第608回 大宮通の休務寺へ参拝~錦小路東から西~その10
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岩上通から、錦小路を西に向いています。
飲食店が多いものの、この辺は住宅地です。
今回は錦小路をこのまま西に進み、大宮通や後院通に至ります。
撮影日は、2018年10月25日木曜日正午。
諸事情で、いつもより早めに来ました。

岩上通から、錦小路を西に歩いています。
岩上通から約40m先に、イタリアの国旗が掲揚されています。
取りあえず、そちらに向かいます。

先程のイタリアの国旗は、飲食店に掲げられていました。
「ビストロ食堂」と看板に書かれていましたが、
おそらくイタリア料理中心に出されるのでしょうね。
ただ、その飲食店と同じ建物に割と大きな保育園が入っていて
そちらの園児や保育士さんも写ってしまいそうだったので、
飲食店の周囲は近くで撮影していません。
その飲食店と保育園がテナントに入っているビルの西側で、
錦小路は猪熊通と交差します。

錦小路から、猪熊通を南に向いています。
猪熊通は約1500m先の花屋町通で突き当たり、(第594回ブログ参照)
その南側の西本願寺のさらに南に伸びる七条通から、
さらに南に伸びています。

今度は、錦小路から猪熊通を北に向きました。
猪熊通は約700m先の二条城で突き当たり、
さらに約400m先の竹屋町通でまた復活します。

さらに、猪熊通から錦小路を西に向いています。
この辺りの錦小路は、完全に住宅街ですね。
では、こちらを進んでいきます。

猪熊通から、錦小路を西に約30m進みました。
こちらで、祇園小石の京飴が作られているようです。
またこちらでも店頭販売と喫茶スペースがあるのですが、
この日(2018年10月25日)は閉まっていました……

錦小路にある祇園小石の前から、錦小路を西に約20m進みました。
錦小路は、ここで黒門通と交差します。

錦小路から、黒門通を南に向いています。
ここから約100m先の四条通周辺が、
「四条大宮」交差点周辺の繁華街の一部になります。

今度は、錦小路から黒門通を北に向きました。
黒門通はここから約700m先の二条城黒門で突き当たります。
これが、「黒門通」の由来と考えられます。
(第339回ブログを参照)

さらに、黒門通から錦小路を西に向きました。
この辺りから「四条大宮」の繁華街の影響で、
呑み屋さん(居酒屋ではなく)が増えてきます。
では、ここから西に進みます。

黒門通から錦小路を約20m西に進み、南を向きました。
路地の先に、何軒も小さな呑み屋さんが並んでいますね。
正直これが自分が描く「四条大宮」のイメージです。
繁華街の中でも「四条大宮」は観光客が特に少ないですが、
地元民にとってはこの辺りは「おっさんの繁華街」です。

先程と同じ位置で、錦小路を西に向きました。
この周辺の家屋の全てが、飲食店です。
目の前で、錦小路は大宮通と交差します。

錦小路から、大宮通を南に向きました。
約100m先の「四条大宮」交差点以南は4車線の大通りですが、
その交差点以北の大宮通はこのくらいの道幅になります。
この辺りの大半が呑み屋さんなので、
昼間は寂しい感じですが、日が暮れると途端に賑やかになります。

今度は、錦小路から大宮通を北に向きました。
暫く飲食店が続きますが、すぐに大宮通は住宅街に変わります。
そして、約400m先で三条会商店街と合流します。

大宮通から、錦小路を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。

大宮通から、錦小路を西に約20m進みました。
この辺りから錦小路は、小さな寺院に囲まれます。
そう言えばこの北側の蛸薬師通もそうですが、綾小路や仏光寺通も
大宮通以西に小さな寺院が並んでいますね。

大宮通から錦小路を約20m西に進み、南に向きました。
では、こちらの浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺にお邪魔します。
「西山禅林派」ということは、永観堂が本山ですね。

休務寺境内に入ってきました。
細長い境内の右(西)側に、休務寺の本堂があります。
右(西)側に本堂がありますが、非公開なので入れません。
こちらのご本尊は、浄土宗だけに阿弥陀如来像です。
浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺は、
江戸時代初期の1613年に建立されました。
石田幽汀のお墓があるそうですが、どこか分かりませんでした。

休務寺本堂前に、庭園が広がります。
十三石塔が、立派ですね。

休務寺境内の最南端で、西を向きました。
ここから先は、休務寺の墓地のようです。
よく考えたら、ここを進めば石田幽汀のお墓があったのでしょうね。
右(北)側にお地蔵さんがいらっしゃいますが、
休務寺は、京都市街地のお地蔵さんを巡る
「洛陽48願書霊場」に数えられています。

これで、休務寺境内を一通り回りました。
では、こちらを出て錦小路に戻ります。

休務寺の向かい(北)側に、浄土宗鎮西派専徳寺があります。
こちらも、浄土宗なのでご本尊は阿弥陀如来像です。
こちらは、豊臣秀吉の治世である1588年に建立しました。
専徳寺の詳細は、こちらのサイトでご確認ください。

その辺りで、錦小路を西に向きました。
左(南)側の駐車場は、休務寺のものです。
右(北)側の専徳寺の先(西)にも、寺院が続きますね。

専徳寺の西隣に、浄土宗欣浄寺があります。
実はこちらもサイトがあるのですが、indexすらない状態でした。
ですから、こちらの沿革はまったく分かりません……

欣浄寺の門前で、錦小路を西に向きました。
欣浄寺はどうやら墓地が広いらしく、
西の方に敷地が広がっています。

欣浄寺の西端で、錦小路を北に向きました。
細い路地が伸びていますが、
こちらは約100m先の蛸薬師通まで伸びています。
そして、そちらも小さな寺院に囲まれています。

その位置で、錦小路を西に向いています。
この先で、錦小路は光院通と交差しています。

錦小路から、後院通を南東に向いています。
約150m先の「四条大宮」交差点までに、
呑み屋さんがたくさん並んでいます。
その中の1軒に、餃子の王将1号店があります。
つまり、こちらがその「餃子の王将」発祥の地です。
後院通は、「四条大宮」交差点と「三条千本」交差点間の
4車線の大通りです。
大宮通から北上すると、よく大宮通と勘違いする道ですね。

今度は、錦小路から後院通を北西に向きました。
こちら側も、飲食店がずっと続きます。
約550m先の「三条千本」交差点に、
立命館大学千本学舎が見えますね。(第333回ブログ参照)

そうこうしているうちに、後院通の信号が青に変わりました。
後院通の横断歩道を渡ると約100mで錦小路は突き当たるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。
~次回が、「錦小路編」の最終回です~
~追記 その1~
この辺りの地図を貼り付けます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺が、起点です。
~追記 その2~
レスターシティーのオーナーが死去
2018年10月28日試合直後競技場付近でヘリコプターが墜落し、
イングランドのサッカープレミアリーグの
レスターシティーのオーナーが死去されました。
ちょうど試合観戦を終えて、帰宅されようとした直後の事故でした。
イングランドプレミアリーグに限らず、
近年世界中のプロスポーツチームは自チームの所有する資本の金額が
そのチームの強さとなっています。
どの競技のリーグも、資本金の金額を並べたものが
そのリーグの順位の同じという状況で、
このレスターだけは資本金は最下位でも、普段はリーグの中位にいて
2015年-2016年シーズンに至っては、
レスターシティーはプレミアリーグで優勝してしまいました。
これは選手一人ひとりの功績だけでなく、
資本だけに頼らないオーナーのクラブ運営力が多大でした。
このタイ人オーナーが残した足跡は
世界中のスポーツに多大な影響を与えました。
ビチャイ=スリバッタナプラハ氏のご冥福をお祈りします。

岩上通から、錦小路を西に向いています。
飲食店が多いものの、この辺は住宅地です。
今回は錦小路をこのまま西に進み、大宮通や後院通に至ります。
撮影日は、2018年10月25日木曜日正午。
諸事情で、いつもより早めに来ました。

岩上通から、錦小路を西に歩いています。
岩上通から約40m先に、イタリアの国旗が掲揚されています。
取りあえず、そちらに向かいます。

先程のイタリアの国旗は、飲食店に掲げられていました。
「ビストロ食堂」と看板に書かれていましたが、
おそらくイタリア料理中心に出されるのでしょうね。
ただ、その飲食店と同じ建物に割と大きな保育園が入っていて
そちらの園児や保育士さんも写ってしまいそうだったので、
飲食店の周囲は近くで撮影していません。
その飲食店と保育園がテナントに入っているビルの西側で、
錦小路は猪熊通と交差します。

錦小路から、猪熊通を南に向いています。
猪熊通は約1500m先の花屋町通で突き当たり、(第594回ブログ参照)
その南側の西本願寺のさらに南に伸びる七条通から、
さらに南に伸びています。

今度は、錦小路から猪熊通を北に向きました。
猪熊通は約700m先の二条城で突き当たり、
さらに約400m先の竹屋町通でまた復活します。

さらに、猪熊通から錦小路を西に向いています。
この辺りの錦小路は、完全に住宅街ですね。
では、こちらを進んでいきます。

猪熊通から、錦小路を西に約30m進みました。
こちらで、祇園小石の京飴が作られているようです。
またこちらでも店頭販売と喫茶スペースがあるのですが、
この日(2018年10月25日)は閉まっていました……

錦小路にある祇園小石の前から、錦小路を西に約20m進みました。
錦小路は、ここで黒門通と交差します。

錦小路から、黒門通を南に向いています。
ここから約100m先の四条通周辺が、
「四条大宮」交差点周辺の繁華街の一部になります。

今度は、錦小路から黒門通を北に向きました。
黒門通はここから約700m先の二条城黒門で突き当たります。
これが、「黒門通」の由来と考えられます。
(第339回ブログを参照)

さらに、黒門通から錦小路を西に向きました。
この辺りから「四条大宮」の繁華街の影響で、
呑み屋さん(居酒屋ではなく)が増えてきます。
では、ここから西に進みます。

黒門通から錦小路を約20m西に進み、南を向きました。
路地の先に、何軒も小さな呑み屋さんが並んでいますね。
正直これが自分が描く「四条大宮」のイメージです。
繁華街の中でも「四条大宮」は観光客が特に少ないですが、
地元民にとってはこの辺りは「おっさんの繁華街」です。

先程と同じ位置で、錦小路を西に向きました。
この周辺の家屋の全てが、飲食店です。
目の前で、錦小路は大宮通と交差します。

錦小路から、大宮通を南に向きました。
約100m先の「四条大宮」交差点以南は4車線の大通りですが、
その交差点以北の大宮通はこのくらいの道幅になります。
この辺りの大半が呑み屋さんなので、
昼間は寂しい感じですが、日が暮れると途端に賑やかになります。

今度は、錦小路から大宮通を北に向きました。
暫く飲食店が続きますが、すぐに大宮通は住宅街に変わります。
そして、約400m先で三条会商店街と合流します。

大宮通から、錦小路を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。

大宮通から、錦小路を西に約20m進みました。
この辺りから錦小路は、小さな寺院に囲まれます。
そう言えばこの北側の蛸薬師通もそうですが、綾小路や仏光寺通も
大宮通以西に小さな寺院が並んでいますね。

大宮通から錦小路を約20m西に進み、南に向きました。
では、こちらの浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺にお邪魔します。
「西山禅林派」ということは、永観堂が本山ですね。

休務寺境内に入ってきました。
細長い境内の右(西)側に、休務寺の本堂があります。
右(西)側に本堂がありますが、非公開なので入れません。
こちらのご本尊は、浄土宗だけに阿弥陀如来像です。
浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺は、
江戸時代初期の1613年に建立されました。
石田幽汀のお墓があるそうですが、どこか分かりませんでした。

休務寺本堂前に、庭園が広がります。
十三石塔が、立派ですね。

休務寺境内の最南端で、西を向きました。
ここから先は、休務寺の墓地のようです。
よく考えたら、ここを進めば石田幽汀のお墓があったのでしょうね。
右(北)側にお地蔵さんがいらっしゃいますが、
休務寺は、京都市街地のお地蔵さんを巡る
「洛陽48願書霊場」に数えられています。

これで、休務寺境内を一通り回りました。
では、こちらを出て錦小路に戻ります。

休務寺の向かい(北)側に、浄土宗鎮西派専徳寺があります。
こちらも、浄土宗なのでご本尊は阿弥陀如来像です。
こちらは、豊臣秀吉の治世である1588年に建立しました。
専徳寺の詳細は、こちらのサイトでご確認ください。

その辺りで、錦小路を西に向きました。
左(南)側の駐車場は、休務寺のものです。
右(北)側の専徳寺の先(西)にも、寺院が続きますね。

専徳寺の西隣に、浄土宗欣浄寺があります。
実はこちらもサイトがあるのですが、indexすらない状態でした。
ですから、こちらの沿革はまったく分かりません……

欣浄寺の門前で、錦小路を西に向きました。
欣浄寺はどうやら墓地が広いらしく、
西の方に敷地が広がっています。

欣浄寺の西端で、錦小路を北に向きました。
細い路地が伸びていますが、
こちらは約100m先の蛸薬師通まで伸びています。
そして、そちらも小さな寺院に囲まれています。

その位置で、錦小路を西に向いています。
この先で、錦小路は光院通と交差しています。

錦小路から、後院通を南東に向いています。
約150m先の「四条大宮」交差点までに、
呑み屋さんがたくさん並んでいます。
その中の1軒に、餃子の王将1号店があります。
つまり、こちらがその「餃子の王将」発祥の地です。
後院通は、「四条大宮」交差点と「三条千本」交差点間の
4車線の大通りです。
大宮通から北上すると、よく大宮通と勘違いする道ですね。

今度は、錦小路から後院通を北西に向きました。
こちら側も、飲食店がずっと続きます。
約550m先の「三条千本」交差点に、
立命館大学千本学舎が見えますね。(第333回ブログ参照)

そうこうしているうちに、後院通の信号が青に変わりました。
後院通の横断歩道を渡ると約100mで錦小路は突き当たるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。
~次回が、「錦小路編」の最終回です~
~追記 その1~
この辺りの地図を貼り付けます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
浄土宗西山禅林派豊蔵山休務寺が、起点です。
~追記 その2~
レスターシティーのオーナーが死去
2018年10月28日試合直後競技場付近でヘリコプターが墜落し、
イングランドのサッカープレミアリーグの
レスターシティーのオーナーが死去されました。
ちょうど試合観戦を終えて、帰宅されようとした直後の事故でした。
イングランドプレミアリーグに限らず、
近年世界中のプロスポーツチームは自チームの所有する資本の金額が
そのチームの強さとなっています。
どの競技のリーグも、資本金の金額を並べたものが
そのリーグの順位の同じという状況で、
このレスターだけは資本金は最下位でも、普段はリーグの中位にいて
2015年-2016年シーズンに至っては、
レスターシティーはプレミアリーグで優勝してしまいました。
これは選手一人ひとりの功績だけでなく、
資本だけに頼らないオーナーのクラブ運営力が多大でした。
このタイ人オーナーが残した足跡は
世界中のスポーツに多大な影響を与えました。
ビチャイ=スリバッタナプラハ氏のご冥福をお祈りします。
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