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第591回 盆休みの京都タワー~京都駅から島原へ~その1

[京都タワー] ブログ村キーワード

前回ブログで、ようやく2018年祇園祭の連載が終わりました。
その後は、この時期の例年通り夏休み散策に出かけます。
まぁいろいろ考えたのですが、「京の夏の旅」企画に乗っかって
炎天下の島原に向かいます。
ただその前に西本願寺に立ち寄る予定にしたのですが、
それをするくらいならと京都駅から始めたいと思います。


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本当は徒歩圏内なのですが、
わざわざ奈良線「東福寺」駅から京都駅に来ました。
8番ホームから高架橋で塩小路へと移動し、
正面口改札から北に出ました。
今回は、目の前に見える京都タワーに登ります。
撮影日は、2018年8月13日月曜日午後1時47分。
ちょっと出発が遅れました。


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京都駅舎から出て、北を向いています。
駅舎北側に市バスターミナルがあって、さらに北が京都タワーです。
では、今からあちらのタワーの赤い楕円形の部分に行きます。


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京都駅北市バスターミナルの脇を歩いています。
この辺りは、206系市バスなど東大路方面の停留所です。
停留所の上の方から、ミストが降り注いでいます。
2018年は7月は体温(37℃)を越える日々が続きましたが、
8月に入って少し暑さが和らいできました。
それでも最高気温が35℃を越える日々が続いています。


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京都駅前で北に伸びる歩道は、市バスターミナルの東側を進み
約50m先の塩小路でいったん突き当たります。
その東側約10m先に、「塩小路烏丸」交差点があります。
こちらは、烏丸通編第216回ブログ
塩小路編第290回ブログに出てきましたね。
では信号が青に変わりましたので、
「塩小路烏丸」交差点で塩小路を渡っていきます。


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横断歩道の先に、京都タワーへの入り口があります。
そう言えば、数年ぶりにお化け屋敷が復活しています。


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先程の入り口を入ると、このように土産物屋さんが並びます。
昨年(2017年)の途中まではこちらは観光デパートだったのですが、
今はKYOTO TOWER SANDOとして生まれ変わりました。
まぁ観光客や修学旅行生対象の土産物屋街ということは
前と同じなのですが。


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KYOTO TOWER SANDOの1F西側が、京都タワーの切符売場です。
例年にない長い行列ですね。
実は、京都タワーそのものよりもお化け屋敷に人気がありました。


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こちらが、京都タワーのチケットです。
夏休みなので、TVのアニメ番組とのコラボ企画があるようです。


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先程の切符売り場の西側に、階上へのエレベーターがあります。
そちらに乗って扉が開きました。
KYOTO TOWER SANDOの階上に京都タワーホテルがありますが、
こちらはさらに階上の部分です。
先程の写真で写っていた蝋燭の赤い燭台の部分で、
京都タワーの最下層にもなります。
右側の行列はお化け屋敷の順番待ちで、
この時点で「40分待ち」の札が出ていました。


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お化け屋敷にいかない自分は、待ち時間0秒で
向かいのエレベーターに向かいます。
こちらから、京都タワーの上層に向かいます。


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エレベーターで京都タワーを約100m上昇しました。
エレベーターの扉が開き、いよいよ京都タワー展望台に向かいます。

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先ずは、京都タワー展望台の南側に向かいました。
あちらに、京都駅が見えます。
今回ブログ最初の地点を反対側から見ています。
ずっと南に烏丸通が伸びています。


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そのとき、名古屋方面から新幹線が入ってきました。
向こうに、大谷中学校・高等学校のグランドと校舎が見えますね。
(第221回ブログを参照)


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その北側の塩小路を撮っています。
鴨川の先にある手前の緑地は三十三間堂で、その奥が智積院です。


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写真中央に、清水寺が見えます。山奥にあるのが分かりますね。
(周囲が住宅地で、その場所にいると気づきませんが)
こちらの多宝塔はとても大きくて、
京都市街地からでもよく見えます。
(第405回ブログで五条通に架かる歩道橋などのことです)


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その北側を撮りました。霊山観音八坂の塔が見えますね。
左(北)の端に、知恩院が見切れて写っています。


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京都タワー展望台の北側に回ってきました。
烏丸通が、ずっと先まで伸びていますね。
目の前に大きく見える寺院は、東本願寺です。


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その西側を撮りました。
右(東)側の端で、東本願寺が見切れていますね。
写真中央は、これ以降の回で向かう西本願寺です。


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そして、京都タワー展望台の西側に回り込みました。
向こうに見える緑地が梅小路公園です。


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京都タワー展望台を1周しました。次は、この階段を降ります。
向こうに見えるのは、東本願寺ですね。


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京都タワー展望台は2層構造なのですが、その階下部分に来ました。
元来はここは何もないのですが、
この日(2018年8月13日)は結構混んでいました。
お化け屋敷開催の関係で階下の写真サービスがここに上がってきて、
それでこの人混みになったようです。


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京都タワー展望台階下部分に、こちらがありました。
京都タワーのゆるキャラたわわちゃんのガチャと
ジュースの自動販売機ですね。


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このあと島原まで歩くので、ここでちょっと休憩です。
こちらを飲む間、この辺で一休みしました。


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本当なら展望台の階下部分は東寺がよく見えるのですが、
写真サービスのパーティションで見えませんでした。
それで、このまま下に降りることにしました。
この下へは、このエレベーターで降ります。


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エレベーターが、京都タワーの下に降りてきました。
周囲は、まだお化け屋敷の順番待ちですね。


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ただ自分はお化け屋敷にいかないので、そのまま進みます。
すると、脇にこのような蝋人形がありました。
普段とはだいぶ仕様が違います。


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蝋人形のさらに先に進みます。
昨年(2017年)までなら、ここから
1F下のビアガーデンに続く階段に行けたのですが、
そこが今年(2018年)は封鎖されていました。
ですから、ここからそのまま1Fへとエレベーターで降ります。


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KYOTO TOWER SANDOの1Fに降りてきました。
向かい(南)側のエレベーターは、ビアガーデン専用のものです。
今年(2018年)は京都タワーとビアガーデンが完全に分かれています。


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先程の写真からKYOTO TOWER SANDOを通り抜け、
先ほど通った入り口前に来ました。
本当はその途中も撮影したのですが、
たくさんの人の顔を写したので廃棄します。


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KYOTO TOWER SANDOを出て、「塩小路烏丸」交差点にいます。
今、塩小路から烏丸通を北に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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塩小路から、烏丸通を約50m北上しました。
ここで烏丸通は、木津屋橋通と交差します。


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烏丸通から、木津屋橋通を西に向いています。
左(南)側にはマクドナルドがあって、
右(北)側は京都ヨドバシカメラですね。
では、ここからは近道でこちらに向かいます。


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烏丸通から、木津屋橋通を西に歩いています。
京都ヨドバシカメラの入り口は、
北側と先程の交差点付近にしかありません。
その代わり、ヨドバシカメラの南側と東側には飲食店が並びます。
さらに、この道の南側も京都タワービルの北側なので
そちら側にも様々な飲食店のテナントが入っています。
ですからこの辺は京都でも屈指の飲食店街なのですが、
その中でもヨドバシカメラ側にあるこちらは、特に名店ですね。
こちらのバーは、ヱビスビールの直営店です。
なかなかにおいしいお店ですが、ちょっと値段は高め設定です。
と言いましても、お金がないときは自分はビール2杯と
ポテトサラダだけで済ませますが、
それだけで飲食すればそんなに高いお店ではありません。


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ヱビスビールの2軒西には、HUBというスポーツバーがあります。
自分の大好物ギネスビールが美味しいお店なのですが、
野球中心でサッカーはまったく流してくれません。
2018年のW杯すら1試合も放映されませんでした。
その代わり、同じHUBのCOCON烏丸店はサッカー専門です。
京都サンガの試合をよく放映してくれるので、
そちらの常連になっています。
そのHUBの西側で京都ヨドバシカメラの店舗が途切れ、
別の道と交差します。


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烏丸通から木津屋橋通を約100m西進し、その辻で北を向きました。
この南北に伸びる小路は、特に名前がありません。
左(西)側に小さなお店が見えますがこちらは立ち呑み屋さんです。
京都にも何軒か立ち呑み屋さんありますが、
そのうちの何軒かはこの辺の小路や路地に集中します。
右(東)側は、先ほどの京都ヨドバシカメラです。
ヨドバシカメラの西側は、配送トラックが出入りする場所です。


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木津屋橋通から、その小路を約30m北上しました。
自分がYOHOO知恵袋でよく紹介している日本館が
向こうの辻に建っているのが見えます。
左(西)側は、約30年前から駐車場でした。
右(東)側は、ヨドバシカメラの西側ですね。


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その辺りで、今度は西に向きました。
(京都ヨドバシカメラを背にしています)
駐車場の間に道が西に伸びています。
実は、ここもこの駐車場より先(西)は飲食店街です。
さらに、こちらを進んでいきます。


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先程の道から西に進み、飲食店街に入ってきました。
その中でも、こちらも相当美味しい名店です。
「石庵」と書いて、「いっしゃん」と読みます。
中に入ると焼いた高温の石が差し出され、
その上に肉や魚を載せて焼いて食べるお店です。
個人的には、マグロは刺身よりしっかり焼いた方が好きです。
事実ここで焼いたときは、刺身よりも旨味が増していました。
また、ここのご飯は1人分ずつその場で炊いてくれます。
ここの釜の底のご飯のおこげは、絶品ですね。


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「石庵」の前で西を向きました。約100m先に新町通が見えます。
右(北)側に、URが経営する賃貸住宅が建っています。
その1Fに、第507回ブログで訪れたエビスクが
テナントとして入っています。
数年前までこの位置からでも入れたのですが、
そこは閉鎖されて西側からしか入れなくなりました。
(駐輪所になっている辺りから、以前は入れました)


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先程位置から約100m西に進みました。ここで新町通と交差します。
右(北)側のエビスクにはこちらから入ります。
今開店中のようで、ちょっと賑やかですね。
では、ここから新町通を北上して正面通で左折し
正面通から西本願寺に行きたいと思います。
ただ今回もだいぶ写真を貼り付けましたので、
ここまでとします。

~次回は、「ご縁町」経由で西本願寺に向かいます~

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第592回 西本願寺前ご縁まち~京都駅から島原へ~その2

[ご縁まち] ブログ村キーワード

西本願寺の東側正面通周辺を「ご縁まち」と言います。
元は西本願寺の寺領だった土地で、
現在も仏具店が立ち並ぶ独特な街並みが続きます。
「西本願寺を散策するなら、ここを通らないと」
そう考えて、今回の連載記事を京都駅からの始まりにしました。


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前回ブログで、京都タワーからその北側の小路をくねくね曲がり、
右(北)側に地域スーパーのエビスクが見える位置に来ました。
今回は目の前の新町通を北上し、
正面通経由で西本願寺の東側の門前町「ご縁まち」に向かいます。
撮影日は、2018年8月13日月曜日午後2時半。
曇りの多い日でしたが、この時間は晴れ間が出ました。


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先程の位置からそのまま新町通を出て、北を向きました。
右(東)側に、エビスクの「鮮魚」と書かれた電光掲示板が見えます。
では、この新町通を北上します。
(第507回ブログ後半とほぼ同じコースを歩みます)


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エビスクから、新町通を約20m北上しました。
こちらは507回ブログに出て来ましたが、何の花か分かりません。


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その花の前で、新町通を北に向きました。
目の前で、新町通は七条通と交差します。


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新町通から、七条通を東に向いています。
約200m先に、京都駅前ともいえる「七条烏丸」交差点があります。
この「七条新町交差点」を中心に、
東は向こうの「七条烏丸」交差点辺りまで
お酒を呑ます飲食店が建ち並んでいます。
この写真中央に見える京町屋も、全て飲食店です。
その中の一軒が、第508回ブログでも立ち寄った北側の茶花です。
一応お好み焼き屋さんですが、
京料理を中心にしたお惣菜を出すお店です。


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そして、新町通から七条通を西に向きました。
こちら側も、約100m先の西洞院との交差点まで呑み屋街です。
またこの辺りは築100年前後の洋館も多く、
写真中央の白い洋館は、文化庁登録有形文化財です。
その西側から、若宮通が北に伸びています。(第508回ブログを参照)


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では、「七条新町」交差点を北に渡ります。
いつの間にか、晴れ間が見えてきましたね。


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横断歩道を渡り、「七条新町」交差点北東角で西を向いています。
ここから新町通は、自動車がやっと1台通れる道幅になります。
(通常の京都の道幅ですね)
「七条新町」交差点北西角に京町家が並んでいますが、
手前が焼肉屋で、奥が海鮮居酒屋の「ニューエビスノ」です。
「ニューエビスノ」も、第508回ブログで立ち寄りました。
こちらは、マグロのカマ焼きが名物です。


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七条通から、新町通を北に向いています。
ここから、新町通界隈の雰囲気が変わりますね。
では、ここを北上します。


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七条通から、新町通を北上しています。
その辺りで東を向くと、駐車場の先に大きな寺院が見えます。
あちらは、東本願寺ですね。


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さらに、新町通を北上しています。
この辺りは、昔ながらの京町家が建ち並ぶ街並みです。


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その一角に、浄土真宗本願寺派覚林寺があります。
境内に取材すれば分かるのですが、詳しい沿革は現状分かりません。


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七条通から、新町通を約150m北上しました。
こちらにも、浄土真宗本願寺派妙覚寺があります。
東本願寺に接しているのでその塔頭寺院と思っていたのですが、
西本願寺の系列寺院のようです。
こちらは、ホームページを開設されています。
詳しくは、こちらをクリックしてください。


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明覚寺の前で、新町通を北に向いています。
約50m先に浄土真宗本願寺派金寳寺が建っていますが、
そこから左(西)へ正面通が伸びています。
正面通はたびたび途切れて、新町通から西に伸びています。


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浄土真宗本願寺派金寳寺の前で、新町通から西を向きました。
ここから西に伸びるこの道が、正面通です。
ずっと向こうに、西本願寺が見えています。
今度は、こちらを西に進みます。


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新町通から、正面通を西に歩いています。
こちらの青い町家は、ちょっと拘りのコーヒーを出すお店です。
だいぶ心惹かれましたが、急いでいるので先に進みます。


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新町通から、正面通を約50m西に進みました。
ここで正面通は、若宮通と交差します。
第509回ブログではこの左(南)側の若宮通から来てここで折れ、
正面通経由で西本願寺に向かいました。
今回も、ここからそのときと同じ道を辿ります。


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「正面若宮」の辻北西角の京町家に、こちらが置かれていました。
魔除けの鍾馗さんですね。京町家の屋根によく見かけます。


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若宮通から、正面通を西に向いています。
右(北)側に、小さな祠が見えていますね。


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こちらが、その蛭子(えびす)神社です。
とても小さな神社で、この裏は住宅地で神社ではありません。
では、こちらにお参りして先へ進みます。


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こちらは、蛭子神社の向かい(南)側です。
こちらは一見すると寺院なのですが、仏像の製作所です。


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その位置で、正面通を西に向きました。
ここで正面通は、西洞院通と交差します。


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正面通から、西洞院通を北に向いています。
明治時代京都駅から西洞院通経由で市電が開通したため、
西洞院通はちょっと道幅が広がります。


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西洞院通から、正面通を西に向いています。
右(北)側はかつての京都市立植柳小学校ですが、
京都市街地の人口減少で他の小学校同様廃校になりました。


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京都市立植柳小学校跡の向かい(南)側は、児童公園です。
たくさんの児童が遊んでいましたが、その辺りは撮れません。


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西洞院通から正面通を西に約50m進みました。
京都市立植柳小学校跡地の西側で、
正面通は東中筋と交差しています。


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その東中筋から、正面通を西に向いています。
「ご縁まち」が近くになり、西本願寺関連施設や仏具店が増えます。
左(南)側の洋館は西本願寺伝道院で、
浄土真宗本願寺派僧侶の修行・教化に利用されています。
元は1895年建造の浄土真宗本願寺派門徒専用の生命保険会社でした。
伊藤忠太が設計し、竹中工務店が建設しました。


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西本願寺伝道館が石柱に囲まれていて、
その上部に石像が付いています。
手前のものは象の像ですが、
その向こうはガーゴイルの像でしょうか?
ただ、いくつかは経年劣化で壊れています。


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こちらは、その西本願寺伝道院の向かい(北)側です。
仏具店が、何軒も並んでいますね。
この先で、正面通は油小路と交差します。
おそらくですが、もうこの辺りから西が
西本願寺の門前町の「ご縁まち」なのだと思います。


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油小路から、正面通を西に向いています。
ここから約30m先に、西本願寺の総門が見えますね。

ここから左(南)に約150mが、「七条油小路」交差点です。
その辺りが、油小路の変の現場です。
(伊東甲子太郎暗殺現場は、もう少し南の油小路木津屋橋下るです)
つまり、良くも悪くも新撰組はこの辺りに多く出没していました。


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正面通から、油小路を北に向きました。
「ご縁まち」である周辺に、仏具店が並んでいますね。
ここから約1㎞北上すると、第582回ブログの
祇園祭前祭の太子山の前に出ます。


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油小路から正面通を西に向いています。
仏具店に囲まれて、もう完全に「ご縁まち」の中ですね。
では、ここから目の前の西本願寺総門に向かいます。


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こちらが、重要文化財の西本願寺総門です。
ここで正面通は一旦突き当たり、「ご縁まち」もここで終わります。
元々は西本願寺の入り口だったのですが、
明治時代半ばの堀川通拡張工事により、
堀川通で西本願寺境内と分断されてしまいました。

つまり元々の堀川通は、現在の堀川通東側歩道だけでした。
これは特別という訳ではなく、
自動車が普及する前の日本の道はこのくらいの幅でした。


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西本願寺総門をくぐり、西を向きました。
ここでこの横断歩道を渡り、堀川通を越えます。


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横断歩道で、堀川通を西に渡りました。
その突き当りに、西本願寺御影門があります。
ここをくぐり西本願寺境内を取材しようと思いますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
以降は、次回です。

~次回は、西本願寺を散策します~

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第593回 夕立前の西本願寺~京都駅から島原~その3

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「堀川正面」交差点で、西を向きました。
ここで正面通はいったん突き当たり、
西本願寺御影門が聳え立ちます。
今回は、このまま西本願寺境内を散策します。
撮影日は、2018年8月13日月曜日午後2時半。
急に雲行きが怪しくなりました。


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西本願寺御影門をくぐると、すぐに白壁が立ちはだかります。
ちょっと見るとここで突き当りに見えますが、
本堂に当たる御影堂や阿弥陀堂はこの塀の向こうにあります。


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西本願寺御影堂をくぐった地点で、北を向きました。
この先に、総合案内所があります。
西本願寺境内を参拝する際は、ここが起点になります。
こちらは各施設への案内も行いますが、
参拝前にちょっと休憩するスペースがあって、
さらにたびたび行われる「境内案内ツアー」の起点にもなります。
(境内のツアーの詳細は、第510回ブログ参照)
ですから今回もこちらに向かいますが、
空が急に厚い雲に覆われだしました。


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西本願寺総合案内所を北に抜けました。
この総合案内所では自動販売機でジュースを買って、
中の縁台に座って5分ほど休憩しました。
右(東)側が、西本願寺阿弥陀門です。
西本願寺のもう一つの正門ですね。


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西本願寺境内で阿弥陀門の前に立って、西を向きました。
石畳の道のずっと先に、西本願寺阿弥陀門が見えます。
では、この石畳の道を進んでいきます。


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その石畳の道を西に進み、西本願寺阿弥陀堂の前に来ました。
この階段を上れば堂内に入ることができますが、
この中は撮影禁止です。

西本願寺に限らず、東本願寺佛光寺など浄土真宗の本山は、
阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂と親鸞を祀る御影堂と
本堂が二つあるのが特徴です。


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西本願寺阿弥陀堂で、阿弥陀如来像に参拝しました。
午後3時が近づき法要と講話が始まるのですが、
それに参加したら午後4時を回ります。
そうすれば島原輪違屋の特別公開が終わってしまいます。
ですから、泣く泣く阿弥陀堂を去りました。

西本願寺阿弥陀堂を出て、廊下を撮っています。
こちらに、板の木目が腐ったところを修理した跡があります。
大工さんがその際、遊び心で様々な形にしています。


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他の浄土真宗の本山同様、
西本願寺も二つの本堂が渡り廊下でつながっています。
では西本願寺阿弥陀堂からその渡り廊下を南下して、
もう一つの本堂御影堂に向かいます。


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西本願寺御影堂も、内部は撮影禁止です。
御影堂は、親鸞像と「見真」という扁額が祀ってあります。
(親鸞は、「見真大師」とも呼ばれます)
御影堂で参拝した後、御影堂を南側に抜けました。
その辺りの欄干越しに、さらに南を見ています。
門徒の読経・参拝施設の龍虎殿が右(東)側に見えます。
目の前の塀の向こう(南)側は、
北小路越しに興正寺があります。


593-12.jpg
同じ場所で、南東側を撮りました。
あちらが国宝の飛雲閣ですすが、現在修復中です。
第510回ブログでは修復の様子が公開されていましたが、
この日(2018年8月13日)は非公開でした。


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今度は、東の方を向きました。
ずっと向こうに、今回ブログ最初の御影門が見えますね。


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回廊を歩き、西本願寺御影堂の東側に回り込んできました。
では階段を下りて、石畳の道に戻ります。


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御影堂の階段を下りて、西本願寺境内を東に歩いています。
塀の手前に銀杏の木が立っていますが、
こちらは天明の大火にも耐えた樹齢300年以上の古木です。
京都市下京区の象徴が銀杏の葉なのは、こちらに由来します。


593-16.jpg
さらに西本願寺境内を東に進みました。
目隠し塀と呼ばれる白壁(こちらも重要文化財)の向こうは、
今回ブログ最初に出て来た西本願寺御影門です。
これで、西本願寺境内を1周しました。
では、こちらから西本願寺を出ます。


593-17.jpg
西本願寺御影門を出て、堀川通を北に向いています。
前回ブログで紹介させていただいた通り、
この辺りは西本願寺の門前町なのですが、
こうも雲が厚いと何が何やら訳が分かりません。
実は、撮影中もゴロゴロ雷が鳴り続けていました。
夕立が間近なようです。


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西本願寺御影門から、堀川通を約100m北上しました。
こちらに、先ほど出て来た西本願寺阿弥陀門があります。


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西本願寺阿弥陀門から西を向き、西本願寺境内を見ています。
先程のここをほぼ真西に進み、阿弥陀堂に向かいました。


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その西本願寺阿弥陀門から北を向き、
堀川通沿いにある市バスの「西本願寺前」バス停を見ています。
今回の連載記事ではここから花屋町通を西に進み
島原大門前に至るのですが、
この時点で夕立が降ってきました。
雨傘を持っていたので自分の体やカメラは無事だったのですが、
分厚い雲の下では明度が低く写真が真っ黒けになってしまいました。
(つまり、このブログで採用できる写真は撮れませんでした)
仕方ないのでこの日(2018年8月13日)の写真撮影を諦め、
ここから先は後日に撮り直しました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、島原商店街経由で島原に入ります~

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第594回 嶋原商店街散策~京都駅から島原へ~その4~

[嶋原商店街] ブログ村キーワード
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前回ブログの最後の写真と同じ、「西本願寺前」バス停前です。
前回より6日経って、すっかり快晴ですね。
今回は、ここから島原に入っていきます。
江戸時代末期に、新撰組の隊士が闊歩した場所ですね。
撮影日は、2018年8月19日日曜日午後2時半。
7月ほどではありませんが、まだまだ暑い日が続きます。


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そのバス停の前で、南西に向きました。
向こうに、西本願寺阿弥陀門が聳え立っています。
前回ブログでそちらにお邪魔しました。


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さらに同じ位置で、北を向きました。
西本願寺の東側は、堀川通に接しています。
その堀川通の向かい(東)側は、西本願寺関連で仏具店が並びます。
(第592回ブログを参照)
では、こちらを北上します。


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「西本願寺前」バス停前から、堀川通を約50m北上しました。
西本願寺北東端に、重要文化財の太鼓楼があります。
新撰組が闊歩したころには、
時報のための太鼓が2時間に1度鳴らされていました。
新撰組が西本願寺にいた跡は
全て焼失や破壊されていて何も残っていないのですが、
唯一の例外がこちらの太鼓楼です。
こちらにも新撰組隊士が生活していたらしく、
当時の刀傷などが今もきちんと残っています。


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その太鼓楼の前で、堀川通を北に向きました。
ここで堀川通は、花屋町通と交差します。
ここから北に伸びる堀川通は6車線となり、
五条通と並ぶ京都市街地最大の道となります。


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堀川通から、花屋町通を東に向いています……
と言いたいところですが、ここからではよく分かりません。
向こうに見えるローソン付近が堀川通以東の花屋町通です。
歩道の付いた2車線の道なのですが……
(第513回ブログを参照)


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堀川通から、花屋町通を西に向いています。
横断歩道が斜めなのは、花屋町通以北の堀川通が
4車線から6車線になった影響です。
では、西本願寺の最北端の道を西に進んでいきます。


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堀川通から、花屋町通を西に約100m進みました。
ここに横断歩道があって、西本願寺から人が出入りしていますね。


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その横断歩道で、南を向きました。
こちらは西本願寺の伝道本部で、他の寺院の寺務所に当たります。
この南隣が西本願寺阿弥陀堂で、自動車で参拝に来られた方々は
横断歩道からこちらの脇を通って境内に入っていかれます。


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今度は、横断歩道の北側を見ています。
この先に見える広場が、西本願寺の駐車場です。
さらに見える(東)側に見えるのが、
聞法会館という西本願寺の施設です。
中には結構おいしい飲食店が入っているのですが、
時間がないので素通りします。


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その横断歩道の前で、花屋町通を西に向きました。
左(南)の白壁の向こうは西本願寺ですが、
右(北)側の白壁の向こうは西本願寺の駐車場です。
では、またここを進んでいきます。


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その横断歩道から、花屋町通を約100m西に進みました。
ここで花屋町通は、猪熊通と交差します。


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花屋町通から、猪熊通を北に向いています。
ここから約2㎞先が三条会商店街の中に出て、
三条通との辻に魏飯夷店が建っています。
個人的に、京都市街で一番おいしいと思っている中華料理店です。


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猪熊通から、花屋町通を西に向いています。
では、またここを西に進んでいきます。


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猪熊通から、花屋町通を西に約50m進みました。
左(南)側に見える高い石垣は、西本願寺の塀です。
右(北)側は、約30年前まで京都市立淳風小学校でした。
今はこの地域の方々が体育館を利用されています。
季節柄、百日紅(さるすべり)の花が盛りですね。


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猪熊通から、花屋町通を西に約100m進みました。
ここで花屋町通は、大宮通と交差します。


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花屋町通から、大宮通を北に向いています。
大宮通は、歩道の付いた4車線の道です。
約900m先に「四条大宮」交差点があって、
その交差点の地下に阪急電車「大宮」駅があります。


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同じ場所で、大宮通を南に向きました。
左(東)側の塀の向こうは、西本願寺です。
ここをずっと南下すると約500m先に京都水族館があって、
さらに500m南下するとここからは見えませんが東寺があります。
約10m先に筋違いの横断歩道があって、
その先に「島原口」バス停が見えます。
つまり、この大宮通より西がかつての京都の花街「島原」です。


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その横断歩道の袂に、こちらの標識が立っていました。
七条通や五条通といった大通りとの位置関係が、よく分かりますね。


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では、信号が変わりましたので大宮通の横断歩道を渡ります。
ここから西の花屋町通が、今回ブログのメイン嶋原商店街です。


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大宮通から、花屋町通を西に向いています。
こちらが嶋原商店街です……と言いたいのですがどこも休業です。
左(南)側の牛乳販売所は開いていますが、
その奥(西)側の京町家の商店は、どこも休業のようです。
まぁ、日曜日ですからね。


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こちらが、その京町家の商店です。
普段は畳屋さんとかですが、どこも閉まっています。
それは、向かい(北)側の店舗も同じです。


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大宮通から、花屋町通を西に約20m進みました。
ここで花屋町通は、南北の道と交差します。


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花屋町通から、その道を北に向いています。
おそらくこの道には、名前がありません。
ちなみに、この道は約600m先の松原通で突き当たります。
(第26回ブログに出て来た「keep out」と書かれた
黄色いテープが張られた寺院の脇の道のことです)


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今度はその道から、花屋町通を西に向いています。
手前にいつもは安い八百屋があるのですが、
やはりこの日は休業でした。


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先程の道から、花屋町通を約50m西に進みました。
櫛笥通との辻に、こちらのお店がありました。
琵琶湖が商標のようですが、近江牛の販売店です。
しかも、ホルモンが一通り全部あるようです。
これは、いい店を見つけました。
この日は日曜日で休業でしたが、
別の日に買いに来て、ホルモン鍋の具材にします。


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櫛笥通から、花屋町通を西に向きました。
う~ん、どの店も閉まっていますね。
仕方がないので、このまま西に進みます。


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櫛笥通から、花屋町通を西に約10m進みました。
こちらに、和菓子屋の伊藤軒老舗があります。


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こちらが、伊藤軒老舗の店内の様子です。
こちらは、和菓子販売以外にも茶店もやっているようです。
この日(2018年8月19日日曜日)は暑かったので、
かき氷や冷やしあめをこちらで頂けるようでした。


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とは言え、こちらの名物はずっと太夫最中です。
ここで買った後、家に帰ってからこちらを撮影しました。
緑茶を切らしているので、紅茶を日本茶風にして飲みました。


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こちらが、その太夫最中です。
最中の皮の中は、とても粘り気のある漉し餡です。
その餡が、パリパリした最中の皮に合いますね。


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伊藤軒老舗の前で、花屋町通を西に向きました。
この商店街は観光客目当てのお店も多いのですが、
この辺りは化粧品店など地域住民が利用するお店も多いですね。


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櫛笥通から、花屋町通を西に約120m進みました。
右(北)側の洋品店は、日曜日でも開いていました。
そして、ここで花屋町通は壬生川通と交差します。


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花屋町通から、壬生川通を北に向いています。
この辺りの壬生川通沿いはマンションも多いですが、
島原地区内に当たるため、飲食店も多いですね。
ここから約400m北に五条通があって、
そこより北が壬生になります。
こうして見ると、新撰組が闊歩した
壬生―島原―西本願寺が隣接していることが分かります。


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今度は花屋町通から、壬生川通を南に向きました。
約200m先になかなかおいしいお好み焼き屋があるのですが、
その東側にかつて「島原湯」という銭湯がありました。
サウナ風呂に行く途中に金魚が泳ぐ水槽があったり、
熱帯魚が泳ぐ水槽を湯船に浸かりながら眺められたり、
かなり変わった珍な作りの銭湯でした。
(今は、駐車場ですが……)


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壬生川通から、花屋町通を西に向いています。
そう言えば、この先の児童公園で地蔵盆が行われていました。
ウチの町内は、この次の週の2018年8月26日日曜日に
地蔵盆をしました。
多分どちらも延命地蔵尊を祀っているはずですが、
なぜ日が違うのでしょうね?
次は、こちらを進んでいきます。


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まさかその地蔵盆で遊ぶ子供を撮るわけにもいかないので、
この辺りの写真がちょっと飛んでいます。

その児童公園の前から花屋町通を撮っています。
こちらにも、まだまだ商店舖が続きますね。


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壬生川通から花屋町通を約50m進んだところに、
こちらのあられ屋さんがあります。
いろいろ魅かれますが先程買った最中片手ですし、
ここは素通りします。


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そのあられ屋さんの向かい(北)側に、また和菓子店があります。
正直心が魅かれますが、さっき太夫最中を買ったばかりです。
ですから、ここも素通りします。


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壬生川通から西約50m進むと、花屋町通は突き当たります。
ただしそこから南に島原大門があって、
そこをくぐりさらに西に進むと、そこはかつての花街島原です。
特別公開の輪違屋も、あと約50mです。
ここから輪違屋まで行きたいのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、輪違屋の特別公開を見に行きます~

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第595回 島原輪違屋特別公開~京都駅から島原へ~その5

[輪違屋] ブログ村キーワード

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壬生川通から、花屋町通を約50m西に進みました。
道のど真ん中に大きな門がありますが、
あちらが島原大門で江戸時代からこの位置にありました。
つまり、門をくぐったあちら側が花街の島原です。
今回は、「京の夏の旅」企画の一環で行われている
花街島原の置屋「輪違屋」(わちがいや)の特別公開を見に行きます。
撮影日は、2018年8月19日日曜日午後3時。
やはり島原は、炎天下が似合います。


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島原大門をくぐり、花屋町通を西に向いています。
ここから西は、江戸時代の花街だった場所です。
そのような地域は道路がアスファルトではなく、
石畳で敷き詰められています。
現在は太夫の詰め所である置屋は1軒だけで、
お客さんが太夫と出会える揚屋は残っていません。
ただ元々そういうお店だった京町家が数多く残っており、
それらの家屋が独特の街並みを作っています。


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島原大門から約30m西に進むと、花屋町通は坊城通と交差します。
こちらは、その辻の南西角の京町家です。
以前こちらを訪れた第315回ブログでは改装中でしたが、
3年経った現在はそれももう完成していました。


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その京町家の前で、花屋町通を西に向いています。
目の前で、花屋町通は坊城通と交差しています。


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花屋町通から、坊城通を南に向いています。
かつての花街島原だった地域は、花屋町通でなくても石畳の道です。
この坊城通は約100m南の正面通でいったん途切れますが、
その辺りまで石畳の道は続きます。
(坊城通最南端は、約400m先の七条通です)


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今度は花屋町通から、坊城通を北に向きました。
約30m先に、たくさんの方々が出入りしている京町家があります。
灯りに付いた二つの輪がズレて重なっている家紋から、
こちらが置屋の「輪違屋」(わちがいや)だと分かります。


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花屋町通から、坊城通を約30m北上しました。
入口からここに入り、土間で入場料を支払いました。
そして、靴を脱いでここから屋内に入りました。
祇園や先斗町・上七軒にしてもそうですが、京都の花街には
お客さんがいらっしゃる揚屋(またはお茶屋)と、
料理を調理してその揚屋に持ってくる仕出し屋と、
舞妓や芸妓(島原では太夫)の詰め所である置屋があります。
このうち、こちらの輪違屋さんは置屋に分類されます。
京都市指定文化財ではあるのですが、
考えようによっては「太夫さんの生活の場」でもあるので、
普段は公開していません。


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こちらに詰めていらっしゃる学芸員さんに訊いたのですが、
輪違屋では1Fの撮影は自由にできるそうです。
(2Fの写真撮影は、全面的に不可です。
そちらにはより重要な文化財があります)
そこで1F限定ですが、写真を何枚か撮りました。

障子と木戸の間がガラス戸になっていて、
ガラスの部分にこの輪違屋の家紋が彫られています。
こちらの家屋が今の形になったのは江戸時代末期なので、
一部が洋風に改装されています。


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こちらは玄関奥の少し広くなった部屋の奥の床の間です。
この左(西)に階段があって、そこから2Fに行けます。
ただし、そちらは前述のように撮影不可で
しかも一度に上がれる人数が限られるので、
(無理に上がると、重さで2Fの床が抜けるそうです)
先に1Fの方を回ります。


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その階段の脇に、廊下がありました。
では、こちらの奥に進みます。


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この廊下は、約5m続きます。
その先に中庭があって、この廊下はそのまま縁側になります。


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廊下から、その縁側に移ってきました。
拝観者は、この中庭に入ることができません。
ですから、ここからお稲荷さんにお参りします。


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縁側から、天井を見ています。
家屋の中心から外に向けて、梁が等間隔に並んでいます。
こちらはデザインではなく、この梁が家屋全体を支えています。
ですから、あまり大人数が2Fに上ると
床が抜けて家屋が倒壊してしまいます。
(この家屋が古いからではなく、元々そういう構造です)
では、障子を開けてこちらのお座敷に入っていきます。


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そのお座敷に入ってきました。
元々は、輪違屋所属の太夫さんたちはここで生活されていました。
(今は、別の部屋を使われているそうです)
鷹峯常照寺を建立した学者としても有名な吉野太夫
江戸時代末期に活躍した桜木太夫は共に輪違屋所属でしたので、
おそらくこの部屋で生活していたのでしょうね。


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その部屋の襖を写真に撮りました。
文字が書かれた和紙が何枚も貼られていますが、
こちらは全て、代々の輪違屋所属の太夫さんが書かれたものです。
このように残されると何か特別なものに見えますが、
実はこれらは全て手紙の失敗作です。
ただ高価な紙を使っていて、捨てるには惜しいものだそうです。
それでも、こうして見ると立派な文化財ですね。


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障子の隅には、こちらの屏風がありました。
こちらは元々は手紙で、筆者は新撰組局長近藤勇です。
どうやら近藤勇は「筆まめ」だったらしく輪違屋所属の太夫さんに
何通も熱心に手紙を書いていたようです。
明治時代に入って、新撰組は京都では賊軍として扱われ
近藤勇の手紙も島原の太夫さん自身が処分してしまったものが多く、
このように残っているものは例外中の例外だそうです。
(こちらの学芸員さんに、教えて頂きました)
ただ、この文を読んでみますと……
「婦人好色」(女性は、いやらしい人が多く)
から始まるように、とんでもない「下ネタ」です。


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こちらは、その向かい側の床の間です。
こちらにも掛け軸が掛かっています。
その右(東)側に、坪庭があるようです。


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こちらが、その坪庭です。
この日(2018年8月19日)は快晴で、この時点で33℃くらいでした。
ところがこの部屋で両方の障子を開けておくと、
エアコンがない輪違屋屋内でも涼しく感じました。
町家造の面目躍如ですね。


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これで、輪違屋1Fを一通り見て回りました。
次は階段から2Fに上がりますが、そちらは撮影不可です。


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輪違屋2Fは撮影不可なので、ここからはパフレットで紹介します。
都合により、次回ブログで訪れる角屋の地下っとも写っています。
和傘が二つ並んで貼られた襖がある部屋が、2Fで最大でした。
(この写真の左下のチケットに写った部屋です)
ただその先は太夫さんが生活されている部屋もあって、
撮影だけでなくそちらに行くこと自体不可でした。


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一通り見て回ったので、輪違屋の外に出てきました。
輪違屋の店先で撮影されている方々も多かったですが、
輪違屋に来られた大半の方々はこのまま帰られたようです。
ただ、島原の観光ポイントはこの周囲にもあります。
取りあえず、輪違屋前の坊城通をこのまま北上します。


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輪違屋の前から、坊城通を約50m北上しました。
坊城通は約500m先の京都産業大学付属高校で突き当たりますが、
約100m北の松原通で復活し、その約300m北に壬生寺があります。
つまり新撰組屯所があった壬生と、この島原は隣接しています。
(第26回ブログ参照)

写真中央の京町家の北隣が、京都市島原地域包括支援センターです。
(写真左側の平屋の建物のことです)
元々、こちらに島原の歌舞練場がありました。
(歌舞練場は、祇園や先斗町・宮川町・上七軒には現存します)
確かこちらの桜は立派だそうですが、確認したことはありません。
次回ブログに出てくる幸天満宮も、
元々はこちらにいらっしゃいました。


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京都島原地域包括センターの向かい(西)側に、
日蓮宗成就山法華寺があります。
では、こちらにお参りします。


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法華寺境内の北側に、妙見宮があります。
妙見宮は妙見菩薩を祀っていますが、
本満寺など日蓮宗寺院に、妙見宮は多いですね。


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こちらが、日蓮宗成就山法華寺の本堂です。
釈迦如来像が、ご本尊です。

こちらは、813年に真言宗東寺の塔頭として建立されました。
それが鎌倉時代の1281年当時の住職の真広法印が
日蓮の弟子となってこちらは日蓮宗になりました。
京都の日蓮宗は延暦寺の僧兵などに度々攻撃を受けましたが、
それはこちらも例外ではありませんでした。
ただ一貫して東寺の北側に位置していたのですが、
現在の位置に移ったのは1963年の東海道新幹線線路建設のためです。


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京都市島原地域包括センターと法華寺前で坊城通を南に向きました。
では、こちらから花屋町通に戻ります。


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法華寺から、坊城通を南下しています。
輪違屋の北側は更地ですが、
そこから輪違屋の西側に煙突が見えます。
あの辺りに銭湯があるのですが、今からそこに向かいます。


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輪違屋の前で、坊城通を南に向いています。
この先で坊城通は、花屋町通と交差します。


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坊城通から、花屋町通を西に向いています。
ちなみに京都の島原は、行政的には「西新屋敷」です。
次は、こちらを西に向かいます。


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坊城通通から、花屋町通を西に歩いています。
左(南)側に「松栄」という旅館があって、
修学旅行生などがよく宿泊しておられるようです。
また、こちらの浴室は料金を支払えば
宿泊客でなくても入浴でき、事実上スーパー銭湯です。
とは言え、先ほどの煙突はこちらのものではありません。


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その「松栄」の向かい(北)側に、こちらの町家があります。
この辺りの京町家は民家が大半ですが、
こちらは陶磁器やガラス器を販売するお店です。
この時間帯でも営業されていましたが、
時間帯が無くなっているので先を急ぎます。


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末裔とその陶磁器店の前で、花屋町通を西に向いています。
ここでまた花屋町通は、南北の道と交差します。


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花屋町通から、南北に伸びる道を南に向いています。
左(東)側は、駐車場の先に旅館「松栄」の本館が見えます。
(松栄には、こちらから入ります)
右(西)側は百日紅(さるすべり)がきれいですが、
こちらは第二次世界大戦のころまで揚屋でしたが、
現在は旅館兼カフェです。(詳細は、次回ブログで)


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今度は同じ位置で、北を向きました。
左(西)側の家屋は民家に見えますが、実は製本所です。
では、こちらの道を少し北上します。


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花屋町通から、この南北に伸びる道を約30m北上しました。
すると、「島原温泉」という銭湯があります。
(関西では、時折「温泉」と名の付く銭湯があります)
こちらは京都市街地としては割と遅くまで営業されているので、
仕事帰りにここまで自転車で来ることがあります。
実は次回ブログの角屋での取材の後、ここで入浴しました。
(ここからは、時間軸が実際と異なります)


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その島原温泉の前に、このような張り紙がありました。
やはり、この日(2018年8月19日)に地蔵盆があるようです。
ウチの町内より1週間早いです。
ウチの母に聞いたところ、どうもウチの町内会長さんが
仕事の都合で地蔵盆を1週間ずらしていたようです。
ですからこの日に地蔵盆をすることが通常で、
ウチの町内が特殊だったようです。
ただもともと地蔵盆は毎年8月21日に固定されていたもので、
その感覚から8月19日は早いようにも思います。


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島原温泉の前で、石畳の道を南に向いています。
花屋町通に戻るまでに、右(西)側に京町家が見えます。
こちらが第315回ブログ以来時折自分が通い詰めているhyggeです。
島原の花街内では2軒ある町屋カフェのうちの1軒です。
こちらにも、入浴の帰りに立ち寄りました。


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こちらが、hyggeの店内の様子です。
こちらの土間の先に座敷があって、さらに先には坪庭があります。
典型的な京町家の作りですね。
自分がこの店に入ったとき、ちょうど満員で
入るのを諦めようとしていました。
ところが、その時カウンターにいらした小父さんが
「ほな、帰りますわ」
そう言い残されて席を立たれました。
和服姿がちょっとかっこいいなと思っていたのですが、
こちらの店主曰く、その方が先述の輪違屋の主人だったそうです。


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いつもはここで凍頂烏龍茶など中国茶を頼むのですが、
この日は宇治金時のかき氷を頼みました。
輪違屋のパンフレットと一緒に写してみました。


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こちらが、注文した宇治金時です。
かき氷に掛かっているのは、純然たる抹茶です。
シロップではないので、甘味は強くありません。
その代わり、器の下に小豆餡と甘味の付いた白玉が入っています。
それをかき氷に混ぜて食べると、ちょうどいい甘さになります。
自分は、これを約30分かけて食べました。
とてもゆっくりですが、まぁ本を読みながらでしたから……

こちらを食べ終わった後、こちらを出ました。
あと残っているのは角屋の拝観だけですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。

~次回は、角屋に拝観して帰宅します~

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第596回 島原角屋特別公開~京都駅から島原~その6

[角屋] ブログ村キーワード

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前回ブログで訪れた町屋カフェhyggeの前で南を向きました。
目の前を花屋町通が通っていますね。
今回は、もう一つの島原の「京の夏の旅」企画角屋に訪れます。
撮影日は、2018年8月19日日曜日午後3時半。
貼り付けた写真が多すぎて、今回以降も「島原編」は続きます。


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hygge前の通りから、花屋町通を西に向いています。
島原は、東側より西側の方が京町家の密度が濃くなります。
では、こちらを進んでいきます。


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その辻の北西角に製本所があって、
その店先で、和紙のメモ帳を売っています。
第315回ブログでも登場しましたが、
今回は夏場なので日除けのすだれが掛かっています。


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こちらは、その製本所の向かい(南)側です。
今回ブログ最初に写っていた百日紅が立っていた場所です。
三つ巴の家紋の付いた暖簾には、錦清と書かれています。
こちらは「きんせ旅館」で、元々はここ島原の揚屋でした。
今は旅館ですが、昼間はカフェで夜はバーでもあります。
引き戸を開けて中に入り、少し薄暗い場所を左手に向かうと
その奥がカフェ兼バーになっています。
自分はカフェしか行ったことがないのですが、
こちらのシフォンケーキはなかなかの美味です。
ただし、洋酒がたっぷりかかっているので
20歳未満ならその旨を店主に言わなければなりません。
こちらは元々揚屋ということで、
内装は和洋折衷で、大正時代くらいの雰囲気です。
店内の正面に閑院宮載仁親王による一筆が、額に飾ってありました。


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きんせ旅館の前で、花屋町通を西に向いています。
ここから島原の西半分ですが、
だんだん旅館をはじめとした店舗の割合が増えてきます。


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先程の写真に写っていた旅館の屋根に、鍾馗さんが飾られています。
京都では、鬼瓦の代わりに屋根によくいらっしゃいます。


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その旅館の前で、花屋町通を西に向きました。
目の前の南北に伸びる道は、特に名前がありません。
北小路から北へこの辻を通って、約350mの短い道です。


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花屋町通から、その道を南に向きました。
両側の京町家は、どちらも角屋の所有地です。
今回ブログのメインに近付いてきました。


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先程の辻から、南北に伸びる道を約20m南下しました。
右(東)に、角屋の特別公開の看板が立っていますね。


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先ほどの写真に写っている門をくぐると、
すぐにこちらの玄関が見えます。
元来はこちらから入っていくのですが、
現在はこの左手(南側)の勝手口から入るようになっています。


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角屋の勝手口に入ると、その周囲は厨房でした。
こちらは、石製の流し台ですね。
ここで野菜を洗ったり、切ったりしたのでしょうね。
……ただ角屋は揚屋なので、
お客さん用の料理は作っていなかったはずです。
(お客さんの分は、仕出し屋さんに頼んでいました)
たぶん、奉公人(従業員)の分でしょうね。


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その向かい(西)側には、竈とその上の釜が並んでいました。
ただ、こんなに並んでいるということは
余程の大人数を想定していたと思われます。
やはりこちらのお店は、
お客さんにも食事を調理していたのでしょうか?


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土間のいちばん奥(南)側に、板の間があります。
こちらで靴を脱いで、その先に進んでいきます。


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板の間で靴を脱ぎ、西を向きました。
では、この先の畳の部屋に進みます。


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こちらが、その畳の間です。
先程の玄関は、このずっと奥の階段の辺りに続いています。
その手前であるこちらは、奉公人や店主が働く場所です。


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お客さんが通る廊下と奉公人が詰めたこちら側との間に、
この台所(帳場)があります。
この時代の台所とは調理の場ではなく、
店の売り上げを載せた帳簿や金銭が置いてある場所のことです。

新撰組局長の一人芹沢鴨は角屋の帳場で店主に乱暴狼藉を働き、
そのことを知った松平容保の逆鱗に触れ、
命令を受けた近藤勇らによって暗殺されてしまったようです。
この場にいらした学芸員さんが
「角屋開店以来、帳場の位置は変わっていない」
そうおっしゃっていたので、ここが角屋の主が芹沢鴨から暴行を受け
瀕死の重傷を負った現場で間違いありません。


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帳場の向かい(南)側に、刀箪笥が置かれていました。
玄関から入って来たお客さんは、ここで自分の刀を店に預けました。
……と言いますか、ここに来るお客さんは帯刀が前提なのですね。


596-18.jpg
先程の部屋を出て、玄関から続く廊下に移ってきました。
ここからは、奉公人目線からお客さん目線で店内を移動します。
刀箪笥の辺りで廊下を西に折れ、その突き当りに来ました。
中庭の脇に、大きな部屋があります。



596-19.jpg
こちらが、その中庭です。
灯りと涼をとるための庭ですが、縁側に座って寛ぎたくなります。


596-21.jpg
中庭から大きな部屋に入ってきました。こちらはその天井部分です。
前回ブログに出て来た輪違屋と同じ構造ですね。
ですから、おそらくここも大人数で2Fに上がったら
大変なことになるのでしょうね。


596-20.jpg
こちらが、その部屋の床の間です。
なかなか落ち着いた書画が掛かっていますね。


596-22.jpg
こちらが、この部屋の襖絵です。
長谷川等伯の系譜を受け継ぐ長谷川等雲の作品ですが、
だいぶ煤けています。
角屋では夜間にだいぶ行燈を使用してきたので、
蝋燭の火から出た煤がこちらに溜まってようです。


596-23.jpg
その部屋を出て、角屋店内をあちこち散策しました。
一部写真不可の場所もあったので、
それほど詳しい写真は撮っていません。


596-24.jpg
それでは閉館時間の午後4時半になりましたので、角屋から出ます。
こちらは、角屋の入り口の裏側です。
紙製の白い仮面が貼り付けてありました。
こちらの学芸員さんに質問したところ、
やはり大酒神社(広隆寺)の牛祭りの際に被る仮面のようです。
とにかく縁起のいいものを手あたり次第ここに貼り付けてあって、
牛祭りの仮面はその一環で貼られているとのことです。


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角屋を出て、北を向いています。
この両側とも角屋の敷地ですが、自分は左(西)側から出てきました。
では、こちらを北上していきます。


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角屋を出て約20m北上して、花屋町通で西に向きました。
この先で花屋町通は突き当たりますが、
約100m西の新千本通よりまた西に伸びています。
この辺りは花街島原の西端に位置しますが、
まだまだあちこち観光地があります。
これからそちらに向かおうとしていますが、
それはまた次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、島原西端部分を散策して帰宅します~

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第597回 島原住吉神社~京都駅から島原~その7

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596-26.jpg
前回ブログ角屋から北上し、花屋町通に戻って西に向きました。
こちらは、京都の花街島原のほぼ西端に当たります。
今回はここから島原西門跡から島原を出て、
JR嵯峨野線「丹波口」駅から帰宅します。
撮影日は、2018年8月19日日曜日午後5時半。
前回ブログ撮影後、第595回ブログの島原温泉と
町屋カフェのHyggeに寄り道したので、ここまで遅くなりました。


597-2.jpg
先程の辻から、花屋町通を西に約30m進みました。
ここで、花屋町通はいったん突き当たります。
ただ、花屋町通はJR嵯峨野線の高架や京都中央市場の西
ここから約100m先からまた西に伸びています。
最終的に、花屋町通は阪急電車「西京極」駅付近で突き当たります。

さて、花屋町通がいったん突き当たっている場所に
こちらの石碑が立っています。
かつての島原(行政的には、「京都市下京区西新屋敷」)周辺は、
平安時代に鴻臚館(こうろかん)がありました。
要するに、外国向けの大使館ですね。
とは言え当時の中国は唐が滅んで宋が建国される前の混乱期で、
外交ができる状態ではありませんでした。
また朝鮮半島にはたびたび日本と戦争をしていた新羅があって、
こちらとも「友好」外交ができる状態ではありませんでした。
(この直後に建国された「高麗」とは、日本は友好関係にありました)
ですから、この頃国交があった外国とは渤海のことでした。


597-3.jpg
その鴻臚館跡の石碑がある地点で、北を向きました。
ここの地面が石畳であるように、この辺りも江戸時代は島原でした。
では、こちらを北上していきます。


597-4.jpg
鴻臚館跡の石碑から、石畳の道を北上しています。
途中に、こちらの飲食店がありました。
時間帯の関係で閉店していますが、店先によく行列ができています。
この近くに京都中央市場があるので、
そちらから鮮魚などを仕入れておいしいものを提供してくれます。


597-5.jpg
鴻臚館前から、石畳の道を約50m北上しました。
ここで、その石畳の道も突き当たります。
ただ、その突き当りにあるマンションの脇に
小さな神社がいらっしゃいます。
ちょっとそちらに立ち寄ってみます。


597-6.jpg
こちらが、その脇の小さな神社です。
では、今回ブログのメイン島原住吉神社にお参りします。
(第314回ブログ以来ですね)


597-7.jpg
先程の鳥居をくぐってすぐに、手水舎があります。
先ずはこちらで、手を浄めます。
そう言えば、神社の周囲の石柱に人名が彫られてあります。
おそらく、こちらの再建に尽力された方々の名前なのでしょうね。


597-8.jpg
その手水舎の前で、西を向きました。
拝殿越しに、島原住吉神社本殿を見ています。
こちらのご祭神は、おそらく住吉三神です。
元々は島原の商人住吉屋太兵衛宅の鎮守社でしたが、
江戸時代半ばに太兵衛自身の手によって、
この地に移ってきました。
当時はこの辺1区画を有するかなり大きな神社だったようで、
いくつか末社も擁していたようです。
ただ、明治時代に入った1868年に太政官より発せられた
神仏分離令によりいったん廃社に追い込まれました。
(神仏分離令では、社格が低い神社を一斉に廃社しています。
もっとも、その大半は数十年かけて再興しています)
その後、この辺地域の方々の尽力によって
明治時代後半の1903年に島原住吉神社は再興されました。
ただその敷地は、往時の半分以下になりました。


597-9.jpg
島原住吉神社境内の西側に、こちらがいらっしゃいます。
幸天満宮(さいわいてんまんぐう)という名称ですので、
ご祭神はおそらく菅原道真です。
こちらは元々第595回ブログ島原歌舞練場にいらっしゃいましたが、
島原住吉神社がこの地に移った際にこちらも移ってきて、
島原住吉神社の末社となりました。
ただそのために1868年の神仏分離令では
この島原住吉神社と運命を共にしました。
ですから1903年の島原住吉神社再興の際に、
こちらの幸天満宮も再興されました。


597-10.jpg
その島原住吉神社から出て、石畳の道を西に向きました。
島原住吉神社の西側は千本通と接していて、
その千本通の手前で道路が石畳からアスファルトに戻ります。
江戸時代まではこの境目付近に島原西大門がありました。
つまり、この千本通はかつての花街島原の外ということになります。


597-11.jpg
石畳の道を出て、千本通を南に向いています。
左(東)側に京都中央信用金庫丹波口出張所があります。
おそらく島原は、京都中央卸売市場と隣接しているからでしょうね。
右(西)側にはJR嵯峨野線の高架が続いています。
この千本通は、約400m先の七条通まで続いています。
(第314回ブログを参照)


597-12.jpg
今度は同じ位置で、千本通を北に向きました。
左(西)側のJR嵯峨野線の高架下が、
そのまま京都中央卸売市場の施設になっています。
(たくさんの大型トラックが停まっていますね)
右(東)側は先程の島原住吉神社で、
そのまま島原最西端沿いに歩くことになります。
では、この千本通を北上していきます。


597-13.jpg
先程の位置から、千本通を約50m北上しました。
第315回ブログでは、この交差点の南東角に
ちゃんこ屋さんがありました。
それが今は更地になって、駐車場です。


597-14.jpg
その交差点で、千本通から東を向きました。
駐車場の先に、朱い鳥居が並んでいる場所があります。
では、ちょっとこちらに立ち寄ります。


597-15.jpg
一見稲荷神社に見えますが、こちらは歳白弁財天女です。
もちろんご祭神は弁財天ですが、
ご神体は背後の大きな銀杏の木です。

元々こちらは先述の島原住吉神社の境内で、
こちらの歳白弁財天女もその末社でした。
1868年の神仏分離令で島原住吉神社は廃社になりましたが、
こちらの銀杏は御神木なのでそのまま維持され、
その際こちらの歳白弁財天女も
島原住吉神社から独立して現在に至ります。


597-16.jpg
そして、こちらがその御神木の銀杏です。
西本願寺など京都市下京区には、見事な銀杏が多いですね。
そう言えば、京都市下京区の象徴も銀杏でした。


597-17.jpg
かつてちゃんこ屋だった駐車場の前で、千本通から北を向きました。
ここから北は右(東)側も花街の島原ではなく、
京都中央卸売市場の施設が並びだします。


597-18.jpg
その辺りで、千本通から位から西を向きました。
JR嵯峨野線の高架下に京都中央卸売市場の施設が並びます。
とは言え、この時間帯は事実上空洞になっているので
向こう側(新千本通付近)が丸見えです。
ここに深夜や早朝に、一面に魚とかが並ぶのでしょうね。


597-19.jpg
先程の駐車場の前から、千本通を北に向きました。
京都中央卸売市場の施設に囲まれていますが、
時間帯の関係で今は静かですね。
では、ここを北上します。


597-20.jpg
先程の位置から、千本通を約200m北上しました。
この先で、千本通は中堂寺通と交差します。


597-21.jpg
千本通から、中堂寺通を東に向いています。
この先に繁みが見えますが、
あちらが「中堂寺児童公園」という大きな公園です。
こちらから遊んでいる小学生が見えましたので、
これ以上先は撮りませんでした。


597-22.jpg
中堂寺通から、千本通を北に向きました。
JR嵯峨野線の高架の上に電車が止まっていますが、
この辺りはJR嵯峨野線「丹波口」駅のホームです。
今電車が止まっているということは、
自分はこの電車には乗れないということですね。


597-23.jpg
中堂寺通から、千本通を約70m北上しました。
「五条千本」交差点南西角に、
JR嵯峨野線「丹波口」駅があります。
では、こちらから京都駅経由で帰宅します。

これで、「京都駅から島原」編を終了します。

~次回は、若宮祭を取材します~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

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サイドバーの説明をします。
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京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
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少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
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「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
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こちらも、
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こちらも、
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「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
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いただきました。

「京都パワースポット
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京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
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こちらも許可をいただいて
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古都・京都
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京都のお祭りや
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こちらも許可をいただいて
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この度、相互リンクさせて
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「未分類」
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他の「道ブログ」とは
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「ここって、
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閲覧できません。
うちの家族の
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こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。 「錦小路東から西」 四条通の1本北に伸びる 錦小路を東から西に 進みます。 錦市場から祇園祭鉾町へ 最終的に住宅街に 移動していきます。
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