壬生湯
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店名:壬生湯 業種:公衆浴場
営業時間:午後3時~午後11時 定休日:月曜日
浴槽など:深い浴槽・浅い浴槽・電気風呂・薬湯・水風呂・サウナ風呂
住所:中京区坊城通仏光寺通下がる壬生辻町3
(地図で確認される方は、ここをクリックしてください)

京都駅北側市バスターミナルから26系市バスに乗って、約20分。
こちらは、「壬生寺道」バス停です。
壬生寺や新撰組関連施設に向かうなら、こちらが最寄りバス停です。
今回は、このバス停から約250m先にある銭湯に向かいます。

「壬生寺道」バス停から、自分が乗っていた26系市バスが
四条通を西に進んでいきます。
「壬生寺道」バス停から約100m先の千本通まで、
四条通沿いに飲食店が建ち並んでいます。
実は1990年ごろまで、壬生寺周辺に繁華街が広がっていました。
とはいえ、この辺に商店街も残っていますし
かつての繁華街が完全に消滅したわけではありません。

今度は「壬生寺道」バス停から、四条通を東に向きました。
目の前に、石製鳥居が立っていますね。

その石製鳥居の奥(南側)に、「元祇園梛神社」と
「式台隼神社」が合祀されています。
「元祇園梛神社」は毎年2月の節分と、
6月の夏越の払いを盛大に催されます。
一方、「式台隼神社」は毎年11月に例祭が催されます。

その石製鳥居から、四条通を東に向いています。
目の前で、四条通は坊城通と交差します。

四条通から、坊城通を北に向いています。
約200m先に、和菓子匠のたから餅老舗が建っています。

今度は四条通から、坊城通を南に向きました。
右(西)側は、「元祇園梛神社」「式台隼神社」の境内です。
今回ブログでは、このまま坊城通を南下します。

四条通から、坊城通を約50m南下しました。
ここで、坊城通は嵐電(京福電車)の線路と交差します。

坊城通から、嵐電(京福電車)の踏切で東を向いています。
この線路を約400m進むと、終点の「四条大宮」駅です。

嵐電(京福電車)の踏切から、坊城通を南に向いています。
今回は、このまま坊城通を南下します。

嵐電(京福電車)の踏切から、坊城通を約50m南下しました。
ここで坊城通は、綾小路と交差します。
その辻の北西角が、金つばの幸福堂です。
また同じ辻の南東角が、旧前川邸です。
旧前川邸は、壬生に置かれた新撰組屯所の一つです。

こちらが、旧前川邸です。
もともと1863年に新撰組が結成された際、
東向かいの八木邸が新撰組の屯所(拠点)でした。
ところがすぐに新撰組隊士増加によって八木邸が狭くなったため、
こちらの屋敷に新撰組隊士の何人かが移り住みました。
その際、前川家の方々は新撰組を恐れて逃げ出されてしまいました。
(八木家の方々は、新撰組隊士と一緒に生活されました)
そのため、「旧」前川邸と呼ばれています。
旧前川邸は、新撰組在籍当時の遺構をほとんど残しています。
ただ、こちらは一般に公開されていません。
週末に母屋の玄関で、新撰組関連グッズを販売されています。
(その玄関自体、新撰組在籍当時の遺構です)

綾小路から、坊城通を南に向いています。
では、綾小路からさらに坊城通を南下します。

綾小路から、坊城通を約30m南下しました。
右(西)側が、和菓子匠の京都鶴屋鶴寿庵ですね。
この和菓子匠の奥(西側)が、新撰組壬生屯所八木邸です。
1863年に、新撰組隊士が最初に住んだところですね。
こちらは、京都鶴屋鶴寿庵店内で申し込めば拝観可能です。
(予約などは、不要です)

京都鶴屋鶴寿庵と八木邸の前から、坊城通を南に向いています。
では、さらに坊城通を南下します。

京都鶴屋鶴寿庵から、坊城通を約10m南下しました。
坊城通の左(東)側に、鳳翔山新徳寺(新徳禅寺)が建っています。
1863年に江戸からやって来た清河八郎が、
この寺院で西洋を日本から追い出すよう演説しました。
芹沢鴨率いる水戸藩士と近藤勇率いる試衛館の門弟が、
その際清河八郎を批判して彼が率いる浪士隊を脱退しました。
その直後にこの両派がこの中京区壬生地区を拠点に、
江戸幕府の警護を任されるようになりました。
それが、のちの新撰組です。
つまり、この新徳寺が新撰組結成の地です。

その新徳寺の向かい(西)側に、だんだら珈琲店が建っています。
コーヒーショップですが、暑い日はアイスクリームがよく売れます。

だんだら珈琲店の南側から、律宗壬生寺境内に入れます。
壬生寺は中京区壬生地区の拠点ともいえる寺院で、
毎年2月の節分と壬生狂言が有名です。
そういえば新撰組の芹沢鴨が
大阪相撲と対立して殺傷事件を起こしたのですが、
直後の話し合いで新撰組と大阪相撲が和解し、
この壬生寺境内で1860年代に何度か相撲興行を行っています。

壬生寺の門前で、坊城通を南を向いています。
では、ここからさらにさらに坊城通を南下します。

壬生寺の門前から、坊城通を南下しています。
左(東)側に、神先家邸宅が建っています。
こちらは、京都最古の武家屋敷の遺構です。
しかも、こちらはほぼ完全な形で保存されています。
現在こちらは、根付の博物館です。

壬生寺の門前から、坊城通を約30m南下しました。
ここで坊城通は、佛光寺通と交差します。

坊城通から、仏光寺通を西に向いています。
仏光寺通は、約100m先で千本通と交差します。
その辻を中心に、商店街が広がっています。
(商店街の様子は、第317回ブログ参照)

仏光寺通から、坊城通を南に向いています。
仏光寺通以南の坊城通沿いは、住宅街です。
商店街も近く、賑やかな通りです。
では、このまま坊城通を南下します。

仏光寺通から、坊城通を約20m南下しました。
すると、坊城通から右(西)へ路地が伸びています。

坊城通から、その路地を西に向いています。
角の美容院の西隣に、今回ブログのメイン
公衆浴場の「壬生湯」が建っています。

こちらが、公衆浴場の「壬生湯」です。
京都市街地にいくつか残っている典型的な銭湯ですね。
南西約200mに、壬生温泉はなの湯というスーパー銭湯がありますが、
壬生湯にも結構な数のお客さんが入っています。
実際入ってみた感触ですが、
こちらは昔から通う常連さんが多いようです。

公衆浴場の中は、一切撮影できません。
そこで、壬生湯の外側の写真を撮りまわしています。
こちらの深い浴槽に張られるお湯は平均的なものより熱めですが、
大黒湯(七条通)ほどは熱くありません。
サウナ風呂は3畳(京間です)ほどの広さで、
京都の銭湯としては標準的な広さです。
まぁ、そこそこゆっくり寛げます。
また薬湯の浴槽の壁には青竹模様のタイルが貼ってあり、
そのタイルにもたれてゆっくり薬湯に浸かっていると、
いろいろな疲れも抜けていきます。
「京のお店 今日のお品」カテゴリートップに
進みたい方は、ここをクリックしてください。
様々なお店の検索が、可能です。
~追記 その1~
なんと、3連勝です
2023年3月18日土曜日にJ1リーグが行われ、
我らが京都サンガは神奈川県横浜市にある
ニッパツスタジアム(三ツ沢競技場)で横浜FCと対戦しました。
横浜に先制されたものの前半のうちに追いつき、
後半突き放して1-4で快勝しました。
パトリック選手だけでなく、木下選手も毎試合の大活躍です。
アウェイでの快勝も素晴らしいですが、
最終的にJ2リーグ降格を京都と争うであろう横浜を
この時点で突き放したのは大きいです。
この勝ち点3は、京都には終盤に良い方向で響くでしょう。
遂に京都は、開幕からの連敗を脱した後3連勝です。
3勝0引き分け2敗の勝ち点9で、4位に上昇しました。
まぁ2023年3月19日日曜日に行われる
福岡vs湘南の結果次第では5位に落ちますが、
それでも京都には望外の上位進出です。

店名:壬生湯 業種:公衆浴場
営業時間:午後3時~午後11時 定休日:月曜日
浴槽など:深い浴槽・浅い浴槽・電気風呂・薬湯・水風呂・サウナ風呂
住所:中京区坊城通仏光寺通下がる壬生辻町3
(地図で確認される方は、ここをクリックしてください)

京都駅北側市バスターミナルから26系市バスに乗って、約20分。
こちらは、「壬生寺道」バス停です。
壬生寺や新撰組関連施設に向かうなら、こちらが最寄りバス停です。
今回は、このバス停から約250m先にある銭湯に向かいます。

「壬生寺道」バス停から、自分が乗っていた26系市バスが
四条通を西に進んでいきます。
「壬生寺道」バス停から約100m先の千本通まで、
四条通沿いに飲食店が建ち並んでいます。
実は1990年ごろまで、壬生寺周辺に繁華街が広がっていました。
とはいえ、この辺に商店街も残っていますし
かつての繁華街が完全に消滅したわけではありません。

今度は「壬生寺道」バス停から、四条通を東に向きました。
目の前に、石製鳥居が立っていますね。

その石製鳥居の奥(南側)に、「元祇園梛神社」と
「式台隼神社」が合祀されています。
「元祇園梛神社」は毎年2月の節分と、
6月の夏越の払いを盛大に催されます。
一方、「式台隼神社」は毎年11月に例祭が催されます。

その石製鳥居から、四条通を東に向いています。
目の前で、四条通は坊城通と交差します。

四条通から、坊城通を北に向いています。
約200m先に、和菓子匠のたから餅老舗が建っています。

今度は四条通から、坊城通を南に向きました。
右(西)側は、「元祇園梛神社」「式台隼神社」の境内です。
今回ブログでは、このまま坊城通を南下します。

四条通から、坊城通を約50m南下しました。
ここで、坊城通は嵐電(京福電車)の線路と交差します。

坊城通から、嵐電(京福電車)の踏切で東を向いています。
この線路を約400m進むと、終点の「四条大宮」駅です。

嵐電(京福電車)の踏切から、坊城通を南に向いています。
今回は、このまま坊城通を南下します。

嵐電(京福電車)の踏切から、坊城通を約50m南下しました。
ここで坊城通は、綾小路と交差します。
その辻の北西角が、金つばの幸福堂です。
また同じ辻の南東角が、旧前川邸です。
旧前川邸は、壬生に置かれた新撰組屯所の一つです。

こちらが、旧前川邸です。
もともと1863年に新撰組が結成された際、
東向かいの八木邸が新撰組の屯所(拠点)でした。
ところがすぐに新撰組隊士増加によって八木邸が狭くなったため、
こちらの屋敷に新撰組隊士の何人かが移り住みました。
その際、前川家の方々は新撰組を恐れて逃げ出されてしまいました。
(八木家の方々は、新撰組隊士と一緒に生活されました)
そのため、「旧」前川邸と呼ばれています。
旧前川邸は、新撰組在籍当時の遺構をほとんど残しています。
ただ、こちらは一般に公開されていません。
週末に母屋の玄関で、新撰組関連グッズを販売されています。
(その玄関自体、新撰組在籍当時の遺構です)

綾小路から、坊城通を南に向いています。
では、綾小路からさらに坊城通を南下します。

綾小路から、坊城通を約30m南下しました。
右(西)側が、和菓子匠の京都鶴屋鶴寿庵ですね。
この和菓子匠の奥(西側)が、新撰組壬生屯所八木邸です。
1863年に、新撰組隊士が最初に住んだところですね。
こちらは、京都鶴屋鶴寿庵店内で申し込めば拝観可能です。
(予約などは、不要です)

京都鶴屋鶴寿庵と八木邸の前から、坊城通を南に向いています。
では、さらに坊城通を南下します。

京都鶴屋鶴寿庵から、坊城通を約10m南下しました。
坊城通の左(東)側に、鳳翔山新徳寺(新徳禅寺)が建っています。
1863年に江戸からやって来た清河八郎が、
この寺院で西洋を日本から追い出すよう演説しました。
芹沢鴨率いる水戸藩士と近藤勇率いる試衛館の門弟が、
その際清河八郎を批判して彼が率いる浪士隊を脱退しました。
その直後にこの両派がこの中京区壬生地区を拠点に、
江戸幕府の警護を任されるようになりました。
それが、のちの新撰組です。
つまり、この新徳寺が新撰組結成の地です。

その新徳寺の向かい(西)側に、だんだら珈琲店が建っています。
コーヒーショップですが、暑い日はアイスクリームがよく売れます。

だんだら珈琲店の南側から、律宗壬生寺境内に入れます。
壬生寺は中京区壬生地区の拠点ともいえる寺院で、
毎年2月の節分と壬生狂言が有名です。
そういえば新撰組の芹沢鴨が
大阪相撲と対立して殺傷事件を起こしたのですが、
直後の話し合いで新撰組と大阪相撲が和解し、
この壬生寺境内で1860年代に何度か相撲興行を行っています。

壬生寺の門前で、坊城通を南を向いています。
では、ここからさらにさらに坊城通を南下します。

壬生寺の門前から、坊城通を南下しています。
左(東)側に、神先家邸宅が建っています。
こちらは、京都最古の武家屋敷の遺構です。
しかも、こちらはほぼ完全な形で保存されています。
現在こちらは、根付の博物館です。

壬生寺の門前から、坊城通を約30m南下しました。
ここで坊城通は、佛光寺通と交差します。

坊城通から、仏光寺通を西に向いています。
仏光寺通は、約100m先で千本通と交差します。
その辻を中心に、商店街が広がっています。
(商店街の様子は、第317回ブログ参照)

仏光寺通から、坊城通を南に向いています。
仏光寺通以南の坊城通沿いは、住宅街です。
商店街も近く、賑やかな通りです。
では、このまま坊城通を南下します。

仏光寺通から、坊城通を約20m南下しました。
すると、坊城通から右(西)へ路地が伸びています。

坊城通から、その路地を西に向いています。
角の美容院の西隣に、今回ブログのメイン
公衆浴場の「壬生湯」が建っています。

こちらが、公衆浴場の「壬生湯」です。
京都市街地にいくつか残っている典型的な銭湯ですね。
南西約200mに、壬生温泉はなの湯というスーパー銭湯がありますが、
壬生湯にも結構な数のお客さんが入っています。
実際入ってみた感触ですが、
こちらは昔から通う常連さんが多いようです。

公衆浴場の中は、一切撮影できません。
そこで、壬生湯の外側の写真を撮りまわしています。
こちらの深い浴槽に張られるお湯は平均的なものより熱めですが、
大黒湯(七条通)ほどは熱くありません。
サウナ風呂は3畳(京間です)ほどの広さで、
京都の銭湯としては標準的な広さです。
まぁ、そこそこゆっくり寛げます。
また薬湯の浴槽の壁には青竹模様のタイルが貼ってあり、
そのタイルにもたれてゆっくり薬湯に浸かっていると、
いろいろな疲れも抜けていきます。
「京のお店 今日のお品」カテゴリートップに
進みたい方は、ここをクリックしてください。
様々なお店の検索が、可能です。
~追記 その1~
なんと、3連勝です
2023年3月18日土曜日にJ1リーグが行われ、
我らが京都サンガは神奈川県横浜市にある
ニッパツスタジアム(三ツ沢競技場)で横浜FCと対戦しました。
横浜に先制されたものの前半のうちに追いつき、
後半突き放して1-4で快勝しました。
パトリック選手だけでなく、木下選手も毎試合の大活躍です。
アウェイでの快勝も素晴らしいですが、
最終的にJ2リーグ降格を京都と争うであろう横浜を
この時点で突き放したのは大きいです。
この勝ち点3は、京都には終盤に良い方向で響くでしょう。
遂に京都は、開幕からの連敗を脱した後3連勝です。
3勝0引き分け2敗の勝ち点9で、4位に上昇しました。
まぁ2023年3月19日日曜日に行われる
福岡vs湘南の結果次第では5位に落ちますが、
それでも京都には望外の上位進出です。
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