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第1006回 伏見稲荷大社の屋台村~2024年初詣~その1

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あけまして、おめでとうございます
2024年もよろしくお願いします

さて、2024年の初詣もウチの氏神様の伏見稲荷大社です。
コロナ禍を経て、いろいろ変わった初詣を掲載します。


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京都駅から奈良線に乗って、2駅。
こちらは、「稲荷」駅です。
写真が斜めになっているのは、ご愛嬌ということで……
今回は、こちらから伏見稲荷大社表参道を散策します。
撮影日は、2024年1月1日元旦の月曜日午後1時半。
初詣はなるべく早くお参りすると、
少ない参拝者の状態で進めます。


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自分が今まで乗ってきた城陽行きのJR奈良線の普通電車が、
「稲荷」駅を出発します。
この普通電車は奈良までは進まず、
手前の京都府城陽市まで進みます。


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JR奈良線「稲荷」駅ホームを北に向いています。
毎年正月になると、この駅は膨大な人で溢れます。
ですから、この辺りにも臨時の改札が設けられます。


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臨時改札口前から、JR奈良線「稲荷」駅ホームを北に向いています。
駅ホームに結構な方々がいらしたので、
ここから先には進めません。
そのため、例年通過していた改札には向かいません。


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そう言う訳で、2024年は臨時出口から出ます。
臨時出口は、駅ホーム北側の本町通に直結しています。


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臨時出口は「臨時」ですので、自動改札機はありません。
駅員さんが、切符を受け取っておられます。
また、こちらから駅ホームに入れません。
ですから、臨時「出口」です。


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JR奈良線「稲荷」駅臨時出口から、本町通に出ます。
この辺りの本町通はかなりの人出でしたので、
正月期間中自動車は通行止めです。


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JR奈良線「稲荷」駅臨時出口から、本町通を南に向いています。
この先の踏切の辺りに、攝取院が建っています。
その攝取院の北から東に、脇道が伸びています。
そちらが、ぬりこべ地蔵への近道です。
またここからの道が本当に混んでいる場合、
そちらから伏見稲荷本殿へ進めます。
(その様子は、第450回ブログを参照してください)


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JR奈良線「稲荷」駅臨時出口から、北を向いています。
目の前に、「きりん画房」という画材屋さんが建っています。
その店頭に、みたらし団子の露店が立っています。
正月期間中には、本町通沿いに露店が立ち並びます。


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JR奈良線「稲荷」駅臨時出口から、本町通を北に向いています。
今年(2024年)は、ここから本町通を北上します。


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JR奈良線「稲荷」駅側に、レンガ造りの小屋が建っています。
こちらは100年以上前に建てられたランプ小屋で、
現存する西日本のJRの施設では最古のものです。


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そのランプ小屋の前で、本町通を北に向いています。
左(西)側にJR奈良線「稲荷」駅が建っていて、
右(東)側には伏見稲荷大社の位置の鳥居が見えます。


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その辺りで、東側の本町通沿いを見ています。
ここから上ると、伏見稲荷大社の駐車場です。
ただ、正月期間中は本町通は自動車通行止めです。
そのため、ここは駐車場として機能していません。


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さらにその辺りで、本町通を北に向いています。
JR奈良線「稲荷」駅を出ると、
正面に伏見稲荷大社の表参道が伸びています。


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駐車場の北側で、本町通を東に向いています。
JR奈良線「稲荷」駅正面口を出た位置に、
伏見稲荷大社大鳥居が見えます。
こちらが伏見稲荷大社表参道で、
このまま進み続けると、伏見稲荷大社本殿に辿り着きます。


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伏見稲荷大社大鳥居をくぐり、表参道を東に向いています。
表参道の両側に、カエデ並木が続きます。
こちらは、秋には紅葉が楽しめますね。
またコロナ禍を経て、両脇に立っていた露店が廃止されています。
ただ、露店そのものが廃止されたわけではありません。
……詳細は、後述します。


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本町通から、伏見稲荷大社表参道を東に約100m進みました。
ここっで表参道の左(北)側に、広場が見えます。


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その広場には、伏見稲荷大社の末社が並びます。
ちなみに背後のビルは、伏見稲荷大社の結婚式場です。


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では、左(西)から順に末社をお参りします。
先ずは、孟尾社です。ご祭神は、伊弉冉命です。
こちらは、重要文化財に指定されています。


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中央は、藤尾社です。ご祭神は、舎人親王です。
「日本書紀」の編者ですね。
こちらも、重要文化財に指定されています。


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右(北)側は、祖霊社です。
こちらは、伏見稲荷大社の神職さんの先祖の魂を祀っています。


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伏見稲荷大社の末社を背後に、南を向いています。
表参道より南側は、普段は伏見稲荷大社の駐車場です。
そちらに、たくさんの方々がいらっしゃいます。


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伏見稲荷大社の駐車場に、多くの方々が向かいます。
本町通が自動車通行止めなので、
1台も自動車が停まっていませんが……


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伏見稲荷大社の駐車場には自動車が停まっていませんが、
代わりに露店が立ち並んでいました。
要するに表参道の露店は、すべてこちらに移動していました。


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伏見稲荷大社駐車場をそのまま南に進んでいます。
はっきり言って、表参道よりも人口密度が高いです。
これだけ露店があると、種類も豊富ですね。


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その辺りで、西を向いています。
約100m下った先に、JR奈良線「稲荷」駅が見えます。
先程は、駅の付近からこちらを見ていました。


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先程の入り口からそのまま南に進むと、
アユの塩焼きが売られていました。
1本1,000円なのですが、
ちょっと奮発してこの中で戴きます。


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こちらが、そのアユの塩焼きです。
京都市内では、かなり一般的な露店の食べ物です。


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約5分かけて、アユの塩焼きを戴きました。
自分はアユの内臓と骨が好きなので、
完全にまるまる戴きました。


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アユの塩焼きを戴いて、露店の飲食スぺースを出ました。
ここからは、この辺りをさらに東に進みます。


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伏見稲荷大社の駐車場の南端から、西を向いています。
細長いスペースにも、露店が立ち並びます。



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今度は同じ場所で、東を向きました。
ここからは、そちらを進みます。


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そうして北上していると、干し柿の露店がありました。
その脇は、くじ引きです。
何カ所か、食べ物以外も売られていました。


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その向かい(東)側は、豚汁が売られていました。
自分は、露店では初めて見ます。


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伏見稲荷大社駐車場の北東端には、
少し変わり種の露店が並びます。
緯線は裏参道に立っていた「蟹肉棒」のお店も、
こちらに移っていますね。


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その駐車場の北東端から、西を向きました。
この先に、伏見稲荷大社の鳥居が見えます。


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駐車場の北東端から、西に進んでいます。
こちらには、様々なものが売られています。
しかも、この奥に飲食スペースがあります。
以前は先程の鳥居前に立っていた露店が、
こちらに移動されたみたいですね。


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さらに駐車場の北西端から南下します。
こちらにも、様々な露店が立っていました。


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駐車場の南西端まで進み、その場で西を向きました。
では、ここから表参道に戻ります。


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駐車場を出て、表参道を東に向いています。
ここからこの鳥居をくぐり楼門へと進みますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、伏見稲荷大社本殿に向かいます~

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第1007回 伏見稲荷大社に参拝~2024年初詣~その2

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前回ブログで伏見稲荷大社表参道を東に進み、
伏見稲荷大社二の鳥居まで来ました。
今回はこちらから楼門をくぐり、
東丸神社と伏見稲荷大社本殿に参拝します。
撮影日は、2024年1月1日元旦の日曜日午後2時。
通常より約1時間早いので、参拝者も少しだけ少なめです。


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その場所で、左(北)を向いています。
目の前の白い建物は、公衆トイレです。
伏見稲荷大社の境内は、かなり広大です。
ですから公衆トイレの位置を正確に把握しておかないと、
いざというとき結構困ります。
その公衆トイレの脇に、御朱印場もあります。


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今度は同じ場所で、右(南)を向きました。
この先が、前回ブログで出てきた屋台村です。


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そして、伏見稲荷大社表参道から楼門に向いています。
ただ、その楼門の右(北)側に手水舎があります。
先に、そちらに向かいます。


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こちらが、手水舎です。
コロナ禍を経て、柄杓がなくなりました。


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……と言うことで、またまた楼門に向いています。
今度は石段を上り、本殿に向かいます。


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伏見稲荷大社楼門をくぐり、境内を東に向いています。
この先に、伏見稲荷大社拝殿が見えます。
よく本殿と勘違いされて、この場で参拝される方がいらっしゃるので
お気を付けください。


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伏見稲荷大社楼門をくぐり、すぐに右(南)を向きました。
あちらに、東丸神社と荷田春満邸宅跡が建っています。


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こちらが、荷田春満の邸宅跡です。
荷田春満は江戸時代の国学の四大人の一人ですが、
元々は伏見稲荷大社の神職でした。
(荷田氏は、先祖代々伏見稲荷大社の神職です)
そのため、自宅も伏見稲荷大社境内にありました。
その右(東)隣りが、東丸神社です。


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東丸神社の鳥居をくぐり、境内を東に向いています。
伏見稲荷神社の敷地内にいらっしゃる神社なので
伏見稲荷大社の末社に見えますが、
実は独立した神社です。
また、こちらは規模の割には参拝者の多い神社です。


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こちらが、東丸(あずままろ)神社本殿です。
東丸神社の主神は、荷田春満です。
まぁ荷田春満の邸宅の隣が、そのまま神社化しています。
ちなみに荷田春満のお墓は、約200m東です。
(詳しくは、第169回ブログ参照)
「学問の神様」としてよく知られているので、
コロナ禍以前は塾関係者や受験生で溢れていましたが、
ここ数年はこのくらいの参拝者数です。


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東丸神社の本殿に参拝した後、
そのまま左(東)を向いています。
こちらは、東丸神社の末社です。
左(北)側が荷田社で、荷田氏の祖霊神が祀られています。
右(南)側が春陽社で、お札などの納札所です。
続いて、こちらにお参りします。


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荷田社にお参りし、東丸神社境内を北に向いています。
では、こちらを北上します。


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東丸神社の鳥居脇に、社務所が建っています。
あと1か月もすればウチの甥が京都府立高校入試なので、
こちらでお札を購入しました。


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東丸神社の鳥居をくぐり、次は伏見稲荷大社本殿へ参拝します。
ところが、急に伏見稲荷大社本殿への参拝者数が増えてきました。
ちなみに伏見稲荷大社への初詣は、
午後3時~午後4時ごろがいちばん多くなります。


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と言う訳で、伏見稲荷大社楼門と拝殿の間に戻ります。
こちらが、本殿参拝の最後尾です。
これでも、例年よりもかなり参拝者数が少ないです。


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では、本殿参拝の最後尾に並びます。
毎年正月には、伏見稲荷大社拝殿に
関西各社から奉納された品物が並びます。
伏見稲荷大社は豊穣神と言いますか
「商売の神様」でもありますので、
このようなものが大量に奉納されます。
正面には、各社の日本酒が奉納されています。
伏見のお酒だけでなく、兵庫県の灘のお酒もあります。
よく見ると、ビールやウィスキーもありますね。


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伏見稲荷大社拝殿の西側から、南側に移動します。
通常ならここまで約10分かかるのですが、
2024年は約1分で移動できました。


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伏見稲荷大社拝殿の南側には、醤油やウスターソースなど
調味料が奉納されています。
日本全国ではないですが、
関西ローカルで有名な企業が多いですね。


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伏見稲荷大社拝殿の南側を東に進みながら、
境内を南に向いています。
東丸神社の左(東)側に、南に抜ける小径があります。
こちらを進むと、荷田春満のお墓に向かえます。
(第450回ブログのぬりこべ地蔵の近くです。
そちらでは、攝取院墓地から伏見稲荷境内に向かっています)


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伏見稲荷大社拝殿南東角から、北を向いています。
拝殿の東側を少し北上して東に向くと、
目の前が伏見稲荷大社本殿です。


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伏見稲荷大社拝殿の東側には、様々なものが奉納されていました。
ジュース類も並びますが、衣料や洗剤などもあります。
手前は、各種日本酒ですね。


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その右(北)側も、撮りました。
こちらには、お米も並びます。
「稲が成る」で「稲荷」という説もありますし、
伏見稲荷大社は先述の通り豊穣神としての役割もあります。


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伏見稲荷大社拝殿から東を向いて、本殿を見ています。
ここから石段を上がるのですが、並び始めてここまで10分でした。
通常よりはるかに早かったのですが、(通常は約30分)
ここから本殿参拝まで約20分かかりました……
石段の両脇はすぐにお参りできるのですが、
中央部分は渋滞していて割と時間がかかりました。
(まぁ、それでも例年よりはるかに早いのですが……)
ちなみに石段から本殿の表と神楽殿は、撮影不可地域です。
ですから、ここから暫く写真がありません。

伏見稲荷大社の主神は、宇迦御霊神とされています。
(一説には、菊姫大神など諸説あります)
豊穣神・商売の神様として知られていますが、
元々は死霊神としての役割が強かった神様です。
(人を殺す神様ではなく、怨霊の魂を鎮める神様です。
古墳跡や恨みを持って亡くなったとされる方々のお墓が
よく稲荷神社になるのは、それが理由です)


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伏見稲荷大社本殿の裏(東)側を北に向いています。
撮影不可地域を抜けて、ここから撮影再開です。


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この辺りはおみくじ販売をしているので、かなり混み合います。
多くの方が気付いていらっしゃらないのですが、
この奥(東)に社や祠がないのに参拝できる場所があります。
こちらは、お山(稲荷山)にお参りする場所です。
伏見稲荷大社のご神体は、お山(稲荷山)です。
つまり、お山(稲荷山)自体が神様です。
今回もお山(稲荷山)に登山しないので、
こちらでお参りします。


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おみくじ販売所の北側に、小さな社がいらっしゃいます。
毎年こちらにお参りしていますが、
自分はこちらが何の神様か未だに知りません。


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その社の前で、伏見稲荷大社境内を北に向いています。
目の前が伏見稲荷大社境内を貫き、竹田街道まで続く御幸通です。
その奥(北側)の建物が、神社本庁です。


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神社本庁の前で、御幸通を西に向いています。
この辺りの御幸通は、伏見稲荷大社裏参道です。
往路である表参道に対して、帰路である裏参道です。
この辺りには、神具や伏見人形が売られています。


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今度は神社本庁の前で、御幸通を東に向いています。
お山(稲荷山)に登るなら、ここを東に進みます。
今回もお山(稲荷山)に登りませんが、この石段は上ります。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は茶店の青山たばこ店に立ち寄り、産場稲荷にお参りします~

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第1008回 青山たばこ店の甘酒~20214年初詣~その3

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前回ブログ伏見稲荷大社本殿に初詣でを済ませ、
本殿の東側から御幸通をさらに東に向いています。
2024年はお山(稲荷山)に登りませんが、
伏見稲荷大社の北東部を散策します。
撮影日は、2024年1月1日元旦の日曜日午後3時。
小雨も降りましたが、今は快晴です。


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先程の朱い鳥居をくぐり、東に進み石段を上り切りました。
御幸通は、ここで突き当たります。
ここで、左右(南北)に道が分岐します。


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その石段の左(北)側に、小さな祠が並びます。
こちらは、日本全国の大きな神社が勧請されたものです。
通年はこちらもお参りするのですが、
この石段の周囲が混んでいて、そちらに向かえませんでした。


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石段を上った先で、右(南)を向いています。
ここを上ると、すぐに千本鳥居です。
つまり、この辺りからお山(稲荷山)登りが始まります。


1008-5.jpg
上りきった石段から、さらに東を向いています。
こちらは、玉山稲荷神社です。
元々は京都御所にいらしたのですが、
明治天皇が東京に移られた際、
こちらを管理される方も一緒に移動されたので、
この位置に勧請されました。


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玉山稲荷神社の右(南)側に、馬殿がいらっしゃいます。
毎年元旦にニンジンが奉納されますが、
2024年はまだ何もありません。
目の前の神職さんが掃除された後、奉納されるかもしれません。


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玉山稲荷神社の左(北)側は、供物社がいらっしゃいます。
こちらは、奉納された様々な供物が一時的に置かれる場所です。


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伏見稲荷大社供物社の前で、北を向いています。
右(東)側から、たくさんの方々が通過されますね。


1008-9.jpg
伏見稲荷大社供物社の北側で、境内を東に向いています。
こちらは、千本鳥居からの帰路です。
またこちらを逆進して東に進むと、
北東に蛇行して三辻への近道に通じます。
さらにこちらの先にカフェがあって、
結構な方々が入店されていました。


1008-10.jpg
そのT字路で、さらに北に向いています。
今回ブログでは、ここから朱い鳥居が見えます。
そちらが、伏見稲荷大社境内のとりあえずの北限です。


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そのT字路から北上すると、右(東)側に朱い鳥居が見えます。
とりあえず、そちらに向かいます。


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こちらが、その朱い鳥居です。
大八島大神という神様が祀られています。
ご神体は、この裏手の池(東)に浮かぶ大八島です。


1008-13.jpg
その左(北)側に、こちらが立っています。
この石碑というか墓石のようなものが、独立した神様です。
こちらを「お塚」と言って、お山(稲荷山)に3,000以上立っています。
特に熊鷹社周辺に多いです。


1008-14.jpg
大八島神社のお塚の前で、伏見稲荷大社境内を北に向いています。
目の前の朱い鳥居をくぐると、
伏見稲荷大社の敷地を出ます。


1008-15.jpg
朱い鳥居をくぐり、そのまま北を向いています。
右(東)側の生け垣の向こうは、大八島が浮かぶ池です。
では、このまま北上します。


1008-16.jpg
先程の朱い鳥居から北上すると、
池の向かい(西)側に飲食店が建ち並びます。
どちらも、結構なお客さんがいらっしゃいました。


1008-17.jpg
2軒ある飲食店のうち、手前のお店はカフェでした。
実は昨年(2023年)は、こちらにカレー屋さんがありました。


1008-18.jpg
その隣(北側)は、青山たばこ店です。
タバコ屋さんですが、駄菓子屋で茶店でもあります。
構図がちょっと傾いているのは、
この日小学生児童のお二人さんが、
この店の呼び込みをされていました。
そちらを撮らないように、変な角度から撮っています。


1008-19.jpg
その小学生児童に「甘酒ください」と言うと、
すぐにこちらが出てきました。
このお店では、商品とともに代金を支払います。
ですからこの瞬間500円支払って、甘酒を戴きます。


1008-20.jpg
こちらが、青山たばこ店の甘酒です。
こちらの店主は甘酒の研究家としても有名な方で、
日本全国の甘酒を求めて旅をされたこともあるそうです。
ちなみに京都の甘酒は、米麹由来です。
酒粕から作られたものは、京都では飲まれていません。
ですから、こちらはノンアルコールです。


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ゆっくり時間をかけて、甘酒を戴きました。
では、さらにこの辺りを散策します。


1008-22.jpg
青山たばこ店の前で、北を向いています。
この先で道が左(西)に曲がっているように見えますが、
実はこちらは十字路です。


1008-23.jpg
その十字路で、東を向いています。
この先に、カフェが見えます。
こちらは、お山(稲荷山)の下山ルートです。
(詳細は、第374回ブログ参照)


1008-24.jpg
今度はその十字路で、北を向きました。
目の前に石製鳥居がありますが、
「産場稲荷」という扁額が付いています。
次は、そちらに向かいます。


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石製鳥居をくぐると、右(東)側は産場稲荷社の社務所です。
先程の写真に「甘酒」と書かれていましたが、
こちらは茶店でもあります。
さらに、そちらでは小さな鳥居などの神具が売られています。
そちらは、先述の「お塚」に奉納するものです。
また朱い鳥居の右(東)側に北に伸びる路地があります。
こちらを進むと、蛇行した末に東福寺の日下門に達します。
今回は、このまま朱い鳥居に向かいます。


1008-26.jpg
朱い鳥居を抜けた先が、産場稲荷社の「お塚」です。
「お塚」は伏見稲荷大社の施設ではなく、
それぞれ独立した神社です。

八島が池(先ほどの池のことです)の北側(つまり、ここです)は、
江戸時代には大きな藪が広がっていました。
また伏見稲荷大社に隣接するこの辺りの住民は、
稲荷神の神使であるキツネを大切にしていました。
そのため、この辺りは当時キツネの生息地でした。
そして、ちょうどこの位置がキツネが産場にしていました。
産場とは、出産する場所のことです。
そのためこの神社(お塚)は安産のご利益があって、
現在でも多くの妊婦さんやその近親者が来られます。


1008-27.jpg
こちらが、産場稲荷社です。
中央の席が「お塚」で、ご神体です。
小さな鳥居を奉納するのが、お塚にお参りする作法です。
こちらは円形ですが、参拝の際は時計回りに7周します。
(確か、ろうそくの奉納も必要です)
とは言え自分の近親者に現在は妊婦がいないので、
周回せずに手を合わせるだけにしました。


1008-28.jpg
産場稲荷社を背後に、南に向いています。
では、朱い鳥居をくぐります。


1008-29.jpg
朱い鳥居をくぐり、南を向いています。
フレームから外れていますが、
左(東)側に社務所が建っています。
この先に、先述の青山たばこ店が見えますね。
では、先ほどの十字路に戻ります。


1008-30.jpg
その十字路で、西を向いています。
伏見稲荷大社の周囲は住宅地ですが、帰路はこの先です。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は伏見稲荷大社裏参道を散策して、帰宅します~

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第1009回 福稲で助六寿司~2024年初詣~その4

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前回ブログで伏見稲荷大社北東の産場稲荷社に参拝しました。
そして産場稲荷社南側の十字路で、西を向いています。
ちなみに、この左(東)側が青山たばこ店です。
今回はこのまま住宅地を西に進んで、
伏見稲荷大社裏参道経由でJR奈良線「稲荷」駅に向かいます。
撮影日は、2024年1月1日元旦の月曜日午後3時半。
だいぶ日が傾いてきましたね。


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先程の十字路から、約20m西に進みました。
右(北)側に、大橋家邸宅が建っています。
水琴窟を有する庭園が、京都市指定文化財に指定されています。
ただしこちらは個人の自宅ですので、完全な非公開です。


1009-2.jpg
大橋家邸宅の前から、西に向いています。
ここからは、そのまま西に進みます。


1009-3.jpg
大橋家邸宅から、約100m西に進みました。
ここで、今まで進んできた道は突き当たります。


1009-4.jpg
その突き当りに、こちらの標識が立ちます。
矢印の先が、伏見稲荷大社裏参道です。


1009-5.jpg
その突き当りで、右(北)を向いています。
こちらを北上すると、蛇行して東福寺に辿り着きます。


1009-6.jpg
今度は突き当りで、南を向きました。
今回ブログでは、こちらに進みます。


1009-7.jpg
先程のT字路から、約20m南下しました。
この道の先に、伏見稲荷大社の結婚式場が見えますね。
要するに、この道は伏見稲荷大社境内に向かっています。


1009-8.jpg
先程の位置から、さらに約50m南下しました。
この道は、伏見稲荷大社結婚式場で突き当たります。
その位置から東西に、伏見稲荷大社裏参道が伸びています。
また右(西)側に、露店を兼ねた飲食店ができていました。
行列ができていて、かなり流行っていました。


1009-9.jpg
伏見稲荷大社結婚式場の前で、裏参道を西に向いています。
正月期間中は、表参道が往路で裏参道が帰路になります。
こちらは、左(南)側に露店が立ちます。


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露店も兼ねる飲食店の西隣は、食事処 福稲です。
ちなみに、「京のお店 今日のお品」では
茶店(食事メニューあり)というカテゴリーに入れています。
こちらは何といってもスズメの焼き鳥が名物ですが、
この時点でそちらは売り切れていました。
とは言えこの日はどこも満員でしたので、
今回はこちらに立ち寄ります。


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福稲に入店すると、2Fに通されました。
普段こちらではスズメの焼き鳥と稲荷寿司を戴きますが、
焼き鳥が売り切れているので今回は別のものを注文しました。


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約10分して、こちらがやって来ました。
助六寿司と、にしんそばですね。
助六寿司は930円でしたが、にしんそばの値段は覚えていません。
確か両方で、2,000円以下でした。


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こちらが、助六寿司です。
巻き寿司と稲荷寿司のセットです。
京都の巻き寿司には、シイタケ・干瓢・水菜・卵焼きが入ります。
また稲荷寿司の薄揚げは、出汁で炊きながら油抜きをしています。
さらに寿司飯には、必ず芥子の実が入ります。
要するに、典型的な京都のお寿司ですね。


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さらに、こちらがにしんそばです。
乾物である身欠きにしんを炊き込んで、
かけそばにニシンの身と刻み葱を浮かべています。
魚介類の乾物は、京料理には欠かせません。
ニシンの身をほぐす前に先に出汁を飲んで、
ニシンの身をほぐした後からも出汁を飲んで、
味の違いを楽しむのも面白いですね。
また身欠きにしんは味が濃いので、
刻み葱を戴いてから蕎麦を楽しみます。


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約30分かけて、こちらを戴きました。
会計を済ませて、、お食事処 福稲を出ます。


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お食事処 福稲を出て、伏見稲荷大社裏参道を西に向いています。
福稲の西隣は、稲荷せんべいのお店です。
「稲荷せんべい」とは、キツネの面を模ったお菓子です。
そのさらに西には、神具店が立っています。
「お塚」に参拝する際に奉納する鳥居などが売られていますが、
伏見人形などの土産物も売られています。


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さらにその西隣は、「花家」という茶店です。
こちらのスズメの焼き鳥は、まだ残っていました。
(ただ、それでもお店はお客さんでいっぱいでした)
その西隣は、甘味専門の茶店です。
さらに旅館、土産物店(玩具問屋)と続きます。


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お食事処 福稲から、伏見稲荷裏参道を約100m西に進みました。
目の前の朱い鳥居をくぐると、伏見稲荷大社境内を出ます。


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その朱い鳥居の下で、西を向いています。
今まで通ってきた裏参道は御幸通の一部で、
御幸通はあと1㎞ほど先の竹田街道まで続きます。
その御幸通を約200m西に進むと、
京阪電鉄の「伏見稲荷」駅があります。
また目の前に南北に伸びる道がありますが、
こちらが本町通です。
この辻から本町通を南下すると、約100m先に
JR奈良線「稲荷」駅があります。


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御幸通から、本町通を北に向いています。
この辺りの本町通沿いは、
「イナリ繁栄会」という商店街です。
観光客と地元民の両方が利用できる商店街です。
結構飲食店が多いので、こちらの方にも参拝者が溢れます。
(イナリ繁栄会の詳細は、第136回ブログ参照)


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今度は本町通から、御幸通を西に向きました。
この辺りから京阪電鉄「伏見稲荷」駅までの間、
土産物店が軒を並べます。
また左(南)側に、茶店のねざめ家が、建っています。


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ねざめ家の店頭を覗きました。
お店に入れきれなかった方々が、数人並んでおられます。
この日のこの辺りのお店は、どこもこんな感じでした。


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ねざめ家への入店を諦めて、
御幸通から本町通を南に向いています。
では、ここからは本町通を南下します。


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御幸通以南の本町通にも、土産物店が建ち並びます。
さらにこの期間中は、あちこち露店が並びます。
ですから正月期間中のこの辺りは、
自動車はすべて通行禁止です。


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その辺りに縮緬山椒がメインの土産物店があるのですが、
店頭で唐揚げが売られていました。
元々もう少し北の精肉店で売られていたのですが、
そちらがコメダ珈琲に変わった後は、
この位置で露店が立つようになりました。


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唐揚げの露店から、本町通を南に向いています。
まぁこの人でですから、本町通を自動車が通過するのは無理です。


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その辺りに、こちらがありました。
コロナ禍以前はこちらにカフェがありましたが、今は潰れています。
そこにこの期間限定で、豚汁のお店ができていました。
かなり流行っていました。


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その豚汁のお店の南隣は、もともと駐車場です。
ただ自動車が通行止めになったこの時期、
このような駐車場は屋台村に変わります。
実はこの規模の駐車場はこの辺りにあちこちあるのですが、
この時期すべて屋台村に変貌します。


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その屋台村の前で、本町通を南に向いています。
左(東)側に、「伏見稲荷大社」という看板が出ています。


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本町通から、その看板の南側で東を向いています。
こちらが、伏見稲荷大社表参道です。
つまり、これでこの周囲を1周しました。


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そして同じ位置で、本町通の右(西)側を見ています。
こちらが、JR奈良線「稲荷」駅です。
では、こちらから京都駅に進み帰宅します。

~これで、2024年の初詣の取材を終えます~

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第1010回 お食事処 祭の定食~七福神巡り~その1

前回ブログで、2024年初詣の連載を終えました。
京都を含む関西では、お正月の次は「10日ゑびす」です。
例年はここからゑびす神社への取材となるわけですが、
今年(2024年)は上手く都合がついたので、
泉涌寺周辺の「七福神巡り」を取材しました。
そのため、2024年は「10日ゑびす」の取材をしません。


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京都駅からJR奈良線に乗って、1駅。
こちらは、JR奈良線「東福寺」駅です。
今回は、駅前から泉涌寺参道へと向かいます。
撮影日は、2024年1月8日月曜日午後0時半。
晴れたり、雪が降ったり、霰が降ったりの1日でした。


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自分が今まで乗ってきたJR奈良線の普通電車が、
「稲荷」駅に出発しました。
こちらは、時間をかけて「奈良」駅まで進みます。
この写真はちょっと汚れているように見えますが、
陽光が差し込んでいてもこの時点で小雪が散らついていました。


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JR奈良線「東福寺」駅ホームの北側に、
この駅の出口があります。
京阪電車に乗り換えるのに、この出口が便利です。
ただ、今回はこの出口には進みません。


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今度はJR奈良線「東福寺」駅ホームで、南を向きました。
ホームの左(東)側の塀越しに、別の駅が見えます。
あちらが、京阪電鉄「東福寺」駅です。
JRが国鉄だったころはこの塀が無くて、
両社の駅改札も同じでした。


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JR奈良線「東福寺」駅ホームを最南端まで進みました。
では、この階段を上ります。
ちなみに、向こう(南側)に見える陸橋の辺りが、九条通です。


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先程の階段を上ると、直ぐに改札があります。
では、ここからJR奈良線「東福寺」駅を出ます。


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JR奈良線「東福寺」駅改札を出ると、
このようにルートが分岐します。
左を進むと、先ほどの改札に到達します。
今回は、右側を進みます。


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先程の分岐点から、約10m東に進みました。
ここからは、この階段を下ります。


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下り階段は、回転しながら地上に降ります。
地上に降りた時点で、東を向いています。
この背後が、京阪電鉄「東福寺」駅です。


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先程の位置から突き当りまで東に進み、北に向きました。
この位置に、京阪電鉄の切符売り場があります。
JRが国鉄だったころ、(自分が日吉ヶ丘高校に通っていたころ)
国鉄の切符売り場もここにありました。


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その切符売り場の北側に、京阪電鉄「東福寺」駅改札があります。
制服姿の方々が多いですが、「東福寺」駅は
自分の母校京都市立日吉ヶ丘高校と大谷高校の最寄り駅です。


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京阪電鉄「東福寺」駅を背後に、東に向いています。
この先が、本町通です。
本町通を左(北)に進むと泉涌寺への参道で、
右(南)に進むとすぐに東福寺に辿り着きます。


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京阪電鉄「東福寺」駅から突き当りまで東に進み、
本町通を南に向いています。
目の前の陸橋が九条通で、その陸橋をくぐり
本町通をさらに南下すると東福寺北大門に至ります。
今回は東福寺に向かいませんので、
こちらには進まない予定なのですが……


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先程の位置から本町通を少し南下すると、
お寿司屋さんのいづ松が建っています。
時節柄、「蒸し寿司」も売られていました。
時間帯から昼食を摂ろうとしたのですが、
中は満員で順番待ちのお客さんも多数いらっしゃいました。
と言う訳で、ここから昼食を摂る先を探しながら先に進みます。


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いづ松の前で、本町通を北に向いています。
では、いったん「東福寺」駅前まで戻ります。


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「東福寺」駅の前で、本町通を北に向いています。
ここからは、本町通を北上します。


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「東福寺」駅から、本町通を約70m北上しました。
こちらに、瀧尾神社がいらっしゃいます。
当初は立ち寄る予定でしたが、何か様子が変です。


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瀧尾神社の前に、参拝者の行列ができていました。
こちらは、拝殿の彫刻を拝観する行列です。
通常はこういう場合天井に雲竜図を描くのですが、
こちらには8mを越える巨大な龍の彫刻が付けられています。
確か重要文化財などには指定されていませんが、
江戸時代後期の彫刻家九山新太郎の代表作です。
ちなみに九山新太郎の子孫も彫刻家で、
祇園祭後祭の大船鉾の舳先につけられた龍の彫刻を製作されています。
どうやら2024年は辰年ですので、
この日にこちらに参拝すると縁起がいいそうです。

当初はこちらの彫刻をここで拝観しようと思ったのですが、
この行列を待っていては今回の目的である
「七福神巡り」に間に合いません。
そのため、今回はこちらを素通りします。
(瀧尾神社の龍の彫刻は、第221回ブログ参照)


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瀧尾神社の前で、本町通を北に向いています。
では、これまで通り本町通を北上します。


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瀧尾神社の前から、本町通を約20m北上しました。
この辺の本町通は、少し地面が高くなっています。
本町通と交差する道は、かつて川でした。
ですから、こちらは橋の跡です。
そちらは「旧伏見街道第1橋」と呼ばれていて、
それがこの辺りの地名が東山区一橋地区である由来です。


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旧伏見街道第1橋跡から、東に向いています。
要するに、もともとこの道は川でした。
今は暗渠化して、地下に流れています。
実はこの背後(西側)に浄土宗西山禅林派寶樹寺があります。
一時期常盤御前牛若丸と隠れ潜んだ場所ですね。


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旧伏見街道第1橋跡から、本町通を北に向いています。
右(東)側の泉湯は、開店時間ではないので現在は閉まっています。
では、もう少し本町通を北上します。


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旧伏見街道第1橋跡から、本町通を約50m北上しました。
ここで本町通は、泉涌寺道と交差します。


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本町通から、泉涌寺道を東に向いています。
左(南)側に、京都市立東山泉小学校が建っています。
泉涌寺は東山山中ですから、ここから急な上り坂です。
ここからは、この泉涌寺道を進みます。


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本町通から、泉涌寺道を約50m東に進みました。
ここから左(北)に、大和大路が伸びています。
こちらを少し北上すると、大谷中高があります。
この日は祝日でしたが、
東山泉小学校の運動場でサッカーの大会が開かれていて、
大谷中高も部活動が行われていました。
ですから大和大路にはたくさんの児童や生徒がいらして、
そちらを写さないために今回は写真を撮っていません。


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大和大路から、泉涌寺道を東南東に向いています。
左(北)側は、京都市立東山泉小学校の運動場です。
では、このまま泉涌寺道を進みます。


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大和大路から、泉涌寺道を約70m東南東に進みました。
ここで泉涌寺道は目の前の道で交差しますが、
こちらは旧伏見街道第1橋跡から、東に伸びていた道です。
京都の道としては珍しく蛇行しているのは、
先述の通りこの道が元は川だったからです。
つまり、ここにも昔は橋が架かっていました。


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泉涌寺道から、南に向いています。
道が分岐していますが、右(西)側の道がかつての川です。
つまり、先ほどの旧伏見街道第1橋跡に通じています。


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その交差点の脇に、こちらの歌碑が立っています。
この位置に架かっていた橋は、
「夢の浮橋」と呼ばれていたそうです。


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かつての夢の浮橋から、泉涌寺道を東南東に向いています。
では、再びこの急な上り坂を進みます。


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かつての夢の浮橋から、泉涌寺道を約100m東南東に進みました。
ここで泉涌寺道は、東大路と交差します。
「泉涌寺道」交差点ですね。


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泉涌寺道から、東大路を南西に向いています。
約200m先が「東福寺」交差点で、東大路の南端です。


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今度は泉涌寺道から、東大路を北に向きました。
約150m先に新熊野神社がいらっしゃいますが、
この角度では見えませんね。


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そうこうしているうちに、信号が変わりました。
横断歩道を渡って、東大路東側歩道に移動します。


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横断歩道を渡ってところに、お食事処 祭が建っていました。
省略していましたが、実はここまで何軒か
昼食目的で立ち寄って、どこも満員で入れませんでした。
半ば諦めて入ってみたのですが、
この日最後の一人ということで入店できました。


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こちらは定食屋さんで、カウンターに並ぶお惣菜から4品選び、
みそ汁とご飯がついて1,000円です。
ちなみに、ご飯は食べ放題です。
ただ自分はこの日最後の客でしたので、
品物を選べませんでした。
そのため、代わりに通常より1品多く置かれています。
こちらは、京都の地元民がよく戴くものが出ます。
手前左からひじきと大豆の煮もの、柚子入り酢の物、みそ汁です。
奥は左から、高野豆腐と卵の煎り付け、鶏スキ、唐揚げです。
京都人は、乾物と鶏肉をよく戴きます。
個人的にはひじきと豆が大好物ですので、
かなりテンションが上がった昼食となりました。
また、このおかずの量ではご飯が足りず2杯戴きました。
先述の通り、こちらはご飯のお代わりが自由です。


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今回は量も多かったので、40分以上かけて戴きました。
食事中、なぜか店主とかつて近所にあった
コロッケ屋さんのことで盛り上がってしまいました。


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昼食を戴いた後、のどが渇きました。
そこで、こちらを戴きました。
もちろんこちらは無料です。


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お茶を戴き、会計を済ませました。
「京都の町衆が普段戴くお惣菜」をコンセプトにしている
飲食店は何軒かあるのですが、
それが実践できているのはここを含めて数軒だけです。
実はここは近所だけでなく、遠方からお客さんが来られる
かなりの有名店なのですが、
実際に戴くとそれも納得できます。


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お食事処 祭を出て、東大路を北に向いています。
目の前の泉涌寺道を右(東)に進むと、
すぐに七福神巡りが始まります。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、即成院の福禄寿から巡っていきます~

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第1011回 即成院で福笹~七福神巡り~その2

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前回ブログで泉涌寺道を東に進み、東大路まで辿り着きました。
現在は、東大路から泉涌寺道を東南東に向いています。
今回はこのまま泉涌寺道を東南東に進み、
即成院と丈六戒光寺に参拝します。
撮影日は、2024年1月8日月曜日午後1時半。
晴れたと思ったら、霰日和でした。


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東大路から、泉涌寺道を東南東に約30m進みました。
こちらに、京都泉涌寺交番が建っています。
また泉涌寺道をたくさんの方々が東北東に向かっています。
おそらく自分と同じ「泉涌寺七福神巡り」をされるのでしょうね。


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泉涌寺交番の前で、泉涌寺道を東南東に向いています。
こうして見ると、全員が左側通行ですね。
これには、理由があります。


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泉涌寺交番の近くで、洋品店が開いていました。
その洋品店に、こちらのポスターが貼ってありました。
こちらを見ると、番号通りに進むと
初めは泉涌寺道の左(北東)側に参拝して、
後半は泉涌寺道の右(南西)側をお参りするように構成されています。
ちなみに番外の愛染明王と楊貴妃観音は、
他の神様にお参りする途中に参拝します。


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さらに泉涌寺道を東南東に進んでいます。
右(南西)側の帰られる方の方が、
こちら側(北西)側のこれから参拝される方より多いですね。
実は泉涌寺七福神巡りは、
毎年成人の日の午前8時~午後4時に開催されます。
東大路から泉涌寺七福神巡りに参加して、
再び東大路に戻るまで、約2時間消費します。
ですから大半の方は、午前中に参拝されています。
自分で、ぎりぎり間に合うペースです。


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東大路から、泉涌寺道を東南東に約200m進みました。
この辺りで泉涌寺道は、南東に進路が折れます。
そしてすぐ先に、たくさんの方々が集まっておられました。
どうも、煎餅やアラレなど駄菓子が売られていました。
ただ自分が帰ってきた午後3時半ごろには、
完全に撤収されていました。
やはり「泉涌寺七福神巡り」は、午前中にお参りするべきです。


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先程の位置から泉涌寺道を南東に約50m進むと、
泉涌寺の総門が建っています。
そして、その手前に真言宗泉涌寺派即成院が建っています。
「泉涌寺七福神巡り」第1番の寺院です。


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真言宗泉涌寺派即成院の前まで歩いてきました。
同じように歩かれておられた方々も、
すべて即成院に入っていかれます。


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即成院の門前に、「福笹引換所」があります。
先ずは、こちらで300円納めます。


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すると、この「福笹引換券」がもらえます。
そちらを手にしたまま、即成院の門をくぐります。


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即成院の門をくぐり、境内を南東に向いています。
即成院の敷地は、泉涌寺道沿いの南東に伸びています。
即成院境内を南東に歩いていると、
すぐに福笹授与所があります。
こちらで、引換券と福笹を交換します。


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こちらが、交換した福笹です。
ここからは、こちらを片手に七福神巡りを行います。
笹の葉が濡れているのは、
この時点で小雨が降っていたからです。


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福笹交換所から、即成院境内を南東に歩いています。
門から約50m進むと、即成院の本堂が建っています。


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こちらが、真言宗泉涌寺派即成院の本堂です。
ご本尊は阿弥陀如来ですが、
こちらの特徴はその阿弥陀如来が住まう極楽浄土を
約30体の仏像を安置することで表現していることです。
通常はいちばん奥まで進まなければ無料拝観なのですが、
この日は本堂内で阿弥陀如来が見える辺りから、
有料拝観に変わります。
この日の無料拝観は、本堂に入ったところまでです。
その代わりこの日限定で本堂入ったところで、
福禄寿の神像が特別に無料公開されます。
また本堂を南東に抜けて裏側に出ると、
那須与一のお墓が立っています。
即成院は平安時代からあちこちに移転した後、
明治時代にこちらに建てられました。
その数奇な変遷は、第449回ブログを参照してください)


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遠くからご本尊に参拝し、福禄寿の神像にもお参りしました。
そして本堂を出たところです。
では、そのまま境内を北西に進みます。


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即成院の境内を北西に進みます。
本堂の約50m先に、即成院の門があります。


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即成院の門の許まで、戻ってきました。
屋根の上の鳳凰が、即成院の象徴です。


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即成院の前で、泉涌寺道を南東に向いています。
目の前に、泉涌寺総門が立っています。


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泉涌寺総門の脇に、こちらの地図があります。
泉涌寺道の突き当りに泉涌寺が建っていて、
そこに至るまでに塔頭寺院が並んでいるのが分かります。


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泉涌寺総門をくぐり、泉涌寺道を南東に向いています。
総門をくぐると住宅は姿を消し、
上り坂はさらに急になりました。
左(北東)側の塀の向こうは、先ほどの即成院です。


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泉涌寺道の急な上り坂を南東に進んでいます。
こうして見るとやはりこれから巡られる方より、
帰られる方の方が多いですね。


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即成院から、泉涌寺道を南東に約100m進みました。
右(北西)側に、法音院の門が見えます。
こちらには七福神の1柱寿老人がいらっしゃるのですが……
法音院の参拝順は、7番目です。
つまり、最後に巡る寺院です。
ですから、こちらには約2時間後に参拝しました。


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法音院を背後に、泉涌寺道の左(北東)側を向いています。
泉涌寺七福神巡り第2番丈六戒光寺ですね。
では、こちらから真言宗泉涌寺派丈六戒光寺に入ります。


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丈六戒光寺の門をくぐり、境内に入りました。
七福神巡りに参加している泉涌寺の塔頭寺院には、
境内に青いテントが立てられます。
そちらでは、福笹に付ける飾りが売られています。
要するに、10日ゑびすと似たことをします。


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丈六戒光寺では、自分はこちらを求めました。
福笹に付ける飾りは、各寺院ごとに異なります。
巾着型の飾りに、300円納めました。
ポイントは、巾着に刻印されている神紋です。


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丈六戒光寺境内北端に、弁財天堂が建っています。
次は、そちらに向かいます。


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丈六戒光寺弁財天堂は、池の中央に浮かんでいます。
弁財天の由来はインドの女神サラスバティと考えるのが定説で、
そのため弁財天は水辺に多く祀られます。


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丈六戒光寺弁財天堂が、お祭り仕様に飾られています。
鈴の緒脇の幕に、先ほどの巾着に付いた神紋があります。
こちらが弁財天の神紋で、こちら以外にも
弁財天を祀る祠に数多く見られます。
時には神使のヘビが描かれていることもあります。
そう言えば一条通の日蓮宗浄福寺にいらっしゃる弁財天堂には、
首から下がヘビの女神が描かれています。

弁財天堂の中央に小さな祠があって、
中に小さな弁財天像がいらっしゃいました。
通常は非公開なのですが、
この日限定で祠が開帳されています。


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では丈六戒光寺弁財天堂を出て、境内に戻ります。
ここからは、境内南側の本堂に向かいます。


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境内の北端に、真言宗泉涌寺派丈六戒光寺本堂があります。
こちらは、屋内が撮影不可です。
ご本尊はお釈迦さんですが、高さが丈六(約4.85m)あります。
あまりにも大きくて、近くに寄らないと頭が見えません。
(天井が邪魔で見えません)
鎌倉時代前半に今の京都駅と東寺の中間に創建されましたが、
応仁の乱を経て、こちらに移転しました。
こちらの詳細は、第448回ブログを参照してください)


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また、こちらは真言宗泉涌寺派丈六戒光寺の庫裏です。
いつもきれいな花が活けてあるのですが、
この辺りで突然霰が降ってきました。
と言いますか、雹ですね。
約5㎜の氷の粒が、降っています。
しかも量が多いので、写真にはっきり写ります。
時間が無いので急ぎたいのですが、
ここで暫く雨宿りです。
そう言う訳で、今回はここまでです。

~次回は参拝しながら、食べ歩きもします~

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第1012回 小豆粥とみたらし団子~七福神巡り~その3

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前回ブログで、真言宗泉涌寺派戒光寺までお参りしました。
こちらは戒光寺の庫裏なのですが、
この時点で結構な量の雹が降ってきました。
雨ではないので服などは意外と濡れないのですが、
降り注ぐ雹が頭に当たってちょっと痛いです。
そこで、ここからちょっと雨宿りが必要です。
今回は雹が治まった後、新善光寺に向かいます。
撮影日は、2024年1月8日月曜日午後2時。
ここから、ちょっと食べ歩きです。


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では、戒光寺本堂と山門の間にある青いテントの下に避難します。
ただ、この青いテントは
もともと雨宿りのために設置されたのではありません。
立てかけられた看板のように、参拝者に
ここで小豆粥が提供されます。


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志納金を納めると、お椀と箸が提供されます。
そのお椀の中には、小豆と一緒に炊かれた粥が入っています。
小豆は砂糖と炊かれて小豆餡を作ることが多いので
とても甘いイメージがありますが、
小豆と粥自体の甘み以外何の味もしません。
ですから、紫(紫蘇風味の塩味の強いふりかけ)をふりかけます。
そのため、少々塩辛い粥です。
この脇に大釜があって、そちらで小豆粥が炊かれていました。
粥を焚いた経験がある方は分かると思いますが、
大きな釜で粥を焚くと美味しくなるのですが、結構難しいです。
こちらの小豆粥は、米粒を潰さずに上手く炊き上げてあります。
さらに小豆も、皮を破らずに炊き上げています。
老舗の和菓子匠にも劣らない技術です。

ちなみに、自分は志納金の相場を知りません。
ですから、とりあえず100円を納めました。
法住寺の節分で甘酒や汁粉を戴いた際に
納めていた金額と同じにしています。
実は志納金を納めずに無料で戴くこともまぁ可能なのですが、
(実際、無料で戴いておられた方もいらっしゃいました)
ある程度の経費を賄うだけの志納金を納め続けないと
来年以降小豆粥の提供が不可能になります。
まぁ常識から考えても、志納金を納めましょう。


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小豆粥を戴いている間に、雹が止みました。
では、こちらから真言宗泉涌寺派戒光寺を出ます。


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真言宗泉涌寺派戒光寺を出て、泉涌寺道の道路上にいます。
戒光寺山門の向かいに、こちらが置かれています。
各寺院の出口にこちらが置かれているので、
結構道に迷わずに進んでいけます。


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真言宗泉涌寺派戒光寺から、泉涌寺道を南東に向いています。
ここからは、この急な上り坂を進みます。


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戒光寺から、泉涌寺道を約20m南東に進みました。
ここで、泉涌寺道から真南へ分岐する道が伸びています。
目の前に京都市立東山泉中学校が見えますが、
この道を進むと住宅地に入ります。
ちなみに、こちらは6番目の悲田院から
7番目の法音院に向かう近道です。


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その分岐点から、泉涌寺道を南東に向いています。
では、こちらをそのまま進みます。


1012-10.jpg
先程の分岐点から、泉涌寺道を約50m南東に進みました。
すると左(東)側に、また道が分岐しています。


1012-11.jpg
泉涌寺道から、分岐した道を東に向いています。
この急な坂を下った先に、新善光寺が建っています。
では、そちらに向かいます。


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泉涌寺道から分岐する先程の下り坂を下りて、
真言宗泉涌寺派新善光寺の門前に立っています。
門の脇で立ち食いをされている方がいらっしゃいますが……
そちらは後で説明します。


1012-13.jpg
真言宗泉涌寺派新善光寺の門をくぐって、東に向いています。
右(北)側に枯れた木が見えますが、こちらは枝垂桜です。
実は春になると、かなり見事に咲き誇ります。
新善光寺は毎年成人の日に賑わいますが、
ここが絶景になるのは春になってからです。
この奥に見えるのが、新善光寺の大玄関です。
そちらで福笹の飾り物が売られていましたが、
ちょっと高かったのでここでは何も買いませんでした。


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新善光寺の大玄関の脇を通り抜け、中門をくぐりました。
さらに庭園の奥に見えるお堂に向かいます。


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境内の最東端に、真言宗泉涌寺派新善光寺本堂が建っています。
こちらのご本尊は、阿弥陀如来です。
普段は非公開なのですが、
この日限定でご本尊が公開されていました。
長野県の善光寺のご本尊を彫られた仏師が、
様式を同じにしてこちらのご本尊を彫ったので、
「新」善光寺と号しています。
ちなみに下京区富小路通五条下がるにも新善光寺がありますが、
こちらも同じ由来で「新」善光寺です。
(富小路の詳細は、第109回ブログ参照)
写真の左に石塔が見えますが、おそらく良純親王のお墓です。


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新善光寺本堂脇にある提灯の下に、張り紙があります。
そちらに従って、ここから進みます。


1012-17.jpg
新善光寺本堂の前から、南を向いています。
張り紙の指示通り、ここからはこの道を進みます。


1012-18.jpg
この道は約5m南下した後、西に折れます。
この辺りは、新善光寺の庭園の一部です。
季節ごとに様々な花々が咲き誇るのですが、
さすがに真冬には花は咲いていません。
そして、約10m先に朱い愛染堂が見えます。


1012-19.jpg
その愛染堂の脇に、小さな祠がいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りします。


1012-20.jpg
こちらの朱い六角堂が、愛染堂です。
こちらには、小さな愛染明王像がいらっしゃいます。
普段は非公開ですが、この日限定で愛染堂は開帳されます。
ご存じのように愛染明王は七福神ではありませんが、
現在回っている泉涌寺七福神では、
「番外」としてこちらも1柱として数えられます。
(「泉涌寺七福神」には、都合9柱いらっしゃいます)


1012-21.jpg
愛染堂の前で、新善光寺境内を西に向いています。
ここからは、こちらを進みます。


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愛染堂から、新善光寺境内を西に進んでいます。
目の前の生け垣を越えた辺りから、
「紫陽花の丘」と呼ばれる場所に到達します。


1012-23.jpg
この辺りが、「紫陽花の丘」と呼ばれる場所です。
時節柄ただの山道に見えますが、毎年6月~7月になると
この辺一帯にアジサイが咲き誇ります。
徒歩圏内に智積院もありますし、
「洛東アジサイ巡り」とか面白いかもしれません。


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「紫陽花の丘」を貫く小径は、だんだん北に折れます。
そして、新善光寺大玄関前に出ます。


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新善光寺大玄関前に、戻ってきました。
先述の通り、こちらで福笹の飾り物が売られていました。
ただ……こちらのものは1つ1,000円するので、
こちらでは買い求めませんでした。


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今度は大玄関を背後に、新善光寺境内で西を向いています。
では目の前の表門をくぐり、真言宗泉涌寺派新善光寺を出ます。


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真言宗泉涌寺派新善光寺の門前に、こちらのテントが立っています。
白いテントには、「つるき餅本舗」と書かれています。
近所にあるつるき餅本舗 本店の出店です。
テント内には、つるき餅本舗 七条店の店主もいらっしゃいました。


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つるき餅本舗 本店では売られていませんが、
つるき餅本舗 七条店の一番の売れ筋はみたらし団子です。
まぁ好みの問題でもありますが、
京都人は通常みたらし団子には黄な粉を振りかけます。
こちら1本120円ですが、1本だけでは買えません。
多くの方が2本買われましたが、
自分は3本買って360円支払いました。


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真言宗泉涌寺派新善光寺の北側は、泉山幼稚園です。
ただこの日は祝日でしたので、こちらはお休みでした。


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真言宗泉涌寺派新善光寺の門前で、西を向きました。
ではこの坂を上り、泉涌寺道に戻ります。


1012-31.jpg
泉涌寺道に戻ると、こちらの看板がありました。
順路通りに進むと、次は3番の今熊野観音寺です。
そちらは、4番の来迎寺と隣接しています。
だたもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、今熊野観音寺に向かいます~

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第1013回 今熊野観音寺でゑびす詣で~七福神巡り~その4

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1012-31.jpg
前回ブログで真言宗泉涌寺派新善光寺に参拝して、
泉涌寺道に戻ってきました。
すると泉涌寺道上に、こちらの看板がありました。
今回はこの看板に従い、今熊野観音寺に向かいます。
撮影日は、2024年1月8日成人の日の月曜日午後2時20分。
また徐々に曇ってきました。


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新善光寺の参道から、泉涌寺道を南東に向いています。
この辺りから泉涌寺道は緩やかな上り坂になりましたが、
この時点で結構高い位置にいます。
……と言っても、標高100mくらいでしょうか?
では、こちらを進みます。


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新善光寺の参道から、泉涌寺道を約100m南東に進みました。
ここで、泉涌寺道はいくつかの道に分岐します。


1013-4.jpg
その分岐点で、南東を向いています。
いちばん右(南)の道が、ここからの泉涌寺道です。
そのまま約100m南下すると、泉涌寺の大門です。
左(南東)へ進む道は、中宮定子の鳥辺野陵に続いています。


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そしてこちらが、いちばん左側の東に伸びる道です。
この下り坂の先に、今回ブログのメイン今熊野観音寺が建っています。
ここからは、この道を進みます。


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先程の分岐点から、真東に進んでいます。
約20m進んだ時点で、右(南)へ分岐する道が現れます。
そちらは、第4番の来迎寺への近道です。
(来迎寺へは、次回に訪れます)


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さらに坂道を下っていきますと、だんだん朱い橋が見えてきます。
また右(南)側に見える道は、橋の下へと続いています。


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泉涌寺道から、今熊野観音寺参道を約50m東に進みました。
下り坂の底に、朱い鳥居橋が架かっています。
橋の下には細い今熊野川が流れていて、その川はすぐに暗渠化します。
ちなみにその暗渠化する今熊野川が、第1010回ブログに出てきた
夢の浮橋跡や「旧伏見街道第1橋」跡の地下を流れています。
また先程の分岐点から伸びる道もこの橋の下に伸びていて、
そちら直ぐに住宅街に消えていきます。
(自分の母校京都市立日吉ヶ丘高校の体育の授業で、
この辺りはよくマラソンコースになっていました)


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朱い鳥居橋を東に渡っています。
撮影時(2024年1月8日)の周囲は枯れ枝並木ですが、
紅葉シーズンにはこの辺りは絶景に変わります。
(詳細は、第447回ブログ参照)


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朱い鳥居橋から、参道を約100m東に進みました。
ではこちらの門をくぐり、今熊野観音寺境内に入ります。


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今熊野観音寺の門をくぐりました。
境内の門に近い部分は、今熊野観音寺の駐車場です。
自転車も、この辺りに停車させます。
ここからの順路は、この石段を上ります。


1013-12.jpg
石段は、10mほどで登り切ります。
実はこの東側に少し急な上り坂があって、
そちらからでも今熊野観音寺の本堂に向かえます。


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その辺りで、北に向いています。
目の前に、「子まもり大師」像が立っています。
要するに、空海の銅像ですね。
こちらにお参りして、さらに石段を上ります。


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子まもり大師の裏(北)に、上り階段があります。
では、この階段を上ります。


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先程の石段を上りきると、今熊野観音寺の本堂が建っています。
ただ、その本堂に向かう前に……


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石段を上りきった位置から、今熊野観音寺境内を南西に向きました。
こちらは、今熊野観音寺茶所です。要するに、休憩所ですね。
そしてその周囲が、バルコニーになっています。
紅葉シーズンになると、そこからの眺望が絶景になります。
(紅葉シーズンの様子は、第447回ブログ参照)


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先程の石段を上りきって、境内をそのまま北上しました。
こちらに、今熊野観音寺本堂が建っています。
その左(西)側が、今熊野観音寺地蔵堂です。
普段から本堂と地蔵堂の前でお守りなどが売られているのですが、
この日は地蔵堂前で福笹の飾りも売られていました。
こちらは、300円~500円が相場でした。


1013-18.jpg
そして地蔵堂前では、こちらを買い求めました。
鯛を模した飾り物は、500円しました。
今熊野観音寺には、七福神のうちゑびす神が祀られています。
ゑびす神は、通常釣り竿と釣り上げた鯛を所持しています。
ですから、鯛はゑびす神の象徴ですね。


1013-20.jpg
そしてこちらが、真言宗泉涌寺派今熊野観音寺本堂です。
「観音寺」の名の通り、ご本尊は十一面観音です。
空海東寺に滞在中、東山に光るものを見つけて
その光った場所に十一面観音を安置したのが、
この今熊野観音寺の縁起とされています。
ですから、こちらは泉涌寺より約500年古い寺院です。
こちらの本堂への参拝は無料ですが、
ご本尊に近づいて参拝するには拝観料が必要です。


1013-19.jpg
今熊野観音寺本堂の北東に、多宝塔が建っています。
平安時代の京都には多宝塔が多く建てられましたが、
(宗教的理由ではなく、単なる流行です)
その形式のまま現存するのは、伏見区深草地区の宝塔寺以外は
この今熊野観音寺くらいです。
今熊野観音寺の多宝塔は医聖堂と呼ばれていますが、
通常は中に入れません。
またあちらへは、半ば獣道を通らないといけません。
ですから、この多宝塔近くに向かうのはお勧めできません。


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今熊野観音寺本堂の右(東)側に、ぼけ封じ観音がいらっしゃいます。
こちらにお参りしてさらに東に進みますが、
そちらに七福神の1柱ゑびす神が祀られています。


1013-23.jpg
ウチのブログでは、ご本尊やご神体の撮影を避けています。
ですから、ゑびす神の神像は撮影していません。
そのゑびす神の前で、この紙袋が配布されていました。


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こちらが、紙袋の中身です。トンボ玉が、入っていました。
数珠やスマートフォンに付けるなどの使い途がありますが、
先程の福笹に付けるのも悪くありません。
用途に迷って、結局現在はタンスの中に入っています。


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ゑびす神の祠の東側には、こちらの道が伸びています。
左(北)に進めば半ば獣道になって、医聖堂に辿り着きます。
右(南)側には、今熊野観音寺の鐘楼が建っています。


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こちらが、今熊野観音寺の鐘楼です。
多分現在も、時報として使われていると思います。


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今熊野観音寺の鐘楼から、境内を南に向いています。
では、ここからはこの下り坂を進みます。


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この下り坂は結構急で、徐々に西側に折れていきます。
この坂道を下りきった先が、先ほどの駐車場です。


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今熊野観音寺の駐車場から、境内を西に向いています。
ではこの先の門から、今熊野観音寺を出ます。


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今熊野観音寺の門を出て、参道を西に向いています。
約100m先に先述の朱い鳥居橋が見えますが、
ここからはそちらには進みません。
目の前の看板によると、左(南)に進むと
4番の来迎寺の近道となります。
ですからここからはそちらに進むのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、来迎寺の布袋さんにお参りします~

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第1014回 来迎院の布袋さん~七福神巡り~その5

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1013-30.jpg
前回ブログで参拝した今熊野観音寺の門前で、西を向いています。
このまま西に進むと泉涌寺道に戻りますが、
目の前の看板によると順路は左(南)に移動します。
今回は、今熊野観音寺の南隣に立つ来迎院に参拝します。
撮影日は、2024年1月8日成人の日の月曜日午後2時半。
この辺りは隣接しているので、時間を費やしません。


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今熊野観音寺の門前で、左(南)を向いています。
左(東)側の塀の向こうは今熊野観音寺ですが、
右(西)側には前回ブログ
第1010回ブログで出てきた今熊野川が流れています。
今回ブログでは南下して、こちらの石段を下ります。


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石段の底に降りてきても、道は蛇行しながらさらに南下します。
この辺りは、枯葉を踏み固めた道ですね。


1014-3.jpg
先程の道をさらに南下しています。
ちなみに右(西)側は、ずっと今熊野川沿いです。
では、このままこの道を南下します。


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今熊野観音寺の門前から、約50m南下しました。
ここで今まで南下してきた道が、突き当ります。


1014-5.jpg
その突き当りには、こちらの看板が立っています。
この左(東)側が、今回ブログの目的地来迎院です。


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先程の位置から、左(東)を向きました。
では、真言宗泉涌寺派来迎院に入ります。


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先程の門をくぐり、来迎院境内を東に向いています。
このまま東に進むと荒神堂に辿り着きますが、
今回は順路通りに左(北)に向かいます。


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先程の門をくぐった時点で、来迎院境内で左(北)を向きました。
では、この石畳の道を北上します。


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来迎院の門をくぐり、境内を約10m北上しました。
この先に、含翠軒という茶室が建っています。
通常は300円で拝観でき、さらに500円支払うと抹茶が飲めます。
一時期この来迎院に、大石内蔵助が居住していました。
その際に、この茶室を大石内蔵助が造営したそうです。
ただ泉涌寺七福神巡り開催中は、こちらは非公開です。


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その位置で、来迎院境内を右(東)に向いています。
では、さらにこちらを進みます。


1014-11.jpg
先程の位置から、来迎院境内を約50m東に進みました。
「泉涌寺七福神巡り」の関係で紅白の垂れ幕で飾っていますが、
こちらが真言宗泉涌寺派来迎院の本堂です。
ご本尊は、阿弥陀如来です。
平安時代初期、この辺りに空海三宝荒神を祀るお堂を建てました。
さらに約500年後の鎌倉時代に、
荒神堂の周囲に伽藍が配置されて、泉涌寺の塔頭寺院になりました。
その後応仁の乱廃仏毀釈で2度焼失しますが、
約100年前の大正時代に現在の伽藍が完成しました。
またこの日限定で、布袋さんの神像が公開されます。


1014-12.jpg
その来迎院本堂脇で、福笹の飾り物が売られていました。
いろいろ悩んだ挙句、こちらでは買い求めませんでした。


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来迎院本堂から、境内を南に向いています。
次は、突き当りまで境内を南下します。


1014-14.jpg
来迎院本堂から約10m南下すると、境内で突き当たります。
その位置の南東に、こちらの井戸があります。
空海が独鈷で掘った井戸と伝えられているので、
こちらは「独鈷水」と呼ばれています。


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来迎院の独鈷水の前で、境内を東に向いています。
この石段の先が、来迎院の荒神堂です。


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石段を上りきると、来迎院荒神堂が建っています。
こちらの屋内に、三宝荒神が祀られています。
では、こちらにお参ります。


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荒神堂の北側に、稲荷社がいらっしゃいます。
続いて、こちらに参拝します。


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来迎院荒神堂を背後に、境内を西に向いています。
今度は、目の前の石段を下ります。


1014-19.jpg
来迎院荒神堂から、石段を下りました。
このまま境内を西に進み、真言宗泉涌寺派来迎院を出ます。


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真言宗泉涌寺派来迎院の門をくぐり、西を向いています。
この右(北)側からこちらに来たわけですが、
ここからはそのまま西に進みます。


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来迎院の門をくぐりそのまま西に進むと、
すぐにこの小さな橋に到達します。
この橋の下を今熊野川が流れています。
この橋の左(南)側が今熊野川の上流ですが、
すぐにいったん今熊野川は暗渠化します。
おそらくですが今熊野川の水源は、泉涌寺の境内です。


1014-22.jpg
先程の橋を渡ると、この道はいったん突き当たります。
この先に小さな稲荷社がいらっしゃいますが、
時間が無いのでこちらは素通りします。
(約90分後に、「泉涌寺七福神巡り」は終了します)


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橋を突き当たった位置から、南南西に向いています。
ここからは、この山道を登ります。


1014-24.jpg
その山道を少し登ったところで、右(西)を向きました。
こちらから、真言宗泉涌寺派善能寺境内に入れます。
先程の小さな稲荷社も、こちらの境内にいらっしゃいます。
ただ、この時点で2024年1月8日午後2時40分です。
午後4時には周辺寺院の門はすべて閉じられるので、
ここは素通りして先を急ぎます。


1014-25.jpg
真言宗泉涌寺派善能寺の前で、南南西を向いています。
ここからはかなり急な山道ですが、そこまで長い道ではありません。
また雨傘や雨合羽を身に着けておられる方が多いですが、
今度は小雨が降ってきました。


1014-26.jpg
真言宗泉涌寺派善能寺の前から、約50m南南西に進みました。
ここで、急な山道を登り切ります。


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先程の急な山道を登り切り、南に向いています。
目の前の入り口を通過すると、
真言宗泉涌寺派本山泉涌寺の境内に入ります。


1014-28.jpg
先程の入り口をくぐり、泉涌寺境内を南に向いています。
こちらが、真言宗泉涌寺派本山泉涌寺仏殿です。
通常の寺院の本堂に当たります。
ここからは泉涌寺境内を散策しながら、
境内にいらっしゃる七福神にお参りするわけですが、
ここで切りがいいので、今回はここまでです。

~次回は、楊貴妃観音と雲竜院の大黒さんにお参りします~

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第1015回 「御寺」泉涌寺~七福神巡り~その6

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1014-28.jpg
前回ブログで真言宗泉涌寺派来迎院に参拝して、
そこから山道(近道)を登って
真言宗泉涌寺派本山泉涌寺に辿り着きました。
目の前に、泉涌寺の仏殿が建っています。
泉涌寺の事実上の本殿ですね。
今回は、この「御寺」泉涌寺境内を散策します。
撮影日は、2024年1月8日成人の日の月曜日午後2時45分。
雪も雹も小雨も、一応止みました。


1014-29.jpg
先程の地点から、泉涌寺境内を東に向いています。
仏殿の隣(東)側に舎利殿が建っていて、
そのさらに東側に、泉涌寺の御座所が建っています。


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先程の地点から、泉涌寺境内を約100m東に進みました。
こちらの門をくぐると、泉涌寺御座所に至ります。


1015-1.jpg
先程の門をくぐると、すぐに無料休憩所があります。
屋内には、自動販売機とテーブルとイスが並んでいました。
ちなみに2016年11月23日に泉涌寺に訪れたときは、
こちらでしっぽくそばを戴きました。


1015-2.jpg
無料休憩所の前で、南東を向いています。
こちらは、泉涌寺勅使門に対応する玄関です。
真言宗泉涌寺派本山泉涌寺は、
「御寺」(みてら)という普通名詞でも呼ばれています。
それは、この泉涌寺が天皇家の菩提寺であるからです。
この御座所の南隣にある霊明殿には、
崩御された昭和天皇までの歴代天皇の位牌が安置されています。
そして、この御座所は天皇陛下や皇族がいらっしゃるための施設です。
天皇陛下や皇族が京都に訪問された際に、
必ず泉涌寺に立ち寄られるのですが、
先ずはこの御座所で休憩されて、続いて霊明殿に参拝されます。
ですから、この御座所には
天皇陛下のために造営された紅葉庭園があります。
(紅葉庭園などの詳細は、第446回ブログ参照)


1015-3.jpg
通常であれば、この時間帯なら泉涌寺御座所に入れます。
ただこの日(2024年1月8日成人の日)は、
例外的に泉涌寺御座所が非公開です。
(その代わり、無料でこの位置まで入れます)
ですから無料休憩所の前で、西を向きました。
そして、このままこの門をくぐります。


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泉涌寺御座所の門を再びくぐり、境内を西に向いています。
目の前で、泉涌寺の舎利殿と仏殿が並んでいます。
手前の舎利殿の「舎利」とは、
お釈迦さんの遺骨またはお墓周辺の土を指します。
お釈迦さんの遺骨のうち歯の部分を日本に持ち帰り、
泉涌寺の舎利殿に納めたとされています。


1015-5.jpg
泉涌寺の舎利殿の西側に、仏殿が建っています。
「仏殿」は、通常の寺院の本堂に当たります。


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泉涌寺仏殿の北側を西に歩いています。
泉涌寺仏殿に入るには、西側に回り込まないといけません。
その西側に急な上り坂が見えますが、
その先が泉涌寺の大門です。


1015-6.jpg
泉涌寺仏殿の西側に回り込んできました。
こちらから、仏殿の中に入れます。
ただ、ここから先は写真撮影が禁じられています。

真言宗泉涌寺派本山泉涌寺派本山泉涌寺は、
平安時代初期の9世紀はじめに創建とされていますが、
どうも記録は今熊野観音寺と混同している可能性があります。
鎌倉時代初めに俊芿が多くの寄進を受けて、
ここに大きな伽藍を配置しました。
それ以降、こちらを泉涌寺と呼んでいます。
ちなみに俊芿は、月輪大師とも呼ばれています。
それが、泉涌寺と東福寺周辺を
東山区月輪地区と呼ぶ語源です。
ちなみにご本尊は阿弥陀如来釈迦如来弥勒菩薩ですが、
どちらも運慶の作と伝えられています。


1015-8.jpg
泉涌寺仏殿を出て、境内を南に向いています。
こちらに、泉涌寺泉涌水屋形が建っています。
屋形内に水が涌く泉があって、屋形の周囲が池になっています。
こちらが、「泉涌」寺という名称の由来という説もあります。
(この地にあった仙遊寺(せんゆうじ)が訛ったという説もあり)
おそらくですが、この池の水が暗渠化して
泉涌寺御座所庭園の池になったり、
今熊野川になっていたりしていると考えられます。


1015-9.jpg
泉涌水屋形の西側に、泉涌寺浴室があります。
要するに、鎌倉時代のお風呂場ですね。
やはり水場の近くだから、ここに造られたのでしょう。
当時の浴室はサウナ風呂なのですが、
汗を流した後軽石などで身体をこすって垢を取り、
最後は身体を湯で洗い流していました。


1015-10.jpg
泉涌寺浴室の前で、境内を東を向きました。
このくらい離れていれば、泉涌寺仏殿を正面から撮れます。


1015-11.jpg
先程の位置から、今度は泉涌寺境内を西に向きました。
この急な上り坂の先に、泉涌寺大門があります。
ちなみに、通常はこの大門から泉涌寺に入ります。


1015-12.jpg
泉涌寺仏殿から、境内を約50m西に進みました。
こちらが泉涌寺大門で、通常は泉涌寺はこちらから出入りします。
通常なら左(南)側の小屋にいらっしゃる方に拝観料を納めて、
この坂道を下ります。(詳細は、第88回ブログ参照)
ただ、この日はこの大門は閉鎖されています。
ですから前回ブログのように、別の場所から境内に入ります。


1015-13.jpg
泉涌寺大門から、境内を右(北)を向いています。
この先に、楊貴妃観音堂が建っています。


1015-14.jpg
先程の位置から、泉涌寺境内を北上しました。
このお堂の中に、楊貴妃観音がいらっしゃいます。
こちらは南宋から持ち込まれた観世音菩薩ですが、
容姿が美しいので楊貴妃の名が付いています。
ですからこちらは七福神ではありませんが、
番外として「泉涌寺七福神巡り」に加えられています。


1015-15.jpg
楊貴妃観音堂を背後に、泉涌寺境内を南に向いています。
では、こちらを南下します。


1015-16.jpg
楊貴妃観音堂から泉涌寺境内を南下して、大門前に戻ってきました。
受付の小屋の南側に、別の建物があります。
そちらは公衆トイレなのですが、トイレの場所を覚えておかないと
数が少ないので後々困ります。


1015-17.jpg
その公衆トイレの前で、泉涌寺境内を南に向いています。
では、ここからはこの石段を上ります。


1015-18.jpg
先程の石段を上がり切り、泉涌寺境内を南東に向いています。
看板通り進むと、5番の雲竜院が建っています。


1015-19.jpg
泉涌寺大門から、境内を約50m南東に進みました。
泉涌寺境内に、真言宗泉涌寺派雲竜院が建っています。


1015-20.jpg
では、こちらから真言宗泉涌寺派雲竜院に入っていきます。
2024年1月現在、この雲竜院は「京の冬の旅」で特別公開中です。
ただ、この日(2024年1月8日成人の日)はそちらはお休みです。
実は自分の脇で特別公開を拝観したい方が来られていたのですが、
その事情を知らないようで残念がって帰られました。



1015-21.jpg
雲竜院の門をくぐり、境内を東に向いています。
この先が、雲竜院のおそらく庫裏です。


1015-22.jpg
先程の位置から境内を東に進み、雲竜院庫裏に入ります。
ただここから先は撮影禁止区域なので、
写真は一切撮っていません。
真言宗泉涌寺派雲竜院は、
南北朝時代の14世紀後半に建立されました。
応仁の乱などでたびたび荒廃しましたが、
江戸時代初期に後水尾天皇の帰依を受けて再興し、
現在に至ります。
境内の霊明殿には、北朝の歴代天皇や
多くの皇族の位牌が並びます。
こちらは泉涌寺同様、皇族の菩提寺でもあります。
この日(2024年1月8日)は庫裏から上には上がれず、
本堂などには向かうことができませんでした。
ですから、ご本尊の薬師如来にはお参りできませんでした。
またこの日(2024年1月8日成人の日)は、
「泉涌寺七福神巡り」が開催されています。
この庫裏を入ったところに、大黒天がいらっしゃいました。
「七福神」としての大黒天は笑顔が多いのですが、
こちらは憤怒の表情で全力疾走しています。


1015-24.jpg
「走る大黒天」にお参りして、雲竜院庫裏の北側に出ました。
ではこのまま北上して、目の前の扉を出ます。


1015-25.jpg
先程の扉を出て雲竜院境内を回り込み、南に向いています。
先程は、あちらから雲竜院庫裏に入りました。


1015-26.jpg
雲竜院庫裏の正面に回り込み、境内を西に向いています。
では、こちらから西に進みます。


1015-27.jpg
先程の位置から西に進み、雲竜院の門に戻ってきました。
では、ここから雲竜院を出ます。


1015-28.jpg
真言宗泉涌寺派雲竜院を出て、西を向いています。
目の前のテントでは、福笹の飾り物が売られていました。
300円から1,000円くらいがこちらの相場でしたが、
50㎝くらい長い打ち出の小槌が3,000円で売られていました。
ただ、そちらは自分がこちらに来る直前で売れてしまいました。
(特大の打ち出の小槌は、一つだけ売られていました)
ただ、そちらを笹に付けると笹の幹が折れ曲がってしまいます。
(自分は、そちらを一瞬だけ見ました)


1015-29.jpg
一方、自分はこちらを購入しました。
こちらの大黒天は、300円しました。
福笹に取り付けて、先に進みます。


1015-30.jpg
真言宗泉涌寺派雲竜院の前で、
泉涌寺境内を北に向いています。
ここが「泉涌寺七福神巡り」の最深部で、
ここからはおおよそ帰り道です。
右(北)側の道を進めば泉涌寺大門前ですが、
ここからは左(北北西)側の道を進みます。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、悲田院の毘沙門天にお参りします~

続きを読む

テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第1016回 悲田院の毘沙門天~七福神巡り~その7

「京のお店 今日のお品」カテゴリートップに
進みたい方は、ここをクリックしてください。

1015-30.jpg
真言宗泉涌寺派雲竜院の前で北を向いていますが、
こちらは真言宗泉涌寺派本山泉涌寺の境内でもあります。
前回ブログでは右(北)側の道からこちらにやって来ましたが、
今回は左(北北西)側の道を進みます。
撮影日は、2024年1月8日成人の日の月曜日午後3時。
ここからは復路なのですが、
違う道を辿るのでその印象はありません。


1016-1.jpg
先程の位置から、北北西に向いています。
「泉涌寺七福神巡り」で雲竜院付近がいちばん標高が高く、
ここからの山道はほとんど下りですね。


1016-2.jpg
雲竜院から蛇行しながらも北西に約100m進みました。
この先で、この山道がいったん突き当たります。


1016-3.jpg
先程の山道を突き当たると、急に開けた場所に出ます。
こちらは、泉涌寺の駐車場です。
よく観光バスが停まっていますが、
この日は大門が閉鎖されているので、
駐車している自動車も多くありません。


1016-4.jpg
泉涌寺駐車場から、東を向いています。
ずっと先に、泉涌寺の大門が見えますね。
通常はこちらから泉涌寺境内に入るのですが、
毎年成人の日は「泉涌寺七福神巡り」が開催されているため、
こちらの門は閉鎖されています。
ですから、この日は別の場所から泉涌寺境内に入ります。
(詳細は、第1014回ブログ参照)
また泉涌寺大門の前から左(北)側に、
泉涌寺道が伸びています。


1016-5.jpg
泉涌寺大門の前から、泉涌寺道を北に向いています。
この辺りから、泉涌寺の敷地を出ています。
ここからは、この泉涌寺道の山道を下ります。


1016-6.jpg
泉涌寺大門から、泉涌寺道を約50m北上しました。
ここで下り坂が緩くなり、西側に脇道が分岐します。


1016-7.jpg
その分岐点から、泉涌寺道を北に向いています。
約20m先でまた泉涌寺道は分岐して、
東に進むと今熊野観音寺へと向かいます。
この写真の脇に、「6番悲田院」と書かれた看板があります。
ここからは、この順路通りに進みます。


1016-8.jpg
泉涌寺道から、脇道を西に向いています。
では、ここからは京都市立泉山中学校の
運動場と校舎の間を通り抜けます。


1016-9.jpg
泉涌寺道から、脇道を約100m西に進みました。
ここで左(南西)側に道が分岐します。


1016-10.jpg
先程の分岐点から、南西に向いています。
この急な下り坂は、自分の母校京都市立日吉ヶ丘高校の
運動場の中に消えていきます。
自分がこの辺りの路地を熟知しているのは、
高校生時代にこの辺をかなり徘徊したからです。


1016-11.jpg
おなじ分岐点のさらに左(南)側に、別の道が伸びています。
こちらを進むと京都市立日吉ヶ丘高校の運動場を周回して、
東福寺に向かいます。
こちらは知る人ぞ知る道だったのですが、
いつの間にか東福寺の近道という標識も立っていました。
(第445回ブログでは、東福寺側からこの道を進みました)


1016-12.jpg
さらにその分岐点で、西を向いています。
駐車場の先に見える朱い門の先が、
真言宗泉涌寺派悲田院です。


1016-13.jpg
先程の分岐点から、脇道を約50m西に進みました。
この門をくぐると、悲田院境内に入ります。


1016-14.jpg
悲田院の境内に入ると、すぐにこちらのテントが立っていました。
こちらで、福笹の飾り物が売られていました。
悲田院には毘沙門天がいらっしゃるので、
関連した飾り物が多かったですね。
ただ1,000円前後のものが中心で、
予算的に自分には買えませんでした。


1016-15.jpg
そのテントの西側に、真言宗泉涌寺派悲田院の本堂があります。
ご本尊の阿弥陀仏と毘沙門天が、
普段からこちらにいらっしゃいます。

「悲田院」とは、孤児や貧しい人のための宿泊施設のことです。
こちらがもともとそのような施設であったかは、
実はよくわかっていません。
元々は誓願寺と名乗っていましたが、
江戸時代に高槻藩の援助で再興し悲田院と改名して、
現在に至ります。


1016-16.jpg
こちらに線香と蠟燭両方奉げるのに、80円納めます。
ただ、この手前で自分の財布から10円硬貨が消えていました。
(お賽銭を奉げ続けたからです)
こういうところでお釣りを貰うのも変ですから、
ここでは100円を納めました。


1016-17.jpg
悲田院本堂の西側にも、境内が続きます。
実は、そちらの方がこの寺院を有名にしています。


1016-18.jpg
悲田院本堂から、境内を北に向いています。
ここからは、石畳沿いに進みます。


1016-19.jpg
悲田院境内の北西端に、こちらのベンチが並んでいます。
この崖下が、京都市立日吉ヶ丘高校です。
自分が高校生の頃は、放課後このベンチによく座りに来ました。
(ここで友人と待ち合わせて、友人宅に遊びに行きました)


1016-20.jpg
そのベンチに座ると、この風景を眺められます。
京都タワー越しに見える山に、常寂光寺が建っています。
(常寂光寺側からこちらを眺めると、このような光景です)


1016-21.jpg
おなじベンチに座ったまま、少し北に視線を移しました。
泉涌寺道沿いは神社仏閣が建ち並びますが、
その西側は普通の住宅地です。
自分がこの真下の日吉ヶ丘高校に通っていた当時、
校舎の窓から空き缶を投げ捨てた方がいらしたそうです。
校舎からは藪に見える位置に向かって投げ捨てたそうですが、
その位置の真下にも住宅が広がっていました。
ですから、その空き缶は住宅の窓を叩き割ってしまいました。
するとそこの住民から大クレームが来まして、
翌日緊急全校集会が開催されて、
なぜか無関係な自分も含めて全校生徒が叱られてしまいました。


1016-22.jpg
そのベンチから、悲田院境内を東に向いています。
では、このまま悲田院境内を東に進みます。


1016-23.jpg
先程のベンチから、悲田院境内を東に約50m進みました。
この生け垣の先は、悲田院境内の敷地外です。


1016-24.jpg
生け垣を抜けて、悲田院の敷地を出ました。
左(南)側に、悲田院の小さな駐車場がありますね。
このまま脇道を約100m東に進めば、
泉涌寺道に戻れますが……


1016-25.jpg
悲田院駐車場の東端に、北に下る階段があります。
そしてこの下り階段が、七福神巡りの
7番法音院に向かう順路です。


1016-26.jpg
こちらが、その石段です。
この石段は、蛇行しながら北西に向かっています。
では、この石段を下りていきます。


1016-27.jpg
先程の石段を蛇行しながら下りています。
右(南東)側の崖の上が、京都市立泉山中学校です。
目の前で石段は終わりますが、
その辺りに高級そうな中華料理店があります。
ただこの時間帯(2024年1月8日午後3時15分)は、
まだ店が開いていませんでした。


1016-28.jpg
石段を下り終えて、北を向いています。
フレームからは外れていますが、
この左(西)側に先程の中華料理店が建っています。
左(西)側は住宅街ですが、
右(東)側は京都市立泉山中学校です。
次は、この道をそのまま北上します。


1016-29.jpg
その石段から、この道を約50m北上しました。
ここで、左(西)に小路が伸びています。


1016-30.jpg
そのT字路で、西を向いています。
こちらは蛇行しながら、最終的には
京都市立日吉ヶ丘高校校門の北側に伸びる路地に通じています。
自分が高校生の頃はこの通り沿いの
お好み焼き屋さんにたびたび通っていましたが、
約40年経ってそのお店どころか、
道路の区画自体変わっていました。
とは言え、この道は京都市立日吉ヶ丘高校校門に通じています。
ということは、こちらも泉涌寺~東福寺間の近道です。
先程の日吉ヶ丘高校の運動場を周回する道は
地元民だけが通る分には対応できますが、
道幅が狭いので大勢の観光客までは対応しきれません。
ですから、こちら道も観光客が利用するべきと思います。


1016-31.jpg
そのT字路で、今度は北を向きました。
周囲は、もう完全に住宅街ですね。
今回ブログでは、このままこの道を北上します。


1016-32.jpg
先程のT字路から、約50m北上しました。
右(東)側に、「7番法音院」と書かれた看板があります。
そして、この辺りでこの道は泉涌寺道に吸収されます。


1016-33.jpg
先程の道から、泉涌寺道を北西に向いています。
右(北東)側に、第1011回ブログに出てきた
「2番丈六戒光寺」が見えます。
さらにその先に「7番法音院」が建っていますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は法音院に参拝した後、
Dragon Burgerに立ち寄ります~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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味わってください。

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いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
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京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
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新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
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いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
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情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
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布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
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宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
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北関東と東京の下町の
写真ブログです。
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運営されています。
こちらからお願いして、
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「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
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書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「京のお店 今日のお品」
緊急事態宣言後の
京都市街地で
コロナ騒動下でも
頑張っておられる
さまざまなお店と
その商品を
紹介して宣伝します。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
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入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
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花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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