第433回 御池通のオフィス街~高倉通南から北~その20

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今年何度目かの登場の地下鉄「烏丸御池」駅です。
京都駅からの地下鉄に乗ってきたので、ここは烏丸線です。
今回はここから御池通を東に進み、高倉通で北上します。
撮影日は、2016年10月27日木曜日午後3時。
穏やかな秋晴れの一日でした。


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では、烏丸線国際会館行きのホームから
コンコース階に向かいます。


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京都市営地下鉄「烏丸御池」駅のホームから、
階段でコンコース階に上がってきました。
南側のコンコースは改札口があるだけですが、
こちらの北側はコンコース内にカフェや書店が並んでいます。


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まだコンコース階です。
改札口の反対側(つまり、コンコース内)に
大手パン屋チェーン店の「志津屋」の支店があります。
こちらは、パンの購入だけでなくカフェもあります。
改札を出ると、志津屋の上に見える踊り場に出ます。
そこが、「御池烏丸」交差点の真下になります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その踊り場から、地上に出る階段に向かいます。
ここを上がれば、前回ブログの最後の場面
「御池烏丸」交差点南東角に出ます。


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地下鉄「烏丸御池」駅から地上に出ました。
烏丸通から、御池通を東に向いています。
前回ブログは、この道をこちらに向かって歩いてきました。
1週間経って、街路樹のカエデもだんだん色づいてきました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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第205回ブログ以来の「御池烏丸」交差点です。
どちらの道も、京都で屈指オフィスビル街を形成しています。
では、御池通を渡って北上します。


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御池通から、烏丸通を北に向いています。
約100m先に、京都国際マンガミュージアムが見えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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烏丸通から、御池通北側歩道で東を向いています。
御池通では、交差する道の大きな標識が出ますね。
この辺りから御池通の写真は、クリックすれば拡大されます。


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その標識の根本には、こちらの標識が立っています。
先程のものは車道用で、こちらは歩道用です。
歩道用のこちらには、各国の言語で書かれた文字と
その道の謂れが書かれています。


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車屋町通から、御池通を東に向いています。
オフィスビルが立ち並ぶ中、京町屋と土蔵があります。
こちらは、老舗の呉服問屋です。
御池通はオフィスビル街ですが、このように京町家も建っています。


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車屋町通から、御池通北側歩道を約60m進みました。
土蔵の東側は、東洞院通との交差点です。
では、ここをさらに進んでいきます。


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東洞院通から、約50m東に間之町通があります。
その間之町通から、御池通北側歩道を東に向いています。
間之町通~高倉通間の御池通は、歩道が狭くなります。
ここから東の御池通の地下に、京都最大の市営駐車場があります。
歩道が狭い分街路樹も小振りですが、
こちらのカエデのように結構いい枝振りが多いです。
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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その街路樹の脇に、ジュバンセル 御池店があります。
和菓子の材料である小豆や抹茶を使った京風洋菓子のお店です。
JR伊勢丹の地下にあるお店は、相当流行っていますね。
ただ、店内飲食ができるのは
八坂神社南楼門から南に約100mにある本店のみです。


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間之町通から、御池通北側歩道を約50m東に進みました。
ここで御池通は、高倉通と交差します。
ここからの写真も、クリックすればまた暫く拡大します。


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御池通北側歩道から、高倉通を南に向きました。
広い広い御池通の向かい(南)側に、
前回ブログでお参りした御所八幡宮が見えますね。


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先程の「高倉通」の表札を反対側から見ています。
「高倉通」という文字の下に、小さく周辺地図が書いてありますね。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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御池通から、高倉通を北に向いています。
では、ここを進んでいきます。高倉通北端まで、あと約700mです。


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御池通から、高倉通を北に歩いています。
こちらはマンションや飲食店ではなく、雑居ビルの1Fです。
大きな水槽に、大きな淡水魚が泳いでいました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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水槽のあるビルの斜め向かい(北西)に、こちらの町家があります。
こちらは、串カツ専門の居酒屋さんです。
こういうお店が並ぶところが、高倉通らしいですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その串カツやさんの斜め向かい(北東)に、保事協会館があります。
「保事協」とは、京都保険事業協同組合のことです。
その建物の前に、1本の石碑が立っています。
14世紀前半、こちらに足利尊氏の邸宅がありました。
つまり、室町幕府はここで発祥しました。
尤も足利尊氏邸宅は広大だったので、御池通周辺も邸宅の一部です。
室町幕府は足利尊氏の死後、
第195回ブログに出てきた大聖寺の辺りに移転しました。
そのためここは等持寺という寺院に変わりましたが、
応仁の乱で焼失した後は衰退し、等持院に吸収されてしまいました。


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御池通から、高倉通を約100m北上しました。
こちらで、高倉通は押小路と交差します。


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高倉通から、押小路を西に向いています。
「押小路高倉」の辻の南西角に、「初音湯」という銭湯があります。
ちょうど今(午後3時半)、営業中です。
……高倉通は、他の通りと比べて銭湯が少ないですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、高倉通から押小路を東を向きました。
ここから東に約400m先に、
第161回ブログに出てきた京都市役所北側に辿り着きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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押小路から、高倉通を北に向いています。
では、ここを北上します。


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先程の写真でも写っていましたが、
こちらの土蔵のような建物は、浄土真宗雒陽山浄光寺です。
ただ、こちらの沿革は全く分かりません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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押小路から、高倉通を北に約120m進みました。
ここで高倉通は、二条通と交差します。


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高倉通から、二条通を東に向いています。
ここから約400m先の寺町通沿いは、
第161回ブログに出てきたお洒落な銀杏並木が続きます。


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今度は高倉通から、二条通を西に進みました。
ここから約250m先で、烏丸通と交差します。
(第203回ブログを参照)


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二条通から、高倉通を北に向いています。
もう向こうに、高倉通の突き当りにある京都御苑が見えます。
ただ既にだいぶ写真を貼り付けたので、ここから先は次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回で、「高倉通編」が終わります~

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第434回 夷川豆政の五色豆~高倉通南から北~その21

[豆政] ブログ村キーワード
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二条通から、高倉通を北に向いています。
この先に、高倉通の突き当り京都御苑の森林が見えますね。
今回は、夷川通でうろうろしてからその突き当りまで進みます。
撮影日は、2016年10月27日木曜日午後3時半。
今回で、「高倉通編」が終わります。


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二条通より北に進むと、高倉通には途端に京町家が激減します。
代わりに駐車場とマンションが増えていきますが、
お地蔵さんだけはこんな風に昔と変わらずいらっしゃいます。


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さらに、この辺りでは空き地も見受けられるようになりました。
だんだんと確実に京町家が減ってきている京都市街地の現実が、
こういうところからでも分かります。


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ただこのように、この辺りでも何軒かは京町家が残っています。
こちらは外国人向けの宿泊施設です。
この写真は、クリックすれば拡大します。


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二条通から、高倉通を約100m北上しました。
高倉通は、ここで夷川通と交差します。


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高倉通から、夷川通を東に向いています。
烏丸通~寺町通間の夷川通は、京都屈指の家具屋街です。
(詳細は、第202回ブログ第203回ブログを参照)


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この辺りは幕末の1864年禁門の変の後に起こったどんどん焼け
最も大きな被害が出た場所です。
京都は江戸時代の末期から明治時代初めまで
復興のためにこの辺りに家具屋や左官屋が集中しました。
それが夷川通の「家具屋街」の原型となりました。
今では真新しいインテリア家具を売るビルも増えましたが、
こちらの「万市」さんのように京町家の昔ながらの店もあります。


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「万市」さんには、第202回ブログでもお邪魔しました。
やはりこちらに来たら、高く積み上げた火鉢が目に入ります。
いつもより火鉢の量が少なめなのは、
気温が下がっていくつか売れたからでしょうね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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「万市」さんといいますか、高倉通から夷川通を東に向いています。
左(北)に見えるのは家具屋さんの「宮崎平安堂」で、
右(南)も1Fは「宮崎平安堂」ですが、その上はマンションです。
この「家具屋街」も、だんだん家具屋さんよりも
マンションが目立つようになってきました。


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高倉通から夷川通を東に進み、堺町通で北を向きました。
約250m先に、京都御苑の堺町御門が見えます。
毎年5月15日に開かれる葵祭では、
この門から巡行行列が京都市街地へと出て行きます。
そして、先述のどんどん焼けではこの堺町御門付近が火元でした。
そのどんどん焼けでは、京都市街地の中心部が全焼しました。
祇園祭の山鉾の大半が、いったんこの時点でほぼ焼失しました。
さらに、これが首都が京都から東京に移転した一因でもあります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「夷川堺町」の辻の南東角にある家具屋さんに、
大きなショウウィンドウがあります。
そちらには商品の家具ではなく、
小学生が描いた絵画などが展示されています。
この写真も、クリックしたら拡大されます。


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堺町通から、夷川通を東に向いています。
約50m先に、柳馬場通が見えます。
ただ、その手前に大きな京町家が見えますね。


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こちらが、その京町家です。京菓子の老舗「豆政」の本店です。
最近はいろいろ京名物が増えましたが、
そういうものの最初の1軒ですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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豆政で、こちらのお菓子を買いました。
左が、ここの名物「五色豆」です。
エンドウ豆に、色のついた砂糖が掛かっています。
実は、それぞれの色で味が微妙に違います。
特に茶色のものはニッキ(シナモン)味で、
自分はこれが一番のお気に入りです。
右は、エンドウ豆が入ったあられ以外にも
煮干しや小さなせんべいが入っています。
こちらの創業は明治時代の半ばですが、
それ以来八つ橋と並ぶ京名物と呼ばれてきました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「豆政」の前で、夷川通を東に向いています。
この先の富小路から、また家具屋が建ち並ぶようになります。
柳馬場通を通り過ぎると、約300m先の寺町通で
いったん夷川通は突き当たります。
(詳細は、第161回ブログ参照)


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今度は、「豆政」から夷川通を西に向きました。
では、こちらから高倉通に戻ります。


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再び「夷川高倉」の辻に戻ってきました。
辻の北西角は先述の「宮崎平安堂」ですが、
北東角の京町家はお惣菜やお弁当のお店です。
(一見、パン屋に見えますね)
この近くにオフィスが多く(京都地方裁判所も近くです)
お昼時には結構流行っています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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堺町通から、夷川通を西に向いています。
夷川通の両脇が、家具屋さんの「宮崎平安堂」ですね。
では、さらにここを進んでいきます。


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先程の「万市」さんの前まで戻ってきました。
「万市」さんの左(西)側に、高倉通が伸びています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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夷川通から、高倉通を北に向いています。
では、この突き当りまで歩いていきます。


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夷川通から、高倉通を北上しています。
夷川通より北に進むと、またぽつぽつと京町家が復活します。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その京町家の向かいに、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
こちらにもお参りしてから、先に進みます。


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夷川通から、高倉通を約100m北上しました。
辻の北西角に、京都竹屋町高倉郵便局があります。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、竹屋町通を東に向いています。
約350m先の寺町通でいったん突き当たり、そこに革堂があります。
そこから約50m北に下御霊神社がいらして、
その辺りからさらに東に竹屋町通が土手町通まで伸びています。
(詳しくは、第162回ブログ参照)


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今度は、高倉通から竹屋町通を西に向きました。
約250m先に、烏丸通との交差点があります。
(詳しくは、第202回ブログ参照)


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竹屋町通から、高倉通を北に向いています。
では、この突き当りに向かって進みます。


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竹屋町通から、高倉通を約100m北上しました。
高倉通は京都御苑で突き当たるので、
この先は京都御苑南端の丸太町通とのT字路です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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高倉通から、丸太町通を東に向いています。
ちょっとわかりにくいですが、
約50m先の標識の辺りが先述の堺町御門です。


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今度は、高倉通から丸太町通を西に向きました。
ずっと向こうに見える白壁の建物の辺りが、
地下鉄「丸太町」駅がある「丸太町烏丸」交差点です。


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高倉通から、丸太町通を西に約50m進みました。
ここから南に、間之町通(あいのまちどおり)が伸びています。
この道の突き当りに京都御苑への入り口の一つ
間之口門(まのくちもん)があるのが、その由来です。


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丸太町通は高倉通とのT字路には横断歩道がないのですが、
間之口門前に位置する間之町通との交差点にはあります。
では、ここを渡っていきます。


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丸太町通は京都市中京区と京都市上京区の区境なのですが、
京都御苑に入るまでは京都市中京区です。
間之口門から約50m西に進むと、丸太町通は東洞院通と交差します。

~うっかりミスで消去してしまったので、
この写真は2016年11月10日に撮影し直しました~


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京都御苑南端、または丸太町通から東洞院通を南に向いています。
ここを約3500m進むと、京都駅前に到達します。


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その辺りに大きな木があって、その根元にこちらのネコがいました。
ちょっと寒くなってきましたが、日向ぼっこをして居眠りですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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自分は動物を取るのが苦手でして、
いつもシャッターを押す最中に逃げられてしまいます。
(ウチのカメラは、一瞬でシャッターを押せません)
しかしながら、このように居眠り中は少々のことでは逃げません!
つまり、今このネコは撮り放題です!!
ですから、このように角度を変えて何枚も撮りました……
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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東洞院通から、丸太町通を西に約50m進みました。
車屋町通を通り過ぎた辺りに、
地下鉄「丸太町」駅1番入口があります。
では、ここから地下鉄に乗って帰宅します。

これで、「高倉通編」を終了します。

~次回は、ここから京都御苑にお邪魔します。
禁門の変の史跡中心に回ります~

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第435回 九条池に架かる橋~京都御苑秋散策~その1

前回ブログ「高倉通編」は終わりましたが、
ここから「高倉通編」は延長編に入ります。
といいますのも、京都御苑内の高倉通がある位置にも道があり、
そこから京都御所の建礼門まで続いているからです。
今回から、暫く建礼門の南側に伸びる建礼門前通を北上します。
11月に入ってカエデはまだまだ紅葉していませんが、
それ以外の木々はちょうど見頃でした。


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京都駅から市営地下鉄烏丸線に乗り、「丸太町」駅で降りました。
そして、自分を乗せていた車両が「今出川」駅方面に出発します。
今回は丸太町通を西進し、堺町御門から京都御苑に入ります。
撮影日は、2016年11月10日木曜日午後2時。
日が経つにつれ、紅葉が進んできています。


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地下鉄烏丸線「丸太町」駅のホームからエスカレーターに乗り、
駅のコンコースに着きました。
改札の先に、コンビニエンスストアがあります。
今年(2016年)の葵祭ではこの辺りはものすごい人出で、
先に進めずに左(北)側の3番出口から地上に出ました。
今回は、コンビニエンスストア東側の1番出口から
地上に向かっていきます。


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先程のコンビニエンスストアの前からそのまま進み、
地下鉄「丸太町」駅1番出口から地上に出ました。
「丸太町烏丸」交差点北東角で東を向いていて、
ちょうど前回ブログ最後の写真と反対を向いています。
「烏丸丸太町」バス停に、ちょうど市バスがやって来ました。


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烏丸通から、丸太町北側歩道を東に歩いています。
この道より右(南)は普通の市街地なのですが、
左(北)側の京都御苑で南北に伸びる道は全て突き当たります。
元々京都御苑はもっと西にあって、(第344回ブログ参照)
安土桃山時代(今から約420年前)にここに造営されました。
そのため、それ以前にこの地に住んでいた方々は
今の京阪電鉄「三条」駅の東に強制的に移住させられました。
そのため、その辺りに「新」高倉通などがあります。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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市営地下鉄「丸太町」駅1番出口から、
丸太町通北側歩道を東に約100m進みました。
ここ間之町通に横断歩道があって、南に渡れます。
(前回ブログでは高倉通から移動して、ここを渡りました)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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間之町通の突き当りから、このように京都御苑内に入れます。
こちらが、間之口門(まのくちもん)です。
第397回ブログでは、ここから中に入りました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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間之町通から、丸太町通北側歩道を東に向いています。
約50m先に、前回ブログまで北上し続けた高倉通が見えますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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丸太町通から、高倉通を南に向いています。
第395回ブログから約半年かけて、この道を北上し続けていました。
(ただし、第407回ブログから第423回ブログまでの約2か月間
祇園祭や太秦を特集していました)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、丸太町通北側歩道を東に向いています。
約50m先に、また京都御苑内に入れる門が見えます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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高倉通から、丸太町通北側歩道を東に約50m進みました。
堺町通の突き当りに、堺町御門があります。
葵祭の巡行行列は京都御所を出発して、
京都御苑内の建礼門大通南下しこの門から京都市街地に出ます。
また、1864年の禁門の変後のどんどん焼けはこの辺りが火元でした。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門(堺町通)から、丸太町通北側歩道を東に向ています。
京都御苑は、ここから約350m先の寺町通まで続きます。
また、ここから約50m先に「丸太町柳馬場」交差点があります。
その交差点の南東角に、白くて大きな建物が見えます。
そちらが京都地方裁判所で、
この辺りには法曹関係の施設が集中しています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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では、こちらの堺町御門から京都御苑内に入っていきます。
京都御苑の敷地に入ると、
京都市中京区から京都市上京区に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門から、京都御苑内に入ってきました。
堺町御門は、京都御苑南端のほぼ中央にあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門から北に約30m進み、東を向きました。
今年(2016年)は気温が低いのでそろそろ紅葉かと思ったのですが、
カエデはまだ染まりだした直後ですね。
ここから約200m先の富小路にも御門があって、
その辺りに野球場やグランドがあります。
……自分の京都御苑のイメージは、
小中学生が野球やサッカーをしに来るところです。
(京都市街地では、そういう遊びができませんし)
この写真もクロックすると拡大されます。


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同じ場所で、今度は西を向きました。
約50m先から右(北)に、建礼門前大通が伸びています。
葵祭では巡行行列はその建礼門大通からこちらに向かい、
この後方(南)にある堺町御門から京都市街地に出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の場所から堺町御門の前に戻り、西に向きました。
藪で見えにくいですが、写真の右側に大きな台があります。
かつて後西天皇の仙洞御所(天皇引退後の邸宅)にあった
鉄製の大きな燈籠がこちらに移動して残っていたのですが、
1938年以降の戦時体制中に供出されてしまいました。
そのため、今はこの台だけが残っています。
では、この小路を西に進みます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門の前から、狭い小路を西に進んでいます。
丸太町通から見えていた藪の中に入った格好ですね。
左側の木々の向こうに、
先ほど歩いていた丸太町通北側歩道があります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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藪の中を西に歩きながら、右(北)側を見ました。
こちらは、九条池ですね。
かつての九条邸にあった庭園の一部です。
九条氏は藤原氏本家が改姓した一族で、
鎌倉時代以降は左大臣や右大臣などを歴任しました。
江戸時代、京都御苑には公家(貴族)の邸宅が並んでいました。
こちらは、その邸宅跡の一つです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そんな薮の中に、このようなものがありました。
公衆便所とも思ったのですが、鍵が掛かっています。
そもそもこんな分かりにくい場所に便所を作っても、
だれも利用しませんよね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堺町御門から、藪の中を西に約50m進みました。
小路は多少くねくねしていますが、ここでT字路にぶつかります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そのT字路で、南を向きました。
木々で分かりにくいですが、この向こうが高倉通です。
つまり、ここから北上すると「高倉通編」の続きになります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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同じ場所で、北を向きました。
この辺りが九条池の中央で、大きな太鼓橋が架かっています。
ですから、高倉通をずっと延長すると
この九条池に架かる橋に出ることが分かります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の場所から北上し、九条池に架かる太鼓橋の上に来ました。
橋の上から、九条池の東側を見ています。
この辺りのカエデは日が照る場所は紅く染まっていますが、
それ以外の場所はまだまだ碧いままですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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今度は、九条池の西側を見ています。
程よく紅く染まった桜の脇に、拾翠亭が見えますね。
先述の通り、この池はかつての九条家邸宅の庭園の一部です。
ですから、こちらは元々九条邸内の茶室でした。
この橋へは第201回ブログ以来約2年半ぶりの訪問ですが、
この拾翠亭には自分は訪れたことがありません……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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九条池の北側には、厳島神社がいらっしゃいます。
こちらの神社にも、第201回ブログ以来約2年半ぶりです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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厳島神社の社前の石製鳥居をアップにしました。
こちらは、第419回ブログに出てきた
「蚕ノ社」木嶋神社の三柱鳥居と並ぶ京都三珍鳥居の一つです。
(残りの一つは、北野天満宮の末社「伴氏社」の鳥居)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その厳島神社の右(南)側を見ています。
池に何羽か鴨が泳いでいます。
この九条池には、様々な水鳥がやって来ていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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太鼓橋の上で、北を向きました。では、九条池の北側に出ます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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九条池に架かる橋の北側で、西を向きました。
木々の向こうに見えるのは、堺町休憩所です。
葵祭では、この辺りに露店が並びました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は、同じ場所で東を向きました。
第397回ブログでは、ここで葵祭の巡行行列を見ていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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九条池北側から、京都御苑内で北を向いています。
ここから北に建礼門前大通が伸びていて、
ずっと先に京都御所の建礼門が見えています。
では、ここからこの建礼門前大通を北上するのですが
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、ここからこの道を北上し白雲神社に訪れます~

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第436回 白雲神社の御火焚祭~京都御苑秋散策~その2

[白雲神社] ブログ村キーワード
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京都御苑の南端九条池の北側から始まる建礼門前大通の南端から、
北を向いています。
今回はここからそのままこの通りを北上して、
京都御苑内の紅葉を散策します。
撮影日は、2016年11月10日木曜日午後2時半。
今回の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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建礼門前大通の北端にある京都御所の建礼門が
ずっと向こうに小さく見えますね。
この道は京都御苑の中央を南北に貫いており、
また京都御苑でいちばん広い道(道幅約100m)でもあります。
つまり、ここが京都御苑のメインストリートですね。


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同じ場所で、建礼門大通西側を撮りました。
先程の右(東)側の沿道には松木並木が続いていましたが、
左(西)側は様々な木々が並んでいます。
この日(2016年11月10日)はカエデの紅葉はまだまだでしたが、
桜や他の木々の紅葉は、ちょうど見頃でした。


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前回ブログで出てきた堺町休憩所の脇に、このカエデがありました。
このように周囲に木々がないカエデは日によく当たるので
元来なら一番紅葉が進むのですが、
それでもまだまだ碧の部分が残っていますね。
たまに黒く見える木もありましたが、
それは紅と碧が半々だと混ざった色に見えるからです。


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九条池の前から、建礼門前大通を北上しています。
左(西)側の沿道には芝生があって、
曇り空で多少雨が降りそうなのですが、
あちこちに休憩されておられる方々がいらっしゃいます。
芝生より西に様々な木々が並んでいるのですが、
そちらはだいぶ紅葉に染まっていました。


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先述の通り、カエデ以外の木々はすっかり紅葉が進んでいます。
芝生の西側の百日紅(さるすべり)も、完全に葉が染まっています。


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芝生をさらに西に進んでいます。
カエデは上の方が紅いのですが、下の方は碧混じりです。
さらに後方(西)の桜は、完全に紅く染まっています。


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同じ場所で、東を向きました。
芝生の上に、可愛らしい小犬が走っています。
建礼門院前大通沿いの芝生には、この時間帯に
犬の散歩で来られている方がだいぶいらっしゃいました。


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建礼門前大通沿いの東側の芝生は松木並木が中心なのですが、
1本だけカエデが生えています。
こちらのカエデの紅葉も、もう少し先のようですね。


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九条池から、建礼門前大通を約250m北上しました。
京都御所の建礼門が、だいぶ近くなってきました。
ここで、建礼門前大通は東西に伸びる広い道と交差します。


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建礼門前大通から、その大通りを東に向いています。
約100m先に、仙洞御所の入り口が見えますね。


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今度は、建礼門前大通から大通りを西に向きました。
約200m先の出水御門越しに、京都御苑外の烏丸通が見えますね。


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その辺りを歩いていたとき、突然神楽の音色が聞こえてきました。
最寄りの神社は……白雲神社ですね。
では建礼門前大通から西に折れ、約50m進みます。
大きなポプラの木を目印にして北に折れると、
すぐ白雲神社に辿り着けます。


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そのポプラの木の角で、北を向きました。
ここから見ても、白雲神社に人だかりができています。


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先程の場所から、約50m北上しました。
第200回ブログ以来の白雲神社です。


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白雲神社の北側で、煙がモクモクと立ち上っています。
こちらにも、後で覗きに行きます。


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神社の入り口に、このような張り紙がありました。
先程の煙は、この護摩を焚いたためだったのですね。


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白雲神社境内に入ってきました。
……ただ、ここに自分が入った途端神楽が途切れました。
どうやら、たった今(午後3時)祭事が終わったようです。
神主さんの周囲に皆さんが集まって、
順番に玉串をもらっていました。
自分もいただいて、今はその玉串はウチの軒先に刺さっています。


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こちらが、白雲神社の本殿です。
こちらの沿革は、第200回ブログに書きました。
本殿の周囲には約50人くらいいらして、
大半が修学旅行生と外国人(意外と白人が多いです)でした。
まぁ、平日の午後ですからね。


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白雲神社本殿の北東部に、福寿稲荷社がいらっしゃいます。
先程の玉串を奉納されておられる方もいらっしゃるようです。
こちらの手前で先ほどの護摩焚きをされていて、
それで暖を摂られている方もいらっしゃいました。
(この日も、結構冷えました)


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白雲神社境内から、南を向きました。
では、ここから元の道に戻ります。


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白雲神社から、南に約50m進みました。
先程の大きなポプラの根本が見えますね。


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そのポプラの根本で東を向きました。
次は、仙洞御所手前に見える建礼門前大通まで戻ります。


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先程の地点まで戻り、建礼門前大通を北に向いています。
京都御所の正門である建礼門まで、あと約200mですね。


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その交差点から、建礼門前大通を約50m北上しました。
こちらは、後西天皇の仙洞御所跡です。
前回ブログに出てきた大きな燈籠台は、元々こちらにありました。


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先程の交差点から、建礼門前大通を約150m北上しました。
建礼門まで、あと約50mですね。


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この場所も、大きな交差点です。
東を向くと、約150m先に大宮御所の入り口が見えます。


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この周辺を見渡しています。この辺りは、桜並木が続きます。
カエデはまだまだですが、桜の葉はちょうど紅葉が見ごろですね。


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建礼門前大通を北上し、建礼門前に辿り着きました。
葵祭の巡行行列は、ここから出発します。
ここから北は京都御所で、その北側にも狭い道があります。
さらに、京都御苑北側は同志社大学と相国寺です。
まぁ道がだらだら続くのですが、
高倉通を追いかけるのはここでいったん打ち切ります。
(京都御苑以北と「新」高倉通は、別の機会に書きます)
次回は禁門の変の古戦場を回った後、旧近衛邸を訪れます。

今回は、ここまでです。

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第437回 蛤御門と旧近衛邸~京都御苑秋散策~その3

[禁門の変] ブログ村キーワード
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高倉通の延長線上にある京都御苑内の建礼門前大通を北上し、
京都御所南側の正門「建礼門」の前に来ました。
今回はここから京都御所西側を北上し、乾御門から帰宅します。
撮影日は、2016年11月10日木曜日午後3時15分。
今回も、全ての写真がクリックすれば拡大されます。


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建礼門前大通最北端にある建礼門の前で、西を向きました。
右(北)側に、京都御所の土塀が見えますね。
では、こちらを進んでいきます。


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建礼門から西に約200m進みました。こちらが蛤御門です。
江戸時代は通常閉じられていて、「なかなか開かない」という意味で
蛤(はまぐり)にこの門が例えられていました。

この門が歴史上に登場するのは、1864年の禁門の変です。
徐々に勢力を奪われていた長州藩が起死回生を狙い
当時在位していた孝明天皇(明治天皇の父)を長州に連れ去るべく、
嵯峨野嵐山の天龍寺に陣取った後京都御苑に攻め込みました。
長州藩は最初会津藩が守護するこの蛤御門を突破し、
京都御苑内への侵入を成功させました。
そして、そのまま約200m先にある先述の建礼門から
天皇の邸宅でもある京都御所に入ろうとしました。
ところが、乾御門を守護していた薩摩藩が反転し
長州藩の軍勢を側面攻撃した辺りから形勢が逆転しました。


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建礼門と蛤御門との中間に、こちらの椋が生えています。
ちょうど京都御所の南西角に当たります。
この木が、京都御苑で最大で最長寿です。

そして、この木の根本が禁門の変の最終局面の地です。
会津藩と薩摩藩の軍勢に囲まれた長州藩軍は、
この木の根本で壊滅しました。
木嶋又兵衛も、ここで討ち死にしました。
その後会津藩や薩摩藩・新撰組は
長州藩残党を追い打ちするため天龍寺を焼き払い、
第435回ブログに出て来た堺町御門付近に放火しました。
これが、第434回ブログでも出てきた「どんどん焼け」です。
結局京都の中心街はその大半が焼失し、
祇園祭の山鉾も大半が無くなってしまいました。
(当時焼失分は、2014年に全て再興しました)
また、これが京都から東京に首都が移転した一因です。


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その椋の根本で、北を向きました。
この道は、京都御苑以南の東洞院通の位置にあります。
また、この道は京都御所の西側を貫いています。


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その道を北上し、京都御所の西側を歩いています。
京都御所の向かい(西)側には、様々な木々が並んでいます。
こちらは大桜でしょうか?紅葉は今(2016年11月10日)見頃です。
カエデの紅葉は、もう少し先のようですね。


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さらにその北側です。
この辺りは、桜並木が続いています。
結構密集しているせいか、一部紅葉していないところもあります。


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先程の椋の大木から、約200m北上しました。
ここで、西側に伸びる道が現れます。


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そのT字路で、西を向きました。
約100m先に、中立売御門が見えます。
タクシーとの比較でもわかる通りここが最大の門で、
観光バスはこの門の南側にある京都御苑最大の駐車場に停まります。
ですから、多くの方がここが正門と考えておられるようですが、
別にそういう訳ではありません。
(詳細は、第197回ブログ参照)


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こちらの桜の低木が、「御所車返しの桜」です。
後水尾天皇がこの桜のことを気に召したらしく
この桜を見るためにわざわざここまで御所車を戻されたそうです。
桜の見ごろは逃しましたが、
紅葉の見ごろは上手く見ることができました。


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「御所車返しの桜」の前で、北を向きました。
約50m先から、京都御所を訪れた方が出てこられています。
一般の方々は、あちらから京都御所に出入りしているようですね。


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京都御所の出入り口の向かい(西)側に
栴檀(せんだん)の大木がありましたが、これはその木の瘤でした。
木の内部に細菌が侵入したためにできました。
要するにこれは病気なので、樹医によって取り除かれました。


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その辺りで、北を向きました。
この辺りは、左(西)に桜並木が続いています。


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ただ、中にはこのようにカエデも並んでいます。
こちらも、まだ紅く染まり切っていませんね。


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椋の大木から、約500m北上しました。
この辺りが、京都御所の最北端です。


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その辺りで、東を向きました。
右(南)側に、京都御所の北壁が続いています。
約500m先に第166回ブログに出てきた石薬師御門があり、
そこを抜けるとすぐ寺町通に出ます。


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京都御所の西側の道を北上していくと、
京都御所の北端から急に道が狭くなります。
実は、こちらの先が今回の次の目的地です。


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その道は、約20mで突き当たります。
その先は、大きな児童公園です。
周囲に桜やカエデ並木が続いていて、なかなかの絶景です。
とは言え、今回の目的地はここではなく右(東)の方にあります。


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先程の場所で、東を向きました。
この辺りは、江戸時代まで
九条家同様分裂した藤原氏本家の一つ近衛家の邸宅がありました。
(子孫に、近衛文麿がいます)
ですから、この辺りが旧近衛邸跡です。


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先程の児童公園の東隣に、大きな枝垂桜が並んでいます。
残念ながら、どちらも葉が落ちてしまっています。
その東側に大きなカエデが並んでいるのですが、
こちらはまだまだ葉が碧いままです……
いろいろ残念なのですが、とりあえず向こうのベンチに座ります。


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そしてベンチに座ると、バックパックからこちらを取り出しました。
実は地下鉄に乗った際、「烏丸御池」駅で途中下車しました。
そして第433回ブログに出てきた「エキナカ」の志津屋に立ち寄り、
こちらのパンと缶入りカフェオレを買いました。
前回ブログで白雲神社から頂いた玉串も一緒に写り込みます。


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自分が高校生だったころ、
第24回ブログに出てきた「松原寺町」交差点にも
志津屋の支店(地域スーパーも兼ねていました)がありました。
当時を思い出して、その頃よく買っていたものを買いました。
先ずこちらは、ペッパーカルネです。
生玉葱とハムをはさみ、胡椒入りマヨネーズで味付けしています。
この店の象徴的なパンですね。


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こちらが、ジャンボハムというサンドイッチです。
バケットの切れ端に、チーズとハムとレタスがはさんであります。
類似品にポテトサラダをはさんだジャンボポテトがありますが、
自分はこの2品を交互に買っていました。


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この2品で満腹になったので、残りのブドウ入りパンは
家に帰ってからコーヒーと一緒に頂きました。
個人的にはブドウ入りパンはバターを塗ると甘味が増すと思います。


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ベンチに座りながら、東側の景色を眺めていました。
紅葉がもっと進むとここは相当絶景になりますが……
まだ先のことのようです……
(結構楽しみにしていました……)
ただ、ブログ更新日の2016年11月22日なら
もう十分見ごろでしょうね。


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本当は、桜も紅葉もこの旧近衛家邸宅跡が
京都御苑随一の名所なのですが、
どうも毎回時機を逸してしまいます。
ではパンを食べ終えたので、このまま西に進みます。


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ベンチから西に約100m進むと、京都御所西側の道に戻ります。
旧近衛家邸宅跡はかなりの絶景ポイントなのですが、
実はあまり人が入ってきません。


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京都御所北側の道に出て、西に向きました。
では、ここから京都御苑から出ます。


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先程の地点から、西に約100m進みました。
こちらに、乾御門が見えます。(「乾」とは、北西のことです)
では、ここから京都御苑を出ます。


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乾御門から、京都御苑を出ました。
では、京都御苑西側の烏丸通を西に渡ります。


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信号を渡って、烏丸通を北に向きました。
では、ここを北上していきます。


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その横断歩道から、約150m北上しました。
こちらは、「今出川烏丸」交差点南西角です。
では地下鉄「今出川」駅6番口から地下に入り、帰宅します。

今回は、ここまでです。

~次回から、月輪(つきのわ)で紅葉散策をします。
月輪とは、泉涌寺や東福寺がある地域のことです~

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第438回 芬陀院の雪舟庭園~月輪紅葉散策2016~その1

[芬陀院] ブログ村キーワード

京都市東山区の南西端を「月輪」(つきのわ)と呼びます。
今熊野(いまぐまの)の南隣で、
さらに南にいくと御山(稲荷山)のある京都市伏見区深草です。
泉涌寺を開山された月輪大師(がちりんだいし)に由来する通り、
泉涌寺と東福寺を含む地域です。

月輪には毎年紅葉散策には出かけていたものの、
2012年11月3日以来ブログには載せていませんでした。
この辺りは豊国神社や三十三間堂に次ぐウチの近所なので、
ついつい「いつでも取材できる」と思い、後回しにしていました。
気が付いたらここの紅葉散策は約4年取材しておらず、
(紅葉以外なら、約2年ぶり)
それで今年は近所のこちらを訪れました。


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……というわけで本当は徒歩圏内ですが、
京阪電鉄を一駅だけ乗って「東福寺」駅に着きました。
今回は本町通を南下して、東福寺中大門より境内に入り
芬陀院庭園を見ていきます。
撮影日は、2016年11月23日勤労感謝の日の水曜日午前10時半。
曇り空が、だんだん晴れていきました。


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先ほどまで乗っていた大阪の淀屋橋行きの準急が出発しました。
京都府内の京阪電鉄の準急は、各駅に停車します。
(この駅には、特急はもちろん急行も停まりません)
こうして見ると、今年(2016年)は月輪を訪れる方が少ないですね。
(例年なら、ホーム一杯に人が溢れて立錐の余地もありません)


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ホームから、東を向いています。
この先が改札口で、その先でJR来られた方と合流します。
(JR奈良線「東福寺」駅の様子は、第144回ブログ参照)


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京阪電鉄とJR奈良線の「東福寺」駅前から東に向いています。
こうしてみても、2011年11月23日よりも人が少ないですね。


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東福寺」駅前から本町通を出て、南を向きました。
(北側は、第221回ブログ参照)
やはり、今年(2016年)は空いています。
(例年ですと、そもそも自動車が通れる余地がありません)
では、こちらを進んでいきます。


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「東福寺」駅前から、本町通を約50m南下しました。
ここで本町通は九条通と交差するのですが、
この辺りの九条通は高架とその下の二つのルートに分かれます。


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本町通をさらに南下して、九条通の高架下に来ました。
よく見ると、こちらに川のない橋があります。
実は九条通の下には、暗渠となったかつての川が流れています。
旧伏見街道(本町通)には第1橋から第4橋までありますが、
今も橋として機能しているのは、
第3橋と第125回ブログに出てきた第4橋だけです。
(第3橋は、今回ブログに出てきます)


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九条通の高架をくぐり、左(東)を向きました。
この狭い1車線の道も、九条通です。
この先に第1日赤病院があって、その辺りが「東福寺」交差点です。
(第2回ブログのルートですね)


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九条通から、本町通を南に向いています。
東福寺へは、こちらからも行くルートがあります。
と言いますか、ここから南東部一帯が東福寺なので
適当なところで左(東)にいけば、即東福寺です。
この先に、ネパール味のカレー屋さんが見えます。
昨年(2015年)できたところですので、
まだ行ったことがありません。


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そのカレー屋さんの前で、本町通を南に向きました。
すぐ先に、「東福寺交番」が見えます。


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「東福寺交番」の北側で、本町通から東を向いています。
こちらが、東福寺の北大門(重要文化財)です。
第15回ブログでは、ここから東福寺境内に入っていきました。


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東福寺北大門の前で、本町通を南に向きました。
向こうのオレンジ色のテントは約20年前までお好み焼き屋さんで、
自分が高校生の頃によく通いました。
京阪電鉄の軌道がここから東に膨らむので、
本町通右(西)側の家屋の消えて代わりに線路がむき出しになります。
ここ以南の京阪電鉄の軌道は、
高架になってJR奈良線の軌道を乗り越えます。


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その元お好み焼き屋さんの南側に、こちらの寺院があります。
こちらは浄土宗西山壇林寺派法性寺です。
元々は、藤原野忠平が建立した浄土信仰(天台宗)の寺院でした。
平安時代には京都を代表する広大な寺院でしたが、
鎌倉時代に衰退し遂には東福寺に寺領を奪われてしまいました。
つまり、元々東福寺の位置にはこの寺院がありました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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法性寺の前で、本町通を南に向きました。
ここからは右(西)側にも家屋が並びだします。
このダラダラした上り坂が、自転車のときは厳しいのです。
(今回は母と一緒なので、徒歩で移動しています)


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法性寺から、本町通を南に約50m進みました。
こちらは、宮内庁による陵墓推定地です。
この奥にある塚が古代人の墳墓と考えられるのですが、
それが皇族のものである可能性が高いため
誰の墳墓かはっきりするまで
宮内庁がこの土地を買い取って維持管理しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに本町通を約100m南下しました。
ここに、一昨年(2014年)まで京都市立月輪小学校がありました。
第143回ブログのコメント内でその後を気にしていたのですが、
どうやら自分の母校京都市立日吉ヶ丘高校の一部になったようです。


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その京都市立日吉ヶ丘高校月輪学舎の向かい(西)側に、
竹細工のガレージセールをしていました。
箸や箸置きなどの小物や、一輪挿しの花瓶などがありました。
ウチの母のお店にでも飾れるものがあればと思ったのですが、
ちょっと希望のものは売っていませんでした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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竹細工屋さんから、本町通を約50m南下しました。
こちらは、仕出し屋の木嶋さんです。
毎年この時期は、仕出し弁当や麩まんじゅうなどの販売で
かなり繁盛していましたが、
とうとうその右(北)隣に飲食店をオープンさせていました。
もっと時間的余裕があれば寄るのですが、
この後かなりあちこち回るので今回は入りません。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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仕出し屋の木嶋さんの前で、本町通を約50m南下しました。
こちらが、先述の旧伏見街道第3橋です。


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旧伏見街道第3橋の上で、西を向きました。
この橋は、本町通と交差する三ノ瀬川に架かります。
三ノ瀬川水源は御山(稲荷山)の薬力の滝で、(第371回ブログ参照)
そこから東福寺境内を東西に貫いて
ここから西に約200m先の琵琶湖疎水の下を通り抜けて
さらに西側の鴨川に流れ込んでいます。


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今度は旧伏見街道第3橋の上で、東を向きました。
この先の東福寺境内で、三ノ瀬川上に
偃月橋・通天橋・臥雲橋の「東福寺3橋」が架かります。


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旧伏見街道第3橋の上で、本町通を南に向いています。
東福寺に拝観される方はこれ以上南下されないので、
ここより南は人がだいぶ少なくなります。
ここをさらに南下すると、約150m先に東福寺南大門があります。
また、ここから約1㎞南下すると、伏見稲荷大社前に出ます。


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旧伏見街道第3橋の南側で、本町通から東に向きました。
こちらは、重要文化財の東福寺中大門です。
東福寺境内に入る日下門は、この道の先にあります。
ここから先の写真は、全てクリックすると拡大されます。


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本町通から、東福寺中大門をくぐり東に進んでいます。
門の脇に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
そう言えば、東福寺の北大門と南大門の脇にもいらっしゃいます。
何か意味があるのでしょうね。


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東福寺中大門をくぐり、東を向いています。
約150m先に、東福寺境内に入れる日下門が見えますね。
この道の右(南)側に、駐車場と臨時の駐輪場が並んでいます。


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本町通から東に、約100m進みました。
本町通~東福寺日下門の間に、東福寺の塔頭寺院が並んでいます。
この道の南側に、その中の1寺があります。
こちらは臨済宗東福寺派芬陀院です。
今回ブログのメインですね。


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先程の場所から、芬陀院の境内に入ってきました。
こちらの門を開けて、芬陀院の内部に入っていきます。


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先程の扉を開けると、すぐに玄関があります。
そこで一人300円支払うと、中を拝観できます。
玄関前で南を向くと、こちらの部屋が続きます。
芬陀院は、ご本尊など仏像の一切が撮影不可です。
ただ、仏像以外は屋内でも撮影ができます。
あちこちの部屋が凝っていて、
それぞれ休憩などができるようになっています。


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先程の位置から南に進み、東を向きました。
この廊下の左(北)側は仏間で、撮影不可です。
ただし、応接間は撮影が可能です。
柱に打ち付けられた板に「抹茶600円」と書かれていますが、
本当にその金額を拝観料と別に払えば、
その応接間で抹茶と茶菓子が頂けます。
右(南)側は縁側で、その先が石庭が造営されています。

ここのパンフレットに丸窓から見える石庭が写っていますが、
それはこの奥(東)にある茶室からの景色です。
本当はそちらも撮るつもりでしたが、
茶室内で中国人カップルが楽しそうに写真を撮っておられたので、
写真撮影はしていません。


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その丸窓の先が、こちらの景色です。
(向こうの石付近が、丸窓から見えます)
こちらは、あまり人がいらっしゃりませんね。
先程の中国人カップルと、英語で少し話しました。
(自分の中国語は、延々会話できるレベルではないので)
日本の茶道に興味があるようで、ちょっと質問されました。


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その後は、南側のメインの石庭に戻ってきました。
こちらが、芬陀院南側石庭の中央部分です。
左側の石が鶴が頭とは羽を伏した状態を表し、
右側は亀の甲羅を表しています。
合わせて「鶴石」「亀石」で、こちらを並べたのが雪舟です。
雪舟はこちらに住み着いていたのではなく、
こちらの住職に依頼されて石庭を造営しました。
(短期間ですが、石庭造営中はこちらに雪舟が居住したようですが)


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こちらは、南側石庭の東側です。
白い寒椿が咲いていて、辺りに花弁が散らばっていますね。


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石庭の西側には、便所があります。
そして、こちらがその前にある手水鉢(手洗い場)です。
こういうちょっとしたところに、ここの良さがありますね。


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その手水鉢の前で、北を向きました。
では、ここから向こうの玄関を通って外に出ます。


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そして靴を履いて、玄関の扉を開けました。
では、この先の石畳へと進みます。


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その石畳で、北を向きました。
次は、向こうの道に出ます。


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その道に戻り、芬陀院前から東を向きました。
約50m先に、東福寺の日下門が見えます。


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芬陀院の向かい(北)側に土塀が続いていて、
そこにカエデ並木が続きます。
こちらを見ていると、紅葉もちょっと盛りが過ぎています。
昨年(2015年)と比べて、
今年(2016年)は極端に紅葉が早いことが分かります。


438-39.jpg
その土塀は、こちらの寺院のものです。
こちらも臨済宗東福寺派の1寺天得院です。
境内が「東福寺幼稚園」になっていて、
平日なら幼児の声がここから響いてきます。
(紅葉期間中は、ライトアップでも有名ですね)
また、こちらの名物が焼麩まんじゅうの屋台ですが、
それはこのずっと後の回のブログで紹介します。


438-40.jpg
天得院の前で、東を向きました。
こちらが、臨済宗東福寺派本山東福寺の日下門です。
次はこの中に入っていくのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、東福寺の通天橋と開山堂を散策します~

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第439回 落葉の通天橋~月輪紅葉散策2016~その2~

[通天橋] ブログ村キーワード

439-1.jpg
東福寺日下門の前で、東を向いています。
今回は東福寺境内に入り、通天橋の周囲に入っていきます。
例年11月23日には人が多くて通天橋の中に入れなかったのですが、
今年(2016年)は待ち時間0分で中に入れました。
撮影日は、2016年11月23日勤労感謝の日の水曜日午前11時。
今回の写真は、クリックすれば全て拡大されます。


439-2.jpg
東福寺日下門の前で、南を向きました。
左(東)にカエデ並木、右(西)に竹林が続きます。
この辺りは竹林が日照の邪魔をするので、
12月に入ってから紅葉が進みます。
……実は、この道は自分の高校時代の通学路の一部です。
(伏見区深草に当時住んでいた亡き祖父の家に行くときに
ここから本町通へよく自転車で通り抜けていました)
東福寺境内の紅葉もきれいですが、
自分はこの辺りの紅葉がお気に入りです。


439-3.jpg
今度は、東福寺日下門前で北を向きました。
通常の観光ルートなら、
この道を通ってこの門に入っていきます。
この奥に「東福寺3橋」の一つ臥雲橋があるのですが、
そちらへはずっと後の回のブログで訪れます。


439-4.jpg
では、東福寺日下門をくぐり東に進みます。
写真にはたくさんの方々が写っていますが、
これでも例年に比べればかなり少なめです。


439-5.jpg
東福寺日下門をくぐり、東を向いています。
先ず目に入るのは、大きな法堂(本堂)ですね。
その左(北)側に回廊が見えますが、
これがそのまま通天橋に通じています。


439-6.jpg
同じ場所で、南を見ています。
こちらに便所があるのですが、
どうしても男子に比べて女子は混んでしまします。
ちなみに、東福寺には本堂の反対側にも便所があります。


439-7.jpg
さらに同じ場所で、北を向きました。
この先に、東福寺通天橋へ入るチケット売り場があります。
例年ならここに長蛇の列ができていたのですが、
今年(2016年)は待ち時間0分です。


439-8.jpg
こちらが、その拝観用チケットです。
こちらで、東福寺の通天橋の周辺と開山堂に入れます。


439-9.jpg
では、東福寺通天橋周辺に入っていきます。
今年(2016年)は、チケット売り場の脇に入り口があります。
ちょっと昔なら、ここの入り口の出口が同じ場所で
それがここが渋滞する一因だったのですが、
それが解消されています。
(もしかすると、それもここの待ち時間短縮の理由かもしれません)


439-10.jpg
チケットを使って、通天橋周辺に入ってきました。
要するに、東福寺日下門から
北に広がる三ノ瀬川の両岸に入っていきます。
(そのさらに北に、東福寺の開山堂があります)
ここから一面に紅葉が広がります。
……ただ、今まで書いてきたように2016年は紅葉がよく進み
もうカエデの枝から紅葉が落ち始めています。


439-11.jpg
ですから、葉がついていないカエデの枝を見て
がっかりしておられる方もいました。
(実際に、そのようなことを口に出しておられる方もいました)
ところが、こういう時は少し角度を変えると
全く違うものが見られます。
葉は落ちた後、カエデ並木の地面は
落葉が敷き詰められて「紅い絨毯」になります。
自分には、これが「究極の紅葉」です。
個人的には、京都での「落葉」はこの東福寺が「東の横綱」です。
ちなみに、落葉の「西の横綱」は常寂光寺です。
(第92回ブログ参照)


439-12.jpg
東福寺通天橋庭園に入って、北に約30m進みました。
ここで最初の道が、三ノ瀬川に突き当たります。
……と言いましても、三ノ瀬川は崖の下の小川です。


439-13.jpg
そのT字路で、東を向きました。
向こうに、通天橋を渡った方々がいらっしゃいます。
通天橋は、開山堂~法堂間を結んだ回廊上にあります。
ですから、廊下を歩いている感覚でいると
いつの間にか通天橋を通り過ぎていることがあります。


439-14.jpg
そのT字路と通天橋の間に、下りの石段があります。
次はこちらを通り、三ノ瀬川が流れているところに向かいます。


439-15.jpg
では、この石段を下りていきます。
石段の両側にカエデ並木が続くので、まるで紅葉のドームですね。


439-16.jpg
石段を約10m下りてきました。
ここでテラス状になって、反対側の石段を合流します。


439-17.jpg
そのテラス状のところから、東を向きました。
向こうに見える通天橋を背景に、
多くの方々が写真を撮られていました。


439-18.jpg
そのテラス状のところから、北にさらに石段を下りていきます。
崖の一番下に小川が流れています。それが三ノ瀬川です。
三ノ瀬川の上に小さな橋が架かっており、
そこにたくさんの方々が集まって通天橋を撮られています。


439-19.jpg
その小さな橋の上で、三ノ瀬川の上流(東)側を撮りました。
「紅い絨毯」の上に、十重二十重に紅が積まれていきます。
こちらが、東福寺の絶景ポイントの一つです。


439-20.jpg
今度は、反対側の下流(西)側を撮りました。
カエデ並木の先に、重要文化財の臥雲橋が見えます。
こちらの眺めも、なかなか趣があります。


439-21.jpg
同じ場所で、北を向きました。
三ノ瀬川の北岸を上っていく石段が見えます。
では、ここを上って三ノ瀬川北岸を進みます。


439-22.jpg
三ノ瀬川北岸の石段を上っています。
右手の崖下を見ると、先程の「紅い絨毯」が見えます。


439-23.jpg
さらに、石段を上っていきます。
だんだん向こうの通天橋がしっかり見えてきました。


439-24.jpg
小さな橋から、石段を約20mの上りました。
ここで石段が終わり、次は三ノ瀬川北岸を歩いていきます。


439-25.jpg
先程の写真にも写っていましたが、
三ノ瀬川の北側に、こちらの六角堂があります。
赤いお堂の周囲のカエデは、日陰にあるのでまだまだ碧です。


439-26.jpg
その六角堂の東側から、回廊が伸びています。
ここを右(南)に折れると、そのまま通天橋なのですが……


439-27.jpg
大半の方々は、回廊の中をこのまま東に進んでいきます。
ここをまっすぐ進むとすぐに北に折れ、
東福寺開山堂に到達します。


439-28.jpg
その辺りで脇に反れて、写真を撮りました。
このすぐ先で、北に折れる上りの石段が見えます。
その先に、開山堂の山門が見えますね。


439-29.jpg
では、その石段を上ります。
この辺りも、「紅い絨毯」が広がりますね。


439-30.jpg
今度は石段を上りながら、先程の地点を見ています。
この先に、三ノ瀬川の崖があります。


439-31.jpg
東福寺開山堂の山門から、北を向いています。
次はいよいよこの開山堂に入っていくのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので今回はここまでです。

~次回は、東福寺開山堂を散策します~

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生まれたときから50数年
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「本町通北から南」
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本町通を南から北に
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寺町通を
五条通から北大路通まで
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[六原」経由で、
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今宮通から南に
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大和大路を北上します。

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京都最北端の道だった
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「きぬかけの路散策」
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龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

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東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

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