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第939回 インクラインの桜 前編~蹴上岡崎桜散策~その1

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今回は「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」に
乗れなかったための桜散策です。

昨年(2022年)に取材した冷泉通桜散策の途中で
この十石舟に巡り合って、今年(2023年)に乗船しに行きました。
ところが船着き場に辿り着くと予約でいっぱいで
今年の乗船を諦めらざるを得ない状況でした。
十石舟の乗船自体は来年(2024年)以降になりますが、
今回はその船着き場周辺で桜散策した模様を連載します。


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京都駅から国際会館行きの市営地下鉄烏丸線に乗って、3駅。
「烏丸御池」駅で、市営地下鉄東西線に乗り換えます。
さらにその東西線の六地蔵行きの地下鉄に乗って、3駅。
こちらは、市営地下鉄東西線「蹴上」駅です。
今回は、この駅の真上にあるインクラインに向かいます。
撮影日は、2023年3月30日木曜日午後2時。
なかなかの快晴でした。


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自分が今まで乗っていた地下鉄東西線の車両が、山科区に向かいます。
車両が緑色なのは、東西線に京阪電鉄が乗り入れているからです。
ちなみに地下鉄烏丸線には、近鉄電車が乗り入れています。


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地下鉄東西線「蹴上」駅ホームに、上に上がる階段があります。
今回は、こちらの階段を上がります。


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階段を結構長く登って、「蹴上」駅のコンコース階に来ました。
では、この先の改札から地下鉄東西線「蹴上」駅を出ます。


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地下鉄東西線「蹴上」駅改札口を出て、正面を向いています。
左(南)に進むと、1番出口に向かいます。
インクラインに向かうなら、こちらが便利です。
(南禅寺に向かうなら2番出口が近いですが、
横断歩道の都合で1番出口からの方が早いです)


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市営地下鉄東西線「蹴上」駅改札口から、南を向きました。
ここからは、地下道を突き当りまで南下します。


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市営地下鉄「蹴上」駅改札口から、地下道を約50m南下しました。
こちらを進むと、1番出口にまで進みます。
ただ京都市立動物園と琵琶湖記念館は、
明らかに2番出口の方が近いのですが……


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先程のパネルの矢印の先に、上りのエスカレータがあります。
こちらに乗ると、その先に「蹴上」駅1番出口があります。


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人が多いのでこの角度でしか撮れませんが、
エスカレーターを上り切り市営地下鉄「蹴上」駅1番出口に来ました。
では市営地下鉄東西線1番出口を出て、三条通に進みます。


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地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、三条通を北西に向いています。
三条通が急な下り坂なのは、この辺りが既に九条山山中だからです。
市営地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口の真上は、インクラインです。
この位置から見てもインクライン上の桜並木が見えますが、
こちらを進んでもインクラインの桜並木の途中に出てしまいます。


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今度は市営地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、
三条通を南東に向きました。
この辺りの三条通は、昔の東海道の京都から山科へ抜ける道です。
(この先の三条通の詳細は、第77回ブログ参照です)
インクラインを堪能するには、こちらを進むべきです。


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市営地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、
三条通を南東に進んでいます。
この辺りは九条山山中なのですが、
左(北東)側には民家が建ち並びます。
ちなみに右(南西)側は、京都市の浄水場です。


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その民家の柱に、こちらが貼られていました。
ここからは、この通りに進みます。


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地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、
三条通をさらに南東に進んでいます。
その民家以降暫く三条通両側に民家がありません。
その代わり、この辺りから菜の花が続きます。


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その菜の花は、暫く続いていました。
そういえば、桜と菜の花は同じ開花時期でしたね。


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市営地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、
三条通を南東に約100m進みました。
右側の標識が目印で、この位置で立ち止まります。


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その標識から、三条通を南東に向いています。
この先を進むと、第77回ブログのルートです。


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その標識の前で、左(東)を向きました。
この道は日向神宮への参道ですが、
インクライン最東端への近道でもあります。


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三条通から、日向神宮参道を東に進んでいます。
参道の両側に民家が並び、観光地には見えません。


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三条通から、日向神宮への参道を約50m東に進みました。
普通の参道が続いているように見えますが、
石段が急になっているところは、琵琶湖疎水に架かる橋です。
つまりこの先で日向神宮参道は、琵琶湖疎水と交差します。


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その橋の上に辿り着いて、日向神宮参道を東に向いています。
日向神宮は大日山の頂上ですから、
参道はまだまだ登りの山道です。
ただ、今回はこれ以上参道を登りません。


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琵琶湖疎水に架かる橋の上から、南東に向いています。
写真中央に写るレンガ製の建物の脇に、船着き場があります。
ただしこちらは「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」のものではなく、
トンネルをくぐって山科区の琵琶湖疎水さくら回廊を遊覧します。


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今度は琵琶湖疎水に架かる橋の上から、北西に向きました。
この先で琵琶湖疎水の水が干上がっているように見えますが、
疎水の右側の側溝へと流れを変えています。
そして疎水の水が干上がった位置からレールが敷かれて、
レール上のトロッコの上に船が置かれていて、
かつてこのようにして船が運ばれたことが分かります。
水力発電や上下水道など琵琶湖疎水には様々な役割がありますが、
明治時代では水運にも利用されていました。
ところが左京区蹴上周辺は坂が急なため、
この辺りの舟の運航が困難でした。
そのため、このような施設を建設して船を運んでいました。
このような工法を「インクライン」と言います。
ですから、正確にはインクラインは地名ではありません。
ただ、京都では通常インクラインはこの蹴上のものを指します。
(本当は、京都にも他のインクラインも存在します)


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琵琶湖疎水に架かる橋の上から、西を向いています。
ずっと先に、先程の三条通が見えますね。
橋の石段を下りた位置で、別の道と交差しています。


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琵琶湖疎水に架かる橋を下りて、北西に向いています。
この先が蹴上インクラインで、周囲の桜は満開でした。


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琵琶湖疎水に架かる橋から、北西に約50m進みました。
こちらに、お地蔵さんがいらっしゃいます。


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こちらが、そのお地蔵さんです。
延命地蔵尊ではなく、大日如来です。
源義経が京都から旅立つ際に、こちらにお参りされたそうです。
フレームから少し切れている右側の石碑は、
琵琶湖疎水建設の際に亡くなった方々の慰霊碑です。


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慰霊碑の脇で、東を向いています。
インクラインの桜並木はソメイヨシノ中心ですが、
こちらは枝垂桜ですね。
この枝垂桜も、この日(2023年3月30日)満開でした。


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その枝垂桜の北西に、生け垣の切れ目があります。
この切れ目の先から、インクラインの桜並木が始まります。


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生け垣の切れ目を越えて、北を向いています。
こちらに、桜並木に囲まれた公園があります。
この蹴上疎水公園は、第355回ブログにも出てきました。
(自分がおにぎりを戴いた場所です)


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蹴上疎水公園の一部は、そのまま北西の「ねじりまんぽ」に通じます。
(「ねじりまんぽ」の詳細は、後述します)
そのさらに左(北西)に、レール跡がある桜並木の道があります。
こちらが、「インクラインの桜並木」の南東端です。


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「蹴上インクラインの桜並木」の南東端から、北西に向いています。
琵琶湖疎水が水運で使われなくなって、
現在インクラインも使われていません。
ですからインクラインは「遺跡」として残っていますが、
両側の桜並木が見事なので、春や秋に多くの人々で賑わいます。
インクラインの桜並木は、この日(2023年3月30日)満開でした。


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ここ数年インクラインの桜並木は世界的に有名になって、
様々な国々の方々がいらしていました。
(まぁ、過半数は日本人ですが……)
2023年3月からマスクが自己の判断となったため、
多くの方々がマスクを外されています。
それはそれでいいのですが、
個人的には真正面の顔を撮影しないようにちょっと苦労します。
(マスク姿なら、真正面を撮っても顔を写さずに済みます)


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とは言えこれで自分が直接経験した2019年春と比べると、
まだまだ8割くらいの人出です。
当時は軍隊の行軍のように黙々と前進するしかない状態でした。
(そのくらい、人で溢れていました)
実は、2019年は人出の多さに撮影を諦めていました。


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さらにインクラインの桜並木を北西に進んでいます。
多くの方々が自撮りされたり、グループで撮影されたりしています。
たぶんですが、このくらいの混み具合がちょうどいいのでしょうね。


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蹴上インクライン南東端から、北西に約100m進みました。
左(西)側は、三条通が沿っています。
実はこの真下辺りが、地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口です。


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インクラインの右(東)側も、覗いてみます。
こちらの下り坂は、蹴上琵琶湖公園から伸びています。
この道はこのまま下り続けて「ねじりまんぽ」に辿り着きます。


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その位置で、インクラインの桜並木を北西に向いています。
九条山山中だからということもありますが、
実はインクラインはそれ以上に急に下っています。
今は真下にトンネルがあるくらいの高所ですが、
インクライン北西端は地面より低くなります。
ここからその様子を取材しますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、インクラインの桜並木を北西端まで進みます~

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第940回 インクラインの桜 後編~蹴上岡崎桜散策~その2

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前回ブログで市営地下鉄東西線「蹴上」駅1番出口から、
その「蹴上」駅1番出口の真上まで来ました。
この辺りは急な山道ですから、明治時代から昭和時代前半は
琵琶湖疎水で運行された運搬用小舟をケーブルで運んでいました。
その方式を「インクライン」というのですが、
この蹴上のインクラインは両側の桜並木で
毎年春と秋には多くの観光客を集めます。
前回ブログで蹴上インクラインの南東端から約200m進みましたが、
今回は約400m先の蹴上インクライン北西端まで進みます。
撮影日は、2023年3月30日木曜日午後2時半。
快晴の行楽日和でした。


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この日(2023年3月30日)は、蹴上周辺の桜が満開でした。
そのため、多くの方々がいらっしゃいました。
尤も2018年ごろと比べると、まだまだ8割くらいです。
(当時のブログは、ありません。人が多すぎて、撮影自体諦めました)
海外からの観光客も多いですが、
日本人の大半は5人前後でいらしていて、
その多くがグループで記念撮影をされていました。


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インクラインに沿って、左(東)側に三条通が伸びています。
満開の桜の枝に隠れていますが、
よく見ると三条通側にレンガ製の構造物が見えます。
この構造物は、インクラインの真下を通れるトンネルの入り口です。
「ねじりまんぽ」という通称を持つレンガ製のトンネルは、
琵琶湖疎水建設時に作られていて、
三条通側の入り口には「雄観奇想」という北垣国道の銘があります。
北垣国道は明治時代の京都府知事で、
琵琶湖疎水を建設するなど京都市の近代化に尽力を尽くした方です。
ねじりまんぽの詳細は、第73回ブログに記載されています。


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今度はねじりまんぽの東側に向きました。
よく見ると右(南東)側へ道が伸びていて、
そちらは前回ブログの蹴上疎水公園に通じています。
真下の道をそのまま東に直進すると南禅寺への近道ですが、
東山中学・高校の通学路でもあります。


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ねじりまんぽの真上から、インクラインの桜並木を北西に向きました。
ここからまたレールに足を取られないように気を付けて、
人波を避けて北西に進みます。


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とは言え、だんだん人口密度が高くなってきました。
さらに2023年3月からマスクが自己判断になって、
外される方が増えてきています。
コロナ禍ではマスク姿が大半でしたから、
通行人の正面をとっても顔を写さずに済みました。
ところが、この日(2023年3月30日)は気を付けないと
観光客の顔を直接撮ってしまいます。
ですから、今回は結構の写真が廃棄処分になっています。


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先程の位置からインクラインの桜並木を北西に進むと、
さらに人口密度が高くなってきました。
ただ、これでも2018年の当時よりも空いています。
あの時はグループ撮影や記念撮影自体が不可能で、
ただ軍隊の行軍のように一直線に前進するしかありませんでした。


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レンガ製トンネルのねじりまんぽの真上から、
インクラインの桜並木を北西に約100m進みました。
左(西)側が三条通と仁王門通とが交差する「蹴上」交差点ですが、
大きなソメイヨシノでよく見えません。


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ですからソメイヨシノを避けて、「蹴上」交差点を撮りました。
正面の道が北西~南東の道と交差しているように見えますが、
「蹴上」交差点までは北西に進んでいた三条通は、
「蹴上」交差点からは正面(西北西)の道に移ります。
そして、「蹴上」交差点から北西に仁王門通が伸びています。
仁王門通は岡崎公園南端の道で、
ここからインクラインは仁王門通沿いに伸びています。


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「蹴上」交差点から三条通を西北西に進むと、
すぐにウェスティン都ホテルが建っています。
2020年に改装されて新しい建物になりましたが、
日本庭園などは開業当時のままです。
自分が大好きな小川治兵衛のご子息が作庭した佳水園庭園は、
京都市指定文化財に指定されています。


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「蹴上」交差点の脇で、インクラインの桜並木を北西に向いています。
この辺りから、右(東)側が常緑樹林が続きます。
常緑樹はナラ・シイ・ブナなどで、秋にはドングリが落ちてきます。
そのドングリが落ちていた秋のインクラインは、
第355回ブログを参照してください。


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少しだけインクラインを北西に進んで、「蹴上」交差点を見ました。
目の前の横断歩道から右(北西)に、仁王門通が伸びています。
横断歩道を渡ったところに、関西電力蹴上第2発電所が残っています。
こちらも、日本土木学会推奨小土木遺産に指定されています。
「蹴上」交差点の様子は、第72回ブログを参照してください。


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仁王門通最南東端から、インクラインを北西に向いています。
左(西)側は桜並木が続きますが、
右(東)側は暫く常緑樹が続きます。


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「蹴上」交差点から、インクラインを約50m北西に進みました。
右(東)側の常緑樹も目立ちますが、
左(西)側の仁王門通がだんだん近づいてきています。
これはインクライン自体がだんだん低くなってきているからです。


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さらにインクラインを約50m北西に進みました。
この辺りから、暫く桜並木が完全に途切れます。
仁王門通の左(西)側に桜並木が見えますが、
あの辺り関西電力蹴上第3発電所のものです。
こちらは水力発電所で、現在も稼働中です。


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さらにインクラインを約100m北西に進みました。
この辺りに、囲いに囲まれたスペースがありますね。


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その囲いに囲まれた部分に近付いてみました。
囲いの中には、トロッコが置かれています。
トロッコにはレールに乗った車輪がついていて、
トロッコが動かないように囲いが設置されています。


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そしてトロッコの上には、小舟が置かれています。
明治時代~昭和時代にはこの小舟の上に、
たくさんの荷物が積まれて運ばれていました。
当時の小舟は滋賀県の琵琶湖から、
京都市街地経由で大阪方面まで運行されていました。
まぁそのための琵琶湖疎水ですが、
山道が急なこの辺り(左京区蹴上地区)は
左右のレールに乗ったトロッコをケーブル方式で運んでいました。
つまり片方のトロッコが坂道を下ると、その力を使って
もう片方のトロッコが坂道を登っていきます。
このような構造物をインクラインと呼び、
このトロッコはインクラインが運行されていた当時の名残です。


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そのトロッコから、インクラインの桜並木を北西に向いています。
この辺りのインクラインは、仁王門通と同じ標高になります。
特に塀などがあるわけではないので、
多くの方々が仁王門通からインクライン内に入って来られます。
もし地下鉄東西線「蹴上」駅から北西に進んでいたなら、
ここからインクラインに侵入することになります。


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仁王門通とインクラインの合流点を大写ししました。
どうも前回ブログの南東端よりも、
この合流点から出入りされる方が多いようです。
ですから、インクラインの桜並木はこの辺の人口密度が高くなります。


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その合流点から、インクラインの桜並木を北西に向いています。
インクラインは、ここから仁王門通の地面より低い位置になります。
ちなみにインクラインの右(東)側に鉄柵がありますが、
その先は側溝でそこに琵琶湖疎水の水が流れています。


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その合流点から、インクラインの桜並木を北西に進んでいます。
左(西)側を見ると、インクラインが仁王門通より低くなります。
約200m先まで進むと、
インクラインは「南禅寺」交差点の橋の下に至ります。


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インクライン桜並木をさらに北西に進んでいます。
約150m先のインクラインに架かる橋が、だんだん見えてきました。
満開の桜のせいで、よく見ないと分かりませんが……


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先程の合流点から、
インクラインの桜並木を北西に約100m進みました。
インクラインを散策される方々の頭の位置より、
仁王門通の地面の方が高くなってきました。
ここまで来ると、約100m先の橋がはっきりと見えます。


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先程の合流点から、
インクラインの桜並木を北西に約200m進みました。
目の前の橋の両側を合わせて、「南禅寺」交差点です。
橋の左(西)側が仁王門通と南禅寺参道と交差しており、
橋の右(東)側で南禅寺参道と白川通南端と交差しています。
おそらく公式にはインクラインはこの橋までですが、
実際はこの橋をくぐった先も約50mインクラインが伸びています。


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「南禅寺」交差点に架かる橋をくぐり、
インクラインの桜並木を北西に向いています。
約50m先でインクラインのレールが途切れて、
その先から琵琶湖疎水が復活します。


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先程の橋から、約50m北西に進みました。
この辺りでレールが途切れて、琵琶湖疎水が復活します。
琵琶湖疎水は、復活するとすぐに西に進路が折れます。
すると、左側の仁王門通も西に進路が折れます。
いずれにしても、ここがインクライン北西端です。
もう先には進めませんが、両側に上に上がる階段があります。


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今回ブログでは、左(西)側の上り階段を利用します。
「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」の船着き場は仁王門通沿いで、
そちらに進むにはこちらの方が便利です。


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その石段は、数段で平らな道になります。
仁王門通は、まだ遥か上です。


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そして、この平の道は約50m続きます。
この辺りにも、桜並木がせり出していますね。
ちなみにこの先に見えるのは、京都市動物園です。
あちらも、京都市街屈指の桜の名所です。


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平らな道を北西に約50m進むと、また石段があります。
この石段を上りきると、仁王門通です。


940-31.jpg
インクライン北西端から、石段で仁王門通に上ってきました。
この石段の先に、十石舟の乗り場があります。
当初の予定ではそのまま十石舟に乗る予定でしたが、
実際には予約客で満席だったため、乗船できませんでした。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
その様子は次回に掲載します。
今回は、ここまでです。

~次回は十石舟を諦めた後、この辺を散策します~

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第941回 十石舟の舟着き場~蹴上岡崎桜散策~その3

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前回ブログで蹴上のインクライン北西端に辿り着き、
石段を上って仁王門通まで来ました。
今回は、この先にある「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」の
舟着き場へ向かいます。
撮影日は、2023年3月30日木曜日午後2時45分。
快晴の満開日和でした。


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その石段から地上に上がり、仁王門通で南東に向いています。
約100m先が「南禅寺」交差点なのですが、
満開の桜並木でここからは見えません。
仁王門通の向かい(東)側は、無鄰菴の白壁です。


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同じ位置で、仁王門通を北西に向いています。
この先で仁王門通は、真西に進路を変えます。
赤い幟に、「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」と書かれています。
この位置から琵琶湖疎水沿いに下りていくと、舟着き場です。
ところが、右側に大きな看板が立っています。
「本日の乗船に関しましては、定員に達しました」
そう書かれています。
この日(2023年3月30日)は十石舟に乗れないことを
この時点で知りました。


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とは言え、いったんは舟着き場まで琵琶湖疎水沿いに下ります。
来年(2024年)以降こそは乗船する予定ですので、
事情をよく把握しておかなければなりません。


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仁王門通から、琵琶湖疎水沿いに約100m下りてきました。
この道の突き当りに、舟着き場があります。



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舟着き場の手前に、椅子がたくさん並んでいます。
既に何名か座っていらっしゃいますが、
おそらく全員予約済みなのでしょうね。


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それらイスの奥(西側)に白いテントがあって、
そちらに十石舟のスタッフがいらっしゃいました。
こちらで、責任者の方と少し話し込んできました。


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「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」は、写真に書いてある料金で
琵琶湖疎水のインクラインの西側~夷川船溜間を十石舟で往復します。
京都市動物園を含む岡崎公園~冷泉通には桜並木が続き、
(冷泉通桜散策参照)
その桜並木を約40分で往復する遊覧船ツアーです。
琵琶湖疎水の桜並木見物は何種類かあるのですが、
「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」は特に人気があります。


941-9.jpg
……で、こちらが2023年3月30日木曜日の予約状況です。
十石舟めぐりは元来午前9時半~午後4時半なのですが、
あまりにも乗客が多いので10本増便されています。
それでも、この日は午前10時には予約でいっぱいになったそうです。
ちなみに予約方法は、2種類あります。
先ずは、こちらまで来て先に予約する方法です。
ただこの方法だと予約と実際の乗船とで
2回こちらに来なければなりません。
ですからもう一つの予約方法の方が、現実的です。
それはスマートフォンやPCなどのサイトから予約することです。
どうやら大半の方々が、この方法で予約されています。
ただし、この方法では当日予約を受け付けていません。


941-10.jpg
今年(2023年3月30日木曜日)は十石舟に乗れないので、
代わりに舟着き場の桟橋だけ撮らせて戴きました。
ここの責任者は結構気安い方で、いろいろ親切に教えて戴きました。


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その白いテントを背後(西)に、琵琶湖疎水沿いの道で東に向きました。
十石舟には乗れなかったので、ここからは周囲の桜並木を散策します。


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こちらの道を上ることで、仁王門通に戻ろうとしています。
琵琶湖疎水の向かい(東側)の岸に、琵琶湖疎水記念館が見えます。


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坂道を上り切り、仁王門通まで戻ってきました。
こちらは、今回ブログの冒頭部分です。
さて、ここからどうしましょう……と言いますか、実はこの時点で
この後どこへ向かうかの計画を立て直してあります。


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先程の坂道を上り切り、仁王門通を北西に向きました。
先ずは左(東)側の石段を下りて、
インクライン北西端に戻ります。


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仁王門通から、南東へ石段を下りました。
そして、また目の前の石段を下ります。


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仁王門通から、石段で約5m下りてきました。
ここで、この小径は平坦になります。


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その平坦な小径は南東に約50m続きます。
その先に見える橋は、「南禅寺」交差点のものです。
またその橋のこちら側が、前回ブログで散策した
蹴上インクラインの北西端です。


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先程の平坦な小径を約50m南東に進みました。
ここで小径から石段に変わり、
そこを下り切ると蹴上インクライン北西端です。


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蹴上インクライン北西端から、そのまま南東をに向きました。
この橋をくぐると、そのまま前回ブログを逆進してしまいます。
ですから、今回はこちらには進みません。


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今度は蹴上インクライン北西端から、北西に向いています。
約50m先から、琵琶湖疎水が復活して、西に進路を変えています。
その間に花菖蒲が植わっており、近くまで板が張ってあります。
その辺りまで近づいて、花菖蒲を眺められるようですね。


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さらに蹴上インクライン北西端から、東を向きました。
今まで向かい(西)側の石段を下りてきましたが、
今度はこちらの石段を上ります。


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こちらが、その上り階段です。
ほんの数m上がった後は、ずっと平坦な小径です。


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こちらが、上り階段の後の平坦な小径です。
花菖蒲の先を進み、琵琶湖疎水端まで進みます。


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その平坦な小径を北西に進むと、約50mで琵琶湖疎水端に出ます。
右(東)側の側溝は、インクラインの南東端から北西端まで
琵琶湖疎水の水が流れ続いていました。


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そして琵琶湖疎水端というより、
この平坦な小径は琵琶湖疎水上を北西に進みます。
すると、その小径に鉄門扉が姿を現します。
ここから先は琵琶湖疎水記念館の敷地内なのですが、
その鉄門扉に「そすいカフェ」の看板が付いています。


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その鉄門扉より先を撮影しました。
約50m先に、琵琶湖疎水記念館があります。

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先程の位置から、平坦な小径を北西に約50m進みました。
この小径は、ここで突き当たります。
こちらが琵琶湖疎水記念館ですが、
周囲がとても賑やかですね。
あちこちに多くの方々が座り込み、
コーヒーやジュースを飲んでおられます。


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目の前の大きなスクリューは、水力発電に使うタービンです。
その左(北)側に、「そすいカフェ」と書かれたお店があります。
琵琶湖疎水記念館の施設内に、テナントとして入っているようです。


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「そすいカフェ」店内に、入ってきました。
店内は広くありませんが、たくさんの方々が並んでおられました。
だんだら珈琲店%ARABIKA京都嵐山などと
同じような大きさのカフェですが、
店内飲食よりもお店の外側で飲食するお店と考えられます。


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店内に、こちらが書かれていました。
季節限定でしょうが、結構おいしそうです。


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自分も店内でこちらを購入して、お店の外で腰掛けました。
食事メニューはそこそこ時間が掛かったようですが、
飲み物はかなり早く出てきました。


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当初は苦いコーヒーを注文しようとしたのですが、
この日(2023年3月30日)は割と暑くて喉が渇きました。
そのため、「さくらソーダ」(500円)を頼みました。


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その「さくらソーダ」を上から撮りました。
簡単に書くと、「さくらソーダ」は甘い炭酸飲料です。
桜色の甘いシロップが、無味の炭酸水と混ぜ合わせてあります。
甘いことは甘いのですが、ペットボトルのジュースとは違う
シロップ由来の香りと深い味わいがいいですね。


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「さくらソーダ」を飲みながら、琵琶湖疎水を西に向いています。
左(南)側は先程の舟着き場ですが、
右(北)側は京都市動物園の桜並木です。
十石舟から眺められる桜並木の一部ですね。


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自分がゆっくり琵琶湖疎水を眺めていると、
琵琶湖疎水の下流(西)側から十石舟が戻ってきました。
まぁ15分ごとの出発ですから、そろそろ頃合いでした。


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約10分かけて、「さくらソーダ」を飲み終えました。
自分が座っていた位置から南東を向くと、
先程の平坦な小径が続いています。
こちらを進むとインクラインに逆戻りですが、
ここからは別の道を進みます。


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「そすいカフェ」の右(南)側から、琵琶湖疎水記念館に入れます。
こちらは琵琶湖疎水建設を解説し、関連資料を展示する施設です。
北垣国道元京都府知事や建築技師の田辺朔郎の生涯を展示したり、
明治時代の琵琶湖疎水や蹴上地区・岡崎地区を
模型で展示したりしています。
ちなみにこの位置は地下1階で、地上は3階まであります。
こちらから琵琶湖疎水記念館に入りますが、
こちらは撮影不可の施設です。
ですから、琵琶湖疎水記念館内の写真はありません。


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琵琶湖疎水記念館を一通り拝観して、1Fから外に出ました。
要するに、先程より1階上にいます。
南を向くと、この位置からでもインクラインの桜並木が見えますね。
この建物の南側が、「南禅寺」交差点です。


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同じ位置で東を向くと、琵琶湖疎水記念館の出口です。
こちらを出ると、目の前が白川通ですね。


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琵琶湖疎水記念館の前で、白川通を北に向いています。
実はこの少し先に京都市街地屈指の桜の名所があるのですが、
そちらには次回ブログで進みます。
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は、京都市動物園に向かいます~

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第942回 京都市動物園の桜並木~蹴上岡崎桜散策~その4

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前回ブログで拝観した琵琶湖疎水記念館の前で、
白川通を北に向いています。
今回は白川通を北上して東エントランスから、
京都市動物園の桜並木を散策します。
撮影日は、2023年3月30日木曜日午後3時。
京都市動物園は、知る人ぞ知る桜の名所です。


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今度は琵琶湖疎水記念館の前で、南を向きました。
約50m先が、「南禅寺前」交差点です。
白川通最南端で、南禅寺参道と交差します。


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琵琶湖疎水記念館の前から、白川通を北上しています。
とは言え、この先から白川通を徐々に北東に進路を変えます。


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琵琶湖疎水記念館の前から、白川通を約50m北上しました。
この先に、京都市動物園の東エントランスがあります。


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京都市動物園東エントランスの前で、白川通を北に向いています。
この辺りから冷泉通まで、
白川通は北東に進路を変えます。
また目の前まで、白川は白川通に沿って流れています。


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こちらは、京都市動物園東エントランスの切符売り場です。
成人1回の入場料は750円ですが、
シーズンチケットなら1年間入り放題で2,200円です。
(子供は、1回650円)


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こちらが、京都市動物園の入場券です。
毎月写真の動物が変わります。
入場券に日付が書いてありますが、
この日であればこの券で何回も入場可能です。


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白川通から、京都市動物園東エントランスに向いています。
では、こちらから京都市動物園に入ります。


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京都市動物園に入って、すぐに南に向きました。
こちらは、京都市動物園のグッズショップです。
と言いましても、こちらの主力商品はぬいぐるみです。
象やレッサーパンダなどが人気ですが、
ぬいぐるみにするとトラやライオンも可愛いですね。


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そのグッズショップの西隣は、飲食物の売店です。
サンドイッチやおにぎりなど、軽食がメインです。
2019年11月では、こちらでソフトクリームを戴きました。


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京都市動物園東エントランスから、動物園内を西に向いています。
この位置が、京都市動物園南東端です。
ですから、正面の道が京都市動物園南端に伸びています。
琵琶湖疎水から見える位置ですから、
延々桜並木が続いています。


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京都市動物園東エントランスから、動物園最南端を西に進んでいます。
この道の左(南)側が琵琶湖疎水で、さらに左(南)が仁王門通です。
つまり、もう動物園の外です。


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そしてこの道の右(北)側に、鉄製の檻が並びます。
こちらに、様々な鳥類がいます。


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その辺りで、左(南)を向いています。
このベンチの先は、琵琶湖疎水が左(東)から右(西)に流れています。


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そのベンチに座り、琵琶湖疎水を眺めています。
左(東)に見えるのは琵琶湖疎水記念館で、
その下の方には「そすいカフェ」があります。
どちらも、前回ブログで訪れました。


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そのベンチの前で、京都動物園内を北に向いています。
ここからは、この先の檻の中を覗き込みます。


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そちらの檻には、ツルがいました。
自分の羽を自分の嘴で掃除しています。
向かい(西)側の檻にはエミューがいましたが、
上手く撮れなかったので載せていません。


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ツルの檻の北側から、京都市動物園内を東に向いています。
京都市動物園の東端に、欄干が片方だけあります。
取り敢えず、そちらに向かいます。


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その欄干まで、白川が流れていました。
比叡山に水源をもつ白川は、白川通沿いに流れて
この位置まで南下していきます。
そして白川はこの位置から暗渠化して、
京都市動物園の南側の琵琶湖疎水に流れ込みます。
さらに京都市動物園を含む岡崎公園の南西端から、
白川は復活し東山区祇園地区を貫き、
最終的には鴨川に合流します。


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ツルの檻まで戻り、京都井動物園を西に向いています。
ここからは、ツルの檻の周囲を散策します。


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この辺りは、フクロウ目の鳥類が並びます。
細かい種類は分かりませんが、頭部に羽が付いているので
おそらくミミズクの一種でしょう。


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こちらは、先程よりも大きいですね。
こちらも頭部に羽が付いているので、ミミズクの一種です。


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こちらは、さらに大きくて体長は約50cmです。
頭部に羽が付いていませんので、こちらはフクロウの一種です。
写真では分かり難いですが、ずっと首を回転させ
大きな目を何度も瞬いていました。


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フクロウ目の檻の北側には、アジアゾウのエリアです。
ただこの日(2023年3月30日)はゾウは全員厩舎におり、
こちらには最後まで登場しませんでした。


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アジアゾウのエリアの南西に、猿山があります。
次は、そちらに向かいます。


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第701回ブログ以来、猿山にやって来ました。
当時自分はこちらにニホンザルがいたと思っていたのですが、
後で調べたらアカゲザルでした。
まぁいずれにしても、2023年3月30日には猿山にサルがいません……


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猿山の頂上に、こちらの看板は置かれていました。
アカゲザルは、これから進む厩舎に引っ越しています。


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その猿山から、京都市動物園内を西に向いています。
左(南)側に霊長目の厩舎が並びますが、
ここからはそちらに進みます。


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霊長目の厩舎の一番手前(東側)に、多くの方が集まっています。
では、こちらを覗き込みます。


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こちらには、アカゲザルがたくさんいました。
猿山から、こちらに引っ越したようですね。


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アカゲザル舎の前で、京都市動物園内を西に向いています。
この先の黄色い建物は、ゴリラ舎です。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、ゴリラ舎です。
2019年にゴリラの赤ちゃんが生まれて以来、
京都市動物園内でも屈指の人気のある場所です。


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タイヤに掴っているのは、体長2m以上のオスです。
たくさんの方々に見詰められる半面、
オスゴリラもこちらを見詰めています。


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その右(南)側には、子供のゴリラがいます。
生後4年ともなれば、もう赤ちゃんではありません。
体長も、約50㎝を越えてきました。


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2体のゴリラの中間に、メスのゴリラがいました。
こちらは、子供ゴリラのお母さんです。
子供ゴリラが赤ちゃんだったときはずっとくっついていましたが、
この時点では少々離れても平気のようです。


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子供ゴリラがボールから手を放して、うろうろしています。
落ち着きがないのは、子供だからでしょうね。


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子供ゴリラに、お母さんゴリラが近づいていきます。
とは言え、何もせずに通り過ぎていきます。
子供ゴリラが赤ちゃんだったころ
お母さんゴリラが周囲を威嚇していて、
オスゴリラも赤ちゃんゴリラに近づけませんでした。
今では、子供ゴリラがオスゴリラと一緒にいることもあります。


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ゴリラ舎はずっと見てられるのですが、
いつまでもいるわけにはいきません。
ですから、ゴリラ舎の前から京都市動物園内を南下します。


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ゴリラ舎から京都市動物園内を約50m南下して、西を向いています。
左(南)側はもう京都市動物園の外で、琵琶湖疎水が流れています。
右(北)側の建物にはチンパンジーがいますが、
今回は京都市動物園最南端の桜並木を優先します。


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京都市動物園最南端を西に歩いています。
この辺りには桜並木が続いていて、
この日(2023年3月30日)満開でした。
桜並木沿いにベンチが置く並び、
そちらでゆっくり桜並木を眺められます。


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そのベンチ付近を大写ししました。
ここからちょっとそのベンチで休憩して辺りを眺めますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回も、京都市動物園を散策します~

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第943回 動物園と琵琶湖疎水~蹴上岡崎桜散策~その5

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前回ブログで東エントランスから京都市動物園に入り、
京都市動物園の東半分を散策しました。
今回は、京都動物園最南端を西に進みます。
撮影日は、2023年3月30日木曜日午後3時半。
今回は、京都市動物園と琵琶湖疎水の両方の桜並木を散策します。


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京都市動物園のサルワールドの南側で、さらに南に向きました。
桜並木の南側にベンチが並んでおり、
そちらから琵琶湖疎水を眺められます。


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そのベンチに座り、琵琶湖疎水を向かい(南)側を眺めています。
仁王門通側の琵琶湖疎水の岸辺に、
「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」の舟着き場が見えます。
要するに、第941回で諦めた遊覧船です。


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舟着き場に停泊している十石舟に、乗客が乗り込みます。
椅子に座っておられた方々が立ち上がり、十石舟に向かわれます。


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お客さんが乗り込み、十石舟が出発します。
分かり難いですが、実は十石舟は背後を見せています。
ですから、ここから十石舟は反転します。


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十石舟が、反転しています。
やはり、十石舟の舳は尖っています。


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十石舟が、進行方向(西)に向きました。
これで、十石舟が出発できます。


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十石舟が、琵琶湖疎水を西に進みます。
この舟は夷川船泊まで進み、こちらに戻ってきます。
約40分の舟旅ですね。
(「岡崎さくら回廊十石舟めぐり」の様子は、
第820回ブログを参照してください)


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ベンチから立ち上がり、京都市動物園内を西に向いています。
ここからは、京都市動物園内最南端の道を西に進みます。


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先程のベンチから約10m西に進み、京都市動物園内を北に向きました。
サルワールドの西側に、小さな観覧車が見えます。
京都市動物園の中央に、小さな遊園地があります。


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ただ今回はその遊園地には向かわず、
京都市動物園最南端の道を西に向かいます。
この辺りが、京都市動物園内でいちばん桜並木が濃いところです。


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先程のベンチから、京都市動物園最南端の道を
西に約50m進みました。
目の前の小さな池にペンギンがいますが、
今回は桜並木に注目しつつ西に進みます。


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ペンギンがいた池から、京都市動物園内を約50m西に進みました。
右(北)側の小屋とさらに奥のスペースは、
ヤギ・ヒツジ・豚など家畜が数頭いる「おとぎの国」です。
子供中心に、こちらでそれら家畜を「触り放題」できます。


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ペンギンがいた池から、京都市動物園最南端の道を
約100m西に進みました。
「おとぎの国」の西側に、北へ道が伸びています。


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京都市動物園内南端の道から、北を向いています。
右(東)側が「おとぎの国」ですが、
左(西)側に「レッサーパンダ」という表札が書いてあります。
約10m先に、たくさんの方々がいらっしゃいます。


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そちらには、レッサーパンダがいました。
京都市動物園では、特に人気者ですね。
ちょっとした仕草が、ネコに似ています。
……と言いますか、ウチのネコもよくこの格好をします。


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やがて、レッサーパンダが起き上がります。
そこから、毛づくろいを始めました。
あるいは、毛に付いた虫を取っているのかもしれません。


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そして、レッサーパンダは自分の毛を舐めだしました。
こういう動作の一つ一つ会可愛いので、
レッサーパンダの前には人だかりができていました。


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レッサーパンダの前で、京都市動物園内を南に向きました。
ここからはこのまま南下して、京都市動物園最南端の道に戻ります。


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レッサーパンダの南隣りには、フェネックが寝ていました。
よく寝ているので、そっとしておきましょう。


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京都市動物園最南端の道に戻り、西に向いています。
では、ここからはまた桜並木を散策します。


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先程の位置から、京都市動物園最南端の道を約100m西に進みました。
この辺りも琵琶湖疎水沿いにベンチが並び、
その位置から動物園と琵琶湖疎水の両方を眺められます。


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さらに、京都市動物園最南端の道を約50m西に進みました。
ここが、京都市動物園南西端です。
琵琶湖疎水沿いの桜並木は、
動物園を越えてさらに西へと続いていきます。



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その時、琵琶湖疎水からモーター音が聞こえてきました。
そちらに振り替えると、新たに十石舟が琵琶湖疎水を進みます。
今回ブログの冒頭からまだ30分くらいなので、
おそらく先程とは別の十石舟でしょう。


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その位置から北を向くと、ミーアキャットがいました。
ちなみに「ミーアキャット」は和名で、
英語表記には「cat」の文字はありません。
ネコ科ではなく、マングース科に属します。


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京都市動物園南西端には、フラミンゴがいます。
京都市動物園では、昔からかなりの数が住んでいますね。


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フラミンゴの向かい(北東)側には、広大なスペースがあります。
こちらには、キリンがいます。


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そのキリンがいるスペースに、こちらが貼られていました。
京都市動物園には、オス、メス以外に子供のキリンがが2頭います。


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こちらが、キリンの母子です。
子供足が多く見えるのは、2頭いるからです。
この3頭は、ずっと一緒にいました。


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実はキリンがいるスペースには、シマウマもいます。
どちらも草食ですが食べる植物が違うので、
ケンカせずに仲良く暮らしているようです。


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そしてこの辺りが京都市動物園最東端なのですが、
正門前まで、この道は真北に伸びています。
ここからは正門前の桜並木とネコ科の肉食動物を眺めますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、京都市動物園正門付近を散策します。
次回で「蹴上・岡崎桜散策編」は終了です。

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第944回 動物園正門の桜並木~蹴上岡崎桜散策~その6

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第942回ブログで東エントランスから京都市動物園に入り、
前回ブログで京都市動物園南西端まで進み、北を向いています。
今回は京都市動物園正門付近の桜並木を散策して、
暫く休憩の後市バスで帰宅します。
撮影日は、2023年3月30日木曜日午後4時。
今回で、「蹴上・岡崎桜散策編」は終了です。


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京都市動物園南西端から、北東に向いています。
こちらには、キリンの親子がいます。
母親のキリンが、子供2頭にエサを与えています。
京都市動物園のキリンがいるスペースは陸橋で囲まれており、
高い位置でキリンを見るとまた違うものが見られます。
(陸橋上の様子は、第703回ブログ参照)


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京都市動物園南西端から、西端の道を北上しています。
頭上に陸橋が見えますが、
そちらは京都市動物園正門のある建物に向かいます。


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陸橋をくぐり、京都市動物園最西端を北上しています。
左(西)側の建物に、京都市動物園正門があります。


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とは言えそのまま正門に向かえば、京都市動物園を出てしまいます。
ですから、正門を背後に京都市動物園内を東に向いています。
京都市動物園は、正門から東に進むメインストリートも桜並木です。
そして、この日(2023年3月30日)が満開でした。


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京都市動物園正門から約50m東に進み、南を向きました。
こちらに、売店が建ち並びます。
京都市内では、以前から佐世保バーガーに人気があります。
露店などでも、結構見かけます。


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佐世保バーガーの露店の前で、京都市動物園内を東に向いています。
この桜並木は、おそらく小さな遊園地の辺りまで伸びています。
ただ今回は、こちらの端までは進みません。


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佐世保バーガーの露店の前で、京都市動物園内を北に向きました。
こちらは、「もうじゅうワールド」と呼ばれています。
ネコ科の大型肉食哺乳類が、何種類かいます。


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京都市動物園の「もうじゅうワールド」には、
トラ、ライオン、ヒョウ、ピューマがいます。
ただうまく撮れたのは、こちらのトラだけでした。
後は透明なパネルに日光が反射して、うまく撮れませんでした。
トラの仕草はウチのネコにとてもよく似ていますが、
もしトラに腕を噛まれたら、簡単に千切れるでしょうね。


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トラを背後に、京都市動物園内を南に向いています。
では、ここからは先程の桜並木まで戻ります。


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「もうじゅうワールド」の前で、
京都市動物園メインストリートを西に向いています。
そして、ここから京都市動物園正門の方に戻ります。


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京都市動物園正門に戻ってきました。
……と言いますか、「門」というより「門のある建物」ですね。
次は、この建物の中に入ります。


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京都市動物園の正門がある建物に入ってきました。
このまま進むと、京都市動物園を出られます。
ただ今回は、左(南)側の階段を上ります。


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その階段を上り、2Fに進みました。
ちなみに、この建物は2F建てです。
階段を上がりきったところに、様々な剥製が並びます。
京都市動物園は、100年以上の歴史を誇ります。
ですから、多くの動物がここで息を引き取りました。
つまり、こちらは京都市動物園でお亡くなりになった動物の剥製です。


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剥製が陳列されている場所から、北を向いています。
ここは京都市動物園内の建物ですが、
このように建物の一部は京都市動物園の敷地外です。
とは言え一度入場すれば、京都市動物園には
その日限定で何回でも入場できます。
(再入場の際に、チケットが必要です)
ですからうっかりこちらを出てしまっても、
その後から何回も入場し直せます。
今回はこのままこちらを北上して、京都市動物園の敷地外に出ます。


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その扉を開けて、南を向きました。
すると、こちらの飲食店があります。
バイキング形式の自分で選んで戴けるお店ですね。


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ビュッフェレストランひな野に、入店しました。
取材日は、2023年3月30日木曜日でした。
まだコロカウィルス感染症は5類ではなかったので、
このような設備が付属しています。
また、こちらはテイクアウトが可能です。
桜並木が満開の中、ベンチでお弁当もいいですね。


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こちらに入店すると、店員さんがこの席に案内されました。
この時点で、2023年3月30日木曜日午後4時10分です。
午後4時半でランチタイムが終了なので、ちょっと急ぎます。
(こちらのランチは、1人1,980円です)


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自分が就いた席から、外を眺めます。
正門から続く満開の桜並木が、よく見えますね。


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ビュッフェレストランひな野では、和洋折衷でいろいろ戴けます。
自分はシジミ汁と筍ご飯を戴きましたが、カレーなどもあります。
おかずは、9品とサラダを取りました。
スパゲッティやコロッケも戴きましたが、
小松菜のお浸しやひじきも戴きました。


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先ほどのものを全て戴いた後、デザートを戴きました。
小さなケーキもありますが、お汁粉などもあります。
こちらを戴いた後、コーヒーを飲んだら
2023年3月30日木曜日午後4時半でした。
ディナータイムに入れ替わるので、ここを出ました。


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ビュッフェレストランひな野を出て、北を向いています。
ここからは目の前の扉を出て、さらに北上します。


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その扉から北に出ると、北隣の建物との渡り廊下があります。
その渡り廊下から西を向くと、岡崎通がよく見えました。
岡崎通の西側は、京都京セラ美術館です。


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渡り廊下から、さらに北側の建物に入ります。
「図書カフェ」と書かれていますが、
要するにこちらは図書館&カフェです。


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「図書カフェ」に入ると、ワニの剥製が置かれていました。
こちらも、かつて京都市動物園で飼育されていました。


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ワニの剥製の脇に、書棚があります。
こちらの置かれている本は、施設内で読むことができます。
「図書カフェ」の最北端に、下りの階段がありますね。


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こちらが、その階段です。
では、ここから1Fへと下りていきます。


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その階段の途中に、こちらがありました。
レッサーパンダの剥製ですね。
こちらは初代ののレッサーパンダで、だいぶ前に亡くなりました。


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階段を下りて、図書カフェの1F部分に下りてきました。
たくさん本が並んでいて、こちらを読むこともできます。
実は、結構絵本が充実しています。
まぁ「図書館」と言っても京都市動物園内ですから、
全て動物関係の本が置かれています。


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「図書館」の東側に、売店があります。
こちらで紅茶やコーヒーなどの飲み物と
クッキーなどのお菓子が売られています。
こちらでは、飲食しながら図書館の本を読めます。
ですから、こちらは「図書カフェ」と呼ばれています。


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「図書カフェ」から1F部分を南下すると、
京都市動物園正門前に戻ります。
その位置で西を向くと、目の前が京都市動物園正門です。
では、こちらから京都市動物園を出ます。


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京都市動物園正門を出て、西を向いています。
目の前の岡崎通沿いに、露店が並びます。
実は自分が幼稚園児だったころから、
この辺りには露店が建ち並んでいます。


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京都市動物園正門から北を向くと、
目の前で岡崎通は二条通と交差します。
二条通から岡崎通を約100m北上すると、第824回ブログ周辺です。


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今度は岡崎通東側歩道から、二条通を西に向いています。
ここからは目の前の横断歩道を渡り、二条通を西に進みます。


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横断歩道を渡り、二条通から岡崎通を南に向いています。
この辺りの岡崎通には桜並木が続いており、
この日(2023年3月30日)が満開でした。


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横断歩道を渡り、岡崎通から、二条通を西に向いています。
二条通は西端の二条城付近のイメージが強いですが、
京都市民には岡崎公園のメインストーリのイメージも強いです。
ここからは二条通を西に進み、岡崎公園の中心に入っていきます。


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岡崎通を二条通を西に進みながら、北を向いています。
目の前に野球場やテニスコートが広がりますが、
こちらが狭い意味の岡崎公園です。
かつてこちらには運動場もあって、
小学生だったころ自分はこちらで運動会をしました。
(当時の京都市内の小学校は校庭が狭く、
1周80mでは運動会ができませんでした。
参観席も設置できませんし……)


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一方二条通の南側は、京都市京セラ美術館です。
ただ、こちらは美術品搬入路で一般の方は入れません。
岡崎公園には、京都市内の様々な文化施設が集中します。


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岡崎通から、二条通を西に進んでいます。
二条通を神宮通まで進むと、近くに平安神宮があります。
ここからはよく分かりませんが、
約50m先に「岡崎公園動物園前」バス停があります。
そちらから京都市バスに乗って、帰宅しました。

~これで、「蹴上・岡崎桜散策編」を終了します~

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第945回 賑わいの堺町御門へ~葵祭2023~その1

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2023年は、葵祭露頭の儀が開催されました

2020年にコロナウィルスが大流行する中、
2020年~2022年の3年間葵祭は「居祭り」でした。
「居祭り」とは神社内で行われる非公開のお祭りで、
神輿などの巡幸が行われないのが通例です。
まぁ葵祭に限らず京都のお祭りの大半が、
この間「居祭り」となりました。
それが、今年(2023年)は葵祭の全日程が通常開催となりました。
さらに2023年5月15日月曜日は自分は休日だったので、
例年足を運んでいない上賀茂神社に向かうつもりでしたが……
2023年5月15日は雨天順延となりました。
翌2023年5月16日は一日快晴でしたので、
この日に2023年の葵祭露頭の儀が行われました。
本当は夕方の牧歌的な上賀茂神社を取材したかったのですが、
2023年も観光用の午前中の葵祭を取材します。


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京都駅から国際会館行き市営地下鉄烏丸線に乗って、4駅。
こちらは、市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅です。
今回は、京都御苑から葵祭巡行行列が市街地に出る
京都御苑堺町御門を訪れます。
撮影日は、2023年5月16日火曜日午前10時10分。
前日とは打て変わって、快晴でした。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅で、ホームに降りました。
もともとこちらの駅は乗降者が多いのですが、
この日(2023年5月16日)は格別に多いですね。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅北側エスカレーターは、
あまりの人出になかなか乗り込めません。
そこで、さらに北側の上り階段を目指します。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅
ホーム最北端に、上り階段があります。
ここからは、こちらを上ります。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅ホーム最北端から階段を上り、
市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅コンコース階に立っています。
ここからは、他の方同様にこのまま北上します。


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先ほどの階段から、市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅の
コンコース階を約5m北上しました。
人込みでよく見えませんが、目の前が改札口です。
では、ここから市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅を出ます。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅北側改札口から、
地下道を北に向いています。
目の前にコンビニエンスストアがありますが、
その周辺に地上に上がる階段があります。


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そのコンビニエンスストアの右(東)側に、
地下道から地上に上がる「1番出口」があります。
京都御苑に進むにはいちばん近いのですが、
10分以上1mも動きません。
実は例年葵祭でこの出口を利用すると、
確実に葵祭巡行行列に間に合いません。


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今度はそのコンビニエンスストアの左(西)側に、
地下道をさらに北側に進む地下道があります。
この先に、市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅2番出口があります。
第397回ブログなど葵祭期間中に京都御苑に入るなら、
こちらに進むのがいちばん有効です。
ただ今回は京都御苑内に入りませんので、
こちらには進みません。


945-10-1.jpg
今度は同じ位置で、地下道を南に向きました。
この左(東)に、市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅北側改札口があります。
ここからは、目の前の地下道を南下します。



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先ほどの位置から、地下道を約30m南下しました。
左(東)側の人込みは、こちらにトイレがあるためです。
市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅周辺は、
さらに南に地下道が続いています。


945-11.jpg
そのトイレの南側で、地下道はT字路になります。
地下道を南下すると地下道は竹屋町通や夷川通沿いまで続きますが、
ここからは左(東)側に地下道を折れます。


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そのT字路で、地下道を東に向いています。
表示にあるように、市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅「3番出口」は
「丸太町烏丸」交差点南東角に出ます。
ここからは、こちらを進みます。


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地下道から先ほどの階段を上り、こちらに出ました。
こちらが、市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口です。
では、ここから地上に出ます。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口で、
烏丸通を南に向いています。
丸太町通以南の烏丸通沿いはオフィスビル街が続き、
京都市内でも大きな会社がここに建ち並びます。
(この辺りの様子は、第202回ブログ参照)


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今度は市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口から、
烏丸通を北に向いています。
約30m先で烏丸通は、丸太町通と交差します。
ここからは、そちらに向かいます。


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市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口から、約30m北上しました。
ここで烏丸通は、丸太町通と交差します。
丸太町通以北で藪に見える場所が、京都御苑です。


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先ほどのほぼ同じ位置で、北北東を向いています。
丸太町通北側歩道には、たくさんの方々がいらっしゃいます。
市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅1番出口を進むと、
あの位置で地上に上がれます。
あちらの方々はそのまま東に進み、京都御苑に入られます。
ちなみに目の前の警官は、交通整理をされていました。
(もうすぐ、丸太町通に通行規制が入ります)


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烏丸通から、丸太町通を東に向いています。
目の前で、車屋通が南に伸びています。
ここからは、丸太町通を東に進みます。


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車屋通から、丸太町通を東に向いています。
丸太町通の左(北)側は、京都御苑が広がります。
ですから烏丸通~寺町通間の南北の通りは、
全てこの丸太町通で突き当たります。


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車屋通から、丸太町通を約50m東に進みました。
ここで丸太町通は、東洞院通と交差します。


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丸太町通から、東洞院通を南に向いています。
烏丸通に近いこともあって、東洞院通には飲食店が多いですね。
それは、京都駅前の塩小路沿いまで変わりません。
ちなみに約3㎞南下すると、豆腐屋さんの並河商店があります。


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東洞院通から、丸太町通を東に向いています。
右(南)側に結構な趣のある喫茶店がありますが、
この辺りは人気のある飲食店が多いですね。
では、このまま丸太町通を東に進みます。


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東洞院通から、丸太町通を約30m東に進みました。
この位置から約20m東で、丸太町通は間之町通と交差します。


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その位置で、丸太町通を北に向きました。
こちらが、京都御苑の間之町口(間之口門)です。
間之町通の語源となった場所ですね。
市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅1番出口から来られた方は、
ここから京都御苑に入っていかれます。
こちらは中央に立っている百日紅(さるすべり)が、
毎年8月になると満開になります。
満開の百日紅の様子は、第679回ブログ参照)


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丸太町通から、間之町通を南に向いています。
間之町通は約4㎞先の七条通まで伸びていますが、
途中何度も途切れています。
約100m南下するとこどもみらい館が建っていて、
約3㎞先に渉成園が広がります。


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間之町通から、丸太町通を東に向いています。
いつもより歩道を歩かれる方が多いですが、
おそらく自分と同じ目的の方々が大半でしょう。
では、このまま丸太町通を東に進みます。


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間之町通から、丸太町通を約50m東に進みました。
ここで、丸太町通は高倉通と交差します。


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丸太町通から、高倉通を南に向いています。
第434回ブログでは、高倉通を北上してここまで来ました。
ちなみに京都御苑内にも高倉通を延長した位置に道があって、
それが京都御所の健礼門に至る健礼門前通です。
健礼門前通りの詳細は、第435回ブログを参照してください。


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高倉通から、丸太町通を東に向いています。
この先の歩道上が混みあっていますが、
そちらが今回ブログの目的地です。


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高倉通から丸太町通を約50m東に進むと堺町と交差しますが、
その堺町と丸太町通が交差する地点で、
かなりの人だかりができています。
自分もこの中に入りますが、その前にちょっとうろうろします。


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目の前で丸太町通が、堺町通と交差します。
丸太町通歩道の車道側に多く人が集まり、
右(南)側は通り抜けできるようになっていますね。


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今度は丸太町通から、堺町通を南に向いています。
こちらにも、数名の見物人がいらっしゃいます。
テレビカメラを持った方もいらっしゃいますが、
おそらくNHKから来られたのだと思います。
ちなみに丸太町通沿いには、
大阪ローカル局のよみうりTVが来ていました。


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今度は丸太町通から、堺町通を北に向きました。
こちらに、京都御苑の堺町御門があります。
堺町御門より大きな中立売御門を正門と考える方も多いですが、
歴史的に考えて堺町御門が京都御苑の正門と考えられます。
1864年に京都市中が火の海になったどんどん焼けの火元です。
葵祭露頭の儀の際は健礼門前通を南下した巡行行列が、
この堺町御門から京都市街地に登場します。
実は葵祭露頭の儀で、最も写真映えする場所の一つです。


945-34.jpg
では、葵祭露頭の儀撮影のための場所取りを始めます。
よみうりTVのカメラ脇がこの辺りのベストポジションですが、
どうも割込みができないようになっています。


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そこでたまたま近くを歩いておられた警官に、詳細を質問しました。
その方は、以下のルールを説明されました。
① テープを張った規制線を跨いで中に入ってはいけない。
② 車道上に身体の一部が出てはいけない。
③ 規制線より北に入りたい場合は、高倉通側から回り込む。


945-36.jpg
そこで高倉通側から、規制線の車道(北)側に入ってきました。
他の方が既に相当数いらっしゃったので、堺町御門が
ギリギリ見えるかどうかの位置取りになってしまいました。
まぁ葵祭の巡行行列は丸太町通上まで南下しますので、
この位置からでも十分に撮影可能ですが……
この時点で、2023年5月16日火曜日午後10時20分です。
ここから、この場所で葵祭の巡行行列を待ちます。


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丸太町南側歩道から、京都御苑の堺町御門を撮っています。
この写真のように、丸太町通には自動車が行き来しています。
さすがに堺町御門の前は通行止めですが、
丸太町通車道は行列が巡行していても、
完全には通行止めになりません。


945-38.jpg
葵祭露頭の儀で巡行行列が通り過ぎるまでは、
交通整理の警官が慌ただしくうろうろされていました。
特に丸太町通北側歩道は、交通整理が大変だったようです。
堺町御門は通行止めですが、通り抜けもある程度認めています。
また堺町御門に直接タクシーや自家用車で乗り付ける方もいらして、
(さすがに堺町御門前に駐車したり、
堺町御門を自動車で通り抜けようとされたりされる方は、
いらっしゃいませんでしたが……)
その対応にかなり追われておられました。


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2023年5月16日火曜日午前10時半になりました。
京都御所の清涼殿では神事が終了して、
健礼門が開かれて巡行行列が南下し始めるころです。
この時点で京都府警のパトロールカーが、姿を現しました。
京都のお祭りで京都市街地を巡行される場合は、
京都府警のパトロールカーが先導して、
京都市役所の青い自動車が後に続きます。
この青い自動車は他の自動車が
巡行行列の妨害にならないように、指示や警告を発します。
丸太町通以降の京都府警側の準備は万端です。
もうすぐ葵祭露頭の儀の巡行行列がここを通りますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回から葵祭露頭の儀の巡行行列が、
堺町御門から丸太町通に出てきます~

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第946回 葵祭露頭の儀本列 前編~葵祭2023~その2

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前回ブログで市営地下鉄烏丸線「丸太町」駅から丸太町通を東に進み、
京都御苑の堺町御門前まで来ました。
葵祭露頭の儀の巡行行列は健礼門から京都御所を出て、
健礼門前通経由で、この堺町御門から京都市街地に出ます。
今回は、葵祭巡行行列を堺町御門前で見物します。
撮影日は、2023年5月16日火曜日午前10時半。
この写真中央にいらっしゃる警察官によると、
この瞬間巡行行列の先頭が健礼門を通過したそうです。


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そういえば上皇さまが京都御所におられて、
京都御所の清涼殿内で葵祭の神事をご覧になられたそうです。
今上天皇陛下のご父君がいらっしゃるので、
例年以上に警察官の警備は厳重です。
その警察官の皆さんが、午前10時半になると同時に
カラーコーンを丸太町通の車道上に並べられました。
赤いコーンの左(北)側は、これ以降車両通行止めです。


946-3.jpg
そして、青いコーンがここから中央分離帯になります。
例年葵祭露頭の儀の巡行行列は半分の車線に自動車を通して、
祇園祭山鉾巡行のように全面的な通行止めにはなりません。


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先ほど堺町御門の前でスピーカーから警察官が放送されていましたが、
ちょっと距離があったので聞き取れていない方々も多かったようです。
そのため、こちらの警察官がもう一度放送されています。
現在京都御苑内の健礼門前通を巡行行列が南下していることと、
この場所で巡行行列を拝観する際の注意事項を繰り返されました。
「カメラを持たれる方がフラッシュを焚かれると、
お馬さんがびっくりしちゃいますよ」
ちょっとふざけた言い方をされるのが、
先ほどの警察官との違いでした。


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この時点で、2023年5月16日火曜日午前10時45分です。
葵祭露頭の儀の巡行行列は、数分後に堺町御門を通過されます。
上皇さまがいらっしゃるためか、
2023年の葵祭露頭の儀の巡行行列は例年以上に時間に正確です。


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2023年5月16日火曜日午前10時50分になりました。
すると、パトロールカーが動き出しました。
京都市街地のお祭りでお神輿などが巡行される際は、
必ずパトロールカーが先導します。


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続いて、京都市役所の青い自動車が動きます。
こちらは、周辺の道路上の歩行者や自動車に指示・注意を出します。


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その直後に、騎乗の制服警察官が堺町御門から現れました。
実際に警備も行っておられる騎乗警察官は、葵祭の名物ですね。
自分の脇におられた台湾(たぶんです。自信ありません)の方が、
騎乗警察官を見るなり大声を出されました。


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パトロ-ルカー・京都市の自動車・騎乗警察官が、
堺町御門から丸太町通を東に進んでおられます。
葵祭露頭の儀の午前のコースはこの堺町御門から始まり、
丸太町通を東に進んだ後河原町通で北に折れます。
そして出町通で東に折れて下鴨神社に向かいます。


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続いて、この黒い自動車が動き出します。
こちらには、葵祭を運営されていおられる方々が乗られます。
……と言いましても、葵祭を運営されるのは役所ではなく、
下鴨神社や上賀茂神社の氏子(神社近くの住民)です。
特に下鴨神社の氏子衆は、左京区下鴨地区の住民です。
京都市街地の中でも、「政界人」「財界人」が集中する地域ですね。


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そして、ここから本来の葵祭露頭の儀の巡行行列が続きます。
ちなみに葵祭露頭の儀の巡行は、初めは男性のみの隊列です。
こちらを「本列」と呼んでいます。
本列の先頭は、「乗尻」(のりじり)と呼ばれています。
元々は衛士(平安時代の近衛兵)が務めていました。
巡行行列を警護するのが役割でしたが、
毎年5月5日に下鴨神社で催される流鏑馬神事で
実際に流鏑馬をされた方々でもあります。


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「乗尻」の後は、こちらの方々が歩かれていました。
束帯姿に腰に刀を帯びて、手には弓を持たれています。
こちらは、平安時代の一般的な武士の姿ですね。
たぶん下級の検非違使(平安時代の警察官)に扮装されています。
よく見ると、束帯姿の男性は全員葵の葉を髪に飾っています。
この扮装から、「葵祭」の名が付きました。


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実は暫く徒歩の検非違使の扮装をされた方々が続いたのですが、
通行する自動車が邪魔で撮影できなかったりして、
ほとんど飛ばしてしまいました。
こちらは検非違使の中でも特に立派な紛争をされています。
おそらく検非違使の尉(平安時代の警察の長官)に扮装されています。


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その直後に、白い束帯姿の方々が堺町御門をくぐられました。
弓などの武具をお持ちですが、こちらは白丁と呼ばれる方々です。
騎乗された方々の武具などを持ち運ぶ役割を持ちます。


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さらに白い束帯姿の方が、長い武具を持ち運ばれています。
こちらは、槍か何かでしょうか?


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こちらも、検非違使(けびいし)の上官に扮装されています。
そのため、周囲に白丁の皆さんが随行されます。


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その後から、お稚児さんが続きます。
お稚児さんには、検非違使が徒歩で随行されます。


946-18.jpg
その直後に現れた方の束帯は……ちょっと変わっています。
高烏帽子に黄色い生地に黒い線……要するにトラ柄ですね。
七支刀のような木の枝を持たれていますが、
何か宗教的な意味があるでしょうか?


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その後には、徒歩の検非違使が行進されます。
両名とも、大きな弓を持たれています。


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本当はこちらの方には、先触の従者がいらっしゃいます。
他の方々より立派な束帯を身に着けていらっしゃいますが、
こちらは山城の使(やましろのつかい)に扮装されています。
「山城の使」は、山城国(京都府南部)の国司の次官で、
平安時代では葵祭警護の最高責任者でした。
五位の位を持っているので、
天皇に直接会って具申する権利を持っていました。


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その直後は暫く白丁が続かれましたが、
その後はちょっと派手な色の束帯を身に着けた方が続きます。


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その直後には、こちらの方々が通り過ぎました。
左から、虎皮と鹿皮を持ち運ばれています。
きっと平安時代には、高級品だったのでしょうね。


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続いて、傘が1本登場です。
平安時代の傘ですから、畳むことはできません。
祇園祭の四条傘鉾綾傘鉾に近い形状ですね。


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さらにその後から、牛車が続きます。
御所車が、牛に曳かれています。


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その牛車を大写ししました。
牛に曳かれた御所車が、藤の造花で装飾されています。
もともとこちらは葵祭の勅使が乗られていましたが、
現在は勅使役の方も騎乗されるので、中には誰もいらっしゃいません。


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牛車の後には、必ず牛がもう1頭随行します。
先ほどの牛が牛車を曳き疲れた際、
こちらの牛が後を引き継ぎます。


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その直後には、御幣櫃(ごへいひつ)を担がれた白丁が続きます。
松尾祭では御幣櫃にご神体が運ばれていましたが、
こちらは下鴨神社や上賀茂神社に奉げられる供物が入っています。


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その直後にも、御幣櫃が続きます。
運ばれているのが供物ですから、
多ければ多いほどいいのでしょうね。


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さらに、御幣櫃が続きます。
白木の櫃に、しめ縄が巻かれていますね。


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御幣櫃の直後に、内蔵寮史生(くらりょうのししょう)が来られます。
平安時代の財政を預かる高官で、七位に相当します。
前を進む御幣櫃の管理者でもあります。

葵祭露頭の儀は男性隊列の「本列」と、
女性隊列の「斎王代列」に分類できます。
「本列」が全体の2/3を占めますが、
ここまでで「本列」の約半分が通り過ぎました。
この辺りが切りがよいので、今回はここまでです。

~次回は、葵祭露頭の儀の後半を掲載します~

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第947回 葵祭露頭の儀本列 後編~葵祭2023~その3

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葵祭露頭の儀本列の巡行行列も、半分を終えました。
こちらは前回ブログにも出てこられた
内蔵寮の史生(くらりょうのししょう)です。
今回は、葵祭露頭の儀本列の巡行行列の後半を取材します。
撮影日は、2023年5月16日火曜日午前11時。
平安時代以来続く「本列」には、女性隊列が存在しません。


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内蔵寮の史生の後に、誰も乗っていない馬が続きます。
おそらく騎乗中の馬が疲れたら、交代するのでしょうね。


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その後にも、立派な束帯を身につけた方が続きます。
おそらく葵祭に登場する馬を管理する
馬寮使(めりょうのつかい)に扮されているのでしょう。


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その後をお稚児さんが続きます。
こちらも、検非違使(平安時代の警察官)に扮された方が随行します。


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さらに白い束帯姿の白丁に扮された方々が、後に続きます。
こちらの方々も、岡持ちなどの荷物を運ばれます。


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その後ろの方々は、白丁とは異なる扮装をされています。
そして手にされているのは、箏などの楽器です。


947-7.jpg
その後から、こちらの扮装をされる方が続きます。
おそらく騎乗された検非違使に扮装されているのでしょうが、
白丁に扮された方が徒歩で手綱を曳いておられます。


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その後ろからも、同じ扮装をされた方が続きます。
武装されているので、おそらく検非違使に扮されています。


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さらに別の方が続きますが、同じ扮装ですね。
騎乗される馬の毛並みで、別の方とはわかりますが……


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その後ろも、さらに同じ扮装をされています。
よく見ると、周囲の方々も武装されています。


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同じ扮装をされた方は、全部で5騎連続されました。
服装だけでなく、武装も同じでした。


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その後の方は、徒歩で紺色の束帯を身に着けておられます。
葵祭の隊列で、紺色は珍しいですね。


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その後の方は、異なる色の束帯を身に着けておられます。
武装されておらず、馬の手綱を曳く白丁が随行されています。
おそらく葵祭勅使の上層分を所持される内蔵使(内蔵使)です。
五位ですから、平安時代では相当高い身分の高い貴族です。
ただし2018年と本列の順番と束帯の色が違うので、
多少扮装されている方が違うかもしれません。


947-14.jpg
続いては、派手な色の束帯を身に着けた方々が行進されます。
大きな鈴のようにも見えるものを持たれていますが、
こちらは神具か何かでしょうか。


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そして、その直後に黒漆の箱を持たれた方が続きます。
おそらくですが、手前の方々と対になっておられるのでしょう。


947-16.jpg
さらに、こちらの方々が続きます。
右(東)側の方がもたれる布はよく分かりませんが、
左(西)側の方が持たれる布は、豹(ひょう)の毛皮です。
ここまでもトラなど日本にはいない動物の毛皮が登場しましたが、
おそらく平安時代にはこれらは富と権力の象徴だったのでしょう。


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その後から、こちらの傘が登場しました。
こちらも平安時代の傘ですから、現代のものと形状が違います。
(骨がなくて、折りたためません)
紅白の牡丹の造花が、傘を着飾ります。


947-18.jpg
その後を白丁に扮装された方々が続きます。
武具だけでなく、様々なものが入った岡持ちなども運ばれます。


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その後に続かれる騎乗の方は、束帯姿ですが武装されていません。
ですから検非違使に扮されておられるわけではないのでしょうが、
自分には詳細が分かりません。


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その後にも、同じ扮装をされておられる方が続きます。
もしかすると舞人かもしれませんが、よく分かりません。


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さらに同じ扮装をされた方が続きます。
舞人は下鴨神社や上賀茂神社の神事で、舞を舞われる方々です。


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さらにさらに、同じ扮装をされた方が続きます。
ただ、舞人は五位の近衛兵です。
舞が上手な上級貴族とは言え武官ですから、
普通に考えて武装しているはずです。
もしかすると、ちょっと前に通り過ぎた同じ扮装の方々が
舞人だったのかもしれません。


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5人連続で、同じ扮装の方々が続きます。
実は2023年の露頭の儀の本列は、
2018年と比べて順番と束帯の色が異なります。
そのため、自分が個人的に混乱しています。


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いずれにしろ、その隊列が堺町御門から丸太町通を東進されます。
直後に岡持ちを持つ白丁に扮された方々が、後に続かれます。


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葵祭露頭の儀本列の騎馬では、こちらが最後尾です。
他の方よりも立派な束帯を身に着けておられるこの方が、
2023年葵祭の勅使に扮されています。
天皇の代理で葵祭に参加して、平安時代は近衛中納言が務めました。
摂政・関白や臨時の役職だった太政大臣を除いて、
貴族で最も高い役職は左大臣で、次に右大臣が続きます。
さらにその下が大納言で、中納言、少納言と続きます。
大納言以下は複数いらしたので、ここまでで総勢約30人です。
そしてこの約30人を特に「殿上人」(てんじょうびと)と呼び、
天皇出席の御前会議で自由に自分の意見を述べられました。
つまり葵祭の勅使は、かなり高い身分の貴族が務めました。


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葵祭勅使の後には、こちらの方々が続きます。
白丁の扮装ではありませんが、
いろいろなものを持ち運ばれています。


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その後にお稚児さんが続きます。
そしてその後に、鹿皮、トラ皮を持たれた白丁が続きます。


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さらにその後に、こちらの傘が続きます。
季節柄こちらはツツジの造花だと今まで思っていたのですが、
サイトで調べたところ、杜若(かきつばた)の造花だと分かりました。


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杜若の造花で着飾った傘が通り過ぎると、
その後からは巡行行列が途絶えてしまいました。
これで葵祭露頭の儀本列が、すべて堺町御門を通過しました。


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「あれ?斎王代は行列に参加しないの?」
そう思った方もいらっしゃるかもしれませんが、
葵祭露頭の儀の巡行行列は、もう少し続きます。
ここから数分後に、斎王代列が続きます
男性ばかりの「本列」と異なり、
「斎王代列」は女性が中心になります。
そして斎王代は、この「斎王代列」の中心に配列されています。
そのため堺町御門にこられた方々は、まだ誰も帰ろうとしません。
ここからその斎王代列を取材しますが、だいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、葵祭露頭の儀斎王代列を取材します~

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第948回 葵祭露頭の儀斎王代列~葵祭2023~その4

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前回ブログで葵祭露頭の儀本列が京都御苑堺町御門を通過し、
丸太町通を東に去っていきました。
現在のところ誰も通過していませんが、
まもなく斎王代列が京都御苑堺町御門を通過します。
男性ばかりが参列される「本列」に対して、
女性が中心に参列される「斎王代列」はまた違った趣があります。
撮影日は、2023年5月16日火曜日午前11時半。
「2023年の葵祭巡行行列観覧編」は、今回で終了です。


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葵祭露頭の儀の巡行行列のうち、
本列と斎王代列は5分ほどの時間差がありました。
女性中心とはいえ、「斎王代列」の先頭は束帯姿の男性です。
武装されているので、検非違使に扮されているのでしょう。


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その直後から、小桂(こうちき)を身につけられた女性が参列します。
花傘をさし掛けてもらっているのは、命婦と呼ばれています。
平安時代の高級女官を表しています。


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その後からは、花傘を差し掛けてもらわない女性が登場します。
こちらは、女儒(にょじゅ)と呼ばれた女官の扮装です。
貴族の身の回りを世話する女官を表しています。


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命婦に花傘をさし掛けているのは、白い束帯姿の男性です。
こちらも貴族の身の回りを世話する白丁に扮装されています。


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その後は、また女儒に扮された方々が続きます。
「斎王代列」の前半は、命婦と女儒が交互に現れます。


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その後は束帯姿の検非違使に、警護される方が登場されます。
その方は、お稚児さんに前後を囲まれておられます。
……とは言え、「斎王代列」のお稚児さんは女の子ですね。


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女の子のお稚児さんに囲まれたのは、こちらの輿です。
束帯姿の男性に担がれるのは、2023年度の斎王代です。
ある意味、2023年度の葵祭の主役ですね。


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2023年の斎王代が輿に担がれ堺町御門を通過して、
そのまま丸太町通を東に進んでいかれます。
河原町通を北上して、出町通経由で下鴨神社に向かわれます。


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斎王代が担がれた輿の後をこちらのお稚児さんが続きます。
お稚児さんも、丸太町通を東に進まれます。


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その後からは、また命婦が続きます。
ただ、こちらの小桂は華やかですね。


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さらに、その後を女儒が続きます。
また交互に命婦と女儒が姿を見せられますが、
それはそう長く続きません。


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ここで今までと異なる衣装を身につけられた女性が、
堺町御門から丸太町通に姿をお見せになりました。
こちらは平安時代に流行った「白拍子」の扮装ですね。
この姿で、舞ながら歌われる方々ですね。


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続いては、小桂を身につけられた騎乗の女性が現れます。
こちらは駒女(むねのりおんな)と呼ばれています。
斎王代付きの巫女とのことですが、
こちらの方々がしばらく続きます。


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駒女の隊列は、ここから数騎続きます。
本当はもっとたくさんいらっしゃるのですが、
丸太町通南側車道の自動車が多く通過したり、
後述のトラブルがあったりで、うまく撮れませんでした。


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さらに、命婦と女儒が交互に現れます。
こちらも、続々と堺町御門を通過されていきます。


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その後も、命婦と女儒の行列は続きます。
色鮮やかな小桂姿の女性が多いせいか、
「本列」よりも「斎王代列」の方が華がありますが、
雨天ですとこちらの衣装が濡れて駄目になります。
2014年はすべて小桂が着られない状態になって、
億単位の損害が出ました。
そのためその後は5月15日が雨天なら
翌日の5月16日に順延となり、
それでも雨天なら中止となりました。


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今度は束帯姿の男性が、こちらに来られました。
こちらは、蔵人陪従(くろうどのべいじゅう)です。
財政を預かる文官ですが、祭祀の際は雅楽を演奏されます。
ですから、葵祭では楽器を持ち運ばれます。


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蔵人陪従が担がれる楽器は、最初が太鼓でこちらが銅鑼です。
篳篥(ひちりき)や竜笛などは小さくてこの場では目立たないので、
たぶんそのまま見過ごしてしまったと思います。


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蔵人陪従に続いて、こちらの牛車がやって来ました。
少し周りがバタバタしていますが、
実は参列者の中に何人か熱中症を発症されました。
そのため救急搬送が相次いでいて、
丸太町通南側車道が時折通行止めになっていました。
「京の道 今日の道」としましては、
救急車や搬送される患者さんなどは一切撮影していません。


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こちらの牛車は斎王代のために用意されたものですが、
通常斎王代は輿に乗られるので、
斎王代が牛車に乗られたことはありません。
ですから、この中には誰もいらっしゃいません。
後続に牛が随行されますが、
こちらは御所車を曳く牛が疲労したとき用の予備の牛です。


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牛車が、丸太町通を東に進んでいきます。
そしてこの牛車で、葵祭露頭の儀斎王代列は終了です。
つまり、これで葵祭巡行行列はすべて通過しました。


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葵祭露頭の儀巡行行列の後から、こちらが続きます。
こちらの軽トラックは、巡行行列が通過した後を確認していきます。
具体的には、通過した馬や牛の糞の回収です。


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さらにその後をこちらの自動車が通過します。
ワンボックスカーの中には、葵祭の氏子衆が乗っておられます。
赤い消防局の自動車は市街地の道路の確認をし、
最後のパトロールカーの後ろから、丸太町通が公道に戻ります。
つまり、パトロールカーより後ろは自由に自動車が通行できます。


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この時点で、2023年5月16日火曜日正午ごろです。
ここで、堺町御門前の規制線が解かれました。
すると、たくさんの方々が丸太町通北側歩道を行き来されました。


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丸太町通北側歩道の方々の多くが、西に向かて進まれていきます。
その先の烏丸通沿いに、地下鉄烏丸線「丸太町」駅があります。
その駅から「今出川」駅に進み
さらに東にずっと進めば、下鴨神社に辿り着けます。
「北大路駅」か「北山」駅からバスに乗れば、
いろいろルートがありますが上賀茂神社に辿り着けます。
さらに京都駅などに向かい、このまま帰宅する方法もあります。


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さて自分がいる丸太町南側歩道の方々も、
一斉に丸太町通を西に向かっています。
……で、自分もこのまま丸太町通を西に進みます。


948-28.jpg
京都御苑堺町御門がある堺町通から、
丸太町通を約100m西に進みました。
ここで丸太町通は、間之町通と交差します。
丸太町通の両側の歩道を歩く人々が、
一斉に西に向いていますね。
自動車は通っていませんが、既に交通規制は解除されています。


948-29.jpg
ところが信号が切り替わると、丸太町通を歩かれている方々が
一斉に横断歩道を渡って来られます。
間之町通の西側に、京都御苑の間之町口があります。
葵祭を京都御苑内で観覧された方々が南西に向かうと、
最初にこの門に出会います。
つまり京都御苑から出られた方々も丸太町通の歩行者と合流し、
歩行者が車道に完全に溢れ出しています。
この人数ですから信号が変わっても歩道には戻り切れず、
歩行者が何人かは車道に溢れていました。


948-30.jpg
間之町通から、丸太町通を西に向いています。
丸太町通の交通規制は解かれましたが、
丸太町通には自動車が全く通っていません。
後で知ったのですが、ちょっと前に京都御苑にいらした上皇さまが
烏丸通を南下されて京都駅に向かわれたそうです。
そのため、烏丸通の車道が封鎖されていたそうです。


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間之町通から丸太町通を西に約50m進み、
丸太町通から東洞院通を南に向いています。
かなり多くの方々が、こちらに抜けていかれます。
たぶんですが、丸太町通があまりに人で溢れていて
それを避けてこちらを通過されていると思われます。
約100m南に伸びる竹屋町通を利用しても、
地下鉄烏丸線「丸太町」駅へは支障がありません。


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東洞院通から、丸太町通を西に向いています。
この脇に「烏丸丸太町」バス停があり、
そちらの乗降者がいらして、さらにこの辺りを混沌にしています。
取り敢えず自分は、このまま丸太町通を西に進みます。


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東洞院通から、丸太町通を約100m西に進みました。
ここで丸太町通は、烏丸通と交差します。


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丸太町通から、烏丸通を南に向いています。
約30m先に、地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口が見えます。


948-35.jpg
こちらが、地下鉄烏丸線「丸太町」駅3番出口です。
2023年5月15日月曜日は仕事先から休みをもらって、
午後から上賀茂神社に向かう予定だったのですが、
雨で順延して葵祭露頭の儀は
翌2023年5月16日火曜日に決行されました。
午後から仕事があるため、2023年はそちらを諦めました。
ですから2023年は京都駅に向かって、このまま帰宅します。

~これで、「2023年葵祭露頭の儀編」は終了です~

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京のお店 今日のお品 3周年

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前回ブログの追記で書いたように、
今回は写真の無い記事です。
今回はもうすぐ3周年を迎える「京のお店 今日のお品」の
関連コラムを掲載します。

「京のお店 今日のお品」連載開始の経緯
「京のお店 今日のお品」は、「京の道 今日の道」の
ブログ内に掲載中のブログです。
京都市街地の1本の道を端から端まで連載するのが、
「京の道 今日の道」というブログです。
そして「京のお店 今日のお品」は、
コロナ禍で様々なお店を応援するブログです。
「京のお店 今日のお品」を始めたのは、
2020年5月28日のことです。
当時の首相安倍晋三さんが緊急事態宣言を出して、
それを解除した直後のことでした。
飲食店を初め多くのお店が経営不振に陥り、
知己の店主や店長が日々の売り上げに悲鳴を上げていた時期でした。
その方々との会話から、
「京のお店 今日のお品」の企画が始まりました。
高額の資本があるお店でない限り、TVのCMを放送できません。
つまり各個人店舗は、自分のお店の情報を
外に知らせる手段がありません。
そこで自分が書いているような各地域を紹介するブログが、
そのような個人店舗の情報を提供する必要を感じて、
各店舗を宣伝するブログを書き始めました。

3年経って、状況が変わりました
「京のお店 今日のお品」が始まって、2023年5月で3周年です。
そして2020年当時から、いろいろ状況が変わっています。
それは、大きく次の点です。

① 2022年秋ごろから、徐々にコロナウィルスが収束に向かっている

② その2022年秋ごろから、観光客が増加している
(特に、海外からの観光客が増えていることが大きい)

③ そのため、飲食店の多くでだんだん売り上げが伸びている

以上のことから、「京のお店 今日のお品」は
一定の役目を終えたと考えることもできます。
ただ、まだ収束していない問題と新たな問題も起きています。
それが、以下の点です。

① 各個人店舗が持つコロナ禍の傷跡は、完全には癒えていない
コロナ禍でいちばん被害を受けていたのは、飲食店ではありません。
花屋さん、アニメおたく関連店舗など、
報道されていない倒産が多かった業種はいくつかあります。
もちろんコロナ禍でも持ちこたえた企業もありますが、
そのまま倒産したお店は相当数あります。
(これは自分が京都市街地を散策し続けた感想です)

② 輸入品を中心に、物価が高止まり
コロナ禍中でも、コロナウィルス以外の経済後退要因がありました。
最大のものは、ロシアがウクライナを侵略したことでしょう。
一時期でしたがあれで世界の物流が止まり、
エネルギー資源や農産物、畜産品などの輸入品が値上げしました。
またアメリカの債務不履行が現実化すれば、
アメリカ国債を世界一買っている日本の経済は苦境に立ちます。
極端なことを書けば切りがないですが、
だんだん好調になっている日本経済にも、不安要素があります。

③ 実は現在も辞めておられるお店が減っていない
自分はこのブログを書いている関係で、
京都市街地をあちこち散策しています。
同じような場所をうろうろしているので、
お店が閉められているかどうかは常に把握しています。
ここ最近は住所の移転が相当数出ていますが、
実は辞められたお店も決して少なくはありません。
特に京都駅前地下街PORTAのお店が
急激に入れ替わっていますが、
商業施設の改装や提示される条件の変更など、
コロナ禍以外の要因でお店が消えていくことも増えてきました。
「京都市街地のお店を応援する」
このコンセプトを考えれば、
コロナ禍以後も「京のお店 今日のお品」は必要に感じています。

④ 全国チェーンのお店は、個人店舗より有利になる
要するに、資本力の問題です。
もともと資本が多い大企業は、個人店舗より有利です。
CMなどを流せる資本もあり、デリバリーのサイトでも
その資本で目立つ位置にお店のサイトを貼り付けて貰えます。
自分が知らないお店の商品を買うには勇気が要りますが、
CMなどでよく目にする企業の商品には一定の信頼があります。
そういう部分が、コロナ禍を経由して顕著になっています。
一定有名なお店は別ですが、
このまま行けば資本が少ない個人店舗は
かなりの数が淘汰されてしまう危険性がまだ残っています。

「京のお店 今日のお品」は、まだまだ続けます
以上のことを考えてコロナ禍が収束している過程であるこの時期でも、
「京のお店 今日のお品」の連載は継続します。
これからは資本が少ない個人店舗をよりクローズアップして、
そういうお店の宣伝を続けていきます。
まぁ個人的に収入がだいぶ減ったので、
自分がお店に通う金銭的に余裕がなくなりつつあります。
その意味では「京の道 今日の道」の方が増えて、
「京のお店 今日のお品」は減ってきますが……

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様々なお店の検索が、可能です。

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第949回 西京極への道~花屋町通東から西~その1

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今回から、約3か月ぶりに新しい道の取材を始めます。
「京の道 今日の道」では新しい道を連載するときは、
最初にその道を紹介する記事を書きます。
そして、この回は写真を貼り付けません。
……ということは、前回ブログと並び2回連続で写真を掲載しません。
実は2回連続で写真を掲載しないのは、
約11年このブログを連載していて初めてです。

今回から連載するのは、花屋町通です。
五条通と七条通の中間に位置する通りで、
幾つかのバス停には「花屋町」の名称が付いています。
(「西大路花屋町」バス停など)
下京区西新屋敷地区(元花街島原)周辺と東端以外は
歩道の付いた2車線の道で
京都市街地では自動車の交通量が比較的多い通りです。
自分は脳卒中を患う前は自転車で花屋町通をよく通りました。
花屋町通最西端は西京極で、
我らが京都サンガのかつてのホームスタジアムがあります。

本当に花屋さんが多い通りでした
花屋町通は、「はなやちょうどおり」と読みます。
794年の平安京遷都当時からこの位置に道は存在していましたが、
別の名称で呼ばれていました。
京都の中心街は応仁の乱で荒廃し、豊臣秀吉が復興しました。
今回紹介する道が花屋町通と呼ばれるようになるのは、
豊臣秀吉の後に続く江戸時代からでした。
こちらの道の南側に東本願寺と西本願寺が並んでおり、
両寺院で必要な生花を販売するお店が建ち並んだことが由来です。
安土桃山時代には大宮通~元花街島原間だけでしたが、
明治時代に新町通以東の万年寺通と繋がって、
その万年寺通も花屋町通に吸収されました。
さらに新千本通以西は、高度経済成長期以降に伸びました。

典型的な京都の小路
花屋町通最東端は、富小路です。
富小路は、河原町通と烏丸通の間に伸びるそこそこ狭い道です。
かつての平安京の最東端は、寺町通です。
ただ豊臣秀吉の再開発以降は、
五条通以南の京都市街地最東端が富小路でした。
ですから五条通以南の富小路には寺町通同様に、
たくさんの寺院が林立していました。
富小路と花屋町通と交差する辺りには、
雅松(わかまつ)児童公園があります。
その南側には、約20年前まで京都市立雅松小学校がありました。
つまりこの公園の周辺にはかつて小学生が多く集まり、
その児童目当てのお店が多く建ち並んでいました。
(文房具店とか、駄菓子屋さんとか)
現在はWALDEN WOOWDS KYOTOが建っています。
高倉通以西の花屋町通には多くの京町屋が建ち並びましたが、
だんだん現代風の建物に取って変わられています。

東本願寺の北端
烏丸通以西の花屋町通は、歩道付きの2車線通りになります。
その辺りの花屋町通の南側に、東本願寺が広がります。
そしてその向かい(北)側に、東本願寺の関連施設が建ち並びます。
その中でも「しんらん交流館」には立ち寄ろうと思います。

西本願寺の北端
花屋町通も新町通を越えると、
飲食店などが建ち並び、小さな繁華街が形成されています。
そして堀川通から西は、西本願寺北端を貫きます。
西本願寺の向かい(北)側は、聞法会館という宿坊です。
「宿坊」とは、宗教施設に付属している宿泊施設です。
智積院茶寮 桔梗のように飲食店が入っている場合があって、
この聞法会館の精進料理もなかなかおいしいです。

元花街島原の中心
花屋町通は大宮通を越えると、島原地区に突入します。
大宮通沿いは島原口商店街で、大門を越えると元花街島原です。
島原はいったん花街としての機能を終えていますが、
輪違屋など置屋は現存しており、現在も大夫さんは営業されています。
その西側はJR嵯峨野線の高架で、
さらに西側は京都市中央卸売市場です。
ですからその辺りで、花屋町通はいったん途切れます。

西京極への抜け道
京都市中央卸売市場より西にも、花屋町通は続きます。
この辺りの花屋町通は観光地の近くには通っていません。
基本的に住宅街なのですが自動車の交通量が多いので、
飲食店が数多く建ち並びます。
そして西大路より西はもう少し道幅が広がります。
さらに葛野大路より西には、阪急電車「西京極」駅があります。
その西側に天神川通と天神川が伸びており、
そこで花屋町通の突き当ります。
この位置から北西に向かうと、
すぐに西京極陸上競技場(たけびしスタジアム)です。

では、次回から花屋町通を取材した記事を掲載します。
もう写真は撮り終えています。

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第950回 白いカフェで休憩~花屋町通東から西~その2

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京都駅北側市バスターミナルから4系や205系など、
河原町通を北上する路線の市バスに乗って約10分。
こちらは、「河原町正面」バス停です。
今回はこちらのバス停から河原町通を北上して、
花屋町通東端のカフェに向かいます。
撮影日は、2023年5月25日木曜日午後3時。
晴れていたのが、だんだん雲行きが怪しくなりました。


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自分がここまで乗っていた205系市バスが、
河原町通を北上していきます。
205系市バスは京都駅から河原町通へ直通する路線と
いったん九条通まで南下する路線があります。
間違うと、九条通を経由して1時間くらいロスします。


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「河原町正面」バス停から、河原町通を南に向いています。
左(東)側が河原町通の車道で、右(西)側が渉成園の土塀です。
ちなみに渉成園へは、河原町通からは入れません。


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「河原町正面」バス停から河原町通を約20m南下して、
河原町通で東を向いています。
河原町通から東に、正面通が伸びています。
約70m先に高瀬川が流れていて桜並木が見事ですが、
今回はそちらには向かいません。
(この辺りの正面通は、第685回ブログを参照してください。
高瀬川の桜並木は、第647回ブログを参照してください)


950-5.jpg
正面通から、河原町通を北に向いています。
では、いったん「河原町正面」バス停に戻ります。


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「河原町正面」バス停に戻って、
今度は河原町通から北に向いています。
今回は、バス停から河原町通を北上します。


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「河原町正面」バス停から、河原町通を約50m北上しました。
ここで河原町通は、上珠数屋町通と交差します。


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河原町通から、上珠数屋町通を西に向いています。
左(南)側が、渉成園の土塀です。
上珠数屋町通は歩道付きの2車線という
京都市街地では幅の広い道ですが、
明治時代後半にここに市電が通っていた名残です。


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上珠数屋町通に架かる横断歩道を北に渡りながら、
河原町通から上珠数屋町通を東に向きました。
上珠数屋町通は、約30m先の土手町通で突き当たります。
土手町通は上ノ口通(後で出てきます)から、
七条通までの約400mの小路ですが、
元々はここに高瀬川が流れていました。
現在の高瀬川は、土手町通より約50m東に流れています。


950-10.jpg
上珠数屋町北側歩道から、河原町通を北に向いています。
この辺りから河原町通は、北北東に曲がります。
さらに、真北に伸びる小路とで分岐点を形成しています。
ですから、目の前のビルが三角形です。
左(西)側の小路の突き当りに見える上ノ口通にこの後向かうので
本当はこの小路を北上した方が近道なのですが、
今回は河原町通を北北東に進みます。


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上珠数屋町通から、河原町通を北北東に約50m進みました。
ここで、河原町通は上ノ口通と交差します。


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河原町通から、上ノ口通を東に向いています。
上ノ口通は、約200m先の鴨川で突き当たります。
高瀬川以東の上ノ口通は、かつての五条楽園のほぼ最南端でした。
遊郭の機能はだいぶ昔に無くなっていましたが、
近年は昔の立派な建物を利用して
新たな観光地として脚光を浴びています。
ちなみに、写真中央の柳の木の裏にサウナの梅湯がが建っています。
よく見ると、柳の木の上から煙突が覗いています。


950-13.jpg
今度は上ノ口通から、河原町通を北北東に向いています。
右(東)側に、ひと・まち交流館京都が建っています。
また約100m先を左(西)に曲がると、市比売神社がいらっしゃいます。


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さらに河原町通から、上ノ口通を西に向いています。
今回は、この上ノ口通を西に進みます。


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河原町通から、上ノ口通を約30m西に進みました。
ここで、上ノ口通から南に小路が伸びています。


950-16.jpg
そのT字路で、上ノ口通から小路を南に向いています。
約50m先で、河原町通や上珠数屋町通と交差しています。
河原町通が北北東に折れ曲がった地点から小路を北上していれば、
すぐにこちらに到達していました。
この周辺の様子を撮りたいために、ちょっと寄り道しました。


950-17.jpg
そのT字路から、上ノ口通を西に向いています。
目の前にたばこの自動販売機がありますが、
その西側のたばこ店も営業中でした。
では、このまま上ノ口通を西に進みます。


950-18.jpg
先ほどのT字路から、上ノ口通を約20m西に進みました。
今度は上ノ口通から、北に小路が伸びています。


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上ノ口通から、その小路を北に向きました。
位置的に考えて、こちらは麩屋町通と考えられます。
この「麩屋町通」を北上すると、小さな寺院がたくさん建ち並びます。
(その辺の様子は、第109回ブログ参照)


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「麩屋町通」から、上ノ口通を西に向いています。
この先で上ノ口通が突き当たっていますが、
その突き当りまでこのまま進みます。


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「麩屋町通」から、上ノ口通を西に歩いていると、
こちらの洋菓子店がありました。
店頭を覗くと「焼き菓子の店『クローバー』」は美味しそうですが、
この後立ち寄る予定のお店があるので、今回は素通りです。


950-22.jpg
「麩屋町通」から、上ノ口通を約50m西に進みました。
ここで上ノ口通は、富小路で突き当たります。
今回ブログのメイン花屋町通は富小路から西に伸びているので、
上ノ口通と花屋町通は「筋違いの同じ道」に見えますが、
歴史的にも考えて別の道と考えるべきです。


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上ノ口通から、富小路を南に向いています。
右(西)側の塀の向こうは、かつての京都市立雅松小学校です。
現在は改築されて、雅松(わかまつ)保育園です。


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今度は上ノ口通から、富小路を北に向きました。
現在の京都市街地は、豊臣秀吉の再開発をそのまま流用しています。
豊臣秀吉は京都市街地の最東端を寺町通と定めましたが、
五条通以南はこの富小路が京都市街地最東端でした。
ですから、五条通以南の富小路にも小さな寺院が集中します。


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富小路の左(西)側に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらに参拝して、この先を進みます。


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そのお地蔵さんの北側に、児童公園への入り口があります。
こちらは、雅松(わかまつ)児童公園です。
このブログにも、何回か登場しています。
一部が見切れているのは、その辺りにご婦人がいらっしゃるからです。
(その方を写さないように、撮りました)


950-27.jpg
雅松児童公園の中央に入り込み、北を向いています。
雅松児童公園の北側が、今回ブログのメイン花屋町通です。
まだ小学校が終わっていないため児童がおらず、
このように児童公園が撮り放題です。


950-28.jpg
今度は雅松児童公園中央から、西を向きました。
この公園の西側に高倉通が伸びていますが、
その辺りで電線の工事が行われています。


950-29.jpg
さらに雅松児童公園の中央から、南を向いています。
金網の向こう(南)側はかつての京都市立雅松小学校で、
現在は雅松保育園です。
ただ、この時間はお年寄りがゲートボールを楽しまれておられます。


950-30.jpg
そして雅松児童公園の中央から、東を向いています。
では、あちらに見える出入り口に戻ります。


950-31.jpg
雅松児童公園の東側出入り口から、富小路を北を向きました。
では、ここから富小路を北上します。


950-32.jpg
上ノ口通から、富小路を約30m北上しました。
この位置から左(西)に、花屋町通が伸びています。
つまり、こちらが花屋町通最東端です。
富小路をこのまま北に向かうと、
約10m先に浄土宗萬年寺が建っています。
花屋町通の東側はかつて「萬年寺通」と呼ばれていましたが、
おそらくその由来となった寺院です。
たぶん昔は大きな寺院だったのでしょうが、
ずっと以前に確かこの寺院の方が、こうおっしゃっていました。
「江戸時代の大火で、縁起が消失してしまった。
そのため、それ以前の沿革が分からない」


950-33.jpg
富小路から、花屋町通を西に向いています。
京都市立雅松小学校があったころは、(約40年前)
小学生が現在以上にこの辺りに集まっていました。
花屋町通沿いには文房具店があって、
萬年寺の南側には駄菓子屋さんがありました。
つまりちょっとした「子どもの商店街」で、
そちらのお店に中学生のころの自分もたまに来ていました。


950-34.jpg
かつて文房具店があった位置に、現在はカフェが建っています。
それが、WALDEN WOOWDS KYOTOです。
先ほどのサウナの梅湯に自分が入った際、
帰りにこちらへよく立ち寄っています。


950-35.jpg
こちらは他のお客さんや店員さんを撮影しない限り、
店内撮影が可能です。
店頭を大きく占めているのは、コーヒー豆の焙煎機です。
この香りで、自分はよくこちらに立ち寄ります。


950-36.jpg
コーヒー以外にも、こちらにはいろいろスイーツがあります。
左から、各種カヌレとクッキーが並びます。
店頭に並んでいませんが、アイスクリーム類のメニューもあります。


950-37.jpg
1Fで注文したものを受け取り、2Fに上がります。
こちらが箱階段という様式の階段なのは、
この建物が元は京町屋だとわかる証拠です。


950-38.jpg
こちらが、WALDEN WOOWDS KYOTOの2Fです。
真っ白な部屋が1室のみで、壁際の階段状の部分に腰掛けて
先ほど注文した品物を飲食する形式のお店です。
部屋の右側が見切れていますが、
そちらの方に何人かお客さんがいらっしゃいました。


950-39.jpg
では壁際に腰掛けて、こちらを戴きます。
自分はいつも、こちらではWALDEN WOOWDS BLENDと
洋菓子を1品を戴いています。
WALDEN WOOWDS BLEND(500円)とは、
深煎りローストのブラックコーヒーです。
自分は香りが強くてガツンと苦いコーヒーが大好きなので、
このお店ではこのコーヒーを飲んでいます。
今回の洋菓子は、バニラカヌレ(300円)です。
コーヒーの味を邪魔しないように、
あまり濃くない味の洋菓子を頼みました。


950-40.jpg
窓の外を眺めながら、ゆっくり休憩しました。
窓からは、先程の雅松児童公園が見えます。
実は公園の中央には桜の木があって、
シーズンになると結構絶景になります。

ここから花屋町通をさらに西に進みますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、近くの綾子天満宮に参拝します~

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生まれたときから50数年
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「松尾散策」
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松尾大社や法輪寺など
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「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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