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第599回 綾小路と対の道~錦小路西から東~その1

[錦小路] ブログ村キーワード

今まで溜めていた写真をすべて掲載し、
今回ブログからまた新し道を連載していきます。

今回から、錦小路を取り上げます

この道を連載しようと考えた理由は、次の3点です。

☆ このブログは、東西の道をあまり取り上げていない

☆ 大路(広い道)よりも小路(せまい道)の方が取材しやすい

☆ 連載を2018年11月下旬には終われる程度に短い道

……実は3点目が、いちばん重要だったりします。
毎年11月23日前後に紅葉取材をします。
それで年末まで記事を連載するわけですが、
その時期を越える連載をこの時期から始めると、
途中で今の連載を中断して紅葉記事を連載することになります。
それがとてもややこしいので、避けたいのです。

まぁ自分がもらう給与は毎年9月がいちばん高くて、
錦市場のような散財が前提の取材ができるのが
この9月限定という切実な事情も、
本当は大きいのですが……

四条通の北隣の通り
♬丸竹夷二押御池 姉三六角蛸錦 四綾仏高松万五条……
(まるたけえびすにおしおいけ あねさんろっかくたこにしき
しあやぶったかまつまんごじょう……)
京都のわらべ歌の一部です。
丸太町通から十条通まで順に北から南へ、
京都市街地の東西の道を歌ったものです。
(道の名称から、明治時代半ばから大正時代に作られたのでしょうね)
それによると、この錦小路は四条通の北隣に歌われています。
「四条大宮」交差点から、四条通の東端「祇園」交差点までが
京都で最も繁華街が集中する場所です。
そこから北に100mほどしか離れていない錦小路は、
その通りの大半が繁華街に属していることが分かります。

平安京遷都以来、位置が変わっていません
錦小路は、京都の原型である平安京が造営された794年以来、
ずっとこの位置に存在し続けています。
ただ当時は、「具足通」(ぐそくどおり)と呼ばれていました。
具足とは武士たちが身に付けた武装の総称ですが、
そう呼ばれるようになったのは鎌倉時代以降です。
平安時代では、単に「道具」という意味で使われていました。
ですから、平安時代のこの道は道具屋が多かったのでしょうね。
ところが庶民の中には下品な方々がいらして、
この「具足通」を「糞通」(くそどおり)と呼ぶ方が出てきました。
それで、当時の政府もすぐに「錦小路」と
勅命(天皇の国民に対する命令)で名称変更をしました。
錦小路の1本南が四条通ですが、
さらにその1本南が綾小路です。
綾小路の「綾」とは、綾織という布の織り方に由来します。
そこで、四条通をはさんで対になる位置の通りの名に
絹織物の総称である「錦」の名を付けたという訳です。

新京極の錦天神
京都にも繁華街がいくつかありますが、
代表的なものは新寺町通にある「新京極」です。
祇園祭山鉾巡行で立ち寄る八坂神社お旅所の辺りですね。
(第158回ブログを参照)
四条通からその新京極を約100m北上すると、
錦天満宮がいらっしゃいます。
こちらの手水舎の水が地下水を利用していて、
しかもなかなかの名水です。
それを利用して、ここから西に錦市場が発展しました。
今も錦市場の何軒かがこの水を利用していますので、
こちらの湧水は定期的に京都市水道局による
水質検査が行われています。
そして、その錦天満宮から西に錦小路が伸びています。

東西に伸びる錦市場
錦天満宮から錦小路を西に約30m進むと、寺町通と交差します。
そして、その寺町通から約350m先の高倉通まで
錦市場が続きます。
錦市場は観光用の飲食店街と思われる方も多いようですが、
こちらは魚や野菜を中心に卸売市場としても機能しています。
ですから、こちらのお店の大半は午後5時で閉店します。
(朝がとても早いのです)
またこちらは祇園祭の山鉾町ではありませんが、
錦市場全体で祇園祭の神輿担ぎを担当しています。
(第410回ブログを参照)

祇園祭の山鉾町
烏丸通を越えてさらに西に進むと、
祇園祭でいつも通る道に出ます。
錦小路自体に立つ山鉾は、
いずれも前祭の占出山・霰天神山だけですが、
錦小路に隣接するようにさらに6基立ちます。
ただ蟷螂山の立つ西洞院通を越えると、
ここからは静かな住宅街に変わっていきます。

壬生で突き当たりなのですが……
堀川通を西に越えると、大宮通や後院通と通り過ぎ
約400m先の壬生川通にある京都市交通局で突き当たります。
「壬生」川通の名の通り、この辺りは壬生の東端に位置します。
ただ、この辺りは新撰組が駐屯していた場所よりも
多少北にズレた場所です。
ですから、今回の連載で新撰組関連施設には寄りません。

まぁ、考えようによっては阪急電車「大宮」駅~「河原町」駅の
錦小路は阪急電車2駅分の道です。
錦小路は、今まで自分が取材した道でも最も短い部類に入ります。
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第600回 新京極の染殿院~錦小路東から西~その2

[新京極] ブログ村キーワード
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京都駅から地下鉄烏丸線を北上して「四条」駅で降り、
地下道を少し歩いて阪急電車に乗り換えました。
阪急電車「烏丸」駅(地下鉄「四条」駅と同じ位置にあります)から、
一駅乗ると阪急電車京都線終点の「河原町」駅に辿り着きます。
今回は「四条河原町」交差点経由で四条通を西に進んだ後、
新京極を北上して錦小路最東端まで進みます。
撮影日は、2018年9月23日秋分の日の日曜日午後3時10分。
お彼岸なので、この直前までお墓参りをしていました。


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阪急電車京都線「河原町」駅ホームで、西を向いています。
左(南)側に自分がこの駅まで乗っていた準急が停まっていますが、
右(北)側にも特急列車が停まっています。
こちらは京都線の終点なので、
よくどちらのホームにも電車が停まっていますね。
実は、さらに別に普通電車用のホームがこの西側にあります。
では、向こう(西)側のエスカレーターでコンコース階に上がります。


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先程のエレベーターを上がると、
その先に阪急電車「河原町」駅の改札があります。
この駅の改札は東西に3つ並んでいるのですが、
こちらのものは一番利用者が多い真ん中です。
(「四条河原町」交差点に、いちばん近い改札です)


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阪急電車「河原町」駅中央改札を出て、南を向きました。
目の前に、百貨店の高島屋京都店への入り口があります。
と言うことは、この真上が「四条河原町」交差点南西角ですね。


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その位置から、地下道を東に向きました。
この地下道は西は烏丸通、
東は河原町通を通り過ぎ木屋町通まで続きます。
ただ、「四条河原町」交差点中央の真下にはこのように入れません。


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「四条河原町」交差点の真下に来ました。
このように、ここより東に行くには階段を降ります。
ただ降りた途端すぐに上り階段に変わり、
結局河原町通以東の地下道はこの高さになります。
単に不思議なだけでなく、これでは車いすが通れません……
(まぁ、地上を通ればよいのですが……)


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「四条河原町」交差点の真下から、
高島屋京都店の地下入口に戻ってきました。
ではこの4番出口から、地上に出ます。


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5番出口とは異なり、この4番出口は
高島屋京都店には通じていません。
高島屋京都店の脇を回転しながら、階段を上っていきます。


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その階段を上りきりました。地上の高さまで来ています。
左(西)側の壁の向こうは、高島屋京都店です。
次は、右(東)手の方からここを出て行きます。


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阪急電車「河原町」駅4番出口から、外に出ました。
こちらは、「四条河原町」交差点南西角です。
京都市街地で一番賑やかなところですが、
第600回にしてこのブログ初登場ですね。


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河原町通から、四条通を東に向いています。
「四条河原町」交差点南東角に、京都マルイがあります。
このまま四条通を東に進むと、約200m先に鴨川が流れています。
鴨川より東が祇園で、この写真の端にも祇園の名店菊水が見えます。


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今度は四条通から、河原町通を南に向きました。
京都マルイの南隣に京都交通のバスターミナルがあり、
その横が京都市バスのバス停なので、この辺りは賑やかです。


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信号が青に変わりましたので、「四条河原町」交差点南西角から
「四条河原町」交差点北西角へと移動していきます。
みずほ銀行の左(西)側に隙間が見えますが、
ここからそのままMOVIX京都まで北に400mほど小路が続きます。
こちらは裏寺町通で、京都でも飲食店が特に集まる場所です。


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四条通から、河原町通を北に向いています。
ここから約500m先の「三条河原町」交差点までが、
京都市街地で最も娯楽施設が集中している場所です。
(第69回ブログを参照)


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河原町通(正確には裏寺町通)で、四条通北側歩道を西に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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河原町通(裏寺町通)から、四条通を約100m西に進みました。
この辺りの四条通は歩道の幅が広く、
その分車道は2車線ほどしかありません。
ですから、歩行者には優しい道と言えます。
正面(西側)に「河原町四条」バス停がありますが、
右(北)側に、KAMOと書かれた店があります。
サッカーショップ加茂はサッカー用品専門店で、
下手をしたらJ3リーグ降格かもしれない京都サンガの関連グッズを
全品並べているという素晴らしいお店です。
(京都市内でも、日本代表やセレッソ大阪!関連グッズのみ
置いてあって、京都サンガのものは無いお店も多いです。
「J2リーグの京都サンガは、ウチの店の対象外」
そうおっしゃる許し難い店もあります)


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サッカーショップ加茂より2軒西に、靴屋さんがあります。
ただ、その店に花遊小路商店街という看板が出ています。
実はこの店の奥は通り抜けられて、そのまま路地になっています。
そして、その路地周辺に様々なお店が並んでいます。
この写真をよく見ると、その奥からこちらに人が歩いています。


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花遊小路商店街の前で、四条通を西に向いています。
この辺りの歩道が結構広いので、散策にちょうどいいですね。
そう言えば、祇園祭のときはバス停にたくさんの方々が
バス停に集まっておられました。
まぁあのときはバス停の庇からミストが出ていて、
それで涼んでおられたようでしたが……
(第586回ブログを参照)
2018年は7月がずっと「体温越え」の猛暑でしたが、
9月に入った途端最高気温30度を下回る日々が続いています。
この分では、2018年の紅葉は早いでしょうね。


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その辺りで、四条通の向かい(南)側歩道を撮りました。
土産物屋さんを囲む形状の神社が見えますが、
あちらが八坂神社のお旅所です。
前祭も後祭も、祇園祭山鉾巡行ご一行はここで立ち止まり
必ず参拝されてから先に進まれます。
また、山鉾巡行の後の祇園祭神輿巡行の終点でもあります。


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その場で、四条通を西に向きました。
八坂神社お旅所の辺りからこちらへ横断歩道が伸びています。
この辺りは「四条寺町」交差点で、
その南西角に百貨店の藤井大丸が見えますね。
四条通以北の寺町通は、「寺町京極」という繁華街を形成します。
(第158回ブログを参照)


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ただ、今回は「寺町京極」より約30m手前(東)に用があります。
三条通~四条通間約500mのこの短い道は、新寺町通です。
そしてこの新寺町通沿いの全てが「新京極」で、
豊臣秀吉の治世からあった京都最古の繁華街です。
では、ここからはその新京極を北上します。


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新京極最南端のお店は、こちらの漢方薬のお店です。
京都では、この看板とCM(30年ほど流れていませんが)で有名です。
ちなみに、こちらの本店は千本通沿いにあります。
(第375回ブログを参照)


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坂本漢方堂の向かい(西)側に、小さな寺院があります。
一遍が京都に入洛して初めて念佛賦算をここで行ったのですが、
こちらは時宗四条派金蓮寺の塔頭です。
では、この染殿院に参拝します。


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先程の門から、染殿院境内を西に進んでいます。
こちらは、大地蔵菩薩で有名な寺院です。
そのせいか、境内にはたくさんのお地蔵さんが
並んでいらっしゃいますね。


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染殿院境内をいちばん西まで来て、南を向きました。
参道の南側にも参道があって、その先には四条通が見えます。
つまり染殿院は、四条通からも入ることができます。


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こちらが、染殿院の地蔵堂です。
安産のご利益があるとされる染殿地蔵がいらっしゃいます。
元々「染殿」という呼称は、文徳天皇の皇后である
染殿皇后から名付けられたものです。
子に恵まれなかった染殿皇后がこちらに参拝したところ、
直後に懐妊されて清和天皇を出産されました。
この言い伝えから、こちらは安産のご利益があるとされています。


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地蔵堂の脇に、時宗四条派染殿院の本堂があります。
ご本尊の木彫裸形の大地蔵菩薩立像は秘仏なので、
ここから見ることはできません。
その秘仏を彫られたのは、808年にこちらを建立した空海です。
ですから、元々こちらは真言宗寺院でした。
それが鎌倉時代(13世紀)にはどこの宗派にも属さなくなりました。
ですから、一遍がこの地に来られたときも無宗派の寺院でした。
しかし室町時代初期の1388年に、
足利義満の命令で時宗に属するようになり、現在に至ります。
当時の伽藍は今よりもだいぶ大きかったのですが、
どんどん焼けで焼失後現在の姿になりました。


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染殿院を出て、新京極を北に向いています。
では、こちらを北上します。


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染殿院から約10m北上し、東に向きました。
先程の「花遊小路」は、ここへと通じています。
ちなみに花遊小路の南北の道と東西の道の角に、
「よ~じや」の本店があります。


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花遊小路西端から、新京極を北に向いています。
この先で、ロンドン焼が売られていますね。
自分も、小さい頃はよく食べました。
その北隣は、寿司屋の音羽屋があります。
「寿司屋」と言っても、京寿司と蒸し寿司のお店です。
普通の握り寿司もこちらで頂けますが、
自分は押し寿司(京寿司の一種)か蒸し寿司ばかり注文します。
今回は、諸事情で立ち寄らずに通過します。


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染殿院から、新京極を約50m北上しました。
左(北)側に、「スタンド」というお店があります。
こちらは、京都市街地でも最古の洋食屋さんの1軒です。
全席カウンター(スタンド)なのが、この店の特徴です。
まぁ観光ガイドに書かれた新京極の飲食店なら、
よく筆頭にあげられていますね。
その右(南)側は、「たごと」という蕎麦屋です。
ここも支店ですが、PORTA店もガイドブックに載っていますね。


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洋食屋さん「スタンド」の前で、新京極を北に向いています。
ここからでは見難いですが、10mほど先で東西の道と交差します。


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新京極から、その東西の道を西に向いています。
この道はとても短いので、特に名前はありません。
約30m先の寺町通で、この道は突き当たります。


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今度は、新京極からその道を東に向きました。
この突き当りに白壁が見えるのですが、
その辺りが先述の裏寺町通です。
この少し先に、老夫婦が経営する食堂があって
それがこの辺の名物だったのですが、
現在はハンバーガーショップに変わっていました。
またこの先に映画館が数件並んでいたのですが、
いずれも他の施設に変わっています。


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その東西の道から、新京極を北に向いています。
約20m先に錦天満宮が見え、
その辺りから西に錦小路が伸びています。


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錦天満宮の南隣に、こちらのお店があります。
はんこや印象のお店なのですが、
確かうちの実印はこちらで作ってもらいました。


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その印象店の北隣に、提灯がたくさん並んだ施設があります。
こちらが錦天満宮で、その神社から西に錦小路が伸びています。
つまり、こちらが、錦小路最東端です。


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錦天満宮から、新京極を北に向いています。
新京極(新寺町通)は、約400m先の三条通で突き当たります。
錦天満宮の3軒北に、ダイヤモンド靴店があります。
売り場面積が、京都市街地最大の靴屋さんですね。
実はこちらは、約35年前まで京都花月でした。
「花月」とは吉本興業所有の劇場のことです。
こちらでは、落語や漫才などの演芸以外に
吉本新喜劇の芝居も演じられていました。


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新京極と錦小路とのT字路で、東を向きました。
ではここからこの錦天満宮を参拝しますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は錦天満宮を参拝した後、錦市場に行きます~

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第601回 錦天満宮から錦市場へ~錦小路東から西~その3

[錦天満宮] ブログ村キーワード
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四条通から新京極を約100m北上すると、
錦小路最東端の錦天満宮がいらっしゃいます。
今回はこちらに参拝した後、
錦小路を西に進み錦卸売市場に入っていきます。
撮影日は、2018年9月23日秋分の日の日曜日午後3時半。
最近は25度前後の涼しい日々が続きます。


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錦天満宮の境内に入ってきました。
境内の手前の左右に、1対の狛犬がいらっしゃいます。
そのうち右(南)側が、阿形のものです。


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そして、左(北)側の吽形の狛犬です。
頭に角が付いているように見えますが、
よく見るとこれは鬣(たてがみ)ですね。


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先程の阿形の狛犬のすぐ東に、真鍮製の牛の像がいらっしゃいます。
背中の鞍には、菅原家の家紋「梅鉢」がありますね。
頭を撫でるとその人の頭が良くなるご利益があるので、
頭部の鍍金が剥げています。


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その牛の像のさらに東には、手水舎があります。
こちらの「錦の水」は、ここから湧き出す地下水です。
この水を利用した豆腐屋さんや魚屋さんが、
この西側で江戸時代初期に錦卸売市場を形成していきました。
現在も錦市場のうちの何軒かはこの水を利用しているので、
京都市水道局がたびたび水質検査をしています。


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手水舎のさらに東に、錦天満宮本殿がいらっしゃいます。
こちらは「天満宮」ですから、ご祭神は菅原道真です。
こちらの沿革は、第158回ブログを参照してください。


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錦天満宮本殿前から、左(北)を向きました。
こちら側に、錦天満宮の末社が並んでいます。
次は、そちらに参拝します。


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では、並んでいる末社を左(西)から順にお参りします。
先ずは、いちばん左の塩竃社です。


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次は、その右(東)隣の稲荷社です。
朱い鳥居と朱い祠が、とても特徴的ですね。


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さらに右(東)隣には、白太夫社がいらっしゃいます。
どちらの天満宮でも、必ず末社にいらっしゃいますね。


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そしていちばん奥には、こちらの社がいらっしゃいます。
こちらは、日本全国の様々な神様が勧進されています。
(名古屋の熱田神宮とか、広島の厳島神社とか)
最後に、こちらにお参りします。


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そちらの末社にお参りした後、右(南)側の小径に出ました。
そしてその道で、西を向いています。
この道の左(南)側が錦天満宮本殿で、
右(北)側に先程の末社が並んでいます。
その道沿いに、植木が並んでいますね。


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その植木を大写ししました。
一見すると果実が生っているように見えますが、木製の模型です。
厳密にはこちらは、錦天満宮で売られているお守りです。
願掛けで、こちらに吊るしてあります。


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その辺りで、本殿の方(南側)を向きました。
こちらに、大きな絵馬が奉納されています。
額に書かれた文字によると、1898年に
「四条寺町」交差点付近に住まわれていた方が奉納されたようです。
この馬の彫り方は、第144回ブログに出て来た
瀧尾神社拝殿天井を飾る雲龍と同じ手法です。
ということは、作者は江戸時代後期の九山新太郎の一派でしょうか?
(ちなみに九山新太郎の子孫は、祇園祭後祭の大船鉾の
舳に取り付けられた龍神像の作者です)


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錦天満宮境内北側の末社へのお参りは、一通り済ませました。
この位置は、錦天満宮本殿の北側です。
では、今回ブログ最初の位置である錦天満宮入り口に戻ります。


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錦天満宮の入り口付近まで来ました。
向こうに白人の男女がいらして、こちらを撮影されて行かれます。
ただ抵抗があるのか、境内には入って来られません。
中国人や韓国人は結構気にせず入って来られますが、
宗教上の関係でしょうか?


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錦天満宮を出て、新京極から錦小路を西に向いています。
今回ブログ最初の写真から、ちょうど振り返った位置になります。
この左(南)側から、前回ブログでは新京極を北上してきました。
そして、この位置がこれから連載する錦小路最東端です。
では、この新京極から錦小路を西に向かいます。


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新京極から約30m西で、錦小路は寺町通と交差します。
ただ、その手前に大きな石製鳥居が立っています。
こちらは、錦天満宮一の鳥居です。


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その石製鳥居の上部を撮影しています。
笠木(鳥居の天頂部)の端が、家屋の中にめり込んでいます。
よく見るとその下の貫も、めり込んでいます。
鳥居は神社の一部ですから、それを削ることはあり得ません。
鳥居の先は、こちらのアニメグッズ屋さんの
店内にそのまま突き出ています。



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錦天満宮一の鳥居の真下で、錦小路を西に向きました。
ここで錦小路は、寺町通と交差します。


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錦小路から、寺町通を北に向いています。
こちらは、新京極とは別の「寺町京極」という繁華街です。
この道をずっと進むと、第158回ブログの後半と同じ道です。


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今度は錦小路から、寺町通を南に向きました。
約100m先が、寺町京極の最南端「四条寺町」交差点です。
(第158回ブログの冒頭ですね)


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その辺りで、下を向きました。
寺町通には、各辻ごとにこのようなプレートが埋まっています。


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寺町通から、錦小路を西に向いています。
ここから、高倉通までの約350mが錦市場です。
この日(9月23日)は祝日なので、日の丸が掲げられています。


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錦市場では、こちらのタペストリーも吊るされていました。
江戸時代中期に、日本画家の伊藤若冲が
この錦市場の町年寄を務めていました。
このタペストリーは、その関連と思います。


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寺町通から、錦小路を西に進んでいます。
こちらにある扇のお店は、割と老舗です。
ただ、ここ数年錦市場の卸売り屋さんは減ってきています。


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こちらは、その扇屋さんの向かい(北)側です。
では、立ち食い寿司屋さんの「英」(ひで)に立ち寄ります。
(第428回ブログ以来ですね)


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こちらは立ち食い寿司屋さんなので、
全席カウンターで椅子は1脚もありません。
自分は東京で何軒かこのような店を見ましたが、
京都ではここを含めて数軒しかありません。
取りあえず、こちらの寿司がやって来ました。
「まつもと」という伏見のお酒と共に、戴きます。
このセットのお寿司とお酒で、2,000円くらいです。


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そのお寿司を大写しにしました。
手前左から、ウナギの蒲焼・バッテラ(鯖寿司)です。
奥は左から、中トロ・タイの昆布〆・鱧(ハモ)です。
自分は、その順番で食べました。


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お酒がまだ残っているので、追加注文しました。
こちらは、この店の中で自分が一番好きなハモですね。
梅肉が載っているので、醤油には漬けません。


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さらに、追加注文をしました。こちらは漬けマグロですね。
追加注文のため、さらに1,200円ほど掛りました。(合計3,200円)
この店は江戸前寿司がベースなのですが、
鯖寿司やハモなど京都独特のものも数多くあります。


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立ち食い寿司屋の「英」を出て、錦市場を西に向いています。
目の前で、錦小路は御幸町通と交差します。
これからこの錦市場を散策するのですが、
今回ブログももうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回はここより西の錦市場を散策し、更にお買い物もします~

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第602回 錦市場散策 前編~錦小路東から西~その4

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前回ブログで訪れた立ち食い寿司屋英の前で、
錦小路を西に向いています。
ここは錦小路を寺町通から30mほど西に進んだ場所で、
錦市場のほぼ最東端に位置します。
目の前で、錦小路は御幸町通と交差します。
今回はここから錦市場を西へと散策し、
錦市場ほぼ中央の富小路との辻まで進みます。
撮影日は、2018年9月23日秋分の日の日曜日午後4時。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、
この数日前から一気に涼しくなりました。


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錦小路から、御幸町通(ごこまちどおり)を南に向いています。
約120m先で、御幸町通は四条通と交差します。
約20m先にネパールの国旗が見えますが、
あちらはネパール料理専門の飲食店です。
以前行かせていただいたとき、最近京都に増えた
インド人が経営するカレー屋さんの味と、とても似ていました。


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御幸町通から、錦市場を西に向いています。
御幸町通と錦小路との辻に、八百屋の四寅があります。
京野菜なら、こちらで一通り揃います。
また、それ以外の野菜や果物もいろいろ揃っています。


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その四寅では、こちらを買いました。
「キムチチゲするから、白菜買っといて」
そう母に言われていたのですが……
9月に半玉320円は相当高価です。
(茨城県がこの時期が旬なので、この時期白菜は最安値のはずです)
南瓜は後で「かぼちゃ餡」にして、中国タルトを作ります。
(そのうちこのブログでも、追記でレシピ載せます)
万願寺唐辛子は四寅のご主人お勧めで、つい買ってしましました。
(自分は焼き肉の際、よく万願寺唐辛子を鉄板で焼きます)


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その四寅の西隣が、こちらの雑貨店です。
……と言いますか、一時期流行ったファンシーショップでしょうか?
結構流行っていましたが、最近の錦市場は
このように卸売業ではない店が増えてきました。


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その雑貨店の向かい(西)側は、川魚屋の「のとよ」です。
京都の魚屋さんは、海水魚専門の「鮮魚店」と
淡水魚専門の「川魚屋」に大別されます。
川魚屋では、ウナギやドジョウ・コイ・フナ・
川エビ・モロコ・アユなどが売られています。
内陸部に住む京都人は、淡水魚をよく食べます。


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川魚屋「のとよ」の店先の足許で、こちらが売られていました。
スッポンとドジョウですが、どちらも生きています。
店員さんに頼めば、こちらは調理してもらえます。
実は撮影中ドジョウがよく跳ねていたのですが、
写真で見るとそのようには写っていません。


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そしてその脇に、ウナギとナマズが泳いでいました。
ナマズ1匹1,500円は安いですが、それほど大きくありません。


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「のとよ」の店頭では、こちらが売られていました。
奥のタニシの串焼きとウナギの蒲焼は淡水魚ですが、
手前のウズラ・スズメ・カモは「魚」ではなく、焼き鳥ですね。
ただ、ここを通り過ぎていかれた日本人観光客の一人が
スズメの焼き鳥を見て「ゲテモノ」とおっしゃっていました。
伏見稲荷大社の門前で売られているスズメの焼き鳥は、
今は亡くなった祖父が自分が幼いころに
たまに買ってきてくれた「御馳走」でした。
京都人の中には、住んでいる場所によりますが、
スズメの焼き鳥がソウルフードの方もいます。
(と言いますか、自分がそうです)
この一言が自分のそういう部分を否定された気がして、
ちょっと寂しく思いました。


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「のとよ」の前で、錦市場を西に向きました。
この日(2018年9月23日)は祝日だったので、
特に日本人観光客が多かったですね。
では、さらに西に進んでいきます。


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「のとよ」から、錦市場を西に約10m進みました。
こちらは抹茶スイーツを出す「一葉」です。
第428回ブログでは「のとよ」でタニシの串焼きを買った後、
こちらで冷えた抹茶を1杯戴きました。
そのときは立ち食い寿司屋で飲んだ酒に酔っていたので、
ここのお茶が格別においしかったのを覚えています。
(いい酔い覚ましになりました)
今回は全然酔っていないので、ここを素通りしました。


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その「一葉」の西隣に、こちらのお店があります。
丹波黒豆製品の専門と思いきや、
ドライフルーツなども販売しています。
こちらは黒豆茶を無料で振る舞っておられたのですが、
お茶を飲んだ方々を店内に誘導する手段として、
そのお茶を振る舞われておられていました。
(黒豆茶を飲むと、店の奥に茶器を返す都合上
店内を見て回らないといけないようになっています)
まぁそのお茶がとてもおいしく
中の商品も相当厳選されたものでしたが、
「食べ歩き」を旨とする錦市場で
その営業スタイルは合わないとも思います。


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その丹波黒豆屋さんの前で、錦市場を西に向いています。
左(南)側の鮮魚店(海水魚を売る店)の先で、
錦小路は麩屋町通と交差しています。


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錦小路から、麩屋町通を北に向いています。
約600m先に、第431回ブログで訪れた晦日庵河道屋があります。


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麩屋町通から、錦市場を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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こちらは、乾物屋さんの不二食品ですね。
内陸部の京都では、川魚以外にも海水魚の乾物もよく食べます。
身欠きニシンやニシンを入れた昆布巻きなどが売られています。


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不二食品の前で、錦市場を西に向いています。
右(北)側に、川魚屋さんの山元馬場商店があります。
第428回ブログではこちらでう巻きを買いました。


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さらに数軒西に、豆腐屋さんの近喜商店があります。
湯葉や麩以外に、おでん種になりそうなものも売られていました。


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近喜商店の前で、錦市場を西に向きました。
左(南)側に、「川」政という屋号の「海鮮魚」店があります。
ちょっと変わっていますね。
その店の西側で、錦小路は富小路と交差します。


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錦小路から、富小路を南に向いています。
約120m先で、富小路は四条通と交差しています。


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富小路から、錦小路を西に向いています。
ここから錦市場散策の後半が始まりますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回にします。

~次回は富小路から高倉通まで、錦市場を散策します~

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第603回 錦市場散策 後編~錦小路東から西~その5

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富小路から、錦小路を西に向いています。
前回ブログで錦市場の東半分を散策しましたが、
今回は残りの西半分を散策します。
撮影日は、2018年9月23日秋分の日の日曜日午後4時半。
今年(2018年)は、秋になった途端涼しくなりました。


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富小路から、錦市場を約5m西に進みました。
こちらは、田中鶏卵です。
「鶏卵」と屋号にあるので鶏の卵も売っているのでしょうが、
卵焼き(だし巻き卵)の専門店というイメージが強いです。
食べ歩き用の「卵焼きの串刺し」は、もう売り切れていました。
(錦市場は、午後5時に一斉閉店です)


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その田中鶏卵の2軒西に、三木鶏卵があります。
こちらも、卵焼き(だし巻き卵)専門店ですね。


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ですから、錦市場の富小路付近には
卵焼き(だし巻き卵)の名店が2軒並んでいます。
いろいろ悩んだのですが、今回は三木鶏卵でこちらを購入しました。
「だし巻き小」480円です。


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家に帰ってから、ウチの母と2皿に分けてみました。
フワフワとした食感と、甘いお味が特徴ですね。


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三木鶏卵から、錦市場を西に約30m進みました。
南側に、漬物屋さんの老舗舛俉があります。
こちらは、看板商品「瓜の奈良漬け」ですね。
お店の方が一つ一つこうやって丁寧にかき回していくのは、
何だか「ぬか床」を育ているのと同じですね。


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奈良漬けの瓜が肉厚で歯ごたえがありそうだったので、
これで1,000円するのですが、迷わず買ってしまいました。
包丁で切り分けてみると相当量あったのですが、
あまりに美味しくて撮影日から2日後には食べ切ってしまいました。


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取りあえず、当座食べる1皿です。
これで全体の5%ですが、食が進んで1日にこれを10皿戴きました。
おにぎりに添えたり、これだけで熱燗の肴にしたり、いろいろです。


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漬物屋さん桝俉の向かい(北)側に、焼き魚屋の魚力があります。
タイとハモの照り焼きが、メインのお店ですね。
ただハモの照り焼きと言えば錦市場の象徴のような一品ですが、
この日にこれを売っていたのはこちらだけでした。


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その魚力の西隣が、鮮魚店の津乃利です。
こちらには、生のハモがたくさん売られていました。


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その生のハモを眺めていると、(元々買うつもりでした)
こちらの店主がこのホタテ貝の串刺しを差し出してこられました。
そこで、お金を払ってこちらを買いました。
こちらをこの場で食べた後、目的のハモを買いました。


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そのハモは、こちらの吸い物の具材になりました。
照り焼きは家で作るのが面倒ですし、
これだったらお吸い物を作れば後は生のハモを放り込むだけですし、
十分美味しくいただけますし……
この日(2018年9月23日)は、結構豪華な晩御飯でした。


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鮮魚店の津乃利の向かい(南)側に、もちつき屋があります。
この日は秋分の日(2018年9月23日)で彼岸の中日だったので、
おけそくさんを買おうと思ったのですが、売り切れていました。
(京都では、墓参りの際にお餅を捧げます。
墓前用に形成されたお餅を「おけそくさん」と言います)
この日は亡き父の墓参りの帰りでしたが、
次の日も休日だったので、亡き祖父母のお墓に行きました。


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もちつき屋の3軒西に、先述の「のとよ」の支店があります。
川魚屋さんなので、子持ち鯉の煮つけを売っていました。
こちらはさすがに食べ歩き用ではなくて、
家で晩御飯のおかずにするためのものですね。
子持ち鯉の煮つけは京都ではどちらかというと「御馳走」ですが、
年に何度か戴くほどには日常的に食べられるものです。
京都ではコイは「洗い」(刺身の一種)か、この煮つけで食べます。


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子持ち鯉の煮つけの右側にタニシの串焼きを売っていて、
そのさらに右側にこちらを売っていました。
ここは川魚屋なのですが、焼き鳥ですね。
自分はこのブログで特集を書く程度には焼き鳥が好物なのですが、
この日探していたのは、エビ豆やフナ寿司です。
どれも売り切れていたり、予算より高かったりと、
予想外のことで購入は諦めました。
(「エビ豆」とは川エビと大豆の煮付けのことです。
こちらも京都人がよく食べる惣菜です)


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その「のとよ」の支店の前で、錦市場を西に向きました。
錦市場は普段は中国人やヨーロッパ人が多いのですが、
この日(2018年9月23日)は祝日でしたので、大半が日本人でした。


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その辺りに、こちらのお店がありました。
和傘専門店は珍しいのですが、2年前には無かったお店ですね。


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川魚屋さんの「のとよ」の支店から、錦市場を西に向きました。
この少し先で、錦小路は柳馬場通と交差します。
左(南)側に飲食店がありますが、
2年前にここに来たときはフナ寿司のお店がありました。
だんだん錦市場から、「京都人の庶民の味」が減っていっています。


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錦小路から、柳馬場通を北に向いています。
この柳馬場通は、約1,300m先の京都地方裁判所や
京都御苑のある丸太町通で突き当たります。


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柳馬場通から、錦市場を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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柳馬場通から錦市場を西に進んですぐに、鮮魚木村があります。
こちらも、海水魚卸売の老舗ですね。


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こちらの店頭に、牡蠣(カキ)と雲丹(ウニ)が大量に並んでいました。
しかも、こちらは食べ歩き用らしいです。


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という訳で、450円の牡蠣と400円の雲丹を頂きました。
醤油とワサビが付いていますが、
しっかり塩味が付いていますので調味料は不要です。
牡蠣の汁まで、おいしく戴きました。
(溢れだす汁が、貝類の醍醐味ですね)


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その木村から、約30m錦市場を西に進みました。
南側に、錦まつむらへと続く路地が伸びています。
こちらは、自分が知る限り京都最古参のイタリア料理店です。
ちなみに、こちらへは「柳馬場四条上がる」からも入店できます。


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その路地の前で、錦市場を西に向いています。
この先で、錦小路は堺町通と交差しています。


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錦小路から、堺町通を南に向きました。
錦小路から約20m南に、錦湯という銭湯があります。
かなり古くからある銭湯ですが、自分もたまに入ります。
約100m南に四条通が伸びていますが、
その辺りのオフィスビル街のサラリーマンが、
退社後こちらに多く立ち寄られています。


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堺町通から、錦市場を西に向いています。
そろそろ錦市場最西端が見えてきました。


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堺町通から、錦市場を西に約10m進みました。
こちらのお店は閉まっているのですが、
そのシャッターに絵が描いてあります。


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こちらが、そのシャッターです。伊藤若冲の代表作の模写ですね。
その伊藤若冲は、この錦市場と深い縁で結ばれています。

伊藤若冲は日本画家として有名ですが、
この錦市場で八百屋を経営していました。
(しかも、代々続く老舗でした)
さらに、この錦市場の年寄(役員)の一人でもありました。
しかも、この伊藤若冲が錦市場の年寄だったとき
現在の「西洞院松原」交差点付近にあった市場から
賄賂をもらった京都町奉行により
「錦市場の廃止」を言い渡されてしまいました。
そのため伊藤若冲は日本画家を一時的に廃業し、
約10年間にわたってこの錦市場の存続運動をしました。
実はこの時の伊藤若冲の活躍が無ければ、
錦市場は現存していませんでした。


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そのシャッターの前で、錦市場を西に向いています。
錦小路最西端の高倉通まで、もうすぐですね。
右(北)側の和菓子屋に興味があったのですが、
この時点で予算を越えていました……
(具体的には、ここで買い物をすると帰りの電車賃がありません)


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錦市場最西端に、豆腐屋さんの「そや」があります。
江戸時代、先述の伊藤若冲はこちらで八百屋を営んでいました。

ちなみに伊藤家は江戸時代を通して八百屋を経営していましたが、
(しかも、錦市場有数の大店でした)
幕末に事業に失敗して破産して、その直後大阪に移住されました。


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その「そや」の前で、錦市場を西に向いています。
この先に高倉通が見えますが、ここで錦市場が途切れます。
つまり、ここが錦市場最西端です。
とは言え錦市場が途切れても、錦小路はまだまだ西に伸びています。
ですから錦小路編はまだまだ続くのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。

ですから、今回はここまでです。

~次回は、烏丸通まで錦小路を西に進みます~

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第604回 鼓月の生菓子~錦小路東から西~その6

[鼓月] ブログ村キーワード
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前回ブログ最後の錦市場最西端から、今回はブログを始めています。
目の前で、錦小路は高倉通と交差しています。
今回は錦小路を西に進み、鼓月を訪れました。
撮影日は、2018年10月4日木曜日午後3時。
涼しくなったら、雨の日が増えました。


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錦小路から、高倉通を北に向いています。
こちらの鶏は、江戸時代の錦市場の町年寄で日本を代表する画家
伊藤若冲の代表作の模写です。
ここをそのまま北上すれば第429回ブログのルートで、
約400m進むと京都文化博物館ですね。


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今度は、錦小路から高倉通を南に向きました。
ここから約100m先の四条通まで、ディスカウントショップなど
比較的小さいながらも価格が安いお店が続きます。
また、目の前に立ち食い寿司屋さんの「さか井」が見えます。
本当は立ち寄りたいのですが、
ここのところ(要するに錦市場で)の散財のため、
今回は低予算でいきます。


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高倉通から、錦小路を西に向いています。
後ろに、錦市場のアーケードを背負っています。
今回ブログでは、こちらを進んでいきます。


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高倉通から、錦小路を約5m西に進みました。
こちらは古い京町家を改装されたラーメン屋さんです。
土蔵だった部分の屋根が、まだ残っています。


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こちらは、そのラーメン屋さんの向かい(北)側です。
高倉通以北でこちら(北)側の錦小路は雑居ビルが建ち並び、
そのテナントの大半が、飲食店です。
確かこちらのビルの1Fは、
20年ほど前まで「すぎむら」という洋菓子店でした。
当時の京都市市街地では一番おいしいケーキ屋でしたが、
老夫婦が店を閉めて以降は店舗が次々変わりました。


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その雑居ビルの前で、錦小路を西に向いています。
左(南)側に見える白い建物は、百貨店の大丸京都店です。
対して、右(北)側は前述のように雑居ビルが続きます。


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こちらも、その錦小路沿いの雑居ビルです。
1Fは質屋ですが、2Fはイタリア料理店です。
自分はこの辺りの飲食店には1軒しか通っていませんが、
こういう飲食店の密集地って
不味い店は自然淘汰されてすぐに潰れてしまいます。
ですから、こういうところの店は「隠れた名店」が多いのです。


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その雑居ビルの一角に、肉バルのチェーン店がありますね。
自分も「七条東洞院」交差点のお店にたまに行っていますが、
ここ数年で一気に大きくなった店ですね。
いつの間にか、京都を代表する名店になりました。


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その雑居ビルの前で、また錦小路を西に向きました。
大丸百貨店より西は、南側も飲食店が建ち並びます。
四条通をはさみ、この錦小路と綾小路が京都市内で
飲食店の密度が最も濃い地域ですね。


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先程の地点から、さらに錦小路を西に進んでいます。
京町家の西隣に、京都東洞院錦郵便局があります。
その西隣は、ラーメン屋さんの一風堂です。
福岡県や東京都にある店というイメージが強いですが、
ここ以外にも京都駅前地下街PORTAに支店ができました。


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その一風堂の前で、錦小路を西に向いています。
一風堂は決して小さな店ではないのですが、
入りきれないお客さんが向こうの公衆便所付近まで続いています。


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その公衆便所の前で、錦小路を西に向いています。
ここで錦小路は、東洞院通と交差します。


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錦小路から、東洞院通を南に向きました。
ここは、大丸百貨店京都店の最東端の道です。
ここから四条通の約100mは、ちょっと高めのお店が軒を並べます。
またこのまま四条通に出ると「四条東洞院」交差点があって、
祇園祭に長刀鉾が立ちます。
(第586回ブログを参照)


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錦小路から、東洞院通を北に向いています。
約300m先に、六角堂があります。(第429回ブログ参照)


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こちらは、「錦東洞院」の辻です。
分かりにくいのですが、辻の入り口に停車している自動車が
道幅を狭めたため、トラックが何度も切り返しをしました。
そのため後続車も動けなくなり、予期せぬ渋滞が発生しました。


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東洞院通から錦小路を西に向きました。まだ渋滞が続いています。
左(南)側は、大丸百貨店の駐輪場ですね。


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その駐輪場の西側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにお参りして、先を進みます。


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こちらは、そのお地蔵さんの向かい(北)側です。
紅茶専門店なのですが、中国茶やハーブティーもあります。
いろいろウィンドウショッピングしたので、
給料が出たらこちらで買いたいと思います。


~2018年10月28日追記~
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2018年10月25日木曜日にブログ取材に行った際、
こちらのお店に立ち寄りました。
だんだん寒くなるので、これからはセイロン茶ですよね。


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ウバ茶を入れてみました。
ヌワヤエリアなどもそうですが、
セイロン茶はミルクティーが合いますね。


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紅茶屋さんの西側に、ワイン屋さんの「タキノ」があります。
こちらのワインは「ミサ用」とあるように、
佐賀県伊万里市の修道院製のものが売られています。


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「タキノ」の店内に入ってきました。
おっとりとした物腰の男性がいらして、応対して頂きました。
立ち振る舞いから、多分聖職者なのでしょうね。
店内には日本酒などが売られていましたが、
ワインはあまり品数が無いようでした。
その代わりクッキーなど洋菓子が豊富にあって、
こちらの510円のクッキーの詰め合わせを買いました。


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箱の中には、ガレット3枚とクッキー8枚入っていました。
どれも、聖母トラピスチヌ修道院のロゴマークが入っていますね。


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「タキノ」の前で、錦小路を西に向いています。
ここで錦小路は、烏丸通と交差します。


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錦小路から、烏丸通を南に向いています。
約100m先が、「四条烏丸」交差点です。
祇園祭期間中は、この辺りは歩行者天国になります。


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今度は錦小路から、烏丸通を北に向きました。
では、ちょっとだけこちらを北上します。


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錦小路から、烏丸通を約50m北上しました。
こちらに石製鳥居がありますが、「御手洗井」という井戸です。
豊臣秀吉などの武将が、戦場に持ち込んだ名水ですね。
(お茶を飲むのに適した水と考えられています)
祇園祭期間中は開放されていてここの水も汲み放題ですが、
通常は閉鎖されています。


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御手洗井から烏丸通を南下して、錦小路に戻ってきました。
こちらに、和菓子店老舗の「鼓月」烏丸店があります。
こちらもそうなのですが、この辺りの和菓子店は
祇園祭中に特別のお菓子を売り出しますね。


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「鼓月」烏丸店の北側(錦小路側)から、2階に上る階段があります。
では、ここを上って鼓月直営の甘味処「茶房こげつ」に向かいます。


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いろいろ悩んだのですが、結局こちらの抹茶と生菓子を頼みました。
抹茶は立てる方の腕前で味が異なるのですが、
こちらは泡が手ごろに出ていて旨味と甘味が前面に出ていました。


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抹茶の茶請けは、こちらを頼みました。
小豆餡だけで作られたあまり日持ちがしない和菓子を
京都では「生菓子」と呼んでいます。
こちらはその生菓子の典型で、
白餡の周囲を着色された餡で成形されています。
要するに、「餡で皮を作ったまんじゅう」です。
とても柔らかいものなので、技量が伴わない職人が作ると
初めから左右非対称だったり、やがて自重で倒壊したりします。
牡丹のごとく球に近い花型で、放置しても形が変わらないのは
こちらのお店の職人さんが、
それだけ高い技量を持たれているということです。


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「茶房こげつ」を出て、烏丸通から錦小路を西に向いています。
ここから烏丸通以西の錦小路を進みますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、平日の祇園祭山鉾町を回ります~

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第605回 普段の錦小路山鉾町~錦小路東から西~その7

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前回ブログの最後の写真「錦烏丸」交差点南東角にいます。
烏丸通の向かい(西)側に、祇園祭孟宗山が立ちます。
(烏丸通西側歩道沿いに見える電気店が、孟宗山の会所です)
烏丸通から西に進み、新町通にかけて
祇園祭前祭期間中この錦小路沿いにたくさんの山鉾が立ちます。
いつも祇園祭期間中に取材している場所ですが、
今回はこの辺りの平日の様子を描きます。
撮影日は、2018年10月4日木曜日午後4時。
しとしと雨の一日でした。


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「錦烏丸」交差点南東角から、南西角に横断歩道を渡りました。
孟宗山会所のある電気店の南側に、小さな門があります。
祇園祭期間中はこの小さな門から孟宗山会所に入りましたが、
普段のこちらは駐車場のようですね。


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烏丸通から、錦小路を西を向きました。
錦小路の約100m南に、四条通が伸びています。
ですから、「渋滞除け」にこの道を使用される自動車が多く
むしろこの錦小路の方が渋滞することがあります。


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烏丸通から、錦小路を西に歩いています。
この辺りは繊維関係の企業も多いのですが、
そこは錦小路ですので飲食店も小たくさんあります。
そして、その大半が昔ながらの京町家を改装したものです。
こちらの居酒屋は祇園祭の取材するたびに訪問したかったのですが、
今回も含めて予算の関係で素通りしています。
(第602回ブログ第603回ブログの錦市場で、散財しすぎました)

その居酒屋の右(西)側に、こちらも小さな入り口があります。
こちらは、祇園祭前祭期間中占出山会所となります。


~2018年10月26日追記~
先日10月分の給与が出たので、2018年10月18日に
こちらの清水家錦に立ち寄りました。
以下は、その時の様子です。
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こちらの清水家錦は、海鮮料理が名物の居酒屋です。
いろいろ悩んだ末に、こちらのセットメニューとお酒を頼みました。


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海鮮のセットメニューをアップで撮りました。
左側はお刺身で、手前がハマチで奥がマグロです。
中央には釜揚げのポン酢和えが鉢に入っており、
右側のお寿司は軍艦巻きではなく
巻き寿司の上に海鮮が載っています。
合わせて2,000円弱でしたが、これで十分満腹でした。


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その占出山会所に、こちらの碑が立っていました。
それによると、かつてこちらに木下順庵が住んでいたそうです。


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占出山の会所は、普段も開いています。
左(東)側のトタン板の壁は、先程の居酒屋ですね。
ウナギの寝床の奥に社が見えますが、
こちらは神功皇后をご祭神とした神社です。
では、こちらの奥に入っていきます。


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占出山会所の奥に入ってきました。
こちらの駐車場に、祇園祭にはさまざまな装飾品が展示されます。


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こちらは、この神社の本殿です。
ご祭神が神功皇后なので、安産のご利益があります。
ですから、妊娠中の方に腹帯を配布されています。
ただ、いろいろ調べてもこちらの神社の名称がよく分かりません。
「占出山神社」と書かれた地図もありますが、
別の名称が書かれた資料もあります。
祇園祭前祭期間中は、こちらで粽や手拭いを売っています。


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本殿の前で、北を向きました。
右(東)側に、絵馬がたくさん奉納されていますね。
ではこちらから出て、錦小路に戻ります。


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占出山会所から、錦小路を西に進んでいます。
占出山会所の西隣にギョーザ専門店があるのですが、
そのさらに西隣はこちらのパブリックバーです。
サッカーの試合見たさに、自分は京都駅八条側の駅舎内にある
アイリッシュバーによく行きますが、こちらのバーもW杯期間中に
そちらと同じようにサッカーのTV中継をしてくれるのでしょうか?


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そのパブリックバーの前で、錦小路を西に向きました。
烏丸通以東同様、この辺りの錦小路は飲食店が並びます。
こちらに、「炭火とワイン」の看板が出ています。
「七条東洞院」交差点にも同じ店がありますが、
そちらはいつも満員で店内に入れません。
こちらの方も、いつも満員なのでしょうか?


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烏丸通から、錦小路を約100m西に進みました。
ここで錦小路は、室町通と交差します。


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錦小路から、室町通を北に向いています。
室町通と言えば、元々西陣織の呉服問屋が続く道です。
今も祇園祭を支える町衆が多く住む道ですが、
近年の室町通はマンションやホテルが多く並ぶようになりました。


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錦小路から、室町通を約50m北上しました。
左(西)側に、旧京都市立明倫小学校の講堂があります。
右(東)側は、旧京都市立明倫小学校の校舎があります。
どちらも、手前の桜の枝振りが見事ですね。


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こちらが、その旧京都市立明倫小学校の校舎でした。
京都市内の小学校の大半は、人口の減少により廃校になりました。
そして旧小学校の校舎は、様々な公共の施設に生まれ変わりました。
こちらは、現在京都芸術センターです。
では、ちょっとこちらに寄り道をします。


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旧京都市立明倫小学校の校舎は、
京都市指定の有形登録文化財に指定されています。
そう言えば、京都市内でも50年以上古い小学校の校舎が
ほぼなくなりました。


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京都芸術センターの屋内は、廊下限定で撮影可能です。
こうして見ると、自分が小学校の頃の校舎を思い出します。
(自分の母校が、こんな感じでした。約40年前の話です)


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最初に入ったのは明倫小学校の南校舎で、
北校舎に移る途中の渡り廊下で東を向きました。
こちらは、旧京都市立明倫小学校の運動場です。
自分の母校を含めて、この辺の小学校の運動場は
一周80mほどしかありません。
ですから当時の運動会でも100m走が無くて、
代わりに80m走がメインでした。


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先程と同じ位置から、北校舎を写しました。
この北校舎はそれぞれの教室が画廊になっていて、
各作家さんがこちらを借りて個展が開けるようになっています。
ただこの日(2018年10月4日)に利用された方はいらっしゃらず、
ちょっと閑散としていました。


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こちらは、その渡り廊下の西側にあった水飲み場です。
こういうところを見ると、元々小学校であったことが分かりますね。


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京都芸術センターの南校舎に戻ってきました。
1Fのいちばん奥に、図書室がありました。
ただ、室内は写真撮影不可なのでこんな写真です。
まぁ場所が場所だけに、全て美術書です。
また、こちらは書籍の全てが貸出・持ち出し不可です。
自分のお気に入りがあるか調べてみたのですが、
なんと庭師の中根金作氏の著作物がありました!
中根氏がお勧めの京都の庭園について書かれていました。
ただ、ご自身の代表作退蔵院余香苑については
何も書かれていませんでした。
この本も貸出不可ですので、何回かに分けてこちらに通います。


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その図書室の隣に、前田珈琲の支店があります。
祇園祭期間中はかなり混みますが、今もそこそこ混んでいます。
いろいろスイーツもあったのですが、ここはコーヒーを頼みました。
なんといっても珈琲屋さんですし、
おいしいコーヒーが飲みたかったのでちょっと高いものにしました。
香りも高く、独特の苦味がたまりません。


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珈琲を飲み終わって、前田珈琲を出ました。
京都芸術センターを出て、室町通の方を見ています。
雨がまだ降っているので、石畳が濡れていますね。



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京都芸術センターから出る前に、校門脇を撮りました。
こちらに、二宮金次郎の銅像が立っていました。
かつて日本中のどこの小学校にも立てられた銅像ですが、
近年はあまり見かけませんね。
ただ、京都市街地の旧小学校には廃校後も
このような銅像が残されています。
(第204回ブログの京都国際マンガミュージアム参照。
こちらも、元々は京都市立龍池小学校でした)


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京都芸術センターの前で、室町通を北に向きました。
右(東)側に見える塀は、その京都芸術センターのものです。
その先(北)はマンションやホテルがたくさん建っていますが、
祇園祭前祭期間中はこの先に山伏山が立ちます。


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今度は京都芸術センターから、室町通を南に向きました。
では、こちらから錦小路に戻ります。


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京都芸術センターから、室町通を約50m南下しました。
ここで室町通は、錦小路と交差します。
ちなみに、ここより南の室町通は
祇園祭前祭期間中菊水鉾が立ちます。


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室町通から、錦小路を西に向いています。
左(南)側のお店は、西陣織を販売している優彩です。
こちらは、祇園祭前祭期間中に毎年バーゲンセールを行っています。
(祇園祭の秘かな名物となっています)
次は、こちらを進みます。


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室町通から、錦小路を約50m西に進みました。
こちらの中二階の京町家は、霰天神山の会所です。
祇園祭前祭では特に賑わう山なのですが、
普段はこんな感じです。
(こちらのご利益は火災除けなので、
毎年たくさんの方々がこちらのお札を求めに来られます)
こちらの入り口は閉まっていますが、
この奥に霰天神の神社がいらっしゃいます。


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霰天神山の西隣に、中華料理店の「膳處漢ぽっちゃり」があります。
祇園祭前祭期間中に浸みだれ肉まんを販売しているお店です。
(毎年、長い長い行列ができていますね)
普段のこちらのお店も相当な有名店ですが、
いちばん安いものでも2,100円します。
お酒と大皿料理2皿を頼むと5,000円を越えます。
錦市場での散財直後の自分の予算を越えているので、
ここは素通りです……


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膳處漢ぽっちゃりの前で、錦小路を西に向きました。
この辺りは飲食店が多いですが、
だんだん呉服店の割合も増えてきます。


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膳處漢ぽっちゃりの斜め向かい(南西)に、
こちらのイタリア料理店があります。
こちらも祇園祭前祭期間中に露店を出して、
ワインや生ハムなどを販売して、繁盛しておりました。


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そのイタリア料理店の2軒西の先に、こちらのお店があります。
子供用の和服を仕立てるお店ですね。
つまり、こちらに頼めばオーダーメイドで子供服ができます。
こちらのショウウィンドウの人形が可愛くて、
自分のブログにも何度か登場しています。


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その仕立て屋さんの前から、錦小路を西に向きました。
この先で、錦小路は新町通と交差します。
ここからだんだん飲食店や呉服屋さんから、
住宅街に錦小路は変わっていきますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、ここから堀川通を目指します~

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第606回 本能寺の変の古戦場~錦小路東から西~その8

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錦小路を烏丸通から西に約200m進みました。
目の前で錦小路は、新町通と交差しています。
この辺りは祇園祭の鉾町なのですが、
普段のこの辺りは西陣織などを扱う呉服問屋が多いですね。
また繁華街が近いこともあって、飲食店もたくさんあります。
今回はこのまま錦小路を西に進み、かつての本能寺跡を目指します。
撮影日は、2018年10月18日木曜日午後1時半。
久しぶりの快晴です。


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錦小路から、新町通を北に向いています。
祇園祭後祭期間中には目の前に南観音山が、
約100m先の蛸薬師通よりも北に北観音山が立ちます。
祇園祭期間中以外のこの辺りは、
西陣織などを扱う呉服問屋が建ち並び、落ち着いた感じですね。


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今度は錦小路から、新町通を南に向きました。
この辻の南西角の木造家屋は、焼肉屋さんです。
約100m先に四条通が伸びていることもあって、
錦小路以南には飲食店が並びます。
また、この先に祇園祭前祭期間中には放下鉾が立ちます。
(その袂に、ハモバーガーの露店が立ちます。
鱧の白身が入った梅肉味のハンバーガーですね)


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さらに新町通から、錦小路を西に向いています。
ここから錦小路の道幅が狭くなり、大型車は通れない程です。
この辻の北西角は診療所なのですが、こちらの桜が見事で
春になるとこの辺りは絶景になります。


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「錦新町」の辻から、錦小路を約5m西に進みました。
右(北)側は先程と同じ診療所なのですが、
この辺りから、庭木が桜からカエデに変わります。
今年(2018年)は気温の下降が早いので、
もう1カ月(11月半ば)になればこちらも紅く色付くのでしょうね。


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そのカエデ並木の向かい(南)側に、こちらの京町家が並びます。
入り口の暖簾に「カレー」と書かれていますが、
ランチタイムにこちらでカレーを頂けるようです。
京町家の内装を改装して中を飲食店にするのは、
最近の京都市街地の流行ですね。
ちなみに、こちらは夕方以降はお酒を呑む店となり
暖簾も変わって「おでん」と書かれるようになります。


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そのお店から、錦小路を約5m西に進みました。
左(西)側のは美容院ですが、
右(東)側は染物屋さんの老舗万惣です。
先程のカレー屋さん同様、
この辺りの様子は第548回ブログにも載せています。


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その万惣の前で、錦小路を西に向きました。
この辺りから、錦小路は徐々に住宅地に変わっていきます。
ただ繁華街から100mほどしか離れていないので、
まだまだ飲食店などもこの辺りには多いですね。
目の前に電柱が立っていますが、その辺りがT字路です。
では、そちらの方に向かいます。


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そのT字路で、錦小路から南を向きました。
若宮通最北端菅大臣神社の北側から伸びる小路や路地を
ずっと北上し続けると、こちらの地点に辿り着きます。
この道の約100m先の突き当りに見える黒い京町家は郭巨山会所で、
その脇から南にさらに膏薬辻子と呼ばれる路地が続きます。
(第580回ブログを参照)


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そのT字路で、錦小路を西に向きました。
写真では分かり難いのですが、ここから錦小路は下り坂です。


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先程のT字路から、錦小路を西に約3m進みました。
錦小路の北側に、こちらの寺院があります。
では、約7カ月ぶりにこちらの亀龍院にお邪魔します。


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真言宗智山派延命山亀龍院の境内に入ってきました。
先ずは錦小路沿いの地蔵堂にお参りです。


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その地蔵堂の向かい(北)側に、
真言宗智山派延命山亀龍院の本堂があります。
この先に、ご本尊の亀薬師如来像がいらっしゃいます。
こちらの寺院は相当変わった沿革を持っているのですが、
詳細は第548回ブログを参照してください。


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亀龍院本堂から、背を向いています。
では、目の前の錦小路に戻って先を進みます。


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こちらは、亀龍院の西側から北に伸びる路地です。
第548回ブログでも書きましたが、この先は明らかに私有地なので
ここから先は撮影どころか立ち入っていません。
地図を見る限りは、民家の庭先に出るようです。


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亀龍院の前から、錦小路を西に向いています。
写真では分かりにくいですが、結構急な下り坂です。
京町家の姿が消えて雑居ビルの割合が増えていますが、
飲食店や西陣織などを扱う呉服問屋以外にも
マンションの割合も増えてきました。


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亀龍院から、錦小路を西に約50m進みました。
ここで錦小路は、西洞院通と交差します。
この交差点が下り坂の谷ですね。


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錦小路から、西洞院通を南に向いています。
祇園祭前祭期間中この辺りに蟷螂山が立ちます。
そして、左(東)側に見える花屋さんの前辺りから南へ
かまきりみくじの行列ができます。


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今度は錦小路から、西洞院通を北に向きました。
西洞院通は京都駅前からこの辺りまで(約2㎞)この道幅ですが、
約100m先の蛸薬師通以北はこの半分の道幅になります。


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さらに西洞院通から、錦小路を西に向いています。
ここから一転して、上り坂ですね。
西洞院通が谷底なのは、この通りがかつて川だった名残です。


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西洞院通から、錦小路を約30m西に進みました。
こちらに、京都のそば屋の老舗河道屋系列の店がありました。
京都市街地には、河道屋から暖簾分けした支店が多くあります。
その幾つかが、京都を代表する名店ですね。


~2018年10月28日追記~
2018年10月25日にブログ取材した際、
こちらのお店に立ち寄りました。
ブログ取材を申し込んだところ、快く引き受けてくださいました。


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さて何を食べようかと迷ったのですが、
ちょっと贅沢して天ざるを頼みました。
600円のビールと合わせて、2,000円です。


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こちらは、天ざるの天ぷらです。
手前左が獅子唐で、右がシメジですね。
奥の海老天は、2尾あります。
ホクホクした甘味のあるエビは、尾まで頂きました。


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そして、こちらがざるそばです。
こちらを持ってこられるのに少々時間がかかったのですが、
どうやら注文を受けてからそばを打たれておられるようでした。
それだけに香りも高く、つるつるしたのど越しの蕎麦でした。


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河道屋河久の前で、錦小路を西に向きました。
こちらより西は、錦小路がマンションに囲まれています。
さらに約20m先に、北に道が伸びるT字路がありますね。


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そのT字路で、錦小路から北を向いています。
こちらが、小川通(こがわどおり)最南端です。
小川通は約4㎞北に伸びる上立売通で、西隣の油小路を吸収します。
(第477回ブログを参照)
そして、さらに1㎞ほど先の鞍馬口通(紫明通)以北で
その小川通は「油小路」とまた名称変更します。
(第247回ブログを参照)


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小川通から、錦小路を西に向いています。
では、このマンションに囲まれた道をこちらの方角に進みます。


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そのマンション群の中に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
最近の京都では、マンションごとに「町内」として登録されて
その町内ごとにお地蔵さんを祀り、地蔵盆を行う事例が多いです。


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そのお地蔵さんの脇で、錦小路を西に向きました。
ここで錦小路は、油小路と交差します。


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錦小路から、油小路を南に向いています。
ここから約200m先の綾小路との辻付近で、
祇園祭前祭期間中油天神山が立ちます。
ただしこの油小路が祇園祭山鉾町最西端ですので、
ここから先(西)には祇園祭期間中でも山鉾は立ちません。


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今度は錦小路から、油小路を北に向いています。
ここから約50m先に、京都市立堀川高校本能学舎があります。
こちらの高校の周辺地図を見ると、この近辺の地名が
「本能寺町」「元本能寺町」「元本能寺南町」です。
現在の本能寺は豊臣秀吉の政策で寺町通に移転させられたものです。
それ以前の本能寺は、この油小路を最西端として
最北端は六角通、最東端は西洞院通、
そして最南端はこの錦小路で作る長方形が、
元々の本能寺で本能寺の変の古戦場であります。
(この時点で、この辺りに小川通は無かったと考えられます)

本能寺の変で暗殺された織田信長の遺骸を
阿弥陀寺の住職玉誉清玉が自分が住む阿弥陀寺まで担いで
信長本廟(織田信長のお墓)を建てたと阿弥陀寺寺伝にありますが、
元々その阿弥陀寺は「大宮今出川」交差点付近にあったので、
当時の阿弥陀寺と本能寺は、徒歩約30分の距離です。
本能寺の火の手を見た玉誉清玉がひとっ走りして、
織田信長の遺骸を自分の寺院まで運ぶということが
無理なくできる距離ですね。


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油小路から、錦小路を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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油小路から、錦小路を西に約30m進みました。
こちらに、京都市立堀川高校の校門があります。
京都市街地では、公立高校としては随一の進学校ですね。


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堀川高校校門前で、錦小路を西に向いています。
左側(南)側は京町家が並びますが、
右(北)側は約100m先の堀川通まで堀川高校校舎が続きます。
そして、目の前にまたT字路が見えます。
約10m先で、こちらから南に醒ケ井通が伸びています。


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醒ケ井通から、錦小路を西に向いています。
では、堀川高校の校舎沿いに歩いていきます。


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その辺りで、錦小路を南に向きました。
マンションの合間に路地が伸びていて、
その先に京町家が並んでいるのが面白いですね。


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醒ケ井通から、錦小路を約100m進みました。
ここで錦小路は、堀川通と交差します。
錦小路は西にあと350mで突き当たりますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ちょうど切りがいいので、今回はここまでです。

~次回は、中山神社に参拝します~

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第607回 岩上通の中山神社~錦小路東から西~その9

[中山神社] ブログ村キーワード

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京都市立堀川高校の南側に伸びる錦小路から西を向いています。
目の前に、堀川通との交差点が見えますね。
今回は、堀川通から1本西の岩上通沿いの中山神社に参拝します。
撮影日は、2018年10月18日木曜日午後2時。
この後映画を見たいので、急いでいます。


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錦小路から、堀川通を南に向いています。
約100m先に「四条堀川」交差点がありますが、
他の四条通の交差点程には賑やかではありません。
(東隣の「四条烏丸」交差点や西隣の「四条大宮」交差点は、
それぞれ繁華街を形成します)


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今度は、錦小路から堀川通を北に向きました。
約100m先の蛸薬師通まで、右(東)側に堀川高校が続きます。
堀川通は歩道も幅広いですが、
左(西)半分の赤茶色の道は自転車専用道路です。
五条通など、京都市街地では幅広い道に多いですね。
(第405回ブログを参照)
ただ明治時代の半ば(約120年前)まで、
堀川通はこの歩道の右側だけの道幅でした。


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そうこうしているうちに、「錦堀川」交差点の信号が変わりました。
ではこちらの横断歩道を渡って、堀川通西側歩道に向かいます。


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堀川通の横断歩道を渡っている途中で、南に向きました。
堀川通は中央分離帯が幅広く植木などもあるので、
一見すると4車線の道ですが、中央分離帯から眺めると
実は8車線の道だと分かります。
堀川通は、京都市街地屈指の大通りです。


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そうして、堀川通の横断歩道を渡り切りました。
錦小路から、堀川通西側歩道を北に向いています。
ここから約300m先が三条通で、三条会商店街の最東端に出ます。
(「三条堀川」交差点の様子は、第59回ブログ参照)


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同じ位置で、南を向きました。
「錦堀川」交差点南西角に、ガソリンスタンドがあります。
結構賑わっているのですが、おかげで自動車がよく曲がってきます。
さらに四条通の渋滞を避けるために錦小路自体も交通量が多いので、
なかなか次の写真の位置に行けませんでした。


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ようやく、堀川通から錦小路を西に向いた写真が撮れました。
ここから西の錦小路は飲食店もまだ残りますが、
もう住宅地と言ってよい場所です。
約30m先で、錦小路は岩上通と交差します。


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錦小路から、岩上通を南に向いています。
ここから見ると岩上通は
約100m先の四条通で突き当たっているように見えますが、
筋違いで続いており約450m先の松原通で突き当たります。
そしてさらに70m南の万寿寺通で復活して
その120m先の五条通で突き当たります。


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今度は、錦小路から岩上通を北に向きました。
この辺りの岩上通は、京町家に囲まれた住宅街です。
では、この岩上通をここから北上します。


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錦小路から、岩上通を北上しています。
この辺りに、何軒か京町家が続きます。
いちばん手前(南)の京町家は、雑貨屋さんでした。
陶磁器などよりも、西洋雑貨が充実していました。


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その向かい(西)側には、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
お参りして、先に進みます。


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その京町家の並びで、岩上通を北に向きました。
向こうで岩上通は、蛸薬師通と交差します。


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岩上通から、蛸薬師通を東に向いています。
約30m先で、蛸薬師通は堀川通と交差します。


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蛸薬師通から、岩上通を北に向いています。
では、こちらを進みます。


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蛸薬師通から、岩上通を約50m北上しました。
左(西)側に鳥居が見えます。では、ちょっとこちらにお邪魔します。


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こちらが、その鳥居がある神社です。
では、今回ブログのメイン中山神社にお邪魔します。


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中山神社の境内に入ってきました。
京都市街地の多くの神社同様、
こちらの境内はそれほど大きくありません。
ただ京町家に多い「ウナギの寝床」状の敷地ですね。


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そのまま中山神社境内を西に進み、本殿にお参りします。
境内には、自分以外は誰もいらっしゃいませんでした。

中山神社は素戔嗚尊(すさのおのみこと)をご祭神としますが、
他に櫛石窓神と豊石窓神(どちらも内裏の門の守護神です)2柱が
こちらに合祀されています。

中山神社は、平安京が遷都された794年に
桓武天皇の勅命で建立されました。
元々は「二条堀川」交差点付近にいらっしゃいましたが、
1602年二条城築上の際にこちらに移転されました。

中山神社は「岩上神社」とも呼ばれていると
神社前の表札に書かれていましたが、
実はこの中山神社がここに建てられる前に
この位置にいらしたのが「岩上神社」です。
(おそらく、岩上通の名の由来になった神社です)
その岩上神社は、現在「上立売浄福寺」の辻北東角に
いらっしゃいます。(第484回ブログ参照)


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先程の写真の左(南)側に朱い鳥居が見えていましたが、
こちらが、中山神社の末社の稲荷神社です。
では、こちらもお参りします。
現在の中山神社は天明の大火で焼失後再建されたものですが、
焼失以前の中山神社はもっと大きな境内を有していたようです。


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稲荷神社の左(南)側に細い路地がありましたが、
そちらをさらに西に進むとこちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらは、大日如来を祀っておられるようです。
さらに、こちらにお参りします。
中山神社の境内は東西に細長いのですが、
さすがにこの位置が最西端です。


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中山神社本殿前に戻り、境内で東を向いています。
では、目の前の岩上通に戻ります。


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中山神社の前で、岩上通を北に向きました。
約150m先で三条通と交差しますが、その辺りが三条会商店街です。
(第58回ブログ参照)


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今度は中山神社の前で、岩上通を南に向きました。
では、この京町家が並ぶ道を南下します。


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中山神社の前から、岩上通を約50m南下しました。
こちらで岩上通は、蛸薬師通と交差します。


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岩上通から、蛸薬師通を西に向きました。
この少し先に銭湯があったのですが、
いつの間にか閉めてしまいました。


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蛸薬師通から、岩上通を南に向きました。
左(東)側に、赤漆が塗られた木器が並んでいます。
おそらく漆塗りの工場が、こちらにあるのでしょう。
では、さらに南下して錦小路に戻ります。


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蛸薬師通から、岩上通を南下しています。
先程の京町家が続く街並みに、戻ってきました。
では、さらに南下していきます。


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蛸薬師通から、岩上通を約100m南下しました。
ここで岩上通は、錦小路と交差します。
やっと今回連載メインの道に、戻ってきました。


607-30.jpg
岩上通から、錦小路を西に向いています。
錦小路も、約300mで突き当たりますね。
ただ今回ブログはだいぶ写真を貼り付けましたので、
ここまでとします。

~次回は、錦小路をさらに西に進みます~

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第608回 大宮通の休務寺へ参拝~錦小路東から西~その10

[休務寺] ブログ村キーワード

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岩上通から、錦小路を西に向いています。
飲食店が多いものの、この辺は住宅地です。
今回は錦小路をこのまま西に進み、大宮通や後院通に至ります。
撮影日は、2018年10月25日木曜日正午。
諸事情で、いつもより早めに来ました。


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岩上通から、錦小路を西に歩いています。
岩上通から約40m先に、イタリアの国旗が掲揚されています。
取りあえず、そちらに向かいます。


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先程のイタリアの国旗は、飲食店に掲げられていました。
「ビストロ食堂」と看板に書かれていましたが、
おそらくイタリア料理中心に出されるのでしょうね。
ただ、その飲食店と同じ建物に割と大きな保育園が入っていて
そちらの園児や保育士さんも写ってしまいそうだったので、
飲食店の周囲は近くで撮影していません。

その飲食店と保育園がテナントに入っているビルの西側で、
錦小路は猪熊通と交差します。


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錦小路から、猪熊通を南に向いています。
猪熊通は約1500m先の花屋町通で突き当たり、(第594回ブログ参照)
その南側の西本願寺のさらに南に伸びる七条通から、
さらに南に伸びています。


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今度は、錦小路から猪熊通を北に向きました。
猪熊通は約700m先の二条城で突き当たり、
さらに約400m先の竹屋町通でまた復活します。


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さらに、猪熊通から錦小路を西に向いています。
この辺りの錦小路は、完全に住宅街ですね。
では、こちらを進んでいきます。


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猪熊通から、錦小路を西に約30m進みました。
こちらで、祇園小石の京飴が作られているようです。
またこちらでも店頭販売と喫茶スペースがあるのですが、
この日(2018年10月25日)は閉まっていました……


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錦小路にある祇園小石の前から、錦小路を西に約20m進みました。
錦小路は、ここで黒門通と交差します。


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錦小路から、黒門通を南に向いています。
ここから約100m先の四条通周辺が、
「四条大宮」交差点周辺の繁華街の一部になります。


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今度は、錦小路から黒門通を北に向きました。
黒門通はここから約700m先の二条城黒門で突き当たります。
これが、「黒門通」の由来と考えられます。
(第339回ブログを参照)


608-11.jpg
さらに、黒門通から錦小路を西に向きました。
この辺りから「四条大宮」の繁華街の影響で、
呑み屋さん(居酒屋ではなく)が増えてきます。
では、ここから西に進みます。


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黒門通から錦小路を約20m西に進み、南を向きました。
路地の先に、何軒も小さな呑み屋さんが並んでいますね。
正直これが自分が描く「四条大宮」のイメージです。
繁華街の中でも「四条大宮」は観光客が特に少ないですが、
地元民にとってはこの辺りは「おっさんの繁華街」です。


608-13.jpg
先程と同じ位置で、錦小路を西に向きました。
この周辺の家屋の全てが、飲食店です。
目の前で、錦小路は大宮通と交差します。


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錦小路から、大宮通を南に向きました。
約100m先の「四条大宮」交差点以南は4車線の大通りですが、
その交差点以北の大宮通はこのくらいの道幅になります。
この辺りの大半が呑み屋さんなので、
昼間は寂しい感じですが、日が暮れると途端に賑やかになります。


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今度は、錦小路から大宮通を北に向きました。
暫く飲食店が続きますが、すぐに大宮通は住宅街に変わります。
そして、約400m先で三条会商店街と合流します。


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大宮通から、錦小路を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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大宮通から、錦小路を西に約20m進みました。
この辺りから錦小路は、小さな寺院に囲まれます。
そう言えばこの北側の蛸薬師通もそうですが、綾小路仏光寺通も
大宮通以西に小さな寺院が並んでいますね。


608-18.jpg
大宮通から錦小路を約20m西に進み、南に向きました。
では、こちらの浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺にお邪魔します。
「西山禅林派」ということは、永観堂が本山ですね。


608-19.jpg
休務寺境内に入ってきました。
細長い境内の右(西)側に、休務寺の本堂があります。
右(西)側に本堂がありますが、非公開なので入れません。
こちらのご本尊は、浄土宗だけに阿弥陀如来像です。

浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺は、
江戸時代初期の1613年に建立されました。
石田幽汀のお墓があるそうですが、どこか分かりませんでした。


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休務寺本堂前に、庭園が広がります。
十三石塔が、立派ですね。


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休務寺境内の最南端で、西を向きました。
ここから先は、休務寺の墓地のようです。
よく考えたら、ここを進めば石田幽汀のお墓があったのでしょうね。
右(北)側にお地蔵さんがいらっしゃいますが、
休務寺は、京都市街地のお地蔵さんを巡る
「洛陽48願書霊場」に数えられています。


608-22.jpg
これで、休務寺境内を一通り回りました。
では、こちらを出て錦小路に戻ります。


608-23.jpg
休務寺の向かい(北)側に、浄土宗鎮西派専徳寺があります。
こちらも、浄土宗なのでご本尊は阿弥陀如来像です。
こちらは、豊臣秀吉の治世である1588年に建立しました。
専徳寺の詳細は、こちらのサイトでご確認ください。


608-24.jpg
その辺りで、錦小路を西に向きました。
左(南)側の駐車場は、休務寺のものです。
右(北)側の専徳寺の先(西)にも、寺院が続きますね。


608-25.jpg
専徳寺の西隣に、浄土宗欣浄寺があります。
実はこちらもサイトがあるのですが、indexすらない状態でした。
ですから、こちらの沿革はまったく分かりません……


608-26.jpg
欣浄寺の門前で、錦小路を西に向きました。
欣浄寺はどうやら墓地が広いらしく、
西の方に敷地が広がっています。


608-27.jpg
欣浄寺の西端で、錦小路を北に向きました。
細い路地が伸びていますが、
こちらは約100m先の蛸薬師通まで伸びています。
そして、そちらも小さな寺院に囲まれています。


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その位置で、錦小路を西に向いています。
この先で、錦小路は光院通と交差しています。


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錦小路から、後院通を南東に向いています。
約150m先の「四条大宮」交差点までに、
呑み屋さんがたくさん並んでいます。
その中の1軒に、餃子の王将1号店があります。
つまり、こちらがその「餃子の王将」発祥の地です。

後院通は、「四条大宮」交差点と「三条千本」交差点間の
4車線の大通りです。
大宮通から北上すると、よく大宮通と勘違いする道ですね。


608-30.jpg
今度は、錦小路から後院通を北西に向きました。
こちら側も、飲食店がずっと続きます。
約550m先の「三条千本」交差点に、
立命館大学千本学舎が見えますね。(第333回ブログ参照)


608-31.jpg
そうこうしているうちに、後院通の信号が青に変わりました。
後院通の横断歩道を渡ると約100mで錦小路は突き当たるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回が、「錦小路編」の最終回です~

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ジャンル : 地域情報

第609回京ラーメン壬生さだかず~錦小路東から西~その11

[京ラーメン壬生さだかず] ブログ村キーワード

608-31.jpg
大宮通から錦小路を約100m西進し、後院通との交差点に来ました。
今回は、約100m先の錦小路最西端に到達します。
撮影日は、2018年10月25日木曜日午後0時半。
わざわざランチタイムに取材しているのには、理由があります。


609-2.jpg
そうこうしているうちに、後院通の信号が青になりました。
「錦後院」交差点の横断歩道を西に渡り、
後院通から錦小路を西に向いています。
錦小路最西端まで約100mですから、突き当りがもう見えています。
では、こちらを西に進んでいきます。


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後院通から錦小路を西に約20m進み、南に向きました。
この道には特に名前がなく、約100m先の四条通で突き当たります。
ただ、こちらは京町家が並ぶ味のある街並みです。
よく見ると、こちらに看板がありますね。


609-4.jpg
そこで、錦小路からその道を約50m南下してみました。
こちらに、「錦生湯」という銭湯があります。
ここ数年で京都市街地で銭湯が激減しているので、
こちらの存在はとても貴重です。


609-5.jpg
「錦生湯」のある道から錦小路に戻り、西に向きました。
ちなみに、錦小路は後院通以西が「壬生地区」です。
(今回ブログの最後まで、「壬生地区」内で散策しています)
では、錦小路をさらに西に進みます。


609-6.jpg
先程のT字路から錦小路をさらに20m西に進み、南を向きました。
こちらもT字路で、約100m先の四条通まで道が伸びています。
この通りも京町がずっと並んでいますが、
こちらの方は飲食店も何軒か並んでいます。


609-7.jpg
また錦小路まで戻り、その位置から西を向きました。
だんだん錦小路最西端が、近づいてきました。
ただ、目の前の家に暖簾が出ていますね。


609-8.jpg
その暖簾に近づいてみました。
こちらは、割と最近にできたラーメン屋さんです。
ただ、こちらは午前11時半開店で午後1時半閉店です。
(夕方以降は、開いていません)
この店に入るために、前回ブログからの取材をこの時間にしました。


609-9.jpg
では、「京ラーメン壬生さだかず」に入ります。
こちらは、カウンター6席で満員になります。
また結構人気店なので、開店の11時半に入店すると
店の前の行列に並ばなければなりません。
自分は午後0時半(閉店の約1時間前)に来店しましたが、
自分以外のお客さんは1組2人だけでした。
(その方々も、暫く並んだそうです)
では、約10分待ってこちらのラーメンを頂きます。


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こちらの注文は、、このラーメンのほぼ一択です。
唐揚げ・餃子などのサイドメニューどころか、
ビールやジュースの飲み物すらメニューにありません。
(コップの水は、飲み放題ですが……)
こちらのラーメンのトッピングは、
叉焼・メンマに生の九条ネギのみじん切りです。
(こちらの店は、この九条ネギにこだわりがあるようです)
鶏ガラスープの上に、背脂をかけたものです。
自分はあまり脂入りのスープの店には行かないのですが、
元の鶏ガラスープがあっさりしているので、
見た目ほど脂濃く感じません。


609-11.jpg
食べる前に、箸で麺を上に出してみました。
こちらの麺は、自分がよく行く第一旭本店と比べて細いですね。
確かに、この麺は九条ネギと相性がいいです。


609-12.jpg
「京ラーメン壬生さだかず」の西側に、
南北に伸びる狭い小路が伸びています。
錦小路から、その小路を北に向きました。
この道は約50m先で「後院壬生川」交差点上を貫き、
さらに約50m先の蛸薬師通とのT字路で突き当たります。


609-13.jpg
その南北に伸びる道から、錦小路を西に向いています。
約50m先で錦小路は壬生川通と交差して、
この公営団地で突き当たります。


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錦小路から、壬生川通を真北に向いています。
壬生川通はこの辺りで北東に曲がりますので、
ここは1車線の一方通行の道で、隙間に草木が植えられています。
1車線の道は、約50m先の後院通との交差点で合流します。


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その1車線の道の上から、錦小路を西に向きました。
では、横断歩道を渡って錦小路最西端に向かいます。


609-16.jpg
錦小路を最先端まで渡り切り、壬生川通を北東に向きました。
北西~南東に伸びる後院通と交差する関係で、
壬生川通はこの錦小路以北で北東に曲がります。
壬生川通は、その後院通で突き当たります。
「後院壬生川」交差点の角に大きな建物が見えますが、
あちらは中京警察署です。
第599回ブログに「錦小路最西端は京都市交通局」と書きましたが、
この中京警察署のいら手に京都市バスの車庫があります。
それが「京都市交通局」の正体です。
(まぁ京都市交通局が所有している施設ですし……
自分たちは、地名から「みぶ車庫」と呼んでいます)


609-17.jpg
錦小路最西端から、今度は南を向きました。
右(西)側は、URが経営する「壬生坊城団地」の住宅が並びます。
壬生川通はこの壬生や南隣の島原を貫いて、
ここから1,500mの七条通まで伸びています。
(さらに八条通以南には「壬生通」が伸びています)
では、こちらを南下していきます。


609-18.jpg
錦小路最西端から、壬生川通を約100m南下しました。
ここで壬生川通は四条通と交差します。


609-19.jpg
四条通から、壬生川通を南に向いています。
このすぐ南で壬生川通は京福電車(嵐電)の踏切を通過して、
さらに約100m先で綾小路と交差します。
(第188回ブログを参照)


609-20.jpg
壬生川通から、四条通を西に向いています。
約150m先に坊城通が伸びていて、
その辺りが新撰組の拠点で現在は観光地の壬生です。


609-21.jpg
そして、壬生川通から四条通を東に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


609-22.jpg
壬生川通から、四条通を東に約90m進みました。
この辺りの四条通は、マンションとビジネスホテルが並んでいます。
では、この辺りで北を向いてみます。


609-23.jpg
その辺りで、四条通から北を向きました。
少し先に、先程の「錦生湯」がありますね。


609-24.jpg
さらに、四条通を東に約100m進みました。
向こうのバス停に書いてあるように、
この先が「四条大宮」交差点です。


609-25.jpg
四条通から、大宮通を南に向いています。
四条通の南側歩道に、京福電車(嵐電)の「四条大宮」駅があります。
ここから、「嵐山」駅まで電車が通じています。


609-26.jpg
同じ場所で、北を向きました。
「四条大宮」交差点北西角に、
阪急電車「大宮」駅の5番出口があります。
「西院」駅~「河原町」駅間の阪急電車は、地下鉄です。
では、ここから返球電車に乗って家に帰ります。

~これで、「錦小路編」は終了です~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

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☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
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独断と偏見で桜の名所を
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少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
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「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
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こちらも許可をいただいて
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「京都に夢中!
古都・京都
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京都のお祭りや
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こちらも許可をいただいて
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宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

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写真ブログです。
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こちらからお願いして、
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「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
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この度、相互リンクさせて
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☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
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観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
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他の「道ブログ」とは
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「ここって、
何のブログなの?」
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「限定公開」
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閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。 「錦小路東から西」 四条通の1本北に伸びる 錦小路を東から西に 進みます。 錦市場から祇園祭鉾町へ 最終的に住宅街に 移動していきます。
サイトやブログのリンク
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