第307回 清盛所縁の若一神社~西塩小路東から西~その2

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松尾祭神幸祭から4日たちました。
第305回ブログ最後と同じ松尾神社西七条御旅所本殿前です。
還幸祭まで日があるものの、一応の落ち着きを取り戻しています。
今回はここから西塩小路を西に進み、
若一神社経由で佐井西通(西塩小路最西端)まで進みます。
撮影日は、2015年4月30日木曜日午後4時。
今回で「塩小路編」が完全に終わります。


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本殿の北東側に、こちらの蔵があります。
普段はシャッターが閉まっているのですが、
5月17日の還幸祭まではこちらにご神体がいらっしゃる関係で
このように神輿が展示されています。
左が大宮社のもので、右が櫟谷社のものです。
(前回ブログ参照)
本殿の次は、こちらにお参りしました。


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こちらは、先ほどの写真のさらに右(東)側です。
左が宗像社のもので、右が四之社のものです。
先ほどのものより一回り大きな御輿ですね。


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神輿の収まる蔵の東に、小さな祠が見えます。
そちらが、たびたびこのブログに出てくる武御前神社です。
その南側に、手水舎がありますね。


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こちらがその手水舎です。
松尾大社同様に、亀が模られていますね。


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4月も末になり完全に葉桜になりましたが、
境内にはその分ツツジが咲き誇っています。
では、こちらから松尾神社西七条御旅所を出ます。


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松尾神社西七条御旅所の前から、御前通を南に向きました。
では、ここから西塩小路向けて歩いていきます。


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松尾神社西七条御旅所前から、御前通を南に約200m進みました。
(今回は、安養寺や七条小学校などをとばしました)
向こうに見える信号が、西塩小路との交差点です。


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西塩小路から、御前通を南に向いています。
約250m先にJR京都線の線路が見えますが、
御前通はその下をトンネル状になって続きます。


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御前通から、西塩小路を西に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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御前通から、西塩小路を西に約50m進みました。
こちらは、真言宗塩通山医王院(通称:水薬師寺)です。
平安時代前期の902年に、醍醐天皇の命で建立されました。
とても由緒のある寺院ですが、
毎年1月8日の御開帳日以外は非公開です。
また、ここは「七条幼稚園」でもあります。
この写真は、保育士さんの許可で得た範囲のみで撮りました。


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水薬師寺の前で、西塩小路を西に向きました。
では、ここをさらに進みます。


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水薬師寺から、西塩小路を西に約100m進みました。
この辺りは、古くて大きな民家と新しい民家が混在しています。
こちらの壁に、先ほど出てきた神輿の1基「四之社」に
お神酒を寄進した証が貼られていますね。
(ウチの家には、現在伏見稲荷大社のものが貼られています)


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こちらの家には松尾大社の紋が入った提灯が下がっています。
また、「四之社」の神輿の担ぎ手を募集した貼り紙もあります。
(一番大きな御輿ですから、前回ブログでは大変そうでした)


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張り紙のあった民家から、西塩小路を西に約100m進みました。
ツツジの向こうに、西土居通との辻が見えますね。


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西塩小路から、西土居通を北に向いています。
ここを約1500m進むと、
第30回ブログに出てきた松原通との辻に出ます。


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西土居通から、西塩小路を西に向いています。
約50m先に、西大路との交差点が見えますね。


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西塩小路から、西大路を南に向いています。
ここから約300m先に街路樹とは違う茂みが見えます。
では、そちらに寄り道します。


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西塩小路西大路交差点南東角に、大きなビルが建っています。
かつては「日栄」という金融業者の本社だったのですが、
いまは「ヴォークス」という模型販売会社が所有しています。
1FはNゲージ鉄道モデルやプラレールの売店で、
2Fはラジコンの飛行機やドローンなどを売っていて、
他にアニメのキャラクターの人形や関連グッズも売っていました。
ちなみに、YAHOOの地図では「造形村」と書かれています。


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その「ヴォークス」の前から、西大路を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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「ヴォークス」から、西大路を南に約300m進みました。
この茂み全体が、若一神社です。
境内の一部が西大路の歩道内にあるのが面白いですね。


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こちらは、西大路歩道上の若一神社境内です。
こちらの巨大なクスノキ自体がご神体です。
社殿では、平清盛自身が植えた木だそうです。
この辺りは元々平清盛の別邸「西八条殿」で、
若一神社はその平清盛が建立しました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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車道近くに、石をご神体とする末社がいらっしゃいました。
細石と思っていたのですが、違うようでした。


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では、西大路の歩道を通り抜けて本殿側に進みます。
実は、こちらにも巨大なクスノキが伸びています。


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鳥居をくぐってすぐに、手水舎があります。
先ずは、ここで手を清めます。


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手水舎の向かい(北)側に、こちらの末社がいらっしゃいます。
左(西)側が祖霊社で、右(東)側が稲荷社です。
そちらにも、お参りしました。


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こちらが、本殿側の若一神社境内です。
木賊(とくさ)の向こうに湧水があって、
祇王の歌碑が掲げられています。
祇王は「西八条殿」を追い出された後、
現在の祇王寺に移住して、家族や仏御前と暮らしました。
また、北側には弁財天と寿命社の末社がいらっしゃいます。
寿命社はもうすぐ「ヨモギ祭」がありますが、
なぜか手前のカエデはこの時期に紅葉していました。


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先ほどの写真で、北を向きました。
巨大なクスノキを背景に、若一神社本殿があります。
先述の通り、こちらには平清盛の「西八条殿」がありました。
若一王子の御神託通りにここに神社を建てたところ、
平清盛が出世をしたため、清盛自身が熱心な信者となりました。
御祭神は若一王子で、自動車の厄払いなどもしています。


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若一神社本殿から、西を向きました。
では、この若一神社を出ます。


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若一神社の前で、西大路を南に向いています。
(若一神社は、「八条西大路」交差点北東角にいらっしゃいます)
約250m先にJR京都線の高架がありますが、
その辺りが「西大路」駅になります。


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今度は若一神社の前から、西大路を北に向きました。
では、ここを進み西塩小路に戻ります。


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若一神社から、西大路を北に約300m進みました。
ようやく、西塩小路に戻ってきました。


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「西塩小路西大路」交差点から、西を向いています。
では、この西大路を渡ります。


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西大路から、西塩小路を西に向きました。
ちょっと西日が逆光になってきました。
とりあえず、急いでここを進みます。


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西大路から、西塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、佐井東通との辻です。
この辺りは、マンションと古い民家の混在地ですね。


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佐井東通から、西塩小路を西に約100m進みました。
こちらは、佐井(春日)通との交差点です。
北東角に「七栄鮨」の支店があります。
本店は、「七条御前」交差点から東に約100mにあります。


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佐井通から、西塩小路を西に約150m進みました。
ここに西高瀬川が流れていて、
「むかし橋」を渡ったところで佐井西通とのT字路になります。
西塩小路は、ここで突き当ります。


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西塩小路から、佐井西通を北に向いています。
佐井西通は京都市立西大路小学校と西高瀬川にはさまれています。
次は、ここを北上します。


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西塩小路から、佐井西通を北に約100m進みました。
小さな児童公園の前で、佐井西通と西高瀬川が分岐します。


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先ほどの地点から、佐井西通を北に約150m進みました。
七条通に出て、佐井西通は西高瀬川の西岸沿いの道になります。
この七条通上の月読橋に、「月読橋」バス停があります。
では、33系市バスに乗って京都駅に戻ります。

これで、「塩小路編」は完全に終わります。

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第308回 藤森祭の藤森太鼓

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京都駅からJR奈良線を3駅進み、「JR藤森」駅に着きました。
毎年5月3日~5月5日は近くの藤森神社で藤森祭が行われます。
今回は、そのお祭りの神事の一つ藤森太鼓の奉納を見に行きます。
撮影日は、2015年5月3日憲法記念の日の日曜日午後2時半。
天気予報は雨でしたが、蒸し暑い晴れの日でした。


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エスカレーターでホームに上がり、駅の改札口まで来ました。
「JR藤森」駅のホームは、この真下になります。
そのため駅ホームはとても暗く、
そこでの写真も暗くなってしまいました。
ですから、駅ホームの写真はありません。


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「JR藤森」駅を出て、右(西)を向きました。
この道を約600m進んだところに、本町通とのT字路があって、
その手前の京都市立藤森小学校の向いから
藤森神社に入っていきます。


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「JR藤森」駅から、西に約100m進みました。
向こうの茂みは、京都教育大学です。
ただその前に、手前の大きなスペースに立ち寄ります。


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その大きなスペースは、浄土宗西福寺です。
結構大きな寺院で、境内の一部が幼稚園になっています。
(浄土宗には、西福寺という寺院が多くありますね)
こちらは14世紀半ば(南北朝時代)に、
北朝の光厳天皇が建立しました。
元々はもっと南にありましたが、
伏見城築城の際に豊臣秀吉がこの地に移転させました。
(要するに、元々伏見城の辺りにありました)
大正時代から昭和時代に活躍した歌人田中常憲の菩提寺でもあり、
境内には常憲の歌碑も立っています。


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西福寺の西隣に、京都教育大学のキャンパスがあります。
遠くから見ると茂みに見えましたが、
ここにはたくさんの植物が植えてあって、
今の時期はツツジが満開です。


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京都教育大学の前から、西を向いています。
急な下り坂がまだまだ続きますが、ここを進んでいきます。
大学の向い(南)側にパン屋さんがありますが、
日曜日なので閉まっていました。


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この辺りは、古くて大きな民家が並んでいます。
(京都市街地ではないので、京町家とは別の建築様式です)
この土蔵はかなり立派なので、一枚撮りました。


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京都教育大学の前から、西に約150m進みました。
(あと150mで、本町通とのT字路です)
北(京都市立藤森小学校の向かい)側を向くと、
藤森神社の一の鳥居が見えます。
では、ここから北上して藤森神社の拝殿に向かいます。


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鳥居をくぐり、藤森神社の境内を北上しています。
この辺りは4車線くらいの幅が続きます。
実は、この位置で毎年5月5日の駆馬神事が行われています。


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藤森神社一の鳥居から拝殿までの道は、約300m続いています。
その周囲に、たくさんの露店が並んでいました。


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その道の途中(東側)に、宝物館があります。
ここ藤森神社は軍神ですが、軍馬や競馬の神様でもあります。
ですから、ここには古い武具や馬具が収められています。
また競馬の神様ということで、
武豊ほか多くのジョッキーのサイン色紙なども展示されています。
(さらに、古地図が多く展示されていました)


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その向かい(南)側には、絵馬殿があります。
結構立派なのですが、この日は参拝者の休憩所になっていました。


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藤森神社一の鳥居から約300m北上して、拝殿の前に来ました。
ここで午後3時から「藤森太鼓」の奉納が行われますが、
まだ10分ほど時間があります。
先に本殿などに参拝します。


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拝殿の裏(北)側に、藤森神社本殿があります。
ここの御祭神や沿革は、第124回ブログを参考にしてください。
実は藤森神社は元々伏見稲荷大社の位置にいらして、
伏見稲荷大社はこの神社の末社のうちの1柱でした。
それが中世に入って稲荷信仰がさかんになるにつれ、
伏見稲荷大社に追い出される形でここに移転しました。
この辺にも、「諸行無常の響き」がありますね。


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こちらは、藤森神社本殿から北東の位置になります。
この辺り一面に、アジサイが植えてあります。
藤森神社は藤やアジサイで有名な神社で、
毎年6月になると、ここが絶景仁あります。


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藤森神社本殿の裏(北)側に、たくさんの末社が並んでいます。
そちらを東から西へと拝んでいきます。
先ず八幡社です。室町時代の建立で重要文化財です。
(松でよく見えませんが……)


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その西隣は、祖霊社です。
歴代神主さんの霊を御祭神とします。


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その西側には、小さな祠が並んでいます。
住吉社や厳島社など、日本全国の神様が勧進されています。


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さらに西側に、重要文化財の大将軍社がいらっしゃいます。
こちらは、室町幕府6代将軍足利義教が建立しました。


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こちらは、一番西の天満宮です。末社参りは一通り済ませました。
そろそろ午後3時なので、拝殿の南側に向かいます。


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藤森神社拝殿南側に戻ってきました。(つまり、今北を向いています)
10分前と異なり、こちらに太鼓が並んでいます。
いよいよ「藤森太鼓」の演奏が始まるようです。


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ちょうど午後3時になって、太鼓の奏者が並びました。
(こういう神事で、時間通りは珍しいですね)
奏者の皆さんがバチを構えて、藤森太鼓の演奏が始まりました。


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最初の曲は、大小の和太鼓によるものです。
何度か和太鼓の演奏を聞いたことがあるのですが、
この藤森太鼓も同じ系譜なのだろうと思います。

演奏中に、拝殿に目が行きました。
「深草郷」とは、伏見区北部一帯を指します。
伏見稲荷大社が今いらっしゃる地域にこの神社がいらしたため、
伏見稲荷大社周辺は今も藤森神社の氏子地域になります。


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拝殿の左(西)側の神輿は、瀧尾神社東福寺の幟が立っています。
藤森神社の氏子地域は本町通沿いに細長く続き、
JRの高架辺りまで伸びています。
(その北側が、伏見稲荷大社や豊国神社の氏子地域です)


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そうこうしているうちに、1曲目が終わりました。
ここで、奏者や太鼓が入れ替わります。
その間、横笛の奏者が乱入してきて独りで一曲披露してくれました。


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太鼓が並んでも、さらに横笛の演奏は続きます。
そのうち横笛奏者が4人となり、
端にはパーカッションの奏者まで増えました。


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横笛の演奏が終わると、太鼓の演奏が始まります。
今度の太鼓奏者は、全員女性です。
横笛奏者は最初後ろで座っているだけでしたが、
そのうち演奏に加わってきました。


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そして、2曲目も演奏が終わりました。
この時点で、午後3時15分です。
この後の予定を考えるなら、
午後3時半にはここを出ないといけません。
だんだん時間がなくなってきています。


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2曲目が終わると、
女性太鼓奏者のうちの一人がMCを始められました。
どうやらあと2曲あるのですが、
時間的にあと1曲しか聞けないようです。


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背後から一人の男性奏者が法螺貝を吹かれて登場されました。
修験者が号令や合図で吹かれているのを見たことがあるのですが、
このように楽器として演奏されるのをほぼ見たことがありません。


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法螺貝奏者が、拝殿の方にまで来られました。
その間に、太鼓と奏者がまた入れ替わります。


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そして、3曲目が始まりました。
衣装が替わっていますが、奏者は先ほど2曲と同じ方々です。
MCされていた女性奏者も、演奏に加わっておられました。


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3曲目が終わりました。この時点で午後3時半です。
もう1曲あるのですが、
午後4時には伏見稲荷大社にいないといけません。
ですから、残念ではあるのですがここで藤森神社から離れます。


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4曲目が始まる中、拝殿から背後(南)を向きました。
いろいろ名残惜しいのですが、ここでもと来た道を進みます。
続きは、また今度ということで……


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藤森神社の拝殿から、南に進んでいます。
この辺りの土がほんのり濡れていましたが、
氏子さんが丁寧に水をまかれていました。
2日後の駆馬の馬場を整えているのでしょうね。


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藤森神社一の鳥居に戻ってきました。
では、ここから藤森神社を出ます。


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藤森神社の前から、東を向きました。
次は、ここを進んでいきます。


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藤森神社から、東に約500m進みました。
ようやく「JR藤森」駅に戻ってきました。


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では、「JR藤森」駅から次の目的地に向かいます。
実は、この日(5月3日)は伏見稲荷大社の例祭の日でもあります。
次は、そちらに向かいます。
ただ、それが次回ということで……

今回は、ここまでです。

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第309回 稲荷祭の神輿巡行

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前回ブログに出てきた「JR藤森」駅から一駅京都方面に戻り、
「稲荷」駅にやって来ました。
GW半ばということで結構の人出なのですが、
この日が伏見稲荷大社の年に一度の例祭であることを
大半の方はご存じないようです。
今回は、こちらの神輿巡行を見に来ました。
撮影日は、2015年5月3日憲法記念の日の日曜日午後3時50分。
神輿巡行には、何とか間に合いました……


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こちらが、自分が乗ってきた「JR藤森」駅15:46発
京都行JR奈良線の車両です。
JR奈良線は伏見稲荷大社以外にも東福寺や宇治間を
京都駅と直接結んでいるので、
観光シーズンになるといつも満員になります。


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陸橋を渡って、東側のホームにやって来ました。
では、こちらから改札口を出ます。


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JR奈良線「稲荷」駅から、東を向きました。
本町通を渡ると、伏見稲荷大社の一の鳥居です。


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伏見稲荷大社一の鳥居から、東を向きました。
ここ表参道を進むと、楼門の先に拝殿と本殿があります。
本日は例祭なので、ここに露店は並びません。


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伏見稲荷大社一の鳥居から、表参道を東に約100m進みました。
北を向くと、末社が3柱いらっしゃいます。
左(西)から、熊野社・藤尾社・霊祖社です。
先に、こちらをお参りします。


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末社の前で、表参道を東に向きました。
楼門の辺りが通行止めされていて、
そこに神官や観光客が並んでいます。


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午後4時になって、神輿行列が戻ってきました。
(こちらも、時間通りですね)
先頭の車両が、表参道を通ります。


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先頭は軽トラックで、後続以降は大型トラックです。
「稲荷祭の神輿巡行」は、基本的に「トラック巡行」です。


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「稲荷祭」のために垂れ幕で着飾った大型トラックが、
何台も通り過ぎていきます。


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大型トラックの荷台には、稲荷祭の神事で使うものが並んでいます。
また、行列に参加された方々もトラックの荷台に乗っておられます。


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こちらの荷台では、雅楽が演奏されていました。
時速30㎞で通り抜けるので、聞こえたのは一瞬でした。


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その次は、斎王さんでしょうか?
葵祭では、牛車に乗られていましたね。


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その後には、唐櫃が載せられていました。
どこからの末社がいらっしゃるのでしょうか?
ウチの近所も含めて、伏見稲荷大社の氏子地域はここから遠いので、
大半は近くに境外末社ががいらっしゃいます。
各末社のご神体が、神輿などに乗ってこの日に巡行しました。


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巡行を終えたトラックは、右(南)側の駐車場に向かいます。
そして、そこから降りられた方々はその足で本殿に向かわれます。


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少し途切れていたトラックの行列が、また再開しました。
今度は、神輿を載せたトラックが通り過ぎます。


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神輿を載せた先頭車両が入ってきました。
先頭は、「田中社」のようです。


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こちらが、田中社の神輿です。
田中社自体は、第140回ブログに出てきた
十条本町交差点近くの神社です。


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その次は、上之社の神輿です。
こちらも、時速30㎞で通り過ぎました。


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さらに、下之社の神輿が続きます。
沿道の方々も、神輿が通るときが一番盛り上がります。


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その後に、中之社の神輿が通り過ぎます。
こちらが、一番大きな御輿ですね。


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そして、四之社の神輿がやって来ました。
これで、神輿自体の巡行は最後です。


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神輿の後は、木造の馬の像が通り過ぎました。
こちらは、第179回ブログに出てきた馬殿にいらっしゃる像ですね。


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その後から、「稚児」とかかれたトラックが通り過ぎます。
荷台に、小学生男子と思われる方々が10名ほど乗っておられました。


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そして、こちらが稲荷祭神輿巡行の最後尾車両です。
表参道も、通行止めが取り払われます。


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こちらが、通行止めの規制が解除になった瞬間です。
表参道が、たくさんの方々で再びごった返します。
最後尾車両も、右(南)側の駐車場に向かっています。


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ちょっと駐車場を覗いてみました。
既に垂れ幕は取り払われ、普通の大型トラックになっていますね。


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表参道から、楼門を見ています。
普通ならこのまま石段を上がるのですが、
この日はここから規制線が張られてここからは進めません。


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そこで、楼門の北側から拝殿の方に回りました。
こちらに、先ほど神輿が順番待ちをしています。
本当なら「春旅」の企画で向こうの荷田春満邸に入れるのですが、
この状態では無理ですね。


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拝殿の東側本殿では、稲荷祭の神事が続いています。
田中社の神輿から、ご神体が本殿に向かわれます。


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本殿前を拡大して、撮影しました。
次は、上之社のご神体が本殿に向かわれます。


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上之社のご神体が、本殿奥に向かわれます。
神官は全て、拝礼されておられます。


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そして、役割を終えた大型トラックが去っていきます。
この後も、下之社・中之社・四之社と同じことが続きます。
ところが、ここで警備員に叱られました。
「これ以上撮らないように」
そう言われたので、ここで退散します。


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同じ場所で。北西を向きました。
向こうに見える鳥居をくぐって、御幸通(裏参道)から帰ります。


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では、御幸通を北西に進みます。
この日は祝日ですが、平日でも最近はこのくらいの人出です。
(ここ2年で、伏見稲荷大社の参拝者が急増しています)


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御幸通は、石製の鳥居をくぐると西に進路を変えます。
本町通の手前に、「紅ずわいがに」と書かれた露店があります。
ちょっとここに寄ってみます。


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そして、こちらがその「紅ずわいがに」です。
まぁ「カニかまぼこ」なのですが、
しっかりずわいがにのカニ身も入っています。
カニの濃厚な甘さが、クセになりそうです。


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「紅ずわいがに」の露店の前から、御幸通を西に向きました。
では、目の前の鳥居をくぐって本町通に出ます。


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本町通から、御幸通を西に向いています。
交差点の南西角に、いつも寄っている「ねざめ家」があります。
この日も、寄り道しました。


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この時期の「ねざめ家」は午後5時がラストオーダーで、
午後5時半に閉店です。
この時点で、午後4時50分です。そこで急いで注文しました。

同行していたウチの母は親子どんぶりを注文し、
自分はきつねうどんと鯖寿司を食べました。
ここはスズメの焼き鳥で有名ですが、
この時期はウズラしかなくて食べられませんでした。
他には、ウナギや京寿司(箱寿司や稲荷寿司)が名物です。


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ねざめ家」の西側に、ここの持ち帰り専門の寿司屋があります。
毎年5月3日はウチの風習で自家製ちらしずしを食べるのですが、
そこを曲げてここのお寿司を食べることにしました。
(まぁ、同じ「お寿司」なので風習は守ったということで……)
自家製ちらしずしは、翌日5月4日に食べました。


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こちらが、「ねざめ家」の持ち帰り用の「京寿司」です。
稲荷寿司と鯖寿司を持ち帰れます。
(店では「巻き寿司」も食べられるのですが……)


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こちらが、「ねざめ家」の稲荷寿司です。
薄揚げはきちんと出汁で煮てあり、
寿司飯には芥子の実が入っています。
(個人的には、芥子の実は稲荷寿司の必需品と思っています)


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そして、こちらが鯖寿司です。
鯖は青身の部分しかないのが、特徴ですね。
青身は適度に脂がのっていて、それが独特の甘みを出しています。


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ねざめ家」を出て、御幸通を西を向いています。
先ほどの大型トラックが、JR奈良線の線路を越えて行きます。
京阪電鉄の線路も越えて、師団街道に向かっているのでしょう。


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今度は「ねざめ家」の前で、東を向きました。
大型トラックが、次々通り過ぎていきます。


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御幸通から、本町通を南に向いています。
大型トラックがたくさん通り過ぎた余波で、渋滞になっています。
よく見ると周囲には「藤森祭」の幟が立っていて、
「稲荷祭」のものはありません。
前回ブログでも書きましたが、この辺りは藤森神社の氏子地域で
伏見稲荷大社のものはもっと北になります。
(下京区や南区・東山区の辺りです)
そのため、この辺りも「藤森祭」の神輿巡行のコースになります。


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初詣の際にはここで唐揚げを売っていましたが、実は肉屋さんです。
(地域住民と観光客の両方が買いに来ます)
ただ、この日(5月3日)は例祭なのでお休みでした。


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御幸通から、本町通を南に約100m進みました。
東側に、伏見稲荷大社一の鳥居が見えます。
これで、ここを一周したことになります。


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伏見稲荷大社一の鳥居の前から、南を向きました。
こちらに、コンビニストアがあります。
(「トラック巡行」の際に、時々見えていました)
ここに寄ったのですが、この時間でも豆大福が売れ残っていました。
(いつもなら、お昼過ぎには売り切れてしまします)


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こちらが、その豆大福です。白餅とヨモギ餅です。
こちらはここの主人のお手製で、伏見稲荷大社の隠れた名物です。


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ここで本町通を渡ると、JR奈良線「稲荷」駅に着きます。
では、ここから家に帰ります。

今回は、ここまでです。

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第310回 新日吉神宮 神幸祭

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京都駅北側市バスターミナルから、206系市バスに乗って約10分。
こちらは、「東山七条」バス停です。
(智積院に訪れたときの208系市バスとは違う位置にあります)
今回はこの位置から新日吉神宮の神輿巡行を見た後、
その新日吉神宮(いまひえじんぐう)自体に向かいます。
撮影日は、2015年5月10日日曜日午後0時50分。
GW以降は、ずっと快晴の夏日です。


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バス停から、南を向きました。
右(西)側の鉄柵の向こうは、京都国立博物館です。
このバス停は、「東山七条」交差点から約50m北にあります。


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その「東山七条」交差点で、東を向きました。
(七条通は、もう50m先から西に伸びています)
ここからこの山道を上ろうとしたのですが、
新日吉神宮神輿巡行の行列がもうここまで来ています。
(巡行開始予定の午後1時には、まだ5分以上あるのですが)
という訳で、ここから神輿巡行を見ようと思います。
(まぁ、予定していた場所よりここの方が良い写真が撮れます)


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約3分して、巡行の行列が交差点にかかってきました。
先頭に、獅子舞がいらっしゃいます。
こちらも、噛まれると無病息災のご利益があります。


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警官が交通規制を終えると、いよいよ交差点を渡ります。
この太鼓の音が、巡行の目印になります。


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次は、神輿が登場します。
こちらは担ぐのではなく、曳いていきます。


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その後に、唐櫃が通り過ぎます。
神輿の方が先なのは、ちょっと変わっています。


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さらに、榊の枝に細く切った紙がくくりつけてある山車が通ります。
上手く方向転換できないのか、
他のものより引手がたくさんいらっしゃいます。


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その後からお稚児さん(保護者同伴)が現れて、
歩道まで入ってきて粽を配っておられました。
自分の脇にいらした白人男性は粽が何か分からず、
「What is this?」
を周囲の方に連発されておられました。


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行列の最後尾は武具を持った若武者と
笠の付いた籠(たぶん中に御神体)、人力車が続きます。


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神輿巡行の行列は、東大路を北上していきます。
第7回ブログで訪れた馬町交差点の方に向かいます。


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神輿巡行が通り過ぎ、また静かになった「東山七条」交差点です。
右(南)側の白壁が智積院のもので、
左(北)側の土塀は妙法院門跡のものです。
では、こちらから東に進み新日吉神宮に向かいます。


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「東山七条」交差点から、東に約50m進みました。
ここは、東山の一つ阿弥陀ヶ峰(鳥辺山)山中です。
智積院北門の東隣に、
イルパッパラルドというイタリア料理屋さんがあります。
「京都で一番おいしい」
と言われている石窯ピッツァが名物で、
ランチタイムでもこのように行列ができます。
(ディナーは、予約しないと満員で入れません)


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イルパッパラルドの前から、山道を上っています。
向こうの方にある喫茶「坂」の傾き加減で、
ここがどれだけ急な坂道かが分かりますね。


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さらに山道を上ります。沿道のカエデの青葉がきれいですね。
この赤いバスは、京都駅と京都女子学園を往復するものです。
この日(2015年5月10日)は日曜日でしたが、
いつもならこの坂道は京都女子学園に通う
女子学生(小学生~大学生)であふれていて、
「乙女坂」とか「女坂」とか呼ばれています。


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東大路から、この山道を東に約200m進みました。
こちらが、新日吉神宮一の鳥居です。
東大路から見上げるとここで突き当りのようでしたが、
実際には少し北にずれて道は続いています。
ちなみに、この道は「豊国廟」(豊臣秀吉のお墓)まで続きます。


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さらに約50m進みました。ここは、京都女子高校の校門前です。
この日は休日でしたが、「母の日」でもありました。
そこで京都女子小学校は保護者参観日だったようで、
親子連れがあちこちいらっしゃいました。
……とは言え、学校の方にはカメラを向けられません。
(警備員が飛んできます)
実は、平日ならこの辺りでカメラを持っているだけで
自分のような「オヤジ」は職務質問を受けてしまします。
(それくらい、この辺はガードが固いです)


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その校門前で南を向きました。
新日吉神宮は一の鳥居前が封鎖されていたので、
こちらの駐車場経由で境内に向かいます。


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新日吉神宮駐車場で、さらに南を向いています。
ここを抜けると、すぐに神社の楼門があります。


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ただ、駐車場を抜けるとすぐにこちらの前に出ます。
こちらは、山口稲荷神社です。
ここにお参りをして、先に進みます。


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山口稲荷神社の脇から南を向いています。
ここから、新日吉神宮の楼門が見えてきました。


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そして、こちらが新日吉神宮の楼門です。
では、ここをくぐって境内に入っていきます。


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楼門をくぐり、すぐ左(北)側に手水舎があります。
(「バイト募集」の貼り紙がありますね)
その右(東)側に見えるのは、時砲台の跡です。
ウチの母が小学生のころまでは、(約60年前?)
毎日正午になるとここで空砲が発射されて
その音で京都市民は時間を知ったそうです。
(昔そんな話を聞いたことがありました)
その向こうは倉庫ですが、この日は開いていますね。
(神輿などの神具が収められていました)


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左近の桜、右近の橘の向こうに、新日吉神宮の拝殿があります。
この日は例祭なので、装飾がしてあってお神酒が供えられています。


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こちらが、新日吉神宮の本殿です。
御祭神は、大山咋命(オオヤマクイノミコト)など日吉山王七神です。
元々は法住寺殿(現在の三十三間堂回り)の鎮守社でした。
ですから、後白河上皇による建立です。
あちこちに引っ越しを続けて、
今の位置に落ち着いたのは明治時代に入ってからです。
よく考えたらこの瞬間は神輿巡行中のため
ご神体がここにいらっしゃらないのですが、
一応お参りは済ませます。


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本殿の左(北)側に、末社の天満宮がいらっしゃいました。
次は、こちらにお参りです。


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本殿の右(南)側にも、こちらの末社がいらっしゃいます。
左(北)側が豊国社で、豊臣秀吉が御祭神です。
右(南)側は、秋葉社と愛宕社が合祀されています。
(どちらも、「火災除けの神様」ですね)


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本殿の周りを一通りお参りして、拝殿に戻ってきました。
先程と反対側に回ると、このような提灯が下がっていました。
それぞれ京都市下京区と東山区の小学校の学区です。
旧崇仁小学校は第298回ブログの「桜の小径」の横にあります。
旧菊浜小学校(現在の「ひとまち館」)は、
第114回ブログに出てきた正面児童公園の近くにあります。
同じく第114回ブログの最初の方に旧貞教小学校が出てきますし、
旧修道小学校は第7回ブログの馬町交差点付近にありました。
ただ、これらの学区の一部は伏見稲荷大社の氏子だったりと
かなり入り組んだ状態になっています。


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拝殿を通り過ぎて、楼門の前に出ました。
では、ここから新日吉神宮を出ます。


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新日吉神宮楼門をくぐり、西を向いています。
目の前の石製鳥居を抜けたら、先ほどの山道に戻ります。
この周囲に、京都女子大学の施設が並んでいます。
この神社は、京都女子学園の施設に囲まれる形になっています。


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先ほどの山道に戻り、西を向きました。
ここから、京都市街地が一望できますね。
まぁ、それだけ標高が高いところに来ています。
では、ここを突き当りの京都国立博物館まで進みます。


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先ほどの場所から約200m西に進み、南を向きました。
右(西)側の鉄柵は京都国立博物館のものです。
ではここから約50m南に進み、七条通に出ます。


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先ほどの地点から、南へ約50m進みました。
この智積院勅使門前から東に、七条通が伸びています。


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東大路から、七条通を西に向いています。
まだまだ急な下り坂が続きます。次は、ここを進んでいきます。


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東大路から、七条通を西に約100m進みました。
こちらは、京都国立博物館の駐車場です。
京都のこういう施設としては珍しく、広大な駐車場を持っています。


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さらに七条通を西に約100m進みました。
こちらは、「三十三間堂前」交差点です。


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同じ地点で北を向きました。
京都国立博物館へは、こちらから入ります。
2015年5月17日まで、「狩野派展」が開かれています。


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さらに今度は南を向きました。
三十三間堂へは、こちらから入ります。
ずっと向こうには、三十三間堂の南大門が見えていますね。


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さらにさらに七条通を西に進んでいます。
最近改装されましたが、京都国立博物館と言えば
自分はずっと赤レンガだと思っていました。


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「三十三間堂前」交差点から、西に約100m進みました。
こちらは、「七条大和大路」交差点です。
今度は大和大路を北上して豊国神社に向かうのですが、
その理由は次回に書きます。

今回は、ここでまでです。

~次回は、豊国神社の周辺散策です~

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第311回 「豊国さん」の縁日と神輿巡行

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「七条大和大路」交差点北東角にある道標を見ています。
石垣の上にある「大仏前交番」の脇には、ツツジが咲いていますね。
今回は、道標の←(北)へ進み、豊国神社に向かいます。
撮影日は、2015年5月10日日曜日午後2時。
午後になって、さらに気温が上がってきました。


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七条通から、大和大路を北に向いています。
ここは、京都国立博物館の西側の通りになります。
では、こちらを進みます。


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七条通から、大和大路を北に約100m進みました。
こちらは、京都国立博物館の出口です。
以前は閉まっていましたが、昨年(2014年)に改装されたときから
この門も利用されるようになりました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


311-4.jpg
その出口の前から、大和大路を北に向いています。
目の前にそびえる巨大な石垣は、
かつて豊臣秀吉がここに建立した「大仏殿」の跡です。
ここから北が、豊国神社ですね。
では、さらに北に進みます。


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その辺りで、西側歩道を見ています。
豊国神社周辺は百日紅(さるすべり)で有名ですが、
この時期は木に葉も付いていません。
代わりに、ツツジが満開でした。


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京都国立博物館の出口から、大和大路を北に約150m進みました。
東に向くと、(京都国立博物館の北隣)豊国神社がいらっしゃいます。
先ほどの石垣は、現在はこの神社の基礎部分になっています。


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豊国神社の前で、西を向きました。
ここから西に正面通が伸びており、
鴨川を越えて正面児童公園渉成園で突き当り、
さらにその西側から伸びて東本願寺まで続きます。
ただ、この日(2015年5月10日)は
この豊国神社前が歩行者天国になり露店が道沿いに並びます。
ここだけ見ると、まるで豊国神社の例祭みたいなのですが……


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とりあえず、東を向いて豊国神社入っていきます。
ただ、こちらは全然「お祭り仕様」ではありません。


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「正面大和大路」交差点から石段を上ると、手水舎があります。
なぜか、「米を洗わないでください」と書かれていました。


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こちらが、豊国神社(とよくにじんじゃ)の本殿です。
御祭神は、豊國大明神(豊臣秀吉)です。
……とは言え、やはりこの辺りは「お祭仕様」ではありません。
神社の中と外で、テンションが違うのが面白いです。


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豊国神社本殿から、南を向きました。
松林の向こうに、社務所があります。
ここで、宮司さんにお話を聞きました。
境外の露店は、前回ブログの新日吉神宮の例祭のものです。
つまり、この日は豊国神社は「通常モード」です。


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豊国神社社務所前から、北を向きました。
では、ここから豊国神社の北側に向かいます。


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こちらは、豊国神社北側です。
末社の稲荷大明神の北側に、方広寺があります。
ここから見えるのが、国家安康の鐘です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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次は方広寺に向かおうとしたのですが、
「ドンドン」と太鼓の音がしてきました。
急いで鳥居を抜けて、「正面大和大路」交差点に向かいます。


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鳥居を抜けて、「正面大和大路」交差点に戻ってきました。
すると周囲に氏子さんがいらして、
大和大路の北側から新日吉神宮の神輿巡行が南下してきました。


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豊国神社の鳥居前に、新日吉神宮の神輿巡行がやって来ました。
前回ブログの「東山七条」交差点から、
「馬町」交差点経由でここに来ました。


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行列の先頭にいらした二人が、長い矛を立てられました。
この矛が揺れると、とてもきれいな音色が響きます。


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矛先を拡大してみました。
柄を揺らされると、矛先が大きく曲がります。
ただ、この音源は矛先に付いている鈴です。


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矛の演舞が終わると、豊国神社鳥居前に神輿が入ってきました。
こうして見ると、まるで豊国神社のお祭りですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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神輿巡行に加わった獅子舞が、周囲の子供の頭を齧ります。
昔は正月によく見られた光景でしたが、
今はほとんど見かけなくなりました。
ただ、子供の大半は怖がって大声で泣き叫んでいました。
……これも、「お約束」ですね。


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獅子舞に多くの方々が群がっているのでお気づきでしょうが、
ここの神輿巡行は沿道の方々が行列に触れるくらい近づけます。
山車に細い紙を括り付けた榊が乗っているのですが、
これを氏子さんがハサミで切り刻んで沿道に配り始めました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、神輿が耳塚公園の前を通り過ぎます。
この距離で撮れるのも、このお祭り独特ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そして、神輿巡行の最後尾が通り過ぎていきました。
沿道の方の中には、
そのまま行列についていかれる方もいらっしゃいました。


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神輿巡行の行列は本町通まで西に進むと、右(北)に曲がりました。
後述しますが、この行列はあちこちうろちょろします。


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「正面大和大路」交差点南西角の耳塚公園から、
沿道の露店を撮っています。
近所の子供は露店でお小遣いを使った後、
公園に集まって遊んでいました。
自分が小学生だった40年くらい前と同じ風景です。
(ただし、昔はもっと露店も多く賑やかでしたが)


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耳塚公園の西隣耳塚を撮りました。
こちらの周囲にも、露店が並びます。


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甘春堂東店の前も、露店が並んでいます。
和菓子の老舗の前にチョコバナナの露店というのも、
なかなかシュールですね。


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専定寺(烏寺)の前にも、タコ焼きの露店が並んでいます。
もう昼過ぎなので、ちょっとここに寄ります。


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こちらが、その露店のタコ焼きとラムネです。
(これで、700円です)
外はカリカリですが、中は半生なのがおいしいです。

実は、自分が生まれて初めて訪れた露店が
この新日吉神社の縁日でした。(今から45年くらい前のことです)
ただ、自分はこれを豊国神社の例祭と思い込んでいて、
「豊国さん」と呼んでいました。
とは言え、ここの氏子さんもその言葉を否定されませんでしたし、
ウチの母や祖父も(つまり、何世代にもわたって)
これを豊国神社の例祭と思っていました。
まぁ「隣の氏神様の祭り」なんて、そんなものです。


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タコ焼きを食べていたら、目の前をまた神輿巡行が通り過ぎました。
また大和大路から南下してきて、正面通を西に進んできました。
慌てて写真を構えようとしたのですが、
どんどん通り過ぎてしましました。


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耳塚の前を神輿が通り過ぎていきます。
結構絵になるので、一枚撮りました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、行列の後ろの方の武器を持った若武者が通り過ぎました。
こちらも、耳塚近くで撮りました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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また、神輿巡行の行列が正面通を西に進みます。
今度は鴨川を越えて、下京区に入っていきます。


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正面通から、大黒町通を北に向いています。
左(西)に専定寺、右(東)にタコ焼きの露店があります。
ここを進むと、第153回ブログの日蓮宗寿延寺に着きます。
(ここの大黒天が、この道の由来です)


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今度は正面通から大黒町通を南に向きました。
では、耳塚の脇からここを進みかえります。


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正面通から、大黒町通を南に進んでいます。
この辺は、京町家と新しい建物が混在しています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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正面通から大黒町通を南に約250m進みました。
この大黒通は、七条通で突き当ります。


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大黒町通から、七条通を西に向いています。
ちょうど「ココイチ」の前になります。
では、ここを進んでいきます。


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大黒通から七条通を西に約50m進み、南を向いています。
こちらは、本町通との交差点です。
次は、ここを渡ります。


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本町通から、七条通南側歩道を西に向いています。
ここから約50m先にあるコンビニエンスストアの前から、
206系市バスに乗れます。
では、そこから京都駅に向かいます。

今回は、ここまでです。

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第312回 橋を見上げる葵祭

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今年(2015年)も5月半ばになり、葵祭の季節になりました。
今回は、ここ京阪電鉄「出町柳」駅から巡行の見物に向かいます。
撮影日は、2015年5月15日金曜日午前11時30分。
今年は晴れましたが、熱中症になりそうな夏日でした。


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では、駅ホームから地上を目指します。
この日はいつもよりもたくさんの方々がいらっしゃいます。


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京阪電鉄「出町柳」駅から改札を通り、4番出口で地上に出ました。
ここは、出町通沿いの川端通と高野川との間になります。
(叡山電鉄「出町柳」駅斜め向かいです)


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その4番出口を出て、川端通を北に向いています。
この左(西)側が河合橋で
通常はそこから下鴨神社に向かうのですが、
この日は葵祭巡行のために通行止めになっていました。


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先ほどの写真と同じ間じ場所で、南を向きました。
約150m先に、今出川通に架かる「賀茂大橋」が見えます。
その手前の高野川の川面に、石が直線状に並んでいますね。
そこを何人かの方が歩いておられます。


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4番出口から、川端通を南に約10m進みました。
どうやらここから高野川の川原に下りられそうです。


312-7.jpg
高野川の川原に下りてきました。
向こうに見える直線状の石は「亀石」と呼ばれており、
よく見ると亀の形に彫られているものもあります。
この石の上を歩いて渡れるようになっていり、
「けいおん!」をはじめ多くのアニメの舞台になりました。
では、その石の上を歩いて「鴨川デルタ」に進みます。


312-8.jpg
その石の上を歩いて、「鴨川デルタ」まで来ました。
「鴨川デルタ」とは、出町通から賀茂川と高野川の合流点までの
「三角形」の公園のことです。
この後ろ下流(南)で、2本の川は合流して鴨川になります。
ここにはたくさんの方がいらっしゃいますが、
大半の方は葵祭の巡行がお目当てです。
葵祭の巡行は、目の前の出町橋を渡った後
第242回ブログのコースを辿り、下鴨神社に向かいます。


312-9.jpg
自分がこの位置に着いたのは、午前11時50分でした。
ちょうどそのとき、葵祭巡行の先頭が出町橋を渡り始めました。


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続いて、束帯と烏帽子姿の方が騎乗されて歩いてきます。
昨年(2014年)の葵祭は大雨の中でしたが、今年は一転炎天下でした。


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その後も、騎乗した貴族装束の方が続きます。
出町橋の欄干が邪魔で徒歩の方が上手く写らないので、
今年(2015年)は馬上の方中心に写していきます。


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その直後に、笠を持たれた方が通り過ぎました。
基本的に、昨年と同じ順番で行進されています。


312-13.jpg
出町橋をズームせずに撮りました。
端を見上げる自分の周囲は、こんな感じです。
こちらの方々は日本人が一番多いのですが、
3割くらいは中国語を話されておりました。
他には、ロシア語・ドイツ語・英語もちらほら聞こえてきました。


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さらに、巡行の行列は続きます。
こちらの騎乗の方は、青い束帯の背に矢筒を携帯されていますね。


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さらに、藤が垂れ下がった御所車が牛に曳かれて現れました。
このような牛車が、行列の中に何台か混じっています。


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牛に曳かれた御所車が、目の前を通り過ぎます。
藤の花が、なかなか華やかですね。
こちらに斎王代が乗られていると思われた方も多かったのですが、
斎王代は、もっと後ろの輿に乗っておられます。


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御所車の後に、予備の牛が曳かれていきます。
周囲におられた中国人のうち、日本語が分からない方々を中心に
相当数の方がこれで満足して帰られてしまいました。
せっかく日本にまで来てこれで帰るのは、勿体ないことです。
徒然草の「仁和寺にある法師」を思い出します。


312-18.jpg
案の定、その後からも行列は続きます。
ズームして撮ると、頭に葵の葉を付けておられるのが見えます。


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そして、ここでいったん行列が途切れます。
出町橋の向こう(西)を見ると、
河原町通沿いに出町枡形商店街のアーケードが見えます。
(第175回ブログにも登場しましたね)


312-20.jpg
5分ほどして、行列は再開です。
紅白の花が付いた笠が現れました。


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紅白の笠が、こちらの方まで来ました。
笠を持たれた方が1歩1歩歩かれるたび、
笠が上下に揺れるのが見ていてきれいでした。


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その後ろにも、騎乗の貴族装束の方がいらっしゃいました。
この方も、頭に葵の葉をつけておられました。


312-23.jpg
すると、次は黄色い花が付いた笠の登場です。
この花の形状は、ツツジでしょうか?
紅白のものよりも軽いようで、
先ほどよりも早いテンポで歩かれていました。


312-24.jpg
ここで再び行列が途切れました。
周囲を見ると、先ほどより人数が減っています。
日本人の中には、飽きてしまわれた方もいらっしゃるようです。
(周囲の方々の会話から判断しています)
先ほどの中国人よりも、もっと勿体ないことです。


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さらに5分して、また行列が見えてきました。
こちらは「笠」というよりは「傘」ですね。
(昨年は、本当に雨傘になっていました)
その下には、女房装束の女性がいらっしゃいます。


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女房装束の方が、こちらに近づいてこられました。
「傘」の上の花が、こちらも華やかです。


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そして、その後ろから斎王代の輿が現れました。
実はそれほど大きくないのですが、こちらがこの巡行のメインです。


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だんだん出町橋を渡って、斎王代の輿が近付いてきました。
こうして見ると、牛ではなく人が曳いているのが分かりますね。


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斎王代の後ろから、騎乗の女房装束の女性が現れました。
こちらは、昨年と同じ順番ですね。


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「昨年と」ということは、あの大雨の中
この状態で行列に加わっておられました。
「雨に濡れたので、十二単を廃棄した」
報道で、そんな記事が載っていました。


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その後も、女房装束の女性が続きます。
今年(2015年)は晴れましたが、風が強いですね。


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そして、また藤の花をつけた御所車の登場です。
こちらが、巡行の最後尾になります。


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その御所車が、こちらに近づいてきました。
これで今年の葵祭巡行も、無事下鴨神社に到着しました。


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出町通も巡行が終わり、自動車が行き来し始めました。
この辺りに座り込んでいた方々も、一斉に立ち上がりました。


312-36.jpg
京都御所を出発した葵祭巡行は、正午前後に下鴨神社に到着します。
そして、午後2時ごろから再び巡行が始まり、
今度は下鴨本通から出て、上賀茂神社に向きます。
相当数の方々がこの辺で休憩した後そちらに向かいますが、
これで帰られる方も相当数いらっしゃいます。
今出川通に架かる賀茂大橋も、人であふれています。
自分も仕事があるので、これで帰ります。


312-37.jpg
高野川を渡る「亀石」は、この鴨川沿いにも並んでいます。
賀茂大橋が人でいっぱいのせいか、
こちらを渡る方も相当数になります。


312-38.jpg
ですから、鴨川を渡る「亀石」の方もこのような渋滞になります。
両方に向かう方々がいらっしゃるので、
その部分でつっかえてしまうようです。
まぁ、右側通行とか左側通行とか決まっていませんですし……


312-39.jpg
高野川を渡る「亀石」は、さらに渋滞していました。
白人のカップルと中国人の若い女性が面白がって、
「亀石」の上で写真を撮られていました。
(自分は、それを遠くから撮っています)


312-40.jpg
とは言え、午後0時半くらいになると人も少なくなりました。
自分も「亀石」の上を渡ります。
そこから見上げると、加茂大橋の東詰めに
京阪電鉄「出町柳」駅がある地下に向かう階段がありました。
では、そこから職場に向かいます。

今回は、ここまでです。

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第313回 京の中心 朱雀大路~千本通南から北~その1

[千本通] ブログ村キーワード
今回は、今年(2015年)2回目の写真の無い回です。
つまり、今回からまた新しい道を紹介します。

今回から紹介するのは、千本通です。

大宮通と西大路通との間にある道ですね。
詳しくは、ここをクリックしてください。

京都市内でも屈指の長い道で、ゆっくり取材するつもりですので
恐らくウチのブログでも一番長いシリーズになると思います。
元々は第297回ブログの続き回として書くつもりでした。
(次回は、梅小路公園の北側から始まります)
ただ、時期的に桜散策や「春祭り」に時期的に重なったために
このタイミングで始めて行きます。
当初は、今年年末の「紅葉散策」直前まで続けるつもりでした。
ですから、もしかしたら来年(2016年)になっても
まだ終わらないかもしれません。

羅城門と平安宮を結ぶ朱雀大路
この千本通は、平安京遷都当時から存在していました。
ただ、名称は「千本通」ではなく「朱雀大路」と言い
平安京の中央を南北に貫く通りでした。
平安京はこの朱雀大路から線対称に造営されており、
またこの道自体も、幅100m以上の
当時としては世界有数の広い道でした。

千本通より約100m西に、「新千本通」があります。
正確には、千本通とこの道の間が朱雀大路でした。

ただ平安時代も後期になると、
歴代天皇が平安宮以外に住まう「外御所」を好むようになり、
(現在の京都御所も、元々は外御所です)
その中心も現在のようにだんだんと東に寄っていきました。

そして、14世紀の南北朝の騒乱で全焼した後は
平安宮は再建されませんでした。
そのことによって、この千本通周辺は
もはや「都市部」ですらなくなっていきました。
江戸時代末期に新撰組が壬生に拠点を持ったとき
この辺一帯は広大な水田だったそうです。

京の五大花街「島原」
多くの京都市街地の通りがそうであるように、
この千本通もJR京都線の線路で寸断されています。
とりあえず、このブログではJRの線路より北側を取材します。
北側の千本通は、梅小路公園の北側七条通から始まります。
そこからJR嵯峨野線の線路沿いに千本通も並走します。

JRの線路と千本通の左(西)側は京都中央卸売市場で、
右(東)側は「島原」という昔の花街です。
島原は、江戸時代には祇園・上七軒・先斗町・宮川町と並ぶ
「京都五大花街」の一つでした。
幕末には長州藩士や新撰組の隊士が多く訪れた場所でしたが、
他の花街とは異なり現在はほとんど花街としては機能していません。
(太夫さんが一人いらっしゃいます。
法住寺の節分行事に参加されていましたね)
ただ、この辺りは昔のままの街並みやお店がたくさん残っています。
このブログでは、そちらに訪れます。

新撰組の拠点壬生
五条通付近にあった「京の七口」の一つ丹波口を通り過ぎ、
北上するとすぐに壬生に入ります。
(まぁ、壬生自体とてつもなく広大なのですが)
ウチのブログでも何度か新撰組関連で登場した場所ですが、
壬生寺の西側が、この千本通です。

もう一つの繁華街
三条通より北に進むと、千本通は急に幅が広い大通りになります。
(多くの方は、大宮通と勘違いされるようですが……)
三条会商店街から丸太町通も越えて一条商店街の辺りまで
とても賑やかな場所になります。
この辺りは戦前は河原町付近と並ぶ京都の最大級の繁華街でした。
当時はおしゃれな感じの河原町に対して、
より庶民的な繁華街だったそうです。
それも、1970年代にはだいぶ小さくなっていました。
ただ、今から20年くらい前からでしょうか、
地域の方々の努力によって
往時の勢いをだいぶ取り戻してきています。

大昔の墓地蓮台野
今出川通から北側の千本通は、
船岡山を避けるように北西に曲がります。
ここには地獄信仰(天台宗)などの寺院が集中します。
「かつてはこの辺りに、千本卒塔婆が立っていた」
というのが千本通の由来という説もあります。
ただ、これを否定する説もあってはっきりしません。
とは言え、こういう説が出るくらい
当時はえんえんとお墓が続いていたと考えられます。

厳密には、蓮台野は今宮通以北にある
京都市北区紫野東蓮台野町と京都市北区紫野西蓮台野町を指します。
ですから、千本釈迦堂・釘抜き地蔵・千本ゑんま堂の位置は
正確には蓮台野ではありません。
ただ、ここは京都市街地から蓮台野に向かう道中で、
それら寺院はその墓地に向かう道に作られました。

また、蓮台野内部にも西向寺があります。
この寺院と近くの大徳寺・今宮神社にも寄ります。

そして、鷹峯へ
北大路を越え、北山通まで進むと
そこで道が終わるように見えますが、
実はさらに北西に道が続きます。
そして、そこを進むと程なく千本通が突き当ります。
その辺りが鷹峯で、突き当りは源光庵になります。


JR以南の千本通
もちろん千本通はJR京都線の線路より南にも続きます。
西寺や羅城門跡より南は住宅地が続き、
そのうち桂川沿岸に出て最終的に淀の方で突き当ります。
ただ、こちらの方は道が長い割に単調なので、
また別の機会に取材します。

では、次回から千本通編の本編を進めます。
先ずは、島原からですね。

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第314回 島原散策 前編~千本通南から北~その2

314-1.jpg
京都駅北側市バスターミナルから、
金閣寺道行き205系市バスに乗って約10分。
こちらは、西行きの「梅小路公園前」バス停です。
このバス停のある七条通から、千本通が始まります。
今回はここから千本通を北上し、
京都五大花街の一つ「島原」を目指します。
撮影日は、2015年5月21日木曜日午後2時。
30℃近い高温の完全な「夏日」です。


314-2.jpg
そのバス停の前で、南を向きました。
ここから、梅小路公園に入ることができます。
第297回ブログでは、ここから出て、このバス停から帰りました。


314-3.jpg
少しだけ、梅小路公園の中に入ってみます。
この日(2015年5月21日)は夏日でした。
ですから、この木陰で一休みして
一日読書とかで過ごしたら、それなりに楽しめたでしょうね。
ただ、今回の目的は「島原」なので先を急ぎます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


314-5.jpg
今度は、同じ位置で西を向きました。
JR嵯峨野線の高架の手前に「七条千本」交差点があって、
ここから北に、千本通が伸びています。


314-4.jpg
「七条千本」交差点から、南を向きました。
JR嵯峨野線の高架の下に道が続いていて、
そちらを進むと梅小路蒸気機関車館脇の
バスターミナルで突き当ります。
ですから、七条通以南は千本通ではありません。
(千本通はJR京都線の線路以南から、また南に伸びています)


314-6.jpg
千本通から、七条通を西に向きました。
向こうに横断歩道が見えますが、そちらが新千本通です。
つまり、この位置から向こうの横断歩道の辺りまでが
平安時代の朱雀大路でした。
その新千本通沿いに京都中央卸売市場があって、
この辺りはその関連施設が並びます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


314-7.jpg
七条通から、千本通を北に向いています。
では、この七条通の横断歩道を北に渡ります。


314-8.jpg
「七条千本」交差点北東角に、京果ビルがあります。
こちらの1Fに、梅小路公園の来場者目当ての飲食店が並びます。
そのうちの1軒「ハンバーグ&ステーキ听(ポンド)」に入ります。


314-9.jpg
お店の方に許可を取って、店内を撮影しました。
こちらは、夷川通烏丸西入ルに本店があるステーキ屋さんです。
ただ、この梅小路店のみハンバーガーを食べられます。
そこで、このハンバーガーとジンジャーエールを注文しました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


314-10.jpg
こちらが、そのハンバーガーです。
パテは1週間ほどかけて熟成した牛肉が使われており、
とろけるような食感が特徴です。
さらに、アボガドとソースを絡ませて甘さを引き出しています。
撮影を快く引き受けていただいただけでなく、
先日葉書きまで頂いたので、
ちょっと張り切ってこの辺りを書いています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


314-11.jpg
「听」を出て、七条通を西に向いています。
結局ゆっくりしすぎて、午後3時になってしまいました。
では、目の前の千本通を北に進んでいきます。


314-12.jpg
七条通から、千本通を北に向いています。
「听」の北側に、石窯焼ピッツァ専門店があります。
ただ、こちらはランチタイムが終了して閉店していました。
では、ここを北に進んでいます。


314-13.jpg
千本通の西側には、JR嵯峨野線の高架が走っています。
この辺りの高架下は、駐車場になっていますね。


314-14.jpg
そして、千本通の東側は様々なお店が家屋が並んでいます。
ここは京都中央卸売市場と花街「島原」との境目なので、
その両方に関連する建物が並んでいますね。
七条通から約100m北に、北小路とのT字路が見えます。


314-15.jpg
千本通から北小路を東に向いています。
耳を澄ますと三味線の音色が聞こえるのは、
島原が近いからでしょうか?
ここを進むと京町家が建ち並び、
約100m先の坊城通に「豆の子地蔵」がいらっしゃいます。
ただ、そちらまで行くと写真が足りなくなくなるので、
今回はここまでにします。
(そのうち、島原だけの特集記事を書こうと思います)


314-16.jpg
北小路から、千本通を北に向いています。
この辺りの高架下は、空き地になっていますね。
北小路以北も味のある民家が並んでいるのですが、
ずっと向こうに茂みが見えます。
次は、そこを目指します。


314-17.jpg
北小路から、千本通を北に進んでいます。
こちらは、築年数が経ったアパートですね。
京町家とはまた違った建築様式ですが、
この辺りには味のある古い民家が並びます。
北小路から千本通を北に約100m進むとまたT字路になっていて、
その辺りに茂みが見えます。


314-18.jpg
そのT字路で、千本通から東を向きました。
こちらは、正面通です。
途中西本願寺や東本願寺渉成園で途切れながらも、
豊国神社まで伸びています。


314-19.jpg
千本通と正面通が交わるT字路の北東角に、
「西新屋敷児童公園」があります。
こちらが、先程から茂みに見えていたものの正体です。


314-20.jpg
こちらが、その児童公園の内部です。
北端にすべり台などの遊具が少々並んでいますが、
面積の大半が様々な植物に覆われています。
特に、ベンチの上の藤棚が立派ですね。


314-21.jpg
そして公園内を見渡すと、やはりツツジが咲いていました。
京都市街地で一番多い花が、ツツジではないでしょうか?
この写真は、クリックすれば拡大されます。


314-22.jpg
梅小路公園同様ここの木陰も快かったのですが、
時間をかけ過ぎられませんので、そろそろ出発します。


314-23.jpg
正面通から、千本通を北に向いています。
千本通は、JR嵯峨野線と「西新屋敷児童公園」に囲まれています。
では、ここを進んでいきます。


314-24.jpg
正面通から千本通を北に約50m進むと、
右(東)側が児童公園から古い家屋の土塀に変わります。
この土塀は、角屋の裏側に当たります。
つまり、ここは既に京都五大花街の一つ「島原」の最西端です。


314-25.jpg
角屋を通り過ぎると、千本通の右(東)側は雑居ビルがあります。
向こうにフォークリフトが入っているように、
この辺りは京都中央卸売市場の関連施設が並びます。


314-26.jpg
先ほど写っていた京都中央信用金庫の北側に、
東に抜ける石畳の道があります。
こちらがかつて島原の西門があった所です。
かつての花街は塀で囲まれており、
ここと反対(東)側の大門からのみ中に入れました。


314-27.jpg
その西門脇に、島原住吉神社がいらっしゃいます。
元々は島原の商人住吉屋太兵衛が自宅で信仰していた住吉社が、
大きな社を持ってここに鎮座したものです。
一時はとても大きな神社だったのですが、
明治時代の神仏分離令の際にいったん廃社になりました。
(神仏分離令では、「社格」が低い神社を廃社しました)
1903年に丹波高地にある小さな稲荷神社の社株を譲り受ける形で、
この神社は復活しました。
ただ、境内の面積は往時の半分以下になってしまいました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


314-28.jpg
島原住吉神社の境内に、
「幸天満宮」(さいわいてんまんぐう)がいらっしゃいます。
元々は揚屋町(要するに島原)の会所に祀られていた天神さんでした。
それが1734年に、この島原住吉神社の境内に移転されました。
明治時代になって島原住吉神社と共に廃れましたが、
島原住吉神社復活と共に再興されました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


314-29.jpg
島原住吉神社の前で、東を向きました。
この道は10mほどで突き当りますが、
そこから南に道が続いています。


314-30.jpg
島原住吉神社から東に10mほど進み、
突き当りから右(南)に向きました。
この道も、約50mで突き当ります。


314-31.jpg
先ほどの位置から南に約50m進んで、突き当りました。
こちらに、「重要文化財 角屋」と書かれた看板があります。
つまり、ここは角屋の北側に位置します。

また、右の電柱の陰に
「鴻臚館跡」書かれた石碑があります。
ここが花街になる前の平安時代、
この辺り一帯が鴻臚館(要するに大使館)でした。
そのころの中国は唐が滅亡して宋が建国されていなかったので、
(「白村江の戦い」以来、朝鮮半島の新羅とは国交断絶中。
新羅滅亡後、高麗と国交が復活)
中国の東北地方(満州地方)にあった渤海国の使節団のために
建てられた建物だったようです。
とは言え、その痕跡はこの看板以外は何も残っていません。


314-32.jpg
先ほどの位置で、東を向きました。
ここから東に、花屋町通が伸びています。
この道は、島原の北側を貫いています。
右(南)側に角屋の塀が見えますが、
この辺りから京町家が並ぶ独特の雰囲気になります。


314-33.jpg
先ほどの位置から花屋町通を東へ約40m進み、南に向きました。
右(西)側が角屋なのですが、左(東)側も角屋の一部です。
この辺りは京町家の形式を残す家屋が並んでいます。



314-34.jpg
先ほどの月から南に約50m南に下がってきました。
こちらから、角屋に入れます。
角屋は、江戸時代末期には島原最大の揚屋になっていました。
当時は、長州藩士久坂玄瑞の隠れ家でした。
(第186回ブログで出てきた上禅寺が菩提寺です)
さらに、新撰組の芹沢鴨もここの常連でした。
ただ、芹沢鴨はかなりの乱暴者であったらしく、
いろいろな蛮勇が伝わっています。
(この店の帳場に押し込んで暴れたり、
吉田屋で島原の芸妓を縛り上げ日本刀で髪を切ったりとか)


314-35.jpg
先ほどの場所から約50m北に進み、花屋町通に戻ってきました。
東を向きと、ずっと向こうに小さく「島原大門」が見えますね。
では、ここを進んでいきます。


314-36.jpg
先ほどの辻から、花屋町通を東に進んでいます。
この辺りは、京町家と普通の家屋が半々に並んでいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。



314-37.jpg
こちらも、元々は揚屋だったようです。
それが、今は喫茶店になっています。
この辺りの古い民家は、
そのような形で残されているところが多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


314-38.jpg
その喫茶店の前から、花屋町通を東に向いています。
向こうに「誠の湯」と書かれた看板がありますが、
こちらはホテルとスーパー銭湯を兼ねた施設です。
だんだん島原大門がはっきりと見えるようになってきました。


314-39.jpg
こちらが、重要文化財の島原大門です。
江戸時代は、ここからこっち(西)が花街「島原」でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


314-40.jpg
島原大門より東の花屋町通を見ています。
花屋町通はここをずっと進めば西本願寺と東本願寺の北端を通り、
最終的に第110回ブログの雅松公園で突き当ります。

ここからもう一度島原大門を通り抜け、
この「島原」を細かく回りたいのですが、
だいぶ写真を貼りつけたので、今回ここまでとします。

~次回は、島原から丹波口に向かいます~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
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「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
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今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
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少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
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「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
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いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
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「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
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「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
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様子を書かれた
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こちらも許可をいただいて
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「祇園祭宵山散策」
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毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
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毎年少しずつ増えます。

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京都市内各地のお祭りを
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「松尾散策」
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松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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