第170回 若冲の石峯寺石仏~深草紅葉見物~その4

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荷田春満のお墓から、急な坂道を西に下りてきました。
この四つ辻を右(北)に曲がると、約50mで前回ブログのぬりこべ地蔵、
さらに北の伏見稲荷大社に通じています。
一方、左(南)に進むと約80mで石峯寺の前に出ます。
今回は石峯寺に訪れて、
伊藤若冲作製の石仏群と伊藤若冲のお墓にお参りします。
撮影日は、2013年11月23日勤労感謝の日土曜日午後0時15分。
ここの紅葉は、この日が見頃でした。


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先ほどの四辻で、南を向きました。
この背後に攝取院の墓地があって、50mほど先がぬりこべ地蔵です。
では、こちらを進んでいきます。


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先ほどの四辻から、南に約50m進みました。
この先に男の人が立っていますが、あの辺りも四つ辻になっています。
とりあえず、そこまで進みます。


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男の人がいらした四辻から、東を向きました。
急な坂道の上のカエデ並木が見頃になっています。
あちらは、「深草墓園」になります。
この辺の墓地は、風光明媚なところが多いですね。


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同じ地点の四辻で、南を向きました。ここから急な下り坂になります。
右(南)側の看板に「石峯寺」という文字が見えます。
この坂を下ったところが、石峯寺の入り口です。


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坂を下った後で、左(東)を向きました。ここが、石峯寺の入り口です。
「百丈山五百羅漢」という石碑がありますが、
これは伊藤若冲作製の石仏群を指します。
この石峯寺は、伊藤若冲の「終の棲家」でした。


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初めの石段は、5mほどで終わります。
塀越しの紅葉がきれいですが、ここは石峯寺でも末寺でもありません。
こちらは、普通の民家です。
石峯寺に続く石段の周囲には民家があって、
市民が普通に生活されています。


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先ほどの位置から3mほど南に、また東へ伸びる石段が現れます。
今度はだいぶ上ります。
ここの紅葉もきれいですが、こちらも3軒ほどの民家になります。
では、こちらを上っていきます。


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石段を上りきりました。こちらが、石峯寺の赤門です。
一見すると中国にある寺院のようですが、
それは、この石峯寺が黄檗宗に属しているからです。
だいぶ年月がたって、それがこの門に風格を与えていますね。


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赤門をくぐって、石峯寺の境内に入ってきました。
約5カ月前に来たときは草花が生い茂ってまるで山野の中でしたが、
今はだいぶすっきりしています。
咲いていた花はすべて散っていますが、代わりに紅葉が鮮やかですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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赤門の前で、石峯寺境内を北に向きました。
紅葉の脇に、柑橘系の果実が生っている木もあります。
こうして見ると、果実も花のようですね。
この奥に墓地があるのですが、先ずはそちらに向かいます。


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石峯寺の北側の墓地に入ってきました。
ここから、京都市街地が一望できます。


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カメラの望遠を最大にして、
石峯寺北側の墓地から北東方向を撮りました。
写真中央に見えるのは、東寺の五重塔です。
左に見える赤い建物「パールハイツイナリ」付近に
京阪電鉄「伏見稲荷」駅があります。
ずっと先に見える向こう側の山は、嵐山や小倉山です。
昨年11月23日に訪れた常寂光寺の風景の
ちょうど反対側になります。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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同じ地点で、南を向いています。
向こうに見えるカエデの赤が見事ですね。
では、石峯寺境内の奥に入っていきます。


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墓地の東側に、寺務所がありました。
こちらで、拝観料を支払って「五百羅漢」を見に行きます。
ここで同行者の母が手洗いに行ったので、
ここの方と少しおしゃべりをしました。
廃仏毀釈で明治時代初期にここはだいぶ壊されましたが、
それでも石仏以外にも伊藤若冲の掛け軸が残っているそうです。
たまに虫干しするときに、それらを公開されているそうです。


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寺務所前から、東を向きました。
こちらが黄檗宗石峯寺の本堂です。
この寺院の沿革は、第132回ブログに詳しく載っています。
この本堂は、近年再建されたものです。
本当なら、ここの天井画は伊藤若冲の物だったのですが……

本堂の前に柿が生っています。
そう言えば、寺務所の壁一面に干し柿がつるしてありましたね。
ただ、こうしてみるとこの柿もまるで花のようです。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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本堂の右(南)側を通って、先に進みます。
ただ、ここから先は撮影不可になっています。
(よって、パンフレットの写真でごまかします)

実は、本堂の南側にも墓地があって、
そこに伊藤若冲のお墓がありました。
本当はそこにも線香をあげたかったのですが、
この時点ではもう切らせていました。
(ぬりこべ地蔵の小屋で、もっと買えばよかったです)
そして墓地の脇にあるカエデの下を通って、石仏群に向かいました。
(実はこのカエデは紅葉の盛りで、この辺りは絶景でした)


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「五百羅漢」の石仏は、本堂の裏手(東側)にいらっしゃいます。
初めてここに来たときは、ちょっとした登山を覚悟していたのですが、
せいぜい50㎡くらいの広さに、数百体の石仏がいらっしゃいます。
一つ一つ表情が豊かで、少しユーモラスなのが特徴です。
(同じ伊藤若冲の作品でも、絵画とは少し作風が違います)
面白いのは単に石仏が並んでいらっしゃるのではなく、
順番に巡っていくと、きちんとストーリーがあるところです。
(仏教開祖から涅槃までのお釈迦さんの半生を描いています)

伊藤若冲がここに来たのは、50歳を過ぎ晩年になってからです。
天明の大火でそれまで住んでいた錦市場の商家が焼けて
(実は、伊藤若冲は錦市場の町衆の一人でした)
避難所としてここに来たのですが、
ここの住職と懇意になった後は錦市場には戻らずに
生涯をここ石峯寺で暮らしました。
その際数年をかけてこの石峯寺山にある石を拾ってきて、
一つ一つこのような仏様を彫っていったそうです。
ですから、これが最晩年の作品と言えます。


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「五百羅漢」の石仏群に参拝して、本堂前に戻ってきました。
本堂の脇に休憩所があって、
ここで休むことができるようになっていました。
ただ先を急ぐので、今回はそのまま石峯寺を出ていきます。


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石峯寺の赤門を出ました。
ここから、京都市街地が一望できます。
目の前の赤い建物は龍谷大学深草学舎で、
その手前に京阪電鉄「深草」駅があります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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石峯寺の石段も、あと数段で終わりです。
アスファルトになっている歩道のすぐ右(北)側から、
この石峯寺にやって来ました。
目の前で近所の子供たちが遊んでいますが、
このまま西に進んでその子供たちがいる場所の先に向かいます。


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石峯寺から西に進み、子供たちがいる場所を通り過ぎました。
約50mほど進むと、向こうに自動販売機が見える四辻が現れます。


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自動販売機がある四辻で、北を向きました。
こちらに、児童公園があります。
よく見ると遊具もあるのですが、
きれいに色づいた木々の方が目立っていますね。


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同じ場所で、今度は南を向きました。
駐車所があって、そこから先は住宅街になっています。
とは言え、この道沿いに南に進むと様々な寺院にたどり着きます。
ここから数回分のブログは、この道をずっと南へ進むことになります。


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先ほどの四辻から、南に約50m進みました。
道の両側に、庭木がきれいな民家が続いています。
この日は休日だったせいか、自動車の通行量が少なかったですね。


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さらにこの道を約50mほど南に進みました。
道の脇に、赤いかわいらしい花が咲いていました。
残念ながら、花の名前は知りません……


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そしてさらに約50m南に進みました。
左(東)側ののれんのある家屋は飲食店に見えますが、
実は墓石などを売っている石材店です。
(この辺に、飲食店は一切ありません)
その石材店の向こう側に、紅葉に染まった木があります。
次は、そちらに向かいます。


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その赤く染まった木の許にまで来ました。
時計が、ちょうど午後1時を差していますね。
向こう側に、大きな寺院の入り口が見えます。


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大きな寺院の正面に回り込みました。
こちらは日蓮宗の宝塔寺です。
次はこの宝塔寺に参拝するのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。
~次回は宝塔寺と七面宮の紅葉見物です~

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第171回 紅葉の宝塔寺~深草紅葉見物~その5

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伏見稲荷大社から約500mほど南にある宝塔寺四脚門前に来ています。
こちらも、京都市伏見区屈指の紅葉の名所です。
今年は11月半ばまで青葉のままでしたが、
11月も下旬に入りようやく紅葉に染まってきました。
今回はこの宝塔寺に参拝した後、
裏山の頂上付近にいらっしゃる七面宮に行ってきました。
こちらも、そろそろ紅葉が見頃になっていました。
撮影日は、2013年11月23日勤労感謝の日の土曜日午後1時。
のんびりしたぽかぽか陽気の日でした。


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重要文化財の四脚門をくぐりました。
すると、東の方に石段が続いており
その先に宝塔寺の本堂があります。
そして、本堂へ向かう参道の両側に末寺が並んでいます。


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では、まずは一番手前の末寺大雲寺に訪れます。
「宝塔寺」は、元々ここから始まりました。


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先ほどの地点から北を向いて、大雲寺の中に入ってきました。
左(西)側にあるのは、七面宮の祠です。
七面宮は、この宝塔寺がある宝塔寺山の
頂上付近にいらっしゃる産土神です。
そこに向かうのが大変な方は、ここでお参りすることになります。
(今回ブログの後半で、この七面宮に訪れます)


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さらに奥の門をくぐりました。ここの紅葉は、この日が見頃でした。
(12月初旬までは、このままでしょうね)


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宝塔寺を日蓮宗に改宗させた立役者日像の像がありますが、
その脇にも小さなカエデがありました。
もう10年もすれば、また見事な木になっていくのでしょうね。


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大雲寺境内にある三十番神の祠の脇から、
こちらの庭園に入っていけます。
奥の方には入れないのですが、この日は手前までなら入れました。
苔の緑と、カエデの赤の対比が見事ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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大雲寺の境内から、南を向いています。
では、宝塔寺の参道の方に戻ります。


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宝塔寺の参道を東に向かっています。
実は、この参道沿いに
何軒かの寺院が並んでいるのですが、今回は素通りします。
(詳しくは、第130回ブログを参考にしてください。


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参道を東に進み、石段を数段上がったところに
日像の荼毘所があります。
つまり、日像は亡くなった後ここで火葬されました。
(霊廟は、もっと山の上にあります)


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宝塔寺の石段を上っていく途中で、北側を見ています。
こちらは、末寺の一つ慈雲院です。
中には入れないのですが、塀越しにカエデの木が見えます。
もうすっかり赤く染まっていますね。
こちらの写真も、クリックすれば拡大できます。


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石段を上がり、宝塔寺の仁王門まで来ました。
こちらのカエデは、赤くなるまでにはもう少し時間がかかりそうです。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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こちらが、宝塔寺仁王門の右手にいらっしゃる阿形の金剛力士像です。
門の中央ではなく、真正面を向いているのが大変珍しいです。


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さらに、こちらが左側の吽形の金剛力士像です。
こちらも、真正面を向いていらっしゃいます。


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仁王門をくぐる途中で上を向きました。
こちらの天井画は、54枚全て牡丹を表しています。


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仁王門をくぐると、宝塔寺本堂が目の前に現れます。
宝塔寺の詳しい沿革は、第130回ブログを参考にしてください。
ここは平安時代に一大勢力を誇った「極楽寺」の後継寺院です。
(次回ブログに出てくる瑞光寺も、
この「極楽寺」の地蔵堂跡が独立したものです)
では、この石段を上って参拝します。


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……とその前に、本堂周辺を撮ります。
この辺の紅葉も、盛りを迎えて鮮やかになってきました。


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先ほどのカエデの近くに、さらにこの木もありました。
こちらも、なかなか鮮やかです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、本堂の南側です。
写真中央に見えるのが、この寺院の名前の由来となり
本堂とともに重要文化財指定の多宝塔です。
この向こうは墓地になっていますが、
実はハイキングコースとしても利用されています。


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次は本堂の前を横切って、北側に来ました。
塀の前に、ベンチがあります。
お昼もだいぶ過ぎて空腹になってきたので、ここで昼食とします。


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この辺は観光地化されていないので、飲食店が一切ありません。
そのため、ここに来る前にJR京都伊勢丹に寄って、
行楽弁当を買っていました。
下鴨茶寮さんが安く売られていたので、こちらの弁当を買いました。
こちらは、「精進弁当」なので肉魚は入っていません。
大豆や生湯葉・高野豆腐などが絶妙な出汁で煮付けられていて
それがキノコ飯とよく合いました。


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こちらが、この日同行していた母の分です。
エビと梅の甘煮がおいしかったそうです。
こちらを買うと、この日はキノコ飯が無料になりました。


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そして、第169回ブログに出てくるJR奈良線「稲荷」駅北隣の
コンビニエンスストアで買った豆大福です。
既製品ではなく、店主自身がこだわりで作られているものです。
予約分の余りを店頭に出して、お昼過ぎには売り切れてしまいます。
ここ最近の伏見稲荷の名物になっています。
これを母と一つずつ食べてお茶を飲んだ後、再び紅葉散策に出発です。


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昼食を食べたベンチから、東を向きました。
宝塔寺の本堂の北側に渡り廊下があって、
その下をくぐれるようになっています。
では、こちらからこの宝塔寺山に登っていきます。
(七面宮に向かいます)


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渡り廊下をくぐり、東に向かっています。
ここからは、急な石段が頂上付近まで約200m続きます。
ウチの母は、頂上手前でさすがにバテてしまったようです。
この先の紅葉はきれいなのですが、
体調次第では無理をしないほうがいいですね。


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ただ、石段の途中はこのように紅葉が綺麗でした。
途中に、三十番神など様々な祠があったのですが、
紙面の都合で省略しています。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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石段の途中で、一段と紅葉がきれいなところがありました。
近くの祠にも参拝しましたが、紙面の都合で割愛します。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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さらに石段を上っています。
石峯寺はほとんど奥には入りませんでしたが、ここは結構な登山です。
夜になると両側の灯籠に明かりが灯りますが、
だれが点灯するかが当番制になっているようです。
各灯籠にお名前が書いてありました。


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渡り廊下をくぐって、150mは上ってきました。
(稲荷山の四辻までの登山と、あまり変わらない運動量です)
頂上の少し手前で、石段の右(南)側に広場がありました。
日像の銅像が立っているように、ここが日像の霊廟です。


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元来なら日像の霊廟を載せる所なのですが、
この辺の紅葉がとてもきれいだったのでそちらを優先させました……
ここも、クリックすれば拡大できます。
では、参拝の後はさらに頂上の方に登っていきます。


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渡り廊下から、石段を東に約180m上ってきました。
この鳥居を越えたら、後は神社前までもうすぐです。


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先ほどの鳥居をくぐったところで、写真を撮りました。
ようやく七面宮の社が見えてきました。


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やっと長い長い石段を登り切りました。(この少し先が、頂上です)
宝塔寺付近には何人か参拝者がいらしたのですが、
さすがにこの辺りには誰もいません。
ただ、社の周辺は紅葉に囲まれてなかなかの風景になっていました。
ここも、クリックすれば拡大できます。


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先ほどの地点で、右(北)を向きました。
黄色く染まった木もありますが、こちらも葉の形状からカエデです。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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社の南側に末社の祠がありますが、
この周辺のカエデはまだまだ青いところもあります。
こちらの見ごろは、12月初旬でしょうか?


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そして、七面宮の社に参拝します。御祭神は、弁財天です。
七面宮は、元々極楽寺の鎮守社でした。
それが極楽寺が宝塔寺になった後もここに残ったものです。
ちなみに、現在は宝塔寺の信徒(日蓮宗の信者のこと)が
ここを維持管理しています。


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では、社の南側から先ほどの石段に戻ります。
(さっき撮った写真と、ほぼ同じ構図になってしまいました)


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では、ここから石段を下りてまた宝塔寺本堂付近に戻っていきます。
宝塔寺を出てまた紅葉のきれいな寺院を回りますが、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、瑞光寺を参拝します。
今回の撮影で、一番紅葉がきれいなところでした~

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第172回 絶景の瑞光寺~深草紅葉散策~その6

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宝塔寺山の頂上付近七面宮境内にいます。今、社を背にしています。
今回はこの石段を下りて宝塔寺を出た後、近くの瑞光寺に向かいます。
瑞光寺はカエデに囲まれた茅葺屋根の寺院で、
嵯峨野嵐山の滝口寺祇王寺に似ています。
撮影日は、2013年11月23日土曜日の勤労感謝の日午後2時。
お昼過ぎになって、ますます日差しが強くなりました。


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七面宮から、急な石段を西に向かって下りています。
下りるときは、上るときよりもだいぶ楽です。
このまま下り続けると、宝塔寺の境内に入っていきます。


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今回ブログの初めから、もう100m以上下りてきました。
何度目かの鳥居をくぐると、また急な石段が続きます。


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さらに石段を西に下りてきました。
この先に、宝塔寺の渡り廊下が見えてきました。
そこがこの石段の一番下ですね。


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その渡り廊下に近づいてきました。この石段も、ここまでです。
左上に、京都市街地が見えています。
ここはそれくらい標高が高いのです。


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渡り廊下をくぐって、宝塔寺境内に戻ってきました。
ここを真っ直ぐ進むと、前回ブログで昼食を摂ったベンチがあります。
左(南)に進むと、宝塔寺本堂があります。今回は、左の方に進みます。


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ここは、宝塔寺本堂の向かい(西)側になります。
手水舎の脇に、大きな「慈母観音」像がいらっしゃいます。
こちらの周囲の紅葉も見事ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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今、宝塔寺本堂を背に西を向いています。
では、この宝塔寺仁王門をくぐり外に向かいます。


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宝塔寺仁王門をくぐると、石段の先に京都市街地が一望できます。
ここをさらに西に進み、この石段を下りていきます。
向こうの方を見ると、また観光客が訪れています。
あまり写真には写っていませんでしたが、
石峯寺同様、この宝塔寺もそこそこの方が参拝されていました。


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石段を下り、平坦になった石畳の道をさらに西に向かっていきます。
この先の母娘連れは、この周囲にある末寺の方のようです。
この直後に、鍵を開けて寺院の奥に消えていかれました。


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こちらが、重要文化財の宝塔寺四脚門です。
(本堂と仁王門も重要文化財です)
では、ここをくぐって宝塔寺を出ます。


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宝塔寺四脚門をくぐりました。
少し西に行ったところに児童公園があって、
桜の葉が紅葉に染まっています。
その先は、JR奈良線の踏切があります。
そこを越えてさらに西に行くと第3軍道があって、
琵琶湖疏水を渡ると京阪電鉄「深草」駅前になります。


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宝塔寺四脚門の前で、南を向きました。
今度は、住宅地のアスファルトの道を進んでいくことになります。
ワゴン車が交差している地点に、木々が並んでいるところがあります。
そちらが次の目的地の日蓮宗瑞光寺です。


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宝塔寺から瑞光寺へ向かう道は住宅地のただ中なのですが、
左(東)側はこのようになっています。
こちらは民家ではなく、圓妙院と霊光寺です。
ここの庭園は、非公開になっています。


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宝塔寺四脚門から、南に約100m進みました。
左(東)に見える「霊光寺」は、宝塔寺の末寺の一つです。
ここにも四つ辻がありますが、
ここをずっと西に進めば、深草直違橋7丁目のT字路に出ます。
(そのT字路は、第129回ブログで出てきました)


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その四辻で、西を向きました。
お昼過ぎなので、そちらを向くと日光が逆光になります。
この竹林も、瑞光寺境内になります。


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四辻を西に約10m移動しました。
ここで南を向くと、瑞光寺の門が見えます。


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先ほどの地点から南に約30m移動しました。
茅葺の門には、右からの横書きで「瑞光寺」と書いてあります。


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瑞光寺の茅葺の門をくぐりました。
南へと石畳の道があるのですが、その西側に末社の祠が並んでいます。
先ずは、こちらの帝釈天にお参ります。


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こちらは、その南側にいらっしゃる祠です。
右(北)側が帝釈天で、左(南)側は白龍弁財天です。
こちらにも、お参りします。


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先ほどの写真と同じ地点で南を向きました。
この突き当りで左(東)を向くと、瑞光寺の本堂があります。


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先ほどの写真の石垣の上は、こうなっています。
こちらは、瑞光寺の鐘楼です。


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今度は鐘楼を南側に回り込んで撮りました。
こちらから見ると、隣のカエデが見事ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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さらに、東側に回り込みました。(初めの写真の反対側の構図です)
こちらからは、カエデの木越しに鐘楼が見えます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして石畳の道に戻り、東を向きました。
ここから約10m先に茅葺屋根の本堂がありますが、
その周囲がカエデ並木になります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

カエデの向こうに大きな枝垂桜の木がありますが、
ここは春になると桜の名所にもなります。


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では、本堂に向けてこのカエデ並木の中を歩きます。
この11月23日が、ここの見頃でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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カエデ並木の途中に池があって、そこにはたくさんの鯉がいました。
大きいだけでなく、数もかなりいました。


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本堂へ続くカエデ並木を歩いています。
個人的には、この瑞光寺は小雨の日が一番好きなのですが、
晴れの日は晴れの日なりに紅葉の赤が鮮やかになりますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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ようやく瑞光寺の本堂に着きました。
この日蓮宗瑞光寺の詳しい沿革は、第129回ブログで紹介しています。
この日も本堂には入れませんでしたが、
周囲には結構な人がいらっしゃいました。
ただ、紅葉見物ではなくここで法事をされていたようです。


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鐘楼のある角で、北を向きました。
では、この瑞光寺の茅葺屋根の門へと向かいます。


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茅葺屋根の門の下で、この写真を撮りました。
短い石段を下りて右(東)を向けば、すぐに四辻に出ます。
その四辻からさらに南に進めば嘉祥寺と真宗院に行けるのですが、
これ以降は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、ここから嘉祥寺に向かいます~

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第173回 紅葉の中の深草聖天~深草紅葉散策~その7

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瑞光寺の茅葺屋根の門をくぐろうとしています。
今は北を向いていますが、今回はここから南に進み
約200m先の深草聖天嘉祥寺に向かいます。
「聖天」信仰発祥の寺院で、ここも紅葉が綺麗でした。
撮影日は2013年11月23日勤労感謝の日の土曜日午後2時半。
午後になって、ますます日差しが強くなってきました。


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瑞光寺の門を出て、右(東)を向きました。
目の前に、四辻があります。
このまま東に進むと、宝塔寺の末寺の裏手に出ます。
左(北)に進むと、第171回ブログで出てきた
宝塔寺四脚門の前に出ます。


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先ほどの四辻で、右(南)を向きました。
今回ブログでは、この道を進みます。


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瑞光寺のある四辻に、このような道標がありました。
今のところ、ぬりこべ地蔵・石峯寺・宝塔寺を訪れました。
(後ろの看板にある瑞光寺は、前回ブログで訪れました)
今から、嘉祥寺を訪れます。十二帝陵は、次回ブログの予定です。


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瑞光寺から、南に進んでいます。
この辺りは少し西にある本町通の抜け道なので、
自動車の交通量が多くて少し危険です。


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先ほどの地点から、約30mほど南に進みました。
最初こちらは本屋と思ったのですが、よく見ると印刷所のようです。
ここに原稿を持ち込むと、自主製作の本を出版できるようですね。


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その印刷所から、南に約10m移動しました。
近くの本町通と比べて、
この道はお地蔵さんがあまりいらっしゃいません。


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さらに、100mほど南に進みました。
大きな駐車場がある角に、「完宗院」と書かれた看板があります。
ここも紅葉がかなりきれいな寺院なのですが、
そこに行くには約1km延々急な上り坂を進まなければなりません。
その後ろに、「立命館」と書かれた看板もあります。
立命館の中学校と高校は、約15年前にここに移転しました。


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先ほどと同じ地点で、左(東)を向きました。
実は、JR奈良線「稲荷」駅からここまでは、
立命館中学や高校に通う生徒たちの通学路にもなっています。
(約1kmの通学路ですね)
平日なら、この辺は中高生でいっぱいになります。


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更に同じ地点で、南を向いています。
ここからは、住宅が時々途切れて駐車場や田畑が姿を現します。


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しばらく歩いて、左(東)を向きました。
ここは空き地と言いますか……休耕田ですね。
初冬だというのに、タンポポが咲いていました。
東の方に赤い木々がありますが、あれは紅葉ではなく柿の果樹園です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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さらに南に約100m進みました。
ずっと先に森林が見えますが、あちらが十二帝陵です。
今回ブログの目的地嘉祥寺は、十二帝陵の東隣にあります。


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さらに南に進んで、右(西)に向きました。
畑の向こう(西)側にあるのが、十二帝陵です。
その手前にある屋根瓦が、嘉祥寺のものです。


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先ほどの写真と同じ場所で、南を向きました。
よく見ると、左(東)側に松の木があります。
そちらが次回ブログで訪れる真宗院です。
右(西)側に黄色い壁の家がありますが、
その手前に西に伸びる細い路地があります。
次に、そちらに向かいます。


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その路地の前で、右(西)を向きました。
ここから、天台宗深草山嘉祥寺に入れます。
石碑に「歓喜天」と書かれていますが、
要するに「聖天」のことです。
ヒンドゥー教のガネーシャが仏教に取り込まれたものです。


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路地を突き当りまで歩いて、右(南)を向きました。
ここから、「深草聖天」嘉祥寺の境内に入っていきます。


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こちらが、嘉祥寺の手水舎です。
蛇口が付いているので、必要なぶんだけの水を出します。


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こちらが、嘉祥寺の境内です。
左(西)側にある土塀の向こうは、十二帝陵です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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少し角度を変えて、また境内を撮りました。
ここの木々は一本一本離れているので、紅葉が早いですね。
(日光がよく当たると、紅葉が早く進みます)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらのカエデは、
紅葉がだいぶ進んでむしろ赤黒くなっています。
同じような場所にあっても、
よく日が当たるところは葉が落ちるのも早いのでしょうね。


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十二帝陵の土塀越しに、末社の祠がいくつか並んでいます。
それらの祠の周囲をカエデなどの紅葉が囲んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、嘉祥寺境内のほぼ中央にありました。
こちらの紅葉が、ちょうどいい具合の色合いですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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寺務所は、嘉祥寺境内の東側にあります。
中央に、「歓喜」と書かれた石碑が埋まっています。
その横は、二人並んでいるので「道祖神」でしょうね。


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寺務所に、このようなショウウィンドウがあります。
こちらでは、伏見人形が売られています。
ただ……いつ来てもここには誰もいません。
横のインターフォンを鳴らせば、だれか出てくるのでしょうか?


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寺務所と本堂との間に、寒椿が咲いていました。
ちょうどこの時が盛りでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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境内の一番北側に、天台宗深草山嘉祥寺の本堂があります。
提灯にあるように、ここは通常「深草聖天」と呼ばれています。
この寺院の詳しい沿革は、第128回ブログに載っています。


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本堂に背を向け、南を向きました。
この先に嘉祥寺の門が見えますが、
実はこの嘉祥寺境内は30㎡くらいの小さなところでした。


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では、嘉祥寺を出ます。
ここを真っ直ぐ南に進めば十二帝陵まですぐなのですが、
今回は左(東)に折れて元の道に戻ります。


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嘉祥寺の門を出て、東を向きました。
向こうに見える森林は、次の目的地の真宗院です。


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路地を東に進み、先ほどの道に戻ってきました。
この道の斜め向かいに、真宗院の門があります。


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浄土宗西山深草派真宗院には、ここから入っていきます。
ここの紅葉もなかなか見事なのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。
~次回は、真宗院の紅葉を散策します~

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第174回 紅葉の真宗院~深草紅葉散策~その8

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こちらは、浄土宗西山深草派総本山真宗院(しんじゅいん)総門です。
ここが、今回の紅葉散策最後の寺院になります。
この寺院のカエデは枝がとても低く、
それが独特の味わいを出しています。
撮影日は、2013年11月23日勤労感謝の日の土曜日午後3時。
日が短くなり、そろそろ夕方の匂いがしてきました。


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真宗院はいつも閉まっているように見えますが、
実は総門の横の小さな門から日中なら出入りできます。
その小さな門をくぐると、東に向かってこの道が現れます。
ここを突き当りに向かって、左(北)に折れると……


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目の前に中門が現れます。
ここをくぐって真宗院境内に入っていくと、
カエデ並木を通り抜けることになります。
先ほども書きましたがここのカエデはとても枝が低いので、
まるで紅葉のトンネルを抜けるようになります。


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こちらが、その「紅葉のトンネル」です。
ただ、こういうところは十分に日が当たらないため、
(互いに枝同士が重なり合って、日が当たらないようになっています)
どうしても赤黒くなったり、なかなか染まらなかったりします。
多分、もっと後になるとだいぶきれいになるのでしょうが……
この写真は、クリックすると拡大されます。


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この「紅葉のトンネル」は、約20m続きます。
やはり一番日が当たらない中央付近は、
まだまだ葉が青いままです。
この辺りは、この時点で紅葉に染まった部分が落葉した後
だんだん染まっていくように思います。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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紅葉のトンネル」を抜けました。
端の方は、普通にきれいに紅葉しています。
ここを抜けると、その先に本堂が見えますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「紅葉のトンネル」を抜けて、真宗院の境内に入ってきました。
右側に鐘楼が見えますが、そこから石段を上ると墓地に出ます。
そちらには山脇東洋のお墓もあるのですが、
石段の途中に鍵がかかっていて中に入れませんでした。


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境内の西側に方状がありますが、非公開です。
実は、たびたびの火災のために割と新しい建物です。
フレームからは外れていますが、
この左側にある寺務所と一つの建物になっています。


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「紅葉のトンネル」をそのまま北に進むと、
この真宗院本堂にたどり着きます。
この寺院の詳しい沿革は、第128回ブログに載っています。
この本堂も、1935年にできた京都としてかなり新しいものです。
(寺院自体は、1428年から続いています)


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本堂から、南にある中門の方を向いています。
では、ここからまた「紅葉のトンネル」をを抜けていきます。


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こちらは、方状の脇にあった垣根に咲いていた寒椿です。
紅葉の頃にこのはなも盛りが来ますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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では、こちらを通り向けていきます。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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「紅葉のトンネル」を抜けて、中門の前まできました。
ここを通って、今度は総門の方に向かいます。
この写真も、クリックすれば拡大できます。


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真宗院の総門まで来ました。
では、ここから真宗院を出ていきます。


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真宗院の総門を通り抜けました。
駐車場の向こうの茂みは、十二帝陵になります。
今、西を向いているので日光がフレームに入ってきます。
もうすぐ夕方ですね。


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真宗院総門の前で、南を向きました。
(今回ブログ最初の地点にいます)
とりあえず、ここから約100m南にある筋違いの十字路まで行きます。


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その筋違いの十字路まで来て西を向きました。
ここからおおよそ西に向かい、本町通まで進みます。


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先ほどの筋違いの十字路から、西に約100m進みました。
目の前の踏切に、JR奈良線の普通電車が入ってきました。
ここで立ち止まって、右(北)を見てみます。


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すると、こちらが見えます。
ここは、十二帝陵の正面になります。
十二帝陵は、文字通り12名の天皇のお墓です。
天皇陵は神式のものが今では多いですが、
昔はこのような仏教式のものもたくさんありました。
ここはかなり広大なのですが、
民間人が入れるのはこの辺りだけです。


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十二帝陵に参拝して戻ってくると、電車も通り過ぎていました。
では、踏切を渡ってさらに西に進みます。


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踏切から約50mで、この道は突き当ります。
そこから南に向くと、小さな寺院があります。


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こちらが、その「小さな寺院」です。
ここは、浄土宗西山深草派地福寺です。
「浄土宗西山深草派」でお気づきと思いますが、
ここは真宗院の末寺の一つです。
非公開なので、中には入れません。


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地福寺の前で、北を向きました。
約20m先の角を東に進むと、先ほどの十二帝陵に戻ります。
今回はその角を通り過ぎて、さらに50m北に進みます。


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地福寺の前から約70m北に進み、西を向きました。
約400m先に、本町通と交差する直違橋6丁目のT字路があります。
今から、ここを西に進みます。


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先ほどの角から、西に約70m進みました。
先ほどの写真にあった看板の前で、左(南)を向きました。
ここは「深草保育園」です。この日は休日なので、閉まっています。


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さらに約30m西に進むと、道幅が広くなります。
実は、この辺りは京都市バスが通っています。
(地下鉄「竹田」駅~京阪電鉄「中書島」駅間とかです)


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先ほどの地点から西に約80m進み、南を向きました。
向こうに修道院の十字架が見え、
手前にお地蔵さんがいらっしゃいます。
面白い構図なので、撮りました。


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先ほどの写真と同じ地点で、西を向きました。
左(南)側に、京都聖母女学院の校舎が見えます。
この道は急な下り坂でしたが、
この辺りから平坦になっていきます。


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さらに、約250m西に進みました。
ここでこの道は突き当り、南北の道が現れます。
こちらが、本町通です。


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突き当りまで西に進み、深草直違橋6丁目T字路で南を向きました。
こちらが、本町通です。
酒屋さんの先に信号が見えますが、そちらが第2軍道です。
では、この本町通をずっと南に進みます。


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深草直違橋6丁目T字路から、本町通を約100m南に進みました。
こちらは、いくつかある本町通の教会です。
隣接する京都聖母女学院と同じ系列の施設です。


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本町通をさらに50mほど南に進みました。
東を向くと、京都聖母女学院の正門があります。
この日は休日だったので、遠慮なく写真を撮りました。
(学校を撮るときは、生徒を写さないように気を付けています)
ちなみに、ここは元々日本陸軍第16師団司令部でした。


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京都聖母女学院の正門から、本町通を南に約200m進みました。
この辺りで、名神高速道路の高架と交差します。


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こちらは、名神高速道の高架下です。
ここから東の高架下は、駐車場や駐輪場になります。
また、西の方は京阪電鉄「藤森」駅が近いため、
いろいろなお店が並んでいます。


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名神高速道路より南側は、京都市立深草小学校の校舎があります。
こちらも休日なので、遠慮なく撮りました。


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名神高速道路から、本町通を南に約50m進みました。
ここから西に道が伸びるT字路があります。


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そのT字路で、西を向きました。
次は、ここを進みます。


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T字路から、西に約60m進みました。
こちらは、琵琶湖疏水に架かる極楽橋です。
(近くに、浄土宗極楽寺があります)
こちらを渡ると、その先に京阪電鉄の踏切が見えます。


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踏切の手前で、右(北)を向きました。
名神高速道路の高架下辺りに、京阪電鉄「藤森」駅があります。
では、この京阪電鉄に乗ってここから去ります。
これで、今年(2013年)の紅葉散策を終えます。

今回は、ここまでです。

~次回は、また寺町通に戻ります。今出川通以北の寺院を回ります~

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第175回 本満寺の名残紅葉~寺町通南から北~その14

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さて、今年の紅葉散策は割と早めに連載が終わってしまいました。
そこで、ここからまた「寺町通編」を再開します。
ここは第166回ブログの最後の場所今出川寺町交差点です。
今回は日蓮宗本満寺に寄りましたが、まだ紅葉が残っていました。
撮影日は、2013年12月12日木曜日午後3時半。
先に伏見区の真宗院に寄ったので、この時間になりました。


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寺町通から、今出川通を西に向きでました。
この通りが、京都御苑最北端になります。
左(南)側のわずかに見える茂みが京都御苑です。
右(北)側の茂みは、同志社女子高校ですね。
(今出川烏丸交差点を中心に、同志社系列の学校が集中しています)


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今度は、寺町通から今出川通を東に向きました。
すぐ先が、今出川河原町の交差点です。
さらに今出川通を東に進むと、鴨川の加茂大橋を渡り、
更に百万遍交差点(京都大学付近)から銀閣の方に行けます。


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では今出川通から、寺町通を北上します。
ここからは、観光地から商店街に変わっていきます。


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こちらは、今出川寺町交差点の北東角です。
この石碑は、「大原口」の道標です。
「大原口」とは「京の七口」の一つで、
京都から発する様々な街道の出発点です。
豊臣秀吉は京都を再開発する際、市街地の周囲を土塁で固めました。
これを「御土居」と言います。
この「御土居」も、さすがに「京の七口」の部分は切れていて、
そこから「御土居」の中に入ることができました。
「御土居」が切れているために京都市街地に入れるところを
「出町」と呼び、特にこの近くを「出町柳」と呼ぶようになりました。


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今出川通から、寺町通を北に向きました。
今出川通以南より、寺町通が細くなりました。
左(西)側の理髪店(時計が3時半を指しています)の向こうには、
銭湯がありましたがこの時間は閉まっていました。


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今出川通から、寺町通を北に約50m進みました。
こちらは小間物屋さんですね。
昔はこういうお店もたくさんあったのですが、
今は京都でも珍しくなりつつあります。


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今出川通から、寺町通を北に約100m進みました。
寺町通東側から河原町通にかけての間に、出町桝形商店街があります。
河原町通側(鴨川付近)の「出町柳」が鯖街道の終点になります。
約1年前に「たまこまーけっと」というアニメの舞台にもなりました。
その「主人公の家」にもなっていた「ふたば」という豆餅のお店は、
反対側の河原町通沿いにあります。


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先ほどの写真と同じ地点で、左(西)を向きました。
出町桝形商店街のアーケードの突き当りに、洋菓子店がありました。
おいしそうですが、給料日前なのであきらめて先を急ぎます……


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出町桝形商店街のアーケードから、寺町通を北に約10m進みました。
こちらは、鉄道模型屋さんです。
ショウウィンドウを見ると、列車の備品なども売っているようです。
この辺りの寺町通は、出町桝形商店街とともに
「出町商店街」という大きな商店街を形成しています。


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こちらは、鉄道模型屋さんの北隣です。
テナントビルの正面に、「幸神社」と刻まれた石碑があります。
このビルの裏に回っていろいろ調べたのですが、
この辺に神社の社や祠はありません。
帰宅後に地図を調べると、西の方に約100m先に神社がありました。


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その「幸神社」の石碑前から、寺町通を北に向きました。
少し先で、寺町通が北西に折れ曲がっています。
これは、賀茂川とほぼ同じ角度です。
豊臣秀吉が築いた御土居も賀茂川と平行していたので、
その御土居沿いに作られたこの寺町通も、同じように曲がります。


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寺町通が折れ曲がったところまで来ました。
商店街が終わって商店舗が少なくなりますが、
この辺りから道幅が急に太くなります。



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その辺りで、左(西)を向きました。
「上京区 寺町通今出川上がる 立本寺前町」
そう書かれていますね。
文字通りここは今出川通以北の寺町通沿いですが、
立本寺という寺院はこの辺りに現存しません。


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寺町通が北西に折れ曲がってから、約100m進みました。
こちらは、日蓮宗本満寺です。少し立ち寄ってみます。


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本満寺に一歩入ったところに、桜並木が現れます。
実は、この本満寺は京都屈指の桜の名所です。


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こちらは、本満寺境内の一番手前にいらっしゃる妙見宮の祠です。
先ずは、ここにお参りします。


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妙見宮の祠から戻ってくると、このネコと目が合ってしまいました。
慌ててカメラを構えようとすると、逃げられてしまいました。
ちょっと意地になって追いかけて、やっとこれだけ撮れました。


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では、こちらの門から本満寺の中に入っていきます。
観光シーズンも終わり、中にはほとんど誰もいませんでした。


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門をくぐってすぐに、寺務所前にこちらの枝垂桜があります。
第111回ブログの渉成園や第117回ブログの山科毘沙門堂にも
匹敵する見事な枝ぶりですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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寺務所の向かい側に、手水舎があります。
隣に、観音像やお地蔵さんなど石仏がいらっしゃいます。


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寺務所と手水舎の間に、七面宮(弁財天)がいらっしゃいます。
元々は、ここと同じ日蓮宗の宝塔寺の鎮守社です。


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七面宮の東側に、こちらの供養塔があります。
1788年の「天明の大火」でここも全焼したので、
多分その関連だと思います。


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供養塔の東隣に、本満寺の本堂があります。
本満寺境内の大半は桜の木なのですが、
本堂周辺だけはカエデが植えてあります。
また、2013年12月12日段階では、
この辺りの紅葉はまだ残っていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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日蓮宗本満寺の本堂前に回ってきました。
ここは、室町時代前半に本圀寺から分裂しました。
元々はここから真西約1kmにありましたが、
やはり豊臣秀吉の政策で安土桃山時代にここに移転してきました。
1788年の「天明の大火」などでたびたび焼失し、
現在の本堂は1927年に再建されたものです。


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こちらは、本満寺本堂の東側です。
末寺がいくつか並んでいます。


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本満寺本堂から、西を向いています。
では、元来た門に向かいます。


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こちらが、その門です。
では、寺町通に戻って先に進みます。


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本満寺の門の前から、寺町通を北西に向いています。
向こうに横断歩道が見えますが、そこが上立売通との交差点です。
そこからずっと西進めば、
第106回ブログに出てきた釘抜き地蔵の前に出ます。
上立売通以北の寺町通は、自動車が南行きもできるようになります。

ここから何軒か寺院が続くのですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回も、この辺りの寺院を散策します~

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第176回 もう一つの信長公廟~寺町通南から北~その15

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こちらは、前回ブログの最後の地点日蓮宗本満寺の前です。
今回は、ここからまた寺町通を北上します。
寺町通は、この辺りもたくさんの寺院が並んでいますね。
撮影日は、2013年12月20日木曜日午後3時半。
ゆっくりしていたら、結局この時間になってしまいました……


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先ほどの地点から、左(西)を向きました。
こちらのお地蔵さんには、このように彫られています。
「皇紀二千六百年記念 武運長久 家内安全 本満寺前町」
作られた1940年当時のご時世でしょうが、
いろいろなものが混ざっています。


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寺町通を約50m進み、今回ブログの最初の写真に写っていた
横断歩道の辺りに来て左(西)を向きました。
こちらは、上立売通(かみだちゅうりどおり)です。
少し、こちらの方に寄ってみます。


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寺町通から、上立売通を西に約100m進みました。
寺町通より少し広い道に、住宅が並んでいますね。
では、もう少し西の方に向かってみます。


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さらに上立売通を西に約20m進みました。
こちらは、浄土宗法輪寺です。
同じ名前の寺院が嵐山にありますが、
そちらは天台宗なのでまったくの偶然でしょうね。


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法輪寺の前から上立売通を西に向いています。
では、さらに西に進みます。


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法輪寺から、寺町通を西に約100m進みました。
こちらは、京都市立京極幼稚園です。
12月下旬になりましたが、こちらの紅葉は今が盛りですね。


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京都市立京極幼稚園の前から、上立売通を西に向いています。
ここで上立売通はいったん途切れて、
烏丸通からまた上立売通は復活します。
上立売通が途切れたところに、臨済宗相国寺があります。
ここから訪れてみるのも一つですが、
時間が遅いこととこの後の「烏丸通編」で紹介するつもりですので、
今回は寄らないこととします。


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今度は京都市立京極幼稚園の前で、東を向きました。
ここからは上立売通を東に進み、寺町通に戻ります。


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京都市立京極幼稚園の前から、上立売通を東に約120m進みました。
法輪寺より少し東に行ったところに、花屋さんがありました。


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その花屋さんの向かいに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りをしました。


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お地蔵さんの前から、上立売通を東に約50m進みました。
また、寺町通との角に戻ってきました。


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寺町通から、上立売通を東に向きました。
厳密には上立売通は寺町通までで、ここから先は細い路地になります。
この路地はこの先の少し高くなったところで終わります。
そこは豊臣秀吉が造営した御土居の名残で、
そこから先が京都市北区になります。


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上立売通から、寺町通を北西に向いています。
少し先に、寺院が並んでいます。では、そちらに向かいます。


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上立売通から、寺町通を北西に約20m進みました。
こちらは、西山浄土宗仏陀寺です。
952年に村上天皇が兄の朱雀天皇を弔うために建てました。
中世頃はもっと南西にあったのですが、
豊臣秀吉の政策でここに移転してきました。
(寺町通にある他の寺院と同じです)
ご本尊の阿弥陀如来像は、定朝作で重要文化財です。
門が閉まっているように見えますが、
実は中に自由に入れたそうです。(後で知りました)


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仏陀寺の門の前に王城地祭地蔵尊の祠があります。
こちらは江戸中期の作で、朱雀天皇の守護仏が祀られています。


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仏陀寺の前で、寺町通を北西に向きました。
理髪店の時計が、午後3時40分を差していますね。
では、次は隣の寺院に向かいます。


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こちらは、西山浄土宗十念寺です。
1431年室町幕府6代将軍足利義教が建立しました。
元は第159回ブログに登場した誓願寺の末寺でした。
天正年間に焼失後、豊臣秀吉の政策でここに移転しました。


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こちらは、十念寺の境内です。
1993年に再建されたものなので、とても新しいですね。


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十念寺の前で、寺町通をさらに北西に向いています。
では、さらに隣の寺院に向かいます。


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こちらがその隣の寺院浄土宗阿弥陀寺です。
1550年ごろ、織田信長と親交のあった清玉が建立しました。
元々は今出川大宮にありましたが、
豊臣秀吉の政策でここに移転しました。
「織田信長本廟」の碑があるように、ここに織田信長の墓があります。
では、こちらに寄っていきます。


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阿弥陀寺の門をくぐってすぐに、北を向きました。
こちらに末社の小さな祠が並んでいました。
奥のクスノキが、見事ですね。


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こちらは、門をくぐってすぐ正面の手水舎です。
お地蔵さんの背後に、桜の木が並んでいます。
ここは春になると、見事な桜に囲まれます。


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阿弥陀寺の境内に、カエデの木がありました。
12月下旬ですが、紅葉が見事ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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境内の南端に、鐘楼がありました。
寺院の規模にしては、小さな鐘ですね。


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境内の北側(先ほどの祠の東側)に、寺務所と方丈が並んでいます。
年末が近づいて、植木屋さんなどが入られているようです。
軽トラックが何台か停まっていました。


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寺務所や方丈の前で、東を向いています。
本堂との間に、桜の木々が並んでいます。
今は枯れ木ですが、この辺も春になるときれいになります。


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こちらは、本堂と方丈とをつなぐ渡り廊下です。
では、ここをさらに東に進みます。


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境内の東端から、ここに入れます。
こちらはこの阿弥陀寺の墓地です。


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阿弥陀寺の墓地に入ってきました。
すると、真正面にこちらが出迎えてくれます。
石仏は古代や中世の墓石ですから、無縁仏になった方々でしょうね。


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墓地の門からまっすぐ東に約10m進むと、
このお墓に行き当たります。
こちらが、「織田信長本廟」になります。
1582年の本能寺の変で死亡した織田信長の遺体は、
その後しばらく所在不明でした。
(ですから、本能寺の「信長公廟」には
織田信長の遺体が納められていません)
数年後、豊臣秀吉が調べて今出川大宮にあったこの寺院で
織田信長と家臣のお墓が発見されました。
この寺院の僧侶清玉が、戦いの最中に信長や家臣の遺体を
この寺院に持ち込んだようでした。
そして、この寺院がここに移転した際にこのお墓も移転してきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


176-32.jpg
「信長本廟」を背にして、西を向いています。
目の前に桜の木々が並んでいますが、
この寺院では多分この角度が一番桜が綺麗に見えます。
つまり、この織田信長の墓石は
「花見の特等席」にいらっしゃるわけですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


176-33.jpg
浄土宗阿弥陀寺の本堂に戻ってきました。
人影がかなりあったので普通に中に入ったのですが、
通常は本堂内部は非公開でした。(関係者に謝罪して、外に出ました)
こちらのご本尊は、阿弥陀如来です。
また、本堂には織田信長・信忠親子の木像が安置されてます。

実は、2014年にこの本堂を一般公開するそうです。
詳しくは、今回ブログの追記をご覧ください。


176-34.jpg
阿弥陀寺の本堂を背にして、境内で西に向いています。
桜の木の向こうに、お地蔵さんと手水舎が見えます。
では、さらに向こうの門からこの阿弥陀寺を出ます。


176-35.jpg
阿弥陀寺の前から、寺町通を北西に向いています。
まだまだ隣接する寺院は並んでいるのですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
続きは、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、上御霊神社にお参りします~

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第177回 雨の上御霊神社~寺町通南から北~その16

177-1.jpg
こちらは前回ブログ最後の地点阿弥陀寺の前から
寺町通を北に向いています。
約1週間ぶりに来ると、大きな雨粒が降っていました。
今回は、ここからさらに北西に進み上御霊神社を目指します。
撮影日は、2013年12月26日木曜日午後3時45分。
今回が、今年最後の取材です。


177-2.jpg
阿弥陀寺の北隣に、こちらの光明寺があります。
同じ名前の寺院が京都のあちこちにありますが、
こちらの光明寺は細かいことは分かりませんでした。


177-3.jpg
光明寺の境内に入ってきました。
こちらに鐘楼とお地蔵さんがいらっしゃいますが、
細かいことは分かりませんでした。


177-4.jpg
さらに、こちらは光明寺の本堂です。
ここを撮影中、中からここの住職さんと思しき方が出てこられました。
この方に聞けば詳しい話が分かったのでしょうが、
多少遠慮があるので結局聞かずじまいでした。


177-5.jpg
こちらは光明寺の北隣にある慈福寺です。ここは、境内も非公開です。
こちらも調べたのですが、よく分かりませんでした。
この辺りで雨足が強くなってきて、
写真にもはっきり映るようになってきました。


177-6.jpg
慈福寺と道一本をはさんで、この鶴山児童公園があります。
冬休みの午後ですが、この日は雨が強いので誰もいませんでした。


177-7.jpg
鶴山児童公園に入ってみました。
京都市内のほかの児童公園がそうであるように、
ここも時期を選んでくると、紅葉がきれいになります。
(第114回の正面公園は、桜がきれいでした)
だいぶ年末になりましたが、まだ少しここには紅葉が残っています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


177-8.jpg
鶴山児童公園の前から、寺町通を北西に向きました。
この少し先に、分かりにくいのですが小さな寺院があります。


177-9.jpg
こちらがその小さな寺院大歓喜寺です。
名前からここが天台宗でご本尊が歓喜天であるのは分かるのですが、
これ以上中に入れないので詳細は不明です。
ただ北隣の建物もこの寺院の施設で、何かの研究所のようでした。


177-10.jpg
大歓喜寺の前から、寺町通北西に向きました。
ここから先は、寺院が途切れます。
では、この天の住宅地の中を先に進んでいきます。


177-11.jpg
先ほどの写真の北隣に、このタバコ屋さんがありました。
ただ、もう経営はしていないようですね。


177-12.jpg
さらに、雨の寺町通を北西に進みます。
右(東)側はマンションが並び、左(西)側は古い住宅が並びます。


177-13.jpg
大歓喜寺から、寺町通を北西に約200m進みました。
こちらは浄土真宗大谷派長休寺です。
この寺院も詳しいことは分かりませんが、
寺町通の西側に寺院があるのは珍しいです。


177-14.jpg
長休寺の前から、寺町通を北西に向きました。
目の前を上御霊前通が交差しています。


177-15.jpg
寺町通から、上御霊前通を東に向いています。
雨模様で分かりにくいですが、
ここから約200m先の賀茂川でこの道は途切れます。
(出町柳以北は、鴨川は賀茂川と表記します)


177-16.jpg
今度は寺町通から、上御霊前通を西に向きました。
目の前に、「御霊神社」(上御霊神社)の石碑が立っています。


177-17.jpg
更に角度を変えて、この石碑を撮りました。
こちらは「囀り市」という定期市の宣伝のようです。
(今風にいうと、「フリマ」ですね)


177-18.jpg
その石碑の前から、上御霊前通を西に向きました。
少し先で道が広くなり、その先に茂みが見えます。
そこが今回の目的地上御霊神社です。


177-19.jpg
上御霊前通の幅が広くなった辺りに、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りしてから先に進みます。


177-20.jpg
そのお地蔵さんの前から、上御霊前通を西に向きました。
だんだん上御霊神社が近づいてきました。
第162回ブログに登場した「下御霊神社」は
もともと「上御霊神社の南側」にあったそうですが、
それはこの通りの左側のマンションの辺りでしょうか?


177-21.jpg
だいぶ上御霊神社に近づいてきました。
ここは、住宅街の中にポツンとある気がします。
土塀が古くて立派なので、
ここに初めて来たときは神社ではなく寺院と思ってしましました。


177-22.jpg
上御霊神社の門の前に来ました。
初めてここに来たときに寺院だと思ったのは、
鳥居がなくてこの瓦屋根の門があったからかもしれません。


177-23.jpg
門をくぐると、すぐにこの手水舎がありました。
先ずは、こちらで手を清めます。


177-24.jpg
手水舎の左(西)側に、こちらがありました。
多分絵馬殿と思うのですが、よく分かりません。


177-25.jpg
門の西側に、立派な桜の木がありました。
この上御霊神社は、桜がきれいな神社です。


177-26.jpg
桜の西側に、今度は藤棚もありました。
その季節に来たことはありませんが、
きっときれいなのでしょうね。


177-27.jpg
次は、手水舎の東側を向きました。
こちらには、このような銅像がありました。
たくさんの子供が遊んでいるようですね。


177-28.jpg
さらにその奥に、このような鳥居が並んでいました。
こちらは、末社の「福寿稲荷」です。


177-29.jpg
鳥居は約10m続いています。
そのいちばん奥に、こちらの祠がいらっしゃいました。
とりあえず、この祠にお参りです。


177-30.jpg
「福寿稲荷」に背を向け、本殿の南側で西を向いています。
では、いよいよ本殿にお参りです。


177-31.jpg
こちらが、上御霊神社の本殿です。
主神は、早良親王や橘逸勢など
政争に巻き込まれて殺された方々です。
平安時代初期から彼らの御霊を祀る民間信仰があり、
元々は別の神社や祠だったのですが、
やがてこの地に合祀されるようになりました。
実は、ここの例祭は京都で最も古いお祭りの一つです。


177-32.jpg
本殿に背を向け、拝殿を見ています。
こちらに、このような花が生けてありました。


177-33.jpg
拝殿の横には、この枝垂桜の木がありました。
枝ぶりから、春にはかなりきれいに咲くでしょうね。


177-34.jpg
枝垂桜の西側に、カエデの木もありました。
12月下旬なのですが、まだまだ紅葉の盛りですね。


177-35.jpg
実は、上御霊神社にはたくさんの歌碑があります。
こちらは、「広辞苑」を初めて編集された方の歌だそうです。


177-36.jpg
その隣にも、このように歌碑が並んでいます。
こちらは自分はよく知らない方でした。


177-37.jpg
本殿から約30mで、こちらの門にたどり着きます。
実は、こちらが正面になります。


177-38.jpg
正面の門をくぐりました。
さすがに、こちらには石製の鳥居があります。
その向こうに見えるのは、烏丸通です。
烏丸通に出たら、その北側に地下鉄「鞍馬口」駅があります。
今回は、こちらから帰ります。

今回は、ここまでです。

~次回は、2014年の初詣です~

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[六原」経由で、
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「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
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大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
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京都最北端の道だった
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「きぬかけの路散策」
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龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

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{西塩小路編」も
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平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
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