第162回 京都御苑の南側~寺町通南から北~その9

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夷川通から、寺町通を北に向いています。
二条~丸太町間の「寺町の銀杏並木」の中間地点です。
今回は、ここから寺町通を京都御苑南端の丸太町通まで進みます。
かつての平安京の北東端にあたる場所ですね。
撮影日は、2013年10月28日月曜日午前11時。
秋晴れの心地よい日でした。


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夷川通から、寺町通を20mほど進みました。
ここは、「芸林荘」という古書店です。


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「芸林荘」の店頭をアップにしました。
錦絵(色付きの浮世絵)が売られています。
手前の絵は、「富嶽三十六景」でしょうね。


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「芸林荘」から、寺町通を北に約20mほど進みました。
ここは「豊松堂」という飴屋さんの老舗です。
自分もここで結構買ったりするのですが、
この日はいろいろ「物入り」だったので素通りします。


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「豊松堂」から、寺町通を北にさらに20mほど進みました。
ここは、進々堂本店です。
松原通大宮東入るのまるき製パン所(第25回ブログで紹介)、
三条御前交差点南東角の天狗堂 海野製パン所(第56回ブログで紹介)
ここを合わせた3軒を「京都3大パン屋」と
個人的に(要するに勝手に)呼んでいます。


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進々堂はバケットが特においしい店ですが、
寺町通の本店は喫茶室も有名です。
実はどうしてもモーニングサービスを撮りたくて、
ここだけ先に撮影しました。(午前9時半ごろの撮影です)
この店とイノダコーヒーのモーニングサービスは、
「京都名物」と思っています。


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ここのモーニングサービスは何種類かありますが、
スクランブルエッグを頼みました。
ここは鉄板グリルで焼くので、
特にベーコンがカリカリになっておいしいです。
(本当は、ベーコンエッグもおいしいです)
パンも何種類かから選べるのですが、
イギリス風の山型食パンにしました。


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進々堂の前から、寺町通を北に向きました。
向こうに見えるのは、竹屋町通の交差点の信号です。
先ずはその辺りまで進みます。


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竹屋町通は、寺町通を起点に西に伸びています。
(ここより東に伸びる竹屋町通は、もう少し北になります)
自動車で見えにくいですが、
竹屋町通の突き当りに寺院の山門が見えます。


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こちらは、天台宗行願寺です。
一般的には、「革堂」(こうどう)と呼ばれています。
では、こちらにお参りしてきます。


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門から入ってすぐ左手に、手水舎があります。
その左脇に、天道大日如来と延命大地蔵菩薩がいらっしゃいます。


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こちらは本堂の右(南)側の金木犀です。ちょうど満開ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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本堂の左(北)側は、このようになっています。
では、先にこちらを覗きに行きます。


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こちらが本堂のすぐ左にいらした碑です。
この寺院の開祖行円が、彫られています。
ですから、事実上の仏像ですね。


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「碑」の向かい側には、愛染明王と寿老人の祠があります。
この寺院は、「都七福神」のうちの一つになります。
(他は、第151回ブログの六波羅蜜寺の弁財天などです)


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行願寺の一番北側にやって来ました。
目の前に鐘楼があって、
その右(西)側にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
これだけあるので、1体1体お墓の役割もあったのでしょう。


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そのお地蔵さんとの間に、こちらがいらっしゃいます。
こちらは「加茂大明神」で、室町時代に作られました。
「加茂大明神」ということは、
第130回ブログで紹介した宝塔寺の末寺大雲寺にも祀られていた
三十番神の十二番目ですね。
ただ、ここを見る限り上賀茂神社・下鴨神社というよりは
お墓か何かが元になっているような気がします。


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こちらが、天台宗行願寺の本堂です。
土足のまま上がり、線香とろうそくをあげました。
この行願寺は、平安時代半ば(1004年)に行円が建立しました。
本尊は、千手観音です。
元々は一条小川交差点付近にありましたが、
ここも豊臣秀吉の政策で移転してきました。

行円は浄土信仰の僧侶で、「市の聖」と呼ばれていた空也に対して
「革の聖」と呼ばれていました。
そのため、ここの別名が「革堂」となりました。


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では、行願寺を出ます。
門の向こうに、竹屋町通が見えますね。


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竹屋町寺町交差点の北西角に、八百屋さんがありました。
(緑のテントの店です)
万願寺唐辛子と伏見唐辛子が安く売られていました。


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竹屋町通から、寺町通を北に向きました。
約100m先に、丸太町通の信号が見えます。
さらにその先の木々は、京都御苑のものです。


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竹屋町寺町交差点から、約50m進みました。
左(西)側歩道に、「丸竹」という居酒屋さんがあります。
たぶんここが丸太町通と竹屋町通との間だからでしょうね。


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その「丸竹」の前から、寺町通の東側歩道を見ています。
ここから東に、竹屋町通が伸びています。
(竹屋町通も、筋違いになっています)
その北側に、神社が見えます。今度は、そちらに向かいます。


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こちらは、下御霊神社です。この辺の産土神ですね。
今から、ここをくぐります。


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鳥居の左手に、手水舎があります。
周囲にペットボトルが並んでいますが、
たくさんの方がここの水を汲みに来られていました。
(フレームの外に、何人もの人がいらっしゃいます)
ここは「感応の水」と呼ばれて、1770年の干ばつの際に
当時の神主が夢のお告げで掘り当てたそうです。
京都市街地にはおいしい水が湧く井戸が何か所かありますが、
ここもその一つです。
(他に、第64回ブログで紹介した烏丸錦上るにある「御手洗井」、
第158回ブログで紹介した錦天神境内の「錦の御神水」があります)


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「感応の水」の右(北)側に、猿田彦神社と稲荷神社がありました。
どちらも、ここの末社ですね。


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こちらが、拝殿越しの下御霊神社本殿です。
御祭神は、八人の御霊(みたま)です。
いづれも早良親王など無実の罪で処刑された人々です。
平安時代は、御霊信仰がさかんでした。
非業の死を遂げた人は、この世に強い怨念を持ち
人々に疫病をばら撒くと考えられていました。
ただし、その怨霊のために祠を建てると
御利益のある神様に転嫁すると考えられていました。
そのための神社が「御霊神社」です。
京都には、そのような神社がいくつかあります。
元々はもっと北の方にありましたが、(上御霊神社の南隣)
安土桃山時代にここに移転してきました。
江戸時代以降は、この辺りの土地神様としての信仰も集めました。


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では、下御霊神社を出ます。また、寺町通を北上します。
丸太町通まで、あと少しです。


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下御霊神社を出た所で、寺町通の西側歩道を見ています。
路地が見えますが、つい最近までこの路地の奥に銭湯がありました。


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下御霊神社の前で、寺町通を北に向いています。
丸太町通まで、あと50mもありません。


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丸太町通へ向かう途中に、このような碑が立っていました。
横井小楠は維新十傑の一人でしたが、1869年に暗殺されました。


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そして、丸太町寺町の交差点まで来ました。
道の向こう側に、京都御苑が見えます。
寺町通の銀杏並木も、ここで終わります。
ここから北の寺町通は、「京都御苑の東端」という特徴になります。
ただ、その辺りは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、このまま寺町通を北上します~

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第163回 御所の東の清荒神さん~寺町通南から北~その10

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約1週間ぶりの丸太町寺町交差点です。
目の前に、御所(京都御苑)の茂みが見えます。
今回もここから寺町通を北上して、荒神口通まで進みます。
御所の東側を散策しながら、「清荒神さん」を目指します。
撮影日は、2013年11月4日振替休日の月曜日午後2時。
この日は一転曇り空です。


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寺町通から、丸太町通を西に向いています。
右(北)側に広がる京都御苑の手前に、
「御幸町通」や「麩屋町通」の標識が見えます。
ここより西の道は、すべて丸太町通が最北端になります。
この丸太町通がかつての「一条通」に当たり、
旧平安京では、ここが最北端でした。


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今度は寺町通から、丸太町通を西に向いています。
約150m先に河原町通がありますが、
ここをずっと進むと鴨川を越えて平安神宮最北端になります。
ちなみに、この辺りは毎年行われる駅伝のコースになっています。


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では、丸太町通を渡り寺町通を北上します。
ここで、「京都市中京区」から「京都市上京区」になります。
この日は休日なので、かなりの人出でした。


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丸太町通の横断歩道を渡り切りました。
ここからの寺町通は、京都御苑最東端の道になります。


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丸太町通から、寺町通を北に約20m進みました。
左(西)側に、細長い駐車場があります。
また、右(西)側に白い教会のチャペルがあります。
次は、そちらに向かいます。


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さらに寺町通を北に約50m進みました。
こちらは、「京都キリスト教団洛陽教会」です。
植木がきれいな教会ですね。


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洛陽教会の北隣に、たくさんの方々がいらっしゃいました。
こちらは、「新島襄記念館」つまり新島襄の終の棲家で
同志社発祥の地です。
今年のNHKのドラマ「八重の桜」のおかげで、
たくさんの方が訪れています。
おかげで、中を見るには予約が必要となりました。
自分は予約していないので、先を急ぎます。


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「新島襄記念館」の北側に、このような表札がありました。
「下切通し通」は、寺町通から東にたった50mだけの道です。


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下切通し通から、寺町通を北に向いています。
約30m先に、「京都市歴史資料館」の看板があります。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、「京都市歴史資料館」です。この日は閉館していました。
中はあまり広くなくて、展示場もそれほど大きくありません。
ただ、京都の歴史に関する膨大な資料を所蔵しています。
自分も、ここに京都府内の「発掘調査報告書」をよく読みに来ました。
特に、南山城地方の弥生遺跡に関する資料がたくさんあります。


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「京都市歴史資料館」の前から、寺町通を北に向いています。
左(西)側の植え込みの向こうは、駐車場になっています。
先ほども書きましたが、自動車も歩行者もいつもより多めですね。


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「京都市歴史資料館」から、寺町通を北に約100m進みました。
左(西)側に、京都御苑への入り口が見えます。


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こちらは、寺町通沿いの三つの門の最南端「寺町御門」です。
では、御門周辺の京都御苑を散策します。


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「寺町御門」をくぐり、京都御苑に入ってきました。
右(北)側に見えるのは、仙洞御所の塀です。
京都御苑はいくつかの施設に分かれていて、
それらが広い道に区切られています。
あまり奥まで行くと寺町通から離れてしまいますので、
この周辺だけ散策します。


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「寺町御門」から南を向きました。南南西に道が伸びています。
少しそちらに向かいます。


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「寺町御門」より南側は「富小路広場グランド」になっていて、
ここで草野球が行われていました。
周囲には、マツ以外にもカエデもたくさん植わっています。
ただ、この辺りのカエデはまだ完全な深緑でした。
紅葉まで、あと3週間はかかるでしょうか?
この写真は、クリックすれば拡大できます。


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先ほどの地点から、北に向きました。向こうは、仙洞御所の塀ですね。
では、「寺町御門」に戻ります。


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「寺町御門」に戻ってきました。
では、またここを再びくぐります。


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「寺町御門」をくぐると、
京都御苑に沿って細い道が北に伸びるようになります。
ここから寺町通と京都御苑との間に、細長い藪が続くようになります。
そのため、京都御苑沿いに別の道が伸びるようになります。


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寺町通に戻ってきました。また、ここから北上します。
右(東)側に見えるのは、京都府立鴨沂高校ですね。


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「寺町御門」前あたりで、寺町通を北に向いています。
左(西)側の藪の向こうに、京都御苑があります。
では、右(東)側の京都府立鴨沂高校に沿って歩いていきます。


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「寺町御門」から、寺町通を北に約70m進みました。
こちらが、京都府立鴨沂高校正門です。
今は男女共学の府立高校ですが、
元々は1872年(明治維新で学制発布の年)に創立された
日本初の女学校でした。(旧名称は、「京都第一女学校」)
この日は休日のせいか、誰もいないようです。


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さらに寺町通を北上します。
こちらから見ると、京都府立鴨沂高校の塀はなかなか味があります。
高校の正門から北に約60m先に、荒神口通との角が見えます。


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寺町通を北上して、荒神口通との角に来ましました。
ここから東に、荒神口通が伸びています。


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寺町通から、荒神口通を東に向きました。
この荒神口通はここから東に伸びていて、
河原町通を越えて鴨川東岸の川端通まで続いています。
ここから見ると、右(南)側にある鴨沂高校の桜の葉が
だいぶ色づいていきました。
今から、ここを進んでいきます。


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寺町通から、荒神口通を東に約100m進みました。
こちらは、清荒神護浄院です。
京都人は、「清荒神さん」と呼んでいます。
この「荒神口通」の語源になった寺院ですね。
では、こちらに入っていきます。


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「清荒神さん」の門に、このようなものが貼られていました。
ここは密教系(天台宗)の寺院なので、護摩焚などがさかんなようです。


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門を入ってすぐ右手「清荒神」の壁に、
このような大きな絵馬が掛かっていました。
絵には、「荒神」が描かれています。
自伝によると、772年に開成皇子(桓武天皇の弟)が修行中に
この荒神に感得されてこの寺院を建てたそうです。


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門の左手には、延命地蔵尊がたくさんいらっしゃいました。
こちらにたくさんの方がお参りした跡があります。


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先に境内北側の「清荒神」にお参りします。
ここの側面に、先ほどの絵馬が掛かっていました。


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護浄院の本堂は、このように西側に細長く続きます。
左(北)から順に、弁財天、寿老人、准胝観世音菩薩、
不動明王(ご本尊)、歓喜天、薬師如来を祀っています。
元々は大阪府勝尾山にあったのですが、
室町時代に下京区高辻醒ヶ井に移転しました。
今の位置には1600年に移転しましたが、
これは豊臣秀吉の政策とは関係ありません。


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本堂の前に、このような塚がありました。
ここには、1772年生誕の光格天皇の胞衣が埋まっています。
(明治天皇の曽祖父です)


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その塚の北側には、道祖神がいらっしゃいます。
夫婦神で表されていますので、「夫婦円満」の御利益もあるそうです。


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では、「清荒神さん」を出ます。
また、寺町通を目指します。


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「清荒神さん」から、荒神口通を東に向いています。
このすぐ先に河原町通があって、そこが「荒神口」交差点です。
今回は寺町通から来ましたが、
普通はバス停経由で河原町通から参拝者は来られます。


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今度は、荒神口通を西に向きました。
先ほどの「鴨沂高校の桜」の約100m向こうに、寺町通があります。
では、今度はこちらに向かいます。


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「荒神さん」から寺町通に戻る途中に、このような看板がありました。
平安時代中期に、藤原氏が建てた浄土信仰の寺院は
「法〇〇寺」という名称になることが多いですね。


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荒神口通から、寺町通を北に向いています。
またここから北に向かいますが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
この続きは、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、梨木神社にお参りします~

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第164回 梨木神社でお茶会~寺町通南から北その11~

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荒神口通から、寺町通を北に向いています。
左(西)側の藪の向こうに、京都御苑があります。
今回はここからすぐ北にある梨木神社に行きます。
撮影日は、2013年11月4日振替休日月曜日の午後3時。
ここのところ曇り空が続き、気温もどんどん下がっています。


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荒神口通から、寺町通を北に約70m進みました。
右(東)側に民家が並び始めました。
前回ブログでも書きましたが、
この日は休日だったので人出が多かったです。


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その民家の様子です。
左手の土塀も寺院の物ではなく、普通の民家です。
右手の民家も空家に見えますが、
電気が付いていたので生活されているのでしょう。


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今回ブログ最初の地点から、北に約200m進みました。
左(西)側の藪が途切れて、大きな鳥居が見えます。


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鳥居に近づいていくと、京都御苑に入る門が見えてきます。
こちらは、寺町通二つ目の清和院御門ですね。
その右(北)に見えるのは、梨木神社の鳥居です。


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寺町通を西に渡りました。
左(西)側に清和院御門が見えますが、
先に右(北)側の梨木神社に入っていきます。


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梨木神社の位置の鳥居をくぐって、北に進んでいます。
一の鳥居から二の鳥居までは約100mあって、
大きな木々が生い茂っています。
(下の方が駐車場なので、「鎮守の森」という気がしませんが)


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ここはまだ一の鳥居と二の鳥居の間です。
ここの木々は大きなクスノキが多いのですが、
中にはこのようにカエデもけっこう混じっています。
もう少しするとここも紅葉できれいになるのでしょうね。
(撮影日の2013年11月4日段階では、まだまだ青葉です)


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一の鳥居からもうすぐ二の鳥居なのですが、
地面に目を向けると自動車の間に小さな木が生えていました。
上を見ると、大きなクスノキの枝があります。
恐らくそこから種が落ちて、このように生えてきたのでしょう。
この木も、あと50年すれば立派なクスノキになるのでしょうね。


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そして、梨木神社の二の鳥居をくぐります。
この日は上京区婦人会のイベントが開かれていて、
かなりの人手になっていました。


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梨木神社の二の鳥居をくぐると、
左(西)側に萩の木々が生い茂っているのが見えます。
ここは、萩で有名な神社です。毎年9月に萩まつりが行われています。
この写真は、クリックすれば拡大できます。


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萩が生い茂るところを通り過ぎ、
梨木神社境内をさらに北に進んでいます。
社務所から本殿の間には、参道の両側にカエデが生い茂っています。
今年(2013年)の見ごろは、12月初旬でしょうね。
そのころには、ここは絶景に変わっているでしょう。


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本殿の右(東)側に、紫色の花が咲いていました。
こちらも萩?それともホトトギス?
花の名前は知らないものも多いので、よく分かりません……


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二の鳥居からだいぶ歩いて、本殿に近づいてきました。
この辺りは左右のカエデが上の方で重なり合って、
まるでドームのようになっています。
ここもあと数週間で絶景ですね。
ここもクリックすれば、拡大できます。


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いよいよ梨木神社本殿の前にやって来ました。
ただ、参拝の前に……


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本殿左(西)側の手水舎に寄ります。
こちらは井戸水で、飲むこともできます。
実はこの水は「京都山名水」の一つ「染井の水」です。
この周囲には、たくさんの方々がいらっしゃって
ペットボトルでこの水を持って帰られていました。
(一人5ℓまでだそうです)


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こちらが梨木神社の本殿です。
カエデに囲まれて、紅葉になると幻想的になるでしょうね。

梨木神社は、明治時代初期に公家屋敷跡に建てられました。
(この辺りが旧梨木町だったのが名称の由来です)
御祭神は、三条実萬・三条実美父子です。
幕末に討幕運動を行った勤王の志士のリーダー格ですね。
三条実萬は、右大臣で国学者としても有名でした。
三条実美は、1885年内閣制度が成立するまで太政大臣でした。
彼らが公家の立場から長州藩などと協力して
江戸幕府を滅亡させていきました。


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参拝を終えて、本殿に背を向けています。
では、こちらを南に進み社務所の方に戻ります。


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二の鳥居の手前まで戻ってきました。
ここも萩とカエデが生い茂っています。
この写真も、クリックすれば拡大できます。

たくさんの方がくつろいでいますが、
この日は京都市上京区の婦人会が主催して、
ここで抹茶を飲めるようになっていました。
自分も、会費500円を払って参集殿の方に行きました。


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参集殿に入るとなぜか畳の上にイスとテーブルが並んでいて、
そこに何人かの方が座っていました。
そこには臨時の茶席が設けられていて、
和服姿の男性と女性が茶をたてていました。
自分も案内された席についてしばらく待っていると、
このようなお茶と菓子がやって来ました。

室内はさすがに遠慮があるのですが、
許可をもらったのでお茶と菓子だけ撮りました。
菓子の饅頭は、中に柑橘系の果肉が練り込んでありました。
(たぶん柚餡です)
抹茶はかなり濃い茶だったのですが、
苦味よりも甘みが先にくるようになっていました。
立てる人次第でここまでおいしくなるのかと実感しました。


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この茶会は、毎年11月に開かれるそうです。
「来年もお越しください」
とおっしゃっていました。

二の鳥居から南を向いて、一の鳥居を見ています。
では、ここから一の鳥居まで歩いていきます。


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先ほどの写真から100mほど南に進み、一の鳥居をくぐり抜けました。
そこから西を向くと、京都御苑の清和院御門が見えます。
今度はここから少し京都御苑の中に入ってみます。


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清和院御門から、京都御苑の中に入ってきました。
右(北)側の桜が見事ですね。
左(南)側の塀は、大宮御所のものです。
後水尾天皇の御殿であった仙洞御所と隣接しているのは、
この大宮御所が元々後水尾天皇妃の御殿だったからです。
(仙洞御所は、前回ブログに出てきました)


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先ほどの桜の木の脇に、公衆便所があります。
その公衆便所の横から、北に伸びる細い道がありました。
ここを進むと、京都御苑の主だった木々が見られるそうです。
(一種の植物園のようになっています)


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さらにその公衆便所から西に約50m進み、今度は北向きました。
突き当りに、京都迎賓館の門が見えます。
世界各国の王族や政治家が京都に訪れたとき、
ここに宿泊できるようになっています。


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では、そろそろ清和院御門に戻って
また寺町通を北上していきます。


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清和院御門をくぐって、西を向いています。
左(北)側に、先ほど訪れた梨木神社の一の鳥居が見えますね。
大きな木々と重なるように映っている鳥居が大好きなので、
実はけっこうこの写真は気に入っています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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前回ブログにも出てきた寺町御門からずっと北に伸びる梨木通です。
この道は、京都御苑の東側に沿って伸びています。
今はジョギングコースとして利用されますが、
昔はお公家さんが多く散策された道だったそうです。


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梨木神社の南側を横切り、ようやく寺町通に戻ってきました。
ここから、また北上します。


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清和院御門から寺町通まで戻って、北を向きました。
ここはちょうどT字路になっています。


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そのT字路の南東角に、このような表札がありました。
「上京区広小路通寺町東入」
そう書かれています。
広小路通は、ここから約100m先の河原町通までの短い道です。


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寺町通から、広小路通を東に向いています。
突き当りの河原町通にある大きな建物は、京都府立医科大学病院です。
その近くには、京都市バス「府医大前」バス停があります。


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今度は広小路通から、寺町通を北に向いています。
左(西)に見えるのは、梨木神社の社務所です。
今回ブログで先ほど立ち寄ってところですね。


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広小路通から、寺町通を北に約100m進みました。
恐らく左(西)側は、梨木神社の本殿の辺りです。
少し先に、廬山寺の塀が見えてきました。
次はその廬山寺に向かうわけですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、廬山寺などいろいろ周辺寺院を回ります~

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第165回 廬山寺は紅葉の始まり~寺町通南から北~その12

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寺町通をずっと北上して、天台圓浄宗廬山寺にやって来ました。
この辺りは京都御苑を初め紅葉の名所が多いのですが、
ここもその一つです。
11月に入って気温が下がって、だんだん紅葉に染まってきました。
今回は、それをご覧ください。
撮影日は、2013年11月12日火曜日午後2時。
急に雨が降り出してきました。


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門をくぐると、すぐに手水舎がありました。
先ずは、手を清めます。


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実は、この後に門を入ったところにある
大師堂の写真を載せるはずだったのですが、
うっかり撮るのを忘れてしましました……
こちらは、その脇にいらした「べんつる」さんです。
最近歯が痛いので、頬を撫でさせていただきました。


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本堂の南側から、裏手に回ります。
ここ数日気温が下がったために、カエデも急に赤くなってきました。


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こちらは、廬山寺の鐘楼です。
その横にあるカエデの枝ぶりが見事ですね。


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こちらは、庫裏の手前のカエデです。
こちらの木が、一番色づきがよかったですね。
多分、紅葉は日差しがどれだけあたるかが
色づきのきれいさを決めるみたいですね。


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こちらは、「筆塚」です。
実は、この地は平安時代は紫式部邸でした。
源氏物語の大部分は、ここで書かれたようです。
(滋賀県大津市の石山寺などでも書いていたようですが)


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拝観料500円を払えば、庫裏から廬山寺の中に入れます。
中の庭園目当てに、ちょっとここも寄っていきます。


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拝観料を払って中に入り、右(東)を向きました。
こちらに、このような石庭があります。


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本堂内部は、ご本尊の阿弥陀如来像と紫式部関連品が並んでいました。
さらに江戸時代にここは皇室のための寺院だったので、
光格天皇初めたくさんの皇室関連品も展示されていました。

ご本尊の阿弥陀如来の前に、このような席が設けられています。
ここの角度からが、この石庭のベストポジションです。


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その席に座って、源氏庭を見ています。
この季節は、紅葉だけでなく苔もきれいな色になります。

この背中に、ご本尊の阿弥陀如来がいらっしゃいます。
この寺院は、天台宗や浄土宗など
様々な宗派が合祀されて「天台圓浄宗」となっています。
鎌倉時代にたくさんの寺院を管理されていた僧侶がいて、
その方が全てを合祀させたようです。
元々船岡山の方にありましたが、
豊臣秀吉の政策によりここに移転しました。
(寺町通のほかの寺院と同じです)

江戸時代には皇室の深い信仰を集めて栄えましたが、
明時代初期の廃仏毀釈により
いったん天台宗の預かりとなった後、
明治天皇の勅書で再興されました。


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左(東)側にある御尊牌殿の脇に、見事なカエデの木がありました。
この写真はクリックすれば、拡大できます。


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本堂と大師堂との間に、このような坪庭がありました。
ここのカエデはまだまだ青いですが、
桜はしっかり色づいています。
屋根の上にある落葉に、風情がありますね。


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廬山寺を一通り見て回りました。
では、ここから出て寺町通を北に向かおうと思います。


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廬山寺を出ると、寺町通の向かいに梨木神社が見えました。
あの位置から北を向くと、本殿が見られます。
(前回ブログで紹介しました)


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廬山寺から、寺町通を北に向いています。
では、ここからまた北に進んでいきます。


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廬山寺から、寺町通を北に約70m進みました。
梨木神社の北側は、細い道を隔ててマンションが建っています。
そして、廬山寺の北隣はまた寺院になります。
(ここのところ、寺院が建ち並んでいます)


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梨木神社とマンションの間にある細い道を撮りました。
向こうに、京都御苑が見えます。
突き当りにある梨木通は、
この辺りになると自動車が通れる太さになります。


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今度は反対(東)側を向きました。こちらは、浄土宗の清浄華院です。
次は、こちらに入っていきます。


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清浄華院の門をくぐりました。
こちらの境内は広いのですが、中は駐車場にもなっています。
比較的新しい建物が多い寺院です。


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こちらは門を入ってすぐの手水舎です。
「再建」と書かれていますが、だいぶ新しいもののようです。


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手水舎の東側に、鐘楼がありました。
こちらもだいぶ新しいものです。


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こちらは、天明の大火で亡くなった方への供養塔です。
この大火では、この寺院初め寺町通の多くの寺院も焼失しました。


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その供養塔の後ろに、清浄華院の本堂があります。
ご本尊は、阿弥陀如来です。
この寺院の沿革は諸説ありますが、
鎌倉時代中期には皇室とのつながりを持ち
浄土宗ではむしろ知恩院よりも大きな勢力を持っていたようです。
それが応仁の乱以降に衰退し、江戸時代には
知恩院が浄土宗の本山としての役割を果たすようになりました。
ただ、江戸時代以降も皇室との関係が深く
様々な方のお墓がこちらにあります。


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本堂脇に、春光院の供養塔がありました。
(供養塔なので、遺骨は入っていません)
薩摩藩主島津重豪の側室で、
江戸幕府第13代将軍徳川家定の正室「篤姫」の曾祖母です。


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こちらが、たぶん阿弥陀堂です。(詳しい地図が手元にないので……)
末寺の一つ松林院のかつての本堂です。
こちらに、幕末に京都守護の松平容保が逗留していました。
(新撰組の直属の上司ですね)


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では、清浄華院を出ます。
こうして見ると、だいぶ紅葉に染まってきましたね。


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清浄華院の前で、寺町通を北に向いています。
では、またここを北に進みます。


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清浄華院のから寺町通を北上すると、北隣に本禅寺があります。
次はそちらに向かうのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、本禅寺と京都御苑の北側を散策します~

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第166回 京都御苑の北側~寺町通南から北~その13

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京都御苑の東側を貫く寺町通を北上しています。
清浄華院を通り過ぎ、今出川通までもうすぐです。
今回はここから本禅寺や石薬師門周辺の京都御苑を散策します。
撮影日は、2013年11月14日木曜日午後3時。
そろそろ雨も上がってきました。


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末寺などをはさんで清浄華院の北隣に、
日蓮宗陣門流本山本禅寺があります。


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本禅寺の門をくぐりました。
すぐ左(北)側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
先ずは、こちらにお参りします。


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こちらが本禅寺の境内になります……
と言いますか、いくつかの施設は残っているものの
自動車が停まっている所の方がずっと広いですね。


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次に、本禅寺南側の末寺です。
こちらに至っては全面的にアスファルトが敷かれ、
自動車一台分の白い線が引かれています。
もう完全に「駐車場」ですね。
(ちなみに、この東側のもう一つの末寺は
本堂もあって普通の寺院でした)


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こちらは、本禅寺の釈迦堂でしょうか?
金銅釈迦如来立像が安置されていて年二回(4月と10月)開帳されます。


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こちらが、日蓮宗陣門流本山本禅寺の本堂です。
ここは、この寺院の開祖日伝によって1406年に建立されました。
日伝は、元々本圀寺(第119回ブログで紹介しました)にいましたが、
兄弟子と宗旨問答で対立し独立して陣門流を開きました。
この寺院は初めもっと北の方にあったようなのですが、
豊臣秀吉の政策でここに移転してきました。
(この辺のほかの寺院と同じ経緯です)
江戸時代は大久保彦左衛門の帰依を受け、
小田原藩とも深い関係にありました。


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では、本禅寺を出ます。
門の向こうは、寺町通です。


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本禅寺から、寺町通を北に向きました。
左(西)側に見えるのは、同志社大学の施設です。
(今出川通に、同志社大学の施設が集中します)
右(東)側が本禅寺の土塀なのですが、
そこには「月極め駐車場」という看板がありました。
やはりここは、「寺院」というよりも
「駐車場」として機能しているようですね。


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本禅寺の門から、寺町通を北に約70m進みました。
本禅寺を通り過ぎると、右(東)側も民家や雑居ビルが並びます。
左(西)側に樹木が並んでいますが、
その向こうに京都市立京極小学校の校舎があります。


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こちらが、京都市立京極小学校の正門です。
この校名も、この寺町通が
かつて「東京極通」(ひがしきょうごくどおり)だった名残でしょうね。


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本禅寺の前から、寺町通を約150m北に向かいました。
京都市立京極小学校の北側から、西に進む道があります。
今から、そちらに向かいます。


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こちらは、その道との南西角です。
ここに、上京消防団京極分隊の詰め所がありました。


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寺町通から、先ほどの道を東に向きました。
ずっと先に進むと、河原町通に出られます。


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今度は、西を向きました。
手前のショウウィンドウの店はここで洋服を売っています。
ここには、高級料亭も隣接しています。
この道は、京都御苑の門で突き当たっています。
今から、ここを歩いていきます。


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寺町通から、西へと約70m進みました。
では、今からこの石薬師門をくぐって京都御苑に入っていきます。


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京都御苑の石薬師門をくぐりました。
ここは、京都御苑のほぼ北東端になります。
門をくぐると、いきなり大きな桜の木が現れます。
この木の葉は、もう落ち始めています。
枝ぶりが見事なので、クリックすれば拡大できるようにしました。


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石薬師門をくぐり、すぐに左(南)を向きました。
ここから南に進むと、京都迎賓館の東側を通って
第164回ブログに出てきた京都御苑のあらゆる樹木がみられる道に
進むことができます。


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石薬師門から西に進む道は、
両脇に松が並んでいるものの桜並木も続いています。


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石薬師門から右(北)側は、野球ができるグランドになっています。
(同じ京都御苑内の「富小路公園」の半分以下の広さですが)
とは言え自分が小学生のころは、野球をするといえば
京都女子学園のグランドかここでした。


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松や桜に混じって、カエデもたくさん並んでいます。
ようやくカエデも色づいて、きれいになりました。
平日ということもあって、
落ち葉の処理をされる作業員がいらっしゃいました。


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辺り一面で鳴き声が聞こえてきましたが、
周囲を見るとカラスが一羽道の中央に歩いてきました。


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そして上を見上げると、木の上にもカラスがいました。
こちらも、大声で鳴いていました。


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では、そろそろ石薬師門に戻ります。
だんだんとですが、晴れてきました。


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石薬師門の脇に、ネコがいました。
野良猫でしょうか、それとも飼い猫でしょうか?


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奥に行くと、さらに二匹出てきました。
どうやら、野良猫が仲良くここに住んでいるようです。


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石薬師門をくぐり、京都御苑を出ました。
目の前のとおりは、梨木通です。
この辺りになると、もう完全に普通の道です。


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石薬師門から、梨木通を南に向きました。
右(西)側は京都御苑の生け垣で、
左(東)側は京都市立京極小学校の校舎です。


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今度は北を向きました。
左(西)側が、京都御苑の生け垣になります。
寺町御門付近ではジョギングコース程度だったものが、
もう2車線の道幅になっています。


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石薬師門から、東に約70m進みました。
突き当りが、寺町通になります。
(東へは、少し南にずれます)


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寺町通に戻って、北を向きました。
左(西)に見えるのは、高級料亭です。
そろそろ向こうを見ると、今出川通が見え始めました。


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こちらは、近くのマンションの入り口です。
石燈籠が面白かったので、撮りました。


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そして、いよいよ今出川通との交差点にまで来ました。
この今出川通が、京都御苑最北端の道になります。
平安京の北端はとうに過ぎましたが、
豊臣秀吉による京都市街地は、もう少し北まで伸びていました。
寺町通はもう少しだけ北の方に続いていますが、
それはまた別の機会に書きます。

今回は、ここまでです。

~次回は、伏見稲荷大社に紅葉見物です~

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第167回 紅葉の伏見稲荷~深草紅葉散策~その1

11月も下旬になって、京都にも紅葉の季節がやって来ました。
一昨年は東福寺、昨年は東福寺と嵯峨野嵐山を回りましたが、
今年は少しイレギュラーなところを回ります。
伏見稲荷大社から始めり、そこから南下して
攝取院→ぬりこべ地蔵→石峯寺→宝塔寺→嘉祥寺→真宗院と
伏見区深草東部を回ります。
「本町通編」でも回りましたが、
今度は紅葉をメインに回ってみたいと思います。
この時期にたくさんの人で賑わう嵯峨野嵐山と違い、
まったく「観光地化」されていない紅葉の名所を巡ります。


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今年4回目のJR奈良線「稲荷」駅です。
ここ数日の冷え込みで、周囲の木々が一気に赤く染まりました。
今回はこの駅から伏見稲荷大社に向かいます。
撮影日は、2013年11月23日土曜日勤労感謝の日午前11時。
久しぶりにぽかぽか陽気の日でした。


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電車を降りて、すぐに南を向きました。
今まで乗っていた電車が、奈良方面に去っていきます。
この向こうに踏切があって、
その周辺に次々回ブログで訪れる予定の攝取院があります。


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JR奈良線「稲荷」駅のホームに、このような看板がありました。
実はJR琵琶湖線は、明治時代はもっと南を通っていました。
(現在の新幹線が通っている大岩街道付近です)
その辺りから京都駅に向けて伸びていたのが、元々のこの路線でした。
当時使われていたランプ小屋が、この看板の裏にあります。


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では、改札口を抜けて駅舎を出ます。
東福寺ほどではありませんが、
この日もたくさんの方々が乗降していました。


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こちらは、駅舎の出口から東を見たものです。
本町通をはさんで、JR奈良線「稲荷」駅の向かいに
伏見稲荷大社がありました。


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この日の本町通は、いつも以上に渋滞していました。
では、そこを渡って伏見稲荷大社の参道を歩いていきます。


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大きな赤い鳥居の根元に、カエデの木が植えてありました。
ここのカエデは、枝が低いので華やかですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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JR奈良線「稲荷」駅から本殿への参道を東へ歩いています。
赤く色づくカエデ並木が見事ですが、
こちらは昔からあったものではありません。
第5回ブログで紹介した「1300年祭」による大改修の際に
植えられたものです。
まだ細くて短い木ですが、日光が十分に当たっているので
鮮やかな色に染まっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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参道の途中に、小さな末社が並んでいました。
左から、「熊野社」「藤尾社」「霊祖社」です。


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末社の前から東を向きました。神社の楼門が、もうすぐです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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楼門の北側に手水舎があります。
門をくぐる前に、ここで両手を清めます。


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では、いよいよ伏見稲荷大社の楼門をくぐります。
この日は、中国語を初め英語やスペイン語が飛び交っていました。
様々な国の方が参拝されています。


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伏見稲荷大社の楼門をくぐりました。
拝殿の向こうに、本殿が見えますね。


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拝殿の右(南)側に、東丸神社があります。
そして、その西隣にはこの神社の御祭神荷田春満の旧宅があります。


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こちらが東丸神社の境内です。
伏見稲荷大社の境内に鎮座されていますが、
末社というわけではありません。
御祭神は、江戸時代に国学を考え出した荷田春満です。
「学問の神様」なので、初詣の際は受験生でいっぱいになります。
気のせいか、ここ数年で急に参拝者が増えました。


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東丸神社の東側に、南へと続く細い道があります。
ここを進むと、次々回ブログで訪れる予定の
ぬりこべ地蔵や荷田春満のお墓に通じています。
ただ、今回は別ルートで行きますので、この道には進みません。


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東丸神社の前から、北東に向きました。
この先に、伏見稲荷大社の本殿があります。
では、今からそちらに向かいます。


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こちらが、伏見稲荷大社の本殿です。
ここのところ、最低でも半年に一回は来ていますね。
この日は、「勤労感謝の日」でした。
要するに、戦前の「新嘗祭」ですね。
農耕神でもあるこの神社でも、
この日は様々な神事が行われていました。
(諸事情により、その辺は避けて取材しています)


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伏見稲荷大社の本殿から、北東に抜けていきます。
向こうに大きな鳥居が見えますが、
そちらの方に向かっていきます。


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こちらは、本殿の真裏になります。
社も祠もない所に、祭壇だけあります。
こちらは、稲荷山自体がご神体になります。
つまり、ここから先が稲荷山の霊場になります。


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ここは、先ほどの写真で写っていた赤い鳥居です。
稲荷山に入るには、ここを通ることになります。
この辺りも、だんだんと紅葉に染まってきました。
ここもクリックすると、拡大できます。


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その鳥居をくぐり石段を上ると、
左(北)側にまた小さな末社が並ばれます。
こちらに、日本中の様々な神様とともに
秦氏や荷田氏の祖霊神が祀られています。


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石段を上がると、末社の玉造稲荷で神事をされていました。
たくさんの方が見守っておられましたが、
そこを尻目にさらに石段を上がっていきます。


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石段を上りきると、その先にたくさんの鳥居が並んでいました。
こちらが、「千本鳥居」ですね。
今からこちらに向かうわけですが、
ちょうど切れがいいのでここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、千本鳥居を通って奥院まで進みます~

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第168回 稲荷山の千本鳥居~深草紅葉散策~その2

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伏見稲荷大社の本殿裏の石段を上ってきました。
目の前の祠の右(南)側に、赤い鳥居が並んでいます。
ここから始まる「千本鳥居」は、
この稲荷山全体の山道に続いています。
今回も手前の奥院まで進み、JR奈良線「稲荷」駅に戻ります。
(本格的な稲荷山登山は、次の初詣のときに考えています)
撮影日は、2013年11月23日勤労感謝の日の土曜日午前11時15分。
晴れているせいか、いつもより写真が明るくなっています。


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「千本鳥居」の入り口です。
ここに来られる方は先ずここから写真を一枚撮られることが多く、
そのためここにこのような空間ができました。
自分も、その方々に混じって一枚撮りました。


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千本鳥居を約50m進みました。
ずっと続く山道に、どこまでも鳥居が並んでいます。
実は、この左(北)手に祭場があって広場になっています。
特に立ち入り禁止になってはいませんが、
だれも気付かずに素通りされています。


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さらに約50m進みました。
鳥居の道が二手に分かれていて、どちらも奥院に通じています。
作法としてどちらを進むべきかよく聞かれるのですが、
実は正しい道順などは特に決まっていません。
自分は、小さいころからの習慣で左の道を進みます。


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二手に分かれてから、約20m進みました。
こちらの道は、短いぶん急な坂道です。
この辺の鳥居は小さい分、数が多くなっています。
多分、この辺りが一番鳥居が密集しています。


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さらに約50mほど進みました。
前回ここに来た2013年6月29日は日差しがかなり強かったのですが、
この辺りはもう少し暗かったように思います。
これだけ明るいと、いつもと違う印象を持ちますね。
(第135回ブログ参照)


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さらに5mほど進むと、この鳥居が途切れます。
そして少しだけ広くなったところに小さな社があります。
こちらが、今回の目的地である奥院です。


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こちらが奥院です。ますは、ここにお参りです。
稲荷山は、数千年前から霊場だったようです。
要するに、ここ一体が共同墓地だったわけです。
ですから、稲荷山登山は単なる山登りではなく
小さな社や祠・塚をお参りする巡礼になります。


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奥院の左(北)側に、さらに上に続く道があります。
ここを進むと、三辻経由で四辻まで行けます。
ただし、今回もここから先には登りません。


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奥院の社の右(南)側に、小さな祠があります。
次は、そちらに行ってみます。


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こちらが、その祠です。
中には石燈籠があって、その上のまるい石を持って
軽いと思えば願いがかない、
重いと思えば願いがかなわないと言われています。
この「おもかる石」に前回は挑戦しましたが、
今回は人が多いのでここから撮るだけにします。


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「おもかる石」から、反対(西)側を向きました。
この辺りには、たくさんの方々がいらっしゃいます。
実は、日本語以外にも中国語や韓国語が飛び交っていました。


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では、ここから境内の方に戻ります。
今度は左(南)側の道を進みます。


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左側の道を約20m進みました。
こちらも、鳥居の密度が濃いですね。
さすがに、こちらはだいぶ暗く写っています。


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それでも、すぐにまた日差しが強くなりました。
すると、ここも急に明るくなりました。


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こちらは、緩やかでまっずぐな道が続いています。
その分こちらは長くなっています。


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そろそろまた二本の道の合流点になります。
すると、また道が太くなって鳥居も高くなります。


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二本の道の合流点で、北を向きました。こちらに抜け道があります。
実は、稲荷山山中にはこのように鳥居が全くないルートもあります。
こちらを通ると、三辻までの道がショートカットされます。


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では、「千本鳥居」の道を通って境内の方に戻ります。
もう100mで、今回ブログの最初の地点です。


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「千本鳥居」の道を歩いて、境内の方に向かっています。
そろそろ11時半なのですが、さらに混んできました。


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「千本鳥居」の最西端に着きました。
この時間帯は、帰る人よりもこれから山に登る人の方が多いですね。


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「千本鳥居」を出ました。
今回ブログの最初の地点の反対を向いています。
やはり、ここに入る人は最初に立ち止まりますね。


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では、石段を降りて境内の方に向かいます。
初詣のときは、この辺りに
スープ肉まんやケバブの露店が並びますが、
それ以外の時期はこの2軒だけになります。
これだけ人出があるなら、露店を並べてもいいように思いますが……


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石段を降りました。
古着屋とドライフルーツの露店を通り過ぎ、さらに石段を下ります。


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さらに石段を下ります。
目の前の鳥居が、稲荷山と境内との境目です。


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赤い鳥居をくぐって、伏見稲荷大社境内に入ってきました。
左(南)側に本殿があって、右(北)側に社務所があります。
では、ここを西に進み境内を通り抜けます。


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本殿の北側の道を西に進んでいます。
右(北)側に、神具や伏見人形を売っているお店があります。
ただ、最近はだんだんお土産屋さんのようになってきています。


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先ほどの道を約50m進みました。
石段を下りると突き当りになって、
右に行くと御幸通(裏参道)で、左に行くと表参道です。
では、手水舎の前を通って表参道を通ります。


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表参道に戻ってきました。紅葉の赤が映えますね。
では、ここを通って伏見稲荷大社を出ます。


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伏見稲荷大社の表参道は、約100mあります。
突き当りが本町通で、このすぐ左にJR奈良線「稲荷」駅があります。
これで帰ってもいいのですが、
今回はここからさらに南に進んで紅葉見物をしたいと思います。
ただ、それは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、攝取院の後ぬりこべ地蔵と荷田春満のお墓参りをします~

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第169回 ぬりこべ地蔵のカエデ~深草紅葉散策~その3

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伏見稲荷大社の参道を西に向いています。
目の前に本町通があって、少し先にJR奈良線「稲荷」駅があります。
今回は本町通にある攝取院(せっしゅいん)に寄った後、
その寺院の墓地に行きます。
こちらにいらっしゃるぬりこべ地蔵や荷田春満のお墓参りをします。
撮影日は、2013年11月23日勤労感謝の日の土曜日の正午。
こちらは、まだ青葉のところもありました。


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伏見稲荷大社の表参道の突き当りでJR奈良線「稲荷」駅の北隣に、
こちらのコンビニエンスストアがあります。
少しこちらにも寄ってみました。お目当ては、名物の豆大福です。
(その豆大福は、次々回ブログに出てきます)


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先ほどの地点で、南に向きました。
左(東)側は今まで歩いてきた伏見稲荷大社の表参道で、
右(西)側の横断歩道の先はJR奈良線「稲荷」駅です。
本町通が大渋滞になっています。
恐らくこの約100m先の御幸通(裏参道)との交差点で
人が多すぎて自動車がスムーズに進めなくなっているからです。
……とはいえ、あと1kmほど北の九条~十条間の方が
この時期は渋滞になります。(要するに、東福寺周辺です)
では、今回はこの本町通を南下していきます。


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伏見稲荷大社表参道から、本町通を南へ約50m進みました。
画材屋さんの「きりん画房」の前まで来ました。
この辺りまではいろいろお店も多いので、かなりの人混みになります。
(この右手に、第167回ブログに出てきた「ランプ小屋」があります)


169-5.jpg
「きりん画房」から、本町通をさらに約50m進みました。
この辺りはお店がほとんどないので、急に人混みがなくなります。
(伏見稲荷大社の門前町は、ここよりずっと北側に広がっています)
目の前に、小さな寺院が見えます。では、ここに寄ってみます。


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その寺院の北側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参ります。


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こちらが、その「小さな寺院」光明山攝取院です。
中に入ることはできませんが、
地蔵堂は本町通沿いにあって扉も開いているので、
本尊の腹帯地蔵尊に直接お参りができます。
(この寺院の詳しい縁起は、第133回ブログを参考にしてください)
こちらの腹帯地蔵尊は子宝のご利益があり、
江戸時代には日本中の大名家からの帰依を受け、
当時はかなりの勢力を誇っていました。
(当時から寺院の面積は、これくらいだったようですが……)


169-8.jpg
実は、今JR奈良線の踏切の上から写真を撮っています。
(この左側に、JR奈良線「稲荷」駅のホームがあります)
攝取院の北側に、東へと向かう細い抜け道があります。
次は、そちらの方に向かいます。


169-9.jpg
本町通から、この細い道を東に約20m進みました。
目の前のクリーニング屋兼雑貨屋の辺りから、
この細い道は急な上り坂になります。


169-10.jpg
先ほどのお店を通り過ぎると、この細い道は急に静かになります。
そして古い民家が続くので、この辺り独特の雰囲気になります。
先ほどの本町通とは、対照的ですね。


169-11.jpg
本町通から、せまく急な上り坂を約100m進みました。
北の方を向くと、大きな建物が見えました。
あちらは、伏見稲荷大社の参集殿食堂です。
予約すれば、食事と宿泊が安価で可能になります。


169-12.jpg
先ほどの地点から、さらに100m東に上ってきました。
ここで同じくらい細い道と交差します。


169-13.jpg
その四辻で、南を向きました。
この辺りの路地はなかなか雰囲気があって自分のお気に入りですが、
ここより南へうっかり足を踏み入れると、迷子になります。
実は、この先は道が急に途切れたり渦巻き状になったり複雑です。
この道を通られる際は、この写真のルートを通るようにしてください。


169-14.jpg
今度は同じ場所で北を向きました。
ここをずっと進むと、
第169回ブログで紹介した東丸神社の前の道に出ます。


169-15.jpg
さらに、東を向きます。今回は、この道をさらに東に進みます。
(つまり、今まで歩いてきた坂道をそのまま進みます)


169-16.jpg
先ほどの四辻から、さらに約100m東に進みました。
本町通から約300m東に進むと、この上り坂も突き当りになります。
そして、この突き当りで右(南)を向くと風景が一変します。


169-17.jpg
本町通から続いた細い上り坂の突き当りで南を向くと、
急に辺りが開けて一面の墓石になります。
ここは大昔からの墓地です。
ただ、この道は生活道路でもあるので、
近所の人間は普通にここを通り抜けていきます。
(自分も昔はよくここを自転車で通り抜けました)
ですから、地元民はあまり「怖い」という意識はありません。


169-18.jpg
墓地の東側を撮りました。
小さな小山になっていて、その頂上に様々な樹木が植わっています。
何本かの樹木の葉がいい具合に染まって、
とても荘厳な空気を作り出しています。


169-19.jpg
墓地の中央に、このような看板が立っていました。
要するに、ここは先ほど出てきた攝取院の墓地です。


169-20.jpg
本町通から東に伸びる急な上り坂を突き当りまで進み、
今度は攝取院の墓地を北から南に抜けようとしています。
墓地のほぼ中央に、(先ほどの看板はこの左にあります)
小さな小屋があります。
ここにはこの墓地を管理する方が詰めておられて、
ろうそくや線香を売ってくれます。


169-21.jpg
その小屋の南隣に、こちらのぬりこべ地蔵がいらっしゃいます。
小屋にいらっしゃる方にお願いして
ろうそくと線香をいただいて(合わせて100円でした)
こちらお地蔵さんにお参ります。
(こちらの縁起は、第133回ブログ参照です)
今歯痛が多少あるのですが、今回はお守りを購入しませんでした。
一年に何枚も同じお守りをいただくのも、どうかと思いまして……


169-22.jpg
ぬりこべ地蔵の前で、南を向きました。
この墓地にはもう一ヶ所目的地があるのですが、
そこに行くにはいったんここを出なければなりません。


169-23.jpg
ぬりこべ地蔵から、南に約10m進みました。
この墓地の中の道をずっと南に進んでいくと、
次回ブログの目的地石峯寺の前に出ます。


169-24.jpg
さらに墓地の中を南に約20m進みました。ここで墓地が終わります。
ここを真っ直ぐ進むと、約80m先に石峯寺があります。
ただ、その前に寄りたいところがあります。


169-25.jpg
攝取院の墓地の南端で、右(東)を向きました。
目の前に立派なお地蔵さんが何体かいらっしゃいますが、
こちらの由来はよく知りません。
では、今度はここを東に向かいます。


169-26.jpg
先ほどの地点から東に約20m急な坂道を上りました。
右(南)にススキが生えている崖の上は、深草墓園になります。
左(北)は、先ほどから登場している攝取院の墓地です。
この道をさらに東に登っていきます。


169-27.jpg
坂道を上っている途中で、左(北)を向きました。
攝取院の墓地に、寒椿が咲いていました。
初冬では代表的な花ですね。
この写真はクリックすると、拡大されます。


169-28.jpg
先ほどの四辻から、急な上り坂を東に約70m進みました。
ここで、攝取院の墓地も終わりです。
では、この地点で左(北)を向きます。


169-29.jpg
同じ地点で、北を向きました。
右側の黒い墓石が、荷田春満のお墓です。
では、そちらの方に向かいます。


169-30.jpg
先ほどの写真はお墓の裏側だったので、今度は回り込んで撮りました。
こちらが、荷田春満(かだのあずままろ)のお墓です。
江戸時代に「国学」を作り出した学者で、
第167回ブログに出てきた「東丸神社」の御祭神でもあります。
ぬりこべ地蔵の北隣の小屋で
追加のろうそくと線香を購入していたので、ここでお参りします。


169-31.jpg
こちらは、荷田春満のお墓の北側にあったカエデです。
そろそろ頃合いかと思ってきたのですが、まだまだ青葉ですね。
ここの見ごろは、12月半ばくらいでしょうか?
この写真もクリックすれば、拡大できます。


169-32.jpg
先ほどの坂道に戻ってきました。
ここから、京都市街地が一望できます。
ここは墓地ですが、実は自分のお気に入りの場所の一つです。
ここもクリックすれば、拡大できます。
では、ここを下って元の道に戻ります。


169-33-a.jpg
だいぶ西に進み、ぬりこべ地蔵の道まで戻ってきました。
ここを左(南)に進むと約100mで石峯寺ですが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、石峯寺にある伊藤若冲の石仏を見に行きます~

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生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
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京都観光の
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これから京都観光を
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ここをご覧ください。

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「松尾散策」
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「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
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あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
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