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第574回 京都府庁前散策~釜座通南から北~その12

[京都府庁] ブログ村キーワード
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釜座通から北を向き、丸太町通を見ています。
つまり、目の前が「府庁前」交差点です。
今回は、ここから釜座通最北端京都府庁を目指します。
撮影日は、2018年6月21日木曜日午後2時半。
もう完全に「晴れの日」です。


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釜座通から、丸太町通を東に向いています。
約300m先が「丸太町烏丸」交差点で、そこが京都御苑南西端です。
(第397回ブログを参照)


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今度は釜座通から、丸太町通を西に向きました。
では、少しだけここを進みます。


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先程の位置から丸太町通を西に約30m進み、北を向きました。
ご覧の通り、釜座通はここから6車線の道幅になります。
またこの位置から約200m先の京都府庁まで、桜並木が続きます。
「府庁前の桜」は、毎年春に京都屈指の絶景となります。


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同じ位置から、丸太町通を西に向きました。
丸太町通は、約1㎞先で千本通と交差します。(第344回ブログ参照)
では、目の前の「府庁前」交差点の横断歩道に向かいます。


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その横断歩道で、北を向きました。
では、ここから丸太町通を北に渡ります。


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「府庁前」交差点で丸太町通を北に渡り、
釜座通から丸太町通北側歩道を東に向きました。
丸太町通以北の釜座通は、東側に第2日赤病院の施設が並びます。


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丸太町通から、釜座通を北に向いています。
歩道から桜並木までで、全体の1/3程の道幅です。
丸太町通以北の釜座通西側は、銀行や飲食店の他京町家が並びます。
では、ここを北上していきます。


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丸太町通から、釜座通を北上しています。
京都銀行の北隣に京都中央信用金庫府庁前支店がありますが、
その辺りで「京都市中京区」から「京都市上京区」になります。


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その京都信用中央金庫を見ています。
1Fの空洞は駐車場で、向こう(西)側の西洞院通も見えます。


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京都信用金庫府庁支店の前で、釜座通を北に向きました。
桜並木の向こう(東)側に第2日赤病院が見えますが、
この辺りにも病院指定薬局が軒を並べます。


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薬局の北隣はこのような京町家です。軒先の植木が涼し気ですね。
植木の朝顔は、今が盛りですね。


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その北側で、釜座通は椹木町通と交差します。
「椹木町釜座」交差点南西角に、パン屋さんの進々堂があります。
ガラス窓から店内を覗くと、カフェも併設されています。
実は、この辺りは飲食店がたくさん存在ます。
この脇に大きな病院がありますが、
京都府庁などの官公庁も近くにたくさんあります。
そちらで働いている方や病院の患者さんなどを合わせると、
相当の需要があります。
ですから、この辺りを丁寧に探すと結構名店があります。


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よく考えたら、自分は朝から食べたものは
第571回ブログの宇治金時くらいです。
だいぶ空腹なので、飲食店を探しました。
そこで店頭の様子を見て、おいしそうな食堂に入りました。
こちらのお店に、ブログ掲載許可を求めたところ
「拒否はしませんが……」
快い返事はいただきませんでした。
「ウチは近所の方や常連さんが来てくださる店です。
ウチも雑誌やブログに載ってお客さんが増えたこともありましたが、
混雑すると常連さんに迷惑が掛かってしまい、
そのことからTVなどの取材はすべて断っています」
とおっしゃいました。
「ただ、趣味で個人が書かれているブログで(ウチもそれに入ります)
無許可で掲載されている方が後を絶たず、
その方々を放置している現状で、
このように許可を求める方を拒否するのも違う気がするので、
ブログ掲載を拒絶まではしません」
このような微妙な言い回しをされたので、
店内の様子は掲載しますが、詳しい住所と店名は割愛します。

こちらは洋食全般を扱うお店なのですが、
自分は店内の様子から揚げ物が絶品な気がしました。
そこで、とんかつ定食を頼んだのですが……予想以上の絶品でした!
一口かじると脂身の甘味が口の中に広がり、
自家製デミグラスソースとの相性も絶妙です。

そしてブログ撮影から数週間後の現在、
自分はこの店に時折通っています。
トンカツもおいしいのですが、今はエビフライがお気に入りです。
その甘味と歯ごたえは、第350回ブログかどわきを思い出します。


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その飲食店から出て、釜座通から椹木町通を東に向きました。
椹木町通をまたいで第2日赤病院の病棟が並んでいますが、
2Fの部分に渡り廊下が取り付けてありますね。
椹木町通は、ここから約300m先の
京都御苑「椹木門」(さわらぎもん)で、突き当たります。


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釜座通から、椹木町通を西に向きました。
ここから暫く美味しいお店が並ぶのですが、
その記事はまた別の機会ということで……


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椹木町通から、釜座通を北に向いています。
では、こちらを北上していきます。


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椹木町通から、釜座通を北上しています。
不動産屋さんの北隣には居酒屋さんがあって、
さらにその隣にはお蕎麦屋さんがあります。
やはり、この辺は飲食店が多いですね。


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椹木町通から、釜座通を約80m北上しました。
左(西)側に、上京郵便局の大きな建物が見えます。

~2018年7月8日訂正~
建物の表示が、混乱しています。
「上京郵便局」ではなく南側は「京都府庁前郵便局」、
北側が「上京消防署」という2つの施設が混じってしまいました。


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さらに約20m北上しました。
上京郵便局の北側で、釜座通は下立売通と交差します。
そして、ここで釜座通は突き当たります。(ここが釜座通最北端です)


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釜座通から、下立売通を西に向きました。
左(南)側は上京郵便局で、右(北)側の繁みは京都府庁のものです。

~2018年7月8日訂正~
「上京郵便局」ではなくて、「上京消防署」でした。
間違っていたので、訂正します。


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今度は、同じ場所で下立売通を東に向きました。
今度はこの横断歩道で、釜座通を東に渡ります。


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その横断歩道の中央で、下立売通から釜座通を南に向きました。
写真中央の白線が、釜座通の中心です。
ちなみに、今まで通っていたのは両端の植え込みのさらに外側です。
(そちらに、それぞれもう1車線あります)
釜座通の東側はずっと第2日赤病院が続いていましたが、
下立売通との交差点付近には京都府警本部別館があります。


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同じ場所で、北を向きました。
今まで釜座通をずっと北上してきましたが、
その突き当りには京都府庁があります。


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そう言えば、歩道のガードレールにこちらが張られていました。
京都市内で時折この垂れ幕を見掛けますが、
文化庁の庁舎はこの辺りか京都御苑内かどちらでしょうか?


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釜座通の横断歩道を東に渡り切りました。
これで釜座通の最北端まで来ましたが、
ウチのブログは最寄り駅まで記事が続きます。
……のですが、だいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、この位置から地下鉄「丸太町」駅を目指します~

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第575回 菅原院天満宮に寄り道~釜座通南から北~その13

[菅原院天満宮] ブログ村キーワード
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釜座通最北端から、下立売通を東に向いています。
京都府庁が近いこの辺りは、官庁街ですね。
今回はここから烏丸通に進み、
京都市営地下鉄「丸太町」駅を目指します。
撮影日は、2018年6月21日木曜日午後3時15分。
今回で、「釜座通編」が終わります。


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「下立売釜座」交差点南東角に、京都府警本部別館があります。
衛兵のような長い棒を持った制服警官を外して撮影しましたので、
ちょっと変な角度から撮っています。


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釜座通から、下立売通を約50m東に進みました。
ここで下立売通は、新町通と交差します。


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下立売通から、新町通を南に向いています。
右(西)側は京都府警本部別館ですが、
その先には第2日赤病院があります。


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今度は、下立売通から新町通を北に向きました。
左(西)側は京都府庁ですが、向かい(東)側は官公庁街で、
京都府警本部や京都地方検察局などが並びます。


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新町通から、下立売通を東に向きました。
この道の突き当りである京都御苑の繁みが見えてきました。
では、こちらを進みます。


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新町通から、下立売通を東に約50m進みました。
ここで、下立売通は衣棚通と交差します。
交差点南東角にある理髪店の時計が、午後3時20分を指しています。


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下立売通から、衣棚通を北に向いています。
この道は、約300m先の下長者町通で突き当たります。


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今度は、下立売通から衣棚通を南に向きました。
こちらも、約1,200m先の六角通で突き当たります。


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先程から出て来た理髪店の前に、紫陽花が咲いていました。
では、こちらから下立売通を東に進みます。


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衣棚通から、下立売通を東に進んでいます。
すると、こちらの京町家が並んでいます。
左(東)側の家屋は、何かのお店のようですね。


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衣棚通から、下立売通を東に約50m進みました。
ここで下立売通は、室町通と交差します。


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「下立売室町」交差点南西角に、こちらの碑がありました。
そちらによると、この位置にかつて二条城があったようです。
まぁ「二条城」と言いましても、
第568回ブログの二条城とは全く関係ありません。
こちらは織田信長が足利義昭のために築城したもので、
1573年に織田信長が足利義昭を京都から追放した後は、
この二条城は解体されて安土城の一部となりました。


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下立売通から、室町通を南に向いています。
この両側が、平安女学院の校舎ですね。
この辺にチーズケーキとコーヒーが美味しいホテルあったのですが、
約30年前のことでよく覚えていません……


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今度は、下立売通から室町通を北に向きました。
こちらにも、平安女学院の関連施設が並びますね。


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室町通から、下立売通を東に向いています。
目の前に、平安女学院高校の正門があります。
ここを歩いているとこちらの生徒の歓声(?)が聞こえてきますが、
さすがにその辺りに向けて写真を撮影するのは、
いろいろ問題があります。
ですから、ここから先は撮影無しで通り過ぎます。


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下立売通をはさんで平安女学院高校の向かい(北)側に、
白壁のお屋敷が建っています。
こちらは旧有栖川宮邸で、元々は京都御苑内にありました。
明治時代に京都地方裁判所裁判長の宿舎となって
その後にこちらにの位置に移築されたのですが、
2008年に平安女学院の関連施設となりました。
こちらは通常非公開ですが、毎年春に公開されます。
(枝垂桜と茶室が、有名ですね)


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まぁ平安女学院の校舎は撮影できませんが、
そこを通り過ぎれば撮影再開です。
高校の校舎の東側に、こちらの教会が建っています。
京都の私立学校の大半は、
仏教寺院かキリスト教の教会が運営しています。
ですから、こちらが平安女学院を経営しているのでしょうね。


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その教会の前で、下立売通を東に向きました。
下立売通は、目の前で烏丸通(京都御苑西端)で突き当たります。


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今度は、下立売通から烏丸通を南に向きました。
次は、この烏丸通を南下します。


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下立売通から、烏丸通を南下しています。
先程の教会の南隣に、神社が見えます。


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こちらが、その菅原院天満宮です。
2014年以来、4年ぶりの訪問です。


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石製鳥居をくぐると、すぐにこちらの手水舎があります。
こちらは安産のご利益のある湧き水ではないので、ご注意ください。


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手水舎の西側に、小さな石段があります。
では、こちらを抜けて本殿に向かいます。


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その石段を上ると、こちらに出ます。
こちらには、梅丸大神などの末社がいらっしゃいます。
その背後の赤レンガは、先ほどの平安女学院のものです。


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そして、こちらが菅原院天満宮の本殿です。
ご祭神は、菅原道真です。
北野天満宮を初めとして、
京都には「天満宮」がたくさんいらっしゃいます。
平安貴族の邸宅は1軒1軒は小さいのですが、
平安京内にいくつも所有していました。
ですから「天神信仰」が始まったとき、
かつて菅原道真邸宅だったところは大半が神社になりました。
それが、京都市街地に「天満宮」が点在する理由になりました。


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さらに社務所の前に、こちらの井戸があります。
この井戸が菅原道真の産湯に使われたという伝承があり、
そのためこの神社には、学業成就以外に安産のご利益があります。


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社務所の前で、東を向きました。
では、ここから菅原院天満宮を出ます。


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菅原院天満宮の前で、烏丸通を南に向いています。
では、ここを歩きていきます。


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菅原院手満宮の前から、烏丸通を約100m南下しました。
烏丸通の左(東)側に、京都御苑への出入り口があります。


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こちらが、その京都御苑への出入り口椹木門(さわらぎもん)です。
ここを入るとすぐに旧閑院宮邸があって、
こちらの道は宗像神社で突き当たります。
(第201回ブログを参照)


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その位置で、烏丸通から西に向きました。
この椹木町通は、この椹木門から西に伸びています。


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椹木町通から、烏丸通を見に視に向いています。
では、またこちらを南下します。


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椹木町通から、烏丸通を南下しています。
だんだん丸太町通が近づいてきました。


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椹木町通から、烏丸通を約100m南下しました。
丸太町通よりも北側に、地下鉄「丸太町」駅2番出口があります。
ではここから地下鉄に乗って、帰宅します。

これで、「釜座通編」は終了です。

~次回は、半夏生にお邪魔します~

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第576回 大雨の建仁寺

2018年7月5日より降り続けた大雨は、
西日本でも大きな爪痕を残しました。
被災地の皆々様には、
お見舞い申し上げます。

ウチは京都市街地で鴨川沿いなのですが、
まぁ鴨川も何とか決壊までは免れて、
7月8日現在ウチの周辺は平常に戻りつつあります。
(ウチの約2㎞上流で遊歩道が急流に削り取られましたが、
負傷者は一切出ていません)
大堰川(桂川)が気になるところですが、
また後日の様子を近々このブログで掲載します。

前回ブログで「釜座通編」も終了しました。
いよいよ2018年も祇園祭の始まりです……
と言いたいところですが、前祭宵山まで少し日があります。
そこで、ちょっと半夏生直後に、祇園へ行ってまいりました。


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いったん京都駅に戻り、東回りの206系市バスに乗りました。
七条通を東端まで進み東大路を北上し、
祇園南部の「東山安井」バス停で降りました。
今回は、ここから祇園南端にある建仁寺に向かいます。
撮影日は、2018年7月5日木曜日午後1時。
この雨が、後に豪雨になりました。


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「東山安井」バス停の前で、東大路を北に向きました。
自分たちの乗っていた206系市バスが、
安井通との交差点に差し掛かっていますね。
では、今からそちらに向かいます。


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東大路から、安井通を東に向いています。
第458回ブログでは、あちらから東大路に向かいました。


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今度は東大路から、安井通を西に向きました。
では、この下り坂を進んでいきます。


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東大路から、安井通を西に約100m進みました。
南側に、こちらの石製鳥居が立っています。
ここから南は、安井金毘羅宮の境内です。(第36回ブログを参照)


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安井金毘羅宮の鳥居の前から、安井通を西に約120m進みました。
ここ花見小路で、安井通が突き当たります。


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安井通最南端は、花見小路最南端でもあります。
その位置で南を向くと、そのままこちらの寺院に入れます。
では、ここから臨済宗建仁寺に入ります。


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建仁寺北大門をくぐると、すぐに西に曲がります。
このまま進むと、建仁寺を西に抜け大和大路に出ます。
(第536回ブログを参照)


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先程の道の一つ目の角で、北を向きました。
では、ここから建仁寺庫裏経由で
建仁寺方丈や法堂(本堂)に入っていきます。


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建仁寺庫裏に入ると、すぐに受付があります。
そこで500円納めて、中を拝観します。
「こちらは触るのは不可ですが、全て写真撮影が可能です」
こうおっしゃっているので、屋内もどんどん写真を撮ります。


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半年前に来たときと比べて庫裏内部の土間が小さくなっていて、
代わりに板の間が広くなっていました。
その位置が玄関で、そちらから西に向きました。
手前の部屋に風神雷神図屏風のコピーがあります。
(本物は、京都国立博物館で保存されています)


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その部屋の西側で、廊下を北に向きました。
左(西)側は土産物屋さんが並ぶ部屋で、
右(東)側が先程の「風神雷神屏風図」の部屋です。
では、その間の廊下をまっすぐ北上します。
(勝手知ったる場所なので、順路を逆行します)


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その廊下を少し北上し、西に向きました。
先程の土産物屋さんの部屋の北隣に、坪庭があります。
こちらは「〇□△の庭」で、この寺院唯一の石庭です。
それぞれ〇と□と△の形をした部分があるそうです。


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その坪庭の北側には、こちらの小書院があります。
こちらは中心に襖があって、その南側と北側で風景が変わります。


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建仁寺小書院南側の床の間です。
こちらは、南側に面した「〇□△の庭」を表す掛け軸ですね。


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そして、こちらが小書院南側の襖絵です。
石庭の一種である「〇△□の庭」に面した側が、
このように水墨画であるのが面白いですね。


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小書院東側の廊下に戻ってきました。
ではまたここを北上して、最北端の大書院に向かいます。


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その廊下の突き当り最北端の大書院に辿り着きました。
先述の「風神雷神屏風図」は、元々こちらにありました。
……のですが、先客がいらしてこれ以上撮影ができません。
こちらのお坊さんが案内をされていて、会話の内容から
岡山県から来られた団体さんのようです。
問題が無いようでしたので、自分たちもその団体さんに混じって
こちらのお坊さんの話に聞き入りました。


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こちらは、その大書院と小書院に囲まれた「潮音庭」です。
石も並んでいますが、石庭ではなく苔や桜・楓の木々による庭です。
これらの石が潮のように渦を巻いていて、
その形状が「潮音庭」の名の由来だそうです。
(こちらのお坊さんの受け売りです)


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ですからそのお坊さんがおっしゃるには、
潮音庭には正面が特になくて、自分が気に入った角度が
この庭の正面だそうです。
そうは言っても、潮音庭の一応の正面は
大書院から見たこの角度だと思います。
(パンフレットにも、通常この角度が載っていますし……)


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こちらは、この大書院から方丈を抜けて法堂まで続く廊下です。
では、こちらを南下して小書院に戻ります。


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大書院から、その廊下を南下しています。
また、小書院が近づいてきました。
次は、潮音庭に面する小書院の北側に入ります。


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こちらが、小書院北側の襖絵です。
ちなみに、こちらが先ほどの水墨画の襖絵の裏側です。
潮音庭に面している側の襖絵は一面の青です。
それぞれ面した庭と合致させて襖絵が描かれていますが、
絵の構図そのものは同じものです。
なかなかの野心作で、自分の結構お気に入りです。


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そして、こちらが小書院から見た潮音庭です。
自分は小書院に座り込み、こちらの庭と先程の絵を
交互に見比べるのが大好きで、
つまり建仁寺ではこの位置がいちばんのお気に入りです。


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廊下をはさんで、小書院の東側にも小部屋があります。
さらに、こちらを覗きます。


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部屋はだいたい4畳半くらいで、掛け軸が一幅掛かっています。
こちらは、中国人の子供の壁画が特徴的ですね。
こちらは文字通り「唐子の間」と呼ばれています。


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この部屋は、床の間以外にも壁や襖の全てに
中国人の子供が描かれています。
これらは江戸時代初期に描かれた絵で、
「唐子遊戯図」と呼ばれています。


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小書院と唐子の間にはさまれた廊下を南に向きました。
この南側が方丈です。次は、そちらにお邪魔します。


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建仁寺の方丈はいくつかの小部屋に分かれているのですが、
こちらは方丈の南東端の部屋です。
襖絵が、海北友松の雲龍図のコピーです。
建仁寺のもう一つの「寺宝」ですね。


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その雲龍をアップで撮りました。コピーでも相当の迫力ですね。
この絵を描いて以降、雲龍が海北友松の象徴になりました。
徳川家康が朝鮮との国交回復に難航していた際、
海北友松による同じ構図の雲龍図を朝鮮国王に送ったところ、
それまで頑なだった朝鮮国王が話し合いに応じたそうです。
それが後の朝鮮通信使につながります。
つまり、この絵が歴史を動かしたのですね。


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その雲龍図の南側が、建仁寺方丈庭園です。
先程の潮音庭同様、縁側に座って談笑するのに向いています。


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建仁寺方丈庭園の東側に、先ほどの廊下がさらに南に続いています。
この廊下は、写真に写っている法堂まで続いています。
では、そちらに向かいます。


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建仁寺法堂(本堂)も、写真撮り放題です。
とは言え、さすがにご本尊の釈迦三尊像は撮れません。
こちらは、その天井画の双竜図です。
2006年製作と、かなり新しい作品です。
半年前より窓が開け放たれていた分、明るさが違います。


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法堂から、建仁寺方丈に戻ってきました。
この左(西)側が、建仁寺方丈庭園です。
では、ここでスリッパを脱いで上に上がります。


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スリッパを脱いで、東を向きました。
この背後が、海北友松の雲竜図です。
左側が土産物さんのある部屋で、
その先が「風神雷神図」の部屋です。
これで建仁寺内部を1周しました。
このずっと先が、建仁寺庫裏の玄関です。


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こちらが、建仁寺庫裏の玄関です。
では、ここから建仁寺庫裏を出ます。


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建仁寺庫裏を出て、南を向いています。
ここをまっすぐ進むと、八坂通側の建仁寺勅使門前に出ます。
(第538回ブログを参照)


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建仁寺境内で先程の道を約10m南下して、東を向きました。
向こうに看板が出ていますが、
あちらに半夏生で有名な両足院の看板が出ています。
ただ今回はだいぶ写真を貼り付けましたので、ここまでとします。

~次回は、建仁寺塔頭寺院両足院の半夏生を散策します~

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第577回 両足院の半夏生

[両足院] ブログ村キーワード

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前回ブログで建仁寺の庫裏を出て、約20m南下しました。
その位置で、東を向いています。
建仁寺境内の東西端にはそれぞれ塔頭寺院が並んでいますが、
今回はその中の一寺両足院にお邪魔します。
撮影日は、2018年7月5日午後2時。
この辺りから、だんだん豪雨になってきます。


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先程の位置から、東に約20m進みました。
この先が建仁寺の塔頭寺院西来寺です。
この西来寺から南に、塔頭寺院が並んでいます。


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その位置で、南に向きました。
看板の位置が、建仁寺の塔頭寺院西来寺の南隣にある両足院です。


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その看板の前で、東を向きました。
この石段の上が、今回ブログのメイン臨済宗建仁寺派両足院です。


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両足院の石段を上がり、北を向きました。
では、こちらにいらっしゃる毘沙門堂にお参りまします。
こちらには、狛犬の代わりに虎の石像がいらっしゃいます。
しかも、それぞれ「阿形」と「吽形」です。
両足院は通常非公開寺院なのですが、
この毘沙門堂までは普段でも公開されています。


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両足院境内で、毘沙門堂の前で東を向きました。
この奥(東)へ進むと、両足院の中に入れます。
ここから先は普段非公開なのですが、
毎年6月下旬~7月上旬の間、公開されます。
自分は、なぜかW杯期間中にお邪魔しています。
(前回は4年前です。第227回ブログ参照)


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600円納めると、庫裏内部の下足場に来られます。
こちらで靴を脱いで、両足院屋内を南下します。


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下足場の南側に、こちらの坪庭があります。
小さいながら、見事な石庭ですね。


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坪庭の先で、すぐに東に折れます。
この辺りは両足院の方丈なのですが、その内部は撮影不可です。
方丈内には学芸員がいらして、
この寺院の沿革を詳しく解説してくださいました。
その後に、こちらのご本尊にお参りしました。


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両足院の方丈でお参りをした後、方丈南側の廊下を東に進みました。
そして、その廊下を東端まで行った後その場で北を向きました。
向こうに見える木戸の先が、半夏生の庭です。


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先程の木戸より北側に、池が張ってあります。
その周囲に、白い半夏生が「咲いて」います。
半夏生は、72節気の一つ(夏至の11日後)で
2018年は7月2日に当たります。(京都では、タコを食べる日です)
それとは別に、この時期に半夏生という植物が最盛期に入ります。


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その半夏生という植物をアップで撮りました。
よく見ると白いのは花ではなく、草の葉先です。
この植物は、この時期限定で白く染まります。
それを遠くから見ると、まるで花が咲いたように見えます。


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両足院では、この庭自体に足を踏み入れることはできません。
参拝者は、方丈の縁の廊下を進みその北側の庵に入ります。
この庵は半夏生の庭に面していて、
参拝者はこの庵の中から半夏生を眺めることができます。


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また池の周りの半夏生をアップで撮りました。
こうして見ると、白く染まっているのは上の葉だけと分かります。


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この池の北側に、小さな茶室があります。
4年前に訪れたときは、この茶室にもお邪魔しました。
そこで、抹茶を頂きました。
2018年は、6月のみこの茶室が公開されていました。


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同行していたウチの母とこの庭を眺めていると、
だんだん雨が強くなり、池の水面が揺れてきました。
この時間くらいから、参拝者のスマホが鳴りだしました。
北区の加茂川流域や右京区や西京区の大堰川(桂川)流域、
右京区の大原野(大原ではありません)、伏見区の稲荷山など山間部に
避難準備指示が出始めたときでした。


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両足院の庵から、また違う角度で撮りました。
池の北側に、先ほどの茶室があります。
では、そろそろ雨足が強くなってきましたのでここを出ます。


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この庵の西側が、先ほどの下足場です。
では、こちらで脱いだ靴をまた履きます。


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下足場を出て、両足院境内を西に向いています。
この右(北)側が、先ほどの毘沙門堂です。
ではこのまま西に進み、石段を下りて両足院を出ます。


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両足院を出て、北に向いています。
こちらは、建仁寺境内の東端の道沿いです。
次は、ここを北上していきます。


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両足院の前から、建仁寺境内を約50m北上しました。
ここで、この道は突き当たり東に折れていきます。


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今まで進んできた道は、すぐにまた北に折れます。
その先に、建仁寺の北大門が見えます。
では、この北大門から建仁寺を出ます。


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建仁寺北大門をくぐって、東に向きました。
この位置から東に、安井通の上り坂が続きます。
前回ブログでは、向こうにある「東山安井」交差点から
建仁寺の方にやって来ました。


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今度は、建仁寺北大門の前で北を向きました。
ここから北に、花見小路が伸びています。
「そう言えば、花見小路を通ったことがない」
母がそう言っていたのを思い出し、帰りはこちらを通ります。


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花見小路最南端の桜並木を通り抜け、約50m北上しました。
ここから花見小路の左(西)に、小路が伸びていますね。


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花見小路から西を向き、その小路を見ています。
こちらは団栗通で、第458回ブログで祇園をうろうろしたときに
最後に通って京阪電鉄「祇園四条」駅に向かった道です。
また、この団栗通は10日ゑびすの帰りに通る道でもあります。


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団栗通から、花見小路を北に向いています。
では、ここから四条通まで北上していきます。


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その辺りで、花見小路を右(東)に向きました。
こちらがギオンコーナーで、要するに祇園の歌舞練場です。
こちらには、修学旅行生や外国人ツアー客がよく来られます。


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そのギオンコーナーから、花見小路を北に向いています。
ここ以北は、多くの人がイメージする「祇園」の町並みが続きます。
では、ここを北上しつつ「祇園」の街並みを散策していきます。


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ギオンコーナーから、花見小路を北上しています。
石畳の道の左右に料亭や置屋が軒を連ねますが、
料亭ではない飲食店や雑貨屋が増えてきました。
そういうお店は多くの人が想像する価格よりは割安で、
観光客中心ににぎわっています。


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さらに、花見小路を北上しています。
すると、右(東)側に小路が伸びていました。


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花見小路から、その小路を東に向いています。
第458回ブログでは、この小路から花見小路に来ました。


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その小路から、さらに花見小路を北上しています。
皆さん傘を差していらっしゃいますが、
だんだんさらに雨足が強くなってきていました。
この雨は次の日(2018年7月6日)にも降り続け、
西日本に未曾有の大災害をもたらしました。


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建仁寺北大門から、花見小路を約300m北上しました。
右(東)側に赤い壁の料亭が見えますが、「一力」ですね。
八坂神社南側の「中村楼」東山山中の「菊の井」と並ぶ
祇園を代表する料亭ですね。
多分、自分の月給が1食分の食費になります。


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一力の前で、花見小路を北に向いています。
ここで、花見小路は四条通と交差します。


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花見小路から、四条通を西に向いています。
ここから祇園の商店街が続き、
約300m先に京阪電鉄「祇園四条」駅があります。


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今度は、花見小路から四条通を東に向きました。
右(南)側の赤い壁は、一力のものです。
次は、ここを進んでいきます。


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花見小路から、四条通を東に約70m進みました。
「あれ、いつの間にここ、スターバックになってるの?」
そうウチの母が言っていました。
では、このまま四条通を東に進みます。


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さらに四条通を東に約70m進みました。
ここで四条通が突き当たり、東大路と交差します。
つまり、ここが「祇園」交差点です。
突き当りに、第455回ブログでお邪魔した八坂神社が見えます。


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「祇園」交差点の東大路を東側に渡り、南を向きました。
目の前に「祇園」バス停があって、
ちょうど101系市バスが停まっています。
ちょっと急いだら、何とか乗れました。
では、ここから京都駅に戻りそのまま帰宅します。

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西日本豪雨から1週間

2018年7月5日木曜日に降り始めた大雨は、
中部地方から九州地方にかけて甚大な被害を及ぼしました。
その地方に住まわれる方々に
お見舞い申し上げます。

京都市内でもあちこちに避難勧告や避難準備指示が出て、
交通網などもマヒしました。
それから約1週間して、
瀬戸内地方の被害の大きさが分かって来たものの、
被災地域が広すぎて全体としての報道があっても
各地方公共団体の情報がなかなか拾い切れていません。
個人的には、そういうことにブログが適していると思っています。
ですから、まぁほとんど被害らしい被害が出ていないのですが、
自転車で移動して京都市内の様子をここに載せます。


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ウチから出て自転車に乗って、
七条通から鴨川畔の川端通を北上しました。
そして、こちらは「松原川端」交差点です。
撮影日は、2018年7月13日金曜日午後1時半。


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鴨川に架かる松原橋の上から、鴨川を撮りました。
この辺りが、豪雨の際に遊歩道が崩落した場所です。
多少補修の跡がありますが、元に戻っていました。


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高級料亭の鶴勢とその川床を撮りました。
平日ですが、営業されているようです。
実は遊歩道は、鴨川が増水の際に
全て水に浸かるのが前提でした。
ですから7月5日の報道ではインパクトがありましたが、
特に鴨川が惨事になったわけではありません。


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では、この松原橋を西に渡ります。
松原通から河原町通を北上し、高辻通をまた西に向かいます。


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祇園祭の鉾町は、もう準備に忙しそうでした。
それを横目に、高辻通を最西端まで進み
「梅津段町」交差点まで北上しました。
そこから四条通を西に進み、松尾橋にまで来ました。
この時点で、2018年7月13日金曜日午後2時でした。


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松尾橋は、京都市内を流れるもう一つの河川桂川に架かります。
この向こうの松尾大社が、この位置から見えますね。
桂川も、堤防は決壊していません。
いろいろ煽る報道がありましたが、
京都市内はほとんど被害がありませんでした。


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松尾橋から、桂川を下流に向いています。
川岸に流木が落ちています。と言いますか、木の幹ですね。
その向こうの林の木々が間引かれています。
豪雨の際に、何本か倒れたのでしょうね。


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松尾橋から、北を向きました。
桂川は、ここより上流が「大堰川」と名を変えます。
では、ここから大堰川の上流へと自転車を扱いでいきます。


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松尾橋から上流に北上し、三条通に合流して西に進みました。
ここから、渡月橋が見えます。
約1週間前に報道されていたのが、おおよそこの位置です。


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こちらが、大堰川の水面です。
水鳥が遊んでいるくらい、穏やかな様子です。
気のせいか、川底が深くなったように思います。
まぁ桂川は、典型的な河岸段丘ですし。


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その辺りで、三条通の方を向きました。
車道の向こうのレストランや土産物屋さんは、通常運転です。
いつも通り、観光客で満員です。


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三条通をさらに西に進みました。
ここで三条通は、長辻通と交差します。


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今度は、三条通から長辻通を南に向きました。
では、ここからこの渡月橋を渡ります。


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渡月橋を南に渡り切りました。
次は、中ノ島(要するに、大堰川の中州)に向かいます。


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この中之島公園には、多くの飲食店や土産物屋さんがあります。
こちらに行ったところ、その全てが開店していました。
実はこの辺が嵐山で一番土地が低いのですが、
それがここまで平常運転というのが、
「京都市内の被害は皆無」の証左になると思います。


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渡月橋に戻り、大堰川を西(上流)に向いています。
普段なら貸しボートが並んでいるのですが、
1艘も見当たりませんね。


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渡月橋を渡り、三条通に戻ってきました。
向こうに車折神社嵐山屯宮が見えますが、一切壊れていません。


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その西側に、2013年の豪雨の際には
完全に水に浸かった蕎麦屋のよしむらがあります。
朝からほとんど食べていませんでしたので、
こちらにちょっとお邪魔します。


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店内に入ると、2Fに案内されました。
そして、数分待つとこちらが出てきました。


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先ずは、先付が来ました。
本当はお酒が欲しいですが、この後仕事です。
こちらは、左から胡麻豆腐・煮凝り・伏見唐辛子と茄子の炊いたんでした。
煮凝りには、トマトと長芋の短冊切りが入っていました。


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次に、蕎麦がきが出てきました。
蒸されていて、はんぺんのような食感でした。


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そして、メインのそばが出されました。
こちらには、天ぷらが付きます。
天ぷらは、万願寺唐辛子・舞茸・ハモ・エビでした。


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そして、蕎麦湯がきました。
この陶器の入れ物に入っていました。


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最後に、デザートの蕎麦のアイスクリームが出ました。
横に、蕎麦のかりんとうが付きます。


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一通り頂いたので、ここを出ます。
目の前は、三条通です。


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三条通に出て、すぐに渡月橋を撮りました。
渡月橋は、この眺めが一番きれいです。
こうして見ても、豪雨の爪痕は完全に消えていますね。


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では、三条通経由で帰ります。
帰宅途中に、桂川の支流の様子も見てきます。


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こちらは、三条通沿いの西高瀬川です。
増水した後が、完全に消えています。


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こちらは、その西高瀬川沿いの斎宮神社です。
破壊や破損の跡はまったくありません。


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三条通沿いの有栖川です。
こちらも、増水した形跡自体ありません。


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その有栖川沿いの斎宮神社です。
こちらも無事で、いつものお姿を見せておられました。

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第578回 炎天下の保昌山~祇園祭前祭散策2018~その1

[保昌山] ブログ村キーワード
2018年も、祇園祭の季節になりました。
昨年(2017年)はいろいろトラブル続きだったので、
今年(2018年)も、前祭の方を散策します。
昨年(2017年)は途中夕立に悩まされましたが、
今年(2018年)は高温と炎天下に悩まされました。


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2018年は前祭を散策しますので、地下鉄「四条」駅から始めます。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後1時。
日差しが強くて、真夏の濃い青空でした。


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自分が京都駅から乗ってきた地下鉄が、「四条」駅を出ます。
たくさんの方々が降車されたので、皆目的が同じなのでしょう。


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降車された方々は、大半が北(烏丸通)側に向かわれました。
その一方で、自分は南(仏光寺通)側に向かいます。
では、このエスカレーターに乗ってコンコース階を目指します。


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エスカレーターを上り、コンコース階に来ました。
次は、ここから地下鉄「四条」駅を出ます。


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地下鉄「四条」駅の南側改札を出て、東を向きました。
さらに、こちらの階段を上ります。


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その階段を上がると、地上に出るまでに
こちらのファミリーレストランがありました。
地下にあるせいか、祇園祭期間中でも座ることができます。
そこで、今回はちょっとここで休憩します。
炎天下で京都駅まで歩いたので、この時点で大分疲労していました。


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ちょっと疲れていたこともあって、こちらには90分もいました。
スパゲッティとムール貝のグリル焼とデザートを頼みました。
ちょっと休憩しすぎて、この時点で2018年7月15日午後2時半。
急がないと、遅くなってしまいます。


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先ほど写っていた階段を上り、地上に出ました。
こちらは、「仏光寺烏丸」交差点です。
見事な快晴ですが、高温を感じさせる濃い色の青空ですね。


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仏光寺通から、烏丸通を北に向いています。
約200m先が、「四条烏丸」交差点です。
道端に、露店の資材を載せたトラックが停まっていますね。


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烏丸通から、仏光寺通を東に向きました。
ここを進むと、約200m先の高倉通から佛光寺に入れます。
(第388回ブログを参照)


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さらに仏光寺通から、烏丸通を南に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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仏光寺通から、烏丸通を約50m南下しました。
こちらに、小さな神社がいらっしゃいます。


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こちらは、八坂神社大政所御旅所です。
山鉾巡行の後の神輿巡行で3基の神輿が、こちらに立ち寄ります。


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八坂神社大政所御旅所の前で、烏丸通を南を向きました。
さらに、こちらを南下していきます。


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さらに烏丸通を南下して、「高辻烏丸」交差点に来ました。
手前に、このような札が掛かっています。
大通りには、午後5時以降に露店が出ます。


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ここで烏丸通は、高辻通と交差します。
高辻通は前回ブログで東端の河原町通から西端の梅津まで、
自転車で西に駆け抜けた道です。
ウチから、嵯峨野嵐山へ行く近道でもあります。


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烏丸通から、高辻通を東に向いています。
次は、ここを進んでいきます。


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「高辻烏丸」交差点北東角に、京都銀行本店東館があります。
その一角に、この小さな神社匂天神がいらっしゃいます。
またここに参拝して、先を急ぎます。


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匂天神の祠から、高辻通を東に約150m進みました。
高辻通は、ここで東洞院通と交差します。
この先に、佛光寺が見えていますね。


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高辻通から、東洞院通を南に向きました。
こちらに、祇園祭の「保昌山」を示す提灯が立っています。


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高辻通から、東洞院通を南下しています。
こちらに、保昌山が立っています。


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京町家の2Fの窓が開放されていて、
そちらにご神体の平井保昌像がいらっしゃいます。
絶世の美人和泉式部に、命を懸けた求婚をした方ですね。


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保昌山の会所脇に、たくさんの絵馬が飾ってあります。
祇園祭の各山鉾は、それぞれ独立した神社です。
ですから、それぞれの山鉾に異なったご利益があります。
命を懸けた激しい求婚の末、
意中の女性と結婚できた平井保昌を祀った山ですから、
こちらの山は恋愛運を司ります。
絵馬もそのようなものが多く、
会所でも恋愛運をあげるものが多く売られています。


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保昌山から、東洞院通を北に向きました。
では、ここから高辻通まで北上します。


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東洞院通から、高辻通を西に向いています。
次は、こちらを進んでいきます。


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東洞院通から、高辻通を約50m西に進みました。
目の前に、南北に伸びる小路がありました。
おそらく、こちらが不明門通だと思います。


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高辻通から、不明門通を南に向きました。
向こうに大きな瓦屋根が見えているのが、平等寺(因幡堂)です。


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高辻通西に進み、「高辻烏丸」交差点に戻ってきました。
ここから、高辻通をさらに西に向かいます。


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信号をが青になったので、高辻通から烏丸通を南に向きました。
ずっと向こうに、京都タワーや京都駅ビルが見えますね。


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烏丸通から、高辻通を西に向いています。
左(南)側が京都銀行本店で、右(北)側がガソリンスタンドです。
では、ここをさらに進んでいきます。


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烏丸通から、高辻通を西に約100m進みました。
高辻通は、ここで室町通と交差します。


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高辻通から、室町通を北に向きました。
では、いったんここで横断歩道を北に渡ります。


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高辻通を北側歩道に渡り、室町通から西に向いています。
次は、あちらの神社に向かいます。


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こちらが、その神社「繁盛の宮」です。
ご祭神は諸説いろいろあって(神仏分離令で大幅変更)
現在は市杵嶋比売としていますが、
神仏分離令以前は弁財天とも頗梨采女とも言われていました。
頗梨采女(はりさいにょ)が訛って「繁盛の宮」と
呼ばれるようになった説が有力です。
「繁盛」だけに商売繁盛のご利益があります。


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繁盛の宮の前で、高辻通を東に向きました。
では、ここから室町通に戻ります。


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高辻通から、室町通を北に向いています。
祇園祭の山鉾は、この室町通と西側の新町通に集中します。
つぎは、この室町通を北上します。


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五条通以北の室町通は、このように呉服問屋などの
和服や和装小物の問屋や小売商が続きます。
それらの多くに持宝があって、祇園祭でそれらを披露します。
ただし近年は多くの会社でその持宝は公開されず、
こちらのように取引先や関係者に限定して公開されます。


578-38.jpg
こちらは、その会社の向かい(西)側の駐車場です。
こちらで、ガレージセールが行われていました。
祇園祭は、このようなガレージセールと
近隣の会社によるバーゲンセールがよく行われます。


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高辻通から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、仏光寺通と交差します。


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「仏光寺室町」の辻北東角に、こちらの日吉神社があります。
中途半端に開いていましたので、中に入ると参拝だけ可能でした。
境内にいらしたのは宮大工さんで、こちらは現在修復中でした。
お話しによると、こちらは週末はいつも閉鎖されているそうです。
ですから日曜日であるこの日は、閉鎖中だったらしいです。
時折ここに来て入れなかった理由が、やっと判明しました。

ではここから北に祇園祭の山鉾が集中するのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでとします。

~次回は、綾傘鉾など連続して山鉾町を散策します~

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第579回 綾傘鉾大原神社~祇園祭前祭散策2018~その2

[大原神社] ブログ村キーワード
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室町通を北に向き、仏光寺通を見ています。
左(東)側に、日吉神社脇のお地蔵さんが見えます。
今回は室町通を四条通まで北上し、
その途中にいらっしゃる山鉾を見物します。
撮影日は、2018年7月15日祇園祭宵々山の日曜日午後3時。
そろそろ気温が、体温(37℃)を越えてきました。


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室町通から、仏光寺通を東に向いています。
約100m先で烏丸通と交差しており、前回ブログの出発地点です。


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今度は室町通から、仏光寺通を西に向きました。
祇園祭では仏光寺通沿いには木賊山(とくさやま)しか立ちませんが、
その木賊山もここから西に約350m離れています。


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さらに、仏光寺通から室町通を北に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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仏光寺通から室町通を少し北上したところに、
コンビニエンスストアがあります。
こういうお店は、祇園祭になると生ビールとかジュースとか
そういうものを売っている露店を出していて、
それがとても賑わっています。


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そちらで、このソルティーライチを買いました。
熱中症対策に、先ずはこの1本です。


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そのコンビニエンスストアの向かい(東)側に、
白楽天山の会所があります。
次は、こちらにお邪魔します。


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こちらが、白楽天山会所内部の様子です。
会所内部撮影に難色を示されることも多いのですが、
この山では許可を頂いたどころか
こちらにいらした町衆に撮影の角度まで指南いただきました。

白楽天は中国では杜甫李白と並ぶ漢詩の天才ですが、
小野篁のような様々な伝説の持ち主でもあります。
こちらは道林禅師との禅問答を描いた山ですが、
近年の研究でそれは史実でないことが分かっています。


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こちらは、白楽天山会所内に置いてありました。
前回ブログでも書きましたが、各山鉾はそれぞれ独立した神社です。
ですから、各山鉾に様々なご利益があります。
白楽天山のような知識人を祀った山は、
例にもれず学力向上や受験合格のご利益があります。


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白楽天山会所の北側に、白楽天山が立っています。
宵山の段階では、胴掛などが付いていない状態で立ちます。


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白楽天山から、室町通を北に向いています。
では、またこちらを進みます。


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白楽天山から、室町通を約100m北上しました。
目の前で、室町通は綾小路と交差しています。
その北側に、鶏鉾が立っていますが……


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室町通から、綾小路を西に向いています。
綾小路以北の室町通に行く前に、先にこちらに寄り道します。

「綾小路室町」交差点南西角には、
自分が小学生だったころから遊技場ができています。
当時何度か射的とかしたのですが……
お小遣いを全額使っても全く当たりませんでした……


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ちょっと昔が懐かしくなって、(ここ数十年素通りでしたので)
大学生以来約30年ぶりにスマートボールに挑戦します。
こちらはパチンコやピンボールの原型と考えられる遊技で、
日本には大正時代からあったようです。


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スマートボールのボードは白かったのですが、
テントの色が写り込んで赤く見えています。

こちらのご主人に400円支払うと、台の下にビー玉が並べられます。
一つだけ色違いですが、「単にビー玉が足りなかっただけ」と
ここのご主人がおしゃっていました。
(色違いのビー玉だけ特別ルールがあるとか、
そういうものではないそうです)


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先ずは台の左下の穴に、ビー玉を入れます。
穴の奥にビリヤードのキューが付いていて、
バネで固定されています。
そのバネの力で、このビー玉をボードに打ち出します。


579-17.jpg
キューに打ち出されたビー玉は、
この台の上で釘に当たってりしながらこの穴に入ります。
下手に打つと、いちばん下の大きな穴に回収されます。
どの穴に入れるかは、キューを打つ時の力加減が全てです。
その辺は、パチンコと同じです。

そして単にこの穴に入れたら良いだけではなく、
ビー玉を縦・横・斜めに並べなければいけません。
自分は右端の上から2番目を狙っていたのですが、
なかなかそちらには入りません。


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そして、これが自分が打った最終形態です。
途中で横から斜めに狙いを変えたのですが、
ビー玉が1個足りずゲームオーバーです。

もし列を並べられるといったんリセットされますが、
さらに10個ビー玉が増えます。
(同時に2列揃えると、ビー玉が20個)
そうやってビー玉を増やして、
最終的には後ろに飾ってある景品がポイントに応じてもらえます。
自分が学生時代にはこれを何個も増やして
1コインで2時間以上遊んでいられました。
当時は自分はこのゲームが大得意だったのですが……
30年ぶりに遊ぶと隔世の感は否めません。


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自分の「過去の栄光」を知らないここの主人には、
「意外と上手やん。惜しかった、惜しかった」
と慰めて頂きました。
そして残念賞として、この飴玉を1個もらいました。


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その遊技場から、綾小路を西に向いています。
次は、向こうに立っている鉾に向かいます。


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遊技場から、綾小路を約50m西に進みました。
こちらに、綾傘鉾が立っています。
「傘」と言っても雨傘とは異なる形状で、
葵祭巡行で女房に差し掛けられていたものに近いですね。


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綾傘鉾から西に向きました。目の前に小さな神社がありますね。
次は、その小さな神社に向かいます。


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こちらが、その小さな神社大原神社です。
京都府福知山市の大原神社が勧請したものです。
ご祭神は伊弉諾尊(いなざぎのみこと)で、安産のご利益があります。
そしてこの神社自体が、綾傘鉾の会所です。


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では、大原神社境内に入って参拝します。
先ずは、こちらの手水舎で手を浄めます。


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大原神社手水舎から、境内の奥(北)側を向いています。
こちらに、末社の稲荷社と本殿があります。
次は、こちらにお参りです。


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大原神社境内の西側に社務所があって、
そちらが祇園祭の期間中は綾傘鉾の会所に変わります。
こちらで粽などを購入できるほか、
牛頭天王」の掛け軸にお参りも出します。
その掛け軸の手前にお面が奉納されていますが、
山鉾巡行の際の棒振り踊りに使われます。


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大原神社を出て、綾小路を東に向きました。
では、ここから室町通まで戻ります。


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大原神社から綾小路を約50m進み、室町通まで戻ってきました。
交差点の北西角に、先ほどの遊技場の赤いテントが見えますね。


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綾小路から、室町通を北に向いています。
ここから北の室町通は4車線の大通りですが、
祇園祭見物の方々が多くて帰って歩きにくいですね。
と言いますのも、こちらに鶏鉾が立っていて
多くの方々がこちらを訪れるからです。


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鶏鉾など鉾や大きな曳山は、有料で中に入れます。
ところがこちらは満員で、中に入るのはまた別の年にします。

鶏鉾がなぜ「鶏」なのか諸説ありますが、まだ定説はありません。
ですから、取材した物語なども不明です。
(祇園祭の山鉾の中で、今も取材ネタ不明なのはここだけです)
見送りに重要文化財のベルギー製タペストリを使用していますが、
後祭の鯉山のものとは元は同一でした。
ただし、そちらは宵山の段階では会所の奥に安置されていました。


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鶏鉾の北側から、室町通を北に向きました、
あと100m北上すれば四条通ですね。
ここから四条通沿いの山鉾を回っていくのですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けましたので、ここまでとします。

~次回は、四条通の山鉾を巡ります~

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第580回 膏薬辻子の近く~祇園祭前祭散策2018~その3

[祇園祭] ブログ村キーワード
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前回ブログ最後に立ち寄った鶏鉾を背に、室町通を北上しています。
この辺りは祇園祭で一番露店が集中するのですが、
午後5時の営業開始に向けて準備中です。
今回はここから四条通に出て少し西に進んだ後、
膏薬辻子周辺の山鉾を散策します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後3時15分。
日差しが強いこともあって、寄り道に精が出ました。


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先程の位置から、室町通を北上しています。
右(東)側の建物が京都市バスのターミナルということもあって、
この辺りの室町通は大通りなのですが、
それを何台ものトラックが塞いでいて、結構せまく感じます。
これらのトラックには露店の資材が積まれていて、
各露店が資材を取り出されて組み立てられている最中でした。
大通りの露店は午後5時開店を目処に、
比較的参拝者が空いている昼下がりに組み立てられます。


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鶏山から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、四条通と交差します。

四条通以北の室町通には、菊水鉾が立っています。
かつてこの辺あった井戸「菊水の井」が、由来です。
こちらには、もっと後の方で近付きます。


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室町通から、四条通を東に向いています。
午後6時になるまで、四条通は自動車や市バスが普通に通ります。
午後6時以降は歩行者天国になって、人間で大渋滞を起こします。
(連日京都市の全人口くらいの人数が、ここに集結します)

手前に函谷鉾が見えます。四条通を囃手が練り歩くのが有名です。
中国の洛陽と長安の間にある関所「函谷関」が由来です。
そう書くと「三国志演義」の取材に思えますが、
司馬遷による「史記」から取材しています。
函谷鉾のさらに向こうに微かに長刀鉾が見えますが、
函谷鉾と長刀鉾は、前祭散策の最後に回ります。
(約3時間後に、またここに来ます)


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今度は室町通から、四条通を西に向きました。
ここに聳え立つのは、祇園祭の山鉾最大の月鉾です。
先端に、三日月型の鉾が付いていますね。


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では、月鉾に近づいていきます。
例年こちらはこの時間帯でも相当混んでいるのですが、
2018年は参拝者が比較的少なめです。
そこで、例年諦めていた月鉾に近づこうと思います。


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月鉾は、会所及び鉾内部の撮影を一切禁じています。
代わりに、こちらの写真を貼り付けます。
分かりにくいですが、月鉾の手拭いです。
ただ月鉾は手拭いや粽・カレンダーなどのいずれかを購入すれば、
無料で月鉾に上がれます。
自分はこちらの手拭いを購入しましたので、
遠慮なく月鉾内部に上がりました。
(ただし、先ほどの説明通り写真はありません)
昨年(2017年)上がった船鉾と比べて倍ほど高かったですが、
囃手が着席される場所は半分ほどで、油断すると落ちそうでした。
天井の金箔や彫刻などの細工は見事だったのですが、
ご祭神の月読命の神像などは、いらっしゃいませんでした。


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月鉾を下りて、四条通を西に向いています。
では、こちらをさらに進んでいきます。


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室町通から、四条通を西に約100m進みました。
ここで四条通は、新町通と交差します。


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四条通から、新町通を北に向いています。
向こう(北側)に、放下鉾が見えます。
南京玉すだれなどの大道芸も行った「放下僧」に取材しています。
こちらには、四条通以南の山鉾の全てを見てから行きます。
また、新町通は午前中から露店が立ち並びます。
そのため、朝から参拝者で賑わいます。


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新町通から、四条通を西に向いています。
四条通以南の新町通沿いの京都市下京区四条町には
後祭に大船鉾が立ちますが、前祭には何も立ちません。
そこで、もう暫く四条通を西に進みます。


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新町通から、四条通を西に約50m進みました。
「膏薬辻子」(こうやくのずし)という石畳の小路が、
四条通から綾小路にかけて伸びています。
その辻の南西角に、郭巨山の会所があります。


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こちらが、郭巨山会所内部の様子です。
町衆にお願いして、フレームから外れてもらいました。
お供え物の奥に、ご神体の郭巨の像がいらっしゃいます。
こちらは、郭巨という中国人を取材した山です。
親子連れで山を歩いていた郭巨が、地面から
黄金の入った釜を見つけた故事に由来します。
ですから、こちらには金運のご利益があります。


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こちらの郭巨山で、また粽を買いました。
ウチは毎年こちらの郭巨山で、粽を買います。
(ですから、この時昨年の粽を返却しました)


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こちらが、その袋の中身です。
金運をあげる郭巨山ですから、紙製の大判も付きます。
こちらは、ウチの母が経営する店先に吊します。


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四条通から、郭巨山会所の東側に伸びる小路を南に見ています。
この小路が膏薬辻子で、第547回ブログ以来の取材です。
ここから綾小路まで、京町家と石畳の道が続きます。


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膏薬辻子には民家も多いのですが、ホテルや飲食店・
さらにはこのようなお店も多くあります。
こちらは、浴衣を初めとした和服や和装小物が売られていました。


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こちらの虫籠窓(むしこまど)の京町家は、京都神田明神です。
東京の神田明神同様、平将門の首塚を発祥としています。
ただ東京の方は平将門の墓を起源としていますが、
こちらは空也の発案にこの地に立てられたものです。
ですから元々「将門塚」だったわけですが、
いつの間にか建立者の「空也塚」と呼ばれるようになり、
これが何度か転訛して「膏薬辻子」になりました。

次はこちらに参拝しようとしたのですが、
閉まっていて中に入れませんでした。
この日が、日曜日だからでしょうか?


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京都神田明神の前から、膏薬辻子を南に向きました。
膏薬辻子は四条通から約70m南下すると、西に折れます。


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四条通から膏薬辻子を約70m南下して、西を向きました。
今度は、西に約30m膏薬辻子が続きます。
途中にたくさんの方々が集まっておられますが、
あの辺りに町屋カフェが新規オープンしていて、
そこの評判が良いみたいです。


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先程の角から、膏薬辻子を西に約30m進みました。
こちらに「喜多西」という茶店があったのですが、
僅か数カ月の間に別の場所に移転していました。
結構流行っていたので、割と驚いています。


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その位置から、膏薬辻子を南に向いています。
膏薬辻子は、ここから約50m先の綾小路まで続いています。
こうして見ると、右(西)側にブルーシートが掛けられています。
こちらは、先ほどの喜多西の南側に隣接します。
まぁこの辺りは特に指定文化財という訳ではないので、
ここに何を建てようと所有者の勝手ですが、
もしこの街並みが無くなったら寂しいですね。


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先程の位置から、膏薬辻子を約50m南下しました。
左(東)側は杉本家で、右(西)側は飲食店のようです。
ここで膏薬辻子は、綾小路と交差します。


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膏薬辻子南端で、綾小路を東に向きました。
こちらに、伯牙山が立っています。


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伯牙山の西に側が、伯牙山の会所です。
次は、こちらへと入っていきます。


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こちらが、伯牙山の内部です。
目の前に箏が一艘あって、注連縄の奥がご神体の伯牙の神像です。
こちらも、中国の相当古い故事に取材しています。
伯牙は箏の名手だったのですが、
伯牙の琴のいちばんの理解者で親友である方が亡くなって、
その悲しみから愛用の箏を斧で叩き割る話です。
このように中国の故事に由来するので、
こちらの山は胴掛や前掛に大昔の中国の織物を使っています。


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こちらに、前掛でしょうか、胴掛でしょうか展示されていました。
その前に檜扇が生けてあります。祇園祭を象徴する花ですね。


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伯牙山会所を出て、綾小路を東を向きました。
伯牙山会所は、杉本家の一部を使っています。
また、祇園祭期間中杉本家は有料で公開されます。
そういう訳で、今年(2018年)もこちらにお邪魔します。


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杉本家内部は、完全に撮影が禁じられています。
そこで内部の様子を撮影した絵葉書を買って、
それを代わりに載せています。
(杉本家側から、許可は頂いています。まぁ毎年のことなので……)
右側の写真は菊花の金屏風ですが、
今年はこちら含めた数点が飾ってありました。
6畳間を4部屋回るのですが、縁側の部屋で
今年(2018年)は棕櫚の木が1本生けてありました!
杉本家の方に尋ねたところ(たまたま部屋を見て回られていました)
「金屏風に見劣りしない豪快なものを生けたいと思った」
とのことだそうです。
背後の屏風と合っていて、とても面白かったですね。
こちらは冷房が一切ないので、庭に氷柱を置かれていました。
そして杉本家の方が溶けかけた氷柱をさらに砕いて、
ここに来られた方々に配られておりました。
(甲子園の「かち割り氷」の要領で、食用に配られていました)


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杉本家には、約30分いました。
綾小路に戻って、東を向いています。
目の前に、伯牙山が立っていますね。
では、ここを通ってさらに進んでいきます。


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杉本家の東側京町家の前に、こちらのテントが立っていました。
こちらで、冷やしあめとグリーンティーが売られていました。
ソルティーライチを飲み切っていたので、
熱中症対策にこちらで冷やしあめを飲みました。

ではこちらから新町通に戻って船鉾や岩戸山に向かいますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、船鉾と岩戸山に向かいます~

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第581回 岩戸山に登る~祇園祭前祭散策2018~その4

[岩戸山] ブログ村キーワード
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前回ブログで訪れた伯牙山の会所でもある杉本家の前で、
綾小路を東に向いています。
今回はここから新町通を南下して、新町通の山鉾を制覇します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後4時。
まだまだ日差しが強いですね。


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杉本家から、綾小路を東に約50m進みました。
目の前の露店の先で、綾小路は新町通と交差しています。
よく見ると、ずっと先に第579回ブログの綾傘鉾が立っています。


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綾小路から、新町通を北に向いています。
四条通~綾小路間の新町通沿いには、後祭に大船鉾が立ちます。
ただ、前祭期間中は何も立ちません。


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今度は、綾小路から新町通を南に向きました。
今回ブログは、残りの新町通沿いの船鉾と岩戸山に向かいます。


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綾小路から、新町通を南下しています。
こちらにワインを出す飲食店があるのですが、
この期間中は店頭でワインをコップで販売しています。
本当ならこれを飲みながら先に進みたいのですが、
この炎天下でアルコールを摂取すると
お酒に弱い自分は熱中症になりますので、
ここは泣く泣く諦めて先に進みます。


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そのワイン屋さんの南隣は、花屋さんです。
こちらに、人だかりができています。

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自分も、その花屋さんに近づきました。
こちらで、檜扇が盛りを迎えていました。
確かにきれいな花ですが、祇園祭山鉾町以外で需要はありません。
やはり、この辺の町衆が買いに来るのでしょうね。


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その花屋さんから、新町通を南に向いています。
こちらに、船鉾が立っています。


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船鉾には昨年(2017年)登りましたので、
2018年は下から見上げるだけにします。
船鉾が船形なのは、神功皇后が朝鮮半島に出兵した際
乗り込んだ「アマノトリフネ」を模しているからです。
舳には、架空の水鳥である鷁(げき)が取り付けられています。


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こちらが、船鉾の後部です。
小さな神棚が見えますが、こちらに神功皇后像が安置されます。
大船鉾とは、胴掛が横縞であることと舵が黒漆塗りであることで
区別できます。
(大船鉾は、胴掛が縦縞で舵が朱漆塗りです。第418回ブログ参照)


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船鉾の南側から、新町通を南に向いています。
では、こちらをさらに南下しています。


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新町通沿いに、こちらのお店があります。
醍醐正という呉服問屋で、西陣織以外も白布全般を扱っています。
ちょっと、こちらにお邪魔します。


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醍醐正店内に入ってきました。
すると先ずはこちらが目に入ります。金色の大黒天像ですね。
その板には、たくさんのお賽銭があります。
自分も、早速お供えしました。


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店の奥には、こちらの竹を描いた屏風が飾ってありました。
よく見ると、何匹がカタツムリが遊んでいます。
かつて祇園祭では、このようにこの辺りのお店が持宝を公開して
祇園祭散策者はそれらを自由に眺められていたのですが、
ここ数年そういうお店は皆無になりました。
後祭には何軒かまだ残っているのですが、
前祭でこれを行っているのは、醍醐正さんだけになりました。


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醍醐正さんを出て、新町通を南に向いています。
新町通は、ここで仏光寺通と交差します。


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新町通から、仏光寺通を東に向いています。
約200m先の烏丸通沿いに、地下鉄「四条」駅があります。
(この散策が、始まった地点です)


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仏光寺通から、新町通を南に向いています。
目の前に、岩戸山が迫ってきました。


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岩戸山の東側に、駐車場があります。
そして、その奥に岩戸山の会所があります。


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こちらが岩戸山のご神体です。鳥居の奥に天岩戸が立っています。

こちらは、「アマノイワト伝説」から取材した山です。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の悪行に耐えかねた
太陽神の天照大神(あまてらす)が逃げ隠れた場所です。
この後、天宇受売(アメノウズメ)・田力男の活躍で天照大神は
高天原に帰還されて厄病神の素戔嗚尊は追放されます。
祇園祭は天然痘を鎮めるためのもので、
祇園祭の主神牛頭天王はその天然痘の神様でもあります。
(正確には天然痘をばら撒き、人々を殺す神様)
後に牛頭天王は素戔嗚尊と同一視されるわけですが、
(どちらも病気をばら撒く厄病神です)
素戔嗚尊を高天原から追放する伝承に取材したこの山を
巡行の最後から2番目に常に配置するのは、
個人的には呪術的な理由があるように思えます。


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会所がある駐車場を出て、新町通を南に向いています。
では、こちらの木戸から岩戸山に入ります。


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こちらは、待ち時間なしで300円納めて山の上に上がれます。
その前に、岩戸山の破風を覗きます。
こちらには、八岐大蛇が彫られています。
素戔嗚尊が一転して英雄として描かれている伝承が
何故かこの岩戸山に取材されています。
屋根裏には日本画家の中島華鳳によるセキレイが描かれています。


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その周囲には、様々な花々が描かれています。
こちらは中島華鳳の師今尾景俊の作です。


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岩戸山をだんだんと登ってきました。
今尾景俊の絵が、ここまで近いと鮮やかに見えますね。


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岩戸山の上に上がりました。
先程の写真には天井に金箔が貼ってあるのが見えましたが、
その中央にはこちらのように織物が敷き詰めてあります。


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岩戸山の上から、北を向いています。
ずっと向こうに、船鉾が見えますね。
岩戸山の上は、船鉾の半分くらいの広さです。
(前回ブログの月鉾と同じくらいでしょうか)
自分は高所恐怖症なので、だんだん厳しくなってきました。


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では、岩戸山を下りていきます。とは言えこの急角度です。
京都は階段も梯子も高くて急ですね。


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岩戸山を下りて、新町通を南に向きました。
向こうに見える信号が、高辻通ですね。


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岩戸山から、新町通を南に歩いています。
こちらで、京団扇の製造販売をされています。
毎年ここが楽しみだったのですが、
ここ数年祇園祭前祭宵山は閉まっています。


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高辻通から、新町通を南に向いています。
ご覧の通り、ここから南には山鉾が立っていません。
それで祇園祭前祭の新町通沿いの山鉾は制覇しました。
(後祭には、別の山鉾が立ちます)


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新町通から、高辻通を東に向いています。
約70m先に第578回ブログ繁盛の宮がいらっしゃいます。


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今度は新町通から、高辻通を西に向きました。
ここから油小路まで一気に歩いていくのですが、
もうだいぶ写真を撮りましたので、今回はここまでです。

~次回は、西洞院通以西の山鉾を散策します~

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第582回 太子山の新胴掛~祇園祭前祭散策2018~その5

[太子山] ブログ村キーワード

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室町通から、高辻通を西に向いています。
これで、前祭の全山鉾のうち半分くらいを回りました。
今回は油小路まで移動して、太子山を目指します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後4時。
先を急ぐ前に、先ずは角のコンビニエンスストアに寄ります。


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そのコンビニエンスストアでは、
いつも飲んでいるソルティーライチがありませんでした。
そこで、代わりにこちらを買いました。
透明なのですが、紅茶の渋みと桃の甘味がしっかりあります。
ちょっと変わった飲み物です。


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こちらは、そのコンビニエンスストアの西隣です。
京阪電鉄「清水五条」駅前に半兵衛麩がありますが、
こちらはその半兵衛麩の配送センターです。
ただこちらも祇園祭の山鉾町にありますので、
正面玄関には洛中洛外図屏風などが展示されています。
(多くの方々が見物されている場所に、展示されています。
かつては山鉾町の多くの呉服問屋が、これを展示していました)


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半兵衛麩配送センターの前で、高辻通を西に向きました。
配送センターの西側に神社がいらして、
そこから南に小路が伸びています。


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こちらが、その小路です。若宮通ですね。
昨年(2017年)秋に、「若宮通編」として散策しました。


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一方、こちらは菅大臣神社です。
この辺りは元々菅原道真の邸宅の一つでした。
(平安貴族は、京都市街地に自分の邸宅をいくつも持っていました)
では、また今年(2018年)もこちらに参拝します。


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高辻通から、菅大臣神社一の鳥居をくぐりました。
こちらから北に、路地が続きます。
目の前のお地蔵さんの北側には、民家が何軒か並んでいます。


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先程の位置から北上して菅大神社二の鳥居をくぐると、
菅大臣神社境内に入ります。
この辺りには、桜並木が続きます。
菅大臣神社は、京都屈指の桜の名所です。(第390回ブログを参照)


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桜並木の北側に、四辻があります。
ちなみに、ここからさらに北上すると仏光寺通に出ます。


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その四辻の北西角に、こちらの稲荷社がいらっしゃいます。
三玉稲荷と、赤崎稲荷が合祀されています。
先ずは、こちらに参拝しました。


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そして、その四辻で西を向きました。
こちらの参道の両脇が、この辺でいちばん濃い桜並木ですね。
この参道は、西洞院通で突き当たります。


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さらに、四辻の東に菅大臣神社本殿がいらっしゃいます。
ちなみに、「官大臣」とは菅原道真のことです。
菅原道真は、この他に「官公」「菅家」などの異名があります。
では、こちらに参拝します。


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そして、その四辻から南に向きました。
ではこの桜並木を通って、菅大臣神社を出ます。


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先程の四辻を南下して、菅大臣神社二の鳥居をくぐりました。
次は向こうの一の鳥居をくぐり、高辻通に戻ります。


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菅大臣神社一の鳥居の前で、高辻通を西に向きました。
高辻通は、ここから急な下り坂に変わります。


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若宮通(菅大臣神社一の鳥居)から、高辻通を西に歩いています。
目の前に、餃子屋さんの亮昌本店があります。
昨年(2017年)は昼食を摂ろうとして、閉まっていて諦めました。
(第489回ブログを参照)
今年(2018年)は開いているのですが、
第578回ブログで食事を摂っていてまだ満腹でした。
上手い具合には、行かないですね。

そして、この先で、高辻通は西洞院通と交差します。
西洞院通は、V字谷の底に当たります、


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高辻通から、西洞院通を南に向いています。
平安京遷都時、西洞院通には川が流れていました。
つまり、この道はその川底跡です。
その名残で、この辺りの西洞院通はV字谷の底にあります。


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今度は高辻通から、西洞院通を北に向きました。
ここから約400m先に蟷螂山が立っていますが、
この位置からでは何も見えません。


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ここに制服警察官が立たれて、観光客に道案内をされていました。
結構忙しそうでしたね。
では信号が変わりましたので、西洞院通を渡ります。


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西洞院通から、高辻通を西に向いています。
先程の説明通り、ここから西には急に上り坂です。


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「高辻西洞院」交差点北西角から、西に約20m進みました。
こちらに、石碑が立ってます。
禅宗の1派曹洞宗を日本に広めた道元が、ここで入滅されました。


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その石碑の前で、高辻通を西に向いています。
ここで高辻通は、東中筋と交差しています。


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高辻通から、東中筋を北に向いています。
こちらは、膏薬辻子と同様石畳と京町家の街並みが続きます。
(第580回ブログを参照)


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今度は東中筋から、高辻通を西に向きました。
約50m先で、高辻通は油小路と交差します。


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高辻通から、油小路を北に向きました。
油小路は、祇園祭の山鉾町の最西端です。
この先に、今回ブログのメイン太子山が立っています、


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高辻通から油小路を北上し京都市立下京雅小学校校門前に来ました。
太子山の手前に、こちらのテントが立ってます。
京都府宇治田原町役場からのもので、
地元産出のお茶を通りがかりの方々に振る舞われておられました。
昨年(2017年)もこちらで振る舞われておられて、
その時ウチの母がこのお茶をえらく気に入っておりました。
(その母は、今回同行しておりません)
先程の飲料を飲み干していたので、遠慮なくこちらを頂きました。
宇治田原茶の特徴は、渋みとエグみが弱くその分甘いことです。


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宇治田原町のテントを背にして、油小路を北に向きました。
こちらが、太子山です。ご祭神は、聖徳太子です。
祇園祭の各山鉾はそれぞれ独立した神社ですので、
それぞれにご利益があります。
こちらのように知識人がご祭神の場合は、学業成就や受験合格です。
ですから、山の周囲の格子には
さまざまな受験校が書かれた絵馬がいくつも吊るされています。

また、太子山の手前に丸太製のベンチがあります。
こちらに座ると、頭がよくなるというご利益があります。


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今度は、太子山を北側から見ています。
こちらにもベンチがあって、参拝者で鈴なりです。


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太子山の北側に、太子山の会所が建っています。
こちらは、元々は薬問屋の秦家住宅です。
現在は薬局を辞めておられますが、
京都市による指定文化財として建物が保存されています。
昨年(2017年)までは正面の雨戸は閉まっていたのですが、
今年(2018年)は外から中の様子を眺めることができます。


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太子山会所の脇に、こちらの荷茶屋(にないちゃや)が並んでいます。
要するに荷物を運搬するための道具で、
通常は竿を差し込んで一人で2つとも担ぎます。
実は山鉾巡行をよく見ると、
山鉾の前後にこの荷茶屋の担ぎ手がいらっしゃいます。
そう言えば、2015年の山鉾巡行では芦刈山の担ぎ手さんが
「御池河原町」交差点で荷茶屋を担いだまま回転されていました。


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こちらが、太子山会所の奥の様子です。
神棚の奥に、ご神体の聖徳太子像がいらっしゃいます。
周囲の胴掛が、真新しいですね。


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そのうち、こちらは南側に掛かっていた胴掛です。
こちらは、今年(2018年)に完成したベトナム製の刺繍です。
一針一針手縫いなので、職人の技の冴えがよく分かります。


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そして、こちらが北側に掛かっていた胴掛です。
こちらの刺繍製作の模様は、様々なTV番組に紹介されていました。
そちらによると、30人ほどの職人が3年ほどかけて作られました。
ベトナムの刺繍は見事ではあるのですが世界的には無名で、
こちらを製作することで世界中に知らしめる役目もあるようです。
ある意味、国を背負った製作ですね。


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太子山会所の北側に、こちらが並んでいました。
今までで飲み干したペットボトルをこちらに捨てました。
(今回ブログ最初の飲料も、この段階では飲み干しています)


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そのゴミ箱の前で、油小路を北に向いています。
ここで油小路は、仏光寺通と交差します。


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油小路から、仏光寺通を東に向きました。
この先に、仏光寺通唯一の木賊山が立っています。
ここからその木賊山に向かった後
油小路戻って油天神山に進むわけですが、
今回はもうだいぶ写真を貼り付けました。
ここまでとし、続きは次回とします。

~次回は、西洞院通以西の山鉾を全て回ります~

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第583回 山鉾町の西端~祇園祭前祭散策2018~その6

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油小路から、仏光寺通を東に向いています。
右(南)側には理髪店がありますが、
「仏光寺油小路」の辻を中心に理髪店や美容院が立ち並びます。
今回は仏光寺通唯一の山鉾木賊山(とくさやま)にお邪魔した後、
この周辺の山鉾を見て回ります。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後4時半。
日が傾いたら、涼しくなってきました。


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油小路から仏光寺通を約30m東に進みました。
こちらが、木賊山の会所です。
会所前のテントで、粽や手拭いなどが売られています。
何年か前には、こちらで木賊の切れ端が売られていました。
木賊は体長1mほどの草ですが、漢方薬にもなります。
ですから、かつてはこちらを刈り取るのを
仕事にしていた方もいらっしゃいました。
この木賊山は、その木賊刈りの老人の像がご神体です。


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こちらが、木賊山会所の奥です。
賽銭箱の先に、ご神体の老人像がいらっしゃいます。
こちらの胴掛や見送り・水引は、2014年に新調されました。


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木賊山会所の東側に、木賊山が立っています。
木賊山を通り抜けさらに東に行くと西洞院通に辿り着けますが、
今回ブログは祇園祭山鉾町最西端の油小路を中心に散策します。


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木賊山に背を向けて、仏光寺通を西に向いています。
では、木賊山会所を通り過ぎて油小路に向かいます。


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木賊山の前から仏光寺通を西に進み、
木賊山会所の前を通り過ぎて油小路に戻ってきました。
(今回ブログ最初の地点で、逆方向に向いています)
仏光寺通をこのまま進むと堀川通に至り、
もうその辺りには山鉾は一切立ちません。


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今度は、仏光寺通から油小路を北に向きました。
背後(南側)には、前回ブログで訪れた太子山が立っています。
次は、目の前の油天神山に向かいます。

……と言いたいところですが、
ここで目の前の警察官に呼び止められました。
カメラ片手の自分が不審だったのかと思いきや、
「君、疲れた顔してるよ?
自覚ないみたいだけど、たぶん熱中症にかかっているよ。
ちょっとしゃがんで、休みなさい。水分もしっかり摂ってね」
と心配されてしまいました。
熱中症の自覚は多少あったのですが、気を付けないといけません。
とにかくこちらの警察官に心配をかけて、申し訳ない限りです。


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仏光寺通から、油小路を北上しています。
こちらが、油天神山です。油小路沿いの天満宮がご神体です。
(神社自体がご神体です。祇園祭の山には同じ例がいくつかあります)
「天満宮」ですが、ご利益は火災除けです。理由は後述します。


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油天神山を通り抜け、油小路を北上しています。
路地との角に雑貨屋さんがあって、
そちらでバーゲンセールが行われています。
祇園祭では、山鉾町の各店舗や問屋がこのよく行っています。
その雑貨屋さんの北隣に、油天神山の会所があります。
こちらで粽や手拭いが手に入ります。

昨年(2017年)こちらの前に来たとき、大雨に祟られました。
その時こちらの会所の方から雨傘を借りることができまして、
おかげでその後移動することが可能になりました。
傘そのものはウチの母が昨年のうちに返却したのですが、
自分はまだ言ってなかったので、ここでお礼を言いました。
会所にこの時間帯は昨年とは違う方がいらして、
正直何のことかわからないという反応をされていましたが……


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油天神山会所の前で、油小路を北に向きました。
この先で、油小路は綾小路と交差します。
その道が交差する辺りに、小さな神社がいらっしゃいます。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、その火尊天満宮(ひみことてんまんぐう)です。
別名「油天神」で、油天神山はこちらの神社がご神体です。
(この神社のご神体は、この時点は油天神山会所にいらっしゃいます)

こちらには、元々愛宕神社が勧請されていました。
愛宕神社は京都府の愛宕山頂上に祀られる神社で、
さまざまな神様を祀っていますが、火除けのご利益があります。
そのため、京都市街地ではよく台所にお札が貼られています。
(ウチは霰天神山のお札ですが……)
江戸時代にこの辺りの土地所有者だった風早氏が
菅原道真の木像を手に入れ、こちらを天満宮に変えました。
その際、こちらは「愛宕神社の性質を持つ天満宮」という
他にない変わった神社になりました。
ですから、こちらのご利益は「学業成就」ではなく「火除け」です。


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油小路から、綾小路を西に向いています。
あと100m進むと、綾小路は堀川通と交差します。


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今度は、綾小路から油小路を北に向きました。
この辺りは、理髪店や美容院が多いですね。
こちらは、「美髪館」という理髪店です。この時点も、開店中です。
理髪師の男性が一人で何もかもされていて、
2,500円と京都ではかなり安い散髪代なのですが、
かなりの人気店なので予約しないと入店できません。


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さらに油小路から、綾小路を東に向きました。
向こうに、新たな山鉾が見えますね。
では、こちらに進んでいきます。


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油小路から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらに、芦刈山の会所があります。
慶派の一人康運によるご神体がいらっしゃいますが、
ここ数年この辺りを差さくされる方々が増加していて
今年(2018年)も会所にお邪魔できませんでした。
以前は、むしろいちばん空いた地域だったのですが……


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芦刈山会所の前で、綾小路を東に向きました。
向こうに、芦刈山が立っています。

芦刈山は、芦を刈り取ってそれを売って生計を立てている
ある老人を祀っています。
その方は年を取ってから別れた元妻と出会い、再び結ばれます。
そんな物語を取材していますので、こちらは夫婦円満を象徴します。


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芦刈山を大写しします。
こうして撮ると、芦刈山の象徴獅子の図がよく見えますね。


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芦刈山の脇に、こちらの京町家が建っています。
こちらは数年前まで屏風と檜扇を飾っておられましたが、
ここ数年は閉めておられます。


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こちらは、その町屋の向かい(北)側です。
こちらは、今年(2018年)から屏風を展示されています。


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こちらが、その屏風です。ウミネコと白百合ですね。
青い屏風というのは、相当変わってますね。


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芦刈山から、綾小路を東に向いています。
ここで綾小路は、西洞院通と交差します。


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綾小路で、西洞院通越しに東に向いています。
この向こうに、第580回ブログに出て来た伯牙山が見えます。
日が傾いてきて、人混みもだんだん本格的になってきました。


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綾小路から、西洞院通を南に向いています。
ずっと向こう(約150m先)に、
前回ブログで参拝した菅大臣神社がいらっしゃいます。


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今度は綾小路から、西洞院通を北に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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綾小路から、西洞院通を北上しています。
西洞院通は4車線の道ですが、
四条通以南は車両制限がありません。


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綾小路から、西洞院通を約100m北上しました。
ここで、西洞院通は四条通と交差します。

これで祇園祭前祭の四条通以南の山鉾は、すべて回りました。
後は四条通以北の山鉾を残すだけですが……まだまだあります。
ここからは、四条通以北の山鉾を西から順に回ります。
ただここでキリがいいので、今回はここまでとします。

~次回は、向こう(北)側に見えている蟷螂山に向かいます~

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第584回蟷螂山かみきりおみくじ~祇園祭前祭散策~その7

[蟷螂山] ブログ村キーワード

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西洞院通から北を向き、目の前で四条通と交差しています。
前回ブログまでで祇園祭前祭に立つ山鉾のうち、
四条通以南の山鉾はすべて回りました。
今回から四条通の西から東へ進み、新町通まで進みます。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後5時。
この時期は、まだまだ日が沈みません。


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西洞院通から、四条通を東に向いています。
向こうに、第580回ブログで会所にお邪魔した郭巨山が見えますね。
(毎年、ウチが粽を買っている山ですね)
「四条西洞院」交差点南東角に、
「若狭屋」という和菓子屋さんがあります。
祇園祭限定菓子を売っていますが、時間がないので先に進みます。


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「四条西洞院」交差点南西角から、北を向いています。
では、この横断歩道を渡って四条通の北側に進みます。


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横断歩道を渡って、四条通を西に向きました。
こちらに、四条傘鉾が立っています。


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こちらが、四条傘鉾です。綾傘鉾と形状が似ています。
(第579回ブログを参照)
「鉾」という名前が付いていますが、刃先は付いていません。
厳密には、「傘鉾」という鉾とは違う種類の山鉾です。
四条傘鉾の西側にテントが並んでいますが、
あちらが四条傘鉾の会所です。
(大通りの山鉾は、会所をテントで設営している場合も多いです)


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四条傘鉾から、四条通を東に向いています。
では、こちらから「四条西洞院」交差点に戻ります。


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「四条西洞院」交差点北西角に、
地域スーパーのフレスコ四条店があります。
こちらで、祇園祭前祭限定の露店が立ちます。
パイナップル100円、スイカ200円、モモ300円で売っています。
売上的には、パイナップル→スイカ→桃の順のようです。
安い方がよく売れるようです。


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で、自分はこちらのスイカを買いました。これで200円です。
前回ブログで警察官に心配されてしまいましたので、
熱中症対策でこちらを頂きました。
優しい甘さが美味しいですが、自分は水分が多いのが好みです。
大量の水分で、元気が戻ってきました。


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西洞院通から、四条通を北に向きました。
ずっと向こうに、蟷螂山が見えます。


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四条通から、西洞院通を北上してきました。
だんだん蟷螂山が近づいてきました。
この辺りは午後6時まで、自動車が通ります。
ですから、町衆の交通整理も大変です。


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こちらが、蟷螂山(かまきりやま)です。
山の上に牛車が載っていて、その上にカマキリが載っています。


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天上部のカマキリを大写ししました。こちらはからくり人形です。
頭部・前足のカマ・翅をピアノ線で、動かせます。
山鉾巡行の際それらを動かしながら、このカマキリが行進します。
また、宵のうちは宵山でもこのカマキリが動きます。


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蟷螂山の北側に、テントが並びます。
こちらは蟷螂山の会所で、粽や手拭いが売られています。


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蟷螂山会所のテントの北側を撮っています。
とにかく長い長い行列です。会所から北に列が伸びています。


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錦小路で、西洞院通の西側歩道に渡りました。
そのまま南を向き、行列の様子を撮りました。
こちらに細い道ができて、こちらが歩道代わりになっています。
この道は、行列に関係なく前に進めます。


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その細い道を南下しまして、行列の先頭の脇まで来ました。
こちらは、粽や手拭いを買う列ではありません。
「かまきりおみくじ」というお御籤を引く列でした。


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こちらが、かまきりおみくじの様子です。
参拝者が手前のハンドルを回します。
するとからくりのカマキリが動き出し、
朱い木箱からテニスボール大の玉を運んできます。
その玉の中にある番号札が、お神籤の引換券になります。
2014年度から始まったかみきりおみくじですが、
もう祇園祭の名物となりましたね。


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蟷螂山から、西洞院通を南に向いています。
では、ここを南下して四条通に戻ります。


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蟷螂山から西洞院通を南下して、
「四条西洞院」交差点に戻ってきました。
午後6時になるまで、西洞院通に加えて四条通も自動車が通ります。
現在午後5時15分。歩行者天国になるには、まだ時間があります。


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今度は、四条通から西洞院通を東に向いています。
この先に、郭巨山が見えますね。


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西洞院通から、四条通を東に歩いています。
だんだん郭巨山が、近づいてきました。


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こちらが、郭巨山です。胴掛などは、既に取り付けられています。
会所は四条通南側歩道にあるので、第580回ブログで訪れました。
昔中国に郭巨という男がいて、
釜の中から黄金を発見する話から取材しています。
ですから、こちらは金運を司る山です。


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郭巨山から、四条通を東に向いています。
ここで、左(北)に伸びる小路が見えますね。


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四条通から、その小路を北に向きました。
ここから先は、第548回ブログで散策しました。


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同じ位置で、南を向きました。
四条通南側歩道に、膏薬辻子と郭巨山会所が見えます。
(第580回ブログを参照)


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その通りから、四条通を東に向いています。
目の前で、四条通は新町通と交差します。


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四条通から、新町通を南に向いています。
約120m先に、船鉾が立っています。
約50m先に大船鉾が立つのは、後祭の方です。


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四条通から、新町通を北上しています。
こちらに、放下鉾が立っています。
南京玉すだれなどの大道芸を行ったとされる放下僧を祀った鉾です。


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この辺りの新町通には呉服問屋がもともと多かったのですが、
放下鉾付近には飲食店が多くなってきました。
そしてこちらは割烹屋「いち」なのですが、
その前に露店が出ていてビルやジュースが売られています。
その間で「ハモバーガー」が売られていましたが、
もうだいぶ名物になって来たようです。
今年(2018年)はお客さんが多くて、買いに行けませんでした。


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放下鉾の北側で、新町通を北に向いています。
午後5時を過ぎて、参拝者がどんどん増えてきています。
こちらの韓国料理屋さんの屋台も、賑やかです。


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四条通から、約100m北上しました。
この人混みではちょっとわかりにくいですが、
この先で四条通は錦小路と交差します。

これでまだ回っていない山鉾は、大通りを除けば
錦小路の霰天神山・占出山と
室町通沿いの山伏山・菊水鉾くらいです。
今回はここまでとしますが、次回はそちらを回ります。

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「京のお店 今日のお品」
緊急事態宣言後の
京都市街地で
コロナ騒動下でも
頑張っておられる
さまざまなお店と
その商品を
紹介して宣伝します。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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