第369回 お塚に囲まれた熊鷹社~新年稲荷山散策~その3
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「おもかる石」がある奥院から、稲荷山参道を北に登っています。
この先ずっと赤い鳥居が続きますが、
この辺りはもう「千本鳥居」ではありません。
今回は、この先にいらっしゃる熊鷹社にお参りします。
こちらは、「千本鳥居」と並ぶ
もう一つの稲荷山の象徴「お塚」がいらっしゃいます。
撮影日は、2016年1月1日元日午後3時半。
今回の写真も、クリックするとすべて拡大されます。
奥院から、稲荷山参道を北に約100m登りました。
ここで北への道は突き当り、東西の道とのT字路になります。
そのT字路から、西を向きました。ここは、下山ルートです。
ここを約200m進むと、本殿西側にある八島ヶ池に到着します。
今度は同じ場所で東を向きました。
では、この緩やかな上り坂を進みます。
先ほどのT字路から、東へ約50m山道を登りました。
こちらに、公衆便所があります。
実は、稲荷山には公衆便所が少なくて
ここで用を足しておかないと後で割と大変なことになります。
公衆便所から出て、稲荷山参道を東に上っていきます。
ここからは、比較的真っすぐな道ですね。
……と思いきや、すぐに山道は蛇行します。
この辺りは普段から人通りが多いのですが、
この日は元日ということもあってさらに多い人出でした。
やがて、赤い鳥居が途切れた道に出ます。
左(南)側に、小川が流れています。
この川の水が集まり、八島ヶ池が形成されます。
(第179回ブログに出てきた産場稲荷の脇です)
さらに稲荷山参道を東に進むと、
赤い木製鳥居の隙間に石製鳥居があります。
その鳥居の扁額に書かれてあるように、
この先に「熊鷹社」がいらっしゃいます。
T字路から、稲荷山参道の山道を東に約150m進みました。
赤い鳥居が途切れた先に、急な石段が現れました。
その石段の頂上が「熊鷹社」です。
ただ、今回はすぐにはその石段を上りません。
先に、その南側に広がる祠の群れに向かいます。
先ほどの祠にお参りした後、その東側から南を向きました。
この辺りから、山の斜面越しに
稲荷社の祠が幾層にも折り重なっています。
よく見ると、祠の1柱1柱に火の点いたろうそくが立っています。
これは、この祠1柱1柱に熱心な信者がいることを指します。
祠の間の石段を上り、周囲を撮影しています。
祠は、この上のほうまで延々と続いています。
このような祠を「お塚」と呼んでいます。
これは熊鷹社周辺だけでなく、
ここより上のお社の周囲にたくさん集まっています。
個人的には、この「お塚」が稲荷山の
もう一つの象徴と思っています。
いったん石段を下り、東に向きました。
では、この石段を上り熊鷹社に向きます。
こちらが、その石段の左(北)側です。
この側溝の水が、下流で小川になって八島ヶ池に流れ込みます。
そして、石段の右(南)側には先述の「お塚」が並んでいます。
その「お塚」にお参りしつつ、石段を上ります。
こちらは、石段の脇の「お塚」です。
「お塚」は、それぞれ独立した神社です。
大半は狛狐が並ぶ稲荷社ですが、
こちらのように別の神社もいらっしゃいます。
(別の神社でも、しっかり狛狐がいらっしゃいます)
「お塚」の歴史は比較的新しく、江戸時代から始まり
大半は明治時代以降(つまり19世紀)に成立しました。
「お塚」とは、日本中の稲荷社が稲荷山に勧進されたものです。
こちらの「お塚」には、「白旗大神」というのぼりが立っています。
また、祠の下部に「白旗講」という文字が刻まれています。
それぞれの「お塚」には、それぞれの信者がいらっしゃいます。
また、それぞれの「お塚」ごとに講を形成しており
稲荷信仰の講を特に「稲荷講」と言います。
ウチの亡き祖父がこの「稲荷講」の一つに所属しており、
それが自分が幼いころに「お山」に何度も来た理由でした。
「お塚」は、石段を数段上るごとにいらっしゃいます。
稲荷山には1万を超える「お塚」がいらっしゃいますが、
稲荷信者がその全てにお参りするわけではありません。
それぞれの講ごとにそれぞれの「お塚」がいらして、
それぞれの講の信者がそれぞれの「お塚」中心に参拝します。
ちなみに、亡き祖父がお参りしていた講の「お塚」は
荒神峰の方にいらっしゃいます。
急な石段を上り切りました。
では、この鳥居をくぐり熊鷹社境内に入ります。
石段を上り切り、熊鷹社境内に入ってきました。
ここの境内は、東西に細長い形状をしています。
右(南)側の赤い鳥居の先に、また「お塚」が並びだします。
熊鷹社境内の東側に、「新池」という大きな池があります。
熊鷹社は、この池の小さな半島の先にいらっしゃいます。
「新池」の南岸を見ています。
こうやって見ると、「新池」の南岸全体に
「お塚」が広がっているのが分かります。
熊鷹社南側の赤い鳥居をくぐり、その先を見ています。
細長い道の両側に、「お塚」が並んでいらっしゃいますね。
こちらは、その辺りの「お塚」のうちの1柱です。
「新池」を背後に、なかなか大きな「お塚」ですね。
こちらが、「新池」南岸最東端の「お塚」です。
ここから先にさらに東に進む道がありますが、
そちらには進まず熊鷹社の方に引き返します。
その「お塚」の前で、北西を向いています。
向こうに見える鳥居は、先ほどくぐったものですね。
その先(北)に、ろうそくなども売っているお店と熊鷹社が見えます。
その「お塚」の前で、西を向きました。
では、ここを通って熊鷹社の方に戻ります。
この辺りの南側は、このようになっています。
ここより先(西)に赤い鳥居があって、
そこをくぐると熊鷹社の石段下の「お塚」に戻ります。
その場所で、北を向きました。
こちらは、先ほど通った「新池」西側の道です。
この先に、先ほどの石段の上にあった鳥居が見えます。
先ほどの鳥居の前に戻ってきました。
左(西)に下りの石段があって、右(東)には「新池」が見えます。
では、ここを真っすぐ(北)に進み熊鷹社の方に向かいます。
熊鷹社境内の北側を進んでいます。
先ほどの石段の上の角に、こちらのお店があります。
熊鷹社に捧げる大きなろうそくがメインの商品ですが、
確かジュースとかも売っていたはずです。
そのお店の向かい(東)側に、熊鷹社の手水舎があります。
よく見ると、背後に「新池」がありますね。
こちらが、熊鷹社のお社です。
御祭神は、稲荷神ではなく熊鷹大神です。
熊鷹大神は稲荷山の七神蹟地の1柱ですが、
どのような神様かということは、
諸説あってよくわかっていません。
こちらのお社には、大きなろうそくが捧げられています。
目の前のお店で売られているものでしょうね。
熊鷹社の北側にも、1柱だけ「お塚」がいらっしゃいます。
こちらはかなり新しく、おそらく完成して数年でしょうね。
つまり、「お塚」は今からでも増やすことができます。
熊鷹社の前で、北を向きました。
赤い鳥居に囲まれた石段が見えますね。
では、ここを進んでいきます。
稲荷山の参道の緩い石段を北に上っています。
いつもはこの辺りから参道の人々が減りだすのですが、
元日ともなるとそんなこともないようです。
緩やかな上り坂は、約100mで急な上り坂になります。
狭い石段にたくさんの方々が通り、行き交っています。
こちらがその石段なのですが……
よく見るとカエデの葉が落ちています。
しっかり紅葉しているので落葉したものなのでしょう。
2015年は紅葉が異常に遅く12月15日でもまだまだ盛りでした。
石段は、約100mほどで終わります。
その先は平坦になるのですが、この少し先に「三ツ辻」があります。
ここからまた風景が変わるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。
~次回は、三ツ辻から四辻に向かいます。
四辻には茶店があって、休憩ができます~
「おもかる石」がある奥院から、稲荷山参道を北に登っています。
この先ずっと赤い鳥居が続きますが、
この辺りはもう「千本鳥居」ではありません。
今回は、この先にいらっしゃる熊鷹社にお参りします。
こちらは、「千本鳥居」と並ぶ
もう一つの稲荷山の象徴「お塚」がいらっしゃいます。
撮影日は、2016年1月1日元日午後3時半。
今回の写真も、クリックするとすべて拡大されます。
奥院から、稲荷山参道を北に約100m登りました。
ここで北への道は突き当り、東西の道とのT字路になります。
そのT字路から、西を向きました。ここは、下山ルートです。
ここを約200m進むと、本殿西側にある八島ヶ池に到着します。
今度は同じ場所で東を向きました。
では、この緩やかな上り坂を進みます。
先ほどのT字路から、東へ約50m山道を登りました。
こちらに、公衆便所があります。
実は、稲荷山には公衆便所が少なくて
ここで用を足しておかないと後で割と大変なことになります。
公衆便所から出て、稲荷山参道を東に上っていきます。
ここからは、比較的真っすぐな道ですね。
……と思いきや、すぐに山道は蛇行します。
この辺りは普段から人通りが多いのですが、
この日は元日ということもあってさらに多い人出でした。
やがて、赤い鳥居が途切れた道に出ます。
左(南)側に、小川が流れています。
この川の水が集まり、八島ヶ池が形成されます。
(第179回ブログに出てきた産場稲荷の脇です)
さらに稲荷山参道を東に進むと、
赤い木製鳥居の隙間に石製鳥居があります。
その鳥居の扁額に書かれてあるように、
この先に「熊鷹社」がいらっしゃいます。
T字路から、稲荷山参道の山道を東に約150m進みました。
赤い鳥居が途切れた先に、急な石段が現れました。
その石段の頂上が「熊鷹社」です。
ただ、今回はすぐにはその石段を上りません。
先に、その南側に広がる祠の群れに向かいます。
先ほどの祠にお参りした後、その東側から南を向きました。
この辺りから、山の斜面越しに
稲荷社の祠が幾層にも折り重なっています。
よく見ると、祠の1柱1柱に火の点いたろうそくが立っています。
これは、この祠1柱1柱に熱心な信者がいることを指します。
祠の間の石段を上り、周囲を撮影しています。
祠は、この上のほうまで延々と続いています。
このような祠を「お塚」と呼んでいます。
これは熊鷹社周辺だけでなく、
ここより上のお社の周囲にたくさん集まっています。
個人的には、この「お塚」が稲荷山の
もう一つの象徴と思っています。
いったん石段を下り、東に向きました。
では、この石段を上り熊鷹社に向きます。
こちらが、その石段の左(北)側です。
この側溝の水が、下流で小川になって八島ヶ池に流れ込みます。
そして、石段の右(南)側には先述の「お塚」が並んでいます。
その「お塚」にお参りしつつ、石段を上ります。
こちらは、石段の脇の「お塚」です。
「お塚」は、それぞれ独立した神社です。
大半は狛狐が並ぶ稲荷社ですが、
こちらのように別の神社もいらっしゃいます。
(別の神社でも、しっかり狛狐がいらっしゃいます)
「お塚」の歴史は比較的新しく、江戸時代から始まり
大半は明治時代以降(つまり19世紀)に成立しました。
「お塚」とは、日本中の稲荷社が稲荷山に勧進されたものです。
こちらの「お塚」には、「白旗大神」というのぼりが立っています。
また、祠の下部に「白旗講」という文字が刻まれています。
それぞれの「お塚」には、それぞれの信者がいらっしゃいます。
また、それぞれの「お塚」ごとに講を形成しており
稲荷信仰の講を特に「稲荷講」と言います。
ウチの亡き祖父がこの「稲荷講」の一つに所属しており、
それが自分が幼いころに「お山」に何度も来た理由でした。
「お塚」は、石段を数段上るごとにいらっしゃいます。
稲荷山には1万を超える「お塚」がいらっしゃいますが、
稲荷信者がその全てにお参りするわけではありません。
それぞれの講ごとにそれぞれの「お塚」がいらして、
それぞれの講の信者がそれぞれの「お塚」中心に参拝します。
ちなみに、亡き祖父がお参りしていた講の「お塚」は
荒神峰の方にいらっしゃいます。
急な石段を上り切りました。
では、この鳥居をくぐり熊鷹社境内に入ります。
石段を上り切り、熊鷹社境内に入ってきました。
ここの境内は、東西に細長い形状をしています。
右(南)側の赤い鳥居の先に、また「お塚」が並びだします。
熊鷹社境内の東側に、「新池」という大きな池があります。
熊鷹社は、この池の小さな半島の先にいらっしゃいます。
「新池」の南岸を見ています。
こうやって見ると、「新池」の南岸全体に
「お塚」が広がっているのが分かります。
熊鷹社南側の赤い鳥居をくぐり、その先を見ています。
細長い道の両側に、「お塚」が並んでいらっしゃいますね。
こちらは、その辺りの「お塚」のうちの1柱です。
「新池」を背後に、なかなか大きな「お塚」ですね。
こちらが、「新池」南岸最東端の「お塚」です。
ここから先にさらに東に進む道がありますが、
そちらには進まず熊鷹社の方に引き返します。
その「お塚」の前で、北西を向いています。
向こうに見える鳥居は、先ほどくぐったものですね。
その先(北)に、ろうそくなども売っているお店と熊鷹社が見えます。
その「お塚」の前で、西を向きました。
では、ここを通って熊鷹社の方に戻ります。
この辺りの南側は、このようになっています。
ここより先(西)に赤い鳥居があって、
そこをくぐると熊鷹社の石段下の「お塚」に戻ります。
その場所で、北を向きました。
こちらは、先ほど通った「新池」西側の道です。
この先に、先ほどの石段の上にあった鳥居が見えます。
先ほどの鳥居の前に戻ってきました。
左(西)に下りの石段があって、右(東)には「新池」が見えます。
では、ここを真っすぐ(北)に進み熊鷹社の方に向かいます。
熊鷹社境内の北側を進んでいます。
先ほどの石段の上の角に、こちらのお店があります。
熊鷹社に捧げる大きなろうそくがメインの商品ですが、
確かジュースとかも売っていたはずです。
そのお店の向かい(東)側に、熊鷹社の手水舎があります。
よく見ると、背後に「新池」がありますね。
こちらが、熊鷹社のお社です。
御祭神は、稲荷神ではなく熊鷹大神です。
熊鷹大神は稲荷山の七神蹟地の1柱ですが、
どのような神様かということは、
諸説あってよくわかっていません。
こちらのお社には、大きなろうそくが捧げられています。
目の前のお店で売られているものでしょうね。
熊鷹社の北側にも、1柱だけ「お塚」がいらっしゃいます。
こちらはかなり新しく、おそらく完成して数年でしょうね。
つまり、「お塚」は今からでも増やすことができます。
熊鷹社の前で、北を向きました。
赤い鳥居に囲まれた石段が見えますね。
では、ここを進んでいきます。
稲荷山の参道の緩い石段を北に上っています。
いつもはこの辺りから参道の人々が減りだすのですが、
元日ともなるとそんなこともないようです。
緩やかな上り坂は、約100mで急な上り坂になります。
狭い石段にたくさんの方々が通り、行き交っています。
こちらがその石段なのですが……
よく見るとカエデの葉が落ちています。
しっかり紅葉しているので落葉したものなのでしょう。
2015年は紅葉が異常に遅く12月15日でもまだまだ盛りでした。
石段は、約100mほどで終わります。
その先は平坦になるのですが、この少し先に「三ツ辻」があります。
ここからまた風景が変わるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。
~次回は、三ツ辻から四辻に向かいます。
四辻には茶店があって、休憩ができます~
~追記~
気付かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、
2016年は「10日ゑびす」を
取材しません。
この稲荷山取材分の写真がまだまだあって、
それを連載するのにそちらへの取材分を
載せるタイミングがないためです。
取材はしませんが、「10日ゑびす」には行きました。
お楽しみの造り酒屋で、露店の土手焼きを持ち込んで
ちょっと一杯飲んだりもしました。
驚いたのは、露店の中に
「たこ焼き大魔王」さんがいらしたことです。
こちらは、新町七条下るの公設市場「エビスク」の前で
いつも商売をされています。
ここのたこ焼きが結構好きなので、自分はよく行きます。
いつも通り、マヨネーズ無しの和風だしで戴きました。
~追追記~
伏見稲荷大社のサイトを貼り付けます。
こちらの地図を参考にしてください。
詳しくは、ここをクリックしてください。
気付かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、
2016年は「10日ゑびす」を
取材しません。
この稲荷山取材分の写真がまだまだあって、
それを連載するのにそちらへの取材分を
載せるタイミングがないためです。
取材はしませんが、「10日ゑびす」には行きました。
お楽しみの造り酒屋で、露店の土手焼きを持ち込んで
ちょっと一杯飲んだりもしました。
驚いたのは、露店の中に
「たこ焼き大魔王」さんがいらしたことです。
こちらは、新町七条下るの公設市場「エビスク」の前で
いつも商売をされています。
ここのたこ焼きが結構好きなので、自分はよく行きます。
いつも通り、マヨネーズ無しの和風だしで戴きました。
~追追記~
伏見稲荷大社のサイトを貼り付けます。
こちらの地図を参考にしてください。
詳しくは、ここをクリックしてください。
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