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第1017回DRAGON BURGERで休憩~七福神巡り~その8

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前回ブログで真言宗泉涌寺派悲田院にお参りして、
近道を通って泉涌寺道を北西に向いています。
右(北東)側に弁財天を祀る丈六戒光寺が建っています。
またこの先に、七福神の7番目寿老人を祀る法音院があります。
今回は法音院に参拝した後、
JR奈良線「東福寺」駅に戻ります。
その途中で、DRAGON BURGERに立ち寄りました。
撮影日は、2024年月8日成人の日の木曜日午後3時半。
今回で、「泉涌寺七福神巡り」の連載が終了です。


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こちらは、1011回ブログで参拝した丈六戒光寺です。
この時点ではまだ「泉涌寺七福神巡り」は続いていましたが、
1012回ブログで戴いた小豆粥は終了していました。


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丈六戒光寺の前で、泉涌寺道を北西に向いています。
目の前に、「7番法音院」の入り口がありますね。


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今回ブログの冒頭に出てきた分岐点から、
泉涌寺道を約50m北西に進みました。
では、こちらから法音院境内に入ります。


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真言宗泉涌寺派法音院境内に入って、西に向いています。
法音院庫裏の前に、大勢の方々が集まっていらっしゃいます。
庫裏の前で、福笹の飾り物が売られていました。
こちらは1,000円以上のものばかりでしたので、
こちらでも自分は買い求めませんでした。
法音院が最後に立ち寄る寺院ですから、
これ以上飾り物を買いません。
現時点で、自分が購入した飾り物は3点ですね。


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法音院庫裏の前で、北西を向いています。
この先に、本堂と寿老人堂が建っています。
では、そちらに向かいます。


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この左(西)の方に建っているのが、法音院の本堂です。
ご本尊は、不空羂索観音です。
普段は非公開なのですが、この日限定で堂内が公開されていました。

真言宗泉涌寺派法音院は、泉涌寺の塔頭寺院として
鎌倉時代に建立されました。
応仁の乱で荒廃しますが、
江戸時代に本多正貫からの寄進によって
泉涌寺境内からこちらに移転されて再興されました。


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法音院本堂の右(東)側に、寿老人堂が建っています。
社の両脇に牡鹿の像が立つのは、
そちらが寿老人の神使だからです。
通常社内にご神体の寿老人の神像がいらっしゃいますが、
この日はご神体は法音院庫裏に移動されています。
ですから、現時点で社内には誰もいらっしゃいません。


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法音院の本堂と寿老人堂を背後に、境内を南東に進みました。
これで「泉涌寺七福神巡り」の寺院は、すべて参拝しました。


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先程と同じ場所で、法音院境内を北東に向いています。
ではこの門をくぐり、真言宗泉涌寺派法音院を出ます。


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真言宗泉涌寺派法音院を出て、泉涌寺道を北西に向いています。
では、ここからこの坂道を下ります。


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真言宗泉涌寺派法音院から、泉涌寺道を北西に50m進みました。
目の前に泉涌寺の総門があります。
こちらをくぐると、泉涌寺道は住宅街に戻ります。


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泉涌寺総門をくぐり、泉涌寺道を北西に向いています。
右(北東)側に、第1011回ブログで訪れた即成院が建っています。
こちらの福笹交換は、まだ続いています。


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即成院の前で、泉涌寺道を北西に向いています。
この先の横断歩道の辺りで、泉涌寺道は西北西に進路を変えます。


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その横断歩道で、泉涌寺道を北東に向いています。
この急な石段を下れば、その先は完全な住宅街です。
この辺りは高校時代のマラソンコースだったので、
結構土地勘があります。


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今度は泉涌寺道の横断歩道で、西北西を向きました。
左(南西)に、清水焼のお店があります。
参拝者が、大勢立ち寄っていました。


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その横断歩道から、泉涌寺道を西南西に進んでいます。
右(北東)側の家屋は、第1011回ブログで駄菓子が売られていました。
もう跡形もないのは、売り切れたのでしょうね。


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駄菓子が売られていた家屋の前で、
泉涌寺道を西北西に向いています。
もうすぐ午後4時なので、他の参拝者もいらっしゃいません。


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さらに泉涌寺道を西北西に進んでいます。
こちらの洋品店の入り口には、
「泉涌寺七福神巡り」のポスターが貼ってあります。
(1011回ブログにも掲載しました)
こちらにも、参拝者が結構立ち寄っておられました。


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さらにさらに泉涌寺道を西北西に進むと、
東山警察署泉涌寺交番が見えてきます。
ここまで来ると、完全に市街地ですね。


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即成院から、泉涌寺道を西北西に約300m進みました。
ここで泉涌寺道は、東大路と交差します。


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東大路から、泉涌寺道を西北西に向いています。
フレームから外れていますが、
左(南)側に第1010回ブログのお食事処 祭が建っています。
このまま泉涌寺道を進むと、第1010回ブログのルートですが……


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横断歩道を渡って、泉涌寺道から東大路を南西に向いています。
今回は、この東大路を進みます。


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泉涌寺道から、東大路を南西に約100m進みました。
向かい(北西)側に、第一日赤病院が建っています。
京都大学病院や国立病院と並ぶ京都屈指の大病院ですね。


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その第一日赤病院の向かい(北西)側には、薬局が並びます。
おそらく病院から処方箋を貰った患者が、
こちらでお薬を買うのでしょうね。
目の前に「ファーマシィ薬局」と書いてありますが、
英語表記なら「phamarcy phamarcy」です。
変わった店名だと思い、写真を撮りました。


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泉涌寺道から、東大路を南西に約150m進みました。
目のあえに、京都市バスの「東福寺」バス停が立っています。
九条通と東大路を往復する207系市バスが停まっています。


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「東福寺」バス停から、東大路を南西に向いています。
目の前が、「東福寺」交差点です。
東大路の最南端で、九条通の最東端です。
つまりこのまま大通りを進むと、
東大路から九条通に移ります。


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「東福寺」交差点で、南を向いています。
こちらの小路を進むと、すぐに東福寺境内に入ります。
(詳細は、第2回ブログ参照)


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今度は「東福寺」交差点で、北を向きました。
こちらは、臨済宗東福寺派万寿寺です。
現在は東福寺の塔頭寺院ですが、元々は「京都五山」の一角でした。


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「東福寺」交差点で、東大路から九条通を西に向いています。
この交差点から九条通は、陸橋になります。
(九条跨線橋のことですね)
一方で、万寿寺沿いの下り坂も九条通です。
ここからは、この下り坂を進みます。


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東大路から、九条通を約100m西に進みました。
坂道をだいぶ下ったので、九条跨線橋がはるか頭上に伸びています。
ここで九条通は、本町通と交差します。


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こちらは、九条通と本町通の辻の南西角です。
目の前の京町屋が、DRAGON BURGERです。


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DRAGON BURGERに、入店しました。
ここ最近こちらは結構お客さんが多くて、
席に就くまで10分ほどかかりました。
今回は、1Fの手前の席に就きました。
背後の壁が削れていますが、
こちらは故意にこのようにしているのでしょう。
今回はワサビバーガー(1,300円)を注文しました。


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こちらが、ワサビバーガーです。
パテの上に刻みレタスなどに混じって、
ワサビが入ったマヨネーズベースのソースが掛かります。
ワサビですから辛みはあるのですが、
どちらかと言うとワサビの香りの方が強いですね。
ほぼ肉しか入っていない固いパテを戴くと、
ステーキにワサビを塗って戴く感覚です。


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続いて、サイドメニューです。
今回は、フライドオニオンを注文しました。
文字通り、スライスした洋葱を揚げています。
こちらはフライドポテトより高めで、500円くらいしました。


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さらに、ジンジャエールも注文しました。
こちらも、500円くらいしました。
生姜風味で、そこまで甘くありません。
そこにレモンの酸味を加えて、戴きます。


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2024年1月8日成人の日月曜日午後5時まで、
DRAGON BURGERに居座りました。
店を出て九条通から、本町通を北に向いています。
日没寸前ですので、周囲はだいぶ暗くなりました。
商店街の電気屋兼レコード店も、
その北隣の靴屋さんも、もうシャッターが閉まっています。


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九条通から、本町通を約30m北上しました。
こちらに、お寿司屋さんのいづ松が建っています。
この時間帯なら入店できそうでしたが、
もう満腹なので素通りしました。


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お寿司屋さんのいづ松の前で、本町通を北に向いています。
目の前に、JR奈良線と京阪電鉄の「東福寺」駅があります。
ではこちらから京都駅に向かい、その後帰宅しました。


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結局2024年の福笹は、こうなりました。
弁財天の神紋が入った巾着と、ゑびす神を象徴したタイと、
大黒天を模ったプラスチック板です。
現在、こちらをうちの店頭に飾っています。

~これで、「泉涌寺七福神巡り」を終了します~

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第1018回 法住寺で甘酒~法住寺の節分会2024~その1

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前回ブログで「泉涌寺七福神巡り」の連載も終わり、
2024年も2月に入ってきました。
2月初旬と言えば節分ですが、
京都の神社仏閣では盛大な節分会を催します。
「京の道 今日の道」では毎年節分の連載を書きますが、
2024年も近所の法住寺に向かいました。


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京都駅北側市バスターミナルから、206系や208系など
七条通を東に進む市バスに乗って、約12分。
こちらは、「博物館 三十三間堂前」バス停です。
……と言う設定で、本当はウチから徒歩約10分です。
今回は、三十三間堂に隣接する法住寺の節分会に向かいます。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日午前11時50分。
日差しが強くて、却って撮影に苦労しました。


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「博物館三十三間堂」バス停前で、七条通を東に向いています。
左(北)側が京都国立博物館で、右(南)側は三十三間堂です。
また七条通も約100mで突き当たっていて、
そこに智積院の勅使門が見えます。
京都国立博物館と北隣の豊国神社の辺りは、
安土桃山時代に豊臣秀吉によって大仏殿が建てられました。
また智積院も、安土桃山時代は
豊臣鶴丸の墓所があった祥雲寺でした。
つまり、この辺り(東山区鴨東地区)は
豊臣秀吉によって造営された一大宗教施設群でした。


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「博物館三十三間堂」バス停から七条通を約10m東に進み、
その位置で左(北)を向いています。
こちらが、京都国立博物館の入り口です。
ちなみに前田珈琲京博店へは博物館に入場しなくても、
こちらから入店できます。


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同じ位置で、七条通から南に向きました。
七条通から塩小路まで、「三十三間堂廻り」という道が伸びています。
右(西)側が、三十三間堂です。
約200m先に三十三間堂の南大門が聳え立っていますが、
元々は豊臣秀吉が建立した大仏殿の南大門でした。


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そうこうしているうちに、信号が変わりました。
では横断歩道を渡り、七条通南側歩道に移ります。


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七条通と三十三間堂廻りとの交差点に、
こちらの看板が立っていました。
これから向かう法住寺節分会の宣伝ですね。


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七条通から、三十三間堂廻りを南に向いています。
では、ここから三十三間堂廻りを南下します。


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七条通から三十三間堂廻りを約10m南下して、東を向きました。
ここから、三十三間堂に入れます。
ただ法住寺の節分会開始まで、あと数分です。
今回は、こちらに立ち寄る時間はありません。
……と言う訳で、今回はここは素通りです。
(三十三間堂に立ち寄った様子は、第300回ブログを参照)


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三十三間堂の入り口から、三十三間堂廻りを南に向いています。
三十三間堂の公衆トイレは、外側からも入れます。
この辺りの公衆トイレは、ここ以外は法住寺境内だけです。
ですから公衆トイレの位置は、しっかり覚えておく必要があります。


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公衆トイレの前で、三十三間堂廻りを南に向いています。
幟に書いてある「身代わり不動尊」とは、
今回ブログのメイン法住寺のご本尊です。
では、三十三間堂廻りを南下します。


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七条通から、三十三間堂廻りを約100m南下しました。
こちらは、浄土真宗遣迎院派養源院です。
浅井長政の菩提を弔うため、淀殿が豊臣秀吉にお願いして
この地にこの寺院を建立しようとしました。
淀殿の死後、お江の方が完成させました。
俵屋宗達の作品が、日本一収蔵されています。
また伏見城で割腹自殺した跡を天井に使用した
「血天井」でもよく知られています。


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養源院の前から、三十三間堂廻りを約50m南下しました。
三十三間堂廻り最南端に、
後白河天皇陵と今回ブログのメイン法住寺が建っています。


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養源院と法住寺との間に、このような路地があります。
この先に、後白河上皇の陵墓があります。
通常は公開されているのですが、
土曜日と日曜日、祝日は閉鎖されています。
(後白河天皇陵の詳細は、第299回ブログ参照)


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後白河天皇陵の南隣が、天台宗の法住寺です。
988年に藤原為光が建立した寺院ですが、
こちらが大きくなったのは後白河上皇が、
この寺院で院政を行ったからです。
当時は東山区鴨東地区一帯が、法住寺の境内でした。
三十三間堂も、もともとは法住寺のお堂の一つでした。
それが法住寺合戦で焼失して、
その後は後白河天皇陵を守護する宮寺として残りました。
明治時代になると神仏分離令によって天皇陵と分離させられ、
現在に至ります。
では、ここから法住寺境内に入っていきます。


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法住寺の門前で、様々なものが売られていました。
お札とか、お守りとか、そういうものが多いですね。


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法住寺の門をくぐり、すぐに北を向いています。
茶枳尼尊天と弁財天が、祀られています。
どちらも、女神様ですね。
この脇に、公衆トイレがあります。
こういうところでは、トイレの位置は要確認です。


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同じ位置で、法住寺境内を東に向きました。
こちらには法住寺庫裏の玄関がありますが、
節分会の間はこのようになっています。


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さらに同じ位置で、法住寺境内を南に向いています。
まるで露店が立っているようですが、
こちらで法住寺が甘酒を提供されています。


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先程の屋台の上に、こちらの台が置かれています。
甘酒を戴く前に、こちらにお布施を納めます。
10円玉も置かれていますが、
自分はこちらでは一律100円納めています。
この志納金が、来年度以降に節分会を続けるための資金です。
大勢の方々が安い金額しか納めないと、
だんだんこのようなことができなくなります。


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こちらが、法住寺で提供された甘酒です。
京都の甘酒は米麹由来なので、
アルコールが一切含まれません。
こちらを箸でかき回しながら、戴きます。
そう言えばコロナ禍を経由して、
器が湯飲みから紙コップに変わりました。


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甘酒を提供される屋台の周囲に、多くの方々が集まっておられます。
用意されたベンチや縁台に腰かけて
甘酒を戴く方々も多いですが、
そこに座れなかった方々はこの場で立ち飲みです。
自分も、一緒に立ち飲みです。


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甘酒片手に、護摩壇の北側に回り込みました。
またここは、枝垂桜の真下でもあります。
毎回法住寺節分会はこの角度で撮影していたのですが、
2024年は日差しが強くカメラから直接見た画面では
そもそも何が写っているかよく分かりませんでした。
(単に真っ白く光って見えました)
それが帰宅後に確認すると、
このようにしっかり写っていました。


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ただし撮影時は上手く撮れていたか分からなかったので、
2024年度は日差しが入らない場所を探して移動します。
まだ甘酒をすべて飲んでいなかったので、
紙コップ片手に法住寺境内を徘徊しました。


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……と言う訳で、法住寺境内を西に回り込みます。
護摩壇の南側に祭壇が置かれて、供物が並んでいます。
護摩壇には、発火用のたいまつも置かれています。


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祭壇の裏(南)側が、法住寺の本堂です。
本堂の左(東)側に赤い縁台が置かれていますが、
そちらに先斗町の舞妓さんが来られて、
この後搗き立ての餅を丸められます。
その時間が近付いてきて、
縁台の前に人が集まってきています。


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……と、ここで甘酒を飲み終えました。
そこで、先ほどの屋台に戻ります。
甘酒を飲み干した後の紙コップは、
この段ボールの中に収納します。


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甘酒を飲み干して、法住寺の護摩壇の東側に回り込みました。
目の前で、先斗町の舞妓さんが餅を丸められます。
ところが、かなりの方がこちらに集結されています。
この写真も撮影現場では真っ白い光しか画面に見えなかったので、
この位置での撮影は諦めて移動することにしました。


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この時点で、2024年2月3日正午です。
予定表ではそろそろ餅つきが始まるのですが、
まだその気配がありません。


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そう思って、先に本堂に参拝しようとしました。
すると本堂から住職が出てこられて、
石臼をあちらに置いて行かれました。
これは、間もなく餅つきが始まります。


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ということで、護摩壇の北側に戻ってきました。
よく見ると、本堂前で餅つきの準備が徐々に進められています。
ここから法住寺の餅つきが始まりますが、
もうだいぶ写真が貼り付けられました。
今回は、ここまでです。

~次回は、法住寺の餅つきを掲載します~

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第1019回 法住寺の餅つき~法住寺の節分会2024~その2

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前回ブログで天台宗法住寺に訪れて、
護摩壇の北側から南を向いています。
本堂から住職さんが出入りされて、
檀家の皆さんともども餅つきの準備をなされています。
今回は、法住寺節分会の餅つきを取材します。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日の正午。
お昼時の餅つきですね。


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法住寺の本堂から、青い法被姿の男性が現れました。
こちらは、毎年こちらで餅つきをされる方です。
2015年も、こちらの方が餅を搗いておられました。


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青い法被姿の男性が、杵を所持されています。
法住寺の住職さんが、その周囲で餅つきの準備をされています。


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続いて、こちらの女性が蒸した糯米を持ってこられました。
そして、その糯米を石臼の中に投じられました。


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その時留袖姿の女性が、本堂から現れました。
おそらく先斗町の置き屋の女将さんです。
舞妓さんをこちらに連れてこられた後、
ここで搗かれた餅を丸められます。
舞妓さんが餅を丸める触れ込みですが、
舞妓さんだけでは間に合わないので、
女将さんも協力されます。
……と言いますか、女将さんは舞妓さん2人より
手早く作業をされます。
その女将さんは、小学生の女の子を連れてこられました。
自分はこちらは禿(舞妓さん見習い)と思っていたのですが、
どうも違うようです。


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青い法被姿の男性が石臼に投じられた糯米に、
杵を押し付けておられます。
これが、餅つきの初期行動です。


1019-8.jpg
その時、先斗町の舞妓さんが石臼の背後を通過されました。
先斗町の舞妓さんは2人いらっしゃいますが、
この時点で登場されたのはこの方だけです。
多分ですが、もう1方は遅刻ですね。


1019-9.jpg
傍らにおられた女性が、石臼の糯米を手で返されています。
青い法被姿の男性が、杵をだんだん高く持ち上げられます。


1019-10.jpg
ここで、カメラを引いてみます。
餅を搗いておられる2人の左(東)側に、
先斗町の舞妓さんらが控えておられます。
本当は舞妓さんは2人来られているのですが、
この時点で1人が遅刻されています。


1019-11.jpg
すると、この時点で青い法被姿の男性が
杵を持ち上げて振りかぶられます。
ズームするのに間に合わず、
この構図で撮影しました。


1019-12.jpg
そして、杵が振り下ろされます。
ここから、餅つきが本格化します。


1019-13.jpg
レンズを再びズームアップしました。
また杵を振り上げておられます。


1019-14.jpg
そして、また杵が振り下ろされます。
こうして、徐々に餅が成形されていきます。


1019-15.jpg
そうこうして、お餅がきちんと成形されました。
すると、裃姿の檀家さんが搗きたてのお餅を
先斗町の舞妓さんがおられる場所に運ばれました。


1019-16.jpg
石臼に、再び糯米が投じられました。
青い法被姿の男性は、再び杵を糯米に押し付けられています。


1019-17.jpg
そして、さらに青い法被姿の男性が杵を振り下ろされます。
このようにして、餅つきが繰り返されます。
結局餅つきは、石臼5杯分続きました。


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そのように搗かれたお餅が、こちらに運ばれます。
そのお餅を先斗町の舞妓さんを中心に、
小さくちぎって丸められます。


1019-20.jpg
先斗町の舞妓さんが、お餅を丸めておられます。
置き屋の女将さんは、相変わらず手早いですね。
本当は舞妓さんはもう1人おられるのですが、
まだ来られません。


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舞妓さんと小学生の女の子が振り返られたのは、
裃姿の檀家さんがやって来られたからです。
檀家さんは丸め終わったお餅を盆に載せて、
屋台の方に持っていかれました。


1019--22.jpg
こちらは、法住寺境内の西側です。
甘酒の屋台の右(南)側で、小豆が炊かれていました。
舞妓さんたちが丸められたお餅は、
ここに持って来られました。


1019-23.jpg
再び法住寺本堂前に戻ると、
白い振袖を身に着けた舞妓さんがおられました。
これで、舞妓さんが2人来られました。
白い振袖姿の舞妓さんも、お餅を丸められます。
ここから餅つきのペースが上がり、
そのお餅が振る舞われるのですが、
切りがいいので今回はここまでです。

~次回は、このお餅が入ったお汁粉を戴きます~

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第1020回 法住寺のお汁粉~法住寺の節分会2024~その3

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天台宗法住寺の節分会で、先斗町の舞妓さんが
搗きたてのお餅を丸めておられます。
前回ブログで搗かれたお餅は、
舞妓さんたちによって丸められ、
お汁粉となって参拝者に振る舞われます。
今回は、そちらを戴く様子を取材しました。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日午後0時15分。
お昼時に、お汁粉を戴きます。


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「お汁粉が出来上がりました。
欲しい方は、順番にならんでください」
法住寺の住職さんの一言で、参拝者が一斉に並びます。
自分も他の方に倣って、法住寺境内の西側に並びました。
例年は本堂の端まで並んでもまだ行列が続いたのですが、
今年(2024年)は、その半分くらいの長さですね。
参拝者は例年と同じくらいだったのですが、
例年より中国人や韓国人が多くて、
日本語が通じてなかったようです。
(周囲の会話からの類推です)


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法住寺境内の西側に、水子地蔵さんがいらっしゃいます。
行列を並びながら、その位置からお参りしました。


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並び始めてから約5分で、屋台の前に辿り着きました。
例年はお汁粉をお椀に入れられるのですが、
今年(2024年)は紙カップに入れられます。
コロナ禍を経過して、衛生上の問題からの変化でしょうね。


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先斗町の舞妓さんたちが丸めたお餅が、
お盆に載せてこちらに運ばれてきました。
こちらでは、檀家さんたちが
そのお餅を紙カップに投じられています。


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そして、屋台の上にはお餅が入った紙カップが並びます。
自分たち参拝者は順番が来ると、
ここで志納金を納めます。
第1018回ブログの甘酒同様、
お汁粉も100円くらいが相場です。


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写真左下の高坏に自分が100円を納めると、
こちらの檀家さんたちが紙カップに
お汁粉を流し込まれました。
この鍋1杯分小豆からお汁粉が炊きこまれています。
ガスコンロではなく、薪で炊き込むので
こちらの小豆は潰れずに美味しく炊かれています。


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そして、自分の前にこちらのお汁粉が置かれました。
自分の背後にも何人も参拝者がいらっしゃるので、
何杯かお汁粉も並びます。


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たくさん並んだお汁粉の端に、割り箸がありました。
こちらを引き抜いて、お汁粉を戴きます。


1020-4.jpg
先行してお汁粉を戴かれた方々にベンチを占領されているので、
ここでは立ったままお汁粉を戴きました。
中には、このくらいの小さなお餅が2個入っていました。
こちらは、先斗町の舞妓さんが丸められたものです。
薪で炊かれているので、小豆が潰れておらず
和菓子匠でしっかり炊かれたものと遜色ない
上品なお汁粉です。


1020-5.jpg
お汁粉を戴いた後で、再び本堂前に戻ってきました。
こちらでは、前回ブログで行われていた餅つきが続行していました。


1020-6.jpg
青い法被姿の男性が杵を石臼に押し付け、
糯米の粒を潰しておられます。
法住寺の住職さんは周回されて、
辺りの様子を見回っておられました。


1020-7.jpg
搗き終わったお餅は、こちらに持って来られます。
こちらでは先斗町の舞妓さんたちが、
お餅を千切って丸められます。
そのお餅が、先ほど戴いたお汁粉の中身です。
先斗町の舞妓さんは初めのうちは笑顔を見せていたのですが、
だんだんとその笑顔が消えてしまいました。
お餅の量が膨大で、だんだん余裕がなくなったのかもしれません。


1020-8.jpg
搗き終わったお餅が、石臼からこちらに運ばれてきます。
お餅を丸められる方が4人いらっしゃいますが、
左端の女将さんがいちばん手際がいいですね。
舞妓さん2人と女将さん1人が、同じペースです。


1020-9.jpg
先斗町の舞妓さんの前から、法住寺境内を西に向いています。
日本語が理解できない中国人や韓国人も、
大半の方々が日本人の様子を見て、お汁粉を戴いています。
それでも、行列は例年の半分くらいの長さです。
どうやら日本人参拝者の何人かが、
お汁粉に見向きもされないようです。
舞妓さんの写真撮影を優先されている方もいらっしゃいますが、
コロナ禍を経て屋外で食事することに抵抗がある方も、
だいぶ増えてきているようです。
いずれにしても、2015年以来の2周目が可能のようです。


1020-10.jpg
お汁粉の2杯目を戴くために、
法住寺境内の西側に回り込んできました。
青い法被姿の男性が、お餅を搗いておられます。
その東側で先斗町の舞妓さんたちが、
黙々とお餅を千切って丸めておられました。


1020-11.jpg
青い法被姿の男性がお餅を搗いておられる脇で、
他の法被姿の男性や裃を身に着けた男性が、
お盆を片手に右往左往されています。
この時点では、石臼のお餅を
舞妓さんたちの前に運んでおられます。


1020-12.jpg
青い法被姿の男性が、お餅を載せたお盆を運んでおられます。
法住寺境内西側の屋台の前には、
だいぶお餅が集まってきています。


1020-13.jpg
先斗町の舞妓さんたちは、お餅を成型を続行されています。
このままいけば、分量的に
自分にとって2杯目のお汁粉も残りそうです。


1020-14.jpg
お汁粉を求める行列は、先ほどの水子地蔵の手前で途切れます。
つまり、行列もかなり短くなっています。
もしかして3杯目のお汁粉も可能では?
などと企んでいたのですが、どうもそれは厳しいようです。
というのも、住職さんと檀家さんの会話が聞こえてきました。
「お餅がだいぶ余りそうですね」
「お餅は余るのですが、紙カップがもうありません。
お汁粉は、もうすぐ打ち止めです」


1020-15.jpg
とは言え、自分の2杯目のお汁粉はあるみたいです。
取り敢えず、高坏にまた100円を納め直しました。


1020-16.jpg
そして、こちらを戴きました。
自分にとっては、2杯目のお汁粉です。


1020-17.jpg
今回のお汁粉に入っていたお餅は、
先程のものより倍の大きさです。
ただし、今回は1個だけしか入っていません。
(先ほどは、2個でした)


1020-18.jpg
こちらは、お汁粉を提供されていた屋台の前です。
ベンチなども満席で、多くの方々が立ち食いしました。
(自分も、立ち食いですね)
2015年くらいまでは、法住寺の節分会に
近所の東山区鴨東地区の住民だけが
参加していたのですが、
(自分も、その一人です)
2020年をピークに世界中から参拝者が
来られるようになりました。
当初はお汁粉の2杯目を戴くことが多かったのですが、
参拝者が増えてここ数年はそれが難しくなっていました。
2024年は、9年ぶりに2杯目を戴けました。


1020-19.jpg
2杯目のお汁粉を戴いて、本堂前に戻ってきました。
2024年2月3日午後0時半を回って、
もうお餅を搗いておられません。
先斗町の舞妓さんも、タオルで手を拭かれています。
一仕事終えて、舞妓さんも檀家さんも
談笑の花を咲かせておられました。


1020-20.jpg
法住寺の護摩壇の北側から、南に向いています。
この段階で石臼はそのままですが、
徐々に檀家さんが片づけを始めておられます。
ここから次の行事までは約1時間あります。
ですから、いったん境内を離れられる参拝者もいらっしゃいます。


1020-21.jpg
法住寺境内の西側に、回り込みました。
参拝者が、半減していますね。
ここでいったん本堂に向かい、
法住寺ご本尊の身代わり不動尊にお参りします。


1020-22.jpg
自分が石段を上って本堂に入ろうとすると、
住職が先斗町の舞妓さんの許に来られました。
自分は、このまま石段を上ります。


1020-23.jpg
住職は、舞妓さんを本堂の中への導かれました。
たぶん舞妓さんは、ここから昼食兼休憩でしょうね。
自分も本堂に入って、身代わり不動尊にお参りします。
ただし本堂内は撮影禁止ですので、
ここから写真はありません。


1020-24.jpg
身代わり不動尊にお参りして、法住寺本堂を出ました。
だいぶ外に出られた方もいらっしゃいますが、
まだこのくらい境内には参拝者がいらっしゃいます。


1020-25.jpg
法住寺本堂を出て、西に向いています。
先ずは、こちらの石段を下ります。


1020-26.jpg
法住寺本堂から石段を下りて、境内を西を向いています。
では法住寺唐門から、いったん外に出ます。


1020-27.jpg
法住寺唐門を出ると、
「三十三間堂廻り」という道に出ます。
目の前(西側)に見える塀の向こうは、
三十三間堂の庭園「法住寺殿」です。
平安時代はこの辺一帯が法住寺の境内でしたから、
もともとは三十三間堂も法住寺境内の一部でした。
三十三間堂庭園も、もともとは法住寺の庭園でした。


1020-28.jpg
法住寺唐門から、「三十三間堂廻り」を南に向いています。
目の前に、三十三間堂南大門が聳え立ちます。
三十三間堂南大門とその周囲の塀が、重要文化財です。
安土桃山時代のこの辺は、
豊臣秀吉が建立した大仏殿の一部でした。
三十三間堂南大門と周辺の塀が、
豊臣秀吉が生存していた時代のまま保存されています。
ちなみに大仏殿の後継寺院が、
第616回ブログに出てきた方広寺です。


1020-29.jpg
「三十三間堂廻り」から、法住寺唐門に向いています。
法住寺には門が二つありますが、
神仏分離令以前は唐門から法住寺境内を経由して、
後白河天皇陵に向かいました。


1020-30.jpg
法住寺唐門の脇に、紅梅が立っています。
この時点(2024年2月3日)で、5分咲きでした。


1020-31.jpg
法住寺唐門から、「三十三間堂廻り」を北に向いています。
約200m北上すると、「三十三間堂廻り」は
七条通と交差します。


1020-32.jpg
法住寺唐門から、「三十三間堂廻り」を約50m北上しました。
では、こちらから法住寺に再び入ります。


1020-33.jpg
法住寺境内に再び入ってきました。
まだ何人かは、お汁粉を戴いていました。


1020-34.jpg
お汁粉の屋台を覗いています。
お餅が、相当残っていますね。
ただ檀家さんの分を考えると、紙カップが足りません。
ですから、お汁粉の提供は終了されていました。


1020-35.jpg
その時点の法住寺境内を撮影しました。
ベンチや石の上に腰かけて
休憩されておられる方もいらっしゃいますが、
参拝者はこの時間手持無沙汰でした。
檀家の皆さんは、この間交代で休憩されて
昼食を摂られているようでした。


1020-36.jpg
さて門前の立て看板によると、
次の行事は午後1時半から再開されます。
この時点で、2024年2月3日午後0時40分です。
あと約50分、時間があります。
10分少々かけてウチまで帰宅すると、
昼食を摂る時間が結構忙しくなります。
ですから片道5分以内の位置に建つ飲食店に立ち寄り、
自分も昼食を摂ろうと思います。
ここから先の取材は、その休憩後ですね。
ちょうど切りがいいので、今回はここまでです。

~次回は、天狗の鬼の神楽を取材します~

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第1021回 天狗と鬼の神楽~法住寺節分会2024~その4

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1020-36.jpg
前回ブログでお汁粉を戴いて、約1時間経ちました。
午後0時半から午後1時半まで、
法住寺節分会の行事も休憩します。
自分もその間飲食店で昼食を摂りましたが、
その飲食店で寛ぎすぎまして節分会再開時間ギリギリです。
(何とか遅刻は免れました)
ここから法住寺節分会は豆まきと護摩焚きですが、
その間に神楽を奉納したり、修験者さんの祈祷があったりします。
今回は、豆まきの前に催される神楽を取材します。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日午後1時半。
再訪するのに遅れて、撮影位置に困りました。


1020-37.jpg
飲食店から急いで法住寺の門をくぐり、境内で南を向いています。
いったん外に出られた参拝者も、大半が戻っておられます。
右(西)側の屋台では、お汁粉の備品が片付けられています。
では、ここからこの先の枝垂桜付近に進みます。


1020-38.jpg
法住寺護摩壇北側の枝垂桜前に、辿り着きました。
ただ時間ギリギリに来ましたので、
最前列ではありません。
この位置だと枝垂桜の枝が邪魔で、
護摩壇の周囲がしっかり撮れません。


1020-39.jpg
ですから撮影位置を変えようと思ったのですが、
このタイミングで本堂西側に控えておられた修験者さんたちが、
法螺貝を吹きながら法住寺本堂に入っていかれました。
午後1時半以降の行事が始まったので、
この位置で暫く撮影します。


1020-40.jpg
法螺貝を拭かれた修験者さんに続いて、
他の修験者さんたちも本堂に入られます。
後続は、赤鬼に扮装された方ですね。
そう言えば例年なら鬼や天狗に扮装された方々が、
午前中に近所の商店舗を巡られて、
旧年中の厄を払われるのですが、
今年(2024年)はその厄払いをされていません。
(その厄払いの様子は、第719回ブログ参照)


1021-1.jpg
赤鬼に続いて、青(緑)鬼、黒鬼、天狗、住職が並んでおられます。
後続の修験者さんたちが本堂に入っていかれる中、
法螺貝を吹かれていた修験者さんが
法住寺本堂から出てこられました。


1021-2.jpg
そして後続の修験者さんたちも、
法住寺本堂から出てこられました。
修験者さんたちはそのまま境内を西に進み、
法住寺唐門からいったん「三十三間堂廻り」に出られました。


1021-3.jpg
参拝者の皆さんで見えませんが、
赤鬼と青(緑)鬼、黒鬼が本堂から出てこられました。
写真では、黒鬼の打ち出の小槌しか見えません。


1021-4.jpg
さらに天狗の扮装をされておられる方も、
参拝者の頭に隠れておられます。
最後尾は、法住寺のご住職ですね。


1021-5.jpg
法螺貝の音色から、皆さんが「三十三間堂廻り」を北上されて
北側の門から境内に入られたのが分かりました。
そこで同じ位置から法住寺境内を北に向くと、
修験者さんたちがこちらに向かっておられるのを
上手く撮影できました。


1021-6.jpg
さらに後続の修験者さんたちも、入って来られました。
こちらの修験者さんは、弓矢を所持されていますね。


1021-7.jpg
修験者さんたちに続いて、赤鬼、青(緑)鬼、黒鬼の皆さんが
こちらにやって来られました。
赤鬼に扮装された方が、フレームから切れていますが
左(西)側のベビーカーに注目されました。
そちらには、3歳くらいの男の子がいらっしゃいました。


1021-8.jpg
すると、その男の子が突然泣き出しました。
感覚としては、秋田県男鹿半島のなまはげですね。
さらに青(緑)鬼と黒鬼が、その男の子を囲みます。
とうとう男の子が号泣されたので、
鬼たちが慌てて散開されました。


1021-9.jpg
さらにその後ろから、天狗が登場しました。
小学生くらいの女の子の天狗を引き連れておられますが、
今年(2024年)の天狗は女性が扮装されています。
もしかすると、母娘連れでしょうか?


1021-10.jpg
最後尾は、法住寺の住職さんです。
そして行列に加わられた皆さんは、
護摩壇の結界内に入っていかれました。


1021-11.jpg
同じ位置で、法住寺境内を南に向いています。
修験者さんたちと鬼たちは護摩壇の結界内を通過して、
そののまま法住寺本堂に入っていかれました。


1021-12.jpg
さらに天狗の扮装をされた方も法住寺本堂内に消えていき、
ご住職も本堂内へと進まれました。
(ご住職が入られた写真は、ありません)
ここから、法住寺ご住職による祈祷が始まりました。
ただしこの時の法住寺本堂内は立ち入り禁止なので、
その写真は一切ありません。
ご住職による祈祷は、約5分続きました。


1021-13.jpg
ご住職の祈祷が終わると、
修験者の皆さんが護摩壇の結界内に入られます。
すると、先頭の修験者さんが元来た道を戻られます。


1021-14.jpg
同じ位置で、法住寺境内を南東に向いています。
ここから順に、修験者さんたちが通過されます。
先頭の修験者さんが、全体を統括されておられました。


1021-15.jpg
続いて、法螺貝を持たれた修験者さんが通ります。
参拝者が密集している中、
さすがに法螺貝を吹かれません。


1021-16.jpg
さらに、弓矢を持たれた修験者さんが続きます。
こちらの修験者さんも、中心的に動かれていました。


1021-17.jpg
実はもう何名か修験者さんが通過されたのですが、
そちらの写真はありません。
修験者さんたちに続いては、赤鬼が通られます。
赤鬼は、宝剣と松明を所持されています。


1021-18.jpg
続いては、青(緑)鬼です。
青(緑)鬼は、大きな鉞(斧)を担がれています。


1021-19.jpg
さらに、黒鬼が通過されます。
黒鬼は、打ち出の小槌を所持されています。


1021-20.jpg
その後を天狗母娘が続きます。
2人連れの天狗は、今年(2024年)が初めてです。


1021-21.jpg
行列の最後尾は、法住寺のご住職です。
マスクのワンポイントが、、可愛いですね。


1021-22.jpg
同じ位置で、法住寺境内を北に向いています。
最後尾の法住寺住職は門の方には向かわれず、
お汁粉の屋台の辺りで法住寺境内の西側に回り込まれました。


1021-23.jpg
さらに同じ位置で、法住寺境内を南に向いています。
修験者さんたちが境内西側から
護摩壇の結界内に侵入されて、
それぞれの配置に就いておられます。


1021-24.jpg
ただ鬼と天狗の皆さんは、境内の西側で待機されています。
最後尾だったご住職は、護摩壇の結界内に入って来られました。


1021-25.jpg
ご住職が、赤いイスに鎮座されました。
枝垂桜の枝でよく見えませんが、
天狗の扮装をされた方が錫杖片手に
護摩壇の結界内に入って来られました。


1021-26.jpg
ここで、修験者さんが法螺貝を吹かれます。
法螺貝の音色に合わせて、天狗が錫杖を振るわれます。


1021-27.jpg
天狗の錫杖の先には、紙垂とともに金具が付いています。
天狗が錫杖を振るわれるたびに、
金具から鈴のような音色が響きます。
法螺貝と金具の音色が合わさると、
音楽を聴いているようですね。


1021-28.jpg
天狗に扮装された方は護摩壇を時計回りに周回された後、
護摩壇の西側に控えられました。
続いて、赤鬼の登場です。
先ずは赤鬼が所持される松明に火が灯されます。


1021-29.jpg
法螺貝の音色に合わせて、赤鬼が足踏みをされます。
そして、ゆっくりと赤鬼が前進されます。


1021-30.jpg
赤鬼はゆっくりですが、護摩壇を時計回りに周回されます。
法螺貝が鳴るたびに、赤鬼は四股を踏まれます。
その際、宝剣と松明を天高く掲げられます。
そして、その時点で青(緑)鬼も護摩壇を周回されます。


1022-1.jpg
護摩壇を周回された赤鬼は、
護摩壇の西側で待機されています。
護摩壇の周囲では青(緑)鬼に続いて、
黒鬼も護摩壇を周回され始めました。


1022-2.jpg
法螺貝の音色に合わせて、青(緑)鬼は鉞(斧)を
黒鬼は打ち出の小槌を振り下ろされます。
そして護摩壇の周囲を周回されると、
どちらも護摩壇の西側で待機されました。

ここから、法住寺の豆まきが始まります。
その後は、修験者さんたちによる護摩焚きですね。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、法住寺豆まきと護摩焚き前の祈祷を掲載します~

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第1022回 豆まきと破魔矢~法住寺の節分会2024~その5

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1022-2.jpg
天台宗法住寺に設置された護摩壇の周囲を
修験者さんの法螺貝の音色に合わせて、
青(緑)鬼と黒鬼が周回しています。
前回ブログで周回を終えた赤鬼は、
護摩壇の右(西)側で待機されています。
今回は、法住寺の豆まきと
直後の護摩壇への祈祷を取材します。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日午後1時45分。
何回も節分会に来ていると、良いこともあります。


1022-4.jpg
青(緑)鬼と黒鬼の神楽が終わると、
護摩壇の西側で待機されます。
枝垂桜の枯れ枝で赤鬼しか見えませんが、
その脇に他の鬼たちもいらっしゃいます。
鬼に扮装されておられる方々が待機されている間に、
法住寺のご住職が本堂前に移動されて、
次の行事の準備が始まります。


1022-5.jpg
法住寺ご住職の準備が整い次第、
鬼に扮装されておられる皆さんが、
法住寺護摩壇の北東側に移動されました。
ここから、法住寺の豆まきが始まります。
赤鬼に扮装されておられる方を中心に、
宝剣を振り上げられてご住職に迫られます。


1022-6.jpg
迫って来られる鬼たちに対して、
法住寺ご住職が炒った豆を投げつけられます。
こちらの習慣として、豆まきの際に参拝者が
「鬼は外 福は内」と大声を上げるのですが、
今年(2024年)に限っては、歓声がほとんど上がりませんでした。
(ちなみに、そこそこの参拝者はいらっしゃいます)
参拝者の多くが中国人や韓国人ということも大きいのですが、
(中国人や韓国人は、節分に豆を撒きません)
コロナ禍を経て日本人に大声を上げる習慣が
だんだんとなくなってきてるのかもしれません。
コロナ禍直前の2020年とは、全然違いますね。
(2020年の豆まきの様子は、第723回ブログを参照してください)


1022-7.jpg
法住寺のご住職に豆を投げつけられて、
鬼たちが慌てて退散します……
のはずが、赤鬼はまだご住職に迫り続けられます。
至近距離で豆を投げつけられて相当痛いはずなのですが、
それでもまだご住職に迫り続けておられます。
なかなか根性を持たれた赤鬼ですが、
単に段取りを間違っておられたようです。
赤鬼に扮された方はどうも新人さんのようで、
「豆を撒かれたら、鬼はさっさと退散しなさい」
世話役の声で、慌てて赤鬼は退散されました。


1022-8.jpg
赤鬼、青(緑)鬼と黒鬼の皆さんは、
法住寺護摩壇北側の枝垂桜前に移動されました。
この位置から、鬼に扮装された皆さんは
法住寺庫裏に戻っていかれました。
鬼に扮装された皆さんは、ここでお役御免です。
ちなみに自分は豆まきが始まった時点で、
法住寺護摩壇の西側に移動しています。


1022-9.jpg
その間、先斗町の舞妓さんは法住寺本堂前で待機されていました。
コロナ禍を経て、2022年以降法住寺では
参拝者に対して豆を撒いていません。
節分会がすべて終わってから、舞妓さんによって
豆が入った袋が手渡しされるようになりました。


1022-10.jpg
法住寺のご住職が、護摩壇の北側に戻られました。
すると統括役の修験者さんが、マイクを持たれました。
「ここから、星祭りが始まります」
「星祭り」とは、法住寺節分会の護摩焚き供養のことです。
先ずは、護摩壇を清める儀式が始まります。


1022-11.jpg
すると、こちらの修験者さんが立ち上がられました。
手には、弓を持たれています。
後ろに控えられている修験者さんは、
矢筒を所持されています。
そちらには、破魔矢が6本入っています。


1022-12.jpg
弓を持たれた修験者さんが、
法住寺本堂前の祭壇に近づかれました。
そちらで、数珠をこすりつつ手を合わされます。


1022-13.jpg
弓を持たれた修験者さんは、
護摩壇北側に戻って来られました。
その辺りが、護摩焚き供養の中心になります。


1022-14.jpg
護摩壇北側に戻られた修験者さんは、
手にされていた文を広げられました。
ぞして、先ずは護摩壇に一礼されます。


1022-15.jpg
修験者さんが、手にされた文を読み上げられます。
こちらは経文ではなく、日本語で書かれたお祈りの文章でした。
参拝者の家内安全、交通安全、健康長寿を祈祷されて、
最後に世界平和を唱えられました。


1022-16.jpg
祈祷を終えられた修験者さんは、護摩壇前で背を向けられました。
こちらが西側ですから、東に向かれています。


1022-17.jpg
東に向かわれた修験者さんは、
背後に控えられた修験者さんから
青(緑)色の矢じりが付いた矢を手にされました。
青(緑)色は、東方の守護獣青龍を象徴しています。


1022-18.jpg
修験者さんが、護摩壇前から東に矢を射られます。
尤もここで全力で矢を射出すれば、大惨事です。
弦を緩めて、ふわりと上空に矢を放たれます。
東側の参拝者の皆さんは、矢を受け止めようとされています。
通常護摩焚き供養で使用されたものは、
使い終えれば参拝者が持ち帰れます。
ですから、この矢も持ち帰って縁起物として家に飾れます。


1022-19.jpg
続いて、護摩壇の南側に修験者さんが向かわれます。
ここでは、朱い矢を弓につがえられます。
朱い矢は、南方の守護獣朱雀を象徴します。


1022-20.jpg
修験者さんが、南に向けて朱い矢を放たれました。
とは言え、護摩壇の南側は祭壇と法住寺本堂です。
そちらには参拝者がいらっしゃいませんので、
やや南西に向けて矢を射かけられました。


1022-21.jpg
さらに修験者さんが、こちら(西)側に向かって来られました。
そして、こちら側に白い矢を放たれます。
白い矢じりは、西方の守護獣白虎を象徴します。


1022-22.jpg
今度は水子地蔵尊の上方の屋根に向けて、
修験者さんが勢いよく矢を射かけられました。
白羽の矢は屋根に当たり、そのまま落ちてきました。


1022-23.jpg
そして白羽の矢は、自分の頭の上に落ちてきました。
そこで自分は手を挙げて、こちらを掴みました。
この白羽の矢が欲しい方がいらっしゃらないか、
一応周囲の方々に尋ねてみました。
すると、何人かの方々が自分にこうおっしゃいました。
「あなたが手にされたのだから、これはあなたのものです」
……と言う訳で、今年(2024年)はこちらを持って帰ります。
今までこちらに5回以上来ていますが、
矢を手に入れたのは今回が初めてです。


1022-24.jpg
続いて、修験者さんは護摩壇の北側に向かわれました。
今度は、黒い矢をつがえられます。
黒色は北方の守護獣玄武を象徴します。
修験者さんは護摩壇の北側に、
黒羽の矢を緩く放たれました。
先程の白羽の矢のやり取りの関係で、
黒羽の矢の行方は撮影できませんでした。


1022-25.jpg
続いて、修験者さんは黄色い矢をつがえられました。
黄色は、法住寺ご本尊の不動明王をを象徴します。


1022-26.jpg
修験者さんは、黄色い矢を緩く放たれました。
黄色い矢はふわりと宙に浮いて、護摩壇の上に落ちました。
黄色い矢はそのまま護摩壇上に放置されて、
護摩壇点火時にそのまま燃えてしまいました。


1022-27.jpg
最後に修験者さんは、艮(うしとら)の方を向かれました。
艮とは北東の方角のことで、縁起の悪い鬼門を指します。
分かりにくいですが、今度の矢じりは
青(緑)、朱、白、玄(黒)の4色です。


1022-28.jpg
修験者さんは、艮の方角のみ全力で矢を放たれました。
周囲の参拝者に当たっては大惨事ですので、
はるか遠くに矢を放たれました。
どうもこの矢は、法住寺庫裏の屋根の上に突き刺さったようです。


1022-29.jpg
そして修験者さんが護摩壇南側の祭壇に向かわれて、
再び手を合わされました。
例年ですとまだまだ続くのですが、今年(2024年)は
これで護摩壇を浄化する儀式は終了です。
ここから護摩壇が点火されるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回から、法住寺の護摩焚き供養を掲載します~

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第1023回 護摩壇に点火~法住寺の節分会2024~その6

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1022-29.jpg
前回ブログで法住寺に設置された護摩壇を浄化する儀式も終わり、
護摩壇南側に置かれた祭壇に向かって、
修験者さんたちが一礼をされました。
今年(2024年)の節分会は
いくつかの儀式が省略されていますので、
ここからいよいよ護摩壇に点火されます。
今回は法住寺星祭り(護摩焚き供養)のうち
点火直後の様子を掲載します。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日午後2時。
今年は護摩焚き供養をじっくり取材します。


1022-30.jpg
祭壇に一礼をされてから、
修験者さんたちは護摩壇北側に戻られます。
前回ブログで破魔矢を射出された修験者さんは着席されて、
後ろで控えられていた修験者さん2名と、
この場を統括されている修験者さんだけが、
護摩焚き供養の準備を始めておられます。


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修験者さん2名が竹製の松明を片手に、
護摩壇の北側で控えられています。
すると法住寺のご住職が、その場で起立されました。
さらにほかの修験者さんたちも、全員起立されました。


1023-2.jpg
すると法住寺のご住職が、護摩壇に一礼されました。
続いて、修験者さんも全員一礼されました。
そして、ご住職はこの位置で祈祷を始められました。


1023-3.jpg
祈禱が終わると、ご住職は着席されました。
続いて松明を掲げられていた修験者さんが、
護摩壇南側の祭壇前に集結されました。
松明の先には半紙が付いていて、
祭壇のろうそくの火を
その半紙に移されました。
すると、すぐに松明にも火が移りました。


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2名の修験者さんが、
松明を護摩さんの北側に持って来られました。
ここから、護摩壇の点火が始まります。


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修験者さんたちが、護摩壇の方に向かわれました。
ここから修験者さんがしゃがみ込まれて、
護摩壇に松明を突き刺されました。
暫くすると、松明の火が護摩壇に移ります。


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護摩壇に火が移ると、やがて護摩壇から煙が上ります。
真上に上る白い煙は、松葉が燃えたことによるものです。
すると、ここでご住職が護摩壇の結界内から退散されました。


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松明を持たれていた修験者さんたちは、
そのまま護摩壇の周囲にいらっしゃいます。
護摩壇をこのままにしておくと、
周囲は大量の煙に囲まれます。
ですから修験者さんは、
柄杓で護摩壇に水を掛けられます。
すると白い煙が、修験者さんたちが考えられたとおりに流れます。


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煙がだんだん落ち着いてくると、
リーダー格の修験者さんが立ち上がられました。
そして、細長い杖を掲げられました。
その杖の先は、二股に分かれています。


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そして修験者さんは、
その杖を護摩壇に振り下ろされました。
法住寺の節分会に限らず、この行為は
護摩焚きの点火直後に必ず行われます。


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2名の修験者さんたちが、水を掛けて煙を制御されています。
ただ例年より松葉が少なく、煙が少し濁っています。


1023-11.jpg
先程杖を振るわれていた修験者さんが、
両手の指を組んで九字祈祷を繰り返されておられます。
ここまでの手順は法住寺のものに限らず、
護摩焚き供養では同様のものです。


1023-12.jpg
周囲が煙だらけになる中、
修験者さんの九字祈祷が続いています。
そこで着席されていた修験者さんたちが、
般若心経を一斉に唱えだされました。


1023-13.jpg
ここで護摩壇前の修験者さんが、
護摩木を掲げられました。
その際も、般若心経を唱えておられます。


1023-14.jpg
修験者さんが、その護摩木を火の中に投じられました。
護摩木には、参拝者に予め願い事を書き留められています。
そしてその護摩木を護摩壇で燃やすことによって、
参拝者の願い事が叶うとされています。


1023-15.jpg
そして、修験者さんが新たに護摩木を所持されます。
実はこの護摩壇は、
参拝者の願いが書かれた護摩木で囲まれています。
護摩焚き供養では、そのすべての護摩木が燃やされます。


1023-16.jpg
さらにその護摩木も、護摩壇の中に投じられていきます。
ただ、その次の護摩木は投じられませんでした。


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護摩壇前の修験者さんは、護摩木を2本投じられた時点で
再び二股の杖に持ち替えられました。
そして、その杖を振り上げられます。


1023-18.jpg
そして、その杖をまた護摩壇に振り下ろされます。
これは法住寺に限らず、
護摩焚き供養の一般的な手順です。


1023-19.jpg
その時着席されていた修験者さんたちは
独鈷やお鈴を楽器のように鳴らし、
まるで音楽を演奏されておられるようです。
この時点で般若心経の読経を終えられて、
(般若心経は、いちばん短いお経です。
通常は数分で唱え終わってしまします)
六根清浄」と繰り返されていました。
時折「家内安全」「交通安全」も唱えられていましたが、
2022年で繰り返されていた
「疫病退散」は唱えられておられませんでした。
その代わり、「世界平和」と繰り返されていました。


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その時点の護摩壇の火の様子です。
護摩壇の火からは通常白い煙が出るのですが、
火自体がいつもより赤くて煙が比較的黒いです。
おそらくですが、例年より松葉が少なくて木が多いのでしょう。


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ここで着席されていた修験者さんのうち
お鈴を鳴らされていた修験者さんが起立されました。
同時に、統括役の修験者さんも立ち上がられます。


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お鈴を鳴らされていた修験者さんは、
その場で法螺貝を吹かれました。
ここで独鈷を鳴らされていた修験者さんも、
演奏を中断されました。


1023-23.jpg
そこで統括役の修験者さんが、自分の席を離れられました。
その位置から、少しずつ本堂方面(南)に移動されました。


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ここで護摩壇前の修験者さんは、
杖から護摩木に持ち替えられます。
護摩木を左手に持ち、右手には小刀です。


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護摩木は5本ほどが束になっていて、
紙製の封がしてあります。
修験者さんはその封を小刀で切って、
護摩壇に護摩木を投じられました。


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この瞬間の護摩壇を大写ししました。
例年よりも白い煙が立っていませんが、
それは周囲の修験者さんが、
しっかり水を掛けておられるからでしょう。
代わりに、赤い炎が例年より立っています。


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修験者さんの前に、高坏が置かれています。
その上に、まだ燃やされていない護摩木が積まれています。
ただ、この向こう側(東側)には
テーブルの上に護摩木がたくさん並んでいます。
あちらも、この場で燃やされます。


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ですから次の護摩木の封を
修験者さんが急いで小刀で切られます。
ペースを上げないと、護摩木をすべて燃やせません。


1023-29.jpg
修験者さんが、急いで護摩木を火に投じられます。
着席されていた修験者さんも、
般若心経を再び読経されます。


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こうして修験者さんが次々護摩木を投じられますが、
このペースではなかなか終わりません。
ですから統括役の修験者さんも、
護摩木を護摩壇の火に投じられます。
ここから護摩焚きのペースが一気に上がりますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、法住寺の護摩焚き供養の後半です~

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第1024回法住寺の護摩焚き~法住寺の節分会2024~その7

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1023-30.jpg
前回ブログから始まった法住寺節分会の護摩焚き供養も、
だいぶ佳境に入ってきました。
今回は、この護摩焚き供養が終了するまでを取材します。
撮影日は、2024年2月3日火曜日午後2時半。
ここから修験者さんたちは、大忙しです。


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護摩壇の向こう側(東側)に並ぶ護摩木を
統括役の修験者さんが護摩壇の火に投じられます。
封を切ることもなく、数本の塊ごと放り込まれています。


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リーダー格の修験者さんが、
二股の杖を護摩壇に振り下ろされています。
その一方で、統括役の修験者さんは
そのまま向こう側(東側)の護摩木を火に投じられています。


1024-3.jpg
すると第1022回ブログで破魔矢を射られた修験者さんが、
護摩壇のこちら側(西側)に来られました。
そしてこの辺りに積まれていた護摩木を
数本持ち上げられました。


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その時リーダー格の修験者さんが杖を脇に立て掛けられ、
再び九字を切られました。
着席されていた修験者さんも、
再び般若心経を読経されています。


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護摩壇のこちら側(西側)にいらした修験者さんは、
護摩木を手に、護摩壇の方に向かっておられます。
一方護摩壇のあちら側(東側)にいらっしゃる修験者さんも、
かなりのハイペースで護摩木を火に投じられていました。


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こちら側の修験者さんは護摩壇の火に護摩木を投じられると、
さらにまた護摩木を持ち上げられます。
そして、また護摩壇に向かわれました。


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こちら側(西側)の修験者さんが、護摩壇に護摩木を投じられました。
……この辺の参拝者の頭に白い煤が付いていますが、
護摩焚き供養では周辺に護摩木の灰などが
宙に舞って降り注ぐことがよくあります。


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こちら(西)側の修験者さんが、さらに護摩木を取り出されました。
ハイペースで護摩木を火に投じられているあちら側(東側)は、
テーブルの上の護摩木がほとんど残っていません。


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そしてこちら側(西側)の修験者さんは、
また護摩木を火に投じられました。
この時点であちら側(東側)の護摩木は、すべて火の中です。


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護摩壇のあちら側(東側)にいらした修験者さんは、
今度はこちら側(西側)の護摩木を護摩壇の火に投じるために
こちら側に移動されました。
ですから、こちら側の護摩木は二人掛かりで火に投じられます。


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先程まであちら側(東側)にいらした修験者さんは、
一気に大量の護摩木を火に投じられます。
ですから護摩壇のこちら側(西側)も、
ここからハイペースで護摩木が消費されます。


1024-12.jpg
ですから数分で、護摩木はこれだけになりました。
護摩木の消費は緩むことなく、
次々と護摩壇の火に投じられていきます。


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その直後にこちら側(東側)の護摩木も、
すべて護摩壇の火の中に消えていきました。
先程まで山のように積まれた護摩木も、
これでなくなりました。


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その間もこちらの修験者さんは、
九字祈祷を継続されていました。
柄杓を持たれた修験者さんは、
護摩壇に水を掛けて火の大きさを調整されています。


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ここで九字を切られていた修験者さんは、
そちらを中断して高坏上の護摩木を手にされました。
ハイペースで護摩木を火に投じられていた修験者さんも、
高坏上の護摩木に手を付けられました。


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修験者さんが、護摩木の封を小刀で切られました。
一方で高坏の護摩木は、もう一方の修験者さんが
次々と護摩壇の火の中に投じられています。


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小刀で封を切られた護摩木が、
護摩壇の火の中に投じられていきます。
これで、護摩木はすべて消費されました。


1024-18.jpg
着席されていた修験者さんたちが、
再び般若心経を唱えられています。
独鈷を楽器のように振られています。


1024-19.jpg
先程まで護摩木を護摩壇に投じられていた修験者さんも、
手を合わせて般若心経を唱えられています。
法住寺節分会の護摩焚き供養も、
だんだんと佳境に入ってきました。


1024-20.jpg
般若心経を唱え終えられた後、
また法螺貝が鳴らされます。
そこで独鈷を鳴らされるのも、終わりました。


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ここで、正面の修験者さんが護摩壇に一礼されます。
護摩木も一通り火にくべられましたが、
護摩焚き自体はもう少し続きます。


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護摩壇南側の祭壇の西側に、こちらが置かれています。
一見するとゴミですが、昨年使用されてたお守りやお札などです。


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修験者の皆さんが、一斉にこちらに来られました。
そして、こちらの紙袋を手に取られます。


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修験者の皆さんは護摩壇の前に来られると、
こちらの紙袋を火に投じられました。
一見するとゴミの焼却ですが、
護摩焚きの儀式がまだ続いています。


1024-25.jpg
紙袋は結構山積みされていましたが、
修験者さんたちが一斉に持っていかれたので、
すぐになくなりました。
その下に積まれていたビニール袋は、
お札やお守りではありません。


1024-26.jpg
そして、その紙袋もすべて護摩壇の火に投じられました。
これで護摩壇の火に新たに投じられるものはなくなりました。


1024-27.jpg
紙袋を護摩壇の火に投じられた修験者さんたちは、
護摩壇の北側に移動されていきます。
護摩木や紙袋も、まだ燃え尽きずに
護摩壇の火の中に残っています。


1024-28.jpg
修験者さんたちはまたイスに着席されて、
六根清浄」と唱えられました。
一方で、統括役の修験者さんがこちら(西側)に向いておられます。


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統括役の修験者さんは、暫く懐を探っておられました。
そして、そちらから小さなマイクを取り出されました。


1024-30.jpg
その直後に、統括役の修験者さんがこうおっしゃいました。
「これで、星祭りを終了します」
星祭りとは、法住寺の節分の際の護摩焚き供養のことです。
要するにこれで護摩焚き供養は終わりましたが、
法住寺の節分会の行事はまだ一つ残っています。
ここからそちらに移りますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、天狗に扮装された方から笹酒を戴きます。
それを以って、法住寺の節分会は終了します~

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第1025回 天狗の笹酒~法住寺の節分会~その8

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前回ブログまで続いていた法住寺の護摩焚き供養も、
こちらの修験者さんの一言で終了しました。
ここから修験者さんたちや檀家の皆さん、
消防団員の皆さんによって、後片付けが始まります。
一方で自分を含めた参拝者の皆さんは、
最後の行事に参加します。
撮影日は、2024年2月3日節分の土曜日午後2時45分。
今回で、法住寺の節分会の連載を終了します。


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統括役の修験者さんがマイクを外されると、
修験者さんたちが一斉に立ち上がられました。
ここから修験者さんたちが、護摩壇周辺を片付けられます。


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修験者さんたちが後片付けを始められると、
護摩壇の結界を封じていた紙飾りを
参拝者が勝手に外し始めました。
護摩焚き供養に使われていた備品は、
この段階から参拝者が
自由に持って帰ってもよくなります。
例年でしたら自分もこの争奪戦に参加しますが、
第1022回ブログで白羽の矢を手に入れました。
ですから、今年(2024年)はこの争奪戦に参加しません。


1025-4.jpg
修験者さんが、結界の高い部分にある紙飾りを取り外されています。
張り巡らされた縄など来年も使用されるものを除き、
こちらの紙飾りなどは修験者さんが取り外された後、
修験者さん自身によって周囲の参拝者に配られます。


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修験者さんたちの後片付けは、どんどん進みます。
縄を片付けると、結界は竹竿だけになります。
次は、こちらを引き抜かれます。


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一方、護摩壇南側の祭壇も片付けられます。
祭壇上の供物が、本堂内に持ち込まれます。
赤鬼の扮装をされているのは、法住寺の住職さんですね。
ご住職はこの扮装をされて、
片付けや参拝者の案内をされていました。


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修験者さんたちの後片付けも、さらに進みます。
護摩壇の周囲の結界が、完全に解かれました。


1025-8.jpg
修験者さんたちが、結界を形成していた縄を
テーブルの上で丸めておられます。
護摩壇の火はまだ勢いがありますので、
暫くは放置されます。


1025-9.jpg
2024年2月3日土曜日の午後2時50分を回りました。
法住寺本堂の西側に回り込んでみると、
多くの参拝者が並んでおられました。
この行列は、境内北側の庫裏の前から
境内南側の本堂脇を抜けて、
本堂より南側まで続いています。
第1020回ブログのお汁粉を求められる行列より、
約2倍長いですね。
おそらくですが、法住寺の節分会に参加された方々の
ほぼ全員がこの行列に加わっておられます。


1025-10.jpg
自分も、その行列の最後尾に就きました。
ここから次の行事が始まる午後3時まで待ちます……
そのつもりでしたが、午後3時になる少し前に
この行列が動き始めました。
どうやら、この行列の長さから
節分会最後の行事の開始が早まったようです。


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いったん動き出すと、行列は意外と早く進みました。
約5分で、20mくらい進みました。
この時点で本堂の南側から、西側に移動しています。
目の前に、福寿観音がいらっしゃる祠があります。


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祠の中に、福寿観音の石像がいらっしゃいます。
行列に並びながら、こちらにお参りしました。


1025-13.jpg
さらに行列は、前進します。
境内西側を北上して、護摩壇の前まで進みました。
この時点で、護摩壇の火はまだ燃えています。
さらに護摩壇の火は、消防団の管理に変わりました。


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消防団の皆さんは護摩壇の組木を崩されて、
その組木を1ヵ所に集結されています。
そしてその組木に、ホースで水を掛けておられます。
もし組木を放置すると、下手をすると再び火が付きます。
水を掛けることで、再点火を防いでいます。


1025-15.jpg
また消防団員の方々は、こちらの袋を運んでおられました。
こちらの中には、古くなった提灯が入っていました。


1025-16.jpg
消防団員の皆さんは、提灯が入った袋を
護摩壇の火に投じられました。
結構ハイペースなので、すぐに全部火の中です。
消防団員の皆さんは消火されていると思ったのですが、
むしろ護摩壇の火を焚きつけておられました。
まぁ、最終的には消火されるのでしょうが……


1025-17.jpg
参拝者行列はさらに進んで、水子地蔵の前まで来ました。
ここの屋根の上から落ちてきた白羽の矢を
第1022回ブログで自分がつかみました。
要するに、自分が護摩焚き供養を取材していた位置です。


1025-18.jpg
法住寺水子地蔵の前で、境内を北に向いています。
行事に参加される行列の約半分の位置まで来ました。


1025-19.jpg
さらに行列は進み、第1020回ブログで
お汁粉を戴いた位置まで戻って来ました。
食材や食器は片付けられていましたが、
竈の周囲の鍋などはまだ残っていました。
庫裏の前で赤鬼に扮装されたご住職が、
この行列の整理をされていました。


1025-20.jpg
行列は、法住寺庫裏で突き当たりました。
行列の先には、先斗町の舞妓さんがいらっしゃいました。


1025-21.jpg
人影に隠れておられますが先斗町の舞妓さんは2名いらして、
右(南)端には天狗に扮装された女性がいらっしゃいます。
この3名によって、節分会最後の行事が取り仕切られます。


1025-22.jpg
法住寺庫裏の脇に、こちらの看板が立て掛けてありました。
要するに先斗町の舞妓さんが節分の豆と餅を配られて、
天狗に扮装された方から笹に入ったお酒を貰います。
そちらが、法住寺の節分会最後の行事です。


1025-23.jpg
自分の順番が来ましたので、高坏に志納金を納めます。
取り敢えず、自分はこういう時100円を納めます。
100円硬貨を高坏に置くと、
舞妓さんから福豆と福餅を戴きました。
写真に白羽が写っていますが、
こちらは第1022回ブログで戴いたものです。


1025-38.jpg
こちらが、先斗町の舞妓さんから戴いたものです。
福豆2袋と福餅1袋です。
福豆の袋の中には、炒った大豆が入っていました。
節分で通常使用される豆ですね。
帰宅後屋内に撒かれる方もいらっしゃるでしょうが、
ウチは自分と母とに分けて、
それぞれお茶請けにして戴きました。
(自分は、炒った大豆も好物です)


1025-39.jpg
先程のビニール袋をひっくり返しました。
こちらには、丸餅が入っていました。
暫くウチにあったのですがいつの間にか無くなっていて、
多分ウチの母が戴いたのでしょう。
餅の下に白い紙が敷いてありますが、
実はこちらは福引になっています。
この紙に印が付いていれば、福引が当たっていました。
福引の景品はお酒やお米や果物など、
先程の祭壇に載っていた法住寺への供物です。
こちらは白紙なので、福引は外れです。


1025-24.jpg
先斗町の舞妓さんの右(南)側に、
天狗に扮装された女性がいらっしゃいました。
この方は、太い竹筒を担いでおられます。
こちらの竹の節は中で切り取られていて、
中には日本酒が入っています。
そして、この位置で盃1杯分日本酒を戴けます。
要するに、こちらが笹酒です。


1025-25.jpg
こちらが天狗から戴いた笹酒です。
竹筒に入った少量の日本酒には薬効があるのですが、
どちらかというとこちらは縁起物です。
1年間の健康と長寿を願って、こちらを戴きました。


1025-26.jpg
これで、2024年度の法住寺節分会の行事はすべて終わりました。
そこで法住寺庫裏を背に、境内を西に向いています。
では、目の前の門から法住寺を出ます。


1025-27.jpg
法住寺を出ると、そこは「三十三間堂廻り」という道です。
法住寺の門前から、「三十三間堂廻り」を南に向いています。
約50m先に、重要文化財の三十三間堂南大門が見えます。
ただ豊臣秀吉が建立した当時は、大仏殿の南大門でした。
平安時代はこの辺一帯が法住寺の境内でしたが、
安土桃山時代に法住寺は大仏殿の境内に吸収されました。
そして、江戸時代以降は境内が縮小されたまま
独立した寺院になりました。
ちなみに三十三間堂も、もともと法住寺のお堂の一つでした。
それが大仏殿の一部になった後独立した寺院になりました。


1025-28.jpg
今度は法住寺の門前から、「三十三間堂廻り」を北に向きました。
左(西)側の塀の向こうは三十三間堂で、右(東)側が養源院です。
では、「三十三間堂廻り」を北上します。


1025-29.jpg
法住寺の北隣の養源院の門前で、
黒猫が毛繕いしていました。
養源院の飼い猫でしょうか?


1025-30.jpg
すると養源院の閉じられた門をくぐり、
三毛猫が登場しました。
その辺りはちょうど日差しが強かったので、
三毛猫は目を細めていました。


1025-31.jpg
黒猫と三毛猫は、仲良く並んでいました。
どちらも、養源院の飼い猫なのでしょうね。


1025-32.jpg
そして2匹の猫は、だんだん動かなくなりました。
お昼下がりの日向ぼっこということでしょうね。


1025-33.jpg
養源院の門前で、「三十三間堂廻り」を北に向いています。
では、こちらを北上します。


1025-34.jpg
養源院の門前から、「三十三間堂廻り」を約100m北上しました。
フレームから外れていますが、
この左(西)側から三十三間堂に入れます。
この先で「三十三間堂廻り」は、
七条通に突き当たります。


1025-35.jpg
「三十三間堂廻り」から、七条通を西に向いています。
左(南)側が三十三間堂で、右(北)側は京都国立博物館です。
ここからは、七条通を西に進みます。


1025-36.jpg
「三十三間堂廻り」から、七条通を約50m西に進みました。
では「博物館三十三間堂前」バス停から206系市バスに乗って、
京都駅経由で帰宅します。
……と言う設定ですが、本当はこのまま歩いて帰宅しました。


1025-37.jpg
こちらは、ウチの玄関脇です。
第1022回ブログで手に入れた白羽の矢ですが、
泉涌寺七福神巡りで手に入れた福笹とともに花瓶に刺さっています。
2024年中は、このままにしておきます。

~これで、2024年の節分会の取材を終了します~

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プロフィール

ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

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サイドバーの説明をします。
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京都市内の今の天気と
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今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
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こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
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「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
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いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「京のお店 今日のお品」
緊急事態宣言後の
京都市街地で
コロナ騒動下でも
頑張っておられる
さまざまなお店と
その商品を
紹介して宣伝します。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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