第65回 祇園祭宵山散策その6~鯉山から黒主山

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錦小路から室町通を北に向いています。
今回は室町通を北上し、最初に来た三条通まで進みます。
撮影日は、2012年7月15日日曜日午後6時。
今回が宵山散策の最終回です。


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錦小路から室町通を北に約50m進みました。
右(東)側に、京都芸術センターが見えます。
かつての京都市立明倫小学校です。

京都市の中心部の人口減少を受け、
京都市内の多くの小学校が統廃合しました。
そのような学校は、
現在いろいろな施設に生まれ変わっています。


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室町通をさらに20mほど北に進みました。
ここは、「山伏山」です。


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「山伏山」の会所の2Fにいらっしゃるご神体です
……と思ったら、ご神体を撮影するカメラマンの図です。

「山伏山」は、八坂の塔(法観寺の仏塔)の傾きを法力で直したとされる
浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)という山伏を表しています。


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人混みでなんだかわからないことになっていますが、
「山伏山」を通り抜け、室町通を北に進んでいます。
蛸薬師通との角まで来ました。


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室町通から、蛸薬師通を東に向いています。
少しだけ、こちらに寄り道します。


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室町通から、蛸薬師通を東に約20m進みました。
左(北)側に、このようなお店がありました。
小物屋さんですが、こちらもたくさんの方が入っていきます。


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さらに30m東に進みました。こちらは「橋弁慶山」です。
だんだん日が傾いてきたので、提灯に火が灯りました。


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「橋弁慶山」から、東に約10m進みました。
こちらに、「橋弁慶山」の会所があります。


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「橋弁慶山」の会所の2Fに、ご神体がいらっしゃいました。
人気がある山なので、立ち止まる方が多いです。


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こちらの「橋弁慶山」は、
五条大橋(今の松原橋。第20回ブログに出てきます。)での
武蔵坊弁慶と牛若丸(のちの源義経)との決闘を表しています。
20年前に来たときはご神体が互いの方を向いていた気がするのですが、
……気のせいでしょうか?

こちらの写真をクリックすると、拡大することができます。


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さらに蛸薬師通を東に進み、烏丸通の手前まで来ました。
右(南)側の赤レンガの建物は、烏丸通にも面しています。
ここはもともと「北國銀行京都支店」でした。
(確か何かの文化財指定を受けていたと思います)
銀行が撤退した後は、レストランになっていました。

「きょうと 明日と これからと」というブログで、
(ウチのブログと相互リンクしています)
ここの「賀茂ナスバーガー」を勧めていました。
それがおいしそうだったので、
この日の楽しみにしていたのですが、
「品切れです。追加に、時間がかかります」
と言われて、食べられませんでした……
かなり楽しみにしていたのですが……


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蛸薬師通を西に戻ってきました。
分かりにくいですが、もうすぐ室町通との角です。


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蛸薬師通から、室町通を北に向いています。
あと3基で、「全山鉾制覇」です。


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蛸薬師通から、室町通を約50m進みました。
目の前に、「鯉山」と会所があります。


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「鯉山」の会所の入り口ですが、すごい行列です。
実は、ここが一番人気のある会所です。


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「鯉山」のご神体や見送りは、この先にあります。
「鯉山」の粽が下がっています。
買った粽は、このように下げればいいのですね。


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あと約5mなのですが、ここからが長かったです。
ただ、この後ろも約10mの行列になっています。


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やっと中に入ってきました。「鯉山」の胴掛が見事です。
これはベルギー製のじゅうたんを裁断して、
それぞれ前掛け、胴掛、見送りを作っています。
この図柄は、ギリシャ文学「イーリアス」の一説です。


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「鯉山」のご神体の木彫りの鯉と見送りです。
ご神体は左甚五郎の作で、
滝を上り龍になろうとしている鯉を表しています。
ご神体も見送りも、重要文化財に指定されています。

この写真も、クリックすると拡大できます。


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その「鯉山」の会所で、この手拭いを買いました。
中央の鯉がけっこうお気に入りです。
ただ、見事すぎてお風呂では使えません。
結局、装飾品として飾っています。


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「鯉山」の会所を出て、室町通をさらに北に向かっています。
六角通との角にまで来ました。


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室町通から、六角通を東に向いています。
今度は、こちらの方に寄ってみます。


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室町通から、六角通を東に約50m進みました。
お地蔵さんの脇に、「浄妙山」の会所がありました。
こちらにも寄ってみます。


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「浄妙山」の会所です。
ご神体の僧兵浄妙と一来法師が中央にいらっしゃいます。
こちらも写真をクリックすると、拡大されます。


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会所に飾ってあった「浄妙山」の巡行の様子です。
浄妙の頭上に一来法師の姿があります。
こちらは、「平家物語」の宇治川の戦いから取材しています。
戦場に一番乗り(高価なほう美が出ます)しようとした浄妙が
寸前に一来法師に飛び越えられて一番乗りを奪われた一説です。


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会所を出ると、目の前に「浄妙山」がありました。
では、六角通を西に進み、室町通に戻ります。


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六角通を西に進み、室町通に向かう途中です。
こちらは、呉服屋さんのようです。なかなかしゃれたお店です。


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六角通を西に進み、室町通との角に来ました。
今度は右折し、室町通を北に進みます。


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六角通から、室町通を北に向いています。
いよいよ最後の山鉾に向かいます。


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六角通から、室町通を約50m進みました。こちらは、「黒主山」です。
黒主だけに、全面「黒」一色です。これで、全山鉾を制覇しました!


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「黒主山」の脇に、会所がありました。
こちらは、その中にいらしたご神体です。
「黒主山」は、大伴黒主にちなんだ山です。
平安時代の和歌の名手「六歌仙」の一人ですね。


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会所では、団扇も売られていました。
こちらは、何もかも黒一色です。


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「黒主山」北側の呉服屋さんも黒一色でした。
そのお店からこのようなものが掲げられていました。
この中に金色の鯉が5尾いるらしいのですが、
自分は4尾までしかわかりませんでした。


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室町通をさらに北に進んでいます。ようやく三条通に戻ってきました。
直進すると、第60回ブログで出てきた「役行者山」にたどり着きます。
今回は、ここを右折して東に進みます。


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室町通から三条通を東に向いています。
ここから、地下鉄の「烏丸御池」駅を目指します。


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室町通から三条通を東に進んでいます。
夕方になって、この辺にも露店が立つようになりました。


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さらに東に進み、三条烏丸の交差点に戻ってきました。
第59回ブログとも第60回ブログとも様子が違います。
この時間になると、烏丸通も車両通行止めになっています。


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三条烏丸の交差点から、北に50mほど進みました。
ここは、地下鉄「烏丸御池」駅6番出口です。
今回の宵山散策は、ここから出発しました。
日が傾いて、第60回ブログとは様子が違います。
今からここを下りて、地下鉄に乗って帰宅します。
祇園祭宵山散策~全山鉾制覇の記録~は、
午後6時45分にて終了です。

~次回は三条通を東に進み、繁華街のただなかに入っていきます。
要するに、通常営業に戻ります~

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第66回 三条通の歴史的建造物~三条通西から東~その15

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約3週間ぶりの地下鉄「烏丸御池」駅6番出口です。
第59回ブログや前回ブログの最後の場所です。
今回からまた三条通編の続きを書きます。
撮影日は2012年8月4日土曜日午後4時。
暑いので、この時間からスタートです。


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地下鉄「烏丸御池」駅6番出口から烏丸通を見ています。
烏丸通の西側に、「新風館」が見えます。
(第60回ブログでも出てきました)
知る人ぞ知るファッションビルです。


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地下鉄「烏丸御池」6番出口から南を向きました。
約50m先に、三条通の横断歩道が見えます。
では、そこまで行ってみます。
(その前に「大垣書店」にまた寄りました)


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ここは、烏丸三条の交差点です。
この辺りの三条通は大通りではありませんが、
人も自動車もよく通ります。
では、烏丸通を渡って三条通を東に向かいます。


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烏丸通から三条通を東に向いています。
左(北)側に、NTT西日本京都支店が見えます。
とりあえず、向こうに見える中京郵便局に向かいます。
そろそろ夕方なのですが、
まだまだ日傘を差す方がいらっしゃいますね。


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烏丸通から三条通を東に約100m歩いてきました。
ここは、東洞院通との角です。
ここを右(南)に約1km移動すると、
第63回ブログで「保昌山」が立っていた所に出ます。


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三条東洞院の北東角にある中京郵便局です。
外側は明治時代の建物をそのまま使っていますが、
中は改装されて普通の郵便局です。
第59回ブログでも紹介したとおり、
この辺りの三条通は歴史的建造物が多く建ち並んでいます。
この写真をクリックすると、拡大されます。


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中京郵便局の前から、三条通を東を向いています。
中京郵便局の東隣りに河合塾があって、
その先にも赤レンガの建物があります。
今からそこまで行ってみます。


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三条高倉の角まで来ました。
その北西角に、京都文化博物館があります。
かつての日本銀行京都支店ですね。
(この建物は、確か重要文化財のはずです)
今は「ベネツィア展」を開催しています。
面白そうなのですが、
ちょっとお金が足りないので次回にします。


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三条高倉の北西角にこのような看板がありました。
先ほどから書いているように、
この辺りの三条通には古い建造物が多く建っています。
約25年前のバブル期にそれらを残そうという機運が高まり、
「三条通の歴史的建造物」としていくつかの建物が指定されました。


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ここは高倉通と堺町通の間の三条通り沿いです。
小間物屋さんのウィンドウです。夏は朝顔が映えますね。


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さらに東に移動して、三条堺町の角にまで来ました。
南西角に、居戸寿屋があります。カバンなどを売る小間物屋ですね。
店構えでも分かるように、ここもなかなかの老舗です。


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三条通から堺町通を南に約50m下がってきました。
こちらが、「イノダコーヒー」の本店です。
「イノダコーヒー」は、大正時代の雰囲気のある喫茶店です。
ウェイターの丁寧な接客もいいですが、
コーヒーがとてもおいしくて、自分もよく寄ります。


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堺町通を北上して、また三条通に戻ってきました。
三条堺町の北東角に、分銅屋がありました。
こちらは、足袋専門店ですね。
こちらも老舗なので、年輪を感じさせる店構えです。
この辺りは洋館だけでなく、こういう建物も多く残っています。


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堺町通から三条通を約30mほど進みました。
こちらは、「イノダコーヒー」三条店です。
自分は本店よりこちらによく寄ります。
その東隣りは、計量器の専門店です。
いろいろなサイズの計りが置いてあります。
さらに東隣りには、「におい袋」の専門店がありました。


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そして、その「におい袋」専門店のウィンドウです。
可愛らしいぬいぐるみに見えますが、これらは全てにおい袋です。
この中に、香を忍ばせるのですね。


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三条通を東に進み、三条柳馬場の交差点に来ました。
第59回ブログの三条室町の角にもありましたが、
この辺りの三条通の角には、このようなプレートが埋まっています。
これを見ると、いま東を向いていることが分かります。


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三条柳馬場の北西角に、日本生命のビルがありました。
白い御影石の壁がきれいですね。
こちらも、「三条通の歴史的建造物」に指定されています。
この写真もクリックすると、拡大されます。


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柳馬場通から、三条通を東に10mほど進みました。
左(北)側に、森田屋という肉屋さんがあります。
こちらは、自分が生まれる前からあります。


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さらに30mほど東に移動しました。
ここは、三条富小路の北西角にあるSACRAビルです。
ここも、白い壁がきれいですね。
この写真も、クリックすると拡大できます。


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今度はそのビルの向かいの建物です。
こちらは「Miel Mie」(ミールミー)です。
江戸時代から続くはちみつ問屋でしたが、
最近は小売店としても有名です。(今は改装中です)


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富小路から、三条通を東に向いています。
向こうに「三条名店街」のアーケードが見えます。
あの辺りが京都随一の繁華街の一角です。


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富小路から三条通を東に約20m進みました。
右(南)側に、家邉徳時計店が見えます。
ここも赤レンガが印象的なお店です。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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こちらは、家邉徳時計店のウィンドウです。
中をのぞくと、「時計屋」というより
アンティークショップですね。
(ウィンドウのガラスに写っている物が、写ってしまっています)


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富小路から東に約50m進みました。ここは三条麩屋町の角です。
北東角のビル1Fに、「よーじやカフェ」があります。


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三条通から麩屋町通を北に見ています。
(右側に、「よーじや」の看板が見えます)
少し麩屋町通に寄り道します。


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三条通から麩屋町通を約100m北上しました。
ここは、「晦日庵 河道屋」です。京都随一の老舗蕎麦屋ですね。
ここの1F奥の座敷から見える坪庭は、絶景です。
特に紅葉の時期の夕方が素晴らしいです。
ただ、ここのところ懐が厳しいので、
こういう高級なお店は素通りします。
では、ここで三条通に戻ります。


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「晦日庵 河道屋」から南に約70m戻ってきました。
ここは、「浄泉寺」という寺院です。
ここから見るとなかなかいいお庭なのですが、
門は閉ざされて中には入れません。
諦めて先に進みます。


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三条麩屋町の角に戻ってきました。また、三条通を東に向いています。
再び三条通を東に進みます。


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麩屋町通から三条通を約50m東に進みました。
ここは、三条御幸町の角です。


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三条御幸町の南東角に、このようなビルがありました。
ここは、かつての毎日新聞京都支局です。
この写真もクリックすると、拡大できます。
ここも「三条通の歴史的建造物」の一つなのですが、
外壁が以前と違う色に塗り直されているような気が……


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こちらは、先ほどの建物の東隣りです。
「富田歯科医院」という看板が出ていますが、
今も開業しているようです。
こちらも「三条通の歴史的建造物」です。


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「富田歯科医院」の前から、三条通の北側に向いています。
こちらは今はコンビニエンスストアですが、
数年前までは中華料理の材料などを売るお店でした。
ここが閉店して、フカのひれやハスの葉、干しナマコなどが
京都市内で入手困難になっています。
物によっては神戸まで行かないといけないので、
実はかなり困っています。


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いよいよ三条寺町の角まで来ました。
ここは京都随一の繁華街の北西端になります。
(繁華街の南東端は、四条河原町)
豊臣秀吉による京都再建の際、この寺町通が東端でした。
(東隣りの河原町通は、江戸時代に成立)
そして、この辺りは安土桃山時代からすでに繁華街でした。
さらにこの辺りは「寺町」の名の通り寺院が多いのですが、
そちらには、次回の訪問とします。

今回は、ここまでです。

~次回は寺町通を北上し、本能寺を参拝します~

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第67回 残暑の本能寺 前編~三条通東から西~その16

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前回ブログの最後の場所三条寺町の角です。
ずっと東の方に、三条河原町の交差点が見えます。
今回はここから寺町通を北に移動し、本能寺に向かいます。
寺町通は繁華街の中にあって、その名の通り寺院が多い通りです。
撮影日は、2012年8月8日水曜日午後2時10分。
気温は、35℃くらいありました。


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三条通から、寺町通を南に向いています。
この三条通から四条通までが、「寺町京極商店街」になります。
「商店街」と言っても、飲食店やゲームセンターなどの遊戯施設、
土産物屋さんがメインで、普通の商店はありません。
まぁ、完全な繁華街ですね。


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三条寺町の南東角です。
「牛肉 すき焼き 三島亭」という大きな看板があります。
ここは1873年創業の日本初のすき焼き専門店です。
かなり高いお店なので、入ったことはありません。
左隣は、「西春」という古書浮世絵専門店です。
いい絵が多く飾られているので、自分はよく覗きに行きます。


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寺町通は、三条通でいったん突き当ります。
三条寺町の北側に、「かに道楽 京都本店」があります。
大阪にあるものより少し小さなカニの模型が付いています。
ただ、節電の必要性から今は動いていません。


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「かに道楽 京都本店」の東側から寺町通は再び北に伸びていきます。
ここから先は、「寺町専門店会商店街」になります。
(「寺町京極商店街」とは別の商店街です)
今回は、ここに寄り道をします。
……しかし、こうも日差しが強いと日影の部分がよく写りません。


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三条寺町の北東角に「三条寺町交番」があります。
その左隣(北隣)に、矢田寺(矢田地蔵)があります。
こちらに寄っていきます。


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矢田寺に入ってすぐの右(南)側に絵馬が吊ってありました。
僧侶が地獄から亡者を救い出す絵が描いてあります。


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絵馬の左(東)側に、お地蔵さんが何体もいらっしゃいました。
「矢田地蔵」の別名の通り、
こちらにはたくさんのお地蔵さんがいらっしゃいます。


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100円を納めて、ろうそくと線香をたてました。
こちらは、本堂です。本尊は大地蔵菩薩で、
「地獄の亡者を救い出す」と考えられ
「代受苦地蔵」とも言われています。
右側の梵鐘は「送りの鐘」と呼ばれており、
六道珍皇寺の「迎えの鐘」と対をなしています。
このことからも分かるように、
ここは「冥界」や「地獄」信仰の寺院です。

ただ、「矢田寺」という名称のとおり、
奈良県大和郡山市の「矢田寺」の別院でもあります。
(あじさいが有名な寺院ですよね)


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こちらは、本堂前の賽銭箱の右脇です。
絵馬やお守りが並んでいます。
こちらは、ここで買い求めることができます。
お地蔵さんのお守りがかわいらしいですね。


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そして、賽銭箱の左には、僧侶の像があります。
こちらの像の頭をなでると、ご利益があるそうです。


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さらに左に、水子地蔵がいらっしゃいました。
こちらは、水をかけてお祈りします。
右側に、先ほどのかわいらしいお地蔵さんのお守りが吊ってあります。


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先ほどの石仏地蔵の向かいに、大日如来がいらっしゃいます。
以前からこのブログで各町内のお地蔵さんを紹介してきましたが、
京都では大地蔵菩薩だけではなく
大日如来も「お地蔵さん」として祀られています。
どちらも毎年8月下旬に、「地蔵盆」を行います。
ちなみに、「地蔵盆」はこの矢田寺でも行われます。

では、矢田寺を出て寺町通を北上します。


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矢田寺を出て、寺町通を北に向いています。
もう「寺町専門店会商店街」の中です。
今からここを進みます。


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矢田寺から、寺町通を北に約30m進みました。
左(西)側に、「合掌堂」という仏具屋がありました。
豊臣秀吉が京都を再建した際、多くの寺院を寺町通に集中させました。
そのため、今でも寺町通には寺院が多く
そのこともあって、この通りでは時折仏具屋を見かけます。


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「合掌堂」の向かいです。(寺町通の東側です)
商業ビルとの間に、「天性寺」の山門が見えます。
今度は、この寺院に入ります。


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天性寺の山門をくぐりました。
繁華街のど真ん中の割には、結構な広さです。
では、中(東)の方に入っていきます。


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山門から、約30m中(東)に入ってきました。
「紅壽」さんとがどのような方か分かりませんが、
雰囲気のある句碑なので撮影しました。


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句碑の向かい(南側)に、梵鐘がありました。
矢田寺のものと、ほぼ同じ大きさです。


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さらに、約20m中(東)に入ってきました。ここは、天性寺の本堂です。
ここ天性寺は、浄土宗総本山知恩院の末寺です。
(知恩院は、第13回ブログを参照にしてください)
1577年創建ですが、わずか10年で
豊臣秀吉の命でこの位置に移転してきました。(前述の経緯の一環です)
本尊は阿弥陀如来像ですが、
十一面観音像や中将姫(藤原行成の娘)の像も安置されています。
そのため、ここは奈良県の当麻寺とも関連がある寺院です。


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本堂より、さらに中(東)に末社がありました。
……とはいえ、実はここに参拝するお目当ては
こちらの小さな社の方だったりします。
ここ天性寺は「木蓮のお寺」と呼ばれるほどで、
毎年4~5月には白い木蓮の花が咲き乱れ、
この社付近は「知る人ぞ知る」絶景ポイントになります。
(北側の墓地付近の方が、木の本数は多いのですが)
この日も、木蓮の木に白い花が咲いていました。
……って、この日は8月8日なのですが?
この写真はクリックすると、拡大できます。

~8月13日訂正~
実は8月13日に母と一緒にここに来ました。
母が言うには、
「これって、百日紅(サルスベリ)の木と違うの?
モクレンはもっと向こうの方にある木やで」
と言われてしまいました……
ですから、この木は百日紅ということです。
間違えていましたので、訂正とお詫びをします。
どうも、失礼しました。


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鳥居をくぐって、社の方に向かいます。
ここは、天川弁財天です。
「天川」の名の通り奈良県天川村の弁財天の分祀です。
百日紅の木から白い花が落花していて、
参拝の間中花の香りを楽しめました。


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天性寺の山門付近まで戻ってきました。
では、天性寺を出て寺町通に戻ります。


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天性寺の山門前から、寺町通を北に向いています。
また、こちらの方を進みます。


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こちらは、天性寺のほぼ向かい側寺町通の西側です。
先ほどの仏具屋「合掌堂」より北に2軒先になります。
額縁の店の隣に、画廊があります。(同じ経営者のようです)
この辺りは、絵画関連のお店が多くあります。
さらに北隣にスポーツ用品店がありますが、
こういうお店もこの辺りには何軒かあります。


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天性寺から北に約50m進みました。
右(東)側へ姉小路が伸びているT字路です。
その突き当り(西側)に「書林 其中堂」があります。
古本屋ですが、江戸時代以前の古書を売るのがメインのお店です。
寺町通は、全体を通じて古書を扱う古本屋が多くあります。


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寺町通をさらに北に20m進みました。
姉小路は、ここから西にも伸びています。
北西角に、「鳩居堂 本店」があります。
扇子や筆・便せんなどいろいろ小物を取り扱っているお店です。


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さらに鳩居堂の北隣に、「民族楽器 コイズミ」があります。
アフリカンドラムなど、さまざまな民族楽器が売られています。
実はかなり以前からある店で、「楽器教室」なども行っています。


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「民族楽器 コイズミ」の前から寺町通を北に向いています。
少し先でアーケードが切れていますが、
そこで「三条専門店会商店街」は終わります。
そこは御池通との交差点で、
地下鉄と地下街「ZEST」へ降りる階段が近くにあります。
さらにその先に、京都市役所があります。


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「民族楽器 コイズミ」から寺町通を北に約20m進みました。
こちらは、「書林 竹包書楼」です。古書を扱う古本屋ですね。
店頭に古書が積み上げられています。
ここは、江戸時代以前の美術書が多く売られています。


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「書林 竹包書楼」の向かいに、本能寺の山門がありました。
こちらも、繁華街のど真ん中の割に大きな寺院となっています。
(まぁ、歴史の教科書に普通に載っている寺院ですからね)
これからここに入っていくわけですが、それは次回とします。

~次回は、本能寺の中を参拝します~

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第68回 残暑の本能寺 後編~三条通西から東~その17

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前回ブログの最後の写真本能寺の山門です。
今からこの中に入っていきます。
繁華街の商業ビルや商店に囲まれながらも静かな寺院です。
撮影日は、2012年8月8日午後2時半。
日差しの強い暑い日でした。


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本能寺の山門の左(北)側に、この石碑が立っていました。
ここ本能寺は日蓮宗本門流の総本山であると同時に、
1582年の「本能寺の変」で織田信長が暗殺された場所でもあります。
(ただし、当時の本能寺は油小路三条下がるにありました。
第59回ブログで紹介した辺りです)


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本能寺の山門をくぐりました。
左(北)側に駐車場があり、
右(南)側には本能寺の「大寳殿宝物殿」があります。
こちらでは、本能寺を建立した日隆(日蓮の弟子)に関連する品々や
本能寺の変直前に織田信長が催した茶会で使われた茶器などを
500円支払って観覧することができます。


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「大寳殿宝物殿」の前から北を向いています。
駐車場と寺務所の間に道があって、そこから御池通に出られます。
向こうに見えるのは、京都市役所です。


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山門からまっすぐ東に進み、「大寳殿宝物殿」の前を通り過ぎました。
すると少し広い場所に出て、その向こうに本堂があります。
本能寺は、日蓮の弟子のひとり日隆によって建立されました。
日隆は日蓮宗の中でも本門流を開き、ここはその本山です。
本能寺は時代が進むにつれ、あちこちに信者を増やしました。
特に、種子島に絶大な勢力も持ちました。
そのため安土桃山時代には鉄砲の流通を握るようになり、
それが織田信長と親交を持つきっかけになりました。

本堂の中は撮影禁止なので、写真はありません。
この写真はクリックすると、拡大できます。
暑い日だったので、楠の下で休憩する参拝者もいらっしゃいました。


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本堂の前から南を向いています。広場の先に、末寺が並んでいます。
こちらに参拝される方もいらっしゃいました。


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本堂の前で右折して、南に進みました。
本堂の右(南)側に道があるので、そちらの方に向かいます。


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ここは、本堂の南側に伸びる道です。
今は東を向いており、左(北)側が本堂、右(南)側が末寺です。
とりあえず、向こうの施設に向かいます。



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こちらは、織田信長のお墓「信長公廟」です。
本能寺の変の後、本能寺を再建する条件として
ここが織田信長の菩提寺となることになりました。
(織田家と豊臣秀吉が出した条件です)
この写真もクリックすれば、拡大されます。

「信長公廟」の南側から制服姿の方々が来ていますが、
この裏が河原町通で、そちらからもここに入れるようになっています。


68-10.jpg
「信長公廟」の右(北)側に、お墓が並んでいます。
こちらは、本能寺の変で戦死した織田信長の家臣のものです。


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さらにその右(北)側には、本能寺歴代住職のお墓がありました。
本堂の裏(東)側には、この寺院を建立したに日隆のお墓がありました。


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「信長公廟」の前にまで戻ってきました。
今は、西を向いています。(この写真の後ろに「信長公廟」があります)
ここを進み、もと来た道を戻ります。


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広場まで戻ってきました。右側の石燈籠の向こうが本堂です。
左(西)側に「大寳殿 宝物殿」が見え、正面(北)に寺務所が見えます。
では、山門の方に戻っていきます。


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大きな楠まで戻ってきました。
左(南)側に「大寳殿 宝物殿」が見え、
右(北)側に寺務所、その向こうに駐車場が見えます。
では、この先に見える山門をくぐり、本能寺を出ます。


68-15.jpg
本能寺の山門の前から、寺町通を北に向いています。
すぐ先に、寺町御池の交差点が見えます。
ここからは見えませんが、
地下鉄「京都市役所前」駅や地下街「ZEST」に通じる
地下に下りる階段が交差点付近にあります。
その先に見えるのは、京都市役所ですね。


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今度は、南に向きました。
前回ブログで紹介した「書林 竹包書楼」があって、
ずっと先の突き当りは三条通です。
今から、こちらに向かいます。


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本能寺の山門前から、寺町通を南に約50m進みました。
ここは姉小路とのT字路です。
今度は、南西角を取りました。(北西角が、鳩居堂です)


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寺町通をさらに南に約50m進みました。
右(西)側に、「coffee smart」という喫茶店がありました。
何十年も前の古い雰囲気を持った知る人ぞ知る名店です。
少し、この店に寄っていきます。


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この店は、ホットケーキなどのスイーツ系がおいしいのですが、
今回はフレンチトーストのセットを注文しました。
メイプルシロップをたくさんかけて、いただきます。


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「coffee smart」の前から、寺町通を南に向いています。
右(西)側に、前回ブログで紹介した額縁屋と画廊が見えます。
左(東)側の少し先に天性寺の山門があるのですが、
この位置からは見えにくいですね。

正面に、矢田寺の「送り鐘」のバナーが出ています。
撮影日の8日後にある例祭ですね。


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「coffee smart」の前から、寺町通を約80m南に進みました。
ようやく三条寺町の角に戻ってきました。
ここから、左折して「三条名店街」から河原町三条に向かいますが、
それは次回とします。

~次回は、「三条名店街」から鴨川まで目指します~

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第69回 三条名店街と池田屋~三条通西から東~その18

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かれこれ今月4回目の三条寺町です。
今回ようやく「三条名店街」を抜け、河原町通、高瀬川を越え、
鴨川まで行こうと思います。
撮影日は、2012年8月14日火曜日午後2時10分。
この時点では曇り空でしたが、
3時間前まで大雨洪水警報が出ていました。


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三条寺町から、三条通を東に約5m進みました。
いよいよ「三条名店街」に入ってきました。
この商店街も、飲食店や土産物屋、楽器店などが中心で、
市民の生活を支えるお店は全然ありません。完全に繁華街ですね。


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先ほどの店から約20m東に進みました。
三条寺町より約50m東に新京極通があります。
ここは三条通から四条通までの短い通りなのですが、
人通りも店の数も寺町通よりもにぎやかです。
京都の繁華街といえば河原町通をイメージされる方が多いですが、
地元的には、この新京極が京都で一番の繁華街です。

ここから見ると、
三条通から約30m南のMOVIX京都(松竹系の映画館)まで
少々急な下り坂なのが分かります。
これは豊臣秀吉が京都を再建したとき、
ここに土塁があった名残です。
(豊臣秀吉は、京都を土塁で囲みました)
つまり、この辺りが京都市街地の最東端でした。


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ここは、三条新京極の南東角の店です。
この永楽屋は、凝ったデザインの手拭い屋さんです。
第60回ブログの役行者山の近くにもお店がありました。
手拭いの展示会をしていたところです。


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「三条名店街」を東に進んでいきます。
永楽屋の東隣りに、「JEUGIYA」(十字屋)三条本店があります。
1F~3Fでそれぞれのジャンル別にCDが売られています。
本当に何でも売っていて、ベンダビリリのCDを売っているのは
京都ではここだけです。


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「JEUGIYA」では、店内の撮影を厳しく制限しています。
この店は、「けいおん!」というアニメに出てくる
楽器店のモデルになっていました。
入り口付近とB1の楽器売り場がそのまま出てきます。
また、そのアニメで出てくる繁華街も
この「三条名店街」と「新京極」の風景をそのまま使っていました。
そのため一時期そのアニメのファンでこの辺りがあふれたのですが、
一方で深刻な迷惑行為が問題にもなっていました。

まぁ、そのアニメも数年前に終わりました。
一時期よりは、だいぶ落ち着いてきました。


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「JEUGIYA」の向かい(北側)にリプトンというレストランがあります。
紅茶メーカーのリプトンが経営しています。
その東隣りは、土産物屋の「サラセン」です。
どちらも、自分が生まれる前からここにあります。


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「サラセン」から東に数軒行ったところに
「大西京扇子堂」があります。金色の扇子は、金箔仕様ですね。
その東隣りには、ギターの専門店がありました。
実は、その向かいも楽器店です。
この辺に楽器店が増えたのも、「けいおん!」の影響でしょうか?


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三条寺町から東に約100mで、「三条名店街」は終わります。
目の前に見えるのは、三条河原町の交差点です。
四条河原町や第64回ブログで出てきた四条烏丸と並ぶ
京都でもっとも賑やかな場所です。


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三条河原町の交差点から、河原町通を北に向いています。
トラックで見えませんが、この先の御池通に
前回ブログで紹介した本能寺の入り口や
地下街「ZEST」さらに京都市役所があります。
三条河原町の北西角に、「廻る寿司 むさし」があります。
ここは息の長い回転寿司屋で、自分もたまに行きます。

ちなみに、「河原町三条」と看板には書いてありますが、
「三条河原町」と同じ場所のことです。
(「四条河原町」を「河原町四条」と呼ぶときもあります)


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河原町通の横断歩道を渡り、
三条河原町の交差点から今度は河原町通を南に向いています。
オフィスビル街の烏丸通と違って、
河原町通は飲食店やカラオケ屋・ゲームセンターなど
遊戯施設が集中しています。


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三条河原町から三条通を東に向いています。
道幅が、4車線になりました。
ずっと先に東山が見えますが、最終的にはあの山も越えていきます。
(三条通は、本当に長いです)


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三条河原町から東に約5m進みました。
こちらは、「進々堂」というパン屋の支店です。
ここの本店が、個人的に勝手に選んだ
「京都三大パン屋」のうちの1軒です。
後の2軒は、第25回ブログに出てきた「まるき製パン」と
第56回ブログに出てきた「天狗堂海野製パン」です。
また、ここの喫茶スペースは朝食がなかなか絶品です。


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「進々堂」の東隣りに、「MEIDI-YA」(明治屋)があります。
輸入食料品店ですね。(本店は東京)
中華料理食材は、ある程度ここで買い求めています。


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さらにその東隣は「海鮮茶屋 池田屋 はなの舞」という居酒屋です。
「池田屋」と聞いて、ピンときた人も多いでしょうが……


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ここは新撰組と長州藩士らが戦った「池田屋事件」跡地です。
(当時は、西隣の「MEIDI-YA」も池田屋の敷地でした)

「池田屋事件」は、1864年7月(江戸時代末期)に
祇園祭のどさくさで京都を焼き払おうとした長州藩士を
新撰組が急襲して壊滅させた事件です。
当時ここは、「池田屋」という旅館でした。


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はなの舞(池田屋)の向かい(南側)に、寛永堂があります。
丹波黒豆を使った和菓子屋です。
毎年盂蘭盆会と彼岸の際、ここで供え物を買うようにしています。
撮影日の翌日に墓参りをするので、買って帰りました。


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こちらは寛永堂で買って、仏壇に供えたほうの「おさがり」です。
丹波大納言(黒豆)のきんつばです。
あっさりした甘さが、ここの特徴です。
実は、お茶も寛永堂で買いました。「黒豆茶」といいます。
炒った黒豆を煎じて飲みます。
お茶を飲んだ後、器の中の黒豆も食べられます。


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はなの舞(池田屋)の前から、三条通を東に向きました。
すぐそこに、高瀬川が見えます。
池田屋事件の際、長州藩士桂小五郎は
池田屋の屋根から高瀬川に飛び込んで
新撰組から逃げ切ったのですが、
これを見ればその距離感が分かります。


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三条通から高瀬川を北に向いています。
この辺りは、河岸を利用したお店が並びます。
ここはピッツァがおいしいイタリア料理店です。


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高瀬川を渡ったところに、記念碑が立っていました。
ここより約100m北で、
佐久間象山と大村益次郎が暗殺されています。
とはいっても、その年代はだいぶ違います。
(江戸時代末期と明治時代です)


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高瀬川の東岸に木屋町通があります。
三条通から四条通にかけて、居酒屋や飲み屋が集中します。
「京都で安くお酒を飲める場所」ですね。


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木屋町通から、三条通を東に約10m進みました。
南側に、「タカセビル」があります。


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こちらのビルの6Fに、「京はやしや」があります。
宇治茶や世界中のお茶を出す店ですが、
「抹茶スイーツ発祥の店」として有名です。
こちらの方に、寄っていきます。


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最初に書いたとおり、直前まで大雨洪水警報が発令されていました。
実は、近くを通る京阪電鉄が昼過ぎまで不通でした。
ですから、いつも満員のこの店にすぐに入ることができました。
いろいろ迷って、茶そばとお茶のご飯を注文しました。
ご飯はお茶で炊いています。
刻んだ生茶葉をふりかけに使っているのが面白いですね。


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次はいつ入れるかわからないので、(通常は超満員の店なので)
多少無理して追加注文しました。
馬拉糕(黒砂糖を使った中国カステラ)と白毫銀針を頼みました。
ここは、飲茶も出してくれます。


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白毫銀針のような白茶は、このような形で出てきます。
これは蓋椀(かいわん)という中国茶器で、
湯呑というより急須に近いものです。


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蓋椀の中は、このように茶葉にお湯が注がれた状態になっています。
白茶は、緑茶とは全く違う品種の木の葉です。
葉の形状がぜんぜん違います。(針のように細いですね)


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お茶を飲むときは、蓋椀のふたをずらしこのように別の器に注ぎます。
撮影用に片手ですが、両手でした方がいいです。


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では、いただきます。
白毫銀針は「白茶」の一種ですが、黄色いお茶です。
あっさりとしていて体温を下げる効果もあるので、
「夏のお茶」のイメージが強いです。
ただ、周囲は皆抹茶スイーツを注文していました。
自分のように中国茶を頼むのは、少数派になってしまいました。
(元常連としては寂しいです)


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「京はやしや」を出て、
タカセビルの前から三条通を東に向いています。
目の前を鴨川が流れていて、
その先に京阪電鉄の「三条」駅と駅ビルが見えます。


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タカセビルから三条通を東に約20m進みました。
北側に、「船はしや」という老舗の和菓子屋があります。
あられや京都名物の五色豆を売っています。
西隣は、ほうきと束子(たわし)の専門店です。


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「船はしや」の店頭に、ツバメの巣がありました。
ここから見る限り、雛は3羽でしょうか?


69-34.jpg
「船はしや」の前から南に向いています。
鴨川の西岸に南へ進む道があります。
この辺りから、鴨川の川原に降りることができます。
ただ、この時期に降りたらカップルがたくさんいらして、
移動することも難しい状況です。
この道をずっと進むと、最終的に先斗町(ぽんとちょう)に出ます。
祇園と宮川町に並ぶ「花街」の一つです。


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いよいよ「三条大橋」の西詰めに来ました。
鴨川を渡ると東山区に入り、繁華街も終わります。
ただ、そちらに行くのは次回とします。

~次回は、三条大橋を越えて東大路通を目指します~

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第70回 東海道の起点~三条通西から東~その19

70-1.jpg
今回は、ここ三条大橋からスタートです。
江戸日本橋から始まる東海道は、この三条大橋で終わります。
つまり、ここが江戸時代の京都への入り口だったのです。
今でもこの辺りには、東海道の起点だった名残が多く残っています。
撮影日は、2012年8月23日木曜日午後3時。
このあと夕立が降ったのですが、撮影中はずっと晴れていました。


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三条大橋を5mほど渡り、北を向きました。
この辺りから、「中京区」から「東山区」になります。
200mほど先に、御池大橋が見えます。(御池通の橋ですね)
大きな川の左(西)側に細い川が流れています。
これは、「みそそぎ川」という厳密には鴨川とは別の川です。
この辺の名物である川床は、この川の上に建ち並びます。
(今は昼なので、骨組みしか見えません)


70-3.jpg
今度は、三条大橋から南を向きました。
少し先に、川原に降りる橋が見えます。
その先は先斗町(ぽんとちょう)という花街なので、
また川床が続いています。
ずっと先に、四条大橋が見えます。
東詰めに、他と比べて高くなっているビルが見えます。
「レストラン菊水」のビルですね。


70-5.jpg
鴨川の川幅は、100mほどです。
桂川の橋は1kmくらいの長さがあったので、かなり違います。
すぐに向こう岸に近づいてきました。
京阪電鉄と地下鉄東西線の「三条」駅に向かう階段が見えます。
どちらも地下鉄なので、ここから地下に降ります。


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三条大橋の東側も、川原に降りられるようになっています。
こちらは10年くらい前に整備されて、きれいになりました。


70-6.jpg
三条大橋の東側は、川端通との交差点になります。
ここに流れているはずの琵琶湖疏水は、
この通りの地下に流れています。
目の前の建物は駅のように見えますが、
駅ビルと考えてください。
(京阪電鉄は、この辺は地下鉄ですし)


70-7.jpg
三条通から、川端通を北に向いています。
このまま進むと、御池通を通り抜け
二条通や丸太町、さらに出町柳まで行けます。


70-8.jpg
三条川端の交差点の北東角あった記念碑です。
1917年にここから東京まで日本初の駅伝が行われた
その記念だそうです。
(東海道を駅伝で通ったようです)


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今度は、川端通を南に向いています。
ここをずっと進むと、500mほどで祇園に着きます。
さらに500mで、第20回ブログの辺りに出ます。


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三条川端から、東に20mほど進みました。
南側歩道に、高山彦九郎の銅像が立っています。
この人物は江戸時代末期の尊王思想に影響を与えた人物で、
住んでいた上野(今の群馬県)から京都に来たとき、
京都の入り口でもあるここで、
御所(当時天皇がいらした所)に対して必ず拝礼をしたそうです。
これは、その様子を表した像です。


70-11.jpg
高山彦九郎像の南側は、このようになっています。
飲食店や美容院などのお店が並んでいます。
ここは、もともと京阪電鉄の「三条」駅でした。
京阪電鉄は、20年前まで地上を走っていました。


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高山彦九郎像から東側に、バス停がいくつも並んでいます。
ここは、京都駅や四条大宮などと並ぶ京都有数のバスターミナルです。


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三条通の北側も、バスターミナルになっています。
京阪電鉄の駅ビルの東側に、寺院があります。
今から、この浄土宗「壇王法林寺」に入っていきます。


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法林寺の入り口に、赤い花が咲いていました。
wikiで調べたのですが、(第67回ブログの失敗もありますし)
どうやら禊萩(ミソハギ)のようです。
この時期に咲くので、「盆花」と呼ばれています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


70-15.jpg
では、寺院の中に入っていきます。


70-16.jpg
寺院の中に楼門がありました。
中には、「阿形」「吽形」の仁王様がいらっしゃいます。


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楼門の右(東)側に、このように石碑が並んでいました。
「鳥之供養塔」と書かれていますが、
どのようなものかは分かりません。


70-18.jpg
法林寺の本堂です。中には入れません。
壇王法林寺は、江戸時代中期に袋中上人によって建てられました。
その後浄土宗三条派の寺院として隆盛を極めました。
ここはお地蔵さんも多く、8月下旬の「地蔵盆」も行われます。
(第67回ブログの矢田寺と同じですね)


70-19.jpg
本堂の西側は、保育園になっていました。
実は、この周辺にはブランコなどの遊具が並んでいて、
この寺院は児童図書館も併設されています。
「子供のために寺院」というのが、この寺院のイメージです。


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では、門を抜けて外に出ます。向こうに、市バスが見えます。
この辺りは、大きなバスターミナルですし。


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「壇王法林寺」の入り口から、三条通を東に向いています。
今から、こちらを歩いていきます。


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三条川端の交差点から、三条通を東に約100m進みました。
三条通から南を向いています。
ここから、縄手通(大和大路)が伸びています。
このまま進むと、
第23回ブログのゑびす神社に着きます。
バスターミナルなどの施設は、ここまでです。
ちなみに、左(西)側のお肉屋さんは
自分が生まれる前からありました。


70-23.jpg
さらに三条通を東に進みました。
この辺りは、もう繁華街ではありません。
このような居酒屋とかホテルとかもありますが、
急にさみしくなります。
ちょっと以前紹介した山ノ内に似ています。


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さらに150mほど進みました。
三条花見小路の交差点に着きました。
ここから南に500mほど進むと、祇園の中心に出ます。


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三条花見小路の北東角にあった竹細工のお店です。
後でも紹介しますが、この辺は竹細工のお店が多いです。


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三条花見小路から三条通を約20m東に進みました。
北側にお地蔵さんがいらっしゃいました。
最近あまり撮っていませんでしたので、写させていただきました。
隣はがまぐち財布のお店でしたが、お客さんがいっぱいでした。


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さらに三条通を東に30mほど進みました。
三条通の北側に、竹細工のお店が今度は二軒並んでいました。


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そのうちの一軒の店頭です。
こちらには、籠やすだれが並んでいました。
この辺りで、急に「酢」の匂いが漂っていたのですが……


70-29.jpg
ここは竹細工のお店の向かいです。
酢の醸造蔵で、小売もやっているようです。
最近改装されましたが、かなりの老舗です。


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酢の醸造蔵の西側から南に伸びる道が伸びています。
ちょっと、こちらに寄っていきます。


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三条通から南に50mほど移動してきました。
こちらは、「大将軍神社」です。今から、ここを参拝します。


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先ずは、手水舎で手を清めます。
次は、末社周りです。


70-33.jpg
末社の一つ「荒熊稲荷神社」です。
こちらも稲荷神社と名乗っていますが、
また別の神社と考えられます。


70-34.jpg
こちらは、「白龍弁財天」です。
そう言えば、三条会商店街に「武信稲荷神社」があって
そこにも「白蛇弁財天」がいらっしゃいましたが、
関連があるのでしょうか?


70-35.jpg
「天神社」と東三條殿の碑です。
東三條殿は、ここと関係の深い藤原兼家の建立です。
応仁の乱以前は、ここはかなり大きな神社でした。


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拝殿越しの大将軍神社本殿です。
大将軍神社は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)を主神とします。
八坂神社と同じですが、
もともとは一つの神社だという説もあります。
東海道敷設以前から、この辺りは京都の東側の玄関口でした。
そのため、そちらから来る「魔封じ」の神社として栄えました。
昔から藤原氏の庇護を受けていましたが、
応仁の乱以降はだいぶ寂びれました。


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では、神社を出ます。
今度は入ったときとは反対の東側から出ます。


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「大将軍神社」の東向かいに、城安寺があります。
なかなかきれいな寺院ですが、境内周辺しか入れません。


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ここは「大将軍神社」と「城安寺」との間にある道です。
今度はここを北に進み、三条通に戻ります。


70-40.jpg
三条通に戻ってきました。
東を向くと、すぐ先が東山三条です。
東大路通との交差点です。
ここを越えると、少しずつ標高が高くなって
東山山中に入っていきます。
ただ、それは次回以降とします。

~次回は岡崎を越えて、蹴上に向かいます~


~2012年8月28日訂正~
以前紹介した祇園祭の記事で、
「昼間の宵山散策には、熱中症対策にきゅうりを食べよう」
と書いたのですが、
山町(祇園祭の山鉾を出す町内)の方にご指摘を受けました。
八坂神社の祭事中には
きゅうりを食べないようにしている

きゅうりの断面が、八坂神社の御紋章に似ているから
というのが理由だそうです。
自分はこの辺りよりもっと南に住んでいて、
(伏見稲荷大社の氏子です)
この辺りの風習は、京都以外に住まわれている方と
そう変わらない程度の知識しかありません。
ウチの母も、このことを知らなかったそうです。
(生まれたときから、今の家に住んでいます)
また、山町の方はこのような風習を大切にしていて、
そういうことがこの祇園祭を支えているわけですから、
自分も来年以降はきゅうりは遠慮しようと思います。

……ただそうなると、「熱中症対策」はどうしましょうか。
きゅうりの代わりに、スイカの露店とかないでしょうかね。
大きなスイカを16等分して、
一切れ200円で売ってもらえたらいいのですが。

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
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いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
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「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
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「幼児連れで
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不便な点」を
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書かれています。
こちらは、
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「京都パワースポット
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京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
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「京都散歩
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こちらも許可をいただいて
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「京都に夢中!
古都・京都
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京都のお祭りや
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こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
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