第156回 電気屋街「寺町」前編~寺町通南から北~その3

東京の「秋葉原」、大阪の「日本橋」のように、
京都の家電量販店が集中する地区を「寺町」と言います。
これは、高辻通~四条通間の寺町通沿いを指します。
ただ近年は郊外型の家電量販店に圧されて
「寺町」は家電量販店の大半が姿を消しました。
この辺も、「秋葉原」「日本橋」と似た経緯をたどっています。


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約5日ぶりの松原寺町です。
今回は、この松原通から高辻通を通り過ぎ、仏光寺通を目指します。
撮影日は、2013年10月1日午後1時半。
この時間くらいから、だんだん晴れてきました。


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寺町通から、松原通を東に向きました。
約30m先に、河原町通が見えます。
その河原町通との角に、和菓子屋さんの「幸福堂」があります。
第24回ブログでも紹介しましたね。


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幸福堂は、江戸時代から続く和菓子屋さんです。
「義士最中」が有名ですが、女将さんが勧められたのは栗大福でした。
「これからは、栗がおいしくなりますよ」
とのことでした。


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今度は、寺町通から松原通を西に向きました。
このまま松原通を進めば、第24回ブログの道順になります。
寺町松原の北西角に駐車場がありますが、
ここは10年くらい前まで「志津屋」というパン屋さんがありました。
中高生のころ、よくここに買いに来ました。
寺町松原郵便局の西隣に、「はやし」という焼き芋屋さんがあります。
第126回ブログの「はやし」、第136回ブログの「こにしいも」同様、
きちんと窯で焼いた焼き芋を売っています。


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こちらが、その「はやし」の焼き芋です。
徳島産の金時イモを窯でじっくり焼いています。
これで500円くらいでした。
ホクホクしたイモもおいしいですが、自分は皮も好物です。


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松原通から、寺町通を北に向いています。
繁華街が近づいて、自動車量が増えてきています。
少し先に右(東)側に見える駐車場のようなところは、
「京都西川」という布団メーカーのトラックのターミナルです。


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その「京都西川」の壁に張り付いていた表札です。
「京極町」(「京都の端」という意味)という地名は、この寺町通が
「東京極通」(ひがしきょうごくどおり)だった名残でしょうか?


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松原通から、寺町通を約50m進みました。
また仏具屋さんの老舗がありました。
その北側に、「AJANTA」というインド料理店があります。
ちょっとここに寄ってみます。


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寺町通に用事があるときは、なるべくここに寄るようにしています。
ここのランチは、価格の割には充実しています。
今回は、1100円くらいの「Bランチ」を頼みました。
先ずは、前菜です。サラダとスープです。
銀製のポットの中にスープが入っていて、
一テーブルに一つ付きます。
(つまり、一人で行くとおかわりできます)


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そして、こちらがメインです。
カレー二種(羊肉のカレー・じゃがいもとほうれん草のカレー)に
タンドリーチキン・サフランライス・ナンが付いています。


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30分ほどして、「AJANTA」から出ました。
高辻寺町交差点が目の前ですが、
ここから2軒北に小さな寺院があります。


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こちらがその「小さな寺院」浄土宗蓮池山浄国寺です。
元は五条西洞院(この「五条」は今の松原通)にありました。
(「五条天神」の近くですね)
それが豊臣秀吉の政策の一環でここに移転しました。
(この辺の大半の寺院と同じです)
ここは、「罪人受戒の寺」で有名でした。
江戸時代、処刑される人はここでいったん受戒を受けて
鴨川の川原や粟田口に向かったそうです。


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移動しようとすると、
高辻通からこちらに一匹の猫がやって来ました。
その猫は塀を上ると、そのまま浄国寺の境内に消えていきました。
たぶん、この寺院で飼われているのでしょう。


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そして、高辻寺町交差点です。日陰に入ると、途端に暗く写ります。
左(西)側の店は、「井上文鴻堂」という本屋です。


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寺町通から、高辻通を西に向きました。
高辻通は西端の梅津までずっとこの幅を保ちます。
(番外4では、この高辻通を自転車で移動しました)


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今度は、高辻通を東に向きました。
河原町通が、もう100mくらい離れています。
ここから北は、だいたいこのくらいの距離を保って
両方の道が伸びています。


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高辻通から、寺町通を北に向いています。
ここから北に四条通までの約400mが、
「寺町の電気屋街」と呼ばれた場所です。


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先ほどの写真に写っているお寿司屋さんの南隣に、
浄土宗称明山永養寺があります。
元は今の京都市下京区永養寺町にありました。
(高辻通沿いの西洞院通より西。鉾町の岩戸山町と隣接)
それが豊臣秀吉の政策でここに移転してきたのは、
この辺の寺院の大半と同じ事情です。
ここはいろいろな花が綺麗なのですが、
残念ながら非公開です。
ちなみに、ここは住友銀行創業者の菩提寺でもあります。


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永養寺から寺町通を北に向いています。
ここから「フレスコ」や「TSUTAYA」が見えますが、
数年前までこれらはすべて家電量販店でした。
繁華街に近いこともあって、家電量販店がなくなっても
すぐに他の店が入ってきます。


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先ほど写っていた地域スーパー「フレスコ」の2軒北に、
茶道具の老舗があります。
次々と建物が変わっていく中で、
こういう老舗が何軒か残っているのも寺町通の特徴です。


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茶道具屋さんの向かい(東)側に、浄土宗乗願寺があります。
ここは門が開いているので、お邪魔します。


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こちらが乗願寺の本堂です。多くの寺院同様、棕櫚の木があります。
こちらも元は仏光寺の北側にありましたが、
豊臣秀吉の政策でここに移転しました。
本当はもっと大きかったのですが、
大火や明治政府による寺領没収でこの大きさになりました。
加藤清正の家臣で「加藤家三傑」と呼ばれた
森本一久の菩提寺でもあります。


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乗願寺から、寺町通を北に向いています。
今「業務スーパー」になっているところは、
数年前まで「中川ムセン」という家電量販店でした。
その向こうに、仏具屋の老舗とパソコンショップが
仲良く並んでいます。
それがこの寺町通の特徴ですね。


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乗願寺から、寺町通を北に約20m進みました。
家具がメインのアンティークショップの隣に、
ゲーム屋さんがあります。
家電量販店が次々消えていく中、
パソコンショップとゲーム屋さんはまだまだ元気です。
「YAHOO知恵袋」でゲーム屋さんを聞かれたら、
自分はこの辺を勧めています。


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さらに10mほど北に進みました。
今度は古書店とパソコンショップです。
昭和初期、この辺りは古書店が建ち並ぶ地区でした。
今も古書店が数軒残っています。


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その古書店の前で、寺町通を北に向きました。
もうすぐ仏光寺通との角になります。
ただ古書店から10mほど北に寺院があります。
(写真のすぐ右なのですが、フレームから外れています)


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こちらがその寺院浄土宗空也寺です。
では、こちらにも寄っていきます。


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空也寺の境内に入ってきました。
お地蔵さんにはさまれて布袋さんの像があります。
布袋さんの中央に穴がありますが、
七五三のときにここを幼児に通り抜けさせると
御利益があるそうです。
(小学生児童は大きさ的に厳しいでしょうね)


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布袋さんの右(南)側に、お墓が並んでします。
多分ここの檀家さんのお墓でしょうね。


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こちらが、浄土宗光勝山空也寺の本堂です。
浄土宗なので阿弥陀如来が本尊ですが、空也上人像もあります。
開基は空也自身で、元は錦小路西洞院にあった天台宗の寺院でした。
(移転の理由は、他の寺院と同じ)
何度も火災にあって、その度に再興してきました。
(その際に浄土宗に改宗)
空也自身が開基ということで、
第151回ブログの六波羅蜜寺とも深い関係にあります。


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空也寺の前から寺町通を見ています。
「西村彌兵衛」と屋号がありますが、こちらは刷毛の老舗です。
そこから西に仏光寺通が伸びています。
この辺で、電気屋街「寺町」の半分くらい来ました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は電気屋街「寺町」の北半分を進みます。
四条通まで進むことになります~

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第157回 電気屋街「寺町」後編~寺町通南から北~その4

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空也寺から、寺町通に出てきました。
向こうに、仏光寺通が西に伸びているのが見えます。
今回はここから寺町通を北上し、四条通に向かいます。
撮影日は、2013年10月1日火曜日午後2時半。
だんだん繁華街に近づいてきています。


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寺町通から、仏光寺通を西に向きました。
ここを西に進むと、浄土真宗仏光寺派本山仏光寺の北辺に出ます。
さらに西に進み烏丸通を越えると、祇園祭の鉾町に出ます。
(室町通に船鉾と岩戸山、新町通に船鉾と岩戸山、
油小路通に油天神山・太子山・木賊山があります)


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仏光寺通から、寺町通を北に向きました。
小さな電気屋さんやパソコンショップの間に
仏具屋の老舗が並んでいます。
約50m北に、「国友銃砲火薬店」があります。
滋賀県水口町の「国友銃」と関連がある店なのでしょう。
その店の北側から、仏光寺通が東に伸びています。


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先ほどの地点から、北に約20m進みました。
ビルとビルの間に、「寺町変電所」があります。


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さらに30mほど、寺町通を北に進みました。
寺町通から、仏光寺通を東に向いています。
右(南)側に見える建物は、先ほどの「国友銃砲火薬店」です。
(つまり、この寺町通を境に仏光寺通は筋違いになっています)
多少折れ曲がっていますが、この200m先に河原町通があります。


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「その」仏光寺通から、寺町通を北に向いています。
だんだん四条通のアーケードが見えてきました。
(あの辺りから、京都随一の繁華街になります)
右(東)側に、また寺院が見えます。


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こちらがその寺院浄土宗錦綾山聖光寺です。
ここは中に入れそうです。


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聖光寺の境内に入ってきました。
先ずは、目の前のお堂にお参りします。


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お堂の中には、お地蔵さんがいらっしゃいました。
提灯には「開運地蔵尊」とありますが、
こちらは「幸福地蔵尊」と呼ばれています。


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さらに境内の奥に入っていくと、お墓がこのようにありました。
「忠臣蔵」に出てくる天野屋利平のモデルとなったとされる
綿屋禅右衛門のお墓かと思い撮ったのですが、
それはもっと奥にある別のお墓だそうです。
(さすがに奥は非公開です)


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庫裏の手前に、このような歌碑がありました。
どうもこの寺院を詠んだものですが、
達筆すぎて読めません……


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こちらが、浄土宗錦綾山聖光寺の本堂です。
ここは浄土宗の開祖法然の弟子のひとり
鎮西上人聖光(弁長)所縁の寺院です。
この近辺にある他の寺院とは違い、
建立時である鎌倉時代からここにありました。

また、ここは天野屋利平のモデルとされる綿屋禅右衛門と
大石内蔵助の母のお墓があることで有名です。
(天野屋利平については諸説あって、
他にもモデルがいるという説もあります)


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では、この聖光寺を出ます。
また、寺町通を北上していきます。


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聖光寺から、寺町通を北に向いています。
聖光寺の北隣に、和菓子屋さんの「仙太郎」本店があります。
さらに二軒北に小さな寺院がまたあります。


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こちらが、その寺院浄土宗透玄寺です。
壁の色から、「あかかべ寺」と呼ばれています。


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こちらが、透玄寺の境内です。
中に入れませんので、門から撮っています。
こちらの本尊は阿弥陀如来なのですが、
代々伝わっている「安産背競地蔵尊」で有名です。
この寺院の開祖は賢公が開祖ですが、
(室町幕府9代将軍足利義尚の甥です)
この地蔵尊自体は源信が彫ったものと伝えられています。
(平安時代に、空也と並んで浄土信仰を広めた僧)
文字通り安産のご利益があるそうです。


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透玄寺から、寺町通を北に向きました。
目の前の「船はしや」は、昔ながらのお菓子を売っている
京都でも残り少なくなった駄菓子屋さんです。
(どちらかというと、観光客がメインのお店です)
その北隣には「信長書店」があります。
こちらは漫画やDVDなどをメインにした本屋さんです。
ただこの店がある場所も、数年前までは
「ヒエン堂」という家電量販店がありました。
その「信長書店」とコンビニエンスストアとの間に、
細い道がこの寺町通から西に伸びています。
こちらが、綾小路通になります。


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寺町通から、綾小路通を西に向いています。
ここをずっと西に進むと、
烏丸通を越えて西洞院通も越えた辺りに祇園祭の鉾町が集中します。
(第62回ブログの芦刈山・油天神山などです)
さらに大宮通も越えると、
第28回ブログの壬生周辺の寺院光縁寺や壬生寺に行けます。


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そして、綾小路通の東側突き当りはこのように神社になっています。
では、今からこの京都大神宮に入っていきます。


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門を入ってすぐ右手に、手水舎がありました。
先ずはこちらで手を清めます。


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本殿の脇に、このような機械がありました。
おみくじを引くためのものらしいのですが、
ガチャポンを利用しているのが「寺町」らしいですね。


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こちらが、京都大神宮の本殿です。
摂関家の一つ一条家の邸宅を移築して改築したものです。
この神社の創建は1873年とかなり新しいです。
(明治時代初期、地租改正や徴兵令が布告された年です)
伊勢神宮の内宮と外宮の勧進を受けており、
そのため御祭神は天照大神(アマテラスオオミカミ)と
豊受大神(トヨウケノオオミカミ)になります。
当初は明治天皇の親王や内親王の帰依を受けて隆盛しましたが、
戦後(1945年以後)はだいぶ廃れました。

ちなみに、ここは「神前結婚」を考案した神社として知られています。
(厳密には、東京大神宮と協力して考案)


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京都大神宮を出て、綾小路から寺町通を北に向いています。
目の前の「エディオン」が
この辺で唯一残っている大型家電量販店です。
とは言え、この「エディオン」も数年前に操業しています。
元は「タニヤマムセン」という別の家電量販店でした。
つまり、10年以上続く大型の家電量販店は
「寺町」には残っていません。
(小さい店は、まだ何軒か残っています)


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「エディオン」の向かい(東側)に、小さなビルがあります。
この「神宮会館」には、自分が高校時代にライブハウスがありました。
よく友人が出演していて、チケットを何度か買わされました。


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「神宮会館」の北隣にも、また寺院がありました。
ここは浄土宗多門山浄教寺です。
ここは元々東山区の六原にありました。
というのも、ここは元々平清盛の嫡男平重盛が建立した
「灯篭堂」の後継寺院です。
源平の合戦で焼失後町衆の手によって、
下京区灯篭町に再興されましたが、
(祇園祭の鉾町の一つです。「保昌山」を出しています)
豊臣秀吉の政策で他の寺院とともにここに移転してきました。
ここには平重盛関連の遺構がたくさん残されていますが、
残念ながら非公開です。


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浄教寺の北側においしそうなカフェが並んでいます。
家電量販店が減少して、代わりにこういうお店が増えています。
「オタクビジネス」のお店も四条通以北に移転していっているので、
数年後にはこの辺はこのようなカフェで一杯になるでしょうね。


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「エディオン」の北隣は、「フジイ大丸」という百貨店です。
(日本全国に展開する「大丸百貨店」とは別の店です)
ここの「デパ地下」は「TAVELT」といって、
品質と品ぞろえが京都随一と言われています。


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その「フジイ大丸」の向かい(東)側です。
この道を進むと、「高島屋百貨店」京都店の駐車場にたどり着きます。
(突き当りの白い建物が、「高島屋百貨店」京都店です)
つまり自動車で「高島屋百貨店」を訪れるときは、ここから入ります。
歩いて入るときは、四条河原町からですね。


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その「高島屋百貨店京都店」の北側のビルが神社になっています。
こちらにも立ち寄ります。


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そのビルに、このような看板が出ていました。
ここにあった「とらのあな」という書店が、
ここから約700mほど北に移転するようです。
この辺りよりも、そちらの方が
「オタクビジネスの街」になっていきそうです。


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そのビルの脇から、「火除天満宮」の境内に入っていきます。
ビルの隙間を通るとても細長い神社です。



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こちらは、お地蔵さんの祠です。先ずはそちらにお参りします。
向こうに社務所があります。


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境内の一番奥が、少し広くなっています。
「天神さん」だけに、牛の像があります。


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こちらが、「火除天満宮」の本殿です。
御祭神は、菅公(菅原道真)です。
元は六条(要するに今の五条)にありましたが、
豊臣秀吉が大雲院をここに移転させた際、
鎮守社としてここに一緒に移転してきました。
1864年の禁門の変(蛤御門の変)の際、
ここだけ類焼を免れたので、
「火除け」の御利益があると言われています。
では、この「火除天満宮」を出て、寺町通を北に進みます。


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こちらは、「火除け天満宮」があるビルの北隣です。
浄土宗松林山春長寺です。(残念ながら、境内は非公開)
織田信長に仕えた村井貞勝が創建しました。
貞勝は隠居して村井春長軒と名乗りましたが、
本能寺の変に織田信長の下に向かい明智光秀と戦い、
最後は討死しました。
その後、この位置に村井貞勝を弔うために移転しました。


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その春長寺から、寺町通を北に向きました。
もう目の前に、四条通があります。
左(西)側に、「フジイ大丸」があります。
ここから、寺町通は繁華街になります。
通りの様子も一変しますが、それはまた次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、「寺町京極」を中心に進みます。
こちらにも、錦天満宮や蛸薬師などいろいろあります~

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第158回 錦天神から蛸薬師へ~寺町通南から北~その5

京都の繁華街を「河原町」と呼ぶのは、大阪人の言い方です。
阪急電車「河原町」駅の影響でしょうか?
(最近は、京都人も「河原町」と呼ぶときが多いですが)
少なくとも自分の周囲の人は「四条」と呼ぶときもありますが、
一番多いのは「京極」です。
厳密にはそれぞれ別の場所を指すのですが、
隣接していますのでまとめて呼ぶの普通ですね。
そして今回ブログから、
その狭い意味での「京極」を進んでいきます。


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10日ぶりの四条寺町交差点です。
寺町通は、ここから御池通くらいまでが繁華街になります。
ただ「寺町通」というだけあって
この辺も神社仏閣がたくさん並んでいます。
今回は、ここから「寺町京極商店街」を北上し、
錦天満宮や蛸薬師に向かいます。
撮影日は、2013年10月10日木曜日午後3時。
10月でも30℃を越えてきました。


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寺町通から、四条通を西に向きました。
フジイ大丸の向こうには飲食店などもありますが、
銀行や証券会社などの金融機関が多く並んでいます。
さらに烏丸通を越えると、祇園祭の鉾町に入ります。
目の前の3系市バスは、四条通を突き当りまで進みます。
(突き当りには松尾橋があって、桂川を渡ると松尾大社があります)


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今度は、四条通を東に向きました。
目の前の横断歩道の辺りに、八坂神社の御旅所(冠者殿社)があります。
祇園祭の山鉾巡行のときは、ここで「クジ改め」が行われます。
さらに200mほど進むと四条河原町交差点で、
高島屋や京都マルイ・OPAなどの大型店舗があります。
四条河原町からさらに東に500m先は、祇園になります。
(ここから祇園まで、徒歩約5分です)


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さらに、四条通から寺町通を北に向きました。
目の前のアーケードが「寺町京極商店街」ですが、
東側の横断歩道のさらに30mほど東側に、
「新京極」と書かれたアーケードも見えます。
せまい意味では、この2本の道が「京極」になります。


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では、横断歩道を渡って「寺町京極商店街」に入っていきます。
ここから、「京都市下京区」から「京都市中京区」に入っていきます。
平日の昼下がりに撮ったのですが、かなりの人出です。
ここは10時くらいから24時まで
自動車はもちろん自動二輪車や自転車も通行禁止になります。


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アーケードの南端に、このようなものが地面に埋めてありました。
今ちょうど北を向いています。
では、ここから「寺町京極」の中に入っていきます。


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「寺町京極」の中に入ってきました。平日でもこの人出です。
一応商店街ではあるのですが、日常雑貨や食料を販売する店は少なく
飲食店や遊戯施設など繁華街独特の店舗が続きます。
目の前に、パチンコ屋さんがあります。
この上がゲームセンターになっており、
どちらもかなりの人が入っています。


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ただ、そういう店が並んでいる中でこのようにお茶の老舗もあります。
新しいお店と老舗がごちゃ混ぜになっているのが、
この辺りの特徴ですね。
また、その右(北)隣の建物の階段を上ると、
「Bの階段」という喫茶店にたどり着きます。
京都では珍しい「明石焼き」を出す店です。


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四条通から寺町通を約100m進み、東を向きました。
約30m先に「新京極」のアーケードが並走しています。
「新京極」の角に「ケンタッキーフライドチキン」があったのですが、
自分の知らないうちになくなっていますね。
この道は、約100m先の裏寺町通まで(浄心寺の前まで)続きます。


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先ほどの地点で、今度は寺町通を北に向きました。
ここからは分かりにくいですが、
靴屋さんとファッションビルとの間に、細い道があります。
左上の看板に、「錦通」(にしきどおり)と書いてあります。
ここが、錦小路(にしきこうじ)のほぼ東端になります。


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寺町通から、錦小路を西に向きました。
かなり細い道に、たくさんの店がひしめき合っています。
この「錦市場」は、ここから西に高倉通まで続いています。
「錦市場」は近年観光地として有名ですが、
実は今でも卸売市場としても機能しており
(メインは京都中央卸売市場ですが)
特に魚屋さんは京都の料亭に卸売りを続けています。


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今度は寺町通から、錦小路を東に向きました。
石製の鳥居の向こうに小さな神社があります。
あれが錦市場を守護する「錦天満宮」です。
ちょっとこちらに寄ってみます。


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鳥居の上部をアップにしました。
鳥居の笠木(石製なので、そう言うか疑問ですが)と貫が
家屋に接しているように見えますが、
実は、それらが家屋の中にめり込んでいます。
家屋の中に入ると、1mほど壁から鳥居の先端が突き出ています。


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寺町通から錦小路を30mほど東に進みました。
「新京極」との突き当りに、錦天満宮があります。
では、こちらに参拝します。


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錦天満宮の境内に入ってきました。
「天神さん」だけに、入ったところに牛の銅像があります。
その向こうにあるのはただの「手水舎」に見えますが、
実は京都の中でも名水の一つ「錦の御神水」です。
地下からの湧水で、飲むこともできます。
(しかも、かなりの美味です)
この湧水は昔から使われていて、
この地に「錦市場」が作られたのもこの水があったればこそでした。


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本殿の脇に、このようなものがありました。
簡単に言えば「おみくじの自動販売機」なのですが、
お金を入れるとおみくじが出るまでの間
この獅子が舞い踊る「からくりみくじ」となっています。


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「からくりみくじ」の左(北)側から、神社の裏側に回れます。
どうやら末社があるようです。


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では、先に末社の方にお参りします。
こちらはほぼ中央にいらっしゃった稲荷神社です。


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稲荷神社の右(東)側には、白大夫社がいらっしゃいます。
(「天神さん」によくいらっしゃる神社です)
その向こうには、いろいろな神様がいらっしゃる祠があります。


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末社と本殿との間に、梅の木が植わっています。
「成願梅の木」か書かれた札が付いています。
10月に梅の実が実っていますが、実はこれは木でできたお守りです。


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本殿の前に戻ってきました。
「錦天満宮」は、元々菅原道真の父菅原是義邸跡に建てられた
「歓喜寺」の鎮守社でした。(今の六条河原町付近にありました)
ここに移転したのは、他の寺院同様豊臣秀吉の政策です。
(寺院と一緒に移転しました)
明治時代に歓喜寺が移転して、この神社だけがここに残りました。
錦市場を守護し、学問以外にも商売繁盛のご利益があります。


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本殿を背に、西を向いています。
では、この「錦天満宮」から出ます。


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「錦天満宮」を出て、すぐに南を向きました。
ここは、「新京極」になります。
寺町通よりも道幅が狭い分、人口密度が高くなります。


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今度は、「新京極」を北に向きました。
こちらは、あまり老舗がない代わりに新しいお店が多いですね。
その分、目まぐるしくお店が変わっています。


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では、石製鳥居をくぐりまた寺町通に戻っていきます。



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錦小路から、寺町通を北に向いています。
つまり、この左(西)に錦市場、この右(東)に錦天満宮があります。
では、今からこの寺町通を北上します。


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錦寺町の角に、このようなプレートが埋め込まれていました。
今、北を向いています。つまり、この方向に進んでいきます。


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錦小路から、寺町通を約50m進みました。
寺町通の東側に、このような店がありました。
スーパーマリオの人形があるのでゲームショップと思ったのですが、
この「B-SIDE LABEL」は
オリジナルイラストのステッカーや缶バッジのお店です。
商品が商品だけに、高くても1000円もしません。
「ブログに載せます」
そう店員さんに行ったところ
「宣伝しておいてください」と言われてしまいました。


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「B-SIDE LABEL」の向かい(西)側に
ファッションビルがありますが、
その2Fにゲームショップがあります。
最近、四条通以南に多かった「オタクビジネス」のお店は
だんだんこちらの繁華街に移ってきました。
ちなみにその北隣は「ノムラテーラー」という老舗の洋品店です。


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さらに2軒北に、「大書堂」があります。
古書がメインの古本屋さんの老舗です。
また、浮世絵などの扱っています。


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「大書堂」の前から、寺町通を北に向きました。
すぐ先の左(東)に伸びる細い道が蛸薬師通です。
この道はここが最西端ですが、
もう少し北に西に伸びる別の「蛸薬師通」があります。
要するに、この蛸薬師通も寺町通で筋違いになっています。


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寺町通から、南の蛸薬師通を東に向いています。
この蛸薬師通は、「新京極」より西に行くと一気に広くなります。
河原町通の交差点より東はまた狭い道になり、
高瀬川を越え木屋町通で突き当ります。


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南の蛸薬師通の突き当りには、「小野数珠店」があります。
ここは数珠屋の老舗ですね。
北隣の「喜久屋書店」は漫画やアニメのDVDなどを売る
「オタクビジネス」の店舗ですが、
こちらは自分が学生のころからあります。


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「喜久屋書店」の北隣の店は、北の蛸薬師通との角にあります。
ちょうど三条と四条の中間点になります。


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蛸薬師寺町の角にも、またこのプレートが埋め込んであります。



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寺町通から、蛸薬師通を西に向きました。
アーケードはありませんが、
ここも繁華街なので飲食店などいろいろな店舗が並んでいます。
烏丸通を越えると、祇園祭の鉾町に入っていきます。
(橋弁慶山や、休み山の布袋山があります)


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今度は、蛸薬師通を西に向きました。
北の蛸薬師通は、このすぐ先の「新京極」で突き当ります。
「新京極」に提灯が並んでいるところが浄土宗西山派永福寺です。
京都人は、「蛸薬師堂」と呼んでいます。
元は二条室町にありましたが、豊臣秀吉の政策でここに移転しました。

本当は境内を撮った写真もあったのですが、
「ここは撮影禁止です」と叱られました。
さらにここの僧侶との話し合いの結果、
ここを撮った分は全消去することになりました。


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そういう訳で蛸薬師堂は早々に出て、また寺町通に戻ってきました。
ここからまた寺町通を北上しますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は誓願寺に寄って、三条通まで進みます~

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第159回 誓願寺から三条通へ~寺町通南から北~その6

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蛸薬師通から、寺町通を北に向いています。
京都随一の繁華街「京極」のど真ん中です。
今回は誓願寺に寄った後、三条通まで進みます。
撮影日は、2013年10月10日木曜日午後3時半。
先に進む前に、上にある看板が気になりますね。


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その看板を拡大してみました。
小さな男の子が、こちらにお尻を向けているイラストです。
確かに、御所がここから真北約2km先にありますが……


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反対(南)側に、回って撮りました。
「てらぼん」は、この寺町京極商店街の「ゆるキャラ」のようです。


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その看板の近く(西側)にあった表札です。
「寺町通蛸薬師上がる」とは、
「蛸薬師通から北に行った寺町通沿い」という意味ですね。


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蛸薬師通から、寺町通を約20m進みました。
写真中央をよく見ると、
このアーケードの最北端三条通が見えます。
左(西)側に針金製のゴリラが看板の上に乗っています。
こちらの喫茶店は、かなり以前からあるお店ですね。


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さらに寺町通を北に10mほど上がりました。
右(東)側のテナントビルの2階に、中古レコード屋さんがあります。
その北側の落書きがあるシャッターの店も、レコード屋さんです。
様々な歌手のポスターが貼られていて、
修学旅行生がよく来店しています。
(この日は閉まっていましたが、通常は営業されています)
この二つの建物の間の道を東に進むと、西光寺があります。
和泉式部のお墓もあるのですが、諸事情により割愛します。


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さらに寺町通を100mほど北に進みました。
こちらは古い町家を改装して、洋服を売っているようです。
ちょっと面白いので、撮ってみました。


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蛸薬師通から、寺町通を約150m進みました。
今度は六角通との角になります。


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寺町通から、六角通を西に向いています。
ここを約1km進むと、烏丸通付近に六角堂があります。
約1000年前に藤原道長が建てたものですが、
幕末(1863年)の禁門の変などでたびたび焼失しました。


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今度は六角通を東に向きました。
左(北)側の建物は、「グルメシティー」です。
元々は、「サカエ」というスーパーでした。
昔も今も、食料品がなかなか充実しています。
その前は分かりにくいですが、有料の駐輪場です。
実はこの辺の撮影の際、いつもここに自転車を停めています。


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「グルメシティー」と駐輪場の南側は、「六角公園」になります。
六角通にあるからこの名前ですが、実は三角形の公園です。
(ややこしいですね)
中央に石製の椅子があって、結構くつろげます。

数年前に京都市街地をモデルした
「けいおん!!」というアニメの第13話でここが出てきました。
(確か主人公の妹さんが、福引のバイトをする場面です)


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六角公園の東端は、「新京極」になります。
その「新京極」の東側に、浄土宗西山深草派誓願寺があります。
「西山深草派」ということは、
第128回ブログに出てきた真宗院と同じ宗派ですね。
(こちらの誓願寺が本山になります)


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では、誓願寺の中に入っていきます。
こういう寺院には、変わった書割が置いてあります。


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誓願寺の境内に入って、すぐ左(北)側にあった手水舎です。
先ずは、ここで手を清めます。


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こちらは、おみくじですね。恋愛に特化したもののようです。
そう言えば、第32回ブログに出てきた人形浄瑠璃「桂川連理柵」
モデルとなったお半のお墓がここにあるはずです。
(第32回に出てきたのは、心中現場にあった供養塔です)


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こちらは、境内の南側にいらしたお地蔵さんです。
方角から「北向地蔵尊」とあります。


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境内の北側に、鐘楼がありました。
この辺の除夜の鐘は、ここの鐘になります。
背後に松竹のロゴがありますが、
あの辺りに「MOVIX」というシネコンがあります。


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こちらは、扇塚です。古い扇を供養する塚です。
世阿弥が誓願寺縁起から謡曲「誓願寺」を書いて、
その中で和泉式部が舞踊の菩薩として描きました。
それが江戸時代の舞踊家による「和泉式部信仰」を生み出しました。
当時の舞踊家は、ここによく参拝したようです。


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こちらは、芸の上達を祈願して奉納された扇です。
本堂脇にあるのですが、
ここは本堂を写すとご本尊まで写ってしまいます。
そういう訳で、本堂の写真は載せませんでした。

誓願寺は、飛鳥時代(667年)に天智天皇の誓願で
今の奈良県に建てられました。
鎌倉時代初期に法然上人に譲られて浄土宗となり、
今の京都市上京区元西岸寺通小川西入ルに移転しました。
この位置には、やはり豊臣秀吉の政策で移転しました。


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では、誓願寺を出ます。
ここからでも、六角公園と駐輪場が見えます。


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誓願寺の前で、「新京極」を北に向きました。
この「グルメシティー」の上の階は、
数年前まで「松竹ピカデリー」という映画館でした。
(かつて「新京極」と言えば、京都で一番映画館が集中した通りでした)
今は京都にあった松竹系の映画館は、
すべてこの約50m北にある「MOVIX」に集約されています。


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では、「グルメシティー」と駐輪場の間を通って
「新京極」から寺町通に戻ります。
修学旅行生が囲んでいる「グルメシティー」のクレープ屋さんは、
ここが「サカエ」だったころから人気店でした。


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寺町通に戻ってきました。
この時点で、六角通から寺町通を北に向いていることになります。
では、三条通に見える「かに道楽」の看板に向かって歩いていきます。


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六角寺町の角の中央にこのようなものが埋まっていました。
これを見ると、いま北を向いていることが分かります。


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六角寺町の角から、約20m進みました。
まだ昼間ですが、多少太陽光が遮断されるとこんなに暗くなります。
ジープと迷彩色のシャツがあるとミリタリーショップに見えますが、
ここは普通の洋服屋さんです。


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同じ場所でも、北を向くとこれだけ明るくなります。
(左側に、かすかに先ほどのお店が写っています)
ここから右(東)側に、六角通が伸びています。
六角通も、寺町通で筋違いになっています。



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寺町通から、東に伸びる北側の六角通を見ています。
すぐ東(北)側にある建物は「桜湯」という銭湯だったのですが、
数年前に閉鎖されてしまいました。
「新京極」付近は、松竹系のシネコン「MOVIX」南端になります。
さらに東に進むと、河原町通付近に
「ミーナ京都」というファッションビルがあります。


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東に伸びる北側の六角通から、寺町通を北に向いています。
「桜湯」が閉鎖していることもあるのでしょうか、
ここから三条通前の寺町通は多少寂しい気がします。


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どうもこの辺のお店は、暗く写ってしまします。
(この日は、燦々と晴れていました)
こちらの書店も、「オタクビジネス」を前面に出した本屋さんです。
その階下の「スギ薬局」は、数年前までコンビニエンスストアでした。


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その「Mellon books 京都店」前から、
寺町通を北に向いています。
少し先の寿司屋「金扇」など繁盛している店もありますが、
全体的にこの辺りは閉鎖されている店が多いですね。


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そんな中、建設中のビルの一角にこのような看板がありました。
第157回ブログで火除天神の脇にあった「とらのあな」が
ここに引っ越してきます。
今潰れている店舗がこの辺に多い中、数年後にはこの辺りが
「オタクビジネス街」になっていそうな気がします。


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「金銭」の北隣のバーと肉屋さんの「三島亭」との間の道を
寺町通から覗いています。
この道は「新京極」で突き当たっていますが、
そこに「MOVIX 京都」というシネコンがあります。
京都で映画を見るなら、ここか第57回ブログで出てきた
東宝系の「二条シネマライズ」になります。
他には、四条烏丸の「京都シネマ」(だいぶマニアな映画になります)
京都駅八条口の「JOY・T京都」(イオンモール最上階)ですね。

ちなみにアニメの「けいおん!!」第13話でも、
この映画館がモデルになっていました。
(映画館から見たこちら側の風景も出てきていましたね)


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先ほどの地点から、寺町通を北に向きました。
右(東)側にあるお肉屋さんの「三嶋亭」は
確か「すき焼き」発祥の店ですが、
高価すぎて自分は入ったことがありません。
(ここですき焼きを食べたら、一人軽く10000円を越えます)
この寺町通は目の前の「かに道楽」の看板前で突き当りに見えますが、
実はそこから少し東にずれてまだまだ北に伸びています。
(第67回ブログでそこを進みました)

一応繁華街としての寺町通は御池通まで続きますが、
「寺町京極」としてはここで終わりになります。

よって、今回はここまでとします。

~次回は三条通をさらに北上し、
矢田寺・天性寺・本能寺に向かいます~

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第160回 矢田寺から本能寺へ~寺町通南から北~その7

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約1週間ぶりの三条寺町です。
このブログでは、都合6回目の登場ですね。
「かに道楽」で突き当りに見えますが、
少し東にずれて道はまだまだ北に伸びています。
今回はここから寺町通を北上し、御池通を目指します。
途中、矢田寺・天性寺・本能寺に寄ります。
寺町の繁華街最北端ですね。
(第67回ブログと同じ道をたどります)
撮影日は、2013年10月18日木曜日午後2時15分。
体育の日を過ぎて、急に気温が下がってきました。(10℃くらい?)


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昨年の夏ここに来たときは「かに」のからくりは止まっていました。
今回はだいぶ気温が下がってきていて、「元気に」動いていました。
先述のとおり、寺町通はここから東にずれて北に伸びています。
繁華街はまだもう少し続きますが、
「寺町京極商店街」は三条通で終わります。


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こちらは、三条寺町の南東角です。
右側は、肉屋さんの「三嶋亭」です。すき焼き発祥の店ですね。
左側は、「西春」という浮世絵屋さんです。
この瞬間は閉まっていましたが、取材が終わった帰り道に寄ると
しっかり開いていました。


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寺町通から、三条通を東に向きました。
ここは、明治時代前後に建てられた歴史的建造物が
烏丸通周辺まで並んだなかなかおしゃれな通りです。
(第66回ブログで回ったところですね)


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今度は、寺町通から三条通を西に向きました。
こちらも「三条名店街」という繁華街になります。
(アニメの「けいおん!」で出てくる「繁華街」のモデルです)
こちらは、第69回ブログで回りました。


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では、三条通から寺町通を北上します。
ここから御池通までが、「寺町専門店会商店街」です。
昨年夏と違って曇り空なので、アーケードの中もしっかり写ります。


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三条寺町北東角に、「ファーストキッチン」があります。
その北隣に派出所があって、さらに北隣がこの小さな寺院です。
ここは、矢田寺です。奈良県の矢田寺の分院ですが、
そことは宗派が異なり「地獄信仰」の寺院です。
第105回ブログで紹介した引接寺(いんじょうじ)、
第152回ブログの六道珍皇寺、第153回の西福寺など
京都には「地獄信仰」の寺院が多いです。


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この寺院は「矢田地蔵」とも言いますが、
ここにはお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
ちなみにここの本尊は、「代受地蔵尊」(だいうけじぞうそん)です。


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お地蔵さんの脇にかかっていた絵馬です。
こちらの絵は、地獄の釜から亡者を引き上げています。
本尊の「代受」とは、
亡者の代わりにお地蔵さんが罪を引き受けるという意味です。


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こちらが矢田寺の鐘で、「送り鐘」と言います。
第152回ブログで紹介した六道珍皇寺の「迎え鐘」と対ですね。
盂蘭盆会の初めに「迎え鐘」、終わりに「送り鐘」を鳴らします。
それが京都の風習です。


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「送り鐘」の脇に、べんつるさんがいらっしゃいます。
最近は歯が痛いので、頬を撫でさせていただきました。


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100円を賽銭箱に入れると、線香と蝋燭を奉げることができます。
ご本尊を載せられませんので、これで本堂の代わりにします。
この寺院の由来などは、第67回ブログを参考にしてください。
元は壬生の方にありましたが、
やはり豊臣秀吉の政策でここに移転してきました。
では、矢田寺を出て寺町通を北に進みます。


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矢田寺の前から、寺町通を北に向いています。
もう「寺町専門店会商店街」の中です。
ここも繁華街ですが、「京極」ほど人はいません。


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矢田寺の北隣が「常盤」という大衆食堂で、
その北隣がここ「とり市老舗」です。
春は筍を売っていますが、今は秋なので松茸を売っています。
丹波産のものが中心なので、かなり高価です。


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「とり市老舗」の2軒北に、また寺院があります。
今度は、矢田寺の倍以上の広さです。
今からここ浄土宗天性寺に入っていきます。


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天性寺の境内に入ってきました。
先ずは、このまま東に進んで奥の鳥居に向かいます。
向こうの方に、中年の白人男性が
自転車に乗って中を見て回られていました。


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門から境内を約30m東に進みました。
こちらは、天性寺の末社「天川弁財天」のものです。
右側に、相変わらず大きな百日紅(さるすべり)の木があります。
第149回ブログで紹介した豊国神社と並び、
ここは京都を代表する百日紅の絶景ポイントです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらが、天川弁財天です。
詳しくは第69回ブログに書いてありますが、
要するにここは奈良県の天川弁財天の分社です。


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実は天川弁財天の左(北)側は、墓地になっています。
その周辺の木蓮が有名なのですが、この時期ではよく分かりません。
代わりに、墓地の手前に立派なカエデがありました。
もう1カ月もすればかなり見頃でしょうね。
ここもクリックすれば、拡大されます。


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カエデの木の脇に(墓地の横に)大きな祠があって、
中にお地蔵さんがいらっしゃいました。


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で、カエデの木と大きな祠の間に、大きな塚がありました。
立派な塚で恐らく誰かのお墓でしょうが、
詳しいことは分かりません。


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天川弁財天の横にある本堂前に戻ってきました。
浄土宗天性寺の沿革は、第69回ブログを読んでください。
なお本堂は非公開なので、ご本尊を見ることはできません。


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本堂から、西を向きました。向こうに門が見えます。
では、天性寺から寺町通に戻ります。


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天性寺の前から、寺町通を北に向いています。
では、ここから北に進んでいきます。


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天性寺から、寺町通を約20m進みました。
こちらは、喫茶店の「smart」です。
開店した大正時代の雰囲気を残すお店で、
ここのフレンチトーストは自分の大好物なのですが、
店の前に行列ができるくらいの込み具合でした……
諦めて、先に進みます。


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喫茶店「smart」の前から、寺町通を北に向きました。
約10m先に、姉小路通が東に伸びています。
三条通から姉小路にかけての寺町通には、
画廊と画材店が集中します。(あと、額縁のお店も)
それがなぜなのかは、自分は知りません……


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寺町通から、姉小路通を東に向きました。
手前に公衆便所がありますが、
その向こうに見える土塀は天性寺のものです。
さらに河原町通まで行くと、カトリックの大きな教会があります。


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先ほどの地点から、寺町通を約10m進みました。
こちらの「文栄堂」は、仏教書専門の古書店です。
姉小路から御池通にかけての寺町通は、特に古書店が集中しています。
(江戸時代以前の書物や絵画が売られています)


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「文栄堂」の前から、寺町通を北に向きました。
約10m先に、姉小路通が今度は西に伸びています。
その北西角に、鳩居堂の本店があります。
和紙による和装雑貨のお店ですね。


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寺町通から、姉小路通を西に向きました。右(北)は、鳩居堂本店です。
約1kmに烏丸通があって、そこを越えると祇園祭の鉾町になります。
烏丸通に鈴鹿山、さらにその西の室町通に役行者山が立ちます。


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鳩居堂本店の前から、寺町通を北に向いています。
向こうに見える御池通で、このアーケードも終わります。
つまり、あの御池通が京都の繁華街最北端になります。


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御池寺町交差点の手前で東を向きました。
ここは、日蓮宗本能寺です。1582年に織田信長が暗殺されたときは、
ここよりもっと南西の方にありました。
(これも、豊臣秀吉の政策です)


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門の脇にある日蓮の銅像です。日蓮宗の寺院では、よく見かけます。
第123回ブログに出てきた墨染寺もそうでしたね。


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本能寺の門をくぐると、すぐに宝物殿があります。
有料で、寺宝や催し物が拝観できます。
今は、狩野派関連の宝物が見られるようです。


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門から宝物殿の前の道を通り過ぎると、そのまま本堂に出ます。
第68回ブログでも紹介しましたが、
安土桃山時代の日蓮宗信徒は種子島銃の市場を握っていたため、
織田信長との結びつきが強くなりました。
そのため、織田信長は京都でも居城を築城せずに
この本能寺に逗留しました。
織田信長が本能寺で暗殺されたというのは、
そういう経緯があったからです。


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本堂の南側に、東の方に抜ける道があります。
では、そちらの方に寄ります。


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本堂の裏に、この「信長公廟」があります。
要するに、織田信長のお墓です。
豊臣秀吉は、織田氏と本能寺に対してここに移転することを条件に
このお墓を建てることを認めました。
ちなみに、信長公廟の裏に向かう方々がいらっしゃいますが、
こちらを進むと河原町通に出ます。


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「信長公廟」の前で西を向きました。
では、本堂の前に戻ります。


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本堂の前で西を向きました。
では、本能寺を出ていきます。


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本能寺の前で、寺町通を北に向きました。
目の前にある大通りは、御池通です。
その向こうに、京都市役所が見えます。
繁華街はここで終わりですが、寺町通はまだまだ続きます。
ただ、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は二条通を越えて、寺町通のいろいろなお店を見て回ります~

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第161回 銀杏並木の二条界隈~寺町通南から北~その8

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本能寺の前から、寺町通を北に向いています。
目の前にあるのが御池通で、
東西の道では第155回ブログに出てきた五条通に次ぐ広い道です。
寺町通は御池通以南がアーケードのある繁華街で、
ここより北は街路樹の銀杏並木が続き様々なお店が並びます。
今回は、このまま寺町通を北上して二条通や夷川通に向かいます。
撮影日は、2013年10月28日月曜日午前10時半。
久しぶりの快晴でした。


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寺町通から、御池通を西に向きました。
この辺の御池通は、車道だけではなく歩道も広いですね。
また、この辺りはオフィスビルが建ち並び烏丸通と似た印象です。
ちなみにここをそのまま進むと、
約3km先に神泉苑という大きな池に出ます。
(それが「御池通」の由来です)
さらにこの道は、「祇園祭山鉾巡行北側の道」として知られています。
その際の桟敷席は、通常この道沿いに作られます。


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今度は、寺町通から御池通を東に向きました。
すぐ東に見えるのは、「本能寺会館」です。
本能寺が運営する建物で、
宿泊施設やテナントのお店などが入ってます。
歩道に地下へと入る階段がありますが、
御池通の地下は、地下鉄東西線「京都市役所前」駅と
地下街「ZEST」があります。
ここの本屋は京都で一番広いので、
本を探すときはここに来るようにしています。


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では、信号が変わりましたので御池通を北に渡ります。
右(東)側に見えるのは、京都市役所です。


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今度は御池通の北側歩道で、東を向きました。
この辺りは京都市役所の正面玄関前で
またすぐ先に河原町通があるので、とても賑わっています。
向こうに、御池河原町交差点にある京都ホテルが見えます。
京都で一番高い高層ビルですね。

また、御池通と交わる通りの名称と由来が書かれた看板があります。
御池通を歩くときの楽しみの一つですね。


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御池寺町の交差点から、京都市役所庁舎を望遠で撮っています。
庁舎の西側にある桜の葉が、色づいてきました。
ただ京都のカエデが色づくのは、あと1か月くらいかかりそうです。
(今年は例年より遅いです。10月半ばまで最高気温が30℃でしたし)

この写真は、クリックすると拡大されます。


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市庁舎の前は様々な植物が植えられており、
ちょっとした公園のようになっています。
この日も写生に来られた方が、何人かいらっしゃいました。
寺町通は、京都市役所最西端の道になります。
では、その道を北に進んでいきます。


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御池寺町交差点から、寺町通を北に約50m進みました。
市役所庁舎に蔦が絡まって、いい味を出しています。
西側は雑居ビルが多いのですが、実は老舗の店舗でもあります。
(銀杏並木はここより200m北から始まります)


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さらに寺町通を北に進んでいきます。
左(西)側に、「上海人人飯店」という中華料理屋があります。
今は午前中なので閉まっていますが、
以前(20年以上前です)一度だけ入って
かなりおいしかったのを覚えています。


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もう少しだけ寺町通を北に進みました。
目の前に現れたのは、押小路通です。


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寺町通から、押小路通を西に向きました。
ここをずっと進むと、二条城南端の道になります。
目の前に、京都屈指の「出石そば」専門店がありますが、
先の食事を済ませているのでここには寄りません。
(詳細は、次回ブログで)


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今度は寺町通から、押小路通を東に向きました。
この押小路通は京都市役所最北端の道ですが、
河原町通を越えると京都ホテル最北端の道にもなります。
ちなみに、この押小路通は約300m先の木屋町通で突き当ります。


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さらに、押小路通から寺町通を北に向きました。
右(東)側の鉄格子の向こうは、市営の駐輪場です。
24時間停めていても、150円なのはうれしいですね。
(この日は自分の自転車も停まっています)
ちなみに、この駐輪場は間部詮勝の邸宅跡でもあります。
幕末の老中で福井鯖江藩主でもあり、
安政の大獄では「井伊の赤鬼 間部の青鬼」と恐れられましたが、
井伊直弼ほどは虐殺の限りを尽くしたわけではないそうです。


161-14.jpg
その旧間部詮勝宅でもある駐輪場の向かい(西側)に、
このような骨董屋が建ていました。
この辺の街並みに、よく似合っています。


161-15.jpg
こちらは、骨董屋さんの2階にかかっていた表札です。
「中京区寺町通押小路上る 妙満寺前町」と書いてあります。
つまり「押小路通より北側の寺町通沿い」という意味ですね。


161-16.jpg
そして、こちらは先ほどの骨董屋さんの北側の竹細工のお店です。
中では、筆や箸などを売っていました。


161-17.jpg
さらに寺町通を北に進むと、「清課堂」という店が見えてきます。
こちらは錫製品の店で、茶筒や食器などを売っています。


161-18.jpg
「清課堂」の向かい(東側)に、ブリキ製の豚さんがいます。
なかなか可愛いですが、ここは「岡田商会」という肉屋さんです。
ここから寺町通を北に向くと、約50m先に青葉の銀杏並木が見えます。
あの辺りが、二条通との交差点になります。


161-19.jpg
二条寺町交差点の南東角に、「八百卯」という八百屋がありました。
梶井基次郎の小説に「檸檬」がありますが、
小説の中でレモンを買った店がここになります。
(梶井基次郎は、学生時代この辺に住んでいたようです)
ただ、この店は2009年に閉店してしまいました。


161-20.jpg
寺町通から、二条通を東に向いています。
(二条通は、いったん寺町通で突き当ります)
約1km先の岡崎公園(平安神宮周辺)までこの銀杏並木は続き、
周辺は多少高級な飲食店が並んでいます。

……しかし、銀杏の葉はまだまだ青々しています。
今年の紅葉は、例年より遅れています。


161-21.jpg
今度は二条通から寺町通を北に向きました。
二条通の4車線の道は、ここで90°折れて寺町通に吸収されます。
二条通はここから約50m先でまた西に伸びていますが、
4車線の道も銀杏並木も、この寺町通が引き継ぎます。


161-22.jpg
二条寺町交差点の北東角に、「石田ミシン店」があります。
ここは裁縫用のミシンの販売だけでなく、修理もします。
こういう「昔ながらの店」も、この界隈にたくさんあります。


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先ほどの地点から、寺町通を約50m北に進みました。
今度は西に伸びる二条通との交差点です。


161-24.jpg
寺町通から、二条通を西に向きました。
ここから二条通はこのくらいの道幅になります。
商店街があったり「白みそラーメン」の店があったりしますが、
当面ここの取材予定はありません。
このまま二条通を進むと、約2km先で二条城で突き当ります。


161-25.jpg
二条寺町交差点から、少しずつ北に移動しています。
「石田ミシン店」の北隣に喫茶店があって、
その隣が「山中履物店」、さらに北隣が「二条若狭屋」です。
こちらもなかなかの名店なのですが、
他にもいろいろ回ったので今回は入りません。


161-26.jpg
「二条若狭屋」から、約20m北に進みました。
右(南)側は骨董屋さんで、その北隣が「村上開新堂」です。
外見からは分かりにくいですが、西洋菓子店です。
と言っても、ケーキなどの「生菓子」ではなく
クッキーや「ロシアケーキ」の「焼き菓子」専門店です。


161-27.jpg
「村上開新堂」の店内も、外見同様まるで明治時代のお店でした。
クッキーの缶入りが一つ5000円でしたが、
「ロシアケーキ」はバラ売りもありました。(一つ200円前後)

そして、これがその「ロシアケーキ」です。
要するに、レーズンなどを練り込んだクッキーや
ジャムやマーマレードをクッキーでサンドしたものの総称のようです。
(自分は、今までこういうものをランドグシャと言っていました)


161-28.jpg
こちらは、「村上開新堂」の向かい(西側)です。
左(南)側の店が、「船はしや」です。五色豆のお店ですね。
YAHOO知恵袋などで、自分がよく勧めているお店の1軒です。
右(北)側の店は本屋ですが、古書は扱っていません。


161-29.jpg
村上開新堂から、2軒北に西洋アンティーク店があります。
その北隣が昔ながらの牛乳屋さんです。
目の前の自動車が、面白い絵柄だったのでちょっと撮ってみました。


161-30.jpg
牛乳屋さんの向かい(西側歩道)に、このような碑が立っていました。
「藤原定家京極邸跡」と書いてあります。
鎌倉時代初期に、ここに藤原定家邸があったようです。


161-31.jpg
牛乳屋さんから、寺町通を約50m北に進みました。
夷川通との南東角に、「一保堂」があります。宇治茶の老舗ですね。
久しぶりに来たので、店内に入ってみます。


161-32.jpg
「一保堂」の一番の魅力は、対面販売です。
自分の好みや用途に応じて、店員さんに相談できます。
この日は、「雲露」という煎茶を買い求めました。
店内で水出し冷茶にされていたので、
そのコツとかを店員さんに教えていただきました。


161-33.jpg
それで家に帰ってからその「雲露」を
村上開新堂の「ロシアケーキ」と一緒にいただこうと思ったのですが、
家に以前買った「正池の尾」という煎茶が残っていました。
そのため、ここに写っているのは「正池の尾」の方です。
茶菓子が強い味なので、湯の温度を上げて濃くしました。
母と一緒にいただいたので、2人分です。


161-34.jpg
「一保堂」の北側は、夷川通が東に伸びています。
二条通など他の道同様、寺町通で筋違いになっています。
(この西側は、突き当りです)
ちなみに、この夷川通は河原町通を越え鴨川で突き当ります。


161-35.jpg
これは、「一保堂」の2階にあった表札です。
「上京区 寺町通夷川下ル 常盤木町」と書いてあります。
元々京都市は、四条通以北はすべて「上京区」でした。
(当時は、「下京区」と2区しかありませんでした)
今は、丸太町通~四条通間は「中京区」に分かれています。


161-37.jpg
「一保堂」から、寺町通を約30m北に進みました。
今度は、ここから西に夷川通が伸びています。

京都人にとっての「夷川」は、「家具専門店街」です。
1864年の禁門の変で京都市街地がほぼ全焼した後、
京都を復興していく過程で大量の家具が必要になりました。
そのための家具屋さんが、
明治時代の初期頃からここに集中したのです。
家電量販店同様、家具屋さんも郊外型量販店が勢力を伸ばしています。
ただ、この「夷川」はまだまだ京都市内で幅を利かせています。


161-38.jpg
夷川通から、寺町通を北に向いています。
あと約250mで丸太町通なのですが、
そろそろ写真も40枚近くになりました。
この続きは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回はこのまま寺町通を北上し、行願寺や下御霊神社を訪れます~

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「松尾散策」
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松尾大社や法輪寺など
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「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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