桜トンネルが続きます。
(第298回ブログを参照)


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平野神社庭園内の小径をさらに南に進んでいます。
この時点(2017年4月8日午後2時半ごろ)でも
大きな雨粒が降っていましたが、
それでもこの庭園にはたくさんの方々が散策されていました。


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平野神社楼門前から、桜の庭園を南に約50m進みました。
ここで小径は突き当たり、それぞれ東西に進めます。
そして、そのどちらに進んでも「桜トンネル」がまだまだ続きます。


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そのソメイヨシノの根本を大きく撮りました。
雑草に紛れて、多くの菜の花が咲いていました。


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同じ場所から、西を向きました。
では、こちらの桜トンネルを進んでいきます。


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先程の地点から、西に約30m進みました。
では、ここから平野神社庭園を出ます。


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平野神社の庭園を西に出て、南を向きました。
ここを約20m進むと、平野神社南門から上立売通に出ます。
(この辺りの上立売通は、蛇行しています)
ただ、ここから西の平野神社境内は桜がさらに濃厚になります。


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同じ場所で、西を向きました。
ここから西端の西大路まで、露店が続きます。
そして、ここからが平野神社でいちばん桜が濃厚です。


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平野神社境内で、露店が続く道を西に歩いています。
おでんやうどんが食べられる露店が、何軒も続いています。
ちょうど給料日前だったので、先ほどの桜湯で予算を越えて
この辺りは泣く泣く素通りです。
まぁこの後すぐ仕事ですから、時間もなければ
飲酒するわけにもいかないのですが……


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さらに、平野神社境内を西に進んでいきます。
ずっと向こうに、西大路に出られる鳥居が見えます。
そちらに、少しずつ向かいます。


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この辺りで、第472回ブログから降り続いていた雨がやみました。
そこで傘を畳み、辺りをゆっくり撮影しました。
この辺りの桜の木々は濃厚で、
上を見ると桜の枝が天井のように広がります。
まるで、桜でできた家屋の中にいるようです。
もはや、ここは「桜トンネル」ではなくて「桜ドーム」ですね。


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さらに、平野神社境内を西に向かって歩いています。
この辺りから、また人口密度が本殿前並みに増えてきます。


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露店が並ぶ道を約100m進みました。
では、こちらの鳥居をくぐり西大路に出ます。


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平野神社の鳥居をくぐり、南を向きました。
こちらが、上立売通と西大路が交差する「平野神社前」交差点です。
本当はここから約150m先に「衣笠校前」バス停があるのですが、
取材時点ではそれが分からなくてこちらを進みませんでした。


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同じ場所で、北を向きました。
ここから西大路を約500m北上するとわら天神があり、
さらに約200m北上すると金閣寺の前に出ます。
では、こちらを北上します。


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「平野神社前」交差点から、西大路を約150m北上しました。
ここで平野神社脇の白壁を通り過ぎ、京都市街地を北上します。
……ただ、この辺りは急な上り坂でちょっとバテました。


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さらに、西大路を約200m北上しました。
そこに、「わら天神」バス停があります。
結局こちらのバス停から205系市バスに乗って、
京都駅まで向かいました。
そして、そこから職場に向かいました。

これで、2017年の桜散策を終了します。

~次回から、また上立売通を烏丸通から西に向かいます~

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第475回 上立売町の玉姫稲荷~上立売通東から西~その7

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GWに入り、ようやく2017年の桜散策の連載も終わりました。
……という訳で、約1ヵ月ぶりの地下鉄烏丸線「今出川」駅です。
今回は、ここから上立売通を西へと進みます。
撮影日は、2017年5月1日午後2時半。
雨が止むと、急に日差しの強い夏日になりました。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅ホームで、北を向きました。
今まではここから南に進んだ「今出川烏丸」交差点付近の
6番出口からこの駅を出ていたのですが、
今回は、北側にある1番出口から地上に上がります。


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先程の写真で写っていたエスカレーターから、
コンコース階に上がってきました。
改札の向こう(北)側に、コンビニエンスストアがありますね。


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そのコンビニエンスストアの店頭から、東を向いています。
ここは地下1階ですが、東側から同志社大学に入ることができます。
では手前の階段から、地上に上がります。


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その階段を上がって、地上まで来ました。
周囲の壁が暗いのは、それだけ外の日差しが強いからです。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口を出て、南を向きました。
こちらが、同志社大学今出川キャンパスです。
正午に自宅を出たのですが、その時点では曇り空でした。
それが北大路VIVREで昼食を摂ってからここに来ると、
見事な快晴になりました。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口の前で、
烏丸通の向かい(西)側を見ています。
あちらは大聖寺で、かつて室町第があった場所です。
(第195回ブログを参照)


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さらに同じ場所で、烏丸通を北に向きました。
では、ここを北上します。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口から、烏丸通を北上しています。
烏丸通の両脇に、同志社大学の赤レンガの校舎が並びます。
こちらにはメレル・ヴォーリズが設計した校舎が多くありますが、
烏丸通に面したものはどれもここ数年で建てられたものです。
(同志社のヴォーリズ建築は、第459回ブログに出てきます)
この写真は、クリックすると拡大されます。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口から、
烏丸通を約100m北上しました。
ここで、烏丸通は上立売通と交差します。
「上立売烏丸」交差点北東角に、
「ヤオイソ」烏丸店という青果店があります。
こちらにも、四条大宮の本店同様フルーツパーラーがあります。
そちらの名物も、本店同様フルーツサンドです。
(第193回ブログで、そちらを頂きました)
ただ、今回は先に昼食を摂ったので素通りします。
この写真も、クリックすると拡大されます。

~2017年5月5日午後8時追記~
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2017年5月5日にこの辺を再訪したときに
「ヤオイソ」にお邪魔しました。
時節柄、旬のイチゴが美味しそうでした。
本当は1,600円の「イチゴづくし」がおいしそうでしたが、
GWでお金を使いすぎて「イチゴパフェ」だけにしました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


~ここも、2017年5月5日午後8時追記~
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「イチゴパフェ」を上から撮りました。
アイスクリームとホイップクリームの間に、イチゴが満ちています。
まぁ、こちらは単にイチゴだけを出すようなメニューもある
食材勝負のお店ですし……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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烏丸通から、上立売通を東に向いています。
ここを進むと、臨済宗相国寺派相国寺境内に入っていきます。
つまり、上立売通は相国寺の境内を貫いています。
(第194回ブログと同じルートです)
また、第471回ブログでは
寺町通からこちらまで上立売通を西に進みました。
左(北)側に見える赤い壁のお店は、
チーズケーキ専門店の「Papa Jon's」です。
第471回ブログの追記でお邪魔しました。


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今度は、同じ場所で上立売通を西に向きました。
ここから先の上立売通は、だいたいこのくらいの道幅ですね。
では、こちらの横断歩道を渡っていきます。


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烏丸通から、上立売通を西に向いています。
左(南)側に見えるのは同志社大学今出川キャンパスの寒梅館で、
こちら側には業者さんの搬入口があります。
(寒梅館は、学食などが入っている校舎です)
右(北)側はアパートや倉庫が並んでいます。


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その倉庫の隙間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
後述しますが、上立売通はお地蔵さんが多い通りですね。


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烏丸通から上立売通を約50m進むと、上立売通南側も
京町家とお地蔵さんという京都市街地によくある風景に変わります。
お地蔵さんの脇にブリキ製の表札が貼り付けてあります。
錆びてよく読めませんが、こう書いてありました。
「京都市上京区上立売通烏丸西入ル 上立売東町」
つまり、この辺りがこの上立売通の起源になりました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらは、その向かい(北)側です。
こちらも、だんだん京町家の割合が増えてきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらは……ちょっと変わった家屋ですね。
2Fの屋根が低かったり、壁が少し奥まったりしていることから、
壁のタイル地を剥せば元は京町家だったのでしょうね。
壁が奥まっているのは、犬矢来の名残でしょう。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その辺りで、上立売通を西に向きました。
こちらで、上立売通は室町通と交差します。

中世(鎌倉時代~室町時代)、
路上で物を売る行商人を「立売」(たちうり)と言いました。
その立売が、現在のちょうどこの辺りに定期市を立てました。
それがこの地を「京都市上京区上立売町」と呼ぶ起源で、
この道の名称の由来ともなりました。
(詳細は、第466回ブログ参照)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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上立売通から、室町通を南に向いています。
京町家に、小さな鯉のぼりが立っています。
そう言えば、あと数日で端午の節句ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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今度は、上立売通から室町通を北に向きました。
約40m先に赤い郵便ポストが見えますが、
そちらが「京都室町上立売郵便局」ですね。


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室町通から、上立売通を西に向いています。
では、ここを進んでいきます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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室町通から、上立売通を西に約40m歩きました。
京町家の小売店が見えますが、
あちらが老舗文房具屋さんの「大塚和洋紙店」です。
京都には紙問屋が文房具屋さんに転身したものが多いですが、
こちらもそういうものの1軒です。
コンビニエンスストアとかに売っていない文房具は、
自分はたいていこういうお店で買っています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらは、その文房具店の向かい(北)側です。
この辺は、京町家が建ち並びます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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大塚和洋紙店の前から、上立売通を西に約50m進みました。
ここで南を向くと路地があって、その奥に朱い祠が見えます。
ちょっとそちらにお邪魔します。


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上立売通から、南に約20m進みました。
路地の突き当りにいらっしゃるのは、案の定稲荷社ですね。


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こちらが、その玉姫稲荷社です。
上立売通側からこちらを撮影していると、
不審に思われた近所の方に職務質問されてしまいました。
そこで自分が身分を明かして事情を話すと、
一転してこの辺りの話を詳しくしていただきました。

この神社はかなり昔からいらっしゃるそうで、
沿革はよくわからないそうです。
ただ「おひたきさん」(おそらく「御火焚さん」)というお祭りが、
1年に1回行われているようです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その神社の裏(西)側に、こちらがいらっしゃいます。
先述の近所の方の話によると、こちらは
「お地蔵さん」ではあるのですが、地蔵尊ではなく大日如来です。
以下は、その近所の方のお話です。

大昔こちらで家を建てられたとき、地中から地蔵尊が出てきました。
そのためこの位置にお祀りしたのだそうですが、
その直後からこの町内を中心に疫病が発生したそうです。
その時この近くの三時知恩寺の僧侶が、こうおっしゃったそうです。
「こちらの地蔵尊をここにお祀りしてはいけない。
ウチの寺院でお祀りするべきである」
そのままそちらにお地蔵さんを移して、
こちらに大日如来をお祀りしたところ疫病が治まったそうです。
その地蔵尊は今も三時知恩院にお祀りされているので、
次回ブログでそちらにお邪魔します。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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玉姫稲荷社の前で、北を向きました。
では、こちらから上立売通に戻ります。


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上立売通に戻り、西に向きました。
目の前に、新町通が見えますね。


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上立売通から、新町通を北に向いています。
……とは言え、ここから西に約40m先でまた新町通が伸びています。
という訳で、上立売通~寺之内通間は新町通が2本並行しています。


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今度は上立売通から、新町通を南に向きました。
約50m先に浄土宗の三時知恩寺があるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、三時知恩寺に向かいます~

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第476回 三時知恩寺庭園~上立売通東から西~その8

[三時知恩寺] ブログ村キーワード
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上立売通から、新町通を南に見ています。
右(西)側に見えるのは、同志社大学新町キャンパスですね。
今回は約50m先にある三時知恩寺にお邪魔した後、
上立売通をさらに西に移動します。
撮影日は、2017年5月1日月曜日午後3時。
時折曇りますが、基本的には快晴です。


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上立売通から、新町通を南に進んでいます。
程なく左(東)側に、三時知恩寺の白壁が見えてきます。
この写真以降、三時知恩寺のものはクリックすると拡大されます。


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上立売通から新町通を南に約50m進み、左(東)を向きました。
こちらが、浄土宗三時知恩寺門跡です。
「門跡」とあるように、こちらは皇女が入内する寺院でした。
ですから、こちらは今でも尼寺です。

こちらは北朝の第4代後光厳天皇の息女見子内親王が、
北朝第3代崇光天皇の入江殿を寺院にしたものです。
(14世紀末の南北朝時代末期のことです)
ですから、「入江御所」がこちらの別称です。
入江御所は、今の京都市北区一条西洞院にありました。
それが、正親町天皇(織田信長と同世代)の治世に
この位置に移転しました。

という訳で境内に入ろうとしたのですが、
こちらの門は閉ざされていて中に入れませんでいた……


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ところが、山門の南側から入れるようです。
こちらの看板のように書いてあるということは、
高齢の地域住民はいつでもこちらにお邪魔しているのでしょうか?


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先程の門から、三時知恩寺境内に入ってきました。
一見すると植物が伸び放題なのですが、
よく見るときちんと配置が考えられて植えてあります。


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こちらは、先ほどの写真にも写っていた地蔵堂です。
こちらの地蔵尊の縁起は、前回ブログに出てきます。
それによると、ここから約30m北の地中から出てきた訳ですが
堂内を覗くとこちらの地蔵像は石仏ではなく木彫りの塑像です。
この近所の方から話を聞いた時点では
「えびす」(石や流木など自然物を仏像に見立てたもの)と
思っていたので、わりと驚きました。
(ウチの町内のお地蔵さんも含めて、
京都のお地蔵さんは「えびす」が多いのです)


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地蔵堂の脇に、小さな引き戸があります。
ここから本堂や庫裏に入れるのでしょうが、
さすがにここから先は非公開のようです。
ですから、今回ブログでは庭園の周囲を散策します。


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引き戸の前で、三時知恩寺境内を北西に向いています。
この辺りはいろいろな植物が植えてありますが、
山門付近は石庭のようです。


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こちらが、その三時知恩寺の石庭です。
流紋がきれいな見事な庭ですね。
こちらは庫裏と山門の間にあるのですが、
出入りする時はこの流紋を踏み荒らして進むのでしょうか?


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一方、石庭の南側にはこちらの苔生す庭園が広がります。
この小さいながらも見事な枝振りのカエデが、秋も深まると
ここをさらなる絶景に変えるのでしょうね。


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先程の地蔵堂の前から、三時知恩寺境内を西に向いています。
では、こちらから新町通へ出ます。


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三時知恩寺の前で、新町通を南に向いています。
この辺りの写真も、クリックすれば拡大されます。
この少し先で新町通は右(西)に折れて、
同志社大学新町キャンパス前でまた真南に伸びています。
……と言いますか、この部分の新町通は
同志社大学新町キャンパスを迂回するように伸びています。


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同じ場所で、新町通を北に向きました。
左(西)側が同志社大学新町キャンパスで、
右(東)側は三時知恩寺の白壁です。
では、ここの北上して上立売通に戻ります。


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新町通を三時知恩寺の白壁に沿って北上しています。
先程の出入り口から約20m北に、また入り口があります。
おそらくここから入れば、
三時知恩寺の鎮守社國岡稲荷社に行けます。
(前回ブログの玉姫稲荷社とよく混同されます)
その北隣に、こちらの総菜屋さんがあります。


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店頭のだし巻き卵につられて、お店を覗きました。
店員さん(おそらく同志社大学の学生さん)にお話しして、
このブログに掲載する許可を得て、ここから先を書いています。
こういうお店は「大当たり」か「大外れ」かの二択なのですが、
結果として「大当たり」でした。
こちらのだし巻き卵は砂糖多めで、ほかの店より甘めです。
時節柄、(稲荷祭の関係上)ここのところ
ウチの夕飯は赤飯やバラ寿司(ちらしずし)を食べていますが、
そういうご飯にはこのくらい甘い方が合います。
第305回ブログに出てきた鳥三
第348回ブログに出てきた西尾など
京都にはだし巻き卵がおいしいお店がたくさんあります。


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そのお店の向かい(西)側は同志社大学新町キャンパスですが、
ずっとツツジの生垣が続いています。
この辺りが特にきれいですね。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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三時知恩寺の前から新町通を北に約50m進みました、
ここで今回ブログ初めの「上立売新町」交差点に戻りました。


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新町通から、上立売通を西に向いています。
約50m先から、北にまた新町通が伸びています。
この辺りは、同じ名前の通りが並行しています。


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上立売通から、西側の新町通を北に向いています。
ここからは便宜上こちらの新町通の方が古いので、
「旧新町通」と呼びます。


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上立売通から、「旧新町通」を北上しています。
この辺りも、京町家がたくさん建ち並んでいますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の写真で写っていた京町家の北隣に、こちらの寺院があります。
こちらは、浄土宗光照寺門跡です。(こちらも、門跡寺院ですね)
では、こちらに入っていきます。
この寺院の境内の写真も、クリックすると拡大されます。


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……とその前に、こちらはその光照寺門跡の北隣です。
石製鳥居があるのですが、その先が閉ざされています。


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光照寺門跡の境内に入って、その鳥居の先を撮っています。
おそらくこちらが、ここの鎮守の社だったのでしょうね。


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おそらくこちらが、光照寺門跡の本堂です。
こちらは室町時代初期の1356年に、
後伏見天皇の皇女進子内親王が建立しました。
もともとは一条室町にありましたが、
応仁の乱で焼失後ここに移ってきました。


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光照寺門跡の境内は相当広いのですが、その大半は駐車場です。
また地図で調べるとここの北側に塔頭寺院が並んでいるのですが、
扉が閉ざされていて、そちらには行けませんでした。


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光照寺門跡の境内で、東を向いています。
では、ここから「旧新町通」に戻ります。


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光照寺門跡の前で、「旧新町通」を南に向いています。
では、ここから約70m先の上立売通に戻ります。


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先程の地点から「旧新町通」を約70m南下し、西を向きました。
「旧新町通」は、同志社大学新町キャンパスで突き当たります。
生垣のツツジが、少し散っていますね。
では、ここを進んでいきます。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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「旧新町通」から、上立売通を西に歩いています。
この辺りの上立売通は、また2車線の広さですね。


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「旧新町通」から上立売通を約70m西に進むと、
同志社大学新町キャンパスが終わります。
赤いポストの先に、児童公園が見えます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の写真に写っていたポストの西側から、こちらに入れます。
平日とは言え、よく晴れたGWの昼下がりです。
実は、相当数の家族連れがいらっしゃいました。
これらは、その家族連れをフレームから外れるように撮っています。


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この児童公園は端に遊具が並んでいるものの、
中央部には何も置かれておらず、球技などで遊べます。
家族連れは、バドミントンやキャッチボールを楽しんでいました。
また公園内には桜の木々が点在していますが、
いくら今年(2017年)が遅咲きでも、もう完全に葉桜ですね。


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児童公園北側の上立売通に出て、西を向いています。
左(南)側に先ほどの児童公園が見えます。
上立売通は、右(北)側の京都トヨタ中央店を通り過ぎると
急に道幅が1車線くらい狭くなります。


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この児童公園は、約50㎡の広さです。(1辺が約50mの正方形)
児童公園の北西端に、表札が出ています。
「小川児童公園」と書いてありますが、
この児童公園の西側に、小川通が通っています。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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その「小川児童公園」の表札の前で、上立売通を西に向いています。
右(北)側に道が伸びていますが、
こちらは小川通ではなく100mほどの名前のない道です。

本当はここから堀川通まで取材するつもりだったのですが、
この時点で午後3時50分です。
このあとちょっと用事があるので、これ以上取材が続けられません。
そのため、今回はここまでにします。

~次回は、浄土宗鳴虎報恩寺に訪問します~

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第477回 葉桜の鳴虎報恩寺~上立売通東から西~その9

[鳴虎報恩寺] ブログ村キーワード
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前回ブログと同様小川公園の前で上立売通を西に向いていますが、
この時点で2017年5月5日こどもの日の午後3時半。
どちらもGW真っ最中ですが、前回ブログより4日経っています。
今回はここから小川通を北上し、浄土宗鳴虎報恩寺に向かいます。


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先程の写真から、北を向きました。
上立売通から約150m北に伸びるこの道は、特に名前がありません。
(小川通は、もう少し西側にあります)
この道の突き当りに、妙顕寺のの山門が見えます。
妙顕寺以外にも本法寺妙覚寺など
向こうに見える寺之内通~上御霊前通間に
桜がきれいな日蓮宗の本山が建ち並びます。
さらにその近くに表千家と裏千家の庵や「人形寺」宝鏡寺もあり、
堀川通以西の寺之内通沿いにも日蓮宗系の大本山妙蓮寺が並びます。
そんな場所ですからなかなか面白いブログが書けそうなのですが、
そちらに行けばそれだけで10回分を越えてしまいます。
ですから、そちらへは「寺之内通編」か桜散策で後日に回ります。


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その辺りの地図が、こちらに貼り付けてありました。
そのように寺之内通沿いに桜がきれいな日蓮宗寺院が多いのですが、
この上立売通は堀川通以西に「桜の名所」が続きます。
ただ、今回これから進む報恩寺もなかなか桜がきれいな場所です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その地図の前で、上立売通を西に向きました。
ここで、上立売通は小川通とのT字路になります。


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そのT字路で、南を向きました。
こちらに見えるのは小川通で、
左(東)側に前回ブログで出てきた小川児童公園が見えますね。
小川通は錦小路(錦市場のある通りです)から
この上立売通まで伸びています。

上立売通以北の小川通は、たびたび筋を変えて
紫明通(鞍馬口通)まで伸びています。


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「上立売小川」交差点の南西角に、植え込みがあります。
こちらのツツジが、満開でした。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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そのツツジの前で、上立売通を西に向いています。
この辺りは古い民家が続き、様々な小売店舗も混じります。
手前は、「フジヤ薬局」と書いてあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「フジヤ薬局」の西隣はコインランドリーで、
さらにその西隣は「御三軒湯」という銭湯です。
まぁこの辺が「京都市上京区御三軒町」なので、
そういう屋号なのでしょうね。
確か上立売通沿いの銭湯は、ここだけです。
さらにこの写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、その御三軒湯の壁です。
そう言えば、京都市街地は春祭りの季節ですね。
この辺りは、今宮神社の氏子のようです。


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御三軒湯の前で、上立売通を西に向きました。
この写真では分かりにくいですが、
御三軒湯の西側から北に小川通が伸びています。


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上立売通から、小川通を北に向いています。
御三軒湯の北側から、小川通沿いは黒檀による京町家が並びます。
次は、こちらを進みます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その町家には、このように一軒一軒提灯が下がっています。
多分、今宮祭の期間中だからでしょう。
提灯の紋が「御三軒町」のものですが、
この辺りは「射場町」だったような気がします。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その証拠に真向い(東側)のブリキ製の表札にも、
「上京区小川通上立売上る射場町」と書いてありますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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上立売通から、小川通を約70m北上しました。
この京町家の多くは、西陣織の職人さんの職場です。
小さな駐車場を目印に、ここで西を向きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その場所で、西を向きました。
では、ここから浄土宗鳴虎報恩寺に入っていきます。
この寺院の写真は、全てクリックすると拡大されます。


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小川通を西に進み、報恩寺の山門に辿り着けました。
山門の手前に、小さな橋があります。
これは、かつてここに小川(こかわ)という川が流れていた名残です。


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報恩寺山門をくぐり、西を向いています。
報恩寺境内はそれほど大きくありませんが、
京都でも屈指の桜並木が見事な寺院です。


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先程の位置で、報恩寺境内を北に向きました。
こちらに、稲荷社がいらっしゃいます。
先ずは、こちらからお参りですね。


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稲荷社の前で、報恩寺境内を西に向いています。
桜並木の間に、地蔵堂と報恩寺本堂があります。


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こちらが地蔵堂です。堂内の千体地蔵尊は重要文化財です。
こちらは13世紀に製作されたもので、
中央の地蔵尊を小さな地蔵尊が囲む作りになっています。
ただ普段は非公開で、たまに特別公開されています。


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地蔵堂の西側は、桜並木が続きます。
その間から、北に上がると鳴虎報恩寺の庫裏や本堂に行けます。


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地蔵堂のこちらの間に、生垣があります。
先ほど同様、今は時節柄ツツジが見ごろですね。


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桜並木の真下に、祠がいらっしゃいます。
お地蔵さんかと思いきや、何とべんつるさんでした。
ただ、いくらなんでも祠に手を突っ込んで撫でまわすのは
さすがに抵抗がありました。


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では、こちらの庭園にお邪魔します。
石庭とも思ったのですが、松や様々な花が植えられていますね。


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石が敷き詰めてある小径を進むと、報恩寺の庫裏の前に出ます。
ただ、ここから中は通常非公開です。

浄土宗鳴虎報恩寺の前身は天台宗・浄土宗兼学の寺院で、
法園寺(一説には法音寺)と言いました。
ここより南東の一条高倉にあったようですが、(今の京都御苑内)
室町時代半ばにどうも廃寺になったようです。
(それ以前の法園寺の沿革は、よくわかっていません)
それが、室町時代後期の1505年に報恩寺として再興されました。

ところが、豊臣秀吉の治世に京都御苑造営に伴い
現在の地に移転させられ、
なおかつ寺宝の「猛虎の図」も秀吉に取られてしまいました。
ところが、その絵を聚楽第に飾ったところ
毎晩絵の中の虎が大声で吠え続け、
秀吉は寝不足に苦しんだそうです。
そして遂に秀吉は、この絵をこの寺院に返却したそうです。
以降、この寺院は「鳴虎」(なきとら)報恩寺と呼ばれました。
(あくまで、この寺院の言い伝えですが)
その「猛虎の図」(複写)は、きちんと手続きをすれば
希望者は拝観できるそうです。(通常は、非公開)


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地蔵堂の前に戻り、報恩寺境内を南に向いています。
藤棚はまだ花が咲いていませんが、
その脇に重要文化財の鐘楼があります。
こちらは、通称「勿撞の鐘」(つかずのかね)です。
先述の通りこの辺り一帯は西陣織の職人街なのですが、
江戸時代にその辺りで仲の悪い織子と丁稚が
この鐘が撞かれる回数で賭けをしたそうです。
その結果丁稚が勝ち、負けた織子はショックで自殺したそうです。
そのことを耳にしたこの寺院の僧侶が、
こちらの鐘を二度と撞かないことを決めたそうです。


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その鐘楼の前で、西を向きました。
報恩寺境内の桜並木では、この最西端の木がいちばん立派です。


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その木はもう葉桜なのですが、
よく見ると桜桃(さくらんぼ)の碧い実がしっかり付いていますね。


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鐘楼の前で、報恩寺境内を西に向きました。
では、こちらの門から鳴虎報恩寺を出ます。


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浄土宗鳴虎報恩寺の門の前で、西に向いています。
突き当りの小川通沿いには、西陣織関連の京町家が並びます。
そう言えば、また織機の作動音が聞こえてきました。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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その道を東に突き当たり、小川通を北に向きました。
ここから約80m先の寺之内通沿いに、「人形寺」宝鏡寺があります。


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同じ場所で、今度は小川通を南に向きました。
では、ここを進み突き当りの上立売通に戻ります。


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西側の小川通から、上立売通を西に向きました。
ここで上立売通は筋違いになって、さらに西に続きます。


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先程の写真に写っていた菅野医院の前で、南を見ています。
ここから南に、油小路が伸びています。
約150m先に、次回ブログで訪れる白峯神社がいらっしゃいます。

油小路はここからずっと南に伸びており、
八条通以南は堀川通を吸収して大通りになります。
また油小路はこの上立売通でいったん途切れますが、
紫明通からまた復活してはるか北の西賀茂あたりまで伸びています。


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油小路から、上立売通を西に向いています。
この辺りの京町家も、西陣織の職人街です。


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ただ、この辺りも京町家よりマンションの割合が増えてきています。
これは、京都市街地共通のことですね。


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油小路から、上立売通を約50m西に進みました。
こちらにも、鳴虎報恩寺の表札が出ています。
ここを北上してトタン板の辺りを蛇行すると、
先程の報恩寺の鐘楼前に出ます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その辺りで、上立売通を西に向きました。
ここで、上立売通は堀川通と交差します。
ここから先に上立売通は「桜の名所」が集中しますが、
それは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、白峯神社にお邪魔します~

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第478回 新緑の白峯神宮~上立売通東から西~その10

[白峯神宮] ブログ村キーワード
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GWも終わり京都市内にも時々雨が降ったりしているのですが、
うまい具合に撮影日は晴れが続きます。
ただそうなると西日が邪魔になるので、この時間帯から撮影です。

上立売通から西を向き、堀川通を見ています。
今回はここから堀川通を南下して、
今出川通沿いの白峯神宮にお邪魔します。
撮影日は、2017年5月11日木曜日正午。
どんどん気温が上がってきました。


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上立売通から、堀川通を南に向いています。
この歩道橋を渡ればさらに西に進めますが、
今回はこのまま堀川通を南下します。


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歩道橋の南側に、「堀川上立売」バス停があります。
ここから9系市バスに乗れば、30分ほどで京都駅に着きます。


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上立売通から、堀川通を南下しています。
こういう大通りでも、このようにお地蔵さんがお祀りされています。
では、こちらにお参りして先を進みます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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そのお地蔵さんの前から、堀川通を南に歩いています。
こうして見ると3車線のそこそこ広い道ですが、
本当はこの中央分離帯の反対(西)側にも3車線あります。
元々堀川通は京都市街地でも最も広い6車線の道なのですが、
この辺りの中央分離帯は細長い公園なので
その分堀川通はほかの場所と比べても広くなります。


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上立売通から、堀川通を200m南下しました。
こちらが、「今出川堀川」交差点です。


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今出川通から、堀川通を南に向いています。
ここから堀川通沿いに桜並木が続きますが、
今回ブログのお目当てではありませんのでそちらには進みません。

またここから南の中央分離帯は狭くなっていますが、
暗渠だった「堀川」がここから50m南の中筋通から、地上に出ます。
その「堀川」は約1800m南の押小路まで地上に出ていて、
そこからまた暗渠に戻ります。(二条場周辺の第336回ブログ参照)
そして、その辺りが堀川通がいちばん広い部分です。


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堀川通から、今出川通を東に向きました。
今出川通は京都市街地でも十分大通りなのですが、
先ほどまでいちばん広い堀川通にいたので
この通りがとても狭く感じます。


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堀川通から、今出川通を東に約50m進みました。
こちらに「堀川今出川」バス停がありますね。


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そのバス停から、今出川通を東に約50m進みました。
では、こちらの鳥居から白峯神宮に入ります。
白峯神宮の写真は、クリックすると拡大されます。


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鳥居をくぐり、白峯神宮境内に入ってきました。
この日がよく晴れたこともあるのですが、
とにかく修学旅行生で境内はいっぱいでした。


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白峯神宮の鳥居をくぐり、境内で右(東)を向きました。
先ずは手水舎で、手を浄めました。
こちらは飛鳥井という井戸で、「西陣の名水」の一つです。


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手水舎の裏(東)側に、小賀玉(おがたま)の木が伸びています。
こちらが京都市最大で、京都市指定天然記念物です。
ちなみに、この小賀玉の木が1円硬貨の絵のモデルです。


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手水舎の北側に、「蹴鞠の碑」が立っています。
こちらは江戸時代末期まで飛鳥井氏の邸宅で、
その飛鳥井氏は宮中で和歌と蹴鞠の宗家でした。
そのためこの神社は「蹴鞠の神様」として信じられており、
さらに転じて「サッカーの神様」
「球技の神様」としての信仰を集めています。


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その北側に、地主社の社がいらっしゃいます。
「地主」なので要するにここの土地神様なのですが、
ご祭神は精大明神・柊大明神・今宮大神・白峯天神です。
「スポーツ全般の神様」として、様々なボールが置かれていますね。


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地主神社の北側に、伴緒社(とものおしゃ)がいらっしゃいます。
弓道の神様としてまつられていますが、
ご祭神は、源為義と源為朝ですね。
白峯神宮のご祭神崇徳上皇の家臣として保元の乱を戦い、
後白河天皇の家臣であった平清盛源義朝に敗戦した武将です。


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その社の北側に、潜龍社(せんりゅうしゃ)がいらっしゃいます。
こちらにも潜龍井という井戸があって、そちらの守護神です。
(潜龍大神という龍神がご祭神です)

ちなみに、この左(北)側から油小路に出られて
そこから約150m北上すると前回ブログの上立売通に行けます。


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潜龍社の前で、白峯神宮境内を南に向いています。
右(西)側が、白峯神宮本殿ですね。
では、白峯神宮拝殿付近に戻ります。


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白峯神宮手水舎の前まで戻り、西を向いています。
まぁ神社の拝殿の脇は、「右近の桜」「左近の橘」というくらい
桜と橘(柑橘類の樹木)が植えられていますが、
それ以外にも手水舎の手前に大桜が立っています。
こちらも、京都では比較的有名な「桜の名所」です。


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こちらは、白峯神宮境内の西側です。
(白峯神宮の末社は、境内東側に集中します)
社務所の奥(北側)に砂場のようなものがありますが、
こちらは、蹴鞠をするようにできています。
また、この辺りには桜以外にも藤棚とか松など
いろいろな花樹がありますね。


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で、白峯神宮の拝殿に戻ってきました。
こちらには、青いタペストリーが張られています。
先述の通り白峯神宮はスポーツの神様として信仰されていますが、
蹴鞠に近い球技であるサッカー関係者の信仰を特に集めています。
そのため、男女の日本代表やサッカークラブ関係者やサポーターが
こちらによくお参りに来ます。


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白峯神宮本殿の前に、こちらの樹木が立っています。
こちらは含笑花(がんしょうげ)という中国原産の樹木です。
時期的に、ちょうど花が満開でした。
サイトによるとバナナの香りがするそうですが、
ちょっと違う気もします。
ただ、豊潤で確かにこちらを目当てにこちらにまた来ようと思う
そんな香りではあります。


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その含笑花越しに、白峯神宮本殿を見ています。
こちらのご祭神は、崇徳上皇と淳仁天皇です。

先述の保元の乱後に源為義は斬首(処刑)となり、
その子の源為朝と崇徳上皇は流罪となりました。
崇徳上皇は何度か都への復帰を嘆願したのですが、
その度に却下され続けました。
そのため、この崇徳上皇は死後に怨霊になった伝説があります。
有名なのは上田秋成の名著「雨月物語」の一節「白峯」ですね。
個人的に「雨月物語」の中で、一番好きなお話です。
(他には「青頭巾」と「菊花の約」がお気に入りです)

時代がずっと下った幕末に、明治天皇の父孝明天皇は
明治天皇によくこの崇徳上皇の扱いが「不憫で気に病む」
とおっしゃっていて、その思いが遂げられないまま崩御されました。
そのことを気にしていた明治天皇は、1864年に
崇徳上皇の配流先の香川県の白峯から遺灰を京都に戻され、
この地に白峯神宮を建てられました。


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白峯神宮本殿脇に、こちらのタオルマフラーが捧げられています。
こちらは、おそらく各クラブのサポーターが奉げたものでしょう。
ただ、よく見るとJリーグクラブのものはほとんどなく
オランダのVVVとかドイツのレバークーゼンのものがあります。
VVVはかつて本田圭佑が所属していましたが、
レバークーゼンはドイツ人が奉げたのでしょうね。
(オーストリア・ウィーンも、日本人ではないでしょう)
また、その脇に様々なスポーツ選手の絵馬が奉納されていました。
こちらには澤穂希選手など「なでしこ」の選手のものの他、
ハンドボールやプロ野球などの選手のものがありました。
その中でも、闘莉王選手のものが一番目立つ位置にありました!
ただ、こちらは名古屋時代のものなので
せっかく京都に移籍したことですから今年度中に
もう一度こちらに絵馬を奉納されることはないでしょうか。


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含笑花の前で、白峯神宮境内を南に向いています。
では、この白峯神宮から今出川通に出ます。
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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白峯神宮の前で、今出川通を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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白峯神宮の前から、今出川通を西に約100m進みました。
ようやく「今出川堀川」交差点に戻ってきました。
このまま今出川通を西に進むと、約700m先で千本通と交差し
さらに300m先で「上七軒」交差点に出ます。
(そこから約150m北上すると、千本釈迦堂の前に出ます)


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今出川通から、堀川通を北に向いています。
では、ここを北上して上立売通まで戻ります。


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今出川通から、堀川通を約50m北上しました。
ちょっとおいしそうなお店だったので、こちらに寄ります。
こちらのお店と店内の写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、シュークリーム専門店のオアフ西陣本店です。
持ち帰りもできますが、店内でも食べられます。
お店の方に許可を取って、こちらを撮影しました。
そこで、今回は紅茶とフレッシュクリームシューを頂きました。


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フレッシュクリームシューをアップで写しています。
生クリームを付けてシューの上の部分を食べるのが、
なかなかおいしかったですね。
こちらは、シュークリーム以外もロールケーキも売っています。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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オアフには、約30分いました。
この日(2017年5月11日木曜日)は京都の最高気温は27℃で
真夏日には程遠いのですが、身体は高温になれていません。
ですから、ちょっと熱中症気味でそれで時間をかけて休みました。

そのオアフの前で、堀川通を北に向いています。
では、ここを北上します。


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今出川通から、堀川通を北上しています。
向こうに見える歩道橋の辺りが、上立売通です。


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「堀川上立売」バス停の向こうに、上立売通の歩道橋が見えます。
こちらが、今回ブログの最初の地点ですね。
ここから上立売通を西に進もうと思いますが、
だいぶ写真を貼り付けたので今回はここまでです。

~次回は、ちょっと別のところにお邪魔します。
「上立売通編」は、1回休載します~~

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第481回 謎の喜多川通~上立売通東から西~その11

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さて前回ブログまで続いた葵祭見物も無事終了ということで、
また上立売通に戻ってきました。
今回はここ「上立売堀川」交差点から大宮通まで進みますが……
まぁ詳しいことは今回ブログ記事の中でということで。
撮影日は、2017年5月11日午後1時。
実は、葵祭より4日前に撮りました。(白峯神宮参拝と同日です)


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「上立売堀川」交差点南東角~南西角間に、歩道橋が伸びています。
では、こちらに上り堀川通の西側に向かいます。


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歩道橋の一番上まで上がり、堀川通を南に向いています。
堀川通は6車線の道ですので、こちらで東半分です。
第478回ブログでは、ここの歩道を進み白峯神宮に向かいました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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歩道橋の中央で、今度は堀川通を北に向きました。
こうして見ると、堀川通が6車線の道であることが分かります。
中央分離帯が割と広いですが、こちらは「せせらぎ公園」という
紫明通と同様に細長い公園です。
こうして見るとオフィスビル街のようですが、
ビルから少し内に入れば日蓮宗系の大きな寺院が続きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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では、歩道橋の最西端まで進みます。
これで、堀川通を西に渡ったことになります。


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歩道橋から、ゆっくりを階段を下りています。
堀川通西側歩道の上立売通から南に向いた眺めが、
歩道橋越しに見えていますね。


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歩道橋の踊り場で反転し、北を向いています。
この階段を下り切ったところが、「上立売堀川」交差点南西角です。


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堀川通から、上立売通を東に向いています。
第477回ブログでは鳴虎報恩寺に立ち寄った後、
こちらに辿り着きました。


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上立売通から、堀川通を北に向いています。
ここから約150m先の寺之内通沿いには、
日蓮宗系の大きな寺院が続きます。
また、上立売通から約650m北には鞍馬口通との交差点があります。


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堀川通から、上立売通を西に向いています。
理髪店の時計が、午後1時10分を指していますね。
今からここを進んでいくのですが、ちょっと問題があります。
先ずは、こちらをクリックして地図を見てください。
大宮通~堀川通間の上立売通の位置に、
「喜多川通」という表記があります。
(それ以外のこの位置には、「上立売通」と表記されています)
……ということは、こちらは「上立売通」ではなく
堀川通から「喜多川通」を西に向いていることになります。
実はこういう地図はたまに誤表記があるのですが、
いろいろサイトを調べると、
「なぜか、この位置だけ喜多川通と呼ばれている」
という記事がいくつかありました。
(大半が、ここ10年くらいのブログです)

……という訳で、ここから大宮通まで(要するに、今回ブログ分)
このブログでは上立売通を「喜多川通」と表記します。


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堀川通から、「喜多川通」を西に歩いています。
この辺は(上立売通としては広い)2車線の道幅ですが、
それでも京町家が両脇に並んでします。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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まだ「喜多川通」を西に歩いています。
日陰から撮ったために、少し変なアングルになりました。
この日(2017年5月11日)は日差しが強く、
この辺を歩いていてそろそろそれが厳しくなってきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堀川通から、「喜多川通」を西に約100m進みました。
ここで「喜多川通」は、猪熊通と交差します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「喜多川猪熊」の辻の北東角に、1軒の京町屋があります。
こちらの2F部分に、ブリキ製の表札がありました。
「上京区 上立売通堀川西入2丁目 芝薬師町」
……よく見ると、「上立売通」と表記されています。
「喜多川通」の文字がありません!
こちらの標識は遅くとも昭和時代初期(1945年)以前に作られたと、
書かれた形式から分かります。
ちなみに、「堀川西入2丁目」とは「堀川通から西に2本目の道」
というような意味です。(「猪熊通」のことですね)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「喜多川通」から、猪熊通を北に向いています。
ここから約150m先に、日蓮宗の宗派の本山妙蓮寺があります。
左(西)側には、旧京都市立西陣小学校が見えますね。


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今度は、「喜多川通」から猪熊通を南に向きました。
猪熊通は何度も途切れながらずっと南に伸びていて、
最終的には久世橋通まで続きます。


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猪熊通から、「喜多川通」を西に向いています。
向こうに、旧京都市立西陣小学校が見えますね。


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こちらが、旧京都市立西陣小学校の校舎です。
京都市街地には味のある校舎を持った小学校が多かったのですが、
ドーナツ化現象の余波で大半が廃校になりました、
それが様々な博物館や公的な施設などになりましたが、
(京都マンガミュージアムが代表例)
こちらもそういう公的な施設として再利用されています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その校舎前から「喜多川通」を西に進むと、
旧京都市立西陣小学校の校門が見えます。
ここの桜はなかなか密集していて、
シーズンになると絶景に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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旧京都市立西陣小学校の校門前で、「喜多川通」を西に向きました。
歩道があるほどの道幅ですが、ここは西向き一方通行です。


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猪熊通から、「喜多川通」を西に約30m進みました。
「喜多川通」の南側に、浄土真宗圓徳寺があります。
こちらの境内になかなか立派な枝垂桜があるのですが、
桜のシーズンではないのでここから見るだけにします。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その圓徳寺の前で、「喜多川通」を西に向いています。
向こうに突き当りに見える場所がありますが、
あちらで大宮通と交差します。


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旧京都市立西陣小学校の塀に、掲示板があります。
こちらは、京都市内の各町内に1枚設置された
京都市広報からの連絡事項が書かれたものです。
どうやら、今年(2017年)の時代祭巡行に
旧西陣小学校の学区が参加されるようです。
時代祭を行う平安神宮は、新興神社なので氏子がいません。
そのため、各地の京都市民が持ち回りで時代祭の進行を担当します。
そう言えば、2014年は衣笠学区の方々が担当されていました。
(第256回ブログを参照)

掲示板の下に、この辺りの住所が書いてあります。
「上京区 上立売通大宮東入 幸在町」
ここにも、「喜多川通」の表記はありません。
しかも、ちょっと聞き込みをしたところ
この辺りで「喜多川通」の名称自体を知っている方が
ほぼいらっしゃいませんでした。
「もしかして、ここは『喜多川通』ではなくて上立売通では?」
そんな気もしてきました。


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その掲示板から、「喜多川通」を西に向いています。
旧京都市立西陣小学校の西隣が消防団の詰め所で、
さらにその西隣に児童公園があり、
そこで「喜多川通」はいったん突き当たります。


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「喜多川通」から、北側の児童公園を覗いています。
こちらは「西陣児童公園」で、京都屈指の桜がきれいな公園です。
では入り口に入り、ブランコの向こうにある藤棚に向かいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その藤棚に向かう途中、ブランコの辺りで西を向きました。
向こうに見えるのが、大宮通です。
この辺りの大宮通は、様々な小売店舗が並ぶ賑やかな通りです。
一方公園の中はソメイヨシノが何本も植えてあり、
こちらは春になると別世界に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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西陣公園内の藤棚下のベンチに座り、北を向いています。
こちらのベンチには、男性ばかり3人が休憩されていました。
こちらは、結構人通りが多い公園です。
また藤棚より北半分に遊具はないので、球技ができそうです。
ただ、こちらの公園自体が「球技禁止」です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、この公園の北西部はこのようになっています。
たくさんの木々がありますが、ソメイヨシノがいちばん多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが西陣児童公園の西門です。
こちらのお地蔵さんの周辺が、いちばん桜が濃いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお地蔵さんの脇に、こちらの甲冑の像が立っています。
……と言いますか、なんで甲冑なのでしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は藤棚の脇から、南を向きました。
ではブランコの向こうに見える入り口から、西陣児童公園を出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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西陣児童公園の南側入り口の前で、「喜多川通」を西に向きました。
「喜多川通」は大宮通で突き当たった後、
約20m北で上立売通としてさらに西に伸びていきます。
ちなみに、この辺りにたまたまいらした京都府警の制服警官に
「喜多川通」について聞いてみました。
ちなみにこちらの警官はとにかく親切で、
他の仕事を中断されて調べて頂き
ありがたいというよりもむしろ申し訳なく思っています。
その警官は、こうおっしゃいました。
「『喜多川通』という名称自体聞いたことがない。
この近所の方も、知らないようだ。
京都府警が使用する地図や資料にも、
『上立売通』と明記されている」
とにかく、次回ブログでは
この一帯を「上立売通」と表記します。

~次回は、本隆寺の葉桜を見に行きます~

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第482回 本隆寺は修復中~上立売通東から西~その12

[本隆寺] ブログ村キーワード
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上立売通から、大宮通を北に向いています。
この辺りの大宮通は江戸時代に西陣織の問屋や小売店が多く、
現在でも様々な小売店舗が並ぶ賑やかな場所です。
前回ブログで出てきた西陣公園の葉桜が、ここからでも見えますね。
今回は、大宮通より1本西の智恵光院通沿いの本隆寺に訪れます。
撮影日は、2017年5月18日木曜日午後3時。
今回掲載の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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上立売通は大宮通でいったん途切れるように見えますが、
その地点から約10m北からまた西に伸びています。
では、こちらを進んでいきます。


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この辺の上立売通は自動車がやっと1台通れるかどうかの道幅で、
その周囲に味のある京町家が建ち並びます。
「上京区 上立売通大宮西入 硯屋町」
ブリキ製の表札には、この辺りの住所が書いてあります。


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この辺りも少しずつ新しい家屋も増えましたが、
こちらのような京町家もまだまだたくさん残っています。


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その向かい(南)側には、こちらの黒檀の京町家が建っています。
格子(1Fの窓)に、時代祭のポスターが貼ってありました。


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先程の場所から、西に約10m進みました。
こちらのお地蔵さんにも、お参りしました。
こちらの撮影中に、脇に小学生の女の子が近づいていました。
撮影を中断して通り過ぎるのを待とうとしたら、
目と目が合った途端走って逃げられてしまいました……
多分不審者と思われたのでしょうね。


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そのお地蔵さんの前で、上立売通を西に向いています。
まだ京町家が続いていますが、上立売通は
大宮通から約100m西に進むと智恵光院通と交差します。


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上立売通から、智恵光院通を北に向いています。
智恵光院通は、約150m先の寺之内通で突き当たります。
ただ、約50m西にさらに北に伸びる智恵光院通があります。


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今度は同じ場所で、南を向きました。
約20m先から、さらに上立売通が西に伸びています。


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先程の位置から、智恵光院通を南に約20m進みました。
この右(西)に上立売通が伸びていますが、
今回はここから智恵光院通を南下します。


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先程写っていたカメラ屋さんの看板から、約50m南下しました。
こちらに、大きな寺院の入り口が見えてきました。


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こちらが、その入り口にあたる東門です。
こちらは、法華宗本門流総本山本隆寺です。
「寺之内堀川」交差点を中心に、日蓮宗系の本山が集中します。
こちらも、そういう寺院の1寺です。
東門をよく見ると、工事中のようですね。


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東門脇に、こちらの看板が立っていました。
本隆寺の本堂と祖師堂が、この度重要文化財に指定されたそうです。
それに伴う改修工事のようです。


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先程の東門から、本隆寺境内に入ってきました。
実はここ最近は、この山門に大きなダンプカーが停まっていたり
門が閉まっていたりして、ここから入れないことがあります。
ただ、ここ以外にも門があって
ここ最近は南側の五辻通や西側の浄福寺通から入っていました。


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東門から入ってすぐ、左(南)を向きました。
こちらの庵は風情がありますが、
雰囲気から今現在もだれか住んでおられますね。
(なんとなく、生活感があります)


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智恵光院通から本隆寺境内に入ってすぐに、手水舎があります。
先ずはこちらで、手を浄めます。


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手水舎脇に、こちらの地図がありました。
今回ブログでは東門から入って、本堂の周囲を1周して
また東門から出て行きます。


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先程と同じ場所から南を向くと、こちらの鐘楼があります。
その周囲に、工事関係車両が並んでいますね。


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その鐘楼からさらに南側に、この寺院の南門があります。
この門がこの寺院で一番大きく、本堂に直結しています。
またこの門の周囲が駐車場で、自転車もこの門の周辺に停めます。
ちなみに、南門の向こうは五辻通です。
(千本釈迦堂の山門がある通りですね)


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その南門をまっすぐ北上すると、本隆寺本堂に突き当たります。
本堂は現在修復中なので、あちこちに足場が組まれ
工事に携わっておられる方々が、作業をされています。

法華宗真門流総本山本隆寺は、
1488年に日蓮宗の僧侶である日真が
この近くにある妙蓮寺から分裂する形で創建しました。
(加賀の一向一揆が越中の守護大名富樫正親を倒した年ですね)
当初は「四条大宮」交差点付近に建っていましたが、
天文の法難により他の日蓮宗系寺院と同じく
延暦寺の僧兵に焼き討ちされて、
こちらの寺院は泉州堺(今の大阪府堺市)に避難しました。
その後1542年にこの場所に移転してきました。
江戸時代以降大火に何度か遭いますが、何とか焼けずに済みました。
そのため、こちらを「焼けずの寺」と呼ぶ方もいらっしゃいます。


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本堂前から、本隆寺境内を西に向きました。
次は、向こうの鎮守社にお参りします。
先程の地図には「番神堂」と書かれており、
おそらく祀られておられるのは三十番神です。


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鎮守社の前で北を向きました。こちらが本堂の西側です。
こちらに、大桜の木が立っていますね。
他の多くの日蓮宗系寺院同様に、
この本隆寺も京都有数の桜の名所です。


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その大桜の北側に、「夜鳴き止めの松」が立っています。
室町時代末期に日脩という後に管主となる僧侶は、
乳児のときにこの寺院に引き取られました。
乳児だった日脩は夜泣きを繰り返し、ここの僧侶を悩ませました。
ところが、この松の下に来るといつも泣き止んだということです。
そのことから、後に「夜泣き止め」のご利益があるとされました。

また、その先に祖師堂が見えます。
こちらも先年重要文化財に指定されました。


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祖師堂には、こちらの開祖である日真が祀られています。
正面上部には、「開祖日眞大和尚」と書かれていますね。


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本隆寺祖師堂の正面から、西を向きました。
向こうに見える桜の木の先には、塔頭寺院と西門があります。
(浄福寺通から入れる門ですね)


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その位置で、また北を向きました。
では、ここから祖師堂の西側を北上します。


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こちらは、本隆寺境内の北西端です。
こちらに見えるのは塔頭寺院の玉峯院なのですが、
黄金のストゥーパがとても目立ちます。


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その北側に、本法院という塔頭寺院があります。
こちらは、落ち着いた感じの寺院ですね。


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本隆寺境内の北西端で、東を向きました。
ここで行き止まりのように見えますが、
本堂の足場の下から通り抜けられます。


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その足場の下に入る前に、南を向きました。
こちらは、祖師堂のちょうど真裏です。
ここからでも、お参りできるようになっていますね。


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本堂の北側を東に進んでいます。
安全のために足場が組んでありますが、ここを通ると
まるでトンネルをくぐるみたいですね。


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そして、その「トンネル」をくぐり抜けました。
こちらが、本隆寺北東端です。


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同じ場所で、北を向きました。
向こうに見えるのが信徒会館ですが、
手前のプレハブは工事作業員のための施設でしょうね。


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さらに、同じ場所で南を向きました。
こちらは本隆寺本堂の東側です。では、こちらを南下していきます。


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こちら側にも、本隆寺の塔頭が並びます。
この慶成院は、非公開のようですね。


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その南側には、同じく塔頭の宣妙院があります。
こちらも、非公開寺院のようです。


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宣妙院の南側に、こちらの大桜が立っています。
その向こう(東側)に見える手水舎で、先ほど手を浄めました。
要するに、これで本隆寺境内を1周しました。


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本堂の周りを1周して、本隆寺東門に戻ってきました。
では、ここから本隆寺を出ます。


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本隆寺東門の前で、智恵光院通を北に向いています。
本隆寺の塀は上立売通の角まで続いています。
ここからなかなか雰囲気のある道が続くのですが、
今回はもうだいぶ写真が貼り付けてきたので続きは次回です。

今回は、ここまでです。

~次回は、雨宝院にお邪魔します~

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第483回 雨宝院は桜の森~上立売通東から西~その14

[雨宝院] ブログ村キーワード
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本隆寺東門の前で、智恵光院通を北に向いています。
今回はこの本隆寺に沿って進み、
本隆寺北隣の雨宝院にお邪魔します。
葉桜ではありましたが、こちらは桜の木でできた森でした。
撮影日は、2017年6月1日午後2時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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本隆寺東門の前から、智恵光院通を北上しています。
左(西)側が、白壁から渉成園のような瓦と赤土の壁になりました。
(第401回ブログを参照)
こちらは、本隆寺の信徒会館ですね。
本隆寺境内の北東端に当たる施設です。


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同じ場所で、智恵光院通の向かい(東)側を向いています。
その位置に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
またお参りして、さらに北上します。


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本隆寺最北端の道が、上立売通です。
そして今、智恵光院通から上立売通を西に向いています。
次は、ここを進んでいきます。


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智恵光院通から、上立売通を西に約10m進みました。
右(北)側の建物が、アパートから白壁に変わります。
その壁に、「聖天宮 雨宝院」と書かれています。


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智恵光院通から、上立売通を西に約50m進みました。
すると、左(南)側に本隆寺の門が見えます。
この門は閉ざされていて、こちら側からは中に入れません。


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その門の脇に、こちらが埋め込まれていました。
1960年に当時の管主日卲が、本隆寺を改修したと書かれています。


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その門の前で北に向きました。こちらは真言宗北向山雨宝院です。
「西陣聖天宮」とも呼ばれている寺院ですね。
こちらが、今回ブログのメインです。


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先程の門をくぐり、雨宝院境内を北に向いています。
こちらの寺院は、一定以上の高さの木は全て桜です。


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雨宝院の南門をくぐり、右(東)を向きました。
こちらに、手水舎がありますね。
こちらは「染殿の井」という湧き水で、
第478回ブログに出てきた白峯神宮の飛鳥井とともに、
「西陣五名水」に数えられています。
手水舎の上に、弁財天の祠がいらっしゃいます。
やはり、水神ということでしょうか?


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手水舎の前から、雨宝院境内を西に向いています。
右(北)側にツツジが見えますが、
雨宝院境内はいつも何かの花が咲いてます。
境内の南西端に、末社の祠が並んでいますね。


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こちらが、その末社の祠です。
左(南)から弁財天・十二天・瘡神が祀られています。
「瘡神」とは「疱瘡(天然痘)の神様」という意味なので、
八坂神社ご祭神牛頭天王(素戔嗚尊)のことでしょうね。


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では、少しずつ北上して雨宝院境内を散策していきます。
こちらの寺院は、本当に桜の森を歩いているようです。


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先程の祠の北側に、観音堂があります。
こちらには、腕が十本ほどの千手観音像が安置されています。
ただ像自体は大きなもので、太秦広隆寺の霊宝殿にいらっしゃる
千手観音像に雰囲気が似ています。
なかなか立派な仏様ですが、こちらはご本尊ではありません。


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観音堂の前で、雨宝院境内を北に向いています。
この辺りの木々のすべてが、桜です。
あちらのベンチが、雨宝院境内のほぼ中央です。


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こちらが、そのベンチです。
背後に、いろいろな掲示物が貼られています。
これを見ると、ここは撮影不可のように思えます。
そこで不安になって、寺務所で尋ねてみました。
すると、こうおっしゃられました。
「堂内の仏像を写さないようにすれば、撮影は自由です。
ただ商業目的の場合は許可を受けてからでないと撮影不可です。
特にモデルを連れて本格的な機材を使って撮影するのは、
桜の根が傷むのでやめてほしいです」
後半がとても具体的なのでさらに質問すると、
どうやら本当にそんな撮影をされた方がいらしたようです。


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そのベンチの裏(東)側に、こちらが咲いていました。
キキョウ科の花なのは間違いないのですが、
たぶん蛍袋(ホタルブクロ)だと思います。


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蛍袋の花の脇に、こちらの石塔が立っていました。
「千度石」と書かれていますが、
この石の周囲はその蛍袋やカエデで囲まれていて、
人が入れそうにはありません。


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今度はそのベンチの前で、西を向きました。
この先に、雨宝院の西門が見えますね。
ちょうど真上が藤棚のようですが、
こちらは細くて強くない桜の枝を支えています。


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さらに、同じ場所で雨宝院境内を北に向きました。
そちらに、この寺院の寺務所があります。


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先程の位置から、雨宝院境内を約10m北上しました。
この左手の先に、この寺院の寺務所があります。
(御朱印は、そちらで頂きます)
このまままっすぐ進むと、寺務所と隣接する小さなお堂があります。
そちらには、空海(弘法大師)像が祀られています。


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その大師堂付近が、この雨宝院境内の北東端です。
そして、境内の東側に、たくさんのお堂が並んでいます。
大師堂の東側が十一面観音が祀られているお堂で、
その右(南)が庚申堂です。


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さらに、その南側がこの雨宝院のご本尊聖天が祀られる聖天堂です。
聖天は、大歓喜天、長鼻天、象鼻天とも呼ばれています。
要するに、インドの神様ガネーシャのことですね。
こちらも他の聖天像同様に、秘仏です。

元々この辺りに、この聖天像をご本尊とする大歓喜寺がありました。
大歓喜寺は空海が建立したとても大きな寺院で、
最盛期には前回ブログの本隆寺を含むとても大きな寺院でしたが、
応仁の乱でこの辺りは激戦地となり
この辺り一帯は完全な焦土となりました。
その際、その大歓喜寺がそのまま廃寺となりました。
雨宝院は元々その寺院の塔頭だったのですが、
安土桃山時代にこの地に再興されました。
いったんは禅宗寺院だったこともあったようですが、
江戸時代に入り元の真言宗となり、現在に至ります。


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聖天堂の上に、こちらの額が掛けられていました。
どうやら、聖天をご本尊とする京都の寺院が書かれているようです。
ただ、上の段一番右に書いてあるここ雨宝院と、
上の段右から5番目の嘉祥寺、7番目の神泉院(おそらく神泉苑)は
このブログでも訪れましたが、
他の寺院にはまだ訪れたことがありません。
ただ、第117回ブログで訪れた雙林寺や
第151回で訪れた六波羅蜜寺は(ご本尊は、聖天ではありません)
こちらに書いてありません。


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雨宝院境内で、聖天堂から南を向きました。
手前から不動明王堂、大黒天堂、寶稲荷大明神堂が並びます。


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不動明王堂の南側に、こちらの護摩木が置かれていました。
自分もちょっと書いてみようとしたのですが、
お賽銭の300円を納めるところが針金で閉ざされています。
お金を納められずそのまま立ち去りました。


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その南隣(お堂の南端)に、寶(宝)稲荷大明神がいらっしゃいます。
朱塗りの鳥居があるものの、どう見ても仏式のお堂です。
個人的な見解ですが、密教寺院は
他の寺院よりも神仏が習合している気がします。


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稲荷堂の前で、西を向きました。
目の前に、先ほどの「染殿の井」があります。
これで、雨宝院境内を1周しました。


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雨宝院の南門から、南を向いています。
では、ここから雨宝院を出て行きます。


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雨宝院南門の前で、上立売通を西に向いています。
左(南)が本隆寺で、右(北)が雨宝院ですね。
では、こちらを進んでいきます。


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雨宝院南門の前から、上立売通を西に約10m進みました。
こちらから北に、智恵光院通が伸びています。
この道から約60m東にも智恵光院通がありますが、
新町通同様上立売通近辺で重複しています。


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上立売通から、西側の智恵光院通を北に向いています。
この道は、約1㎞北にある大徳寺で突き当たります。


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上立売通から西側の智恵光院通を約20m北上し、
東を向きました。
こちらは、雨宝院の西門です。
もし自転車で来たら、この脇に駐輪します。
ここから正面に、ご本尊の聖天堂が見えますね。


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雨宝院西門の前で、西側の智恵光院通を南に向いています。
この道は、約20m先に見える本隆寺で突き当たります。
瓦と赤土性の塀の遙か向こうに、
前回ブログに出てきた修復中の本隆寺本堂の足場が見えますね。
では、突き当りの上立売通に戻ります。


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先程の位置から約20m南下し、上立売通に戻ってきました。
ここからでも、本隆寺の塔頭寺院玉峯寺に立つ
黄金のストゥーパが目立ちますね。


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西側の智恵光院通から、上立売通を西に向いています。
左(南)側は本隆寺の塀が続いていますが、
右(北)側はいろいろな民家が並ぶように変わります。
約50m先に浄福寺通が伸びていますが、
上立売通と浄福寺通が交差する辻の辺りが
また独特な街並みに変わります。
次はそちらに向かいますが、今回はだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、上立売通~寺之内通間の浄福寺通を散策します~

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第484回 西陣織の町 大黒町~上立売通東から西~その14

[西陣織] ブログ村キーワード
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西側の智恵光院通から、上立売通を西に向いています。
左(南)の塀が第482回ブログに訪れた本隆寺で、
背後には前回ブログで訪れた雨宝院があります。
今回は、約50m先の浄福寺通を寺之内通まで往復します。
そちらは大黒町と言って、西陣織の職人街で桜と石畳の町並みです。
撮影日は、2017年6月1日午後3時。
今回も、全ての写真がクリックすれば拡大されます。


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西側の智恵光院通から、上立売通を西に約40m進みました。
(先程の写真に写っていた公衆トイレの辺りです)
そこで北を向くと、こちらの石畳の場所に出ます。
一見駐車場ですが、周囲が桜並木で石畳の道が続きます。
では、ちょっとこの辺りをお邪魔します。


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上立売通から、先ほどの石畳を約10m北上しました。
こちらに、「岩神」と書かれた額が掛かる手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。


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その北隣に、こちらの社がいらっしゃいます。
こちらが、岩上神社です。注連縄の掛かる岩がご神体ですね。
こちらの岩は、元々「二条堀川」交差点付近にいらっしゃいました。
それが「六角岩上」の辻付近(中山神社周辺)に遷され、
さらに江戸時代初期に中和門院が住む屋敷の庭石になりました。
ところが、その直後にその屋敷で怪異現象が起きたそうです。
そのため、こちらの岩を真言宗の僧侶蓮乗院がこの地に遷し
「真言宗 有乳山 岩上寺」を建立しました。
この「岩上さん」は多くの人々の信仰を集めましたが、
江戸時代の天明の大火などの大火事で何度も焼失して荒廃し、
明治時代初期の神仏分離令で遂に廃寺となりました。
その後大正時代(今から約100年前)に、
この辺りの西陣織の老舗「千切屋」が中心となり、
ここに岩上神社が創建されました。


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岩上神社の前で、北を向いています。
桜並木の向こうに、平屋の建物が見えます。
あちらには、この後覗きます。


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今度は、岩上神社の前で南を向きました。
では、上立売通に戻ります。


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上立売通に戻り、西を向きました。
右(北)側の大桜の先に、浄福寺通との辻が見えます。
次は、そちらに向かいます。


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上立売通から、浄福寺通を南に向いています。
左(東)側に本隆寺の塀が見えますが、
この通りが本隆寺最西端でもあります。


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上立売通から、浄福寺通を約60m南下しました。
ここから約150m南にある今出川通との交差点が微かに見えますね。


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その辺りで、東を向きました。
こちらは、第482回ブログで訪れた本隆寺の西門です。
向こうに見える大桜のさらに向こうに、
修復中の祖師堂と夜泣止の松が並んでいます。


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本隆寺西門前から、浄福寺通を北に向いています。
では、こちらを進み上立売通に戻ります。


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本隆寺西門から、浄福寺通を約60m北上しました。
これで、上立売通に戻りました。
ここから見ると、上立売通以北の浄福寺通が
石畳の道になっているのが分かりますね。
こちらから約200m北の寺之内通までが、
今回ブログのメイン「大黒町」です。


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上立売通から、浄福寺通を約20m北上しました。
枝垂桜の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
この「大黒町」には、桜の木が多いですね。


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そのお地蔵さんの前で、浄福寺通を北に向いています。
石畳の道に桜の木々と京町家というのが、この辺りの特徴です。


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その辺りで、東を向きました。
こちらには、「渡文研究院」と書かれています。
渡文は西陣織のメーカーですが、こちらはその施設です。
この奥に少し広いところがありますが、
あちらが先ほど岩上神社から北を見た場所です。
(この辺りにも、桜が並んでいますね)


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こちらは、その渡文研究院の北隣です。
ログハウス風の建物の前に、ロボットがいます。
以前福岡県宗像市のロボットメーカーが
西陣に進出したという記事を見たことがあり
多分ここがそうだと思います。


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こちらは、その向かい(西)側の渡文が経営している織成館ですね。
西陣織に関する博物館がメインのようですが、
工房見学や手織り体験などもできるようです。


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こちらは、その織成館の北側です。
こちらで、渡文製の西陣織の小物が買えます。
こちらの暖簾が、ブリキ製の表札の紋様になっていますね。
しかも、今から100年くらい前の形式です。


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織成館の前で、浄福寺通を北に向いています。
この辺りは住宅街に見えますが、
実はこのすべてが西陣織の工房です。
屋内で機織りをされていて、
歩いているとその機械音が聞こえてきます。


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織成館の北側に、こちらの建物があります。
「大根屋」と書かれているので一瞬八百屋さんかと思いましたが、
機械音がずっと聞こえてきているので、西陣織の工房ですね。


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その「大根屋」の柱に、こちらの表札が貼り付けてありました。
こちらは……きちんとブリキ製ですね。


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「大根屋」の前で、浄福寺通を北に向いています。
ここから先は、両脇に京町家が並びます。
これらの町家からも、織機の作動音が聞こえてきます。


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上立売通から、浄福寺通を約200m北上しました。
石畳の浄福寺通は、この寺之内通で突き当たります。


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浄福寺通から、寺之内通を東に向いています。
ここから約400m先に、日蓮宗系の本山妙蓮寺があります。
目の前にあられ屋さんがあります。
看板を見ると「泉禅」と読めてしまいますが、
「宗禅」と読むのが正しいようです。


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寺之内通から、浄福寺通を南に向いています。
では、ここから浄福寺通を南下して上立売通に戻ります。


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寺之内通から、浄福寺通を約10m南下しました。
先程のあられ屋さんの「宗禅」には、ここからでも入れます。
ただ、こちら側は茶店としての入り口のようです。
では、ちょっとこちらにお邪魔します。


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こちらが菓匠「宗禅」の店内です。向こうに寺之内通が見えます。
多分昔の京町家の内装を改装したものです。
(走り庭などの名残があります)
こちらのお店に、ブログ取材の許可を取ると、快諾して頂きました。


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同じ場所で、反対(南)側を向きました。
この先の坪庭を通って、こちらの店に入りました。
女将さんの話では、西陣だけに山名宗全から屋号をとったそうです。


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暫くして、注文していたものが来ました。
抹茶と朱塗りのお弁当箱と言いますか、八寸ですね。


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朱塗りの蓋を取ると、中からお菓子の八寸が出てきました。
左から順に、抹茶団子・五色あられ・きな粉団子です。
手前のこし餡とひなあられは、
団子やあられに浸けるものではないそうです。
中でも五色あられがそれぞれ別々の味付けがしてあり、
それがいちばんのお勧めです。
まぁ、元があられ屋だけにあられ関連のお菓子が美味しいですね。


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菓匠「宗禅」の坪庭を抜けて、浄福寺通に戻ってきました。
では、またここを南下します。


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この辺りの京町家の前を大写ししました。
お花の脇の大黒町の表札は「上立売通上る」ではなく、
「寺之内通下る」ですね。


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一見普通の民家に見える家屋に、
「だいこく」というタペストリーが掛かっています。
こちらからも、織機の作動音がしていました。


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浄福寺通を寺之内通から南下しています。
この辺りは京町家が続き、そのほとんどが西陣織の工房です。


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寺之内通から、浄福寺通を約100m以上南下しました。
なぜかこちらにシーサーの木像が立っています。


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浄福寺通をさらに約50m南下しました。
先程のロボットがいた家屋の前に戻ってきました。


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こちらは、その南隣の「渡文研究院」前の広場です。
この広場の南側に、先ほどの岩上神社がいらっしゃいます。
よく見ると、このポストに郵便物を入れても
郵送してもらえないようです。


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その南側に、天鵞絨美術館(ビロードびじゅつかん)があります。
もう遅くて閉まっているので、先に進みます……


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浄福寺通を南下して、上立売通に戻ってきました。
浄福寺通は意外と長く、約2㎞先の竹屋町通まで続きます。


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浄福寺通から、上立売通を西に向いています。
ここからまた西に進みますが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、千本通まで進みます~

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第485回 乾隆校近くの寺院~上立売通東から西~その15

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浄福寺通から、上立売通を西北西に向いています。
今回は、この上立売通を千本通まで歩いていきます。
撮影日は、2017年6月9日金曜日午後4時半。
晴れている割に、西日が気になりませんでした。


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浄福寺通から、上立売通を西北西に歩いています。
大黒町ほどではありませんが、
この辺りにもまだまだ京町家が残っています。
ただ、時折西陣織関連企業のビルなどもあります。


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さらに上立売通を西北西に歩いています。
確かに何軒か京町家が並んでいますが、
だんだん駐車場やマンションに変わってきています。
まぁその辺は他の京都市街地の道と同じですが、
そういう京町屋以外の建物も、この通りのものは味があります。


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浄福寺通から、上立売通を西北西に約50m進みました。
この辺りはT字路で、ここから北に伸びる道があります。


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上立売通から、その北に伸びる道を見ています。
この道は約300m先の蘆山寺通まで伸びていますが、
特に名前はありません。


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その北に伸びる道から、上立売通を西北西に向いています。
左(南)側に見える京町家の犬矢来が立派ですね。
では、ここを進んでいきます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先程の道から、上立売通を西北西に約50m進みました。
ここで上立売通は、また別の道と交差します。


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上立売通から、その道を北に向きました。
この道は、約200m先の寺之内通まで伸びています。
よく見ると、約600m北の船岡山が見えますね。
また、この道は約150m南の五辻通で突き当たるのですが、
さらに南に延長すると浄土宗浄福寺があって、
その南側から土屋町通が伸びています。
ですから、このブログではこの通りを「土屋町通」と呼びます。


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「土屋町通」から、上立売通を西北西に向いています。
この辺りは京町家とそうではない民家が入り混じり、
ある意味典型的な京都市街地の様子ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「土屋町通」から、西北西に約50m進みました。
ここでも、また南北に伸びる道と交差します。


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上立売通から、その道を南に向いています。
この道も、約170m先の五辻通で突き当たります。
はるか向こうに、「今出川千本」交差点にある
京都信用金庫の支店が見えます。


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今度は同じ場所で、北を向きました。
この道は、表札(このブログには載りません)に
「千本通東入1丁目」(千本通より1本東の道)と書かれていました。
向こうに乾隆幼稚園が見えますが、
その北側に京都市立乾隆小学校(乾隆校)があります。
その周辺にいくつかの寺院が貼り付くように並んでいます。
ちなみにこの道は、約500m先の鞍馬口通の手前まで続きます。


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上立売通から、この道を北上しています。
ちょっと変な角度で写真を撮りましたが、
それは乾隆幼稚園の前に親子連れが数組いらっしゃったからです。
上立売通から約50m北上した地点に寺院の門が見えますね。


485-14.jpg
こちらは、日蓮宗本瑞寺です。
立派な門ですが、閉まっていて中に入れません。
これ以降、本瑞寺境内の写真をクリックすると拡大されます。


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その門の南側に、こちらの入り口がありました。
では、こちらにから本瑞寺境内に入っていきます。


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本瑞寺境内に入って、北を向きました。
では、そちらの方に向かいます。


485-17.jpg
こちらは、本堂前の手水舎です。ただ、中の水は涸れていました。
手前の植木は葉の形状から……「お茶」でしょうか?


485-18.jpg
こちらが、日蓮宗本瑞寺の本堂です。
本当は右(北)側の「南妙法蓮華経」と書かれた石碑の裏に
妙見宮がいらっしゃったのですが、
ブログ取材時には気づきませんでした……

本瑞寺の沿革はいろいろ調べましたが、よく分かりませんでした。
ただ、こちらの住職さんは熱心な方のようで、
こちらで何度か研究会のようなものをされておられるようです。
(そういう記事をいくつか目にしました)


485-19.jpg
本堂の上に、こちらの扁額が掛かっていました。
「本瑞寺」と書かれていますね。


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本瑞寺本堂の前から、南東を見ています。
では、この庭園の先にある出入り口から本瑞寺境内を出ます。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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本瑞寺の前から、南を向いています。
本当は通りを写すべきなのですが、
乾隆幼稚園の前に数組の親子連れがいらして、
そちらを写せないのでこんな角度で撮っています。


485-22.jpg
本瑞寺の前から、約50m南下しました。
また上立売通に戻ってきました。


485-23.jpg
その場所から、上立売通を西北西に向いています。
上立売通はこの先でまた左にカーブし、真西に進路を変えます。


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先程の地点を上立売通を約50m西北西に進むと、
真西に進路が変わります。
ずっと向こうに、小さく千本通との交差点の信号が見えます。
ただ、その手前に小さな寺院が見えます。


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その地点で上立売通で立ち止まり、北を向きました。
こちらは、浄土宗本久寺です。
では、ちょっとお邪魔してみます。
ここから、本久寺の写真はクリックすると拡大されます。


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境内を入るとすぐに、こちらが目に入ります。
鐘楼の手前に、アジサイが咲き乱れていました。
6月も半ばになると、ツツジから完全に紫陽花に移行しますね。


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こちらが、浄土宗本久寺の本堂です。
実は、こちらの沿革も何もわかりませんでした。
ただ結構いろいろな花が植えてあって、
それを見るのが楽しい寺院です。


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では、本久寺境内から出ます。
上立売通沿いに見えるのは、お米屋さんが経営する洋食屋さんです。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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本久寺の前で、上立売通を西に向いています。
目の前に、千本通との交差点がありますね。


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上立売通から、千本通を北北西に向いています。
約50m先に、石像寺が建っています。くぎ抜き地蔵で有名ですね。
(第377回ブログを参照)


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今度は上立売通から、南を向きました。
約20m先に、「千本上立売」バス停があります。
では、今回はそこからバスに乗って帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、その石像寺のくぎ抜き地蔵を参拝します~

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第486回 普段のくぎ抜き地蔵~上立売通東から西~その16

[くぎ抜き地蔵] ブログ村キーワード
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京都駅北側市バスターミナルから西回りの206系市バスに乗って、
30分と少々掛けて「千本上立売」バス停にやって来ました。
今回は、この脇にいらっしゃるくぎ抜き地蔵に向かいます。
いつも節分にお邪魔していましたが、
平日でもここはたくさんの参拝者がいらっしゃいました。
撮影日は、2017年6月15日木曜日午後2時。
梅雨に入っても、毎日快晴ですね。


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北行きの「千本上立売」バス停で、北北西を向いています。
約50m先から、上千本商店街のアーケードです。
(第378回ブログを参照)


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「千本上立売」バス停の北側に、浄土宗鎮西派瑞雲院があります。
節分のときは境内を参拝できますが、普段は閉まっています。


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瑞雲院の前から、千本通を南南東に向いています。
では、ここから「上立売千本」交差点に戻ります。


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瑞雲寺から千本通を約50m南下して、東を向きました。
こちらが上立売通で、前回ブログまで通ってきた道です。

では信号が青に変わりましたので、千本通の東側に渡ります。


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千本通を東側に渡り、北北西に向きました。
では、こちら側の歩道を進みます。


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上立売通から、千本通を北北西に約50m進みました。
こちらに、寺院の門が見えます。
「釘抜き地蔵 石像寺」と書かれた看板がありますね。


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その山門前で、東を向きました。
こちらは、浄土宗家隆山光明遍照院石像寺です。
ご本尊から、「くぎ抜き地蔵」とよく呼ばれています。
石像寺の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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山門をくぐると、約10mだけ参道があります。
節分のときはこちらに露店が並び立つのですが、
今はそのようなものは一切ありません。
参道の北側に、こちらが並んでいます。
手前から大きな釘抜き・マニ車・石灯籠が並んでいます。
では、マニ車を回して先に進みます。


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山門から約10m東に、提灯がぶら下がっている門があります。
では、こちらをくぐり石像寺境内に入っていきます。


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先程の門をくぐり、左(北)を向きました。
先ずは手前の手水舎で、手を浄めます。
(空海が掘った井戸は、こちらではありません)
次に、その奥の大師堂にお参りしました。
こちらには、空海像が安置されています。


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石蔵寺境内の南側を向きました。
節分のときはここで火を焚いています。
右(西)側に、枝垂桜の大きな木があります。
ということは、4月に来たらここも絶景だったわけですね。
今年の4月に寄ればよかったと、ちょっと後悔しています。


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先程の写真の左(東)側を、アップにしました。
よく見ると、塀の向こうに小さな寺院が見えます。
こちらは、前回ブログで出てきた浄土宗本久寺です。
前回ブログでも書きましたが、
この辺りの寺院は京都市立乾隆小学校に貼り付くように並びます。
ですから、それぞれの寺院の距離は意外と近いのです。


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提灯がぶら下がる門から真っ直ぐ石像寺境内を東に進むと、
浄土宗家隆山光明遍照院石像寺の本堂があります。
こちらのご本尊は大地蔵菩薩で、通称「くぎ抜き地蔵」です。
今は浄土宗ですが、古くは真言宗でしたので
空海関連のものが多く残ります。

こちらの詳しい沿革は、第106回ブログを参照してください。
ちなみに、手前の大きな釘抜きは堂本印象の作品です。
こちらは節分時に多くの参拝者がいらっしゃいますが、
実は普段でもそこそこの参拝者がいらっしゃいます。
「くぎ抜き」は「苦抜き」に通じており、
こちらのお地蔵さんは「苦痛封じ」のご利益があるとされています。
そのため、多くの方々が祈願に来られます。
六角形の本堂を時計回りにお参りすると、いいそうです。
(竹片を使って、どれだけ回ったかを数えます)


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本堂の上部や壁面に、たくさんの釘抜きが貼り付いています。
もし願いが聞き届けられたら、釘抜きを奉納する習慣があります。


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本堂の北側に縁台があって、そこが絵馬殿です。
節分時には、こちら昆布茶が振る舞われていまが、
今はセルフサービスの冷茶があります。
本当はもっと全体を撮りたかったのですが、
近所の小父さんたちがここで談笑しておられたので、
その方々を避けるように撮りました。


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絵馬殿の前で、東を向きました。
左(北)側が寺務所で、右(南)側が石像寺本堂です。
では、ここを抜けて本堂の裏(東)側に回り込みます。


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本堂の裏(東)側は、たくさんのお地蔵さんが並んでおられます。
いつもなら時計回りに本堂の周囲を回りますが、
今回はさらに奥(東)のこちらの小径を進みます。


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先程の写真のコンクリート製の塀沿いに北に進むと、
約5m先からこちらに入れます。
どうやら、ここが石像寺の墓地ですね。
周囲には、一面のアジサイが広がります。
結構な本数があってそこそこ絶景になるのでしょうが、
この日(2017年6月15日)はまだまだ蕾でした。
最盛期は、これからですね。


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石段を下りて、石蔵寺墓地の中に入ってきました。
こちらに、古い墓石と石仏群が並んでいます。
この石仏群はお地蔵さんではなく、大昔の墓石です。
ただこの辺は「蓮台野関連施設」ではありますが、
古代平安京送葬の地「蓮台野」そのものではありません。
「蓮台野」とは今の京都市北区西蓮台野町・東蓮台野町のことで、
ここから約2㎞北に位置します。
(西向寺に今も石仏群が残ります)


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こちらは、石像寺墓地の南東端です。
このように地下への階段があると古墳の横穴石室のようですが、
こちらは空海が掘ったとされる井戸です。
ただ、地下の部分は完全に京都市立乾隆小学校の敷地内です。
実はここを撮影中、ブロック塀の向こうからずっと
運動場で小学生が体育の授業をしている歓声が聞こえていました。


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その井戸の西側に、こちらの碑が立っています。
藤原家隆が一時期ここに住んでいたことがあり、
多分こちらがその供養塔です。(お墓ではありません)


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では、この石段から本堂の方に戻ります。
紫陽花は晴れの日もいいですが、
少しくらい雨が降っていた方が風情がありますね。


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先程の石段を上がりコンクリート製の塀沿いに歩いていくと、
石像寺の本堂の裏手に戻ってきました。
こちらに伝空海作の石製のお地蔵さんがいらっしゃるのですが、
(重要文化財です)
逆光が原因で写真が撮れませんでした。


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そのお地蔵さんの南隣に、こちらがいらっしゃいます。
お地蔵さんと玉姫稲荷社です。


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石像寺本堂の北側に回り込んできました。
本来ならこちらにも様々な菩薩像がいらっしゃいますが、
ちょうど修学旅行を思しき中学生が20人ほど来られて、
その方々も写してしまいそうなので、
向こう(西)に見える提灯がぶら下がっている門から
石蔵寺境内を出ます。


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こちらが、その提灯がぶら下がっている門です。
約10m西に、千本通が見えます。
提灯左端の「五辻昆布」さんが、節分時に
昆布茶の元となる昆布を提供されています。


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石像寺山門の前から、西を向いています。
千本通の向かい側に、先ほどの瑞雲院が見えますね。


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石像寺の前で、千本通を南南東に向きました。
その石像寺の南隣に、高齢者向け住宅の咲くあん上京があります。
そして、その1Fにカフェが併設されていました。
ちょっと熱中症気味なのとトイレに行きたいので、
暫くこちらにお邪魔しようと思います。


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こちらは、「まんまん堂 cafe咲くあん」という店です。
元々「まんまん堂」は、堀川商店街にある蒸しまん専門店です。
「食べログ」などでも結構たくさん星を付けていた店なのですが、
2016年にその2号店としてこちらがオープンしました。
初めからそうと知っていたら肉まんとか注文したのですが、
壁の張り紙を見て、思わず白玉ぜんざいを頼んでしまいました。


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とは言え、こちらもなかなかのものでした、
こうして見ると黒いだけですが、
中には白玉団子が3個入っていましたし、
何より小豆のすべてが完全体で、
「割れ物」が入っていませんでした。
(これが簡単なようで、難しいのです)
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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「まんまん堂」には、約30分いました。
その「まんまん堂」から、千本通を南南東に約50m進みました。
またこちらで、千本通は上立売通と交差します。


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信号が変わりましたので、千本通の横断歩道を西側に渡ります。
横断歩道を渡った先の南隣に、京町家の商店があります。
こちらは川魚屋さんの「おぜき」で、
節分の際には何度かイワシを買いました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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京都では、海水魚専門の「魚屋さん」と
淡水魚専門の「川魚屋さん」は別のお店として考えられています。
この時期の川魚屋さんはウナギの最盛期なのですが、
こちらは上七軒の高級料亭に卸しているお店ですし、
小さいもので2900円、最高値は5000円を越えていました。
花街ならそれで普通なのですが、自分の財布事情が厳しいです。
そこで、結局1000円の「う巻き」を買いました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらは、そのう巻きの断面図です。
中には、しっかりウナギの蒲焼ががっつり入っています。
そう言えば、「う巻き」は川魚屋さんだけでしか売っていません。
(卵屋さんのだし巻きにはウナギは入っていません)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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川魚屋さんの「おぜき」の前で、千本通を北向いています。
上立売通より北には、今回ブログ最初の「千本上立売」バス停と
瑞雲院の入り口が見えますね。


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千本通から、上立売通を西に向いています。
では、向こうに見える上立売通の突き当りまで進みます。


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千本通から、上立売通を西に約50m進みました。
上立売通はいったん突き当たりますが、南に伸びる道があります。
上立売通は千本釈迦堂を挟んで
約200m先の七本松通からまた西に伸びています。


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上立売通の突き当りに、こちらの表札が貼られています。
ここは上立売通と南北に伸びる六軒町通との辻なのですが、
「千本通西入」と書かれていますね。
ちなみにこの辺りは「作庵町」で、
先程の「咲くあん上京」の所以ですね。


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上立売通の突き当りから、
千本通より1本西の六軒町通を南に向いています。
ここからいったん南下して、
五辻通から千本釈迦堂に入っていきますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、6月の千本釈迦堂にお邪魔します~

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第488回 千本釈迦堂の紫陽花~上立売通東から西~その17

[千本釈迦堂] ブログ村キーワード
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上立売通から、千本通より1本西の六軒町通を南に向いています。
上立売通はここでいったん突き当たりますが、
約200m西の七本松通で再び西に伸びています。
今回は、その間にある千本釈迦堂に向かいます。
撮影日は2017年6月15日午後3時。
熱中症になりそうな猛暑日でした。


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千本釈迦堂のある大法恩寺には南側と西側にしか門はなく、
東側から向かうには、南側の五辻通まで行かないといけません。
そのため、この六軒町通を南下しています。


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上立売通から、六軒町通を南下しています。
この辺りは京町家を中心に、古い民家が並びます。


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上立売通から、六軒町通を約150m南下してきました。
こちらに、ブリキ製の表札があります。
だいぶ錆びていますが、こう読めます。
「上京区 六軒町通五辻上る末広町」
つまり、六軒町通はここで五辻通と交差します。


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五辻通から、六軒町通を南に向いています。
約100m先に、今出川通が見えます。
第375回ブログで訪れた場所ですね。


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六軒町通から、五辻通を東に向いています。
向こうに見える高いビルは、
約100m先の千本通沿いにある五辻昆布です。


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今度は六軒町通から、五辻通を西に向いています。
ずっと先の繁みは、北野天満宮ですね。(次回ブログで訪れます)
では、こちらを進んでいきます。


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六軒町通から、五辻通を西に進んでいます。
目の前の京町家は第472回ブログで旅館に変わると書きましたが、
どうやら外観はそのままにして内装のみ変わるようです。
(つまり、この京町家は残ります)


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六軒町通から、五辻通を約100m西に進みました。
この先で、五辻通の前に千本釈迦堂への入り口が見えます。


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六軒町通から五辻通を西に約100m進み、南を向きました。
約120m先に今出川通との交差する「上七軒」交差点があります。


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同じ場所で、五辻通を西に向きました。
五辻通の突き当りに、北野天満宮がいらっしゃいます。
(第473回ブログを参照)


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さらに、同じ場所で北を向きました。
こちらが、天台宗智山派瑞応山大報恩寺(通称:千本釈迦堂)です。
偶然ですが、2回連続天台宗智山派の寺院に訪れます。
(前回ブログの智積院が、ここの本山です)
では、こちらにお邪魔します。
千本釈迦堂境内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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五辻通から、千本釈迦堂の参道を北上しました。
こちらに、ソメイヨシノが1本立っています。
第472回ブログでは満開でしたが、今は完全に葉桜です。


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五辻通から、千本釈迦堂参道を約30m北上しました。
ここから山門をくぐり、千本釈迦堂境内に入っていきます。


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山門をくぐり、千本釈迦堂境内に入ってきました。
節分桜のシーズンとは異なって、境内には誰もいません。
(後から、何組か入ってきますが……)


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こちらは、山門の西側にいらっしゃる稲荷社です。
先ずは、こちらにお参りです。


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稲荷社の北隣に、北野経王堂願成就寺があります。
こちらの沿革は、第472回ブログに書いてあります。


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その脇に、山名氏清のお墓があります。
ただ、その周囲の紫陽花が満開ですね。


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北野経王堂願成就寺の向かい(東)側に、不動明王堂があります。
こちらの不動明王は、山名宗全の持念仏だったそうです。
またこちらにも、紫陽花が咲いています。
前回ブログ同様、こちらも京都を代表する紫陽花の寺です。


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千本釈迦堂境内の中央に、大きな阿亀桜の木があります。
こちらは枝垂桜の一種ですが、葉桜になると柳のようですね。


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大きな阿亀桜の木の東側に、巨大な阿亀像と阿亀塚が並んでいます。
こちらの寺院は、おかめ信仰の中心地でもあります。


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阿亀像と阿亀塚の前に来ました。
阿亀さんは実在の人物で、ここを建てた大工の棟梁の妻でした。


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こちらの境内の一番奥(北)に、
天台宗智山派瑞応山大報恩寺の本堂(国宝)があります。
ご本尊は釈迦如来像(秘仏)で、重要文化財です。
厳密には、「千本釈迦堂」とはこの本堂のみを指します。
こちらは鎌倉時代の建物で、
応仁の乱では山名宗全がこちらを守り切ったので、
京都市街地では稀な室町時代以前の建物です。
(そのため、こちらは国宝です)



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千本釈迦堂本堂の前で、西を向きました。
この向こうに、自動車が通れる幅の広い出入り口が見えます。
ただ、そちらに行く手前に寺務所が見えます。


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本堂の西側にボケ封じ観音がいらして、その脇に寺務所があります。
こちらから有料で、霊宝殿と本堂内部に入れます。
では600円を支払って、この中に入っていきます。


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本堂内部と霊宝殿は撮影不可ですが、
その周辺を撮ることは認められています。
霊宝殿には、慶派の中でも快慶の作の仏像が多く、
「慶派の世界」という意味で六波羅蜜寺に似ています。
その霊宝殿の手前に、紫陽花並木が続いています。
こちらも前回ブログ同様に、
紫陽花がどこまでも咲いている天台宗智山派の寺院です。
たくさんの仏様がいらっしゃる霊宝殿の脇に咲いているので、
この辺りの風景が紫陽花で作られた極楽浄土と思えてきます。
こちらを取材した2017年6月15日段階ではまだまだ蕾でしたので、
こちらに訪れるのは6月30日の大祓の頃がいいかもしれません。


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霊宝殿の後は、千本釈迦堂の本堂に入ってきました。
こちらのご本尊は秘仏ですが、荘厳な建物内部を堪能してきました。
また本堂の奥には阿亀人形や阿亀の面が奉納されており、
こちらも大きな阿亀像にお参りできるようになっています。
(この寺院では、阿亀さんはお参りの対象です)

一通りお参りして、寺務所前に戻ってきました。
寺務所にいらっしゃる方に一礼して、西側からここを出ます。


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こちらが、千本釈迦堂の西門です。
では、こちらからここを出て七本松通に向かいます。


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千本釈迦堂の西門の方にも30mほど参道があります。
自動車が通れるほどの広い道ですが、北側に民家が建ち並びます。
そのせいか、こちらにもお地蔵さんがいらっしゃいます。


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西門から参道を西に約30m進みました。
こちらで、七本松通に出ます。
向かい(西)に、第473回ブログの京都市立翔鸞小学校がありますね。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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千本釈迦堂西門の前で、七本松通を南に向いています。
右(西)側に、京都市立翔鸞小学校の先に翔鸞児童公園が見えます。
(第473回ブログに出てきましたね)


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同じ場所で、七本松通を北に向きました。
では、ここをまた進みます。


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千本釈迦堂西門から七本松通を約20m北上し、西を向きました。
京都市立翔鸞小学校の北側から小路が西に伸びています。
ここをくねくね曲がると最終的に上立売通に出ますが、
もう少し北から西に曲がります。


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千本釈迦堂西門から、七本松通を約100m北上しました。
七本松通の両脇に、西陣病院の大きなビルが見えます。


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西陣病院の前に、こちらの大きなベンチがありました。
暑くて熱中症になりそうなので、ちょっとここで休憩です。
バックパックからソルティーライチを出して、座って飲みました。


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そのベンチの前で、七本松通を西に向きました。
西陣病院と立体駐車場の間に、かなり狭い小路が伸びています。
実は、こちらが七本松通から復活した上立売通です。
これからこちらを進み北野天満宮最北端に向かうのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は北野天満宮にまたお邪魔します~

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第489回 大祓前の北野天満宮~上立売通東から西~その18

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西陣病院に背を向けて、七本松通を西に向いています。
ここから狭い小路が、西に伸びています。
こちらは、約200m東の六軒町通でいったん途切れた上立売通です。
今回はここから西に進み、北野天満宮にお参りします。
撮影日は、2017年6月15日木曜日午後3時。
この日くらいまでは、京都は連日晴れていました。


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七本松通から、上立売通を西に約50m進みました。
そこで突き当り、その位置で南を向きました。
この辺りが、、京都市上京区西陣と京都市北区紫野との境です。
すぐ南からまた筋違いで上立売通が伸びています。
ここから最後まで、クリックすると写真は全て拡大されます。


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先程の地点から約10m南下して、また西を向きました。
ここから、また上立売通が西に伸びています。
左(南)側が京都市上京区西陣で、右(北)側が京都市北区紫野です。
ずっと向こうに見える繁みが、今回ブログのメイン北野天満宮です。


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先程の地点から、上立売通を西に約30m進みました。
この辻の北西角に、このような石柱が建っています。
おそらく昔は、ここに燈明を入れたのでしょうね。(適当な想像です)
この石柱から向こう(西)は、
上立売通の両側とも京都市上京区西陣です。


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その石柱の辺りで、上立売通を西に向きました。
この辺りから、上立売通沿いはまた京町家が並ぶようになります。
そして、辺りから織機の作動音がまた響いてきました。
この辺りにも、西陣織の工房がちらほらあるようですね。


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その辺りに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにもお参りして、先を進みます。


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上立売通をどんどん西に進んでいます。
この辺りは、自動車がギリギリ1台通れるくらいの道幅です。
実は、ここも多少自動車の通行があります。
ただ、一般車の通り抜けはダメのようです……
(ここは私道ですが、歩行者は通れるようです)


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さらにさらに、上立売通を西に進んでいます。
この辺りは、視界に入る民家は全て京町家です。
あちこちから織機の作動音が響いてくるので、
西陣織の工房が多いのでしょうね。


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上立売通が筋違いになってから、西に約100m進みました。
この辺りから、2車線の道幅になります。
またお地蔵さんがいらしたので、こちらもお参りしました。


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その辺りに、こちらのブリキ製の表札がありました。
「御前通今出川上る東入」とは、
「今出川御前」交差点(「北野天満宮前」交差点)から
御前通を北上した後途中で東に折れるという意味です。
要するに、「上立売通」の表記がありません!


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上立売通が筋違いになってから、西に約230m進みました。
ここで上立売通は、御前通と交差します。


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上立売通から、御前通を南に向いています。
ここから南が、花街の上七軒です。
それは、約400m南の「北野天満宮前」交差点まで続きます。
その辺りに、北野天満宮の「一の鳥居」があります。
(第112回ブログを参照)
さらに約400m南下すると一条通で、
さらにさらに約1㎞南下すると
三条通の「天狗堂海野製パン所」に出ます。
自分が、京都で一番おいしいと思っているパン屋さんですね。
(第56回ブログを参照)
そこからさらに約1900m南下すると、「七条御前」交差点です。
(松尾祭のときに雄大な神輿巡行が行われます。第306回ブログ参照)


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御前通から、上立売通を西に向いています。
目の前の繁みが、北野天満宮です。
ここから、上立売通は車道と歩道が分離する広い道幅になります。


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御前通から、上立売通を西に進んでいます。
左(南)側の繁みは北野天満宮で、
約200m西の突き当りに見える繁みが平野神社です。
(第473回ブログを参照)
それぞれ上京区と北区ですが、隣接した神社です。

御前通から上立売通を西に約30m進むと、
左(南)側から北野天満宮に入れます。


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そちらの入り口から、南を向きました。
約20m進むと、こちらの北門が見えます。
では、こちらから北野天満宮に入ります。


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北野天満宮北門から、境内の様子を見ています。
この日(2017年6月15日)は観光シーズンではないからか、
向こうで消防署員が宮司さんと消火栓の具合を確認されていました。


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北野天満宮北門から、境内を南下しています。
境内の北東端に、北野天満宮とは別の神社がいらっしゃいます。


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こちらが、北野天満宮北東端の文子天満宮です。
本社は、下京区間之町上珠数屋町上るにいらっしゃいます。
(第404回ブログを参照)
ご祭神は平安時代の女性多治比文子です。
御神託で「天神信仰」を始めた人物という以外は、
よくわかっていません。
(菅原道真の乳母説、占い師で巫女説など)


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文子天満宮の前で、南を向きました。
向こうに見える塀は、北野天満宮本殿のものですね。


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文子天満宮から、北野天満宮境内を南に約100m進みました。
こちらから、北野天満宮本殿前に入っていきます。


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こちらが、北野天満宮本殿です。ご祭神は、菅原道真です。
周囲にいらっしゃる方々の大半は修学旅行生ですが、
中には中国人の家族連れもいらっしゃいました。


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北野天満宮本殿に背を向けて、こちらの門を撮りました。
二条城二の丸御殿の門のように、様々な細工が施されていますね。


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こちらがその門の中央部の細工です。
上段から、獅子・白ウサギ・トラが彫られています。


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先程の上段の獅子を反対側からアップにしました。
こういう細かさは、日光東照宮の権現造を思わせます。


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その門から、北野天満宮境内南を見ています。
向こうに、北野天満宮の絵馬殿が見えますね。
門の脇に、笹が飾られています。七夕が近いからのようです。


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その絵馬殿の左(東)側に、北野天満宮の楼門が見えます。
では、こちらから北野天満宮境内を出ます。


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北野天満宮楼門前に、こちらの幟が立っていました。
もうすぐ夏越の祓いですね。
次回ブログは、こちらの神社の大祓を取材します。


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北野天満宮楼門から、南を向きました。
では、この参道を通ってここを出て行きます。


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北野天満宮楼門から、参道を南を向きました。
右(西)側に、工事中の場所があります。
こちらは、毎年2月~3月に梅園になるところです。
(第113回ブログを参照)


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目の前にあるのは、北野天満宮四の鳥居です。
では、ここをくぐりさらに南下します。


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北野天満宮参道の三の鳥居と四の鳥居の間に、
こちらの伴氏社がいらっしゃいます。
ちょっと木の葉で隠れていますが、
よく見ると鳥居の額束が島木にめり込んでいます。
また写真には写っていませんが、
台座の部分が蓮の葉模様で飾られています。
それが変わっているので、「京都三珍鳥居」に数えられます。
(残りは、京都御苑内の厳島神社唐破風の鳥居、
「蚕ノ社」木嶋神社三柱鳥居です)


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伴氏社の前で、北野天満宮参道を南に向きました。
次は、こちらの北野天満宮三の鳥居をくぐります。


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少し蛇行しながら、北野天満宮参道を南下しています。
こちらで、北野天満宮二の鳥居をくぐります。


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北野天満宮二の鳥居の真下から、参道を南に向いています。
あちらに見えるのは、北野天満宮一の鳥居です。
毎年6月30日には、あちらに巨大な茅の輪が掛かります。
その南側は「北野天満宮前」交差点で、もう神社の外です。


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「北野天満宮前」交差点で、今出川通を西に向いています。
この辺りは、修学旅行生でごった返していました。


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「北野天満宮前」交差点から、今出川通を南西に約50m進みました。
こちらに、「北野天満宮前」バス停があります。
では100系市バスを待って、それで京都駅まで帰ります。

今回は、ここまでです。
~次回は、北野天満宮の夏越の大祓を取材します~

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第490回 北野天満宮 夏越祓~上立売通東から西~その19

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京都駅北側市バスターミナルから101系市バスに乗ったのですが、
早朝からの大雨でスピードが出ないせいか烏丸通は大渋滞で、
四条通に出るまでに約1時間もかかりました……
そこから堀川通を北上して今出川通で西に折れて、さらに約40分。
ここ「北野天満宮前」バス停に辿り着いたときは、ヘロヘロでした。
では、今回はここから北の天満宮の夏越の祓いに向かいます。
撮影日は、2017年6月30日金曜日の夏越の日午後0時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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早朝の大雨がだんだんと小雨になって、昼過ぎには止みました。
まぁ市バスも雨粒が小さくなるほど速くなって、
最後は普通の速さで進んでいました。
「北野天満宮前」バス停から、今出川通を西南西に向いています。
今まで自分が載っていた101系市バスが、
北野白梅町経由で金閣寺に向かいます。
その走行中の101系市バスの左(南)側に、
「あわもち」と書かれた提灯がぶら下がっています。
北野天満宮にお参りする前に、そちらに向かいます。


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こちらは、粟餅専門店の「澤屋」です。
(第112回ブログでも、立ち寄りました)
メニューは、粟餅の一択です!(餡餅ときな粉餅があります)
ただし、300円上乗せすると抹茶とのセットになります。


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粟餅をアップで撮りました。
手前のきな粉餅は、細長いものが2個あります。
いつも自分はそちらを先に食べて、
後から餡餅に残ったきな粉を付けて頂きます。
(そういう意地汚い食べ方が好きです)


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市バスに長時間乗車したせいか体調がよくなかったのですが、
粟餅を食べて約30分休憩しますとだいぶ元気になりました。
「澤屋」を出て、今出川通を東北東に向いています。
では、「北野天満宮前」バス停方面に戻ります。


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その辺りで、今出川通の向かい(北)側を向きました。
たくさんの方々が、市バスを待っています。
おそらく大半が、京都駅方面に向かわれるのでしょうね。


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今出川通南側歩道の「北野天満宮前」バス停の傍に、
こちらがいらっしゃいます。(今回ブログ最初の地点です)
この「お別れ地蔵尊」の沿革は、第112回ブログに載っています。


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その「北野天満宮前」バス停から、東北東に向いています。
とようけ茶屋の向い(東北東)側に、
「北野天満宮前」交差点が見えます。


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「北野天満宮前」交差点で、北を向いています。
こちらで今出川通と御前通が交差していますが、
少しずつ北に折れた中立売通も突き当たるので、五叉路です。
では、ここから信号を渡って北野天満宮一の鳥居をくぐります。
……のですが、全然茅の輪が見当たりません!
確か、この大きな鳥居いっぱいに茅の輪が付くはずでは?


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北野天満宮一の鳥居をくぐり、蛇行しながら北上しています。
すぐに、二の鳥居が見えてきました。


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その辺りで、西を向きました。
細い松の枝に、たくさんのハトが停まっています。
その向こうに、北野天満宮の宮寺東向観音寺が見えます。
今回は時間がないので、そのまま素通りります。
(境内の様子は、第112回ブログ参照)


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北野天満宮二の鳥居をくぐりました。
その先に、もう三の鳥居が見えますね。
では、どんどん鳥居をくぐって北上します。


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三の鳥居をくぐると、すぐに四の鳥居が見えます。
ただ、その鳥居の脇に、小さな神社が見えます。


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こちらが、その伴氏社です。
ご祭神は、菅原道真の母伴氏です。
前回ブログ同様、今回もお参りします。


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その伴氏社の鳥居の上部をアップにしました。
中央の直方体の石(額束)が、
その上の棒状の石(島木)にめり込んでいます。
ちょっと地味ですが、この形状の鳥居は相当に珍しく
「京都三珍鳥居」に数えられています。
(残りは、京都御苑内の厳島神社唐破風の鳥居と
「蚕ノ社」木嶋神社三柱鳥居です)


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北野天満宮四の鳥居の真下から、参道を北に向いています。
目の前に、北野天満宮楼門が見えます。
つまり、あちらより先が北野天満宮境内です。


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北野天満宮楼門前が工事中なのですが、
どうやら大きな建物を建設中のようです。
最近、こちらの神社は改築ラッシュです。


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では北野天満宮楼門をくぐり、境内に入ります……
と言いたいのですが、やはりこちらも茅の輪がありません。
先程の大雨のせいでしょうか?


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京都の神社でも特に古くから続くものは、
門の左右に狛犬ではなく武人の木像を置きます。
こちらは、そのうちの左大臣像です。


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そして、その向かいには右大臣像です。
そういえば、両大臣が守護する神社には
それ程鳥居が多くありませんね。
(上御霊神社には、境内社の福寿稲荷以外に鳥居が少ないですし)


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北野天満宮楼門をくぐり東を向きました。こちらは手水舎ですね。
中央に牛の像が飾られているのが、「天神さん」らしいです。


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北野天満宮楼門から北に向かうと社務所や宝物殿がありますが、
そちらには向かいません。
今回は、楼門から西に向かいます。
そちらに進むと、すぐに大きな絵馬殿に行き当たります。
中に自動販売機があったりして、休憩所として利用されています。
そこより西は、以前からの修復が終わっているようです。
(第352回ブログを参照)


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北野天満宮絵馬殿の前で、北を向きました。
では、目の前の北野天満宮本殿に向かいます。
この日(2017年6月30日)は、参拝者の大半が修学旅行生でした。


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北天満宮本殿と絵馬殿の間には、境内末社が並んでいます。
こちらは、その1柱福部社です。


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福部社の向かい(東)側には、白太夫社がいらっしゃいます。
どちらも、「天神さん」には必ずいらっしゃいますね。
(第25回ブログ五条天神宮は例外)


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福部社の北隣には、老松社がいらっしゃいます。
これらの境内末社のご祭神は、菅原道真の家臣です。


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ただし老松社の向かい(東)にいらっしゃる火之御子社は例外で、
北野天満宮創建以前からこちらにいらっしゃいました。
(創建から、だいたい1200年くらいです)
ご祭神は火雷神(要するに、「雷神」)で、
平安京遷都(794年)直後には多くの信仰を集めていたそうです。


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目の前に、北野天満宮本殿がいらっしゃいます。
その前に、こちらの唐門をくぐります。
よく見ると、茅の輪が無い代わりに笹が飾ってあります。
夏越の祓いの後の「七夕」の用意ですね。


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北野天満宮唐門の脇に、茅の輪が置いてありました。
サイズ的に、この唐門に取り付けられるのでしょうね。
祭事が行われる午後4時にならないとくぐれないのでしょうが、
自分はこの後仕事なのでその時間までここにいられません……


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こちらが、北野天満宮本殿です。ウチのブログでは2回連続です。
こちらの沿革は、第113回ブログを参照してください。
本殿脇の松と梅の脇には、七夕用の笹が飾ってあります。
こうして見ると、「夏越の祓い」の雰囲気が全くありません。


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北野天満宮本殿の東側にも、社務所があります。
こちらは「受験の神様」ということで、
修学旅行生がお札やお守りなどを購入されていました。
全然「夏越の祓い」の雰囲気ではないので、
こちらの巫女さんに質問してみました。
すると、こう答えが返ってきました。
「夏越の祓いの神事は午後4時からで、それまではこんな感じです。
一の鳥居の大きな茅の輪くぐりは、
毎年6月25日に行われます。
ですから、今年(2017年)の大茅の輪くぐりはもう終わりました」


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社務所の巫女さんに声を掛けてそのままという訳にもいかないので、
こちらを購入しました。小さな茅の輪です。
こちらは、夏の疫病除けに自宅の門に飾ります。
(まぁ、それが「夏越の祓い」の主目的ですし)
本当は、こちらは神社から持って帰った茅を
自分で編んで作るのですが、
以前元祇園 梛神社で大失敗して以来購入して済ませています。


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北野天満宮本殿前から、東を向きました。
午後4時までいられないので、今回はここを出て次に向かいます。


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北野天満宮本殿を東に抜けて、北を向きました。
この道は、先ほどの楼門からずっと北上した先に当たります。


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先程の場所で、東を向きました。この先が五辻通の突き当りです。
第473回ブログで通った道ですね。


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北野天満宮本殿の東側の道をずっと北上すると、こちらに出ます。
前回ブログ同様、右(東)側の文子天満宮にお参りしてから
左(西)側の道をさらに北上します。


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その道の先に、北野天満宮北門があります。
ここをくぐると、北野天満宮を出ます。


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北野天満宮北門から、北を向いています。
目の前の道が、今までずっと西に進んできた上立売通です。
あちらに見える石碑は、明治時代に西陣織の発展に尽力を尽くした
5世伊達弥助を讃えたものです。


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北野天満宮北門前で、上立売通を東に向いています。
前回ブログまでかけて、向こうからこちらにやって来ました。


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今度は同じ場所で、上立売通を西に向きました。
この道の突き当りに見える繁みが、平野神社です。
次はここから平野神社に向かいますが、
今回ブログももうだいぶ写真を貼り付けてきました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、平野神社で茅の輪くぐりをします~

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第491回 平野神社 夏越の祓~上立売通東から西~その20

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前回ブログで訪れた北野天満宮の北門の前から、
上立売通を西に向いています。
今回は、ここから約150m西の平野神社でお参りします。
桜並木を散策した第474回ブログ以来ですね。
こちらでは、しっかり夏越の祓いを行いました。
撮影日は、2017年6月30日夏越の祓いの金曜日午後2時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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北野天満宮西門の向かい(北)側の上立売通沿いに、
たくさんのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらは、御土居発掘の際に出土した石仏群です。
(正確にはお地蔵さんではなく、1基1基昔の墓石です)
御土居は京都市街地のあちこちで現存していますが、
一番有名なのが北野天満宮西端と紙屋川の間に残るものでしょう。
(北野天満宮境内の公園として、
梅の季節紅葉の季節にはたくさんの来場者があります)
こちらは、そちらの整備中に出土した方々らしいです。


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その石仏群寄りに、同じ場所で西を向きました。
ここから見ると、上立売通が紙屋川を渡り
約150m先の平野神社で突き当たっているのがよく分かりますね。


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北野天満宮北門から、上立売通を西に約50m進みました。
ここで上立売通は、紙屋川と交差します。
そして、ここで京都市上京区西陣から京都市北区平野になります。
(このブログの「上立売通編」は、今まですべて上京区内でした)


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上立売通から、紙屋川に架かる橋の上で北を向いています。
川岸ギリギリまでマンションが迫っていて、
京都市街地としては割と珍しい光景です。
この風景は、約700m北の鞍馬口通まで続きます。
(第252回ブログを参照)


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同じ場所で、紙屋川を南に向きました。
この繁みの向こうは、北野天満宮の所有地です。
鶯橋があって、周辺が「御土居公園」になっています。
(第113回ブログを参照)


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紙屋川に架かる橋の上で、上立売通を西に向きました。
では、突き当りに見える平野神社に向かいます。


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紙屋川に架かる橋から、上立売通を西に約100m進みました。
上立売通の突き当りから、平野神社に入れます。
大きな一の鳥居が桜の木々で隠れてしまうのが、如何にもですね。


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では平野神社一の鳥居をくぐって、境内に入っていきます。
桜の季節に訪問した第474回ブログとはだいぶ違いました。


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平野神社一の鳥居をくぐり、南を向きました。
こちらから、平野神社桜庭園に入れます。
今は葉桜でこんな感じですが、桜の季節は絶景に変わります。


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さらに同じ場所で、北を向きました。
赤い鳥居をくぐり抜けると、
その先に末社の猿田彦社と出世稲荷社がいらっしゃいます。
人出が多かった第474回のときは参拝を諦めましたが、
今回はしっかりお参りしました。


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平野神社一の鳥居から、境内を約30m西に進みました。
取りあえず、こちらの手水舎で手を浄めます。
実はこの南側に茶店があり(第474回ブログでは桜湯を飲みました)
そちらで夏越の祓いのための和菓子水無月を頂きました。
(↑をクリックすると、伏見区の栄泉堂の水無月が出ます)
ただ、こちらは責任者の許可を得られなかったので
店名及びその店に関する写真は全削除しました。
(本当は、そちらで約30分休憩して水無月と冷茶を頂きました)


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手水舎の西側に、平野神社の門があります。
この日(2017年6月30日)は「夏越の祓い」ということで、
こちらに人が一人くぐれる大きさの茅の輪があります。
では、作法に則り茅の輪をくぐっていきます。
(↑をクリックすると、作法を書いた写真が出ます。
第321回ブログの元祇園 梛神社での茅の輪くぐりの写真です)


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茅の輪の脇に、茅が何本が刺さっています。
これは、持ち帰り用の茅です。
本来参拝者一人一人が手製茅の輪を作るのですが、
前述の元祇園 梛神社で大失敗して以来自分では作らず、
今年(2017年)は前回ブログの北野天満宮で買いました。


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平野神社楼門の前で西を向くと、すぐに拝殿があります。
こちらの上部に、三十六歌仙の大和絵が飾ってあります。
(第474回ブログを参照)


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平野神社拝殿のさらに西側に、平野神社本殿がいらっしゃいます。
2017年4月に訪れたときは超満員で参拝できませんでしたが、
桜シーズンではない今回は遠慮なくゆっくりお参りできました。


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「左近の桜 右近の橘」というように、
多くの神社の本殿の両脇には桜と橘が植えられています。
(東京の明治神宮とかが典型例)
平野神社ではいつも桜ばかり写していますので、
今回は橘を撮りました。
時期的にしっかり果実が付いていて花のようですが、
果実は果実なのでどうしてもおいしそうに見えます。
(まぁ取って食べるわけにはいきませんが……)


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平野神社本殿周辺の末社に一通りお参りして、
拝殿脇から平野神社境内を東に向きました。
では、向こうの門からこちらを出ます。


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茅の輪が付いた門を背に、平野神社境内を東に向いています。
では一の鳥居の方に、戻ります。


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平野神社一の鳥居の前で、東を向きました。
ここから東に上立売通が伸びています。
寺町通から今回ブログまでかけて歩いてきました。
ただ上立売通は筋違いになって、もう少し西に伸びています。
では、今からそちらに向かいます。


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平野神社一の鳥居前で、北を向きました。
上立売通と交差するこの道がはっきりしないのですが、
地理的には西土居通に相当します。
(第30回ブログ参照)
ですから、便宜上この道を「西土居通」と表記します。
ちなみに、この「西土居通」を北上すると
鞍馬口通付近で西大路に吸収されます。
(「金閣寺前」交差点付近です。第252回ブログの最後の方です)


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同じ場所で、「西土居通」を南に向きました。
平野神社は境内の桜並木が「とても濃い」のですが、
この沿道にも相当濃い桜並木ができています。


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その辺りを大きく写しました。
やはり歩道側に、「さくら通学路」と書いてあります。
たぶん小学生の通行を前提にはしていますが、
春になるとこちらも桜トンネルが出来上がるようです。
では、こちらを通っていきます。


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毛虫を心配しつつ、平野神社一の鳥居前から
さくら通学路を南下しています。
やはり、ここは「桜トンネル」になっていました。
また春になったら、ここに来ようと思います。


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その「さくら通学路」を南下する途中で、西を向きました。
こちらは、平野神社境内の「桜庭園」です。
今はただの藪ですが、春になるとこちらは絶景に変わります。


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上立売通から、「西土居通」を約70m南下しました。
ここで、このさくら通学路は終了します。
そしてこの位置から、また上立売通が西に伸びています。


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南側の上立売通から、「西土居通」を南に向いています。
この「西土居通」は何度か途切れつつも意外に長く、
約4600m先のJR「西大路」駅近くまで続きます。


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「西土居通」から、南側の上立売通を西に向いています。
左(南)側にマンションが立ち並び、
右(北)側に平野神社の桜並木が続きます。
ちょうどマンション前に引っ越し用のトラックが来ていますが、
その向こうには西大路が見えますね。


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「西土居通」から、南側の上立売通を西に約50m進みました。
ここで、平野神社の桜並木が途切れます。


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その位置で北を向きました。こちらは平野神社の北門です。
ここを北上すると、桜庭園と花見のときに露店が並んでいた場所の
ちょうど境目に出ます。


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平野神社南門から、上立売通を西に向いています。
雨が止んで約1時間ですが、まだアスファルトは濡れていますね。
ではこのまま西に進み、西大路に出ます。


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平野神社南門から、上立売通を西に約100m進みました。
こちらは、上立売通と西大路が交差する「平野神社前」交差点です。
上立売通は、約300m先の立命館大学まで続きます。
ただ、今回はそこまでは行きません。


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上立売通から、西大路を北に向きました。
こちらに、平野神社西門があります。
通常、観光客はこちらから入っていきます。


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平野神社西門から、平野神社境内を覗いています。
この奥が桜シーズンで露店が立つ場所で、
この神社一番の絶景ポイントです。


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今度は同じ場所で、西大路を南に向きました。
交差点角のパン屋さんが気になりますが、
時間がないので先を急ぎます。


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上立売通から、西大路を南に歩いています。
この辺りは、急な下り坂ですね。
西大路は京都市街地屈指の幹線道路なので、
相変わらず交通量が多いですね。


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上立売通から、西大路を約150m南下しました。
するとこちらに、京都市立衣笠小学校が見えてきました。


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さらに、西大路を約10m南下しました。
では、こちらから205系市バスに乗って京都駅方面に帰ります。


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「衣笠校前」バス停には、こういうものが付いています。
これによると、もうすぐ205系市バスがこちらに来るそうです。

今回は、ここまでです。

~次回は、「平野神社前」交差点から上立売通を西に進みます。
「上立売通編」の最終回です~

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第492回 小松原児童公園~上立売通通東から西~その21

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京都駅北側市バスターミナルから101系市バスに乗り、
約40分かけて「衣笠校前」バス停で降りました。
今回は、ここから約100m北にある「平野神社前」交差点から
上立売通の最西端まで進みます。
ただ、写真を撮りすぎて「上立売通編」は次回も続きます。
撮影日は、2017年7月8日土曜日午後2時。
この時点は、晴れていました。


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「衣笠校前」バス停から、西大路を北に向いています。
向こうに、先ほどまで乗っていた101系市バスが見えますね。
では、ここから約100m先の「平野神社前」交差点に向かいます。


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「平野神社前」交差点で、西大路と上立売通が交差しています。
そこで、西大路から上立売通を東に向きました。
ここを通り、寺町通からブログ15回分で西大路に辿り着きました。
左(北)側に、前回ブログで参拝した平野神社が見えます。
右(南)側は、前回ブログで気になったパン屋Briiantです。
ちょっと、こちらに立ち寄ってみます。


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あとでいろいろ調べたら、こちらは大丸百貨店京都など
あちこちに出店を出しているようでした。
本当は名物パンが別にあるそうなのですが、
予算と好みからこの3点を買いました。
左から塩パン・クリームパン……あと1品は名前忘れました。
本当はクリームパンは焼き立てだったのですが、
バックパックに入れて運ぶうち、潰れてしまいました……
それでもこの中ではクリームパンが一番好みでした。
とにかくパン生地がフワフワして、柔らかいのです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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Briantの前で、西を向きました。
ではこの横断歩道を渡って、西大路の西側歩道に戻ります。


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上立売通から、西大路を北に向いています。
西大路は、約100m先で進路を北東に変えます。
さらに約50m先にわら天神がいらっしゃいます。


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西大路から、上立売通を西に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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西大路から上立売通を約70m進むと、佐井東通と交差します。
その交差点の北西角に、こちらのお店がありました。
いろいろ気になったのですが、予算がないので先に進みます。


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西大路から、上立売通を西に約120m進みました。
ここで、佐井通と交差します。


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上立売通から、佐井通を南に向いています。
ここから約2600m先で、三条通と交差します。
(第55回ブログ参照)
また、さらに700m南下すれば松原通と交差します。
(第30回ブログ参照)


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今度は上立売通から、佐井通を北に向きました。
ここから約500m先を横切って、
第256回ブログではわら天神に向かいました。


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佐井通から、上立売通を西に向いています。
すぐ先に、「小松原児童公園」バス停が見えますね。


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佐井通から、上立売通を約70m西に進みました。
佐井西通との交差点に、大きな児童公園がありました。
この写真以降、児童公園が写っているものは
クリックすると拡大されます。


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佐井西通から、上立売通を西に約20m進みました。
では、こちらから「小松原児童公園」に入っていきます。


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上立売通側から、小松原児童公園に入ってきました。
誰もいないように見えますが、
フレームの左(東)側で小学生の男の子が数人遊んでいました。
では、ここから石段を少し降りて公園内を散策します。


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小松原児童公園に入ってすぐに、こちらの水道がありました。
ちょっとここで手を洗い、ついでに頭を冷やしました。
まぁ、熱中症対策ですね。


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公園の中央のベンチに腰かけて、南側を見ています。
小学生の男の子たちは日影の遊具の方ではなく、
フレームより左(東)側に外れた辺りの日向の広場で遊んでいます。
何かボールを使った遊びをしていましたが、
そのうち「暑いから帰ろう」と言って、ここからいなくなりました。
まぁこの2時間後に大雨が降るのですが、
この時点では雨よりも熱中症が心配な日でした。


492-68.jpg
小学生の男の子たちがいなくなったので、公園の東側を撮りました。
そちら側は広場と言いますか運動場になっていて、
そのさらに先にこちらの白い花が咲いていました。
こちらが何の花かは、よく分かりませんでした。


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今度は、運動場を全体的に撮りました。
まぁ野球をするには少し狭いですが、
ゲートボールやバスケットボールをするにはちょうどいいですね。
では、ちょうど持ってきたジュースを飲み切ったので
こちらの小松原児童公園を出ます。
写真をクリックすると拡大されるのは、ここまでです。


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小松原児童公園の前で、上立売通を西向きました。
目の前の馬代通で上立売通が突き当たっているのように見えますが、
上立売通は西にさらに約150mだけ続いています。
取りあえず、馬代通と交わる「小松原北町」交差点見向かいます。


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上立売通から、馬代通を南に向いています。
馬代通はこの辺では幹線道路の一つで、
約2㎞先の紙屋川北岸まで続きます。
(紙屋川は丸太町通以南から西に折れ、
地下鉄「太秦天神川」駅前で御室川と合流し、天神川になります)


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今度は上立売通から、馬代通を北に向きました。
約300m先に第257回ブログ冒頭「木辻馬代」交差点が見えます。


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暫くして、信号が青に変わりました。
では馬代通を渡り、上立売通を西に進みます。


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馬代通西側歩道へ渡り、北を向きました。
上立売通の突き当りに見えていた中華料理屋の北側に
京都小松原郵便局があるのですが、
その間から何人か人々が出てきました。


492-75.jpg
その中華料理屋と郵便局の間から、上立売通を西に向きました。
この小路を西から東へたくさんの学生さんがやって来ます。
では、上立売通最後の150mを進みます。


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馬代通から、上立売通を西に進んでいます。
この辺りはとても狭い道ですが、
飲食店や不動産屋をはじめとした小売店舗がたくさん並びます。
こちらの自転車は、確か「衣笠校前」バス停脇にもありました。


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馬代通から、上立売通を西に約100m進みました。
こちらにも不動産屋さんがあります。
その周囲には、たくさんのアパートが並びます。


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さらに上立売通を西に約50m進みました。
向こうに見えるラーメン店の先で、上立売通は突き当たります。


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こちらが、上立売通最西端です。
目の前に、立命館大学衣笠キャンパスの入り口があります。
つまり、馬代通以西の上立売通は立命館の学生街でした。

これで上立売通の最東端から最西端まで歩きましたが、
ウチのブログの「上立売通編」はあと1回続きます。

~次回は、こちらから最寄りの交通機関
京福電鉄(嵐電)「等持寺」駅まで歩きます。
その途中で、本野精吾邸を訪れます~

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第493回 本野精吾邸~上立売通東から西~その22

[本野精吾] ブログ村キーワード

492-79.jpg
こちらは、上立売通最西端の立命館大学衣笠キャンパス東門です。
今回は、こちらから最寄りの交通機関でもある
京福電車(嵐電)「等持院」駅前まで進みます。
撮影日は、2017年7月8日土曜日午後3時。
今回で、「上立売通編」が終わります。


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立命館大学衣笠キャンパス東門から、南を向きました。
今回ブログは、基本的にこの道を南下していきます。
約30m先に、何か看板が見えます。では、そちらに向かいます。


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看板には、「本野精吾邸 特別公開」と書いてあります。
こちらが、今年(2017年)の「京の夏の旅」企画のようです。
ウチのブログでも、六道珍皇寺下鴨神社にお邪魔したとき
こちらの企画を利用しました。
ちなみに、本野精吾邸はこの看板の裏手です。
これ以降、本野精吾邸の写真はクリックすると全て拡大されます。


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こちらが、本野精吾邸です。
本野精吾は京都を中心に大正時代~昭和時代に活躍した建築家で、
京都工芸繊維大学の教員でもありました。
代表作は、その京都工芸繊維大学本館(現3号館)と
西陣織会館(現京都市考古資料館)です。


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本野精吾邸の庭に、こちらの紫陽花が咲いていました。
この時期は、特にきれいですね。


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では、600円支払って邸内に入ります。
こちらは現在本野精吾氏のお孫さんが所有されておられるのですが、
「屋内の写真撮影の一切を許可します」
このようにおっしゃられていたそうなので、撮影し放題です。
「写真撮影を許可されるくらいだから、
ブログに載せるのもご自由にということでしょうね」
受付をされていた学芸員の方もそうおっしゃっておられたので、
遠慮なく写真を撮りまくりました。
(おかげで、前回ブログと2回分に分裂しました)


493-7.jpg
では、本野精吾邸内を巡ります。
ここは1924年にご自身が設計された本野精吾氏のご自宅です。
外観はレンガ造りなのですが、全て鉄筋コンクリート製です。
これは、中村鎮考案の鎮ブロックを使っているためです。
レンガと異なり中が空洞なので運搬が楽で経費が削減できますし、
建築の過程でこの中に鉄筋コンクリートを入れますので、
レンガ造りよりも耐震強度が上がります。
この邸宅が建設される1年前(1923年)に関東大震災が起こり、
「耐震強度が高い洋館」の需要が高まり、
当時の建築家がこの「鎮ブロック」を多用したそうです。

またピアノ脇のタペストリーは、本野精吾氏のご子息の作品です。
御子息は西陣織の職人で、このような美術品も作られています。


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先程の写真に写り込んでいた窓の鍵を大写ししました。
本野精吾氏は建物以外に、こういったものもデザインされています。


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ピアノの傍に、こちらの暖炉があります。
こちらの暖炉はもうだいぶ使われていないそうですが、、
煙突の形状からオンドルのような役割も果たしていたと
学芸員さんがおっしゃっていました。
(「もし違ったら、すいません」ともおっしゃっていましたが)


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本野精吾邸は、だいたい12畳くらいの大きさです。
(6畳間が二つ分)
大きな部屋が1間だけなので、
普段は映画の上映会や読書会などのイベントに利用されています。
では、こちらの階段を上がり2Fに進みます。


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階段を上がり、2Fに進みます。
こちらも大きな間取りが1部屋だけあります。


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本野精吾邸の2Fに上がってきました。
内壁がなく窓が大きいので、電灯がなくても相当明るいですね。
こちらにも、本野精吾氏の御子息のタペストリーが掛かっています。


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こちらの壁も本野精吾氏の御子息のタペストリーが掛かっています。
この日(2017年7月8日)はこの時点(午後3時)で猛暑の快晴でした。
(午後4時過ぎから、突然豪雨が降りました)
この部屋も結構暑いかとも思たのですが、
エアコン完備ですので相当過ごしやすかったですね。


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では、先ほど上がってきた階段を使って
1Fの方に戻っていきます。


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階段を下りると、さらに西側に1部屋だけあります。
おそらく倉庫か便所でしょうが、立ち入り禁止です。
ただ、そこのドアノブが独特の形状でした。
こちらも、本野精吾氏のデザインです。


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本野精吾邸の玄関まで戻ってきました。
この左手に、受付の学芸員さんがいらっしゃいます。
目の前のベンチ・左手の靴箱は、1924年当初からあります。
右手の玄関扉も含めて、全て本野精吾氏のデザインです。


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では一通り回ったので、本野精吾邸を出ます。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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本野精吾邸の前で、南を向きました。
この辺は立命館大学の学生街のせいか、
一見住宅街に見えますが飲食店なども並んでいます。


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本野精吾邸の前から、南に約50m進みました。
こちらの十字路を右(西)に曲がると、
約50m先に臨済宗天龍寺派万年山等持院があります。
ただ、今回はこちらをそのまま南下します。
(今回は時間がないので、等持院にはまた別の機会に行きます)


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先程の十字路から南下すると道幅が広くなる一方、
学生街の雰囲気が消えて飲食店や小売店舗が皆無になります。
では、ここを蛇行しながらさらに南下します。


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先程の十字路から、南に約150m進みました。
すると急に道幅が自動車2台分と広くなって、
右(西)側に道が伸びるT字路に出ます。


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そのT字路で西を向きました。こちらも2車線分の道幅があります。
次は、この上り坂を進んでいきます。


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先程のT字路から、約50m西に進みました。
すると、こんな開けた場所に出ます。辺りに神社仏閣が並びます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先程の場所から約50m進みました。
こちらは、六請神社です。等持院の鎮守社ですね。
時間があればこちらに立ち寄るのですが、
それはまた次の機会にします。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


493-25.jpg
六請神社の前で、西を向きました。
住宅街のはずが、この辺だけ飲食店などが立ち並びます。
そして、目の前に大きく「等持院」と書かれた看板があります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


493-26.jpg
その看板の前で、北を向きました。
こちらが、臨済宗天龍寺派万年山等持院の山門です。
当初は「上立売通編」の最終回に訪れる予定だったのですが、
「上立売通編」が予定外に長くなり、
ここに来るのに2017年7月半ばまで掛かりました。
次回から暫く「祇園祭編」の連載が始まるので、
こちらには2017年の8月(「祇園祭編」の後)に
ゆっくりと近隣寺院と一緒に回りたいと思います。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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等持院山門の前で、西を向きました。
ここをずっと進んで南に折れると、
約1㎞先に臨済宗妙心寺派本山妙心寺があります。
またここから北に進むとすぐに龍安寺があり、
(龍安寺は妙心寺の塔頭です)
もし真西にまっすぐ進めるなら約500m先に御室仁和寺があります。
今回は目の前のカーブミラー付近で南に折れます。


493-28.jpg
そのカーブミラーの前から真南に、この小路が伸びています。
では、ここを進んでいきます。


493-29.jpg
その小路を約100m南下しました。
すると十字路で開けた場所に出て、この寺院が姿を現します。
こちらは、念仏寺という寺院です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


493-30.jpg
その念仏寺の前から、南東を向いています。
この道はここからまた小路になりますが、
周囲に小売店舗が急に増えます。


493-31.jpg
小売店舗が並ぶ道は、南東に約100m続きます。
そして、その先に線路と踏切が見えてきました。


493-32.jpg
その踏切の西側に、京福電車(嵐電)北野線「等持院」駅があります。
嵐電なのでこちらも無人駅ですが、乗降者は相当いらっしゃいます。
では、こちらから「北野白梅町」駅まで進み、(まぁ1駅ですが)
そこから205系市バスに乗って京都駅に帰ります。

これで、「上立売通編」は、終わります。

~次回から、「2017年 祇園祭編」を連載します。
2014年以来の前祭宵山散策です~

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第502回 花園駅から妙心寺へ~夏休み花園散策~その1

[花園駅] ブログ村キーワード
前回ブログで2017年の祇園祭散策が終わりました。
そこで、今回以降は今年(2017年)も夏休み観光企画を連載します。
(2012年は蹴上、2013年の東七条六原、2014年の五条坂
2015年の二条城近辺、2016年の太秦がこれに相当します)
今年(2017年)は、JR「花園」駅から妙心寺に向かいます。
本当はその先の等持院と龍安寺にも行こうとしたのですが、
龍安寺は時間的に間に合わず、
等持院は寺院側から取材許可をもらえませんでした。
そこで、撮影が可能だった部分限定でブログを書いていきます。
たぶんですが、今年の紅葉企画もこの辺りになる可能性が高いです。


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ウチの家から塩小路をひたすら西に進み、
地下から京都駅東口の改札をくぐり、0番ホームをさらに西へ。
約300m西進すると、目の前の34番ホームに駆け込み
そこから嵯峨野線の普通電車に乗りました。
さらにそこから、電車に揺られて約20分。
そこでようやくJR「花園」駅に着きました。
自分が電車から降りると、
写真の通り電車が亀岡に向けて出発しました。
撮影日は、2017年8月13日日曜日午後1時。
この時点では雨が降りそうなのに、この後むしろ晴れていきました。
そうそう、今回もクリックすればすべての写真が拡大されます。


502-2.jpg
京都市内の嵯峨野線の駅ホームは、
「太秦」駅を除いて2Fの高さにあります。
この「花園」駅も例外ではなく、ホームから遠景が見えます。
駅の北側に丸太町通が伸びていて、
遙か右(東)側には今回ブログで訪れる妙心寺の南総門が見えます。


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今度は「花園」駅のホームから、西側を見ています。
向こうに見える稜線は、双ヶ岡のものです。
この双ヶ岡の北側に、御室仁和寺があります。
つまり、その仁和寺へのJRの最寄り駅がこの「花園」駅です。
(ここから約1㎞、徒歩10分少々の距離です)


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では、こちらの階段を使って「花園」駅ホームから下りていきます。
ちなみに、エスカレーターも「下り」なので
そちらを利用しても下りられます。


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JR「花園」駅のホームから、こちらに下りてきました。
この日(2017年8月13日)は夏休みの日曜日でしたが、
この辺りはそれ程メジャーな観光地ではないので、
あまり乗降者はいらっしゃません。


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先程の写真の場所で、北を向きました。
こちらに、JR[花園」駅の改札口が見えます。
ではこちらから出て、駅前の丸太町通に出ます。


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駅舎内に、こちらの地図がありました。
実はウチに地図を忘れてきて、
今回ブログはかなり勘に頼って徘徊しました。


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JR「花園」駅前で、丸太町通を見ています。
目の前に、市バスの「花園駅」バス停が立っています。
こちらの方は、たくさんの方が待っておられますね。


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JR[花園」駅前で、丸太町通を西南西を向いています。
ここから約100m先に法金剛院があって、
その角を北に曲がると御室仁和寺への近道です。
また、ここから西に約200m先に「双ヶ岡」交差点で南下すると、
約300m先に蚕ノ社「木嶋神社」がいらっしゃいます。


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では、このJR「花園」駅から妙心寺に向かいます。
……ただ、その前に駅舎内のコンビニエンスストアに入ります。


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こちらのお店では、こちらを買いました。
いつもの熱中症対策のソルティーライチです。


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JR「花園」駅前の東端に、「花園駅前」交差点があります。
では、ここで丸太町通の北側歩道に渡ります。


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「花園駅前」交差点で、丸太町通を北東に向いています。
この辺りは駅前なので小売店舗も多かったのですが、
日曜日だったせいかその大半が閉まっていました。
(まぁ、「お盆休み」というのもあったでしょうね)


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JR[花園」駅前から、丸太町通を北東に歩いています。
JR「花園」駅はいろいろな観光地に近いのですが、
大半の方が他のルートを選ばれるので、
周りに通行者はほとんどいらっしゃいません。


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その道沿いに、餃子の王将花園店がありました。
今は妙心寺に向かう途中ですが、
自分はこの辺の地理に詳しくありません。
実はこの先にも飲食店はあったのですが、
この時点ではそれがよく分からなかったので、
取りあえずここで昼食を摂りました。
(写真は、ありません)


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王将では、レバニラ炒めと焼きめしを頂きました。
(とてもこれから寺院に行く食事ではありません……)
この店を出た時点で、午後2時でした。
王将の目の前で、丸太町通を北東に向いています。
目の前に、「妙心寺前」交差点が見えますね。
ここから約900m先に、「円町」交差点があります。
(そこから約2km北上すると、金閣寺があります)


502-17.jpg
「妙心寺前」交差点で、南を向きました。
実は、この道の名前がよく分かりません。
緯度的には、葛野大路に相当します。
JR嵯峨野線の高架を通り抜けると、
蛇行した後その葛野大路に辿り着きます。


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さらに「妙心寺前」交差点で、北東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


502-20.jpg
「妙心寺前」交差点から北東に約50m進むと、
こちらの道は真北に伸びていきます。
松並木が、大きな寺院が近いことを教えてくれます。


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そしてその道の約50m先に、
臨済宗妙心寺派本山妙心寺の南総門が見えますね。
いよいよこちらの寺院にお邪魔します。


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妙心寺南総門の前で、妙心寺道を西に向いています。
この先で妙心寺道は分岐しますが、
どちらの道も約350m先の京都府道130号線に吸収されます。
ちなみに、この先に見えるのは双ヶ岡の稜線です。


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今度は、妙心寺の南総門前で妙心寺道を東に向きました。
この道は、約1㎞先で御前通に突き当たります。


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妙心寺南総門の西側に、妙心寺の勅使門があります。
他の臨済宗寺院本山と同様に、
この勅使門から真北へ山門、法堂と続いています。


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再び妙心寺南総門の前に戻ってきました。
では、小さな橋を渡り臨済宗妙心寺派本山妙心寺に入っていきます。


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南総門をくぐり、妙心寺境内に入ってきました。
門の右(東)側に、こちらの地図がありました。
最北端に龍安寺も書いてあるのは、妙心寺の塔頭寺院だからです。
後から知ったのですが、妙心寺は境内面積が京都で最大で
所属する塔頭寺院数も日本で最多だそうです。
(つまり、大徳寺よりも大きいということですね)


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妙心寺南総門から、境内を北に向いています。
地図の手前の官舎にいらっしゃる守衛さんに、
境内の詳しい話を聞いて妙心寺境内の散策を始めます。


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先程の地点から、少し西に移動しました。
勅使門の裏側に回り、北を向いています。
放生池の北側に、赤い大きな三門が見えます。
ちなみにこの池の水はこのまま南に流れて東に折れ、
南総門の前を通り過ぎ、妙心寺の東側で
等持院から流れてきた小川と合流します。
その川はそのまま南下し、御室川と合流して
最終的には紙屋川とも合流し、天神川になります。
また三門の近くには行けるのですが、その中には入れません。
(三門の中に入れるのは、南禅寺くらいでしょうか)


502-32.jpg
その辺りで、妙心寺境内を西に向きました。
すると、そちらに退蔵院という塔頭寺院の看板が出ていました。


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その看板の北側に、臨済宗妙心寺派退蔵院の門があります。
今からこちらを訪れるのですが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、その退蔵院の庭園を散策します。
こちらは妙心寺の塔頭ですが、相当大きな寺院です~

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第503回 退蔵院で庭園散策~夏休み花園散策~その2

[退蔵院] ブログ村キーワード
502-33.jpg
妙心寺の南総門から約50m北上し、三門の西側に進むと
臨済宗妙心寺派退蔵院が建っています。
今回は、最初から最後までこの退蔵院の境内です。
枝垂桜とカエデが、なかなか見事な庭園がありました。
撮影日は、2017年8月13日日曜日午後2時。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


503-2.jpg
退蔵院の前で西を向き、退蔵院境内に入ってきました。
ここから庫裏まで、石畳の道が真っすぐ続いています。
右(北)側の生垣の上に、なぜか招き猫がいます。


503-3.jpg
こちらが、退蔵院庫裏の入り口です。
こちらは戸を閉じており、中には入れません。
実はこの庫裏の北側(写真の背後)に受付があって、
そちらで500円を支払って左(南)側に進みます。


503-4.jpg
退蔵院庫裏の前から、約5m南下しました。
このまま進むと退蔵院の墓地に行けるのですが、
ここで順路は右(西)に曲がります。


503-5.jpg
先程の写真にあったT字路で、西を向きました。
(この左側が、墓地です)
このカエデ並木は約20mで途切れて、右(北)に折れます。


503-6.jpg
そのカエデ並木の先に、こちらの門がありました。
では、ここから退蔵院方丈に入ります。


503-7.jpg
門をくぐり、退蔵院方丈に入ってきました。
ここで靴を脱いで、向こうの縁側に向かいます。


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退蔵院方丈を囲む廊下は、杉戸で仕切られています。
通常こういう杉戸に描かれた絵画は古いものが多いですが、
こちらの棕櫚と山羊はかなり新しいですね。


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もう一方の杉戸にはつがいの鶴が描かれていました。
こちらも、相当に新しいものです。


503-10.jpg
こちらは、方丈の中心仏間です。
ただし、こちらに入ることができませんので
縁側からお賽銭を入れて手を合わせます。

手前の絵は、国宝「瓢鮎図」(ひょうねんず)のコピーです。
第501回ブログで書いたとおり、
中国語で「鮎」はアユではなくナマズのことです。
つまり、こちらは「瓢箪ナマズ」のことですね。
なお、本物は京都国立博物館で保存されています。
(所有権は、この退蔵院にあります)


503-11.jpg
こちらは、退蔵院方丈の西側庭園です。
枯山水の見事な石庭で、狩野光信が作庭したと考えられることから
「光信の庭」と呼ばれています。


503-12.jpg
こちらが、退蔵院方丈の南側庭園です。
おそらく、ここの方丈庭園といえばこちらのことです。
黒いプラスチック製の鉢には、蓮が植えてあります。
その奥の苔は……季節柄だいぶ枯れていました。

臨済宗妙心寺派退蔵院は、室町時代3代将軍足利義満の治世の
1404年に波多野重通により建立されました。
元々は「松原千本」にありましたが、(第317回ブログ参照)
直後に縁の深かった妙心寺境内に移ってきました。
(退蔵院は、「松原千本」にあったころから、妙心寺の塔頭でした)


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ここで靴を履き、方丈庭園に下りてきました。
次は、東側の白壁に沿って進みます。


503-14.jpg
方丈庭園東側の白壁に沿って南下した後、
今度は今度はその壁沿いに東に進みます。
このまま突き当りにいらっしゃる観音像まで行けば、
退蔵院の墓地に向かいます。
ただ、今回はその手前のT字路で右(南)に向きます。
では、次はこちらの池泉式回遊庭園「余香苑」に向かいます。


503-15.jpg
観音像の手前のT字路で、南を向きました。
では、この生垣の道を南下します。


503-16.jpg
その生垣の道を突き当りまで進み、右(西)を向きました。
では、この門から余香園に入っていきます。


503-17.jpg
余香園に入ったところに、大きな枝垂桜の木が立っています。
その木をはさむように、二つの小さな石庭が並んでいます。
こちらは西側の「陽の庭」ですね。


503-18.jpg
枝垂桜の幹の前に立ち、桜の枝越しに「陰の庭」を眺めています。
こちらの庭は、こうして覗く方がきれいに見えます。


503-19.jpg
枝垂桜の木から、南を向いています。
向こうの生垣の切れ目から、この庭の全体像が見えそうです。


503-20.jpg
その生垣の切れ目から南に向き、余香園の全体を眺めています。
この余香苑は北から南に大きく傾斜していて、
庭園の東側では北から南へ小川が流れています。
一方庭園の西側には枝垂桜やカエデが植えてあり、
中央の南北に伸びる道がそれらを眺められるように
蛇行しながら約200mほど伸びています。


503-21.jpg
その生垣の切れ目から、西側に先程からの道が続きます。
この道は約10mで突き当たり、さらに南へと続いています。
この辺りから、斜面が急になります。


503-22.jpg
その南へ向かう下りの斜面の途中に、こちらの休憩所がありました。
中央の生け花が見事ですが、柵があってこちらには入れません。


503-23.jpg
先程からの道をさらに南下すると、やがて下り坂が平坦になります。
そして、この道の突き当りに茶店があります。


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その茶店の手前で、右(西)を向きました。
カエデ並木の中に、こちらがありました。
脇の立て札によれば、水琴窟のようです。


503-25.jpg
この南へ続く道は、茶店の前で東に折れます。
茶店には小学生の男の子とその父親らしき方がいらして、
かき氷を食べておられました。
そのため、その辺りは撮影していません。
茶店の東側は売店で、寺務所も兼ねているようです。
(たぶん、御朱印などはここで求めます)


503-26.jpg
売店の向こう(東)には藤棚があって、その先には休憩所があります。
この辺りは左(北)側が開けていて、
この余香苑の全景が見られるようになっています。
(おそらく、ここからの眺めがこの庭園のベストショットです)


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藤棚の前から、北を向きました。
こちらが、退蔵院の池泉式回遊庭園「余香園」の全景です。
向こう(北)側からこちら(南)側へ小川が流れていますね。

こちらは、足立美術館庭園などを作庭した中根金作の代表作です。
左(西)側の繁みは、春は枝垂れ桜、秋は紅葉で染まります。
歩きながら見る位置が変わることで風景が大きく変わっていくのは、
自分が大ファンの小川治兵衛の代表作である
無鄰菴庭園平安ホテル庭園と同様
池泉式回遊庭園の最大の魅力ですね。
(石庭など屋内から座って見るのを前提とした庭園に対して、
周囲を散策することを前提とした庭園を池泉式回遊庭園と言います。
イングリッシュ庭園など西洋の影響を受けて
明治時代の末期に成立しました)


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藤棚の前で、西を向きました。
向こうに、先ほどの売店(寺務所)が見えますね。
その手前に石段があって、
そこを上がった辺りにさらに南へ進む道があります。


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その石段の辺りで、南を向きました。
左(東)側に茶室が、右(西)側に大きな枝垂桜が見えますね。


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こちらが、その茶室です。
売店(事務所)で500円払えば、中で抹茶が飲めます。


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先程の売店(寺務所)で500円を払い、茶室内部に入ってきました。
この日(2017年8月13日)はそこそこ暑い「夏日」でしたが、
ここは冷房がとても効いていました。
上に掛かっている額には、「余香苑」と書いてあるのでしょうか?
自分には、「舘点苑」と読めます。


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自分は、あちらの赤い絨毯の奥に座りました。
向こうの茶碗は前に来られたお客さんのもので、
自分が座る前にはお寺の方が片付けられました。


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その位置に座ると、このような眺めになります。
障子越しに、余香苑の小川が見えますね。


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10分ほど待っていたら、こちらがやって来ました。
茶菓子と抹茶ですね。


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茶菓子を開けると、中から落雁が出てきました。
それぞれ色が違うのは、白砂糖と黒砂糖によるものです。


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お茶を堪能した後、茶室を出て売店(寺務所)前に戻ってきました。
こちらにいらっしゃる抹茶を給仕して頂いた方に一礼し、
退蔵院余香苑から出て行きます。
ただもうだいぶ写真を貼り付けたので、
今回はここまでです。

~次回は、妙心寺法堂に向かいます~

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第504回 妙心寺法堂に参拝~夏休み花園散策~その3

[妙心寺] ブログ村キーワード
503-36.jpg
前回ブログで散策した退蔵院庭園の
余香苑最南端にある売店(寺務所)の前で、西を向いています。
売店の向こう(西)側が茶店で、
さらにその先に水琴窟の立て札が見えます。
今回はここから退蔵院を出て、妙心寺境内を散策します。
撮影日は、2017年8月13日日曜日午後3時。
ここ数年で、夏にしてはいちばん穏やかな昼下がりでした。


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先程の写真に写っていた水琴窟の立て札の辺りから
蛇行しながら北に向かう上り坂が伸びています。
そこを北上し始めると、程なくこちらの休憩所が見えます。
ここから向こうの小川を見ればさぞかし絶景でしょうが、
こちらは立ち入り禁止です。


504-3.jpg
その休憩所の前で、北を向いています。
この辺りのカエデ並木を北上すると、程なくして突き当たります。
こちらは、前回ブログにも出てきた石庭「陰の庭」ですね。


504-4.jpg
こちらの「陰の庭」「陽の庭」は、
このように枝垂桜越しに見るとまた違った趣があります。
では、向こうの門から退蔵院庭園「余香苑」を出ます。


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余香苑の門の前で、北を向いています。
次は、突き当りの「順路→」の前まで進みます。


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先程の位置から北上し、突き当たって東を向きました。
左(北)側に見える白壁が、退蔵院方丈のものです。
では、この先のお地蔵さんにお参りします。


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そのお地蔵さんの前で、南を向きました。
こちらは、退蔵院の墓地です。
自分はこのブログ取材日の翌日に、お墓参りをしました。


504-8.jpg
今度は、同じ位置で北を向きました。
では、向こうに見える退蔵院の庫裏の方に向かいます。


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退蔵院の庫裏の前で、東を向きました。
この先に、退蔵院の門が見えます。
向こうに見える赤い建物は、妙心寺の三門ですね。


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臨済宗妙心寺派退蔵院の門の前で、北を向いています。
こちらは、妙心寺の境内です。
禅寺の本山なので、勅使門や三門の北側に
妙心寺の仏殿や法堂が並んでいます。


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こちらが、重要文化財妙心寺の仏殿です。
他の臨済宗の本山同様、ご本尊は釈迦如来です。

臨済宗妙心寺派本山妙心寺は、
鎌倉時代前期の1342年に、花園天皇が建立しました。
室町時代に臨済宗は隆盛しましたが、
この妙心寺は大徳寺同様
幕府の庇護を受けない林下として栄えました。
応仁の乱で境内が焼失した後すぐに復興し、
様々な戦国大名の庇護を受けその頃から寺域が拡大しました。
これも、大徳寺と似た経緯をたどります。


504-12.jpg
その妙心寺仏殿の周囲に、こちらの燈籠が吊るされていました。
こちらは、極細の角材で作った直方体を半紙で覆っています。
その半紙に様々な絵が描いてあるのですが、
1枚1枚がとても上手いので多分プロの方の絵ですね。

自分が子供のころ、地蔵盆で中学生以下の子供に
このような燈籠が配られて自分たちで絵を描きました。
こちらは、それによく似ていますね。


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妙心寺仏殿の西側に、妙心寺の鐘楼が建っています。
こちらには現役の梵鐘がありますが、
国宝に指定されている日本最古のものとは別のものです。


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妙心寺仏殿の北隣に、妙心寺法堂(本堂)が建っています。
次は、そちらに向かいます。


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妙心寺法堂の西側をゆっくり北上してます。
この松並木を散策していますと、近所の方々によく出会います。
(大半が、子連れです)
どうも、こちらの燈籠を眺めに来られているようです。


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ゆっくりと妙心寺境内をさらに北上しました。
妙心寺法堂北西角まで来ました。
この先は、北総門のある一条通へと抜けます。
(後でそちらに向かいます)


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その位置で、東を向きました。
実は法堂のさらに北に妙心寺大方丈があって,
その間の渡り廊下をくぐることができます。


504-18.jpg
その渡り廊下をくぐり、さらに妙心寺境内を東に向かいます。
すると、こちらから妙心寺大方丈や大庫裏に入ることができます。


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先程の門をくぐると、すぐにこちらが見えてきます。
妙心寺大方丈と南側庭園ですね。


504-20.jpg
先程の位置で、真北を向きました。
この長い廊下の左(西)側が大庫裏で、右(東)が大方丈です。
大庫裏の手前に寺務所があって、いろいろ申し込めます。
(写経とか、拝観とか)


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妙心寺大方丈の仏間は、さすがに写真を撮れません。
そこでそこをに背を向けて、方丈庭園を眺めています。


504-23.jpg
では、大方丈から土間の廊下に戻ります。
こちらの欄間の作りが丁寧ですね。

この先で何人か待機されていますが、あちらは
この直後に定期的に行われる「法堂ツアー」の参加者の方々です。
せっかくなので、自分もこちらに参加しました。


504-22.jpg
午後3時20分になって、「法堂ツアー」が始まりました。
結局約30人ほどで、回ることになりました。
法堂はご本尊の釈迦如来参拝よりも、
こちらの法堂の天井画を見るのが中心でした。
この写真は、パンフレットの写真を撮影してものです。
(法堂内は、基本撮影不可です)
こちらは、狩野探幽の代表作です。
個人的には、こちらの雲龍図は堂本印象作「蒼龍」と共に
自分の一番のお気に入りになりました。
また、「日本最古の梵鐘」もこちらに安置されていました。

実は、このツアーはその後も続き
明智光秀の浴室」も見学しました。
要するに、明智光秀が最後の戦いに赴くとき親族に
託した遺言書に従い、
光秀の遺産の一部で建設された浴室です。
当時の風呂は基本「サウナ風呂」で、
それとは別に体を洗う部屋や入浴後に寛ぐ部屋までありました。
このツアーは、全部でだいたい30分くらいかかりました。


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このツアーは、「明智光秀の浴室」の前で解散になります。
その後、そのまま大方丈の前に戻ってきました。
そして、大方丈の前に戻って西を向いています。
ではこの渡り廊下をくぐり、先程の道に戻ります。


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という訳で、妙心寺法堂の北西角に戻ってきました。
では、ここを北上して妙心寺北総門を目指します。


504-26.jpg
先程の位置から、約100m北上しました。
この辺りの白壁は一つ一つ妙心寺の塔頭ですが、
その大半が、非公開寺院です。
ここでこの道は突き当たりますが、さらに東に抜けられます。


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先程の写真の地点で、東を向きました。
約10m先で、また北上できるようです。


504-28.jpg
その東で突き当たって、また北を向きました。
ずっと向こうに衣笠山が見えますね。
では、この道を進んでいきます。


504-29.jpg
その辺りで、東を向きました。
こちらは、妙心寺の塔頭寺院の一つ大通院です。
ただ、こちらも非公開寺院です。
本当は妙心寺塔頭は大心院と桂春院が公開寺院なのですが、
時間の事情でその辺には行っていません。
(2017年秋予定の「紅葉散策編」では立ち寄ります)


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さらに妙心寺境内を北上しています。
こちらにも、ブリキの表札が貼ってありました。
如何にも、「妙心寺境内」の町名ですね。
向こうに、妙心寺北総門が見えてきました。


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さらに、妙心寺境内を北上しています。
北総門まで、もうすぐですね。


504-32.jpg
その辺りで、東を向きました。
こちらも非公開塔頭の隣華院です。
白壁の上から巨大な墓石が見えたので、
思わず撮ってしまいました。


504-33.jpg
こちらが、妙心寺北総門です。
では、こちらをくぐり一条通に出ます。
この後はこの東側に建っている等持院に向かいますが、
こちらは「手続きのない撮影」が禁止されているので、
寺院の周辺の写真が全廃棄になりました……
ただ、そちらに向かった道の様子は
次回ブログで詳しく載せます。

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第505回 等持院への道~夏休み花園散策~その4

505-1.jpg
一条通から南を向き、妙心寺北総門を眺めています。
前回ブログでは、妙心寺境内を散策してこの門まで来ました。
残念ながら等持院のブログ掲載許可が下りなかったので、
今回はその道程のみを掲載します。
撮影日は、2017年8月13日日曜日午後4時。
今回で、花園散策は最終回です。


505-2.jpg
こちらは、一条通をはさんだ妙心寺北総門の北向かいです。
看板はたぶん仏具屋か何かなのですが、
中を覗くとたくさんの駄菓子が置かれていました。
立ち寄ろうとしたのですが、
残念ながら鍵が掛かっていて中に入れませんでした。


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妙心寺北総門の前で、一条通を西に向いています。
一条通はここで北西に折れて、
約500m先の「仁和寺前」交差点できぬかけの路と合流します。
このまま真っすぐ西に進む道は狭いながらも長い道で、
約1300m先で京福電車(嵐電)北野線「鳴滝」駅前を貫き、
さらに700m先の広沢の池付近で突き当たります。


505-5.jpg
その辺りに、こちらの地図がありました。
今ちょうど南を向いているので、この地図も上が南です。
第502回ブログのJR「花園」駅からこの地点までの道程が、
こちらの地図に詳しく載っていますね。
この地図の真下(最北端)に龍安寺が載っていて、
その途中に等持院も載っています。
つまり、妙心寺→等持院→龍安寺が観光コースとして成立します。


505-6.jpg
その地図の前で、一条通を東に向きました。
目の前に、「妙心寺北門前」バス停が立っています。
一条通の左(北)側は民家が並びますが、
右(南)側の白壁は妙心寺の塔頭のものです。

こうして空を見るとだいぶ曇っていますが、
地面に日が当たっているようにだんだん晴れてきました。


505-7.jpg
妙心寺北総門から、一条通を東に約100m進みました。
この辺りで一条通は、妙心寺塔頭の白壁と別れを告げます。
看板にある「桂春院」は数少ない妙心寺の公開塔頭寺院ですが、
時間の都合で今回は立ち寄りません。

こちらに、10系市バスが近づいてきます。
こちらは仁和寺の前を通過した後、山越を越えて広沢池に至ります。


505-8.jpg
その妙心寺の北東角に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りです。
左(東)脇に、「愛宕山」の燈籠があります。
たぶん、この辺りも愛宕神社の氏子地域なのでしょうね。


505-9.jpg
そのお地蔵さんから東は、一条通もこのくらいの幅になります。
一条通はこのまま東に進むと約1㎞先で千本通を通過し、
さらに約1㎞先で京都御苑で突き当たります。

直進道路に見えますが、約5m先から北に伸びる道が出ています。
一条通とは、この辺りでお別れします。


505-10.jpg
そのT字路で、一条通から北を向いています。
ずっと先の突き当りに見えるのは、立命館大学衣笠キャンパスです。
さらにその先には、衣笠山が見えますね。では、この道を進みます。


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一条通からT字路を折れ曲がり、約100m進みました。
この辺りは住宅街で、「京都市右京区花園」から
「京都市右京区谷口」に地名が変わります。
右(東)側に、京都学園高校の運動場が見えてきました。


505-12.jpg
その道をさらに約100m北上しました。
この道は、約400mの立命館大学衣笠キャンパスで突き当たります。
ここで、京福電車(嵐電)北野線の踏切と交差します。


505-13.jpg
踏切を北に渡り、その位置で東を向きました。
ここから東に、今出川通が伸びています。
つまり、ここが今出川通の最西端です。
少し先に、赤い自動販売機が見えます。
第502回ブログで何本かソルティーライチを購入したのですが、
全て飲み切ったのでここで買い足します。


505-14.jpg
その自動販売機の前で、今出川通を東に向いています。
今出川通に入った時点で、「京都市右京区谷口」から
「京都市北区等持院」に移ってきました。
線路の右(南)の葉桜並木の向こうが、京都学園高校の運動場です。
約150m先に、京福電車(嵐電)北野線「等持院」駅が見えますね。


505-15.jpg
今出川通を東に進んでいると、「等持院」駅に電車が止まりました。
京福電車(嵐電)は急行電車がなく、10分おきに運行されています。


505-16.jpg
京福電車(嵐電)の車両が、こちらにやって来ました。
この車両は、この後仁和寺経由で「帷子ノ辻」駅に向かいます。
(第50回ブログを参照)
京福電車(嵐電)の車両は
様々な広告で飾られた「ラッピング電車」が有名ですが、
北野線と本線ではそのラッピングが異なるようです。
(本線の車両は、第55回ブログ参照)


505-17.jpg
こちらは、その辺りにあった今出川通沿いのラーメン店です。
「等持院ラーメン」とあるように、もう等持院の近くです。


505-18.jpg
そのラーメン店の前で、今出川通を東に向いています。
「等持院」駅が、目の前ですね。


505-19.jpg
今出川通最西端から、東に約200m進みました。
こちらが、京福電車(嵐電)「等持院」駅前です。
第493回ブログでは上立売通からこちらに進み、
電車に乗って帰宅しましました。


505-20.jpg
「等持院」駅前で、今出川通から北を向いています。
次は、この道を進んでいきます。(第493回ブログの道を逆行します)


505-21.jpg
今出川通から、「等持院」駅前の通りを北上しています。
この辺りは、北に向かうと緩やかな上り坂になります。
右(西)側の禊萩(みそはぎ)が、満開ですね。


505-22.jpg
その辺りに米屋さんなどの商店があって、
そちらにこちらの看板がありました。
この辺りは、もう完全に等持院の門前町です。


505-23.jpg
その脇に、近隣地図がありました。
第492回ブログでこの地図の最東端馬代通より上立売通を西に進み、
第493回ブログで立命館大学衣笠キャンパスで南に折れ、
京都市北区等持院北町と京都市北区等持院東町との境を南下して
等持院門前経由でこちらに来ました。


505-24.jpg
その地図の北側は、Y字路です。
そして、その辺りが広くなっており小さな寺院が並びます。


505-25.jpg
こちらが、その寺院の一つ念佛寺です。
なかなか雰囲気のある寺院なのですが、
表札とかないので宗派も含めてよく分かりません。


505-26.jpg
念佛寺の北隣には、臨済宗の金臺寺があります。
この寺院もなかなか立派ですが、沿革は不明です。


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臨済宗金臺寺の前で、北を向きました。
右(東)側の白壁は、その金臺寺のものです。
では、ここを突き当りまで北上します。


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臨済宗金臺寺の門前から、約100m北上しました。
突き当りに、「さーくる」という名前の喫茶店があります。
「冷やしあめ」という小さな暖簾が出ていたので、
熱中症対策でこちらによることにします。


505-29.jpg
その「さーくる」という喫茶店は冷房が効いていて、
結構涼しかったので10分ほど休憩しました。
その間、こちらの冷やしあめを頂きました。
しっかり生姜が効いていて、それが美味しかったですね。


505-30.jpg
その「さーくる」という喫茶店から、東を向いています。
この約20m先で道が広くなり、その北側に等持院があります。
本当は等持院に入って境内を散策し、庭園を眺めてきました。
ただ、こちらの寺院は写真撮影に一定の条件があって
今回ウチのブログがその条件を満たしていませんでした。
それ故、近隣神社仏閣を含めた写真を全廃棄します。

実は、今年(2017年)の紅葉散策もこの辺りを予定しています。
その時はこちらの撮影の条件を満たしたうえで、
妙心寺→等持院→龍安寺の連載を使用と思います。


505-31.jpg
臨済宗天龍寺派萬年山等持院の門の前で、西を向きました。
(この角度なら等持院は写らないので、撮影はアリです)
この時点で、2017年8月13日日曜日午後4時半です。
今からなら、この先の臨済宗妙心寺派龍安寺に間に合いません。
そういう訳で、ここから帰路に就きます。


505-32.jpg
喫茶店「さーくる」の前で、南を向きました。
ここから、元来た道を戻ります。
(第493回ブログの終盤と同じルートです)


505-33.jpg
喫茶店「さーくる」の前から、約100m南下しました。
また、臨済宗金臺寺前の広場ですね。


505-34.jpg
念佛寺や金臺寺の前で、南を向いています。
向こうの商店舗のガラス戸に、先ほどの地図が貼られていました。


505-35.jpg
先程の地点から、さらに約100m南下して
京福電車(嵐電)北野線「等持院」駅まで戻ってきました。


505-36.jpg
「等持院」駅で、約5分待ってました。
すると、京福電車(嵐電)北野線の車両がやって来ました。
こちらは、ある意味珍しいラッピング無しの車両です。
ではこちらに乗り込み、「帷子ノ辻」駅経由で帰宅しました……
ということにしようとしたのですが、
本当は本線の「太秦広隆寺」駅で下車して、
駅舎内の「京富」でうどんを頂きました。
そして、その後太秦周辺を徘徊してから帰りました。

これで、「花園散策編」は終わりです。

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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祇園祭宵山で回る
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松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
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「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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