第585回 錦小路の近く~祇園祭前祭散策~その8

四条通から、新町通を約100m北上しました。
前回ブログで訪れた放下鉾を通り過ぎると、錦小路と交差します。
普段はここまで賑やかではないのですが、(第548回ブログ参照)
祇園祭期間中であることと、そろそろ日暮れが近いことが
この歩行者数を生んでいます。
今回は、ここから烏丸通以西に立つ残りの山鉾をすべて回ります。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後5時半。
実は日が暮れたら、この数倍の人出になります。

新町通から、錦小路を東に向きました。
この辺りは元々呉服問屋さんが多かったのですが、
ここ数十年徐々に飲食店に替わってきています。
(第548回ブログと第549回ブログ参照)
では、向こうに見える霰天神山(あられてんじんやま)に向かいます。

霰天神山に近づいてきました。
祇園祭の山鉾の中でもかなり人気がある霰天神山ですが、
周囲にも美味しい飲食店が多くて、この辺りは特に賑やかです。
霰天神山の北側に行列ができていますが、
こちらが祇園祭名物浸みだれ肉まん目当ての方々です。
自分も、こちらが大好きですが……この行列を見た途端
毎年購入を諦めています……

こちらが、霰天神山です。
宵々山(2018年7月15日)の段階で胴掛や水引が掛けられていますが、
ご神体はまだ会所にいらっしゃいます。

霰天神山の東側で、錦小路を東に向いています。
霰天神山が立っている一のの東隣が、
先程の浸みだれ肉まんを製造販売している
中華料理店「膳處漢(ぜぜかん)ぽっちゃり」です。
人気店なので、祇園祭期間中は満席ですね。

その膳處漢ぽっちゃりの東隣が、霰天神山の会所です。
では、こちらにお邪魔します。

先程の霰天神山会所入り口から北上しています。
京町家は門から玄関までの間が
細長い通路になっていることが多いのですが、
これを「ウナギの寝床」と言います。
京町家の民家には、玄関をはさんで
ウナギの寝床と走り庭がつながっている町家も多いですね。
では、こちらを北上して霰天神山の会所に向かいます。

ウナギの寝床を約20m北上して、霰天神山の会所に入ってきました。
表の霰天神山に賭けられている者とは別に、
こちらにも胴掛が掛かっています。

胴掛の北側にこちらの床の間があって、
そちらにこちらの鳥居と祠が祀ってあります。
そして、こちらが霰天神山のご神体です。
第583回ブログでお邪魔した油天神山同様に、
こちらも神社自体がご神体です。
確か天明の大火だったと思うのですが、
京都で大火事があった際この周辺だけ霰(あられ)が降ったため、
この神社と町内は例外的に罹災を免れました。
こちらは天神さんですが、それ以降「火除け」の加護があるとされ
火災除けの神社として京都では厚い信仰があります。

その霰天神山会所で、こちらを買い求めました。
祇園祭の会所では粽や手拭いがよく求められるのですが、
霰天神山ではこのお札が人気があります。
こちらは火災除けのご利益があって、台所によく貼られます。
愛宕神社のお札かこちらのお札かのどちらかが、
京都の町家の台所に貼られています。
ウチやウチの近所とかは、こちらの霰天神山の方を貼っています。

では、こちらのウナギの寝床を通って錦小路に戻ります。
反対側が混んでいるのは、御朱印を求める方々の行列です。

霰天神山の前で、錦小路を東に向いています。
右(南)端の行列は、浸みだれ肉まんを買い求める方々です。
とうとう店頭の駐車場からはみ出し、こちらに伸びてきました。

この東側に南側の四条通へ抜ける路地があるのですが、
こちらに浸みだれ肉まんの行列がびっしり詰まってきました。
そして、この後方30人ほどで浸みだれ肉まんは売り切れました。
そう言って頭を下げておられる店員さんを見て、分かりました。

霰天神山の前から、錦小路を約20m東に進みました。
人混みで分からないですが、ここで錦小路は室町通と交差します。

錦小路から、室町通を北に向いています。
後になると京都府警が一方通行にするかもしれないので、
先にこちら側を回っておきます。

錦小路から、室町通を約50m北上しました。
右(東)側に、京都芸術センターが建っています。
かつての京都市立明倫小学校ですね。
こちらに美味しいカフェがあるのですが、先を急ぎます。
(陽が暮れると、写真が撮れなくなります)

京都芸術センターの前から、室町通を北に向いています。
こちらに、山伏山が立っています。

山伏山会所の2Fが開け放たれており、
そちらからご神体浄蔵貴所の像が見られます。
浄蔵貴所は、平安時代に活躍した山伏です。
八坂の塔の傾きを念力で直したそうですが、
史実かどうかは分かりません。

こちらは、山吹山会所の1F部分です。
山伏山と言えば茅の輪くぐりが有名ですが、
(写真の電柱のポスターにも、書いてあります)
それはここの奥でできます。
こちらでは、夏越の祓いから約2週間後に茅の輪くぐりですね。

山伏山から、室町通を約70m南下しました。
これで、また錦小路との辻に戻ってきました。

錦小路から、室町通を南に向いています。
目の前に、菊水鉾が見えますね。

室町通沿いの四条通と錦小路との間に、菊水鉾が立っています。
菊水鉾は、長刀鉾や月鉾と並ぶ祇園祭でもかなり大型の鉾です。
かつてこの辺りに「菊水の井」という名水が出る井戸があって、
その井戸の名を取って、こちらの鉾が作られました。

午後5時を回って、菊水鉾にも囃手さんが鉾に乗り込まれました。
こちらでも、祇園囃の演奏が始まりました。
実は各鉾で、祇園囃のメロディーが異なります。

菊水鉾に背を向け、室町通を北上しました。
こちらで、また錦小路と交差します。
この辻の南西角に呉服屋さんがありますが、
そちらでバーゲンセールをしていました。
祇園祭を取り仕切る町衆の多くは、繊維関係の企業です。
(西陣織とか友禅染の卸売業や小売業)
ですから、祇園祭期間中は各企業が所蔵美術品の展示会や
このようなバーゲンセールを行います。
ここの左(西)側にいくと、先ほどの霰天神山です。
真っすぐ(北に)行くと、先ほどの山伏山です。
ですから、次は右(東)側の占出山に向かいます。

室町通から、錦小路を東に向きました。
こちらに、占出山が立っています。
占出山の前で、吉兆鮎という和菓子が売られています。
昔の日本では戦勝占いはアユ釣りで行われたので、
こちらはその故事を模ったものです。
パンケーキの生地の中に牛皮が入っています。

その占出山の南側に、占出山の会所があります。
ではこちらの門をくぐり、中に入っていきます。

錦小路から、占出山会所の門をくぐり南を向いています。
こちらの会所も、「ウナギの寝床」の先にあります。

占出山会所に入り、占出山の装飾品展示を眺めています。
上部から、アユを描いた水引と三十六歌仙を描いた水引、
日本三景の一つを松島描いた胴掛ですね。

こちらは、その左隣りの胴掛です。
鮎と三十六歌仙の水引の下は、日本三景の一つ安芸の宮島ですね。

更に左隣も、やはり日本三景の天橋立を描いた胴掛です。
おそらく、この3幅で1セットなのでしょうね。

占出山会所のいちばん奥に、一振りの脇差があります。
こちらは占出山のご神体神功皇后の脇に刺される日本刀で、
平安時代の名工三条宗近による国宝御太刀です。
三条宗近の刀で現存するのは20本ほどで、
全て国宝に指定されています。
確か京都市内に現存するのは、こちらが唯一です。

占出山会所の中央に、こちらの本殿がいらっしゃいます。
実は、こちらは小さな神社です。(元々は、木下順庵の邸宅跡です)
こちらで粽や手拭いが買い求められるのですが、
いちばん奥にご神体の神功皇后がいらっしゃいます。
神功皇后を祀った祇園祭の山鉾は、計3基立ちます。
先祭の占出山と船鉾、後祭の大船鉾がそれに当たりますが、
占出山は新羅への戦勝祈願を表し、
出陣が船鉾、帰陣が大船鉾です。
船鉾と大船鉾は神功皇后像の写真撮影を厳しく禁じていますが、
占出山はそれほど厳しくはありません。
しかしいちばん奥を写真に撮るのは角度的に無理があり、
こちらも神功皇后像を写真に収めるのは事実上不可能です。

占出山会所から、ウナギの寝床を北に向いています。
では、こちら路北上して錦小路に戻ります。

占出山会所の門をくぐると、目の前に占出山が立っています。
宵山期間中は、占出山はこの形で展示されています。

占出山から、錦小路を東に向きました。
目の前で、錦小路は烏丸通と交差しているのですが……
午後6時になると、人が多くてよく分かりません。

こちらが、2018年7月15日日曜日午後6時の烏丸通です。
午後5時以降四条通と烏丸通にも露店が立ち並び、
午後6時以降四条通と烏丸通は歩行者天国になります。
とは言え、この人出です。
この段階で、既に自動車に例えると「渋滞」が始まっていました。
(陽が暮れたら、さらにさらに人出が増えます)
これで残す山鉾は孟宗山、長刀鉾だけとなりました。
(ほとんど立ち寄っていない函谷鉾にも、立ち寄りたいです)
後はそちらに行くだけですが、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
残りは、次回とします。
~次回で、祇園祭前祭山鉾完全制覇です……だといいのですが~
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