第163回 御所の東の清荒神さん~寺町通南から北~その10

約1週間ぶりの丸太町寺町交差点です。
目の前に、御所(京都御苑)の茂みが見えます。
今回もここから寺町通を北上して、荒神口通まで進みます。
御所の東側を散策しながら、「清荒神さん」を目指します。
撮影日は、2013年11月4日振替休日の月曜日午後2時。
この日は一転曇り空です。

寺町通から、丸太町通を西に向いています。
右(北)側に広がる京都御苑の手前に、
「御幸町通」や「麩屋町通」の標識が見えます。
ここより西の道は、すべて丸太町通が最北端になります。
この丸太町通がかつての「一条通」に当たり、
旧平安京では、ここが最北端でした。

今度は寺町通から、丸太町通を西に向いています。
約150m先に河原町通がありますが、
ここをずっと進むと鴨川を越えて平安神宮最北端になります。
ちなみに、この辺りは毎年行われる駅伝のコースになっています。

では、丸太町通を渡り寺町通を北上します。
ここで、「京都市中京区」から「京都市上京区」になります。
この日は休日なので、かなりの人出でした。

丸太町通の横断歩道を渡り切りました。
ここからの寺町通は、京都御苑最東端の道になります。

丸太町通から、寺町通を北に約20m進みました。
左(西)側に、細長い駐車場があります。
また、右(西)側に白い教会のチャペルがあります。
次は、そちらに向かいます。

さらに寺町通を北に約50m進みました。
こちらは、「京都キリスト教団洛陽教会」です。
植木がきれいな教会ですね。

洛陽教会の北隣に、たくさんの方々がいらっしゃいました。
こちらは、「新島襄記念館」つまり新島襄の終の棲家で
同志社発祥の地です。
今年のNHKのドラマ「八重の桜」のおかげで、
たくさんの方が訪れています。
おかげで、中を見るには予約が必要となりました。
自分は予約していないので、先を急ぎます。

「新島襄記念館」の北側に、このような表札がありました。
「下切通し通」は、寺町通から東にたった50mだけの道です。

下切通し通から、寺町通を北に向いています。
約30m先に、「京都市歴史資料館」の看板があります。
次は、そちらに向かいます。

こちらが、「京都市歴史資料館」です。この日は閉館していました。
中はあまり広くなくて、展示場もそれほど大きくありません。
ただ、京都の歴史に関する膨大な資料を所蔵しています。
自分も、ここに京都府内の「発掘調査報告書」をよく読みに来ました。
特に、南山城地方の弥生遺跡に関する資料がたくさんあります。

「京都市歴史資料館」の前から、寺町通を北に向いています。
左(西)側の植え込みの向こうは、駐車場になっています。
先ほども書きましたが、自動車も歩行者もいつもより多めですね。

「京都市歴史資料館」から、寺町通を北に約100m進みました。
左(西)側に、京都御苑への入り口が見えます。

こちらは、寺町通沿いの三つの門の最南端「寺町御門」です。
では、御門周辺の京都御苑を散策します。

「寺町御門」をくぐり、京都御苑に入ってきました。
右(北)側に見えるのは、仙洞御所の塀です。
京都御苑はいくつかの施設に分かれていて、
それらが広い道に区切られています。
あまり奥まで行くと寺町通から離れてしまいますので、
この周辺だけ散策します。

「寺町御門」から南を向きました。南南西に道が伸びています。
少しそちらに向かいます。

「寺町御門」より南側は「富小路広場グランド」になっていて、
ここで草野球が行われていました。
周囲には、マツ以外にもカエデもたくさん植わっています。
ただ、この辺りのカエデはまだ完全な深緑でした。
紅葉まで、あと3週間はかかるでしょうか?
この写真は、クリックすれば拡大できます。

先ほどの地点から、北に向きました。向こうは、仙洞御所の塀ですね。
では、「寺町御門」に戻ります。

「寺町御門」に戻ってきました。
では、またここを再びくぐります。

「寺町御門」をくぐると、
京都御苑に沿って細い道が北に伸びるようになります。
ここから寺町通と京都御苑との間に、細長い藪が続くようになります。
そのため、京都御苑沿いに別の道が伸びるようになります。

寺町通に戻ってきました。また、ここから北上します。
右(東)側に見えるのは、京都府立鴨沂高校ですね。

「寺町御門」前あたりで、寺町通を北に向いています。
左(西)側の藪の向こうに、京都御苑があります。
では、右(東)側の京都府立鴨沂高校に沿って歩いていきます。

「寺町御門」から、寺町通を北に約70m進みました。
こちらが、京都府立鴨沂高校正門です。
今は男女共学の府立高校ですが、
元々は1872年(明治維新で学制発布の年)に創立された
日本初の女学校でした。(旧名称は、「京都第一女学校」)
この日は休日のせいか、誰もいないようです。

さらに寺町通を北上します。
こちらから見ると、京都府立鴨沂高校の塀はなかなか味があります。
高校の正門から北に約60m先に、荒神口通との角が見えます。

寺町通を北上して、荒神口通との角に来ましました。
ここから東に、荒神口通が伸びています。

寺町通から、荒神口通を東に向きました。
この荒神口通はここから東に伸びていて、
河原町通を越えて鴨川東岸の川端通まで続いています。
ここから見ると、右(南)側にある鴨沂高校の桜の葉が
だいぶ色づいていきました。
今から、ここを進んでいきます。

寺町通から、荒神口通を東に約100m進みました。
こちらは、清荒神護浄院です。
京都人は、「清荒神さん」と呼んでいます。
この「荒神口通」の語源になった寺院ですね。
では、こちらに入っていきます。

「清荒神さん」の門に、このようなものが貼られていました。
ここは密教系(天台宗)の寺院なので、護摩焚などがさかんなようです。

門を入ってすぐ右手「清荒神」の壁に、
このような大きな絵馬が掛かっていました。
絵には、「荒神」が描かれています。
自伝によると、772年に開成皇子(桓武天皇の弟)が修行中に
この荒神に感得されてこの寺院を建てたそうです。

門の左手には、延命地蔵尊がたくさんいらっしゃいました。
こちらにたくさんの方がお参りした跡があります。

先に境内北側の「清荒神」にお参りします。
ここの側面に、先ほどの絵馬が掛かっていました。

護浄院の本堂は、このように西側に細長く続きます。
左(北)から順に、弁財天、寿老人、准胝観世音菩薩、
不動明王(ご本尊)、歓喜天、薬師如来を祀っています。
元々は大阪府勝尾山にあったのですが、
室町時代に下京区高辻醒ヶ井に移転しました。
今の位置には1600年に移転しましたが、
これは豊臣秀吉の政策とは関係ありません。

本堂の前に、このような塚がありました。
ここには、1772年生誕の光格天皇の胞衣が埋まっています。
(明治天皇の曽祖父です)

その塚の北側には、道祖神がいらっしゃいます。
夫婦神で表されていますので、「夫婦円満」の御利益もあるそうです。

では、「清荒神さん」を出ます。
また、寺町通を目指します。

「清荒神さん」から、荒神口通を東に向いています。
このすぐ先に河原町通があって、そこが「荒神口」交差点です。
今回は寺町通から来ましたが、
普通はバス停経由で河原町通から参拝者は来られます。

今度は、荒神口通を西に向きました。
先ほどの「鴨沂高校の桜」の約100m向こうに、寺町通があります。
では、今度はこちらに向かいます。

「荒神さん」から寺町通に戻る途中に、このような看板がありました。
平安時代中期に、藤原氏が建てた浄土信仰の寺院は
「法〇〇寺」という名称になることが多いですね。

荒神口通から、寺町通を北に向いています。
またここから北に向かいますが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
この続きは、次回とします。
今回は、ここまでです。
~次回は、梨木神社にお参りします~
~追記~
毎年このブログでは、
11月初旬と下旬に2カ所「紅葉狩り」を取材したのですが、
今年は1か所だけになります。
本当は、11月4日に伏見稲荷近辺に行こうと思ったのですが、
全然赤くなっていなかったので「寺町通編」を継続します。
今年はとりあえず「寺町通編」は今出川通まで取材した後、
一時中断して「紅葉の伏見稲荷編」を取材しようと思います。
(厳密には、伏見稲荷より南の石峯寺や真宗院に行く予定です)
~追追記~
この近辺の地図を貼り付けます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
京都駅からここに来るなら、駅北側市バスターミナルから
河原町通行きの205系市バスに乗って、
「河原町丸太町」バス停(今回ブログの最初)か
「荒神口」バス停(今回ブログの最後)で降りて西に約100mです。
毎年このブログでは、
11月初旬と下旬に2カ所「紅葉狩り」を取材したのですが、
今年は1か所だけになります。
本当は、11月4日に伏見稲荷近辺に行こうと思ったのですが、
全然赤くなっていなかったので「寺町通編」を継続します。
今年はとりあえず「寺町通編」は今出川通まで取材した後、
一時中断して「紅葉の伏見稲荷編」を取材しようと思います。
(厳密には、伏見稲荷より南の石峯寺や真宗院に行く予定です)
~追追記~
この近辺の地図を貼り付けます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
京都駅からここに来るなら、駅北側市バスターミナルから
河原町通行きの205系市バスに乗って、
「河原町丸太町」バス停(今回ブログの最初)か
「荒神口」バス停(今回ブログの最後)で降りて西に約100mです。
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