第315回 島原散策 後編~千本通南から北~その3

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前回ブログの最後の写真から、反対(西)に向きました。
大門通から花屋町通を西に向いたところに、
京都市指定有形文化財「島原大門」があります。
今回はここを西に進み花街「島原」を散策した後、
千本通経由でJR嵯峨野線「丹波口」駅を目指します。
撮影日は、2015年5月21日木曜日午後4時。
ちなみに、この写真はクリックすれば拡大されます。


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「島原大門」をくぐり、花屋町通から西を向いています。
石畳の道が整然と並んでいますが、
もう「島原」は花街としては機能していません。
ただ、様々な史蹟がたくさん残っており、
さらに多くの置屋や揚屋も外観を残して商店になっており、
京都の中でも屈指の散策ポイントと言えます。
今回は、前回ブログで回りきれなかったところを散策します。


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「島原大門」から花屋町通を西に、約30m進みました。
ここは、坊城通との辻です。
その辻の南東角の京町家に、大工さんが入っています。
外観を残して、中を飲食店などにするようです。
京都市街地全般でよく見かけるのですが、
この島原で特に多く見かける光景です。


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花屋町通から、坊城通を北に向いています。
ここをずっと進むと、(京都産業大学付属高校を回り込めば)
約700m先に壬生寺があります。
ここから電柱の3本先(約100m先)に日蓮宗法華寺があって、
その向かいにかつての島原歌舞練場跡があります。
稲荷神社のある大楠も健在でしたが、今回は寄りませんでした。


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こちらは、先ほどの写真でも写っていた
「坊城通花屋町上がる」にある京町家です。
「輪違屋」という島原屈指の置屋です。
太夫や芸妓さんの派遣会社ですね。
(舞妓さん・芸妓さん・太夫さんは、皆「置屋」に所属します)
ちなみに、現在この置屋に所属する太夫さんは4人です。
京都市有形文化財に指定されていますが、非公開です。
この写真はクリックすると拡大されます。


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坊城通から、花屋町通を西に向いています。
この辺りから、この花屋町通にも京町家が建ち並びます。


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坊城通の西側に、「誠の湯」があります。
こちらは「松栄」というホテルなのですが、
施設の一部をスーパー銭湯として開放しています。


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「誠の湯」西側は駐車場で、さらに西側は四辻です。
その辻の南西角に、古い京町家が見えますね。


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こちらがその京町家です。
どうも旅館だったようで、「錦清」と看板も出ていました。
ただ、目の前の黒板に「cafe&bar Kinse」とも書いてあります。
ちょっとこちらに寄ってみました。

扉を開けると中は暗く、一見すると閉店しているように見えます。
それを無理やり入ると、中に人がいて実は開店していました。
(閉まっていると思っても、中に入る方がいいようです)
中が暗いのはここがバーだからですが、
紅茶やケーキなどの喫茶メニューも充実しています。
洋酒がしっかり効いたシフォンケーキが絶品でした。
その器も、切子細工のガラス皿を使用していました。
内装も恐らく大正時代くらいのままで、
窓にはステンドグラスが貼られており、
閑院宮載仁親王の書画も飾ってありました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「誠の湯」の駐車場と「kinse」にはさまれた短い道には
特に名称はありません。
花屋町通から、その道を北に向いています。
その向こうに、銭湯が見えますね。


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こちらがその銭湯「島原温泉」です。
花街の銭湯は「当たり」が多いので、ちょっと寄ってみました。
(さすがに、中の写真はありません)
浴室は基本的にタイル地ですが、所々に岩を配し
特に男湯と女湯の仕切りの上部は屋根瓦で装飾されていました。
脱衣所の壁一面に貼られた芸妓さんの団扇が
如何にも「花街の銭湯」という感じです。
規模は小さいですが、船岡温泉とイメージが似ています。


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島原温泉から出て、南に向いています。
花屋町通に戻るまでに、京町家があります。
この日(2015年5月21日木曜日)は定休日でしたが、
2015年5月31日日曜日に再訪したときは開いていました。
こちらは、「Hygge」という町家カフェです。
「町家カフェ」とは京町家を利用した喫茶店のことです。
前述の「kinse」は旅館を基にしていましたが、
こちらは京町家の民家を改装しています。
手前の土間に調理場と客席が置かれる構造で、
そこは第247回ブログのplangipaniと同じ内装です。
「島原温泉」の帰りに寄るのにちょうどいいので、
これからもたびたび利用しようと思います。
紅茶も充実していましたが、ここでは凍頂烏龍茶を頂きました。
最近京都で中国茶を出すお店が激減しているので、
個人的には大助かりです。
ただ、ウバ茶のミルクティーも一度試してみたいですね。

~2015年8月2日追記~
2015年8月24日午後7時から午後9時まで
「Hygge」で、島原の置屋輪違屋の桜木大夫がイベントを行います。
島原の大夫が旦那さんに行う「かしの式」を行ったり、
直接太夫さんとお話ができたりします。
詳細は、この後の追記を参照。


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また花屋町通に戻り、西を向きました。
「kinse」の向い(北)側に、白い家屋があります。
こちらは製本所です。


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その製本所の前に、こちらがありました。
ここで和紙を売っているようです。
na-ohさんのブログでも出てきましたね。


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「kinse」と製本所の前から、花屋町通を西に向いています。
この辺りから京町家の割合が増えてきます。
それらは民家も多いのですが、
旅館を経営しているところも多くなります。
花屋町通は、約100m先でいったん突き当ります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先ほどの場所から約100m西に進み、南を向きました。
右(西)側の建物が、角屋です。
ここは今は歴史博物館になっているのですが、
この時点で午後5時、前回ブログで立ち寄ったのも午後3時半。
閉館時間近くだったので、今回ブログでは寄りませんでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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先程と同じ地点で、花屋町通を西に向きました。
角屋の屋根の上から見えるJR嵯峨野線の高架辺りに、
千本通が並行しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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花屋町通を西に突き当りました。
花屋町通は、ここでいったん途切れて新千本通で復活します。
写真は、「東鴻臚館」跡の石碑です。
前回ブログでも、登場しました。


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「東鴻臚館」跡石碑の前で、北を向きました。
千本通に戻るには、こちらの道を進まなければなりません。


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先ほどの場所から、北に約50m進みました。
ここで西に道があって、約10m先の千本通に突き当ります。
左(西)側に小さな神社が見えますが、
そちらが前回ブログで立ち寄った島原住吉神社です。


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先ほどの道から約20m西に進み、千本通で北を向きました。
右(東)側に、島原住吉神社が見えますね。
左(西)側にJR嵯峨野線の高架が見えますが、
ちょうど京都行きの電車が通り過ぎていきました。


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島原住吉神社の鳥居前から、北に約50m進みました。
こちらは京都でも古参のちゃんこ料理屋ですが、
撮影日(2015年5月21日木曜日)は定休日でした。
そのちゃんこ屋さんの向こう(東)側に、大きな銀杏が見えますね。


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こちらが、その大銀杏の根許です。
この木までが江戸時代は島原住吉神社でしたが、
小さくなったために神社の境外になってしましました。


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大銀杏の根許は、今では独立した神社になっています。
こちらは、その神社の末社に当たる祠です。
どちらの神様が祀られているかは、分かりません。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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そして、こちらが大銀杏根許にいらっしゃった弁財天です。
小さいながらも、本殿ということになりますね。
こちらも、クリックすれば拡大されます。


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その境内に、こちらのネズミがいました。
小さくてかわいいのですが、やせ細ってたぶん失明していました。
まぁ賛否あるでしょうが、
食べ物だけ置いてここを立ち去りました。


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大銀杏の前から、西を向いています。
では、JR嵯峨野線高架下を並走している千本通に向かいます。


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千本通に戻り、北を向きました。
ここからは、千本通の右(東)側も京都中央卸売市場の施設です。


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先ほどの写真で、トラックが出てきた所を撮りました。
こちらは、京都中央卸売市場青果1号棟です。
野菜とかの卸売りが行われるところですね。
この時点で午後5時半ですから、
中に人がいらっしゃる形跡はありません。
12時間ほどしたら、状況は一変するのでしょうね。


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京都中央卸売市場青果1号棟の前から、西を向いています。
JR嵯峨野線の高架下から、
京都中央卸売市場3号棟越しに新千本通が見えます。
ただ規制線が張られており、関係車両以外は通り抜けできません。


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この辺りに、こちらの看板が立て掛けられていました。
もう、卸売市場の中ですね。


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千本通をさらに北に進んでいます。
千本通の両側に京都中央卸売市場の施設が並んでいます。


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大銀杏の前から千本通を北に約200m進み、
中堂寺通を東を向きました。
右(南側の建物が京都中央卸売市場青果3号棟で、
奥の茂みが中堂寺児童公園です。
本当は児童がたくさんいたのですが、その写真はありません。


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中堂寺通から、千本通を北に向いています。
右(東)に、京都中央卸売市場の駐車場が見えます。
左(西)側のJR嵯峨野線の上に、「丹波口」駅のホームが見えます。
約70m先に赤いマンションが見えますが、
その向こうが五条通ですね。


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先ほどの地点から約70m進み、五条通に着きました。
京都市街地でも一番広い道幅の通りですね。


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千本通から、五条通を東に向きました。
堀川通より西は、五条通もオフィスビル街ではなくなります。
そう言えばこの自転車屋さんですが、
この間まで本屋さんだったような気がするのですが……


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五条通から、千本通を北に向きました。
ここからまた北に進む予定ですが、それは次回以降にします。


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そして、千本通から五条通を西に向きました。
交差点の横断歩道を渡ったところに、
JR嵯峨野線「丹波口」駅があります。
五条通は京都中央卸売市場最北端の通りでもあり、
この駅も卸売市場や島原からの乗車が多いようです。
では、今回はここから京都駅に戻ります。

~次回は、壬生に向かいます~

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第316回 光徳児童公園~千本通南から北~その4

[光徳公園] ブログ村キーワード
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京都駅から、JR嵯峨野線に乗って1駅。
こちらは、「丹波口」駅です。
今回は、ここから千本通を北上し「光徳公園」を訪れます。
撮影日は、2015年6月2日火曜日午後3時。
京都は、この日まで「夏日」の快晴でした。


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JR嵯峨野線「丹波口」駅のホームから、南西を見ています。
「京果」と書かれたビルは、京都中央卸売市場の施設です。
(青果の卸売りをしている場所でしょうね)
その向こう(西)に、新千本通が南北に走っています。
ここは、京都中央卸売市場の関係者が多く利用する駅です。


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今度は、西側のホームを覗いています。
ちょうど京都駅行の電車が入って来るので、
たくさんの方々が待っています。
ここの下に千本通が並行していて、
さらにその左(東)に京都中央卸売市場の施設があります。
京都五大花街の一つ「島原」は、その南側にあります。
(この辺りは、前回ブログで訪れました)


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JR嵯峨野線「丹波口」駅ホームから、下へと続く階段があります。
この駅は高架の上にあるので、
改札口へはここから下りなければなりません。


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その階段をおりると、コンコース階があります。
この周囲にベンチがあって、そこで休憩ができます。
では、さらに階段を下りて向こうに見える改札口を通り抜けます。


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JR嵯峨野線「丹波口」駅改札口を通り抜けました。
この駅は東側が千本通、北側が五条通に接しています。


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JR「丹波口」駅を出て、北を向いています。
ここはJR嵯峨野線の高架の真下ですが、
目の前の横断歩道は「五条千本」交差点のものです。
五条通以北のJR高架下が、駐輪場になっています。
この辺には少ないので、結構利用させてもらいます。


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五条通を北に渡り、そこから西を向きました。
ここから西に進むと国道9号線となり、
そのまま亀岡市経由で丹波高地へと進みます。
ですから、この辺りが京の七口の一つ丹波口と思いきや、
本当の丹波口は第314回ブログの最初に出てきた
七条千本交差点の西側にあったそうです。


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JR嵯峨野線の高架下で、今度は東を向きました。
ここは「五条千本」交差点です。
五条通は、京都市街で最も幅の広い道です。
この辺りは寂しい感じですが、
堀川通以東はオフィスビル街になります。


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五条通から、千本通を北に向いています。
左(交差点北西角)に、下京消防署中堂寺派出所が見えます。
では、ここを北上していきます。


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五条通から、千本通を北に進んでいます。
右(東)側に、「マツモト」という地域スーパーが見えます。
ここの折り込み広告は、いつも魚がおいしそうです。

実はこの取材の帰り道、軽い熱中症になりまして
(体温が下がらず、軽く脱水気味)
ここで涼んで休憩しました。
ついでに、カツオのたたきを買って帰りました。


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その「マツモト」の向い(西)側には、こちらの薬局があります。
この角度からは見にくいのですが、
そのドラッグストアのさらに西にJR嵯峨野線の高架が走っています。


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五条通から、千本通を北に約130m進みました。
ここで、千本通は万寿寺通と交差します。


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千本通から、万寿寺通を東に向いています。
右(南)側に、地域スーパー「マツモト」が見えますね。

万寿寺通は、ここからだんだん細くなって
大宮通の手前でいったん途切れます。
堀川通以東でさらに復活して、河原町通まで伸びています。
(第155回ブログを参照)
さらに川端通以東でまた復活して、六波羅蜜寺の南側を通り抜け
最終的に路地の石段になって東大路まで伸びています。
(第151回ブログを参照。六波羅裏門通のことです)


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今度は、千本通から万寿寺通を西に向いています。
万寿寺通は、目の前のJR嵯峨野線の高架でいったん途切れます。
(この辺の東西の道の約半分は、この高架でいったん途切れます)
さらにこの万寿寺通は何度か途切れて復活して
最終的に西小路から桂川東岸に至ります。
(松原通東から西EXのルートです)


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「万寿寺千本」交差点北東角に、こちらが見えます。
小鳥の像が乗った車止めを越えると、公園の中に入れるようです。


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では、こちらの「光徳公園」の中に入っていきます。
今回ブログのメインですね。


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車止めを越えて、光徳公園の中に入ってきました。
この北東に伸びる幅の広い道が、ここのメインストリートです。
両脇の木々は、百日紅(さるすべり)でしょうか?
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先ほどの地点で、右(東)を向いています。
公園の向こうに、「マツモト」が見えますね。
こちらの道は遊歩道になっていて、
公園の周囲をゆっくりと回れるように作られています。


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先ほどの道を回ると、1周してこちらに戻ってきます。
時間帯のせいか、人間の代わりに
鳩のカップルが散策を楽しんでいました。


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では、メインストリートを歩いていきます。
車止めから5m進むと、桜並木が続くようになります。
実は、ここは毎年春になると絶景に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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桜の代わりに、この日(2015年6月2日)は光徳公園で
このような花が咲いていました。
周囲の葉の形状がクローバーなので、
これはクローバーの花ということなのでしょうね。
6月なら、開花時期と合っていますし……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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桜の木の根許にも、鳩が群れていました。
この公園には、本当に鳩がたくさんいますね。


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桜の木々は、光徳公園の北西側にも点在しています。
また、こちらには児童公園の遊具がたくさん並んでいます。
ただ、小学校から児童が自宅に帰るにはまだ早い時間なので、
誰も遊んでいません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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一方、光徳公園の東側にはこちらの枝垂桜の下に
ベンチがいくつか並んでいいました。
では、こちらで少し休んでいきます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのベンチに座って、さらに東側を見ています。
こちらは割と大きなグランドで、野球ができるくらいの広さです。


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そのベンチに座ったまま、光徳公園の東隣りを見ています。
こちらは、京都産業大学付属中高です。
先程から時折制服姿の方々が写っているのは、
こちらの生徒が帰宅されている様子でした。


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光徳公園のメインストリートは約100m続き、
この円形劇場で突き当ります。
こちらの劇場は半径20mほどで、その周囲はベンチが囲んでいます。
背後に大きなマンションが見えますが、
最近千本通周辺の松原通~高辻通間に高層住宅が次々建設され、
京都市街地でもこの辺りは人口増加率が高い地域となりました。
(このマンションは、第29回ブログでも出てきました)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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円形劇場から東を向きました。
向こうに、京都産業大学付属中高が見えますね。
では、ここで先ほど紹介した遊歩道を通って元の位置に戻ります。


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遊歩道をゆっくりと歩いています。
道の周囲に、桜・銀杏・楓など様々な木々が並んでいます。
こちらのベンチには何人かが方が座っていて、
談笑されているいる風景が続いていました。


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遊歩道には、こちらの花も咲いていました。
こちらは……モルダナでしょうか?よく分かりません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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遊歩道は円形なので、この角度の東西南北はよく分かりません。
向こうのベンチで、腕立て伏せ中の方がいらっしゃいました。
近付いて撮ると失礼なので、この辺りから撮っています。


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実は、この遊歩道の周辺にはこのような器具が並んでいます。
左の看板に、こう書いてありました。
「この鉄棒で、懸垂(けんすい)や大車輪をしよう」
遊歩道にはこのようなものが6カ所あって、
それぞれこのような指示が書いてあります。
つまり、先ほどの「腕立て伏せ」もこの一環のようです。


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遊歩道を歩いていると、本当に鳩とよく出会います。
平日の昼下がりだと、人影はだいぶ少なくなりますね。


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光徳公園の木々で一番多いのは桜ですが、銀杏も結構の割合です。
その中でも、こちらは特に立派な大銀杏です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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鳩が散策する遊歩道も、だいぶ歩いてきました。
向こうで、先ほどのメインストリートと交差しています。


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遊歩道とメインストリートが交差する地点まで来ました。
これで、遊歩道を半周したことになります。


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メインストリートに出て、南西に向きました。
光徳公園には、ここから入ってきました。
では、ここから光徳公園を出ます。


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光徳公園を出て、万寿寺通から千本通を北に向いています。
ここからまた千本通を北上するのですが、
それはまた次回とします。

~次回は、ここを北上して、壬生に入っていきます~

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第317回 千佛延命地蔵尊~千本通南から北~その5

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万寿寺通から、千本通を北に向いています。
右(東)に見えるのは、前回ブログに出てきた光徳公園です。
今回は、ここを北上して壬生に入っていきます。
撮影日は、2015年6月2日火曜日午後3時半。
梅雨前の暑い「夏日」でした。


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万寿寺通から、千本通を北に約100m進みました。
光徳公園の北西角に派出所が見えますね。


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先ほどの地点から、千本通をさらに20m北に進みました。
ここで千本通は、松原通と交差します。


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千本通から、松原通を東に向いています。
右(南)側が光徳公園で、ここからも敷地内に入れます。
向こうに、前回ブログで出てきた高層マンションが見えます。


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今度は千本通から松原通を西に向いています。
ここを進むと、第29回ブログで歩いたルートになります。
JR嵯峨野線の高架の手前に、
壬生温泉「はなの湯」の駐車場に行く入り口があります。
(第29回ブログ取材当時は「やまとの湯 壬生店」だったのですが、
やまとの湯本社が倒産してそこから独立する形で存続しました。
まぁ、この店自体は常時満員ですし……


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「松原千本」交差点で南西角を見ています。
こちらに大香園という焼肉屋があったのですが、
いつの間にか別の建物になろうとしています。
東寺道の「水月亭 九条店」、
近鉄「東寺」駅前の「はやし 東寺店」と並ぶ
個人的に選んだ「京都3大焼肉店」の1軒だったのですが……

~2015年9月19日訂正~
大香園は、潰れたのではありませんでした。
先ほどの写真は、改装工事の様子でした。
そして、2015年7月に新装オープンしました。
この下が、その様子を写した写真です。
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そして、こちらが2015年9月17日に自分が注文した
大香園のメニューです。
ドジョウ汁も焼肉も、健在でした。


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松原通から、千本通を北に向いています。
左(西)側に見えるお寿司屋さんは約3年前から健在です。
ちなみに、この松原通を境にして「京都市下京区 中堂寺」から
「京都市中京区 壬生」になります。
では、ここを北上していよいよ壬生に入っていきます。


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壬生に入り、千本通を北上しています。
松原通以北になると、道幅がまた1車線に戻ります。
右(東)側は「新東捺染」という工場で、
この辺りは高層マンションの間に町工場が点在します。
左(西)側には、「壬生温泉 はなの湯」の駐車場があります。


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町工場以北は、千本通の右(東)側に
漬物屋や電器店などの以前から残る商店が続きます。
左(西)側のテナントには銭湯の施設内にあって、
「壬生温泉 はなの湯」駐車場からも入れます。


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そのテナントの北側からも、「壬生温泉 はなの湯」に入れます。
右(北)側に見える黄色い建物が銭湯そのものです。
駐車場の向こう(西)にJR嵯峨野線の高架が見えますが、
この銭湯はその高架と千本通にはさまれた
細長い構造になっています。


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ほぼ同じ地点で、千本通から東を向きました。
路地の向こうに、赤い高層マンションが見えます。
前回ブログにも出てきましたが、
こうして見ると相当大きいことが分かります。


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そして、その地点で今度は北を向きました。
約120m先で、千本通は高辻通と交差します。


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先ほどの地点から、千本通を約100m北に進みました。
お地蔵さんの背後に、「はなの湯」の給水タンクが見えますね。


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そのお地蔵さんの前で北を向きました。
こちらが「高辻千本」交差点です。


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「高辻千本」交差点北東角にある「千高ビル」B棟の東端に、
こちらの学習塾があります。
実は、数年前まではここはお寿司屋さんでした。
知る人ぞ知る名店で、春限定の「ホタルイカの握り」を楽しみに
一年を過ごしていたのですが……


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千本通から、高辻通を東に向いています。
高辻通は桂川の上野橋と高瀬川を結ぶ道で、ほぼこの道幅です。
この辺りは、マンションと町工場が交互に並んでいますね。


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今度は、千本通から高辻通を西に向いています。
JR嵯峨野線の高架以西は、御前通までの約500mだけ
1車線の道幅になります。
ちなみに、この高辻通からは「はなの湯」には入れません。


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「高辻千本」交差点北東角に、この標識がありました。
この周辺が壬生だと分かりますね。


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高辻通から、千本通を北に向いています。
左(西)側に、「冷やしあめ」のペナントが下がっています。
では、こちらの坂上正香園にお邪魔します。


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株式会社坂上正香園は冷やしあめの小売店で、
ここでの店頭販売もしています。
ビール大ジョッキ1杯で、200円でした。
気温が30℃を越えていたので、おいしくいただきました。


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坂上正香園の前で、千本通を北に向いています。
ここから北はマンションや町工場が姿を消し、
昔ながらの京町家が残る町並みになります。


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先ほどの写真で写っていた電器店の北側に、
こちらの住宅があります。
犬矢来がありませんが、こちらも京町家です。
最近は、犬矢来が取り払われた町家をよく見ます。


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その町家の北側に、屋根の付いた路地があります。
京都市街地では、バブル期(1990年前後)までは
このような路地がたくさんありました。
奥に平屋が何軒か並んでいて、
炊事場が共用で水道(または井戸)があって
子供の頃そこに上がって遊んでいたらよく怒られました。
(ウチの近所の路地は、バブル期に取り壊されて
今は大きなホテルの一部になっています)


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その路地の向かい(西)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
京都市街地には各町内にお地蔵さんがいらっしゃいますが、
こちらのは特に立派ですね。
上の方に、「千佛延命地蔵尊」という標札が付いています。
こちらが、今回ブログのメインです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「千佛延命地蔵尊」の祠はとても大きく、
中で休憩や雨宿りができるようになっています。
どうやら町内の集会所でもあるらしく、
京都市の掲示板も掲げられています。


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祠の南側も、撮りました。
こちらには、市民運動会の表彰状などが掲げられています。
結構な枚数があるので、相当強い町内なのでしょうね。
ウチの町内は、約40年前に1度だけ学区内1位になっただけです。


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そして、こちらがご本尊の延命地蔵尊です。
「千佛」とは千本通とこの北側にある仏光寺通を指し、
その辻近くにいらっしゃるお地蔵さんという意味とのことです。
こちらは、今から100年ほど前の大正時代に建立されたそうで、
京都市街地のお地蔵さんとしては平均的な古さです。
(ちなみに、ウチの町内のお地蔵さんは昭和時代初期建立です)
この写真は、クリックすると拡大されます。

京都市街地では、毎年8月下旬に「地蔵盆」が開かれます。
お坊さんのお参りもありますが、
町衆総出で町内の子供を遊ばせるというものです。
高辻通以南の高層マンション近くは何人も子供がいて、
地蔵盆もかなり賑やかで華やかだそうなのですが、
こちらは子供が2人だけで
古い街並み特有の現象が起こっているそうです。
ウチの町内同様に、老人会がメインになりつつあるようです。


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こちらは、「千佛延命地蔵尊」の北隣の民家です。
この辺は、このような京町家が多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「千佛延命地蔵尊」の前で、千本通を北に向きました。
京町家以外にも古い民家が立ち並び、
ある意味典型的な「京都市街地」の街並みです。


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千本通の民家と民家の間から、西を向きました。
この辺りも、約70m西にJR嵯峨野線の高架が並走しています。


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その東側には、こちらの民家がありました。
こちらも多少改装されていますが、京町家です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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向い(西)側の民家の2Fに、こちらの表札がありました。
ブリキ製で「下京区」と書いてあるので、
70年以上前のものでしょう。
(この辺りは、戦前は下京区でした)
この写真を撮ろうそすると屋内から人が出てきたので、
撮影許可を求めると「いいですよ」と
笑いながら同意していただきました。


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千本通と仏光寺通との辻に、こちらのお店があります。
「ラムネ」というのぼりが立っていたので、
壬生寺に寄った後ここで1本飲みました。
中から気さくなおじさんが出てこられて、
この近所のことをいろいろ教えてもらいました。
(千佛延命地蔵尊のことは、この方から聞きました)

こちらは「豊田食料品店」で、魚やお惣菜のほかに
ジュースやお菓子・インスタントラーメンなどが
店頭に並んでいました。
ここの店主は町内の名物おじさんらしく
商店街の紹介記事に何度か写真付きで載られたそうです。
(仏光寺通沿いに「壬生繁栄会」という商店街が形成されています)
このブログの話をして、
記事に名前を出すことにも許可をいただきました。


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千本通から、仏光寺通を西に向いています。
ちょうどJR嵯峨野線の電車が高架の上を走っています。
その高架の向こうに商店が何軒か並んでいて、
さらに向こうにアーケードがあるのですが、
ここからではよく見えませんね。


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今度は、千本通から、仏光寺通を東に向いています。
アジサイがきれいです。この写真もクリックすると拡大されます。

左(北)側のビルの隙間から、ストゥーパ(仏塔の先頭)が見えます。
その辺りが、壬生寺です。
ここから壬生寺に向かいますが、それは次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、壬生寺を訪れます~

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第318回 炎天下の壬生寺~千本通南から北~その6

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千本通から、仏光寺通を東に向いています。
道端に咲くアジサイがきれいですね。
今回は、この先にある壬生寺を参拝します。
毎年節分に訪れましたが、今年は平常運転の
「夏の壬生寺」を紹介します。
撮影日は、2015年6月2日火曜日午後4時。
そろそろ寺院が閉まる時間です。


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こちらは、「仏光寺千本」の辻の北東角にありました。
かつては測量機の小売店だったようですが、
今は営業されていないようです。
京町家ではありませんが、こういう家屋も大好きなので
写真を一枚撮らせていただきました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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千本通から、仏光寺通を東に進んでいます。
こちらに、おいしそうな蕎麦屋さんがあります。
入りたいのですが、予算の都合であきらめました……


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その蕎麦屋さんの東隣に、こちらがあります。
表札には、「壬生寺霊園」とあります。
要するに、こちらは壬生寺所有の墓地です。
八木邸内で暗殺された新撰組隊士
芹沢鴨平山五郎のお墓は、元々こちらにありました。


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壬生寺霊園の向い(北)側に、壬生寺会館別館という建物があります。
こちらも壬生寺の施設とは思うのですが、
入ったことがないので詳細は分かりません。


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壬生寺会館の前で、仏光寺通を東に向きました。
左(北)側の土塀は、壬生寺のものです。
この辺りは寺院や旧宅が並んでいて、
独特の街並みを形成しています。


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その辺りで、仏光寺通から左(北)を見上げました。
ここから、壬生寺の千体仏塔が見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千本通(今回ブログ最初の地点)から、
仏光寺通を東に約70m進みました。
では、この南門から壬生寺に入っていきます。


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壬生寺南門から入ってすぐのところに、
千体仏塔がいらっしゃいます。
東南アジアのパゴダ(仏塔)をモデルに造られた供養塔ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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千体仏塔の右(北)側に、壬生寺の本堂があります。
節分のときは炮烙焼の小屋が立ち、
この辺り一帯がとても賑やかになります。


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こちらが、律宗壬生寺の本堂です。
ご本尊は延命地蔵菩薩です。
ただ1962年本堂焼失の際にご本尊も焼失し、
現在のご本尊は1970年に総本山の唐招提寺から
譲り受けたものです。
元々は、平安時代中期に快賢僧都が建立した天台宗寺院でした。
こちらも、節分のときとは全然違いますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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本堂のさらに北側にも、小さめのパゴタ(仏塔)がいらっしゃいます。
どちらも、お地蔵さんがたくさんいらっしゃいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、壬生寺最北端の建物です。
1Fは幼稚園ですが、もう園児たちは帰って誰もいません。
(この時点で、午後4時半)
2Fは講堂ですが、その奥が念仏堂で
年に数回そこで壬生狂言が行われます。


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千体仏塔の向かい(東)側に、鐘楼があります。
節分の際は、露店や小屋で目立ちませんが……


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鐘楼の北向かいに、こちらの水掛地蔵尊がいらっしゃいます。
お祈りするときに、柄杓で水をかけます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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鐘楼の東側に、末寺の一つ中院があります。
こちらのご本尊は、十一面観音です。
節分の際は、ここでも炮烙焼が売られます。


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水掛地蔵尊の東隣に、弁財天がいらっしゃいます。
こちらは秘仏ですが、節分の際は公開されます。


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その弁財天の東隣りに、こちらの阿弥陀堂があります。
第27回ブログ第188回ブログの2回ともここを訪れました。
人によっては、ここがメインになります。


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阿弥陀堂の阿弥陀如来にお参りした後、
100円払って池の小島に入ってきました。
(ここには、阿弥陀堂からしか入れません)
こちらは「壬生塚」といって
壬生寺関係者や新撰組隊士のお墓があります。

実は前回来たときと比べて、
「あゝ 新撰組」の歌碑が立派になっていました。
(コインを入れると三橋美智也さんの裏声が流れます)
さらに、地面が石畳になっていました!
壬生塚がだんだん豪華になっているような気がします。


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壬生寺に入ってすぐに、歴代住職のお墓があります。
こちらは「官寺」なので、歴代住職は朝廷の位を持っていました。


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こちらにも、歴代住職のお墓があります。
壬生塚は、新撰組関連だけなくこのようなお墓もいらっしゃいます。


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こちらは、新撰組隊長近藤勇の胸像です。
(お墓は、京都市内にはありません)
こちらは、40年ほど前に映画関係者によって立てられました。


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その北隣に、新撰組隊士河合耆三郎のお墓です。
こちらは戦死ではなく、規約違反で粛清対象となり、
実家がお金を工面するのが遅れたために切腹させられました。
わずか数日の遅れも認めない新撰組の態度に腹を立てた
河合耆三郎の父親が当てつけの意味を込めて、
このような立派なお墓を壬生寺に建てたそうです。
(光縁寺の住職がおっしゃったことを書いています)


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こちらが、壬生塚一番奥の新撰組隊士のお墓です。
左が先述の芹沢鴨・平山五郎のお墓です。
(詳細は、第188回ブログ参照)
右がその他さまざまな隊士のお墓ですが、
よく見ると野口健二の墓碑銘がありますね。
ちなみに、河合耆三郎・野口健二など切腹した隊士の遺体は、
壬生寺ではなくここから北東にある光縁寺に埋葬されています。


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近藤勇の胸像の脇に、新撰組の慰霊碑があります。
こちらは、近藤勇の胸像よりも前からありました。


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では、この橋を渡って壬生塚から阿弥陀堂に戻ります。
ちなみに、この日も壬生塚に数人の方が来られていました。
そのときの流れで芹沢鴨のお墓にイタズラされた経緯を話すと、
(京都では、30年くらい前まで新撰組が嫌われていた話です)
だいぶ驚いておられました。


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阿弥陀堂を出ました。
ちょうど向い(南側)に、先述の中院が見えますね。


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中院の右(東)隣りに、老人ホームがあります。
こちらも、幼稚園同様壬生寺が経営しています。


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阿弥陀堂の東端に、「夜泣き地蔵」がいらっしゃいます。
赤ちゃんの夜泣きに御利益があるのですが、
その由来は諸説あってはっきりしません。


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夜泣き地蔵の道(東)に、枝垂桜の木があります。
春になると、ここも見事な光景になります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その枝垂桜の右(東)に、一夜天神堂がいらっしゃいます。
こちらも、壬生寺の末社の1柱です。


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一夜天神堂の右(東)側に、壬生寺の表門があります。
このブログでは、いつもここを利用しています。
ここを出たら坊城通ですが、
そろそろ午後5時を回り周辺施設も閉まってきました。
ですから、ここから先は日を改めてまたこの壬生寺に来ます。

今回は、ここまでです。

~次回は、この近辺の新撰組関連施設を回ります~

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第319回 小雨の壬生散策 前編~千本通南から北~その7

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前回ブログから16日後の壬生寺表門を内から外へ見ています。
炎天下の夏日から一転、完全に梅雨の小雨模様になりました。
門の外側は坊城通ですが、今回はここを北上し
新撰組施設関連を中心に壬生を歩き回ります。
撮影日は2015年6月16日木曜日午後2時。
昨年と比べて、今年の梅雨はしっかり雨が降りますね。


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壬生寺を出ました。
壬生寺から見て、坊城通の斜め向かいに京町家がありました。
ちょっと、そちらに寄ってみます。


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その京町家を表から撮りました。
こちらは、1820年に神先家のために建てられた京町家です。
(京都市指定有形文化財です)
現在は清宗根付館という印籠などに付ける「根付」の博物館です。
根付があちこち展示されていましたが、
この建造物自体がほぼ完全な形の京町家で、
ここまで残っているのは京都でも逆に珍しいです。


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清宗根付館の前で、坊城通を北に向いています。
では、壬生寺の前を通ってここを北上します。


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壬生寺表門のほぼ向かいに、新徳禅寺があります。
今は非公開ですが、節分時にはここでも炮烙焼が売られます。
ここは、新撰組発祥の地です。(第28回ブログ参照)


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新徳禅寺の前で、坊城通を北に向いています。
壬生寺の北隣に、「鶴屋」という和菓子屋さんがあります。
こちらの和菓子屋さんに、修学旅行生を初め
多くの方々が訪れているようです。


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この日(2015年6月18日)家を出るときに壬生に行くと告げたところ
「じゃあ、『鶴屋』で何か買ってきて」と言われたので、
とりあえずこれを人数分買いました。


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自分の分だけ、写真を撮りました。
ここの名物の一つが鮎焼きだそうです。
表の看板にもなっていて、他の方も買われていました。
最中は餡がくどくない甘さでそこかおいしいのですが、
このカエデの文様はどこかの家紋でしょうか?


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「鶴屋」の店舗の奥に、京町家の武家屋敷が残っています。
こちらは「八木邸」で、幕末には新撰組の屯所でした。
近藤勇や土方歳三などが暮らしていた別邸は、
取り壊されて今は和菓子屋の店舗になっています。
ここでは、八木家の方々と芹沢一派が暮らしていました。
つまり、ここが芹沢鴨・平山五郎暗殺現場です。
(前回ブログにお墓が出てきました)


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「鶴屋」(八木邸)で1,000円払うと、
こちらのパンフレットをもらった上で邸内を拝観できます。
自分は都合3回目の拝観でしたが、
中を案内される学芸員が毎回違う方で
その度に話される内容が全然違うのが面白いです。


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先ほどの写真に写っていた半券を使うと、
拝観後に抹茶と和菓子がいただけます。
(これらの料金は、拝観料に含まれます)


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和菓子は、牛皮の中に餡が入っていました。
抹茶は冷水で点てられていて、そのため泡がすぐ消えます。


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「鶴屋」の前で、坊城通を北に向いています。
右(東)側の塀は、旧前川邸のものです。
この先に、綾小路との辻が見えます。


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坊城通から、綾小路を西に向いています。
一里塚に「右 二条城」と書いてありますが、
よく考えたら二条城はここから北ではなく、北東にあります。
写真の「幸福餅」はヨモギ餅の店ですが、
ここの名物は「金つば」です。


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今度は、坊城通から綾小路を西に向きました。
南東角に、「玉野製袋所」がありますね。


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綾小路側に、「玉野製袋所」の入り口があります。
この日(2015年6月18日)は木曜日なので非公開ですが、
週末にはここの内部を拝観できます。
ここは元々「旧前川邸」で、新撰組の屯所の一つでした。
長州藩士を拷問して池田屋事件の計略を看破したり、
山南敬助野口健司が切腹したりした場所です。


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旧前川邸の前で、綾小路を東に向いています。
次は、ここから先に進みます。


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綾小路を東に進んでいます。
この辺りは、細い道に古い家屋が続いています。
あちこちに、京町家が並んでいます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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京町家以外にも、このような民家も並んでいます。
このお地蔵さんがいらっしゃる民家は、
ここへ来る度に撮っている自分のお気に入りです。


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その民家の向かいに、こちらの酒屋さんがあります。
近藤勇や土方歳三の名前とイラスト入りのお酒を売っている店です。
その東側に、壬生川通との交差点がありますね。


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綾小路から、壬生川通を北を向いています。
この渋滞は、四条通から続いています。
その手前に、嵐電の線路があります。


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壬生川通から、綾小路を東に向いています。
京町家はほぼ姿を消しますが、
ここからは味のある民家が並んでいます。


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壬生川通から、綾小路を東に約70m進みました。
この辺りから、綾小路の南側は
「京都市中京区壬生」から「京都市下京区」になります。
そして、ここから東に浄土宗寺院が並びます。


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こちらは、先ほどの写真にも写っていました。
浄土宗上宮王院聖徳寺です。
寺名から聖徳太子関連と分かりますが、
ここの沿革はよく分かりません。

~2015年6月30日追記~
第320回ブログに出てくる浄土宗帰命院を調べていたら、
この聖徳寺の沿革が分かりました。
こちらは、建立から1000年くらいの寺院です。
元々は天台宗でしたが、のちに浄土宗に改宗しています。
ご本尊は阿弥陀如来で、聖徳太子作だそうです。
(それが、この寺院の名称の由来です)
こちらの大桜がなかなかの名木で、
下京区が「区民の誇りの桜」に指定しています。


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門の東側に、「庚申堂」がありました。
実は、庚申堂は京都にはあまりありません。
(昔はたくさんあったのかもしれませんが、よく分かりません)


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聖徳寺の前から、綾小路を東に向いています。
次は、左(北)側の寺院に向かいます。


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この寺院から、綾小路北側も京都市下京区になります。
こちらは、浄土宗光縁寺です。
新撰組隊士山南敬助と当時の住職が懇意で、
そのため多くの新撰組隊士の遺体がここに埋葬されました。


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光縁寺には、100円払うと中で参拝できます。
本堂の中には入れませんが、
本堂の北側にある墓地には入ることができます。
自分も、線香を買って(追加料金50円)そちらに向かいます。


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本堂の北側に回り込みました。
住宅街の一角が、墓地になっています。
ですから、大声を出したりするのは厳禁です。


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墓地の北西端に来ました。
トタン板の向こうに、嵐電が走っています。
実は、山南敬助ほか新撰組隊士のご遺体は
このトタン板の向こう(つまり線路の下)に眠っています。

左側は、沖田聡司と同居していた女性のお墓です。


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その左(南)側に、新撰組隊士合同のお墓が3基あります。
先述の通り、この下にはご遺体は埋まっていません。
「この面積に数十人の遺体を埋めるのは困難」
とは、ここの住職の弁です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


319-32.jpg
墓地から戻ろうとすると、
本堂の真裏にこちらの鬼瓦がいらっしゃいます。
全長1mありますので、結構な迫力です。
たぶん、魔除けなのでしょうね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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光縁寺の前から、綾小路を東に向いています。
では、ここを大宮通まで進んでいきます。


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こちらは、浄土宗光林寺です。
ここの沿革も分かりませんが、様々な碑が立っていました。
ここは幼稚園でもあるので、とても賑やかです。


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光林寺の前から、綾小路を東に向いています。
もう目の前に、大宮通が見えます。


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そして、「綾小路大宮」交差点に出ました。
京都の繁華街の一つ「四条大宮」が近いため、商店舗が並びます。


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綾小路から、大宮通を北に向きました。
約100m先に、「四条大宮」交差点があります。
阪急電車と京福電車(嵐電)の駅があって、
京都市バスのターミナルもあります。
そのため、京都でも屈指の繁華街になります。

目の前に、四川料理店があります。
こちらは、京都で初めて本格的な担担麺を出したところです。


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大宮通から、綾小路を東に向いています。
綾小路はこのまま東に伸びて、寺町通京都大神宮で突き当ります。


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今度は綾小路から大宮通を南に向きました。
大宮通は本当に雑居ビルが多いですね。
次はここを南下するのですが、だいぶ写真を貼りつけたので
今回はここまでです。

~次回は、ここから仏光寺通を通って壬生寺付近に戻ります~

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第320回 小雨の壬生散策 後編~千本通南から北~その8

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綾小路から、大宮通を北に向いています。
大通りということもあって、大宮通は雑居ビルが建ち並んでいます。
今回は大宮通を南下して仏光寺通で西進し、千本通を目指します。
撮影日は、2015年6月18日木曜日午後4時。
雨の日は西日が邪魔しないので、撮影が楽ですね。


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先ほどの写真に写っていたコンビニエンスストアの南隣に、
京都市立洛友中学校があります。
自分が中学生の頃は、「京都市立郁文中学校」でした。


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京都市立洛友中学校校門前で、大宮通を南に向いています。
では、向こうに見える仏光寺通との交差点に向かいます。


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綾小路から、大宮通を南に約100m進みました。
ここで、仏光寺通との交差点に出ました。


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大宮通から、仏光寺通を東に向いています。
ここから、約1km先に浄土真宗本山の一つ仏光寺があります。
この仏光寺通は寺町通で筋違いになった後、
河原町通で突き当ります。


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仏光寺通から、大宮通を南に向いています。
こちらに向かってくる206系市バスは、
東大路と大宮通(千本通)を結ぶ循環路線です。
ここから約200m先に松原通があって、
「松原大宮」交差点から第26回ブログが始まります。


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大宮通から、仏光寺通を西に向いています。
この辺りの仏光寺通は、乗用車が1台通れる幅しかありません。
綾小路同様に、仏光寺通も寺院が並びます。


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先ほどの写真に美容院が写っていましたが、
その西隣にこちらの洋品店がありました。
この辺は、こういう商店舗がまだまだ元気ですね。


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その洋品店の向かいに、こちらの標札がありました。
下京区の「区」が新字であること(「區」ではない)と
スポンサーが「アリナミンA」であることから、
「森下仁丹」のものよりは新しいものと思われます。


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「アリナミンA」の標札は、こちらのお堂に付いていました。
お堂の中を覗いてみたのですが、
お地蔵さんがいらっしゃると思いきや
阿弥陀仏がいらっしゃいました。
この写真は、クリックすると拡大します。


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お堂は、こちらの寺院にありました。
こちらは、浄土宗帰命院です。


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こちらが、浄土宗帰命院の本堂です。
境内がけっこう広いのですが、月極駐車場になっていて
乗用車が何台も並んでいました。
この写真は、クリックすると拡大されます。

浄土宗帰命院は、1600年ごろ(安土桃山時代)に建立されました。
開基は、雄蓮社文譽(ゆうれんしゃもんよし)上人です。
浄土宗なので、ご本尊は阿弥陀仏です。
文人画家の鳥羽石隠森徹山のお墓があるそうですが、
それがどこかは分かりませんでした。


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帰命院の門の前から、仏光寺通を西を向きました。
右(北)側は帰命院の塀ですが、
コンクリートなので寺院とは思えません……


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帰命院の西隣に、浄土宗月輪寺です。
九条兼実の別荘「月輪殿」が、兼実の死後寺院化したのもです。
「月輪」は、京都市東山区の東福寺から泉涌寺にかけての地名です。
(泉涌寺開基の僧月輪が地名の由来です)
ですから、この寺院ももともとそちらにあったようですが
いつごろこちらに移転したかはよく分かっていません。


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月輪寺の前で、仏光寺通を西に向いています。
右(北)側に、月輪寺の月極駐車場が見えます。
では、ここを西へ進み千本通を目指します。


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月輪寺の前から、仏光寺通を西に約50m進みました。
この辺りは、1車線の道の両脇に古い民家が並びます。
時折、このような京町家が見受けられます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先ほどの京町家から、仏光寺通を西に約100m進みました。
こういう平屋も、京町家の典型ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その平屋の前で、仏光寺通を西に向きました。
目の前で、仏光寺通は壬生川通と交差していますね。


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仏光寺通から、壬生川通を北に向いています。
約100m先に、前回ブログで通った綾小路があります。


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今度は、仏光寺通から壬生川通を南に向きました。
約500m先の五条通を越えると、
壬生川通は島原を縦断していきます。


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「仏光寺壬生川」交差点南西角に、
大韓民国居留民団の中京支部会館があります。
京都市は、日本有数の在日韓国朝鮮人が居住する都市です。


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その施設の脇に、こちらの石碑が立っていました。
どうやら、この辺りに肥後藩邸があったようです。


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壬生川通から、仏光寺通を西に向いています。
この辺りから、仏光寺通の右(北)側が
「京都市下京区」から「京都市中京区壬生」になります。
ちなみに左(南)側にあった在日韓国居留民団中京支部会館は、
中京区ではなく下京区にあります。


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仏光寺通北側に、このような民家がありました。
改装されて新しくなっていますが、こちらも京町家ですね。


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壬生川通から、仏光寺通を西に約50m進みました。
この辺りから、仏光寺通の左(南)側も「京都市中京区壬生」です。


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仏光寺通の南側に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
そう言えば、この辺の綾小路や松原通と比べて
この仏光寺通はお地蔵さんがあまりいらっしゃいませんね。
お地蔵さんのいらっしゃる京町家の脇から、細い路地が見えます。
その代わり、この壬生にはこういう路地がたくさんあります。
第317回ブログ参照


320-27.jpg
その路地の前から、仏光寺通を西に向いています。
右(北)側に、前回ブログにも登場した
清宗根付館(神先家)の塀が見えます。


320-28.jpg
壬生川通から、仏光寺通を西に約150m進みました。
ようやく坊城通との辻に来ました。
手前(東)側の塀が清宗根付館で、奥(西)側が壬生寺のものです。


320-29.jpg
「仏光寺坊城」の辻の北西角に、
「壬生寺」と書かれた小さな碑が立っています。
ここに来るのも、3年半ぶりです。
(最近は四条通から壬生寺に来ていたので、ここを通りませんでした)


320-30.jpg
仏光寺から、坊城通を北に向いています。
右(東)側の塀が清宗根付館(神先家)で、左(西)側が壬生寺です。
向こうに見える横断歩道の辺りから、前回ブログが始まります。


320-31.jpg
今度は、仏光寺通から坊城通を南に向きました。
ここを進めば、第28回ブログの最後の方と同じルートになります。
ここから約200m南に京都産業大学付属中高があるのですが、
向こうから歩いてくるのは京都市立松原中学校の生徒でしょうね。


320-32.jpg
坊城通から、仏光寺通を西に向いています。
右(北)側の塀の向こうに見えるコンクリート製の施設は
壬生寺が経営する老人ホームですね。
では、ここをさらに西に進んでいきます。


320-33.jpg
坊城通から、仏光寺通を西に歩いています。
京町家の一角に、たくさんの植木が並んでいます。
こちらは、どうも苔玉を売っているようです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


320-34.jpg
坊城通から、仏光寺通を西に約70m進みました。
こちらは、壬生寺の南門です。
第318回ブログでは、ここから壬生寺に入りました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


320-35.jpg
壬生寺南門の前から、仏光寺通を南に向きました。
約10m先に土蔵があって、ここにも大きな京町家の邸宅があります。


320-36.jpg
こちらが、その土蔵がある京町家です。
壬生寺北隣の新鮮組屯所「八木邸」と同じ八木家の所有地です。
向こうの「八木邸」と比較して、「八木邸(南)」と呼ばれています。
こちらも京都市指定有形文化財ですが、残念ながら非公開です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


320-37.jpg
壬生寺南門の前で、仏光寺通を西に向いています。
壬生寺の向こう(西)側に見えるビルは、
第318回ブログに出てきた壬生寺会館別館です。


320-38.jpg
壬生寺会館別館の向かい(南)に、壬生寺霊園が見えます。
その西隣に、丸福食堂があります。
この辺も、第318回ブログ以来です。
ただ、丸福食堂はこの日は閉まっていました。
木曜日は、定休日でしょうか?


320-39.jpg
壬生寺南門から、仏光寺通を西に約70m進みました。
ここで、仏光寺通は千本通と交差します。
向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。


320-40.jpg
仏光寺通から、千本通を北に向いています。
(やっと、千本通に戻ってきました)
ここからまた千本通を北上するわけですが、
今回はだいぶ写真を貼りつけたので
ここからは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、元梛神社の夏越の茅の輪くぐりに出かけます~

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生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
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「京都駅前散策」
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あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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