第49回 初夏の車折神社 後編~三条通西から東~その4

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ここは、京福電車(嵐電)「車折神社」駅のホームです。
今回は、ここから南に車折神社を抜け、
三条通を東に進み、
有栖川を通り抜けて帷子ノ辻まで行きます。
撮影日は、2012年5月27日日曜日午後4時。
だんだん日が傾いてきて、涼しくなってきました。


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「車折神社」駅には、改札がありません。
駅のホームから神社に直接入ることができます。


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「車折神社」駅から出ました。
前回に引き続き、車折神社の中に入っていきます。


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先ほどの写真から南に進み、5m先で少し左にカーブしました。
(要するに、前回ブログで進んだ道を逆に進んでいます)
末社の一つ地主神社の前に立っています。
左(東)には、天満宮初め末社が3柱おられます。
(弁財天は、もっと手前です。フレームから外れています)
右(西)側の「清めの社」には、また熱心な方がお参りしておられます。
ここを南に直進します。


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北側の末社のある鎮守の森を抜けると、急に明るくなりました。
ようやく、右(西)側にある本殿にお参りします。


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では、本殿に行く前に手水所に行きます。
先ずは、ここで手を清めます。


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手水所の柄杓に、寄付された方の名前が書かれていました。
「青ニプロ」って、確か声優の芸能プロダクションですよね。


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では、この鳥居をくぐって車折神社の本殿に入っていきます。


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車折神社の拝殿です。カエデの木が絡むように伸びています。
ここは、清原頼業(きよはらのよりなり)を祀っています。
平安時代の儒学者ですね。
後嵯峨天皇の牛車の車が、この辺りで裂けたことがありました。
これが、車折神社の由縁です。
本殿はこの向こうにありますが、ちょうど親子三人が
神主さんにお祓いを受けている最中だったので撮影は遠慮しました。
この写真をクリックすれば、拡大されます。


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本殿の参拝を終えました。ここは、本殿の東側にある道です。
駅からずっと続く道ですね。
ここを南に進み、三条通に向かいます。
目の前の枝垂桜は、春になると見事な花を咲かせます。


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さらに進みます。この後ろに、本殿の鳥居があります。
左(東)側に見える石碑は、「芸能神社」のものです。
ここを抜けて、車折神社を出ます。


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車折神社を抜けました。
この先の突き当りにある三条通に向かいます。


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三条通に戻って、東を向きました。
左に見えるのは、市バスの「車折神社前」バス停です。
とりあえず、この先に見える鎮守の森を目指します。
ただ、その前に……


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「車折神社」バス停から5mほど東に行ったところにある
この寺院に寄ります。
ここは、浄土宗の正定院です。
室町時代の末期に、この近所の豪商によって建てられました。
門が閉まっているので、中には入れません。
手前にお地蔵さんが何体かいらっしゃったので、
こちらを参拝しました。


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「車折神社」バス停から東に約200mほど進みました。
目の前の鎮守の森に行く前に、この橋に近づきます。


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この川は、有栖川(ありすがわ)で、今は南を向いています。
水源は、もっと北西の大沢池や鳥居本の方です。
そして南南東に流れていき、
最終的には上野橋付近で桂川に合流します。
今はこんな流れですが、
むかしは巫女がこの川で体を清めたそうなので、
もっと水もきれいだったのでしょう。


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橋を渡って、鎮守の森に近づきます。
ここも小さな神社です。


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ここは、斎宮神社です。主神は、天照大神です。
この神社は、もともと皇族の女性が斎王になるときに
有栖川で体を清めるための施設です。
(斎王とは、伊勢神宮の巫女の筆頭のことです)
平安時代はかなり大きい神社だったそうですが、
後醍醐天皇が有栖川で体を清めることを廃止したため、
室町時代以降はどんどん小さくなりました。
この神社のクスノキはそれはそれは見事なのですが、
大きすぎて上手く写真に撮れませんでした。
では、また三条通を東に進みます。


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斉明神社から三条通を東に約100m進みました。
スーパー銭湯と「黒潮市場」が並んでいて、
さらにその向こうに「ユニクロ」が続きます。
「黒潮市場」とは大黒屋のことで、
京都中心に展開する高級スーパーマーケットです。
この辺りは大きな駐車場や飲食店も多く、
周辺住民が集まって来るところのようです。


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「黒潮市場」の北向かいです。洋菓子店の「那伊斗」(ないと)です。
京都の洋菓子店の喫茶室はとても小さいところが多いのですが、
ここはテーブル2つにカウンター席までありました。
「キャラメル」という名前のクリームブリュレを食べてみました。
クリームの食感と底に敷かれたビターチョコのハーモニーが最高でした。
(6月4日訂正)


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「黒潮市場」から、東に約100m進みました。
このファミリーレストランの駐車場に寄ります。


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ファミリーレストランの駐車場に着きました。
北側に、鎮守の森が見えます。


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ファミリーレストランの駐車場から北側にカメラを向けています。
京福電車(嵐電)の線路の向こうに、神ノ木弁財天が見えます。
この辺の土地神様で、毎年11月にお祭りがおこなわれています。
(由来はかなり面白いのですが、長くなるので省略します)
とても小さな神社ですが、
大きなクスノキが独特の世界を作っています。
本当は中に入りたいのですが、
ここから神社までの道がかなり複雑なのでここで済ませます。
(この位置で柏手を打たせていただきました)
実は自分のお気に入りに神社なので、写真は大きめにしました。
(クリックすると、拡大できます)


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ファミリーレストランの南向かいに、
お地蔵さんがいらっしゃいました。
また、撮らせていただきました。


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お地蔵さんの前から、三条通を東に見ています。
遠くを見ると、この先で左に緩やかにカーブしています。


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カーブが終わると、三条通は緩やかな上り坂になります。
また飲食店が目立つようになり、
少しずつ賑やかになってきました。
理髪店の時計を見ると、午後五時が近づいています。
日が沈むまでに時間がありますが、
確実に日が西に傾いてきました。


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先ほどの写真から、東に約50m進みました。
ここは、帷子ノ辻の交差点です。
(左側にある標識からもわかります)
右側の「大映通商店街」は、広隆寺への近道です。
ただ、このブログはあくまで三条通を進みます。


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先ほどの写真から、北に3m移動しました。
ここは、京福電車(嵐電)の「帷子ノ辻」駅です。
この駅はターミナルで、
嵐山・北野白梅町・四条大宮行きの電車が出ています。
さすがに遅くなって来たので、今回はここから帰ります。

~次回は、太秦(うずまさ)に入り、広隆寺を目指します~

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第50回 太秦の広隆寺 前編~三条通西から東~その5

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ここは、京福電車(嵐電)の「帷子ノ辻」(かたびらのつじ)駅前です。
右側の階段を上れば、駅のホームに行けます。
今回はここから京福電車(嵐電)の本線沿いに進み、
広隆寺の前まで行こうと思います。
撮影日は、2012年6月3日日曜日午後3時。
薄雲のせいか、前に来た時よりは涼しい日でした。


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先ほどの写真の位置から、反対(南)を向きました。
左(東)側に有料の駐輪場があります。
右(北)側は、コンビニエンスストアですね。
約3m先に、三条通が見えます。また、こちらに向かいます。


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三条通に出ました。
目の前に、「大映通り商店街」が見えます。
この通り沿いに、大映の撮影所があります。
また、ここをまっすぐ行くと広隆寺に出ます。
(三条通はこの後蛇行し、この道に合流します)
ただこのブログの趣旨から、
今回はあくまで三条通を左(東)に向かいます。


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三条通を東に向きました。駅前なので、賑やかです。
目の前に、市バス・京都バスの「帷子ノ辻」バス停があります。
その先に、「太秦病院」があります。
この辺りから、地名も「右京区嵯峨」から
「右京区太秦(うずまさ)」に変わります。


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三条通を約20mほど東に進みました。緩やかな上り坂です。
南側に、理髪店と和菓子屋が並んでいます。
雰囲気のあるいい店ですね。


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さらに、10m進みました。
京福電車(嵐電)本線(嵐山~四条大宮間)の踏切が見えます。
厳密には、ここを越えたら「嵯峨」から「太秦」になります。


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踏切を越えようとしたら、遮断機が下りました。
しばらくすると、「嵐山」行きの電車が駅に入ってきました。


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先ほどの踏切から10mほど進み、左(ほぼ北)を向きました。
こちらにも踏切があります。
これは、京福電車(嵐電)北野線の線路です。
「帷子ノ辻」駅から分岐して「北野白梅町」駅に向かいます。
よく見ると、こちらは単線ですね。


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先ほどの場所から、約10m東に進みました。
緩やかな上りは続き、道は少しずつ右にカーブします。


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さらに20m進みました。
三条通の左(ほぼ北)側に、大きな祠が見えました。
中に、お地蔵さんが2体いらっしゃいます。
お賽銭を供えて、お参りしました。


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祠から、約30mほど進みました。
この辺りで、上り坂が平らになります。
JR「太秦」駅の表札があります。
ここから北に、350m程行ったところです。


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さらに三条通を50mほど東に進みました。
この辺りから、大きく右にカーブします。
この交差点に、市バスの「太秦開日町」バス停があります。
この辺りに飲食店が多く、
ここからでも「天下一品」のチェーン店が見えます。


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先ほどの写真から50mほど進みました。
左(北)側に、広隆寺の駐車場があります。
じつは、ここからそのまま広隆寺に入れます。
ただ、今回は三条通をこのまま進みます。
広隆寺へは、もっと先から入ります。


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駐車場の東側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
また、撮らせていただきました。


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お地蔵さんから、さらに50m進みました。
この辺りから直進しますが、急な下り坂になります。
目の前に右京警察署があります。
三条通の右側は、警察署の駐車場です。


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右京警察署の右(南)側にある警察署の駐車場から、
東の方を向いています。
この辺りから京福電車(嵐電)の線路がカーブしてきて、
三条通に沿うように続いています。


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しばらく歩いていたら、
京福電車(嵐電)の車両が通り過ぎていきました。
東の方に進み、四条大宮に行くようです。
この辺りから、三条通も線路も左に大きくカーブします。


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……と思ったら、今度は嵐山行きの電車もやって来ました。
ちなみに、この左側に「広隆寺」バス停があります。


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右京警察署から約100m進みました。
この辺りから、
50mほど京福電車(嵐電)の線路が三条通に乗り上げます。
向こうに見える白い自動車が行こうとする道は、
先ほどの「大映通り商店街」です。
こちらに進むと、三条通の半分ほどの距離でした。


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先ほどの写真の左側に、
このようなお地蔵さんがいらっしゃいました。
また、撮らせていただきました。


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お地蔵さんから、約5mほど進みました。ここは「太秦」交差点です。
この辺りで三条通はまた直進して、平らになります。
この向こうに、京福電車(嵐電)の「太秦広隆寺」駅が見えます。
この左の松は、広隆寺のものです。


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「太秦」交差点で信号を渡り、北を向いて
先ほどまでいたところを撮りました。
右側の石碑に、「太秦広隆寺」と書いてあります。
ここから広隆寺の中に入っていくのですが、
それは次回とします。

~今回は、ここまでです~

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第51回 太秦の広隆寺 後編~三条通西から東~その6

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ここは、広隆寺の三条通側山門です。今回は、ここに入っていきます。
桜やカエデの青葉がきれいでした。
撮影日は、2012年6月3日日曜日午後3時半。
薄雲の心地よい日でした。


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山門には、仁王像がいらっしゃいます。
右側は、大きな口をあけて威嚇する「阿形」(あぎょう)です。


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左側には、「吽形」(うんぎょう)の仁王像です。
目を大きく見開き、口を閉じています。


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そして、2体の仁王像を見つつ境内に入っていきます。


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山門をくぐりました。この石畳の道を進んでいきます。
両脇に様々な樹木が並んでいます。


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山門の左(西)側に、大きなクスノキを植えていました。
この木は、今回のブログの最初の写真にも写っていました。
向こうに見えるのは、薬師堂と地蔵堂です。


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先ほどの石畳の右(東)側に、「忠魂碑」がありました。
先の大戦の戦没者を祭っているのでしょう。
この辺りは、カエデが鬱蒼としています。
青葉でも十分きれいですが、秋はさぞ絶景でしょう。


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「忠魂碑」左の講堂です。重要文化財です。
ここもカエデ越しに見るときれいです。


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石畳は、講堂の左(西)側を回り込み続いています。
ここもカエデが見事ですね。
この先に、上宮王院太子殿(本堂)が見えます。


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石畳を歩いていると、ハトが2羽現れました。
つがいのようですね。


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石畳の左(西)側に植わっていた枝垂桜です。
今は青葉ですが、春にはきれいな花を咲かせます。


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こちらはツツジです。
6月になっても、しっかり咲いています。


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だんだん上宮王院太子殿(本殿)に近づいてきました。
ここは、井戸舎(手水所)です。先ずは、ここで手を清めます。


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ここは井戸舎の北側の太秦殿です。
秦川勝(はたのかわかつ)を祀っています。
秦川氏は古墳時代に日本に渡来した豪族です。
養蚕を日本に伝えました。
そして秦川勝は聖徳太子を支持し、
聖徳太子の仏教信仰に多大な影響を与えました。


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上宮王院太子殿(本堂)です。聖徳太子像を本尊とします。
広隆寺は、現存する聖徳太子が建立した寺院のうちの一つです。
(他には、奈良県の法隆寺・大阪市の四天王寺などがあります)
ここ太秦は、京都に都が置かれた794年以前の京都盆地の中心地で、
渡来人系の豪族秦氏(はたし)の領地でした。
ですから、ここには平安時代より古い仏像もあります。


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上宮王院太子殿から左(西)にも石畳が伸びています。
こちらをずっと進むと、前回ブログで紹介した駐車場の方に出ます。


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上宮王院太子殿の西側から、北に向かう石畳が伸びています。
こちらを進むと、霊宝殿に行けます。


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右側の建物は、霊宝殿に入るためのチケット売り場です。
先ほどの写真で、
修学旅行生と思われる制服姿の三人の男子生徒がいたところです。
その左側の「広隆寺」の看板がかかっているところは庫裏で、
僧侶のプライベートスペースです。(拝観者は入れません)


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ここから先の霊宝殿は、撮影が禁止されていました。
ですから、パンフレットの写真だけになります。
霊宝殿は、広隆寺の仏像が陳列されている建物です。
中には、30数体の仏像が陳列されていました。
(ちなみに、すべて国宝か重要文化財です)
拝観者の大半は、この写真の弥勒菩薩像が目当てのようです。
聖徳太子が秦川勝に下賜された仏像で、
日本初の国宝でもあります。

お勧めは、西側壁面です。薬師如来(秘仏)を中央に、
両隣に日光月光菩薩がいらっしゃって、
その周囲を十二神将が固めていらっしゃいます。
(ちなみに、すべて国宝です)
あとは、弥勒菩薩の向かいにいらっしゃった
千手観音でしょうか。
迫力と荘厳さで圧倒されます。

ただここにいると、まるで仏様のいらっしゃる所に
自分たちがお邪魔しているような気になりました。
あまり失礼のないようにしないといけません。


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霊宝殿を出て、南に進んでいます。
右(西)側に、先ほどのチケット売り場があります。
ここをまっすぐ進んでいきます。


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先ほどの石畳の道を南にずっと進んできました。
目の前の横に、伸びる石畳があります。
右(西)に行けば、駐車場の方に行きます。
左(東)に行けば、上宮王院太子殿(本堂)です。
この先に、小さく三門が見えます。
そちらに進みます。


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山門まで戻ってきました。
向こうに、「太秦」交差点の標識が見えます。
ここから抜けて、広隆寺を出ます。


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広隆寺の山門を出ました。
右側に、今回ブログの最初の写真に写っていた
「太秦広隆寺」と書かれた石碑の裏が見えます。
左側の向こうに、京福電車(嵐電)の「太秦広隆寺」駅が見えます。
ちょうど四条大宮行の電車が入ってきたところですね。
では、広隆寺を一通り回ったので、今回はここまでとします。

~次回は、太秦周辺を回ります。
中には入りませんが、映画村の辺りに行ってみようと思います~

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第52回 太秦散策~三条通西から東~その7

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ここは、京福電車(嵐電)の「太秦広隆寺」駅です。
今回は、この辺りをウロウロします。
初めに映画村の近くに進み、後から「蚕ノ社」駅まで行きます。
季節がら、修学旅行生とよくすれ違いました。
撮影日は2012年6月10日日曜日午後3時。
梅雨の間の晴れた日でした。


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「太秦広隆寺」駅のホームから出て、西を向いています。
ここは前回ブログにも出てきた「太秦」の交差点です。
正面に前回訪れた広隆寺があります。
目の前の道をずっと進むと、
もとに戻って嵯峨野嵐山に着いてしまいます。
今回は、映画村に向かう右(北東)に伸びる道を進みます。


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「太秦」交差点から北東に進むと、急な上り坂になります。
左側に見えるのが、広隆寺です。
写真でもわかるように、大きく右にカーブしています。
さらにこの道を進んでいきます。


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「太秦」の交差点から50mほど進みました。
ここで広隆寺の土塀と別れます。
目の前のお店で、衛星放送のチューナーやアンテナを売っています。
そこから、道は東南東に真っ直ぐになります。


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先ほどのお店の前から、道の先を見ています。
この辺りは、おしゃれな雑貨屋やいろいろなお店が並びます。
とりあえず、この先の鎮守の森に向かいます。
また、晴れ間が大きくなりました。


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そのお店から、約50mほど進みました。
この森にある神社に入ります。
修学旅行生が、通り過ぎていきます。映画村が近いせいでしょう。


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ここは、太秦の「大酒神社」(おおさけ神社)です。
実は、この鳥居の柱は八角形です。
ここをくぐって、中に入ります。


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大酒神社の手水舎ですが、水は枯れています。
手を清めずに入ることにします。


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大酒神社の本殿です。この神社は、秦氏の氏神です。
主神は、秦の始皇帝(!)と弓月王(ゆみづきのきみ)、
さらに秦氏の始祖秦酒公(はたのさけきみ)です。
(渡来人系の秦氏は、始皇帝の子孫です)
毎年10月12日に「太秦牛祭り」という奇祭を行います。
もともとは広隆寺の中にあったのですが、
明治時代に現在の場所に移築されました。


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大酒神社の八角形の鳥居から、外を見ています。
少し先に、交差点が見えます。次は、そこに向かいます。


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この交差点を左に向きました。ほぼ北を向いています。
コンビニエンスストアの前を通り、ここを進みます。


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先ほどの交差点から、10mほど北に進みました。
向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えます。「太秦」駅が近いようです。
左(西)側に、「東映太秦映画村」ののぼりがいくつも立っています。


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「東映太秦映画村」の入り口です。今回は中には入りません。
京福電車(嵐電)の「太秦広隆寺」駅から
約250mといったところでしょうか。
大酒神社に寄り道しても、徒歩15分かかりません。


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映画村の北側にある「パディオス」です。
映画の上映などをしているようです。
前の駐車場に、修学旅行生のための観光バスが並んでいます。
では、そろそろ「太秦広隆寺」駅に戻ります。


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「パディオス」の前から、南を向いています。
映画村の向かいは、民家が並んでいます。
(土産物屋さんなどは、ほとんどありません)
ただ、お好み焼き屋さんや飲食店がいくつか並んでいました。
ちなみに、目の前の和菓子屋は結構な名店です。


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先ほどの写真から、南に約100m進みました。
また、コンビニエンスストアがある交差点まで来ました。
ここを右折して、「太秦」交差点に戻ります。


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コンビニエンスストアの前から、「太秦」交差点の方を向いています。
右側の森は、大酒神社のものです。
神社の向かいに、また別のコンビニエンスストアがあります。
この道を進みます。


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先ほどは紹介していませんでしたが、
大酒神社と広隆寺の間に、このような橋がありました。
しかも、この下には川は流れていません。


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橋には、「広隆寺橋」と書いてありました。
詳しくは調べていませんが、
もともとこの辺りに御室川(おむろがわ)が流れていました。
(仁和寺のある御室から桂川に流れ込んでいた川です)
たぶん、その名残でしょう。


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「広隆寺橋」を越えると、大きく左にカーブする下り坂になります。
右側は、広隆寺ですね。「太秦」交差点は、すぐそこです。


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大きなカーブの下り坂を進みます。
広隆寺から見えるのは、クスノキでしょうか。
この先に、「太秦」の交差点が見えます。


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「太秦」交差点に戻ってきました。
右(南)側に、京福電車(嵐電)の「太秦広隆寺」駅が見えます。
次は、左に見える「太秦三条商店街」を東に進みます。
ただその前にお昼がまだなので、駅に隣接するうどん屋に寄ります。
(駅構内から、直接入れます)


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駅に隣接する「京富」は、手打ちうどんがおいしいお店です。
いろいろ迷って、このセットメニューを頼みました。
天ぷらもおいしかったですが、うどんは打ち立てがいいですね。
ビールを付けて、1600円くらいでした。


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「太秦広隆寺」駅から東に約10m進みました。
三条太秦商店街に入ってきました。
自動車の量が多いので、写真を撮るにも一苦労です。
ただ、閉まっている商店が多かったですね。


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……で、その閉まっている商店のうちの一軒です。
やはり、日曜日だからでしょうか?


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先ほどの商店から、さらに東に100mほど進みました。
仕出し屋や肉屋に囲まれて、「右京簡易裁判所」がありました。
裁判所と肉屋の角を左折して北に約200m進むと、
実は先ほどの「太秦映画村」の前に出ます。


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商店街の中に、寺院がありました。浄土宗西山派「常楽寺」です。
沿革は、調べてもわかりませんでした。また、中には入れません。
ただ、浄土宗には「常楽寺」が全国にあって、
この名称に何か謂れがあるのでしょうね。


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常楽寺の向かいに、「萬為」という和菓子屋がありました。
店内には、先ほど紹介した大酒神社の
「太秦牛祭り」の様子が写された写真が飾ってありました。
紙の面をつけた男性が、牛に乗って練り歩く姿です。
表に、「みな月」の張り紙があります。
京都の夏の風物詩ですね。


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萬為で買った水無月(みなづき)を家に持ち帰ってから撮影しました。
京都では、毎年6月30日に食べるお菓子です。
ご覧のように、見た目と食感は名古屋の「ういろう」に似ています。
実は、製法もほぼ同じです。
違いは上部に小豆を並べることと、三角形に切って食べることです。
(氷に似せています)


52-30.jpg
萬為から東に約20mほど進みました。
昔懐かしの駄菓子屋です。
日曜日でも開いていて、小学生のお客さんが来ていました。
ここのたこ焼きを買って帰ろうとも思ったのですが、
「水無月」の上に荷物が増えると重いので、あきらめました。


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市バスの「太秦東口」バス停前です。
左側の青いテントの焼肉屋さんは、営業中でした。
この少し先から、三条通は大きく南南東にカーブします。
東にまっすぐ進む道もあって、こちらは「太子道」と名前を変えます。
(ここの「太子」とは、聖徳太子が建立した広隆寺のことですね)


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太子道の分岐点から少し進み、三条通は南南東にカーブしています。
この辺りから商店の数が大幅に減りました。
実は太子道をまっすぐ行った方が蚕ノ社に近いのですが、
このブログの趣旨から三条通の方を進みます。


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瓦を焼いているお店にいらしたお地蔵さんです。
上部が、橋の欄干に似ています。


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太子道の分岐点から約200m進みました。
この先に「三条太秦商店街」の看板がありますが、
ここで商店街は終わります。
ずっと先に電車が見えますが、
そのあたりから京福電車(嵐電)は三条通に乗り上げます。


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ここは、京福電車(嵐電)の「蚕ノ社」駅の近くです。
三条通から北を向いています。
なんてことのない路地ですが、
794年平安京遷都の際にはここに御室川が流れていました。
(先ほどの「広隆寺橋」の下を流れていた川です)
今は跡形もありませんが、
御室川は都市計画で東の鴨川と対になる川だったようです。
詳しくは「地図から読む歴史」を参照してください。
(足利建亮著:講談社学術文庫)


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ここで「三条太秦商店街」が終わります。
映画村の看板があり、
その左側に京福電車(嵐電)「蚕ノ社」駅があります。
ここから三条通は4車線の大通りになり、
京福電車(嵐電)が車道に乗り上げます。
(つまり、ここから路面電車になります)
ただ、だいぶ書いたので今回はここまでとします。

~次回は、「蚕ノ社」を参拝します~

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第53回 「蚕ノ社」木嶋神社~三条通西から東~その8

今回訪れる「蚕ノ社」木嶋神社は、正確な沿革が分かっていません。
この神社はとても古く、少なくとも飛鳥時代にはあったようです。
(日本で文字が書かれる以前からあった可能性もあります)
養蚕や機織り(はたおり)を伝えた渡来人系の秦氏との関連、
泉を守る正三角形の鳥居の存在、
下鴨神社と関係する「元糺の森」(もとただすのもり)の存在、
陰陽師マニア垂涎ものの謎の多い神社です。

この神社は、普通の市街地の中にあります。
それが鳥居をくぐると、「外」とは違う「神域」に入ります。
急に辺りが暗くなり、空気の重さが変わります。
「畏れ」(おそれ)というものがある世界です。
「神霊」の世界ですね。(「心霊」ではありません)


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京福電車(嵐電)「蚕ノ社」駅です。
三条通り沿いにあって、「三条太秦商店街」の南東端でもあります。
今回は、ここから近くの「蚕ノ社」木嶋神社に向かいます。
撮影日は、2012年6月10日日曜日午後4時25分。
梅雨ですが、この日は晴れていました。


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京福電車(嵐電)「蚕ノ社」駅のホームを出ました。
ここから、京福電車(嵐電)は三条通に乗り上げます。
では、三条通を南南東に向かいます。(写真の方向ですね)


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三条通を南南東に進んでいます。
日が傾いてきたのですが、まだまだ蒸し暑いです。
参拝帰りでしょうか、修学旅行生の集団に会いました。


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「蚕ノ社」駅から30mほど進みました。
標識によると、三条通は線路上に自動車が乗り上げてもいいようです。
向こうに市バスと京都バスの「蚕ノ社」バス停があります。


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バス停から真北に道が伸びています。
その道に石でできた大きな鳥居があります。
鳥居には、「蚕養(こかい)神社」と書いてありますが、
これは「蚕ノ社」の別称です。


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鳥居から北に50mほど進みました。
商店や飲食店が多いのですが、時間帯のせいか寂しい感じです。
ここをもう50mほど進みます。


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さらに50mほど進み、コンビニエンスストアの角に来ました。
前の東西の通りは、太子道です。
(ここをずっと西に行くと、前回ブログの三条通と合流します)
目の前に、大きな鎮守の森があります。
ここは、「元糺の森」(もとただすのもり)です。
東の方の下鴨神社にも「糺の森」(ただすのもり)があります。
下鴨神社の糺の森は、平安時代の初期にここから移転したものです。


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先ほどの写真の駐車場のところから撮っています。
ここから「蚕ノ社」木嶋神社に入っていきます。


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鳥居のもとに、ツツジが咲いていました。
今年のツツジは、開花時期が長いですね。
この写真をクリックすると、拡大されます。


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さらに、見事なカエデもありました。秋には紅葉して絶景でしょうね。
この写真もクリックすれば、拡大できます。



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ここから境内に入ると、急に空気が変わります。
森の中のせいか、少し暗い感じがします。


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境内の左(西)側に、「木嶋保育園」があります。
神社が経営しているのでしょうか?
日曜日なので、だれもいません。


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保育園の向かい側に、手水所がありました。
簾をめくって、水を使います。
ここのツツジやカエデもきれいですね。


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手水所の北側に、社務所があります。
いつ来ても人影がありません。おみくじは、自動販売機で求めます。


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社務所の前の地面に、このようなものが埋めてありました。
なんだか風水盤のようです。(陰陽師や風水師が使います)
こういうところが、この神社の特徴ですね。


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保育園の北側に、西に抜ける石畳の道がありました。
両側に、キツネ神の姿があります。ここは稲荷神社と考えられます。


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キツネ神を通り過ぎると、小さな祠が2柱いらっしゃいました。
どちらも稲荷社と考えられますが、
実はよく分かっていないのだそうです。


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左は祠に見えますが、ここをくぐって岩屋の中に通じています。
(少し地下になっています)
白清社と呼ばれる稲荷社です。
多くのサイトには「末社」と書かれていましたが、
自分には独立した神社に見えます。
右に行くと、「白塚」という塚がありました。
ここが何なのかは、まったくわかりません。

~7月6日訂正~
「武富稲荷神社」を調べていたら、
この辺りのことが偶然わかりました。
この白清社は古墳の石室が外に露出したものです。
つまり、この中は古代人のお墓です。
(しかも、身分がかなり高い方のものです)
白清社自体は、菊理媛(キクリヒメ)を主神とします。
冥界(死後の世界)の神様ですね。
恐らく、その古墳のことを
昔は「白塚」と呼んだのではないのでしょうか?


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拝殿越しの木嶋神社本殿です。(蚕ノ社は、実は本殿が別です)
主神は、天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)、
大国魂神(おおくにたまのかみ)を初め5柱が祭られています。
例祭は、毎年10月10日です。
前述のとおり、この神社がいつできたのかは分かっていません。
奈良時代の初めにはここは鬱蒼とした森の中で、
「木の海に浮かぶ島のような神社」というイメージだったそうです。
秦氏による神社と考えられていますが、
秦氏が日本に渡来する以前からここに神社があったようです。
(本当にこの神社は分からないことが多くて、
「ユダヤ神説」など珍説も様々です)
ただ、前々回ブログで紹介した広隆寺と
前回ブログで紹介した大酒神社(移転前の位置)は
この神社と同じ緯度上になり、その関連性も謎です。
(すべて秦氏に関連しますが)

ちなみに、本殿の右(東)側に「蚕ノ社」本殿があります。
ここの主神は、此花咲耶(このはなさくや)と雄略天皇です。


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本殿の左(西)側にある「元糺ノ池」(もとただすのいけ)です。
ここに泉があるのですが、今は枯れています。
土用の丑の日に、無病息災祈願でここに来られる人もいます。
柵が閉まっていて、この先には行けませんでした。
実は、この泉がここの象徴です。
(参拝者の大半は、ここが目当てです)
ここからでは分かりにくいですが、
この鳥居は正三角形です。
三本の柱があって、それぞれの面が鳥居になっています。
「京都三奇鳥居」の一つです。


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木嶋神社拝殿前から南を向いています。
では、ここ抜けて外に出ます。


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木嶋神社鳥居前から南を向いています。
太子道が目の前を東西に伸びています。
コンビニエンスストアの前を通り、
もと来た道を南に進みます。


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コンビニエンスストアの前から、南に約50m進みました。
左(東)側に、古いビルがあって商店が入っています。
何軒かは、営業しているようです。
ここをさらに進み、鳥居の所まで戻ります。


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鳥居の所まで戻ってきました。この先に三条通が伸びています。
平安京遷都の頃、この道はもっと太く長かったようです。
「延喜式」によると、ここに木嶋大路が南北に伸びていて、
その西側に前回ブログで紹介した御室川が流れていたそうです。
木嶋大路は平安京の外の道だったこともあり、
平安時代末期にはもうなくなっていたようです。


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鳥居前から、三条通を南南東に向いています。次はこの道を進みます。
電車が、自動車と同じ道を並んで走っています。
1970年代に市電が廃止になるまでは、
京都駅前や祇園でも、これが普通の景色でした。


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少し先に、このような標識が出ていました。
この三条通が南南東に曲がっているために、
元来東西の道のはずの2本の道が交わって、交差点になっています。


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三条御池の交差点付近に、
京福電車(嵐電)「嵐電天神川」駅があります。
三条通の車道の中央にあるので、自動車はここを避けて通ります。
実は、「蚕ノ社」駅から100mも離れていません。


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その理由は、
ここに地下鉄東西線の終点「太秦天神川」駅があるからです。
京都市街地の東側(祇園や清水寺など)から嵐山に行くときは、
ここで地下鉄から京福電車(嵐電)に乗り換えます。
この辺りから三条通は京福電車(嵐電)と重なっていくのですが、
それは次回に紹介します。

~今回は、ここまでです~

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第54回 山ノ内の路面電車 前編~三条通西から東~その9

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地下鉄東西線の西の終点「太秦天神川」駅4番出口です。
前回ブログの最後の場所ですね。
今回は、ここから京福電車(嵐電)「山ノ内」駅まで行きます。
撮影日は、2012年6月21日木曜日午後2時50分。
この辺りは、梅雨空がよく似合います。


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先ほどの場所から、反対側の南南東を向きました。
今から御池通を渡り、三条通を進みます。


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三条御池の交差点を渡り、南南東を向いています。
左にあるのは、地下鉄からの上り口です。(複数あります)
その向こうに見えるのは右京区役所で、
一階にはテナントが入っています。
三条通の中央には京福電車(嵐電)「嵐電天神川」駅があり、
地下鉄の上り口からすぐに、入ることができます。


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三条御池の交差点から、5mほど南南東に歩きました。
右京区役所の前に市バスの複数の停留所があり、
その横にタクシーが何台も停まっています。
ここは、京都の西の交通の拠点です。


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右京区役所1階のテナントです。
カレーのおいしそうな香りがしてきたので、
「Arrows」にちょっと寄り道しました。


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自分は知らなかったのですが、
ここは近所では割と知られた名店のようでした。
たくさんの方が予約に来ていました。
いろいろ迷って、シーフードカレーと
コーヒーのセットを注文しました。
カレーは辛いものですが、ここのは他店より多少辛めです。
(イカやエビの甘さとマッチして味が深くなっていました)
実は、コーヒがかなりこくがあっておいしかったです。
今度来たときは、ケーキとコーヒを注文します。


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「arrows」は居心地がよく、30分もいてしまいました。
店を出て、三条通を南南東に進みます。
この辺りで、京福電車(嵐電)と三条通はいったん分かれます。


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三条通で咲いていたツツジです。
雨水の重みで、少し垂れ下がっています。
この写真をクリックすると、拡大されます。


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右京区役所から、約100m進みました。
天神川通との交差点が近づいてきました。


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三条天神川の交差点から、天神川通を南に向いています。
少し先の踏切に、電車が入ってきました。
左(東)側に天神川が並行しています。
ここをずっと南に行くと、第31回ブログの辺りに出ます。


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天神川を越えたあたりで、
地名が「右京区太秦」から「右京区山ノ内」になります。
天神川を越えてすぐに、今度は西高瀬川の橋があります。
西高瀬川は、第48回ブログの斉明神社近くの川です。
有栖川と天神川と交差して、ここに来ています。
橋のたもとに、「猿田彦神社」と書いています。
今から、そこに行きます。


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先ほどの写真から、三条通を10mほど進みました。
この猿田彦神社に入っていきます。


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先ずは、この手水社で手を清めます。


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本殿の北側の末社です。
右側は、岩自体が御神体です。
もともとは反対側にも同じような岩があって、
「男岩」「女岩」と呼ばれていたそうです。
左側は末社で、稲荷神社と秋葉神社です。
秋葉神社は東京の秋葉原の語源になった神社で、
火事から守ってくれる神様です。


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こちらは、本殿の南側です。
一見お地蔵さんに見えますが、
それぞれが神様で、末社になっています。


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ここも、本殿の南側です。
末社の一つで、大国主命を祭っています。


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猿田彦神社の本殿です。主神はもちろん猿田彦です。
古墳時代に大和朝廷と戦って敗死した
越前(福井県)にいた実在の豪族と考えられています。
「庚申」(こうしん)とも呼ばれ、
江戸時代以降は「旅の神様」となっています。
(「道祖神」は同じ神様と考えられます)
そういう訳で、このブログの無事をお祈りしてきました。


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猿田彦神社の鳥居の前から、三条通を見ています。
また、ここを進みます。


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猿田彦神社の鳥居の前から、約100m進みました。
この辺りの三条通は、また2車線くらいに細くなります。


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先ほどの写真の場所で、北を向きました。
市バスと京都バスの停留所です。
「庚申前」の庚申は、前述のとおり猿田彦のことです。


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そして、このバス停の辺りで
また京福電車(嵐電)が三条通に乗り上げます。
三条通も、ここから東に進路を変えます。
(この辺りから東は、ほぼ「碁盤の目」です)


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京福電車(嵐電)が三条通に乗り上げる所を
反対側から撮ると、こうなります。
右側の道が、今まで通ってきた三条通です。


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葛野大路三条の交差点です。
三条通は、この辺りから4車線のそこそこ太い道になります。


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三条通から、葛野大路を南に向きました。
ここをずっと行くと、
第31回ブログで出てきた光華学園の前に出ます。
この辺りを撮影していると可愛い泣き声がずっと響いていました。
この横に、乳児園があります。


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葛野大路から約100m東に進み、西を向きました。
京福電車(嵐電)が走っていて、その後ろを自動車が走っています。
よく見ると、その自動車は線路の上を走っています。
これが、この辺の常識です。


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山ノ内周辺の三条通の様子です。
古い商店と、アパートが並んでいます。
ガス器具販売店の時計が、午後4時10分を差しています。
「arrows」で、ちょっと休憩しすぎたようです。


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先ほどの写真の地点から、三条通を東に向きました。
この辺りは路面電車だけでなく、路線バスも走っています。
梅雨空に、古い建物が独特の空気を出しています。
ここは、自分の大好きな街並みの一つです。


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近くにお地蔵さんがいらっしゃいました。
ここのお地蔵さんは、京都では珍しく
顔の表情をはっきりと書いてあります。


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お地蔵さんは、この建物の敷地内にいらっしゃいました。
「山ノ内自治会連合会」と書いてあるのですが、
近所の方々が集まって、集会とかされるのでしょうか?


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葛野大路の交差点から東に約200m進みました。
この写真からは分かりにくいのですが、
だんだん「山ノ内」駅に近づいてきました。


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三条通の南側に「光縁寺」という寺院がありました。
ここの由来は分からなかったのですが、
第28回ブログにも、同じ名前の寺院がありました。
(新選組の山南敬助のお墓がある寺院です)
その寺院と関係があるのでしょうか?


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光縁寺の辺りから、西を向きました。
向こうから、四条大宮行の電車がやって来ました。
雨の日には、このデザインの車両が一番映えますね。


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そして、その電車が通り過ぎていきました。
車窓をのぞくと、そこそこ乗っていらっしゃいます。
京福電車(嵐電)はどちらの方面も、約10分おきに電車が来ます。
JRどころか、京阪電鉄よりも本数が多いかもしれません。


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三条通にコンクリート製の突起がありますが、
これが京福電車(嵐電)「山ノ内」駅です。
とても細いので、ここで電車を待っていたら
自動車にひかれそうになります。
それだけに、この駅にはローカルルールがあるのですが、
それは次回に紹介します。

~次回は、ここから西大路通まで行きます~

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第55回 山ノ内の路面電車 後編~三条通西から東~その10

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京福電車(嵐電)「山ノ内」駅から、電車が出発します。
路面電車には、雨がよく似合います。
今回は、ここから西大路の三条口まで行きます。
撮影日は2012年6月21日午後4時半。梅雨真っ盛りの夕方です。


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ここは、山ノ内郵便局の前です。
まだ営業時間なので、中に人の気配がします。
郵便局の前の横断歩道から、「山ノ内」駅のホームに行けます。
では、駅の方に移動します。


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駅のホームの端に、このような看板がありました。
駅名を記すものは、実はこれしかありません。


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今度は、反対(東)側を向きました。
この辺の三条通は、駅がある関係で事実上二車線になっています。
ただ、駅のホーム幅も50㎝くらいしかありません。
自動車が猛スピードで来たら、とても危険です。


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それだけに、この「山ノ内」駅にはローカルルールがあります。
そのルールは駅のホームのこの位置に書いてあったのですが、
一部が欠けていて読めません。


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では、そのローカルルールを説明します。
駅ではなく、歩道に傘を差いた女性がいます。
電車を待つ間は、ホームではなく歩道にいなければなりません。


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そして、電車が停まると程なく信号も「赤」になります。
それから乗客が電車に乗り込みます。
これだと、自動車にひかれる心配もありません。


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先ほどの嵐山行きの電車が「山ノ内」駅を出ると、
今度は四条大宮行の電車が入ってきました。


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四条大宮行の電車も「山ノ内」駅に入りました。
この電車からは、乗降者がいませんでした。


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その四条大宮行の電車が出た直後に、
またまた嵐山行きの電車が入ってきました。
本当に、京福電車(嵐電)は本数が多いです。


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嵐山行きの電車から、一人降りてこられました。
この車両は、白と黒が基調のパトカーのようです。
これは右京警察署によるデザインで、
「みんなでまもろう 右京のあんぜん」
そう書かれています。


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こうして電車はえんえん来るのですが、
いつまでもいるわけにもいかないので、
「山ノ内」駅から三条通を東に向かいます。


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「山ノ内」駅から、三条通を20mほど東に進みました。
今度は、「山ノ内」バス停が見えます。
こちらも、そこそこの乗降がありました。


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で、そのバス停をアップにしました。
市バスと京都バスのバス停を合体させています!
こんなバス停は、三条通周辺だけです。


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「山ノ内」バス停は、この念佛寺の前にあります。
ここは、天台宗の開祖最澄の母妙徳夫人の生誕の地です。
妙徳夫人の死後、最澄がこの寺院を建立したそうです。
今は水子供養の寺院として、参拝者を集めています。


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「山ノ内」バス停から、三条通を約30m進みました。
右側に見える橋は、西高瀬川のものです。
(この辺り、西高瀬川はあちこちに支流が流れています)
目の前の店は、ハンバーガーショップです。
おいしそうだったので、また寄りました。


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中は、小さくて客席はここだけでした。
大手チェーン店とは違う内装です。
アメリカの郊外にありそうな店の雰囲気でした。


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前回ブログでカレーを食べてから
まだ1時間くらいしかたっていないので、
ハンバーガーは小さめにしました。
フライドポテトとコーラのセットにしました。
(コーラなどの飲料は、缶から直接飲むスタイルです)
パテ(ハンバーグ)はお肉独特の甘みがよく出ていました。
そして、何よりパテの上に乗ったピクルス(たぶん自家製)は
歯ごたえと酸っぱさが絶妙でした。


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ハンバーガーショップ「MARUFUKU BURGER」の前に、
コーラの自動販売機がありました。
よく見ると、「ドクターペッパー」を売っていました!
京都では、通常輸入雑貨店でしか買えなかったので、
かなり希少です。


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ハンバーガーショップの辺りから、
三条通の北側が「中京区西ノ京」になります。
そのハンバーガーショップから約100m東に進みました。
ここは、西小路との交差点です。他の土地より少し高くなっています。
この辺りから、三条通の南側も「右京区西院」になります。


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三条通から西小路を南に見ています。
ここをずっと進むと、
第31回ブログ冒頭のショッピングモールに出ます。


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西小路を渡ろうとすると、
東の方から右京警察署デザインの京福電車(嵐電)の車両が来ました。
ここで、多少雨足がきつくなってきました。
写真では、霧雨のように見えます。


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三条西小路の交差点から、約100m進みました。
この辺りから、三条通の道幅が広くなりました。
三条通の北側に、街路樹が並んでいました。
歩道と街路樹の間は、自転車専用道路です。


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さらに、東に50mほど進みました。
三条通の北側に、漬物屋さんがありました。
近所の人よりも、観光客をターゲットにしているようです。


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その漬物屋さんの向かいは、菜園になっていました。
何かの畑でしょうか?


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その菜園の東隣りに、
右京税務署・市営住宅がありました。
また、電車が通り過ぎます。


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その市営住宅に、アジサイが咲いていました。
梅雨空には、よく似合います。
この写真は、クリックすると拡大できます。


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市営住宅の北側に、島津製作所の本社がありました。
島津製作所は、京都有数の地場産業です。
我らが京都サンガのスポンサーの一つでもあります。


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島津製作所と三条通の間に、西高瀬川が流れてきました。
ここからしばらく、三条通に北側を流れていきます。


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島津製作所本社入り口付近に、「三条春日」バス停があります。
このバス停も、「山ノ内」バス停同様
市バスと京都バスが合体しています。
三条通の天神川から西大路まで限定のバス停ですね。


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ここは、三条春日の交差点です。
春日通は、第30回ブログに出てきた佐井本通のことです。
向こうに児童公園がありますが、
雨が降っているので誰もいません。


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三条通の南側に、ツツジの花が咲いていました。
そろそろツツジの季節も終わりですね。


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三条春日の交差点から東に約100m進みました。
ようやく三条西大路の交差点にたどり着きました。
ご覧のように西高瀬川は、ここから地下に潜ります。
実は、ここから先も西高瀬川が地下を流れています。


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三条西大路の交差点の西側に、
京福電車(嵐電)「西大路三条」駅がありました。
ここは、最近まで「三条口」駅といっていました。
とりあえず、駅のホームに向かいます。


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「西大路三条」駅のホームです。
ここの幅は、2m以上あります。
「山ノ内」駅のようなローカルルールは必要ありません。


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「西大路三条」駅のホームに、看板があります。
この辺は、「山ノ内」駅と同じです。


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看板についている時刻表です。
本当に、10分おきに電車が来ています。かなり本数が多いです。
すべて普通電車なので、同じ色で表示してあります。


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京福電車(嵐電)「西大路三条」駅を東に向いています。
線路はここで大きく南に折れ、三条通とは別れます。
また、嵐山行きのホームがありません。
実は、少し離れたところにあります。


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嵐山行きのホームは、三条西大路の南東角にあります。
ここから、京福電車(嵐電)は路面電車ではなくなります。
ちなみに、この先は四条通まで南に折れ「西院」駅へ行き、
その後は東に進み、「四条大宮」駅で終点です。
つまり、もう三条通には京福電車(嵐電)は登場しません。
今回は、ここまでです。

~次回は、千本通まで進みます~

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第56回 壬生北辺を歩く~三条通西から東~その11

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6日ぶりの西大路三条です。あの日以来、雨が降っていません。
(梅雨なんですけどね)
今回は、京福電車(嵐電)と別れて、三条通を東に進みます。
撮影日は、2012年6月27日午後3時半。
空梅雨の方が蒸し暑いですね。


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三条通から西大路通を南に向いています。
ここから約500m行くと
阪急電車と京福電車(嵐電)の「西院」駅に行けます。
さらに約500m行くと、
第30回ブログの西大路松原の交差点に行けます。


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今度を西大路通を北に向きました。
ここを約2km進むと、「西ノ京円町」に出ます。
さらに約2km進むと、金閣に着きます。


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今回は、この三条通をさらに東に進みます。
ここで右京区とは別れて、「中京区壬生」に入ってきます。
目の前に歩道と自転車用道路がありますが、
歩道の地下に西高瀬川が流れています。


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三条通を西大路通から約10mほど進みました。
ここから京福電車(嵐電)の「三条西大路」駅が見えます。


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三条通をさらに50mほど東に進みました。
ここは、浄土宗の教宣寺です。
由来などは、また分かりませんでした。


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教宣寺の前から東を向いています。
約30mほど先に、京都両洋高校がありました。
ちょうど下校時間と重なり、
校門前からの撮影がはばかられたので、ここから撮りました。


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京都両洋高校の校門から三条通を東に約50m進みました。
ここは、天神通との交差点です。
この道を北に約3km行くと、北野天満宮に着きます。


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三条天神通の交差点の北東角に
このような神社のようなものがありました。
ここに入ってみます。


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ここは、北野天満宮の「ずいき祭」の御旅所です。
10月上旬に北野天満宮からここまで神輿が来て、
また北野天満宮に帰ります。
北野天満宮のサイトにある「西ノ京の御旅所」とはここのことです。


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北野天満宮の御旅所から東に約30mほど進みました。
ここは、駄菓子とか進物とかを売っているお店のようです。
今日は閉まっているのかと思いましたが、
よく見ると営業中でした。


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三条天神通の交差点から、東に約50m進みました。
ここは、三条御前の交差点です。
ここを南に行くと、第30回ブログの冒頭の
松原御前の交差点に出ます。
ずっと北に行くと、北野天満宮の前に出ます。
(これが「御前」(おんまえ)の語源です)


56-13.jpg
三条御前交差点の南東角に、天狗堂海野製パン所があります。
大正時代から、ここで店を構えています。
ここは第26回ブログに出てくる「まるき製パン所」とともに、
自分が勝手に考えた「京都のパン屋さんベスト3」のうちの一軒です。
(残りの一軒は、寺町通夷川上るの「駸々堂」本店です)


56-14.jpg
この写真は、家に帰ってから撮りました。
海野製パン所は、食パンに特化したパン屋です。
(ちなみに、まるき製パン所はサンドイッチ、
駸々堂はバケットや菓子パンに特化しています)
オーダーメイドで、4~10枚に食パンを切ってくれます。
この日も食パンを買うつもりだったのですが、
ついついブドウパンに手が出てしまいました。
ブドウパンは、バターを塗るとさらに甘くなりました。


56-15.jpg
三条御前の交差点から約50m東に進みました。
ドラッグストアや100円ショップのチェーン店が見えます。


56-16.jpg
100円ショップの前に来ました。
ここで三条通の道幅が細くなります。
よく見ると、自転車専用道路がなくなっています。


56-17.jpg
三条通の南側に、西高瀬川が地下から姿を見せます。
それが、三条通の道幅が細くなった理由です。


56-18.jpg
西高瀬川が姿を見せた辺りで北を向きました。
ちょっと凝った作りの自転車屋です。


56-19.jpg
三条通をさらに50mほど東に進みました。
JR嵯峨野線の高架がよく見えるようになりました。
ちょうど電車が通り過ぎていきます。
ここを左(北)に行くと、JR「二条」駅への近道になります。
東宝シネマライズ二条の前にも出ます。
この辺りから、少しずつ繁華街独特の賑やかさが出てきます。


56-20.jpg
JR嵯峨野線の高架下まで来ました。
ここは、「三条千本保管所」です。
撤去した自転車の一時預かり所です。


56-21.jpg
「三条千本保管所」の辺りで、
西高瀬川は三条通と別れて大きく南に折れます。
西高瀬川は、このあと御前通の方に曲がっていって
第29回ブログの松原通にたどり着きます。


56-22.jpg
JR嵯峨野線の高架をくぐり抜けました。
いよいよ三条千本の交差点にやって来ました。


56-23.jpg
三条通から千本通を南の方に向きました。
第29回ブログでも書いたように、平安時代の朱雀大路です。
(平安京の中央の大通りでした)
ここを約2kmほど南に行くと、
第29回ブログで紹介した寿司屋と焼肉屋の前に出ます。


56-24.jpg
三条通から北側に向くと、急に千本通が太くなります。
左(西)側の大きなビルは、立命館大学二条キャンパスです。
その北隣が佛教大学の二条キャンパス、
その向こうがJR嵯峨野線の「二条」駅です。
右(東)側は、駄菓子やおもちゃの問屋が続きます。


56-25.jpg
そして、三条千本から南東に伸びるのが後院通です。
四条大宮の交差点まで直通になります。
大半の方が、ここが千本通と勘違いされているようです。


56-26.jpg
一方、三条通はここから細くなります。
「三条会」というアーケードがあるのは、
ここから大きな商店街になるからです。
ここからいよいよ京都市の中心街に入っていくのですが、
それは次回とします。

~次回は、三条会商店街を進みます~

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生まれたときから50数年
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「松原通東から西」EX
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松原通の記事と
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「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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