第57回 三条会商店街 前編~三条通西から東その12

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前回「空梅雨」と書いたのですが、ここしばらく雨が続きました。
この日も、朝からずっと雨です。

今回は、ここ三条千本交差点から三条通を東に進みます。
撮影日は、2012年7月5日木曜日午後4時半。
近くにある東宝二条シネマライズで映画を見た帰りなので、
こんな時間からになってしまいました。


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千本通を渡りました。
ここから東の三条通は、アーケードがかかります。
ここ千本通から堀川通まで、三条通は「三条会商店街」になります。


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商店街の中に入ろうとしたら、
カツを揚げるおいしそうな香りがしてきました。
肉屋の揚げ物は、昔はよく食べました。
ここから30mほど東に、この肉屋直営の焼肉屋があります。


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「三条会商店街」アーケード内部に入ってきました。
ここは、JR「二条」駅や四条大宮交差点に近いこともあり、
かなり賑やかな商店街です。
七夕や祇園祭が近いせいか、提灯がぶら下がっています。


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アーケードの柱には、
我らが京都サンガの小旗が設置されていました。


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向かい側の柱には、
女子プロ野球の「京都アストドリームス」の小旗です。
京都の商店街には、
すべてこの2チームの小旗が飾られています。


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そして、アーケード中央にはこのような横断幕があります。


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千本通から100mほど東に進みました。
二輪車屋さんの東隣りに、タイ焼き屋さんがありました。
わずかな間にも、結構お客さんが来ていました。


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タイ焼き屋さんから、約30mほど東に進みました。
Tシャツのお店と紳士服店が並んでいます。
この先あまり写真には撮っていませんが、
この商店街は洋服店が一番多く並んでいました。


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次は、八百屋さんです。
八百屋さんも、この商店街に多くあります。


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八百屋さんの2軒東には、お茶屋さんです。
茶壺が、看板になっています。


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お茶屋さんから東に10mほど行くと、
米屋さん、和紙・水引販売店、酒屋さんと続きます。


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その酒屋さんの向かいに、「中島屋」という駄菓子屋がありました。
ゼリービーンズのようなものもありますが、
昔ながらのお菓子がメインです。


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「中島屋」で買ったお菓子を家に帰って撮影しました。
味噌せんべいと梅鉢です。どちらも自分の大好物です。
ここの味噌せんべいは、他店のものよりも固いのが特徴です。


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さらに約50m進みました。
坂本龍馬のイラストともに、
「武信稲荷神社」と書かれた垂れ幕が飾ってあります。


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先ほどの角を南に向きました。
商店街からそれ、この道を約30m進みます。


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商店街から約30m南にある「武信稲荷神社」です。
こちらの方に入っていきます。


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ここから神社の中に入っていきます。
石畳の道がゆがんでいますが、撮影上のミスではありません。
ところどころ陥没していて、道自体がゆがんでいます。


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この神社の手水舎です。
ここで手を清めたら、まずは末社参りです。


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こちらは、鳥居に「起上大明神」と書かれています。
どういう神様かは、自分は知りません。
左隣に「南無妙法蓮華経」と書かれた石碑がありました。


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白蛇大弁財天の祠の向こうに、社務所があります。
社務所には足場が組まれていますが、
現在この神社は大規模な修復中です。


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絵馬が大量にぶら下がっています。
ここは坂本龍馬関連施設なので、
絵馬には龍馬と妻のおりょうのイラストが付いています。


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ここは稲荷神社なのですが、
「稲荷社」の末社もありました。


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稲荷社の右隣に、「白清社」(しらきよさん)がいらしゃいます。
「蚕ノ社」木嶋神社にも同じような神様がいらっしゃいました。
白清神社は、もともとは広島市内の神社です。
1945年8月6日の原爆投下で完全消滅しましたが、
現在は再建されています。
主神は、菊理媛(キクリヒメ)です。冥界の神様ですね。
(第53回ブログも、この辺訂正しています)


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さらに、「七石社」と「太郎松社」が並んでいます。
どう考えても、人名なのですが……
冥界の神様と並んで合祀されていることに
何か意味があるんでしょうか?


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さらにその隣の「釘抜社」は、釘抜き自体が御神体です。
その隣は「常吉社」ですが、
こちらに至ってはお墓が御神体です。


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そして、末社の最後は「金比羅社」と「天満宮」です。
こちらは、立ち入り禁止になっていました。
実はこの撮影中も宮大工さんが修復されていたのですが、
あちらが遠慮されて上手くカメラから逃げていただいたので、
写真には写っていません。


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本殿の脇に、大きなクスノキが伸びていました。
この神社の南側に幕末のころは牢獄がありました。
おりょう(後の坂本龍馬の妻)が牢獄の父親に面会に行った間、
龍馬はこの木に登り、その様子を見ていたそうです。


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さらに、このクスノキは坂本龍馬とおりょうを再会させ、
結婚に至るきっかけになりました。
そのこともあって、このクスノキ自体が
「宮姫社」という縁結びの神様になっています。
(クスノキの前に祠があります)


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「武信稲荷神社」の本殿です。
平安時代に、藤原氏の学問所や医療施設の守護神として
藤原良相によって建てられました。
目の前の絵馬に願いごとを書いて、
先ほどの所にぶら下げるようになっています。


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では、「武富稲荷神社」を出ます。
向こうにある自動車は、宮大工さんのものです。


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神社の前から北を向きました。
こちらの道を北上して、三条通に戻ります。


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神社の脇にいらしたお地蔵さんです。
こちらも撮らせていただきました。


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こちらは、祇園祭の三条神輿中会所です。
平安時代はこの辺りまでが神泉苑の池で、
当時の祇園祭は神泉苑からこの辺りまでを
神輿で巡行するものでした。
安土桃山時代に祇園祭は今の形になりましたが、
今でも7月24日に三条会商店街内では
祇園祭の神輿巡行が行われます。
(山鉾巡行とは別物です)


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自動車が、銭湯の前に停まっています。
「トロン温泉」と書いてありますね。


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「三条会商店街」まで戻ってきました。
よく見ると、床屋さんの時計が止まっています。
この時点では、午後5時10分でした。

ここから右(東)に折れさらに三条会商店街を進みますが、
それは次回とします。

~次回は、商店街の東の端堀川通まで進みます~

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第58回 三条会商店街 後編~三条通西から東その13

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ここは、「三条会商店街」の真っただ中です。
千本通から東に約300mほど進んだところです。
この南に、「武信稲荷神社」があります。
今回は、ここから商店街の東端堀川通まで進みます。
撮影日は、2012年7月5日木曜日午後5時10分。
いくつかのお店は、そろそろ閉め始めていました。


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三条通と神泉苑通との北西角に、「西友」があります。
こういう大型小売店は商店街と対立しがちですが、
ここの「西友」は商店街と「共存共栄」しています。
商店街のイベントにも積極的に参加しているようですし。


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三条通から、神泉苑通を北に向いています。
ここから北に約300m進むと、御池通に神泉苑があります。
その先に、二条城があります。
目の前に、三寳寺と来迎寺が見えます。
どちらも非公開なので、そちらへは向かいません。


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神泉苑通から、三条通を東に向いています。
気のせいか、自転車がたくさん通り過ぎていきます。
このまま、こちらの方に向かいます。


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神泉苑通から東に約50m進みました。
ここは、日蓮宗の妙泉寺です。
昔はもっと大きかったのですが、
戦乱や大火で移転を繰り返し、この規模になりました。
ここは、境内だけでなく門の前のこのスペースも立ち入り禁止です。


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妙泉寺の横にいらしたお地蔵さんです。
こちらも撮らせていただきました。


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妙泉寺の東隣りは、児童公園です。
いつもは賑やかなところなのですが、雨の中では誰もいません。


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右(南)側の樹木の向こうに、先ほどの公園があります。
目の前に、大宮通が見えてきました。


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三条通から大宮通を北に向いています。
この辺の大宮通は、三条通と同じくらいの道幅です。
大宮通は北に約400mほど行ったところで、
二条城にぶつかります。


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今度は、南を向きました。
ここから約700m先が四条大宮の交差点で、
その辺りから急に大宮通は4車線と太くなります。

四条大宮は、第28回ブログにも出てきた
京福電車(嵐電)の終点です。


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大宮通から、三条通を東に向いています。
閉まっていくお店もありますが、まだまだ賑やかです。


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大宮通から、三条通を東に約50m進みました。
左(東)側に、婦人用の帽子屋さんがあります。
その少し先に、赤い鳥居が見えます。
次は、そちらに向かいます。


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三条通と黒門通りの北西角に、「八坂神社 御供社」がありました。
ここに入ってみます。


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前回ブログでも書きましたが、
平安時代はこの辺りまで神泉苑が広がっていました。
869年この辺りで天然痘という伝染病が流行したとき、
神泉苑の神木から御神輿を作り、
この地まで運びました。
そして、それを祭って天然痘を鎮めようとしました。
八坂神社の主神素戔嗚尊(すさのおのみこと)は
疫病の神様(というか祟り神)でもあります。
これが、祇園祭の起こりです。
つまり、ここは祇園祭発祥の地です。

八坂神社は、この後
第28回ブログの四条坊城にある梛神社に移った後、
今の祇園に移転しました。

ここのお祭りは、7月7日の七夕祭と
7月24日の祇園祭還幸祭です。


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「八坂神社 御供社」のある黒門通りから、
三条通を東に向いています。
右(南)側にマンションが見えますね。
だんだん堀川通が近づいてきました。


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マンションの脇にもお地蔵さんがいらっしゃいました。
また、撮らせていただきました。


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お地蔵さんの東隣りは、「京都模型」です。
自分が小学生の頃からあるプラモデル屋さんです。
もう午後五時を回っているので、閉まっています。


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さらに東に進み、猪熊通の角まで来ました。
ここは淡水魚の魚屋さんですね。
アユとかウナギとか売っています。


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猪熊通から、三条通を東に約5m進みました。
ここは「魏飯夷店」という点心中心の中華料理屋です。
ちょっとここに寄ってみます。


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この店は点心中心なのですが、「お茶」はメニューにありません。
(グラスに入った冷たいものはあるのですが……)
仕方がないので、「紹興酒」の熱燗を注文しました。
(もちろん、ザラメ砂糖を入れます)

前菜は、鱧(はも)の醤油煮ときゅうりと蒸し鶏です。
鱧は五香粉の香りがかぐわしく、
自分はこの店でこれが一番気に入りました。
きゅうりはニンニクなどで味が付いていました。
蒸し鶏は意外と蒸し時間が難しいのですが、
中まで火が通っているのに柔らかく、
鶏肉独特の甘みが引き立っていました。


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続いて、小龍包が来ました。
中には、カニ味噌やニラなどが入っていました。
薬味は髭生姜、黒酢を添えています。


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小龍包は黒酢に漬けた後、レンゲに乗っけます。
こうすると、中のスープがこぼれません。
最後に生姜を乗せて食べましょう。


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最後に水餃子が来ました。
白湯スープに餃子が浸かっています。
餃子としては皮が厚かったのですが、
スープが染み入ることを考えれば、
これくらいの厚さでちょうどよかったです。
酢醤油に漬けると、甘みが増します。

かなり気に入ったので、またここに来たいと思います。


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「魏飯夷店」から東に約30mほど進みました。
岩上通との角に来ました。
角の肉屋さんには、たくさんお客さんがいました。


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三条通を東に、岩上通から約10mほど進みました。
今度は、この「つるぎ食堂」に入ります。


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ここは、大衆食堂です。
実は鉄板もあって、お好み焼きも食べられます。
自分はここでは、いつも夏は「そうめん」を食べます。
薬味にわさびが付いていますが、
ここはそうめん汁を使わずに、
ザラメ砂糖を醤油で煮込んだ「返し」と
かつお出汁を使った普通のそばつゆを使っています。


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「つるぎ食堂」の前から東を向いています。
目の前の大通りは、堀川通です。
「三条会」の看板の裏は、京都府警の広報が流れていました。


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堀川通で、「三条会商店街」は終わります。
ここから東は祇園祭の鉾町が続き、
その先は、京都有数の繁華街になります。
ただ、そこに行くのは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、祇園祭の山鉾が立つ前の鉾町に行きます。
祇園祭に来られる方は、コースの参考にしてください~

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第59回 祇園祭直前の鉾町~三条通西から東その14

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ここは、三条堀川の交差点です。
この日はよく晴れていたので、
三条通が真っ直ぐに伸びているのが分かります。
今回も、この三条通をずっと東に進んでいきます。
撮影日は、2012年7月8日日曜日午後3時半。
祇園祭直前ですが、まだ山鉾は立っていません。


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堀川通を渡っている途中で、三条通から南を向きました。
堀川通は、京都では珍しい6車線の道です。
はるか先に見える歩道橋は、四条通のものです。
……しかし、この日はよく晴れていました。
今までとは、日差しの強さが全然違います。


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堀川通を渡り切って、今度は北を向きました。
少し先に、御池通があります。
その先の茂みは、二条城のものです。


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堀川通から三条通を東に向いています。
ここから先は、いよいよ祇園祭の鉾町です。


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堀川通から、三条通を東に約30mほど進みました。
ここは、香炉と「お香」のお店です。
撮影日が七夕の次の日だったので、笹が飾ってあります。


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その「お香」のお店の向かいの民家です。
紫陽花(あじさい)が見事ですね。
この写真をクリックすると、拡大されます。


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紫陽花のある民家の東隣りの家です。
細長い提灯で飾ってあります。
よく見ると、その東隣の文房具屋さんにも飾られています。
これは、「三条灯プロジェクト」の一環だそうです。
京都工芸繊維大学などの協力で、
このような提灯のオブジェが
堀川通~新町通の三条通沿いに飾られています。
祇園祭に来られた方は、近くなので寄られるといいです。


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先ほどの家から、東に約20m進みました。
ここに、縁台の椅子が置いてあります。
もしこの辺を歩いていて疲れたなら、
ここに自由に座ってもいいそうです。
京都市街地には、たまにこういうものがあります。


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堀川通から三条通を東に約100mほど進みました。
ここは三条油小路の角です。
左(北)に見える建物は、自分が子供のころからある本屋です。
今日は改装中で閉まっていました。


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油小路通を三条通から南に向きました。
油小路通には、この辺は山鉾が立ちません。
約1kmほど南に行ったところに、
油天神山や芦刈山・太子山などが立ちます。


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油小路通から三条通を東に向いています。
ずっと向こうで、三条通が急な上り坂になっています。
とりあえず、そこまで行きます。


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こちらの提灯も、「三条灯プロジェクト」の一環です。
よく見ると、魚の形をしています。


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油小路通から、三条通を東に約100m進みました。
西洞院通との角に来ました。北東角に、西洞院郵便局があります。
そこから急な上り坂が始まります。


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三条西洞院の南東角に、このような表札がありました。

「三条通西洞院東入」とありますが、
「西洞院通よりも東側の三条通り沿い」という意味です。
京都の住所は、通常このように町名の前に道順が入ります。
(だから、手紙に書くときは大変です)


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西洞院通を三条通から南に向いています。
この辺りの西洞院通は、このくらいの太さです。
ここから約500m先の蛸薬師通で、
西洞院通は急に太くなります。
そして、四条通まで行くと蟷螂山が立ちます。
では、こちらに少し寄り道をします。


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西洞院通を三条通から約20mほど南に来ました。
右側の民家は、イタリア料理屋さんです。
(この辺のお店は、一見すると普通の民家です)
左側は問屋ですが、そこから湧水が出ています。
この民家の奥にある泉は、千利休関連施設です。
(実は、京都市街地で昔はそこら中で水が湧いていました)
では、三条通に戻ります。


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三条通に戻って、また東に進みます。
西洞院通から約50mほど来ました。ここは上り坂の途中です。
左(北)側に、京都信用金庫の西洞院支店があります。


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京都信用金庫西洞院支店の向かいに、
お地蔵さんがいらっしゃいました。
お地蔵さんの脇にある建物は、茶釜の美術館だそうです。
約500年前に、この辺りに「釜座」があった名残です。

「座」とは、室町時代の商人による組合です。
各商品ごとにあって、それぞれ京都での経営権を独占していました。


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三条通の上り坂は、ここ新町通で平たんになります。
……それにしても、よく晴れています。
日差しがまぶしいですね。


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三条新町の北東角に洋菓子店「トゥレ・ドゥー」があります。
個人的には、ここが京都で一番おいしいお店と思います。
ここの店は、祇園祭期間中パティシエが飴細工の露店を開きます。


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新町通を三条通から南に向いています。
この新町通は、祇園祭のメインストリートです。
山鉾が集中する通りです。
この少し先に、「八幡山」が立ちます。


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新町通から三条通を東に向いています。
もう完全に鉾町に入っています。
ただ、三条通自体には山鉾は一つしかありません。
(しかも、その山鉾も休み山です)
とりあえず、その休み山が立つところに向かいます。


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三条通を新町通から約30m進みました。
ここに、「鷹山」が立ちます。ただし、「鷹山」は休み山です。
休み山とは、何らかの事情で巡行に参加しない山です。
「鷹山」は江戸時代の火災で焼失し、以降再建されませんでした。
今は、ご神体の人形が宵山の際に飾られるだけです。

~2012年7月15日訂正~
鷹山が立つのは、もう少し東の方でした。ここには何も立ちません。
詳しくは、次回ブログを見てください。


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新町通から約50m東に進み、
衣棚通を三条通から北に向きました。
この「衣棚」の地名は、室町時代この辺りに
「衣座」があったことから来ています。
(着物の「座」ですね)
現在も、新町通~室町通に呉服問屋が軒を並べていて、
この方々が祇園祭を運営していきます。


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衣棚通から東に約50m進みました。
左(北)側の建物は、京都医健専門学校付属鍼灸治療所です。
祇園祭の際は、ここが休憩所として開放されます。
目の前の角は、祇園祭のもう一つのメインストリート室町通です。
(一番山鉾が集中する道です)

~2012年7月15日訂正~
2012年現在、ここは休憩所として開放することをやめていました。


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三条通から室町通を北に向きました。
左(西)側が、先ほどの京都医健専門学校付属鍼灸治療所です。
祇園祭当日には、ここに役行者山が立ちます。
ちなみに、7月16日の宵山の午後2時から
役行者山前で聖護院の山伏が護摩焚き祈祷をします。
(道のど真ん中で行われるのは、かなり珍しいです)


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今度は室町通を南に向きました。
この少し先に「黒主山」が立ち、
さらにその南に「鯉山」が立ちます。
「鯉山」は、ギリシャ製のじゅうたんを
見送りに利用しています。
一見の価値ありなので、
ぜひ祇園祭に来た時には立ち寄ってください。


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三条室町の角の地面に、このようなものがありました。
この辺りの三条通は、両脇に石畳が敷かれています。


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室町通から三条通を東に向いています。
烏丸通が近くに見えるようになってきました。
日差しが強いせいでしょうか、
東山がはっきりと見えるようになってきました。
もうすでに京都盆地の東側に来ています。


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三井ガーデンホテルの1Fです。
ここは、「伊右衛門 サロン」です。
宇治茶販売店の伊右衛門が経営するカフェですね。
日曜日ということもあって、満員でした。


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三条烏丸の南西角で、三井ガーデンホテルの東隣りに
みずほ銀行が建っています。赤レンガがきれいですね。
三条烏丸周辺には、このような赤レンガの建物がたくさんあります。
重要文化財に指定されているものも、たくさんあります。


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三条烏丸の交差点です。
ここから東は、京都で一番の繁華街に入っていきます。
ちなみに、先に見える赤いレンガの建物は中京郵便局です。
(この建物全体が歴史的文化財です)
ただこれ以上東に行くのは、また別の機会とします。


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三条通から烏丸通を南に向きました。
右(西)側に、先ほどのみずほ銀行が建っています。
ここを延々行くと、突き当りに京都駅があります。
烏丸通は、京都随一のオフィスビル街です。
銀行などのビルが並んでいます。


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今度は烏丸通を北に向きました。
今から、ここを進みます。


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烏丸通を三条通から北に約5m進みました。
ここは、大垣書店です。
大きな書店なので、
近所の本屋にお目当てがないときはここを利用しています。


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烏丸通を三条通を北に約50m進みました。
ここは、地下鉄の「烏丸御池」駅への入り口です。
だいぶ進んだので、今回はここまでとします。

~次回は、ここから祇園祭の宵山を散策します。
今回と同じところを回りますが、全く違う風景になります~

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第60回 祇園祭宵山散策その1~三条通周辺の山鉾

今回から何回かにわたって、祇園祭の宵山の記事を連載します。
(「三条通東から西」は、しばらく休止)
全山鉾制覇に5時間もあれば十分と思っていたのですが、
6時間でも終わりませんでした……
曇った瞬間もあったのですが、基本的には日差しが強く
水分補給もしていたのですが、正直キツかったです。

まぁ、こんなこと毎年やっているわけではないのですが、
数年かけて少しずつ回るべきですね……
(いつもはお気に入りの山鉾だけ回っています)

とは言え、時間をかけてじっくり回ると、
普段は気づかないいろいろなことが見えてきます。
今回は、それが面白かったですね。

では、本編を始めます。


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市営地下鉄の「烏丸御池」駅です。
本当は「四条」駅からの方が宵山散策に便利なのですが、
三条通にこだわったブログを今まで続けてきた都合で、
こちらの駅を利用します。
撮影日は、2012年7月15日日曜日12時半。
予報は雨でしたが、しっかり晴れていました!


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前回ブログの最後の場面
地下鉄の「烏丸御池」駅6番出口です。
(三条通に近い出口です)
三条通のブログとのつながりの関係で、
宵山散策はここからはじまり、ここで終えます。


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地下鉄の「烏丸御池」駅6番出口から烏丸通を北に向いています。
三条通と姉小路通との間にいます。
まだ車両制限は行われていません。この先の「鈴鹿山」に向かいます。


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「鈴鹿山」です。
今の三重県にある鈴鹿山脈に住んでいた悪鬼を退治した
鈴鹿権現(女神様です)を祭っています。
祇園祭は祇園の八坂神社のお祭りではありますが、
各山鉾がそれぞれ独立した神社にもなっています。


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各山鉾に行ったら、それぞれの「会所」に行きましょう。
「会所」には、ご神体と山鉾の装飾品を展示しています。
烏丸通の「会所」は、午後3時くらいにならないと開きません。
この写真は、午後7時前に撮り直したものです。


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「会所」の中には、水引や見送りなどが展示されていました。
各山鉾では、「牛頭天王」が祭られています。
「牛頭天王」は疫病の神様で、
祇園祭が「天然痘除け」のお祭りであった名残です。

その前で小学生が童歌を歌っていました。
歌がちまきやろうそくを売る口上になっています。
山鉾の中にはテープを流すところも多いのですが、
鈴鹿山は「生」で歌っていました。
では、ここを出ます。


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「鈴鹿山」の前から、烏丸通を南に向いています。
先ほど出てきた「烏丸御池」駅6番出口を通り過ぎ、
三条通まで行きます。


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烏丸通を東を向きました。ここは、「新風館」です。
結構大きなファッションビルですね。
いろいろなメーカーが入っています。


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烏丸通を南下して、三条通まで来ました。
右(西)側の建物は、大垣書店です。
ちょっと寄って、文庫本を買いました。
少し先に前回ブログで紹介した「みずほ銀行」が見えます。
平日なら休憩所として利用できるのですが、
この日は日曜日なので入れません。


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烏丸通から三条通を西を向いています。
今からこちらに進路変更します。前回ブログと反対方向になりますね。


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烏丸通から三条通を100mほど西に進みました。
三条通と室町通との角に出ました。今からここを右(北)に曲がります。


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三条通から室町通を北に向いています。
今から、こちらを進みます。


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室町通を三条通から約100m北に進みました。
「役行者山」が見えてきました。

役行者(えんのぎょうじゃ)は奈良時代の修験者です。
葛城山などで修業をして、山伏の始祖となりました。
毎年7月16日の宵山の午後2時から
聖護院の山伏による護摩焚き供養が行われます。


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役行者山の東側の町家から、会所に入っていきます。
「うなぎの寝床」と評される通り、細い路地の奥になります。


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会所に展示されていた
役行者山の見送りや水引などの装飾品です。


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役行者山のご神体です。賽銭を捧げて参拝しました。
山鉾の人形は、それ自身が神様です。
左から、一言主、役行者、葛城神です。


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役行者山のご神体の脇にあった石です。
「役行者の腰掛石」だそうで、触れると御利益があるそうです。


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役行者山を出て、室町通を南に向いています。
では、三条通の方に戻ります。


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役行者山から室町通を約50m戻ってきました。
左(東)側に、「永楽通宝」が看板のお店があります。
こちらは、手ぬぐいや布製カバンのお店です。
ちょっと、寄ってみましょう。


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祇園祭の楽しみの一つに、
鉾町に多い呉服屋や小物屋のウィンドウショッピングがあります。
また、このような店や町家の中には
その家の家宝(美術品が大半)を展示する所もあります。
ここ「永楽屋」は、自社で手ぬぐいを染色して作った
美術品の展示を毎年行っています。


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「永楽屋」を出て、室町通をさらに南に進んでいます。
三条通との角に戻ってきました。
直進すると「黒主山」ですが、ここは右(西)に曲がります。


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室町通から三条通を西に向いています。
右(北)に見える専門学校は
以前は休憩所として開放されていたのですが、
今はそのようなことをしていないようです。
左(南)に見える眼鏡屋の隣は「鷹山」の会所になっています。


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ここは、「鷹山」の会所です。
鷹山は江戸時代に焼失して以来再建されておらず、
会所の設置だけで、巡行は行いません。


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鷹山のご神体です。
鷹狩をする「鷹匠」を表しています。

ちなみに、「鷹狩」とは鷹を操って獣を捕える猟のことです。
では、三条通に戻ります。


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鷹山から三条通を約50m西に進みました。
新町通との北東角に、
洋菓子店「トゥレ・ドゥー」があります。
店頭で、パティシエが露店を出しています。
毎年飴細工の露店だったのですが、
今年はパフェ類の露店です。

帰りにここによって、洋菓子を買いました。


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「トゥレ・ドゥー」で買って帰った洋菓子です。
抹茶味のティラミスです。
濃厚な抹茶の味とチーズが合うことが分かりました。


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こちらは、オレンジのフロマージュです。
基本的には甘いのですが、
オレンジの酸味が深みを出していたそうです。
(自分は、これを食べていません)


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三条新町の角です。
ずっと先に、前々回ブログの「三条会商店街」が見えます。
今回はここで左折し、新町通を南に進みます。


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三条通から新町通を南に向いています。
前回ブログにも同じ所から撮った写真が掲載されていますが、
一週間で風景が一変したことが分かります。
今回は、こちらを進みます。


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三条通から新町通を南に約20m進みました。
窓から民家の中をのぞいています。
ここ数年の不景気で激減しましたが、
鉾町の民家や会社の何軒かは、
この日に合わせて家宝を公開します。
大半が屏風などの美術品です。
ここのは、金屏風と水墨画との対比がきれいです。

……そういえば、以前は
「洛中洛外図屏風」をよく見たのですが、
今年は一枚も見ませんでした。

また玄関先にも入れたのですが、
今年は窓から見る形式になっていました。
(誰かイタズラでもした人がいたのでしょうか?)


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屏風のあった民家の向かいです。こちらは、小物屋さんです。
窓をのぞくと書画を見ることができます。


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先ほどの民家から約50mほど南に進みました。
いよいよ「八幡山」です。


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「八幡山」の会所です。ここは、入り口が広いですね。


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こちらの会所にも見送りなどの装飾品が飾ってあります。


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「八幡山」のご神体です。
ご神体は人形以外にも祠になっているものも多いです。
こちらは、もともとこの町内にあった神社の祠です。
文字通り町内で祭られていた神様が
そのまま祇園祭のご神体となった典型例ですね。


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「鈴鹿山」同様、
こちらも童歌を歌う小学生の売り子さんがいます。
実は、町内ごとに歌詞が違います。


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「八幡山」を出て、新町通をさらに南に進みます。
向こうに見える松の木は、「北観音山」のものです。


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「八幡山」から新町通を南に約20mほど進みました。
こちらの会社は閉まっていましたが、
玄関に屏風が飾ってありました。


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その飾ってあった屏風です。
尾形光琳の代表作を土佐派の誰かが模写したものだそうです。
模写とは言え、江戸時代に製作されたものです。


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先ほどの屏風から、新町通を南に約50m進みました。
ここは、新町通と六角通りとの角です。
次は、この先に見える「北観音山」に向かいますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は新町通を南に進み、四条通に至ります~

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第61回 祇園祭宵山散策その2~新町通を四条へ

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前回ブログの最後の写真新町通と六角通の角です。
向こうに見えるのは、「北観音山」です。
今回はここから新町通を南下し、
四条通との交差点まで進みます。
撮影日は、2012年7月15日日曜日午後1時半。
……そういえば朝食を抜いてきたので、
だんだんおなかが空いてきました。


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先ほどの写真から、南に約20m進みました。
「北観音山」と会所です。
御神体(ご本尊)は、楊柳(ようりゅう)観音と韋駄天です。
天頂部には鉾ではなく松が飾ってあるので
「山」に分類されますが、
飾り屋根が付いたかなり大きな「山」になります。
ですから、「鉾」の会所のように
2Fから「山」の中に入ることができます。
(有料ですが)
今回は、こういう形式の山鉾には会所にも入りません。
では、南に下ります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「北観音山」の南側です。(カメラを構える人が写っています)
西側の呉服店にこのような看板が掲げられていました。
ちょっと、中をのぞいてみます。


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店頭に飾ってあったインド製更紗です。
その手前にあるインド人の人形が可愛いですね。
部屋の奥を隠している金屏風も見事です。


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更紗が飾ってあったところの南側は、
このようになっていました。
この「北観音山」の模型は、だいたい1m位の高さです。
また、こちらも屏風でうまく
プライベートスペースを消しています。
奥の生け花が、いいワンポイントですね。
ここもクリックすると、写真が拡大されます。


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「北観音山」を通り過ぎ、さらに新町通を南に進みました。
ここは新町通と蛸薬師通との角です。
この先に「南観音山」が見えますが、
そこへ行く前に、この蛸薬師通を左(東)に曲がります。


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新町通から蛸薬師通を東に向いています。
こちらは露店も出ていないこともあって、雰囲気が違います。


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蛸薬師通を新町通から約50m進みました。
ここに休み山の一つ「布袋山」が出ます。
ただ、この時点では(午後2時)まだ準備中でした。
では、また新町通に戻ります。


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蛸薬師通を西へ進み、新町通との角に戻っていました。
人混みで見えませんが、
ここから蛸薬師通は急に下り坂になります。
今度はここを左折して、新町通を南に進みます。


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蛸薬師通から新町通を南に向いています。
この辺から露店の密度が濃くなって、
だいぶ混み合ってきました。
では、この先の「南観音山」に向かいます。


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先ほどの写真とほぼ同じ所から撮っています。
新町通の右(西)側で、小物屋が安売りをしています。
鉾町の呉服屋や小物屋の中には、
この時期に合わせて安売りをするところが多くあります。
手前に並んでいるのは、麻製ののれんです。
気に入ったので、買ってしまいました。(¥1500でした)


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ここは、先ほどの小物屋さんから2軒南のところです。
ここも小物屋さんなのですが、
山鉾のミニチュアが飾ってありました。


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山鉾のミニチュアがある店から、新町通の方に向いています。
こちらは、「南観音山」です。
山の北側に張り出した屋台で、粽など関連商品を売っています。
御神体(ご本尊)の楊柳観音は頭部のみ鎌倉時代のもので、
あとは焼失後に江戸時代に作られたものです。

この「南観音山」は、毎年7月16日の深夜に楊柳観音を乗せた神輿を
ここから北観音山まで往復させる行事が行われます。

ここも「北観音山」と同じ形式なので、会所にも寄りません。
では、次の山に向かいます。


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ここは、「南観音山」から少し南に行ったところです。
これは、どこかのお店というわけではありません。
独立してこのようなものが飾ってありました。
団扇(うちわ)も、こうして並べるときれいですね。
そう言えば、この辺りの小物屋さんの中には
団扇専門店も多くあります。


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「南観音山」から約100m新町通を南に来ました。
この辺りは、露店の密度が高いです。
向こうに見える「炭焼きだんご」をいただきました。
炭火で焼いた大きなだんごに、甘い醤油だれがかかっていました。
(写真はありません)

ちなみに、ちょっと熱中症気味になってきたので、
その直前に「きゅうりの一本漬け」もいただきました。
水分も多く塩分もあるので、
これを食べたらだいぶ楽になりました。


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先ほどの写真から、さらに20mほど南に移動してきました。
ここは、新町通と錦小路との角です。
この先に放下鉾がありますが、
その前に左(東)に曲がって、錦小路を進みます。


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新町通から錦小路を東に向いています。
ちなみに、ここを約500m進むと「錦市場」になります。
今回は、ここを約50m進みます。


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新町通から錦小路を約10m進みました。
飲食店の脇に、このような看板がありました。
「錦小路通新町東入ル」とは
「新町通から東に進んだ錦小路沿い」という意味です。
また、この辺りは山鉾の名前がそのまま町名になっています。


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新町通から錦小路を東に約20m進みました。
ここに、「霰天神山」(あられてんじんやま)が立っています。
錦小路の南側にあるイタリア料理店も露店を出しています。
この辺は近年少し高めの飲食店の出店ラッシュです。


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「霰天神山」から錦小路を東に向いています。
手前の豚まんが気になりますが、
その前に、向こうに見える「霰天神山」の会所に寄ります。


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会所に扉にこのようなものが貼り付けてありました。
盗難や災害時の際のマニュアルのようです。
近年は文化財盗難事件も増えていますし、
災害による文化財の破損もこの先あり得ますし、
その意味から必要になってきているのでしょう。


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会所の入り口を抜けると、このようになっています。
これが京町家の典型「うなぎの寝床」です。
入り口すぐの細い路地の奥に玄関があります。


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「霰天神山」の会所に入ってきました。
水引などの装飾品が飾ってあります。


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「霰天神山」のご神体です。
前回ブログに登場した「八幡山」同様に、
町内の神社がそのまま山鉾になったため、
神社の祠が御神体になります。


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「霰天神山」の前で錦小路を西に向きました。
新町通まで戻ろうと思うのですが、
その前に「肉まん」の幟(のぼり)が気になります。
……結局、肉まんと烏龍茶を買いました。(¥600でした)


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これが「しみだれ肉まん」です。
焼き豚のたれに漬けこんでから、蒸しているようです。
皮は、焼き豚の味がしました。
中は豚のひき肉がメインでしたが、
こちらは、豚肉の甘さが強調されていました。


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烏龍茶のペットボトルと肉まんの紙袋は、
このごみ箱に捨てました。
ごみ箱の横の紫陽花は、3分咲きでしょうか。


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ここは、錦小路沿いの店です。新町通との角から約10m手前です。
店は閉まっていますが、ショウウィンドウのマネキンが可愛いですね。


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また、錦小路と新町通の角に来ました。
今度はここを左折して、南に進みます。


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新町通を錦小路から南に見ています。
向こうに見えるのは、放下鉾(ほうかぼこ)です。
「鉾」の天頂部には、矛(ヤリの一種ですね)がついています。
(「山」の天頂部には、松の木です)
ですから、「山」より「鉾」の方が高くなります。


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新町通を南に進み、放下鉾の手前まで来ました。
看板がないので分かりにくいのですが、
この町家はイタリア料理屋さんです。
条例の関係でこの辺の町家は大幅な改装ができません。
(街並みの景観を守るためです)
ただ、逆にそれがいい雰囲気を作っていて
この辺の飲食店の人気が高くなっています。

この店は、毎年店頭に洋酒の露店を出しています。
自分も、毎年ワインとかいただいていたのですが、
あまりの暑さにこの辺りでバテていたので、
今年は素通りしました。


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放下鉾と会所です。「鉾」は通常飾り屋根が付いていて、
有料で一般の人を入れています。
(「北観音山」「南観音山」と同じです)
内部に放下僧の像を祭っています。

粽や関連商品は、北側のテントの中で売られています。
また、この写真をクリックすると、拡大できます。


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こちらは放下鉾の南側です。
西側のマンションのエントランスを利用して
伏見の酒造メーカー「黄桜」が露店を出しています。
……今気づいたのですが、
祇園祭の露店って、酒類の店が多いですね。


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放下鉾を通り過ぎ、四条通まで来ました。
……といっても、この人混みでは何も見えません。


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ここは、四条新町の交差点です。
新町通は四条通より南も、ものすごい人混みです。
ただ、今回はここから西に折れ、四条通を進みます。


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新町通から四条通を西に向いています。
こちらの方にも、それほど多くはないのですが
山鉾が数基立っています。
次はそちらに向かいますが、今回はここまでとします。

~次回は、新町通より西の山鉾を回ります~

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第62回 祇園祭宵山散策 その3~蟷螂山から太子山

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新町通から、四条通を西に向いています。
今回は、西洞院通より西にある山鉾を中心に回ります。
この辺りは比較的観光客も少なく、
他の地域よりも牧歌的な雰囲気の場所でした。
撮影日は、2012年7月15日日曜日午後2時。
日差しは、相変わらず絶好調でした……


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新町通から四条通を約20mほど西に進みました。
ここは、「こぐま」という喫茶店です。
ジャズ喫茶発祥の地です。
コーヒーもおいしいのですが、この時期はいつも満員です。


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「こぐま」の前から、四条通を西に向いています。
目の前に、「郭巨山」が見えます。
「こぐま」の入り口に手ぬぐいがありましたね。


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その「郭巨山」のアップです。
ここから見送りが見えるので、
左斜め後ろから見ていることが分かります。


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「郭巨山」の会所です。「山」は四条通の北側にあるのですが、
会所の方は四条通の南側にありました。
信号を渡らないといけないので、
距離の割に移動に手間取りました。(約5分かかりました)

「郭巨山」は、中国の親孝行の物語を題材にしています。
(「郭巨」は中国人の名前です)


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「郭巨山」の会所の撮影の際、
ここにいらした町内の方にフレームから出ていただきました。
で、このままでは申し訳ないので、この粽を買いました。


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紙袋を取ると、こうなります。この状態で、玄関先に飾りました。
紙製の小判が、この山の個性です。
各山でご利益が違うのですが、ここは金運ですね。
今年は巡行のくじで、この「郭巨山」が「山一番」を引きました。
ですから、今年は特に縁起がいい粽です。


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「郭巨山」の会所に寄ったため、四条通の南側の歩道にいます。
会所から西に約50m進みました。ここは、四条西洞院の交差点です。
その南東角に、和菓子店の「若菜屋」があります。
この日は、みたらし団子の露店を出していて、かなり売れていました。
ここで信号を渡って、西洞院通を北に進みます。


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四条通から西洞院通を北に向かっています。
この時間はまだ交通規制が始まっていないので、
露店と自動車の間をかき分けて進んでいきました。
今から、目の前の「蟷螂山」(かまきりやま)に向かいます。


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先ずは、山の南側にあった会所に入ります。
壁に水引と胴掛がかかっています。


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こちらが「蟷螂山」です。御所車の上に、カマキリが乗っています。
これは山鉾で唯一のからくり仕掛けで、山鉾巡行などで移動するとき
山の下の車が動力になって、頭部・前足ののカマ・羽根が動きます。


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「蟷螂山」から南に進み、四条西洞院の交差点に戻ってきました。
観光客以外にこの辺で働いている会社員も混じって、
露店と自動車でごった返した通りは、かなり窮屈でした。
次は、四条通をさらに西に進みます。


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四条西洞院の交差点から、四条通を西に向いています。
次は、この先の「四条傘鉾」に向かいます。


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「四条傘鉾」です。傘と言っても、平安時代の日傘ですね。
この「鉾」はとても小さく、神輿のように担ぐことができます。
ただ近年寄付が集まってきたので、
約150年前までのようにこの下に大きな胴を作って、
数年後には他の「鉾」と同じ高さになるそうです。

ちなみに、祇園祭に二つある「傘鉾」には、
巡行の際「棒振り踊り」の舞い手も随行します。
これは、鎌倉時代以前の祇園祭の古い形式の名残です。

では、四条西洞院の交差点に戻ってから、
今度は西洞院通を南に移動します。


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四条通から西洞院通を南に向いています。
この辺りから「京都市中京区」から「京都市下京区」になります。
(四条通が区境です)
交差点南西角のコンビニエンスストアの前にテーブルが出て、
ビールやジュース類が入ったプラスチック製容器が並んでいます。
こういう露店が祇園祭では多いのですが、
おかげで水分補給がこまめにできます。


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四条西洞院の交差点から、西洞院通を約100m南に移動しました。
目の前の綾小路との交差点で、右(西)に曲がります。


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西洞院通から綾小路を西に向いています。
次は、提灯にも書いてある「芦刈山」に向かいます。


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西洞院通から、綾小路を西に約5m進みました。
こちらの民家の扉は開放されていて、玄関に入ることができます。
その中に、見事な水墨画の屏風の前に花が生けてあります。
こちらは、祇園祭に来た人はだれでものぞくことができます。
数年前まで新町通や室町通にもこのような民家が多かったのですが、
最近はほとんどなくなってしまいました。


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屏風のあった民家の前から、綾小路を西に向いています。
「山」の方に行く前に、手前の問屋に設置された会所に向かいます。


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会所にある「芦刈山」のご神体の人形です。
「芦刈山」は、謡曲「芦刈」を題材にしています。
貧困から別れた夫婦が、年を取ってから再会して復縁する物語です。
主人公が芦を刈って生計を立てていたので、この題が付きました。
ですから、こちらは縁結びや恋愛のご利益があります。

御神体の脇に古い御神体の頭部が残されています。
こちらは、「慶派」(運慶の一派)の康運の作です。


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「芦刈山」です。先ほどのご神体が、巡行の際にここに乗ります。
見送りが後ろなので、左斜め前から見ていることになります。


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「芦刈山」を通り過ぎ、油小路との角に来ました。
今度は、左(南)に曲がり油小路を進みます。

ちなみに、このまま綾小路を約600m西に進むと
第28回ブログに出てきた光縁寺にたどり着きます。
さらに光縁寺から500m西に進むと、壬生寺です。


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綾小路から油小路を南に向いています。
この先にある「油天神山」に向かいますが、
その前に、南東角にある小さな神社にお参りをします。


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綾小路油小路南東角の「火尊天満宮」(ひみことてんまんぐう)です。
もともとここには愛宕神社があったのですが、
この辺の有力者である風早氏が
菅原道真像をこの神社に安置した時に、天満宮に変わりました。
ですからこの神社は、「風早天満宮」とも言います。
「油天神山」は、この神社のご神体を祠に安置して祀ったものです。


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「火尊天満宮」から油小路を南に約50m進みました。
ここは、「油天神山」の会所です。
宵山の際は、神社のご神体はここに安置されます。


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会所の前にあった「油天神山」です。
こちら側に見送りがあるので、
左斜め後ろから見ていることになります。


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「油天神山」から油小路を南に進んでいます。
ここで、仏光寺通との角が見えてきました。
ただ、ここではさらに南に進み、目の前の「太子山」に向かいます。


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仏光寺通から油小路を南に約10m進みました。
こちらの漢方薬の問屋さんが、「太子山」の会所です。
(「奇應丸」の看板がある店です)
ただ、この時点(午後3時)で会所内では
町内の方々を集めて神事が行われており、立ち入り禁止でした。


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前述のとおり、各山鉾はそれぞれ独立した神社です。
山鉾のいくつかには、このように絵馬が結ばれています。
「太子山」は学問の神様ですので、
このように受験関係の絵馬が多いです。


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で、こちらが「太子山」です。お気づきの方も多いでしょうが、
こちらの山は聖徳太子を祀っています。

では、今度は油小路を北に進み、もと来た道を戻ります。


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「太子山」の前から油小路を北に向いています。
会所の前に、丸太で作ったベンチが並んでいます。
これは毎年「太子山」に設置されているもので、
座ると頭がよくなる御利益があるそうです。
ただ御利益よりも、だいぶ疲れていたので
ここに座っていると、かなり休めました。

では、休憩後はこの先の仏光寺通を右(東)に曲がります。


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油小路から仏光寺通を東に向いています。
次は、この先にある「木賊山」(とくさやま)に向かいます。


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油小路から仏光寺通を東に約50m進みました。
ここは「木賊山」の会所の中です。こちらは「木賊山」のご神体です。
子供をさらわれ、一人で山奥で暮らす木賊を刈る男性を表しています。
ちなみに、この会所は「鈴木医院」というお医者さんの中にあります。
木賊という草は漢方薬の原料ですが、何か関係があるのでしょうか?


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こちらが「木賊山」です。見送りが正面にあるので真後ろになります。
これまで写っていませんでしたが、
どの山鉾にも樽酒が奉納されています。


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この辺の住所を表した表札です。
「仏光寺通西洞院西入ル」とは、
「西洞院通より西の仏光寺通沿い」という意味です。
この辺りも、山鉾がそのまま町名になっています。


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仏光寺通を東に進み、西洞院通との交差点に近づいてきました。
このまま東に行くと「船鉾」や「岩戸山」に着きますが、
ここでは北に曲がり西洞院通を進みます。
ただ、それは次回にします。

~今回は、ここまでです~

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第63回 祇園祭宵山散策その4~船鉾から保昌山

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仏光寺通から、西洞院通を北に向いています。
前回は鉾町の南西部を回ったので、今回は南東部を回ります。
こちらは、だいぶ人通りも多くなります。
撮影日は2012年7月15日日曜日午後3時半。
やっと半分といったところです。


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仏光寺通から西洞院通を約30m北に進みました。
西洞院通の東側に児童公園がありました。
この日は晴れていたこともあり、
たくさんの子供が遊んでいました。


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西洞院通をはさんで、
児童公園の西向かいには郵便局がありました。
この日は日曜日でしたが、
祇園祭記念切手を店頭で売っていました。


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西洞院通から綾小路を東に向いています。
この反対側に、前回ブログの「芦刈山」があります。
今から、綾小路を東に向かい「伯牙山」に向かいます。


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こちらは、「伯牙山」の会所です。
人でごった返していて、中に入れませんでした。


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会所の前に、「伯牙山」が立っていました。
「伯牙山」は、中国の琴の名手伯牙から取材しています。
友人の鐘子期が死んだとき、琴の弦を切って
以後演奏しなくなったことを表した山です。


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「伯牙山」を通り抜け、綾小路を西に進みました。
この先が、新町通です。


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綾小路から新町通を北に向いています。
ずっと向こうに、前々回ブログで訪れた放下鉾が見えます。
ここから、50mほど北に向かいます。


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綾小路から新町通を北に50mほど進みました。
左(西)側に、大船鉾の会所が見えます。
今から中に入ってみます。


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大船鉾の会所の内部です。
奥の簾の向こうに、ご神体の神功皇后の像があります。
大船鉾は、神功皇后の朝鮮出兵を表しています。
「船鉾」とは違い、こちらは帰国を表しています。

「大船鉾」は、幕末の戦乱で焼失してしまいました。
以降復活することなく、「休み山」となりました。
それが、今年から巡行に参加することになりました!
……ただ今年は鉾自体はなく、人が歩くだけの巡行です。
これから寄付を集めて、2年後の復活を目指すそうです。

なお、京都駅前のヨドバシカメラに
この「大船鉾」の復元模型が飾ってあります。
機会があれば、ご覧下さい。


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「大船鉾」の会所の向かいの露店です。
このアユの塩焼きは京都ではよく見かける露店ですが、
他の地方では見かけませんね。
冬だったら、日本酒とセットがおいしいです。


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「大船鉾」の会所から約50m南に進み、
もとの新町綾小路の角に戻ってきました。
この写真では、新町通から綾小路を東に向いています。
今からこの綾小路を東に進みます。


63-14.jpg
新町通から綾小路を東に進んでいます。
目の前に、「綾傘鉾」が見えてきました。
二つある「傘鉾」のうち、綾小路にある方ですね。


63-15.jpg
さらに綾小路を少し東に進みました。
「綾傘鉾」の会所に入ります。


63-16.jpg
会所の入り口付近に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
(ウチのブログの象徴ですね)
こちらも、撮らせていただきました。


63-17.jpg
お地蔵さんの向かいに、手水舎がありました。
口の部分が、龍を模していますね。


63-18.jpg
こちらも会所の中央に、「牛頭天王」が祀られています。
こちらの会所では、「牛頭天王」の由縁を
分かりやすく解説してくれる方がいらっしゃいました。
では、会所を出て先に進みます。


63-19.jpg
「綾傘鉾」から綾小路を西に進み、
新町通との角にまた戻ってきました。
今度は左(南)に曲がり、新町通を進みます。


63-20.jpg
新町通を綾小路から南に向いています。
今から、ここを進んでいきます。


63-21.jpg
「船鉾」です。このブログでは、この形式の鉾の会所には入りません。
「大船鉾」同様、神功皇后の朝鮮出兵を表しています。
ただし、「大船鉾」は神宮皇后の帰国を表しているのに対して、
この「船鉾」は神功皇后の出兵を表しています。


63-22.jpg
「船鉾」の西側にこのようなお店がありました。
ここは、呉服問屋の「醍醐正」(だいごしょう)です。
少し、こちらにお邪魔します。


63-23.jpg
「醍醐正」の玄関先に、このような金屏風がありました。
描かれて約100年たっていますが、保存状態がいいですね。
本当は描かれた竹にカタツムリがいるのですが、
フラッシュの光で見えなくなっています。

ここの女将さんから、かなり丁寧に教えていただきました。
女将さんにこのブログについて話すと、
「ぜひ、この店を宣伝してください!」
とおっしゃっていました。
この「醍醐正」は、創立100年を迎えた白生地反物のお店です。
(丹後ちりめんや小千谷ちぢみなどがあるそうです)
約束なので、宣伝しました。


63-24.jpg
「船鉾」から新町通を南に進みました。
仏光寺通から新町通を南に向いています。
今から目の前の「岩戸山」に向かいます。


63-25.jpg
仏光寺通から新町通を南に5mほど進みました。
「岩戸山」の東の方のお店のショウウィンドウに
このような紙人形が飾ってありました。
「岩戸山」の巡行を表しています。


63-26.jpg
「岩戸山」です。この山も、飾り屋根がある形態です。
(よって、この山も会所には寄りません)

この「岩戸」とは、「天岩戸」を表しています。
素戔嗚尊(スサノオノミコト)の悪行に怒った
天照大神が隠れたところですね。
天宇受売(あめのうずめ。車折神社の末社「芸能神社」の主神)が
歌や踊りで天照大神を誘い、
田力男(たぢからお。怪力の神様)が岩戸をこじ開けて
天岩戸から天照大神を外に出した神話をもとにしています。


63-27.jpg
「岩戸山」から新町通を約5mほど南に進みました。
東側に、小物屋さんがありました。
ここは、きれいな団扇がたくさん売られていました。


63-28.jpg
藍色の和紙に朝顔の切り絵がきれいな団扇です。
気に入ったので、1000円払って買いました。


63-29.jpg
新町通をさらに南に進みます。
高辻通との交差点で、露店の波が終わります。
(この辺りが、鉾町の最南端です)
ここから高辻通を東に進みます。


63-30.jpg
新町通から高辻通を東に向いています。
高辻通は、両脇に歩道があるそこそこ広い道です。
右(南)側に、下京中学成徳学舎が見えます。
左(北)側には、自動車や人影で見えにくいですが
小さな神社があります。


63-31.jpg
新町通から高辻通を東に約100m進みました。
ここは、先ほど書いた小さな神社「繁盛の宮」です。
もともとは「牛頭天王」の妃
「針才女」(はりさいにょ)を主神とした神社です。
この名前が転訛して「班女」(はんじょ)となり、
さらに転訛して「繁盛」になったそうです。
縁結びと商売繁盛のご利益があるそうです。


63-32.jpg
「繁盛の宮」から5m東に進みました。
ここは、室町高辻の交差点です。
ここをさらに東に進みます。


63-33.jpg
室町通からさらに100mほど東に進みました。
ここは、烏丸高辻の交差点です。
あと300m北に上がると、四条烏丸の交差点です。
(地下鉄「四条」駅と阪急電車「烏丸」駅があります)
今回は、高辻通をさらに東に進みます。


63-34.jpg
烏丸通から高辻通を東に約100m進みました。
左(北)側に、ホテル日航プリンセス京都が見えます。
今からこの交差点を右(南)に曲がり、東洞院通を進みます。


63-35.jpg
高辻通から東洞院通を南に向いています。
今から、この「保昌山」に向かいます。


63-36.jpg
「保昌山」の前まで来ました。もう少し南に行くと、松原通です。
ちょうど第24回ブログの最後の方の写真の
反対側から撮ったことになります。


63-37.jpg
「保昌山」に奉げられていた絵馬です。
この山は、縁結びと恋愛成就のご利益があります。
前回ブログの「太子山」と並んで絵馬の多い山です。


63-38.jpg
「保昌山」の会所の中です。
見送りと祠ですが、上手く撮れませんでした。


63-39.jpg
「保昌山」越しに、会所の2Fを写しました。
ご神体が、2Fにいらっしゃいます。
ご神体は、丹後の国司平井保昌(ひらいやすまさ)の像です。
恋人の和泉式部のために、紫宸殿の桜を折ろうとしている姿です。
そのため、「保昌山」は「恋愛の神様」ということになっています。


63-40.jpg
「保昌山」から東洞院通を北に向いています。
高辻通との交差点の北西角に、先ほど通り過ぎた
ホテル日航プリンセス京都が見えます。
今度はこの東洞院通を北上した後、
四条通近辺の山鉾を見に行きますが、それは次回とします。

今回はここまでです。

~次回は、四条通沿いの月鉾や長刀鉾に向かいます~

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テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第64回 祇園祭宵山散策その5~月鉾・函谷鉾・長刀鉾

63-40.jpg
これは、前回ブログの最後の写真です。
東洞院通を北に向き、目の前に高辻通があります。
今回はここから北に進み、四条烏丸付近の山鉾を見ていきます。
撮影日は、2012年7月15日日曜日午後4時15分。
さらに人で人でごった返してきます!


64-2.jpg
高辻通から東洞院通を北に約50m進みました。
こちらは、すだれのお店です。
店の左側を何人かの人が見ています。


64-3.jpg
自分も混じって、のぞきました。山鉾巡行のミニチュアですね。
写真をクリックすると、拡大できます。


64-4.jpg
東洞院通をさらに北上し、仏光寺通との角まで来ました。
北西角の郵便局でも祇園祭記念切手を売っています。
ここをまっすぐ行くと長刀鉾の前に出ますが、
今回は左折して仏光寺通を西に進みます。


64-5.jpg
東洞院通から仏光寺通を西に向いています。
ここを約100m進むと、烏丸通との交差点に出ます。

……ただ、いい加減この辺りで疲れたので
烏丸仏光寺通の交差点にある「サイゼリア」で30分ほど休憩しました。
(ティラミスとドリンクバーをいただきました。写真はありません)
ちょっと分かりにくいところなので、ここだけは多少空いていました。
しっかり休んだので、元気になり午後5時から再開です。


64-6.jpg
ここは、烏丸仏光寺通の交差点付近です。
午後5時を回り、烏丸通にも露店が出だしました。
この辺りから、少しずつ烏丸通も車両制限が始まります。


64-7.jpg
烏丸通から仏光寺通を西に向いています。
まだしばらく仏光寺通を西に進みます。


64-8.jpg
烏丸通から仏光寺通を西に約50m進みました。
このお店には、10年くらい前はよくのぞいていました。
当時は、ピアノの生演奏が聞こえる休憩所だったのですが、
今は知人以外は入ってはいけないようになっています。
(よって、自分も入れませんでした)


64-9.jpg
そのお店の西隣に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらも、撮らせていただきました。


64-10.jpg
さらに仏光寺通を進み、室町通との角に来ました。
このまま仏光寺通を進むと、
前回ブログで紹介した「船鉾」と「岩戸山」の間に出ます。
今回は右折して、室町通を北に進みます。


64-11.jpg
仏光寺通から室町通を北に向いています。
このまま北に進み、「白楽天山」に向かいます。


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「白楽天山」の会所の中です。
ご神体は、白楽天と道林禅師の人形です。
白楽天は白居易のことで、唐の「三大詩人」の一人です。
(残りの二人は、杜甫と李白)
ここは、白楽天が道林禅師と禅問答をする姿を表しています。


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こちらが「白楽天山」です。
この上に、先ほどの白楽天と道林禅師のご神体が乗ります。


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「白楽天山」を通り過ぎ、室町通を北に進みます。
綾小路の先に「鶏鉾」が見えてきました。


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ここは、綾小路室町の交差点付近です。
この辺りは、綾小路も室町通も4車線になります。
(近くに市バスターミナルがある関係)
実はこの近辺が、一番露店が集中します。
その中で、コンビニエンスストアが露店を出しています。
ジュースやビールなどを売っていますが、
こういうお店が熱中症対策に役立ちます。


64-16.jpg
室町通を進み、綾小路より少し北に進みました。
ここは、「鶏鉾」です。
とは言え、どこにも鶏の像や絵がありません。
「鶏」の名前が付いた理由は、諸説あります。
(要するに、本当のところは分かっていません)


64-17.jpg
「鶏鉾」を通り過ぎ、四条室町の交差点に近づいてきました。
向こうに見えるのは、「菊水鉾」です。
この辺りが一番混む場所なのですが、
午後5時を多少回ったこの時間帯が一番混みます。


64-18.jpg
室町通から、四条通を西に向きました。
向こうに、「月鉾」が見えます。鉾先が、見事な三日月です。
こちらは、月と冥界(死後の世界)の神
月読命(ツクヨミノミコト)を祀っています。


64-19.jpg
今度は、室町通から四条通を東に向きました。
向こうに見えるのは、「函谷鉾」(かんこぼこ)です。
今から四条通を東に進みます。


64-20.jpg
四条通の南側に、「函谷鉾」の粽などを売るテントがありました。
ここも小学生が売り子をしています。やはり、童歌を歌っていました。


64-21.jpg
で、こちらが「函谷鉾」です。
午後5時を回って、鉾に鉾町の町衆が乗り込み、
「祇園囃」を演奏し始めました。

「函谷鉾」の「函谷」とは中国の洛陽と長安の間にあった
「函谷関」という軍事上の拠点を指します。
(「三国志」などに出てきます)
春秋戦国時代の孟嘗君という人物の「函谷関越え」を
この鉾が取材しています。


64-22.jpg
「函谷鉾」の前から、四条通を東に向いています。
ここから約10m先が四条烏丸の交差点です。
(京都随一の繁華街の一つです)
ここからは分かりにくいですが、
市営地下鉄「四条」駅と阪急電車「烏丸」駅は、
近くの階段を下りればすぐです。(どちらも地下鉄です)
祇園祭は、普通はこの辺りから出発します。
(自分は三条通のブログのつながりから、別の位置から始めましたが)


64-23.jpg
四条烏丸から約100m東に進み、東洞院通付近まで来ました。
目の前に、「長刀鉾」が見えます。
「長刀鉾」は、文字通り長刀を鉾先に付けています。
「魔を断つ刀」を表すので、
7月17日の山鉾巡行では必ず先頭に立ちます。
一番人気のある鉾なので、周辺は混んでいます。
この写真はクリックすると、拡大されます。
では、四条烏丸に戻ります。


64-24.jpg
四条通を西に進み、四条烏丸の交差点まで戻ってきました。
ここから右折し、今度は烏丸通を北に進みます。


64-25.jpg
四条通から烏丸通を北に向いています。
「京都市下京区」から「京都市中京区」に戻ってきました。
今からここを進みます。


64-26.jpg
烏丸通の西側に、「孟宗山」が立っています。
「山」の左側の瓦屋根の辺りが会所なのですが、
時間の関係で寄っていません。
この山は、孟宗(孟子)がお母さんのために
筍を採りに行った話を取材しています。
竹の一種孟宗竹は、この話に由来します。


64-27.jpg
烏丸通を北に進み、錦小路を越えました。
錦小路から約10mほど北に「御手洗井」がありました。
この井戸は、毎年7月15日から7月24日まで開放されます。


64-28.jpg
第59回ブログの西洞院三条下がるの辺りでも書きましたが、
京都盆地は地下水が豊富で、
そのため茶道やいろいろな食べ物が発達してきました。
(和菓子とか、豆腐とか)
近年地下鉄などの工事により多くの地下水脈が絶たれましたが、
この御手洗井は昔のままの状態で残っている数少ない井戸です。

ここに来られた多くの方は飲むことに躊躇されていましたが、
本当は味の方も日本有数の「名水」です。


64-29.jpg
「御手洗井」から烏丸通を南に向いています。
わずか10分かそこらで、烏丸通沿いに次々露店が並びだしました。
とりあえず南に進み、錦小路まで戻ります。


64-30.jpg
ここは、烏丸錦小路の交差点です。
烏丸通を渡り、今から錦小路を西に進んでいきます。


64-31.jpg
烏丸通から錦小路を西に約50m進みました。
ここは、「占出山」の会所です。


64-32.jpg
「占出山」の胴掛と水引です。小倉百人一首が書いてあります。
ここには、これを目当てに来られる方が多いです。


64-33.jpg
祠の前で粽が売られています。ここも小学生が童歌を歌っていました。

「占出山」も、「大船鉾」や「船鉾」同様に
神功皇后の朝鮮出兵に取材しています。
神功皇后が出兵直前に、
アユ釣りをして戦の行く末を占った故事にちなんでいます。
ですから、ここは「鮎釣り山」とも言います。


64-34.jpg
「占出山」の脇で、「吉兆あゆ」という和菓子が売られていました。
これは、近所の和菓子屋さんが作ったもので、
この町内の名物になっています。


64-35.jpg
「占出山」を通り抜け、錦小路を西に進んでいます。
約50m進み、室町通との角に来ました。
ここを左折し、室町通を南に進みます。


64-36.jpg
……ところが、ここから南は進めませんでした。
この辺の室町通は、北への一方通行でした。
「菊水鉾」は、ここから見るだけになりました。

「菊水鉾」は、この近所にあった
「菊水の井」という井戸に由来します。
この写真では見えませんが、鉾先が菊水の形になっています。
(上半分が菊の花で下半分が流水紋)

ここから室町通を北に進み残りの山鉾を見ていきますが、
今回はここまでとします。

~次回は、室町通を北に行き全山鉾制覇となります~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
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宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

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北関東と東京の下町の
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こちらからお願いして、
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「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
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この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
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記事は順番通り
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他の「道ブログ」とは
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一番よく行きます。

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初詣など
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京都の東山周辺です。
京都観光の
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これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
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花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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