FC2ブログ

第719回 厄払い行列巡行~法住寺節分会2020~その1

いよいよ2020年の節分の季節になりました。
そもそも節分は旧暦の大晦日のことで、
1877年以降は日本ではいくつかの大晦日の行事が
12月31日に移行しましたが、
京都では今なお「旧暦の大晦日」として
各神社仏閣で盛大にお祭りします。
ウチのブログでは上千本壬生祇園など取材しましたが、
2020年はこの日に夜から仕事が入りまして、
個人的な事情でウチの近所を取材しました。


719-1.jpg
取りあえずお金がなかったので、
取材前に「七条本町」交差点のコンビニエンスストアで
銀行預金の一部を下ろしました。
今月前半の生活費を手にコンビニエンスストアを出て、
本町通から七条通を東に向いています。
銅鑼と法螺貝の音色によく見ると、
七条通北側歩道を東にもう法住寺の厄払い行列が
どんどん歩いて行かれます。
そこで、急いでこの巡行に付いていきます。
撮影日は、2020年2月3日節分の月曜日午前10時半。
巡行行列は、約30分後だと思っていました。


719-2.jpg
「七条本町」交差点から、大写しで写真を撮っています。
法住寺の厄払い巡行行列がココ一番屋の前を通り過ぎ、
大黒通の最南端も通り過ぎていかれます。
天狗と鬼の扮装をした方々とご住職・修験者の行列ですね。


719-3.jpg
巡行行列は、大黒通の東七条通沿いのわらじやで立ち止まります。
この辺でいちばん老舗の飲食店ですね。
すると、わらじやの店内から店主や従業員らしき方々が
七条通沿いに出て来られました。


719-4.jpg
ところが、ここで法住寺の方々が暫し手持ち無沙汰になられます。
背広姿の世話役の方が、青(緑)鬼の着ぐるみに手を掛けられます。
「鬼のパンツ」どころか青鬼の着ぐるみがずり落ちそうになり、
慌てて世話役の方が着ぐるみを摺り上げておられます。


719-5.jpg
まぁいろいろありましたが、厄払いの準備が整いました。
やがて法住寺ご住職が、わらじやの方々に一礼をされました。
いよいよ法住寺の方々による厄払いが始まります。


719-6.jpg
黒鬼・青(緑)鬼・赤鬼が腰を振って、一舞い踊られます。
それに合わせて、修験者が銅鑼と法螺貝を演奏されます。


719-7.jpg
続いて、ご住職と天狗に扮する方が店主の前に立たれます。
ご住職の御祈りが、自分がいる位置まで聞こえてきます。


719-8.jpg
わらじやの店主の前にいらして天狗の扮装をされた方が、
突然錫杖を振り回されます。
すると錫杖に付いた金具から、鈴のような音が響きます。


719-9.jpg
さらに天狗姿の方が、わらじやの店先をあちこち移動されます。
錫杖に付いた金具や飾りが風にたなびき、とてもきれいですね。


719-10.jpg
やがて天狗姿の方は、錫杖を手許に収められました。
これで、わらじやへの厄払いが終了です。


719-11.jpg
次に法住寺のご住職が一礼されると、
鬼や天狗の扮装をされた方々も一礼されます。
すると、また銅鑼と法螺貝の演奏が再開されます。


719-12.jpg
法住寺厄払いの方々が、次の目的に移動されます。
取りあえず、七条通をさらに東に進まれます。


719-13.jpg
そして、法住寺の厄払い行列はわらじ家の東隣に向かいます。
こちらの七条甘春堂は、正面通の甘春堂とは別の和菓子屋さんです。
(甘春堂については、第684回ブログ参照)


719-14.jpg
七条甘春堂からも店主と従業員が出て来られると、
すぐに鬼たちの舞いが始まります。


719-15.jpg
鬼たちが腰を振って踊られた後、斧や小槌を振り下ろされます。
ただ上手く振り下ろされた場面が撮れず、
はっきりしない写真になりました。


719-16.jpg
鬼たちの斧や槌を振り下ろされる動作が終わると、
鬼たちの舞いが一段落されたようです。
ここで、ちょっとだけ次の動作まで静止されています。


719-17.jpg
すると背広姿の世話役が、やはり青鬼に取り付かれます。
また青鬼の着ぐるみが、ずり落ちたようです。


719-18.jpg
青鬼の方が落ち着かれると、次の舞いが始まります。
また天狗が、店主の前で錫杖を掲げられます。


719-19.jpg
法住寺のご住職がお祈りを奉げられる中、
天狗の舞いはだんだん大きくなります。
振り上げられた錫杖から鈴の音が響き、
金具や飾りも大きくたなびきます。


719-20.jpg
やがて法住寺のご住職の御祈りが終わると、
天狗に扮された方の舞いも終わります。
そして一礼の後、厄払い巡行行列はさらに東に移動されます。


719-21.jpg
着ぐるみを気にされてか、青鬼の方がゆっくり歩かれています。
法住寺のご住職は順番待ちのため、暫し待たれています。


719-22.jpg
そうこうしているうちに、法住寺の厄払い巡行行列が
大和大路の横断歩道を東に渡られました。
この辺りの赤レンガは、京都国立博物館のものです。


719-23.jpg
法住寺の厄払い巡行行列が、京都国立博物館南側を東に進みます。
この辺の塀は京都国立博物館開業当初のものですが、
赤レンガの塀と西側の正門が重要文化財に指定されています。


719-24.jpg
法住寺の厄払い巡行行列が大和大路から七条通を約100m東に進み、
「三十三間堂前」交差点に差し掛かりました。
第681回ブログの冒頭ですね。


719-25.jpg
法住寺の厄払い巡行行列が、
「三十三間堂前」交差点で待機されています。
要するに、信号待ちですね。


719-26.jpg
信号が、変わりました。
法住寺の厄払い巡行行列が、七条通の南側歩道
つまり、自分が今いる方に渡って来られました。


719-27.jpg
法住寺の厄払い巡行行列の後ろ半分も、横断歩道を渡られました。
そして、巡行行列は東を向いきました。


719-29.jpg
法住寺の厄払い巡行行列は、三十三間堂廻りを東に進まれます。
七条通から南に伸びる三十三間堂廻りという道を南下すると、
三十三間堂や法住寺があるのですが、
巡行行列はそちらには進まれません。


719-30.jpg
法住寺の厄払い巡行行列が、
三十三間堂廻りからさらに七条通を東に進みます。
巡行行列はこの先のハイアットリージェンシーホテルに進み、
そこでも厄払いが行われます。
そういえば、突き当りの「東山七条」交差点に
智積院の勅使門が見えますね。
その後「東山七条」交差点を南下して、
塩小路経由で法住寺に戻られます。
ただ自分はそちらには向かわずに、
この周辺の寺院を参拝した後法住寺に向かいます。
とは言えだいぶ写真を貼り付けましたので、
今夏はここまでです。

~次回は、三十三間堂に寄り道します~

続きを読む

スポンサーサイト



テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第720回 三十三間堂参拝~法住寺節分会2020~その2

720-1.jpg
前回ブログで法住寺節分会の厄払い巡行行列が、
「三十三間堂前」交差点から七条通を東に去っていかれました。
その交差点に、法住寺節分会の看板が毎年立て掛けてあります。
この後は「三十三間堂廻り」という道を南下して、
節分会が開催される法住寺に向かうわけですが、
厄払い巡行行列が法住寺に戻るまで、まだ何時間かあります。
そこで今回ブログと次回ブログに、周辺寺院を参拝します。
撮影日は、2020年2月3日節分の月曜日午前11時。
まだまだ時間があると、この時点では思っていたのですが……


720-2.jpg
七条通から、三十三間堂廻りを南に向いています。
三十三間堂廻りは三十三間堂の東側を貫く七条通~塩小路間の道で、
元々は豊臣秀吉が建立した大仏殿(現在の方広寺)の一部でしたが、
現在は東大路と川端通の間の幹線道路です。
(方広寺大仏殿は、第616回ブログ参照)
向こうに大桜の木が見えますが、春には早いので枯れ枝ですね。
東七条(鴨川以東の七条通~塩小路間)は、
京都市街地でも屈指の桜の名所です。


720-3.jpg
先程の大桜の木の前で、三十三間堂廻りを西に向きました。
2018年は、この位置で法住寺の厄払い巡行行列を見ました。
ではここを進み、三十三間堂境内に入っていきます。


720-4.jpg
三十三間堂境内に入ってきました。
境内の北側は観光バスが何台も停まれる大きな駐車場で、
(「七条大和大路」交差点から、バスは駐車場に入れます)
その南側に切符売場と入り口があります。
ではここで600円支払い、中に入ります。


720-5.jpg
こちらが、三十三間堂の入り口です。
ここから先が、有料の地域です。


720-6.jpg
先程の通路を南下して西を向くと、参進殿があります。
ここに入ってさらに南下すると、
三十三間堂の仏像が安置される場所に出ます。
ただウチのブログでは中を撮影できませんので、
先に三十三間堂の庭園を回ってからこちらに入ります。


720-7.jpg
先程の写真と同じ場所で、三十三間堂境内を東に向きました。
では、こちらを時計回りに1周します。


720-8.jpg
三十三間堂東側庭園には、車いす用の石畳の道が設けられています。
では、この石畳の道沿いに三十三間堂東側庭園を南下します。


720-9.jpg
三十三間堂東側庭園を南下しています。
左(東)側の枯れ枝並木は、約2カ月後に桜並木に変わります。
(三十三間堂の桜並木は、第300回ブログ参照)
右(西)側に三十三間堂本堂が見えますが、その長さは約120mです。


720-10.jpg
同じ位置で、三十三間堂東庭園を東に向きました。
池と築島のある見ごたえのある眺めが広がりますが、
この三十三間堂東側庭園を特に「法住寺殿」と呼びます。
といいますのも、この三十三間堂は元々法住寺の一部です。
(この後、節分会の行事のために訪れる寺院です)
元々法住寺の境内は、鴨川より東の東七条地区一帯でした。
そもそも法住寺は、院政を極めた後白河上皇の住居でした。
その後この辺りは豊臣秀吉によって大仏殿の一部となり、
その際三十三間堂と法住寺は分離されました。
そして江戸時代になって大仏殿関連施設群が分解されても
三十三間堂は法住寺に戻ることはなく、
そのまま蓮華法院として独立した寺院となりました。
(現在は智積院北側の妙法院の塔頭寺院です)
ですから、ここは元々法住寺の庭園でした。


720-11.jpg
さらにその位置から、法住寺殿を南に向いています。
この辺の枯れ枝は全て桜ですので、
もう2カ月もすればここは絶景です。


720-12.jpg
もう少し法住寺殿を南下して、東を向きました。
左(北)側の大きな塔は、古いお経を収めた納経塔です。
右(南)側の小さな塔は、法然が後白河上皇の葬式の際に
こちらで念仏を唱えたことを表す供養塔です。


720-13.jpg
その供養塔の前で、法住寺殿を南に向いています。
この先に、三十三間堂の手水舎が見えます。


720-14.jpg
三十三間堂の勅使門の前(本堂の正門の前)に、
こちらの手水舎があります。
脇のお地蔵さんには、手を合わせます。


720-36.jpg
手水舎の脇に、こちらの立て札が立っています。
手水舎は「夜泣泉」の名の通り、
夜泣きに対してご利益がある井戸ですね。


720-15.jpg
その位置で、三十三間堂境内を西に向きました。
この背後(東)に三十三間堂勅使門があって、
この位置が三十三間堂本堂の正面です。
こちらの障子の向こう(西)に、この度国宝になられた
湛慶の最高傑作「千手観音」像がいらっしゃいます。
(Wikiでは妙法院蔵と書かれていますが、
実際にはその塔頭寺院である三十三間堂にいらっしゃいます)
そういえば、修学旅行生はこの位置で写真をよく撮られていますね。


720-16.jpg
さらに同じ位置で、法住寺殿を南に向いています。
ここからも、さらに南下する石畳の道が伸びています。
よく見ると、三十三間堂南半分に修復中のシートが掛かっています。


720-17.jpg
先程の位置から、法住寺殿を南下しています。
あと70mほどで、法住寺殿は突き当たりますね。


720-18.jpg
その辺りで、法住寺殿を東に向いています。
池の周囲は枯れ枝並木ですが、
毎年春になるとここは絶景に変わります。


720-19.jpg
法住寺殿の石畳の道は、蛇行しながら南下していきます。
このちょっと先に、三十三間堂の鐘楼が建っています。


720-20.jpg
こちらが、三十三間堂の鐘楼です。
結構真新しいのは、最近改築されたからです。


720-21.jpg
三十三間堂の鐘楼の前で、法住寺殿を南を向きました。
この辺りが、法住寺殿の最南端です。
塀越しに、三十三間堂南大門が見えますね。
そして南大門周辺の塀が、他の部分より飛びぬけて古いですね。


720-22.jpg
その塀の前まで来ました。
こちらは重要文化財の「太閤塀」です。
元々は豊臣秀吉が建てた大仏殿の塀でした。
そして、こちらは現存する日本最古の土塀です。


720-23.jpg
三十三間堂境内の太閤塀から、西を向いています。
「法住寺殿」は三十三間堂東側庭園のことですから、
ここから先はもう「法住寺殿」ではありません。


720-24.jpg
三十三間堂境内の南側を西に進み、北を向きました。
三十三間堂では毎年1月に「通し矢」という
遠距離の矢を射る行事が行われます。
それが、この位置から三十三間堂の北端に向けて行われます。
(約120mの距離です)


720-25.jpg
三十三間堂境内の南端から、西に進んでいます。
こちらはこちらで観光客がたくさんいらっしゃいますね。


720-26.jpg
三十三間堂境内の南西端に、こちらの神社がいらっしゃいます。
では、こちらの稲荷社にお参りします。


720-27.jpg
稲荷社の石製鳥居の許に、木賊(とくさ)が映えています。
その向こうには桜並木が続きますが、冬なので枯れ枝並木です。


720-28.jpg
その稲荷社の前で、三十三間堂西側庭園を北に向きました。
では、こちらをこのまま北上します。


720-29.jpg
この辺りの桜並木の枝を大写ししました。
少しずつつぼみが膨らんでいるのが、分かりますね。
ただ2020年2月10日月曜日に南禅寺を訪れたのですが、
そちらはまだまだつぼみが固かったですね。


720-30.jpg
稲荷社から、三十三間堂西側庭園を約120m北上しました。
目の前の比較的新しい建物は、三十三間堂参進殿の一部です。
三十三間堂に入って最初に見た建物ですね。


720-31.jpg
こちらは、三十三間堂参進殿西側入り口です。
では、こちらから三十三間堂本殿に入っていきます。


720-32.jpg
三十三間堂参進殿に入って、南を向きました。
こちらの下駄箱の前で靴を脱ぎ、
参進殿経由で三十三間堂本殿に入っていきます。
ですから、この地点が三十三間堂の施設内で撮影可能な限界です。


720-40.jpg
三十三間堂本堂の写真撮影が禁止されているので、
パンフレットで代用します。
こちらは1001体の観音様で有名ですが、
ご本尊の千手観音像を含めて大半が湛慶の作品です。
三十三間堂は法住寺が建立された平安時代から存在して、
後白河上皇が居住した平安時代末期に栄えましたが、
戦火などで破損された観音像を修復したのが、湛慶でした。
ですから、こちらの寺院の仏像の多くが鎌倉時代の作です。
観音像の手前に二十八分衆と呼ばれる様々な仏像が並びますが、
それらも鎌倉時代以降による慶派の作品が大半です。
そういえば、そのいくつかが千手観音像近くにいらっしゃいました。
なぜでしょうか。


720-33.jpg
三十三間堂参進殿経由で本堂を参拝し、ご本尊の千手観音像や
1001体の観音像・二十八分衆を拝観しました。
では、こちらの通路から三十三間堂を出ます。


720-34.jpg
通路を抜けて、三十三間堂境内北側の駐車場前に戻ってきました。
さらにこちらから、三十三間堂の門を出ます。


720-35.jpg
三十三間堂の門の前から、三十三間堂廻りを南に向いています。
法住寺ご本尊の身代わり地蔵の幟が立っている通り、
この先に節分会が行われる法住寺が建っています。
ではこちらから法住寺に向かいますが、
その前にさらにもう1寺回ります。
ただ今回もだいぶ写真を貼り付けましたので、ここまでとします。

~次回は、養源院に寄り道します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第721回 節分の養源院~法住寺節分会2020~その3

720-35.jpg
前回ブログで参拝した三十三間堂参拝入口の前から、
三十三間堂廻りという道を南に向いています。
(七条通から、約50m南下した地点です)
このまま目的地の法住寺の節分会に行けば良いのですが、
2020年はまだちょっと時間がありましたので、
その中間地点の養源院にも立ち寄ろうと思います。
撮影日は、2020年2月3日節分の月曜日午前11時45分。
この時点では、法住寺節分会に余裕で間に合うと思っていました。


721-2.jpg
三十三間堂参拝入口から、三十三間堂廻りを約100m南下しました。
先程の写真の右(西)側に一見すると土塀が見えますが、
あちらがこの辺で唯一の公衆トイレです。
養源院と法住寺にはトイレがないので、
知っておかないと後々困ります。
では左(東)側に見える養源院の前まで、
さらに三十三間堂廻りを南下します。


721-3.jpg
先程の位置より、三十三間堂廻りを約30m南下しました。
この位置なら、養源院の南隣に法住寺が建っているのが分かります。
では、このまま養源院の門前に向かいます。


721-4.jpg
三十三間堂を背に三十三間堂廻りで東を向くと、
浄土真宗遣迎院派養源院の門があります。
ちなみに浄土真宗遣迎院派は鷹峯遣迎院が本山なのですが、
いずれも元々天台宗から分派した寺院です。


721-5.jpg
養源院の門をくぐり、すぐに南に向きました。
こちらは、養源院の末社白衣弁財天社がいらっしゃいます。
末社の背後が池なのですが、
水神でもある弁財天はよく池の周りにいらっしゃいます。


721-6.jpg
白衣弁財天の向かい(北)側には、毘沙門天社がいらっしゃいます。
北の守護神毘沙門天ですから、この方角も納得です。


721-7.jpg
同じ位置で、養源院境内を東に向きました。
養源院本堂は、この坂道の先にあります。
では、こちらを進んでいきます。


721-8.jpg
養源院境内をそのまま東に進んでいます。
養源院本堂は境内のほぼ東端に位置しますが、
境内の中央にはこの大桜が1本立っています。
東七条でいちばん大きな桜の木ですから、
毎年春には絶景になります。(第299回ブログ参照)


721-9.jpg
養源院境内の石畳の道の東の上り坂を進んでいます。
この辺りは日吉ヶ丘(阿弥陀ヶ峰)のふもとで、
東に行くほど高くなります。
では、養源院境内をさらに東に進みます。


721-10.jpg
養源院境内の石畳の道の東端に、養源院本堂があります。
この塀を越えると、また風景が一変します。


721-11.jpg
先程の塀の中に入り、すぐに南に向きました。
こちらは手水舎というよりも、かつての井戸ですね。
様子から、今は使われていないようですね。


721-12.jpg
その井戸の北側を撮っています。
この先にもう一つの門があるのですが、現在は修復中のようです。
目の前の鳥居は、大木に掲げられている祠のものです。
この周囲には枝垂桜並木があるのですが、
こちらの春になると絶景になります。


721-13.jpg
養源院本堂の縁側に、こちらがいらっしゃいました。
おそらく養源院の飼い猫ですね。
思わず目と目があった瞬間に、写真を撮りました。


721-14.jpg
さらに、こちらのネコを撮り続けています。
だんだん目を合わせるのが辛くなったらしく、
ちょっと目を逸らすようになりました。


721-15.jpg
そのうち、完全に横を向いてしまいました。
ただこの後は全く動かず、やがてすやすや眠ってしまいました。


721-16.jpg
いろいろありましたが、こちらから養源院本堂に入っていきます。
徳川家を表す三つ葉葵の家紋が掲げられていますが、
こちらは最終的に徳川秀忠の継室江が建てました。


721-21.jpg
養源院本堂内は一切撮影禁止なので、写真はこちらで代用します。
左の絵はがきは俵屋宗達筆の杉戸絵で、
こちらに保存されている絵画の過半数が彼の作品です。
(余談ですが、この寺院は俵屋宗達の作品展示数日本一です)

浄土真宗遣迎院派養源院は、1945年ごろまで天台宗寺院でした。
前回ブログでも紹介した通り、安土桃山時代は東七条一帯が
豊臣秀吉が建立した大仏殿とその関連宗教施設でした。
「養源院」という名称は、もともと浅井長政の戒名です。
浅井長政の娘淀殿が豊臣秀吉にお願いして、
浅井長政の21回忌(1594年)にこの寺院を建立しました。
ただ豊臣秀吉の死後淀殿も1615年に自害されたので、
淀殿の妹で徳川秀忠の継室江の方がその事業を引き継ぎました。
ですから、こちらは豊臣家と徳川家の両方が建立に関わっています。
またこちらを徳川家が建てる際、
伏見城の戦いの戦場であった
伏見城の廊下を天井に使用しています。
そこは鳥居忠元らが切腹した場所だったので、
30名ほどの返り血や彼らの死体の跡が完全に残っています。
これを「血天井」と呼び、こちらの説明が結構長いです。

こちらの文化財などの説明は
カセットデッキに録音された音声で行われます。
つまりその場で内容を変更できませんので、
テープのつなぎ目までは多少は時間待ちとなります。
この日(2020年2月3日)はタイミングが悪くて、
約15分待ってからそのカセットテープを聞きました。
法住寺の節分会の餅つきは午後0時半からですが、
そのテープの流れる時間は約30分で、今回ブログの最初から
法住寺節分会の餅つきまで約45分ありました。
余裕で間に合うの思っていたのですが、
どうも雲行きが怪しくなってきました。
午後0時20分を回ったころから、
自分の周囲にいらした参拝者が徐々に立ち上がり、
途中退席されました。
(どうやら、法住寺節分会が目的の方々です)
自分は最後まで聞いていたのですが、
そのうち南隣の寺院(要するに、法住寺)から
「よいしょ、よいしょ」と声が聞こえてきました。
これで、2020年法住寺節分会には遅刻確定です。


721-17.jpg
養源院本堂を出ました。
では目の前の石畳の道を西に向かい、法住寺へ急ぎます。


721-18.jpg
養源院境内の石畳の道を西に急いでいます。
南側から「よいしょ、よいしょ」の声とともに、
杵が餅を搗く音も聞こえます。
では、この先から浄土真宗遣迎院派養源院を出ます。


721-19.jpg
養源院の門前で、三十三間堂廻りを南に向いています。
では、南隣の法住寺に急ぎます。


721-20.jpg
既に遅刻なので実際にはここからすぐに法住寺に向かいましたが、
ブログ上では、先に養源院と法住寺の間にいらっしゃる
後白河天皇陵にお参りします。
ただちょうど区切りが良いので、今回はここまでです。

~次回は、法住寺の餅つきを掲載します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

検索フォーム
プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
ブログの訪問者数
 
現在の訪問者数
現在の閲覧者数:
カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ランキング参加バナー
ブログ村ポイント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: