第25回 京都の商店街 ~松原通東から西~その6

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前回のブログの最後の写真と同じ烏丸通との交差点です。
今回は、ここから大宮通りまでを書きます。
問屋街が少しずつ商店街に変わっていきます。
自動車で通ると気づかない小さな神社にも行きました。
撮影日は1月30日午後1時半。
小雪の中、撮影を決行しました。


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烏丸通を北の方に向いて撮りました。
あと500mで四条烏丸の交差点です。
向こうの信号は、高辻通の交差点です。


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烏丸通から、松原通を西に向いて撮りました。
まだしばらくは問屋街が続きますが、
この辺りからレストランや料理屋が混じりだします。


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烏丸通から少し西に行ったところです。
右(西)側の店は、海鮮のイタリア料理店です。
一度だけ行きましたが、なかなかおいしかったです。
左(東)側に小さな神社がありました。
ここに寄ってみます。


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ここ「新玉津島神社」は、もとは藤原定家の父藤原俊成の邸宅でした。
俊成自身が建立し、歌道の神様である衣通郎姫を祭っています。
「うなぎの寝床」らしい奥まで細長く続く先に本殿があります。
短歌や俳句の上達を願って、時折参拝者が訪れるそうです。


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さらに松原通を西に進みます。まだまだ辺りは問屋街です。
特にこの辺は、繊維関係の問屋が続きます。
(呉服などの和装の問屋が多いです)


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室町通との交差点です。
ちなみに足利義満は、この通り沿いに幕府を開きました。
つまりこの通りが、「室町時代」の語源です。


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室町通を北に向いて撮りました。
この通り沿いに特に呉服問屋が集中します。
そしてこれらの商人が、祇園祭を支える町衆です。
毎年7月になると、ここに山鉾が集中します。
(祇園祭は祇園ではなく、この辺りの祭りです)


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室町通と新町通の間にある亀山稲荷神社です。
ここも、細い参道の先に本殿があります。
ここは丹波の国亀山藩(現亀岡)京屋敷跡で、
ここの藩主が祭っていた神社を
今はここの町内の住民が祭っているそうです。
自分が参拝している間にも
近所の方が何人かお参りに来ていました。


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新町通との交差点です。
この道より西は、問屋はほとんどなくなって
代わりに商店街になっていきます。


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新町通を北の方を向いて撮りました。
ここも室町通同様に、呉服問屋が集中します。
ここにも、7月にはたくさんの山鉾が立ちます。
ですから、祇園祭はこの新町通と室町通を巡るのが基本です。


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新町通松原下がるにある道祖神神社です。
新町通に接するような感じで小さな本殿が見えます。
ここの由来はよく知りません。
道祖神ですから、猿田彦がらみとは思うのですが……


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新町通を通り過ぎると、急に道が細くなります。
そして、ここから「松原京極商店街」が始まります。
ちなみに、黄色い幕が張ってある建物も肉屋が営業中でした。


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商店街にこのような小旗が、あちこちに立てられていました。
黄色い小旗には、松原通(旧五条通)の象徴
「橋弁慶」が描かれています。
もう一つの小旗は、我らが「京都サンガ」の応援旗です。
京都の商店街には、この京都サンガか
女子プロ野球の「京都アストドリームス」の応援旗が掲げられます。
そういえば、bjリーグの「京都ハンナリーズ」のものは見かけません。
京都商店街連合会とは関係が薄いのでしょうか?


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手前に洋品店があり、その向こうにお好み焼き屋が見えます。
このお好み焼き屋は、店頭の椅子に座って食事もできます。
そういえば、最近このお好み焼き屋にも寄っていませんでした。


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そのお好み焼き屋のほぼ向かいにある光圓寺です。
親鸞が流罪になる前の住居だったそうです。
のちに九条兼実が住んだ後、再び親鸞が崩御するまで住んだそうです。


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光圓寺壁面にあった京都市の掲示板です。
市街地の寺院の多くにこのような掲示板があります。
本当は、第19回で紹介した西福寺にもあったのですが、
その時は写真を省略してしまいました。


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光圓寺の横は、もう西洞院通です。
西洞院通はそこそこ太いので、信号のある交差点になります。


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西洞院松原の南西角にある「五条天神」です。
(しつこいようですが、松原通は旧五条通です)
ここは、大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命・
天照大神を祭っています。
桓武天皇が平安京遷都をした際、奈良から移築した神社です。
もとはもっと大きかったのですが、
戦乱などのたびに焼けて小さくなったそうです。


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西洞院通の越えると、道幅は元に戻ります。
そしてこの辺りから商店の密度が濃くなり
賑やかになってきます。


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お茶屋さんの店先にいらっしゃったお地蔵さんです。
ここも、撮らせていただきました。
西隣は喫茶店で、ここのコーヒーがなかなかおいしいので
よく寄ります。


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ここにも、小さなスーパーがあります。
果物の店頭販売をよくやっていて、
12月頃に自分はここに完熟した富有柿を買いに来ます。


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文具屋の向こうにある和菓子屋は、
知る人ぞ知る名店です。
京都ではお汁粉のことをよく「亀山」といいますが、
その名前の由来になったお店です。
名物は、あんころ餅です。


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左(南)側のシャッターは、夜になると居酒屋やバーになります。
目の前に信号は、堀川通の交差点です。
商店街は、もう少し続きます。


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堀川通を南に向いて撮りました。
堀川通は、五条通と並ぶ京都では珍しい6車線の道です。
その五条通との交差点が、向こうに見えます。
(歩道橋がある辺りです)
右側の建物は、堀川警察署です。


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堀川通を越えても商店街は続きます。
ただ、商店も絶対数は減少します。


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昔ながらの卵屋さんです。
だし巻き卵がおいしそうだったので、
思わず撮ってしまいました。


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卵屋より少し西に行ったところの
「まるき製パン所」です。
自分の知る限り、京都でも屈指のおいしいパン屋さんです。
この日も、いくつかパンを買わせてもらいました。
(ここは、食パンよりも菓子パンやサンドイッチがメイン)


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さらに猪熊通との角のところにある
小さなスーパーです。
自分は、ここでもたまに買い物をします。


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大宮通りとの交差点です。
目の前のネオンサインは、ラーメン屋のものです。
その先に喫茶店があります。
この大宮通りの交差点で、商店街は終わります。
この先は、いよいよ壬生に入ってきます。
今回は、ここまでです。

~次回は、節分の壬生寺を訪れます~

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第26回 節分の壬生寺 前編~松原通東から西~その7

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先日とはうって変わっての晴天の大宮松原です。
ここをさらに西に進み、壬生に入っていきます。
撮影日は、2月3日午後1時半。
今日は節分なので、壬生寺に寄ります。
(途中、松原通をそれます)


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大宮通りを北向きに撮りました。
向こうの方に、四条大宮の交差点があります。
四条大宮は、
いくつかの路線バスや私鉄のターミナルになっています。


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大宮通りを超えると、松原通の道幅は2倍になります。
商店は姿を消し、小さな工場と古い民家が目立つようになります。


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「京都市立松原中学校」の裏門です。
校名は松原中学校なのですが、正門は北側の高辻通にあります。
まぁ、「松原町」が高辻通沿いだからでしょうが。


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「keep out」の黄色いテープが張ってあるお寺です。
たぶんだれも住んでいないのでしょう。
入り口と石製の仏塔が(写真のフレームの外にあります)
とても変わっているので撮りました。


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写真の左にお地蔵さんがいらっしゃいます。
せっかくなので撮らせていただきました。
ここから左(南)側は小さな寺院がいくつか続きます。
右(北)側は、古い民家と工場が続きます。


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その小さな寺院の中の一つです。
浄土宗の延命山長円寺です。江戸時代中期に建立されました。
中の観音堂に安置されている観音様は、恵心僧都の作だそうです。


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左側の土塀は、長円寺のものです。
壬生川通との交差点が近づいてきました。
ちなみに、左(南)に折れてずっと行くと
京都の花街の一つ「島原」に着きます。


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松原壬生川の交差点の南東角にこのようなものがありました。
「ごんりゅういん」は、近隣の寺院でしょう。
その方向が指示されています。
上部に小さなお地蔵さんがいらっしゃいますね。


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壬生川通を北に向いています。
このまま進めば、京福電車の踏切を越えて四条通に行きます。


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壬生川通を越えました。
右(北)側の風景はそのままですが、
左(南)側の風景は、一変します。
巨大な空き地に見えるのは新しく建設中の
京都産業大学の校舎です。


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目の前に横断歩道があり、
右側の電柱に「一方通行」の標識があります。
この標識の方向を進むと、「坊城通」に進めます。
壬生寺に行くため、ここで松原通からそれ、
ここから右(北)に折れます。


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松原通から北を向き、坊城通を見ています。
ここを北に直進します。


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坊城通を北に20mほど進みました。
左(西)側にマンションが見えます。
この辺りは、このような大きなマンションが多くあります。


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さらに北に進み、高辻通との交差点に出ました。
左側には、先ほどのマンションがあります。
壬生寺に近づいたため、
この辺りから坊城通は、自家用車通行禁止になります。


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高辻通を越えて、坊城通がさらに細くなりました。
ここをさらに北に進みます。


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仏光寺通との四辻に来ました。
壬生寺に近くなり、露店が目立つようになりました。


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仏光寺坊城の北西角にこのようなものがありました。
いよいよ壬生寺が近づいてきました。


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仏光寺通を越え、30mほど進みました。
壬生寺の山門が見えます。


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露店の横に残っていた雪です。
この日は快晴でしたが、
数日前まで雪が降っていました。


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山門の前で、炮烙焼の皿を売っていました。
これにいろいろなことを書いて、お寺に奉納します。
奉納されたお皿は、狂言の舞台などで割られます。


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いよいよ壬生寺に入ります。
……と言いたいところですが、今回はここまでです。
実は、この後写真をたくさん撮りすぎて
一回で収められなくなりました。

~次回は、壬生寺内部に移動します。
節分のお祭りの様子や「新撰組」関連施設を回ったりします~

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第27回 節分の壬生寺 後編~松原通東から西~その8

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前回と同じ壬生寺の山門前です。
今回は、いよいよ壬生寺に入り
節分の様子や「新選組」関連施設を巡ります。
撮影日は2月4日午後2時。
毎年節分はこの賑わいです。


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山門の横にも炮烙焼の露店が出ていました。
こちらには、皿に文字を書く形式が書いてある紙が貼ってあったり、
皿に文字を書く場所があったりしました。


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山門をくぐりました。
周囲に露店が並び、参拝者でにぎわっています。
正面奥に本堂があります。
先ずは、そちらに向かいます。


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壬生寺の本堂です。ご本尊は、延命地蔵尊です。
中では僧侶が祈祷中でした。
さすがに撮影ははばかられたので、ここでご容赦ください。


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本堂の右(北)で、お守りや護摩木が売られていました。
こちらで、おみくじも引けたようです。


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本堂の前で、線香が売られていました。
自分も、数本求めました。
お代は寸志なので、決まっていません。


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購入した線香は、ここで火をつけます。
火力が強かったので、
簡単に火が付きました。


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そして、ここに線香を並べます。
しっかり刺さないと線香が倒れるのですが、
ゆっくりしてると手が熱いのでコツが要りました。


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本堂の左(南)隣にある「千体仏塔」です。
東南アジアに多くみられる形式の仏塔の周囲に
お地蔵さんなどの石仏が千体ならんでおられます。
壬生寺の象徴と言える施設です。


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本堂の右(北)側の端にある施設です。
ここで壬生狂言が上演されていました。
壬生狂言は、近隣住民が行う仮面劇で
音楽のみで進行していく無言劇です。
(神泉苑狂言と出自が同じものです)

この日の演目は「節分」で、毎年この時期はこれを上演します。
侍の妻が一人で留守番をしていると、
夫に化けた鬼が家に侵入してきます。
妻は鬼の正体を見破ると、豆を投げつけ鬼を退散させます。
まぁ、こんなストーリーでした。
この際に、炮烙焼の皿が割られます。
(厄除けになります)


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本堂から山門に戻ります。
その途中にあるいくつかの施設を回ります。
先ずは、こちらに入っていきます。


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弁財天の祠です。
こちらにもお参りしました。


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弁財天の祠の左隣は、水かけ地蔵さんの祠です。
こちらには多くの参拝者がいました。
二つの祠の間にろうそくを立てる台がありました。
寸志を払って、自分も立てました。


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二つの祠の右側(山門側)にある阿弥陀如来像が納めてある施設です。
「新選組」関連施設(壬生塚)は、ここを抜けていきます。
そちらに行くには拝観料100円だったのですが、
小銭がなかったので、こちらでお守りを買いました。


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拝観料を払って中に入ると、左手に池がありました。
その中央に銅製の竜の像がありました。
ちょっと周囲から浮いていますか?


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壬生官務家のお墓です。
壬生官務家は、太政官の書記官を歴任しました。


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「人丸塚」です。柿本人麻呂のお墓だそうです。
(ホンマかいなと突っ込んでしまいます)
人丸→火止まる  から
火除けのご利益があるそうです。


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左側は、芹沢鴨と平山五郎のお墓です。
(内部抗争で殺された人たちですね)
右側はいろいろな新撰組隊士のお墓です。
好きな人は分かるのでしょうが、
自分は知らない人たちでした。


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こちらにも新撰組隊士のお墓がありました。
ただ、こちらも自分はよく知らない方のものです。
(新選組の隊士の名前は、10人くらいしか知りません)


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左側も隊士のお墓でしょうか?
右側は、比較的新しい慰霊碑ですね。


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新撰組の顕彰碑です。
ここ壬生は、新撰組が池田屋事件の頃に屯所を置いていた所です。
特に壬生寺は、北隣の八木邸に新撰組屯所があったことから、
数多くの史跡が残っています。


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新撰組総長近藤勇の胸像です。
この左隣に遺髪を納めた石塔があります。

ちなみに、自分がここで撮影中
ずっと若い女性が何人もお参りに来ていました。
「薄桜記」とかの影響でしょうか?
では、そろそろ壬生塚を出ます。


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壬生塚を出て左を向いたところです。
ここから山門を出ます。
今回は、ここまでとします。

~次回は、せっかくなので壬生周辺を散策します。
「新撰組」関連施設を中心にうろうろします~

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第28回 壬生散策~松原通東から西~その9

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前回ブログの最後の写真と同じ位置から撮った壬生寺の山門です。
今回は、壬生寺を出て壬生周辺を散策します。
せっかくなので新撰組関連施設を中心に回ります。
撮影日は、2月9日午後3時。
もう節分のにぎやかさはありません。
ちょっとこの写真が傾いているのは、ご愛嬌ということで。


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壬生寺山門を出て、坊城通を北に向きました。
とりあえず、ここを進みます。


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壬生寺から北に5mほど行ったところにある
(ほぼ向かいの)「新徳禅寺」です。
14代将軍徳川家茂が江戸から京都に移ったとき、
警護のために招聘された浪士がここに集まりました。
その際、提案者の清川八郎が
「尊王攘夷」(天皇をたて、欧米を倒す)を訴えたのですが、
水戸の芹沢鴨と江戸試衛館の近藤勇らが反発し離反しました。
その離反した彼らが結成したのが、
「新撰組」のもととなる「浪士組」でした。
(ある意味、ここは「新撰組」発祥の地です)
ただ、残念ながらここは公開されていません。


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さらに5mほど北に進みます。
壬生寺の北隣にある「鶴屋」という和菓子屋です。
ここを経営しているのが八木家で、
安土桃山時代から続く郷士でした。
(出自は京都府北部の八木町だそうです)
そして、この八木家の邸宅に新撰組の屯所がありました。

1000円払うと、八木家の邸宅を見学できます。
自分も見学させていただきました。
(抹茶とお菓子つきです)


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八木邸の表玄関です。新撰組隊士はここに住んでいました。
ここを入ってすぐのところが、芹沢鴨暗殺現場です。
その際の刀傷も残っていました。(近藤勇らが、主犯です)
中にはガイドさんがいて、丁寧に説明してもらえます。


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鶴屋(八木邸)の前の通りを北に向きました。
北隣は陶器屋なのですが、新撰組関連グッズを売っています。
目の前の通りは、綾小路です。
ここは四つ辻なのですが、
綾小路は写真でもわかるように少しずれています。
次は、この綾小路を右(東)に曲がります。


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坊城綾小路の北西角にこのような一里塚がありました。
「左 壬生寺」は、すぐそこですが、
「右 二条城」は、徒歩一時間以上ですね。


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坊城通から綾小路を東に向きました。
古い民家が並ぶ細い道は、この辺りの典型的な家並みです。
ここを進みます。


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こちらのお地蔵さんは、
小さな民家の敷地内にいらっしゃいます。
珍しいので、また撮らせていただきました。


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お地蔵さんのほぼ向かいにあった酒屋です。
ここの日本酒の銘柄が
「近藤勇 土方歳三 沖田総司」などでした。


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また、壬生川通です。(現在、東へ逆進しているので)
ここを越えて、さらに綾小路を東に進みます。


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壬生川通より東は、綾小路はさらに細くなります。
なぜかこの辺りは、飲食店が多いですね。


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上宮王院聖徳寺です。現在は、浄土宗のお寺です。
開祖は聖徳太子だそうで、太子像も安置されているそうです。
ただ、ここも一般公開はしていないそうです。


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さらに綾小路を東に行くと、「光縁寺」があります。
ここには、山南敬助ほか新撰組隊士の墓が多くあります。
お寺の拝観はできませんが、
100円払えば、隊士のお墓参りは可能です。


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綾小路を東に進み、大宮通が近づいてきました。
この辺りには、小さな寺院が軒を並べています。


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そしてついに、大宮通まで戻ってきました。
左のお店は四川風担担麺を出す中華料理店で、
知る人ぞ知る名店です。
向かいの「cocoイチ」は、もう30年くらい前からある店です。
次は左(北)に曲がり、大宮通を進みます。


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綾小路通から、大宮通を北に向きました。
四条通まで、100mもありません。


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四条大宮の交差点にまで来ました。
正面の建物は一見すると駅のようですが、ただの駅ビルです。
(阪急電車は、この辺りは地下鉄になっています)
右には、バスターミナルが見えます。
四条大宮は、京都でも屈指の交通の起点です。


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四条大宮交差点の南西角から西を見ています。
左(南)側の建物は、嵐電(京福電車)の「四条大宮」駅です。
京福電車は、「四条大宮」~「嵐山」間をつなぎます。
(途中の「帷子ノ辻」駅で、「北野白梅町」駅への乗り換えもできます)
今度は四条通の南側歩道を西へと進みます。


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四条通を西に進んでいます。
四条通といえば「繁華街」というイメージがありますが、
大宮通を境に、西に行くとだいぶさみしくなります。


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またもや、壬生川通との交差点です。
今度は、この四条通をそのまま西に進みます。


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四条通から壬生川通を南に向きました。
京福電車の踏切を越えたら、
綾小路・松原通との交差点があり、
その先には、京都の花街の一つ「島原」に着きます。


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壬生川通を越えて、四条通をさらに西に進みます。
雑居ビルが続いています。
目の前の高架は、JR嵯峨野線の線路です。


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坊城通との交差点です。
壬生寺に行く方向の標識も出ています。
ただ、そちらに行く前に……


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交差点の南西角にあるこの神社に向かいます。
こちらは「梛神社」(なぎじんじゃ)「隼神社」で、
実は二つの神社が合祀されています。


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本殿は、このように二つ並んでいます。
「梛神社」は「元祇園社」ともいい、
「八坂神社」はもともとこちらにありました。
その後小さな祠だけがこの地に残ったそうですが、
明治以降に今の大きさになったそうです。

「隼神社」はもともとは坊城蛸薬師にあったそうですが、
1918年に今の場所に移ったそうです。

どちらも厄除け・病除けの神様で、
本当は節分の時には壬生寺同様かなり大きなお祭りをします。


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四条通から南を向いて坊城通を見ています。
右(西)に先ほどの神社が見えます。
今度はこの道を進み、
もとの坊城松原に戻っていきます。

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10mほど南に進みました。
右(西)側にまだ先ほどの神社が見えます。
目の前の京福電車の踏切を越え、
先ほど通った坊城綾小路の辻も越えます。


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坊城綾小路の辻です。
これで壬生をちょうど一周したことになります。
右(西)側に、先ほどの「新撰組グッズ」も売っている陶器屋と
「鶴屋」(八木邸)の木製看板が見えます。
さらに、南に進みます。


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30mほど南に移動しました。
この横断歩道の右(西)側に今回の出発点壬生寺があります。
左(東)側は、新徳禅寺です。
このまま南に進み仏光寺通を越え、高辻通に向かいます。


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100mほど南に進み、高辻通との交差点です。
先に見えるのは、建設中の京都産業大学の新校舎です。
とりあえず、その校舎がある松原通まで南に進みます。


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建設中の京都産業大学新校舎で、坊城通は突き当りになります。
(坊城通は、五条通り辺りで復活します)
ここから、また松原通をさらに西に進んでいきます。


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第26回ブログでは、ここで坊城通にそれました。
元に戻ってきたので、
ここからまた松原通を西に進むようにします。
ただ、それは次回以降ということで……。

今回は、ここまでということで。

~次回は西大路通を目指し、さらに松原通の端まで行こうと思います~

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第29回 壬生から西院へ 前編~松原通東から西~その10

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二週間ぶりの松原坊城です。
今回もさらに松原通を西に進みます。
京都は、観光地が原則周辺部に集中します。
よって、今回はこのブログで初めて神社仏閣が登場しません。
好みが分かれるでしょうが、これも京都の一面なのです。
撮影日は、2月26日日曜日。1936年同様に雪の日です。


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北側に坊城通からも見えた大きなマンションが見えます。
第26回ブログでも紹介しました。
最近、この辺りの人口が増えてきているようで、
この辺りで様々な公共の施設が整ってきています。


29-3.jpg
最初の写真から約100mほど西に向かいました。
左(南)側に「光徳公園」が見えます。
ここは少し大きな児童公園です。
次は、向こうの小さく見える信号の所まで行きます。


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左(南)側の茂みは、光徳公園です。
向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えます。
目の前の信号は、千本通との交差点です。

千本通は、平安時代は「朱雀大路」と呼ばれていました。
つまりここが、平安京のほぼ中央に当たります。


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千本通を南に向きました。この先500m行くと五条通に出て、
そこにJR嵯峨野線の「丹波口」駅があります。
左(東)側には光徳公園が見え、その中に交番が見えます。

右(西)側の「大香園」は、老舗の焼肉屋です。
(個人的には,「京都三大焼肉屋」の一軒です。
あとは、東九条の「水月亭」東寺の「はやし」)
焼肉屋ですが、チュオタン(どじょう汁)が名物です。
ちなみに、ここのマッコリは度数が高いので注意しましょう。


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千本通を北に向くと、急に細くなります。
ここの寿司屋は入ったことはないので、よく分かりません。
(とても安い店です)

ちなみに、千本通は三条通を越えると急に4車線になります。


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千本通を少し西へ行きました。
JR嵯峨野線の高架の手前に、スーパー銭湯があります。
京都市街地はスーパー銭湯が少ないこともあって、
ここはいつもにぎわっています。


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ここは、JRの高架下です。
このように児童館になっています。
この日は日曜日だったので、閉館していました。


29-9.jpg
上の黒い部分は、JRの高架です。
高架下から、松原通を西に向いています。
ここからは、民家と商店が並ぶようになります。
多くの人のイメージとは違うかもしれませんが、
これも京都の一面です。


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JRの高架から20mほど進みました。
ちなみに、「壬生松原町」は大体この辺りです。
新千本通という細い道と交差しています。

実は、千本通から新千本通までの約100mが、
平安時代の「朱雀大路」の道幅でした。
つまり、もともと朱雀大路は道幅約100mもあったわけです。


29-11.jpg
新千本通を南に向いています。ここは細いですが、
500mほど先の五条通より南は4車線になり、
「京都中央卸売市場」の真ん中を貫く通りになります。


29-12.jpg
新千本松原の辻の北西角にいらっしゃったお地蔵さんです。
小さな飲食店の軒下にいらっしゃいました。


29-13.jpg
新千本通から約100m進みました。
目の前のそこそこ太い通りは、特に名前がありません。
(実は、短い通りです)
その先の運動場は、「京都市立朱雀第3小学校」です。


29-14.jpg
さらに50mほど西に進みました。
左(南)側の生け垣は、「京都市立朱雀第3小学校」です。
右(北)側は、食品関係の企業が並んでいます。


29-15.jpg
さらに50mほど進み、「京都市立朱雀第3小学校」の端まで来ました。
その先にある通りは、七本松通です。


29-16.jpg
松原通から南に向き、七本松通を見ています。
ここから七条通までは4車線なのですが……


29-17.jpg
同じ七本松通でも、松原通より北は
このくらい細い道になっています。


29-18.jpg
松原七本松の北西角近くにある八百屋です。
京都でもスーパーなどに圧されて、こういう店も減ってきました。
自分は、たまにここで買い物をします。


29-19.jpg
七本松通から50mほど進みました。
左(南)側には、病院があります。
右(北)側の商店は、
この日が日曜日ということもあって閉まっていました。


29-20.jpg
その近くの民家です。町名を書いた表札が出ています。
この表札通り、ここはまだ「壬生」になります。


29-21.jpg
さらに100mほど進むと、今度は米屋がありました。
ウチの近所もそうですが、
京都市街地には、米屋はまだまだ残っています。


29-22.jpg
そしてその先に、橋がかかっていました。
とても細い川で、「第二高瀬川」と呼ばれています。


29-23.jpg
松原通から南を向いて、第二高瀬川を見ています。
今はこんな「どぶ川」みたいですが、
平安京遷都以前は、ここに鴨川が流れていました。
市街地に大きな川が流れていると危険なので、
平安京遷都の際の治水工事で、
今の位置に鴨川の流れを移動させました。
つまり、これはかつての鴨川の名残です。


29-24.jpg
第二高瀬川の橋の上から、松原通を西を向いています。
この先の信号は、御前通との交差点です。
さらにこの先へ進みますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は松原通をさらに西に進み、
この通りの西の端まで行きます~

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ジャンル : 地域情報

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生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
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「松原通東から西」EX
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「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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