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第494回 先ず保昌山から~前祭宵山散策2017~その1

[保昌山] ブログ村キーワード
この度デジタルカメラの故障により、
ブログ更新が遅れました。
そのことについて励ましのコメント等を頂き、
ありがとうございました。


そういう訳で多少日が経ちましたが、
今年(2017年)も祇園祭の連載記事を始めます。
2015年2016年は後祭の宵山を散策しましたので、
今年は3年ぶりに前祭の宵山を散策します。
山鉾だけでなく周辺の神社なども回りましたので、
相当ボリュームのある内容となりましたが、
よくよく考えたら休憩なしで
1日で回る分量ではありませんでした……


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京都駅から地下鉄烏丸線に乗って、約5分。
こちらは、地下鉄烏丸線「四条」駅です。
写真がちょっと斜めなのは、ご愛嬌ということで。
今回も、ここから祇園祭前祭宵山散策を始めます。
撮影日は、2017年7月16日前祭宵山の午前11時半。
この時間帯は、むしろ熱中症が気になりました。
そうそう、今回ブログの写真はクリックすると全て拡大されます。


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今まで乗っていた国際会館行きの地下鉄が、出発しました。
おそらく四条通に近い北側は相当混んでいるのでしょうが、
仏光寺通に近い南側はそうでもありません。


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では、こちらの地下鉄「四条」駅南階段から上がります。
仏光寺通には、ここからが便利です。


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コンコースを上がり、地下鉄「四条」駅南改札口に来ました。
では、ここからこの駅を出ます。


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地下鉄「四条」駅南改札を抜けて、東を向きました。
では、こちらの5番階段から上がります。


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地下鉄烏丸線「四条」駅5番階段を上っています。
その途中に、こちらの「サイゼリヤ」があります。
2012年の全山鉾完全制覇のときに、立ち寄ったお店です。
(2013年までは、祇園祭の宵山は毎年7月16日のみでした)
地下にあるので観光客に気づかれにくく、
おかげでこういうお祭りでも空席が確保できます。
まぁ常連が多いお店なので、いつもそこそこ人がいます。
(それを知っているのは、自分がよくここを利用しているからです)


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そのサイゼリアの入り口に背を向けて西を向いています。
では、こちらから地上に上がります。


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地下鉄烏丸線「四条」駅5番出口から、地上に出ました。
すると、ちょうど「仏光寺烏丸」交差点北東角に出ます。
こちらは、烏丸通から仏光寺通を西に向いています。
第389回ブログでは、こちらから菅大神社に向かいました。
今回の連載でも、何回か後に立ち寄ります。


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今度は仏光寺通から、烏丸通を北に向いています。
ここから約200m先に、「四条烏丸」交差点があります。


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さらに、仏光寺通から烏丸通を南に向きました。
先に烏丸通以南の山鉾を見て回りますので、
こちらの方を進んでいきます。


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仏光寺通から、烏丸通を約30m南下しました。
こちらは、祇園祭の主神八坂神社の大政所御旅所です。
祇園祭では、山鉾巡行の後に神輿渡御が行われます。
その際、こちらには「三若会」の中御座と
「錦神輿会」の西御座が立ち寄られます。


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八坂神社大政所御旅所の前で、烏丸通を南に向きました。
では、さらにこちらを進んでいきます。


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その辺りの烏丸通を南下中に、西を向きました。
元々、こちらには五条警察署がありました。
それが七条警察署など京都市街地中心部の警察署同士統合され、
「下京警察署」として生まれ変わりました。


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仏光寺通から、烏丸通を約100m南下してきました。
ここで、烏丸通は高辻通と交差します。


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烏丸通から、高辻通を東に向いています。
「高辻烏丸」交差点は、京都銀行本店とその関連ビルに囲まれます。
次は、ここを東に進みます。


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京都銀行本店東館の最東端に、小さな祠がいらっしゃいます。
こちらは、匂天神社です。(沿革は、第210回ブログの終盤で)
お参りを済ませたら、先を急ぎます。




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その辺りで、高辻通を南に向きました。
約40m先に見える瓦屋根は、天台宗智山派平等寺のものです。
(本山は、智積院です)
「がん封じ」で有名ですが、今回は立ち寄りません。
(平等寺の様子は、第211回ブログを参照)


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烏丸通から、高辻通を東に約100m進みました。
こちらで、高辻通は東洞院通と交差します。


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東洞院通から、高辻通を東に向いています。
約100m先に、浄土真宗仏光寺派本山佛光寺が見えます。
第388回ブログなど、たびたびお邪魔しています。


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高辻通から、東洞院通を南に向きました。
ここから、保昌山(やすまさやま)が見えますね。
では、今年(2017年)も祇園祭前祭の山鉾を回っていきます。


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高辻通から、東洞院通を約50m南下しました。
こちらが、保昌山です。先ずはこちらにお参りです。


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保昌山の脇に、保昌山の会所があります。
こちらは1Fに前掛や見送りなどを展示し、
2Fには外から見える位置にご神体の木像が安置されます。
この形式は、他の多くの山で見られます。
(形式上、「鉾」にこの展示方法はありません)
そして、こちらのご神体は平井保昌の木造です。
脇に梅の造花がありますが、
後の妻和泉式部に求婚するため、天皇所有の梅の木の枝を折って
それを平井保昌が和泉式部に送ったという伝承に基づいています。
(バレたら、もちろん処刑です……と言いますか、
梅園から保昌が逃げる際に矢を射かけられ、危うく死ぬところでした)


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こちらはその1Fですが、人混みでこれ以上中に入れません。
保昌山は高辻通以南唯一の山鉾なのですが、
若い女性中心にたくさんの方々が参拝に来られていました。
各山鉾はそれぞれ独立した神社なので、
御利益の方も千差万別です。
求婚に命を懸けた平井保昌を祀るこの山は、
「縁結び」「恋愛成就」のご利益があるとされます。
実は山の周囲に掛かっているたくさんの絵馬も撮ったのですが、
そちらは祈願された方の住所や氏名がはっきり写っていたので、
ブログの掲載は割愛します。


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保昌山から、東洞院通を北に向いています。
では、ここから高辻通に戻ります。


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「高辻東洞院」交差点の北東角に、
こちらのお医者さんがいらっしゃいます。
大桜の大木が、毎年春になると絶景に変わります。
(第388回ブログをを参照)


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東洞院通から、高辻通を西に向きました。
この保昌山を除けば、高辻通が祇園祭最南端です。
では、こちらを進んでいきます。


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東洞院通から高辻通を約100m西に進み、
「高辻烏丸」交差点に戻ってきました。
では、こちらの横断歩道を渡りさらに高辻通を西進します。


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烏丸通から、高辻通を西に向いています。
向こうに見える信号の辺りで、室町通と交差しています。


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烏丸通から、高辻通を西に約100m進みました。
こちらが、「高辻室町」交差点です。


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では室町通の横断歩道を渡り、高辻通北側歩道に移ります。
祇園祭で立つ山鉾の約3割が、この室町通に集中します。



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室町通から、高辻通を西に向きました。
向こうに見える瓦屋根の建物は、小さな神社です。


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では、この小さな神社「繁盛神社」にお参りします。
自分も含めたこの辺の人間は、「繁盛の宮」と呼んでいます。


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「繁盛宮」と書かれた扁額が架かる鳥居をくぐると、
すぐにこちらがありました。
先ずは、この手水舎で手を浄めます。


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では、繁盛神社の本殿にお参りします。
社務所にいつもどなたかいらっしゃるのですが、
この時間帯は留守でした。

「繁盛」神社だけに、こちらは商売繁盛のご利益があります。
この神社の御祭神は諸説ありますが、
祇園祭ご祭神「祇園 牛頭天王」の妻「頗梨采女」(はりさいにょ)が
有力と考えられます。


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繁盛神社の前から、高辻通を東に向いています。
では、ここから約50m先の室町通に戻ります。


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高辻通から、室町通を北に向いています。
室町通には、西陣織などの呉服問屋や小売店が建ち並びます。
これは15世紀以降600年間変わらず、
祇園祭は「町衆」と呼ばれるこのような商人に支えられてきました。
ではここから、室町通を北上していきます。


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こちらは、先ほどの写真にも写り込んでいた
「森茂」という呉服問屋です。
祇園祭の間中、この辺りの企業はお祭りモードに変わります。


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こちらは、その「森茂」の北隣の呉服問屋です。
祇園祭期間中は、かつてはこのような企業が
屏風など家宝の美術品を展示したり、
このような催し物を行ったりしていました。
ただバブル崩壊(1993年)以後家宝の展示は激減し、
催し物も取引先や近親者に限定した
招待者のみの非公開が一般的になりました。


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その呉服問屋の向かい(西)側にあった駐車場で、
このようなガレージセールが行われていました。
実は、これも祇園祭のもう一つの側面です。
こちらも、たくさんの人で結構賑わっていました。


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高辻通から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、仏光寺通と交差します。
「仏光寺室町」の辻北東角に、第237回ブログで紹介した
日吉神社がいらっしゃるのですが、
この日(2017年7月16日)は閉まっていました。

次はこの先(北)に見える「白楽天山」に向かいますが、
今回はもうだいぶ写真を貼り付けたので、ここまでとします。

~次回は、綾傘鉾が立つ大原神社に参拝します~

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第495回 綾傘鉾 大原神社~前祭宵山散策2017~その2

[綾傘鉾] ブログ村キーワード
494-40.jpg
仏光寺通から、室町通を北に向いています。
前回ブログで地下鉄烏丸線「四条」駅から保昌山にお参りした後、
高辻通経由でここまで進みました。
今回は室町通を四条通まで北上しつつ、途中の山鉾を回ります。
撮影日は、2017年7月16日日曜日午前11時45分。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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室町通から、仏光寺通を東に向いています。
約100m先に烏丸通が見え、
そこに地下鉄烏丸線「四条」駅5番出口があります。
(今回の連載のスタート地点ですね)
つまり、前回ブログでは南北はともかく
東西はたったこれだけしか移動していません……


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また仏光寺通から、室町通を北に向き直りました。
次は、目の前の白楽天山に向かいます。


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仏光寺通から、室町通を北上しました。
すると、すぐに白楽天山の会所がありました。


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会所内は賑わっていて、押し合いへし合い撮影しました。
そのため、前掛と見送りの写真がブレたので掲載しません。
こちらが、ご神体の白楽天と道林禅師の木像です。
故事通りなら道林禅師がこの山の主役なのですが、
それでも白楽天がこの山の名前になったのは、
白楽天の方が有名だったからでしょうね。

また、白居易(白楽天)は9世紀の中国の詩人として有名ですが
(杜甫李白と並ぶ「唐三大詩人」ですね)
日本人の小野篁に似た伝承も残しています。
「有名な詩人で有能な官僚が、裏の世界で奇怪な事件を解決する」
というのは明らかに事実無根でしょうが、
それでも庶民の心をつかむ話なのでしょうね。


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白楽天山会所の前で、室町通を北に向きました。
目の前に、白楽天山が立っています。
こちらは、太子山同様に「受験の神様」です。
まだ前掛や胴掛は付いていませんが、
中央に松の木がしっかり立っています。


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白楽天山から、室町通を北に向いています。
この辺りから北の室町通沿いに、露店が立ち並んできます。


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仏光寺通から、室町通を約100m北上しました。
目前に鶏鉾が立っていますが、先に手前の綾小路をうろうろします。


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室町通から、綾小路を東に向いています。
この辺りから約100m先まで4車線になるのは、
元々こちらに市バスの車庫があったからです。(今は工事中)
この辺りが一番露店が立つはずなのですが、
この時間帯(2017年7月16日正午前)は何もありません。


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今度は、室町通から綾小路を西に向きました。
こちらに、綾傘鉾が立っています。「綾小路の方の傘鉾」ですね。
(傘鉾は、他に四条通沿いにも立ちます)


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室町通から、綾小路を西に進みました。
これは「傘鉾」という形態で、他の「鉾」とは異なります。
(ですから、四条傘鉾と綾傘鉾は巡行行列のくじも別枠です)
その傘の形状も、葵祭の巡行行列に登場するものとよく似ています。


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綾傘鉾から、綾小路を西に向きました。
綾傘鉾からさらに西に、綾傘鉾の会所があります。


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こちらが綾傘鉾の会所です……と言いますか、
どう見ても八坂神社とは異なる神社です。
こちらは元々福知山市三和にいらっしゃる神社が
この地に勧請したものです。


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では、綾傘鉾会所でもある大原神社に入っていきます。
こちらが手水舎なのですが、見ての通り大入り満員です。


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順番待ちで手を浄めた後、境内末社の稲荷社に参拝します。
賽銭箱がないので、祠自体に10円玉を載せます。


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では、大原神社本殿にお参りします。
福知山市三和の大原神社は
御祭神が伊弉冉命(いざなみのみこと)で安産の神様なので、
おそらくこちらも同じはずです。
そして大原神社本殿の左(西)側が社務所で、
そちらが綾傘鉾の会所として機能しています。


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大原神社本殿の脇に、こちらが生けてありました。
祇園祭の象徴でもある檜扇(ひおうぎ)ですね。


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綾傘鉾会所には、こちらの手拭いが売られていました。
ここ数年、各山鉾町の会所でオリジナルの手拭いが売られています。
後祭鯉山のものが以前から人気がありましたが、
近年はどの町内もなかなか凝った手拭いを作っています。
個人的にはこの綾傘鉾と油天神山のものがお気に入りです。


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手拭いの奥に、こちらの仮面が置かれていました。
山鉾巡行のときに行われる棒振り踊りで、こちらを付けて踊ります。
ちなみに、奥の仮面は昔使われていたものです。
さらに奥に「牛頭天王」と書かれた掛け軸があります。
祇園祭を取り仕切る八坂神社のご祭神は
現在は素戔嗚尊(すさのおのみこと)ですが、
神仏分離令以前は牛頭天王でした。
牛頭天王は天然痘をまき散らす疫神(厄病神)で、
そもそも祇園祭はその天然痘除けのお祭りでした。


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その間に、こちらの模型がありました。
江戸時代の一時期(19世紀半ば)、綾傘鉾はこの形状でした。
以前の山鉾巡行TV中継でいずれはこの形状に戻る予定と
放送されていたのですが、
会所にいらした町衆に質問したところ、
「資金などの問題があり、なかなか厳しい」とのことでした。
(車輪一つだけでも、膨大な資金が必要だそうです)


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大原神社の前で、綾小路を東に向いています。
本当は綾小路にはさらに西に伯牙山と芦刈山が立っていますが、
全山鉾制覇の順路の関係で室町通に戻ります。


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綾傘鉾の東側で、室町通を東に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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綾傘鉾の前から、綾小路を東に約50m進みました。
ここで綾小路は、また室町通と交差します。
右(南)側に、オレンジ色のテントが見えます。
こちらは、自分が子供のころから続く遊技場です。
手前が射的で、奥がスマートボールです。
自分はここで何回も遊んで、スマートボールが得意になりました。


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綾小路から、室町通を北に向いています。
目の前に、先ほども出てきた鶏鉾が立っています。
こちらの胴掛はベルギー製のタペストリーで、
後祭の鯉山見送りと元は1枚の絵画でした。


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本当は鶏鉾の上に登りたかったのですが、
結構な人待ちが出ていて長蛇の列だったので、諦めました。
その鶏鉾の北側から、室町通を北に向いています。
次は、ずっと先に見える四条通を目指します。


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綾小路から四条通へ室町通を北上しています。
先述の通り、この辺りの露店が一番賑わいます。
ただ正午直前のこの時間は、まだまだ開店前でした。
(四条通以北や新町通の露店は、もう開店しています)
1軒だけヨーヨー釣りのお店が、開店……しているのでしょうか?


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鶏鉾から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、四条通と交差します。
四条通以北の室町通には菊水鉾と山伏山が立ちますが、
先に四条通以南の山鉾を回る予定なので、
ここからは四条通をうろうろします。


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室町通から、四条通を東に向いています。
向こうに遠景ですが、函谷鉾(かんこぼこ)が見えます。
中国の洛陽と長安の間にある函谷関が由来です。
こう書くと「三国志」あたりから取材しているみたいですが、
司馬遷の「史記」に出てくる鶏鳴狗盗から取材しています。

本当はここで函谷鉾に寄ればよかったのですが、
あとで長刀鉾に寄るついでにこちらに来ようと
この瞬間は思っていました。
(それが事実上不可能なのは、この後で実感しました)


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今度は室町通から、四条通を西に向きました。
こちらに、月鉾が立っています。
次はこちらに進むのですが、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、伯牙山会所の奈良屋杉本家にお邪魔します~

続きを読む

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第496回 伯牙山杉本家住宅~前祭宵山散策2017~その3

[杉本家住宅] ブログ村キーワード
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室町通から、四条通を西に向いています。
目の前に、月鉾が立っていますね。
今回は新町通から南下した後、綾小路で少しだけ西に進みます。
撮影日は、2017年7月16日日曜日宵山の正午。
この時点は、カンカン照りでした。
また、今回もクリックした写真が全て拡大されます。


496-2.jpg
さて、こちらが月鉾です。
祇園祭の山鉾の中でも、最大級の鉾ですね。
こちらは、月の化身の月読命(つくよみのみこと)がご祭神です。
当初はここを登ろうかとも思っていたのですが、
そこは屈指の人気の鉾です。
この人出を見て、今年(2017年)は登るのを諦めました。


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月鉾の西側から、四条通を西に向いています。
ここで四条通は、新町通と交差します。


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新町通から、四条通を西に向いています。
ずっと先に、郭巨山が見えますね。
四条通には、さらに西洞院通の西に四条傘鉾も立ちます。
ただ、そちらには今回よりずっと後のブログで回ります。


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今度は四条通から、新町通を北に向きました。
目の前に、放下鉾が立っています。
ただ今回は先に四条通以南の山鉾を回りますので、
こちらには四条傘鉾や郭巨山の後に向かいます。


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四条通から、新町通を南に向いています。
露店が立たない四条通とは、新町通の様子は全く違いますね。
では、こちらを進んでいきます。


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四条通から、新町通を南下しています。
この辺りは京都市下京区四条町なのですが、
後祭には大船鉾が立ちます。
ただ前祭は、大船鉾が立ちません。
そのため、四条町の大船鉾の会所はこの時点ではこんな感じです。
(1週間後には逆になって、四条通以南は大船鉾だけ立ちます)


496-8.jpg
新町通は、高辻通から錦小路まで午前中から露店が立ちます。
こちらは、「アユの塩焼き」の露店ですね。
この位置に、毎年立っています。(第235回ブログ載っています)


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こちらの露店は、花見の季節なら八坂神社に
正月には伏見稲荷大社にも立ちます。
自分も、だんだん馴染みになってきています。
いつもなら日本酒片手に食べるのですが、
熱中症寸前でそれは危険なので、これだけを頂きます。


496-10.jpg
約3分で、アユをまるまる食べました。
アユは身もおいしいですが、自分は頭部や腹部の内臓が好きです。
まぁ骨も普通に食べますので、最後はこうなります。
では、この串を露店に返して先を進みます。


496-11.jpg
その南側に、こちらの飲食店があります。
「料亭」ではないのですが、そこそこ高級なお店です。
ただ昼食はそこまでは高くはなく、
同行していたウチの母がちょっと興味を持っていました。
この後に行きたいお店があったので素通りしたのですが、
結果論としてはここに寄らなかったために昼食抜きになりました。


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四条通から、新町通を約100m南下しました。
ここで、綾小路と交差します。
向こうに船鉾が見えますが、そちらには次回ブログで回ります。


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新町通から、綾小路を東に向いています。
向こうに、前回ブログで回った綾傘鉾が見えますね。


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今度は、新町通から綾小路を西に向きました。
では、向こうに見える伯牙山に向かいます。


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新町通から、綾小路を西に約50m進みました。
こちらに、伯牙山が立っています。


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こちらが、伯牙山です。
こちらの山には、もう胴掛が付けられていますね。
この辺は、各山鉾で異なります。


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伯牙山の北側に、立派な京町家が建っています。
こちらが、伯牙山の会所です。


496-18.jpg
新調された胴掛や水引に囲まれて、
伯牙山のご神体がいらっしゃいます。
中国随一の箏の名手伯牙の木像のことです。
垂れ幕で見えませんが、親友の病死のため
伯牙は苦悶の表情で斧を持っています。


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そして、こちらが伯牙愛用の箏です。
故事によると、この直後に伯牙はこの箏を斧で壊します。
「親友と一緒に演奏できないなら、この箏を壊してしまおう」
という発想だそうです。


496-20.jpg
こちらの山は中国の故事から取材しているので、
胴掛や見送りも明や清のものが多いそうです。
また、それらの前に檜扇(ひおうぎ)が飾ってあります。
祇園祭を象徴する花ですね。


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伯牙山会所の東側にも、この京町家への入り口があります。
こちらは元々奈良屋という京都屈指の呉服問屋で、
現在はこちらを管理されている杉本家の住宅です。
(つまり、仕舞屋ですね)


496-22.jpg
杉本家住宅は重要文化財に指定されており、
屋内の写真撮影は一切禁止されています。
そのため、こちらの方に許可を得た上で
こちらで販売されていた絵葉書を撮影しています。
(「これは絵葉書であって、屋内を直接撮影したものではない」
とブログ内に書き込むことが許可を得る条件)
左側は、この家屋のはしりとおくどさん(つまり、台所)です。
実はこの日(2017年7月16日)に見たものとは、少し違います。
右側は、床の間に飾ってある伯牙山の掛け軸と箏ですね。

実は、この写真は新しいカメラで撮った写真の初披露です。
一見すると変わらないのですが、画素数が全然違います。
写真をクリックすると、その違いがよくわかります。


496-23.jpg
杉本家の絵葉書は、もう1枚あります。
(こちらも、新しいカメラで撮りました)
床の間にあった鴨を描いた屏風ですね。

この辺りはどんどん焼けで全焼しており、
(祇園祭の山鉾の大半も、この時焼失)
こちらはその直後に建てられたものと考えられます。
(つまり築150年くらい。京町家は大体そのくらいに建っています)
大正時代にご令嬢のためにピアノを購入されて、
それに伴い1カ所だけ改築されたそうですが、
それ以外は建築当時のままというのは相当保存状態が良いですね。
敷石に打ち水をしただけで涼が摂れるというのは、
それだけ整備と掃除がきちんと行き届いている証です。
ここは居心地が良いので、ついつい長居してしまいます。


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奈良屋杉本家住宅の前で、綾小路を東に向きました。
では、新町通に戻ります。


496-25.jpg
奈良屋杉本家住宅の前から、綾小路を東に約50m進みました。
また、新町通に戻ってきました。


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綾小路から、新町通を南に向いています。
目の前に、船鉾が立っています。
次はあちらに向かいますが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、船鉾の上に登ります~

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第497回 船鉾に登る~前祭宵山散策2017~その4

[船鉾] ブログ村キーワード
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綾小路から、新町通を南に向いています。
今回は新町通をそのまま南下し、船鉾と岩戸山に向かいます。
撮影日は、2017年7月16日前祭宵山の日曜日午後1時。
この辺りから、少しずつ晴れ間が減ってきます。
また、今回もクリックしたすべての写真が拡大されます。


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綾小路から、新町通を南下しています。
こちらのお店は、毎年宵山になるとグラスワインを店頭販売します。
後祭は露店禁止なので、コンビニエンスストアや飲食店が
自分の敷地内で露店を開いていることが多いのですが、
前祭でも新町通中心にこういうお店が何軒かあります。


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こちらは、そのワインのお店の南隣です。
花屋さんなのですが、祇園祭の象徴でもある檜扇が売られています。


497-4.jpg
花屋さんの前で、新町通を南に向いています。
では、いよいよ今回ブログのメイン船鉾に向かいます。


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こちらが、船鉾です。
神功皇后が朝鮮半島に出兵した際に乗った
「アマノトリフネ」を模した鉾です。
こちらは「くじ取らず」の前祭山鉾巡行の最後尾なのですが、
「出征」の象徴であるこの鉾をその位置に持ってくるのは、
何か呪術めいたものを感じます。


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船鉾の脇を通り抜けます。
こちらの鉾では、会所ではなく鉾に面した格子の中で
粽などの関連品の販売や御朱印を行います。
向こうに町家から鉾に向けて橋が架かっています。
あちらから、船鉾内部に入れます。
(あちらには、後から行きます)


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先に、船鉾の後ろに回りました。
船鉾は後祭に立つ大船鉾とはよく似ていますが、
いくつか相違点があります。(以下に列挙します)

☆ 舳(船鉾は「鷁」という水鳥で、大船鉾は「紙垂」か「龍神」)

☆ 胴掛(船鉾は横縞で、大船鉾は縦縞)

☆ 舵の色(船鉾は黒く、大船鉾は赤い)

詳しくは、こちらをクリックしてください。
大船鉾の船尾の写真が出てきます。


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こちらが船鉾の会所です。先ずは1F部分を覗きます。
外がごった返しているので、却って中は空いていました。


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会所の真ん中に、ご神体の木像がいらっしゃいます。
左より、龍神・鹿島明神・住吉明神です。
(住吉明神は、神功皇后の伝説にも出てきます)
鹿島明神は戦神ですが、他は海神ですね。
ちなみにこの右に神功皇后像がいらっしゃいますが、
そちらは撮影厳禁です。
そういえば、大船鉾も神功皇后像は撮影厳禁です。
神功皇后を祀っているもう一つの占出山は
特に何もおっしゃいませんでしたが、
写真撮影が難しい場所にいらっしゃいます。
また、こちらの神功皇后像はご尊顔を直接見ないようにするため
能面を被られた状態でいらっしゃいます。
まぁ後祭の鈴鹿山のご神体鈴鹿権現も能面姿ですが、
(女神という点が共通)
神功皇后は他のご神体と比べても特別視されている気がします。


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船鉾会所で、「上に登るのは、何分待ちですか?」と尋ねました。
「約30分です」という回答がありました。
1時間待ちを覚悟していたので、二つ返事で待つことにしました。
会所の南側の駐車場で、ちょっと待ちます。
背後(東側)に、「船鉾」と書かれた蔵があります。
たぶん船鉾は、普段はこちらに納められているのでしょうね。


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駐車場には、約15分いました。
再び会所に戻ると、そこで300円を支払いました。
すると、このチケットをもらいました。
2枚あるのは、自分と母の分です。


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こちらは、船鉾のご神体がいらっしゃった部屋の一つ奥です。
こちらは京町家なので、走り井(土間)がこの辺りまで来ています。
では、ここから靴を脱いで上がります。
周囲に比べてちょっと暗い場所なので、写真がボケました……


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先程の写真の奥から、この箱階段を上れます。
狭くて急な階段の先に、大きな部屋がありました。


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こちらがその大きな部屋です。ここで船鉾に登る順番を待ちます。
ここでの待ち時間が約30分と意外に長かったのですが、
結構快適な場所でしたので苦痛は無かったですね。


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ウチの母はこの間ベンチに座ってTVを視ていました。
(船鉾の巡行の様子が、映し出されていました)
一方、自分は窓際に座って外を眺めていました。
外から心地よい風が入るので、冷房は不要ですね。


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船鉾会所の2Fから、新町通を北に向いています。
今回ブログで、ここまで歩いてきた道ですね。
気のせいか、午後1時半を回って人が増えてきました。


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そのうち、船鉾に上がる方々の入れ替えが始まります。
自分も母ももう一つ後のグループなので、まだ中には入れません。
代わりに、船鉾の船尾をゆっくり見物です。
神棚の下の金細工や麒麟模様の水引も、普段なら気付きません。


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まだまだ船鉾に登るまで時間がありますので、
今度は船鉾の舳先に回り込みました。
ここなら、鷁(げき)の木像がはっきり見えます。
鷁とは古代中国の想像上の水鳥で、向かい風に強いとされています。
そのため、難破を避ける縁起物としてよく舳先に付けられました。


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自分たちよりも先発の方々の船鉾見物が終わったようです。
この時点で、2017年7月16日午後1時45分。
では、いよいよ船鉾に登ります。


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では、橋を渡って会所から船鉾に向かいます。
ゆっくり撮影したいので最後尾につけましたが、
周囲を撮る余裕はありませんでした。


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船鉾の内部は細長く4畳くらいの広さで、
そこに20人くらいが入りました。
(さすがに、他の方々は撮影できません)
こちらが、最後尾の神棚の内部です。
山鉾巡行の際は、こちらに神功皇后が入られます。


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先述の通り船鉾内部の周囲を撮れないので、天井を撮影しました。
昨年(2016年)は後祭で大船鉾に登りましたが、
復元間もないので天井はもっと簡素でした。
こちらは、金箔に様々な花の絵が描かれていますね。


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船鉾の上から、外を眺めています。
鉾の上は風通しが良いので、とにかく涼しいです。
こちらには、ガイドさん(たぶんバイトの学生)が解説をされる
約20分間いられました。


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船鉾に登られた方々が、会所に移動されています。
自分は最後まで残り、滅多に撮れない鷁の背後を撮りました。


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船鉾から、会所の2Fに戻ってきました。
もうこちらには次に船鉾を上る方と
さらに後から船鉾に登る方が待っておられます。
では、この箱階段を下りて船鉾の会所から出ます。


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船鉾から、新町通を南に向いています。
次は、ここを南下していきます。


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船鉾の前から、新町通を南下しています。
右(東)側に、醍醐正という呉服屋さんがあります。
確か丹後ちりめんや小千谷チジミなど
白地の絹織物を主に扱うお店だったと思います。
2012年2014年にも、こちらにお邪魔しました。


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今では前祭ではここを含めて数軒だけですが、
かつては祇園祭の度にこの辺の呉服屋さんは
どこも各店舗の家宝である屏風を飾っていました。
こちらは、まだその名残を残しています。


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金屏風には竹と筍が描かれています。
ただ、よく見ると何匹かカタツムリが描かれているそうです。
見事な屏風なので、祇園祭の隠れた名所になりつつあります。


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醍醐正の前で、新町通を南に向いています。
新町通は、目の前で仏光寺通と交差しています。
向こうに、前祭唯一の曳山岩戸山が見えます。
曳山とは、「鉾」のように大きな「山」のことです。
とは言え、あくまで「山」なので
こちらの上部には「鉾」ではなく松の木が立っています。



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仏光寺通から、新町通を南に向いています。
岩戸山の手前の呉服屋さんが、安売りセールをしていました。
店頭に並んでいる商品の処分市なのですが、
よくよく探すと結構「掘り出し物」があります。
母も、2012年にウチの店で使っている暖簾を買いました。
実は、これも祇園祭の隠れた名物です。


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その呉服屋さんの南隣に、岩戸山の会所があります。
次は、そちらを覗きます。


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駐車場らしき場所が、岩戸山の会所になっていました。
……ただその割には寂しく、ご神体の祠しかいらっしゃいません。


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その会所の南隣に、こちらの町家があります。
こちらも、岩戸山の会所のようです。
……確かに、会所があれだけということはないようです。


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こちらの会所には、見送りが飾られていました。
岩戸山には見送りが2枚あって、交互に使用されます。
(確か2017年の巡行は、左側のベネチアの方です)

岩戸山は、記紀の「天の岩戸」を表しています。
また、岩戸山は「くじ取らず」で船鉾の手前を毎年巡行します。
厄病神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)を追放する伝説を
その特別な位置に置くということに、
こちらも呪術めいたものを感じます。
(巡行の様子は、第326回ブログ参照)


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岩戸山の前で、新町通を南に向いています。
では、さらに南下していきます。


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岩戸山の南側に、京団扇製造販売の「福山」があります。
2012年にこちらで団扇を買いましたが、この日は閉まっていました。


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岩戸山から、新町通を約50m南下しました。
ここで、新町通は高辻通と交差します。
新町通は、この高辻通以南に山鉾が立ちません。
ですからここから高辻通をさらに西に進むのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、菅大臣神社経由で太子山に向かいます~

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第498回 木賊山の雨支度~前祭宵山散策2017~その5

[木賊山] ブログ村キーワード
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前回ブログでお邪魔した船鉾と岩戸山より新町通を南下して、
高辻通との交差点に来ました。
新町通には、高辻通以南に山鉾は立ちません。
ですから、今回は西に移動して油小路沿いの山鉾に向かいます。
撮影日は、2017年7月16日宵山の日曜日午後2時半。
そろそろ曇り空が、気になりだしました。
また、今回もクリックすると全ての写真が拡大されます。


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新町通から、高辻通を東に向いています。
向こうに見える信号の辺りが、
第494回ブログに出てきた「高辻室町」交差点です。
ただ、約2時間半前に通ったときと天候が全然違います。
日光が雲に遮られて、日影がありません。


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今度は、新町通から高辻通を西に向きました。
目の前のコンビニエンスストアで
2014年ソルティーライチを買いましたが、
この日(2017年7月16日)はもう売り切れていました。
その売り場だけ、ぽっかりと穴が開いたようでした。
結果論ですが、ここで買えなかったのが後々響いてきました……


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そのコンビニエンスストアの前で、高辻通を西に向いています。
この辺りの高辻通は坂道が急ですね。


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コンビニエンスストアの西隣に、半兵衛麩の建物があります。
たぶん倉庫とか配送センターとか、卸売の施設です。
そちらの玄関に、洛中洛外図屏風が飾ってあります。
かつては「祇園祭の屏風と言えば」と言われるくらい、
祇園祭となるとこの辺の企業の大半が飾ったものですが、
今は多分ここだけになっていると思います。


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その建物の前で、高辻通を西に向きました。
目の前の横断歩道から南に、若宮通が伸びています。


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その若宮通が高辻通で突き当たった先(北)に、
こちらの神社がいらっしゃいます。
こちらは昨年(2016年)に桜見物をした菅大臣神社です。


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高辻通から、菅大臣神社境内を北上しています。
若宮通を延長するように、この道は神社北端の仏光寺通まで
境内を南北に貫いています。
また、高辻通沿いと仏光寺通沿いにいくつか住宅が並んでいます。


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高辻通から、菅大臣神社境内を約50m北上しました。
ここで境内は、少し広くなります。


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菅大臣神社境内は、若宮通を北に延長した南北の道と
西洞院通から東西に伸びる道で構成されています。
その2本が交わるT字路に、手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。


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続いて、こちらの境内末社の稲荷社にお参りです。
こちらには、常に数人の参拝者が来られていました。


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その位置で、東を向きました。
この神社は桜並木で有名なのですが、
祇園祭のこの時期はその全てが葉桜です。
続いてこの鳥居をくぐり、菅大臣神社本殿に向かいます。


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菅大臣神社本殿の脇にも、境内末社の祠が並びます。
左(東)側が火之御子社で、右(西)側が白太夫社です。
この辺りは、小さな梅の木が並んでいます。


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その向かい(北)側にも、境内末社が並びます。
左(西)側が福部社で、右(東)側が老松社です。
こちらは、北野天満宮本殿前と同じ配置です。


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菅大臣神社本殿で、手を合わせます。
こちらには、第390回ブログ以来ですね。
こちらのご祭神は、菅原道真です。
右大臣まで上り詰めた菅原道真は、
京都市街地にいくつも邸宅や別邸を所有していました。
平安時代中期以降、その屋敷跡が悉く「天満宮」となりました。
それらのうちの1社がこちらであり、北野天満宮です。


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菅大臣神社本殿本殿に背を向け、西を向ています。
ここから西洞院通まで、葉桜並木が続いています。


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菅大臣神社本殿前の鳥居をくぐり、南に向いています。
では、ここを進み高辻通に戻ります。


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菅大臣神社境内を南下して高辻通まで戻り、
その位置で西を向きました。
では、ここからまた高辻通を西に進みます。


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菅大臣神社の前から、高辻通を西に約50m進みました。
ここで、高辻通は西洞院通と交差します。
だんだん雨が降りそうになってきました。
実はここを通る途中に美味しい餃子屋さんがあって、
そこで雨宿りを兼ねて昼食と休憩を摂ろうとしたのですが、
この時間帯は閉まっていて中に入れませんでした。
……とは言え、今にも雨が降りそうです。
(しかも、豪雨の予感……)
この先そういう飲食店は、四条通までありません。
そこで急ごうとしたのが、そもそもの間違いでした……
(詳細は、次回ブログで)


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西洞院通から、高辻通を西に向いています。
今まで高辻通は急な下り坂だったのですが、
西洞院通以西は急な上り坂に変わります。
これは平安京遷都当時の8世紀末、
西洞院通が河川だった名残です。


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西洞院通から、高辻通を西に約20m進みました。
こちらは、道元禅師の示寂(入滅。死亡)の地を表す石碑です。
1253年、道元禅師はこの地で病死しました。


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西洞院通から、高辻通を西に約50m進みました。
ここでまた高辻通は、小路と交差します。


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高辻通から、その小路を北に向いています。
この小路は、東中筋です。
七条通より約100m南にある木津屋橋通から北に伸び、
高辻通~仏光寺通間だけ「石畳の路地」に変貌します。
絶好の撮影ポイントなので、そのうち特集したいです。


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東中筋から高辻通を約50m西に進みました。
ここで高辻通は、油小路と交差します。


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油小路から、高辻通を西に向いています。
約100m先に、「高辻堀川」交差点が見えます。
ただ、ここから西はもう「山鉾町」ではなくなります。


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高辻通から、油小路を北に向いています。
提灯に書いてある通り、この先に太子山が立ちます。
油小路は他の山鉾町とちょっと分離しているので、
参拝者が他の場所よりも少なくなります。
そのため、自動車なども普通に通っています。
この辺りはとても牧歌的なので、自分のお気に入りの場所です。


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高辻通から、油小路を北上しています。
この辺りに、京都府綴喜郡宇治田原町のテントが出ていました。
北隣の宇治市同様、宇治茶の産地ですね。


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宇治田原町のテントでは、冷茶の無料配布を行っていました。
前述のように宇治田原町も宇治茶の産地なのですが、
宇治市ほどの知名度がありません。
そこでこうやって、宇治田原町のPRをされています。
なかなかまろやかで、甘いお茶でした。


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その北側に太子山が立っています。聖徳太子の「太子」ですね。
通常「山」には松を立てるのですが、
太子山だけ例外として杉を立てます。
またこちらは「学問の神様」として認知されており、
「山」の周囲の格子には「合格祈願」の絵馬が吊るされていました。

太子山の北側に、杉の木の丸太で作ったベンチがあります。
こちらに座ると知恵が付くという御利益があるのですが、
この瞬間は誰も座っていません。
実は、この時点で大粒の雨が降ってきました。


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こちらは、太子山会所脇にあった荷茶屋(にないじゃや)です。
山鉾巡行に必要な物などが入っており、
山鉾と一緒に巡行します。
2014年は会所内を撮った写真を載せましたが、
今年(2017年)は町衆の方が「あまり写真を撮るのは……」と
お茶を濁すようなことをおっしゃっていたので、
内部の写真は撮っていません。
(ウチのブログは、不許可のものは撮らないようにしています。
まぁ、当たり前のことなのですが……)


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太子山の北側から、油小路を北に向いています。
目の前に見える仏光寺通の先に、油天神山が見えます。
ただ、取りあえずその前に仏光寺通沿いの山を優先します。


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油小路から、仏光寺通を西に向いています。
仏光寺通は、約100m先で堀川通と交差します。
また先述の通り、ここから西にはもう山鉾は立ちません。


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今度は油小路から、仏光寺通を東に向きました。
だいぶ雨も本降りになってきましたね。
向こうに、仏光寺通沿い唯一の山である木賊山が見えます。


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こちらが、木賊山(とくさやま)です。
ここより1本北の綾小路沿いには第495回ブログに出てきた綾傘鉾、
第496回ブログに出てきた伯牙山
次回ブログに出てくる芦刈山と3基も立つのですが、
仏光寺通沿いにはこの1基しか立ちません。


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木賊山に、たくさんの町衆が大慌てで張り付かれています。
突然の大雨に、胴掛や水引を大急ぎで撤収されています。
この後胴掛や水引にビニールシートを巻いて
こちらの山に取り付け直されます。


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木賊山の前から仏光寺通を西に戻ると、木賊山の会所があります。
こちらは、普段は開業医のようです。


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こちらが、木賊山会所の内部の様子です。
この奥に、ご神体の老人像がいらっしゃいます。
こちらの前掛けや見送りは、2014年新調されました。

木賊(とくさ)とはシダ類の植物で、漢方薬にも使われます。
京都では、よく町家の庭木に使われます。
その木賊を採って生計を立てていた老人のお話が
この木賊山の題材です。


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木賊山会所の前で、仏光寺通を西に向きました。
では、油小路に戻ります。


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木賊山会所の前から西に進み、油小路で北を向きました。
ここからでも、油天神山が見えますね。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は……その油天神山の会所前でデジタルカメラが壊れて、
約2時間後に撮影再開した様子を掲載します~

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第499回 油天神山で…… ~前祭宵山散策2017~その6

[油天神山] ブログ村キーワード
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仏光寺通から、油小路を北に向いています。
この先に、油天神山が立っていますね。
この辺りは祇園祭の山鉾町で一番牧歌的で
自分の一番のお気に入りの地帯なのですが、
雨粒が大きくなってきたので、先を急いでいます。
それが、そもそもの間違いだったのですが……
撮影日は、2017年7月16日宵山の日曜日午後3時。
今回もクリックした写真は、全て拡大されます。


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仏光寺通から、油小路を少し北上しました。
こちらに、油天神山が立ちます。
後述の理由で、「天神さん」でも火災除けの御利益があります。
雨粒がだいぶ大きくなってきているので、
胴掛や水引が片付けられています。
この北側に天神社が祀られているのですが、
そちらがそのまま祇園祭の「山」になりました。


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油天神山化の前で、油小路を北に向きました。
では、向こうに見える油天神山の会所に向かいます。


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こちらが、油天神山の会所です。
ご神体の祠は前祭期間中神社からこちらに移されており、
その周囲には前掛や見送りも展示されています。
また、こちらで売られている手拭いがなかなか格好いいので
昨年(2016年)買いました。

ただ、こちらがキャノン製Power shot 500というデジカメで撮った
最後の写真となりました……


油天神山の会所前から、油小路を北にカメラを向けたときです。
突然ふらついて、そのデジタルカメラが手から零れ落ちました。
朝から第496回ブログアユを食べた以外
この日(2017年7月16日)は何も飲食していませんでした。
さらに雨宿り先を探して慌てていましたし、
そういうことが重なってこのような事態になりました。

カメラのレンズがカメラ内部に戻らなくなり、
カメラが全く作動しなくなりました。
取りあえず油天神山の会所の向かいで雨宿りをしました。
(約30分の豪雨でした)
すると、その様子をご覧になられた会所にいらした町衆の一人が
こちらにやって来られて、傘を1本貸して頂けました。
それでその場を動けるようになり、カメラの修理先を探しました。
ところが、カメラ屋さん(家電量販店)はこの辺になく、
いったん四条通に出てそのまま寺町通まで歩いていきました。
結局寺町通から四条通を南に折れ、
その先のエディオンまで行きました。

そこでカメラを見てもらったところ
どうも重篤な故障らしくすぐには直らないことが分かりました。
そこでその場でカメラを新しく買って、元に戻りました。


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ですから、これ以降は同じくキャノン製のIXY650で
撮った写真を掲載します。

寺町通から四条通を油小路まで歩いて、さらに南に100m。
(油天神山の会所から、約50m北の地点です)
こちらが「綾小路油小路」の辻にいらっしゃる火尊天満宮です。
この時点で、2017年7月16日宵山の日曜日午後4時45分。
本来なら傘を油天神山会所に返すべきですが、
まだ雨が降っているのでもう少し借りていきます。
何事もなければもう撮影が終わっている時間ですが、
ここからブログ取材を再開します。

元々、こちらには火災除けの神様愛宕権現が祀られていました。
ところが、江戸時代にこの辺りの大地主である風早氏が
菅原道真の木像を持ち込み、こちらを天満宮に変えました。
それが、この神社の沿革です。

また、こちらの祠が油天神山のご神体です。
小さな神社がそのまま山鉾になるのは、
後祭八幡山、次回ブログで出てくる霰天神山
合計3基いらっしゃいます。


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綾小路から油小路を北に向いています。
豪雨のあった約2時間で、道の様子は一変しています。
目の前のレンガ造りの建物は、「美髪館」という理髪店です。
予約しないといけないほどの人気店ですが、
この京都市下京区風早町と隣の木賊山町には
たくさんの理髪店が集中しています。


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油小路から、綾小路を東に向いています。
向こうに、芦刈山が見えますね。次は、そちらに向かいます。


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油小路から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらに、芦刈山の会所があります。


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芦刈山会所内部の様子を撮りました。
御簾の向こうに、ご神体の芦刈の老人がいらっしゃいます。
貧乏が原因で離縁した芦刈を営む老人が、
再会した元妻と由りを戻して再婚した話が題材です。
そのため、こちらは「夫婦円満」「縁結び」のご利益があります。


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芦刈山会所の東側に、芦刈山が立っています。
こちらの前掛はとても立派なのですが、
この雨では全て片付けられています。


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芦刈山の前から、綾小路を東に約50m進みました。
ここで、綾小路は西洞院通と交差しています。
向こう(東)に見えるのは、第496回ブログに出てきた伯牙山です。
本当はこの辺りに檜扇と屏風を出す町家があったのですが、
今回は事情により素通りしています。

この写真を撮っているIXY560は買って間もないので、
バッテリーに残る電流量が僅かです。
おそらく、最後の長刀鉾までもちそうにもありません。
少しでも先まで写真を撮りたいので、
ここから先は周囲の様子などをなるべく撮りません。


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綾小路から、西洞院通を南に向いています。
向こうに見える薮が、前回ブログに出てきた菅大臣神社です。
(本当は藪ではなく、葉桜並木です)


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今度は綾小路から、西洞院通を北に向きました。
では、ここから約100m先にある四条通を目指します。


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綾小路から、西洞院通を約100m北上しました。
こちらは、「四条西洞院」交差点です。


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西洞院通から、四条通を西に向いています。
「四条西洞院」交差点から約20m先に、四条傘鉾が立っています。


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「四条西洞院」交差点から横断歩道を渡り、
四条通北側歩道に来ました。
では、西洞院通から、四条通北側歩道を西に向かいます。


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西洞院通から、四条通を約50m西に進みました。
こちらに、四条傘鉾が立っています。
第495回ブログに出てきた綾傘鉾よりも小振りですね。
祇園祭で山鉾巡行が行われ始めたのは室町時代中期ですが、
このような「傘鉾」はそれ以前の平安時代にあったようです。
(そもそも最初は、神輿渡御だけ行われていました)
こちらも山鉾巡行の際に棒振り踊りが行われますが、
綾傘鉾とは由来も踊りも異なります。


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四条傘鉾の前で、四条通を東に向いています。
右側に提灯の付いた細長い台車がありますが、
夜になるとこちらに打楽器を取り付けて、
こちらの町衆が祇園囃を演奏しながら
四条通を練り歩かれます。
では、「四条西洞院」交差点に戻ります。


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四条通から、西洞院通を北に向いています。
四条通以北の西洞院通は、ずっと自動車が通るものの
約100m先の錦小路まで露店が立ちます。
それは、こちらに山鉾の中で特に人気のある蟷螂山が立つからです。


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四条通から、西洞院通を約30m北上しました。
こちらに、2014年には無かった蟷螂山会所が復活していました。


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マンションの集会所が、蟷螂山の会所になっています。
胴掛・水引の奥に「祇園三社」と書かれたのが、ご神体です。


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蟷螂山会所の前で、西洞院通を北に向いています。
あちらに、蟷螂山が見えますね。では、そちらに向かいます。


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こちらが、蟷螂山(かまきりやま)です。
担ぎ山の上に、カマキリが載った牛車があります。


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牛車に乗ったカマキリをアップで撮りました。
こちらは繊細なからくり人形なので、
雨水に濡れないように厳重に雨除けシートが張られています。
この時点で宵山(2017年7月16日)の夕方なので、
もし晴れていれば祇園囃に合わせて
こちらのカマキリが踊っていたはずです。
カマキリのからくり人形は、前足・頭・羽が動きます。
こちらが動く様子は、昨年(2016年)の山鉾巡行を取材した
第409回ブログを参考にしてください。


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蟷螂山の北側に、長蛇の列ができていました。
よく見ると、カップルと子連れのお母さんが大半です。


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西洞院通の反対(東)側に回り込んで、
長蛇の列の先頭を撮影しました。
こちらにも、小さなカマキリのからくり人形がいます。


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こちらは、2014年から行われている「カマキリみくじ」です。
400円支払うと、手前のハンドルを回すことができます。
するとカマキリのからくり人形が動き出し、
向こうの赤い箱から落ちてくるカラーボールを受け取り、
こちらに戻ってきます。
そのカマキリが持つカラーボールを開けると、
中からおみくじが出てくる仕掛けです。
初回の2014年の時点で相当人気があったのですが、
今年(2017年)はさらに行列が長くなっていました。


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その「カマキリみくじ」の東側に、
蟷螂山の前掛けと見送りが展示されていました。
本当はこの下に金細工の小さなカマキリ像もあったのですが、
格子が邪魔で上手く撮れませんでした。
こちらも、蟷螂山の会所があったマンションの一角です。
この辺りはマンションを新築しても、
このような施設を作ることが前提になっているのが面白いですね。


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蟷螂山から、西洞院通を南に向いています。
では、またまた「四条西洞院」」交差点に戻ります。


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「四条西洞院」交差点北東角から、南を向いています。
では、この横断法堂を渡り交差点の南東角に移動します。
ちなみに、向こうに見える「若菜屋」さんは老舗の和菓子店です。
祇園祭前祭期間中はこの時期限定で、
みたらし団子やわらび餅を販売しています。


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西洞院通から、四条通を東に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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西洞院通から、四条通を約50m東に進みました。
こちらに、郭巨山の会所がありました。


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郭巨山会所に昨年(2016年)に買った粽を返し、
今年(2017年)もまた粽を買いました。
この取材を始めた2012年以来、毎年ここで粽を買っています。


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こちらが、その郭巨山の粽です。
こちらの御利益である金運を表す小判が添えられてあるのが、
この山の粽の特徴です。
ウチの母が経営するお店に、今年(2017年)も飾りました。


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四条通の北側歩道に、郭巨山が立っています。
こちらも、郭巨という中国人がご神体になっています。
こちらはビニールシートをしっかり巻いてあるので、
豪雨の中でも胴掛と水引はそのままですね。


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郭巨山会所の前で、四条通を東に向いています。
では、向こうに見える信号の辺りまで歩いていきます。


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郭巨山会所から四条通を東に約50m進みました。
第496回ブログ以来の「四条新町」交差点に戻ってきました。
その回では向こう(東)側に見える月鉾経由で、
新町通を右(南)に折れ伯牙山を訪れました。
これで、祇園祭前祭の山鉾は約8割制覇しました。


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四条通から、新町通を北に向いています。
向こうに、放下鉾の提灯が見えますね。
あとは錦小路周辺と長刀鉾を訪れたら、
祇園祭前祭全山鉾制覇です。
ただもうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は放下鉾脇でハモバーガーを頂き、
霰天神山の粽を買いに行くのですが……
実はここからまたトラブルが発生しました~

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第500回 霰天神山の粽~前祭宵山散策2017~その7

[霰天神山] ブログ村キーワード
499-38.jpg
四条通から、新町通を北に向いています。
まだ午後5時前なので四条通も自動車が通っていますが、
正午ごろよりも参拝者が倍以上になってきました。
今回は放下鉾脇でハモバーガーを頂いた後、
霰天神山で隣の小母さんに頼まれていた粽を買います。
撮影日は、2017年7月16日宵山の日曜日午後4時55分。
とにかく、カメラのバッテリーの残量との戦いです。


500-2.jpg
四条通から、新町通を北上しています。
この辺りで、「京都市下京区」から「京都市中京区」になります。
だんだん雨が止んできて、傘を差す人が減ってきます。
そうこうしていいるうちに、目の前に放下鉾が現れました。


500-3.jpg
四条通から、新町通を約50m北上しました。
こちらに、放下鉾が立ちます。
「放下」とは要するに芸能をする修行僧のことですが、
(南京玉すだれなどを行っていたようです)
どのような謂れでこの鉾ができたのか、詳細は知りません。
確かご神体は、その放下僧の木像です。


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先程の写真に伏見の銘酒黄桜の露店が出ていましたが、
その北隣に「いち」という割烹料理屋さんがあります。
その割烹料理屋さんは、祇園祭になると店頭に露店を出します。
こういうお店の大半は前祭か後祭のどちらかに店を出しますが、
こちらはその両方に露店を出します。
昨年(2016年)は後祭中にこちらにお邪魔しました。
こちらの女将さんがそのことを覚えていらして、
「あら、1年ぶり」と言っていただけました。


500-5.jpg
こちらの「いち」さんでは、このハモバーガーを売っています。
バンズ(パン)の間に、レタス、トマト、鱧カツが入っています。
鱧カツには、梅肉が入ったタルタルソースが掛かっています。
このタルタルソースがお気に入りなので、
こちらには毎年お邪魔しています。


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放下鉾の前で、新町池通を北に向いています。
では、このまま新町通を北上します。


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四条通から新町通を約100m北上すると、錦小路と交差します。
後祭には錦小路以北の新町通沿いに南観音山が立ちますが、
前祭のこの時期は完全な平常運転です。
つまり、現時点で新町通以西の全ての山鉾を回ったことになります。


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新町通から、錦小路を東に向いています。
では、こちらから霰天神山を目指します。


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新町通から、錦小路を東に進んでいます。
もう完全に雨が止んで、少しずつ日差しが戻ってきました。
だんだんと夕方になるにつれ、人が増えてきました。
この辺りはイタリア料理や中華料理の露店が多く、
それを目当てにこの辺りに来られる方々も多いようです。


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特に霰天神山会所の西隣にある中華料理屋さんの露店は、
最早この祇園祭自体の名物になりつつあります。
こちらでは浸みだれ肉まんが売られるのですが、
人気がありすぎて行列が蜷局を巻いています。
おそらく、1時間は待たないといけないでしょうね。
結局今年(2017年)も買えませんでした……


500-11.jpg
浸みだれ肉まんの露店の東隣に、霰天神山会所への路地があります。
……しかし、浸みだれ肉まんの行列がここまで伸びていますね。


500-12.jpg
霰天神山会所に続く路地も、行列ができていました。
ただ、この列は御朱印を求めるもので、
もしそれを求めないなら真っすぐ会所まで行けます。


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路地の先が広くなっていて、そちらに霰天神山の会所があります。
前回ブログ油天神山と同様、小さな神社の祠がご神体です。

実はウチを出るとき隣の小母さんと偶然会いまして、
その方は今年(2017年)は用事があってこちらに来られず、
毎年買われていた霰天神山の粽を諦めておられました。
そこで、代わりにこちらの粽を買って帰ることを約束しました。
……のですが、こちらの粽はとても人気があって
販売開始直後に売り切れてしまいます。
この時点で、もちろん売り切れていました。

ところが、よくよく予定表を見ると午後6時から
再びこちらで粽が売られることが書いてあります。
そこで、ここから約45分待つことにしました。

そのことを同行していたウチの母に伝えたところ、
「もう疲れたし、帰る」
そう言ってきたので、ここで別れました。
ちなみに、ウチの母はこの後油天神山会所に戻って
借りていた雨傘を返したそうです。
(詳細は、前回ブログで


500-14.jpg
こちらが、霰天神山(あられてんじんやま)の粽とお札です。
この辺りが大火で焼け出されたとき、
こちらにいらしたこの「天神さん」の周囲に季節外れの霰が降り、
火事が沈下したという言い伝えが残っています。
ですから、こちらは「天神さん」でも火災除けのご利益があります。
ちなみに、ウチやウチの近所ではこちらの霰天神か
愛宕神社のお札を台所に貼る風習があります。
こちらのお札は2枚買って、うち1枚は今もウチに貼ってあります。

帰宅後(2017年7月16日午後9時)ウチの隣に行くと、
「今年も、火除けの粽とお札が手に入った」
と小母さんも喜んでおられました。


500-15.jpg
霰天神山会所に続く路地の前で、錦小路を東に向いています。
錦小路は目の前で室町通と交差しているのですが、
人間で交通渋滞が起きていました。


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こちらが、その「錦室町」の辻です。はっきり言って、大渋滞です。
室町通を左(北)に行くと山伏山で、右(南)なら菊水鉾です。
正面の占出山には、次回ブログでお邪魔します。


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錦小路から、室町通を南に向いています。
向こうに、菊水鉾が見えますね。
この近くにあった「菊水の井」という井戸が、こちらの由来です。
ただ、この時間帯から四条通~錦小路間の室町通は
北行き一方通行に変わります。
ですから、これ以上向こうには行けません。
(菊水鉾には、諸事情により次回ブログで再接近します)


500-18.jpg
今度は、錦小路から室町通を北に向きました。
では、向こうに見える山伏山に向かいます。


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錦小路から室町通を北上し、山伏山に近づいています。
露店も人も、道いっぱいに広がっています。
正午ごろと比べて、夕方になって「祭りらしく」なってきました。


500-20.jpg
先程の写真の先に、こちらの山伏山が立っていました。
ちなみに、こちらが祇園祭前祭最北端の山鉾です。
つまり、ここから北の室町通にもう山鉾はありません。
(後祭なら、この先に鯉山が立ちます)


500-21.jpg
山伏山の北側に、山伏山の会所があります。
この会所では1Fで粽などを販売し、2Fにご神体が安置されます。
(第494回ブログに出てきた保昌山会所と同じ構造ですね)
こちらのご神体は、平安時代に活躍された
浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)という山伏の木造です。
傾いた八坂の塔を念力で直したという伝説のある方ですが、
そのことから「天災除け」のご利益があるとされています。
そのせいか、こちらの町衆は
近年東日本大震災などの被災地とつながりを持たれています。


500-22.jpg
山伏山の前で、室町通を南に向いています。
今から、また「錦室町」の辻に戻って……
と思っていたら、ここでカメラのバッテリーが限界を迎えました。
要するに、またカメラが作動しなくなりました……
ここからコンセントがある場所を探し、
(新品なので、備品のすべてをこの時点で持っています)
充電後にまた続きを再開します。

今回は、ここまでです。

~次回で、まだ回っていないすべての山鉾を回ります。
つまり、次回が2017年祇園祭前祭宵山散策の最終回です~

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第501回 そして長刀鉾へ~前祭宵山散策2017~その8

前回ブログ終了時点の山伏山付近で、
デジタルカメラのバッテリーが空になり
もう写真が撮れない状態でした。
そこでいったん占出山の脇を通り抜け、烏丸通に出て
「四条烏丸」交差点北側でファーストフード店など
客席にコンセントが付いている店を探しました。

ところが、どのお店もそのようなものが付いておらず、
半ばあきらめて「四条烏丸」交差点に出て
函谷鉾近くを見上げると……ありました!
「四条烏丸」交差点北西角のLAQUEの2Fに
「スターバック」があって、客席でコンセントを発見しました!
先ずコンセントが付いている客席を確保して、
(そこが空くまで、ひたすら立って待っていました)
バッテリーを入れた充電器をコンセントに差し込んで、
注文の行列に並びました。
実は生まれて初めての「スターバック」でしたが、
柚子風味の炭酸飲料がおいしそうだったのでそれを頼み、
それを飲みつつさらに約30分充電し続けました。
さて、ここから「錦室町」の辻に戻り占出山に向かいます。

この時点で、2017年7月16日宵山の日曜日午後7時。
もうすぐ日暮れですので、慌てて残りの撮影を開始します。


501-1.jpg
LAQUEを出て、「四条烏丸」交差点を南に渡りました。
この時間帯(午後5時~翌0時)の四条通と烏丸通は、
人も自動車と同じ左側通行です。
烏丸通から四条通を西に歩いています。
北側を見ると、ちょうど目の前に
第495回ブログの終盤に出てきた函谷鉾が立っています。
(詳しい沿革も、そちらを参照してください)
もう夕方ということで、囃し方の皆さんが鉾に登り
「祇園囃」を演奏されていました。
実は各山鉾で「祇園囃」の調べが異なるのですが、
([担ぎ山」には、元々囃手がいらっしゃいません)
個人的にはこの函谷鉾の調べが一番お気に入りです。


501-2.jpg
烏丸通から四条通を西に約100m進み、
室町通で北を向きました。
前回ブログで近づくのを諦めていた菊水鉾が目の前に立っています。

菊水鉾は、この周辺にあった「菊水の井」という井戸が由来です。
祇園祭の他の多くの山鉾同様どんどん焼けで焼失し、
1952年に約88年ぶりに再興されました。
確かその辺りから、多くの山鉾が復活していった記憶があります。


501-3.jpg
菊水鉾に最接近したのですが、大きすぎて全体像が撮れません。
結局菊水鉾の車軸だけを撮りました……
「菊水」だけに、きちんと菊花紋ですね。
そういえば、こちらの鉾先も菊花の形をしていました。


501-4.jpg
菊水鉾の前を通り過ぎ、四条通から室町通を約100m北上しました。
こちらの「錦室町」の辻南西角にある呉服屋さんが、
この時期限定の大安売りをしていました。
祇園祭を支える氏子(町衆)の多くが呉服関係の会社なのですが、
これらのお店が祇園祭期間中に大安売りを行います。
これも、祇園祭の名物の一つです。


501-5.jpg
四条通から室町通を北上して「錦室町」の辻まで来ましたが、
通行規制のためこれ以上の北上ができません。
まぁ、もう前回ブログで山伏山を訪れたので
今回ブログの取材には支障はありません。
(面白いことに、錦小路から来た方々は北上してもよいそうです)


501-6.jpg
室町通から、錦小路を東に向いています。
では、この先に見える占出山に向かいます。


501-7.jpg
室町通から、錦小路を東に約70m進みました。
こちらに、占出山が立っています。
その西側で、こちらの和菓子が売られていました。


501-8.jpg
こちらが、その「吉兆あゆ」という和菓子です。
祇園祭前祭の期間限定で、この場所だけで販売されます。

戦の前に占って「戦勝祈願」するのは世界中よくあるのですが、
(たとえば、古代ローマは鶏が餌を食べる量で占いました)
古代の日本ではアユが釣れた量で占いました。
ですから、アユを漢字で「鮎」と書きます。
(これは、日本独自の習慣です。
ですから、中国語ではアユは「香魚」と書き
「鮎」という文字は鯰(ナマズ)を意味します)
この占出山は神功皇后が朝鮮半島の新羅に攻め込む前に行った
アユ釣りの占いを題材にしています。
ですから、こちらでアユを模った和菓子が売られています。


501-9.jpg
先程の竹皮をめくると、中からこちらが出てきました。
こちらは、個包装で6袋入りです。
袋から、製造元が大極殿本舗であることが分かります。


501-10.jpg
そして、個包装の袋から中を取り出しました。
こちらは、京菓子の一種「若鮎」(「鮎」とも言います)ですね。
カステラ生地をアユの型に入れて焼いたものです。
中に白餡が入っているものが多いのですが、
こちらには牛皮が入っていました。


501-11.jpg
では、占出山の南側から占出山の会所に入っていきます。
こちらは、元々神功皇后を祀った小さな神社です。
(ただし、普段は閉まっています)


501-12.jpg
その会所の柱に、こちらが貼り付けてありました。
2017年の前祭山一番は、この占出山でした。
そういえば、2014年もこちらが「山一番」でした。


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先程の輝度を通り抜けると、急に中が広くなります。
では、こちらの占出山会所を巡ります。


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こちらは、占出山を飾る胴掛と水引です。
水引に描かれた三十六歌仙が見事ですね。


501-15.jpg
その手前には、占出山の装飾品が並んでいます。
神具のアユの木像が、面白いですね。
その奥の手拭いは、こちらの会所で売られています。


501-16.jpg
占出山会所の一番奥に、見送りとこちらが展示されていました。
国宝三条宗近作「御太刀」です。
ほとんど現存しない三条宗近の作品のうちの一振りですね。
こちらは占出山が所有していますが、
さすがに山鉾巡行には帯同しません。


501-17.jpg
占出山会所で「御太刀」に背を向け、北を向きました。
道(東)側の社で、粽や手拭い、御朱印を求められます。
もう夕方なので、町内の小学生が集まって
「粽どうですかぁ~」のわらべ歌が始まっています。
社の奥に、こちらのご神体でいらっしゃる
神功皇后の木像が立っておられます。
船鉾大船鉾同様に、皇后は仮面を付けておられます。
こちらで特にご神体の撮影を咎められたことはないのですが、
ご神体は撮影が難しい角度にいらっしゃるので、
こちらも神功皇后の木像の撮影は事実上不可能です。
(祇園祭では、神功皇后像の撮影がどこも禁じられています)


501-18.jpg
占出山会所から錦小路に戻り、東を向きました。
では、ここから約30m先の烏丸通に出ます。


501-19.jpg
錦小路を東に進み、烏丸通に出ました。
……のですが、この人出です。
この2時間前(午後5時過ぎ)から、
自動車を通行止めにして車道に歩行者が溢れています。
祇園祭前祭では、この状態になって以降は左側一方通行です。
(自動車と同じ感覚ですね)
このままでは、この右(南)約20m先に立つ孟宗山には行けません。
とは言え、孟宗山以降の山鉾に行かない選択肢はありません。

そこで、目の前の警察官に質問しました。
「ここを突っ切って、錦小路の東側に行くことは可能ですか?」
すると、こちらの警察官が振り返ってこうおっしゃいました。
「可能は可能やけど……大変やで」
一応は許可(?)が下りたということで、
先ずは烏丸通を東側に横断します。


501-20.jpg
錦小路で烏丸通を東側に渡り、南を向きました。
やはり、結構もみくちゃになりました……
ここから約20m南下して、再び烏丸通の西側歩道へと戻ります。


501-21.jpg
人混みを突っ切って進むと、いろいろボロボロになります。
烏丸通を再び横断して、ようやく孟宗山の前に辿り着きました。
では、ウチのブログで初めて孟宗山会所に入っていきます。


501-22.jpg
とは言え、こちらには撮影抜きなら10回以上訪れたことがあります。
「孟宗」山だけに、会所の周囲は孟宗竹に囲まれてます。


501-23.jpg
こちらが、孟宗山会所の様子です。
胴掛や見送りの前で、粽や手拭いが売られています。
この右手の奥にこちらのご神体がいらっしゃるのですが、
参拝者が多くて近付けませんでした。

こちらのご神体は、3世紀の中国にあった
呉という国で文官を務めた孟宗の木像です。
「三国志演義」で有名な陸遜の部下でした。
文官ということもあって、
その「三国志演義」では孟宗はほとんど登場しませんが、
「親孝行な人物」として中国を初め日本や韓国でも昔は有名でした。
この「孟宗山」は、その孟宗が一人で雪山に入り
母親の大好物の筍を採ったという故事にちなんでいます。
(これが日本に多く生えている「孟宗竹」という竹の名前の由来)
ちなみに、この孟宗は君主の孫権の命令に逆らい
母親の死後喪に服して戦に参戦しなかったそうです。
孫権は孟宗を処刑しようとしたのですが、
陸遜が身を挺して庇ったために
孟宗は謹慎処分だけで済みました。
ただ孫権と陸遜の死後、孟宗は呉の政治の中心となり
「乱世の能臣」として末期の呉を支えました。


501-24.jpg
最近の祇園祭各会所で売られている手拭いは
実に格好いいデザインが多いのですが、
こちらの孟宗山は特に「傑作ぞろい」です。
その中でも、この孟宗竹を模ったこちらに一目惚れして
即決で買ってしまいました。


501-25.jpg
こちらが、その手拭いの下半分です。
竹の脇の筍が、程よいバランスで描かれています。
手拭いは通常タオルとして使われますが、
自分は一種のタペストリーとして家の壁に貼り付けています。


501-26.jpg
孟宗山の会所から出て、またまた人波をかき分けて
烏丸通の西側から東側に渡り、南を向きました。
実は約2時間前の第499回ブログの途中で雨は止んでいるのですが、
雨傘を差されておられる方々が結構いらっしゃいます。
次は、ここを南下します。


501-27.jpg
先程の写真から、烏丸通を約80m南下しました。
ようやく「四条烏丸」交差点に辿り着きました。
普段は車窓からでしか見られないこの角度を
歩いて眺めるのは、祇園祭限定ですね。


501-28.jpg
烏丸通から、四条通を東に向きました。
向こうに、2017年祇園祭前祭宵山散策の最後の山鉾である
長刀鉾の雄姿が見えてきました。
ちなみに、こちらの鉾先に備え付けられている長刀の作者が
先程登場した三条宗近です。
こちらは、山鉾巡行中でも絶対に八坂神社に刃先が向かないように
考えて取り付けられています。


501-29.jpg
烏丸通から四条通を東に進み、だんだん長刀鉾に近づいています。
もう午後7時半を回りだいぶ薄暗くなってきて、
(たぶん日が沈んだ直後です)
こちらの長刀鉾からも祇園囃の調べが聞こえてきました。
さすがに山鉾巡行でないと生稚児さんは登っておられませんが、
それ以外は山鉾巡行の際と同じ状態のようですね。
こちらは、山鉾巡行の先頭を進む鉾です。
(第324回ブログを参照)
ですから、「魔」を切り裂く刃物が付いています。
元々山鉾巡行は神輿巡行の「露払い」の役割があるのですが、
特に先頭の長刀鉾は、さらに山鉾巡行の「露払い」という
役割が大きいのでしょうね。


501-30.jpg
長刀鉾の前を東へ通り過ぎ、
これで2017年の祇園祭前祭に立った全ての山鉾を取材しました。
あとは帰るだけなのですが……これだけの人混みでは
反対側の「四条烏丸」交差点には向かえません。
(そもそもこの辺は、歩行者一方通行です)
そろそろ東洞院通を通り過ぎますが、東進するしかありません。


501-31.jpg
そこで、「四条東洞院」交差点で歩道に上がりました。
そして、ここから高倉通近くを目指します。


501-32.jpg
すると、すぐに大丸百貨店が姿を現します。
こちらにいったん入って、ちょっと買い物をして
地下道経由で地下鉄烏丸線「四条」駅に辿り着きました。
そしてそこから京都駅に向かい、その後帰宅しました。

これで、2017年の祇園祭の連載記事を終わります。

~次回から、妙心寺や等持院など花園地区を散策します~

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
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「幼児連れで
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不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「京のお店 今日のお品」
緊急事態宣言後の
京都市街地で
コロナ騒動下でも
頑張っておられる
さまざまなお店と
その商品を
紹介して宣伝します。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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