第400回 たかばし第一旭総本店~高倉通南から北~その4

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今回は、京都駅から始まります。
まぁどのホームでも良かったのですが、とりあえず2番ホームです。
ここから八条通に出て、高倉跨線橋(たかばし)経由で
「たかばしラーメン」のうちの1軒第一旭総本店に向かいます。
撮影日は、2016年6月1日水曜日午後1時50分。
梅雨前の良く晴れた真夏日でした。


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京都駅2番ホームで、西を向いています。
目の前の階段(またはエスカレーター)を上ると、
連絡橋に京都駅の改札口があります。
その改札口を抜けると、JR京都伊勢丹SUVACOに行けます。


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今度は、同じ場所から東を向きました。
では、ここから階段を下りて地下通路に向かいます。


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地下通路で、左(北)を向いています。
そのまま進むと地下に改札口があって、
その先が京都駅前地下街PORTAです。
(第217回ブログを参照)


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その場所から、地下通路を南に約100m進みました。
ここを右(西)の階段を上ると、奈良線の8番ホームに出ます。
またここの右端のエスカレーターは延々伸びていて
2Fの新幹線への改札口まで続いています。
自分は、目の前の階段を上がっていきます。


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階段を上がったところに、JR「京都」駅八条東改札口があります。
ここを抜けた先に、マクドナルドの支店が見えますね。


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このマクドナルドは、京都駅八条駅舎の最東端に位置します。
京都駅八条駅舎はこの辺りから油小路まで伸びる駅ビルで、
飲食店を中心に様々な店舗が入っています。
では、目の前のガラス扉を開けて屋外に出ます。


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そのガラス扉を開けて、八条通を東に向きました。
ここは屋外ですが、屋根がついています。
厳密には、新幹線の高架下ですね。
次に、ここを東に進んでいきます。


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その屋根より南側に出て、八条通を東に進んでいます。
こうしてみると、京都駅八条駅舎は
新幹線の高架下にあることが分かります。
だんだん「八条竹田街道」交差点が近づいてきました。
(前回ブログ最後の地点です)


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竹田街道から、八条通を東に向いています。
約150m先にあるT字路から南に、高倉通が伸びています。
前回ブログでは、そこからこちらの方に来ました。


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今度は八条通から、竹田街道を南に向きました。
この辺りにはホテルなどの大きなビルが並んでいます。
約500m南の「大石橋」交差点付近には飲食店が建ち並び、
さらに600m南下すれば第396回ブログ地点に出ます。


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そして八条通から、竹田街道を北に向きました。
では、こちらに進み新幹線の高架をくぐります。


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八条通から、竹田街道を北に進んでいます。
新幹線の高架下をくぐればすぐにJR在来線に突き当たり、
そこから竹田街道は右(東)に折れます。


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同じ場所から、JR在来線の線路を見ています。
8番ホームと9番ホームに、JR奈良線の車両が停まっています。
京都駅のホームの向こう(北)側に、JR伊勢丹の駅ビルが見えます。


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竹田街道を東に向かっています。
向こうに、鉄道警察隊の詰め所が見えますね。
左(北)側にJR在来線が、右(南)側に新幹線の高架が見えます。
急な坂を上って、高倉跨線橋(たかばし)を目指します。


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鉄道警察隊詰め所を越えて、竹田街道をさらに東に進んでいます。
だんだん坂を上り、新幹線の高架と同じ高さになりつつあります。
竹田街道は八条通から約150m東に進んだ後、
高倉跨線橋(たかばし)で高倉通になり、また北上します。


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先ほどの写真にも写っていますが、
高倉跨線橋(たかばし)の下にお地蔵さんがいらっしゃいます。
自分が生まれる前からここにいらっしゃいますが、
こんな場所で地蔵盆が行われるとは思えません。
おそらくですが、鉄道事故かこの橋などの工事で
亡くなった方々の霊を弔うための石仏なのでしょう。


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だんだん高倉跨線橋(たかばし)が、近づいてきました。
ちょうど橋の下を滋賀県の「草津」駅から
草津線(三重県の柘植行き)に切り替わる電車が通り過ぎていきます。
橋の北詰に葉桜並木がありますが、
ここは4月になると絶景に変わります。


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その辺りで、今まで歩いてきた竹田街道を振り返りました。
こうしてみると、先ほどくぐった高架の真上が
東海道新幹線の「京都」駅のホームだと分かります。


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そうして、この陸橋の南詰まで来ました。
欄干に、「高倉跨線橋」(たかくらこせんきょう)と書いてあります。
つまり、ここから先は竹田街道から高倉通になります。


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高倉跨線橋(たかばし)を少し北に進み、南に振り返りました。
走行中の新幹線の向こう(南)に、大きなビルが見えます。
前回ブログで、このビルの反対(南)側で高倉通が突き当りました。
JRの線路を避けたりするために今はこうして蛇行していますが、
高倉通自体は直線的に南北を貫いています。


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高倉跨線橋(たかばし)を北に渡っています。
JR在来線の線路は、合わせて100mほどの幅があります。
ですから、そこを渡るこの橋は鴨川に架かる
七条大橋や塩小路橋と同じくらいの長さがあります。


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ここから西を向き、京都駅を見ています。
いくつもあるホームやJR伊勢丹・八条駅舎・
それらを繋ぐ連絡橋が見えてそれなりに絶景ですが、
安全のために金網が張ってあり、写真ではちょっと残念になります。


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高倉跨線橋(たかばし)を北側へと渡り切りました。
鬱蒼とした葉桜が、この時期は映えますね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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高倉跨線橋(たかばし)を渡り切り、高倉通を北に向いています。
「塩小路高倉」バス停の向こうは急な下り坂で、
この橋から約120m北に京都を代表するラーメン店が並んでいます。


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高倉通を北上して、そのラーメン屋さんの前に来ました。
坂道をだいぶ下りました。
そのうちの1軒「第一旭総本店」の前に行列ができています。
昼食時を過ぎて、この人数の行列なら「やや多い」くらいです。
10分もすれば、中に入れそうです。


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こう書くとその直後に入店したみたいですが、
実際はこれより約4時間後の午後6時に入店しました。
この北にある渉成園の入苑終了時間が迫っていたからです。

ラーメンがやって来るまでの間、こちらを頂きます。
キムチを肴に、瓶ビール(小)ですね。
こちらのキムチは自家製で、辛味の中にしっかり甘味があります。
(前回ブログの「水月亭」と同じですね)
これ以降、料理の写真はクリックすると拡大されます。


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そうこうしている間に、「麺固め・もやし多め」のラーメンと
ごはん大盛りもやって来ました。
ちなみに、このご飯についている沢庵は
「常識の範囲内で」食べ放題です。


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ラーメンの上に乗っていた大量のもやしは、
ビールの肴やご飯のおかずにして先に食べました。
こうすると、叉焼と麺が姿を現します。
ここは他店と比較しても、叉焼の枚数が多いですね。
普段は白(叉焼は脂身だけ)を注文するのですが、
この日(2016年6月1日)は普通の叉焼にしました。
(第289回ブログでは、脂身だけのものを頼みました)


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叉焼と麺をすべて食べた後、ラーメンスープをご飯にかけました。
多少汚い食べ方ですが、家ではよくこうして食べます。
自分が生まれる前から、今は亡き祖母が調理が面倒になると
ここに鍋を持ってきてラーメンを持って帰っていました。
今でも自分が調理が面倒になると、鍋片手にここに来ます。
クリックすると拡大されるのは、この写真までです。


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「第一旭総本店」の南隣に、この辺のもう1軒のラーメンの名店
「新福菜館」本店があります。
この日(2016年6月1日)は、
その分「第一旭総本店」の行列が長くなります。
ただ、こちらは取材日の水曜日は定休日でした。
(「第一旭総本店」は、毎週木曜日が定休日です)


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高倉通から、新福菜館の南側の道を西に向きました。
では、ここに寄り道します。


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高倉通から、新福菜館南側の道を西に進んでいます。
この辺は京町屋ではありませんが、味のある平屋が並んでいます。
では、お地蔵さんにお参りして先に進みます。
この小路にいる間、写真をクリックすると全て拡大されます。


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その小路を高倉通から約50m東に進みました。
こちらは、浄土宗捨世派正行院(通称:猿寺)です。
1538年に、円誉道阿によって開山されました。
縁起がかなり面白いのですが、とても長いので省略します。
(ちょっとした日本昔ばなしです)
本堂は伏見城の遺構をこちらに移したもので、
中にはさまざまな猿の木像が安置されています。
とても面白い寺院ですが、通常非公開です。


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正行院本堂の西側には、地蔵堂があります。
こちらの電球に、お布施をした方々の名前が書いてあります。
左から2番目に「第一旭総本店」と書かれていますね。
さらに3つ右が「新福菜館」、右隣りが「飯村」と書いてあります。
(「飯村」は、「烏丸七条」交差点近くの割烹料理屋です)
写真をクリックすると、拡大されて文字が読みやすくなります。


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その地蔵堂には、正行院の西側からお参りできます。
こちらには、「輪形地蔵」と呼ばれています。
輪形(わがた)とは荷車の車輪に噛ませて進み易くする石のことで、
その輪形の一つが地蔵尊のように見えたので、
ここでお参りされるようになりました。
確かこういう自然石や木片を仏さまとすることを
「ゑびす」と呼ぶのですが、お地蔵さんにはこのゑびすが多いです。
(実は、ウチの町内のお地蔵さんもこのゑびすです)


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地蔵堂の脇に、このような看板がありました。
「お猿さん」のイラスト入り看板が、この辺にはいくつかあります。


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正行院地蔵堂の前から、東を向きました。
では、ここを通って高倉通に戻ります。
写真をクリックすると拡大されるのは、ここまでです。


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正行院の前から、新福菜館の前に戻ってきました。
ここから、また高倉通を進みます。


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新福菜館の前で、高倉通を北に向きました。
目の前に、「塩小路高倉」交差点があります。
ここからまた高倉通を北上していくのですが、
そろそろだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでとします。

~次回は、渉成園へと向かいます~

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第401回 梅雨前の渉成園 前編~高倉通南から北~その5

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2軒ある「たかばし」ラーメン店前で、高倉通を北に向いています。
目の前にある「塩小路高倉」交差点まで下り坂で、
そこから高倉通がさらに北に伸びていますね。
今回はこのまま高倉通をいったん突き当たって、
その向こうにある渉成園に向かいます。
撮影日は、2016年6月1日午後2時40分。
梅雨直前の真夏日でした。


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高倉通から、塩小路を東に向きました。
ずっと向こうに、中国1級料理人(中国政府認定)が
経営する「中光園」が見えます。
さらに進むと河原町通の先に桜のこみちがあり、
鴨川も越えると塩小路は三十三間堂に達します。
(第298回ブログを参照してください)


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今度は高倉通から、塩小路を西に向きました。
約300m先に、京都駅があります。
向こうに京都タワーが見えますが、
ここからそちらに向かうと第290回ブログと同じルートを辿ります。


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そうこうしているうちに、信号が青に変わりました。
では、塩小路を北に渡って高倉通を北上します。


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「塩小路高倉」交差点の北東角に、
こちらの神輿がいらっしゃいます。
この辺りは「京都市下京区小稲荷町」なのですが、
もともとこの辺りに稲荷社がいらしたのだと思います。
こちらの神輿は毎年4月最終日曜日にこの辺を巡行して、
5月3日の稲荷祭神輿巡行にも加わります。


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塩小路から、高倉通を北に向いています。
ここは2車線の道ですが、自動車の交通量は多くありません。


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塩小路から高倉通を北に約20m進み、西を向きました。
向こうに、京都タワーが見えます。
ここはおそらく木津屋橋通の東端ですが、
私道なので一般の自動車は入れません。
(歩行者や自転車は、割と通り抜けています)
ここから東洞院通との間に京都ホワイトホテルがあります。
京都駅から近くて宿泊料が安いので、
YAHOO知恵袋で自分がよくお勧めしています。


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塩小路から、高倉通を北に約100m進みました。
右(東)側に、脇道が見えます。
もともとこの脇道沿いに小さなお肉屋さんが並んでいたのですが、
今は高倉通沿いのこの1軒だけになりました。
その後ろのビルは……浄土真宗大谷派願教寺という寺院です。
小さいですが、近代日本史を学ぶ上でとても重要な寺院です。
(特に大正デモクラシー)
ただ、それを書くとその分量が多くなる上に
別のブログになってしまうので、ここでは割愛します。


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その辺りで、高倉通から西を向きました。
ところどころビルやマンションが建っているものの、
約150m先の東洞院通まで駐車場や空き地が続きます。
もともとこの辺りは住宅地だったのですが、
京都駅に近いこの辺りは1990年前後の「バブル景気」の際
格好の「地上げ」の対象になりました。
そのとき多くの方々がここを引き払われたのですが、
大きなビルなどが建つ前に「バブル崩壊」となり、
この辺りはいまだに駐車場や空き地だらけです。


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ビルとビルの隙間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
隙間が狭いので、高倉通からお参りしました。


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塩小路から、高倉通を北に約200m進みました。
目の前に、「七条高倉」交差点があります。
コンビニエンスストアで高倉通が突き当たるように見えますが、
その左(西)側から、高倉通はまだ北に伸びています。


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「七条高倉」交差点南東角に、少し大きめの民家があります。
こちらは個人宅なのですが、平安時代から江戸時代までは
この位置に七条仏所がありました。
要するに、慶派の活動拠点ですね。
ここから七条通を東に約700m進むと、三十三間堂があります。
慶派のひとり湛慶が、この寺院のご本尊千手観音像像を彫りました。
その南隣には、高倉通沿いにお肉屋さんがあります。
水曜日でも開いていますね。(お肉屋さんは水曜定休が多い)


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高倉通から、七条通を西に向きました。
約70m先に、間之町通とのT字路があります。
そこから北に進むと、約200m先に渉成園への入り口があります。
渉成園に向かうには、そちらが通常ルートです。
(詳しくは、第349回ブログを参照してください。
帰還ルートがそうなっています)
ただ今回は「高倉通編」なので、このまま北上します。


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信号が青になったので、七条通を渡り高倉通を北上します。
横断歩道の先に、ガソリンスタンドがあります。
その北側に見えるのは、京都市立下京渉成小学校の校舎です。


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七条通から、高倉通を北に向いています。
では、左(西)側のガソリンスタンドと
右(東)側のコンビニエンスストアの間を北上していきます。
突き当りに土塀が見えますが、あちらは渉成園のものです。


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七条通から、高倉通を北に進んでいます。
東側のコンビニエンスストアが入っているマンションの北隣は、
NTT西日本京都支局七条ビルです。
NTTの京都の施設は、三条烏丸にもあります。


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NTT七条ビルの沿道には、アジサイが咲いていました。
6月に入って、京都市街地に咲く花の主流も
ツツジからアジサイに変わりつつあります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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七条通から高倉通を約100m北上しました。
左(西)側に京都市立下京渉成小学校が、
右(東)側にNTT七条ビルが見えます。
高倉通は、渉成園南側の下珠数屋町通で突き当たります。
ここで高倉通が途切れるように見えますが、
ここから約200m北側の渉成園北端から再び北に伸びています。


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高倉通から、下珠数屋町通を東に向いています。
左(北)側に渉成園の土塀が見えて、
右(南)側にNTT七条ビルが見えます。
下珠数屋町通は河原町通よりさらに東側まで伸び、
ここから約200m先の土手町通で突き当たります。
土手町通は徳川家康が「付け替え」する以前の高瀬川跡で、
その名残で10年くらい前までは大屋根の下に
高瀬舟を止める係柱の付いた京町屋もありました。
(2016年現在土手町通の京町屋は、ほぼ消滅しています)


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今度は高倉通から、下珠数屋町通を西に向きました。
左(南)側に京都市立下京渉成小学校が見え、
右(北)側に渉成園の白壁が見えます。
では、ここを進んでいきます。


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「下数珠屋町高倉」交差点南西角に、ツツジが咲いていました。
こちらは、京都市立下京渉成小学校の敷地です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉鳥から少し西に進むと、
下珠数屋町通沿いに渉成園の入り口があります。
ただし、こちらは現在閉鎖されていて今は別のところから入ります。
とは言え、自分が子供のころはここから入っていました。
さらにこの写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、下珠数屋町通を西に約70m進みました。
ここは、「下珠数屋町間之町」交差点です。
下珠数屋町通はここから道幅が狭くなり、
約200m先にある東本願寺阿弥陀門で突き当たります。


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下珠数屋町通から、間之町通を南に向いています。
左(東)側に、京都市立下京渉成小学校があります。
間之町通は、ここから約100m先の七条通で突き当たります。
そこから西へ約200m進むと「七条烏丸」交差点があって、
京都駅へと続く地下道に下りられます。
京都駅から渉成園へ行くときは、通常このルートです。


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今度は下珠数屋町通から、間之町通を北に向きました。
交差点の北東角に、下京年金事務所があります。
では、この道を進んでいきます。


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下珠数屋町通から間之町通を北に進み、
下京年金事務所北側の駐車場で東を向きました。
年金事務所の裏側に、渉成園の土塀が見えます。
その土塀も道沿いよりボロボロですが、
自分が子供のころの渉成園一帯の土塀は、こんな感じでした。
では、お地蔵さんにお参りしてさらに北に向かいます。


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お地蔵さんより北側の間之町通沿いの渉成園は、
白壁と石垣に囲まれます。
下珠数屋町通から約100m北に、正面通とのT字路が見えます。


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間之町通から、正面通で東に向いています。
では、ここから渉成園に入ります。
ここから最後まで、クリックした写真は全て拡大されます。


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渉成園に入ってすぐに、寺務所で拝観料300円を志納します。
(すると、渉成園の拝観用パンフレットをもらえます)
この時点で2016年6月1日午後2時45分。
拝観受付終了時間の午後3時に間に合ったと思ったのですが、
「夏場は午後5時まで入苑ができます」
そう渉成園の職員さんに言われてしまいました……
つまり前回ブログの第一旭総本店にその時点で立ち寄っていても、
ここの入苑時間に間に合っていたようです。
京都駅八条口からここまで、炎天下の中どこにも寄らなかったので
熱中症対策で渉成園の入り口北側に立ち寄ります。


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渉成園の入り口北側に、こちらの休憩所があります。
アジサイがきれいですね。ここの縁台に座って、少し休みます。


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その休憩所に、こちらの自動販売機がありました。
「東本願寺の水」と「東本願寺のお茶」が売られていました。
ちなみに渉成園は、東本願寺の庭園です。
第13回ブログで訪れた知恩院でも、お茶が売られていました。


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「東本願寺の茶」は1本をその場で飲んだのですが、
もう1本買って持って帰りました。
飲んだ感想は……まぁ「お茶」です。
多分境内の休憩所のものと同じでしょうね。


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屋根付きの休憩所で腰を下ろし、この風景を眺めて休憩です。
緑と青のコントラストがとてもきれいですが、
色鮮やかな分「炎天下」であることも分かります……


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渉成園休憩所から南を向き、寺務所の方を見ています。
10分ほど休憩した後、渉成園庭園の散策を開始します。


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この辺りの生垣は、枳殻(からたち)でできています。
ですから、ここは「枳殻邸」(きこくてい)とも呼ばれています。
(ウチの近所の方々は、むしろ「枳殻邸」と呼ぶ方が普通です)
枳殻の花のシーズンは真冬ですので、今は青葉のみ付いています。


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では、渉成園の内部に入っていきます。
先ずこちらは、入り口付近の枝垂桜です。
枳殻の生垣と並ぶ、ここの象徴ですね。


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では、枝垂桜の東側から石垣の脇を北に進みます。
こちらが、パンフレットに書かれた道順です。


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渉成園境内の石垣脇の道を北に約50m進み、東に向きました。
道を邪魔する桜の向こうから、渉成園庭園内部に入っていきます。
ただ、今回はもうだいぶ写真を貼り付けたので、続きは次回です。

今回は、ここまでです。

~次回は、渉成園内部を散策します~

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第402回 梅雨前の渉成園 後編~高倉通南から北~その6

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渉成園庭園の入り口前で、東を向いています。
今回はここを通り抜け、いよいよ渉成園を散策します。
撮影日は、2016年6月1日午後2時50分。
今回は全ての写真が、クリックすれば拡大されます。


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門の部分で、右(南)を向きました。
先ほどの写真では塀に見えましたが、ここは渡り廊下です。
第349回ブログでは、園林堂からここに戻ってきました。


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門を抜けたら、最初はすぐ北側の臨池亭に向かいます。
第349回ブログではここで抹茶を頂きましたが、
普段はこのように中には入れません。


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臨池亭から、東に向きました。
ここから先は、桜並木が続きますね。


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臨池亭から印月池という大きな池に向かって、
渉成園庭園内に小川が流れています。
新年から初春にかけては水量がとても少ないのですが、
初夏を過ぎると元の水量に戻ります。


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では、その小川に沿って庭園内を南へと進みます。
この辺りは、春になるときれいな桜並木になります。


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ただ、まだ印月池には向かいません。
その途中に、こちらの茶室「傍花閣」があります。


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こちらが、その「傍華閣」という茶室です。
ちょっと第11回ブログに出てきた高台寺の時雨亭に似ていますね。


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「傍花閣」の裏(東)側に、さらに道が伸びています。
ここから印月池の方ではなく、この小径を進みます。


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「傍花閣」から東へ折れ、真っすぐ進んでいます。
この辺りも、桜並木が続きます。
一度、桜の季節にここを取材したいですね。


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桜並木を抜けると、大きな印月池の東側に出ます。
ここからは、池の東側を進みます。


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印月池沿いの小径をさらに東に進みます。
すると、だんだん池に架かる橋が見えてきました。


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渉成園庭園のほぼ最東端まで来ました。
この辺りから見える塀の向こうは、河原町通です。
(時折、自動車が行き交う騒音が聞こえてきます)
その辺りに、こちらの句碑が立っています。
高浜虚子川東碧梧桐、23代東本願寺法主大谷句佛のものです。


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渉成園庭園の最東端に来ました。
ここから、印月池に架かる「回棹廊」という橋を渡ります。


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回棹廊を北から南へ渡っています。
橋の中央に一休みできるところがあって、
そこから印月池を眺めることができます。


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回棹廊の上から、東を向いています。
「紫藤岸」という天然の藤棚の向こうは、河原町通です。


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今度は、回棹廊で西を向きました。
印月池はこの辺は川のように細長いですが、
侵雪橋の先はとても大きな池になります。


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回棹廊を渡り、南側の浮島に向かいます。
この浮島は大きいので、人が散策することができます。


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浮島の中央が小山になっていて、頂上に茶室があります。
こちらは「縮遠亭」といいますが、
渉成園庭園にはこのような茶室が多くあります。


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印月池沿いに、浮島を西に進んでいます。
この細長い道を抜けたら、急に開けてきます。


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浮島の最西端まで来ました。
侵雪橋の横から、京都タワーが見えます。
ここ渉成園庭園は、外の高層ビルが借景になるのが面白いです。


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浮島の南側を東に向いています。
あちらから、印月池の中央を眺めることができます。


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浮島南東端から、印月池の東部を見ています。
この辺り一面に、ハスの葉が浮かんでいますね。


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浮島の向こうにも、小さな浮島が並んでいます。
その周辺には、クロサギが何羽かいました。


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この藪の向こうに塀があって、その先が河原町通です。
藪の木々に、たくさんのクロサギが止まっています。
クロサギは、この辺に集中しています。
多分、餌が豊富なのでしょうね。(カエルとか、コイとか)


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さらに、同じ場所から印月池を西に向きました。
夏の間中、印月池一面にハスが浮かんでいます。
ずっと向こうに、閬風亭(ろうふうてい)が見えます。


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浮島の最南端に戻ってきました。
では、この侵雪橋から南に渡ります。


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侵雪橋の上から、南西を向いています。
この日(2016年6月1日)は穏やかな晴れの日でした。


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侵雪橋を渡り、南西に進んでいます。
では、このまま閬風亭に向かいます。


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桜並木の小径を抜けると、閬風亭が見えます。
渉成園の本堂のようなものです。
第349回ブログでは、ここで「親鸞展」を開催していました。


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閬風亭から、先ほどの浮島を眺めています。
本当に長閑な風景なので、
閬風亭の手前の芝生に座って休憩します。

向こうに点在する浮島は、元々御土居でした。
その御土居の東側が、徳川家康によって壊された後
御土居の一部がこちらの浮島に再利用されました。
御土居が壊されたことで京都市街地が東に膨らみ、
その一環で河原町通と土手町通が造営されました。
(当時の東本願寺は今より大きく、
この渉成園も東本願寺境内でした)


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閬風亭前の芝生から、南を向きました。
印月池南西端に、「漱枕居」(そうちんきょ)という庵が見えます。
その脇を通って、渉成園庭園の南端に向かいます。


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渉成園庭園の最南端で、西を向きました。
では、ここからさらに西に進みます。


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先ほどの門をくぐると、すぐ右(北)側に閬風亭の入り口が見えます。
第349回ブログではここから閬風亭内部に入りましたが、
普段はここにから入れません。


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閬風亭入り口の向かい(南)側に、こちらの門があります。
ここが、かつての渉成園の正門です。
前回ブログでは、反対側の下珠数屋町通側から同じ門を見ています。


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同じ場所で、西を向きました。
向こうに見える土塀の反対側を前回ブログで見ました。
次は、あの土塀の辺りまで進みます。


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渉成園庭園の南西端まで進み、北を向きました。
向こうに見える土塀が切れるとこまで進むと、
この渉成園庭園をちょうど一周したことになります。


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その土塀が切れた辺りで、西を向きました。
枝垂桜の向こうに寺務所があって、その先に渉成園の門があります。
門を出ると南北を貫く間之町通があって、
(前回ブログではその道からここに来ました)
門から西に正面通が伸びています。
その正面通は、約200m先の東本願寺御影門で突き当たります。
高倉通から少し離れますが、
せっかくここまで来たなら東本願寺まで行こうと思います。

ただ今回はもうだいぶ写真を貼り付けたので、続きは次回ですね。
今回は、ここまでです。

~次回は、修復が完成した東本願寺に向かいます~

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第403回 修復した東本願寺~高倉通北から南~その7

[東本願寺] ブログ村キーワード
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前回ブログで訪問した渉成園を背に、
間之町通から正面通を西に向いています。
今回は、この突き当りに見える東本願寺を訪れます。
撮影日は、2016年6月1日木曜日午後3時半。
だんだん高倉通から離れていきます……


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正面通から、間之町通を南に向いています。
向こうに信号が見えますが、あの辺りが下珠数屋町通です。
第401回ブログで高倉通を北上して突き当たった後、
この下珠数屋町通と間之町通経由でここまで来ました。


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今度は正面通から、間之町通を北に向きました。
間之町通は、約100m先の上珠数屋町通との交差点付近で
1車線と狭い道幅になります。
そして、その辺りに文子天満宮がいらっしゃいます。
ただ、そちらには次回ブログでお邪魔します。


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間之町通から、正面通を西に向いています。
左(南)側に東本願寺職員住宅が、右(北)側に表具屋さんが見えます。


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間之町通から、正面通を西に約50m進みました。
こちらは、東洞院通との辻です。


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正面通から、東洞院通を北に向いています。
すぐ目の前に、郵便局が見えますね。
その先に、「並河」さんという美味しい豆腐屋さんがあります。


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今度は、東洞院通から正面通を西に向いています。
左(南)に、「法蔵閣」という仏教書専門店があります。
ここは、浄土真宗大谷派以外の宗派のものも充実しています。
その向かい(北)側に数珠屋さんが見えますが、
東本願寺の門前だけあって、この辺には仏具屋さんが多いです。
ここから約50m前で、正面通は突き当たります。


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正面通から、烏丸通を北に向いています。
約100m先に見える桜並木は、
自分が勝手選んだ京都桜100選にも掲載されています。
ここ以降東本願寺周辺の写真は、クリックすれば全て拡大されます。


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今度は、正面通から烏丸通を南に向きました。
では、この横断歩道を西に渡ります。


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その横断歩道から西を向くと、東本願寺御影門があります。
第107回ブログ第214回ブログでこちらに訪問したときは、
どちらのときも修復中でした。
それが2016年3月にようやく修復が完成しました!
こうしてみると、とても大きな門ですね。


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この辺りの烏丸通は約50mの道幅があるのですが、
その半分くらいはこちらの中央分離帯です。
こちらは、1977年まで市電(路面電車)の停留所でした。


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では、その中央分離帯も西に横断して行きます。
その先の東本願寺御影門に向かいます。


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横断歩道を渡り、烏丸通西側歩道に来ました。
では、東本願寺御影門をくぐり東本願寺境内に入っていきます。


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東本願寺御影門をくぐり、東本願寺境内で西に向きました。
向こうに、東本願寺の本堂の一つ御影堂が見えます。


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同じ場所から、東本願寺境内を北に向きました。
次は、向こうの「参拝接待所」に向かいます。


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「参拝接待所」の西側に、泰山木(たいざんぼく)が並んでいます。
こちらは、この東本願寺を象徴する木々ですね。


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その泰山木の枝の部分をアップにしました。
この日(2016年6月1日)は、ちょうどこの花の盛りでした。
この木の花はとても大きく、直径が50㎝以上あります。


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では、東本願寺の「参拝接待所」に上がります。
左(西)側の屋根は、修復前の阿弥陀堂の一部です。


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東本願寺「参拝接待所」の縁側に、こちらの標識がありました。
では、途中までそちらに向かいます。


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東本願寺「参拝接待所」の西側から、渡り廊下が伸びています。
その中間に、「お手洗い」と書かれた標識があります。
そちらに向かうと、トイレと視聴覚室やギャラリーがあります。
ただ、今回はそちらには向かわずこのまま西に直進します。
(ギャラリーなどは、どうも撮影をしないほうが良いようなので)


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先程の渡り廊下を突き当ると、今度は南にまた廊下が伸びています。
そして、ここから少しずつ上り坂になります。


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その突き当りで、また西に廊下が続きます。
ここも、だんだん上り坂になっています。
この廊下の壁面は、様々な方々の書画が展示されています。
(大半が、東本願寺の歴代僧侶の作品)
まぁ著作権とかもあるので、そこが写らないように撮りました。
左(南)側に、いよいよ御影堂が見えてきました。


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そして、また廊下は南に向きます。
だいぶ廊下を上ってきたので、これで2F分の高さです。
では、向こうに見える御影堂に向かいます。


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ようやく東本願寺御影堂に辿り着きました。
向こうに、先ほど入ってきた御影門が見えますね。
ここ(北側)からではなく、東側から御影堂に入ります。


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東本願寺御影堂北東端まで移動して、南を向きました。
東本願寺御影堂の縁側が廊下のように続き、
個人的には自分の大好きな構図です。
では、こちら側からこの御影堂に入ります。
ただし、この中は撮影不可です。

たいていの浄土真宗系の本山は、
阿弥陀堂と御影堂の二つの本堂を有します。
もちろん浄土真宗大谷派本山の東本願寺も
他の本山同様二つの本堂を有しています。
そのうち、御影堂は宗祖の親鸞の像がいらっしゃいます。。
内部の扁額「見真」とは、親鸞の別名「見真大師」のことです。
先ずは、こちらにお参りしました。
ただ、もう午後4時を回ったので
御簾が降りて親鸞像は拝めませんでした。


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東本願寺御影堂を出て、東を向いています。
向こう側に、先ほどの御影門が見えます。
こうしてみると、本当に御影門は大きいですね。


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同じ場所から、御影堂で南を向いています。
では、ここからさらに南に向かいます。


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御影堂から南に、渡り廊下があります。
こちらから、この廊下経由で阿弥陀堂に向かえます。
第107回ブログ第214回ブログで東本願寺に訪れたときは、
こちらは修復中でした。


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そして、こちらが東本願寺のもう一つの本堂「阿弥陀堂」です。
2016年3月に修復が完成したところなので、
まだまだ真新しいですね。


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今度もまた阿弥陀堂の北東端に立って、南を向いています。
見た目は、ちょっとだけ御影堂に似ていますね。
では、こちらから阿弥陀堂に入っていきます。
とは言え、ここも内部の撮影が不可です。
こちらには、ご本尊の阿弥陀仏がいらっしゃいます。
そちらにもお参りして、ここを出ます。


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阿弥陀堂の前から、東本願寺境内を南東に向いています。
鐘楼の手前に小さな建物がりますが、
こちらは修学旅行生用の案内所です。


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今度は、同じ場所で南南東に向きました。
土塀の向こう(南)側は七条通で、その南側が京都駅前です。
ですから、その辺りから高層建築物が目立ちます。


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さらに同じ場所で、東に向いています。
向こうに、阿弥陀門が見えます。
その向こうは、東の方に下珠数屋町通が伸びています。


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ただ、今回は阿弥陀門からは出ません。
北東に向き、最初に来た御影門から東本願寺の外に出ます。


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御影門をくぐり、烏丸通西側歩道で東を向いています。
では、この横断歩道を渡っていきます。
クリックしたら写真が拡大するのは、ここまでです。


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横断歩道を渡り、烏丸通東側歩道に来て北を向きました。
目の前から、正面通が西に伸びています。


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烏丸通から、正面通を東に向いています。
ずっと向こうの突き当りに、渉成園の門が見えます。
では、約50m先の東洞院通との辻に向かいます。
看板にある文子天満宮へは、次回ブログで向かいます。


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正面通から、東洞院通を南に向いてます。
向こうに、第400回ブログに出てきた新幹線の高架が見えます。


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東洞院通から、正面通を東に向いています。
この先に、渉成園の門が見えますね。


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東洞院通から、正面通を東に約50m進みました。
今回ブログの最初の地点渉成園の門の前に戻ってきました。
ここから約100m北の上珠数屋町通から、また高倉通が復活します。
ただ、だいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回は文子天満宮に寄って、また高倉通を北上します~

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第404回 文子天満宮に寄り道~高倉通南から北~その8

[文子天満宮] ブログ村キーワード
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間之町通で、正面通を東に向いています。
目の前に、第402回ブログで訪れた渉成園が見えますね。
今回はここから約150m北にいらっしゃる文子天満宮に立ち寄り、
その後高倉通を北上します。
撮影日は、2016年6月1日木曜日午後4時半。
やっと高倉通に戻ってきました。


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正面通から、間之町通を南に向いています。
第401回ブログでは、この道を通ってここまで来ました。


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今度は、正面通から間之町通を北に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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正面通から、間之町通を北に向かっています。
右(東)側は暫く渉成園の土塀が続いていたのですが、
約30m進むと小さな寺院が姿を現します。
こちらは、浄土真宗大谷派仏願寺です。
元々こちらに時宗の歓喜光寺があって、
そちらが「六条道場」と呼ばれていたようです。


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その仏願寺の前から、間之町通を北に見ています。
約50m先に、上珠数屋町通との交差点があります……
のですが、写真がボケてしまいました……
なぜかこの交差点を撮ると、よくボケてしまいます。


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間之町通から、上珠数屋町通を西に向きました。
約150m先で東本願寺に突き当たるまで、
上珠数屋町通には京町屋が建ち並びます。
ただ、今回はそちらには向かいません。


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上珠数屋町通から、間之町通を北に向いています。
約40m先に、「文子天満宮」と書かれた看板が見えます。
では、この文子天満宮に向かいます。


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文子天満宮の境内に入ってきました。
鳥居の南側に、こちらの手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。
ここから文子天満宮境内の写真は、
クリックすると全て拡大されます。


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文子天満宮の北側に、末社が並んでいらっしゃいます。
順に、多治比文子像・老松社・福部社・白太夫社・
白滝稲荷社がいらっしゃいます。
どちらも、北野天満宮境内にいらっしゃる神社ですね。


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社務所の脇に、こちらの文子殿がいらっしゃいます。
御祭神は、多治比文子(たじひのあやこ)です。
多治比文子が神託を受け、この地に菅原道真の祠を祀ったのが
この神社の起こりです。
問題は、この多治比文子が何者かということです。
自分は菅原道真の乳母を思っていたのですが、
菅原道真とは人間関係のない
この辺に住んでいた幼い巫女という説もあります。
さらに、菅原道真の乳母の多治比文子の
孫娘の奇子(あやこ)という説もあります。
ただ、これ以外の説もあちこちに書かれていて、
正直よくわからないのが本当です。


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境内の中央に、文子天満宮の本殿がいらっしゃいます。
御祭神は、菅原道真です。
詳しい沿革は、第110回ブログを参照してください。
北野天満宮が、元々はこの位置にいらっしゃいました。


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では、文子天満宮を出ます。
間之町通の向こう(東)側に、浄土真宗大谷派西宗寺が見えます。
写真をクリックすると拡大されるのは、ここまでです。


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文子天満宮の前で、間之町通を南に向いています。
次は、いったんここを戻ります。


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文子天満宮の前から間之町通を南に約50m進み、
上珠数屋町通との交差点に戻ってきました。
間之町通は、この上珠数屋町通以南で道幅が急に広くなります。


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今度は間之町通から、上珠数屋町通を東に向きました。
上珠数屋町通も、この間之町通から河原町通までの約200mだけ
歩道が付いた2車線の道になります。
今から約150年前の明治時代、日本で初めて
京都に市電(路面電車)が走るようになりました。
その際、市電は「七条河原町」交差点を避けて
京都駅から間之町通を北上し、この上珠数屋町通で西に折れて
河原町通からまた北上して五条通や四条通に向かいました。
この道幅は、その当時の名残です。


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間之町通から、上珠数屋町通を東に約50m進みました。
右(南)側に、第402回ブログで訪れた渉成園の石塀が見えます。
また、ここから左(北)に高倉通が再び伸びるようになります。


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上珠数屋町通から、高倉通を北に向いています。
第401回ブログで渉成園の土塀で、突き当たって以来ですね。
では、ここを北上していきます。


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上珠数屋町通から、高倉通を北に進んでいます。
左(西)側に浄土真宗大谷派憶念寺があります。
東本願寺の近くなので、
この辺りの寺院の大半が浄土真宗大谷派です。
一方、右(東)側は京都市立下京渉成小学校の運動場です。
かつての京都市立六条院小学校(さらにその前は雅松小学校)ですね。
上珠数屋町通から約80m北に、花屋町通との辻があります。


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上珠数屋町通から、高倉通を約80m北上しました。
花屋町通との辻の北東角に、こちらの京町屋があります。
2Fの高さに、森下仁丹のブリキの表札が見えます。
第110回ブログでこの辻を訪れたときと比べて、
京町屋が減って更地が増えています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


404-20.jpg
高倉通から、花屋町通を東に向いています。
約50m先の富小路で、花屋町通は突き当たります。
右(南)側は「雅松児童公園」なのですが、
小学生がたくさん遊んでいるので中は撮りません。
自分が小学生だったころ、「花屋町富小路」のT字路から
富小路を少し北に行ったところに駄菓子屋さんがありました。
(萬年寺の南隣です)
ウチからここは遠いので毎日ではありませんが、
たまにそこまで買いに来ていました。


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同じ「花屋町高倉」の辻の北西角にも、
「森下仁丹のブリキ製表札」があります。
こちらは、自分の目線の高さなので大きく撮りました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「森下仁丹のブリキ製表札」の西側に、京町屋が並んでいます。
何軒か解体されましたが、それでもこの辺りは
京都市街地でも特に京町屋の割合が多い地区ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


404-23.jpg
その向かい(南)側にも、京町屋のお米屋さんがあります。
第110回ブログで訪れたときにはあった
「プラッシー」というジュースの看板が、もうありませんね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお米屋さんの前で、花屋町通を東に向きました。
この辺りは、京町屋が密集していて独特の雰囲気を作っています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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花屋町通を東に進み、高倉通まで戻ってきました。
「花屋町高倉」の辻で、北を向いています。
では、ここを進んでいきます。


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花屋町通から、高倉通を北上しています。
こちらに、お地蔵さんがいらっしゃいました。
お参りをしてから、先に進みます。


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花屋町通から、高倉通を北に約50m進みました。
ここで、六条通と交差します。


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高倉通から、六条通を東に向いています。
目の前の建物は、「六條名酒館 タキモト」です。
京都でも屈指の老舗酒類販売店で、
ビンテージ・ワインと日本酒が特に充実しています。
約50m先の富小路沿いに、長講堂が見えます。
六条院の関連寺院ですね。(詳細は、第109回ブログ参照)


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六条通から、高倉通を北に向いています。
先に進む前に、向こうの「赤い」場所を覗きます。


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こちらは、荒熊大明神・高市大明神・梅春大明神です。
要するに3柱を祀る神社ですが、沿革などは不明です。
とても小さな神社ですが、元々こちらにいらしたようです。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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六条通から、高倉通を北に約20m進みました。
東西を貫く短い路地があって、
その北側に「高倉会館」と書かれた建物があります。


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向こうに見える瓦屋根の建物が、その「高倉会館」です。
中はお堂になっていて、ご本尊の阿弥陀仏がいらっしゃいます。
つまり、ここは浄土真宗大谷派の寺院です。
実はここは「高倉幼稚園」で、
自分は40年以上前にここに通っていました。
それが、ここの中を自分が知っている理由です。


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さらに高倉通を北上しています。
右(東)側に、高倉幼稚園の運動場が見えます。
左(西)側に、また児童公園が見えてきました。


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高倉幼稚園の北側に、マンションが1棟あります。
こちらは、東本願寺の社宅です。
つまり、ここには東本願寺の僧侶とその家族が住んでいます。


404-35.jpg
東本願寺の社宅の向かい(西)側に、児童公園があります。
こちらは、「六条院児童公園」ですね。
平安時代に、この辺り一帯に広がっていた六条院(河原院)は
今もこの辺りの地名として残っています。
(六条院関連施設は、第109回ブログを参照)


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六条院児童公園にもたくさんの幼児や児童がいらして、
すべり台などの遊具付近は撮っていません。
こちらは公園の北側ですが、空き地なので誰もいません。
今から40年ほど前まで、ここには50mプールがありました。
自分が小学生の頃は、京都市立小学校には
まだプールが完備されていませんでした。
ですから、このような児童公園にあるプールに
夏場の体育の授業のたびに来ていました。


404-37.jpg
六条院児童公園から、東を向いています。
高倉通沿いに、曹洞宗宗仙寺が見えます。
京都市内では、曹洞宗寺院は珍しいです。
ウチのブログでも、数回しか出てきていません。


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六条院児童公園と宗仙寺の前で、高倉通を北に向いています。
五条通との交差点が、もう目の前ですね。


404-39.jpg
高倉通以西に伸びる楊梅通を、さらに北上しました。
高倉通沿いに、またお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにもお参りして、先に進みます。


404-40.jpg
そのお地蔵さんの前で、高倉通を北に向ています。
もう目の前に、五条通が見えます。
京都市街地で、一番道幅が広い大路ですね。
次はここを渡って高倉通を北上したいところですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回もちょっと寄り道して、命婦稲荷神社に向かいます。
「丑三つ参り」発祥の地ですね~

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プロフィール

ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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いい加減複雑になったので、
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「京の天気」
京都市内の今の天気と
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「京都桜100景」
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今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
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布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
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「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
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この度、相互リンクさせて
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「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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