第321回 元梛神社で夏越の祓い~千本通南から北~その9

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仏光寺通から、千本通を北に向いています。
右(東)の家屋の向こうが、第318回ブログで取材した壬生寺です。
ただ、今回はそちらへは向かわず千本通を北上し
「壬生寺道」交差点「(四条坊城」交差点)にいらっしゃる
元祇園梛神社で茅の輪くぐりをします。
撮影日は、2015年6月30日夏越の火曜日午後1時。
取材直後に、大雨が降りました。

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千本通を北上しようとしたところ、
仏光寺通にある「丸福」がこの日は開いていました。
(前回ブログ取材時は閉まっていました)
という訳で、予定を変更してここで昼食を摂ります。


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こちらが、店内の様子です。無人なので、撮りました。
午後1時を回ったところで自分が入ったので、
他の方々は自分と入れ替わりに全員帰っていきました。
壁のメニューが、なかなか味のあるお店ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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ものの10分で、こちらが出てきました。
第318回ブログのコメントで
ぽんさんが勧められていた700円の冷麺です。
(関西では、「冷やし中華」とは呼ばずに「冷麺」と呼びます)
素のラーメンに酢醤油ダレが掛かっています。
トッピングにゆで卵、蒸したエビ、キュウリ、焼豚、クラゲです。
トッピングの量が多く、別々に味が付いている丁寧な作りです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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「丸福」には、約30分いました。
女将さんに撮影とブログ掲載の許可を取ったところ、
結構話込んでしまいこの時間になりました。
では、仏光寺通を少しだけ西に進み千本通に戻ります。


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再び仏光寺通から、千本通を北に向いています。
こちらのアジサイは、第318回ブログにも出てきましたね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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仏光寺通から、千本通を北に5mだけ進みました。
こちらはお寿司屋さんで、この時間も営業していました。
この自動車も、お客さんのものです。


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そのお寿司屋さんの前から、千本通を北に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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仏光寺通から、千本通を北に約100m進みました。
千本通の左(西)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
その向こう、住宅の上にJR嵯峨野線の高架が見えます。


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その向かい(東)側に、壬生寺が経営する
老人ホームへの入り口があります。
ここからでも壬生寺に入れるのですが、
一見するとそうは見えませんね。


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さらに、千本通を北に約30m進みました。
ここで、千本通は綾小路と交差します。


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千本通から、綾小路を東に向いています。
右(南)側の土塀は、壬生寺のものです。
壬生寺の北東角に、「壬生寺」と書かれた表札があります。
そう言えば、南東角にも同じものがありました。


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千本通から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらは、壬生寺の北門です。
この門をくぐると、壬生狂言の舞台近くに出ます。


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この辺りの綾小路は、南側が壬生寺の土塀で
北側は京町家が続きます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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千本通から、綾小路を東に約150m進みました。
綾小路は、目の前の坊城通でいったん突き当ります。
和菓子屋さんの「鶴屋」が右(南)側にあるのですが、
どうやら改装中です。(八木邸を含めて開いていました)
突き当りに見えるのは、第319回ブログで取材した旧前川邸です。


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綾小路から、坊城通を南に向いています。
右(西)側に「鶴屋」がありますが、八木邸にはここから入ります。
そのさらに南側が、壬生寺です。
左(東)側が旧前川邸で、さらに南が新徳禅寺です。
(新撰組発祥の地ですね)
全て第319回ブログで散策した場所です。


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綾小路から、坊城通を北に向きました。
フレームから外れていますが、左(西)は「幸福堂」のお店です。
次は、ここを進んでいきます。


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綾小路から、坊城通を北に約50m進みました。
こちらは、京福電車(嵐電)の踏切です。
ウチのブログの常連で、サイドバーにサイトを貼り付けています。
さらに50m先に四条通との交差点が見えます。


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京福電車(嵐電)の踏切を越えて、北上しました。
四条通に出る前に、神社の石製鳥居が見えます。
では、そちらに向かいます。


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こちらが、元祇園梛神社(もとぎおんなぎじんじゃ)です。
鳥居の向こうに、くぐるための茅の輪が見えますね。
こちらが、今回ブログのメインです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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茅の輪の横に、このような解説が書いてありました。
色の付いた矢印の通りに、ここをくぐり抜けました。
その下には、この神社の主神の祇園神(牛頭天王または素戔嗚尊)と
茅の輪くぐりとの関連性が書いてあります。
このままでは文字が読みにくいので、
もし読まれる場合は写真をクリックして拡大してください。


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こちらが、元梛神社の茅の輪です。
先ほどの写真の矢印のように、くるくる回って通り抜けました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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くぐり抜けた茅の輪の先に、元梛神社の本殿がいらっしゃいます。
元梛神社は、この「夏越の祓い」の日(毎年6月30日)と
節分会が一番賑やかになります。
特に節分には、ここと壬生寺で聖護院の修験者が祈祷されます。
(第186回ブログ参照)
御祭神は牛頭天王(天然痘をまき散らす厄病神)ですが、
多くの「八坂神社」「祇園社」の例にもれず
素戔嗚尊(スサノオノミコト)と同一視されています。

祇園祭は、863年に当時流行していた天然痘を鎮まるために、
神泉苑の神木を1本切り倒し
現在の三条黒門まで神輿を運んだのが始まりです。
その後、八坂神社はこの地を経由して
16世紀には現在の地に移動していきました。
この神社の「元祇園」とは、
元々ここに八坂神社があったことの名残です。


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元梛神社の脇に、ろうそくを灯すところがあります。
左上の1本は、自分が奉げたものです。


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元梛神社の隣に、式内隼神社の本殿がいらっしゃいます。
御祭神は、建甕鎚神(タケミカヅチノカミ)です。
この場所は、二つの神社が同居しています。
こちらは元々蛸薬師坊城付近にいらしたのですが、
1918年にここに移転してきました。


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隼神社本殿の前から、北を向きました。
ここから、四条通に出られます。
目の前に27系市バスが停まっていますが、
その辺りに「壬生寺道」バス停がある場所があります。


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こちらは末社の1柱ですが、お祭りしている神様が分かりません。
節分会の際はこの前で護摩が焚かれるので、
この辺りには入れません。


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その脇にも、末社がいらっしゃいます。
こちらは、形式から稲荷社でしょうね。


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社務所前に、このように茅の草が並んでいます。
多くの方々が社務所の縁側に座り込んで、
茅の輪を編んでいました。
自分も挑戦してみましたが……上手く結べません。
結局、古い茅の輪が納められるところに
自分の失敗作も入れておきました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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社務所に、こちらの茅の輪が売られていました。
(つまり、上手く作ればこうなるようです)
自分の小手先では、絶対無理です……
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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社務所脇に、アジサイが咲いていました。
この辺りは座れるようになっていて、
この花を見ながら休憩できます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、初めにくぐった鳥居です。
では、ここから元梛神社から出ていきます。


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元梛神社の前から、坊城通を北に向きました。
目の前に、四条通が見えます。
ただあくまで「千本通編」の連載中なので、
綾小路経由で千本通から四条通を越えていきます。


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今度は、同じ地点で坊城通を南に向きました。
では嵐電の踏切を越え、ここから綾小路に戻っていきます。


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元梛神社の前から、坊城通を約70m進みました。
こちらが、「綾小路坊城」の辻です。
「幸福堂」と旧前川邸が見えますね。


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坊城通から、綾小路を東に向いています。
目の前に旧前川邸があって、ずっと進めば光縁寺に至ります。
この辺は、全て第319回ブログのルートですね。


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こちらは、「幸福堂」という和菓子屋さんです。
(先ほどから見える「誠」の幟が立っているお店です)
昨年の節分では、ここで名物の金つばを買いました。


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ただ、今回は6月30日ですし「水無月」を買いました。
白蜜と黒蜜それぞれ一つ140円でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、「水無月」自体をアップで撮りました。
こちらも、クリックすれば拡大されます。

旧暦6月30日は季節の変わり目で、体調を崩しやすい時期でした。
ですから、京都では無病息災を願って「夏越の祓い」を行いました。
具体的には、茅の輪をくぐったり氷を食べたりしました。
ただ、夏に氷を食べられるのは一部の有力者だけした。
そのため、庶民は氷に似せた和菓子を食べるようになりました。
それが、水無月の始まりです。

水無月は、製法も味も名古屋のういろうに似ています。
違いは唯一で、上部に蒸した小豆がトッピングされているだけです。
直角二等辺三角形なのは、氷に似せようとした名残です。

ですから「夏越の祓い」のために、
茅の輪くぐりの帰りにはこの水無月を買って帰りました。


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坊城通から、綾小路を西に向いています。
ここは、「幸福堂」「鶴屋」という
2軒の和菓子屋さんに囲まれています。
「鶴屋」さんの北側は改装中で、
大工さんがこの細い道をずっと往復されていました。
ではここから千本通に向かい三条通を目指すのですが、
それは次回以降とします。

~次回は、千本通から三条通を目指します~

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第322回 京町家が並ぶ風景~千本通南から北~その10

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坊城通から、綾小路を西に向いています。
右(北)側が和菓子屋の「幸福堂」で、
左(南)側が同じく和菓子屋の「鶴屋」(八木邸)です。
今回はいったん千本通まで西進した後、
北上して四条通を越えていきます。
撮影日は、2015年7月5日木曜日午後3時半。
曇っている割には、日差しが強めでした。


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「綾小路坊城」の辻の南西角は「鶴屋」(八木邸)なのですが、
その一角が駐車場になっています。
1年半前にここに来たときは違ったような気がします……


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坊城通から、綾小路を西に進んでいます。
左(南)側の和菓子屋「鶴屋」は、現在改装中です。


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さらに綾小路を西に進んでいます。
この辺りは、古い京町家が並んでいますね。
綾小路は、京都市街地でも屈指の京町家が多い通りです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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この辺りで、南を向きました。
「鶴屋」(八木邸)の北側は、
「アネックスYAGI」というアパートです。
まぁ、元々八木家はこの辺一帯の大地主ですしね……


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そのアパートの前から、綾小路を西に向いています。
向こうに、壬生寺北門が見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、その壬生寺北門です。
(壬生寺には、第318回で訪れました)
前回ブログでも書きましたが、
節分の壬生狂言にはここから入ると便利です。


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壬生寺北門の前で、西を向きました。
綾小路は約50m先で、いったん千本通で突き当ります。


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この辺りの綾小路を歩いている途中で、北を向きました。
向こうの線路の上に、京福電車(嵐電)が通過しました。


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坊城通から、綾小路を西に約150m進みました。
ここで綾小路は、いったん突き当ります。


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綾小路から、千本通を南に向いています。
前回ブログでは、向こうからこちらに来ました。


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綾小路から、千本通を北に向いています。
約5m先に、西に向かう道があります。
ここより西の綾小路は、そちらになります。


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千本通から、綾小路を西に向いています。
綾小路はJR嵯峨野線の高架を越えた後、何度も筋違いして
最終的には天神川を約150m西に行ったところで突き当ります。
(そこを南下すると、第32回ブログの西京極陸上競技場前に出ます)


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同じ地点で、千本通を北に向いています。
すぐ先に京福電車(嵐電)の高架が見えますが、
遠くからだと道の上に鉄骨が横たわっているようですね。


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さらに、千本通を北上しました。
この距離だと、ここがさすがに高架だと分かります。


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そうこうしているうちに、京福電車(嵐電)の車両が来ました。
また井筒八ッ橋の「夕子」バージョンです。
(嵐電は、広告を貼りつけたラッピング車両が主流です)
個人的には、「右京警察」バージョンが一番好きです。
この写真は、クリックすると拡大されます。

ちなみに京福電車(嵐電)の車両見物には、
「山ノ内」駅周辺が一番です。


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では、この高架をくぐります。
レンガ造の柱の隙間から、雑草が生えています。
個人的には、それなりにきれいと思うのですが……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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京福電車(嵐電)の高架を背に、千本通を北に向いています。
目の前に、四条通が見えますね。


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「四条千本」交差点南東角に、お好み焼き屋さんがあります。
店構えからしておいしそうなのですが、
時間帯の関係か閉まっていました……


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千本通から、四条通を西に向いています。
向こうに見えるJR嵯峨野線の高架を越えると、
日本写真印刷の大きな工場があったりして、
西院(「四条西大路」交差点)までは
夜などはかなり寂しい場所になります。
(その分、「西院」は京都でもかなり賑やかな繁華街ですが)
ただ、「千本四条」交差点南西角は
ラーメン屋さん初めおいしい飲食店が割と並んでいます。


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今度は、千本通から四条通を東に向きました。
ここから約150m先に、前回ブログで茅の輪くぐりを行った
元祇園梛神社がいらっしゃいます。
さらに300mほど東に進めば、京都屈指の繁華街「四条大宮」です。
(阪急電車と京福電車(嵐電)の駅と、市バスターミナルがあります)


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四条通から、千本通を北に向いています。
左(西)側に京都調理師専門学校が、
右(東)側にパチンコ店が見えますね。
では、ここを北上していきます。


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四条通から、千本通を北に歩いています。
右(東)側のパチンコ店は結構大きくて、
この写真撮影の途中にも、
オートバイクや自動車が何台か入っていきました。
(店内に、大きな駐車場があります)


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さらに、千本通を50mほど北上しています。
右(東)側は、先ほどのパチンコ屋さんの駐車場の入り口です。
ここから見ると、3F建ての立体駐車場です。
ただ、このパチンコ屋さんより北はまた風景が一変します。


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そのパチンコ屋さんより北には、真新しい住宅もありますが
このような京町家も多く並びます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その京町家から、千本通を北に向きました。
こうして見ると、真新しい住宅と京町家が半々といったところです。
昔はもっと町家の数も多かったのですが、
ここ20年でこの辺の様子も一変しました。


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とは言え、まだまだ半分は京町家が残っています。
このような「森下仁丹」の看板も、相当数健在です。
「下京區壬生」と書いてあるので、だいぶ古いものです。
(この辺が下京区なのは、1945年以前です)


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千本通の左(西)側に、結構広い抜け道が見えました。
住宅の向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。


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そして、その辺りの千本通の右(東)側にはこちらの町家です。
本当に、この辺りは新しい住宅と町家が交互に並んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その町家の前から、千本通を北を向いています。
だいぶ歩いたように見えますが、
四条通からはまだ150mほどしか歩いていません。
目の前に、西へ抜ける道があります。
中心街なら錦小路が通る辺りなのですが、
この道には名前がありません。


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千本通から、その名前がない道を西に向いています。
約30先に、小さな橋が見えます。
ちょっとそちらにお邪魔します。


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こちらが、その小さな橋です。
この道は、約30m先のJR嵯峨野線の高架で突き当ります。


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その橋の上から、南を向いています。
先ほど見えていた脇道の辺りに、立派な桜の木が見えますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。

ちなみに、この橋は「西高瀬川」に架かっています。
第56回ブログの後半で三条通から南下して、
このように千本通の西側を貫いていきます。
その後この西高瀬川は四条通の北側で西に進路をとり、
御前通で再び南下して
第29回ブログの最後で松原通と交差します。


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その小さな橋で、東を向きました。
では、この突き当りに見える千本通に戻ります。


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千本通に戻って、北を向きました。
この辺りから、千本通は東北東に蛇行し始めます。
この辺りから古い材木問屋が点在し始めるのですが、
もうだいぶ写真を貼りつけたので、
それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は「式内隼神社」跡に寄った後、三条通を目指します~

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第323回 京都の材木問屋街~千本通南から北~その11

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千本通を四条通から、約150m北に進みました。
この辺りから、千本通は東北東に少し蛇行します。
今回は蛸薬師通で寄り道をした後、三条通まで北上します。
その辺りは古くからの材木問屋街で、
京町家がまだまだ残っている地域です。
撮影日は、2015年7月5日日曜日午後4時。
曇っていますが、雨が降る気配はありません。


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少しだけ千本通を北に進み、西を向きました。
大きな駐車場の向こうに、JR嵯峨野線の高架が見えますね。
手前に豹柄の建物がありますが、どうやら喫茶店のようです。


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その豹柄の建物の北隣に、こちらの京町家があります。
こちらは民家ではなく、何かの問屋さんです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その町家の前で、千本通を東北東に向いています。
この千本通の東北東への蛇行は、約100mで終わります。
(この写真の左端に写っている町屋は、
今回ブログ最初の写真でも写っていました)


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その町家の間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらにお参りして、先を進みます。


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そのお地蔵さんの向かいに、こちらの京町家が並んでいました。
家屋の中央に、町名を書いた森下仁丹の標札があるのは珍しいです。
(通常は、端の柱に付いています)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今回ブログ最初の写真から、千本通を約100m進みました。
向こうに見える椿油のお店の辺りで、千本通はまた北に向きます。
その辺りで、千本通は蛸薬師通と交差します。


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「蛸薬師千本」の辻の北東角に、こちらのお店がありました。
木製の看板には、「西新大銘木店」と書かれています。
要するに、材木問屋ですね。
この辻を起点に、北と東に京都の材木問屋が集中しています。


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千本通から、蛸薬師通を東に向いています。
左(北)側の町家が、先ほどの「西新大銘木店」です。
ずっと向こうに、UR都市機構の高層住宅が見えます。
その向こうが、後院通という大通りです。
では、少し寄り道をしてここを進みます。


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千本通から、蛸薬師通を東に約50m進みました。
この辺りは少し広くなっていて、
周辺に材木問屋が何軒か並んでいます。
その大半が黒塗りの京町家で、
この辺一帯は独特の世界を作っています。


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その広場で、南を向きました。
両脇に、古い京町家の民家が軒を並べています。
向こうのお地蔵さんにお参りするためにここを歩いてみたのですが、
なかなか風情のある通りです。


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広場より東の蛸薬師通は、急にせまくなります。
ここにも新しい民家もあるものの、黒塗りの京町家が続きます。


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広場から、蛸薬師通を東に約100m進みました。
ここで蛸薬師通は、坊城通と交差します。


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蛸薬師通から、坊城通を北に向いています。
約100m先で後院通と交差して
(後院通は北西~南東に伸びています)
さらに100m先の「三条会商店街」まで続いています。


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坊城通から、蛸薬師通を東に向いています。
約50m先にあるUR都市機構の高層住宅で、
蛸薬師通はいったん突き当ります。
その東側の後院通からまた東に伸びていて、
新京極で突き当たった後
少し南に筋違いして高瀬川の辺りで突き当ります。

また、目の前に「たから餅老舗」という和菓子屋さんがあります。
こちらの主人から、いろいろお話を聞きました。
今回ブログ記事の内容の一部は、
こちらの主人の話をそのまま書いています。
(一応、主人に許可は取ってあります)


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こちらが、その「たから餅老舗」で買った和菓子です。
まぁ、この時期に京菓子と言えば「水無月」ですね。
こちらは、家に帰ってから自分の分だけ撮りました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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買ってきた水無月は、左は普通の「ういろう」タイプなのですが
右は吉野葛を使った珍しいものです。
まぁ、これはこれで独特の食感を楽しめました。
ここの主人は「アイデア好き」と言いますか、
いろいろ新製品を開発されることで有名です。
そう言えば、店内にもいろいろな賞状が飾ってありました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「たから餅老舗」の主人とは、30分以上立ち話をしました。
壬生や三条会商店街の歴史を
かなり細かいところまで教えていただきました。
その後「坊城蛸薬師」の辻の南西角の空き地のことを教えていただき
そちらに向かいました。


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「式内隼神社 奮蹟」と書かれた石碑が空き地にありますね。
第321回ブログで出てきた「式内隼神社」は
明治時代までこちらにいらっしゃいました。
(今は元祇園梛神社の隣に鎮座されています)
今でも、毎年5月の例祭では四条通の神社からここまで
新撰組隊士に扮装した方々がここまで行進されるそうです。
「たから餅老舗」の主人のお話によると、
近年までこちらにも祠がいらしたそうなのですが、
今はこちらにはそのような祠はいらっしゃいませんでした。


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坊城通から、蛸薬師通を西に向いています。
では、ここを通って千本通に戻ります。


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坊城通から、蛸薬師通を西に歩いています。
こちらは新しいですが、黒塗りの京町家です。
先述の通り、この辺りに多い家屋ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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坊城通から、蛸薬師通を約100m西に進みました。
こちらは、広場になっている所の北側です。
材木問屋の倉庫のようなので、
たぶん中には何本もの材木が並んでいるのでしょうね。
目の前にトラックがありますが、
この狭い道をどうにか通ってきたのでしょうか?


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倉庫の南側は、おそらく同じ材木問屋の店舗と土蔵です。
この辺の例にもれず、黒塗りの京町家ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その材木問屋の前で、蛸薬師通を西に向きました。
右(北)側に、材木問屋の「西新大銘木店」が見えますね。
蛸薬師通は、50m先の千本通でいったん突き当ります。


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蛸薬師通から、千本通を北に向いています。
右(東)側に、材木問屋の「西新大銘木店」が見えます。
約50m先に、「千本銘木商会」というこちらも材木問屋が見えます。
蛸薬師通は、そこから再び西に伸びています。

このようにこの辺りの千本通周辺は材木問屋が軒を並べますが、
20年くらい前はこの周辺一帯が材木問屋街でした。
それが1991年のバブル崩壊以降、
少しずつこの辺の材木問屋が倒産していきました。
そのことが2000年以降に壬生の個人経営の小売店舗が
次々閉鎖していった最大の理由だそうです。
「たから餅老舗」の主人も、
第321回ブログに出てこられた「丸福」の女将も、
同じことをおっしゃっていました。


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先ほどの地点から約50m進み、西を向きました。
ちょうど千本通から、蛸薬師通を西に向いたことになります。
左(南)側に、先ほどの材木問屋「千本銘木商会」が見えます。
蛸薬師通はJR嵯峨野線の高架をくぐり
七本松通以降は何度も筋違いを繰り返して、
最終的に、佐井西通の50m先で突き当ります。
(そう言えば、佐井西通で突き当たる道が多いですね)


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先程と同じ地点で、千本通を北に向きました。
ここからは京町家が完全に姿を消し、
新しい民家がすっと続いていきます。


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少し千本通を北に進んだ時点で、西を向きました。
JR嵯峨野線の高架の向こうに、高層マンションが見えます。
あちらは、第56回ブログの最後の方で出てきた大きな団地です。


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さらに、千本通を北に進んでいます。
左(西)側の犬矢来がある建物は、マンションです。
一瞬京町家に見えたので、ちょっとびっくりしました。


323-30.jpg
そのマンションの南側で、千本通から西を向きました。
JR嵯峨野線の電車が嵯峨野嵐山方面に、走っていきました。
向こう側の大きなマンションは、三条通まで続いています。


323-31.jpg
同じ地点で、今度は東を向きました。
塀の向こうには、京都市立朱雀第1小学校が見えます。
校門は後院通にあるので、こちらからは入れません。


323-32.jpg
とりあえず、塀の端までやって来ました。
満開のアジサイの脇に、お地蔵さんがいらっしゃいますね。


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蛸薬師通から、千本通を北に約100m進みました。
こちらが、千本通最北端の材木問屋です。


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さらに、千本通を北に約100m進みました。
だんだん三条通との交差点が近付いてきました。


323-35.jpg
先ほどの写真の位置で、右(東)を向きました。
京都中央信用金庫の駐車場の向こう約20m先に、後院通が見えます。
後院通は「四条大宮」交差点と「三条千本」交差点を結んでおり、
京都に不慣れな方が自動車で通ると、
大宮通がいつの間にか千本通に変身したみたいに見えます。


323-36.jpg
いよいよ千本通が、三条通と交差します。
三条通以北の千本通は4車線となり、
京都を代表するメインストリートになります。
そう言えば、第56回ブログでは、
反対側の三条通から千本通を見ていました。


323-37.jpg
千本通から、三条通を西に向いています。
JR嵯峨野線の高架をくぐれば、
約400m先の御前通に「天狗堂」海野製パン所があります。
(自分が個人的に選んだ「京都3大パン屋」の1軒です)


323-38.jpg
今度は、千本通から三条通を東に向きました。
ここが、第57回ブログで紹介した三条会商店街です。
京都でも、最大規模の商店街ですね。


323-39.jpg
「三条千本」交差点で、南東を向きました。
こちらは後院通で、「四条大宮」交差点とここを結んでいます。
京都市バスでも「ドル箱路線」の206系の循環系路は、
この後院通経由で大宮通と千本通を通ります。
(その後、北大路→東大路→七条通→京都駅と続きます)


323-40.jpg
三条通から、千本通北に向いています。
左(西)側に、立命館大学と仏教大学の校舎が見えます。
ここからJR嵯峨野線「二条」駅にかけてが、
東側の「三条会商店街」を含めて京都屈指の繁華街になります。
ここから北の千本通はこれまでとは全然違う印象なのですが、
それはまた別の回に紹介します。

今回は、ここまでです。

第317回ブログから7回続いた千本通の「壬生編」も
これでようやく終わります~

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第324回 長刀鉾 辻回し~暴風雨の山鉾巡行~その1

2015年7月16日夜に高知県に上陸した台風11号は、
7月17日午前の段階で中国山地に中心があって、
その東側に位置する近畿地方はその間暴風雨が吹き荒れました。
しかし、台風が来ようが警報が発令されようが
祇園祭山鉾巡行は強行されます。
極端な話、1864年のどんどん焼けの2年後には再開されています。
(例え祇園祭の山鉾の大半が焼失しても、再開したのです)
まぁ京都人にとっては、それくらい大切なお祭りということです。


324-1.jpg
地下鉄東西線「京都市役所前」駅のホームにいます。
山鉾巡行見物には何か所か撮影ポイントがあるのですが、
自分の好みは「京都市役所前」(「御池河原町」交差点)です。
辻回しを見るには交差点である必要がありますが、
「四条河原町」交差点はあちこち移動しながらの撮影が無理です。
すると、選択肢が一つだけになるのです。
では、ここから地上に出て交差点に向かいます。
撮影日は2015年7月17日金曜日午前9時50分。
夜に入って、JR京都駅線が全面運休になりました!


324-2.jpg
地下鉄「京都市役所前」駅のホームを上がり、改札の前に出ました。
では、ここを通って目的地に向かいます。


324-3.jpg
地下鉄「京都市役所」駅を出て、西を向きました。
向こうの広場が、「御池河原町」交差点の真下に当たります。


324-4.jpg
地下鉄「京都市役所前」駅の改札から、西に約10m進みました。
ここから西が、ZEST 御池という地下街です。
(第161回ブログでも出てきましたね)
ここは、午前6時から開いています。
「御池河原町」交差点下の広場ではよくイベントが開かれますが、
この日は「京都物産展」が開かれていました。
たぶん、地方からの観光客ねらいですね。


324-5.jpg
その広場で、右(北)を向きました。
ここから京都ホテルオークラに入れますが、
地下鉄の3番出口もこちらにあります。


324-6.jpg
京都ホテルオークラの地下入口の手前に階段があり、
そこを上って地上に出ました。
ここが、地下鉄「京都市役所前」駅3番出口です。


324-7.jpg
さらに車道に向かって前に出ました。
この辺りが、「京都市役所前」(「御池河原町」交差点)北東角です。


324-8.jpg
御池通から、河原町通を南に向いています。
ずっと向こうに、「三条河原町」交差点が見えますね。
(第69回ブログにも、出てきましたね)
現在2015年7月17日午前10時ですが、
その三条通以南にも巡行の先頭が見えません。


324-9.jpg
今度は、河原町通の北側を見ました。
左(西)側に京都市役所が見えて、その北隣に島津製作所も見えます。
「御池河原町」交差点北約100mに、規制線が張られました。


324-10.jpg
規制線が完成すると、報道関係者がそちらに向かいました。
「こちらの方が、撮影には向いていますよ」
京都府警警察官の一言で、さらに多くの方々が移動しました。
確かに「辻回し」はそこがベストポジションですが、
撮影位置が固定されて他の場所に移動できなくなります。
ですから、もう暫らくここで撮影します。


324-11.jpg
10時を回りましたが、巡行の行列はまだまだ来ません。
「御池河原町」交差点北西角に電光掲示板があって、
そこには「現在京都府南部 大雨警報」と書かれていました。


324-12.jpg
午前10時10分になると、突然交差点の信号が消えました。
いよいよ巡行の行列が近付いてきたようですね。


324-13.jpg
そして、京都府警警察官も騒がしくなってきました。
昨年の葵祭のときとは違い、みなさん合羽を着られていますね。
山鉾巡行の行列も、もうすぐですね。


324-14.jpg
その直後に、三条通近辺に先導のパトカーが現れました。
午前10時15分になって、
「御池河原町」交差点でも山鉾巡行が始まりました。


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パトカーの背後から、幟を持った男性が行進されています。
「祇園会」という文字が見えますね。


324-16.jpg
そして、その後ろから祇園祭「鉾1番」長刀鉾が姿を現しました。
すると、先頭の氏子さんが
竹の切れ端を何本か持って先を急ぎました。


324-17.jpg
そして、その竹の切れ端を交差点の中央に並べ始めました。
これが、「辻回し」の下準備です。


324-18.jpg
そうこうしているうちに、長刀鉾が交差点内に入ってきました。
すると、「祇園囃」のテンポが急に速くなりました。


324-19.jpg
長刀鉾はそのまま北上し続けますので、
自分が撮影している目の前まで、曳き手が来られました。
交差点の中央で長刀鉾を止めた途端、
「さぁ、次は『辻回し』や」
曳き手の先頭の氏子さんはそうおっしゃれて、
交差点の西側へと走り去られました。


324-20.jpg
竹の切れ端を並べている間、長刀鉾は全く動きません。
その間に、長刀鉾をアップにしました。
こちらは、祇園祭唯一の「生き稚児」さんが活躍します。
この写真以降、他の写真もすべてクリックすれば拡大されます。


324-21.jpg
曳き手の皆さんは、御池通の方に移動されました。
(鉾に対して、約90°の位置ですね)
この時点で、先ほどの竹の切れ端が鉾の車の下に噛ませてあります。
この辺りの写真は、全てクリックすると拡大されます。
(以降は書きませんが、すべでの写真が拡大可能です)


324-22.jpg
こうして、「辻回し」の準備ができました。
すると、鉾の前に立たれた4人が団扇を掲げて
掛け声を挙げられました。


324-23.jpg
「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
曳き手の皆さんが真横から鉾を曳かれます。
すると竹の上の車輪が横滑りして、長刀鉾は左折しました。
これが、「辻回し」の手順です。


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長刀鉾は、約60°西に傾きました。
そこで、また最初から同じ手順を繰り返します。
1回の「辻回し」に約5分かかるので、
交差点を抜けるのに約15分~20分かかります。
これが、山鉾巡行に時間がかかる最大の理由です。

もちろん車輪を工夫すれば、
「辻回し」無しですぐに左折できます。
ただ、それでは面白味がありません。
敢えて「辻回し」で曲がることに意義があるのです。


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そうこうしているうちに、後続の山鉾が来ました。
こちらは、「山1番」の孟宗山ですね。


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ようやくこの交差点での2度目の「辻回し」の準備が整いました。
先導の4人が、また団扇を掲げて掛け声を挙げます。


324-27.jpg
再び「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
横から鉾が曳かれ30°ほど西に左折しました。
これで、合計90°に左折しました。
普段ならもっと「辻回し」を繰り返すのですが、(4回くらい)
竹が濡れているので今年(2015年)は滑りがいいですね。
(普段は、水をまいてわざわざ竹を濡らします)


324-28.jpg
長刀鉾の下の方をアップで撮りました。
「辻回し」が終わり、
ここに竹の切れ端などの用具を入れていきます。


324-29.jpg
交差点に散らかっていた「辻回し」のための用具を
すべて鉾の下に収めると、
いよいよ御池通に向かって長刀鉾が進みます。
先導の4人が団扇を掲げて、前進の合図を送ります。


324-30.jpg
「エイヤラヤ~」の掛け声で、長刀鉾は御池通を西に進みます。
すると、長刀鉾の「祇園囃」がまたゆっくりとした曲に戻りました。
今年の長刀鉾の「辻回し」は、約15分でした。
たぶん、これは例年よりもずっと早いと思います。
先述の通り、雨天(暴風雨)は車輪の滑りがいいようです。


324-31.jpg
長刀鉾が御池通を西に進み、京都市役所前を通り過ぎます。
次は、孟宗山の「辻回し」ですね。
これで、前祭23基のうち1基だけが「辻回し」を終えました。
これからまだまだ山鉾巡行は続くのですが、
写真をだいぶ貼り付けたので
続きは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

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第325回 函谷鉾 月鉾辻回し~暴風雨の山鉾巡行~その2

324-31.jpg
「鉾1番」長刀鉾が辻回しを終え、御池通を西に進んでいきます。
祇園祭前祭参加の23基の山鉾のうち、
一つだけが辻回しを終えました。
ここから、どんどん山鉾が「京都市役所前」交差点にやって来ます。
今回は、そのうち「鉾4番」月鉾までの様子を書いていきます。
(まぁ、全体の1/3ですね)
撮影日は、2015年7月17日金曜日午前10時半。
この日京都を襲った台風11号の影響は、数日続きました。


325-2.jpg
長刀鉾が御池通を西に去った後、
次々と後続の山鉾が河原町通を北上してきます。
こちらは、今年(2015年)の「山1番」孟宗山ですね。

孟宗が母親のために筍を取りに雪山を彷徨う姿を描きます。
まぁ、中国で孟宗と言えば「親孝行の鑑」ですからね。
ちなみに、孟宗は陸遜などに仕えた「三国志」呉の文官です。


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孟宗山が、「京都市役所前」交差点に入ってきました。
すると、担ぎ手の方々が立ち止まり両手に力を込められます。


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そして、担ぎ手の方々が孟宗山自体を持ち上げます。
車輪が宙に浮くので、これで方向転換ができます。


325-5.jpg
孟宗山が西に90°左折すると、担ぎ手は山を下します。
この間、15秒でした。(前回ブログの長刀鉾は、約15分かかりました)


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孟宗山が御池通に去っていくと、
今度は「山2番」芦刈山が続きます。
「親孝行」の次は、「夫婦円満」を描いた山です。


325-7.jpg
芦刈山も、「京都市役所前」交差点に入ると
担ぎ手が山を持ち上げられて方向転換しました。
この写真は、クリックすると拡大されます。
ここまでは、先ほどと同じなのですが……


325-8.jpg
そのまま着地することなく、
担ぎ手の方々が芦刈山をくるくると回転させました。
突然のパフォーマンスに、沿道の方々は拍手喝采です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


325-9.jpg
回転は、約30秒続きました。
そして、芦刈山が着地すると御池通へと去っていきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


325-10.jpg
芦刈山の直後に、荷茶屋(にないじゃや)の担ぎ手が現れました。
こちらも、くるくると回転されていました。
もちろん、沿道の方々は拍手喝采です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-11.jpg
その次に現れたのは、「山3番」伯牙山です。
中国の箏の名手伯牙が、
友人の死を悼み愛用の箏を斧で叩き割る姿を描いています。
また、こちらの会所は市指定文化財「杉本家」ですね。


325-12.jpg
伯牙山の「辻回し」は派手なパフォーマンスもなく、
約15秒で左折しました。


325-13.jpg
伯牙山が、御池通に消えていきます。
こちらの見送りは見事なのですが、
ズームが間に合わず中途半端になりました。


325-14.jpg
こちらは、御池通を約100m北上した河原町通です。
長刀鉾が行ってしまうと、
規制線付近のカメラマンもだいぶ数が減ります。
山鉾巡行はまだまだ続きますが、
ここで自分も規制線を回り込んで御池通西側に向かいます。


325-15.jpg
河原町通西側歩道に移動した辺りで、南を向きました。
次の「鉾2番」くじ取らず(順番が固定されています)の
「函谷鉾」が見えてきました。


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河原町通から、御池通を西に進んでいます。
市役所南側広場で、熱中症予防キャンペーンが行われていました。
まぁ、この豪雨で熱中症と言われても……


325-17.jpg
そうこうしているうちに、函谷鉾の辻回しが始まりました。
まだ次の所定位置には着いていなかったので、
中途半端な写真になります。


325-18.jpg
函谷鉾の囃手をアップで撮りました。
こうして撮ると、雨粒がはっきり見えます。
この日(2015年7月17日)は、
台風11号襲来でこの時点で大雨警報発令中です。


325-19.jpg
函谷鉾の1度目の「辻回し」が終わりました。
人混みで、なかなか目的地に着けません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-20.jpg
河原町通から、御池通を西へ約100m進み寺町通に来ました。
この辺りが、次の撮影ポイントです。


325-21.jpg
寺町通から、御池通を西に向いています。
函谷鉾が、2回目の「辻回し」を終えました。
個人的には、東山を背景にしたこの角度が
一番鉾がきれいに見えると思います。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-22.jpg
御池通の桟敷席前に、函谷鉾の隊列が入ってきました。
函谷鉾は、中国の長安と洛陽の中間にある
「函谷関」という関所に由来します。
「史記」にここを強行突破する劉邦軍の話があります。


325-23.jpg
函谷鉾が、御池通の桟敷席前を通り過ぎます。
左右に揺れながら勇壮な姿を見せますね。


325-24.jpg
今度は、反対側の囃手をアップにしました。
函谷鉾の囃手は宵山になると四条通や烏丸通を練り歩かれるので、
祇園囃の中では一番耳に残っています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-25.jpg
函谷鉾も、御池通を西に進んでいきました。
この函谷鉾の辻回しも、約15分かかりました。


325-26.jpg
その次は、「山4番」の油天神山です。
油小路綾小路下るの火尊天神の祠を乗せた山です。


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こちらが、油天神山です。
黒塗の胴掛が雨に映えますが、
豪雨の中では祠も黒い布に巻かれた状態でした。


325-28.jpg
さらに、「傘鉾1番」の四条傘鉾が続きます。
この辺りに来たのは、こちらが目当ての一つでした。


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こちらが、四条傘鉾です。
「鉾」と言いながら、実は「山」よりも小さいです。
ただ最近は寄付もだいぶ集まってきましたので、
この部分を乗せて、大きな鉾にする計画が上がっています。
(応仁の乱以前の姿に戻るわけですね)


325-30.jpg
四条傘鉾には、こちらの「棒振り踊り」の小学生が随行します。
こちらは「くじ改め」の際行われる踊りで、
以前はこちらの桟敷席前でも行われていたのですが、
今年(2015年)は特に何もなく素通りでした。


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さらに、「山5番」の占出山が続きます。
昨年(2014年)の「山1番」です。
「山1番」は縁起がいいので、どの山も狙っています。
(順番は、くじで毎年変わります)
この山は、神功皇后が朝鮮出兵の戦果を鮎で占ったことを描きます。


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占出山の水引は小倉百人一首が書かれていて、
宵山の際にはそれが人気を呼んでいます。
見送りも鮮やかなのですが、
この豪雨ではビニールシートの中ですね。


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その後ろから、「鉾3番」月鉾が姿を現しました。
「辻回し」を撮ろうとしたのですが、
なぜか周囲の方々が傘を高く掲げられて
上手く写真が撮れません……


325-34.jpg
残念ですが、月鉾の辻回しの写真はこれ以上ありません……
月鉾の隊列が、御池通に入ってきました。
月鉾は、文字通り月の神様である月読命を祀っています。


325-35.jpg
月鉾が、「辻回し」を終えました。
個人的には、一番美しい鉾だと思います。


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月鉾の天頂部分を撮りました。
鉾先が、三日月の形状をしています。


325-37.jpg
「辻回し」の後始末も終え、曳き手の方々も所定位置に就きました。
先導役による扇子の合図と「エイヤラヤ~」の掛け声と共に、
月鉾が御池通を西に進み始めました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


325-38.jpg
勇壮な月鉾が、御池通を西に進んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。

これで、約1/3くらいの山鉾巡行が終わりました。
まだまだ続くのですが、
だいぶ写真を貼りつけたので続きは次回にします。

今回は、ここまでです。

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第326回 雨傘の海を渡る船鉾~暴風雨の山鉾巡行~その3

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御池通での祇園祭山鉾巡行見物も、半ばに差し掛かってきました。
月鉾の後から現れたのは、「山6番」蟷螂山です。
大きなカマキリのからくり人形が人気の山ですね。
今回は、この蟷螂山から最後の船鉾まで一気に紹介します。
撮影日は、2015年7月17日金曜日午前11時15分。
台風の影響は、むしろ夕方から夜にかけてが大きかったですね。


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こちらが、蟷螂山です。
いつもなら山に乗る牛車の上に
大きなカマキリがいらっしゃるのですが……
この日(2015年7月17日)の巡行には、いらっしゃいません!
まぁ、大雨警報発令中ですしね。
頭・前足・両羽が動くかなり精巧なからくり人形ですから、
この暴風雨では壊れてしまいますし……


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その次は、「山7番」木賊山です。
子供をさらわれた木賊刈りの老人を描いた山ですね。
木賊(とくさ)とは漢方薬にも使うシダ類ですが、
実は京都市街地のあちこちに生えています。
自生しているのではなく、ビルなどの緑地に植えられています。


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さらに、「山8番」山伏山が続きます。
平安時代に有名だった修験者(山伏)浄蔵貴所を祀っています。
法観寺の八坂の塔が傾いたのを法力で直すなど、
いろいろな伝説が残っています。


326-5.jpg
山伏山の胴掛と見送りをアップで撮りました。
ただビニールシートで覆ってあるので、
本来の鮮やかさは分かりません。


326-6.jpg
その後に、辻回しを終えた「鉾4番」菊水鉾がやって来ました。
町内にある「菊水の井戸」がその名前の由来です。


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菊水鉾の見送りを撮りました。立派な鯉の滝登りですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


326-8.jpg
その後は、「山9番」郭巨山が来ました、
2年前、3年前「山1番」くじを引いた山ですね。
毎年、ウチで粽を買っている山でもあります。


326-9.jpg
こちらが、郭巨山です。
貧困が原因で郭巨という中国人が自分の子を捨てようとしたところ、
そこから金が出てきたという故事に基づいています。
「金運」と「親孝行」を描いた山ですね。


326-10.jpg
続いては、「傘鉾2番」綾傘鉾です。
綾小路沿いに会所があるほうの傘鉾ですね。
(会所は、普段は大原神社の京都出張所です)


326-11.jpg
幟に続いて、綾傘鉾の登場です。
手前に、「棒振り踊り」の囃子手と踊り手が随行します。
暴風雨のせいか、こちらの傘鉾も
御池通では「棒振り踊り」をしません。
(今回の巡行の楽しみの一つでしたので、残念です)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-12.jpg
さらに「山10番」太子山が続きます。
通常、山の天頂部は松の木が立てられるのですが、
こちらは杉の木を立てます。
山鉾の中では数少ない「受験の神様」で、
会所前には合格祈願の絵馬が林立します。


326-13.jpg
そして河原町通の方角(東)を振り返れば、
「鉾5番」鶏鉾が辻回しを終えたところでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-14.jpg
鶏鉾が、御池通を西に進みます。
そう言えば、この鶏鉾だけは名称の由来がよく分かりません。
ご神体は、「住吉さん」ですし……
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-15.jpg
鶏鉾が、寺町通の向こう(西)に、去っていきます。
胴掛や見送りに付けられた絨毯が見事ですが、
こちらもビニールシートの中です。
(まぁ、それだけ豪雨の中での巡行だったのです)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-16.jpg
その後を「山11番」白楽天山が続きます。
白楽天とは、唐の3大詩人の一人白居易のことです。
(後の2人は、杜甫と李白)
そう言えば、この白楽天は文官としても有能でしたが、
明らかに後世の創作であるものも含めて
様々な伝説が付いて回る人です。
ある意味、中国版の小野篁ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


326-17.jpg
続いては、「山12番」保昌山の登場です。
藤原保昌が恋人の和泉式部のために紫宸殿の梅を折ろうとした
そのエピソードをモチーフにしています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-18.jpg
保昌山が、御池通を西に進んでいきます。
恋愛成就が御利益なので、会所はいつもたくさんの方で賑わいます。
背を向けているのは藤原保昌の人形ですが、
こちら側から撮ると、ほとんど裏側になってしまいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


326-19.jpg
さらに、「山13番」霰天神山(あられてんじんやま)の登場です。
町内の天神さんの祠がご神体です。
そう言えば、ここの会所の西隣にある中華料理屋の
浸みだれ肉まんがおいしいですね。
自分の祇園祭の楽しみの一つです。


326-20.jpg
霰天神山が、御池通を西に進んでいきます。
こちらは「天神さん」なのに、「火災除け」のご利益があります。
前回ブログ紹介の油天神山と同じですね。


326-21.jpg
いよいよ巡行する山鉾も、あと3基となりました。
ここからは、全て「くじ取らず」(順番が固定)です。
「鉾6番」放下鉾が、辻回しを終えました。
室町時代の芸能集団「放下僧」が、名称の由来です。
(僧の姿をして、大道芸を行った人々です)
この写真から船鉾までは、全てクリックすれば拡大されます。


326-22.jpg
放下鉾が、御池通を西に進んでいます。
元来は稚児姿のからくり人形三光丸が同乗しているのですが、
この暴風雨では姿も見えません。
こうして見ると、からくり人形は1体も巡行しませんでした。
他にも装飾品の簡略化が多かったように思います。


326-23.jpg
放下鉾が、寺町通よりも西に去っていきます。
随行する氏子さんも、この日ばかりは合羽姿ですね。
(写真ではわかりにくいですが、さらに大雨になってきました)


326-24.jpg
その次は、「山14番」岩戸山が辻回しをしています。
こちらは「鉾」と同じくらい大きいのですが、
あくまで「山」ですので、天頂部は矛ではなくて松の木です。
このような「曳山」は、北観音山・南観音山など
後祭のほうに多く見られます。
そう言えば、いつの間にか東山の稜線が見えなくなりました。
(それくらい、雨が強くなってきました)


326-25.jpg
辻回しを終えた岩戸山が、御池通を西に進んでいます。
「曳山」は天頂部以外は「鉾」と同じなので、
辻回しには「鉾」同様に時間がかかります。
その背後(河原町通付近)をよく見ると、
最後尾の船鉾が辻回しに入ろうとしていますね。


326-26.jpg
岩戸山が、御池通の桟敷席前を通り過ぎます。
この山は、もちろん「記紀」の岩戸山伝説を題材にしています。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴を恐れた
姉で伊勢神宮の御祭神の天照大神(あまてらすおおみかみ)が
天岩戸(あまのいわと)の中に逃げ隠れたお話ですね。
天宇受売(あめのうずめ)の機転と田力男(たじからお)の怪力で
天照大神を天岩戸から出した後
天照大神は素戔嗚尊を出雲(島根県)に追放しました。

つまり、これは天然痘など疫病の神である素戔嗚尊(牛頭天王)を
追放するお話です。
天然痘を鎮めるためのお祭りに、このような山があること自体
とても呪術的な意味を感じます。


326-27.jpg
いよいよ最後尾の船鉾が、辻回しを終えました。
神功皇后が朝鮮半島に出兵した際に乗った
天鳥船(あまのとりふね)をモデルにしています。
前祭の最後尾「船鉾」は、出発を表しています。
(後祭の最後尾「大船鉾」は、帰還を表しています)


326-28.jpg
船鉾が、御池通を西に進んでいます。
この豪雨の中では、雨傘が欠かせません。
ですから、今回の巡行を撮影する際には
この雨傘が必ず写り込んでしまします。
「雨傘が、フレームに入ってくる」「もう、雨傘が邪魔」
自分の周囲にいらした方々も(ついでに自分も)
その雨傘をかなり面倒に感じていました。
ただ、こうして見るとたくさんの雨傘が暴風雨の荒波にも見えます。
その雨傘の波間を船鉾が通り過ぎていくのも、
かなり幻想的な光景です。
こういう時は、「大雨でよかった」と思ってしまします。
クリックすれば拡大されるのは、この写真までです。


326-29.jpg
船鉾の後を、パトカーが続きます。
桟敷席の方々も、一斉に帰り始めました。


326-30.jpg
パトカーが通り過ぎると、
「京都市役所前」(「御池河原町」)交差点に信号が灯りました。
すると、その背後から一般車両が入ってきました。
もう日常に戻りつつあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


326-31.jpg
撮影位置から、北を向きました。
京都市役所の前に、
地下鉄東西線「京都市役所前」駅の14番出口がありました。
では、ここから京都駅を目指して職場に戻ります。

今回は、ここまでです。

~次回から、後祭の宵山散策を始めます。
祇園祭は、まだまだ続きます~

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第327回 鈴鹿山と役行者山~後祭宵宵山散策~その1

また2015年も、祇園祭宵山の取材をします。
昨年(2014年)は前祭を散策しましたので、
今年(2015年)は後祭を回ります。
前祭の山鉾は24基あるのですが、後祭は11基しかありません。
(どちらも、休み山を含みます)
その分、ゆっくりと回りました。


327-1.jpg
またまた今年(2015年)も地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅に来ました。
後祭の山鉾の大半が、蛸薬師通以北に集中します。
今回は、この駅前の山鉾を回ります。
撮影日は、2015年7月22日水曜日午後4時半。
仕事帰りなので、この時間になりました。


327-2.jpg
今まで自分が乗っていた国際会館行きの地下鉄が
「烏丸御池」駅を出ていきます。
この駅は、このようにホームを電車が隔絶されて
安全に造られていますね。


327-3.jpg
地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅のホームを南下しています。
ここはかなり長いのですが、(100m以上)
うっかり北側に乗ってしまったのでだいぶ歩かないといけません。


327-4.jpg
地下鉄「烏丸御池」駅の最南端にエスカレータがあって、
そこを上ると三条通側の改札口があります。


327-5.jpg
改札を抜けて、右(西)を向きました。
では、この6番出口から地上に出ます。


327-6.jpg
先ほどの位置から階段を上りました。
目の前の6番出口から、地上が見えますね。
この日は台風はきていませんでしたが、
大雨注意報が発令中でした。


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地下鉄「烏丸御池」駅6番出口の前で、烏丸通を北に向いています。
決して大雨ではありませんが、そこそこの雨量で降っています。


327-8.jpg
その6番出口から、御池通方面(北)に約50m進みました。
烏丸通沿いに、鈴鹿山が立っています。
悪鬼を退治した戦女神の鈴鹿権現を祀っています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


327-9.jpg
鈴鹿山の目から、北を向いています。
「姉小路烏丸」交差点南西角に、鈴鹿山の会所があります。


327-10.jpg
こちらが、鈴鹿山の会所です。
町衆の皆さんは、お話してちょっとだけ脇に外れてもらっています。
前掛けと見送りに挟まれて、額と掛け軸があります。
額には「瀬織津姫命」(鈴鹿権現のこと)と書かれており、
掛け軸には「祇園 牛頭天王」と書かれています。

八坂社や祇園社に祀られるのは、牛頭天王と呼ばれる牛鬼の王です。
天然痘をばら撒き多くの人々を殺していく中国由来の疫病神ですが、
同じく疫病神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一視されます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


327-11.jpg
その脇に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにも、お参りします。


327-12.jpg
そのお地蔵さんの脇に大きな祠があって、
そちらに鈴鹿権現のご神体がいらっしゃいます。
「祇園祭随一の美人像」と言われていますが、
ウチのブログでは毎回祠の前だけ撮ります。
では、向こうの姉小路側からここを出ます。


327-13.jpg
鈴鹿山の会所から、姉小路を東に向いています。
向こうの烏丸通の交差点の先に、新風館があります。
だんだんと日が傾いて、鈴鹿山の提灯に火が灯りました。


327-14.jpg
今度は同じ場所で、姉小路を西に向きました。
左(南)側の喫茶店は、第205回ブログで
お昼のお弁当を店頭販売していました。
では、こちらの方に進んでいきます。


327-15.jpg
鈴鹿山の会所から、姉小路を西に約30m進みました。
こちらは両替町通との辻です。
両替町通は三条通以北の道ですので、山鉾は立ちません。
ですから、ここは素通りです。


327-16.jpg
両替通から、姉小路を西に進んでいます。
頭上を見ると、提灯に「役行者山」と書かれていますね。


327-17.jpg
先ほどの写真にあった犬矢来の付いた町家をアップにしました。
こちらは、「永楽屋」という手拭い(和製タオル)のお店です。
また、この店舗が役行者山の会所を兼ねています。


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その「永楽屋」の店舗は、姉小路室町の辻南東角にあります。
ここから、室町通側に役行者山の提灯が見えますね。


327-19.jpg
姉小路から、室町通を南に向いています。
役行者山は室町通沿いに立ちますが、
ほとんど姉小路に接するくらい近いですね。


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役行者山の脇から、南を向いています。
「永楽屋」の入り口の脇に、会所への入り口があります。


327-21.jpg
役行者山の会所に向かっています。
入り口から、会所まで細長い土間が続きます。
京町家独特の「うなぎの寝床」ですね。


327-22.jpg
役行者山の会所に入ってきました。
こちらが役行者山の前掛け・胴掛け・見送りです。
この写真は、クリックすると拡大されます。


327-23.jpg
こちらが、ご神体の神像です。
左から、一言主神(ひとことぬし)・神変大菩薩・葛城神です。
神変大菩薩とは、役行者の仏としての名前です。

役行者は、本名役小角(えんのおづぬ)という飛鳥時代の人物です。
元は大和(奈良県)の地方豪族でしたが、
密教と山岳信仰を融合させた修験道という独自宗教を開きました。
荒唐無稽な伝承が多いので架空の人物と思われがちですが、
「続日本紀」(「日本書紀の」続編)にも出てくる実在の人物です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


327-24.jpg
ご神体がいらっしゃる大きな祠の東側に、
「役行者の腰掛石」と言われる岩があります。
こちらに触れると、肩こりや腰こりにご利益があるそうです。


327-25.jpg
その岩の前で、西を向きました。
ここから室町通まで、一望できます。
前祭の霰天神山、後祭の鯉山などの会所が、
この役行者山と同じ形状をしています。
入り口から土間が一直線に貫いているのが、
京町家内部の典型例ですね。


327-26.jpg
役行者山会所前から、南を向いています。
では、ここから南下します。


327-27.jpg
ここは、役行者山の南側から見た室町通です。
現時点では唯の道ですが、
撮影日の次の日(7月23日の宵山)には聖護院の修験者がやってきて、
護摩焚供養を行います。(第138回ブログ参照)


327-28.jpg
こちらは、先ほどの写真にも写っていた京町家です。
黒塗りで、なかなか見事な構えですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


327-29.jpg
その黒塗りの京町家の斜め向かいにも、
手拭いの「永楽屋」の店舗があります。
確かこちらが本店だったと思います。


327-30.jpg
「永楽屋」の玄関先には、手拭いが展示されています。
ここの手拭いは、単なる「タオル」としての機能もありますが、
美術品として室内に飾ることもできます。
では、ちょっとここに寄っていきます。


327-31.jpg
「永楽屋」1Fの売り場を通り抜け、2Fの奥にやって来ました。
店員さんの許可を得て、この奥を撮影します。
祇園祭宵山の楽しみは、各会所回り以外にも
周辺の店舗内を訪れることも含まれます。


327-32.jpg
祇園祭期間中は、各店舗がそれぞれの家宝や美術品を展示します。
バブル崩壊(1991年)以降そのようなこともだいぶ減りましたが、
この「永楽屋」はまだまだ展示を続けています。
こちらは江戸時代から続く手拭いの製造販売のお店です。
ですから、こちらは昔から「手拭いの美術展」を開いています。
向こうの1本1本が手拭いでできています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


327-33.jpg
こちらのさらに奥の部屋も、「手拭いの美術展」が開かれています。
向こうの部屋は祇園祭中心でしたが、こちらはいろいろです。
手拭い以外にも、こちらには屏風も展示されています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


327-34.jpg
その二つの部屋には壁がなく、向こうを見ることができます。
奥のモニターでは、手拭いの機織りから染付までの行程を
MCと職人さんが説明していました。
手前には、懐かしい5つ玉の算盤が展示されていました。
ウチも古い商家なので、何竿か残っています。


327-35.jpg
一番奥の壁には、こちらが展示されていました。
もうこうなると、手拭いというよりも布製タペストリーですね。
実は、ウチも鯉山の手拭いを部屋に飾ったりしています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


327-36.jpg
「永楽屋」の前で、室町通を南に向いています。
向こうに、三条通が見えますね。


327-37.jpg
「永楽屋」の前から、室町通を南に約50m進みました。
目の前に三条通との辻があります。
その向こうに見えるのが黒主山ですが、
そちらにはまた別の回に行きます。

今回は、ここまでです。

~次回は、鷹山と八幡山に向かいます~

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第328回 鷹山と八幡山~後祭宵宵山散策~その2

327-37.jpg
三条通から、室町通を南に向いています。
ずっと先に、黒主山の会所が見えますね。
今回は三条通にある鷹山(休み山)に向かい、
その後新町通にある八幡山に向かいます。
撮影日は、2015年7月22日水曜日午後6時。
ちょっとずつ雨が止んできました。


328-2.jpg
室町通から、三条通を東に向いています。
約150m先に烏丸通があって、
2012年はここを通って地下鉄「烏丸御池」駅に向かいました。
(「三条烏丸」交差点から北に約50m進むと、
地下鉄「烏丸御池」駅6番出口に着きます)


328-3.jpg
今度は室町通から、三条通を西に向きました。
実は鷹山の会所が写っているのですが、
この角度からは分かりにくいですね。


328-4.jpg
「三条室町」の辻の北西角は、「京都医健専門学校」です。
10年くらい前まではこちらに休憩所が設けられていましたが、
(この施設が、自主的に祇園祭中は開放していました)
ここ数年はそのようなことを行っていません。
また祇園祭中は施設内に様々な絵画が展示されますが、
施設内でそれらを鑑賞することも今は禁止されています。


328-5.jpg
その専門学校の向かい(南)側に、
「大学堂」という眼鏡屋さんがあります。
そして、この店が鷹山の会所になります。
鷹山は、会所のみで山を立てたり巡行したりはしません。
このような山を「休み山」といます。
大船鉾が巡行するようになった2014年以降で
休み山なのは、ここと布袋山のみです。

鷹山は、鷹匠と鷹を描いた山です。
元々は大船鉾の直前に出てくる(つまり、「くじ取らず」)
かなり大きな曳山でした。
それが江戸時代後期の1826年に大雨で装飾品が汚損して以来、
「休み山」となったうえに、
1864年のどんどん焼けのために
ご神像などを残し大半が焼失してしまいました。


328-6.jpg
鷹山の会所の前から、三条通を西に向いています。
右(北)側は、まだ専門学校のの施設が続いています。


328-7.jpg
鷹山の会所から、三条通を西に約30m進みました。
こちらは、「三条衣棚」の辻です。


328-8.jpg
その辻に、こちらが植えられていました。
この植物が、木賊(とくさ)です。
漢方薬にもなるシダ類で、前祭に「木賊山」がありましたね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


328-9.jpg
三条通から、衣棚通を北に向きました。
この辺りは、室町時代(14世紀前後)に「衣座」がありました。
衣服の商取引を独占していた組合ですね。
そう言えば、少し西に行ったところにも「釜座」がありました。
この辺は、かつて「座」が多くあった所です。


328-10.jpg
その辺りの地面を見ました。雨の中、地面が濡れています。
三条通は、このように辻ごとに
このようなプレートが埋められています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


328-11.jpg
衣棚通から、三条通を西に約20m進みました。
昨年(2014年)、この位置に屋台村がありましたが、
今年(2015年)はこちらで鷹山の粽が売られています。
粽以外にも、なぜか「わらび餅」もありました。


328-12.jpg
その鷹山の粽が売られているところから、三条通を西に向きました。
目の前に、新町通との辻が見えます。
自動車やトラックで見えませんが、本来ならこの先に
第323回にも出てきた三条会商店街の東端が見えます。


328-13.jpg
そして、こちらが「三条新町」の辻の北東角にある洋菓子店です。
このトゥレ・ドゥーは個人的には「京都で一番おいしい」お店です。
祇園祭期間中は露店を出していたのですが、
ここ数年それもやめているようです。


328-14.jpg
三条通から、新町通を南に向きました。
ここから、八幡山が見えますね。
つがいのハトが染め上げられた垂れ幕が見えますが、
2012年に訪れたときはありませんでした。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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三条通から、新町通を南に進んでいます。
こちらは途中にあった飲食店ですが、
この辺の商店舗の全てがこのような垂れ幕を付けていました。


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こちらの京町家は、2012年もこのように装飾されていました。
では、この窓から家の中を覗きます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


328-17.jpg
こちらが、その窓から中を見た様子です。
絨毯の上に、鶴と雲龍の屏風が並びます。
箏の脇には、祇園祭の象徴であるヒオウギが生けてあります。
祇園祭期間中は、京町家の何軒かは家伝の美術品を展示します。
昔は家の中まで入ってこれらを見ることができたのですが、
最近は大半の家で中に入ることができなくなりました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


328-18.jpg
その向かいの京町家も、書画の展示をされています。
こちらも、2012年にも展示されていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


328-19.jpg
それらの京町家の前から、新町通を南に向きました。
目の前に、八幡山が見えますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


328-20.jpg
八幡山の南側で、東を向きました。
こちらは、八幡山の会所です。


328-21.jpg
八幡山の会所も、長い土間の先にあります。
ただ、その土間もコンクリートで固められていて
細長い駐車場のようでした。
こちらには、八幡山の前掛けや見送りなどの装飾品が並んでいます。
奥には、八幡宮の祠がいらっしゃいます。
この八幡山は、この町内に鎮座されていた
八幡宮をそのまま山にしました。
(前祭の油天神山・霰天神山と同じパターンですね)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


328-22.jpg
その向かいに、こちらの八幡宮がいらっしゃいます。
元々はこちらの八幡宮の祠を山鉾巡行に出していましたが、
古くなったので先の祠が新調されました。
(巡行の際に、ご神体を移されるようです)
この写真も、クリックすると拡大されます。


328-23.jpg
八幡宮の脇に、こちらが展示されていました。
「洛中洛外図屏風」のようですが、
こちらは海北家の方が書かれたものです。(友松?友雪?)
以前は、この辺の町家は狩野派や土佐派の絵画を
当たり前のように所有していました。
バブル崩壊(1991年)後、それが極端に減ったのは
大半が他所に売られたのでしょうね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


328-24.jpg
では、この八幡山会所を出ます。
前回ブログに出てきた役行者山の会所と似ているようで、
いろいろ違いますね。


328-25.jpg
八幡山から、新町通を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。


328-26.jpg
八幡山から新町通を10mほど南に進みました。
この屏風は、尾形光琳の模写です。
とは言え、その模写した人物が円山応挙だと
単なるコピーではなくなってしまします。


328-27.jpg
その屏風の前に、こちらが生けてありました。
こちらも、祇園祭の象徴ヒオウギですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


328-28.jpg
新町通を南に進み、六角通との辻に出ました。
目の前に北観音山が見えますが、
先に六角通を東に進みます。
そう言えば、黒主山もまだ見ていませんし……


328-29.jpg
新町通から、六角通を東に向いています。
ずっと先に、浄妙山が見えますね。
では、ここを進んでいきます。


328-30.jpg
新町通から、六角通を東に進んでいます。
こちらの茶わん屋さんは、先ほどの写真にも写っていました。
ショウウィンドウに山鉾巡行を描いた屏風と
ヒオウギが飾ってありますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


328-31.jpg
その茶わん屋さんから、六角通を東に約10m進みました。
普段からこのテントで生魚を売っていますが、
この日はお酒とおつまみも売っていました。
後祭は、アルコールとその肴の露店が多いですね。


328-32.jpg
新町通から、六角通を東に約100m進みました。
ここで、六角通は室町通を交差します。
正面(東)の六角通沿いに浄妙山が見えますが、
左(北)に黒主山、右(南)に鯉山があります。
次はこれらの山を回りますが、もうだいぶ写真を貼りつけました。
今回は、ここまでとします。

~次回は、黒主山→浄妙山→鯉山の順に回ります~

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
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テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
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他の「道ブログ」とは
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京都観光の
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これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
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花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
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八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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