第475回 上立売町の玉姫稲荷~上立売通東から西~その7

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GWに入り、ようやく2017年の桜散策の連載も終わりました。
……という訳で、約1ヵ月ぶりの地下鉄烏丸線「今出川」駅です。
今回は、ここから上立売通を西へと進みます。
撮影日は、2017年5月1日午後2時半。
雨が止むと、急に日差しの強い夏日になりました。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅ホームで、北を向きました。
今まではここから南に進んだ「今出川烏丸」交差点付近の
6番出口からこの駅を出ていたのですが、
今回は、北側にある1番出口から地上に上がります。


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先程の写真で写っていたエスカレーターから、
コンコース階に上がってきました。
改札の向こう(北)側に、コンビニエンスストアがありますね。


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そのコンビニエンスストアの店頭から、東を向いています。
ここは地下1階ですが、東側から同志社大学に入ることができます。
では手前の階段から、地上に上がります。


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その階段を上がって、地上まで来ました。
周囲の壁が暗いのは、それだけ外の日差しが強いからです。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口を出て、南を向きました。
こちらが、同志社大学今出川キャンパスです。
正午に自宅を出たのですが、その時点では曇り空でした。
それが北大路VIVREで昼食を摂ってからここに来ると、
見事な快晴になりました。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口の前で、
烏丸通の向かい(西)側を見ています。
あちらは大聖寺で、かつて室町第があった場所です。
(第195回ブログを参照)


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さらに同じ場所で、烏丸通を北に向きました。
では、ここを北上します。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口から、烏丸通を北上しています。
烏丸通の両脇に、同志社大学の赤レンガの校舎が並びます。
こちらにはメレル・ヴォーリズが設計した校舎が多くありますが、
烏丸通に面したものはどれもここ数年で建てられたものです。
(同志社のヴォーリズ建築は、第459回ブログに出てきます)
この写真は、クリックすると拡大されます。


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地下鉄烏丸線「今出川」駅1番出口から、
烏丸通を約100m北上しました。
ここで、烏丸通は上立売通と交差します。
「上立売烏丸」交差点北東角に、
「ヤオイソ」烏丸店という青果店があります。
こちらにも、四条大宮の本店同様フルーツパーラーがあります。
そちらの名物も、本店同様フルーツサンドです。
(第193回ブログで、そちらを頂きました)
ただ、今回は先に昼食を摂ったので素通りします。
この写真も、クリックすると拡大されます。

~2017年5月5日午後8時追記~
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2017年5月5日にこの辺を再訪したときに
「ヤオイソ」にお邪魔しました。
時節柄、旬のイチゴが美味しそうでした。
本当は1,600円の「イチゴづくし」がおいしそうでしたが、
GWでお金を使いすぎて「イチゴパフェ」だけにしました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


~ここも、2017年5月5日午後8時追記~
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「イチゴパフェ」を上から撮りました。
アイスクリームとホイップクリームの間に、イチゴが満ちています。
まぁ、こちらは単にイチゴだけを出すようなメニューもある
食材勝負のお店ですし……
この写真も、クリックすると拡大されます。


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烏丸通から、上立売通を東に向いています。
ここを進むと、臨済宗相国寺派相国寺境内に入っていきます。
つまり、上立売通は相国寺の境内を貫いています。
(第194回ブログと同じルートです)
また、第471回ブログでは
寺町通からこちらまで上立売通を西に進みました。
左(北)側に見える赤い壁のお店は、
チーズケーキ専門店の「Papa Jon's」です。
第471回ブログの追記でお邪魔しました。


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今度は、同じ場所で上立売通を西に向きました。
ここから先の上立売通は、だいたいこのくらいの道幅ですね。
では、こちらの横断歩道を渡っていきます。


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烏丸通から、上立売通を西に向いています。
左(南)側に見えるのは同志社大学今出川キャンパスの寒梅館で、
こちら側には業者さんの搬入口があります。
(寒梅館は、学食などが入っている校舎です)
右(北)側はアパートや倉庫が並んでいます。


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その倉庫の隙間に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいました。
後述しますが、上立売通はお地蔵さんが多い通りですね。


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烏丸通から上立売通を約50m進むと、上立売通南側も
京町家とお地蔵さんという京都市街地によくある風景に変わります。
お地蔵さんの脇にブリキ製の表札が貼り付けてあります。
錆びてよく読めませんが、こう書いてありました。
「京都市上京区上立売通烏丸西入ル 上立売東町」
つまり、この辺りがこの上立売通の起源になりました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらは、その向かい(北)側です。
こちらも、だんだん京町家の割合が増えてきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらは……ちょっと変わった家屋ですね。
2Fの屋根が低かったり、壁が少し奥まったりしていることから、
壁のタイル地を剥せば元は京町家だったのでしょうね。
壁が奥まっているのは、犬矢来の名残でしょう。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その辺りで、上立売通を西に向きました。
こちらで、上立売通は室町通と交差します。

中世(鎌倉時代~室町時代)、
路上で物を売る行商人を「立売」(たちうり)と言いました。
その立売が、現在のちょうどこの辺りに定期市を立てました。
それがこの地を「京都市上京区上立売町」と呼ぶ起源で、
この道の名称の由来ともなりました。
(詳細は、第466回ブログ参照)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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上立売通から、室町通を南に向いています。
京町家に、小さな鯉のぼりが立っています。
そう言えば、あと数日で端午の節句ですね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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今度は、上立売通から室町通を北に向きました。
約40m先に赤い郵便ポストが見えますが、
そちらが「京都室町上立売郵便局」ですね。


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室町通から、上立売通を西に向いています。
では、ここを進んでいきます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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室町通から、上立売通を西に約40m歩きました。
京町家の小売店が見えますが、
あちらが老舗文房具屋さんの「大塚和洋紙店」です。
京都には紙問屋が文房具屋さんに転身したものが多いですが、
こちらもそういうものの1軒です。
コンビニエンスストアとかに売っていない文房具は、
自分はたいていこういうお店で買っています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらは、その文房具店の向かい(北)側です。
この辺は、京町家が建ち並びます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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大塚和洋紙店の前から、上立売通を西に約50m進みました。
ここで南を向くと路地があって、その奥に朱い祠が見えます。
ちょっとそちらにお邪魔します。


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上立売通から、南に約20m進みました。
路地の突き当りにいらっしゃるのは、案の定稲荷社ですね。


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こちらが、その玉姫稲荷社です。
上立売通側からこちらを撮影していると、
不審に思われた近所の方に職務質問されてしまいました。
そこで自分が身分を明かして事情を話すと、
一転してこの辺りの話を詳しくしていただきました。

この神社はかなり昔からいらっしゃるそうで、
沿革はよくわからないそうです。
ただ「おひたきさん」(おそらく「御火焚さん」)というお祭りが、
1年に1回行われているようです。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その神社の裏(西)側に、こちらがいらっしゃいます。
先述の近所の方の話によると、こちらは
「お地蔵さん」ではあるのですが、地蔵尊ではなく大日如来です。
以下は、その近所の方のお話です。

大昔こちらで家を建てられたとき、地中から地蔵尊が出てきました。
そのためこの位置にお祀りしたのだそうですが、
その直後からこの町内を中心に疫病が発生したそうです。
その時この近くの三時知恩寺の僧侶が、こうおっしゃったそうです。
「こちらの地蔵尊をここにお祀りしてはいけない。
ウチの寺院でお祀りするべきである」
そのままそちらにお地蔵さんを移して、
こちらに大日如来をお祀りしたところ疫病が治まったそうです。
その地蔵尊は今も三時知恩院にお祀りされているので、
次回ブログでそちらにお邪魔します。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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玉姫稲荷社の前で、北を向きました。
では、こちらから上立売通に戻ります。


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上立売通に戻り、西に向きました。
目の前に、新町通が見えますね。


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上立売通から、新町通を北に向いています。
……とは言え、ここから西に約40m先でまた新町通が伸びています。
という訳で、上立売通~寺之内通間は新町通が2本並行しています。


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今度は上立売通から、新町通を南に向きました。
約50m先に浄土宗の三時知恩寺があるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、三時知恩寺に向かいます~

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第476回 三時知恩寺庭園~上立売通東から西~その8

[三時知恩寺] ブログ村キーワード
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上立売通から、新町通を南に見ています。
右(西)側に見えるのは、同志社大学新町キャンパスですね。
今回は約50m先にある三時知恩寺にお邪魔した後、
上立売通をさらに西に移動します。
撮影日は、2017年5月1日月曜日午後3時。
時折曇りますが、基本的には快晴です。


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上立売通から、新町通を南に進んでいます。
程なく左(東)側に、三時知恩寺の白壁が見えてきます。
この写真以降、三時知恩寺のものはクリックすると拡大されます。


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上立売通から新町通を南に約50m進み、左(東)を向きました。
こちらが、浄土宗三時知恩寺門跡です。
「門跡」とあるように、こちらは皇女が入内する寺院でした。
ですから、こちらは今でも尼寺です。

こちらは北朝の第4代後光厳天皇の息女見子内親王が、
北朝第3代崇光天皇の入江殿を寺院にしたものです。
(14世紀末の南北朝時代末期のことです)
ですから、「入江御所」がこちらの別称です。
入江御所は、今の京都市北区一条西洞院にありました。
それが、正親町天皇(織田信長と同世代)の治世に
この位置に移転しました。

という訳で境内に入ろうとしたのですが、
こちらの門は閉ざされていて中に入れませんでいた……


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ところが、山門の南側から入れるようです。
こちらの看板のように書いてあるということは、
高齢の地域住民はいつでもこちらにお邪魔しているのでしょうか?


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先程の門から、三時知恩寺境内に入ってきました。
一見すると植物が伸び放題なのですが、
よく見るときちんと配置が考えられて植えてあります。


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こちらは、先ほどの写真にも写っていた地蔵堂です。
こちらの地蔵尊の縁起は、前回ブログに出てきます。
それによると、ここから約30m北の地中から出てきた訳ですが
堂内を覗くとこちらの地蔵像は石仏ではなく木彫りの塑像です。
この近所の方から話を聞いた時点では
「えびす」(石や流木など自然物を仏像に見立てたもの)と
思っていたので、わりと驚きました。
(ウチの町内のお地蔵さんも含めて、
京都のお地蔵さんは「えびす」が多いのです)


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地蔵堂の脇に、小さな引き戸があります。
ここから本堂や庫裏に入れるのでしょうが、
さすがにここから先は非公開のようです。
ですから、今回ブログでは庭園の周囲を散策します。


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引き戸の前で、三時知恩寺境内を北西に向いています。
この辺りはいろいろな植物が植えてありますが、
山門付近は石庭のようです。


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こちらが、その三時知恩寺の石庭です。
流紋がきれいな見事な庭ですね。
こちらは庫裏と山門の間にあるのですが、
出入りする時はこの流紋を踏み荒らして進むのでしょうか?


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一方、石庭の南側にはこちらの苔生す庭園が広がります。
この小さいながらも見事な枝振りのカエデが、秋も深まると
ここをさらなる絶景に変えるのでしょうね。


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先程の地蔵堂の前から、三時知恩寺境内を西に向いています。
では、こちらから新町通へ出ます。


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三時知恩寺の前で、新町通を南に向いています。
この辺りの写真も、クリックすれば拡大されます。
この少し先で新町通は右(西)に折れて、
同志社大学新町キャンパス前でまた真南に伸びています。
……と言いますか、この部分の新町通は
同志社大学新町キャンパスを迂回するように伸びています。


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同じ場所で、新町通を北に向きました。
左(西)側が同志社大学新町キャンパスで、
右(東)側は三時知恩寺の白壁です。
では、ここの北上して上立売通に戻ります。


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新町通を三時知恩寺の白壁に沿って北上しています。
先程の出入り口から約20m北に、また入り口があります。
おそらくここから入れば、
三時知恩寺の鎮守社國岡稲荷社に行けます。
(前回ブログの玉姫稲荷社とよく混同されます)
その北隣に、こちらの総菜屋さんがあります。


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店頭のだし巻き卵につられて、お店を覗きました。
店員さん(おそらく同志社大学の学生さん)にお話しして、
このブログに掲載する許可を得て、ここから先を書いています。
こういうお店は「大当たり」か「大外れ」かの二択なのですが、
結果として「大当たり」でした。
こちらのだし巻き卵は砂糖多めで、ほかの店より甘めです。
時節柄、(稲荷祭の関係上)ここのところ
ウチの夕飯は赤飯やバラ寿司(ちらしずし)を食べていますが、
そういうご飯にはこのくらい甘い方が合います。
第305回ブログに出てきた鳥三
第348回ブログに出てきた西尾など
京都にはだし巻き卵がおいしいお店がたくさんあります。


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そのお店の向かい(西)側は同志社大学新町キャンパスですが、
ずっとツツジの生垣が続いています。
この辺りが特にきれいですね。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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三時知恩寺の前から新町通を北に約50m進みました、
ここで今回ブログ初めの「上立売新町」交差点に戻りました。


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新町通から、上立売通を西に向いています。
約50m先から、北にまた新町通が伸びています。
この辺りは、同じ名前の通りが並行しています。


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上立売通から、西側の新町通を北に向いています。
ここからは便宜上こちらの新町通の方が古いので、
「旧新町通」と呼びます。


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上立売通から、「旧新町通」を北上しています。
この辺りも、京町家がたくさん建ち並んでいますね。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の写真で写っていた京町家の北隣に、こちらの寺院があります。
こちらは、浄土宗光照寺門跡です。(こちらも、門跡寺院ですね)
では、こちらに入っていきます。
この寺院の境内の写真も、クリックすると拡大されます。


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……とその前に、こちらはその光照寺門跡の北隣です。
石製鳥居があるのですが、その先が閉ざされています。


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光照寺門跡の境内に入って、その鳥居の先を撮っています。
おそらくこちらが、ここの鎮守の社だったのでしょうね。


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おそらくこちらが、光照寺門跡の本堂です。
こちらは室町時代初期の1356年に、
後伏見天皇の皇女進子内親王が建立しました。
もともとは一条室町にありましたが、
応仁の乱で焼失後ここに移ってきました。


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光照寺門跡の境内は相当広いのですが、その大半は駐車場です。
また地図で調べるとここの北側に塔頭寺院が並んでいるのですが、
扉が閉ざされていて、そちらには行けませんでした。


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光照寺門跡の境内で、東を向いています。
では、ここから「旧新町通」に戻ります。


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光照寺門跡の前で、「旧新町通」を南に向いています。
では、ここから約70m先の上立売通に戻ります。


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先程の地点から「旧新町通」を約70m南下し、西を向きました。
「旧新町通」は、同志社大学新町キャンパスで突き当たります。
生垣のツツジが、少し散っていますね。
では、ここを進んでいきます。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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「旧新町通」から、上立売通を西に歩いています。
この辺りの上立売通は、また2車線の広さですね。


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「旧新町通」から上立売通を約70m西に進むと、
同志社大学新町キャンパスが終わります。
赤いポストの先に、児童公園が見えます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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先程の写真に写っていたポストの西側から、こちらに入れます。
平日とは言え、よく晴れたGWの昼下がりです。
実は、相当数の家族連れがいらっしゃいました。
これらは、その家族連れをフレームから外れるように撮っています。


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この児童公園は端に遊具が並んでいるものの、
中央部には何も置かれておらず、球技などで遊べます。
家族連れは、バドミントンやキャッチボールを楽しんでいました。
また公園内には桜の木々が点在していますが、
いくら今年(2017年)が遅咲きでも、もう完全に葉桜ですね。


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児童公園北側の上立売通に出て、西を向いています。
左(南)側に先ほどの児童公園が見えます。
上立売通は、右(北)側の京都トヨタ中央店を通り過ぎると
急に道幅が1車線くらい狭くなります。


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この児童公園は、約50㎡の広さです。(1辺が約50mの正方形)
児童公園の北西端に、表札が出ています。
「小川児童公園」と書いてありますが、
この児童公園の西側に、小川通が通っています。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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その「小川児童公園」の表札の前で、上立売通を西に向いています。
右(北)側に道が伸びていますが、
こちらは小川通ではなく100mほどの名前のない道です。

本当はここから堀川通まで取材するつもりだったのですが、
この時点で午後3時50分です。
このあとちょっと用事があるので、これ以上取材が続けられません。
そのため、今回はここまでにします。

~次回は、浄土宗鳴虎報恩寺に訪問します~

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第477回 葉桜の鳴虎報恩寺~上立売通東から西~その9

[鳴虎報恩寺] ブログ村キーワード
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前回ブログと同様小川公園の前で上立売通を西に向いていますが、
この時点で2017年5月5日こどもの日の午後3時半。
どちらもGW真っ最中ですが、前回ブログより4日経っています。
今回はここから小川通を北上し、浄土宗鳴虎報恩寺に向かいます。


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先程の写真から、北を向きました。
上立売通から約150m北に伸びるこの道は、特に名前がありません。
(小川通は、もう少し西側にあります)
この道の突き当りに、妙顕寺のの山門が見えます。
妙顕寺以外にも本法寺妙覚寺など
向こうに見える寺之内通~上御霊前通間に
桜がきれいな日蓮宗の本山が建ち並びます。
さらにその近くに表千家と裏千家の庵や「人形寺」宝鏡寺もあり、
堀川通以西の寺之内通沿いにも日蓮宗系の大本山妙蓮寺が並びます。
そんな場所ですからなかなか面白いブログが書けそうなのですが、
そちらに行けばそれだけで10回分を越えてしまいます。
ですから、そちらへは「寺之内通編」か桜散策で後日に回ります。


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その辺りの地図が、こちらに貼り付けてありました。
そのように寺之内通沿いに桜がきれいな日蓮宗寺院が多いのですが、
この上立売通は堀川通以西に「桜の名所」が続きます。
ただ、今回これから進む報恩寺もなかなか桜がきれいな場所です。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その地図の前で、上立売通を西に向きました。
ここで、上立売通は小川通とのT字路になります。


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そのT字路で、南を向きました。
こちらに見えるのは小川通で、
左(東)側に前回ブログで出てきた小川児童公園が見えますね。
小川通は錦小路(錦市場のある通りです)から
この上立売通まで伸びています。

上立売通以北の小川通は、たびたび筋を変えて
紫明通(鞍馬口通)まで伸びています。


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「上立売小川」交差点の南西角に、植え込みがあります。
こちらのツツジが、満開でした。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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そのツツジの前で、上立売通を西に向いています。
この辺りは古い民家が続き、様々な小売店舗も混じります。
手前は、「フジヤ薬局」と書いてあります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「フジヤ薬局」の西隣はコインランドリーで、
さらにその西隣は「御三軒湯」という銭湯です。
まぁこの辺が「京都市上京区御三軒町」なので、
そういう屋号なのでしょうね。
確か上立売通沿いの銭湯は、ここだけです。
さらにこの写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、その御三軒湯の壁です。
そう言えば、京都市街地は春祭りの季節ですね。
この辺りは、今宮神社の氏子のようです。


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御三軒湯の前で、上立売通を西に向きました。
この写真では分かりにくいですが、
御三軒湯の西側から北に小川通が伸びています。


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上立売通から、小川通を北に向いています。
御三軒湯の北側から、小川通沿いは黒檀による京町家が並びます。
次は、こちらを進みます。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その町家には、このように一軒一軒提灯が下がっています。
多分、今宮祭の期間中だからでしょう。
提灯の紋が「御三軒町」のものですが、
この辺りは「射場町」だったような気がします。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その証拠に真向い(東側)のブリキ製の表札にも、
「上京区小川通上立売上る射場町」と書いてありますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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上立売通から、小川通を約70m北上しました。
この京町家の多くは、西陣織の職人さんの職場です。
小さな駐車場を目印に、ここで西を向きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その場所で、西を向きました。
では、ここから浄土宗鳴虎報恩寺に入っていきます。
この寺院の写真は、全てクリックすると拡大されます。


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小川通を西に進み、報恩寺の山門に辿り着けました。
山門の手前に、小さな橋があります。
これは、かつてここに小川(こかわ)という川が流れていた名残です。


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報恩寺山門をくぐり、西を向いています。
報恩寺境内はそれほど大きくありませんが、
京都でも屈指の桜並木が見事な寺院です。


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先程の位置で、報恩寺境内を北に向きました。
こちらに、稲荷社がいらっしゃいます。
先ずは、こちらからお参りですね。


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稲荷社の前で、報恩寺境内を西に向いています。
桜並木の間に、地蔵堂と報恩寺本堂があります。


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こちらが地蔵堂です。堂内の千体地蔵尊は重要文化財です。
こちらは13世紀に製作されたもので、
中央の地蔵尊を小さな地蔵尊が囲む作りになっています。
ただ普段は非公開で、たまに特別公開されています。


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地蔵堂の西側は、桜並木が続きます。
その間から、北に上がると鳴虎報恩寺の庫裏や本堂に行けます。


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地蔵堂のこちらの間に、生垣があります。
先ほど同様、今は時節柄ツツジが見ごろですね。


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桜並木の真下に、祠がいらっしゃいます。
お地蔵さんかと思いきや、何とべんつるさんでした。
ただ、いくらなんでも祠に手を突っ込んで撫でまわすのは
さすがに抵抗がありました。


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では、こちらの庭園にお邪魔します。
石庭とも思ったのですが、松や様々な花が植えられていますね。


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石が敷き詰めてある小径を進むと、報恩寺の庫裏の前に出ます。
ただ、ここから中は通常非公開です。

浄土宗鳴虎報恩寺の前身は天台宗・浄土宗兼学の寺院で、
法園寺(一説には法音寺)と言いました。
ここより南東の一条高倉にあったようですが、(今の京都御苑内)
室町時代半ばにどうも廃寺になったようです。
(それ以前の法園寺の沿革は、よくわかっていません)
それが、室町時代後期の1505年に報恩寺として再興されました。

ところが、豊臣秀吉の治世に京都御苑造営に伴い
現在の地に移転させられ、
なおかつ寺宝の「猛虎の図」も秀吉に取られてしまいました。
ところが、その絵を聚楽第に飾ったところ
毎晩絵の中の虎が大声で吠え続け、
秀吉は寝不足に苦しんだそうです。
そして遂に秀吉は、この絵をこの寺院に返却したそうです。
以降、この寺院は「鳴虎」(なきとら)報恩寺と呼ばれました。
(あくまで、この寺院の言い伝えですが)
その「猛虎の図」(複写)は、きちんと手続きをすれば
希望者は拝観できるそうです。(通常は、非公開)


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地蔵堂の前に戻り、報恩寺境内を南に向いています。
藤棚はまだ花が咲いていませんが、
その脇に重要文化財の鐘楼があります。
こちらは、通称「勿撞の鐘」(つかずのかね)です。
先述の通りこの辺り一帯は西陣織の職人街なのですが、
江戸時代にその辺りで仲の悪い織子と丁稚が
この鐘が撞かれる回数で賭けをしたそうです。
その結果丁稚が勝ち、負けた織子はショックで自殺したそうです。
そのことを耳にしたこの寺院の僧侶が、
こちらの鐘を二度と撞かないことを決めたそうです。


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その鐘楼の前で、西を向きました。
報恩寺境内の桜並木では、この最西端の木がいちばん立派です。


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その木はもう葉桜なのですが、
よく見ると桜桃(さくらんぼ)の碧い実がしっかり付いていますね。


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鐘楼の前で、報恩寺境内を西に向きました。
では、こちらの門から鳴虎報恩寺を出ます。


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浄土宗鳴虎報恩寺の門の前で、西に向いています。
突き当りの小川通沿いには、西陣織関連の京町家が並びます。
そう言えば、また織機の作動音が聞こえてきました。
クリックすると写真が拡大するのは、ここまでです。


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その道を東に突き当たり、小川通を北に向きました。
ここから約80m先の寺之内通沿いに、「人形寺」宝鏡寺があります。


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同じ場所で、今度は小川通を南に向きました。
では、ここを進み突き当りの上立売通に戻ります。


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西側の小川通から、上立売通を西に向きました。
ここで上立売通は筋違いになって、さらに西に続きます。


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先程の写真に写っていた菅野医院の前で、南を見ています。
ここから南に、油小路が伸びています。
約150m先に、次回ブログで訪れる白峯神社がいらっしゃいます。

油小路はここからずっと南に伸びており、
八条通以南は堀川通を吸収して大通りになります。
また油小路はこの上立売通でいったん途切れますが、
紫明通からまた復活してはるか北の西賀茂あたりまで伸びています。


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油小路から、上立売通を西に向いています。
この辺りの京町家も、西陣織の職人街です。


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ただ、この辺りも京町家よりマンションの割合が増えてきています。
これは、京都市街地共通のことですね。


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油小路から、上立売通を約50m西に進みました。
こちらにも、鳴虎報恩寺の表札が出ています。
ここを北上してトタン板の辺りを蛇行すると、
先程の報恩寺の鐘楼前に出ます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その辺りで、上立売通を西に向きました。
ここで、上立売通は堀川通と交差します。
ここから先に上立売通は「桜の名所」が集中しますが、
それは次回以降とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、白峯神社にお邪魔します~

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第478回 新緑の白峯神宮~上立売通東から西~その10

[白峯神宮] ブログ村キーワード
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GWも終わり京都市内にも時々雨が降ったりしているのですが、
うまい具合に撮影日は晴れが続きます。
ただそうなると西日が邪魔になるので、この時間帯から撮影です。

上立売通から西を向き、堀川通を見ています。
今回はここから堀川通を南下して、
今出川通沿いの白峯神宮にお邪魔します。
撮影日は、2017年5月11日木曜日正午。
どんどん気温が上がってきました。


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上立売通から、堀川通を南に向いています。
この歩道橋を渡ればさらに西に進めますが、
今回はこのまま堀川通を南下します。


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歩道橋の南側に、「堀川上立売」バス停があります。
ここから9系市バスに乗れば、30分ほどで京都駅に着きます。


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上立売通から、堀川通を南下しています。
こういう大通りでも、このようにお地蔵さんがお祀りされています。
では、こちらにお参りして先を進みます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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そのお地蔵さんの前から、堀川通を南に歩いています。
こうして見ると3車線のそこそこ広い道ですが、
本当はこの中央分離帯の反対(西)側にも3車線あります。
元々堀川通は京都市街地でも最も広い6車線の道なのですが、
この辺りの中央分離帯は細長い公園なので
その分堀川通はほかの場所と比べても広くなります。


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上立売通から、堀川通を200m南下しました。
こちらが、「今出川堀川」交差点です。


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今出川通から、堀川通を南に向いています。
ここから堀川通沿いに桜並木が続きますが、
今回ブログのお目当てではありませんのでそちらには進みません。

またここから南の中央分離帯は狭くなっていますが、
暗渠だった「堀川」がここから50m南の中筋通から、地上に出ます。
その「堀川」は約1800m南の押小路まで地上に出ていて、
そこからまた暗渠に戻ります。(二条場周辺の第336回ブログ参照)
そして、その辺りが堀川通がいちばん広い部分です。


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堀川通から、今出川通を東に向きました。
今出川通は京都市街地でも十分大通りなのですが、
先ほどまでいちばん広い堀川通にいたので
この通りがとても狭く感じます。


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堀川通から、今出川通を東に約50m進みました。
こちらに「堀川今出川」バス停がありますね。


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そのバス停から、今出川通を東に約50m進みました。
では、こちらの鳥居から白峯神宮に入ります。
白峯神宮の写真は、クリックすると拡大されます。


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鳥居をくぐり、白峯神宮境内に入ってきました。
この日がよく晴れたこともあるのですが、
とにかく修学旅行生で境内はいっぱいでした。


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白峯神宮の鳥居をくぐり、境内で右(東)を向きました。
先ずは手水舎で、手を浄めました。
こちらは飛鳥井という井戸で、「西陣の名水」の一つです。


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手水舎の裏(東)側に、小賀玉(おがたま)の木が伸びています。
こちらが京都市最大で、京都市指定天然記念物です。
ちなみに、この小賀玉の木が1円硬貨の絵のモデルです。


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手水舎の北側に、「蹴鞠の碑」が立っています。
こちらは江戸時代末期まで飛鳥井氏の邸宅で、
その飛鳥井氏は宮中で和歌と蹴鞠の宗家でした。
そのためこの神社は「蹴鞠の神様」として信じられており、
さらに転じて「サッカーの神様」
「球技の神様」としての信仰を集めています。


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その北側に、地主社の社がいらっしゃいます。
「地主」なので要するにここの土地神様なのですが、
ご祭神は精大明神・柊大明神・今宮大神・白峯天神です。
「スポーツ全般の神様」として、様々なボールが置かれていますね。


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地主神社の北側に、伴緒社(とものおしゃ)がいらっしゃいます。
弓道の神様としてまつられていますが、
ご祭神は、源為義と源為朝ですね。
白峯神宮のご祭神崇徳上皇の家臣として保元の乱を戦い、
後白河天皇の家臣であった平清盛源義朝に敗戦した武将です。


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その社の北側に、潜龍社(せんりゅうしゃ)がいらっしゃいます。
こちらにも潜龍井という井戸があって、そちらの守護神です。
(潜龍大神という龍神がご祭神です)

ちなみに、この左(北)側から油小路に出られて
そこから約150m北上すると前回ブログの上立売通に行けます。


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潜龍社の前で、白峯神宮境内を南に向いています。
右(西)側が、白峯神宮本殿ですね。
では、白峯神宮拝殿付近に戻ります。


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白峯神宮手水舎の前まで戻り、西を向いています。
まぁ神社の拝殿の脇は、「右近の桜」「左近の橘」というくらい
桜と橘(柑橘類の樹木)が植えられていますが、
それ以外にも手水舎の手前に大桜が立っています。
こちらも、京都では比較的有名な「桜の名所」です。


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こちらは、白峯神宮境内の西側です。
(白峯神宮の末社は、境内東側に集中します)
社務所の奥(北側)に砂場のようなものがありますが、
こちらは、蹴鞠をするようにできています。
また、この辺りには桜以外にも藤棚とか松など
いろいろな花樹がありますね。


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で、白峯神宮の拝殿に戻ってきました。
こちらには、青いタペストリーが張られています。
先述の通り白峯神宮はスポーツの神様として信仰されていますが、
蹴鞠に近い球技であるサッカー関係者の信仰を特に集めています。
そのため、男女の日本代表やサッカークラブ関係者やサポーターが
こちらによくお参りに来ます。


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白峯神宮本殿の前に、こちらの樹木が立っています。
こちらは含笑花(がんしょうげ)という中国原産の樹木です。
時期的に、ちょうど花が満開でした。
サイトによるとバナナの香りがするそうですが、
ちょっと違う気もします。
ただ、豊潤で確かにこちらを目当てにこちらにまた来ようと思う
そんな香りではあります。


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その含笑花越しに、白峯神宮本殿を見ています。
こちらのご祭神は、崇徳上皇と淳仁天皇です。

先述の保元の乱後に源為義は斬首(処刑)となり、
その子の源為朝と崇徳上皇は流罪となりました。
崇徳上皇は何度か都への復帰を嘆願したのですが、
その度に却下され続けました。
そのため、この崇徳上皇は死後に怨霊になった伝説があります。
有名なのは上田秋成の名著「雨月物語」の一節「白峯」ですね。
個人的に「雨月物語」の中で、一番好きなお話です。
(他には「青頭巾」と「菊花の約」がお気に入りです)

時代がずっと下った幕末に、明治天皇の父孝明天皇は
明治天皇によくこの崇徳上皇の扱いが「不憫で気に病む」
とおっしゃっていて、その思いが遂げられないまま崩御されました。
そのことを気にしていた明治天皇は、1864年に
崇徳上皇の配流先の香川県の白峯から遺灰を京都に戻され、
この地に白峯神宮を建てられました。


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白峯神宮本殿脇に、こちらのタオルマフラーが捧げられています。
こちらは、おそらく各クラブのサポーターが奉げたものでしょう。
ただ、よく見るとJリーグクラブのものはほとんどなく
オランダのVVVとかドイツのレバークーゼンのものがあります。
VVVはかつて本田圭佑が所属していましたが、
レバークーゼンはドイツ人が奉げたのでしょうね。
(オーストリア・ウィーンも、日本人ではないでしょう)
また、その脇に様々なスポーツ選手の絵馬が奉納されていました。
こちらには澤穂希選手など「なでしこ」の選手のものの他、
ハンドボールやプロ野球などの選手のものがありました。
その中でも、闘莉王選手のものが一番目立つ位置にありました!
ただ、こちらは名古屋時代のものなので
せっかく京都に移籍したことですから今年度中に
もう一度こちらに絵馬を奉納されることはないでしょうか。


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含笑花の前で、白峯神宮境内を南に向いています。
では、この白峯神宮から今出川通に出ます。
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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白峯神宮の前で、今出川通を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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白峯神宮の前から、今出川通を西に約100m進みました。
ようやく「今出川堀川」交差点に戻ってきました。
このまま今出川通を西に進むと、約700m先で千本通と交差し
さらに300m先で「上七軒」交差点に出ます。
(そこから約150m北上すると、千本釈迦堂の前に出ます)


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今出川通から、堀川通を北に向いています。
では、ここを北上して上立売通まで戻ります。


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今出川通から、堀川通を約50m北上しました。
ちょっとおいしそうなお店だったので、こちらに寄ります。
こちらのお店と店内の写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、シュークリーム専門店のオアフ西陣本店です。
持ち帰りもできますが、店内でも食べられます。
お店の方に許可を取って、こちらを撮影しました。
そこで、今回は紅茶とフレッシュクリームシューを頂きました。


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フレッシュクリームシューをアップで写しています。
生クリームを付けてシューの上の部分を食べるのが、
なかなかおいしかったですね。
こちらは、シュークリーム以外もロールケーキも売っています。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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オアフには、約30分いました。
この日(2017年5月11日木曜日)は京都の最高気温は27℃で
真夏日には程遠いのですが、身体は高温になれていません。
ですから、ちょっと熱中症気味でそれで時間をかけて休みました。

そのオアフの前で、堀川通を北に向いています。
では、ここを北上します。


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今出川通から、堀川通を北上しています。
向こうに見える歩道橋の辺りが、上立売通です。


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「堀川上立売」バス停の向こうに、上立売通の歩道橋が見えます。
こちらが、今回ブログの最初の地点ですね。
ここから上立売通を西に進もうと思いますが、
だいぶ写真を貼り付けたので今回はここまでです。

~次回は、ちょっと別のところにお邪魔します。
「上立売通編」は、1回休載します~~

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第479回 堺町御門前の葵祭巡幸 前編

[葵祭り] ブログ村キーワード
前回ブログまでかけて上立売通を進んできましたが、
毎年5月15日は葵祭巡幸の日です。
そこでいったん「上立売通」編は休載して、
2017年も葵祭巡幸の様子を掲載します。
また今回は写真が多く撮れましたので、2回にわたり連載します。
なお、今回の写真はクリックすると全て拡大されます。


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電車を乗り継ぎ地下鉄東西線「京都市役所前」駅で降り、
地下街ZEST経由で京都市役所の玄関前で地上に出ました。
京都市役所前から寺町通を約500m北上して、
そこから竹屋町通を西に約300m進みました。
京都市立御所南小学校と京都地方裁判所との間の
葉桜並木を通り過ぎ、柳馬場通で北を向きました。
右(東)側に、京都地裁の枝垂れ葉桜並木が続いていますね。
今回は、この少し先の今出川通で葵祭巡幸を眺めます。
撮影日は、2017年5月15日月曜日午前10時。
自宅を出たときは曇っていましたが、だんだん晴れてきました。


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竹屋町通から約100m北上すると、
柳馬場通は丸太町通(京都御苑)で突き当たります。
「丸太町柳馬場」交差点で、丸太町通を西に向いています。
この辺りの丸太町通が、規制線により南北に分かれています。
左(南)側は通行用なのですが、右(北)側は葵祭巡幸の見物客用です。
葵祭巡幸見物は京都御苑鴨川デルタ下鴨神社前が有名ですが、
巡行路であればどこでも見物することができます。
その中でも丸太町通沿いは、比較的多くの方々が見物されます。


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柳馬場通から、丸太町通を西に約50m進みました。
堺町通との交差点近くで、こちらのツツジが真っ盛りでした。
では、こちらのツツジの左(西)側に立ちます。


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その位置から、北を向いています。
こちらが、京都御苑堺町御門ですね。
1864年の禁門の変直後の大火どんどん焼けの火元です。
(おかげで祇園祭の山鉾の大半が焼失し、
大船鉾に至っては復興に約150年掛かりました)
そして、葵祭巡幸の行列はここから京都市街地に出ます。
ですから、この御門を背景にすれば絶景になるのではと思い、
2017年はここに陣取ることにしました。


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先程と同じ場所で、西に向いています。
そちらの方では巡行行列が見えないので、見物客はいません。
この辺りの丸太町通沿いは、歩道にツツジが並びます。
約50m先の高倉通も、ここで突き当たります。
(第434回ブログを参照)


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午前10時20分になり、再び堺町御門前を撮りました。
先程は青い先導車だけでしたが、
それ以外に京都府警のパトカーと市役所の公用車が並びます。


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葵祭巡幸の行列が京都御所の建礼門を出るのが午前10時半の予定で、
建礼門前からこの堺御門までが、徒歩で5分少々です。
ところが、午前10時半段階で丸太町通の交通規制はまだでした。
「予定通り」ちょっと遅れていますね。
それが午前10時35分になると、京都府警の警官の皆さんが
丸太町通の車道上にコーンを立てていかれました。


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堺町御門より西側の丸太町通を写しました。
この辺りに、葵祭の巡行行列は通りませんので、
自分がいる堺町通以西に見物人は誰もいません。
赤いコーンより向こう(北)側の烏丸通以東が、通行止めです。
そして、青いコーンには「中央線」と書かれています。
つまり、葵祭の巡行中は丸太町通などの車道が2車線になります。
お祭りの巡行中も、幹線道路を通行止めにしない工夫でしょうね。
(祇園祭の巡行中は、河原町通も御池通も完全に封鎖されます)


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午前10時42分ごろの堺町御門前です。
先程まで門前に並んでいたパトカーも寺町通方面に移動し、
先導の騎馬2騎も堺町御門の向こうに待機しています。
いよいよ巡行がこちらを通るようです。
10分未満の遅れは、こういう祭事では「時間通り」の範疇です。
ところが、この時点で堺町御門を横切る通行人がいらっしゃいます。
その方のお仕事の都合とかもあるでしょうが、
結構ギリギリまで通行が認められていました。


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「葵祭巡幸が、この辺りを通過します」
そういうことをアナウンスしながら、青い先導車が出発しました。
すると、束帯姿の方が騎乗する2騎の騎馬がその後に続きます。
ただ今5月15日午前10時45分。
2017年の葵祭巡幸の行列が、いよいよ堺町御門を通り過ぎます。


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束帯姿の騎馬の後を市役所の公用車が続きます。
その後に赤橙の束帯姿の騎馬が続き、
いよいよ本格的に葵祭巡幸の行列が始まります。


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さらにその後から、騎馬が数騎続きます。
騎馬の方々は堺町御門を過ぎても南進し、
丸太町通の中央分離帯の手前で直角に左折されます。
巡行行列は、そのまま右(東)の方に進んでいかれます。


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騎馬の間を白装束の方々が歩いていかれます。
こちらの方々は馬の轡を握っておられたり、
様々なものをも運ばれたり、いろいろな仕事をされています。


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騎馬の後は、徒歩の束帯姿の方々が続きます。
白装束の方々が、堺町通以東に規制線を張られました。
ただ、京都府警の方々がすでに規制されているので
改めてこちらを張るのは無駄のように思います。


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規制線は、白装束の方々3人が張られています。
徒歩姿の束帯姿と騎馬が、交互に通り過ぎて行かれますね。


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徒歩の束帯姿の方が、竹製の長い棒きれを持たれています。
初めは弓と思っていたのですが、よく見ると形状が違います。


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その方が、丸太町通まで出てこられて東へ進まれています。
こうして見ると釣り竿のようですが、う~ん何でしょうね。


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続いて白装束の方々が運ばれておられるのは、槍ですね。
その脇に、座椅子を運ばれておられる方もいらっしゃいます。
今年(2017年)は、人が邪魔にならない場所で撮影ができました。
(ほどんど見えなかった第397回ブログ参照)
そのため、巡行行列のかなり細かい部分まで写せました。
それが、2017年度はブログが前後編に分かれた理由です。


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さらに徒歩の束帯姿の方々が続きます。
今度の方も、変わった棒きれを持たれています。


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その方をアップで撮りました。
七支刀に形状が似ていますが、おそらく武器を模した神具でしょう。


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その後を槍や岡持ちを持たれた徒歩の白装束の方々が、
続いていかれますね。


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槍や岡持ちを持って歩かれる白装束の方々の後に、
また束帯姿の騎馬が続きます。


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ただよく見ると、徒歩の束帯姿の方々が
白装束と騎馬の間にいらっしゃいます。
こちらの方々が持たれているのは、楽器でしょうか?


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騎馬の後に、徒歩の方々が続きます。
ここで、大きな傘が見えてきました。


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その傘をアップにしました。
平安時代に貴族の女性が歩くとき、従者が後ろから差したものです。
その脇には、お稚児さんと虎の皮を持たれた方が並んでおられます。


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その後から、白装束の方々が神具を持って続きます。
手前の葛籠は、形状から……ご神体でしょうか?


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その後から、また葛籠を持たれた白装束の方々が続きます。
葛籠には、注連縄(しめなわ)と葵の葉が付いています。


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さらに葛籠を持たれた方々が続きます。
その後を神具を持たれた白装束の方々が続きます。
下鴨神社の2柱のご祭神と(賀茂建角身命と玉依姫)
上賀茂神社のご祭神加茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)で
葛籠とご祭神の数が一致しますね。


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その後を束帯姿の騎馬が続きます。
こちらの馬は誰も乗られていませんが、結構荒れています。
大きく体を揺すったり大きく鳴いたりしています。
人が多いので、興奮しているようですね。


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その後を徒歩の束帯姿の方々やお稚児さんが続きます。
こちらの束帯姿の方は、弓を持たれています。
多分検非違使なのでしょうね。


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そして、その後から牛と牛車が現れました。
庇に付けた藤の造花が、煌びやかですね。
「(巡行行列が)男ばっかりで、楽しくないぞ」
という言葉を吐かれていた自分と同年代の男性見物人も、
この時ばかりは息を呑まれていました。


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……ところがその時ちょうど市バスの乗降に時間がかかり、
(この西側に、「裁判所前」バス停があります)
丸太町通は結構長い渋滞になりました。
……まぁ別に京都ハンナリーズは悪くないのですが、
たまたま牛車の前にこの自動車が塞ぐ形になったので、
見物人からハンナリーズの車両がブーイングを受けていました。


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約2分して市バスが出発すると、渋滞は解消されました。
ただ、そうなると牛車はもう堺町御門を通り過ぎています。
取りあえず、この位置から牛車をアップで撮りました。


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堺町御門では、槍や岡持ちを持った白装束の方々や
束帯姿の騎馬が続きます。


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ところが、巡行行列の方々が急に立ち止まられました。
どうやら、巡行行列も渋滞になったようです。


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……ならばと、東を向いてみると
やはりまだ牛車が見える範囲にいらっしゃいました。
そこで、またこちらを撮りました。


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渋滞は、約5分で解消されました。
すると、この辺りで白装束の方々が規制線を撤収され始めました。
巡行行列は、まだ半分も終わていないのですが……


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もちろん、巡行行列はまだまだ続きます。
こちらの馬は少し興奮していて、
騎乗の束帯姿の方も一苦労されていました。
「馬が興奮します。カメラのフラッシュは遠慮してください」
京都府警の警官が、何度かそう叫ばれておられました。


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その後にこちらの騎馬が続きます。
束帯の模様が深い紫色で、馬も額に金細工を付けています。
一際豪奢なお姿ですね。


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その後に、徒歩の束帯姿の方々がしばらく続きます。
これで、巡行行列の4割が通り過ぎました。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回は葵祭巡幸の続きを掲載します~

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第480回 堺町御門前の葵祭巡幸 後編

[葵祭り] ブログ村キーワード
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京都地方裁判所脇の「丸太町柳馬場」交差点から約50m西の
京都御苑堺町御門の前で葵祭の巡行行列を見ています。
前回ブログまでで、葵祭の巡行行列の約4割が通り過ぎました。
今回は、残りの巡行行列の様子を掲載します。
撮影日は、2017年5月15日午前11時15分。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


480-2.jpg
黄浅緑色と浅葱色の束帯姿の方々が、
交互に通り過ぎて行かれます。
黄浅緑色の束帯姿の方が持っておられるのは、ヒョウの毛皮ですね。


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お稚児さんの後に、浅緋色の束帯姿の方が続きます。
前回ブログでも書きましたが、ここまで巡行は全員男性ですね。


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浅緋色の束帯の方が、また毛皮を持って登場です。
その模様から、シカでしょうか?
その後から、また大きな傘が現れました。
こちらの上部には、ツツジの造花があしらわれています。


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その後は槍や岡持ちを持った白装束の方々が続き、
その後に騎馬が続きます。


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そして、その後をまた白装束の方々が通り過ぎます。
やはり、槍や岡持ちを持たれていますね。


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さらにその後を、束帯姿の方を騎乗させた白馬が通り過ぎます。
……と言いたいところですが、
この馬だけ丸太町通を西に向かおうとしています。


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……と言いますか、白馬がむずがって荒れています。
御者がさらに一人加わり轡を引きますが、
言うことを全然聞きません。
また、京都府警からのアナウンスが聞こえてきました。
「カメラのフラッシュを焚かないでください。
馬が興奮してしまいます」


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何とか白馬が寺町通方面に通り過ぎた後、
白装束の方々や騎乗の束帯姿の方も通り過ぎて行かれます。


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さらにその後を黄浅緑色の束帯姿の方が通り過ぎます。
手に持たれているのは……シカの毛皮ですね。


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そして、またまた大きな傘が登場です。
この黄色は……山吹の造花ですね。
そう言えば、松尾神社ではまだ山吹が咲いているのでしょうか?


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ここで、葵祭の巡行行列がいったん途切れます。
これで、半分が終わりました。


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葵祭の巡行行列が途切れていたのは、約5分です。
ここから、いよいよ巡行行列の後半ですね。


480-14.jpg
後半の最初に、十二単姿の女房が花傘を伴い現れました。
前半と打って変わって、後半の列は女性が中心になります。


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また十二単姿の女房が、通り過ぎて行かれます。
そう言えば、平安時代の貴族は傘を持つ従者をよく伴いましたが、
その傘にもこのように花が添えられていたのでしょうか?
それとも、この花は普段と違う「お祭り仕様」なのでしょうか?
ちょっと、気になります。


480-16.jpg
十二単姿の女房は、まだまだ続かれます。
ただ、よく見ると女房の間に束帯姿の方がいらっしゃいます。


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その直後に、こちらの輿が現れました。
葵祭巡幸のメイン斎王代の登場です。


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斎王代をアップで撮りました。
輿をも担がれている方々の烏帽子に葵の葉が付いていますね。


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斎王代の輿が、寺町通方面に去っていきます。
よく見ると、こちらの輿は担がれているのではなく
輿の下に車が付いているので「押して」おられるようですね。


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さらにその後にも、女房が続きます。
こちらは、騎乗されておられます。


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騎乗姿の女房をアップで撮りました。
確か2014年は大雨で十二単が全部だめになって、
2015年に全て新調したと聞きました。


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そして、槍や岡持ちを持った白装束の方々や
騎乗姿の女房が交互に通り過ぎて行かれました。


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さらに騎乗姿の女房が通り過ぎて行かれた後、
ちょっと間が空いて誰も通られない瞬間がありました。


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暫くして、槍や岡持ちを持った白装束の方々が
堺町御門の前を通り過ぎて行かれました。
その後、また少し間が空きます。


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だんだん行列の間隔が空いて来ているのは、
この行列が終わりに近づいているからです。
ここで花傘を伴い、十二単姿の方が現れました。
その後の女房は傘を差されておられないので、
午後からは(下鴨神社~上賀茂神社の巡行)相当暑かったでしょうね。


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そして、その後を白装束の方が通り過ぎて行かれます。
……のですが、こちらはキャリーバッグを曳かれています。
時代考証が、グダグダですね、
こちらには、ビニールの雨傘が入っているようです。
突然雨が降ったら、こちらを差されるのでしょうね。


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さらにその後を、花傘を伴い十二単姿の方が続かれます。
その後の女房は、こちらの方のお伴なのでしょうね。


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その女房の後は……白拍子でしょうか?
舞踊を舞われたり、歌われたりする方々の衣装ですね。


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短冊を手にされている方もいらっしゃいますが、
その後に続かれる臙脂色の束帯姿の方々の大半は、
太鼓や笙などの楽器を持たれています。


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臙脂色の束帯姿の方々の最後尾は、こちらの大太鼓です。
これらの楽器を合わせると、雅楽を演奏できますね。


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さらにその後から、牛車が登場しました。
こちらも前回ブログ同様に、庇を藤の造花で飾ってありますね。


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その牛車をアップで撮りました。
今度は通過車両に邪魔されずに、確実に写せました。
(何のことだか分からない方は、前回ブログ参照)


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牛車の後を別の牛が続きます。
こちらは、途中で交代するのでしょうね。


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そして、その後を軽トラックと小型の消防車が続きます。
こちらが、葵祭巡行行列の最後尾です。


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今まで立っていた「丸太町堺町」交差点南西角から、
丸太町通を東に向いています。
先程の牛車は、柳馬場通から寺町通へと向かっています。
葵祭の巡行行列は寺町通を東に通り過ぎた後河原町通で北上し、
今出川通より1本北の出町通で東に曲がります。
出町橋で鴨川を渡り、(第312回ブログ参照)
下鴨東通からまた北上して糺の森を抜けて下鴨神社に至ります。


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巡行行列が去った後の京都御苑堺町御門です。
だんだんとこちらから出てこられる方々で、
丸太町通がいっぱいになってきました。


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先程の写真から、約1分後です。
堺町御門から出てこられる方々が多くて、
丸太町通の車道にまで溢れてきています。
前回ブログの追記にも書きましたが、
この日(毎年5月15日)はなるべく堺町御門よりも
西側の間之口門か東側の富小路口のどちらかを利用すべきです。


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こちら側の丸太町通南側歩道も、だいぶ三々五々散り始めています。
では、自分も地下鉄「京都市役所前」駅目指して歩いていきます。

これで、2017年の葵祭巡行行列の取材を終えます。

~次回は、また上立売通に戻ります~

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第481回 謎の喜多川通~上立売通東から西~その11

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さて前回ブログまで続いた葵祭見物も無事終了ということで、
また上立売通に戻ってきました。
今回はここ「上立売堀川」交差点から大宮通まで進みますが……
まぁ詳しいことは今回ブログ記事の中でということで。
撮影日は、2017年5月11日午後1時。
実は、葵祭より4日前に撮りました。(白峯神宮参拝と同日です)


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「上立売堀川」交差点南東角~南西角間に、歩道橋が伸びています。
では、こちらに上り堀川通の西側に向かいます。


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歩道橋の一番上まで上がり、堀川通を南に向いています。
堀川通は6車線の道ですので、こちらで東半分です。
第478回ブログでは、ここの歩道を進み白峯神宮に向かいました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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歩道橋の中央で、今度は堀川通を北に向きました。
こうして見ると、堀川通が6車線の道であることが分かります。
中央分離帯が割と広いですが、こちらは「せせらぎ公園」という
紫明通と同様に細長い公園です。
こうして見るとオフィスビル街のようですが、
ビルから少し内に入れば日蓮宗系の大きな寺院が続きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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では、歩道橋の最西端まで進みます。
これで、堀川通を西に渡ったことになります。


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歩道橋から、ゆっくりを階段を下りています。
堀川通西側歩道の上立売通から南に向いた眺めが、
歩道橋越しに見えていますね。


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歩道橋の踊り場で反転し、北を向いています。
この階段を下り切ったところが、「上立売堀川」交差点南西角です。


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堀川通から、上立売通を東に向いています。
第477回ブログでは鳴虎報恩寺に立ち寄った後、
こちらに辿り着きました。


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上立売通から、堀川通を北に向いています。
ここから約150m先の寺之内通沿いには、
日蓮宗系の大きな寺院が続きます。
また、上立売通から約650m北には鞍馬口通との交差点があります。


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堀川通から、上立売通を西に向いています。
理髪店の時計が、午後1時10分を指していますね。
今からここを進んでいくのですが、ちょっと問題があります。
先ずは、こちらをクリックして地図を見てください。
大宮通~堀川通間の上立売通の位置に、
「喜多川通」という表記があります。
(それ以外のこの位置には、「上立売通」と表記されています)
……ということは、こちらは「上立売通」ではなく
堀川通から「喜多川通」を西に向いていることになります。
実はこういう地図はたまに誤表記があるのですが、
いろいろサイトを調べると、
「なぜか、この位置だけ喜多川通と呼ばれている」
という記事がいくつかありました。
(大半が、ここ10年くらいのブログです)

……という訳で、ここから大宮通まで(要するに、今回ブログ分)
このブログでは上立売通を「喜多川通」と表記します。


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堀川通から、「喜多川通」を西に歩いています。
この辺は(上立売通としては広い)2車線の道幅ですが、
それでも京町家が両脇に並んでします。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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まだ「喜多川通」を西に歩いています。
日陰から撮ったために、少し変なアングルになりました。
この日(2017年5月11日)は日差しが強く、
この辺を歩いていてそろそろそれが厳しくなってきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堀川通から、「喜多川通」を西に約100m進みました。
ここで「喜多川通」は、猪熊通と交差します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「喜多川猪熊」の辻の北東角に、1軒の京町屋があります。
こちらの2F部分に、ブリキ製の表札がありました。
「上京区 上立売通堀川西入2丁目 芝薬師町」
……よく見ると、「上立売通」と表記されています。
「喜多川通」の文字がありません!
こちらの標識は遅くとも昭和時代初期(1945年)以前に作られたと、
書かれた形式から分かります。
ちなみに、「堀川西入2丁目」とは「堀川通から西に2本目の道」
というような意味です。(「猪熊通」のことですね)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「喜多川通」から、猪熊通を北に向いています。
ここから約150m先に、日蓮宗の宗派の本山妙蓮寺があります。
左(西)側には、旧京都市立西陣小学校が見えますね。


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今度は、「喜多川通」から猪熊通を南に向きました。
猪熊通は何度も途切れながらずっと南に伸びていて、
最終的には久世橋通まで続きます。


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猪熊通から、「喜多川通」を西に向いています。
向こうに、旧京都市立西陣小学校が見えますね。


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こちらが、旧京都市立西陣小学校の校舎です。
京都市街地には味のある校舎を持った小学校が多かったのですが、
ドーナツ化現象の余波で大半が廃校になりました、
それが様々な博物館や公的な施設などになりましたが、
(京都マンガミュージアムが代表例)
こちらもそういう公的な施設として再利用されています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その校舎前から「喜多川通」を西に進むと、
旧京都市立西陣小学校の校門が見えます。
ここの桜はなかなか密集していて、
シーズンになると絶景に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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旧京都市立西陣小学校の校門前で、「喜多川通」を西に向きました。
歩道があるほどの道幅ですが、ここは西向き一方通行です。


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猪熊通から、「喜多川通」を西に約30m進みました。
「喜多川通」の南側に、浄土真宗圓徳寺があります。
こちらの境内になかなか立派な枝垂桜があるのですが、
桜のシーズンではないのでここから見るだけにします。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その圓徳寺の前で、「喜多川通」を西に向いています。
向こうに突き当りに見える場所がありますが、
あちらで大宮通と交差します。


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旧京都市立西陣小学校の塀に、掲示板があります。
こちらは、京都市内の各町内に1枚設置された
京都市広報からの連絡事項が書かれたものです。
どうやら、今年(2017年)の時代祭巡行に
旧西陣小学校の学区が参加されるようです。
時代祭を行う平安神宮は、新興神社なので氏子がいません。
そのため、各地の京都市民が持ち回りで時代祭の進行を担当します。
そう言えば、2014年は衣笠学区の方々が担当されていました。
(第256回ブログを参照)

掲示板の下に、この辺りの住所が書いてあります。
「上京区 上立売通大宮東入 幸在町」
ここにも、「喜多川通」の表記はありません。
しかも、ちょっと聞き込みをしたところ
この辺りで「喜多川通」の名称自体を知っている方が
ほぼいらっしゃいませんでした。
「もしかして、ここは『喜多川通』ではなくて上立売通では?」
そんな気もしてきました。


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その掲示板から、「喜多川通」を西に向いています。
旧京都市立西陣小学校の西隣が消防団の詰め所で、
さらにその西隣に児童公園があり、
そこで「喜多川通」はいったん突き当たります。


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「喜多川通」から、北側の児童公園を覗いています。
こちらは「西陣児童公園」で、京都屈指の桜がきれいな公園です。
では入り口に入り、ブランコの向こうにある藤棚に向かいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その藤棚に向かう途中、ブランコの辺りで西を向きました。
向こうに見えるのが、大宮通です。
この辺りの大宮通は、様々な小売店舗が並ぶ賑やかな通りです。
一方公園の中はソメイヨシノが何本も植えてあり、
こちらは春になると別世界に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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西陣公園内の藤棚下のベンチに座り、北を向いています。
こちらのベンチには、男性ばかり3人が休憩されていました。
こちらは、結構人通りが多い公園です。
また藤棚より北半分に遊具はないので、球技ができそうです。
ただ、こちらの公園自体が「球技禁止」です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、この公園の北西部はこのようになっています。
たくさんの木々がありますが、ソメイヨシノがいちばん多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが西陣児童公園の西門です。
こちらのお地蔵さんの周辺が、いちばん桜が濃いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお地蔵さんの脇に、こちらの甲冑の像が立っています。
……と言いますか、なんで甲冑なのでしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は藤棚の脇から、南を向きました。
ではブランコの向こうに見える入り口から、西陣児童公園を出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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西陣児童公園の南側入り口の前で、「喜多川通」を西に向きました。
「喜多川通」は大宮通で突き当たった後、
約20m北で上立売通としてさらに西に伸びていきます。
ちなみに、この辺りにたまたまいらした京都府警の制服警官に
「喜多川通」について聞いてみました。
ちなみにこちらの警官はとにかく親切で、
他の仕事を中断されて調べて頂き
ありがたいというよりもむしろ申し訳なく思っています。
その警官は、こうおっしゃいました。
「『喜多川通』という名称自体聞いたことがない。
この近所の方も、知らないようだ。
京都府警が使用する地図や資料にも、
『上立売通』と明記されている」
とにかく、次回ブログでは
この一帯を「上立売通」と表記します。

~次回は、本隆寺の葉桜を見に行きます~

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第482回 本隆寺は修復中~上立売通東から西~その12

[本隆寺] ブログ村キーワード
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上立売通から、大宮通を北に向いています。
この辺りの大宮通は江戸時代に西陣織の問屋や小売店が多く、
現在でも様々な小売店舗が並ぶ賑やかな場所です。
前回ブログで出てきた西陣公園の葉桜が、ここからでも見えますね。
今回は、大宮通より1本西の智恵光院通沿いの本隆寺に訪れます。
撮影日は、2017年5月18日木曜日午後3時。
今回掲載の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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上立売通は大宮通でいったん途切れるように見えますが、
その地点から約10m北からまた西に伸びています。
では、こちらを進んでいきます。


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この辺の上立売通は自動車がやっと1台通れるかどうかの道幅で、
その周囲に味のある京町家が建ち並びます。
「上京区 上立売通大宮西入 硯屋町」
ブリキ製の表札には、この辺りの住所が書いてあります。


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この辺りも少しずつ新しい家屋も増えましたが、
こちらのような京町家もまだまだたくさん残っています。


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その向かい(南)側には、こちらの黒檀の京町家が建っています。
格子(1Fの窓)に、時代祭のポスターが貼ってありました。


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先程の場所から、西に約10m進みました。
こちらのお地蔵さんにも、お参りしました。
こちらの撮影中に、脇に小学生の女の子が近づいていました。
撮影を中断して通り過ぎるのを待とうとしたら、
目と目が合った途端走って逃げられてしまいました……
多分不審者と思われたのでしょうね。


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そのお地蔵さんの前で、上立売通を西に向いています。
まだ京町家が続いていますが、上立売通は
大宮通から約100m西に進むと智恵光院通と交差します。


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上立売通から、智恵光院通を北に向いています。
智恵光院通は、約150m先の寺之内通で突き当たります。
ただ、約50m西にさらに北に伸びる智恵光院通があります。


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今度は同じ場所で、南を向きました。
約20m先から、さらに上立売通が西に伸びています。


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先程の位置から、智恵光院通を南に約20m進みました。
この右(西)に上立売通が伸びていますが、
今回はここから智恵光院通を南下します。


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先程写っていたカメラ屋さんの看板から、約50m南下しました。
こちらに、大きな寺院の入り口が見えてきました。


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こちらが、その入り口にあたる東門です。
こちらは、法華宗本門流総本山本隆寺です。
「寺之内堀川」交差点を中心に、日蓮宗系の本山が集中します。
こちらも、そういう寺院の1寺です。
東門をよく見ると、工事中のようですね。


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東門脇に、こちらの看板が立っていました。
本隆寺の本堂と祖師堂が、この度重要文化財に指定されたそうです。
それに伴う改修工事のようです。


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先程の東門から、本隆寺境内に入ってきました。
実はここ最近は、この山門に大きなダンプカーが停まっていたり
門が閉まっていたりして、ここから入れないことがあります。
ただ、ここ以外にも門があって
ここ最近は南側の五辻通や西側の浄福寺通から入っていました。


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東門から入ってすぐ、左(南)を向きました。
こちらの庵は風情がありますが、
雰囲気から今現在もだれか住んでおられますね。
(なんとなく、生活感があります)


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智恵光院通から本隆寺境内に入ってすぐに、手水舎があります。
先ずはこちらで、手を浄めます。


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手水舎脇に、こちらの地図がありました。
今回ブログでは東門から入って、本堂の周囲を1周して
また東門から出て行きます。


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先程と同じ場所から南を向くと、こちらの鐘楼があります。
その周囲に、工事関係車両が並んでいますね。


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その鐘楼からさらに南側に、この寺院の南門があります。
この門がこの寺院で一番大きく、本堂に直結しています。
またこの門の周囲が駐車場で、自転車もこの門の周辺に停めます。
ちなみに、南門の向こうは五辻通です。
(千本釈迦堂の山門がある通りですね)


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その南門をまっすぐ北上すると、本隆寺本堂に突き当たります。
本堂は現在修復中なので、あちこちに足場が組まれ
工事に携わっておられる方々が、作業をされています。

法華宗真門流総本山本隆寺は、
1488年に日蓮宗の僧侶である日真が
この近くにある妙蓮寺から分裂する形で創建しました。
(加賀の一向一揆が越中の守護大名富樫正親を倒した年ですね)
当初は「四条大宮」交差点付近に建っていましたが、
天文の法難により他の日蓮宗系寺院と同じく
延暦寺の僧兵に焼き討ちされて、
こちらの寺院は泉州堺(今の大阪府堺市)に避難しました。
その後1542年にこの場所に移転してきました。
江戸時代以降大火に何度か遭いますが、何とか焼けずに済みました。
そのため、こちらを「焼けずの寺」と呼ぶ方もいらっしゃいます。


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本堂前から、本隆寺境内を西に向きました。
次は、向こうの鎮守社にお参りします。
先程の地図には「番神堂」と書かれており、
おそらく祀られておられるのは三十番神です。


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鎮守社の前で北を向きました。こちらが本堂の西側です。
こちらに、大桜の木が立っていますね。
他の多くの日蓮宗系寺院同様に、
この本隆寺も京都有数の桜の名所です。


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その大桜の北側に、「夜鳴き止めの松」が立っています。
室町時代末期に日脩という後に管主となる僧侶は、
乳児のときにこの寺院に引き取られました。
乳児だった日脩は夜泣きを繰り返し、ここの僧侶を悩ませました。
ところが、この松の下に来るといつも泣き止んだということです。
そのことから、後に「夜泣き止め」のご利益があるとされました。

また、その先に祖師堂が見えます。
こちらも先年重要文化財に指定されました。


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祖師堂には、こちらの開祖である日真が祀られています。
正面上部には、「開祖日眞大和尚」と書かれていますね。


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本隆寺祖師堂の正面から、西を向きました。
向こうに見える桜の木の先には、塔頭寺院と西門があります。
(浄福寺通から入れる門ですね)


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その位置で、また北を向きました。
では、ここから祖師堂の西側を北上します。


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こちらは、本隆寺境内の北西端です。
こちらに見えるのは塔頭寺院の玉峯院なのですが、
黄金のストゥーパがとても目立ちます。


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その北側に、本法院という塔頭寺院があります。
こちらは、落ち着いた感じの寺院ですね。


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本隆寺境内の北西端で、東を向きました。
ここで行き止まりのように見えますが、
本堂の足場の下から通り抜けられます。


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その足場の下に入る前に、南を向きました。
こちらは、祖師堂のちょうど真裏です。
ここからでも、お参りできるようになっていますね。


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本堂の北側を東に進んでいます。
安全のために足場が組んでありますが、ここを通ると
まるでトンネルをくぐるみたいですね。


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そして、その「トンネル」をくぐり抜けました。
こちらが、本隆寺北東端です。


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同じ場所で、北を向きました。
向こうに見えるのが信徒会館ですが、
手前のプレハブは工事作業員のための施設でしょうね。


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さらに、同じ場所で南を向きました。
こちらは本隆寺本堂の東側です。では、こちらを南下していきます。


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こちら側にも、本隆寺の塔頭が並びます。
この慶成院は、非公開のようですね。


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その南側には、同じく塔頭の宣妙院があります。
こちらも、非公開寺院のようです。


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宣妙院の南側に、こちらの大桜が立っています。
その向こう(東側)に見える手水舎で、先ほど手を浄めました。
要するに、これで本隆寺境内を1周しました。


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本堂の周りを1周して、本隆寺東門に戻ってきました。
では、ここから本隆寺を出ます。


482-39.jpg
本隆寺東門の前で、智恵光院通を北に向いています。
本隆寺の塀は上立売通の角まで続いています。
ここからなかなか雰囲気のある道が続くのですが、
今回はもうだいぶ写真が貼り付けてきたので続きは次回です。

今回は、ここまでです。

~次回は、雨宝院にお邪魔します~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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味わってください。

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サイドバーの説明をします。
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100選びました。
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こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
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実際に回るときの
参考にしてください。

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京都市交通局発行の
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バス停や駅の位置以外に、
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「京都市バス検索」
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各系統の停留するバス停や
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そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
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沿線の観光情報が
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「きょうもいろいろ」
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「写真缶」
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こちらも、
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「幼児連れで
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京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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