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「京の道 今日の道」再開間近!

約2週間ぶりのブログ再開です。
今までも第9回ブログ第10回ブログのように
約1カ月空いたこともあるのですが、
ここ5年間では相当期間が空きました。

これには理由がありまして……
「京の道 今日の道」の管理者ぴのぴなが、
2019年7月21日に脳卒中で救急搬送されました。

武田病院という京都駅西側の塩小路沿いに建っている病院に入院し、
(第291回ブログを参照)
2019年8月6日に、退院しました。
と言いますのも左顔面以外の運動機能がほぼ戻ったため、
入院から自宅通院に切り替えることに許可が下りたからです。
(まだまだリハリビが必要です)

ただ、ウチのノートPCは無線機能がありません。
ウチの2FでもPCを作動できません。
ですからこの間自分(ぴのぴな)は、一切PCに触れませんでした。
(つまり、このブログは約2週間放置されていました)
そのため、この「京の道 今日の道」は
祇園祭山鉾巡行の途中で中断しています。
取りあえず近日中にブログを再開する予定ですが、
ある意味緊急事態だったため、今後の予定を大幅に変更します。
変更する内容は、以下の通りです。

次回ブログ以降は、
祇園祭山鉾巡行の連載を再開します


祇園祭後祭宵山散策の連載は2019年は中止
2020年に祇園祭後祭宵山散策を連載します


祇園祭後祭期間中は、ずっと病院のベッドの上でした。
まぁ、後祭の山鉾巡行もTV見物でした。
取りあえず、近日中に祇園祭山鉾巡行の記事を再開します。
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ジャンル : 地域情報

第674回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その2

674-1.jpg
京都市中京区にある「河原町御池」交差点で、
祇園祭前祭山鉾巡行を見物しています。
前回ブログでは山2番芦刈山まで取材しました。
今回ブログは、こちらの山3番木賊山以降を掲載します。
撮影日は、2019年7月17日水曜日午前10時半。
例年よりも、ずっと早いペースで進みます。


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木賊山は、天然の木賊(とくさ)を刈り
生計を立てる老人を描いています。
(謡曲「木賊」が元になっています)
ちなみに木賊はシダ科の植物で、漢方薬の材料です。

木賊山が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
担ぎ手の皆さんが、力を合わせて木賊山を持ち上げられました。


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持ち上げられた木賊山が、西を向きました。
こちらの山は約90°回転した後、そのまま着地しました。
クルクル回るなどの即興は、無しです。
そして、そのまま「河原町御池」交差点を去ります。
その理由は、後述します。


674-5.jpg
続いて、くじ取らず(順番固定)の鉾2番函谷鉾の登場です。
「函谷」とは古代中国の洛陽長安との間にあった関所のことです。
……と書くと三国志が元と思われがちですが、史記が元ネタです。


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函谷鉾が、河原町通を北上しています。
鉾1番の長刀鉾同様、鉾が交差点に入る前から竹を並べています。
つまり、交差点に鉾が入る前から辻回しの準備に入ります。
ですから手前の担ぎ山は、「空気を読んで」
派手なパフォーマンスを行いません。
それが、先程の木賊山が淡々と辻回しを行った理由です。


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函谷鉾の正面を大写しにしました。
鉾なのでお稚児さんが乗っていらっしゃいますが、
こちらは「嘉多丸」という名の人形です。
函谷鉾は天明の大火でいったん焼失しましたが、
1833年に再興した際、それまでの生稚児(生身の人間)から
人形にお稚児さんを変更しました。
ちなみに、モデルは明治天皇皇后の兄一条実良の幼少時です。
お稚児さんを人形にしたのはこの函谷鉾が最初でしたが、
今では長刀鉾以外のお稚児さんは全て人形です。


674-8.jpg
函谷鉾が、「河原町御池」交差点中央に入ってきました。
「函」の紋が入った法被を着られた曳き手の方々が、
河原町通から御池通に移動されます。
いよいよ函谷鉾の辻回しの始まりです。


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曳き手の皆さんが御池通に移動されたら、
鉾の前にいらっしゃる「音頭取り」の方々が掛け声を発せられます。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
そして、その「音頭取り」の方々が扇子を左に振り下ろされます。
すると曳き手の方々が、御池通から西側から函谷鉾を曳きます。


674-10.jpg
その結果、函谷鉾は約30°左折しました。
すると、さらに竹の位置を修正して先程と同じ作業を繰り返します。
辻回しではこれを何度も繰り返し、約90度まで左折させていきます。
わずか2分後、音頭取りの方々がまた掛け声を発せられます。


674-11.jpg
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々がまた扇を左に振ると、
曳き手の方々が御池通側から鉾を引っ張ります。
曳き手の方々は、「綱引き」をされているみたいです。


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函谷鉾が、さらに約30°左折しました。
もう1回辻回しが、必要ですね。


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辻回し用の竹は、約2分で敷き詰められました。
ここ10年、町衆の方々は手際がよくなられている気がします。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々はそう掛け声を掛けられて、扇を左に振られます。


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その掛け声とともに曳き手の皆さんが、御池通側から曳かれます。
さらに30°、これで合わせて90°函谷鉾が左折しました。
この函谷鉾の辻回しも、長刀鉾同様約10分で終了しました。
以前の辻回しは、下手したら約30分掛かっておられたので、
全体的に辻回しの手際がよくなられているのでしょうか?


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辻回しの使用される竹をすべて鉾の下層部に収納して、
音頭取りの方々の「エイヤラヤ~」の掛け声がかかり、
函谷鉾が御池通を西に進みます。


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そして、函谷鉾が「河原町御池」交差点を去ります。
毎年自分はこの函谷鉾の辻回し中に、
「寺町御池」交差点へ移動して撮影していたのですが、
(「寺町御池」交差点の方が、山鉾がよく見えます)
2019年は辻回しに拘るので「河原町御池」交差点から移動しません。


674-17.jpg
函谷鉾の後は、山4番の郭巨山です。
2012年と2013年の山1番ですね。
自分が毎年粽を求めている山でもあります。

「郭巨」とは昔ばなしに出てくる中国の農民のことで、
謡曲「郭巨」の主人公です。
息子と山奥へ向かった郭巨は、黄金入りの釜を地中から堀出します。
ですから、別名「釜堀山」(かまほりやま)です。
息子の機転で黄金を郭巨が見つけたので、
親孝行・金運・商売繁盛を司る山です。
その関係で、毎年ウチの母の店先にこちらの粽を吊るしています。


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郭巨山が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
ご神体の郭巨と息子の人形が、しっかり見えますね。
いよいよ郭巨山の担ぎ手の皆さんが、山を持ち上げられました。


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郭巨山も約90°左折して、そのまま地面に下ろされます。
実はもう次の鉾が「河原町御池」交差点に迫っておりまして、
この渋滞では派手なパフォーマンスも難しいですね。
2019年前祭の山鉾巡行は、例年になく急いでおります。


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続いて、傘鉾1番の綾傘鉾の登場です。
2つある傘鉾のうち、綾小路沿いの大原神社を会所とする方ですね。
(大原神社の詳細は、第579回ブログ参照)
傘鉾はどちらも曳き手をあまり必要としないのですが、
その分随行者の数が相当多いのが特徴ですね。


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綾傘鉾の随行者の方々が御池通に去られて後、
束帯姿に仮面を付けた男性が、
「河原町御池」交差点中央に進み出られました。


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その男性の片手には、長い木の棒があります。
こちらの方が、その棒を振り回されました。
背後に囃手の方々がいらして、
祇園囃の曲調に合わせてこちらの方が棒を振り回されます。
こちらは「棒振り踊り」と言われるもので、
毎年山鉾巡行の際に各交差点で1曲踊られます。

四条傘鉾も棒振り踊りは存在するのですが、
棒の形や踊りの振り付けが綾傘鉾と全く違います。


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1曲終わるとこのポーズのまま、
こちらの仮面の方が御池通に去っていかれました。
すると、囃手の方々も御池通に去っていかれました。


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綾傘鉾には踊り手と同じ扮装をされている方がいらっしゃいますが、
こちらはそのまま「河原町御池」交差点を左折されます。
相当ハードな踊りなので、交差点ごとに交互に踊られるのでしょう。


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さて、綾傘鉾の辻回しですが……
傘鉾の下には多少大きめのタイやが付いていまして、
担ぎ手の皆さんが担ぐ必要すらありません。
綾傘鉾を押したまま、御池通に去っていかれます。


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ただ綾傘鉾は約35年前に復活された際に、2基製作されました。
ですから1基目が御池通に去った後、
もう1基が御池通に去っていかれます。

当初はもっと長く続けようと思っていたのですが、
諸事情で短めの記事を何回かに分けて連載することにしました。
よって、今回はここまでです。

~次回は、山5番伯牙山以降を記事にします~

続きを読む

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第675回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その3

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「河原町御池」交差点に、山5番伯牙山が入ってきました。
古代中国で箏の名人だった伯牙が、
彼の箏のいちばんの理解者だった友人の死に際し、
その悲しみから愛用の箏を斧で叩き割った故事に取材しています。
別名が、「箏挽き山」です。
また、会所が重要文化財の杉本家です。
今回は、この伯牙山以降の山鉾巡行を取材しました。
撮影日は、2019年7月17日水曜日午前10時45分。
そろそろ熱中症が、気になりだします。


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伯牙山の担ぎの皆さんが、伯牙山を持ち上げられます。
友人の死による悲しみを表しているので、
ご神体の伯牙像の表情が苦悶で歪んでいますね。


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伯牙山も約90度左折した時点で、地面に下ろされました。
そして、伯牙山は御池通に消えていきます。
そう言えば、第673回ブログの芦刈山以来
派手なパフォーマンスをする担ぎ山はありません。


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そして、鉾4番菊水鉾が「河原町御池」交差点に入ってきます。
京都市中京区室町通四条上がるこちらが立ちますが、
元々この地にあった井戸「菊水の井」が、名称の由来です。
中国の故事や日本の昔ばなしからの取材ではありません。


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「河原町御池」交差点に、菊水鉾に先行して竹が並べられます。
そう言えば、菊水鉾の音頭取りは扇ではなく
独特の形状の団扇を持たれていますね。


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菊水鉾の曳き手の皆さんが、自分たちの目の前まで来られました。
菊水鉾が交差点の中央まで来ましたので、
曳き手の皆さんは御池通に回られます。
背中の「菊水」の文字が、粋ですね。


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曳き手の皆さんが御池通に移動されて、すぐに辻回しが始まります。
音頭取りの扇に合わせて、曳き手の皆さんが菊水鉾を引っ張ります。

この角度なら菊水鉾の中がよく見えますが、
前には少年で不老不死となった菊慈童の人形がいらっしゃいます。


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菊水鉾の1回目の辻回しが終わり、
町衆の皆さんがまた竹を地面に敷き詰め直されています。


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「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの皆さんの掛け声とともに、
菊水鉾の2回目の辻回しが始まります。
その掛け声に合わせて、曳き手の皆さんも力が入ります。


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辻回しで、菊水鉾がさらに約30°左折しました。
早速、町衆の皆さんが竹の並べ直されています。
あと1回で、菊水鉾の辻回しも完了するでしょうね。


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竹を並べるのに、約2分で完成しました。
すると、音頭取りの方々が扇を振ります。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの皆さんの掛け声とともに、
曳き手の皆さんが菊水鉾を引っ張ります。


675-12.jpg
すると、菊水鉾がさらに約30°左折しました。
これで、菊水鉾が約90°の左折が完了しました。
地面の上に並べられた竹が、鉾の下層に収納されます。


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菊水鉾の竹の収納が、終了しました。
すると、音頭取りの皆さんが先程の異なる掛け声をされます。


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「エイヤラヤ~」の音頭取りの皆さんの掛け声とともに、
菊水鉾が御池通を西に進み始めました。
やがて、菊水鉾は「河原町御池」交差点から姿を消しました。


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続いては、山6番の油天神山の登場です。
油小路沿いの風早町にいらっしゃる火尊天満宮が、ご神体です。
祇園祭の山鉾の中には、町内にいらっしゃる小さな神社を
ご神体とするケースがいくつか見受けられます。
こちらも、そのケースのうちの1体です。


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油天神山が、「河原町御池」交差点中央に差し掛かります。
すると、担ぎ手の皆さんが油天神山を持ち上げられます。


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約90°左折して、担ぎ手の皆さんが油天神山を下ろされます。
そして油天神山は御池通を西に進み、交差点から立ち去ります。


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さらに、山7番太子山がやって来ました。
「太子」とは聖徳太子のことで、こちらのご神体も聖徳太子像です。
「学力向上」のご利益があるとされる山なので、
受験祈願の絵馬が会所にたくさん飾られます。
祇園祭の「山」には通常松の木が使用されますが、
太子山のみ杉の木が使われています。


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「河原町御池」交差点に、太子山が入って来ました。
すると、担ぎ手の皆さんが太子山を持ち上げられて
そのまま交差点を左折されます。


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太子山の後から、荷茶屋(にないじゃや)が続きます。
いつも太子山の会所の前に、二つ並べて置かれていますね。
(第582回ブログを参照)
太子山が巡行する際に必要なものが、中に入っています。


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続いて、山8番保昌山の登場です。
激しい求婚の末、絶世の美女と呼ばれた和泉式部と結婚した
平安時代の武将平井保昌がご神体です。
そのため、恋愛成就のご利益があるとされています。


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保昌山が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
すると担ぎ手の皆さんが、保昌山を持ち上げられました。


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約90°左折されて、保昌山が地面に下ろされました。
保昌山も御池通を西進して、「河原町御池」交差点を立ち去ります。


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続いては、鉾5番鶏鉾が「河原町御池」交差点に登場しました。
祇園祭山鉾の中で、自分が唯一由来を知らない鉾です。
確か沿革は諸説あって、定説はありません。


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鶏鉾の前部を大写しにしました。
鶏鉾にも稚児人形がいらっしゃいますが、
こちらには特に名前が無いようです。
ただ、口許が笑っているのが印象的ですね。


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鶏鉾が、「河原町御池」交差点中央まで入ってきました。
「鶏」の法被を着こなされている曳き手の皆さんが、
西側の御池通の方に移動されます。


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その直後に、鶏鉾の竹が交差点の地面に敷き詰められました。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々の掛け声とともに、鶏鉾の辻回しが始まります。


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鶏鉾の曳き手の皆さんが御池通から引っ張ると、
鶏鉾が約30°左折しました。
2019年の辻回しは、どの鉾も上手に回されます。


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鶏鉾の竹は地面に敷き詰める作業はとても早くて、
自分がカメラを下ろしてすぐに2回目の辻回しが始まります。
音頭取りの方々が、掛け声とともに扇を振られます。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」


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2回目の辻回しで鶏鉾が約90°左折したように見えますが、
本当はこの写真は3回目の辻回し終了直後のものです。
結構辻回しの間隔が短いので、撮り損ねてしまいました……


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そして、「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、鶏鉾が西進します。
これで鶏鉾まで辻回しが終了してしまいましたが、
まだまだ辻回しを終えていない山鉾がたくさんあります。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は、山9番白楽天山以降の辻回しの様子を載せます。
祇園祭の辻回しは、あと何回か掲載します~

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第676回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その4

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相変わらず「河原町御池」交差点から、
祇園祭前祭山鉾巡行の様子を撮り続けています。
山鉾巡行も、ようやく後半に入ってきました。
鉾5番鶏鉾の後ろに、山9番白楽天山が控えております。
今回は、この白楽天山以降の山鉾巡行を掲載します。
撮影日は、2019年7月17日水曜日午前11時45分。
強い日差しの中、熱中症になりそうです。


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こちらが、山9番の白楽天山です。
「白楽天」とは、中国3大詩人の一人白居易のことです。
代表作「長怨歌」は漢詩としても見事ですが、
死後の楊貴妃を表記した面もあるので、
小野篁のように「死後の世界に自由に行けた」との伝説もあります。
こちらの山は、その白居易と道林との禅問答を表しています。


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白楽天山が、担ぎ手の皆さんによって持ち上げられました。
そして約90°左折した後、白楽天山が地面に下ろされる……
……こともなく、そのまま回転し続けます。
実はこの白楽天山の辻回しは、毎年必ずクルクル回ります。
私見ですが、白楽天山はとてもお茶目です。
まぁこの後の放下鉾以降がだいぶ遅れ気味だそうで、
ちょっと時間に余裕があるそうなのですが……


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白楽天山が、ほぼ360°回転しました。
この角度なら、ご神体の白楽天像と道林像がはっきり見えますね。


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白楽天山がさらに約90°回転しました。
御池通を西に向いたのですが……白楽天山の回転は止まりません。
白楽天山の回転は、2周目に入ります。


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白楽天山が、さらに約180°回転しました。
毎年のようにこういうことをされているせいか、
白楽天山の担ぎ手の皆さんの足腰はまだしっかりされています。


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そのこともあってか、白楽天山は2周目が終わっても回り続けます。
白楽天山の回転は、いよいよ3周目に入ります。


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そしてさらに1周回ったところで、白楽天山の担ぎ手の皆さんは
この白楽天山を地面に下ろされました。
2019年の白楽天山は、合計3周しました。
実は、白楽天山は毎年この交差点で3周回られます。


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続いては、傘鉾2番四条傘鉾の登場です。
「四条」の名の通り、会所は四条通西洞院西入にあります。


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第674回ブログ同様多くの随行者が去られた後、
囃手の皆さんが祇園囃を演奏されています。
囃手さんの真後ろから2人組の棒を持たれた方々が、
2本の棒を交差させて絡ませながら踊られています。
四条傘鉾の棒振り踊りは、いったんは廃れました。
そこで「四条傘鉾の棒振り踊りを元にしている」と伝えられていた
滋賀県甲賀市土山にいらっしゃる神社に残された踊りを参考に
近年(約40年前?)復興されたそうです。


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綾傘鉾同様に、四条傘鉾の辻回しも一瞬で終わります。
車輪と言いますか、タイヤが付いてますので
むしろ持ち上げて辻回しをする必要がありません。


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さらに、山10番孟宗山です。
孟宗三国志にも登場する呉末期の文官ですが、
母親思いの「孝行息子」として日本・中国・韓国で有名ですね。
孟宗が母のために深雪の中で筍を採りに行く故事を元にしています。


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孟宗山が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
すると、担ぎ手の皆さんが孟宗山を持ち上げられます。


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孟宗山は約90°左折して、そのまま地面に下ろされます。
平山郁夫画伯による「月夜の砂漠とラクダ」を描いた胴掛が
鮮やかで見事でありますね。


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そして、鉾6番月鉾の登場です。
月を司る月読命を祀る鉾で、祇園祭の山鉾としては最大です。


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こちらは、月鉾の先端部分月型です。
見事な三日月を模っていますね。


676-17.jpg
月鉾が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
鉾の中央に、於兎麿(おとまろ)と言う名の人形が
お稚児さんとして乗っておられますね。


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月鉾が、「河原町御池」交差点の中央で停止しました。
すると、月鉾の曳き手の皆さんが御池通に移動されます。


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曳き手の皆さんが御池通に向かわれた直後に、
月鉾の辻回しが始まります。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
の音頭取りの方々の掛け声の後、
御池通側から、曳き手の皆さんが月鉾を引っ張られます。


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月鉾の初めの辻回しの際、ちょっと嫌な音がしました。
多分竹の何本かが、裂けたり折れたりしました。
まぁ鉾が転倒したわけではないですし、
竹を入れ替えてこの直後に2回目の辻回しが始まります。


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月鉾の2回目3回目の辻回しはとても早く、
自分が写真撮影の準備をしている間に終わってしまいました……
(その分の写真がありません)
やがて辻回しを終えた月鉾は「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
音頭取りの方々の合図で御池通を西に進みます。


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続いては、山11番山伏山の登場です。
平安時代前期の山伏浄蔵貴所をモデルにした山です。
八坂の塔の傾きを念力で直したという伝説がある方ですね。


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山伏山が、「河原町御池」交差点の中央に入ってきました。
すると担ぎ手の皆さんが、山伏山を持ち上げられました。


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山伏が、約90°左折しました。
……ところが、山伏山はさらに回り続けます。
山9番白楽天山に続いて、山伏山もクルクル回転し始めました。


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山伏山がクルクル回転しております。
こういうパフォーマンスはただ派手なだけでなく、
胴掛や見送りなどが見えますし、ご神体の全体像もよく見えます。


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山伏山は御池通を西に向くと、地面に下ろされ御池通を進みました。
さすがに、2周目には入られませんでした。


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さらに、山11番占出山がやって来ました。
2014年と2015年の山1番ですね。
神功皇后新羅に攻め込む際、鮎釣で戦勝祈願と占いを行いました。
日本ではアユを釣って戦争の結果を占ったので、
「鮎」と書いて「アユ」を意味します。
ちなみに、中国語では鮎は「ナマズ」を差します。
ですから、妙心寺塔頭の退蔵院所蔵「瓢鮎図」とは
「ヒョウタンナマズ」を描いた絵のことです。


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「河原町御池の」交差点の中央に、占出山が入ってきました。
すると、担ぎ手の皆さんが占出山を持ち上げられました。
神功皇后をご神体とするのは次回ブログに出てくる船鉾と
後祭の大船鉾がありますが、
外から神功皇后のお姿を拝見できるのは占出山のみです。


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占出山は約90°左折すると、そのまま地面に下ろされました。
そして、そのまま御池通を西進されました。


676-30.jpg
そして、山12番霰天神山の登場です。
こちらが、2019年前祭山鉾巡行の担ぎ山の最後尾です。
こちらも油天神山同様町内の小さな神社がご神体ですが、
天明の大火の際、突然降った霰(あられ)のせいで
神社周辺のみ焼け残ったことから、火事除けのご利益があります。
京都の町家では「火事除け」に愛宕神社のお札を台所に貼りますが、
ウチの台所のように霰天神山のお札を貼る町家もあります。


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霰天神山も交差点中央で担ぎ手の皆さんが持ち上げられると、
約90°左折して地面に下ろされました。
直後に、「遅れ気味」と言われた放下鉾が続いていますね。
ちなみに後続の山鉾は、放下鉾も合わせて残り3基です。
しかも、全て「くじ引き取らず」(順番が固定)です。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回で、2019年前祭山鉾巡行取材を終えます~

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第677回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その5

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「河原町御池」交差点からの祇園祭前祭山鉾巡行取材も、
もう5回目の記事となりました。
山12番霰天神山の後は、残り3基ですね。
どれも「くじ引き取らず」(順番固定)の大型の鉾と曳山ばかりです。
今回残りの3基の取材をして、2019年山鉾巡行の連載を終えます。
撮影日は、2019年7月17日水曜日午後0時15分。
もうだいぶ暑くなってきました。


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霰天神山の直後は、鉾6番「くじ引き取らず」の放下鉾です。
「放下」とは大道芸をしながら全国行脚した放下僧のことで、
こちらはそちらをモデルにした鉾です。


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放下鉾が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
曳き手の皆さんが、交差点北側にいる
自分の目の前に迫って来られました。


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放下鉾の前面を大写しにしました。
こちらのお稚児さんも人形で、「三光丸」という名前です。
三光丸は浄瑠璃の人形のように、数人の方々に支えられています。



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後ろで支える方々の手によって、三光丸はずっと動かされています。
三光丸は絶えず舞い続ける稚児人形で、
ある意味稚児人形の中ではもっともよく知られています。


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「河原町御池」交差点上に竹が敷き詰められ、
曳き手の皆さんも、御池通に移動されました。
すると、音頭取りの皆さんが掛け声を掛けられます。


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「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々の掛け声と同時に、放下鉾が約30°左折しました。
1度目の辻回しが終わると、すぐに竹の位置が直されます。
そして、程なく2回目の辻回しが始まります。


677-8.jpg
2回目の辻回しで、放下鉾はさらに約30°左折しました。
すると、竹が敷き詰められ直して3回目の辻回しが始まります。
交差点の地面が水浸しですが、辻回しの際
滑りをよくするために竹の上に大量の水が掛けられます。
乾いた空気の中ある程度は蒸発していますが、
その水の残りが地面を濡らしています。


677-9.jpg
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの皆さんの掛け声とともに、
放下鉾はさらに約30°左折しました。
これで合わせて、放下鉾は約90°左折しました。


677-10.jpg
こちらは、放下鉾の下層部です。
袋状になっていて、こちらに辻回しに使用された竹を収納します。


677-11.jpg
「エイヤラヤ~」との音頭取りの方々の掛け声とともに、
放下鉾が西に進みます。
そして、その直後に曳山の岩戸山が見えますね。


677-12.jpg
祇園祭前祭唯一の曳山で、くじ引き取らず(順番固定)の
岩戸山が「河原町御池」交差点に入ってきました。
「曳山」なので「担ぎ山」より大きくて辻回しが必要ですが、
あくまで「山」なので尖塔部分が鉾ではなく松の木です。

岩戸山は、天岩戸伝説を元にしています。
祇園祭を主催する八坂神社の主神は素戔嗚尊であったり、
牛頭天王であったりします。
(素戔嗚尊が八坂神社のご祭神になったのは、明治時代以降)
どちらも厄病神で、疫病をまき散らし多くの人を殺す神様です。
天岩戸伝説は結局のところ、悪行の限りを尽くした素戔嗚尊を
高天原から追放する話です。
平安時代初期に流行した天然痘を鎮める目的で始まった祇園祭で、
厄病神を追放する神話を取材した岩戸山を
最後から2番目に順番を固定して巡行させるのは、
毎年見ていて何か呪術的な意味を想像します。


677-13.jpg
岩戸山の上部を写しています。
屋根方の方々と一緒に、天手力男像がいらっしゃいます。
天照大神(あまてらすおおみかみ)が隠れられた天岩戸を
強引にこじ開けた力自慢の神様ですね。


677-14.jpg
「河原町御池」交差点の地面に、竹が敷き詰められました。
岩戸山の曳き手の皆さんも、御池通に移動されました。
すると、音頭取りの皆さんの掛け声とともに
岩戸山の辻回しが始まります。


677-15.jpg
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」の掛け声の後、
御池通にらっしゃる曳き手の皆さんが、岩戸山を引っ張ります。
すると、岩戸山が約30°左折しました。
これが、1回目の岩戸山の辻回しです。


677-16.jpg
敷き詰められた竹の位置を直して、
すぐに岩戸山の2回目の辻回しが始まります。
音頭取りの皆さんが扇を振り回し、掛け声を掛けられます。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」


677-17.jpg
2回目の辻回しで、岩戸山はさらに約30°左折しました。
岩戸山は、もう1回辻回しが必要ですね。


677-18.jpg
「河原間御池」交差点上の竹が、再び敷き詰められ直しました。
音頭取りの皆さんが扇を振り上げられ、三度辻回しが始まります。


677-19.jpg
岩戸山が3度目の辻回しを行い、さらに約30°左折しました。
これで、合わせて約90°岩戸山が左折したことになります。


677-20.jpg
こちらは、岩戸山の下部です。
袋状になっていて、こちらに辻回しで使われた竹を収納します。


677-21.jpg
岩戸山の町衆の皆さんが、交差点に残る竹を回収しました。
音頭取りの皆さんの「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
岩戸山が御池通を西に去っていきました。
そして、祇園祭前祭山鉾巡行最後尾の船鉾が登場です。
(もちろんくじ引き取らずの順番固定です)


677-22.jpg
船鉾がまだ「河原町御池」交差点に入る前から、
辻回しのための竹が並べられていきます。
2019年の辻回しは、どちらも手際がいいですね。


677-23.jpg
船鉾が「河原町御池」交差点中央に来ると、
音頭取りの方々の合図で停止ました。
そして、曳き手の皆さんが御池通に移動されます。

船鉾は、神功皇后新羅に攻め込んだ際、
乗っていた船天鳥船神を表しています。
(ちなみに新羅に向かう船が「船鉾」で、
新羅から帰還した船が後祭の「大船鉾」です)
ですから船の形の鉾なのですが、きちんと鉾の形式も残しています。
舳(船の先頭部分)には、鷁(げき)という
架空の水鳥を付けています。


677-24.jpg
準備が良かったこともあって、「河原町御池」交差点の竹は
数分もしないうちにきちんと並べられました。
そして、音頭取りの方々の扇が振り上げられます。


677-25.jpg
「よ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々の掛け声とともに、
御池通に回られた曳き手の皆さんが一斉に船鉾を引っ張ります。
すると、竹の上を滑った船鉾は約30°左折しました。


677-26.jpg
船鉾の1回目の辻回しが終わり、すぐに竹が並べ直されます。
その際手前に見える桶を使って大量の水が運ばれますが、
その水は「河原町御池」交差点南東角の
改築工事中の京都信用金庫河原町支店から運ばれます。


677-27.jpg
そして、その直後に竹が敷き詰め直されました。
2回目の船鉾辻回しが始まります。


677-28.jpg
2回目の船鉾の辻回しでも、約30°左折しました。
さらにすぐに交差点上の竹が並び直され、
3回目の船鉾の辻回しが始まります。


677-29.jpg
3回の辻回しを経て、船鉾は約90°左折しました。
これで辻回しが終了したので、
船鉾下層部に、今まで使っていた竹を収納します。

……この角度なら、横縞の船鉾胴掛が見えますね。
(後祭の大船鉾なら、縦縞の胴掛)
さらに大船鉾と異なるのは、舵が黒漆で塗られていることです。
(大船鉾は、赤漆で塗られています)
ちなみ、船尾の部分にご神体の神功皇后像がいらっしゃいます。


677-30.jpg
音頭取りの方々の「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
船鉾が御池通を西に進みます。


677-31.jpg
祇園祭前祭の全ての山鉾巡行が、これで終了しました。
最後にもう1枚船鉾を撮ろうとしたら、
手前にいらしたおそらくプロのカメラマンが
突然自分たち後方の人々をかき分けて帰られたので、
こんな1枚しか撮れませんでした。
取りあえず、船鉾が「河原町御池」交差点から去っていきます。


677-32.jpg
船鉾が「河原町御池」交差点を去った後、
1台の警察車両が通り過ぎます。
船鉾の後方から、交通整理を行っています。


677-33.jpg
その直後、河原町通の車道に引かれた規制線が解除されます。
この瞬間、自分たちは車道から歩道へ移動を強いられました。
(もうすぐここに、普通車両やバスが通過します)


677-34.jpg
そして、祇園祭前祭山鉾巡行の最後尾が通過します。
こちらの特殊車両は信号機の位置を直したり、
信号機を点灯させたりするためのものです。
事実この車両の直後から、交通規制が解除されました。


677-35.jpg
「河原町御池」交差点の信号機が再点灯されて、
交差点が通常運転に戻りました。
……と思ったのですが、
船鉾はまだまだ寺町通付近でうろうろされています。
とは言え、自分は横断歩道を渡って自転車置き場に戻り
そこから自転車で帰宅しました。

これで、2019年祇園祭前祭山鉾巡行の連載を終えます。

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「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。
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