第677回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その5

「河原町御池」交差点からの祇園祭前祭山鉾巡行取材も、
もう5回目の記事となりました。
山12番霰天神山の後は、残り3基ですね。
どれも「くじ引き取らず」(順番固定)の大型の鉾と曳山ばかりです。
今回残りの3基の取材をして、2019年山鉾巡行の連載を終えます。
撮影日は、2019年7月17日水曜日午後0時15分。
もうだいぶ暑くなってきました。

霰天神山の直後は、鉾6番「くじ引き取らず」の放下鉾です。
「放下」とは大道芸をしながら全国行脚した放下僧のことで、
こちらはそちらをモデルにした鉾です。

放下鉾が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
曳き手の皆さんが、交差点北側にいる
自分の目の前に迫って来られました。

放下鉾の前面を大写しにしました。
こちらのお稚児さんも人形で、「三光丸」という名前です。
三光丸は浄瑠璃の人形のように、数人の方々に支えられています。

後ろで支える方々の手によって、三光丸はずっと動かされています。
三光丸は絶えず舞い続ける稚児人形で、
ある意味稚児人形の中ではもっともよく知られています。

「河原町御池」交差点上に竹が敷き詰められ、
曳き手の皆さんも、御池通に移動されました。
すると、音頭取りの皆さんが掛け声を掛けられます。

「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々の掛け声と同時に、放下鉾が約30°左折しました。
1度目の辻回しが終わると、すぐに竹の位置が直されます。
そして、程なく2回目の辻回しが始まります。

2回目の辻回しで、放下鉾はさらに約30°左折しました。
すると、竹が敷き詰められ直して3回目の辻回しが始まります。
交差点の地面が水浸しですが、辻回しの際
滑りをよくするために竹の上に大量の水が掛けられます。
乾いた空気の中ある程度は蒸発していますが、
その水の残りが地面を濡らしています。

「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの皆さんの掛け声とともに、
放下鉾はさらに約30°左折しました。
これで合わせて、放下鉾は約90°左折しました。

こちらは、放下鉾の下層部です。
袋状になっていて、こちらに辻回しに使用された竹を収納します。

「エイヤラヤ~」との音頭取りの方々の掛け声とともに、
放下鉾が西に進みます。
そして、その直後に曳山の岩戸山が見えますね。

祇園祭前祭唯一の曳山で、くじ引き取らず(順番固定)の
岩戸山が「河原町御池」交差点に入ってきました。
「曳山」なので「担ぎ山」より大きくて辻回しが必要ですが、
あくまで「山」なので尖塔部分が鉾ではなく松の木です。
岩戸山は、天岩戸伝説を元にしています。
祇園祭を主催する八坂神社の主神は素戔嗚尊であったり、
牛頭天王であったりします。
(素戔嗚尊が八坂神社のご祭神になったのは、明治時代以降)
どちらも厄病神で、疫病をまき散らし多くの人を殺す神様です。
天岩戸伝説は結局のところ、悪行の限りを尽くした素戔嗚尊を
高天原から追放する話です。
平安時代初期に流行した天然痘を鎮める目的で始まった祇園祭で、
厄病神を追放する神話を取材した岩戸山を
最後から2番目に順番を固定して巡行させるのは、
毎年見ていて何か呪術的な意味を想像します。

岩戸山の上部を写しています。
屋根方の方々と一緒に、天手力男像がいらっしゃいます。
天照大神(あまてらすおおみかみ)が隠れられた天岩戸を
強引にこじ開けた力自慢の神様ですね。

「河原町御池」交差点の地面に、竹が敷き詰められました。
岩戸山の曳き手の皆さんも、御池通に移動されました。
すると、音頭取りの皆さんの掛け声とともに
岩戸山の辻回しが始まります。

「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」の掛け声の後、
御池通にらっしゃる曳き手の皆さんが、岩戸山を引っ張ります。
すると、岩戸山が約30°左折しました。
これが、1回目の岩戸山の辻回しです。

敷き詰められた竹の位置を直して、
すぐに岩戸山の2回目の辻回しが始まります。
音頭取りの皆さんが扇を振り回し、掛け声を掛けられます。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」

2回目の辻回しで、岩戸山はさらに約30°左折しました。
岩戸山は、もう1回辻回しが必要ですね。

「河原間御池」交差点上の竹が、再び敷き詰められ直しました。
音頭取りの皆さんが扇を振り上げられ、三度辻回しが始まります。

岩戸山が3度目の辻回しを行い、さらに約30°左折しました。
これで、合わせて約90°岩戸山が左折したことになります。

こちらは、岩戸山の下部です。
袋状になっていて、こちらに辻回しで使われた竹を収納します。

岩戸山の町衆の皆さんが、交差点に残る竹を回収しました。
音頭取りの皆さんの「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
岩戸山が御池通を西に去っていきました。
そして、祇園祭前祭山鉾巡行最後尾の船鉾が登場です。
(もちろんくじ引き取らずの順番固定です)

船鉾がまだ「河原町御池」交差点に入る前から、
辻回しのための竹が並べられていきます。
2019年の辻回しは、どちらも手際がいいですね。

船鉾が「河原町御池」交差点中央に来ると、
音頭取りの方々の合図で停止ました。
そして、曳き手の皆さんが御池通に移動されます。
船鉾は、神功皇后が新羅に攻め込んだ際、
乗っていた船天鳥船神を表しています。
(ちなみに新羅に向かう船が「船鉾」で、
新羅から帰還した船が後祭の「大船鉾」です)
ですから船の形の鉾なのですが、きちんと鉾の形式も残しています。
舳(船の先頭部分)には、鷁(げき)という
架空の水鳥を付けています。

準備が良かったこともあって、「河原町御池」交差点の竹は
数分もしないうちにきちんと並べられました。
そして、音頭取りの方々の扇が振り上げられます。

「よ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々の掛け声とともに、
御池通に回られた曳き手の皆さんが一斉に船鉾を引っ張ります。
すると、竹の上を滑った船鉾は約30°左折しました。

船鉾の1回目の辻回しが終わり、すぐに竹が並べ直されます。
その際手前に見える桶を使って大量の水が運ばれますが、
その水は「河原町御池」交差点南東角の
改築工事中の京都信用金庫河原町支店から運ばれます。

そして、その直後に竹が敷き詰め直されました。
2回目の船鉾辻回しが始まります。

2回目の船鉾の辻回しでも、約30°左折しました。
さらにすぐに交差点上の竹が並び直され、
3回目の船鉾の辻回しが始まります。

3回の辻回しを経て、船鉾は約90°左折しました。
これで辻回しが終了したので、
船鉾下層部に、今まで使っていた竹を収納します。
……この角度なら、横縞の船鉾胴掛が見えますね。
(後祭の大船鉾なら、縦縞の胴掛)
さらに大船鉾と異なるのは、舵が黒漆で塗られていることです。
(大船鉾は、赤漆で塗られています)
ちなみ、船尾の部分にご神体の神功皇后像がいらっしゃいます。

音頭取りの方々の「エイヤラヤ~」の掛け声とともに、
船鉾が御池通を西に進みます。

祇園祭前祭の全ての山鉾巡行が、これで終了しました。
最後にもう1枚船鉾を撮ろうとしたら、
手前にいらしたおそらくプロのカメラマンが
突然自分たち後方の人々をかき分けて帰られたので、
こんな1枚しか撮れませんでした。
取りあえず、船鉾が「河原町御池」交差点から去っていきます。

船鉾が「河原町御池」交差点を去った後、
1台の警察車両が通り過ぎます。
船鉾の後方から、交通整理を行っています。

その直後、河原町通の車道に引かれた規制線が解除されます。
この瞬間、自分たちは車道から歩道へ移動を強いられました。
(もうすぐここに、普通車両やバスが通過します)

そして、祇園祭前祭山鉾巡行の最後尾が通過します。
こちらの特殊車両は信号機の位置を直したり、
信号機を点灯させたりするためのものです。
事実この車両の直後から、交通規制が解除されました。

「河原町御池」交差点の信号機が再点灯されて、
交差点が通常運転に戻りました。
……と思ったのですが、
船鉾はまだまだ寺町通付近でうろうろされています。
とは言え、自分は横断歩道を渡って自転車置き場に戻り
そこから自転車で帰宅しました。
これで、2019年祇園祭前祭山鉾巡行の連載を終えます。
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