第214回 猛暑の東本願寺~烏丸通北から南~その26

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渉成園入口のある間之町通から、正面通を西に向いています。
法衣店の向かい(南)側は、東本願寺の社員(?)寮です。
渉成園自体東本願寺の庭園ですし、
正面通の突き当りは(西に約100m先)東本願寺です。
つまりこの一帯は、東本願寺関連施設と言えます。
(そもそも江戸時代は、この辺一帯東本願寺の境内でした)
今回はこのまま正面通を西に進み、東本願寺を参拝します。
撮影日は、2014年6月2日月曜日午後4時。
5月末から、3日連続で30℃越えの異常気象です。
(おかげで、この時間からスタートです)


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法衣店の西隣は表具屋さんですが、こちらは事実上仏具店ですね。
阿弥陀仏や親鸞の絵を掛け軸にしています。
(たぶん、各家庭の仏壇を飾るのでしょうね)


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間之町通から、正面通を西に約50m進みました。
こちらは、東洞院通との辻です。
ここから先に、仏具店がたくさん並んでいるのが見えます。


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正面通から、東洞院通を南に向いています。
約100m先に、七条通との交差点が見えます。
よく見ると、ずっと先に新幹線の高架がありますね。


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今度は正面通から、東洞院通を北に向きました。
郵便局から約30m先に、「並河商店」という豆腐屋さんがあります。
こちらの「並河」さんの豆腐も、かなりおいしいです。


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東洞院通から、正面通を西に約30m進みました。
仏具店に囲まれて、法蔵館書店がありました。
こちらは、仏教専門書限定の書店です。
大半が浄土真宗関連ですが、結構面白い本が並んでいました。


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法蔵館書店から、正面通を約20m進みました。
この烏丸通で、正面通は突き当ります。


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正面通から、烏丸通を南に向いています。
望遠にしなくても、京都タワーはこの大きさです。

……とは言え、厳密にはここは不明門通(あけずどおり)です。
上数珠屋町以南の烏丸通が大きく東に膨らんだために、
不明門通の一部が烏丸通に吸収されています。
ちなみに、ここから約100m南にある下数珠屋町通で
烏丸通がもとの道幅になるので、そこから不明門通は復活します。


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正面烏丸交差点の南東角にある平安法衣店の2Fに、
このような表札が並んでいます。
上のものは、下のものよりさらに古いものですね。
(下のものも、少なくとも70年くらい前のものですが……)


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正面通から烏丸通を南に約20m進み、西を向きました。
烏丸通の西側歩道に、修復中の東本願寺御影堂門が見えます。
では、横断歩道を渡ってそちらに向かいます。


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烏丸通の真ん中に、このような緑地帯がありました。
中央の噴水は、仏教寺院らしくハスの花を模っています。
ここは、1976年まで市電(公営の路面電車)の停留所でした。
当時東本願寺参拝者の大半が、この停留所を利用していました。
ただその人数があまりにも多く車道に人が溢れてしまい
とても危険だったので、門徒の要望でこのように広くなりました。
(普通の停留所は、第55回ブログに出てくる
京福電車(嵐電)「西大路三条」駅くらいの幅でした)


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こちらは、烏丸通の中央緑地帯の北側です。
銀杏(いちょう)の木が並ぶ公園になっています。
ただ、停留所だったころから銀杏並木はあって、
自分が幼稚園児だった約40年前、
よくここに銀杏(ぎんなん)を拾いに来ました。
(幼稚園で、炙って食べた記憶があります)


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では、この横断歩道を渡り切って烏丸通西側歩道に向かいます。
東本願寺は、目の前ですね。


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修復中の東本願寺御影堂門の内部で、一枚撮りました。
東本願寺には、阿弥陀堂門と御影堂門の二つの正門があります。
ちなみに、阿弥陀堂門は先に修復が終わっています。


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御影堂門をくぐると、目の前に御影堂があります。
御影堂と阿弥陀堂門は、3年ほど前に修復が終わっています。
仏光寺など浄土真宗の総本山には、
阿弥陀堂と御影堂の二つの本堂があります。
東本願寺は、二つの本堂それぞれに対応する正門があります。


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御影堂門の前で、東本願寺を南に向いています。
手水舎の向こうに、修復中の阿弥陀堂が見えますね。


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こちらが、その手水舎です。
先ずはここで手を清めて、それからこの辺りを参拝します。


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御影堂門の脇に、大量の瓦が積んでありました。
これ全て、御影堂門に使われるのでしょうね。


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今度は御影堂門の前から、東本願寺境内で北を向きました。
では、ずっと先に見える寺務所の方に向かいます。


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寺務所の西側に、こちらの木が立っています。
この写真からは分かりにくいですが、
人間の掌よりも約3倍程の巨大な白い花をいくつも付けています。
職員さんに聞いた所、木蓮の一種泰山木(たいざんぼく)だそうです。
この東本願寺の名物らしく、新聞などにも取り上げられています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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東本願寺の寺務所の前に来ました。
ただ、どうやらもう閉まっているようですね。
この日はあまりにも暑くて、日の高いうちに動けませんでした。


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寺務所には入れませんが、靴を脱いで廊下には上がれます。
そこから事務所沿いに歩いていきます。


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さらに廊下を歩いていくと、西に進路が変わります。
ここは、泰山木の真裏辺りです。
この右(北)側には僧坊や貸しホールなどがありますが、
この時間ですのでここからは行けません。


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廊下をさらに進むとスロープがあり、2Fの高さまで上っていきます。
その続きであるここも廊下のように見えますが、
右(北)側が書画が展示されるギャラリーになっています。
(そちらはさすがに写真を撮れません)


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このギャラリーを進むと、突き当りから左(南)に折れ
渡り廊下経由でそのまま御影堂に通じています。


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その渡り廊下から、南に向きました。
左(南)が寺務所とギャラリー、右(北)が御影堂です。
塀の向こうに、烏丸通の銀杏並木が見えますね。


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廊下を渡りきると、御影堂です。
では、ここから御影堂の正面に回ります。


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御影堂の北東端から、南に向いています。
この先で障子が開いていますが、ここから御影堂に入れます。
午後4時を回って御影堂の御影(親鸞像)には
御簾が下りてしまいましたが、中で参拝自体はできました。
ここで中国人の(たぶん台湾人)カップルがいらして、
ここがどういう施設か尋ねてこられました。
「本堂が二つ」の理屈が分かりにくかったようです。


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御影堂から出て、東に向きました。
ずっと先に、初めに入ってきた御影堂門が見えますね。


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御影堂正面から、南を向きました。
ここから仏光寺同様阿弥陀堂に直接移動できます。


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では、こちらから阿弥陀堂に向かいます。
……ただ阿弥陀堂は、現在修復中です。


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ここは厳密には阿弥陀堂ではなく、そこへ向かう渡り廊下です。
いくつもパネルが並んでいて、東日本大震災の被災地での
ボランティア活動の様子が書かれています。


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そして、こちらから先はまた土足になります。
右側に飾ってある木の絵も、
東日本大震災の被災者に向けたメッセージが書いてあります。
同じ浄土真宗大谷派の寺院がたくさん被災したため、
東本願寺は京都でも特に東日本大震災の復興活動に積極的な寺院です。


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こちらが東本願寺のもう一つの本堂阿弥陀堂です。
ご覧のように、現在は修復中です。
この日(2014年6月2日)は平日でしたので、
作業員が普通に修復されていました。
(隙間から、覗くことができます)


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阿弥陀堂には、いろいろなものが展示されいました。
こちらは、1604年に徳川家康の指令で
この寺院が建立されたときからある鐘です。


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では、阿弥陀堂を出て東本願寺境内に向かいます。
正面が阿弥陀堂門で、左(北)側が観光案内所です。


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阿弥陀堂の前で、北を向きました。
先ほど訪れた手水舎と御影堂も見えますね。
……それにしても、この辺りだけしかハトがいません。
他の寺院と比べて、ハトの羽数が少なすぎます。


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こちらは東本願寺阿弥陀堂前にある「阿弥陀堂門」です。
入ってきた場所とは違いますが、ここから外に出ます。


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東本願寺阿弥陀堂門の門扉をアップで撮りました。
上の家紋は天皇家の「菊の御紋」ですが、
下の藤の家紋はどちらのものでしょうか?


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東本願寺阿弥陀堂門を出て、烏丸通を南に向きました。
少し先に、七条烏丸の交差点と京都タワーが見えます。
次はそちらに向かいますが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、京都タワーを目指します~

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第215回 京都駅前散策~烏丸通北から南~その27

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東本願寺阿弥陀堂門の前から、烏丸通を南に向いています。
もう烏丸通の突き当りにある京都駅が、はっきり見えます。
今回はこのまま南下して、京都駅前に向かいます。
撮影日は、2014年6月2日月曜日午後4時半。
雨が降らない分、どんどん気温が上がっています。


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先ほどの写真と同じ場所から、東を向いています。
東本願寺阿弥陀堂門の前から、東に下数珠屋町通が伸びています。
この道から南の烏丸通が元の4車線に戻り、不明門通が復活します。
またこの下数珠屋町通は渉成園の南端の道で、
かつて高瀬川が流れていた土手町通で突き当ります。


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今度は、西を向きました。
東本願寺と烏丸通の間に堀があり、手前にツツジの生け垣があります。
そろそろツツジも、終わりですね。


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こちらは、東本願寺脇の街灯です。
この辺りの街灯は太陽光発電で、そのためのパネルが付いています。


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東本願寺より南側は、七条烏丸の交差点です。
この烏丸通は、約100m先の京都駅でいったん突き当ります。


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烏丸通から、七条通を東に向いています。
ここから約400m先が七条河原町交差点で、
さらに約200m先に鴨川があって、
そこから東に三十三間堂や智積院などがあります。


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今度は、烏丸通から七条通を西に向きました。
目の前のパチンコ屋の2Fは、京都駅前唯一のゲームセンターです。
そういうことを考えると、この辺には大きな商業施設はあるものの
やはり京都駅前は繁華街とかではないですね。


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七条通から、烏丸通を南に向きました。
今回ブログは、ここを突き当りまで進みます。


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七条烏丸交差点南東角ビルの1Fに、「珈琲館」が入っています。
ここは以前ワッフルのおいしいお店が入っていましたが、
今のお店もホットケーキがおいしいです。
(最近、名物柚シロップはやめたみたいですが……)


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この辺りは「七条商店街」の一部なので、
他の商店街同様に京都サンガの旗がはためきます。
京都サンガの選手が多少バテ気味なこともあるのですが、
J2の方もワールドカップ期間中は中断してほしいです。
(どちらの応援も、集中できません)


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七条通から、烏丸通を約30m進みました。
右(西)側歩道に解体中のビルがありますが、
こちらは2年前まで七条警察署でした。
今この辺りの警察業務は、
第210回ブログに出てくる下京警察署に移管されています。
その南隣に、ヨドバシカメラ京都店が見えますね。


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こちらは、七条警察署だった所(右)とヨドバシカメラ(左)にはさまれた
多分名称のない1車線の道です。
烏丸通から西洞院通までの200mほどしかない道です。
ずっと先に、「日本館」という旅館の看板が見えます。
宿泊代の割に設備が充実しているので、
YAHOO知恵袋で自分がよく勧めています。


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先ほどと同じ地点から、ヨドバシカメラの東側を撮りました。
こちらにはオープンカフェのテナントが並んでおり、
ヨドバシカメラの店内に直接入ることはできません。
(店内には、北側からか南側から入ります)


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そのテナントの最北端は、カフェではありません。
この間までは祇園祭の大船鉾(休み鉾)を展示していましたが、
今は祇園祭の歴史や地理関係を展示しています。


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こちらにいらした学芸員に、このパンフレットをもらいました。
ここは、文化庁による祇園祭の案内所です。
今は、今年(2014年)から巡行が2回になったことをPRしています。

このブログの趣旨をこちらの学芸員に伝えて許可をいただき、
この辺りの記事を書いています。


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先ほどの場所から、少し烏丸通側に出ました。
右(西)側の生け垣の向こうが、先ほどのオープンカフェです。


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烏丸通から、ヨドバシカメラ南端の木津屋橋通を西に向いています。
右(北)にヨドバシカメラ、左(南)側に駿河屋ビルと京都タワービル、
ずっと向こうに関西電力ビルが見えます。
この道は、多少蛇行しながら
京都水族館のある梅小路公園まで続いています。


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今度は、烏丸通から木津屋橋通を東に向いています。
自分が小学生のころ、左(北)のビルはパチンコ屋さんで
右(南)側のビルは東映の映画館でした。
「悪魔が来たりて笛を吹く」を見た記憶があります。


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こちらは、木津屋橋烏丸交差点南西角の駿河屋ビルです。
とは言っても、和菓子屋さんの「駿河屋」は1Fの隅だけで、
後は様々な飲食店が入っています。


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木津屋橋通から、烏丸通を南に向いています。
烏丸通が突き当たる塩小路まで、あと50mです。
右(西)側に、先ほどから出てくる「駿河屋」の店舗が見えます。
その南隣が京都タワービルになります。
京都タワーは、このビルの11F部分から上にそびえたちます。


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こちらが、塩小路烏丸交差点です。
烏丸通は、いったんここで突き当ります。
ただ、京都駅の南側からまた烏丸通が復活するので、
この「烏丸通編」は、もう少しだけ続きます。


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こちらは、塩小路烏丸北西角にある京都タワーへの入り口です。
ここからこのビルの最上階まで行って、さらに京都タワーを上ります。
ただ、その部分が思いのほか長くなったので、
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、京都タワーの上から京都市街地を見物します~

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第216回 京都タワー展望台~烏丸通北から南~その28

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こちらは、京都駅北側の塩小路烏丸交差点北西角です。
京都タワーには、ここから入ります。
今回はここから京都タワー展望台に上り、京都市街地を一望します。
いつもは京都タワーを様々な角度から見てきましたが、
今回は逆にそういう所をここから見下ろします。
撮影日は、2014年6月2日月曜日午後5時。
梅雨に入る2日前の猛暑日でした。


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先ほどの地点から、建物の中に入ってきました。
入り口に、この施設の案内パネルがありました。
これを見ると分かるように、
京都タワーは大きなビルの屋上に建っています。
一般の人は、赤い楕円形の所まで上がれます。


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案内パネルの脇から、奥に入っていきます。
ここから見えるように、1F~3Fは観光デパートです。
特に1Fは、観光客用の土産物屋さんが並んでいます。
ちなみに、4Fより上はホテルで
屋上ビアガーデンはこのホテルが経営しています。


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その観光デパートを通り抜け、この建物の西端まで来ました。
エスカレーターの裏に、京都タワー展望台の切符売り場があります。
自動販売機でも、その隣の有人販売でも、どちらでも買えます。


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770円払うと、この切符とパンフレットがもらえます。
思ったより安かったのですが、ウチの母は「高い」と言っていました。
まぁ、人それぞれということで……


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では北側のエレベーターから、11Fに向かいます。
実は、もう一つのエレベーターからでは展望台には向かえません。


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11Fから、展望台にはエレベーターを乗り換えます。
こちらのエレベーターは、不定形をしています。
(つまり、直方体ではありません)
これは、京都タワーの細長い部分の形状と関係があるそうです。

また、こちらはそのエレベーター内部の表示板です。
今いる位置が、光っています。


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京都タワー最上階に着きました。今は、赤い楕円形の上半分にいます。
では、ここから出て展望台から京都市街地を一望します。


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こちらが、展望台の最初に目にした風景です。
京都駅の西の部分で、左側に京都中央郵便局がありますね。
その北側を塩小路が伸びています。
堀川通で突き当たっているように見えますが、
本当はもっと西に伸びています。
さらにその先の緑地は、京都水族館のある梅小路公園です。


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もっと下を覗きこみました。こちらは、京都駅の正面玄関です。
よく考えると、約100m上空から見下ろしているのと同じです。
ここで、自分が高所恐怖症であることを思い出しました。
正直、南禅寺山門の比ではありません……


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実はこの辺りから、高さに慣れるまで立って歩けませんでした……
約10分ほど、半ば四つん這いで展望台を移動していました。

こちらの望遠鏡は、無料になっていました。
(十数年前に来たときは、3分10円でした)
また、主な観光地が見える位置にはステッカーが貼ってあったので、
いろいろと分かりやすいです。


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だんだん高さに慣れてきたので、外の様子も撮れるようになりました。
ここから何枚か、京都タワーから見た風景を貼り付けます。
左側の緑地は、自分が一番よく行く東福寺です。
右側の低い山も、ウチの氏神様が鎮座する稲荷山ですね。


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少しずつ、北に移動します。こちらは七条通の東端部分です。
左の赤いレンガ造の建物は京都国立博物館で、
道をはさんである緑地は三十三間堂です。
突き当りの緑地は、智積院ですね。


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下の方に見える高架は、五条通(国道1号線)です。
このまま進むと、音羽トンネル(音羽山は、清水寺のある山)です。
その上に見えるのは、清水寺の「舞台」ですね。


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右端の大きな像は、「霊山観音」です。
ということは、その脇に高台寺があるはずです。
ずっと左の大きな建物は、知恩院ですね。


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今度は、京都タワーの北の方に目を向けます。
こちらは、第213回ブログに出てきた渉成園です。


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その西側に、烏丸通が伸びます。
ここが、今のシリーズで扱ってきた場所ですね。
奥にかすかに見える緑地は、京都御苑です。


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本当はこの後嵯峨野嵐山とかも撮ったのですが、
ボヤけてしまったのでここには載せません。
なるべく人は写さないようにしていますが、
この展望台には30人くらいの方がいらっしゃいました。
平日ということもあって、大半が欧米人か中国人でした。
では、ここから階段を下りて楕円形の下半分に向かいます。


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こちらは、展望台の下半分です。
ここは展望台というよりも、単なる通路として機能しています。


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展望台の下半分から、第214回ブログで紹介した
東本願寺と烏丸通を見ています。
見晴らしは上半分の方がよいですが、
真下の様子はここの方がよく見えます……
(つまり、こちらの方が、怖かったりします)


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こちらは、東寺の五重塔です。
ここも、下半分から撮った方がきれいですね。


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では、下半分の展望台から
エレベーターでここを下ります。


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京都タワーの細長い分部より下にも展望台があります。
とは言え、ここはレストランになっていて
そういう用事のない方は入れません。


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エレベーターの乗り換え階(11F)にまで来ました。
ただ、ここは直進できずこの階を半周します。


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先ほどの写真の脇に、こちらのパネルがありました。
この穴に顔を入れて、記念写真を撮るそうです。


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ここの部分を半周します。
先ほどの場所から下りてきて、他のビルと変わらない高さですね。


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ヨドバシカメラの向こうに、東本願寺阿弥陀堂(修理中)が見えます。
ここを見ても、展望台と高さや角度がだいぶ違います。


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この辺りには、自動販売機やクレーンゲームが並んでいます。
また、占い師さんもいらっしゃるのですが、
個人を撮るわけにいかないので割愛させていただきます。


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ここから見下ろすと、たくさんのテーブルとベンチが見えます。
ここはビアガーデンですが、開店前なので誰もいません。


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では、矢印に沿ってここを出ます。
ちなみに韓国語もきちんと「出口」と書いてあります。


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11Fをほぼ1周してきました。
こちらは、ここに上ってきたときのエレベーターです。
ただ、ここではそちらには向かわず奥の階段を目指します。


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では、こちらの階段から下りていきます。
さすがに11Fから1Fまでは厳しいので、10Fまで下ります。


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10Fまで下りてきました。
目の前の扉をかけると先ほどの位置まで上がれる階段があるのですが、
数年前から閉鎖されています。
その手前に行列ができていて、右(南)の方に流れていきます。


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その行列は、屋上ビアガーデンの開店待ちの方々でした。
午後5時半を回って、どうやらこの日の営業が始まったようです。
では、自分もちょっとここに寄ってみます。


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この日は猛暑(最高気温33℃。前日比-2℃)ということもあって、
ビアガーデンは超満員でした。
ここは、京都でも最古参のビアガーデンです。
約20年前からバイキング形式になっており、
右のテントに食べ物が並んでいます。
左のテントは予約席用で、ここから満席になっていきます。


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6月に入り夏至が近くなって、日が長くなりました。
ですから、こんな時間でもフラッシュなしで写真が撮れます。
(この時点で、午後6時半)
向こうに見えるのは京都駅ビルですが、
このビアガーデンから京都市街地の北半分が一望できます。
ここは「五山の送り火」が全て見える唯一のビアガーデンです。


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自分が座っている位置から、真上を見ました。
写真に写っている位置から、先ほどこちらを撮っています。


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食事はバイキングなので、適当にとりました。
実は、毎日微妙にメニューが異なるのですが、
この日のメインは中華料理(酢豚とか点心類)でした。
自分はビールのつまみ中心にとるので、
ソーセージやハム・枝豆がメインになります。
(他に、めん類・ごはん類・デザートもあります)
毎年6月末日までは割安になります。
(飲み食べ放題で、一人3,300円でした)
ちなみに、もう一つのジョッキはウチの母の分です。
(自分は、黒ビールを飲みました)


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2人だけでしたが、無理して3皿を4ターンとって
結局かなり残飯を出してしましました。(もったいない話です)
帰りは、ビアガーデン専用の南側エレベーターを使います。
タワーに上がるエレベーターの向かいにあります。


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1Fに下りて、外に出ました。
ちょうど塩小路烏丸交差点で、南を向いていることになります。
目の前にタクシー乗り場があって、
(この右側に、京都市バス北側ターミナルがあります)
その奥が京都駅ビルです。
烏丸通は、ここ京都駅で突き当ります。
ところが、この京都駅から南でまた烏丸通が復活します。
ですから、もう数回だけ「烏丸通編」を続けます。

今回は、ここまでです。

~次回は、地下道を通って京都駅八条口に出ます~

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第217回 京都駅の地下街~烏丸通北から南~その29

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第215回ブログの初め東本願寺阿弥陀堂門のまえで、
烏丸通を南に向いています。
今まで前回ブログ最後の写真を引き継ぐ形で続けてきましたが、
今回だけは2回分戻ったところから始めます。
第215回ブログで「地上の」烏丸通を南下したところを
今回は地下から進み、京都駅南側の八条通に至ります。
撮影日は、2014年6月8日日曜日午後4時。
梅雨入りしていますが、全然雨が降りません。


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東本願寺阿弥陀堂門前から、烏丸通を約80m進みました。
ここが、東本願寺の最南端です。
右(西)側の堀に大きな鯉が何匹もいましたが、
上手く撮れなかったので写真はありません。
その約20m先に、七条烏丸交差点があります。
交差点の四隅に、地下へと通じる階段がありますね。


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こちらは、七条烏丸交差点の北西角にある階段です。
こちらから、地下に入っていきます。
……数分前まで晴れていたのに、突然曇ってきましたね。


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階段を下りると、細長い地下道に出ます。
ここは少し蛇行して、七条烏丸交差点の真下に通じています。


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ここが、七条烏丸交差点の真下に当たります。
ここから地下道は少し広くなって、一直線に南に伸びています。
ここは七条通から京都駅地下を通って、八条通まで伸びています。
(要するに、この道が今回ブログのメインです)


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この辺りの烏丸通地下道は、
京都市地下鉄が初めて開業した1980年ごろからあります。
両脇には、この近辺の宣伝が貼り付けてあります。
これは東本願寺のものですし、
隣は東洞院七条下がるの丸福食堂ですね。


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烏丸通地下道を七条通から南に約100m進みました。
この辺りから南は周囲のビルがこの地下道にも通じているので、
そこから流入する人も多くて急に賑やかになります。


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この辺りで、西を向きました。
こちらは、ヨドバシカメラのB1と通じています。
京都駅からこちらに向かう方々で、
この辺りから南は人混みができ始めます。


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その隣は、駿河屋ビルです。
和菓子屋さんだけに、きれいに並んだ饅頭が展示されています。
とは言え、ここはB1のマクドナルドの占有率が高いですね。
(ここの地上は、第215回ブログ木津屋橋通付近です)


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駿河屋ビルの前から、烏丸通を南に向きました。
この辺りから、急に下り坂になっていますね。


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その下り坂の途中に、このような看板がありました。
前回ブログの京都タワーとビアガーデンですね。


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その坂の下りきったところで、西を向きました。
ここは京都タワービルの入り口です。
この階からでも、京都タワーとビアガーデンに行けます。


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京都タワーの前で、南を向きました。
左(東)側は、塩小路烏丸交差点北東角にあるパチンコ屋さんです。
B1部分にも、パチンコ台が見えます。
このように烏丸通沿いのビルの大半が、この地下道に通じています。
ここから天井が、少し低くなりますね。


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この辺りが、京都駅北側の塩小路烏丸交差点の地下になります。
左(東)側に、地下鉄の切符売り場があります。
地下鉄の改札口は、この少し南になります。


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切符売り場の南側から、京都駅前地下街PORTAが始まります。
PORTAの北東端にパン屋の進々堂があります。
ここは配送ではなく、この奥で焼いて売っています。


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進々堂の前の道をさらに東に進むと、約30mで突き当ります。
そこに、「イノダコーヒー」PORTA店があります。
以前はよく通いましたが、最近はいつも満員でなかなか入れません。


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烏丸通の地下道に、戻ってきました。
切符売り場から約20m南に、地下鉄京都駅の改札口があります。
その改札口越しに、PORTAの西側が見えます。
PORTAはこの西側の方が広く、洋服店や飲食店が集中します。


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こちらはPORTAの東側です。進々堂より約50mほど南になります。
PORTA東側は、土産物店が並んでいます。
特にこの辺りは、和菓子店が集中しています。


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先ほどの改札口よりさらに約50mほど南に、
また地下鉄京都駅の改札口があります。
この改札口周辺は元々空いていたのですが、
昨年から「コトチカ」というスペースになり
飲食店を中心にいろいろなテナントが入っています。


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改札口の向かい(東)側に、パン屋の志津屋があります。
ここは自分のちょうど通勤コースなので、よく買っていきます。
「ペッパーカルネ」が一番好みです。


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志津屋の南隣に地下鉄の切符売り場があり、
さらにその南にJRの切符売り場があります。
ここはややこしいので、よく間違える方がいらっしゃいます。


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2種類の切符売り場の西向かいは、観光案内所と宝くじ売り場です。
(その裏側が、KIOSKです)
さらにその南側に西へと伸びる道があって、
そこを進むとTHE CUBE(元々は京都駅観光デパート)と
JR京都伊勢丹へと通じています。


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さらにさらにその南側に、JR京都駅東地下改札口があります。
在来線だけでなく、新幹線もここから入ります。
ここも、よく地下鉄の改札口と勘違いされる方がいますね。


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そしてその南隣に、地下鉄京都駅の改札口があります。
慣れない方はややこしいかもしれませんが、
通勤の際にJRから地下鉄に乗り換えるのに、
こういう並びの方が便利なのです。
その改札口の左(東)側に烏丸通地下道がまだ続いていますが、
ここからさらに狭くなります。


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地下鉄京都駅の改札口の南側にロッカーが並んでいますが、
その間にこちらの自動販売機があります。


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自動販売機の脇に、このようなペナントがあります。
この自動販売機では、「疏水物語」という水道水が売られています。


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こちらが、自動販売機で売られている現物です。
このペット缶が、100円で売られています。
飲んでみましたが……まぁ水道水です。
「京都の水道水は、お金をもらえるくらい安全でおいしい」
ことをアピールしているのでしょうが……


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この辺りが、JR京都駅在来線ホームのちょうど真下に当たります。
だいぶ道が狭くなりましたが、人通りは却って多くなりました。


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京都駅ホーム下をくぐり抜け、京都駅八条(南)側の地下まで来ました。
こちらは、地下鉄京都駅の八条側改札口です。
つまり、これが地下鉄京都駅最南端の改札口です。


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その改札口の向かい(南)側に、地下鉄の切符売り場があります。
その並びに京都駅八条口に上がれる階段があり、
それらの間にさらに南に進む烏丸通地下道が伸びています。


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烏丸通地下道をさらに南に進んでいます。
ここは、京都駅八条口駅舎のちょうど真下に当たります。
実は、新幹線の駅はこの京都駅の八条側にあります。


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地下鉄京都駅の切符売り場から、約50m南に進みました。
ここで左(東)側にエレベーター、右(西)側に階段が姿を見せます。


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その階段を見上げています。
ここから、八条通の北側歩道に出ることができます。
屋外に出ますが、京都駅八条駅舎内の飲食店街には
こちらから出たほうが便利です。


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そして、この辺りで烏丸地下道は階段で下ることになります。
この辺りは、諸事情で日光がよく入ります。
あと少しだけ、この道は続きます。


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先ほどの階段を下りて、約100mだけ烏丸通地下道は南に続きます。
そして、こちらのAVANTIのB1でこの道は突き当ります。
ここの左(東)側が京都駅南側市バスターミナルになっていて、
右(西)側が広場になっています。
そして、この広場の上の部分が空洞になっていて
昼間は日光が入ってきます。


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そしてこちらがその広場なのですが……
なぜか喫煙者がたくさんいらっしゃいました。
ここは真上が空洞なので、ここからでも地上部分が丸見えです。


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この日はずっと曇りでしたが、なぜか最後まで雨が降りませんでした。
広場の西側に、上に上がる階段がありますね。


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その階段ですが、こうやって見ると舞台にも見えます。
これは偶然ではなく、ここは本当に舞台としても利用されます。
何年か前は、京都サンガのファンミーティングがここで行われました。


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その「舞台」から、南を向いています。
ここから地上に上がれるようなので、そちらに向かいます。


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こちらは、その階段をちょうど上りきったところです。
ここは、八条烏丸交差点の南東角に当たります。
目の前に、AVANTIが見えますね。
ここからあと2kmほど、まだ烏丸通が続きます。
ただ、もうだいぶ写真を貼りつけたので、
ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、九条通や十条通を目指します~

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第218回 源平合戦由来の城興寺~烏丸通北から南~その30

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こちらは、京都駅八条口です。ちょうど新幹線が停車していますね。
その下の方は、飲食店が並んでいます。
今回はここから烏丸通を南下し、真言宗瑞宝山城興寺を目指します。
撮影日は、2014年6月8日日曜日午後4時。
また、だんだん曇ってきました。


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烏丸通から、八条通を西に向いています。
八条通は、JRの線路の南側をずっと進んでいきます。
油小路、大宮通とだんだん西に行くにつれ道幅が細くなり、
西大路通で自動車がやっと1台通れるくらいになって消滅します。
ただ、千本通からJRの線路の北側にも八条通が現れて、
こちらは桂より西の方まで続いています。
(桂離宮の南端の道になります)


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今度は烏丸通から八条通を東に向きました。
八条烏丸南東角に、AVANTIというファッションビルがあります。
中高生に人気があって、修学旅行生も多く立ち寄ります。
八条通の東側は、鴨川の手前にある須原通で突き当ります。


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八条通から、烏丸通を南に向いています。
八条通を境に、京都市下京区から京都市南区になります。
また、この烏丸通から左(東)を南区東九条、
烏丸通より右(西)側を南区西九条と言います。


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八条通から、烏丸通を約70m進みました。針小路との交差点です。
AVANTI南端の道ですね。


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針小路から、烏丸通を南に向いています。
左(東)側歩道は最近できたホテルが並びますが、
右(西)側は古い街並みが続きます。


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そのホテルとバーの間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
この辺りまで来ると、またお地蔵さんが辻辻に目立つようになります。
この日の烏丸通は、赤いツツジがあちこちに咲き誇っていました。


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針小路から、烏丸通を南に約100m進みました。
今度は、東寺道との交差点です。


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烏丸通から、東寺道を東に向いています。
すっと向こうに竹田街道との交差点が見えます。
そこから細い道になって、高瀬川沿いまで続いています。

ちなみに、その竹田街道と河原町通との中間に
「水月亭」という焼肉屋さんがあります。
まぁ、個人個人意見が違うでしょうが、
自分はここが京都で一番おいしいお店だと思っています。
(お勧めは、蒸し豚とハラミ・キムチ鍋)


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今度は、烏丸通から東寺道を西に向きました。
この道は、その名の通り東寺まで伸びる道です。
また、京都駅前イオンモールの最南端の道でもあります。
さらに、こちら側にも焼肉屋さんや韓国料理屋さんが集中します。
(お勧めは、近鉄高架下の「はやし」)
実は、この辺りは京都でも有数の
韓国料理屋さんが集中する地域でもあります。


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東寺道で横断歩道を渡り、ここからは烏丸通西側歩道を南進します。
東側歩道はホテルなど真新しい建物が並んでいますが、
こちら側は古い民家の確率が急に上がります。
元々八条通以南の烏丸通は、この西側歩道から1車線の道幅でした。
それが1990年前後の地下鉄南進政策の際、
東へと道路拡張したため今の烏丸通ができました。


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東寺道から、烏丸通を南に約150m進みました。
烏丸通の西側に、こちらの看板が見えます。


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先ほどの看板から、約30m西に入ってきました。
すると、こちら真言宗瑞宝山城興寺の山門が見えます。


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こちらが、城興寺の境内です。
今は千手観音のお堂と末社の社がいらっしゃるだけですが、
平安時代の最盛期はこの辺一帯が境内で、
少し離れた所を寺領(寺院が所有する荘園)にしていました。
それが応仁の乱(1467年~1477年)で一気に衰退し、
今ではこのような寺院となりました。


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さて、まずは末社参りですね。
こちらは、次郎吉稲荷神社です。


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次郎吉稲荷神社の西に、薬院稲荷神社の祠があります。
「稲荷神とはハーリーティー(鬼子母神)である」そう書かれており、
宇迦御魂神(うかみたまのかみ)のことが出てきません。
稲荷神は起源が諸説いろいろなのが面白いですね。


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こちらは、城興寺の本堂です。
円仁作と伝えられる千手観音(重文)が安置されています。
ここ城興寺は、源平の合戦所縁の寺院です。

平安時代末期、ここの寺領は以仁王の所有地でした。
ところが、平清盛はここを没収し自分の荘園にしました。
それがこの直後にあった以仁王や源頼政の反乱の一因です。
結局以仁王も源頼政も平清盛に殺されますが、
挙兵を求めた以仁王の宣旨が源頼朝に届き、
平清盛に反乱を疑われた源頼朝は
仕方なく反乱を起こしました。
ところが、その反乱に勝利した源頼朝が鎌倉幕府を開き
新しい時代へと突入しました。(12世紀末の話です)


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では、城興寺を出ます。烏丸通に戻ります。
結局、境内には誰もいらっしゃいませんでした。


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城興寺を出て、すぐに南を向くと
地下鉄「九条」駅への階段がありました。
これで地下鉄一駅分歩きました。


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烏丸通から、九条通を西に向いています。
ここを真っ直ぐ進むと大宮通付近に東寺があって、
近鉄「東寺」駅前も近いですね。
西大路通まで進むと、JR「西大路」駅があります。


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今度は、烏丸通から九条通を東に向いています。
ここを真っ直ぐ進むと、河原町通以東から高架になって、
最後は、方向が変わって東大路になります。
(その辺りに、東福寺がありますね)


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九条通から、烏丸通を南に向いています。
ここから、烏丸通が分岐します。
左(東)の広い道は、今まで通ってきた烏丸通です。
右(西)の狭い道は、拡張工事以前の烏丸通で
通常は「旧烏丸通」と呼んでいます。
その右(西)側に、家電量販店の「ジョーシン」がありますね。


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地下鉄「九条」駅4番出口から、烏丸通を南に向いています。
ここからあと約1500mで烏丸通は突き当たるのですが、
その辺は次回に書こうと思います。

今回は、ここまでです。

~次回で、「烏丸通編」は終了します~

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第219回 久世橋通で突き当り~烏丸通北から南~その31

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地下鉄「九条」駅4番出口前から、烏丸通を南に向いています。
この日は日曜日でしたが、人も自動車もあまり通りません。
先ほどから雷が鳴って雨が降りそうなのですが、
この日は最後まで降りませんでした。
撮影日は、2014年6月8日日曜日午後4時半。
今回で、長い長い「烏丸通編」も終わりです。


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地下鉄「九条」駅4番出口の南隣に駐車場があるのですが、
約3mほどの幅を西へ通り抜けると「旧烏丸通」に出ます。
1990年代に烏丸通が拡張するまでは、
八条通以南の烏丸通はこんな感じでした。


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九条通から、烏丸通を約100m南に進みました。
ここは観光地からだいぶ離れており、
この日は日曜日でしたが閑散としています。
左(西)側に、南九条市営住宅が見えますね。


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同じ場所で、烏丸通東側歩道を見ています。
バス停に「大石橋」と書いてありますが、本来なら
ここより約100m東にある竹田街道と九条通との交差点を指します。
市営住宅の北側に、小さな運動場が広がっています。


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ちょっと面白そうなので、そちらに寄ってみます。
市営住宅の北側から、中に入れそうです。


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こちらが、その運動場です。
運動場の形状と設備から、ゲートボール場であることが分かります。


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市営住宅とゲートボール場との間に、こちらが咲いていました。
こちらは、バラでしょうか?


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こちらは……京風車でしょうか?
花の名前は、自信がありません……


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ゲートボール場の東隣は、こちらの児童公園です。
この日は日曜日なのですが、誰も遊んでいません。


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その児童公園に藤棚があって、その下にベンチがあります。
ゆっくりくつろげそうないい場所なのですが、
誰もいないので「知る人ぞ知る」隠れ家みたいになっています。


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烏丸通に戻って、南を向いています。
ずっと先に、札ノ辻通の信号が見えます。


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ちょっと回り道をして、烏丸通西側歩道に戻ってきました。
ここから約3m西にある旧烏丸通もよく見えます。


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さらに旧烏丸通までずれました。
右(西)側に、京都市立凌風中学校が見えます。


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こちらは、凌風中学の体育館です。
こちら側には運動場などがあって、校舎はもっと西の方です。


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この辺りの旧烏丸通と烏丸通との間に、アジサイが並んでいます。
よく見ると、大半がまだまだツボミですね。


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前回ブログでも触れましたが、
この東九条周辺には韓国料理屋さんが集中します。
ただ、このハングルは誤字ではないでしょうか?


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九条通から、約300m南に来ました。
こちらは、札ノ辻通との交差点です。


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烏丸通から、札ノ辻通を東に見ています。
突き当りの河原町通には、松の木団地があります。
その手前に、宇賀神社もあります。(蛇神様ですね)


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今度は烏丸通から、札ノ辻通を西に向きました。
ずっと先に近鉄の高架が見えますが、
この道は南区役所のある国道1号線との交差点まで続きます。
ただそこから少し北にずれてまだまだ続き、
最終的に西大路通の「洛南イオンモール」の北側で突き当ります。


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札ノ辻通から、烏丸通を南に向いています。
こうして見ると、烏丸通と旧烏丸通を見比べられます。
25年ほど前まで、左(東)側の烏丸通はありませんでした。


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札ノ辻通から、烏丸通を南に約50m進みました。
こちらは、「はやし」という焼肉屋さんです。
近鉄「東寺」駅前の本店には、自分も時々行きます。
(そちらは、行列ができるほどの名店です)


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その「はやし」の向かいも、焼肉屋さんです。
(隣のお地蔵さんにも、しっかりお参りをしました)
お気づきの方も多いでしょうが、
この辺りの「東九条地区」は日本最大規模のコリアンタウンです。
大阪の「鶴橋」や東京の「大久保」のような観光地ではないですが、
このようなお店やキムチ屋さんが相当数並んでいます。


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この辺りの歩道に、たくさんの花が咲いていました。
こちらのアジサイは、まだまだツボミですね。
これらの花はどうやら京都市が管理しているのではなく、
ご近所の方の趣味による花壇のようです。


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ただ、烏丸通と旧烏丸通の間は更地になっている場所が多いです。
おかげで、2本の道を簡単に行き来できますが……


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旧烏丸通は、このような民家が並ぶ細い道になります。
突き当りがだんだん見えてきました。


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札ノ辻通から、旧烏丸通を約50m南に進みました。
こちらに、京都札ノ辻郵便局があります。
この約50m先で、旧烏丸通は突然途切れます。


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札ノ辻郵便局のある通りで、烏丸通から東を向いています。
ここを約50m東に行った竹田街道との交差点に、
(谷川時計店がある辺りです)
1970年代まで映画館がありました。
ですから、今でもその周辺には様々な商店が並んでいて
京都銀行の支店があるくらい結構賑やかな場所になっています。


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その札ノ辻郵便局がある通りから、烏丸通を南に向いています。
約200m先に、十条通が見えますね。


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烏丸通から、十条通を東に向いています。
ここから順に竹田街道、河原町通、鴨川を越えて、
京阪電鉄「鳥羽街道」駅経由の後本町通で突き当ります。
(第140回ブログ参照)


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今度は烏丸通から、十条通を西に向きました。
この先に近鉄「十条」駅(高架の所です)があって、
その向こうは吉祥院天満宮がある西大路通で突き当ります。


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十条烏丸交差点南東角に、こちらの石碑があります。
ツツジが咲いていて結構な絶景なのですが、
文字が削れていて何の石碑か分かりません。
歴史的に、重要なものなのでしょうか?


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十条通から、烏丸通を南に約100m進みました。
地下鉄「十条」駅3番出口から、烏丸通を南に向いています。
あと150mで、この烏丸通が突き当ります。


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この辺りにある、表示板です。
この久世橋通で、烏丸通が突き当たっていることがよく分かりますね。


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その表示板の脇に、西濃運輸の支店があります。
この向かい(西)側が京阪バスの本社で、
この烏丸通の突き当りも日本交通というタクシー会社があります。
この辺は、本当に運輸関連の会社が集中します。


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そして、とうとう長い長い烏丸通の突き当りです。
烏丸通は、今宮通から久世橋通までの南北に伸びる道です。
突き当りの部分は、日本交通タクシーの車庫になっていますね。


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烏丸通から、久世橋通を東に向きました。
久世橋通は、ここから約200m先の竹田街道で終わります。
(阪神高速の高架があるあたりですね)
そしてそのまま北東に進路を変え、十条通付近で河原町通になります。
つまり、久世橋通をずっと進むと、いつの間にか河原町通になります。


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今度は烏丸通から、久世橋通を西に向きました。
ここは、厳密には西南西を向いています。
そして油小路辺りで、真西に進路をとります。
さらに西に進むと、桂川に架かる久世橋に出て
最終的には乙訓方面へと続きます。


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そして、日本交通の車庫を背にして、
久世橋通から烏丸通を北に向きました。
ここからなら、京都タワーと京都駅がよく見えます。
これが今まで歩いてきた道ですね。
ここまで31回分を使って烏丸通を取材してきましたが、
それもこれで終わりです。
そういう訳で、次回からは新企画を進めていきます。
では、200m北に歩いて地下鉄「十条」駅から帰ります。

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第220回 三十三間堂から祇園~大和大路南から北~その1

今回は、約4か月ぶりの写真のない回です。
(第189回ブログ以来ですね)

今回から取材するのは、大和大路です。
前回ブログまでかかった「烏丸通編」の後は、
この時期から祇園祭の宵山までに書き終わるものをと考えました。
また2014年6月はワールドカップ期間中で遠出が厳しいこともあり
(自分は、毎回必ず全試合見ます)
ウチの家から近くて短い道にしようと思いました。
そのすべての条件が合うのが、この大和大路です。
(そもそも、2013年春から企画自体はあったので……)

大和大路の位置
大和大路は、京都市東山区内だけを通る南北の道です。
鴨川と東大路通(京都市街地最東端の道)間にあります。
以前取材した本町通から約100m東に当たります。
(詳しくは、巻末の追記で)

元々は、大和街道
大和大路は、平安時代から京都にある道です。
元々は、平安京と平城京を結ぶ大和街道の一部でした。
ここまで書いて気付いた方もいらっしゃるでしょうが、
大和街道は今の本町通に当たります。
ただいつの時代も同じ場所にあったわけではなくて、
街道の一部が今の大和大路になっていった個所もありました。

泉涌寺道で本町通から分岐
大和大路は、最南端が泉涌寺道です。
ただその辺りに来ると分かるのですが、
ほとんど本町通の東側から
まるで分岐するようにこの大和大路が始まります。
この辺は、どちらも旧大和街道であることの名残でしょう。

三十三間堂の西端
大和「大路」と言いますが、最初はかなり細い道から始まります。
(自動車が通れないほどの道幅です)
北に進むにつれだんだん広くなって、
やがて三十三間堂の西側に出ます。
そのまま七条通に出ると、京都国立博物館や豊国神社など
辺り一帯が観光地になります。

建仁寺の西端
豊国神社以南の大和大路は自動車も通れない路地になったり
4車線の大通りになったりしますが、
豊国神社以北は本町通くらいの道に幅になって
古い町家が軒を並べるようになります。
さらに五条通以北の本町通は森下通となりすぐに途切れますが、
大和大路はまだまだ北の方に伸びていきます。
松原通以北から、再び観光地になっていきます。
ここより東は六原地区で、六波羅蜜寺や六道珍皇寺があります。
(今回は、取材しません)
また、大和大路以西の松原通は、宮川町に入ってきます。
(祇園、先斗町、上七軒と並ぶ舞妓さんがいらっしゃる地区です)
松原通以北には、建仁寺とゑびす神社があります。
そして、この辺りから大和大路も祇園に入っていきます。

縄手通の飲食店街
四条通以北の大和大路は、縄手通と改称します。
この辺りは、高級クラブやキャバクラなど
そういう呑み屋さんが軒を並べます。
(観光客用の「祇園」は、花見小路などもう少し東の方になります)
ただ、途中の白川沿いは雰囲気が一変し
よくポスターなどに写っている「祇園」の風景は、
この白川沿いの縄手通(大和大路)であることが多いです。

三条京阪で突き当り
四条通から約1km北にある三条通で、大和大路は突き当ります。
この辺りには、京阪電鉄「三条」駅があります。
そこまで行ったら、ついでに壇王法林寺にも寄っていきます。

次回は、「東福寺」駅(京阪電鉄・JR共用駅舎)から北上します。
前半は本町通で、後半から大和大路に入っていきます。

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第221回 瀧尾神社の龍神~大和大路南から北~その2

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さて、今回から実際に大和大路を北上していくわけですが、
いきなり大和大路最南端の泉涌寺道からではなく、
先ずは最寄駅の「東福寺」駅から始めます。
(写真は、京阪電鉄の方の「東福寺」駅です)
今回はここから本町通を北上し、瀧尾神社の木彫りの龍を見た後
泉涌寺道から大和大路に入ります。
途中まで、第144回ブログと同じ道をたどります。
撮影日は、2014年6月12日木曜日午後2時。
曇り空でしたが、また雨が降りませんでした。


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今まで乗っていた京阪電鉄の車両が、大阪方面に向かいます。
目の前の陸橋内部に、JR「東福寺」駅の改札があります。


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そのホームの中央に、東への抜け道があります。
すぐ先に改札口があります。では、ここから駅を出ます。


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京阪電鉄「東福寺」駅から出て、東を向いています。
隣接するJR「東福寺」駅から東福寺に向かう場合でも、
この場所に出ます。
目の前にある南北の道は、本町通です。


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「東福寺」駅前から、本町通を南に向いています。
東福寺へ行くなら、こちらのルートになります。
(さらに、自分の母校の通学路でもあります)
今は観光シーズンではないので閑散としていますが、
11月ともなると自動車が通れないくらい混み合います。
ただ、今回は大和大路を目指すのでこちらには向かいません。


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今度は、同じ場所で本町通を南に向きました。
この辺りに飲食店がたくさんありますが、
東福寺が流行り出したここ数年突然増えました。
こちら側は、朝夕に大谷高校の生徒でごった返します。
その大谷高校が大和大路沿いにあるので、
今回ブログの前半はその大谷高校の通学路を進みます。


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「東福寺」駅前から、本町通を北に約100m進みました。
貸衣装屋さん「エ・マーサ」の北隣に石製鳥居があります。
先ずは、そちらに向かいます。


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そして、こちらがその石製鳥居がある瀧尾神社です。
境内には、数人の写真を撮られる方がいらっしゃいました。
約1年前に来たときより、拝観される方が多少増えた気がします。


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鳥居の左(北)側に、手水舎があります。
水は、相変わらず枯れていますが……


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そして、鳥居の右(南)側は、絵馬殿です。
古いながらも立派な絵馬が、たくさん掲げられています。


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こちらは、拝殿越しに本殿を見ています。
通常は本殿がメインになるのですが、
この神社だけはこの拝殿目当てで来られる方が大半です。
靴を脱いで、この拝殿に上がります。


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その拝殿で寝転がると、天井がよく見えます。
雲竜図はよくあるのですが、こちらは龍の木像が貼り付けてあります。
(たぶん、この構図で上下が合っているはずです)
全長は8mを越え、頭部だけで1mを越えます。
こちらは、京都のものとしては比較的新しい江戸時代後期の作品です。
天保年間の彫刻家九山新太郎の代表作になります。


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その龍の彫刻の東部です。先述のとおり、ここだけで約1mあります。
よく見ると、目の部分に青い塗料が塗られています。
ですから、元々はもっと鮮やかな色彩だったのでしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その拝殿に腰掛けながら、こちらの本殿を撮りました。
瀧尾神社は少なくとも平安時代末期にはあったのですが、
設立時の沿革は今となっては分かっていません。
(実は、京都の神社にはそういうことが多いようです)
御祭神は、大己貴命(オオナムチノミコト)と
素戔嗚尊(スサノオノミコト)です。
元々は今の豊国神社の辺りにありましたが、
豊臣秀吉によってここに移されました。


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瀧尾神社の本殿を格子越しに見ています。
本殿の周囲に2匹の猿がいますね。
実は、この神社にある九山新太郎の作品は他にもあります。
(手水社周辺や拝殿・絵馬殿の柱などです)


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瀧尾神社の前から、本町通を北に向きました。
約20m先(瀧尾神社の斜め向かい)に、小さな寺院が見えますね。


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こちらは、浄土宗西山禅林派宝樹寺です。
京阪電鉄の車窓越しに見える墓地がある寺院です。
1159年(平安時代末期)源義朝が平清盛に敗死したとき、
源義朝の妻である常盤御前が
息子の牛若丸(後の源義経)とともに隠れ潜んだ寺院です。


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宝樹寺の前から、本町通を北に向いています。
この辺りは少し地面が高くなっていますが、
ここにかつて「旧伏見街道第1橋」が架かっていました。
(つまり現在交差する東西の道が、かつては川でした)
それがこの辺の地名「一橋」(いちはし)の由来です。
また、ここが奈良街道(大和街道)の起点だった時代もあり、
常盤御前がここに逃れてきた理由もその辺にあります。


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さらに、本町通を北に約50m進みました。
いよいよ泉涌寺道との交差点です。


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本町通から、泉涌寺道を西に向いています。
厳密には西北西を向いているので、ここから京都タワーが見えます。
手前のテーブルが出ている魚屋さんは第144回ブログで寄りました。
(いつも焼き魚がおいしそうです)
この道は、京阪電鉄の線路に沿って北に方向を変えます。


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今度は本町通から、泉涌寺道を東に向いています。
ここから約50m先に、大和大路の最南端が見えます。
左(北)側の小中高は第144回ブログでは建設中でしたが、
京都市立一橋小学校ではなく別の小中一貫校になったみたいです。


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本町通から、泉涌寺道を東に約50m進みました。
このT字路から北に、大和大路が伸びています。


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大和大路から、泉涌寺道を東に向いています。
このくねくねした道は、この先で少しずつ南東に進路をとります。
そして、ここから約1km先の泉涌寺で突き当ります。


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泉涌寺道から、大和大路を北に向いています。
右(東)側の運動場では、ちょうど小学生が体育の授業中でした。
では、ここから大和大路を最北端まで進みます。


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その学校の運動場に、こちらがあります。
これは、先ほどの宝樹寺の前にあった
「旧伏見街道第1橋」を模った記念碑です。


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その橋の記念碑がある辺りで、大和大路を北に向きました。
この辺りの大和大路は、自動車がやっと1台通れるほどの細い道です。
この辺りは学校が集中するので、高い塀が続きます。


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泉涌寺道から、大和大路を北に約100m進みました。
右(東)側に、大谷中高の校門があります。
つまり、このブログの最初からここまでが
大谷中高の通学路ということになります。


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大谷中高の校門の前から、大和大路を北に向いています。
ただ、この辺りの大和大路は多少蛇行しています。
右(東)側は大谷中高の塀が続き、
左(西)側は大谷高校の学生寮やアパート、民家が並んでいます。
どちらの軒先にも花が咲いたプランターがあり、とてもきれいでした。


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その辺りに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
大和大路も、本町通同様にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
お地蔵さんの前に咲いているスズランが、とてもきれいでした。


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そのお地蔵さんの前で、大和大路を北に向いています。
ここから短くて急な坂道あり、
その先で大和大路は醍醐道と交差しています。


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その坂道を上り、醍醐道との交差点に出ました。
左(西)側に、大きな鉄柵があります。ここから下を覗いてみます。


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鉄柵越しに下を覗きました。
すると、東京に向かう新幹線がこちらにやって来るところでした。
本町通側からこの大和大路側を見ると、
ここがトンネルの頂上部だと分かります。
新幹線は、ここからそのまま山科盆地まで長いトンネルに入ります。


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その鉄柵を背に、東を向きました。
この醍醐道は、その名の通りこのまま東山を越えて醍醐に至ります。
右(南)側の柵の向こうは大谷中高の運動場ですが、
時間帯の関係か誰もいませんでした。
大和大路はこの横断歩道を渡って、
左(北)にある小さな階段に続いていきます。


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その階段を上ると、JRの在来線の線路をまたぐ陸橋になります。
(向こうに見えるのは、本町通の陸橋です)
ちょうど今滋賀県大津市から、京都駅に普通電車が入ってきました。
こうして見ると、京都駅と京都タワーが離れていることが分かります。


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次は、大和大路の陸橋から東を向きました。
東大路の陸橋を過ぎると、
在来線も東山のトンネルの中に入っていきます。


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大和大路の陸橋を北に渡り切り、この階段を下ります。
大和大路は本町通より坂の上なので、階段の数がずっと少ないです。


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大和大路の陸橋を北渡り切り、東を向きました。
ここから約250m先の東大路で、この道は突き当ります。


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その陸橋から、大和大路を北に向いています。
ここからの大和大路は、
自動車がやっと1台通れるほどの細い道になります。


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この辺りの大和大路は、細い道ですが飲食店が並んでいます。
(和菓子店とか、お好み焼き屋さんとか)
こちらは、駐車場脇の延命地蔵尊です。
多分風で煽られて茶わんが落ちて砕けているのですが、
なぜか放置されています。
何か意味があるのでしょうか?


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JR線路上の陸橋から、大和大路を北に約100m進みました。
こちらは、塩小路との辻です。
(塩小路は、第215回ブログの京都駅前の通りですね)
この先に見える土塀は、三十三間堂のものですね。
ここからその三十三間堂に向かうわけですが、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、三十三間堂と周辺寺院を拝観します~

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第222回 三十三間堂回り~大和大路南から北~その3

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大和大路を北上して、塩小路との辻にやって来ました。
目の前に、三十三間堂の土塀が見えますね。
今回は、この三十三間堂とその周辺寺院を散策します。
撮影日は、2014年6月12日木曜日午後3時。
ちなみに、この地域を合わせて「三十三間堂回り」と言います。


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大和大路から、塩小路を西に向いてます。
この坂道の先に本町通があって、その辺りから少しずつ道幅が広がり
約800m先で京都駅に至ります。


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今度は、大和大路から塩小路を東に向きました。
この上り坂は、東大路で突き当ります。
その辺りに智積院があって、そちらへの近道になります。
約100m先に三十三間堂の南大門が見えます。
今回は、そちらの方に向かいます。


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大和大路から、塩小路を東に約100m進みました。
こちらが、三十三間堂の南大門です。今からここに入っていきます。


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三十三間堂の南大門をくぐりました。
とは言え、ここは三十三間堂の境内ではありません。
三十三間堂は左(西)側だけで、右(東)側はそれぞれ別の寺院です。
三十三間堂の周辺なので、「三十三間堂回り」と呼ばれています。
また、平安時代はこの辺一帯が法住寺の境内でした。
そのため、この辺りを「法住寺殿跡」とも言います。


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こちらは、南大門の右(東)脇です。
この門をくぐってすぐに、こちらのアパートが目に入ります。
南大門をくぐっても、こういうふうに民家や病院が並んでいます。

……そう言えば、以前は一般車両が普通にこの門を通っていました。
数十年前にこの門に大型トラックが衝突して、
それ以来大型車両の通過が禁止されました。


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そのアパートの北隣に、こちらの門があります。
中国風の門ですが、こちらは黄檗宗の寺院ではありません。
「旧御陵正門」と書かれた石碑がありますが、
この裏に後白河天皇陵があります。


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中国風の竜宮門を抜けて、天台宗 法住寺境内に入ってきました。
北側の枝垂桜が目立ちますが、この日は赤いツツジがきれいですね。
現在の境内はこのくらいの大きさですが、
元々は西隣の三十三間堂もこの法住寺の一部でした。


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竜宮門の北側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りです。


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竜宮門から入ってすぐ前に、法住寺本堂があります。
988年(藤原氏の摂関政治全盛期)に、藤原為光がここを建立しました。
「法住寺殿跡」の名の通り、当時はこの辺一帯が法住寺境内でした。
三十三間堂だけでなく、新日吉神社(いまひえじんじゃ)や、
新今熊野神社や、さらに豊国神社までもこの法住寺の一部でした。
最盛期は平安時代末期で、後白河上皇がこの寺院に帰依し
この寺院に住み、ここで院政を行ったときです。
この後白河上皇のお墓がこの寺院の裏手に作られて、
それ以降は「天皇陵を守る寺院」として、勢力を保ちました。
ただ、明治時代以降の「神仏分離政策」の一環で
天皇陵を守る役割が終了しました。


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ではこの竜宮門をくぐって、いったん法住寺を出ます。
三十三間堂南大門からの道を、また北上します。


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竜宮門から北に約10m進みました。
実は、こちらが天台宗法住寺の正門です。


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その正門から、再び法住寺境内に入ってきました。
まぁ、先ほどと同じ場所になります。
先ほどは枝垂桜が北側に見えましたが、今は同じ木が南側に見えます。


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法住寺の北側に、こちらの末社があります。
こちらは、たぶん吉祥天と弁財天を祀っています。
(メモを残さなかったので、忘れてしましました……)
では、こちらにお参りしてこの法住寺を出ます。


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法住寺の北側に、このような抜け道があります。
右(南)側の土塀が法住寺のもので、左(北)側が養源院のものです。
ちなみに、ここは平日の昼間だけ開いていて
日祝日はこのように門は閉じています。
では、ちょっとここに立ち寄ってみます。


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抜け道を東に少し蛇行して約80m進みました。
先ほどの法住寺の裏手で、この道は突き当ります。
そのカエデに囲まれたきれいな場所に、後白河天皇陵があります。
平安時代末期に上皇になった後院政を行い、
平清盛と協調と対立を繰り返し、
ある意味鎌倉幕府を開くきっかけを与えた人物ですね。

ここにお参りをした後、先ほどの道に戻ります。


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三十三間堂南大門から北に伸びる道に戻ってきました。
6月ということもあるのでしょうか、観光タクシーがたくさん並び
そこから修学旅行生が何人も降りてこられます。
(ここは、京都の中でも人気がある場所ですからね)


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先ほどの場所から、北に約30m進みました。
西側はずっと三十三間堂ですが、
東側にはこちらの養源院が見えてきます。
次は、こちらに入っていきます。


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門をくぐってすぐ右(南)側に、こちらの末社がいらっしゃいます。
こちらは、「白衣弁財天」です。
「白蛇」ならともかく、「白衣」は初めてお会いしました。


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そちらから約10m東に進むと、北側にこちらのお堂があります。
こちらには、毘沙門天がいらっしゃいます。
北方の守護神ですね。


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その毘沙門天のお堂の前から、東を向きました。
ここから上り坂になっていて、約50m先に養源院の本堂があります。
右脇に「大聖歓喜天」とありますが、
こちらに豊臣秀吉由来の歓喜天(聖天)がいらっしゃいます。


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その坂道を上ってきました。
この辺りはカエデ並木が見事で、秋には絶景になります。
この先が養源院の本堂なのですが、
その辺りは修学旅行生やタクシードライバーがたくさんいらして、
ここに載せられる写真が撮れません。

養源院は元々天台宗なのですが、数十年前に浄土真宗に改宗しました。
ここは、1594年に豊臣秀吉の側室淀君が
父親である浅井長政の菩提を弔うために建てました。
ここの襖絵は俵屋宗達筆で、鴬張廊下は左甚五郎の手によるものです。
また、1600年の伏見城の闘いで自刃した鳥居元忠などの鎮魂のため、
切腹した場所の廊下をそのままここの天井に使っています。
(これが、「血天井」と呼ばれるものです)
そのようなことで、近年ここは人気の観光地になってきました。


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本堂の南側に歓喜天堂がありますが、ここから先は侵入不可です。
通常どこの歓喜天も秘仏なので、公開されてはいないのですが……


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そして、歓喜天堂からさらに南に進むと
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
もしかすると、お地蔵さんではなく石仏(古いお墓)かもしれません。
ともかく、こちらにもお参りします。


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今度は本堂の前を通り過ぎ、養源院の最北端に来ました。
どうやらコケモモの木自体がご神体のようで、
注連縄と鳥居がこちらにありました。


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養源院の法堂を背に、西を向いています。
では、この坂道を下り養源院から出ます。


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石畳の下り坂の右(北)側は、このように広場になっています。
そして、その中央にこちらの桜の木があります。
こちらも、春になるとなかなか見事な花を咲かせます。
こういうのも、ここの人気が高い理由なのでしょうね。


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養源院の門前で、三十三間堂南大門から続く道を北に向きました。
だいぶ北上したので、七条通がはっきり見えるようになってきました。
突き当りに見えるのは、京都国立博物館ですね。


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さらにこの道を北上します。もう七条通も目の前ですね。
右(東)側に、日本赤十字社京都支部が見えます。
先述の通り、この辺には寺院以外にもいろいろなものが建っています。
左(西)側に、三十三間堂の入り口が見えてきました。


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ほとんど七条通沿いに、三十三間堂の入り口があります。
では、こちらから中に入っていきます。


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中に入ると観光バスが何台も停まれる大きな駐車場があり、
その南側に受付があります。
では、こちらで600円払って中に入っていきます。


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このブログでは、約1年ぶりに三十三間堂に入ってきました。
その日は炎天下で正直熱中症も心配だったので外は回りませんでした。
この日は曇りで気温もそこまで高くなかったので、境内を散策します。
(それでも30℃近いのですが……)


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三十三間堂の外側を北から南に撮りました。
ここは細長いので、面白く撮れました。(一回やってみたかったのです)
約40年前の映画「宮本武蔵」の決闘場面で、結構有名になりました。
(まぁ、今の方はほとんど知らないのでしょうが……)
毎年1月の「成人の日」に通し矢が行われるのも、
この細長さが理由の一つでしょうね。


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では、三十三間堂東側の庭園を散策します。
やや北寄りの場所に、大きな池があります。
池の上には大量のアメンボが浮かんでいたのですが、
上手く撮れなかったので写真はありません。
背後の赤い柱と浮島の緑が対照的で、
隣に偶然いらした中国人の若い女性グループが
「きれい。きれい」
とおっしゃって、はしゃいでおられました。


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その池から南に約50m進みました。こちらが三十三間堂の正面です。
(前回来たときの写真は、内側から撮ったものです)
この奥に、一番大きな千手観音がいらっしゃいます。

ここは本当は「蓮華法院」と言い、「三十三間堂」は通称です。
後白河上皇のために、平清盛が法住寺南側に建てたお堂が始まりです。
白河上皇と対立した木曽義仲による放火などたびたび焼失しましたが、
その度に再興されて現在に至ります。
特に鎌倉時代初期の修復が有名で、
その際に観音像を作り直したのは湛慶です。(運慶の子です)
京都の彫像の最高傑作は三十三間堂と六波羅蜜寺が双璧ですが、
どちらも「慶派」(運慶の一派)の手によるものです。


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では、こちらから三十三間堂内部を拝観してきます。
実はここには約1時間いましたが、撮影不可なので写真はありません。
もちろん自分のお気に入りの婆籔仙人も堪能させていただきました。
(二十八部衆の一体です)
徹底した写実主義が、「まさに慶派」と言えますね。
本当は千手観音にろうそくの寄進とかもしたかったのですが、
お金がなくて十円の賽銭を数回にわたって納めるだけになりました。


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三十三間堂を一通り見まわって帰ろうとしたとき、
中に売店ができているのを見つけました。
(昨年8月には、そんなものはありませんでした)
祇園の亀屋清長が経営しているお店で、
名物の清浄歓喜団は売っていませんでしたが、
この落雁を売っていました。
こちらは家に帰ってから、抹茶を点ててそのお菓子を撮りました。
ちなみに、茶わんは夷川の家具屋街で先日買いました。


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落雁をアップにして撮りました。
色とりどりですが、こちらは三十三間堂の紋を模っています。


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三十三間堂を出て、北を向いています。目の前に七条通がありますね。
この道の突き当りが、京都国立博物館の正面入り口になります。


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ただ、今回は「大和大路編」の一環なので、
ここからいったん南大門を抜けて塩小路に戻ります。
そこからまた北上して、大和大路最北端を目指します。

とは言え、そろそろ写真もたくさんはったので今回はここまでです。

~次回は、塩小路から大和大路を北上し、豊国神社を目指します~

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第223回 梅雨晴れの豊国神社~大和大路南から北~その4

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三十三間堂南大門の前から、塩小路を西に向いています。
ここを進めば、京都タワーの下辺りに京都駅があります。
梅雨とは思えないほどの青空ですね。
今回はここから大和大路に出て、
そこから北上して豊国神社を目指します。
撮影日は、2014年6月15日日曜日午後1時。
日本がコートジボアールに負けた約1時間後です。


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塩小路を西に約100m進みました。こちらは、大和大路との辻です。
この下り坂は、約100m先の本町通まで続きます。


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塩小路から、大和大路を南に向いています。
第221回ブログでは、ここから塩小路にやって来ました。
つい数年前まで、ここにパン屋兼駄菓子屋さんがあって
大谷高校の生徒とかがよく買いに来たのですが、
今は潰れてしまっています。
自分が小さいころから通い詰めた店なので、とても残念です。


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今度は、塩小路から、大和大路を北に向きました。
右(東)側の土塀は、前回ブログで訪れた三十三間堂です。
では、ここを北上していきます。


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塩小路から、大和大路を約50m北に進みました。
マンション1Fのテナントに、こちらのお店が入っています。
実はここは鋳物屋さんで、ヤカンとか調理器具とかが売られています。


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さらに、大和大路を約20m北に進みました。
ブリキ製の表札に、住所が書いてあります。
「東山区 大和大路通七条下がる二丁目西入ル 辰巳町」
この辺りには名前のない通りがあるので、
「二丁目」(道2本分)という表現が混じります。


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さらにさらに、大和大路を20mほど北に進みます。
京町家を利用して、こちらのお店が開かれていました。
一見骨董屋さんに見えますが、こちらは竹細工のお店です。
店内には、箸や耳かきなど様々な細工物が売られていました。


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その竹細工のお店から、大和大路を北に向いています。
七条通より南に約50m手前に、こちらの病院があります。
昔はここは「大和病院」だったのですが、
そのころは病気のたびに、ここのお世話になりました。
(今は、京都駅前の武田病院に行くことが多いです)


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原田病院の北側に、お地蔵さん(大日如来)がいらっしゃいます。
大和大路は、本町通同様にお地蔵さんがたくさんいらっしゃいますね。


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その原田病院から、大和大路を北に約50m進みました。
こちらは、七条通との交差点です。


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大和大路から、七条通を西に向いています。
約100m先が本町通で、さらに100m先が京阪電鉄「七条」駅です。
さらにさらに約1kmには、七条烏丸交差点があります。


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今度は、大和大路から七条通を東に向きました。
目の前に三十三間堂の大型車両用の出口があって、
向い(北)側歩道には京都国立博物館の赤レンガが見えます。
三十三間堂を通り過ぎると、
約250m先の突き当りに智積院があります。
(昨年8月に散策した七条散策コースですね)


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こちらは、七条大和大路交差点北東角です。
京都国立博物館の南西端に、こちらの交番があります。
「大仏前交番」とありますが、
それは約400年前豊臣秀吉が建立した大仏殿がここにあったからです。


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七条通から、大和大路を北に向いています。
この辺の大和大路と正面通には、
百日紅(さるすべり)並木が合わせて400mほど続いています。
ですから、この辺りは毎年8月になるときれいな花を咲かせます。


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七条通から大和大路を北に約100m進み、西側歩道を見ています。
こちらは、京都国立博物館のかつての正門です。
ここから見ると、この博物館の外観が
フランスのパリにあるルーブル美術館を模していることが分かります。
左(北)側の常設館の辺りから、基礎部分が石垣になっています。
これは、かつての大仏殿のものをそのまま使っているからです。


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さらに大和大路を北上し、正面通が近づいてきました。
この百日紅並木は正面通から西に折れ、
約100m先の本町通まで続きます。


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正面大和大路交差点南西角に、「耳塚公園」があります。
藤棚や桜の木があって、季節毎にきれいな花がいろいろ見られます。


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「耳塚公園」のすべり台の脇から、さらに西側を撮っています。
こちらは、「耳塚」です。
1592年と1597年の2回(文禄の役と慶長の役)
豊臣秀吉の命によって日本が朝鮮半島に攻め込んだ際、
撃ち取った朝鮮軍兵士の死体から耳を削ぎ、
日本に持ち帰った後ここに墓を立てました。
暫らく荒廃していたのですが、
明治時代初期に日本人有志が、(大半が歌舞伎や舞台の俳優です)
さらに平成に入って日韓両政府が、ここを修復しました。


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その耳塚から、正面通の北側歩道を見ています。
百日紅の木の向こうに、甘春堂東店があります。
和菓子屋さんですが、東店は茶店でもあります。
店の前に、大型バスが停まっていますね。


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その大型バスは、和菓子教室の生徒さんを乗せたものでした。
ですから2Fの茶店は満員で、そのため1Fのこちらに通されました。
しかし、2Fよりもこちらの方が絶景です!
坪庭もきれいで、却って得した気分です。


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いろいろ迷ったのですが、
やはり和菓子屋さんなら小豆がおいしいと思いぜんざいを頼みました。
脇に、塩昆布があるのがいいですね。


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お椀の蓋を取ると、こうなります。
ぜんざいは如何に小豆を潰さずに炊くかがポイントですが、
ここのものは一粒一粒小豆の形が整っています。
自分には、絶対に無理な芸当です。


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最後に会計をしていて後ろを振り返ると、
床の間にここの商品が飾ってありました。
きれいに並んでいたので、許可を取って撮らせていただきました。


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甘春堂東店の前から、正面通を東に向いています。
ここから約50m先の正面通の突き当りに、
豊国神社(とよくにじんじゃ)があります。
では、大和大路を渡って神社に入っていきます。


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正面大和大路交差点の北西角に、
こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
また、こちらにもお参ります。


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大和大路を渡って石段を上り、豊国神社の境内に入ってきました。
では、まずは目の前の本殿に向かいます。


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境内の左(北)側に、手水舎があります。
とりあえず、手を清めます。
ちなみに、さらに左(北)に方広寺の鐘楼が見えます。


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ちょっとボケましたが、豊国神社の本殿です。
晴れの日は、滅多にこんなことはないのですが……
(他に撮っていないので、この写真で強行します)

この神社の御祭神は、豊國大明神、つまり豊臣秀吉です。
元々ここには、豊臣秀吉が建てた大仏殿がありました。
(その前は浄土真宗の仏光寺がありましたが、
豊臣秀吉が今の位置に移転させました)
奈良東大寺の大仏殿は松永弾正に焼き討ちされて、
16世紀末には存在しませんでした。
(17世紀半ばに徳川家光が東大寺を再建して、現在に至ります)
豊臣秀吉は東大寺の大仏殿を再建する代わりに、
ここに大仏殿を建てたのです。
七条通以北のこの辺りからずっと東山の上の方まで
(現在の京都女子学園の裏手にある)
豊国廟(豊臣秀吉のお墓)までの広大な土地が
当時の大仏殿と考えられます。
江戸時代に入って豊臣氏が滅亡すると、
江戸幕府は大仏殿の規模を縮小して荒廃に任せました。
明治時代以降に大仏殿跡が整備され、豊国神社ができました。


223-29.jpg
豊国神社南側に駐車場があって、その先に社務所と宝物殿があります。
社務所で拝観料を支払って、宝物殿に向かいます。


223-30.jpg
どんどん南に進んで、こちらの宝物殿に入ります。
大半は、豊臣秀吉の私物が展示されています。


223-31.jpg
実はここは撮影可能なのですが、
何回かこのブログに載せているので今回は省略します。
その宝物殿から、北を向いています。
では、ここを出ていきます。


223-32.jpg
宝物殿から、豊国神社境内に戻ってきました。
この右(東)側に、豊国神社の本殿があります。
今度はここを真っ直ぐ北に進んでいきます。


223-33.jpg
豊国神社の境内に、ハトが何羽もいました。
こちらが近づいてもおとなしいのですが、よく見ると食事中でした。
誰かがパンで餌付けされているようです。


223-34.jpg
豊国神社本殿北側に、末社の稲荷神社があります。
ただ、何度の取材しているので今回はとばします。
さらに北側に柵が見えますが、
そこを越えると豊国神社から方広寺に入ってきます。


223-35.jpg
方広寺に入ると、まず目に付くのがこの鐘楼です。
こちらは、中学校や高校の社会科の教科書に載っていますね。


223-36.jpg
鐘楼の鐘の一部をアップにしました。
この白く囲まれた部分が、1514年の「大坂冬の陣」の原因です。
(この後徳川家康は、豊臣氏を滅ぼしました)
右下が「国家安康」、左上が「君臣豊楽」と書かれています。


223-37.jpg
鐘楼の北側に、天台宗方広寺の本堂があります。
ここは、豊臣秀吉による大仏殿の後継寺院になります。
先述のとおり江戸時代を通じてこの辺りは荒廃に任せていましたが、
周辺の住民有志がこの辺りを整備し、
天保年間には木像で規模も小さいながら
町内の方々が大仏が再建されました。
ただ、その大仏も1973年に火災にあって焼失しました。
(自分はその時野次馬になっていたので、よく覚えています)
ちなみに、「方広寺」とここが名乗るのは明治時代以降です。


223-38.jpg
では、ここから方広寺を出て大和大路に戻ります。
ここから見える石垣は、大仏殿のものをそのまま利用しています。


223-39.jpg
方広寺の前から、大和大路を南に向いています。
約50m先に、正面大和大路交差点にある豊国神社が見えますね。


223-40.jpg
今度は、大和大路を北に向きました。
右(東)側の石垣は、豊臣秀吉の大仏殿のものの流用です。
ここから北に行くと五条通があって、
さらに進むと建仁寺やゑびす神社があります。
ただ、そろそろ紙面が尽きたので今回はここまでとします。

~次回は、建仁寺接頭の禅居庵に向かいます~

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「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
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