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第616回 豊国神社 大仏殿跡緑地公園

[豊国神社] ブログ村キーワード

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前回ブログから正面通を東に歩き続けて、最東端まで来ました。
正面通は、こちらの豊国神社で突き当たります。
今回はこの豊国神社を通り抜け、さらに北東に進みます。
撮影日は、2015年11月15日午後0時半。
だんだんと2018年紅葉散策のメインに近付いてきました。


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先程と同じ位置で、南を向きました。
豊国神社正面であるこの位置は、
正面通と大和大路とのT字路でもあります。
この位置から、豊国神社南隣の京都国立博物館が見えますね。
ここから約200m先に七条通が伸びていて、
その七条通沿いに三十三間堂があります。
さらに三十三間堂の東に、智積院ですね。
これらの施設以外に、新日吉神宮・京都女子学園・豊国廟を含めた
東山の一つ阿弥陀ヶ峰(日吉ヶ丘)西麓を
豊臣秀吉が広大な宗教施設にしようとしていました。
それが江戸時代に入り徳川家康がこれらをそれぞれ別施設として、
現在に至っています。
(ちなみに三十三間堂は後白河上皇が建立したもので、
豊臣秀吉は自分が作ろうとしたその宗教施設に融合させました。)
これらの位置関係は、第223回ブログを参照してください。


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今度は、正面通から大和大路を北に向きました。
このまま大和大路を北上すると、六原(六波羅)や祇園に至ります。
(第224回ブログを参照)


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大和大路の横断歩道を渡り、正面通最東端まで来ました。
では石段を上り、豊国神社「一の鳥居」をくぐります。


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その鳥居をくぐってすぐに、こちらの手水舎があります。
「ここで米を洗わないでください」と書かれた看板が
近年までありましたが、今は無くなっています。


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こちらは、豊国神社境内の南側です。
南端にある社務所との間の砂利が敷き詰められている場所が、
駐車場として利用されています。
実はウチの亡くなった父が、この駐車場を利用していました。
その縁で、約45年前自分はここで「七五三」を行いました。
(妹は、確か八坂神社でしたが……)


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先程の鳥居からそのまま東に進むと、
豊国神社本殿がいらっしゃいます。
ご祭神は、豊国大明神(豊臣秀吉)です。
元々この位置には、豊臣秀吉が建立した大仏殿がありました。
江戸時代に入りその大仏殿は放置されましたが、
江戸時代半ばに落雷により焼失しました。
この神社は、元々はその大仏殿の鎮守社でした。
現在の豊国神社は、明治時代に入って再建されたものです。


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豊国神社本殿前で、北を向きました。
こちらに、北に隣接する寺院へ続く石畳の道が伸びています。
次は、こちらを進みました。


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その石畳の道の途中に、こちらの神社がいらっしゃいます。
豊国神社の末社である稲荷社ですね。
ちょっとこちらにお邪魔して、お参りしました。


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その稲荷社の北隣の仕切り以北が、こちらの寺院です。
大仏殿の後継寺院である方広寺です。
先ずは、目の前の鐘楼に向かいます。


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こちらは、方広寺の鐘楼です。
こちらの鐘が1614年に完成し、
その後の大坂冬の陣の端緒となった「国家安康の鐘」です。


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その「国家安康の鐘」の一部を大写ししました。
後の方広寺の僧侶がこちらをチョークで囲まれたようです。
「国家安康」が徳川家康の死を願う呪いと疑われ、
「君臣豊楽」がその後の豊臣氏の平安を願ったものとされ、
徳川家康はこれを作った豊臣氏を滅亡させました。


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こちらは、方広寺鐘楼の天井部分です。
このように、飛天が描かれています。


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方広寺鐘楼の北側に、方広寺本堂があります。
中を拝観すると、大仏の焼け残りの足の部分などが拝観できます。
江戸時代半ばに、いったんその大仏が再建されて
(だいぶ小さな「大仏」でしたが)
自分もそちらを拝観したことがありましたが、
今から50年ほど前1970年ごろに火事で焼失しました。


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こちらは、豊国神社末社の稲荷社と方広寺鐘楼の間です。
狭い路地に見えますが、
こちらから豊国神社の裏(東)側に通り抜けできます。


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方広寺鐘楼の脇を通り抜けました。
方広寺所有の駐車場と豊国神社との間に、
まだ東に抜ける路地が伸びています。
では、こちらを通って豊国神社と方広寺境内を出ます。


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先程の位置から、約100m東に進みました。
ここで豊国神社と方広寺境内を通り抜け、住宅地に出ます。


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住宅地に出ても、そのまま東に進みます。
あちこちの街路樹が、落葉していますね。


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豊国神社の裏(東)側に、こちらの公園があります。
入り口の表札には、「大仏殿緑地」と書かれています。
では、こちらにお邪魔します。


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公園内に入ってきました。
あちこちに、ベンチ(石製の椅子)などもあります。
現在のこちらは、散歩などにちょうど良い緑地公園です。


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緑地公園の真東から、西を向きました。
豊国神社本殿のちょうど真裏(東)に位置していることが分かります。
目の前の膨らんでいる地面は、かつて大仏がいらした位置です。


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撮影日の218年11月15日木曜日は、紅葉がまだまだでした。
そのため、2018年12月2日日曜日に再訪し撮影しました。
結局2018年の紅葉具合は、例年通りでした。


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2018年12月2日の写真をもう1枚貼り付けます。
紅葉以外にも、様々な植物が植わっています。
時期的には、コスモスがきれいですね。


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写真は、2018年11月15日撮影分に戻ります。
では、緑地公園を出て住宅地に進みます。


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緑地公園を出て、東を向きました。
左(北)側は住宅地ですが、右(南)側は緑地公園です。
取りあえず、こちらを突き当りまで進みます。


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先程の道を突き当りまで約50m進み、左(北)を向きました。
次は、こちらを突き当りまで進みます。


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先程の位置から約20m北上して、西を向きました。
約100m先に、方広寺の駐車場が見えます。
豊国神社や方広寺から、もうこれだけ移動しています。


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同じ位置で、東を向きました。
次は、このままこの上り坂を進みます。


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先程の位置から、約70m東に進みました。
先程の上り坂の先で、この道は東大路と交差します。


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先程の道から、東大路を南に向きました。
約200m先の七条通沿いに、智積院があります。


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同じ位置で、東大路を北に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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先程の位置から、東大路を約50m北上しました。
こちらは、東大路と渋谷街道が交差する「馬町」交差点です。


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「馬町」交差点で、渋谷街道を東に見ています。
渋谷街道は東山を途中国道1号線と絡みながら、
京都市街地から京都市山科区の中心街に抜ける道です。
いずれ、このブログでも特集しようと思っています。


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東大路は、「馬町」交差点より先は北北東に進路が変わります。
では、こちらの道を進んでいきます。


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「馬町」交差点から、東大路を北北東に約100m進みました。
ここで東大路(東山通)が五条通と交差するので、
「東山五条」交差点と呼ばれています。
目の前の高架が、国道1号線です。


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東大路から、五条通を西に向いています。
国道1号線の高架はだんだん低くなって、
約200m先でこの道と合流します。
ちなみに、こちらは8月の陶器市の南半分に当たります。


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今度は東大路から、五条通を東に向きました。
五条通の上に国道1号線の高架が通っているように見えますが、
ここから東の五条通は、すぐに高架上に吸収されます。


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五条通から、東大路を北に見ています。
そうこうしているうちに、こちらの信号が青くなりました。
ではこちらの横断歩道を渡っていきますが、
さすがにもうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

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第617回 紅葉の大谷本廟

[大谷本廟] ブログ村キーワード

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前回ブログで豊国神社の裏(東)に抜けて、東大路を北上しました。
そして、今いるのは「東山(東大路)五条」交差点南西角です。
今回はこの東側の大谷本廟から、その墓地を東に抜けていきます。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後1時。
信号が青くなりましたので、横断歩道を北に渡ります。


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五条通の長い横断歩道を渡り、東大路を北上しています。
国道1号線の高架をくぐり、6車線の五条通を渡り切りました。
ここから、五条通北側歩道に移ります。


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五条通を横断歩道で北側歩道に渡り、西を向きました。
ここから約400m先に伸びる大和大路以東からこの辺りまで、
大小の清水焼小売店が何軒も並びます。(第239回ブログ参照)


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同じ位置で、東を向きました。
では、歩道沿いに五条通から東大路を東から北へ移動します。


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その途中で、向こう(東)側の東大路を撮りました。
そちらに、今回ブログのメイン大谷本廟があります。
では、こちらから向こうに横断歩道を渡っていきます。


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2018年11月15日では紅葉が全然染まっていませんでしたから、
2018年12月2日日曜日に、この大谷本廟に再訪しました。
桜は落葉が済んで枯れ木でしたが、カエデとイチョウは見頃でした。


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先程の位置から北に回り、東大路の横断歩道を東に向きました。
「五条坂」バス停から市バスを降りて来られた方々で、
この日(2018年11月15日)は平日でも人でいっぱいでした。
そのため、この辺りには飲食店や土産物屋さんが並んでいます。


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先程の横断歩道を東に渡り、南に向きました。
今度は、この横断歩道を南下します。


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横断歩道を渡る途中で、東を向きました。
東大路から東に、2本の道が伸びていますね。
左側の道は五条坂で、大和大路から五条通経由でここまで来て
北東にさらに約400m伸びています。
清水寺への参道では唯一観光バスなど大型車が通行可能な道です。
右側は大谷本廟の墓地へと続く道で、
約45年前にウチの祖父とよく墓参りに利用しました。


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東大路東側歩道で横断歩道を南下して、ここに来ました。
向こう(南)側に、国道1号線の高架が見えますね。
では、約30m先の多くの人々が出入りしている場所に向かいます。


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先程の位置から約30m南下して、東を向きました。
太鼓橋の先の石段を上ると、大谷本廟に入れます。


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同じ位置を2018年12月2日に撮りました。
この大谷本廟の池付近が、紅葉の名所です。
12月2日にも、たくさんの観光客が来られていました。


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20118年11月15日に、太鼓橋を渡っている途中で北を向きました。
この辺りが、大谷本廟でいちばん紅葉がきれいな場所です。


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2018年に再訪したときに、同じ位置で写真を撮りました。
すっかり紅葉すると、このようになります。


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太鼓橋を渡って、東を向いています。
約30m石畳の道を上り、その先の石段を上って大谷本廟に入ります。


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2018年12月2日に、同じ場所で撮りました。
だいぶ紅葉に染まると、この道もなかなかの絶景になります。


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ここからは、また2018年11月15日撮影分です。
大谷本廟の総門をくぐり、境内を南に向きました。
こちらに、本廟会館があります。
この下に、(地下ではありません。ここは山の斜面なので)
駐車場があり、この先には飲食スペースやトイレがあります。
五条坂の陶器祭でトイレに困って、ここに立ち寄りました。


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大谷本廟総門の真東に、仏殿(本堂)があります。
中には、ご本尊の阿弥陀如来像がいらっしゃいます。


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この辺りの石畳の道を大写ししました。
あちこちの木々から、団栗が落ちてきていました。


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その石畳の道の先は、仏殿の北側に回り込みさらに東に進みます。
そしてこの二天門をくぐり、その東に行きます。


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二天門をくぐり、東を向きました。こちらに、明著堂があります。
西本願寺の歴代宗主とお裏方様(宗主の奥方)の墓所ですね。
その右(南)側に、納骨堂があります。
中には浄土真宗本願寺派の寺院ごとに仏壇があって、
そちらに門徒の遺骨が納められています。
お墓を建てられない方々の中には、
こちらで済まされる場合もあるようです。


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二天門から、左(北)を向きました。
こちらに北門があって、ここから大谷本廟の外に出られます。
北門の外に、花屋さんが見られます。
大谷本廟の場所が近いので、こちらで仏花以外にも
線香やお供え物を買うことができます。


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大谷本廟を北門から出て、東を向いています。
右(南)側は大谷本廟ですが、
左(北)側はその大谷本廟の墓所が続きます。


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大谷本廟北門から東に約70m進み、北に向きました。
ここから直線距離で約50m先に、(蛇行するのでもう少し先に)
親鸞のご遺体を火葬された場所があります。
ちなみに、この辺はかつて豅(おおたに)と呼ばれていました。
浄土真宗関連の方の姓が大谷さんが多かったり、
施設の名称に「大谷」や「龍谷」が付くのも、その辺が理由です。


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同じ場所で、東を向きました。
ここから、右(南)側にもお墓が並ぶことになります。
道が分岐しますが、左側の急な上り坂を進んでいきます。


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先程の分岐点から、急な上り坂を進んでいます。
その分岐点から、東北東に進路が変わります。
右側の墓所に、時折細長い墓石が見受けられます。
それらはすべて、過去の戦争で亡くなった方々のお墓です。


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先程の分岐点から、東北東に約20m進みました。
上り坂の途中で左を向くと、小さなの寺院があります。
こちらは、日蓮宗鳥辺山帝釈天王通妙寺です。
東京の柴又帝釈天を江戸時代に勧進しました。
この辺りは浄土真宗本願寺派の墓所ですが、
元々この鳥辺山(音羽山)は平安京遷都以来の墓所です。
ですから、この周辺にはさまざまな寺院や墓所があります。


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通妙寺の門前で、東を向きました。
では、この上り坂をどんどん上っていきます。
その進路も、東北東から真東に変わっていきますね。


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通妙寺門前から約50mかけて、急な上り坂を上りきりました。
ずっと先に朱い塔が見えますが、あちらは清水寺多宝塔です。
第615回ブログでは鴨川に架かる正面大橋の上から、
こちらが見えていました。
この道は、この辺りにいくつかある清水寺参道の一つでもあります。


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急な上り坂を上りきった時点で、左を向きました。
こちらは、日蓮宗鳥辺山本壽寺です。
日蓮の弟子の一人日親が開基の寺院です。
こちらに、その日親のお墓もあります。


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本壽寺門前から、平坦な道となり真東に進みます。
本壽寺門前から東に約50m進むと、また花屋さんがあります。
こちらでは、仏花や線香の購入以外にバケツも水も借りられます。
今は亡き祖父とこちらに墓参りに来たときは、
こちらでお花と線香を買って、バケツを借りました。
その水道に、「清水寺まで3分」と看板が出ていますね。


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その花屋さんの前で、南を向きました。
お墓とお墓の間が路地になっていて、そちらから各お墓に進めます。


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お墓のいちばん端まで来て、南東を向きました。
お墓の端は崖になっていて、その下も墓地が続きます。
向こうに国道1号線の高架が見えますが、
その辺りまで墓地が続きます。
とは言え、これでこの墓地のほんの一部です。
この音羽山は鳥辺山でもあって、
南隣の阿弥陀ヶ峰、稲荷山も合わせて
平安時代~室町時代は「鳥辺野」と呼ばれる墓所でした。
(この位置は、六原の東隣に位置します)
ですからここは浄土真宗本願寺派の墓所ですが、
この近くに別の宗派の墓所もたくさんありますし、
さらに東(清水寺より東)に市営の火葬場もあります。


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先程の花屋さんまで戻って、東に進みました。
その花屋さんの東隣に、こちらの鳥居が見えます。
こちらは、妙見宮ですね。日蓮宗寺院によくいらっしゃいますね。
(第469回ブログの本満寺を参照)


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妙見宮の前で、東を向きました。平坦な道が続きますね。
向こうの花屋さんの先で、左側にも墓地が続くようになります。


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その花屋さんの東側で、左側にも墓地が見えてきました。
この墓所は多少迷路状なのですが、
このアスファルトの道を進む限り道に迷うことはありません。


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大谷本廟の墓所を歩いていると、戦没者のお墓をよく目にします。
明治38年ということは1905年ですから、
こちらは日露戦争で亡くなられた方ですね。
通妙寺から蛇行しながら約200m東に進んでいたのですが、
この辺りからアスファルトの道が北東に進路が変わります。


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その辺りから今度は右側の墓地が消えて、崖が広がります。
その崖の下には、比較的新しいお墓が建ち並びます。
個人的には、お墓が並ぶ景色を「美しい」と思います。


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その位置で、北東に向きました。
この先に、崖下に降りるスロープが見えます。


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大谷本廟の墓所を貫くアスファルトの道が、石段に変わります。
ここで、大谷本廟の墓所の突き当りに来ました。
では、この石段を上ってこの墓所の北東側にある場所に進みます。


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石段を上ると、こちらの茶店があります。
今は亡き祖父と約45年前に大谷本廟の墓所に来たとき、
墓参りの後にこちらの茶店に連れて来られました。
ここでうどんを食べてその後この周囲の散策をして、
最後は「祇園」交差点から市電に乗って帰宅しました。
その茶店がまだ残っているのが、とてもうれしいです。


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2018年11月15日はウチの母がこの脇の公衆トイレに行ったため、
その間ちょっと時間ができました。
そのため、こちらでジュース買って飲んでいました。
2018年12月2日に再訪したときは、こちらを注文しました。


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こちらが、2018年12月2日に注文した甘酒です。
京都では甘酒は酒粕からは作りません。必ず米麹を原料にします。
そのため、ノンアルコール飲料です。
木匙が付いているのは、底に溜まった米麹を食べるためです。


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その茶店の縁台に座って、甘酒を飲みながら見た風景です。
向こうの朱い塔は、清水寺の多宝塔です。
つまり、もう既に清水寺境内に入っています。


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2018年12月2日に、再訪した際の写真です。
桜の木は、紅葉から落葉が終わって枯れ枝でした。
ただ、この日がこの清水寺のカエデの盛りでした。

ではここから清水寺散策なのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、清水寺を散策します~

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第618回 清水の舞台と地主神社

[清水寺] ブログ村キーワード

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前回ブログで大谷本廟の墓所から石段を上り、茶店で休んでいます。
目の前に、清水寺の多宝塔が見えますね。
ここは、もう清水寺境内です。
今回はこのまま仁王門前に回って、清水寺と地主神社を散策します。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後1時45分。
ちょうど600回ぶりの清水寺に向かいます。


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先程の茶店の東側で、清水寺境内を大きく回り込む道が
東と北に分かれて伸びています。
こちらは、そのうち北に伸びる方の道です。
この先を進むと、清水寺正面の松原通方面です。


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北に向かう道を約30m進み、西を向きました。
石段の下に茶店がありますが、
春になるとあの辺りが桜で絶景になります。
そこから西に、「ちゃわん坂」が伸びています。
「五条坂」から途中で分岐する清水寺への近道ですね。


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その位置から、北を向きました。
向こうに、清水寺仁王門が見えますね。
では、このまま松原通まで進みます。


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さらにこの道を北上します。
ちゃわん坂から約20m進むと、この道は松原通で突き当たります。
向こうに、松原通最東端が見えます。
松原通を西に約200m進むと、産寧坂に出ます。(第18回ブログ参照)


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松原通最東端から、東を向きました。
では、こちらの清水寺仁王門から本堂の方に向かいます。


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2018年12月2日に、こちらに再訪しました。
桜は落葉が終わって完全に枯れ枝並木ですが、
カエデは紅葉が見ごろでした。


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清水寺仁王門の真下で、東を向きました。
では、向こうに見える石段の方に向かいます。


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その石段の許まで来ました。
こちらを上ると、こちらの多宝塔の脇に行けます。


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こちらが、清水寺の多宝塔です。中は非公開なので、入れません。
建物自体が高いだけでなくこの辺りは標高が高いので、
第615回ブログなど京都市街地からでも見えていました。


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清水寺多宝塔の東側に、南側に進む道があります。
次は、こちらに進みます。


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清水寺多宝塔の南側に回って、東を向きました。
この向こうに、清水寺の切符売り場があります。

手前に、「開門時間は、午前6時です」と書いてあります。
清水寺はライトアップを除けば午後5時には閉まりますが、
その分夜明け前に門が開きます。


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先程の地点から、約50m東に進みました。
こちらが、清水寺の切符売場です。
拝観料が大人一人300円なのは、京都では相当安い方に入ります。
(その分、拝観者数が多いですが……)


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こちらが、清水寺の拝観チケットです。
これを持ち帰った後、そのまま栞として使えますね。
紅葉がモデルになっていますが、
春には桜をモチーフにしたものに変更されます。
(清水寺は、紅葉と桜と両方の名所です)


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切符売場の東側から、清水寺本堂に入ります。
実は拝観料が発生するのは、この本堂だけです。


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清水寺の本堂は、初めはこの渡り廊下を進みます。
この先東に進むと清水寺本堂に辿り着きますが……
本堂南半分に当たる「清水の舞台」にシートが掛けられてあります。

2018年は、京都市街地に大きな台風が何度か襲来しました。
その結果京都市街地の多くの文化財が被害を受け、
その多くが現在も修理中です。
(第612回ブログでは渉成園の回棹廊も修復中でした)


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その渡り廊下から、南を向きました。
向こうに、子安塔が見えますね。(重要文化財です)
清水寺は音羽山の中腹に立てられており、
その地形の関係であちこちに風光明媚な場所があります。


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先述の通り、清水寺は現在修復中です。
あちこちにシートが掛かり参拝者も多いことから、
あまり自由に中を歩き回ることができません。
(特に制限はありませんが、障害物が多くて身動きができません)
そのため、奥の仏様の方には向かいませんでした。
取りあえず、こちらの線香だけ捧げました。


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線香が置いてあった場所の近くに、こちらの香炉がありました。
そういう訳で、自分と母とで1本ずつ線香を奉げました。

北法相宗音羽山清水寺は、平安京遷都以前の778年創建です。
日本有数の観音信仰の寺院で、こちらのご本尊も千手観音像です。
平安時代になって、坂上田村麻呂の帰依を受けて大きくなりました。
清水寺は何度も焼失しており、現在の本堂は江戸時代のものです。
実は、創建当時の建物はほぼ残っていません。


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清水寺本堂から、南を向きました。
清水寺本堂は南半分が屋外で、舞台になっています。
普段はもっと広々としていて動きやすいのですが、
修復中なのでこんな感じです。


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清水の舞台から、京都市街地を眺めてみました……
と言いたいところですが、建築現場の足場しか見えません。
第9回ブログでもこの舞台から京都市街地を眺めたのですが、
今回は無理そうです。


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今度は、清水の舞台の真下を見ました。
あちらに、音羽の滝が見えますね。
そちらには、清水寺参拝の最後に向かいます。


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清水の舞台を東に進むと、こちらから外に出られます。
一度出るともう舞台の方には戻れませんので、注意が必要です。


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清水の舞台を東側から出て、すぐに北を向きました。
清水寺境内に、こちらの地主神社がいらっしゃいます。
第9回ブログでは素通りしましたが、今回はこちらにお邪魔します。


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2018年12月2日に、こちらに再訪して撮りました。
地主神社前も紅葉が進むと、風景が変わりますね。


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2018年11月15日撮影分に戻ってきました。
石段を上りきると、地主神社の本殿が見えます。


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地主神社は恋愛運にご利益があるので、
そういうことに関連したものがたくさんあります。
本殿前を横切るように、「恋占いの石」が二つ並んでいます。
(写真には東側のものだけ写っています)
目を閉じてこちらの石から石まで到達できたら
恋愛成就という占いなのですが、(よく修学旅行生が試されています)
この日(2018年11月15日)は参拝者が多くて、
それを行うことはできないでしょうね。


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そして、こちらが地主神社本殿です。ご祭神は、大国主命です。
夫婦円満、縁結び、恋愛運のご利益があるとされますが、
元々はこの辺の土地神様と考えられています。


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地主神社本殿前で、西を向いています。
目の前に、もう一つの「恋占いの石」が見えますね。
このすぐ先は崖になっていて多分風光明媚なのでしょうが、
絵馬が並んでいるので眺めることはできません。
その先に、先程の清水寺多宝塔が見えますね。


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そして、地主神社境内の北側に回り込んできました。
こちらに地主神社の末社や社務所が並ぶのですが、この人出です。
こちらに進むのは諦めて、地主神社の石段を降ります。


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地主神社の石段を降りてきました。
ここから、清水寺境内に戻ります。


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地主神社から、清水寺境内に戻ってきました。
この背後(北側)に地主神社の石段があって、
右(西)側に、清水寺本堂(清水の舞台)があります。


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先程の位置で、東を向きました。
この先に清水寺随一の絶景ポイント奥の院がありますが、
これで清水寺散策の半分が終わりました。
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は、清水で散策の残り半分を進みます~

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第619回 清水寺 奥の院から見た紅葉

[奥の院] ブログ村キーワード

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清水寺の舞台(本堂)の東側で、さらに東を向いています。
ここは、清水寺境内の北東端です。
今回は、清水寺散策の後半を掲載します。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後2時半。
清水寺前回ブログの方が有名ですが、絶景なのは今回です。


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その辺りに、南へ向かう急な下りの石段があります。
ここを下りると、音羽の滝があります。
自分が小さなころはこの石段を使っていましたが、
今回はこちらではなく第9回ブログ同様奥の院経由で進みます。


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2018年12月2日日曜日午前10時に、こちらに再訪しました。
実は、この石段は清水寺の中でも紅葉の絶景ポイントです。
上から見たらこんな感じですが、ここをゆっくり歩くと
紅葉がドーム状になって、それがここの醍醐味です。


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2018年11月15日撮影分に戻ります。
清水寺境内北東端で、南を向いています。
この辺りから音羽山の斜面に貼り付くように、
さまざまなお堂が並んでいますね。


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阿弥陀堂の前で、清水寺境内を南に向きました。
こちらが、重要文化財清水寺阿弥陀堂です。
この地で法然が初めて念佛法要を行ったため、
江戸時代初期の1633年に建立されました。
その南隣に、重要文化財清水寺奥の院があります。


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奥の院には多くの参拝者がいらして、そのものの写真はありません。
……で、参拝者がたくさんいらっしゃる理由ですが
それはこの奥の院から西を向いたときに見える眺望です。
清水寺境内は桜や紅葉の名所で絶景ポイントがあちこちあるのすが、
この奥の院から見たこの眺めが随一ですね。
実は清水寺を撮った写真の多くが、清水の舞台上のものではなく
この奥の院から向こうの清水の舞台を撮ったものでした。
一緒に京都市街地が一望できるのが、またいいですね。
どの分、舞台に掛かったシートがちょっと残念です。
いずれは修復も終わりますし、そのときの再訪がまた楽しみですね。


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先程の写真のほぼ中央を大写ししました。
こうすると、こちらに京都タワーがあることが分かりますね。
第591回ブログではあちら側からこちらを写しました。


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2018年12月2日に再訪した際の奥の院から見た眺望です。
清水の舞台の下が清水寺境内でいちばん紅葉が濃いので、
こちらから見ると紅葉と清水の舞台の両方を楽しめます。


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さらに2018年12月2日に撮影した写真です。
京都タワーを意識して、写真を撮りました。
清水の舞台下の紅葉がきれいですが、
写真の中央には桜の枝が横切っていますね。
清水寺は紅葉シーズンだけでなく、桜のシーズンも楽しめます。


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2018年11月15日撮影分に戻ってきました。
奥の院から北上して今回ブログ最初の地点に戻る道もありますが、
今回ブログも第9回ブログ同様奥の院から南下します。


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こちらは、清水寺奥の院の南側です。
音羽山の斜面にずっとシートが掛かっていますが、
おそらくこちらも2018年9月に京都を襲った台風の影響でしょう。
では、こちらを南下していきます。


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清水寺奥の院から、音羽山の斜面を約100m南下しました。
こちらに、何人か人が集まっています。
ちょっと、ここで立ち止まってみます。


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その位置で、清水寺多宝塔方面に向きました。
京都市街地も一望できて、なかなかの絶景ですね。


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そちらからさらに、音羽山の斜面を南下しています。
写真では分かりにくいですが、ここは相当急な下り坂です。
音羽山斜面に、桜並木が続きます。
清水寺の桜並木は、奥の院付近とこの辺りに広がります。


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清水寺奥の院から、音羽山斜面の道を約200m南下しました。
この道は、ここで突き当たります。
重要文化財の子安塔からこちらに降りてくる道があるのですが、
この道はそちらに合流していきます。


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清水寺奥の院から南下してきた下り坂から、
子安塔から北上してきた下り坂に移ってきました。
今度は、こちらを北上していきます。


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先程の合流点から、約50m南下しました。
ここで北上する道が分岐しますが、右側の平坦な道を進みます。


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先程の位置から、平坦な山際の道を北上しています。
だんだん清水の舞台が近づいてきました。


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その音羽山斜面に、こちらの石仏が時折並んでします。
(こちらは、たぶんお地蔵さんではありません)
多分ですが、この辺りで行路病死された方々のために
こちらが作られたのだと思います。
(今はともかく、大昔にはそう方もいらしたでしょうから)
この辺りに、だいたい20基くらいいらっしゃいます。



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先程の地点から、さらに約100m北上しました。
先程分岐した道が、ここで合流します。
また、この左(東)側に公衆便所があります。
(こういうところには数が少ないので、
予め場所を把握しておかないといけません)


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その公衆便所の北隣に、茶店があります。
右(東)側で注文をして、左(西)側の縁台で飲食します。
ところが、この日(2018年11月15日木曜日)は休まれていました。
まぁ観光シーズンとは言え、平日だからでしょうか?
風光明媚なので、観光客の何人かが
閉鎖されていた縁台のある場所に入って撮影されていました。


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その茶店の北隣に、音羽の滝があります。
ただ、平日なのに相当の時間待ちですね。
第9回ブログでは約30分待ちでしたが、今回はそれ以上ですね。
ですから、今回は音羽の滝を諦めました。
普段でしたら、こちらの水を柄杓で採って飲みます。
こちらの真上に祠がありますが、あちらに水源があります。
ですからこちらは自然の水を直接飲むのですが、
定期的に京都市水道局が水質検査をしており、
浄水しなくても安全が確保されています。
(第601回ブログ錦の水と同じですね)


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音羽の滝の前から、北を向きました。
こちらの石段は、今回ブログの最初に出てきましたね。
下側から見上げると、こんな感じです。


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2018年12月2日に再訪したときの写真です。
この石段の真下から見上げる風景を撮るはずが、
間違えて石段の中段から音羽の滝を撮ってしまいました。
まぁこちらの方が絶景なので、これはこれで良しでしょう。
(個人的は、奥の院から見た清水の舞台と
この石段の中段からの風景が、清水寺絶景の双璧です)


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音羽の滝の前から、清水の舞台を見上げました。
石垣にカエデ並木が続きますが、
清水寺境内でこの辺りがいちばん紅葉が濃いですね。


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音羽の滝から、清水の舞台の奈落を西に進みました。
このカエデ並木の上に、舞台修復のための足場が組まれています。
2018年11月15日の段階ではまだ紅葉が進んでいませんでしたね。


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2018年12月2日日曜日に再訪したときに、
音羽の滝の前で清水の舞台の奈落がある西を向きました。
すっかり紅葉に染まると、この辺はこんな感じです。
実は、この辺もなかなかの絶景ポイントだったりします。


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こちらも、2018年12月2日撮影の写真です。
先程位置よりは、もう少し西に進んだところを撮りました。
左(南)側が崖で、そこからカエデが伸びてきています。
この辺りは、紅葉がドーム状になります。


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その西へ進む道の途中に、こちらが立っていました。
阿弖流為(アテルイ)と母礼(モレ)の供養塔です。
この清水寺は平安時代初期に坂上田村麻呂の帰依や寄進を受け、
現在の大きさに巨大化しました。
坂上田村麻呂は桓武天皇に重用された武人ですが、
桓武天皇死後の810年に起こった平城太上天皇の変
802年から803年に起こった阿弖流為の乱の英雄です。
当時の東北地方は福島県以南しか日本ではなかったのですが、
蝦夷の王であった阿弖流為と副官の母礼は、
一時期は東北地方どころか北関東まで支配しました。
それを倒した英雄が、征夷大将軍の坂上田村麻呂です。
これで日本は、東北地方最北端まで広がりました。
坂上田村麻呂は阿弖流為や母礼を近畿地方まで護送したのですが、
その際田村麻呂は二人と仲良くなって
桓武天皇に二人の助命を訴えました。
ところが助命は許されず、阿弖流為も母礼も直後に処刑されました。
そこで、坂上田村麻呂はこの清水寺境内に
この二人のお墓を立てたようです。
お墓そのものは度重なる災害や戦災で跡形もなくなったため、
近年このように供養塔が立てられました。


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2018年12月2日に再訪した際の供養塔です。
この辺りは紅葉に囲まれていますから、
この供養塔も絶景の一部になります。


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阿弖流為と母礼の供養塔の前で、西を向きました。
こちらに、また茶店があります。
清水寺では、絶景ポイントごとに茶店がありますね。


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その茶店の西側で、南を向きました。
この辺りは崖と言いますか、谷と言いますか、
とにかくその辺り一帯にカエデ並木がずっと続いています。
この辺りが、また紅葉の絶景ポイントですね。


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茶店から、さらに西に進みました。
左に見える石塔の向こう(西)側が、前回ブログの最初の写真です。
つまり、これで清水寺境内をほぼ1周しました。


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さらにこの道を西に進むと、こちらの池があります。
この近くも紅葉が濃いので、それはそれで絶景になります。


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2018年12月2日に再訪した際に、こちらの池を撮りました。
この辺は日がよく差すので、もう落葉が進んでいました。


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この西に進む道は、池の先で別の道と合流します。
では、そちらに向かいます。


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音羽の滝から西に進んだ道を突き当り、北を向きました。
こちらは、前回ブログでも通った道ですね。
向こうに、清水寺仁王門が見えますね。


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先程の位置から、そのまま北上しました。
この道の突き当りが、松原通最東端です。
そこを右(東)に向くと、清水寺仁王門前に出ます。


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松原通最東端から、西を向いています。
この背後(東)に、清水寺仁王門があります。
ここから西に約200mが、京都でも最大規模の土産物屋街です。
次に松原通を西に進むわけですが、だいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

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第620回 二年坂のかさぎや

[かさぎや] ブログ村キーワード

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清水寺仁王門に背を向け、松原通を西に向きました。
ここは、松原通の最東端です。
今回は清水寺の参道から、高台寺方面に抜けます。
要するに、産寧坂と二年坂を通ります。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後2時。
今回は、途中まで第10回ブログ第18回ブログと同じコースです。


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清水寺仁王門前から、清水寺参道(松原通)を西に進んでいます。
……この日は平日なのですが、(2018年11月15日木曜日)
ほとんど立錐の余地がないくらいの人出です。
まぁこの辺りが、京都の観光地でいちばん混むところですね。
そのため昔ながらの土産物屋さんもありますが、
京都中の土産物屋の有名店がここに進出しています。


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清水寺参道(松原通)は清水寺仁王門から西に約50m進むと、
北西に進路が曲がり、急な下り坂になります。
すると、この辺りから道の先を見ると京都市街地が一望できます。


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清水寺さん(松原通)沿いに、何軒か小さな寺院があります。
そのうち、こちらは浄土宗西山深草派宝徳寺です。
浄土宗ですからご本尊は阿弥陀如来像なのですが、
沿革は諸説いろいろで不明です。
(古いもので鎌倉時代一遍の創建など。他に2説あります。
ただ江戸時代1786年発行の「京都洛中洛外図絵」に載っており、
その時点の存在は確実です)


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宝徳寺の西隣に、マールブランシュ清水坂店があります。
京都随一の洋菓子店ですね。
ただこちらは喫茶と生菓子がなく、焼き菓子の販売のみです。
マールブランシュのオリジナル焼き菓子と言えば、
「茶の菓」の言うランドグシャですが、
この店限定で清水焼に入ったものが売られていました。
第10回ブログ掲載当時の2011年では
「茶の菓」は「新しい京土産」でしたが、
2018年段階では「京土産の定番の一つ」となりました。


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マールブランシュ清水坂店から、さらに北西に進んでいます。
清水寺参道(松原通)は歩行者が左側通行で進んでおられますが、
実は特にそういう法律や条例があるわけではありません。


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清水寺仁王門から、清水寺参道(松原通)を北西約200m進みました。
ここで、清水寺参道(松原通)は四辻に出ます。
ここから正面(北西)に向かうと、そのまま松原通です。
(第18回ブログ参照)
左(南西)に向かうと五条坂で、
このまま進むとすぐに4車線の大通りとなり
第617回ブログの最初の地点に出ます。


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その四辻の北角に、こちらのお店があります。
七味唐辛子専門店の七味家ですね。七味唐辛子発祥の店ですね。
元々七味唐辛子は、清水寺参拝者の疲労回復のために
(ここまでの徒歩は、事実上音羽山登山ですし)
白湯に溶いてそのまま口にするお薬でした。


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ちょっとその七味家に立ち寄ってみました。
店内では七味唐辛子だけでなく、
「七味」それぞれが個別に売られていました。
ですから、お客さんの好みに合わせて店内でも調合も可能です。


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結局、自分は山椒だけ買いました。
いつもは伏見稲荷大社の境内で買うのですが、
ここまで来たついでですし、ここで買ってみました。
山椒は鶏を焼いたり炙ったりしたものに合いますが、
自分が使うのはほぼ麻婆豆腐の薬味ですね。
(山椒がよくなくなるくらいには、麻婆豆腐を作ります。
まぁ、自分が作る料理は基本中華料理です)


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七味家を北東側に出ました。
こちらが、四辻のもう一つの道ですね。
今回は第10回ブログ同様、こちらを進んでいきます。


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こちらの道に、このような道標が立っていました。
ちなみに、護国神社は今の霊山観音の位置にいらっしゃいました。
清水寺から霊山観音経由で祇園の八坂神社までの散歩道は、
今から約100年前に大正天皇が散策されてとても喜ばれた道です。
大正時代末期から昭和時代初期に大流行した道ですが、
今現在も京都でいちばん人気がある観光地です。


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四辻から、北西に約10m進みました。
七味家の前を通り過ぎると、すぐに下りの石段になります。
この石段が、産寧坂と書いて「さんねんざか」です。
右側の寺院が修復中なので鉄板で囲われていますが、
この辺りは古い家屋に囲まれたいかにも「京都らしい」街並みです。


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産寧坂の写真をもう何枚か撮ったのですが、
残りは誰かの顔のアップやひじが写真の左半分に写り込んだり、
写真が斜めに歪んだりして採用できないものばかりでした。
ですから、産寧坂の写真は先程の1枚だけです。

産寧坂を下り終わると、進路が真北に変わります。
次は、この京町家に囲まれた石畳の道をまっすぐに進みます。
おそらく、この辺が京都市内でいちばん「京都らしい町並み」です。


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産寧坂から、約5m北上しました。
こちらは、昔ながらの清水焼の小売店です。
自分が生まれる何年も前から、こちらにあります。


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その清水焼の小売店の前で、北を向きました。
ここで、また四辻と出会います。


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その四辻で東を向きました。
先程の清水焼の小売店の向かい(東)側が、興正寺本廟です。
興正寺は「七条堀川」交差点北西角にありますが、
この奥にその興正寺の墓地があります。
この辺りは京都でも随一の観光地ですが、
その周囲は大昔の「鳥辺野」で、京都有数の埋葬地です。


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その四辻で、北を向いています。
この東側は約10年前は大きな料亭があったのですが、
そちらを改装して様々なテナントが入るようになっています。
四辻沿いにイノダコーヒーの支店があって、
目の前にもよ~じやの支店があります。


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そのテナントの北端に、一見すると土蔵のような建物があります。
こちらは、宇喜屋吉清庵ですね。
有喜屋は、先斗町北端にある京都を代表する老舗蕎麦屋の双璧です。
朝から第615回ブログの甘春堂東店での抹茶と和菓子以来
今日は何も食べていません。
ですから、こちらに入ろうとしたのですが……
時間帯が悪くてギリギリ満員でした。
そのため、この日(2018年11月15日)の入店は諦めました。


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どうしても諦められず、2018年12月2日に再訪したときに
有喜屋吉清庵に立ち寄りました。
店員さんにこのブログの掲載許可を取ったところ、
快く請けて頂きました。
そこで、こちらの冬の京都の定番ニシンそばを掲載します。


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そのニシンそばです。京都人のソウルフードと思っています。
汁を張った蕎麦に、身欠き鰊の煮込んだものが載っています。
ネギなどは小皿に別盛りです。
最初は汁がとても澄んでいるので、先ずはその汁から飲みます。
やがてニシンも食べますが、
そのときニシンの身から魚の出汁が出て、また別の味に変わります。
ネギはこちらに入れず、そばを食べながら
時々そのまま口にします。
食べ方は本人の勝手ですが、個人的にはこれが美味しいと思います。


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また2018年11月15日撮影分に戻ります。
有喜屋吉清庵の向かい(西)側に、お地蔵さんがいらっしゃいます。
第10回ブログ以来、時々掲載させて頂いています。


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有喜屋吉清庵の前で、北を向きました。
この辺りは、古い京町家の土産物屋さんが多いですね。


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産寧坂から、約100m北上しました。
ここで、この道は北西に曲がっていきます。


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この道を北西に曲がってみました。
約30m先で、また真西に曲がっていますね。
そして、その辺りで石段で下りる道が真北に伸びています。


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その石段の前で、西を向きました。
こちらはここから八坂通になり、臨済宗の建仁寺で突き当たります。
今進んでいる道は、第104回ブログのコースを逆行しています。
また、この写真をよく見ると法観寺の八坂の塔の端が見えますね。


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同じ位置で、北を向きました。
こちらの石段は「二年坂」と呼ばれています。
では、この二年坂を下りていきます。


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二年坂の石段を下りている途中に、こちらの平屋家屋があります。
ここは「かさぎや」という茶店で、第104回ブログ以来の掲載です。


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では、6年ぶりの「かさぎや」です。
すると店の主人が代替わりしていて、若夫婦が経営されていました。
自分が学生時代に初めてここに訪れたときは、二代目の主人でした。
その後主人の奥さん一人だけになられて、
その娘さんに代替わりされたのが20年くらい前で、
今の若夫婦にまた替わられました。

こちらに入ると、先ずはこちらのお茶が出てきました。
それは、何代も前から変わりません。


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こちらには何十年も通い続けていますが、
いつも自分が注文するのはこちらの「はぎ餅」です。
要するに、「おはぎ」ですね。
母はいつも違うものを頼みますが、
今回は母も「はぎ餅」を頼みました。


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こちらが、はぎ餅のアップです。
ここの特徴がこの粒餡のはぎ餅です。
こちらは、小豆の粒を割らずに炊き込むのが名物です。
京都人は基本的に「薄味」好みなので、
こちらも極端には甘くありません。


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かさぎや」を出て、二年坂を下り終わりました。
二年坂を下ると、平坦な道が真北に伸びています。
この辺りも土産物屋さんが並びますが、
どちらかと言いますと飲食店が建ち並んでいます。


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二年坂から北上していると、
ウチの母が突然並びの竹細工屋さんに入っていきました。
そちらで耳かきを購入している間、自分は店先で待っていました。
こちらは、その竹細工屋さんの北隣にいらっしゃるお地蔵さんです。


620-30.jpg
二年坂から、ゆっくり北上しています。
あちらにみたらし団子が売られていますが、
さっき「かさぎや」に入ったばかりなので通り過ぎます。
かさぎや」を含めて、この辺はがっつりした食事よりも
茶店が多く並びますね。


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二年坂から、約150m北上しました。
ここでこの道は、目の前の大通りで突き当たります。
その大通り付近に石段があって、
そこを上ると霊山観音や高台寺に行けます。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は、霊山観音と高台寺を散策します~

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第621回 霊山観音に参拝

[霊山観音] ブログ村キーワード

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前回ブログで二年坂から約150m北上して、大通りの前に出ました。
今回は、この真北にいらっしゃる霊山観音に参拝します。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後3時。
そろそろ日が傾いてきました。


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そのまま北上して、大通りに突き当たりました。
ただ、よく見るとこの小さな石段によって続きの道があります。


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同じ位置で、大通りを東に向きました。
目の前に、護国神社の一の鳥居が立っています。
この山道の先が、霊山観音の裏(東)側が、護国神社です。
またその近くに、幕末維新ミュージアムがあります。
さらにこのまま山の中に入ると、
坂本龍馬など勤王の志士のお墓がある霊山墓地です。


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さらに、同じ場所で西を向きました。
この下り坂を約300m進むと、東大路で突き当たります。
その辺りから、安井金毘羅宮に入れます。
(第36回ブログとは反対側の道です)


621-5.jpg
また同じ位置で、北を向きました。
では、この石段を上っていきます。


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石段を上がって、すぐに右(東)に向きました。
こちらの道は、先程の道からもっと下(西)の部分で分岐して
ここの北の方に曲がってきます。
この先に、このあたり最大の駐車場があります。


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その位置で、北を向きました。
すると、また上りの石段があります。
この先に、先程の駐車場や高台寺、霊山観音がいらっしゃいます。


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その石段を上りながら、南西に向きました。
向こうに、法観寺の「八坂の塔」が見えます。
(八坂の塔は、第103回ブログ参照)


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さらにその石段を上っています。
石段は、途中で西に進路が変わります。
そして、石段の先にいくつかの建物が並んでいます。


621-10.jpg
石段を上り約5m進んで、北を向きました。
この辺りは、オープンカフェですね。
この建物には、飲食店以外にも公衆トイレなど
様々な施設が併設されています。


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その建物から、さらに北を見ています。
この周辺は大きな駐車場で、観光バスがたくさん停車しています。
さらに、その駐車場の北側に高台寺があります。


621-12.jpg
その位置から、東に向きました。
向こうに、観音様の頭が見えますね。
あちらが、今回ブログのメイン霊山観音です。
手前の砂利の部分は全て駐車場ですが、
さすがに平日(この日は2018年11月15日木曜日)のせいか、
結構空いていました。


621-13.jpg
先程の位置から、さらに東に進みました。
では、こちらから霊山観音の境内に入っていきます。


621-14.jpg
先程の位置で拝観料を納めると、こちらの線香を頂けます。
……相当太い線香ですね。
こちらを切符代わりに、霊山観音境内を進みます。


621-15.jpg
こちらが、先程から見えていた霊山観音(りょうぜんかんのん)です。
全長は24mで、第591回ブログの京都タワーでからでも
しっかり写っていました。

霊山観音は宗教施設ではありますが、
特定の宗派には属しておらず、
その意味では必ずしも仏教寺院とも言い切れません。
第二次世界大戦の戦没者を弔うために、
1955年帝産バス初代社長石川博資氏によって建立されました。
ですから、個人的には「戦没者への鎮魂碑」というイメージです。
そういえば幼稚園時代今は亡き祖父とここに立ち寄ったとき、
こちらの内部に入ったのですが、(観音様の中は空洞です)
そこは一面ろうそくが並んでいました。
それらは戦没者への鎮魂の意味で並べられていたようです。
その祖父も、こちらに何回かろうそくを奉げていました。


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霊山観音の前に、こちらの大きな香炉があります。
切符代わりに頂いた太い線香は、こちらに捧げます。
ここで線香を奉げて、そのまま霊山観音に手を合わせました。


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霊山観音に背を向け、西へ進みました。
では、こちらから霊山観音を出ます。


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霊山観音を出て、北を向きました。
左(西)側の駐車場は平日なので多少空いていますが、
観光バスが並んでいるとまるで塀です。
では、この先の高台寺の方に進みます。


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その駐車場北東端から、西を向きました。
ここから見ると、この駐車場の西側は崖になっています。


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駐車場の西端から、さらに西側を見ています。
予想通り、ここから京都市街地が一望できます。
とは言えそこまで高い場所ではないので、近場しか見えません。
写真中央に青いビルが見えますが、
その形状からたぶんあの辺りが「仏光寺河原町」交差点です。
ですから、この左(北)側が第600回ブログに
出て来た「四条河原町」交差点です。
(京都随一の繁華街ですね)


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この駐車場の北側に、こちらの茶店があります。
そして、そのさらに北側が高台寺です。
この辺随一の紅葉の名所ですね。
こちらからそのまま高台寺に向かいますが、
ちょうど切りが良いので、今回はここまでです。

~次回は、高台寺で紅葉散策します~

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第622回 紅葉の高台寺

[高台寺] ブログ村キーワード

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前回ブログで、霊山観音から北上し、北を見ています。
ここは、高台寺の南端です。目の前の茶店が賑わっていますね。
今回は、こちらの高台寺を散策します。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後3時半。
この日はそれ程紅葉していなかったので、
2018年12月2日日曜日に再訪した写真も載せます。


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こちらは、その茶店の向かい(東)側です。
高台寺の末社の天満宮です。
高台寺に参拝するときは、最初に立ち寄る場所ですね。


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こちらは、その天満宮の南東角です。
天満宮の北側の中心に、マニ車が並んでいます。
くぎ抜き地蔵のものよりも、チベットのものに近い形状ですね。
(くぎ抜き地蔵は、第552回ブログ参照)


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茶店と天満宮の前で、北を向きました。
では、こちらから高台寺境内に入っていきます。


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2018年12月2日に、高台寺に再訪しました。
3週間近く経って、高台寺は完全に紅葉しました。


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2018年11月15日撮影分に戻ります。
先程の道を北上して高台寺庫裏に突き当たり、
そのまま庫裏の北側に回り込んできました。
こちらで、高台寺への拝観料を納めます。
確か、ねねの道に併設されている美術館の拝観込みで800円でした。
初冬なので夕方が近いのですが、
これだけの方が平日にも拘らず来られていました。


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ですから、ここから先は拝観料を納めないと入れません。
拝観料を納めた受付の北側に、休憩所とトイレがあります。
そこの石製ベンチの先が崖になっていて、なかなかの眺望です。
ここから見えるのは祇園の東側で、
大雲院の銅閣(祇園閣)がよく見えますね。


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ほぼ同じ場所を2018年12月2日に撮りました。
この日は午前中からこの辺りを回ったので、
太陽が南中近くの時間帯のため、
11月15日撮影分より明るく写りました。

この日(12月2日)は日曜日ということもあって、
11月15日以上の方々が来られていました。
向こうの楼閣を見て、「あれは清水寺の多宝塔だ」とか
「法観寺の八坂の塔だ」とかおっしゃる方がいらっしゃいましたが、
(大半が彼女同伴の若い男性でした)
先述の通り「大雲院の祇園閣(銅閣)」が正解です。


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その休憩所の前で、高台寺境内を東に進みます。
この左側は高台寺の墓地ですが、そちらには向かいません。


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先程の位置から、高台寺境内を東に進んでいます。
この辺りには、いくつか茶室が並んでいますね。


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こちらは、2018年12月2日に再訪した分の写真です。
茶室周辺の紅葉も、このように染まっていました。
この周囲に、本当はたくさんの方々が写真撮影していました。


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2018年11月15日撮影分に、戻ってきました。
高台寺境内を進むと、開山堂前の庭園に出ます。
次は、南側に見える方丈に進みます。


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高台寺の方丈へ南下する途中で、東を向きました。
池の向こうに、高台寺の開山堂が見えます。


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2018年12月2日再訪分の写真です。
ちょっと角度が違いますが、開山堂前の写真です。
再訪時は、この辺一帯が紅葉で染まっていました。


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ここから、その方丈に入っていきました。
方丈へは、ここで靴を脱いで
その靴を靴袋に入れて玄関から上がります。


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方丈の中は撮影できません。
ただし、外の庭園や開山堂付近の借景は、撮影可能です。
こちらは、方丈の南側庭園です。
確か小堀遠州の作庭と考えられています。


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2018年12月2日に再訪したときの方丈庭園です。
カエデの紅が、庭の白砂に映えますね。


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高台寺方丈を出ました。
次は開山堂の前の道に戻り、さらに南に進みます。


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開山堂の前の道を突き当りまで南下し、東に向きました。
ここから高台寺境内の奥に進みますが……完全に登山です。


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その東山登山に向かう前に、東側から開山堂を見ました。
実は、開山堂はここから見るのがいちばんです。


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2018年12月2日に再訪した際の様子です。
開山堂は、紅葉もこの角度がいちばん綺麗です。


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先程の道に戻り、高台寺境内で東山登山を始めます。
この道は、すぐに上りの石段が延々続きます。
ねねはお婆さんになってから、
こんな山道を毎日上り下りしていたの?」
ウチの母は、ここに来る度そんなことを言います。


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その山道を少し登ってから、北に向かいました。
先程の開山堂の東側に、こちらの霊屋があります。

臨済宗建仁寺派高台寺は、寧々(ねね)が江戸時代初期に
夫の豊臣秀吉の菩提を弔うために建立しました。
ただ、当時寧々を援助していた徳川家康が資金提供しています。
と言いましても、こちらはその寧々が年老いてから居住した
「終の棲家」という側面が大きい寺院です。
ですから、あちこちにその寧々が生活していた跡が残されていて、
それがこちらを貴重にしている最大の理由です。

この「霊屋」は、中に寧々と豊臣秀吉の座像が鎮座しています。
そして、ねねの像の真下に寧々のご遺体が安置されています。
つまり、こちらは事実上寧々のお墓です。


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「霊屋」から、先程の山道に戻ってきました。
そして東に山登りを再開しますが……この辺りが一番きついです。


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その石段の山道を約50m登りました。
石段の上り坂の突き当りに、2軒の茶室が並びます。
どちらも開山当時からあって、寧々が愛用した茶室です。


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2軒の茶室のうち、先ずこちらが傘亭です。重要文化財です。
茅葺屋根が、まるで傘です。
ちょっと伏見区深草の瑞光寺本堂と、形状が似ていますね。


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そして、こちらがもう一つの茶室時雨亭です。
こちらも、重要文化財ですね。
ちょっと高い建物ですが、昔は大阪まで見えたそうです。
1615年の大坂の陣の際には、
寧々はここから大阪城が落城する様子を見ていたそうです。


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2018年12月2日に再訪したときの傘亭です。
ここはだいぶ山の上ですが、高台寺の紅葉はここがいちばんです。


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さらに、2018年12月2日撮影分です。もう一つの茶室時雨亭です。
この辺りの紅葉が見事で、たくさんの方々が撮影されていました。


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2018年11月15日撮影分に、戻ってきました。
前回ブログの霊山観音が見えますね。
いつの間にか、霊山観音を見下ろす高さに来ていました。


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傘亭・時雨亭の脇を南下します。こちらが高台寺の帰り道です。
左手に照明器具が見切れていますが、
この時期(紅葉シーズンに)行われるライトアップのためのものです。


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その道は、やがて西に折れて急な下り坂になります。
こちらは帰り道ですが、ライトアップの際は
ここは夜間でも明るくなります。



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石段の下り坂を、西に進んでいます。
いったん平坦になりますが、竹林の辺りでまた下り坂になります。


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2018年12月2日に再訪した際のこの辺りの写真です。
実は、紅葉シーズンにはここも絶景になります。


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その竹林の道を下っています。
午後4時近くなって、だいぶ日が傾いてきました。
まぁ、撮影日(2018年11月15日)約1カ月後が冬至ですからね。


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石段を完全に下り切りました。
すると、高台寺開山堂の南側に出ます。
さらに西に進み、向こうの塀に突き当たります。


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その塀に突き当たり、南を向きました。
では、この先でまた西に進みます。


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2018年12月2日に再訪した際の写真です。
この辺りも、紅葉シーズンになると紅く染まります。


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先程の角で、西を向きました。
では、この道を進んでいきます。


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先程の位置から、50mほど西に進みました。
この左(南)側に、今回ブログの最初の位置があります。
つまり、この右(北)側に高台寺の庫裏があります。

目の前に西に向かう下りの石段がありますが、
こちらが高台寺でよく知られる門への石段です。
(高台寺屈指の絶景ポイントです)
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は、八坂神社など祇園東部を回ります~

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第623回 夕暮れの円山公園

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前回ブログで散策した高台寺の石段の上にいます。
今回はこの石段を下りて祇園の東側を散策します。
撮影日は、2018年11月15日木曜日午後4時。
時節柄、この時間でだいぶ暗くなってきました。


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高台寺の石段を下りていきます。
高台寺は紅葉で有名ですが、
この石段も高台寺の絶景ポイントの一つです。


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2018年12月2日日曜日に再訪したときの写真です。
この辺りの樹木の大半はカエデなので、この時期になると
まるで「紅葉ドーム」の中を歩いているようです。


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高台寺境内から、石段を西に約5m下りました。
ここで南北に伸びる「ねねの道」と交差します。
ちなみに、この高台寺以北がおおよそ「祇園」です。


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高台寺の石段下から、ねねの道を南に向きました。
目の前に、高台寺の塔頭寺院圓徳院が見えます。
豊臣秀吉の正室である寧々(ねね)は、
晩年は高台寺で生活していましたが、
さすがに就寝時は山の上ではなくこちらにいらしたようです。
ですから、こちらの寺院にも寧々の遺品が多く残されています。
こちらの紅葉も見事なのですが、
だいぶ時間が遅くなってきたので先を急ぎます。


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同じ位置で、北を向きました。
圓徳院の北隣に、こちらの施設があります。
こちらも元々寺院だったのですが、
現在は様々なテナントが入った場所に変わっています。
前回ブログで散策した高台寺への拝観料に、
そのテナントの一つ掌美術館への切符が含まれます。
せっかくなので、ちょっと立ち寄りました。(写真はありません)
そこでは、豊臣秀吉と寧々の遺品が展示されていました。
ただ、さらに時間が経ってこの時点で午後4時半です。


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そのテナントの向かい(東側)に、こちらの寺院があります。
高台寺の塔頭寺院の一つ臨済宗建仁寺派月真院です。
江戸時代末期に新撰組から離れた伊東甲子太郎は、
ここに御陵衛士の屯所を開きました。
(その伊東甲子太郎は、油小路の変で新撰組の隊士に暗殺されました)

こちらはずっと非公開だと思っていたのですが、
近年は公開されているようですね。
実はこちらの紅葉が見事なのですが、
もう日が暮れるので先を急ぎます。


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月真院の前で、ねねの道を北に向きています。
この辺りはカエデは少ないのですが、
それ以外の紅葉が辺り一面に広がります。
ここは、この時間帯がいちばんきれいですね。


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月真の前から、ねねの道を約100m北上しました。
ここでねねの道は突き当たりますが、
目の前に前回ブログでも見えていた
浄土宗系の龍池山大雲院の銅閣があります。


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大雲院の前まで来て、東を向きました。
では、この上り坂を進んでいきます。


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先程の位置から、約50m東へ進みました。
この少し先に菊の井があります。祇園を代表する料亭ですね。


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その位置で、北を向きました。
左(西)側に先程の大雲院が見え、
右(東)側に円山音楽堂があります。
京都市最大の野外音楽堂ですね。
では、こちらを北上します。


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先程の位置から、方丈しています。
こちらが、浄土宗系の龍池山大雲院です。
こちらの銅閣がとても高いので、遠くからでも見えます。
普段は非公開ですが、時々特別公開されています。


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大雲院前で、北を向きました。
円山音楽堂へは、こちらから入れます。
円山音楽堂は自分が学生時代に
祇園祭期間中「宵山コンサート」が毎年開かれていました。
そちらを見た後宵山に繰り出し、真夜中は鴨川畔で遊んで、
翌日そのまま山鉾巡行見物というのが定番でした。


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その位置から、約100m北上しました。
東を向くと、こちらの石製塔路が並んでいました。
こちらは大谷祖廟で、東本願寺の墓地です。
(西本願寺の大谷本廟は、第617回ブログ参照)


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その石製燈籠の北側に、東西に伸びる坂道があります。
その坂道を西に向きました。
この下に八坂神社の楼門があって、
そちらが第410回ブログの冒頭部分です。


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同じ位置で、東を向きました。
この先に長楽寺があって、その境内にある料亭左阿彌が
祇園が花街に変わっていく契機でした。


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同じ位置で、北を向きました。
左(西)側に、長楽館が見えます。
では、こちらを北上します。


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先程の位置を北上すると、すぐにこちらに着きます。
では、ここから丸山公園に入っていきます。


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円山公園に入ってきました。
こちらは桜の名所として有名ですから、
この時期はそれほど多くの方はいらっしゃいません
……と言いたいところですが、結構な人出ですね。


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その位置で、円山公園の北を向いています。
池の向こうに、桜並木が広がっていますね。

円山公園は、1894年行われた「京都万博」の際の会場の一つです。
平安神宮などを作庭した小川治兵衛が造営しました。


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こちらは、円山公園の中央です。
(先程の位置を南に向きました)
こちらが有名な「枝垂桜」ですが、
いったん枯れたものを接ぎ木で再生させました。


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今までは枝垂桜の北側を西に進むか、そのまま北上していましたが、
今回は初めて枝垂桜の南側を西に進みます。
枝垂桜の西側は広場になっていて、
桜のシーズンには「花見の定番」の場所になります。
そうこうしていると、左(南)側に倉庫が見えだしました。


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こちらが、その倉庫です。
よく見ると、それぞれ祇園祭の山鉾の名前が付いています。
こちらに、その山鉾の資材が入っています。
この近くに、祇園祭を開催する八坂神社がいらっしゃいます。


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その倉庫の前で、西を向きました。
向こう(西)に見える鳥居で、円山公園から八坂神社に移ります。


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さらに西に進み鳥居をくぐりました。ここからは八坂神社です。
向こう(西側)に、八坂神社の拝殿と本殿が見えます。


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こちらは、八坂神社本殿の北側です。
八坂神社本殿の周囲には、たくさんの末社がいらっしゃいます。


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その末社のいちばん手前(南)側です。
脇の泉がご神体の神社です。


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その北側の悪王子社です。
ご神体は、素戔嗚尊の荒魂とされます。
素戔嗚尊は疫病の神様としての側面もあるので、
「荒魂」とはそういう部分のことでしょうね。


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さらに北側の美御前社(うつくしごぜんしゃ)です。
ご神体は、宗像三姉妹です。
脇の泉の水に美顔のご利益があるそうで、
こちらの水を求められる方がよく行列を作られていますが、
この時は空いていました。


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末社の前から先程の位置に戻り、南を向きました。
第410回ブログでは修復中だった楼門が、完成されていました。


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その楼門の北側に、八坂神社本殿がいらっしゃいます。
八坂神社のご祭神は素戔嗚尊がご祭神ですが、
江戸時代までは牛頭天王をご祭神としていました。
いずれにせよ天然痘を辺りにまき散らす厄病神の側面が大きく、
こちらの神様を敬うことで天然痘を避けようとするのが、
祇園祭のそもそもの始まりです。


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祇園祭本殿にお参りして、さらに西を向きました。
ではこちらから、八坂神社境内を抜けていきます。


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八坂神社本殿から、境内を西に進んでいます。
この辺りは、昔から露店が多く出ています。
この先に、蒸し牡蠣の店がまた出ていました。


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その蒸し牡蠣の露店の前で、北を向きました。
この辺りは、本当に露店が並んでいます。


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この辺りも、末社が多いですね。
その中の一社がこちらの疫神社なのですが
……こちらも修復中です。
やはり2018年9月の台風の影響でしょうね。


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日が暮れようとしているのですが、
そのために写真がボケやすくなっています。
こちらは、露店の中の1軒蟹肉棒屋さんです。



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こちらが蟹肉棒です。
蟹肉入りカニ蒲鉾を、炭火で焼いたものです。
蟹肉が入っている分、普通のカニ蒲鉾よりも蟹肉の味がします。
ここに来るたび食べているので、この日もいただきました。


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蟹肉棒屋さんの脇に、八坂神社西門があります。
多くの方がこちらを正門と思っていますが、
先程の楼門がここの正門です。


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八坂神社西門から、石段を西に下りていきます。
ここから西に、四条通が伸びています。
ここは、四条通最東端です。
またここで四条通が東大路と交差しているので、
こちらは「祇園」交差点でもあります。
ここが東山区祇園のちょうど中心に当たります。


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祇園石段下から東を向き、八坂神社西門を振り返りました。
八坂神社は、この風景で有名ですね。

……この写真を撮った直後に、カメラのバッテリーが切れました。
もう、この日の撮影は無理みたいです。
本当はもうちょっと2018年紅葉散策は続きます。
ですから日を改めて、この続きを撮りました。

ただ、今回はここまでにします。

~次回は、花見小路を散策します~

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第624回 花見小路から建仁寺へ

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前回ブログから約2週間後の八坂神社石段下です。
時間帯も昼下がりなので、前回ブログよりも明るいですね。
今回は、前回ブログからの続きを進んでいきます。
撮影日は、2018年12月2日日曜日午後0時半。
この日が、2018年紅葉の盛りでした。


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同じ場所で、反対(西)側を向きました。
こちらは、「祇園」交差点です。
南北に東大路が貫き、四条通がここから西に伸びています。
つまり、ここが四条通最東端です。


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「祇園」交差点で、南を向きました。
このすぐ先に市バスの「祇園」バス停があって、
その先が急な上り坂ですね。
今まで表記しませんでしたが、この一帯が祇園です。


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「祇園」交差点南東角から、西を向きました。
ではこちらを渡り、四条通を西に進みます。


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「祇園」交差点で東大路から四条通を西に向いています。
この辺りが、「京都市東山区祇園」の中心街です。
では、四条通を西に進みます。


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東大路から、四条通を約50m西に進みました。
こちらはかつての京都市立弥栄(やさか)小学校跡で、
現在は漢字博物館・図書館です
日本漢字検定協会主催の施設ですね。


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こちらは、漢字博物館・図書館の向かい(北)側です。
左(西)側が和傘のお店で、右(東)側が簪(かんざし)専門店です。
この辺りは花街祇園のただ中ですので、
芸妓さんや舞妓さんの日用品があちこちで売られています。


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漢字博物館・図書館の前の四条通を西に向きました。
ここからは、四条通に土産物屋さんや飲食店が建ち並びます。
この辺りから、「祇園」の繁華街が続きます。


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「祇園」交差点から、四条通を西に約150m進みました。
ここで、四条通は、花見小路と交差します。

京都市東山区祇園は、このまま東約400m先の鴨川までです。
その辺りに、南座や京阪電鉄「祇園四条」駅があります。


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四条通から、花見小路を南に向きました。
ここからが、観光地の「花見小路」です。
お茶屋や料亭・置屋が建ち並び、
日常的に芸妓さんや舞妓さんが闊歩する場所です。


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四条花見小路の南東角に、一力があります。
祇園の中でも、最高級料亭ですね。
ここまで老舗だと、店自体が観光地ですね。


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四条通から花見小路を少し南下して、西に向きました。
こちらは、飲食店やバーなどの他に置屋が並んでいます。
置屋とは、芸妓さんや舞妓さんが暮らしておられる場所です。
この辺りが、いちばん祇園らしい町並みですね。


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花見小路に戻って、南を向きました。
祇園の飲食店は高級なお店が多いのですが、
花見小路沿いなら結構手ごろな値段で入れるところもあります。
では、こちらを南下します。


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花見小路を南下しています。
こちらも飲食店ですが、店頭を見る限りこちらも手ごろ値段ですね。


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その辺りで、花見小路を南に向きました。
こちらは……昔懐かしの郵便ポストですね。


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先程の写真でも写っていた東に伸びる小路を撮りました。
この辺の小路は路地にもつながっていて、
多少迷路状になっているところもあります。


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花見小路に戻って、南に向きました。
右(西)側の京町家は看板が出ていませんが、多分置屋です。
向こうに、また東に伸びる小路が見えます。
第458回ブログではこの小路から花見小路に入ってきました。


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四条通から、花見小路を約200m南下しました。
左(東)側に、こちらの建物が見えてきました。
こちらはギオンコーナーで
日本舞踊と同時に小唄はもちろん生け花などが
同時にパフォーマンスされる不思議な空間です。
要は祇園の歌舞練場ですので、
舞妓さんによる「祇園をどり」とかも確かこちらで行われます。


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ギオンコーナーの南隣は、競馬の場外馬券場です。
この日(2018年12月2日)は日曜日でしたので、
結構な方々が来られておりました。


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場外馬券場の前で、花見小路を南に向きました。
向こうに白壁が見えますが、
その手前から西に団栗通が伸びています。
(第228回ブログを参照)
花街の祇園は、この辺りが最南端です。


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団栗通から、花見小路を南に向きました。
この先に、建仁寺の北門が見えますね。
ここが、花見小路最南端です。


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建仁寺北門の前で、東を向きました。
ここから、安井通が伸びています。
第576回ブログでは、あちらから建仁寺に入りました。


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同じ場所で、南を向きました。
では、こちらから建仁寺に入っていきます。


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建仁寺境内に入り、すぐに西に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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その辺りで、建仁寺境内を南を向きました。
この狭い道沿いに、建仁寺の塔頭寺院が並びます。


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建仁寺寺境内を西に歩いています。
左(南)側に法堂(本堂)が、見えますね。
では、こちらを進んでいます。


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その辺りで、北を向きました。
では、建仁寺庫裏から建仁寺屋内に入ります。


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建仁寺庫裏に入ると、すぐに玄関です。
そちらで拝観料を納めて、先を進みます。

こちらは、玄関にある衝立です。
この先に、摩利支天がいらっしゃいます。


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その衝立の前で、西を向きました。
手前の部屋で、こちらの持宝風神雷神絵図屏風を紹介しています。
なお、本物の風神雷神図屏風は京都国立博物館で保存されています。
その先に売店があって、突き当りには海北友松の雲竜図があります。
(こちらもコピーで、本物は京都国立博物館で保存されています)


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風神雷神図屏風の部屋と売店の間に、廊下が伸びています。
本当は順路を逆行しているのですが、
勝手知ったる建仁寺ということで、こちらから進みます。


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その廊下を北上します。
売店の北隣で小書院との間に、坪庭があります。
こちらは「〇□△の庭」で、それぞれの形を模しています。


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「〇□△の庭」の北側に、建仁寺小書院があります。
こちらは、この南側と北側で襖絵が異なります。


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小書院の南側に入ってきました。
小書院は南北が違う様相で、通常は移動できません。
こちらは、小書院南側の床の間の掛け軸です。
隣接する「〇□△の庭」を模しています。


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こちらは、小書院南側の襖絵です。
独特な水墨画ですが、新進気鋭の画家が描かれています。
近年京都の禅寺では、有名な画家のものよりも
これから大家になられる画家の作品がよく並んでいます。


624-35.jpg
小書院から、元々いた廊下に戻ってきました。
では、再びこちらを北上していきます。


624-36.jpg
その途中で、右(東)を見ました。
円窓の外に、棕櫚の木が生えています。
棕櫚(しゅろ)と言えば南国のイメージがありますが、
樹皮が脱皮を繰り返す蛇の皮膚に似ているとされ、
「永遠の再生」を象徴するため、
昔から寺院には好んで植えられました。


624-37.jpg
さらに、建仁寺の廊下を北上しました。
この左(西)から小書院の北側に行けますが、
それは次回ブログで紹介します。
小書院の北側に、今度は少し大きな「潮音庭」という庭があります。
そちらを眺めつつ、さらに北上します。


624-38.jpg
その廊下を北上しつつ、潮音庭を眺めます。
個人的には、建仁寺ではここが自分のいちばんのお気に入りです。
桜の春、梅雨の雨模様と、季節ごとに絶景となります。
紅葉のこの頃も、なかなかのものですね。


624-39.jpg
今まで歩いていた廊下は、潮音底の北隣大書院で突き当たります。
こちらに、風神雷神図屏風があります。
(ただし、コピーです)
ここからこの部屋を見て回るのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、建仁寺とその周辺を回ります~

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第625回 紅葉の建仁寺

624-39.jpg
前回ブログで臨済宗建仁寺派総本山建仁寺屋内を北上し、
最北端の大書院の屋内にいます。
俵屋宗達の大作「風神雷神図屏風」のコピーは、
この大書院屋内にあります。
(ちなみに、本物は京都国立博物館に保存されています)
今回は、こちらから京阪電鉄の駅までを掲載します。
撮影日は、2018年12月2日日曜日午後1時半。
2018年最後のブログにしたいので、
今回ブログは50枚以上写真を貼り付けます。


625-2.jpg
建仁寺大書院で、東を向きました。
床の間に飾ってある掛け軸は、おそらく達磨大師を描いています。
左(北)側の屏風には「風神 雷神」と書かれています。


625-3.jpg
大書院から、南を向きました。
大書院と小書院との間に、潮音庭という庭園があります。
こちらの紅葉が、ちょうど盛りでした。
たくさんの方が、こちらを眺めていらっしゃいますね。
こういう禅寺の庭園は、こんな風におしゃべりしながらの見物が
いちばん寛いでいられます。


625-4.jpg
その潮音底の西側に、こちらの渡り廊下が伸びています。
前回ブログではその東側の渡り廊下から大書院に至りました。
(潮音庭は、大書院・小書院とこの2本の廊下で囲まれています)
次は、この廊下を南下していきます。


625-5.jpg
大書院から、先程の渡り廊下を南下しています。
その途中で、右(西)を向きました。
こちらは、開山堂の北側の坪庭です。
(この背後が、潮音庭です)
こちらも紅葉の盛りで、カエデが見事ですね。


625-6.jpg
渡り廊下から、小書院前に来ました。
小書院北側は、また南側と雰囲気が違いますね。
では、こちらに立ち寄ります。


625-7.jpg
こちらは、小書院の北側です。
この襖の向こうの南側は、前回ブログで訪れました。
この襖絵の構図は南側と同じなのですが、
あちら側はモノトーンの水墨画です。
ちなみに、どちらも同じ画家が描かれたものです。


625-8.jpg
小書院側から、潮音庭を眺めています。
先程のちょうど反対側ですね。
個人的には、こちら側がお気に入りポイントです。
庭石とカエデが、絶妙のバランスです。


625-9.jpg
小書院を出て、西に向きました。
では、元の西側の廊下に戻ります。


625-10.jpg
西側の渡り廊下で、南を向きました。
この背後(北)側に、潮音庭があります。
この廊下はとても長く、この南側の方丈を突き抜けて
最終的には境内の中心にある法堂(本堂)まで続いています。
右(西)側に、中国人の子供を描いた襖絵が見えます。
こちらは、「唐子の間」と呼ばれています。


625-11.jpg
「唐子の間」の前から、廊下を南を向きました。
左(東)側は、小書院の南側が見えますね。
そちらには前回ブログで行きましたので、
このまま南下していきます。


625-12.jpg
小書院南側「〇△□の庭」の西側まで戻ってきました。
この右(西)側が、建仁寺の方丈です。


625-13.jpg
こちらは、建仁寺方丈の南東側の部屋です。
この襖絵が、海北友松の雲竜図のコピーです。
こちらも、本物は京都国立博物館に保存されています。
建仁寺のもう一つの持宝ですね。
海北友松は龍図を描く天才で、
彼の描いた掛け軸を朝鮮王国に渡したところ、
それまで国交断絶状態だった朝鮮王国と
朝鮮通信使が始まりました。


625-14.jpg
その雲龍図の南側に、建仁寺方丈庭園が広がっています。
こちらの石庭も、ゆっくり寛いでおしゃべりがいいですね。


625-15.jpg
こちらは、建仁寺方丈庭園の東側です。
今回ブログ最初から南下してきた廊下の一部ですね。
備え付けのスリッパに履き替え土間に降り、さらに南に進めます。


625-16.jpg
先程の廊下は、方丈庭園の南の建仁寺境内より先に続き、
建仁寺境内の中心に立っている建仁寺法堂(本堂)まで伸びています。
では、このまま建仁寺法堂に参拝します。


625-17.jpg
建仁寺法堂に入ってきました。
……とは言え、さすがにご本尊の釈迦如来像は撮影しません。
こちらは、その天井画の双竜頭です。
小泉淳作氏が2001年に制作した比較的新しい絵です。
第576回ブログ以降窓を開け放っているので、とても明るいですね。
では、ご本尊の釈迦如来像にお参ります。


625-18.jpg
建仁寺法堂に参拝して、また廊下を北上してきました。
この左(西)が、先程の方丈庭園です。
ここでスリッパを脱いで、上に上がります。
その左(西)手が、先程の海北友松の雲竜図ですね。


625-19.jpg
海北友松の雲竜図の部屋の前で、東を向きました。
左(北)側に建仁寺の売店があり、
その先に風神雷神図屏風の部屋があります。
前回ブログと合わせて、これで建仁寺を1周したことになります。


625-20.jpg
先程の廊下を突き当りまで進み、
風神雷神図屏風の部屋の前で南を向きました。
ではこちらの玄関から、建仁寺庫裏を出ます。


625-21.jpg
建仁寺庫裏から、建仁寺境内に出ました。
こちらに、石畳の道が真っすぐ南に伸びています。
では、ここからこの道を南下していきます。


625-22.jpg
建仁寺庫裏前から、そのまま南下しています。
建仁寺は桜の名所なのですが、実は紅葉の名所でもあります。
この日(2018年12月2日)が2018年紅葉の盛りでした。


625-23.jpg
その右(西)側に、建仁寺法堂が見えます。
この先に見える入り口から、先程は入りました。


625-24.jpg
その辺りで、東側を見ました。
こちらは、建仁寺の塔頭両足院です。
約半年前の半夏生のころに、こちらにお邪魔しました。
普段は奥の方が非公開ですが、
観光シーズンになると特別公開されます。
この日も特別公開されていましたが、
ちょっと拝観料が高かったので、素通りしました……


625-25.jpg
さらに、先程の石畳の道を南下しました。
こちらに茶碑が立っています。ここも紅葉の絶景ポイントです。
臨済宗を日本で開いた栄西が
中国の宋から持ち帰った茶の種をこちらに植えました。
それが、これ以降に喫茶の風習が日本にも広がる契機になりました。


625-26.jpg
茶碑の前で、南を向きました。この先が建仁寺最南端です。
その辺りで、西に折れていきます。


625-27.jpg
建仁寺境内南東端で、西に向きました。
ずっと向こうに塔頭寺院の一つ禅居庵の門が見えますね。
では、こちらを進んでいきます。


625-28.jpg
建仁寺境内南東端から西に約30m進み、南に向きました。
こちらは、建仁寺勅使門です。
京都の禅寺の勅使門は通常閉門していますが、
建仁寺だけは門の脇から自由に出入りができます。


625-29.jpg
今度は、その位置で北を向きました。
三門の向こうに、法堂が見えます。
京都の各禅寺の最大の絶海ポイントですね。
春は桜が目立つのですが、秋は紅葉が目立ちます。


625-30.jpg
さらに同じ位置で、北西に向きました。
三門の南側に池があるのも禅寺の定番ですが、
その間のカエデもこの日(2018年12月2日)が盛りです。


625-31.jpg
さらにさらに、同じ場所で西を向いています。
では、約30m先の禅居庵の前まで行きます。
禅居庵の門をくぐれば、第538回ブログのルートです。


625-32.jpg
禅居庵の門の前で、北を向きました。
では、この禅居庵と建仁寺三門との間の道を北上します。


625-33.jpg
禅居庵の前から、建仁寺境内を約50m北上しました。
こちらも、建仁寺の塔頭寺院久昌院です。
なかなか紅葉が絶景なのですが、こちらは非公開寺院です。


625-34.jpg
久昌院の前で、建仁寺境内を北に向きました。
向こうに、建仁寺の法堂がまた見えていますね。
そのさらに向こう(北)側で、石畳の道が交差しています。


625-35.jpg
その石畳が交差する場所で、西を向きました。
約50m先に、建仁寺西門があります。
第536回ブログでは向こうから建仁寺に入ってきました。


625-36.jpg
今度は同じ位置で、北を向きました。
次は、約50m先に見える団栗通を目指します。


625-37.jpg
その道の途中で、こちらの鳩と出会いました。
京都の寺院では、本当によく鳩と遭遇します。


625-38.jpg
先程の道をさらに北上しています。
こういう何気ないところも、カエデの1本で絶景に変わりますね。
そしてその先でこの道は突き当たり、団栗通と交差します。


625-39.jpg
先程の道の突き当りで、団栗通を東に向きました。
団栗通は、約100m先に伸びる
前回ブログで散策した花見小路で突き当たります。
ちょうど場外馬券場の辺りですね。


625-40.jpg
今度は同じ位置で、団栗通を西に向きました。
その角に、建仁寺の鎮守社
「豊川稲荷陀枳尼尊天」がいらっしゃいます。
さらに、こちらにもお参りをします。

先述の通り、今回ブログは写真を40枚以上貼り付けます。


625-41.jpg
豊川稲荷陀枳尼尊天に入ってきました。
こちらは神社なのですが、地図上にある通り
建仁寺塔頭寺院の興雲庵の一部でもあります。
では、こちらを南下していきます。


625-42.jpg
豊川稲荷陀枳尼尊天の境内を見まわしています。
こちらも、相当に紅葉が見事ですね。


625-43.jpg
団栗通から、豊川稲荷陀枳尼尊天境内を約50m南下しました。
ここで、この神社の境内は突き当たります。


625-44.jpg
その突き当りで、東を向きました。
こちらの祠は、末社の陀枳尼尊天堂です。
先ずは、こちらからお参りです。


625-45.jpg
同じ位置で、今度は西を向きました。
こちらのお堂が、豊川稲荷陀枳尼尊天の本殿です。
その名の通り、こちらは愛知県豊川市の
豊川稲荷から勧請されたものです。
向こう同様、こちらも建仁寺という寺院の鎮守社です。

京都の伏見稲荷大社のご祭神は宇迦御霊神ですが、
こちらは豊川稲荷系統ですからご祭神は陀枳尼尊天です。
京都の豊川稲荷はそれほど珍しくはなく、
伏見稲荷大社が鎮座される「御山」(稲荷山)にもいらっしゃいます。
(第373回ブログを参照)
では、こちらにお参りします。


625-46.jpg
さらに同じ位置で、北を向きました。
こちらも一通り回ったので、団栗通まで戻ります。


625-47.jpg
豊川稲荷陀枳尼尊天を出て、団栗通を西に向きました。
次は、こちらを進みます。


625-48.jpg
豊川稲荷陀枳尼尊天の前から、団栗通を西に約50m進みました。
こちらで、団栗通は大和大路と交差します。
(大和大路の詳細は、第228回ブログ参照)


625-49.jpg
大和大路から、団栗通を西に向いています。
この辺も祇園の一部なので飲食店が多いのですが、
花見小路近くとは異なり、
こちら側は出されているものも価格も「庶民の祇園」です。
(だたし、味付けは一流料亭にも負けない京料理です)


625-50.jpg
大和大路から、団栗通を西に約50m進みました。
こちらの角に、ジンギスカンの「錦 キムラ」があります。
いつもは夕方からの営業ですが、
この日は午後2時半でも開いていました。
紅葉シーズンだからでしょうか?

こちらは、もう少し自分の給料が良かった頃の常連店です。
こちらには、第282回ブログでお邪魔しました。
羊肉を焼いた後の肉汁が付いたもやしが、ここの絶品です。
(要するに、こんな感じです)


625-51.jpg
「錦 キムラ」の前で、団栗通を西に向きました。
約50m先が鴨川で、その手前に川端通が伸びています。
(この辺の幹線道路ですね。地下に京阪電鉄が通っています)



625-52.jpg
さらに団栗通を約30m西に進み、川端通と交差しました。
こちらから、京阪電鉄「祇園四条」駅に行くことができます。
「2018年紅葉散策」は京都駅から始めましたが、
さすがに終点も京都駅というのは無理があります。
ですから、こちらから京阪電鉄に乗って帰宅しました。

これで、「2018年紅葉散策」は終了です。

~次回は、伏見稲荷大社へ初詣に行きます~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
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このブログで,
本当に京都に来たような
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京都市内の今の天気と
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「京都桜100景」
ブログ用に
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新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
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「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
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「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
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初詣など
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「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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