第405回 「鉄輪」命婦稲荷神社~高倉通南から北~その9

[命婦稲荷神社] ブログ村キーワード
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高倉通を北に向き、五条通を見ています。
五条通以北の高倉通周辺には前回ブログ以上に京町家が建ち並び、
その脇に何本も路地が伸びています。
今回はそのうちの1本にお邪魔して、命婦稲荷神社にお参りします。
謡曲「鉄輪(かなわ)」の舞台で、丑三つ参り発祥関連神社ですね。
撮影日は、2016年6月30日木曜日午後3時半。
梅雨真っ盛りでしたが、この日は珍しく雨が降りませんでした。


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五条通に向かう前に、高倉通を東に向きます。
こちらは、浄運院という寺院です。
安土桃山時代に、光誉尊浄によって建立されました。
江戸時代に東本願寺の学寮だったのですが、
現在は浄土宗の寺院です。
境内は広く弁財天堂もいらっしゃいますが、
今回はこちらには立ち寄りません。


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再び高倉通から北を向き、五条通を見ています。
では、その五条通に向かいます。


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高倉通から、五条通南側歩道を東に向いています。
目の前に、石製鳥居がありますね。


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こちらが、その石製鳥居です。
鳥居の扁額には、「千喜万悦天満宮」と書かれています。
こちらの祠がその天満宮で、まずはこちらにお参りです。
その祠の南側から奥に入ることができ、
そちらは第108回ブログでも訪問した西念寺です。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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鳥居の前の駐車場に、こちらの看板がいらっしゃいました。
今年(2016年)に入ってこの駐車場付近にカフェができ、
そことの絡みで作られたのでしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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西念寺は東西に細長い寺院で、向こうの竹垣の辺りまで続きます。
その向こう(東)側は「和食さと」というファミリーレストランで、
さらに向こう側に焼肉屋の「じゅうじゅうカルビ」が隣接します。
さて、目の前に歩道橋があります。
高倉通にも横断歩道がありますが、今回はこちらを渡ります。


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歩道橋に上り、五条通の南側を見ています。
竹垣越し(南側)に、西念寺の墓地が見えますね。
そのさらに南側は、浄運院の墓地も見えます。
その東側も「和食さと」と「じゅうじゅうカルビ」の店舗越しに、
墓地が延々と続いています。
(「和食さと」の建物で、ここからは見えません)
オフィスビルや看板・塀で五条通からは直接見えませんが、
高倉通~河原町通間の五条通以南には墓地が延々と続きます。
……こう書くと蓮台野六原といった霊場か何かのようですが、
そんな深い理由があるわけではありません。
寺町通が五条通で途切れてしまうので、
五条通以南はこの辺りに小さな寺院が集中します。
(第109回ブログも参照してください)
ここは、それらの寺院の墓地が広がっているだけです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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歩道橋の上から、五条通を西に向いています。
五条通は、京都ではいちばん広い6車線の道です。
しかも、中央に大きな緑地帯まであります。
また東山~堀川通間の五条通は、国道1号線の一部です。
ここを約350m進むと、「五条烏丸」交差点です。
(第212回ブログを参照)


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今度は、同じ場所で五条通を西に向きました。
こちら側から見ても、五条通は広いですね。
五条通は東大路まで伸びていて、
そこから東は「乙羽トンネル」となって山科方面に抜けます。
(国道1号線の道順です)
写真の中央に赤い寺院があるのですが、よく見えませんね。
(レンズ越しではなく肉眼なら、はっきりと見えます)


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そこで、カメラをズームしてみました。
こちらの赤い建物は、清水寺の多宝塔です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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歩道橋で、北側を見ています。
では、ここから五条通北側歩道に向かいます。


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歩道橋で五条通を渡って、東を向いています。
ここから北に、堺町通が伸びています。
今回ブログのメイン命婦稲荷神社はこの道沿いなのですが、
「高倉通編」の途中なのでここを通りません。


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今度は、五条通北側歩道で西を向きました。
目の前に、高倉通との交差点があります。
堺町通側よりも、賑やかですね。


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歩道橋を下りると、目の前が「五条高倉」交差点です。
交差点の北東角には100円ショップがあって、
北西角にはドラッグストアがあります。
さらにドラッグストアの西隣は、フレスコ五条店です。
(自転車が、たくさん駐輪している辺りです)
24時間営業の地域スーパーですね。
自分も、会社からの帰りに時々立ち寄ります。
(京都駅から、真夜中に自転車で遠回りします)
これらの店舗があるので、この交差点はとても賑やかです。


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五条通から、高倉通を北に向いています。
では、ここを北上していきます。


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五条通から、高倉通を北上しています。
左(西)側に、旅館と民家が並んでいます。
どちらも古い京町家ですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その向かい(東)側も、京町屋が並んでいます。
先述の通り、この辺りは特に京町屋が集中する地域の一つです。
町屋の1F部分の扉の向こうに、路地が続いています。
おそらくその奥にも、小さな京町屋が並んでいます。
これが、自分が小さいころに京都市街地中で見た光景です。
この辺は、それがまだ残っていますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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さらに5mほど北に進んでも、西側にまた京町屋が並んでいます。
こちらの町屋にも、路地が付いていますね。
やはり、奥にまた町家が並んでいます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その辺りで、高倉通を北に向いています。
この辺りは、道の両側に京町屋が林立しています。
この先(五条通から北に約120m先)に、東西に伸びる道があります。
あちらが、万寿寺通です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、万寿寺通を東に向いてます。
万寿寺通は、ここから約400m先の
「寺町河原町」交差点まで伸びています。
(写真で見える突き当りにあるビル周辺が、河原町通です)
第396回ブログ地点では、
高倉通と河原町通は100mも離れていなかったのですが……
では、ここから東に進みます。


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高倉通から、万寿寺通を東に約25m進みました。
北側に、こちらの居酒屋さんがありました。
だんだん四条の繁華街が近づいて、飲食店の割合も増えてきました。
こちらのお地蔵さんにもお参りして、先に進みます。


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高倉通から、万寿寺通を東に約50m進みました。
ここで、万寿寺通は堺町通と交差します。
現在の万寿寺通は「寺町河原町」交差点付近で突き当たりますが、
中世のころはさらに東に伸びており、鴨川に橋も架かっていました。
そこから東に現在は六波羅裏門通が伸びていますが、
そこも中世は万寿寺通でした。


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万寿寺通から、堺町通を北に向いています。
辻の北西角にも、京町屋があります。
軒先のアジサイが、見事ですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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万寿寺通から、堺町通を北に進んでいます。
右(東)側に、こちらの京町屋の民家が見えます。
その右(南)側に門が見えますが、
こちらは浄土真宗大谷派大念寺という小さな寺院です。


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万寿寺通から、堺町通を北に約50m進みました。
左(西)側に、「林亀商店」があります。
こちらは、タオルや手拭い・布巾の卸問屋です。
少し北にある松原通周辺は、問屋街になっています。
(第24回ブログ参照)


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その「林亀商店」の南側に、路地への入り口があります。
この扉は夜間は閉まってしまいますが、昼間は中に入れます。
この奥に、今回ブログのメイン命婦稲荷神社がいらっしゃいます。
路地裏の神社は、第72回ブログに出てきた合槌稲荷大明神以来です。


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扉をかけて、西を向いています。
路地は西に約20m伸びていて、そこから少し南に折れています。
そして、この路地のあちこちに町屋の入り口が並んでいます。
お気づきの方も多いでしょうが、ここは私有地です。
路地内の住民のご厚意で、お参りが許されている場所です。
ですから、他の神社以上に常識とマナーが必要になります。


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堺町通から、路地を西に約15m進みました。
すると、右(北)側に、赤い鳥居が見えてきました。
こちらが、命婦稲荷神社です。


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命婦稲荷神社は、路地内の6畳ほどの広場にいらっしゃいます。
鳥居をくぐり左(西)側に、こちらの手水舎があります。
後ろの表札で、この水を飲むことと持ち帰ることを禁じています。
これは、後述のご利益のためです。
ここ以降、神社境内の写真はクリックすると拡大されます。


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鳥居の右(東)側には、井戸があります。
こちらが、「鉄輪(かなわ)の井戸」です。
「悪縁を断ち切る縁切りの井戸水」と言われて、
一時期多くの参拝者がいらっしゃいましたが、
現在は枯れていて井戸水はありません。
(これが、先述の手水舎の表札の理由です)

昔ながらの京都の路地には、このような広場に井戸があります。
自分も子供のころは、近所の路地に入り込んでよく遊びました。
その時点ですでに井戸は使われていませんでしたが、
1980年代の「バブル景気」以前は
まだこのような井戸も路地も残っていました。
それが今では大半が取り壊されて、ホテルやマンションです。


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「鉄輪の井戸」の北側に、「鉄輪神社」がいらっしゃいます。
こちらは命婦稲荷神社のご神体の石碑発見現場です。

謡曲「鉄輪」は、先妻が疎遠になった夫と後妻を
丑三つ参りで呪い殺そうとするお話です。
謡曲では陰陽師安倍晴明と鉄輪の女(先妻)が対決して
女の呪いを晴明が退けて終わります。
ただ、この辺りの伝承では続きがあって
その後ここで女の死体が発見されます。
井戸の中に身を投げていたという説と
井戸端(まさにここです)で
血を吐いて死んでいたという説があります。
その女のために「鉄輪塚」が建てられたのですが、
1864年のどんどん焼けで焼失しました。
(祇園祭の山鉾と同じですね)
1935年に、ここに「鉄輪塚」があったことを指す石碑が発掘され、
そのことでここに「鉄輪社」が建ちました。


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そして、その奥(北)に命婦稲荷神社がいらっしゃいます。
御祭神は、稲荷大明神です。
江戸時代初期に、鉄輪塚の脇に伏見稲荷大社から勧請されました。
元々はこの辺りの氏神様でしたが、
どんどん焼けで焼失後明治時代初期に廃社となりました。
(明治維新で、町の小さな祠は大半が壊されました)
昭和時代初期にこちらが再建されましたが、
その際に「鉄輪社」の位置で発掘された石碑をご神体としました。
(ここに鉄輪塚がいらしたことを表す石碑でした)
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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命婦稲荷神社の前で、路地を東に向いています。
では、ここから路地を出ます。


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路地を出て、堺町通で北を向いています。
約50m先に、第24回ブログで散策した松原通があります。


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「松原堺町」の辻に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらは、第24回ブログでも紹介しました。
自分が昔読んだ本に「鉄輪」の後日譚が載っていました。
(民俗学の本で、「鬼」について書かれてものです)
その本によると、「鉄輪の女」は死後鬼女となり
「五条堺町」辻のお地蔵さんの前で人を襲って食べていたそうです。
それを渡辺綱が退治したというお話です。
当時の五条通は今の松原通なので、
当時の「五条堺町」の辻は今のこの位置に当たります。
ただ、その本以外にはその記述はどこにもなく
「後世の人々が、適当に作ったお話」
というのが本当のところでしょうね。
その証拠に、この近所にはそのような話は伝わっていません。


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命婦稲荷神社の前で、堺町通を南に向きました。
では、ここを進みます。


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命婦稲荷神社の前から、堺町通を南に約50m進みました。
ここで、万寿寺通と交差します。


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堺町通から、万寿寺通を西に向いています。
先程から、町屋の軒先に咲くアジサイがきれいですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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堺町通から、万寿寺通を西へ約50m進みました。
「万寿寺高倉」の辻に、再び戻ってきました。
ここからまた高倉通を北上するわけですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、ここから仏光寺通まで進みます~

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第406回 町の洋食屋「ますや」~高倉通南から北~その10

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万寿寺通から、高倉通を北に向いています。
ここから先にも、小さな神社や寺院、京町家が建ち並びます。
撮影日は、2016年6月30日木曜日午後4時。
曇ってはいましたが、この日は最後まで雨が降りませんでした。


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「万寿寺高倉」の辻北西角に、こちらの石塔が立っていました。
だいたい高さが、50cmくらいでしょうか?
ここから西に、今から約600年前に臨済宗の万寿寺がありました。
(万寿寺通の由来になった寺院ですね)
建仁寺東福寺天龍寺相国寺と合わせて
室町時代の臨済宗本山「京都五山」の1寺でした。
(この場合、南禅寺は別格で筆頭になります)
室町時代半ばの1434年に火災により焼失し、その後衰退しました。
(1467年の応仁の乱より前です)
その後安土桃山時代の16世紀末(天正年間)に、
現在の「東福寺」交差点に移転しました。
現在も万寿寺はこの位置にあり、東福寺の塔頭となっています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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万寿寺通から、高倉通を北上しています。
左(東)側に、京町屋の商店舗が見えます。
こちらは、寸法直し業も兼ねた洋品店です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その町屋の向かい(西)側に、こちらの銭湯があります。
個人的にこういう建築物も大好物なのですが、
最近ここが開いているところを見たことがありません。
もう経営していないのなら、とても残念です……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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銭湯の南側から、西に路地が伸びています。
自動車で見えにくいですが、突き当りに赤い鳥居が見えます。
ちょっと寄り道してみましょう。


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路地は、高倉通から約100m続きます。
だんだんはっきりと、赤い鳥居と祠が見えてきました。


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路地の突き当りに、末広大明神がいらっしゃいました。
こちらは、鳥居や祠の形状から稲荷神社ですね。
実際いろいろなサイトでも、「末広稲荷神社」と書かれています。
この路地周辺の鎮守社で多くの方々の信仰を集めていますが、
沿革や来歴はよくわかっていません。
高倉通沿いには、そういう神社がたくさんいらっしゃいますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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末広大明神の前で、南を向きました。
約20m先に、万寿寺通が見えます。
この辺りには間之町通がありませんので、
「東洞院東入」と書かれていますね。


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末広大明神に背を向け、路地を東に向いています。
では、高倉通に戻ります。


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路地から高倉通に戻り、北を向きました。
では、ここから高倉通をまた北上していきます。


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路地から、高倉通を約30m進みました。
左(西)側の京町家と京町家の間に、
広場になっているところがあります。
自動車に停まっているので、駐車場に見えますが……


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こちらに、そこそこ大きな寺院があります。
門の脇に、「浄土宗常照山長香寺」と書かれています。
ここから、長香寺境内の写真はクリックすると拡大されます。


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長香寺の門をくぐりました。
門から西に約50m進むと、庫裏や本堂があるようです。


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長香寺の門から約50m進み、庫裏の前に来ました。
こちらに句碑が立っていますが、後半部分がよく読めません……


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句碑の前で、右(北)を向きました。
長香寺境内に、小さな稲荷神社がいらっしゃいます。


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こちらが、その福増稲荷神社の祠です。
脇にいらっしゃる神使の狛狐が、とても可愛いですね。
こちらにお参りして、先に進みます。


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福増稲荷神社に背を向け、長香寺境内で南を向いています。
手前の庫裏の向こうに本堂があって、いちばん奥は鐘楼ですね。


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句碑の真下に苔が生えていて、そこにキノコも生えていました。
少しヒラタケに似ていますが、食べられるでしょうか?


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長香寺境内の最南端に来ました。
こちらには、小さな鐘楼があります。


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鐘楼の許には、こちらおの地蔵さんと墓石が並んでいます。
その背後の白い塀の向こうは、墓地です。
その墓地が、長香寺全面積の約40%を占めます。


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墓地を背に、長香寺境内で西を向きました。
こちらが、浄土宗常照山長香寺の本堂です。
ご本尊は、伝定朝作とされる阿弥陀仏です。
長香寺の由来は、徳川家康の側室於古知也(おこちや)の法号(戒名)
「長香院」からと考えられています。
こちらは於古知也の本願で創建が始まりました。
現在は知恩院の塔頭寺院ですが、
江戸時代はもっと大きな寺院だったようで
長香寺自体がこの近くに塔頭寺院を2寺ほど有していたそうです。


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では、この長香寺を出ます。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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長香寺の前から、高倉通を北に向いています。
ここから約50m先に、松原通との辻があります。


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高倉通から、松原通を西に向いています。
この辺りに、京都の繊維関係の問屋が集中します。
ここを直進すると、第24回ブログの後半部分を進むことになります。


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今度は高倉通から、松原通を東に向きました。
第24回ブログ取材時には、歯医者さんの東隣に
地域スーパーがありましたが、今はなくなっています。


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松原通から、高倉通を北に向いています。
駐車場の先に「手作りお弁当」の看板が見えますが、
あちらは有名な洋食店です。


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こちらが、その洋食屋「ますや」です。
自分が子供のころからあるお店で、
自分が中学生時代たまにお邪魔しました。
店の前を通り過ぎようとすると、パタパタと
ハンバーグの生地から空気を抜く音がしました。
その音に誘われて、ここに入ります。
「ますや」店内の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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「ますや」の店内はとても狭く、6人入れば満員です。
全てカウンター席で、それは昔から変わりません。
店内には店を切り盛りされているご夫婦と
自分より10歳ほど若い男性のお客さんがいらっしゃいました。
自分がここの取材を申し込んだところ、
「ネガティヴな記事を書かないなら」
とおっしゃって、ブログに書くことを快諾されました。

さて、ここで何を食べるかということですが、
自分がここに誘われたのはハンバーグを作る音でした。
というわけで、600円のAランチを注文しました。


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ここはナイフとフォークではなく、割りばしで食べます。
こちらは、Aランチのおかずの方の皿です。
後ろは左からスパゲッティナポリタン・コールスロー・
焼きリンゴ・ポテトサラダです。
前には左からハンバーグ!・ハム・魚のフライです。
ちなみに700円のBランチは、魚のフライがエビフライになります。


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初見では1品1品が小さく見えたのですが、
実際に食べてみるとかなりの量でした。
少々の大食漢でも、満腹になるでしょうね。
(自分は、時間をかけてゆっくり完食しました)
ハンバーグには御手製のデミグラスソースが掛かっています。
ハンバーグをご飯に載せて食べると、
ご飯にそのソースが付いて、その部分がまた格別ですね。
(相変わらず、意地汚い食べ方をします)


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そのハンバーグを箸で切り、断面を載せています。
中には、牛ミンチ肉と玉ねぎのみじん切りが見えます。
皿に置いておくと、透明な肉の油が浸み出してきました。
ここはフライパンで焼くだけで加熱しているので、
しっかりと硬い食感がします。
最近は柔らかいハンバーグが全盛ですが、
これはこれでしっかりと「肉」を食べている感じがします。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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「ますや」の前で、高倉通を北に向いています。
ずっと先に、佛光寺の白壁が見えますね。


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この辺りも、京町屋が集中します。
ただ看板によると、この町家は解体・取り壊しが確定しています。
かなり良い状態で残っているだけに、勿体ないですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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先程の町家の脇に、お地蔵さんがいらっしゃいました。
お参りをして横に回ったところ、こんなものが書いてありました。
どうやら「おみくじ」みたいですが、どうやって引くのでしょうね?


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そのお地蔵さんの前で、高倉通を北に向きました。
目の前の高辻通で、高倉通は佛光寺に突き当たります。


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高倉通から、高辻通を西に向いています。
右(北)側に、浄土真宗佛光寺派本山佛光寺が見えます。
さらにその先(西)に、日航プリンセスホテルが見えます。
この辺りは、第388回ブログで通った道ですね。


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今度は、高倉通から高辻通を東に向きました。
目の前に、交差点の信号があります。次は、そちらに向かいます。


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高辻通の信号で、北を向きました。
佛光寺の東側にも、北に道が伸びています。
ここは、佛光寺の関係で筋違いになった高倉通です。


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高辻通から、筋違いの高倉通を北に向いています。
目の前に、佛光寺の阿弥陀門が見えますね。
ただ、この時点で2016年6月30日午後4時半を回りました。
すると、さらに北側の御影門が閉まってしまいました。
もう閉山時間のようです。
では、ここから先は別の日に回ります。

今回は、ここまでです。

~「高倉通編」は、ここから暫く休載します。
次回以降は、いよいよ「祇園祭特集」を連載していきます~

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第407回 祇園祭前祭宵山でお買い物

[前祭] ブログ村キーワード

今回から暫く「高倉通編」を休載し、「祇園祭特集」を連載します。
前回ブログで告知した通り、2016年は後祭中心に掲載します。
ただ、せっかくなので前祭宵山は一部回ったところだけ載せます。
サイドバーにもあるYAHOO知恵ノートを利用して書いた
「祇園祭の歩き方」の資料集め半分お買い物半分という感じです。
いつもは徒歩ですが、この日は自転車なので
道の風景とかはかなり省略しております。
前祭宵山完全版は、2014年のものがサイドバーにあります。
(来年2017年は、前祭中心に取材します)


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ウチの家から川端通に出て北上し、
三条通で西へ向かい、河原町通で姉小路に移り西に向かいました。
烏丸通から、姉小路を見ています。
「姉小路烏丸」交差点南西角に、後祭の鈴鹿山の会所が見えます。
ただ前祭中は、まだ開いていません。
今回は、自転車で北から南へ移動します。
撮影日は、2016年7月16日土曜日午後2時10分。
この時点では、炎天下でした。


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烏丸通から、姉小路を西に進んでいます。
この辺りは後祭の山鉾ばかりなので、祇園祭の感じが全然しません。


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烏丸通から、姉小路を西に約150m進みました。
ここで姉小路は、室町通と交差します。
左(南)側の町屋は、後祭の役行者山の会所ですね。


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さらに姉小路を西に約100m進みました。
ここで姉小路は、新町通と交差します。


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姉小路から、新町通を南に向いています。
次は、この新町通を進んでいきます。


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新町通を南下して、三条通も越えました。
この辺りから、八幡山の町内になります。
ですから、このように問屋さんの暖簾に
八幡神の象徴「つがいのハト」が描かれています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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新町通を南下し、蛸薬師通まで来ました。
ここから東に進もうとしたのですが、
人が多くてちょっと自転車では厳しいです。
そんな道に、強引に大型車が通るのは危険ですね。


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蛸薬師通から、新町通を南に向ています。
だんだん放下鉾がはっきりと見えてきましたが、
この辺りの北観音山と南観音山は後祭の山なので、
この日(2016年7月16日)には何も立ちません。


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こちらは、南観音山の会所が立つ場所です。
通り過ぎると、ちょうど練習中の祇園囃子が聞こえてきました。
店頭で、冷たい抹茶が売られています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらが、その抹茶です。
甘さと苦さが、乾いた喉を潤します。


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蛸薬師通から、新町通を南に約100m進みました。
目の前に放下鉾が立っていますが、そちらには向かいません。


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新町通から、錦小路を東に向いています。
自転車を停められそうな場所があったので、
そこに自転車を停車させてここを進んでいきます。


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新町通から、錦小路を東に進んでいます。
この中華料理屋さんの店頭で、浸みだれ肉まんが売られています。
結構楽しみにしていたのですが、20分待ち状態でした……
隣のビルの駐車場で順番待ちの方々が、蜷局を巻いていました。
仕事まで時間がないので、諦めて次に行きます……
取りあえず、その東隣の霰天神山の会所に向かいます。


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会所の門をくぐると、細長い路地が続きます。
京都でいう「ウナギの寝床」ですね。


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霰天神山(あられてんじんやま)の会所の中に入ってきました。
こちらは、一昨年(2.014年)修復された龍の見送りです。
この龍が、この山の象徴ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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一方こちらの前掛けも、立派です。
こちらは、ベルギーかどこかヨーロッパのものでしょうね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、霰天神山のご神体です。
このように、小さな神社の祠がそのまま乗る山が
祇園祭では結構いらっしゃいます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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また、こちらの霰天神山は火除けのご利益があります。
ですから、こちらのお札を200円で買いました。
こちらは、今ウチの台所に貼ってあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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霰天神山の会所の前で、錦小路を東に向きました。
左(北)側の呉服問屋が、呉服のバーゲンセールをしいています。
これも、祇園祭のもう一つの顔ですね。


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錦小路を東に進み、室町通を越えました。
ここに、占出山(うらでやま)が立ちます。
山の前で、「吉兆鮎」というお菓子を売っていました。
それを1,800円で買いました。


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こちらが、その「吉兆鮎」です。
神功皇后のアユ占いに端を発しています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらが、その「吉兆鮎」です。
カステラ生地の中に、牛皮が入っています。
(小豆餡は入っていません)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらは、占出山会所内に飾ってある胴掛です。
36歌仙の和歌が、絵解きで書いてあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらが、占出山の会所です。こちらで粽や手拭いが買えます。
この時間帯は若い女性が売り子をされていますが、
夕方以降は近所の小学生がわらべ歌を歌いながら売り子をします。
それが、祇園祭の名物です。
では、ここで錦小路を西に進み元の位置に戻ります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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今度は新町通から錦小路をさらに西に約100m進み、
西洞院通まで来ました。
ここでも、露店が並びます。


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錦小路から、西洞院通を南に向きました。
目の前に、蟷螂山が見えますね。


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蟷螂山の北側では、今年(2016年)もカマキリみくじが健在です。
予想通り、子供を中心に長い長い行列ができていました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、こちらが蟷螂山です。
牛車の上に、カマキリがいらっしゃいます。
こちらのカマキリはからくり人形で、頭・前足・羽が動きます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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蟷螂山から、西洞院通を南に向いています。
こちらで、四条通と交差します。


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西洞院通から、四条通を東に向いています。
こちらに、郭巨山がいらっしゃいます。


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今年も、郭巨山で粽を買いました。
ウチの軒先につるしたものは、次回ブログに載せます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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郭巨山会所の西隣は、若狭屋です。
こちらも店頭販売で、このわらび餅を売っていました。
350円払って、持って帰りました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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四条通から、西洞院通を南に進んでいます。
この辺りにも山鉾が多いので、たくさん方々がいらっしゃいます。


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西洞院通から、綾小路を西に向いています。
この辺りは祇園祭宵山の中でも最も空いている場所のはずですが……
結構な人だかりになっていました!


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いつもは空いていて椅子に座って休める芦刈山会所も、
人で人で入れませんでした……
こちらは、芦刈山の前掛けです。
獅子を描いているのが、面白いですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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綾小路から、油小路を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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こちらは、油天神山の会所です。
2014年は資金不足で諦めた手拭いを買いに来ました。


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こちらが、その手拭いです。なかなか凝ったデザインですね。
ここから暫く、クリックすると写真が拡大されます。


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こちらは、手拭いの上の方です。
油天神山を模してありますね。


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手拭いの下半分は、この辺の地図です。
道の名前と山鉾が書いてあります。
ただ、休み山の鷹山と布袋山が略してあります。


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こちらは、油天神山の見送りとご神体です。
こちらも、神社の祠がご神体です。
見送りの日本画が、鮮やかですね。


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こちらは、油天神山の前掛けです。
ちょっと雰囲気が、鯉山のものと似ています。
こちらもベルギー製のタペストリーでしょうか?
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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油小路をさらに南進しています。
仏光寺通の東側に、木賊山(とくさやま)がいらっしゃいますが、
人が多くては入れません。
ここは、真っ直ぐ南進します。


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仏光寺通から油小路を南に進むと、太子山の会所があります。
こちらは、京都市指定文化財の元薬問屋です。
ここから暫く、クリックした写真は全て拡大されます。


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太子山の会所に入ってきました。
こちらは、真新しい前掛けと見送りですね。


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そして、こちらは太子山のご神体と胴掛です。
こちらは、江戸時代インドから輸入されました。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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太子山の北側に、「座ると頭が良くなる」丸太が並びます。
その脇に、こちらの方々がいらっしゃいました。


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その方々は、この緑茶を無料配布されていました。
宇治田原町が日本で緑茶発祥の地であることを
アピールされていらっしゃいました。


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太子山から、油小路を南に向いています。
では、ここから自転車の乗って帰宅します。

今回は、ここまでです。

~次回は、祇園祭山鉾巡行を取材します~

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第408回 祇園祭前祭山鉾巡行 2016 前編

[山鉾巡行] ブログ村キーワード

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2016年は、7月17日が久しぶりに日曜日でした。
ですから、余裕をもって祇園祭前祭山鉾巡行に向かえます。
午前9時15分に家を出て、自転車で七条通から川端通に出て
京阪電鉄「七条」駅前のマクドナルドに寄りました。
この写真は、その2Fから撮りました。
(個人的に、全国のマクドナルド屈指のロケーションと思っています)
ここを午前9時45分に出て、川端通を北上しました。


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川端通を七条通から自転車で御池通に向かい、
そこから御池通を西に進みました。
川端通から御池通を西に約200m進むと、
駐輪場のある「御池河原町」交差点に辿り着きました。
ここに自転車を停めて、この交差点で山鉾巡行を見ます。


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「御池河原町」交差点南東角から、北東角を見ています。
向こうが自分が選ぶベストポイントなのですが、
昨年(2015年)よりゆっくり来たので、
(マクドに行っている場合じゃなかった?)
もう撮影ポイントが他の方に占拠されています。


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人混みに紛れて、何とか撮影ポイントに着きました。
この時点で、午前10時でした。
ですから、もう「御池河原町」交差点の信号も消えています。


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「御池河原町」交差点から約100m北に、規制線が張られました。
昨年(2015年)はここから北側が報道カメラマンのスペースで、
自分たちのような一般人もそこに入れました。
今年(2016年)は単に規制線を張るだけで、
一般人だけでなく報道カメラマンも車道に入ることは禁止です。


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こちらは、「御池河原町交差点」近くの本能寺会館の屋上です。
見物人が、鈴なり状態ですね。


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そうこうしているうちに、もう「祇園会」の幟がやって来ています。
ちなみに交差点南西角に「スギ薬局」の看板が見えますが、
あちらに焦点を合わせていくと辻回しが上手く撮れます。


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その直後に、長刀鉾が河原町通からやって来ました。
よく考えたら、昨年(2015年)よりも約10m北側で撮っています。
この辺りは車道が膨らんで、歩道がその分狭くなっています。
ですから、街路樹の銀杏が邪魔で上手く撮れません。
この辺りから暫く、クリックした写真は拡大されます。


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長刀鉾の櫓の部分をアップにしました。
生稚児さん3人が、写っています。
ただ、カメラは手前の銀杏の葉に焦点が合ってしまいます……


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長刀鉾が、「御池河原町」交差点に入ってきました。
曳き手の皆さんはこちらに向かわず、御池通の西側に並ばれました。
長刀鉾の車輪に竹を噛ませます。いよいよ辻回しが始まります。


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ものの数分で車輪に竹を噛ませると、
先導の方々が両手の扇子を振り上げます。
何となく、年々辻回しの要領が良くなっている気がします。


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「エイヤラヤ~」との先導の掛け声で、長刀鉾が約60°回りました。
そして、これをもう一度繰り返します。


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今度も、すぐに車輪に竹を噛ませました。
「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、長刀鉾が約30°回りました。


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これで、合計ほぼ90°回転しました。
すると、祇園囃の曲調がまた緩やかなものに変わりました。


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長刀鉾の曳き手の皆さんが再び整列すると、
先導の方々が「エイヤラヤ~」と声を掛けました。


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これで、長刀鉾の辻回しが終わりました。
すると、長刀鉾は御池通を西に進み交差点を立ち去りました。


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次に、今年(2016年)「山1番」のくじを引き当てた山伏山が
「御池河原町」交差点に入ってきました。
浄蔵貴所という平安時代の山伏を模した山で、
いつの間にか「天災除け」があるとされています。
そのため、東日本大震災や熊本大地震の被災地とも
こちらの山町がつながりを持つようになりました。


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こういう山は小さいので、辻回しの必要はありません。
担ぎ手の方々がそのまま持ち上げて、
方向転換すれば良いだけのはずなのですが……


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突然、山伏山が右回りに回転し始めました。
本来はものの数秒で交差点を通り抜けるのですが、
いくつかの山は、沿道にこういうサービスをします。


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山伏山は3回転した後、御池通を西に向けて去りました。
とは言え、この間2分もありませんでした。


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次は、「山2番」の白楽天山です。
白居易(白楽天)は、杜甫・李白と並ぶ「中国3大詩人」の一人です。
その一方、白楽天は中国では巫覡(中国版陰陽道)の使い手として
多くの物語や伝説に出てきます。
要するに、日本の小野篁(おののたかむら)と似た人物像ですね。
この山は、その白居易が道林禅師と禅問答をした故事にちなみます。


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白楽天山も、「御池河原町」交差点でくるくる回ります。
沿道からは、また拍手が沸き起こりました。


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「山3番」孟宗山が、「御池河原町」交差点に入ってきました。
昨年(2015年)は、こちらが「山1番」でした。
孟宗は、「三国志演義」で呉の陸遜に使える文官として出てきます。
とても親孝行で、病気の母親の死後
皇帝の孫権の法令に逆らって母親の喪に服し続けました。
普通なら死罪ですが、陸遜の仲介で無罪となり
孟宗は後に呉の重臣になります。
中国では、「親孝行と言えば孟宗」と言われるくらいの方です。


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孟宗山は特にくるくる回ることなく、そのまま西に向かいました。
そう言えば、孟宗山は昨年(2015年)もここを素通りしました。


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次は、くじ取らずの「鉾2番」函谷鉾です。
こちらも、中国の洛陽と長安の間にある函谷関を模しています。
ただし「三国志演義」ではなく、「史記」を模しています。
写真をクリックすれば拡大されるのは、ここまでです。


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函谷鉾の辻回しのうちに、場所を移動します。
辻回しがよく見えるのは「御池河原町」交差点北東角ですが、
山鉾そのものを見るには「御池寺町」交差点です。
横断歩道は「二条河原町」交差点までないので、
「御池河原町」交差点の下にある地下道に向かいます。


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この辺りの地下は、ZEST御池という地下街です。
交差点の真下(地下)にコンビニエンスストアがあって、
そこでスポーツドリンクを買いました。
(曇っていましたが、暑くて熱中症になりそうです)
そして、さらに西に進み地上に上がりました。


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京都市役所の西端、「御池寺町」交差点に来ました。
そこから東の河原町通付近を見ました。
函谷鉾は、まだ辻回しの途中です。
……と言いますか、テントが邪魔で上手く撮れません。
個人的には、ここから東山を借景に撮ると
山鉾がいちばん美しく見えると思うのですが、
テントが昨年(2015年)と向きが違うのが残念です。
ここから最後まで、クリックすれば写真が拡大されます。


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御池通から、寺町通を南に向いています。
繁華街のアーケードの手前に、孟宗山が止まっています。
函谷鉾の辻回しが終わるまで、待っているようです。


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函谷鉾が辻回しを終えて、ようやく寺町通の方にやって来ました。
長刀鉾の辻回しは10分と少々でしたが、
函谷鉾は20分弱かかったようです。


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函谷鉾が、寺町通に入ってきました。
こちらも、立派な鉾が付いています。


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函谷鉾の櫓では、町衆の方々が祇園囃を演奏中です。
函谷鉾の囃手は宵山の深夜に四条通を練り歩いて演奏されるので、
自分の耳には、こちらの祇園囃が一番印象に残っています。


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函谷鉾が、去っています。
こちらの見送りは、真新しいですね。


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その次は、「山4番」太子山です。
台風直撃だった昨年(2015年)と、何もかも違いますね。


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続いて、「傘鉾1番」四条傘鉾です。
先ずは、アスファルトの道に鉄杖を引きずった先導の登場です。


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その後ろに、木製の棒を持ち踊る少年が現れます。
さらに後ろの囃手も、小学生の男の子たちですね。
その囃手の演奏に合わせて、「棒振り踊り」が始まります。


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こちらが、四条傘鉾です。
本来はこの下に櫓と車輪が付くのですが、現在復元中です。


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四条傘鉾の最後列は、こちらの荷車が続きます。
この中には粽が入っていいて、沿道の方々に配られていました。


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さらに、「山5番」(一昨年の山1番)占出山が続きます。
古墳時代に朝鮮半島に攻め込む前に、
アユ釣りで占いをした神功皇后を模しています。
神功皇后を模した山鉾は3基あるのですが、
こちらはそのうちの1基です。

ここで、約半分が終わりました。
続きは、次回とします。
今回はここまでです。

~次回は、月鉾~船鉾の巡行を取材します~

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第409回 祇園祭前祭山鉾巡行 2016 後編

[山鉾巡行] ブログ村キーワード
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2016年の祇園祭前祭山鉾巡行も、半分が過ぎました。
前回ブログの占出山の次は、「鉾3番」月鉾です。
今回は、ここから最後の船鉾まで一気に掲載します。
また今回の写真は、クリックすると全て拡大されます。
撮影日は、2016年7月17日日曜日午前11時半。
この辺りから、少しずつ小雨がぱらつきました。


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月鉾が、「寺町御池」交差点に近づいてきました。
櫓から、囃手さんが演奏される祇園囃が聞こえてきます。


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ここで、空を見上げました。
曇り空に、三日月形の鉾先が映えますね。


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月鉾が、寺町通を通り過ぎていきます。
鉾の中でも、長刀鉾と並び大きいですね。


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続いては、「山6番」芦刈山です。
こちらの山の詳細は、第62回ブログに掲載されています。
一度離縁した夫婦が、年老いてから復縁するお話ですね。
第407回ブログに出てきた獅子の前掛けが立派です。


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続いて、「山7番」蟷螂山です。
こちらは人気の山なので、沿道からも拍手が起こります。
台風が直撃した昨年(2015年)とは異なり、
牛車の上に蟷螂が載っています。


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蟷螂山は、牛車の上に蟷螂(かまきり)を載せた山です。
カマキリの鎌は、「魔(縁起の悪いもの)を絶つ」とされ
とても縁起の良い山でもあります。
このカマキリはからくり人形で今は羽を広げていますが、
他にも頭と前足の鎌が動きます。
その証拠に、自分の後ろにいらした小父さんが
突然大きな声でこうおっしゃったときです。
「いよっ。カマキリ、格好いいね」


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突然カマキリの頭がこちらを向き、右の前足が左右に揺れました。
まるで、こちらに手を振っているようです。
「こういう風に声を掛けると、こんなことしてくれはるで」
先程の小父さんが、そんなことをおっしゃいました。


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さらに、「山8番」保昌山が続きます。
平井保昌が折ろうとした内裏内の梅の木がありますね。
とは言え、ここまでしたにも拘らず
平井保昌は和泉式部とは結婚できなかったのですよね。


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その後は、「鉾4番」鶏鉾です。
「鶏」という名前ですが、特にその絵柄があるわけではありません。
(鶏の胴掛は、函谷鉾ですね)


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鶏鉾が、近づいてきました。
それと同時に、こちらの祇園囃の音色が大きくなってきました。


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鶏鉾が、さらに近づいてきました。
櫓には囃手さん以外にも、稚児さんがいらっしゃいます。
ただし、こちらの稚児さんは人形です。
(人間が稚児をする「生稚児」は、長刀鉾のみ)


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鶏鉾が、寺町通を通り過ぎていきます。
見送りは、鯉山と同じ18世紀ベルギー製のタペストリーです。


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続いて、「山9番」の伯牙山です。
中国の箏の名手伯牙を題材にしています。
第235回ブログでも紹介したように、
こちらの会所は重要文化財の京町家杉本家邸宅です。


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そして、「傘鉾2番」綾傘鉾が続きます。
暴風雨だった昨年(2015年)とは異なり、
今年(2016年)は仮面を付けた踊り手が
「棒振り踊り」を披露してくれました。


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その後に、綾傘鉾が2基続きます。(綾小路の傘鉾ですね)
こちらも四条傘鉾同様、櫓と車輪を復元しようとしています。
こちらの会所は、大原神社の境内にあります。
こちらの本社は、京都府福知山市にいらっしゃるのですが、
江戸時代に京都市内に出張所を作られました。
そのため、綾傘鉾の「棒振り踊り」が
福知山の大原神社に出向くこともあります。


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さらに、「山10番」霰天神山(あられてんじんやま)が続きます。
確か天明の大火のときだったと思うのですが、(違ったらすみません)
こちらの天神さんの境内周辺だけ霰が降ったために
焼失を免れたことがありました。
そのため、こちらは天神さんでも「火除け」の神様です。


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そして、こちらが霰天神山の見送りです。
第407回ブログにも出てきましたね。
2014年に修復したところなので、まだまだ真新しいですね。


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続いて、「鉾5番」菊水鉾です。前掛けと胴掛が鮮やかですね。
こちらの町衆は、水色の法被を身に着けておられます。


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ここで空を見上げると、菊水鉾の鉾先が見えます。
「菊水」だけに、菊花の形をしています。


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こちらは、菊水鉾の櫓です。屋根の裏も、色鮮やかです。
櫓の中は、囃手の皆さんで溢れていますね。


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その後は、「山11番」木賊山(とくさやま)です。
薬草の木賊を採る老人の人形がご神体ですね。


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こちらが、その木賊山です。
こちらも、前掛け・胴掛・見送りを2014年に修復しました。


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続いて、郭巨山が「寺町御池」交差点に入ってきました。
自分が、毎年粽を買っている山ですね。


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郭巨山をアップにしました。
中国人の郭巨とその子供の像がご神体です。
この後ここから金を掘り当てる故事なので、
こちらの山は金運のご利益があります。
粽には、紙製の小判が付いています。


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そして、担ぎ山の最後を飾る油天神山です。
ご神体は、火尊天満宮の祠です。
今は天神さんですが、元々こちらには愛宕神社がいらしたので
こちらも天神さんなのに「火除け」のご利益があります。


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油天神山が、寺町通を通り過ぎていきます。
見送りの富士山が、とても鮮やかです。


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ここから後は曳山と鉾だけなので、全て辻回しがあります。
そのため、ここからちょっとだけ停滞しました。
おまけに雨脚が少し強くなったので、帰られる方も出てきました。
(まだ傘無しでも、大丈夫なのですが)
その間隙に、油天神山の町衆さんが
小さな子供に粽を配っておられました。
ウチの母が、こんな話をしてくれました。
「昔は粽は買わずに、山鉾巡行でばら撒かれたものを拾っていた。
ただ、そうすると山鉾の隙間に沿道の方々が割り込んで危険なので、
今はこのように配ったり、会所で売ったりするようになった」


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ようやく、くじ取らずの「鉾6番」放下鉾がやって来ました。
「南京玉すだれ」などの芸をする放下僧の像がご神体です。


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放下鉾の稚児さんも、人形です。
こちらの人形の後ろに立つ町衆が、手を取って舞を舞わせています。


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放下鉾が、寺町通を通り過ぎます。
見送りのミミズクの絵が、勇壮ですね。


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次も、くじ取らずの岩戸山です。祇園祭前祭唯一の曳山ですね。
鉾のように大きいですが、「山」なので松の木が立っています。


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岩戸山の屋根の上に、神像が安置されています。
こちらは岩戸山ですから、田力男(たぢからお)でしょうか?


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こちらは、岩戸山の屋根の後部です。
見事な彫物ですが、日光東照宮のような「権現造」にも見えます。


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岩戸山が、寺町通を通り過ぎていきます。
こちらの見送りは2種類あるのですが、
ベネチアを描いた方は使われませんでした。


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そして、最後の船鉾が「御池寺町」交差点に入ってきました。
こちらは神功皇后がアマノトリフネに乗って、
朝鮮半島に攻め込む様子を描いています。


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こちらが、船鉾の櫓です。
他の鉾と異なり鉾先は付いていませんが、
祇園囃を演奏する囃手さんたちが乗られております。


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船鉾が、寺町通を通り過ぎます。
背後についている漆黒の舵が、この鉾の象徴ですね。


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これで、山鉾のすべてが寺町通を通り過ぎました。
その後にパトロールカーと信号機器を直すクレーン車が続きます。


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その直後に、信号が付いて規制線が取り除かれました。
自分も「御池河原町」交差点に戻り、
自転車に乗っていったん帰宅します。
その前に、マクドナルドに忘れた雨傘を取りにいかないと……

今回は、ここまでです。

~次回も、まだ祇園祭前祭の取材が続きます~

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第410回 もう一つの祇園祭 前編

前回ブログで2016年祇園祭前祭の山鉾巡行を取材しました。
いつもの年ならここで祇園祭前祭の取材が終わるのですが、
今年(2016年)は7月17日が日曜日なので、
仕事を気にせずに夕方の取材もできます。


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一度家に帰ってから、また自転車で七条通から川端通に出ました。
七条通から川端通を松原通まで北上して、
松原通から大和大路に出ました。
そこからすぐ北の八坂通から東に進み、庚申堂の前で北上します。
その道を約400m進むと、この八坂神社南楼門前に出ます。
今回は、この門の先で行われる祇園祭神幸祭を取材します。
撮影日は、2016年7月17日日曜日午後3時半。
この写真のみ、クリックすると拡大されます。


410-2.jpg
ところが、ここから八坂神社本殿には向かえません。
祭事のために、ここから北は通行止めです。
そこで、八坂神社南楼門前で東を向きました。
左(北)に中村楼を見ながら、この急な坂を上ります。
中村楼の東隣長楽館の角で左(北)に折れ、
円山公園に入って枝垂桜の前で西に向かいます。


410-3.jpg
円山公園の枝垂桜から、西に約100m進みました。
こちらから、八坂神社に入ります。
要するに、ここまで遠回りしました。


410-4.jpg
先程の赤い鳥居をくぐり、八坂神社境内に入ってきました。
左(南)側に八坂神社本殿が、右(北)側に刃物社など末社が見えます。


410-5.jpg
その場所で、南を向きました。
右(西)に、八坂神社本殿が見えます。
ここを進み、八坂神社本殿の表側に回り込みます。


410-6.jpg
先程の石畳の道を約10m進み、西を向きました。
ここから先は、規制線で進めません。
写真の白装束の神職さんに尋ねたところ、
本殿南側の拝殿前がベストポジションとのことでした。


410-7.jpg
八坂神社本殿の南に、八坂神社の拝殿があります。
第12回ブログでは、こちらで神楽が舞われていました。
ここに、何人かの見物人が並んでいます。
日本人よりも、白人の割合が高いですね。
拝殿には、すでに神輿が3基載っています。
7月15日の祭事で、こちらにご神体も移っておられます。


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拝殿のさらに南には、八坂神社南楼門があります。
今回ブログの最初の時点で、この反対側にいました。
現在こちらの門は修復中で、来年の春に完成します。


410-9.jpg
ここから、しばらく八坂神社拝殿の東側に陣取ります。
午後3時50分くらいから、白い法被姿が方々が
八坂神社南楼門をくぐって、境内に入ってこられました。


410-10.jpg
その法被姿の方々は、神輿の担ぎ手さんです。
担ぎ手の皆さんは、本殿の前に並ぶと神社に参拝されました。


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そして、担ぎ手の皆さんは
八坂神社南楼門から境内をいったん出て行かれました。


410-12.jpg
八坂神社斎館の能舞台の脇から、
薄紫色した束帯姿の方々が出て来られました。
こちらは、八坂神社の囃手さんです。
神事の間中、祇園囃を演奏されます。


410-13.jpg
囃手の皆さんは拝殿の前を通り過ぎると、
八坂神社本殿に入って行かれました。


410-14.jpg
その直後に、今度は紋付姿の方々が本殿に入って行かれます。
こちらは、八坂神社の氏子衆の代表の方々でしょうね。


410-15.jpg
すると、南楼門の方から馬に乗られたお稚児さんが現れました。
この日(2016年7月17日)の朝に、
山鉾巡行で長刀鉾に乗られた生稚児さんですね。


410-16.jpg
それに合わせるように、能舞台の方から
臙脂色の束帯姿の方々が、本殿に入って行かれました。


410-17.jpg
一方、生稚児さんを乗せた馬は本殿には入らず
こちらに向かって来ました。


410-18.jpg
生稚児さんを乗せた馬が、自分たちの前を通り過ぎました。
しかし南楼門の方にも向かわず、拝殿の周りを回り始めました。


410-19.jpg
そのように生稚児さんを乗せた馬は、
何周か拝殿の周りを回った後、本殿前に停まりました。
そこで稚児さんが下馬されて、本殿に入って行かれました。


410-20.jpg
この時点で神幸祭開始の午後4時を回っております。
ここから祭事は本殿の中で行われて、
自分たちは時折聞こえる祇園囃に耳を傾けていました。
約30分後に、担ぎ手の皆さんが再び境内に入ってこられました。


410-22.jpg
担ぎ手さんの一人が、こちらの大旗を振られています。
「三若」と書かれていますが、これは「三条台若中会」の略です。
江戸時代初期17世紀の元禄年間より
祇園祭の神輿を担いでいる担ぎ手の集団で、
現在至るまで会員のすべてが一子相伝です。
三条会商店街のそばに、独自の会所を有します。


410-23.jpg
大旗が通り過ぎると、その後から日ノ丸の扇子に先導されて、
鈴の付いた神具を持った方々が境内に入ってこられました。
鈴がよく鳴るように両腕を振られて踊られていますね。


410-24.jpg
その後から、角材を持たれた方が続きます。
こちらは、担ぎ棒として神輿に据え付けられます。
法被の紋から、三条台若中会以外の担ぎ手の方々も
だんだん境内に入って来られているのが分かります。


410-25.jpg
角材の一部が、拝殿ではなく東北門の方に運ばれます。
こちらは、法被から「錦神輿会」の方々と分かります。
文字通り錦市場の青年部による担ぎ手です。


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午後5時を回り、八坂神社本殿内の神事が終わりました。
臙脂色の束帯姿の方々が本殿を出て、斎館に向かわれます。


410-27.jpg
その後を、薄紫色の束帯姿の囃手の皆さんが続きます。
同じく、斎館の方へと向かっておられます。


410-28.jpg
さらに紋付袴姿の方々が、出て来られました。
こちらも、斎館に向かわれました。


410-29.jpg
その間に、法被姿の方々が拝殿南側に集結されました。
三条台若中会・錦神輿会以外も、
後から「四若神輿会」の方々も来られます。



410-30.jpg
そうこうしているうちに、生稚児さんも本殿から出て来られました。
また、馬に乗られていますね。


410-31.jpg
法被姿の担ぎ手の皆さんが道を開けると、
生稚児さんを乗せた馬は
そのまま南楼門から八坂神社を出ていきました。
さて、ここからいよいよ神輿の登場なのですが
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。

~次回は、拝殿からこちらの神輿が担がれていく様子を取材します~

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第411回 もう一つの祇園祭 後編

410-31.jpg
生稚児さんを乗せた馬が、八坂神社南楼門から出ていきます。
いよいよここから神輿が移動します。
撮影日は、2016年7月17日日曜日午後5時。
ここまでは、雨が降っていません。


411-2.jpg
生稚児さんを乗せた馬と入れ替わって、
新たに法被姿の担ぎ手の方々が境内に入って来られました。


411-3.jpg
新たに来られた方々の大旗と提灯に、「四若」と書かれています。
こちらは、「四若神輿会」の略です。
こちらは、祇園の北端若松町若竹町の住民による団体です。


411-4.jpg
「三若会」「四若会」「錦神輿会」の皆さんが、
八坂神社拝殿南側に集結されました。
ここで、神輿渡御直前の簡単な集会が始まります。
簡単な連絡事項の後、責任者の方がこうおっしゃいました。
「祇園祭は観光イベントやない。神事なんや。
そやから、けがと事故を絶対出さんようにしっかりいこう」


411-5.jpg
この段階で、拝殿に一斉に担ぎ手の皆さんが上がられます。
そして、前回ブログにも出てきた角材を神輿に据え付けます。


411-6.jpg
まず、「三若会」の皆さんが八坂神社本堂の前に集結します。
こちらは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)を乗せた
中御座という神輿を担がれます。


411-7.jpg
「三若会」の皆さんが、八坂神社本殿前に集結されました。
そこで、2礼2拍1礼の参拝をされます。


411-8.jpg
参拝を終えられた「三若会」の皆さんは、
鉢巻きを締め直されて拝殿前に集合されました。
いよいよ神輿が拝殿から出発します。


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そして「三若会」の皆さんが拝殿に上がり、
中御座の神輿を肩に担がれました。


411-10.jpg
中御座の神輿が、持ち上がりました。
すると「三若会」の大旗が降られ、日ノ丸の扇子が翻りました。
「四若会」や「錦神輿会」の方々から、
「ほいっと ほいっと」の掛け声がかかります。
山鉾巡行とは違った喧騒の中、
中御座の神輿が拝殿から境内に姿を現します。


411-11.jpg
やがて、神輿を担がれておられる「三若会」の皆さんや
沿道の自分たちの周囲からも、
「ほいっと ほいっと」の大きな掛け声がかかります。
(ちょっと、松尾祭に似ていますね)
中御座の神輿は、時計回りに本殿前に向かいます。
ここから最後まで、クリックした写真は拡大されます。


411-12.jpg
「三若会」の大旗と提灯が、八坂神社本殿に差し掛かりました。
ただ皆さん立ち止まらず、こちらに向かってこられます。


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「三若会」の大旗と提灯が、こちらに来ました。
中御座の神輿も立ち止まらず、こちらにやって来ます。


411-14.jpg
「ほいっと ほいっと」の大歓声とともに、
中御座の神輿が自分たちの目の前を通り過ぎます。
「三若会」の大旗はそのまま南楼門も通り過ぎて、
また拝殿の周りを回り始めました。


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「三若会」の大旗に続いて、中御座の神輿も
拝殿の周りを回っていきます。
辺りは、「ほいっと ほいっと」の大歓声に包まれています。


411-16.jpg
再び中御座の神輿が、こちらに向かって来ました。
中御座の神輿は、拝殿の周りを3周目に入っていきました。


411-17.jpg
中御座の神輿が3周目に入ると、八坂神社本殿前で
「三若会」の大旗と提灯が立ち止まりました。


411-18.jpg
すると「三若会」の皆さんが、
本殿前で中御座の神輿を頭上高く持ち上げられました。


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「ほいっと ほいっと」の大歓声の中、
「三若会」の大旗が大きく振られます。
すると、頭上高く持ち上げられた中御座の神輿が
上下に大きく揺らされました。


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その状態が、約3分続きました。
その後、中御座の神輿がこちらに3度向かってこられました。


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中御座の神輿が、自分たちの前を通り過ぎました。
すると今度は、神輿は八坂神社南楼門に向かっていきました。


411-22.jpg
中御座の神輿は、八坂神社南楼門に差し掛かると
そのまま八坂神社の外に出ていきました。


411-23.jpg
八坂神社境内南西部の神輿庫から、小さな神輿がやって来ました。
先頭の提灯には、「東若御座」と書いてあります。



411-24.jpg
「東若御座」と書かれた提灯が、八坂神社本殿前を通過します。
先頭にいらっしゃるのは、見た目小学生の方々です。
こちらは、どうやら「子供神輿」のようです。


411-25.jpg
ただ、神輿を実際に担がれておられるのは
中高生や成人男性が大半です。
本当に小学生だけで担いでは、危ないですからね。


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八坂神社拝殿の南に側に回り込むと、「東若御座」の神輿は
そのまま南楼門から八坂神社を出ていきました。


411-27.jpg
「東若御座」の神輿が出ていくと、
「四若会」の皆さんが拝殿に上がられました。
次は、「東御座」の神輿が担がれます。
こちらの中には、奇稲田姫(くしなだひめ)のご神体が乗られます。
(素戔嗚尊と夫婦神です)


411-28.jpg
「東御座」の神輿は拝殿を出られた後、境内の南西部に置かれます。
(要するに、地面の上です)


411-29.jpg
最後に、「錦神輿会」の方々が拝殿に上がられました。
そして、「西御座」の神輿を担がれていきます。
こちらのご神体は八柱御子神で、素戔嗚尊の子8柱とされています。
向こうを見ると、「東御座」の神輿が置かれています。


411-30.jpg
「西御座」を担がれた錦神輿会の皆さんは、
他の神輿と異なり、反時計回りでこちらに来られました。
そして、そのまま八坂神社東南門付近に進まれると
そこで神輿を下ろされました。


411-31.jpg
ここで、約10分何も動かない時間帯になります。
その間、神職さんが神輿の上部に
「ネギ」のようなものを括りつけておられました。
(一見「九条ネギ」なのですが、どうやら違うそうです)


411-32.jpg
その「ネギ」状のものが括りつけられると、
「四若会」の皆さんが「東御座」の神輿を担がれました。
こちらは、時計回りで八坂神社本殿に向かわれます。


411-33.jpg
ただ、「四若会」の大旗も
八坂神社本殿の前まで来られると立ち止まられました。
勿論、「東御座」の神輿もここで立ち止まります。


411-34.jpg
「四若会」の皆さんも、八坂神社本殿前で
「東御座」の神輿を頭上に掲げられました。
そして、こちらも神輿を上下に揺すって
「ほいっと ほいっと」の大きな声を掛けられます。


411-36.jpg
そして「ほいっと ほいっと」の歓声とともに、
自分たちの前を通り過ぎて行かれました。


411-37.jpg
「東御座」の神輿が、八坂神社南楼門前に差し掛かりました。
そして、そのまま八坂神社の外に出て行きました。


411-38.jpg
最後に、「錦神輿会」の方々による「西御座」の神輿が動きます。
こちらも、「ほいっと ほいっと」という歓声が上がります。


411-39.jpg
気のせいか、「錦神輿会」の方々は
他の神輿と比べて自分たちの方に近いルートを辿られます。
ですから、いちばん迫力のある写真を撮れるのですが
外側の担ぎ手の方々が自分たちに迫って来られていました。
まぁ、外周をしっかり神輿会の方々がガードしておられるので、
事故などが起こる可能性はないのですが……


411-40.jpg
「西御座」の神輿はそのまま八坂神社南楼門を通過されて、
拝殿の周りを時計回りで進まれました。
「西御座」の神輿も、その後に続きます。


411-41.jpg
そして、「西御座」の神輿は八坂神社本殿前をまた通り過ぎました。
再びこちらの前に、やって来られました。
今回ブログは、40枚以上写真を貼り付けます。


411-42.jpg
自分たちの前を通り過ぎた「西御座」の神輿は、
八坂神社南楼門の前も通り過ぎ拝殿の周りを3周目に入ります。


411-43.jpg
「西御座」の神輿が、3周目で八坂神社本殿の前で停止しました。
こちらの神輿を担ぐ「錦神輿会」の方々も、
神輿を頭上に持ち上げられました。


411-44.jpg
「錦神輿会」の方々が持ち上げられた神輿が、
担ぎ手の皆さんの頭上で上下に揺れています。
据え付けられた鈴が鳴っているので、とても賑やかです。


411-45.jpg
「錦神輿会」の方々も頭上で神輿を揺らし終えると、
こちらの方に向かってこられました。


411-46.jpg
それからここを通り過ぎると、
「西御座」の神輿はそのまま南楼門の方に向かわれました。


411-47.jpg
「西御座」の神輿が、南楼門の方に向かっています。
その脇を、臙脂色の束帯装束の方々が本殿へと歩いていかれました。


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そして、「西御座」の神輿も南楼門をくぐっていきます。
これで、全ての神輿が八坂神社境内を出て行きました。
現在2016年7月17日日曜日午後6時です。
そろそろ3基の神輿が、八坂神社石段下の
「祇園」交差点に集結して出陣式が行われます。
それで急いでそちらに向かおうとしたのですが……


411-49.jpg
こちらが、「祇園」交差点です。
車道は封鎖されていて、歩道には人で溢れかえっています。
しかも、ここから急に大雨が降りました。
あちこち雨傘が広げられて、視界がさらに狭くなります。


411-50.jpg
少し移動しました。
やっと1基だけ神輿が見えましたが、これ以上は無理です。
神幸祭の方に長くいすぎて、席取りに後れをとりました。


411-51.jpg
また位置を変えてみましたが、やはりこれ以上は見えません。
神幸祭は全然見物者がいなかったので、ちょっと油断していました。


411-52.jpg
そうこうしているうちに、出陣式はどんどん進行しています。
多くの方々が背伸びして頭上にカメラを掲げておられますが、
(自分も含めて)どうも上手く生きません。
上手く撮れたのは、「自撮り棒」を持たれている方だけです。
自分は「自撮り棒」反対派なのですが、
この時ばかりは「自撮り棒」が羨ましいです。
結局、このまま出陣式が終わってしまいました……

2016年の神幸祭取材は以上です。
結局最後はこんな感じでしたが、
これが次の取材に経験として活かせればいいと思っています。
……次回が何年後かが問題なのですが。

今回は、ここまでです。

~次回は、後祭宵山の日にうろうろします~

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第412回 下鴨神社 御手洗祭

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7月23日と言えば祇園祭後祭宵山なのですが、
2016年7月23日土曜日はそちらに行く前に
下鴨神社にも寄らせていただきました。
この日はちょうど土用の入りの日で、
この日前後にこの下鴨神社では夏越のお祭りが営まれました。


412-1.jpg
また七条通から、自転車で川端通まで出て北上しました。
叡山電鉄「出町柳」駅前で出町通を西に折れ、
高野川を渡り賀茂川を渡る直前で下鴨西通を北北西に進みました。
「葵橋東詰」交差点で下鴨本通に道をとり、約200m進みました。
こちらは、下鴨本通が御蔭通と交差している地点です。
今回はここから糺の森経由で下鴨神社に入り、
御手洗祭に参加していきます。
今回ブログは全てクリックすると写真が拡大されます。
撮影日は、2016年7月23日土曜日土用の入りの日の午前11時半。
猛暑の快晴で、熱中症との戦いの一日でした。


412-2.jpg
下鴨本通から、御蔭通を東に向いています。
御蔭通は下鴨本通が最西端で、
ここから約2㎞先の志賀街道で突き当たります。
(志賀街道は、比叡山を越えて琵琶湖に至る道です)


412-3.jpg
下鴨本通より東、御蔭通より北に糺の森が広がります。
ただ、その下鴨本通から糺の森に入る場所に赤い鳥居が見えます。
ここから、河合神社に入れます。


412-4.jpg
河合神社の赤い鳥居に近づいてきました。
周囲に、いつも以上に警備員の方々がいらっしゃいます。
祭事のため、いつも以上に来られる方々が多いからだそうです。
(警備員の方々に、直接尋ねました)


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赤い鳥居をくぐると、すぐに河合神社の手水舎があります。
ちょっと洒落た形をしています。


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手水舎の奥に、重要文化財「三井社」がいらっしゃいます。
文字通り3柱の祠が並んでいます。
御祭神は、左から玉依姫、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)
伊賀古夜比売(いがこやひめ)です。
玉依姫とその両親ですね。
ちなみに、賀茂建角身命は下鴨神社の御祭神です。


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三井社に背を向け、北に向きました。
では、ここから河合神社に入って行きます。


412-8.jpg
こちらは、拝殿越しの国宝河合神社本殿です。
御祭神は、神武天皇(日本の初代天皇)の母玉依姫です。
下鴨神社同様に、相当古くからこちらにいらっしゃいます。
(弥生時代にこの神社の原形が存在したという説もあります)
鴨長明が、一時期ここの神主をしていました。
玉依姫が「神道で最も美しい女神」とされており、
そのためそういう関連グッズが社務所で売られています。
(まぁ「木之花開耶比売のほうが美しい」とか、
どの女神がいちばん美しいかは諸説いろいろです)


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河合神社から出て、東を向きました。
次はここを出て、糺の森に入って行きます。


412-10.jpg
河合神社の東側から、糺の森を見ています。
糺の森の西側に駐車場があって、
そちらの交通整理に警備員の方々がいらっしゃいます。
では、さらに東に進み「瀬見の小川」に架かる橋を渡ります。


412-11.jpg
「瀬見の小川」を渡ると、すぐにこの道は突き当たります。
ここは、糺の森のほぼ最南端です。


412-12.jpg
同じ位置で、北を向きました。
では、ここから糺の森を抜けて下鴨神社に向かいます。


412-13.jpg
先程の位置から、約300m北に進みました。
だんだんと下鴨神社の赤い鳥居が見えてきました。
糺の森は結構楽しく散策できたのですが、
写真の枚数の関係で割愛しています。
糺の森の様子は、こちらをご覧ください。
2014年の8月に糺の森を散策した様子です。


412-14.jpg
赤い鳥居をくぐると、こちらのテントが並んでいます。
こちらで、周辺の商店舗の蚤の市が行われていました。
いちばん手前の「加茂みたらし茶屋」のみたらし団子と、
奥の酒造メーカー「丹山」がよく売れていました。


412-15.jpg
その北側に、下鴨神社の楼門があります。
では、ここをくぐり下鴨神社境内に入って行きます。


412-16.jpg
楼門をくぐり、下鴨神社境内に入ってきました。
御手洗祭のため、規制線が張ってあります。
では、指示された順路に従ってここを進んでいきます。


412-17.jpg
本殿近くの方にテントが張ってあり、工事中のようです。
現在、本殿の周辺が修復中です。


412-18.jpg
とは言え、先に本殿の参拝を済ませます。
ただ現在(2016年7月23日)「夏の京の旅」の企画のため、
中の撮影が一切不可になっています。


412-19.jpg
下鴨神社境内の最東端に来ました。
ここで受付をして、祈祷とろうそく代300円を支払います。
中のテントで靴の靴下を脱ぎ、ズボンをめくり上げます。
ろうそくを受付でもらって、先に進みます。


412-20.jpg
テントを出ると、御手洗川に架かる太鼓橋の袂に進みます。
(尾形光琳の「洛中紅白梅図屏風」が描かれた場所です)
ここから、御手洗川の中に入って行きます。
(太鼓橋が、まるでトンネルのようです)


412-21.jpg
太鼓橋をくぐると、そのまま御手洗川の中を歩いていきます。
御手洗川(みたらしがわ)は、そこそこ水深があります。
限界までズボンをめくり上げましたが、膝より上に水面が来ます。
まぁこの猛暑ですから、ここから出たらすぐに乾くでしょう。


412-22.jpg
御手洗川の太鼓橋の上流(東)側に、小さな祠があります。
その中に、大きなろうそくがあります。
こちらが、各自のろうそくの種火になります。


412-23.jpg
分かりにくいですが、ろうそくに火が付いています。
これを川の向かい岸に持っていきます。
……のはずが、途中で火が消えてしまいます。
何度か繰り返しましたが、結局ダメでした……


412-24.jpg
最終的に、ろうそくはこちらに並べます。
自分のろうそくも火が付いていますが、
それは隣の方のろうそくから火を拝借しました。
(たぶん、自分のものは無効ですね)
こうすることで、1年の無病息災することを祈願します。


412-25.jpg
御手洗川の斎場を大写ししました。
御手洗川の上流(東)に、小さな社がいらっしゃいます。
こちらが御手洗社で、御手洗川水源の泉をご神体としています。
その御手洗の泉の上に、御手洗社が建っています。
この日(2016年7月23日)は、梅雨明け直後の猛暑日でした。
熱中症が心配なくらいでしたが、
御手洗川の水はとても冷たく体温を下げるのに役立ちました。
親子連れが多いこともあって、
神事というよりもまるで水遊びのようでした。


412-26.jpg
御手洗川には、約15分浸かっていました。
神事も一通り済ませたので、ここから上がります。


412-27.jpg
上がった先にもテントがあって、そこで靴を履きました。
ただ足がびしょびしょなので、靴下は30分ほど履きませんでした。
その奥で、足形のお札が売られていました。


412-28.jpg
そして、ここで水が参拝者全員に配られていました。
御手洗の泉から湧き出た天然水ですね。盃1杯分を頂きます。


412-29.jpg
その脇に、こちらが掲示されていました。
この水が、売られていました。
そう言えば、清水寺でも音羽の滝の水が売られていました。


412-30.jpg
では、ここから御手洗社の方に向かいます。
ただ、この人数ではなかなか進めません。


412-31.jpg
御手洗社の脇に、こちらがありました。
先ほど出てきた足形のお札は、ここで水に浸けます。


412-32.jpg
こちらが、御手洗社です。
多くの方々が、お参りされています。


412-33.jpg
御手洗社の前を通り抜け、御手洗社の南側に来ました。
では、こちらからいったん糺の森に入って
また下鴨神社楼門から再び境内に戻ります。


412-34.jpg
また、下鴨神社本殿がいらっしゃる中門前に戻って来られました。
実は、ここから鞍馬口通が始まります。
では、その鞍馬口通を西に進みます。


412-35.jpg
先程の場所から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
この赤い鳥居をくぐると、下鴨神社境内を出ます。


412-36.jpg
その鳥居から、鞍馬口通を西に約50m進みました。
向こうで、糺の森から京都市街地に入ります。


412-37.jpg
京都市街地に入ると、すぐに鞍馬口通は下鴨本通と交差します。
では、ここから次の目的地役行者町に向かいます。
ただ、現在2016年7月23日午後1時です。
河合神社前に停めた自転車を取りに行く時間を考慮すると、
急がないと午後2時に役行者町に間に合いません。
とにかく急ぎます。

今回は、ここまでです。

~次回は、役行者山の護摩焚きを取材します~

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第413回 役行者山の護摩焚~2016後祭宵山散策~その1

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下鴨神社から河合神社に戻って自転車に乗った時点で、
午後1時20分でした。
自転車でこのまま山鉾町に行っても午後2時には間に合わないので、
鞍馬口通まで戻って西に進み、烏丸通から地下鉄に乗りました。
こちらは、地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅です。
今回は、ここから鈴鹿山と役行者山に向かいます。
撮影日は、2016年7月23日午後1時50分。
梅雨明けの快晴の猛暑日でした。


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自分が乗ってきた竹田行の地下鉄が、「烏丸御池」駅から出ます。
ただ、毎年ここに来るときは京都駅(反対方向)から来ます。
ですから、間違えて北寄りのホームで降りてしましました。
ここから、ホーム南端の方まで約3分掛かりました。
さて、午後2時までに役行者山に辿り着けるでしょうか?


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地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅ホームの南端から改札を出て、
何とか6番出口に辿り着きました。
ここから、烏丸通に出ます。


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地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅6番出口で、左(北)を向きました。
では、ここから烏丸通を北上します。


413-5.jpg
地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅6番出口から、
烏丸通を約50m北上しました。
ここは、「姉小路烏丸」交差点です。
ここから約70m先に、「烏丸御池」交差点があります。
この交差点の南西角に、鈴鹿山が立っています。
三重県の鈴鹿山脈に住まう女神鈴鹿権現が、
その辺りに住む悪鬼を退治した伝説をもとにしています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらは、鈴鹿山の会所です。
第407回ブログでは、ここは閉まっていました。
では、こちらに入って行きます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


413-7.jpg
こちらが、鈴鹿山の会所の中です。
粽やお守り、御朱印などは、こちらで求めます。
また、前掛けや胴掛など山の装飾品も展示されています。
多くの会所には、「祇園 牛頭天王」の掛け軸が掛かっています。
「牛頭天王」は牛鬼の王で、
天然痘などの病気をばら撒き多くの人を殺す疫病神です。
一方で、自分を信仰する人には無病息災を約束します。
神仏分離令以前は、祇園祭を仕切る八坂神社の御祭神でした。
(八坂神社の現在の御祭神は、素戔嗚尊です)
また、頭上の額には「瀬織津姫神」と書いてあります。


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今度は会所内で、北を向きました。
この先に、鈴鹿権現のご神体がいらっしゃいます。
「祇園祭の山鉾で一番美しいご神体」と呼ばれておりますが、
ここと大船鉾の神功皇后像は、何となく撮影を遠慮しています。
では、その向こうの姉小路通に出ます。


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鈴鹿山の会所を出て、姉小路を西に向いています。
では、ここを進み役行者山に急ぎます。


413-10.jpg
鈴鹿山会所から、姉小路通を西に約100m進みました。
「姉小路室町」の辻に、大きな京町屋があります。
この町家の一部が、役行者山会所になっています。
町家の北側に、手拭屋さんの永楽屋がお店を出しています。


413-11.jpg
姉小路を少しだけ西に進み、室町通に出ました。
ここから少し南に行ったところに役行者山の会所があるのですが、
自分がここに着いた瞬間に通行止めとなりました。
2013年は約30分遅れで、今回もそれくらいだと思っていました。
……読みが甘かったですね。


413-12.jpg
そうこうしているうちに、ほら貝の音が聞こえてきました、
聖護院の修験者が、到着です。


413-13.jpg
修験者の行列は、15人ほどでした。(法螺貝奏者は2名)
これは、1203年と同じ人数です。


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聖護院の修験者は姉小路を経由して、
いったん役行者山の会所に入って行かれました。
ここから、ご神体への祈祷が始まります。
(一般の方々には、非公開です)


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室町通から、姉小路を東に向きました。
修験者が祈祷されている間に、ここを走ります。
ここから約50m先の両替町通で、南に折れます。


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両替町通を南下して、三条通を西に折れます。
そして、約50m先で三条通から室町通を北上します。
これで、役行者山の南側に辿り着きました。
役行者山ご神体への祈祷は、まだ続いています。
役行者山護摩焚きには、どうやら間に合ったようです。


413-17.jpg
……ただ、もう結構な人数が護摩焚きを待ち構えています。
この祭事をご存じなくても、たまたま通りかかって
それで興味を持たれた方も大勢いらっしゃるようです。


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そうこうしているうちに、聖護院の修験者が
役行者山のご神体への祈祷が終わったようです。
会所の方から、こちらに出て来られました。
ここから最後まで、クリックした写真は全て拡大されます。


413-19.jpg
ところが、途中で修験者の行列が途切れます。
先行した修験者装束の方が、聖護院の修験者を制止して質問します。
「修験道の開祖はだれか」
「では、その役小角(役行者)はどのような教えを伝えたのか」
「汝が身につけているそれは何か」など詰問の形式ですが、
本当は見物人に修験道を教えているようです。


413-20.jpg
「よし、汝らは本物のようだ。通って良し」
その一言の後、修験者がこちらに入ってきます。
法螺貝を先頭に、手前の座席に就いていきます。


413-21.jpg
先程の場所を少し引いて撮ります。
今回は2013年とは角度や距離が違うだけでなく、
周りに背が高い方が多くその方々の後頭部ばかり写ってしまいます。


413-22.jpg
修験者全員が、席に着きました。
ただ、まだまだ護摩焚きは始まりません。
その前に、護摩壇の周辺を浄めていきます。


413-23.jpg
修験者の一人が矢筒を背負い、口上を述べます。
先ずは、護摩壇の四方に破魔の矢を放ちます。


413-24.jpg
と言え、本当にこの方向に矢を放てば大惨事になります。
ですから、故意に矢を落として失敗させます。
ただ、最後にマンションの屋上に向けて渾身の一矢を放たれました。
(つまり、人がいない場所に矢を放たれました)


413-25.jpg
四方に矢を放たれた後、今度は斧を持ってきて
護摩壇の四方に振り下ろします。
……とは言え、上手く撮れませんでした。


413-26.jpg
護摩壇には、松葉が溢れています。
そちらに向かって、松明の火が移されます。


413-27.jpg
護摩壇の松場に、火が付きました。
ただ、松葉はなかなか火が付きません。
とは言え、とにかく祈祷が始まりました。


413-28.jpg
少し時間を空けて、松葉が燃え出しました。
時間がかかる反面、松葉はいったん燃え出すと煙がよく出ます。


413-29.jpg
松葉は、本当によく燃えます。周りは、何も見えません。
まぁ、自分は2013年のここの祈祷と節分の壬生寺で経験済みです。
ただ、そうでない方々はだいぶ驚いておられました。


413-30.jpg
ただ、それは最初の10分だけです。
松葉が燃え尽きると、それほどの煙は出ません。


413-31.jpg
年長の修験者が、右手に小刀を持っておられます。
この時、左手には封をした護摩木を持たれています。


413-32.jpg
この角度では分かりにくいのですが、
小刀で封を切られた後、護摩木を次々と
火の点いた護摩壇に投げ込まれています。


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そして、この辺りから様々なお経を唱えだされました。
自分の知っている般若心経も、唱えておられました。


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2013年では何度も唱えられていらした般若心経も、
今回は1度のみで繰り返されることはありませんでした。
次に「南無祇園牛頭天王」を繰り返され、
最後に「南無神変大菩薩」と繰り返されました。
祇園牛頭天王は祇園祭を仕切る八坂神社のかつての御祭神で、
神変大菩薩は役行者の神様としてのお名前です。


413-35.jpg
そして2人の修験者が立ち上がり、法螺貝を吹かれました。
これで護摩焚祈祷は、終了です。


413-36.jpg
すると修験者の方々は席を立ち、
役行者山の会所方面に向けて立ち去って行かれます。


413-37.jpg
聖護院の修験者の方々が立ち去り、道路封鎖も終わります。
たくさんの方々が、また移動を始めます。


413-38.jpg
修験者の方々が座っていいた椅子には、
このように松葉が敷かれています。


413-39.jpg
そのような松葉は持って帰っても、
自分のように護摩壇に行って燃やした煙を浴びても、
ご利益があると言われています。


413-40.jpg
今年はその松葉を求められる方が多かったので、
役行者山会所の方が余った松葉を配られていました。

この後役行者山の会所を回るのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでとします。

~次回は役行者山の会所に訪れた後、鷹山を目指します~

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第414回 永楽屋 手拭い美術館~2016後祭散策~その2

414-1.jpg
室町通姉小路下るの役行者山の前に立っています。
前回ブログで、聖護院の修験者による護摩焚き供養は終わりました。
今回は、ここから三条通の鷹山に寄っていきます。
途中、老舗手拭い問屋の永楽屋さんに寄りました。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後3時。
猛暑の中、先へ進みます。


414-2.jpg
役行者山の南側に、御神酒が飾ってありました。
伏見の清酒月桂冠は分かるのですが、
もう一つが新潟県のお酒八海山です。
確かに八海山はおいしいですが、
敢えて役行者山がお神酒にしているのに、理由があるのでしょうか?


414-3.jpg
こちらが、役行者山です。ご神体は、まだ乗られていません。
水引と胴掛が、真新しいですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


414-4.jpg
役行者山の会所には、ここから入ります。
先ほどまで修験者さんたちが祈祷されていて、立入禁止でした。
そのため、とても混んでいました。


414-5.jpg
この会所も、会所の中は「ウナギの寝床」です。
つまり、細長い土間が続きます。


414-6.jpg
役行者山の会所に入ってきました。
こちらが、元々の水引と胴掛、さらに見送りです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


414-7.jpg
こちらが、役行者山のご神体です。
左から一言主神、神変大菩薩(役行者)、葛城神です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


414-8.jpg
役行者山の前で、室町通を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。


414-9.jpg
前回ブログの護摩壇の前に来ました。
アスファルトの上ですから、鉄鍋の上に松葉を並べていたようです。
今は、護摩木が全て炭になっています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


414-10.jpg
護摩壇脇のマンションの前に、修験者さんがいらっしゃいます。
役行者町の町衆の方々と、談笑されていますね。


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役行者山の前から、室町通を南に進んでいます。
後祭の宵山だけあって、いつもよりも混んでいます。


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役行者山から、室町通を南に約30m進みました。
左(東)側に、手拭い問屋の永楽屋本店があります。
今年も、こちらに寄らせていただきます。


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永楽屋本店に入ると、すぐに階段があります。
そこを上ると、2Fで布製のカバンが売られています。
その売り場の奥から、こちらに入れます。
こちらは、「町家手拭いギャラリー」つまり手拭いの美術館です。
この写真からしばらく、クリックすれば拡大されます。


414-14.jpg
こちらは、永楽屋の昔の広告ですね。
こういうものも、手拭いですとなかなかお洒落です。


414-15.jpg
ギャラリーの入り口付近の様子です。
これらすべてが、手拭いでできています。


414-16.jpg
展示場の中央には、テーブルがあります。
こちらには、昔の手拭いの資料が置かれています。


414-17.jpg
一つ目の部屋の奥に、こちらが展示されていました。
祇園祭の山鉾や馬上の生稚児さんが描かれています。
こうすると、手拭いも単なるタオルではなく壁を飾る装飾品ですね。


414-18.jpg
こちらは、昭和初期に作られた手拭い版「京都観光案内」です。
中央下には、第103回ブログに出てきた文之助茶屋が載っています。


414-19.jpg
さらに奥の部屋に入ってきました。(ギャラリーは、この2部屋です)
手前は正真正銘の屏風で、手拭いではありません。
その奥の「京都の夏」を描いた手拭いは、
タペストリーとしても使えますね。


414-20.jpg
奥の部屋から、「町家手拭いギャラリー」全体を撮りました。
(これで、2部屋です)
そこそこの方々が、こちらに入られています。
このギャラリーは常設なのですが、
祇園祭期間中に特に多くの方々が訪れます。
自分も、毎年ここに来るのを楽しみにしています。


414-21.jpg
奥の部屋のさらに奥に、こちらが展示されていました。
もうこうなると、完全に絵画ですね。
そう考えると、山鉾町の会所で売られている手拭いとかを
壁に貼り付けたりタペストリーにしたりして飾るのも、
装飾品として面白いでしょうね。


414-22.jpg
その脇に、手拭いに混じって粽が置かれていました。
気のせいか、いつも自分が買っている郭巨山の粽より
多少大きいかもしれません。
ちなみに、中央の赤い札には「蘇民将来之子孫」と書いてあります。


414-23.jpg
一通り見ましたので、「町家手拭いギャラリー」を出ました。
永楽屋の2F布製かばんの売り場に、こちらがありました。
JUKI製のミシンですね。
ウチの母も、「ミシンはJUKI製がいちばん」と言っていました。
永楽屋とウチの母愛用のミシンが同じ会社の製品というのも、
なんだかおもしろいです。


414-24.jpg
永楽屋の1Fに戻ってきました。
入り口付近にも、役行者山の粽がありました。
こちらのものは、先ほどのものよりもさらに大きいように思えます。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


414-25.jpg
永楽屋本店の前で、室町通を南に向きました。
ずっと向こうに見える赤いテントの辺りが、三条通です。


414-26.jpg
前回ブログでも、一瞬写っていたコンビニエンスストアです。
このように竹が植えてあると、涼しげですね。


414-27.jpg
今回ブログ最初の役行者山から、室町通を南に約100m進みました。
ここで室町通は、三条通と交差します。
このまま進むとすぐに黒主山ですが、
そちらには次回ブログで立ち寄ります。


414-28.jpg
室町通から、三条通を東に向いています。
三条通はここから約130m先で烏丸通と交差して、
烏丸通の信号を渡った先に「烏丸御池」駅5番出口があります。


414-29.jpg
今度は、室町通から三条通を西に向きました。
右(北)側の大きな建物は、京都医健専門学校です。
屋内で美術品の展示をしていますが、一般には公開されていません。


414-30.jpg
室町通から、三条通を西に約30m進みました。
こちらの眼鏡屋さんが、鷹山の会所です。


414-31.jpg
会所に入るとすぐに、鷹山のご神体がいらっしゃいます。
鷹山は、後祭唯一となった「休み山」です。
(前祭の布袋山も「休み山」です)
「休み山」とは、何らかの事情で損壊して
巡行に参加できない山鉾のことです。
鷹山は、江戸時代半ばの水害で胴掛や前掛け・見送りを失いました。
もっとも、自分が小学生の頃は山鉾の半分以上が「休み山」でした。
確か1980年前後に一気に復元されたように覚えています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


414-32.jpg
こちらが、鷹山の復元模型です。
これを見ると、鷹山は神輿に近い形の担ぎ山ではなく
車輪の付いた大きな曳山と分かります。
江戸時代の記録によると、鷹山は祇園祭最大の曳山だったようです。
今(2016年)から10年計画で、
こちらの鷹山は復活を目指しております。
こちらの写真も、クリックすれば拡大されます。


414-33.jpg
鷹山の前から、三条通を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


414-34.jpg
鷹山の会所から、三条通を約50m進みました。
衣棚通との辻の北西角にある問屋さんの前の駐車場に、
白くて大きなテントが立っています。
こちらも、鷹山の会所です。
こちらでは、粽や関連商品を販売されていました。
また、寄付金も募っておられました。


414-35.jpg
鷹山の会所の前から三条通を西に約100m進むと、
新町通との交差点にぶつかります。
三条通をさらに300m西に進むと、堀川通の交差点があって
そこから西が三条会商店街です。
もしその道を進むと、第59回ブログを逆行することになります。
右(北)に、個人的に京都で一番おいしい洋菓子屋さんと思っている
トゥレ・ドゥーがあります。
以前は露店を出されていたのですが、ここ数年は出されていません。
ここから新町通を南へ下がっていくのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、新町通の屏風や生け花を眺めて散策します。
……その前に、向こうのコンビニエンスストアで
熱中症対策の「ソルティーライチ」を補充しないといけません~

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ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
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「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
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「京都」
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ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
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京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
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花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
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八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。
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