FC2ブログ

第740回 水火天満宮の枝垂桜~上京桜散策~その10

739-36.jpg
前回ブログで小川通を北上し、上御霊前通に辿り着きました。
今回は、この西側の堀川通沿いにいらっしゃる
水火天満宮の枝垂桜を眺めに行きます。
撮影日は、2020年3月29日日曜日午後4時。
そろそろ夕日が、西に傾いてきました。


740-2.jpg
上御霊前通から、小川通を北に向いています。
右(東)側に、次回ブログで訪れる妙覚寺の墓地が見えますね。
左(西)側の約200m先の鞍馬口通沿いも、妙覚寺の墓地です。
(第248回ブログを参照)
この道は鞍馬口通までは「小川通」と呼称しますが、
鞍馬口通以北は「油小路」と呼称します。
油小路は上立売通でいったん突き当たり、(第477回ブログ参照)
鞍馬口通より約1400m北の加茂川中学校で突き当たります。


740-3.jpg
今度は小川通から、上御霊前通を東に向きました。
こちらには、次回ブログで進みます。


740-4.jpg
さらに小川通から、上御霊前通を西に向きました。
右(北)側に、割と大きな児童公園が広がっています。
こちらが、今回ブログのメインと接する「天神前公園」です。


740-5.jpg
その天神前公園に入ってきました。
こちらは、その天神前公園の最東端です。
通常の京都市内の児童公園同様に、
この天神前公園の植木の過半数が桜の木です。
こちらも、この日(2020年3月29日)が満開でした。


740-6.jpg
天神前公園の北東端から、少しずつ西にズレて撮りました。
この辺も、満開の桜の木で覆われます。
この日(2020年3月29日)は日曜日と言うこともあって、
公園の中央と南側の遊具や公衆便所付近は、
たくさんの親子連れで溢れていました。
その親子連れを避けて撮影しているので、多くの人は写りません。
(こちらは、緊急事態宣言発令の約2週間前の写真です)


740-7.jpg
さらに天神前公園北端を西に進むと、
公園内にこちらの寺院が建っていました。


740-8.jpg
こちらが、その寺院臨済宗相国寺派大應寺です。
元々こちらには、平安時代初期に壇林皇后(嵯峨天皇妃)が
悲田院(古代の社会福祉施設)を建てられていました。
その後1586年(豊臣政権のころ)に虚應が、
その悲田院跡にこの大應寺を建立しました。
境内には古田織部が伏見稲荷大社より勘定した織部稲荷社や
後花園天皇の火葬場があったりしますが、
残念ながらこちらは非公開寺院です。


740-9.jpg
天神前公園内で、臨済宗相国寺派大應寺西隣に進みました。
こちらが、今回ブログのメイン水火天満宮です。
この水火天満宮には天満宮前公園内からと、
堀川通沿いからの2ヵ所鳥居が立っています。


740-10.jpg
水火天満宮に入ってすぐに、こちらの手水舎があります。
落花した椿が添えてあるのは、この時期ならではですね。


740-12.jpg
手水舎の西側に、天登石(とうてんせき)がいらっしゃいます。
ご神体は烏帽子型した石で、水難除けのご利益があります。


740-11.jpg
水火天満宮鳥居の東側に、六玉稲荷社がいらっしゃいます。
こちらは稲荷社ですが、就職成就のご利益があります。



740-13.jpg
六玉稲荷社の北側に、水火天満宮拝殿及び本殿がいらっしゃいます。
天満宮ですから、ご祭神は菅原道真です。
醍醐天皇の勅命で、菅原道真の鎮魂のために建てられた神社です。
(醍醐天皇は、藤原時平の讒言を受け、菅原道真を左遷した天皇です)
水火天満宮(すいかてんまんぐう)の名の通り、
水難と火災除けのご利益があります。
元々堀川通の西側にいらっしゃいましたが、
1957年の堀川通拡張工事を請けて、こちらに移転されました。


740-14.jpg
水火天満宮拝殿前で、境内を西に向きました。
とても大きな枝垂桜が、この日(2020年3月29日)満開でした。
この枝垂桜が水火天満宮の象徴で、
この枝垂桜目当てで、この日も多くの方々が来られていました。
(2020年3月29日段階では緊急事態宣言は出ておらず、
ブログ更新した2020年5月4日ほど密集を気にしていませんでした)


740-15.jpg
水火天満宮の枝垂桜の幹の脇から、境内の北側を撮っています。
個人的には、枝垂桜は内から外の画像がきれいだと思っています。
正面(北)側の建物は社務所のようですが、
建物の形状から多分神職さんが居住もされていると思います。


740-16.jpg
水火天満宮境内をどんどん西に進むと、
そのままこちらの鳥居に行き当たります。
ではこちらから水火天満宮を出て、堀川通に向かいます。


740-17.jpg
水火天満宮を出て、そのまま堀川通の向かい(西)側を見ています。
そちらに、臨済宗相国寺派園通山興正寺が建っています。
先述の古田織部の墓所があるのですが、残念ながら非公開寺院です。


740-18.jpg
堀川通沿いの水火天満宮鳥居をくぐり、北を向きました。
あちらに、9系市バスの「天神公園前」バス停が立っています。
この辺りは桜が見事な神社仏閣が集中するので、
乗降者が多いバス停です。


740-19.jpg
今度は堀川通沿いの水火天満宮鳥居の前で、南を向きました。
約50m南下すると、堀川通は上御霊前通と交差します。


740-20.jpg
堀川通から、上御霊前通を東に向いています。
左(北)側は先程の天神公園ですが、
右(南)側は前回ブログに訪れた本法寺境内に建っている教蔵院です。


740-21.jpg
堀川通から、上御霊前通を東に約100m進みました。
ここで、上御霊前通は小川通と交差します。
ここから上御霊前通を約80m東に進むと、
日蓮宗妙覚寺に辿り着きます。
ただ今回もちょうど切りがいいので、今回はここまでです。

~次回は、日蓮宗妙覚寺に参拝します。
こちらも、ソメイヨシノが満開でした~

続きを読む

スポンサーサイト



テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第741回 妙覚寺大門の桜~上京桜散策~その11

740-21.jpg
前回ブログで、堀川通から上御霊前通を東に約100m進みました。
ここで上御霊前通は、小川通と交差します。
今回は、約80m東の日蓮宗妙覚寺を訪れます。
撮影日は、2020年3月29日日曜日午後4時15分。
急がないと、あと2時間で日が沈みます。


741-2.jpg
上御霊前通から、小川通を北に向いています。
小川通は約200m先の鞍馬口通で突き当たりますが、
その脇から北に油小路が伸びています。
(第248回ブログを参照)
また、この小川通が今回ブログのメイン妙覚寺の最西端です。


741-3.jpg
今度は上御霊前通から、小川通を南に向きました。
この辺りの小川通は、表千家・裏千家の本拠地です。
第739回ブログでは、寺之内通からこの上御霊通まで
小川通を北上しました。


741-4.jpg
さらに小川通から、上御霊前通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


741-5.jpg
小川通から、上御霊前通を約80m東に進みました。
左(北)側に、「妙覚寺」と書かれた看板が見えますね。


741-6.jpg
その看板の前で、上御霊前通から北に向きました。
こちらが、日蓮宗具足山妙覚寺です。
右(東)側の桜の木が、満開ですね。
では、こちらの大門に入っていきます。


741-7.jpg
妙覚寺の大門をくぐり、北を向いています。
ずっと先に、妙覚寺の祖師堂が見えますね。
では、こちらを北上していきます。


741-8.jpg
先程の写真の右(東)側に、こちらが立っていました。
この寺院の開山とされる日像の供養塔です。
日蓮の孫弟子で、京都市街地に日蓮宗を布教した僧侶です。
日像はこの妙覚寺以外も、次々回ブログ掲載予定の妙顕寺、
妙蓮寺宝塔寺を建立しました。


741-9.jpg
日像の供養塔の北側に、
天文の乱で討たれた方々の殉教碑が立っています。
室町時代前半の1532年~1536年に起こった
京都の覇権をめぐる宗教対立です。
日蓮宗信徒は当時の浄土真宗本山山科本願寺を焼き討ちして
一時期勢力を拡大させましたが、
最終的には比叡山延暦寺の僧兵によって
京都市街地の日蓮宗寺院の大半が焼き払われ、
日蓮宗信徒は暫く大阪府堺市などに避難しました。
その際に焼き払われた寺院は、この妙覚寺の他に妙顕寺・妙蓮寺、
本隆寺立本寺本満寺本法寺本圀寺です。
(現在の京都市伏見区深草に建っている宝塔寺は、
当時の京都市街地ではない「深草村」に建っていたため、
焼き討ちされず当時のまま残っています)


741-10.jpg
それらの供養塔の西側に、先述の妙覚寺祖師堂が建っています。
こちらのご本尊は特定の仏像ではなく、法華曼荼羅です。

日蓮宗具足山妙覚寺は、室町時代初期の1378年日実が創建しました。
日実は元々この南隣の妙顕寺の僧侶でしたが、
教義上の対立から当時の妙顕寺の僧侶と袂を分かち、
今の「四条大宮」周辺にこの妙覚寺を建てました。
妙顕寺と同じく日像を開山として「具足山」と名乗るのも、
その辺の対立が起因します。
(妙顕寺から分かれたのは、先述の本隆寺・妙蓮寺と同じですね)

その後他の日蓮宗関連寺院と同様先述の天文の乱で焼き討ちされ、
一時期現在の大阪府堺市に避難していましたが、
16世紀末(安土桃山時代)に京都に戻ってきました。
現在の本堂や方丈は天明の大火後に再建されたものです。


741-11.jpg
妙覚寺境内の北西端に、妙覚寺方丈があります。
こちらの方丈庭園の桜の木々がなかなか見事なのですが、
(秋の紅葉も、とても素晴らしいですね)
この時点で午後4時20分でした。
もう拝観時間を過ぎています。
そもそも所金不足なので、ここは泣く泣く引き返します。


741-12.jpg
妙覚寺祖師堂に背を向け、境内で南を向きました。
次は、向こうの大門に向かいます。


741-13.jpg
妙覚寺大門越しに南に向いて、上御霊前通を見ています。
では、この妙覚寺を出て上御霊前通に戻ります。


741-14.jpg
妙覚寺の前で、上御霊前通を東に向いています。
左(北)側に妙覚寺、右(南)側に日蓮宗實成院の塀が見えます。
この辺りは、日蓮宗寺院が特に集中しますね。


741-15.jpg
妙覚寺から、上御霊前通を約50m東に進みました。
右(南)側に、駐車場が見えます。


741-16.jpg
上御霊前通から右(南)を向いて、その駐車場を見ています。
駐車場の左(東)側が日蓮宗教本院、右(西)側が日蓮宗實成院なので、
この駐車場の所有者はおそらくそのどちらかです。
駐車場の突き当り(南)に先述の妙顕寺の塀が見えますが、
次はその塀までこの駐車場を横断し南下します。


741-17.jpg
駐車場を横断して妙顕寺の塀まで南下し、右(西)を向きました。
次々回ブログ訪問予定の妙顕寺へ行く道筋が、
實成院のブロック塀に貼り付けられています。
取りあえず寺之内通までは、この道筋通りに南下します。


741-18.jpg
先程の位置から約10m西に進み、左(南)に向きました。
右(西)側に、實成院の土塀が見えますね。
では先程の看板通り、この小路を寺之内通まで南下します。


741-19.jpg
先程の角から、約30m南下しました。
左(東)側の駐車場の先は、日蓮宗妙顕寺の屋根が見えます。
つまりこの小路が、妙顕寺最西端です。


741-20.jpg
先程の位置から、さらに約50m南下しました。
左(東)側の妙顕寺から見える桜の木が見事ですが、
その桜の木の許から妙顕寺に入ることができます。
ただし次回ブログはこの妙顕寺ではなく、
先に小川通を南下した寺院に寄り道する予定です。
また右(西)側の日蓮宗教本院のさらに西側の小川通沿いに、
裏千家今日庵が建っています。


741-21.jpg
先程の写真から、さらに約50m南下しました。
妙顕寺境内の桜並木の間に、表千家不審庵の駐車場があります。
ちなみに、右(西)側の建物は表千家不審庵です。
ただし、表千家不審庵には西側の小川通からしか入れません。
(第739回ブログを参照)
このブログはここからこの小路をさらに南下し寺之内通に出て、
妙顕寺を訪れる前に寄り道をする予定ですが、
ちょうど切りがいいので、今回はここまでです。

~次回は、鳴虎報恩寺に再訪します。
こちらも、桜並木が満開でした~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第742回 満開の鳴虎報恩寺~上京桜散策~その12

741-21.jpg
前回ブログから、日蓮宗大本山妙顕寺最西端の道を南下しています。
(尤も、京都だけで16寺も「日蓮宗本山」と名乗っていますが)
左(東)側がその妙顕寺で、右(西)側が表千家不審庵です。
今回は寺之内通をさらに南下して、鳴虎報恩寺に再訪します。
撮影日は、2020年3月29日午後4時半。
久しぶりに、日蓮宗系以外の寺院に訪れますね。


742-2.jpg
先程の位置から、約50m南下しました。
目の前の門が妙顕寺の三門に見えますが、
この門の北側は妙顕寺境内ではなく駐車場とこの道だけです。
(妙顕寺境内は、さらに東側です)


742-3.jpg
その門をくぐり、そのまま南を向きました。
この道は目の前で寺之内通と交差していますが、
さらに南に続いています。
このまま南下すると、約150m先の上立売通で突き当たります。
(第477回ブログを参照)


742-4.jpg
先ほどくぐって門の前で、寺之内通を西に向きました。
では少しだけ第728回ブログと同様、ここを進みます。


742-5.jpg
先程の門から、寺之内通を約50m西に進みました。
この先の地面に「T 」の文字が書いてあるのは、
そこから南に小川通が伸びているからです。
次は、その小川通まで進みます。


742-6.jpg
寺之内通から、小川通を南に向いています。
この辺りの京町家西陣織の工房が多く、
この辺りがその工房街の最東端部分です。
第477回ブログ時点ではこの辺り一帯西陣織の工房だったのですが、
だんだんと減少しているようです。
ちなみに向こう(南)の建築現場は、工房からホテルになるそうです。


742-7.jpg
寺之内通から、小川通を約80m南下しました。
先程の建築現場の右(西)側に、駐車場が見えますね。


742-8.jpg
こちらは、その駐車場の南側です。
今回ブログのメイン浄土宗鳴虎報恩寺ですね。



742-9.jpg
小川通から西に進み、鳴虎報恩寺の山門前に来ました。
手前に小さな橋がありますが、
これは暗渠化した小川(こがわ)の名残です。
寺之内通以北にも、小川の名残がありましたね。
(第739回ブログを参照)


742-10.jpg
鳴虎報恩寺三門をくぐり、西を向いています。
右(北)側に末社の政長稲荷大明神がいらっしゃいますが、
第477回ブログでは蒼々していた桜の木も、
今回ブログではちょうど満開でした。


742-11.jpg
政長稲荷大明神の前から、鳴虎報恩寺境内を西に向きました。
こちらの桜の木々は遅咲きのようで、
この日(2020年3月29日)は枯れ枝並木でした。
その左(西)側に桜並木と鳴虎報恩寺庫裏と本堂が建っており、
右(東)側には地蔵堂が建っています。
堂内の千体地蔵は重要文化財です。


742-12.jpg
鳴虎報恩寺境内を西に進み、庫裏と本堂の前に来ました。
庫裏の南側に、びんつるさんの祠がいらっしゃいます。
第477回ブログでも書いたのですが、
こちらのお方は撫でにくいですね。


742-13.jpg
そのびんつるさんの前で、鳴虎報恩寺本堂前で西を向いています。
この辺りの桜並木は、満開です。

浄土宗鳴虎報恩寺は通常非公開寺院ですが、
現在散策している境内は自由に入れます。
元々は別の寺院だったのですが、
室町時代後期(1505年)に報恩寺として再興されました。

「鳴虎」(なきとら)の呼称は、寺宝の猛虎図に由来します。
いったんは豊臣秀吉に求められて強引に持ち去られたのですが、
その日の晩から絵の中の虎が鳴き続けて
寝不足になった豊臣秀吉がこの猛虎図を返却したという
そんな伝説が残っています。
(詳細は、第477回ブログ参照)


742-14.jpg
鳴虎報恩寺本堂の前で、南を向きました。
こちらの門と言うより、この桜の構図が好きで1枚撮りました。


742-15.jpg
鳴虎報恩寺本堂の前で、東を向きました。
では、先程の政長稲荷大明神の前まで戻ります。


742-16.jpg
鳴虎報恩寺本堂前を東に移動し、政長稲荷大明神の前に戻りました。
左(北)側の稲荷社の向かい(南)側に、木造の鐘楼が見えます。
重要文化財の通称「勿撞の鐘」(つかずのかね)ですね。
こちらの伝説は、第477回ブログを参照してください。


742-17.jpg
さらに政長稲荷大明神の前で、東を向きました。
では、こちらの三門から鳴虎報恩寺を出ます。


742-18.jpg
鳴虎報恩寺の山門をくぐり、東を向いています。
次は暗渠化した小川(こがわ)の橋を渡り、小川通に向かいます。


742-19.jpg
鳴虎報恩寺を出て、小川通を北に向きました。
今度は、小川通を突き当りまで北上します。
(第477回ブログでは小川通を南下して、上立売通を経由しました)


742-20.jpg
鳴虎報恩寺前から小川通を約80m北上し、
突き当りの寺之内通で左(西)を向きました。
約30m先から、小川通がさらに北に伸びています。
そこから小川通を北上すると、
第739回ブログと同じ道順を散策することになります。


742-21.jpg
今度は小川通から、寺之内通を東に向きました。
約80m先に、日蓮宗妙顕寺が建っています。
ただちょうど切りがいいので、今回はここまでです。

~次回は、ようやく妙顕寺を参拝します。
……「上京桜散策編」は、妙顕寺を本当に焦らしに焦らします~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第743回 妙顕寺の桜散策~上京桜散策~その13

742-21.jpg
小川通から、寺之内通を東に向いています。
寺之内通以北の小川通の都合で、辺りには茶道具屋さんが多いです。
(その都合の詳細は、第739回ブログを参照)
今回は、この東に建つ日蓮宗本山妙顕寺を散策します。
撮影日は、2020年3月29日日曜日午後4時45分。
ある意味、今回が「上京桜散策編」のメインの寺院です。


743-2.jpg
小川通から、寺之内通を東に約50m進みました。
ここで寺之内通は特に名称のない道と交差しますが、
前回ブログは左(北)側からこの位置へ移動してきました。
つまりこの道は、妙覚寺からこの妙顕寺への近道です。
右(南)側に行くと、約150m先で上立売通で突き当たります。
(第477回ブログを参照)


743-3.jpg
先程の道から寺之内通を約20m東に進み、北を向きました。
こちらの枝垂桜は、この日(2020年3月29日)は五分咲きですね。
ではこの山門をくぐり、日蓮宗本山具足山妙顕寺に入ります。


743-4.jpg
山門をくぐり、妙顕寺境内を北上しています。
妙顕寺境内の中央に、大本堂が建っていますね。
妙顕寺境内のあちこちには、桜並木が形成されています。
この日(2020年3月29日)は、ここの桜の木々の大半が満開でした。


743-5.jpg
妙顕寺本堂へと北上する前に、右(東)を向きました。
こちらは、妙顕寺三菩薩堂です。
脇の枝垂桜は、まだ三分咲きのようですね。


743-6.jpg
妙顕寺三菩薩堂を背に、境内を西に向きました。
目の前に、妙顕寺鐘楼が見えますね。
この辺りのソメイヨシノは、ほぼ満開です。


743-7.jpg
こちらが、日蓮宗本山具足山妙顕寺の大本堂です。
ご本尊は、三宝尊です。
ちなみに、こちらは四条門流(京都の日蓮宗)の本山です。
日蓮宗は当初から鎌倉幕府と対立していましたが、
日蓮の孫弟子にあたる日像の尽力により、
鎌倉時代末期の1321年妙顕寺が建立されました。
その後鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇から綸旨を賜り勅願寺となり、
妙顕寺は京都での日蓮宗布教の拠点となりました。
ただ日蓮宗は教義上の論争が絶えず、分派を繰り返しました。
「上京桜散策編」で訪れた日蓮宗系寺院のうち、
本隆寺妙蓮寺妙覚寺はこの妙顕寺から分派しました。
またこの妙顕寺も他の京都市街地に建つ日蓮宗寺院同様、
天文の乱で延暦寺の僧兵に焼き討ちされ、
大阪府堺市に一時避難した後京都に戻りました。


743-8.jpg
妙顕寺大本堂から、少し西にズレています。
では、ここから大本堂の周囲を時計回りで1周します。


743-9.jpg
妙顕寺大本堂の西側に、妙見菩薩の祠がいらっしゃいます。
妙見宮は、特に日蓮宗で信仰されています。


743-10.jpg
妙顕寺大本堂の左(西)側を北上しています。
では、このまま妙顕寺境内北西端に向かいます。


743-11.jpg
この辺りは、妙顕寺境内の北西端です。
さらに北に、妙顕寺方丈が見えますね。
ここから先は有料ですが、方丈の奥は書院へと続いています。
そしてこの方丈庭園の桜並木がなかなか絶景なのですが、
拝観時間はもうずっと前に終わっています。
(そろそろ午後5時です)
そもそも手持ちのお金もありませんでしたので、
ここへは次回ということで……

ちなみに桜の木の右(西)側に入り口があり、
その先が前回ブログの冒頭です。


743-12.jpg
妙顕寺方丈の前で、境内を東に向きました。
左(北)側の書院と右(南)側の大本堂とが、
渡り廊下でつながっています。
次は、その渡り廊下の下をくぐります。


743-13.jpg
その渡り廊下をくぐり、妙顕寺境内を東に向いています。
この辺りの桜並木は、満開でした。


743-14.jpg
その辺りで、北を向きました。
こちらが、妙顕寺勅使門です。
天皇陛下か皇族が来られない限り、
「勅使門」ですから開門されません。
こちらの門越しに、方丈庭園の桜並木が見えますね。


743-15.jpg
妙顕寺勅使門の前で、境内を東に向きました。
この辺りが、妙顕寺境内の北東端です。
ただ、あちらの出口から妙顕寺境内の通路が南北に伸びています。


743-16.jpg
その通路に出て、そのまま南を向きました。
こちらの塀の向こうに、日蓮宗泉妙院が建っています。
あちこちの資料に「尾形光琳の墓所は妙顕寺」と書かれていますが、
正確にはこの泉妙院境内がその墓所です。


743-17.jpg
妙顕寺の東側に伸びる通路から、先程の入り口を見ています。
この右(北)側に尾形光琳の顕彰碑が立っていたそうですが、
妙顕寺取材時にはそのことに気づきませんでした。
ちなみに尾形光琳の墓石は、天明の大火で喪失しました。


743-18.jpg
その入り口から再び妙顕寺境内北東端に入り、南を向きました。
左(東)側に見える満開の桜並木の辺りは、
サイトの地図では「龍神廟」と書かれています。
では、さらに妙顕寺境内を南下します。


743-19.jpg
その「龍神廟」の脇で、妙顕寺境内を南に見ています。
次は、左(東)側の鬼子母神堂と右(西)側の大本堂に架かる
渡り廊下をくぐり、さらに妙顕寺境内を南下します。



743-20.jpg
その渡り廊下をくぐり、妙顕寺境内を南西に向いています。
右(西)側の屋根は、妙顕寺大本堂のものです。
ここから、妙顕寺境内を少し西に進みます。


743-21.jpg
妙顕寺大本堂の南側に、戻ってきました。
これで、妙顕寺境内を1周したことになります。
では大本堂を背に、妙顕寺山門の方に戻ります。


743-22.jpg
妙顕寺境内を南下し、山門前に戻ってきました。
ではここから妙顕寺を出て、寺之内通に戻ります。


743-23.jpg
妙顕寺の前で、寺之内通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


743-24.jpg
妙顕寺の東隣に、室町変電所があります。
まぁ京都市街地にはあちこちに変電所があるのですが、
何故か約300m東に伸びる「室町通」が、
こちらの変電所の名称になっています。


743-25.jpg
その室町変電所の東隣は、先述の泉妙院の門です。
尾形光琳の菩提寺ですね。
ただし非公開寺院ですので、中には入れません。


743-26.jpg
泉妙院の前で、寺之内通を東に向きました。
ここから寺之内通の道幅が、だんだん狭くなります。


743-27.jpg
泉妙院の前から、寺之内通を約50m東に進みました。
ここで寺之内通は、乗用車がやっと1台通れる幅になります。
この先で、寺之内通は西側の新町通と交差します。
……この辺りの道幅は特に狭いので、
乗用車の多くがここで立ち往生します。


743-28.jpg
寺之内通から、西側の新町通を北に向いています。
約300m先で、この道は鞍馬口通と交差します。
(第247回ブログを参照)


743-29.jpg
今度は西側の新町通から、寺之内通を南に向きました。
約150m先に、浄土宗光照院が建っています。
皇族の方々が多くいらした門跡寺院の尼寺です。
こちらの組み立て式の御朱印は、まだ発行されているのでしょうか?
(第727回ブログを参照)


743-30.jpg
「寺之内新町」のT字路から約5m南下したところで、
寺之内通がまた東に伸びています。
「上京桜散策編」では、ここからさらに東に進んでいきます。


743-31.jpg
西側の新町通から、寺之内通を東に約50m進みました。
ここで交差する東側の新町通が、左(北)側で突き当たります。
つまり、ここが東側の新町通の最北端です。
目の前に小さな三角公園がありますが、
こちらの桜並木がまた絶景ですね。
ここから室町通経由で上御霊神社に向かいますが、
だいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は、目の前の三角公園を訪問します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第744回 寺之内通三角公園に咲く桜~上京桜散策~その14

743-31.jpg
「上京桜散策編」メインの道寺之内通を何回かブログを消費して、
浄福寺通から東側の新町通まで東に進みました。
東側の「寺之内新町」交差点はT字路ですが、
(ここが東側の新町通最北端です)
このT字路より東の寺之内通は北東に折れます。
今回は目の前の三角公園の桜を散策した後、
室町通を北上して上御霊前通を目指します。
撮影日は、2020年3月29日日曜日午後5時15分。
日暮れまで、あと1時間少々です。


744-2.jpg
寺之内通から、東側の新町通を南に向いています。
新町通は同志社大学新町キャンパスの南側で大きく東に折れ、
約300m北のここ寺之内通で突き当たります。
これとは別の新町通が、ここから約50m西の位置に
上立売通から西賀茂へと伸びています。
つまり、上立売通や寺之内通は「新町通」が2本交差します。
(上立売通の様子は、第727回ブログ参照)
また第726回ブログの三時知恩寺は、
この新町通を約300m南下した場所に建っています。


744-3.jpg
東側の新町通から、寺之内通を北東に向いています。
左(北)側は飲食店が並びますが、右(南)側は先程の公園です。
手前(西側)の枝垂桜は5分咲きですが、
奥(東側)のソメイヨシノは満開ですね。


744-4.jpg
こちらが、三角公園のソメイヨシノです。
3本とも満開ですが、どちらも大木ですね。


744-5.jpg
寺之内通の三角公園はとても小さく、
30mも歩けば公園の北東端に辿り着きます。
この公園の北東端には枝垂桜が立っていますが、
先程のものと異なり完全に満開のようです。


744-6.jpg
先述の通りこの三角公園はとても小さいので、
遊具の類はほとんど置かれていません。
その代わりに、ソメイヨシノの許には花壇があります。
この時期は、パンジーが満開ですね。


744-7.jpg
この三角公園の東端は、衣棚通です。
こちらは、寺之内通から衣棚通を南に向いています。
衣棚通は第725回ブログ辺りでいったん途切れますが、
筋違いですぐにこの辺りまで伸びています。


744-8.jpg
今度は寺之内通から、衣棚通を北に向きました。
衣棚通は、約400m北の鞍馬口通で突き当たります。
(第247回ブログを参照)


744-9.jpg
さらに衣棚通から、寺之内通を東に向いています。
先程の三角公園と言いますか衣棚通以東は、
寺之内通は真東に伸びています。
次は、こちらを東に進みます。


744-10.jpg
衣棚通から、寺之内通を約100m東に進みました。
ここで寺之内通は、室町通と交差します。
ちなみに寺之内通は、約70m東の烏丸通で突き当たります。
(第193回ブログを参照)
「寺之内通は、鞍馬口通と今出川通との中間点です」
「烏丸寺之内」交差点の派出所で質問したところ、
お巡りさんがそう答えられました。


744-11.jpg
寺之内通から、室町通を南に向いています。
約400m先が、かつての花の御所跡です。
(第725回ブログを参照)


744-12.jpg
今度は寺之内通から、室町通を北に向きました。
次は、こちらを北上します。


744-13.jpg
寺之内通から、室町通を北上しています。
途中でこちらのお地蔵さんにお参りして、さらに北上します。


744-14.jpg
そのお地蔵さんの前で、室町通を北に向いています。
この辺りはマンションとかも建っていますが、
まだまだ京町家も残っていますね。


744-15.jpg
寺之内通から、室町通を約50m北上しました。
室町通西側に、曹洞宗弘安山無学寺が建っています。
ご本尊は、地蔵菩薩です。
元々は臨済宗寺院で、鎌倉時代の1279年に無学祖元が建立しました。
江戸時代にいったん浄土宗寺院となったのですが、
18世紀半ばに最終的に曹洞宗に改宗されました。
西隣の尼寺景愛寺とは、対の関係になります。
無学祖元の遺構がいろいろ残っていますが、
残念ながらこちらは非公開寺院です。


744-16.jpg
無学寺の前で、室町通を北に向きました。
では、再び室町通を北上します。


744-17.jpg
その辺りの京町家の格子窓に、この掲示板が貼ってありました。
この辺りは、寺之内通からまだ約80mしか北上していません。


744-18.jpg
その掲示板の前で、室町通を北に向いています。
取りあえず、この先の突き当りまで北上します。


744-19.jpg
さらに、室町通を北上しています。
右(東)側の京町家には出格子だけでなく、
2Fの虫籠窓やその隣の土蔵も残っていますね。


744-20.jpg
室町通を北上すると、小さなお地蔵さんの祠がいらっしゃいます。
こちらもお参りして、さらに室町通を北上します。


744-21.jpg
寺之内通から、室町通を約200m北上しました。
いよいよ室町通の「突き当り」に近づいてきました。


744-22.jpg
室町通を北上して、その「突き当り」まで来ました。
よく見ると、室町通は少し西にズレてまた北に伸びています。
また東西の道もここが最西端に見えますが、
少し南にズレてまた西に伸びています。
ここは変形ではありますが、
室町通と上御霊前通とが交差する十字路です。


744-23.jpg
西日で光って写真がよく見えませんが、
室町通から上御霊前通を西に向いています。
もはや「小路」というより「路地」という道幅ですが、
約400m西に進むと第741回ブログの妙覚寺に辿り着きます。


744-24.jpg
今度は上御霊前通から、室町通を北に向きました。
約200m先で室町通は鞍馬口通と交差しており、
飲食店が建ち並んでいます。
(Plangi paniは奈良県に移転しています。第247回ブログを参照)


744-25.jpg
さらに室町通から、上御霊前通を東に向いています。
約50m先で、上御霊前通は烏丸通と交差していますね。


744-26.jpg
上御霊前通を東に進み、烏丸通に出ました。
その位置から約20m北に、上御霊前通がさらに東に伸びています。


744-27.jpg
先程の写真に写っていた横断歩道まで、北上しました。
ではこちらの横断歩道を渡り、烏丸通東側歩道に移動します。
この横断歩道は、第192回ブログでも渡っています。


744-28.jpg
烏丸通から、上御霊前通を東に向いています。
ではここから、突き当りの鳥居を目指します。


744-29.jpg
烏丸通から、上御霊前通を約50m東に進みました。
こちらに、猿田彦神社の社がいらっしゃいます。
いつも上御霊神社に参拝するときは、先にお参りします。


744-30.jpg
猿田彦神社の前で、上御霊前通を東に向いています。
では、再び突き当りまで進みます。


744-31.jpg
カラス間取りから、上御霊前通を約100m進みました。
こちらが、「上京桜散策編」最後の目的地上御霊神社です。
こちらも桜の名所なのですが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、この上御霊神社を散策します。
次回で、「上京桜散策編」が終了します~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第745回 上御霊神社の桜~上京桜散策~その15

744-31.jpg
「今出川堀川」交差点から京都市上京区を東西に蛇行しながら、
京都市上京区最北端の上御霊神社まで北上しました。
京都市上京区北部の桜の名所を巡る「上京桜散策」ですが、
目の前の上御霊神社散策で最終回となります。
撮影日は、2020年3月29日日曜日午後5時半。
もう30分ほどで、日が沈みます。


745-2.jpg
先程の上御霊神社鳥居の目の前で、南を向きました。
上御霊前通はこの上御霊神社で突き当たっているように見えますが、
実際はこのように南に折れてまだまだ続きます。
上御霊前通はこのまま左(東)側にカーブして
上御霊神社南側に沿って伸び、約500m先の鴨川で突き当たります。
なかなか面白い神社仏閣が並ぶ通りですから、
先述の寺之内通同様この上御霊前通もいつか特集したいです。


745-3.jpg
今度は上御霊神社鳥居の前で、北を向きました。
南側から北側に道が繋がっていますが、
ここからの道は、特に名称がありません。
この道は約200m北で鞍馬口通と交差し、(第236回ブログ参照)
約500m先の紫明通で突き当たります。


745-4.jpg
ではこの鳥居をくぐって、上御霊神社に入っていきます。
ちなみに第162回ブログにお邪魔した下御霊神社に対して
通称「上」御霊神社と呼ばれますが、
本当は「御霊神社」(みたまじんじゃ)と呼ぶのが正しいです。
鳥居の脇に書かれているように、
こちらは応仁の乱の前哨戦上御霊合戦の舞台です。


745-5.jpg
上御霊神社境内で、鳥居をくぐり東を向いています。
京都市街地で比較的古い神社には、
このように鳥居とは別に楼門があることが多いです。
楼門の左右には、それぞれ左大臣・右大臣がいらっしゃいます。


745-6.jpg
上御霊神社楼門をくぐり、境内で東を向いています。
手水舎の手前(東側)に、満開のソメイヨシノが立っています。


745-7.jpg
そのソメイヨシノを撮りました。
奥(北側)に社務所があって、参拝者が何組かおられました。


745-8.jpg
さて、こちらが神御霊神社の手水舎です。
まぁご時世がご時世ですので、手水舎は使用できません。


745-9.jpg
手水舎から西に向き、先程のソメイヨシノをまた撮りました。
こうして見ると、結構古い木ですね。


745-10.jpg
上御霊神社手水舎前から、境内を東に向いています。
次は、この石畳の道を進みます。


745-11.jpg
手水舎から、石畳の道を約30m東に進みました。
その石畳の道の突き当りに、上御霊神社拝殿があります。
この裏(東)側が、上御霊神社本殿です。


745-12.jpg
上御霊神社拝殿の前で、境内を北に向きました。
手前の枝垂桜は、5分咲きですね。
さらに境内の北側に上御霊神社の末社が並びますが、
夕暮れ間近で時間がないので今回はとばします。


745-13.jpg
上御霊神社拝殿の裏(東)側に、上御霊神社本殿がいらっしゃいます。
ご祭神は、早良親王橘逸勢などの六所御霊に
吉備真備と火雷神を加えた八所御霊です。
そもそも「御霊」(みたま)とは、非業の死を遂げた怨霊のことです。
奈良時代から平安時代には政争が多く、
多くの貴族が敗れ非業の死を遂げました。
ですから特に平安時代で疫病が流行ったり災害が起こったりすると、
全ては御霊の所業と多くの人々は考えました。
そして、その御霊を鎮めるために
京都市街地にいくつかの「御霊神社」が建立されました。
この「京の道 今日の道」でも、西京区上桂の御霊神社や
中京区の下御霊神社に訪れています。
この上御霊神社は元々は六所御霊の名の通り、
元々は別々の6柱の祠が合祀されたのが始まりです。
この辺りは応仁の乱の激戦地ですから、
15世紀にこの辺りは完全な焼け野原になりました。
こちらは、その後に再建されたものです。


745-14.jpg
上御霊神社本殿前で、南を向きました。
約50m先に、上御霊神社南門が見えます。
この門を出ると、上御霊前通です。
第177回ブログではこちらの門から入ってきました。


745-15.jpg
上御霊神社境内南東端には、福寿稲荷がいらっしゃいます。
実はご祭神や沿革がよく分かっていないのですが、
少なくとも江戸時代半ばにはいらっしゃったようです。


745-16.jpg
上御霊神社境内の南西側には、絵馬殿が建っています。
第462回ブログではこの絵馬殿で惣菜を頂きました。


745-17.jpg
その絵馬殿内の床几に座り、南を向きました。
この辺りのソメイヨシノも、どれも満開ですね。


745-18.jpg
こちらは、上御霊神社境内の南西端です。
初めは梅の一種とも思ったのですが、よく見ると桜の一種ですね。


745-19.jpg
こちらは、先程の写真の左(北)側です。
藤棚がありますが、この日は2020年3月29日です。
藤の花が満開になるのは、この1ヵ月後です。
この時点では、ただの枯れ枝でした。


745-20.jpg
藤棚の北側に、先程の手水舎があります。
つまり、これで上御霊神社境内を1周しました。
では、手水舎の前から西側の楼門をくぐります。


745-21.jpg
上御霊神社楼門をくぐり、西を向いています。
石製鳥居の先は、上御霊前通です。
つまり今回ブログ冒頭を逆側から見ているのですが、
もう夕暮れですので西向きの写真は暗く写ります。


745-22.jpg
上御霊神社の鳥居をくぐり、上御霊前通を西に向いています。
左(南)側は、和菓子店の水田玉雲堂です。
こちらの名物からいたという焼き菓子が、
日本物のRPGのアイテムとして以前使われていました。
次は、この通りを西に進みます。


745-23.jpg
上御霊神社の鳥居から、上御霊前通を西に約50m進みました。
左(南)側に末社の猿田彦神社が建っていますが、
そちらへは前回ブログで参拝しました。
この目の前で、上御霊前通は烏丸通と交差します。


745-24.jpg
上御霊前通から、烏丸通を南に向いています。
この道を進むと、第193回ブログと同じルートです。


745-25.jpg
今度は上御霊前通から、烏丸通を北に向きました。
さらに、こちらを北上していきます。


745-26.jpg
上御霊前通から、烏丸通を約70m北上しました。
目の前に、地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅1番出口が見えます。
ではここから地下鉄に乗って、京都駅経由で帰宅します。

これで、「上京桜散策編」は連載終了です。

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

検索フォーム
プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
サイトやブログのリンク
シリーズごと読むなら、こちらから
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
ブログの訪問者数
 
現在の訪問者数
現在の閲覧者数:
カレンダー
04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ランキング参加バナー
ブログ村ポイント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: