第150回 五条を越えて六原へ~本町通南から北~その26

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約1週間で、空模様が一変しました。雨が降ったりやんだりします。
気温も一気に下がり、最高気温が30℃に達さない日もあります。
ここは方広寺の入り口で、西側の大和大路の方を向いています。
今回は、ここから本町通を北上し六原(六波羅)に向かいます。
撮影日は、2013年9月1日日曜日午後2時。
今回で、本町通最北端に到達します。


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方広寺の前で大和大路通を南に向いています。
この左(東)側に、方広寺があります。
約50m先に正面通とのT字路があります。
(その東側は、豊国神社です)

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大和大路通から、正面通を西を向きました。
(豊国神社を背にしています)
ずっと向こうに、「耳塚」が見えますね。
ここからは、正面通を西に進みます。
画像が多少汚いのは、ご愛嬌ということで……


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第7回ブログ前回ブログで登場されたお地蔵さんです。
また前を通ったので、撮らせていただきました。


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大和大路通から、正面通を西に向かっています。
百日紅は9月に入っても、まだ咲いています。
少し先に、甘春堂東店があります。今から、そちらに向かいます。


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店舗の軒先に、このような道標がありました。
方広寺は、今回ブログが始まった所です。
三十三間堂は、大和大路通を南に約200m行くとあります。


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では、甘春堂東店にお邪魔します。
こちらは和菓子屋さんですが、2Fの喫茶室に向かいます。


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いろいろ迷ったのですが、結局「葛切り」を注文しました。
すると、黒蜜に浸かったこのようなものが出てきました。
食べてみると、葛のかたまりを切ったというより
「ところてん」に近い食感でした。
(ちなみに、京都人はところてんを食べる習慣がありません)
黒蜜は、かなり濃厚で黒砂糖独特の風味が残っていました。
横の干菓子は、最後のデザートですね。


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帰りに、ここでいくつか菓子を買いました。
面白いので、家に帰ってから菊と芒(ススキ)の絵柄の盆に
ウサギの干菓子と月型の麩菓子を並べてみました。
中央の「しめじ」は、有平糖と呼ばれる飴細工です。


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甘春堂東店の前で、向かい(南)を見ています。
前回ブログでも出てきた児童公園と「耳塚」ですね。


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今度は、甘春堂東店の前で、正面通を西に向きました。
手前の大黒寺通の角には、前回ブログで紹介した専称寺があります。
今回は、その先をどんどん進んでいきます。


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正面本町の交差点まで来ました。
正面通がここで突き当たっているように見えますが、
半分の道幅になって、ずっと東に伸びています。


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正面通から、本町通を北に向いています。
(やっと、本町通に戻ってきました)
もう少しだけ、ここを北上していきます。
向こうに見えるのは、「大仏前郵便局」です。
この「大仏」とは、焼失した方広寺の大仏を指します。
(詳しくは、前回ブログを参考にしてください)


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正面通から、本町通を約130m北に進みました。
民家と民家の間に、児童公園が見えてきました。


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こちらは、「本町公園」の南側入り口です。
南側に、貞教消防団の施設があります。
この近くにある一橋小学校には、元々貞教小学校がありました。
元々の一橋小学校は、第144回ブログで出てきた
「旧伏見街道第一橋」付近にありました。


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こちらが、「本町公園」の様子です。
この日は日曜日でしたが、雨が降っていたので誰も遊んでいません。
ここも、自分が子供のころはよく遊びに来ました。


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そしてこちらが「本町公園」の北側入り口です。
脇に、お地蔵さんが何体もいらっしゃいます。


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「本町公園」前から、西を向きました。
この太い道は、鴨川沿いの川端通で突き当ります。
ですから、この辺りの本町通は
川端通の「渋滞除け」によく利用されます。


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「本町公園」から、本町通を北に約100m進みました。
この辺りは、このような味のある民家が続きます。


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さらに本町通を北に進み、五条通が近くなってきました。
西側にも、味のある民家が並んでいます。
酒屋さんの木彫りの看板が面白いですね。


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その酒屋さんのほぼ向かいに、このように寺院の入り口がありました。
では、こちらの浄土宗浄雲寺に入っていきます。
ただ、その前に……


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浄雲寺の鬼瓦の横に、このような看板がありました。
この辺りが本町通の起点になっているので、
「本町1丁目」と書いてあります。


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浄雲寺の入り口を入ると、しばらく細い道が続きます。
まるで「うなぎの寝床」(京町家の典型)ですね。
こちらの植木は、この近所の方のものです。
実はこの横にも、ご近所の家の出入り口があります。
つまりここは、公道でもあります。


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本町通から、入り口を通ってまっすぐ東に来ました。
右手は、近所の方の民家です。さらに進み、本堂に向かいます。


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こちらが、浄土宗浄雲寺の本堂です。
(これ以上中には入れません)
いろいろ調べたのですが、詳しい沿革は分かりませんでした。
個人的には、ここは伏見街道(本町通)の起点なので
その関連があると思っています。


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本堂の手前(西)に、「亀翁弁財天」がいらっしゃいました。
見たところ、かなり古い祠です。こちらにも、お参りしました。


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本堂前の庭に、手水舎がありました。
こちらは、手動式ポンプを使うのですね。


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では、この浄雲寺を出ます。
また、本町通に戻ります。


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浄雲寺の前から、本町通を北に向きました。
目の前の大通りが五条通で、
この辺りが「本町通1丁目交差点」になります。
つまり、ここが本町通最北端になります。


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本町1丁目交差点から、五条通を東に向いています。
約150m先の大和大路通沿いに見える大きな建物は、東山郵便局です。
さらに500mほど先で東大路通と交差して、
その辺りから清水寺に行ける五条坂があります。


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今度は逆に五条通を西を向きました。
約150m先に、京阪電鉄「清水五条」駅があります。
その向こうは鴨川で、さらに向こうに高瀬川が流れています。


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本町通はここで終わりなのですが、
道自体はもう少し北の方に伸びています。
せっかくですので、この道の最北端まで進みます。


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五条通から北は、「森下町通」と名前を変えます。
本町1丁目交差点から、森下町通を北に向いています。
すぐそこで、北東方向に道が曲がり出しました。


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古い民家が様々なお店を開いています。
五条以北のこの辺りを「六波羅」と言います。
結構面白いので、写真に撮りました。


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森下町通を五条から約50m進むと、北東方向に道が落ち着きます。
ずっと先に、この道の突き当りが見えます。


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こちらは、「和風堂」書店という古書店です。
御簾に架かる芒(ススキ)がとてもきれいですね。
ただ、(本能寺前のように)古書専門家と思っていたのですが
最近発売された文庫本もありました。


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こちらは、東山区森下町の延命地蔵尊です。
京都のお地蔵さんは、延命地蔵尊と大日如来が多いですね。


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そのお地蔵さんの前から、森下町通を北に向きました。
六波羅裏門通とのT字路で、森下町通が突き当ります。
(今度こそ完全に突き当りです)
本町通はいくつか名前を変えて、
伏見区の墨染南部から延々続いていましたが、
東山区六原で本町通も完全に終わりました。
半年近く続いた「本町通編」も、ここで終了となります。

今回は、ここまでです。

~次回から、何回かに分けて六原を散策します。
実は、六波羅蜜寺はこの横にあります~

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第151回 路地裏の六波羅蜜寺~六原散策~その1

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3日ぶりの森下町通(本町通)最北端です。
せっかくこの六原に来たので、
今回から数回にわたってこの辺りの「お寺巡り」をします。
先ずは、ここのすぐ東にある六波羅蜜寺に向かいます。
撮影日は、2013年9月5日木曜日午後2時。
ここ数日雨模様でしたが、この日だけは晴れました。


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森下町通(本町通)最北端から、六波羅裏門通を西に向きました。
ここは2車線の通りですが、すぐ先の川端通で突き当ります。
そのため、川端通から自動車がたくさん流れてきます。


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今度は、六波羅裏門通を東に向きました。
車道上ではちょうど下水道工事をしていました。
角にある八百屋さんは、スイカなどいろいろな果物が並んでいました。


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森下町通から、六波羅裏門通を東に約50m進みました。
大黒町通との角に、銭湯がありました。
ただ、この時間帯ではまだ開いていません。


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大黒町通との南東角に、近所の時計屋さんの古い看板がります。
その横に、住所を表す細長い看板もあります。
だいぶ読みにくくなっていますが、
「東山区 大黒町通松原1丁下る大黒町」
と書いてあります。


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大黒町通から、六波羅裏門通を東に向いています。
すぐ先に見えるのは、大和大路通です。
豊国神社や方広寺・建仁寺・ゑびす神社などがあった通りです。


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大和大路通へ行く途中に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらには、「天道大日如来」と書いてあります。


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大和大路との北西角に、このような標識が出ていました。
六波羅蜜寺まで、もうすぐです。


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大和大路通から、六波羅裏門通を東に向いています。
この辺りから、この道は蛇行し上り坂になります。
石垣の上の建設中の施設は、六波羅蜜寺の南隣になります。


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その石垣の下まで来ました。
こちらは、その辺りの民家の植木です。
小さいながらも、見事なカエデです。
秋になると、きれいな紅葉になるのでしょうね。


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その植木とは、道路を挟んで南向かいになります。
こちらは、近くにあった京都市立六原小学校の
補導委員会による標語です。
下半分が、近所の商店の宣伝になっているのが面白いですね。


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その標語の辺りで、六波羅裏門通はまた真東に伸びていきます。
すぐ先で、六波羅裏門通が突き当たっているように見えますが、
実は道幅が半分になってまだまだ続いています。
とりあえず、その突き当りに見える辺りまで進みます。


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一見突き当りに見える辺りまで来ました。
ここで細い南北の道と交差しているのですが、
その左(北)側に、六波羅蜜寺の看板が見えます。


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六波羅裏門通は、このように細くなってまだまだ東に伸びています。
右(南)側に見えるのは、京都市立開睛中学校です。
元は、京都市立洛東中学校と言いました。
(元広島東洋カープの衣笠祥雄氏の出身校です)


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先ほどの地点で、南を向きました。
こちらが、京都市立開睛中学校の校舎です。
まだ授業中のようでだれも出てきません。
実は、近年京都市立六原小学校がなくなって
ここに併合されています。


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また同じ地点で、今度は北を向きました。
すぐ先にのぼりが見えますが、その辺りから六波羅蜜寺です。


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先ほどの地点から北に30mほど進んで、西に向きました。
ここから六波羅蜜寺に入っていきます。
先ずは、目の前の弁財天の祠にお参りです。


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弁財天の祠の南側に寺務所があって、600円払って中に入ります。
宝物殿に入らない限り、拝観料は発生しません。
ただ、ここの宝物殿は三十三間堂と並ぶ
木製彫刻のまさに「宝庫」です。
自分は、知人にお勧め寺院を聞かれた際は
いつでも三十三間堂とここを推薦しています。


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では、六波羅蜜寺境内に入っていきます。
その前に、十一面観世音の横にあるマニ車を3回回しましょう。


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こちらは、マニ車の横にある手水舎です。
左側の白い石はカエルの石像で、
拝むと「無事帰る」功徳があるそうです。
鉄柵の向こうは、先ほどの道です。
ここは、外からでもよく見えます。


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手水舎のすぐ北側に、このような碑が立っていました。
この辺りは、平安時代末期には平氏の邸宅がたくさんありました。
鎌倉時代にそれらは取り壊され、
跡地には鎌倉幕府が「六波羅探題」を建て朝廷を監視しました。


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さらに北にずれていきます。本堂とは反対の方を向いています。
松が見事ですね。ここは小さいながらも庭園です。


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六波羅蜜寺の最北端に、小さなお堂があります。
(これ以上近づくと、撮影不可になります)
中には水掛不動や水掛地蔵、水掛観音などがいらっしゃいます。


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こちらが、六波羅蜜寺の本堂です。
30円払うと、ここに線香を立てられます。

六波羅蜜寺は、現在は真言宗智山派の寺院です。
(本山は、智積院です)
本尊は、十一面観世音です。(ちなみに、国宝です)
ただ、開山当初の951年は浄土教の寺院でした。
(浄土宗とは別宗派です。平等院などが有名です)
最も栄えたのは平安時代で、空也上人がいたころです。
その後何度か焼失しましたが、
中の仏像などはここの僧侶が身を挺して守り続けたため、
大半が現存します。


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本堂の裏手に、宝物殿があります。
撮影不可なので、表にあるパネルを撮りました。
宝物殿自体は10畳ほどしかないのですが、
そこに仏像や木像が所狭しと並んでいます。
特に人物彫刻が秀逸で、この寺院所縁の空也上人のほか
平清盛・運慶・湛慶(三十三間堂千体観音像復興の責任者)は、
中学校や高校の教科者にそのまま載っています。
これらの像は、全て寄木造で水晶による「玉眼」という
まさに「慶派の世界」です。(運慶・快慶・湛慶などの流派)
特に平清盛像はまるで本物の人間と思うような精巧な作りで、
個人的にはこれが木像の世界最高傑作と思っています。


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では本堂を出て、マニ車の横を通り抜けます。
外に出る前に、本堂と弁財天の祠の間に行きます。


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こちらは、阿古屋と平重盛の塚です。
阿古屋は源頼朝暗殺計画を企てた悪七郎景清の愛人ですが、
幕府の責めを受けた後、何も知らないことが証明されて
無罪放免になった方です。
平重盛の塚があるのは、この辺りが平氏関連の地だからでしょう。


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こちらは、塚の脇にいらしたお地蔵さんです。
このほかにも、信者さんだけが入れる施設には
歓喜天がいらしたりします。


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では、六波羅蜜寺を出ます。
この日は平日でしたが、たくさんの方がいらしていました。


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六波羅蜜寺を出て、南を向きました。
また、六波羅裏門通に向かいます。


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また六波羅裏門通に戻ってきました。
今度はさらに東に向かおうとしましたが、
ちょうど小学校の方が下校時間になりました。
また、児童をあまり写さないように苦労します。


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六波羅裏門通を、さらに東に進んでいきます。
右(南)に見えるのは、京都市立開睛中学校です。
左(北)側はいろいろ飲食店が建ち並んでいます。


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六波羅蜜寺の前の通りから、六波羅裏門通を東に約100m進みました。
このパン屋さんはスルーしましたが、結構売れていたようです。
実はここは結構自動車が通ってきて、撮影がたびたび中断されました。
自動車が通り過ぎてからシャッターを押すので、
まるで自動車が通っていないように見えますが……


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更に50mほど東に進みました。
そろそろ京都市立開睛中学校ともお別れです。
左(北)側に、お地蔵さんと古い町家があります。
ここは昔ながらの旅館です。


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六波羅裏門通を、さらにさらに東に進みました。
すぐ先に突き当りになっているように見えますが、
六波羅裏門通はもっと細くなり石段の先の東大路通で突き当たります。
(東山区役所の辺りに出ます)


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その突き当りに見えるあたりで、南を向きました。
この道は、蛇行しながら五条坂交差点の前に出ます。
(大谷本廟の前に出ます)


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今度は、同じ場所で北を向きました。
ここは少し道が太くなります。
自動車は、大半がここから流れてきました。


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六条裏門通から、北に約50mほど進みました。
こちらの民家は、鍼灸院のようです。
植木がきれいですね。


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鍼灸院から北に約50mで、この道も突き当ります。
ここは、松原通とのT字路です。
ここに来るのは、一昨年の12月に取材した第19回ブログ以来です。
あの時は冬の日曜日だったので、今とは全然風景が違います。
小さな地域スーパーの西隣に、赤い色の建物があります。


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こちらはその「赤い建物」六道珍皇寺です。
六波羅蜜寺と並ぶ六原を代表する寺院ですね。
次はこちらに参拝しますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は六道珍皇寺から「六道の辻」辺りを散策します~

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第152回 六道珍皇寺から六道の辻へ~六原散策~その2

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ここは、東大路通より少し西に行った松原通沿いです。
目の前にある赤い建物は、臨済宗大椿山六道珍皇寺です。
2年前に来たときは、境内しか拝観できませんでしたが、
2013年9月末まで特別に中を見ることができます。
今回は、ここから始まり「六道の辻」まで進みます。
撮影日は、2013年9月5日木曜日午後3時。
写真が傾いているのは、ここか急な坂道だからです。


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門の右(東)側に、このような歌碑がありました。
謡曲「熊野」の一節で、「六道の辻」について歌ったものです。


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そして、門の左(西)側には「六道の辻」の石碑があります。

「六道の辻」とは、要するに「冥界への入り口」のことです。
この六道珍皇寺を指すことが多いのですが、
地名としての「六道の辻」はもう少し西に行ったところになります。


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門を入っていすぐ左(西)側のテントで600円払って
六道珍皇寺に入ります。
普段は無料ですが、その代わり本堂の中には入れません。


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門をくぐり、六道珍皇寺の境内に入っていきます。
普段はほとんど人影が見えないのですが、
この日はかなりの参拝者がいらっしゃいました。


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境内の西側にいらしたお岩大明神と水子祠堂です。
お岩大明神に関しては、
特別拝観期間中にいらした学芸員の方に聞いても
ご存知ありませんでした。
(「東海道四谷怪談」と何らかの関連があるのでしょう)
殺人事件の被害者や非業の死を遂げた方は、よく神格化されます。
(要するに、怨霊が神様になるわけです)
ただ、そのような場合(特に女性は)
稲荷神社になるのが普通なのですが……


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水子祠堂の右(北)側には、
たくさんのお地蔵さん(石仏)がいらっしゃいます。
古いものは、室町時代までさかのぼるそうです。

こちらは、元々墓石だったと考えられます。
江戸時代以前には、庶民の遺体を墓に埋める風習がありませんでした。
ですから、石仏の下に御遺体があるわけではありません。


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さらに北側は、こちらの住職のプライベートスペースです。
その前の木々が立派だったので、撮らせていただきました。


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六道珍皇寺の門から石畳に従ってまっすぐ北に進むと、
この「三界供養の塔」があります。
ここが宗教上の「六道の辻」の中心になります。
ここで盂蘭盆会(お盆)などに法要などが行われます。
その奥が薬師堂(本堂)で普段は非公開ですが、
今月(2013年9月)末まで特別公開になっています。

六道珍皇寺の建立年代は諸説あって、はっきりとしません。
平安時代初期(9世紀初め)には存在していて、
当時は愛宕寺(あたぎでら)と呼ばれる天台宗の寺院でした。
嵯峨天皇の家臣小野篁(おののたかむら)が帰依したこともあり、
第105回ブログで取材した引接寺(千本ゑんま堂)同様
京都の地獄信仰の中心的な寺院となっています。
(地獄の恐ろしさを学ぶことで、善行に励もうという宗派です)
14世紀の南北朝の騒乱で戦災に合い廃寺になりましたが、
室町時代に入ると建仁寺の僧侶によって再興されました。
(そのため、今は臨済宗建仁寺派の寺院です)


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薬師堂(本堂)は、その名の通り薬師如来を本尊とします。
ただ、本尊や小野篁像などはすべて撮影不可でした。
また、本堂いっぱいに掛塾が掛けられていました。
大半が地獄絵図で、悪行を行うと死後どのようなことが待っているかを
絵解きしていました。
(残酷な描写を一切排除した「子供用」があるのは面白かったです)
まさに、「地獄信仰」の世界です。

こちらは、撮影が許された「縁側から見た庭園」です。
(縁側から降りない限り、庭園の撮影は許されていました)
左側に、この寺院で一番有名な「冥土通いの井戸」が見えます。


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本堂から離れに移り、さらにその北側から庭に降ります。
実は自分の周囲には、平日にもかかわらず
このようにたくさんの方々が常にいらっしゃいました。
ただ、大半が関東や九州など遠方の方々で
京都市民はもしかすると自分だけだったかもしれません。


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こちらは、庭に降りる前に望遠で撮りました。
この祠は、「冥土通いの井戸」の左(西)にあります。
神格化された小野篁が祀られている祠です。


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だれもいなくなったタイミングで、「冥土通いの井戸」を撮りました。
毎晩地獄の閻魔大王の下で働いていた小野篁が
朝に帰ってくる際に通ったとされる井戸です。

実は、このさらに北側に「黄泉帰りの井戸」もあります。
(こちらは、完全に撮影不可です)
小野篁が地獄に行くときに通ったとされる井戸ですね。
他の方は、そちらに向かっていました。


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離れと薬師堂の間に、このような坪庭がありました。
先ほどの井戸のある庭もそうですが、
ここの庭園は木々の枝ぶりがかなりきれいです。
(そういう方向でここが紹介されることはあまりありませんが……)


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先ほどの坪庭を通り過ぎると、再び薬師堂に入っていきます。
そちらには、大昌院(だいしょういん)の遺品が展示されていました。
この寺院は、現在は廃寺となり六道珍皇寺に吸収されています。

一通り薬師堂周辺を回って、境内に出てきました。
ここを出ていく前に、向こうに見えるお堂に向かいます。


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こちらは、六道珍皇寺の鐘楼です。
「迎えの鐘」と呼ばれ、盂蘭盆会(お盆)に死者を迎える鐘です。
三条寺町にある矢田寺の「送りの鐘」と対になります。
「迎える」だけに、ここの鐘はこの綱を引いて鳴らします。


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「迎えの鐘」の南隣にあるお堂には、
閻魔大王(伝小野篁作)と小野篁の木像があります。
普段はここも閉まっているのですが、
特別公開期間中だけ見ることができます。
見事なカエデの木の向こうのお堂も、期間中のみの公開です。
(伝最澄作の薬師如来像がいらっしゃいます)


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閻魔大王像が撮影できなかったので、代わりにポスターを撮りました。
京都で閻魔大王像は、ここと引接寺が有名ですが
どちらも小野篁作と伝えられています。
(引接寺の方は、応仁の乱で焼失後作り直されました)


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では、六道珍皇寺を出ます。
ちなみに、右側のテントが臨時の寺務所です。
(ここで拝観料を払います)


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六道珍皇寺の前から松原通を東に向きました。
ここは急な上り坂です。
ここをずっと進むと、東大路通を越えて清水寺で突き当ります。
(第18回ブログ参照)


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今度は、松原通を西に向きました。
こちらは、急な下り坂ですね。
前回ブログにも書きましたが、
この日は日曜日に来た二年前と違い、
平日だったので商店の大半は開いており、とても賑やかでした。


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六道珍皇寺から、松原通を約80m進みました。
二年前には閉まっていたお肉屋さんも、この日は開いています。
その西側の角に「ハッピー六原」と看板が出ていました。


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お肉屋さんの角から、南の方を向きました。
アーケードの左(東)側は、ハッピー六原という地域スーパーです。
その向かい(西)側は、パン屋や惣菜屋、理髪店などが並んでいます。


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こちらはハッピー六原の入り口です。
2年前と違い、今回はここに寄りました。
この日の晩御飯は「エビチリソース」の予定だったので、
とりあえず冷凍エビを買いました。
(チリソースの消費期限が近づいているので)


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ハッピー六原を出ると、商店舗にはさまれて
このような小さな神社がありました。
この辺りの商売繁盛を願って、近年建てられたそうです。


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お肉屋さんの角まで戻って、松原通を西に向きました。
まだまだ下り坂は続きます。
人がいない瞬間を狙って撮っていますが、
実はこの日はそこそこの人出がありました。
六道珍皇寺特別拝観のせいか、
明らかに観光客のような方も多くいらっしゃいました。


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お肉屋さんの角から、松原通を西に約100m進みました。
ここは一見T字路に見えますが、実は筋違いの四辻です。
手前の道を右(北)に行くと、
第103回ブログで取介した建仁寺の前に出ます。
向こうの道を左(南)に進むと、
前回ブログで紹介した六波羅蜜寺に到着します。
ここが地名上の「六道の辻」です。
どうやら平安時代~江戸時代初期に、
「野辺送り」(要するにお葬式)がここで行われていたようです。


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「六道の辻」には、寄るところがいっぱいあるのですが、
先ずはここに寄ります。(閉店準備が始まっていいたので)
ここはお茶屋さんなのですが、
それよりも「幽霊子育て飴」で有名です。


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こちらが、その「幽霊子育て飴」です。
(家に帰ってから、撮影しました)
この飴の謂れについては、第19回ブログを参考にしてください。


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「幽霊子育て飴」は、包装紙を取るとこうなっています。
麦芽糖と粗目砂糖を煮込んで作ってあるので、
白砂糖を煮込んだ時のエグ味などがありません。
滑らかで優しい甘さですね。
謂れや名前からこの飴を買う人が多いようですが、
自分は味が大好きなのでよくここに買いに来ます。


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「幽霊子育て飴」の店の前から、西向かいを見ています。
こちらに西福寺があります。

ただ、この辺りの取材はとても長くなるので、
以降は次回にしようと思います。
今回は、ここまでです。

~次回は、「六道の辻」から寿延寺経由で
京阪電鉄「清水五条」駅まで行きます~

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第153回 六道の辻から寿延寺へ~六原散策~その3

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ここは松原通の「六道の辻」にある「幽霊子育て飴」屋さんの前です。
(厳密には、お茶屋さんですが)
今回は西福寺などこの辺を見て回った後、
寿延寺経由で京阪電鉄「清水五条」駅に向かいます。
撮影日は2013年9月5日木曜日午後4時。
そろそろ日が西に傾いてきました。


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「六道の辻」の南西角に、小さな寺院があります。
先ずは、こちら西福寺から入っていきます。


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西福寺に入ると、すぐ前にこちら水掛不動尊の祠がいらっしゃいます。
柄杓で水をかけつつ、こちらにお参りしました。


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水掛不動尊の左(東)側に水子地蔵尊・子育地蔵尊がいらっしゃいます。
ちなみに、子育て地蔵尊は空海作と伝えられています。
周囲にたくさんの石仏やお地蔵さんがいらっしゃいます。
多分、大半が昔の墓石だと思うのですが……
とりあえず、皆さんにお参りしました。


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水子地蔵尊や子育て地蔵尊の向かい(西)側に、
空海の祈祷によって
後の仁明天皇を懐妊した壇林皇后(嵯峨天皇の皇后)の物語が
パネルで紹介されていました。
そのこともあって、
ここは子宝と子供の安全のご利益があると言われています。

ちなみに、壇林皇后の菩提寺は第94回ブログ後半に出てくる檀林寺で
嵯峨天皇に所縁のある嵯峨野にあります。


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こちらは、浄土宗桂光山西福寺の本堂です。
本尊は阿弥陀仏ですが、(浄土宗なので)
伝空海作の「子育て地蔵尊」で有名です。

寺院としては江戸時代初期に建立されましたが、
伝空海の「地蔵堂」は、平安時代初期からありました。
(壇林皇后が熱心にお参りしていたようです)
元々ここは「六道の辻」としての墓所で
(つまり、江戸時代以前はこの辺一帯に石仏が並んでいました)
死体を遺棄しに行く(江戸時代以前の日本の風習です)
鳥辺野への入り口でした。
この寺院の寺宝もそういう関連のものが多く、
六道珍皇寺同様、ここでも盂蘭盆会(お盆)に
「六道参り」が行われます。


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西福寺を出て、「六道の辻」から南を向きました。
2年前にここに来たときは、西福寺の南隣に
京都市立六原小学校がありました。
今はもうなくなっているので、第151回ブログで紹介した六波羅蜜寺が
西福寺の南隣になってしまっています。


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こちらは、「六道の辻」の南東角です。(つまり、西福寺の向かい)
この「六波羅飯店」には、学生時代によく通いました。
今回も、この中華料理屋さんに入ってみます。


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ここは「六波羅飯店」の店内です。
昔はカウンター席しかなかったように思うのですが、
それ以外に、テーブル席が4つあります。
結局学生時代と同じ焼き飯と酢豚を頼みました。
当時と違うのは、紹興酒の燗が付いていることです。


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こちらは、焼き飯です。
炒めるときにご飯を直接火で炙っているのでしょうか、
とても香ばしい味がしました。


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今度は、酢豚です。
実は玉ねぎ・にんじん以外にも長葱・筍・白菜なども入っていました。


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「六波羅飯店」を出ました。(約30分いました)
「六道の辻」から、松原通を西に向いています。
ここからは、緩やかな下り坂になります。
こちらの方に進んでいきます。


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「六道の辻」から、松原通を西に約50m進みました。
ここは、「愛宕念佛寺」(おたぎねんぶつじ)の跡地です。
今は、化野(嵯峨野の北隣)にありますね。
念佛寺は、移転しても石仏で有名な寺院です。


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さらに松原通を約30m進みました。
「千歳湯」は小さいながらも今も健在ですね。
2年前には建っていた「松原警察署」は、跡形もありません。


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「千歳湯」の前から、松原通を西に向いています。
向こうに見えるのが、大和大路松原の交差点です。


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松原通から、大和大路通を南に向いています。
ここをまっすぐ行けば、第7回ブログ第149回ブログに出てきた
豊国神社や方広寺の前に出ます。


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今度は、大和大路通を北に向きました。
約80m先に、禅居庵の塀が見えます。
さらに50m北に進むと、ゑびす神社があります。
毎年1月10日の「十日ゑびす」になると、このような様子です。


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大和大路通から、松原通を西に約20m進みました。
ここから南に、大黒町通が伸びています。
今から、こちらの道を進みます。


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松原通から大黒町通を南に約30m進みました。
この辺りは、飲食店と商店舗が並んでいます。
家具屋さんの北側に、屋根瓦が見えます。


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その屋根瓦は、この日蓮宗寿延寺の軒先でした。
ここは、京都の町家のようなウナギの寝床ですね。
提灯には、「浄行大菩薩」とあります。


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門をくぐってすぐの所にある祠です。
先ずは、こちらにお参りです。


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祠の前から、西を向いています。
本堂に行くために、ここをまっすぐ進んでいきます。


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先ほどの写真から西に約3m進むと、
こちらの浄行大菩薩(洗い地蔵)さんの祠の前です。
実は、このお地蔵さん目当てに多くの方がここにお参りに来られます。
こちらに水をかけて洗うことで、諸病のご利益があるそうです。


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浄行大菩薩の西隣には、蛇形弁財天の祠がいらっしゃいます。
こちらにも、お参りします。


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蛇形弁財天の祠の前から、西を向きました。
こちらが、寿延寺の本堂です。
近所の方が、熱心にお参りされていました。


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本堂の右(北)側に、妙見大菩薩の祠がいらっしゃいました。
こちらにも、お参りします。


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本堂は、ご本尊以外にもお祭りしている方がいらっしゃいます。
右(北)側は、伝最澄作の開運大黒天がいらっしゃいます。
目の前の通り「大黒町通」は、こちらが語源となっておられます。


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さらに本堂の左(南)側には、鬼子母神が祀られています。
三十三間堂では、「ハーリーティー」と呼ばれていました。


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そして本堂中央に、ご本尊の釈尊像と多宝如来像がいらっしゃいます。
寿延寺は、江戸時代初期の1616年建立されました。
(1655年に現在地に移転。元は富小路高辻にありました)
開基は摂津国三島(今の大阪府高槻市)の商人興福院寿延で、
日蓮宗の僧侶日柔のために建てました。
今でも、洗い地蔵尊や開運大黒天へお参りされる方が後を絶ちません。


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寿延寺本堂に背を向け、東を向いています。
では、ここを出て大黒町通に戻ります。


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寿延寺の前で、大黒町通を南に向いています。
さっきから、軽トラックがよく通ります。
どうやら、ここの家具屋さんに用があるようです。
ここから、さらに南に進んでいきます。


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さらに大黒町通を南に進んでいます。
寿延寺より約50m南に進むと、
だんだん商店舗よりも古い民家が目立つようになってきました。


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大黒町通をさらに50mほど南に進みました。
第151回ブログに出てきた六波羅裏門通に出ました。


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その北西角には、大黒湯があります。
第151回ブログの取材でここを通ったときは閉まっていましたが、
午後5時を回ったこの時点では開いていました。


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六波羅裏門通から、大黒町通を南に向いています。
ずっと向こう(約200m先)に、五条通が見えます。


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大黒町通をずっと南に進んできて、五条通まで来ました。
南東角に見えるのは、東山郵便局です。
(京都市東山区の中央郵便局ですね)
ここをさらに南に進むと、
第149回ブログで出てきた専称寺(烏寺)の前に出ます。
ただ横断歩道がないので、これ以上南には直進することができません。


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大黒町通が五条通と交差した時点で、西を向きました。
今度は、この五条通を西に向かいます。


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大黒町通から、五条通を西へ約100m進みました。
ここで五条通は、森下町通(本町通)と交差します。
第150回ブログ以来ですね。


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森下町通(本町通)から、五条通を西へ約50m進みました。
今度は鞘町通と交差します。
ここで、左(南)に進むと、最終的に第149回ブログででてきた
喫茶店「AMAZON」の前に出ます。


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鞘町通から五条通を西に約80m進みました。
川端五条の交差点(鴨川東岸)に、
京阪電鉄「清水五条」駅へ下りていくエスカレーターがあります。
今回は、ここから電車に乗って帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回から、また新しい道の特集が始まります~

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番外 4 冠水3日後の嵐山渡月橋

台風18号に伴う2013年9月16日未明の豪雨は、
京都市内で、大堰川(桂川)の氾濫を引き起こしました。
特に嵐山渡月橋は完全に冠水し、
周辺の道路や商店、旅館も床上浸水しました。

さぞかし甚大な被害が……
と心配され方も多いでしょうが、
数日で、ほぼ復旧しています。

今回は、元来の予定を変更してその様子を取材してきました。
撮影日は2013年9月19日木曜日午後1時半。
「あの日」以来、ずっと晴れています。


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今回は急いで取材したので、移動手段は自転車です。
(実は、自分は運転免許を持っていません)
自宅から、とりあえず川端通(鴨川沿い)に出て北上して
松原橋から河原町通、さらに100m北上して
高辻通を突き当りまで西に進み(ここだけで自転車約30分)
本当はそこから北上する所を南に約100m進みました。

ここは、第33回ブログにも登場する上野橋(かみのはし)です。
桂川自体は多少濁流ですが、橋の周囲は通常と同じです。


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上野橋から約300m北上し、四条通に出ました。
そこから四条通を西へ突き当りまで進んでいきます。
こちらの写真は、四条通ほぼ最西端の松尾橋です。
(ちなみに、ここより上流を大堰川と言います)
橋の向こうに見える赤い鳥居は、松尾大社です。
ここも川は濁流ですが、橋の上は通常通りです。


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桂川は増水していると思いきや、
普段の川底が陸地になって小さな三日月湖を作っています。
水流に勢いがあるので、川底が削れたのでしょうか?


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松尾橋を渡って、松尾大社の赤い鳥居もくぐりました。
そして、松尾大社の境内に入る直前に北に折れ、
細い道をずっと進んでいきました。
(第42回ブログ第43回ブログで通った道です)
松尾大社から北に約1km進むと渡月橋なのですが、
約100m手前でこの法輪寺に寄りました。
ちなみに報道で旅館に宿泊していた方々が
小さなボートに乗って避難されていた映像がありましたが、
それがこの道の少し北の部分です。


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それでは、約1年ぶりにこの石段を上ります。


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いつ来ても、法輪寺の石段のカエデ並木は勇壮できれいです。
この風景を楽しみながら上りましたが、
敢えて今回ここに来たのには理由があります。


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とは言えせっかく来たのですから、先ずは本堂にお参りします。
自転車を小一時間走らせてこの石段を上ったので、
「べんつるさん」の太ももを撫でて
足の疲れが取れるのを祈願しました。


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そして、今回の目的地の一つ法輪寺境内の展望台に向かいます。
勘のいい方はお分かりでしょうが……


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報道による2013年9月16日の渡月橋の映像は、
ここから撮られていたものでした。
(厳密には、もう少し左側からです。
ただ、そこには一般人は入れません)
ここから見ると、大堰川(桂川)の水位も元に戻っています。
向こう側の道(三条通)が「あの日」は完全に水に使っていましたが、
今は普通に人も自動車も通っています。


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今度は渡月橋よりも少し上流側をとります。
右側の緑色の屋根は、蕎麦屋の「嵐山 よしむら」です。
9月16日の報道では、
大堰川(桂川)の水が屋内まで侵入した映像が写っていました。
あとでちょっと寄ってみます。


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法輪寺から降りてきて、渡月小橋まで来ました。
(渡月橋南側の小さな橋です)
大堰川(桂川)南岸の旅館や飲食店は、
店内に入ってきた土砂や廃棄するものの
撤去に追われているようです。
ただ、あらかた店内からは撤去が終わり
あとは運び出すだけになっていました。

この分だと、週末の3連休には営業再開ですね。


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渡月小橋を北に渡り、中ノ島公園に入っていきました。
この土産物店は、報道でも取り上げられていました。
(だいぶひどく浸水した店です)
さすがにまだ営業してはいませんが、
外から見る分では営業再開間近に見えます。


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こちらは、中ノ島公園の南側です。
この辺ではここが一番低いので、
影響の方も一番あるはずなのですが、
だいぶ撤去とかも進んでいるようです。
忙しそうにされていたのでそちらにお邪魔しませんでしたが、
見た目ではここ数日中に営業再開の様子です。


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では、渡月橋を南から北に渡っていきます。
(第44回ブログと比較してみてください)
相変わらず、たくさんの観光客で賑わっています。
ただ、この日はカメラを持った人がいつもよりたくさんいました。
まぁ、自分もその一人なわけですが……


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渡月橋を渡っている途中です。
この写真ではわかりにくいのですが、
やはり橋が川の濁流と同じ色に汚れていました。
ただ、土ぼこりが気になることはありませんでした。
(埃アレルギーが平気なのですから、ほとんど土埃は出ていません)
あと、いつもより外国人(特に中国人)の割合が多かったです。
やはり、日本人は来るのを遠慮されているのでしょうか?


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渡月橋から、蕎麦屋の「嵐山 よしむら」を見ています。
ここからでは、中の様子はまだ分かりません。


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ただ大堰川(桂川)をよく見ると、まだ増水しています。
上流の亀岡市はまだまだ大変な状況ですから、
そちらの水がまだまだ退いていないということでしょうか?


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渡月橋の北詰三条通との交差点に来ました。
「あの日」は、この辺りは完全に大堰川(桂川)に沈んでいました。
それが3日たって、人も自動車も普通に通れるようになっています。


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せっかく来たので名物桜餅をいただこうと、琴きき茶屋に寄りました。
ところが、まだ閉まっていました。
中は散らかっていないので、週末には営業再開しているでしょう。


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こちらは、琴きき茶屋の向かい(東)側の土産物屋さんです。
開いている店と閉まっている店が、半々という感じでした。
ちょっと渡月橋の北側を回ってみます。


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こちらは、琴きき茶屋北隣の湯葉入りてんぷらの屋台です。
(ここも嵐山名物ですね)
ここは、もう営業再開していました。
ただ、閉まっている店も多いこともあって
ここにお客さんが集中していつも以上に大忙しでした。


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こちらの「嵯峨野コロッケ」の屋台も開いていました。
ちなみに、前に写っている女性二人組がこの直後に振り返り
嵯峨野の竹林への道順を聞いて来られました。
せっかくなので即席で観光コースをくみ上げて、
詳しく説明しておきました。
(まぁ、こういうのは得意なので)


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京福電車(嵐電)「嵐山」駅と天龍寺の前まで来ました。
この辺りは、北に行くほど高所になります。
ですから、ここより北は何の影響もないようでした。
では、三条通に戻ります。


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渡月橋北詰から、三条通を東に向いています。
ここをずっと進めば、車折神社や太秦に行けます。
以前この辺を取材した第47回ブログを参考にしていただければ
ほぼ以前と同じ状態なのが分かります。
報道でも写っていた「レストラン嵐山」も営業再開しているようです。


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今度は、渡月橋北詰から三条通を西に向いています。
よく見ると、第47回ブログに出てきた屋形船の茶店がありません。
流されてしまったのでしょうか?


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こちらは、渡月橋西側の三条通の地面です。
濁流と同じ色の土で汚れてしまっています。
「あの日」は、ここも川の中でしたから……


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渡月橋から、三条通を西に約100m進みました。
ようやく「嵐山 よしむら」の前に来ました。
こちらは、営業を再開しています。


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店の方に話を聞くと、
この9月19日から営業を再開されたそうです。
そういう訳で、ちょっと中にお邪魔してみます。


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「まだ店内に土埃が残っているので、スリッパに履き替えてください」
店の方はそうおっしゃいますが、正直全然気にならないレベルでした。
(埃に敏感な人間が言うことなので、間違いないです)
結局いつもの「天ざる御前」を頼みました。
いつもと違うのは、ビールを頼んだことくらいです。


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ここのビールは、ジョッキではなく陶器に入ってきます。
実はよく冷えた陶器に入れると、ビールは美味しくなります。
その横には、「そば茶」があります。


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てんぷらは、前から万願寺・マイタケ・エビ二尾です。
これらは、抹茶塩を漬けます。


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そして、二八蕎麦・紫蘇ごはん・香の物です。
自分の好物の万願寺と漬物があったので、
身欠き鰊を頼めばさらに「好物ばかり並ぶ」状態でした。
(予算的にニシンは諦めました)


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30分ほどで、「嵐山 よしむら」を出ました。
靴紐を結び直そうと歩道の手すりを握ったら、
かなり土で汚れていました。
まぁ、この手すりより上に川の水が来ていましたから……


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こちらは、「嵐山 よしむら」と琴きき茶屋の間にある
車折神社嵐山屯宮です。
いつも閉まっていいるのに、この日は開いていました!
(わかりにくいですが、神社マニアにとっては大事件です)
ただ、よく見ると琴きき茶屋が
荷物置き場に一時的にこのスペースを使わせてもらっているだけで、
一般公開しているわけはありませんでした。
結局、入れてもらえませんでした……


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個人的には、渡月橋はここがベストポジションと思っています。
(法輪寺の多宝塔を入れるのがミソ)
ただ、この日は流木が橋に張り付いていたり、
全体的に橋が汚れていたりとまだまだ先日の爪痕が残っています。
ただ、橋の上は結構な人だかりでしたし、
浸水を受けた店も、だんだん営業再開に向かっています。

自分の感想では、9月21日からの3連休には
今閉まっている店も開いてくるとみています。
少なくとも、紅葉シーズンは
またいつもの嵐山に戻っているでしょうね。

ここまで来て、自分が自転車で来ていたことを思い出しました。
飲酒したので、この日は阪急電車駅前駐輪場に
自転車を残して帰りました。
次の日に、取りに行きます。(まぁ、仕事はたまたま夜勤でしたし)

~次回こそ、新しい道の取材になります~

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第154回 昔の東端は今の中心?~寺町通南から北~その1

今回から、また新しい道をずっとたどっていきます。
(とはいえ、ここ最近たどっていた本町通~六原の続きです)
新しい道を紹介するときは最初に写真のない回を書いていましたが、
今回も第120回ブログ以来写真がありません。
(都合5回目ですね)


今回から紹介する道は、寺町通です。
もちろん、敢えてこの道を選んだのには訳があります。

この間まで進んでいた本町通は、
京都市街地のほぼ南端から京都市内の中心部へと北上する道でした。
ですから、次に進む道はそこからさらに北上して
京都市内の中心部からさらに北に進む道にしようと思っていました。

寺町通は本町通最北端の五条通から北に伸びています。
さらに、寺町通最南端は本町通最北端と徒歩約5分と近くにあります。
そういう訳で、本町通の続きとして寺町通は説明しやすいのです。


寺町通の位置
先ずは、ここをクリックしてください。
寺町通の位置を表す地図が出ます。
本町通が鴨川の東側なのに対して、
この寺町通は鴨川の西側に位置します。
更に京都随一の繁華街「河原町」と隣接しており、
この寺町通自体も繁華街を形成しています。


寺町通の歴史
平安京遷都当時、寺町通はありませんでした。
ただこの辺りには、「最東端」を表す「東京極通」がありました。
その東京極通がなくなったのは、
応仁の乱(1467年~1677年)以来100年続いた京都の荒廃と、
その後の豊臣秀吉による京都の区画整理のためです。

豊臣秀吉は、自分の政策に合うように
京都市街地を大幅に変えました。
自分を祀る豊国神社に通じる六条通を「五条通」と変更したり、
京都市街地を「御土居」と呼ばれる土塀で囲みました。

その際、豊臣秀吉は「御土居」の東端に貼り付けるように
京都中の寺院を強制的に移住させました。
(寺院勢力の弱体化を狙ったようです)
そして、それらの寺院の前の通りを「寺町通」と改名しました。
これが寺町通の始まりです。

江戸時代になって、豊臣秀吉が作ったものは次々破壊されました。
「御土居」も取り壊され、そこに河原町通と土手町通が作られました。
すると京都市街地も一気に東に移っていき、
鴨川東岸の祇園や河原町と並んでこの寺町も繁華街化していきました。
(これらの繁華街は、今も健在です)


電気屋街「寺町」
五条通から北上すると、すぐに河原町通と交差します。
松原通(旧五条通)、高辻通を越えたら、
北は四条通まで家電量販店が建ち並びます。
ただ近年は、郊外型の家電量販店に圧されて店舗数が激減しています。
(大半が、大阪「日本橋」の支店でした)
その代わり、近年台頭しているのがアニメショップやゲーム専門店、
漫画に特化した本屋さんなど、「オタクビジネス」の店舗です。
その辺は、東京の「秋葉原」大阪の「日本橋」と
同じ経緯をたどっています。


京都で一番の繁華街
四条通から北上して三条通までが
京都一の繁華街「寺町京極」「新京極」(合わせて「京極」)です。
この「京極」という名称も、ここがかつて京都最東端だった名残です。
様々の飲食店や商店舗が並んでいますが、
錦天神・蛸薬師・誓願寺などの寺院も並んでいます。


おしゃれな二条界隈
三条通以北には、矢田寺、天性寺、本能寺と続きます。
(第67回ブログ参照)
御池通を渡り京都市役所を通り過ぎると、
二条通~丸太町通間は急に街灯の付いたおしゃれな街並みになります。
パン屋の進々堂本店や宇治茶の一保堂本店がここにあります。


京都御苑を越えて
丸太町通以北の寺町通は、京都御苑の最東端になります。
途中に梨木神社などもあります。
さらに今出川通よりも北側は、道が急に細くなります。
そしていくつかの寺院の前を通り過ぎた後、
北大路通の手前の紫明通で寺町通は突き当ります。

~次回は、京阪電鉄「清水五条」駅から始まります。
鴨川・高瀬川を渡って、寺町通を北上します~

……ただ、紅葉シーズンが近づいてきています。
11月に入ると、一時的に別コースに移ると思います。
(紅葉回は、下手したら年内いっぱい続きます。
寺町通は、その後から再開予定です)

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第155回 鴨川 高瀬川を越えて~寺町通北から南~その2

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では、今回から写真入りで寺町通を北上します。
……とはいえ、初めはここ京阪電鉄「清水五条」駅からです。
一応、本町通から引き継いで北上する形式をとっていますので、
二つの道の中間点から始まります。
今回はここから西へ進み鴨川と高瀬川を越えた後、
寺町通最南端から北上します。
撮影日は2013年9月26日木曜日午後4時。
撮影を始めたあたりから、晴れてきました。


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京阪電鉄「清水五条」駅のホームです。
今「七条」駅(南)側を向いています。
では、ここから地上に上がっていきます。


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駅コンコースの南側に、このような空間があります。
自動販売機でジュースやお菓子が買え、
手前の椅子に座ってくつろげるようになっています。
京阪電鉄でこのような設備があるのは、ここだけです。


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では、改札口から外に出ます。
ここから、五条川端交差点の北西角に向かいます。


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らせん状の階段を上り、地上に出ます。
先ほどまで曇っていたのですが、だんだん晴れてきました。


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階段を上り、地上に上がってきました。
京都タワーの手前に、五条大橋が見えます。
この辺りの京阪電鉄は、鴨川の東岸を走っています。


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五条川端交差点北西角に出て、北を向きました。
右(東)側に、先ほど上ってきた階段が見えます。
目の前に柳の木がありますが、
近年はだんだん桜の木の方が多くなっています。
(ここも、春には絶景になります)


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今度は五条川端交差点北西角から、五条通を東に向きました。
第153回ブログは、この道をこちらに進んできました。
ここを真っ直ぐ約700m進むと、五条通は突き当ります。
更に大谷本廟の北側を東に約700m進むと、清水寺にたどり着きます。


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そして、五条川端交差点北西角を西に向きました。
ここから鴨川に架かる「五条大橋」を渡ります。


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五条大橋から、鴨川を北に向いています。
向こうに見えるのは、「松原橋」です。
「京の五条の橋の上」で牛若丸と弁慶が闘ったのは、
この「五条大橋」ではなく向こうの「松原橋」の方です。
(元々は、向こうが「五条大橋」でこちらが「六条大橋」でした)


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さらに、五条大橋から今度は鴨川西岸を見ています。
この辺りから、「京都市東山区」から「京都市下京区」になります。
大きな木の下に、川原に下りられる石段があります。
こういう石段は割と最近できたものが多いのですが、
ここは自分が小学生の頃からありました。
大きな木の北側に公園がありますが、
その向こうの料理旅館「鶴勢」はまだ川床をやっているようです。


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五条大橋を渡り切りました。
大きな木と石段との間に、「扇塚」があります。
「塚」と言っても、誰かのお墓というわけではありません。
平安時代初期にこの辺りで初めて扇が作られたことを記念して、
1960年に建てられました。


155-13.jpg
五条通から、木屋町通を北に向いています。
鴨川西岸は、建物一つ分をはさんで木屋町通沿いになります。
右(東)側に見える公衆便所は、先ほどの公園のものです。
約100m先に、まだ川床がある「鶴勢」の看板が見えます。


155-14.jpg
五条木屋町の角から、南を向きました。
向こうに見える木屋町通の並木は、高瀬川沿いになります。
元々木屋町通は高瀬川東岸の道なのですが、
五条通付近は鴨川と高瀬川がかなり接近しているので、
木屋町通が鴨川西岸の道にもなっています。


155-15.jpg
ですから、木屋町通の西側は高瀬川になり
ここは五条小橋ということになります。
ただ、五条小橋の北側はこのように約30m北に伸びていて、
「牛若ひろば」という公園になっています。


155-16.jpg
こちらは、「牛若ひろば」の中にある歌碑です。
大田垣蓮月という幕末の歌人が歌った和歌で、
「あすも来て みんと思えば 家づ途に 手折るもをしき 山桜花」
と書いてあります。
どうやらこの辺りで詠んだらしいです。


155-17.jpg
「牛若ひろば」の中は見事な桜並木がありますが、遊具はありません。
そのようなものは、木屋町通の東側にある児童公園にあります。


155-18.jpg
「牛若ひろば」の北側に来ました。
さらに北に向くと、ここが高瀬川の橋の上だと分かります。
目の前の桜の木が立派ですね。
ここは春になると、高瀬川屈指の絶景ポイントになります。
左(西)側に、「KANO」というお店があります。
西洋アンティークを扱う雑貨屋さんですが、
喫茶室で紅茶とケーキをいただくことができます。


155-19.jpg
「KANO」にお邪魔しました。
時間的にティータイムということで、
イチゴショートケーキとアールグレイを頼みました。
窓ガラス越しに、先ほどの桜の木が見えます。
この席は、春には特等席になります。


155-20.jpg
約30分ほどで、「KANO」を出ました。
今「KANO」から、「牛若ひろば」の西側の道を見ています。
今度は、この細道を進みます。


155-21.jpg
「KANO」から約20m進みました。
五条通に戻る途中に、お地蔵さんの祠がありました。
こちらには、「不思議地蔵尊」と「延命地蔵尊」の
2体いらっしゃいます。


155-22.jpg
「牛若ひろば」の脇を通って、五条通に戻ってきました。
この辺の五条通は、京都市街地で一番広い道です。
6車線と車道自体も広いのですが、
中央分離帯のところが公園のようになっています。
その辺りに、このようなものがありました。
五条大橋が近いので、牛若丸と弁慶の石像ですね。
まぁ、本当は「松原橋」で決闘したのですが……


155-23.jpg
五条通に戻った時点で、西を向きました。
少し先に、河原町通と交差点があります。
そして、目の前の横断歩道が寺町通です。
つまり、ここが寺町通の最南端になります。


155-24.jpg
同じ地点で、今度は南に向きました。
目の前の京栄ビルの右(東)側の道が、
今まで歩いてきた「牛若ひろば」西側の通りです。
そして、左(西)側の道が寺町通です。
では、今からこの寺町通を北上していきます。


155-25.jpg
五条通から、寺町通を北に約10m進みました。
建設中のマンションが見えますが、
この辺りもだんだん京町家が減ってきました。


155-26.jpg
五条通から、寺町通を北に約70m進みました。
マンションのテナントに、このような古書店が入っていました。
第67回ブログでも書きましたが、
寺町通は仏具店・骨董屋・古書店が多いです。


155-27.jpg
こちらは、先ほどの古書店の北隣です。
ここは「苔屋」という骨董屋さんです。
こういうお店が並んでいるのが、自分の寺町通のイメージです。


155-28.jpg
「苔屋」の前から、寺町通を北に向きました。
電気工事の向こう側に車道が見えますが、
あちらは河原町通になります。


155-29.jpg
五条通から寺町通を約100m北に上り、寺町河原町交差点に来ました。
元来どちらも南北に走る道なので交差することはないのですが、
四条通~六条通間の河原町通が北東~南西方向に傾いているので、
このように交差点になります。
では、目の前の横断歩道を渡って先に進みます。


155-30.jpg
河原町通の横断歩道を西に渡った地点で、西を向きました。
この地点を起点に、万寿寺通が西に伸びています。
古いお店や京町家が延々続く味のある道ですが、
今回はそちらには向かいません。


155-31.jpg
そして、同じ地点から今度は北を向きました。
こうして見ると、右(東)側の河原町通から
左(西)側の寺町通が分岐しているように見えます。
しかし、実際は寺町通がきれいに南北に走っているのに対して、
河原町通が横から交差してきています。


155-32.jpg
河原町通から、寺町通を北に向いています。
だんだん繁華街が近づいていますが、
それでも仏具店など寺町通独特の店が並んでいます。


155-33.jpg
河原町通から、寺町通を北に約10m進みました。
雑居ビルの間に、月極め駐車場があります。
ただ、そちらを見ると向こう側はもう河原町通です。


155-34.jpg
寺町通を駐車場から約20m北に進みました。
こちらは、「三里舞味」という中華料理店の寺町側入り口です。
「中華料理店」ですが、中国というよりは
アメリカのニューヨーク辺りにあるイメージの店です。
実は、この辺りのお店は河原町通と寺町通両方に入り口があります。


155-35.jpg
「三里舞味」の向かいに、「乾大仏堂」があります。
古書店・骨董屋さんと並んで、仏具屋さんもこの道の象徴です。


155-36.jpg
さらに寺町通を30mほど北に進みました。
こちらは、「小阪刃物店」です。
四条寺町近辺には、刃物店が多いですね。
店先に、お地蔵さんもいらっしゃいます。


155-37.jpg
「小阪刃物店」から、寺町通を北に向いています。
「鳥井金網工芸」の北隣に、「メガネ福本」があります。
眼鏡店ですが、時計も売っています。


155-38.jpg
「メガネ福本」の向かいに、「ますや」という履物の店があります。
婦人物の草履がメインのお店です。
松原通が近づいてきて、このようなお店も増えてきました。


155-39.jpg
松原寺町の南西角に、「寺町松原郵便局」があります。
この辺(松原通)は問屋が多いので、ここの利用者も多いです。


155-40.jpg
そして、松原寺町の角まで来ました。
ここから北に向かうとだんだん繁華街になっていきますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、寺町の電気屋街に入っていきます~

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「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
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