第307回 清盛所縁の若一神社~西塩小路東から西~その2

松尾祭神幸祭から4日たちました。
第305回ブログ最後と同じ松尾神社西七条御旅所本殿前です。
還幸祭まで日があるものの、一応の落ち着きを取り戻しています。
今回はここから西塩小路を西に進み、
若一神社経由で佐井西通(西塩小路最西端)まで進みます。
撮影日は、2015年4月30日木曜日午後4時。
今回で「塩小路編」が完全に終わります。

本殿の北東側に、こちらの蔵があります。
普段はシャッターが閉まっているのですが、
5月17日の還幸祭まではこちらにご神体がいらっしゃる関係で
このように神輿が展示されています。
左が大宮社のもので、右が櫟谷社のものです。
(前回ブログ参照)
本殿の次は、こちらにお参りしました。

こちらは、先ほどの写真のさらに右(東)側です。
左が宗像社のもので、右が四之社のものです。
先ほどのものより一回り大きな御輿ですね。

神輿の収まる蔵の東に、小さな祠が見えます。
そちらが、たびたびこのブログに出てくる武御前神社です。
その南側に、手水舎がありますね。

こちらがその手水舎です。
松尾大社同様に、亀が模られていますね。

4月も末になり完全に葉桜になりましたが、
境内にはその分ツツジが咲き誇っています。
では、こちらから松尾神社西七条御旅所を出ます。

松尾神社西七条御旅所の前から、御前通を南に向きました。
では、ここから西塩小路向けて歩いていきます。

松尾神社西七条御旅所前から、御前通を南に約200m進みました。
(今回は、安養寺や七条小学校などをとばしました)
向こうに見える信号が、西塩小路との交差点です。

西塩小路から、御前通を南に向いています。
約250m先にJR京都線の線路が見えますが、
御前通はその下をトンネル状になって続きます。

御前通から、西塩小路を西に向いています。
では、ここを進んでいきます。

御前通から、西塩小路を西に約50m進みました。
こちらは、真言宗塩通山医王院(通称:水薬師寺)です。
平安時代前期の902年に、醍醐天皇の命で建立されました。
とても由緒のある寺院ですが、
毎年1月8日の御開帳日以外は非公開です。
また、ここは「七条幼稚園」でもあります。
この写真は、保育士さんの許可で得た範囲のみで撮りました。

水薬師寺の前で、西塩小路を西に向きました。
では、ここをさらに進みます。

水薬師寺から、西塩小路を西に約100m進みました。
この辺りは、古くて大きな民家と新しい民家が混在しています。
こちらの壁に、先ほど出てきた神輿の1基「四之社」に
お神酒を寄進した証が貼られていますね。
(ウチの家には、現在伏見稲荷大社のものが貼られています)

こちらの家には松尾大社の紋が入った提灯が下がっています。
また、「四之社」の神輿の担ぎ手を募集した貼り紙もあります。
(一番大きな御輿ですから、前回ブログでは大変そうでした)

張り紙のあった民家から、西塩小路を西に約100m進みました。
ツツジの向こうに、西土居通との辻が見えますね。

西塩小路から、西土居通を北に向いています。
ここを約1500m進むと、
第30回ブログに出てきた松原通との辻に出ます。

西土居通から、西塩小路を西に向いています。
約50m先に、西大路との交差点が見えますね。

西塩小路から、西大路を南に向いています。
ここから約300m先に街路樹とは違う茂みが見えます。
では、そちらに寄り道します。

西塩小路西大路交差点南東角に、大きなビルが建っています。
かつては「日栄」という金融業者の本社だったのですが、
いまは「ヴォークス」という模型販売会社が所有しています。
1FはNゲージ鉄道モデルやプラレールの売店で、
2Fはラジコンの飛行機やドローンなどを売っていて、
他にアニメのキャラクターの人形や関連グッズも売っていました。
ちなみに、YAHOOの地図では「造形村」と書かれています。

その「ヴォークス」の前から、西大路を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。

「ヴォークス」から、西大路を南に約300m進みました。
この茂み全体が、若一神社です。
境内の一部が西大路の歩道内にあるのが面白いですね。

こちらは、西大路歩道上の若一神社境内です。
こちらの巨大なクスノキ自体がご神体です。
社殿では、平清盛自身が植えた木だそうです。
この辺りは元々平清盛の別邸「西八条殿」で、
若一神社はその平清盛が建立しました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。

車道近くに、石をご神体とする末社がいらっしゃいました。
細石と思っていたのですが、違うようでした。

では、西大路の歩道を通り抜けて本殿側に進みます。
実は、こちらにも巨大なクスノキが伸びています。

鳥居をくぐってすぐに、手水舎があります。
先ずは、ここで手を清めます。

手水舎の向かい(北)側に、こちらの末社がいらっしゃいます。
左(西)側が祖霊社で、右(東)側が稲荷社です。
そちらにも、お参りしました。

こちらが、本殿側の若一神社境内です。
木賊(とくさ)の向こうに湧水があって、
祇王の歌碑が掲げられています。
祇王は「西八条殿」を追い出された後、
現在の祇王寺に移住して、家族や仏御前と暮らしました。
また、北側には弁財天と寿命社の末社がいらっしゃいます。
寿命社はもうすぐ「ヨモギ祭」がありますが、
なぜか手前のカエデはこの時期に紅葉していました。

先ほどの写真で、北を向きました。
巨大なクスノキを背景に、若一神社本殿があります。
先述の通り、こちらには平清盛の「西八条殿」がありました。
若一王子の御神託通りにここに神社を建てたところ、
平清盛が出世をしたため、清盛自身が熱心な信者となりました。
御祭神は若一王子で、自動車の厄払いなどもしています。

若一神社本殿から、西を向きました。
では、この若一神社を出ます。

若一神社の前で、西大路を南に向いています。
(若一神社は、「八条西大路」交差点北東角にいらっしゃいます)
約250m先にJR京都線の高架がありますが、
その辺りが「西大路」駅になります。

今度は若一神社の前から、西大路を北に向きました。
では、ここを進み西塩小路に戻ります。

若一神社から、西大路を北に約300m進みました。
ようやく、西塩小路に戻ってきました。

「西塩小路西大路」交差点から、西を向いています。
では、この西大路を渡ります。

西大路から、西塩小路を西に向きました。
ちょっと西日が逆光になってきました。
とりあえず、急いでここを進みます。

西大路から、西塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、佐井東通との辻です。
この辺りは、マンションと古い民家の混在地ですね。

佐井東通から、西塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、佐井(春日)通との交差点です。
北東角に「七栄鮨」の支店があります。
本店は、「七条御前」交差点から東に約100mにあります。

佐井通から、西塩小路を西に約150m進みました。
ここに西高瀬川が流れていて、
「むかし橋」を渡ったところで佐井西通とのT字路になります。
西塩小路は、ここで突き当ります。

西塩小路から、佐井西通を北に向いています。
佐井西通は京都市立西大路小学校と西高瀬川にはさまれています。
次は、ここを北上します。

西塩小路から、佐井西通を北に約100m進みました。
小さな児童公園の前で、佐井西通と西高瀬川が分岐します。

先ほどの地点から、佐井西通を北に約150m進みました。
七条通に出て、佐井西通は西高瀬川の西岸沿いの道になります。
この七条通上の月読橋に、「月読橋」バス停があります。
では、33系市バスに乗って京都駅に戻ります。
これで、「塩小路編」は完全に終わります。
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