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第845回 初めは長刀鉾~祇園祭前祭散策2022~その1

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4年ぶりの祇園祭宵山散策です
2019年は脳出血で緊急入院したため、
2020年と2021年はコロナ禍で、祇園祭取材ができませんでした。
このところコロナウィルス新規感染者が急増していて、
土壇場までかなり心配していましたが、
いろいろ対策を凝らしたうえで改めての開催です。
今回はかなりの分量の写真を撮影しましたので、
例年より長めの連載になるでしょう。
また、2022年は7月17日と7月24日が日曜日です。
前祭宵山以外も取材予定ですので、
2022年度の祇園祭連載は9月以降も続きます。
(まぁいくつかのカテゴリーに分けて連載しますが……)


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京都駅から京都市営地下鉄烏丸線に乗って、2駅。
こちらは、地下鉄烏丸線「四条」駅です。
今回は、こちらから祇園祭前祭に立つ長刀鉾を目指します。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後3時。
雨が降ったり止んだりの一日でした。


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今まで自分が乗っていた京都市営地下鉄の車両が、
「烏丸御池」駅に向かいます。
実はこちらは新車両で、座席の位置が今までと異なります。


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そして、その新車両が地下鉄「四条」駅を出ます。
こちらは、おそらく終点の「国際会館」駅まで向かいます。


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車両から降り、地下鉄烏丸線「四条」駅ホームを南に向いています。
地下鉄烏丸線駅ホームには、転落防止の柵が付いていますね。


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先程の位置から地下鉄烏丸線「四条」駅ホームを約10m南下して、
ホーム中央で北を向きました。
では、この階段を上ってコンコース階を目指します。


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地下鉄烏丸線「四条」駅ホームから先程の階段を上り、
「四条」駅コンコース階に上がってきました。
では、目の前の北改札口から「四条」駅を出ます。


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地下鉄烏丸線「四条」駅北改札口から、地下道を北に向きました。
この辺りには様々なテナントのお店が入っていて、
ちょっとした地下街を形成していますね。


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地下鉄烏丸線「四条」駅北改札口から、地下道を約50m北上しました。
目の前の階段を上ると、「四条烏丸」交差点の真下に出ます。


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先程の階段を上がって、「四条烏丸」交差点の真下に来ました。
この辺りから、地下道の壁が急に古めかしくなります。
先程までの地下道は1980年ごろの完成なのですが、
この辺は1960年ごろの完成です。
ここで京都市営地下鉄烏丸線「四条」駅前から、
阪急電車「烏丸」駅前に変わります。
駅名が違うのでわかりにくいですが、
地下鉄「四条」駅も阪急電車「烏丸」駅も、
どちらも「四条烏丸」交差点にある駅です。
(目の前に、阪急電車「烏丸」駅切符売り場があります)


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「四条烏丸」交差点の真下で、東を向きました。
この地下道は、ここから約1㎞先の木屋町通まで伸びています。
では、ここからはこの地下道を東に進みます。


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「四条烏丸」交差点の真下から、地下道を東に約30m進みました。
すると、こちらに20番出口が見えます。


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その地下道の20番出口で、北を向きました。
京都三井ビルの地下には飲食店が多数入っていますが、
その飲食店街の脇に続く上ります。


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京都三井ビル脇の階段を上がり、地上に出ました。
ここを出ると、四条通沿いですね。


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20番出口から、四条通に出ました。
目の前に、お神酒に使用される酒樽と提灯が並びます。
これは、祇園祭の山鉾が近い証拠ですね。


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20番出口の前で、四条通を東に向いています。
この先に、長刀鉾が立っています。


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その提灯の東側に、(車道上ですが)テントが立っています。
こちらで、長刀鉾の
粽(ちまき)やお札を購入することができます。


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そのテントの東側に、長刀鉾が立っています。
この瞬間も雨が降っているのですが、
「鉾」のほうは前掛けや水引、見送りなど装飾品が既に付いています。

祇園祭は八坂神社の例祭ですが、
祇園祭の各山鉾は独立した神社でもあります。
(本社と末社の関係でしょうか)
長刀鉾は、必ず先祭山鉾巡行の先頭を進みます。
天頂部に長刀が取り付けられており、
「長刀で先陣を切って、魔を祓う」役割を果たしています。
ご神体の人形を持たない鉾で、
唯一生きている人間を生稚児として搭乗させています。
ちなみに、どちらの方を向いても
八坂神社に長刀の刃先が向かないように作られています。


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長刀鉾の北側に、長刀鉾の会所が建っています。
各山鉾町には会所が必ずあって、
こちらで粽(ちまき)や手拭いなどを買えます。
会所によっては、独自の和菓子を売っていたりもします。
さらに会所の中には、脇の鉾に入れるところもあります。


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長刀鉾と会所の脇から、四条通を西に向きました。
ここからは、四条通を烏丸通に向かって歩きます。


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長刀鉾から、四条通を約100m西に進みました。
ここで四条通は、烏丸通と交差します。
この辺りが、京都市街地屈指の繁華街「四条烏丸」交差点です。
烏丸通より西には、次回ブログで立ち寄る函谷鉾が見えますね。


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四条通から、烏丸通を北に向いています。
この辺りで、京都市下京区から京都市中京区へと移ります。


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四条通から、烏丸通を約100m北上しました。
ここで烏丸通は、錦小路と交差します。
「錦烏丸」交差点の南東角に、
老舗和菓子匠の胡月 四条烏丸店が建っています。


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その胡月 四条烏丸店の店頭なのですが……
和菓子を載せる蒸篭の脇に、ビール用冷蔵庫があります。
この時点で2022年7月14日木曜日午後3時半です。
おそらく午後5時以降なのでしょうが、
老舗和菓子匠が店頭でビールを販売するのでしょうか?


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錦小路から、烏丸通を北に向いています。
この辺りから雨が強くなって、雨傘を差す方が増えてきました。
(自分も、この時点で雨傘を差しました)
そのせいで見えなくなりましたが、
この先に御手洗井があります。
祇園祭期間中限定で開放される名水の井戸です。
(詳細は、第610回ブログ参照)


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今度は烏丸通から、錦小路を東に向きました。
右(南)側に、先程の胡月 四条烏丸店が見えます。
(喫茶室に上がれる階段も見えます)
烏丸通以東の錦小路に祇園祭の山鉾は立たないのですが、
ちょっと用事があるのでこちらを進みます。


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烏丸通から、錦小路を約50m東に進みました。
こちらに、紅茶専門店 烏丸錦店が建っています。
ウチで紅茶が切れて数か月経ちましたが、
この辺に来る用事がなくて放置していました。
そのため、近くまで来たこの日に立ち寄りました。


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紅茶専門店 烏丸錦店から、帰宅した後の写真です。
こちらで、この紙カバンの中身を買いました。


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紙カバンの中身は、スリランカ産のウバ茶です。
インド産のニルギリと迷ったんですが、
やはり自分の好みはセイロン茶です。


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ウバ茶をティーカップに淹れました。
ウバ茶などセイロン茶は味が濃いので、ミルクティーが合います。
ただ、今回はそのままストレートで飲んでみます。


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紅茶専門店 烏丸錦店から、錦小路を東に向ています。
約150m先で錦小路が突き当たっているように見えますが、
あちらから東が錦市場です。
錦市場に祇園祭の山鉾は立ちませんが、
祇園祭の神輿巡行で錦神輿会として西御座の神輿を担ぎます。


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今度は紅茶専門店 烏丸錦店から、錦小路を西に向きました。
では、ここから烏丸通に戻ります。


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紅茶専門店 烏丸錦店から、錦小路を約50m西に進みました。
ここで錦小路は、烏丸通と交差します。
要するに、「錦烏丸」交差点に戻ってきました。


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ちょうど信号が青くなったので、そのまま横断歩道を渡りました。
烏丸通以西の錦小路に、占出山が立っています。
祇園祭の山鉾の中でも特に胴掛がきれいな山で、
会所には国宝の脇差が展示してあります。
ただ、先に烏丸通沿いの2022年「山1番」孟宗山や
函谷鉾、菊水鉾を見て回ります。
とは言えだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、孟宗山、函谷鉾、菊水鉾を見て回ります~

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第846回孟宗山の会所~2022祇園祭前祭宵山散策~その2

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前回ブログで長刀鉾を拝観した後、
「四条烏丸」交差点を錦小路まで北上して西を向きました。
今回は、「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を見て回ります。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後3時15分。
だんだん雨足が強くなってきました。


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烏丸通から、錦小路を西に向いています。
この先に占出山が立っているのですが、
2022年前祭宵山散策では
「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を先に回ります。


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錦小路から、烏丸通西側歩道を南に向いています。
烏丸通沿いに、祇園祭の山が立っていますね。


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その山に、近づいてみました。こちらは、孟宗山です。
この日(2022年7月14日木曜日)は一日雨天でしたから、
山の中央がテントで覆われて、装飾品も付けられていません。


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その孟宗山会所は、提灯の取り付け作業中でした。
「午後5時から、開所です」
こちらの町衆がそうおっしゃられたので、
この時点で会所に入るのは諦めました。


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先に他の山鉾を散策して、約3時間経ちました。
この時点で、2022年7月14日木曜日午後6時15分です。
では、開所された孟宗山会所に向かいます。

こちらに書いてある通り、
孟宗山は2022年の山鉾巡行で「山1番」を引きました。


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先程の入り口から、路地を通って会所に向かいます。
京町屋によくある路地の先に家屋がある構造です。


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その路地の先は、このようになっています。
孟宗山だけに、左(南)側に孟宗竹を生やしています。
そして右(北)側が、孟宗山の会所です。


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祇園祭の各会所では、粽(ちまき)やお札、手拭いなど
各山鉾オリジナルグッズが販売されています。
こちらは、2017年7月16日に購入した孟宗山の手拭いです。


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細長い手拭いの下の方は、こんな感じです。
「孟宗」山ですから、「竹」をイメージした手拭いです。
ちなみに、詳細は第501回ブログを参照してください。


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さらに各会所には、山鉾巡行の際に取り付けられる
各種装飾品が展示されます。
孟宗山の名物は、平山郁夫画伯が描かれたものです。


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そして、こちらも平山郁夫画伯による胴掛です。
平間屋郁夫画伯の画題と言えば、砂漠とラクダですね。


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日没近くに撮影していることもあり、写真がボケました。
こちらは、孟宗山のご神体孟宗の神像です。
祇園祭は八坂神社の例祭ですが、各山鉾も独立した神社です。
(八坂神社と各山鉾は、本社と末社の関係です)

孟宗山は、「三国志演義」呉の文官孟宗がモデルです。
孟宗は親孝行で有名な人物で、
「タケノコを食べたい」との病に臥せった母親に、
雪山を彷徨って冬でもタケノコを取った逸話が知られています。
その際のタケノコの品種が、「孟宗竹」と呼ばれるようになりました。
(日本に生えている竹の大半が、この孟宗竹です)
またその母親が亡くなったとき、主君孫権の言葉を無視して
喪に服して戦に参戦しませんでした。
(つまり母親の葬式を行うため、戦に参戦しませんでした。
この時、呉は蜀と荊州を巡り戦争をしていました)
これを孫権は「敵前逃亡」と断じて死刑を命じますが、
上司の陸遜による必死の助命嘆願で死刑は免れました。
孫権の死後、孟宗は呉末期の宰相となり
安定した治世を築きました。


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では孟宗山の会所を一通り見てきましたので、
そろそろこちらを出ます。
ということで、またこの路地を通ります。


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その路地を出たところで、もう一度孟宗山を撮ります。
この時点で日没直前でしたので、提灯に電気が燈ります。


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こちらは、巡行中の孟宗山の写真です。
こちらも夕方なので写真がボケましたが、
2022年7月14日午後6時15分の写真はここまでです。


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この写真から、2020年7月14日木曜日午後3時15分に戻ります。
孟宗山から、烏丸通を南に向いています。
では、ここから「四条烏丸」交差点まで南下します。


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孟宗山会所から、烏丸通を約100m南下しました。
こちらで烏丸通は、四条通と交差します。
右(西)側に、ショッピングビルのLAQUE四条烏丸が見えます。
2Fスターバックスの座席の一部には、
充電用コンセントが付いています。
祇園祭散策中にデジタルカメラの充電が切れたら、
いつもこちらにお邪魔しています。


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烏丸通から、四条通を東に向いています。
約100m先に、前回ブログで訪れた長刀鉾が立っています。


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今度は烏丸通から、四条通を西に向きました。
この先に、函谷鉾が立っていますね。


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函谷鉾の先端部分を大写ししました。
「山」は松の大木を中心に立てますが、
「鉾」は文字通り長い鉾を中心に立てます。
鉾とは中国などによくある槍の一種ですが、
(要するに武器と言いますか刃物の一種です)
祇園祭の鉾は各「鉾」ごとに形状が異なります。
函谷鉾の刃先は、直角三角形の上に三日月です。


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烏丸通から、四条通を約30m西に進みました。
函谷鉾の手前で、車道上に白いテントが張られています。
こちらで、粽(ちまき)や手拭いなどが売られています。


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だんだん函谷鉾が、近づいてきました。
(まぁ近づいているのは、自分なのですが……)
鉾の上と会所が、渡り廊下でつながっています。
会所で一定金額(1,000円くらい?)を納めれば、
この渡り廊下から鉾の中に登れます。

函谷鉾は、中国の長安と洛陽の間にある函谷関がモデルです。
そう書くと「三国志演義」に取材したように見えますが、
実は史記に取材した鉾です。


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そして、こちらが函谷鉾の会所です。
先程の渡り廊下が、繋がっているもう一方ですね。
こちらでも、粽(ちまき)や手拭いを購入できます。


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函谷鉾から、四条通を西に向いています。
この辺りで、四条通は室町通と交差します。


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四条通から、室町通を南に向いています。
約100m先の綾小路沿いに、鶏鉾が見えますね。
鶏鉾には、前祭宵山散策のほぼ最後の方で行きます。


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今度は室町通から、四条通を西に向きました。
この約30m先に、月鉾が立っています。
月鉾も、今回連載のずっと後に向かいます。


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さらに四条通から、室町通を北に向きました。
約50m先に、菊水鉾が立っていますね。
実は「四条室町」交差点は、前祭宵山で
勇壮な鉾を数多くみられる格好の絶景ポイントです。
今回ブログでは、この菊水鉾に向かいます。


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四条通から室町通を北上して、菊水鉾に近づきました。
菊水鉾の会所は、目の前の大松株式会社の本社ビルのようです。


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こちらが、その大松株式会社本社ビルです。
要するに、菊水鉾の会所です。
店頭にいらっしゃる方の説明では、
菊水鉾の粽(ちまき)などを購入すると菊水鉾の上に登れるそうです。
ウチはここ何年も、同じ山から粽を購入しています。
そちらで粽を買うので、ここで粽を買わないつもりです。
そういう訳で、菊水鉾の上に登ることは諦めました……
しかし、よく考えたら粽でなくても別のものを買えばよかったのです。
そのことに、これを書いている時点で気づきました。


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こちらが、その菊水鉾です。
「山」と異なり、「鉾」は雨天でも装飾品を付けています。
よく見ると、胴掛などはビニールシートで保護しています。


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菊水鉾が立つ位置の脇に、こちらの碑がありました。
どうやら、この位置にかつて「菊水の井戸」があったようです。
この菊水鉾は他の山鉾のように物語に取材したのではなく、
名水と評判だったこの「菊水の井戸」がモチーフです。
(「菊水の井戸」は、現存しません)
1864年のどんどん焼けで菊水鉾は消失しましたが、
1952年に再興されて現在に至ります。
(祇園祭の山鉾の中には、1864年に1回焼失した後
昭和時代に復興して現在に至るものが幾つかあります)


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菊水鉾から、室町通を北に向いています。
菊水鉾から約50m北で、室町通は錦小路と交差します。
その辺りに山鉾が集中して立っていますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。

今回は、ここまでです。

~次回は占出山、山伏山、霰天神山に向かいます~

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第847回占出山の国宝~2022年祇園祭前祭宵山散策~その3

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前回ブログで「四条烏丸」交差点から四条通を西に進み、
約100m先の「四条室町」交差点で四条通から室町通を北上しました。
現在菊水鉾を背に室町通を北に向いています。
今回ブログと次回ブログを使って、
約50m北の「錦室町」の辻周辺の山鉾を散策します。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後3時半。
だらだら雨が降り続いています。


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菊水鉾から、室町通を約50m北上しました。
ここで室町通は、錦小路と交差します。
左(西)側に見える呉服問屋優彩が露店を出しています。
祇園祭期間中は、こちらで浴衣や和服を売り出しています。
この辺りは西陣織など和装や和服の問屋街で、
あちこちの会社が祇園祭期間中に大売り出しをします。
江戸時代以前は祇園祭を経済面で支えているのが、
この室町通や新町通に点在する呉服問屋でした。
そして各山鉾はその問屋の潤沢な資金を得て、
徐々に豪華な装飾を付けるようになりました。
今でも呉服問屋が和装和服販売の会社となって、
祇園祭を支えています。


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室町通から、錦小路を東に向いています。
今回は、先ずこの占出山に訪れます。


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室町通から、錦小路を東に進んでいます。
第605回ブログに書いてあるように
この辺りの錦小路沿いはちょっとした呑み屋街なのですが、
コロナ禍ではそこそこ激震が走った場所です。
こちらのお店も数年前とは違うお店に変わっていましたが、
この日は結構流行っていました。
さらに店頭で露店を出して、
宵山を散策する方にビールや揚げ物を売っていました。


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その東隣の焼肉屋さんも、白いテントを出しています。
こちらの露店ではビールを出されていますが、
他は何でしょうか?よく調べていません。


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室町通から、錦小路を東に約50m進みました。
こちらに、占出山が立っています。
占出山の手前に白いテントが立ってますが、
こちらで占出山の和菓子が売られています。


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2017年7月16日に、占出山の和菓子を買いました。
大極殿本舗が製造した京菓子ですね。
「若あゆ」という銘が付いています。


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そして、こちらが袋を開けた「若あゆ」です。
鮎を模した和菓子で、実は京都では有名な和菓子です。
(京和菓子匠では、よくある和菓子です)
カステラ生地の中に、小豆餡が詰まっています。
まぁ占出山は鮎にちなんだ山ですから、
このような京菓子を売られているのでしょうね。


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ここから、2022年7月14日の写真に戻ります。
占出山に、近づいてみました。
雨の中でまだ7月14日ですから、装飾品は一切付いていません。


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占出山の南側に、こちらの路地が見えます。
目の前の方に体温を計ってもらい、
アルコールジェルで手指消毒したら、
この奥の占出山会所に向かえます。


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占出山会所前に、こちらが立っていました。
この辺りが、木下順庵の邸宅址です。


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自分も検温してもらい、アルコールジェルで手指消毒しました。
では錦小路から路地を南下して、占出山会所に向かいます。


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こちらが、占出山会所の西半分です。
こちらには、雨天で取り付けられていない装飾品を展示しています。


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では、占出山の装飾品を見ていきます。
先程の占出山に、こちらを取り付けて巡行します。
上部の横に細長いのが、山の上部にまかれる水引です。
そちらには、三十六歌仙の肖像が和歌とともに描かれています。
下部は、占出山の周囲に取り付けられる胴掛です。
占出山の胴掛は日本三景が描かれていて、
こちらはそのうちの松島を描いています。


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こちらは、占出山の正面部分の前掛です。
三十六歌仙の水引の下は、宮島が描かれています。


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そして、こちらは先程の反対部分の胴掛です。
三十六歌仙の水引の下は、天橋立が描かれています。


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さらにその南側には、占出山の見送り(後部)が展示されています。
さらにさらに会所の最南端に、様々な小道具が展示されています。


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占出山会所の最南端に、やって来ました。
こちらにも、新調された前掛けと胴掛が展示されています。
現在では、こちらの方が山鉾巡行の際に使用されています。
ただ、ここでいちばん目を引くのは
この脇差(小型の日本刀)ですね。


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こちらが、その脇差です。
ご神体の神功皇后が山鉾巡行の際に、身に着けられます。
平安時代の鍛冶師三条宗近の作品です。
三条宗近は1,000年以上前の名工ですので、
彼の作品はほとんど現存しません。
そのため、こちらは国宝に指定されています。


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さらに、占出山会所の東半分を見ています。
形状からこちらが神社の社であるとわかりますが、
こちらのご神体は、占出山のご神体でもある神功皇后の神像です。
また占出山の粽(ちまき)や手拭いなども、社で買い求めます。

占出山は神功皇后が新羅に攻め込む前に、
鮎を釣って占いを行った故事を取材しています。
(古代日本では、戦争前に鮎を釣って
その鮎の数でその戦争に勝つかどうか占っていました)


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占出山の社の前で、北を向きました。
では路地を北上して、占出山を出ます。


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占出山会所に通じる路地から、錦小路を西に向きました。
では、いったん室町通まで戻ります。


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占出山から、錦小路を約50m西に進みました。
こちらで錦小路は、室町通と交差します。
つまり、「錦室町」の辻に戻ってきました。


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「錦室町」の辻で、室町通を北に向いています。
前回ブログで南側の菊水鉾を散策して、
東側の占出山にはたった今訪れました。
次は、この辻の北側に立つ山伏山に向かいます。


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錦小路から、室町通を約30m北上しました。
こちらに、かつての京都市立明倫小学校が建っています。


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京都市立明倫小学校だった建物は、
現在は京都芸術センターに変わりました。
お金を払えば誰でもアトリエやギャラリーをここで持てます。
そういう施設のほか、こちらには芸術に特化した図書室や
コンサートホール、カフェなども併設されています。
(詳細は、第605回ブログ参照)


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京都芸術センターには、前田珈琲 明倫店が入っています。
祇園祭期間中にも、かなりの人が入店されていました。


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京都芸術センターの前で、室町通を北に向いています。
約30m先に、山伏山が立っていますね。


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こちらが、祇園祭前祭では最北端の山鉾である山伏山です。
おおよそですが、この北で東西に延びる蛸薬師通が
前祭と後祭の山鉾町の境界線です。
つまり山伏山より北側は、すべて後祭の山鉾町です。


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そして、こちらが山伏山です。
と言いましても、結構の大雨の中装飾品は一切付いていません。


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その山伏山の北側に、山伏山の会所が建っています。
1Fで粽(ちまき)や手拭いなどが売られていて、
2Fでご神体や装飾品が展示されています。
こちらも、祇園祭会所ではよくある形式ですね。


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先程の位置で、山伏山会所の2Fを大写ししました。
こちらが、山伏山のご神体である浄蔵貴所の神像です。
浄蔵貴所は、平安時代に活躍した修験者(山伏)です。
念力で法観寺の八坂の塔を修復したという伝説が残っています。


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山伏山会所から、室町通を南に向いています。
ここより北に前祭の山鉾が立たないので、
ここから室町通を南下します。


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山伏山から、室町通を南に向いています。
では京都芸術センターも通り過ぎ、
さらに室町通を南下します。


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山伏山から、室町通を約50m南下しました。
ここでまたまた「錦室町」の辻に戻ってきました。
この先に、前回ブログで訪れた菊水鉾が見えますね。
今回ブログの冒頭に出てきた和服和装の会社優彩の露店も、
だいぶ繁盛しているみたいです。


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今度は室町通から、錦小路を西に向きました。
この先に、霰天神山(あられてんじんやま)が立っています。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けています。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、ちょっと特殊な記事を掲載します。
その後、こちらの続きの連載を再開します。
霰天神山と放下鉾に向かいます~

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第848回 霰天神山のお札~祇園祭前祭宵山散策~その4

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現在室町通から、錦小路を西に向いています。
要するに烏丸通より1本西の通りから、
四条通より1本北の通りを西に向いています。
この辺りに祇園祭前祭の山鉾が集中していますが、
南側の菊水鉾は第846回ブログで散策して、
東側の占出山と北側の山伏山は第847回ブログで散策しました。
残るは、西側の霰天神山(あられてんじんやま)ですね。
今回はその霰山天神山でいつもの買い物をした後、
室町通の1本西の新町通に立つ放下鉾に向かいます。
また、この辺で値の露店にも立ち寄ります。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後3時45分。
ここで雨足が、弱くなってきました。


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室町通から、錦小路を西に進んでいます。
錦小路の北側に、和服販売の野田株式会社があります。
こちらも、会社の前に露店を出していました。
前回ブログで書いたとおり、この辺りは
江戸時代以前からの呉服問屋街です。
それらの呉服問屋が持つ潤沢な資金で、
祇園祭の山鉾が経済面で支えられてきました。
これらの呉服問屋の多くが室町通や新町通沿いに
今でも残っていて、西陣織など和服や反物を販売しています。
そういう会社は、祇園祭期間中に露店で大売り出しをします。


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その野田株式会社の前で、錦小路を西に向きました。
目の前に、霰天神山の会所が見えます。


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こちらが、霰天神山の会所です。
表で粽(ちまき)や手拭いなどが売られていますが、
右(東)側の路地の奥にも会所が続きます。


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霰天神山の会所に入り、路地を北上しています。
この奥に、霰天神山の装飾品が展示されています。
そういえば、いつまにか雨が止んでいますね。


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霰天神山会所の路地を北に抜けました。
こちらが、霰天神山会所の奥です。
霰天神山の装飾品が展示されていて、
粽(ちまき)や手拭いなどが売られています。


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こちらには、霰天神山の前掛けや胴掛以外に
霰天神山の上に乗る様々な装飾品が並んでいます。
こちらの新調された龍神の見送りが見事なのですが、
角度的に写真撮影ができませんでした。
そちらは、山鉾巡行の際に撮影できました。
このずっと後の記事に掲載します。


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そして、霰天神山会所のいちばん奥に
こちらの天神社がいらっしゃいます。
この天神社の社自体が、霰天神山のご神体です。
京都市街地には、数多くの小さな神社が点在します。
祇園祭の山鉾町の中には、
その神社の社をそのまま「山」に乗せていることが多いです。
この霰天神山も、そういう山の1基です。

ただ、この霰天神山には以下の伝説があります。
確か天明の大火だったと思うのですが、
江戸時代に京都市街の大半が焼失した際、
この天神社付近に突然あられが降って、
この付近だけは焼失を免れました。
それ以来、こちらは天神社ですが
火災除けのご利益があるとされています。


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その霰天神山の社の前でも、粽や手拭いが売られています。
しかし、自分は毎年こちらでお札を買っています。
祇園祭前祭宵山散策から帰宅後、
ウチの台所の壁にこちらを貼り付けました。
先述のように、霰天神山には火災除けのご利益があります。
京町屋の台所には通常愛宕神社の火災除けのお札を貼りますが、
ウチは霰天神山の火災除けのお札を貼り付けます。


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ではお札も買い求めましたので、
この路地から霰天神山の会所を出ます。
この路地を出ると、錦小路に戻ります。


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霰天神山会所から、錦小路に戻ってきました。
霰天神山の西隣に、高級中華料理店膳所漢ぽっちゃりがあります。
こちらは毎年祇園祭前祭期間中に露店を出していますが、
2022年もその露店は健在でした。


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膳處漢ぽっちゃりの露店は、祇園祭の名物と言われています。
2012年以来、こちらの露店に並びました。
こちらの露店は人気店なので、毎年2時間以上待たされます。
ですから、毎年自分はこちらを諦めていました。
まぁ雨模様で平日のこの日は、祇園祭前祭宵山に
それほど多くの方が来られていませんでした。
そのせいか、2022年は今この位置が行列の最後尾です。
たったの数分で、この露店で注文ができました。

ちなみに、2日後の2022年7月16日の夕方に
こちらの露店に再訪しました。
その際は例年通りの長い長い行列ができていました。


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ご時世から、この日は祇園祭前祭宵山での
食べ歩きが禁止されていました。
ですから遠くへは行かず、膳處漢ぽっちゃりの店頭で立ち食いします。
(店頭にゴミ箱が並んでいたのは、そういう事情でしょうね)


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先程のレジ袋を開けると、こちらの紙袋が出てきます。
膳所簡ぽっちゃりの象徴でもある「浸みだれ豚まん」ですね。
豚まん1個で、500円します。


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先程の紙袋をかけると、浸みだれ豚まんが出てきました。
おそらく叉焼を漬け込む甘ダレに、豚まんが漬け込んであります。
「浸みだれ豚まん」自体は、実はあちこちの屋台にあったりします。
ただ、ここまでタレを浸み込ませている豚まんは珍しいですね。


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その「浸みだれ豚まん」を半分に割ると、こうなります。
ただこの豚まんは甘ダレでベトベトですので、
本来は直接手で触るのはお勧めできません。

御覧の通り、豚まんの皮の奥まで甘ダレが浸みこんでいます。
ですから、この皮は完全に甘ダレの味がします。
そして、おそらく餡の部分も成形前から甘ダレに漬けられています。
さらにこの餡は豚ミンチ肉ではなく、
ブロックの豚の肉塊を包丁で切り刻んでみじん切りしています。
そうする方が、豚肉の食感と旨味を味わうことができます。
そして、こちらは通常の豚まんの2倍以上の大きさです。
正直、これ1個で満腹です。


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膳所漢ぽっちゃりの店頭から、錦小路を西に向きました。
膳處漢ぽっちゃりの西側に、霰天神山が立っています。


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こちらが、霰天神山です。
「山」としては珍しく、雨天でも前掛けや胴掛が付いています。
先程のものは古い方で、こちらは近年新調された新しい方です。
この中央に先程の社が鎮座して、7月17日巡行します。


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霰天神山の西側に、こちらの中華料理店がありました。
こちらは、近年コロナ禍以降に開店されたお店です。
ただ、こちらのお店も相当賑わっていました。
また雨が止むと、急いで露店を設置され始めました。

お気づきかもしれませんが、2022年7月14日の宵山では
露天商による屋台は一切立っていません。
まぁ2日後の2022年7月16日には様々な露店が立ったのですが、
この日は飲食店が店頭で屋台を立てたものが主流でした。


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さらに錦小路を西に進むと、子供用の和服を売るお店がありました。
2012年には、可愛いマネキン人形が
ショウウィンドウを飾っていました。


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室町通から、錦小路を約50m西に進みました。
ここで錦小路は、新町通と交差します。


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新町通から、錦小路を西に向いています。
この先の様子は、第606回ブログを参照してください。
ただ、これ以上西の錦小路には山鉾が立ちません。
ですから、今回ブログではこれ以上錦小路を進みません。


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今度は錦小路から、新町通を北に向きました。
後祭では、こちらに南観音山が立ちます。
ただ前祭は、新町通ではこれ以上北に山鉾が立ちません。
(後祭の様子は、第417回ブログ参照)


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さらに錦小路から、新町通を南に向いています。
この先に、放下鉾が立っていますね。
ここからは、新町通を南下します。


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錦小路から新町通を南下して、放下鉾に近づいてきました。
放下鉾は放下僧をモチーフにしています。
放下僧とは、大道芸など行う僧侶を指します。
ですからそちらを祀った鉾であるのは確実なのですが、
それ以上詳しいことは自分はわかりません。


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そして、こちらが放下鉾の刃先です。
正直あまり切れ味がよさそうには見えませんが、
こちらは武器として使用されている訳ではないので、
これで問題がある訳ではありません。


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放下鉾の前で、新町通の左(東)側を見ています。
この先に放下鉾の会所があって、
そこから放下鉾の上にも上がれます。


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ただ、2022年は新町通の右(西)側を通ります。
放下鉾会所の向かい側に、ちょっと用事がありまして……


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放下鉾会所の向かい(西)側に、
「いち」という割烹料理店があります。
こちらは、祇園祭期間中に毎年露店を出しています。
(ちなみに、後祭期間中も露店を出します)
そして、こちらの名物がハモカツバーガー(600円)です。
さらに、この奥にテーブルがあって
その奥で座って戴けます。
今年もこちらで戴こうと思ったのですが、
先程の「浸みだれ豚まん」でこの時点で満腹でした。
それで2日後の2022年7月16日土曜日に、
再訪してハモカツバーガーを戴くことにしました。
……ところが、その2022年7月16日は
新町通に露店が立ち並び、「いち」の露店も満員でした。
ですから、2022年前祭宵山散策では
ハモカツバーガーを戴けませんでした。


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こちらは、2016年7月23日に
「いち」で戴いたハモカツバーガーです。
先述の通り、こちらの露店は後祭宵山にも立ちます。
文字通り鱧(ハモ)の切り身を揚げてカツにして、
そちらをバンズに挟んでいます。
タルタルソースに梅肉(梅干し)が入っているのが、特徴ですね。
(ハモには梅肉が合います。
ハモカツバーガーを戴いた詳細は、第417回ブログ参照)


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放下鉾の前で、新町通を南に向いています。
では、ここから新町通を南下します。


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放下鉾から、新町通を南下しています。
新町通沿いに、こちらの露店が出ていました。
普段はガレージなのですが、
小型のプールに様々なものが浮かんでいます。
左から、金魚すくい、ヨーヨー釣り、スーパーボールすくいです。
こちらは有料で遊べるのですが、
毎年結構な方がいらっしゃいます。


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遊技場の露店の前から、新町通を南に向きました。
ここで新町通は、四条通と交差します。
ちなみに、この辺から中京区から下京区に移ります。


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新町通から、四条通を東に向いています。
この先に、祇園祭最大の月鉾が立っています。
ただし、月鉾にはこのずっと後で回ります。


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そうこうしているうちに、横断歩道の信号が変わりました。
では、ここで四条通の南側歩道へ渡ります。


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四条通から、新町通を南に向いています。
この先に立つ大船鉾は後祭の鉾なので、
この日(2022年7月14日)には何もありません。
さらに約100m先に船鉾が立っているのですが、
この位置からは見えませんね。


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今度は新町通から、四条通を西に向きました。
ここから四条通沿いの山鉾へと向かうのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は郭巨山、蟷螂山に向かいます~

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第849回 郭巨山の粽~祇園祭宵山散策~その5

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新町通から、四条通を西に向いています。
第845回ブログから、祇園祭前祭に立つ山鉾を8基回りました。
これで、前祭山鉾の約25%回ったことになります。
残り約75%のうち、今回は四条通沿いの山鉾を中心に回ります。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後4時。
ここから、雨が降ったり止んだりを繰り返します。


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新町通から、四条通を西に進んでいます。
烏丸通~西洞院通間の四条通沿いには、
居酒屋やお酒を提供する飲食店が多く、
ちょっとした呑み屋街を形成しています。


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新町通から、四条通を約100m西に進みました。
四条通から南に伸びる膏薬辻子という通りに、
郭巨山の会所があります。


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郭巨山の会所では、粽(ちまき)や手拭いなどが売られています。
ただ最初はそちらに立ち寄らず、会所内部に入ります。


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郭巨山内部には、郭巨山のご神体郭巨の神像などが置かれいます。
そして、中央には「祇園牛頭天王」と書かれています。
八坂神社のご祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)となっていますが、
祇園祭の各山鉾の多くは今でもご祭神を牛頭天王としています。
牛頭天王は、神仏分離令で明治政府によって否定された神様です。
仏教系の日本の神様という考えが定説ですが、
疫病をまき散らす疫病神という説もあります。
(疫病神は、疫病から人々を守る神様という側面もあります)


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こちらが、郭巨山のご神体郭巨とその息子の神像です。
郭巨は、今から1000年ほど前にいたとされる中国人の農夫です。
そして、約500年前の日本ではよく知られていた物語の主人公です。
郭巨が自分の息子と山の中に入ったとき、
郭巨の息子が、地面が光っていることに気づきます。
そこで郭巨が息子に言われるままに鍬で地面を掘ると、
黄金が詰まった釜を掘り当てました。
そのことで、郭巨は突然富豪になったそうです。
ですから、江戸時代以前はこちらを「釜掘り山」と呼んでいました。


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郭巨像の奥には、郭巨山の装飾品が並びます。
こちらの前掛や胴掛はだいぶ古いので、
今は郭巨山に付けられずに保存されています。


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さらに郭巨山会所の奥に、出口があります。
では、こちらから郭巨山会所を出ます。


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郭巨山出口から、膏薬辻子(こうやくのずし)を南に向きました。
膏薬辻子は、新町通と西洞院通の中間に伸びる道です。
ずっと南は若宮通と重なり、北は釜座通と重なります。
石畳の道沿いに様々な飲食店が建ち並んでいますが、
そもそもは空也が建てた平将門を鎮魂する祠への参道でした。
(「空也の厨子」が訛って、膏薬辻子」です)
実はその平将門の祠は、この写真にしっかり写っています。
現在の膏薬辻子は、京町屋でできた飲食店が建ち並ぶ石畳の道です。
(膏薬辻子の詳細は、第547回ブログ参照)


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今度は郭巨山会所の出口の前から、膏薬辻子を北に向きました。
では、いったん四条通まで膏薬辻子を北上します。


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そして、膏薬辻子から、四条通を西に向いています。
では、このタイミングで郭巨山会所のお買い物をします。


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郭巨山会所では、こちらを買い求めました。
今年(2022年)分の粽(ちまき)ですね。
2012年にこちらの町衆と親しくなり、
それ以来10年間こちらを買い続けています。
郭巨は、一獲千金を成し遂げた人物です。
ですから、こちらの山は金運のご利益があります。
そのため、粽に紙製の大判が付きます。
その大判を落とさないため、ビニール袋に入れたまま飾ります。


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郭巨山会所から、四条通を西に見ています。
では、ここから四条通をさらに西に進みます。
そういえば、この時間からまた雨が強くなってきました。


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その辺りで、四条通北側歩道に向きました。
こちらに、郭巨山が立っています。
こちらは「山」ですが、雨中で装飾品の前掛や胴掛が付いています。


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郭巨山会所から、四条通を約100m西に進みました。
ここで四条通は、西洞院通と交差します。


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「四条西洞院」交差点で、北を向いています。
ここでこの横断歩道を渡り、四条通北側歩道に移ります。


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先程の横断歩道を四条通北側歩道に渡り、西を向きました。
ここからは、目の前の西洞院通を北上します。


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四条通から、西洞院通を北に向いています。
この先にも、祇園祭の山が立っていますね。


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四条通から、西洞院通を約20m北上しました。
右(東)側にあった蟷螂山(とうろうやま)会所が、
2014年にマンションになりました。
そのため、マンション1Fの駐車場で
蟷螂山の粽(ちまき)や手拭いなどが売られています。


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その会所から、西洞院通を北に向いています。
約50m先に、蟷螂山が立っていますね。


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先程の会所から、西洞院通を約50m北上しました。
こちらに、蟷螂山が立っています。


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蟷螂山は「山」ですが、豪雨の中でも宵山では
構造上必ず「山」を完成させた状態になります。
御所車の上部に、カマキリの仕掛け人形が乗ってます。
蟷螂山の「蟷螂」の訓読みは、「カマキリ」です。
こちらの「山」には、特に題材となった物語はありません。
カマキリの前足は、刃物である鎌の形状をしています。
(実際カマキリの前足に、刃が付いているわけではないのですが……)
そのため、昔から日本ではカマキリは
「厄や疫病など、悪いものを切り払う虫」と考えられてきました。
蟷螂山も、そのような願いを込めて作られています。
ちなみに、こちらのカマキリは前足、首、羽が動きます。
カマキリの体内に糸が張られていて、
外から操ることが可能です。


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蟷螂山から、西洞院通を北に向いています。
右(東)側のマンションの1Fにショウウィンドウが取り付けてあって、
そちらに蟷螂山の装飾品が飾られています。


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こちらが、そのショウウィンドウの中です。
金色に光るカマキリが、並んでいますね。
山鉾巡行時には、こちらも御所車の上に取り付けられます。


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その背後に、蟷螂山の胴掛が飾られています。
オシドリが描かれていますが、実はこちらは先代の胴掛です。
古くなってきたので、今ではこちらに保存されています。


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さらに胴掛の右(北)側には、先代の見送りが飾られていました。
こちらも、現在は使われていません。


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ショウウィンドウの右端に、蟷螂山の模型が飾られていました。
こちらが、蟷螂山の全体です。
おそらくですが、この模型も何100年前かの作品です。


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さらに西洞院通を北上して、蟷螂山北部に回り込んでみました。
こちらの行列は、蟷螂山北側で実施されている
「かまきりみくじ」の順番待ちです。
小さな子供に結構人気があるのですが、
まだ小学生がこの辺りに来ていない時間帯ですから、
この行列は全員成人です。


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2022年7月14日木曜日は雨模様だったため、
「かみきりみくじ」の写真がボケました。
そのため、こちらは2018年7月15日に撮影した写真です。
向こうの赤い木箱におみくじが入っていて、
からくり人形のカマキリが
赤い木箱からおみくじを持ち運んでくれます。


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蟷螂山から、西洞院通を南に向いています。
では、ここから西洞院通を南下します。


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蟷螂山から、西洞院通を約70m南下しました。
また「四条西洞院」交差点に、戻ってきました。


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今度は西洞院通から、四条通を西に向きました。
ここからは、四条通をさらに西に進みます。
こちらに、地域スーパーのフレスコ四条店がありますね。
2018年には祇園祭期間中は店頭でスイカを売っていましたが、
2022年は特に何もありません。
(2018年の様子は、第584回ブログ参照)


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西洞院通から、四条通を西に進んでいます。
この先にも、祇園祭先祭の鉾が立っています。

巡行するお湯になったのは、
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西洞院通から、四条通を約50m西に進みました。
こちらに、四条傘鉾が立ちます。
「傘鉾」は「鉾」の一種ですが、
中国の槍の一種である「鉾」は立っていません。
代わりに、平安時代以来の傘が1本立ちます。

祇園祭で現在のように山鉾が立ち巡行するようになったのは、
約500年前の室町時代中期以降です。
平安時代と言いますか祇園祭が始まった当初は、
白鷺の扮装をした少年少女が踊ったり、
このような傘を持った人々が巡行したりしていました。
つまり四条通と綾小路に立つ2基の傘鉾は、
祇園祭が始まった当初の平安時代の様子を残しています。
また2基の傘鉾はそれぞれ独特の踊りを残していますが、
それはこの後の祇園祭前祭山鉾巡行の連載で詳細に紹介します。
(「祇園祭前祭吉山散策編」が終了した直後に載せます)


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四条傘鉾の西側に、白いテントが立ちます。
こちらで、四条傘鉾の粽や手拭いなどが売られています。


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四条傘鉾の白いテントの脇で、四条通を東に向きました。
ここから、また西洞院通に戻ります。


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四条傘鉾から、四条通を約50m東に進みました。
ここで、またまた「四条西洞院」交差点に戻ってきました。


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「四条西洞院」交差点北西角から、南西角を見ています。
今度は、こちらの横断歩道を渡ります。


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先程の横断歩道を渡り、「四条西洞院」交差点南西角に移り、
四条通を東に向きました。
和菓子匠の若菜屋四条西洞院店が「四条西洞院」交差点南東角から、
「四条西洞院」交差点南西角に引っ越していますね。


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西洞院通から、四条通を東に向いています。
元々若菜屋が建っていた場所は、空きビルになっています。


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今度は四条通から、西洞院通を南に向いています。
ここからは、ここから西洞院通を南下します。


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四条通から、西洞院通を約100m南下しました。
ここで四条通は、綾小路と交差します。
この綾小路沿いにも祇園祭前祭の山鉾が立ちますが、
もうだいぶ貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、祇園祭前祭宵山散策の南西端を回ります~

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第850回 油小路の山鉾~祇園祭前祭宵山散策~その6

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前回ブログで、四条通の西側に立つ山鉾を散策しました。
そして四条通から西洞院通を約100m南下して、
西洞院通が綾小路と交差する場所まで来ました。
今回は、西洞院通より西の山鉾をすべて回ります。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後4時15分。
雨足が、徐々に強くなってきました。


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西洞院から、綾小路を東に向いています。
約50m先に、伯牙山が見えますね。
ただし、伯牙山には次々回ブログで訪れます。


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今度は西洞院通から、綾小路を西に向きました。
今回は、目の前の芦刈山から散策します。

ここから西洞院通以西の山鉾を見て回りますが、
この辺りは他の山鉾と離れた孤立した山鉾町です。
祇園祭に訪れた観光客の中には、
この辺りの山鉾の存在自体気づかない方もいらっしゃいます。
ですから、ここは他の山鉾町にない牧歌的な場所です。


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西 洞院通から、綾小路を西に約20m進みました。
右(北)側に白いテントがあって、
そこで芦刈山の粽(ちまき)や手拭いが売られています。


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その白いテントから、さらに綾小路を約30m西に進みました。
こちらに、芦刈山が立っています。
ただ大雨の中、装飾品のすべてが掛かっていません。


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芦刈山から、綾小路を西に向きました。
約10m先に、赤い提灯が立っているのが分かります。


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こちらが、その赤い提灯が建つ家屋です。
こちらは芦刈山の会所で、屋内に芦刈山の装飾品が並びます。


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こちらが、その屋内の装飾品です。
左側は、芦の模造品です。実物ではありません。
「芦」刈山ですから、こちらは必需品です。
右側の前掛や胴掛は、現在使用されていません。
現在の前掛と見送りは、日本画家山口華陽の動物画です。


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「芦刈山」の扁額の下に、芦刈山のご神体がいらっしゃいます。
お供え物に隠れていますが、鎌を持つ老人の姿をされています。

芦刈山は、謡曲(中世日本の物語)の「芦刈」から取材しています。
芦を刈って生計を立てていた貧しい男性が、
養うことができなくなって妻と離縁します。
やがて年老いてこの夫婦が再会して、
また復縁をするまでの物語です。


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芦刈山のご神体老人像の脇に、こちらが置かれています。
こちらは、初代ご神体の頭部です。慶派の一人康運の作品です。


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芦刈山会所を出て、綾小路を西に向いています。
次は、このまま綾小路を西に進みます。


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芦刈山会所から、綾小路を西に約50m進みました。
ここで綾小路は、油小路と交差します。


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油小路から、綾小路を西に向いています。
約100m先で、綾小路は堀川通と交差します。
ちなみに、油小路より西に祇園祭の山鉾が立ちません。


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「綾小路油小路」の辻北東角に、こちらの理髪店があります。
なかなか雰囲気のある洋館ですが、この時点で営業中です。
結構安いお店なのですが、ご主人が一人で切り盛りされています。
常時満員のお店なので、こちらは予約が必要です。


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さらに綾小路から、油小路を南に向いています。
「綾小路油小路」の辻南東角に、小さな神社がいらっしゃいます。
では、こちらにお参りします。


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こちらが、その小さな神社「火尊天満宮」です。
元々こちらには、愛宕神社の境外末社がいらっしゃいました。
江戸時代にこの辺の土地所有者である風早氏が、
こちらに菅原道真像を安置されたことから、
強引に天神社へ変更されました。
ですから、こちらは天神社でありながら火災除けの神社です。


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火尊天満宮の前で、油小路を南に向いています。
この先に、祇園祭の山鉾が見えますね。


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火尊天満宮から、油小路を約50m南下しました。
こちらに、油天神山の会所があります。
「油天神」という名の通り、こちらのご神体は
先程の「火尊天満宮」の小さな社そのものです。
ですから、この時点で「火尊天満宮」の中は空です。
現在火尊天満宮の社は、この会所内に安置されています。
小さな神社がそのまま祇園祭の山になっているのは、
第848回ブログの霰天神山と同じですね。

そういえば、2017年はこちらに大変お世話になりました。
夕立で立ち往生していた自分と母に、ビニール傘を貸して戴きました。
その際、先代デジタルカメラを壊しておろおろしていた自分に
声をかけてくださり、とても助かりました。


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そうそう、油天神山の手拭いは結構格好いいですね。
2016年に、こちらでこの手拭いを購入しました。


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こちらは、その手拭いの上部です。
火尊天満宮の社が、そのまま山の上に載っていますね。


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そして、こちらが同じ手拭いの下部です。
この辺の通りと、祇園祭前祭と後祭に立つ山鉾の地図ですね。
担ぎ山は四角く、鉾と曳山は丸く囲ってあります。
ちなみに2016年製ですから、
2022年に復活した鷹山は書かれていません。


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油天神山会所の前で、油小路を南に向いています。
この先に、油天神山が立っています。


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こちらが、油天神山です。
強い雨の中ですので、装飾品は一切付いていません。


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油天神山から、油小路を南に向いています。
ここからは、この油小路を南下します。


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油天神山から、油小路を約50m南下しました。
ここで油小路は、仏光寺通と交差します。
ここからは、このまま油小路を南下します。
仏光寺通以南の油小路沿いに、太子山が立ちます。


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仏光寺通から、油小路を南に向きました。
辻の南西角に、こちらの京町屋が建っています。
wikiの京町屋の例に載っている秦家住宅が、こちらです。
もともと薬問屋でしたが、現在は誰も住んでいません。
例年こちらは太子山の会所でしたが、
今年(2022年)は閉められています。
撮影日(2022年7月14日)が前祭宵山初日だったためか、
コロナウィルス感染者急増で閉鎖されているのか、
取材できませんでした。


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こちらは、2018年7月15日に撮影した写真です。
太子山内部を撮影しています。
こちらのご神体は、神格化された聖徳太子です。
古来より、聖徳太子は知恵の神様として信仰を集めています。


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こちらは、太子山の胴掛です。2018年に新調されました。
もともとはベトナム製の刺しゅうされた絨毯で、
発注から数年かけて製作されました。


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そして、こちらが反対側の胴掛です。
ベトナム製絨毯の製作過程が、当時NHKで放送されていました。
この辺の詳細は、第582回ブログを参照してください。


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太子山会所から、油小路を南に向いています。
向こうに、太子山が立っています。
この辺りで、2時間ほど雨が止みました。
(つまり前祭宵山散策中は、最後まで雨が降りませんでした)


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太子山から、油小路を南に向いています。
この先の高辻通以南には、祇園祭の山鉾が立ちません。
元来なら太子山の南側には、丸太製のベンチが並びます。
そちらに座ると頭が良くなるご利益があるのですが、
2022年は何も置いてありません。


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今度は太子山から、油小路を北に向きました。
では、ここから仏光寺通まで戻ります。


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太子山から、油小路を約50m北上しました。
ここで油小路は、再び仏光寺通と交差します。


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油小路から、仏光寺通を西に向いています。
約100m先で、仏光寺通は堀川通と交差します。
祇園祭山鉾町は油小路が最西端ですので、
こちらに山鉾は立ちません。


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今度は油小路から、仏光寺通を東に向いています。
この先に、木賊山(とくさやま)が立ちます。
右(南)側に、また理髪店が見えます。
実はこの「仏光寺油小路」の辻周辺には、理髪店が多いです。
自分が脳出血を患う前は、自転車でこの辺の理髪店に通っていました。
(現在自分は、お医者さんから自転車の運転を止められています)


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油小路から、仏光寺通を約20m東に進みました。
目の前の内科のお医者さんが、木賊山会所です。
木賊は、漢方薬の材料として昔からよく使われています。
その関係でお医者さんが会所なのかと思い、
以前町内の町衆に尋ねたことがあります。
すると、「全然関係ない」とおっしゃっていました。
そもそもこの会所の先代は、西陣織の職人さんだったようです。


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木賊山の会所では、手前の白いテントで
粽(ちまき)や手拭いが売られています。
そう言えば、2014年にはこちらで木賊の切れ端を売っていました。
木賊はシダ類の植物ですので、切れ端を地面に刺すと
そこから根が生えて成長するそうです。
(被子植物ですが、ジャガイモに似ていますね)
では、屋内の会所に入ります。


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屋内には、木賊山の装飾品とご神体が並びます。
こちらのご神体も、鎌を持つ男性像です。

木賊山は、謡曲の「木賊」を取材しています。
かつて息子を誘拐されてその息子を探す男性が、
生計のために木賊を刈りながら、
息子の無事を祈り続けるお話です。
今ではあまり知られていませんが、
この山ができた当初は京都の町衆なら
誰でも知っていたお話でした。


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木賊山会所から、仏光寺通を東に向いています。
目の前に、木賊山が立っています。


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こちらが、木賊山です。
先程まで雨が降っていたので、装飾品は一切付いていません。


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木賊山の北側に、こちらの路地が伸びています。
仏光寺通より南はもう少し広い道幅で、東中筋という道でした。
こちらは綾小路までは伸びておらず、途中で西に曲がります。


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木賊山から、仏光寺通を東に向いてえます。
これで、西洞院通以西の山鉾はすべて回りました。


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木賊山から、仏光寺通を約50m東に進みました。
ここで仏光寺通は、再び西洞院通と交差します。


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仏光寺通から、西洞院通を北に向いています。
この辺りは、第546回ブログでも訪れています。
では、仏光寺通から西洞院通を北上します。


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仏光寺通から西洞院通を北上していると、
西洞院通の東側にこちらの児童公園が見えてきました。
第518回ブログ第546回ブログで出てきた綾西児童公園ですね。


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仏光寺通から、西洞院通を約50m北上しました。
ここで、綾西児童公園方面に渡る横断歩道があります。
さて、この横断歩道を渡って……どうしましょうか?
道に迷ったわけではないのですが、
この辺りで山鉾を回る順番が、訳分からなくなりました。
綾西児童公園から北上して伯牙山に向かおうとしたのですが、
(第546回ブログと完全に同じルートです。
京町家杉本家住宅が、伯牙山の会所です)
そうすると最後に保昌山が宙に浮いてしまいます。
(保昌山へ向かうルートが、途切れてしまいます)
いろいろ迷って、結局綾西児童公園の中を南下して
そのまま菅大臣神社経由で高辻通まで南下することにしました。
とは言え、もうだいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回は菅大臣神社経由で高辻通に南下して、
そこから新町通に向かいます~

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第851回ぎょうざ処亮昌で休憩~祇園祭前祭宵山散策~その7

「京のお店 今日のお品」カテゴリートップに
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前回ブログで、西洞院通以西の山鉾をすべて回りました。
木賊山を散策し、仏光寺通から西洞院通を約50m北上しています。
実はここから伯牙山に向かおうとしたのですが、
すると最後に保昌山へ向かう道が途切れることに気付きました。
そこで西洞院通東側の綾西児童公園を南下して、
高辻通を東に進み先に岩戸山を目指します。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後4時45分。
今回ブログでは、岩戸山には辿り着けませんでした。


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先程の写真に写っていた横断歩道の信号が、青く変わりました。
そこでこの横断歩道を渡り、西洞院通東側歩道に移ります。


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横断歩道を渡り、西洞院通を東に向いています。
では、ここから綾西児童公園に入ります。
普段は小学生がたくさんいらっしゃいますが、
雨が止んだ直後なので誰もいませんでした。


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撮影日が7月中旬ということもあって、
百日紅(さるすべり)が五分咲ですね。
8月になったら、こちらは満開になります。

ここから左(北)に向かえば、約50m先が伯牙山です。
京町家で重要文化財の杉本家邸宅が、伯牙山会所です。
(杉本家邸宅の詳細は、第546回ブログ参照)
ただ今回は右(南)側に曲がって、
第518回ブログのルートを逆に進んでいきます。


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綾西児童公園の東端まで進み、右(南)に向きました。
では百日紅の先を通過して、綾西児童公園南端まで南下します。


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先程の綾西児童公園の小径を南下して、
綾西児童公園の最南端で左(東)を向きました。
では目の前の車止めをすり抜けて、
綾西児童公園を出ます。


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綾西児童公園を東に抜けて、小径を約20m進みました。
左(北)側の美容院を見ながら、小径を突き当たりました。
こちらに、石製鳥居があります。


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こちらが、その石製鳥居です。
扁額に「紅梅殿」と書かれていますが、
要するに菅原道真の邸宅が、こちらにありました。
と言いましても、ここというよりはこの辺一帯です。
(もちろん祇園祭の山鉾町も含みます)
また、平安時代の貴族は京都市内に多数邸宅を持っていました。
こちらも、その中の1軒です。


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その石製鳥居を背に、路地を南に向きました。
ではこのまま路地を南下して、仏光寺通に進みます。


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先程の石製鳥居から、路地を約50m南下しました。
この仏光寺通で、路地が突き当たります。
ただ、その右(西)側にも別の石製鳥居が見えますね。


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仏光寺通から南に向いて、その石製鳥居を見ています。
こちらは、菅大臣神社です。
春になると、桜並木が絶景になる神社ですね。
先程の「紅梅殿」同様、菅原道真の邸宅跡の一部です。
(要するに、同じ邸宅の一部です)
ではこの石製鳥居をくぐり、菅大臣神社を南へ通り抜けます。


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先程の石製鳥居をくぐり、菅大臣神社の境内を南下しています。
菅大臣神社の境内が広いこともあって、
境内北側と南側に民家が並びます。
また、周囲の道(仏光寺通、西洞院通、高辻通)の近くに
お地蔵さんがいらっしゃいます。
おそらく、結界の役割を果たしています。


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そのお地蔵さんの前で、菅大臣神社境内を南に向ています。
右(西)側の民家が途切れた辺りが、菅大臣神社境内の中心です。


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その民家が、途切れた場所です。
社務所(普段は閉まっています)の右(北)側は、
小径を隔てて手水舎と末社の稲荷社が並びます。


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菅大臣神社境内の中央から、その小径を西に向きました。
左(南)側の社務所と右(北)側の手水舎との間に、
先述の小径が西洞院通まで西に約50m伸びています。
その間の桜並木が見事ですね。
ちなみに、菅大臣神社は「桜の名所」として勇名です。
(菅大臣神社の桜並木は、第390回ブログ参照)


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菅大臣神社境内の中央で、今度は東に向きました。
この奥に、菅大臣神社の本殿がいらっしゃいます。
「菅大臣」とは、菅原道真を指します。
つまり、こちらは「天満宮」の一種です。
もちろんご祭神は、菅原道真です。
先述の通り、この辺一帯は菅原道真の旧邸宅です。
そのため、この辺りに平安時代以来の天満宮がいらっしゃいます。
第234回ブログなど、祇園祭策祭散策の際には
必ずこちらに立ち寄っています。
そのため、今回はこの奥は撮影しません。
(写真はありませんが、今回も本殿で参拝は済ませました)


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菅大臣神社本殿前で、境内を南に向いています。
実は、こちらの桜並木も見事です。
では、こちらを南下します。


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菅大臣神社本殿から、境内を南下しています。
この辺りは左(東)側が、桜並木です。
ここからは、この桜並木を南下します。

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菅大臣神社本殿から、約50m南下しました。
目の前の石製鳥居以南は、石畳と民家だけが続きます。


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先程の石製鳥居から菅大臣神社境内を南下すると、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらが、高辻通に近いお地蔵さんです。


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そのお地蔵さんの前で、菅大臣神社境内を南に向きました。
目の前の石製鳥居をくぐると、菅大臣神社を出て高辻通です。
その高辻通から南に、若宮通が伸びています。


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菅大臣神社から、高辻通を西に向いています。
ここからは、こちらを西に進みます。


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菅大臣神社から、高辻通を西に約50m進みました。
ここで高辻通は、西洞院通と交差します。
この辺りの高辻通沿いには、様々な飲食店が建ち並びます。
それらのお店は、祇園祭期間中に屋台を出します。
「高辻西洞院」交差点北西角の飲食店も、
ビールと酒の肴の屋台を出しています。


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さて西洞院通~菅大臣神社間の高辻通沿いに、
餃子専門店の「ぎょうざ処亮昌(すけまさ)」が建っています。
個人的には、こちらは南区にあるミスター・ギョーザと並ぶ
京都を代表する餃子専門店の双璧と思っています。
ただ自分がいつもこちらに訪れると、
今までこのお店に縁がなくて入店できませんでした。
(定休日だったり、営業時間が合わなかったりとか)
今回も準備中でしたが、開店間近の様子です。
ですから数分待って、午後5時に入店しました。


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ぎょうざ処亮昌に入店すると、こちらの席に案内されました。
さすがに自分がこの日の入店第1号でしたが、
開店から5分もしないうちに、座席の半分が埋まりました。


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注文した品物がやってくるまで、
テーブルの上にある調味料を覗きました。
手前から、自家製辣油、塩山椒、酢醤油です。
どちらも、餃子を漬ける調味料ですね。


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座席に就いてから、約10分が経ちました。
すると、注文していた品物がやって来ました。


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まずは、こちらの縮緬雑魚と大豆の炊いたんです。
京料理と言えば高級料理と思われる方も多いですが、
個人的には魚の乾物と野菜の煮物が京料理の根本と考えます。
そして、このような惣菜がこのお店のもう一つの名物です。
この惣菜は、季節に合わせて日替わりで出てきます。
こちらはウチの味付けよりも濃いのですが、
お酒の肴としてはこれでちょうどいいのでしょうね。


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続いては、生ビールの中サイズです。
時間が経って、泡が少なくなってきています。
脳出血以来、自分は1か月にビール1杯しかお酒を飲みません。
ですから、これが2022年7月に飲む唯一のビールです。


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そして、こちらがメインの餃子です。
手前の小皿には、先程の3種の調味料が入っています。
チェーン店の餃子には化学調味料が多量に入っていますが、
こちらの餃子の餡には一切味が付いていません。
そして、餡の豚肉は粗みじん切りされています。
(ミンチ肉ではありません)
そのため、肉の食感と旨味を十分味わえます。


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約20分かけて、こちらを戴きました。
真ん中のコップには、ただのお水が入っています。
こちらを使って、血圧を下げるお薬を飲みました。


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ぎょうざ処亮昌を出て、高辻通を東に向いています。
ここから新町通まで高辻通を東に進み、
曳山の岩戸山を目指すのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、岩戸山、船鉾、伯牙山を回ります~

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第852回 岩戸山と船鉾に登る~祇園祭前祭宵山散策~その8

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前回ブログでお邪魔した「ぎょうざ処亮様」の前で、
高辻通を東に向いています。
約30m西の西洞院通から約350m東の烏丸通まで、
高辻通にはお酒を提供する飲食店が建ち並びます。
右(南)側に見える京町家は、すべて内装は飲食店です。
今回はこのまま高辻通を東に進み、
約100m先の新町通を北上して、岩戸山に向かいます。
撮影日は、2022年7月14日午後5時15分。
今回は、山鉾に登った過去の写真も掲載します。


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ぎょうざ処亮昌の2軒東隣が前回ブログで訪れた菅大臣神社で、
その東隣が半兵衛麩の卸売問屋です。
半兵衛麩 本店は麩や湯葉の製造販売兼飲食店ですが、
こちらは麩や湯葉を日本全国に配送する拠点です。
祇園祭期間中はお休みなので中には入れませんが、
毎年祇園祭期間中は店頭に洛中洛外図を飾っておられました。
(第582回ブログ参照)
ただ、2022年はそういうものを配置されていませんでした。


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ぎょうざ処亮昌から、高辻通を約100m東に進みました。
ここで高辻通は、新町通と交差します。
左(北)側に見えるコンビニエンスストアでは、
毎年熱中症対策で水分を購入していました。
2022年は雨模様ですから、その心配は不要です。


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高辻通から、新町通を北に向いています。
新町通には、祇園祭期間中たくさん山鉾が経ちます。
まずは、あちらに見える岩田山に向かいます。


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高辻通から、新町通を北上しています。
新築のビルの一角に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
多分、こちらのお地蔵さんの祠は撤去されたのでしょう。
まさかお地蔵さん自体を撤去できませんので、
このような状態なのでしょうね。


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高辻通から、新町通を約50m北上しました。
こちらに、岩戸山が立っています。


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岩戸山の右(東)側に、黒檀製の京町家が立っています。
まずは、こちらに入ってみます。


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黒檀製の京町家の玄関には、岩戸山の見送りが置かれています。
実は両方現役の見送りで、1年ごとに付け替えられます。
実は最近この岩戸山に能楽を奉納された方がいらして、
こちらの写真はその時の様子だそうです。


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その脇に、岩戸山の模型が置かれていました。
岩戸山のような形状を「曳山」といいます。
「山」には「担ぎ山」と「曳山」があって、
お御輿のように数人で担ぎ上げるのが「担ぎ山」で、
鉾と同じくらい大きくて車輪が付いたものを「曳山」と言います。
曳山も「鉾」と同様、山鉾巡行では「辻回し」が存在します。
後祭には、北観音山、南観音山、鷹山の3基が曳山ですが、
前祭唯一の曳山がこの岩戸山です。


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黒檀製の京町家を出ました。
その京町家の北隣が、駐車場です。


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その駐車場も、臨時の岩戸山会所です。
次は、そちらにお邪魔します。


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その駐車場の会所には、岩戸山のご神体がいらっしゃいます。
「岩戸山」は、古事記や日本書紀の
「天岩戸伝説」が元になっています。
悪逆の限りを尽くす素戔嗚尊のために天岩戸に天照大神が隠れて、
その天照大神を田力男などの神々が呼び起こす物語です。
最終的に、死神で疫病神でもある素戔嗚尊は追放されます。
つまり、こちらは厄や疫病に克つことを象徴する山です。


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駐車場の会所を背に、西を向いています。
この先に、岩戸山が立っています。
岩戸山など曳山も上に登ることができますが、
会所から岩戸山につながる通路はありません。
ですから、脇にあるかなり急な階段で上っていきます。


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ここから、しばらくは2018年7月15日の写真です。
当時はコロナ禍前ですから、たくさんの方々がいらっしゃいます。
岩戸山を囲む格子の一部が引き戸になっていて、
300円納めるとその中に入って、岩戸山の上に登れます。
(第581回ブログ参照)


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300円納めて格子の引き戸を開けて、岩戸山の真下に入りました。
そこから、急な階段を上ったのですが……
かなり急でしたから両手が離せず、カメラを握れませんでした。
ですから、階段を上り終えてから撮影しました。

まずは、岩戸山の派風の近影です。
こちらには、八岐大蛇(やまたのおろち)が掘られています。
天岩戸伝説の最後で高天原を追放された素戔嗚尊に、
退治された8つの頭を持つ大蛇ですね。
(邪神として描かれていた素戔嗚尊が、一転英雄になるお話です)
さらに屋根裏には、明治時代の日本画家中島華風による
セキレイが描かれています。


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岩戸山の庇(屋根の裏)の周囲を撮りました。
こちらは、先述の中島華風の師匠今尾景年による花々です。



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ちょっと岩戸山の上から半身を乗り出し、庇を撮りました。
今尾景年の日本画が、より大きく見えます。
岩戸山の上で祇園囃子を演奏されておられる方々は、
こういう光景を見ておられるのでしょうね。


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岩戸山の上から、新町通を北に向いています。
ずっと先に、船鉾が見えますね。
あの船鉾が前祭山鉾巡行の最後尾で、
この岩戸山がその1基手前で巡行します。
(船鉾と岩戸山の巡行順は決まっていて、順番のくじを引きません)

この写真はコロナ禍以前の2018年7月15日のものですから、
露店が立ち並び、かなりの賑わいですね。


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岩戸山の上で寝転がり、天井を写しました。
岩戸山は次に登った船鉾よりはせまくて、
月鉾の上と同じ3畳ほどの広さです。
自分一人でしたから寝転がれましたが、
ほかに人がいればかなり厳しかったですね。

天井画は、様々な色の雲が描かれています。
下地には、文様を押された金箔が敷き詰められています。
……見かけ以上に高価ですね。


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一通り撮影しましたので、岩戸山を下ります。
この急な階段の下には、茣蓙(ござ)が敷かれています。
そちらまで下りて、靴を履き直して引き戸から外に出ました。
2018年7月15日の写真は、ここまでです。


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ここから、2022年7月14日木曜日の写真に戻ります。
岩戸山から、新町通を北に向いています。
目の前の白いテントで、
岩戸山の粽(ちまき)や手拭いが売られています。


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岩戸山から、新町通を北上しています。
こちらの黒檀製の京町家に、縁台が出ていました。
そして、こちらの檜扇が活けられていました。
檜扇(ひおうぎ)は祇園祭を象徴する花で、
山鉾町の京町家では祇園祭期間中活けられています。


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岩戸山から、新町通を約50m北上しました。
ここで新町通は、仏光寺通と交差します。
この約200m西に、木賊山が立っています。(第850回ブログ参照)


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仏光寺通から、新町通を北に向いています。
向こうに、船鉾が立っていますね。


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仏光寺通から、新町通を北上しています。
こちらは、白生地の卸問屋醍醐正です。
この界隈に多い典型的な呉服問屋ですが、
コロナ禍以前は祇園祭期間中に絵画を展示されていました。
現在もこちらは営業されていますが、
絵画の展示は2022年は中止されています。


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醍醐正の向かい(東)側に、白いテントが立ちます。
こちらでは、船鉾の粽(ちまき)と手拭いが売られています。


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その白いテントの前で、新町通を北に向いています。
こちらが、船鉾です。


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船鉾の右(東)側に、船鉾の会所があります。
お金を納めて、こちらから船鉾の上に上がれます。

実は、この奥にご神体の神功皇后像がいらっしゃいます。
ただ、ご神体の神功皇后像は撮影禁止です。
船鉾を含めて神功皇后をご神体とされる山鉾町の多くは、
ご神体を撮影することに厳しいです。


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ここからは、2017年7月16日に撮影した写真です。
(第497回ブログ参照)
先程の位置から船鉾会所に入り、2Fに上がってきました。
この先から、通路を渡って船鉾の上に登ります。


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船鉾の2Fに上がっても、コロナ禍以前はかなり賑わっていました。
実は、船鉾会所入り口からここまで約15分かかりました。
ここで、さらに約30分待ちました。


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船鉾に登るまで暫くありましたので、
会所の2Fから船鉾を撮影しました。
こちらは舳先部分ですね。
鷁(げき)という中国の架空の水鳥が、模られています。


497-17.jpg
さらに、こちらは船鉾の後ろ部分です。
黒漆塗りの舵の上には、山鉾巡行時には
ご神体の神功皇后が納められます。


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約30分待って、順番が巡ってきました。
では、船鉾の上に登ります。


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2017年7月16日は、約20人で中に約20分いました。
岩戸山より広い約4畳の面積は、風が吹いていて快かったです。
金箔地に様々な花を描く天井画は、とても豪華に見えます。


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船鉾の上から、北を向いています。
……のはずが、舳先の鷁が大きくて先が見えません。


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船鉾の上には、約20分いました。
時間が来たので、船鉾の上から会所の2Fに移り
こちらの階段で下ります。
2017年7月16日の写真は、ここまでです。


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ここからは、2022年7月14日の写真に戻ります。
船鉾の会所の脇から、船鉾を見ています。
前祭山鉾巡行の最後尾の鉾ですね。
船鉾は、神功皇后が朝鮮半島の新羅に攻め込んだ船を表しています。
厳密にはその船自体が神格化された天鳥船を模っています。


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船鉾から、新町通を北に向いています。
では、また新町通を北上します。


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船鉾から、新町通を北上しています。
左(西)側に、花屋さんが見えますね。


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こちらが、その花屋さんです。
「花屋さん」は、コロナ禍でいちばん損害を受けた業種です。
ウチの近所でも、何軒も潰れました。
ただ、こちらは無事に営業を続けられています。


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その花屋さんの店頭で、檜扇が売られていました。
祇園祭期間中は、こちらの花が山鉾町のあちこちに飾られます。
さてここから新町通を北上して伯牙山経由で月鉾に向かうのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、伯牙山、月鉾に向かいます~

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第853回 伯牙山と月鉾~祇園祭前祭宵山散策~その9

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前回ブログで訪れた船鉾を背に、新町通を北に向いています。
今回はこのまま新町通を北上した後四条通を西に進み、
伯牙山と月鉾にお邪魔します。
撮影日は2022年7月14日午後5時半。
これで前祭に立つ四条通以北の山鉾は、すべて訪れました。


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船鉾から、新町通を約50m北上しています。
左(西)側にワイン専門の飲食店が、露店を出していました。
2022年祇園祭前祭宵山では、自分の取材日の翌日
2022年7月15日から露天商の屋台が出ていましたが、
この日(2022年7月14日)は飲食店の屋台が目立ちました。
その北側で、新町通は綾小路と交差します。


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新町通から、綾小路を西に向いています。
では、向こうに見える山へ向かいます。


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新町通から、綾小路を約50m西に進みました。
こちらに、伯牙山が立っています。


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伯牙山の右(北)側に京町家が建ち並んでいるように見えますが、
実は大きな1軒の京町家です。
伯牙山の会所は、重要文化財の杉本家邸宅です。


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伯牙山と杉本家住宅の間で、綾小路を西に向きました。
約100m先に、第850回ブログの芦刈山が立っています。




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こちらが、伯牙山の会所重要文化財の杉本家邸宅です。
かつて「奈良屋」という呉服問屋でした。
では緑色の垂れ幕をくぐり、伯牙山会所に入っていきます。


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杉本家住宅の一部を使用して、伯牙山会所になっています。
伯牙山は、謡曲「伯牙」から、取材されています。

大昔の中国に、伯牙という箏の名人がいました。
伯牙には同じ箏奏者の親友がいて、
いつも一緒に箏を演奏して楽しんでいました。
ところが伯牙も年を取り、やがて親友も亡くなってしまいました。
親友の死に悲しんだ伯牙は、
遂に愛用の箏を斧で叩き割り、二度と演奏しなくなりました。
……と言う物語です。
今の日本人には馴染みありませんが、
室町時代の京都人なら誰でも知っている有名な物語でした。

また中国人の伯牙をモチーフにしているので、
伯牙山の装飾品は中国風のもので統一されています。


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こちらが、ご神体の伯牙の神像です。
斧で箏を叩き割る寸前の苦悶の表情をしているのですが……
撮影に失敗して、こんな写真になりました。


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こちらが、伯牙愛用の箏です。
伯牙山は、この箏の前で伯牙が斧を構える姿を描いています。


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伯牙山の装飾品を見ています。
上部の水引が、新調されていますね。
ただし、テーマの関係上中国の子供を描いています。


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そして、伯牙山の会所にも檜扇(ひおうぎ)です。
祇園祭を象徴する花ですね。
杉本家邸宅の奥にも、檜扇が飾ってあるはずです。


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伯牙山会所を出て、綾小路を東を向いています。
毎年祇園祭中は伯牙山会所の東側から杉本家邸宅に入れるのですが、
2022年7月14日は門が閉まっていては入れませんでした。
どうやら、2022年は7月15日から公開のようです。


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こちらは、ほぼ同じ構図の2018年7月15日の写真です。
この年は1,000円支払って、杉本家邸宅内を拝観しました。
(第580回ブログ参照)


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重要文化財である杉本家邸宅は、屋内撮影禁止です。
ただし施設内で売られているはがきは、
ブログなどに掲載が許されています。
(毎年杉本家の方に確認しています)
こちらは、2018年に自分が購入したはがきを載せました。
2018年でいちばん印象に残ったのは、
この菊花の金屏風とその脇に生けられた棕櫚の木でした。
(棕櫚の木が、生け花みたいに生けられていました)
また、杉本家邸宅にはエアコンが付いていません。
(まぁ、重要文化財ですから……)
ですから氷柱に扇風機をかけて、涼を摂ります。
その氷柱は小さくなると、もっと小さく砕かれて
拝観者に振舞われます。
(甲子園の「かち割氷」みたいでした)
2018年7月15日の写真は、ここまでです。




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ここから、2022年7月14日の写真に戻ります。
伯牙山から、綾小路を東に向いています。
では、こちらを新町通まで戻ります。


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伯牙山から、綾小路を約50m東に進みました。
ここで綾小路は、新町通と交差します。
約50m先に綾傘鉾(綾小路傘鉾)が立っていますが、
そちらには、次回ブログで立ち寄ります。


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綾小路から、新町通を北に向いています。
ここから大船鉾が立つ下京区四条町なのですが、
こちらに山鉾が立っていません。
大船鉾は後祭に立つ鉾なので、2022年7月14日は平常運転です。


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綾小路から、新町通を北上しています。
大船鉾は立っていないのですが、大船鉾の会所は開いていました。
こちらで、大船鉾の粽(ちまき)や手拭いが売られています。


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綾小路から、新町通を約100m北上しました。
ここで新町通は、四条通と交差します。
約50m先に、第848回ブログで訪れた放下鉾が見えます。
第849回ブログでは目の前の「四条新町」交差点から西に移動して、
郭巨山などを回りました。
つまり、これで新町通以西の前祭の山鉾はすべて見ました。


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新町通から、四条通を東に向いています。
目の前に、月鉾が立っています。


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同じ位置で見上げて、月鉾の「鉾」を写しました。
「月」鉾だけに、鉾先は「三日月」型です。
ちなみに、月鉾が祇園祭最大の山鉾です。


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新町通から、四条通を東に進んでいます。
目の前に、月鉾が迫ってきました。


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月鉾の手前に、白いテントが立っています。
こちらで、月鉾の粽(ちまき)や手拭いが売られています。


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さらに、四条通を東に進みました。
右(南)側が、月鉾の会所です。
ここから先に入ると月鉾の上に登れるのですが、
こちらは拝観料を払わない代わりに、
月鉾の粽や手拭いなどを買わなければいけません。


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2018年7月15日に、月鉾でこの手拭いを買いました。
確か、1,000円だったと思います。
こちらを購入したので、この後月鉾の上に登りました。
ただ月鉾の上は、写真撮影が禁止です。
そのため、月鉾の上の写真はありません。

何しろ祇園祭最大の山鉾ですから、
他の山鉾よりも高いところまで登りました。
その割には、鉾上部は狭かった印象がありました。
とても高かったので、高所恐怖症の自分には厳しかったです。
天井画など装飾品がとても立派だったのですが、
写真がないのでその辺は上手く説明できません。
(第850回ブログ参照)


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月鉾の会所から、四条通を東に向いています。
こちらの白いテントでも、粽や手拭いが売られています。


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月鉾から、四条通を東に進んでいます。
目の前に、第846回ブログでお邪魔した函谷鉾が見えますね。


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月鉾から、四条通を東に約50m進みました。
ここで四条通は、室町通と交差します。
これで四条通以北の山鉾は、すべて回りました。
あとは室町通近くの3基の山鉾と、保昌山が残っています。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、鶏鉾と綾傘鉾を散策します~

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第854回 綾傘鉾の大原神社~祇園祭前祭宵山散策~その10

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前回ブログで月鉾を散策し、そのまま四条通を東に約50m進みました。
ここで四条通は、室町通と交差しています。
この先に、第846回ブログで訪れた函谷鉾が見えます。
今回はこの室町通を南下して、鶏鉾、綾傘鉾に向かいます。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後5時45分。
だんだん人が増えてきました。


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四条通から、室町通を北に向いています。
この先に、第846回ブログで訪れた菊水鉾が見えます。


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「四条室町」交差点から見える函谷鉾を大写ししました。
さらに東に第845回ブログで訪れた長刀鉾も見えるのですが、
市バスが邪魔で写真には写りませんでした。
2022年は7月14日段階では、四条通も烏丸通も
歩行者天国にはなりませんでした。
2022年の7月15日と7月16日の午後5時以降に、
四条通と烏丸通の車道も参拝者が歩けるようになっていました。


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さらに四条通から、室町通を南に向きました。
この先に、鶏鉾が見えますね。
前回ブログの月鉾を含めて、この「四条室町」交差点からは
月鉾、菊水鉾、函谷鉾、鶏鉾の4基が見えます。
(歩行者天国になれば、長刀鉾も見えます)
実は、この「四条室町」交差点が結構な絶景ポイントです。
左(東)側には、近年京都経済センタービルが新築されました。
1Fに、飲食店などのテナントが入っています。
祇園祭期間中ということもあって、どちらも満員でした。


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四条通から、室町通を約100m南下しました。
綾小路の手前に、鶏鉾が立っています。
結構大きな鉾ですね。


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鶏鉾の鉾先を写しました。
三角形の矛先は結構あるのですが、この形状は変わっています。


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鶏鉾に、近づいてきました。
午後5時を回りだんだん人が増えてきたので、
かなり歩道が狭く感じます。


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こちらが、鶏鉾の会所です。
当初はこちらに上がって鶏鉾に登るつもりでしたが、
午後6時近くになったので2022年に登るのは諦めました。
(日没が近づくと、写真撮影がうまくいかないことがあります)


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そして、こちらが鶏鉾です。
実は、自分は鶏鉾のモチーフをよく知りません。
ただこれは鶏鉾が出自不明の「謎の鉾」と言う訳ではなく、
単に自分が勉強不足なだけです。
「古事記」に由来しているらしいのですが……

鶏鉾の装飾品は、雨除けのビニールシートで覆われています。
そのシートが光ってよく見えませんが、
胴掛の1枚が18世紀のベルギー産タペストリーと分かっています。
元はかなり大きかったもので、それを箟(のみ)で切り取りました。
後祭に巡行する鯉山の見送りと、元は同じ1枚でした。
(鯉山の詳細は、第416回ブログ参照)


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鶏鉾から、室町通を南に向いています。
鶏鉾は、「綾小路室町」交差点北西角に立ちます。
そして、その綾小路以南の室町通はこの道幅になります。


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今度は室町通から、綾小路を東に向きました。
左(北)側の京都経済センタービルの地下は、京都市バスの車庫です。
そのため、周囲の綾小路と室町通は大通りです。


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さらに室町通から、綾小路を西に向いています。
綾小路も、室町通以西はこの道幅です。
左(南)側の白いテントはよく分かりませんでしたが、
もしかすると遊技場かもしれません。
もしそうなら、翌7月15日には開いていたのでしょうね。
第579回ブログでは、自分はこちらでスマートボールを楽しみました。


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室町通から、綾小路を西に約30m進みました。
こちらに、「京はやし 四条店」が開いていました。
近鉄「東寺」駅前の本店は、京都屈指の人気店です。
こちらも、ビールの露店が出ていました。


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「京はやし 四条店」の前で、綾小路を西に向いています。
目の前に、綾傘鉾(綾小路傘鉾)が立っています。


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綾傘鉾の南側にビルの駐車場があって、
そこにこちらの仮設舞台がありました。
どうやら、こちらで「棒振りはやし」の演じられていたようです。
「棒振りはやし」の詳細は、後述します。


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そのビルの脇に、こちらが立っていました。
約200年前に、このビル周辺で本居宣長が国学を学んでいました。


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こちらが、綾傘鉾です。つまり、綾小路沿いに立つ傘鉾です。
(傘鉾は、他に第849回ブログの四条傘鉾もあります)
2基の「傘鉾」は、むしろ平安時代の様相を残した山鉾です。
このように傘が立つ車輪のついた鉾の形式が、特徴です。
四条傘鉾同様に、取材された物語もなく
室町時代以降に完成した山鉾とは一線を画します。
(祇園祭は平安時代の863年から始まりましたが、
現在のように山鉾が立つのは室町時代の15世紀以降です)
それほど有名ではありませんが、祇園祭には山鉾巡行以外に
平安時代の様相を残した花笠巡行があります。
(毎年、7月24日に開催。後祭還幸祭と、日程が被ります)
「傘鉾」は、その花笠に近い形状ですね。


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綾傘鉾から、綾小路を西に向いています。
この先に、綾傘鉾の会所がありますね。


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こちらが綾傘鉾の会所ですが……
「大原神社」という表札が立ちます。
こちらは、京都府福知山市の大原神社が勧請された神社です。
ご祭神は伊弉諾尊で、安産のご利益があります。


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綾傘鉾の会所である大原神社に入ってきました。
まずは、こちらの手水舎に向かいます。
ただ、こちらのお水は現在は使用できません。


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大原神社の北側に、大原神社本殿がらっしゃいます。
先述の通り、ご祭神は伊弉冉命です。
また、この日(2022年7月14日)は大原神社の巫女さんに
綾傘鉾の会所(大原神社)参拝者全員を対象で
厄や疫病を払って戴きました。


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さらに大原神社社務所に向かうと、こちらの張り紙がありました。
背後に置かれたアルコールジェルで手指消毒して、
大原神社社務所に陳列された展示物を見に行きます。


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まずは、こちらの掛け軸です。
こちらに、かつての綾傘鉾が描かれています。
どうやら当時は綾傘鉾も巨大で、辻回しも行われていたようです。


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さらに、こちらはかつての綾傘鉾の模型です。
つまり現在の綾傘鉾は、この鉾の先端部部分です。
以前元の形状に戻すつもりか、こちらの方に尋ねたことがありました。
「そのようなことはありません。最大の理由は費用がないからです」
そう答えて戴きました。


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その左(南)側に、こちらの掛け軸が祀ってありました。
祇園祭の山鉾町では、この「牛頭天王」が今でも信仰されています。
(牛頭天王は、かつての八坂神社のご祭神です。
明治時代以降は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)に変更されました)


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牛頭天王の掛け軸の前に、こちらの仮面が置かれています。
こちらは、棒振りはやしの踊り手が被ります。
ただし、現在使用されているものは新しく復元されたもので、
こちらは「牛頭天王の掛け軸」前に陳列したままです。


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その脇に、棒振りはやしの写真が展示されていました。
パネルのガラスが光ってよく見えませんが、
仮面は顔に着けるのではなく、頭上に着けます。
ですから、踊り手の素顔は丸見えです。
この棒振りはやしは祇園祭でも結構人気があって、
7月17日の山鉾巡行では名物の一つです。


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「牛頭天王の掛け軸」と仮面の脇に、
こちらの絵巻が陳列されていました。
かなり昔の祇園祭山鉾巡行を描いており、
綾傘鉾の部分を撮影しました。
こちらも、かなり大きな綾傘鉾です。
多分ですが、1864年のどんどん焼けまで
辻回しができる形状だったのでしょうね。


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では一通り拝観しましたので、綾傘鉾会所でもある
大原神社から綾小路に出ます。
この日の日没は午後7時過ぎでしたが、
写真撮影が可能な明るさが徐々に確保できにくくなってきました。


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大原神社から、綾小路を東に向いています。
日没が徐々に近づき、綾傘鉾の提灯が明るく燈ります。


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綾傘鉾から、綾小路を東に約50m進みました。
ここで綾小路は、室町通と交差します。
つまり、「綾小路室町」交差点に戻ってきました。
あとは室町通を南下して、白楽天山と保昌山で
祇園祭前祭山鉾を全制覇です。
ただだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は白楽天山と保昌山を回って、帰宅します~

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第855回 保昌山で上がり~祇園祭前祭宵山散策~その11

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前回ブログでお邪魔した綾傘鉾から、綾小路を約50m東に進みました。
ここで綾小路は、室町通と交差します。
今回はこの室町通を南下し白楽天山と保昌山にお邪魔して、
京都市営地下鉄烏丸線「四条」駅から帰宅します。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後6時。
今回で、2022年祇園祭前祭宵山散策は終了です。


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綾小路から、室町通を南に向いています。
まずは、この白楽天山に向かいます。


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綾小路から、室町通を約50m南下しました。
目の前に、白楽天山が立っています。
先程まで雨が降っていたので、装飾品は付いていません。


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白楽天山の南側に、白楽天山の会所があります。
では、こちらにも立ち寄ります。


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白楽天の会所の正面に、ご神体の白楽天
道林の神像が安置されています。
白楽天は中国3大詩人の一人ですが、
後世では術師として有名で、
(生前にそのような事実はないのですが)
冥界へ自由に行き来できたと考えられています。
日本の小野篁と同じ立ち位置です。
まぁそうは言っても、この山は
道林が白楽天に論戦で勝つ話を取材しています。
ですから、むしろ「道林山」の方が良い気がします。


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白楽天山の前で、室町通を南に向いています。
この先で、室町通は仏光寺通と交差します。


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「仏光寺室町」の辻に、こちらの看板が立っていました。
確かにここを左折すれば保昌山に向かえますが、
今回ブログではこのまま室町通を南下します。


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さらに「仏光寺室町」の辻南東角に、日吉神社がいらっしゃいます。
滋賀県の日吉大社を勧請した神社です。
午後5時を回ったので、もう閉まっています。
(日吉神社の詳細は、第237回ブログ参照)


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仏光寺通から、室町通を約100m南下しました。
ここで室町通は、高辻通と交差します。


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室町通から、高辻通を西に向いています。
約100m先が第852回ブログの「高辻新町」交差点です。


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室町通から、高辻通を西に約30m進みました。
高辻通沿いに、繁盛神社がいらっしゃます。
毎年祇園祭宵山散策で訪れているので、
2022年もこちらに参拝します。


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こちらが、その繁盛神社です。
では高辻通から、こちらに入っていきます。


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第578回ブログでは境内が相当賑わっていましたが、
この日(2022年7月14日木曜日)は自分一人でした。
後述の通り、こちらも祇園祭では特別仕様になります。
手水舎が花手水に仕立てられて、
周囲も檜扇を初めとする花で飾られています。


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こちらが、繁盛神社の本殿です。
では、こちらに参拝します。

繁盛神社のご祭神は市杵嶋比売で、商売繁盛のご利益があります。
……とは言え、神仏分離令以前は別の神様が信仰されていたようです。
それが弁財天という説もありますが、
神社の名前からも頗梨采女がご祭神だったのでしょう。
八坂神社のかつてのご祭神と考えられていた牛頭天王の妻ですね。
そう考えると、祇園祭自体にも縁がある神社と言えます。


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繁盛神社本殿に背を向け、境内を南に向いています。
では繁盛神社を出て、高辻通に戻ります。


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繁盛神社の前で、高辻通を東に向いています。
では、いったん室町通に戻ります。


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繁盛神社から、高辻通を東に約30m進みました。
ここで高辻通は、また室町通と交差します。
次は、このまま高辻通を東に進み続けます。


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室町通から、高辻通を東に進んでいます。
こちらの中華料理店は、創業30年のこの辺りの名物店です。
2020年や2021年はよく閉められていましたが、
この日(2022年7月14日)は結構賑やかでした。


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室町通から、高辻通を約100m東に進みました。
ここで高辻通は、烏丸通と交差します。


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横断歩道を渡って烏丸通東側歩道に移り、
高辻通を東に向いています。
ここから、まだまだ高辻通を東に進みます。


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「高辻烏丸」交差点の周囲を京都銀行本店が囲んでいますが、
「高辻烏丸」交差点北東角の建物に、
こちらの匂天神社がいらっしゃいます。
では、こちらに参拝して高辻通をさらに東に進みます。


855-22.jpg
烏丸通から、高辻通を約100m東に進みました。
ここで高辻通は、東洞院通と交差します。
このまま高辻通を東に進むと、浄土真宗佛光寺派本山佛光寺です。


855-23.jpg
高辻通から、東洞院通を北に向いています。
東洞院通を約400m北上すると、
第845回ブログの長刀鉾が立っています。


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今度は高辻通から、東洞院通を南に向きました。
こちらに、保昌山が立っています。


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高辻通から、東洞院通を南下しました。
こちらが、保昌山です。
だいぶ暗くなってきて、提灯に灯がy昌山の会所を撮りました。
会所の2Fに、ご神体の平井保昌がいらっしゃいます。
第847回ブログの山伏山会所と同じ構造ですね。


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そして、こちらが平井保昌の神像です。
……と言いたいところですが、顔の部分が提灯で見えません。
実は、自分が撮影中撮った映像の細かいところが分かりません。
結構大雑把に撮っているので、こういうミスが多いです。

保昌山は、平井保昌の恋愛譚を描いた山です。
歌人で絶世の美人であった和泉式部に求婚した保昌は、
「天領(天皇の所有物)の梅の木を折ってきたら、
結婚を考えてもよい」との和泉式部の言葉を信じて
天領の梅の木を折りに行きます。
すると天領の警備隊に見つかった平井保昌は、
刀で切られた傷だらけで背中に矢が刺さったままで
和泉式部に梅の枝を差し出しました。
和泉式部は結婚を断るつもりで無理難題を言ったのですが、
命を懸けて約束を守った平井保昌の求婚を断れなくなりました。
(ちなみに天皇もこの一件を知り、さらに求婚を断れなくなります)
そうして、平井保昌は和泉式部と結婚しました。
ですから、保昌山は恋愛成就のご利益があります。


855-28.jpg
こちらは、保昌山を囲む格子です。
恋愛成就のご利益がある保昌山は、
毎年こちらに絵馬がたくさん飾られていました。
(その当時の様子は、こちらを参照)
2022年7月14日は絵馬が、全然ありません。
まぁ、翌日の2022年7月15日は分かりませんが……


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保昌山から、東洞院通を北に向いています。
では、ここから東洞院通を北上します。


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保昌山の北側に、こちらの京町家が建っています。
内装から見て、こちらは手作りパン屋さんですね。
本当は立ち寄りたかったのですが、
日没前に撮影を終えなければなりません。
そのため、泣く泣く先を急ぎました。


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京町家のパン屋さんの前で、東洞院通を北に向きました。
ここから高辻通まで、東洞院通を北上します。


855-32.jpg
東洞院通を北上して、高辻通まで戻ってきました。
東洞院通から、高辻通を西に向いています。
ここからは、東洞院通から高辻通を西に進みます。


855-33.jpg
東洞院通から匂天神社を通り過ぎ、
高辻通や約100m西に進みました。
ここで高辻通は、烏丸通と交差します。


855-34.jpg
高辻通から、烏丸通を北に向いています。
ここからは、この烏丸通を北上します。


855-35.jpg
高辻通から、烏丸通を北上しています。
烏丸通の左(西)側に、下京警察署が建っています。
この辺一帯が管轄なので、祇園祭の宵山や山鉾巡行を管理します。
(神輿巡行は、第820回ブログに出てきた川端署の管轄)
下京警察署が大きくて、写真に入り切りません。


855-36.jpg
下京警察署の前で、烏丸通を北に向いています。
この先に、笹が立て掛けられている場所があります。


855-37.jpg
こちらが、その笹が立て掛けてある場所です。
八坂神社境外施設の大政所ですね。
祇園祭の3基のお御輿は先ずは四条通を西に進み、
こちらにやって来られます。
その後、各お御輿は各氏子地域に向かいます。

ただ今年(2022年)は、コロナ禍の関係で
こちらまでお御輿は来られませんでした。
2022年の神輿巡行は、
八坂神社~「四条寺町」交差点の「お旅所」間を移動しただけです。


855-38.jpg
八坂神社大政所の前で、烏丸通を北に向いています。
この先で烏丸通は、仏光寺通と交差します。


855-39.jpg
その「仏光寺烏丸」交差点に、
地下鉄烏丸線「四条」駅に通じる地下への階段が見えます。
(ファミリーレストラン「サイゼリア」の脇です)
では、ここから地下道に潜って地下鉄で帰宅しました。
……と言う設定で、本当はここから第864回ブログに出てきた
孟宗山の会所に向かいました。
いずれにしても、この後地下鉄に乗って帰宅しました。
これで、2022年の祇園祭前祭宵山散策編は終了です。

~次回から、祇園祭前祭山鉾巡行の連載です~

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ジャンル : 地域情報

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
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☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
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「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「京のお店 今日のお品」
緊急事態宣言後の
京都市街地で
コロナ騒動下でも
頑張っておられる
さまざまなお店と
その商品を
紹介して宣伝します。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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